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[25786] 普通の先生が頑張ります (オリ主物、戦闘は少ないと思います
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/02 22:11

みなさん、初めまして。
今まで読む専門でしたが、自分なりにSSを書いてみたいと思い、書いてみました。
えー、なにぶん、慣れないもので
駄目な所とか、こうしたら読みやすいという意見がありましたら
ご意見のほどよろしくお願いいたします。

開始はネギが麻帆良に来る一月前からです。しばらく主人公でてきません。
オリ主モノで、あんまり戦闘とかは書けないと思うのでジャンルはほのぼのになると思います。

それでは、よろしければ読んで下さいorz



[25786] 普通の先生が頑張ります 0話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/02 22:15

 子供の頃、夢見たのモノがある。
 野球選手だったり、サッカー選手だったり、宇宙飛行機だったり、お菓子屋だったり、パン屋だったり。
 その夢が、俺は教師だった。
 だから、教師になった。教師に、なれた。
 小学校の頃の6年は、全員が男の先生だった。
 だからこそ、強く覚えているのかもしれない。


 ――ああ、こういう先生になりたいな、って。



「高畑先生」

「ん?」

 俺の先を歩いていた先輩に声を掛け、その隣に並ぶ。

「今日でもう1週間なんですが、どうしましょうか?」

「ああ――ああ、そうだねぇ」

 そう言って、先輩はいつも彼女の事になると困った顔をする。
 サボりの常習犯、というよりもここまで来ると不登校に近いのかもしれない。
 一応、朝一で登校してきてはいるようだけど、すぐ帰ってるし。
 何がしたいのかは良く判らん。
 そして、その事について先輩どころか、学園側からも何も言わないし。

「自宅に訪問とかは、しなくて良いんですか?」

「うーん、一応、声は掛けてるんだけど」

 そうなんですか、と一言。
 黙認されている、というのはこの1年少しでよく判っている。
 が、それを認める事は――したくない、と思う。
 クラス名簿を左手に、空いた手で頭を掻く。
 どうしたものか、と。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
 ここ1週間、全く顔を見ていない生徒を思い出す。
 ……まぁ、真面目そうな少女ではない、な。

「あの子にも少し、事情があってね」

「はぁ」

 この話はここまで、とその足が止まる。
 2-A、自分たちが担当する教室である。
 毎回、こうやって話止まるよなぁ。
 どうしたもんか。
 そのまま、教室のドアを開け、その後ろについて行くように中に入ると

「おはようございますっ、高畑先生!」

 と、まず最初に元気な少女――神楽坂明日菜の声。
 それに続くように、少女たちの声が響き、それが終わると俺と先輩が「おはよう」と挨拶をする。
 毎日の光景……そこに、もうひとつ。

「お、今日はちゃんと登校してきたか。えらいぞ、マクダウェル」

「ふん」

 金髪の少女は、今日はちゃんと登校してきていた。
 ふぅ、良かった良かった。

(今日はちゃんと来たようだよ)

(はい――このまま、続いてくれると良いんですが)

 難しいだろうなぁ、と。
 高畑先生は苦笑いし――多分、俺も。

「それじゃ、点呼とるぞー」

 クラス名簿を広げ、出席番号順に名前を呼んで行く。
 こうやって、俺の1日は始まる。







「来月からでしたっけ? 新しい先生が来るって言うのは?」

「ああ、確かその通り――だったっけ?」

「来月の頭にですよ、弐集院先生」

 昼休み、職員室で他の先生方とテーブルを囲みながら、コンビニの弁当を食べる。
 一人暮らしの独身なのだ。しょうがない。ちなみに、周りの皆さんは弁当の前に手作りだったり愛妻だったり別の単語が付いていたりする。
 ……そう考えると、余計に昼がわびしく感じるので、あまり気にしないようにしてます。

「イギリスか、どっかからじゃなかったですか?」

「そうそう……良く覚えてるね、君」

 いや、普通覚えてるでしょ。
 そう顔には出さないように、少し苦笑い。
 でもまぁ、まだまだ先の話だしどーでも良いっては思うけど。

「たしか、2-Aの担任になるんでしょう?」

「ええ、高畑先生と入れ替わりらしいですね」

 つまり、副担任である俺はそのままという事だ。
 ……軽く、溜息が出そうである。
 あの面子を高畑先生抜きでとか。

「優秀な先生のようですし、大丈夫ですよ、きっと」

 とは源先生。
 はぁ、良いですよね、源先生のクラスは成績も評価も良くて。
 ウチはどっちもだからなぁ……。

「どうして学生って勉強嫌いなんですかね?」

「そりゃ、そこに授業があるからさ」

 何という事を言いますか、瀬流彦先生。
 いや、判りますけど。判りますけど……

「そこは言っちゃあならんでしょ、瀬流彦先生」

「はっはっは、でも実際ねぇ」

「私達も、そうでしたからねぇ」

「普通に勉強してれば、それなりの点が取れるはずなんだけどなぁ」

 スイマセン。それなりの点が取れないで。
 はぁ。
 なんでウチのクラス、毎回最下位なんだろ。

「次のテストは、新任の先生が来てからなんでしょう」

「……そう言えば、そうですね」

 次は高畑先生抜きかぁ。
 何とか頑張ってくれないかなぁ。
 特に神楽坂筆頭の5人組。はぁ。

「2-Aはクセのある生徒が多いからね」

「そう言われたら、何も言い返せない……」

「ははは、お詫びにオカズの唐揚げを上げるよ」

「うぅ、ありがとうございます。弐集院先生」

 どうしたものかなぁ。
 教えるだけの授業じゃ、2-Aは次も最下位なんだろうし。
 はぁ。
 コンビニの割り箸って、なんか結構美味くない?

「割り箸を噛むもんじゃないですよ」

「考え事してると、なんか噛んじゃうんですよね」

 爪とか、指とか。
 そんな癖ってありません? と話を振ってみる。

「あー、あるよね」

「その癖治した方が良いと思うよ?」

 同意してくれたのは弐集院先生。
 治す方が良いと言ってくれたのは瀬流彦先生。
 源先生は……苦笑していた。

「子供の頃から、どうにも治らないんですよねぇ」

「ガムとか噛んでると良いらしいよ?」

「そうなんですか?」

 へぇ、それは知らなかった。
 と言うか、

「ガムって噛んでると、何だか間違えて飲み込んでしまったりしません?」

「ああ、あるある」

「いや、無いですよ弐集院先生」

「体に悪いから、それだけは止めておいた方が良いですよ?」

 ちなみに、俺はタバコは吸いません。







 午後から2-Aでの授業があったので教室に向かうと

「……一応、聞いておく」

「はい、何でしょうか先生?」

 そう良く透る声で答えてくれたのは、クラス委員の雪広あやか。
 綺麗な金色の髪に、中学生離れした容姿の少女である。
 ちなみに、このクラスで一番の常識人だと俺は思っている。

「マクダウェルは?」

「早退しました」

「そうか」

「はい」

 ……せっかく登校してきたのに、なぜ最後まで授業を受けていかない。
 溜息が出そうになり――それを、止める。

「判った。それじゃ、授業を始めるぞ」

 教科書開いてー、と言いながら、心の中で溜息。
 アイツはまったく、どうしたらちゃんと学校に来てくれるのだろうか。
 別に苛められている、というわけでもなさそうなんだが……そう言うのって、やっぱりあるんだろうか?
 教師は、そういうのに気付かないってよく言われるしなぁ。
 今度、やっぱり一度話し合った方が良いのかもしれないな。
 数学の教科書、前回までの復習に黒板に問題を書きながら思う。


 教師って難しい。


 生徒全員を出席にするのだけでも、実はこんなにも難しいんだな、と。
 義務教育だからとか、生徒だからとか、教師だからとか。

「それじゃ、まずは前回の復習からだ。長瀬、那波、長谷川ー、この問題答えてくれ」

「うっ」

「はい」

「はい」

 一つ、返事が違ったなぁ。

「長瀬ー、次は小テストするからなぁ、勉強しとけよー」

「ナンデストっ」

「えーー!?」

「はい、静かにー」

 パンパン、と手を叩いて

「3人は答え判ったら手を挙げてくれ」

 こうして今日も、授業はそれなりに順調に進んでいく。
 何故それなりにかと言うと……まぁ、

「「うー」」

「「「あー」」」

 ちょっと5人ほど、居るのだ。
 色々と難しい子たちが。







「ただいまーっと」

 男子教員寮の自分の部屋に帰り、やっと一息つけるのは夕方も遅い時間である。
 明日行おうと思ってる小テストの準備やら、教材の準備やら。
 公務員は食いっぱぐれない、とよく言われるけど、これでもなかなか大変なのだ。
 最近はよく問題も起きてるから、世間の目も厳しいし。
 晩飯に買ってきたコンビニ弁当とおでんをテーブルに置き、さっさとスーツを脱いで着替えてしまう。
 ご飯を食べたら、クラスの成績を打ちこんだパソコンを立ち上げ、それと睨み合う。
 平均学力は……上がってはいるんだよな、上がっては。
 問題は――だ。

「はぁ」

 溜息も付きたくなる気持ち、誰か判ってくれるだろうか?
 頭が悪い、という事は無い。
 悪い事を悪いと言えば理解できる。
 駄目な事を駄目と言えば、理解できる。
 頑張っているんだと判る。
 必死に出来るようになろうとしている事も、判る。
 だが。だが、だ。
 成績が上がらない。
 頑張ってるのは知っている。
 でも、大人は“数値”でしか、見れないのだ。
 スーパーとか飲食店なら客数や売り上げ、学校なら――点数。

「はぁ」

 もう一度、溜息。
 ついでに立ちあがり、冷蔵庫から缶ビールを一本。
 こうやって小難しい事を考えながら、今日も夜は更けていく。







「おはよう、皆」

「せんせー、高畑先生は?」

「高畑先生は、今日からまた一週間出張だそうです」

「ナンデスト!?」

「はい神楽坂ー、魂抜くのも良いが、ちゃんと席について抜いてくれー」

 そんな目で見るなよ、出張は俺の所為じゃないだろうが。
 はぁ……ふと、視線を教室の一番奥の席に向ける。
 そして、もう一度心の中で溜息。

「それじゃ、点呼取るぞー。明石ー」

「はーい」

 ………………
 …………
 ……

「マクダウェルー」

「エヴァンジェリンさんはお休みです」

「マクダウェルは今日は休み、と」

 せっかく昨日は出席してくれたのになぁ。
 また振り出しに戻る、か。
 どうしたらちゃんと出席してくれるんだろうか。
 やっぱりイジメとかか?
 不意に、クラスを見渡してみる――コイツらが、苛めなんてしないと思うんだがなぁ。

「今日の数学、昨日言ってたように小テストだから、勉強しとけよー」

 一応、10点満点で作ったけど、何点取ってくれる事やら。
 出来れば、平均5点以上は欲しいところだが。

「あと、来月から新任の先生が来る事になってる」

 おー、とかえー、とか声が聞こえるが、あえて無視。
 一々反応してたらHRなんていくら時間あっても足らないし。

「詳しい事はまだ判らんから。判ったら教えるようにする」

 後質問はー? と、早速手が一つ上がっていた。

「朝倉ー」

「男ですか、女ですか!?」

 喰いつき良いなぁ。そんなお前は割と好きだぞー。

「男らしいぞ。年齢は聞いてない」

「どこからですか!?」

「外国からだそうだ」

 一応、イギリスとは伏せておく。
 一気に持ってるネタ出すと、後で苦労することになるというのは経験として知っている。
 この朝倉と言う少女は、どうにも情報に貪欲すぎて困る。楽しいけど。

「帰国子女ってヤツですか!?」

「いんや、純粋な外国人らしいぞ」

 言葉は!? とか作法とかは!? と言うのは、判らないという事で。
 そう言えば、新任の先生は日本語とか大丈夫なんだろうか。
 イギリスって、何語だっけ? イギリス語? 英語?
 俺、苦手なんだよなぁ。

「それじゃ、HR終わり」

 こうやって、一日が始まる。







「新田先生、物凄い食べますね……」

 何でコンビニ弁当2個? よく入るなぁ。

「そう言う先生は少なすぎませんか?」

「いや、給料日前で……」

 と言っても、いつもはコンビニ弁当にカップ麺……今日はカップ麺抜きである。
 理由は簡単。金が無い……訳ではない。
 ただ単に食欲が無い。
 今日は帰ったら、早く寝よう。

「ははぁ、今日から高畑先生が出張だからですか」

「うっ」

 いえいえ、それだけじゃありませんよ? と弁当を食べて誤魔化してみる。

「大変でしょう、教師として見れば」

「でも、良い子たちなんですよ? ちゃんと、判らない所は聞きに来ますし」

 聞くのが恥ずかしいからって、判らないままにするより何倍もましです、と。
 他の教科でも最近は判らない所は聞いているらしいし。
 ちゃんと、頑張ってるんですよ、あの子たちは。

「それに、元気ですしね」

「それは確かに。私も手を焼きますからね」

「す、すいません」

「いやいや、今度昼の時に飲み物でも奢って下さい」

 今度は何したんだ、あの子らは。
 新田先生に頭を下げると、笑っていて、さらに恥ずかしい。
 まったく。

「あら、今日は早いんですね」

「あ、源先生」

 ええ、今日は午前の最後に授業は言ってませんでしたから。
 ……午後は授業しかないですけど。

「今日も弁当ですか?」

「ええ。先生はまた?」

「今日も、新田先生と二人仲好くコンビニ弁当ですよ。ねぇ、新田先生?」

「仲好くは遠慮したいんだが……」

 冗談じゃないですか、本気で返さないで下さいよ。
 ちょっとグサッときました。こっちも本気で。
 瀬流彦先生ー、弐集院先生ー、どこー?

「ふふ――栄養もちゃんと考えて下さいよ?」

「あー、はい」

 考えてます、一応。
 コンビニ弁当で考えるって何、って思う?
 幕の内と牛カルビとのり弁をちゃんとローテーション組んで食べてます。
 ……1年もしてると飽きるよなぁ。
 そろそろ期間限定の新商品が出ないものか。

「飽きたな」

「飽きましたね」

 はぁ。
 隣の源先生の弁当の美味そうな事旨そうな事。
 今度弁当でも作ってみるかなぁ……食費も、安上がりらしいし。
 うぅむ







 午後の授業も終わり、明日の授業の準備も終わらせて帰宅すると、

「はぁ」

 やっぱり、溜息が出た。
 疲れた。色々と。

「明日もマクダウェルは休むつもりかな」

 神楽坂たちの点数もアレだったし。
 アレ? とても口には出せません。と言うか出したくない。
 主に本人たちのプライドとかそんなのの為に。
 そして、晩御飯(やっぱりコンビニ弁当)を食べた後、いつものようにパソコンを立ち上げ……

「あれ?」

 ふと、気付いた。
 気付いてしまった。
 なんで今まで気付かなかったのか……多分、現実から目を逸らした的な何かの所為だろう。

「マクダウェル、出席日数死んでない?」

 ヤバくない? とかヤバいとかじゃない。
 もっと言うなら、終わってる。

「……は?」

 慌てて2年の最初からの出席日数を計算する。もちろん自分で。
 エクセルで計算してたら死んでたから。
 ……………
 ………
 あ。

「……病欠が、多すぎる」

 出席日数もギリギリだというのに、なにこの中退率。
 えーっと……あと何日休めるんだ?
 いや、3学期だし、もうすぐ進級だし……休まなければ、いける。
 うん、大丈夫。
 休まなければ。

「――――――はぁ」

 深い、深いため息が出た。
 これをマクダウェルに言って……ちゃんと登校して、授業を受けてくれるだろうか?
 ぅ――難しいだろうなぁ。
 いや、でも流石に追試とかで免れるのも、嫌だろうし。
 変にプライド高いし。

「どうしたもんか」

 一番彼女と仲の良い高畑先生は、ちょうど今日から出張だし。
 ……にしても、あの人も出張多いよなぁ。とは思っても口には出さない。
 口に出したら、何だか挫けそうだから。色々と。

「はぁ」

 高畑先生からはあんまり関わらない方が、って言われてたけど、しょうがないよなぁ。
 教師と言うのは難しい。
 本当に、そう思う。
 教師になって3年。
 最初の1年で、そう思った。
 そして、3年目……だ。

「頑張ろう」

 嫌われてるかもしれないけど、ウザがられてるかもしれないけど。
 それでも、俺は教師に憧れてるのだ。
 だから、頑張ろう。うん。
 目覚まし時計の起床時間を1時間早くする。
 よし。

「頑張るぞー」

 俺は、明日から、毎日マクダウェルを登校させる。
 睡眠時間を1時間削っても。
 毎朝彼女の自宅まで迎えに行く事になっても。
 雨が降っても。
 風邪をひいても。
 俺は、何とか、マクダウェルを出席日数免除の追試無しで、進級させる。
 …………させたい。
 ………………無理かなぁ。
 でも、まずは明日頑張ろう。
 事情を説明すれば、判ってくれるさ。……多分。
 来月からは新任の先生も来るんだし、何とかしないといけないよなぁ。
 ……ガンバろ、マジで。





[25786] 普通の先生が頑張ります 1話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/03 22:58
「先生、どうぞ」

 そう言って見るからに高価と判るテーブルに置かれた紅茶から、良い香りが漂う。
 ……良い茶葉を使ってるんだろうなぁ。判らないけど。
 とりあえず、差し出されたので、一口啜る。
 確か、音をたてないのがマナーだったか?

「マクダウェルは?」

「マスターの起床はあと13分後です」

 何その細かい数字。

「まぁ、学校に間に合えばいいか」

「はい。昨日は起きられませんでしたが、本日は先生が居られますので、大丈夫かと」

 遅刻とか仮病以前に、学校に行く気が無かったか。

「だと良いけどなぁ」

 あと、その物凄く畏まった言い方止めないか?
 そう言っても、やんわりと断られた。
 ……マスターとか言ってるし、根っからの従者体質? 先祖からマクダウェル家に仕えてるとか?
 んなアホな。
 自分のボケに心の中でツッコミ、紅茶をもう一啜り。

「絡繰は、朝食は良いのか?」

「はい、私は特に、朝食は必要としていません」

「……朝から食べないで、大丈夫か?」

「問題ありません」

 そうかぁ?
 まぁ、こんな所が男と女の違いなのかもなぁ。
 あんまり強く言ってもアレだし、

「絡繰、お前紅茶入れるの上手いな」

「ありがとうございます。調理・飲料のデータは一通り揃えてあります」

「……一通り出来るって事か?」

「はい」

 言い回しが独特すぎて、俺は早速挫けそうです。
 うーん、ちゃんと上手くいくかなぁ。
 そう思いながら、紅茶をもう一啜り。あ。

「お注ぎします」

「すまん」

 はぁ。

「絡繰」

「はい」

「座らないか?」

 ずっと立ってるのである、後ろに。
 この場合控えてる、と言った方が良いのか?
 まぁ、どっちにしろ……非常に、気まずい。

「いえ、もうすぐマスターの起床時間ですので、起こしに行ってきます」

 そ、そうか……。
 マクダウェルって、金持ちの家の娘?
 そんなの聞いてないんだが……家、デカイしなぁ。
 だからあんなにワガママなのか、と言うのは言い過ぎか。
 可愛らしい人形と、高価な家具で飾られた客間を見やる。
 明らかに、金かかってるよなぁ。

「おい、茶々丸」

 そんな事を考えてたら、2階からそんな声が聞こえた。
 マクダウェルだ。

「どうして、家に、先生が居るんだ?」

 そんな一言一言を区切りながら言うな。
 ちょっと怖いから。

「マスターの出席日数の事で、お話があるそうです」

「こんな朝からか?」

「最近、欠席が目立ったからでは?」

「……ふん」

 そう言って2階から降りてきた少女は……制服を着ていた。
 あれ?

「何だ、今日は大丈夫だったみたいだな」

「ん? ああ、そろそろ出席日数もギリギリだろうからな」

 ……何だ。判ってたのか。

「判ってたのか」

「ふん、スケジュールとも言えんが、その辺りは茶々丸に管理させている。
進級できないと困るのは、私も一緒でね」

「それなら、そんなギリギリの生活をしないで、ちゃんと出てこいよ」

「―――断る」

「断るなよ」

 小さく、溜息。
 ソファに腰を下ろした少女の前にも、いつの間に淹れたのか、紅茶が一杯。

「なんか、学校であったのか?」

「……はっ」

 鼻で笑われた。
 その紅茶を一口啜り。

「先生に言っても判らんさ」

 そんな、当たり前みたいに言わなくてもさぁ。
 やっぱ、イジメ、とか……?

「先生は知らなくて良い事だよ」

 そして一言、そう突き放された。
 うぅむ。

「そうかぁ」

 そう言うのは、精神的な問題、って事になるのかな?
 酷く挫けそうなので、その言葉から目を逸らし、別の理由で考えてみる。
 イジメ、ではないのだろうと思う。
 そう言う事なら、もっとこう……荒れる、と思うし。
 他に理由があるのか――




「あの子にも少し、事情があってね」




 ふと、その言葉を思い出した。
 それを聞いたのは、何日前だったか。
 ――って、それじゃ何時までも不登校のままって事か。
 それじゃ駄目だって、マクダウェル。
 
「んじゃ、学校に行くか」

「……本当に、私を連れに来ただけなのか」

 出来れば、不登校の原因とか聞きたかったんだけどねぇ。
 そっちはおいおい頑張るか――本音は、この調子で毎日来てくれると嬉しいんだけど。
 はいはい、そんな呆れた顔をしないでくれ。
 自分でだってやり過ぎだって判ってるから。

「君らの副担だからな」

「ふん」

 そして、呆れ顔から、どこか人を小馬鹿にしたような――そんな、笑み。

「私達のクラスの副担とは、同情するよ、先生」

「同情するなら、ちゃんと登校してくれ」

「“登校”はしているさ。茶々丸、荷物を用意しろ」

 マクダウェルの後ろに控えていた絡繰が、静かに一礼して二階に登っていく。
 それを目で追いながら、

「登校だけじゃなく、きちんと授業も受けてくれよ」

「そこまでの義理も無かろう?」

「それは、国語と古文の成績もちゃんと取れるようになってから言ってくれ」

 この2教科だけなら、あの5人に近いからな。
 特に英語は学年トップクラスなのになぁ、と。
 そこまで言って、マクダウェルの笑顔が、小さく、でも確実に――固まる。
 はっはっは、これでも一応、君らの副担なんでね。
 笑顔が怖いぞぉ、マクダウェル。
 正直、お前本当に中学生かー?

「そこまで言ってくれたのは、私が麻帆良に来て、先生が二人目だよ」

 あ、そうなんだ?
 一人目は?

「タカミチさ」

 ふぅん。



――――エヴァンジェリン

 朝と言うのは、憂鬱だ。
 それは私が、吸血鬼だからか。それとも……あのムカツク様に輝く太陽が気に食わないからか。

「ほら、急ぐぞマクダウェル」

「まだHRには時間があるだろう、先生」

 それに今朝は、輪を掛けて憂鬱だ。
 まさか、先生が私を連れに来るとは……。
 流石にサボり過ぎたか。
 最低限進級できるだけの出席日数で行けば“呪い”も大丈夫だと思ったんだが、変なのに目をつけられてしまった。
 はぁ。

「先生はHRの前に、教師のHRがあるんだよ」

「……だったら私なんか放っておけよ」

「そういう訳にはいかんだろ」

 まったく、と。
 その男は、困ったように、でも確かに笑って、そう言った。

「何が可笑しい?」

「ん? ああ、いや」

 急ぐと言った割には、ゆっくりと、私の歩幅に合わせながら歩く。

「今日はクラスの全員が揃うなぁ、と」

「何だそれは?」

 変なことで喜ぶ奴だな。

「マスターが出席なさらなければ、クラス全員が揃う事はありません」

「そんな事判っとるわ!」

 一々言わなくて良い、と言うと、

「おいおい、絡繰にあたるなよ」

「朝は機嫌が悪いんでね」

 茶々丸も、もう生まれて1年以上だが、機微と言うか、そう言うのが足りん。
 葉加瀬が言うには、そう言うのも含めて“成長”するらしいが。

「おぉ、怖い怖い」

「ふん。本気で怖がっていない者の恐怖ほど、私をイラつかせるモノは無い」

「なんだそりゃ?」

 ふん――恐怖の代名詞であるバケモノが、今はこのザマか。
 
「絡繰は学校の成績良いよなぁ」

 不意に、先を歩く先生がそう言った。

「そうですね。一通りの知識は葉加瀬さんによって与えられています」

「んあ?」

 馬鹿か、コイツは。
 一般人にそう言っても、伝わらんだろうに。

「葉加瀬と仲良いのか?」

「――はい。いつもお世話になっています」

「へぇ」

 その言い回しを、どうやら葉加瀬と茶々丸が仲が良いと解釈したらしい。
 ふぅん、なかなか頭は回るようじゃないか。
 ほとんどの教師は、茶々丸の言い回しに混乱するんだが。

「マクダウェルに国語と古文教えてやってくれないか?」

「ぶっ」

 なん、だと?

「どうしてこの私がっ、よりによって茶々丸に!?」

「だって、お前絡繰と仲良いだろ?」

「クラス内では、マスターの会話した回数は私が一番です」

「だろ?」

「要らん事を言うな、茶々丸!」

 まったく――。

「ふん、期末も近いからな、どうせテストの点稼ぎが目的か」

「……いやぁ、あ、あはは」

「教師だろう? ちゃんと教えれば問題無いんだ」

「うっ」

 まぁ、ウチのクラスは特別なんだろうがな。
 神楽坂明日菜を筆頭としたバカレンジャーが居るから。

「それで、どうして私なんだ? 問題なのは、5人だろ?」

「お前、自覚なかったのか?」

「……なに?」

 はぁ、と溜息を一つ。
 ――殴り倒してやろうか、コイツ。

「マスターの成績は、バカレンジャーの次席という位置です」

「――――なに?」

「ありがとう絡繰。言い難い事をスッパリと」

「いえ」

 おい、何だって?
 後なんでお前ら判り合ってます、って雰囲気してる。

「そこまで悪くないはずだぞ?」

「お前は自分のテストの成績も把握しとらんのか」

 んな!?
 こ、の、私に向かってっ!?

「神楽坂達は雪広……は仲がアレだが、那波やら近衛に聞いて最近成績上げてきてるからな」

「ふん。それで?」

「言わなきゃならんか?」

「先生だろ?」

 ハッキリ言え、ハッキリと。
 そう先を促す。

「……お前は平行線だ」

「英語は完ぺきだ」

「他は並み。国語と古文は致命的だろうが」

 そう言って、溜息。
 おい、なんだその顔は!?

「判らない所、聞き辛いだろ?」

「……ふん」

 だから茶々丸か。
 まったく、私に成績なんか関係無いんだがな。

「どうでも良い」

「そう言ってくれるなよ」

「ふん」

 この私が、茶々丸に聞けるか。
 まったく。
 今日は、厄日だ。
 今までこんな事は無かったというのに――

「―――――」

「どうした?」

 そう言えば、今まで無かったな。

「いや」

 私には関わらないように、じじいかタカミチの方から話が行くなり、魔法の制約が掛かるなりする筈なんだが。
 どう言う事だ?
 ……この先生が、一般人以上に他人に関わる、というのは何となく理解できるが。
 何せこの私に進んで関わってくるわけだからな。

「先生」

「ん?」

 ――魔法、と聞こうとして止めた。
 この私が記憶を弄るのも、面倒臭い。
 後でじじいに文句の一つでも言ってやるか。

「HRは大丈夫なのか?」

「あー……」

 ふん、その顔でよく判ったよ。

「さっさと行った方が良いんじゃないか、先生?」

「う、む」

 私は、殊更ゆっくりと足を進める。
 さっさと私を置いて行け。目障りな“人間”――。

「……先に行かれないのですか、先生?」

「ああ、いい。今日は寝坊した事にする」

 十数秒たって、それでも先生は私のちょっと先に居た。
 歩幅はそのままで。

「置いていかないぞ」

「――そうか」

 とんだ馬鹿に目を付けられたもんだ。

「だって、お前ここからUターンしそうだし」

「先生が私をどう見ているか、よぅっく判ったよ」




――――

「おはよう、皆」

「「「おはよー、せんせー」」」

 おー、良い返事だなぁ。
 さっきまで葛葉先生に絞られてた傷心に染み入るぞー。

「ちょっと時間押してるから、さっそく点呼取るなー」

 こうやって、今日も一日が始まる。
 ちなみに、今日は宮崎が軽い風邪で欠席だった。
 ……本当、全員出席させるのって難しい。







「んで、ここがこーなる訳だが、っと」

 さっき教えていた公式の応用式を黒板に1つ書き

「神楽坂、解いてみてくれ」

「は、はい!?」

 なんでそんな驚いた声出すかなぁ。

「か、ぐ、ら、ざ、か?」

「は、はいっ」

 本当に聞いていたのか?
 応用だから、聞いていたら答えれる問題なんだが。

「ええっと」

「まずは、自力で解いてみろ」

 黒板に向かう神楽坂にそう言い、クラスの皆に向き直る。

「皆も解いてみてくれ。それと、マクダウェルと春日は次当てるからな、ちゃんと理解しろよー」

「なんだと!?」

「はい」

 春日は良い返事だなぁ。
 うん。

「ほら、喋ってないでさっさと解けよー」

 そこまで言うと、次は神楽坂と一緒に黒板に向く。

「神楽坂、ここは、だ」

 っと。
 その手からチョークを取り、数字を丸で囲んでいく。

「こことここを割って」

 話して公式を覚えさせきれないなら、今度は見て覚えさせてみる。
 ついでに、見せて、自分で解かせてみる。
 これで、少なくとも一回は“自分で解いた”事になる。
 自分で解いたという事は、それだけ脳に残るらしい。
 なら、こうすれば覚えやすいのでは――と思うが。

「できた!」

「ああ、正解だ」

 おめでとう、と。

「やれば出来るんだから、ちゃんと復習を忘れるなよ?」

「は、はぁい」

 まぁ、新聞配達のバイトとかもあるしなぁ。
 ……先生としては、バイトより学業に精を出して欲しいのが本音なんだが、そうも言えないか。

「頑張れよー」

「は、はは」

 さて、と。

「これが正解だ。ちゃんと合ってたか?」

 クラスを見渡し、書き直しているのは数人。
 その動きが止まるのを待ち、問題を消す。
 次は、二問。

「春日、マクダウェル。次解いてみろ」

 しばらくは、このやり方で行ってみるか。
 ……数学なんて、ちょっと悪い言い方をすれば公式を応用できるかどうかだからな。
 公式を覚えないと話にならないし。







「はぁ」

「どうしたんですか、源先生?」

 溜息なんて珍しい。

「いえ、今朝は寝坊してお弁当が」

「外に食べに出ます?」

「それも、給料日前ですし」

 まぁ、外食なんて高いですしねぇ。
 新田先生は、相変わらずコンビニ弁当2個。
 ちなみに俺も。

「カップ麺で良かったら、食べます?」

「良いんですか?」

「どうぞどうぞ、たまには美味いですよ、こー言うのも」

 ちなみに、俺はほぼ毎日食べてるんでほぼ飽きてます。
 カップ麺業者、及びに弁当業者。
 早く新商品を出してくれ。
 俺と新田先生は、切に願ってるぞー。

「あれ? 今日は源先生、お弁当は?」

「弐集院先生。今日はちょっと寝坊しまして」

 と言って現れたのは、変わらず愛妻弁当持参の弐集院先生――と、コンビニ弁当の葛葉先生。
 ちなみに、料理が出来ない訳ではないらしい。
 赴任当初は弁当だったらしいが、最近は、ちょっと、楽に……してるらしい。うん。
 その辺りは教員の暗黙の了解と言うやつだ。
 ちなみに、身をもって知りました。はい。

「さ、てと。午後の授業の準備しますかねぇ」

「ははは、それじゃ先生、頑張って下さい」

 うへ、睨まれてるよ。
 怖い怖い。絶対朝の事、この後また言われるからな。
 葛葉先生、真面目だけど、真面目すぎて苦手です。
 他の先生たちはそれが良いって言ってるけど、俺はどっちかと言ったら優しい人が良いです。
 そう思いながら、さっさと弁当片付けて、職員室を後にするのだった。まる。
 弐集院先生、新田先生、笑いすぎです。







 次の日。
 今日も昨日に続きマクダウェル宅へ。
 実は教員寮からだと、行ったり来たりで結構な距離を歩くことになったりする。
 まぁ、良い運動だと思っておこう。実際、最近運動不足だったし。
 今日は2-Aは数学無かったし、明日は1日開くから抜き打ちで小テストも良いかもなぁ。
 そんな事を考えながら歩いていたら、一軒のログハウスが見えてきた。

「おー、おはよう、絡繰ー」

 その軒先で昨日と同じように掃除していた絡繰に声を掛ける。

「おはようございます、先生」

「おー」

 ふぅ、疲れた……運動不足だな、完全に。
 今度から、休みは少し歩くかなぁ。

「マクダウェルは?」

「……起こしてまいります」

 あれ?

「いいのか?」

「はい、今日は起こすなと言われていませんので」

「そ、そうか」

 そう言うもんなのかな……昨日より30分くらい早いんだが。
 そう言って家に戻る絡繰を目で追いながら、大きく深呼吸。
 はぁ、落ち着いた。
 さって

「先生、お茶を入れますので中でお待ち下さい」

「おう、すまないなぁ」

 そんなやり取りをして十数分、2階から降りてきたマクダウェルが一言。

「何故居る?」

「いや、これ以上お前に休まれると出席日数免除の追試受けてもらわないといけないし」

「そういう意味じゃ無くてだなっ」

 朝から機嫌悪いなぁ。

「あのくそじじいっ」

「先生、女の子がその言葉使いはどうかと思うぞー」

 うるさいっ、と少女の怒声を聞きながら、今日も1日が始まる。



[25786] 普通の先生が頑張ります 2話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/04 23:28
 今日も今日とてマクダウェル宅にサボり魔(確定)を迎えに行く途中、

「おはようございます、先生」

「ん? おお、絡繰か。おはよう」

 その途中で、絡繰に見つかった。
 と言うか、朝早くからこんな所で何やってるんだ?

「こんな所でどうした?」

「いえ」

 そのまま一緒にマクダウェル宅に向かおうと歩き出し、数歩。
 ……絡繰が、もうすでに結構後ろに。
 んあ?

「どうした?」

「いえ、少し困ってます」

「??」

 見た感じ荷物も無いし―――ん?

「猫?」

「はい、昨日晩御飯を上げましたら、家までついてきてしまいまして」

「それで?」

「今朝気付きまして。お帰り願おうと、昨日会った場所まで連れてきたのですが、また付いてきます」

 そ、そうか。
 視線を下に向けると、真っ白いのと三毛の猫が二匹。彼女の足にじゃれついていた。
 歩くのが遅いのは振りきれないからか。

「家で飼えないのか?」

「はい、マスターが許可しない確率は97パーセントです」

「無茶苦茶高いな」

「残りの3パーセントは、気紛れで飼っていただけるかもしれません」

 ふぅん。そっか。

「マクダウェルは猫が嫌いなのかー」

「いえ、判りません」

 へ?

「マスターは、この子達のような、小さな動物を見るとさっさと行ってしまわれます」

「なるほどなぁ」

 よっぽど嫌いなのか、それとも自分のキャラに合わないと避けてるのか。
 俺としては後者であってほしいけど、

「一応、相談してみたらどうだ?」

「…………相談してよろしいのでしょうか?」

「いや、いいだろ」

 別に、相談したくらいで何かある訳でもないだろうに。

「良いなら家で飼って、駄目なら飼い主を探すなりすれば良いだけだと思うが」

「ですが、私はマスターの従者ですので」

「そ、そうか」

 主従の関係って、こういうものなのかな?
 堅苦しいというか、何というか。

「とりあえず、その二匹をどうにかしないとな」

 早速、しゃがみ込んで二匹の首の裏を持って掴み上げる。
 はいはい、男に持たれるのは嫌ですか。
 にゃーにゃー鳴くのを無視して、どうしたものかと足を止める。

「絡繰、先に戻ってろ」

「いいのですか?」

「俺は、こいつらにエサやってる間に逃げるから」

 お前じゃ、置いていく事が出来ないみたいだしなぁ。
 コンビニのおにぎりとか食べるかな?

「助かります、先生」

「んじゃ、マクダウェルを起こしといてくれ」

「判りました」

 そんなやり取りがあったのが、2日前の朝。







「すまなかったね、先生。急な出張が入って」

「いえ、特にこの一週間も問題ありませんでしたし」

「今度、何か奢るよ」

 出張から帰ってきた高畑先生は……何だか、晴れ晴れとした表情だった。
 出先で何か良い事でもあったんだろうか?

「何か良い事でもありました?」

「あ、判るかい?」

 ……うーむ、今までにない上機嫌ぶりだ。
 ここで女絡みだったら、惚気られたりするんだろうか…あの、学生から人気の高畑先生から。
 ちょっと嫌だ。自分でも、口元が引き攣ってしまったのが判った。

「昔の恩人の息子さんを見てきたんだが、その恩人に似てきててね」

「――――あ、そうですか」

 なぁんだ、恩人さんの息子の成長が嬉しかっただけか。
 この人、自分の子供とかできたら絶対親馬鹿になるな。うん。
 廊下を歩きながら、この人には子供の話題はNGかもな、と思ってしまったり。

「向こうの学校でも評判が良くてね、知り合いとして鼻が高いんだ」

「そ、そうですか」

 そんな事を話しながら歩いていたら、もう2-A教室前まで来てしまっていた。
 た、助かった。

「おはよう、皆」

「おは――」

「高畑先生っ、おはようございますっ」

「お、おはよう、明日菜くん」

 神楽坂、昨日までのお前は何処に行った?
 テンション高いなぁ。

「おはよう、みんな。神楽坂は少し落ちつけよー」

「はっ!? は、はい……」

 はい、皆もあんまり笑ってやるなよー。と一応注意し、クラス名簿を開く。

「んじゃ、出欠とるぞー。明石ー」

 ………………
 …………
 ……

「特に報告する事は無い……が、今日は3教科で小テストしてもらう事になってるから勉強しとくようになー」

「「「えー!?」」」

「「「なにぃ!?」」」

 はっはっは、良い声だ皆。

「お、ま、え、ら……昨日また新田先生に怒られたらしいなぁ」

 はいそこ目を逸らすなよ、長瀬、クーフェイ、神楽坂。
 まったく。

「またウルスラの高校生と昼の場所取りで揉めたらしいな?」

「い、い、今言わなくても良いんじゃないですか、先生っ!?」

「じゃあいつ言えば良いんだ、神楽坂」

 う、と詰まってチラチラと高畑先生を見るな。まったく。
 だからこそ今言ってるんだけどな。

「国語と英語と数学だ。点数悪かったら放課後残らせるから覚悟しとけよー」

「横暴アルっ」

「そうですわっ」

「はいはい、静かに」

 パンパンと手を叩いて、静かにさせる。

「ちゃんと復習してれば問題無いはずだから、気にするな」

 範囲は前回と前々回の授業内容だ、と範囲まで教えておく。
 つまり。
 理解も復習もしていない生徒が残る事になる訳だ。
 ………ちなみに、問題は範囲を聞いて俺が作りました。
 朝確認してもらったら、特に問題は無いと言っていただけたから大丈夫だろう。
 ありがとうございます新田先生、源先生。

「範囲まで教えるんだから、楽なもんだろ?」

 ちゃんと復習してれば。

「頑張れよー」

「はは、出張の間に皆どれだけ勉強したか見せてもらうとしようかな」

 その一言がトドメだったのか、神楽坂が机に沈んだ。
 ……自分で振っておいてなんだけど、ちょっと不安になってきたぞ、先生。







 昼食は、何でか葛葉先生と二人っきりだった。
 何の罰ゲーム?
 いや、先生綺麗だよ? 美人だよ? でも、でもさ?

「………………」

「………………」

 無言である。
 話題が無いのである。
 接点が無いのである。
 ……コンビニ弁当ぐらいしか。
 いや、無理です。きっとタダじゃ済まないと断言できる。主に俺の精神的に。

「先生」

「は、はい……」

 互いに無言で弁当を食べていたら、幸いにも向こうから話しかけてくれたので、それにのる。
 いや、無言は精神的にキツい。

「桜咲と近衛さんの調子はどうでしょうか?」

「え? ああ、桜咲と近衛ですか?」

 ああ、そう言えば出身は同じ京都でしたっけ?

「近衛はクラスの皆に交じって、楽しくやってるみたいですよ?」

 昨日、神楽坂達と一緒に新田先生に怒られるくらいに。
 桜咲は――と、ちょっと口籠ってしまう。

「少し、クラスメートと距離を取ってるような所が……」

「そうですか」

 ルームメイトの龍宮や、長瀬とは結構話してるみたいですけど。

「二人とも、成績の方も今の所は問題ありません」

「そうですか」

「お知り合いですか?」

「ええ、桜咲……刹那とは、同じ剣を学んでいまして」

 剣? 剣、ですと?

「剣道ですか?」

「剣術の方です」

 ほー、と我ながら間抜けな声が漏れた。
 いや、聞いた事はあるけど、実際身近にいるとは思わないって。

「凄いですね」

 本心から、そう言えた。
 だって、あーいうのって修行とか凄く厳しいと思うし。

「……そうでもありませんよ」

 あ、あれ? 何で褒めたのにそんな悲しそうに眼を逸らすんです? あれ?
 …………も、もしかして地雷ですか? 自分から話振って、地雷だったんですか?

「それじゃ、小テストの採点しますんで、失礼しますね」

「はい、ちょっとお見苦しい所をお見せして申し訳ありません」

 い、いえいえ。
 それでは、と再度言い職員室の自分の机へ。
 うーん、もう離婚して何年になるんだったっけ?
 結構尾を引くものなのかなぁ。







 ちなみに、小テストは皆良い点でした。
 ちょっと不安だったけど、先生皆を信じてたぞ。
 しかし、マクダウェル。
 お前ついに、国語で佐々木と並んだぞ……い、言った方が良いんだろうか?

「それで、何をやってるんだ、絡繰?」

「困っています」

 そりゃ見れば判る。
 猫が集まるどころか、頭にまで乗ってるじゃないか。
 なんで? この前見た時は2匹じゃなかったか?

