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[25916] 【ネタ】新婚譚 月嫁 Ms.Moonlight 第10話【当たり障りのない型月SS】
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/19 23:29
拝啓、ネオアミバです。
バトルものが飽きてきたので暇つぶしに書いてみたナンセンスなSSです。
まあ、タイトルは明らかに『ハトよめ』のパクリです。

あくまで暇つぶしに書くSSなので、更新は非情に稀です。
飽きたら消します。
よって設定もテキトーです。



人物設定(更新あり)

遠野志貴…
無計画でアルクェイドと駆け落ちした甲斐性なし。現在は探偵事務所でだらだら仕事をしている。

アルクェイド…
志貴と同棲中。良妻賢母を目指すものの、たまに間違った方向に行く。

レン…
志貴とアルクェイドを、時には冷ややかな眼で見守る黒猫。

岡崎渚…
隣の部屋の奥さんで、優しいけどやや世間ズレしている。

国崎…
志貴の職場の先輩①。力持ちで面倒見はいいが馬鹿。

伊吹…
志貴の職場の先輩②。見たまんま子供だが、志貴より年上。



[25916] 第1話 …現に舞い降りた無職
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/09 20:25
最近は都市化が進んでいつつも、どこか田舎臭さが拭えない街。
この物語の主人公、遠野志貴が存在するのは、その田舎町にはそぐわない、シャンデリアと高そうな抽象画が飾られ、赤の絨毯に敷き詰められたている部屋。

そう、ここはとある不動産会社の社長を務める、とあるグループの総帥の部屋だった。

その総帥はいかにも高そうな黒のソファーにふんぞり返りながら、これまた高そうな机を挟んで遠野志貴と対峙していた。
志貴の隣には、白の服に紫のロングスカート、そして金髪の外国人…もとい吸血鬼、アルクェイド・ブリュンスタッドが立っている。
そして志貴の肩にはアルクェイドの使い魔である黒猫『レン』がしがみついていた。



「とりあえず、お金はあんまりないんで、出来れば格安のアパートがあったらうれしいんだけど…」

志貴の口からは若干情けない声が総帥に向けられる。
そんな志貴と対峙していた総帥は志貴とは旧知であるらしく、親しみを込め言葉を発する。



「……なにやら『ワケあり』のようだな。七夜…じゃなくて、遠野君とブリュンスタッド君」

『ワケ』…
志貴の実家、遠野家はいわずと知れた名家であり、その嫡男である志貴が何ゆえに格安アパートを借りなければならなかったのか。

「アハハ。まあ、原因は志貴にあるんだけどね」
「…しょうがないだろ。俺の家だって『いろいろ』あるんだから」

隣で茶化すように笑うアルクェイドに、志貴は若干不満なのか、『いろいろ』を強調して反論する。



「気持ちはわかるが……」

まるで夫婦喧嘩を御するかのように、会話に割ってはいる総帥。

「妹との確執が怖いからといって駆け落ちはないと思うのだが」
「そ…そのくらいわかってますよ…」

総帥は志貴が格安アパートを借りたがる理由はご存知のようだった。
志貴の妹『秋葉』はブラコンであり、その大切な兄を奪うアルクェイドはまさに仇敵以外の何者でもない。
その間に挟まれる重圧に耐えるすべを知らなかった志貴は、二人の明るい夫婦生活(まだ籍入れてねーよ)を守るためにアルクェイドと駆け落ちし、知人を頼りこの田舎町まで来たのだとか。



とりあえず、そのまま部屋で話をする三人。
レンは部屋の日陰の方で昼寝をしている。

「でも、私は妹さんともこれから家族になるんだし、仲良くしたいかな」
「(それができる可能性が1パーセントでもあったら、駆け落ちなんてしないっての!)」

非情に呑気な発言をするアルクェイドに、心の中で反論する志貴。
彼女は所詮吸血鬼であり、人間の常識はあまり通用しないようだ。

「まあ、遠野君だって、妹君の様子は気になるのだろう」
「そりゃあ、まあ、黙ってればかわいいですからね」

まるでカウンセラーのように優しく志貴を諭そうとする総帥。
その総帥の問いに対する志貴の答えも、偽らざる本音なのであろう。



「志貴はシスコンなのに、やせ我慢してこんなとこまで来てさぁ」

この流れで、再び志貴を茶化す言動を取るアルクェイド。

「誰がシスコンだ莫迦!」
「どうみたって、この中じゃ志貴しかいないでしょ?」

以下、志貴とアルクェイドの不毛な口げんかがしばらく続く。
まあ、夫婦喧嘩は獏も食わないというわけであり、総帥も今回は仲介に入らなかった。







「遠野君は甲斐性なしにも財産を一切持たずに逃げたのだが…彼女が金持ちなので、家賃の問題はない…と。別に格安のアパートでなくてもいい気はするのだが……?」

二人の口げんかが終わったところで、総帥は話を本筋に戻す。
総帥は二人の資力を既に調査していたようで、アルクェイドの資産を考えても家賃の取りっぱぐれはないと判断した総帥は、高いマンションを志貴らに勧める。
それに拍車をかけるようにアルクェイドは「人間が一生遊んで暮らすだけの財産はあるから、大丈夫だって」と志貴を説得する。

「でも俺、なんだか情けないなぁ……」
「まあ、如何せん、君はこのままだと、確実にただの紐だからな」
「………」

自分の情けなさを恥じる志貴に対し、総帥は容赦のない言葉をかける。
しばらくは項垂れる志貴ではあったが、自分は働かず、真祖の姫君とはいえアルクェイドに負担をかけさせるなど、志貴の男のプライドが許すはずもない。



