2011年1月18日 10時25分 更新:1月18日 10時58分
米外交機密公電を次々と暴露し、ホワイトハウスにとって「最も危険な存在」になった男は、スパイ小説もどきの「ハニートラップ(甘い落とし穴)」に陥ったのか--。内部告発サイト「ウィキリークス」の創設者、ジュリアン・アサンジ容疑者(39)=保釈中=が問われているのは強姦(ごうかん)や性的虐待など。事件の舞台となったスウェーデンで一体何があったのか。【ストックホルムで樋口直樹】
次第に明らかになってきた容疑の「実態」は、意外にも凶悪なイメージからかけ離れたものだった。事件の核心は、避妊具の装着などを巡る知人女性とのトラブル。国際刑事警察機構(ICPO)まで動員して国際指名手配されたのは、事件の内容よりもむしろ、アサンジ容疑者の国際的な重要性によるものとみられるゆえんだ。
捜査資料を基にしたという英ガーディアン紙などの報道によると、事件は昨年8月、ストックホルムへの10日間の講演旅行中に起こった。アサンジ容疑者はスウェーデン入りをアレンジした女性宅に泊まり込み、性的関係を持つ一方、講演会に参加した別の女性ともほぼ同時期に関係した。いずれも性交渉自体は当事者間の合意によるものだったが、アサンジ容疑者は避妊具の着用に反対した。
最初の女性によると、アサンジ容疑者は結局、避妊具の使用で同意したが、同容疑者が事前に避妊具に「何かをした」(女性)ため破れてしまった。2人目の女性の話では、交渉は数回に及び、うち1回は女性が眠った状態の時で、「意思に反して」避妊具も使われなかったという。
アサンジ容疑者側は避妊具への細工を否定。2人目の女性についても、女性側の積極的なアプローチを強調するなど、容疑を全面的に否認している。
女性側の訴えは一見軽微のようだが、男女同権社会の意識が強いスウェーデンでは性犯罪の定義は広い。
例えば強姦罪。日本では「暴行または脅迫」によるなどと定義されているが、スウェーデンでは睡眠や飲酒などで意識のない相手との性行為も強姦とみなされうる(日本では準強姦罪)。
また、同国の犯罪事情に詳しいジャーナリスト、ワフルベルク氏は「たとえ合意による性交であっても、女性側の意に反して避妊具を使わなければ、性的虐待に問われる可能性がある」と指摘する。
一方、スウェーデンでアサンジ容疑者の逮捕状が発付された後、いったん取り下げられ、再び手配された不自然な経緯や、最初の女性と米中央情報局(CIA)の関係を指摘する未確認情報などもある。容疑者の支持者らが事件について「信用失墜を狙った米情報機関などのハニートラップだ」と信じる根拠のひとつだ。
アサンジ容疑者は自ら警察に出頭し、逮捕された英国の裁判所で、スウェーデンへの身柄引き渡しに反対している。「米国への引き渡しにつながる可能性もある」と恐れているからだ。
アサンジ容疑者側の主張を受け、国際的な支援の輪も広がった。ただ、事件現場となったスウェーデンでは、「報道の自由」におけるウィキリークスの「功績」と、今回の個人的な事件を切り離して考える冷静な見方も根強い。英字紙ザ・ローカルのサベジ記者によると「政府と検察は適切な距離を保っており、国民の多くは『陰謀説』をそれほど信じていない」と言う。