「お、降ろしていいか?」

「是非お願いします」

 そうか。
 爪をたてないように、ゆっくりと掴むではなく……持ち上げる。
 ほっ。

「先生、ありがとうございます」

「それは良いんだが……どうしてこうなった?」

 聞かない方が良かったのかもしれないが、やっぱり聞いてみた。
 大体予想はつくけどさ。

「猫さん達に、晩御飯を」

 やっぱりか。

「また家までついてくるんじゃないのか?」

「いえ、話したらちゃんと判って下さいました」

 わかるんだ!?
 この場合、人語を解する猫が凄いのか、猫と意思疎通してる絡繰が凄いのか。
 ちなみに俺は、どっちも同じくらい凄いと思う。

「ちなみに、マクダウェルには相談したのか?」

「いえ」

「そうか」

 でも、相談したら案外飼ってくれそうだけどな。
 そんなに仲好くないけど、ちゃんと言ったら聞いてくれるし。
 まぁ、そこは家族の問題か。

「しっかし、懐かれたもんだな」

「そうでしょうか?」

 そりゃそうだろ。
 絡繰の周りには円作ってるけど、俺の方には一匹も来ないし。
 俺も腰をおろして猫に手を伸ばすが……逃げられた。
 ぬぅ。

「しかし、困りました」

「今度は何だ?」

 やっぱり餌か? 俺も今度なんか持ってくるかなー。
 そう言えば、コンビニにキャットフード売ってあったのは驚いた。
 もう何でも揃うな、コンビニ。

「超包子へ行く時間が迫ってきています」

「ああ」

 そう言えば、バイトしてたっけ。

「なら、急いでいけないとな」

「離れる事ができません」

 なんで!?
 ああ、また猫が登ってるし。

「昨日も遅刻してしまいました」

「あー、そう」

 この子も変わってるなぁ。
 ……ウチのクラス、皆そうか。
 あ、ちょっと泣きそうになってる……俺が。

「先生」

 はいはい。
 絡繰に登っていた猫を一匹ずつ下ろし、囲んでいた猫も離れるように手を強く振る。
 ……ざ、罪悪感が。

「それじゃ、バイト頑張れよー」

「はい、ありがとうございました」

 そう言って、深々と頭を下げられ……そこまで礼儀正しくされても、困るんだが。

「猫さん、また明日」

 もう一度頭を下げて、絡繰は雑踏に紛れていった。
 うーむ。

「馴れ馴れしくし過ぎたかなぁ……」

 猫を掴み上げた手を見て思う。
 今度から注意しよう。
 最近マクダウェルの家でよく会うとは言え、生徒に今のは無いかもしれん。







「おはよう、絡繰」

「おはようございます、先生」

 最近恒例となった、マクダウェル宅前で朝の挨拶をし、深呼吸を一つ。
 これで少し荒かった息を整え、伸びをする。

「それでは先生、お茶を用意しますので中へどうぞ」

「毎日すまないな」

「いえ」

 そう言って、客間へ通され、用意してもらった紅茶を一口啜る。
 あー、ここ一週間くらい飲んでるけど、やっぱり美味いなぁ、

「先生、質問をよろしいでしょうか?」

「ん、なんだ? 後そんな畏まらなくて良いぞ?」

「はい。先生、」

「また来たのか」

 その高圧的とも取れそうな声は、二階からだった。
 おお。

「今日は起こされなくても起きてこれたのか」

「こう毎日来られたら、起こされるのも面倒なんでな」

「ただ単に目が覚めただけだろ」

 そんな言い回ししても、昨日寝坊した事忘れないからな。
 お陰で遅刻しかけてまた葛葉先生に怒られただろうが……別に良いけど。

「それより、茶々丸。朝食を用意しろ」

「はい」

 何だ、今日は食べるのか。

「先生はどうする?」

「良いよ、食べてきたから」

「そうか」

 その間にも、マクダウェルの前には美味そうな朝食が並んでいく。
 うーむ……食欲をそそられる。
 が、流石にくれとも言えないよな。

「先生は、今日は何を食べたんだ?」

 明日から、もう少し時間遅く来た方が良いかなぁ、とか考えたら珍しく話題を振られた。
 ん? 今日の朝飯?

「コンビニのおにぎり」

「は?」

 はいそこ、そんな顔をするなよー。
 分かるよ。その朝食に比べたら、その顔もしたくなるだろうよ。

「美味いんだぞ? コンビニのおにぎり」

「それだけで足りるのか?」

 ああ、3つ食ってるからな。

「流石に、昼までもつくらいは食べてるよ」

「ふぅん」

 それだけらしい。
 まぁ、間が持たなかっただけだろ。俺何も食べて無いし。
 ……さっきの、やっぱり一緒に食べた方が良かったかな?
 いや、流石にそれは変だろ。うん。
 やっぱり、明日から少し時間遅くするかな。
 でも遅くしたら、その分寝そうだよな…マクダウェル。

「先生。お茶のお代わりをどうぞ」

「お、すまん」

 絡繰の絶妙の間の持たせ方が心に沁みるなぁ。

「それで、いつまでウチに来るつもりだ?」

「そりゃ、マクダウェルがサボらなくなるまで」

「ちっ」

 そうあからさまに舌打ちするなよ。
 もうここまで来たら半分開き直ってるけどなー。

「じじいからは何もないのか?」

「また学園長をそんな風に呼ぶし……」

 まぁ、生徒から見たら爺ちゃんみたいなもんだろうけど。
 それでもせめて、学園長って呼んでくれよ。主に俺の為に。
 胃が痛くなるわ。

「別に何も言われないなぁ」

「あ、の、じじぃ……」

「まぁ、何か言われたら止めるぞ?」

「ああ、それは前も聞いたな」

 そして、何も言われない、と。
 もしかしなくても、マクダウェルって学園長と知り合いというか、面識あるんだろうなぁ。
 ……俺の首って、実は結構危ないのかも知れんと、ちょっと不安です。
 止められたら、すぐやめよう。

「ふん――茶々丸、登校の準備をしておけ」

「はい。先生、カップは帰宅後片付けますので、そのまま置いておいて下さい」

「ん、すまんな」

 もう少し学校を好きになってくれたら、俺も安心なんだがなぁ。
 どーしたもんか。




――――――エヴァンジェリン

「おい、じじぃ」

「なんじゃ、また今日もか? 入ってくるなり騒々しいのぅ」

 なんだ、だと? 今日も、だと?
 このタヌキ爺が。

「今日で何度目だと思う? ん?」

「さぁのぅ、何の事やら」

「判ってるだろうが、あの先生の事だよ」

 まったく、長く生きた爺ほど手の掛る者は居ない。
 全く聞こえない、と言った風に、驚き止まっていた手は、またいつもの作業に戻っている。
 くそっ。

「あまり私に関わらせるなよ」

「良いじゃろ、別に」

「――目障りなだけだ」

 まったく。
 ソファに腰をおろし、溜息を一つ。

「偶にゃ、あーいう先生も楽しくないか?」

「楽しい訳あるか……吸血鬼に早寝早起きを勧める人間が何処に居る?」

「あー……そりゃ、まぁ、しょうがない」

「訳あるかっ」

 だよねー、とまったくどうでも良さそうな声がまた神経を逆撫でする。

「それに、最近は――」

「また何かあったのか?」

 ――茶々丸も、あの先生を気に掛けているようだし。
 とは口を裂けても言えない。
 どうせ私の見間違い、気の所為だろう。
 あの男が私の家に来るから、接点が増えただけだろう。

「何でもない」

「ま、そう目くじらを立てるもんじゃなかろうて」

「私はせめて、麻帆良の中だけでも自由に生きたいんだがな」

「ふぉふぉふぉ、それはまた難しい事じゃな」

 まったくだ。
 学校なんて、もう通い飽きたというのに。

「とにかく、あの先生にもう関わるなと言ってやってくれ」

「どうしてじゃ?」

「これ以上関わられても、邪魔なだけだ」

 そうか、と静かな一言。
 やっと判ってくれたか?

「まぁ、会うたら言っておくからの」

「絶対だからな、タカミチにも言っておけよ?」

「判った判った」

 なんだその投げ遣りな言い方は。
 本当に言う気あるのか?
 くそ。
 絶対楽しんでるだろ。このくそじじい。



――――――

 さて、と。
 明日の準備も終わったし、帰るとするかねぇ。

「それじゃ新田先生、先に上がりますね」

「ええ、先生ももう遅いんで気をつけて下さい」

 ははは、流石に男を襲う変質者も居ないでしょ――居たら、本気で危険ですけど。
 そう笑いながら職員室を出、帰路につく。
 その途中で弁当を買い、部屋に……って。

「神楽坂と近衛か?」

「へ?」

「あ、先生」

「もう遅いんだから、あんまり出歩くなよ?」

 流石にまだ真っ暗とは言わないが、もう日も落ちかけた時間だ。
 いくらこの麻帆良が事件なんかそうそう起きないって言っても、夜は物騒だからなぁ。

「あ、あははは」

「ちょっと、小腹が空いたんですよ」

「はぁ……もうすぐ新田先生もここ通ると思うから、早く帰った方が良いぞー」

 あと、夜の間食は太るぞー、と。

「大丈夫です先生、その分動いてますから」

 はいはい。気付いた時は手遅れだと思っとけよー。
 あと近衛、男の前で腹を摘むな、腹を。
 服の上からとはいえ、先生はツッコミ辛い。

「友達と遊ぶのも良いけど、ちゃんと授業の復習もしろよ?」

「あ、は、はい」

「先生、大丈夫え。明日菜はちゃんと出来る子やもん」

 な? と神楽坂に笑顔で振る近衛。
 振られた方の笑顔は引き攣っていたが。
 そこまで悪くも無いと思うんだがな、副担としては。

「神楽坂はちゃんと成績上がってきてるんだから、自身持って良いと思うんだがなぁ」

「え? そ、そうかな?」

「今の調子で頑張れば、期末試験は良い線いけると思うぞ」

「おお、明日菜が褒められとるえ」

 そりゃ、俺だって良い所は褒めるよ。
 近衛の言葉に苦笑いし、まぁ、こんな所で言う話ではないかとも思う。

「ま、期末も近いし頑張れよー。おやすみ、二人とも」

「あ、おやすみ、先生」

「おやすみなさいー」

 手を振って別れ、そのまま帰路に。
 …………。

「……桜咲?」

「は、はい?」

 何やってるんだ、お前は。
 木の陰に隠れてるんだろうが、俺の方からは丸見えだぞ、お前。

「もうすぐ新田先生が来ると思うから、お前も早く帰れよー」

「……はぃ」

 声掛けない方が良かったかなぁ、と後悔しない事も無い。
 まだ制服だったし。何やってたんだ?

「はぁ」

 一応、明日注意しとくか。
 そうして帰路につきながら、今日も一日が終わっていく。






[25786] 普通の先生が頑張ります 3話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/05 22:48

「それじゃ、別に何もしてなかったんだな?」

「はい」

 まぁ、木に隠れてただけだし。
 職員室に桜咲を呼び出てはみたけど、特に注意する事も無いんだよなぁ。
 クラス名簿の桜咲の隣の欄をボールペンで突きながら、もう一度その顔を見る。

「あーいうのは勘違いされるから、今後は気をつけるようにな?」

「ぅ……申し訳ありませんでした」

「んじゃ、もう戻って良いぞー」

 失礼しました、と礼儀正しく礼をして職員室から出ていく背を見送り、溜息を一つ。
 散歩の途中でクラスメイトを見つけて、まだ制服姿だったのが恥ずかしくて隠れた、ねぇ。
 そりゃ無いだろ。と思うのだが、ここで詳しくも聞けないよなぁ。
 素行も良いし、問題も起こしてない、優等生って言えば優等生。

「ま、もう少し様子見た方が良いか」

 そのまま、何も書かずに名簿を閉じる。
 なんだかんだで、ウチのクラスってよく怒られてるけど問題はそう起こしてないんだよな。

「桜咲さん、どうかしたんですか?」

「いえ、まぁ、昨日の夕方に制服でうろついてたんで。せめて制服は止めろ、と」

「……結構落ち着いているようですけど、彼女もそう言う年頃なんですねぇ」

 ははは、まぁ、全部ウソじゃないよな。
 そう言うと、源先生が机にコーヒーの入ったカップを置いてくれた。

「ああ、すいません」

「長くなりそうでしたけど、そうでも無かったですね」

「いやー、自分に生徒指導とかは難しいってのは判りましたけどねぇ」

 こういう時は、多分もう少し厳しく言わないといけないんだと思うんだけど。
 そのコーヒーを一啜り。
 うん、苦い。砂糖、砂糖っと。

「あ、どうぞ」

「すいません」

 弐集院先生も一服しませんかー、と声を掛けて、小さじ一杯の砂糖を入れる。
 ……もう一杯。
 もう授業中なので、他に先生たちも居ないし、少しゆっくりしますかね。

「そう言えば、この前の小テストなんですけど」

 はい?

「2-Aの皆さん、最近調子良いみたいですね」

「おー、そうですか?」

 最近点数上がってきてたって思ってたけど、そうかそうかぁ。
 これじゃ本当に、次の期末は結構いけるんじゃないか?
 今までが今までだから、余計に期待してしまうな。

「次の期末で、最下位脱出できるか……」

「頑張ってますね、先生」

 おぅ、声に出てました?
 口にすると、なんかこう言うのって逃げてく気がするから気をつけないと。

「神楽坂達が頑張ってくれてますからねぇ、今の調子を維持してくれると良いんですが」

「ウチのクラスもそう簡単に負けませんよ?」

 あ、弐集院先生。

「いや、今回はウチ調子良いですからね」

 あわよくば最下位脱出どころか、もう少しいけるかも……?
 って、高望みしすぎか。

「まぁ、でも。今は生徒が自主的に頑張って成績を上げてくれてるのが、一番嬉しいですね」

 やっぱり、ウチのクラスは褒めて伸ばすのが性に合ってるんだろうか?
 問題出して、ヒントを与えてから自分の力で解かせて褒める。
 褒めてもらえると嬉しいし、自分でもやれると思うから、勉強も苦にならない。
 そしたら、次はヒント無しで自分だけで出来るように努力する……らしい。本の受け売りだけど。
 最近の小テストも良い点取ってるし。しばらくはこの方法で行ってみるかなぁ。
 こうやって2-Aの皆が他の先生に褒められてると、俺も嬉しいし。

「でも、来月の末には新しい先生もきますし、3学期なのに考える事が多いんじゃないかしら?」

 はぁ。あまり考えたくない事をイキナリ来ましたね、源先生。

「は、はは……まぁ、引き継ぎは高畑先生が引き受けてくれてますし」

「高畑先生も出張が多くて、忙しいだろうね」

 そうですねぇ。
 人気もあるし、仕事も出来ますから、しょうがないですよ、と。

「そうだね、まぁその分先生の腕の見せどころじゃないかい? 次の期末テストは」

「自分に出来る事なんて、授業で公式教える程度ですよ」

「覚えるのは生徒の仕事、覚えさせれるかは教師の仕事だよ」

 難しいですねぇ。
 そうだねー、そうですねぇと3人で笑い合ってコーヒーを一啜り。

「年も明けたばっかりだって言うのに、全然楽にならないなぁ」

「しょうがないですよ、教職なんですから」

「むしろ、勤めれば勤めるだけ難しくなるかもねぇ」

 それだけは勘弁してほしいものだ。
 でも今の状況では全く笑えない事に思えるのはなんでだろう?







 数日後の日曜日、天気も良かったので何となく散歩していた。
 いや、結構良いもんだね、散歩。
 家でゴロゴロしてるより、よっぽどのんびり出来てる気がする。
 そして、新しい発見も。結構休みの日でも生徒を見かけるんもんだなぁ。 

「休日まで先生に会うなんて、最悪だにゃー」

「明石ー、そんな事言われたら先生傷つくからやめようなー」

 笑顔で言われてもヘコむ事はヘコむぞー、まったく。
 
「でも実際、先生と休みの日に会うのって初めてだよね」

「せやねぇ」

 私服の先生って初めて見た、とまで言われてしまった。
 でも副担の私服なんか見ても別に何も無いだろ。
 そのまま散歩の休憩に着飾った三人の少女に囲まれてお喋りの時間にするかね。
 いやー、こう言うのは女子校勤務の役得かね。

「先生って、休みの日何してんの?」

「ん? …………まぁ、本読んだり、勉強したり?」

 あれ? 俺って休みの日って結構動いてない?
 自分ではもう少し運動してた気がするんだが、そう言うのが思い浮かばないんだけど。

「先生ってインドア派なんだ」

「そんな事は無いんだが、最近は休みの日はゴロゴロしてたなぁ」

 ああ、そうか。
 ここ最近はマクダウェル宅まで歩いてたから、休みの日は動けなかったんだ。疲れて。
 ほぼ2週間、毎日だったからな。
 ……我ながら、危ない橋を渡ってるもんだ。
 これ絶対、他の人に知られたら引かれるよな…。

「っていうか、先生でも勉強するの!?」

「そりゃするよ。神楽坂は教師を何だと思ってるんだ?」

 高畑先生だってしてると思うぞー、と付け加えておく。
 教師としては応援できないが、まぁ楽しむ分には良いだろうと思ってる。
 あの人には結構困らされてるし。出張多いし。

「……先生って、勉強好き?」

 いや、多分そこまで好きじゃない。
 と答えようとして、生徒に応えるような答えじゃないよな、と思い直す。
 うーん。

「勉強が好きやから、教師になりはったんと違うんですか?」

「どうだろうな。どう答えたら良いかなぁ」

 近衛の言葉に苦笑したが……それ以上に、上手い言葉が浮かばなかった。
 勉強が好きだから、だとなるのは教師じゃなくて学者だな、と。
 だから、勉強が好きだから教師になった――は、違う、と言えた。
 どう答えたもんかなぁ。

「近衛は教師に興味があるのか?」

「どうやろ? 先生見てると楽しそうなんやけど、教えるのはどうかなぁ」

「このかは教師とか保育園の先生とか似合いそうだよねー」

「そう?」

 楽しそうに笑うなぁ。
 俺が中学の時って、こんなに笑ってたかな? と思ってしまうくらいに楽しそうに笑う。
 ……ああ、年取ったんだなぁ、と実感させられる。ちょっと俺の笑顔は引き攣ってると思う。

「まぁ、将来なんてまだ決めるには早いだろ」

 だってまだ、中学2年だし。
 進学か就職か決めるには早過ぎる。

「うちはやっぱ先生なりたいかもなぁ」

「あたしは就職かなぁ」

「じゃあ私も就職でー」

 じゃあってなんだよ、じゃあって。まったく。
 ウチのクラスは……何というか、自由だなぁ、と苦笑い。

「昼、何か食うか? 折角だし奢るぞ?」

「え、ホント!?」

「おー、暇だしな」

 やったー、とそれだけ喜ぶ顔を見てるとこっちも嬉しくなるもんだ。

「でも、あんまし高いのは勘弁な」

「最後はキまらへん先生やなぁ」

「公務員だからなぁ」

 答えになって無い答えを口にし、4人で並んで歩いていく。
 中学生って、歩くの速いのなぁ。
 これで、俺はまた一つ勉強になった訳だ。







「えー、この前言ったように来月の頭から新しい先生が来る事になってます」

 その瞬間、教室の窓割れるんじゃないかってくらいの声が響いた。
 全体的にはそうだった的な意味で。
 うん、今日もウチのクラスは元気だ。良き哉良き哉。
 あとでまた新田先生と葛葉先生に怒られるんだろうなぁ……。

「まぁ、詳しい紹介はその先生が来た時にするから朝倉、落ちつけ」

 さっきからお前、瞬きしてないぞ。
 怖い、あと鼻息荒い。

「先生っ」

「出身はイギリス、向こうの学校じゃ天才みたいに言われてた、まだ若いらしいぞ」

 残ってた手持ちの情報はここで出しきります。
 これで、今週は何も言われないだろう。
 しきりにさっき言った事をメモ帳に書きながら、それでもその目はチラチラとこっちに向いている。
 正直こういう時の朝倉は怖い。
 さすがジャーナリスト志望。ネタへの欲望が凄い。ある意味尊敬できる。

「先生っ」

「顔写真も履歴書もまだ届いてないから、顔は判らないぞ。でも、学園長が一押しするくらいだから相当優秀な先生だと思われる」

「そんな信じられない話があるかっ」

「本当なんだからしょうがないだろー」

 あと、先生にタメ口か。
 今日の数学の時間は当ててやるから覚悟しとけよ。
 ちなみに、朝倉が言った事は俺も学園長に言いました。タメ口じゃなかったけど。
 どうにも送った書類が別の所に届いたらしい。
 まぁ、人事とかそう言うのは学園長とかもっと上役職の仕事だから、俺はそう困らないけど。

「名前は?」

「ネギ先生らしい」

「美味しそうな名前だねー」

 まったくだ。
 鍋とかに合う名前だなー、とは俺が初めて聞いた時の感想だ。

「ネギ=スプリングフィールド先生。まぁ、赴任して来られた時、また紹介するけど」

「春野菜?」

「ネギは冬野菜だ」

 野菜言うな、失礼な。

「格好良いのかなぁ?」

「どうなんですか、先生?」

「まぁ、天才らしいしどうだろうな?」

「天は二物も三物も与えるかもって事かー」

 鳴滝姉妹には注意しといたほうが良いかな?
 まぁ、教師にだし、そう無茶はしないと思うけど。
 個人的にはメガネは掛けてると思う。イメージ的に。

「そんな所だ。高畑先生から、何かありますか?」

「んー、言わなきゃいけない事は先生が言ってくれたからね」

 そうですか、と。まぁいつもの流れである。
 後は特に無かったよな。

「それじゃ、HR終わり。一時間目は移動教室だから、遅れないようにしろよー」

 ちなみに、高畑先生が担任から外れるとはまだ伝えていない。
 いや、神楽坂がどういう行動に出るかもう判るし……。
 これも一つの問題なんだろうなぁ。高畑先生、どうにかしてくれないかな?

「ん?」

「いえ」

 どうにもしてくれない気がするなぁ。







 最近はちゃんと授業受けてくれてたと思ったんだがなぁ。
 というのが、最初の感想。
 そして、職員室まで報告に来てくれた雪広に聞こえないように、心中で小さく溜息を一つ。

「すまなかったな、雪広」

「いえ、クラス委員ですから」

 うーん。
 また早退か。

「次の授業の準備があるだろ? 急いで戻れよー」

「はい、失礼しました」

 でも廊下は走るなよー、と声を掛けクラス名簿を開く。
 えーっと、確かあと……何日休めたんだっけ?

「またマクダウェルですか?」

「はは、彼女は気紛れな所がありますから」

 っと、あったあった。
 あと2日かぁ。

「最近は真面目に登校してきてたようでしたけど」

「ええ、まぁ明日はちゃんと来てくれますよ」

「だと良いんですが」

 今朝は普段通りだったと思ったんだが……絡繰は、ちゃんと残ってるんだよな。
 一人で帰ったらしいし。何かあったのかな?
 注意しとかないとな、やっぱり。

「まぁ、彼女にも事情があるんですよ」

 へ? ああ、瀬流彦先生。
 いきなり後ろから話しかけられたんで、少しびっくりした。
 って、それどっかでも聞いたような……。

「そう言えば、高畑先生もそう言ってました」

「ちょっと家庭の事情が複雑なんですよ、彼女は」

 …………俺、そう言うの全然聞いてないんですけど。
 担任の高畑先生が知ってるから、別に良いのかな?

「どう言う事情なんですか?」

「さぁ、それは……僕の口からは、ちょっと」

「そうですか」

 ふむ。やっぱり、根本的な問題はその“事情”が関係してるんだろうな。
 その事情が解決すればきちんと登校してくれるようになる、可能性は低くは無いんだろうけど。

「そっかぁ」

 どーしたものかなぁ。
 家庭の事情かぁ、やっぱり。
 あんな大きな家に絡繰と二人で暮らしてるし。
 聞き辛くはあるよなぁ……そう言えば、関係無いとか言われたし。

「あまり悩まない方が良いですよ」

「そういう訳にもいきませんよ」

 一応、あんまり役に立てないんだろうけど彼女の副担任ですからね。

「……まぁ、ほどほどに」

 そんな瀬流彦先生の声を聞くと、やっぱり、マクダウェルは学校に来させないといけない、と思ってしまう。
 口は悪いし、態度も悪いけど……生徒なんだから。

「明日からはまた来てくれますよ」

「――先生は肩の力を抜かない方が良いのかもしれないですね」

「いや、抜かせて下さいよ」

 何という事を言いますか。
 はいそこ、笑わないで下さいよ新田先生も。





――――――エヴァンジェリン

「おはよう、マクダウェル」

 制服に着替えリビングに降りていくと、ここ最近で聞き慣れた声がまた聞こえた。
 自然と、頭痛でもしたように頭を抱えてしまう。

「……いい加減言うのも飽きたが、また来たのか」

 そして、その男の後ろに控えている茶々丸を一瞥し……溜息を一つ。
 しょうがあるまい。溜息を吐きたくもなるさ。
 私と茶々丸の二人だけだったこの家に、異物が一つ。
 ――その光景が、見慣れたモノになりつつあるのだから。

「昨日はなんで早退したんだ?」

「先生には関係ない事だよ」

 明日辺り、チャチャゼロもくわえてやるのも良いかもな、と思いながら茶々丸が引いた席に座る。

「まぁ、もう日数本当にギリギリだから気をつけろよ?」

「判ってるよ。大丈夫だ」

 本当だと良いんだけどなぁ、という声を無視して用意された紅茶を一口。
 ふむ。

「しかし、昨日話してた新任の先生の話は前から出てたのか?」

「んあ?」

 何だ、その顔は?
 どうせ私から話題を振ったのが意外だったんだろうがな。

「いや、えーっと……去年の暮れには言われてたかな?」

「そうか」

 あのくそじじい、私にナギの息子の事を隠してたな……くそ。

「そういえば、マクダウェルと絡繰が休んでた時にその事言ったのかもな」

「…………そうだったのか」

 基本、私が休んだら茶々丸も一緒に休んでいたからな。
 今度からは極力茶々丸は学校の方に行かせた方が良いかもしれないな。

「やっぱり、マクダウェルも新任の先生ってのは気になるか?」

「何だその顔は。別に――天才と言っていたが、どれほどのものかと思っただけだ」

「そうかそうか」

 何嬉しそうにしてるんだ、この男は。
 ああ――さっさと諦めてくれないものか。

「絡繰も気になるか、やっぱり?」

「いえ、私は気にしません」

 そうかぁ、と今度は頭を落として落ち込むし。
 判りやすい奴だな、と。呆れてしまう。

「しかし、これで先生ともお別れだな」

 このよく判らない関係も、もう数週間だけだと思うと……嬉しくて仕方が無いな。
 最後の日くらいは、朝食を食わせてやっても良いかもな、と思えるくらいに。

「ん?」

「何故そんな不思議そうな顔をする?」

 ネギ=スプリングフィールドは副担任になるんだろう? と言うと、ああ、とまた可笑しそうに笑う。
 何だ?

「高畑先生と入れ替わり。ネギ先生は君らの担任だよ」

「なに?」

 たん、にん……?
 ネギ=スプリングフィールドが?
 ナギの息子が、担任?

「副担任は?」

「俺」

「本当にか?」

「……そんなに嫌か」

 ええい、大の大人がそう簡単に落ち込むなっ。
 まったく。

「本当に副担任は先生なんだな?」

「……ああ、そうだよ」

「別にそうまで嫌じゃないから落ち込むな、鬱陶しい」

「絡繰、お前のご主人さまが酷い……」

「しょうがありません。マスターの口の悪さは先生も判っておられるはずです」

 うるさい、ボケロボ。
 しかし――そうか。
 ネギ=スプリングフィールドが担任で、先生が副担任か。
 そうか、そうか。

「タカミチは2-Aのクラスから外れるわけだ」

「高畑先生なー」

 無視。

「はぁ」

「気を落とさないで下さい、先生。お茶のおかわりをどうぞ」

「おお、すまないな絡繰」

 あー、鬱陶しい。
 少しは静かに出来ないのか、この先生は。

「来月の頭から、だったな」

「そうだな。情報だけ来て、書類がまだ無いから前後するかもしれないが」

「ふん――来るのが判ってるなら良いさ」

 英雄の息子の情報だ、間違いは無いだろうさ。
 ――ああ、その日が早く来ないものか。
 停まってしまった心臓が、心が、まるで高鳴るような錯覚。
 ナギの息子が来ると言う事。
 タカミチが私の監視から外れると言う事。
 それはきっと、じじいの考えの内なんだと判る……が。

「茶々丸、登校の準備をしろ」

「かしこまりました。先生、カップはまた置いておいて下さい」

「ん、判った」

 もしかしたら、と思ってしまう。
 もしかしたら、この身を縛る呪い――蝕む“毒”とも言えるソレを、解く事が出来るのでは、と。

「嬉しそうだなぁ」

「最高の気分だよ」

 ああ――こんなにも“その時”を楽しみにするのは……12年ぶりか。

「それじゃ、その調子でちゃんと進級できるよう頑張ってくれな」

「……気が向いたらな」

 もう少しで授業を受ける意味もなくなるからな。
 最後くらいは、言う事を聞いてやるのも良いかもな……と思ってしまうのは、ここ最近に慣れてしまったからか。
 やはり、少し慣れ合いが過ぎたのかもしれんなぁ。

「先生」

「ん?」

 ……………………

「そろそろ出ないと、遅刻してしまうぞ」

「おー、そうだな」

 絡繰ー、と呼ぶ声を聞きながら――何も知らないから、そう呼べる先生の背を、目で追った。
 






[25786] 普通の先生が頑張ります 4話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/06 20:18

「それじゃ雪広、このプリントを授業の前に皆に配っといてくれ」

「判りました、それでは失礼します」

 おー、すまないな、と声を掛けて、もう冷めてしまったコーヒーの残りを全部飲む。
 ……底に砂糖が溜まっていて、妙に甘ったるい。
 しかし、ネギ先生って何者なんだろうか?
 あまりにこっちに情報が回ってこないからネットとかで向こうの学校を調べてみたけど、
 HPを作っていないのか、どんな学校なのかも判らないしなぁ。
 メルディアナ、って学校自体聞いた事も無いしなぁ。

「先生」

 っと。

「ガンドルフィーニ先生?」

 珍しい。あんまり話さないどころか、向こうから話しかけてくれたのって初めてじゃないだろうか?
 まぁ、教科も担当の学年も違うからそれも……当たり前というのはアレだけど。
 と言うか、何で高校教諭が女子中の職員室に? まぁ、偶に見かけるんだけど。

「どうかしましたか?」

「ああ、いえ。少し時間が出来ましたので、お話でもと」

「は、はぁ」

 今まで話した事も無かったですし、と言われても。
 俺、何かしたかな……?

「はは、そう畏まらなくても良いですよ」

 そー言われてもですね。

「そうだ。コーヒーとお茶、どっちが良いですか?」

「それじゃ、コーヒーで」

 とりあえず、飲み物で場をもたせるか。
 ……どんな話振ればいいんだろう?
 いきなり来られると、困るなぁ……他に誰も居ないし。
 コーヒーを淹れながら、昨日見たバラエティ番組とか話題にしたら駄目かなぁ、と考えてみる。
 なんか雰囲気的に、堅そうだし。
 そんな失礼な事を考えながら、コーヒーをもって机へ。

「どうぞ」

「すまないね。こっちから来たのに、気を使わせてしまって」

「いえいえ。あ、どうぞ椅子にかけて下さい。それに、先生と話す機会も無かったですし、時間を作ってもらって助かります」

 二人揃って、笑い合う。
 うーん、気まずい。何か用が合って来たんだろうけど……。

「それで、どうしたんですか?」

「んー……今度来る、新任の先生について、少しね」

 ああ。

「高等部の方でも話題になってるんですか?」

「少しね。外国からの先生のようだし、ね」

 そうか。
 ガンドルフィーニ先生も、外国からだもんな。
 心配、してくれてるんだろうな。その先生の事。
 異国の地で新任。しかもこんな時期に。

「新任だと言うし、少し心配でね」

 それにこんな時期だし、と。
 まぁ確かに。普通なら新学期からだよなぁ。
 何か向こうさんの方で色々あったらしいけど。
 その理由も詳しく聞けてないし。

「先生は、学園長から何か聞いてますか?」

「いえ。まだ名前とかしか聞いてないんですよ」

 優秀な先生だってのは聞いてますけど、顔も知らないんですよねぇ、と。
 苦笑して……ガンドルフィーニ先生は真顔で頷いていた。
 ……うーん。

「やっぱりおかしいですよね?」

「そうですね。でも……」

 ?
 変な所で言葉を切られて、首を傾げてしまう。

「まぁ、スプリングフィールド先生にも良い経験でしょうね」

「あ、名前まで知ってるんですね」

 それも当然か。こうやって、俺に話を聞きにくるくらいだし。

「ガンドルフィーニ先生は、そのネギ先生がどういう人か聞いてますか?」

「……少し、風の噂で聞いてるだけですよ」

 へぇ、って、もしかして俺より詳しい……のだろうか?

「どう言う先生なんですか?」

「優秀、ですよ。向こうの学校を首席で卒業したほどですし」

「おー。主席って事は、やっぱり頭良いんですね」

 学園長が優秀とか天才とか言ってたけど、本当だったんだ。
 それはそれは、ネギ先生の赴任がますます楽しみだな。

「将来は有望でしょうね」

「そうですかー」

 将来有望と言う事は、学生である今も優秀と言う事だろう。
 じゃあこの時期に来るのは、在学中に教師を経験して、来年に備えてるってことなのかな?
 教育実習とかもあるし――外国の学校じゃ、良くある事なのかもしれない。
 聞いた事無いけど。
 その後も話題はネギ先生中心で、気付いたら結構な時間を話し合っていた。

「それじゃ、先生はスプリングフィールド先生については何も知らされてないんですね」

「ええ。名前と、出身とか……ネットで調べても判らなくて、少し不安だったんですが
 今日は良い話を有難うございました」

「いや――こっちの方が、時間を取ってもらって悪かったね」

 いえいえ。
 
「ガンドルフィーニ先生も、自分だけじゃフォローしきれない時は、よろしくお願いします」

 主に言葉的な所で。
 そう言うと、また小さく笑われてしまう。
 ああ、良い先生だなぁ――と。
 なにせ、新任の先生が心配だからと自分で時間作ってこっちに来るくらいだし。

「それじゃ、また時間が出来たら来て良いかな?」

「どうぞどうぞ。今度はお茶菓子用意しときますよ」

 うーん、俺もまだまだだなぁ。
 あんな風に少しでも時間に余裕を持って、周りを気にする事が出来るようになりたいもんだ。
 そう考えていたら、授業終了のチャイムが響く。
 あ、次は1-Bで授業だったっけ。
 準備してないぞ……。







 新任の先生も、遂に来週には来るのかーと。
 最近好きになった学校終わった後の散歩をしながら、考えてみる。
 日は落ちたけど、街灯の明かりの下はまだたくさんの人が歩いている。
 ……中に見知った生徒の顔があるのは、あまり褒められたものじゃないけど。
 そこまで目くじらを立てるもんでもないかと思い、そう注意もしていない。
 もう少し遅い時間に出歩いてたら、注意しないといけないなぁ。

「――――?」

 そんな事を考えながら歩いてたら、服の裾を引っ張られた。

「……ザジか?」

 こくん、と小さく頷いたのは、2-Aのザジだった。

「どうしたんだ?」

 もう一度、裾を引っ張られる。今度は少し強く。

「っとと」

「………………」

 裾を掴んでいたのとは反対の手で、今度はある方向を指さす。
 ん?

「ああ、超包子か――で?」

 もう一度、裾を引かれ、指さしていた手で、今度は何かを食べるようなジェスチャー。
 ああ、なるほど。

「お腹空いたのか?」

 首を横に振られた。
 まぁ、そうだろうなぁ。
 いくら副担だからって、いきなり晩御飯要求されても反応に困る。
 そんな事を考えていたら、今度はさっきほどの食べるジェスチャーの後に、頭を下げられた。

「晩御飯を食べてくれ、って事か?」

 コクコク、と二度頷かれる。
 ……思っちゃ駄目なんだろうが、判り辛い。

「――なぁ、喋った方が早くないか?」

 首を横に振られた。
 いや、喋れること知ってるから良いだろ……と言うのは無粋なんだろうなぁ。

「ま、いいか」

 客寄せか? と聞くと頷かれた。
 曲芸手品部のピエロをやってると言う事で、普通の会話はジェスチャーで行っているというだけでも変わってるしなぁ。
 まぁ確かに、サーカスのピエロってよく考えたら喋らないよなぁ、とその時妙に納得もしたけど。
 でも、授業中もこの調子だから困るんだが……言っても聞いてくれないんだよな。
 成績も悪くなく、クラスの中でも孤立してないからそう強くも言えないし。

「先生」

「おー、そう言えば絡繰もここでバイトしてたんだったな」

「珍しいです、先生が外食とは」

「散歩してたらザジに捕まってなぁ」

 まぁ、確かに外食は珍しいかもしれないな、と自分でも思う。
 前は仕事終わったら部屋に戻ってすぐに次の日の準備して寝てたからなぁ。
 それに、超包子には意図してあまり来ていない。
 自分の生徒が店を切り盛りしてるのだ、先生が来たら気まずいだろうし。
 美味いって評判はよく聞くから、人気があるのはよく知ってるけど。

「それじゃ、何食べるかなぁ」

 空いていた席に座ると、水をもってきたのは絡繰だった。
 よく見るとクーフェイに超も居る……この店って、よく考えたらウチのクラスのバイト多いんだなぁ。
 顔見知りの店だし、頼みやすいんだろうな。
 しかし、

「それじゃ……何食うかな。四葉、すぐ出来るのを一個くれ」

「あ、判りました」

 ……作ってるのもウチのクラスの生徒ってどう思う?
 いや、良いんだけどさ。食中毒とか出なかったら。
 一応、そう言うのは細心の注意を払ってます、っては言われたけど。
 出店許可証も持ってるし。アレって未成年でも許可出すものなのかな?
 許可証の発行って、なんか学園長が一枚噛んでるって噂だったけど。

「最近調子はどうだ?」

「はい、お客さんも定着してきましたし、良い感じです」

「そうかー」

 将来の夢は料理人、と言うだけあって、四葉の料理は美味い。
 中学生で、もう夢を持ってるのも凄いと思うし、その為に努力もして、こうやって店を切り盛りしてる。
 ある意味で皆に見習ってほしく、でも、ある意味で皆みたいにもっと遊ぶべきなんじゃ、とも思う。
 教師としては、どう応援すべきか難しい所である。

「さっきまで新田先生と弐集院先生もいらしてました」

「ありゃ、もう少し早く来ればよかったな」

 先生達、今日の晩飯はこっちで済ませたのか。

「そうですね……先生は、中華はあまり好きじゃないんですか?」

「ん? いや、そうでもないかなぁ」

 チャーハンはよく作るし。
 ……あの男の料理を中華と言って良いのかは不安だが。多分駄目だろうな、うん。

「辛いのが苦手なんだよな」

「ふふ――中華料理って辛いイメージがありますもんね」

 と、差し出されたのは彼女が良く作っている肉まんだった。

「これなら辛くありません」

 そう言って本当に楽しそうに笑顔を浮かべる。
 客商売も、ずいぶん板に付いたんだなぁ。
 こりゃ客も寄り付くわ。うん。

「おー、すまんな」

 んぐ。

「お、あち……ん、また美味くなったなぁ」

「そうですか? 少し、材料をまた変えてみたんです」

「へー」

 俺は料理をしないからよく判らないけど、この歳でこれだけの肉まん作れるなら、
 料理学校行けばすぐ調理師免許取れるんだろう、と思うくらいに美味い。
 これなら固定客もできるよな。安いし。
 もう少し値段上げても大丈夫だと思うけど、相手にするのは学生だし、ちょうど良いのかもな。

「んじゃ、お代は……絡繰」

「はい」

 傍に居た絡繰を呼び、代金を渡す。
 忙しくて、レジにまで人手が足りてないようだし。

「ごちそうさま。それじゃ、また明日なー」

「はい、先生。よろしければまた来てください」

「先生、それではまた」

 おー、と応え店を出ると……少し離れた所で、ザジがジャグリングしてた。
 糸で繋がった棒を使って重なったコマみたいなのを回すアレだ。

「……おー」

 せっかくなので、その近くに腰を下ろして見ていく事にする。
 自分の体に絡ませるようにしたり、コマみたいなのを投げたりして――素人目にも、物凄くレベルが高いと判る。
 ギャラリーも多いし――アレって、ピエロの練習だろうか?
 それから数分して、投げたコマを手にとって一礼。
 次は足元に置いてあったヨーヨーを取って、それでまた技のようなものを繰り出していく。
 ――レベルが高過ぎて、凄いという事しか判らない。
 多分名前とかあるんだろうな、あのクルクル回すやつも。
 アイツ、もうサーカスとかでも食っていけるレベルじゃないんだろうか?
 それでも練習が必要と言ってたし……奥が深いんだなぁ、芸って。

「凄いんだな、ザジ」

 その後も使う道具を変えての練習は30分ほどで終わった。
 いや、本当に凄いと思うよ。
 あっという間に時間が過ぎたんだから。
 そう声を掛けると、ザジは振り向き――その顔はこの寒空の下でも汗が滲んでいるほどだ。

「ん?」

 首を横に振られる。

「凄くないって?」

 今度は縦に。
 片付けの邪魔にならないように離れて、彼女特有のジェスチャーを自分なりに解釈していく。

「いや、凄いと思うぞ? 最後は拍手までしてしまった」

「…………………」

 それでも、首は横に。

「まだまだ、って所か?」

 その問いには一瞬止まり、首は縦に振られる。
 凄いんだなぁ、お前って。
 今度は、俺が指差された。

「俺?」

 頷かれる。

「俺がどうかしたのか?」

 小さく笑い、自分を指さした後、首を振り、俺を指差す。

「……スマン、喋ってくれ」

 限界だ、と両手を上げると……笑って後片づけに戻るし。
 ――もしかして、俺も凄いって言ってくれてたのかなぁ、と。
 いや、そりゃないな。
 自分の考えに恥ずかしくなってしまう。

「帰りはどうするんだ?」

 送っていくか? と聞くと首を横に振られた。
 続いて超包子を指す。

「ああ、一緒に帰るのか」

 頷く。
 まぁなら大丈夫かな。そう遅くも無いし。

「それじゃ、また明日な」

「………はい、また明日」

 そこは喋るのか。

「風邪ひくなよー」







 数日後の昼休み。

「ああ、私も見てましたよ。凄いですね、彼女」

 何となくザジの話題を振った所、源先生と弐集院先生はあの場に居た事が判った。
 と言うか一緒に見ていて、俺の事には気付いていたらしい。
 ……全然気付いてなかった。
 コンビニの幕の内弁当を箸で突きながら、小さく気付かれないように溜息を一つ。
 いやまぁ、ザジのパフォーマンスが周囲に目がいかないくらい凄かったという事で。

「あの歳であのレベルなら、麻帆良を出る頃には本職顔負けなんだろうね」

「ですねぇ」

 いや、本当。
 アレは凄い……そう素直に言えるくらいに凄い。

「四葉さんも軌道に乗ってるみたいだし、彼女たちの進路は心配無いんじゃないですか?」

「いやぁ、それはまだ判りませんよ」

「まぁ、あの年頃は多感な時期ですからね。今の夢が一年後の夢とも限りませんか」

 そうですね、と。
 でも――出来れば彼女たちには、今の夢を叶えて欲しいと思う。
 源先生の言った通り、一年後がどうなるかなんて判らないけど。
 それでもあんなに楽しそうに自分の夢を話せるんなら、それはきっと本当に“好き”なんだと判るから。