「な、何かいい就職先ないですか!!」
「そういわれても、僕は企業の人事にはあまり関与していないのだよ…」

この総帥は不動産だけでなく、いろいろな事業をやっている。
志貴は焦燥感丸出しで総帥に就職のつてを探るも、上手くはぐらかされる。

「人間って、変なところでプライド高いよね」

あくまで自分が家賃を払いアルクェイドを守りたいと願っている志貴に対しての、アルクェイドの偽らざる本音であった。


「貧血もちで、いつ倒れるかわからない…さらに殺人狂の部分もあり、精神不安定……」
「誰も雇うわけない……か」


しかし、現実はなんとも厳しいものである。
総帥とアルクェイドの言葉で、心はダブルボギーの志貴。
とりあえず、レンのみは志貴擁護派のようであり、慰めたいのか志貴の肩に再び乗っかり顔をなめる。

「………」
「気にすることないって。いいじゃん、二人でいれる時間が増えるんだし」

これは男が言えば非情に格好のいいセリフであろうが、たとえ真祖とはいえ女性にこのような言葉をかけられる辺りが、無職の紐の哀しさを如実に物語っている。



「で…でもな…子どもが出来たとき、親が無職だったら格好悪いだろ?」

そのアルクェイドの言葉に、もっともらしい反論をする志貴。



「や…やだ、志貴!こんなところでプロポーズッッ!?」
「い…いや、まあ………」

無論、その志貴の決意は『いろんな意味』でアルクェイドの心に届いたようだ。
照れ隠しに、志貴の背中をバシバシたたくアルクェイド。



「とても、無一文で駆け落ちした男の台詞とは思えぬがな」

このバカップルどもを目の前に、もう死ぬまでやってろとばかりにやさぐれる総帥であった。
なんにせよ、『アルクェイドを殺した責任』を取るつもりの志貴は、これまでは多くの敵と戦ってきたわけなのではあるが、今度は社会の荒波と戦わなければならないわけで……



[25916] 第2話 …特技はイオナズンです
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/10 21:26
「まあ、ペットもOKで格安アパートというと……うーむ…」

ここは地味に都市化が進む田舎町の、大企業の総帥の一室である。
この物語の主人公、遠野志貴は無一文でアルクェイドと駆け落ちをし、知人の総帥に住居と就職を頼っていた。

「ああ、ここがいいな。六畳1Kユニットバスで28,000円、無論ペットも可だ。敷金礼金保険金、その他共済費は……」

そういうと、総帥は机の上にパンフを広げ、それを志貴とアルクェイドに見せながら、そのほかの経費について自信満々に説明をする。

そのパンフに写っている写真…
それはそれは、純白の壁と外付けの階段が特徴の、なんとも綺麗な2階建てアパートでございます。
その上ペット可で28,000円……



よくよく考えれば、そんな上手い話があるわけないと志貴たちが気づいたのは、そのアパートに到着した後であった。



「………」

絶句した志貴の目の前にあるのは、確かに外付け階段が特徴の二階建てのアパートであった。
しかし、その純白の塗装は所ところ剥げており、壁面にはヒビも入っている。
おまけにこうも人の気配もない有様では、ペット可というのもなんとなく合点がいった。

「本当にボロアパートだな…。低家賃の割には空きも多いし…」

その閑散とした様子を見て、ようやく志貴の口から言葉が発せられる。

「でも、私は結構気に入ったかな」
「え、本当に!?」
「こんなことに嘘ついてどうするの?」

しかし、こんなボロアパートでも気に入ったのか、アルクェイドは猫っぽく笑う。
さすがは吸血鬼。
志貴と同じ元ブルジョワといえども、その環境の適応力が違う。
彼女なら、例えホームレス生活になったとしても呆気らかんとしているのであろう。

「それに、向こうの世界にいたときから、こういうの憧れてたんだ」
「え?」

この鼠やGが出てきそうな環境の、どこに憧れの要素があるのであろうか…?
吸血鬼の考えていることは、非常に不可思議でありよく分からない。



「赤い手ぬぐいマフラーにしてさ、一緒に銭湯行って、私がいつも待たされるの♪」
「神田川かよ!!」

思わず突っ込む志貴。
何故アルクェイドが南こうせつの『神田川』を知っているのだろうか?
おそらくアルクェイドの未来予想図の1コマには、志貴に24色のクレバスを買ってあげ、似ていない似顔絵を描いてもらっているというビジョンがあるのであろう。
それはそれでなんとなく嫌なものがある。



とりあえず新居に入る志貴とアルクェイドと使い魔(ペット)のレン。
中は意外にもまともであり、床の畳もなんとなく志貴たちの心を和ませる。

その後はリサイクルショップなどで新居の家具を揃え、夕飯の材料も整え、再びアパートに戻ったのは夕方であった。



「とりあえず、後は就職活動を頑張るわけだが」

早速志貴は、買ってきた丸いちゃぶ台の上で履歴書を書く。

「えっと……職歴・資格なし…、特技・直死の魔眼…、自己PR・どんな『モノ』でも殺せる……」
「……そんな特技書いたらどこも雇ってくれなくなるよ……」

履歴書を覗き込み、その志貴の後ろで茶化しながらくっついてくるアルクェイドに、ため息混じりに志貴はつぶやく。

そんなこんなで駆け落ち・同棲生活の一夜はふけていく。
まずは先行き不安ではあるが、就職に向け決意を固める志貴であった。



[25916] 第3話 …『本』末転倒
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/11 23:58
「……はぁ…やっぱりダメだったか……」

朝っぱらからため息をつきながら投函ポストを眺めるのは、ボロアパートの家主の志貴である。
この日は17社目の面接の採用通知が来るはずであったのだが、どうやらそれは不採用通知だった模様。
中途で職歴・資格なしの人間が雇われるほど、世間は甘くなかった。

