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[25979] 【完結】リリカル戦術機(現実→リリカルなのは→マヴラヴ)【外伝始めました】
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/16 21:27
チラ裏からの多分続かない一話だけの短編集からの移動作品。
例によって例の如く、物凄く面白い小説(【ネタ】タケルちゃんが「魔砲」を手に入れました。(マブラヴオルタ+リリなの))を発見して羨ましくなって、気がつけば二話ほど一気に書きつづっていたので出してみます。
外伝始まりました。正直どうなるかわからないので、がっかりしたくない人は裏の最終話でストップして下さい。





 ただ、一番になりたかった。中途半端に魔力の多いリンカ―コアがあったから、前世の知識があったおかげで、小さい頃から優秀な成績を残し、どこまでも伸びて行ったから、私の夢は周囲すら巻き込んで、どこまでも羽ばたいた。なんだって出来る気がした。
 けれど、私の成長は10歳で完全にストップした。
 なんて事は無い。何の取り柄も無い、かつて二十歳だった女が、5歳で10歳クラスの勉強を楽々クリア出来ても、博士がやるような問題は解けるようになるはずはない。ただそれだけ。
 もちろん、子供の内は吸収力があるし、努力すればその分成長もする。しかし、大人になれば誰でも出来る事と、頭のいい人間が努力してようやく届く場所にある物は、全く違う。私は、それがわからなかった。ただ、有頂天になって、褒められるのが嬉しくて、一番になれる甘みを十分に味わい、抜け出せなくなった時にその停滞は訪れた。
 後は、狂ったように勉強した。訓練した。
 それでも、どんどん追い抜かれて行く。周囲の失望。自身の焦り。
 追いつめられて、追いつめられて、私は狂い死んだ。

「……神様って、意地悪なのかしら。優しいのかしら」

次に目覚めた時、私はマヴラヴの世界に産まれていた。
佐々岡重工という、公式の年表にも残らない、弱小戦術機開発の会社の社長。それが私の親。
半端な魔力のリンカ―コアが与えられたのと同じように、半端な勉強の環境が整っていたわけだ。
私、佐々岡鈴は、それでも与えられた餌に齧り付いた。あの栄光が欲しいが為に、戦術機やOSについて勉強を始めた。
戦術機について学ぶのは初めてだけど、学問は三度目。
世界一の博士にだって、果てなき時間を生きれば、きっと届くはず。
 それに、原作知識でXM3という確実に役立つとわかっている概念だってある。
 あれは本来、香月博士の研究によるCPUがあってのものだが、そこは前世の技術も利用した。本当はデバイスが使えればいいのだが、あれはリンカ―コアの持ち主にしか扱えない。魔力を使った動力源も同様だ。デバイスだが、もちろん作った。設計作業用の補助デバイスを一つ、戦闘用デバイスを一つ。
 かくて私は、5歳で戦術機について勉強し始め、10歳で戦術機に乗り始め、15歳でOSを作り上げた。1995年の事である。
 父さんが頼みこんでようやく得た、力試しの機会。試験方法は、撃震との戦闘試験。
 戦うのは、私。
 私は強化装備を着こみ、緊張して父と私の合作、戦術機雛を見つめた。
 父は、後ろから私の肩を叩いて、微笑む。

「大丈夫だ。俺達は、これに全てを掛けて来たんだ」

「うん、父さん。でも私、一番じゃないと駄目なの。絶対に一番じゃないと駄目なの。私、それができないなら、生きている意味なんて……」

 カリカリと神経質に爪を噛む私。父さんは私の肩を抱き、安心させるように囁く。

「誰が何と言おうと、お前はお父さんの一番だ。さ、悔いのないよう行って来い」

「圧勝でなければ、全て同じよ……」

 私は雛に乗りこむ。真正面から激震を睨む。
 雛は小さめで力も無いけど、素早い機動と切れ味のいい短めの刀が売りだ。
 前世の知識を最大限思いだし、それとこの世界の科学を融合させた会心の作。
 機動性はXM3の効果や大幅に変えた操縦方法により、非常に制御しやすくなっている。
 ただし、初見殺しではあるが。
 
『帝国陸軍少尉、九條透。参る』

 対するは、少年兵。少尉は確か戦術機に乗る最小の位。舐められたものだ。
 まさか、15歳の私よりさらに若い少年と対戦させられるなんて。

『佐々岡重工、佐々岡鈴。一番以外はいらない。行くわ』

 私は刀を持って走る。対する山梨少尉は長刀で真っ向から向かってきた。
 剣術の腕前は向こうが上だろう。棒術は前世で習ったけど、剣術は今世が初。才能と訓練の度合いは恐らく向こうが上。問題は、切り合いに持っていけるかどうか。
 キャンセルのきくこの体なら、何合か切り合ってしまえばそこから活路を見いだせるはず。ただし、初撃で撃沈されればそれまでだ。
 刀を振り下ろされ、私は横に飛んだ。刀を振る。防がれる。
 忘れるな、トリッキーな動き、相手が一旦自動制御に移った時が私の勝機。
 もっと早く。もっとトリッキーに。
 小さい雛が以外に素早く進むように、予測不可能な動きで遊び回るかのように、山梨少尉を撹乱する。
 まともに切りあったらまず力負けする。でも大丈夫。攻撃にタイミングを合わせて飛べばいい。重要なのは隙を見せない事。
 ややあって、勝ったのは私だった。
 激震は体にいくつものペイント弾をつけて沈黙した。

「鈴、よくやった!」

 父さんは私を抱きしめてくれる。心地よい勝利の瞬間。褒められる時、空虚は埋まり私は満たされる。

「勝利したのは雛だったが、子犬が成犬にじゃれついているかのようだったな」

 試験管の少佐が、難しい顔で雛を見つめた。

「しかし、駆動性はかなり良かったですよ。大きな欠点を、それ以上の長所で埋めた形ですね」

「しかし、力がないのがな……。致命的なのは、操作方法の違いだな」

 私の顔が強張るのがわかる。私は一番でなくてはいけない。勝ったのは私のはず。
 爪を噛んでいると、九條少尉が歩み寄って来た。

「指から血が出ている。技術者にとって指は命だろう。先ほどの勝負は素晴らしいものだった。勝利、おめでとう」

「その通り。私は勝った。私の雛のどこが駄目なの」

 九條少尉は困ったように微笑んだ。

「私見だが。操作方法が違うと言うのがやはり大きいね。それに、これは第一世代を土台に作った物だ。第三世代と比べると、どうしても見劣りしてしまう所もある」

 ガリ、と爪を噛む。言われている事はわかる。
 けれど。だから負けていいって事は無い。
 九條少尉が私の手を取る。

「やめよ。救護室に向かうぞ」

「しかし、娘の作ったOSの即応性は他に類を見ない物です。他にも、操作方法は確かに変わっていますが、非常にシンプルになっており……」

 そう父が売りこむのを背後に聞きながら、私は救護室に連れていかれた。
 
「君の噂は聞いていた。学校にも行かず、引籠って5歳の時から研究をしていたそうだな。口癖は、一番にならないとだとか」

「それが何」

「私と同じだな。そう思って、今日の試験に志願した」

 にやりとして九條少尉が言う。
 私は思わず九條少尉の顔を見た。

「ようやく、私の顔を見たな」

 しばしの思考。

「問題ない。私が目指すのは一番の衛士ではない。OS作成で一番になれればいい」

 衛士への高い適性が私にあるとは思わなかった。私にあったのは環境だけだ。リンカ―コアだけが目に見える私の才能。

「ならば、私達は手を組める。そうだろう?」

 九條少尉が伸ばした手を、私は無意識に取っていた。

「九條様。娘は世間知らずなので、そこら辺にして頂けますか」

「これは失礼した。佐々岡社長、話は終わったのか」

「考えて頂ける事になりました。雛はとりあえず置いていきます。行くぞ、鈴」

 私は頷いて父さんに駆け寄った。
 結局、雛は正式採用されず、代わりに富嶽重工と協力して第四世代の戦術機を作る事となった。
 その後、私は絶望を知る事になる。



[25979] リリカル戦術機 1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/12 20:59
「すげぇな……本当に15歳の女の子の作ったものかよ」

「ああ、アイデアの宝庫だ……。雛はちょいと行き過ぎだがな」

「面白い機動をするな。シュミレーションデータがこんなに……」

 富嶽重工の人達が集まって私の雛の設計図を、眺めまわし、それに使われている技術を、アイデアを取り出していく。共同開発? 雛の解体の間違いでは?
 私は、爪を噛みながらその様を無力に眺めていた。
 その頭にぽんと手を乗せる者がいる。父だった。

「鈴。悔しいだろうが、これはチャンスなんだ。私達も、これを機会に向こうの知識を吸収するんだ。出来るな?」

 私は頷き、開発中の不知火のデータを見た。武御雷のデータを見る事は許されていない。
 私は、必死に絞り取れるだけの情報を絞り取ろうとした。
 そして、その間に、何十年も戦術機の開発をしてきた、本当に才ある人達は着実に雛を育て上げ、不知火を改修し、大鷹に仕立て上げていった。私は……不知火のデータを読む事に精一杯で……気がつけば、大鷹の大まかな形は決まっていた。
 たった一年で開発された、不知火を少し改造した程度の戦術機、大鷹。
 しかし、それは雛の長所を十二分に伸ばされていた。
 私のOSが一番? 笑わせる。大人達の作ったOSは私の物よりずっと優れていた。
 これ以上優れた物は作れないと思っていたそれは、あっという間に踏み台にされた。
大鷹の力強さは、非力な雛とは比べ物にならない。私は、またもや一番の地位から転落したのだ。
 目の前が真っ暗になり、私は部屋に閉じこもった。
 飲まず食わずで一週間。私は、気がつけば念話で誰かに助けを求めるように、独白していた。

『私は、一番になれない……一番に……なら……ずっと……幼い日を夢見て……このまま、眠り続けちゃえばいいのかな……』

「いいわけ、なかろう!」

 そう怒鳴る、聞きなれた声。ぶち破られるドア。そうして、嵐のように九條少尉は入って来た。

「ほら、爪を噛むなと言ったであろう! 呼ばれているような気がずっとしていたが、やはりそなたか!」

 九條少尉の怒った声を聞きながら、私の意識は闇に落ちて行った。
 次に目覚めたのは、病院だった。
 父がおろおろとしており、九條少尉が落ち着いた様子で本を読んでいた。

「……私の声が、聞こえたの?」

「起きたか。不思議な事もあるものだな。何故か、そなたの声がはっきり聞こえたのだ。私とそなたの間には、強い縁があるのかもしれん」

 私は九條少尉の手を掴んだ。設計図製作用の補助デバイスが検索する。
 魔力、SSS。私なんか足元にも及ばない。
 この世界にもリンカ―コアの持ち主がいた事に、それが私よりも上のクラスだった事に私は戦慄する。私はいつだって一番になれない。一番になれない。一番になれない。

「……私は憎い。私のOSはゴミだった。私はまた、一番になれなかった」

「ゴミなどというな」

「一番以外は全てゴミ。富嶽重工の人達が憎い。あの人達さえいなければ……」

 九條少尉は私の顔を抑え、自分に向けさせて言った。

「競争に負けたからと言って、そのような事を言うな。大鷹は不知火5機をたった1機で倒して見せた、画期的な機体だ。それに、雛に使われた技術の数々は、多くの国で使われる事となる。本格的な雛の後継機鳳凰の生産も決まった。喜ぶが良い」

「それがなに!? 私が一番になれなくて、そんな事になんの意味があるの!? 私以外の技術者が存在しなければいいのに! そうすれば、私は一番……」

 私以外の者がいなければ。この世界における魔法技術が、まさにそれじゃないか?
 その考えは、すとんと私の胸に収まった。誰かに教えれば、例えば九條少尉に教えれば、九條少尉はあっという間に私を飛び越して行くだろう。ランクの差は絶対である。SSSランクの九條少尉に、Aランクの私が勝つなど、ありえない。
 ……ならば、教えなければいいじゃない?

「私が一番……私が一番……私が……」

 九條少尉は、毛布をあげてため息をついた。

「疲れているのだ。もう寝るが良い」

「鈴、鈴、すまん鈴、そこまで追い詰められているなど、私は全然……」

 九條少尉の声とお父さんの声が遠くなる。
 けれど、誇示出来ない力に意味など無い。どうやれば、私は褒められる? 一番だって、称えられ続ける?
 どうすれば……。どうすれば……。どう……。

『私が目指すのは一番の衛士ではない。OS作成で一番になれればいい』

『ならば、私達は手を組める』

 私が一番を取り、力を示す事が出来るのは……。
 一番注目を集めるのは……一番の戦術機を作る事……。
 ならば、私は……。

 私はがばっと起き上ると、ぐっと隣で本を読んでいた九條少佐の手を掴んだ。

「ねぇ、私と手を組んでくれるって言ったわよね」

「目覚めたか、鈴。確かに言ったな」

「じゃあ、全面的に私に貴方の戦術機を任せてよ。ブラックボックスを作らせてよ。その代り、私は貴方を一番の衛士にしてあげる」

 その言葉に、さすがに父は私を制止しようとした。九條少尉は、私の顔をじっと見る。

「三つ、条件がある。それを飲むなら父に掛けあってもいい」

「飲むわ」

「どんな条件か聞かないのか?」

「一番になる為だったらどんな事でもするわよ」

 九條少尉はため息を吐いて言った。

「一つ。もう爪を噛んだり、自分の体を痛めつける真似はしない」

「一つ。絶対に私を一番の衛士にするという約束を違えない」

「一つ。お洒落ぐらいしてみろ。戦術機の亡霊って言われているぞ、お前」

 むっとしたけれど、私は頷いた。
 私はこの時、知りもしなかったのだ。ただSSSだと言うだけで選んだパートナーが、尊い方だった事も。自分の名が、思ったよりもずっと売れていた事も。
 何より、私は長い時を生きている癖にとんでも無く子供で、九條少尉は若くして私よりも大人だった。
 無知なまま、何も顧みないまま、私は突き進む。人類の事も何も考えず、ただ己の欲望を満たす事だけを考えて。



[25979] リリカル戦術機 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/12 21:00
 九條少尉は、五摂家の一人だった。邸宅にある戦術機の設備に、まず驚いた。
 そして、私は広い座敷に通された。上座に座るのは、そこにいるだけで気圧されるかのような大柄な男の人。九條家の当主。

「そなたが、戦術機の亡霊か。透に取りつき、何をなすつもりか」

 私は血が出るほどに親指の爪を噛む。

「父上、その話は後で……」

 それを遮るように、私は答えた。

「私と九條少尉は一番を取る。褒められる。私が唯一となる。九條少尉はその象徴。選ばれた者だけの、オーダーメイドの戦術機。私が一番。私が一番。私が、私が……」

「……比喩で無く取りつかれたようだが、大丈夫なのか、透」

「私は、オオタカの元となった雛を作りし鈴の、その情熱を、才を伸ばしたいのです。その為にこの命、掛けても構いませぬ」

 当主は目を瞑り、じっと考える様子を見せる。私が爪を噛む音だけが響く。

「まずは、その手の治療をせよ。そして戦術機の亡霊よ、そなたの望み、果せる物なら果して見せよ。オーダーメイドの戦術機などという途方も無い贅沢が認められるだけの戦術機……作れるものなら作って見せるが良い」

 私は頷き、黙って座敷を立ち去った。九條家当主は嫌いだ。話していると緊張するから。

「悪化してるな……。すみません、父上」

 後ろから、そんな声が聞こえた。
 九條家で私がやった事は、まず補助デバイスを使って頭の中に設計図を広げる事だった。
まず、動力源を追加する。機械技術と魔法技術の融合が最大のテーマ。
 戦術機を、一つの大きなデバイスに仕立て上げる。使用魔力が半端ではないが、気にする事は無い。使うのは超大容量のSSSクラス、九條少尉なのだから。
 誰よりも高性能に。切り札を添えて。魔力が切れた状態で使えるようにするのは必須事項だ。主は科学、従は魔法。これを間違えてはならない。最も、今回ばかりは魔法を主にする予定だが。
 次元の狭間に秘密基地も作る。唸るほどの雛の特許で得たお金を使い、父さんに研究所を作ってもらって、たっぷりと戦術機の材料を運びこみ、実験ミスを装い、丸ごと消失したように見せかけた。
 訓練場も欲しくて、広範囲を地面ごと消失させたため、思ったよりも大騒ぎとなったのがうっとおしかったが、何とかごまかした。
 1998年。全面的な改修をしたにしては驚異的なスピードで、九條少尉の家で武御雷・村正・空間転移特化モード、秘密基地で雛・猛りを作りだした。村正と雛を並べ、感慨深く見ていると、騒がしい声が近づいてくる。村正にはいずれ、より高性能な人格と姿を与えよう。
 それに、発信器も大量に作ってある。夏までには、十分にバイトの募集は間に合うだろう。

「九條様に取りつく亡霊め、私が駆除してくれる! 九條様は、光州作戦にこれに乗って行くと仰っておられるのだぞ! 以前の機体はまだOSを換装しただけだったから許せたが、今回ばかりは許せん! 九條様はモルモットではないのだぞ!」

「……既に、光州作戦用のセットアップはしてある」

「貴様! 聞いているのか! む、無言で爪を噛むな! 卑怯だぞ」

「やめろ、有銘。しかし、本当に遠慮なく大胆な改修をしたな。なんで二機あるのかは聞きたい所だが」

 有銘は九條少尉の護衛だ。中尉である。何故か誰もが私を気味悪い目で見て、恐れる中で、有銘だけが私に噛みついてくる。

「本当によろしいのですか、九條様。雛以上に従来の戦術機とかけ離れていますよ。私でもわからない装置が5割を超えています」

 作業をしていた技師が、手を拭きながら聞いてきた。

「これで、俺は一番の衛士になれるんだろう?」

「九條少尉が一番手柄を得る。それが望んだ事であろうとなかろうと。私も、雛と行く。実戦テスト」

「無理をするな、鈴。初陣に光州作戦は無茶だ」

 私は首を振った。

「平気。今年の夏は忙しくなる」

 それに、九條少尉は眉を潜めた。

「重慶ハイヴ、拡大。……九州、陥落。京都。一か月の籠城後陥落。佐渡島ハイヴ建設。米軍撤退。横浜ハイヴ建設」

 私は爪を噛む。血がぽたりと落ちた。

「誘拐。実験。最奥。発信器の配布。土地の買い占め。奪還。無傷のベータ。つかの間の猶予。その間にG元素を……」

 そして、私は爪を噛む作業に戻った。

「鈴。何を言っている?」

 九條少尉が私の手を引き、聞いた。

「……」

 私は九條少尉の手を振りほどき、部屋を出て行った。
 ハイヴを丸ごと研究室にするというのも、面白そうだ。最も、すぐにベータに侵略されるだろうが。ハイヴごと時空の狭間に移動させるという手もあるか。しかし、そんな大質量を移動させるなど、出来るだろうか?
 なんにせよ、原作通りに進めるつもりはない。武が来たら、透が一番になれないから。
 忙しい、ああ、忙しい。
 でも、私を皆が称えるようになるのは、きっとすぐだ。
 私は思わず、笑いだしていた。道行く人が、慌てて道を譲った。


 光州で、私達は首尾よく彩峰中将の舞台に配属されていた。無論、そうなるように駄々をこねたのは私である。
 有銘を筆頭とする武士に守られ、私達は進軍する。
 チャンスは早い時期に訪れた。大東亜連合軍が、避難、救助を優先すると言ったのである。史実では彩峰中将はそれに同調し、放り出された国連軍は陥落し、彩峰中将は銃殺刑となる。
 私は秘匿回線で、彩峰中将に連絡をした。

「彩峰中将。私は佐々岡鈴。今から一番になる女」

『……亡霊か。秘匿回線を使うなど……言っても無駄か』

「貴方の手柄は私が貰う。九條少尉の部隊にだけ、避難救助の命令を。後はいらない。大東亜連合軍も連れて行って」

『……何か作戦があるのか? 内容を……』

 私は通信を切り、九條少尉に念話で語りかけた。返事はないけど、構わない。

『九條少尉。私の言う通りに言って。セットアップ。目覚めよ、村正』

「セットアップ。目覚めよ、雛」

 村正が若干振動した。雛も同時に振動する。魔力動力源が作動したのだ。
 村正と雛の間でリンクを繋ぎ、私の魔力も提供する。
 秘匿回線が開き、九條少尉が焦った様子で繋いできた。

『何が起こっている、鈴。次々と避難民にロックオンが……』

 私は笑った。笑い続ける間に、村正を中心に魔法陣が大きく描かれる。
 動揺する部隊。私は更に甲高く笑う。

「何って、一番になるのよ。私が一番になるの。褒め称えられるのは私! 私だけ!」

 転移。転移。転移。避難民が消えて行く。

『鈴! これは何をやっているんだ!? 力が抜けて……!』

「村正はね! 九條少尉、貴方を食らって力を得るの。貴方の力で避難民を安全な場所まで移しているの。凄いでしょう?」

 そこに、彩峰中将から秘匿回線が開く。

『亡霊! 一体何をやっている!? 避難民が次々と消えて……!』

「あんたも消えなさいよ。大東亜連合軍を連れてね。避難民は大丈夫。早く行かないと、国連軍が陥落しちゃうわよ?」

『……その必要はない。BATAが次々と転身してこちらに向かっているとの事だ。作戦は既に変更された。ここが最前線となり、他はサポートに回る』

 私は目を見開く。ああ……そう。私が一番になるのを、邪魔するのね?

