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第九話 意外な救援者
使徒シャムシエルが倒された後、以前と同じように3週間ほどで現れると思った最後の使徒サキエルは姿を現さなかった。
シンジの火傷はその間にすっかり治っていたが、どんなに努力してもレイから授かった使徒リリスの力が弱まって行くのはどうにもできなかった。
下降して行くシンクロ率にシンジは苛立っていた。
しかし、そんなシンジの心が荒まずに居られたのは、側でシンジを慰め続けたアスカの存在が大きかった。
ついにシンジが初号機とシンクロ出来なくなってしまった時も、アスカは優しくシンジに接していた。

「シンジはアタシにエヴァに乗る事以外にも大切な事があるって教えてくれたじゃない。今度はアタシがシンジの心を守ってあげる番なのよ」

アスカの優しさに心を癒されたシンジは、心を強く持って自分を責める事を止めた。
そして、シンジの力が完全に消失した時を狙ったかのように使徒サキエルが衛星軌道上に現れた。
使徒サキエルは外見からしてシンジが対峙した時の姿とはまるで違っていた。
コアが最初から5つに分裂しているのはイスラフェル戦で学習して進化を遂げたのだろう。
さらに、使徒サキエルは衛星軌道上に留まったまま、地上に向けて強力なビーム攻撃をしてきた。
ロンギヌスの槍もポジトロンライフルに注入するエネルギーも無い今、使徒サキエルを攻撃する手段は何も無かった。

「詰んだ……今度こそ終わりだな」

冬月がポツリとそうもらすと、発令所は悲愴感に包まれた。
みんなパニックになるよりも重い絶望に押し潰されていたのだ。
静まり返る発令所で、ミサトの指示が飛ぶ。

「アスカ、シンジ君を乗せて弐号機で出撃して」
「作戦は? どうやって使徒を倒すの?」
「エヴァの中が一番安全なのよ」

ミサトの答えを聞いて、アスカとシンジはミサトの考えが解った。

「僕は、結局みんなを守れなかった……」
「シンジ、アタシも後でずっと側で泣いてあげる。だから行きましょう」

アスカとシンジは顔を伏せながら手をつないで、弐号機への下へと走って行った。
地上に射出された弐号機は、ネルフ本部から走って逃げようとした。

「シンジ君、アスカ! 絶対に生き延びるのよ!」
「「はいっ!」」

しかし、そんな弐号機の行く手を阻むかのように使徒サキエルの分身4体が弐号機を取り囲んだ。

「そんな!」
「きっと、気配を消して地下に潜伏していたんだわ!」

ミサトの驚きにリツコがそう答えた。

「これじゃあ、逃げようがないじゃない……」
「アスカ……」

弐号機のエントリープラグの中に居たシンジはアスカの手をしっかりと握りしめた。
空中に浮かぶ使徒サキエルの本体はネルフ本部に向かって強力なビーム攻撃を続けていた。
そして4体の使徒サキエルの分身は4方から弐号機に襲いかかろうとしていた!
しかし、そこに意外な救いの手が現れた。
9体の白いエヴァンゲリオンが輸送機に乗せられて到着すると、そのうちの4体が地上の使徒サキエルの分身4体と戦いを始めた。
そして残りの5体が翼を広げて地上から宇宙へ向かって飛び立つのが確認されると、ミサトは驚きの声をあげる。

「エヴァシリーズ、完成していたのね……」

使徒サキエルは強力なビーム攻撃を放って白いエヴァにダメージを与える。
しかし、白いエヴァが受けた傷は驚異的な回復能力により何度傷つけてもすぐに消えてしまう。
そして使徒サキエルの攻撃を物ともせずに上昇を続け、距離を縮めて来た。
9体のエヴァ量産型はダミープラグによって操縦されていたので統率がとれていた。
使徒サキエルは本体のコアを5つ、さらに分身を4つに分けたが、それは意味を成さなくなってしまった。
9体のエヴァ量産型に同時攻撃され、殲滅される使徒サキエル。
エヴァが9体も同時に出現する事など、前例の無い事だったのだ……。
アスカとシンジは弐号機のエントリープラグの中で白いエヴァが4体の使徒サキエルと戦う姿をしばらくぼう然と眺めていた。