「働かざるもの食べるべからず……人間って面倒くさいわね」

一方のアルクェイドは全く意に介することなく、朝っぱらから『ものみんた』を見ながら朝食のサンドウィッチを頬張っている。

「いいじゃないの。仕事なんて貯金が尽きてから考えればいいじゃない」

落ち込んで部屋の戸を開ける志貴に、アルクェイドは何とか励まそうとしているのであろう。
しかし、所詮は吸血鬼。
人間界の無職に対する世間体の冷たさには、恐ろしく鈍感である。



「あーあ。しょぼくれた志貴なんて、見てもつまんないから外に出て新鮮な空気でも吸ってこよーっと」

ちゃぶ台にすわり、新しい履歴書を書く志貴を尻目に、入れ違いに外に出るアルクェイド。
そこで彼女は、あるものを目撃する。

「しおちゃーん。いってらっしゃーい」
「はーい」

この光景を提供しているのは、志貴たちが引っ越すよりもだいぶ前から暮らしているお隣の『岡崎一家』である。
ちょうど、一人娘の小学校の登校の時間であり、活発そうな少女がお母さんに見送られながら慌しく部屋を出て駆け出していく。
『岡崎一家』は夫婦と小学生の子供一人の三人で住んでおり、子供も大きくなってくるのでそろそろ引越しも考えているのは余談である。

アルクェイドも、数年後にはこうして子供が出来てこういう家庭を作るのかなーと(そもそも人間と吸血鬼で子供が出来るのかどうかは不明)考えていた。
…その時であった。

「じゃ、俺も行ってくるから」

娘が出て行ってから少し後、こんどはお父さんが仕事に出ていくところである。

「いってらっしゃい、あなた」
「渚、行ってきますのコレ、忘れてない?」
「え!?あ、アレやるんですかっ!?は、恥ずかしいですけど、朋也くんが望むんでしたらっ」



ズキュゥゥゥウウウン



「―――い、いってらっしゃい……です」
「―――お、おう!渚も気をつけろよっ」

なんと、いまどき夫婦としてはかなりのベタである、いってきますのチュウである。
妻は非常に顔を赤くしており、夫も照れながらも元気いっぱいで通勤するのであった。






そこにシビれる!あこがれるゥ!…のが、やはりこの人である。






「ねえねえ!志貴!!早く仕事見つけてよぉ!!」
「ど、どうしたんだ急に!?そ、そりゃあそうしたいけどさあ…!?」

ちゃぶ台の前で座り込み履歴書を書く志貴に、後ろから抱きつき甘えた声で『おねだり?』するアルクェイド。

「それでさ、私が志貴を見送るときに『いってらっしゃいのチュウ』をするのっ!」

…しかし、原因は至極自分の欲求に素直なものであった。






「……ま、まあ、動機はともかくとして、俺の就職活動を応援してくれるのはとってもうれしいよ……」

時は昼過ぎ。
改めて、ちゃぶ台をはさんでアルクェイドと向かい合って座る志貴。

「……だからって…こんな部屋が埋まるほど『求人雑誌』持ってこなくていいんだよ……」

引っ越して数日も経たないうちに、志貴の部屋は求人雑誌だらけのゴミ屋敷と化していた。
そもそも、部屋が埋まるだけの求人雑誌を一体どこから持ってきたのであろうか……?
まあ、おそらくはアルクェイドが総帥に頼んで大量に取り寄せてもらったのだろう。

「でも、これだけあれば一社くらいは雇ってくれるところ見つかるわよっ」
「その前にこのアパート追い出されるだろっ!!」

それ以前に、寝場所もなければ飯を食う場所もない。
ただただ黒猫のレンだけが、雑誌の山の中で暖を取って幸せそうに眠っていたのが救いであろうか……。
っていうか、こんなことしているくらいなら、総帥に頭の一つでも下げてでも仕事をもらったほうがまだ手っ取り早い気がする。

とりあえず、志貴の前途多難な就職活動は、まだまだ続くわけで。



[25916] 第4話 …カマキリ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/13 18:55
ボロアパートの一室。
アルクェイドが文字通り山のごとく求人雑誌を持ってきてゴミ山にしてしまったため、それを片付け夕食を終えたころにはもう既に21時を回っていた。
ちなみにこの日の夕食はカップめん。
どこまでも貧乏な同棲生活であった。

「とりあえず中途OKで条件が厳しくないところを選んだんだけど…」

そういって、アルクェイドは捨てずに取っておいた求人雑誌を開き、黒マジックで丸で囲ってある項目を志貴に見せる。

「ほら、『ツヨシ工業』ってとこ。男なら誰でもOKってかいてあるよ。給料も高いし……」
「いや、ダメだろ。なんで写真に写ってる社員がみんなマッチョで全裸なんだよ。明らかにオカシイだろ……」
「じゃあ、この『帝愛グループ・ニコニコ銀行縞長市支店』は?」
「どう見ても『ブラック』だろ…。業績不振なら『地下王国』逝きになりそうだし」
「むー…それじゃあ、この海馬コーポレーション・管理部はどう?」
「わっ…!すごい一流企業じゃないか!!何でそんなところが条件厳しくないんだ!?」
「えっと…主な仕事は『社長のカードを管理、手入れなど…』」
「それって、ようするに誰もやり手がいなくて条件緩和してるだけなんじゃないのか?ある意味ブラックよりキツいぞ……」

ちょっとでもカードを傷つけてしまえば、社長に「レアカードに疵がついたわ!!」と殴られた挙句に美食家の魚の餌にでもされるのだろう。



「もぅ!選り好みしてたら就職なんて出来ないんだからね!!」

そんな現実など露知らず、アルクェイドは頬を膨らませながら違うページをめくる。
その様子を見て志貴は「お前が変なのばっかりに印つけるからいけないんだろうが!!」といいたかったのだが、円満な同棲生活を営むため突っ込むのを止めた。