「5時間稼いで。避難民さえ逃げられれば、私達も逃げていいんでしょ?」

『亡霊め……! 確かに避難民は無事なのだろうな!?』

「でないと一番になれないでしょ」

 ああ、ああ、もうすぐ一番になれる。一番に。一番に。一番に。
 知らず、笑いが溢れだす。私の耳に、ベータのやってくる音が届き始めていた。





[25979] リリカル戦術機 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/12 21:00
ベータがこちらへ向かってくる。
 ……落ち着け。今日は転移魔法のお披露目だけでいい。
 しかし、出し惜しみしてベータに殺されては元も子もない。さじ加減を間違えては駄目。
気持ち悪いベータが段々と迫ってくる。

『亡霊よ、避難民の死が貴様の死だ! わかっているな?』

 そう彩峰中将が言い捨て、オープンチャンネルを開く。

『避難民達を守れ! 絶対に突破させるな! 避難民は心配するな、あれは極秘の緊急避難装置だ! 5時間で全ての避難民を避難させる。今はベータを迎撃しろ! ケルベロス01、民間機雛を守護!』

 彩峰将軍の檄が飛ぶ。何故私まで守護を?
 避難民を庇う形で、ベータと国連軍、大東亜軍は真っ向からぶつかった。
 横合いから、国連軍の本体がベータを攻撃する。
 初めて見るベータは、確かにグロテスクだった。
 しかし、私は前世で狂い死ぬ過程で、悪魔にすら魂を売った。グロテスクな裏の研究にも携わっていたのだ。
 多少の免疫は、持っていた。
ここで銃を出しては前の戦術機に当たるので、実質的に私の出来る事はない。なので、私は転送の補助に集中した。
 ベータの狙いは明らかだった。雛と村正。
 魔力に反応したのか、魔力動力源に反応したのか、それに伴い改造した機械の動力源に反応したのかは、いずれ調べねばならないだろう。

『鈴。避難民の救助については信じる。いきなりの独断行動についての説教は後だ。避難民の救助のスピードはどうやったらあげられる? 5時間も持たんぞ』

 オープンチャンネルによる会話。九條少尉の言葉に、私は頷いた。

「村正に命じて。命令し、受け入れ、祈り、信じ、念じて。後は村正が導いてくれる。そのように作った」

『村正。避難民の全てを避難させよ。全てだ』

『了解した。術式の完成まで30分。カウント開始』

『……っ 負担が大きい……! 気を失いそうだ……!』

「気を失ったら全ての術式が失敗する」

『鈴……! 後で説教だからな』

村正を囲む魔法陣が眩く輝く。探知魔法と転移魔法の入り混じったそれは、町の全てを覆って行く。村正の求めに応じて、雛の動力も唸りをあげた。……一気に全ての避難民を避難させるつもり? 村正も無茶をする。
 これでは、魔力と科学、雛と村正の計4つの動力源をフルに使って持つかどうか。
 まあいいわ。為した事が大きいほど、私の名声は高まる。
 私も魔力を放ち、デバイス雛を本格的に作動させ、村正の補助をした。
 探知した避難民の位置情報が頭の中に流れ込む。
 それは九條少尉も同じだろう。
 少しベータに圧されてきた頃。転移呪文が完成した。
 大規模転移。
 それを成し遂げた直後、九條少尉は気を失った。
 村正の魔力炉が停止すると同時に、雛の魔力炉も停止させ、私は村正を背負う。
 雛の戦闘テストもしたかったけど、魔力切れだ。今回はこれで満足しよう。
 私はオープンチャンネルを開いた。

「彩峰中将。避難は完了した。撤退を推奨する。これは撤退戦なのでしょう?」

『ケルベロス01は無事なのだろうな。先に避難していろ。この作戦は元々本隊の撤退援護が目的だ。本来の任務は始まったばかりだ』

 そこら辺の軍略については私にわかるはずもない。

「私は……下がる。一番は取った。避難民を救った九條少尉が一番手柄。一番の戦術機を作ったのは私。一番、一番、一番……」

『もしも、本当に避難民が避難出来ていたら、確かにお前は一番だ……。しかし、勝手な行動でも間違いなく一番だ、亡霊よ。皆、後顧の憂いは無い。本隊を確実に避難させるのだ!』

 私は村正を背負い、船へと向かった。
 こうして、撤退戦はつつがなく終了し、私は有銘に殴られ、村正と雛を接収され、彩峰中将に呼ばれた。九條少尉に、食らうとはどういう意味だと聞かれ、最悪は死、でなくとも歩く事すら出来なくなるからと告げ、疲れているだろうからと休養を進言し、それは聞きいられた。何故か九條少尉は非常にショックを受けていた。また有銘に殴られた。
 褒め称えられるはずなのに、何故殴られる? 意味がわからない。
 私はうつむいて爪を噛み、何故こうなったのか考えていた。
 小さな小部屋に、彩峰中将と士官が一人。まるで尋問のようだ。
 いらつく。

「避難民の無事は確認された。しかしだな……血が出ているぞ、亡霊よ」

「何故私が褒め称えられない」

「避難民の保護をしたのは褒め称えられるべき事だ。しかしだな、方法が良くない」

「何故。貴方は本隊を犠牲にしてでも、避難民を助けるつもりだった。私は本隊を犠牲にせずに避難民を助けた。私は少なくとも貴方より褒め称えられるはず」

「!!」

 彩峰中将は一瞬停止し、ため息をついた。

「……認めよう。しかしだ、事前に村正の機能を知っていれば、混乱を招き入れる事は無かった。もっと効率的な作戦も立てられた」

「不服。中将が本来の任務を投げ出すよりも、遥かに混乱は少なかった」

「……それも、認めよう。しかし、それは、私がやろうとしていた事は罪なのだ。例えどんな理由があろうと、罪は償わなければならん。もし私が行動を起こしていたら、必ず罰せられたはずだ」

「貴方は私を一番だと認めないの?」

 爪を噛む。爪を噛む。爪を噛む。

「……君は、一番だ」

「ならいいわ」

 彩峰中将は、深く深くため息をつく。

「それで、あれは一体何なんだね? 大きな魔法陣のようなものがみえたが……」

「村正は主を食らって奇跡をなす。今回の撤退戦の為に転移をセット。暴食、悪魔は武士に相応しくない。ゆえに、呪いの刀の名をつけた」

 そこで、彩峰中将は顔を顰めた。

「主を食らう、とはどういう事だね?」

 私は爪を噛んだ。詳しく説明するのは面倒であり、話し過ぎれば解析され、一番を取られる警戒心もあった。

「高出力。大きすぎる負荷。多すぎる消費エネルギー。その全てが主を壊す。それゆえ、食らうと表現した。最悪は死。あるいは歩行能力の完全な喪失。対策。適切な使用頻度と出力の順守。今回のような限界までの能力行使は論外」

「九條君は、もう歩けないのか?」

「少し疲労した程度。数日眠れば完全に治癒。検査予定は明日」

 九條少尉が壊れたら、私は一番だと言う事を示せなくなる。万一にも壊さない様に気をつけなくてはならない。

「そうか……! そうか! それは良かった。なら、数日後に村正を動かす事は可能かね?」

「不可。村正は検査後大規模改修予定。転移システムの除去。あれは今回の為だけのシステム。次の任務までには改修を間に合わせる。即時返却の要求」

「悪いが、それは出来ん。次の質問だが……」

「何故。戦術機の改修が間に合わなければ、一番を示せない。私が一番。私が一番。私が一番……」

 必要な事は全て喋った。何故こうもしつこく質問され続けるのかわからない。私の技術は誰にも渡さない。私が一番と呟きながら、頭の中で次の兵装を検討していると、部屋に返された。部屋には、何故か鉄格子が嵌っていた。



[25979] リリカル戦術機 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/12 21:01

 翌日、九條少尉が救急箱を持って部屋へとやって来た。有銘が付き添っている。

「脅かすな。もう歩けないかと思ったぞ」

 そういって、九條少尉が私を小突く。

「貴方には一番の衛士であり続けてもらわなくてはならない。壊すほどの無理はさせない」

 九條少尉が私の傷の手当てをしようとして、有銘が救急箱を奪い取って治療を始めた。
 私は治療を待ちながら、九條少尉の手を握り、リンカ―コアをスキャンする。
 異常なし。

「どうした。不安なのか。そなたは民間人だ。父上には掛けあって……」

 優しく九條少尉が声をかける。なにを掛けあうのかがよくわからない。それよりも、聞かなければならない事がある。

「疲労は」

「ぐっすり寝たら絶好調だったので少し驚いた」

「今日から激しい運動も可。念の為明日も村正を使ってはならない」

「手を握っただけでわかるのか?」

 九條少尉の問いかけに答えず、私は爪を口に持っていき、九條少尉に止められた。

「治療した端から噛むな。これも契約のうちだぞ。それと、そなたの言う一番の衛士とはこういう事か? 何か、村正さえあれば誰でも出来そうだな。輸送は確かに重要だが、それが一番の衛士だと言いたかったのなら、少し残念だ」

「出来ない」

「何?」

「例え認証システムを切ったとしても、村正を使いこなせるのは九條少尉だけ。他の誰がどれだけ足掻こうと、血反吐を吐こうと、貴方の才には絶対に叶わない」

「私の、才?」

 九條少尉は眉を潜めた。

「今回の大規模転移はデモンストレーション。より派手に、わかりやすく、私の戦術機の力を示す物。注目は集めた。全てはここから。大規模転移装置はもういらない。……早く、村正の改造をしなくては。無用の長物を背負って戦えるわけがない。夏が来る。夏が来る。灼熱の夏が」

「夏か……。本当に日本は陥落するのか?」

「しない。アメリカはG弾を試したがっている。草木の生えない荒野と引き換えにこう着状態を得る事は可能。……九州の陥落は避けられない。たった一人の勇者が圧倒的な数の雑魚を押し戻すことは不可能。ただ、何も出来ないわけでもない」

「G……弾? なんだ、それは」

「……」

「そなたの言う事は断片的すぎる。ただ、嘘を言っているようにも見えない。父上に相談してみる。そうだ。面会希望が来ているそうだ。父君と……香月博士。いい刺激になるかも……」

「香月博士……霞……敵。半径一キロ以内への接近を拒否。死ねばいいのに」

「……何か、香月博士とあったのか?」

「私は私より頭のいい者を許さない。決して。決して。決して。あの女は必要なら私の分野にもしゃしゃり出てくる」

 九條少尉は、ため息をついて、私の頭に手を乗せた。

「正直、そなたが年上だと信じられぬ。例えばそなたより優れる者を全員殺めて一番になったとて、そなたの能力が上がるわけではあるまいに。それでも構わぬのか?」

「全員、殺める……」

 その考えに私は戦慄した。どうして思い浮かばなかったのだろう。とてもいい考えだ!
 九條少尉は、私の頬を両側に思い切り引っ張った。

「いい考えを聞いたと言う顔をするな! そんな事をすれば投獄されてもう研究は出来なくなるし、ずっと死んだ科学者の方が優秀だったとか言われるのだぞ! それに、香月博士の面会は拒否できぬ」

「断固拒否。霞は心を読む。私は研究を盗まれる事を望まない」

「心を……?」

「3の残滓」

 思考制御。出来るだろうか。やらねばならない。事前に知ったのは僥倖だった。
 私は心を閉ざし、爪を噛み始めた。
 何か九條少尉は話しかけていたが、やがて諦めて出て行く。
 しばらくして、父が入ってきて私を抱きしめてくれた。

「鈴! 戦場に行くなどと言ったから、心配した。無事で良かった……。鈴、誰が何と言おうとお前が一番だ。避難民を救ったと聞いた時は驚いた。お前が、そんな事をするなんて夢にも思わなかった。お前は父さんの誇りだ!」

「……」

「すまん、鈴。疲れているのか。いらついているようだな。無理も無い。営倉に閉じ込められているんだもんなあ……。お前は民間人だ。軍隊に拘束されるような事は何もない。父さんは頑張るし、九條少尉、それにあの香月博士も協力してくれるって言っていたから、もう少し我慢するんだ。すぐに、父さんが助け出してやるからな。それで、戦術機を一緒に作ろう。鳳凰がもう少しでロールアウトするんだ。すぐわかるだろうから言うが、村正、雛・猛りや鳳凰には香月博士も興味を持っていてな。鈴はもちろん一番だが、違う分野の博士の言う事を聞いてやるのもいい刺激に……」

 私は爪を噛む。爪を噛む。爪を噛む。

「……許せない。村正や雛はブラックボックス。誰にも解析させない。私が一番。私の研究を踏み台にして私の上に行く事は絶対に許さない」

 父は、慌てたように言う。

「もちろん、鈴は一番だとも! 開発と改修は違うものだ。そして開発の方が凄い事だと父さんは思っている。例え、香月博士が素晴らしい改修をしようと、鈴が開発したと言う事実は……」

 爪を噛む。爪を噛む。爪を噛む。

「鈴! 鈴が一番だ。鈴が一番だとも」

 おろおろと父さんが言う。

「めんどくさい子ねぇ」

 そんな声が聞こえて、美人の女性が、女の子を従えて部屋に入って来た。

「初めまして。佐々岡鈴。戦術機の亡霊さん? 私は香月夕呼よ。よろしく」

「帰れ。一番になるのは私。私が一番。私が一番。私が一番……」

 私が一番になるのに、もっとも邪魔になりそうな女。存在自体が許し難い。
 落ち着いて。この女が理論を完成させる事は無い。どんなに偉大な理論でも、完成させねば全ては無意味。この女が一番になる事はない。
爪を噛む。爪を噛む。爪を噛む。
 いらつきが抑えられない。

「一応噂は聞いていたけど、ここまで狂っているとは思わなかったわ……。亡霊と言われるだけあるわね。でも、どうしても聞かなきゃらならないの」

 父さんを手で追い払い、香月博士は私に告げた。

「あんた、面白い事言っていたそうね。三の残滓。ベータとアメリカ軍の行動の予言。G弾」

 霞が香月博士に目を向けて、それで香月博士はきっと私を睨んだ。

「ちょっと、私が理論を完成させられないってどういう事よ!」

 心を読まれた。許せない。許せない。許せない。何か傷つける言葉を言いたくて、私は口の端を上げて、告げる。

「根本理論が間違っている。人の脳は所詮は一つ」

「なんですって!? まさか、あんた理論を完成させたの!?」

 そんな理論、興味はない。私が知っているのは、根本理論の数式が間違っていると言う事だけ。クリスマスのタイムリミット。無様な敗北の姿。いい気味。でも、油断は出来ない。何をきっかけにして思いついてしまうかわからない。発想の転換が出来てしまえば、それは一瞬。オリジナルハイヴ攻略。決定的な一番への君臨。……絶対に邪魔して見せる。香月博士の人類の救済の未来を完全に破壊。そうすれば、太陽さえ無くなればが星が輝く余地が出来る。
 霞が香月博士の手を握り、香月博士はその手を強くつかんだ。

「!! ……佐々岡鈴。まさかと思ったけど、未来視を持っていると言う事……!? 失敗と成功の予言か……! そして成功を邪魔する……。自分が一番になれさえすれば、人類すらどうでもいいってわけか、さすが亡霊ね……!」

 そう、私は負けない。こんな女に負けない。私は一番を取る。

「私は一番、私は一番、私は一番……」

 香月博士は、唇を噛んで告げた。

「そうね。あんたは一番よ。一番の座はあげるわ。私の研究を代わりに完成して、オリジナルハイヴを攻略すれば、貴方が決定的な一番への君臨とやらを出来るわ」

「私には出来ない。自分が一番よくわかっている。私は天才ではない。貴方が太陽なら私は月。だからこそ、私は輝ける夜を望む」

「そう……わかったわ。私は絶対に夜を許容できない。……今回は退くわ。オリジナルハイヴ攻略……私の研究によってそれが出来ると知れただけでも十分よ。私は絶対に成功して見せる。また会いましょう」

 そうして、私と香月博士は別れ、その人翌日、屈強なよくわからない男達から質問を繰り返される事になった。
 私はその間、ずっと爪を噛んで過ごしていた。
 何故私がこんな目に会わないとならない? とても理不尽だ。
 

 






[25979] リリカル戦術機 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/12 23:29
 私は部屋から出され、村正の所まで連れていかれた。
 そこでは、緊張した様子で九條少尉が戦術機に乗りこんでいた。
 村正には様々な計器が取り付けられている。

「村正、セットアップ」

 村正の魔力炉が作動する。
 
「村正、目の前の人間を隣の部屋まで移動できるか」

「了解。転移の術式展開まで3分。カウント開始」

 魔法陣の展開。そして、目の前の軍人の転移。

「おお……。この目で見るまでは、信じられなかったが……まるで魔法のようだ」

 何人かの科学者が、計器を眺めている。有銘も心配そうな顔をして立っていた。

「九條様、お身体の方は平気ですか」

「僅かな疲れはあるが、全く問題はない。続けられる。そう心配するな、有銘。無理はしない」

 テスト。私の許可も得ず。私は爪を噛む。
 科学者達が私に気付き、敬礼した。父さんが混じっていた。

「鈴、凄いぞ! さすが私の子だ! これを発表すれば、お前の名が歴史に残るんだ」

「鈴殿、凄まじいですね、この新型装置は。一体どのような理論なのですか?」

「鳳凰のロールアウト、おめでとうございます」

 口々に称えられると、悪い気はしない。何より、ようやく村正に会えた。
 
「九條少尉。村正は夏までに改修を終わらせねばならない。早速システムチェックを開始する」

「待て、鈴。貴様に頼みがある。私の戦術機も改良して欲しい。九條様が命を張って貴様の才を伸ばすと言っていた事、貴様にはそれだけの才があるとの言葉、私は侮っていた。しかし、九條様は文字通り命を掛け、貴様もそれだけの物を作った。九條様の意思が変わらぬと言うなら、私も御供する。九條様の身で試す前に、私の身で試せ」

 私は、有銘の手を掴む。解析。S。レアスキル雷。魔力の解析をした一人目がSSS,二人目がS、しかもレアスキル持ちとはどういう事だ。この世界は魔力の多い者が多いのか? ならば何故私はまたAなのだ。理不尽だ。

「……能力値S。村正の適正値ギリギリのレベル。承諾。材料は」

「九條様の家に保管してあった予備の部品は全部持ってきているぞ、鈴」

 私は、早速製作を開始した。九條家よりも人手があったので、雛・猛りの改修と武御雷・雷電の改修は進んだ。
 父は、大東亜連合軍のお礼の手紙を見せ、事あるごとに私を褒めてくれた。
 褒められる事は、決して嫌いではない。村正の製作は少し後回し気味になってしまうが……。パーツの準備はしてあった。焦る事は無い。
 そして、私はバイトとして、蹂躙される予定地の各地から人を呼んだ。
 九條家当主が協力してくれ、1000人程が集まった。
 私はそれらのリンカ―コアを確認し、メモをしていく。
 リンカ―コアの無かった700人程を返す。
 10人に三人の割合で魔力持ち。なるほど。
 その内、B以上のリンカ―コアの持ち主、32人を確保。
 270人弱の人々に、私は発信器型デバイスを配り、言った。
 これを使えば、そこに転移が出来る。

「コール、セットアップと言って」

 口々に人々が唱える。小さいデバイスが光り、人々は驚いた。

「それは貴方達が握り、力を送り続ける限り作動し続ける。もしもベータに捕まり、ハイヴの最奥に行く事があったら、広い場所でこっそりそれを使って。ベータの奥なら奥ほどいい。ただし、作動させる前、した直後に殺されては意味がない。絶対にそれ以外に使っては駄目」

「助けに来てくれるって事か?」

「説明の拒否」

 これは私の独自解釈だが、リーディングが成功しているのに、情報が取得できず、鏡のみがその情報を手に入れられたのには、炭素生命体を認めないと言うのもあるだろうが、鏡が……元からベータのシステムに組み込まれていて、アクセスキーを知っていたからとしか思えないのだ。もちろん、検証の必要はあるだろうが。
 ……例えば、リンカ―コアの持ち主が脳髄だけになった物に対して接触を試みるとか。
 私は一番になりたい。ライバルが脳髄を得る事の邪魔には、その前に助けてしまう事が必須。しかし、脳髄があれば、私が先にベータの情報を得る事が出来るかもしれない。故なく壊す事はしない。拷問の末脳髄にされた者を意味無く死なせはしない。

「なんだか知らないが、それだけでいいんだな。わかった」

 人々が頷いた。
 そして、私はB以上の32人を呼ぶ。これはベータに殺させるには惜しいと判断した者達だ。
 とりあえず、この者達には転移装置を与えて習熟をさせみよう。
 何やら助手がいっぱい出来たから、装置と共に投げ与えておけばいい。
 皆が口をそろえて大規模転移装置の除去は惜しいと言うし、褒められるのは大好きだから。
 そして私は、村正の改修に取り掛かり始めた。
 そういえば、何か選ばれなかった者も選ばれた者も身体検査されていたが、どうしたのだろうか。
 まあ、そんな事はどうでもいい。
 問題は村正だ。
 有銘の戦術機の戦闘テストもしなくては。
 私は急ピッチで頑張り続けた。その間に、避難民を助けた報償として何やら九條少尉が中尉になっていた。
 そして、村正を完成させて一週間後。
 ベータの大群が九州に押し寄せてきた。私達三人は、当然出陣した。