「アスカ、今のうちに逃げよう!」

シンジがそう言うと、アスカは首を振って否定する。

「アタシ達が逃げても、サードインパクトが起きてしまう。それなら……」
「……僕の手でもう一度サードインパクトを起こせって言いたいんだね」
「うん、シンジに辛い思いをまたさせる事になるけど……」

アスカがシンジを説得しようとすると、シンジは激しく首を横に振る。

「僕が辛いのは、アスカが死んでしまう事なんだ!」
「シンジ!?」

突然叫んだシンジにアスカは驚いた。

「僕が初号機でアスカを助けようと出撃した時、弐号機は白いエヴァに囲まれてやられていた。そして、あの音の無い世界でアスカは……」
「そうね、今度は逆行した先でも同じような運命をたどるとは限らない。でも、今のシンジならもっと上手くやれるはずよ、向こうのアタシともね」
「嫌だっ、僕はアスカと別れたくないんだ!」
「アタシだって!」

アスカは膝の上に乗せたシンジの背中に抱きつくと、シンジと一緒に涙を流した。
このまま9体のエヴァ量産型の攻撃を受ければ、弐号機とシンクロしているアスカは死んでしまうが、弐号機の中に居るシンジはサードインパクトによる人類補完から再び守られるかもしれない。
しかし、シンジはもう自分だけ生き残るのは耐え難い事だったのだ。
シンジは背中に抱きついて来たアスカの手を握りしめ、アスカから決して離れたくないと願った。
その頃、ネルフ本部に居たゲンドウは発令所が混乱している間にレイのクローン体が漂っている水槽の部屋に来ていた。
自爆して死んだレイをすぐにレイを復活させなかったのは、レイがシンジの影響を受けるのを防ぐためだった。
クローンの肉体を水槽から出され、魂を吹きこまれ復活を果たしたレイは虚ろな瞳でゲンドウを見つめた。
それはシンジと出会う前の冷たい表情だった。
自分の計画の成功を確信したゲンドウはレイの腕に手を伸ばす。

「さあ行こう、私達の約束の地へ」
「触らないで」

レイはそう言って、ゲンドウの手をはねのけた。

「レイ……っ!?」

思わぬレイの行動にゲンドウは驚きの声をあげた。

「あなた、自分の子供を愛せないの?」

レイは怒りを込めた赤い瞳でゲンドウをにらみつけると、ゲンドウに向かって手をかざした。
すると、ゲンドウの体からレイの体に力が吸い込まれて行った。

「レイ……っ」

襲いかかる急激な脱力感に耐え切れず、ゲンドウはそう言葉を残すと床に倒れて気絶した。

「碇君が、助けを求めている……!」

レイはそうつぶやくと、急いでケージに格納されていた初号機に乗り込んだ。
初号機が起動した事に気がついたミサト達は驚きの声をあげる。

「初号機に誰が乗っているの?」
「私です」
「レイ、どうしてあなたが……」

ミサトの質問にレイが返事をすると、リツコは口に手を当ててよろめいた。
レイが初号機に乗っていると言う事は、ゲンドウの計画が失敗したのだとリツコと冬月は解った。

「葛城三佐、私に出撃を命じてください」
「でも……」
「早く弐号機を助けなければ手遅れになってしまいます」

レイが強く訴えかけると、ミサトはうなずいて出撃を指示する。

「発進!」

初号機が地上に射出された時、弐号機を取り囲んでいた9体のエヴァ量産型がまさに弐号機に襲いかかろうとしていた。
その9体のエヴァのうちの1体を初号機が強烈なパンチで機体の装甲の上からコアを粉砕した。
コアを粉砕されたエヴァ量産型は再生する事も出来ず崩れ去り、沈黙した。
同胞を倒された残り8体のエヴァ量産型は弐号機には目もくれず、初号機に襲いかかった。
初号機は圧倒的なパワーで攻撃をはねのけ、次々とエヴァ量産型を再起不能にして行った。

