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[15332] 【習作】 (魔法先生 ネギま!)転生武道伝コタ・・・ま? (現実→犬上小太郎憑依)
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/29 14:10
【まえがき】

もともとの遅筆加え、ブランクもあったことから、非常に乱雑な文章となっております。

それでも、読んでくださるというお方は、ぜひ、些細なことでも、お知らせください。

不出来な筆者ではございますが、少しずつでも、改善し、より読みやすく、面白い作品を作っていきたいと愚考しております。




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 0時間目 有言実行 いやいやいや!!これはなんか違うから!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/01/08 01:27
ひゅんっ

俺の頭蓋を打ち抜かんと迫る竹刀を、寸でのところで払う。

そのまま距離をつめてくる相手を、真正面から受け止め、相手の速度が無に帰すその瞬間、全霊をもって押し返した。

案の定、たたらを踏んで体勢を崩した相手に、俺は内心で唇を吊り上げた。


貰った、と、そう確信した。


敵を押し返した際に、振り抜いた両の腕は、既に己の頭上高く掲げられている。

無論、己の得物たる3尺9寸の竹刀と共に。

相手が体勢を立て直すより数瞬早く、俺は自らの得物を、今度は敵の脳天目掛けて振り下ろす。

しかし、相手とて素人ではない。

俺が振り下ろした得物を防がんと、不安定な体勢のまま頭上へと振り抜かれる敵の得物。

だがしかし、それすらも想定の範疇。

今度は実際に、唇が釣り上がった。


その“返し”を待っていた!!


無造作に振り抜かれる迎撃は、それ故に、全力の一合。

つまり、二の太刀を無視した、ただ一の太刀のみの剣戟。

ならば道理、その一撃を抑えれば、この打ち合いの雌雄は決する。

振り下ろした自らの両の腕を、敵の得物と衝突する寸前、右へと軌道をずらす。

正面に振り下ろされる一撃が、斜面に振り下ろされる一撃へと姿を変える。

その瞬間、敵もこちらの狙いを看破したことだろう。

しかし、既に遅い。

俺の得物が捕らえたのは、敵が無造作に振り上げた両腕の下。

がら空きになった“胴”。

迎撃のため、重心を固定した敵は、もはやその一撃をかわす術を持たない。

吸い込まれるようにして、俺が放った一撃は、敵の右腹部へと直撃した。


ぱぁんっ


「どぉおおおおおおおおおおっっ!!」


右腹部へ振り下ろした竹刀を、敵の“胴”に当て、打ち抜く“逆胴”。

往々にして、正当でないとされるこの技を、しかしこの瞬間、俺は正当とされる形で打ち放った。

“体”を左へと裁き、地を這わせるように、両の足を擦って、敵の攻撃範囲外へと“間合い”を取る。

決して“気”と“眼”は敵から逸らさぬまま。

俺の“残心”を見届けると同時に、3人の審判が一斉に、赤い旗を振り上げた。


「胴有り!!」


俺は改心の笑みを浮かべ、自らの勝利を噛み締めた。









部活でかいた汗を、シャワーで流すと、俺はすぐに道場を飛び出した。

目指すのは駅前の本屋。

そう、俺は今日、この瞬間ばかりを夢に描いて生き抜いてきた。

発売日には已むに已まれぬ事情から、泣く泣くあきらめた「ネギま!」の28巻。

昨日が小遣い日だった俺は、それを購入するため、目下爆走しているのだった。

え?

俺が何者かだって? 特別重要な気はしないのだが、答えておかないと話が進みそうに無いから、手短に答えておくYO☆

大島 孝太 18歳 市内の公立進学校3年 特技 剣道 一応去年は県大会の決勝まで粘った。

趣味 自宅警備。

以上、俺スペックでした。

ん? 最初のシリアスなバトル展開は何? 

さぁ? 筆者がいきなりこんな電波だったりメタ発言満載だと、読者に引かれるんじゃないかって、ビビッてたんじゃない?

と、そんなわけで、日々文武両道に励む俺だが、決して譲れぬものが一つ。

もう皆さん分かっているとは思うが、俺はオタクなのであった!!(ばばん!!)

え? そんな自慢げにいうことじゃない? うん、分かってる。ちょっと言ってみたかっただけ。

一応部活で必死にやって来た身分だし、中二病とか邪気眼設定はありません。・・・・・・好きだけどもね!!

まぁ、そんな俺が目下、激ハマリしているのが、さっきも言った「ネギま!」だ。

さっきも言った通り、中二病や邪気眼大好き人の俺は、ああ言った学園ラブコメと、シリアスバトルの同居にめちゃくちゃ弱いのだ。

生まれ変わったら「ネギま!」の世界の住人になりたいくらいに!

しばしば二次創作だと、「ネギま!」の世界に転生してしまった主人公は、ネギと距離を置いて死亡フラグを回避する選択をしているけど、俺は違うね!

むしろ積極的に関わって、一緒にネギたちと成長していくことを選ぶね!!

命の危険? そんなものくそ喰らえだ。 

人生は楽しまなきゃ損だろ? 命すら、そのための道具だと思ってる俺にとって、死亡フラグは避けるものじゃなくて、正面からへし折るものなのだ!

もちろん、自分の考え方が若さ故の無鉄砲さだって言うのも分かっているし、平穏に生きられることがどれだけ尊いだってことも分かってる。

それでも、俺はそのぬるま湯に漬かったみたいな生き方に否を唱えたいのだ。

それは俺に流れる武人としての血によるものなのか、単純に、俺がガキだからなのか、どちらの理由によるものかは分からない。

それでも、俺は自身を練磨して、命を削りあう生き方をしている「ネギま!」の登場人物達に共感を覚え、そして共に歩みたいと思う。


ま、全て妄想に過ぎず、それを実現する術なんて、この世には存在しないのだが。


駅前に出るために、俺は視界に飛び込んできた交差点を、走り抜けようと更に速度を上げた。

信号も確認。よし、青信号。

一気に横断歩道を駆け抜けようと道路に飛び出し、俺の意識は闇に飲み込まれた。

信号を無視して真横から突っ込んできた大型トラック。

その無慈悲な走る凶器によって、俺の短い生涯は、一瞬で幕を閉じたのだ。













「おんぎゃあああああああああっ!!!!!!!!!!!!!(ってなんじゃそりゃああああああああああああ!!!!!!!!!!)」


あまりの超展開に、思わず俺は叫んでいた。

いや、叫んだつもりだった。

だというのに、俺の口から飛び出したのは、まるで言葉になっていない、ただの泣き声だった。

それどころか、四肢に力も入らないし、五感の全てがぼんやりしている。

今まで感じたことのない感覚に、俺は再び困惑する。

ここはどこだ? 俺はいったいどうなった?

鈍くはなっているものの、感覚があるところを見ると、どうやら生きてはいるらしい。

しかしながら、以前として自分の置かれている状況は見えてこない。

迷走する思考の渦に埋没しようとしていると、不意に何かに包みこまれた。

温かく、優しく、懐かしい。 そんな温もりに抱かれたせいか、急激に睡魔が押し寄せてきた。

それに抗う術を、今の俺は持っておらず、数秒とせずに、俺の意識は再び闇に落ちて行った。




この時の俺は知る由もなかった。

自らの願いが、思ってもみなかった形で実現していたということに・・・・・・。




















皆さん、こんばんわ、初めまして、お久しぶりです。

さくらいらくさと申します。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

さて、今回の作品、多くの方が思われたことと思います。

「ドコがネギまSSなんだよ!?」と、そう突っ込まれたに違いありません。

まことにその通りでございます。

作者の力量不足により、ネギま的展開は次話よりとなっております。

こんな作者に、もうしばらく付き合ってくださると言う心優しい皆様、是非、次話のあとがきで、またお会いしましょう。






草々










[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 1時間目 愛別離苦 のっけから重たい予感が・・・・・・
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/01/08 01:28
おっす!おら大島 孝太!ってそこ!! 何か痛々しいものを見る目でこっちを見ない!!

いきなり序章で主人公死亡!! ってことで、きっと皆さんこのパターンに気がついていただけたのはないかと思う。

うん。そう、その通り。生まれ変わっちゃったんだなぁ、これが。

うん。そう、それも望み通り「ネギま!」の世界に。

いや、男は度胸!何でもやってみるもんだ、って言うけど、まさか、本当にこんなことになるなんてね。

しかもね、こういう転生って、普通原作に登場しないオリキャラになるって思うだろ?

それがね、これは俺にも誤算だったわけよ。俺だって原作に関係ない方が、動きが取りやすいとか、思ってたよ。

なのにね、バッチリ原作キャラに憑依しちゃいました。それも、とびっきりの爆弾に。

いや、理由はなんとなく想像がつくんだ。多分、性格が一番似てたから。

負けず嫌いなところとか、相手が強いって分かると、白黒つけないと気が済まない性格とかね。

え? もういいから、誰に憑依したか教えろって? OK、そうしよう。

俺が憑依した相手。それはなんと、ネギのライバルキャラ。


『犬上 小太郎』。その人だった。


もうちょっと、動きが取りやすいキャラにして欲しかったです・・・・・・。





俺が犬上小太郎として生まれて、8年が過ぎた。

家族は母と、父親が違う兄の3人暮らし。

比較的小さな呪術師の隠れ里のようなところで、俺は兄のもとで自らの戦闘技術を磨きながら過ごしてきた。

いやもうね。半妖の身体の凄いの何のって。

もともと俺は、剣道をやっていたおかげで体捌きと、戦闘に際して相手の先を読む洞察力「心眼」とでも言えばいいかは、人より優れていた自信がある。

それを、この体は完全な形で生かしきってくれる。

俺が長年描いていた理想と、寸分違わず肉体が反応してくれるし、体力的にも現時点で全盛期の俺を数十倍に凌いでいる。

気がつけば、8歳にして体術的には村の誰も敵わないほどになっていた。

といっても、兄が召還する前鬼、後鬼相手には、流石に10回に1回勝てるかどうかという勝率。

それでも虚空瞬動、浮遊術、挙句に簡単な忍術なんてものも習得済み。

分身はマックス16人までいける!! まぁ、ほぼ完全な影分身ってなると未だ2人が限界ですが。

今までの話を聞いていて分かった人もいると思うが、俺の兄は呪術師である。

で、母も当然呪術師だが、二人は戦闘に特化したスタイルの呪術師だったため、ある程度の体術も納めているのだとか。

おかげさまで、気とか犬神とか使えるようになる前は毎日フルボッコでしたとも・・・・・・。

兄の父上も当然呪術師だったが、所謂“大戦”で帰らぬ人となったそうな。

俺の親父は、母上が召還した妖怪の中にいた狗族の長がそうなのだとか。

馴れ初めについて詳しくは聞かなかったが、随分と人間臭い不思議な妖怪だったようだ。

そんなこんなで、俺は「桜咲 刹那」のような迫害を受けることもなく、概ね平穏に日々を謳歌していた。

予想していた命の危険。生と死が紙一重で交叉する、そんな戦場に身を投じることもなく。

原作の犬上小太郎が何故天涯孤独となったのか、その理由の片鱗すら、俺には欠片ほども見つけられなかった。

だからだこそ、油断していた。

まさか身内から、そんな危機的状況を突き付けられることになるなんて。



その年の冬、俺の兄は一族に反逆する。



理由? そんなもの俺が知るわけがない。

過程はどうあれ、兄は初めに母を殺し、次いで集落にいた全ての一族を虐殺した。

母によって、結界を張った納屋に匿われていた俺は、茫然と、圧倒的な暴力によって命を刈り取られていく人々を見つめていた。

燃え盛る民家、木霊する悲鳴、闇に咲く血華、その全てを他人事のように見つめていた。

全ての村人が殺されて、俺はようやく納屋から出ることが出来た。

何故、今まで出ることが出来なかったのか。そんなの決まってるだろ?

俺が兄の前に立ちはだかったところで、何一つ出来ることは無いと、本能で悟っていたから。

それでも、全ての者死に絶えた世界で、俺は迷い無く兄へと、その足を進めていた。

兄は俺に気が付くと、感情のまったく映らない瞳でこう言った。


「ああ、生きとったんか。この炎で焼け死んでると思ってたで。まぁ、自分何か生きてても何もできひんけどな」

「っ!?」


何一つ言い返せず、ただ息を呑んだ俺を、兄は今度は明確な感情を湛えた瞳、すなわち、つまらないといった瞳で見つめた。


「しょうもないな。自分、死ぬのが怖いんか?ほんまにしょうもない奴や。口では何と言っても、結局は死ぬのが怖いやなんて」

「・・・・・・」


兄の言う通り。俺は今、自分が死ぬかもしれない状況に立たされている。

しかし、兄は一つだけ思い違いをしていた。

俺が死を恐れていると、兄はそう言った。

それは違う。俺は命を賭した戦いを臨み、その為に練磨してきた。

今更、死など恐れる道理はない。


「・・・・・・ちゃうで、兄貴」

「?」


俺が恐れているのは、そんなくだらないことじゃない。


「俺が怖がってんのは、死ぬことやない・・・・・・一度も“戦い”を知らんままに死んでいくことや」


俺はまだ、“戦って”いない。

何一つとして、望みを果たしていない。

そんな様で、どうして死ぬことができるだろうか。

兄の瞳の色が再び変わった。

退屈、を示す虚無から、愉悦、を湛えた眼光に。


「くくっ、ははっ・・・・・・やっぱ自分、どっかおかしいで? 流石、半妖やな。人間とはまるでちゃう」


兄は、手にしていた一振りの太刀を投げてよこすと、心底愉快そうに笑った。

慌てて投げられた太刀を受け止め、訝しげに、兄の表情を伺う。


刹那、兄の姿がぶれた。


「!? ごがぁっ!!!!!!」


気がついた時には俺は、太刀を握りしめたまま、10数mほど蹴り飛ばされていた。

とっさに気で肉体を強化したというのに、胃の中が全てひっくり返ったような吐き気に思わずのたうつ。


「ほぉ、離さんかったか。まぁ、そりゃ大事にせんとな。そいつはな、自分の親父の牙から打った太刀なんやて。昔お袋が嬉しそうに話してくれたわ」

「ぐっ、えぇっ! ・・・・・・はっ、はぁっ、そ、れが、ど、ないやっちゅうねん!!」


何とか呼吸を整えて、兄を睨みつけ凄む。

実際、見え見えの虚勢だ。兄がその気になれば、俺は一瞬で塵芥と化すだろう。

それでも、俺は何もせずに屈することだけはしたくなかった。


「まぁ聞けや。そいつは、自分にくれてやる。どういうわけか、わいには抜けへんかったしな。その代わり、自分は必ず生き延びてわいに復讐しに来るんや」


どや、面白そうやろ?と、兄は心底楽しそうにそうくくった。

・・・・・・ああ、そうか。

こいつは結局、どこまでも俺の兄なのだと、そう思った。

この殺戮も、結局はそういうこと。単純に誰が、一番強いか、それをはっきりさせたかっただけ。

つまり、俺は、その雌雄を決する舞台にすら上がれていないということ。

だから生かす。その牙を磨き、この喉元に喰らい付けるようになれと。


「じょう、だんやない!! 他人に生かされるやなんて、真っ平ゴメンや!!」

「凄むなや、クソガキ。 自分に選択権なんてあらへん」


そう言って、兄は踵を返し歩き始める。

逃がすものかと、俺は駆け出そうとして、膝から崩れ落ちた。


「ぐっ、なんでや!っなんで!?」

「殺すつもりで蹴飛ばしたんや。むしろ生きてたことを褒めたるわ」

「・・・・・・俺はまだ、負けてへん!! 負けてへんからな!! クソ兄貴!!!!」

「ああ、そうや。わいらの兄弟喧嘩は、今始まったばかりや。・・・・・・必ずわいを殺しにこい、小太郎。」

「その首、必ず喰い千切ったる!! 喰い千切ったるっ!!!!!」

「その意気や。わいを失望させてくれるなや。自分がつよぉなるのを、首をながぁくしてまっとるさかい」



その言葉を最後に、兄の姿は霞のように消え、同時に俺の意識も闇に落ちた。

母の形見だという、父の牙を握りしめたまま。




















皆さん、こんばんわ、初めまして、お久しぶりです。

さくらいらくさと申します。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

プロローグのテンションから一転してのシリアス展開に、多くの方が思われたことと思います。

「この作品(作者)、本当に大丈夫か?」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。

まことに、弁解しようもございません。

今後とも、作者の妄想を交えつつ、緩急の激しい作品展開となることが予測されるため、お眼汚しと感じられた方は、遠慮なく感想掲示板にてお知らせください。

自重する、かもしれません。

感想掲示板に起きましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。

皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。

それでは、次回のあとがきに、皆様がまたいらっしゃることを期待しつつ、今日はこれにて失礼させていただきたいと思います。



草々











[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 2時間目 合縁奇縁 原作が崩壊し始めたようです
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/01/08 01:28
気が付くと、俺は見知らぬ部屋に寝かされていた。

どことなく気品溢れる和風建築。

鼻腔をくすぐる藺草の香りが、その気品が本物であることを再認識させる。

いったいここはどこだ?

俺は燃え盛る村で、意識を手放した筈だ。

それが、室内で目覚めたということは、何者かが、俺を保護、或いは監禁したということ。

原作知識から、思い当たる人物は何人かいるが、まったく見知らぬ人物に保護された可能性も捨てきれない。

“修学旅行編”天ヶ崎 千草に雇われていた経緯を考えれば、そこまで悪意ある人物に拾われた可能性は低いが、だからといって善人に拾われている可能性も高くは無い。

もっとも、俺があの「太刀」を受け取った時点で、多少なり歴史に歪みが生じている可能性もある。

原作通りにことが進むと、そう決め付けるのは軽率だろう。

そこまで考えて、俺は重要なことに気が付いた。

父の牙が見当たらない。

見渡す限り、この室内のどこにも、それらしきものは見当たらない。

原作の小太郎が、何も得物を持っていなかったことを考えると、さして重要な品には思えない。

しかし、あの太刀は、母の形見であり、父の顔すら知らぬ俺にとって、唯一親子の絆と呼べる品なのだ。

ここで失っていい代物ではない。


「探し物はこの太刀でしょうか?」


必死になって部屋を引っ掻き回していると、不意に声を掛けられた。

気が動転して、周囲に対して注意が散漫になっていたようだ。

ここまでの接近を許してしまうなんて。

もっとも、それは、この男が一流であることの裏返しでもある。

獣の血が流れる俺に、気配を察知させないほどに、気を抑えることが出来ているのだから。

それはさておき、どうやらこの男、俺の太刀を所持しているらしい。

その真偽を確かめるため、俺はゆっくりと振り返り、絶句した。

そこに立っていたのは、俺の拾い主としては、もっとも想定外の人物。

いや、小太郎が近衛の総本山にいた時点で、何らかの接点があることは明白だった。

それでも、恐らく原作では、このような形では出会っていなかっただろう。

既に、シナリオは俺の予想を離れ、紡ぎ出されているのだ。

開け放たれた襖。そこから覗く廊下に、黒い鉄拵の鞘に収まった2尺7寸の太刀を携え、穏やかな笑みを湛え、その男は立っていた。

関西呪術協会会長にして、サムライマスター。

二界にその名を轟かせた、紅き翼がその一人。

日本において、間違いなく5指に数えられる、最強の一角。

近衛 詠春。その人だった。


「どうやら大切なもののようですね。 私には抜くことすら叶いませんでしたが」


そう言って、西の長は、躊躇うことなく、俺に太刀を手渡した。

・・・・・・こいつ、正気か? いくら子供とはいえ、正体不明の半妖に得物を渡すなんて。

サムライマスターの名が聞いて呆れる。

そんな俺の考えを見透かしてか、彼は苦笑いとともに告げる。


「これでも人を見る眼はあるつもりですよ? 君は一宿の恩を仇で返すような人間ではない、そう思ったんですが」


違いますか、と、西の長は念を押した。

・・・・・・前言撤回。この男、とんだ食わせ物だ。

そんなに風に言われては、こっちは手を上げざる終えない。しかも、さりげなく恩を売っている辺りが、余計に性質が悪い。


「・・・・・・助けてくれたことには、礼を言っとくわ。おおきに」


今気が付いたことだが、俺の腹部には丁寧に包帯が巻かれており、何者かに手当てされた形跡があった。

それも含めて、俺は頭を下げた。

そんな様子を見てか、今度は含みの無い笑いを漏らして、長が言う。


「ふふっ・・・・・・思った通り。君はなかなかにまっすぐな性根を持っているようだ」

「褒めても何もでぇへんで? んで、あんた何者や? ここはどこや? 何で俺を助けた?」


矢継ぎ早に質問を投げかけると、今度は困ったように苦笑いして長は言った。


「そう慌てないでください。私は関西呪術協会、その長を務める、近衛詠春という者です、そしてここはその総本山」

「近衛詠春て、サムライマスターかいなっ!?」


一応、驚いておく。向こうにしてみれば、こちらは何も知らない半妖の子供だ。

下手に落ち着き払っているよりは、オーバーに驚いて見せた方が、怪しまれずに済む。

そう思ってのリアクションだったのだが、流石にオーバー過ぎたか?


「そのように呼ぶ者もいますが、私としてはその名は返上したつもりです。寄る年波には勝てなくて・・・・・・」


・・・・・・おーけー。怪しまれてない。というより、この長、本当に大丈夫か?

一組織の首魁にしては人が好過ぎないか?

おかげさまで、あの虐殺からこっち、シリアスモードになってた頭がようやく、持ち前のペースに戻ってきたが。

そんな呆れはおくびにも出さずに、俺は努めて冷静に話を繋げた。


「・・・・・・本物かいな。何でそないな大モンがいきなり出てくるんや?」

「それに関しては、運命の悪戯とでも言いましょうか、私が君を拾ったのは、ただの偶然です」


しれっ、と、本当に何でもないことのように言ってのけた長に、俺は少し頭にきた。

何処を、如何すれば、あの惨劇の村に偶然居合わせ、偶然俺を拾うというのだ。

何より、あの死臭立ち込めた世界で、多くの屍を見捨て生き残った俺の命が、ただの偶然だと言われたことに腹が立った。

死した者の命を、軽んじられたように感じて。

怒気を隠そうともしない俺に、少し慌てたように、長は繕った。


「そもそも、私は現場に立ち合わせた訳ではありません。陰気の異常な上昇を感じて、調査に向かった者からの報告を受けただけですから」


それを聞いて、ようやく得心がいった。

彼はあの地獄を直接目の当たりにしたわけではないらしい。

もちろん、紅き翼時代には、その程度の惨事、いくらでも経験してきたことだろう。

だからこそか、俺の幼稚な怒りに、彼は何も言わず話を続けた。


「私は、保護された半妖の子供、という情報に興味を抱いて、君に会いに来ただけに過ぎません。言ってしまえば、個人的な感情というやつですね」

「半妖なんて、そんな珍しいもんとちゃうやろ? 何でわざわざ、西の長自ら会いにくんねや?」


彼が、わざわざ俺に会いに来た理由が、本当に個人的な感情だったとして。

それでもなお、何故彼が俺にそこまでの興味を抱くのか、という疑問が残る。

桜咲 刹那の存在も考えると、この長にとって半妖は、たいして珍しいものではないと考えられる。

他の個人的な感情で思いつくことといえば・・・・・・ガチホモフラグとかじゃないよね? それだけはマジで勘弁してください!


「何やら、多大な誤解をされているように感じるのですが・・・・・・」

「・・・・・・気のせいや。んで、結局俺を拾った理由ってなんなんや? 奥歯に物が引っかかったみたいに言わんと、はよ教ぇや」


俺の思考を感じてか、冷や汗を流していた長。

俺が先を促したことで、その表情は一変する。

その真剣な眼差しは、彼が英雄たることを雄弁に語っていた。


「・・・・・・君が眠っている間に、いろいろと調べさせていただきました。失礼を承知であなたの記憶も覗かせていただきました」


記憶、という言葉に、一瞬心拍数が跳ねた。

原作知識について、知られてしまったのではないか、と、そう懸念した。

しかし、それに関しては随分前に答えは出ている。

まだ母が存命だった頃に、リスク覚悟で何度か俺の記憶を覗いて貰ったことがあるのだ。

その際、原作知識に関しての記憶、或いは俺の前世に関しての記憶は、一切垣間見ることは出来なかったらしい。

かなり婉曲な質問だったが、母に対して、数十回に渡り検証してきた結果なので間違いないだろう。

それでも、身構えてしまうのは、小心者の悲しい性である。


「すみません。やはり気分が良いものではありませんよね。しかし、一組織を預かる者として、抱える物の危険性を推し量る必要があったのです」


どうかご理解ください、と、長は深々と頭を下げた。

オーケー、俺の反応を良い方向に勘違いしてくれたらしい。

もうその方向でいいから、さっさと話を進めてくれ。


「別に構へん。んで、覗いた結果、あんたは俺を如何したいんや?」

「結論から言うと、しばらくはこの本山で暮らしていただこうかと思います」

「は?」


今、何とおっしゃいましたか?

この本山で暮らせ?

Why?

