「三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」」

三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」

2011年2月14日(月)

報じられない米国の「輸出倍増計画」

「雇用!雇用!」と叫ぶオバマ大統領にとって日本は格好の標的

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 ところで、なぜ現在のアメリカは、ここまで自国の雇用改善にこだわるのであろうか。無論、同国が1930年代の大恐慌期に、失業率25%(都市部では50%超!)という凄まじい恐慌状況を経験したためである。加えて、現在のアメリカは、リソースのほとんどを雇用対策に注力させなければ、失業率の改善が困難という事情もある。

 2007年まで続いた世界的な好況は、ご存知の通りアメリカの不動産バブルに端を発していた。より具体的に書くと、不動産バブルのおかげで、アメリカが前代未聞のペースで経常収支の赤字(同国の場合は、ほとんどが貿易赤字)を拡大してくれたからこそ、実現したのである。

 図2-1は、1980年以降のアメリカの経常収支の推移である。確かに、アメリカでは80年代から双子の赤字(経常収支赤字と財政赤字)が問題視されてはいた。それにしても、98年以降のアメリカの経常収支赤字の拡大ペースは、率直に言って「異様」である。不動産バブルの崩壊が始まった2006年まで、同国の経常収支赤字は、まるで指数関数のように伸びていったのだ。

 ちなみに、2002年のアメリカの経常収支赤字は、「世界全体の経常収支赤字」の8割を占めていた。一国の経常収支赤字が、世界全体の8割に達していたわけである。

 アメリカの経常収支赤字が拡大するということは、反対側に必ず「経常収支黒字」の国が存在する。中国などのアジア諸国や欧州の黒字組(ドイツやオランダ)はもちろん、当時は日本もアメリカの経常収支赤字拡大の恩恵を受け、経済成長を遂げることができた。

 2002年以降の、いわゆる世界同時好況は、まさしくアメリカの経常収支赤字拡大により達成されたのである。そして、繰り返しになるが、アメリカがここまで経常収支を拡大できた理由は、同国で不動産バブルが発生していたためだ。

アメリカ不動産バブルの主役は家計だった

 日本の不動産バブルの主役は「企業」であったが、アメリカの場合は「家計」である。家計が不動産バブルに沸き、国家経済のフロー(GDPのこと)上で、民間住宅や個人消費が拡大し、世界各国からアメリカへの輸出が拡大することで、世界経済は「同時好況」を楽しむことができたわけである。

 何しろ、アメリカの個人消費は、同国のGDPの7割超を占める。文句なしで「世界経済における最大の需要項目」である。不動産バブルにより、アメリカで「世界最大の需要」が活性化し、世界各国は史上まれに見る好景気を楽しむことができたわけだ。

 しかし、それもアメリカの不動産バブル崩壊で終わった。

 図2-2の通り、アメリカの家計は2007年まで、年に100兆円のペースで負債を拡大していった。このアメリカの家計の借金が、不動産バブルに回り、ホームエクイティローンなどで個人消費を牽引し、世界は同時好況に酔いしれることができたわけだ。

 2007年(厳密には2006年後半)に不動産バブルの崩壊が始まると、アメリカの家計は負債残高を全く増やすことができなくなってしまった。グラフではよく分からないかも知れないが、アメリカの家計の負債総額は、現時点においてもわずかながら減少を続けている。すなわち、アメリカの家計は負債を増やすどころか、むしろ「借金を返済する」という、バブル崩壊後の日本企業と全く同じ行動をとっているわけだ。





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著者プロフィール

三橋 貴明(みつはし・たかあき)

作家、経済評論家、中小企業診断士
1994年、東京都立大学(現:首都大学東京)経済学部卒業。外資系IT企業ノーテルをはじめNEC、日本IBMなどを経て2008年に中小企業診断士として独立、三橋貴明診断士事務所を設立した。現在は、経済評論家、作家としても活躍中。2007年、インターネット上の公表データから韓国経済の実態を分析し、内容をまとめた『本当はヤバい!韓国経済』(彩図社)がベストセラーとなり、経済評論家として論壇デビューを果たした。その後も意欲的に新著を発表。そのほとんどがベストセラーになっている。また、インターネットでカリスマ的な人気を誇り、当人のブログ「新世紀のビッグブラザーへ」の1日のアクセスユーザー数は4万5000人を超え、推定ユーザ数は12万人に達している。2010年参議院選挙の全国比例区に自由民主党公認で立候補したが落選した。『デフレ時代の富国論(ビジネス社)』『中国がなくても、日本経済はまったく心配ない!(ワック)』『今、世界経済で何が起こっているのか?(彩図社)』など、著書多数。


このコラムについて

三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」

 「平成の開国!」などと、イメージ優先で進むTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)。マスコミではTPPがあたかも「日本の国民経済全体のために素晴らしいこと」といった報道がなされ、「農業だけが問題」と議論が矮小化されている。しかし、TPPは単なる農業の輸入問題ではない。日本社会のあり方や「国の形」を変える可能性を持ち、かつ日本のデフレを深刻化させる恐るべし政策なのだ。そもそもTPPにせよ、自由貿易にせよ、その本質はインフレ対策である。TPP、緊縮財政など、デフレ期にインフレ対策ばかりを推進する民主党政権により、日本経済は更なるデフレ不況の谷底へと、叩き落とされるのか?

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