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[25905] escape 【現代バトルもの】
Name: 或る物書き◆60293ed9 ID:6db42fff
Date: 2011/02/09 16:38
 こちらで時々投稿させて貰っている或る物書きです。

 私生活で色々あってもういいやって気分になったので長編をこちらで投稿させてもらおうと思いました。少々の書き溜めはありますが、何分わたしが遅筆なもので完結までにかなりの時間がかかると思います。ですが、終わりまで見えているので完結は出来ると思います。

 それではお付き合いください。皆様が楽しんでくれることを願って



[25905] prologue
Name: 或る物書き◆60293ed9 ID:6db42fff
Date: 2011/02/08 23:29
……ジジ………………ザアザアザア……………ガザ……………
―――――――――――――――ガジ―――――ザザザザ―――――――――ザザッ
……………………ジジ…………………ザ……………………
――――――――ジュジ―――ジャア―――――――――――――――ガジガジ――――



 幾つものノイズが脳内に響く。縦横無尽に走る、蹂躙する、突き刺していく。
 まるで頭の中、頭蓋骨の内側、脳髄にコーラを直接注入されたみたいに気持ち悪い。

 それがあんまりにも気持ち悪いものだからラジオのチューナーをぐりぐりと回して調節する。けれども、いくら調節してもこのノイズは一向に収まらない。


―――――ボ―ポ―――――――――ジジジジ――――――ガッ―――――――――――
…………………………………ブーーーーン……ギジギジ…………………
―――ガザザザザ――――――――――――――――――――ジュジジジ――――――
…………ジアザイジア………………ギジバ……………………………ジジョジョジョ………
――――――aktus98fioaej――――――――――――――gajfuidasjfaio――――――――
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::nuzannetonusanatoka::::::::aajgfioaf::::::::::::::::::::vasijhfvoiaskjifous;:::::::::


それどころか余計にノイズが激しくなった。なんとかしようと一生懸命チューナーを回し続けていたら、ついにラジオ(頭脳)は壊れてしまった。



[25905] 1-1
Name: 或る物書き◆60293ed9 ID:6db42fff
Date: 2011/02/10 00:57
         1


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 最近流行りのクールビズなんて無関係そうにいかにも暑そうなスーツを着ているサラリーマンのおじさん。興味深そうにこっちを見てくる男数人のグループ。夏休みを利用してデートに行くカップルたち。幾つもの視線があたしに突き刺さる。

 けれどもあたしは走る足を止めない。

まったく今日はなんてツイてないんだろう。

 人通りの多い、街のメインストリートと言うべき道を走りながら、心の中で盛大な溜息をつく。



 八月中旬の午前中、まだまだ受験とは無関係でいられる高校二年生、特に部活に参加していなかったあたしにとっては特別暇な時間帯。

 人によってはそろそろ受験勉強を考えた方がいいよ、と言うかもしれないけど、流石にイマイチ勉強やる気がなく、また友達はみんな部活で忙しいため遊びにも行く気がしない。

 普段ならパソコンでネットでもやるところだけれども、ここのところずっとそればかりで飽きてしまった。
 だから今日は気分転換に、一人で街をぷらぷら目的もなく歩いてみようと思ったのだ。それにデパートに寄ればクーラーが効いてて涼しいし。

 そんなわけであたしなりのちょっとだけオシャレして街へ繰り出した。



「ねぇ、キミ一人? もしよかったら一緒にお昼でも食べない?」

 なんてナンパに使い古された言葉を急に背後からかけられたあたしはビクンッと肩が跳ね上がる。

 正直今までナンパなんてされたことなんてなかったあたしは、心持ちビクビクしながらゆっくりと振り返る。

 声をかけてきたのは派手な茶髪に、腕に髑髏やらなにやら色々な刺青(タトゥー)を刻んだどこかアブナそうな雰囲気の若い男の人。なんでか知らないけれどもどこか面倒臭そうに顔を歪めてる。

 正直言ってあたしは完全にこの男をドン引きしていた。


 どこにでもいるマジメな女子高生を自称するあたしにとって、まさかこういった不良チックな男にナンパされるだなんて完全な予想外。思わずうろたえてしまった。

 どうやら目の前のナンパ男は、いつまでたってもあうあうとうろたえるばかりでなんのアクションを起こさないあたしにイラッときたみたい。

 チッと舌打ち一つ、ナンパ男は乱暴な手つきであたしの左腕を掴む。

「だーメンドクセェ! いいからテメェはコッチに来ればいいんだよ!」

 グイッと男らしい力強く引っ張るナンパ男に、あたしの頭は一瞬で真っ白になる。

「は、離してください!」

「ウッセェ、このクソアマ!」

 最初に声をかけられた時に感じた丁寧さは微塵もない、乱暴な口調。そしてグイグイわたしの左手引っ張るナンパ男改め暴力男(サイテーヤロウ)。

「あーもう、離してって言ってるでしょ!」

 このしつこさとウザさにブチギレたあたしは、このサイテーヤロウの顔面に懇親のパンチをお見舞いしてやった。

「ぐわっ!」

 バゴンッという快音。あたしはクリーンヒットを確信すると同時に、おー……、という野次馬(ギャラリー)たちの歓声が聞こえてくる。

 どうやらいつのまにかかなりの人数のギャラリーがいたみたい。耳に届く歓声は一つ二つじゃなかった。

 確かに真昼間の大通りで(あたしにとっては物凄く不本意だけれども)痴話喧嘩が行われていたら、嫌でも人々の注目を集める。気持ちはわかる、気持ちはわかるけれども被害者(コッチ)のことも考えて欲しい……。

 顔面を殴ったお陰であたしの左手の拘束は解かれた。今は急いで目の前で顔を押さえ蹲ってるサイテーヤロウから逃げないと……。

「待ちやがれ!」

 後ろの方からドロドロのマグマのような怒りの怒声が聞こえる。

「………………ヤバ」

 走っているから顔こそ見えないが、おそらくあのサイテーヤロウの額には漫画みたいな青筋が浮かんでいるだろう。流石に捕まったらヤバそうだ。あたしは全速力で走りだした。


 高層ビルと高層ビルの隙間、感覚にして三メートルくらいの表の社会から切り離された別世界。外の明るさと無縁の、暗い路地裏の中央部分であたしはへたり込む。

 わざわざ路地裏なんかに逃げ込まなくたって、普通に人ごみに紛れてやり過ごせっていう奴がいるかもしれない。

 確かにあたしもそれは思った。けれども紛れこもうとするとまるでモーゼの十戒のように人ごみが割れたのだ。そんな中でどうやって紛れろっていうのよ!

「さ、流石にここまで来たら、大丈、夫よね?」

 大きく肩で息をしながらあたしは呟く。

 なんの確証もない、ただの希望的観測にすぎないけれども、今はその幻想にすがりついていたい。流石にちょっと、疲れた……。

 ようやく息が整いだした5分後、コツンコツンと何人かの足音が聞こえてくる。

 まさかあのサイテーヤロウ? とちょっとビクビクしながら足音の方向を見る。

 そこにはこの真夏にも関わらず、ビシッとした黒いスーツにサングラスをかけたいかにもエージェントって雰囲気の屈強そうな男の人たち。

 彼らが路地裏を進む。同時に後ろからも足音が聞こえ、思わず振り返ると同じようなエージェントがいた。

「えぇっ? ちょっ、なにこれ? どうなってんの」

 あまりの急展開にあたしの脳みそが追い付かない。い、一体どこの世界にこんな
展開を予想できる人間がいるというのだろうか、いやいない(反語の句法)。

 自分でもイイカンジにテンパッてきてるのを自覚した時にはもう遅く、エージェントたちはこの狭い路地裏からあたしを逃がさないように取り囲んでいた。

「え、えっと………、あ、あたしになにか用ですか?」

 この一種異様な雰囲気と、エージェントたちの無言のプレッシャーに押し動かされ、思わず一人だけグラサンをかけていない細身のエージェントに尋ねる。

「桐原、美鈴さまですね? 我々と同行していただけないでしょうか?」



 ……………………………神様、あたしが一体なにをしたぁ!




[25905] 1-2
Name: 或る物書き◆60293ed9 ID:6db42fff
Date: 2011/02/09 15:53
         2


 ここは、一体どこなのだろうか。

 目覚めたばかりなのに、いやにはっきりとした瞳を周囲に向ける。……どうやらここは路地裏らしい。薄黒いコンクリートに囲まれた、華やかな表の世界と隔絶された誰も通らない小道。

 なぜ自分はこんなところにいるのだろうか。それに自分にはなにか重要な役目があったはずなのだが、どうしても思い出すことが出来ない。

 思い出すことが出来るのは自分の名前、自分の持つチカラ。

 なにかアクションを起こす気力がわかなくて、そのまま路地裏に座り込んでいると、センサーに一人の人間が引っかかる。

 まさか自分以外の人間がこんな薄汚れた路地裏にやってくるなんて。

 好奇心に駆られ、路地裏に入ってきた人間を覗き見る。

 それは十代半ば、おそらく十六、七くらいの髪の毛を両サイドで結った活発そうな少女。なにかに追われているのか、必死の形相で走りつつも時々後ろを振り返る。

 何故だろう、自分はこの少女のことを知っている。どこかで見たことがある。

 そう思った矢先のことだった。

「ガアァッ!」

 不意意に脳内を駆け巡る痛み。激しい頭痛がおれを襲う。

「な、なんだこれは………」

 頭を抱える。言いようのない激痛。そしておれは…………。



         *




 いきなり見知らぬエージェントに、同行してくださいなんて言われてもわけがわからない。まあそれが、どこぞの社長の娘だったり、どこかの国の貴族の女の子だったらわかるんだけれど、そこら辺にゴロゴロ転がってるくらいなんの変哲もない女子高生であるあたしをわざわざエージェントが誘拐するメリットなんてない。

 頭の中はあまりの急展開すぎてぐるぐると混乱しているけれども、なんとか声を絞り出す。

「え、えっと……、これって拒否権ありますか?」

 細身のエージェントはヤレヤレとでも言いたげな表情で溜息をつき、肩を竦める。

「ふぅ、おとなしく同行願えませんか? こちらとしてもあまり手荒なことはしたくないので」

 あくまで人の良さそうな笑みで、けれどもそこには有無を言わせない迫力があった。

 …………あたしにはわかってしまった。このエージェントはもしあたしがこいつらと一緒に行かないと言ったら、確実にその温和そうな顔を歪め、有無を言わせぬ暴力で無理矢理あたしをどこかに連れ込むだろう。

