チェス名人のカスパロフ氏がIBMのコンピューターに敗れたのは97年のことだ。雪辱戦を申し入れたものの、コンピューター側が引退してしまい、かなわなかった▲それに比べれば、今月放映された戦いは気楽だ。米国の人気クイズ番組「ジョパディ!」で、歴代のクイズ王2人とIBMのコンピューター「ワトソン」が雑学を競った。結果はワトソンの大勝利。それでも「やられた」と思えないのは、知識と検索はコンピューターの十八番という気がするからだろうか▲むしろ不思議なのは、対戦をネットで見るうち、電子音で答える箱型のワトソンが生き物のように思えてきたことだ。とんでもない間違いをするのもご愛嬌(あいきょう)。敗北したクイズ王がワトソンの「肩」をたたく様子も人の仲間をたたえるごとくだ▲「機械も心を持つか」という問いは昔からある。だが、こうしてみると、きっかけさえあれば機械にも命や心を見てしまうのが人間の特質かもしれない。小惑星探査機「はやぶさ」のフィーバーもそれを物語っている▲対極にあるのが、「無人機戦争」である。米国では、実戦経験のない若い兵士が本国のモニター画面で敵を識別し、遠い戦場で無人航空機が空爆している。生身の人間も画面上では影に過ぎない。反撃も受けない。市民や子どもを誤爆しても惨状はわからない。そんな状況では、人の命を奪っている実感は薄くなるだろう。それもまた人間の特質かと思うと恐ろしくなる▲コンピューターの進化はワトソンを人間に近づけるかもしれない。だが、無人戦闘機やロボット兵士の進化は、人間を人間から遠ざけてしまうに違いない。
毎日新聞 2011年2月20日 東京朝刊
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