『鈴! 新機能とやら、本当に役に立つのだろうな! 雷電、セットアップ!』

『肯定。雛、セットアップ』

『事前に全ての機能を試して起きたかったが……村雨、セットアップ』

 それぞれセットアップして、魔力炉を動かす。
 まずは、小手調べ。
 迫りくるベータに向かって、私は唱えた。二人が後に続く。

『術式起動。スターライトブレイカ―』

『術式起動、スターライトブレイカ―!』

『術式起動。スターライトブレイカ―』

 三色の大きな光がベータに向かう。そこだけベータの群れに穴が開く。最も、それはすぐに塞がれた。勇者が戦況を覆せない理由はそこにある。それに、クラスの差も明らかだった。私の砲撃は、二、三体を倒しただけ。九條少尉の砲撃は群れの向こう側まで貫いた。

『す、鈴、なんだこの差は。機体の性能の差が激しすぎるぞ』

『機体の性能ではない。才の差。光線級、来た。九條中尉。有銘中尉。飛んで。九條中尉はバリア起動。有銘中尉はサンダ―ストーム起動。行って』

『鈴ぅ! 本気か貴様!?』

『ついてきてくれるか、有銘』

『九條様……くっ死んだら化けて出るからな!』

 そして村正は雷電を庇う形で共に飛行。
 バリア展開。光線級の攻撃集中。守る範囲は大きいが、SSSの魔力と魔力炉だ。
 なんとか耐えきるはず。
 村正のデータを監視していると、またもや魔力炉を限界まで行使、衝撃による機体の損傷もあるが、耐えきった。
 有銘中尉が手を伸ばす。

『私の力、全て持って行け! サンダ―――――――スト――――――ム!』

 それはまさに雷の嵐。目に見える範囲の全ての光線級の撃破。
 しかし、既に九條中尉と有銘中尉の息は上がっている。二回、大魔法を使ったのだ。

『通常戦闘に移行。息が整ったら、訓練していた加速攻撃、新機能の武器攻撃の試験』

『くぅ、貴様、要求が多すぎるぞ!』

 ベータの接敵。戦っていると、ベータに食いつかれて瀕死の戦術機が消えたのが目に移る。転移をしたのだ。
 採用した32人は役立っているようである。
 一日ほど戦っていたが、やがて戦闘は撤退戦へと移った。
 基地へと帰った私達を待っていたのは、歓声だった。

「鈴博士! 素晴らしい戦いでした!」

「九條中尉、あの光の膜は一体!?」

「有銘中尉! サンダ―ストームと言いましたか、私、あれを見てもう、涙が出てしまって……」

「鈴博士! どうか私に戦術機を!」

「鈴博士! 明日から助手をさせて下さい!」

 これこそが私の望んだ物。これこそが……。
 私は、快感に身を任せる。一番を、絶対に死守して見せる。
 そして、二ヶ月後。私は苛立ちに爪を噛んでいた。
 端的に言って、日本は陥落しなかった。佐渡島はさすがに奪われたが、九條家当主が進言した九州集中守護、稼がれた一日の時間に引けた分厚い防衛線、光州で壊滅しなかった国連軍の援軍、死ななかった彩峰中将の指揮、何故か私の為とか言いながら援助に来た大東亜連合軍、忌々しくも、香月博士が手を加えた戦術機鳳凰やOSのXM9。米軍も出て行かなかったし、日本の防備は完璧に思えた。
 私の助手はいつの間にか国際性溢れ100人くらいいて、あれはどうなんだ、これはこうしたい、どーのこうのと五月蠅いし。いらつきが限界に達すると、それを読んだかのように引っ込むが、うざったくてしょうがない。私のオーダーメイドを望む者が増えたのもいいが、戦術機型デバイスは個々に調整する主義の為すごく大変だ。まあ、一言命じれば先を争って手伝ってくれるから仕事は早く進むのだが。そういえば、なんで制服にオルタネイティヴ6と書いてあるのだろう? まあ、それはどうでもいい。問題はハイヴだ。
 横浜ハイヴを凄く当てにしていたのに、それが建設されなかったなど計算外過ぎる。
 佐渡島ハイヴに目的の物があるのだろうか? 不安だが、動くしかあるまい。

「父さん。欲しい物がある」

「なんだい、鈴! 父さん、鈴の願いならなんでも叶えてあげるよ」

「……佐渡島の土地を買って。全て」

 父さんは眉を潜めた。

「しかし、あれはハイヴに……」

「だから安いはず。買って、私有地にしたい」

「出来るだけ努力してみよう」

 父さんは頷き、その願いはただちに叶えられた。
 後は、準備を整えて待つだけ。佐渡島に囚われた捕虜が、発信装置を使うのを。
 私は量産型コールに呼ばれて、はっと顔を上げた。来た。連絡が来た!
 これでハイヴの最奥まで行ける。後は、いつ捕虜を助けに行くかだけが問題だ。
 何故なら、捕虜がベータのシステムに組み込まれた時こそ、脳味噌を介してベータのシステムに直接アクセスできるかが試せる時なのだから。いや、待てよ。脳味噌はハイヴを破壊すれば死ぬ。今回はハイヴの即時破壊が目的。というか、そうでないと押し寄せてきたベータに殺される。頭脳級さえ壊せばベータ達は撤退して行くだろうが。……テストは出来たとしてもどうせ短時間か。まあいい。最初の試みで何もかも出来るとは思わない。とりあえず、今日はぐっすり寝て、体調を整えてから出撃しよう。
 助手のロシア系の女の子達が、何故か一斉にこちらを見た。
 そんな事はどうでもいい。送られてきた座標を刻みつけ、準備の為に指示を出す。
 何故か九條中尉と有銘が、慌てた様子で駆けて来た。ちょうどいい。

「九條中尉。明日、出かける。目的は佐渡島ハイヴ。……来る?」

「もちろんだ!」

「九條様の行く場所ならどこへでも」

 私が頷くと、ロシア系女の子達や戦術機乗り、学者が息を切らせて走って来て言った。

「私達も、行きます!」

「俺達も!」

 この人達、ハイヴに行くってわかっているのだろうか。



[25979] リリカル戦術機 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/12 21:02

 翌日。ぐっすり眠って体調を整えた私は、皆を集めて指示を出していた。

『声……聞こえる?』

 念話で話すと、九條中尉以外が驚いた顔をする。

『今から念話で会話する。これが聞こえる者は念話を話す事が可能。ハイヴでは更にデバイスの補助を使って通信機能を強化。今から私はハイヴへと潜入。捕虜に言って戦術機分のスペースを開けさせる。私が合図をしたら、順番に私の示す座標に転移』

「危険です! それなら俺が先に……」

『不可能。念話とデバイスの使い方を教えていない』

 そして私はデバイスを起動する。

「ブラックホーク……セットアップ」

 バリアジャケットがその身に纏わりつく。手を差し出すと、マントが手の中で広がり、私はそれを身に付けた。
 黒を基調としたバリアジャケットに、周囲の人間が一歩引いて囁いた。

「亡霊……」

 私は、小さく転移呪文を唱える。魔力炉を使っていないので、転移に必要な呪文は長い。
 いっそう広がる人の輪。
 私は転移した。

「だ、誰だ!? あんた……し、死神か!?」

「鈴博士! た、助けに来てくれたのか!」

「皆……場所を開けて。戦術機が突入してくる……。それと、捕虜はどちらに連れていかれた?」

「あ、あっちの方だ!」

 そして、急いで人々は場所を開けた。

『見張りのベータが10体。位置情報を送る。出撃』

 そうして端っこに行って、転移呪文を長々と唱えた。私の魔力だと、これだけの人数を一度に転移させるのはきつい。だが、ここは戦場になる。邪魔者は排除した方がいい。村正が転移してくる。転移が終わると同時に走って見張りのベータを攻撃。
 それと同時に転移呪文が完成。避難民の転移。
 雷電が、その他の戦術機が次々と現れる。

『あっちが目的地と思われる……九條少尉。サーチ。頭脳級の検索』

『村正。頭脳級とやらを探してくれ』

 走りながら術式を展開。私も村正の傍を飛んで、そちらの方向へと向かう。ベータが押し寄せてくる。
 結論から言って、術式の展開は必要なかった。
 200メートルも行かない内に、開けた場所に出て、そこに頭脳級と試験管に浮かんだ脳味噌があった。
 ……目的の物。
戦術機が、頭脳級を守るように展開した。有銘が、頭脳級に爆薬を設置する。
 ロシア娘達や学者が脳味噌に駆け寄る。
 
「駄目……狂ってしまっている」

「鈴博士で練習はしてきた。……行ける」

 脳味噌の中に、リンカ―コアの持ち主はいるだろうか? 私は、念話で会話を試みた。

『聞こえる? 復讐したければ、私の言う事を聞きなさい』

 一つだけ、答えた声があった。それは拙く念話を真似してくる。

『お母さん、お母さんはどこ?』

 心に響く女の子の声。

『貴方は知っているわ。復讐したくない?』

『……許せない。許せない』

 そうして、私はなんとか警備計画を引き出そうと頑張ってみた。
 結果はあまり芳しくなかった。セキュリティが存在していたのだ。
 ……やはり、高い処理能力を持つ00ユニットでないと駄目なのか。そう簡単に手柄は奪い取れないようだ。
 私はふと思いついて、脳髄の女の子に駆け寄り、予備のデバイスを押し付けた。
 デバイスなら、オートでセキュリティ突破をしてくれる。
 接続に成功。女の子は、デバイスを使ってセキュリティを突破しようと頑張ってくれる。
 しかし、ここまでだ。時間があれば可能かもしれないが、戦術機達が限界へと達している。

『有銘。頭脳級の破壊』

『わかった』

 爆弾の爆発。頭脳級の破壊。死んでいく脳達。

『お母さん……』

 そう言い残して、女の子は得たデータをデバイスにコピーし、死んでいった。
 波が引くように、ベータが引いて行く。

『撤退。見張りの設置。機材の搬入。私の研究室。G元素を確保。私は休む』

 そして私は転移呪文を使った。
 転移呪文を使って疲れていたから、食事を取ってお風呂に入ると、私はぐっすりと休んだ。
 起きると、何かとても騒がしかった。
 皆、はしゃいでいるようだ。
 
「鈴。起きるのを待っていた。来るが良い」

 九條中尉が微笑んで私の手を引く。基地の食堂。用意された少し贅沢な食事。
 私は、口々に褒め称えられる。

「鈴博士、ハイヴ奪還素晴らしかったです!」

「鈴博士、ありがとうございます……。ありがとうございます!」

「鈴……よくやった。そなたは、帝国の誇りだ。人類史上初めてのハイヴ奪還は、間違いなく一番の功績だ」

 口々に褒め称えられ、九條中尉が肩に手を置いて語りかける。私は爪を噛んだ。

「否定。無傷のベータ群。即時取り返される予測。奪還ではなく泥棒に入ったと理解。何度か繰り返せば、ベータも対応してくると予測。G弾と同じ」

「……そうか。しかし、それでも私はそなたを称えよう。その何度かが、人類に大きな猶予を与えるのだから。今日だけは、存分に飲み、食べるがいい。……そなたに掛けて、良かった」

 九條中尉が優しく爪を手から離す。

「……うん」

 私の中に暖かい物が溢れだす。張っていた緊張の糸の弛緩。
 私はもそもそと食事を食べた。

「そう言えば、G元素ですが、鈴博士はいかがなさいますか? もう研究の予定などは……」

 私はしばし沈黙した。

「XG-70の燃料の別途有効活用の方法発見が最大の目標。香月博士と00ユニットによるオリジナルハイヴ攻略の妨害」

 本来、横浜ハイヴに拉致された鏡純香が00ユニットになり、G弾の影響で並行世界から白銀武を呼び出した事が00ユニット完成の要因だった。00ユニットは定期的に稼働した頭脳級に接続した洗浄装置につける必要があるし、今現在、香月博士を警戒する必要はない。しかし、万が一、万が一の事を考えなくてはならない。それに、頭脳級に接続されれば、その者の情報を頭脳級がオリジナルハイヴに送る事が出来る。私の研究を間違ってオリジナルハイヴに送られてはたまらない。

「は……ははは、嫌だなあ、いくら香月博士がオリジナルハイヴを攻略しようと、鈴博士が一番なのは変わりませんよ。ここはどどーんと一番の貫録を見せて、研究を手伝う位の事はしてあげてはいかがですか? 佐渡島ハイヴに招待するとか!」

「……一番の貫録……」

 私は爪を噛む。爪を噛む。爪を噛む。強敵。徹底的に潰された可能性。与えられた一番の保証。

「許可。霞を私に近付ける事の拒否」

 そして私は、食事に戻った。
 食事を終えると、ハイヴを見学に行く。
 ハイヴには大勢の人が訪れ、作業をしていた。

「私のハイヴ……私有地……誰こいつら」

 私が爪を噛みながら言うと、知らない人がその手を取った。

「何って、鈴博士の助手じゃないですか」

 なんだ。また増えたのか。1000人程だろうか? かなり多い。

「鈴博士自ら現場に来られずとも、研究データは私達助手が調べて提出させて頂きます。鈴博士は鈴博士にしか出来ない事に目をお向けになって下さい。この前見せていただいた強化装備は素晴らしい物でした。空を飛ぶ事が出来るとは!」

「デバイス。戦術機に組み込んであるものと同じ。動力炉がないから、戦術機ほどの事は出来ない。戦術機乗り達には配布済み」

「素晴らしい! しかし、どんな素晴らしい装置も、使い方を知らなければ無用の長物。どうですか、この際、使い方の講習をなさっては……」

 しかし、彼らに魔法を使いこなされると、一番の座が……。わかっている。私は既に一番ではない。それでも、魔法を教える事に躊躇があるのだ。

「何があろうと、鈴博士が一番です。しかし、鈴博士の発明品が一番だと示せないのはあまりにもったいない」

 ……。魔法の講習か。少し落ち着いたし、助手も増えすぎるほど増えて仕事も任せらる事だし、やってみようか。
 私が返事をする前に、知らない男はガッツポーズをしていた。





[25979] リリカル戦術機 最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/12 21:04
 研究室に戻ると、助手が私に駆け寄って来た。

「喜んで下さい、鈴博士。危険地帯の住人が発信器を買い取りたいそうです。それと、転移装置と技師の貸与を……」

「……チャンスは有限。それを譲る事に対して嬉しいとは思わない」

 笑顔の助手が、一瞬にして悲痛な顔になる。

「お願いします、鈴博士! 多くの人がこの技術を待ち望んでいるんです、お願いします!」

「……」

 私が爪を噛み、それに答えようとした時、九條中尉が割って入った。

「鈴に許可を求めるな。鈴にこれ以上重荷を背負わせるな。そなたも助手なら、自身の裁量で行え。今までと同じように。鈴、そなたが技術の用途について頭を悩ませる事は無い。それでいいな、鈴」

「……?」

 九條中尉は強張った顔をしていた。それを不思議に思う。私が九條中尉を見上げると、九條中尉は安心させるように微笑んで頭に手を置く。

「いいな、鈴。研究材料だのなんだのは、望めば私が用意しよう。例え、G元素だろうとな。だから、鈴は何も考えず己のやるべき事に励め。急いで処理する案件があるのだろう」

 私はこっくりと頷いた。
 助手は頭を下げて、去っていく。
 まあ、発信器の追加と魔力測定器を作る位はしてやってもいいだろう。
 それを心にとめ、私は戦術機乗りや転移技師を呼んだ。
でかい黒板に、私は図を書きつづる。

「リンカ―コア。誤解を恐れずに言うなら、魂に付与された臓器と予測。通常、触れる事は不可能。一定の処理を得て取り出し可能。リンカ―コアを破壊されれば人は死ぬ。また、リンカ―コアの酷使による縮小などが起こった場合、体調に重要な影響を及ぼす」

「リンカーコア? それは誰にでもあるのか?」

 私は首を振る。

「リンカーコアは一部の人間しか持たない。遺伝で受けるがれる可能性が高く、突然変異で得たリンカーコアは強力、特殊な物が多い。魔力資質といって、ランクは最高ランクがSSS。九條中尉がこれ。次がSS、Sは有銘中尉、AAA、AA、A。Aが私。B、C、D、E、F。戦闘に使えるのはBからとなる。ただし、Bは対人の場合。戦術機型デバイスの使用には最低A、出来ればSからが望ましい。訓練と成長によって多少はアップするが、基本的に生まれ持った才による。このリンカ―コアの回復には睡眠が有効で……」

「魔力……やっぱり魔法だったのか。魔法陣が出たからもしやと思っていたが、何と不思議な……」

「鈴博士はAですか。意外と低いんですね!」

 爪を噛む。爪を噛む。爪を噛む。
 発言した衛士は袋叩きとなり、翌日、何事も無かったかのように講習が再開された。
 私は、最低限の魔術に対する講習をする。
 
「……以上で座学を終わる。次は実習。教えた魔術をやってみせる。各自、デバイスを持って集合」

「よっしゃあ! 待ってました!」

 昨日袋叩きにされた衛士が元気よく答える。

「非殺傷設定をオン。試しに戦ってみる。ブラックホーク……セットアップ」

 セットアップという声が続く。私は意識して多彩な魔法を駆使して戦った。
 負けた。
 爪を噛む。爪を噛む。爪を噛む。
 衛士達は夢中になって訓練をしている。
 そんな私に、九條中尉はドリンクを渡し、今日覚えたばかりの回復呪文をかけて苦笑した。

「そのように爪を噛むな。勇者は戦況を変えられない。でも、そなたが作った装置は戦況を変えた。本来、日本は陥落するはずだったのであろう。それを食い止めたそなたは、間違いなく一番だ。だから……そなたに、すまなく思う。狂っているからといって……狂うほどの思いだからこそ、裏切りたくはなかった。しかし、戦争はそれを許さぬのだ……。そなたを守れぬ私を、許すが良い」

 ……? 私は首を傾げる。

「時間を割いて貰って悪かった。しばらくは私達だけで訓練をしよう。魔法の使いすぎには注意するし、わからない事があれば聞く」

 私は頷いて、量産型デバイスのコールの作成とリンカ―コアの検査機器の開発を始めた。
 それは助手を大いに喜ばせた。
 一ヶ月後。同時に五か所からコールの連絡が来て、全ての私の部隊や助手の殆どが慌ただしく出て行った。
 1999年.原作など、何も関係がなくなった年の事である。
 さすがに私は眉を潜める。

「ベータが同時に進軍……? そんな事、あるはずは……」

 まさか、そこまでバタフライ効果が?