 これはただの脅しじゃない。あたしがこのエージェントの言葉を拒絶したらおこる未来。

 周囲を見る。あたしを逃がさないように前と後ろ三人ずつ、合計六人のエージェントがいる。ここは表と隔絶された暗く狭い路地裏。たとえここで大声をあげて助けを求めたとしても、表の喧噪にかき消され届くことはない。

 絶体絶命、誰が見ても絶対絶命の状況。ガクガクと膝が震える。

 こいつらエージェントの言うことを聞いて大人しくついて行ったとして命の保証はない。もしかしたら数年前日本のニュースを騒がせた拉致事件のように言葉もわからないどこ遠い国に連れて行かれるのかもしれない。

 恐怖。あたしのこれからのことに対する恐怖。けれどもこのエージェント達に自分が怯えている姿を見せるのは、そう、なんというかシャクだった。

 あたしは震える身体を誤魔化すようにキッと睨みつけてやる。

 それを受けサディスティックに笑う細身のエージェント。

 その瞬間あたしは視界の端に人影を捉えた。

「えっ…………………………」

 エージェントの後ろ、数メートル先。ゆらりと立ち上がる一人の男。エージェントのようにスーツというわけではないが、全身真っ黒な服。一九十センチはありそうな長身に、スラリとした体型はどこかのモデルみたいだ。

 この謎の男があたしの方へゆっくりと歩いてくる。

 さっきまで話していたエージェントはあたしの視線が自分に向いてない、正確にいえばその後ろに向いていることを訝しむように後ろを振り向く。

「なあぁっ、貴様は!」

 エージェントは驚きの表情を浮かべる。それと同時に懐に手を入れなにかを取り出そうとしたとたん、さっきまでゆっくりと歩いていた男が猛スピードでエージェントに迫る。

 エージェントが取り出したのはこの平和な日本でまず見かけない一丁の拳銃。

 あたしが拳銃についてなにか思うよりも速く、エージェントは謎の男に照準を合わせる。そしてトリガーに手をかけた瞬間、男の蹴りが拳銃を空高く弾き飛ばしていた。

 そして男はそのまま細身のエージェントの鳩尾に強烈な肘打ちを叩き込み昏倒させると同時に、控えていた二人のエージェントをそれぞれ顎に一撃与えてノックアウトさせる。

「チィッ!」

 背後から舌打ちが聞こえ、グイッと大きな指で襟元を掴まれ後ろに引っ張られる。

 そういえば後ろにも三人のエージェントがいたのを忘れてた!

 あたしを引っ張りながら、がっちりとした体型のエージェントたちは懐から拳銃を取り出し……。

「キャアァッ!」

 あたしはこの後の惨劇を予想し、思わず目を瞑る。

 ダダンッ! と、くぐもった三つの銃声。

 さっきエージェントと戦った男はどうなったんだろう。生きているのだろうか、それとも…………。

 目を瞑り、蹲る。あたしにはどうしても目を開け、目の前の光景を見ることが出来なかった。


「大丈夫だ」


 しばらくたってぶっきらぼうな口調とともにポンとあたしの頭に誰かの手が置かれる。

 恐る恐る瞳を開けると、そこにはさっきの男の人がいた。

「えっ、あのエージェント達は?」

 急いでキョロキョロと周囲を見渡すと、いつのまにか最初にあたしに話しかけた細身の人以外のエージェントがいなくなっていた。

 まさか殺した………ちょっと待って。

 あたしは自分の考えを即座に否定する。

 もし目の前のこの男の人がエージェント達を殺したなら、見たくないけど死体が転がっているハズ。けれどもそれがないってどういうことなのだろう。

 ふと気がつけば神社にあるような御札がヒラヒラと空を舞っていた。なんでこんなものが宙を舞っていたのか考えようとした瞬間男の人に腕を引っ張られる。

「ここは危ない。急いで表通りに出るぞ」

 確かにいつまでもこの路地裏にいたら、またさっきのようなエージェントが現れるかもしれない。けれどもあたしはこの男の人について行ってもいいのか。

 一応エージェントからあたしを助けてくれたとはいえ、これまでのことがあるんだ。ホントにこの男を信用してついていっていいのだろうか………。

「確かにキミのその反応は正しい。今はまだ信用して貰えないと思うがおれはキミの味方だ。今キミが置かれている状況を簡単に説明したい。そのためにも急いでここから抜けたいのだが」

「……………わかった」

 あたしはこの男の言葉にしばらくの間があったとはいえ、頷く。

 女の勘てやつだけど、目の前のこの男はさっきのエージェントとは違いあたしに危害を加える気なんてなさそうだ。

 それにこの男が言う通り、この路地裏から急いで抜けた方がいいっていうのも一理あるし。

「それじゃあ行くぞ」

 あたしは光溢れる表通りへ向かい、歩き始めた。




 あとがき

 しばらくは一日一回更新が出来そうです



[25905] 1-3
Name: 或る物書き◆60293ed9 ID:6db42fff
Date: 2011/02/10 01:03
        3


店内に流れる一昔前のJポップ。そこそこ流行った曲で、あたし自身テレビとかで何度も聞いたこともあるし、カラオケで何回か歌ったこともある。

けど不思議なことにどうしても曲名が思い出せない。サビの部分だったら口ずさむことも出来るのになんでだろ。

………………………わかってる。

あたしは目の前の一向に変わることのない仏頂面を見て、聞こえるようにわざとらしく溜息をつくも目の前の男の表情は変わらない。

まったく、あたしの身になにが起こっているのか説明するんじゃなかったの。
心の中で悪態を吐くけど、それは言葉に出ることはなかった。なんというか、その……あんまりにも仏頂面すぎて、話しかけ辛いのだ。


エージェントたちに襲われた路地裏から出たあたしは、あたしを助けてくれた男から事情を聞くために、行きつけの喫茶店《forest》へむかった。

この『forest』という店は、あたしのとっておきの店である。店内の薄暗さは心を落ち着けてくれるし、なにより料理がとてもおいしいのだ。

本当は気心の知れた友達にしか誘わないような店なんだけど、今回は事情が事情ということで仕方なくこの男を招待することにした。

ランチタイムの終わり頃なだけあって店内に客はそれなりにいるけれども、満席というほど混んでなく窓際の席に座ることが出来た。

そこからバイトの女の人に注文して料理を待っている間の十分間、目の前の男は一切喋らないし、表情を変えなかった。いや、そもそも今まで目の前の男が表情を変えたことがあっただろうか。

あたしはもう一度溜息をつくと、目の前の男の顔を観察する。

全てに油断なく見つめる切れ長の目にシャープな顎のライン。充分に整った顔立ちとスラリとした体型はモデルでもやってけそうだけど、その仏頂面が全てを台無しにしてる。

あたしはハァともう一度溜息をつくと、さっき注文を取った女の人が二人分の料理を持ってきた。

「失礼します。こちらサンドウィッチと、ドリアでございます。ご注文の品は以上でよろしいですか?」

あたしがこくんと頷くと、女の人は失礼しましたと言って戻っていった。

「すまない。ようやく考えが纏まった」

 あたしが注文したサンドイッチを食べようとした時に、今まで話さなかった男が口を開いた。

 ……今まで喋らなかったのって、ただ単に何から話せばいいのかわかんなかったからなのね。

「まずおれの名前はタクト。君のおじいさんから依頼を受け、君の身辺警護を任された者だ」

「おじいちゃんが!」

 頬張っていたサンドウィッチを急いで飲み込んで、思わずタクトと名乗った男に聞き返してしまう。

「そうだ。一ヶ月前に正式に依頼がきた。迫りくる脅威から君を守って欲しい、と」

「迫りくる脅威って?」

 ごくりと生唾を飲み込みながら、タクトに聞く。

「すまない。今はまだ答えられない。一部記憶が失われている部分がある。それが戻れば答えられるかもしれないが……」

「ちょっと待って! つまりタクトは今記憶喪失ってことなの?」

 さらりと言われた重要事項。どうやらこの男は記憶を失っているらしい。

「ああ。だが安心しろ。君を守るという仕事にこれ以上の支障は出ない」

 タクトのその言葉にあたしは思わず背筋が冷たくなった。タクトの表情は相変わらずの仏頂面でイマイチ感情とか読めないけど、その口調から彼自身が記憶を失ったということをまったく気にしていないということがわかってしまった。

 普通記憶喪失になったら、失われた自分の記憶を取り戻すことを第一と考えるはず。それなのに、タクトはそれよりも仕事のことを優先しているように感じるのだ。

 なぜかそれが怖くてあたしはタクトに尋ねる。

「ねぇ、自分の記憶を取り戻そうとは考えないの?」

「いや、失われた記憶は一部のみ。おそらくささいなきっかけで残りの記憶も戻るだろう」

「…………………そう」

 なんとなく気まずくなってあたしは、それを誤魔化すように残ったサンドウィッチを食べる。それを見てタクトも同じようにドリアを食べる。
 
 それはあたしがサンドウィッチを全て食べ終わったときだった。おそらく空気を読んだんだろう、タクトは口を開く。

「さて、事前に君に説明しなければならないことがある」

 あたしは食後の紅茶を口に含みながら、けれども真剣にタクトの言葉に集中する。

「まずこの世界には世間一般にいう超能力者、魔法使いが実在する」

 …………思わず紅茶を噴き出さなかったあたしを褒めて欲しい。

 心を落ち着けるようにゆっくりと口の中の紅茶を飲み込む。

 さっきのエージェントにも驚いたけど、今回のタクトのトンデモ発言にも同じくらい驚いた。だって超能力者に魔法使いだよ? そんなのフィクションの中だけの存在じゃない。エージェントたちだって十分フィクションの世界の住人といえるけど、大統領とかの護衛もあんな感じだしあり得ないことはない。でも魔法と超能力はさすがにない。

「ああ。君のその反応は正常だ。むしろここで素直に認めた方がよっぽどおかしい。だがこれはれっきとした事実で、かくいうおれも超能力者だ」

 本日何度目かの衝撃的事実。どうやらあたしを助けてくれた男の人は超能力者らしい。神様、ホントあたしが一体なにしたんだろう?

