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[26111] 【ネタ】卵を割って、中身を啜るように
Name: 山葵◆23429892 ID:cb6c9456
Date: 2011/02/19 08:10
異形モノ。



[26111] 第一話
Name: 山葵◆23429892 ID:cb6c9456
Date: 2011/02/19 08:02

卵を割って、中身を啜るように。



眼が覚めて、しょぼしょぼする眼を手の甲で擦りつつ、眼鏡をかけようと辺りを探る内に随分と視界が明瞭なことに気がついた。
一瞬眼鏡をかけたまま寝てしまったのかと思ったが、しかし縁取りの無い視界である。
彼は眼の中に何かを入れるという行為が怖くて仕方がなかったから、実はコンタクトをしていたというわけでもない。
明瞭な視界は彼がいまいる場所が居心地の良い自室ではないことを伝えてくるし、ちらちらと見える自分の腕が血が通っていないかのように青白いのも気になる。
指の数も四本になっている。
この不思議、というか不可解、いや一般的に有り得ない事態の渦中におかれているというのに、彼の意識はなぜか冷静だった。

「はて、どうしたものか。」

恐ろしい声が聞こえ獣のように素早い所作で周囲を見回すが自分以外には誰もいない。
いまのしわがれ声は、もしかしなくても自分の声か。
そんなことを考えながら彼は長く伸ばした髭のような、口の上から垂れた触手をぴくぴくと動かす。

「おお、動かせた。」

やはり、しわがれ声であった。



油断があったのかもしれない。
それがなくても、どうしようもなかったのかもしれない。
彼らは重装騎士と戦士、魔術師、神官のクランだった。
そして、迷宮で同じように食われてきた多くのほかのクランと同じよう不幸に噛み付かれた。
物陰から襲い掛かってきたそれは、まず後衛の、軽装備の魔術師と神官をその凶刃の餌食とした。
ここまで酷い事になった原因は、回復の力を持つ神官が潰されてしまったことにあるのかもしれない。
戦士がその不意打ちに瞠目し、瞬間逆上。
彼は女魔術師の恋人で狂戦士の氏族に名を連ねてもいたから、仕方の無い事ではあった。
その結果として、軽装と重量武器を用いての遊撃役であった彼は真っ向から獣に斬りかかったのだ。
しかしそれは間違いなく悪手だった。
真っ向から斬りかかるべきだったのは重装騎士であって、彼は騎士が相対している獣の隙を窺うべきであった。
騎士は重い装備を纏っているが故に、戦士の動きにあわせる事が出来ない。
あわせるのは戦士の役割だった。
凶爪の主は素早く後方に跳躍することで大剣を避け、着地した姿勢から流れるように態勢を飛び掛るためのそれに変え、そして目的を果たした。
戦士の、装備で守られていない、むき出しのままになった腕に食らいついたのだ。
まだ経験が足りていない戦士は武器を手放してでもそれを避ける、という行動を取る事ができなかった。

ごりごりという、あのなんともいえない嫌な音。

戦士は腕に食らいつかれながらも、悲鳴を上げなかった。
憤怒の表情を浮かべ自由な片腕で、獣の大きな頭を殴りつける。
勇ましくはあったが獣の頭は揺るぎもしない。
しかし煩わしさは与えたようで、獣は食らいついたまま捻る様に頭を動かした。
痛みが白熱し、流石の戦士も、苦痛のうめきをもらす。
それが面白かったのか甚振る様に獣が更に頭を捻った。

だが、獣が戦士に食らいつき、動きを止めたのが不幸続きの彼らにとっての幸運だった。

重装騎士の剣が解剖学的な正確さで獣の首に吸い込まれた。
騎士は重い鎧で身を包み、取り回しやすい武器と盾を好んで扱う。
獣の身体が大きく痙攣し、見るも無残な戦士の腕が姿を見せる。
しかしこの迷宮に相応しい驚異的な生命力が、獣をまだ生かしていた。
だがそれは無意味だった。
戦士が犬歯をむき出しにして凄惨な笑顔を浮かべ、無事な方の腕で、利き腕では無いというのに、大剣を持ち上げ、憤怒がもたらす恐るべき速さでそれを振り下ろした。
断末魔の悲鳴を上げる時間すら、与えなかった。

