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天声人語

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2011年2月17日(木)付

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 将来、この冬を記憶の海からたぐり寄せるキーワードは「タイガーマスク運動」かもしれない。群馬県の児童相談所に最初のランドセルが届いて以来、タイガーの本名伊達(だて)直人は40年ぶりに時の名前となった▼さて、若い人は「だてマスク」だという。虎の覆面ならぬ、伊達眼鏡のマスク版だ。風邪や花粉症には関係なく、顔の下半を隠すための着用である。昔の無口な亭主にも似て、「めし、ふろ、ねる」の時間を除いてマスク姿の人もいるらしい▼個人をさらしたくない、自分の世界に浸りたいという内向きの心が背後にあると聞く。教室や職場でもというから、関係を断ちたい相手は世間というより「自分以外の全部」かもしれない▼たまにサングラスをすると、正体や表情を悟られぬ快感を知る。雑踏に紛れる感覚である。世の中、会いたい知人ばかりではないし、儀礼の会話や愛想笑いは面倒だ。そもそも見せびらかすほどの面でもない。一切を、小さな布が解決してくれる▼とはいえ、これから社会と切り結ぼうかという世代が、お手軽に閉じこもる傾向は危うくもある。受信発信はケータイに限り、イヤホンとマスクでちまたと絶縁する。個室ごと街に出たも同じで、生活力は身につくまい▼己を引き立てる伊達眼鏡と、消し去るだてマスク。はやり始めの冬は、匿名の先にある「匿顔」社会を予感させる。善意も悪意も見えない、目出し帽だらけの街なら、強盗には春である。杞憂(きゆう)と思いたいが、減る一方の若者がマスクの中に隠れては、時代の元気も消え失せよう。

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