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[25638] 【Fate/extra】after the king
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/04 04:14




 原作とは別の舞台です。キャラも、一応、一新させようという試み。







[25638] エンカウントⅠ
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/06 15:49
<開戦 始>




 場違いに思えて仕方がない。
 ここは海の底。SE.RA.PFの上層階。並みいるウィザードの中でも一部だけが参加を許されたサバイバルゲーム、のはずだった。

 ウィザードはサーヴァントと呼ばれる英霊を使役してお互いを打倒する。同業者たちを食いつぶして、自らの命も賭けてまで戦いに参加するのはムーンセル・オートマン、願いを叶える聖杯を求めて。

 これがただの戦争だった方がよほどマシだった。
 そちらの方が生き延びるのが高い確率だろう。この戦争は、この聖杯戦争は、生存を勝者一人だけにしか許さず、その道は蜘蛛の糸のように儚い。

 生きたいのなら、自分以外のすべてを殺さなければならない。殺す覚悟も殺される覚悟もない臆病者でも、生を諦めないのなら剣を取るしかなかった。

 この結論も何度、この数日の間に繰り返したか分からない。
 何度も考えた。何度も自分の生まれを呪った。いっそ、何も知らないまま予選で死んだ方が良かった。


 目の前で打ち鳴らされる剣戟。

 およそ、現実とは思えない力の衝突。そして今まで馴染みのなかった正体不明の力、魔力といった力の残滓が周囲に花火のような彩色の火花を散らしている。

 敵サーヴァントは殺意をむき出しにこちらを見据え、殺気という形のない覇気を容赦なくぶつけてくる。

 勘弁して欲しい。

 こっちは善良な人間なんだ。殺される謂れなどない、と叫びたくなる。
 勿論、そんな話は相手が聞き入れるはずもなく。言うだけ無駄というのも己は弁えている。

 なぜなら、ここで交わされるのは殺し合いであり、命の危険にさらされているのは相手も同じなのだから。

 真剣勝負。

 同じ土俵、両人にとって命がけの場。
 自分が殺されるだけの立場ではなく、殺す立場であるということに怖気が立つ。
 生とは、誰かが奪っても良いほど安くはなかったはずだ。
 そこに、どのような理由を並べたところで、許されない行為であるべきはずなのだ。

 誰しも生殺与奪の権利を放棄すれば、それで平和の完成。そんな単純なことなのに。

 それが不可能だったから、こうして自分たちは……。

「マスター。命令を」
「……」

 敵サーヴァントはこちらの準備を待つことなく、容赦なく攻撃をしかけている。当然だろう。既にゴングは鳴らされている。

 セイバーは敵の槍による攻撃を巧みに受け流していた。
 しかし、受け流すだけだ。決して攻勢には転じようとせず、セイバーは自分の身を守るためだけにその剣を添える。

 相手が手を止めればセイバーも剣を引く。それくらい彼にはやる気がない。

「なんだ? 立派な装束をしている割に腰が引けているではないか」

 敵サーヴァントが刺突の合間に言う。

「西教の武者とはこの程度なのか? それとも、女は斬れぬという口なのかな?」

「それが肉親だとしても斬れる。女だからと言って酌量はしない」

 ランサーの挑発にセイバーは淡々と答える。
 とは言っても、決して攻撃の意志を見せなかった。彼は待っているのだ。宣言通り、自身のマスターの声を。

「真剣にやる気がないのなら、さっさと首を差し出しなさい」

 彼女(敵マスター)が挑発してみせる。

「だ、そうだけど?」

 覚悟を決めるしかなかった。
 この一戦だけではなく、これからの六戦を。

 敵を殺し、自らを生かすために。
 道徳とか言っていられる状況ではない。

 思えば、いつだって、自分には選択する権利がなかった。

 流されるのもいつものことか。

 そして、呆けているのもこれで最後にしよう。





 ここは、紛れもない戦場。奪い合うことが節理。
 死を押し付けて遊ぶ、遊技者たちの墓場。月が紡ぐ聖杯戦争。





<一日目 朝>




 毎日、続く退屈の日々。
 学校、学校、学校。
 こうして登校するのもいつまで続く? ざっと計算して見ると600日以上あった。

 それが多いか少ないかは人生経験半ばの自分には判断が付かないわけで、馬鹿なことを言っていないでせっせと授業を受けようという結論になる。

 ありがちな学生の頭の中。だから、この朝の登校にも疑問の挟む余地はなかった。

 気持ちの良い朝だった。それが分かる程度には目が覚めている。

 学校の門の周辺には急ぎ足の学生たち。
 門から先は学生たちの幼い秩序がまかり通る学び舎。
 笑い声がどこでも響いている、外の世界よりは和やかな平和の箱庭。

 今日も代わり映えのしない一日かと思いきや、出先にちょっとしたイベントがあるようだった。
 校門の辺りが騒がしい。

「どうしたんですか?」

 後列に並んでいた知り合いに尋ねた。

「ん? あ、田城?」

 振り返ったのはクラスメイトの柴木トオル。髪を赤に染めて耳にピアスをした典型的な不良、っぽい優等生。成績優秀者で学費も一部免除されている秀才。
 だけれど不良。

「どうって、風紀強化月間だってよ。これってさぁー、俺に対する陰謀じゃね? 狙い撃ちかよ?」

 列から顔を出すと、生徒会が学生の服装チェックや荷物検査をしているのが見える。

 柴木を見ると、彼はだらしなく学ランをはだけさせ、目立つ髑髏のシャツをその下に着ている。
 いつものファッションだ。彼にとっても、周囲にとってもそれは日常の範疇だったが、その当り前は今日から許されなくなるようだった。

「もう、さっきから死刑台を登る囚人の心持なわけよ? これっておかしくねぇ?
 人殺しなんてしてないっての。それどころか俺、授業も欠席したことないし、この学校にボランティア活動している学生がどの位いるんだっつーの」

 友人に向かって喋るように砕けた口調で柴木は言った。
 本当に見るからに不良だったが、彼の言葉は本当で、授業をさぼったりしない真面目な生徒だ。ボランティアをしているかは知らないけれど。

「確かに。その服装も改めれば推薦も狙えそうなんだけど」
「馬鹿言うなっての。試験は真剣勝負の場だぜ? 学校で一番楽しい行事じゃねえの。推薦なんか貰うなんて、勝負から降りるようなもんだろ」

 話していると、横から人影が入った。

「その心意気は買うが、柴木。服装の乱れは心の乱れという。今の内に矯正しておかなければいつしか綻びようというものだ。今日という今日は観念してもらうぞ」

 柳洞一成。
 生徒会が主催する服装検査。生徒会長である彼も当然いた。

「げっ! 柳洞! まだ順番回ってきてないだろ!」

「お前は特例だ。自ら引導を渡してやらねばなるまい。今まではその素行から強くは言えなかったが、それも今日まで。神妙にお縄につけ」
「へっ。学ランはこれしか持ってないぞ。裸で授業すりゃーいんですかぁ?」

 開き直る柴木。
 青筋立てたくなる物言いで、いつもの生徒会長なら怒声を響かせることも辞さないはずだったが、今日は違った。

「案ずるな。この日の為に工藤先生が用立ててくださった。先生の自腹だ。感謝しろ」

 そう言って取り出したるは新品の学生服。これには柴木もたじろいだ。

「おいおい……。工藤センセ? マジかよ。教師の安月給で学生服買うとか、どんだけだよ……」
「深く感じ入れ。今までの己を恥と思い、身を改めるのがお前の最低限、出来ることだろう」
「そうか……。なら仕方がない」

 観念したのか柴木は学生服を受け取った。
 そんなある日の一幕。ただの服装検査が大ごとになる日常風景。




<一日目 昼>




「うおー! 昼休み! あー、下駄箱に手紙とか入ってね―かな。そうだ、確認しに行こうぜ田城!」

 三限の授業が終わったなり、テンションの高い柴木トオル。朝、生徒会長に説教で絞られていたはずのその姿はすっかりいつも通りで……。

「あれ? おかしいな、その格好」

 違和感がなくて、危うく見逃しそうになった。問題なのは違和感がなさすぎることだった。

「あん? 何か?」
「服装が戻ってる。着替えたんじゃなかった?」

 ホームルームの時には、まるで似合わないきっちりした格好をしていたはずだ。それがもう、でっかいドクロが露出している。ボタンも弾け飛んでいる。

「ああ。新品だ。イケてるだろ。新入生の頃を思い出す。これからは清く正しく生きて行こうと思ってる」
「それ、思っていませんよね。あ、これ、もう壊してる? 先生、泣きますよ」

 特に上着がひどかった。腕の裾がびりびりに破けている。パンクなお年頃にも限度がある。

「なんだよー。良いじゃん。俺なんてまだ可愛いもんだろ? 他にもっと奇天烈な格好してる奴がいるし。さっきだって、通路でアロハシャツがいたぜ?」
「アロハシャツ?」

 そんなのがいたら柳洞は喉を壊してしまうだろう。

「本当にそんなのがいたの?」
「ん? あれ? いたような……」

 覚束ないことを言う。

 よりにもよって風紀強化月間中にそんな反逆的な格好をしている奴がいるわけがない。

「とにかく、お腹が減ったから、その話は後にしておこう」




<一日目 夕刻>




「放課後! 今日こそあの野郎を締めてやる! 体育館裏に来い! 田城!」

 以前にもましてテンションが高くなっている。教室で注目を浴びまくっている。
白い視線や呆れた視線。色々な物を集めながら、当の本人はただ人間には似つかわしくない馬力のエンジンを搭載しているが如く声を張り上げる。

 そして、教室のドアが開き、柴木の声など霞むほどの一喝が響いた。

「柴木ぃ! そこに直れぇ!」

 生徒会長だった。おそらく、柴木の制服の件が彼の耳に入ったのだろう。

「うわっ! やべっ!」

 一目散に逃走する柴木。
 生徒会長が現れた扉とは反対側の扉を、乱暴に開け閉めして飛び出して行った。

「柴木ぃ! もう許すまじ! 三度の仏顔も、とうに過ぎておるわぁー!!!」

 怒声が追尾していく。
 残されたのは嵐が過ぎ去ったかのような教室。
 にも関わらず、クラスメイトたちに動揺はない。既にこういった過剰なやり取りも日常風景なのだった。

 かく言う自分も、荷物をまとめた鞄を背負って、悠々と教室を後にする。

 帰宅部はさっさと帰ろう。

 玄関に差し掛かると、柳洞に襟首を掴まれていた柴木を見かけた。生徒会長に首を絞められている不良の図は中々シュールだったが、一切関わるまじ、と周囲の生徒や教師は見て見ぬふりをしている。自分も彼らに倣って通り過ぎた。

 校門を潜れば喧騒は遠くに聞こえる。



―――喧騒と静寂の間際。だからだろうか、その声は嫌に響く。



「なんて、儚くて脆い奇跡なのかしら」

 ぎょっとして振り向いた。そこには、この場にまるで似つかわしくないお姫様がいる。

「本当に楽しそうね。いつかの記録。過去のものとなってしまった平和。これは、知らずに享受したかったわ」

「貴方は……」
「あら?」

 社交的とは言えない自分が、つい声をかけてしまうほど、彼女は異質だった。

 青い傘。
 青いドレス。

 丁寧に整えられた金の髪。
 宝石のように深い色の瞳。

 何より、彼女から滲みでる雰囲気のようなものに自分は足を止めてしまうほど圧倒されていた。

「こんにちは。……どう? 学生生活は楽しいかしら?」
「え?」

 意図の掴めない言葉に固まる。
 彼女の目がこちらを捉えていた。ただその事実だけで、上手く思考が回せなくなっている。

「ええ、いいのよ。貴方が正解。私は、不正解ね。けれど、私はどんなポジションだったのでしょうね? 留学生かしら?
 うーん、でも、制服ってあまり雅ではないわね」

 彼女の瞳が違う方へ向いた隙に詰め寄ろうと、前へ踏み出すが、いかなることか、青い貴婦人の姿はその瞬間に幻と消えてしまった。

 途端にグラウンドに居る運動部員たちの歓声が戻ってくる。

 熱を熱と感じられるほどの余裕が戻ってくる。

 赤い日差しは校舎を赤くしている。

 逢う魔が時、魔性に出会った。









[25638] 二日目
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/04 04:24
<二日目 朝>




 あいも変わらず登校風景。
 目を閉じても脳裏に描ける光景に辟易しながらも校門にたどり着く。

 今日も校門の前には人だかりが出来ていた。まだ風紀強化の期間が終わっていない。風紀員も生徒会も大変だろうに、と他人事を思いながら後列に並んだ。

「よう、田城ちゃん! あ、前お邪魔して良い? うん、ありがとね」

 前へ割り込みしつつ柴木が現れる。
 当然ながら、いつもの不良スタイルだ。これは、さすがに教師も呆れて口が塞がるのではないか、と期待してしまう。生徒会長はその限りではないと思う。

「なあなあ、聞いた? この辺を徘徊する幽霊の噂」
「突然、なんですか? 怪談話をするには時期が早いですけど」

「いや、昨日、軽音部でその話が盛り上がっちゃって。
話題に取り残されたおれとしては、このままじゃいけないなーと思ってんね。情報こそ現代人にとっては武器じゃん? だから情報収集」

 幽霊、と聞いてすぐに昨日出会った女性が思い浮かんだ。
 けれど、幽霊、と呼ぶには少し血色が良かったかもしれない。

 いや、それは夕焼けに当てられていたからか……。いやいや、どうして当然のように幽霊がいることを肯定しているんだ。

「お? さては何か知ってるな?」
「いえ、先にそちらの情報を。聞いてきたんですよね?」
「ああ。なんでも、学校の中や周辺で幽霊とか心霊現象、みたいなのが頻発しているらしくて。かなりの人数が目撃しているらしいぜ」
「どんな幽霊ですか?」

 もしかして青いドレスを着た?

「それが、バラバラなんだ」
「手足が?」
「いや、そんな怖い想像するなよ。目撃証言が、ってこと。八歳ぐらいの子どもだったり、60越えた爺さんだったりで、もう情報が錯綜しているわけよ。
 これって、何かの陰謀じゃね? 誰かが情報捜査してる雰囲気がするぜ」

「女性の幽霊はいませんでしたか?」
「あー、えーと聞いたような聞いてないような……。って見たのか? その反応だと」

 柴木の言葉に頷いた。それから、昨日校門付近で出会った青いドレスの女性の事を話した。

「そうか。これは、本格的にミステリーじみて来たな……。うちの学校って探偵いたっけ?」
「そんな人いませんよ」
「それじゃあ、もしかして、これってチャンスじゃないか? 俺たちが探偵として名を上げる」
「それは探偵という職業を曲解してます」
「探偵デビューか!」

 柴木は一人で盛り上がっている。

「何の話をしている?」

 そこで生徒会長が降臨した。さっとファイティングポーズをとる柴木。柳洞はまずこちらに声をかけてきた。

「田城。身なりの悪い人間と一緒に居ると、そちらまで悪影響を被るぞ。友人は選んだほうが良い」
「あ、汚ねぇ。外堀埋めて来やがった」

 じろりと視線が移動する。すかさず臨戦態勢になる柴木。

「……新藤教諭が、お前にこれをと言って渡してこられた」

 柳洞が持っていたのは、昨日と同じ、新品の学生服だった。

「また? 懲りていないんですか、あの人は」

 思わず口に出してしまう。隣にいた柴木も驚愕しているようだった。

「な、なんだ? その身を切らせて、俺の心を砕きにかかる作戦は!?」
「新藤教諭は、お前のことを良く分かっていらっしゃる。
さあ! 受け取れ! そして、その学生服が教諭の血肉で出来ていることを忘れるでないぞ!」

 さっそく生徒会長の喝が早朝に響いた。




<二日目 昼>




 一人、教室でパンをかじっていると女生徒が声をかけて来た。

「お? 今日は一人?」

 そう言うと、美綴綾子はどっかりと前の席に座った。

 文武両道で美人。そんな風聞で有名な女子生徒。自分は、眉毛が印象的な噂通りの美丈夫で、大層な男前な顔をしていると思って見ていた。
 性格もさっぱりとしていて、学年の誰よりも男らしい女性だと思う。

 自分との接点が思い当たらないので不思議に思っていると、彼女は口を開いた。

「なあなあ、あの話、考えてくれた?」
「あの話?」
「弓道部に入らないかって話だよ。最近、また一人辞めたんで、射場の方がぽっかり空いたんだよ」

 そんな話があっただろうか?
 身に覚えがない。身に覚えがないと言うか……、違和感。違和感がある。絶対に間違ってるはずなのに何処と指摘できない。
 誤りを明確に認識できているのに、集点を置くことができない。

 いや、それこそ何の話だ、と自分につっこみを入れる。

 頭を振って雑念を払った。ノイズの走っていた視界が正常に戻る。

「どうして自分を誘うんですか? もっと妥当な人選があると思いますが」
「なんでって、田城は武道家じゃないか」
「え、武道家?」

 本当に身に覚えがなくて、唖然とした。

「違う? 歩き方とか、そう見えたんだけど」
「えーと……、小さい頃に剣道をやっていた、ような? 腕は、武道家と呼べるほどじゃないと思いますけど」
「やっぱり。それじゃあ、やってみないか? 弓道。やってみると中々面白いぞ」
「ええと、どうかな……」
「暇があったら覗きに来てくれよ。歓迎するから」




<二日目 夕刻>




「だからさ、朝、言ってただろ。俺たちで調査するって」

 校舎裏にたむろするいつもの面子。自分と、柴木だ。彼の改造された制服については、もう気にするまい。

「本気だったんですか?」
「マジだよ。なんか、気になるんだよ。自分でも良く分からないんだけど」

 そう言って首を傾ける柴木。気にかかる、というなら自分も同意見だった。

「よし、異論はないな? それじゃあ、目撃証言をまとめようか」
「バンドメンバー?」
「そ。けど、詳しく聞いてないから、まずは事情聴取からだ。うわっ、本格的じゃん!」

 探偵の真似ごとがしたいわけじゃないけれど、少しの好奇心から彼と一緒に行動することにした。

 まず、柴木のバンドメンバーがいる音楽室へ向かった。

「お、シバちゃん。今日は休むんじゃなかったの?」

 音楽室にはベースとギターを担いでいる男子生徒がいた。

「あー、前評判通りだよー? それとは別に、聞きたいことがあって来たんだ。あー、その、昨日、幽霊の話してたじゃん? ちょっと詳しく聞きたいな、と思って」
「ああ、あれね」

 事情を聞くと、それは又聞きの話だったことが分かった。

 弓道場で帽子を被っていて、黒い服を着た男の幽霊がいた、というらしい。目撃した時間は早朝の練習前で、目撃者は弓道部の一年生。

「こんなところだけど、役に立ったか?」
「ああ。ありがとな」
「部活にもっと顔出せよ。ボーカルがいるといないじゃ、練習の度合いも変わるんだからさ」
「気が乗ったらな。うし、じゃあ、弓道場に行こうぜ」

 音楽室を出て、二人組で弓道場を目指して校内をほっつき歩く。

 学校の中では、色んな部活の人間がそれぞれの活動をしていた。廊下で教師に出くわすこともあれば、近道で通った体育館では、バレー部やバドミントン部、バスケ部が練習に励んでいるのを見かける。

 ありきたりな学生たちの風景。それらを何故か、憧れている自分がいた。

「ん? どうしたん? あ、気になる子でもいた? やっぱり、バレー部の如月アツコ? あの胸は破壊力あるよな」
「え、なに?」
「聞いてねえな。如月アツコだよ。如月アツコ」
「えーと、誰でしたっけ?」
「ほら、あそこにいる……。あれ? どこ行った?」

 人差し指がバレー部たちの間を彷徨う。

「わたしが、なんだって? 柴木トオル?」

 背後から声をかけられて、驚く柴木。振り返ると件の如月アツコがいた。

「あ、アツコちゃん? 今日もバレー部、頑張ってるね」

 取り繕う柴木。

「そうね。もうすぐ試合だから。三年生も引退したし、二年も本格的に始動って感じで、気合が入ってる。
 それで、あなたたちは何してるの?」

 如月は不審そうな眼を向けていた。柴木は慌てて弁明する。

「いや、最近、不審者が多いじゃん? その手がかりを集めてるわけ。平穏な学生生活のために」
「ふーん」

 あくまでも不審者を見るような視線は直らなかった。そこで自分も声をかけてみることにする。

「如月さんも何か知りませんか? 不審者の目撃証言など」
「……体育館倉庫に、白い影を見たって言うのが最近あったわ。けど、そんなの見間違いでしょ?」
「いやいや、アツコちゃん。そんな甘い認識じゃあ、足元掬われるぜ?」
「さっきはスルーしたけど、名前で呼ぶの、止めてくれない?」

 本気で嫌そうに如月は言った。

「つれないな―、アツコちゃん。でも、気を付けた方がいいぜ?
センセーは何もいわねぇけど、自分の身は自分で守らなきゃならないんだし」
「……そうね。それには賛成。でも、あたし、部長じゃないし」
「ま、試合も近いってなら言い出しにくいか。
そんじゃあ、これで。あ、何か他に情報があったら、この田城くんまでお願いしまーす」

 そう言って体育館を後にした。一度振り返ると、彼女はまだ何かを考え込んでいるように立っていた。

 それから学校の通路を巡って玄関に到着する。今度は学生たちの往路が多いそこで、知り合いの顔を見つける。

 弓道着姿の美綴綾子だ。腕組みをして弓道部の後輩と話していた。

「お、さっそく情報源、発見だ」

 同じくその姿を見つけた柴木は彼女につっかかろうと近寄って行く。

「ちょっと失礼しまーす」

 美綴とその後輩の間を割って入る柴木。

「ん? あ、柴木? 何の用?」

 柴木の接近に、眉をひそめる女部長。

「美綴先輩。それじゃあ、これで……」

 今まで話していた後輩が一礼して下がった。

「ああ。マトウ。練習を再開してくれ。付き合ってくれてありがとな」

 弓道場へ向かうらしい後輩を見送る。そこで柴木は口をだした。

「一年生か? いやあ、あんな可愛い子、今まで知らなかったなぁ」
「――で、何の用? 出来れば手短にしてくれよ。これから用事があるんだから」
「いや、ちょっとした事情調査だから、時間は取らせない」
「事情調査ぁ? また変なことしてるな?
 田城も良い迷惑なんじゃないか? あ、答えても良いけど、部活見学しに来てよ」
「ん? なんで?」

 柴木が尋ねる。

「ギャラリーが居た方が実戦的だから」

 公式試合は立会人が周囲を囲む。そういった意味で実践的なのだろう。

「ま、それぐらいならいいけど。マトウちゃんを紹介しろよ」
「ま、それは勝手に……。それで、何が聞きたいんだ?」

 そこで即席探偵をしているこれまでの経緯を告げた。

「あー、なるほど。そのことか」
「なんか知らない?」
「さっきもそれで話してたんだよ。弓道部にも不審者が出たんで、暗くなる前に帰るようにしようって」
「弓道部だから、黒い服の男でしたね」

 軽音部の証言を思い返して言う。

「情報早いな。そうだよ。他にも、アロハシャツとか」
「ん? アロハシャツ?」

 柴木が反応した。

「俺も最近、そんな奴のことを見たような気がするんだよな……。どこだっけ?」
「あ、悪い。藤村先生だ。じゃ、これで」

 顧問を見つけたようで、美綴は去って行った。情報は取れたので、これで良しと思うべきだろう。

 柴木と顔を見合わせる。

「これだけ証言があるってことは、ガセではないようだな」
「今日はこれぐらいにしませんか? ちょうど繋ぎ紐が途切れたことだし」
「繋ぎ紐? ああ、芋づる式のこと?」

 表現の違いなんてどうでも良い。

「ま、そうだな。ちょこっと弓道場によってから帰ろうか」







[25638] エンカウントⅡ
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/04 04:34
<三日目 朝>




 いつも通りの朝。
 またしても生徒会長の喝。それも三度目なら目新しいことでもない。




<三日目 昼>




 購買でカツサンドを買って食事。柴木とどうでも良い雑談に花を咲かせる。
 探偵ごっこはもう卒業したみたいだ。飽きるのが早いけれど、それもいつものことだった。




<三日目 夕刻>




「田城くん。ちょっと良い?」

 鞄をぶら下げて校舎の玄関に差し掛かった時、後ろから声が掛かった。

 振り返ると、そこにはバレー部の如月アツコ。

 装いはバレー部の練習中だった時とはだいぶ異なっている。結んでいた髪を解いて、長い髪が風に翻っている。服装も運動着から制服に変わり、印象も違って見えた。

「なんですか?」

 名前を知っている、ぐらいの知人。声をかけられるなんて珍しい。なので、すぐに要件は察せた。

 接点と言えば、昨日のやり取りの他にない。

「調査は進んでる? それ、聞きたくて」

 正直に、もう飽きたんだ、とは言えない雰囲気だった。

「収穫といったら、弓道部で目撃証言を得たくらいです」
「……なんだか、ここの所、変じゃない? 学校とか、いえ、他にも」

 変?
 それは分かる。同じことを感じていた。けれど、“何処”が? それが認識できないかぎり、この夢は続く。覚めることがないのなら、それを現実として受け取るしかない。

「いえ、御免なさい。あたしこそ、変なこと言ったかも」
「バレー部はどうしたんですか?」

 自分と同じく帰宅するように見えた。

「気分が良くないから休むわ」
「そうですか。ご自愛してください」
「ええ。また明日」

 そう言っても、彼女は帰る様子ではなかった。

「帰らないんですか?」
「あ、うん。ちょっと気になって」
「気になる? 何が?」

 気分が悪い、という話しではなかったのか。

「深く詮索されるのは不快だわ」
「すみません」

 如月は再び校内へ戻って行った。何か探し物でもあるのだろうか。




<四日目 朝>




 寝坊したので柴木とは顔を会わせなかった。




<四日目 昼>




 …………―――――――――――――。

 屋上に行こう。今日はそんな気分だ。

「屋上? なんで?」

 柴木を昼食に誘うと反応は芳しくなかった。

「なんとなく、かな?」
「……ふうん」
「それで、行きませんか?」
「悪いけど、俺、パス。ちょっとな」
「ちょっと?」
「いや、その……。あのさ……、ここのところ、不思議な感じがしないか?」
「不思議?」
「うーん、いや、やっぱりなんでもない。とにかく、今日は忙しいんだ。悪い」

 偶にはこんな日もあるだろう。寂しいけれど、一人で屋上に向かう。

 購買で食べ物を買い、普段上がることのない三階から上を目指す。

 思えば、屋上に出たことがなかったような気がする。

 きっと学校の上から俯瞰する景色はまだ見ていない。校舎にはまだまだ足を踏み入れていない場所で一杯だ。
 もう一年以上は通学しているはずなのに、変な話だ。

 変と言えば、今の自分の行動がそうだった。何の気まぐれで屋上へ行こうと思ったのだろうか。普段はこんな風にイレギュラーな行動はとらない。

 自分らしくないと思う。

 ふと足を止めて、何気なく。

 何の根拠もなく、胸に張り付いた自身の奇行の“原因”を見た。

 見慣れない宝石が自身の首から下げられている。

 ??/(魔術)
 ??/(警戒)
 ???/(誘導式)

 意味不明の情報とアラート。なんだ、これは?
 平和ボケした頭にインターラプトが掛かる。

 自分の足は屋上への階段に進もうとしている。けれど、それは何故?