ピンポーン…



この微妙な空気の中、夜分遅くにお客さんである。

「はーい。どちらさまー?」

アルクェイドが玄関のドアを開けて出迎える。
コレが見知らぬ人であれば、いきなりの金髪外人さんが流暢な日本語で出迎えるわけなのだから、驚くことは間違いないであろう。

「やあ。近くに寄ったから様子を見に来たのだよ」

幸いにも、客人は二人とも見知った総帥であった。







「なるほど…。まあ、たしかにこのご時勢、簡単に職が見つかるものでもないしな……」

総帥は、先ほどまでの話の経緯を聞きながら、自前で用意したミルクティー(スリランカ茶葉)を淹れ、それを優雅にすする。
一応、アルクェイドはお茶を出したのだが、総帥曰く「お茶は苦くてあまり好きではない」とのことだった。
この光景を見て二人は「この総帥はいつもティーセット一式を持ち歩いているのか」と疑問に思ったが、あえて聞かないことにした。

「本来であれば、解体屋なんかやらせてみたい気もするのだが、さすがに仕事のたびに『命』削ってたらキリがないしな……フフ……」
「笑い事じゃないですよ……」

総帥の含み笑いに、やや脱力した漢字で答える志貴。
一応、総帥は『直死の魔眼』の作用副作用についてはご存知のようであった。

総帥はしばらく二人を交互に見た後、今度は眉間に人差し指を刺し、しばらく考える素振りを見せる。
その顔からは先ほどの含み笑いは嘘のように消えていた。
そして意を決したのか、総帥の口が重々しく開く。

「まあ、僕のところも一応働き口はないのではないが……」
「えっ!?本当ですか!!?」

志貴は餌に群がるピラニアのごとく、総帥の話に食いついた。

「まあ、僕の財閥は、表向きは不動産なり金融なりやっている企業グループなのだが、まあ、裏というか、一応、非合法で研究機関も設けてはいるのだ。無論、表向きは医療研究機関なのだが」
「………」

さっきまでとは打って変わり「聞かなければ良かった」とばかりに志貴は沈黙する。

「この研究は、僕と一部の政府関係者のみ関わっているものなのだが……。まあ、その関係でいいなら、君に仕事を紹介してもいいかもしれない」

しかし、その言葉の裏腹に、どうも総帥の言葉は明朗としない。
どちらかといえば、あまり志貴を巻き込みたくなかったというような口調である。

「ち、ちなみに、どんなコトやってるの?」

一応、大事な志貴を案ずる身としては、その仕事内容は聞いておきたいところである。

「それは今の段階ではいえないが……、まあ、将来的に必要になる研究ではあるし、今も必要としている人はたくさんいるということは確かだ」

それは総帥の判断なのか、それとも政府の意向かは分からないが、とにかく現段階では機密事項であり、空気を呼んだアルクェイドはその研究についてはこれ以上質問することはなかった。

「一応、遠野君には研究機関の『調査局』に勤めてもらいたい。まあ、業務は探偵みたいなものだ」
「探偵ィ!?」

いきなり明日から「探偵やれ」などといわれ、志貴でなくとも青天の霹靂、驚かざるを得ない。

「ちなみに言っておくが、探偵になったからと言って別に殺人事件に巻き込まれたりするわけじゃないから安心してくれ。推理モノと言えば殺人事件しか起きない陳腐な推理モノが嫌いなのだよ」
「誰もそこまで聞いてませんって…」

総帥の手前勝手な持論に志貴は突っ込むも、意に介さぬように話を続ける。

「とりあえず、必要な書類や契約などについては明日にでも郵送で送ろう。後はそれを所持して勤務先に来てくれればいい」
「は、はあ……」

志貴にそのことを伝えると、あとは帰り支度を始める。
先のティーセットも綺麗に片付け専用のケースに収納する。
結局アルクェイドの出したお茶は飲まずじまいだった。



総帥が帰った後、誰もいなくなったドアを見つめ、誰に言うでもなく…

「探偵…かぁ…」

と、膝にレンを乗せながらため息をつく志貴。

かくして、志貴の事情を知る総帥の粋な計らいにより志貴の就職は決まったわけで。
待っているのは天国か地獄かリストラか……
とにかく、この仕事に関してはあまりいい予感はしない志貴であった。



[25916] 第5話 …Dreamers message for you
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/13 21:40
ひとまず、総帥との契約を終え就職先から帰ってきた志貴。
一応は契約社員ということではあるが、まあ、社会保険はだいたい完備してあり、日給も8000円とそんなに悪くはなかった。

「これが正社員なら月給なんだろうけど……」

とりあえず、雇ってもらったのだからあまり文句は言ってはいけない。







こうして仕事を始めてから一週間が過ぎた。

「ただいまー……」
「おかえりー。晩御飯できてるわよーっ」

帰宅するや否や、スーツを脱ぎ小さなちゃぶ台に座る。
このアルクェイドの料理は、特に上手いというわけでもないが、下手なわけでもない。
しかし、この素朴さがいいのであろう。
どんなおいしい料理だって、それが毎日続けば感覚も麻痺してくるのだ。

「ねえねえ、探偵ってどんな仕事なの?」

日本では、あまり妻が夫の仕事に口出しするのは良くないことではあるが、まあ、それはやや古い慣習ではあるし、志貴もそこまで気にしてはいない。

「なんだか騙されたってかんじだな。探偵っていうからもっと『あの時(ロア事件)』とまでは行かないまでも、それ相応の世界を覚悟してたんだけど、やっていることといえば、書類まとめや過去のケースを読んでのレポートの提出ばかりだからな」
「まだ仕事初めて一週間だから、そんなものかもね」
「まあ、確かに。一応、仕事が慣れたら『顕在化されていないニーズ』の調査なんてのも出てくるらしいけど……」

