ネルフ本部で日課のように行われるシンジのシンクロテスト。
リツコはその結果を眺めて渋い顔をしている。

「安定していたシンジ君のシンクロ率がここ最近、ゆっくりと下降線をたどっているわね」
「どういう事？」
「それはこっちが聞きたいわ。あなた、シンジ君の側にずっと一緒についてあげているんでしょう？」
「でも、あたしはシンジ君に聞けない事も多いし……」
「あきれた、司令の命令で監視を始めてからずいぶん経つけど、まだ何もつかめていないの？」
「シンジ君はもうあたしの大事な家族なのよ！」

リツコに言われたミサトは声を荒げて言い返した。

「良いミサト、彼には怪しい点が多すぎるのよ？　この前の停電中に使徒を倒した件に関してもそう、得体がしれないわ」
「だからって何だって言うのよ！　シンジ君はね、大切な友達を次々と失くして心が傷ついてしまっているのよ。あたし達が疑ってさらに苦しめてどうするのよ」
「ごめんなさい、確かに言い過ぎだったわ」

ミサトが真剣な表情で訴えると、リツコは謝った。

「でも、このままシンクロ率が落ちて行くと、使徒を余裕を持って倒す事は難しくなるかもしれないわ」
「アスカが来てくれればねえ……まったくドイツ支部のやつらは何を考えているのかしら」

ミサトとリツコは困った顔で深々とため息をついた。
しかし、しばらくしてドイツ支部はセカンドチルドレンの体調不良が回復したとして、日本の本部にセカンドチルドレンを派遣すると通知をしてきた。
その知らせを聞いたシンジは飛び上がって喜びそうになるのを必死にこらえながら、ネルフのヘリポートで、ヘリでやって来るアスカを待ち受けた。
ヘリポートには総司令のゲンドウ、冬月、リツコ、ミサト、シンジと言ったネルフの主要メンバーでアスカを出迎える事になった。
強風が吹き荒れる中、大きなローターの音を鳴り響かせ、１機のヘリコプターがゲンドウ達の前に降り立った。
ドアが開かれ、乗っていたドイツ支部の諜報員とプラグスーツを着たアスカが降りて来る。

「アスカ……！」

シンジは目を輝かせてそうつぶやいたが、次にシンジの耳に聞こえて来たのは銃声だった。
降りて来たドイツ支部の諜報員とアスカは銃を抜くと、ゲンドウの頭を狙いを定めたのだ。
しかし、ゲンドウはそれを予測していたのか、先にドイツ支部の諜報員に向かって銃弾を放った。
肩を撃たれたドイツ支部の諜報員はうめき声をあげて倒れた。

「フン、セカンドチルドレンを餌に使って私に近づき、暗殺を謀るとはな」

ゲンドウは鼻を鳴らしてそう言うと、アスカにも銃を向ける。
それにならってミサトもアスカに銃を向けた。
しかし、そんなアスカを体全体でかばうようにシンジが飛び出した。

「シンジ君!?」

ミサトが驚きの声を上げた。
そのタイミングでアスカがゲンドウを狙って撃った銃弾はシンジの頬をかすめてゲンドウの後ろの壁に突き刺さった。
ゲンドウがアスカを撃とうとすると、シンジは体を覆ってアスカを守った。

「退くのだ、シンジ」
「嫌だ、アスカを撃たせなんかしない！」

ゲンドウの言葉にシンジは首を振り、何とかアスカの手から銃をはねのける事に成功した。
そして、地面に落ちた銃を拾おうとして暴れるアスカをシンジは押さえながら呼びかける。

「アスカ、どうしてこんな事をするんだよ？」

シンジに肩を揺さぶられたアスカが顔をあげると、アスカは焦点の定まらない蒼い瞳でシンジを見つめる。

「う……ううっ……」

まるで獣のような声を出すアスカ。

「アスカ……！」

シンジに抑えつけられているアスカは逃れようとシンジのほおを爪でひっかき、シンジの腹に何発も足蹴りを食らわせた。
薄いATフィールドを張っているシンジの体に痛みは無い。
しかし、アスカに殴られたり蹴られたりするのは心が痛むものだった。