<何故なら屋上へ向かわなくてはいけないから>

 原因は解明した。ウイルスを早急に駆除後、ただちに臨戦態勢を整える。

 接敵にウイルス。考えが纏まらないまま、無意識的に腕が動いた。胸に下がっている見知らぬアクセサリーを引き抜き、投げ捨てる。

 勢いよく宝石は壁に弾け、階段の上を跳ねた。

 空しい音が響く。しかし、そんな音は問題じゃない。

 身体の奥が急速に熱を帯び、中にある枝分かれした透明な通路が浮き彫りにされる。そして――満ちて、あらゆる五感がその力によって上乗せされる。

 全てが無意識の内に行われていた。

 理解不能な危機感に突き動かされて、周囲からの脅威に備える。自動的に“こういう場合の事例”が脳裏に列挙されて、さらにその対策から反撃に至る工程が一瞬の内に閃いた。

 自動算出の結果、どこにも自身の敗北する要素は見当たらない。

 けれど、それはおかしい。

 反射で人間は行動するわけではない。理性的な自分が行動を最終的に決定するのだ。だから、いくら十全にバックアップされても、矢面に立つ自分が無能ではどうしようもない。

 所詮、敵わない。自分ではどう足掻いても。

 理解が追いつかなかった。自分の行動も、胸の内も。

「そんなところで何をやっているのかしら?」

 聞き覚えのある声がした。(敵が)
 警告を正しく理解しないままに、その声の方を向いた。(来た)

 階段の上。今まさに昇ろうとした階段の上に、女性が立っている。

 彼女は、見たことがある。

 青いドレスの亡霊。

 それは夕焼けの中の記憶だったはずだ。一日目の終わり。自分にとって、異質との最初の出会い。世界の綻びの象徴。

 白昼夢だと信じていた彼女は、目の前にしてみれば強烈な存在感を放っていた。
見過ごせるはずもない輝きは瞬く間に認識を塗り替えていく。

 幽霊だなんてとんでもない。
 彼女は、この世界で誰よりも確かなものだ。まるで存在が強い意志で強固に補強されているように。理論では及び付かない、あきれた仮定。けれど却下するのが苦しい。

「あら、気が付いたのね」

 彼女は足元に転がる宝石を見て呟く。

「もう少しだったのに。いえ、それとも傍から機能していない? 貴方にはそれだけの実力があったの?
 だとしたら、捨て駒にしては性能が良いわね。それとも、私の認識を改めるべきかしら?」

 彼女の言葉は全て、彼女自身に向けられたものだった。独白を続ける彼女は既にこちらを見ていない。敵になり得ないと、その観察するだけの目が言っていた。

「最後に、確認しておきたくなったの。少しだけ時間をもらえるかしら?」

 話しながら、ドレスの女性は一段一段ゆっくりと降りて行く。所作は高貴で、どこにも失点がない。しかし、盛大なパーティで見かけるならまだしも、今のシュチュエーションが彼女には決定的に似合っていなかった。

「今までずっと退屈でした。こんなことなら私も分からないふりをしておけば良かった。それに、少し惚けていた方が淑女的でしたし。
 才女というのは、ところどころ殿方に遠慮しなければならないのがつらいところね」

 手を伸ばせば触れられるほど近づいた貴婦人は、ダンスを申し込むように、自分の目の前へ手を伸ばした。

「―――知りたいことがあるの。協力してくださる?」

 伸ばされた手は、自分へ。
 まさに接触しようとした時、その優しい手が一変して、凶器の切っ先以上の脅威度に変貌する。

 本能に命じられるまま、払いのけた。
 手酷く払ったつもりだったが、感触が固い。痛い思いをしたのは自分の方だった。

「あら、お利口さん」
「お前は、なに?」

 一足に引いて、距離を作る。直感のままに、彼女を危険人物として捉える。

「やっぱり気が付いていないのね。実力は本物だけど、ウィザードとしては未熟。
とてもアンバランスだわ。興味深いですけれど、どうやらこれまでのようです」

 突然、後ろに気配を感じた。
 驚いて振り向くと、柳洞一成がそこにいる。彼は兆候もなく突然現れた。

「田城。屋上は立ち入り禁止だぞ。そこで何をやっている」

 非常事態に入り込む日常。かまっている余裕はないと、彼女の方へ視線を戻す。

 しかし、そこには誰もいなかった。嫌が応にも目に付く青いドレスも忽然と消失している。あの時と同じだ。
 あれだけあった存在感も、もうどこにもない。

「え?」
「どうした?」

 柳洞が傍に寄ってくる。

「ついさっき、ここに人が……」
「見間違いじゃないのか? 人のようなものは見ていないが」
「そんなはずは……。たった今まで、会話を」
「だが、何処へ行ったというんだ? 下には誰も来なかったぞ? 奥にある屋上への扉も施錠してある」
「いえ、そうではなく」

 手段なら、他に幾らでもある。相手は普通ではないのだから。

「夢でも見ていたんだろう。睡眠は足りているか? 二年ともなれば生活が緩みがちになる。気を引き締めた方が良い」
「……そうですね」
「分かったのならば、食事場所をすぐに変えてくれ。ここから先はしばらく立ち入り禁止になる」




<残り学生生活 0日>




 二度目の白昼夢。

 いや、そこまで鈍くない。自分ははっきりとした異常に立ち合った。そのことを認めよう。あれは夢ではなく、現実との出会い。そう認識しなければならない。

 忽然と現れるあの女性と、他の不審者たちの噂。鑑みて、関係があることは明らかだ。彼らはどんな思惑で、この学校に現れているのだろうか?

 聞き知った恰好から考えると、どの人間も部外者に思える。教職員でもなし、学生でもない。ドレスとかアロハとか、本当にあからさまなまで、学校とは無関係な亡霊たち。

 どう考えてみても理屈に合わない。
 道理がない。
 必然性がない。
 突拍子もなくて、まるで世界は狂っていた。

 今までの情報から推理すると、この学校では絶対に起こり得ない事が起きている。

 こんな材料ではミステリーを書けないだろう。どんな作家でも、可能なのはSFやファンタジーぐらいの物で、だったら、この世界は一体、どのジャンルに近いのか。それ如何によって、身の振り方も違う。

 目の前でそれは起きたはずだった。自身の身体の中でさえ、それは起きた。

 それとは。

 ここまで分かっている。

 ここまで分かっているのに、何故、思い出せない?思い出して然るべき所まで、自分は事実に迫っているはずだ。なのに、どうして?

 視界にはノイズが走っていた。

 セキュリティに意図して脆弱性を持たされている。誰が世界をそのようにデザインしたのか?

 それは神?

 僕を作ったのは、誰?

 ……。

 名前。

 自分の名前。

 田城、なんて名前じゃない。本当の名前。

 自身がここにいる理由。

 そうだ、そうだった……。

 理解へ至ると同時に、廊下の突き当たりでしかなかった壁が取り払われた。

 現れる扉。

 そして、今まで現実だと信じ込んでいた世界は、語るに落ちたハリボテへと変貌する。構成されている物に重さはなく、目に見えるだけの映像と立ち入り禁止のシステムをミックスしただけの手抜き工事。

 今までの自分が間抜けに思えてくる。
 たかが記憶を失った程度で、あの精巧な現実を見失っていたなんて。

 聖杯戦争。大丈夫。全て思い出した。
 決して望んだわけではない戦い。捨て札のような自身の立場。
 
 過去が去来する。
 振り返れば、数秒で全てが網羅出来てしまうほど短い歴史しか持たない自分。意識してしまえば、自己の立証は一瞬だった。

 この扉の先へ行こう。
 見なかったことにするという選択肢はない。そうなれば死ぬと分かっている。足を踏み出すことは決定事項だった。
 だから、今は何も考えるな。悩むのは後にしろ。

 死ぬのは嫌だ。今はその思いだけで良い。







[25638] オープニング
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/04 04:38

<opening>




 扉の先は、用具置き場のような部屋だった。

 その中で一つ、異様なものがある。
 人の背丈ほどある人形。事前に教えられていた情報通りの造形をしている。デッサンに使う人形のように、何の特徴もない形だ。

 個性というのをまるごと剥ぎ取られたように顔もなく、人の動きが再現できる程度の関節があるだけの最小限に抑制されたモデル。話が確かなら、この人形を使って本選出場の最終試験があるはずだった。
 奪われていた記憶を辿っている間に、規定通りのアナウンスが響く。

『ようこそ。新たなマスター候補』

 声が響く。すると人形が人形師の糸を得たかのように反応する。

『それは、この先で、貴方の剣となり盾となるドール。貴方が指示すれば、思うように動かすことが出来るでしょう』

 その言葉通り、人形はこちらの意図をくみ取って動作した。

『それでは、進みなさい。貴方の求めるモノは、この先にあるのですから』

 それきり女性の声は止む。示された道は闇の中。その先へ行こうと足を踏み出せば、呼応してドールが後ろを付いてくる。

 ――ここは、聖杯の中か。

 それが奥へ進んで、感じたこと。

 闇に浮かぶ一本道。聖杯の奥へと誘う後戻り不可能な道程。
 如何なる趣向か、延々と続くかのような道の周囲に脈絡のないオブジェクトが散乱していた。

 この戦争を始めるに当たってのオープニングなのか、花火のように華々しく宙を旋回している。けれど、そんな余興を楽しむ余裕もなくて、ただ足を踏み出して進んだ。

 しばらくの間、道に終わりは見えなかった。ずっと続くんじゃないのか、と危惧した辺りで終わりが見える。そして上り坂の奥へ。

 終着点。
 そこは教会のような荘厳さを持って、たどり着いた人間を招き入れる。
 巨大なステンドグラスが来訪者を威圧するかのように鎮座していた。
見上げれば、ますます見降ろされているような気がしてくる。これは教会として当然あって然るべき錯覚なのだろう。

 神様は頭上に宿る。そんな信仰、押しつけられるまでもなく分かっていることだ。

 そこには、既に先客がいた。
 ただし、既に敗北(死亡)しているようだった。敗者の傍らには自分が連れているドールと同じ物が崩れ落ちている。

 自分にも訪れたかもしれない末路。いや、敗者の選定はこれから行われる。自分も彼のように地に伏せることがあるだろう。それがいつになるのかは分からないが。

 生涯、敗北しないなんてことはあり得ないんだから。まして、完成品に劣る自分では、その未来は決定的と言える。もしかしたら、それは今なのかもしれない。

 近寄ると、倒れていた人形は音もなく立ち上がった。

 知っている。
 これと闘うのだ。勝てば己に適したサーヴァントに見初められる。財閥の調査能力は確かなものだった。しかし、それに頼れるのもこれまで。ここから先は、先読みなんて出来ないほど可能性に満ちている。
 古今東西の英雄。勝利への道は誰が相手となっても険しいものとなるだろう。

 人形程度の相手には、不安はなかった。この身体が持つスペックをもってすれば敗北は意図しない限りあり得ない。勝敗の趨勢を眺める必要はなく、代わりに、見ているかもしれないまだ見ぬ己のサーヴァントへ目を向ける。

 このガラスの向こうにいるのか。

 こんな自分に、一体どんな英霊が味方に付きたいと思うのだろう?
 立候補がなくて敗退なんて嫌過ぎるな、と考えていたら、いつの間にか人形同士の遊びは終わっていた。

 片方は落ち、片方は健在。

 自分は勝利する側だった。

『おめでとうございます。これで貴方は晴れてマスターとなりました』

 無感動な声が響く。
 チュートリアルの案内には相応しいけれど、個性がないわけでもない声。もしかしたら、この声の持ち主にも人格が与えられているのかもしれない。出し惜しみがないというか、ムーンセルはやはり人知を超えた創造物であると改めて認識する。

『それでは、この者をマスターと認めるサーヴァントよ、前に出なさい』

 清廉な声に導かれて現れるサーヴァントは、……しばらく待っても現れなかった。
 これは、もしや、と冷や汗。

『……前へ』

 再度、声が促すと、仕方がなさそうな足取りで、待ち望んでいたサーヴァントは現れた。
 部屋の中央から、浮かび上がる。近寄ってくるその姿はただの人間。だけれど、内に秘めた力は破格で、化け物と呼んで差し支えがない。

 人間とはステージが違う。
 他のサーヴァントは知らないが、間違いなく強力なカードだと確信した。

「―――問おう。貴方が私のマスターか」

 銀の甲冑に身を包んだ、騎士。
 涼やかな声色だった。性別の読めない声で、少年とするか少女とするかを迷う。しかし、その目の奥には姿とは不釣り合いな苛烈さを秘めている。

「はい。よろしくお願いします」
「……」

 返答はない。ただ静かに目を伏せるだけ。

 金色の髪。
 開いていた時の目は緑のサファイアだった。背丈は小柄な自分と同じ程度で、一見して勇猛果敢なサーヴァント、には見えない。戦場ではなく、違うどこかで、花として添えられるような容姿だと思った。

 その時、自分の左手に鈍い痛みを覚えた。
 痛みの個所には三つを画とする模様が浮かび上がっている。

 令呪。
 自らのサーヴァントに対する強制執行権。増幅器としても機能し、マスターの資格を示すもの。

 目の前のサーヴァントは見開き、その証を認めた。

「その令呪をもって貴方がマスターだと認めよう。今からは私はマスターの剣として敵を葬り、盾としてのその身を万難から守る」

 書類を読むようにして、彼は無感動に言い切った。

「ただし、言われた以上の事はしようとは思わない。そして勘違いさせてしまう前に言っておく。私は貴方が気に入らない」

 気に入らない。初対面で言われたのは初めてだった。

「なら、どうして召喚に応じたんですか?」

 思わず口をついた。黙っていられるほどお人よしじゃない。

「もちろん、哀れだから。それに、他には当てはいなそうだった。つくづく、魅力がないマスターだ」

 平然とこちらのダメ出しをするサーヴァント。憎たらしい言い様に、実力の格差を忘れて視線が強張る。

「自分の何を知っているっていうんですか? まだ会ったばかりなのに」
「貴方が考えているより、周囲の目は鋭い。まして、マスターは未熟だ」
「……」

 サーヴァントの性格なんてどうでも良いじゃないか。強ければそれで良い。そう自分を納得させる。

『……さっそく、仲がよろしいですね』

 天から響く声はそんなことを言った。目は見当たらないが、どこかで覗き見ているのだろうか。

『そろそろ刻限です。貴方を最後として、締め切ることにしましょう。では、洗礼を』

 目の前にいる自分のサーヴァントを睨みつける。彼はそんな視線をないかのように受け流していた。

『日没を繰り返し、いつまでも回り続ける日常。在り来たりの平穏から、貴方は背を向けて、生き抜くことを選択しました』

 うすら寒いものが漂う主従の間柄。
 そんな不和を愉しむような調子が、洗礼の声に含まれているような気がする。

『しかし、これはまだ序章にすぎず、苛烈になるのはこれから。
 悲しみなさい。若き兵士よ。貴方の願いは多くを踏みにじることになるのですから。
 けれど、臆することはありません。
 聖杯戦争。ここは純正な殺し合いの場。地上にあった模倣とは言え、報酬は正当な物。如何なる願いも叶うでしょう。
 それは神の名にも誓えること。
 だから、心配は要りません。遠慮なく殺しなさい。

 そして渇望するのです。それこそ前へ進む力となるのですから。

 熾天の座は勝者である一人にのみ開かれる。

 そして、ここに、聖杯戦争の開始を宣言します。月に招かれた、電子の魔術師たちよ。

 汝、自らを以って最強を証明せよ―――』





一回戦開幕

残り64人








[25638] 宣戦布告
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/01/30 10:30



<残り6日 MORNING ○ → MIDDAY → NIGHT>




 目を覚ますと、いつの間にか机に突っ伏していた。

 がらんとした教室。自分の机があるだけで、他には何もない。整然とした、というより寂しげな印象だった。

「ここは……?」

 呟く。返答を期待した言葉ではなかった。しかし、

「ここは、マスターに与えられる私室」

 声に反応して振り返ると、そこにはつい先ほど顔を合わせたばかりの自分のサーヴァントがいた。

「お前……」
「お前、じゃない。名前は……、いや、セイバーだ」

 セイバーと名乗るサーヴァント。真名で呼ぶわけにもいかないので、呼称は別にそれでも構わない。けれど、自分がどんなサーヴァントを呼んだのかは確認しておきたい。

「真名は?」
「……マスターとしての機能は認めているけど、マスターとしての機微は知らない。だから、迂闊に教えられないだろう?」

 馬鹿にしたような笑みでこちらを挑発する。名を預けるには値しない、と彼は言っているようだ。

「協力なく、勝てるのなら勝手にしてください」
「勝手にさせてもらおう。で、他に聞きたいことは?」

 聞きたいこと。

「どうして自分はここに?」

初めに思いつたことがそれだった。

「運ばれてきたわけではない。強制的に移動させられたんだ」
「聖杯戦争は?」
「もう始まっている。詳しいルールは監督役に聞けばいい」

 質問事項も思い付かなかったので、サーヴァントとの会話をそれで打ち切った。

 辺りを見渡す。私室だという教室は、以前のクオリティからさらに磨きをかけて、本選仕様のセキュリティに変わっている。戦場として使うに足りる舞台となっていた。

 他にも決定的に違うものがある。

海の空。

教室の窓から見える空は、まるで海のようだった。

七つの海で構成されているというセラフ。ということは、ここもその海の中の一つというわけなのか。

電子の海。虚構で彩られた世界。しかし、ここは現実よりも現実らしい質感を保っている。死が付き纏うという点を含めれば、現実と捉えても不都合がない。他人との接触も、最大限の警戒をしながら行う必要がある。

 目に映る人間は全てが敵だ。これは希代な戦争。一人の強さを競うなんて、コンテストでもあるまいし。

「いつまで引き籠ってるつもりだ? さっさと行動しないのか?」
「言われなくても」

 部屋を出ようとすると、セイバーは姿を消した。外では現れないつもりのようだ。

 扉を開けると、そこは、特に異界というわけでもなく、今までの校舎に限りなく似通っている場所だった。セキュリティが一新されていることを除けば代わり映えがない。

 廊下にも生徒たちが屯していた。人数は以前に比べて大分減ったようだけれど、こうして校内に出ると、まだ自分が学生のような気がしてくる。

「よう。残ったんだな。時間ギリギリだって聞いたけど、良かった」

 通路に居た美綴綾子が話しかけて来た。以前と変わらない調子。普段との変化のなさが、この戦場では相応しくない。

「何か用?」

 彼女はNPCだ。人間ではなくプログラム。本当の彼女は、ずっと以前に失われている。ここにあるのは、その再現に過ぎない。

そうは言っても、きっとムーンセルは異常な精度で彼女を映している。傍からすれば、まるで生きているようにしか見えなかった。

「監督役からの伝言。聖杯戦争のルールについて説明するから、聞きたいなら教会まで来いとさ。教会の場所、分かるか?」

 なんとなくだが、学校の庭で見かけているような気がする。

「ありがとう。早速行きます」
「ああ、そうした方がいい。じゃ、頑張れよ」
「美綴さん」

 どうしても気になることがあった。

「ん?」
「なんていうのかな……。その、どういう気持ちなんですか? 再現されているっていうのは。嫌な質問かもしれないけれど」
「嫌、ではないかな。別に。素っ気なくされるよりは嬉しい」

 彼女はいつものように腕を組んで話し始めた。

「えーと、そうだな。説明しとこう。
……私は、ムーンセルに再現された美綴綾子にしか過ぎないんだけど、本質はその触覚というか、そのもの、というのか。存在の保証はムーンセルが請け負ってるんだよ。パーソナリティっていうのがあっちにあるってことなんだけど」

「原理としてはそうですね」

「本質としても。
この姿と個性はムーンセルにとっては服装でしかない。本物はもうこの世にはいない。そこは間違っちゃいけないところだ。霊子の集合であるサーヴァントとは違うんだ」

「つまり、本当にプログラム?」

「そんな無感動なものに捉えられるのは好きじゃない。だから、私はムーンセルなんだよ。そう捉えてくれて構わない。と、言っても、本体ほど万能じゃないんだけど」

「ムーンセルの人格の一つ、みたいな感じ?」
「そうそう」
「けど、それって自由はあるんですか?」
「NPCっていう枠組みでなら自由にやってるよ」
「それって不満じゃ?」
「いや、全然。だって、それって私が決めたことじゃない? この聖杯戦争をアシストするためなら別に苦労だと思わないし」
「けど、本物の美綴綾子ならそうは思わない。勝手な予想ですけど」
「そうだな。あくまでも、私は再現だから。
生前の私は常識的な人間だったから、ムーンセルが押し付けた常識に逆らおうとは思わない。そういう風にシフトしてるってこと」

 なんとなく分かった。今まで通り、何も知らなかった頃と同じように接すれば問題なさそうだ。

「それなら、不真面目なNPCもいるわけですか」
「あー、いるな。管轄からロストしちゃった奴とか。今なにしてるのか分からないし」
「自分のことなのに分からないんですか?」
「私が端末だから、分からないだけなのかもしれない。
本体はそういうイレギュラーも実は知ってて黙認してるのかもな。本体は人間じゃないしさ、考えてることなんて人間には理解できないよ。私たちがいるのも、そうしないと人に関われないからだろうし」
「その言い様ですと、ムーンセルにも意志が?」
「あった方がいいだろ」

 その会話で美綴とは別れ、教会に向かった。

 校内はどこか緊張感がある。歩いていても時々鋭い視線が向けられた。

 剣呑な雰囲気というか、ある日突然、学生たちの多くが不良になってしまったような。

 殺伐とした学園内。

 学園内には学生服ではない人間もいた。そういう姿は、技量が優れているという分かりやすい指標になる。学生生活時に見られた亡霊たちの正体は彼らだったのだろう。

予選の早い時期から自己を保っている。言うまでもなく、強敵だ。そして、制服を着ているからといって弱いとも決めつけられない。擬態している可能性もある。

 勝ち抜ける道は、限りなく細い。改めて実感した。

 庭に来て、教会の外観を見上げる。

 校舎にあって、ものすごく派手に目立つ建物。以前はまるで気にならなかったが、ここに来ると存在感を感じる。

 何故だか、入りたくない。

 嫌な予感というのを、扉越しにでも伝えてくる何かがある。

「入らないのか?」

 背後にいるセイバーが言った。

「入る。言われなくても」
「こんな所で気後れするな、マスター」

 急かされて、扉を開いた。大きな扉だったが、驚くほど軽い力で開いた。

 内装は、教会だ。外観から期待を裏切らない中身。

参列する席が並んでいる。中央は開けられていて、奥に教壇のようなものがあった。そこに、跪いてお祈りをしているシスターが一人。

 来客を察したのか、彼女は礼拝を中断して振り向いた。

 銀色の髪と金色の目。儚げな肌色。修道女の格好をしている彼女は、こちらをじっと見据えていた。

「主にお祈りをされに来ましたか?」

 どこかで聞いた声。

「そういうわけではないです」
「聖杯戦争は、トーナメントで行います。この端末で呼び出しがあるので、指示通りに動けば良いかと」

 そう言って、シスターは端末を差し出す。受け取ると、まるで役目は終わったとばかりに中断していた礼拝を再開する。

 受け取った端末からさっそく電子音で呼び出しがあった。

 画面を見ると、

:二階掲示板にて、
対戦相手を発表する。

 と映っている。

「あの、トリガーとかの説明は?」

 たまらず、こちらから言ってしまった。

「知っているのなら、話しは早いですね。私からは注釈すべき点はありません」

 それっきり黙ってしまうシスター。
まあ、いいか。これが、例の不真面目なNPCというやつなのだろう。

 指示にあった通り、二階の掲示板を見に行くことにした。

 二階へ昇り、言われた通りの場所を目指す。
 掲示板の回りには生徒の姿をしたプレイヤーたちが集まっていた。

 その中に見知った顔を見つける。

「よお、お久しぶり。お元気?」

 柴木、という名だった男がこちらに声をかけてくる。まるで以前と同じ調子だったので、自分も倣うことにした。

「久しぶりです。サーヴァント、どんな英霊を引きました?」
「聞いて驚け! って、言うかよ! 馬鹿! エッチ!」

 いつもと変わらないリアクション。本当の所はどうなのか探りを入れてみる。

「それで、柴木って呼んでも良いですか?」
「ああ。それが本名だしな。お前は、……違うよな。なんて呼べばいい?」
「今まで通りに」
「そうか」

 人が引いたので、掲示板の前を覗き込む。自分の対戦相手は……。

マスター:如月アツコ
決戦場:一の月想海

「誰だった? 知り合いか?」
「如月アツコ」
「ああ、あの子か……。手強い相手だな」
「知ってるの?」

 外の世界で、という意味で尋ねる。

「ああ。如月アツコはちょっとした有名人だし」

 彼が説明しようとする前に、後ろから声がかかった。

「わたしが、なんだって? 柴木トオル」

 如月アツコ。彼女は制服姿のまま、以前と変わらない格好でそこにいた。

「一応、あなたもわたしの側でしょう? 西欧財閥の人間と、なに話してるのよ」
「いやさ、友だちだし」
「友だちって……、馬鹿じゃない? 敵でしょう?」

 どうやら柴木と如月は外の世界でも知り合いらしい。

「あなたも、いつまで学生気分のつもり?」

 如月がこちらにも矛先を向ける。

「いつまでも引きずってるつもりは、ありませんけど」
「わたしとしては、油断していてくれてかまわないけど。そうね。ここで、貴方の顔が見れたのは良かったわ。こんな字面だけじゃなくて、面と向かって宣戦布告してあげる。
 貴方は、ここで、死になさい」

 明確な宣戦布告。

「……」
「言い返さないの? なんでもいいけど。それともやる気がない? へえ」

 冷たい眼をしながら、如月は微笑む。

「これ以上、話すことはないわ。それじゃあ、柴木。あなたも精々頑張りなさいよ」

 突き放すように言って、彼女は去って行った。

「言うなぁ、あいつも。言ってることは間違ってないけど」

 そこで、端末が再び鳴った。画面にはトリガーを生成した、という連絡が入っている。

「そっちも同じ要件だろ? それじゃあ、さっそく行こうぜ。トリガー探しの場所は、一階の廊下の突き当たりだったな。課題はさっさと終わらせよー、っと。
夏休みの宿題とか、初日とその次の日で終わらせる子どもだったんだ、俺」




<MORNING → MIDDAY ○→ NIGHT>




一の月想海。

 視界の開けた迷路だった。もし接敵したとして、隠れているのは難しいステージ。

ここではトリガーを探す必要がある。これを、期日までに二つ揃えなければ戦う資格を得られない。期日は今日から六日後。少なくとも七日目には勝敗が決しているということ。

如月アツコか、自分か。立っていられるのは一人。

「探索か。さっさと終わらせて帰ろう」

 後ろではセイバーが姿を現していた。相変わらずの仏頂面で、不服そうにそこにいる。本当、嫌なのにどうして召喚に応じたりしたのだろう。

 通路を道なりに進んでいく。

エネミープログラムが行く先を邪魔していた。浮遊しているそれは、おそらくムーンセルが自作したものなのだろう。機能としては申し分なさそうだが、外観が陳腐だった。

 セイバーに出番だと促す。

「……この程度なら、マスターだけで対処できそうだが」

 かと言って、マスターが出しゃばる事はないか。そんなことを呟きながら、彼は所持していた剣を一閃させる。それで呆気なく障害は取り除かれた。

 ……未だに、このサーヴァントがどのような英霊なのかは見当が付いていない。彼の持つ剣は相当に由緒正しい物に見える。名のある宝具と推測されるが、剣の形をした宝具など、それこそ腐るほどあるはずだ。

 姿からして、東洋や中華の出身でもない。中世に活躍した騎士。尊大そうだから、生前はさぞかし偉い身分だったのか。

 MATRIXと呼ばれるサーヴァントのステータス欄も穴だらけで、資料としての価値がなかった。というか、いざ、宝具を使う段になって、互いに意志疎通が出来ないのは致命的なんじゃないだろうか? ここは、強引にでも聞いた方が良いかもしれない。

「真名、ずっと自分にも隠しておく気なんですか?」
「ああ」悪びれなく彼は頷いた。
「それだと不都合が」
「心配は要らない。いざ宝具を使うとなれば、自分で判断できる」

 そんなことはどうでもいい、とばかりに彼は前を先導し始めた。

 左手に浮かんだ令呪を見る。ここで使ってしまおうか……? 名が知りたい、それだけの為に?

