エジプトの反政府デモは、30日で6日目になった。カイロなど主要都市では警察に代わり国軍が治安監視に当たっているが、商店などで略奪が横行、一部で「無政府状態」になっている。一方、市中心部などでは、国軍兵士とデモ隊が仲良く交流する奇妙な現象も起きている。背景には、内務省管轄の治安部隊(警察)と国軍、それぞれに対する市民の認識の違いがあるようだ。【カイロ樋口直樹、和田浩明】
ムバラク政権打倒の声が響くカイロ中心部タハリール広場。だが、その政権の「先兵」であるはずの国軍に対し、反政府デモ参加者はむしろ好意的だ。29日も、デモ参加者は、戦車や装甲車を取り囲み、兵士らに話しかけ手を振った。移動する軍用車両の上に鈴なりになって、「ムバラクは去れ」のポスターや兵士と一緒にエジプト国旗を打ち振る人たちの姿もみられた。
国軍人気の理由について、カイロのある男性はこういう。「国軍はイスラエルとの中東戦争で最前線で国土と国民を守ってきた。第4次中東戦争(1973年)で、イスラエルを打ち破り、シナイ半島返還に結びついた。彼らは英雄さ」
エジプトが徴兵制を敷いていることも背景にある。選抜式徴兵制で、男性は1~3年間兵役につく。大半が軍の活動を実体験するため、「親近感を持つ者が多い」(西側軍事専門家)。
とはいえ、国軍は、空軍出身のムバラク大統領の権力の源泉であることは間違いない。国内各地で続発する反政府デモにもかかわらず、大統領が退陣要求を拒否し続けられる最大の理由の一つは、国軍からの支持だ。
タハリール広場でデモに参加していたアハメドさん(38)は「確かに軍は撃つかもしれない。それでも我々はムバラクが去るまで、ここにとどまる」と意気盛んだ。
国軍の人気は内務省に属する警察など治安部隊に対する憎しみとは対照的だ。本来、国軍はイスラエルなど外国の攻撃から国を守る組織であるのに対し、内務省の治安部隊は、住民監視が主任務だ。
治安機関は今回の騒乱以前も、約30年間施行されたままの非常事態令で付与された大幅な権限で、令状なしの身柄拘束や拷問などを日常的に行ってきた。こうした治安機関は、国民にとり恐怖や憎しみの対象だ。また、職業軍人に比べ警察官は給料も低く、教育を十分に受けていない者も多い。国民の尊敬の対象になっていない。
治安部隊の方が、より直接的な「民衆の敵」として認識されている。軍歴のあるカイロ住民のアデルさん(40)は「国軍が好かれているというより、警察が嫌われているのさ」と語った。
カイロなど複数の都市で街から警官が姿を消し29日夜から30日朝にかけて、商店や事務所などへの略奪行為が多発した。住民は自警団を組織し、鉄パイプやこん棒などを手に徹夜で警戒に当たった。
地元メディアなどによると、治安維持の権限は警察から国軍に移り、警官に代わり兵士が街頭に展開することになった。だが、軍は人が集まりやすい広場や大きな交差点などに兵士や軍車両を配置しただけで、市民生活の治安維持は事実上、野放し状態になっている。
「すぐに(国軍)兵士が来る。それまでは自分の手で家族や財産を守らなければ」。外国人も多く住む高級住宅街ザマレクで29日夜、音楽家のアフマドさん(40)は、こう言った。片手に譜面台用の鉄の支柱、もう片方の手には小型の消火器を握り締める。10人ほどの自警団はつえや物干しざおで「武装」、道路に障害物を置いて車やバイクを止め、身元確認などを行った。
「警官の制服を着た男を見たら疑ってかかれ。警察車両が襲われ、制服や武器が奪われたという話がある」。深夜、別の自警団のメンバーからこんな情報が寄せられると一気に緊張が高まった。闇の中でも誰が自警団か分かるように、全員が左腕に白い布を巻き付ける。未明まで街頭のスピーカーから自警団への参加を求める声が響き渡った。
結局、30日朝になっても兵士は現れなかった。夜通し警戒に当たった住民の表情には、疲れとともに怒りの色も浮かんだ。会社員のシャリーフさん(25)は「ムバラク(大統領)は市民生活を守ると言ったのに、ウソだった。完全な体制刷新で民主的な政権を発足させるしかない」と語気を強めた。
なぜ警官が撤収し、国軍の展開が遅れたのか。デモ隊との衝突で市民の信頼を失った警察に代わり、国軍が治安維持を一時的に担うことになった。しかし、普段、国内治安維持を主任務にしていない国軍は街の隅々まで監視するのには不慣れだ。
いずれにしても治安悪化を招いたことに違いはなく、市民の間からは「反政府運動に対する懲罰の意味合いもあるのでは」とのうがった見方も出ている。
毎日新聞 2011年1月31日 東京朝刊
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