いや、確かに見た目8歳だし、半妖だし監視付きの軟禁生活とかは全然予測してましたよ。

しかし、だからといって、本山の中にいろなんて言われるとは、誰が予想し得るだろうか。

別に本山の中で暮らすことに不満があるわけではない。

武術・剣術や呪術の知識を得る上では、恐らくこれ以上の環境は用意できない。

そういった意味では、長の提示した内容は、願ってもない、美味しい話だった。

もちろん、何の理由もなしに、英雄の一人、サムライマスターがそんなことを言い始めるとは思えない。

だからこそ、この美味しい話には何か、裏がある。

そう結論付けて、俺は長に先を促した。


「・・・・・・ええんか? 俺みたいな半端者をこんなところにおらせて?」


そう続けた俺を、長は感心したように見つめて言葉を繋ぐ。


「・・・・・・やはり、年の割には良く頭が回る。確かに君の言う通り、反発する者も出てくるでしょう。表向きは監視のためとさせていただきます」


窮屈な思いをさせてしまい、すみません、と本当に申し訳なさそうに、長は再び頭を下げた。

・・・・・・いや、このおっさんマジでイイ人だわ。

普通、8歳のガキ相手にここまで真摯に対応するか?

まぁ、俺の記憶を覗いて、俺の精神年齢が並の8歳と同等ではないことを踏まえての対応だろうが。

それにしても、ここまで丁寧だと本当、疑って掛かってることが、むしろ申し訳なくなるね。

ごめんね。けど、あんたの目的が分かるまでは、気を抜いてはいけないって、俺のゴーストが囁くんだよ。

だからさっさと結論を言え!!


「で、俺を保護する条件は何や?」

「いえ、何も危険なこと押し付けようなどとは思っていませんよ。・・・・・・ただ、友達になってほしいのです」

「HA?」


おい・・・・・・いま、この男、なんつった?


『友達になってほしいのです』とか抜かさなかったか?


「・・・・・・スマンけど、俺にそっちの趣味h「違います!!」・・・・・・じゃあ、なんやっちゅうねん!!」


それ以外の意味には取れませんでしたよ!!

どう考えても『俺達、友達から始めようぜ』敵なノリだったじゃねぇか!!


「すみません。少々急いていたようです。実は、この屋敷には君の他に半妖の子どもを預かっていまして」


ああ、なるほどね。

桜咲 刹那のことか。確かにこの時期、原作では西で神鳴流の修行に励んでいたんだったか?

・・・・・・あれ? 何かおかしくないか? 

確か原作で刹那は、中学入学と同時に麻帆良に転入したんだったよな?

俺と刹那は5つ違いだから、現在、刹那は13歳のはず。

とっくに麻帆良に旅立って、お嬢様を影ながら見守ってるはずの年齢じゃなかったか?

まぁ、これも、俺と言うイレギュラーが引き起こした齟齬かも知れない。

黙って事の成り行きに身を任せよう。

つーか、ぶっちゃけ今の俺には何もできないし☆

・・・・・・自分で言ってて悲しくなってきた。


「つまりは、そのガキの友達になれっちゅうことかいな?」

「そういうことになりますね。年齢は君と同じ8歳ですし「はぁっ!?」どうかしましたか?」


長の爆弾発言に、俺は思わず声を上げてしまった。

いやいやいや!!

今のに突っ込まないってのは無理でしょうよ!?

だって、何て? 桜咲刹那が、俺と同い年だって?

原作クラッシュするにもほどがあるっちゅうねん!!

ん? 待てよ。長は、半妖の子供の名前が、桜咲刹那だとは、一言もいってないよな?

もしかして、桜咲刹那以外に、半妖の子供がいて、そいつと仲良くしてほしいって言ってるという可能性もあるんじゃないか?

俺は意を決して、長に尋ねてみることにした。


「そいつ、何ちゅう名前や?」

「? 桜咲 刹那という子ですよ?」


うっわー☆

マジでか!?

どんだけ原作を打ち壊したいんだよ・・・・・・。

しかも、俺がフライングで生まれたのか、刹那の出生が遅かったのか、はっきりしていないミステリー。

刹那だけが以上に遅く生まれてたら、本当に今後の展開が読めなくなってしまうな。

早いうちにはっきりさせておく必要があるだろう。

なんて、思考の渦に陥ってる俺を他所に、長は勝手に話を進めていく。


「少々思い込みが強い部分はありますが、根は優しい娘です。君とならきっと仲良くできると思うのですが、どうでしょうか?」


・・・・・・うん。やっぱあんた、組織の長に向いてないわ。そんな小娘一人の行く末に、そこまで苦心してどうするよ?

もちろん、彼女に自分の娘このかという枷を嵌めてしまったことに、罪の意識があるのかもしれないけど、それすらも割り切るのが、上に立つものの責任でしょうに。

もっとも、そんな長のお人好しっぷりに、好感を覚えてる時点で俺ももう負け組みというか、同類ですが。

いいだろう? 誰だって幼い娘には甘くなってしまうものなのさ。・・・・・・そこ、ロリコンってゆーな。

何にせよ、俺の答えは既に決まっている。

どの道、人より頑丈なだけで、ただの子供である俺は、ここで保護される以外に選択肢はない。

それに、今後の展開も考えて、刹那と顔見知りになっておくことに、メリットもある。

死亡フラグ? 上等だ。元より、俺はそれを真正面からへし折るつもりで生きてきたんだから。

・・・・・・しかしまぁ、言いたいことは言わせてもらいますよ? 西の長さん?


「別に構へんけど、あんた一つおかしなこと言ってるで?」

「?」

「友達はなろう思ってなるもんとちゃう、気が付いたらなってるもんやろ?」

「!! 確かに・・・・・・君の言う通りですね」


年齢不相応な、シニカルな笑みを浮かべる俺に、長は穏やかな笑みを浮かべて言った。そこ、中二病とか言わない。

まぁ何にせよ、これで当面の衣食住は確保された。

今は胸を撫で下ろしておくべきだろう。多分に前途は多難だが、それでも、俺は挑むための基盤を、手に入れたのだから。











『・・・・・・必ずわいを殺しにこい、小太郎。』











奴にやられた腹の傷が、短く、しかし明確に脈動する。

そう、俺は今度こそ挑むのだ。あの男に。母の、村の、敵に。

かつてそう願ったように、今一度願う。強く、強く在りたいと。

勢い良く、俺は右手を長に差し出した。


「犬上 小太郎や。これからよろしゅうたのむで」


自らの名に誓うかのよう告げる。強く、強くなると。



















皆さん、こんばんわ、初めまして、お久しぶりです。

さくらいらくさと申します。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

さて、前話からの異常な展開速度に、多くの方が思われたことと思います。

「作者、妄想自重w」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。

一重に、作者の不徳のいたすところでございます。

まことに申し訳ございません。

しかしながら、そんな作品傾向でも、少しでも皆様に楽しんでいただけるよう、日々練磨を絶やさずに、執筆していきたいと思っております。

さて、ここで私的なお知らせを一つ。

次回の更新は少し時間が空いてしまう恐れがあります。

私の作品を楽しみにされてる方が、大勢いるとはとても思えませんが、もし楽しみにされてるかたがいらっしゃるのならば、大変申し訳ございません。

お詫びは、作品の向上、という形で捧げさせていただきたいと思っております。

さて、感想掲示板におきましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。

皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。

それではまた、次回のあとがきにてお会いできること、心より祈っております。



草々



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 3時間目 一触即発 おっもーいーこんだぁらっ♪とか笑えないし! 
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/01/08 01:28
とりあえず、俺の根城が完成して二日が過ぎた。

いや、もちろんあてがわれた部屋に、日用品やら家具やらを運び込んだだけですけどね?

あてがわれたのは、この屋敷には珍しい洋室で、きちんと鍵も掛かります。

素人所見ですが、監視のためのカメラ、盗聴器、探索魔法、結界の類は見当たりません。

ちなみに、この二日間、長は何かと世話を焼いてくれました。

本当にそっちの気があるんじゃないかと怖くなってきましたとも。

長以外にも、何人か呪術協会の人とお話をさせていただきました。

あからさまに嫌悪感とか、侮蔑感のこもった目で見られました。半妖だからでしょう。

大分イラっとしたのでガン飛ばしておきました。

俺がいた村が、つくづく俺に優しい環境だったのだ思い知りました。

以上、近況報告でした。

え?そんなことより、刹那はどうしたって?

まだ会っていませんよ? え? いやいや、こっちも身辺整理とかで忙しかったですし。

あ、でも、今日の午後には、長が彼女のところへ連れて行ってくださるのだそうです。

もちろん向こうにもその旨は伝えてます。

あまり同年代の知り合いがいないため、そうとう刹那ちゃんはテンパッってるのだとか。本当胸キュンです。

あ、ちなみに、俺と刹那が同じ年齢だった件について。

どうやら、俺が完全にフライングしていたようです。長の娘さんも同い年だと、長が嬉しそうに教えてくれました。

このかは既に麻帆良にいるようです。



・・・・・・さて、状況報告はこれくらいにして、長がくるまでの行動予定を立てるとしよう。

部屋でゆっくりしていても良いのだが、あまりじっとしているのは性に合わない。

散歩にでも出かけようか?

長から、本山の結界内であれば、好きに行き来して構わないと言われてるしね。

3日も安静にしていたせいで、いい加減体もなまってきているし、リハビリがてら散策してこよう。

俺は太刀台に飾ってあった父の太刀を手に取り、実に子供らしく、元気いっぱいに部屋を飛び出した。







気が付くと、俺は見知らぬ森の中に立ち尽くしていた。


「・・・・・・まぁ、ちっとは予想してたけどな」


THE 迷子☆

マジで有り得ねぇー・・・・・・。

とゆーか、本山半端無く広ぇー・・・・・・。

いや、興味本位で山道の方に踏み出した俺が悪いんだけどね?

しかし、周囲を見渡しても、ここが何処なのか皆目見当も付かないとは、どれだけ遠くに来たんだ?

既に道らしい道は姿を消しており、俺の周囲は生い茂った木々によって埋め尽くされていた。

本殿の付近なら、狗族クオリティな嗅覚でお香の匂いなんかを辿って戻れるのだが、ここまで山間だとそれも困難だ。

さて、本当にどうしたものか・・・・・・。







――――――――ヒュンッ


「! 刀の風切り音?」


確かに聞こえた。聞き間違うはずの無い、太刀や刀特有の、紙を擦る様な風切り音。

これまた狗族クオリティの俺の聴覚が聞こえたというのだから間違いない。

この音が聞こえる先には必ず人がいるはずだ。刀も太刀も、人間がいなければ振るわれることは無い代物だしな。

本山の結界内であることから、悪意ある輩ではないと考えられる。

おそらくは神鳴流の剣士が稽古でもしているのだろう。

俺は藁にでもすがる思いで、音がした方向へと駆け出していた。

生い茂る緑を、掻き分け掻き分け進んでいくと、急に視界が開けた。

そこには、お屋敷と同じ建築様式の、広い石畳の空間が広がっており、ここが屋敷の近くであることを伺わせる。

良かったぁー・・・・・・無事に戻ってこれましたよ。





――――――――チャキッ

「!?」


安堵したのも束の間。背後から聞こえた金属音、恐らくは、自らの得物を構える音に、俺ははっとなって飛び退いた。

空中で姿勢を制御し、相手と対面となるように、振り返りながら着地する。

無論、すぐに戦闘に移ることが出来るよう、前傾で両足着地することは忘れない。

うん、俺ってば戦士の鑑だね☆



・・・・・・なんて、冗談言ってる場合じゃない。


俺はすぐさま相対する得物の持ち主を睨み付けた。


「!!!!」


そして見事に絶句する。

そりゃあそうだろう。誰だって同じ状況になったら、似たようなリアクションをとるに違いない。

俺に無遠慮な敵意を振りまく相手、その相手に見覚えがあったのだ。

幼い体躯に、病的なまでに白い肌。

艶やかな黒髪を、左側で片結びに。

意志が強そうな、鋭い双眸で睨みを聞かせ、その体躯に不釣合いな野太刀を構える彼女は紛れも無く、彼女だった。


桜咲 刹那。


長がその将来を憂える少女は、どういう訳か、今俺に向かって全開の殺気をぶつけてくれていた。

なんでさ・・・・・・。

いや、確かに神鳴流剣士かな?とか思ったけどさ、彼女だなんて思わなくない?。



「・・・・・・貴様、妖の類だな?」


呆然としていると、唐突に声を掛けられた。

もちろん、えらくドスの利いた低い声です。いや、幼女が無理して低音出してるから、むしろ微笑ましい感じではあったけどね。

しかも、なにやら彼女、俺を本山に侵入した妖怪か何かと勘違いしてるらしい。

気付いて欲しい。

ここが西日本最強の魔法集団の巣窟だということに。

英雄クラスの魔法使いでもない限り、その結界は破れないということに。

そもそも、俺は妖怪ではないということに。

何て、考えてたところで埒が明かない。一先ず、今は誤解を解かないと。何か、刹那の表情がますます険しくなってるし!


「誤解や!! 俺は怪しいモンとちゃうっ!!」

「怪しい輩は、総じてそう言うのだ!!」

「・・・・・・」


あるぇー? むしろ事態が悪化したくない?

まぁ、確かに自分から怪しい者です、なんて言う奴いないもんね。

って、落ち着いてる場合じゃない! 何とかここを切り抜けないと、今にも刹那は切り掛かってきそうな勢いですよ!?


「少しでええ! 話を聞いてくれ!」

「・・・・・・問答、無用!!」


本当に切り掛かってきたーーーーー!!!!!

しかも、初太刀から“抜き”“入り”完璧な瞬動術とは、年齢を考えると、誠に恐れいる。

反射的に身を屈め、身体を前方へと投げ出した。

瞬間、禍々しい凶器が、俺の居た空間を、その空気ごと切り裂いていった。


「っち! 遠慮なしかいなっ!!」


どうやら、本気で刹那の奴は俺を切り捨てるつもりらしい。

躊躇していては、俺は本当に切り殺されるだけだろう。

純粋な実力で上回っていても、それを振るわなければ意味が無い。

殺意を以って凶器を振るう者と、敵意無く技を躱すだけの者では、後者は嬲り殺しになるだけだ。

それを分かっていてなお、俺は戦うことはしたくなかった。

彼女が同類半妖であるということと、立場の問題からだ。

俺はこの本山で監視を受けている存在だ。修行の名目で刀を振るうことが許可された彼女とは違う。

俺がここで自らの力を振るうこと、それは最悪、長への反逆の意思と、こじつけ染みた解釈をされる恐れさえある。

そんな状況下で、力を振るう覚悟が、今の俺には足りていなかった。

こちらの心情を露知らず、刹那は容赦無しに、俺の命を刈り取らんと、無骨な野太刀を振り抜く。


「斬空閃!!」


圧縮された“気”の刃。濃密な死臭を放って肉薄するそれを、紙一重で躱す。

しかし、その俺の動きは相手にとって想定内の“捌き足”。

ならば王手を書けるための一手は、その脳裏において、既に顕現している。

瞬動にて、俺の右側面へと現れる刹那。その腕から、数十に及ぶ殺戮の剣舞が放たれた。


「百烈桜華斬!!」


俺の身体を取り囲むようにして放たれる致死の牢獄。

退路は絶たれ、俺は為す術も無く切り刻まれるだろう。

そしてその瞬間は、その繰り手の名の通り、ほんの“刹那”先に訪れる。



だというのに。

――――――――ドクン

性質の悪い勝負癖が、鎌首を擡げる。


――――――――ドクン

俺の武人としての本能が、告げる。


――――――――ドクン

刃を抜け。


――――――――ドクン

戦う意志を示せ。


――――――――ドクン

三度目の死の予感。今度は・・・・・・


――――――――自らの手で叩っ斬って見せろと。



「っらぁぁぁあああああああああああああっ!!!!」

父の牙。

その鉄拵の鞘から、無造作に刀身を振り抜く。

瞬間、鞘は狗神のような影となって霧散した。

問題ない、鏡のように磨き挙げられた刀身は問題なく振り抜かれた。

ならば技も理なく、叩きつけられる全ての斬撃を叩き落すまで。 

上払い、下払い、横薙ぎ、袈裟、逆袈裟、ありとあらゆる角度、速度を持って。

二閃、払い損ねた。


「っつぅっ!?」


右頬、左肩を、それぞれ掠めるが、それは致命傷には成り得ない。

技の特性上、この局面にて追撃は無い。ならば、と、俺は瞬動術で大きく飛び退き、間合いを取る。


「っは!!?」


取ろうとして、唖然とした。

            ・・・・・・・
あろうことか、俺の身体は飛び過ぎたのだ。


想定していた距離のおよそ2倍。言葉にすればただ二文字だが、武人として、その認識の齟齬は有り得ないのだ。

これには、流石の刹那も呆けたようにこちらを見て立ち尽くしていた。

一体何が、と周囲を確認しようとして気付く、俺の周囲を漆黒の風が覆っていることに。

おそらくは、これが父の牙、その能力なのだろう。詳しいことはさておき、これは俺の“体捌き”を補助する、そういうもののようだ。

ならばやはり、何も問題ない。いつもより身体がキレ過ぎる。それに何の不都合があるだろうか。

今度はしっかりと、両の手で柄を握り、中段にてその剣先を相手の咽を貫く形に突きつける。

その気迫に、刹那が一瞬身じろいだ。

それは、およそ9年ぶりに取った、正当たる正眼の構えだった。

加えて、転生して初めて、太刀を振るっているというのに、どういうわけか、柄の握りは妙に俺に馴染む。

どうやら、俺は戦士である前に、武人である前に、何処までも剣士だったようだ。

気が付けば、これだけ極限で命を凌ぎあっているにも関わらず、俺の口元には、笑みが浮かんでいた。

それもそのはず。

俺は、この命の削り合いを、心の底から愉しんでいた。

初めて感じた戦いの張り詰めた空気が、

剣と剣とが交叉する甲高い太刀音が、

風を切り頬を撫でる刃風が、

俺を倒さんと突き刺さる敵の眼光が、

全てが、心地よかった。


「・・・・・・俺も、たいがい変態やな」


自らを嘲って、俺はその剣線を敵の咽下からから右後方へと構えなおす。

所謂“脇構え”の姿勢にて、全身に纏った“気”を高めた。

対して、刹那は俺に呼応するかのように、八相の構えに携えた野太刀に纏う“気”の密度を高めていく。

どういうわけか、いつのまにか、彼女の唇も両端が釣り上がっていた。


「ようやくその気になったか・・・・・・しかし、この一撃で全て終わらせる」


やはり、彼女も武を志す者。強敵との出会いに、心踊らぬ謂れは無いようだ。

だからこそ、改心の笑みを浮かべて、俺は答える。勝つのはこの、俺だ、と。


「やってみぃや。俺は負けへん。絶対に負けへん!!」


地面を掴む両足を、強く強く踏みしめた。

決着は一瞬でつく。

どちらからとも無く、瞬動を以って疾走し・・・・・・





「そこまでです、小太郎くん」「いい加減にしとき、刹那」





人智を超えた二つの力によって意識を刈り取られた。

・・・・・・テラチートwwwマジキチwwww・・・・・・いや、本格的にね。










皆さん、こんばんわ、初めまして、お久しぶりです。

さくらいらくさと申します。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

前回のあとがきにて、更新はしばらく遅れると書いたのですが、皆様より予想以上に感想を頂き、勢い余って連日投稿となりました。

明日は午前5時起床のため、非常に強行軍となっておりますwww

さて、ようやく女の子の原作キャラが登場したと言うのに、いきなりバトルパートに突入、恐らく多くの方が思われたことと思います。

「こいつ、何が書きたいんだよ?www」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。

そろそろ、作者にも分からなくなって参りました。

赤松先生の描く、魅力的なキャラクターの個性を作者が制御できていないことが、敗因であると分析しております。

少しずつでも改善し、皆様により良い作品が遅れれば、と愚考する次第であります。

さて、感想掲示板におきましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。

皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。

それではまた、次回のあとがきにてお会いできること、心より祈っております。





草々




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 4時間目 管鮑之交 フラグ?いいえケ○ィアです
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/01/16 02:17

「犬上さん、こちらが大広間です! えと、新年会とかの大きな催しをするときに使います!」

「うお!?ホンマにでっかいなぁ・・・・・・前住んでたとことは段違いやわぁ・・・・・・」


目下、目の前をトコトコと可愛らしい足取りで歩く刹那を微笑ましく見守りつつ屋敷の中を案内してもらっている。

舌足らずながらも、一生懸命に説明してくれようとしている刹那の姿には、本当に心洗われるようだった。

・・・・・・もう、ロリコンでいいや、なんて思ってしまった俺を、誰が咎められようか。


「そ、それでわっ、次は道場にご案内しますねっ」

「お! 道場か、ええな! 俺も自由につこうてええんか?」

「えーと、誰か大人の人がいれば大丈夫だと思います」


む、道場は保護者同伴じゃないとダメか。明日から何処で身体鍛えようかね。

その辺も、後で長に相談しておくべきだろう。




―――――――と、それはさておき




いい加減、話の展開に皆さん付いて来れないと思うので、これまでの経緯を少し整理しておこうか。

先ほどの俺と刹那の戦闘(個人的にはそう言って遜色ないくらい洒落になってなかった)は、長と刹那のお師匠様によってあっさりお開きとなった。

ていうか強制終了? 俺も刹那も、こう、手刀で延髄をズバッとね。

まったく、長、というか、この世界の大人は何か、手加減ってものを知らないのか?

首が取れるかと思ったぞ?

で、気を失った俺達は、一時客間に運ばれて、寝かされていた。

そんなに時間も掛からずに、まず俺が目を覚まし、次いで刹那も目を覚ました。

刹那は起きた瞬間、再び俺に斬り掛かろうとしていたが、刹那のお師匠様だという女性に制止されて、しぶしぶといった体で一応は大人しくなった。

その後、長から俺がどういった素性の者か説明を受けて、自己紹介と相成った訳だ。

しかし長に説明を受けているときの刹那ときたら、顔を真っ青にしたかと思ったら、だんだん真っ赤になって、しまいには半泣きで俺に謝る始末。

もう本当に持ち帰って四六時中愛でていたいくらいに愛らしかったですとも!

いや、己のボキャブラリーの少なさが恨めしい。あの異常な愛らしさはきっと言葉じゃ伝わらないと思う次第なのです、はい。

で、俺は刹那が斬り掛かってきたのが勘違いだと分かっていたし、

何よりあんな愛くるしい生き物を起こるなんて人道に反する真似は出来そうもないのですんなり謝罪を受け入れた。

そして、長の提案により、仲直りの印にと、刹那に本山の中を案内してもらう運びとなった訳だ。

先ほども言った通り、普通に接していると刹那は歳相応に舌足らずで、見ていて微笑ましい。

そんな感じだから、会話しているこちらも毒気を抜かれて、外見相応の言葉遣いと言うか、喋り方になってしまう。

おかげで長や刹那のお師匠さんの暖かい視線が痛いこと痛いこと・・・・・・中の人、今年で26ですよ?

まぁ、精神は肉体に引っ張られると言うことなのかも知れないが、何となく、自分が成長していないような気がして寂しいのは気のせいではないだろう。

・・・・・・話が逸れたな。

何はともあれ、刹那は最初のような険のある態度も完全に軟化し、俺を同類で同い年の男友達くらいには認識してくれたらしい。

記憶にあるこのかへの接し方に比べて、大分親しげに接してくれているような気がする。

もっとも、俺はこの時点での刹那がどのように暮らしてきたかは知らない。

しかし、麻帆良で再会した時のこのかの印象を聞いた限りでは、この時点で自分と周囲との人間の間に壁を作っていたことが予想される。

それを考えると、今の刹那の態度は随分好感触なのだろう。

自分が人間でないことを気にして、このかを遠ざけている部分があったからな。

俺が同じ半妖だと聞いて、親近感が湧いたのかもしれないな。

心の中で、まだ見ぬ親父と、今は亡きお袋にグッジョブと言わずに入られなかった。



「着きました!ここが道場です!」


おっと、いろいろと回想しているうちに、いつの間にか道場についていたようだ。

元気良く、右手を掲げ、ででん!とでも効果音がつきそうな感じで刹那がそう言った。


「おぉ~!!流石は西日本最大の魔法組織!!道場も立派なもんや!!」


その道場を見て、心から俺は簡単の言葉を漏らした。

まず、広い。

普通の中学校の体育館4個分はあろうかという広さだ。

加えて、清掃も行き届いている。

磨き上げられた松の板の目は、曇り一つなく塵や埃も一切落ちていない。

何より、充実した魔法対策。

ざっと見た限りでは、遮音、物理衝撃、魔法衝撃への各結界がそれぞれ何重かに敷かれているらしい。

詳しく調べると、もっと多くの術式が見つかりそうだ。


「ここでは、私達神鳴流の剣士も稽古するので、とても頑丈に作られてるんですよっ」


少し自慢げに、そして楽しそうに微笑む刹那。

なるほど。彼女には、今まで武道について語れる同年代の友人などいなかったのだろう。

だから、今初めて、この道場の素晴らしさを理解できる人間に出会えた、そのことで興奮が抑えきれないのだろう。

刹那の瞳は、新しい玩具を買ってもらったばかりの子供のそれに似ていた。

だからだろう、そんな刹那の雰囲気に当てられたように、俺のテンションが無意味に高くなってしまったのは。


「せやろうなぁ・・・・・・くぁ~~~~~!! はよぉここで身体動かしたいわ!!」


実際、さっきの戦闘は不完全燃焼だったしな。

かといって、ここで刹那と闘り合うつもりは流石にないけどね。次やったら多分、本当に追い出される気がするし・・・・・・。

流石に長が手ずから相手してくれることは無いだろう。してもらっても勝てる気はしませんが。

いや、それでもそれは面白いかもしれない。“英雄”と呼ばれる人間との勝負。それは何と魅力的なことだろう、と、そこまで考えついて我に返った。

まずいな・・・・・・。小太郎の身体になってからこっち、俺はつくづく“勝負”が好きになっている。

もちろん、その“勝負”というのは“戦闘”であり、即ちその技術を競い合い“敵”を倒すものである。

しかしながら、村に居た頃は命の危険を伴った殺伐としたものではなく、生前から行っていた競技内での技の競い合いに近いものしか行っていなかった。

生前から、俺は剣道でも試合や互角稽古と言った、戦術を競う場面を最も楽しみにしていたし、白黒きっちりつける勝負事を好む傾向にあった。

だからこそ、自身の異常性に、俺は気が付くことなく、これまで生きてこれた。

しかし、もう目を背けてはいられない。俺は気が付いてしまったのだから。

自らの命を賭けた、混じり気無しの“勝負”こそが、己にとって、最も“愉しい”と。

これは、先に俺達の前に現れるであろう、月詠と同じ性癖、即ち“戦闘狂”バトルマニアと称される変態の一種であるということ。

・・・・・・自分で言ってて悲しくなってきたな。

まぁ、それは割りと生前から理解していたことだし、今更覆すつもりも無い。

むしろ武を志すものとして、その在り方は望むところだ。

客観的に分析すれば、その在り方にはいくつかの欠点が付きまとうが、それも今は懸念事項足りえるほどのものでもない。

当面は、この嗜好の赴くまま、己を鍛え、技を練磨していけばいい。




なんて、考えながら百面相してたせいだろうか、いつの間にか、刹那が不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「ああ、スマン。自分のことほったらかしてしまっとったな」

「あ、い、いえっ、そうじゃなくてっ、えと、なんて言えばええんやろっ、そのっ」


覗き込まれていたことに気が付いて、慌てて声をかけたら、逆に刹那が慌て始める。

突然慌て始めた理由は分からないが、真っ赤になった頬っぺたと、素に戻った京弁が可愛いので良しとする。

うむ、可愛いは正義。

しばらくわたわたした後、ようやく落ち着きを取り戻したのか、刹那は、今度は真剣な顔で俺に尋ねた。


「・・・・・・犬上さんは、何であんなに強くなれたんですか?」


What?

