カレル・ヴァン・ウォルフレン/Karel van Wolferen
通貨烈々
イラン攻撃がその「契機」となる

ドル崩壊に備え日本は外交も経済もアメリカ依存体質から脱却せよ
(SAPIO 2008年1月23日号)


『日本人だけが知らないアメリカ「世界支配」の終わりの』の著者カレル・ヴァン・ウォルフレン氏は、これまでの日本とアメリカの関係は、外交的にも経済的にも世界でも例のない“異常な関係”だと指摘する。そしてドルの崩壊が迫っているいまこそ、日本はアメリカ依存の体質から抜け出すチャンスだという。



世界で進行するドル離れの動き

日本がアメリカに何も要求をしないでただ従う“異常な関係”にあることは、これまでに私は何度も指摘してきた。しかし、アメリカの経済が弱体化し、ドル支配崩壊の危機が始まっていることを考えると、いよいよ日本もアメリカとの関係を考え直す時期が来たといっていい。官僚の中にもこのことをきちんと理解している人は多いが、がんじがらめの巨大組織の中で、行動することができないでいる。誤解している日本人も多いと思ううが、日本人は実はアメリカ人をそれほど好きでないことに気づいているはずだ。大国としてのアメリカをもはや称賛できず、むしろ自分勝手なやり方を軽蔑し始めているように私には映る。しかし、アメリカと表面的とはいえ、仲良くしていていると便利であるし、有事の際は、守ってくれると考えているから、この異常な関係が続いているだけだ。

たしかに最大の貿易相手国であるし、それ以上に国際社会の中でアメリカは、日本にとって一種の保証人のような行動をとってきた。日本がやるべきことを、アメリカが代理で面倒をみてくれ、国際問題でも、日本の首相、国会、官僚が中心的な決断をしなくても、アメリカの決断に従えばよかった。この便利な状態から抜け出すことはかなりの勇気と行動力が必要である。その意味で福田首相が、フィナンシャル・タイムズ紙のインタビューで円高ドル安は、短期的には日本にとってよくないが、長期的にはプラスになる、と言っていたが、これには驚いた。既に世界各国の認識はそれで一致しているが、まさか福田首相が長期的とはいえ円高容認の態度を明確にするとは思わなかったからだ。

さて、いまドル危機とか、ドル支配終焉がメディアで盛んに報道されているが、もはやこれぱ不可避であると思う。一昨年ドイツ銀行の専門家に会ったとき、彼は、「恐らく3年以内にドルの地位低下が起きるだろう」と予測していた。信じられないほどの財政赤字、増え続ける借金もその要素の一つだが、多くの専門家がドル危機を予測しているにもかかわらず、アメリカの政権ががドル対策をずっと放置しているからだという。そしてもっとも大きな要素は、アメリカ以外の国が、アメリカの自国をコントロールする長期的能力について信用しなくなってきたことである。

ただ、ドルを基準に各国通貨との交換比率を定めた1945年のブレトンウッズ協定のように、各国の話し合いでドル以外の通貨を基軸通貨にするという形ではなく、もっとインフォーマルな形でドル基軸が崩壊していくであろう。

ではなぜ、ブレトンウッズ協定のように協定を結んで、ユーロ体制にしないかと言えば、それはユーロがまだヨーロッパ域内での通貨統合作業が終わっていないためそちらを優先せざるを得ず、世界の基軸通貨となる準備が整っていないからだ。だから、徐々に移行していくしかない。

一昨年、大阪で行なわれたアジアでの地域統合の可能性を探るシンポジウムに出席したが、市場の統合だけでなく、さらに踏み込んでヨーロッパのユーロのような形で進める、アジアでの共通通貨の必要性も専門家の間で議論が交わされた。りドルの乱高下から受けるアジア各国の通貨への影響を小さくするため、共通通貨の検討は当然のことと思うが、外貨準備でもドルからユーロへのシフトが進むなど、すでにドル危機に備えて話があちこちで進んでいることには愕然とした。今から準備しておかないと、いったんことが起これば雪崩のように拡がり、対処が間に合わないからであろう。今の日本は、9000億ドル(約104兆円)超の外貨準備高があるの一で、ドル崩壊が生ずれば、数十兆円規模の損失を受けるだろう。この20〜30年で、膨大な日本のお金がアメリカに流れた。これはアメリカ国民にとってはプラスになるが、日本にとっては何のプラスにもならない。