「でも、四葉さんは料理学校に進学とか就職とかで道はわかりますけど、
 ザジさんのような方の就職って、どうなるんでしょうか?」

 ああ。

「本人はサーカスに弟子入りするらしいですよ。それに、それが駄目でもそういうパフォーマンスの学校もありますし」

「そういう学校もあるんだ」

「最近は、そう珍しくも……無いのかな?」

 あんまり聞きませんね、とは弐集院先生。
 ちなみに、俺も調べるまではどうすればいいのか分からなかったです。

「麻帆良にそういう学校ありましたっけ?」

「無いんですよねぇ」

 流石に、大学まで揃ってるこの麻帆良でも、サーカスの学校までは揃ってなかった。
 と言う事は、ザジとは長くて高校まで。
 もしかしたら中学卒業したら麻帆良を出る可能性もある。
 料理の専門学校は高校からあったので、四葉の進学はそっちになるかもしれない。
 中学までは学業の差はそうまで無いが、高校になったらみんなバラバラになるのかもなぁ。
 ……今の2-Aの皆が一緒に居られるのは、後1年。
 判ってはいたけど、時が経つのって早いよな。
 ついこの間中学1年生だったと思ったのに。

「将来を考えるなら高校進学から考えないといけないですからね」

「この時期が一番大事なんですよ、あの子達にとっては」

 そうですね。
 副担任とはいえ、初めて担当のクラスを持ったから判る。
 進学するか、就職するか。何を目指すのかで――あの子達の中学卒業後が決まるのだ。
 プレッシャーになるからそう難しく考えない方が良いのかもしれないけど。
 やっぱり、教師ってのは大変だ。

「教師って大変ですね」

「大変ですよ。今更気付いたんですか?」

 いえ、そんな当たり前の事最初の1年で気付いてました。
 そう答えずに、はは、と苦笑い。
 弐集院先生も源先生も笑ってくれてるので、なんか助けられた気分だな。

「あー、そう考えるともうすでに寂しくなってきますね」

「気が早過ぎますよ、先生」

 そうですね、と笑い淹れてもらっていたお茶を一啜り。

「まぁ、その前に彼女たちが大嫌いな期末テストがあるんですけどね」

 ですねー……そろそろ、テスト内容考えないとなぁ。







「おはよー、絡繰」

「おはようございます、先生」

 そう言って、深々と一礼。
 ここ最近の朝の光景である。
 前はそう畏まらなくていいと言っていたが、もう諦めた。

「本日はいつもより早かったですね」

「お、そうか?」

 同じ時間に出たんだが……体力がついたって事かな?
 息もそう上がらなくなったし。
 ……本当に良い運動になってるのかもな、マクダウェルの迎えって。

「掃除が終わるまで、もうしばらくお待ちください」

「ああ、いい、いい。のんびりしてるから、キチンとしといてくれ」

「はい」

 ……しっかし、

「毎日掃除してるんだな」

「それが私の仕事ですので」

 偉いなぁ。
 ――俺の部屋って、最後に掃除したの何時だっけ?
 今度の休みは、本格的に掃除するかな。
 近くにあった座れそうな岩に腰を下ろし、絡繰を何となく目で追う。
 ……家庭の事情、ねぇ。

「なー、絡繰」

「なんでしょうか?」

「……マクダウェルとは、長い付き合いなのか?」

 どう切り出したものか。

「私が生まれた時からの付き合いです」

「長いんだな」

 生まれた時からかー。
 やっぱり家族ぐるみとかの付き合いなのかな? ドラマみたいに。

「いえ。……先生は」

 ん?
 何時の間にか、その手は止まっていた。

「先生は、どうしてマスターをそんなに気になさるのですか?」

「そりゃ、先生だからなぁ」

 先生ってのは自分の生徒には、ちゃんと登校してほしいもんだ。
 それに、他の先生達にもキチンと見てほしいし。

「こんな朝早くから、何をやってるんだ」

 そんな事を話してたら、話中の人物がドアを開けてきた。
 今日も珍しく、自分から起きれたようだ。
 このまま早起きできるようになってくれると良いんだが……難しいのかなぁ。 

「おはようございます、マスター」

「おはよう、マクダウェル」

「ふん――茶々丸、朝食を用意しろ」

 そんな俺たちを一瞥して、小さな少女は家の中に戻っていった。
 うーん、今度は朝の挨拶の事を言わないといけないのか。




――――――エヴァンジェリン

「凄いな……」

 ふ、そうだろそうだろ。
 私が朝食を摂っている間、あの男が目を付けたのは昨日まで無かった人形だった。
 私の手作り、茶々丸の姉とも言える人形――チャチャゼロ。
 長い時間一緒に居た、家族とも言える存在。

「これ、本当にマクダウェルが造ったのか?」

「ああ」

「器用なんだなぁ」

 両手で持ち上げたり、関節を動かしたりしてる姿は、まるで子供だな。
 何をやってるんだか。

「この服もか?」

「ああ」

 そう感心されると悪い気もしないが、傍から見ると危ない人間だぞ、先生。
 まぁそう思っても、止めたりはしないが。
 あの年上然とした先生のこういう姿は、見ていてなかなか面白い。
 茶々丸が淹れた紅茶を飲みながら、他の人形にも目が行ってるし。

「もしかして、ここの人形全部か?」

「……買ったヤツもある」

「へぇ。これは?」

「それは買ったヤツだ」

「これ」

「それもだ」

 リビングに置いてある人形の半分は買ったヤツだったかな?
 そう考えると、私も相当数の人形を造ったものだ。

「器用だなぁ」

「先生は裁縫などは苦手なのですか?」

「おー、ボタンの付け方も忘れてるなぁ」

 それはどうかと思うが、まぁ男と言うのはそういうものなのかもな。

「ふん、最低限の身嗜みだけは整えといてくれよ、先生」

「……気を付ける」

 一応の嫌味をキチンと受け取ってくれてなによりだ。
 朝食を食べ終え、茶々丸に下げさせる。
 そろそろ学校に行く時間か。

「それで先生、あの天才先生の話はどうなった?」

「ん? ああ、ネギ先生か」

 チャチャゼロを見ながら喋るな。
 お前は、人を見ながら喋るように教わらなかったのか? まったく。

「どうにもなぁ、なんか書類も送り直してもらうのに時間が掛るからって、本人見るまで顔判らないかも」

「……手抜きだな」

「そう言ってくれるなよ。人事の人も忙しいんだろ、きっと」

 ただ単に、アレの情報を必要以上に残したくないだけかもな。
 英雄の息子がこれから何を成すか――魔法界は欠片も見逃す事は無いだろう。
 そして――見られ続けるのだ。監視されるのだ。私のように。

「教師、ねぇ」

「ん?」

「いや、楽しみだな、と」

 私が最後にナギを見たのが15年前……10歳前後の教師なんてあり得るか?
 あり得る筈も無いだろう。それがどんなに賢く、聡くてもだ。
 だから、楽しみだ。楽しみで、楽しみでしょうが無い。
 どのような馬鹿をやらかしてくれるのか。
 そして、その血はどれほど純粋に澄み、どれほど純粋に濁りきっているのか。
 見てみたい、と思う。
 英雄の息子を。
 ナギの子供を。
 私を縛る血族を。

「そうかぁ」

「……先生」

「んー?」

 その顔をやめろ、まったく。

「その顔はムカツクからやめろ」

「……最近容赦が無くなってきたな、マクダウェル」

 当たり前だ。
 ふん……。

「人形遊びが好きな先生には、ちょうど良いくらいだろう?」

「もう少し目上の人を敬おうなぁ」

「敬うほどの人格者か」

「まぁ……そりゃそうだ」

 そこは否定しろよ、先生。

「マクダウェルは、将来は人形造りの仕事に就きたいのか?」

「何だ、いきなり」

 話題を振るにしても、もう少し空気を呼んで話せ。
 まったく。

「いや。これだけ上手なら、そういう風に考えてるのかな、と」

「ああ」

 まぁ、教師なら当然の考えか。
 来年は高校受験とやらだしな。

「さぁな――そう言えば、考えた事も無かったな」

「そうなのか」

「ああ」

 そうだな呪いが解けたら、まず何をするかな――。
 解くことに躍起になって、その先は考えて無かった。
 ふむ。

「ま、これから考えれば良いだろ。まだ一年あるし」

「そうだな」

 将来、か。
 私に将来なんてあるのかどうかも判らないというのに。

「とりあえず、まずは期末だな」

「……嫌な事を思い出させてくれるな、先生」

「先生だからなぁ」

 その答えになって無い答えに、苦笑してしまう。
 まったく――本当に、変な先生だ。
 




[25786] 普通の先生が頑張ります 5話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/07 22:17
――――――エヴァンジェリン

「おはよう、先生」

 もう慣れつつもある朝の光景に頭を痛めながら挨拶をすると、
 茶々丸と話していた顔が、こちらを向く。

「おはよう、マクダウェル」

「おはようございます、マスター」

「うむ」

 まったく――本当に一月来たな、この男は。
 普通は途中で嫌気がさすと思うがな、私の相手は。
 あのタカミチですら諦めたんだがなぁ……と思いながら、席に着く。

「先生、朝食は?」

「おー、ちゃんと食べてきたから大丈夫だ」

「それは良かった」

 何気ない会話をしながら、朝食を摂る。
 本当なら、別に食べなくても良い――と言うか、私は朝食は摂らない主義なんだが。
 どうにもこの先生、煩い。
 はぁ……お陰で、ここ最近は規則正しい吸血鬼になってしまって困る。
 早寝早起き、ちゃんと朝食を摂って挨拶をする吸血鬼なんてどんな文献にも載って無いだろうな。

「そうそう、今日は新しい先生が来るぞー」

「それは昨日も聞いた」

「いやー、嬉しそうだったからもう一回」

「別に、嬉しそうではなかったと思うがな」

「そうか?」

 普通に先生の話を聞いていただけだと思うがね。
 良い方に解釈し過ぎだ……ポジティブと言えば聞こえは良いが。

「先生は、今日は急いで行かなくて大丈夫なのですか?」

「ああ、迎えには高畑先生が行ってくれるんだと」

 俺も行くって言ったら、断られたんだよなぁと。
 ……なんだそれは?

「大丈夫なのか? 副担任」

「しょうがないだろ、あんなに念押して大丈夫って言われたら」

「何をやってるんだ、タカミチは」

「高畑先生な?」

「はいはい」

 あーもう、だからそう簡単に落ち込むなっ。

「判った。高畑先生、これで良いな?」

「物凄い投げ遣りだな……」

 五月蠅い、黙れ。
 まったく……私の静かな朝は何処に行ったんだ?
 はぁ……。

「先生、お茶のおかわりは如何ですか?」

「ん、いつもありがとうな、絡繰」

「……茶々丸、私にもだ」

「判りました」

 ふぅ。
 やはり、朝からだとそう食べれないな。
 もとから少食だし。

「まぁ、そういう訳で、今日は早めに登校すると言う事で良いか?」

「どう言う訳か判らんが……まぁ、偶には良いだろう」

 私も、早くその天才先生とやらを拝みたいしな。
 ……どうして自分から話を振ったくせに、そんな驚いた顔なんだ先生?

「おい」

「いや、すまんすまん」

「どういう意味だ?」

「あー……特に意味は無い。うん」

「こっちを見ろ、せ、ん、せ、い?」

 おい、怖いとか言うな。
 最近は結構おとなしくしてる方なんだぞ? まったく。

「茶々丸、用意しろ」

「判りました。先生、少々お待ち下さい」

「あ、ああ。すまないな、こっちの都合で」

「いえ、構いません」

 おい、その言葉は普通私に向けるんじゃないのか?

「先生?」

「ん、な、なんだ?」

「その言葉は私に向けるもんじゃないのか?」

「あ、すまん。こっちの都合で早く登校する事になってすまないな」

 お前の言葉も投げ遣りに聞こえるのは気の所為か?
 まったく、この先生は。

「……はぁ。いや、副担任と言うのも大変なんだな」

「あー、いや。そうでもないぞ?」

 そんな私の嫌味に若干引き攣った笑みで応える先生。
 そんなに怖がるなら、近寄らなければ良いだろうに。まったく。
 確かに私は、多少過虐的な所が無いでもないが……その顔を見てると、そんな気も起きんな。
 先生は私の趣味ではない、うん。
 それが判っただけでも、この朝の時間は無駄ではないな。

「そんな風には見えんがな」

「ぅ――まぁ、好きでやってる事だしな」

「モノ好きだな、本当に」

 心からそう思うよ。

「はぁ……」

「ふふ――溜息を吐いたら、その分幸せが逃げるらしいぞ?」

「あ、すまん」

 ふん。茶を一口啜り、気を落ちつける。
 まぁ、落ち着かせるほど乱れてもいないが。

「それで、新任の先生の担当は何になるんだ?」

「ん? あー、英語だ」

「そうか」

 英語か。なら、私には問題無いな。

「でも、テストの点数とかは逐一見ると思うから油断するなよ?」

「……ふん」

 笑うな、くそ。
 判っているよ、自分の成績くらいはな。

「だから絡繰に勉強を教えてもらえと、あれほど」

「判った判った。まったく、教師と言うのは皆先生みたいに小言が多いのか?」

「それが仕事だからな」

 開き直るなよ、まったく。
 変な所は打たれ強いな、この男は。

「マスター、先生。準備が出来ました」

「おー、それじゃ行くか」

「はぁ」

 自然と溜息が洩れてしまうのも、しかたがないだろう?
 この変わり者の先生の所為で、この私が、真祖の吸血鬼が、普通の学生の真似事をさせられてるんだからな。
 大体なんで、お前はそんなに茶々丸と親しげなんだ?

「先生、一つ予言をしてやろう」

「ん? 予言?」

「ああ、当たる確率100%の予言だ」

 ありがたいだろう? と言うと……本当に、楽しそうに笑う。
 ……どうせ冗談だとでも思ってるんだろう。
 だが、私には確信があった――この気紛れに言う予言は、必ず当たると。

「先生はこの後、そうだな……とても苦労する羽目になるぞ」

「は、はは――それは怖いな」

 その笑顔が引き攣る。はは、良い気味だ。
 それで、どんな? と聞かれたが、そこまで答える義理も無い。無視して歩き出す。
 先生はきっと、ネギ=スプリングフィールド、そして私の事で苦労する……辛い目にあう。
 必ずだ――その確信が、あった。





――――――

 いつもより早く職員室につくと、それとなく新しい顔を探してみる……が、あれ?

「おはようございます、新田先生。新任の先生知りません?」

 まだ来てないのかな?
 まぁ、高畑先生が迎えに行ってるから問題ないと思うけど。

「あ、ああ。おはよう、先生……今は学園長室の方に、挨拶に」

「そうですか」

 なら、その後で会えるかな……と?
 荷物は机に置き、自分の席に腰を下ろす。
 さって、HRはネギ先生を2-Aに紹介するんだったな。

「どうしたんですか?」

 顔色悪いですよ? と言うと、ぎこちなく頷かれた。
 本当にどうしたんだ?

「大丈夫ですか?」

 風邪ですか?

「いや。まぁ……なぁ」

「??」

 全然要領を得ない新田先生……あ、

「源先生、おはようございます」

「おはようございます、先生。もう新任の先生は見られましたか?」

「いえ、どうも入れ違いだったようで……見ました?」

「え、ええ」

 ……副担の俺だけ見てないのか。
 やっぱり、マクダウェルは絡繰に任せて、早く来るべきだったか。
 だがアイツの事だ。あと2日の余裕がある――絶対ギリギリまでサボろうとするだろうからな。
 まぁ、マクダウェル宅で朝話すのも結構楽しいと思ってたりもするけど。

「どんな先生でした?」

 鳴滝姉妹ではないがやはり、天は二物も三物も与えたんだろうか?
 まずそこが気になる。

「まぁ、えー……可愛らしい方でした、よ?」

 その感想は予想外だった。
 ソッチ系か。ウチのクラス、悪乗りしないと良いんだが。

「可愛い、ですか」

「というか、若い?」

 まぁ、そりゃ学生ですからね。
 ……俺より、は若いでしょうけど。

「先生」

「は、はい?」

「一応、私も新田先生も注意しときますけど……何かあったら、相談して下さいね?」

「はぁ……」

 何だ? どうなってるんだ?

「日本語は流暢でしたけど、私も英語教師ですから相談には乗れますから」

「それは助かります」

 正直、英語は苦手なんで。

「ああ。私も相談に乗りますよ」

 あ……復活した。

 
「ど、どうしたんですか? 二人とも」

 それに、瀬流彦先生達は?

「他の先生方は授業の準備とか……」

「それより先生、新任の先生ですよ」

「は、はぁ……」

 何があったんだ?

「そのですね、非常に言い辛いんですが」

「どうしたんですか?」

 そんな改まって言われると、物凄く不安なんですが?
 昨日何かしたかな……別に、何もなかったと思うんだけど。
 今日の準備もちゃんと終わらせたし。

「その、新任の先生」

「ああ、ネギ先生ですか?」

「子供だったんですよ」

 はぁ。

「学生ですし……見た目が幼いって事ですか?」

 でも、優秀な先生らしいですよ? 学園長と高畑先生曰く。
 まぁ第一印象が可愛いと言うくらいだし、結構幼い外見なんだろうな。

「いや、もうそう言うレベルじゃなくて」

「先生、ネギ先生なんですが……おそらく先生の予想より、10歳ほど若いと思うぞ」

「……はい?」

 10歳? 新田先生、今なんて言いました?

「も、もう一度良いですか?」

「確か、数えで10歳……いま9歳だそうだ」

 ちょっと頭痛がしたので、目頭を指で揉む。
 う、うーん……ええ?

「10歳?」

「一応、9歳ですね」

 訂正ありがとうございます、源先生
 でもここは、せめて10歳で。何一つ変わらないけど。

「天才?」

「なんじゃないですか?」

 10歳ですし、と。
 ……えぇ。

「アレですか。偶に聞く大学の飛び級とかですか?」

「だと思いますよ?」

 居るんだ。
 本当に居るんだ、そんな人。

「――――えー」

「まさか、ウチの学園にそんな天才が来るとは思いませんでしたね」

「いや、そうは言うがな源先生。……未成年って、大丈夫だと思いますか?」

「まぁ……問題はあると思いますが、その辺りの契約をどうされてるか判りませんからね」

 二人の遣り取りが、どこか遠い。
 だって、なぁ。

「はぁ」

「まぁ不安なのは判りますが、大丈夫ですよ」

「そう思います?」

 俺は果てしなく不安なのですが。
 ……さっそく、今朝のマクダウェルの“予言”が現実味を帯びてきたなぁ、と。
 苦労、か。
 それが生徒のための苦労なら別に良いんだが……はぁ。

「私達も居るじゃないですか」

「そう言ってもらえると助かります」

 担任に据えるくらいだし、優秀なんだろうが。
 ――生徒にどう説明しよう。
 小学生の先生とか……誰も言う事聞かないぞ、絶対。
 特にウチのクラス。
 ……自分のクラスなのにその筆頭とか、ちょっと泣けるんだが。







「初めまして、今日から一緒に働く事になりましたネギ=スプリングフィールドです」

「え、ええ……初めまして」

 初めて見たネギ先生は――やっぱり、さっき新田先生達に聞いたように、小さかった。
 身長で表すなら、俺の予想より40cmほど小さい。
 さらに言うなら、見下ろさなきゃならないくらいに。
 それと、自身の身長くらいの木の棒……杖のような物を持っていた。
 ………………イギリスじゃ流行ってるのかな? 

「それでは、学園長。こちらの少年が?」

「あー、うん。ネギ=スプリングフィールド先生じゃ」

 はぁ。
 やっぱりそうなんですね。
 まぁ、さっき自己紹介してたけど。綺麗に流しましたね。

「それで」

「ん?」

「どないしました、先生?」

「どうして神楽坂と近衛も居るんだ?」

 あと、何で神楽坂はジャージ姿?
 その事を聞くと、何故か神楽坂は顔を赤くし、ネギ先生は顔を逸らせた。
 何かあったのかな?
 まぁ、それは後で聞くか。

「ネギ先生は修行で、日本の学校の先生を――と聞いておる」

「はぁ」

 それで2-Aに、らしい。

「は、はい。よろしくお願いします」

 頭を下げられてしまった……こっちは、どうにも対応に困っているのに話はトントン拍子で進んでしまってる。
 でも断る事も出来ない訳だ。こっちは一教員でしかないんだし。

「ええ、こちらこそよろしくお願いします、ネギ先生」

「先生もあっさり認めちゃうんですか!?」

 いや、こっちも苦渋――とまではいかないけど、結構もう一杯一杯なんだよ、神楽坂。
 まさかこんな子供が来るとは予想してなかった。

「もうここまで話が進んでるからなぁ、先生じゃどうにも出来んのよ」

「そんなぁ」

 いや、まぁ。
 神楽坂にとっては、と言うか2-Aにとっては担任は高畑先生のままが良かっただろうけど。
 もう決まった事だからなぁ。
 学園長が近衛の婿にー、とか言ってるのを聞きながら、二人で小さく溜息。
 まさかこんな事になろうとは。

「こんな子供が担任だなんて、おかしいじゃないですかっ」

「そうは言ってものぅ、もう決まってしまった事じゃ」

「ぅ」

 そこで俺を見ないでくれ、神楽坂。
 俺ももうどうしようもないんだ。

「ネギ君。二度のチャンスは無い――失敗したら故郷へ帰る事になるが、やるかね?」

「はいっ」

 返事は良いんだが……ねぇ。

「えー」

「よろしくなぁ、ネギ先生」

 特に異論のない近衛と、不満たっぷりの神楽坂。
 何と判りやすい対比だろう。
 ちなみに俺は、多分引き攣った笑顔です。

「それでは先生、ネギ君の補佐をよろしくの」

「はい、これからよろしくお願いします、ネギ先生」

「よろしくお願いしますっ、先生っ」

 ……本当に小さいなぁ。

「あ、それとアスナちゃん、このか」

 ん?

「しばらくの間、ネギ君を二人の部屋に泊めてくれんかのぅ」

 空いた部屋が無いんじゃ、と言われても。

「学園長、流石にそれはどうかと」

「えー!?」

「ええよ」

 あ、良いんだ。
 ……って、良いわけあるか近衛。

「ネギ君もまだ10歳じゃ。そう問題は無いかと思うが……」

「生徒と教師が同室は、どう考えても問題あると思いますが」

 年齢とか、そんな問題以上に。
 性別的にも、社会的にも。
 しかも二人は女子寮住まいだし。
 あ、頭が痛い。

「ウチは構へんけど」

「ちょっと、このかっ」

 ……本気ですか?
 近衛の天然っぷりが、余計に現実味をおびさせて怖いんだが。

「学園長、部屋はどうにもならないんですか? 二人は女子寮住まいですよ?」

「うむ。申し訳ないんじゃがの」

 そう即答されてもなぁ。
 風紀とか体裁とか考えてるんだろうか、この人。

「部屋に空きが出来るまで、自分と同室でも」

「先生の部屋は独身用――いくら子供とはいえ、二人で住むには狭すぎるじゃろ?」

「………………女子寮ですよ?」

 それでも、生徒と一緒に住まわせるなら、と言いそうになるが――相手は学園長である。
 下手に機嫌を損ねても、なぁ。
 きっと、もうそういう風に手配してるんだろうし……。

「……このか、明日菜ちゃん。ちょっと外で待っておいて貰ってよいかの?」

「うん」

「判りました」

 小声で頑張って、先生。と神楽坂の声援を頂いたが――現状は、厳しい。
 相手は学園長。この学園の頭である。
 この人が白だと言えば、黒でも白なのだ……そんな事は無いと思うけど。
 さっき自分の部屋を提供したのが、俺の精一杯の抵抗だったのだ。
 それが駄目だしされた今、もう俺に切れるカードは無いのである……。

「ネギ君はどうじゃ? あの二人と一緒は嫌か?」

「いえ、アスナさんは少し怖いですけど、このかさんは優しいですし」

 少し恥ずかしいですけど、と。
 頭痛がして、目頭を指で押さえる。
 本心からそう言ってるんだろう、学園長の問いに間も開けず答えたし。
 この子は、教師と生徒が同室という状況をどう考えてるんだ?

「だ、そうじゃが?」

 そこで俺に振りますか。

「ネギ先生は、歳が近い女の子と同室でも大丈夫なんですか?」

「はい、向こうでもお姉ちゃんと一緒に暮らしてましたから」

 近衛達とお姉ちゃんは違うだろ、とツッコミたい。
 これじゃまるで、クラスの子を相手にしてるようだ……。

「さて」

「……何でしょうか?」

「そろそろ、HRを始めんと授業に間に合わんのではないか?」

「そう、ですね」

 すまん、神楽坂。
 最初から勝ち目の無い勝負だったのだろうが、心中でそう謝罪しておいた。







 とりあえず、職員室まで戻って荷物を置き、教室に向かう。
 向かう。
 無言で廊下を歩く……何で神楽坂とネギ先生はギスギスしてるんだ?
 部屋の問題以前に、何か様子が変だったけど。

「近衛、あの二人何かあったのか?」

「まぁ、明日菜の名誉のために伏せさせといて下さい……多分すぐ仲直りできるえ」

「……そうか」

 何やったんだ、ネギ先生?
 空気が重いなぁ。

「こほん」

 お、先手は神楽坂か。

「私は、あんたと同室なんてお断りよ」

 そっちかよ。
 近衛と二人で、同時につっこんでしまう。
 まぁ、言いたい事も判るが……俺も、出来ればどうにかしたいんだが。
 どうやって学園長を説得したもんかな。

「じゃぁ先生、先に行ってますねっ」

「え、え? あ、あすなーーー」

 そう言うと、近衛を引っ張って走って行ってしまった。

「廊下は走るなよー」

 一応、注意はしないといけないので言っておく。
 うーん。
 やっぱり、どうにかしないとなぁ。

「うぅ、何ですか、あの人は」

「まぁ、神楽坂は……そう悪い生徒じゃないですよ」

 むしろ、こっちが聞きたい。何やらかしたんですか、ネギ先生。
 長引くようなら、近衛から話聞かないとなぁ。
 っと。

「ネギ先生、これ。クラス名簿です」

「あ、ありがとうございます」

 日本語は読む事も出来るんですよね? と一応確認しておく。
 大丈夫らしいので、そっちは心配ないだろう……多分。

「日本語は、いつ覚えたんですか?」

「こちらに赴任が決まった時から勉強しまして」

 へぇ。
 少し、見直した。
 優秀だと聞いていたが、そっちは本当なのかもなぁ。
 外国語を短期間で習得できるなんて、やっぱり飛び級で卒業しただけはあるな。

「賑やかなクラスで、振りまわされるでしょうけど……ま、頑張りましょう」

「はいっ」

 元気だなぁ。
 俺はもう、朝一で疲れてるのはなんでだろう?
 さっきの学園長室の遣り取りは、疲れたなぁ……本当に。

「それじゃ、ここが今日からネギ先生の職場です」

 さて、と。
 ドアに挟まれていた黒板消しを取り、ドアを開ける。

「おはよう、皆」

 って、今度は足を引っ掛ける紐か。
 危ないな、まったく。
 バケツには――水か。
 何という古典的な……。

「これ誰だー?」

「ちっ」

 思いっきり舌打ちしたな、鳴滝姉。
 はぁ。注意しといてよかった。
 いきなり先生に怪我させるのも問題だしな。

「後で覚悟しとけよー、まったく。じゃぁ、ネギ先生どうぞ」

「は、はい」

 そこからは地獄だった……少なくとも、ネギ先生にとっては。
 やっぱりなぁ、と。
 この年頃の子にしたら、弟とか、そんな感じだよな、あの子。

「はいはい、落ち付けー」

 ぱんぱん、と手を叩いて落ち付けると、皆を席に着かせる。

「それじゃネギ先生、自己紹介を」

「はい。みなさん、初めまして――」

 ネギ先生の自己紹介を聞きながら、次はそのまま英語の授業だったなぁ。
 大丈夫なんだろうか……っと。

「それじゃ、ネギ先生。点呼もお願いします」

「あ、はい。判りました」

 ――あ、マクダウェル?
 楽しそうに笑ってるなぁ。そんなに嬉しかったんだろうか?
 普通は、逆に落ち込むと思うんだが。こんな子供が来たら……あ。
 学園長と知り合いみたいだし、もしかして知ってたとか?
 ……無いな。

「神楽坂、何しようとしてるんだ?」

「い、いえっ!!」

 しかし、心配だ。はぁ。
 イタズラ好きが多いからなぁ、このクラス。







 ……特に放課後まで問題は無かったなぁ。
 ネギ先生は落ち込んでたけど。
 どうやら授業中、またクラスの連中にイタズラされたらしい。
 ネギ先生の住む部屋も考えないといけないし、ネギ先生の授業も一回確認しに行かないとなぁ。
 でも、ネギ先生ってまだ10歳だから一人暮らしって無理だよなぁ。
 やっぱり神楽坂達に面倒見てもらった方が良いのかもしれん。
 こんな感じで思考が堂々巡りしてます。
 ――――担任が変わって仕事が増えるとは判ってたけど、こうまで疲れるとは。
 どうにも落ち付かないなぁ……。

「おー、絡繰。また猫にエサやってたのか」

 そういう時は動くのが良い、と言う事で散歩していたらいつもの場所で絡繰を見つけた。

「先生。お疲れですか?」

「んー、どうだろう」

 猫達に触ろうと腰を下ろし……逃げられた。
 何故だ?
 タバコも吸わないんだけどなぁ。
 そうやってしばらくの間遊んでいたら

「マスターが楽しそうでした」

 そう、絡繰が言った。
 ん? ああ、朝の事か。

「そうだな」

 英語の授業も真面目に受けたみたいだし、やっぱり知り合いなのかな?

「なぁ、絡繰」

「どうかしましたか、先生?」

「マクダウェルって、ネギ先生と知り合い?」

「……ネギ先生と直接の面識は無いかと」

 そうなのか、やっぱり。
 うーん、だとすると……純粋に“天才”に興味があるのかな?
 ま、なんにせよあの子が何かに興味を持ってくれるのは良いな。
 クラスでも孤立気味だし、これが何か少しは切っ掛けみたいなのになると良いけど。

「おー、お前は撫でさせてくれるのかー」

 4匹目にして、やっと逃げない猫発見。
 真っ黒いから覚えやすいな、うん。

「この後ネギ先生の歓迎会がありますが、先生は行かれるのですか?」

「ああ。絡繰たちは?」

「マスターは欠席されるそうです」

「そうかぁ」

 なら、また迎えに行かないとな。
 マクダウェル宅は遠いから、今から行くか。

「マクダウェルはもう帰ったのか?」

「はい」

 今日は朝と夕の二回……良い運動になるね、まったく。

「お仕事の方は大丈夫なのですか?」

「……生徒はそういう事を気にしなくても良いんだ」

「すみません」

 絡繰のこの堅苦しい喋り方にも慣れたもんだ。
 前は肩が凝りそうな気がしてたんだけどな。

「そうだ、絡繰。マクダウェルの携帯番号知ってる?」

「マスターは携帯電話を持っていません」

 機械が苦手なのです、と。
 今時珍しいアナログだな、アイツは。
 ちょっと笑ってしまった。

「あ、笑ったのマクダウェルに内緒な?」

「……はい」

 怒ると怖いんだよな。
 あの雰囲気は絶対中学生に思えない。
 さすがどこかのお嬢様。

「それじゃ、呼びにいくとするか」

 ん、と立ち上がって伸びを一つ。
 あー、猫に癒された。

「はい」

 あれ?

「絡繰は教室に行って良いぞ?」

 一人で行ってくるから。
 そう言おうとしたが、隣に並ばれていた。
 猫も散っていくし……もしかしたら、本当に絡繰と意思疎通してるのかもしれん。

「参りましょう」

「……絡繰は、マクダウェルが本当に好きなんだなぁ」

「そう、思われますか?」

「おー」

 前言ってたけど、“従者”って絡繰みたいな人の事を言うんだろうな、と。
 そう思った。
 今の時代は見かけなくなったけど、昔はこうだったのかもなぁ。

「そうですか」

「あ、そうだ」

「何でしょうか、先生」

「ネギ先生と仲良くしてくれな」

 絡繰は礼儀正しいから、他の連中見たいにはならないだろ。多分。
 ウチのクラスって、本当悪乗りが好きだからなぁ。

「……善処します」

「よろしくな」

 ちなみに、迎えに行ったマクダウェルに同じ事を言ったら物凄く怒られた。
 怒られたと言うか、何も喋ってもらえなくなったと言うか、睨まれたと言うか。
 とにかく怖かった。うん。
 迫力あるなぁ、アイツ。

「絡繰、さっきの内緒は、本当に内緒にしてくれ」

「判りました」

「………………何か言ったか?」

「いや、別に、何でも無い」

「ふん」

 ちなみに、ネギ先生は気付いたら宮崎と仲良くなってた。
 接点が無いと思ったんだが、意外な組み合わせである。
 神楽坂とも仲直りしてた。
 思ってたより、行動力があるのかもしれないな。
 この調子なら、大丈夫かもなぁ、と……淡い期待を抱いてみたり。
 しっかし、夜は大丈夫なんだろうか?
 はぁ……。




[25786] 普通の先生が頑張ります 6話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/08 18:09

「大丈夫ですか、ネギ先生?」

「ぁぅ~……はい」

 教師がなんて声出してるんですか。
 まぁ、しょうがない、とも言えるのかもしれないが。
 アレから数日経ったが、どうにもネギ先生周囲の状況は改善されていない。
 住まいはそのままだし、授業内容もそのまま。
 神楽坂との関係は多少――本当に多少改善されたようだけど。
 ちょうど一緒に授業が無かったんで、少し話でも聞こうかと学院外の広場で黄昏ていたネギ先生に話しかけてみる。
 ちなみに、職員室の窓からその小さな背中は丸見えで、生贄に捧げられた感じがしないでもない。
 あんな小さな背中で黄昏られたらなぁ……。

「あ、先生」

「……何を悩んでるんですか?」

 俺と気付かずに返事したのか。
 相当追いつめられてるなぁ……まぁ、この歳で異国に一人ぼっちじゃ、当然か。
 その隣に腰を下ろし、持っていた缶の紅茶をどうぞ、と渡す。

「いえ、アスナさんにまた酷い事をしてしまいまして」

「……まぁ、神楽坂は根は良い奴ですから、許してくれますよ」

 長引くかもしれませんけど、とは心の中で。
 また神楽坂か、とも思うが……同室だし、問題も起きやすいのかもな。

「近衛とはどうです?」

「木乃香さんですか?」

 ええ。
 近衛は面倒見も良いし、確か自炊していたはずだ。
 話の聞き方として食べ物からでも、まぁ良いだろ。
 神楽坂から聞いたら、話が進まなく可能性だって低くは無いだろう。

「朝ご飯とかは近衛が作ってるんじゃないんですか?」

「そうなんですよ。木乃香さん、アスナさんと同い年なのに凄く料理が上手なんです」

「そうなんですか?」

 でも、想像はつくなぁ。
 雰囲気的に……和食が良く似合いそうだ。

「はいっ、和食もそうですけど、洋食も凄く上手なんです」

「ほー」

 近衛とは仲が良いんだな。
 と言うより、近衛とは仲は悪くないんだな。
 ……いや、神楽坂の反応が普通だって判るんだけどな。

「そうだ、今度先生も食べてみませんか?」

「は、はは……自分は遠慮しときますよ」

 流石に、生徒に食事を作ってもらうのは抵抗がある。
 それに、何度も言うが神楽坂と近衛は女子寮住まいなのだ……普通は男は入れん。
 そこはいくら副担だろうと、越えてはならない一線だ。

「そうですか……?」

「ええ」

 ついでに、半端に断ったらどうなるか判らないので、きっぱり断っておく。
 今度、とか言ったらこの先生の事だ、自分で話を進めかねん。
 そして、そうだ、と一言区切り、

「悩んでたようですけど……神楽坂の方とは、上手く言ってないんですか?」

「……はい。さっきの時間なんですが、アスナさんの為に、って思って授業で当てたんですけど」

 授業で当てられて、問題を解けたら気持ちいいじゃないですか、と。
 いや、判りますけど――神楽坂相手には、どうだろうなぁ。
 多分、今の英語の範囲だとヒント無しじゃ難しいんじゃないだろうか?
 それで悩んでるのか。

「まぁ……考えは、間違ってないと思いますよ?」

「そうですか? でも、怒られました」

「神楽坂、問題解けなかったんじゃないですか?」

「はい。基本的な訳で、誰でも分かる問題だったんですけど……」

 いや、その考えはどうかと。
 確かに――天才、なんだろうな。
 だから、分からない人が何で“分からない”のか気付けないのか。
 全部分かるっていうのも、問題なんだろうなぁ。

「そうですねぇ」

 なんて言えば良いかな……。

「英語は苦手なんで、偉い事は言えないんですが……」

「はい」

「ネギ先生は日本語を勉強する時に、どういう風に勉強しましたか?」

「単語の意味を調べて覚えました」

 ……簡単に言うなぁ。
 まぁ、いいけど。

「書き方は?」

「それはもちろん、書いて覚えました」

「どんな風に?」

「えっと……辞書で調べてです」

「何度も?」

「え、ええ」

 でしょ、と。

「神楽坂はきちんと単語を読めて、意味を理解してましたか?」

「いえ……訳も、読み方もバラバラでした」

 でも、最近の小テストを見る限り点数は以前より上がってきている。
 つまり、神楽坂達は書く事は、出来るのだ。
 多分源先生がそういう方針で教えていたんだろう。

「それで、どうすれば良いんでしょうか?」

「さっき、自分で言ったじゃないですか」

「え?」

 勉強は、凄く難しくて、ある意味凄く単純だ。
 覚える事も学ぶ事も多い――けど、覚え方も学び方も復習しかないのだ。
 一度で覚えれる人間だって、忘れるから復習する……んだと思う。

「勉強は復習ですよ。何度も書いて、日本語を覚えたんでしょう?」

「あ」

「神楽坂は読めないんでしょう? なら、何度も読ませましょう」

 まぁ、辞書片手でも良いんですけど、教えた方が感謝されるかもしれませんね。
 そう言うと、ネギ先生は判りやすいくらいに嬉しそうだった。

「そ、そうかっ」

「でも、神楽坂ばかり当てても駄目ですよ?」

「はっ!? そ、そうですね」

 分かり易いなぁ。
 でも、その方が年相応で良いのかも。

「英語は源先生が自分より詳しいですから、授業の進め方で判らない所があったら聞いて下さい」

「はい」

 これで明日は大丈夫、かな?
 頭は良いらしいから、他のクラスでもちゃんとやれるだろ。
 さて、と

「ぁの、ネギ先生」

 ん?

「どうしたんですか、早乙女ハルナさん?」

 あ、呼ぶ時はフルネームで呼んでるんだ。
 声を掛けてきたのは早乙女に宮崎、綾瀬の3人だった。

「あ、用があるのはこっち。ね、のどか」

「あ、ああの。今日の授業で、判らない所が……」

 落ち込んでた割には、授業はきちんと進めてたのかな?

「あ、先生はこっちねー」

「こっちです」

「あー、はいはい」

 早乙女と綾瀬に引かれ、ネギ先生達より少し離れた位置で、ストップ。
 声はギリギリ聞こえる範囲――そこにあったベンチに腰を下ろす。

「で?」

「先生、馬に蹴られたいですか?」

「そういう事ね」

 この前の歓迎会で妙に仲良かったけど、宮崎の琴線にネギ先生が触れたのか。
 まぁ、幼くて可愛らしいからなぁ。

「ネギ先生の授業、どうだ? 分かり易いか?」

「楽しいよ」

「そうか」

 答えになって無い答えに納得し、綾瀬へ。

「綾瀬はどうだ?」

「……少し」

 はいはい、目を逸らさずに言ってくれ。

「ネギ先生、自分の意見だけ言ってどんどん先に進むです……」

 なるほどなぁ。こっちが理解する前に、要点だけ言って終わってしまってるのかもな。
 そっちは明日からは大丈夫だと思うが。

「それもネギ先生に言っとくよ」

「え、えっ」

「別に陰口って訳でもないんだし、そう驚かなくてもいいだろ」

 授業に不満があるのは、教師の問題だ。

「ネギ先生だって、教師は初めてなんだ。悪い所は悪い、分からない所はそう言ってやらないと」

「ぅ……」

「誰だって、自分の悪い所なんて誰かに教えてもらわないと気付かないもんだ」

 そう縮こまらないでくれよ。
 俺が怒ってるみたいに感じるんだが。

「大丈夫大丈夫、綾瀬の名前は出さないから」

「はぁ」

「真面目だねぇ、先生」

「先生だからなぁ」

 その後二三喋っていたら、向こうの宮崎がネギ先生に会釈していた。
 お、向こうも落ち付いたか?
 こっちに駆けてくる宮崎に二人も気付き、立ち上がる。

「んじゃなー」

「先生、また明日」

「またです」

「おー」

 三人の背中を目で追い、ネギ先生の元に行く。

「何やってるんですか?」

「え!? あ、いえ」

 何故そんなに驚きますか。

「宮崎と何話してたんです?」

「あ、授業で判らない所があったらしくて」

 そうですか、と。

「そ、それじゃこれで。相談に乗ってくれて、ありがとうございましたっ」

 って。

「足早いなー」

 ……職員室、そっちじゃないんだが。
 はぁ――呼びに行くか。







「それで、なにやってたんですか?」

「え、えーっと、ですね」

 何を急いでたかと思えば、草むらに隠れて実験していた。
 実験である。草むらで火を使ってるのである。

「火事になったらどうするんですか」

「あ、はは……」

 まったく。

「没収です」

「ええっ」

 当たり前でしょうが。
 使っていた道具をネギ先生のカバンに詰め込んでいく。

「危ないでしょうが」

「も、もうしませんからっ」

「そういう問題でもないでしょう……」

 はぁ。
 また、頭が痛くなってきたよ。

「本当に必要な時は言って下さい、返しますから」

 別に触ったり、漁ったりもしません、と一応言っておく。
 ……出来れば持ち物検査したいところだが、流石にそれはやり過ぎだろう。

「ひ、必要なんです」

「どうしてですか?」

「アスナさんの為に……です」

 神楽坂?

「神楽坂が何か頼んだんですか?」

「い、いえ……そうじゃなくてですね」

 そうだったら、神楽坂に一言言わないといけない所だったが、違うらしい。

「……ネギ先生」

 溜息は、我慢。

「次の授業の準備もしないで、遊ばないで下さい」

 あまり言いたくなかったが、強く言ってしまった。

「だ、だって」

「どうして、こんな事をしたんですか?」

 深呼吸して、気を落ちつける。
 まぁ――この後どうするにしても、理由は聞かなきゃならんでしょ。

「その……アスナさんって、タカミチの事が、好きらしいんです」

「はぁ」

 ネギ先生も高畑先生の事そう呼ぶのか。
 それで、と先を促す。
 ……正直、苛めてるように周りから見えるんじゃなかろうか?