何だって? 俺が強い? いえいえご冗談を。

本当に強かったら、子供に追い詰められて暴走とかしませんから。


「俺は強ぉなんかないで? そんなん言うたら、桜咲のんが強いんちゃうか?」


実際、初見で繰り出してきた瞬動は完璧だった。その後の戦術も、こちらの回避先を完全に読んだ上での奇襲、見事だった。

俺がアレを捌けたのは、親父の太刀、という反則染みた代物を持っていたからだ、俺の実力じゃない。

・・・・・・ちなみに、太刀は俺が気絶するのと同時に再び鞘に収まったそうです。長が回収してくれていました。


「そんなことありません!!私の太刀は、ほとんど犬上さんに弾かれました!!あのタイミングであんなこと、お師匠さまくらいしかでけへん!!」

「うそん」


おう、思わず声に出ちまったぜ。

いやぁ、あれ周りから見たらそんなにギリギリやったんか・・・・・・。

くわばらくわばら。本当、親父様さまだな。

しかし、そんなこっちの事情を知らない刹那の顔は、段々険を帯び始めていた。

何だろうな、彼女の何かを渇望しているような、この表情は。

台詞の後半は、興奮し過ぎて再び素に戻っていた。


「あんなんマグレや。ほら、死にそうになったら出る、火事場のなんとかってな」

「そんな・・・・・・ううん、せやったら、死ぬほど頑張れば、あんなんできるゆうことやんな!」

「ちょちょちょっ!?ちゃうやろ!!そないなぽんぽん出せるもんとちゃうわ!!」

「???そーゆー意味とちゃうん?」


俺の言葉を聴いて、刹那が思案顔で恐ろしいことを口走り始めたので流石に止めた。

この娘、やりかねない・・・・・・・。こらっ、そんな愛らしくきょとん、とした顔で首を傾げてもダメなものはダメです!!・・・・・・可愛いけどさっ。


「・・・・・・なんでそないに強さにこだわんねん?歳考えたら、桜咲は十分強い方やで?」


自分のことは棚に上げて、俺は刹那にそう問い掛けた。

もちろん、俺は彼女が強く在ろうとする理由を十二分に知っていたし、そう在ろうとしていた彼女は、生前からのお気に入りの一人だ、今更、確認することも無い。

しかし、それでも俺は、それを彼女の口から聞きたかったのかもしれない。

その強さの理由を、決意の、固さを。

俺の問いに、彼女は身を固くしていたがしばらく迷った後、俯いたまま搾り出すように、しかしはっきりと、


「・・・・・・守りたい人が、おんねん」


そう、告げた。

それはたった一言。

口にしてしまえば、何のことなど無い、唯の言葉。

しかしながらその“決意”ことばは、俺の胸に、吸い込まれるようにして、響いていた。

思わず、唇が吊り上る。なんとまぁ、青臭いものだと、自嘲する。

何故、わざわざ、彼女にその理由を問うたか?だと、そんなの当の昔から知っていたではないか。

俺は生前から、小太郎と成る、その前から、桜咲刹那という少女に惹かれていた。

その決意に、その在り方に、その美しい、生き方に。

だからこそ、その隣に立ちたいと、そう願い、俺は無意識に、彼女に問い掛けていたのだ。

・・・・・・まったく、今年で26が聞いて呆れる。こんなの唯の中学生ではないか。

しかし、これで俺はその資格を得るチャンスを手にした。

ならば後は、それを掴まなければならない。


「・・・・・・俺はな、桜咲と逆や。どうしても、ぶっ飛ばしたいヤツがおんねん」

「ま、守りたいだけやと、強ぉなれへんのっ!?」

「少し聞いてくれ・・・・・・けどな、桜咲の気持ち、何となくやけど分かるねん。俺は、守りたかった人、守れへんかったからな・・・・・・」

「っ!?・・・・・・」


燃え盛る、山間の村落。木霊する断末魔。誰よりも近しく、今は誰よりも憎い、その男。

脳裏に、今も鮮明に浮かぶその光景を思い描いて、俺は刹那に語りかける。

一つ、一つ、言葉を選びながら。


「せやから、守るために強くなりたい。桜咲の気持ち、大事にしたらええねん。俺はそう思うんが、遅過ぎたんや」

「・・・・・・けど、せやったらなんで、犬上はんはそんな強いん?」

「ちゃうってゆーたやろ?俺は強ぉなんかない。もちろん、桜咲も今は、強ぉなんかない。」

「・・・・・・うん」


苦い表情で、しかし刹那はしっかりと、俺の言葉に頷いてみせる。

そんな彼女が、本当にいじらしくて、胸が暖かくなるのを感じた。


「俺も桜咲も、今は強ぉなる途中なんや。これから、強ぉなんねん」

「強ぉなる・・・・・・せ、せやけど、どないしてっ?」


結局、俺が具体的なことを何一つ言っていないことに気が付いて、狼狽した刹那はすぐにそう尋ねてきた。

しかし、俺は尊大な態度でそれをぴしゃりと跳ね除ける。

・・・・・・こ、心が痛いっ。


「そんなん知らんわ。」

「ええっ!? そ、そんなん、犬上はんいけずや~!!」

「やかましい。俺かて、そんなん知りたいわ。せやからな、自分で見つけんねん。強ぉなる方法をな」

「自分で・・・・・・?」


刹那は俺の言葉に、再びきょとん、と首をかしげる。

・・・・・・あーもう!!可愛いなぁ!!


「せや。自分は神鳴流の稽古でも何でもしたらええ。俺もいろいろ鍛えるさかい。で、ときどきお互い、どれだけ強なったか手合わせして確かめるんや。どや?」

「稽古して、手合わせして、確かめる? け、けど、せやったら、いつもお師匠さまとしとるえ?」

「だあほっ。そんなんお師匠さんがぶっちぎりで強いに決まっとるやんけ。」

「うっ!? そ、そうやんな・・・・・・」

「せやから、俺と自分で確かめんねん。多分、今の俺らの強さは、同じくらいやしな」

「そうなん? それで勝てたら、うち、強なってる?」


恐る恐る問い掛ける刹那に、俺は笑って頷いた。


「けど、ええん?犬上はんに付き合うてもろて?」

「そんなん気にせんでえーねん。言うたやろ?俺も強ならなあかんって」

「・・・・・うん。せやったね。犬上はん、うちが強なるの、手伝ってくれはる?」


再び、決意に満ちた表情で、刹那は、俺にそう確認する。

そう彼女が決意したのなら、俺の答えは決まってる。

最上級の笑みを浮かべて、力強く俺は答えた。


「当たり前や。こっちこそ、頼むで? “刹那”」

「!?・・・・・・えへへっ、よろしゅう頼んますえ“小太郎”はん?」


見てるこっちまで幸せになりそうな笑みを浮かべて、刹那は、その右腕を差し出してきた。

その右腕をしっかりと握り返して、俺は決意を、もう一つ追加することにした。



強くなる。あのクソ兄貴をぶっ飛ばせるくらい、強く。


そして、守る。この花のような笑顔が、昏く曇ることのないように、守り抜いてみせる。



無邪気な笑顔と、歳の割りに少し固い少女の手の温もりに、俺は今一度その在り方を誓った。














皆さん、こんばんわ、お久しぶりです。

さくらいらくさです。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

前回の更新から打って変わって、非常に間が開いてしまったこと、大変申し訳ございません。

あまりに音沙汰がないため、みなさんこう思ったことでしょう。

「何?作者、また脱兎落ち?www」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。

まことに弁解しようもございません。読者の皆様の指摘にも在りました通り、作者は非常に日常を描くことを不得手としておりまして。

つきましては今回この4時間目・・・・・・難産でした。

ええ、難産でしたとも。

しかしながら、こうやって皆様の前にお出しすることが出来ましたこと、心より嬉しく思っております。

しばらく更新速度は、今回のように遅くなってしまうことが予測されますが、前回のように、皆様のご声援によって、一念発起する恐れもあります。

過度な期待はせず、お待ち頂けると幸いです。

さて、感想掲示板におきましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。

皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。

それではまた、次回のあとがきにてお会いできること、心より祈っております。





草々





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 5時間目 因果応報 用意するもの:鋼の精神力
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/01/19 23:04
俺が近衛の屋敷で暮らすようになってから、およそ4年の月日が過ぎた。

光陰矢の如し、とは言ったものである。

俺のこの4年間は、まさに瞬く間に・・・・・・って、何? 時間描写をはしょるための言い訳にしか聞こえないって?

仕方ないじゃん? このまま刹那以外のヒロインがまったく登場しないまま話数重ねるとさ、ヒロイン固定しちゃって痛いことになりますよ?

きっと読者の皆さんだって、他の可愛い娘ちゃんの登場を心待ちにしているはずさ!!

と、言う訳で、ここ4年間の話はおいおい語っていく方向で勘弁してください。

特筆すべきことがほとんど起こらなかったというのも理由の一つですけどね。

刹那のお師匠さんが途中で違う人になったとか、俺の稽古に時折長が付き合ってくれたとか、その程度だ。

他に大きなイベントはなかったはずだ。うん、俺の記憶上には存在しないね。

話を戻そうか。

そういう訳で、この4年間はさしたる問題もなく過ぎていった。

俺と刹那は、先の約束通り、月に2~3回程度の手合わせを重ねながら、着実に武人としての腕を上げてきたつもりだ。

親父の太刀に関しては、抜くと身体能力が飛躍的に向上するってこと以外分からないままだったが、剣を振るうことによる最大のメリットは他にあった。

神鳴流の技を、いくつか使えるようになったのだ。

もちろん、刹那が使う完全な神鳴流と比べれば完成度は劣るものの、斬空閃や斬鉄閃といった単純明快な技なら、ほぼトレースできるほどになった。

これは剣士としては、かなりのアドバンテージとなると俺は確信している。

原作のように我流で技を磨き続けると、いずれその極地に辿り付けたとしても、それは大きく遠回りしてしまうことが常だ。

対して、一本でも筋が通った流派を体得することは、武の高みを目指すにおいて、絶対の優位となる。

それ故に、俺はこの神鳴流の剣技を、刹那との手合わせを重ねるごとにより正当のそれに近づけようと画策していた。

その事実に気が付いた刹那が、少し拗ねたように頬を膨らませていたことに悶えたのは、俺と皆の秘密だぜ!!

無論、剣以外にも鍛えては来たが、それは追々ということで、披露するその瞬間まで楽しみにしておいてほしい。

次に、身体的な変化についてだが、これはこれで驚きの連続だった。

現在12歳となった、俺こと犬上小太郎の肉体は、まさにパーフェクトと言って差し障りない完成度を誇っていた。

身体能力がどうこうとかではなく、外見が素晴らしいのだ。ジュニアアイドルも裸足で逃げ出すレベルですよ。

これは流石に予想以上だった。年齢詐称薬の下りで、将来結構なイケメンになることは予測できたが、ここまでとは思っていなかった。

決して自画自賛だとは思わないで頂きたい。身長はおよそ160cmで現在なおも成長中である。

あ、ちなみに小太郎のトレードマークともチャームポイントとも言えるあの犬耳ですが・・・・・・消しました。

いや、もちろん物理的にではないよ? 痛いじゃん? 長に幻術の初歩を教えてもらって、それを応用して普通の耳に見えるようにしています。

おかげさまで、今の俺はただのロン毛な中学生にしか見えません。つーか、成長してしまってるせいで、最早小太郎とは別の生き物に見えなくも無いね。

今更ながらに思う。小太郎になれて本当に良かった。

こんなにイケメンなルックスがあれば、女の子口説き放題じゃね?なんて、マジで企んでしまうもの。

まぁ、正直なところ、特に目当ての女性がいる訳でも、不特定多数とよろしく楽しむつもりもございませんが。

生前はどうだったのか・・・・・・聞くなよ。剣道がそこそこ強い以外、ただのオタクだった俺に彼女なんて出来ると思うか?

なんてことを、考えならがら、ふと気が付く。



俺、今後どんな風に原作に関わっていくんだ?



この屋敷で暮らし始めたこととか、年齢が違うこととか、親父の太刀とかのせいで、完全に原作とは違う世界のようには感じていたけれども。

この世界が“ネギま!”の世界であることは紛れもない事実だ。

サウザンドマスター“ナギ・スプリングフィールド”の存在と、20年前の大戦についての記録も確認した。

その全てが、俺の記憶にある“ネギま!”の世界の流れと完全に合致していたことからも、間違いないといえるだろう。

つまり、俺、というイレギュラーを除けば、この世界は凡そ、俺の知る通りの歴史を辿っていく可能性がある。

もちろん、その逆も然りだが、だからと言って何もしないことの理由にはならない。

それに、俺は誓ったのだ。

刹那を、その彼女が守りたいと思うものを、守り抜いてみせる、と。

そしてこの世界が、俺の知る限りの歴史を刻むと言うのであれば、俺は今後彼女に降りかかるであろう苦難を、知っている。

それから彼女を守るため、どう動くべきか、何をすべきかを、俺は知っているはずだ。

しかしながら、それは俺がいなかった“歴史”。だからこそ迷う。俺は何をすべきなのか、と。




・・・・・・結局、今考えていても仕方が無いことなのだろう。俺はそこで強制的に思考を打ち切った。




大体、刹那以外の原作メンバーに出会う前から、あれこれ考えていても埒なんて明かない。

原作開始まで、残りおよそ2年。その間に、自身の身の振り方について何らかの答えを出そう。

そう決意して、俺は目下の作業を再開することにした。




え? 何をしてるかって? 

俺のやっている作業を一言で表すなら・・・・・・そうだな、“ストーキング”という言葉がしっくりくるかもしれない。

コラそこ!!ゴミを見るような目で俺を見るんじゃない!!

これにはちゃんとした事情があるのだ。

今日は、刹那と前もって取り決めた“手合わせ”の日だった。

なので朝食を終えてからしばらくして、俺は彼女の部屋に声を掛けに行ったのだが、生憎と彼女は不在だった。

屋敷の中の心当たりを隈なく探したのだが、彼女はどこにもいなかった。

そんな様子を見かけた女中さんが、彼女が裏山の森へと入って行くのを見かけた、と教えてくれたので、目下捜索中、と言うのが現状だ。

え?全然ストーキングじゃないって?・・・・・・いや、その追跡方法に問題があるのだ。

いつぞや話した通り、俺の五感は、まさに犬のそれと同等なのだ。

前回は確か、聴覚が鋭いということを話したが、犬が鋭いのは、何も聴覚ばかりではない。

その嗅覚も、人間が及びもしないほど、広範囲の匂いを嗅ぎ分けることが出来る優れものなのだ。

・・・・・・察しが良い方はもうお気づきだろう。

鬼のように広い屋敷の裏山を、ただ闇雲に人一人を探して彷徨う馬鹿はいない。

つまり俺は、刹那の“匂い”を頼りに、彼女を探している訳だ。

もちろん、汗臭さとか、そういった類のものではない。

いかにも女の子らしい、独特の甘い香りとでも表現すればいいだろうか。

ともかく、そういった類の香りだ。

刹那に限っていえば、半妖独特の血が混ざった、不思議な匂いもするため、非常に追跡しやすいしな。

お分かり頂けただろうか。これを“ストーキング”と言わずになんと呼ぶ。

自分で選んだ手段だとはいえ、流石に悲しくなってくるな。・・・・・・だって便利なんだもん。

そんな訳で、俺は刹那の姿を求めて、このだだっ広い森を駆け抜けていた。

瞬動使ったり、木と木の間を跳躍したりと、やりたい放題に走っているため、普通に移動するよりは、遥かに早い動きはしていたが。

それでも、人一人を見つけ出すには、屋敷の裏山は余りに広大過ぎた。

ちょっと心が折れてしまいそうだった。

そもそも、探しに行く必要があったのだろうか? 今まで、刹那がこの“手合わせ”の約束を違えたことなどない。

ならば、彼女の方が俺に声を掛けてくれるまで、部屋で待機していた方が得策だったのではないだろうか?

大体、あの刹那が勝負事の前にわざわざ出かけるような用事だぞ? そっとしておいてやるのが友情ってもんでしょう?

などとも考えたが、結局のところ、ここまできて引き返せる訳も無いので、ひたすら森の中を彷徨い続ける俺なのだった。

刹那の匂いが強くなるほう強くなるほうへと、木から木へと飛び移る俺。うーん、ナイス忍者だ。

わざわざ木の上から探しているのは、普通に道が無いからという理由と、上からの方が視界が広くなっているから。

大分近づいてきているはずなのだが、一向に刹那の姿は見つからなかった。

何本目か分からないが、一際大きな木の枝に飛び移った際、背の低い木々に覆われて死角になっている箇所を見つけた。

匂いの強さから、この周辺に刹那がいることは間違いないので、俺は仕方なくその茂みへと飛び降りた。

一瞬の葉が擦れる音とともに、視界が開ける。

瞬間、俺は驚愕した。水の“匂い”には気が付いていたが、まさか、こんな光景が広がっていたとは、流石に予想していなかった。

そこには、特別大きいと言うわけではないが、綺麗な湖、いやこの大きさなら池と表現したほうがいいだろう、が広がっていた。

水はそこが見えるほどに透き通っていて、一目でこの池の水が清浄であることが分かる。

4年間この本山で暮らしていながら、こんな素晴らしい光景を知らずに生きてきたとは、不覚だな。

おっと、余りの景観美に本来の目的を忘れるところだった。

池の周辺を見渡してみたが、やはり刹那の姿はない。やはり匂いはかなり近い地点から感じるというのに。

俺は溜め息を軽くついて踵を返し・・・・・・再び声を失った。


「・・・・・・」

「っ!?」


俺の視線の先には、多分俺と同じ理由で完全に硬直しきっている刹那が居た。

いや、普通にそこにいるだけだったらね、俺だって思考がフリーズしたりなんかしませんよ。

多分刹那だって、平時であるなら、俺が飛び降りてきた時点で声を掛けてくれたはずだ。

それが、今の今まで完全に硬直するほどに衝撃を受ける事態が、今目の前で繰り広げられていた。


あー、つまり・・・・・・刹那は純白の双翼を広げた上に、何故か下着しか纏っていない状態だったのだ。


いや、マジで眼福です。


・・・・・・ではなくて!!

ど、ど、どうしよう!? 普通に裸見ちゃった♪だけならまだしもっ!! この4年間で一度も見せてもらえなかった羽を見てしまったとなるとまずくない!?

原作でも、このかたちに見られた後「掟が~!!」とか言って刹那は皆の前から姿を消そうとしていたし!!

も、もしかして・・・・・・俺はこの4年間で積み上げてきたものを一瞬のうちにぶち壊してしまったんじゃあ・・・・・・?

だって、何か今にも泣いてしまいそうなんですよ!? あの刹那が!!

っていうか、いい加減目をそらせよ俺!!

いつまでもジロジロ見てちゃ余計まずいだろうが!!

・・・・・・っ! だ、ダメだ。刹那から目をそらすことができない。

白磁のような、白く透き通った肌に、未発達で起伏の少ない肢体。

水浴びをしていたのか、肩に掛かった黒髪は濡れいて、酷く艶かしい。

驚きに高潮した頬は、いつもより朱を帯びていて、歳相応に愛らしい。

漆黒の相貌は、イミテーションだと分かっていても美しく、今にも溢れそうなほどに涙を湛えていた。

それらを覆うように広げられた、一対の白い翼。

まるで完成された芸術品のような彼女の姿に、俺は目をそらすどころかまつ毛一つ動かすことが出来なかった。


だというのに、この口はいらんことだけは言えるらしい。


「・・・・・・天使、みたいやな・・・・・・」


本当にぽろっと、呼吸するくらい自然にそう零していた。

修学旅行でのこのかの気持ちが理解できた。

これは、反則染みて美しい。


「っっっ~~~~~~~!!!!!!!!?」


瞬間、顔を真っ赤に染めた刹那によって投合される石ころ。

気すら纏ってないそのただの石ころは、これまた障壁の一つもはってない俺の眉間を直撃、俺の意識は暗転した。

・・・・・・まぁ、アレだ、刹那の裸を見た代金がこれだっていうなら、おつりが来るくらいだしね。











皆さん、こんばんわ、お久しぶりです。

さくらいらくさです。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

なお、この作品は1/19の投稿後に一度編集されています、ご了承ください。

今回の作品、余りの台詞の少なさに、作者自身戸惑いを覚えております。

この5時間目につきましては、主人公の今後の方針やこれまでを振り返るための、総集編、あるいは次話への中継ぎ的な存在と思って頂ければ幸いです。

しかしながら、最後の最後でお約束展開。皆様こう思ったことでしょう。

「作者、せっちゃんの裸書きたかっただけだろwww」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。

そうですけど、何か?

後悔?ちょっとしてます・・・・・・。

反省?いえ、余り。

赤松作品の面白い点は、惜しみないラブコメ的展開、最近で言う『ToLOVEる』キャラクター達が可愛らしいことにある、と、作者は声高に主張して回りたいのです。

さて、感想掲示板にて、私が文末につける『草々』に関して、しばしばご指摘を受けるので、この場をお借りして弁解など述べさせて頂きたいと思います。

まず、『草々』は接頭句とセットで、手紙等のかしこまった文章の文末に用いられること、実は作者、重々承知しておりました。

その上で、お約束好きな作者は、文末に何かしら、自分のお約束的な閉めの言葉を用意したく、悩んだ末に思い浮かんだ言葉が『草々』でした。

ですので、初めから、形式どおりの運用法を無視した上での言葉遊び程度のつもりで使用していたのですが、どうやら皆様のお目汚しになってしまったご様子。

やはり、接頭語とセットで用いる、或いは、別の終了句をしたほうがよろしいのでしょうか?

よろしければ、次話までの間、皆様の忌憚のないご意見をお聞かせいただけると幸いです。


さて、感想掲示板におきましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。

皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。

それではまた、次回のあとがきにてお会いできること、心より祈っております。





草々


・・・・・・やはり、違和感がありますかね?www




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 休み時間 掌中之珠 すいませーん!台本くだs・・・・・・へ?あ、ない?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/01/19 23:41
OutSideView:SETSUNA


その日。

私はいつものように、本山守護結界の端にある池に来ていた。

目的は、これまたいつものように、私の背中に生えた一対の“白い翼”を洗うこと。

普段は折り畳み、肩甲骨と一体化しているこの翼だが、身体の一部であることには違いはない。

何日か経つと汚れたり、かゆくなったりする。

そこで私は、3日に一回、この池で翼を洗うように決めていた。

これは、まだこのかお嬢様が屋敷にいらした頃から、私が続けている数少ない習慣である。

・・・・・・お嬢様、今頃いかがお過ごしでしょうか?