「令呪を使って聞きだすって言ったらどうします?」
「脅しにもならない。それで困るのはマスターだけだ」
「まあ、そうですね」

 それからも何度か戦闘があったが呆気ないものだった。

「面倒だな。マスター、二手に分かれて探さないか?」
「……もし、一人で敵サーヴァントに出くわしたら身を守る術がない。それに、エネミーも後半戦になるに従って手がつけられなくなると予測されます。二手に分かれてまで侵す危険性ではないでしょう」
「だろうね。頷いてたら、馬鹿だよね」
「……」

 数十分の探索の後、迷路を踏破する一歩手前で、ようやく一つ目のトリガーを見つけた。

「こんな奥まった場所にあるのか。毎回、面倒になるな」

 セイバーが疲れてもいない口調で言う。

「……戻ります」

 宣言して、ターミナルを使用した。

転移の兆候もなく、一瞬で景色が切り替わる。

 戻ってきたのは、与えられていた私室だった。二人がいるには、ただ広いだけの教室。ドアを開けるよりも手軽な移動だったが、自分が何処に居るのか混乱してしまいそうになる。

「……ベッドぐらい用意しておいて欲しい」

 セイバーが呟く。なにやら部屋の調度品が不満らしい。

「天蓋付きの?」
「そんな贅沢は言わない。マスター、探して来てくれないか」
「どこで?」
「ウィザードなら、ハックでもして、保健室から取ってくればいいだろう」
「保健室? ああ、そういえば、あったかな」
「それじゃあ、マスター、よろしく。今日はこれ以上歩きまわらないな? 私はもう寝るから」

 そう言って、彼は脇に寄せられていた机椅子から、椅子を引きだした。それに座ると、すぐに目を閉じてしまう。

マスターとのコミュニケーションとか、全く考えていなそうだ。こっちもそんなつもりにはなれないけれど。

 セイバーも眠るようなので、今日はこれ以上することがない。自分も椅子に座って眠るとしよう。

 明日にはベッドを調達しておきたい。こんな状態で寝るとか、健やかな目覚めは絶対に期待できそうになかった。




<MORNING → MIDDAY → NIGHT ×>







[25638] 騎士王と名乗る
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/01/31 16:59





<残り五日 朝>




 天気は穏やかな海模様。

 決戦に向けて準備を進めようと校内に出たところ、セイバーに呼びとめられた。

「そこに何か落ちてる」

 彼が指すドア傍には、白い封筒が落ちていた。落し物というよりは、誰かが故意に置いて行った物のようだ。

 一応、精査して、危険がないことを確認した上で拾う。

「果たし状か……」

 脇で見ていたセイバーがタイトルを読み上げる。

 開封してみると、達筆な字面が紙の上で躍っている。達者すぎて、読めない。

「なんと書いてある?」
「読めない」

 メジャーな数カ国の言語をダウンロードされているが、現代的な活字のみで、使用されることのなくなった古い形は分からない。

「書いてあることはなんとなく予想できる。大方、敵サーヴァントが書いて置いて行ったものだろう。律儀な英霊もいたものだ」

 解読しておいた方が良いような気がする。筆跡から敵の正体を辿る、なんてことはできそうにないが、キーワードが埋まっていないとも限らない。

「図書館に行って、調べてみます」

 ムーンセル内にある蔵書ならば可能だろう。

「それより、家具をどうにかして欲しい」

 セイバーの要望は自分の願いでもある。安息の場所にするにしては、あそこはあまりにも殺風景すぎる。

「あ、おーい!」

 まず、どうしようか、と悩んでいると廊下にいた美綴綾子に声をかけられた。

「なんですか?」
「いやさ、ちょっとした連絡事項。生活用品を先着順に配るってシスターが言ってたから、もし必要だと思ったなら教会へ行くといいぞ」
「マスター」
「分かった」



 教会。カテドラル。正直、あまり長居したいと思える場所ではない。上手く言い表せない忌避感。頭ごなしに嫌っているわけではない。むしろ、嫌われているような気がして、近寄りがたい気分になる。

 今朝もシスターは教会にいた。美綴や柳洞などは校内のどこでも見かけるが、彼女に関してはここでしか姿を見ることが出来ない。

「すみません」

 声をかけると、彼女は振り返る。

「はい。なんでしょうか」

 良く出来た給仕のように、いや、そうじゃなくて、神の僕に、相応しい敬遠な物腰。

「家具を融通してくれると聞いたのですが、寝台は余っていませんか?」
「ええ、それなら……」
「ちょっと待った!」

 シスターの言葉を遮って開かれた扉。会話を中断させる不躾な輩は、青いドレスを身に纏った、見覚えのある人物だった。

「そこは譲ってくださる? 私には急ぎの要り物がありますの」
「…先着順だと聞いています。遅れて来たのなら、大人しく次を待つべきだ」

 先の確執もあって、彼女に譲るような気持ちは欠片もあり得なかった。

「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。この名前を聞いてもそのような事を言えますの?」
「いえ、知りません」
「知らない? あ、あら……。私を知らないウィザードがいたなんて、驚きだわ……。
――というか、貴方でしたか。それなら納得がいくものですが。けれども、貴方ごときが前を遮って良いわけがありません。大人しく下がりなさい。
そもそも、それはわたくしが……」

 随分と高圧的な女性。ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、と言ったか。彼女には、初対面から色々、いいように言われている気がする。ここで意趣返しをしておきたい。

「ちなみに、どの家具を所望ですか?」
「ベッドですわ! あのような固い床で横になるとは、屈辱です! 他にも、化粧台とか、姿見の鏡とか、……」
「シスター。ベッドをください。自分と、サーヴァント用に二つ」
「なっ! なんと卑劣な! こ、ここは決闘で決めましょう? 強い方が得るものを得る! それこそ、世界の理でしょう?」
「……ここは、教会なので、無用な戦闘はご遠慮ください。もし、この忠告に従わない場合は、強制退去、並びにペナルティを課させて頂きますが」
「そんな……」

 シスターからデータを受け取ったところで、長居は無用と教会から立ち去った。

 あの女性にはこれからも極力関わらないようにしたい。

 とりあえず望みは叶ったので、セイバーも文句はないはずだ。図書館へ行って調べ物をすることにした。




<朝 → 昼>




 捗らない。

 蔵書は確かに膨大なものだったが、入用な書物をうまく検索できずにいる。これは、と思ったタイトルでも、必要な情報には素っ気ないものだった。

 なので、非効率的な解読になってしまった。読解率は二割というところ。

 昼休みを取ろうとした間際、端末の呼び出し音が響く。

「第二トリガー生成。ということは、さらに下の階層へ行けと? 面倒なことはさっさと終わらせようか……」




<昼 → 夕方>




 二つ目のダンジョンは、先の物とは大きく様相を変えていた。

 和紙がはられた引き戸。そして薄い板で張り合わせられた床と壁。家屋の中のようだった。武家屋敷、というか、大名の家、みたいな感じだ。

 目には脆そうに見えたが、根幹にあるセキュリティは変わっていない。なので、いちいち行儀よく引き戸を開けて進む必要がある。

 進んでも進んでも部屋があった。ダンジョンとしての規模に変わりはなさそうだ。引き戸を開ける手順が増えた分、面倒くささが増してはいたが。

「……同じところを通ってはいないだろうな」

 セイバーが愚痴る。狭い通路の中での戦闘は、彼にストレスを与えている。

「ちゃんとマッピングしているので、心配は要りません。……ただ、そういう罠があった時はその限りではありませんが」
「そんな兆候はない。ここはマスターを信じよう」

 このステージでは隠れ場所に困ることがない。奇襲を受けやすい地形。もし、敵のサーヴァントがアサシンだったとしたら、はち合わせるのは危険だ。

「今日は、これぐらいにしておきましょう。日も残ってることですし」
「……」

 セイバーは肯定も否定もしない。口を閉じていてくれるのなら、それだけで歓迎できる。

 この日はトリガーを見つけられない内に終わった。

 転移した後。

 私室としてあてがわれた教室に、不釣り合いな物体が二つ。

 天蓋付きで、ふりふりの布で包まれているベッド。

 教室にあってはならないものだ。果てしない違和感に襲われる。

「なんだ? 王族用の物か? それにしても派手……」

 とセイバーの感想。……たぶん、エーデルフェルトが改竄した結果だろう。

「我慢するしかない」
「我慢するにしても、これは……。デザインは変更できないのか?」

 残念ながら、そんな器用なことは出来ない。出来る範囲と言えば、力づくで屋根を取り外したり、無用な布分を切ったりすることだけだ。

「む。いざ、手をかけるとなると、惜しいか」

 セイバーが言った。彼はそのままで良いらしい。自分はセイバーが眠ってからもファンシーさを軽減しようと手を尽くしていた。




<残り四日 朝>




 現実ではない世界の中、現実感を失ってしまうことは当然のようにも思える。そもそも、自分にとっての現実とはなんだったか。

「何を悩んでいるんだ?」

 ベッドの上で仰向けになっているセイバーが言った。

 よくもまあ、こちらをちらとも見ずに、そんなことを尋ねられるものだと思う。彼との間には魔力で繋がれたラインしかないのに、分かってしまうものなのだろうか。感情の機微には聡くもなさそうな癖に。

「貴方にとって、この戦争はなんですか?」

 考えていたことは違うけれど、質問する。

「サーヴァントにとって、これは意味のない戦いだ。勝ち残っても聖杯を得られるわけではないから、大多数の英霊は戦うことを目的にしているだろう」
「貴方もそうなんですか?」
「私は……、気まぐれだ。
 ムーンセルに意志を誘導されている可能性もある。自分でも良く分からない。だが、参加するからには負けたくないし、英霊の矜持もある。手は抜かない」

 気まぐれ。そんな調子の良い奴に見えないけれど。

「どうしても真名を明かしてはくれないんですか?」
「それを言うなら、お互いさまだろう。私はまだマスターの名前を聞いてない」
「……」

 場合にもよるが、それは許可されない限り出来ない事だった。

 無言が続き、セイバーは肩を竦めて見せる。

「アーサー・ペンドラゴン」

 それまでの頑なさとは一転して、彼は呆気なく口を割った。

「アーサー王?」
「信じられないか?」

 彼の言が真実だったとして、所持しているのはあの聖剣か?
 宝具という物を目にする機会はこれまで皆無だったが、素人の観察眼でも彼が持っていた剣はそれよりも劣っている思う。

「あの剣は王の財宝の一つにすぎない。切り札は他にあるさ」

 信じて良いのだろうか?




<残り四日 昼>




 今日も図書館で調べ物。

 はっきり言って、この作業にも意味を見いだせなくなってきた。たぶん、こんな文章からでは敵の情報を取得できない。その事が分かってきた。

 諦めて異なるアプローチを考えようか。

 もう、なんだか面倒だ。
 さっさと最後のトリガーを見つけてしまって、後は部屋に閉じこもっているのが一番良いような気がする。そうすれば、敵サーヴァントの正体が分からない代わりに、こちらの情報も明らかにされる心配がない。
 消極策だが、相手とは互角に持ち込める。

 この作戦をセイバーに伝えてみた。

「……サーヴァントには、特殊な者がいる。条件を満たしていれば無敵というのが、ざらに。
 そういった相手だった場合は、決戦以前に相手をしておいた方が良い。決戦日までに対抗策が打てるかもしれない。私自身が、そういう特殊なサーヴァントだった場合はその策も有効かもしれないが、残念ながらそうではない」

 目立った弱点がないサーヴァントなら、積極的に相手とぶつかって行く方が得策ということか……。

「早めにアリーナへ行き、待ち伏せをします」

 騎士王と名乗る己のサーヴァント。ならば正々堂々と使った方が良いだろう。




<昼 → 夕刻 ← 昼>




 この空間に入るのも、三度目、だったか。

 和風の屋敷の中。どういう構造体をしているのか分からないが、もしこの迷路に外観という物があったとしたら、奇天烈なものになるだろう。セラフだから成せる技というか、電子空間ならではの矛盾というか。

 無駄な考え事をしている最中にも攻略は進んでいる。今も敵エネミーの一体がその身体を散らしていた。

 振り抜かれた剣。セイバーの持っている武器に自然と目が行く。

 西洋の剣。セイバーは軽々しく振るうが、それなりに重量がありそうで、一撃一撃の破壊力は計り知れない。小柄な彼は良く振るっていると思う。
 魔力によるバーストもあるだろうが、剣の技術も人間の常識には収まっていない気がする。

 剣道の達人だった人間のデータと比較して見ても、彼は無神経に奥義を連発しているように見えた。

 剣の宝具。

 セイバーの座であるならば、基本装備と言って良い。従って、その宝具を見ればそのサーヴァントの格は自ずと分かる。

 その点で見れば、このアーサー王は大したことがない。
 精々Cランクあたりの宝具に見える。本領を発揮している状態ではないのかもしれないが、それにしてもBランクに届くか届かないか、という程度だろう。

 そんな剣を振るう彼は、騎士王と名乗るには、いや、円卓の騎士と呼ぶにも役者不足、と思われても仕方がないのではないか。

「何か言いたいことが?」

 セイバーはこちらの視線から察したようだった。

「その剣は使えるんですか?」
「腐っても宝具だ。壊れることはない」

 セイバーも宝具としての格の低さは認めているらしい。

「高名なサーヴァントの宿命。本命の宝具を使うのはリスクが大きい。
 この聖杯戦争は切り札の使いどころが重要だろう。何事でも、後だしの方が強いのは真理だ」

 そう言ってセイバーは剣を掲げる。

 愛用の剣を見つめているような目。いや、そこ付随する過去を思い出しているのかもしれない。

 破天荒な人生だったに違いない。英霊となる過程で、それは避けられないはずだ。

 本当にアーサー王だとしたら、その最期はカムランの丘での戦い。自身の部下の裏切りに始まった戦争。英雄譚にはお約束ごとのように付随する栄光からの転落。

「死ぬ間際というのは、どんな感じでしたか?」

 経験者は冥府をどのように語るのだろう、と思って尋ねる。

 しばらく待ってみても、返ってくる返事はなかった。あまり期待していなかった質問だったので、それは別に良い。

「死後というのは認識出来るものなんですか?」
「それを聞いてどうする」

 重なり合った歩調の合間、無言を貫き通す事もないだろうと思ってのことだった。
 意味もない語り。どうするも何も、意図はない。

「いえ、ただの好奇心です」
「私たちとお前たちでは、立場が違う。階位が違えば、様相も一変する。ただの人間が死んだらどうなるというのは知らない。
 それより、こっちで大丈夫なのか? 同じ所を回っている気がする」

 セイバーは始終、同じ所を歩いているのではないか、と気にしている。変化のない景色を訝しげに見ている。トラウマでもあるのだろうか。

「そろそろ踏破します。ほら、もうあそこに……、もしかしてトリガーでは?」

 玉手箱のようなものが通路の真ん中に鎮座していた。近寄り、開けてみると、思った通り二つ目の暗号鍵。

 これで四日後の決戦に参加する資格を得た。後は憂いなく、敵の情報を集めて行くだけ。

「ここで待ち伏せするのか?」
「そのつもりですが。狭いですか? 戦闘に支障が出るようなら変更します」
「あると言えばある。だが、それは相手も同じ事だ」

 セイバーは通路の真ん中を陣取った。自分は彼の後ろにつく。

「近づいてきたら感知できますか?」
「近距離までくれば分かる。見晴らしも悪くない」
「相手がアサシンのサーヴァントだった場合、気配遮断のスキルを持っていることがありますが」
「この通路だ。関係ないだろう」

 ある程度の打ち合わせを終えて、後は待つだけ。

 地形は、広い庭を横に置いた直線の通路。

 隣接する庭には入れないようだった。その代わり、そこは繊細な情景を保っている。

 砂一つの配置に気を配り、曼荼羅のような模様が地面に白い砂を使って描かれている。無骨な大きな岩と、老人の腰のように折れ曲がった松の木が独特のセンスを持って美観を表現していた。

 風流なステージだと思うが、それを愉しむ余裕はない。

 見るものと言えば、物理的な障壁だけだ。薄い壁は相変わらず堅牢に見えて、付けいる隙がない。脳に刷り込まれているハック技術も形無しである。
 つまり、西欧財閥が掌握している技術以上の水準を以ってこれらが構築されているということだった。

 その事は校内に居た時から分かっている。この世界ほどイリーガルを許さない世界もないということは。

 全人類をこちら側に移住させれば平和になるだろうか。

 ふとした思い付き。

 それが正しいと思うならば実行に移してしまうのがハーウェイだが……。

 知ったことではない。

 自分は使いつぶしの利く彼らの人形にしか過ぎないのだから。忠誠心などあるわけもない。あちらも人形に宿った感情なんて思慮の外で自分を運用している。

 そんなことを考えて、だから、偶然としか言いようがなかった。その綻びを見つけたのは。

 ある一点にだけ空いた穴。それは付け入る隙である。稀なことだ、と思いながら、咄嗟に戦術に組み入れた。

 それを自身の従者に相談する間もなく、待ち人は現れた。

 20メートル先。直線の向こう側に如月アツコが姿を現す。

 両者共に、相手を認識したのは同時だった。如月はこちらの待ち伏せの意図を見抜き、サーヴァントを前に出した。

 これまで、見ることのなかった如月のサーヴァント。

 切っ先が三股に分かれた槍。そして、この場には似合った甲冑が目に入る。

 武威を周囲にまき散らしたその存在感は、疑うまでもなく英霊のものだった。そしてその威圧感と同じくらい、彼女のサーヴァントは華やかな愛嬌で笑った。

 主従共に女性。

「これはこれは、先を越されていたようだ」

 槍を携えたサーヴァントが口を開く。

「貴方が、しょっちゅう足を止める所為でしょう?」

 如月が不満そうに言った。

「いやいや。これほどの庭を見るのは、生前でもなかった。よもや、自作というわけではあるまい。どの家を写し取ったものなのか、興味深くてな」
「観賞会も終わりよ。相手もやる気のようだし、出来るのならここで叩き潰しなさい。そうすれば、後で幾らでも眺められるでしょう?」
「うむ。道理だ。では行こう」

 気負いなく相手は接近してくる。獲物から察するとランサー、だろうか。

「マスター」

 セイバーが警告する。

 この場に立つ自分が、場違いなように思えて仕方がなかった。









[25638] ギブミーパン
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/01 16:56



<開戦 了>




「セイバー!」

 指示した途端に劣勢は覆る。

 空間を軋ませるような魔力解放。その身体に流れる竜の血を使った力任せ。剣は軌跡の見えない速度で振り抜かれる。常人には見えない物が見えているのか、ランサーは刹那の判断で回避した。

 事前に打ち合わせをしていたとしか思えない二人の剣舞。今度はランサーが守勢に回り、セイバーが攻勢を仕掛ける。

 甲高く響く武器の合唱。鳴りやまない嵐のような連撃と、密度の濃い殺意の唱和が頭をくらくらさせる。

 戦闘は激しく移り替わり、その推移を目で追うことは出来なかった。この一瞬で何度刃を打ち合わせたのだろうか。
二撃三戟では利かないやり取り。それを継ぎ目なく彼ら二人は行い、まだ全力ではない、と言わんばかりに激しさは増していく。

 接触した途端に嵐が生まれたようだった。踏み込めば即死であることは疑うまでもない暴力の渦。人知を超えた至高のぶつかり合い。

 これがサーヴァント同士の決闘。

「やるな! 騎士よ! さきほどは侮って悪かったな!」

 戦闘の最中、歓声を上げるランサー。セイバーは笑っている相手に対して、無表情を貫いている。感情を見せないまま剣を振るっていた。

 思いの乗らない剣、と侮ることは出来ない。ランサーは受け止めるたびに唇を噛みしめている。次第に、セイバーの攻撃ばかりが目立つようになっていった。

圧している、と戦況を見る。
セイバーはここまでギアを上げているにも関わらず、疲れていない。表情からではなく、繋がっているラインからそう判断できる。ランサーはと言うと、セイバーの一刀一刀に明らかに力負けしていた。この間々続けばへばるのは向こうの方が先だ。

 優勢ならば、余計な口出しもするまでもないか、と考えて、如月の方へ意識を向けた。彼女も初めて目の当たりにするサーヴァント同士の戦いに目を奪われていたらしい。ようやく行動を開始する頃のようだ。

「ランサー!」
「ふっ」

 大きく下がり、如月に攻撃の機会を与えるランサー。

「――風!」

 原始的なワードと共に、爆風の衝撃が地面を揺るがす。セイバーは自分の盾となるように立ちふさがる。

 如月の魔力によって引き起こされた風は、暴風よりももっと暴力的な、大砲と呼べるべきものだった。自然現象ではあり得ないほどの風圧は破壊を一帯にまき散らす。
しかし、そんな目に見えるほどの風の主張も、セイバーに当たると、まるで幻だったかのように弾けて消えた。その際に何の衝撃も受けることなく、セイバーは仕返しの一撃に移る。

「下がれ!」

 ランサーは腕を軋ませてセイバーの突撃を防いだ。

「魔力障壁は破格ね……。ランサー、これじゃあ私は何も出来そうにない」
「心配するな」

 ランサーは軽々と槍を振るう。今度はセイバーが力負ける。いかなる理由か、目に見えて優勢が移ってしまった。

「私は戦の神だ。敗北はあり得ない」

 彼女の持つ三叉槍に不気味な光が灯った。そのランサーの自信を裏付けるように、次の一撃はセイバーを呆気なく吹き飛ばした。

「ぐっ!」

 自分の傍にまで飛ばされて来たセイバー。光る槍の一撃を受けた剣から伝わる力に、顔をしかめている。

今までにない一撃。

これは、敵の宝具が作用している。

逃げ場のない廊下では分が悪い、と一瞬の戦況判断から、手早くカードを切ることにした。

 前もって見つけていた穴。構成の脆い個所へハッキングを仕掛け、破壊不能オブジェクトとしての性質を削除する。

「セイバー!」
「っ! 分かった」

 こちらの意図が通じ、セイバーは通路の壁へ剣を振り下ろす。ピンポイントに破壊可能になった壁をぶち抜き、本来入れないはずだった庭へと飛び込んだ。
遅れず、自分もセイバーに続き庭へ飛び出す。

 逃げを打った自分たちを、ランサーは堂々とした足取りで追ってきた。

 場を代えて、再び対峙する二人。状況を変えたが、どれほど効果があるのか。

「庭を荒らすのは良くない」

 そう言って、整えられていた砂地をわざと荒らすようにして歩くランサー。

「が、雪原に足跡を付けて遊んだことを思い出すな」
「……」

 口数の少ないセイバーとは対照的に、ランサーは良く喋る。

「ふっ。あと一合の余裕はありそうだな」

 警告。
ムーンセルからの警告が戦闘を始めた直後から鳴り響いていた。

アリーナでの私闘を禁じる。
残念ながら、敵を仕留めるには時間が足りない。それは相手も感じたことだろう。

「ではあと一手……」

 ランサーが魔槍を構える。

あれに光が灯ってからというもの、破壊力が顕著に増していた。セイバーの剣では受けきれないほどに増大している。

 今のままでは不安を感じるが、セイバーの目に曇りはなかった。このまま戦い続ける意志表示と受け取って、あえて口出しはしない。

 正眼に構えたセイバーに向かい、ランサーは大きく踏み込んでその豪槍を繰り出す。セイバーはそれを剣で弾こうとするが、衝突した瞬間に、拮抗もなくセイバーは吹き飛ばされてしまう。

 勢いは止まることなく、吹き飛ばされた身体は砂地を荒らし、壁に衝突する。衝撃音と共に荒らされた砂が舞った。

 同時に、強制的に戦闘を中断させるアナウンスが入る。

「やったの?」
「いや、そう柔ではないだろう」
「そう。でも良くやったわ」

 如月は機嫌が良さそうに笑った。

「残念だったわね。私のサーヴァントの方が強力だったみたい」

 言い返すことは出来ない。彼女の言う通り、戦いは劣勢の内に終わった。

「本戦でも油断はしないから、そのつもりでいるといいわ」

 そう言って、彼女たちはその場を立ち去っていく。そのまま彼女たちの背中を見送ると、振り返って、破壊の跡に呼びかけた。

「セイバー」
「厄介な槍だった。必ず“想定以上の衝撃”が来る」

 けろっとして彼は顔を出した。

「勝てますか?」
「順当に行けば」

 彼らしく生意気な口を聞く。

 砂塵が収まってみると、そこには砂まみれのセイバー。鬱陶しそうに砂を手で払っていた。自分も砂埃に咳き込みたくなる。

「それで、相手を見て、何か分かったことは? それがマスターの目的だったのだろう?」
「ランサーのクラス。特殊なサーヴァントではありません。戦い方も性格からして正面から堂々と戦うタイプでしょう。
極東のサーヴァント、ということは以前から確信していました。今のところはこれぐらいで、真名はまだ見当もつきません」

 思い浮かべるのは、先ほどまで相対していた相手。東国の甲冑を身につけ、威風堂々とした女性。
名のある真っ当な武人だろう。多くの人間を束ねていたような気風があったから、土地を治めていた人間かもしれない。

「戦っていて分かったことは?」今度はセイバーに聞いた。
「真名に通じることは何も。ただ、あの槍は面倒だ」
「……どう攻略しますか?」

 勝算があるようなことを言っていたので尋ねてみた。

「相手が力押しで来るなら、絡め手しかない。それはマスターの領分だろう」

 あっさりと問題をこちらへ返すサーヴァント。

「考えても良いですが、きちんと、持っている宝具を開示してくれませんか? そうしない事には作戦も何もない」
「この場で話すことではないだろう」
「それでは、部屋で」

 気が向かなそうにセイバーはそっぽを向いた。

「戻ります。アリーナですることはもうないでしょうから」




<残り四日 夜>




 購買で買ったパンを部屋で食べていると、セイバーの視線が気になった。

「……」

 何も言わずにセイバーの方へ幾つかパンを放り投げる。彼はベッドの上に落ちて来たパンをしばらくの間じっと見ていたが、ややあって手を伸ばして袋を開け、齧り始めた。

 あっという間に一つ一つ口に入れて行く。
清楚な容姿に似合わず、食べ方は豪快だった。大口を開けて空袋にしていく。

 痛い出費でもないので、これからは彼の分も食料を買っておこうか、と思いついた。
霊子体である自分も、彼も、食料は必要ないが、娯楽がない聖杯戦争では数少ない嗜好品になる。英気を養う意味でも無意味ではないと思いたい。

「それでは、宝具を開示してくれませんか?」
「……」

 頃合いを見て、当然の要求を伝えた。

どうしてこんなに勿体ぶるのか分からない。他のサーヴァントもこのセイバーみたいに面倒臭いのだろうか? まさか。

 しぶしぶと、仕方がなさそうな表情で彼は一つの宝具を顕現させる。

 それは普段、彼が持っている剣とは違う剣だった。

 金の柄に、鋭い銀光を放つ刀身。装飾は最低限で、特徴らしい特徴がない。
無骨で実用重視に見えたが、纏っている豪奢な光が造形の潔さを払拭させて、奥底にある美しさを際立たせていた。

「これがエクスカリバー?」

 その銘にも相応しい名剣に見える。

 彼はその質問には答えずに、黄金の剣を虚空へ仕舞った。人の目に触れることは好まないらしい。

「これを使えば大抵は呆気なく片付く」

 確かに、最高ランクの宝具だったと思う。誇張なく、言う通りその剣を用いて負ける想像が出来ない。

「だが、今回は抜けない」
「なぜ?」

 セイバーはパンの空き袋を一つにまとめる作業をしながら言った。

「ランサーの宝具が気になる。あれはカウンター系宝具の可能性がある。だとすれば、諸刃の剣にもなりかねない」

 そういえば、戦いを終えた後に、“想定以上の衝撃”が来る、とこぼしていた。その言葉が関係しているようだ。

「あのランサーの宝具には“競り勝つことが出来ない”のかもしれない。そういう概念武装が備わっているとしたら……」
「……それは、どうしろと?」

 セイバーの予想が正しければ、あのランサーは白兵戦において無敵だ。剣の英霊である以上、太刀打ちできない。

「熱量で、二次効力で圧倒するような宝具なら勝てない事もないだろう。だが、“あの剣”は刃を頼みとした宝具だから、他の手段を考えるしかない」

 そう言って、セイバーはゴミ袋を投げてよこす。

「他には?」

一応、確認する。

「ん」

 ぞんざいに呟いて、彼は再び取り出した。

 それはマントだった。真っ白の純白。セイバーはバタバタと煽って広げて見せる。良く見ると、四隅に果物が刺繍されていた。

「これは?」
「マント。これで宝具は打ち止めだ」
「どういう効力なのか教えて欲しい」

 見ただけでは分からない。

「これは、羽織った人間の姿を隠す」

 マントを羽織ると、瞬く間にセイバーの姿が消えた。ベッドの上には誰もいなくなったように見える。透明マント、というやつのようだ。

「……霊体化すれば良いのでは?」

 言うと、マントを取り外したセイバーが現れる。

「……」

 何も言わずに純白のマントを仕舞うセイバー。もしかして、図星だったのか。

「宝具は、三つが平均の数だと考えればいいですか?」
「あのランサーに限って言うなら、あの槍以外に、多くて一つあるかないかだろう。英霊の象徴が宝具として現れるのだから、基本は一つに注意すれば良い」

 現在のマトリクス完成度では、これ以上の対策が立てようもない。まずはあの槍を攻略しない上では、何を考えても無駄ということか。

 三又の槍。トライデント。トリアイナ。

有名なものでは、シヴァ神の持つトリシューラ。ポセイドンが持つ海の王の権威。

 ……いや、待て。それは極東の騎士が使う武器だろうか?