「それで、お手伝いできるように……ですね」

「あのですね、ネギ先生」

 目頭を、指で押さえる。
 根本的に、間違ってる……その事に、気付いてない。

「教師と生徒の恋愛に、貴方が手を出してどうするんですか……」

「え?」

 普通、止める事はあっても、手を貸そうとはしないと思うんだが。
 生徒指導の新田先生が最近疲れるわけだ……。

「大体、高畑先生と神楽坂……どれだけ年の差があると思ってるんですか?」

「え――でも、アスナさんは」

 まぁ、確かに判り易くはあるけど。

「別に、止めさせろとは言いません――けど、手を貸しちゃ駄目です」

「そんな……」

「当たり前でしょうが」

 高畑先生、クビになるぞ。そんな事になったら。
 しかも、結構不名誉な肩書つけて。

「アスナさんに……」

 ん?

「アスナさんに、失恋の相が出ているんです」

「……占いも出来るんですか?」

 何でもありだな、この子。
 はぁ、と先を促す。
 しかし、占いしても駄目なのか、神楽坂は……。

「それを言ったら、怒られたんです」

 そりゃ怒るわ。

「だから、もしタカミチと上手くいったら――仲良くしてくれるかも、って」

「先生……」

 そりゃ、神楽坂と仲悪くなるよな。
 まぁこっちは子供だから、この問題はあっちに折れてもらうしかないんだが。
 どうにも、この先生が空回りして神楽坂を何度も怒らせてるのか……すまん、神楽坂。
 心中で謝っておく。気付かなくて済まなかった。

「貴方は先生になりたいんですか?」

「え?」

「先生になるために、麻帆良に居るんじゃないんですか?」

 そうですっ、と力一杯答えられた。
 でしょう、と。

「神楽坂の先生になりたいのか、神楽坂と友達になりたいのか……今の先生からじゃ判りませんよ」

「……え?」

 まったく。
 ネギ先生の荷物を詰め終え、立ち上がる。

「そんな事してる暇があるなら、教師としてやる事をやって下さい」

「……は、はい」

「生徒が言ってましたよ。先生の授業はこっちが分かる前に先に進むから、理解できないって」

 その顔が、曇る。
 俺も新任の時はこうだったんだろうなぁ。
 まだ3年目だけど、妙に歳とったように感じるのはなんでだろう。

「もっと授業内容を考えるとか、先生としてやる事があるんじゃないですか?」

「はい」

「そうやって担任として見てもらえるように努力すれば、きっと神楽坂とだって仲良く出来ますよ」

 大丈夫です、自信を持って、と。
 前の学校を飛び級で卒業したんでしょう?

「この荷物は、放課後まで待っていて下さい。すぐに返しますから」

「あ、杖は……」

 ん?

「父の、贈り物なんです」

 ……あー。

「じゃあ、杖だけ……けど、これも出来れば職員室に置いておいて下さいよ?」

「はい、分かりました」

 本当かなぁ……まぁ、大丈夫だと信じよう。

「それじゃ僕、授業の準備してきます!」

 そう言って駆けていく背を目で追い――溜息。
 せ、説教してしまった……新任の、しかも子供の先生に。
 自己嫌悪である。
 もう少し言い様は無かったんだろうか……あーーー。

「先生、ありがとうございましたっ」

 その元気を、少し分けてもらいたいなぁ。







 えー……誠に残念である。
 最初にそう一言言い、

「それでは、毎度恒例の放課後居残り勉強を始めるぞー」

「恒例ってなんですか!? 失礼なっ」

「……え? アスナさん達は毎回だって」

 はい、こっちを見ないで下さいネギ先生。
 神楽坂ー、先生が言ったんじゃないぞ、それは。
 ちなみに毎回と言われたのは神楽坂たち、5人衆である。
 今回はそれにマクダウェルが加わっている。さっき、絡繰に頼んで連れてきてもらった。
 その絡繰はマクダウェルの後ろに控えているだけで、この勉強会には一応の不参加である。

「良いからさっさと始めろ」

「そー怒るなよ、マクダウェル」

 ちゃんと勉強しないお前が悪いんだからな?
 俺はちゃんと勉強しろって言ってたのに。
 ――俺だって、まだまだやる事残ってるんだぞ……。

「ちなみに、プリントは数学と英語を用意していますので、出来た人から帰って良いです」

 そう言ってプリントを配るネギ先生を目で追い、クラス名簿に目を落とす。
 ……何時の間にあの先生は、落書きしたんだ?
 後で怒らないと。
 はぁ、修正液で消すのもなぁ。

「一度解いてみて下さい。分からなかった所は、後で皆さんと一緒に勉強しましょう」

「何点以上で合格アルか?」

 はい、毎回こっち見るのは止めて下さい、ネギ先生。

「6点以上ならそのまま帰って良いが……それ以下だったら居残り勉強会な」

「だそうです。それじゃ、はじめて下さい」

 ……あ、そうだ。

「マクダウェル」

「なんだ?」

 それなりに真面目に問題を解いているその机に、一枚プリントを置く。

「国語」

「殺すぞ、キサマっ」

「女の子がそんな言葉使いはどうかと思うぞー」

 だってしょうがないだろうが。
 お前数学も英語もそれなりに取ってるけど……一番の問題はコレだし。

「どうして私だけ一教科多いんだっ」

「いや、数学と英語は問題ないだろうから」

 喜べ、新田先生の手書きだぞ、と言ってもその目は親の仇を見るソレである。
 いや見られた事無いけど。

「マスター、落ち着いて下さい」

「……茶々丸、お前は先生の味方か?」

「いえ、皆さん見られております」

「……ちっ」

「それに、マクダウェル一人じゃない」

「なに?」

 教師に向けて舌打ちする生徒って一体……。
 そのまま次は神楽坂に

「すまんが、神楽坂もだ」

「え、私も!?」

 しょうがないだろ、点数悪いんだから。
 ちなみに、国語の追加はこの二人だけである。

「それじゃ、頑張ってくれなー」

 …………………
 ……………
 ………

「ふむ、綾瀬は帰って良いぞー」

「はいです」

 真面目に授業受ければこのくらいの点数は取るんだな。
 ちなみに、綾瀬夕映は入学当初のテストで結構な高得点を取ってたりする。
 それがなんでこんな補習組の常連になってるのかは、ちょっと分からないが。
 うーん……もう少し頑張ってくれないかなぁ。

「なぁ、綾瀬」

「勉強は嫌いです」

 そうか……。

「出来た方が、何かと都合が良いと思うんだけど?」

「……勉強の時間より」

 チラリ、と教室の外――宮崎と早乙女、近衛の部活動仲間たち、か。
 はぁ。

「ま、そういう約束だしな。帰って良いぞー」

「はい、ごめんなさいです、先生」

 謝るくらいなら勉強してくれ、と言いたいところだが……ま、友達も大事だよな。
 高校からでも――まぁ、その時はその時か。
 教師としての考えじゃないかもしれないが、この麻帆良に……2-Aに居る間くらいは。

「相談とか、勉強の事で分からない事があったら、何時でも来ていいかなら」

「――すみませんです」

 おー。

「長瀬とクーフェイと佐々木は、英語か」

「……………」

「……………」

「……………」

「はいはい、笑って固まってないでネギ先生に聞いてこい」

 採点したテストを返し、困ったように固まってるネギ先生を指差す。
 でもまぁ、数学は合格点いったから、別に俺から言う事は無い。

「で、だ」

「なんだ?」

「えーっと、何でしょうか?」

 不貞腐れてるマクダウェルと、妙に卑屈な神楽坂の二人を見る。
 ああ、そうだろうな。

「勉強するか」

「……ふん」

「……はい」

 神楽坂は、全滅。
 それはまぁ、言っちゃあ悪いが、分かってた。今までの事から。
 でも、惜しかったけど。凄く、惜しかった。
 5点ばかりとか、良く頑張ったよと褒めたいくらいだ。
 次はやれるな、うん。やっぱりやれば出来るんだよ、ウチのクラス。
 しかし、

「マクダウェル」

「なんだ」

「……国語はともかく、何で数学……この点数なんだ?」

「知らん」

 お前、前はそう悪くなかっただろうが。
 まったく。嫌がらせか?
 こっちは毎回の小テストの結果はちゃんと知ってるから、分かるんだぞ。

「ま、いいか」

 間違えてる所は、神楽坂とほぼ一緒だし。
 復習ついでに一緒に教えよう。
 国語の方は、間違えた漢字を10回ずつ書き写させる事にする。きちんと読み付きで。

「やれば出来るんだから、頑張ってくれよ」

「そう言ってくれるのは先生だけだよー」

 そんな事は無いと思うが。

「ネ、ギ……先生なんて、バカなんて言うんですよっ」

「分かった分かった、落ち付け」

 それは後でちゃんと言っておくから。
 しかし、生徒をバカ呼ばわりとは……神楽坂と同室だから、慣れ合いがあるのかもなぁ。
 注意しとかないと。

「んで、ここが……っと。マクダウェル、解いてくれ」

「何で私が」

 お前が手を抜くからだろうが。
 自業自得だ。

「絡繰、バイトとかは大丈夫なのか?」

「はい、問題ありません」

 なら良いんだが……ずっと後ろに立ってるし。

「席に座って待ってて良いんだからな」

「先生。それは私のセリフだ」

「別に誰が言っても良いだろ……出来たのか?」

「ああ、ほら」

 差し出されたプリントには、ちゃんとした正解が書かれていた。
 公式も……うん、問題無し。

「やっぱり出来るじゃないか。神楽坂、この公式は覚えてるな?」

「はぁー、エヴァちゃんが凄い」

「ふん――って、誰がエヴァちゃんだ、神楽坂明日菜っ」

 はいはい、そう怒るなよ。

「良いか、神楽坂」

「なに、先生?」

 うーん。

「バイトが忙しいのは、知ってるんだが……復習はちゃんとやってるんだろ?」

「え? うん」

「前は2点とか3点だった問題が、今日はいきなり5点だ。頑張ってるじゃないか」

「……そんなに悪かったのか、バカレッド」

「うっさいっ」

 はぁ。

「そうバカとか言うもんじゃないぞ、マクダウェル」

 まったく――相変わらず口が悪いなぁ。

「ふん――」

「次は一発合格、頑張ってくれよ?」

「は、はいっ」

 素直だなぁ、神楽坂は。
 それに比べて、マクダウェルは。

「今、失礼な事を考えただろ?」

「まさか」

 プリントを集め、それを綺麗にまとめる。
 今日はこんなもんだろう。
 一気に詰め込んでも、覚えれるか不安だし。

「それに、神楽坂は覚えは悪いが馬鹿じゃない」

「えー、そうかな?」

 自分で馬鹿を肯定しないでくれ、頼むから。
 苦笑して、違う、と答える。

「ちゃんと点数上がってきてるだろ? これからも復習をちゃんとすれば、テストでも点数取れるさ」

「そうかな?」

「ああ。次の期末は、きっと大丈夫だ」

 えへへ、と笑うその顔には、少しの自信。
 今まで悪かったから、次は神楽坂にとって大事なテストだなぁ。
 この自信が実を結べば、この子だって大丈夫だと思うんだが。

「本当にそう思う?」

「おお。担任外れた後だけど、高畑先生もきっと見直してくれるぞ」

「そ、そっかな?」

「あの朴念仁が褒めるなんて、相当だな」

「や、やっぱりそう思う、エヴァちゃんっ」

「だからそう呼ぶな、神楽坂明日菜っ」

 しかし、判り易い。
 微笑ましい、とも言えるんだけど。

「マスターが楽しそう」

 だなぁ。
 絡繰の小さな呟きに、心中で同意しておく。
 もしかしたらマクダウェル、人付き合いが苦手なだけじゃなかろうか?
 口は悪いけど、神楽坂とかだとウマが合うのかもな。
 その口喧嘩とも言えない言葉遊びを聞きながら、ネギ先生の方を見る。

「ネギ先生、そっちはどうです?」

「はい、こっちももう大丈夫だと思います」

 んじゃ、帰りますかー、と。
 さて……まだこの後明日の準備とか残ってるんだよなぁ。
 はぁ。





――――――エヴァンジェリン

「ご苦労様でした、マスター」

「ふん」

 別に、あんなのはどうという事も無い――と、言いそうになり、溜息を吐く。
 何をやってるんだ、私は。

「まったく……この私が」

 先生から来るように言われたとはいえ、ナギの息子に不用意に近付いてしまうとは。
 この先の計画のためには、あまり存在を覚えられない方が良いというのに。

「全部あの先生の所為だ」

「何がでしょうか?」

「……なんでもない」

 ふん。
 憎らしいほどに、私に関わってきおって。

「大体、お前はどうしてあの先生の言う事を聞くんだ?」

「彼は教師で、マスターは生徒ですので」

 正論ではあるが、何か違わないか?
 私はお前のマスター何だが……コイツの中ではあの先生はどうなってるんだ?
 まぁ――今はどうでも良いか。

「あ、エヴァちゃん」

「…………そう呼ぶなと何度言えば分かる、神楽坂明日菜」

「マスターが楽しそう」

 何処をどう見ればそう見えるんだ、このボケロボは。
 今度、葉加瀬に視覚関係を診せるか?

「はぁはぁ」

「……そんなに急いでどうしたんだ?」

 ネギ先生と一緒に戻るんじゃなかったのか?

「そうなんだけど、えっと」

 なんだ?

「今日はありがとね、エヴァちゃん」

「……何がだ? 主語を話せ、神楽坂明日菜」

 お前と話してると頭が痛くなりそうなんだが。
 軽い頭痛を感じ、目頭を押さえる。

「ほら、放課後の勉強会。英語教えてくれたじゃない」

「ああ」

 別に礼を言われるような事はしていないがな。
 ただ単に、先生に聞かれた事を答えただけだ……説明もさせられたが。

「私は何もしてないぞ?」

「ううん。すっごく助かったわ」

「…………そうか」

「ネギの奴より、ずっと分かり易かったわ」

 そうかい。それは良かったよ……ったく。
 しかし、こんな遅くまで残らされたのに、コイツは本当に能天気だな。
 私はこんなにイライラしてるのに。

「言いたい事はそれだけか?」

「うん。それじゃまた明日ね、エヴァちゃん」

 はぁ。

「神楽坂明日菜――私を、二度と、エヴァちゃんなどと、呼ぶな」

 この私を。真祖の吸血鬼を、闇の福音を、ちゃん付けなどと――。

「分かったわ、エヴァ」

「……はぁ」

 疲れる。
 バカの相手は本当に疲れる……。

「わかった、もういい。もう良いからさっさと帰れ」

「うん。それじゃね、エヴァ。また明日」

 ………………。

「おい、茶々丸」

「なんでしょうか」

「アイツは馬鹿か?」

「いえ、覚えが良くないだけだと伺っております」

 ……ふん。

「茶々丸、アレは真性の馬鹿だ」

 ただの人間が、私の名を呼ぶか……まったく。
 今日はどうにも、気に障る事ばかりだ――。

「マスター、楽しそう」

「どうやら本格的に、葉加瀬に診せる必要がありそうだな」

「その必要はありません。定期の診察まであと1週間あります」

 ふん。

「おい、先生は?」

「明日の教材の準備があるそうです」

「……なら、帰るぞ」

「分かりました」

 夜の闇に包まれはじめた校舎を見る。
 もうどこの部活も終わったのだろう、電気が付いているのは職員室だけ。
 先生は、そこだろう。

「――ふん」

 そんなに仕事ばかりして、何が楽しいのか。
 私は理解に苦しむよ。




[25786] 普通の先生が頑張ります 7話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/09 23:56
「それでは、先生。これがネギ先生の課題――だそうです」

「はぁ。それでは、責任もってネギ先生に渡しておきますね」

「はい。よろしくお願いします」

 失礼します、と一礼して去っていく葛葉先生の背を目で追いながら……渡された手紙を電灯にかざす。
 ふむ……。
 まぁ、3学期ももう終りだし……何か課題は来る、とは思ってたけど。
 これが実質の、ネギ先生の卒業試験か。

「大丈夫かな」

 本心である。
 神楽坂とは、最近はそれなりに仲良くしてるようだし、クラスにも溶け込んでる。
 ……溶け込み過ぎ、とも思わなくはないが、あの歳で嘗められるな、と言う方が難しいだろう。
 放課後、明日の準備の途中だが――さて。

「大丈夫ですか、先生?」

「え、ええ――まぁ、どうでしょうね……」

 はは、と自分でもその声が引き攣っているのが分かる。
 きっと、今の俺より新田先生の方が絶対元気だろうな……。
 しかし、赴任してきて約一月。ネギ先生に出来る事は――そう多くないだろうけど。
 それでも、あの子が教職を目指してこの学園に来たのなら、これはどうしようもない問題でもある。
 内容が内容なら、手伝いもできないのかもしれない。
 はぁ……最近、頭痛を抑えるために目頭を手で押さえるのが癖になりつつあるな。
 その事に内心苦笑しながら、目頭を手で押さえる。

「どうです、先生。この後久しぶりに飲みに行きませんか?」

「あ、あー……」

 どうしようか。
 きっと、今の俺の顔は教師らしくない顔をしているんだろう。自分でも何となく判る。
 この前はまた黒百合の生徒と揉めたらしいし、女子寮の管理人からも苦情が来たし。
 しかも、黒百合の方は高畑先生から報告受けた……勘弁してくれ。
 まさか担任から外れられた後に迷惑を掛けてしまうとは。
 女子寮の方は……まぁ、苦情と言うよりも注意に近いのだが。
 どうにも、ネギ先生が入寮してから寮が騒がしいらしい。就寝も遅いし。
 一応注意はしたが――こればかりは、ネギ先生にどうにかしてもらうしかない問題だ。
 遊んでいる、というより遊ばれているんだろうけど。

「少しくらい息抜きしないと、パンクしてしまいますよ?」

「そ、それじゃ、少しだけ」

 あまり羽目を外し過ぎないようにしないとな。明日も仕事だし。
 自分で思っていた以上に疲れていたのか、そうと決まると気分も軽くなる。
 我ながら現金なもんだ。

「急いで準備終わらせてしまいますから」

「いいですよ。こっちもあと何人か声掛けてきますから」

「そ、そうですか? すいません」

 でも、あまり待たせるのも失礼だよな。

「考え込んだ時は、酒も良いもんですよ」

「は、はは」

 バレバレですか。
 恥ずかしいなぁ……。

「それでは、失礼。源せんせー」

 はぁ……顔に出るようじゃ教師失格だなぁ。
 もう少ししっかりしないと、担任なんて任せてもらえないんだろうな。







「そんなペースで大丈夫なんですか、瀬流彦先生?」

「大丈夫大丈夫、僕肝臓強いから」

 いやまぁ、大丈夫ならいいんですけど。
 明日二日酔いにならないで下さいよ?
 俺も注文したビールで喉を潤しながら、焼き鳥を食べる。
 どうして屋台の焼き鳥とかって、他のより美味しく感じるんだろう? 出来立てだからだろうか?

「飲んでますか、先生?」

「はい。あ、どうぞ源先生」

 ちょうど、コップのビールが少し減っていたので注ぐのも忘れない。
 しかし源先生、目の毒だ。うん。

「しっかし、大変だねぇ、先生も」

「そんな事は無いです――よ? はい」

「その間が非常に気になるけど、そういう事にしておくよ」

 ちなみに、一緒に飲んでいるのは新田先生、源先生、瀬流彦先生と俺の4人である。
 最初は弐集院先生も来る予定だったが、奥さんから電話があって来れなくなってしまっていた。
 しょうがないよな、家庭持ちだし。
 瀬流彦先生にもそれとなく聞いておいたが、先生は大丈夫らしい。

「それで、最近はどうなんだい? ……まぁ、噂は聞いてるが」

「ぅ……やっぱり噂してますか」

「女子寮に新任の先生が、と言うだけでも話題になりますからね」

 ちなみに、その話題をネタにしたのは我がクラスの朝倉である。
 ……保護者側から苦情が来ないのが唯一の救いか。
 まぁ、まだ知られてないだけかもしれないが。

「私の部屋に招待出来れば良いんですけど」

「いや、それも問題でしょう」

 男性職員と女性職員が同室とか……結婚やら婚約やらしてるなら、話は違ってくるんだろうけど。

「だねぇ。僕の家も家族がいるからね」

 その気持ちだけで十分です、と残っていたビールを一気に煽る。
 うー。

「お、いけるねぇ。どうぞ」

「……すいません」

 おー、喉が熱い。
 あんまり酒に強くないので、すでに出来上がりかけてます。
 新田先生に酌をしてもらいながら、焼き鳥を口に含む。

「大丈夫かい?」

「まだ、大丈夫です」

 もう少しは、多分。
 うぅ。

「あんまり無理しないで下さいね?」

「二日酔いにならないくらいには、止めておきますよ」

「なら良いですけど……先生、あんまりお酒強くないんですね」

「ええ。寝付けに一杯飲むだけで、毎日ぐっすりです」

 っと。
 どうぞ、と新田先生に酌をし、自分のコップを空にする。

「ちょっとストップで」

「おや、もう限界かい?」

「はは、ちょっと休憩です」

 もともと、そんなに量飲めないですし、食べれないですし。
 飲みながら食べるのが、苦手なんだよな。
 それに、これ以上は流石に明日に残りそうだ。

「どうです、先生。学校の方は?」

「楽しくやってますよ? 皆良い子ですし。新田先生の方こそ大変でしょう?」

 生徒指導員は、生徒から煙たがれるでしょう? と。

「はは……でもその内、先生に任せる事になるかもしれませんねぇ」

「勘弁して下さいよ――自分なんかじゃ、クラス一つでも手に余ってるんですから」

 そうみたいですね、と源先生に小さく笑われた。
 そうなんですよ、と笑って答え、屋台の店主に焼き鳥を追加で注文する。
 塩焼きでお願いしますー。
 とりあえず、もう晩飯食べないで良いようにもう少し腹に入れておこう。

「真面目だねぇ、先生は」

「うぉぅ」

 後ろからいきなり叩かないで下さいよ、瀬流彦先生。
 酔ってるなぁ。

「どうぞどうぞ、もう一杯」

「お、すまないねー」

 それに悪乗りして、酔い潰そうとする俺も俺か。
 久しぶりに量飲んで、酔ってるなぁ。

「二日酔いにならないように、気を付けて下さいね?」

「大丈夫、僕肝臓強いから」

 ……さっきも聞いたような気がする。
 顔は何時ものままだけど、もう止めないといけないようだ。
 ふむ。

「もうそろそろ時間ですね」

「お、もうか……」

 久しぶりに飲んだら、結構盛り上がってしまった。

「瀬流彦先生、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよぉ」

 一応、呂律が回らないほど、じゃないのか。

「どうします? 家の方に連絡入れましょうか?」

「はい、先生。お水を飲ませてあげて下さい」

 ああ、すいません。

「水飲めますかー?」

「う、ん。大丈夫」

 っと、勘定もしないとな。

「新田先生、ちょっと、勘定お願いしていいですか?」

 重い、瀬流彦先生重い――体重かけないで下さいよっ。
 新田先生に財布を渡し屋台の椅子から立ち上がって、夜風に当たれるように移動する。
 おー、涼しー。

「涼しーねー」

「ですねー」

 ふぅ。

「大丈夫ですか?」

「……源先生は、お酒強いんですね」

 俺とあんまり変わらないくらい飲んでたと思ったんだけど、顔が火照ってるくらいで、全然大丈夫そうだ。
 明日は大丈夫そうですね、と言うと笑われてしまった。

「先生は真っ赤ですけど、大丈夫なんですか?」

「あー、多分……大丈夫かと」

 そんなに顔赤いんだろうか?
 夜風がこんなに気持ち良いんだから、そうとう赤いのかもしれない。

「瀬流彦先生も大丈夫ですか?」

「うん……だいぶ良くなってきたよー」

 意識ははっきりしてるし、大丈夫そうだ。
 多分、今日のメンバーの中じゃ俺が一番酒弱いんだろうなぁ。
 別に意味も無いんだけど、ちょっとショックだ。

「瀬流彦先生も大丈夫そうだし、お開きにするか」

「あ、新田先生」

 その声に振りかえり、渡された財布をちゃんとしまう。
 酔って失くしたりしたら、目も当てられないしな。

「っと。瀬流彦先生と源先生は送っていくから、先生はまっすぐ帰って寝なさい」

「え? いや、瀬流彦先生送っていきますよ」

「そんな顔じゃ、瀬流彦先生が心配ですよ」

 ぅ。
 ペタペタと顔を触ると、やっぱり熱い。
 顔に出やすいんだな、俺。

「それじゃ、また明日な」

「気を付けて帰って下さい」

「じゃ、またねー」

 うぅ。

「スイマセン、よろしくお願いします」

 ……気を、使ってもらったんだろうな。
 酒の所為か、妙に感傷的な気分で帰路につく。
 明日また、お礼を言おう――まだまだ俺も新米の一人なんだなぁ。

「はぁ――さむ」

 まだまだ夜は冷えるなぁ。
 明日も頑張ろ。
 ちなみに、財布の中身は一円も減っていなかった……
 ありがとうございます、新田先生、源先生、瀬流彦先生。







「あ、ネギ先生」

「え? あ、おはようございます、先生」

 ちょうど職員室に入ろうとしていたネギ先生の小さな背を見つけ、声を掛ける。
 おはようございます、と返し昨日葛葉先生に渡されて便箋を取り出す。

「ネギ先生の課題だそうです。昨日の夜渡されました」

「え!?」

 内容、何なんだろう?

「何て書いてありました?」

「あ、ちょ、ちょっと待って下さい」

 流石に自分から見るのもアレなので、ちゃんと見えない位置に移動して、待つ。
 おー、やっぱり少し緊張してるなぁ。

「………………」

「………………」

 あれ?

「な、なーんだ。簡単そうじゃないですかー」

 びっくりしたー、と笑いながら、その中身をこちらへ向けてくる。
 ふむ。
 中には達筆な字で2-Aの最下位脱出が条件と、書かれていた……。

「なるほど」

「ど、どうしたんですか?」

 確かに、教育実習のシメには良い……のかな?
 普通、論文やら報告書やら書くと思うんだが――それはまた別なんだろう。

「いえ――頑張りましょう、ネギ先生」

「はいっ」

 しかし、これなら俺も少しは役に立てそうだ。
 ――と言っても、実際頑張るのはネギ先生でも俺でもなく、生徒達なのだが。
 だが……と、思ってしまう。
 不謹慎なんだろうけど……それでも、この2-Aが試されるのである。
 今までずっと最下位だったが、今回は、違う。
 あいつらはちゃんと勉強し、ちゃんと成績を上げてきているのだ。
 今の調子なら――きっと、大丈夫。

「それじゃ、教室に行きましょうか」

「そ、そうですね」

 クラス名簿を片手に、職員室を後にする。

「その」

「はい?」

 生徒の居ない廊下を歩いていたら、話しかけられた。

「どうしました?」

「いえ――やっぱり、2-Aの皆さんは、成績が悪かったんですね」

「……ああ」

 まぁ、そうですね。
 そうなんですけど、

「ネギ先生」

「はい?」

「あまり、生徒の前で成績が悪いとか、そういうのは言わないで下さいね?」

 前、神楽坂に言ったらしいですね、と。

「す、すいませんっ。あの時は、初めてだったんで……」

「じゃあ、もう駄目ですからね?」

「……はい、気をつけます」

 そう言って頭を下げる姿を見ると、礼儀正しいし好感が持てるんですが。
 どうにも押しに弱くて、生徒に巻き込まれるんだよなぁ、この先生。

「まぁ、そうですね。2年の時は、少し……ですね」

 でも、下から2位との差もそれほどある訳じゃない。
 平均点計算なので、問題さえ解決すれば一気に盛り返せる差だ。

「順位の計算は平均点の上位からですから、どうすれば点数が上がるか判りますか?」

「え? それなら、点数が……低い人に頑張ってもらえば」

「そうです」

 ウチのクラスには雪広、那波と言った成績上位者もいる。
 なのに毎回最下位なのは――まぁ、言わずもがなである。
 でも、神楽坂達も、今の所は小テストを見る限り成績を上げてきている。
 ――問題は無いと思うんだが、油断はできないよな。

「それじゃ、今日の僕の授業の時に勉強会をっ」

 この前の放課後した居残り勉強会で、味でも占めたんだろうか?
 でも、

「……授業自体が、クラスでの勉強会みたいなものだと思いますけどね」

「ぅ」

 まぁ、もう期末まであと一週間である。
 何か対策をたてるなら今日からが良いだろう。
 さって。

「どうしますか、ネギ先生?」

「え?」

「……だって、この問題はネギ先生の課題でしょう?」

 はいはい、そんな顔で見上げてこないで下さい。
 俺だって悪いと思ってるんですから。
 俺だって副担任なんです――やるだけの事は、やりますよ?
 でも、

「どうやって最下位脱出するか、ネギ先生が考えないと」

「あ、そ、そうですね……」

「何か手伝える事があったら言って下さい、手伝いますから」

「はい、ありがとうございますっ」

 この1年一緒に居たんですから……ちゃんと、その結果を残したいですし。
 2-Aのドアの前で、一度立ち止まり深呼吸を一回。

「それじゃ、今日も頑張りましょう」

 はい、どうぞ、とクラス名簿をネギ先生に渡す。

「はいっ」

 さて、今日も一日頑張りますか。







「それじゃ、この問題を――長谷川と桜咲、解いてくれ」

「ぅ」

「……はい」

「前教えた奴だからな。教科書見直していいから、自力で解いてみろ」

 他の皆も、ちゃんと解いてみろ、と言っておく。
 まぁ、試験範囲は終わらせてしまっているので、今日から数学は復習の時間になるんだが。
 若い頃は記憶力が良い、と聞いた事があるが……覚えてるかな?
 数学は、問題に公式を当て嵌める問題だ。
 逆に言えば、公式が分からなければどうしようもない。
 それを思い出してもらいたい訳だが――さて、どうしたものか。
 2学期の時は、範囲を終わらせるだけで精一杯だったから、今学期はこの為に少し駆け足で進んだんだが。

「出来ました」

「それじゃ長谷川、黒板に答えを書いてくれ」

「はい」

 うん、出来たみたいだな……桜咲は、もう少しか。
 
「ちゃんと思い出したか?」

 教室の前に来た長谷川に、そう声を掛ける。

「えっと、教科書見たんですけど……」

「見て良いって言ったからな。間違って思い出すより良い」

 本当なら、こう言うのは生徒のテスト前の復習勉強を信じたいのだが……。
 生徒と言うのは、勉強嫌いである。
 全員が全員そうだとは限らないんだろうが――きっと勉強好きな生徒はそういないだろう。
 だから、授業時間に勉強をさせる。
 今日から一週間。毎日約一時間の数学の勉強という訳だ。

「そうか――じゃ、解いてみてくれ」

「はい」

 ――うん、正解だ。

「その通りだ。良くやったな、長谷川。戻って良いぞ」

 一度思い出せば、テストの時まで記憶に残ってくれてるかもしれないが……どうだろうか。

「桜咲?」

「あ、はい。出来ました」

「おう。それじゃ前に出て解いてくれ」

 次は、神楽坂と……誰に当てるかなぁ。







「どうですか、ネギ先生。調子の方は?」

「は、はは……本気でマズイです」

 授業から戻ってきたら、小さな頭が机に突っ伏していた。
 まー、現実はそうだよなぁ。

「こ、こうなったら、やっぱりあの方法しか……」

 あの方法?

「何かあるんですか?」

「実は、3日間だけ頭が良くなる魔法が――」

「へぇ」

 どう言うおまじないだろうか?
 隣の自分の席に座り、先ほど行った小テストの採点を始める準備をする。
 うーん……ぱっと見た限りじゃ、間違いは少ないのは流石F組だなぁ。
 毎回学年トップは伊達じゃない、と。
 

「どんなおまじないなんですか?」

「その代り、一月ほどパーになってしまうんです」

「止めて下さい」

 なんて怖い事を試そうとするんですか。まったく。

「テストなんて普段の積み重ねですよ? そういう怖い事に頼らなくても大丈夫ですって」

「で、でも……授業中にじゃんけんして遊ぶんですよ!?」

「……………それは、帰りのHRで自分の方から言っておきます」

 何をやってるんだ、あいつらは。
 やっぱり、この歳じゃ嘗められるよなぁ……いくら頭良くても、まだ10歳だし。
 どうしたもんかなぁ。はぁ。

「授業の方は、期末までの範囲は終わってるんですか?」

「そ、それが……」

「もう一週間前ですよ?」

 まだ終わってなかったのか。

「期末までに範囲までいけそうなんですか?」

「それは、はい」

「……それじゃ、テスト問題の方は考えてます?」

「あ、問題も……」

 はいはい、落ち込まないで下さい。
 まぁ気持ちは判りますが。

「テスト問題の方は、土日で片付けるとして、問題は授業ですね」

「は、はい」

 じゃんけんかぁ……どう怒ってやろうか、まったく。
 それよりも、

「やっぱり、僕が子供だから……」

「…………」

 上手い言葉が、浮かばない。
 実際その通りと言えば、それまでなんだけど……どうしたもんか。
 うーん。

「そればっかりは、どうしようもないですからね」

「あう……」

 実際、見た目と言うのは大事なんだよなぁ。
 新田先生が、まぁ例に出すのは失礼だが……見た目で仕事をしていると言える。
 鬼の新田――この年代の子らには、怒った年配の方は鬼に見えるらしい。
 ……本当は、生徒思いで怒ってもそう怖くないんだけど。
 逆にネギ先生は、怒ってもそう怖くないから、遊び感覚で授業を受ける。
 可哀想な言い方かもしれないけど、教師として見られていないのだろう……最初から、心配していたが。

「どうしたら良いんでしょうか?」

「……そうですねぇ」

 そんな顔で見ないで下さいよ。
 あんまりこう言うのは他人から言うもんじゃないと思うんだが……もう時間もないしな。
 でも、俺の方に正しい回答がある訳でもない。

「新田先生が、何で生徒達から怖がられてるか知ってますか?」

「え? 生徒指導の厳しい先生だから、ですか?」

「そうですね」

 でも、少し違う。

「それは、間違った事をちゃんと怒るからなんです」

「怒る、ですか?」

「ネギ先生の事ですから、アイツらが遊んでいても、止めて下さい、って注意するだけじゃないですか?」

「ぅ……そうかも、しれません」

 まぁ、でも。
 この歳の子に、あの子達を怒れと言うのも酷かもなぁ。

「そういう事です」

「でも、怒って嫌われたら……」

「教師なんて嫌われる仕事ですよ」

 全部の生徒から好かれてる教師なんていません、と。
 あの高畑先生だって、そうなのだ。

「今度遊んだら、机でも思いっきり叩いてみたらどうです? 大声で止めるように言って」

「そ、それはちょっと……」

 まぁ、そこまではまだネギ先生には難しいかもしれませんね、と小さく笑う。

「でも、怒る時は怒らないと駄目ですよ? 手は上げちゃだめですけど」

「う――次は頑張ってみます」

「期末まで時間が無いですから、頑張って下さい」

 ただでさえ、課題が課題なんですから。
 後で新田先生達にもお願いしておこう。ネギ先生の課題の件。

「期末の結果は、先生に掛ってるんですから」

「プ、プレッシャーかけないで下さいよっ」

 ははは、良いじゃないですか。

「大丈夫――上手く行きますって」

「そうでしょうか……」

「そうですよ」

 そう不安そうな顔をするもんじゃないですよ、と。

「ネギ先生」

「はい?」

「先生なんですから、生徒を信じて下さいよ」

 もう一度、大丈夫ですよ、と言い、俺は小テストの採点に戻る。
 ……もう少し上手い事を言えたら良いんですけど、すいませんネギ先生。






――――――エヴァンジェリン

「図書館島?」

「うむ」

 学園長室に呼ばれたから何かと思えば……。
 頭が良くなる魔法の本だと?

「2-Aの成績は、言うたら悪いがよろしくない――食いつくとは思わんか?」

「思わんな。いくらガキでも、そこまで馬鹿じゃないだろ」

 ……胡散臭すぎるだろ、それは。

「そんな噂を流してどうする? あの子供先生に取りに行かせるのか?」

「うむ」

「もしじじいの思惑通りに動いたら、教師失格だな」

「ほほ、手厳しいの」

 ふん――くだらん。
 そんな都合のいいもの、何処に存在するものか。
 無条件で頭が良くなるなど、誰が信じるものか。
 ……ウチのクラスの連中は、信じるかもな、と一瞬思ったが、大丈夫だろ。うん。

「そんなのに頼るようじゃ、教師としては最低以下だ」

「しょうがないじゃろ。ネギくんに実戦を知ってもらう為に麻帆良に呼んだのに、ここんとこ、とんと襲撃者もこん」

「――そう言う狙いか」

 あの下なら、確かに魔法を使っても問題は無いだろうが……。

「あのガキ、日常でもそれなりに魔法を使っているぞ?」

「……なんじゃと?」

「なかなかの魔力量じゃないか、オコジョになるのも時間の問題だと思うぞ?」

「―――マジで?」

「ああ。神楽坂明日菜には初日から気付かれているぞ?」

 あと、宮崎のどかも怪しんでいるな、と伝えておく。
 はは、頭を抱えるなよ学園長。
 あんな魔力バカを呼んだのはお前じゃないか。

「ま、面白そうだ。噂は流してやるさ――どうなるかは知らんがな」

「う、うむ。よろしく頼む」

 さて、どう揉み消す気なのか……それとも、このまま神楽坂明日菜を巻き込むのか。

「話がそれだけなら、帰るぞ?」

「……すまなかったな。話はこれだけじゃ」

 どうする気なのかは知らんが、巻き込むなよ、と釘を刺して退室する。

「お疲れ様でした、マスター」

「ふん……無駄な時間だったな」

 外に控えていた茶々丸を連れ、校舎の外に出ると――そこは黄昏色だった。
 普通の吸血鬼なら、この時間帯から起きて活動するんだがなぁ。
 どうにも、最近は調子が出ない。はぁ。

「溜息なんてついてどうした、マクダウェル?」

「……また先生か」

 もう一度、溜息。

「それは流石に酷くないか?」

「気にするな。そういう気分なんだよ」

「機嫌悪いな、何かあったのか?」

 ええい、鬱陶しい。

「何でも無い――それより、今日は早く帰るんだな」

「ん? そりゃ、仕事が終われば、俺だって早く帰るよ」

 ったく。能天気な顔を……。

「マクダウェル達も、今から帰りか?」

「ああ」

「んじゃ、途中までどうだ?」

「断る」

「おー。それじゃ、また明日なー」

 ……なんだ。自分から誘っておいて、あっさり引くじゃないか。
 まぁ、どうせ私が断るのが判ってたんだろうが――断らない方が面白い顔を見れたかもしれんな。

「なぁ、先生?」

 私達を置いて歩き出した背に、声を掛ける。
 ふと、面白い事を思いついたのだ。

「んー?」

「もし、もしもだ」

「ああ、どうした?」

「頭が良くなる魔法の本があったら、生徒に使うか?」

 答えは判って入るが、聞いてみた――この先生とあの子供が、どれだけ違うのか、興味が湧いたのだ。
 その問いに、最初はよく判らない、と言った風に首を傾げ……笑う。

「いきなりだな……まぁ、使わないけど」

「……だろうな」

 ま、判り切った答えだな。

「どうしてだ? 次の期末、2年最後のテストで学年トップになれるかもしれないぞ?」

「でもそれじゃ、マクダウェルや神楽坂達の努力が無駄になるだろ?」

「……私は別に努力してないがな」

 そこはしてくれよ、という呟きは無視。

「折角小テストとかで良い点とってるのに、本一冊でそれがチャラじゃ、誰も努力なんかしなくなる」

「ま、正論だな」

「マクダウェルはその本があったら使うのか?」

 まさか、と首を振る。
 そんな怪しいもの誰が使うものか。

「こっちから願い下げだ」

「……その本で、何かあったのか?」

「別に」

 妙な所は鋭いな、まったく。

「そういう噂があるだけだ」

「魔法の本?」

「そう」

 へー、と少し――本当に少しの驚いた声。

「ま、先生には必要ないものだろ」

「そんな本を探すなら、その時間をテスト問題考える時間に使うよ」

「嫌に現実的だな……」

「先生だからなぁ」

 そういう問題か?
 まぁ、もう期末の時期だしな――憂鬱だよ、まったく。

「簡単な問題にしてくれよ?」

「復習をちゃんとしてれば、点数取れるさ……多分」

 だと良いが。

「じゃあな、先生」

「おー、また明日な」

 ふむ――やはり、あの先生は飛び付かないか。
 ま、信じてなかったというのもあるんだろうが……な。

「帰るぞ、茶々丸」

「はい」

 さて、どうなることやら……。

「魔法の本の件、お前はどうなると思う?」

「……判りません」

「ふん」

 まぁ、まだ“考える”機能が不完全だからな。
 葉加瀬の話ならソレは成長するらしいが……何処までの物か。

「ですが、手に入らなければ良い、と思います」

「そうか」

 ……そうだな。
 ま、じじいの思惑通りに事が運ぶのも、癪だしな。


 



[25786] 普通の先生が頑張ります 8話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/10 21:06
――――――エヴァンジェリン

「綾瀬さん達が今夜、図書館島に忍び込むそうです」

 学校が終わり、ちょうど帰宅すると茶々丸がそんな事を言いだした。
 ふと、何の事か考え――そう言えば、じじいにそんな事を頼まれていたな、と。
 しかし――我がクラスながら、本当に食い付くとは。

「ほう……随分と遅かったな」

「はい。彼女は図書館島の罠、通路をおそらく2-Aの中の誰よりも熟知しています。
 準備を万全にして臨むつもりだと思われます」

「……入った事は無いが、そこまで酷いのか?」

「一般人では、最下層までの踏破は不可能かと」

 どうして学園にそんなものがあるのか……全くもって理解に苦しむな。
 まぁ、地下には貴重な魔道書やら、マジックアイテムが置いてあるらしいが。
 現状、必要な物はじじいに頼めば手に入るので、いまだ入った事はない。面倒だし。

「しかし、綾瀬という事は、バカレンジャーが行くのか?」

「はい。それと図書館探検部の面々で」

「――何だ、その珍妙な部活は?」

「図書館島を踏破し、マップを作る部活だと報告してあります」

「……そうか」

 一般人では踏破が不可能な場所を踏破し、マッピングする部活、か。
 よく創部の許可が下りたものだ。

「どうなさいますか?」

「ん?」

 そう、だな――。
 どうしたものか……。

「ぼーやはどう動くか判るか?」

「ネギ先生は、おそらく参加されるかと」

「おそらく?」

「同室の木乃香さんが参加されるので、その流れで明日菜さんとネギ先生も」

 なるほどな。
 何だかんだで押しに弱いからな、あの二人は。
 ふむ。

「様子を見に行く、時間の確認と準備をしておけ」

「わかりました」

 そう一礼し、部屋を出ていく。
 ――どうなる事か。
 制服を着替えながら、溜息を一つ。

「じじいの掌の上、か」

 もし本当にそうだとしたら――それだけでしかなかったという事か。
 期待していた訳ではないが、それでも落胆してしまう。
 所詮は、まだ子供か……。

「ふ……まぁいい」

 愚かな子供なら、それだけ踊らせやすいというものだ。
 手応えのある獲物も悪くないが、愚かな獲物もそれなりに楽しめる。

「マスター、楽しそう」

「ああ、それなりに悪くない気分ではある」

 メイド服に着替えた茶々丸が戻り、制服を持っていく。
 楽しそう、か。
 そうなのだろうか? 自分の事だが、良く判らんな。







 その夜――吸血鬼の時間に、図書館島に赴く。
 目的はもちろん、魔法の本なわけだが。

「楽しそうな事をするらしいじゃないか?」

「……エヴァンジェリンさん?」

 最初に声を掛けたのは、この中で最も“本”に興味を示している綾瀬。
 どうにも、私が流した噂に飛び付いたのはこいつらしい。

「どうしたんですか?」

「一枚噛ませろ……図書館島に入るなら、茶々丸も役に立つぞ?」

「……何が目的なのです?」

「“本”に興味があるだけさ――どんなものか、な」

 疑っている?
 まぁ、当然か。自分で言うのもアレだが、私も人付き合いが良い方ではないからな。
 準備をしていた早乙女、宮崎、長瀬、佐々木もこちらを見

「判ったです」

「そうか」

 別に、お前がどう言おうが、私は参加――見学するのを止める気は無いがな。
 一言そう言い、皆とは少し離れた場所に、腰を下ろす。

「茶々丸、お前は私を守れ」

「判りました」

 流石に、こんな事に魔法を使うのも馬鹿らしい。
 万が一があっても、茶々丸ならどうにでも対処できるだろう。

「先生は来ないのか?」

「木乃香にネギ先生を連れてきてもらうように、頼んでるです」

「……神楽坂明日菜は?」

「来ないと言ってたです」

 ほ、う。

「来ないと言ったのか?」

「アスナは明日のバイトがあるから、来ないアル」

 真面目な事だな――じじいが喜ぶ訳だ。
 教育者からすれば、それより勉強を……と、あの男は言うんだろうが。
 他人事ながら、そう的外れでは無いであろう考えを浮かべ、小さく笑う。

「しかし、魔法の本とやらは、本当にあるのでござろうか?」

「どうだろうな」

 さて、じじいが何を用意しているのかは判らんが……本当に、どうなる事やら。
 これだけの一般人を巻き込んで、どうするつもりか。
 こいつら全員と仮契約でも結ばせるか?
 身体能力的には問題無いだろう、長瀬とクー。
 綾瀬達も、アーティファクト次第では戦力になるかもしれんしな。

「しかし、エヴァンジェリン嬢と茶々丸殿もそういうのに興味があるでござるか?」

「そうだな……まぁ、な」

「私は、マスターがこちらに来られましたので」

 もう少し、歪曲な物言いはできないのか、このボケロボは。
 そうでござるか、と。
 相手がバカで助かったぞ。

「それにしても、ネギ先生の卒業課題が2-Aの最下位脱出なんて、難しいアル」

「……何?」

 何だそれは、と茶々丸を見上げるが、首を横に振る。
 そんな話は聞いていないんだが。

「知らないアルか? ネギ先生、次のテストで2-Aが最下位ならクビらしいアル」

「それに、拙者達も小学生をもう一度とか、色々噂がたってるでござる」

 あ、の、くそじじい。
 私の情報以外にも、噂をバラ播いたのか……。

「そうか……いや、流石に小学生云々は無いだろ」

「そうでござろうが、何か罰が下るのはあるかもしれないでござる」

 まー、毎回最下位だったからな……あるとしても、春休みに勉強会くらいだと思うが。
 それに、ぼーやもどんな事があれ、きちんと課題はクリアすると思うがな。
 ……まったく。あのじじいの身内への甘さも、考え物だな。

「お、来たでござる」

「む」

 茶々丸を見上げると、それから数瞬して、図書館島と学園を繋ぐ橋に目をやる。
 ……こいつ、気配の感知範囲は私達以上か?