ゴホンッ! 話を戻そう。

だから、と言い訳をするつもりはないが、何年も行っていたために、私は羽を洗う際の、周囲への注意を怠っていらしい。

羽を綺麗に洗い終えて、用意していたタオルで水気を飛ばし、符の炎を用いて、羽を乾燥させる。

そして、ここに来る前から来ていた稽古着に袖を通そうとしたそのとき、それは起こった。

頭上の木をガサガサと揺らして、着地する黒い影。

私はすぐさま先頭に移れるように、衣服を纏うことなど忘れて夕凪に手を伸ばそうとして、失敗した。

突如として姿を見せたその人物を、私は知っていたのだ。

出会った頃は、ちょうど同じくらいだったはずの背丈は、今では彼の方が10cm以上も高くなっていた。

肩幅も広がり、何処となく頼もしくなってきた背中。

もともと男性にしては長めだった髪は、伸ばし続けていたせいで肩にかかるくらいになっていた。



何より、自分にとって馴染み深い、半妖独特の不可思議な気配を、間違えるはずもなかった。



“犬上 小太郎”



4年前にふらりと、この関西呪術協会の本山に現れた“得体の知れない”心許されざる存在。

今となっては“忌み子”である私にとって、唯一“友人”と呼べる存在。

幼くて要領を得なかった私の願いを、真摯に受け止め、互いに技を練磨しあった“戦友”と呼べる存在。

本当にかけがえのない、お嬢様と同じくらいに、私が“守りたい”と思える存在。

何よりも、“失いたくない”と願っていた存在。



だから、私は動けなくなった。



この4年間で、私は一度も彼のこの姿を晒したことなどなかった。

いや、彼だけではない。屋敷において、私のこの姿を知るのは、最初のお師匠様と、長のみ。

お嬢様にすら見せていない、否、見せることが出来ないこの姿を、私は、彼に晒す勇気がなかった。

彼に拒絶されることが、とても恐ろしかった。


―――――――烏族の世界において“白い翼”は禍いの申し子とされていたからだ。


種族は違えど、同じ妖しの血が流れる彼は、その事実を知っているかもしれない。

だから私は、烏族との混血だということは伝えても、白い翼だけは、彼に決して見せるつもりは無かった。

禍いを恐れ、彼が私から離れていく姿を想像して、顔から血の気が引いていった。


―――――――嫌だ。私は、桜咲刹那は、彼を、犬上小太郎を、喪いたくない!!


彼がいたから、私は自らの弱さと向き合えた。

彼がいたから、私は己の剣に自身を持てた。

彼がいたから、私は私自身の願いに気が付くことができた。


その借りを一つも返さぬままに、二人の関係は崩れてしまうかもしれない。

押しつぶされそうな恐怖に、私の四肢は戦慄という名の鎖に縛り付けられていた。

幸い、彼はまだ私に気が付いていない。

今すぐにここを飛び立てば、彼にこの姿を見られずに済むかもしれない。

だというのに、髪の一筋さえも、私は動かせなかった。


そして、ついに彼は踵を返した。


瞬時に驚愕の色に染まる彼の表情を見て、私は絶望に一瞬目が眩んだ。


―――――――終わってしまう。彼に何も返せぬまま、私達の関係はここで終わりを告げる。

お嬢様を助けられなかったあの日以来、一度も流さなかった涙が、こみ上げて来ているのが分かる。

何故?私はこんなにも弱い人間だったのかと、再び自身に失望しかけて気が付いた。

そう、私が弱いから、泣きそうなのではない。

私にとって、それだけ彼が大切だから、悲しいのだ。

お嬢様のときとは違う、彼を“喪いたくない”という気持ちの正体に、ようやく気が付いた。




桜咲刹那犬上小太郎に恋している。




だから、あの時とは違う絶望が、私の胸に渦巻いていた。

この恋は今始まりを告げ、この瞬間終わりを告げる。

だって、この翼は“禍いの翼”。誰からも受け入れられることのない、孤独の象徴。

彼だけが例外だという、そんな都合のいい話があるはずもない。



この恋は、ここで終わる



耐えられなくなって、涙しそうになったそのとき、彼の口から、静かに言葉が零れ落ちた。



「・・・・・・天使、みたいやな・・・・・・」


え?

今、何て?

彼の言葉が信じられなくて、自分の耳を疑った。

しかし、彼は確かに言ったのだ。



―――――――“天使みたい”だと。



拒絶の言葉ではなく、確かにそう呟いた。

この翼が“禍い”を呼ぶものだと、恐らく知りながら、それでも彼は、私を天使のようだと、言ってくれた。

私は、彼に拒絶されていない?

私は、彼を喪っていない?

そう思った瞬間に、今度は安堵から、涙が零れそうになった。

ようやく芽付いたこの恋を、ここで終わらせずに済む。

ここから、彼への想いを紡いで行くことが出来る。

四肢を絡めていた重い鎖が、一瞬で砕けていった。



そして、重大なことに気が付いた。



一先ず、この翼について、彼は私を拒絶していない、と解釈していいだろう。

すると、それ以外の現状が残っているわけで・・・・・・。

つまるところ、彼は頬を紅く染め立ち尽くしており、その視線の先には私がいる。

そして今の私は、下着以外の衣類を、一切纏っていなかった。



「っっっ~~~~~~~!!!!!!!!?」



羞恥心で、顔から火が出そうだと本気で思ったのは初めてだった。



そこから先はもう良く覚えていない。

気が付くと、近くに落ちていた、少し大きめの石をつかみ、彼目掛けて全力投球していた。

普段ならば、やすやすとかわせるであろうそれは、どういう訳か彼の額に吸い込まれるようにして直撃し、もんどりうって彼は気絶した。


やってしまった、と反省するが既に遅い。

この後どうやって彼を運ぼうか?

彼が目を覚ましたら、どんな顔で話せば良いだろうか?

などと、この後のことを考えるとどうしても気が重くなる。

しかしながら、心は前よりもずっと晴れやかだった。



私はようやく、彼に全てを晒すことが出来たのだから。

いつも裏表なく私に接してくれた彼の誠意に、ようやく報いることが出来たのだから。

そして、ようやく気が付けたのだ。



彼への想いに。



この淡い恋心に。



色恋なんて、物語の中だけのものだと思っていた自分が、こんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。

どこかくすぐったくて、不思議なこの感情。

ときに持て余してしまいそうになるそれに、私は溜め息をつきながら、まずは服を着ることにした。

・・・・・・さて、いったいどんな顔で起こせばいいでしょうか?


















皆さん、こんばんわ、お久しぶりです。

さくらいらくさです。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

久々の連日更新となりました。が、話はあまり進んでおりません。

だって番外編なんですもの!!

進行の余りの鈍足に皆さんこう思われたことでしょう。

「ネギまーだー???」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。

作者もその瞬間を心待ちにしております。

しかしながら、ネギの登場はしばらく先になる予定です。

さて、今回のお話は、タイトルからもお察しの通り『番外編』となっております。

もっとも、単純に前回のお話を主人公以外の視点から描いただけなのですが。

作者の中では、修学旅行編までの刹那は誰よりも繊細で、他人に拒絶されることをとても怖がっている、そんな印象を抱いていました。

今回の作品では、そんな彼女の弱さを描くと同時に、何故かそんな彼女に愛されてしまった主人公に殺意を抱いて頂ければ、作者の目論見は8割方成功といって良いかと思っております。

さて、感想掲示板におきましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。

皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。

それではまた、次回のあとがきにてお会いできること、心より祈っております。





草々










[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 6時間目 報本反始 いざ尋常に・・・・・・ん、キャラがおかしい? 
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/17 22:03
「ほんっっっとうにすみませんでした!!!!」


意識を取り戻した直後、俺は地面に頭を擦り付けながら、全力で土下座していた。

もうこれでもかってくらい深々と頭を下げて。

正直な話これで許してもらえるなんて思ってもいなかったが、俺に出来ることはこれくらいしかなかった。

切腹という手段も残っていたが・・・・・・痛いのは怖いじゃん? 刹那ががっつり介錯してくれそうですがね・・・・・・

肝心の刹那はというと、


「・・・・・・」


さっきから俺の正面で仁王立ちしたまま微動だにしない。

それが余計に俺の焦燥感に拍車を掛けていて、背中から嫌な感じの汗がドバドバと溢れてくるのを感じた。

刹那が動かない以上、俺も下手に動くことが出来ず、先程から謎の硬直状態が持続しているわけだが・・・・・・

これならぶっちゃけた話、長と剣を交えてる方がよっぽど精神的には楽だ。

いっそ殺してくれと、そう思わずにはいられない刹那の迫力に、俺のチキンハートは崩壊寸前だZE☆


「はぁ・・・・・・」


「っ!!?」


刹那が溜息をつく気配を感じて、俺は思わず身を固くした。

顔を挙げて彼女の表情を伺う勇気は、当然のようにありませんでした。


「もう顔を上げてください。別に悪気があって覗いたわけじゃないんでしょう?」

「そ、それはもう!! 天地神明に誓って!!」


想定外だった刹那の言葉に、俺は飛び起きてそう返事をしていた。

すると刹那は、呆れたように苦笑して、やれやれと言った体で肩をすくめて見せた。


「なら、この件は小太郎さんの誠意に免じて不問にしましょう。小太郎さんが近づいたことに気が付かなかった、私の未熟さにも原因がありますし」

「ほ、ホンマに? もう、怒ってへん?」


女の子の裸を覗いといて、こんな簡単に許されちゃって良いの? 警察さん仕事しなくて良いの?

などと、思わずにいられなかった俺は、ビクビクしながらもそう聞き返していた。


「くどいですよ? それとも、切腹でも申しつけた方が良かったですか?」

「マジで勘弁してください」


刹那が笑顔のまま凄むという、謎の高等技術を披露し始めたところで、再び俺は土下座を開始した。

しかし、今回ばかりは、刹那の心の広さにマジで感謝感激だな。

悪気はなかったとはいえ、裸を覗いた悪ガキを、こんな簡単に許してくれるなんて・・・・・・

・・・・・・刹那ちゃんマジ天使・・・・・・




「そいじゃ、さっそく始めよか?」


その後、俺は未だに少し痛む額を擦りながら、刹那にそう促した。

いや、もう正直な話、身体がうずうずしてしょうがなかったのよ。

刹那相手に使う技を、あれやこれやと開発しては脳内シュミレーションを繰り返してきたからな。

それがいざ使えるとなるともう、楽しみ過ぎて夜も眠れないレベルでしたとも!!

そこ!! 戦闘狂っていうな!!

そんな俺の様子に、刹那は再び苦笑いを一つ零した。


「もう少し待ってください。長が私たち二人に用事があると言付かっていますから、先にそちらを確認しないと」

「はぁ~~~!? じゃあ何や!? しばらく手合わせはお預けかいな!?」

「そう、なりますね・・・・・・」


がくっ、とあからさまに脱力する俺。

だぁって~、あの長が、わざわざ俺たちを同時に呼び出すような用事ですよ?

どうせ一朝一夕で終わらないような、非常に面倒極まりない仕事とかを押し付けられるに決まってる。

おまけに楽しみだった手合わせを反故にされるという最悪の連鎖攻撃付きだ。

俺のやる気は最早ストップ安か上場停止ですぜ・・・・・・


「そ、そんなにやさぐれないでください! そ、そりゃ、うちとの手合わせを、楽しみにしてくれてたんは嬉しいけど・・・・・・」


刹那は何故か台詞の後半で口ごもってしまい、狗族クオリティな俺の聴覚でも、何と言っていたのかは聞き取れなかった。


「と、ともかく、まずは長のところに向かわないと」

「んー・・・・・・まぁ気乗りせえへんけどしゃあないな」


一応、養って貰ってる身ですしね。


「それでは、早速長のもとへ」

「あ、ちょお待ちぃや」

「どうかしましたか?」


瞬動を行おうと、足に気を集中させていた刹那が、急に制止を掛けられたことで、きょとんとした表情でこちらに振り返った。

・・・・・・や、ヤヴァイ、可愛すぐる・・・・・・!!

で、でわなくて!


「長んとこに行くんやろ? やったら、もっと早い方法があるで」

「早い方法?」

「まぁ見ときぃ・・・・・・そらっ!!」


気を手掌に集中させ、己の意識を自らの影と、長の居室に出来た影に集中させる。

物理的に干渉できないであろう二つの地点に、気の力を以ってバイパスを繋げるイメージを、一瞬で作り上げる。

瞬間、俺の影は半径3m程の円形へと拡大した。


「どや?」

「これは・・・・・・影を利用した、転移魔法、ですか?」

「そや。完成させるんには、大分苦労したけどな。これで、戦術の幅が相当に広がるで」


俺が見せた高等技術に、驚きを隠せない様子の刹那。

ふふふ、どうだ驚いただろう? その顔が見たくて見たくて仕方なかったのだよ!!

・・・・・・さて、目を白黒させる可愛らしい刹那も拝めたことだし、さっそく用事を済ませるとしますかね。


「じゃ、行くで?」

「え゛? こ、この中に飛び込むんですか?」

「当たり前やろ?」

「で、ですが・・・・・・?」


どうやら、刹那はこの得体の知れない空間に飛び込むことに、若干の抵抗があるらしい。

というか、俺様の腕そのものを疑ってる臭いな。

これ、本当に大丈夫かよ?って雰囲気が滲みまくりだ・・・・・・ユルスマジ。


「四の五の言わずに、とっとと入れや」


どかっ


「うひゃあっ!!!?」


足踏みする刹那の尻に、後ろからヤクザキックを見舞ってやった。

いや、もちろん加減はしてたよ?

普段ならあっさり避けれたであろうそれを、転移魔法に意識を取られていたのか、刹那はあっさりと喰らって、可愛らしい悲鳴を上げて、影の中に落ちて行った。

さて、俺も行くとしますか・・・・・・。

ぴょん、と刹那が呑みこまれていった影の中に、俺は躊躇なくその身を躍らせた。






「よっ、と」

「いたたぁ・・・・・・」


転移魔法を抜けると、そこはきっちりと長の部屋の縁側に繋がっていた。

刹那は俺に蹴られたお尻をさすりながら、尻もちをついていた。

ふふん、見たか刹那め。

俺の忍術もなかなかのものだろう?

何て勝ち誇っていると、刹那はわざとらしく咳払いをして、からさっと立ちあがった。


「ぶ、無事に長の部屋に辿り着けましたね」

「何今更もっともらしいこと言ってんねん。さっさと入るで」

「わ、分かってます!」


そう言って、刹那が靴を脱ごうとした矢先。


がらっ


「外が騒がしいと思って見てみれば・・・・・・痴話喧嘩ですか?」


行き成り、長の部屋の戸が開け放たれた。

まぁ、こんだけ騒げば当たり前か。


「ち、ちちちちちわげんかなどっ、滅相もございません!!」

「そやで。詠春のおっさんが急に呼び付けるさかい、刹那との手合わせがおじゃんや。そのストレスを刹那をからかって発散しとったんや」

「こ、小太郎さん!!」

「はぁ・・・・・・仲が良いようで何よりです。小太郎君が暴れ出してもあれですし、早く中に入ってください」


促されるままに、俺たちは長の部屋にお邪魔することにした。




「で? 俺ら二人をわざわざ呼び出して、どんな面倒事を押し付ける気ぃや?」

「こ、ここ小太郎さん!? お、長になんて物言いを!?」


おら、さっさとゲロっちまいな、という雰囲気全開で長に悪態をつく俺。

無礼者MAXな俺に、刹那の心臓は爆発寸前だろう。


「ふふっ・・・・・・この本山で僕にそんな口を聞けるのは君くらいのものですよ」

「何や、褒められてる気がせぇへんわ」

「褒められてません!!」


おお、刹那の突っ込みが、大分鋭くなってきたな。


「まぁ、君には悪い話じゃないと思いますよ?」

「ええから、もったいぶらんとさっさと話しぃ」

「せっかちなところも相変わらずですね・・・・・・良いでしょう」


長は居住まいを正すと、いつもの飄々とした雰囲気から一片、真剣な顔つきになり、


「君たちに、全力で戦って貰いたいのです」


そう、一言申しつけた。


「あー・・・・・・スマン、質問の意味がよぉ分からん。つまり、何や、俺らに長の前で手合わせしろ、っちゅうことかいな?」

「平たく言えばそういうことです」

「で、ですが、長・・・・・・私たちが本気でやりあうと、本山の結界に少なからず影響が・・・・・・」


そこで、長はにっこり笑って、後ろの戸棚から、見覚えのあるガラス球を取り出した。


「それは・・・・・・」

「魔法球かいな!?」


間違いない。

長が取りだしたそれは、原作でエヴァがネギの修行にと掘り出してきた別荘と同じ、魔法球だった。


「この中でしたら、周囲への影響を気にせずに戦えるでしょう?」

「詠春のおっちゃんも人が悪いで。そんなんあるなら、早ぉ出してくれりゃあええのに」


俺たちの4年が24倍に跳ね上がっていたはずなのに!!

・・・・・・いや、もちろんそんな連続で使用はしませんがね?


「いえ、これを取り寄せたのは今回の件が決まってからなんですよ」

「今回の件、とは?」

「それが、今回俺らに手合わせしぃ、なんて言い出した理由っちゅうわけかいな?」

「ええ・・・・・・今回、私の娘も通っている、麻帆良学園に、関西呪術教会から一人留学生を出すよう要請がありまして」


ん?

それ、もしかして原作で刹那が麻帆良に転校してきた理由か?

・・・・・・え、えーと、俺の予想が正しいと、それってヤヴァイ方向に話が進んじゃわない?


「出来る限り優秀な者を、ということでしたので・・・・・・二人のうち勝った方を派遣しようかと」


ホラやっぱりぃ!!!!

ダメじゃん! 間違って俺が勝ったら、刹那とこのかの百合百合フラグへし折っちゃうじゃん!?

刹那も、勝てなければ、お嬢様の護衛役になれない、とか考えてるに違いない。

いつも以上にシリアスな表情で押し黙っちゃってるし!!


「おっちゃん、それ、わざわざ戦って決めなあかんのか? 多分、お嬢様の護衛役もかねとるんやろ? やったら・・・・・・」

「私は、情でこのような決定を下すような人間ではありませんよ?」

「ぐっ・・・・・・!?」


そう言われては、押し黙るしかない。

だが、刹那にとって、これは悲願だ。

ぽっと本山に出て来た俺に、掻っ攫われて良いような役割ではない。

だからと言って、手合わせを加減なんてしたら、俺たちの関係は確実に修復不可能な感じなる。

それどころか、刹那が麻帆良行きを辞退しかねない。

それはいくらなんでもあんまりだ!!


「ちょうど、手合わせの約束をしていたようですし、早速、初めて貰おうかと思いますが、よろしいですか?」

「ま、待ってくれおっちゃん、俺は!!」

「小太郎さん」

「!?」


長に講義の声を上げようとした俺の声は、刹那によって遮られた。

見ると、刹那は先程とよりも険を帯びた表情で、俺のことを睨んでいるではないか。

何でさ?


「もしかして、戦う前から私が負けるとでも思っていませんか?」

「!?」


言われて初めて気が付く。

俺の一連の焦りは、刹那が負けた際、俺の知っている歴史が大きく塗り替えられることを危惧していたからだ。

つまりそれは、刹那に俺が勝利を納める前提での話に他ならない。


「それは酷い侮辱です。この四年間、誰よりもあなたと剣を交えて来たのは私ですよ?」


言いかえればつまり、彼女の実力を、誰よりもしっているのは、この俺だということ。

・・・・・・冷や水を頭からかぶせられた気分だ。


「・・・・・・そぉやったな。確かに、ヤる前から勝った気でおるんは良くないな」

「ええ。すぐに吠え面をかかせてあげます」


そう言った刹那の表情は、すでに先程までの険しいものではなく、力強い、まっすぐな笑みに変わっていた。


「ええ度胸や。その台詞、必ず後悔させたる!!」


刹那の笑みを見て、俺の中にくすぶっていた憂いは晴れた。

残ったのは、轟々と吹き荒れる、ぎらついた闘志のみ。


・・・・・・さぁ、思う存分にやろうやないか!!






あとがき

きっとみんな忘れてるに違いない・・・・・・

だというのに、何故投稿したし!!

・・・・・・きっと天気が良かったせいだ(orz


待っててくれた人がいたら、感想掲示板にでも書いてやってください。

そして私生活が何気にピンチ。

通帳残高を見るのが怖い。

煙草の値上げでマジ死にそう。

あとカレンダーを見るのも怖い。

卒論の締め切りまで2カ月切った。

はぁ~~~~~~・・・・・・私も生まれ変わりたい・・・・・・



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 7時間目 乾坤一擲 某魔砲少女の影をせっちゃんに見た!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:4b24b11f
Date: 2010/10/30 21:08
SIDE Eishun......

我ながら、酔狂というか・・・・・・

彼らの、いえ、彼の本気が見てみたいと、それだけの理由で、こんなものまで取り寄せてしまうとは。

大戦時から考えて、ずいぶん年をとったと思っていたのですが、いやはや、まだ私も若いということですかね?

もちろん、麻帆良行きに相応しいのはどちらか、それを見極めたいという建前はあります。

ですが、それは彼が危惧していた通り、このかの護衛役も兼ねてのこと。

なら、このかと面識のない彼よりも、刹那君が適任だというのは、私にもわかっています。

それでもなお、彼らを戦わせようと考えたのは、あくまで私の好奇心に過ぎません。

心と体に、深刻な傷を負いながら、なお真っすぐに、己の志を貫く彼。

どこか、彼を彷彿とさせる彼の生き様、私は魅せられていたのかもしれませんね。

さて・・・・・・

この勝負、どちらが勝っても得るものは大きいでしょう。

私にとっても、彼らにとっても・・・・・・


SIDE Eishun OUT......




魔法球の中は、驚いたことに、本山の結界内と同等の広さと、そして瓜二つの外観をしていた。

最初からこの状態だったってことはないだろうから、長がわざわざしつらえてくれたのだろう。

芸が細かいというか、律儀というか・・・・・・逆に一組織の長としての資質が疑われる気がしますがね。

もっとも、そんなことは、今の俺たちにとっては些細なことだった。

長は今頃『遠見』によって、魔法球の外から俺たちの様子を窺っていることだろう。

その事実は、俺の頭の中から消え去っていた。

何せ・・・・・・


「・・・・・・さぁ、闘ろか?」


俺の頭は、滾った闘志に埋め尽くされていたのだから。

先ほどまで、彼女と刃を交えることを迷っていた自分が、嘘のように、思考はクリアだった。


「ええ、いつでも構いませんよ」


対する刹那は、すでいつもの戦士らしい、感情を押し殺したもの表情で夕凪を抜き放っている。

ビリビリと、肌を焼くような刹那の闘気が伝わってくる。


―――――ぞくり、と、背筋を快感に似た感覚が撫で上げた。


思わず、唇が釣り上がる。

彼女と同じように、自らの太刀を抜く。

鏡のように磨きあげられた刀身には、獰猛な笑みを浮かべた自身が映し出されていた。

互いの間合いは、距離にしておよそ九歩。

始まりを告げる合図は、俺たちの間に存在しない。

たった二つ、それが、俺たちの手合わせに設けられたルールだった。


―――――かさっ


落ち葉が一枚、石畳を撫でた。

同時に、俺たちは互いに、神速を以って肉薄した。


―――――ガキィンッ


「はっ!!」


打ち合った衝撃を利用して、刹那が身を翻す。

次に来るのは、正確に、俺の首筋を狙った斬撃。

迫りくる死神の鎌を、俺は己の人ならざる脚力を以って躱す。

開いた間合いは、瞬動であれば一足の距離。

いつぞやは、この後刹那にたたみ掛けられたが、今回は違う。

本来ならば太刀の届かぬその間合い。

その距離を埋める術は、俺の掌中に存在する。


「見様見真似・・・・・・斬空閃!!」

「っっ!!!?」


俺に接近しようとしていた刹那が、慌てて右へとステップを踏み、迫る斬撃を躱す。

最初と同じ、九歩の間合いに立って、俺たちは再び睨み合った。


「前回より完成度が上がってますね・・・・・・まったく、見様見真似だけで、これほどなんて」

「そういう自分も、瞬動の入りが早くなったんとちゃうか? 今までやったら、あの打ち合いで二の太刀なんてでけへんやったやろ?」


どちらからともなく、今度は二人して、獰猛な笑みを浮かべた。

勝負は、こうでないとつまらない・・・・・・!!


「んじゃ、ちっとギアを上げるで? ・・・・・・ついてこれるか?」

「愚問ですね・・・・・・行きますよ?」


再び、俺たちは疾駆する。

ただ、互いを斃す為だけに。

それが、無性に愉しくてたまらなかった。

打ち合う刀から伝わる、刹那の勝ちへの執念が。

大気を震わせる、刀の哭き声が。

肌を焼くほどの、熱い闘気が。

全てが、俺に闘いの喜びを伝えているようで。

だからこそ・・・・・・


「・・・・・・もっと」


仕様のない欲望が鎌首を擡げる。


「・・・・・・もっとや」


もっと、魂を奮わせろと。

もっと、血を滾らせろと。

そう、俺自身の本能が告げているようで。


「・・・・・・こんなんじゃ、全然足りひんっ!!!!」


―――――ガキィンッ


「っっくっ!?」


大振り一閃ともに、俺は再び刹那と距離を取っていた。

同時に、全ての構え、闘気を捨てる。

それは実質、戦闘放棄に他ならない。

案の定、刹那は追撃を仕掛けることなく、訝しげに俺を睨んでいる。


「どういうつもりですか? 手合わせの最中に構えを解くなんて、小太郎さんらしくありません」

「まぁ、いつもなら、そうやな」


だが、今日は違う。

俺はもっと、この手合わせを愉しみたい。

闘いを渇望して已まない俺の魂を、潤わせたくて仕方ない。

だから、今までと同じでは、意味がない。


「俺はな、闘いで負けるんわ、心底嫌いや。 けどな、それ以上に我慢ならんことがあんねん・・・・・・」

「それは・・・・・・」

「相手が全力を出さんこと、それが俺にとって最大の屈辱や」

「!? し、しかしそれは、本山の結界のために!?」

「今まではな。けど、今日はちゃうやろ?」

「っっ!?」


わざわざ、長が御膳立てしてくれたこの舞台。

存分に堪能しなくては損というもの。

なればこそ、俺たちは今この時を限り、真の姿をさらすことを許される。

もちろん、彼女がその姿を、自分の白い翼を忌み嫌っていることは知っている。

しかし、今さらそれがどうしたというのだ?

