岩見隆夫のコラム

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近聞遠見:ネット上で笑われる「菅」=岩見隆夫

 やたら、

 <崩壊>

 という言葉が飛び交っている。崩壊しかかっているのは菅政権か、民主党か、オール政治か、個々の政治家の矜持(きょうじ)か。

 緊迫アラブの余波が日本にも寄せてきた感じだ。1981年10月、エジプトのムバラクが98%の圧倒的支持で大統領に就任した時、日本の首相は<暗愚の帝王>などとヤユされた鈴木善幸だった。

 30年に及ぶ独裁政治はもちろん異常だが、この間、鈴木から菅直人まで18人の首相が入れ替わった日本の民主政治も、正常ではない。短命首相の繰り返しが、国益を甚だしく損なってきた、と誰もが憂えている。

 しかし、コロコロはまずい、という議論が通用しなくなるほど、菅首相は日増しに不評だ。野党の攻勢に加え、民主党内の内紛が足元を脅かしているが、世間も黙っていない。

 先日、ある席で、自民党の幹部が言った。

 「ネットを見ていたら、こんなのがあって、笑ったね。『伊達直人は子どもにランドセルを背負わせ、菅直人は借金を背負わせる』。他にも、伊達・菅の組み合わせでいろいろある」

 例の漫画・タイガーマスクの主人公、伊達直人名による贈り物運動、昨年の暮れから久方ぶりにさわやかな風が列島を吹き抜けた。それに引き換え、政治の風通しの悪さは、特に<直人>が共通する菅への皮肉を込めているのだ。

 次にネット上からいくつかを拾ってみる。(以下、伊達直人はダ、菅直人はカ)

 ▽ダは思いやり、カは思いつき。

 ▽ダはプレゼントを持参する、カはプレゼンで自賛する。

 ▽ダはイロイロする、カはイライラする。

 ▽ダは無言で立ち去る、カは多言で居直る。

 ▽ダは正体を語らない、カは詳細を語れない。

 ▽ダは全国に現れる、カは全国で笑われる。

 ▽ダは名を出さず行動、カは口だけ出して行動しない。

 辛辣(しんらつ)である。誰かが最初に投稿し、それが一気に伝播(でんぱ)したと思われ、これまでなかった現象だ。ネット時代の新しい政治批判スタイルとして、軽くみるわけにはいかない。

 エジプトの反政府デモでも、<ノクタ>と称する風刺小話が役割を演じた。広場にはムバラクを弾劾するノクタの掲示板ができ、人々が群がった、と本紙のコラム<余録>(13日付)が伝えている。ネット上の菅風刺の噴出もそれと似通った無名の市民の声だ。

 菅首相は初の所信表明演説(10年6月11日)で、

 「大学卒業後、特許事務所で働きながら、市民運動に参加した。ロッキード選挙で初めて国政に挑戦し、参加型の民主主義により、国民の感覚、常識を政治に取り戻すことが必要だと訴えた。志をもって努力すれば誰でも政治に参加できる。そういう政治を創ろうではないか」

 と政治を志した原点を語った。

 しかし、約8カ月後の今、市民の感覚、常識と離れたところに菅がいる。参加型民主主義どころか、市民運動家からトップリーダーに上りつめた異色の経歴が生かされず、

 <口だけ出して行動しない>

 と世間に映っているのだ。菅にとっては不本意な批評だろう。日夜、全力投球で行動している、と。

 だが、行動量だけでなく、国民は菅のすべてを鋭く観察している。その結果がネットに出た。強い自省が必要だ。(敬称略)=毎週土曜日掲載

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 岩見隆夫ホームページ http://mainichi.jp/select/seiji/iwami/

毎日新聞 2011年2月19日 東京朝刊

岩見 隆夫(いわみ・たかお)
 毎日新聞客員編集委員。1935年旧満州大連に生まれる。58年京都大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。論説委員、サンデー毎日編集長、編集局次長を歴任。
 
 

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