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TOYOTA再発見
【ものづくりの心】
(25)環境激変「革新」のとき
2011年02月18日
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大野耐一=1985年、廣瀬郁撮影 |
トヨタ生産方式は、つねに進化する。しかし、いまのトヨタ自動車は、トヨタ生産方式があるがゆえに進化を止めてはいないか。取材を通して感じたのは、そんなジレンマだ。
この生産方式は、戦後の貧しさの中から生まれた。大野耐一は、限られた資金で設備と人をムダなく有効に使い、売れないときでももうけが出る方法を考えた。その成果は国内外で注目され、「フォード生産方式を超えた」ともいわれた。
もっとも、大野流は本来、暗黙知。著書で一端を披露したが、すべて明文化したものではない。だが、「トヨタ生産方式」と名付けられ、次第に「かたち」が醸成された。それにトヨタ自身が縛られ、トヨタ生産方式のかたちを守ることが自己目的化しているようにみえる。
トヨタは世界一の自動車メーカーになり、資金も潤沢だ。貧しい中で知恵を絞り出す必要性は薄れた。高級・大型化路線を進め、ギリギリとコスト削減せずとも車は売れ、2兆円を超える営業利益をあげた。トヨタ生産方式とは乖離していたが、表面化しなかった。ところが、不況が矛盾をあぶり出した。
工場には、かんばんもアンドンもポカヨケも改善活動もある。生産方式のかたちは整っているが、大野の「改善魂」が受け継がれているかは微妙だ。
一方、これほどの世界経済の激変を、大野は予想していたのだろうか。北米販売の急拡大と円高の進展は、輸出で対応できる水準を超え、中国やインド市場の重みも増す。国ごとに文化や商慣習は違う。海外工場が増えると、ジャスト・イン・タイムの部品供給は格段に難しい。
トヨタは原点に戻ろうと、生産現場を引き締める。ただ、時代の転換をカイゼンで乗り切れるのか。トヨタ生産方式を超える「革新」を迫られているのではないか。=敬称略、おわり
(このシリーズは、久保智が担当しました)
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