「大丈夫ですよ、鈴博士。何があろうと、鈴博士だけはお守りします。それより、この前の講義で、戦闘機人の事を話していらっしゃいましたが……。実際に作れるかどうか、やってみたいんです。デバイスの作成方法は教えて頂けますか?」

 助手の進言に、私は爪を噛んだ。

「拒否。拒否。拒否。私が一番でなくなる」

「発見、開発したのは鈴博士です。誰が何を作ろうと、鈴博士が一番ですよ」

「デバイスだけは私が一番。絶対に譲らない」

 神経質に爪を噛み続ける私に、助手はため息をついた。

「ならば、鈴博士が主体となって作成を」

「あれは……作るのが難しい……」

「鈴博士なら出来ますよ! 出来ればSSSクラスの量産をしたい。九條中尉や有銘中尉の戦闘能力はベータに対し、非常に有効です」

「九條中尉も一番にすると約束した。ライバルは作らない」

 助手が笑顔のままに、私の手を掴む。

「いい気になるなよ、戦術機の亡霊。技術を独占するなら、お前が作るんだ」

 その迫力に私が気圧されたその瞬間、息を切らせた九條中尉が私を庇った。その隣には、もう一人の助手が厳しい目で私の手を掴んでいた助手を睨んでいる。

「鈴に何をしている! 逸脱した行為をするな、オルタ6から外させてもらうぞ。約束したはずだ。鈴の安定が最優先だと」

「九條殿。掛かっているのは人類の未来ですぞ。皆が、ベータの作戦の犠牲となっておるのだ! 私の弟は、プレゼント作戦で命を落とした! まだ10歳だったんだ!」

 口調さえ変えて、九條中尉に言い募る助手。

「日本は重慶ハイヴからの攻撃を防ぎきった。佐渡を取り戻した。今日、新たに五つのハイヴを奪還した。十分すぎる成果だ。鈴にあまり多くを望むな」

「そうですよ。鈴博士の精神の安定と研究の援助が私達の仕事。……今はまだ、鈴博士に壊れられると非常に困るのです。どうぞ行って下さい、鈴博士」

 九條中尉と共に来た助手は私に言い、私は部屋へと逃げ込んだ。
 褒め称えられるはずなのに、何故私が責められる?
 私がガリガリと爪を噛んでいると、父さんが私を訪ねてきた。

「鈴。鈴や。誰が何と言おうと、私は鈴の味方だ。味方だ……」

 父さんは、何故か泣いていた。
 私は褒められるべき事をしているはずなのに、何故皆苦しそうな顔をするのだろう。
 ならば、もっと褒められるべき事をしよう。
 戦闘機人を、作ろう。
 そして、もっと褒められよう。
 私は何気なくデバイスを手に取り、少女の得たデータが中にコピーされているのを思いだした。
 それを、取り出す。
 それはオリジナルハイヴの地図と警備計画だった。
 ……これを出せば、褒めては貰えるだろうか。
 私は起き上り、九條中尉にそのデータを持って行った。
 九條中尉は、驚いた顔をして、ついで泣きそうな顔になり、抱きしめてくれた。

「今度は、私が約束を果す番だな。強い戦術機、敵のマップ。後必要なのは、精強な衛士だけだ」

 ならば何故、泣きそうな顔になるのだろう。私にはわからなかった。
 オリジナルハイヴ攻略の話が持ち上がるまで、長くは掛からなかった。
 しかし、それは延期される事になる。理由はわからない。皆、浮足立った様子で。しかし私には決して教えない様にしていた。
 わかるのは、九條中尉が確実に出撃する事だけ。
 そして、私は軍の最高司令官を初めとする五摂家に、新たな武器の扱い方を教える為、目通りする事となった。
 助手が、心配そうに私を見守る。

「そなたが、佐々岡鈴殿ですか。透殿から話は聞いています。此度の働き、誠に大義でした」

 ゆったりとした口調で、悠陽殿下がまず告げる。
 私は緊張に爪を噛みつつ、その手を差し出した。魔力を測る為である。まずこれをしないと、話にならない。
 お付きの者達は何故か顔を顰めるが、殿下は笑顔で私の手を握った。

「魔力SSS……S?」

 私は、驚愕に顔を染める。Sが一個多くないか? 武が主人公、武がライバルとばかり思ってきた。しかし、本当の敵は殿下だったのか?
 私は爪を噛み始める。血が滴る。

「どうしたのですか、鈴殿?」

 心配そうに問われた言葉に、私は答えた。

「魔力値SSSS。人間じゃない。一番を奪う者。許せない。許せない。許せない。そのリンカーコア、私が欲しかった」

「SSSS……最高ランクより、一段上……」

 殿下が、驚いた顔で胸に手を当てる。私は次の五摂家の手を掴んだ。

「魔力値SSS」

「魔力値SSSS」

「魔力値SS」

「魔力値SSS」

 何こいつら。何こいつら。何こいつら。
 許せない許せない許せない許せない許せない。
 私だけSSか……などと落ち込んでいる斑鳩家の当主の落胆が私の苛立ちに火をつける。

「鈴博士、落ち着いて下さい! 骨、骨が見えてます! 例えどんなに魔力値が強かろうと、鈴博士のデバイスが無ければ戦えません。すなわち鈴博士が一番! 一番ですから! どうかお気を鎮めてください! そうだ! これなら、香月博士が着手していると言うXG-70に勝てるんじゃないですか!?」

 香月博士がXG-70に着手!?

「……完成したの?」

「げ! あ、その、はい……。し、しかし! 鈴博士のデバイスには及びませんって!」

「殿下。オリジナルハイヴ、御出陣を」

「げげっ鈴博士!? 無礼打ちされてしまいますよ、鈴博士!」

「御出陣を。私は一番。絶対にXG-70には負けない。オリジナルハイヴが最初のテスト試験なら、00ユニット以外に乗せられないと言う弱点と、ハイヴに接敵した時の精神的ショックによる自閉に対する対処はされていないはず。まだ勝てる余地はある。SSSSなら、オリジナルハイヴ攻略の可能性は高い。殿下、御出陣を」

「鈴博士!」

「よいのです。私に出陣を促したのはそなたが初めてです。……勝算はあるのですね?」

「SSSSが負ける要素など無い」

「殿下、私もSSSSです。私が代わりに……」

 五摂家の一人の言葉を、私は遮る。

「私が望むのはこの場にいる者全員の出陣」

 鷹揚に、殿下は笑った。

「よいのです。戦術機の亡霊よ。出陣には条件があります」

「条件?」

「そなたのデバイス作成の知識を、広めてほしいのです。もちろん、そなたより優秀なデバイスの製作者は現れましょう。しかし、一番の地位はそなただけのもの。そなたを、人間国宝に認定いたしましょう。それと、前々からの透殿からの願いを聞き入れましょう。そなたの望む一番の象徴、一番への君臨……それに興味はありませぬか?」

 ……私はガリガリと骨を噛む。絶対に、絶対にXG-70には、負けられない。負けられないのだ。そして、私は頷いた。
 私の全ての魔法知識を、知る限りの戦闘技術を叩きこみ、1000人の助手を動かして、急ピッチで戦術機の改修をした。
 そして、半年後。大分経ってしまったので警備計画が変わってしまったかもしれないと殿下に漏らすと、またもや、今度は六つのハイヴからコールが届き、最新のオリジナルハイヴの地図が届いた。ベータも今度は対策を取っており、たくさんの犠牲が出たそうだが。
 そして、XG-70と征夷大将軍を含めた五摂家が出陣をする。
 私と香月博士は、作戦司令室で、並んでそれを見つめていた。

「……何が月よ。貴方だって、太陽になれたんじゃない、鈴。でも、私だってここまで、血反吐を吐いてやってきたわ」

「……。一番は、渡さない」
 
「……ならば、奪い取ってやるまでよ。私も、聖女になりたいの。……それと、魔法には、回復するものもあるんでしょ? その指、治しなさいよ」

 話している間に、電波が途切れ、魔法通信に切り替わる。
 順調に進んでいく。
 原作ならば自爆が必要な所は、SSSSのスターライトブレイカ―で吹き飛ばして済んだ。
 勝ち進んでほしい。一番を取ってほしい。けれど、一番になれたら、今度は私がデバイスを教える約束だ。一番を取ってほしくない。
 複雑な思いで私は殿下や九條中尉が進むのを見ていた。
 頭脳級と最高司令官との会談。
 決裂。
 殿下の太陽のごとき魔法の輝きが画面いっぱいに広がり……。そして、戦いは終わった。
 才能とはどこまでも残酷である。犠牲が0で終わり、私は一番の座を得た。
 



[25979] リリカル戦術機 エピローグ
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/12 21:06
爪を噛む。爪を噛む。爪を噛む。
 私は、望み通り称えられた。しかし、それはオルタ4の香月博士と、オルタ6……何をやっていたかわからない……の責任者だと言うどこかで見たような男と、私の三人だった。
 パレードの緊張と他の科学者と並べられる不満に爪を噛んでいると、石を投げつけられた。護衛の展開。

「亡霊め! わざとベータに人間をプレゼントして、捕虜にされた人間を目印に転移するなんて! 戦えない民間人まで徴兵するなんて! おいらの姉ちゃんは、魔力があるって理由だけでベータに捕虜にすらされずに殺されたんだ! 何がプレゼント作戦だよ、殺し……」

 警備兵に引っ立てられていく少年。
 九條中尉が、私を背後から抱きしめた。
 そのパレードで、私はオルタ6の目的が私の心を読む事だと知った。
 衝撃。研究の窃盗。許せない。許せない。許せない。
 その日、パレードのど真ん中で、私は姿を消した。
 誰もいない研究室。
 私だけの安寧の地。
 そこで、私は飲まず食わずで丸まった。
 まどろみの中、私は念話で呟き続けていた

『私は一番。私は一番、私は一番、私は一番、私は一番……』

 失った意識。
 口に注がれる何か。
 覚醒。

「誰……」

「目覚めたか、鈴」

 目の前に、九條中尉がいた。あの日のように。

「九條中尉……」

「透と呼べ。……許すが良い。すぐに見つけられなくて……そなたの親指……無くなってしまったな」

「もう、必要ない……」

「そうだな……そなたも私も、十分に国に仕えた……。だから、もう休もう。ここで、ずっと暮らして行こう」

「九條、中尉?」

 私に唇が押しあてられる。

「透と呼べ。ここには、私とそなただけだ。互いが唯一の存在、互いが一番だ。……ロマンチックだと思わぬか?」

 私は、目を見開いた。恋。それは検討すらしていなかった定義だ。















 子供は、SSSだった。赤ちゃんでこれなら、SSSS、いや、まさかのSSSSSさえも考えられる。この世界の人間は化け物か? 少なくとも、絶対に人間ではない。私は人口の爪を噛む。爪を噛む。爪を噛む。
 ふと、考えついた。この子を殺せば、私が一番だ!

「何をしている、鈴!」

 私の考えを見抜いて、即座に子を庇う透。
 戦闘機人の有吉が、戦術機を使って外で元気に遊んでいる。
 きゅうにつわりがして、私はその場で吐いた。

「す、鈴! 吐く時はせめて洗面所で吐け! 大丈夫か!?」

 全く大丈夫ではない。
 けれど、何故か私の口からは笑いがこみあげて来ていた。
 自分でも良くわからないが、私は一番に君臨出来ている。その幸福感が、私を満たしていた。

























他者視点需要ある―?



[25979] リリカル戦術機 裏 1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/12 23:25
 私は妾の子供だった。優秀な兄。事あるごとに比べられる自分。絶対に一番になりたい。負けられない。この意思だけは、誰よりも強いと思っていた。
 でも、私など、まだまだだった。

「透。そのように一番一番と言っていては、一番の亡霊に憑かれますよ」

「一番の亡霊、ですか」

 母上の言葉に、私は首を傾げた。

「ある戦術機研究所の娘に、亡霊が取り憑いているという話ですよ。初めて喋った言葉が一番になる。知能テストは大人並。5歳から戦術機の勉強に従事して、亡霊に憑かれたとしか思えないとか。帝大から誘いもが来たのだけれど、全部突っぱねているみたいね」

「それほどに凄いのなら、亡霊に憑かれるのも厭いません」

 そう言い放った言葉に、母が小突く。

「私は、今のままの貴方が好きですよ」

「母上……」

 思えば、鈴に興味を持ったのはそれがきっかけだった。
 学校にも行かず、閉じこもりづけて得た知識で、何が出来ると言うのだ?
 何をなして見せると言うのだ? 何にせよ、私は亡霊などに負けやしない。
 そう思っていた。
 心に初めて兄や父以外のライバル……まだ見ぬ亡霊を置いて、私は努力し続けた。
 そんなある日だった。父上が、何気なく私に問いかけた。

「亡霊の父親から、戦術機のテストを頼まれていてな。他の社の試作機が出来上がるまで待とうかとも思ったのだが、確か透、そなた亡霊に興味を示していたな」

「亡霊が来るのですか?」

 父は頷いた。

「ならば、テストを私にさせて下さい」

 亡霊とやらの腕前、見せてもらおう。
 父はそれに頷き、前もって提出された設計図を見せてくれた。九條家の跡取りではないが、それに連なる者として、色々と教育は受けている。

「これは……操縦方法が随分……思いきった形ですね……。小柄ですし」

「全くだ。よっぽどの性能で無くば使い物にならん。所詮、小娘の考えた機体だと言う事だな。透、遠慮なく叩き潰してこい」

「亡霊の? しかし、15歳と聞いていますが……」

「まあ、頭の良さだけは認めてやっても良い。ああ、亡霊は今日のパイロットだそうだ」

 父が認めてやってもいいと言うなど、大変な事だ。しかし、そんな凄い技師が戦えるのだろうか?
 産まれて5歳で戦術機の開発を始めた少女の、第一作目というのはそれなりに注目を集めていた。五摂家の私が相手をするというのもあり、企業の社長や他の五摂家も見学に来ていた。
 私は戦術機に乗りこみ、通信機を開いた。
 ……こりゃ亡霊だ。小さい背。雑に切られた髪。暗い瞳。自分よりは年上であるが、こんな小娘が戦術機を開発したなど、信じられない。けれど、実際に対峙して、これが我がライバルなのかと思うと、僅かに心が弾んだ。見せてもらおう、亡霊の戦術機の威力を。

『帝国陸軍少尉、九條透。参る』

『佐々岡重工、佐々岡鈴。一番以外はいらない。行くわ』

 噂通り、一番という言葉を吐いて、彼女は刀を持って走る。対する私は長刀で真っ向から向かえ打った。
 剣術で武家に挑むなど、あまりに愚か。侮ったのは一瞬だった。
 ……この者、出来る! 一流ではないが、素人でもない。走る姿だけだが、こちらも幼いころから英才教育を受ける者。それぐらい読みとれた。
 刀を振り下ろすと、雛は横に飛び、刀を振りまわしてくる。
 どこか奇妙な動き。剣に慣れているような、慣れていないような。
 刀を防ぐ。力はほとんどないのではないか? 簡単に防げた。
 ややあって、戦いながら私は失笑を禁じ得なかった。いや、徐々に追い詰められてはいるのだが。
雛とは、本当に鳥の雛のようだった。
 小さい雛が以外に素早く進むように、予測不可能な動きで遊び回るかのように、子供の素早さと小回りの良さ、軽さで雛は対峙して来た。
 簡単に勝てる気がするのに、勝てない。
 母上がハイハイを始めたばかりの妹を必死で追いかけるのを笑って見ていたが、その気持ちが良くわかった。
 あと一歩の所で、すり抜ける。……こちらの動きを予測している? いや、そこまでの技量は感じない。異様なまでに反応速度がいいのだ。
 結局、私の激震は体にいくつものペイント弾をつけて沈黙した。

「鈴、よくやった!」

 鈴の御父上、佐々岡進が、満面の笑みで鈴を抱きしめる。鈴の表情が和らいだ。

「勝利したのは雛だったが、子犬が成犬にじゃれついているかのようだったな」

 試験管の少佐が、難しい顔で雛を見つめた。

「しかし、駆動性はかなり良かったですよ。大きな欠点を、それ以上の長所で埋めた形ですね」

「しかし、力がないのがな……。致命的なのは、操作方法の違いだな」

 試験管の言葉に、鈴の表情が強張る。爪を噛み始めた。
 その指から血が滴るのを見て、私は鈴に歩み寄った。

「指から血が出ている。技術者にとって指は命だろう。先ほどの勝負は素晴らしいものだった。勝利、おめでとう」

「その通り。私は勝った。私の雛のどこが駄目なの」

 子供のような言い草に、私は微笑む。学校にすら行っていない、幼い子供。戦い方も、言動も。ただ、頭脳だけが大人を超えている。ただ、高い頭脳だけで優秀な戦術機を作れるほど甘くない。突飛な操縦方法は、子供ゆえか。それに、弱小企業である佐々岡重工は、得られる情報も少ない。

「私見だが。操作方法が違うと言うのがやはり大きいね。それに、これは第一世代を土台に作った物だ。第三世代と比べると、どうしても見劣りしてしまう所もある」

 ガリ、と爪を噛む。これは痛そうだ。少し顔を顰めて、私は鈴の手を取った。

「やめよ。救護室に向かうぞ」

 しきりに遠慮する救護室の者を宥め、救急箱を出して鈴の手当てをする。
 
「君の噂は聞いていた。学校にも行かず、引籠って5歳の時から研究をしていたそうだな。口癖は、一番にならないとだとか」

「それが何」

「私と同じだな。そう思って、今日の試験に志願した」

 にやりとして言うと、鈴がはっと私の顔を見た。

「ようやく、私の顔を見たな」

 しばらく鈴は首を傾げていたが、やがて告げた。

「問題ない。私が目指すのは一番の衛士ではない。OS作成で一番になれればいい」

「ならば、私達は手を組める。そうだろう?」

 知らず、口を突いて出た言葉。伸ばした手に、鈴が手を乗せる。

「九條様。娘は世間知らずなので、そこら辺にして頂けますか」

そこで、顔を顰めた佐々岡社長が横やりを入れて来た。

「これは失礼した。佐々岡社長、話は終わったのか」

「考えて頂ける事になりました。雛はとりあえず置いていきます。行くぞ、鈴」

 大切な戦術機を置いていくとは、いかように調べても結構という事だ。その大胆な作戦に、私は目を見開く。この子供にして、この親ありか。
 親子が帰ると、富嶽重工の人が父に挨拶をしていた。
 何やら、熱心に売り込んでいる。

「佐々岡重工との共同開発を、我が富嶽重工主体でさせてくれたら、あれの5倍は強い戦術機を作って見せます! 機体の能力も、衛士の腕の差も一目瞭然だ。あれの改善点は、この場で10は上げる事が出来ます。それであの勝負、あの動き、あのOSは素晴らしい」

 父は、それに頷いて考える。

「あの少女、確かに次はもっといい戦術機を考えてくるだろう。しかし、ノウハウ不足は否めない。我らには時間がないのだ」

 結局、雛は正式採用されず、代わりに富嶽重工と協力して第四世代の戦術機を作る事となった。
 正直、佐々岡重工という弱小企業に対して、かなりの異例の計らいだ。それは十分に父上の目に叶ったと言う事を意味していた。
 亡霊の名は、これにより一層広まる事になる。私は、それが正直、妬ましかった。
 私もまた、鈴に負けないよう、腕を上げなくては。



[25979] リリカル戦術機 裏 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/13 01:13
『一番……一番……一番……』

 頭の中で、ぼそぼそと声が聞こえる。
 私は、思ったよりあの者に心を囚われていたらしい。
 雛の次世代機の大鷹は、素晴らしいものだった。
 アメリカ機にさえ匹敵、いや凌駕すると言っていい。
 作られてすぐに、凄まじい注目を受けている。そして、そこはかとなく流れる亡霊の噂。
 もちろん鈴の事だ。それに少し笑ってしまう。
 父にあの者がどうしているかふと聞いてみると、そっけなく閉じこもっているそうだと告げた。

「何故ですか!?」

「富嶽重工の作った大鷹の出来にショックを受けたらしい。やはりあれは、まだ小娘だ」

 まさか、とっくに死んでいて祟っているのではあるまいな。
 気がつけば、私は佐々岡重工へと車を走らせていた。
 ただおろおろしているだけの佐々岡社長を押しのける。
 声が、声が聞こえる。

『私は、一番になれない……一番に……なら……ずっと……幼い日を夢見て……このまま、眠り続けちゃえばいいのかな……』

「いいわけ、なかろう!」

 切羽詰まったその声に、そう怒鳴る。ドアをぶち破ると、鈴が爪を噛んで丸まっていた。血がベッドに滲んでいる。

「ほら、爪を噛むなと言ったであろう! 呼ばれているような気がずっとしていたが、やはりそなたか!」

 まさか、本当に祟っていたとは。これでは死んだらどうなるかわからんな。
 鈴が目を閉じ、意識を失う。急いで病院に連れて行かせた。
 医師は、後少し救出が遅かったら危うかったと告げると同時に、もう大丈夫とほほ笑んだ。まさか、死にかけた女の子を放ってはおけない。佐々岡社長は頼りなさそうに見えたから、なおさらだった。
 鈴が目を覚ますと、深淵を見通すような瞳で私を見た。

「……私の声が、聞こえたの?」

「起きたか。不思議な事もあるものだな。何故か、そなたの声がはっきり聞こえたのだ。私とそなたの間には、強い縁があるのかもしれん」

 冗談っぽく言うと、鈴が私の手を掴んだ。直後、どろりと濁る鈴の瞳。
 鈴が、悔しげに告げる。

「……私は憎い。私のOSはゴミだった。私はまた、一番になれなかった」

「ゴミなどというな」

 鈴の雛が、大鷹を産んだ。力も無く、可愛らしいだけだった雛は、鷹となったその時、真価を発揮した。あれは雛無しでは、鈴なしでは産まれなかった物だ。しかも、既に次世代作の鳳凰の作成に富嶽重工は意欲的になっていた。それだけ次世代作に自信があると言う事だ。佐々岡社長に聞いてみた所、技術関係の問い合わせが殺到していると聞く。アメリカから、すらだ。それをゴミと呼ばれる事が、腹立たしかった。私は何もなしてはいないのに。

「一番以外は全てゴミ。富嶽重工の人達が憎い。あの人達さえいなければ……」

 鈴の顔を抑えて、その目を見つめて諭す。

「競争に負けたからと言って、そのような事を言うな。大鷹は不知火5機をたった1機で倒して見せた、画期的な機体だ。それに、雛に使われた技術の数々は、多くの国で使われる事となる。本格的な雛の後継機鳳凰の生産も決まった。喜ぶが良い」

「それがなに!? 私が一番になれなくて、そんな事になんの意味があるの!? 私以外の技術者が存在しなければいいのに! そうすれば、私は一番……」

 叫びかけて、一時停止する鈴。その後、蹲って呟き続けた。

「私が一番……私が一番……私が……」

 私は、鈴を寝かせてやり、毛布を掛ける。

「疲れているのだ。もう寝るが良い」

「鈴、鈴、すまん鈴、そこまで追い詰められているなど、私は全然……」

 佐々岡社長は、すまなそうにおろおろと言うばかりだ。とてもではないが、鈴を置いて行けない。自分がついているから休んでほしいと言う有銘を黙らせ、私は本を手に取り、続きを読み始めた。
 三時間ほどした頃だった。
 鈴ががばっと起き上って、私に告げた。その目には、炎が揺らめいていた。

「ねぇ、私と手を組んでくれるって言ったわよね」

「目覚めたか、鈴。確かに言ったな」

「じゃあ、全面的に私に貴方の戦術機を任せてよ。ブラックボックスを作らせてよ。その代り、私は貴方を一番の衛士にしてあげる」

 その言葉に、さすがに佐々岡社長は娘を制止しようとした。私は鈴の顔をじっと眺める。
 亡霊と呼ばれた鈴。戦術機の為に、人生を捧げて来た鈴。才能がある事は疑いようも無い。
 それなのに、閉じこもって死にかけていた鈴。彼女には、支えが必要だった。

