2011年1月16日 21時54分 更新:1月16日 23時27分
新人のリコール団体元監事、西平良将氏(37)が前市長、竹原信一氏(51)を破って初当選を決めた、16日の鹿児島県阿久根市の出直し市長選。2年半近く続いた竹原市政に終止符を打ったのは、議会ではなく、リコール運動を展開した市民だった。だがこの間、市は二分され、乱発した専決処分など竹原市政の「負の遺産」も残る。2月20日には議会解散を問う住民投票も控えており、市政の正常化には、まだ時間がかかりそうだ。【河津啓介、村尾哲、馬場茂】
「長い長い1年間でした。いろんな方に協力してもらい、こういう結果を勝ち取りました。感謝です」
初当選を決めた西平氏は、同市港町の選挙事務所で、共に歩んだ若い仲間に謝意を示した。市長リコール運動から共に活動し、選対責任者を務めた川原慎一氏(42)は「ようやく阿久根に正月が来ます。若い仲間たちをほめてやってください」。2人は抱き合って喜びをかみしめた。
竹原市政の「暴走」を止めようと動き始めたのは約1年前。最初の仲間は「わずか5人だった」。議会を招集せず専決処分を乱発する竹原氏に対し、議会は歯止めになれなかった。川原氏を代表に立て市長リコール団体を結成し昨年8月、署名活動に着手。西平氏はリコール成立を信じ、一足早く9月、出直し市長選への出馬を表明した。知名度では竹原氏に遠く及ばない。ゼロからのスタートだった。
「転機は昨年12月の住民投票」と川原氏。有権者半数を超える1万197人分の署名で実現した住民投票に楽観ムードが漂っていた。竹原氏にレッドカードを突きつけたが結果はわずか398票差。「惨敗に等しい。甘かった」と西平氏。「対立から対話へ」を掲げて臨んだ市長選。危機感をバネに巻き返した。
やがて選挙に関心のなかった若者たちが西平陣営の中心を担うようになる。市内の有力商工業者や反竹原派市議らも水面下で協力した。川原氏は「5人だった仲間が今は10倍以上。みんなが阿久根の将来のために行動してくれた」と語った。
一方、竹原氏は午後10時すぎ、阿久根駅近くの事務所で報道陣の前に姿を見せた。「選挙で市民が成長したと思うか?」との質問に「成長した部分もあれば、だまされた部分もある」。誰がだましたのか問うと「あんたたち(報道陣)」と語気を強めた。今後の活動には「まだ考えられない」と述べた。
市民の批判は竹原氏と対立した市議会などへも向く。西平氏の支持者からも「市民のための政治を」との注文が相次ぐ。西平氏には、市議会解散の是非を問う住民投票などまだ試練が続く。
鹿児島県阿久根市で2年半近く続いた「竹原劇場」が閉幕した。公約実現のためなら議会や法も無視する竹原信一前市長(51)の「暴走」を市民が止めた。地方自治の主役は市民だ。リコール運動から出直し選まで、土壇場で民主主義の持つ回復機能が発揮された。
阿久根は典型的な「疲弊する地方」だ。景気低迷、議会や役所への不信感--などが竹原劇場の母胎だった。竹原氏の前任市長の12年間、議会が否決したのは人事案1件だけ。そんななれ合い市政に距離を感じていた人々は竹原氏の「改革」に狂喜した。官民格差解消と称した市職員ボーナス半減や議員日当制は痛快で、ゴミ袋や保育料値下げ、減税などは恩恵と映った。
だが、手法は物議を醸し続けた。反対派との対話を拒み、支持者とも相談せず政策はほぼ独断。意図的に議会を開かず、重要施策を次々と専決処分した。二元代表制の根幹は揺らぎ、民主主義に潜む危うさを露呈した。
竹原氏の退場は、市民が従来の市政を肯定したのではない。厳しい目は市議会にも向けられ、2月20日には議会解散を問う住民投票がある。市政混乱の原因は竹原氏だけでなく議員たちにもある。
「竹原劇場」が投げかけたのは「市民の思いをくみ取れているか」という地方自治への問いかけだ。疲弊する地方は阿久根だけではない。今春、統一地方選を迎える議会や首長は、住民の負託に応えているかを改めて問われる。市民もまた「劇薬」に潜む危険を見極める力が試される。阿久根の例が示すように「暴走」を止めるのは容易でないからだ。【河津啓介、村尾哲】
鹿児島県阿久根市の出直し市長選に投票した有権者に投票先を尋ねた。「竹原市政」の是非を巡って市を二分した選挙戦。西平良将氏を「市の将来像を示した」と期待する声と、竹原信一氏を「市を変えられる」と評価する声とに割れ、複雑な民意が浮き彫りになった。
行政経験のない新人の西平氏だが「新しい人で再スタートを」と前向きな評価にもつながっていた。建設業の女性(60)は「竹原さんはやり方がむちゃくちゃ。改革は必要だが、あれは破壊」と語気を強めた。男性会社員(53)も「市職員の給与カットなどは良いことだが、自分勝手で子供のようだ」と語った。
一方、竹原氏へ投票した人に共通するのは「阿久根を変えてほしい」との思い。「昔の市長はなあなあだった」「市職員の対応が見違えるように(良く)なった」と以前の市政への不満があふれた。無職男性(65)は「暮らしにお金がかからないように減税するなど期待できる」と「実績」を評価した。
ただ、投票先を明かさずに足早に立ち去る人も少なくなかった。ある高齢女性は自転車にまたがりながら「話したいけど、今は面倒な時期だから」と苦笑した。【河津啓介】