 カタナを使う民族だと記憶している。槍を使うにしても、三又の槍を使うのは珍しい。

 あのサーヴァントの正体も、あの槍が鍵となっているような気がする

「パンを」

 そう言って手を伸ばすセイバー。彼の要求は考えが纏まるまで、しばらく無視することにした。






[25638] 彼女は月
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/02 16:48




<残り三日 夢朝朝>




 気が付いたら夢の中。

 ここにいる住人たちは、知り合いのように見えて、見知らぬ人間ばかりだった。
 どこかの建物の中。噴水が傍にある。立派な石柱が空を支えて、周囲の人間は奇妙なことに、全員が読書中だった。

 彼らは夢を見るように本を読んでいる。起こしてやらないように気を付けるべきかと思って、静かに歩いた。

 仄暗く、仄かに明るい空間。本を読むために人が集まる場所。ここは読書家たちの隠れ場所。
 彼らの間を、本に興味がない自分は歩いて進んでいく。

 通路を潜り、角を曲がり、扉を抜けて。

 けれど、何処へも行けなかった。

 周回する通路しかなく、道端には読書中の人間が何人も蹲っている。

 ここには、何処へも行けない人間が集まっているのだと分かった。だから、彼らは本を読んでいる。物語の中へしか行ける場所がないから。

 行き止まりのない世界。

 そろそろ諦めた方が良い、と誰かが言った。





 訳の分からない夢を見た。

 注釈は、つける必要がない。あっという間に忘れてみせる。

 隣のベッドでセイバーが寝ていた。
 ぱっと見ても性別が分からない。いつもの事だけれど。

 そういえば、夢を見ていたような気がする。図書館、だったかに居た夢だ。

 内容は、もうほとんど思い出せない。




<残り三日 昼食昼>




 貯蔵していたカツサンドと、ドーナツ、揚げパンがなくなってしまったので、補充をしに購買にやってきた。

 食堂が隣接している購買部。四、五人のマスターたちがそこで食事を取っていた。

 まだ一回戦目だから、こうしてマスターも良く見かけるけれど、戦いが終盤になればその数も少なくなるだろう。知り合いの姿も、きっといつの間にか消えてしまう。

 64人のマスターの内、生き残れるのはただ一人。
 なら、こうして目に入る人間は、全員が死ぬ運命だと言っても良い。聖杯を得るためとはいえ、どぎつい条件だと改めて感じる。

「ムーンセルも、よくも、無謀な人間を64人も集めたものだな」

 予選の分を含めれば、100人はいたのではないか。

「本当は、128人が目標だったんだ。本選の人数」

 美綴が後ろから顔を出して答えた。

「購買ですか?」
「いんや。食堂だよ。そっちが安上がりだし」

 NPCといえど、金銭感覚は忘れられないらしい。

「天ぷらうどんがうまいよ。付き合う?」
「天ぷらうどん?」

 そんなものがあっただろうか? 食券のボタンを確かめてみると、本当にある。

 学生時代に見ていたものは記憶違いだったか、と頭を捻っていると、彼女が説明した。

「週替わりなんだよ、ここ。逃すと食べれなくなる料理もあるから、チェックしておいた方がいい」

 そのまま美綴に流されて、自分も食堂で食べることになった。
 太鼓判の天ぷらうどんを食べることにして、食券と交換する。隅の席は取られていたので、中央付近の席を取った。

「いただきます」

 礼儀正しく、彼女は食べはじめた。異国の文化に倣って自分も真似をする。

「普段は何をしているんですか?」

 偽りの学園生活が終わり、授業もなくなったことで彼女の他、NPCもだいぶ暇になっているのではないかと思い、尋ねてみた。

「なんも。強いて言えば、田城とこうして話すことかな。私は、遊撃みたいなものなんだよ。補助要員っていうか」

 うどんというのを初めて食べたが、美味しかった。このうどんが特別に美味しいのかは分からない。

「これでも大分削減している。マスターと同じで、NPCの方も結構消えただろ?」

 そういえばそうかもしれない。消えている割合で言うなら、NPCたちの方が多い。

「消えても、別に良かったんですよね。貴方たちは」
「ああ。人の死とは違う」
「人もNPCも、ここでは皆同じなのかもしれませんね。戦争が終われば一人を除いて、全員が用なしだ」
「そうとも限らないだろ。次の聖杯戦争でまた駆り出されるかもしれないし」
「マスターでも?」
「こっち側でさ。田城の人格は今も現在進行で聖杯に記憶されてるんだよ」
「そういえば、そうでした」

 一人一人を記憶するムーンセル。それは、いかにちっぽけな命だろうと関係がない。誰もが平等に月の中へ収まってしまう。

 一種の救いか。どんなに早死にだろうと、どこかに痕跡を残しておけるのだから。

 この残酷な儀式も、聖杯にとってはそうではない。死は死。悲しくもないもの。人間の当り前の帰結。
 美綴綾子という人間の形をした彼女からも、その思想が垣間見えていた。

 けれど、自分は人だ。少なくとも人として作られた。だから、そんな考えを受け入れるわけにはいかない。
 自分の死は少しでも遠ざけておきたい、といつも思っている。

 美綴と一緒にうどんをすすっていると、他の席にいるマスターの視線がやけに集まっていることに気がついた。

 ……もしかして、目立っている?

「見られてるな」彼女も気になったようだ。
「はい。どうしてでしょうね」
「私と話してるからじゃないか? 私たちがNPCだと知って、積極的に会話しているマスターなんていないし」
「ああ、そうか」

 納得して頷く。

「構わない?」
「何がですか?」
「話していて迷惑じゃない?」
「別に……。戦争が始まっても、けっこう暇なので」
「暇? 日程、短縮した方が良いのか?」
「いえ。もっと長くして欲しいです」

 マスター代表の意見として取られかねないと察して否定する。少しでも長い方がいい。

「長く? それって、お前の個人的な願望だろう?」

 見抜かれてしまったようだ。

「ええと、戦争って呼ぶには間延びしていますよね。
 スケジュールが組まれていることと、それなりに時間の余裕があるから、そう感じられます。しかし、一人の命を奪う準備期間と考えれば、妥当なのかもしれません」
「いや、いきなりルールは変えたりしないよ。そんなに必死にならなくて良いから」

 からかうように彼女は言った。

 人間のように彼女は笑った。




<残り三日 夜夜夜>




 自室の改造したベッドの上で、ランサーとの戦闘を思い返していた。

「武の神……」

 ランサーがそう自称していたことを思い出す。

 武の神。そして三叉槍。三又の槍を持つ武の神ともなれば……。

「マスター」
「っ……。なに?」

 考え事を保留して、セイバーに対応した。

「今日は非常に退屈だった」

 甲冑を外したセイバーはベッドの上でだらけている。趣味のない人間が如く、休日を無駄遣いしていた。

「明日は用がなくともアリーナへ行こう。感が鈍るのは良くない。……例え、木偶どもの掃除だとしても」
「校内に居ても意味がなさそうなので、良いですが」
「あと、私も食堂へ行きたい」
「極力、姿は現さない方針です」
「それじゃあ、この部屋まで持ってくれば良いだろう?」
「その苦労は誰が?」
「マスターが」

 しれっとセイバーは言った。

「あの、マスターっていうのはメシ使いじゃありません」
「だが、サーヴァントは十人十色だ。その点、私は王。身の回りをする者がいるのは当然のことだ。不足分はマスターの仕事だというではないか」
「現世界での王は、ハーウェイです。その家名を持った自分が小間使いをすることには抵抗がある」
「なに? 誰が王だと?」
「ハーウェイ財団の当主が事実上の王、と言ったんです」
「マスターはその親族なのか?」
「……いちおう」

 末席も末席で、認知もされていないけれど。

「王格で私と張り合うつもりか?」
「そんな対抗意識はありません」
「ならば、問題ない。サーヴァントに奉仕するのもマスターの役割だ」

 どうにも、イメージしていたアーサー王とは性格が異なっている。押し付けの願望だけれど、騎士王はもっと大人びた性格、であって欲しい。

 現実はこんなものなのか。それとも、やっぱりニセモノなのか。

「明日から、一日三食で頼む」

「さらっと面倒なことを……」

「現代人はそうだと聞いている。特別な要求ではない」

「サーヴァントとしての役割を果たす、という条件ならば」

「む」

「とりあえず、一回戦を勝ち残ることです」

「この私を餌で釣ろうとは、何様だ?」

「セイバーこそ何様ですか?」

「だから、王だと言っている」







[25638] 鑑賞会(庭)
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/04 03:40



<残り二日 午前七時~>




 決戦まで、残り二日。

 心なしか校内の緊張感が増している。神経質に歩きまわる人間や苛立った様子の人間。

 その中には、命のやり取りをしたことのないマスターも少なくはないのだろう。かくいう自分も、人殺しの経験はない。

 廊下の突き当たり。アリーナへ繋がる扉。

 一回戦の内で、もうここに用はなかったが、肩慣らしがしたいと言うセイバーの要望に答えて巡回することになっていた。

 気分としては、散歩がてらにエネミープログラムを掃除しに行くような感じ。

 気楽な行軍。

 だと思ったのだが……。

「あら? 朝早いのね」

 先客がいた。正体は、今、意識しないではいられない対戦相手。如月アツコ。今日も肩ひじ張って、高圧的なやつ。

「もうトリガーは集めたんでしょう? 何しに行くのよ」
「それはお互いさまでしょう」
「私はサーヴァントが煩いから……。ああ、貴方も?」

 意図しないブッキング。ここは出直すべきかと思って、背を向ける。

「待たれよ」

 如月の背後にランサーが現れる。それに応じてセイバーも霊体化を解き、目前の盾となった。

「いや、戦意はない。ただ、提案を述べるだけのこと」

 確かに、ランサーには戦う気がないように見える。朗らかな陽気をまとって、先日の鋭い気はなりを潜めている。

「ちょっと、勝手に出ないでよ」
「如月殿にも一つ。ここは、我儘を聞いてくれぬか」
「……ここで、立ち往生もないだろう。後が詰まる」

 セイバーが先を急かす。

「うむ。話が早い。では、マスター、行こうぞ」
「ちょっ、ま」

 如月は自分のサーヴァントに手を引かれ、アリーナの中へ引きずり込まれていった。

「大丈夫なんですか? このまま付いて行って」
「ああいう輩は不意打ちなどしないだろう。さあ。マスターも引っ張って欲しいのか?」

 促されて扉をくぐった。

 階層へ落ちていく。

 データとして転送された先は、第一の月想海 二層。

 以前、訪れたように武家屋敷の通路が延々と続く回廊。そしてすぐ目の前には、華やかな主従が待ち構えていた。

「うむ。では、行こう」
「どこへ?」
「ああ、趣旨を説明してなかったな。これは、交流会だ」

 ランサーに戦意がないことは理解した。けれど、交流会とは?

「意図はなんだ」セイバーが端的に問う。

「意図など、知れている。お互い、サーヴァントの真名を測っているのだろう。ならば、その機会を作るだけのこと」
「お互い名乗れと?」
「名を引きだすのはマスターの役目よ。それとは他に、武を競う相手の人柄は知っておきたいものだな」
「このっ、待ちなさいって言ってるでしょう!? マスターと相談なしで、勝手なこと」
「礼儀を持って挑む上で必要なことだ。そこは妥協すると言ったではないか」
「こんな、相手に塩を送るようなまね……」

 如月は言いかけて、考えを改めたらしく、ため息を吐いた。

「もう、良いわ。ここまで来たんだからね。それで、どうするの? アリーナには茶室なんてないわよ」
「ここの園芸は見事だ。眺めるだけで楽しかろう」

 ランサーの提案で、一緒に歩くことになった。

 マスター二人で歩いていても、当然ながら敵エネミーが現れる。ランサーは率先して片付けていった。

 あの槍はもう知っている。今更、なのだろう。惜しみのない武芸を見せつけて障害物を取り除いていくランサー。

「しかし、奇特な奴だ。わざわざ殺し合う相手が知りたいなんて。情が重荷になるだけではないか」セイバーが言う。

「苦さもまた旨味となる。かような戦い、ただ殺し尽くすだけでは勿体ない」
「だから、仲良く殺し合いしようと?」そう言っているように聞こえた。

「仲良くしようとは思わない。だが、記憶には留めておきたいと思う。本来なら首を飾ってやりたいが、ここではうまくゆかんのでな」

 片目を瞑って見せるランサー。

「生前は首を飾る趣味でもあったのか? 見た目に寄らず悪趣味だな」
「そういう主も、多くの首級を上げたのではないのか? あの冴え冴えとした剣で」
「あいにく、殺した顔を思い返す趣味はない」
「さぞ、貴方のことだから、沢山殺したんでしょうね?」

 如月が知ったように口を出した。

「多くを手にかけたのは部下。そこまで自分の手を汚した覚えはない」
「部下? たくさんいたの?」
「……マスター。質問ばかりされているぞ」

 セイバーが低い声で言う。

「ああ、それは悪かったな。では、そこのマスター。私に聞くが良いぞ」

 ずい、と顔を寄せるランサー。

 聞くべきこと。質問なんて準備していないから、咄嗟に。

 目に映る三又の槍。

「その槍、武士が持つには不釣り合いな代物に見えますが」
「おお! これか! この槍こそ我が信仰の証明! 人ならざる現人神だという証!」
「ランサー、それ以上言ったら分かるわね?」
「む? ああ、心得ている。心配するな」

 現人神。人の形をした神。地上を歩き、人として生きる神。

 それはサーヴァントの定義に似ているかもしれない。とは言え、生きている頃から、自分は神だと吹聴するのは尋常ではない。

 よほど我が強く思い込みが激しいのか、本当に神の系譜だったのか。しかし……。

「神の在り処が分かるんですか? ランサーのサーヴァント」
「在り処? 何を言っているのか分からないな」
「マスター、ランサーには神性などない。神についてなら聞くだけ無駄だ」セイバーが言った。

「人として生まれたのだ。神性などはない。しかし、セイバーよ。先ほども申したであろう? この槍こそがその証だと」

 そう言ってランサーは槍を掲げた。恍惚を含んだ眼差し。

「貴方、セイバーって呼んで良いかしら?」

 如月がランサーとの間に割り込む。これ以上、情報の流出は避けたかったのだろう。

「好きにしろ」
「それじゃあ、セイバー。貴方、ログレスにいた騎士よね?」
「さあな」

 セイバーは注意するまでもなく質問をかわす。

「その騎士甲冑から推測したんだけど、違う? 円卓の騎士とか、聖杯戦争では常連っぽいからそう思ったんだけど」
「結構な慧眼だ。確かにこういう遊びは、あの連中の好むところだろう」
「ということは、貴方は円卓の騎士ね?」
「さあ」
「ランスロットやガウェイン、のような騎士ではないわね。印象からして幼いもの。だとすると、後期に入った騎士か、または、アーサー王自身か……」

 如月は、セイバーだけではなくこちらの顔色も窺っていた。急場の交流会なのに、良く口が回るものだ。そんな穿った質問を自分は思い付きそうにない。

「おお、ここだ。やはり、この場所が一番良く映えるな」

 直線の通路に差し掛かる。ランサーと決闘した場所だった。

「昨日の争いの痕跡が消えているわね」
「セイバーのマスターよ。この前のように壁を壊せるか?」

 ランサーの言に誘われて、昨日の破壊個所を改めた。思った通り、バグのような穴はもう消えている。完全に修復されてしまったようだ。

「システムの盲点が塞がっている。破壊は無理です」
「……あの時は驚いたわ。破壊不能のオブジェクトに穴を開けたんだから。違法なハッキングしてたんじゃないかって勘ぐったわよ」

 昨日のアレも十分、違法なハッキングだったが、彼女が言いたいのはそういう事ではなく、外部からのバックアップのことを指しているようだ。

「あの松は百年物か」
「質素すぎる。花は飾らないのか?」
「野花ならあっても良いが」
「ふーん。分からないこともないな」

 当初の目的に沿って観賞会を実地しているサーヴァント組。
 それでこっちがマスター組。

「それで、結局の所、貴方の名前ってなんなの?」

 如月が不躾に聞いてきた。

「掲示板に書いてあったはずですが」

 自分には如月の名前が見えていた。如月には自分の名前が見えていただろう。

「けど、あれは、違うでしょう?」

「その反応だと、やはりあの名前が書いてあったんですね」

「自分が何者なのかも分からないの?」

「生まれについては、真っ先に教えてもらいました」

「そんな扱いを受けながら、西欧財閥の為に動くわけ? それじゃあ、奴隷以下じゃない」

「自分は、西欧財閥の為に動いている訳ではないので」

「なら、どうして?」

「そういう貴方は? 命をかけてまで、“自主的”にこの戦場に参加した理由は?」

「願いがあるからよ。内容は人に教えたくないけど」

「……」

「あなたはどうなのよ?」

「まだ決まっていません」

「はあ? なにそれ?」

 如月は大げさにため息を吐く。

「これは、忠告だけど、あなた、素直に負けた方がいいわ」
「素直に?」
「中途半端な気持ちで、この戦いに参加するんじゃないって言っているの」

 機嫌が悪くなったのか、目じりが上がる。

「どう考えているの? 今の世界の現状を」
「別に、何も」

「聖杯を得るって言う事は、世界を得るも同然の事。人間のスケールで言うなら、それこそ何でも出来る。平和な世界だって、地獄だって、思いのまま。きちんと理解してる?」

「そういう世界観は、自分自身こそが軸になっている、ということを自覚していますか?」

「意味分からない事、言わないで」

「死んだら元の子もないのに、どうして自ら死にに行くように、ここに? その腕なら、命がけの戦いだというのは事前から把握していたはずです」

「人一人の命なんて、そんなに高価くないの」

「貴方が考えているほど安くないと思います」

「温室育ちの貴方ならそういう観念に囚われるのかもしれないけれど、紛争地域じゃあね、死なんて枕元に当り前のように置いてあるの。一日、一日、リスクを背負って生きている。想像できる?」

「死が近くにあるなら、尚更、慎重に扱うべきでは?」

「……もう、ダメね。これ以上は。理解し合えないってことが浮き彫りになるだけだわ」

 如月は肩をすくめて見せる。

「ま、もともと敵だったんだから、むしろ良いのかもしれないわね。貴方にも譲れない物があるみたいだし、初戦の相手としては臨むところよ」

 二度目の宣戦布告。
 一度目とは違い、笑みを含んでいるのは、こちらを好敵手と認めたからなのか。

「ランサー。もう良いでしょ?」
「うん? ああ、もう堪能した」
「話せて良かったわ。田城くん。それじゃあ、二日後の決戦、楽しみにしてるから」

 そう言って、彼女たちは後腐れなく、あっさりと姿を消した。

 セイバーと二人、取り残される。元に戻ったのに、どこか足りないような気がする。一時間程度の接触だったにも関わらず、如月は自分の心のどこかに何かしらの形で収まっていたらしい。

 寂しさを仄かに思った。

「良い退屈凌ぎにはなった。マスター、今日はもう十分だ。身体を動かすのは明日にしよう」






[25638] ???同盟
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/06 16:27



<残り一日 MORNING>




 朝が来た。もはや、演出としてでしかない朝。

 セイバーはまだぐっすりだった。昨夜、布団の心地が良すぎる、とか言っていた。やっぱり生前の寝具より性能は良いらしい。そのまま、枕を抱えて堕落しろ。

 今朝はサンドイッチ。最近ではパン食が横行している。学食に行けば日本風でライスが多いが、あのべたべたした感じがまだ慣れない。

 以前に購入した湯沸かし器とコップ、そしてインスタントの粉コーヒを淹れる。すると食事の匂いに釣られたのか、セイバーが起床した。

「おはようございます」
「……なんだ? その飲み物は」

 目を細めてこちらのカップの中を覗き込む寝惚けた少年。

「コップはこれしかないので」
「サカズキなら持っている」

 またセイバーはどこからともなく物を取り出す。一体、剣やらマントやら、他に何を持っているのか。

 セイバーの取り出した立派なサカズキに珈琲を入れた。黒い液体が不釣り合いな感じだったが、彼は気にならないらしく、興味深そうに眺め、香りを楽しむ。それから、無造作に口をつけた。

「……不味い」

 セイバーは顔をしかめる。

「目が覚める効果があります」
「本当か? 役に立つ魔法薬だな」
「薬物ではなく、ただの嗜好品なんですが」
「こんなものが? ふーん。変な世の中だな」
「自分も初めて飲みました。不味くはないと思いますよ」

 味覚に対して鞭打つようで、これはこれで希少な体験だ。

「甘い方がいい。そういった飲み物もあるんだろう? この前、廊下で見たぞ」
「廊下で? 自動販売機のことですか?」
「あれが飲みたい」
「それぐらいなら」
「おお! それは、さんどいっち、とかいう奴だな?」

 テーブルがないので、地べたに広げられたハンカチの上に乗っかっているサンドイッチ。それをセイバーは見つける。

「私の分はあるのか?」
「食べたいのならどうぞ」
「その前に、自動販売機へ行くぞ」

 セイバーの提案に乗り、部屋を出て校内に出る。無防備で歩いていたくないところだ。殺気だった奴らも歩いている。運命を明日に向かえた今日では、さぞ、と思ったが、時間が早いのか、校内には誰もいない。

 少しだけ気楽になって、早朝の空気を楽しみながら自動販売機の所まで歩いてきた。たどり着くと、セイバーがあれもこれも買いたい、と言ってうるさくなる。

「一つ」
「……じゃあ、これ」

 彼が選んだのは炭酸飲料だった。飲んだ時の反応が気になる。

 コインを入れ、ジュースを手に入れる。この際、自分も何か飲もうかと思い、選ぶことにした。

「マスター。誰か来る」

 突然そう言って、傍らに居たセイバーは姿を消した。ついで現れたのは赤毛の不良、もとい柴木、そしてもう一人。黒の正装着に身を包んだ、老紳士だった。

「おや、こんな朝早くに活動しているマスターがいるとは」
「ん? あ、田城じゃん? なにしてんの?」

 二人は何気ない様子で自分の姿に反応した。

「喉が渇いたので水分補給を」両手に持ったジュースを見せる。
「なんだ、そんなことかよ。もっとさ、陰謀めいた話とか期待してたわけよ」
「自動販売機の前で何を謀るんですか?」
「それもそうだな。現実世界ならちょっと弄れば良い様に出来るんだろうけど」
「この人は?」

 なかなか紹介されないので尋ねる。

「これは失礼。私はチャールズという。朝焼けの海が美しくてね。こうして行く当てもなく歩いているよ」

 穏やかな物腰で挨拶をするジェントルマン。非の打ちどころがない紳士で、そこには参加者が抱いて然るべき性急さ、というのか、切羽詰まった感がない。余裕に満ち溢れているようにも見えた。

「知り合いなんだよ。たまたまさっき見かけてさ。こうして仲良く歩いていたわけ」
「まさかこのような場で顔を合わせるとは不幸の限りだが、猶予期間ぐらいは交友を続けようと思ってね」

 悪戯気な微笑。気さくで、思わず笑みを返したくなるような人だった。

「チャールズさんは、まあ、裏表のない人だよ。見ての通りというか、気風が貴族で、そう警戒する必要はないかな」

 柴木が彼の紹介に注釈を付けた。

「けったいな紹介をするね。私が貴族だって? 冗談はよしてくれよ。単なる爺さんだよ、僕は」
「そして、今回の“優勝候補”」
「優勝候補?」

 そんな事前情報がいつの間にか巡っていたのか、と目を丸くする。

「有名で実力のある人間は、とりあえず優勝候補だろ?」
「ははは。まあね。僕のサーヴァントが強力であることは否定しないよ」
「……この人、さっきからそんな自慢ばっかしてくるんだよ」

 大体の人柄は分かったような気がする。

「君はどんな英雄を引いたのかな?」

 チャールズ氏は直入に質問してきた。

「我儘な人です」なんとか、曖昧に答えてみる。
「ほう、我儘な奴か。我儘度なら僕も負けないぞ」
「何を張りあってるんですか。それと、迂闊に喋らない方が良いですって」

 柴木が似合わない敬語を使っている事に驚く。

「隠すことはないだろうさ。単に、“どんな”サーヴァントなのかを聞いているだけだよ。それぐらいなら問題ないね。柴木くんはどんな奴なんだい? 見えないけど、すぐそこにいるんだろう?」