その仕事は、意外にも地味なものであり、探偵というよりは社会福祉事務所の指導員的な仕事がほとんどである。
所詮、格好良く推理したり闇の組織と戦う探偵なんてのは、小説でしかない。

「でも、いいじゃん。こうして静かに悠々自適な生活ができるんだからさー」

このアルクェイドの言葉が、どれだけ志貴の救いになっているのか。
とにかく、これで無職は脱出。
後は正社員になるべく次の一歩を踏み出す志貴であった。







翌日の仕事場。
その仕事場は、大企業の隠れ研究機関の事務所とは思えないほどの、小さなアパートの一室の事務所であった。
勤務時間は朝の8時から夕方5時であるが、仕事が残っているときはサービス残業扱いとなり残業代は出ない。
一応、ここには志貴のほかに調査員は数人いるも、そのどれもが自分のように、どこか『余された』挙句にここに辿り着いたような面々であった。

「おはようございます」

「あああ!!ケース提出めんどくせー!!!」
「国崎さんの場合、ケースじゃなくて『しまつしょ』ですっ!早く書いて『一ノ瀬所長』に提出するのです!!」

志貴が部屋のドアを開け挨拶をすると、そこでは志貴の同僚である黒のTシャツを着た大柄の男性社員と小柄で子供っぽい女子社員が、朝っぱらから口論をしていた。

「朝からどうしたんですか?『国崎』さんに『伊吹』さん」

この男性社員は国崎、女子社員は伊吹という名前らしかった。
いずれも志貴よりは年上なのではあるが、その精神年齢はいずれも非常に幼い。
なんだか二人とも探偵には不向きな人材ではあるのだが、総帥は何を以って彼らを探偵として雇ったのか、甚だ疑問である。

「ああ、聞いてくれよ遠野。実はこの間珍しい黒ネコ見つけてだな。それを捕まえて研究室連れてけば、給料アップのウッハウハになると思ってたんだ」
「うん…」
「それでその猫捕まえたら、急に黒いゴスロリみたいな服着た人間にななって、それを周囲に目撃されたもんだから、警察にしょっ引かれて妻に言い訳するの大変だった……」
「あ…ああ……」
「まあ、妻と警察には総帥が仲介してくれたおかげで何とか誤解は解けたんだけど、そのあと、一ノ瀬所長に『……非常識なの』って怒られた挙句、始末書を30,000字以上で提出って言われて散々だ……」
「………」

そもそも、独断で研究材料を捕獲しようとした挙句、冤罪で連行されて危うく性犯罪者のレッテルを貼られかけたのは自業自得である。
そして、まさかその黒猫は「自分ちのレンです」などとは言えず、ただただ冷や汗を流すだけの志貴であった。



[25916] 第6話 …ICE MY LIFE
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/15 19:51
ここはとある町のボロアパートの志貴たちの部屋。
この日は志貴とアルクェイドがちゃぶ台をはさみ、深刻な顔でその上にある書面を見ていた。

「……ついに……だな……?」
「……そうね……。ついにこの日が来たって感じね」



その書面を見る目は、お互い未だかつてないほど険しいものであり、その緊張たるや、特に志貴の方は尋常ではなかった。






「給料明細が出たぞ!!!」
「バンザーイ!バンザーイ!」

そう、この日は待ちに待った志貴のお給料日である。

「思えばこの一ヶ月間、書類整理とレポートしかやってない気もするけど、なんにしても給料であることには変わりはない」
「なにもそんな後ろ向き菜考え方しなくても……」

ここで初給料に大きく喜べないのが遠野志貴たる所以なのだろう。
それでも一ヶ月の労働の対価とは非常に嬉しいものであり、志貴、アルクェイドは胸を躍らせ給料明細をみる。

二人はその金額に、しばらく無言であった……



「……約17万の給料に、税金とか保険とかいろいろ引かれて手取りは12万……か」

初めに口を開いたのは志貴であった。

「まあ、ウチは食費もそんなに掛からないし、光熱費も携帯もそんなに使わない……。車もないし、レンのご飯代もないようなものだから、まあ、ギリギリ生活できるっていったら生活できるけど……」

コレが契約社員の切なさであろうが、それでもエンゲル係数だけで考えても、志貴は大食いではないし、アルクェイドは志貴の食事に付き合うことはあれど特に食事は必要としない。
レンも夢魔であるため餌の必要は特にない。
それらのことから志貴は、自分の給料だけで何とか生活できることにおおむね満足のようであった。

しかし、心なしかアルクェイドの顔色は青ざめていた。
その様子たるや、あのネロ・カオスやロアと対峙していたとき以上に、追い詰められているようである。

「ど、どうしたの……アルクェイド?」

さすがにアルクェイドの不穏な様子に気づいた志貴は、心配して声をかける。

「ご、ごめん志貴……」

するとアルクェイドは、非常に気まずそうに、その重い口を開き始める。

「じ、実は……その……」







「ぶ、ぶら下がり健康器具ゥゥゥ!!?」



志貴の驚愕する声が、アパートに響き渡る。

「なんでそんなもん買ったの!?」
「いや、その、志貴って、ただでさえ不健康な身体なのに、この上ですくワークばかりやってたら、本当に病気になっちゃうんじゃないかな……って思って、つい『通販』で……」
「だ、だからって……」

何故いまどきぶら下がり健康器具なのか……?
こんなもの、もてはやされるのは最初だけで数日後にはただの物干しと化することは明白である。
そして何より、こんな物干し…もといぶら下がり健康器具を置くスペースなどどこにもない。

その金額、なんと15,000円!!!
手取り12万の志貴にしてみれば、なんとも高すぎる金額である。
所詮は真祖の姫君、金銭感覚はほぼ皆無であろうことは言うまでもない。