「ゴメン、さすがにそれは信じられない」

 困惑しすぎて頭が痛くなってくる。こめかみを押さえながら説明出来ない色んな気持ちがごちゃまぜになった言葉を呟く。

「まあそれが当然の反応だろう。面倒だから話を進めるぞ。おれの能力の名前は空間把握。おれの身体を中心として半径四メートルまでの物事を完璧に把握することができる」

 えっと、急にそんなことを言われてもイメージ出来ないし、そもそも超能力や魔法があるって信じたわけじゃないんだけど。

「証拠を見せよう」

 そういってタクトは財布から百円玉を取り出してあたしに手渡す。

「この百円硬貨を机の下でおれに見えないように左右どちらかの手で隠せ。おれはそれを確実に当てることが出来る」

 あたしは渡された百円を言われた通り、タクトから見えないように机の下で左右どちらかの手の中に隠す。

「じゃあ今あたしのどっちの手に百円入ってる?」



 結論から言うと、三回やって三回ともタクトは百円玉がある方の手を当てた。

「これで少しは信じる気になったか?」

「まだ、まだダメよ!」

「そうか。なら納得のいくまで試すがいい」

 どうやらあたしは自分で思っている以上に頭の固い人間みたい。ここまで明確な超能力の証拠を見せられてもまだ納得できない。

「………わかった。これが最後よ」

 そう言ってあたしはまた貰った百円玉を机の下で隠す。そしてタクトはさっきまでと違い目も瞑り始めた。

 ただでさえ机で隠されているのに、更に目まで瞑ったらイカサマで覗いてたなんてこともできない。疑い深いあたしはもう一つ仕掛けを施すことにした。

 あたしは机の下で百円玉をそっとポケットの中に入れる。左右どちらかなら確率二分の一。もしかしたら偶然三回連続で当たってしまったなんてこともあるのかもしれない。けれどもこれなら!

「さあ、どっちの手にある?」

 グイッとタクトの前に突き出す握りしめた両手。けれども彼は眼すら開けずに答える。

「そこにはない。百円玉は今君の右ポケットの中にある」

 問答無用、完全無欠の正解だった。

 ふぅとあたしは大きく息を吐き出す。

 さすがにここまでされたらもう信じるしかなさそうだ。信じる代わりにガラガラと音をたてて崩れ落ちるあたしの常識。

「わかったわよ、タクト。世界には魔法使いも超能力者もいて、そのうちの一人があなたってわけね」

「ああ。納得してくれて助かる。話しの展開上わかると思うが、君を狙っている連中はこういった君の常識外の連中だということを頭に入れておいて欲しい」

「………わかった。でもなんであたしが狙われるんだろう」

 それが最大の謎。あたし自身どこにでもいるマジメな女子高生。そんな超常現象を使える人間たちに狙われる理由なんてないと思うんだけど。

「すまない。それはおれにもわからない」

 そういって頭を振るタクト。まあ記憶喪失だっていってたし、期待はしていなかったケド。

 あたしはすっかり冷めてしまったアールグレイを口に含む。独特の渋みが、ここ数時間で色々あった、色々ありすぎた疲れを洗い流す。

 ふうと大きく息を吐き出し、あたしは心の平穏のため思考を一時凍結させる。そうすると店内に流れるさっきと違い最近の流行歌、他のお客の話し声が自然と耳に入ってくる。


「マジ勉強やりたくねー。受験生とかマジ死ぬー」
「ホントうちのネコ可愛いのよー。ただいまって帰ってくるとすかさず走ってきて足に擦り寄ってくるし」
「きゃはははは。そーいや営業部の部長、そうそうアイツアイツ。あの部長絶対ヅラだよね。え、マジ? 気付いてなかったの? ウケるー」


 あたしたちが入った時から誰一人店から出た人間はいない。どうやらみんな暑い外に行くよりも、エアコンの効いた店内でテキトーにダベってる方がいいみたい。

 周囲から聞こえてくる話し声を聞きながら、そんなことを思っているとタクトが話しかけてきた。

「美鈴、一応君に言っておこう。この先警察などの権力に頼ることは出来ない」

「どうして?」

「普通の女子高生がエージェントに襲われたと言われ、誰が信じる? 仮に信じて貰ったとして、保護されたとしよう。だが敵が国家権力に圧力をかけられるとしたら、保護と偽って君の身柄を確保するだろう」

 た、確かに安全だと思って警察に行ったら、訳のわからないうちにあたしを狙っている組織に捕まっていたなんて冗談じゃない。

 ちょっと待って。そうなるとあたしはこれからこの男と逃避行(escape)をしなきゃいけないってコト?

「安心しろ。君はおれが必ず守る」

 なんて赤面ものの恥ずかしいセリフを一切表情を変えることなく言ってのけるタクトは凄いと思う。かくいうあたしも微妙に頬が熱くなってる。

「それがおれの仕事だからな」

 言う人が違えばただの照れ隠しにしか聞こえない、そんなセリフ。けどタクトの表情と口調が、それが本心だってことがよくわかった。

 あたしはハァと聞こえるような大きさで溜息をついてやる。

 さっきもそうだが仕事仕事仕事しか言っていない。この男の頭の中って仕事しかないのかしら。

 なんとなく納得がいかなくて、タクトの顔をむすっとしながら見つめている。すると、コーヒーを啜っていたタクトの眉がピクリと動き、どことなく不快感を醸し出す。

 まさかコーヒーが不味かったとか?

 今まで変わることのなかった仏頂面の唐突の変化を見て、思わずその原因を考えていると、おもむろにタクトが椅子から立ち上がる。

「美鈴」

 そうあたしの名前を呼びながらあたしの手を引っ張り強引に立ちあがらせる。

「ちょ、ちょっとなによ!」

 タクトの唐突すぎる行動に動揺を隠すことが出来ず、思わず彼にそのわけを尋ねる。

「店内の会話をよく聞いてみろ」

 まるで苦虫を噛み潰したかのような不機嫌そうな顔をしながら答えるタクト。
 あたしの質問の答えになってないじゃん、と思いながらも言われた通り耳を傾ける。


「マジ勉強やりたくねー。受験生とかマジ死ぬー」
「ホントうちのネコ可愛いのよー。ただいまって帰ってくるとすかさず走ってきて足に擦り寄ってくるし」
「きゃはははは。そーいや営業部の部長、そうそうアイツアイツ。あの部長絶対ヅラだよね。え、マジ? 気付いてなかったの? ウケるー」


「あ、あれ。この人たち、さっきも同じこと言ってたような……」

 まるでビデオの録画再生のようにさっきと同じ会話が繰り返されるのを聞いて、あたしの背筋がゾッと凍りつく。

 まるで出来の悪い自動人形のように、同じ動きをし続けるあたし達以外の人間。その現実離れしすぎた光景に頭の中が真っ白になる。

「ちいぃっ」

 タクトは忌々しげに舌打ちをしたかと思うと、いきなりあたしを地面に押し倒す。

「きゃっ!」

 思わず出た叫び声。けれどもそれはすぐさま轟音に掻き消された。

 ガシャン!

 甲高いガラスの割れる音。それと同時にパラパラとあたしの側の床にいくつもの破片が突き刺さる。どうやらあたし達がさっきまで座っていた席の窓ガラスが割れたみたい。

 ガラスが割れるより先にタクトが気が付いてこうやってあたしを押し倒してくれたお陰で、破片があたしを傷つけることはなかった。

 ドクンとあたしの心臓が早鐘を打つ。あたしを守るためとはいえ、思いっきり押し倒すもんだから、あたしの身体とタクトの身体が密着している。思わず彼の体温を感じてしまい、場違いにもあたしの頬は赤く染まる。

「急いでここから脱出するぞ」

 動揺しているあたしとは対照的に、タクトの声はいつもと変わらない落ち着いたもの。あたしに必要なことを言ったと同時に立ちあがる。

 その声にほんの少しだけ冷却される。

 そうだ。ここにいたら危ない、急いで逃げないと……。

 そう思い、急いで立ち上がった時だった。

「おっと、そいつはさせねぇぜ」

 窓の外からどこかで聞いたことのある声が聞こえる。この声の主が窓ガラスを割った人間だ、と思いながらあたしは声のする方へバッと振り向く。

「よぅ、さっきはお世話になったなァ、コノクソアマァ」

 そこにいたのはギリギリと歯ぎしりをしながら、額に青筋を浮かべるあの時のナンパ男(サイテー男)。何故かその手には轟々と燃える火球が握られていた。



[25905] 2-1
Name: 或る物書き◆60293ed9 ID:6db42fff
Date: 2011/02/10 19:53
        1

 ……抜かった。

 ギリギリと歯ぎしりしそうな険悪な表情でおれは声に出さず、心の中だけで呟く。今現在頭にあるのは激しい自己嫌悪のみ。

 そうだ。おれは何をやっているんだ。おれの役割は目の前の少女、桐原美鈴を守り通すという仕事を完遂させることじゃないのか。それなのにこんな罠にかかるだなんて……。

 ガタリと立ち上がり、おれ達を取り囲む虚ろな瞳の人間。これで完全に出口を塞がれてる。

「ねぇタクト。あ、あのナンパ男(サイテーヤロウ)ももしかして超能力者だったりするの?」

 不安そうにおれに尋ねる美鈴。おれは割れてガラスの無くなった窓を潜り抜け、店内に入ってきた男を注意深く眺め、そしてすぐさま脳内検索を行う。

「アァン? 誰がサイテーヤロウだってェ、ンノクソアマァ!」

「お前以外に誰がいる? マッドドック」

 おれの言葉にようやく美鈴から視線を外すマッドドック。すぐさまニヤリと口元を歪める。

「へぇ、守り屋顎(アギト)のタクトかよ。なんだテメェ、ノイズにやられたんじゃなかったのか?」

 奴のその言葉と同時にガンッと鈍器で頭を殴られたような衝撃に、思わず右手で頭を押さえる。

 おれはこの痛みに覚えがあった。そう、これは先ほど路地裏で美鈴を見たときに感じた頭痛と同じ類の痛み。つまりはおれの記憶が戻るということ。

「まあどっちでもいいや。ただの非力な女一匹拉致するだけのタリィ仕事じゃ、面白味もクソもねぇと思ったが、テメェみたいなちったあヤル人間がいれば充分狩りを楽しむことが出来るぜ」