「えー、俺のは、どうかな。別に、ふつーかな」

「普通ってなんだい?」

「スタンダードな英霊ってことですよ。っていうか、もう良いですよね? 解放してくださいよ」

「ああ、本当に楽しいなぁ。過去の偉人たちに囲まれる経験なんて、どんなに望んでもありはしないよ? しかし、惜しいのが、そんな彼らを隠して連れて歩かねばならないことだ。全くもって残念。それで、ここはさ、提案なんだけど」

「知り合い内で公開、なんてことは嫌ですよ。どこから漏れるかもしれないのに」

 確かに、サーヴァントの見せ合いなんてことは危なくて出来ないことだ。

「うーん、そうだな。それじゃあ妥協して、今、相手にしている敵の情報交換なんてのはどうかな」

 ピシリと場の空気が固まった、ような気がした。柴木も即座に否定の言葉を出せずに考え込んでいる。確かに、それはデメリットが少ない益のある情報交換と言えなくもない。

「けど、それは相手にバレたら俺たちもやられちゃいますよね。報復で」
「バレなきゃいいんだよ。ほら、丁度、ここには僕らしかいないし。それに、こんな状況で同盟を作るなんて弱者のすることさ。その程度の相手なら、バレても問題なし」

 大層な自信があるようだ。そして自分のことを棚に上げている。
 単にサーヴァントの引きが良かったからではなく、生来から自信を纏っている人間なのだろう。老境に差し掛かりながらも遊び心溢れた人柄で、陰惨な過去を想像させない。
 きっと輝かしい日々を送っていたのではないか、と彼を目の前にした人間は誰もが思うはずだ。

「それとも、君たちはもう、相手に真名が看破されているのかな?」

 自分はそんなへまはしていない、と紳士は断言する。

「……そうですね。俺もまだ見通されていないかな。されるような予定もないし」

 柴木も紳士に対抗するように言った。彼も負けず嫌いなのだ。

「君はどうかな?」

 そう言って、紳士はこちらに言先を向ける。

「自分も、構いません」

 実際の所、如月には既に真名が暴かれていると思っていた。しかし、手の内を知られる苦労はアーサー王を引いた時点で決まっていたのだろう、と諦めて、この即席同盟に乗ることにした。

「ふむ。良い闘志だ。若き戦士の二人には、その健闘を祈るとしよう。そして、この同盟が出来るだけ長続きすることを祈ろう。では、ここに、自販前同盟の設立を宣言する」
「―――待った。そのネーミングは、ちょいと許せん」

 柴木がさっそく手を上げて発言する。

「なに? いきなり躓くのは縁起が良くない。ここは円髄に、最初の案で通した方がよろしかろう。これも年長者の知恵。ここはこの老害に遠慮してくれないかね?」
「突っ込みどころ満載で、一々指摘するのも面倒なんだが、とりあえず、名前をもっとちゃんとしましょうよ。自販前同盟は、ざこっぽい」
「いや、真の強者とはたいてい間抜けなものだ。こういう外れたセンスこそが大事なのだ」

 一人を置いて盛り上がる二人。

「異議あり! 年よりにセンスなんかこれっぽっちもありはしねえですから!」

 偏見に満ちた発言をする柴木。

「若者こそ、平気で恥ずかしい名前を名札にして歩きまわる。ここは、落ち着いた人間に任せておくのだ」
「あんたに、落ち着きが、あるか!」

 設立早々、白熱する議会。やむを得まい、と誰かのため息が漏れる。自分なんだけど。

「名前は、とりあえず保留ということで。それより、どこか話しが漏れない場所に移動しましょう」
「む」
「そうだな。そろそろ人が出てくる時間帯だし」
「では、どこにする? 私としては、自販前同盟なのだから、自動販売機がある場所が良いと思うね」
「いや、自動販売機があるところって、人の往来が激しいですから。しかしなぁ、秘密の話しをするのは私室が鉄板だし」
「屋上はどうだろうか? 屋上同盟もそこはかとなく青春っぽいし、絶賛したい」
「いや、屋上は止めておいた方が良いですよ。頭のネジが緩んだ、変な女が居座ってるんで」

 誰も居ない所。校内でそんな場所があっただろうか、と記憶を精査すると、一つだけ思い当たる場所があった。

「あ、うーん。でも……」
「なんだよ、田城。心当たりがあるなら言ってみろよ」
「積極的に発言しなさい」
「教会は人気(ひとけ)がなかったような気がします」
「人気(ひとけ)っていうか、人気(にんき)がないよな……。あそこも変なシスターがいるし」
「教会か……。まあ、良いか。そこに決定だ」




 集まる場所を決めた後、セイバーがぐずるのでコーラを渡し、先に私室へ戻らせた。何か注目に値するものがあったはずだったが、その事は失念していた。

 そして教会の隅で集まる男、三人。

「……視線を感じるな」
「振り向かないでください! こっち睨んでますから」小声で注意する柴木。

 琥珀色の目が、この怪しげな集会に向けられていた。おそらく教会関係者ということで、邪教の集まりは見過ごせないとか、そんな理由なのだろう。

「で、何の話しだったかな。教会同盟は語呂が悪いと思う」

 色々な物を無視して、チャールズが発言した。

「いや、名前はもうどうでも良いっす……」
「まず、対戦相手が誰なのか明かしませんか? それでは、まず柴木からどうぞ」

 彼らに任せると話しが進まない気がしたので、議長の役を受けることにした。

「俺から? そうだな。相手はこれと言って名を馳せてないけど、腕は確かな中堅ってところかな。フランス出身みたいな名前の割に、顔がアジア人なのが引っかかるけど」

「次は僕か。相手は、そうだな。蛇のような奴だ。顔もそんな感じだ。そして底意地が悪い。いざ顔を合わせると喋り通しで鬱陶しくてかなわん。大した腕ではないが、本当に良く吠える男だ。
 名前は別に売れてはいないだろう。あんな奴、みんなに嫌われて然るべきだからな。好んで記憶する者はいないはずだ。私も覚えていない」

「自分は……」

「ああ、言わなくて良いよ。如月の事は、たぶんお前より知ってる」

「ほう、君の相手は如月くんか。これは、強敵を引いたな。緒戦にしてクライマックスといった感じだ」

 如月のことはチャールズも知っているようだ。

「チャールズさんも如月アツコのことは知っているんですか?」

「知っているも何も、彼女は僕の好敵手だからね。邪魔したりされたり、手を組んだようなこともしたような気がするが、そうでもないのかもしれない」

「え? 何?」

「あー、匿名の情報戦が主だから、知らずに勝ち合ってることもあるかもしれない、ってことですよね?」

 柴木が分かりやすく説明する。

「僕も彼女も、遠坂凛みたいなものさ。祭り上げられて、集団の顔みたいな扱いをされている。その在り方は、それぞれ違うが、概ねその認識で間違いがないだろう」
「遠坂凛?」
「ん? 柴木くん。君の友だちは随分と無知だね」
「ああ、えーと、後で説明します」

 後で説明されてしまうらしい。

「ところで、如月くんのサーヴァントは気になるぞ」
「そうですねぇ。この中じゃ、一番の情報でしょう。将来の敵になる可能性が高い」

 彼らは言葉にはしないが、如月の方に軍配が上がるだろうと予測しているようだった。自分でも、その考えは間違いじゃないと思う。それぐらい彼女は厄介な相手で、初戦にしてはハードな相手だ。

「それでは、みなさん興味があるようなので、自分から情報を開示します」

 それから、如月のサーヴァントについて、風貌やクラス、そして自分のサーヴァントの事は出来るだけ隠して、相対した時の立ち回りを伝えた。

「武者か。苛烈な彼女に相応しい者のようだな」
「ランサーって所が引っかかるな。セイバーが順当だろうに。宝具がヤバイパターンじゃねえの? それって」

 宝具までは伝える気にはなれなかった。彼らもそこまでは期待していないらしい。追求らしい追求はなかった。

「ところで、武の神というキーワードで、心当たりのある名前はありませんか?」

「武の神? ランサーがそう言ったのか?」

「言った、というか自称していました」

「なるほどな。そこまで、分かれば真名も分かる。しかし、分かったところで弱点らしい物も見当たらない、かな」

「ほう? 柴木くん。もう分かったと? 生憎、そこまで武者の歴史に聡くなくてね。良ければ説明してもらえないかい?」

「良いで―――って、ダメだった。そう言えば口止めされてたんだっけ、如月に」

 一回戦、初日を思い返す。その現場を自分は見ていた。

「義理だてするつもりじゃないですけど、線引きはしときましょう。同盟って言っても、そこまで慣れ合うつもりはないでしょう? お三方」

「まあな。では、次は僕の相手をお二人に語ろうか。これもまた、マスターに似て嫌らしい奴なんだ……」




<残り一日 MIDDAY>




 セイバーの最終調整のため、アリーナへ来ていた。

 エネミーを求めて歩き回る。サーチアンドデストロイ。セイバーは余計なことは考えずに、暴れ回っているだけのようにも見える。

「マスター。私にやっているように、こいつらの能力を強化出来ないか?」

 3体目を落とした所でセイバーが口を開いた。

「出来ない事もありませんが……、その間、セイバーには手が回らなくなります」
「それくらいハンデを付けなければやってられん」

 四体目のエネミーが姿を現した所で、彼の要望通り、敵の強化を行う。プログラムの改竄には抵抗があるものだと思っていたが、害のあるものではないと判断されたのか、強化は容易に行われた。

 工程の初めはまずスキャンから。結果、相手の能力値は、全てがランクEだと分かる。セイバーのステータスとは雲泥の差だ。模擬戦という側面を考慮して、俊敏値を引き上げ、さらに、セイバーの戦闘情報を故意に流出させた。

「おお、いいぞ!」

 その結果、ようやく戦闘らしい戦闘が行われる。

 セイバーは相手の刃に触れないというハンデを付けて戦っていた。勿論これは、ランサーの宝具を意識したものだろう。見ると慣れない戦いに少し攻めあぐねているような気がする。

 触れてはならない槍。やはり強力な宝具だ。白兵戦で打ち勝つのは至難。

 数分も経たないうちに決着がついた。セイバーの剣が敵を捉え、打ち砕く。耐久は弄っていないので、一撃で戦闘は終わってしまった。

「今のは中々良かった。次だ」

 それから、同じように対セイバー用に設定したエネミーを7体倒した所で、アリーナでの準備を終えた。




<残り一日 NIGHT>




 いよいよ明日が運命の日。

 運命と言っても、僅か七日間の延命のチャンスでしかない。たった、それだけの日数でも命をかける価値はある、と信じたい。

 セイバーはすっかりお気に入りになったベッドの上で横になっていた。枕を抱えてぼんやりしている。イメージの中で戦っているのかもしれない。ただお腹が空いているだけなのかもしれない。

 この時点で、もう自分に出来ることはなかった。第一のモラトリアムは終わり、戦場を飾るサーヴァントたちの邪魔にならないように端っこで立っていればいいだけ、だったら良かったのだが、マスターにもそれなりの仕事があるだろう。

 殺し合いの理念を司るのはマスター。精神論なんてお笑い草だけれど、ここムーンセルは精神を投射する遊技場。ならば強い思いに答える物もあるはずだ。

 強い思いが自分にあるかどうかは全くの別問題として……。







[25638] 決戦Ⅰ+ MATRIX
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/08 08:07

<決戦当日>




 人の熱が失われた校内。

 マスター全員が戦いに赴き、NPCもほとんどが撤去されている。
 廊下では自分の足音しか響かないが、孤独ではなかった。幽霊のような奴が背後にいるから。

 階段を下りると、普段とは異なる扉があった。鎖で雁字搦めにされたコロシアムの入り口。そして、その扉の前には、人気のない校内では目立つ、一人のNPCが決戦への案内を務めている。
 教会にいたシスターだ。予選の事を含めると、どうやら彼女がこの戦争を主導する存在らしい。

「決戦の地へ、ようこそいらっしゃいました」

 何かが稼働しているような異音の中、彼女はこちらを目にするなり言った。

「準備が出来たのなら、申しつけください。資格があるのなら決戦への扉を開きましょう」

 準備は出来ている。振り向くと、セイバーも頷いた。満を期して、シスターに二つのトリガーを渡す。
 彼女は、扉にトリガーを嵌めた。すると、この防壁だらけの校内に置いて、さらに厳重な封を施していた鎖が解かれる。それに伴い、扉の本当の姿が現れた。

 エレベーターの扉。信号は1を灯し、今の階下を教えている。近づくと、ボタンを押すまでもなく開いた。
 静寂に包まれた校舎を後にする。見送りの一つもない呆気のないものだったが、適切な緊張感を保って戦いに赴ける。ここが殺し合いの施設だと思い出すことが出来た。

 エレベーターの扉が閉まる。これで、しばし慣れ親しんだ校舎とはお別れ。
 しばらくして、下へ移送されるのに伴い、一つの隔壁を挟んでこれから戦う相手が現れた。

 少しの驚きを持って、お互いに目を見張る。しかし、即座に如月は好戦的な笑みを浮かべて見せた。
 二人を挟む壁は、どうやら音まで遮断していないらしい。声をかければ届くだろう。
 けれど、この今にあった話題など思い付かない。睨みあうまま、決戦場へ落ちて行く。

 稼働音だけが響く中、無言の場を破ったのはランサーだった。

「今日この日、お互いが壮健のままでいられた事に感謝しよう。これも毘沙門天のお導きか」

 毘沙門天。それが武の神の正体か。

「闘争こそ神事である。神聖なる戦いの場、私は青天白日の身であることを誓う」
「もう分かっているかもしれないけれど、ランサーの真名は“上杉謙信”よ。極東で戦の天才と謳われた武将。そして毘沙門天の化身」

 如月が胸を張って言う。

「油断のし過ぎでは?」

 自ら真名を明かすなど愚の骨頂だというのがマスターの常識だったはず。

「油断などしておらぬ。我が経歴に一片の曇りはない故。冥府にて、その名に敗れたともなれば箔が付くというものだろう。これは餞別だ。忌憚なく受け取るが良い」
「“敵に塩を送る”のが上杉謙信なの。知らない? ほんと、御しようがないわよ……」

 どうやら真名を明かしたのはサーヴァントの我儘だったようだ。

「どうする、マスター? こちらからも真名を返してやるか?」
「いいわよ、そんなの。もう貴方が何の英霊なのかは大体察しが付いているから。
素のランサーを圧倒する剣技。そして内在魔力から、ドラゴンの炉心が観測されている。
 こんなの、分からないマスターなんていないわよ」

 竜の炉心。セイバーの異常な魔力放出のことだろうか。彼はその力任せで剣の威力を増大させている。

「アーサー・ペンドラゴン。まさか初戦そんな大物が相手なんてね。ついてない」

 十中八九が看破されている。

「けれど勝つのは、私のランサーよ」
「無論」

 相対する主従は自信に満ちあふれている。ハリボテではなく、実力に裏付けられた本物。自分がどうやっても手に入れられないものを彼女たちは持っている。

「戦いの前に勝敗を論じるのは、一兵卒として如何なものか。力の優劣は戦場で競うもの。大言を言うだけなら誰にでも」
「そうですか? 事前に勝敗は決まるものだと思いますが」
「……マスターはどっちの味方なんだ?」
「常に、勝者の味方です」
「その間違った価値観を、敵諸共、正してやる」
「……」
「……仲悪いの? あなたたち?」

 話している間に、エレベーターは到着した。それまで続いていた震動が止まり、出入り口が開く。戦場への道は開かれた。

「行きましょう、ランサー。戦場はここよ」
「では、雷神風神の如くの働きを約束しよう」

 彼女らは一足先に扉をくぐる。

「目に物見せてやるからな、マスター」





<決戦 Ⅰ>




 殺風景な野原の中、木で作られた柵で周囲が囲まれていた。
 変哲のない平原に思われた周辺は、その実、戦場跡のような有様で、果てた武士たちの刀や鎧が打ち捨てられている。

「よーい、ドン、ってなわけにはいかないか。武器を構えたら開始で良いわよね?」
「号令はアツコ殿に任せよう」
「え、私が?」

 セイバー、ランサー。共に獲物を向け合う。

 二度目の対峙だ。先の闘争では遅れを取ったが、今回はどうなるか……。

「それじゃあ、―――ランサー! 行きなさい!」

 如月の声を皮切りに、ランサーが槍を掲げる。三又の槍の周囲で風が渦を巻く。宝具の解放の予兆。常時開放の型である故に、止めることが出来ない。

「初めから全力で行くぞ! アーサー王とやらよ!」

 槍が太陽光を反射する。いや、それは槍そのものから発せられる光か。光は以前の荘厳さを上回り、さらなる神威を無遠慮に発散させる。

「我が槍は無双の極致! ヴァイシュラヴァナよ! 武神の光を灯せ!」

 太陽の如く光り輝く。もはや光そのものとなり、輪郭もぼやけてしまった槍を持って、ランサーは突撃する。

 先制の一打。二打、三打、四打、五打、六打……。一息の間に無数の突きが繰り出される。その度に周囲の空気が揺らぎ、周辺の砂を巻き上げる。風の勢いが離れていても肌を打つ。

 激しい攻撃にさらされているセイバーはというと、良く避けていた。掠っただけで吹き飛ばされる剛力を前に、押されることなく凌いでいる。さすが騎士王と名を冠するだけあって、宝具を解放したランサーに押しつぶされることなく拮抗している。かなり、苦しいものではあったが。

「すばしっこい奴め! しかし、いつまでも当たらずにいられるかな!」
「―――――」

 避け一辺倒のセイバー。ランサーの言う通り、長続きはしないだろう。スタミナ以前に集中力が切れるか、些細なミスで身体に穴が開く。一度受ければ、それだけで試合が終わりかねない敵の宝具。こちらの力が大きければ大きいほど敵もその力を増し、パワータイプのセイバーでは尚更の事。

 武器を打ち合えば弾き飛ばされ、ならば避けようにも回避に集中せざるを得なく、隙を突こうにもランサーは甘くはない。セイバーである故に打開出来ない。キングは何処にも逃げ場はなく、槍に身を晒されることは避けようがない。

 このランサーは近接戦を得意とするサーヴァントの天敵だ。チェックメイトまでの手順が最速で行われる。
 この状況は予測して然るべきだった。セイバーといえども相手に宝具を展開された状態ではこのように趨勢を支配されるしかない。

 宝具には宝具を。非常識には非常識を。それがセオリーであり、最善手のはずだ。それがこちらの宝具の性質状、封じられている今では、いや、使うにしてもその隙がないか……。空白を削るような攻撃をしかけられている。剣を振る余裕すら与えられていない。

「ランサー! セイバーに宝具を使わせないように!」
「承知!」

 それが如月の作戦。使わせないことで、宝具同士の戦いに持ち込ませない。

 シンプルな回答だ。

 セイバーの宝具が未知である上では有効な作戦だろう。相手にしてみればアーサー王と知って尚更にその宝具を警戒しないわけにはいかない。元々、セイバーの宝具を使う予定ではないのでその目論見は的外れではあるのだが、単なる猛攻、というだけでも脅威だった。
 このままでは敗北する。あの槍を何とかしない限り勝ち目はない。

 初めから分かっていたことだ。

 如月の作戦がシンプルなら、自分たちの作戦もシンプルだった。
 現在の状況はシミュレートした中でも上等な部類。相手がこちらの宝具を警戒しているというなら、その意図を外してやるまで。
 回避の繰り返しで消耗していくセイバーに、ついに決定的な隙が出来る。その間は、傍からも見えてしまうものだった。

 当然、ランサーは付け入る。そしてセイバーに、“必殺には及ばない”突きが迫る。

 セイバーが突き飛ばされるのと同時に、苦悶の声が上がった。

 その瞬間、セイバーは防御を捨て、カウンターの一撃をランサーに与えていた。狙った個所は、当然その槍を持つ手。強かに手を打ちすえられた相手は、槍を手放し、そして放物線を描くように、光を纏った槍は飛ばされていく。

 思わず目で追ってしまうような弧を描いた槍は、―――如月にとっては最悪な事に、セイバーのマスターの目の前に突き立てられた。

「これで形勢は逆転ですね。如月」

 すぐにヴァイシュラヴァナの周りに防壁を築く。

 茫然とするランサーのマスター。上杉謙信はというと、苦々しげな顔をして地面に突き刺さる己の槍を見ている。
 彼らが槍を取り戻そうと行動に移す前に、後ろへ飛ばされていたセイバーが到着した。

「損傷は」
「戦闘続行に支障なし」
「ならば良し」

 こちらが態勢を整えている間、如月は己の失態に思い至ったようだった。

「……故意にセイバーの能力値を下げたのね? 貴方のスペックなら可能だった……。ごめんなさい、ランサー。これはわたしが気が付くべきだった」

「無闇に自分を下げるものではない。このような時は素直に相手を称賛すれば良いのよ。全く、見事な采配だった。セイバーのマスターよ。そしてアーサー王。常在戦場の心得を持った、この上杉謙信の隙を突くとは尋常ならざること。感服いたす。そなたらは武田以来の難敵よ」

 最強の矛を失ったにも関わらず、ランサーには焦りがない。依然、強敵の風格を保っている。

 まだ決着はつかないか……。

「如月殿。ここは、貴方風に言うなれば、気分を切り換えて行くわよ、だ。私も、ただの上杉謙信に戻って戦うとするよ。なに、これこそ我が本分なれば、武士の心さ」

 ランサーはそう言って、黒塗りの鞘に収まった刀をどこからともなく取り出した。

 鞘から音もなく刀身が現れていく。その刃紋を見せつけるように正面に出しながら、ランサーはゆっくりと引き抜いた。

「福岡一文字」

 第二の宝具。ヴァイシュラヴァナほどの威圧はないにしろ、宝具として品格を持っている。刀を構える相手。槍を持った時とはまた違う型を取る。

 先ほどが動、だとしたら、今の構えは静。風も止むように隙がない。

「マスター、魔力を回せ」
「まだ油断しないように」
「分かっている」

 減衰させていた供給を全開にする。セイバーの周囲から魔力が発散されて、竜の炉心を核とした魔力放出の真髄が現れる。

「如月殿」
「分かってるわよ。このままじゃ、危ういわ。全部あげちゃいなさい」
「うむ。では、セイバーのマスターよ。その足元にある槍だが、もう私には不要だ。この際だから、主にくれてやろう」
「何?」

 ランサーが贈呈を宣言した途端、囲っていた槍の支配がこちらに移った。

「真名と、ヴァイシュラヴァナを捧げたんだから、結構いくでしょ!」

「うむ。この塩留めの太刀、今までにない輝きだ……。なんだ。いつの間にか、この上杉謙信、武神をも超越してしまったか」

「勝手に言ってなさい。さあ、第二ラウンド、行くわよ!」

 足元にある武神の槍。支配が移っているとはいえ、セイバーでは扱えない無用の長物。これを好機に転用させることは不可能だろう。

 何らかの条件によって力を増した刀。これでまた勝負の行方は分からなくなった。

「今までの借り、倍にして返そう!」

 強力な力を得たと言っても、厄介な特性はなくなっている。セイバーはこれまでの鬱憤を晴らすかのような勢いで攻撃に移る。

「何の。まだ、まだ」

 ランサーのクラスにも関わらず、巧みな刀の運用。剣の英霊であるセイバーと見事に打ち合う。

 お互いの間隙を突いた猛攻。ひきりなしに鋭い衝突音が響き、彼らの試合は完全にマスターの手を離れ、泥臭い戦いへと進んでいく。

 刃はぶれて、視認も困難。足運びでさえ、複雑さを増して戦闘の推移を計ることが出来ない。時の経過とともに、彼らは浅い傷をこしらえて、けれど、そんな傷を歯牙にもかけず、目は相手だけを見据えている。

 セイバーの全力。そしてランサーの全力。気兼ねのないぶつかり合いの中、彼らの顔は綻んでいた。

 もはや観戦者と成り果てたマスター二人は、自然と肩を並べて彼らの戦いを眺めていた。

「本当に、楽をさせてもらえないわ。これ、本当に初戦なのかしら?」
「事実上の決勝戦、と言っても良いでしょう」

 不意打ちなど彼女はしないと分かっていた。この戦いを前にして、水をかけられるほど自分は自惚れていない。それは如月も同感のようで、マスター同士の警戒は薄れていた。

「ランサーの流儀じゃないけど、貴方は良く戦ったと思う」

「如月は、それなりに頑張っていましたね」

「その物言い、ホントにむかつくんだけど。前から思ってたけど、無害そうな顔して、その実、陰険よね。貴方とは絶対に友だちになれそうにないわ」

「そうですか? 喧嘩するほど仲が良い、とはそちらの国の言葉でしたが」

「……ま、そうね。良い喧嘩相手だったことは認める」

 ランサーが吼える。セイバーが唸り声を上げる。英霊たちの戦いは次の段階に進んだらしく、成りふりを構っていなかった。剣だけではなく、隙があれば殴り、蹴り合っている。

 闘争本能をむき出しにした殺し合い。それは男女の情事にも似ていた。愛し合う事も、殺し合う事も、欲望に根ざしているという一点では大差のないことで、決して斬り捨てることの出来ない人の部分なのではないか、と。

 闘争こそ、人である証。

 ……?