しかし、それでも「志貴の健康のため」を想っての行動のアルクェイドを志貴は責めることは出来なかった。



結局、ぶら下がり器具はその日のうちに届いてしまったので、仕方なくそのままお買い上げ。
今後の貯蓄も考え、初任給でありながら今月は、非常に苦しい生活を余儀なくされたのであった。

ただ一言、「とにかく!今度から大きな買い物をするときは、二人で話し合って決めよう!」という、同棲生活の決まりごとが増えたことはいうまでもない。



尚、予断ではあるが、このぶら下がり健康器具は案の定、物干し及びレンの昼寝場所と化したことは言うまでもなかった。



[25916] 第7話 …銀色の愛しさを抱きしめて
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/16 18:44
ボロアパートの一室、志貴の部屋。
ちゃぶ台をはさみ、志貴は新聞の夕刊を、アルクェイドは買ってきたハードカバーの本をそれぞれ読んでいた。

「それ、何の本?」

事も無げに志貴はアルクェイドに、今読んでいる本の事を聞いてみる。

「ああ、これ、節約生活の本。2,000円もしたのよ」
「に…2,000円!?」

アルクェイドの読んでいる本の値段を聞き驚く志貴。
たしかに、志貴の給料で2,000円の買い物は割と大きいものがある。
それでも志貴は「まあ、それでも今後の節約でお金が浮くのなら……」と、あえて咎めない方向で考えていた。
しかし…

「ちなみにこの本は『前編』らしくて、『中篇』、『後編』も出てるらしいわ」
「何ィ!?」

志貴はアルクェイドの言葉に耳を疑い思わず聞き返す。

「あと、この後『続・節約生活』、『続々・節約生活』ってのも出版予定だとか……」
「どこが『節約』だああああああ!!!」

さらに続くアルクェイドの言葉に、志貴のつっこみがアパート中に響きわたっとかわたらなかったとか……







翌日の研究所所属探偵事務所。
ここでも相変わらず仕事はデスクワークが主である。
伊吹は研究結果の施行調査で出ているため、志貴と国崎の二人だけが黙々と書類の整理を行っていた。

「へぇ…アンタの彼女、なかなか面白いことするな」
「感心してる場合じゃありませんって」

どうやら志貴は、昨日のアルクェイドのことを国崎に話した模様である。
面白おかしく納得する国崎に、このままでは「以前購入した15,000円の『ぶら下がり健康器具』」の二の舞になってしまうことを、志貴は付け加える。

「まあ、でも、そのくらい景気がいいほうがいいだろ」
「はぁ…」

何か意味な含みで国崎はつぶやく。
その反応を見るに、どうやら国崎家の方でも節約生活はしている模様である。

「でも、国崎さんって、確か奥さんの持ち家でしたよね?義母さんも『保育士』をやってるって聞きますし……、そんなにお金のことで苦労はしてないんじゃ……」
「まあ、結婚前にそこに居候してたからな。……まあ、その後『紆余曲折』あって妻に苦労かけて、とりあえず今の状態になったわけなんだが……」

その『紆余曲折』には、本当に人には言えないようないろいろなことがあったのであろう。
志貴は国崎先輩が自分から語る日が来るまで、あえて言及しないことにした。

「そのこともあってか、ウチの妻は変に気遣いするんだ。ラーメン食いに行くときも一番安いものしか頼まないし、遊びに行くのだって近場の公園か神社でいいっていうんだぜ」

「よっぽど甲斐性なしに思われてるんだな…」と心の中で思った志貴であったが、今後の職場の人間関係の維持のため、あえて言及しないことにした。

「趣味も奇特だから、プレゼントも『恐竜のぬいぐるみ』で喜ぶ、まあ、悪く言えばお子様なんだが、よく言えば純真っつーか―――」

「………」



その後も「自分ちの隣の夫婦といい、どうして自分の周りにはそんなヤツらしかいないんだろう」と思いながら、志貴は国崎の妻の惚気話を終業時間まで延々と聞かされたとか……
無論、そんな状態で仕事がはかどるわけがなく、次の日国崎は一ノ瀬所長に怒られた挙句、仕事が終わるまで缶詰状態にされたことは言うまでもなかった。



[25916] 第8話 …utopia
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/17 22:24
ボロアパートの一室、志貴の部屋。
志貴は朝食を終え身支度をし、ちょうど会社に出社する時間であった。
靴を履き、玄関を出る志貴と、それを見送るアルクェイド。

「志貴、言ってきますのチューは?」
「あ、朝から出来るか莫迦っ!!」
「いいじゃんケチー。お隣の夫婦だってたまにやってるわよ」
「他所は他所!ウチはウチです!」

と、まあ、こういうやり取りもお約束であり、安月給ながらも順風満帆な生活を送っていた二人であった。







「なあ、遠野。お前、休みの日に彼女とデート行かないのか?」

事務所での昼食の時間。
国崎は突如志貴に話しかけてきた。

「あ、いや、ウチは彼女が割りと出不精なもので…」

志貴はなんとなく気まずそうに答える。
ちなみにこの研究所所属の調査会社は、休日は不定期であり、平日が休みになる事も多い。
とはいえ、志貴の言葉通り、アルクェイドは好奇心旺盛な割には出不精なところがあり、休みの日は家でごろごろ本を読んでいることの方が多い。

「そうか。羨ましい限りだ……」
「どうしたんですか、国崎さん?」

ため息交じりの国崎に、思わず事情を尋ねる志貴。

「いや、俺も昔は随分と妻に迷惑かけてきたから、たまには家族サービスしなきゃいけないな…と思ったんだ」
「ええ」
「そこで義母が遊園地のテーマパークを『二枚』もらってきたわけなんだが……」