 ニタリと獰猛な笑みを浮かべるマッドドック。

 脳内にある情報によればこのマッドドックは仕事のことを狩りといって敵を嬲ることを趣味にしているらしい。戦った者はよくて半殺しで再起不能。最悪葬式時に遺体の顔を見ることが出来ないほどの過剰な暴力を振るう。そこから業界でついたニックネームが狂犬(マッドドック)。どうやらその情報は正しかったようだ。

「ちょ、ちょっとマッドドック。マスターや他の客を操ってるのってアナタでしょ? 早く解放しなさいよ」

 怯えているのか小刻みに身体を震わしながらも気丈に奴に向かって叫ぶ美鈴。

「アァン? お前バッカじゃね? オレは発火能力者。マインドコントロールは専門外だ。それに今ここにいるのはテメェら以外全員式神だっつーの」

「し、式神ってあの陰陽師が使う?」

 どうやら陰陽師という言葉は知っているみたいだ。まあ一昔前に映画になったくらいに有名な存在だ。美鈴が知っていてもおかしくない。

 おれは補足のために口を開く。

「そうだ。ここにいるのは奴の言ったとおり全員式神。ただの人の形をかたどった操り人形にすぎない。ある程度ダメージを与えれば本来の護符に戻る」

「まっ、こんな風にな」

 そう言ってマッドドックは右手の火球を一番端の、男の式神に放る。

 轟という音で一瞬で火だるまになる男の式神。それと同時に男の姿が消え、代わりに一枚の護符がゆらりと空を舞ったかと思うと空中で護符が燃え尽きた。

 これで店内にいる式神は全部で十六体。それにしても何故マッドドックはわざわざ戦力を減らすようなことをしたのだろうか。

「納得いかねぇってツラしてんな、テメェ。簡単な理由だよ。獲物を狩るのにオレ一人いれば充分。コイツらが一人二人消えたところで問題ねぇ」

 なるほど、自分の力に絶対の自信があるからの行動か。だがその自信がただの驕りであることを教えてやろう。

「すまない美鈴。戦いの邪魔にならないよう隅の方にいてくれ。おそらくこのマッドドックという男はおれを殺してから君を攫うだろう。逆にいえばおれを殺してからでなければ君に手を出さないということだ。隅にいて戦いの余波に巻き込まれないようにしてくれ。ただし店の外に出ようとするな。逃げようとすれば奴は必ず君にも攻撃を仕掛けてくる。おとなしく隅にいろ。わかったな」

「……わかった。絶対死んじゃダメよ」

 心配そうにこちらを見てくる美鈴に強く頷き返す。

「安心しろ。おれは死なない」

 そう言ってやると美鈴はまだ不安そうな目をしていたが、一度頷くと店の隅の方へ駆けだした。

 その後姿を視界に収めながらマッドドックは口を開く。

「おいクソ女。テメェを捕まえるのはタクトを狩った後にしてやる。一秒でも長くコイツが生き残ってくれるのを精々祈るんだナァ!」

「もしかしたら狩られるのはお前の方になるかもしれないぞ」

 挑発するようにマッドドックに言ってやった。すると奴は面白い具合にこちらの挑発に乗ってくる。

「アァン? テメェ今なんつった?」

「なに。ただ狩られるのはお前だということをな」

 にやりと意地の悪い笑みを浮かべてやると奴は額に青筋を浮かべ激昂する。

「ゼッテェぶっ殺す!」



         *


 あたしは虚ろな瞳の式神の脇を潜り抜け、タクトの邪魔にならないような場所へ移動する。その時式神があたしを襲わないかドキドキしたけれども、それは杞憂に終わった。どうやらタクトの言ったとおりマッドドックは彼を殺してからじゃないとあたしを襲わないみたい。そのことに安心したのもつかぬま、タクトのことが心配でしょうがなった。

 エージェントたちの会話から、多分こいつらはあたしを殺すことが目的じゃない。あくまで生きて捕らえることが目的のはずだ。最悪あたしが捕まっても命まではとられない。けれども……。

「ゼッテェぶっ殺す!」

 額に青筋を浮かべ喚き散らすマッドドックを見て確信する。この殺すという言葉は脅し文句なんかじゃない。本気でタクトを殺すつもりなんだ。

「タクト!」

 思わずあたしは彼の名前を叫ぶ。

 タクトはあたしの方を振り向くと、いつもと変わらない仏頂面でこくりと一度頷く。
「殺(や)れ、式神ども!」

 マッドドックの号令のもと、彼の前に集まっていた式神たちが一斉にタクトに向かって殺到する。


 タンッ。タクトのステップの音が店内に響く。


 顔面に向かって振るわれた拳をタクトはヒラリ右に一歩踏み込むことでかわし、懐から取り出したナイフで首を薙ぐ。そのまま勢いに乗せ、左にいた式神の胸を貫く。そのあとすぐさま回し蹴りで右から迫ってきた式神を吹き飛ばした。

「あああぁぁあぁああぁ」

 いつのまに背後に回り込んだのか一体の女の式神が叫び声を上げながら椅子を持ち上げ、その姿から想像出来ないような怪力でタクトに持ち上げた椅子を投げる。 けれどもタクトはそれを一瞥することなく独特のステップを刻んでかわすと、投げられた椅子は丁度タクトを襲おうとした式神を吹き飛ばす。

 まるでダンスを踊っているかのように独特のステップを刻みながら式神たちと戦うタクト。一つとして無駄な動きなどなく、まるで後ろに目でもあるかのように闘っている。

 ………違う。

 あたしはさっきの言葉を否定する。後ろに目があるかのようにじゃない。本当にあるんだ!

 あたしはさっきまでのタクトとのコインゲームを思い出す。そうだ彼には空間把握という超能力がある。たとえ目を瞑っていても式神たちの動きが彼にはわかる。
 確かタクトは半径四メートルまでの物の動きを完璧に把握することが出来るって言っていた。それはつまりタクトに襲いかかる全ての敵の行動が把握できるということ。

 タクトのステップがリズムを刻む。虚ろな瞳でタックルをしかける高校生くらいの式神をかわすと同時に右手のナイフで首を刎ねる。戦い始めてから五体目の式神が護符に戻された。けれども式神たちはそんなことお構いなしにタクトに向かって襲いかかる。そんな中彼はいつもと変わらない仏頂面を崩すことなくリズムを刻み続けている。

「……あれ?」

 ある種非現実的光景に思考が追い付かなくなって、静かに混乱しながらタクトと式神との戦いを眺めていたあたしだけど、不意に気が付いてしまった。

 振るわれた式神の拳。それがタクトの刻むリズムと同調(シンクロ)した。一度気がつけばそれはすぐだった。

 段々と、けれども確実に式神たちの動きがリズムを刻む。タクトの動きに合わせ、彼の独特のリズムを無意識に刻んでいく式神たち。

 多分タクトは式神たちがなにをしようとしているのか、それと同時に敵の動きと自分の動きを最大限に活用するにはどうやって動けばいいのか常に考えているんだ。

 そしてタクトの思考が導き出した動きが自然とビートを刻み、段々敵である式神たちをも巻き込み音楽を形作る。


 それはまるで、戦場の指揮者(コンダクター)―――――




 あとがき


 本日二度目の更新。PVが増えていくのを眺めるのは楽しい。目標は十話までにPV2000超え、感想返し含め十件。がんば!!



[25905] 2-2
Name: 或る物書き◆60293ed9 ID:6db42fff
Date: 2011/02/11 21:38
         2


 ダンッ

 一発の銃声が店内に響く。おれはさきほどのエージェントたちから奪った一丁の拳銃を左手で構え、挑発の意味を込めニヤリと笑ってやる。銃口はマッドドックの顔を捉えていた。

 けれども銃弾は奴の頬を裂いただけで致命傷には程遠い。悲観はしない。これは撃つ前からある程度わかっていた。

式神たちの動きを意図的にずらし、おれのリズムを侵食させる。それによって一瞬だけ生じた光。その光に向かって一分の狂いもなく拳銃の引き金(トリガー)を引く。それで得た戦果は奴の頬を薄く裂いた程度。けれども重要なのは奴にどんなに小さくてもいい、ダメージを与えたこと。

 ポタリ、ポタリと頬から流れ出た血が木の床に落ちる。マッドドックは目元を落としなにかブツブツ呟きながら滴り落ちる血を眺め続ける。今までの彼から想像も出来ないような静かな、暗い雰囲気。

 式神たちはマッドドックのそんな雰囲気に合わせたのか、おれが奴に向かって発砲した時から動かない。それはまるで電池の切れた自動人形のように、生気というものがまるでない。

 俯きなにかを呟き続けるマッドドックと俺との間、五メートルの距離に残った九体の式神がいる。

「……だ。もうやめだ。式神たちに任せ、弱ったところを俺が仕留めるなんてもうやめだ」

 耳を澄ませばマッドドックの呟きがかすかに耳に入る。

 瞬間マッドドックが顔を上げる。

「殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」

 怒り怒り怒り。マッドドックは額に青筋を幾つも浮かべ、そのせいか瞼が軽く痙攣している。口元を大きく歪め歯肉を剥き出しにし、足に力を込め血が出んばかりにその手を強く握りしめ、全身でその怒りを表現する。

「もういい。そこの役立たず共と一緒に燃え尽きろテメェ!」

 握りしめられた両手が開かれる。轟という音でその両手に今まで一番大きい一メートル大の火球が現れる。

「死ねよテメェらあああぁぁぁぁぁ」

  絶叫。そして火球はマッドドックの前にいる全ての式神を巻き込みながら爆進する。

 おれは目の前にいる木偶の坊と化した式神を蹴り飛ばし、その反動で後ろに跳ぶ。これで少しだけ火球との距離が取れた。けれども迫りくる巨大な火球をかわすことが出来るほどの距離ではない。

 人間など僅か数秒で消し炭に出来るような恐るべき高温。幾体もの式神を護符に戻しながらも衰えることなき二つの火球。おれを逃がさぬよう斜めから挟み込むようにして突き進む。

 後ろに逃げる。

 否。もう一度飛び退いたとして、直径一メートルを超える二つの火球の炎から逃げられるほどの距離は稼げない。

 左右どちらかに避ける。

 否。二つの火球がクロスを描くように進む以上どちらに逃げようとも炎の餌食になる。

 その場に止まることは勿論死。前には先ほど吹き飛ばした式神がおり道は塞がれている。けれどもこれはまだ絶体絶命という状況じゃない。

 ギリリと足に力を込める。唯一の突破口へと突き進むため身体全体に意識という網を張り巡らせる。

 空間把握能力を限界まで使い、体感時間を引き延ばす。それによって生じる走馬灯のように周囲の光景が遅く見えるような現象。これからの行動はタイミングが重要になってくる。目的の一瞬のため、思考を高速化させる。

 轟―――――

今俺の前、最後の式神が、その二つの炎に包まれた。現実では恐るべきスピードで迫りくる火球、そして燃え尽きる式神。けれども認識の上では火球はゆっくりと進み、ゆらりと燃え尽きようとしている式神。

 今だ!