「三つ、条件がある。それを飲むなら父に掛けあってもいい」

「飲むわ」

「どんな条件か聞かないのか?」

「一番になる為だったらどんな事でもするわよ」

 その言葉に、ため息を吐いた。確かに、私でも一番を取る為ならばそうするだろう。けれど、この続きの言葉を吐いたりしたら、もう戻れない。そうとわかっているのに、口は勝手に言葉を吐いて行く。

「一つ。もう爪を噛んだり、自分の体を痛めつける真似はしない」

「一つ。絶対に私を一番の衛士にするという約束を違えない」

「一つ。お洒落ぐらいしてみろ。戦術機の亡霊って言われているぞ、お前」

 鈴は頷いた。そして契約は成った。成ってしまったのだ。
 そして、契約をしてしまった以上、それは絶対に守る。私の命に変えてでも。
 まずは、父上と母上に相談しなくては。
 母上に話を通すと、母上は手を叩いて、むしろ喜んだ。

「その子は、可愛い子?」

「え、その……技術者に外見は、関係ありません!」

「あらあら、まあまあ。有銘。写真はあるの?」

「は」

 有銘が、すっと写真を出す。

「あら……まあ……。変わった子が好みなのねぇ」

 私は、若干顔を赤らめて否定する。

「違います、母上。私はただ、鈴という才能を限界まで伸ばしてやりたいのです。約束したのです。共に一番になると」

「あら、でも難しいわよ?」

 サラっと言われた言葉に、私は思わず黙る。

「テストパイロットの大変さは貴方も理解しているかと思うけど。その上、相手は若い技術者よ? 若い子ってすごいわよ。雛には乗ってみた? それに、鈴ちゃんは若いってだけで、素質としては一番だって認められて、注目されて、将来を楽しみにされているのよ? あの香月博士の再来と噂されているの、知っているの?」

「え……」

「貴方は、本当に鈴ちゃんの力になれるの? その才を逆に潰したりしないの?」

 母の真剣な瞳に、私は、拳を握る。
 
「この命に代えても」

「誰にも靡こうとしなかったダイヤの原石を帝国で確保出来るのは良い事だわ。私からも口添えをしてあげましょう」

「母上、感謝致します」

 父上にも告げに行くと、父上は難しい顔をして言った。

「その提案、難しい物だとわかっているのだろうな。私達には専用の整備士がいるのだぞ」

「承知の上です」

「……本人を、連れて来い」

 その言葉に、驚く。色々と反対されると思っていたからだ。

「……言ったろう。鈴の頭の良さは認めると」

 ならば今、認めてほしい。正直に言うと、鈴に面接をさせるのは凄く不安なのだ。
 私はため息をついて、鈴に連絡を取った。



[25979] リリカル戦術機 裏 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/13 01:27

 鈴は、父上に睨まれて、所在なげに座っていた。
 あれは精神的にかなり脆い。心配で仕方なかった。

「そなたが、戦術機の亡霊か。透に取りつき、何をなすつもりか」

 鈴は血が出るほどに親指の爪を噛む。

「父上、その話は後で……」

 やはり、見ていられない。私が鈴を庇おうとすると、鈴は望みを……いや、呪詛を吐きだした。

「私と九條少尉は一番を取る。褒められる。私が唯一となる。九條少尉はその象徴。選ばれた者だけの、オーダーメイドの戦術機。私が一番。私が一番。私が、私が……」

「……比喩で無く取りつかれたようだが、大丈夫なのか、透」

 若干汗を掻き、父上が言う。うん、悪霊にしか見えないようなあ、鈴。亡霊と噂されるのも仕方がないと思う。しかし、それだけで鈴の才能を潰してしまうには、あまりに惜しい。

「私は、大鷹の元となった雛を作りし鈴の、その情熱を、才を伸ばしたいのです。その為にこの命、掛けても構いませぬ」

 当主は目を瞑り、じっと考える様子を見せる。鈴が爪を噛む音だけが響く。

「まずは、その手の治療をせよ。そして戦術機の亡霊よ、そなたの望み、果せる物なら果して見せよ。オーダーメイドの戦術機などという途方も無い贅沢が認められるだけの戦術機……作れるものなら作って見せるが良い」

 鈴は頷き、黙って座敷を立ち去った。想像を絶する無礼さだが、鈴の焦点の合っていない瞳を見ると仕方がないと思いなおす。やはり、あの日からどこか壊れてしまっていると認めざるを得なかった。

「悪化してるな……。すみません、父上」

 私は、鈴のフォローに苦心した。
 鈴は、若さゆえ……というのだろうか? とんでも無く大胆に戦術機を改修した。
 一度など、父親から作ってもらった戦術機研究所を丸々消失させ、それだけの威力があるなら逆に兵器になると帝都大の者が検査に来ていた。
 あれが九條家でなくて本当に良かったと思う。
 それだけの事をなしても、鈴は全く気にしないで、事情聴取に訪れた者をうざったそうにあしらっていた。……これは、学校に行かなかった事が影響しているのだろうか。
 初めは怪しい奴と私の護衛をしている者達が鈴を敵視していたが、すぐに有銘しかいなくなった。はっきり言おう。鈴は亡霊として酷く恐れられ、気味悪がられていた。
 追いかけて見たら、消えていたと言う報告は日常茶飯事で、正直言うと私も鈴がブツブツ言っていたかと思うと消えていたように見えた事は一度ではない。
 怖いから指摘はしなかったが。
 鈴はまた、戦術機以外にも何事かちまちまと作っていた。鈴がこっそり作る物は存外多いと、知っている。
 1998年。光州作戦直前に、鈴は心持満足げな顔で、光州作戦専用の機体を作ったと言ってきた。新しい機体は慣熟訓練をしないとならないとは、夢にも思わない口調だった。
 ……構わぬ。私が生き残って慣熟訓練も実戦でこなせば済む事だ。これくらいこなせないと、鈴と並び立てない気がする。それに、鈴がとりあえずとOSを換装してくれた機体が、思いのほか扱いやすかったのもある。しかし、有銘は大いに怒った。

「九條様に取りつく亡霊め、私が駆除してくれる! 九條様は、光州作戦にこれに乗って行くと仰っておられるのだぞ! 以前の機体はまだOSを換装しただけだったから許せたが、今回ばかりは許せん! 九條様はモルモットではないのだぞ!」

「……既に、光州作戦用のセットアップはしてある」

「貴様! 聞いているのか! む、無言で爪を噛むな! 卑怯だぞ」

 鈴が無言で血が出るほどに爪を噛む様は、中々に迫力がある。これで鈴に噛みつく武家は減って行った。私を間近で守護してくれる武家も、だが。

「やめろ、有銘。しかし、本当に遠慮なく大胆な改修をしたな。なんで二機あるのかは聞きたい所だが」

「本当によろしいのですか、九條様。雛以上に従来の戦術機とかけ離れていますよ。私でもわからない装置が5割を超えています」

 作業をしていた技師が、手を拭きながら聞いてきた。

「これで、俺は一番の衛士になれるんだろう?」

 鈴に悪戯っぽく聞くと、鈴は淡々と答えて来た。

「九條少尉が一番手柄を得る。それが望んだ事であろうとなかろうと。私も、雛と行く。実戦テスト」

「無理をするな、鈴。初陣に光州作戦は無茶だ」

 確か、鈴は初陣を終えていないはずだった。鈴はそこそこの強さを持つが、実戦と訓練は異なる。
 しかし、鈴は首を振った。

「平気。今年の夏は忙しくなる」

 夏。何かあったろうか。

「重慶ハイヴ、拡大。……九州、陥落。京都。一か月の籠城後陥落。佐渡島ハイヴ建設。米軍撤退。横浜ハイヴ建設」

 鈴は爪を噛む。血がぽたりと落ちた。

「誘拐。実験。最奥。発信器の配布。土地の買い占め。奪還。無傷のベータ。つかの間の猶予。その間にG元素を……」

 そして、鈴は爪を噛む作業に戻った。

「鈴。何を言っている?」

 鈴の手を掴む。

「……」

 鈴は私の手を振りほどき、部屋を出て行った。
 直に、迫力たっぷりに笑いだして、周囲の者を怯えさせる。
 そして、何事か呟いて消えた。周囲の女子などは、気絶してしまい、私はため息をついた。先ほどの鈴の言葉。何か意味がありそうなのは明らかだ。記録しておいた方がいいだろう。父にも、報告すると心に決めた。


 光州で、私達は彩峰中将の舞台に配属されていた。鈴が駄々をこねた結果だ。
 しかし、彩峰中将の存在を、そもそも学校にすら通っていない鈴が知っているはずがない。何か意味のある事だと思い、受け入れた。
 最も、彩峰中将の方は鈴を知っていたので、嫌がっていたようだが。
 狂人。亡霊。鈴の悪い噂には暇がない。
 いくらも行かない内に、アクシデントが訪れた。避難を拒否していた住人がおり、大東亜連合軍が、避難、救助を優先すると言ったのである。
 その時、唐突に頭に響く、声。

『九條少尉。私の言う通りに言って。セットアップ。目覚めよ、村正』

「セットアップ。目覚めよ、村正」

 声音スイッチだろうか? 言う通りにしてみると、村正が若干振動した。
 村正との一体感を感じ、軽く走った後のような心地よい疲れを感じ……。
 突如展開されたいくつもの画面、それに映った避難民。次々とロックオンされていく避難民。

「何が起こっている、鈴。次々と避難民にロックオンが……」

 秘匿回線で問うと、鈴は笑った。笑い続ける間に、村正を中心に魔法陣が大きく描かれる。
 動揺する部隊。鈴は更に甲高く笑う。

「何って、一番になるのよ。私が一番になるの。褒め称えられるのは私! 私だけ!」

 転移。転移。転移。避難民が消えて行く。急激に抜けて行く力。頭のどこかを勝手に使われているような感覚。

「鈴! これは何をやっているんだ!? 力が抜けて……!」

『村正はね! 九條少尉、貴方を食らって力を得るの。貴方の力で避難民を安全な場所まで移しているの。凄いでしょう?』

 告げられる不穏な言葉。誰かと話している様子の鈴。

『あんたも消えなさいよ。大東亜連合軍を連れてね。避難民は大丈夫。早く行かないと、国連軍が陥落しちゃうわよ?』

『5時間稼いで。避難民さえ逃げられれば、私達も逃げていいんでしょ?』

『でないと一番になれないでしょ』

 その暴言の相手が、彩峰中将でないように、無駄な祈りを捧げる。
 そして、溢れだす笑い声。もしや、思った。鈴、自分が消えるだけでなく、周囲の人間を消せるまでになったのか。というか、あれは技術だったのか?
 それよりは、悪魔に魂を売り払ったと言う方が、ずっと納得できる気がした。



[25979] リリカル戦術機 裏 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/13 05:03

 ベータがこちらへ向かってくる。
 戦術機は完全に私の手を離れたかのように、避難民のロックオンと消去に勤しんでいる。

『避難民達を守れ! 絶対に突破させるな! 避難民は心配するな、あれは極秘の緊急避難装置だ! 5時間で全ての避難民を避難させる。今はベータを迎撃しろ! ケルベロス01、民間機雛を守護!』

 彩峰中将の怒鳴り声。
 避難民を庇う形で、ベータと国連軍、大東亜軍は真っ向からぶつかった。
 横合いから、国連軍の本体がベータを攻撃する。
 ベータの狙いは雛と村正であるように思えた。

『鈴。避難民の救助については信じる。いきなりの独断行動についての説教は後だ。避難民の救助のスピードはどうやったらあげられる? 5時間も持たんぞ』

 オープンチャンネルによる会話。少しでも情報がいきわたるようにという、配慮。鈴、下手な事を言うなよ。

『村正に命じて。命令し、受け入れ、祈り、信じ、念じて。後は村正が導いてくれる。そのように作った』

「村正。避難民の全てを避難させよ。全てだ」

『了解した。術式の完成まで30分。カウント開始』

 それと共に、まるで幻視出来るほど吸われていく力。

「……っ 負担が大きい……! 気を失いそうだ……!」

『気を失ったら全ての術式が失敗する』

「鈴……! 後で説教だからな」

村正を囲む魔法陣が眩く輝く。探知魔法と転移魔法の入り混じったそれは、町の全てを覆って行く。
 探知した避難民の位置情報が、妙な文字列が、様々な情報が私の頭を支配した。その瞬間、転移先も理解する。
 少しベータに圧されてきた頃。手ごたえを感じた。
 大規模転移。
 抜けて行く力。
 ……鈴は、悪魔に魂を売っていたのかも知れんな。
 そんな考えが頭をよぎった。
 私が目覚めると、撤退戦は既に終わっていた。
 あの人は正反対で、今度は鈴が本を呼んで私の覚醒を待っていた。

「鈴……食らう、とはどういう事だ」

「最悪は死。でなくとも歩く事すら出来なくなる、事。……疲れているはず。休むといい」

「そうか……」

 激しいショックを受ける。まさか、それほどまでに酷いとは。鈴を、頭のどこかで信頼していた。しかし、鈴にとっては、それらの事は何でもない事だったのかもしれない。
 もはや、戦術機に乗れないのか。私は思わず、頭を抑えて蹲った。

「貴様ぁ!」

 有銘が鈴を殴る。

「やめよ、有銘。私はこういう事も覚悟で鈴に身を任せたのだ」

「九條様……!!」

「休む」

 ゆっくり休んで、治療を受ければ、まだ助かる目はあるかもしれない。
 その時、彩峰中将が戦場から戻ってきて、鈴を呼んだ。尋問をする予定なのだろう。
 大丈夫だろうか。鈴は、なんでもない事のようについて行った。
 目が覚めると、彩峰中将が面会を求めて来た。もちろん、承諾する。
 
「朗報だ、九條君。数日眠れば完全に回復するそうだ。歩けなくなるのは、無理を繰り返した場合だな。まあ、今日の所はもう一度ぐっすり眠るがいい」

「そうですか……! 良かった」

 私はほっと息をつく。彩峰中将は、鈴との会話を教えてくれた。
 
「私は、正直、亡霊が恐ろしい。あれは私のしたであろう行動を予言していた。……いや、止そう。避難民を助け、引いては私の行動の逸脱を防いでくれたのはあの娘だ。しかし、あの魔法陣は一体なんなのだろうな。私には、正直亡霊が一番になりたいが為に、悪魔に魂を売ったようにしか思えんよ」

「……鈴は、一番になりたいだけなのです。今回も、誰かを進んで害したわけではありませんし……」

「一番になりたいだけ、というのは凄くよくわかるな」

 彩峰中将は苦笑する。

「それで、鈴は今……?」

「営倉に入れてある」

「鈴は、民間人です!」

 驚いた私を、宥めるように彩峰中将が肩を叩いた。

「だからこそ、彼女の叡智は野放しに出来んのだよ。これが富嶽重工の社員なら安心出来るのだが……彼女は最近、佐々岡重工とも離れた場にいるらしいな。君の戦術機のメンテナンスはしているが、やりたい事はオーダーメイドの戦術機だとか。それも、日本人限定と言った事は特に言っていないんだろう? 明日、調子が良かったら会いに行ってみてくれ。彼女も君の言う事なら聞くかも知れん」

 私は頷いた。きっとまた、親指を噛んでいる。救急箱を持って行ってやらないと……。
彩峰中将が出て行く。張っていた気がゆるむと、また眠気が押し寄せて来ていた。
私はそれに逆らわない。体が、そうした方がいいと知っていた。



[25979] リリカル戦術機 裏 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/13 08:25

 翌日、目が覚めると驚くほどいい気分だった。疲れは全く残っておらず、普通に起き上る。昨日、歩けないかと怯えていたのが馬鹿みたいに思えた。私は有銘と共に、救急箱を持って営倉へと向かった。。

「脅かすな。もう歩けないかと思ったぞ」

 そういって、小突くと、鈴が不満げな顔をする。

「貴方には一番の衛士であり続けてもらわなくてはならない。壊すほどの無理はさせない」

 やはり、親指は酷いありさまだった、私が治療しようとすると、有銘が救急箱を奪い取って治療を始めた。
 鈴は治療を待ちながら、私の手を握る。その手は小さく、柔らかい。鈴は生きてる。ちゃんと生きてる。ゾンビだったりしないのだ。その事に少し安心する。

「どうした。不安なのか。そなたは民間人だ。父上には掛けあって……」

 鈴は、やはり民間人だ。誰を傷つけたわけでもなく、むしろ撤退を手伝っている。営倉にいれられるいわれはないと思うし、自分で脱出しようと思えば出来るだろうに、健気に牢の中で大人しくしているのは、鈴にしては殊勝だった。

「疲労は」

「ぐっすり寝たら絶好調だったので少し驚いた」

 苦笑して言うと、鈴は頷いた。

「今日から激しい運動も可。念の為明日も村正を使ってはならない」

「手を握っただけでわかるのか?」

 不思議に思って聞くと、鈴が指を口元に持って行ったので、慌てて止める。そして、話を変えて見た。

「治療した端から噛むな。これも契約のうちだぞ。それと、そなたの言う一番の衛士とはこういう事か? 何か、村正さえあれば誰でも出来そうだな。輸送は確かに重要だが、それが一番の衛士だと言いたかったのなら、少し残念だ」

 それに、雛は些か嫉妬するような顔を見せた。

「出来ない」

「何?」

「例え認証システムを切ったとしても、村正を使いこなせるのは九條少尉だけ。他の誰がどれだけ足掻こうと、血反吐を吐こうと、貴方の才には絶対に叶わない」

 呪詛のような言葉。けれど、その言葉は確かに私の心臓を跳ねさせた。

「私の、才?」

 私に、才があるというのか。兄上を超す才が?

「今回の大規模転移はデモンストレーション。より派手に、わかりやすく、私の戦術機の力を示す物。注目は集めた。全てはここから。大規模転移装置はもういらない。……早く、村正の改造をしなくては。無用の長物を背負って戦えるわけがない。夏が来る。夏が来る。灼熱の夏が」

 それを聞いて、予言を思い出す。断片的なものだったかが、それは確かに日本の陥落を示していた。

「夏か……。本当に日本は陥落するのか?」

「しない。アメリカはG弾を試したがっている。草木の生えない荒野と引き換えにこう着状態を得る事は可能。……九州の陥落は避けられない。たった一人の勇者が圧倒的な数の雑魚を押し戻すことは不可能。ただ、何も出来ないわけでもない」

「G……弾? なんだ、それは」

「……」

 また、爪を噛もうとする鈴。

「そなたの言う事は断片的すぎる。ただ、嘘を言っているようにも見えない。父上に相談してみる。そうだ。面会希望が来ているそうだ。父君と……香月博士。いい刺激になるかも……」

「香月博士……霞……敵。半径一キロ以内への接近を拒否。死ねばいいのに」

「……何か、香月博士とあったのか?」

「私は私より頭のいい者を許さない。決して。決して。決して。あの女は必要なら私の分野にもしゃしゃり出てくる」

 こういう所が、亡霊と呼ばれる遠因なのだ。私は鈴の頭に手を置いた。

「正直、そなたが年上だと信じられぬ。例えばそなたより優れる者を全員殺めて一番になったとて、そなたの能力が上がるわけではあるまいに。それでも構わぬのか?」

「全員、殺める……」

 諭すと、鈴がハッとした顔をした後、ぱあっと顔を輝かせた。
 私は、鈴の頬を両側に思い切り引っ張った。鈴の頬は柔らかい。ちゃんと人間だ。

「いい考えを聞いたと言う顔をするな! そんな事をすれば投獄されてもう研究は出来なくなるし、ずっと死んだ科学者の方が優秀だったとか言われるのだぞ! それに、香月博士の面会は拒否できぬ」

「断固拒否。霞は心を読む。私は研究を盗まれる事を望まない」

「心を……?」

「3の残滓」

 意味がわからない。事前に、香月博士に鈴の性格を説明した方がいいだろう。鈴の予言についても、何か知っているかもしれない。
 私はとりあえず、下がる事にした。
 しばらくして、父が入ってきて私を抱きしめてくれた。
 香月博士は、既に来て、佐々岡社長とお茶を飲んでいた。
 その前には、戦術機の設計図。

「おお、九條様! 鈴は、鈴はどうでしたか?」

「いつも通りだ。爪を噛んでいたから治療しておいた」

「初めまして、香月夕呼です、九條少尉」

「初めまして、香月博士。九條透です。早速ですが、鈴はその……大分変っています。あれでいて脆い所もあるから、接触には気を使ってほしいのです」

「単刀直入に言いなさいよ。狂人だから、扱いには気をつけろって事でしょ?」

「香月博士!」

「あら、気を悪くしたらごめんなさい。でも皆言っているわよ。気が触れて悪魔に魂を売ったって。幽霊みたいに消えたり現れたりなんて、正しく亡霊だと思わない? ……まあ、れっきとした技術みたいだけれどね。私でも理解出来ない物を作るなんて、鈴博士とやらも天才だわ」