その二枚とは、おそらくは国崎とその妻、二人で愉しんでこいというものであろう。
それだけを聞けばいい話で終わるのだが、国崎は再び深くため息をつきながら、志貴にそのチケットを見せる。

「……か、『海馬ランド』……」

そのチケットは、誰も知っている子供向けテーマパーク『海馬ランド』のチケットであった。
マスコットの『青眼の白龍』が、なんとも形容しがたきものをかもし出している。

「ああ。完ン全に子供向けのテーマパークなんだが…妻が妙に喜んじまってな。『はやく青眼の白龍に会いたいな。にはは』ってよォ」

その言葉とは裏腹に、国崎はあまり行きたくはなさそうな表情である。
これが余り人が集まらないようなところであれば、国崎も喜んで妻と出かけたのかもしれない。
しかし、前述でもあったように海馬ランドは『子供向けテーマパーク』である。
国崎は身長があり目つきも悪く、おまけに黒のTシャツと、あまりにも子供向けテーマパークにはそぐわない人物である。
それが自分でも分かっているからこそ、国崎は乗り気ではなかったのだ。



「でも、国崎さんの気持ちも分かります。風子も青眼の白龍よりはヒトデのテーマパークに行きたいですらっ」

一方、勝手に二人の話に入ってきた挙句、手に持っているヒトデの彫刻を持ってトリップしている伊吹。

「いや、子供向けテーマパークだから行きづらいのであって、別に『ヒトデ』がいいって言ってるわけじゃあ……」

無論、国崎のツッコミなど伊吹の耳に入っているはずもなかった。



「…まあ、家族サービスも大変だな」
「…ああ…覚悟は決めるさ」

伊吹の話はなかったことにして、話の結論に入る志貴と国崎。
しかし国崎は、呪文のように「めんどくせーめんどくせー」と言いながらも、実はまんざらでもなさそうな感じである。
その様子を見ていた志貴は、「たまにはアルクェイドとどこか出かけるかな」などと考えていたりした。







仕事も終わり帰宅する志貴。
家ではいつもどおりアルクェイドが出迎え、あとはいつもどおり夕飯、ちゃぶ台に向かい合い団欒である。
志貴は夕刊を読み、アルクェイドはハードカバーの読書をしており、そのちゃぶ台のしたではレンが丸くなって眠っていた。

「なあ、アルクェイド」
「ん?なに?」
「今度の休み、どこか行かないか?」

志貴は昼食時に考えていた「二人で出かける」ことをアルクェイドに提案する。

「んー……あんましお金もないし、近所の公園でいいんじゃない?」

アルクェイドの答えは、国崎の妻並に質素なものであった。
これでは国崎レベルでの甲斐性なしに思われているのではないか…?
そう思った志貴ではあったが、たしかにお金もないし、さして行きたい場所も思いつかない。
そんな志貴の考えを見透かすかのように、アルクェイドの言葉は続く。

「どこにいっても、志貴となら楽しいし。そうだ。お弁当も作ってこうよ♪」

別にアルクェイドには食事をすることに意味などないのだが、それでも志貴と一緒の行動をすることが楽しく有意義な時間なのだろう。
志貴もアルクェイドと同じことを思ったのか、妙な見栄を張るのをやめ……

「そうだな。俺も一緒に弁当作るよ」

と言い、明日の公園デートに対する期待に胸を躍らせた。



尚、後日談ではあるが、国崎は海馬ランドにて、夫婦揃って大人げもなくはしゃいでいたと言う話であり、お土産である『青眼の白龍』……
ではなく、『ミノケンタウロス』の置物をもらった志貴は、そのリアクションに困り果てていたことは言うまでもなかった。



[25916] 第9話 …優しい悲劇
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/18 23:15
アルクェイドは誰がどう見ても美人である。
その上胸がある。(ここ重要)

「ねえねえ、そこのお姉さん。ヒマならご飯でもどう?」
「あら、ゴメンなさーい。私、今忙しいから」

たとえ田舎町とはいえ、引っ越して日の浅い金髪美人が目立たないわけがなく、最近は都市化も進んできたことにより若者も増えてきていることから、初見さんに声をかけられることが多い。
この日は家の買出しで街に出ていたアルクェイドであったが、案の定、初見の男の人にナンパされていた。

「(まあ、悪い気はしないんだけど、志貴が待ってるしね♪)」

ナンパに失敗した男の心境は如何なるものかは知る由もないが、ひとまずアルクェイドは志貴以外の男性には興味はない模様。



「あ、遠野さーん」

ここは近所のスーパー。
今度は遠くよりアホ毛がトレードマーク(?)の女性から声をかけられる。

「あら、岡崎さんの奥さん」

声の主は、アパートの隣の部屋の奥さん、岡崎渚であった。
渚はアルクェイドの方に親しげに近寄って来た。

「ちょうど夕飯の買い物に来てたんですけど、遠野さんもですか」
「ええ。偶然ね」

ちなみに志貴とアルクェイドはまだ籍を入れていないため、厳密に言えば『遠野さん』ではない。
しかし、それでも『遠野さん』と呼ばれることにアルクェイドは何の抵抗もなかった。

「こんにちわっ」
「あら、汐ちゃん?こんにちわっ」

お母さんと一緒に買い物に来ていた娘、岡崎汐も礼儀正しくアルクェイドに挨拶をする。
割と人見知りをする性格の汐ではあったが、それでも初対面の人にきちんと挨拶が出来る辺りはさすが教育の賜物である。

「今日はママと一緒にお買い物?」
「うんっ!今日はね、カレーなの」

アルクェイドの問いに嬉々として答える汐。
なるほど、お母さんの買い物袋の中には人参、じゃがいも、玉ねぎなどが詰め込まれている。

「カレー……ねぇ……」

カレーといえば宿敵『シエル』のことを思い出すアルクェイドであったが、それでもこの純真な子供の前ではあまりに無粋なものであり、すぐさま笑顔を取り繕い「よかったね」と声をかける。