中国はもはやドルをサポートしない

それでは、ドル崩壊はどのようにして起きるのだろうか。きっかけは、多くの不測の政治的要素が考えられるが、もっとも可能性が高いのは、アメリカのイラン攻撃である。最近「03年にイランは核兵器の開発を中止している」という米情報機関による報告が明らかになったので、すぐにアメリカがイラン攻撃を開始する可能性は低いかもしれない。しかし、ブッシュ大統領は依然、イランをテロ支援国家として、いまだ武力行使も辞さない考えを持ち続けている。実際にイラン攻撃が起きれば、連鎖的に他の事態を引き起こし、一気にドルか崩壊する可能性がある。例えば中国の反応だ。イランに原油の輸入の多くを頼る中国がドルを支持しなくなれば、保有する大量のドルを売り飛ばす可能性だって否定できない。その影饗は甚大で、ドル崩壊のきっかけになる。たとえイラン攻撃が起こらなくても、政治的なショック、戦略的なショック、何か予測不可能なショックが1つ起きれば、それがドルの信用不安へと連鎖的に向かう可能性があるので、やはりドル崩壊の可能性は過小評価できない。最近北京大学の専門家に会ったが、もしドルが崩壊しかかれば、中国はドルをサポートしないだろうとと話していた。

とは言ってもアメリカ人は、アメリカが世界経済の中心であると思い込んでいるし、ドルが基軸通貨であると思い込んでいるから始末が悪い。まるで自然の法則であるかのように当然のように思っている。アメリカでは現在大統領選の予備選がたけなわであるが、超タカ派のジュリアーニ(共和党)が大統領になれば、すべての点で今よりももっと悪くなる。特に外交面では、強硬な態度を取れば、世界がアメリカに従うと考えている。アメリカでも「脳あるブッシュ」と言われており、彼が大統領になればファシストのような国になるだろう。

オバマ(民主党)はどうか。彼はことあるごとに「外交オンチ」と指摘さているため、よほどのことがない限りいまの状態は変わらないだろう。対日政策もそのまま続く。だからこそ、日本はそれを逆手にとって、アメリカへの病理的な依存体質から抜け出すべきである。

ただ、ヒラリー・クリントン(民主党)がなった場合はどうなるか見えない。それは彼女が自分のパーソナリティが表に出ないようにしていることも関係している。

しかし今の大統領候補者たちを見ると、誰も対日外交政策のことを知らない。だから誰がアドバイザーになるかで日本への外交政策は変わってくるであろう。アメリカにとって日本は、経済的には重要であるが、政策面ではどうでもいい国なのである。黙って従ってくくれると思い込んでいるからだ。

今こそアメリカとの従属関係から脱出すべき

誰が大統領になるにしても、私が日本にアドバイスしたいのは、外交的にも経済的にも日本はもっとアジアの他の国とフレンドリーになり、強固な関係築くべきだということだ。。中国は日本にとってもっとも重要な近隣国である。中国に関して、有事になっても、アメリカは日本を助けることはないだろう。だからこそ、中国と友好と不可侵について総合的な理解に達することが重要であり、その後ASEAN+3(東南アジア諸国連合+日中韓)のような共同体を目指していくべきだ。それが日本にとってベストである。

もちろん、アメリカとの何も言わずに従属する異常な関係も考え直した方がいい。

このことをもっともよく認識しているのは、中曽根康弘と小沢一郎だが、中曽根はもう年をとりすぎているので、小沢が舵を取るようになれぱ、日本もアメリカ依存の体制から変わるだろう。小沢は、日本が外交面でアメリカに頼らざるを得ない、国際政治での弱さを理解している。だが、日本のメディアは小沢の徐々にでもアメリカの外交政策から距離を置こうとしている試みをきちんと評価していないのではないか。彼は大局的な見方ができる人で、物事を三次元的にみることができる数少ない有能な政治家である。彼なら、アメリカとの異常な関係を冷静に見直して、従属関係から抜け出す行動を取ると革新する。

世界的なレベルでみると、あちこちで経済的な地震が起きている。例えば、アメリカ最大の貿易相手国である中国は、近年ラテンアメリカとの関係を深めている。中国とラテンアメリカの06年の貿易額は702億ドルに上り、今までにないほど密接な経済関係になっている。このような小さな地震が世界中で起きてきており、日本は手を拱いて傍観している余裕はない。さらに政治的な面からみれば、先が見えない状態である。

今の日本の政治家は半分眠っている状態だ。アメリカとの妄想的な関係から抜け出せないでいるので、思考が止まった状態である。日本の政界が衆参ねじれ関係で不安定であることもあって、長期的な戦略を考える余裕がない状態である。その場限りの発想しかできないでいる。しかし、政治家や官僚の中には、頭できちんと理解している人がいるので、あとは日本の政治をもう少し安定させることだ。日本の政治体制はすぐに変わることぱないが、長期的な見方を行動に移せる人がトップに立たないと日本は先が見えている。

アメリカは日本との今の関係は変わらないと考えているため、余計に日本のことを考慮せずに、中国との関係を最優先にしている。日本はそういうアメリカと決別して、ドルに頼ることも徐々に減らしていくべきだ。実際にドル崩壊が起きれば、もっとも打撃を受けるのは日本ということを忘れてはならない。

 
 
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