「どうして、初号機が……」
「パイロットは居ないはずなのに……」

やられる覚悟をしていたシンジとアスカは初号機がエヴァ量産型を倒して行く様をぼうぜんと見守っていた。
全てのエヴァ量産型が倒されると、初号機は動きを止めた。

「アスカ、シンジ君、……レイ、お疲れ様。あなた達のおかげで私達人類は使徒の脅威から救われたわ」
「綾波!?」
「ファースト!?」

発令所のミサトがそう告げると、シンジとアスカは驚きの声をあげた。
そして、ネルフ本部に帰還したシンジとアスカは、レイと対面を果たす。

「でも、どうしてファーストが初号機に乗っているのよ? アンタは零号機で自爆したはずでしょう?」
「それは……」

レイのクローン体の存在を知らないアスカは思い切り怪しんでレイに質問すると、レイは困った表情になって口ごもった。

「いいじゃないか、そんな事。綾波は僕達の命の恩人だからさ」
「わ、わかったわよ」

シンジがアスカをたしなめると、レイは安心したような表情になった。

「ファースト」

アスカがレイを呼ぶと、レイは反応してアスカを見つめた。

「アスカ、綾波は、綾波だよ」

シンジが注意をすると、アスカは顔を赤くしながら再びレイに呼びかける。

「レイ、助けてくれてありがとう」

アスカがそう言ってレイの手を握ると、レイも笑顔を浮かべてアスカの手を握り返した。
シンジは嬉し涙を浮かべてアスカとレイが握手する姿を見ていた。
発令所に居たミサト達も同じ気持ちだった。
そして、その後ネルフ本部に戦略自衛隊の部隊が押し寄せ、人類補完計画を企んでいたとして気絶していたゲンドウは逮捕された。
人類補完計画をリークしたのは内閣のスパイもしていた加持だった。
自分の妻に会いたいために人類補完計画に加担していたゲンドウ。
シンジはゲンドウの気持ちが解る気がした。
望みを断たれたゲンドウは抵抗せずに素直に事情聴取に応じ、そこからゼーレの計画も明らかになるだろう。
やっと待ち望んだ平和を得たシンジは、再びアスカとレイと一緒に沖縄へ旅行に行く事になった。

「約束した通り、また沖縄に来る事が出来たね」
「うん」
「私も、ついて来て良かったの?」
「当たり前じゃないの、レイはアタシ達の親友なんだから!」

アスカに自分はシンジの親友と言われ、レイは胸に棘が刺さったような気持ちになった。
しかし、まだ自分達は14歳。
この関係をまだしばらく続けたいと思ったレイは、シンジへの恋心を胸の奥にしまっておく事にした。
そんな事を話しながら楽しそうに浜辺で遊ぶ3人を物影から見つめる人物が居た。
その人物は戦略自衛隊の女性士官だった。
彼女は沖縄空港でシンジの姿を偶然見かけてからずっと後を追って来たのだ。

「これこそ、天が私に与えてくれた仇討のチャンスね……」

女性士官はそうつぶやいてシンジに向かって銃を構えた。
逆行したシンジがネルフ本部にやって来た日、戦略自衛隊の部隊と初号機の間で戦いが起こった。
誰も傷つけたくないと思ったシンジはなるべく被害を与えないように消極的に戦ったのだが、その戦闘でその女性士官の兄が命を落とした。
彼女は兄に憧れて戦略自衛隊に入隊したほど兄を敬愛していたのだ。
女性士官は愛する兄を失った悲しみをシンジにぶつけると言う最悪の方法を選んでしまったのだ……。

「兄さんの仇!」

そして、一発の銃声が砂浜に鳴り響いた。
続けて2人の少女の悲鳴が上がる。
その日の夜のテレビのニュースで、沖縄で戦略自衛隊の女性士官が発砲したと言う事件が報じられた……。
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