「鈴は……不思議な子です。たまに、断片的な未来を語るのですが、香月博士はどう思われますか」

 そして、鈴の語った事を語る。すると、香月博士はガタッと立ち上がり、真剣な表情で私を見た。

「……その言葉、言いふらさない方がいいわよ。いくら九條家の者でも、消されかねないわ。3の残滓。ありえない。鈴があの計画に接触できるはずがない……。ますます鈴に興味が出てきたわ」

「そんな、鈴が……俺は一足先に鈴の様子を見に行っても構いませんか」

「ええ、いいわ。九條少尉。佐々岡鈴の事をもっと話して頂戴」

 そして、香月博士は鈴の元に行った。とても心配だが、大丈夫なのだろうか。
 面談から帰って来た香月博士は、酷く荒れていた。

「なんなの!? 何なのよ、あいつ!? 今まで利害関係で衝突する事はあったけど、人類滅んでも構わないって奴はいなかったわ! 未来視を持つ者の邪魔か……面白いじゃない!」

「こ、香月博士?」

「正しく一番の亡霊ね、鈴は。あの子は、一番になる為なら、世界を救う予定の私の研究の邪魔をすると言ってきたわ」

 否定しようとして、何も言えなかった。鈴ならば、ありえる事だ。

「とにかく、国連に……ううん、3の博士に連絡して、鈴を調べてもらうのは必須でしょうね」

「鈴は、ただの民間人だ」

「人類の運命を左右する民間人よ」

 香月博士が苛立たしそうに言い、何事か報告する。
 帝国の情報部と国連の事務次官が来るのはすぐだった。
 即刻鈴の尋問が行われる。
 厳しい尋問だったらしいが、鈴は何も言わず、耐えきったらしい。
 もちろん、私も何もしなかったわけではない。
 父に掛けあい、民間人である鈴の即時解放を求めた。
 北風と太陽の例もある。
 尋問で聞きだすより、監視で情報を得る方が上策という事になった。
 監視は、帝国の技術部を鈴の元に送りこむ事で話はまとまった。
 九條家の技師たちの事は受け入れていたので、なんとかなるだろう。
 その代り、自身がモルモットになる事は否めない。モルモットとなる事は鈴を専属整備員にする事で覚悟していたが、違う方向でモルモットにさせられそうだった。





[25979] リリカル戦術機 裏 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/13 09:36
鈴は検査をされてからこちらに来る事になっていた。
 私もまた、様々な計器を取りつけられ、村正に乗りこむ。
 丁度鈴が部屋に現れた時、私は唱えた。

「村正、セットアップ」

 今度は、勝手に転移装置が作動したりはしなかった。
 村正の意味のわからなかったランプが次々と点いていく。メーターのような物もあった。
 関係ありそうな計器を、報告する為に覚えて置く。
 さて、次は操作方法だ。これについては何もわからない。戸惑いながら、命じてみた。
 
「村正、目の前の人間を隣の部屋まで移動できるか」

「了解。転移の術式展開まで3分。カウント開始」

 深い男の声が返答する。音声入力。それがどれだけ大変かは、私も知っているつもりだ。相手の言葉を聞き取り、判断する。その上、今回は事前に用意されたコマンドリストがあるわけでもない。まさか、完全な人工知能を? 鈴は底知れない。
 魔法陣の展開。そして、目の前の軍人の転移。心地よい疲れ。

「おお……。この目で見るまでは、信じられなかったが……まるで魔法のようだ」

 何人かの科学者が、計器を眺めている。有銘が、心配そうに問うた。

「九條様、お身体の方は平気ですか」

「僅かな疲れはあるが、全く問題はない。続けられる。そう心配するな、有銘。無理はしない」

 鈴はまた爪を噛み始める。
 科学者達が鈴に気付き、敬礼した。父さんが混じっていた。

「鈴、凄いぞ! さすが私の子だ! これを発表すれば、お前の名が歴史に残るんだ」

「鈴殿、凄まじいですね、この新型装置は。一体どのような理論なのですか?」

「鳳凰のロールアウト、おめでとうございます」

 口々に称えられると、鈴は機嫌を直したらしく、指を降ろした。どうやら、北風と太陽作戦は成功しつつあるようだ。
 
「九條少尉。村正は夏までに改修を終わらせねばならない。早速システムチェックを開始する」

「待て、鈴。貴様に頼みがある。私の戦術機も改良して欲しい。九條様が命を張って貴様の才を伸ばすと言っていた事、貴様にはそれだけの才があるとの言葉、私は侮っていた。しかし、九條様は文字通り命を掛け、貴様もそれだけの物を作った。九條様の意思が変わらぬと言うなら、私も御供する。九條様の身で試す前に、私の身で試せ」

 有銘の志願でもあったが、帝国の決定でもあった。言うまでも無く、鈴の意識を逸らして、その間に村正のテストを進める為の物だ。
 鈴は有銘の手を握り、私の時と同じように嫉妬の目を見せた。

「……能力値S。村正の適正値ギリギリのレベル。承諾。材料は」

「九條様の家に保管してあった予備の部品は全部持ってきているぞ、鈴」

 鈴は予定通り、村正の改修を後回しにした。毎日のように行われる、健康管理の為と銘打った鈴の検査と、私、有銘の検査。連日のテスト。
 大東亜連合も鈴の、悪魔の業とも思える技術に興味を持ったらしく、積極的に手伝ってくれた。
 そして、鈴は父に願い出て、バイトとして、蹂躙される予定地の各地から人を呼んだ。
 九條家当主が協力してくれ、1000人程が集まった。
 鈴はその全てと握手して、メモをして言った。そのメモには、アルファベットと斜線のみが記されている。ほとんどが斜線だった。
 有銘に告げた言葉も、アルファベットのSだった。無関係とは思えない。1000人に対する検査が行われる事になったのは当然と言えよう。
 その後、鈴は斜線の記された者を帰し、アルファベットによって269人と32人に分けた。
 そして、金色の丸い球を269人の方に配る。

「コール、セットアップと言って」

 口々に人々が唱える。小さい球が光り、人々は驚いた。

「それは貴方達が握り、力を送り続ける限り作動し続ける。もしもベータに捕まり、ハイヴの最奥に行く事があったら、広い場所でこっそりそれを使って。ベータの奥なら奥ほどいい。ただし、作動させる前、した直後に殺されては意味がない。絶対にそれ以外に使っては駄目」

「助けに来てくれるって事か?」

「説明の拒否」

「なんだか知らないが、それだけでいいんだな。わかった」

 人々が頷いた。
 そして、鈴はB以上の32人を呼ぶと、転移装置を用意して、助手に纏めて押し付けた。
 転移装置は私と有銘、鈴以外に反応しなかったのだが、この32人の言葉には反応した。
 検査では、違いがわからなかった。
 3の博士とやらが、悔しそうに様々な検査を考案している。
 その間に私は中尉となり、父上は九州に独断で厚い防備を敷いた。夏が来たのである。
 G弾を、彩峰中将を、3の計画とやらを知るはずもないのに知っていたの言うのが重視された。
 そして、村正を完成させて一週間後。
 鈴の予言通り、重慶からベータの大群が九州に押し寄せてきた。
 今回もまた、新機能は説明すらなかった。

『鈴! 新機能とやら、本当に役に立つのだろうな! 雷電、セットアップ!』

『肯定。雛、セットアップ』

『事前に全ての機能を試して起きたかったが……村雨、セットアップ』

 鈴から、術式一覧という事でメモは直前に貰っている。確か、最初はスターライトブレイカ―とやらを試すのだったか。
 ベータを前にして、最前線で私達は並ぶ。
 
『術式起動。スターライトブレイカ―』

『術式起動、スターライトブレイカ―!』

『術式起動。スターライトブレイカ―』

 三色の大きな光がベータに向かう。そこだけベータの群れに穴が開く。最も、それはすぐに塞がれた。私の光がベータを貫き、私はしばし感動に動きを止める。
 有銘が、動揺をごまかすかのように文句を言った。

『す、鈴、なんだこの差は。機体の性能の差が激しすぎるぞ』

『機体の性能ではない。才の差。光線級、来た。九條中尉。有銘中尉。飛んで。九條中尉はバリア起動。有銘中尉はサンダ―ストーム起動。行って』

『鈴ぅ! 本気か貴様!?』

『ついてきてくれるか、有銘』

 鈴を信じよう。気分が高揚していた。私は、どこまでも行ける。そんな無謀じみた確信。

『九條様……くっ死んだら化けて出るからな!』

 そして村正は雷電を庇う形で共に飛行。
 バリア展開。光線級の攻撃集中。私を襲ったのは、熱ではなく大きな振動だった。
 バリアが、機体が激しく揺れる。バリアが受けた衝撃を、機体も受けるのか?
 力がぐっと吸われるのを感じる。
 覚悟を決めた有銘中尉が手を伸ばす。

『私の力、全て持って行け! サンダ―――――――スト――――――ム!』

 それはまさに雷の嵐。目に見える範囲の全ての光線級の撃破。
 鈴、願わくばその役、私がやりたかったぞ。
 知らず、私と有銘の息は上がった。既に動力炉の見方は覚えている。この動力炉を使うほど力は吸われていく。二回、最大限まで作動させたから当然か。

『通常戦闘に移行。息が整ったら、訓練していた加速攻撃、新機能の武器攻撃の試験』

『くぅ、貴様、要求が多すぎるぞ!』

 ベータの接敵。
 剣を振るうだけでガリガリと力を吸われていく。しかし、大げさにでなく今までの倍は早く動けた。動力炉を作動させるほど、明らかに上がっていく装備の威力。
 一日ほど戦っていたが、やがて戦闘は撤退戦へと移った。
 ここにいるのは九條家が動かせる戦力でしかない。それも、負傷して転移装置で次々と基地に戻り、減り続けている。
 しかし、嬉しい知らせは次々と舞い込んできた。大東亜連合軍の参戦、国連軍の参戦……。もちろん、恩を売りたいのだという事はわかっている。けれどそれは上層部に任せればいい事。後は、駆けつけた帝国軍と彼らに任せればいい。
 帰ってみると、私達の部隊の人的犠牲、0。驚異の結果を叩きだしたのは、紛れも無く鈴の成果だった。
 基地へと帰った私達を待っていたのは、歓声だった。

「鈴博士! 素晴らしい戦いでした!」

「九條中尉、あの光の膜は一体!?」

「有銘中尉! サンダ―ストームと言いましたか、私、あれを見てもう、涙が出てしまって……」

「鈴博士! どうか私に戦術機を!」

「鈴博士! 明日から助手をさせて下さい!」

 他人が見たらわからないだろうが、私にはわかる。鈴は、喜んでいる。
 私も嬉しかった。私は間違いなく、一番の戦果をあげた。
 もちろん、技術に関して、鈴は質問を受けた。しかし、鈴はそれを拒否。
 助手は受け入れるが、積極的に技術を教える事はしない。
 鈴の戦術機は、当然問題になった。
 そこで、香月博士と3の博士とやらが、オルタネイティヴ6の発令を提言した。
 内容は、リーディングと鈴の助手を送りこむ事による鈴の技術の解析である。
 
「……ふざけているのかね?」

「私は真面目ですわ。早急に佐々岡鈴の技術力を得る事が、人類勝利への一歩だと確信しています」

「君が解析すれば済む事ではないのかね?」

「……。鈴の技術……天才として言わせて頂きますわ。あれは、地球外の技術です」

「地球外の?」

「鈴は、数々の予言を的中させています。重慶ハイヴからの進撃、G弾、オルタ計画など……。同じようにいずれから技術を受信しているというのが自然な考えかと」

 3の博士が、ここぞとばかりに言う。

「あれは、人間ではありません。それに、予算などの事はご心配なく。オルタ3の人員を、そっくりそのまま持ってくればいいだけです。あれも元々、解析の為の技術でしたからな」

「そんな荒唐無稽な……」

 そこで、鈴の映像が映し出された。ぶつぶつと何かを呟いて、直後消える鈴。
 爪を噛みながら予言を続ける鈴。尋問されて、ひたすら、血が出るほど爪を噛み続ける鈴。そして、鈴の発明品の記録。展開する魔法陣。

「……彼女は悪魔憑きかね?」

「その可能性も0ではありません」

「……オルタネイティヴ計画が三つ、日本国内で二つ並走する異常事態になるが……」

「人類救済の手は、いくつあっても構いませんわ。特に6は、研究成果を比較的得られやすそうですし」

「……。採決を取ろう」

 結果、鈴はオルタネイティヴ計画の対象となった。
 しかし、研究結果は鈴の物だ。その事を進言してみるが、人類の存亡の前にそれは無意味だった。結局、出来た事は、鈴の解析で得た技術は、発案者鈴とするという、当たり前すぎるほど当たり前の事だった。
 


 そして、二ヶ月後。鈴は苛立ちに爪を噛んでいた。
 理由はリーディングで知っている。日本が陥落しなかったからだ。
 困った娘だと思う。ちなみに、オルタネイティブ6計画は、鈴の知識が読みとりずらいという事を覗いてかなり順調に機能している。助手と名乗りさえすればなんでもいいのかと、心配になる。
 鈴は佐々岡社長にねだって、佐渡島を買う様に頼んだ。
 これの狙いは明らかだ。鈴は、佐渡島ハイヴを奪還するつもりなのだ。
ハイヴを個人で所有するなど、絶対に許されない事である。しかし、鈴には計画を実行に移して貰わなければならない。結局、今回も鈴を騙すという事に落ち着いた。
心が痛い。
 ハイヴ奪還の日は、意外に早く来た。鈴のリーディング結果の知らせを受けて、駆けつける。鈴は、私を見て微笑んだ。

「九條中尉。明日、出かける。目的は佐渡島ハイヴ。……来る?」

「もちろんだ!」

「九條様の行く場所ならどこへでも」

 ハイヴ奪還を嫌がる衛士が存在するだろうか? いや、いるはずがない。
 衛士達が、置いていかれてはたまらないとばかりに走ってくる。オルタ3の娘達もだ。
 科学者も負けてはいられない。ハイヴの建築物が手に入る。これに食いつかない科学者はいない。

「私達も、行きます!」

「俺達も!」

 鈴は、きょとんとした顔をする。鈴はいつも中心でありながら、何も知らない。一番を追い求めながら、その重大性を知ろうともしない。私は、知らず鈴を抱きしめていた。鈴は、人類を勝利に導く。その確信を込めて。



[25979] リリカル戦術機 裏 7話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/14 20:46
 翌日。鈴はじれったくなるほど朝遅くに、皆を招集した。皆、とっくに戦闘準備は完了している。遺言も既に書いてある。出撃前に遺言を書かないのは、鈴ぐらいだ。

『声……聞こえる?』

 念話で話すと、皆驚いた顔をする。そうであろう。通常は驚く。

『今から念話で会話する。これが聞こえる者は念話を話す事が可能。ハイヴでは更にデバイスの補助を使って通信機能を強化。今から私はハイヴへと潜入。捕虜に言って戦術機分のスペースを開けさせる。私が合図をしたら、順番に私の示す座標に転移』

「危険です! それなら俺が先に……」

 衛士の一人が言ったが、鈴は首を振った。デバイス。鈴はリーディングで、たまに村雨をデバイスと呼ぶ事があった。

『不可能。念話とデバイスの使い方を教えていない』

 そして鈴は、右腕を掲げる。

「ブラックホーク……セットアップ」

 す、鈴!? 一瞬裸が見えなかったか!? 私はそんな破廉恥な真似は許さんぞ!
 すぐに、裸となった鈴の身を、漆黒の服が包んだ。鈴が手を差し出すと、その手の平に現れた黒い布の塊が、生き物のように広がり、大きくなっていく。鈴はそれを身に付けた。そして、腕輪が変形し、死神の鎌になった物を手に持っている。
 デバイス……。リーディングによると、村正達、鈴のオーダーメイドの戦術機をそう呼ぶらしい。小型化に成功したのか!? いや、それよりも鈴の胸だ。結構あるな……。
 顔を赤らめた私とは反対に、皆は思いっきり引いて死神か、亡霊かと囁き合っている。それに少し安心した。
 鈴は、いつものように小さくぶつぶつと呟く。それは正しく……その……怪しい人だった。
 いっそう広がる人の輪。しかし、今ならわかる。これは転移に必要な呪文なのだ。
 しかし、鈴はパスワードなど、ごく簡略化してつける癖がある。
 それなのにこれだけ長い呪文を唱えるという事は、呪文自体が必要だという事。
 無論、地球上に呪文を必要とする技術など無い。鈴、お前は本当に悪魔に魂を売ってしまったのか……? 鈴の奇行は、あの大鷹の誕生より始まったとお養父上も言っていた。
 もっとも、香月博士も、悪魔に魂を売って人類が救われるなら売るわよと言っていたが。

『見張りのベータが10体。位置情報を送る。出撃』

 鈴が村正を開発中にくれた指輪が光り、鈴の声が聞こえる。頭の中に映像が流れる。
 この指輪を貰った時は驚きもしたが、鈴が戦術機を作る相手全てに送った時はほっとしたような、凄く残念なような気分に陥った物だ。
 通信機だったのか。だったら使い方ぐらい事前に教えてほしい。ハイヴの中から外に通信できる装置は、人類が喉から手が出るほど欲しがっている物だ。
 まあ、発明品の機能は必要な時まで教えたがらないのが鈴なのだが。
 村正の操作画面に転移情報取得という文字が表示され、衛士達は気合の声を上げた。
 転移直後、次の戦術機の着地場所を開けるのと鈴の危険を排除する意味で即座に地面を蹴ってベータを攻撃。
 後ろからは一拍置いて雷電が現れる。避難民が消えるのが目の隅に移る。
 
『あっちが目的地と思われる……九條少尉。サーチ。頭脳級の検索』

『村正。頭脳級とやらを探してくれ』

 鈴の指示が飛ぶ。リーディングで頭脳級がどんな役割を果たすかは知っていたが、村正がその検索を出来るという事に驚愕した。指示された方向に走りながら、術式を展開。光が競って向かう方向へと向かった。
鈴は村正の傍を飛んで……人類が生身で飛んでいる事に、驚きを禁じ得ない。足元からは漆黒の翼が生えている。バランスを取るのが難しそうだが、鈴はベータも村正の機動も綺麗に避け、スターライトブレイカ―のようなものを撃っている。
デバイスの使い方はわからずとも、鈴の専門はこれだったのだとわかった。
どこまでも自然で、高い熟練度。
なんとなく、使い方を教えたくない理由がわかった。
馬鹿げた考え方だってわかってる。けれど。鈴は、どこかで、デバイスの使い方で、一番を取れなかったのだ。素質らしきものを調べた時の嫉妬の表情。予めわかっていたかのようなデバイスの技術。魔界から追放されし魔女。人より魔力の低い者。
天から落とされた堕天使……というのは、すまん鈴。一度でも天使であった頃がお前にある事が思い浮かばない。
その考えは、すとんと私の奥に根付いた。
 術式が頭脳級の位置を示すのと、怪しい者を見つけるのは同時だった。200メートルも行かない内に、開けた場所に出て、そこに大きな丸いものといくつもの高い塔。その頂点の試験管に浮かんだ脳味噌。
 覚悟はしていたが、ショックを受ける。許されない所業。
 考える事は色々あるが、今は任務中だ。鈴を抜かした作戦会議で決めた通り、戦術機が、頭脳級を守るように展開した。有銘が、頭脳級に爆薬を設置する。戦線が持つ限り、出来るだけ頭脳級を生かして、データを取得する。
 戦術機の副座から次々とオルタ3の被験者や学者が降りて来て、脳味噌に駆け寄る。
 
「駄目……狂ってしまっている」

「鈴博士で練習はしてきた。……行ける」

 そう言って、少女達はリーディングを、プロジェクションを……ベータ本体へのアクセスを試みる。
 鈴も、何事か調査を始めた。
 科学者達を、命に代えても守らなければならない。押し寄せてくる無数のベータ。
 スターライトブレイカーは威力が強すぎてハイヴ内で使うには注意が必要だ。
 照準すると、村正が操作コマンドにスターダストブレイカーを表示させた。
 それを選択。術式展開。無数の光の球がベータ達に辺り、撃破して行く。

『どうやったんですか、九條中尉』

『スターダストブレイカーだ。村正にはまだ私の知らない機能があるらしい』

 他の戦術機も、スターダストブレイカーを作動させていく。
 取り逃した敵を術式で強化した武器で切断。
 力が物凄い速度で減っていく。これを、魔力と呼ぶのだろうか?
 疲労。倒れる幾人かの戦術機。
 その戦術機が倒れると、強固なバリアが戦術機を覆い、ベータをはじき返した。
 そんな機能は、もちろん聞いていない。
 そろそろ限界だと悟ったのだろう。有銘に鈴が指示をする。

『有銘。頭脳級の破壊』

『わかった』

 有銘が受け入れ、頭脳級を爆破する。オルタ3の被験者達は、辛そうな顔をして脳味噌を見つめる。
 頭脳級が死ねば、脳味噌も生きてはいられないのだ。
 絶対にベータを駆逐する。その想いを新たにした。
波が引くように、ベータが引いて行く。

『撤退。見張りの設置。機材の搬入。私の研究室。G元素を確保。私は休む』

 そう言い残して鈴は消えた。ベータが引いてみると、ようやく、私はある事に気付いた。
 私達は今、ハイヴを奪還したのだ! 本当に!
 念の為私は見張りとなり、被弾した戦術機達は帰って行った。
 すぐに、転移装置でオルタネイティブ6の人員がやってくる。
 
