2011年01月24日 (月)アジアを読む 「シリア大統領補佐官に聞く」

【冒頭映像】
アラブ世界が、大きく揺れ動いています。
今月14日、北アフリカのチュニジアで起きた市民の抗議行動。
23年続いたベンアリ前大統領の独裁的な政権が崩壊するまでに発展しました。
同じような政治体制を敷いているアラブ諸国に強い衝撃が広がり、
各国の首脳は対応に追われています。
こうした中、先週、シリアのシャアバーン大統領補佐官が来日しました。

(シャアバーン補佐官)
「チュニジアで起きたことは、アラブ各国に伝染する可能性があり、
 中東の未来を左右しかねない」。

そのシリアと関係が深い隣のレバノンでは、
今月、イスラム教シーア派組織ヒズボラに所属する閣僚らが一斉に辞任。
ハリリ首相率いる挙国一致の連立政権が崩壊しました。

また、シリアとイスラエルの和平交渉も、
中断したまま、再開の見通しが立っていません。

シリアは、アラブ諸国の変化や困難にどう対応しようとしているのか、
シャアバーン大統領補佐官のインタビューを通じて考えます。 

  『シリア大統領補佐官に聞く 変動するアラブ世界』


(吉井歌奈子 キャスター)
ここからは、出川展恒解説委員とともに進めていきます。
よろしくお願いします。                                     
Q1:
今回来日したのは、シリアのシャアバーン大統領補佐官ですが、
どういう経歴の方ですか。

a110124_00.JPG

 

 

 

 

 

 

 

(出川展恒 解説委員)
A1:
英文学者で、ダマスカス大学の教授を務めたあと、
父親のハーフェーズ・アサド前大統領の通訳を務め、
その後、息子のバッシャール・アサド大統領が就任すると、
外務省の局長など務め、現在、大統領補佐官です。

a110124_02.jpg

 

 

 

 

 

 

 

しばしば外国のテレビに出演して、その抜群の英語力で、
シリア政府の立場や主張を発信してきました。
今回、日本政府の招きで来日しました。

(吉井)
Q2:
シャアバーン大統領補佐官はアラブ諸国が揺れ動く中、来日した訳ですが、
北アフリカのチュニジアで起きた政変が、
なぜ、アラブ世界に飛び火したのでしょうか。

(出川)
A2:

a110124_03.jpg

 

 

 

 

 

 

 

チュニジアは、アラブの国です。
公用語はアラビア語、国民の大多数はイスラム教徒で、
アラブ連盟にも加盟しています。
ですから、チュニジアで起きた出来事は、
アラビア語のメディアを通してアラブ世界全体に伝わるのです。

チュニジアは、観光で有名な国ですが、
ベンアリ前大統領の独裁的な政権が、23年続きました。
教育水準は高く、欧米との関係も良好で、
順調な経済成長を続けていましたが、深刻な失業問題に苦しんでいました。

a110124_04.jpg

 

 

 

 

 

 

 

先月、中部の町で、大学卒業後も職につけなかった1人の青年が、
路上で野菜を売ろうとしたところ、警察の厳しい取り締まりを受け、
そのことに抗議して、焼身自殺しました。
これをきっかけに、
同じように失業問題や物価の高騰に苦しむ市民の抗議行動が一気に広がり、
今月14日、首都チュニスで、大統領の辞任を求める大規模なデモに発展しました。
ベンアリ氏夫妻は、サウジアラビアに亡命し、独裁政権はあっけなく崩壊しました。

その後、野党勢力も参加して、暫定政権が発足したものの、
ベンアリ氏を支えていた閣僚が政権にとどまったことから、市民は納得せず、
現在も、抗議行動が続いています。

インタビューでは、まず、
シリアが、チュニジアの政変をどう見ているか、尋ねました。

【シャアバーン大統領補佐官】
「エジプトでも焼身自殺が起きた。
 アルジェリアやヨルダン、イエメンでも混乱が起きている。
 今回の出来事は、アラブ諸国に伝染し、
 将来の中東の姿を変えてしまう可能性がある」。