「あれ、アスナも来たアル」

「うわ、夜の図書館って怖っ」

 何でお前まで来てるんだ……まったく。

「バイトが忙しくて来ないんじゃなかったのか?」

「あれ、エヴァ? あ、茶々丸さんも」

「こんばんは、明日菜さん」

「エヴァはどうしたのー?」

 はぁ、相変わらず能天気な奴だな。
 その後ろでは遅れてきた近衛が皆に謝っている。
 ぼーやは、

「ふぁ」

 欠伸をしていた。パジャマ姿で。
 ……頭痛を抑えるために、目頭を指で押さえる。
 どういう状況だ、これは。
 まぁ、しっかり杖だけは持っているのは褒めても良いが。

「あ、エヴァも国語悪かったもんね」

「……お前らと一緒にするな」

 それに、私は点数なんか気にしていない。
 とりあえず、補習を受けるような点数でもないしな。

「はー、魔法の本なんて信じてるの?」

「ふん――お前はどうなんだ?」

 ぼーやの魔法を見た事があるお前なら、それも現実にあると感じるんじゃないか?
 正直に言えば、この中で一番その存在を信じれるのも、コイツかも知れん。

「信じないわよ、胡散臭い」

「ほう」

「それに――まぁ、魔法なんて、胡散臭いじゃない」

 ――ほぅ。

「碌なもんじゃないわよ、魔法なんて。どうせエッチなもんじゃないの?」

「そ、それもどうかと思うが……」

 魔法って、あんまり好きじゃないんだよねー、と言いながらぼーやについて行った背を目で追う。
 ……はぁ。

「あまり、ネギ先生の事を信用してないようですね」

「そーみたいだなぁ」

 疲れたと言うか、何というか。
 一気に気力を持っていかれた気分だ……。

「揃ったですか?」

「どう言う事ですか、コレ?」

 何の集まりですか? と言う声に耳を傾ける。
 さて――。

「ネギ先生の為だよ。皆で集まったの」

「佐々木さん?」

「水臭いアル、先生」

「クーさん?」

「そうでござるよ」

「え? え? どう言う事ですか?」

 ふぁ――欠伸を一つし、そのやり取りを離れた場所から観察する。
 さて、どうなる事か。じじいの思惑通りか、それとも……。
 自然と頬が緩むのが判った。

「マスター、楽しそう」

 ああ、と
 そうだな、と。――認めよう。私は今、楽しんでいる。
 このじじいの用意した茶番劇を。
 その結末を。
 ナギ……お前の息子がどれほどのものか、見せてくれ。
 どれほど澄み、どれほど淀んでいるのか。

「な、何で僕の課題の事知ってるんですか!?」

「皆知ってるアル」

「えーーっ!?」

 しかし、課題内容をバラすのはどうかと思うぞ?
 まったく……。

「それで、そんなネギ先生の為に魔法の本を探しに来たんよ」

「木乃香さん……え? 魔法の本、ですか?」

「そうえ、読むだけで頭が良くなるらしいえ」

「いや、そんなの無いから、木乃香」

 ……この中で一番の常識人がお前か、神楽坂明日菜。
 あの先生の苦労が何となく判った気がするよ。
 頭痛を抑えるために、目頭を押さえる。

「それじゃ、揃った事ですし、早速潜るです」

「え? え?」

「明日も学校でござるしな」

「図書館の下は罠ばかりですから、気をつけないと」

 さて――と。
 進み始めた一団に付いていこうとし

「ま、待って下さいっ! 罠ってなんですか!?」

「え? 図書館の地下の罠ですよ」

「……な、なにそれ? 聞いてないんだけど?」

 さも当然と言った風に言うな、宮崎のどか。
 その異常性に少しは気付け。

「危ないですよ!?」

「大丈夫です。今回は長瀬さんとクーさんも居るですし、私達も地下に潜るのは慣れてるです」

「そんな問題じゃないですよ」

 まぁ、そうなんだがな。
 ふむ――上げた腰を再度下ろし、ぼーやの出方を見る事にするか。

「皆さんにもしもの事があったらどうするんですか!?」

「大丈夫アル。ワタシ達馬鹿な分、荒事は得意ネ」

「そういう問題じゃないでしょ!? 何、罠って!?」

「貴重書狙いの盗掘者から本を守るための罠です」

「あっさり言うなっ! そんな危ない事――」

「駄目ですよー」

 ……そんな罠なのか、ここのは。
 たかが本に、物騒だな……まぁ、地下に置いてある魔道書の類だけだろうが。

「でも、テストで点数取らないと、ネギ先生課題合格できないんでしょ?」

「……大丈夫、です」

「そんなの良いですから、危ないのは駄目ですっ」

 ――ほぅ。
 少し離れていたが、その声はハッキリと耳に届いた。

「ネギ先生……お前にとっては、課題は“そんなの”程度なのか?」

「え? ――ぁ」

 は、はは。
 面白い事を言うじゃないか、ネギ=スプリングフィールド。
 本当に、面白い事を。

「そうだよ、ネギ先生。課題クリアしないと」

「で、でも」

 私が言いたいのはそんな事じゃないんだがな、佐々木。

「皆さんにもしもの事があったらどうするんですかっ」

「拙者とクーが居るでござるよ」

「長瀬さん達の手が届かない所に居たら、どうするんですか?」

「ぅ……それは、離れないように」

 ふん、私を見るなよ。
 私は離れて動くぞ? その方が楽しそうだからな。
 笑ってその視線に答えると、長瀬は頭を垂れた。

「でも、それじゃどうするです? 2-Aが最下位脱出なんて」

「大丈夫です、きっと出来ますから」

 ……そうは思えないがな。
 少なくとも、今までのままなら。

「先生から聞いてますし、僕も確認しました。
 皆さんちゃんと成績が上がってきてるんです。今の状態なら、きっと最下位脱出できますっ」

「うーん、そうアルか?」

「はいっ。それに、そんな魔法に頼ったら、きっとまた来年もその魔法の本を探さないといけませんし」

「それもそうアルね。……流石にもう一度は、面倒臭いアル」

「大丈夫です。自信を持って下さい――皆さんは、馬鹿じゃないんですから」

 そう言った顔は、笑顔。
 ふぅん――。

「でも、私達皆からバカレンジャーって呼ばれてるし」

「なら、期末テストが終わったら、誰にも呼ばせません。
 きっと誰も呼ばなくなります」

 ――随分と、前向きな事を言うじゃないか。
 まるで、一端の教師のようだな。

「明日菜さんだって、先生から褒められてましたし、夕映さんだってきちんと勉強すれば出来たじゃないですか」

「ぅ」

「まだ3日あります。土日もあります。きっと大丈夫です、魔法の本なんかに頼らなくても、皆で頑張りましょう」

「ですが……」

 最後の抵抗は、綾瀬。
 まぁ、この雰囲気ではもう無理かもしれないが……。

「ぼーや」

「何ですか、エヴァンジェリンさん?」

 それじゃ、じじいは納得しないんだよ。

「その魔法の本があれば、最下位脱出どころか、学年トップだって狙えるんだぞ?」

「そ、そうですっ。やっぱり、一度はトップも取りたいですっ」

「――」

 お前の場合は、魔法の本が目当てだろうが、綾瀬。
 ……私は、どうでもいいが。

「綾瀬さん、本当に学年トップが取りたいんですか?」

「――はい」

 そして、一呼吸置いて

「なら、今から一緒に勉強しましょう」

「へ?」

「一夜漬けじゃなくて、三日漬けですけど、綾瀬さんなら詰め込めば大丈夫なはずですっ」

「いえ、そうじゃなくてですね……」

「綾瀬さん」

 その顔は、今まで見た事の無いネギ=スプリングフィールドの顔。

「魔法の本なんか頼って点数を取っても、駄目です。きっと、駄目なんです」

「………ぅ」

「それは、担任として許可しません。出来ません」

 ――迫力のある、怒り。
 だがそれも、吸血鬼である私にとっては可愛いものだが。
 そして、その怒りは、何に対してか……。

「大丈夫です、皆さんなら出来るって僕は信じてますから」

「………はい」

 それも一瞬。
 だが、

「よくもまぁ、今までが今までの奴らを信じられるな」

「え?」

「判ってるのか? 信じた結果が、駄目だったら」

 課題失敗。おそらく、魔法界へ帰される――。
 信じた結果、裏切られた者の末路が――。
 その目は、まっすぐに私を見、

「それでも、信じます」

 それは、まるでどっかの先生を思い出させる目だった。
 まっすぐと、ちゃんと目の前の人を“見ている”目。
 ……まぁ、アレと比べると、まだ弱々しいものだが。



「僕は先生ですから」



 さぁ、帰って勉強しますよー、と言う声は遠い。

「マスター」

「ああ、帰るか」

 なんだ……と、自然と笑みが零れた。
 じじいの茶番を潰したのは結局、ネギ=スプリングフィールドでも、私でも、予想外の生徒でもなかったのか、と。
 本当に、ただの茶番だった訳だ。

「案外化けるかもな」

「誰が、でしょうか?」

 考えろ、と答え、帰路につく。
 文字通り茶番に付き合わされたのに、そう気分は悪くない。

「これから面白くなりそうだな」

「そうですか?」

「ああ――」

 魔法使いとしては、間違った答えだ。
 だが教師としては、正しい答えだろう。
 なら……あのぼーやが目指す“立派な魔法使い”としては、どうなのだろうか?
 本当に、化けるかもしれんな――。





――――――

「おはよう、絡繰」

「おはようございます、先生」

 毎朝恒例となった、マクダウェル宅前での朝のあいさつの後、いつものようにリビングに通されると、

「おはよう、先生」

「……おはよう、マクダウェル」

 なんと、マクダウェルが起きて朝食を摂っていた。

「どうした、私が起きているのに……そんなに驚いたか?」

「ああ、いや。うん。おはよう」

 すまん、驚いた。
 それはさっき聞いた、という声を聞きながらソファに腰なんかを下ろす。

「ふん――それより」

「ん?」

 なんだ? やたら機嫌が良いな。
 まぁ、生徒が機嫌が良いのは良い事だ、うん。

「どうした? 昨日何かあったのか?」

「話の腰を折るな。それより、期末の調子はどうだ?」

「んー?」

 生徒がそんな事聞いてくれるなよ……。
 苦笑し、

「答えられる訳無いだろ。お、すまんな絡繰」

「いえ」

 差し出された紅茶を受け取り、一口啜る。

「相変わらず、絡繰はお茶を入れるのが上手いなー」

「恐れ入ります」

 この会話も何度目か。
 そんな事を思いながら、もう一口。

「なんか機嫌が良いな。良い事でもあったのか?」

 この前の……何だっけ? そう、魔法の本とかの時とは正反対だ。
 うん。朝から機嫌が良いのは良い事だ。

「そうでもない――が、一つ予言をしてやろう」

「またか?」

「そう言うな」

 いや、正直お前の予言は嫌な予感しかしないんだ。
 最初が最初だっただけに……。
 自分でも頬が引き攣るのが判った。

「くく――今回は、先生にもそう悪い話じゃないと思うがな」

「……ふぅん」

 もう一口――と、あ、紅茶無くなった。

「ま、そんなに聞くのが嫌なら、言わんよ」

「って、ここでそれか」

「ああ」

 楽しそうだなぁ。
 何がそんなに機嫌が良いんだろう?
 ……でも、他の生徒達のご機嫌に比べたら、まだほんの些細な変化なんだよな。
 飛び上がって喜んだりしないんだろうか?
 まぁ、キャラじゃないか。
 自分の中のマクダウェルがあまりに可笑しくて、小さく笑ってしまう。

「何を笑ってる?」

「んー、ま、マクダウェルが朝から機嫌が良いからな」

「なんだそれは――それに、そんなに機嫌が良い訳じゃない」

「はいはい」

 あ、絡繰おかわりー、と声を掛けて、時計を見る。

「もう少ししたら出ないとなぁ」

 しかし、今朝はゆっくりできるな。

「今日は時間があるな」

「マクダウェルが起きてるからなぁ」

 これからもこの調子で頼む、と言ったら一言で断られた。
 はぁ。

「ふん――こういうのは偶にだから価値があるんだ」

「いや、それは自分で言うなよ……」

「誰が言っても意味は変わらんだろ」

 まぁそうなんだけどなー。

「それより、ちゃんと試験勉強はしてるか?」

「……ま、気が向いたらな」

「絡繰、マクダウェルがちゃんとしてるか、見といてくれないか?」

「判りました」

「……だから、何故――まぁ、いい」

 その小さな溜息を聞きながら、紅茶をもう一啜り。

「魔法の本」

「ん?」

「魔法の本、もし手に入ったらどうする?」

 あの頭の良くなる? と聞くと首肯された。
 うーん、手に入ったらねぇ。

「マクダウェル、要るか?」

「……もういい、判った」

 どうせ、そんなの手に入らないからなぁ。
 どうすると言われても答えようがないのが本音なんだが。

「真面目だな」

「ま、先生だからなぁ」

 生徒の見本にならないと。
 結構大変なんだよ、先生も。

「……なんか変な事言ったか?」

 何で笑う?

「いや――なんでもない」

 変な奴だな……ま、しかめっ面より良いか。
 笑われたけど、まぁそう思っておく事にするか。



[25786] 普通の先生が頑張ります 9話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/12 21:37
「あら先生、ご機嫌ですね」

 あ、源先生。

「いやー、そうでもないですよ? ええ」

 そんなに顔に出てい……るんだろうな。
 正直、嬉しくて仕方が無い。

「あらあら、本当かしら?」

「は、はは」

「何か良い事があったんでしょう」

「い、いやー」

 新田先生からもそう言われ、緩んでいるであろう頬を引き締める。
 今日、全学年、全教科の期末テストが終わった。
 そして――教師としてあるまじきことではあるのだが……2-Aのテストから先に採点してしまった。
 ……これくらい、なぁ。
 そして今現在、授業も終わり日も落ちた時間――頬がにやけてます。
 ご機嫌ですか? ええ、ご機嫌ですよ。
 だって。

「平均76……」

 今までより約6点の点数アップである。
 ちなみに、計算は3回したので、間違っていないと思う。
 これが喜ばずにいられようか? いや、無理だ。
 おぉ、皆頑張ったなぁ。
 教師として、これほど嬉しい事もないんじゃないだろうか?
 この調子で他の教科も頑張っていてくれよ。

「よっぽど、2-Aの皆さんは頑張ったみたいですね」

「あ、はは――バレてます?」

「もちろん。バレバレですよ」

 は、は……うーん、そんなに俺は判り易いか。
 あんまり、生徒の前じゃ顔に出さないように注意しないとな。
 嬉しいという気持ちはあるが、顔には出さないようにしないと。

「さて、今回はどのクラスが最下位かしら」

「まだわかりませんよ……」

 でも、ウチのクラスが最下位じゃないなら、別のクラスが最下位なんだよな。
 そう考えると、素直に喜べない……か。
 やっぱり、教師は難しい。
 自分と、自分のクラスだけを考えるだけじゃ、なぁ。

「でも、今くらいは良いんじゃないですか?」

「え、えーと」

「今は私と新田先生だけですから、喜んでも大丈夫ですよ?」

「あ、あー」

 そ、そんなに顔に出てるかな、俺。
 これでもトランプとかは得意なんだけどな。

「でも、早く帰らないといけませんからね?」

「は、はい」

 それはまるで、子供に言い聞かせるような言い方で――だからこそ、余計に恥ずかしく感じてしまう。
 うん。帰ろう――テストも終わったし、後はテスト返却と数日の授業で……終わりだ。

「――はぁ」

「今度は溜息ですか?」

「あー、すいません」

「いえいえ。どうしたんです?」

 くすくすと、職員室に小さな笑い声とチクタクと時計の秒針の音が響く。
 あー。

「……これで、2年生ももう終わりだなぁ、と」

「……そうですね」

 あっという間だったなぁ……1年。
 そう考えると、余計に感慨深く感じるのは――年取ったからかなぁ。

「今そんな事を言ってると、来年の今頃はどうなってる事やら」

「は、はは」

 そうですね、と。
 来年はあの子達も3年――卒業である。
 早いものだ……ついこのあいだ中学一年生として入学してきたのにな……。
 ……副担任なのに、卒業式に泣くかもしれん。
 それは流石に恥ずかしいなぁ。

「ですが、先生の気持も判りますよ」

「そ、そうですか?」

 新田先生も嬉しいですか? と聞くともちろんです、という答え。

「……先生。この後、一杯どうです?」

「あ、良いですねー」

 明日は休日ですし、この時間なら生徒もそう居ないだろうし。
 今日くらいは……。

「それなら、私もご一緒して良いでしょうか?」

「もちろんです」

 さって、そうと決まれば帰る準備をするか。
 残りのテストの採点は、明日、部屋でやろう。




――――――エヴァンジェリン

「それで、今度は何の用だ?」

「むぅ、そう毛嫌いせんでもええじゃろ」

 じじいがそう唇を尖らせるな、気色悪い。
 その様を一瞥し、先を促す。

「図書館島の件なんじゃが」

「言っておくが、私は何も手出ししてないからな?」

「それは判っておる。あの場には居たようじゃがの」

「ちっ」

 やっぱり覗いてたのか、このくそじじい。
 それで? と、促す。

「エヴァ、お主はどう思う?」

「今のところ、魔法使いとしては三流だな」

「……厳しいのぅ」

 ま、私も魔力しか見てないからな。
 どれほどの技術と頭を持ってるかは知らん。
 ――あのナギの息子なら、頭は切れるのかもしれんが。

「どうせ、まだ実戦の一つもしてないんだろ?」

「うむ、そうなんじゃ」

 どうせ、その事だろ。
 今日呼んだのは。
 年寄りの話は、どうしてこうも回りくどいのか。
 さっさと終わらせる為、自分からこの話題を振ってやる。

「ネギくんの事なんじゃが」

「ああ」

「お主、鍛えてみる気は無いか?」

「無いな。次言ったら殺すぞ、じじい」

 話は終わりだ、と立ち上がる。
 下らん。時間の無駄だったな。
 私があのぼーやに――。

「せっかちじゃなぁ」

「こうなる事は判って言ったんだろう?」

「そう悪い話じゃないじゃろ? 対価を言う事も出来る」

 それは――私の“呪い”の解呪法の事を、言っているのか。
 学園の長公認で、スプリングフィールドの血を、望んで良いと言う事か。
 ――――ふん。

「学園長の言葉じゃないな」

 魔法使いとしては――きっと正しい姿だ。
 ……だから、気に食わん。

「それだけか?」

「いや。それと、3-A……お主たちのクラスの担任、ネギ君じゃから」

「そうか」

 それは、きっと最初から決まっていた事だろう。
 アレがネギ=スプリングフィールドで、ここが麻帆良だから。

「エヴァ」

「なんだ?」

 扉を開ける。

「呪いを解くのは、自由にして構わん」

「ふん」

「お主はもう十分、“光”を知ったじゃろ?」

 そして、学園長室を出る。
 入り口に控えていた茶々丸に声を掛け、廊下を歩きだす。

「ご苦労様でした、マスター」

「――――ああ」

 そのまま無言で外に出……職員室にまだ電気が付いている事に気がついた。

「先生は居るのか?」

「判りません」

 そうか、と。

「ふ、ぁ」

 今はこんなにも吸血鬼の時間なのに――少し眠い。
 ……まったく。
 どうしてこうなったんだか――去年までの私は、何処に行ったのか。

「帰るか」

「はい」

 ――これから、どうなるのか。


――――――

「ふぁ」

「どうしたんだ? ずいぶん眠そうだなぁ」

 まぁ、いつも寝むそうだとは言わないでおくけど。
 欠伸するほどじゃないからな。

「ふん。テストも終わったしな」

 テスト終了から数日後。
 学園へ向かう途中、あまりに眠そうなマクダウェルにそう声を掛けると、そんな答え。
 まぁ、判らなくは無いけど。
 俺もテスト終了の翌日は何時もより遅くに目が覚めたし。軽い二日酔いだったし。

「それで、夜遅くまで起きていた、と」

「はい。就寝なされたのは、深夜の2時過ぎでした」

「おい、バラすなっ!」

 まったく……。

「授業中に寝るんじゃないぞ?」

「テストはもう終わったんだ。どう足掻いても、今更だろ」

「それとは関係なくて、だ。授業中は勉強するもんだ」

「判った判った、ちゃんと寝ずに起きてるよ」

 また投げ遣りに言うなぁ。
 真面目に授業受ければ、もっと高い点数狙えるだろうに。

「絡繰、マクダウェルが寝たら起こしてくれな?」

「畏まりました」

「だから、何でそこで茶々丸に頼むんだっ」

「……だって、お前確実に寝るだろ」

「ぐ――ふ、ふん。教師は生徒を信頼するもんじゃないのか?」

「信頼していても、注意する所は注意するんだよ」

 そう言うのは信頼とは言わん。

「ちっ、正論を……」

「諦めろ。俺の授業の時は、問答無用で起こすからな」

「はぁ――面倒な奴に目を付けられた……」

「お前がサボらなければ、大丈夫だったんだがなぁ」

「他人事のように言うなっ」

 はいはい。
 俺も、マクダウェルの扱いに慣れてきたもんだ。
 最近は素行も良いし――3年になったら、皆勤賞でも狙ってもらうかね。
 ……ああ、でも。

「そう言えば、そろそろ花粉の季節だけど、大丈夫なのか?」

「ふん――今年はそう花粉の量も多くないんだろ」

「酷くなったら休んでいいからな?」

「――ふん」

 マクダウェルって、花粉に酷く弱いんだったな。
 去年の今頃も、それで休んでたし。
 このまま、今学期中は大丈夫だと良いんだが。

「休むなと言ったり、休んでいいと言ったり」

「はは――まぁ、あんまり無理はするなと言う事だな」

「私にとっては、朝起きる事も無理の一つなんだがな」

「はいはい」

「……まぁ、別に良いがな」

 それじゃ、今日も一日頑張りますか。







「しっかし、毎回思うが派手だよなー、この学園」

 今、電光掲示板に表示されるのは一年生の期末での順位。
 一位から表示されるから、残ると本当に心臓に悪いよなぁ。
 まぁ、最下位から表示されても嫌なんだけど。

「うー、ドキドキするー」

「はは。まぁ、落ち付け佐々木」

 1年の時からそんなに力んでどうするんだ。
 だが、それももうすぐ終わる――次は、俺達2年である。
 良いから隣でハァハァ言うな。

「今からそんな調子じゃ、2年の時は気絶するぞ」

「う、うぅ」

 しかし、集まってきたな。
 周囲は人人人。何でも祭みたいに騒ぐのは、個人的には好きだけど、学校としてはどうだろう?
 ……これを楽しみにしてる生徒もいるみたいだし、良いのかなぁ。

「大丈夫かなぁ」

「……どうだろうなぁ」

「いや、そこは嘘でも大丈夫って言おうよ、先生」

「そうですえ、先生」

 おー、近衛達も一緒に来たのか。
 あれ?
 てっきり神楽坂も一緒だと思っていたが、来たのはネギ先生と近衛の二人だった。

「神楽坂は?」

「明日菜さんは、なんか用事があるそうです」

 場所は教えてたんで、後で来るかと、と。
 ネギ先生と神楽坂って、いつも一緒に居るイメージがあったが、そうでもないのか。
 それにしてもどうしたんだろう?
 神楽坂も、こういう祭事は好きだと思ったんだが。

「それより、どう思います?」

「え? えっと……どうでしょうか」

 全教科の点数を聞いていないので、断言は出来ないが――数学だけなら、学年でも中位。
 おそらく最下位は無い――と思うが、問題は他の教科である。
 特に、英語は平均点が64点台……前回の中間より数点だけ上の状態である。
 ……良く授業中に喋ったり遊んだりしてたらしいし。
 来年はちゃんと授業を受けてくれたらいいんだが。

「ま、どっちにしろもうすぐ判りますか」

「で、ですね」

 さて、と。
 1年も終わったか……次は、2年。

「うー、ドキドキする」

「……俺も緊張して来たから、深呼吸でもしろ」

「ぅ。すーはーー」

 素直だなぁ、佐々木。
 その素直さで緊張を和らげ、視線を電光掲示板へ向ける。

「あ、見つけたっ」

 ん?

「おー、神楽坂――マクダウェル達も来たのか」

 珍しい。神楽坂と一緒だなんて。
 気になって見るにしても、一人で見てると思ったんだが。

「えぇい、判ったから手を引っ張るな、神楽坂明日菜っ」

「だって、見失うじゃない」

「それは私の身長の事かっ」

「うん」

 あっさり言ってやるなよ……。

「楽しそうだなぁ」

「何処をどう見たらそう見えるっ」

「先生、順位の方はどうですか?」

「あ、そうだった」

「無視するなっ」

 しかし、何時の間にこいつらは仲良くなったんだ?
 まぁ、この調子なら次の学年じゃマクダウェルのサボりも大丈夫だろうな。
 うん……神楽坂には感謝だな。

「私は別に、順位などどうでも良いんだがな……」

「いーじゃない、どうせ茶々丸さんと一緒に暇してたんだし。ねぇ?」

「はい」

「そこは同意するなっ」

 ネギ先生と佐々木は可哀想なくらい緊張してるのに、この二人は楽しそうだなぁ。
 ま、緊張が無いってのも、良いのかもな。

「おい、何だその顔は」

「ん?」

 そんな事を考えてたら、思いっきり睨まれていた。
 うーん……相変わらず、こういう顔は怖いなぁ。
 と言うか、教師を睨むな、教師を。

「いや、何時の間に神楽坂と仲良くなったんだ?」

「ふん……別に仲良くなんかない」

「そうかー」

 こういう所は判り易いなぁ、と。

「おいっ」

「ねー、エヴァ。ウチってどのくらいの順位か賭けようよ」

「あ、うちもー」

 おいおい、まったく。

「教師の前でそう言う事を言ってくれるなよ」

「あ、えーっと……お昼の飲み物くらいで」

 しかも、小さいなぁ。

「じゃあ、うちは10位で」

「私は下から2番目かなぁ」

 それで、と二人の視線がマクダウェルに向く。

「…………7位だ」

「茶々丸さんは?」

「私もですか?」

 この二人も、仲良くなったもんだ……って。

「いや、絡繰が思ったように言って良いと思うぞ?」

 どうして俺を見た?
 流石に、俺も順位までは知らんからな。

「僕は4位ですっ」

「じゃあ私は9位」

 それだけ緊張しても、この話には乗ってくる二人に苦笑してしまう。
 ネギ先生も、随分2-Aに馴染んできたんですね。

「なら俺は5位でいこうかな」

「先生も高い所狙ってはるんですねー」

「はは――それだけ、皆が頑張ってたのを見てたからなぁ」

 テスト前の休日なんて、皆で集まって勉強会してたみたいだし。
 ……内緒にされてたのは結構ショックだけどなぁ。

「始まります」

「ふん」

 絡繰の声に、一斉に電光掲示板を見上げた。







 ふと、手が汗まみれなのに気付いた。
 俺も緊張してるんだな、と。

「今9位が終わった?」

「ああ……大丈夫か佐々木?」

「うん」

 流石に――そろそろ笑ってられなくなってきたな。

『第10位っ……2-M』

 遠くで、溜息の声。
 こっちは溜息もつけないと言うのに――。

「おいおい先生、大丈夫なのか?」

「いや、流石に順位までは知らされてないしな……」

「ちっ。肝心な所で役に立たんな」

「……本当に、もう容赦無いなのな、マクダウェル」

「ふん」

 お前だって、順位なんか関係無いとか言ってたくせに見入ってるじゃないか、とは言わない。
 きっと、この変化はマクダウェルにとってはきっと良い事だと思うから。
 ――ああ、少しだけ……気が楽になった。
 だから、油断した。

『第11位――なんとっ、2-Aっ』

 だから、周りの皆が歓声を上げた時――俺一人だけ、声が出なかった。
 ぼんやりと、ただ……やった、と。そう思った。 

「おめでとうネギ先生っ、これでクビにならなくて済むねっ」

「おめでとう、ネギ」

「よかったえ、最下位やのぅて」

 一瞬で生徒に揉みくちゃにされてしまったネギ先生を、少し離れた位置から眺める。
 良かったですね、と。
 しかし、何時の間にあれだけ揃ったんだ? 全然気付かなかった……。
 それに、何でネギ先生の課題の事知ってるんだろう?
 ま――今は良いか。

「良かったじゃないか、先生」

「おー」

 気が抜けたと言うか、何というか。

「何だその気の抜けた声は」

「ぅ……まぁ、なんというかな」

 絡繰は? と聞くと、彼女は何時ものようにマクダウェルの後ろに控えていた。

「先生、嬉しそうです」

「そ、そうか?」

 ま、あ――なぁ。
 最下位は無いって、思ってたが……実際、そうじゃないと判ると嬉しいもんだ。
 今までが今までだったから、か。

「まぁ……そりゃ、嬉しいさ。皆が頑張った“結果”が出たんだから」

 一言一言に、感情が乗ってしまう。
 嬉しいという気持ちと一緒に、こう、何というか――自然と、笑ってしまった。

「ふん。その割には、先生が生徒より喜んでそうだがな」

「ぅ」

 そんなに顔に出てるのだろうか?
 手の平で両の頬を揉み解し、ソレを抑える。

「マクダウェルは嬉しくないのか?」

「ふん……別に、いつもと変わらんさ」

「……ふぅん」

 その割には、その視線はネギ先生達の方から動かない。

「――なんだ?」

「いや、別に……なぁ、絡繰?」

「はい」

「どうしてそこで茶々丸に振るっ」

 お前は本当に、最近は怒りやすくなったなぁ。
 それだけ感情を出すようになったのは良い事なんだけど、笑ったりはしてくれんものか。
 まぁそこは、神楽坂に期待するとするか。

「おいっ」

「しっかし、このクラスの来年が楽しみだな」

「……無理やり話題を変えたな」

「……さて、何の事やら」

 ネギ先生の方は生徒達に任せて、その様をぼんやりと眺める。
 うーん、羨ましい。
 俺も生徒達に囲まれてみたいものだ……相手は中学生だから反応に困ってしまうし、やっぱりいいや。

「来年、ね」

「来年こそサボるなよ? また迎えに行くのはしんどいからな」

「ふ――授業がつまらなかったら、判らんな」

 おー、そりゃ責任重大だなぁ……はぁ。

「喜んだり落ち込んだり、忙しい奴だな」

「あ、すまん」

 っと……生徒の前で顔に出てたかな?

「いや、これで後は終業式だけだからな」

 もう、2年生の時間も終わる。
 ――それを、少しだけ寂しいと感じてしまった。

「来年はマクダウェルも受験だなぁ」

「……そうかもな」

「就職するのか?」

「そうかもしれないな」

「まだ決めてないんだな」

「――――そうだな、先生?」

「ん?」

 何気なく見上げてきた顔。
 その目。
 変わらない声音。
 なのにいつもより真剣に聞こえる声。
 そんな声で、

「あと1年、よろしくな」

「おう」

 それは、どんな意味があったのか。
 妙な言い回しに聞こえた。
 もしかしたらその言葉には、この子の“家庭の事情”が絡まっていたのかもしれない。
 でも、それがどんな意味であれ、答えは決まっている。
 だから、一瞬の間も置く事無く応える事が出来た。

「本当にか?」

「おー。先生がちゃんと卒業できるようにしてやる」

 進学か就職かも、相談に乗ってやる――。
 だから、変な事は心配しなくて良いからな、と。

「…………はっ。なら、来年も先生は苦労するな」

「そ、そうか」

 それは勘弁してほしいんだが、と呟き、ポンポン、とその低い位置にある頭を撫でてやる。
 まぁ、周りに生徒もいるし一瞬だけだが。
 やってしまった後、怒られるか? とも思ったが、お咎めは無し。
 よっぽど機嫌が良いらしい。
 いつもこの調子なら何の心配もないんだがなぁ。

「大変だな、先生」

「ま、しょうがないさ。先生だからなぁ」

 そうか、という小さな呟き。
 嬉しかった。
 テストの順位もそうだが……マクダウェルが、そう言ってくれた事が。
 教師として頼られた事が。
 うん――きっと、俺のこの一ヶ月は無駄じゃなかったんだ。

「その為にも、皆勤賞を狙ってくれるとありがたい」

「それは無理だな」

 即答か。
 まったく。

「絡繰、来年もこのダメなご主人さまをよろしく頼む」

「判りました」

「おいっ。茶々丸、そこは否定しろっ」

 だって、朝起きれないなんて駄目だろ。学生として。
 


 そして、終業式の日。
 3-Aの担任が誰になるか聞く事になる。
 大変な……本当に大変な、1年が始まる。




[25786] 普通の先生が頑張ります 10話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/12 21:37

「先生、何してはるんですか?」

 春休み。
 実家に帰る事もなく、麻帆良の中をのんびりと散歩していたら声を掛けられた。
 ……着物姿の近衛に。

「おー……近衛か?」

 着物姿の女の子なんて成人式以来なので、少し自信は無かったが。
 この独特の話し方は、間違いは無いだろう。

「ややわー、うち以外に誰に見えます?」

「いやー、着物姿なんて初めて見たからなぁ」

 どうしたんだ? と聞くと曖昧に笑われた。

「良く似合ってるなぁ」

「おおきにー」

 そう言ってクルリと一回転。
 うん。いつもの近衛だ。

「神楽坂は?」

「明日菜は今日は他の皆と遊んどるえ」

「そうか。今日はなんか用事でもあるのか?」

「うん。今からちょっと学校の方に」

 学校?

「春休みで閉まってるぞ?」

「大丈夫。おじーちゃんからの用事やから」

 お爺さんって……。

「学園長?」

「そやー……もう、朝から憂鬱やわぁ」

「憂鬱って」

 その顔が、目に見えて曇る。
 まったく――まぁ、この年代だと用事って嫌がるよな。
 俺も身内からの用事とか結構嫌ってたし。
 せっかくきれいな着物なのに、勿体無い。

「時間があるなら、なんか飲むか?」

 ジュースくらいなら奢ってやるぞ、と言うと笑われた。

「着物姿の女の子にジュースは無いですよ」

「はは――」

 確かに。

「この先にあんみつの美味いお店があるんですけど、どうですか?」

「うーむ、そう誘えば良かったのか」

「そうですえ。で、どうです?」

 逆に誘われてしまった。
 まぁ、時間はあるから良いんだが。

「先生と一緒に居たら、せっかくの休日が勿体無いぞ?」

「奢ってもらうから大丈夫です」

 あー、そう。
 そう言う事ね。

「お昼まで時間ありますから、ええでしょ?」

「判った判った」

 ま、良いか。







「先生、良く散歩とかされてはるんですか?」

「んー……まぁ、時間がある時はなぁ」

 大体は、部屋で本の虫だぞ、と言うと笑われた。
 うん。折角の着物姿なんだ、笑ってないとな。
 しかし。

「良く入るなぁ」

「甘いものは別腹ですえ」

 ……ダイエットとかとは無縁なんだろうなぁ、この食べっぷりだと。
 そんな失礼な事を考えながら、頼んでいた抹茶アイスを食べる。

「そんなに食べて、昼は入るのか?」

「お昼は――今日はそう食べまへんから」

「そうか」

 まぁ、近衛がそう言うんなら別に良いが。

「三食ちゃんと食べろよ? 体に悪いからな?」

「判ってますえ」

 ま、三食コンビニにお世話になってる俺が言うのも変だがなぁ、と。
 また小さく笑われ、アイスを口に含む。

「着物姿は初めて見たけど、学園長の用事って結構あるのか?」

「へ?」

「いや、初めてってわけじゃないみたいだし」

 憂鬱だって言ってたし、用事の内容も知ってるって事だろう。

「ま。あんみつ奢ってやったんだから、学園長の言う事、ちゃんと聞くんだぞ?」

「……あら。先生はおじーちゃんの味方?」

「おー。綺麗な着物着て憂鬱な顔じゃ学園長も困るだろ」

 学園長が関わってるなら、俺が出る幕もないだろうしなぁ。
 出来る事ってこれくらいしかないのが、副担任の辛い所か。

「先生は酷い人ですなぁ」

「う……そんなに嫌なのか?」

 まさか、あんみつ奢ってまで酷い人言われるとは思わなかった。
 学園長……一体何させようとしてるんですか?

「あ、店員さん。あんみつおかわりお願いしますー」

「まだ食うのか」

「別腹ですえ」

 ……よっぽど、その用事が嫌なんだろうか?

「ねぇ、せんせー」

「んー?」

 うーむ。まぁ、昼まで付き合うか。
 と腹を括ったら、

「おじーちゃん、お見合いが趣味なんですよ」

「そ、そうか」

 という爆弾を投げられた。
 そんなの、身内じゃない俺にどう答えろと?
 ……しかし、まだ中学生なのに、お見合いって。
 副担してるから忘れがちだが、やっぱり近衛って学園長のお孫さんだから、こういうのってあるんだな。

「お昼から、お見合い用の写真を撮る事になってるんです」

 どう答えて良いか判らずに黙ってしまうと、余計に気まずくなってしまう。
 けど、こういうのはそう簡単にも答えられるものでもないだろう……いくら近衛が中学生でも、だ。

「いっつも無理やり」

 そう言った所で、追加で注文したあんみつが。
 助かった……と言えるのか。

「先生。良い断り方知りません?」

「あー、そう言う事な」

 良かった。
 見合い相手の相談とかだったらどうしようかと思ったぞ。
 でも、断り方ねぇ。

「近衛は、好きな人とかは……」

「おらんのよ」

「だよなぁ」

 女子校だしなぁ。
 まぁ、だからこそ学園長がお見合いなんて勧めてるんだろうが。

「相手はうちの倍の歳の人とかも居るんやで?」

「そ、それは、ちょっと考えるな……」

 学園長って、どういう基準で相手選んでるんだろう?
 それとも、そう言う役職だから、向こうから来るんだろうか?
 うーん――断る方法ねぇ。

「誰か気になる人でも居ないのか?」

「それが、男の子の知り合いって……ネギ君くらいやし」

「……あー、そうかぁ」

 この年頃で、しかも女子校生なら、知り合う接点が無いしなぁ。
 だからと言って、ネギ先生を勧めるわけにもいかないし。

「それに、そう言うウソっておじーちゃんすぐ判るんですよ」

「勘が良いんだなぁ」

「せなんですよぅ。今日会ったのも何かの縁と言う事で、良い案ありません?」

 だがなぁ。

「そんなにお見合いは嫌なのか?」

「はいっ」

 即答されてしまった。

「ウチ、まだ子供なんに、こういうの早いと思うんですっ」

「……そ、そうだな」

 握り拳作って、力説されてもなぁ。

「そんなに嫌なら、きちんと嫌だと言うしかないんじゃないか?」

「え?」

「嫌な理由をちゃんと話してな。さっき言った、自分にはまだ早い、って」

 まぁ、それでも駄目ならもうお手上げだが。
 流石に、本気で嫌がってる相手にお見合い勧める人じゃないと思うし……学園長も。

「そんなんで止めてくれますやろか?」

「学園長だって、近衛が心配だから、そう言う事をするんだと思うし」

 うん。

「だから、きちんと嫌な理由を説明すれば、ちゃんと判ってくれるって」

「本当にですか?」

「……多分」

 締まらへんなぁ、と言う苦笑い交じりの声が耳に痛い。
 結局、その問題は家庭の問題だからなぁ。
 俺なんかが勝手に口を出すのも――。

「学園長が近衛の事を気にしてるのは……まぁ、割と聞く話だし。大丈夫だと思うが」

 公私混合だと思わなくもないが、でも自分の孫だし可愛くて仕方が無いんだろう。

「そうやろか……」

「どんな人かも知らない。声も知らない人じゃ、流石に好きにはなれないだろうしな」

「そうですえ。おじーちゃんは、そこん所を判ってくれへん」

「はは、厳しいな」

 そう言って怒る近衛は、本気で怒ってる訳ではないのだろう。
 あんみつを食べながら、そう言って一緒に運ばれてきていたお茶を飲む。

「本当に、真剣に言って――それでも止めないなら。
 きっとそれだけ、近衛の事を心配してるってことだと思うぞ」

「……先生は、ちょっと違うんですね」

 違う? 何が?
 そう聞くと、笑ってあんみつを口に運ぶ。

「先生は、お見合いとかした事あるん?」

「無いなぁ」

 というか、結婚とか……まだそういう歳じゃないし。うん。
 いや、別に独身でも構わないし。
 そう言うと、同僚の皆さんからは肩を叩かれるんだが……。

「恋人は?」

「居たら、きっと近衛じゃなくてその恋人と一緒にあんみつを食べてるな」

「ひどいー」

「はは……近衛も、そう言う相手が出来ると良いな」

「はいー。やっぱり、結婚するなら好きな人が良いですわぁ」

 しかし、この歳で結婚という単語が出るとは……やっぱり、学園長の孫ともなると、そうなんだろうか?