「九條様もお帰りになって下さい。お祝いするそうですよ。私達の事はお気になさらず。こうしてハイヴを調べる事が何よりの喜びなのです」

 学者が言う。私は頷き、戻った。急いでされる祝いの準備。
 各所への連絡。慌ただしくなる、基地。
まさか本当にハイヴを取り戻すとは思っていなかった帝国、国連、米国は慌てて調査団を送って来た。調査団を送ってから、今度は研究の主導権を争い合う。
鈴の私有地だという事を考慮する者は皆無だ。
人類史上初の快挙を成し遂げた鈴は、のんきにぐっすりと眠り、起きだして来た。
 鈴が起きたという連絡を受け、迎えに行く。
 
「鈴。起きるのを待っていた。来るが良い」

 鈴の手を引くと、きょとんとした顔で鈴がついてきた。やはり鈴は何もわかってはいない。基地の食堂。用意された少し贅沢な食事。
 次々と投げかけられる祝いの言葉。

「鈴博士、ハイヴ奪還素晴らしかったです!」

「鈴博士、ありがとうございます……。ありがとうございます!」

「鈴……よくやった。そなたは、帝国の誇りだ。人類史上初めてのハイヴ奪還は、間違いなく一番の功績だ」

 私も、鈴の肩に手を置いて語りかける。しかし鈴は爪を噛んだ。

「否定。無傷のベータ群。即時取り返される予測。奪還ではなく泥棒に入ったと理解。何度か繰り返せば、ベータも対応してくると予測。G弾と同じ」

 鈴がはしゃがない理由。それで前言っていた断片ばかりの予言の意味を理解する。佐渡島ハイヴ分のベータは丸々生き残っているのだ。佐渡は防衛しがたいという難点もあり、ハイヴを再度奪われる可能性というのは、高いだろう。それに、G弾と同じ。つまり、ベータもG弾にもいずれ対抗策を打ち出してくるという事。この情報はオルタネイティヴ5に重大な影響をもたらすだろう。鈴の近くにいる私は、必然的に重要な情報に触れられるようになった。オルタネイティヴ計画も全て聞いている。
 しかし、それでも。それでも、鈴のなした事の大きさは変わらない。再度奪われるまでの短期間で、ハイヴはどれほどの情報をもたらしてくれるだろう。

「……そうか。しかし、それでも私はそなたを称えよう。その何度かが、人類に大きな猶予を与えるのだから。今日だけは、存分に飲み、食べるがいい。……そなたに掛けて、良かった」

 私が鈴の手を取ると、鈴の表情が緩んだ。

「……うん」

 初めて見る、鈴の気を緩ませた姿。鈴は食事を食べだす。
 鈴の機嫌が良いと知って、慎重にオルタネイティブ6の学者が言いだした。

「そう言えば、G元素ですが、鈴博士はいかがなさいますか? もう研究の予定などは……」

 鈴はすこし考える。
 私はそれを緊張して見守った。鈴の返答がG元素の配分を決定づける。当然、鈴がG弾以上の有効手段を持っているなら、G元素はそちらに回される。無いというなら、今度は帝国、国連、アメリカで利権の貪りあいだ。ハイヴを奪えると本当に思っていた者はおらず、時間制限もできた。熾烈な争いが予期される。

「XG-70の燃料の別途有効活用の方法発見が最大の目標。香月博士と00ユニットによるオリジナルハイヴ攻略の妨害」

 こいつはまだ香月博士の妨害を考えていたのか。
 そしてリーディングされた情報が全員に配布される。わかった情報は、その状況を再現するのは不可能に等しいという事。そして、XG-70さえあれば、オリジナルハイヴを攻略できるであろうという事。G元素を必要とするらしいこの兵器も、G元素争いに拍車を掛けるだろう。
 
「は……ははは、嫌だなあ、いくら香月博士がオリジナルハイヴを攻略しようと、鈴博士が一番なのは変わりませんよ。ここはどどーんと一番の貫録を見せて、研究を手伝う位の事はしてあげてはいかがですか? 佐渡島ハイヴに招待するとか!」

 香月博士の扱いは現在、大変微妙になっている。失敗の予言と、成功したら人類を救うという予言の両方が存在し、現在香月博士の研究は予言通り行き詰っているからだ。
 失敗に終わるなら、余分なエネルギーを消費したくない。オルタネイティブ3つの並走は人類に対して負担であるし、オルタ5、6は順調に進んでいる。しかし、現時点で、鈴から情報を得る事は非常に難航している。どうしてもデバイスや戦術機に搭載された魔力炉を複製できないのだ。現在の躍進は、鈴が生きている間だけの物。となると、唯一根本的解決のできるオルタ4は地球を取り戻し、その後もベータから守り続ける為に必須となる。少なくとも、元オルタ3の人員であるオルタ6の人間は、研究を再度役立たせてくれた香月博士に非常に友好的である。ライバル心も持っているが。

「……一番の貫録……」

 学者の言葉に、鈴は爪を噛み続け、そして答えた。

「許可。霞を私に近付ける事の拒否」

 そして鈴は食事を続ける。緩んでいた表情がいつもの表情に戻ってしまっている。
 ……すまん、鈴。既にリーディングは24時間365日お前に行われているんだよ。しかもリーディングはお前の周囲の人間にすぐにプロジェクションされ、コミュニケーションに使われている。リーディングで得た思考は全て記憶され、鈴にプライバシーというものは無い。
 鈴は全てを見通せるわけではない。鈴の知る被験者は霞だけだったのだ。恐らく、霞がオリジナルハイヴの攻略にかなり大きい役割を負っていたのだろう。鈴が見た未来視は人類の勝利であるがゆえに、それに関係ない部分はわからないのだ。
 食事を終えると、鈴はハイヴの見学を申し出た。
 一同に緊張が走り、すぐにハイヴに連絡がいく。

「私のハイヴ……私有地……誰こいつら」

 予想通り鈴が爪を噛みながら言うと、米国からきていた博士がその手を取った。

「何って、鈴博士の助手じゃないですか」

 それに納得する鈴。こんなに単純なのに、何故数々の研究を生みだし、捕虜を利用するという少々極悪な手段を用い、脳髄を殺す頭脳級の破壊を躊躇なく命じる。鈴は本当に偏っているというか、不思議な人である。

「鈴博士自ら現場に来られずとも、研究データは私達助手が調べて提出させて頂きます。鈴博士は鈴博士にしか出来ない事に目をお向けになって下さい。この前見せていただいた強化装備は素晴らしい物でした。空を飛ぶ事が出来るとは!」

 博士は熱を持って語りかける。事実、鈴にハイヴに来られると困るのだ。いくら鈴でも、よく見たら国連や帝国や米国が出て来ているのがわかるはずだ。すぐに、オルタ5の人員もここに加わるだろう。ここに建設されるのは鈴の基地で無く、恐らくは香月博士の基地である。

「デバイス。戦術機に組み込んであるものと同じ。動力炉がないから、戦術機ほどの事は出来ない。戦術機乗り達には配布済み」

「素晴らしい! しかし、どんな素晴らしい装置も、使い方を知らなければ無用の長物。どうですか、この際、使い方の講習をなさっては……」

 その時読みとれたのは、予想した通りの理由だった。鈴は、かつて一番を取れなかった。だから、その知識を与えるのを嫌がっている。

「何があろうと、鈴博士が一番です。しかし、鈴博士の発明品が一番だと示せないのはあまりにもったいない」

 米国の博士は、迂闊にも鈴が返事をする前にガッツポーズをした。
 肯定の返事。それに私は安堵する。
 鈴から研究を盗もうとした事実は消えないが、盗むよりは、いや、盗んでからでも、鈴から情報の提供があれば罪悪感は薄れるから。
 その時、デバイスの通信機から連絡が来た。何の事は無い、戦術機型デバイスに頼めば個々のデバイスへの連絡方法を教えてくれていた。連絡をくれたのは雷電……有銘だ。
 私は急いで戻る。オルタネイティブ6の責任者と共に私に告げられたのは、恐るべき計画だった。
 



[25979] リリカル戦術機 裏 最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/14 22:49
 苛立ちながら鈴の帰りを待つ。何と言えばいい?
 計画は既に決定されてしまった。鈴の心を乱す些かの要因もあってはならない。そうはっきりとオルタ6の責任者は告げ、私もそれに頷いた。
 壊れてしまっている鈴に、それでも一番の座を噛みしめ、平穏を手に入れつつある鈴に、そんな重荷を背負わせるわけにはいかない。発案者にさせるなど、もってのほかだ。鈴は予期された状況を利用しただけ。そんな残虐な策を鈴の発案という事にするなど、許せない。犠牲にされる者達の為にも、正々堂々自分が考えたと名前を公表するのが筋だ。
 6の責任者としても、現状を変えたくないのは同じだった。
 鈴の帰りを待ち、二人で走って向かう。

「お願いします、鈴博士! 多くの人がこの技術を待ち望んでいるんです、お願いします!」

「……」

 良かった、間にあった。この助手、余計な事を鈴に吹きこんではいないだろうな。

「鈴に許可を求めるな。鈴にこれ以上重荷を背負わせるな。そなたも助手なら、自身の裁量で行え。今までと同じように。鈴、そなたが技術の用途について頭を悩ませる事は無い。それでいいな、鈴」

「……?」

 よくわからないという顔。よかった、何も知らされてはいないようだ。

「いいな、鈴。研究材料だのなんだのは、望めば私が用意しよう。例え、G元素だろうとな。だから、鈴は何も考えず己のやるべき事に励め。急いで処理する案件があるのだろう」

 鈴はこっくりと頷いた。
 とにかく許可を貰ったプレゼント作戦の責任者は、慌てて去っていく。
 その後、鈴は戦術機乗りや転移技師を呼んだ。
でかい黒板に、鈴は図を書きつづる。

「リンカ―コア。誤解を恐れずに言うなら、魂に付与された臓器と予測。通常、触れる事は不可能。一定の処理を得て取り出し可能。リンカ―コアを破壊されれば人は死ぬ。また、リンカ―コアの酷使による縮小などが起こった場合、体調に重要な影響を及ぼす」

「リンカーコア? それは誰にでもあるのか?」

 鈴は首を振る。

「リンカーコアは一部の人間しか持たない。遺伝で受けるがれる可能性が高く、突然変異で得たリンカーコアは強力、特殊な物が多い。魔力資質といって、ランクは最高ランクがSSS。九條中尉がこれ。次がSS、Sは有銘中尉、AAA、AA、A。Aが私。B、C、D、E、F。戦闘に使えるのはBからとなる。ただし、Bは対人の場合。戦術機型デバイスの使用には最低A、出来ればSからが望ましい。訓練と成長によって多少はアップするが、基本的に生まれ持った才による。このリンカ―コアの回復には睡眠が有効で……」

「魔力……やっぱり魔法だったのか。魔法陣が出たからもしやと思っていたが、何と不思議な……」

「鈴博士はAですか。意外と低いんですね!」

 鈴が一心不乱に爪を噛み始める。こうなったらどうにもならない。
 鈴の気質から考えて、少し頭を働かせればそれは地雷だとわかるだろうに。衛士を袋叩きにし、鈴を休ませ、翌日、何事も無かったかのように講習が再開された。
 
「……以上で座学を終わる。次は実習。教えた魔術をやってみせる。各自、デバイスを持って集合」

「よっしゃあ! 待ってました!」

 昨日袋叩きにされた衛士が元気よく答える。

「非殺傷設定をオン。試しに戦ってみる。ブラックホーク……セットアップ」

 セットアップという声が続く。
鈴は多彩な魔法を見せてくれた。色んな術式があるのだと、勉強になると同時に、一定以内のランク差なら技術が物を言うが、ランクが離れすぎるとパワーが全てになるという事を教えてくれた。
 教習をしてくれている鈴を真っ向から叩き潰したのはあの馬鹿だった。
 鈴は爪を噛み始める。むろんそいつは袋叩きにされた。私も率先して殴った。
 衛士達は夢中になって訓練をしている。
 蹲る鈴にドリンクを渡し、今日習ったばかりの回復呪文をかける。回復呪文は、想像していたよりも威力が低いようだ。魔法でなんでも出来るわけではない。それに少し落胆し、安堵する。

「そのように爪を噛むな。勇者は戦況を変えられない。でも、そなたが作った装置は戦況を変えた。本来、日本は陥落するはずだったのであろう。それを食い止めたそなたは、間違いなく一番だ。だから……そなたに、すまなく思う。狂っているからといって……狂うほどの思いだからこそ、裏切りたくはなかった。しかし、戦争はそれを許さぬのだ……。そなたを守れぬ私を、許すが良い」

鈴は首を傾げる。講習中に、作戦の詳しい概要と説明が提示された。指揮官の名は出されたが、やはり開発者、発案者の部分で鈴の名が出るのは避けられなかった。
恨みを買わずにはいられないだろう。
思考を読まれ、人類の為に必要とはいえ、勝手に技術を悪辣な作戦へと使われ……。
壊れた女の子には、あまりに酷い所業ではないか。
その上、救い難いのは、その後のハイヴの防衛を考えず、ただひたすら自分の領土を奪還したいが一心で、あるいはハイヴの研究を自国でやりたい一心で、作戦……コールを使える者をハイヴ付近に放置し、捕虜にさせて転移に利用するなどという、どれほど犠牲が出るかわからない非道な作戦を発動させているのが明らかであるという点だ。
立地の確認、脳味噌にアクセスする方法の開発時間を考えれば、どう考えても入念な準備が必要になる。少なくとも、半年は。それが、2か月などというどう考えても頭のおかしいと言わざるを得ない速度で実地されようとしているのだ。
しかし、誰もかれもプレゼント作戦の発動を急いでいる。
誰もかれも、自国のハイヴに送り込む人間に持たせる発信器を奪い合っている。
必要な数の発信機が揃い次第、それは発動されるだろう。
それは鈴どころか、オルタ6の意見すら無視したものだった。
私は鈴の髪をくしゃりと撫でる。

「時間を割いて貰って悪かった。しばらくは私達だけで訓練をしよう。魔法の使いすぎには注意するし、わからない事があれば聞く」

 鈴は頷いて、量産型デバイスのコールの作成とリンカ―コアの検査機器の開発を始めた。
 それは必要な事だったが、鈴にして欲しくは無かった。これで、作戦が更に早まるだろう。
 一ヶ月後。同時に五か所からコールの連絡が来て、私は出陣した。
 向かうと、泣きついてくるコールを持った異人の子供。
 この任務は、コールを使えさえすればそれでいい。だからと言って、こんな小さい子まで。いや、だからこそか。今の時代、孤児は溢れかえっているし……子供は戦えない。実際、徴兵は酷かった。魔力を調べて、コールを使える魔力があればハイ決定、だ。高い魔力を持つ者も、むりやりオルタ6に送りこまれる。その強引さと性急さは、戦時でもありえないほどだった。
 今回はハイヴに乗りこむとすぐ、頭脳級に装置を繋げ、夕呼博士が急いで脳髄の調査を始めた。戦線崩壊するまでの短い間の研究。G弾の使用も検討されているが、G弾は切り札として持ち続けたいという形に落ち着いた。鈴の言によれば、G弾にも回数制限が設けられているのだから。
後詰と交代して、仮眠の前に鈴の顔が見たくて、帰ってきてすぐ鈴の元へ向かう。すると、争っている気配を感じた。プロジェクションの知らせを受けて、オルタ6の責任者も急いでやってくる。

「九條中尉も一番にすると約束した。ライバルは作らない」

 博士が鈴の手を掴む。

「いい気になるなよ、戦術機の亡霊。技術を独占するなら、お前が作るんだ」

急いで鈴を庇う。責任者も、博士を睨んだ。

「鈴に何をしている! 逸脱した行為をするな、オルタ6から外させてもらうぞ。約束したはずだ。鈴の安定が最優先だと」

「九條殿。掛かっているのは人類の未来ですぞ。皆が、ベータの作戦の犠牲となっておるのだ! 私の弟は、プレゼント作戦で命を落とした! まだ10歳だったんだ!」

 仮面を捨てさり、言い募る博士。言いたい事はわかる。しかし、その作戦は鈴が指揮したものでない。鈴は、自分のやるべき事をやっている。

「日本は重慶ハイヴからの攻撃を防ぎきった。佐渡を取り戻した。今日、新たに五つのハイヴを奪還した。十分すぎる成果だ。鈴にあまり多くを望むな」

「そうですよ。鈴博士の精神の安定と研究の援助が私達の仕事。……今はまだ、鈴博士に壊れられると非常に困るのです。どうぞ行って下さい、鈴博士」

 責任者は別に鈴を庇っているわけではない。まだ、デバイスの再現が出来ていないのだ。これができないと、鈴が死んだら私達は以前の状態に逆戻りとなる。
 その間に、鈴は逃げ出した。
 お養父上との面会を終えた後の基地に、衝撃が走った。
 私は鈴の見つけやすい場所に引っ張り出される。オリジナルハイヴのデータ。
 隠ぺいしていたのは罪だが、鈴に言っても仕方がない。
 鈴が褒めろ、という意思と共にデバイスをもぞもぞと取り出す。その動きの緩慢さが、とてつもなくじれったかった。驚いた演技。思わず出た感情。その感情のままに鈴を抱きしめる。
 
「今度は、私が約束を果す番だな。強い戦術機、敵のマップ。後必要なのは、精強な衛士だけだ」

 次期が悪すぎた。5つものハイヴを取り戻し、乗りに乗っている上層部は止まらない。せめて、鈴がそのデータを出すのがもう少し……ハイヴを取り返されるほどに遅かったなら。絶対にオルタ6の部隊に出撃命令は下る。オリジナルハイヴの中枢部の座標まではわからず、ハイヴの正当な攻略方法は見つかっていないと判断出来るだけの理性を、もはや上層部は持っていなかった。
 無理な出撃と甚大な被害。転移という救いはあるが、絶望的なそれ。
 鈴には私がいないと駄目なんだ。絶対に生き残って見せる。将軍に、鈴と婚姻できるよう手配をしてもらおう。妾の子だからとか、庶民となどとか、色々言われるだろうが構わない。私が鈴を守って見せる。一番を取って、約束を果たして鈴にプロポーズしよう。例えそれが本物の悪魔との契約となるとしても、鈴は私の勝利の女神なのだから。
 オリジナルハイヴの攻略に向かうという時、待ったがかかった。香月博士が、待ったをかけた。

「00ユニット、完成したわ……! 鈴、私の勝ちよ、昼は訪れる!」

 魔女の高笑い。XG-70の譲渡要請と改修。それが終わると同時に、オルタ6メンバーが護衛について、出陣する事になった。
 成功すればオリジナルハイヴが攻略できる。鈴の予言は、既に絶対視されていた。
 絶対に叶うというわけではない。未来は変わる。しかし、信頼のできる知識。
 それができた事にほっとして、鈴にすまないと思う。
 浮足立って浮かれた帝国は、早速香月博士に作戦概要の説明を求めるとともに、新兵器の意義を認め、鈴に魔術の教授を願う事になった。五摂家に習わせるというのだから、その浮かれっぷりと期待っぷりがわかるだろう。
 全く、困った者だ。魔術は才能のあるなしがはっきりしているのに。例えば将軍家以外の五摂家が魔力を有して、将軍が有していないとか、そういう微妙な事態になったらどうするというのだ。今、将軍家の発言力は封じられていると言ってもいいほどで、色々政治的な問題が……せめて秘密裏に魔力値を調べてからが妥当だというのに。
……それでも、兄にはっきり勝てると思うと心が弾んでしまった。いけない事だ。しかし、鈴の言によるとSSSは最高クラス。オルタ6の中でもSSSは私だけ。遺伝の影響もあるというから、兄がSSSというのは……多少はありうるが、SSSSは存在しない。
そもそも、強力な能力は突然変異に多いのだから、私が突然変異の可能性も高い。
そうか、私が一番になれるのか……。
 す、鈴が一番に拘る理由もわかる気がするな。



















 なんだSSSSって。

















 しかも鈴が真面目に講習をしているって。デバイスの作り方を教えるって。
 殿下、兄上、その手柄は私が得るべきものです! 
 そして、半年後。当然のように、フロントアタックは兄上に、フルバックは殿下に奪われる。鈴の予言により、という名目で将軍と五摂家が出陣する事になり、将軍の発現率が異様なまでに伸びた。鈴の要請という名目で、将軍の名の元に第二次プレゼント作戦が実地される。そこでXG-70のテストが行われ、大戦果をあげた。最も、ベータも中枢から捕虜の位置を移動する、厚い陣を捕虜を囲んで配備するなどの対策をしており、その額は甚大なものとなったが。とにかく、香月博士は00ユニットで全てのハイヴの警備計画と地図を手に入れた。
 そして、XG-70と征夷大将軍を含めた五摂家が出陣をする。
 豪華すぎる陣営だった。
 外でベータをひきつける役の者達が、凄まじい気勢を上げる。
 将軍を戦わせるのだから、勝利以外はもはや許されまい。
 しかし、鈴が見ている。無様な戦いは見せまい。
 いや、ランク差が何だ。一番を手に入れて見せる!










