余録

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余録:「化け椿」という言い伝えが各地に残っている…

 「化け椿(つばき)」という言い伝えが各地に残っている。古いツバキの木が美女に化けたり、へらへらと笑い声を出したり、その下に妖怪の一反木綿が出没したりするという。またツバキの根が光を放って、飛んだというわけの分からない話もある▲狐狸(こり)ならぬ木が化けるというのは、ツバキによほど強い霊力があると思われたのだろう。それと共に八百比丘尼(びくに)がツバキを広めたという伝説が各地にある。人魚の肉を食べ800年も生きた八百比丘尼が諸国をまわり、神木であるツバキによる占いをしたというのだ▲こちらも暖地に自生するツバキが、雪の多い東北地方の海岸にも分布していることと不思議につじつまがあっている。確かに南から来た人がもたらしたようで、これらの地方ではツバキが植わる椿山は神聖視されたという▲こんな話を思い出したのも、東京に積雪のあった先日、雪の中で真っ赤な花をつけたツバキを見て、何かこの世ならぬものを見たようにハッとしたからだ。昔の北国の人も、きっと雪の中に濃緑の葉を保って春の再来を約束するこの木に聖なるものを感じたのだろう▲人の発想は似たもので、欧州で東洋原産のツバキが人気となったのも冬に緑を保ち花を咲かせるところに心引かれたからという。江戸時代の日本で多彩に品種改良されたツバキを欧州に広めたのは比丘尼ではなくて、この「日本のバラ」に魅せられた西欧人であった▲ツバキの霊威が信じられた昔は、この木から魔よけのつえや槌(つち)が作られたという。なるほど一輪咲くごとに、日脚を伸ばし、寒風をやわらげ、他の木の芽もふくらませるその偉大な霊力である。

毎日新聞 2011年2月17日 東京朝刊

 

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