 一瞬のタイミングを逃さぬようおれは火球に向かって走り出す。そして人間を容易く燃やし尽くすことの出来る炎が、己が身に触れる僅か手前、その一瞬で地面に向かってスライディング。顔面の上僅か三十センチの所を通り過ぎていく火球。
 それと同時におれのセンサーが先ほど通り過ぎた火球に燃やされた最後の式神が元の護符に戻ったことを正確に伝えた。

 そのまま勢いに乗ったスライディングで、護符が舞う空間を高速で滑り抜ける。
もしここにいたのが式神ではなく本物の人間による戦闘員だったらこの《道》は生まれなかった。
 いかにこの火球が高温でも、人間一人を燃やし尽くすのには数秒はかかる。その状態でスライディングで火球を避けようものなら、火達磨になった人間と正面衝突することになり、火傷は免れない。火傷の痛みに蹲っているところをマッドドックに狩られておれの命は終わる。

 一六〇センチ以上の人間が、十五センチの護符になるという式神の特性。そこにのみこの状況を打破する《道》が存在したのだ。


 勢いに乗ったおれの身体はマッドドックの火球が蹂躙し、障害物のなくなった空間を滑り抜け、奴の懐に潜り込む。

 二つの火球を繰り出す時に掲げた奴の両手、その内左手の肘から先を跳ね上がりざま右手のナイフで切り落とす。

「あああああぁぁぁぁぁァァァァァァァァ」

 痛みのせいか涙をため絶叫を上げるマッドドック。左手から大量の血を流しつつたたらを踏む。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、狂犬というより負け犬と言った方がいいくらいの醜さ。

「眠れ。負け犬」

 いかに醜く涙を流そうとも逃がすという選択肢はなく、おれの必殺の回し蹴りを奴の鳩尾に叩きこむ。ドンという音で壁に叩きつけられその場で意識を失うマッドドック。

 おれの、勝ちだ。


         *


 タクトとマッドドックの壮絶な戦い。マッドドックがブチ切れておっきな火球をタクトに向かって投げた時は、絶対絶命かと思ったけれどもなんとかタクトが勝った。

 マッドドックを倒し、気持ちを入れ替えるように大きく息を吐き出しているタクトを見てあたしは彼が死ななかったことに安堵の息を漏らす。

 けれども……。

 緊張のしすぎか震えてのろのろとしか動かない手でポケットからケータイを取り出す。勿論救急車と消防車を呼ぶためだ。

 消防車を呼ぶ理由は簡単だ。マッドドックが最後に放った火球をタクトがかわしたため、そのまま店の壁にぶつかり火が燃え移ったからだ。けど救急車の方は……。

 壁にもたれかかり、左手からドクドクと大量の血を流し続けるマッドドック。おそらくナンパを口実にあたしを捕まえようとしたサイテーヤロウ。それにタクトとの会話から何人もの人間をその超能力で燃やしてきたに違いない。けど、けれどもそれがマッドドックが死んでいい理由にはならない。

 震える手でボタンを押そうとした瞬間、

「なにをしている」

 いつものまにか近くにいたタクトが話しかけてきた。

「なな何って消防と救急車を呼ぶのよ」

 あたしのその言葉を聞いて、タクトはハァと溜息を吐く。

 ななななな何よ、その反応は? あたしの行動のドコがおかしいっていうのよ!

 あたしが怒りの叫びを上げるより先に、タクトが口を開いた。

「すまない。君の感性が普通であることを確認してつい、な。それよりも救急車も消防もいらない」

「なんでよ? まさかあんた?」

 このままマッドドックが死んでもいいと思っているわけ?

 あたしはタクトが彼の腕を斬り飛ばした時のことを思い出しながら睨みつける。

 タクトはお決まりになった仏頂面で首を横に振る。

「違う。マッドドックは雇われたただの殺し屋だ。おそらくもう少しでその雇い主がさっきよりも数倍の人数の式神を連れてここにやって来るだろう。後片付けはそいつらに任せればいい」

 た、確かに言われてみればそうだ。あたしが今ここで救急車と消防を呼ばなくても、相手に全てを任せた方がいい。

「わかったなら行くぞ。ここは危ない」

 そう言ってタクトはあたしの手を掴み店の外に向かって走りだす。


 喫茶店のドアを勢いよく開ける。視界に飛び込んだのはさっきまでの非日常とは打って変わって平和な大通りと、そこを歩く色んな人たち。顔にむわりと夏の熱気が纏わりつく。そしてすぐ後ろから甲高い金属同士がぶつかり合う音と、ドスンとなにかが落ちる音が聞こえる。

 なんで? タクトに引っ張られながらこの疑問を解消するため後ろを振り向く。

「えっ………」

 そこにはあたし達がさっきまでいた喫茶店《forest》はそこにはなく、工事現場のビニールシートで囲まれてあった。

「………なんで?」

「驚いたか? これは魔術。防音と人払いの意味を込めたある種の結界だな。大通りを歩く人間はこの幻に騙されて、喫茶店がそこにあると気がつかないだろう。君がよくここを利用すると知っての大胆な罠だ」

 そ、そういえばあれだけ喫茶店でドンパチやっていたんだ。外にいる人間が警察やら色々通報してもおかしくない。けれども大通りを歩く人々はまるであたしたちが見えていないかのように無視してた。それがこういった仕掛けのせいだなんて……。

「もう一度言う。君を攫おうとする人間はこういった超常の力を使う。決して油断するな」

 あたしはタクトの言葉に頷く。さっき喫茶店言われた時にはさほど思わなかったけれども、今は怖い。

 あたしは常識外の出来事に対する恐怖心を覚えながら、タクトに連れられ夏の大通りを走る。




 あとがき

 戦闘シーン楽しい(笑) それにしても、やっぱり女の子が主人公ってココだとウケないのかな?



[25905] 2-3
Name: 或る物書き◆60293ed9 ID:6db42fff
Date: 2011/02/13 17:45
        3


 大通りに一台の高級車が止まる。黒塗りのベンツの後部座席から出てきたのは若い女だった。

 肌は白くきめ細やか。少々肉厚の蟲惑的な唇には薄いルージュの口紅が塗られている。肩まで伸びた長い黒髪は手入れを怠ったことがないかのように光沢を持っている。ほっそりとした肢体を包むのはパリッとしたスーツで、彼女の有能さが一目でわかるような格好だった。

 幾人もの男性の視線を集めながらその美貌の女性、秘書の柿崎は、まるでそれらの視線に気づいてないかのように歩く。きびきびとした無駄のない動作で、解体作業中の工事現場のビニールシートの前に立つ。
 しばしの逡巡の後、彼女はそのビニールシートを捲った。
不意に世界が変わる。先ほどまでの大通りから見た解体現場などそこにはなく、《forest》と書かれた看板。一件の喫茶店がそこにあった。

 柿崎はそれを確認すると、その無駄のない足取りでドアを開ける。凛となった鈴の音は、店内の光景から考えると酷くシュールなものだった。
普段は規則正しく並べてあっただろう机と椅子は、バラバラに倒れていたり、所々壊れて焦げ目や火が付いている。

 そして壁に寄りかかって気絶している若い男。その左手は肘から先がなく、血が止めどなく流れていた。

 彼女はしゃがみこみ男、マッドドックのものと思われる左手を掴み、眉を顰(しか)める。

「おそらくナイフで切断されたんでしょう。切断面が荒い。これではくっつきませんね」

 ふぅと息を吐き出し、柿崎は気絶しているマッドドックの元に行く。そしておもむろに呟いた。

「私は汝を癒す」

 呟きは詠唱となり、魔術が発動する。

 ポウ…と青い光がマッドドックの傷口に集まり、その出血を止める。

「柿崎さん!」

 後ろから数人のエージェントがやってくる。

「どうしたんですか? 近藤」

 近藤と呼ばれたエージェントは、興味深そうに周囲を見回しながら柿崎に話しかける。

「どうやら僕たちがやってくるより先に、ターゲットは逃げてしまったみたいですね。今行方を追っています。…それにしても随分と暴れたなぁ」

 そう言って呆れたように店内を見る近藤。その視線はマッドドックの対角線の壁に向けられていた。

 轟々と燃え盛る炎。マッドドックが最後に放った火球が燃え移り、店を燃やし尽くさんとする業火に変貌していた。

 柿崎は大きく一度ハァと溜息をつきながら、呆れたような口調で口を開く。

「まったく。派手にやったものです。……近藤。マッドドックを連れてって。応急処置は施してあるから死ぬ事はないでしょう。適切な治療をお願いします。私は、ここの後片付けをします」