 どうやら、彼らの戦いに当てられたみたいだ。らしくもない事を考えている。

「あれって、本当にアーサー王なの? どんなに追い詰めてもエクスカリバーは抜かないし」
「どういう訳か、あの剣に拘っているんです」
「それって―――」

 如月が何かを言いかけた瞬間、果てのないと思われた決戦に決着の気配が訪れた。息を飲んでマスター二人は戦いを見守る。

 身体が接触するほどもつれ合ったサーヴァントの二人。至近距離で放たれた双方の刃が今までにない音を立てて合わさった。

 剣が発する悲鳴のような音。軋み、たわみ、危うく折れてしまうのではないか、と宝具に対して不安に思ってしまうほど。

 そして、既視感のある光景が再現される。

 宙に銀光が舞う。点滅しながらも其れはひらひらと落ちて、如月と自分との目の前に突き刺さった。

 それは刀だった。

 一度攻撃を受けた手。握力が未だに戻っていなかったのか……。

 そんな分析と共に、勝敗を悟る。次の瞬間、セイバーが武器を失ったランサーを袈裟斬りにした。鮮血が吹き出て、地面に倒れるのはランサー。

 最後は、一人が地に伏せる乾いた音で終わった。あれほど耳朶に響いていた金属音はいつの間にか止み、その場を支配していた暴力の気配も霧散している。

 勝敗が明確となり、戦いは幕を閉じた。

「敗けたか……」

 万感の思いで如月は言葉を吐いた。苦渋に満ちた声だった。

 これから行われる選別を察して、セイバーと共に自分たちの陣地へと引き下がった。如月は倒れたランサーの傍に駆け寄って行った。

 直後、無慈悲な線引きが地面から空までを二つに割る。

 一方は変わりなく、一方は赤く染まった不気味な世界。言うまでもなく、赤く染まったのはランサーとそのマスターである如月アツコ。これから行われるのは……。

「ランサー、素晴らしい戦いだったわ」

「……ああ、面目ないな。負けたのか、私は」

 如月が言う健闘の言葉にランサーは力なく答える。

「悔いの残らない、全力で戦えた事を誇りに思う。貴方じゃなかったら、この結果を受け止められなかったかもしれない」

「ふ……。そうか……」

 常勝を謳われた武将はひたすら残念そうだった。落胆する彼女を如月が励ます。

「ほら、最後よ。しっかりしなさい。それとも介錯がいる?」

「そこまで、手間取らせるわけにはいかない。あい分かった。悪いが手を貸してくれ」

 彼らが会話を交わしている間も、次第にその姿は黒に侵食されていた。二人は寄り添うように立って、こちらと面と向かう。

「私たちに勝ったんだから、絶対に優勝、じゃなかった、えーと、か、勝ち残りなさいよ」

「それぐらい約束して貰わなければな……」

「約束します」

 彼ら主従に言い放つ。目をそらしてはいけない、と思った。虚勢を張るべき場面であるとも思った。

「ええ、あ、あなたたちなら、ぜ――っ」

 声が震えていた。如月は思わず顔を逸らす。俯いた顔から、涙が落ちる。
 彼女は腕を使って拭おうとした。けれど、もう動かせないのか、腕は上がらない。侵食は進み、黒は全身を覆っている。
 感覚は剥離され、死は間近であるはずだ。そのことを一番自覚しているのは如月だろう。

 ランサーが代わりに彼女の顔を拭い、気丈の人だった如月は顔を上げた。

「……ごめん。気にしないで」

 言った傍から涙が頬を伝っている。

「……そっか。貴方の言ったこと、なんとなく理解できたかも。死ぬって、こういうことなのね」

「……」

「最後に、一つだけ願うわ。私が死んだのは自業自得なんだから、余計な重荷にしないこと。いいわね?」

 気丈に、彼女は言い切った。その言葉に自分は首肯して返す。

「うん。頑張ってね」

 彼女は笑って、そのままの表情で消えていった。

 寄り添った二人は同時に消滅していく。完全に消えたのを確認して、その目に焼き付けた如月の顔を思い返す。

 あの顔は死ぬまで覚えていよう。自分もその時、笑えるように。

「マスター」

 呟いたセイバーは満身創痍の体だった。極限まで消耗しているのだろう。自分も、今すぐ意識を失える程度は疲れている。ランサーと向かい合っていただけでこの様だ。

「そうですね。もうここには用がない」
「違う。忘れ物だ。あれは、マスターが譲り受けたものだろう」

 そう言って指す先には、所持者を失った槍が地面に突き立てられたまま残っていた。




<MATRIX Ⅰ>



クラス ランサー
真名 上杉謙信
マスター 如月アツコ
宝具



 ヴァイシュラヴァナ ランクB+

 刀八毘沙門天と書く。その力は、文字通りの意味で、相手を上回る事。
全力で発揮されれば、相手の筋力値をさらに二倍にした値が自身の力に上乗せされる。
 呪いとは違う武神の威光による節理を纏った槍。
 それが真に神の力なのかは、神のみぞ知るといったところか。



 福岡一文字/塩留めの太刀 ランクD ~ A

 刀八毘沙門天が謙信の信仰を象徴するなら、こちらは上杉謙信そのものを現している。
 サーヴァントとしての本来の宝具は福岡一文字であり、彼のセイバーにして呼び出される可能性の側面。
 性能は、相手に対する施しによって持ち手に力を与えるという代物。
与えれば与えるほど宝具としてのランクが上がり、場合によっては彼女の持つ一方の槍すら凌駕する。
 作中では、真名とヴァイシュラヴァナを与えることによって、Aランクまで力を増大させた。



特性



 常在戦場の心得 A

 運は天にあり。鎧は胸にあり。手柄は足にあり。
 何時も敵を掌にして合戦すべし。疵つくことなし。
 死なんと戦へば生き、生きんと戦へば必ず死すものなり 。
 家を出ずるより帰らじとおもえば又帰る。帰ると思えばこれまた帰らぬものなり。
 不定とのみ思うに違わずといえど、武士たる道は不定と思うべからず。必ず一定と思うべし。



 このサーヴァントに対する、あらゆる手段による不意打ちは通用しない。
 また、ランクC相当の直感で戦闘時、自身にとって最適な展開を感じとることができる。




 以下略。







[25638] 淑女は強い?
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/13 11:38


<残り六日 朝>




 64名から、32名まで参加者が減った聖杯戦争。脱落者は死に、勝者は生き永らえる。

 まだ一回戦が終わったばかり。道のりは長い。長ければ長いほど自分としては喜ばしかった。そして、今日から六日間の猶予を得たのだ。
 死への恐怖は、また忙しさが忘れさせてくれるだろう。

 完全にお姫様状態のセイバーを尻目に、飲むことが日課となった珈琲を作り、朝食を用意する。そして、セイバー用のジュースを買いに行こうと、まだ夜が明けたばかりで、冷たさの残る校内に出た。

 校舎は沈黙している。
 今日いるマスターは皆が昨日の激闘を経ている。戦士の休息は安らかなものだ。単に、自分の起きる時間が早いだけかもしれないけれど。

 自動販売機の前にまで来る。誰もいないと思っていた自分としては意外な事に、そこには先客がいた。

「おお、やはり来たな」

 先日、顔を合わせたばかりのマスター。チャールズ氏は相変わらず頭の上から下までが黒装で、白い手袋が目立っている。
 そのシルエットは印象深く、すぐに彼だと認識出来た。

「おはようございます。今日もお早いですね」
「それは君にこそ言えることさ。老人は朝が早いからね」

 そういうチャールズは老人とは思えない身のこなしで座っていたベンチから立ち上がる。

「既に噂で聞いているよ。如月くんを討ち破ったようだね」
「噂?」
「君と如月くんの対決のカードは、他のマスターも注目していたのさ。僕もその口でね、昨日の時点で結果は知っていたんだ」

 それは厄介。目立ってしまえば、秘匿しておきたい情報も暴かれ安くなる。

「お疲れ様、と言うべきか。さぞ、激しい戦いだったんじゃないのかな。君のサーヴァントがどれくらい強いのか分からないが」

 先日の死闘は、今日になっても頭の中に浮かんでくる。思い返すほど勝利は紙一重だったと感じる。

「まあ、終わった戦いはもういいさ。ああ、それと、僕はこの通り勝利したよ。柴木も危なげなく勝ったようだ」
「そうですか」

 柴木も勝ち進んだか。モラトリアム中の様子を見てもそれは予想できた。

「それで、どうしたんですか? こんな所で」

 この老人がここにいる必然性を見出せなくて、尋ねる。

「いいや、別に、朝の散歩の最中なだけだよ。なんとなく、ここで待っていれば君と会える予感はしていたけれど。
 毎朝飲み物を買いに来るのかい?」
「そうなるかもしれません」
「ああ、そう言えば、我儘なやつなんだっけね。ははっ。苦労しているようだ。まあ、僕ほどではないが」

 冗談のように彼は自身のサーヴァントを語る。

「それじゃあ、柴木くんは抜いて、君と僕とで自販前同盟だ。
 僕も毎朝ここに来るから、暇だったら来なさい。戦場の中で好を結ぶなんて貴重な経験だよ。僕の長い人生でもあり得なかった」

 そう言って、彼は手に持った杖を振り回しておどけて見せる。苦笑するしかなかった。

「この校舎の雰囲気が人を仲良くさせるのかもしれないな。
 もうハイスクール時代のことは思い出せないが、今のような気分なのだろう」

 ふと、この老年の男が聖杯に何を求めているのか気になった。

「貴方は、なぜ聖杯を?」
「僕かい? 僕に願いはないよ。老い先短いというし、この世界には満足している」
「では、どうして参加したんです?」
「君と似たようなものかな。こんな爺さんだけど、一応組織の顔なんだ。矢面に立つのは当然だろう。僕の築き上げた組織だし、彼らの決定も僕の意志のようなものさ」

 それから、彼の組織が現実でどのような活動をしているのか、チャールズは滔々と語った。

 戦争で孤児となった子どもたちを引き取るボランティア活動をしていること。それとは裏に、戦争を引き起こしたりすることもあるという。善も悪も飲み込んで、ただ彼が思うように動いた。

「僕はそれなりに頭の良いおじさんでね。見極めが上手かったのさ。勝者の見極めがね」

 その臭覚をもって資金を集め、それを元に同士と言える人間を集めたのが今の彼が所属する集まりらしい。
 最近では、チャールズは自分の衰えを感じ、一度身を引いたが、今回の件で引きずり出された、という話の概要を聞く。

「と、まあ、老人の義務として長話をしたけど、忘れてしまって良いよ」
「いえ、興味深いお話でした」
「そう言ってくれると、つけ上がってしまうな……。ついでに、この僕の見極めを持って、今回の覇者が誰なのか考えてみたんだが、聞いてくれるかい?」
「ええ、どうぞ」

 この老人の事だから、それはこの僕さ、とでも言うのだろう。そう思っていた。

「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。僕は彼女とだけは当たりたくない」

 記憶の中の青い影がそれに該当していた。




<残り六日 昼>




 端末が鳴る。

 対戦相手を掲示板に張り出した、という以前と同じ文句がディスプレイに映っていた。

「一つ終わったと思ったら、すぐ次か」

 もうそろそろ昼だ、と楽しげに呟いていたセイバーが一転、面倒くさそうな顔をする。ちゃんとサーヴァントとしての本分は弁えている、と思いたい。

「出るついでに、食堂にも行きます。何を食べるのか決めておいてください」
「それは、一つだけか?」
「はい」

 部屋を出ると、すぐに人だかりが見える。一回戦の群れよりは大分小さくなっていた。半数が脱落したのだから、当り前と言えば当り前のこと。

 マスター:クラスターA
  決戦場:二の月想海

 クラスターA。これが名前か、と思う。人の事は言えないけれど。

 辺りを見渡しても、この名前を持つ人間に該当しそうな人はいなかった。そして再び鳴る端末にはトリガーを生成したという報告。
 急ぐ訳じゃないけれど、やることは早くやってしまった方がいい。早い段階で敵戦力の把握に努めたい。

「昼食はどうしたんだ」

 まずそっちが先か。たいしたロスにはならないだろう。約束をしていたこともあり、食堂へ真っすぐ向かうことにした。

 席は空いていた。
 いまや、校内の何処へ行っても空いている。並ぶ手間はかけずに注文できるので楽と言えば楽だ。いや、まず食券を買うんだったか。

 メニューは一部をそのままにして一新されていた。美綴が言ったように週替わりらしい。

 セイバーは張り出されている新メニューの写真とにらみ合いをするなり固まっている。
 しばらく待っても音沙汰がない。決断の出来ない王様だ。彼の用兵は拙速ではなく巧遅かもしれない。

「田城? 食堂か?」

 美綴綾子がどこからともなく姿を見せた。

「良く会いますね。そういう美綴もですか?」
「そーだよ」
「ここはテイクアウトが出来ますか?」
「は? テイクアウト? ……えーと。好きにすれば?」
「そうですか。良かった」
「一人で食べたい人?」
「サーヴァントが食べたいと言うので」

 霊体化しているセイバーは目の中に渦を巻くほど考え込んでいる。決定にはまだかかりそうだった。

「自分はここで食べますよ」
「今週は……、これがお勧め」

 言われるままに彼女が指したボタンを押す。美綴もそれを買い、配膳口で料理を受け取って、適当な席に座る。

「これは?」

 知らない食べ物が目の前にあった。

「これはカレーライス。カリーライス? うん? 通じる?」
「ええ、分かります。インドの料理だと記憶していましたが、日本でも食べられているんですか? ここの食文化は幅広いんですね」
「代表的な家庭料理だよ。簡単で美味しいから」
「見たところ、スパイスが多用されているようですが、……本当に簡単なんですか? ああ、いや、カリーの素、のような物が市販されているんですね?」
「そうそう。これはわたしの得意料理なんだよ。ほら、食べてみなって」

 スプーンで掬って口に入れた。

「思ったより、辛くないです。……うん。美味しい」
「んー。食堂じゃ、こんなもんか。私が作ったらもっと美味しく出来るんだけど」
「この赤い物は?」
「福神漬け」
「漬物文化は凄いですね。神も漬けてしまうとは」
「ん? ……まあ、いっか」

 彼女と話しながら食べた。

 食べ終わり、食券販売機の前に居たセイバーの元へ行くと、彼は如何に自分が悩んだのか、この決定は断腸の思いで、これでも譲歩していると、諾々と語ってみせた。

 要するに、二つ食べたいとのことだった。ここで許せば癖になるだろうと、帝王育児学を思い出して、彼には固唾を飲んでもらう事にする。

「一つだけ」
「昨日、あんなに頑張ったじゃないか!」
「品数は契約の範囲外です」

 怨みがましい視線を送ってくる。構うと長引きそうなので無視。

「……じゃあ、これを」

 セイバーの選択した食券を購入する。

「ああ! やっぱりこっち!」
「優柔不断は死ね」
「!?」




<残り六日 夕刻>




「マスター?」
「何ですか?」
「……なんでもない」

 呼びたかっただけなのか、不思議な応答をする。気持ちが悪い。

 びくっと何かに過剰に反応して、彼は振り向いた。そこにエネミーはいない。今日は調子が悪いみたいだ。

 アリーナへ潜って、三時間は経過しようとしていた。以前なら暗号鍵を見つけても良いほど探索している。にも関わらず、得るものは一つもなかった。

「難易度が増したな、マスター」

 セイバーの言う通り、上層より面倒になっている。エネミーも心なしか手強くなっていた。セイバーはただ一閃で排除するけれど。

「……おかしい」

 奥へ進み、二つ目のターミナルを発見する。
これまでのアリーナに置いて、二つ目のターミナルは終着点にあるものだった。つまり、これで迷路は踏破したことになる。

「どこかに見落としが?」
「隠し通路は?」
「いずれも見つけています。あれは視覚だけを騙すものなので、注意すれば発見は容易なのですが……」
「もう一度引き返すか?」
「敵に何かやられたと判断しましょう。セイバー、付近に違和感は?」
「……言われてみれば、不自然に魔力が残留している」
「発信源は?」
「そこまでは分からない」

 敵の妨害か。
 確かに、この戦争はトリガーが揃わなければ失格になるルール。有効な作戦ではある。

「戦闘が得意ではないサーヴァント」

 敵に関する推測を述べてみた。

「小細工をしなければ勝てないような相手か」
「まだ断じるには早いですが、アリーナの探索は今まで以上に慎重を期する必要があるでしょう。
相手も一回戦を突破している。油断は禁物です」

 周辺を隈なく調べると、迷路の隅に紙片のようなものが落ちているのを見つけた。
 外の世界ならまだしも、この空間でゴミが落ちているとは考えられない。

「これですか? セイバー、手にとって見てください」

 魔力抵抗の高いセイバーにそう指示する。

「……鍵の隠蔽はこれが原因だったようだ」

 手にとって、彼はそれを確認した。

「破壊するか? マスター」
「紙にはなんと?」
「ただの余白だ。何も書かれていない。単なる触媒として使ったらしい」
「そうですね。そこから何かを特定する技術は自分にはありませんし、解析術式に反応する罠の可能性もあります。破壊してください」
「了解した、マスター」

 彼が握りつぶすと、紙だったそれはガラスのように粉々になった。

 それから、何の変哲のなかった迷路の壁がガタガタと揺れ始め、砂が崩れて行くように実体をなくしていった。
 奥には通路が続き、探していたトリガーが置かれている。

「待て!」

 足を踏み出そうとすると、セイバーの静止の声がかかった。寸前の所で思いとどまる。

 セイバーが自分の代わりに足を踏み出した。すると、彼の足元から紫電が這い、あっというまに身体を覆ってしまう。
 彼はけろっとした顔でその電気をものともせずに、地面を踏み抜いた。

 ガラスの割れるようなテクスチャと共に無効かされる。
対マスター用のトラップだろう。あのまま踏み込んでいたら死んでいただろうか。

「厄介な……」
「マスター。先導する」
「お願いします」

 セイバーの通った後、それでも警戒しながら歩を進める。トリガーのある場所にたどり着くだけでも心臓が高鳴っていた。
 それからセイバー監視の下、つつがなくトリガーを取得した。

「長居は危険だ。すぐに戻るべきだろう」
「異論ありません」

 即座に帰還する。
 周囲がアリーナから見慣れた教室に映り変わった所で、ようやくほっと息が付けた。

 セイバーは気疲れもしていないようで、いつものように自分の定位置に居座った。武装を解き、ベッドの上で胡坐をかく。

「マスターがアリーナへ行くことは危険だ。サーヴァントだけでアリーナの探索が出来る手段はないのか?」
「それこそ敵の狙いかもしれない」
「考えてもきりがないか」

 セイバーとアリーナの探索について話し合い、その日は夜遅くなってから就寝した。







[25638] 過去
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/13 11:37




<残り五日 朝>




 自動販売機の前にやってくると、誰かの気配を感じた。

 チャールズ氏かと思って近寄って見ると、そこには黒い帽子、ではなく赤く染まっただらしのない髪の毛。髑髏がトレードマークの柴木トオルだった。
 彼は俯いて空き缶を所在なく弄っている。声をかけると、ようやく顔を上げた。

「よお」

 彼は腫れぼったい目を晒していた。いつものような元気がなく、覇気に欠けているように見える。

「眠そうですね。徹夜ですか?」
「そうなんだよ。昨日さっそく、アリーナで小競り合いがあってさ……、ついさっきまで戦ってた」

 柴木はそのまま大きな欠伸をして見せた。よほど疲労しているのか、右目が開いていない。

「今まで? 昨日から?」
「ああ……。もう千日手のような状況で……。引くに引けないって言うか……」
「決戦前の戦闘はアリーナが止めるんじゃないですか?」
「いや、あれは、もう戦闘じゃない、って認識されたみたいだな……。こっちとしては真剣だったんだけど……。はぁ。トリガーは取り逃したし、礼装も……。散々だよ」

 一回戦を終えて、マスターたちも戦いを覚えたのかもしれない。アリーナ内で積極的に攻撃しかけているようだ。自分にも覚えがある。

「ついさっきまでここにチャールズさん居たんだぜ。用がある、とか言ってどっかに行ったけど。ま、あの人もあの人なりに忙しいんだろ。田城はどうだ?
 って、一回戦よりは楽か」

 楽かどうかはまだ分からない。何せ顔も合わせていないし。

「あー、わり―。もう俺、寝に行くわ……。疲れ、取らんと」
「お疲れ様です」
「おやっす」

 柴木は立ち去った。

「それぞれ苦労しているようだな」

 セイバーが彼の様子を見て言った。




<残り五日 昼>




 ただ胡坐をかいているわけにはいかないだろう。自分も動かなくてはならない。 それは一回戦を通じて身に染みたことだ。だが、罠があるかもしれないアリーナへは、一回戦の時のように気軽に入ることが出来ない。
 トリガーは取得したので、それは別に良い。しかし、それでは対戦相手との接点がなくなってしまう。

 となれば……、まず解明するべきなのは、敵マスターの正体。今日中に、少なくとも容姿や身なりを確認しておきたい。
 なんだ。良く考えれば方針なんて決まるものだ。
 “クラスターA”なんて奇抜な名前をしている相手。すぐに見つかるだろう。

「校内を回ります」
「こういう時は闇雲に歩くのも良いな」
「ないとは思いますが、警戒を」
「ああ、うん」

 まず初めは、目撃証言がありそうな食堂へ。


「うにゃ? クラスターA? なにそれ?」


 かつ丼を頬張る美綴綾子。特に情報なし。


「いっらしゃいませー。地獄の沙汰も金次第。月海原学園購買部です!」


 購買部のNPCには、聞いても無駄だろう。食堂を後にした。


「集合物A? なんだ? 研究の試料か?」


 偶然通りがかった、寝起きの柴木トオルも知っている様子ではない。


「悪いが、田城。運営側が特定のマスターを贔屓するわけにはいかなくてな」


 柳洞一成から情報を得るのも不可能だった。
 相手は如月アツコのように有名なマスターではない、ということは分かった。事情通の柴木が知らないとなると、全くの無名かもしれない。
 校内の中は大体回っただろう。他に行っていない所は……。

 屋上。そう言えば、まだ足を踏み入れていない。
 ここに来てしまえば、もう情報を得ることは諦めていた。気晴らしにもなるかと思って足を向ける。

 ……前にもこんなことがなかっただろうか?
 良く思い出していれば、行こうとは思わなかっただろう。柴木から屋上について、何か重要な話を聞いたような記憶もある。けれど、この時は思い出せなかった。後の祭りというわけで。

「―――――! ―――!」
「―――――」

 扉の奥から誰かの話し声が聞こえる。そのことにも別段、注意を払わずに自分は扉を開けてしまった。

「ですから! あのような……」

 屋上を陣取っていた人物は闖入者に気が付き、言葉を収める。
 声は二つあったが、屋上には彼女一人しかいない。大方、サーヴァントと口論していたのだろう。
 そして、重要なのはそこではない。

「あら? 生きていたの?」

 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。初めからずいぶんな挨拶だ。

「一人で騒いで、何をしていたんですか?」
「うっ」

 自覚があったのか、顔を赤くして彼女は言葉に詰まる。

「一人じゃ、ありませんから。私は自分のサーヴァントと話していたのです」
「それにしては大きな声でしたが」
「黙りなさい。大声なんて、出していません」

 しらばくれるらしい。これ以上追及するつもりもないので、早々に立ち去ることにした。

「待ちなさい」

 背を向けると、声をかけられる。

「なんですか?」
「思い出しました。ベッド。ベッドです。貴方とは因縁がありました」
「あの悪趣味な?」
「ええ、……って違います! 悪趣味? 悪趣味と言ったんですか? この口は!」

 そう言って詰め寄ってくる。彼女は長い髪の毛を膨らませて奇抜にロールさせているので身体が大きく見え、かかって来られると威圧感があった。

「あれは私の物ですよ!」
「オーナーは貴方の名前ではありませんでした」
「ムーンセルに輸入するには、所有権を移さなくてはならなくて……。
 話しをはぐらかさないで頂けます?」

 怒気を孕んだ目で睨みつけられる。

「はぐらかしているつもりはありませんが」
「はぁ。もうその事はいいです。私は私で調達しましたしね。過ぎたことを愚痴愚痴言うのは私らしくもありません」

 それは良い心がけだと思う。

「ですから、ここは貴方からの謝辞を込めた対価を頂くことでこの矛を収めようと思います」
「……対価?」
「ええ。ちょっと機密を喋ってくれるだけで結構よ。もう、我ながらこんなサービスはあり得ませんわ」

 ベッドの代金として、情報を寄越せ、ということだろうか。

「まず、貴方の目的を教えてくださる?」
「目的……」

 言葉を反芻してみる。目的とはなにか。たぶん聖杯にかける願いの事だろう。しかし、そんな贅沢はこの身体に許されてはいない。

「特にありませんが」
「嘘ですわ!」

 人差し指でロックオンされる。如何なる理由か、銃口を突き付けられたかのような寒気を感じる。

「本当です。ハーウェイの思惑を警戒していると言うなら、それは杞憂でしょう。今回は次期当主の調整が間に合わず、見送ることが決定していますから」
「次期当主? 彼が出てくると言うの?」
「……はい」

 失敗したかもしれない。口が滑った、とも言う。

「“次回”の聖杯戦争?」
「ええ、まあ、そうです」

 生憎、この世界では活用できる情報ではないだろうと思い、開き直る。

「ふーん。そう……」
「満足頂けましたか? それではこれで」
「もう一つだけ、よろしいかしら?」

 立ち止まることにして、彼女の言葉を促す。

「本当にありませんの?」
「はい? 目的の話ですか?」
「参加者なら、夢見て当然のはず。まさか、“自分が敗北する”ことを前提にしているわけではありませんよね?」

 才女というのは強ち的外れではない自称なのかもしれない、と思った。

「それこそまさかでしょう。貴方が言うような虚弱な意志では、この聖杯戦争を勝ち残ることは出来ない」
「……そうでしたわね。一回戦を突破しているというなら、あり得ない仮定でした」

 もう二度とは来ることはない、と誓って屋上を去る。

 未来の事なんて、誰にも予測がつかないだろうけれど。

 いや、ムーンセルには可能なんだったか。




<残り五日 夜>




 今日は本当に、無為に過ごしたという実感があった。
 仕方がないことでもある。対戦相手同士の接触がなければ進展もあるはずがない。

 今日が終われば、あと四日。この時間の中で、決着を見据えて行く必要がある。
 しかし、このままでは、戦術も立てられずに決戦日、というのも大いにあり得るだろう。
 単純な勝負なら負けるつもりはないが、先のランサーの件がある。もし相手の宝具が法外な物であったとしたなら……。

「マスター。何を悩んでいるんだ?」
「もちろん、今回の相手についてですが」
「なんだ、そんなことか」

 興味が失せた、とばかりに肩を竦めるセイバー。

「そんなこと、ですか?」

 聞き捨てならない言葉だ。

「その様子だと、敵の宝具が心配なのだろう?」

 図星を突かれる。ここは素直に尋ねることにした。

「セイバーは不安ではないと?」
「初戦の相手が相手だったから警戒する気持ちも分かる。だが、この私の宝具こそ、並みいるサーヴァントたちの中でも至高の物だと自負している」

 聖剣エクスカリバーだというなら、彼の自信も頷ける。

 けれど、このサーヴァントは怪しいのだ。騎士王を騙るサーヴァント、という可能性を、まだ自分は捨てていない。

「そういえば、アーサー王。貴方の時代について興味があります」

 探る魂胆もあって、尋ねた。

「興味? 現代に比べれば、私たちなんて野蛮人に見えるんじゃないのか?」
「文化の類ではなく、例えば城内の話のことなどお聞かせ願いますか?」
「……城内にいた頃は、毎日何かしらの騒ぎが起きていた。変な奴らばかりが集まったせいもあるだろう。あの時代は、まだ騎士という定義が曖昧だったんだ。その所為か、各々が自分勝手な解釈で騎士を体現していた」

 セイバーは虚空を見上げる。興が乗ったのか口ぶりは軽やかだった。

「性分の違いで瑣末なことから争いごとになり、騎士間では決闘ばかりが行われていた。流血沙汰なんて良くある話で、行き過ぎることも間々あった。
けれど、皆、根は高潔であったのだろう。なんだかんだで仲直りすることも多かった。良く喧嘩し、良く笑いあった。そう言ってしまえば、仲は良かった」

 ラインから記憶の流出があったのか、一瞬だけ、キャメロット城を幻視する。
 城は堅牢で、遊びがない造りをしている。周囲は、木々や泉、原っぱが見通せる情緒豊かな光景に囲まれている。森林には動物の気配がして、空には鳥が自由に飛び回り、人に懐いていた。

「ガウェイン卿は真面目すぎる嫌いがあって、しょっちゅう皆に弄られていた。一旦怒ると一番手がつけられないのは、彼だ。

 アグラヴェインは兄とは正反対の性格で、不真面目でだらしがない。けれど、本質はガウェイン卿と似て、潔癖症。

 ガラハッド卿の周りにはいつも動物の環が出来ていた。何を考えているのか良く分からない男で、明日の天気を百発百中で当ててみせたり、慣れない冗談を言ったかと思ったら、その言葉通りに事が起きることもあった。