「う……ううーっ！」
「アスカ、落ち着いてよ！」

獣のような声を上げ続けて暴れるアスカと押さえ続けるシンジの姿をミサト達は困惑の表情を浮かべて見守っていた。
シンジがアスカに正気を取り戻させようと呼びかけ続けてしばらく経つと、ゲンドウはミサトにアスカを拘束するように命令を下した。
命令を聞いたミサトは手錠を持ってアスカへと近づいて行った。

「アスカに手錠なんてさせないでよ！」

シンジはアスカから離れず、ミサトの体をはねのけた。

「でも、暴れているんだから仕方が無いでしょう？」
「きっとアスカは興奮しているだけなんだよ、しばらくしたらきっと落ち着くから……」

言い聞かせようとするミサトにシンジは必死に食い下がった。

「……残念ながら、アスカは理性を完全に失ってしまっているんだ」

そう言って姿を現したのは加持だった。

「加持！　あんた、今までどこへ行っていたのよ！」
「ずっとドイツ支部を探っていたんだ」

ミサトに加持はそう返事を返した。
そして、ゲンドウの方にチラッと視線を送る。

「セカンドチルドレンの派遣を利用して碇司令を暗殺する計画を知ってな。急いで戻って来たんだが、間に合わなかったみたいだな」
「アスカが理性を失ってしまっているってどういう事？」

リツコが尋ねると、加持は辛そうな表情になって話し始める。

「この前、浅間山火口で見つかった使徒の幼生の件で、本部がゼーレの使徒の捕獲命令に従わず、最初から使徒を殲滅するつもりだと知ったゼーレは、碇司令を排除する事を考え付いたそうだ」
「セカンドチルドレンならば、警戒されずに司令に近づきやすいと考えたのね」

リツコの言葉に加持はうなずき、話を続ける。

「ああ、そしてゼーレは作戦を成功させるために、アスカを徹底的に洗脳したらしい」
「それが、この結果だと言うの……」

ミサトは暴れるアスカの姿を見てぼうぜんとつぶやいた。

「アスカは人格が破壊されるほどの精神的ショックを受けて、すっかり人形のようになってしまったらしい。そして、殺害対象の碇司令の姿を見てスイッチが入ってしまったんだろうな」
「そんな、アスカが壊れてしまっただなんて嘘だっ！」

加持が深いため息をついてそう言うと、シンジはアスカを抱きしめながら叫んだ。
シンジに抱きしめられてもアスカはまだ抵抗を続けている。

「フーッ、フーッ」

依然としてアスカから人間の言葉が発せられる事は無い。

「シンジ君、アスカはずっと司令を狙って暴れ続けるだろうから、拘束するしかないのよ、分かって？」
「嫌だっ、せっかくアスカに会えたのに！」

ミサトになだめられても、シンジは声を荒げて拒否し続けた。
ミサト達はどうしてアスカと初対面のはずのシンジがこんなにアスカにこだわるのか理解が出来なかった。
しかしアスカと引き離そうとすると、ものすごい力で抵抗するシンジに手を焼いていた。
そこでミサト達はネルフの病棟に入院させ、シンジもアスカの病室の隣の病室に部屋を確保すると言う条件でシンジを納得させた。
それからシンジは付きっきりでアスカの側に居るようになった。
部屋の中で暴れるアスカをシンジは無理やり拘束する事はせずに、優しく接し続けた。
アスカは生きるための食欲や睡眠などの本能は失われてはいなかったものの、普段の行動は獣そのままだった。
せっかくシンジが用意した食事も床にたたき落とし、犬食いをする。
シンジはアスカに箸を使わせて食べさせようとするが、アスカは暴れて抵抗した。
監視カメラを通じてアスカの病室を見ていたミサトは、シンジの献身的な姿を見続けながらため息を付きながらリツコに尋ねる。