凄いな―。






もはやそれしか感想が思い浮かばない。すまん鈴、やっぱりランク差は全てだったよ……。
 SSSSってすごい。防御壁を破るどころか、そのまま奥の壁まで破壊してショートカットである。SSSSに負けなんて存在しない。むしろ機体がついていかない。
 そして、地球外生命体との会談。
 それは見事に決裂した。
 
「人間の力、思い知るのです!」

 そして放たれるスターライトブレイカ―。殿下、それは魔力の持たない者は人間ではないという事ですか……。
 鈴が放出した技術は、鈴を泣かせて、私を泣かせたように、これから多くの人を泣かせていくのだろう。それでも、私は感謝する。鈴が与えてくれた、美しく、ちょっぴり残酷な新たな未来に。
 そうだ、SSSで文句を言っていたらAの鈴がまた爪を噛んでしまう。
 ……しかし、兄には勝ちたかった。それに……プロポーズ、どうしよう。今更告白するには何かきっかけが! リーディングで、親しいものと認識されてはいても男と見られていない事は明らかなのだから。




[25979] リリカル戦術機 裏 エピローグ
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/15 00:30
 異例中の異例のパレード。鈴は今日も爪を噛んでいた。他の博士と並び立つ事が嬉しくないようだ。それに緊張している。オルタネイティブ6の目的にはまだ気付いていないようである。
 公衆の面前で鈴がこれ以上奇行に及ばない様に、しっかりとエスコートする。
 ……しているつもりだったが、油断した。
 子供が石を投げ、泣いていた。

「亡霊め! わざとベータに人間をプレゼントして、捕虜にされた人間を目印に転移するなんて! 戦えない民間人まで徴兵するなんて! おいらの姉ちゃんは、魔力があるって理由だけでベータに捕虜にすらされずに殺されたんだ! 何がプレゼント作戦だよ、殺し……」

 警備兵に引っ立てられていく少年。
 驚愕に顔を染める鈴。私は鈴を抱きしめる事しか出来なかった。
 民衆は、次々に質問を浴びせかけてくるマスコミは、暗黙の了解など理解しない。
 鈴はついに、リーディングされていた事を知った。
 鈴の中で絶望が弾けて、鈴は姿を消した。
 
「鈴!!」

 すぐに基地の鈴の部屋に転移する。いない。鈴の家。いない。私の家。いない。

「鈴!!」

 どこにもいない。私は、任務を放り出して鈴を探して回った。
 そして、頭に声が響く。それは、あの時、鈴と交わした初めての念話。
 
『私は一番。私は一番、私は一番、私は一番、私は一番……』

 よわよわしい声。殻に閉じこもっているようで、助けを求めているような声。聞きなれた鈴の呪詛。
 私は、その声めがけて転移していた。
 やはり飲まず食わずだったのだろう、衰弱した鈴。布団にはおびただしい血が滴り、親指は既に噛み砕かれて無くなっていた。その凄惨な姿に眉を潜める。とにかく、水を飲ませた。
 ……口移しで。

「誰……」

「目覚めたか、鈴」

 それはまるで、あの日の再現だった。

「九條中尉……」

「透と呼べ。……許すが良い。すぐに見つけられなくて……そなたの親指……無くなってしまったな」

「もう、必要ない……」

「そうだな……そなたも私も、十分に国に仕えた……。だから、もう休もう。ここで、ずっと暮らして行こう」

「九條、中尉?」

 鈴に唇が押しあてられる。

「透と呼べ。ここには、私とそなただけだ。互いが唯一の存在、互いが一番だ。……ロマンチックだと思わぬか?」

 鈴には申し訳ない事に、私は心のどこかで、ロマンチックといえるプロポーズのきっかけが出来た事に対する安堵の気持ちでいっぱいだった。














 落ち着いてみれば、転移した先は爆発で消えたはずの研究所だと知れた。
 時空の狭間におかれた鈴の城。ああ、これを知られたらますます亡霊と言われるのだろうな。
 それは不可思議で、どこか恐ろしい場所だった。
 そうして、私と鈴は新婚生活を始めた。鈴はこちらでも研究を始めた。私と鈴の遺伝子を使った戦闘機人。
 私は色々な意味で手伝う事となり、猛勉強した。何より、鈴がデバイスの作り方を教えてくれるというのだ。これは気が抜けない。
 幸せな日々。
 戦闘機人の息子、有吉が誕生し、娘の有子が誕生する。
 鈴が子を殺しかけるという些細なトラブルはよくあるが、幸せだった。
 けどそれも双子の氷樹と炎樹が産まれ、勇子がハイハイ出来るようになるまでの事だった。
 鈴が爪を噛み、双子は泣き叫び、有吉が暴れ、有子がハイハイで次元の狭間に落ちかける。家事は鈴がやってくれているが、一人ではとても手が足りん!
 有吉ぃぃぃ! お前の戦術機の足元に有子がぁぁぁ!
 ついに熱をだした私の額に、冷たい布を乗せて、ふと鈴は言った。

「私、凡人なんだ」

「何を言う、鈴! そなたは一番……っ」

 傍で心配そうに私を見ていた有子も、舌足らずに一番と言った。

「私ね、生まれた時から大人の思考と記憶を持っていたの。今も、『以前も』。ねえ、信じられる?」

「……信じる」

「ありがと。でもね。それだけ。それだけなの。天才なわけじゃない。最初から完成されているだけ。私は、成長をしない。本当の天才の香月博士とは違う。それでもね。夢見ちゃうの。小さい頃から、天才、天才って呼ばれていると。それを、離したくなくなっちゃうの。……どんな手段を使ってでも」

 そして鈴は、じっとどこかを見つめる。
 その後、鈴は私の額に額を当てた。

「……。透。私と一緒に、一番を得てくれる? 救世主であり続けてくれる?」

「……どうしたんだ、鈴」

「私の世界の理論なら、この世界の周囲は、全く別の世界に囲まれているはず……。でもね。違うの。ベータだらけだったの。この周囲の世界」

「……何を言っている?」

「無数のパラレルワールド。そう、因果律量子理論に近いと言った方がいいかしら。因果情報の流入はないようだけど。……正直言うと、今まで食べていた食料。あれね、パラレルワールドから買ってきてたの」

 そうして、鈴はモニターをオンにする。
 そこにあったのは、日本。ただし、ベータに侵略された。
 並行世界というのは、私も知っていたが、こうして目の前に見せられるまでわからなかった。

「これは……」

 驚き、しかし鈴の手を握り、告げた。

「一番、か……。そう言えば新婚旅行をしていなかったな。良かろう。ただし」

 この子達を預けるのが先だ。
 切実に告げた私に、鈴は笑った。









「ほほう。任務を放り出して駆け落ちして、三年近く音沙汰なしで、挙句子供を預かれとな。あの後も今現在も、各地のハイヴ掃討戦で大変だったのだぞ。戦術機含む各デバイスは自己修復能力がついていたからいいものの……」

「娘を娶って挨拶もなしですか。九條家が聞いてあきれますな」

 ゴゴゴゴゴ、と父上とお養父上。俺は精一杯頭を低くして告げた。
 
「ええと、ですね。デバイスの作り方は有吉に仕込んでおりますので……。それと、完成された因果律量子理論とXG-70の資料を頂けないでしょうか」

「何に使うのだ」

「パラレルワールドに、ちょっと世界を救いがてら新婚旅行に……」

「どういう事だ、説明しなさい!」

「じゃあ、子供達をよろしく頼みます! 資料は有吉に渡しておけば届けてくれますから!」

 私は隣でちょこんと座っていた鈴の手を引き、転移呪文を唱える。
 武とやらは、あいとゆうきのおとぎばなしを紡ぎ出したという。ならば、私達も紡ごうではないか。あいと、のろいのおとぎばなしを。
 


















 この後、並行世界の九條透と熾烈な鈴の奪い合いを行ったり。
 地球を幾度も救ったり。
 並行世界の九條透と熾烈な鈴の奪い合いを行ったり。
 魔法を習ったばかりの並行世界の兄に教導したり。それを並行世界の九條透に憧れの目で見られたり。
 うっかり鈴が恋愛原子核に捕まりそうになって武を複数の九條透で袋叩きにしたり。
 また、いつものように鈴が爪を噛んだり、異世界交流が進んだりと、色々な事があるのだが。
 それはまた、別の話。
 



[25979] 外伝 魔法将軍★マジ☆狩る悠陽
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/16 08:31
 リリカルでマジカル。マジカルでラジカル。ラジカルでフィジカル。魔法将軍★マジ☆狩る悠陽、始まります。
 

 悠陽は、この国の未来を憂えていた。
 京都防衛戦。出される避難警報。悠陽は、避難しながらも、ひたすらに憂えていた。
 日本を救う為には、どうすればいい?
 悩んでいると、声が聞こえた。

『日本を、救いたい?』

「この、声は……日本を守るは我が役目。日本の救済を、望まぬはずはないでしょう」

 突然虚空に話しかけた悠陽に、お付きの者達が疑問の目を向ける。

『その為なら、何でもする?』

「私一人の身で叶う事なら」

『ならば、私を一番と称えなさい。私を一番の戦術機の作り手と称えなさい』

 悠陽は、目を閉じる。そして、強く虚空を睨んで言った。

「あのベータの大群を倒す戦術機を与えてくれるのならば、私はそれを称えましょう。……そなたが神でも悪魔でも」

 哂い。哂い。哂い。

『いいわ。貴方専用の戦術機と強化装備をあげる。でも、例えベータを蹂躙できる力を得ても、貴方にそれを使いこなし、ベータに突撃できる勇気があるかしら? ……慣れるまで、護衛が必要ね? 一番の衛士、村正を御供につけてあげる』

 発光。庇われる悠陽。光が収まった時に会ったのは、明らかに改修が加えられた将軍専用機。鮮やかな紫の武御雷を見て、悠陽は一つ息を吸い、コクピットを覗いた。

「殿下!? 危険です!」

 そこにあったのは強化装備と腕輪。コックピットを閉め、狭い空間で悠陽は着替える。

「殿下!」

「……私は……私は、この声の主を信じましょう。どのみちこのままでは、京は陥落します」

『クスクスクス。さあ、呪文を唱えて。紫電、セットアップと』

「紫電、セットアップ! ……くっ」

 ついで、宙空に突如出現する青の武御雷。
 頭に響く、どこかで聞いた事のある男の言葉。これが村正だろうか。

『リリカル、マジカル、フラッシュムーブ。防御結界作動』

 村正の周囲を透明な膜が覆う。そして、足元には美しい白い羽が生えた。あまりにも遅すぎる天使降臨に、悠陽は息を飲んだ。

「リリカル、マジカル、フラッシュムーブ。防御結界作動……?」

 知らず、呪文を繰り返す。途端、崩れる機体のバランス。
 ……空を飛んでいる。推進剤でなく、羽で。

「殿下! 悠陽殿下!」

 女官長の叫び声が聞こえる。

「許すが良い。先に避難を。私は、ベータを掃討して参ります」

 進む村正を追いかけたいと思う。それだけで、紫電は村正を追いかけた。
 戦場。混乱。悲鳴。
 オープンチャンネルに殺到する、お下がりください、せめて降りて下さいという懇願。

『一番槍は殿下にお譲りしましょう。サーチで光線級を探して、リリカル、マジカル、スターダストブレイカ―と。その間の守護は私にお任せ下さい。バリアの解除を。使い方は簡単です。ただ紫電に命じ、信じ、祈り、受け入れ、念じればいい』

 ならば、操作機器になんのいみがあろう? 戸惑いながら、悠陽は命じる。

「紫電。光線級を探すのです」

 その言葉で、光の帯が広がっていく。悠陽の頭に、全ての光線級の位置が刻み込まれた。
 バリアの解除など、命じるまでも無くされる。そして、悠陽は唱えた。光線級の殲滅を、日本の安寧を祈りながら。

「リリカル、マジカル、スターダスト……ブレイカ―!」

 殺到する光線は、全て寄り添う村正が防いでくれた。凶悪な光の弾が、ベータに降り注ぐ。光線級を全滅させてしまえば、バリアを張る必要も無い。空からの制圧掃射。地上に降りて、残党を長刀で次々と狩って行く。その反応速度は異常だった。何より異常なのは、本来その状態だと転んだりして失敗してしまうのにもかかわらず、紫電側で微調整をしてくれている事だった。無慈悲にベータを狩って行く姿は、正しく戦乙女。リリカルでマジカル。マジカルでフィジカル。
 暴力的な魔法少女、魔法将軍★マジ☆狩る悠陽は、この日爆誕した。


「村正、大義であった。そなたも降りて休むが良い。……透殿」

『有難きお言葉。しかし、私は透であって透にあらず。妻の元に帰ります。殿下、くれぐれも進言しておきますが、一人の勇者は戦況を変えられません。また、妻の扱う戦術機を使った後は、十分な睡眠を取らないと、歩く事も出来ないほどの障害を得る事があります。将軍は少し、力を使いすぎました。二日はお休みし、回復に努めて下さい』

「一人では戦況は変えられぬ。ならば、何故そなた達は私に力を貸したのです? 一人では帰られずとも、十人、百人の勇者ならば勝敗を覆す事も出来ましょう。どうか、私に力を」

『私達を受け入れて下さるのならば。では、二日後に』

 そして、村正……九條透は虚空に消えた。
 一度の殲滅ではベータを退ける事は出来ず、また眠り続ける将軍を気遣い、この後、帝国軍は混乱の内に撤退をする事になる。






















最終回と銘打ちつつ、舌の根も乾かぬうちに。需要ありますか―?



[25979] 外伝 魔法将軍★マジ☆狩る悠陽 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/16 21:26
 リリカルでマジカル。マジカルでラジカル。魔法将軍★マジ☆狩る悠陽、続きます。
 長い眠りについた悠陽は、まず撤退作戦に移行された事を知り、榊首相と会談をする事になった。魔法将軍は戦うだけではない。政治も出来ちゃう万能な女の子なのだ。

「殿下の初陣、華々しい勝利、誠におめでとうございます。殿下に指示も仰がず、殿下の奮闘を無駄にするのも口惜しかったのですが、このままでは押しつぶされるだけ。殿下が稼いだ時間を有効に活用して撤退をした方が良いと思ったのです」

 日本国首相の平身低頭した言葉に、悠陽は鷹揚に声を掛ける。

「よい。大義であった。彼の者も、一人の勇者に戦況は変えられぬ、と申しておった。撤退は、つつがなく行われているのですね」

「ははっ……それで、殿下。殿下のあの御業は一体……あの戦術機、虚空から現れたと聞きましたが」

「うむ。九條家の透殿をここへ。あの村正に乗りし者……あれは、透であって透で無いものと言っておりました。透の妻があの戦術機を作ったとも」

「しかし、確か九條家の透殿は独身では……」

「私にもわかりません。二日後、またというからには、そろそろ連絡が来るでしょうが……」

 榊首相は、しばし考え、平伏した。

「どうぞ、今日一日、お傍に。その者との連絡、日本政府にさせて頂きたく思います。詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか」

 悠陽はまず、何が起きたかを語った。そして、万一にも交渉を失敗させたくはないからと、まずは一人で会談を行う事を告げた。
 榊首相は激しく反対したが、悠陽は押し切った。
 アメリカ大使や国連事務次官からも面会の申し出が出ている。それを後回しにするのは、三日が精々であろう。
 悠陽は、透を呼び寄せた。透は平伏して、どこか堅い声で答える。

「私などにどのようなご用件でしょうか」

「私の乗った戦術機を見ましたか」

「は。量産型試作機の武御雷に酷似していると、整備士たちが大騒ぎしておりました」

「あれはそなたの妻が作った物だそうです」

 堅い透の顔が崩れ、疑問をありありと表した。

「私は独身ですが」

「もう一人の戦術機の衛士の声……そなたにそっくりでした。そして、透であって透でないものと名乗っていました。何か、心当たりはありませぬか」

 元より、透は色恋沙汰に興味を持たず、ひたすら訓練と実戦を繰り返す猪武者である。透はあの戦術機を羨み、それを持つ悠陽殿下にすら嫉妬を覚えていた。あんなものが手に入るなら、決して誰にも譲らない。悠陽殿下にさえ。

「……知りませぬ」

 その時、目の前の空間が歪んだ。透はとっさに悠陽を庇い、刀を構える。
 生き物のように動く黒いマント。漆黒の衣。禍々しい鎌。爪を噛む、その姿。
 死神が、そこにいた。悠陽は目を閉じる。ああ、自分はこのようなものと契約してしまったのだ。求めるは命か魂か。しかし、後悔はしない。
 悠陽は目を閉じていたから気付かなかった。透が無意識に一歩進んだのを。

「妻に向かって随分な挨拶ね? 透、今日はせっかく素敵なプレゼントを持ってきたのに」

 死神は冗談っぽく言いながら、透に手を差し出した。
 透は、無意識に手を伸ばす。

「九條鈴。並行世界の貴方の妻よ。戦術機、今日は貴方の分を持ってきたの。名は、政宗よ。絶対に気にいるわ」

 私の分。まさか、あの素晴らしい二機の戦術機と同系統の物を?
 突如現れたミステリアスな美女(透視点)。そして、夢にまで見た魅力的な申し出。
 透は何か言おうとして、そして声が出なかった。だから透は、行動で表した。
 柔らかい、何故か親指だけ人工物の鈴の手を引いて、その唇を奪おうとしたのである。
 
「待て貴様! それは私の妻だ! お前はこっちの世界の佐々岡鈴と添い遂げればいい!」

 突如現れた男が、鈴をしっかりと腕に確保し、慌てた様子で透を引き剥がす。

「あら。どちらも同じ透じゃない。そうだ、混乱するからこれから透は村正と呼ぶわね」

「違う! 凄く違う! 明らかに違う! 私は「貴方v」でも一向に構わんぞ」

「だって、私の夫は世界の数だけいるじゃない」

「いない、いないぞ! 私がお前の唯一だ!」

 必死に言い募る男。しかし、鈴にはマヴラブの知識がある。あれは世界が違っても、同一人物なら大体一緒の扱いだった。しかし、透にしたらたまらない。透だってこっそりこの世界の佐々岡鈴の様子を見に行ったりしていたのだ。結論を言おう。ほんわかした天使だった。
 透が惚れたのは戦術機の亡霊、狂気の女神、ひたすら爪を噛む手のかかる女であって、普通に御洒落をして、戦術機の技師だけど腕は並の上で、という、探せばまあ見つかる程度の女ではないのである。

「妻と口づけをして何が悪い」

 きっぱりという正宗(仮)。世界を超えた二人の出会いは殴り合いから始まった。
 ああ、やはり同じ世界に二人の人間は存在できないのか。悲劇である。
 そして、それを目を見開いて見つめていた悠陽はクスリと笑った。
 そして、鈴に向かって頭を下げる。

「そなたが……並行世界の、佐々岡鈴……いえ、九條鈴なのですね。佐々岡とは、少し前に富嶽重工に吸収合併された佐々岡重工ですか」

 鈴は、無言で爪を噛んだ。

「気に病むな、鈴。ここにお前はいなかったのだから、仕方ない」

 魔法で片をつけた村正が鈴の肩を抱く。
 鈴は気を取り直すと、悠陽を見つめた。

「私の力は示した。貴方は、私を称えてくれる?」

 悠陽は、微笑した。

「あのような素晴らしい戦術機は、見た事がありません。貴方は、私が見た中で随一の技術者です。どうか、日本を御救い下さい」

 にぃぃ、と鈴が笑う。

「いいわ。救ってあげる。それなりに報酬は貰うけどね。透」

「ここにファイルしてある物を用意して、指定した場所に置いて下さい。出撃は五日に一度に絞る事。その後二日は睡眠を取る事。一ヶ月後にまた来ます。それと、強化装備に付属していた腕輪は大切な物です。肌身離さず身につけて下さい。今回持ってきた戦術機は政宗と宵闇です。宵闇は紫電とセットになっています。妻から特別に冥夜様に、との事です。一目で操縦できるように、というコンセプトで作っているので、ぜひまだ戦術機に乗った事のない冥夜様に試してほしいとの事です」

「モルモット。五摂家で戦術機に乗った事のない者は少ないから」

 鈴が爪を噛みながら言い、村正は鈴を窘めた。

「こら、鈴。とにかく、口では何とでも言えましょう。実際に報酬……いえ、この場合必要経費ですか。これを支払って頂けるのかどうかで、そちらの本気を判断させて頂きたく思います。詳しい交渉はそれからという事で。では、次の世界が待っているので、この辺で。えーと、次は楽だな。ベータの光州作戦前か。ここは少し報酬に色をつけてもらうか……」

 そういって、二人は消えようとする。

「待つのです」

「何か?」

「一か月といいますが、その一か月を持たせるのは至難の業。国連が、アメリカが戦術機を渡せと言うでしょう」

「ああ。オルタ6でも完全には解明しきれなかった物を、解明できるはずがないし、それらの使い手は、指定された者と精々並行世界の同一人物位です。それは心配ありませんよ。しかし、交渉材料は必要ですね」

 そして、村正はデータ媒体を取り出して殿下に渡した。

「これを。必ずや、役に立つはずです。最新式の電子回路の設計図と、それに乗せるOS。名を、XM12。どうぞ交渉にご活用ください」

今度こそ、村正は鈴を連れて消える。後に残るのは、気絶した政宗(仮)と、村正が残したファイル、データ媒体だけだった。
 いや、彼らが残した者はまだある。邸の外にある、二体の戦術機。政宗と宵闇が。


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