SS/柚原 テイル
「お誕生日おめでとうございます!」
「ああ、色々すまないな。ありがとう」
浴衣を着た先生と私がそっとおちょこを合わせる。
今日は結婚してから初めての先生の誕生日。
数か月前からこっそり計画して、私が予約した有名な温泉旅館に来ていた。
「…………あっ、先生、日本酒大丈夫ですか?」
「ああ、少しならな。温泉宿では日本酒の方が風情がある」
彼が手に持ったおちょこを男らしく一気に呑み干す。
その仕草も浴衣も、先生にとても似合っている。まるで時代劇に出てくる若旦那みたい。
私はと言えば、仲居さんが料理を運んでくる時に
「可愛い新婚さん」
なんて呼ばれて、すっかり楽しい気分になっていた。
「……うっ……日本酒、辛い……です、私にはちょっと強いかも……」
これをゴクゴク呑める先生を尊敬してしまう。
お酒の弱い私は口をつけるだけで、すぐに並ばれた料理に手を付けた。
「わぁ! このゼリーみたいなの美味しいです」
「煮こごりといって、魚の煮汁を固めたものだ。手が掛かるから、家では食べられないものだな。まあ、酒肴にするものだが……」
「あっ、先生、気付かなくてごめんなさい!」
彼のおちょこの中がとっくに空になっていたことに気づき、慌ててとっくりに手を伸ばす。
「ありがとう、だが――――」
「いいえ、今日は先生のお誕生日ですから! 最大限のおもてなしを!」
「そ、そうか……貰っておこう」
再び先生がおちょこをくいっと傾ける。
「ふぅ……しかし、よく探してきたな。とてもいい宿だ」
「はい! 色々雑誌とかインターネットの評判を見て決めたんですけど……よかったです。いいお宿で」
「ああ、囲炉裏があったり、落ち着ける雰囲気がいいな。昔ながらの祖母の家といった感じがする」
「わかります。あったかくて、ゆっくりしたくなって、動きたくなくなる感じで」
「将来的には田舎で仕事をするのもいいかもしれないな」
「はい、私は先生についていくのでどこでも……あっ、お酒、どうぞ」
「いや、これ以上は…………いや、いただこう」
こうして先生にお酒を注いでいると、本当に二人で歳を取って田舎で幸せに暮らしているみたいで、ついつい頬が緩んでしまう。
徐々に赤くなっていく先生の顔に私はまったく気づかず、何度もお酌をしていて、気付くと、二合あるとっくりの中身と料理が空になっていた。
「…………ふぅ」
「すごい量でしたね、どれも美味しかったですけど」
「そうだな……もう寝るか」
「? まだ8時ですけど……先生がそう言うなら」
疲れたのかな? と思い、宿の食事処からすでに布団の敷いてある部屋へと移動する。
先生はちょっとふらついていて、繋いだ手が温かくて……不謹慎にも可愛いと思ってしまった。
部屋へキーを差し込み、入り口を開ける。
そのままカラリと部屋の内側にある襖を開けて、私の手が止まった。
「あっ!」
二つの布団がぴったりとくっついていた。いつも一緒に寝ているのに、宿ということもあり、妙に意識してしまう。
「どうした?」
「い、いえ……お腹いっぱいになった時にすぐ寝れるから、へ、部屋出しも捨てがたいですけれど、今日みたいに……お食事処と部屋が別の宿って言うのもいいですよね」
慌てて、誤魔化すも頬の熱は取れない。先生と布団から顔をそむけた。
「そうだな。君の手料理に慣れたから、もう少し濃い目の味付けのほうが俺は好きだ」
「せ、先生!? 今、お布団の話をしてましたよね?」
「そうか? 君は浴衣が似合う」
全然、会話かみ合ってない……もしかして――――
「先生? 酔ってます?」
「俺か、俺は酔ってなどいないぞ」
振り向いて先生の顔をじっと見ると、やや目が据わっている感じがした。
「私、お水持ってきます」
「いや、いい。ここにいろ」
「あっ! 危ない……」
行こうとした手首を先生ががっしりと掴み、私はバランスを崩して布団へと倒れ込んでいた。
「せ、先生!」
目の前には先生の顔。私の身体の上に先生が覆いかぶさるような格好になっていた。心臓の音がドクンドクンと触れた体から伝わってくる。
「君の浴衣姿は反則だな」
「どうしたんですか? 急に」
「改めて君と一緒になれた喜びを再認識しているんだ」
「……嬉しいです……けど……お水をまず……あの、どいてもらえると―――」
「いいだろう、今日は俺の誕生日なのだろう……? んっ……」
少し強引に先生が私の唇を奪う。しかも、触れるだけではなく、舌が――
「先生……あっ……」
口の中を確かめるように、調べるように、舌が触れていく。そして、私の舌に絡みついた。
「んっ……あぁ……君はすべてが甘いな……」
「あっ……ああっ!」
舌が引いたかと思うと、今度は唇に先生が噛みついてくる。くすぐったさに思わず顔を横に向ける。