俺たちはただ、互いの全力をぶつけ合うためにここに立っているのではなかったか?


「全力で来い、刹那・・・・・・せやないと・・・・・・」


俺は自らの上着を脱ぎ捨てた。

そして・・・・・・


「勝つんは間違いなく、この俺や・・・・・・!!」


自らに流れる妖の血を解き放つ。

同時に、俺の周囲を覆う黒い風が一層に密度を増し、空気を震わせた。

半妖として生まれた俺に与えられた一つの恩恵。

獣化。

普段は結界への影響を憂慮し、決して見せないその姿を、今は一切の憂いなく露わにできる。

ならば、使わずして、何が全力だというのだ。


「ふっ・・・・・・まったく、小太郎はんには敵んなぁ・・・・・・」


刹那は、そんな俺を見て諦めがついたのだろう。

呆れたように笑うと、両の手を顔の前で交差させた。


「・・・・・・この姿を、綺麗と言ってくれたのは、あなたが初めてですよ・・・・・・」


勢いよく、彼女が両の手を開く。

同時に、純白の双翼が、息を呑むほどの美しさを以って、その姿を露わにした。


「行きますよ? 今度こそ、全力全開です」


・・・・・・せっちゃん、そのセリフは、なんかヤヴァい気がするぜ?

全力全開が全力全壊にしか聞こえない。

俺は気を取り直すと、右手に太刀を掲げて宣言した。


「さぁ、勝負は・・・・・・こっからや!!!!」


刻みつけるように、会心の笑みを浮かべて。











あとがき



勢いでやった、今は反省してる。

ちょっと感想版の反応が良かったからって調子に乗った。

正直眠い。

でも感想版には感謝感激でした。

涙ものですよ。

うんこれからもがんばる。

みんながいるからがんばれるよ!!

というわけで、今後ともよろしくです。



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 8時間目 急転直下 行くぜ、行くぜ、行くぜ、行くぜぇ!! 
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2010/10/30 21:10
「はぁあああっ!!」


―――――ガキィンッ


「ぐぅっ!?」


上空からの一撃をギリギリのところで受け流す。

対する刹那は、俺とすれ違いざま、すかさず軌道修正を図り、再び俺のはるか上空へと駆け上がっていった。

闘ってみて初めて気付いたが、翼を持ってる奴に、空中戦を挑んだのは、大きな間違いだった。

浮遊術と虚空瞬動を多用しても、すぐに制空権を奪い返される。

正直な話、空中戦では刹那に大きく分があった。

しかし・・・・・・


「・・・・・・・んな道理、力で捻じ伏せて何ぼやろうがっ!!」


それをただ是として終わる俺ではない。

手にした親父の太刀を口に咥え、精神を研ぎ澄ます。

そして、その優劣を覆すためだけに、俺は従属する全ての狗神を自身の体に収束させた。


「犬上流獣化奥義、狗音影装!!」


瞬間、俺は巨躯の狼、そのものの姿と化す。

これまでの手合わせで、一度も見せたことのないその姿に、流石の刹那も一瞬、思考が停止したらしい。

一瞬とはいえ明らかに、空中で動きが止まっていた。

そして、その隙を見逃すほど、俺はお人好しじゃあない!!


「ガァァアアアアッ!!!!」


上方にいるとはいえ、動きが止まっているならば、今の刹那に攻撃力など皆無。

出掛かりが遅れた以上、彼女に残されたのは防御という選択肢しかない。

しかしこの質量差なら、結果は目に見えている。


―――――ガキィンッ


「くぅっ!?」


案の定、衝撃を受け流しきれず、刹那は大きく体制を崩し、降下していく。

ならば、この機を逃す手はない。

振り向き様に、俺は二対の影分身を、刹那へと放った。

無論、本体ですら、苦戦する相手に、劣化コピーとも言える分身が勝てるなんて思っていない。

むしろ十秒も足止め出来れば良い方だろう。

しかし、今俺に必要だったのは、その十秒という隙に他ならなかった。

俺は、纏っていた狗神を、全て刀身へと集中させる。

それこそが、今回刹那を斃す為に用意した秘策の一つ。

無論、秘策というには少々荒い感が否めないが。

原作の小太郎に無いものを考えた結果が、これだったのだから仕方がない。

俺の知る彼には、一つとして、ネギの千の雷や、刹那の真・雷光剣に代表される、大軍を相手にする、広範囲かつ高威力の技がなかった。

故に、千の雷なんて高望みはしなくとも、せめて雷の暴風、欲を言えば真・雷光剣に匹敵する威力の技が必要だと考えた。

その果てに編み出したのが、今回のこの技。

仕込みに、狗音影装を要するのがネックだが、今回はそれが功を奏した。

こうして、刹那から制空権を奪取することに成功したのだから。

技の構築が完了すると同時に、刹那が、俺の分身を切り捨て、こちらへと向きなおった。

その双眸が、驚愕に見開かれる。

・・・・・・くくっ、思わず笑みが零れる。

俺は、その顔が見たくて仕方なかったんだよ!!


「いくで刹那・・・・・・上手く避けへんと、さすがに死んでまうで!!」


手に握り直した太刀を、大上段に構える

狗音影装は、いうなれば攻防一体の技だ、俺が使える狗神を防御と攻撃の双方に半分ずつ振り分けて、爆発的に戦闘能力を飛躍させている。

ならば、防御を捨て、その力の全てを攻撃に回したら、どうなると思う?

これが・・・・・・その答えだ!


「犬上流剣術、狗音斬響、黒狼絶牙!!」


刀身に纏う、狗神の奔流。

それを全てを破壊する暴風として、敵に放つこの技。

並みの術者が相手なら、肉塊になるまで切り刻まれるところだろうが、彼女相手では、その威力でさえ不安に思える。

故に、俺に躊躇はなかった。


「ざっ・・・・・・せいっ!!」


眼下で迎撃態勢を取る刹那に対し、有無を言わさず、俺は構えた太刀を振り下ろした。


「神鳴流、決戦奥義、真・雷光剣!!」


刹那は、俺の予想通り、彼女自身の最大の技を以って、迫る漆黒の暴風を迎え撃つ。

互いが放った気と気が鎬を削り合う中、俺たちは負けるものか、と更に柄を握る手に力を込めた。

刹那にとっては、待ち望んだ千載一遇のチャンスを。

俺にとっては、四年の研鑽、その集大成を。

それぞれに掴み取るために、決してこの一合、屈する訳にはいかなかった。

しかし、勝利とは、そうやすやすと掴みとれるものではない。


―――――バチィッ


「ぐぅぅっ!?」

「うわっ!?」


俺たちの技は互いに相手の技を殺しきれず、押し戻された気によって、大きな衝撃波を生み出した。

それぞれ、互い違いに吹き飛ばされ、俺は石畳に、彼女は森の中へと墜落する。

背中から強く落下した所為で、肺がひっくり返ったように、その機能を放棄していた。

明滅する視界の端に、同じように、満身創痍で太刀を杖代わりに立ち上がる、刹那の姿を認めた。

どうやら、やはり簡単には、勝たせてくれないらしい・・・・・・







SIDE Setsuna......



本当に、彼の技の多彩さには驚かされる。

見様見真似で神鳴流の技を模倣して見せるばかりか、本来身に纏うはずの獣化外装を、気弾として敵に放つなんて・・・・・・

しかも、その威力までが想像以上とくれば、もはや私には、ひたすら嘆息を零す以外、反応のしようがなかった。

けれど、この一戦は、決して負けることは許されない。

私が、何のためにこの十年余りを剣に費やしてきたか、それが試されているのだから。

落下の衝撃は、普段は忌み嫌っている、この白い双翼が和らげてくれた。

全身に打ち身を負ったらしく、各所が痛んだが、今はそんなことで、攻撃の手を緩める訳にはいかない。

頭の回る彼のことだ、僅か数秒を与えただけで、どんな奇策を思いつくか、計り知れない。

ならば、その暇を与えず、ひたすらに攻め抜くことしか、私が勝利する道はない!


「はぁああっ!!!!」


最後の力を振り絞って、私は彼に肉薄した。

風も、音すらも置き去りにする勢いで。

見ると、彼の獣化は既に解けており、先程まで感じていた、鬼神すら圧倒する闘気は、彼から消え失せていた。

恐らく、あの技を使った反動なのだろう。

それほどに、彼の新たな技、狗音斬響 黒狼絶牙は圧倒的な破壊力を有していた。

彼が分身に気を裂いていなければ、あの一合で雌雄は決していただろう。

しかし、結果として有意に立っているのは私なのだ。

勝負は一期一会、この機を逃しては、彼を斃す瞬間などありはしない!!


―――――ガキィンッ


「ちぃっ!!」

「くっ・・・・・・!!」


裂帛の気合で振り抜いた一閃は、すんでのところで彼の太刀によって遮られた。

しかし、その一合で、彼の体制は完全に不安定になった。

これはあくまで手合わせ、命を削り合う死合いではない。

ならば、もう一撃、高威力の技を以って、彼の戦闘力を奪ってしまえば、勝敗は決する。

悲鳴を上げる身体に鞭打って、私は、最後の一撃と、愛刀・夕凪に持てる全ての気を纏わせた。


「神鳴流奥義・・・・・・」


しかし、そこで違和感に気付く。

何かがおかしい、まるで、パズルの中に、全く無関係な、別のパズルのピース混ざっているような、そんな錯覚。

何だろう、この違和感は?

そうして気付く、あまりにも相対する彼の気配が希薄だということに。

どういうことだ?

確かに、先程の一合で、彼は気の殆どを使い果たしたのだろう。

それでも、私がここまであからさまに隙を見せたのに、それを付く素振りすら見せないなんて・・・・・・


・・・・・・まさかっ!?


その瞬間、彼から焦燥の滲む表情が消え、いつものような獰猛な笑みを浮かんだ。


「残念賞。気付くのが遅すぎや」


――――――ぞくり


「!?」


突如として、背後に感じた濃密な悪寒。

それが、肉食獣のような獣染みた闘気によるものと気付いて振り返った時には、すでに全てが遅すぎたのだろう。

そこには、私の影から飛び出した、小太郎さんの姿があった。


「いつの間に分身とっ!?」


慌てて迎撃態勢を取る。

しかし、この距離では無手である彼の方が、数段速さにおいて私を圧倒している。


「狗音・・・・・・爆砕拳っ!!」


がら空きとなった私の脇腹に、狗神を纏った彼の拳が突き刺さる。


「かっ、はっ・・・・・・!?」


その瞬間、視界は暗転し、私は自らの敗北を悟ったのだった。



SIDE Setsuna OUT......




崩れ落ちる、刹那を抱き止めて、俺はゆっくりと両目を閉じる。

・・・・・・あ、危なかったぁ~~~~~!!

もし、後一瞬でも刹那の対応が早かったら、俺の首は身体と繋がってなかったかもしれん。

普段なら寸止めしてくれるだろうが、あの極限状態ではそうもいかないだろうからな。

あー・・・・・・まだ心臓が早鐘みたいにバクバク言ってら・・・・・・

しかしながら・・・・・・


「愉しい勝負やったで、刹那・・・・・・」


腕の中で眠る少女に、俺は会心の笑みを浮かべてそう告げた。

さぁて、これで残る問題は・・・・・・



・・・・・・どうやって彼女を麻帆良に送り出そうかね?



刹那とこのかが百合百合できないとか、マジ勘弁。

そこ、ダメ人間ってゆーな!!




本格的に頭痛を感じながら、俺は一人だだっ広い魔法球の中で、途方に暮れるのだった。












あとがき

前回が中途半端に終わってたんで、決着までは一気に書き上げてみました。

さすがに京都修行編は、今回くらいで切り上げたいです。

そして、いい加減他のおにゃの子が書きたいです。

いや、せっちゃん可愛いんだけどね?

あと、小太の真技「狗音斬響 黒狼絶牙」については、ネーミングが厨二なことに突っ込んだら負け。

イメージ的には、某ハンターゲームのアカムさんが使ってたブレスみたいなものと思ってください。

さて、感想版に励まされつつ、出来るだけ早めの更新をがんがります。



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 9時間目 嚆矢濫觴 思春期ってムツかしい年頃よね・・・・・・
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/19 21:51
「ひゃーーーー・・・・・・実際に来てみると、やっぱり圧巻やなぁ・・・・・・」

「こ、小太郎さんっ! そんなにきょろきょろしてると、お上りだって思われますよ!?」


刹那に言われて、俺は苦笑いを浮かべながら詫びた。

しかし・・・・・・感無量である!!

俺はついに、ついに!!

麻帆良の大地に足を踏み入れたのだ!!

え、何で負けたのに刹那までいるかって?

あー、言葉にするといろいろ面倒だし、さくっと回想でも見てくれ。

はい、それじゃVTR、スタート。








『は? おっちゃん、今何て?』

『ですから、勝敗には関係なく、私は最初から二人に行って貰うつもりだったと言ったんです』

『・・・・・・せやったら何で俺たちに戦えなんてゆーたんやっ!?』

『派遣する側として、人材の能力を知っておくのは重要でしょう?』

『あんなんさせんでも、十分知ってたやろうに!?』

『それは私を買被りすぎです。実際、君が使った獣化外装には驚かされましたしね』

『全っ然、そんな風には見えへんわっ!!』

『いえいえ、そんなことありませんよ? それに、君はともかく、刹那君はああでもしないと全力を出せないでしょう?』

『む・・・・・・そりゃあ、まぁ、そうやろうけど』

『君としても、刹那君の全力が見れて、満足だったでしょう?』

『結果だけ見ればな・・・・・・けど、刹那には何て言うんや? 絶対、自分はまだ未熟やからー、とか言って、麻帆良行くん渋るで?』

『・・・・・・はははっ!』

『笑えばええと思うなよ!?』

『では、私は仕事がありますのでこれで。あ、刹那君が目を覚ましたら、君から麻帆良行きのことを伝えておいてくださいね』

『あ、ちょっ、コラァ!! 面倒事押し付けて消えるんちゃうわっ!!!!』








以上、回想終わり。

・・・・・・本気で長に殺意が湧いたわ。

マジで、あのおっさんいつか拳でシバく!!

それはそれとして、マジで刹那を説き伏せるのは苦労した。

だって彼女ってば、超頑固なんですもの。

長の意向を何度説明しても、「自分にお嬢様を護衛する資格は、まだありません」の一点張り。

何で急に麻帆良行きに積極的になったのか未だに謎だ。

ん? そんときの様子? 

まぁ、そんなに知りたきゃ、教えるのもやぶさかじゃない。

んじゃ、もういっちょVTR、はいっ、キュウ!








『なー? いい加減考え直せや? 刹那の守りたい人って、そのお嬢様なんやろ? やったら、この話は渡りに船とちゃうんか?』

『いいえ。今回の件で身に染みました。小太郎さんの新技術に惑わされて動揺するようでは、まだまだ未熟です』

『いや、あれはそうなるん狙ってやったんやから、そんな気にすることとちゃうで?』

『いいえっ!! あれが実践なら、私はすでにお嬢様を護り切れなかったことになります。もう一度、一から腕を磨く必要が・・・・・・』

『あーもう、ヤメヤメ!! 何回同じ内容で会話せなあかんねん!! 自分意固地になりすぎや!!』

『ですが、これは私が決めたことです。それに、私が行かなくても、小太郎さんなら、お嬢様を立派に護ってくれるでしょう?』

『そら、刹那の大切な人やっちゅうなら、やぶさかやない。おっちゃんにも恩義があるさかい、娘さんのお守くらいお安いご用や』

『でしたら、私に憂いはありません。お嬢様の護衛に相応しい腕を得たなら、必ず駆けつけます』

『そういう問題とちゃうやろ? それに、腕を磨くっちゅうなら、向こうにだって色んな達人がおるっちゅう話やで?』

『それは、まぁ、そうなのでしょうが・・・・・・』

『それに向こうに行くっちゅうことは、中等部に入学するっちゅうことや。同年代の女友達もできて、いろいろ楽しいことも経験できるチャンスやで?』

『わ、私には、そのようなことに時間を割いてる暇はありません!!』

『そうは言うても、自分も年頃の娘なんやから・・・・・・』

『くどいですよ、小太郎さん?』

『はぁ・・・・・・せっかく刹那の友達とか紹介してもらいたかったんに』

『・・・・・・小太郎さん? 今のはどういう意味でしょうか?』

『ん? いや、こっちやと同世代の女子なんて、刹那くらいのもんやろ? 向こうで刹那に友達が出来て、紹介とかしてもらえたら、俺も可愛い女の子と仲良くなれへんかなぁ、なんて・・・・・・』

『ほう・・・・・・そんな浅ましい心根で、お嬢様の護衛が務まるとでも?』

『ちょっ!? そんな目くじら立てんなや!? 俺かて健全な男子中学生やぞ!? 女の子と仲良くしたい思うんは当然や!!』 

『それとこれとは話が別です!! 麻帆良に何をしに行くつもりですか!?』

『もちろん、ちゃんと仕事はこなすわ!! せやけど、ちょっとぐらい女の子仲良くしたって罰はあたらへんやろ!?』

『・・・・・・今まで気が付きませんでしたが、もしや小太郎さんは・・・・・・その、女好き、ということですか?』

『おう、三度飯より大好きや(キリッ)』

『そんな迷いの無い目で肯定しないでください!!』

『いや、今まで自分が気付かんかったんが不思議なくらいやで? 良ぉ屋敷の女中さんの尻追いかけてふらふらしてるんを、おっちゃんに見つかって叱られとるんに』

『知りませんよそんなこと!!』

『そ、そうなんか? まぁ、別に年上が好きっちゅうわけでもないし、最近は大人しゅうしとったしなぁ』

『こ、こんな人に、ウチは・・・・・・』

『ん、どうしたんや? 刹那、何か顔色悪いで?』

『・・・・・・小太郎さん、麻帆良への出発はいつでしたか?』

『ら、来週の土曜やけど・・・・・・な、なんや今度は目つきが怖ない? 自分、ホンマ大丈夫か?』

『・・・・・・気が変わりました。麻帆良行き、私も御同行します』

『お、おお!? そ、そら良かったわ! けど、何でそんな急に?』

『いろいろと思うところがあっただけです。・・・・・・出来るだけ、小太郎はんに女を近づけんようにせんと・・・・・・』

『ん? 何や? スマン、聞き取れんかったわ』

『な、何でもありません!! さぁ、早く準備をしましょう!!』

『お、おう・・・・・・』








ほい、終了。

見ての通り、いきなり言ってることが180°変わってんの。

まぁ、彼女も思春期だし、いろいろと情緒がアンバランスなのだろう。

先人として、ここは温かく見守っていくのが最善と思い、俺はそれ以上の追及をしなかった。

あ? 俺が女好きっていう設定?

ああ、もちろん向こうの世界じゃ、女性経験は愚か、彼女すらいませんでしたとも。

けどこっちにきて小太郎の身体になってみると、マジイケメンじゃん?

半妖っていう事情を抜きにすると、そういう男の子って年上の女性に可愛がられる訳で・・・・・・。

気が付いたら、俺は女性にかいぐりされることが、かなりお気に入りになってしまっていたのだった!!

え? リア充爆発しろ? HAHAHA、聞こえねぇな。

まぁ、前にも言った通り、今は恋愛どうのにかまけるつもりはない。

ただ、可愛い女の子と仲良くしたいっていう願望は、非モテ男子の永遠のテーゼだろ?

それに、ネギま!の登場人物は、本当に多彩で、俺の好みどストライクな子がたくさんいるしな。

ストイックな、刹那や楓、古菲、真名、超みたいな生き様が格好良い娘たちには共感を覚えるし。

女の子らしい、木乃香やのどか、亜子、夏美やさよ、茶々丸も護ってあげたくなる感じがする。

少しとぼけた感じがする、明日菜やまき絵、いいんちょなんてメンバーもからかい甲斐があって楽しそうだ。

弱冠擦れてる感じの、千雨や和美、パルや夕映、エヴァなんかは一緒に飲んでみたい。

面倒見の良い、千鶴やアキラ、四葉には甘えたいとも思う。

トラブルメーカーな美空や鳴滝姉妹、祐奈と悪戯に精を出すのもなかなかおもしろそうだし。

部活に入って、チアガール三人娘に応援されるのも悪くないな。

さすがに聡美やザジにはどう絡んだものか迷ってしまうが・・・・・・。

お、言い出したら31人制覇してたな。

つまり何が言いたいかというと・・・・・・俺はかなり節操無く女の子が好きだってことだ。

本当にこの生まれてからの12年間、麻帆良に行くのが楽しみで楽しみで仕方なかった・・・・・・。

ついにその念願が叶う訳だ。テンションも駄々上がりDAZE☆


「ほら、小太郎さん。早くしないと約束の時間に遅れてしまいますよ」


数歩先を歩いていた刹那が、少しむっとしたような表情で、こちらを一瞥くれる。

はぁ~~~~、そういう顔まで可愛いって、刹那ちゃんマジ無敵ね。

なんて、言ってる場合じゃない。

俺は、すぐに刹那へと駆け寄った


「おう! その学園長は、女子中等部の校舎におるねんな?」

「ええ。長のお義父様、お嬢様のお祖父様に当たる方ですので、くれぐれも失礼のないようお願いしますよ?」

「うへぇ・・・・・・俺そういうん苦手やから自信ないわ。けど、女子部の校舎かぁ~~・・・・・・きっと、可愛い女の子がいっぱいおるんやろなぁ・・・・・・」

「(ぴくっ)・・・・・・く・れ・ぐ・れ・も! 粗相の無いようにお願いしますよ?(にこっ)」

「は、はい・・・・・・」


ど、どうしたというのだ!?

今日のせっちゃんは、迫力がこないだの手合わせの5割ましだぜ!?

久しぶりに木乃香に会えるってんで、気合が入ってんのか?

それはさておき、俺はすたすたと歩き去って行く刹那の背中を慌てて追いかけた。

これから、今まで以上に波乱万丈な日々が始まることを確信しながら・・・・・・。











あとがき


徐々に本文が短くなっていくミステリー。

更新速度に重点をおくとこうなるのか・・・・・・。

それはそうと、麻帆良編の開幕です。

早く他の女の子が出て来ないかと作者自身わくわく。

主人公がリア充過ぎてむかつく?

それは言わない約束だぜとっつぁん・・・・・・

ってなわけで、また次回。ノシ



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 10時間目 破鏡重円 使い方間違ってる? いやいや木乃香と刹那は夫婦ですよ?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/20 22:06
―――――コンコン


中学校の校舎とは思えないほどに重厚な扉を、刹那の白い手が優しくノックする。

俺は彼女の半歩後ろに立ち、その様子を眺めていた。

というか、想像を絶してでかいんだよ、この校舎・・・・・・。

最初は感動してきょろきょろしてたけど、流石に驚き疲れてぐったりですわ。


『入ってくれて構わんよ』


すぐに内側からそう声が掛った。

しゃがれた老人特有の声から、返事をしたのは間違いなくあの人間離れした学園長だろう。

・・・・・・実物もあんな風に頭が後ろに尖がってんのか?

そんな風に思考を巡らす俺を余所に、刹那はゆっくりと学園長室の扉を開いていく。


「失礼します」

「うむ、待っておったよ」


扉が開いた先、部屋の一番奥にある机に腰掛けた老人は、やはり記憶の通り奇怪な外見をしていた。

というか、俺よりよっぽど妖怪臭いわ!! 思わず表情が引き攣ったし!!

あれを見て平静でいられるせっちゃんてやっぱり凄いね!!

そもそも、あれは本当に人間か? 

あの後ろに長い頭には、長年詰めこんだ人類の叡智でも詰まってるとでも言うのだろうか?


「フォッフォッフォッ、そう堅くならんでも良いぞ。楽にしてくれて構わん」

「そ、そらおおきに・・・・・・」


どうやら学園長は、俺の引き攣った表情を緊張によるものと勘違いしたらしい。

もっとも、俺はそんな繊細なハートなんて持っていない。

学園長の傍らには、もう一人お馴染みの顔が立っていて、そのことがまた俺を驚かせていたということもあるが。

白いスーツに、年齢不相応に老けた外見。

かつて、英雄と謳われたネギの父、サウザンドマスターとともに、魔法世界を駆け抜けた一人。

無音券の使い手であり、究極技法、咸卦法を扱う、恐らく麻帆良において最強の一角。

高畑・T・タカミチ、その人だった。

いや、あんた結構忙しいんじゃなかったか?

ネギが来た訳でもないのに、たかだか魔法生徒が来たくらいで狩りだされるような役職じゃないでしょ?