【質問】
「同じことは、シリアでも起きますか?」。

【シャアバーン大統領補佐官】
「シリアは、他のアラブの国とは異なり、欧米の不当な圧力や制裁を受けてきた。
 だから、シリアでは、政府と国民の間に断絶はなく、
 政府が市民運動で倒されることはないと思う」。
 
(吉井)
Q3:
この発言をどう解釈すれば良いですか。

(出川)

a110124_05.jpg

 

 

 

 

 

 

 

A3:
説明を加えるなら、チュニジアをはじめ他のアラブ諸国は、
欧米のいいなりになって、民衆の気持ちを無視してきたので、
政権がひっくり返ってしまった。
しかし、シリアは、欧米のいいなりにはならず、
政府と民衆の間に連帯感があるので、同じことは起きない、という意味です。
何とも、都合の良い理屈だと思います。

a110124_06.jpg

 

 

 

 

 

 

 

アサド父子が、何十年も、権力を独占してきたわけですし、
政治活動や報道、言論の自由が著しく制限されているという
国際人権団体などの報告もあり、チュニジアとの共通点は多々あります。

実際、アラブ世界では、長期の独裁政権や汚職、失業、貧困など
チュニジアと同様の問題を抱えている国が多く、
各国とも、今回の出来事が自分の国に飛び火することを強く警戒しています。

先週、アラブ各国の首脳は、緊急の会議を開き、
各国が連携して、失業対策に取り組むため、
基金をつくることなどを申し合わせました。

しかし、抗議のうねりは収まっておらず、
アルジェリアやイエメンなどでも、
民主化や大統領の退陣を求める市民のデモが起きています。。

(吉井)
Q4:
シリアの隣国レバノンでも混乱が続いているようですね。

a110124_07.jpg

 

 

 

 

 

 

 

(出川)
A4:
レバノンもアラブの国ですが、
こちらの問題は、チュニジアの政変とは関係がありません。

a110124_08.jpg

 

 

 

 

 

 

 

レバノンでは、6年前、
親米派のラフィク・ハリリ元首相が大規模な爆弾テロで暗殺されました。
この事件をきっかけに、長年、レバノンに駐留し、
実質的に支配していたシリアの軍と情報機関がレバノンから撤退しました。

総選挙を経て、おととし、
次男のサアド・ハリリ首相による挙国一致の連立政権が発足しました。

国連の特別法廷は、今月、元首相暗殺事件の訴追手続きを、開始しました。
特別法廷は、まだ、被告の氏名や所属を公表していませんが、
イスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバーが
訴追されるのではないかと見られています。

ヒズボラは、シリアとイランの支援を受けています。
特別法廷の判断を認めないよう、政府に要求しましたが、
ハリリ首相は、これを拒否したため、
ヒズボラに所属する閣僚など11人が、
今月12日、一斉に辞表を提出し、連立政権が崩壊しました。

【シャアバーン大統領補佐官】
「訴追手続きは具体的な証拠に基づいてなされるべきだ。
 国連の特別法廷のやり方は公正でない。
 間違った証言を採用するなど、政治的にねじ曲げている」。

シリアは、ヒズボラの事件への関与を強く否定しています。
シリア自身が関与していたのではないかとする報道もあり、
こうした疑いをかけられていることに強く反発しています。

今後、レバノンで、欧米に近い勢力と、
シリアやイランに近い勢力との間で、対立が深まり、
内戦が再発する恐れも指摘されています。

(吉井)
Q5:
そうならないようにするにはどうすれば良いでしょうか。

(出川)
A5:
難しい質問ですね。
ハリリ政権が崩壊した現在の政治危機が
衝突や内戦にならないようにするにはどうすれば良いか、
補佐官に聞いてみました。

【シャアバーン大統領補佐官】
「アメリカが手出しするのをやめて、レバノン人自身に解決を任せるのが最善だ。
 トルコ、カタール、シリアの3首脳が協議した結果、 
 アメリカの圧力のかからない場所で、レバノンの各派が交渉を行い、
 次の首相を決めるべきだという結論に達した」。