「このままじゃあ、シンジ君の方が参ってしまうわ。何とかならないの？」
「鎮静剤を多量に投与すればアスカの行動を抑える事ができるかもしれないけど……シンジ君の方がそれを拒んでいるのよ」

リツコは強引にアスカを眠らせようと睡眠薬を処方した時、シンジは烈火のごとく怒ったのだ。
二度とそのような事をしたらエヴァに乗らないとまで言い出し、その時アスカに注射した医師を思いっきり殴り飛ばしたのだった。
アスカも睡眠薬が含まれている食べ物は本能的に分かるらしく、だまして食べさせるのも難しかった。
そんな時、使徒が紀伊半島沖で確認されたと戦略自衛隊の巡洋艦から一報が入った。
ミサトは水際で使徒を倒す作戦を立て、シンジは初号機で出撃した。
シンジは分裂前に使徒イスラフェルを倒してしまおうと攻撃を仕掛けたのだが、コアの位置が把握できていなかったためか、先制攻撃で倒す事は出来なかった。
２体に分裂してしまった使徒イスラフェルに対してシンジは同時攻撃を仕掛けようとATフィールドの槍を発生させようとするが上手く行かなかった。
シンジがレイから受け取った使徒リリスの力は、かなり弱まってしまっていたのだ。

「こうなったら、他の武器で！」

シンジはパレット・ガンを両手に装備してイスラフェル甲・乙に向かって攻撃を仕掛けるが、上手くタイミングを合わせられない。

「シンジ君、あわてずに１体ずつ倒しなさい！」
「それじゃあ、ダメなんです！」

ミサトの命令に対しシンジはそう答えて拒否した。
シンジは戦い続けたが、疲れ始めたすきを突かれて使徒に初号機を投げ飛ばされてしまった。
初号機の敗北を知った戦略自衛隊はＮ２爆雷を投下して使徒イスラフェルを足止めした。
ネルフ本部に戻ったミサトは会議室で作戦の練り直しを行った。
使徒のデータを分析した結果、２体に分裂した使徒のコアを同時攻撃するしかないとの結論が出された。

「弐号機のパイロットが居れば、初号機と連携させて倒すと言う作戦がありますが……」

使徒を倒すための作戦をゲンドウに尋ねられたミサトは言葉を濁した。
画面が切り替わって映し出されたアスカの病室では、アスカがシンジに向かって殴る蹴るなど暴れていた。

「Ｎ２爆雷は効果があったのだろう？」
「ええ、使徒の構成物質の４８％の焼却に成功しました。足止めにはなります」

冬月の質問にリツコはそう答えた。

「それなら、物理攻撃でも使徒のＡＴフィールドを破れる望みはあると言う事だな」
「ネルフ以外の組織にも協力を要請しろ」

冬月のつぶやきを聞いたゲンドウがそう命令を下し、冬月と共に会議室を出て行った。
後の作戦はミサトに一任すると言う事だろう。

「使徒の再侵攻までの時間は？」
「おそらく１週間後ね」
「まだ、余裕があると言う事か……」

リツコの返事を聞いて、ミサトは腕組みをしてつぶやいた。

「まさか、セカンドチルドレンがその間に回復するかもしれないなんて奇跡を信じているの？」
「あたしも、弐号機が使えない場合の作戦も考えておくわよ」

ミサトの返事を聞いて、リツコは皮肉めいた笑みを浮かべた。
弐号機を使った作戦も考えると言う事を暗に示していたからだ。
ミサトはロボット兵器を所有している戦略自衛隊と日本重化学工業共同体に連絡し、１週間後の使徒との再戦での協力を要請した。
しかし、ミサトは予感がしていたのだ。
おそらく、初号機と弐号機によってしか使徒のコアの同時攻撃は成功しないであろうと。

「お願いシンジ君、奇跡を起こして……」

ミサトは胸元のペンダントを握りしめ、祈るようにそうつぶやいた。