しかしながら、その佇まいには感服する。

無造作に立っているにもかかわらず、まるで隙がない。

だからと言って、好戦的に構えていると言う訳ではない。

あたかもそこにいるようで、そうでないような、奇妙な気配の希薄さを感じる。


―――――それこそが、咸卦の気を操るために必要な、無念無想の境地に繋がるスタンスだと、この時の俺は知る由もなかった。


「桜咲刹那、犬上小太郎両名。関西呪術教会、長の命により、麻帆良に着任いたしました」

「よろしゅう頼むわ」

「こ、小太郎さん!!」


恭しく頭を下げた刹那とは対照的に、片手を軽く上げるだけのノリの軽い挨拶をする俺。

流石に刹那が焦っていたが、知ったことか。

生前から堅苦しい物言いとか敬語とか苦手なんだよなぁ。

部活で先輩からはどやされてたけど、今更直るとは思えないし、直す気もない。

そこ、DQNってゆーな。


「フォッフォッフォッ、婿殿に聞いておった通りの性格じゃな、小太郎君?」

「ん? 何や、おっちゃん、俺のこと何か言うてたんか?」

「うむ、元気の良い少年だと言っておったよ。そして・・・・・・どこか、奴に似ておるとも、な」


不意に、学園長の表情が、過去を懐かしむような、そんな表情になった。

もっとも、それは一瞬のことで、次の瞬間にはいつもの飄々とした、人を食ったような雰囲気を取り戻していたが。


「おっちゃんは、俺が誰に似てるて言うてたんや?」

「ふむ・・・・・・千の呪文の男を、君は知っておるかな?」

「当たり前やろ? おちゃんの親友やったっちゅう、大英雄の話を知らんわけあるかい」


というか、それを知らずに今まで裏の社会で過ごしてきたとしたら、俺大分モグリじゃね?


「うむ、それもそうじゃの・・・・・・あの悪ガキが大英雄と呼ばれるなぞ、思いもしなかったがのぅ」

「・・・・・・なぁ、もしかして俺が似てる誰かいうんは・・・・・・」

「ふむ、御察しの通り、千の呪文の男、ナギ・スプリングフィールドのことじゃよ」



Σ(゜□゜;)!?



マジでか!?

そりゃあ、何て光栄な・・・・・・

いや、しかしどの辺がだ?

俺、あんなに無敵くないよ?

それに、ナギには女好き設定とかなかった気がするぞ?

アリカ姫一筋だったくない?

何て考えを巡らせながら百面相してるうちに、学園長がさくさくと話を次の段階に進めていってしまった。


「さて、婿殿からだいたいの事情は聞いていると思うが、二人には有事の際、麻帆良の警備にあたって貰うことになる」

「はい、承知しております」

「もっとも、君らはまだ小学校を卒業したばかりじゃ。普段は学生として、学園生活を存分に謳歌するんじゃぞ?」

「お心遣い、痛み入ります」


・・・・・・改めて、せっちゃんすげぇな。

いや、俺みたいに一回人生やり直してるってなら、使わないにしても、目上の人に対する口の聞き方を知っていてもさ、不思議じゃ無いじゃん?

けどさ、刹那って普通に12歳な訳ですよ。

それがあのやり取りって・・・・・・ビビらない?

頭悪いとか、本当は嘘じゃね?って思ってしまうが、あれで実は馬鹿レンジャー予備軍なんだよなぁ。


「フォッフォッフォッ、刹那君は、小太郎君とは正反対の性格じゃな」

「おう。刹那は俺と違うて、出来る娘やからな」


何となく、刹那を褒められて胸を張る俺。

いや、何か娘が褒められたみたいで嬉しかったんだよ。


「さて、君らには入学式までの一ヶ月間、警備員見習いとして研修を受けて貰わなくてはならん」

「うげぇっ!? そんな面倒臭いことせなあかんの!?」

「小太郎さん・・・・・・いい加減にしないと、尻尾斬り落としますよ?」

「・・・・・・な、何でもありませーん・・・・・・」


俺の無礼発言連発に、流石のせっちゃんがぶち切れモードだ。

俺の耳元で俺にだけ聞こえるように『少し、頭冷やそうか?』とのたまわれた。

いや、めちゃくちゃ怖いんですけど!? もう、目のカラーが反転しそうな勢いだぜ!!

手合わせのときにその迫力が出せてたら、俺なんかそれだけで縮みあがってましたよ!?

と言う訳で、俺はしばらくマナーモード。

幻術で見えないとはいえ、12年間付き合ってきた尻尾だ。愛着もある。

流石に今更斬り落とされるのは抵抗感がある。っていうか痛いの怖い。


「まぁまぁ、刹那君もそれくらいにしといてやりなさい。それはさておき、詳しい話は、このタカミチ君に聞いてくれ」

「広域生活指導員の高畑・T・タカミチだ。よろしくね、桜咲君、犬上君」


学園長に促されて初めて、タカミチが言葉を発する。

こちらもまた、原作通りの飄々とした雰囲気で。


「おう、よろしゅうな。えーと・・・・・・タカミチ、でええんか?」


原作読んでるときはそういう認識だったからな。

下手にボロ出す前に、先手を打っておこう。

ただ礼儀知らずなだけ? ほっとけ。


「ははっ、他の生徒の前では、きちんと先生を付けて貰えるなら、それで良しとしておこうかな?」


おお? 存外簡単に了承されてしまったぞ?

聞きしに勝る良い奴だな、タカミチ。

まぁ原作でも10歳のネギに名前で呼ばせてたしな。

ナギとの生活が長過ぎでフランクなのに慣れちゃってるのかも。

そんな俺たちの様子に、刹那は慌てまくりだったが。


「し、しかし高畑先生っ」

「良いんだよ桜咲君。それに・・・・・・僕も学園長や詠春さんとと同じさ。彼を見ていると、ナギを思い出して懐かしいんだ」


そう言って、嬉しそうに顔を綻ばせるタカミチ。

んー・・・・・・原作では、目つき以外そんなに小太郎とナギが似てるって印象は無かったんだけどな。

まぁ原作の小太郎より俺のアホっぽさが増してるってことかな?

・・・・・・全然喜べねぇよ!!(orz

伝説の英雄に似てるなんて言われて、悪い気はしないけどね・・・・・・。


「詳しい話はまた明日にしよう。長旅で疲れただろう? それぞれに寮の部屋は手配しておいたから、今日はゆっくり休むと良い」


荷物はもう届いているはずだからと、タカミチは俺たちにそれぞれ学園から寮までの地図を渡してくれた。

こいつはもう本当に良い奴だな。

男の俺から見てもいい男だぜ。

明日菜の親父趣味を差し引いたって惚れてまうやろ。


「重ね重ね、お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて、今日はこれにて失礼しようかと思いますが」

「ふむ、それがよかろうて。刹那君はそうでもないが、小太郎君は寮までそれなりに距離があるからの。くれぐれも迷子にならぬようにの」

「あははっ、小学生じゃあるまいし、そんな心配いらへんて」


そう言いながら、こっちの世界じゃ既に2回ほど迷子になってますがね・・・・・・。


「それでは、失礼します。明日からしばらくご面倒をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いします。学園長、高畑先生」


そう言って、刹那は再び、恭しく頭を下げた。

なので、俺もそれに習って、今度はきちんとお辞儀をしておく。

うん、尻尾とお別れはマジ勘弁。


「よろしゅうお願いします」

「フォッフォッ、まるで調教師と訓練犬のようじゃな」


殊勝な俺の様子に、学園長がそんな冗談を零すと、刹那は何を想像したのか、いつぞやのように顔を真っ赤にしてわたわたしていた。


「ちょ、調教師なんて、そそそそそそんなつもりわっ!?」

「まぁ、俺がワン子っちゅうのは間違いやないわな・・・・・・」

「ははっ、自分で言ってたら世話ないね、小太郎君」

「こ、小太郎さんっ!!」

「おお怖っ。尻尾斬られたらかなわんから、俺はさっさと退散するわ」


そう冗談めかして、俺は学園長室から小走りで出て行った。

もちろん、すぐに刹那も出て来たので、俺は彼女を待ってから、一緒に昇降口へと向かった。

そして、その道中、案の上彼女に苦言を呈される俺なのでした。


「まったく・・・・・・小太郎さんと一緒に目上の人の前に出ると、本当に心臓に悪い」

「あははっ、まぁええやん? ちゃんと相手は選んでやっとるで?」

「そういう問題じゃありません!!」


前に長も言ってたけど、刹那は硬すぎるんだよなぁ。

それこそ好きな男でも出来れば少しは砕けてくれそうな気がするが、原作でネギとそんな雰囲気になってる節はなかったしな。

まぁ今回はネギも俺同様、同い年になってる可能性もあるし、刹那の性格軟化はそれにお任せする方向で行こう。

今の刹那も、からかい甲斐があって楽しいしな。

昇降口で靴を履き替えて、俺たちはそれぞれ寮へと向かおうとする。

そのときだった。


「・・・・・・せっちゃん?」


不意に、刹那を呼び止める声が聞こえたのは。

いや、もちろん人が接近していることは気が付いていた。

けれど、それが知り合いだとは、俺はもちろん、刹那だって思っていなかったのだろう。

俺と同じように、慌てて声がした方を振り返っている。

そして、その彼女の表情が驚愕に凍りつく。

そこにいたのは、紛れもなく、彼女が誰よりも大切だと思っていた存在。

刹那が、力を渇望した理由そのものだったのだから。


「やっぱり・・・・・・せっちゃんや!」


ふんわりとした口調と、暖かくなり始めた風になびく、漆黒の髪。

一見して可憐だと、そんな印象を抱かせる少女。

俺も見覚えがあるその姿は、そう、間違える筈もない。

近衛 木乃香、その人だった。

まるで刹那の胸中を表す様に、春風と木々がざわめきを醸し出していた。









あとがき

ど、どうにか今日中に書けたんだぜっ・・・・・・。

何故か友人に拉致されて、バイクの荷台に揺られて5時間半。

お尻が痛い。

あとあさりの味噌汁おいしかったでつ(・ω・)

しかし・・・・・久しぶりにまともに話を書いた気がする。

相変わらず、本編は進行してないけどね・・・・・・。

と、いうわけで、麻帆良編スタートです。

あと刹那以外の女の子出た!!

このちゃん待ってたよこのちゃん!!

中途半端に引いたこと?

うん、今は反省してるんDAZE☆

と、言うわけで、また次回なんDAZE☆

ノシ



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 11時間目 膠漆之心 このちゃん可愛いよこのちゃん!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/21 01:33
「せっちゃんなんやろ? ホンマに久しぶりやなぁ、元気しとった?」


心底嬉しそうに顔を綻ばせて、木乃香は刹那へと駆け寄る。

俺のことはガン無視かーい。

いや、しかしながら、最早そんなことどうだっていいわ。

だって・・・・・・だって!!


―――――実物のこのちゃんマジで可愛えんだもの!!!!


刹那も大概可愛いけど、木乃香は可愛いさのベクトル違うしね!!

もう刹那以外の女の子にようやく会えた俺の胸は感動でいっぱいだよ!!

テンションマキシマムドライブな俺とは反対に、刹那は予期せぬ再会に、言葉を失っていた。


「このちゃ・・・・・・お久しぶりです、お嬢様」


しかしながら、さすがと言うべきか。

すぐに感情を押し殺した表情と声音で、刹那は木乃香にそう言った。

やっぱり、そこの溝はそう簡単には割り切れないか・・・・・・。

俺の接してる雰囲気で、原作より大分明るいと感じてたんだけどな。

木乃香は、刹那のそんな対応に寂しげに表情を曇らせていた。


「そんな他人行儀にせんといて。昔みたいに、このちゃんて呼んでぇな」

「いえ、私はあくまで、近衛家に仕える身ですので」

「せっちゃん・・・・・・」

「それでは、お嬢様、今日はこれにて失礼いたします」


そう言い残して、刹那は踵を返して、寮への道を歩き出してしまった。


「あ、待って、せっちゃん!!」


木乃香の声は、確実に彼女に届いていたはずなのに、刹那はそれを聞こえないふりしていた。

俺は慌てて刹那の隣に駆け寄る。


「おい、ええのんか? あの子が、おっちゃんの娘さん・・・・・・刹那が護りたいて思てた人とちゃうんか?」

「良いも悪いもありませんよ。私は、あくまでお嬢様の護衛です。必要以上に、近づく必要はありませんから」


この娘は・・・・・・心にもないことを。

本当、思春期ってのは難しい年頃だよね?

本心では、きっと刹那も、木乃香と仲良くしたいはずなのに。

生真面目な彼女は自分の出自や、家柄を気にして、必要以上に彼女に近付けないでいる。

それが、木乃香を何より傷つけるとも知らずに。

対する木乃香も、刹那が必要以上の接触を拒むと知っているから、これからの二年間、誰にもその悩みを打ち明けず、自分の中にしまい続ける。

これ以上、刹那に嫌われたくないと、そう思って。

最初から、刹那は彼女を嫌ってなど無いと言うのに。

見てるこっちがやきもきするくらいに、彼女たちはどうしようも無く不器用だった。

もっとも、放っておいても、二年後の修学旅行編以降で、勝手に二人は和解して、チュウまでする仲になっちゃうんだろうけどさ。

しかし、何と言うか・・・・・・さっきの木乃香の寂しそうな、悲しそうな表情がどうしても頭から離れない。

俺の女好きにも困ったもんだ。

どうしても、女の子は、やっぱり笑顔が一番似合うと思ってしまうのだから。


・・・・・・ああもう!!


「刹那、用事思い出した。一人で帰っててくれ」


どうせ二人とも寮に帰るつもりだったんだ。

ここで別れたって、大差ないだろう。


「え? 用事って、そんな今日来たばかりで・・・・・・」

「俺にもいろいろあるんや。んじゃ、また明日な!!」


そう言い残すや否や、俺は先程後にしたばかりの女子部の校舎目がけて走り始めた。








「今日来たばかりで、一体どこに何の用事が・・・・・・ん? も、もしかして・・・・・・お嬢様の、ところ? ・・・・・・し、しもたぁ!! いきなり小太郎はんが女の子と仲良ぉなってまう!? ああ、でもこのちゃんの前に出るんは・・・・・・そもそもどないして妨害すればええんや?・・・・・・ああもう!! 小太郎はんのアホー!!!!」



・ 




「へぇっぶしっ!?  な、何や? 風でも引いたんやろか?」


豪快なくしゃみに鼻をすすりながらも、俺は走る脚を止めない。

早く戻らないと、木乃香の方が先に寮に帰ってしまう可能性があるしな。

頼むからまだいてくれよ・・・・・・。

そして俺は、五分と掛からずに、女子部の校庭に辿り着いた。

キョロキョロと周囲を見渡す。

・・・・・・いた!

良かった。どうにか間に合ったようだ。

木乃香は、校庭の隅に置かれたベンチで、寂しそうに背中を丸め、俯いていた。

・・・・・・ほれ見たことか。刹那、お前のお嬢様は、お前の言葉であんなに悲しんでるんだぜ?

原作の中でも、あんな風に悲しそうにしている木乃香を、俺は見た覚えがない。

裏を返せば、刹那同様、木乃香にとっても、刹那はそれだけ大きな存在だったということだろう。

だから、今更俺が何をしようと、彼女の憂いが晴れることはきっとない。

だが、だからといって何もしないのは、俺の性分じゃなかった。

・・・・・・単純に、女好きな悪癖が鎌首を擡げただけとも言いますがね。

俺は躊躇なく、木乃香が座るベンチに近づいて行った。


「よぉ。えらい景気の悪い面しとんな?」

「え? あ・・・・・・せっちゃんと一緒におった・・・・・・」


声を掛けるまで、俺の存在に気が付かなかったのだろう。

木乃香は、きょとんとした表情で、俺のことを見上げていた。

う、上目遣いが、上目遣いがっ!!

お、落ち着け俺! こういうときは素数を数えるんだ!!

って、そんなことしてたら会話にならんわ!!


「え、ええと・・・・・・自分、近衛 木乃香で合うてるよな?」

「え? なんでウチの名前知ってるん?」

「やっぱりな。俺は、犬上 小太郎。京都で刹那と一緒に剣道しててん。近衛のことは詠春のおっちゃんと刹那から良ぉ聞かされてたんや」

「せっちゃんと、一緒に・・・・・・そうなんや」


い、いかん! 刹那の名前を出した瞬間、木乃香のどんより具合が5割増しだ!

さすがにノ―プランで彼女を励まそうと思ったのは失敗だったか!?


「せっちゃん・・・・・・ウチのこと、嫌いになってもうたんやろか?」


ぽつり、と、木乃香は、弱々しく、そんなことを呟いた。

そういえば、原作でもそんなことを、言ってたな。

つまり木乃香は、これからの二年間、ずっと刹那に嫌われたという勘違いをしたまま過ごして行く訳だ。

・・・・・・なるほど、なら俺に出来ることが、一つだけあるじゃないか。


「そんなことあれへんわ」

「え?」


俺は、さも呆れたと言わんばかりに、大仰な溜息をついてやった。


「あんな、自分刹那の幼馴染なんやろ? 今日のことはともかく、昔は刹那と仲良ぉしてたんやろ?」

「う、うん・・・・・・」

「やったら、刹那が自分のことどんくらい大事に思てたか、知っとるはずやんか?」

「あ・・・・・・」


恐らく、彼女の脳裏には、増水した川で溺れたとき、そのとき、必死で彼女を助けようとした刹那の姿が浮かんでいることだろう。

自らの危険も顧みずに、それでもなお、自分を救おうとした、そんな優しい少女の姿が。


「刹那は今も近衛のこと大事に思とる。この四年間、誰よりもあいつと剣を交えて来た俺が保証したるわ」


ただ今は、自分の気持ちに整理が付かないだけだ。

だからどうか、彼女が素直になれるまで、待っていてあげて欲しい。

そんな願いを込めて、俺は言葉を紡いだ。


「・・・・・・犬上君、ええ人やんな。目つき悪いから、もっと怖い人かと思ってたえ」


そう言って、ようやく木乃香は、俺が知っている花のような、可愛いらしい笑みを浮かべてくれた。

・・・・・・ここでいきなりその笑顔は反則だろ!?


『メーデー!! メーデー!!!! 我が軍の防衛ライン、被害は甚大!! 至急撤退されたし!!』

『おい衛生兵!! 何やってんだよ!? こいつ死んじまうぞ!!!?』



俺の頭の中で、そんな光景が繰り広げていることも露知らず、木乃香は勢い良く足を振って、ベンチから立ち上がった。

・・・・・・生足がっ、生足が眩しくて死んでまう!!


「うん、元気出て来た。おおきに、犬上君。せやんな、せっちゃんがうちのこと簡単に嫌いになるなんて、あれへんもんなっ」


そう言った木乃香の顔は、まだ弱冠の不安はあるのだろうが、それでも、先程より幾分も晴れがましい笑顔だった。

俺は、その笑顔が見れたことに満足して、両頬が緩むのを感じた。


「・・・・・・やっぱ女の子は、笑とるのが一番やな」

「ん? 犬上君、何て言うた?」

「何でもあれへん。それより、俺のことは、小太郎って呼んでんか」


正直、同世代の女の子に名字で呼ばれるのはむず痒い。

今まで知り合いが刹那しかいなかった分余計に。

・・・・・・中身の年齢? さぁ、何の事だか?


「んー、それじゃあ、コタ君で呼んでもええ?」

「ああ、好きにしたらええわ」

「うん。せやったら、コタ君もウチのこと、木乃香って呼んでぇな」


それは渡りに船というもの。

タカミチ同様、心の中では木乃香木乃香呼んでたからな。

お言葉に甘えさせて貰おう。


「んじゃ、そうさせて貰うわ。・・・・・・これからよろしゅうな、木乃香」

「ウチこそ。励ましてくれてありがとな」

「どういたしまして。また何かあったらいつでも言いや? 可愛い女の子の悩み事やったら、いくらでも受け付けてるさかい」

「あははっ、コタ君、おじさんみたいやで?」

「うそん!?」

「あははははっ」


この後、俺は木乃香の元気そうに微笑む姿に満足して、一人男子部の寮へと岐路を急いだ。

これで彼女たちのわだかまり、全てが解消されたとは思わない。

けれど、少なくとも、木乃香の憂いを晴らすことは出来たと思う。

あとは刹那自身の問題だ。

頑張れよ? お前のお嬢様は、お前が心を開いてくれる日を、何よりも待ち望んでるぜ?

少しおせっかいだったか? 何て、柄にもなく反省しながら、俺の麻帆良における一日目は、こうして幕を下ろして行ったのだった。








オマケ


「・・・・・・ど、どないしょう? やっぱ様子だけでも・・・・・・あかん、小太郎はん、ウチのこと匂いだけで気付いとる節があるし・・・・・・かと言って、このままほたっとたら、お嬢様以外の女の子とも・・・・・・ああああ、ウチはどうしたら!?」

「刹那君」

「うひゃああっ!? た、高畑先生!? ど、どうしてこのような場所に!?」

「いや、巡回してただけなんだけど・・・・・・急がないと、もうすぐ寮の門限だけど?」

「・・・・・・え゛!?」



チャンチャン♪








あとがき

ふははははっ!!!!・・・・・・眠ぃよ!!(orz

何でもう一話書こうなんて思ったんだ!?

二時間前の俺の頭を殴ってやりたい!!

だって木乃香が可愛いんだもの!!!!

ああ、バイクに乗ったせいでケツに筋肉痛が来てる・・・・・・

うん、今日はね、もう駄目な気がするよ・・・・・・

と、いうわけで、そろそろ寝るよ。

おやすみなさい。

え? 明日の更新?

さぁ、生きてたらするかもね。


ノシ



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 12時間目 意気軒昂 明日菜め、いつか見てろ!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/21 23:54

麻帆良についてから一週間が経過した。

最初は面倒だと思っていた警備員の研修も、タカミチがちょいちょい稽古を付けてくれるおかげで、とても有意義に感じている。

試しに咸卦法を再現してみようとしたところ、暴発して死ぬ思いをしたのには正直凹んだが・・・・・・。

男子寮は、たまたま空きがあったため一人部屋を借りることが出来た。

おかげ様で、夜中に脱走するのが楽だ。

寮では既に何人かの同級生が共同生活をしていて、俺も数人と仲良くなった。

思っていた以上に幸先の良い新生活の始まりに、本来なら文句なんて出ようはずもないのだが、しかし・・・・・・

誠に遺憾なことが一つだけあった。


「僅か一週間で14件・・・・・・小太郎君、これがどれくらいの数字だか分かるかい?」


いつものように穏やかな表情のタカミチだが、その額にはぴくぴくと青筋が浮かんでいた。

俺は乾いた笑いを浮かべて、彼の逆鱗を逆撫でしないような解答を必死で探っていた。


「え、えーと・・・・・・平均より、ちょこっと多い?」

「平均をぶっちぎって多いよ」

「ですよねー☆」


・・・・・・さーせん。

タカミチが言ってるのは、ここ一週間で俺が受けた生活指導の回数だったりする。

ちなみに内訳は、深夜に寮から脱走したことで3件、他学年の生徒との揉め事で11件だ。

まぁ脱走に関しては100%俺が悪い、そこは認めよう。

次からはちゃんと見つからないよう転移を使うか、或いは見つかっても大丈夫なよう影分身を置いていくことにしよう。

しかし、喧嘩に関しては、情状酌量の余地があると思う。


「全部向こうからしかけてきとるんや、全然俺は悪ないやろ?」


別に俺は好き好んで喧嘩してる訳じゃない。

向こうが勝手に喧嘩を売って来るんだ。

やれ目つきが気に入らないだの、やれ中坊の癖に生意気だの、と。

そういう時代錯誤と言うか、年齢や体格だけで勝てると思いあがってる連中には灸を据える必要があると思う。


「せやから、こう紳士的にな、身の程っちゅうもんを教えたろうと思てな」

「・・・・・・紳士は肋骨を2、3本持って行ったりしないよ」

「あ、あははは・・・・・・」


ま、まぁやり過ぎてしまった感は、否めないかな?

け、けど気とか忍術とか狗神とかは一切使ってないんだぜ。 本当だよ!?



「まぁ、君の言う通り、喧嘩に関しては全て正当防衛だったと裏付けも取れているからね。大目に見るのは、今回までだよ?」

「おお!? さすが、タカミチ! やっぱ話が分かるなぁ」


まぁ、脱走に関しては寮のトイレ掃除一カ月+反省文というペナルティが課せられているので、見逃すのはこれまでの喧嘩に関することだけだろうが。

次からは、きちんと医者のお世話にならなくて良い程度にボコることにしよう。


「ただし、次は相応のペナルティを受けて貰うからね? 出来る限り話し合いで解決するか、無理そうなときは逃げきること。君ならそれくらい簡単だろ?」

「むぅ・・・・・・敵前逃亡は性に合わへんなぁ。ちなみに、次喧嘩したらどないなるん?」

「そうだね・・・・・・気と忍術、狗神に関して一週間の封印処分と、その上で、第3グラウンドの清掃と、あ、もちろん一人でだよ? あとは、400字詰め原稿用紙5枚以上で反省文の提出ってところが妥当かな?」

「うそん」


前言撤回。

絶対もう喧嘩はしねぇ・・・・・・。









その後、俺はタカミチに今週一週間の研修スケジュールが書かれた紙を貰って、女子部の生活指導室を後にした。

ん? 何で男子部の生活指導室じゃないかって?

何でも、現在俺と刹那のお目付け役がタカミチだから、俺たちへの指導はこの一カ月間に限って全部タカミチがやることになってるんだとか?

というわけで、俺は問題を起こすたびにこうして女子部の校舎を訪れてたりする。

もうね、周りの女子の視線が痛いこと痛いこと・・・・・・。

俺完全に不審者扱いよ?

