第五話 反乱の予兆
守るべきものを次々と失っても、シンジは心を開いてくれたレイ、これから出会うアスカを守ると心に誓った。
特にミサトも負傷してしまい入院している今となっては、日常生活においてもレイが大きな心の支えとなっていた。
しかし、そんなシンジの決意を試すかのように使徒が現れる。
それはシンジにも見覚えのある空中に浮かぶ白黒の縞模様の影を持った使徒、レリエルだった。
レイと共に出撃したシンジは地面に映る黒い影こそが使徒の本体だと知っていた。
シンジはATフィールドを針状に発生させて黒い影に向かって突き刺すが、全く使徒にダメージを与えられていないようだ。
「くそっ、使徒のコアまで攻撃が届いていないのか……?」
悔しそうに歯ぎしりをするシンジの前で使徒はグングンと接近して来ていた。
そして使徒のデータを分析したネルフの作戦部がエヴァを内部で自爆させるしかないと結論を出すと、ゲンドウは恐るべき命令を下す。
「レイ、零号機と共に自爆しろ」
「了解」
零号機の中でゲンドウの通信に即答したレイにシンジは声を荒げて叫ぶ。
「綾波っ、何を言っているんだよっ!」
「……さよなら」
「嫌だっ、綾波、僕はもう誰も死ぬのを見たくないんだっ!」
「……ごめんなさい」
それがレイの最後の言葉だった。
初号機の目の前で、零号機は使徒の本体へと向かって飛び込み、空中に浮かぶ影の球体が光に包まれた。
球体はかき消えるように消滅し、地面の黒い使徒の本体も消滅した。
「綾波ぃぃぃぃーー!」
シンジの悲鳴が初号機のエントリープラグの中に響き渡った。
発令所に居るネルフのスタッフ達もあまりのショックに言葉も出ないようだった。
しかし無情にもシンジにはレイの自爆を嘆き悲しむ暇は許されなかった。
「衛星軌道上に、また新たな使徒の出現を確認!」
オペレーターの日向の報告により、発令所に再び緊張が走った。
「使徒は、降下してネルフ本部を押し潰すつもりです!」
「何だと、今からではとても逃げ切れんぞ!」
青葉の叫ぶような報告を聞いてショックを受けた冬月が思わずもらしてしまうと、発令所はこれまでに無い混乱に包まれた。
「僕が使徒を受け止めます!」
「お前の力では無理だ」
初号機のエントリープラグの中で力いっぱい叫ぶシンジに、ゲンドウはあっさりとそう言い放った。
「ロンギヌスの槍を使って使徒を倒すのだ」
「ロンギヌスの槍?」
シンジはゲンドウに誘導され、射出口を逆に進み素早くネルフ本部のターミナルドグマへと足を踏み入れた。
ターミナルドグマは巨大な十字架に拘束された白い巨人リリスが胸に刺されたロンギヌスの槍で封印されている不気味な空間だった。
「この場所は……ミサトさんに見た事全てを忘れろって言われた場所だ……父さんはいったい何を考えているんだ?」
「シンジ、時間が無い。早くロンギヌスの槍を引き抜け!」
ぼう然としていたシンジは、ゲンドウの言葉を聞いて急いでロンギヌスの槍を引き抜き、再び地上へと引き返した。
シンジの投げたロンギヌスの槍は落下してくる使徒のコアを貫き、使徒は殲滅された。
使徒のコアとATフィールドは消滅したが、その使徒の巨体の落下の衝撃波は第三新東京市の市街の建物の大部分をなぎ払い、更地にしてしまった。
住む家を失った第三新東京市の市民のほとんどが街の外へと出て行く事になり、その中には四号機の事件の後ずっと顔を合わせる事の出来なかったケンスケやヒカリも含まれていた。
葛城家の留守番電話には去りゆくケンスケからのメッセージが残されていた。
「ううっ……ケンスケ……」
シンジは何度も録音されたケンスケの音声を再生して涙を流していた。
夢見ていた第壱中学校での平和な生活を叩き壊されてしまったのだ。
退院して久しぶりに帰って来たミサトは、病人のようなシンジの姿を見てショックを受けた。
「シンジ君……!」
「ミサトさん、ミサトさん……!」
たまらずミサトはシンジを抱きしめてしまった。
リツコからは決して心を許すなと警告を受け、その圧倒的な力に恐れも感じていたミサトだったが、ミサトの目の前に居るシンジは深く傷つき涙を流す心の優しい少年だった。
1時間ほどミサトの胸で泣き続けたシンジは気持ちが落ち着いたのか、シンジは照れ臭そうに顔を赤らめながらミサトから体を離す。
「ごめんなさいミサトさん、すっかり甘えてしまって……」
「ううん、別に良いのよ。辛かったシンジ君のそばに居る事ができなくてごめんなさい」
ミサトは穏やかに微笑むと、シンジにゆっくりと顔を近づけて行った。
「あのミサトさん、顔が近いですよ」
ミサトの唇が触れる寸前、シンジは顔を背けた。
その反応を見たミサトは少し寂しそうに笑う。
「もしかしてシンジ君って、心に決めた好きな子が居たりするの?」
「えっ、どうしてそう思うんですか?」