このように、シリアは、
アメリカの影響力がレバノンに浸透することに強い警戒感を示しています。
レバノンの将来をめぐって、今後、
シリアとアメリカの綱引きが熾烈さを増すことは確実です。

そのアメリカとの関係ですが、ちょうど大きな動きと重なりました。

(吉井)
Q6:
どんな動きですか。

(出川)
A6:

a110124_09.jpg

 

 

 

 

 

 

 

アメリカは、ハリリ元首相の暗殺事件の直後に、
シリアに駐在する大使を本国に召還し、そのままになっていました。

これは、シリアの関与を強く疑ったブッシュ前政権の政策でしたが、
オバマ大統領は、新しい大使を6年ぶりにシリアに派遣したのです。

大使の復帰が、シリアとアメリカとの関係改善につながるのかどうか、
尋ねてみました。

【シャアバーン大統領補佐官】
「関係改善は、今後のアメリカの出方次第だ。
 確かに、オバマ政権になって、両国の関係は良い方向に向かっている。
 発言のトーンや姿勢は良い。
 しかし、シリアに対する敵対的な措置が全く解除されていない。
 アメリカの今後の出方を見極めたい」。

オバマ大統領になってから、
シリアを「ならず者国家」などと呼ばなくなったのは良い兆候だが、
依然、アメリカ政府は、シリアを「テロ支援国家」のリストに載せたままで、
経済制裁も続けている。
こうした敵対的な措置が解除されなければ、
本格的な関係改善はないという立場を示したものです。

最後のテーマは、中断したままになっているシリアとイスラエルの和平交渉です。

(吉井)
Q7:
両国の和平交渉は、今、どうなっているのですか。

(出川)
A7:
アメリカやトルコの仲介で、断続的に行われてきましたが、
2年前、イスラエル軍がガザ地区を大規模攻撃し、大勢の死傷者が出て以来、
完全に中断しています。

シリアがイスラエルとの和平交渉を再開するための条件は何か、
と補佐官に質問しました。

【シャアバーン大統領補佐官】
「イスラエルが、和平を真剣に求め、
 国連安保理決議を受け入れる意思を示すことが必要だ。
 イスラエルが入植活動を続け、パレスチナ人を殺し、
 パレスチナ人の家を破壊していることこそが、和平の障害だ」。
 
つまり、イスラエルがパレスチナ人の土地を占領し、
ユダヤ人入植地の建設・拡大を続け、
パレスチナ人を殺害している間は、和平交渉を再開するつもりはない。
イスラエルが根本的に態度を改め、
占領地からの撤退をうたった国連安保理決議を受け入れない限り、
交渉には復帰できないという立場です。

イスラエルのネタニヤフ政権は強硬な姿勢を崩していないことから、
当分の間、和平交渉が再開されることはなさそうです。

a110124_10.jpg

 

 

 

 

 

 

 

見てきましたように、
シャアバーン大統領補佐官の発言、
アメリカとは、あくまで一線を画し、独自の道を進もうという、
アラブの大国としてのプライドが感じられました。

そして、アメリカとの関係正常化、イスラエルとの和平交渉の再開、
レバノン問題の平和的解決、
いずれの問題でも、シリアはできるだけ、
これまでの原則的な立場を貫こうとする姿勢が窺えました。

(吉井)
ありがとうございました。
きょうは、揺れ動くアラブ諸国とシリアの対応について、
出川解説委員に聞きました。


a110124_0.JPG

投稿者:出川 展恒 | 投稿時間:19:20

ページの一番上へ▲