いかにイケメンボディと言っても、TPOを守らないとこういう目に合うということか。

一つ身を持って学んだよ・・・・・・。


「あれ? コタ君?」

「ん?」


聞き覚えのある、ふんわりした声に呼び止められて振り返ると、そこにはやっぱり見知った顔がいた。


「おう、木乃香か。久しぶりやな」

「あはは、前に会ってから、そないに経ってへんよ?」


いやいや、この一週間、タカミチと男子寮の連中にしかあってない俺からすると、木乃香みたいな可愛い女の子との会話は物凄く希少なのよ。

本当めちゃくちゃ久しぶりに女の子と話した気がするもの。

刹那とさえ、時間が合わなくて会ってないしなぁ・・・・・・。

嬉しそうに俺へ向かって、とてとて駆け寄ってくる姿に、引き攣っていた俺の胃が癒されていくのを感じる。

ああ、女の子って、本当にイイモノですね・・・・・・。

それに、この前会った時より幾分元気そうだし。

刹那のことに関して、彼女なりに気持ちの整理が付いたってことかな?



「今日はどしたん? 女子部の校舎って、基本的に男子禁制なんとちゃうんっけ?」

「あー・・・・・・話すと長なるというか、複雑というか・・・・・・」

「???」


返答に窮する。

魔法絡みのことを隠して、タカミチが俺の指導員になってることを説明するのは難しいしなぁ。

うーむ・・・・・・ここは単純にタカミチに用事があった、ってことでOKなのではなかろうか?

そう思って返事をしようとした矢先のこと。


「あんた、木乃香に何してんのよっ!?」

「へ?」


―――――リィンッ


俺と木乃香の間に、彼女を庇うようにして割り込んだのは一人の少女だった。

鈴の髪飾りが、風に揺られて甲高い音を奏でる。

特徴的な二つ結びの髪に、これまた特徴的なオッドアイ。

木乃香が牡丹だとするなら、まるで向日葵のような印象を受ける、快活そうなその人物。

この世界において、間違いなく最重要人物の一人であろう彼女。

それが俺と、神楽坂 明日菜の出逢いだった。


「あ、明日菜?」

「大丈夫、木乃香? こいつに変なことされてない?」

「オイ。ちょお待てやコラ」


行き成り人を痴漢扱いですか!?

むしろ話しかけたの木乃香の方ですよ?

そんな俺の言葉に、まるでゴミ見るかのような視線でこちらを振り返る明日菜。

このアマ・・・・・・可愛ければ何でも許されると思うなよぉ!!

しかしここで怒るのも大人げないしな。

ここは笑って彼女の間違いを正してあげようではないか。


「白昼堂々、女子部の校舎に忍び込む変態と、話すことなんて何もないわ!!」

「(ぴくっ)・・・・・・おいコラ、誰が変態やて?」

「あんた以外に誰がいるってのよ!?」


こ、このガキ・・・・・・。

人が黙ってりゃあ好き放題に。

俺だって好きで白い視線を浴びてる訳とちゃうわぁっ!!!!


「女子部の校舎は男子禁制!! 初等部の子でも知ってるわよ!!」

「止むに止まれん事情があったとは考えん訳かい」

「心にやましいことがあるから、そうやって言い訳が出るんでしょ!?」

「ちったぁ、人の話を聞けや!!」

「だから、変態と話すことなんてないって言ってるでしょ!!」


ぬおおお・・・・・・!!

明日菜め、勘違いとは言え、ここまでこの俺を虚仮にするとわ!!

ゆ、許せん・・・・・・女の子だし、穏便に済ませてあーげよっ☆なーんて思っていたがもうヤメだ!!

かくなる上はこの拳で黙らせてくれるわ!!


「明日菜、明日菜っ」


鬼の形相を開始した俺を余所に、木乃香は慌てた様子で明日菜の袖を、くいくい、と引っ張っていた。


「こ、木乃香? 待ってて、すぐにこの変態を追っ払うから!!」

「ちゃ、ちゃうんよ。その人変態さんとちゃう。むしろ良い人なんよぉ!」

「へ?」


木乃香に説明されて、きょとんとなった明日菜は、油の切れた玩具のような挙動で、こちらを一瞥した。


「え、ええと・・・・・・(ちらっ)」

「・・・・・・あぁん?(ギロッ)」

「怖っ!? ちょっと木乃香ぁ!? あれやっぱ完全に悪役じゃない!? あんた絶対騙されてるって!!」

「だ、誰が悪役やとぉ!?」


そら、あんだけ変態変態連呼されりゃあこんな顔にもなるわっ!!

自分の言ったことを棚に上げて、好き放題言ってんじゃないよ!!


「そら、あんだけ変態さん呼ばわりされたら、誰だって怒るえ? 明日菜、ちゃんとごめんなさいせなあかんよ?」

「え!? あ、う・・・・・・ええと、その、な、何か、早とちりしてたみたいで、その、ごめんなさいっ」


そう言って、明日菜は意外に素直に頭を下げて来た。

へぇ、存外素直なところもあるみたいだな。

間違いを間違いだと認めるのは、結構難しいことだと思うけど。

まぁそれだけ木乃香を信用してるってことか。

何はともあれ、向こうが勘違いに気付いてくれたなら、そう目くじらを立てることもないだろう。


「・・・・・・はぁ。分かってくれたなら別に構わへんよ。売り言葉に買い言葉で、こっちも熱くなってもうたからな」

「あははっ。コタ君、ヤーさんみたいな顔してたで」

「うそん。やっぱそんなに目つき悪いんか、俺・・・・・・」


正直凹むわぁ・・・・・・。

やっぱりやたらそういう人種に絡まれるのも、それが原因だろうか?

次からは出来る限り笑顔でいるよう心がけよう。


「木乃香、こい・・・・・・この人とどういう関係?」


おい、今一瞬こいつって言いかけなかったか?

あーそう言えば、原作で「チャラチャラした男は嫌い」って言ってたような・・・・・・。

そう考えると、今の俺の外見は、まさに彼女の嫌いなチャラチャラした男になるわけだし、目の敵にもしたくなるか。

髪はのばし放題だし、学ランの前ボタンは全開。おまけにシャツもガラものだしな。

ふむ、イケメンな見かけがこんな風に災いすることもあるんだな。

勉強になったぜ。


「うん。犬上 小太郎君。コタ君、こっちは神楽坂 明日菜。ウチのルームメイトやえ」

「よろしゅうな」

「あ、こちらこそ。で、木乃香いつの間に男子と仲良くなったのよ? 関西弁だし、向こうにいたときの知り合いとか?」


おお、明日菜の奴、まだ俺のこと警戒してんな。

それだけ木乃香のことを大事にしてるってことか?

友達思いだな。

さっきの言い合いで急降下だった明日菜株が急上昇中だ。


「ううん。知り合うたんは、一週間くらい前やよ」

「木乃香のお父んに向こうで世話になっとったさかい、こっちに来たら挨拶くらいしとこ、って思っててん。そしたらたまたま、こっちに来たその日に会うてな」

「そうだったんだ。私てっきり・・・・・・」

「てっきり何や?(にこり)」

「な、何でもありまっせーん・・・・・・」


そんなに俺は悪人面か?

まぁ、初登場時は敵役だったし、そういう外見というか、オーラが滲み出てるのかもな。

中身はこんなナイスガイだというのに!!


「それで、結局コタ君は何で女子部に来てたん?」

「そ、そうよ!! 本当なら女子部は男子禁制でしょ!?」

「まぁ、神楽坂の言う通りなんやけど・・・・・・タカミチに用事があってん」


そりゃあ女の子は好きだけど、白い目で見られると分かっててわざわざ女子部に堂々と入ったりはしない。

それこそ、本気でピーピングするなら、狗神やら幻術やら使って隠密行動で来るわ。


「タカミチて・・・・・・高畑先生のこと?」

「ああ、そうや・・・・・・って、しもた。他の生徒の前では、先生てつけろ言われてたんや」


本人いないし大丈夫だとは思うけど。


「た、高畑先生を呼び捨て!? アンタ、高畑先生と一体どういう関係よ!?」

「別に、ただの生徒と先生やで? ちょっと訳あって専属指導員みたいになってもうてるけど、入学式までのことやさかい」


つかみかかってきそうな勢いの明日菜に、俺は淡々と事実を告げる。

というか明日菜さん、タカミチのことになると目の色変わり過ぎ、ワロタ。


「じゃ、じゃあ、なんで呼び捨てなんてしてるのよ!?」

「本人がそれでええっちゅうんやから、別にええやろ? 他の生徒の前ではちゃんと先生て呼んでるし」

「そういう問題じゃないでしょう!?」

「明日菜、少し落ち着かんと。コタ君も困っとるえ?」

「え? あ・・・・・・ご、ごめん」


木乃香にたしなめられて、しゅんとしてしまう明日菜。

何か犬っぽくて可愛いかも。

まんまワン子の俺に言われたくは無かろうが。


「別に構へん。強いて言うなら、俺が高畑センセの友達に似てるから、っちゅうのが呼び捨てを許可してくれた理由みたいやで?」

「そ、そうなの? 高畑先生に、あんたみたいな友達が・・・・・・想像できないわ」

「そうけ? 結構性格が正反対の方が、仲が良くなるもんやとウチは思うけどな?」


君と明日菜とかね。


「ほんなら、コタ君はもう帰るとこなん?」

「そうやな。自分らも帰るとこ?」

「そうよ。今日は制服の採寸があったんだけど、もう終わっちゃったしね」


あー、女子は結構面倒臭いんだよな。

バストとかウエストとかメジャーでぐるぐる測られるの。

男子みたいにSMLと丈だけ合わせりゃ良いってもんじゃないし。

確か、タイも好きなのを選べるんだよな?

お洒落にこだわってる奴からすると、遊びがあって良いんだろうが、俺には理解できん。


「ねえコタ君。この暇やったりするん?」

「ん? まぁ暇といえば、暇やな」


今週分の食料の買い出しに、と思ってたけど。それは別に明日でも構わないだろ。


「せやったら、ウチらと一緒に買い物行かへん? 向こうでのせっちゃんのこととか、いろいろ聞かせて欲しいし」

「別に俺は構へんけど、明す・・・・・・神楽坂はそれでええんか?」


あっぶねぇ! 今、明日菜って言いそうになってた!

気取られてなきゃいいけど・・・・・・

それはさておき、木乃香や明日菜みたいな可愛い女の子を、両手に花状態で買い物なんて、まるで夢のようではないか。

むしろお金を払っても良いレベルですぜ!!

もっとも、明日菜がそれを良しとしてくれるかは微妙ですがね。


「明日菜で良いわよ。噛みそうでしょ? 私の苗字。 木乃香が良いなら、良いんじゃない?」


しっかり気取られてたー☆

けど、予想に反して動向が許可されたぜ!!

今日の俺は何てついてるんだ!!


「ただし・・・・・・妙なこと考えたら、お星様にしてやるから、覚悟しときなさい」


・・・・・・OH、魔王が見えたぜ。

くわばらくわばら。 明日菜の前では、必要以上に木乃香に近づかないようにしておこう。

障壁とか狗神とかガチで抜いてダイレクトダメージは流石にきつい。


「ほな、行こか?」


明日菜の了承が得られると、木乃香は嬉しそうにはにかんで、俺と明日菜の手をそれぞれにとって引っ張った。

この世界に来て、二番目に握った女の子の手は、俺が想像してた通り、柔らかくて、とても温かだった。


「ちょ、ちょっと、木乃香! そんなに引っ張んないでってば!」

「あはは、意外と明日菜の方が木乃香に振り回されとるんやな?」

「ほらほら、二人とも早ぉ行かなお店しまってまうえ?」


楽しそうな、木乃香の笑みを見てると、それだけで満ち足りた気持ちになって来るから不思議だ。

さて、木乃香のご機嫌を損なわないよう、急ぐとしますかね。

そう思った矢先。


『わんっわんっ!! わんっわんっ!!』


「お? メールや」


俺の携帯が鳴った。

ちなみに料金は、屋敷にいた時に作った俺の口座から引き落とされてる。

あ、そこに入ってる金は、もちろん長から依頼された仕事料ですよ。


「着メロが犬の鳴き声って、あんた・・・・・・」

「あはは、コタ君、名前に犬って入ってるもんな」

「ま、まぁそういうことにしといてくれ」


俺自身が半分犬なんですとは、言えないしね。

おもむろに携帯を開くとそこには見知った名前が表示されていた。


『桜咲 刹那』


「何やろ? 手合わせの約束はまだ先やったはずやけど・・・・・・」


そう思ってメールを開くと、そこには一言だけ、簡潔な文章が刻まれていた。


『お嬢様に手を出したら・・・・・・分かってますね?』


「どっ、どこや!? どこから見とるんやっ!?」


慌てて周囲を見回す俺。

そもそも何故俺が木乃香たちと一緒だとバレたっ!?

というか、いくら気配を消すのが上手くても、俺の嗅覚には引っかかるはずなのに!!

あのバカ、一体どんだけ遠くからお嬢様を見守ってるんだよっ!?


「こ、コタ君どないしたん!?」

「ちょっと!? 一体何があったのよ!?」

「わ、分からん・・・・・・一体どこにおるんや・・・・・・!?」


木乃香たちとの買い物に浮かれ気分だった俺は一転、恐怖のどん底に落とされた気分だった。

・・・・・・せっちゃん、マジパねぇっす・・・・・・





あとがき


なんとか日付をまたがずに更新できたんDAZE☆

そして最近せっちゃんがオチ担当と化しつつある・・・・・・

いや、せっちゃん好きだよ?

そして感想板でのせっちゃん人気に吹いた。

みんなせっちゃん好き過ぎだろwww

ご安心を、せっちゃんの本領発揮はこれからなんDAZE☆

あ、あと明日菜出た。

続々と女の子が書けてすげぇ楽しい。

ちゃんと特徴がつかめてるか不安だけどな!!

違和感があったら感想版で教えてね☆

さぁ、明日もちゃんと更新できるかにゃ?

が、がんばるんDAZE☆

それじゃあみんなっ、おやすみー☆

ノシ



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 13時間目 阿鼻叫喚 そもそも13って数字が不吉だって・・・・・
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/22 23:37

可愛い女の子を二人も侍らせて、きゃっきゃっうふふの楽しげなショッピング。

ああ、自分が幸せ過ぎて怖いv

・・・・・・なぁんて、思ってた時期が俺にもありました。


「明日菜、明日菜っ、これなんてどうえ?」

「うーん・・・・・・それならさっきのワンピの方が・・・・・・」

「そうけ? んー、結構いい線行ってると思たんやけどなぁ」


こんな感じでかれこれ二時間だぜ?

しかも、二人ともまだ一着も服を買ってないと来た。

正直何が楽しいのか俺にはさっぱりだ!!

まぁ、着飾ってる女の子を見るのは楽しいし。

試着してた木乃香と明日菜はそりゃあ可愛かったよ?

けどさ・・・・・・けどさっ!!

イマドキの女の子服なんて分かんない俺は完全に蚊帳の外ですよ!?

木乃香よ、何で俺を買い物に誘ったし!!

これなら荷物持ちも不要だったくねぇ!?


「・・・・・・コタ君? もしかして、退屈やった?」

「全然そんなことあらへんで(キリッ)」

「ホンマに? 良かったぁ、女の子の買いもんに付き合うん、男の人は結構退屈やって聞いてたから、心配やったんよ」


そう言って嬉しそうにはにかむ木乃香。

こんな無垢な笑顔を、無為に奪える人間がどこにいると言うのだ。

そんな感じで、脊髄反射のようにイイ顔で返事してしまう自分の女好き加減が恨めしい。

まぁいいさ。

俺の退屈を代償に、木乃香のこんなに可愛い笑顔が見られるなら安いもんだ。

・・・・・・俺、将来絶対尻に敷かれるタイプだな。

結局、三時間が経過し、店を5件回ったところで、軽くお茶をしようと明日菜が提案するまで、その謎の苦行は続いた。






「へぇ~、それじゃ、コタ君が剣道始めたんはせっちゃんと会うてからやったんや?」


注文したチャイを啜りながら、木乃香が以外そうな声を上げた。

明日菜の提案に乗っ取り、俺たちは現在、駅前のド○ールで茶などしばいている。

ちなみに、俺はアイスコーヒー(ブレンド)を明日菜はミルクティーをそれぞれ注文した。

昼食も兼ねているので3人ともそれぞれセットで軽食を頼んでたが、正直俺の腹はこんなもんじゃ満たされない。

まぁ空気読まないのもアレだし、後でまた何か買い食いでもしよう。


「剣道やのうて、剣術な。もともと俺は剣術やのうて体術、格闘技みたいなんやってたからな」

「へぇ、それじゃあ何、あんた結構喧嘩とか強いの?」


感心したように明日菜が呟いた。


「女の子が真っ先に喧嘩て・・・・・・まぁ、そこそこは強いけど、そんな望んではせぇへんよ?」

「あはは、そんなの当たり前じゃない」


何バカなこと言ってんのよ、と明日菜が呆れたように笑う。

・・・・・・この一週間で11件、述べ26名を病院送りにしたことは死んでも言えんな。


「それやったら、せっちゃんとはどっちが強いん?」


木乃香が核心に触れるような質問を投げかける。

毒気の無い顔して、なかなかに答えづらいことを聞いてくるな・・・・・・。


「そうやなぁ・・・・・・最後に手合わせしたときは俺が勝ったけど、実際は五分五分っちゅうのが妥当やな」

「は!? その桜咲さんて、女の子なんでしょ!?」


驚いた声を上げる明日菜。

あ、明日菜には刹那のことについて木乃香が軽く説明してくれてたみたいだ。

こんなとこでも微妙に原作を歪めているようで心苦しいが、今更そんな細かいことは気にしないようにする。


「剣術も体術も大局的に見れば戦術やからな。力の強弱、技術の高低だけで勝負が付く訳とちゃう」


それでも、剣術そのものは刹那のが強いけどね。


「そ、そういうもんなの? けど、女の子が男子と五分五分に強いって・・・・・・桜咲さんて、どんな屈強な体つきを・・・・・・」

「あ、明日菜・・・・・・せっちゃんはかなり可愛いえ」


恐らく、刹那に対して結構失礼な想像を膨らませていたであろう明日菜に、木乃香が苦笑いを浮かべながら言った。


「そうやで? こう、肌なんか雪みたいに白ぉてな。ホンマ、同し生きもんとは思えへんというか・・・・・・」

「やけに褒めるのね。・・・・・・もしかして、その桜咲さんのこと好きだったりして?」

「ええ!? コタ君、そうなんっ!?」


『!?(がたんっばたんっ)』


明日菜の爆弾発言に、木乃香までもが目を爛々と輝かせて身を乗り出してくる。

本当にこれくらいの歳の女の子って、そういう話題に目がないというか。

しかし、後ろの方の客がやたら騒いでたな。カップでも落としたか?


「そりゃあ、好きか嫌いかで言われたら大好きや」

『@*$#&%=~~~~~!!!?(がたがたっばたんっっ)』


オイオイ!? 本当に大丈夫か後ろの客!? 何か持病の発作でも起こしてるんじゃないのか!?

それはさておき、俺の答えに木乃香は顔を真っ赤に、明日菜はきょとんとしてフリーズしていた。


「え? ま、マジで?」

「キャーーーー!! コタ君、大胆やぁ!」

「盛り上がってるところ悪いけど、多分自分らの思とる意味とちゃうからな・・・・・・」


もちろん、刹那のことは可愛いと思うし、女性としての魅力も感じてる。

事故とはいえ裸を見てしまった時なんて、正直鼻血出そうだったし。

しかしまぁ、彼女は今、己の腕を磨くことにいっぱいいっぱいで、色恋なんて目にも入ってないだろう。

俺のことも、修行相手とは認識していても、そういう対象として見たことはないんじゃなかろうか?

第一、俺自身彼女と剣を交え過ぎて、今までそういう関係になれたら、なんて想像すらしたこと無かったからな。


「何よそれ。友達として好きってこと?」

「まぁ、そういうことやな。というか、俺は可愛い女の子はすべからく大好きやで?」

「コタ君・・・・・・それ多分、堂々と言うこととちゃうと思うえ?」

「そうか? ともかく、刹那のことは可愛いと思うけど、それ以上に尊敬やら感謝やらの気持ちが、今は多いっちゅうのが本音や」

「ふぅん・・・・・・幼馴染ってそういうもんなのかしら?」

「さぁな。けどま、刹那のこと大好きってのは本当やな。あいつほど、今の俺に気心知れたダチはおらへん」


『・・・・・・』


それは間違いなく、俺の本心から出た言葉だった。

俺がここまで強くなれたのも、故郷を失った後、自暴自棄にもならず、自身の弱さと向き合えたのも、常に直向きな彼女と出逢えたおかげだ。

照れ臭くて、なかなか本人には言えないが、刹那には感謝してもし足りない。

お、そう言えば後ろの客、急に落ち着いたな。

やっぱ持病か何かだったのか?


「ほな、そろそろ出よか? あんまり長居しても、お店の人に悪いえ?」

「それもそうね。面白い話も聞けたし、案外あんたがついてきたの正解だったかも」

「って、やっぱりついて来るの反対やったんかい・・・・・・」


がやがやと、明日菜と不毛な良い争いをしながら、俺たちは店を後にするのだった。








「さて、と・・・・・・結構まだ時間あるわね」

「ホンマやな。採寸10分くらいで終わってもうたもんな」


明日菜の言う通り、時計の針はまだ2時を回ったばかりで日も高い。

これからまたあの買い物地獄に付き合わされるかと思うと正直鬱だ。

・・・・・・離脱するなら今しかないか?

なんて、卑怯なことを考えていた罰が当たったのかも知れない。


『そっちからぶつかって来たんじゃん!?』


そんな、悲鳴染みた女の子の声が聞こえて来たのは。



「? 何やろ? 大きい声やなぁ」

「こんな往来で、誰か喧嘩でもしてんのかしら?」

「・・・・・・」


おおおい、マジかよ?

よりによって、次やらかしたらOSHIOKI☆決定だというのに、こんなときに荒事には関わりたくないぞ?

けど今の声・・・・・・聞き覚えがあったんだよなぁ。

気のせいだと良いんだけど、こういうときの俺の悪寒って当たるからなぁ・・・・・・。


「うーん、何か女の子の声してたし、一応警察とか呼んだ方がええんかな?」

「先にどんな様子か確認した方が良くない?」

「それもそやね」

「・・・・・・うそん」


ほるぅああああっ!!

何か、俺が知らぬ間に見に行ってみよう☆的な流れになってるし!!

本当、次喧嘩したらヤバいんだって!!

しかし、明日菜と木乃香を放っておくわけにもいかず、俺は自らの保身も許されないまま、二人の後を追うしかなかった。








「あ、あそこみたい」


明日菜が指差した方を見ると、そこには俺たちと同世代と思しき女の子が、性質の悪そうな男4人と何やら良い争いを繰り広げていた。

というか、やっぱり俺の悪寒は的中してたか・・・・・・。

よりによって絡まれてる4人、バッチリネギクラスのメンバーじゃねぇか・・・・・・。

背の高いポニーテールは、大河内アキラ。

活発そうなサイドテールは、明石祐奈。

色素の薄い髪でおどおどしてるのは、和泉亜子。

同じように涙目になってるのは、佐々木まき絵で間違いないだろう。

よりにもよってこんなときに絡まれてんじゃねぇよ・・・・・・。

まぁ彼女たちに非は無いんでしょうがね。


「だから、お嬢ちゃんたちがぶつかってきたのが悪いんだろ?」

「そうそう。大人しく付いてくるだけで許してやるってんだから、感謝して欲しいくらいだよな?」


あー・・・・・・随分面倒臭い手合いに絡まれたな。

普通にナンパしてくる奴らより、ああいう輩の方がしつこいんだよなぁ。

頑張って祐奈が食ってかかってるけど、あれじゃ暖簾に腕押しだろう。


「ああもう! 見てらんない! 木乃香、ここで待ってて!! あいつらの鼻っ柱へし折って来るから!!」

「あ、明日菜!! 危ないえ!!」


木乃香の制止も聞かずに、ナンパ4人衆にずかずかと突貫しようとする明日菜。

はぁ・・・・・・やっぱりこうなるわな。

俺は、彼女の手を掴んで、無理やりに引き留めることにする。


「待て待て。ちょうど荒事向きなんがここにおるんや。ここは大人しゅう俺に任せとき」

「小太郎・・・・・・」

「それに、可愛い顔に傷でも付いたら大事や」

「んなっ!? ば、バカなこと言っていないで、行くならさっさと行って来なさいよ!?」

「あいよ」


耳まで真っ赤にして大声を上げる明日菜。

今ので観衆の何人かはこっちに視線を奪われてる。

しかし・・・・・・くくっ、やっぱりからかい甲斐のあるやつだ。

さぁて、そいじゃあさくっと、運動部4人組を助けるとしますかね?