「あとねっ、デザートは『団子』なのっ」
「だ、団子……?」

子供にしては豪く渋いデザートに、アルクェイドは思わず聞き返してしまう。

「す、すみません……私が好きなもので……」
「そ、そうなんですか……」

やや恥ずかしそうに答える渚に、とりあえず取り繕うアルクェイド。
しかもよくよく買い物袋の中にある、パックに入った団子を見ていると、ご丁寧にもラップに貼られているシールには、団子の中に『目』が書かれていた。

「(そういえば、一昔前に『だんご大家族』が流行ってたっけ……)」

志貴とまだ出会う前の、知識でのみの情報ではあったが、アルクェイドはそれがしっかりと認識できていた。



その後はアルクェイドも夕食の買出しを終え、アパートも隣同士のため、世間話を交えつつ帰宅する。







「だんごっだんごっ大家族っ♪」

「懐かしいなその歌。俺が中学生のときにはやったっけ…」

ここは志貴のアパート。
アルクェイドが夕食を作りながら口ずさんでいる歌に、志貴は反応し懐かしがる。

「隣の奥さんがこの歌好きなんだって」
「へぇ…」



そして夕食時……



「だからって、何で今日の夕食は『団子尽くし』なワケ……?」

志貴も驚愕の今日の夕食は、主食は団子、汁物は団子汁、主菜、副菜は紅白まんじゅう、そしてデザートにみたらし団子……
これでもかと言うくらいに団子尽くしであった。

「しかも腹の立つことに、一つ一つのサイズが莫迦デカイ……」
「エヘヘ、お隣の奥さんに感化されてつい……」

エヘヘではないこの大惨事ではあったが、小食であるはずの志貴はここで男を見せ、なんとか全部完食した。
ちなみに餌を必要としないはずのレンの分もしっかりと団子は用意されており、レンはそれをげんなりとした表情で食べていたとか……

尚、この件以来志貴は、しばらく団子を見るのも嫌になったと言うが、それもいた仕方のないことであろう。



[25916] 第10話 …忘れじのMy Darlin
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/19 23:43
「あーあ…いい湯だったっ」

ここはとある田舎町の銭湯の前の玄関。
水も滴るいい女、アルクェイドは一足先に銭湯から出てきたらしく、そのまま玄関にて志貴を待っていた。



「……なあ、アルクェイド……」

しばらく時間がたったところで銭湯の玄関の戸が開き、洗面器を持った志貴が外に出てくる。

「………」
「あ…アルクェイド……?」

声をかけた志貴であったが、アルクェイドは顔はうつむき目も伏し目がちであった。
そして……

「……一緒に出ようねって言ったのに、いつも私が待たされるの……」



「それがやりたかっただけだろ。俺の手ぬぐいもなんか赤いし、石鹸も妙に小さいし……」

さめざめと涙を流すアルクェイドであったが、九割九部九厘ウソ泣きであろうことは言うまでもない。
明らかに『神田川』を狙ってのアルクェイドの行為ではあったが、それでも志貴は突っ込まざるを得なかった。

「チェッ……このあと志貴が私の身体を抱いて『冷たいね』って言うの期待してたのに~」
「公衆の面前でやるか莫迦っ!」

公衆の面前じゃなきゃいいのかい…という突っ込みはおいといて、このまま歩きでアパートに帰る志貴とアルクェイド。
どこかウレシはずかしの男女、志貴とアルクェイドであったが、まあ、それも駆け落ちカップルゆえに仕方のないことであろう。

「妹もいたらもっと楽しかっただろうね」
「やめろっ!ぞっとする……」

無論、駆け落ちの理由は志貴をめぐってのアルクェイドと妹・秋葉の果てしないバトルから逃げるためである。
しかしながら、アルクェイドには秋葉に敵視されていると言う自覚は一切ない。
まったくもって吸血鬼と言うのはよくわからないものである。



「……まあ、何年か経って『あいつ』もいい相手見つければ、お前ともうまくやっていけるんだろうけどな……」

それでも、アルクェイドの気持ちを汲み取り、そう言する志貴は大人なのかもしれない。
あるいは、これこそが志貴の理想とする未来なのであろうか。






「ねえねえ志貴~。これすごく良くない?」



「……って、人の話聞いてませんね……」

いつの間にアルクェイドは志貴の隣を離れ、通りがかりのリサイクルショップの縁側においてある、黒のソファーに目を輝かせていた。

「っていうか、ちゃぶ台にソファーって変だと思うぞ。しかも畳の上だし……」
「和洋折衷って言うじゃない」

志貴の意見に対し、妙な四字熟語で反論するアルクェイド。
どうでもいい言葉は覚えているが、使い方は間違っている。

「大体、そんなもの何処におくんだよ。ただでさえ物干し竿と化した『ぶら下がり健康器具』でスペースを取ってるっていうのに…」

一応、例のぶら下がり健康器具(15,000円也)は、まだ捨てずに取っておいているらしい。
しかしただでさえ6畳というスペースの一角を、今もぶら下がり健康器具は我が物顔で堂々と立ち尽くしている。

「ちぇっ……せっかく休みの日はくっついてごろごろしようと思ったのに」
「ホントに猫みたいなやつだな……」

ハハハと笑う志貴に、頬を膨らませるアルクェイド。
それでも浮かび上がってくる赤い月に照らされながら、帰路を仲良く歩く二人であった。



そもそも、そんなソファーを買う金もない志貴であったが、それはあまりにも切な過ぎるので黙っておくことにしたのは言うまでもない。


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