余録

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余録:ブータンに学ぶ

 「王様はスリ・スリ・スリ・スリ・スリ・ドルック・ギャルポ・ジグミー・ドルジ・ワンチュックといういかめしい称号の方だったが、家族もろとも気軽に迎えてくださった」▲日本人としてヒマラヤの王国ブータンに戦後初めて入国したのは植物学者の中尾佐助・大阪府立大助教授である。1958年のことだ。中国とインドに挟まれ、政治的に微妙な立場にある王国は当時厳しく国を閉ざしていたが、遠来の学者を王室は温かく迎えた。その時の模様を旅行記「秘境ブータン」(毎日新聞社)は冒頭のように記している▲案内された王宮の菜園を、はだしで走り回ってはしゃいでいた幼い皇太子は72年、16歳で第4代国王に即位。経済成長ではなく、精神的な豊かさを優先する「国民総幸福」を唱え世界の注目を集めた王様である▲「国土の6割以上を森林とする」という新憲法の制定や、議会制民主主義の本格導入へ道筋をつけた国王は06年、51歳で王位を譲った。地球環境の保全に貢献した人物を顕彰する今年の「KYOTO地球環境の殿堂」入りの一人に選ばれ、一昨日の表彰式に王女が名代で出席された▲「地球最後の桃源郷」といわれるブータンだが、国際化の流れは急だ。小学校から英語教育に本腰を入れ、インターネットやテレビ放送も広がっている。しかし、「近代文明の恩恵は否定しないが、それは必要に応じたペースで」という姿勢を貫く▲猛烈な勢いで近代化を進め工業技術では世界のトップランナーに躍り出た日本。一方で美しい田園風景は荒廃し、孤立した人々の「無縁社会」が広がる。私たちがブータンから学ぶことは多い。

毎日新聞 2011年2月15日 0時29分

 

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