 トリスタンとラモックは二人揃うと碌な事にならない。

 ベディヴィア卿は、気性が穏やかで、仲裁役を買って出ることも多かった。

 ケイは人を怒らせる天才。

 ライオネルとボールスの兄妹はいるんだかいないんだか、影が薄い。

 モードレッドは恥ずかしがり屋で、いつも兜を被って顔を隠している。

 ランスロット卿は……」

 セイバーは騎士団を列挙し、懐かしむように遠い目をしている。彼らの顔が一人ずつ浮かんでいるのかもしれない。

「彼は完璧な騎士だった。円卓の騎士の代表として、人格も、剣も認められていた」

 彼はそこまで語って、遠くを見るのを止めた。

「瓦解するまでは言うまでもない。知っての通りだ」

 それきり、セイバーは言葉を収めて、枕に顔を埋めた。







[25638] 月光
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/15 17:32




<残り四日 朝>




「昨日は痛快だったぜ! 目の前で真名を暴いてやったら、マスターはうろたえ過ぎて、見てられるもんじゃなかったって」

 早朝の朝早く。いつの間にか自動販売機の前に集まることは定例化していた。
 昨日の疲労していた姿とは一変して、柴木は機嫌よく相手サーヴァントの情報を吐きだしていく。
 こうして情報が流出していく様を、柴木の相手が見たら暗涙に咽び泣くのではないだろうか。

「今日も、来ませんね」
「そうだな。今日は見かけてない。対戦相手がよっぽど強敵なんじゃねえの?」

 朝早く散歩をする余裕などなくなったということか。

「心配しても意味ないし。ってか、あの爺さんがここで脱落してくれるなら、どっちかっつうと嬉しいな」

 非情な価値観だ。予選の時とはだいぶ印象が変わって見える。

「柴木は、チャールズ氏とはどのような関係なんですか?」
「知り合い、かな。大先輩で恐れ多いんだけど、あの人そんな序列なんて関係なしに話しかけてきてさ」
「仕事で鉢合うと? 柴木は何をしている人なんですか?」
「おれは、配達屋だよ」
「配達?」

 思ったよりも親しみのある職業だったので驚いた。もっとアウトローな仕事を想像していた。

「単なる配達屋じゃないけどな。ご存知の通り、ネットワークは西欧財閥が掌握してるだろ? そして、知られたくない情報をやり取りする時に、暗号化させるのも良いんだけど、リアルに移送する方が安全なんだよ。その安全を提供するのがお仕事ってわけ」

 運送バスを運転している柴木が脳裏に浮かぶ。彼に嵌った職だと思った。

「だから顔が広いんですね」
「おれの顔は知られてないんだけどな。一方的に知ってる奴は多いんだけど」

 仕事のリスクを低減させるために、顔は隠しているのだろう。

「けど、あの爺さんは知ってたみたいで、驚いたよ。
実はこの戦争で初めて顔を合わせたんだけど、気軽に名前を呼ばれて話しかけられちゃったわけ。もう既におれの事はリサーチ済みってことだ。やっぱり、地力が違う」

 そう言う柴木から、憧憬の念が伝わってくる。アンダーグラウンドの中でも憧れの対象になるものがあるとは興味深い話だった。

「あの人、引退してしばらく経ってるからな。まだ生きてたなんて。そっちの方でも驚いた」

 さらっと彼は不謹慎なことを付け足した。




<残り四日 昼>




 昼食は早めに取った。
 アリーナに罠を張らせないため、先んじて探索を終える必要があるからだ。

 トリガーが生成したという連絡のあった直後に、探索へ向かう。この作戦を実行するため、一階の廊下、アリーナへの入り口近くでセイバーと一緒にスタンバイしていた。

 周囲に何人かのマスターも何をするでもなく、たむろしている。彼らも自分と同じことを考えているのだろう。罠を仕掛ける側か、それとも警戒している側なのか。その違いはあるとして。
 もしかしたら、この中に自分の対戦相手がいるのかもしれない。良く観察してみようと顔を上げた直後、端末から呼び出し音が響き渡る。

 マスターが持つそれぞれの端末が一斉に響き渡るため、廊下は合唱のような有様になった。
 画面を確認するまでもない。ぞろぞろと突入していくマスターたちの中、遅れずにアリーナの扉を抜けた。


 第二の月想海 二層


 新たなる次の舞台は、本棚が陳列する図書館の中。背の高い本棚が壁の役割をして、迷路を象っている。
 そして、すぐ目の前。懸念していたように敵マスターの姿があった。

「あちゃー。あっちも来ちゃったよう」

 ぶかぶかのアロハシャツを羽織った少女が、今回の相手だった。

「貴方が、クラスターA、ですか?」

 その名前の印象とはかけ離れていた。もともと人間の名前ではないのだが。

「そうだよ。お兄さんが、えーと、……なんとか、なんとか、なんとか、んんー16号さん?」
「それは、……誤りです。部分的には合っていますが」
「良いんだよ。通じればね」

 少女は笑う。殺し合いの相手には勿体ない笑顔を向ける。
 無邪気すぎる笑みは、逆に不気味だった。命に無自覚な子どもが、時に小動物を残酷に殺してしまうように。

「ね、こういう時はどうするの?」

 少女は後ろに佇む男に尋ねた。

「心配ないよ。僕がなんとかするから」
「良かった。じゃ、さっそくやってよ。あたしは宝探しで忙しいんだからっ!」

 そう言って、彼女は奥へ走って行った。静止も出来ずに見送ってしまう。

「マスター」

 セイバーが注意を喚起する。そうだ。今はこの目の前の男に集中しなければならない。

 おそらくサーヴァントである男は、特に武器を取り出すわけでもなく、こちらをじっと観察していた。
 身なりは、黒いローブを羽織った賢者のような風体。髪を短く刈り、モノクルを耳に下げている。過去にいた研究者のような格好だった。年は若いが、サーヴァントに年齢は意味をなさない。

「こんにちは。セイバーのマスター」

 男は穏やかな表情のまま挨拶をする。

「マスター。後ろへ」

 セイバーの言う通り、警戒して後ろに下がることにした。相手はマスターを狙った罠をしかけるような相手だ。対応は間違えていないだろう。

「迅速な判断だね。さすが一回戦を突破したことだけはある」
「……」

 得体の知れない優男。こちらが敵意を表しているのに、それを受けようとしない。

「あの子は奥へ行きましたが、追わないのですか?」

 その場から動こうとしない男に向かって問いかける。

「うん? だって君たち、追いかけてくるだろう? だから、僕はここで足止めというわけさ。何かおかしいかい?」

 変といえば、この男の物腰が変だ。戦闘者の雰囲気ではない。

「彼女は一人で大丈夫なんですか?」

 マスターのアリーナでの一人歩きは自殺行為だ。分担が得策ではないことは相手も承知しているだろう。

「そうだね。心配だ」

 ただ同意する敵サーヴァント。情報流出の予防のために口数を少なくしているのか。如月のランサーとは完全に違う、狡猾で策を巡らせるタイプ。

 キャスターである可能性が高い。

「敵をキャスターと仮定します。セイバー、攻撃してください」
「おっと、それはごめんだ。“ステガノグラフィア”」

 キャスターは間髪入れずに、手に持つ本の形状をした宝具を発動させた。

 ―――宝具を切った? 早すぎる。戸惑いが先行して、硬直してしまう。

 本の形状をしたそれは、発動を主張するように発光し始めた。

 先手を取られるのは不味い。

「セイバー!」

 指示するよりも先に、セイバーは斬り込んでいた。
その一刀に、驕りはない。ランサー戦を経た経験でそれが分かる。だが、

「なに?」

 その場で驚いたのは二人。セイバーの刃は、キャスターの手前で停止を余儀なくされていた。

 弾き飛ばされるでもなく、火花を散らすわけでもなく、まるで、そこから先への侵入が許されていないかのような無欠の防御性能。
 セイバーは一刀のみならず、幾度か剣を振ったが、全ての攻撃が敵には届かなかった。

 キャスターは攻勢に出るわけでもなく、薄く笑いながら、その場に立っている。

 突破は無理だと見て、一度引き下がらせた。

「強引に押せませんか?」
「……感触がない」

 会話を交わしている間にも、キャスターには動きがない。ただ、こちらの一挙一動に目を向けてこちらの情報を引きずりだそうと注視している。

「“ステガノグラフィア”と言いましたか、キャスター」
「……」

 返答はなかった。この相手なら当然か。

「マスター。知っているのか?」
「ヨハンネス・トリテミウス著の秘密書法、いわゆる暗号文を扱った書です」

 情報隠蔽の手法。情報戦における先駆者、と言えなくもない。さらに、その書には魔術的な神秘が実績として隠蔽されているのではないか、と言われている。

 このセラフの中で、暗号化を真髄とする宝具があるというのなら、その能力はどうなる?それを今、目の前にしたのではないのか。つまり、

「システムを手中に収めているのか?」
「答えるわけがないだろう? セイバー」

 キャスターは笑みを浮かべながら質問をかわした。

「さて、それで、君たちはどうするのかな? もしかしたら、君の宝具を使えば、僕ごと貫けるかもしれないよ」
「……」
「セイバー」
「分かっている」

 嗜めると、不機嫌そうな返事が返ってきた。

「しかし、どうする? システムが相手となれば、私では手が出せない」

 サーヴァントは総じてそういうものだという事は既に知っている。親元であるムーンセルに刃を向けることが、本能的に禁止されているのだ。

 英霊たちの手綱を取るためには必須で、当然の事柄。しかし、それが利用されるとは。

「以前の対戦相手は、ここであっさり令呪を使ってくれたんだけどね。やはり、開戦を重ねるごとに手強くなるか」

 キャスターは自分の分析を独白する。刃を向けても余裕の態度だ。それだけ防壁に自信があるのだろう。

「マスター」

 セイバーには打開策がない。それは、サーヴァントなら当然の事。そして、サーヴァントの仕事ではないのなら、それはマスターの仕事だ。

「自分が挑戦します。無防備になるので」
「了解した、マスター。契約に基づいて、この身は貴方の盾となろう」

 全てはセイバーに任せ、自分は目の前にある壁の構成に粗がないのか走査する。

「……」

 自信ありげに微笑むキャスター。集中するために目を瞑った。

 ―――目の前にあるのは、壁だ。セラフに展開されているものの一つ。公平にマスター全員の行動を制限するその壁は、今や目の前に高い壁となって立ちはだかっている。

 以前は、一目に介入を諦めた壁だ。そして、偶然にも一度、破る事が出来た壁でもある。
 一つの綻びさえあれば、自分の力で取り除くことが出来る。しかし、その発見に掛かる労力は、公園の砂場に紛れた砂金一粒を探すような物。

「セイバー。時間が掛かります」
「案ずるな。籠城戦は弁えている」

 多大な時間が必要だった。ともすれば、それは間に合うか、間に合わないのか、という所までに及ぶかもしれない。

「その選択をしたか。しかし、決戦の日まで、あと四日……。時間にして83時間と少し。果たして、間に合うかな?」

 キャスターの声だけが聞こえる。全神経を使って走査している今、その声だけでも癪に障る。

「……」

 セイバーは無言だった。弁えている、との言は本当のようだった。敵の挑発にも動じずに、無防備になったマスターの傍に控えている。

「まいったな……。本当に、これは強敵と当たってしまったようだ。判断が早いというか、ほとんど即決じゃないか。少しは迷ったらどう?」

 めくるめく砂金探し。まず、手法を効率化する必要があった。こういった時に便利なのが、この身に刷り込まれた自動演算機能。検索すれば、最善手は見つかった。

 しかし、その最善手を持ってしても、砂場の砂を全て白日の元に晒すのには足りない。精々、切り詰めて六割程度。
 五割を超えているとは言え、高いとは言えない勝算。

「しかし、単なるマスターが“ステガノグラフィア”に張り合おうとはね。もし、突破出来たとしたら、君は誇っても良い。
 ……ああ、そうか。これは、いやこれも、一種の戦いか。過去の魔術師と、最新の魔術師との。
 では、ウィザードとやらの手並み、ここで見せてもらおうか」

 ……。




<残り四日 夜>




 数時間が経過した。その間も、ずっとプレッシャーを与えるようにキャスターは佇み、セイバーは後ろに控えている。

 キャスターが不穏な動きをしたら、すかさずセイバーが守るように動くので、キャスターがいることは問題にならない。考えてみれば、こちらも防御には優れている。セイバーの魔力抵抗からして、キャスターには打つ手がないのだから。
 相手からすれば、現在展開されている防壁は頼みの綱。つまり、これさえ攻略出来れば後は容易であるということ。

 しかし、出来れば、の話であり、未だ防壁の解除の目処が立っていない状況だった。

「……」
「……」

 サーヴァント二人は睨みあっている。いや、睨んでいる、というのは間違っているか。どちらも、剣呑な目つきはしていない。

 しかし緊張感を根底に置いたものではあった。猛獣を檻の向こうから観察するような感じかもしれない。キャスターからすればまさしくその通りだろう。

 数分の休憩を置いて休んでいた。情報処理の速度の低下が規定値にまで達すると、束の間に脳を休めていた。

 休憩も終わり、再び防壁の攻略に取りかかろうとしたところ、気勢の削がれる声が響く。

「見つかったよ! 宝箱! 二枚目のカード! これで私たちの勝ちね!」

 キャスターのマスター。こんなに小さな子が一人で奥へ進み、暗号鍵を見つけたのか?

「そうかい。良くやったね。しかし、勝利した、とはまだ言えないんだ」
「どうして? 相手より先に、とりがーを見つければ勝ちなんでしょ?」
「相手にもよるみたいだ。今回の敵は侮れないみたいだよ」

 自分たちを全く介さずに会話を続ける彼ら。

「そうなんだ……。でも、勝てるよね?」
「たぶんね」
「むー。もっと真剣になってよ! 負けたら死んじゃうんだよ?」
「分かったよ。勝つから」
「そうそう。ハキがないと、ダメなんだよ。もっとはきはきしてね」

 窘められるキャスター。彼は肩を竦ませる。

「もっとしゃっきりしなさい!」

 子どもに叱られるキャスター。彼はどう対応して良いのか分からないのか、頬をかく。

「もう子どもは寝る時間だ」
「大人ってすぐそう言ってはぐらかすんだから」
「はぐらかしている訳じゃない。子どもは早く寝ないと呪われてしまうんだ」
「嘘つき!」
「嘘じゃないよ」
「え? 本当に……?」
「うん。ここは、一つ、話をしてあげよう。
 そうだな、僕が子どもの頃の話なんだけど……、今の君のように早く寝なさい、と叱られてね。だけれど、その日、僕はどうしても外に出たかったんだ」
「どうして外に出たかったの?」

 無垢な目をキャスターは向けられる。居心地が悪いのか、彼は明後日の方を向いた。

「空の中で、非常に希有な現象が起こるだろう、と予測されていたんだ。
 月食……。月が地球に食われてしまう事なんだけど、知っているかい?」
「あ、馬鹿にしないでよう! 知ってるわ、それぐらい」

 そう言って、身体を揺らすキャスターのマスター。

「そうか。この時代の人間は本当に聡いな……。うん。恥ずかしながら、当時の僕は月食なんて現象は知らなかったんだ。だから、絶対に見たい、と思ってね」

 彼の昔話にも興味はあるが、今はやるべきことがある。目を閉じて作業に戻った。

「で、一人、家を飛び出して、小高い丘の見晴らしの良い場所に行ったんだ。そして空には、満月で、今まで見たことがないくらい大きな月があった」

 ……。

「しばらくすると、月食は起こった。月は端から黒く染まって行き、あっという間に全てを覆ってしまった。浸食は驚くほど速い。空で流れる時間とは全く異なる速度で、進むのも早ければ、戻るのも早かった。僕はすぐに目的を達してしまったんだ」

 月食は……、いや……。

「考えていたよりも、呆気のないものだった。肩すかし、というのかな。周囲が騒いでいただけに、僕はもっと神秘的な物を想像していたんだ」
「ねえ、つまんない。呪いのお話しはまだ?」
「もう言うよ。帰って見ると、家族は皆寝ていた。僕は怒られずに済む、と思ってその日はすぐに寝たんだけど、次の朝。起きてみると、両親が僕の目を指して、言うんだ。色が変わっている、と」
「ふーん。でも、それって、月食を見てしまったからでしょう? ここにお月さまなんてないもの」
「違うよ。ここがお月さまなのさ。夜になれば、月は魔力を宿す。子どもは影響を受けやすい。僕なんか、幽霊が見えるようになって、翌日から一人でトイレには行けなくなってしまった」
「信じられないお話だけど……、うん。いっか。もう帰ることにする」

 キャスターはほっとしたようだった。自分もほっとした。彼女がいると、集中するのが難しくなる。







[25638] とある騎士の末路
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/16 17:59




<残り三日 徹夜明け>




「おはよー! キャスター!」

 少女の声で、現実に帰る。

「おはよう」
「キャスターは大変ね。ずっとここに居なきゃならないの?」

 目を開けて確認すると、昨日の夜に帰って行ったキャスターのマスターがここに戻ってきている。

「別にいなければダメということはないけど、居た方が良いのさ」
「どうして?」
「彼らは、壁を容易に撤去できないが、僕には一瞬なんだ。隙を突いて、マスターの彼に攻撃が出来る」
「ふーん。卑怯者なのね。キャスターは」
「……」
「あ、ごめんね? ちがった。賢いんだよね?」
「卑怯者でいいさ」
「ああ! すねないの!」

 一度、帰還して、耳栓を装備したい。

「探検はどうしたんだい?」
「屋上まで行ったんだけど、変なお姉さんが居て怖くて」
「へえ。じゃあ近づかない方が良いね」
「そうでしょ? おーっほっほっほ、って叫ぶんだもん。絶対に頭がおかしいよ。ちじょって言うんだっけ?」
「痴女? いや……」

 ………。

「あのお兄さん? は何をやっているの?」
「あの子は、プログラムの隙を突こうと努力しているんだ」
「邪魔しない方が良い?」
「した方が良い」
「お歌、歌う?」
「どうぞ」

 ………………。

「うーん。声の出がいまいちかな」
「次に期待しよう」

 非常に音痴だった。

「じゃあ、あたし、もう行くね」
「ああ。気を付けて。あまり、――から離れないように」




<残り三日 昼>




 睡魔が無視できなくなってくる。
 作業能率の低下は、この頃になると避けられない。

「マスター。一度、引いた方が良い」

 セイバーが今日初めて口を開く。

「……そうですね」

 キャスターを見ると、手のひらを上にして、どうぞ、と促していた。

「……いえ、まだ日もあります。休息の時間はまた後で取れるでしょう。今は、極限まで体力を尽くしたい」
「……マスターがそう言うのなら」

 セイバーとの会話を皮切りに、気分を一新させて作業に臨む。

 今の所、プログラムに付け入る隙はなかった。完全無欠の城塞だ。
もしかしたら、脆い場所などないのかもしれない。気の遠い作業をしていると、そんな風にも思ってしまう。

 本当に大変な事になったな、と思う。これでは、自分の境遇に絶望を思う暇もない。望んでいたことではあるものの、生を謳歌するどころでもなかった。
 作業を続けていると、まるで自分が機械になったかのような気がしてくる。作業に集中するには、自分の人間である部分が邪魔で、排斥対象になるのだ。
 考える余分など要らない。ただ、淀みを見逃さないように、ムーンセルよりも完璧な精度を目指す。そう考えると、本当に無謀なことだ。
 キャスターの改編には、必ず粗があるだろう。英霊とて人間だ。無欠な人間などあり得ない。

 そう思わなければ、立ち向かう気力も失う。





<残り三日 夜>




 頭痛がする。
 額に手を当てると酷く熱かった。瞼の裏に情報の海が見える。
 さすがに頃合いか、と思って、セイバーに声をかけようとすると、突然、血の気が引いて行くのを感じ、さらに、身体が動かせない事に気が付いた。

「っ―――セイバ……」声をだした途端に眩暈に襲われる。
「マスター!」

 駆け寄ってくる。それに安心して、意識を手放した。




<残り二日 morning>




 覚醒しなければならない。
 そう誰かに命令されるがまま、目が覚めた。ベッドの上だ。どうやらセイバーが運んでくれたらしい。

「起きたか、マスター」

 すぐ近くでセイバーの声が聞こえた。頭を動かすと、彼の顔がまつ毛が当たるほど近かったので驚く。

「うわっ」
「のあっ」

 急に起き上がると、彼もつられて驚きの声を上げた。

「お、驚いたなぁ、もう」
「驚いたのは私だ!」

 第一に時刻を確認した。午前五時。短眠にしては、体力が回復しているように感じる。それだけ疲労していたのだろう。

「セイバー、行きましょう」
「……食事は取らないのか?」
「この世界の生命維持には不要ですが」
「ああ、いや……。いいんだ。行こう」

 取りも直さずアリーナへ直行する。教室を出ると、真っすぐに一階の廊下突きあたりを目指す。

「あ、田城ちゃーん」

 声をかけられたので振り返ると、柴木とチャールズの二人組がいた。早朝の散歩。これから自動販売機に向かうのだろう。

「ああ、なんだ、柴木ですか」
「……ん? 田城ちゃん?」

 どういうわけか覗きこんでくる柴木。

「目の下の隈が酷いな。大丈夫か?」
「活動に支障はありません」
「柴木くん。どうやら、田城くんは忙しいようだ。邪魔をしてはいかんな」
「あ、そうなん? 悪いな。じゃ、無理するな、とは言わないぜ。無理して勝てるなら安いもんだ」
「有用なアドバイスをありがとうございます。では、これで」
「君の対戦相手には興味があるんだが……、それは次の機会にでも話して貰おう。では、健闘を祈る」

 彼らとは話もほどほどにして、別れた。

 一分一秒も惜しい。あの壁が期間内に突破できなければ、トリガーを揃えることはできない。つまり、戦わずして負けてしまうことになる。
 そんな末路は自分も、セイバーも納得できないだろう。一回戦でセイバーは力を示してくれた。次は自分の番なのだと思う。
 捧げられた剣には報いなければならない。それは、王足り得ない自分でも、彼を従える上で満たさなければならない条件だ。

 そして、アリーナへの扉を開く。

 環境はがらりと変わり、本で埋め尽くされたフィールドへと変わる。
 色とりどりの表紙の本が収められた本棚に囲まれた、第二の迷宮。以前も含めれば、これは相手のサーヴァントに対応しているのだと分かる。
 どういった意図で、条件で、反映されるのかは分からない。いずれ、自分のセイバーに則した装飾も成されるのかもしれない。

 目の前には依然として壁があり、キャスターがいる。課題は残り、今も解かれるのを待っている。

「おや、意外と早い帰還だったね。体調は万全なのかい?」
「はい。もうすぐ終わるでしょう」キャスターの質問に答えた。
「残り、43時間を切っている。精々、急ぐことだね」

 セイバー共に、定位置に着き、攻略を再開する。作業進捗率は、全体の四割程度。巧妙に隠された癖も読めてきて、思っていたよりも捜索範囲を絞ることが出来た。
 これなら間に合うかもしれない。公算は再計算された所、77パーセント。上昇傾向にあるから、実際はもっと上である可能性がある。

「……落ち着いて来たな。これは、そろそろ退散も視野入れなければならないかもしれないか」

 壁を突破した瞬間、セイバーは指示されるまでもなく、この男を斬り殺す為に動くだろう。

「貴方がこの場に居なくても、この壁は残るようですね」
「そうだね。ずっと放っておけば、さすがにムーンセルが修正を施すだろうけれど。
それにしても、セイバーのマスター。言葉を交わす余裕も出来たのかい?」

 ずっと同じことをしていた所為か、慣れて来たのだろう。片手間に話す分なら可能だった。

「おかげさまで。こうして解析するのも勉強になっていますよ。その書の著者には素直に畏敬の念を覚えます」
「それはどうも……。セイバー。君のマスターは非常に優秀だよ。良かったじゃないか。頼りになる相棒で。他の凡庸なマスターではこうはいかないだろう」
「……」
「無口だね。じゃあ、勝手に喋らせてもらおうかな。僕なりに、君の正体を類推して見たんだ」

 キャスターは頼んでもいないのに喋り始める。

「君のクラスはセイバーだ。これは動かない。君の剣劇は嫌というほど間近で見たからね。
 そして、セイバーのクラスは、優秀なサーヴァントも多いが、逆に、真名がばれ易い傾向にある。これはシンボルがその剣である以上、戦いに使わないという選択肢はないからだろう。
 従って、セイバーを前にして注目するべきは、その剣だ。言うまでもないかな」

 キャスターはセイバーの持つ剣を指した。

「見たところ、立派な剣だが、内在する神秘はキャスターである僕にしてもそれほど脅威ではなさそうだ。
問題なのは、それに付随する、呪いだろう。こちらは、キャスターである僕にしても、脅威である」

 呪い。それは初耳だった。

「酷く陰惨な術だとは分かるが……、具体的な効果の程は分からない。僕の目はそれなりに“良く見える”んだが、それが人の手による呪いではないとなると、例えば精霊の類が使う術は理解できない。
 逆に言えば、人が使う呪ではないということ。どちらにしろ、耐久力のない僕には関係のない話しだろうか」

 アーサー王は呪われた剣など好んで使いはしないだろう。なんとなく感づいていたことでもある。彼が、アーサー王ではないということは。

「呪われた剣。それも星の数ほどありそうだ。けれど、君の格好から、時代考証と地域を特定して考えるに、呪われた剣を持つ英霊はそう多くない。
 円卓の騎士の中で、魔剣を持つ者は、二人。或いは三人」

 二人、三人と指を立てて見せるキャスター。

「この剣は、ベイリン卿の持つ不幸の剣には遠く及ばない」

 セイバーが呟いた。すると、キャスターは中指と薬指を落とす。

「なるほど。では、該当するのは一人だ。彼なら、持っていても不思議ではない」
「……しかし、キャスター。何もお前だけが、真名を得たわけではないぞ」

 彼も、いつの間にか調査していたのか言い返す。あるとすれば、自分が眠っていた時しかない。こちらが動けないだろうと察して真名の調査を買って出てくれたのだろう。

「ステガノグラフィア。この書は早々に禁忌目録に登録されてしまっている。
その書が当時、閲覧可能だったのは、マスターも言っていた、執筆者であるヨハンネス・トリテミウス。そして、彼の門下であった数人だけだ。
 その中には、かのパラケルススもいるが、もっとお前に似合いの名前がある」
「拝聴しよう」
「コルネリウス・アグリッパ・フォン・ネッテスハイム」

 それは純正の魔術師の名前。

「なるほど。しかし、似合いとは、音の響きから私を特定した訳か」
「名は正直だ。勘といえども、馬鹿には出来ない」
「この戦争風に言うなら、君は幸運値が高いのかな?」
「認めたな?」
「君が君の名を認める程度には」

 セイバーの名は、まだこの場では告げられていない。言うまでもない、ということなのか。
 彼が名を偽った事の追求は後にしよう。まず、片付けなければならない仕事を終わらせるべきだ。勝ち残れば、話しあう時間なんて幾らでも融通できるのだから。

「しかし、君が僕の名を知った所で、あまり役には立たないんじゃないかな。
なんと言っても、僕は魔術師風情だし。君たち英霊となんて戦えるわけがない。初めから勝負は決まったような物だ」
「そのキャスター風情が、一回戦を突破している。侮ることは出来ない」
「やれやれ。買い被りだよ。僕の一回戦の相手は勝手に自滅したんだから」
「自滅させたのだろう? 戦果を小さくすることは、相手を侮辱することと同じことだ。覚えておけ」
「いや、だから、僕は魔術師……、いや、うん。分かったよ」

 キャスターは押しに弱い性格のようだ。マスターとの関係も彼には主導権がないようだし、自分の力に自信がないからか弱音も平気に口にする。

 全てが彼の演技である可能性も無きにしも非ず。

 だが、疑うばかりでは何も答えは出せない。
 キャスターの分析はセイバーに譲るとして、真名の事もとりあえず免じてやることにして、そして、ステガノグラフィアに結集された叡知に敬意を表して、……目を閉じて集中することにしよう。