「そうじゃなければ、キスを拒んだりしないはずよ。健全な男の子ならね」
ミサトがからかうような笑顔を浮かべてそう言うと、シンジの顔に暗い影が落ちた。
「ま、まさかその子も……?」
「いえ、そう言うわけじゃないんです」
シンジは寂しそうに首を振って否定した。
「でも、シンジ君に好きな子がいるのなら、ちょっと残念な事になるかもしれないわね」
「どうしてですか?」
「ドイツ支部から補充パイロットが派遣される事になっているんだけど、シンジ君と同い年の女の子なのよ」
「へえ、そうなんですか」
シンジは平静を装って相づちを打った。
「他に好きな子が居ても、仲良くしてあげてね」
「もちろんですよ」
ミサトの言葉にシンジは嬉しそうな笑顔をして答えた。
「もしかしてシンジ君って真面目に見えて浮気性なの?」
「そ、そんな事無いですよ」
ずっとアスカが好きだったとシンジはミサトに言いたかったが、逆行なんて話をしても信じてもらえるはずもない。
せっかくミサトの信頼を勝ち得たのにまた怪しまれる事は言いたくないとシンジは考えた。
部屋に戻ったシンジはずっとアスカの事ばかりを考えていた。
もちろん、アスカに告白しても受け入れられる保証などなかった。
シンジはまたアスカに会って、一緒に居られるだけで嬉しかったのだ。
それに、以前よりは鈍感な振る舞いをしてアスカを傷つける事も少なくなるだろうと思った。
シンジはアスカが日本にやって来る日を心待ちにしていた。
しかし、ドイツ支部はいろいろな口実でアスカの本部への派遣を拒み続けたのだ。
シンジの初期の使徒戦のデータを持ち出して、初号機だけでも使徒の殲滅は可能なのではないかとも主張していた。
そんなドイツ支部と日本の本部との対立が続く中、ネルフ本部の電源が全て落とされるという事件が起きた。
ネルフ本部に居たシンジは停電時に使徒がやって来た事を思い出し、初号機の元へ向かった。
シンジが初号機が収められているケージへとたどり着いた時、みんな発令所の方に行ってしまったのか無人で、監視センサーなども全て沈黙していた。
周りに誰も居ない事を確認すると、シンジは初号機へと視線で合図を送った。
すると初号機は勝手に動き出し、自力で拘束を外してシンジにそっと手のひらを差し出した。
「良かった、まだ僕の力は残っているんだね」
シンジは嬉しそうにつぶやいて初号機の手のひらに乗せると、初号機はエントリープラグを排出してシンジを乗せた。
「さあ、早く使徒を倒してしまおう」
シンジはそうつぶやくと初号機でネルフの通路を移動し、中央の大きな縦穴の側で使徒を待ち受けた。
待っている間、シンジは暗闇のネルフの中をアスカとレイと3人で移動していた時の事を思い出した。
あの時は3人で力を合わせて使徒に立ち向かい、勝利を重ねていた。
ずっと3人の関係が思っていたのに……。
今はあの時より強い力を身に付けているのに、孤独だった。
シンジは寂しそうに大きくため息をついていると、目の前の縦穴に使徒の溶解液が降り注いだのに気がつく。
「よし、来たっ!」
シンジは横穴から飛び出すと、ATフィールドを張って溶解液を防ぎながらパレット・ガンを地上に居る使徒に向かって乱射した。
そのシンジの攻撃により、蜘蛛型の使徒マトリエルは倒されたのだった。
ネルフ本部の電源が復旧され、いつの間にか初号機が使徒を倒していた事が分かると、発令所は驚きに包まれた。
どうやって使徒の接近を知ったのか?
どうやってエヴァに乗る事が出来たのか?
どうやって使徒を倒す方法を考えついたのか?
シンジはそう尋ねられても、リツコ達を納得させる答えを返す事は出来なかった。
しかし、使徒を殲滅させたと言う結果を出したので、詳しい追及は不問とされた。
シンジも一安心して、葛城家とネルフの実験場を行き来するいつもの生活へと戻った。
そしてシンジが悶々とアスカを待ちわびる日々を送る中、浅間山の火口で孵化前の使徒の幼生が発見されたとの報告がなされた。
ゲンドウは使徒を殲滅させるようにシンジに指示を下す。
「どういう事だ碇? ゼーレからの命令は使徒を生きたまま捕獲するのでは無かったのか?」
「ゼーレの老人達に使徒のサンプルを渡す必要はありませんよ」
冬月に尋ねられたゲンドウは笑いを浮かべてそう答えた。
この件によりゼーレとゼーレに通じるネルフドイツ支部とネルフ本部の溝はさらに深まって行った……。
※作者の朝陽(ハル兄)です。使徒の順番に関する質問を頂いたので、お答えしました。
詳しくは作品の感想欄をご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8080q/
誤字修正は後ほど行いたいと思います。
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