「せ、先生……き、今日はまだ心の準備が出来てなくて……恥ずかしくて……別に嫌ってことじゃないですけど……」
「そうか、すまない」
「い、いえ……その……そうだ! もう一回、お風呂入りましょうか……確か、貸切の露天風呂が借りれたので、一緒に……あっ! 先生!?」
確かに謝ってくれたのに、先生の行動は逆で――私の帯を外すと、頭の上で両腕をきつく縛られてしまった。
「先生!? 何を……」
「こうしておかないと君が逃げてしまいそうで怖い」
「も、もう結婚してますから逃げませ――あっ……」
腕の自由が利かない状態で、先生が私の浴衣を肌蹴つつ、体中を唇で愛撫してくる。
「君が好きだ、好きなんだ。君が思っている以上にだ」
「わ、わかってます……けど……あっ……っう!」
先生の口が胸へと到達し、先端を刺激していく。舌で転がし、時折、歯を立てる。全身に刺激が走り、体が勝手に跳ね上がってしまう。
――――今日の先生は……いつもより強引だ。
「綺麗な体だ。浴衣の中の君のほうがずっとずっと美しい……んっ……あむ……」
やがて、両方の乳房を先生が音を立てて吸い始める。手の自由がない上に、力が抜けていくような感覚に、すっかり私は抵抗できなくなっていた。
「君のすべてを縛ってしまいたくなる。醜い心を持つ俺はいつもその妄想に駆られる」
唇が身体から離れると、先生が今度は自分の帯を外し、私の足を縛り上げる。抵抗しようとしても、もう身動きが取れなかった。
「愛している……狂おしいほどに……」
「あっ……先生……恥ずかしい……」
縛られた足を持ち上げられ、秘所とお尻が露になる。いまさら恥ずかしがったとしても、どうすることもできない。
「気持ち良くしてあげよう……だから俺を気持ち良くしてくれ……」
「あ、あああっ!」
足を持ち上げられたまま、秘所に先生のものが突き立てられる。熱の塊のようなそれが徐々に中へと入ってきて、私を刺激していく。
「……温かくて……安心する……君の中は……心地いい……」
すぐに奥へと到達した先生が、すぐさま身体を前後に動かし始める。足が先生の肩に乗り掛かり、お尻を叩くように激しく腰をぶつけてきた。
くちゅくちゅと恥ずかしい水音がする。
「……我慢できない……君を刺激することを……」
初めは刺激でしかなかったものが、次第に快感へと変わっていく。体中が、一番奥へと到達するたびに、自分のものではないかのように痙攣した。
――――まだ先生は酔っているのだろうか?
今考えたところで、意味など全くない考えがふっと頭に浮かんで、すぐに快感にかき消される。快感に支配された私の頭には必要ないかのように。
「ん…………はっ……あぁ……愛してる……んん……」
先生の動きが、刺激が、頂点に達していく。それが分かり、自分の中の波も、同じように上りつめていった。
「ぁ……ん……はっ…………っ!」
私の中で何かが弾け、幸福感とともに激しい快感が押し寄せる。
その瞬間に先生が近くにいることがとても嬉しかった。
シュルリと帯が示し合わせたかのように解けて、先生が私の手首を労わるように絡めて口付ける、自由になった足もぴたりと寄せて、守るみたいに抱きしめてくる。
――――抱き合ったまま、私達は眠りに落ちた。
■ ■ ■
温かい。
とても心地良いものを抱いている――――
朝の光が差し込む部屋で、俺は名残惜しみながらも目を開けた。
「なっ……!?」
そして、驚愕する。
乱れた布団に、互いに寝間着としての意味をなしていない引っ掛けただけの浴衣。
帯がなぜか散乱している。
「昨夜は――――」
実はあまり強くない日本酒を、嬉しいあまり飲みすぎて、彼女が可愛く思えて仕方がなかったところまでは覚えている。
それから――――
「…………」
さっと血の気が引いた。俺はとんでもないセックスをしてしまったのではないだろうか?
肝心なる彼女――――妻は、気持ち良さそうな寝息をたてている。
布団をかけてやると、彼女が薄っすらと目を開けた。
「ん――――せんせ……おはようございます……」
「あ、ああ。おはよう……なあ、その昨夜のことは……は……激しかったならすまない」
俺は狼狽した。とんでもない事をしでかして、嫌われてしまったらどうしよう。
「先生? ふふっ、先生のお誕生日楽しかったですよ……?」
まどろんだ様子で彼女が笑いかけてくる。
何より愛くるしい笑顔。俺はほっと胸を撫で下ろした。
「俺も楽しかったよ、ありがとう。朝食までまだ時間がある、まだ眠っていて構わん」
「はい……」
俺がそっと額を撫でると、彼女がくすぐったそうに目を細めた。
そのままスーッと寝息が聞こえてくる。
俺は朝食の時間まで、彼女の寝顔をただ見つめながら幸せな気分に浸ることにした。
☆END☆