<残り二日 day time>




「キャスタぁー? まだ終わらないの?」

 時計の針が短針長針共に12を示した頃、キャスターのマスターが、まさに遊びに来たという風情で現れた。

「終わらない。悪いけど、我慢してくれないか」
「もう探検は飽きちゃったよ。することないし」
「教会でお祈りは?」
「あのお人形さんがいるところ? うーん、いや。キャスターと一緒が良い」
「飽きてしまったのなら仕方がない。くれぐれも内緒のことは喋らないように」
「はーい」

 目を開くと、微笑ましい彼らの姿が見える。まるで兄と妹のやり取りのように、彼らの間にある空気は優しいものだった。

「お話はまだある?」
「うーん。全て出尽くしてしまったかな。学校に図書館があっただろう? 物語が見たいならあそこへ行くと良いよ」
「一緒に着いて来てくれる?」
「いや、それは出来ないかな」
「じゃあ嫌!」
「さて、なら、どうしようか……。あっ。そういえば、物語ならここにもあったな」

 キャスターはこちらを見て、何かに気が付いたようだった。

「史実とは違うのだろうが、勘弁してもらおう。
 この話の題名は、アーサー王物語。ある一人の王の誕生から、死までを追った物語。
 魔術師というのは、やはりこうでなくてはね。同業者に対しては遠大な皮肉を言い合って口喧嘩をするのが習わしなのさ」




<残り二日 nighttime>




「王はそして、一人、また一人と自分の騎士を失って行きました。

 アーサーは果敢に戦い、味方の劣勢に駆けつけては、盛り返しますが、それでも味方は消耗し、ついに彼の円卓の騎士たちも死んでしまいます。

 彼は嘆き悲しみました。こんなに時に、ガウェイン卿が、いや、ランスロット卿が居れば……。しかし、彼らは王の窮地にも駆けつけることは出来ません。ガウェインは死に、ランスロットは未だ遠い地にいます。

 そして味方の消耗は遂に抑えきれるものではなくなり、戦争が終着に落ち着く頃には、アーサーの周りには、円卓の騎士のルーカン卿とベディヴィア卿の二人しか残っていませんでした。

 アーサーは満身創痍で、剣を地に突き立てて何とか立ち上がっています。そして、顔を上げて気が付くと、アーサーの周囲には、屍の山が築き上げられ、優れた景色と名高いカムランの丘の様子はおどろおどろしいものに一変していました。

 それを見たアーサーは自分の罪を目の前に晒されたような気持ちになります。

 なぜ、自分はランスロットを許すことが出来なかったのか。なぜ、自分は騎士たちの心を一つにしておけなかったのか。

 無用な血が流れすぎた。これは全て、自身の責任なのではないか、と。

 そんな自責の念に押しつぶされている所に、アーサーの目に、丘に立つ、自分たち以外の生存者が目に入りました。

 彼こそ、モードレッド卿であり、この反乱の首謀者。アーサーと同様に奇跡的に、彼も生き残っていたのです。

 アーサーは憤りました。モードレッドこそ発端であると。怒りに任せて斬りかかろうとした所、生き残った円卓の騎士の一人、ルーカン卿がアーサー王を諌めます。

 彼は一人。そして我々は三人。無理に今戦わなくても、後に戦えば勝つのは我々だ、と。

 ルーカンはアーサー以上に疲労し、ベディヴィアも今すぐ動けない様子です。アーサーも理性では、その言葉が理にかなっていると分かっていましたが、胸に巣くう悲しみで判断を誤り、憎しみに任せて、ルーカンの拘束を振りほどきました。

 ルーカンは、不幸な事に、そのまま地に倒れて死んでしまいます。彼は命の危険に至るほど疲労し、死の崖の縁に足をかけていたのです。アーサーが振りほどいた折に、ついにルーカンの心臓は鼓動を止めてしまいました。

 王は彼の死にも気付かず、モードレッドの元へ走ります。

 モードレッドもアーサーの接近に気がつき、剣を構え、アーサーと相対しました。

 それから始まる、この戦争最後の決闘。アーサーは槍を持ち、モードレッドは剣をとる。

 共に極限まで疲労している彼らの剣戟は、これまで行われた騎士たちの戦いの中で、もっとも冗長で、それでいて双方の憎しみの渦巻く苛烈な死のやり取りでした。

 怒りに駆られたアーサーが初めから優勢で、そのままに、モードレッドの急所目がけて槍で串刺しにし、最終的に、戦いはアーサーの勝利となります。

 モードレッドは無念に思い、それでも、これで最後と、渾身の力を振り絞ってアーサーを斬りつけました。

 その傷は……。って寝てしまってるね。マスター」







[25638] タイムリミット
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/16 21:32




<残り一日 MORNING>




 残りの体力に気を使いながら、なんとか、解析を続けていた。

 未だ雲を掴むようなような物だが、進むうちに、だんだんと形になっているような気がする。
 残り時間は、あと19時間。暗号鍵を探索する時間も含めれば、最低でも17時間。明確なアウトラインが見えてきて、自ずと緊張感も増し、自分が勝敗の命運を担っていると強く感じる。

「そろそろ、終わりが見えて来た。
 さて、君は、本当にこの壁を突破できるのだろうか?
 もしかしたら、攻略方法を間違えてはいないだろうか?
 そんな不安が、少なからずあるはずだよね」

 キャスターが囀る。相手はこんな調子で、こちらの集中力を削ぐためか、時々口を開いている。

「不安は不安になる。さらなる不安を呼び起こす呼び水となる。連鎖的に、ドミノ倒しに、思索は進み、最後に思い至るのは自分の死だ。
 これは、この戦争でなくても言えることだろう。僕らの不安は、僕らの大切な物に直結している。大切な物があるからこそ、人は不安になり、臆病になり、他人を傷つける。
 悲しいかな。悲しくもないかな。僕ら人間は、何処へ行っても正直で、笑顔の裏を探ることは意外と容易いことで、そして一瞬の錯覚によって思い込み、間違えてしまう生き物だ」

 彼の言葉の響きは、不思議とあまり考えずとも意味が受け取れてしまう。意志伝達の為に魔術も使っているのかもしれない。

「ああ、本当に、どうしたものか。どうしようもない。
 付ける薬なんてない。直せない傷はある。自分でも気が付かない自傷。無意識に爪は、己の肌を斬り裂き、心を変形させて、異質な物に憧れさせて、純粋な物を忘れてしまう。
 人類の忘却は、いつしか創造を凌駕してしまうのだろうか?
 たぶん、その時は来るだろう。おそらく、その時は今ではないけれど、崩壊の前兆は目に見えている。
 さあ、不吉な想像をしよう。光に群がる虫のように炎で身を焦がそう。それを灯りとしなければ、僕らの目には暗闇しか映らないのだから」

 彼の言葉は、するすると心の奥に入り込み、その中で黒いわだかまりを産む。
 しかし、彼の言っている物は人間の悩みであり、自分のような存在が持つ悩みではない。

「……うん。言霊というのは難しいな。師が得意としていたんが、教えられたように上手くはいかない」

 砂場も残り少なくなっていた。砂金は見つからずとも、このからくりを解く予兆を自分は感じつつある。

「上手く進んでいるようだね。忌々しいことだ。僕のマスターは、10にも満たない年なんだが、勝ちを譲ってくれないかな?」
「10年なら、自分の方が年下です」
「え? 本当かい? もしかして、アバターって奴かな? 今見える君は、本当の君ではないと?」

 答える義務はないだろう。答えたくもない質問だ。

「そうか……。同情を引いて、どうにかなるとは思ってはいなかったが、知っておくべきことだったかもしれないな。君は幾つなんだい? 大人びて見えたから、分からなかったよ」
「意識を得てから、三年が経過しています」
「三才? それは無理があるんじゃないかな……」

 詳細を話す義務もなければ、話したくもない話。自分についての話は特にそう。

「しかし、君の心が僕には及び付かない、ということは事実だ。
 言霊は通用していないみたいだし、その集中力も人間離れしているし、どこか機械的だ。これは想像だが、何か、精神の成長を促す機械のような物が、現代にはあるのかな?」

 キャスターが想像している物に、自分は一年間繋がれていた。

「うすら寒い想像だね。全く。僕の方が怖くなってしまったよ。無意識とは言え、呪詛返しなんて、君の魔術師としての力量は本当に凄いな。
 僕は弟子を何人か取っていたが、君ほどの才気を感じた人間はいないよ。まあ、同門のパラケルくんには僕も君も及ばないだろうけどさ」

「天才という存在には本当に驚くよ。君は見たことがあるかい?
 彼らはだいたい、君のように異なる価値観を抱いている。けれど、それは決して歪んだ物ではないんだ。純粋で、切なる望みが込められている。彼らの中には貴さがあるんだよ。
 美しい物を内に飼っているから、美しい物が生み出せるんだろうね。素直に羨ましく思える。僕が生涯手に入れようとして、手にいれられなかったものだ。
 うん。才能なんて、聖杯のようなものさ。
 アーサー王物語にも探索の話があったよね。あれは、ガラハッド以外の騎士は、皆諦めるべきだったんだよ。それが賢い選択だった。そう思わないかい? そこの騎士よ」

 ここに来て、キャスターの口数が増えていた。一緒に居て気慣れしたのか、それとも、焦ってきているのか。

「探索に参加していた騎士たちは、皆が失敗を笑い話にするか、己の教訓にしていた。お前の賢い選択とやらが、正解とは思えないな」
「なるほど。それも貴いな。さすがお伽噺だよ」

 キャスターの言う、迂遠な皮肉とやらがその場に響いた。




<残り一日 MIDDAY>




 ……解析が終了する。

 まだ目を開けるな。

 油断させろ。そのまま、気付かれるな。自分は、まだ作業を続けている、と思わせろ。

 一秒未満の猶予。セイバーが応えてくれるかどうか。

 タイミングなんて計れない。声をかける訳にはいかない。

 呼吸は乱さず。表情も変えずに。

 チャンスを、待つ? 自分は急いでいたのではなかったか?

「あと、7時か」
「セイバー!」

 キャスターの声が響いた間際、叫んでいた。瞬間、隔たれていた壁は取り払われ、キャスターの守りはなくなる。

 セイバーはこちらの期待を十二分に答えてくれた。障壁が消えると同時に突貫。タイムラグは極小。

 タイミングは完璧だ。セイバーの剣はキャスターに肉薄し、そして、相手が避ける間もなく、その首を刎ねる。

 彼の首は吹き飛び、足元に転がった。

「……怖い怖い」

 跳ねられた生首が唇を歪めて喋る。良く見れば、血も出ていない。

 フェイクだ。

「いつの間に、すり替わっていたんです?」

 生首に向かって問いかける。セイバーが斬り伏せたのは人形だった。

「君たちが一度アリーナを出た時だよ。万が一の備えだったんダが、その判断が首の皮一枚繋いだわけだ。……この人形はご覧ノ有様だが」

 首の断面は、機械的な組成だった。高度な魔術は機械に似るらしい。

「人形師だったんですか」
「いヤ、とても本職には敵わないよ。手足はあまり動かセナいし、喋ルだけデも大変ダ。こウシて使うぐらイしカ、役ニ立たナイネ。ほとンどハリボテだヨ。恥ずカシいカらアまリ見ないデ欲しイ」

 見るな、と言われて見ないわけにはいかない。表面的には本物にしか見えなかった。

「―――アまり、長く動かしてハいラレないヨウだ。頭ト胴体ノ構造は切リ離されてイルが、衝撃デ行かレてしまっタらシイ。
 サイゴに、コレだけハ言っテオクよ。オメデトウ」

 それきり、キャスターの首は沈黙した。

「マスター。あまりぐずぐずしていられない」

セイバーが急かす。彼の言う通り、急いでトリガーを取得しなければならなかった。

「貧血気味なんですが、仕方ないですよね……」




<残り一日 NIGHT>




 本棚の迷宮を踏破した。道中を走ってきたので、息が切れている。こういう時に、ムーンセルの再現性には苦労させられる。
 最後の通路に差し掛かると、道端に本が一冊落ちていた。拾い、開くと、栞のようにトリガーが挟まっている。

 間に合った……。

 本当に疲れた。

「マスター。早く帰って、出来るだけ長く休もう」
「……そうですね」

 帰還のターミナルは目の前にある。すぐに帰れるだろう。ふと、足を踏み出そうとしたその時、何かを見落としているような気がした。

 顎に手を置く。何かが引っかかっている。

「マスター?」
「……セイバー。先にどうぞ」
「? うん」

 セイバーが踏み出した直後、彼の足もとから紫電が伝わって行く。セイバーの魔力抵抗にマスター殺しの魔術は呆気なく弾かれたが、またしても間一髪だった。

「……そういえば、こういう奴だったな。明日は気を引き締めて行こう」







[25638] 決戦Ⅱ + MATRIX
Name: aosagi◆5e0cab55 ID:b7c96053
Date: 2011/02/16 21:37




<決戦当日>




 人の熱が失われた校内。

 マスター全員が戦いに赴き、NPCもほとんどが撤去されている。

 廊下では自分の足音しか響かないが、孤独ではなかった。幽霊のような奴が背後にいる。

 階段を下りると、普段とは異なる扉があった。鎖で雁字搦めにされたコロシアムの入り口。そして、その扉の前には、いつも教会にいるシスターが戦場への案内を務めている。

「決戦の地へ、ようこそいらっしゃいました」

 何かが稼働しているような異音の中、彼女はこちらを目にするなり言った。いつかと同じように。

「準備が出来たのなら、申しつけください。資格があるのなら決戦への扉を開きましょう」

 準備は出来ている。振り向くと、セイバーも頷いた。満を期して、シスターに二つのトリガーを渡す。
 彼女は扉に渡されたトリガーを嵌める。すると、この防壁だらけの校内に置いて、さらに厳重な封を施していた鎖が解かれる。それに伴い、扉の本当の姿が現れた。

 エレベーターの扉。信号は1を灯し、今の階下を教えている。近づくと、ボタンを押すまでもなく道を開けた。
 そして静寂に包まれた校舎を後にする。見送りの一つもない呆気のないものだったが、適切な緊張感を保って戦いに赴ける。ここが殺し合いの施設だと思い出すことが出来た。
 エレベーターの扉が閉まる。慣れ親しんだ校舎とは少しのお別れ。それとも永遠の別れ。

 下へ移送されるのに伴い、一つの隔壁を挟んでこれから戦う相手が現れた。

「……」
「……」

 いつものようにお喋りではないキャスター。隣に佇むマスターと共に無言で、セイバーもわざわざ話しかけるようなことはせず、自分も声を出さなければ全くの無声だった。
 音はエレベーターの稼働音のみ。足元から伝わる振動は、自分たちを閉じ込めている箱が緩やかに下降していることを示している。

 ただ落ちて行く。

 ここまま何もきっかけがなかったら、ずっと会話もないまま、最下層へ到着してしまうのではないかと危惧を抱いた。
 いや、そもそも、これが正しい有り様なのでないか。これから殺す相手に、語ることなど何もありはしない。
 ずっと無言のままだと思っていた。だから、彼女が声を出した時、自分は軽く驚いてしまった。

「ねぇ……。キャスター。大丈夫なの? 本当に?」
「……」

 キャスターは一拍を置く。彼なりの葛藤があったのだろうと思う。

「嘘をつかないで、本当の事を言うよ。今回の戦い、絶対に勝てるとは言えない。勝率は良くないよ」
「え……?」

 アロハシャツを羽織った少女の顔は悲しそうに歪む。彼女の両手は、自分の着ているシャツの裾をぎゅっと掴み、その内心を現していた。

「勝てるかどうか、分からないんだ」
「死んじゃうの?」

 少女は涙を浮かべて、キャスターを見上げた。

「負けたら、死ぬだろう。その事は、君も良く知っていると思う」
「ま、負けないよね?」
「……負けたくはない」
「約束してよ!!!」

 切実な叫びだった。

 その声を自分たちは無感動に聞いている。今この場で、一番罪深いの自分たちなのだろうか。そんな罪悪感を封じ込めて。

「マスターは、後悔をしたことがあるかい?」
「え?」
「なんでも良い。もっと早起きすれば良かった、とか、あの人には心ないことを言ってしまった、とか」
「……うん。あるよ」
「後悔、したくはないだろう?」
「うん……」
「なら、やることは決まっているさ。
ほら、マスターはあれが得意じゃないか。君も僕を助けてくれよ。そうすれば、きっと勝てる、が、まあ勝てるだろ、くらいには変わるだろうからさ」
「そう、だよね。キャスターばっかりに、任せちゃ、いけない、から」

 彼女が決意している間に、エレベーターは到着した。それまで続いていた震動が止まり、出入り口が開く。戦場への道は開かれた。

「よーし! それじゃあ、16号さん! 負けないから!」

 少女は自身を鼓舞するように言って、一目散に飛び出して行った。

「……」

 キャスターも無言で彼女の後を追う。

「マスター」
「最善を尽くしましょう」

 一言だけ言葉を交わし、決戦の地を踏んだ。




<決戦 Ⅱ>




 キャスターの真名は、コルネリウス・アグリッパ・ネッテスハイム、という可能性が高い。

 15、16世紀の魔術師。まだ世界にマナが満ち、魔女狩りも横行して、神秘が人々の近い所にあった時代。魔術理論はまだ成熟しておらず、体系を築くパラケルススもキャスターとは同時期の魔術師である。

 現代では、その時期には見られなかった高度な魔術も存在している。しかし、失われた魔術もまた存在しているだろう。過去の人間だからと言って、優劣を簡単に付けることは出来ない。
そもそも、魔術とは時を経るごとに劣化する物。マナすら枯渇してしまった現代。むしろ、侮られて然るべきは自分たちの方ではないのか。

 卓越した魔術師としての箔だが、この聖杯戦争では薄っぺらなものだった。彼はキャスターに過ぎないのだ。戦争のルールの中では、残念ながら術者は冷遇されている。

 文字通り一番の壁だった“ステガノグラフィア”による障壁は突破している。山は越えたと見るべきか、と油断してしまう己が大敵か。

 今回の戦場は、図書館のエントランスだった。
 通常よりも広く、豪華だ。頭上の高い所にはシャンデリラが吊るされ、周囲には本の園に向かう階段が幾つも上に伸びている。

 一回戦とは違い、建物の中であり、壁は重厚な石で積み上げられ、図書館という場所の性質か、日光が避けられている構造は圧迫感があり、この場にいる人物の顔に影を作っている。

「この時は、月によって約束されていた」

 対峙し、まず一声を放ったのはキャスター。

「神が予言する終末よりも早く、我らの片方は死ぬというのは確実性に富んだ運命だった。
そして今、月の為の舞台は整えられた。後は、我ら演者が観客に応えるだけ」

「前口上はそれで良いか?」

 セイバーがキャスターの声を遮る。

「……悪かったね。演出が足りないと思ったんで、適当に謳ってみたんだよ。やはりこういうのは騎士様の領分か」

「マスター。命令を」

 開戦の合図を。そうセイバーは言う。

 キャスターのマスターを見た。クラスターAという訳のわからない名前の、ぶかぶかのアロハシャツを着ている彼女は、何処にでもいる少女のように見える。
 一般人のような彼女が聖杯戦争に参加している違和感。そんな物については、今更考えるべきではないのだろう。

 敵である。彼女は自己保身の為に殺さなければならない。それは分かっている。

 躊躇する自分。人並みの良心があったことに驚いた。そして、これからそのちっぽけな優しさを切り捨てなければならない事に全く抵抗がない自分が、相反する属性で、良心の存在が錯覚だったのか、それとも本当にあったのか、を否定し肯定する矛盾の中にいることを自覚する。
 要するに混乱していた。けれども復帰に、時は置かなかった。

 さあ、自分に引導を渡してやろう。

「セイバー。戦闘を開始してください」

 戦いの火ぶたを切ってやる。同時に何かを失ったような気がした。

 損失は勝利によって埋まるだろう。

 セイバーは突貫する。無防備に立っているキャスターに向かって、光で軌跡を描くほど速い疾走。
 瞬きの間に距離は零となり、肉薄し、その剣が振りかぶられた。そうやって現状を追う事も、剣が振り切られた後に付け足すしかないほど、戦況は加速する。
 しかし、今回は十分に認識が出来るほどの余裕があった。なぜなら、セイバーの剣は止まっている。ステガノグラフィアが生み出す見えない障壁によって。

 自分の出番だ、と自覚するまでもなく、その壁に向かって手を伸ばし、彼の権能を剥奪する。

 解かれる壁。再び斬ろうとするセイバー。それが自分たちの手番。そして、その間、キャスターは……。

「オマエの出番だ」

 “ステガノグラフィア”と表紙を飾っている本を無造作に自身の足元に投げ捨てる。本は、キャスターの手酷い扱いによって、地面に落ち、そして無造作に章を広げた。
 瞬間。

 黒い真円の影がポツリと地面に染みを作る。

 ―――セイバーの剣が迫る。彼の行為を遮る物はもうない。

 ―――セイバーの剣が迫る。黒い影がずるりと動いた。

 キャスターとセイバーの間に、地面に投射された影が割り込む。そして、地面から上に向かって、コンマ一秒前後にも兆候がないまま、それは現れた。
 筋骨隆々とした人型の影。腰から下がなく、上半身だけの影の魔物。それがセイバーの剣を受け止めていた。

 再び宙に止まる剣先。

「……あれほど簡単に障壁を破られるとは」

 黒い影から立体化したモノは、キャスターの使い魔か。
強力な使い魔がいたから、クラスターAはキャスターの手を借りずともアリーナを探索出来たのだろう。

 セイバーが動く。剣を受け止める影に、一度引いて、後に影の為の一撃を放つ。刃は容易に、影から実体化した身体を斬り裂いた。

 真っ二つに割れる影の魔物。そして、そのまま無力化、されるわけもなく、断面に沿って二つは吸着した。
 すっかり元通りになる魔人。ダメージは、通っている様子ではない。

「それじゃ、マスター。セイバーの相手を」
「りょうかいっ!」

 クラスターAが、跳ねるように走ってキャスターと位置を交換した。セイバーは追い縋ろうとするが、再び黒い影が邪魔をする。
 今度は細切れになるほど斬り裂いた。けれども、一瞬で元通りになり、自身に危害を加えるセイバーの腕を掴む。逃がす気はない、という意志が影の魔人から感じられた。

「逃がさないよ!」

 少女が影を操っているらしい。セイバーは鬱陶しげに掴まれた腕を斬り裂くが、影は腕を増やしてセイバーに抵抗する。

「―――このっ!」

 セイバーを無力化し、そして、狙いは……。

「狙いは君だ。セイバーのマスター」

 キャスターが手に炎を灯す。威力のありそうな炎だが、そんな魔術はセイバーには通用しないだろう。しかし、自分を殺すには十分な威力。

「チェックメイトだ。マスターはサーヴァントには敵わない。不可逆の関係だね」

 その通りだ。
 イレギュラーがない限り、その関係性は崩れないし、現時点、キャスターと自分との力の差を覆すような要素はない。

「……ステガノグラフィアが貴方の宝具ではなかったんですか?」

 無造作に捨てられた本を見て言う。

「あの書の全ては、この頭の中に入っている。本は単なる本でしかない」

 そう言って頭を指すキャスター。
 医学、法律、神学、語学を収めた天才。語学については、十カ国以上の言葉の読み書きが出来たとされている。彼にしてみれば、本を一冊、暗記する程度わけがない。

 状況を整理する。セイバーは拘束され身動きが出来ない。その拘束にはマスターが担当し、キャスターは完全に自由となる。そして、そのキャスターが自身に牙を剥こうとしている。

 相手にしてみれば、これが必勝の形。

「システムに侵される以前に、ここで君は終わりだ。塵も残らないだろう」

 キャスターの魔術に、自分は対抗する術がない。力量は天と地ほど離れている。

 しかし―――

「そうだな。一つ手段が残っている」

 なぜ、態々、いや、悩んでいる時間はない。今にも炎はこの身を焼きつくそうとしているのだから。

「セイバー! ここへ!」

 令呪の一つを紐解く。セイバーを拘束していた影は、空気を掴み、そして強制移動を果たしたセイバーがキャスターの放った炎の壁となる。

 間一髪。令呪を一つ失った代わりに、生存を果たした。

 セイバーは逆襲に向かおうとするが、キャスターの前に影の使い魔が立ちはだかる。たたらを踏んで、その場に留まった。

「セイバー」
「分かっているっ。令呪は後二回……」

 迂闊に踏み込めば、再び捕らえられることになるだろう。そうなれば二つ目の令呪を使う事になる。そして三度目はない。

 ステガノグラフィアによる防壁以上に厄介な使い魔だった。サーヴァントを拘束するほどの力があるというのは尋常ではないだろう。ともすれば、それはサーヴァント並みの使い魔という事ではないのだろうか。
もしかしたら、使い魔自体が宝具なのかもしれない。

「……どうする?」

 セイバーが敵を見据えながら呟いた。

 どうする? 自身にも同じように問いかける。
 一番の問題は、明白だ。あの、影で出来た魔人。影だからなのか、移動が速く、隙を突いてキャスターに剣を届かせることが出来ない。何よりも再生能力が厄介だ。
 実体化していながら、破壊できない、というのは反則に近いだろう。何かカラクリがあるはずだった。

 戦場を観察して、そのカラクリを解くのも良いだろう。けれど、そんな悠長に構えていたらまた一つ令呪消費するかもしれない。

「セイバー」
「もう、隠している意味がないか……」

 呼んだだけで通じたのか、セイバーは呪われた剣から、黄金の剣へと換装する。抜けば終わる、と彼が言った宝具。その力、偽りかどうか今見せてもらおう。

「派手に魔力を使う」
「遠慮なく」
「では、最速で振り切ろう」

 厳かに振りかぶった。異様な魔力の収束に、キャスター陣営は影の魔人を突撃させる。

「両断せよ! マルミアドワーズ!」




















<MATRIX Ⅱ>




クラス キャスター
マスター クラスターA
真名  コルネリウス・アグリッパ・フォン・ネッテスハイム

人文主義者、神学者、法律家、軍人、医師、そして魔術師と、多才な人物。

マーシャルアーツ D  現代の基準から見て優秀な部類。
医学 C  現代の基準から見て優秀な部類。専門分野であればオペが可能。
法律知識 D  自国の法律を暗記している。弁論も巧み。
魔術 B  カバラを修めている。
神学 A  人文主義者としての立場から一家言あるようだ。
語学 B  十数カ国の言語を扱える。
魔眼 C  魔術師として常識の範囲内のランク。見えない物が見える。


宝具




 ステガノグラフィア/魔人の書

 ステガノグラフィアは暗号作成のツールだが、その内容は彼の頭脳の中にあり、用は成さない。この書はそのタイトルに偽装されている。
 魔人を呼ぶ本。
 かつて、この本を使ってしまった彼の弟子が、魔人を支配出来ずに殺されてしまった逸話がある。その折に、彼はこの書を正しく使い、弟子の死を自然死に偽装したという。
 発動には、これを投げ捨てなければならず、この書が遺失すれば魔人も消滅する。

 蒼崎橙子の投影の使い魔とはほぼ同じ機構。彼の子孫からすれば、先祖がこのような手段を使うとは盛大な皮肉と感じるかもしれない。


 使い魔・影の魔人


 概念武装を実装した使い魔。魔術抵抗を無視できる擬似サーヴァント。その他に、人間の身体を支配する能力がある。







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