「三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」」

三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」

2011年2月14日(月)

報じられない米国の「輸出倍増計画」

「雇用!雇用!」と叫ぶオバマ大統領にとって日本は格好の標的

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 さらに、日本のメディアは、オバマ大統領の演説内容を報じる際に、以下の「輸出倍増計画」についても、ほとんど無視を決め込んだわけであるから、驚かざるを得ない。アメリカを含むTPPをめぐり、国内で侃々諤々の議論が始まっているにも関わらず、日本のメディアはアメリカの「輸出」や「貿易協定」に関する大統領発言を報じなかったわけである。

英文:
To help businesses sell more products abroad, we set a goal of doubling our exports by 2014 ― because the more we export, the more jobs we create at home. Already, our exports are up. Recently, we signed agreements with India and China that will support more than 250,000 jobs in the United States. And last month, we finalized a trade agreement with South Korea that will support at least 70,000 American jobs. This agreement has unprecedented support from business and labor; Democrats and Republicans, and I ask this Congress to pass it as soon as possible.
Before I took office, I made it clear that we would enforce our trade agreements, and that I would only sign deals that keep faith with American workers, and promote American job.

日本語訳:
 輸出事業を支援するために、我々は2014年までに輸出を倍増する目標を掲げた。なぜならば、輸出を増強すれば、我が国において雇用を創出できるためである。すでに我が国の輸出は増えている。最近、我々はインドと中国との間で、米国内において25万人の雇用創出につながる協定に署名した。先月は、韓国との間で7万人の米国人の雇用を支える自由貿易協定について最終的な合意に至った。この協定は、産業界と労働者、民主党と共和党から空前の支持を受けている。私は、上院に対し、本合意を可能な限り速やかに承認するよう求める。
 私は大統領に就任する以前から、貿易協定を強化するべきとの考えを明確にしていた。そして、私が署名する貿易協定は、米国人労働者を守り、米国人の雇用創出につながるものに限るだろう。

 オバマ大統領が「輸出倍増計画」を打ち出したのは、2010年(昨年)1月の一般教書演説においてである。すなわち、2010年から5年間で、アメリカの輸出を2倍にするという、大胆極まりない戦略目標だ(※アメリカの輸出総額は、元々世界で1位、2位を争うほどに多い)。今回の一般教書演説において、2014年までに輸出倍増と発言している以上、昨年1月時点の計画は、現時点でも「生きている」ということになる。

 さらに、引用の最後の部分で、オバマ大統領は自分が署名する貿易協定は「米国人労働者を守り、米国人の雇用創出につながるものに限る」と断言しているわけだ。TPPを検討している最中に、この発言を一切報じなかった日本の各メディアは、職務を放棄していると断言されても仕方があるまい。

 要するに、TPPとはアメリカの輸出倍増計画、ひいては同国の「雇用改善計画」の一部に過ぎないのである。アメリカのTPP検討において、自国の「雇用改善」以外の目的は、何一つないわけだ。何しろ、大統領自らが一般教書演説において、「米国人労働者を守り、雇用創出につながる貿易協定にしかサインしない」と宣言しているのである。

 すなわち、1930年代のニューディール政策を思い起こさせる(※と言うか、ニューディール時代に建造された)アメリカ国内のインフラのメンテナンスにせよ、輸出倍増計画にせよ、アメリカ人の雇用改善のためなのである。

中国製鋼管に430%の反ダンピング税

 少なくとも、アメリカが「我が国を世界に開きます」などと甘いことは、微塵も考えていないのは確実だ。何しろ、オバマ政権は片手で日本をTPPに誘いながら、もう片方の手で容赦なく「非自由貿易的」な措置を講じていっている。

 2月7日。アメリカ国際貿易委員会(ITC)は、原油掘削用の中国製鋼管に対し、反ダンピング税と補助金相殺関税を適用することを決定した。今後、中国からアメリカに輸出される原油掘削用鋼管には、430%の反ダンピング税と、18%の相殺関税が課せられることになる。ITCは、中国製品の輸入に、これらの措置を講じることを決定した理由について、「中国製品の輸入がアメリカ企業に脅威と損失をもたらしているため」と説明している。

 要するに、アメリカの現在の戦略は「自国の雇用改善」に貢献するのであれば、貿易協定を結ぶが、そうではない場合は相殺関税を適用するという、極めて「自国中心主義」的なものなのだ。何しろ、一般教書演説において、オバマ大統領が雇用(jobs)と発言した回数は、実に25回にも及ぶのである。

 アメリカを含むTPPという自由貿易協定、しかも「過激な」自由貿易協定を締結することを検討するのであれば、せめて現在の米国側が「何を望んでいるのか」くらいは理解しておかねばなるまい。





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著者プロフィール

三橋 貴明(みつはし・たかあき)

作家、経済評論家、中小企業診断士
1994年、東京都立大学(現:首都大学東京)経済学部卒業。外資系IT企業ノーテルをはじめNEC、日本IBMなどを経て2008年に中小企業診断士として独立、三橋貴明診断士事務所を設立した。現在は、経済評論家、作家としても活躍中。2007年、インターネット上の公表データから韓国経済の実態を分析し、内容をまとめた『本当はヤバい!韓国経済』(彩図社)がベストセラーとなり、経済評論家として論壇デビューを果たした。その後も意欲的に新著を発表。そのほとんどがベストセラーになっている。また、インターネットでカリスマ的な人気を誇り、当人のブログ「新世紀のビッグブラザーへ」の1日のアクセスユーザー数は4万5000人を超え、推定ユーザ数は12万人に達している。2010年参議院選挙の全国比例区に自由民主党公認で立候補したが落選した。『デフレ時代の富国論(ビジネス社)』『中国がなくても、日本経済はまったく心配ない!(ワック)』『今、世界経済で何が起こっているのか?(彩図社)』など、著書多数。


このコラムについて

三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」

 「平成の開国!」などと、イメージ優先で進むTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)。マスコミではTPPがあたかも「日本の国民経済全体のために素晴らしいこと」といった報道がなされ、「農業だけが問題」と議論が矮小化されている。しかし、TPPは単なる農業の輸入問題ではない。日本社会のあり方や「国の形」を変える可能性を持ち、かつ日本のデフレを深刻化させる恐るべし政策なのだ。そもそもTPPにせよ、自由貿易にせよ、その本質はインフレ対策である。TPP、緊縮財政など、デフレ期にインフレ対策ばかりを推進する民主党政権により、日本経済は更なるデフレ不況の谷底へと、叩き落とされるのか?

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