「近衛は誰とでもすぐ仲良くなれるし、きっとそう言う相手もすぐ出来るさ」

「そうでしょうか?」

「おー、ネギ先生とも、次の日には仲良くなってたじゃないか」

「良く覚えてますねぇ」

「先生だからなぁ」

 ちゃんと、生徒の事は見てるんだぞ。
 そう言って笑うと、近衛も笑う。

「そんなら、来年もよろしくお願いしますね」

「おー。まぁ、折角の休みなんだし、学校の事は忘れて……遊べ、って言うのも変か」

「今からお見合い用の写真撮りますからなぁ」

 しかも、あんまり乗り気じゃないしな。

「頑張れ、で良いのか?」

「どうでっしゃろ……まぁ、ええんとちゃいます?」

「そうだな。せっかく綺麗な着物着て写真撮るんだ、頑張って綺麗に写ってこい」

 上手く言いましたなぁ、と言われ、苦笑して立ち上がる。
 それじゃ、勘定しますか。







 近衛と別れ、散歩を再開すると

「何をやってるんだ、絡繰?」

 人ごみから少し外れた場所で、猫に囲まれている絡繰を見つけた。
 しかも、今回は鳥も少し居る……よっぽど動物に好かれるんだな、羨ましい。

「先生。こんにちは」

「おー……また増えてないか?」

「はい。困りました」

 はいはい。
 肩と頭に乗っていた猫を取ってやる。
 鳴くな鳴くな……まったく、懐かれてるなぁ。

「しばらく来ないうちに、よくぞここまで」

「……ありがとうございます」

「ああ」

 しかし、

「エサ代もこれじゃバカにならないんじゃないのか?」

「超包子の方の残り物を少々」

「なら、良いけど」

 最初は2匹だけだったのに……もう両手の指じゃ足らないな、この数は。
 その猫を撫でようと手を伸ばし、逃げられた。
 やっぱり毎日来ないと駄目なんだろうか?
 くそう。
 諦めきれずに再度手を伸ばすが、また逃げられた。

「……どうぞ」

「お」

 差し出されたのは、まだ小さな白い猫。
 おー。

「撫でて大丈夫なのか?」

「はい」

 その白い猫を受け取ると、逃げない。
 逃げないので撫でる。
 はぁ。

「先生、楽しそうです」

「そうか?」

「はい」

 まぁ、楽しいからなぁ。

「そうだ」

「……どうしましたか?」

「マクダウェルはどうしてる?」

 春休みだからって、また遅くまで起きてるんじゃないだろうな?
 そう聞くと、首肯された。

「昼を摂られてから、おそらくまた寝ておられるかと」

「はぁ……そうか」

 新学期から大丈夫か、アイツ。
 また朝起きれないんじゃないだろうな……。

「絡繰、あんまり朝遅いようならマクダウェルを起こしてくれよ?」

「……どのくらいの時間に起こせばいいでしょうか?」

 そうだなぁ……。

「遅くても朝の9時には起こしていいと思うけど」

「かしこまりました」

「まぁ、絡繰が起こさないと、って思った時間で起こしてくれ」

「はい」

 あんまり遅くまで寝てると、学校が始まってから起きれないからな、と。

「あいつ、ちゃんと勉強やってるか?」

「判りません。遅くまでは、起きられているようですが」

「……そうか」

 ま、そこはマクダウェルを信用するか。
 ちゃんとしてなかったら……まぁ、また残して皆で勉強会でも。
 その辺りは、ネギ先生と話し合って決めるかぁ。

「先生は――」

「ん?」

 猫を撫でてたら、珍しく、絡繰から話しかけられた。

「先生は、今日は何をなさってたんですか?」

「ん? いや、散歩してた」

 暇だったんでなぁ、というと――その目が、俺に向く。
 何か変な事言ったっけ?

「いつも、忙しそうなイメージがありましたので」

「そうか?」

 結構楽してる方だと思うけどなぁ。

「はい。高畑先生が担任だった時も、今も」

「あ、あー……そんなに忙しそうだったか?」

「はい」

 そーなのかー……そう感じてなかったが、そう見えてたのかな?
 そのまま、一瞬の無言。

「絡繰は、今日は何してたんだ?」

「お掃除と、マスターの食事の準備を」

「休みなのに偉いなぁ」

「いえ――」

 ……そう言えば、俺部屋の掃除しようとして全然してないな。
 うむぅ。

「どかしましたか?」

「いや、そう言えば部屋の掃除をしないとなぁ、と」

「そうですか」

 明日するか……どうして、掃除しようとするとやる気が無くなるんだろう?
 やり始めたら楽しいんだけどなぁ。

「先生、ネギ先生です」

「お……う?」

 何か、物凄い勢いでこっちに走ってきていた。
 元気なもんだなぁ。流石に、走るほどの元気は無いんで羨ましい。

「ネギ先生、どうしたんですか?」

「え!? あ、先生っ」

 …………ん?
 立ち上がって声を掛けると、進行方向がこちらに向く。

「ネギ先生っ!!」

「ひっ!?」

 ……雪広に――ウチのクラスの連中か?
 結構な人数、十人前後くらいか? も一緒にこっちへ走ってきていた。

「はいはい、もう正式に担任なんですからそう人の後ろに隠れないで下さい」

 そう言って、後ろに隠れようとしていたネギ先生の肩を持ち、俺の前に出す。
 さて、どういう事だ?

「おらー、落ち付けお前ら」

 パンパン、と手を叩き、その注意をネギ先生からこっちに向ける。
 そんな、息切れるまで全力で追わなくても。

「それで、どうしたんですか?」

「ネギ先生が人生のパートナーを探していると聞きましたのでっ」

「――なに?」

 人生のパートナー?
 今日はよくお見合いやらパートナーやら出てくるなぁ。

「ち、ちち違いますよっ」

「……らしいぞ?」

「えー」

「でも、誰だったっけ? ネギ先生が恋人探しに日本に来たって」

 最初は鳴滝姉妹か……なるほど、これで信憑性が低くなった訳だが。
 それに、本人は完全に否定してるし。
 少し落ち着いて冷静になったのか、先頭の雪広の笑顔が、若干引き攣っている。

「まーたお前達の勘違いか?」

「ぅ」

「雪広……お前もネギ先生の事になると落ち着きが無くなるなぁ」

「す、すみません……」

 まぁ、年相応と言うなら年相応で、そう悪くもないんだが。
 相手がなにせネギ先生……10歳だからなぁ。

「佐々木と宮崎もか?」

「わ、私は面白そうだったから」

「わ、わ、私は……」

「まぁ、春休みだからそうは言わないけど、変な噂に騙されたら痛い目見るからな?」

 気をつけろよー、と釘を刺しておく。
 流石に、そうまで変な噂に飛び付くほど……まぁ、大丈夫だと良いなぁ。
 偶に言うようにした方が良いかもしんないな。
 気を付けとこう。

「もうすぐ学校始まるけど、ちゃんと勉強はしてるんだろうな?」

「「「そ、それじゃー」」」

 それだけで半数以上が散っていった。
 まったく。

「それでは、私達もこれで」

「もう3年生なんだ。落ち着いて行動した方が良いぞ? 大人らしくてネギ先生も嬉しいでしょ?」

「そ、そうですね。それ――」

「わ、判りましたっ」

 判り易いなぁ。
 こういうやり方は卑怯かな? とも思うが、以前の雪広に戻ってもらうためだ。
 そのまま残りが大人しく戻っていったのを確認して、

「どうしてこうなったんですか?」

「いえ……お姉ちゃんから手紙が来たんですが」

 手紙?

「良かったですね」

「ありがとうございます」

 やっぱり、日本に一人じゃ心細いだろうしなぁ。
 ご家族の方も心配なんだろうな。

「あ、それでですね。そのなかに、その、まぁ、さっき言ってたような人が見つかったか、って」

 それを木乃香さんが、と。

「近衛もアレで、結構いたずら好きですからねぇ」

「あ、あはは……」

 まぁ、でも

「違う事は違うって、ちゃんと言わないと駄目ですよ? またさっきみたいになりますから」

「は、はい」

「……あの数に追われたら、流石に怖いでしょうけど」

「は、はは……」

 コン、とその低い位置にある頭に軽く握った手を置く。

「さっきも言いましたが、正式な担任になるんですから、もっと堂々と構えましょう」

 高畑先生なんて、どんなに詰め寄られても笑顔でしたよ、と。

「は、はい。今度は気をつけます」

「はい。気を付けて下さい」

 そのまま、握った手をほどき、ポン、と軽く頭を撫で、視線を下へ。
 ……あの騒ぎでも逃げない猫って、凄いなぁ。
 腰を下ろし、相変わらず撫でさせてくれる白ネコをネギ先生に差し出す。

「撫でていきませんか? 落ち着きますよ」

「あ、す、すいません……茶々丸さん?」

「こんにちは、ネギ先生」

「おー、こっちこいー」

 って、他に撫でさせてくれる猫が居ないじゃないか。
 ……。

「飲み物買ってきますけど、なに飲みます?」

「え!? いえ、出しますよっ」

「いいですよ。走って喉乾いてるんじゃないですか?」

「ぅ、それじゃミルクティーで」

「はい。絡繰は?」

「……私も良いのですか?」

 おー、猫撫でさせてくれたからな、と。

「……先生と、同じ物で良いです」

「コーヒーで?」

「はい」

 そうかー。
 さて、自販機はどこかなぁ、っと。







 缶ジュースを買って戻ると……ネギ先生も猫に囲まれていた
 なんでだ?

「また、凄い事になってますね」

「あ、あんまり払い除けれなくて……」

「それで猫に登られた、と」

 絡繰ですか、あなたは。
 でも、それが年相応に見えて、苦笑してしまう。
 ……まだ10歳なんだよなぁ。担任だけど。

「ほら、絡繰」

「……ありがとうございます」

「ネギ先生も」

 ジュースを渡し、空いた手でネギ先生に乗っていた猫を退かしてやる。
 はいはい、ごめんなー。

「うぅ、ありがとうございます」

「いえいえ」

 そのまま3人でのんびりと時間を潰し、絡繰が用事があると言う事で解散。
 うーん、今日は中々に良い一日だなぁ。
 絡繰も、ネギ先生の事はそう悪く見てないみたいだし、何かあったらフォローしてくれるかもな。
 四六時中、俺も見れる訳じゃないからなぁ。

「うーん」

 軽く伸びをし、行きつけのコンビニに足を運ぶ。
 それじゃ、少し早いけど晩飯でも買ってゆっくりするか。
 もうすぐ新学期だ――この調子で上手くいけばいいんだけどなぁ。
 そんな事を考えていたら、ふとマクダウェルの“予言”を思い出してしまった。

「……はぁ」

 苦労、なぁ。
 マクダウェルの予言は何か、当たりそうで怖いんだよな。
 ――ま、別に俺が苦労して皆がちゃんと卒業できるんなら、どうでも良いんだけど。

「さって」

 それじゃ、帰ってゆっくりするか。
 もうすぐ忙しくなるしなぁ。





[25786] 普通の先生が頑張ります 11話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/13 20:36

――――――エヴァンジェリン

「春になると、あー言う馬鹿が湧くものなのかもな」

「……マスター、お怪我は?」

「大丈夫だ」

 じじいからの要請通り、侵入者を撃退したのは良いが……どうにも、この時期に増えるな、と。
 やはり、こういう奴らも春の陽気に誘われるものなのかもしれないな。
 もしかしたら案外的外れでもない事を考えながら、帰路につく。
 もうすでに日が落ちて時間が経っている。
 疲れたわけではないが、そろそろ寝ないと明日の朝が辛いのだ。
 吸血鬼の数少ない弱点である。

「明日の準備はできているか?」

「はい。明日からは新学期ですので、早く御就寝していただけますと助かります」

「判っている――まったく、誰の入れ知恵なんだか……」

 短く溜息を吐き、

「……明日からまた、先生が来るなんて事は無いよな?」

「伺ってはおりませんので、おそらく」

 なら良い。
 流石に始業式をサボって目を付けられるのも嫌なので、明日は登校するつもりだが。
 どうしたものかな――。
 そんな事を考えていた時だった、

「マスター、佐々木さんです」

「なに?」

 その声とともに、向こうから来るのは……確かに、クラスの佐々木まき絵がこっちに歩いて来るのが見えた。
 持っているものから察するに風呂帰りだろうが――やたらと薄着である。
 いくらここが麻帆良でも、アレは流石に無いだろう。
 まったく。

「茶々丸、下がっていろ」

「はい」

 この時間に茶々丸と一緒の所を見られるのも、何かと都合が悪いので一応木の陰に控えさせる。
 良くも悪くも、女子校と言う所は噂が絶えない所なのだ。面倒な事に。

「おい」

「え?」

 一応注意でもしておくか、と思いそう声を掛けると、その顔がこちらを向き――硬直する。
 なに?

「ひ――」

 引き攣った声。
 そこで、自分がどのような姿か思い出した。
 黒の三角帽子に、裾の切れたボロボロのマント……御伽噺の吸血鬼を模したような格好である。
 ちゃんと、この衣装にも纏っている意味はあるんだが――。

「おい、佐々木ま――」

「きゃーーーっ」

 再度声を掛け、落ち付けようとした矢先……全力で走りだした。
 いや、判るが。
 流石にこの時間に、こんな黒ずくめに話しかけられたら――まぁ、判る。
 が――仮にも2年一緒のクラスにいたと言うのに、声も判らんのか。
 ……そう言えば、佐々木まき絵と話した事は、数回くらいだった気がする。

「危な――っ」

 完全に前を見ていなかったんだろう、思いっきり桜の木につっこんだ。多分、顔から。
 ……わ、私が悪いんだろうか?
 気を失っているだけだろうが、確認する為にその傍らに膝をつく。
 はぁ――打ったのは、頭か?

「どうしてうちのクラスの連中は、こうも事あるごとに何か起こすんだ?」

「うぅ……」

 まったく――打った箇所に手を乗せ、軽く集中。
 ほとんどの魔力を封じられてはいるが、患部を冷やす程度は出来る。
 どこまで意味があるかは判らないが、一応の応急処置をし……まぁ、いいか。

「茶々丸」

「はい」

「女子寮の方まで運んでやれ」

 それくらいはしてやった方がいいだろう……一応、私も関わってるんだし。
 それに、これ以上じじいに目を付けられるのも面倒だしな。

「かしこまりました。記憶の方は?」

「……勘違いしていたようだ。必要無いだろう」

「判りました」

 それに、面倒……というのもある。
 記憶を簡単に弄るのは、どうかと思うしな。

「先に戻る。お前も佐々木まき絵を送ったらさっさと戻れ」

「はい」

 はぁ――明日から新学期だと言うのに、間の悪い事だ。
 この調子じゃ、もしかした来年1年も面倒事が多いかもな、と予感せざるを得ない。
 憂鬱な事だ。

「理由は適当に言っておけ。桜通りで倒れていたから拾ったとでも、な」

「わかりました。では――」

 ……戻るか。







 朝は憂鬱である。
 それは、仕事柄夜遅くまで起きている事が多く、更に私が吸血鬼であるからだ。
 小さく溜息を吐き、通学路を歩く。
 明日からはその上、もっと憂鬱な授業を受けなければならないのだ。
 嫌でも溜息が出てしまう。

「おはよー、エヴァ、茶々丸さん」

「おはようございます、明日菜さん」

 そして、この存在である。
 気付いてはいたが、無視していたというのに……見つかるとは。
 やはり、もう少し遅くに登校すべきだったか。

「おはようー、エヴァンジェリンさん、茶々丸さん」

「おはようございます」

 ……その声についてくる、二つの声。
 同室の近衛木乃香とネギ先生の2人。
 朝から、もう一度――少し深い、溜息。

「おはようございます、ネギ先生、木乃香さん」

「――――おはよう」

 どうしてこの私が、吸血鬼の私が、朝の挨拶など。
 もはや面倒という感情を浮かべる事すら面倒な気分になってしまう。
 はぁ。

「朝から元気無いわねー」

「うるさい。朝は苦手なんだ」

「あー、判るわその気持ち。それに、まだ少し寒いもんね」

 そう言う意味じゃないわ、バカレッド。
 ……心中でだけ、呟く。
 返事をする事すら面倒臭い。

「風邪には気を付けて下さいね?」

 まったく、この子供は。
 内心で辟易しつつ、どうしてか3学期の最後から懐かれてしまった神楽坂明日菜達と、並んで歩く。
 面倒な事この上ない。
 どうしてこうなったのか――ああ、原因はあの先生か。
 何度目かの同じ思考。
 何度考えても、同じ答え。
 私が登校している原因。この現状の原因。

「ふん。判ってるよ」

「はいっ」

 答えないと面倒な事になるというのは、もう判っているので適当に答える。
 昨日何の番組を見た。
 春休みの宿題はやったか。
 これから1年楽しみだ――そんな事を話しながら通学路を歩く。
 ……私は適当に相槌を打つだけだがな。

「今日から1年、私達の担任なんだから、ちゃんとしなさいよ?」

「ぅ、わ、判ってますよ」

「あんま、先生に頼らんようにせななぁ」

「わ、判ってますって」

 ふと、話題があの先生の事になっていた。
 どうやら、部屋では良くあの先生の事を話しているらしい。
 ……聞こえてくるのが、内容なだけに、どんな事を話しているのかは予想がつくが。
 まぁ、歳が歳だしな。
 それが当たり前だとも思うが……じじいもどうして、こんな子供を担任に据えたのか。

「私は心配しかないわ」

「ひ、酷いですよ明日菜さん」

 神楽坂明日菜達の遣り取りを横目で見ながら、小さく笑ってしまう。
 ――その様子は、どう見ても教師には見えない。
 なのに、私達のクラスの担任なのだ。
 笑うしかないだろう?

「ネギ先生、大丈夫です」

「ありがとうございます、茶々丸さん」

「あ、茶々丸さんはネギ先生の味方なんやね」

「はい」

 無表情ではあるが、その低い位置にある頭を撫でる茶々丸も――変ったものだ。
 成長した、と言うべきか?
 今までは、本当に私と葉加瀬、超鈴音の言う事だけを聞く人形だったというのに。
 最近は自分の意志のようなモノを持って、行動している。
 それは喜ぶべき事な半面――その変化がどの時期に始まったのかを考えると、素直に喜べない所もある。

「大丈夫です。ネギ先生を信頼してますから」

「はいっ、ありがとうございますっ」

「あー、それウチの台詞だったのにー」

 まったく。

「ほら、急ぐぞ? ここまで来て遅刻は、笑えん」

「はーい。ほら、木乃香、ネギ、少し急ぐわよ」

 まったく――どうしてこの私が、こんなにも慣れ合わなければならないのか。
 人に……そして、ネギ=スプリングフィールドに。




――――――

「学園長がですか?」

「うん。始業式が終わったら、帰る前に学園長室に行くように言ってもらえるかな?」

「は、はぁ……ありがとうございます、瀬流彦先生」

 何で学園長がマクダウェルに用があるんだろうか?
 新学期の初日だし、2年の時もちゃんと出席日数も成績も足りてたはずなんだが。
 ……何かしたんだろうか?

「まぁ、そう怒られるような用じゃないから、大丈夫ですよ」

「そうですか」

 なら良いんですけど……まぁ、マクダウェルと学園長って知り合いみたいだし、そっちの方かな?
 始業式後に配るプリントをまとめながら、小さく溜息。
 いや――大丈夫。最近のマクダウェルは結構真面目だし。

「それとですね」

「はい?」

「始業式でも言われると思うけど――出たらしいよ」

「……はい?」

 出た?

「これこれ」

 そう言って、胸の前に両手を持ってくる仕草。

「幽霊ですか?」

「そうそう」

「夏じゃあるまいし……それで、何処で出たんですか?」

「昨日。先生のクラスの佐々木さんが見たらしいよ」

 ……佐々木が?
 しかも昨日って……。

「女子寮でですか?」

「ううん。桜通りで」

 アイツは……幽霊が出るような時間に、桜通りで何をしてるんだ?
 まったく、後でそれとなく注意しとくか。

「もしかしたら、不審者とかじゃ」

「かもしれないね」

「……笑えないんですけど」

 それでも瀬流彦先生の笑顔は崩れない。
 ??

「でもさ、不審者が気絶した女の子に何もしないで立ち去る?」

「あー……」

「しかも、物も取ってないし……一応、僕と弐集院先生、高畑先生で調べたけど問題は無かったよ」

 それは、確かに。
 でも

「それじゃ、準備してクラスに行きますね」

「あ、うん」

 やっぱり、少し心配だ。見たのがウチのクラスの佐々木だし。
 後で少し聞いてみるか……心配だけして、取り越し苦労なら別に良いし。

「真面目だねぇ」

「う……まぁ、そう言う性分なんですよ」

「先生らしい、って言えるのかもね」

 褒められてる気がしないなぁ。
 苦笑して、俺は準備に戻る。
 そろそろネギ先生も来るだろうから、先生に渡す書類も整理しとかないと。
 春休みの宿題、皆やってくてくれてると良いんだが。
 ああ、やる事が多いなぁ。







「それじゃ、連絡事項は以上です。先生からは何かありますか?」

「いえ、自分の方からも特には――あ、佐々木とマクダウェル、後でちょっと来てもらえるか?」

「え!? わかりました」

「―――判った」

「えっと、それじゃ、今日はここまでですね」

 無事に始業式も終わり、今日は授業も無いのでこのまま終了である。

「明日は教科書の受け取りと、午後から授業があるから、ちゃんと道具は忘れないようにな」

「それと、始業式でも言われましたが、あまり遅くに出歩かないようにお願いします」

 はーい、という元気な声とさようならと言う声を聞きながら、クラスに置かれている教員用の椅子に腰を下ろす。
 さて、どう聞いたものかな……まぁ、勘違いと言うのが、一番濃厚な線なんだけど。
 ネギ先生はそのまま退室していく。
 職員室でいくつか仕事を用意していたので、まずはそっちを片付けてもらうように言っている。
 明日配る教科書の用意とか、休み明けテストの範囲の書き出しとか。

「何の用だ、先生?」

「ああ、マクダウェル。なんか学園長が呼んでるらしいから、学園長室に行ってくれ」

「ちっ」

 間髪入れずに舌打ちはどうかと思うんだが……。

「……マクダウェル?」

「判った判った。すぐ行くからそんな声を出すな」

「そこまで変な声じゃなかっただろ」

 少し低い声で行ったつもりだったんだが、即座に返事が返ってきた。
 俺って怒ったりするの、合わないのかもしれない。
 ちょっとショックを受けていたら、その後ろから佐々木が来た。

「どうしたの、先生?」

「…ああ。昨日の夜の事で、ちょっとな」

「ぅ」

 その笑顔が、引き攣る。
 まったく。

「昨日の夜……だと? 始業式に言っていた不審者か」

「ああ。昨日、佐々木が幽霊を見たらしいんだ」

「………………幽霊?」

 おー、マクダウェルのそんな顔は初めて見たな。

「なんだ。マクダウェルは幽霊は信じない派か」

「…………そんな派閥はどうでもいいが、幽霊だと?」

「そうなんだよ、エヴァちゃん。昨日ね――」

「おい、ちょっと待て。何だその呼び方は?」

「え? 明日菜がそうよ」

「じじいの所の前に、行く所が出来たな」

 ……………
 ………
 …

「仲良いなぁ、あいつら」

「だねぇ。エヴァちゃんって、もっと取っつき難いイメージがあったんだけど」

 流石、神楽坂。
 あのマクダウェルがなぁ。
 とりあえず忘れてはいないだろうが、その背に学園長室なー、と声は掛けておく。
 返事は無かったが……まぁ、大丈夫だろう。
 アレで中々、言った事はちゃんと守るやつだ。

「あ、それで何だったっけ?」

「そうだそうだ」

 ええっと。

「まぁ、昨日の夜の事でな。何でそんな幽霊が出る時間に桜通りなんて通ってたんだ?」

「お風呂に入った後、涼みに少し歩いてたんです」

「……いくら慣れた場所だからって、無防備すぎるだろ」

「あ、あはは……うん、もうしない」

「そうしろ。それで、散歩してたら出くわした、と」

 うん、と言う声を聞き――まぁ、そうだろうな、と。
 もう少しいくつか聞いたが、特に不明確な所も無い。
 何かと見間違えたか、そんな所か。

「茶々丸さんが見つけて、女子寮まで運んでくれたんだって」

「そうらしいな」

 その絡繰は、超包子の帰りに見つけたらしい。
 うん。

「ま、さっき言ったみたいにしばらくは遅い時間の外出は控えるようにな」

「うん。流石にもうこりごりだよ」

「今度こんな事があったら、全校集会で名前が出るかもな」

「それだけは嫌だよー」

「なら、用心してくれ」

 まぁ不審者でもないみたいだし……大丈夫だろう。
 当分は俺や新田先生、瀬流彦先生と言った男性教員で巡回する予定だし。
 大丈夫だろう。

「はーい」

「それじゃ、もう帰って良いぞ」

「うん。それじゃね、先生」

 気を付けて帰れよー、と声を掛け……さて、どうしたものか、と。
 色々とやる事が多くて、どれから手を付けたものか。
 HR終了と同時に人の居なくなった教室で溜息を一つ。
 ……まずは、昼を摂るか。







 仕事が終わり、外に出た時はもう夕方だった。
 休み明けだからか、いつもより少し疲れたなぁ。
 そのまま明日の仕事の事や休みに何をしていたなどと話しながら帰る。
 ネギ先生はいまだ女子寮暮らしなので、入り口まで送るつもりだ。
 勘違いかどうかは判らないが、不審者が居るかもしれないからである。

「ネギ先生は、こっちの暮らしはもうだいぶん慣れました?」

「はい、木乃香さんや明日菜さんが色々と、教えてくれました」

 生徒と教師の関係としてはどうかと思うが、ネギ先生はまだ10歳の子供である。
 やはり、身近に見ていてくれる人が居ると安心する。
 ……生徒なんだけど。

「今度、何かお礼をしないと」

「そうですね。何か美味しいものでも奢ってあげたらどうですか?」

「食べ物が良いでしょうか?」

 ……そうだなぁ。
 どうだろう――今頃の女の子がどんなのを喜ぶかはどうにも自信が無い。
 自分で言っておいてなんだが、どうでしょう、と苦笑してしまう。

「でも、あんまりお金を掛けたものも、相手は貰い難いでしょうね」

「あ、そうか……」

「それか、明日辺り源先生か葛葉先生に相談してみましょうか?」

「そうですねっ」

 まぁ、あの二人なら、何でも喜ぶんだろうなぁと思ってしまう。
 近衛はそういうのは感情を大切にするタイプだし、神楽坂も口は悪いが根は良い子である。
 そう言う意味では、ネギ先生は同室の相手に恵まれているんだと思う。

「それでは、ネギ先生。あんまり夜は出歩かないように」

「はい、先生も帰り道は気を付けて下さい」

 女子寮入り口での別れ際の挨拶。
 それじゃ、俺もまっすぐ帰るとするか――と数歩足を進めた時、向こうからの人影に気付いた。
 苦笑し、さらに数歩進めると向こうもこっちに気がついたのか、急いでこちらに来る。

「アレ? 先生どうしたんです?」

「女子寮の前ですよ?」

「ネギ先生を送ってきたんだよ。始業式の時に言ってただろう?」

 不審者が居るかも、と言うと二人……近衛と神楽坂がああ、と頷く。
 さっきまで話題に上げていた相手なだけに、こっちも笑うしかない。

「流石に、ネギ先生を一人で帰らせる訳にもいかないだろ」

「あ、そっか。今度から気を付けとかないと」

「あー、そこは気にしなくていいから」

 流石に、教師の事で生徒に迷惑を掛けるわけにもいかない。
 苦笑して手を振り、大丈夫と言っておく。

「それより……買い物か?」

 神楽坂の手に持っているのは、近所のスーパーの買い物袋。
 まぁ、晩飯の買い出しと言ったところだろう。

「晩御飯と、お弁当のおかずの買い出しですえ」

「そう言えば、その辺りは近衛が担当してるんだったな」

「ぅ、一応私もある程度の物は作れるんですけど……」

「……その辺りは、ネギ先生に聞いた事しか知らなくてなぁ」

「本気で驚いてるし」

 いや、すまん。
 ちょっと予想外だったんだ……本当にすまん。

「ふふ、先生酷いですえ」

「ぅ――」

 頬を掻いて、視線は余所へ。
 さて、どうやって切り抜けたものか。

「先生は、ご飯はどうしてるんですか?」

「先生はいつもコンビニのお弁当らしいえ」

 その神楽坂の質問は、何故か近衛から答えられた。
 あー…そう言えば、この前そう教えたんだっけ。

「この年くらいの男は、そう言うもんだ」

「……高畑先生も?」

 うーん――ある意味予想できていた質問に、首を傾げる。
 どう答えたものか、と。
 実際は店屋物を頼んではるのだが、下手に答えて弁当なんか言い出されたら困る。
 ふむ。

「高畑先生は、自炊したり、偶に店屋物とかだったな」

「そっかー」

 弁当を作ってくる相手に弁当を、とは流石に無いだろう。
 それに、良く考えたらこの子にそれを言いだせる勇気は……うーん。

「それじゃあな、二人とも。夜はあんまり出歩くなよ?」

「はーい」

「判ってますえ」

 そう言って神楽坂は歩き出し、近衛は小さく笑って

「先生、嘘は感心しませんなぁ」

 と言われてしまった。
 ふむ。

「バレバレだったか」

 俺の嘘が判り易いのか、それとも高畑先生のお昼事情を知っていたのか。
 ……多分前者だろうなぁ。
 苦笑して、帰路につく。
 さて、夜も見回りがあるし、さっさと帰るか。




[25786] 普通の先生が頑張ります 12話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/14 20:04

――――――エヴァンジェリン

「それでは、何もやっていないんだな?」

「ああ、そう言っているだろうが」

 それは、何度目かの問答か。
 だがそれも慣れたもので、半分聞き流しながら用意された紅茶を啜る。
 この場に居るのはじじいにタカミチ、葛葉刀子とガンドルフィーニの4人。
 ――この場に居る理由は……まぁ、昨夜の不手際からだ。

「佐々木まき絵には何もしていない」

「……ふん」

 ―――私は嫌われている―――
 それを今、再確認させられていた。
 はぁ、面倒臭いものだ。

「だが、夜道で気を失った佐々木。さらに、彼女から感知された魔力は君の物だ」

 そして君は、吸血鬼だ、と。
 そう言われるのは慣れているとはいえ、あまり気分が良いものではない。
 ――こっちだって、好きで吸血鬼になった訳ではないのだ。
 やはり、慣れない事をするもんじゃないな、と。
 昨夜佐々木まき絵の打った所を冷やした時の魔力を怪しまれるとは。

「まぁ、夜に姿を見られたのはじじいの依頼のせいなんだがな」

「そうなんじゃよなぁ」

 一応、その原因は明確にしておく。
 ……私が柄にも無く注意しようとしたのも、悪いんだが。
 流石にそれまで言うと更に面白くなくなるので、黙っている。

「お前なら姿を隠しておく事くらいできただろう?」

「なら、ガンドルフィーニ先生は薄着で夜道を歩く女生徒に何の注意もせず、姿を隠すのか?」

 わざと先生の所を強く言ってみる。
 ぐ、と息を呑む声。
 ふん。

「この場は話を聞くだけで、喧嘩する場じゃないはずだけど」

 ぱん、と一つ手を鳴らしそう言ったのはタカミチ。
 それも何度目か。

「それはそこの……まぁ、先生に言ってくれ」

「………………」

 さて。

「帰るぞ」

 質問ではなく、宣言。
 この場に居るのも億劫だ。
 それに、さっさと神楽坂明日菜を探し、言っておかないといけない事もある。
 まったく。なにがエヴァちゃんだ。今日こそガツンと言ってやらねば。
 立ち上がり、学園長室を出ようと扉に向かい

「何故、彼女の記憶を消さなかったんだ?」

 はぁ――聞こえるように、深い深い、溜息を吐く。

「お前ら立派な魔法使いの悪い癖だな」

「……なに?」

「何でも記憶を消せば解決する――立派な魔法使いらしい、良い考えだ」

 それなら完璧だからな、と。
 どんな失敗も、どんなに自分に不利な事を見られても、相手の記憶を消せばいい。
 なんて簡単で、なんて独善的な考えだ。
 吐き気がするほどに。

「なんだと?」

「――ふん」

 “記憶”を何だと考えているのか。
 覚えている事、忘れられない事、それがどれだけ尊いか――全然判っていない。
 そのまま何も言わずに部屋から出る。
 そこには直立不動で控えている、茶々丸。
 茜色に染まりつつある廊下にあって、まるで彫刻か何かのように感じた。
 ……今朝はあんなにも、人形らしくないと感じたというのに。
 まるで今は、本物の人形のようだ。

「お疲れ様でした、マスター」

「ああ」

 そのまま茶々丸を従え、廊下を歩く。
 下らない時間だった。
 じじいも大変だな、私を自分の元で縛られたばかりに、と。
 最近は時々忘れてしまうが、私は“悪”なのだと……思い出した。
 きっと、その過去はずっと消えないのだろう。
 ……憂鬱な事に。

「ネギ先生と、先生です」

「……」

 窓から見れば、確かにあの二人だ。
 はぁ、私がこうも絞られてる間に、あの二人は何をしていたんだか。
 ―――――。

「茶々丸、今何時だ?」

「午後5時12分です」

 こんな時間まで何をやっていたんだか……まぁ、仕事だろうな。
 始業式の日に大変な事だ。

「真面目な事だな」

「それが、先生の良い所だと思います」

 そうだな、と。
 だからこそ、じじいが私達のクラスの副担――ぼーやの補佐に選んだんだろう。
 あの男なら、ぼーやのミスも対応してくれる。間違えても、正してくれる。
 そう考えての事だろう……。

「ふん」

 大変だな、先生。
 心中でそう同情し、歩を進める。

「追いかけますか?」

「いや、いい」

 苦笑する。
 追って、どうするというのか。

「何故そんな選択が出た?」

「マスターが落ち込んでおられるので」

「……そうか」

 どうして私が落ち込んでいたら、先生が選択肢に浮かぶのか。
 まぁ、最近の私を知っているなら、それもあるのかもな、と。
 
「私は落ち込んでいるように見えるか?」

「はい」

 校舎から出、夕日に目を細める。
 これから吸血鬼の時間だというのに、こんなにも憂鬱だ。

「そう見えるか」

 きっと、正しいのだと思う。
 ガンドルフィーニが言った事が、疑った事が――きっと正しいのだ、と。
 私は世界にたった一人の吸血鬼で、彼は世界に溢れる人間の一人だ。
 あの男が正しく、そして……私が間違っているのだろう。
 正しい吸血鬼なら、血を吸い、記憶を消し、力を蓄え、人に牙を剥く。
 そして、正義の魔法使いに屠られる。
 それがきっと、正しい世界の在り方なのだ。

「そうだな」

 だから、私は落ち込んでいるのだろう。
 いま、私の中の吸血鬼像が、違う。
 ずれている、と言った方が良いか。
 どうして昨日、佐々木まき絵に声を掛けたのか。
 どうしてその傷を冷やしたりしたのか。
 どうして私と出会った記憶を消さなかったのか。
 普通は逆だろうに――と、溜息を吐いてしまう。

「いっそ、一思いに暴れてみるか?」

「お勧めできません」

「そうか?」

 そう簡単に負けない自信はあるがな、と。
 そう言うと、首を横に――茶々丸は否定した。

「それに、マスターがちゃんとしているよう、見ているように先生から言われています」

「……なるほど」

 確かに、あの先生に見つかったら厄介そうだ。
 また朝からあのバカ面を見る事になるかと思うと、軽く憂鬱だ。
 苦笑し、

「お前でも冗談を言うんだな」

「冗談?」

「いや、気にするな」

 それとも、本心だったのか。
 今はどっちでも良いか、と。

「マスター、夕食は何に致しましょう?」

「任せる」

「かしこまりました」

 ま、信じてもらえないのは今更だ。どうしようもない。
 なら憂鬱な気分を引き摺るのも愚かな事だろう。

「暫くは大人しくしておくか」

「それをお勧めします」

「……ふん」

 ついこの前まで、本当に“人形”だったと言うのに。
 ほんの少しの周囲の変化で、こうも変わってしまうものなのか。
 ――私はこんなにも、変わってしまう事に悩んでいると言うのに。

「マスター、楽しそうです」

「楽しくなんかない。可笑しいんだ」

「……それは良かったです」

 どうしてそういう答えに行きつく。
 小さな溜息を一つ吐き、並んで帰路に就いた。







 あのやり取りから数日後。
 特に目立つような行動もせず、普通の学生生活を送りほとぼりを冷ましていた。

「ふぁ……」

 昼は眠い……特に、昼食を食べた後は。
 さらに私は吸血鬼なのだ。
 このまま午後の授業を睡眠に充てよう屋上で考えた時

「む……」

 何かが、感覚に引っかかった。
 結界を通った?
 私の感覚に引っかかると言う事は、正規の手続きを行っての通過じゃないな――。

「学園都市に入りこんだか……」

 まったく。仕方ない、調べるか。
 感じた限り、そう強い魔力を持っている訳でもなさそうだ。

「茶々丸、仕事だ」

「はい」

 一瞬じじいに連絡を入れるべきか? とも考えたが、二人で当たっても問題無いだろう。
 それに、下手にじじいと連絡をとって、また面倒な顔を見るのも憂鬱だ。
 はぁ……まったく、面倒な場所だな、ここは。

「それで、何処に行くのですか?」

「そうだな――」

 さっきの感覚はから移動するとなると……

「広場の方か」

「わかりました」

 ……時間が時間なだけに、ただの変質者の類かもな。
 流石にこんな昼間から襲ってくる侵入者もいまい。

「午後からの授業はどうなさいますか?」

「受けれる訳が無いだろう」

「……はい」

 表情に変化は無いが、こう……私が虐めているように見えるのは気の所為か?
 私は仕事をし、非難される覚えはないんだが。

「さっさと見つける事が出来れば、すぐに戻れる」

「はい」

 ――さて、何が入りこんだのやら。






――――――

「それで、マクダウェルと絡繰は早退、と」

「申し訳ありません」

「……別に、報告なんかしなくても良いだろうに」

「いや、してくれよ、そう言うのは」

 まったく。
 でも、学園長の用事ならしょうがないか。

「ま、あんまり学園長を困らせないようにな?」

「ふん――困らされてるのはこっちの方だ」

「そう言ってくれるな。絡繰も、学園長に迷惑をかけないように」

「かしこまりました」

 さて、と。

「新田先生には言っておくから、用事が早く終わりそうなら戻ってきてくれ」

「判っている」

「では、先生」

 まだ何かブツブツ言ってるマクダウェルを押すような形で、絡繰も退室していく。
 あの二人の関係も、最初より随分と変わってきたもんだ。
 このままクラスに溶け込んでくれると良いんだが……ま、大丈夫か。
 午後の授業を担当してもらう新田先生にその旨を伝え、授業の準備に戻る。
 俺もあとは6時間目だけなので、そう急がなくて良いんだけど、まぁこういうのは早く終わらせておくに限る。
 これが終わったら、昼飯にするか。昼休みももうすぐ終わるし。

「先生、少しお時間よろしいですか?」

「へ……あ、葛葉先生」

 何時の間にか後ろに立っていたのは、葛葉先生だった……まったく気付かなかった。
 何かの剣術かを習ってるって言ってたし、もしかしたら気配とかを消せるのかもしれない。
 そんな自分の思考に苦笑し、

「どうかしましたか?」

「はい。お時間があるようなら、学園長が少し時間を割いてほしいと」

「が、学園長?」

「はい」

 俺、何かしたっけ?
 最初に思ったのは、自分の不手際なのは――どうにも学園長が苦手だからか。
 と言うよりも、話した事がほとんどない目上にいきなり呼ばれたら、怖くないか?

「わ、判りました。今からで大丈夫でしょうか?」

「大丈夫かと」

 う、うーん……何したかなぁ。

「ありがとうございます。それじゃ、今から」

 本当に、こういうのは、さっさと済ませるに限る。
 それに、3-Aの最後の授業は数学だし、準備もある。

「先生」

「はい?」

 立ち上がろうとし、再度声を掛けられる。
 まだ何か? と言うと。

「エヴァンジェリンとは仲が良いのですか?」

「ああ、マクダウェルですか?」

 んー……。

「別に、そう仲良くは無いんじゃないかと」

 ふとした拍子に、物凄い罵声を浴びせてくるし。
 殺すとか、黙れとか。
 ……注意してもアレだけは治らないんだよなぁ。

「どうしてです?」

「いえ、彼女が職員室に来たのを、初めて見たような気がしまして」

「……あー」

 そう言えば、そうかもしれませんね、と。
 良く考えたら、そんな気がする。

「でも、別にマクダウェルはそう悪い生徒じゃありませんよ?」

 素行はアレですけど……とはやっぱり口には出さない。
 うん。

「言う事はちゃんと聞いてくれますし、悪い事は悪いって判ってますし」

「……そうですか?」

「ええ」

 まぁ、今までが今までだったからなぁ。そう思われても仕方が無いのかもしれない。
 でも、これからは少しずつでもこういう風に見られないように頑張っていこう。
 俺に出来る事なんて殆ど無いから、マクダウェルに頑張ってもらわないといけないのが情けない所だが。

「それじゃ、学園長の所に行ってきますので」

「……はい、頑張って下さい」

「……何か違いません?」

「いいえ」

 いや即答しないで下さいよ。
 そう苦笑し、立ち上がる。
 さて、俺は今から何を言われるんだろう?
 不安で仕方が無い。







「学園長、先ほど葛葉先生から呼ばれていると聞いたのですが」

 コンコン、とドアをノックし用件を述べる。
 数瞬の後

「うむ、入ってくれ」

「失礼します」

 さって、俺は何を言われるのか。
 ちょっと胃が痛い。
 ……あれ?