「わかりました。おい、わかったならさっさとマッドドックを運べ」

 柿崎と話していた時の、人の良さそうな面構えから、一瞬で目つきの鋭くキレ者の顔に変貌した近藤が、背後のいかついエージェントに命令を下す。

 ハッと返事をしたエージェントたちがマッドドックの身体を丁寧に運んでく。そして店内にいるのは柿崎と近藤のみとなった。

「さて。それじゃあ片づけますか」

 そう言って柿崎は視線を燃え盛る業火へと向ける。

 近くにカウンターがないお陰でガスに引火こそしていないが、充分店一軒燃やし尽くすことのできる火力。

「水よ。その荒れ狂う力を持って全てを洗い流せ」

 詠唱。そして魔術が発動した。

 柿崎の目の前に、一体どこにそれだけの量があったのかと疑問に思うような巨大な質量の水が現れる。そしてその水はその巨大な質量で、業火を消し潰した。

「おー。御見事ですね。柿崎さん」

 大量の水が蒸発したことにより、煙のような水蒸気が店内を満たす中、近藤は柿崎に拍手を送る。

 けれども柿崎はそんなこと関係ないかのように近藤に話しかける。

「そんなことよりも、ここの後始末をきちんとお願いします」

「あーハイハイ。建設業者には事前に解体作業を依頼しときましたからね。大丈夫ですよ。きちんと処理されます」

 近藤のその言葉を聞いて、満足したように頷く柿崎。

「そうですか。それでは私たちもターゲットを捕まえに行きましょうか」

「そうですねー」

 そう言ってにへらと笑う近藤。

 そして柿崎と近藤の二人は喫茶店《forest》を後にする。


 タクトと美鈴がここを離れてから、僅か数分後の出来事だった。



 あとがき


 ルージュという言葉は口紅という意味もありますが、フランス語で赤という意味なので本文にある表現にしました。 おかしい、変えた方がいいという方は感想版で連絡を。

 どうでもいい呟き

 少し前に書いた自分がチラシの裏で書いた短編、自分が人質になったバスジャックの話ですが、現実に似たような事件が起きてたらしくて少しびっくり。



[25905] 2-4
Name: 或る物書き◆60293ed9 ID:6db42fff
Date: 2011/02/14 22:53
 4


 あのマッドドックとの戦いの後、あたしとタクトはすぐにエージェント達に尾行され始めた。といってもあたしはその尾行に気が付いたわけじゃない。あくまでタクトが気がつき、あたしに教えてくれたのだ。

 なんでもタクトの超能力、空間把握は精度を下げてセンサーのようなことが出来るみたい。周囲の人間の動き全てを把握しようとすると、その精度をあげなきゃいけないから半径四メートルが限界だけど、ただ近くに自分に敵意を持つ人間がいるかどうかという曖昧なところまで把握精度を下げてあげると、それが百メートルを超えるらしい。

 けどあくまでそのセンサーにかかるのは意志を持つ人間だけ。式神みたいな意志のない操り人形だとセンサーに引っかからない。

「それがあの喫茶店で敵の罠にかかった原因だ。すまない」

 そう言って頭を下げるタクトにハァと溜息が洩れる。

「別にいいわ。世界に完璧な人間だなんていないんだから、そういったミスくらいするわよ。それよりも、タクトがいなかったらあたしはとっくに捕まっていたわ。守ってくれてありがとう」

 そう言ってあたしは頭を下げる。正直あたしじゃ、エージェントや式神なんて倒せない。勿論マッドドックなんてもっての外だ。あの路地裏でタクトが現れてくれなかったら、あいつらに捕まって何されたかわからない。それに《forest》での罠だって、あれを事前に気付けという方が難しい。タクトはあの場面で最大限出来ることをやって、命がけであたしを守ってくれた。それを責めることなんて、あたしには出来ない。

 顔を上げると、タクトはいつもの仏頂面じゃなくどこかきょとんとしていた。

「何故? おれはただ仕事をしているだけなのだが…」

 その言葉を聞いた瞬間、いっきに頭に血が昇る。

「いい、タクト。例え仕事だとしても自分を命がけで守ってくれたら、お礼くらい言うわ。それくらい人間として当たり前よ。それに人の感謝くらいきちんと受け取りなさい!」

「あ、ああ」

 あたしが怒鳴ると、タクトは若干怯えたように一歩後ずさる。

 ふん! この仕事バカ。仕事以外のことなんて、頭にないのかしら。

 あたしはムカムカしながら歩く。そんなあたしの様子を見て、いつもと変わらない仏頂面で首を傾げるタクト。
 

 それからあたし達は幾体もの式神に襲われながらも、なんとか無事夜を迎えることが出来た。


         *


 ふうと今日一日の疲れを吐き出すように大きく深呼吸。お風呂上がりで火照った身体が、エアコンの冷気に当たってクールダウンされていく。チラリと壁に掛けられた時計を見ると、丁度十時を回ったところだ。

「お風呂空いたわよ、タクト」

 椅子に座りながら腕を組んで、まるで眠っているように眼を瞑っているタクトに話しかける。タクトはゆっくりと目を開け、あたしの方に振り向く。

「ああ、わかった。後で入る」

 いつもと変わらない落ち着いたタクトの口調。あたしはあくびを噛みしめながら、ベッドに座る。
 
 あたしたちは今、国道沿いのビジネスホテルに泊まっている。尾行されている以上、ウチに帰ってお父さんとお母さんを危険な目にあわせたくなかった。

 ここなら立地条件がいいせいか少なくない人数の宿泊客がいるし、国道沿いというだけあって車通りは激しいから、あたしを襲おうとしている連中も手を出しにくい。流石にここにずっと引きこもることは出来ないけれども、少なくとも今夜一晩くらいなら安全だとタクトからお墨付きをもらった場所だ。


 シャワーを浴びて身体が暖まっているせいなのか、ドッと眠気が押し寄せてくる。普段は眠たくなるはずのない時間だけれども、今日一日の逃避行がよっぽど疲れたのかあくびが止まらない。それに多分知らず知らずのうちに緊張していたんだろう。精神的な疲れも関係してるに違いない。

「ホント一体いつまでこの逃避行をしなきゃならないの」

 ボソリと本音が出てしまう。

 あたしはとにかく不安なのだ。この逃避行、あたしの味方はタクトただ一人だけ。正直タクトは強い。ここに来るまでに何体もの式神があたし達を襲ったけれども、一人で全て返り討ちにしてしまった。おそらく式神レベルだったら何体襲ってきても、タクトなら大丈夫だろう。

 けれども……。

 あたしは《forest》であたしたちを襲ってきたマッドドックを思い出す。

 タクトが言っていた通り、どうやら世界には超能力者や魔法使いがいる。マッドドックはなんとか撃退できたけれども、他の超能力者だとどうなるかわからない。
 もちろんタクトがそういった人間に負けて、あたしが捕まえられるのも怖いけれど、戦いの結果タクトが死ぬのも怖い。

 あたしがこの後の展開について考えていると、タクトが口を開く。

「すまない美鈴。眠いだろうが話を聞いてくれ」

「……なに?」

「いや、マッドドックとの戦いの時に、失われた記憶の一部が戻ってきた。それで君を狙う者の正体がわかった」

 その言葉にあたしの眠気は一気に吹き飛ぶ。けれどもなんでこのタイミングで言うんだろう。マッドドックとの戦いが終わってから八時間以上経っている。もう少しはやく話してくれてもよかったんじゃないの。

「すまない。話す内容が君のような一般人が知らない〝裏〟のことだ。それらを説明するのに落ち着いた時間が必要なのだが、今の今までそれがなかったからこんなタイミングになってしまった」

「あー……。確かにそうね」

 今までずっと敵のエージェントに尾行されてて、落ち着いて会話に集中することなんて出来なかった。ようやっと落ち着いたのはここ一時間くらい前からだ。

「これが君を狙う人物だ」

 そういってタクトは一枚の写真をあたしに手渡す。

 明らかに遠くから隠し撮りされた物であるとわかるような構図。その写真にはリムジンに乗ろうとしている一人の老人が映し出されていた。

「この人が……」

 遠くからでイマイチはっきりと顔が見えないけれども、幾つもの深い皺が刻まれているのがわかる。腰が曲がっていて杖をついている姿は老人そのものだけれども、特徴的なのはその眼だった。

 飢えたハイエナが食べ物を探して、荒野を這いずりまわっているかのように、爛々と光るその両眼。

 ただの写真だっていうのにあたしは思わずゴクリと生唾を飲む。

「名前は九曜玄黄。現在日本最強の陰陽師で、統魔転覆を謀る日本オカルト界最悪の犯罪者だ」

「……統魔ってなに?」

 なんとなくこの写真の人物凄いっていうのはわかったけれども、統魔転覆と言われても統魔自体を知らないんだからイマイチ実感がわかない。

「統魔というのはこの国唯一の公式オカルト組織だ。ここを乗っ取るということは即ち、日本全ての担い手や超能力者の頂点に君臨したと思えばいい」

 担い手というのは、魔法使いたちのことを呼ぶ時にそういうのだと、ここへ来る前にタクトが教えてくれた。その担い手や、超能力者たちを束ねる組織を乗っ取ろうとするなんて、この九曜という人はトンデモナイ人間なんじゃ……。

「な、なんでそんなビックな人間があたしを狙うのよ」

「そこまではわからない。ただ一つ言えるのは君を使ってなにか大掛りなことをするはずだ。丁度十日前、九曜はN県O市の地脈から莫大な魔力を吸収したという情報を統魔から得た。おそらくその莫大な魔力と君を使ってとんでもないことをしようとしているのだろうが、今はそれが何なのか判断できない」

 タクトの説明を聞いてあたしを狙う九曜玄黄という人間のヤバさが少しだけわかってくる。それと同時にさっきまでの不安が、より強いものになってくる。

「そういえば美鈴」

 視線を足元に向け、不安でうち震えるあたしにタクトの淡々とした言葉が降りかかる。

「さっき君が漏らしたいつまでこの逃避行を続ければいいのかという疑問に答えよう。長くもあと数日で終わる」

 タクトから言われた衝撃の言葉に思わず、さっきまでの不安が吹っ飛んでしまう。

「ど、どうしてよ?」

「それを説明するためには、まず守り屋という職業から話さないといけない」

 タクトの言った守り屋という言葉を、あたしはどこかで聞いた覚えがあった。別にずっと昔ってわけじゃない。多分ここ最近だと思うけど……。

 不意に閃いた。

「そういえばマッドドックが、あなたのことを守り屋顎のタクトって言ってたわよね?」

「ああ、そうだ。顎というのはおれたちのチーム名だ。ひとまずそのことは置いておこう。まず初めに言っておかなければならないことは、ボディーガードと守り屋は違うということだ」

