体外受精:広がる卵子提供 公的ルールないまま

2010年12月19日 2時34分 更新:12月19日 11時47分

 新たな生命を生み出すため、卵子と精子を体外で受精させ、子宮へ戻す体外受精技術が今年のノーベル医学生理学賞に選ばれた。開発から約30年、世界の不妊カップルに福音をもたらす一方、カップル以外からの卵子提供で2人の「母」が生じる事態も生んだ。国内では公的に認められていない、卵子提供による治療で妊娠した女性と、卵子を提供した女性が毎日新聞の取材に応じた。双方がともに取材に応じるのは初めて。【永山悦子】

 「自分(の卵子)じゃなくてもいいけど、夫の子供が本当にほしかった。それが、ようやくかないます」

 西日本に住む女性(37)は今秋、夫の精子と、弟の妻(37)が提供した卵子による体外受精で妊娠した。卵子提供でなければ妊娠できない人への卵子提供を容認する「日本生殖補助医療標準化機関(JISART)」(田中温(あつし)理事長=セントマザー産婦人科医院院長)の会員クリニックで成功した。来年初夏、待望の子供を抱く予定だ。

 女性は20代前半で結婚したが、月経が来なかったり、異常に早く閉経する「早発閉経」のため卵子が成熟せず、不妊治療を続けた。30歳ごろ、主治医から「もう難しい」と告げられ、養子、子供のいない人生、離婚--。あらゆる選択肢を夫婦で話し合った。卵子提供も検討したが、主治医に「国内で認められていない」と言われた。

 同じ頃(03年)、厚生労働省の部会が、卵子提供による治療を認め、法制化を求める報告書をまとめた。女性は「報告書は知っていた。『国内でもいつかどうにかなるかもしれない』と感じた」。

 だが、法制化は遅々として進まない。35歳になった女性はネットでJISARTが卵子提供の治療を始めたことを知った。不妊を相談していた義妹は、以前から「(卵子提供も含め)力になる」と言ってくれていた。夫も「2人で育てることが一番」と賛成した。最初の治療で妊娠した。

    ◇

 「私自身が不妊治療を受けていたから、お姉さんの思いが理解できた」。義妹は、こう口を開いた。義妹も結婚後、子供ができず、体外受精も受けた。排卵障害が原因と分かり、治療を受けると自然に妊娠した。今、3人の子供がいる。

 卵子提供のための採卵では、排卵誘発剤などによる副作用の恐れが指摘される。だが、義妹は体外受精治療の経験があり、採卵に不安はなかった。

 彼女には別の事情もあった。6年ほど前、30代半ばの兄が、がんで亡くなった。治療法を探したが、なすすべもなく兄は逝った。「自分の協力でお姉さんの苦しみが解消されるのなら……。治らないつらさを、分かっていたからこそ協力した」

    ◇

 女性が産む子は、遺伝的には夫と義妹の子、民法解釈で母は出産した女性と、複雑な親子関係になる。女性は子供にすべてを話すつもりだ。「何があっても母親は私だから」

 だが、卵子提供は、米国などで認められている一方、日本は国も日本産科婦人科学会も認めていない。女性は「子供の将来を考えると、この治療を社会全体で認める制度ができてほしい」と訴える。義妹は「(家族関係の複雑さは)考えないようにしている。将来、公的制度ができても私のような経験のない人は簡単には協力しないのでは」と語った。

 国内外の不妊治療の事情に詳しい柘植あづみ・明治学院大教授(医療人類学)は「一般に『子供を産むことが幸福だ』という前提があり、『産めないのも自然』とは考えられていない。また『子供がほしい』という望みを医療がどこまで支えるか、国のルールがなく、医師の判断に任されている。技術が広がった今こそ、その使い方や子を持つ意味について、社会で議論すべきだ」と指摘する。

 【ことば】卵子提供

 日本産科婦人科学会(日産婦)の指針では、夫婦以外の体外受精の実施を認めていない。国内では98年に長野県の根津八紘(やひろ)医師が卵子提供治療の実施を公表、日産婦から除名された(03年復帰)。JISART(全国25施設が参加)は倫理委員会による審査など独自の手続きを定め、08年に実施に踏み切った。

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