「高畑先生?」

「久しぶりだね、先生」

「は、はい」

 学園長と一緒に居たのは、最近見かけなかった高畑先生だった。
 噂じゃ、色々と出張を繰り返しているらしい……本当に忙しい先生だ。

「え、っと」

「まぁ、まずは腰を下ろしなさい」

 どうやら、すぐに済む話ではなさそうだ。
 言われるままに、柔らかなソファに腰を下ろし、聞こえないように小さく溜息。

「そう緊張しなくてもよかろうに」

「は、はは……学園長室とか校長室とかが、学生時代から苦手なもので」

「ほほ――確かに、あまり得意な者はおるまい」

 俺は苦笑、学園長は声に出して笑い、暫くの間。

「えっと……どうして自分が呼ばれたんでしょうか?」

「うむ」

 そのまま悩むように、豊かな髭を撫で、

「エヴァとネギ君の事だよ」

「……アレ? それワシの台詞」

 答えは高畑先生から出た。
 マクダウェルとネギ先生?
 あと、学園長……台詞取られたくらいで泣かないで下さい。
 これはあの近衛が苦笑する訳だ、と。
 目上の人ではあるが、何となく親しみやすく、苦笑してしまう。
 やっぱり、人の上に立つなら、こういう面も必要なんだろうな。
 しかし、マクダウェルか……やっぱり、始業式の日の事か?
 何かやったんだろうか。
 ネギ先生は、まぁ心配なだけだろうけど。

「マクダウェルが、どうかしたんですか?」

「先生が考えているようなことではないよ」

 そんなに顔に出ていたのだろうか?
 はは、と小さく笑い、内心で溜息。

「最近素行が良くてね、気になっていたんだ」

「あ、ああ……そうですね」

 さすがに、サボらないように迎えに行ってました、と正直に言う訳にもいかない。
 どう答えたものか、と一瞬悩み

「あの子はワシらの娘のようなものでな、それがあの不良娘から一転じゃ」

「何か知らないかい?」

 そう言う事か。
 娘、と言うには年が離れていると思うが――近衛とはまた違った意味で気にしていると言う事だろう。
 そう聞くと、やはり嬉しくなってしまうのは、俺が彼女の副担任だからか。
 やはり、自分のクラスの生徒がそんな風に見られていると嬉しいものだ。

「そうですね」

 まぁ、答えは判っているのだが。

「ちょうど2年の終わり近くに神楽坂と仲良くなりまして」

「明日菜くんとかい?」

「ええ。それから、でしょうか」

 神楽坂というのがよほど予想外だったのか、高畑先生が驚いた声を上げる。
 あのどんな事があっても平然としていそうな先生がである、珍しい顔を見れたものだ。

「なるほどのぅ」

「彼女は人付き合いは苦手そうですが、人が嫌いという訳ではなさそうですし」

「ほぅほぅ」

 うん。
 最近分かったんだが、やっぱり彼女は人付き合いが悪い訳ではない。
 何だかんだと神楽坂と仲が悪くなる様子は無いし、彼女が間に入ることでクラスにも馴染み始めている。

「良くやってくれておるようじゃの」

「いえ、そんな事は……」

 苦笑してしまう。
 だって、結局は彼女を変えたのは神楽坂なのだ。
 俺は彼女を連れてきただけだし。

「頑張っているのは、ネギ先生ですし」

「ふむ――ネギ君も良くやってくれておるようじゃの」

「はい。2年時の最後は学年最下位を脱してくれましたし」

 それは確か、学園長がネギ先生に課した課題だったはずだ。
 ネギ先生はそれもちゃんとクリアした――あの歳で、だ。

「クラスの子達とはどうだい? ちゃんと、教師らしく出来ているかい?」

「それはまだ、難しいですね。あの年齢ですし……」

「そうか……」

 そればかりはしょうがない事だとは、思う。
 なにせ、まだ10歳なのだ。
 特に彼女達の年頃の子は、外見を基準に見てしまう所がある。
 そう言う意味では、やはりまだネギ先生には……この職業は難しいのでは、と思ってしまう。

「ま、そこは仕方ない事じゃろ」

 その事は予想の範囲内だったのだろう。
 その後もいくつか二人について質問される。
 授業態度や、仕事内容などを話す。
 ……目上の人二人に囲まれているので、胃が痛くて仕方が無い。
 昼を食べてないので、余計にである。

「ふむ、二人ともそれなりに学園生活を楽しんでいるようだね」

「そうですね……マクダウェルは今年は受験ですし、ネギ先生も3年の担任ですから夏からは忙しくなるでしょうけど」

「ふぉふぉ、なるほどの――」

 また、その豊かな髭を撫でつける老人は……その目を俺に向ける。

「君は二人を良く見ておるのじゃの」

「そんな事は……」

 苦笑し、やんわりと否定する。
 それは当り前のことであって、別段こうやって言ってもらうような事ではない。

「副担任ですから。クラスの子達と担任を見ているだけです」

「そうか?」

「えっと……ええ」

 問われ、どうかな? とも自問するが、答えは出ない。
 何故なら――改めてそう聞かれた事は、初めてだったからだ。
 今まで当たり前にしていた事だから、そう特別には感じれなかった。

「なるほどねぇ」

「……はは」

 高畑先生が学園長の隣で笑っているので、居心地が悪い。
 はぁ。

「二つ、お願いがある」

「え?」

 いきなりの言葉に、一瞬の戸惑い。
 もしかして、本題はコレか?

「一つは、これからもネギ君をよろしく、と言う事じゃ」

「あ、え、ええ。それは、言われなくても」

 むしろ、こっちが副担任なのだから、と。
 その答えに満足したのか、笑顔で頷く学園長。

「もう一つは、エヴァじゃ」

「はい」

 それは、予想できていたので戸惑う事も無く返事が出来た。
 さっきの話振りからするに、学園長は本当にマクダウェルが心配らしい。
 近衛の件もそうだし、身内に甘いなぁ、と。
 非難では無く、苦笑を浮かべてしまいそうな気分で、返事を返す。

「今までが今までじゃったから、あの子は……まぁ、特別じゃった」

「……はぁ」

 特別……と言うのは、妙な言い回しに感じられた。
 家庭の事情の事だろうけど。

「それに、本人がソレを受け入れてしまっておったしの」

「僕から何を言っても、自分の道を行ってたしね」

「ああ、判ります」

 高畑先生の物言いに、不謹慎かもしれないが苦笑してしまう。
 あの外見なのにプライドが高く、それに妙に博識だ。
 よほど頭が良く、育ちも良いのだろう。
 だから周囲に合わない。
 だから解け込めず、学校をサボってた。

「でも、あの子は悪い事を悪いって言えばちゃんと聞いてくれますよ?」

「そうだね――先生の言う通りだ」

「あの性格なら、登校さえしてくれればすぐにでも友達できると思うんですけど」

 それは俺にとっては当たり前の事で、別段何の不思議も無い事。
 なのにどうして、学園長と高畑先生がそんなにも嬉しそうなのかが判らなかった。
 よほど、マクダウェルが学校に来ているのが嬉しいのかな?

「どうしたんですか?」

 でも実際、最近は馴染んできてるし、友達もこれからきっと出来る。
 神楽坂とだって、良い友達になれると見ていれば判る。
 家庭の事情がどういうものか判らないけど、きっともう心配ないと思える。
 だから、

「な、なんか変な事言いました……?」

 そんな当たり前の事を言っただけで、嬉しそうにされる理由が判らなかった。
 困った、とも言える。
 ……そして、恥ずかしい。
 頬を掻き、視線を逸らしたいところだが目上の人なのでそれも出来ない。

「いや、何も変な事は言っとらんの」

「そ、そうですか?」

「ふぉふぉ」

「はは」

「は、はは」

 3人で笑うと言う、奇妙にも思える時間……まぁ、俺の笑顔はきっと引き攣っているけど。
 まぁ、結局は俺は今までどおり……で良いのかな?

「なに、先日あの子が教師と揉めてな」

「は、はい!?」

 ――って、全然良くなかった。
 今日呼ばれたのはその事か!?
 今まで新田先生や葛葉先生などからは注意された事はあったが、ついに学園長からもっ。

「そんなに畏まらなくて良いよ」

「え、で、ですけど……」

「怒ってはおらんよ。それに、悪いのはこっちじゃ」

 ……いや、口調はそうですけど。
 しかし教師と揉めたって……。

「ワシらは、あの子を信じてやれなんだ……」

「は、はぁ……で、誰とでしょうか?」

「ふぉふぉ、気にせんでええ」

「い、いやぁ……」

 何を言ったんだろう、マクダウェルのヤツ。

「それを気にしておったんじゃが、まぁ、のぅ」

「はい?」

 ……ああ。

「でも、授業はちゃんと受けてましたよ?」

「みたいじゃの」

 そうなったら、以前のマクダウェルだったらサボってただろうしな。
 学園長はそれが心配だったのか。

「いや、今日は良い話が聞けたのぅ」

「そ、そうですか?」

 俺は胃が痛いです。
 あと、腹が減りました。

「先生、これからもエヴァをよろしくのぅ」

「は、ぁ」

 まぁ、俺に出来る事は、後は授業をちゃんと受けさせて無事に卒業させてやるくらいなんだけど。
 それ以外はマクダウェルの頑張り次第である。
 そこは神楽坂に頼るしかないし……。

「え、っと……それでは、失礼します」

「うむ――ああ、そうじゃ」

 そろそろ退室しようかと腰を上げかけ、もう一度下す。

「ま、まだ何かしましたか?」

「そうじゃないそうじゃ、今度はワシの個人的な質問じゃ」

 いやこの時間のほとんど……ともいえず、はぁ、と返事をする。

「春休みの最後、木乃香と会わんかったか?」

「へ? あ、はい」

 近衛?
 確かに会って、

「あ」

「なるほどなるほど。木乃香が言っておったのはやっぱり先生か」

 …………何を言ったんだ、近衛?

「は、はは」

 見合いの話だろう。
 断ったのか、それとももっと酷い事になったのか……嫌な汗が、背中を伝う。

「あんみつ代を払おうか?」

「いえ、結構です」

 何処まで話したんだろうか?
 と言うか、学園長からあんみつ代なんてもらえません。
 あーもう、何で笑ってるんですか、高畑先生。
 助けて下さいよ、と視線を送るが無視された。

「木乃香は器量良しでの、出来ればワシの目の掛った者が傍におると安心だと思ったんじゃが」

「あー……はぁ」

 もう一度、高畑先生へ視線を送る。
 長くなるよ、諦めな。と言った感じの視線が返ってきた。
 どうやら、今日の昼食は抜きらしい。
 授業の準備を終わらせておいて良かったなぁ。
 ……はぁ。




――――――エヴァンジェリン

 まったく。
 侵入者だと思って来て見れば。

「くそっ――まさかこのオレっちの動きについてくるなんてっ」

「すばしっこいだけだろうが」

 茶々丸に摘み上げられたソレ……人語を解するソレには、馴染みがあった。
 まさか、私達を巻く為に森の中に逃げ込むとは。
 お陰で捕まえるのに、余計に時間がかかってしまったではないか。

「オコジョ妖精か」

「ちっ、なんだっていきなり魔法使いに見つかってんの、オレ」

「知るか。折角の昼寝の時間を無駄にしおって」

「マスター、それは感心できません」

 ……そして、コイツも日に日に要らん知恵を付けてくるな。
 葉加瀬に言ってみるか?

「何しに来たんだ? オコジョ妖精がここに来るとは聞いていないんだが?」

「けっ、オレっちは兄貴に会いに来ただけだよ」

「兄貴?」

 また、厄介事か。
 はぁ――ここ数日、厄介事は避けてきたつもりだったんだが。
 まさか仕事の方から来るとは。

「オコジョさん。兄貴とは誰ですか?」

「お、聞いてくれるかい、メカの嬢ちゃん」

「はい」

 なんか、茶々丸は警戒を解いているが……視線は、その足元に。
 積まれているのは――下着である。
 しかも女性の。
 男のだったら更に問題だが。

「それより、これは何処から盗ってきたんだ?」

「オレっちのコレクションの事かい?」

「…………ああ」

 オコジョがこれだけの枚数の下着の入ったバッグを持ち運ぶのもどうかと思うがな、とは口には出さない。
 面倒だから。
 答えによっては、そのまま茶々丸に首を捻らせるか。
 その考えも顔に出さずに、返事をする。
 正直、もう早く終わらせて寝たい。

「しかし、嬢ちゃんも外道だねぇ。オレっちのコレクションの傍に罠を張るだなんて」

「良いからさっさと答えろ」

 どうせ、その辺りの女子寮から盗ってきたんだろうが。
 どうやってこれを持ち主に返したものか……流石に放置は嫌だ。同じ女として。

「あっちと……あっちだっけ?」

「高等部と大学部か」

 まぁ、下着ドロなら妥当な所か。
 しかし、良く誰にも見付からなかったものだ。
 一応、どの学年にも数人の魔法生徒、魔法先生が居るんだがな。
 はぁ――よくもまぁ、この体たらくで。

「茶々丸、そいつの首をへし折れ」

「おいおいおいっ!? いきなりかいっ」

「……マスター、流石に」

 ちっ。

「まぁいい。さっさとじじいに渡して、昼寝するか」

「マスター、下着はどうしましょうか?」

「葛葉刀子辺りでも呼んで、処理させろ」

 原因を話せば、それなりの対処はしてくれるだろう。
 どうやって下着の持ち主を探すかは予想もつかんが。
 はぁ。

「判りました。オコジョさん、少し我慢を」

「って、オレっちがそう簡単に捕まるかぁ!!」

 …………おお。
 何という気持ちの悪い逃げ方だ……。
 滑るかのように茶々丸の拘束から逃れたソレを、目で追う。

「逃げられました」

「何をやってるんだ、ボケロボっ」

 また捕まえなきゃならんじゃないか。
 まったく――――

「助けてくれっ、ネギの兄貴ーーー」

 あー……

「追いますか?」

「いや、居場所は判ったからいいだろ……」

 じじいに報告しに行くか。
 面倒だな。本当に。

「茶々丸、お前は葛葉刀子を探して来い。私はじじいの所に行く」

 その後は適当に時間を潰して来い、と。
 まぁ最近のこいつの事だ、授業でも真面目に受けるのだろう。
 6時間目は数学だったしな。
 私は――屋上で昼寝でもするか。
 そう考えながら学園長室に向かう。
 しかし、絶好の昼寝日和だ。

「ふぁ」

 そう考えただけで、眠くなってくる。
 そして、

「それでは、失礼しました」

「げ」

 どうして、じじいの所から先生が出てくるんだ?

「おー、マクダウェル」

「……どうしたんだ、先生?」

「ん? あー……まぁ、色々と」

 珍しく歯切れが悪いな? 一体何を言われたんだか。

「そうだ、学園長の用事は終わったのか?」

「あー、まぁ……もう少しだ」

「終わったんだな」

 ぐ……。

「報告してくるから、さっさと戻ってろ、先生」

「はいはい」

 ……絶対待ってるだろ、先生、と。

「おー、先生だからなぁ」

 はぁ……貴重な昼寝の時間が。
 あのオコジョ、やはり今度、絞めるか。
 




[25786] 普通の先生が頑張ります 13話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/15 21:28

「おはようございます、ネギ先生」

「あ、おお、おはようございますっ」

 少し遅くに職員室に入ってきたネギ先生に挨拶をすると……明らかに挙動不審だった。
 昨日別れる時までは普通だったんだとおもうけど。

「どうしたんですか?」

「い、いえ……別に」

 はぁ、と。
 失礼だが全く大丈夫そうには見えないんだけど……?

「どうしたんです、その肩の」

「ぅ、あ……その、ですね」

 えっと、何だっけ、この動物。
 名前が出てこずに、数瞬悩み。

「僕の、その、実家の方での友達のオコジョなんですけど……」

 そうそう、オコジョ……ってこんなのだったっけ?
 実物どころか、写真でだって数回見た程度だから良く覚えてないけど。
 って

「ともだち?」

 ……ああ、ペットって事か。
 ペットを友達だと、やはりそんな所は年相応なんだなぁ、と思いながら、

「イギリスから送られてきたんですか?」

「え、ええ……送られてきたんです」

 ご家族の方だろうか?
 よほど仲が良いのか、ネギ先生から離れる素振りは無い。

「ですけど、流石に職員室に連れて来られると困るんですが……」

「ぅ、す、すいません……どうしても付いてきちゃって」

「ついてきたって」

 そう言われてもなぁ。
 うーん、とどうしたものかと頭を掻き、

「学校に動物連れて来ちゃ駄目ですよ」

 と、

「源先生。あー、すいません」

「私は大丈夫ですけど、アレルギー持ちの人も居るんですから」

「は、はい……僕もそう言ったんですけど、付いてきちゃって」

 いや、動物に言っても判らんでしょ。
 そんな相応に子供っぽい所に苦笑し、さて、と。

「送られてきたって言ってましたけど、昨日はどうしたんですか?」

「昨日は、一緒の部屋で」

 はぁ、と。
 また後で女子寮の管理人さんに頭下げに行かないと。
 もういっそ、何かお菓子も持っていくのも良いかもしれないなぁ。
 ……じゃなくて、

「女子寮で飼うのは駄目ですよ?」

「え、ええ!?」

 いや、当たり前でしょ。
 突然の大声にびっくりしたのか、肩のオコジョも尻尾を逆立ててるし。

「アレルギーの子が居たらどうするんですか? 毛も抜けて、掃除も大変になりますし」

 それになにより、そう言う規則ですし、と。

「そうですね……動物が苦手な生徒もいますし」

「ぁぅうう」

 そう泣きそうな顔をされても、なぁ。
 こればっかりは。

「友達なのは判りますけど、規則は守ってもらわないと。ネギ先生は先生なんですから」

「……そ、そうですね」

 しかし、どうにかしてやれないものか。
 流石に友達といきなり別れさせられるのも可哀想だし。
 どこかで飼ってもらえないか、聞いてみるか。

「ネギ先生」

 そんな事を考えていたら、また後ろから葛葉先生に話しかけられた。
 ……びっくりしたぁ。

「学園長がお呼びです」

 しかも、その声色から察するに……相当怒ってるんじゃないか?
 いつもより口数も言葉数も少ないし。というか必要な事以外は喋らないらしい。
 直立不動で俺の後ろに立つ彼女に、ちょっとした恐怖を感じる。
 というか、なんで俺の後ろに立ったんだろう?

「え? ……僕、何かしましたっけ?」

 いや、こっちを見られても……。
 しかし、まず最初に自分の不手際を考える所は俺と一緒か。
 その事に苦笑し、

「その子の事じゃないですか?」

 そう言って、肩を指差す。
 あ、と。

「どうやって分かったのかは判りませんけど、流石に女子寮は拙いですし」

「そうですねぇ……こればっかりは、どうしようも」

 源先生と二人で、すいません、と。
 まぁ、いくらなんでも取り上げられたりはしないと思うけど……。

「流石に女子寮では飼えませんから……ねぇ」

「ええ。早くそのオコジョを連れて学園長室へ行って下さい」

 ……葛葉先生、怖いです。
 一体何が昨日あったんだろうか?
 最後に会ったのは昼だけど、それまでは機嫌良さそうだったのに。
 睨みつけるという表現ぴったりに、オコジョを見ている彼女を横目で見る。
 直視する勇気は無い。
 それは源先生も同じようだ。

「朝のHRもあります、急ぎなさい」

 今すぐ行けと言う事らしい。
 ネギ先生は見ている方が可哀想になるほど首を縦に振り、職員室から駆けていく。
 走らないで下さいよー、とは流石に言ってやれなかった。

「な、何かあったんですか?」

「いえ、別に」

「そ、そうですか……」

 それだけ言うと、自身の机に向かう彼女の背を目で追い、

「……何があったんでしょうか?」

「さ、さぁ」

 とりあえず、葛葉刀子先生は怒らせてはいけない。
 これだけは間違いなさそうだ。







「マクダウェル……お前はもー少し早く来れないか?」

 俺が迎えに行ってた時は、もっと余裕持って登校してたと思ったんだがなぁ。
 職員室から出、教室に向かう途中――ちょうど、ばったりと絡繰とマクダウェルの2人に出くわした。
 まったく。

「遅刻扱いにするぞ?」

「ふん。来ているのが判っているのだから、別に良いだろう」

 そう言う問題じゃないだろ、と小さく苦笑し、

「おはよう、二人とも」

「おはようございます、先生」

 はぁ、と溜息を一つ。

「マクダウェル?」

「…………おはよう、先生」

 何で私が、とか小声で言っているが、聞こえません。
 朝の挨拶くらいちゃんとするように。

「眠そうだなぁ」

「言っただろう? 私は朝は苦手なんだ」

 ふぁ、とこれ見よがしに欠伸された。
 まぁ去年の今頃を考えると、来てくれるだけでもありがたいんだが……うぅむ。

「それより、ぼーやはどうしたんだ?」

「ネギ先生な? なんか、朝から学園長に呼び出しくらってなぁ」

「ふふん。なるほどな」

 あ、楽しそう。

「何か知ってるのか?」

「ああ。まぁな」

 昨日のマクダウェルの用事が関係してたりするのかな?
 まぁ、その内判るだろうから良いけど……出来ればあまり心構えが必要無いようなのだと良いが。

「あ、そうだ」

 そう言えば、マクダウェルは絡繰とあの大きな家に一人暮らしだったな、と。
 ふと思い出した。

「なぁ、マクダウェル?」

「ん?」

「小動物は好きか?」

「……猫か?」

 違う違う……って。

「なんだ、絡繰が猫にエサやってるの知ってたのか」

「当たり前だ。私は茶々丸の主人だぞ?」

 ……うん、そうだな。

「……何だ、その顔は?」

「深い意味は無い、うん。もちろん」

 まぁ、その話は置いておいて、だ。

「オコジョ飼う気無いか?」

「私はオコジョがニンニクの次に嫌いだ」

「せめて食い物と同列だけは止めてくれ」

 食用じゃないからな? と。

「ふん――行くぞ茶々丸」

「はい。それでは、先生」

「おー、明日はもっと早く来いよー」

 怒らせてしまったか……うーん、よっぽどオコジョが嫌いなんだなぁ。
 悪い事を聞いてしまった。
 しかし、ネギ先生のオコジョをどうしたものか……。
 そんな事を考えていたら、もう3-Aの前だった。
 ……考え事してると、早いな。

「おはよう、皆」

「おはよーございまーす」

「あれ? ネギ先生は?」

 相変わらず元気だなぁ、と苦笑し、教卓に立つ。

「ネギ先生は、用事で少し遅れてくる」

「な、なんですってっ」

「はい雪広ー、静かにー」

 もう反応する生徒は判っていたので、間髪いれず注意する。
 ……高畑先生に続いて、ネギ先生もか。
 神楽坂と言い、雪広と言い……あの年頃は、恋は盲目とか言うらしいしなぁ。
 黙っていた方が印象が良い、というのはそれこそ黙っていた方が良いようだ。

「それじゃ、点呼取るぞー」

 出席番号順に名前を呼ぶのも慣れたもので、いつもどおりにそれも終わる。

「連絡事項……なんか、昨日大学と高等部の寮の方で下着泥棒が出たらしい」

 えー、という声に負けないように掌を叩き、

「静かにー。犯人は捕まったそうだから、そう騒がなくて良いぞ」

「本当にですか?」

「ああ。高畑先生が捕まえたそうだ」

「高畑先生っ!!」

 あ。
 うっかり名前出してしまった。

「あー、神楽坂……落ち着け」

「はいっ、落ち着きます」

 ……まぁ、いいか。

「それで、一応犯人は捕まったが、気を付けるようにな?」

 春は変な人が多いからなー、と。
 そこは年頃の女の子だろう、何も言わずに判りました、と。
 まぁ、男の俺よりも、その辺はしっかりしてそうだしな。

「以上。ネギ先生は授業には戻るはずだから、きちんと準備しておくように」

「判りましたっ」

 ……元気だよなぁ、神楽坂と雪広。
 その元気を少し分けてほしいもんだ……学生時代の体力が欲しい。
 春だし。天気が良いとすぐ眠くなってしまうのはどうしたもんか。

「それじゃ、今日も一日頑張ってくれ」

 さて、俺も頑張るとするかー。







 昼。
 いつものようにコンビニ弁当を食べながら過ごす。
 今日から発売の春の味覚弁当はどうも外れらしい、と新田先生と話しながら。
 見た目豪華で値段も……まぁ、見た目分はあるのだが、

「シイタケとかより、肉か魚が欲しいですね」

「そうですね。まぁ、弁当ですから魚は塩焼き以外は難しいでしょうけど」

 ですねぇ。でも偶には煮魚も食べたい……今日の夜は、惣菜でも買って帰るか。
 煮魚に、吸い物に……後はおにぎりでも買えば十分だろうし。
 うん。今晩の献立完成。

「それはそうと、先生?」

「はい? どうかしましたか?」

 やっと仕事も一段落し、のんびりと過ごせる昼休みの時間。
 午後からの授業の準備ももう済んでいるので、どうしようかと考えていたら新田先生からの声。

「ネギ先生が、何やらペットを飼うそうですね」

「ああ、そうみたいですね」

 一応、あの後学園長からは許可が下りたらしい。
 意外だったが、身近にペットを置き情操教育の一環に、と言われると、はぁ、としか言えないんだが。
 確かに身近にペットを置いて、育てる事も一つの教育の形か、とも思うし。
 昼間と就寝前は女子寮のリビングに置き生徒達に面倒を見させる。
 皆の目の届く様に、と。
 消灯後はネギ先生が自分で世話をするように、という事らしい。
 その為、今日の放課後はネギ先生はケージを買いに行きたいとか。

「せっかく実家の方から友達が来たみたいですし、良かったと思いますよ?」

「ペットを友達ですか……あの年頃らしいですね」

 そうですねぇ、と笑い、缶のお茶を一口飲む。

「朝聞いた時はびっくりしましたけど、まぁ、離されなくて良かったです」

「ま、学園長もそこまで鬼では無かったんでしょう」

 はは、と笑う。
 昨日少し話したけど、やっぱり身内、知り合いには甘い人なのかもしれない。
 でもまぁ、ケージに入れていれば苦手な子は近づかないだろうし、毛も飛ばないだろう。
 アレルギー持ちの子が居たら別の所で飼う事になる、とは言ってたし。

「しかし、予防接種に飼育用の道具一式はネギ先生持ちとは」

「ま、飼う側の義務というやつでしょう」

「ですねー……」

 まぁ、あの歳でちゃんと給料貰ってるんだし……良い、のかなぁ?

「失礼します」

 そんな事でのんびりと盛り上がっていたら、

「あ、葛葉先生――――」

「おや―――――」

 弁当持参の葛葉先生がやってきた。
 ――――弁当持参?

「隣、良いかしら?」

「ど、どうぞ……」

 弁当持参である。
 数年振り……とまでは言わないが、約――

「なにか?」

「いえ」

 ははは、と笑いながら正面に座る新田先生に視線を向ける。
 ――食べ終わった空の弁当をすでに捨て、立ち上がろうとしていた。

「それでは、授業の準備があるので」

 ちなみに、俺はまだ後半分くらい残ってたりする。
 ……さっさと食べてしまおう。

「先生は、今日もコンビニのお弁当なんですね」

「いやぁ……弁当作るのも面倒でして」

「お弁当も良いものですよ?」

 ……これは聞けという合図なんだろうか?
 それとも罠で、気紛れに作ってきただけなんだろうか?
 出来たのか。出来ていないのか……。
 というか、朝とは別人だな。





――――――エヴァンジェリン

「あ、エヴァ……と茶々丸さん」

「んあ?」

「こんにちは、明日菜さん」

 ちょうど欠伸をした所で声を掛けられ、変な声が出た、
 ん、ごほん。
 放課後とは気が緩んで仕方が無いな、まったく。

「どうした、神楽坂明日菜」

「探してたのよー」

 なんだ?
 息を切らせて……。

「また何か厄介事か?」

「あんたが私をどう見てるか、ようっく判ったわ」

 それは良かった。本当に。

「で?」

「ま、まぁそうね……どっかに座らない?」

 飲み物くらい奢るから、と。
 ……なんだ?

「珍しいと言うより、怪しいぞ」

「そこまでないでしょっ」

 いや、割と本気なんだが……茶々丸に視線を向ける。
 首を横に振る所から、一人か。
 あのオコジョが行動でも起こしたか? とも思ったんだが。

「分かった。それに飲み物は要らん」

「そ、そう?」

 それじゃ、と適当に近くにあったベンチに並んで座る。
 人通りもまばらになってくる時間帯、少しだけ静かな時間。

「どうしたんだ?」

「あ、あー……えっとね? 怒らないでね?」

 ……まぁ、あまり馬鹿な事を言わなければな、と。

「そこは嘘でも――まぁ、いいや」

 ふん。

「ねぇ、あんたって悪者なの?」

「……なに?」

 また、いきなり唐突だな。
 それが今に始まった事じゃないので、慣れ始めている自分も嫌だが。
 まぁ

「そうだが、どうかしたのか?」

「うっそ、ホントに?」

「それより、どうしてそんな話になったんだ?」

 一応の予想はつくが、まぁその予想が外れてくれていると――まぁ、なぁ。
 それは、それなりにこの私にとって特別な時間が……気に入り始めているからか。

「エヴァさ、昨日ネギのオコジョ捕まえたでしょ?」

「……はぁ」

 そう言う事か。あのオコジョか。
 やはりあの時、無理矢理にでも茶々丸に絞めさせるべきだったか。
 まったく――深い、深い溜息を吐く。
 いつかはこうなると判っていた。
 覚悟も必要の無いような事、それが私の普通だ。
 だが、それでも――。

「でさ、あのエロガモがまほねっと? ってのでエヴァの事調べたの」

 そう、か――と。
 まだ残っていたのか、私の情報は……。

「そう言う事だ。もう私には関わるなよ」

「へ? いやいや、そうじゃなくて」

 なんだ? まったく。
 立ち上がろうと上げた腰を、再度下ろす。
 まだ何かあるのか?

「それだけじゃなくて」

 何だ? ぼーやに手を出すなとでも言うのか?
 残念だが、元からそんなつもりは殆ど無いぞ。

「お前も、これ以上ネギ=スプリングフィールドの厄介事に首を突っ込むな」

「いや、それはむしろ私も勘弁してほしいんだけど」

「そうか。ならまずは、あの小僧を部屋から追い出す事だ」

「出来たら苦労しないわよっ」

 まぁ、確かに。
 あの年齢の子供に部屋を貸してくれる奇特な大人も居ないだろうしな。
 今度じじいに頼むか?
 ……いやいや。

「そうじゃなくて」

「ああ、その通りだ……で? 他に何の用だ?」

「あ、あんたって」

 良いから先を言え。
 もうどうせ全部分かってるんだろう?

「吸血鬼、なの?」

「……ああ」

 予想はしていたし、覚悟もしていた。
 だがそれでも軽く済ませて、さっさと家に帰りたかった。
 ――それだけは聞かれたくなかったし……答えたくなかった。

「安心しろ。血は吸わん」

「そうなの?」

「ほら」

 口を開け、歯を見せる。

「牙が無いだろう?」

「歯並び綺麗ねぇ」

 流石バカレッド。人の話を聞いてないな。
 頭痛を感じてしまい、目頭を指で揉みほぐす。
 いくらぼーやの件で魔法を知っているとはいえ、この反応は無いだろう。
 吸血鬼と言えば悪。
 怖いものと言えば吸血鬼ではないのか?

「というか、吸血鬼と一緒にいて怖くないのか?」

「へ?」

 吸血鬼のこっちが心配になってくるほどの不用心さだ。
 何なんだ、コイツは?
 私よりもずっと未知の存在に思えてきてしまう。

「あ、そっか。エヴァが吸血鬼なんだった」

「あーそーだなー」

 振り出しに戻ってどうする。
 はぁ。

「あ、何その溜息」

「別に……」

 疲れた。
 本当に。
 精神的に。

「それで……そう、吸血鬼」

 思いだしたか、馬鹿者。

「怖いわよ、吸血鬼」

「……そうか」

 頭痛がする……。

「だって、映画とかだと凄いじゃない。こう、ガーって」

「その擬音は私を馬鹿にしてるのか? 喧嘩売ってるのか?」

 いい加減頭痛も酷くなってきたしな、買うぞバカレッド。

「そ、そうじゃなくて」

「じゃあ何なんだ? この調子じゃ夜になるぞ?」

 夜は吸血鬼の時間だぞ、と脅してやる。
 まったく、本当に困った奴だ。

「う、早く帰らないと木乃香に怪しまれるわね」

 そもそも、普通の人間は相手を吸血鬼か、なんて疑ったりしないと思うがな。
 どう怪しまれるのか聞いてもみたいが、面倒なだけだろう。

「ネギもあのオコジョと一緒じゃ不安だし」

「……さっさと戻れ」

 不安というより、これ以上厄介事を増やされるのが面倒だ。
 昼にじじいに聞いた話だと、女子寮で飼育するらしいが……どうなることやら。
 願わくば、下手に喋って一般人を巻き込まなければ良いが。
 ――ちなみにその場合、ネギ=スプリングフィールドはオコジョになり
   あのオコジョは、まぁ、なんだ……去勢、されるらしい。
   そのうえで、魔法界の牢獄に入れられるとか。

「あーもう、関わるなって言ったり、早く戻れって言ったり」

「当たり前だろうが」

 というか、好き好んで吸血鬼に関わろうとする奴の気が知れん。

「私は吸血鬼なんだぞ? ぼーやの魔法を見たんだろう? 本物だ」

「げ、ネギの事も知ってるんだ……」

「知られてないと思ってるそっちが凄いぞ、ある意味」

 アレだけ人前で魔法を使っておいて、と。
 まぁ、最近はもうほとんど使って無いが。

「う……」

「吸血鬼は怖いんだろう? さっさと帰って……今日の事は忘れてしまえ」

 そう言って――小さく溜息。
 自分で言って自分で傷ついてしまう言葉を、口にした。
 それが……痛い。

「忘れろ。それがお前の為だ」

「嫌よ。何で忘れた方が私の為なのよ?」

「……知らない方が幸せ、という言葉を知らんのか?」

「あ、え……あー、うん。知らない」

「知っておけ、その方が良い」

 さて、と。

「帰るぞ、茶々丸」

「ちょ、ちょっとエヴァ!?」

「……なんだ、次から次に」

 私が吸血鬼かどうか知りたかったんじゃないのか?

「そうじゃなくて。それだけじゃなくてねっ」

「分かった、聞く。聞くから落ち着け」

 ――私も、ずいぶん丸くなったもんだ。
 それに、この馬鹿な時間もこれで最後だと思うからか……。
 だから大声で喚くな、耳が痛い。

「え、っとね? 私、頭良くないからアレだけど」

「そんなの最初からわかってるから、さっさと言え」

 ひどいぃ、という声は無視。
 お前が言葉を選ぼうがどうしようが、どうせ伝えたい事の半分も伝わらんだろ。

「えっと……そう、そうね」

 だから、言葉を選ぶなというのに……まったく。
 苦笑してしまう。
 今更、何を遠慮しようとしているのか。

「待っていてやるから、早く言え」

「ど、どっちよ!?」

 この静かに流れる時間の大切さを知っている。
 この時間がどれだけ尊く――儚いものか、知っている。
 私は吸血鬼だ。しかも、たった一人の。
 だから余計に、時間と記憶に対して敏感なのだろう。

「ちゃんと待っているから、言いたい事を言ってみろ」

「わ、判ってるわよっ」

 どうして魔法使いは、簡単に記憶を消す、なんて選択を出来るのだろう。
 たかだか100年の命だから、そう簡単に言えるのだろうか?
 数百、もしかしたら数千の命を生きれる私がおかしいのだろうか?
 ―――そんな事を、考えてしまう。
 きっと、私はこの時間をいつか忘れてしまうだろう。
 それでも、どんなに辛い記憶でも……消そうだなんて、思えないと言うのに。
 でも

「私は、エヴァは怖くないよ」

「……吸血鬼は怖いんだろう?」

「うん。吸血鬼は怖い、でもエヴァは怖くないわ」

 そう、胸を張って言える……言ってくれる少女が、傍らに居た。
 なんだそれは、と。

「私は吸血鬼だぞ?」

「うん……でも、エヴァよ」

 何を言いたいのか、何を伝えたいのか――。

「吸血鬼って良く判らないから怖いのよねぇ。ほら、お化けと一緒」

「……あんなのと一緒にしてくれるな」

 私は、もっと高等な存在なんだがな。

「でも、エヴァの事はよく知ってるわ」

「そうか?」

「国語が苦手で、口が悪い」

「……お前が私をどう見てるか、良く判ったよ」

 でも、と。

「私の友達よ」

「……そうか」

 友達、か。

「私は、そんな風に見た事は一度も無いがな」

「はいはい、照れない照れない」

「撫でるな、バカっ」

 まったく――髪が乱れるだろうが。

「ねぇ、エヴァ?」

「なんだ? バカ」

「ひ、ひどい……えっとね」

 はぁ、と溜息が出た。

「酷くない!? 私真面目な事言ってるのにっ」

「お前が真面目だと調子が狂う」

「…………茶々丸さぁん」

 はぁ、と……溜息が洩れた。

「言いたい事はそれだけか?」

「え? う、うん」

「なら、さっさと帰れ。ぼーや一人であのオコジョの相手は難しいだろう」

 なにせ、下着ドロだ。
 ぼーやがそう言う趣味ではないと思うが……場所が場所だしな。

「あまり魔法に関わり過ぎるなよ?」

「え、えっと……気を付ける」

「それと、あのオコジョからはあまり目を離すなとぼーやに言っておけ」

「う、うん」

 それから――

「後は、夜は危ないからあまり出歩くなよ?」

「子供じゃないんだから」

「どうだか……じゃあな」

 はぁ、と。
 息が熱い――。

「うん。また明日ね、エヴァ」

「ああ……また明日な、神楽坂明日菜」

 静かに、本当に静かに――もう一度、息を吐く。
 ……友達、か。
 駆けていくその背を、目で追う。
 元気な奴だ、と

「帰るか、茶々丸」

「はい」

 どうしてこうなったのだろう?
 今まで通りに生き、今まで通りに過ごしていたはずなのに。
 ……友達なんか、出来てしまった。

「なぁ、茶々丸」

「なんでしょうか?」

「……明日は、少し早く起きるか」

「――かしこまりました」

 どうして、こうなってしまったのか……。





[25786] 普通の先生が頑張ります 14話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/16 22:11
「おー……おはよう、マクダウェル、絡繰」

「おはようございます、先生」

「ぐすっ――良い天気だな、先生。くしっ」

 おー…………。

「大変だなぁ、それ」

「余計な世辞はいいっ。まったく、この季節は憂鬱だ」

「……みたいだなぁ。大丈夫か?」

 花粉症とは無縁の体質だからどうにも言えないが……大変なんだろうなぁ。
 珍しく朝早くに登校してるかと思ったら、今日からはコレか。

「あんまり無理するなよ?」

 酷いようなら、保健室で寝てていいから、と。

「ふ、ん――ぐす、大きなお世話だ」

 はいはい、下手に心配して悪かったね。
 まぁ、この調子ならまだ大丈夫そうだなぁ。

「絡繰、あんまり酷いようなら、保健室に運んでやってくれ」

「かしこまりました」

「だ、か、らっ、何で茶々丸にそう言う事を言うんだっ」

「だって……絡繰に頼んでたら、安心だし」

 いつも一緒に居るじゃないか、と。
 放課後はその限りじゃないけど。
 学園内だけでも一緒に居るなら、安心できるし。

「ありがとうございます」

「茶々丸もっ、ぐすっ、一々反応するなっ」

「興奮すると、花粉症酷くなるぞ?」

「――――ちっ」

 何か、今日はやけに怒りっぽいなぁ。
 花粉症できついはずなんだが……朝も早いし。
 寝起きが良かったんだろうか? 花粉症だけど。

「何だ、その顔は?」

「ん? 何が?」

「…………変な顔だと言ってるんだ」

 しかし、相変わらず口悪いなぁ、コイツ。
 他の先生にだけでも、もう少し……なぁ。

「失礼な奴だなぁ」

「……ふん」

 だがまぁ、そこはおいおいで。
 機嫌を損ねられて、また迎えに行く羽目になったら……流石に、そこまで神楽坂に頼めんよなぁ。
 それは頼り過ぎだろ、と苦笑してしまう。

「気持ち悪い奴だな」

「マクダウェルがきちんと登校してくれて嬉しいんだよ」

「はっ――」

 鼻で笑われた。花粉症で鼻を赤くしてるのに、である。
 むぅ。

「どうせ、すぐ花粉症も治るしな」

「そうなのか?」

「ああ……だから気にするな」

 なら良いけど、と。
 強がりもそこまでいけば立派だなぁ、と思わなくも無い。
 流石マクダウェルだ。
 何が流石かは良く判らないが。

「それよりも、だ」

「ん?」

 その後は特に喋らず、のんびりと、桜を眺めながら学園に向かっていたら、そう声を掛けられた。 
 そう言えば、今年は花見に行かなかったなぁ。
 ……誘う相手が居ないんだがね。

「今日の放課後、ぼー……ネギ先生を貸してもらえるか?」

「ネギ先生?」

 なんでまた?
 そう聞くと、少し悩むように顎に手を当て、

「少し、私用だ」

「……まぁ、ネギ先生に聞いてみないと判らんが」

 あっちが大丈夫なら、良いんじゃないか? と。
 でもまぁ、ペットの世話の準備とか、仕事もあるし忙しいかもなぁ。

「そうか。なら大丈夫だな」

「いや、ネギ先生も忙しいかもしれないんだが……」

 前向きというか、何というか。
 そのマクダウェルらしい在り方に苦笑し、その頭をポンポンと撫でる。

「ワガママはあんまり言うなよー」

「誰がっ! ぐしっ、それ、とっ、髪が乱れるっ」

「あ、すまん」

 ついつい。
 ちょうど良い高さだよな、その頭の位置、と。
 ふん――と怒られてしまった。

「あ、エヴァ、茶々丸さん」

 っと。

「おはよう、神楽坂、近衛」

「おはようですえ、先生」

「あ、先生」

 神楽坂、その今気付きました的な顔は傷つく、結構。
 そんないつもの神楽坂に苦笑し……近衛もその隣で苦笑していた。

「エヴァンジェリンさんと茶々丸さんもおはよー」

「ああ、おはよう。神楽坂明日菜、近衛木乃香」

「おはようございます」

 っと。

「ネギ先生は?」

「あ、ネギ…先生? あのエ……カモの相手してたら、電車一つ乗り遅れました」

 カモ? って何だ?
 そう顔に出たのか

「あ、オコジョですオコジョ。名前がアル何とかって長くて、略してカモらしいです」

「……名前くらい覚えてやれよ」

 あのオコジョも可哀想に。
 まぁ、電車一本くらいなら朝のHRには間に合うか。
 むしろ、寝坊とかしないあたり凄いと思うし。

「ぅ、良いんですよ。あんなのはカモで」

「まぁ、ネギ先生が何も言わないなら良いが」

 しかし、カモねぇ。
 ネギとカモで、ってそれは失礼か。

「先生、あのオコジョ知ってはるんです?」

「おー、昨日職員室に連れてきてた」

 可愛かったなぁ、と。

「先生、動物好きなん?」

「ですが、先生はあまり動物に好かれやすくはありません」

「……言ってくれるな」

 判ってる、判ってるから。
 それでもさぁ……。

「それやと、先生は大変やなぁ」

「ぅ、大丈夫だ。タバコ吸わないし」

 そう言う問題? という近衛の質問に苦笑いで返し、ふと反対側を見る。

「エヴァは動物って好き?」

「別に……普通だ」

「そっかぁ、普通かぁ」

 神楽坂が話しかけ、マクダウェルが答える。
 ……うん。

「先生、楽しそうです」

「おー、こうやって生徒と登校するのは初めてだからなぁ」

「そうですか」

 こういう時は、本当、教師やってて良かったって思える。
 ふぅ、と静かに、でも深く息を吸う。
 それじゃ、今日も一日頑張るか。







「先生」

 ん?