「どういうこと? どっちも似たようなものじゃないの?」

「似ているが違う。ボディーガードは対象を危険から守り切るだけが仕事だ。それに対して守り屋は守り切るだけじゃない。危険を排除するのも仕事のうちに含まれる」

 そこでタクトは一旦言葉を区切る。

「つまり対象を守るだけではなく、対象を狙う敵を襲い、排除することで結果的に対象の安全を得るというのが守り屋の仕事だ」

「えっと、ようは襲ってくる親玉、あたしの場合は九曜を倒せば、結果的にあたしを襲う人間がいなくなって、晴れてあたしは安全な生活を取り戻せるようになるってこと?」

「そういうことだ」

 こくりとタクトは頷く。そしてそのままこう続けた。

「今おれの仲間が九曜のアジトを探している。見つかり次第そこに侵入し、九曜を倒す。おそらくそこまでの時間はかからないだろう」

「つまりタクトの仲間が九曜を倒すまであたしはエージェントたちに捕まらなければいいわけね」

「そうだ」

 はっきりとしたこの逃避行の終わりが見えて、少しだけ気持ちが軽くなった。それと同時に余裕の生まれたあたしの心に、ある考えが浮かぶ。

「ねぇタクト。あしたの予定ってどうなってるの?」

 あたしのその言葉にその仏頂面が微妙に変化する。

「いや、特にないが。どこか行きたいところでもあるのか?」

「うん。ちょっとね」

「そこは人が多い所なのか? そうであれば問題はない」

「そのあたりは大丈夫よ」

「だったらいい」

 うん、あそこなら確かに人が多いし、襲いにくい場所だろう。ふふふ、なんだか明日がちょっとだけ楽しみになってきた。

 あたしは心の中で笑いながら、ベッドに横になる。

「タクト、もうこれで話しは終わり?」

「ああ。もう終わった。ゆっくりと休むがいい」

「違うでしょ、タクト。そう言う時はおやすみよ?」

「ああ、そうだな。おやすみ、美鈴」

「おやすみ、タクト」

 いつもと変わらないタクトの淡々とした物言い。けれどもさっきの言葉にはなんとなく苦笑いのようなものが含まれているような気がして、ちょっとだけ笑ってしまう。


 そしてあたしは、明日のことを考えながらゆっくりと眠りについた。



 あとがき


 祝!! PV2000達成!! これで目標の一つは達成できました。皆様ありがとうございます! 感想の方は……、まだ、まだ大丈夫です! あと少しだけ期限は残ってます。最後まで諦めません!

 それでは皆様また明日会いましょう! これからもよろしくおねがいします



[25905] 3-1
Name: 或る物書き◆60293ed9 ID:6db42fff
Date: 2011/02/15 21:22
 1


 ガタリ、ゴトリと電車が揺れる。時刻は午前九時。通勤ラッシュからは微妙に外れているため、サラリーマンの数は少ない。他の乗客といえば部活にでも行くのか、スポーツウェアを着た中高生に、何組かの親子連れ。電車の中には怪しい人物はいない。

 だがしかし、おれのセンサーは一つの反応を捉えた。
 それは車両の一番左端、優先席に座る一人の老婆。年齢は八十歳といったところか。腰は曲がり動きも鈍い。けれどもそれは仮の姿だろう。

 一定の間隔で咳き込み、手で口を隠す。三分に一度、その皺だらけの手にはめられた腕時計を見た後、顔を上げキョロキョロと周囲を見回す。それがおれと美鈴が電車に乗っている十五分の間繰り返されてきた。

 あらかじめ決められた動きだけを繰り返すようなあまりに機械的な動き。間違いない。あの老婆は式神だ。

 正直今ここであの式神を消すことは容易い。けれどもおれはあえて泳がすことにした。

 何故か。周囲に少なくない人数の一般人がいるからだ。


 式神を消すには二つの方法しかない。式神を創り出した本人が自分の意思で還すか、もう一つが式神そのものを破壊するかの二択だ。

 おれが取れるのはただ一つ。式神を破壊することだけだ。

 そうなると裏を知っているおれとしては式神を還しただけなのだが、周囲の人間にはそうは映らない。老婆を殺す青年にしか見えない。

 いらぬ騒ぎは起こすべきではなく、そこまでして消す重要性もない。どうせこの式神の目的は分かっている。


 ふうと大きく息を吐き出し、ちらりと隣を見る。そこにはおれが依頼を受け、守ると決めた少女桐原美鈴が座っている。その顔は幼子がいたずらでも思いついたかのような楽しげな笑みを浮かべている。

 おれはもう一度大きく息を吐き出し、彼女から視線を外す。

 おれには美鈴がなにをそう楽しげにしているのかわからない。だが少なくとも不安げに周囲を見回したり、挙動不審な態度に出るよりマシだ。

 笑みを浮かべ楽しんでいるということは心に余裕があるということだ。余裕さえあれば、もしなにかあったとしてもパニックで動けないということはない。この美鈴という少女、中々強いようだ。

 それにしても……。

 揺れる電車の中、おれは溜息をつく。
 
 まったく美鈴はどこに向かおうとしているのか。


 今朝ビジネスホテルで朝食を食べている時におれは美鈴に、今日はどこへ行くのか尋ねた。けれども彼女は楽しげに秘密と答えるだけで決して教えはしなかった。確かに九曜が一級の陰陽師で式神を使う以上、どこに敵の耳があるかわからない。そんな状況で今日一日の予定をおれにも話さないということは、ある意味有効な手なのかもしれなおはい。

 少なくとも美鈴が今日どこへ行くのかわからない以上、あの喫茶店のような手の込んだ仕掛けは作れないはずだ。おれを倒し、美鈴を確実に捕らえるためにはそれなりの罠を仕掛けなければならない。そのためにはおれ達がどこへ行くのか正確に知る必要がある。

 そう、あの老婆の式神はおれ達がどこへ向かおうとしているのか監視するのが目的だ。
 
 それにしても………。

 おれは美鈴から視線を外して嘆息する。

 何故だろう。九曜とは別に、酷くイヤな予感がするんだが。


         *


「ここは……」

 いつもと変わらないタクトの口調。感情の乏しいそれだけど、ほんの少しだけ呆気に取られたような気持ちが入っているのに気が付いて、してやったりと思わずニヤけてしまう。

 そう、あたし達は今郊外の遊園地、その入口に来ていた。

「美鈴、本当にここでいいのか?」
「モチロン。………………まさか、ダメ?」

 ちょっと心配になってタクトに尋ねる。

 あたし的に色々考えてここにしたんだけれども、その手のプロであるタクトにしてみれば遊園地という場所は護衛するのに向いてない所なのかもしれない。

「いや。場所はどこだろうと構わない。どんな状況だろうと君を守ってみせる」

 なんてタクトは頼もしいセリフを言う。そしてそのままこう続けた。

「ただ少し予想外だっただけだ」

 確かに自分の身に危険が迫っているっていうのに、こうやって遊園地で遊ぶ人間なんて普通考えていない。けれどもそれはあたしを捕まえようとしている九曜側だって同じ事が言えるに違いない。それがあたしが遊園地を選んだ一つの理由。

「じゃあ今日はおもいっきりここで遊んでもいいよね?」

「ああ。君に降りかかる災厄はおれが全て払う。安心して遊ぶがいい」

 さーて、タクトからお墨付きも貰ったことだし思いっきり遊ぶとしましょうか。

 ルンと弾む足取りで入り口のゲートをくぐる。遊園地なんてホントに久しぶりで今から物凄く楽しみだ。


 超能力者や陰陽師に追われているのは確かに怖い。けれどもそのことでガクガクと部屋の隅で震えているのはシャクだったのだ。

 九曜側の人間に怯えた姿を晒すんじゃない。どうせだったら楽しんでいる姿を見せてやる。

 それが遊園地を選んだ一番じゃないけど大きな要因。



「キャアアアアァァァァァァ」

 叫ぶ。顔には痛いくらいの風が叩きつけられ、まるで重力がなくなったかのような浮遊感。凄まじい轟音と共に急降下したあたしの身体はすぐさま斜めに上昇する。そのままトルネードを描くようにあたしは回る。

 遊園地と言ったらこれしかない。ジェットコースター。絶叫マニアってほどじゃないけど、あたしはアトラクションの中でジェットコースターが一番好きだ。
風を切り裂く爽快感、大空を高速で、派手な動きで駆け抜けるこの乗り物は日常では絶対に味わえないスリルをあたしに与えてくれる。この感覚が堪らなくて、あたしが遊園地に行く時は必ずこのジェットコースターをまず初めに乗ることにしているのだ。


 グワンと遠心力で吹き飛ばされそうな大きなカーブを滑るように突き進む。
あたしの隣にはタクトがいる。彼はあたしを守るためだと言って一緒にジェットコースターに乗ってくれた。

 楽しんでくれてたら嬉しいな。

 そう思ったあたしはチラリと横を見る。そこにはいつもの仏頂面じゃなかった。けれども、笑顔なんて想像出来ないような表情でもない。ううん。ある意味笑顔よりももっと予想外。

 あのタクトが、肩の安全バーを思いっきり握りしめ、顔をヒクヒクと引き攣らせていたのだ。


 横からゼイゼイと荒い呼吸音が聞こえてくる。

 隣には膝に手をつき、いつもの仏頂面が崩れ冷汗をタラタラと垂らしているタクト。そんな彼らしくない姿を見て、あたしは笑わずにはいられなかった。
ジェットコースターが終わって、ようやく天地逆転も吹き飛ばされそうな遠心力と無縁な地面にあたし達が立ってから、そんなタクトの様子がおかしくてあたしはずっと笑い通しだった。

「あははははははははは」

 く、苦しい…。

 笑いすぎで軽く呼吸困難になっているし、腹筋が割れたかのようにお腹が痛い。こんなに笑ったのってホント何年振りだろう。

「べ、別にそこまで笑うことじゃないだろう」

 ぐったりとしながらいつものなんの感情も読めないような口調で呟くタクト。けれどもあたしは気が付いた。タクトの口調にほんのちょっとだけ拗ねてるような感情が含まれていることに。