騎士以外の誰も彼もが重症だった。
女神官は首筋を噛み千切られており、戦士が獣を叩き割った頃には、すでに事切れていた。
穏やかな微笑みの似合う女性だった。
胸部から腹部にかけて切り裂かれた女魔術師は、まだ生きてはいたが、息も荒く、すぐにでも専門家にみせなければ拙い状態。
あの獣の爪に毒でもあったのか、傷口が酷い色に変色していた。
戦士は今にも泣き出しそうな顔で、魔術師の頬を撫でる。
彼女が、酷い顔色で息も絶え絶えだというのに、まるで心配するなとでも言うみたいに、微笑んでみせた。
もう、助からな、い、だから、私、置いて、地上に、と彼女は言った。
息をするのも辛いだろうに。
戦士の腕の中で、魔術師が眼を閉じる。
気を失ったのだ。
荒い息遣いだけが耳に残った。

まだ歩ける戦士と騎士にだけ、選択肢があった。
可能性が低くても先に続いていく道。
だが彼らはそれを選ばなかった。

血の臭いに引かれて集まってくるであろう者共のことを思い、戦士と騎士は笑いあった。
悲劇には似合わない、朗らかな顔。



酷く腹が減っていた。
飢餓感に苛立ちながらも歩きまわる。
この場所はまるで迷わせるために作ったかのような構造をしていて、それが更に苛立ちを加速させる。

ふと、匂いがした。
良い匂いだと思った。
食欲をそそる、なんとも美味しそうな。


匂いの元に行ってみると、大型の猫科の肉食獣を凶悪にしたような奴や、犬、いやむしろ狼に似た奴らが横たわっていた。
頭が潰れていたり、首から先がなかったり、急所を精確に刺突されて、どれもこれも一様に死んでいる。
生きて唸り声を上げる獣もいたのだが、彼が近づくと、驚いたのか、さっと逃げ出した。
さて獣どもの死骸の中に男が二人いる。
一人は大きな剣を支えにして立っていたが、もう一人はあからさまに死んでいた。
頭が無いのだ。
尋常ではない、今にも斬りかかってきそうな剣気を撒き散らしている。
しかし、なぜか彼等の近くに美味しそうな匂いの源があるのだ。
普通ならこんな危なそうな刃物を持った人間には近づかないのだが、どうにも腹がすいてたまらない。
内心嫌々と思いつつも、腕を振り、近づいてみるものの、反応が無い。
近づいてみると、どうにも傷だらけだ。
左腕は特に酷く、素人目でみても、治療したところで使い物になりそうもない有様。

「酷い傷だが、大丈夫かね?」


反応が無い。
となると、これは。

少し押してみると、何の抵抗もなく、力を失い人が倒れる。
何のことは無い、始めから死んでいたのだ。
たいした感慨もなく、彼は死体の先にそれを見つけた。

匂いの元になっていたのは、彼等が守るように死んでいた、二人の女性。



迷宮の奥には、冒険者達から忌み嫌われる魔物が数多くいる。
その中で一等嫌われるのが、脳齧りとか、蛸頭、ブレインサッカー等と呼ばれる化け物だ。
彼等は人に似た二足歩行の魔人で、優れた魔法使いでもある。

なぜ忌み嫌われるのかといえば、その原因の一つは彼等の好物のせいだろう。
彼等はどうやら人の頭を卵か椰子の実か何かと勘違いしているらしく、
脳齧りは哀れな獲物をその蛸に似た頭にくっついた触手で捕まえると、胡桃を割るみたいに頭を割り、中身をぺろりと平らげてしまうらしい。
しかもどうやら彼等は美食家で、魔女や学者、司祭などがお気に入りだと言う。

仲間の中身が生きたまま吸われていくのを見て、恐怖のあまり狂ってしまった冒険者もいるという、そういう嫌な話だ。


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