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交通基本法 移動権の理念はどこへ


 掲げた理念が、煙のように消えてしまった。交通基本法案の「移動権」だ。国は基本法の考え方の中で「法の根幹に据えるべきは移動権」とうたったはずだ。

 しかし、通常国会に提出予定の法案に移動権は明記されないこととなった。高い理念があってこそ意義のある基本法の精神が抜けた。

 全ての人に交通機関利用の権利を保障するのが移動権。ワーキングチームは「保障を裏付けるだけの財源が不足したまま明記すれば、かえって混乱を招くことが懸念される」などと集約した。

 移動権は民主党が野党時代に社民党と提出した交通基本法案(廃案)で明記し、昨年の国交省の中間整理でも「法の根幹」としていた。財源不足うんぬんは、見通しの甘さとしかいいようがない。

 交通基本法は、自家用車への過度の依存を改め、誰もが利用しやすい公共的な交通手段を確保することで、新しい交通体系をつくろうというものだ。背景には超高齢化社会の到来と地方で顕著な公共交通の衰退がある。

 65歳以上の高齢者が増え続け、25年後には3人に1人が高齢者になるといわれる。鉄道やバスなどの路線から離れていて、通院や買い物などの日常生活に苦労している人は地方都市でも少なくない。現状のままでは近い将来、各地で「買い物難民」が顕在化する可能性もある。

 国交省によると2007年度に民間バス会社228社の約7割、地方鉄道も約8割が赤字。公営バスも28社のうち黒字は、わずか3社。新幹線や高速道路誘致の陰で、地域を支える交通網は加速度的に衰えている。

 先進のフランスは1982年に交通基本法を公布し、移動の権利を制定した。地方自治体には交通基盤整備の自主財源として「交通税」の導入を認めるなど社会全体で交通網を守る姿勢を示した。

 国内では九州・福岡市が昨年、全国で初めて移動権の理念を明記した市生活交通条例を制定した。

 前文で「市民の生活交通を確保し、全ての市民に健康で文化的な最低限度の生活を営むために必要な移動を保障する」と掲げた。力強い理念ではあるまいか。

 国が実施した意見募集では「自家用車より公共交通を優先し、社会インフラであるとの理念を確立すべきだ」「公共交通助成の財源を確保せよ」など法の制定に賛意を示す意見が多かった。

 原案は「人と環境に優しい総合的な交通体系」の構築が不可欠などと指摘したが、移動権の明記断念によって、たとえ法律が成立しても実効のほどは疑問だ。

 今冬は大雪に見舞われ、本県でも交通機関が乱れた。公共交通が機能しなければ、いかに生活が脅かされるかを痛感させられた。

 交通の危機は冬に限らず、普段の生活に与える影響が大きい。求められているのは「毛細血管」のようなきめ細かい公共交通の整備だ。

小田島康隆(2011.2.20)

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