「どうした、絡繰?」

 放課後、職員室を訪ねてきたのは絡繰一人だった。
 学園内だといつもマクダウェルと一緒だと思ってたんだが。

「マクダウェルとは一緒じゃないんだな」

「はい。マスターはネギ先生の所へ」

 ああ。そう言えば朝そんな事を言ってたな。
 ネギ先生も仕事はちゃんと片付けていったし、偉いもんだ。
 ……まぁ、残りは俺がやってるんだけど。
 それくらいは良いか、と。
 マクダウェルの用事って言ってたし――しょうがないだろ、そこは。

「ああ、そうだ。それで、どうしたんだ?」

「お時間を少しいただけないでしょうか?」

「時間?」

 はい、と。
 えっと。

「何か用事か?」

「いえ――お時間がありましたら、茶道部の方まで来ていただけないかと」

 茶道部?

「そう言えば、絡繰は茶道部だったな」

 中学で茶道とか囲碁というのも凄い趣味だなぁ、とは思ったが。
 テレビとかで見る感じだと、お年寄りばっかり映ってるし。

「はい。どうでしょうか?」

「えーっと……どうして茶道部なんだ?」

 呼ばれる理由が、まったく思い浮かばない。
 何かしたか? と思うんだが、特に。

「お礼を、と思いまして」

「お礼?」

「はい」

 余計に、判らなくなった。
 何かしたか?
 登校の時に喋った事以外、今日は特に絡繰とは喋って無いんだが。
 前か?
 でも……猫とかは、むしろ俺がお礼しないといけないはずだし。
 うーん。

「まぁ、良いけど……少し待ってもらって良いか?」

「構いません」

 そうか、と。
 えっと。

「あと30分くらいかかるけど、大丈夫か?」

「はい」

 手元のプリントに目を通す。
 今日行った各クラスの小テストだ。
 あと数クラス分……まぁ、30分もあれば少し余裕もあるだろう。

「それじゃ、今日した小テストの採点が終わったら、茶道部に行けばいいのかな?」

「はい、お待ちしております」

 そう言って、深く一礼。

「判った。それじゃ、また後でな」

「――はい」

 職員室から出ていく背を、目で追う。

「どうしたんですか、先生?」

「あー……どうしたんでしょう?」

「生徒からお誘いとは」

 いや、絶対そんな意味じゃないですから、と。

「瀬流彦先生は、呼ばれた事あります? 生徒から」

「うーん、僕は結婚してるってもうみんな知ってるからねぇ」

 それが無かったら声が掛けられていた、と言いたいようだ。
 まぁ、瀬流彦先生顔良いもんなぁ。

「それに、あの子ならそんな事無いでしょうしね」

「ですねぇ」

 しかし、お礼ってなんだろう?
 そんな事してもらう覚えが本当に無いんだが。

「ま、悩んでるより仕事を早く終わらせた方が良いんじゃないかな?」

「そうですね」

 さって、それじゃ俺のクラスの点数はいくつかなぁ、と。







 ええっと。
 茶道部の部室って、ここだよな?
 視線の先には凄く立派な家があった。
 家、というのが正しいのかは知らないが……少なくとも、これを建てるのに相当のお金が掛っているのは判る。
 ……やっぱり凄いんだな、ウチの学校。
 あ、ちゃんと茶道部って看板もあるんだ。

「っと」

 見とれてる場合じゃなかったな。
 さて、絡繰は、っと。
 外には居ないみたいだから、中かな?
 カポーンと、テレビとかで良く聞く音が響く。
 アレって、本当に聞こえるんだ。
 池の中には……流石に鯉は飼って無いか。

「先生」

「お」

 ちょうど池を覗き込むような体勢だったからか、後ろから話しかけられる。
 少し驚きながら振り返ると、絡繰が居た。

「おー」

 着物姿で。

「良く似合ってるなぁ」

「ありがとうございます」

 近衛とはまた違った模様だったが、うん、良く似合っている。
 長い髪はアップに纏められて、普段とは少し雰囲気が違って見える。

「茶道部の活動って、着物なのか?」

「私は、良く着させていただいてます」

「そうなのか」

 それで、と。

「お礼って言ってたけど、俺何かしたか?」

「はい」

 何かしたらしい。
 ……まったく思い浮かばない。
 自分でも笑顔が引き攣るのが判る。
 流石に、判らないのは失礼だろう。
 えっと……絡繰だろ。
 なら――マクダウェルか?
 俺がマクダウェルにした事と言えば……何だろう? 迎えに行ったくらいだしなぁ。

「それでは、こちらへ」

「あ、ああ」

 そう言われ、首を傾げながらその背について行く。
 何したかなぁ。

「そう言えば。最近マクダウェル、機嫌良さそうだな」

「はい」

 ここの所毎日登校してきてるし、うん。
 良かった良かった。
 あとは今日みたいに早く登校してくれると良いんだが。

「夜は遅いですが」

「……まぁ、それくらいは良いか」

 授業中に寝る事も……まぁ、減ったし。
 あとは、それと口調だなぁ。
 アレはどうにかならないものか……まぁ、こっちも地道に頑張るしかないか。

「どうぞ、中へ」

「お、ありがとな」

 招き入れられた所は……和室だった。
 いや、茶道部の部室だから当たり前なんだが。
 へぇ

「結構広いんだなぁ」

「はい」

 それでは、準備します、と。
 さて……何処に座るんだ?
 茶道の礼儀やら作法なんて判らないんだが……。
 ええと。

「部活の人は?」

「もう帰られました」

 げ。

「悪かったな。遅過ぎた」

「いえ――そちらの方へ、お座り下さい」

「ああ、判った」

 絡繰の若干斜め前に腰を下ろし、正座で座る。

「作法とか判らないから、教えてくれないか?」

「いえ、先生のお好きなようにどうぞ」

 そうか?

「こういうのも知ってたら良かったんだが」

「先生でも知らない事があるのですね」

「はは、それりゃなぁ」

 絡繰のその言い方が可笑しくて、悪いかもしれないが笑ってしまった。

「知らない事の方が多いと思うぞ」

 なにせ、今でも休みの日は勉強しないといけないからなぁ、と。

「そうなのですか?」

「おー。勉強ばっかりの毎日だ」

 昼間は授業があるしなぁ、と。
 まぁ、そういう生活がそう嫌いではないのだが。
 そんな事を話しながらも、視線は絡繰の手へ。
 本当に作法とかは判らないが、その手は淀み無くお茶を入れる作業をこなしていく。
 そう言えば、

「こういう時は、お茶を点てるって言ったっけ?」

「はい。本当ならお茶菓子も用意したかったのですが」

「いい、いい。そこまでしてくれなくて」

「いいえ」

 こちらを、と
 差し出されたのは一切れの羊羹だった。

「ん? お茶菓子?」

「本来ならもう一種、干菓子をご用意しておくべきなのですが……」

 部費は皆さんのお金でしたので、と。
 こっちこそ、お茶を御馳走してくれるだけでも十分過ぎるし。

「こうやって、ちゃんとお茶を点ててもらうだけでも嬉しいもんだ」

 しかも、お礼だと言うし。
 そう言った事をしてもらうのは初めてなので、どうにもこうにも。
 まだ仕事が少し残っているが、きっと今日は早く終わると思う。

「今度お誘いする時は、ちゃんとしたものを用意しておきます」

「いいんだけどなぁ……」

 律義というか、何というか。
 そこが絡繰らしいと言うか――苦笑し、視線を外へ。
 景色も綺麗なもんだ。
 良いなぁ、茶道部。
 来年は、俺もどこかの部活の顧問に……無理か。仕事が忙し過ぎる。
 まだまだ作業遅いしなぁ。

「先生、どうぞ」

 そんな事を考えているうちに点てられたお茶を、差し出された。
 おー……。

「ええっと」

「お好きなようにどうぞ」

「……あー、すまん」

 何か手にとって手元で回したりするんだったよなぁ。
 どっちに回すのか全然わからないんだけど。

「いただきます」

「どうぞ」

 多分いただきますも違うんだろうなぁ、と苦笑しながら点ててもらった茶を一口。
 おお?

「苦くないんだな」

 いや、苦いんだけど。
 思っていたより苦くないと言うか、飲みやすいと言うか。

「羊羹を先に食べられますと、更に美味しく感じられるかと」

「なるほどなぁ」

 そう言われ、茶と一度置き、羊羹を一口。
 こっちは甘いなぁ。
 そして、言われたように茶を飲むと

「ああ、確かに」

 甘いのの後に程よく苦いのを飲むと、美味く感じるのか。
 奥が深いんだなぁ、茶道。
 当たり前か、と苦笑し、茶を戻す。

「ごちそうさま」

「――――」

 そして、一礼。
 それも作法なんだろうな。

「なぁ、絡繰?」

「なんでしょうか?」

「……非常に聞き難いんだが、俺、何かしたか?」

「はい」

 何したんだろう?
 ここまで思い出せないと、不安で仕方が無いんだが。

「昨日、マスターに友達が出来ました」

「おー、もしかして神楽坂か?」

「……知ってられたんですか?」

 いや、と。

「最近仲良いからなぁ、判り易い」

「そうでしょうか?」

「絡繰だって、いつもマクダウェルが楽しそうって言ってたじゃないか」

「…………はい」

 だろ? と。
 
「ありがとうございます」

「ん?」

 また、頭を下げられた。

「下げるなら、神楽坂に下げるべきだと思うぞ」

「いえ、明日菜さんは友達ですので」

「……まぁ、友達に頭下げるのも変だな、うん」

 カコン、と遠くで音がした。

「生徒が先生に頭を下げる時は、迷惑掛けた時だけで良いからな?」

「では」

 と、もう一度下げられた。
 いやいや、と。

「迷惑なんてかけて無いだろ?」

「そうでしょうか?」

 ……あれ?
 首を傾げ、最初はマクダウェルの不登校からだったなぁ、と。
 ま、まぁいいか。
 あれはマクダウェルであって、絡繰じゃないし。
 それに、あの時間は結構楽しくもあったし。うん。

「マスターの不登校、また勉強不足は御迷惑だと思いますが」

「あー、まぁ、うん。そこは気にしなくて良い」

 俺は別に迷惑だなんて思ってないから、と。
 
「お礼だって気にしなくて良いからな? まぁ、嬉しいけど」

 嬉しいのは本当なので、そこはちゃんと伝えておく。
 いや、本当に凄く嬉しいし。
 こうやって生徒にもてなしてもらうとか、きっと部屋に戻ったら思い出す自信がある。

「申し訳ありません」

「……謝らなくても良いんだが」

「私はこのような時、どうしたら良いか判りません」

 また堅苦しい言い方だなぁ、と苦笑してしまう。

「別に何も言わなくても良いと思うが」

「そうですか?」

「おー。今まで通りしてくれたら、それが助かる」

 うん。
 いきなり変わられても困るし。

「ま、明日からもマクダウェルをよろしくな」

「はい」

 そうだなぁ、と。

「花粉症が治ったら、毎日今日くらいの時間に登校してくれると助かるな」

「判りました」

 まぁ結局、俺が何かしたのは最初だけなんだし……きっとそれくらいが妥当だろう。

「片付け、手伝うか?」

「いえ」

 そうか、と。

「それじゃ、職員室に戻るから何かあったら声掛けてくれ」

「……判りました」

 今度は、頭は下げられなかった。





――――――エヴァンジェリン

「おーい、エヴァー」

「……どうしてお前まで居るんだ、神楽坂明日菜」

 何だこの出鼻を挫かれた感じは。
 頭痛を感じ、ソレを抑える為に目頭を押さえる。
 折角真面目な話をしようと人払いを済ませ、雰囲気出して桜通りの雰囲気の良い所で待っていたと言うのに。

「だって、あんたとネギが会うって言うから」

「ぼーや……魔法使いの秘匿義務というのから、お前には教えなければならないのか?」

「いやいや、私が無理やり付いて来たのよっ」

 何だと?

「お前、昨日魔法使いに関わるなと言ったばかりだろうがっ」

「だ、だってぇ」

 こ、このトリ頭がっ。
 まったく。

「帰れ」

「い、いやよ」

「帰れ、と言ったぞ」

「い、いいや、って言ったわ」

 …………はぁ。
 こっちは花粉症でただでさえダルイというのに。

「何か言いたい事があるなら言ってみろ、待ってやる」

「あ、ありがと」

 ぼーや、とりあえず座るぞ、とベンチに腰掛ける。

「そう言えば、オコジョはどうした?」

「カモ君ですか? 女子寮の管理人さんに預けてきました」

「……大丈夫なのか? 喋ったりとか」

「はい。去勢は流石に嫌らしくて……はは」

 だろうなぁ、と。

「喋りたい時は、僕が部屋まで運んでから喋ってますし」

 あ、ちゃんと木乃香さんが居ない時にですよ、と。
 なんだ、案外ちゃんとしてるんだな。

「ならいいが」

「あ、エヴァエヴァ」

「何だ、バカ」

「うぅ……」

 お前なんかバカで十分だ。
 自分から危ない橋を渡ってどうするんだ? まったく。

「だって、エヴァって悪い魔法使いなんでしょ?」

「……ああ」

 またその話か?

「ネギと喧嘩したら危ないじゃない」

「……危ないで済まないんだがな」

 はぁ。

「帰らないんなら、さっさと話をするぞ」

 この調子じゃ、どうしようもなさそうだ。
 ……昨日もっと強く言っておくべきだった。
 こほん、と。

「ぼーや、何か言いたいんじゃないのか?」

「えっと……」

 桜通りのベンチに並んで腰かけ、静かな時間を過ごす。
 まるで昨日のようだな、と。
 茶々丸の代わりにぼーやが居るのが違うだけなんだが。

「昨日、知ったんですけど」

「くしっ……すまん」

「い、いえ」

 しかし、どうしても毎年の花粉症だけはどうにもならんな。
 どれだけ魔法障壁を厚くしても、空気まで遮断する訳にはいかないし。
 そうするとどうしても微量の花粉が入り込んできてしまうのだ。
 どうにかならんものか。

「エヴァンジェリンさんって……“あの”エヴァンジェリンさん、なんですよ、ね?」

「ああ。あのオコジョ妖精が調べたんだろう?」

「や、やっぱり……」

 いまさら驚く――事か。
 まぁ、私は怖がられてたからなぁ。

「それでだ、ぼーや」

「は、はい」

「私は、今どうしても欲しいものがある」

「ほ、欲しいものですか?」

 ああ、と。
 いきなり言っても怖がられるだろうし……どうしたものか。

「そうだな。どうして吸血鬼がこの学園に、と思うか?」

「はい。それに、エヴァンジェリンさんは15年に」

「ああ――私は15年前からこの学園に居る」

 そう、あの日、あの時――置いていかれたから。

「ぼーや、登校地獄、という呪いを知ってるか?」

「は? 何そのふざけた名前」

 お前には言ってない、神楽坂明日菜。
 ソレを軽く無視し、視線をぼーやに向ける。

「いえ、明日菜さん。実際にある呪いなんですよ」

「……マジで?」

「内容は省くが……まぁその名の通り、学校に登校し続けさせられる呪いだ」

「嫌ぁ、それだけは嫌だわ」

 ああ、まったくもって同感だ。

「そして、私はその呪いに囚われている訳だ」

「そ、そうなんですか?」

「……ああ」

「うわぁ」

 神楽坂明日菜、お前は黙っていろ。

「……はぁい」

「そして、その呪いを解きたい訳だ」

「どうしてそこでネギなのよ?」

「黙っていろといったぞ」

 まったく。
 喋ってないと死ぬとかいう人種か、お前は。

「この呪いを掛けたのがお前の父親だからだ」

「…………はい?」

 はぁ。

「この呪いを掛けたのがお前の父親だからだ」

「父さんが?」

「ああ。15年前にな」

 ――――光に生きてみろ。
 今でも覚えている……きっと、忘れられない言葉だ。

「そして、3年後呪いを解きに来ると言って――来なかった」

「そんな……」

「別に、恨んで……はいるが、まぁ、それは今はどうでも良い」

 だがな、ナギ。
 お前は一つ間違えていた……正しくて、でも一つ間違えていたよ。
 光で生きるだけじゃ駄目だったんだ。
 陽の下で生きるだけじゃ、意味は無かったんだ。
 光を知り、陽の下を歩く事に意味を見出さなければ。
 言葉足らず――魔法学校中退のお前らしい、間抜けさ。

「だから、諦めていたんだが……ぼーやが来た」

「僕に呪いを?」

「いや、血を少し分けてくれれば良い」

 血!? と騒ぐ神楽坂明日菜を一睨みで黙らせる。

「どうしてですか? ……エヴァンジェリンさんは」

「悪い吸血鬼だから、信用できないか?」

 はは、と。
 そうだな、と。
 それが、

「ほ、他に方法無いの? 血って、死んじゃうんじゃないの? 吸血鬼になるとか」

「……あのなぁ、そこまでする筈ないだろうが」

「え?」

 はぁ、と。

「私は今魔力を封じられている。それはぼーやも判るだろう?」

「そ、そうですね。今のエヴァンジェリンさんからは、魔力は感じられません」

 だろう? と。

「なのに、15年も無事だった……何故だと思う?」

「え? 何でよ?」

 少しは自分で考えろ、と言いたくもなるが、まぁいいか。

「死んだ事になってたから……?」

「ぼーやは正解だ」

「え? エヴァってここに生きてるじゃん」

「……裏…魔法世界や賞金稼ぎの世界じゃ死んだ事になってるんだよ」

 まったく、と。

「平和なんだよ、今の私の周りは」

「……まぁ、吸血鬼が学校に通ってくらいだしねー」

「そう言う事だ」

 で、だ。

「ぼーやを傷つければ、どうなると思う?」

「……えっと、生きてるのがバレると言う事ですか?」

「正解だ」

 流石にそれは、私も御免被りたい。

「争いが嫌いな訳じゃないが、そこまで好きな訳でもないんでな」

 それで、と。

「流石にな、中学生活にも飽きた」

「えー!?」

 あーまったく、煩いなぁ。

「卒業するには、ぼーやの血が要るんだよっ」

「……そうなの?」

「いきなり封印を解くと面倒だからな、少しずつ解いていく。大丈夫、命に関わる吸い方はしない」

「はぁ……なら」

「ちょちょ、大丈夫なの!?」

「だって、卒業してもらう為なら……それに、少しなんですよね?」

 ああ、と。

「修学旅行前には、少し多めに貰うかもな」

「へ?」

「なんでよ?」

「この呪いの所為で、麻帆良から出られないんだよ……」

 あー、と。

「だからあんた、今までの行事サボってたんだ」

「好きでサボってたわけじゃないっ」

 私だってなぁ……そりゃ、外に出たいんだ。
 いくら大きな街とはいえ、15年も居れば飽きる。

「でも、エヴァンジェリンさんって……だったら麻帆良から出て大丈夫なんですか?」

「その辺りはじじいと相談する」

「学園長と?」

 ふん。

「呪いを解いて良いと言ったのはじじいだからな。そのくらい覚悟の上だろう」

「良いのかなぁ」

「それで、ぼーや。答えは?」

 え? と。

「やっぱり……少し、考えさせて下さい」

「判った」

 別に、今すぐ答えが出るとも思ってない。
 吸血鬼への不信もあるだろうしな。
 そう言い、立ち上がる。

「あ、でもそれだと今度の修学旅行はエヴァも一緒に行けるんだ」

「まぁ、まだ判らんがな」

「じゃあさ、同じ班になろーね」

「…………気が向いたらな」

 はぁ、と。
 頭が痛いのは、花粉症の所為以外だな。

「それじゃ、また明日な、神楽坂明日菜、ぼーや」

「うん、また明日ね、エヴァ」

「はい、エヴァンジェリンさん」

 まったく……。

「今度こそ、もう魔法には関わるなよ、神楽坂明日菜」

「ぅ、うん」

「それと、夜遅くに出歩くなよ?」

「またそれ!?」

「昨日言ってもう魔法関係に首突っ込んだのは誰だっ!」

 はぁ。

「だって、エヴァの事じゃない」

「だってじゃない」

 ……関わり過ぎたら、記憶を消されるんだぞ。
 ――くそ。

「いいな? もう関わるなよ?」

「……はぁい」

「ぼーやも、オコジョになるだけじゃ済まなくなるからな?」

「ぅ」

 どうして私が子守りをしなければならないんだ。
 こういうのはタカミチかじじいの仕事じゃないのか?
 はぁ。
 さっさと帰るか……頭が痛い。





――――――今日のオコジョ――――――

「はい、どうぞ」

 オレっちは……オレっちは、今猛烈に悲しいっ。

「わー、食べたよゆえゆえ」

「のどか、動物は差し出されたものは食べるものです」

 このオレっち、アルベール様をそんじょそこらの野良と一緒にするなっ。
 と声に出して言いたいが……喋れねぇ。
 しゃ、喋ったら……。

「震えだした……大丈夫かな?」

「寒いのでしょうか? 何か布が無いか探してくるです」

 しかし、凄ぇ。
 ここは凄ぇぜ兄貴っ。
 魔力の高い娘っこが多いこと多いこと。
 ここなら……これなら……グフフ。
 ―――でも、檻の中なんだよなぁ。
 ああ、早くこの事を兄貴に伝えて……どうにかしてバレない仮契約とか、できねぇかな?




[25786] 普通の先生が頑張ります 15話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/17 22:01

「おはよう、皆」

「皆さん、おはようございます」

 その声に元気良く挨拶を返してくれる皆に一つ頷き、教卓へ。
 そのまま朝の点呼などはネギ先生に任せる。
 なかなか様になってきたなぁ、と。
 クラスの皆もちゃんとしてるし。

「それでは、僕からの連絡事項は以上です。先生からは?」

「自分からも、今日は特に無いですね」

「では、以上です」

 ――しかし、問題が一つ。

「それじゃ、最近は花粉も酷くなってきたようだし、みんな気を付けるように」

 マクダウェルが花粉と一緒に風邪を併発させて休んでいた。
 もう数日だ。
 ……大丈夫かな、と。
 去年一回見たけど、本当、弱いからなぁ。

「あー、神楽坂?」

 HRも終わり、ざわめきだした教室でその名前を呼ぶ。
 この喧騒の中でもその声は聞こえたらしく、早足でこっちへ。

「どうしたんですか?」

「昨日マクダウェルの様子見に言ったんだろ?」

 どうだった? と。

「凄かったです」

「そ、そうか」

 酷いとかじゃないんだな、表現。
 そんなに凄いのか……。

「まだ当分出てくるのは無理だと思いますよ?」

「そうかー……ああ、判った。また、看病してやってくれな?」

「あはは。風邪がうつるからって追い出されちゃいましたけど」

 まぁ、そこはマクダウェルの照れ隠しだろうけどな。
 さっき絡繰から聞いた話だと、その後は調子が良かったみたいだし。

「それじゃネギ先生、行きましょうか」

「あ、はい」

 さて、と。
 教室から出て、職員室へ向かう途中。

「先生」

「はい?」

「一つ聞きたい事があるんですけど、良いですか?」

 なんですか?

「別にそう畏まらなくても」

「ぅ、そ、そうですか?」

 ええ、と。

「それで、どうしたんですか?」

「エヴァンジェリンさんの事なんですけど」

「マクダウェルですか?」

 ふむ――何日か前から少しぎくしゃくしてたし、その事かな?

「マクダウェルがどうしたんです?」

「ええと……先日、エヴァンジェリンさんと少し話したんです」

 あの時かな?
 マクダウェルが放課後に用があるとか言ってた時か。

「はい。その時に何かあったんですか?」

「……その、ですね」

 はい。

「エヴァンジェリンさんにですね、その、頼まれ事をしたんです」

「頼まれ事、ですか」

「はい」

 珍しいな、と。
 あのマクダウェルが。

「それで、その頼まれ事がどうしたんですか?」

「えーっと」

 そこで言い淀みますか……。
 うーむ。

「でも、羨ましいですね」

「へ?」

「だって、マクダウェルから頼まれ事でしょう?」

 教師としては羨ましいですよ、と。

「そうですか?」

「ええ」

 自分なんて、暴言吐かれたりだけですからねぇ。
 苦笑し、その驚いた顔をしている少年を見る。

「だって、頼まれたと言う事は、頼られたって事じゃないですか」

「……はぁ」

「マクダウェルにそれだけ信頼されてるって事ですよ?」

 凄い事だと思うんだけどなぁ。
 もうすぐ授業が始まるので、生徒の減った廊下を歩く。

「そうですか?」

「そうですよ。ネギ先生は、誰かを頼るとしたら、どんな人から頼りますか?」

「え?」

「困った時に、最初に思い浮かぶ人ですよ」

 やっぱり、頼るなら信じられる人だと思うんだが。
 どうかな?

「そうですね――はい、僕も……信頼してる人を、頼ると思います」

「マクダウェルもネギ先生と同じ、と言う事です」

「……エヴァンジェリンさんが、僕を?」

「困ってる時は、誰だって人を頼るもんですよ」

 あのマクダウェルだって、そうなんだと思う。
 それが俺じゃなくてネギ先生なのは寂しいが……それでも、あの子が先生を頼ってくれたのは純粋に嬉しい。
 本当に、嬉しいのだ。

「何を頼られたのかは判りませんから、その事をどうこうは言えませんけどね」

「……僕は」

 はい、と。

「僕は、エヴァンジェリンさんが、少し怖いです」

「そうですか」

 まぁ、見た目はともかく口がなぁ。
 それが無いなら、クラスでももっと友達が出来るだろうに。
 それがマクダウェルらしいと言えばらしいんだが。
 苦笑し、

「マクダウェルは、まぁ、そう悪い奴じゃないですよ」

「はい。明日菜さんも木乃香さんもそう言ってます」

 ふむ。
 近衛も、マクダウェルと仲良くしてくれてるんだな。
 この調子でもっと友達が増えると良いんだが。
 っと、今はその事じゃなかったな。

「友達に相談したら、そんな事ないって言われました」

 はぁ。

「明日菜さんは、信用できるって言いました」

 ――なるほど。

「友達と神楽坂のどっちが信用できるか? それと、本当にマクダウェルを信用して良いのか、と」

「はい」

 そうですねぇ、と。

「そればっかりは、ネギ先生が考えないといけない事でしょうね」

「う」

「ネギ先生は、どうしたいんですか?」

「判りません」

 はい、と。

「マクダウェルが怖くて、頼み事をどうするか迷っています、と」

「……はい」

「神楽坂は頼み事を聞く様に言って、そのお友達は駄目だ、と」

「そうです」

「なら、後できる事は一つだけです」

 え、と。
 その低い位置にある頭に手を乗せ、ポンポンと撫でる。

「ネギ先生がマクダウェルを知って、二人のどっちが正しいか確認してください」

「……え?」

「苦手と言うのは判ります、怖いと言うのも判ります」

 でも、と。

「そうやって先生が生徒を怖がってどうするんですか?」

 シャンとして下さい、と。

「いきなり仲良く、なんて言いません。ただ、マクダウェルが“今”どういう生徒か見て下さい」

 去年までは不登校の不良生徒だったのかもしれない。
 でも、今は――違うと、胸を張って良いんだから。

「そうして、ネギ先生がどうしたいか決めるんです」

「……………………」

「結局、周りがどう言っても、どうするか決めるのはネギ先生なんですから」

 10歳の子には難しいかな、と思ったが……この子なら大丈夫かな、と。
 賢い子だ。
 出会って数カ月だが、もう一通りの仕事はできてるし。

「それじゃ、今日も一日頑張りましょうか?」

「はいっ」

 良い返事です。







 うーん。どれが良いかなぁ、と。
 放課後、スーパーの店頭で10分ほど悩んでる。
 お見舞い品って……果物とかが普通、なのかな?
 実はお見舞いなんてした事無いので、どれが良いのか判らなくて困ってたり。

「……先生?」

「ん?」

 俺……だよな。
 声の方を振り向くと

「おー、龍宮かぁ」

「どうしたんだい、先生。こんな所で?」

 んー……と、別に悩む事でもないか。

「マクダウェルが風邪で休んでるだろう?」

「ああ、御見舞いか」

「……去年はこのままサボり癖がついたからな」

「大変だね、先生も」

「しょうがない。それが先生だからな」

 なんだそれ、と笑われながら、リンゴを一つ取る。

「見舞い品って、林檎とかバナナが良いと思うか?」

 それとも、花とかか? とさりげなく聞いてみる。

「まぁ、風邪だし果物が良いんじゃないかな?」

「なるほど」

 なら、適当に果物を詰めてもらうか。
 店員さんに見舞い品である事を伝え、詰めてもらう事にする。

「龍宮はどうしたんだ?」

「偶には晩飯でも作ろうかと思ってね」

「ほー……」

「嫌な反応だな、先生」

 ははは、と。

「しかし、エヴァの見舞いとはね」

「知らない仲じゃないからなぁ」

 それに、サボり癖がついたら困るし、と。

「釘を刺しとく訳か」

「言い方は悪いが、その通り」

「難儀な先生に目を付けられたもんだね」

 本人の前でそんな事言うなよ、と。
 ちょっと傷付くぞ。

「ま、良いんじゃないか? 最近は丸くなったみたいだし」

「おー。龍宮も仲良くしてやってくれな」

「まぁ、もう少し丸くなったら考えない事も無いかな」

 なるほど。
 もう少し、か。

「しかし、明日菜と仲良くなるとは思わなかったよ」

「そうか?」

「ああ。エヴァの人間嫌いは結構なものだったからね」

 ふむ……確かに。

「未だに暴言吐かれるからなぁ」

 もう少しお淑やかに出来ないものか、あの子は。
 そうすれば雪広……いや、那波くらいには―――まぁ、喩がアレだが。

「ま、必要無いだろうけど気を付けて」

「なんでだ?」

 店員から詰めてもらった果物を受け取り支払いを済ませた時、そう言われた。
 しかし、結構な時間話してしまったな。

「まぁ、風邪をうつされたら大変だろう? って事ですよ」

「ああ……まぁ、その時はマスク付けて授業する事にするか」

「……熱心だね、本当に」

 もうすぐ修学旅行だからなぁ、と。

「そう言えば、もうすぐだったね」

 スーパーから出ると、まだ日は高い。
 春ももうすぐ終わるのかもなぁ、と。

「成績悪いと、修学旅行前に一回補習が入るからな」

「そこは先生の手腕に期待するよ」

 そうじゃないだろ、と。
 まったく。

「どーして、そうなるかなぁ」

「授業があまり好きじゃないからね」

 そう言えば、以前瀬流彦先生も言ってたな、と。
 まぁ、勉強なんてそんなもんなのかなぁ。

「それじゃ先生、私はこっちだから」

「おー、気を付けて帰れよー」

「はは。私より先生の方が心配だよ」

「……それは普通にショックだ」

 生徒に心配されるとは。
 運動不足だからなぁ。

「それじゃ、先生」

「おー。また明日なぁ」







 しかし、久しぶりにマクダウェル宅に来ると少し懐かしいな。
 ……あれだけ迎えに来たからなぁ。

「さって」

 流石に、絡繰は掃除はしてないよな。
 中に居ると良いんだが。

「すいません」

 そう声を掛け、呼び鈴を押す。
 そして数秒

「どうしましたか、先生」

 ドアを開けたのは、やっぱり絡繰だった。

「良く判ったな」

「はい。先生の声は覚えていますので」

 ……そ、それは凄いな。
 俺ってそんな特徴のある声じゃないと思うが、と。

「あ、これマクダウェルの見舞いに」

「お見舞い、ですか?」

「ああ。調子はどうだ?」

 スーパーで買ってきた果物を渡す。

「どうぞ、中に。お茶をお入れします」

 そう言って招き入れられると、いつかの朝を思い出して、小さく笑ってしまう。
 そうだった。こんな感じだったなぁ、と。

「良い所に来ていただいて、助かりました」

「ん?」

 良い所?
 淹れてもらった紅茶を受け取り、どうしたんだ、と。

「ちょうど、マスターのお薬を取りに行こうとしていた所でした」

「おー……俺が居ても良いのか?」

「はい、先生ですので」

 ……信頼されている、のだろう。
 いや、嬉しいんだけど。
 嬉しいんだけど……なぁ。

「申し訳ありませんが、留守番をお願いしても良いでしょうか?」

「あー、ああ。判った。何とかする」

 しかし、見舞いに来て留守番を頼まれるとは思わなかった。
 心の準備と言うか、何かそう言うのが全く出来てない。

「すみません。病院が閉まる時間が近いので」

「急ぎ過ぎないで、気を付けてな」

「はい。マスターは二階で寝ておられますので、何かありましたら声をおかけ下さい」

 そう言って一礼。
 そのまま家を出ていくのは……本当に、取り残されてしまった。
 いや、別に何かしようと言う訳ではないんだが……ないんだが、だ。
 不用心すぎるぞ、絡繰。
 まぁ家探しする気も無いが。

「さて」

 見舞いに来たのに、何もすることが無くなってしまった。
 と言うか、まさか留守番するとは予想もしてなかった。
 うん。
 どうしよう?

「こうなるなら、明日来ればよかったな」

 まぁ、今日偶々仕事が早く終わっただけなので明日来れる保証はないのだが。
 どうしようかなぁ、と。
 とりあえず紅茶を飲んで時間を潰すか。
 しかし、相変わらずの人形だ。
 増えては無いみたいだけど……やはり、圧倒される。

「一体どれくらいするんだろうなぁ」

 何気なく手に取ったのは、以前マクダウェルが手製だと言っていた人形だ。
 相変わらず、レベルが高い。
 将来どうするんだろうな?
 独学でこのレベルなら、プロで食っていけると思うんだが……うーん。
 そこはマクダウェル次第か。
 他にもぬいぐるみやらも置いてあり、掃除も行き届いているし。
 ……何を観察してるんだ、俺は。
 そのまま十数分、ソファに座って時間を潰す。
 のんびりとしながら。
 こういう時間の使い方は良いなぁ。

「茶々丸?」

 お?

「……先生か?」

「おー、おはようマクダウェル」

「今は夕方だと思うがな」

 そう言ってくれるなよ、と苦笑。

「どうして居るんだ?」

 そう言いながら、パジャマ姿のまま二階から下りてくる。
 うん、わかった。この家の2人は不用心すぎる。

「マクダウェル、流石にその姿はどうかと思うぞ?」

「ふん。どうせ着替えても汗まみれになるだけだ」

「あのなぁ」

 はぁ。

「……顔、まだ赤いな」

「熱があるからな」

「降りてこないで寝てろ……大丈夫か?」

「一日中寝てると暇なんだよ」

 いや、判るけどな。
 病気とか怪我で休むと、やけに目が冴えるよな、と。

「そうだ。昨日は神楽坂明日菜と近衛木乃香が来たが、今日は先生か」

「悪かったな、俺で」

 林檎食うか?

「貰う。剥いてくれ」

「……しょうがない」

 病人だしな。
 っと。

「ナイフはあるか?」

「キッチンに果物ナイフがあるはずだ」

 はいはい。
 キッチンは初めて入るが、絡繰はこっちに来てたよな、と。
 ……包丁多いなぁ。
 果物ナイフがどれか判らないので、適当な大きさのナイフと小皿を持って戻る。

「ウサギに剥いてくれ」

「無理を言わないでくれ」

 そんな技術持ってないわ。
 というか、リンゴの皮むきすら素人なんだが……まぁ、なんとかなるだろ。

「やけに危なっかしいな」

「そりゃ、素人だからなぁ」

 出来れば綺麗に剥きたいところだ、教師として。






――――――エヴァンジェリン

 カチコチと時計の秒針が時を刻む音。
 それと、

「……はぁ」

「っと」

 下手くそななナイフさばきと、私の溜息。
 それだけが響く時間。
 退屈では無い、のんびりとした――静かな時間。

「下手だな」

「素人だからな」

 それだけが理由じゃなさそうだけどな。
 見ていて本当に危なっかしい。
 その内手を切るぞ、絶対。

「大丈夫か?」

「多分」

 そこは嘘でも大丈夫と言っておけ、教師として。
 まったく。

「先生でも、苦手な事があるんだな」

「………はは。そりゃなぁ」

 苦手な事の方が多いと思うぞ、と。
 そう言って、やけに楽しそうに笑う。

「何か変な事言ったか?」

「いや――絡繰と同じような事を言うんだな、って」

 なに?

「なんでもない」

「……ムカツクな」

 ごめんごめん、と。
 まったく悪びれた様子も無く謝り……。

「っ」

「まぁ、そうなると思っていたよ」

「ティッシュ何処だ?」

 ああ、まったく。
 苦笑し、慌ててティッシュを探す先生を止める。

「動くな、血が飛ぶ」

 ティッシュは……あったあった。
 リビングを血塗れにされる訳にもいかないからな。

「ほら、傷を見せろ」

「す、すまん」

 また、結構深く切ったなぁ……流石素人。
 ―――――。

「……押さえてろ」

「救急箱か絆創膏かないか?」

「戸棚の上だ」

 指さし、ソファに腰を下ろす。
 風邪で上がった体温。
 むせ返る様な久し振りに嗅いだ血の匂い。
 世界を焼くほどに紅い赤。
 ――先生の血。

「だ、大丈夫か?」

「ああ――さっさと手当てしろ」

 酔った。
 酒精にではない――血に、酔った。
 いくら久しぶりに血を見たからと言って、こんなのはどれほど振りか。
 これほどまでに、

「部屋で横になるか?」

「ああ」

 そう言って立ち上がろうとし……もう一度腰を下ろす。
 ――力が、入らない。
 
「……大丈夫か?」

「……そう見えるか?」

 くらくらする。
 この部屋に満ちる血の匂いに――その指先の傷の香りに。
 自制できないほどではない。
 だが、動くには少しばかり時間が要りそうだ。

「ほら、おぶってやるから部屋に戻るぞ」

「……なに?」

「流石に、マンガみたいに抱き上げるのは嫌だろ?」

 それはそうだが……。
 ああ、思考が霞む。
 目の前にある背中――それが“いつかの誰か”のソレを思い起こさせる。

「すまん」

「いや、こっちがすまなかった」

 手を切って驚かせた、と。
 違う。
 そうじゃない。
 驚いたんじゃ、ないんだ。
 その背に身を預けながら、目を閉じる。
 ――息が、熱い。

「軽いなぁ、マクダウェル」

「……身体が小さいからな」

「もっとご飯を沢山食べないとな」

 そうだな、と。
 微かな振動。階段を上っているんだろう――目を、開ける。

「ぁ」

 視線が、その首筋に……囚われた。
 微かに香る汗の匂いと、ソレを覆うようにむせ返るほどの――血の匂い。

「は、ぁ――」

「大丈夫か?」

「あ、ああ……大丈夫だ」

 自分の部屋を教え、もう一度……目を閉じる。
 いま、私は――。

「見舞いに来たのに、これじゃ悪化させたな」

「そんな事はない」

 その声が、耳に届く。
 トクントクンとなっているのは、私の心音か、それとも……。
 視覚が無く、他の感覚が鋭敏になっている。
 ……吸血鬼の感覚が、鋭敏になっている。

「大丈夫だ」

「そうか?」

 大丈夫――そう、言い聞かせる。
 血は、要らない。
 ただの人間の血だから。
 何の魔力も無い人間の血だから。
 ――必要無い。

「しっかり捕まっててくれ」

 そう言われ、その首に回した腕に力を込める。
 ……目を開ければ、目の前に首筋がある。
 数瞬の後、私を支えていた手が片方外れ、扉が開く音。

「失礼します、っと」

「……ふん」

 そのまま、歩き――静かに降ろされる。
 一瞬腕に力を込め……でも、私も抵抗せずにその背から降りる。

「大丈夫か?」

「ああ。大分落ち着いた」

「……すまなかったな」

 そう言って、頭を下げる。
 まったく。

「こっちこそ悪かったな。見ていて面白かったから、止めなかった」

 ちなみに、私はナイフの扱いは得意だぞ、と。

「――俺も少し、料理するかなぁ」

「全然しないのか?」

「ああ。まさか、こんな所で必要になるとは思わなかったからな」

 ふふ……小さく笑い、ベッドに横になる。
 目を閉じる。
 血の匂いは――微か。

「寝る」

「ああ、絡繰が戻るまでは下に居るからな」

 ……気配が遠のき、扉が閉じる音。
 危なかった。
 本当に、危なかった。
 いくら風邪で弱っているとはいえ――だ。

「はぁ」

 吐息が、熱い。
 それはきっと、風邪の熱以上の熱さ。
 ――ああ。

「不味そうだったな」

 そう、言葉にする。
 不味そうだった。
 本当に――口に出来ないほどに、不味そうだった。

「は――――」

 そう言えば、先生と初めて会った頃もそんな事を考えたな、と。
 苦笑する。
 してしまう。
 それでも判ってしまう。
 きっと“あの時”と“今”じゃ――意味が違うのだろう、と。


 
――――――今日のオコジョ――――――

 まったく、兄貴は何を考えてるんだか。
 吸血鬼に血を?
 いけねぇいけねぇ、吸い尽くされるか操られるかだって。
 やっぱり、兄貴にはオレっちが居ねぇとダメみてぇだなぁ。
 でも、そこがネギの兄貴らしいぜ。

「……オコジョって確か絶滅危惧種かなんかじゃなかったか? なんで飼えんだよ!?」

「へー、千雨ちゃん物知りねぇ」

「いや、物知りとかの話じゃ――」

 しかし、凄い。
 ここって兄貴に聞いた話じゃ中学生の寮のはずだよな?
 ……何だ、あの姉さんの胸はっ。
 ちゅ、中学生って一体何なんだ!?

「オコジョって、こんなに大人しいのかしら?」

「肉食じゃなかったかな?」

「物知りねぇ、千雨ちゃん」

「……ちゃん付けはやめて下さい、那波さん」

 眼福、眼福じゃーーー。


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