 普段の冷静で大人なタクトらしくない口調で、ようやく下火になってきた笑いの炎を再燃させる。

 ちょっとたってタクトはようやくさっきのジェットコースターのダメージが抜けてきたみたい。いつまでも笑い続けているあたしをジト目で睨んでくる。

 そんなタクトからの視線を感じてようやく落ち着いてきた。

「だ、だってタクト、ジェットコースターに乗る前と後じゃ、全然違うんだもん」

 その言葉を聞いたタクトは、一瞬ハッとした表情になると、すぐさまプイっと顔を背ける。

 乗る前のタクトはやっぱりいつもの仏頂面でジェットコースターなんて下らないみたいにクールに構えていたのに、いざ乗ってみたらこれだもん。笑わずにはいられない。

「仕方ないだろう。ジェットコースターなんて初めて乗ったんだ。まさかあんな恐ろしいものだとは思わなかった」

「ってことはやっぱりタクトって遊園地初めて?」

「ああ。一応知識としてはどういったものがあるか知ってはいたがな」

 タクトのそのセリフを聞いてあたしは溜息を洩らす。

 どうせこの男のことだ。小さな頃から仕事仕事ばっかでロクに遊んだことないに違いない。今日は思いっきり連れ回そう。

「さて、タクト。そろそろ次のアトラクション行くわよ」

「わかった。どれに乗るんだ?」

「これよ、これ!」

 あたしは持ってるマップでもう少し先にある別の絶叫系を指さす。途端にタクトの顔が青くなった。

「……別のにしないか?」

「えー。いいじゃない別に。あたしが乗っている間タクトは別の所で待ってれば」

「そういうわけにもいかないだろ。頼むから別のにしてくれ」

「あたしはこれがいいの! タクトは乗らなきゃいい問題じゃない」

 気持ち強めの口調で強引に押し切る。そのままタクトの返事を待たずに新しい絶叫マシーンへと歩き出す。

 後ろからハァという溜息と少ししてあたしを追いかける足音が聞こえる。

「……勘弁してくれ」

 そんな呟きが聞こえましたとさ マル








[25905] 3-2
Name: 或る物書き◆60293ed9 ID:6db42fff
Date: 2011/02/16 23:35
   2

 一台の車が道行く結う金途中の人々の視線を集めていた。近頃流行りの痛車という奴でも停まっていたのだろうか。いや、車自体にそこまでの視線を集めるほどの要素はない。

 強いていうのであれば持ち主の財力を表わすかのような高級感漂う黒塗りベンツ。けれどもそれだけでは弱い。

 どうしてそれほどまでに人々の視線を集めているのか。

 なんてことはない。ただそのベンツが停車している場所が問題だったのだ。

 ワンコインでそれなりに豪勢な飯が食べることが出来るお手軽な牛丼屋。時間帯が時間帯ならば部活帰りの腹ぺこ中高生に、嫁に小遣いを減らされヒイヒイ言ってるサラリーマンたちに人気の――所謂庶民的なファーストフード店。

 そこに金持ちの代名詞たる黒塗りベンツ、しかも見るからに大物が乗ってそうな雰囲気のそれが庶民の、更に言えば安価なファーストフード店に停まっていたら、そのギャップに誰もがそこに視線を向ける。ある人は興味深げに、またある人は唖然としながら。

 なんとも珍妙な組み合わせだ。


「ありがとうございましたー」

 客商売をする人の定型句とも言える中身のない感謝の台詞。それとともに自動ドアが開く。中から出てきたのは一人の男性。

 年齢は二十代後半くらいだろうか。男はボサボサとした髪で、洒落たブランド物のスーツをラフに着込んでいる。顔の造形もそれなりに整ってはいるが、どこかダルそうな表情のためイマイチ締まらない。

 男は気だるげに欠伸をしながら、今尚人々の注目を集める黒塗りベンツへと歩いてく。そしておもむろに後部座席の扉を開けた。

 中にいたのは柿崎と近藤の二人のみ。運転席に近藤が座り、男が開けたのと反対方向の後部座席に柿崎が座っている。二人ともムスッとした表情を浮かべ、不機嫌な心持ちを隠そうとはしなかった。

 そんな二人の様子に、男は全てを誤魔化すような苦笑いを浮かべながら手を合わせる。

「いやー、悪い悪い……」

「悪いじゃありません! 一体なにをやっていたんですか〝ノイズ〟?」

 ノイズと呼ばれた男の謝罪の言葉をピシャリと言い伏せる柿崎。そんな彼女の反応に、ノイズは怯えるように身体を震わせながらも口を開く。

「……………ぎゅ、牛丼食べてた」

「それは見ればわかります! 私が言いたいのは昨日なんであなたと連絡が取れなかったかということです!」

 ビクンッ! と肩が跳ね上がり、明らかに動揺していることが丸分かりなノイズ。

 そんなノイズの姿に呆れたように溜息一つ、近藤は無言でエンジンを回す。そして車は走り出す。

 しばらくの間なにも喋らないノイズ。けれども柿崎の睨みに耐えられなくなったのかボソリと呟いた。
「……………パ、パチンコ行ってたんだよ」
 小さな声で呟かれたその言葉は、けれども柿崎にしっかりと届いていた。

 ピキリと彼女のこめかみに青筋が走る。同時にノイズの肩が再度跳ね上がった。

 そんな二人の様子を見て近藤は溜息を洩らす。

「それでノイズさん。仕事をサボってまで行ったパチンコで負けてきたと」

 何度かノイズと一緒にパチンコに行き、負けた次の日の朝食を安い牛丼で済ませるという彼なりのルールを知っていた近藤は、呆れながらこう続けた。

「で、いくら負けたんです?」

「さ、さんまんえん」

 弱々しい口調で答えるノイズ。ショックで微妙に幼児退行しているようだ。

 それに追い打ちをかけるように近藤がハンッ! と侮蔑の意を隠そうとしない笑いが飛ぶ。

「ボロボロじゃないっすか。ノイズさんは僕と同じスロット派だし、何やったんすか? ……まさかジャグラー?」

「ウッセ、ジャグラーだよ、悪いか?」

「正直僕としてはジャグラーみたいなクソつまらない台で三万も摩(す)るなんて考えられないっすねー。なんの演出もないし、連チャンしにくいだけじゃなくARTもないから大勝ちも出来ない。そろそろノイズさんもディスプレイタイプの面白さに目覚めた方がよくないっすか?」

「ハンッ! これだからガキは困るぜ。いいか、近藤。ディスプレイタイプの無駄な演出に飽き飽きした玄人がジャグラーに流れるんだよ! 無駄に期待させるような演出もない。ただ光れば当たるというシンプルさ。そこに玄人は惹かれちまうんだ」

 なんてパチスロについて熱く語り合うダメな大人(ノイズと近藤)たち。そんな二人に、残された一人がブチ切れた。

「近藤、そしてノイズ」

 花咲くような笑顔で二人の名前をよぶ柿崎。その笑顔は、男ならば振り向かざるを得ないほどの魅力的なもの。その背後に般若さえ背負っていなければ……。

 二人からさっきまでの熱が一気に冷やされ、消えうせるどころか氷点下(マイナス)にまで到達した。

「うい。すみません柿崎さん」

「スンマセン。チョーシ乗りすぎました!」

 冷汗をタラタラと流しながら視線を前に向け、運転に集中する近藤。土下座でもしそうな勢いで、恥も外聞もなく頭を下げるノイズ。そんな二人を見て柿崎は般若の背後霊(スタンド)を消した。それと同時に二人から安堵のため息が漏れる。

「全く、近藤もノイズもなんでパチンコなんてやるんですか。あんなものお金を捨てるだけだっていうのに」

 柿崎のその言葉に、ノイズはグイッと頭を上げ悔しそうに漏らす。

「一介のギャンブラーとしてお前さんのその言葉を思いっきり否定してー!」

 なんてわなわなと身体を震わすノイズ。けれどもすぐに力を抜き、ダラリとシートに身体を預ける

「まあいいや。負けちまったオレが言うセリフじゃねぇし、なにより今話すことじゃねぇ。…単刀直入に聞くぜ。昨日あの兄ちゃんを倒した時点でオレの仕事は終わったはずだろ? 女の子一人捕まえるくらいならお前らでも充分だ。なんで今更オレを呼ぶ必要がある?」

「ノイズ、確かにあなたは昨日顎のタクトを倒しました。けれども倒しただけで再起不能にはならなかったのです。ターゲットを捕まえようと迫った式神を還し、そのままターゲットと逃亡。わずかに記憶が混線しているようですが、戦闘に支障はなく式神では彼の相手になりません。だからノイズ。あなたが……」

「あーハイハイ。もう一度なんとかしろっていうんだろ? わかりましたよっと。完全にこっちの落ち度だ。あの兄ちゃんはオレがなんとかするさ」

「よろしくお願いします」

 一礼する柿崎を尻目にノイズは気だるげに窓を開ける。そして懐から煙草の箱を取り出し、火をつけた。

「はぁ。ノイズさん、何度も言いますが車の中で煙草はやめてくれません? 匂いが移るんで」

「ウッセ。だからこうやって窓を開けながら吸ってるだろ。匂いなんて残らねぇよ。テメェらに迷惑はかけねぇ」

 苦々しげに言った近藤の言葉。けれどもノイズは全く意に介すことなく平然と煙草の煙を吐く。

「近藤の言う通りですノイズ。それに煙草なんて吸ってると身体に悪いですよ?」

 純粋に彼の身体のことを心配する柿崎の言葉。けれどもノイズの心には届かない。

 ゆっくりと深呼吸をするように、煙を外に吐き出すノイズ。

「別にオレの身体だ。どうだっていいだろ」

 あくまで外の流れるような景色を眺めながら、ぶっきらぼうに答えた。

 そんなノイズの様子に近藤は溜息をついた。

「まったく。昔はパチンコも煙草もやらない、もっと真面目な人だったのに。三年前になにがあったんすか?」

 近藤のその言葉にノイズは忌々しげにチッと舌打ちを一つ。けれども視線は窓から話さず一言。

「うっせーよ」


 紫煙が空を舞う。





 あとがき

 今回十話での目標、以前言いましたがPVの方は見事達成することができましたが、感想は達成することができませんでした。残念です。。。 (けれども新しく一件感想を貰うことができました。YO様ありがとうございます)

 これから投稿に時間がかかるかもしれませんが、何卒escapeをよろしくお願いします。ここまで読んでいただきありがとうございました。




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