「なぁ、兄ちゃん達」

「あん? 何だてめぇ」

「んー、通りすがりの中学生ってとこやな」


厳密に言えば、まだ小学生ですけどー。

まぁ俺の身長じゃあそうは思われないだろ。

そして予想通り、こっちに敵意全開の視線をぶつけて来る4人衆。

タカミチの言う通り、俺一人なら逃げ切ることは容易い。

というか、こんな恰好だけの一般人になんぞ一生掛かっても追いつかれない自信がある。

しかし、彼女たちを助けるとなると話は別だ。

かといって、話し合いで解決できそうな手合いじゃないしなぁ・・・・・・。

気は進まないけど、あの手で行くしかないか。

俺は一番先頭にいた祐奈に目配せをした。


「え?」


しっしっ、と追っ払うかのように手を振る。

もっともこの場合、その行動に込められてる意味は『俺のことは気にせんと、さっさと逃げぇや』だったりする。

伝わってくれていることを信じながら、俺は男たちに向き直った。


「別に立ち聞きする気はなかってんけど、たまたま聞こえてな。兄ちゃん達、この子らにぶつかられて頭に来とるんやろ?」

「何だ、分かってんじゃねぇか? だったら、さっさと失せな!!」

「まぁまぁ、落ち着きぃ。せやったら、この子らのことは見逃してくれへん?」

「あぁん!? 何トチ狂ったこと言ってやがる!?」

「その変わりと言っちゃあ何やけど、俺のこと好きなだけ殴ってもらって構へんから」


一般人に殴られたって、大したダメージは無いしな。

よしんば口の中を切ったとしても、翌日には治るだろ。

それに、俺から手を出さなければ、喧嘩じゃないしな。タカミチからお咎めを受けることはないだろう。

あとは、こいつらが食いついてくれるかどうかという、ギャンブルみたいな作戦だが・・・・・・。

男たちは一様にいやらしい笑みを浮かべていた。


「はっ! 坊主、いい度胸してるじゃねぇか?」

「本当に好きなだけ殴っていいんだな?」

「さぁて、何発もつかな?」

「ぎゃははっ! ちゃんと俺まで回せよ?」


何だ、単に何かしらでストレスを発散したいだけの手合いか。

俺は安堵に胸を撫で下ろし、4人を庇うようにして割り込むと両手を広げた。

公衆の面前で殴られるのは抵抗があったが、それで彼女たちが助かるなら安いものだろう。


「よっしゃ、どっからでもええで?」


ぱっと見では分からない程度に、気で全身を強化し終えると、俺は殺気立つ男たちを促した。


「はん、肝が据わってんじゃねぇか? ほんじゃ、俺から行く、ぜっ!!」


―――――ばきっ


「・・・・・・」


・・・・・・なんじゃこりゃ?

放たれた男の拳は、ものの見事に俺の顎へと吸い込まれて行った。

うん、直撃だった、はずだ。

だと言うのに、何だこのダメージの無さは!?

別に気で強化する必要なかったんじゃねぇか!?

こいつら本当に恰好だけのヤンキーかよ・・・・・・。

ちょっと殺気ぶつけるだけで『お話合い』になったんじゃなかろうかと、一瞬後悔したがもう遅い。

男たちは次々に俺へと拳やら蹴りやらを見舞ってきた。


―――――どかっ、ばきっ、ばきっ


「おっ・・・・・・あたっ・・・・・・ととっ」


対して痛くはないが、この程度の強化じゃ慣性までは誤魔化せないか。

俺は男たちの打撃によって、前後左右に身体を揺さぶられていた。

・・・・・・これって、傍から見てたら、かなり痛々しそうな光景になってるんではなかろうか?


「も、もう止めたってっ!!」


やっぱりですか。

相当痛々しそうに見えたらしく、両目に涙いっぱい溜めた亜子が俺を殴っていた男の一人の腕にしがみ付いた。

あーあ、逃げろって言ったのに。

君らが逃げてくれないと、俺殴られ損ですよ?

まぁ、これだけ殴れば、彼らも気が済んだことでしょう。

そろそろ一言謝れば許してもらえ・・・・・・


「うっせぇ!! 引っ込んでろっ!!」


―――――どんっ


「きゃっ!?」


・・・・・・なんて思っていたが止めだ。

この野郎、今何をしやがった?

自分より一回り以上小さい女、しかも無抵抗な人間に手を上げやがっただと?

幸い、亜子は大した外傷はないようだが、尻もちをついて痛そうにお尻をさすっていた。

アキラがそれを助け起こそうとしたところまで視界の隅で確認して、俺の思考は完全に真っ赤になっていた。

人前だということも忘れて、瞬動を使い、亜子を突き飛ばした男の鼻先に移動する。


「お前っ!? いつのまに゛っ!!!?」


男が驚愕のあまり何かを叫ぼうとしていたが、それを最後まで聞かずに、その暑苦しい顔面を鷲掴みにする。


「よぉ自分・・・・・・この世で一番大事にせなあかんもんって何か知っとるか?」

「ふ、ふがっ!?」


俺の問い掛けに、男は苦しそうに呻くだけだった。

ああ、そう言えば、俺が口ごと顔を掴んでるんだったか。

まぁ、そんなことどうでもいい。

こいつには、身体に叩きこんでおく必要がありそうだからな。


「それはな・・・・・・可愛い女の子や。二度と忘れんよお・・・・・・身体に刻み込んどけ」


―――――ぎりぎりぎりぎりぎりっ


「ぎ、ぎゃああああああああっ・・・・・・!!!?」


俺が指に力を入れると、男は10秒と持たずに口から泡を吹いて意識を手放してしまった。

まぁ、頭蓋骨にヒビが入るほどはやってないし、痛みに精神が耐えられなかったんだろう。

本当に外見だけの野郎だったか。

俺は動かなくなった男を放り捨てると、残りの連中に向き直った。

女に手を上げるような野郎の連れだ。最早容赦してやる謂れはなかろう。


「お、おいっ!? トシ君!?」

「しゃ、洒落になんねぇぞっ!? あのガキ、今何しやがった!?」

「何慌てとんのん? ちょこっとその栄養の足りてなさそうな頭をマッサージしたっただけやん?」


そう言って、口元を釣り上げる俺。

頭の中では、既に数十に及ぶ抹殺方法が繰り広げられていた。

しかしながら、タカミチに釘を刺されているしな。

ここは一思いにマウントに沈めてやるとしよう。

ただし・・・・・・二度と悪さをする気が起きないような、エグい一撃でな。


「お、おいっ!? こ、このガキ、もしかしてっ!?」

「あ、ああ、学ランに長髪、オマケに殺人鬼みたいな目つき!!」

「最近噂になってる、30人近い不良を一週間足らずで病院送りにしたっていう、麻帆中の狂犬っ・・・・・・!?」


男たちが何か喚いていたが、最早俺の耳には届いていなかった。



「―――――さぁ、OSHIOKIの時間や・・・・・・」



『『『ぎ、ぎゃああああああああああああああああっ・・・・・・!!!!!?』』』


白昼の街中に、野太い男たちの断末魔が響き渡った。







「ふんっ、口ほどにも無いわ」


所要時間5秒で残りの3人を叩きのめして、俺はぱんぱんっ、と手を払った。

こっちが穏便に済ませてやろうと思ったら、調子に乗りやがって。

ぴくぴく、と断続的に痙攣を繰り返す死に体の男どもを尻目に、俺は亜子へと慌てて駆け寄った。


「自分、大丈夫か!? 怪我とかしてへん!?」

「え? えぇっ!? う、ウチは大丈夫ですけどっ!?」

「あ、あなたの方こそ、その、大丈夫なんですか?」


亜子を心配する俺に対して、アキラが珍しい生き物でも見るような目でそう言った。

まぁあれだけ殴られてりゃ当然の疑問だな。


「おう。あんなへなちょこパンチ何発喰らっても平気や」


俺は会心の笑みでそう答えてやった。

いや、でないと俺相当目つき悪いらしいから怖がられそうだしね。

その心遣いが通じたかは定かでないが、亜子はほっと、安堵の溜息を零していた。


「ホンマに、危ないところを助けてもろて、何てお礼を言ってええか・・・・・・」

「いやいや、大したことはしてへんよ?」

「そんなことないですよ。・・・・・・本当にありがとうございました」


そう言って二人から頭を下げられる。

な、何んか照れくさいぞ? 喧嘩して人に褒められるのって変な感じだ。


「お兄さん強いねー? 格闘技とかしてるの???」

「いや、本当に凄かったわ。最後の方とか、何やったのか全然分かんなかったし」


続いてまき絵と祐奈が俺の技に賞賛を浴びせて来る。

いやぁ、一般人に弱冠反則臭い技使ったんで正直後味はよろしくないんですけどね。

あとまき絵や、俺はお兄さんやのうて同級生や。


「こ、小太郎っ!!」

「コタ君っ!!」


4人に囲まれて、わいわい言ってると、慌てた様子で明日菜と木乃香が駆け寄ってきた。

ああ、そう言えば遠巻きにこいつらも見てたんだったか。

余計な心配を掛けちまったな・・・・・・。


「あ、あ、あんたっ!? 何けろっとしてんのよ!?」

「大丈夫かえ!? 痛いとこあらへん!? どこ怪我したん!?」

「ちょっ、ちょっ、ちょ!? 落ち着けや二人とも!! ほら見てみぃ!! 俺は怪我一つしとらん、無傷や!!」

「う、嘘!? だって、あんなに殴られてたのに・・・・・・」

「・・・・・・ホンマや。傷どころか、赤くすらなってへんよ?」


これで安心して貰えただろうか?

最初に殴られても平気ってことは言っておくべきだったかな?


「明日菜と木乃香じゃん? この強い兄ちゃん、もしかして二人の連れだった?」


二人を見た祐奈が、そんなあっけらかんとしたことを聞いた。


「い、一応・・・・・・私たちもこんなに強いなんて知らなかったけど」

「コタ君、凄かったえ! 正義の味方みたいやったよ!!」

「マジでか!?」


やったね☆ これで悪人から卒業だな!!

・・・・・・目つきが変わった訳じゃございませんが。


「あ、それから、こいつこれでも私たちと同級生だから」

「ええっ!? そ、そうだったの? てっきり年上かと思ってたよ!!」


そう言われて、まき絵が驚きの声を上げる。

というか、運動部4人組は全員俺がタメだとは思ってなかったらしい。

皆一様に目を点にしていた。


「今年から麻帆中男子部に通う、犬上 小太郎や。 よろしゅうな」


俺がそう名乗ると、4人娘も一人ずつ丁寧に自己紹介をしてくれた。

うんうん、やっぱ第一印象って大事ね。

明日菜の時とは違って、4人は皆俺のことをヒーローを見るかのような熱い視線で見てくれていた。

ちょ、ちょっと照れるぜっ。


「それはそうと、小太郎。あんなに強いなら、何で最初から本気出さなかったのよ?」

「そやそや。うちら、心臓が止まるかと思うたんやえ?」


明日菜がもっともな疑問を口にして、木乃香がそれに便乗する。

うーむ、それは本当に申し訳ないことをしたな・・・・・・。


「いやぁ、最初はやり返すつもりなかってんけどな。亜子がこかされたん見てカチンと来てもうた」

「そ、そそそんな、いきなり呼び捨てやなんてっ!?」

「あ、スマン。嫌やったか?」

「そ、そんなことっ、あれへんけど・・・・・・」

「そら良かったわ。あ、皆も俺のこと小太郎て呼んでんか」

「こら、話が逸れたわよ? 何でやり返す気がなかったのよ?」


おお、明日菜め、バカレッドの癖に意外としっかりしてんじゃないか。

と言う訳で、俺は明日菜に喧嘩をしたくなかった事情を話そうとして・・・・・・



―――――ぞくり

「―――――っっっ!?」



見動きが取れなくなった。

急に動かなくなった俺を、明日菜たちが訝しげな顔で覗き込む。

今まで感じたことの無い恐怖に、全身から滝のような汗が噴き出していた。

じょ、冗談じゃない!! 俺は手合わせとは言え、こんな化け者を相手にしていたのか!?


「ちょっと? どうしたのよ小太郎? な、何か凄い汗だけど・・・・・・」

「あ、あかん・・・・・・もうおしまいや・・・・・・」


こいつらは、このプレッシャーに何も感じないと言うのか?

それもそのはず。ヤツは、俺一人を標的に、この身も凍るような殺気をぶつけているのだから。

ぎぎぎ、と、油切れのロボットのような動きで後ろを振り返ると、そこにはスーツ姿の鬼神が立っていた。


「た、高畑先生っ!?」


どうやら明日菜も彼の存在に気が付いたらしい。

しかし、もう一つ気が付いてほしい。

彼の纏っている雰囲気が、平時とは比べ物にならないほどに禍々しいことに!!


「やぁ明日菜君に皆。それに小太郎君も・・・・・・5時間ぶりってところかな?」

「そ、そうです、ね・・・・・・」

「君が麻帆中の学ランを着ていてくれて助かったよ。目撃した人が、学校に連絡をくれてね」


タカミチの口調は穏やかだったが、そこに込められた闘気は隠しようがないほどに膨れ上がっていて、彼が言葉を発するたびに、バカみたいな気がバンバンと俺に突き刺さるようだった。


「さて小太郎君? 僕はさっき、君になんて言ったかな?」

「え、ええと・・・・・・見逃すのは、今回、限り・・・・・・?」

「正解だ。じゃあ、僕が何を言いたいか、分かるよね?」

「あ、あはははは・・・・・・情状酌量の余地は?」

「無い」


ぐわしっ、と、タカミチは俺の学ランの詰襟部分を掴むと、ずるずると連行を開始した。


「ご、後生や!! 堪忍してくれぇっ!!!!」

「男が言い訳するのは見苦しいよ? 大人しく罰を受けること」

「い、嫌やぁ!! 封印処置は絶対に嫌やぁっ!!!!」


タカミチは、恐らく咸卦法でも使っているのだろう。俺が暴れるのをものとせず、ずんずんと突き進んでいた。


「―――――だ、誰かっ、助けてくれえええええええええええええっ!!!!!!」


白昼の街中に、二度目の断末魔が響き渡ったのだった。








「・・・・・・ちくせう」


―――――ぶちっ、ぶちっ

俺は一人ごちながらも、せっせっとグラウンドの草抜きに精を出すのだった。

あの後、再び女子部の生徒指導室に連行された俺だったが、明日菜や木乃香、運動部4人組が事情を説明しに来てくれたおかげで、どうにか封印処置と反省文は免れた。

しかしながら、約束は約束ということで、こうして一人第3グランドの草抜きを命じられてしまったわけだが・・・・・・。


「こんなん一人で終わるわけあれへんやろ・・・・・・」


広すぎるわ!!

あーあ、絶対日暮れまでに間に合わねぇ・・・・・・。

既に時刻は4時を回っており、日は完全に西へと傾きつつあった。


―――――ぐうぅぅぅ


胃袋までが抗議の声を上げ始めた。

そういえば、買い食いしようと思ってたんだったか。

あんな騒ぎになったせいで、完っ全に忘れてたわ。

はぁ~~~~・・・・・・何で俺がこんな目に・・・・・・。



「よぉ。えらい景気の悪い面しとんな?」

「んあ?」


何か言った覚えのある台詞で呼びかけられて振り返ると、そこには悪戯が成功した子どものように微笑む木乃香の姿があった。

なして?


「どないしたんや? ぼちぼち寮の門限とちゃうかったか?」

「えへへ、コタ君、お昼少なかったみたいやから、お腹空かしてへんかなぁ思て。ほい、差し入れ」


そう言って、木乃香が差し出してくれたのは、綺麗に握られたおにぎりだった。


―――――ぐうぅぅぅ


再び、俺の腹が自己主張を開始する。

そんなことがどうでもいいくらいに、俺の胸はもう感動で一杯だった。


「こ、木乃香~~~~~!!」


感極まって木乃香に抱きつこうとする俺、その瞬間だった。


「調子に乗るなっ!!」「調子に乗らないでくださいっ!!」


―――――どかっ


「ぐぇっ!?」


息ぴったりのダブルドロップキックが、ノーガードだった俺の脇腹に突き刺さったのは。


「な、何や!? 敵襲かっ!?」

「何が敵襲よ!? どさくさに紛れて木乃香に何しようとしてんのよっ!?」

「言っておいたはずですが? お嬢様に手を出したら、どうなるかと・・・・・・」

「あ、明日菜に、刹那まで!? ど、どないしたんや!?」


俺は夢でも見てると言うのか!?

差し入れを持ってきてくれた木乃香はともかく、彼女たちにはこんなところに用は無いはずなのに。


「ま、まぁ、あんたをけしかけたことは、私にも責任があるからね。一人でこんなだだっ広いグランドの草抜きは可哀そうだと思ってさ」

「ま、まさか・・・・・・手伝ってくれるんか!?」

「な、何よ? 悪い?」


大歓迎です!!

前世から数えて30年。果たして女の子にこんなに優しくして貰ったことがあっただろうか。

もう俺、泣いてもいいんじゃね?


「あなたがああいう行動に出ると分かっていて、止められなかった私にも落ち度がありますからね。少しくらい助太刀しますよ」

「せ、刹那ぁ・・・・・・」


っていうか、あなたやっぱり木乃香のことスト―キングしてたんですね。


「あ、あなたが桜咲さん?」

「・・・・・・(ぺこっ)」


刹那は静かにお辞儀をすると、俺たちとは反対側の隅へと向かっていってしまった。


「な、何か、怖そうな人だったわね・・・・・・」

「き、気を取り直して、さくっと終わらせてまおう!!」


俺は慌てて、刹那のフォローをしておく。

まぁそれ以上に、さっさと終わらせて、木乃香のおにぎりに有りつきたいというのが本音だった。


「よーし、ウチも手伝うえ。さっさと終わらせんと門限に遅れてまうしな」

「それもそうね。それじゃあ、早速・・・・・・」


『おーい!! 小太郎ー!! 明日菜―!! 木乃香ー!!』


明日菜が手近な草に手を伸ばした瞬間、少し遠くから聞き覚えのある元気な声が響いた。


「祐奈? それに、まき絵やアキラ、亜子まで!?」

「おーう!! やっとるね? アタシらも助っ人に来たよ!」

「えへへっ、皆でやった方がきっと早く終わるよ?」

「もとはと言えば、私たちを助けてくれた所為だし、私たちが手伝うのは当然だと思って」

「え、えと、よろしゅうお願いしますっ!!」


・・・・・・何て、良い子たちなんだ。

あ、あれ? 変だな? 悲しくないのに、おじさん、涙が出てきちゃったよ・・・・・・。


「・・・・・・(ふるふるふるふる)」

「コタ君? どないしたん? どっか具合でも悪いん?」

「えぇっ!? こ、小太郎君、やっぱりどっか痛めてたんっ!?」

「た、たいへんっ! 早く保健室にっ!?」


俯いて黙り込んでいると、木乃香と亜子、アキラが心配そうに声を上げた。

もう・・・・・・もう、俺の胸は君たちへの愛でいっぱいだ!!!!



「・・・・・・みんなっ!! 俺、みんなのことが大好きやあっ!!!!」


―――――ぴょーーーーんっ


「だからっ!! 調子に乗るなっつってんでしょうがっ!!!!」


―――――べきぃっ


「ぎゃふんっ!!!?」

「あははっ、コタ君変な声や」


あ、明日菜・・・・・・良い蹴りだったぜ。

そ、その足ならきっと、世界も狙える・・・・・・。

地面とキスする俺を見て、皆が楽しそうに笑い声を上げた。

もちろん、顔は少し痛んだが、それでも俺は、どこか満ち足りた気分になって、釣られたように笑みを浮かべていた。







SIDE Tkamichi......



「やれやれ・・・・・・手伝って貰ったら、罰にならないんだけどね」


がやがやと、楽しそうに談笑する彼らを遠目に見つめながら、僕は胸ポケットに入れてあった箱から、煙草を一本取り出した。


「まぁ、今回は止むに止まれぬ事情があったようだし、これで大目に見てあげるとしよう」


―――――しゅぼっ


ふぅ・・・・・・しかし、ああやって仲間と笑っている姿を見ると、ナギ、本当にあなたを思い出しますよ。

何が特別と言う訳でもないのに、人を惹きつけて已まなかったあの人。

そんなあの人に、彼はどこか分からないけれど、良く似ている。

そして、誰かのために自分の身を犠牲にしようとする、そんなところまで。


「ふぅ・・・・・・早く君に会わせてあげたいよ、ネギ君・・・・・・」


吐き出した煙は、すぐに風に揉まれて見えなくなってしまった。




SIDE Takamichi OUT......





あとがき


きょ、今日もなんとか日付変更線またがずに済んだんDAZE☆・・・・・・

さ、さすがに焦った;

つーか、今回の話は長過ぎた;

自分でも途中何が言いたかったのかわからなかったし;

あ、でも今回は女の子たくさん出たよ!!

とくに亜子たんはお気に入りだから超嬉しいv

亜子たんマジ亜子たん!!

ちなみに、次回からは再びちょっとシリアス、というかバトル要素含むお話になります。

ネギ君の出番?

・・・・・・作者だって早くネギ書きたいよ!!(orz

と、いうわけで、また次回。

次の更新も、サービスサービスぅ☆

ノシ




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 14時間目 開巻劈頭 幻想を抱いてるものって、実際に見るとイメージが崩れるよね
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/23 19:06
「護衛任務?」


春休みの終わりがけ、研修期間もあと僅かとなった今日、俺と刹那は学園長室に呼び出されていた。

何でも仕事の依頼があるとのことだが・・・・・・ガチで働かされるとは思わなかったぜ。

だって一応俺達ってば、小学生以上中学生未満な訳じゃない?

労基法云々の前に、倫理的にどーよ?とか思ってた訳さ。

しかしながら、先天的素質に左右され易い裏の世界では、表より人材不足が深刻なようだ。


「うむ。君達二人に、学園内のある人物の護衛を頼みたいんじゃ」


そう言った学園長の表情は、いつものような好々爺染みたものではなく、組織の長としての威厳に溢れる、険しい表情だった。

それだけ、今回のヤマがヤバいということか。

なおさら俺達なんかに依頼して大丈夫かよ?


「察するに大変難易度の高い任務とお見受けしますが、その、本当に我々に依頼してよろしいのでしょうか?」


刹那も同じ疑問を感じたらしく、おずおずと、学園長にそう進言していた。

学園長はそれに対して、頭が痛そうに溜息をつくと、居住まいを正した。


「わしも今回の件に関しては頭が痛いんじゃよ。本来なら、こういった仕事はタカミチ君の管轄なんじゃが・・・・・・」


残念ながら、タカミチは昨日から別件で魔法世界に出張中だった。

だからと言って、俺らにお鉢が回ってくるのは少々にが重すぎる気がする。

本来タカミチがするはずの仕事だって言うならなおさらだ。


「もちろん、それだけが理由ならまだ学生の君たちにこんなことを依頼はせんよ」

「他にも理由があるということですね?」

「うむ・・・・・・大きく理由は二つ。一つは、今回の首謀者が関西呪術協会の過激派だったということ」


なるほど、つまり、俺たちにそれを迎撃させることで、俺たちが過激派の間諜じゃないという証明をしようと言う訳か。

えらく物騒な踏み絵もあったなもんだな。

しっかし・・・・・・本当に仲が悪いのね、西と東。

夢と希望に溢れた中学生に、そんな汚れた大人の世界を見せないで頂きたいところだ。


「もっとも、呪術師本人は既に拘束しておってな。問題はその男が召喚した妖怪の方なんじゃよ」

「術者に命令を取り止めさせることは出来ないのですか?」

「どうも自らの身の丈に合わん高位の妖しを召還したようでな。完全に奴の制御化を外れておる」

「なんじゃそら? 自分のやったことには責任持てや」


飼い犬に手を噛まれるどころの騒ぎじゃねぇだろ?

しかも話を聞く限りじゃ、言うことは聞いてなくても、その妖怪は術者の命を遂行するために動いてると見える。

それを完遂しないと、恐らく還れないよう呪がかけられてるんだろうな。厄介な・・・・・・。


「では、我々の任務は、護衛対象に貼りつき、その妖怪を迎撃、殲滅する、ということでよろしいでしょうか?」

「そういうことになるの」


何だ、結構上手い話じゃねぇか?

強敵と闘り合えて、給金まで入るなんて、俺にとっては願ってもない話だ。

バトル脳過ぎる? ・・・・・・ほっとけ。


「して、二つ目の理由じゃがな。お主らに話すのはもう少し先にしようと思っておったんじゃがのう・・・・・・」

「何や? 珍しくえらい歯切れがわるいやんけ?」

「うむ・・・・・・実のところ、その者を保護することに関して、魔法を知る職員の間でも疑問の声があがっておってのう」


ふーん・・・・・・麻帆良の教員も一枚岩ではないということか。

まぁ、組織なんてどこもそんなもんだろう。

それで、学園長の裁量で自由に動かせる、警備員見習いである俺たちが抜擢されたと言う訳だ。

よくもまぁ、都合良く話が出来てますこと・・・・・・。


「そんで、魔法先生方に嫌われとるその護衛対象って誰なんや?」


痺れを切らして、俺は学園長に先を促した。

そして再び、大きくため息をつくと、学園長は重々しく、俺たちにこう問いかけた。


「・・・・・・不死の魔法使いを知っとるかね?」











学園都市の郊外。

そこに颯爽と建つ木造のコテージ。

これこそが、今回俺と刹那が護衛することになった人間の居城なのだそうな。

・・・・・・って、もう大体誰か予想はついてるでしょうけどね。


「ここが不死の魔法使い・・・・・・吸血鬼の真祖、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさんのお宅ですか」


そう、今回の護衛対象とは、みなさんお馴染み、千の呪文の男に魔力の大半を封じられて女子中学生生活を余儀なくされている齢600歳越えの吸血鬼。

ツンデレ比9:1のドS幼女こと、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様なのだった!!

・・・・・・つーか、護衛の必要あったのか?

俺の記憶では、封印状態で刹那を圧倒してたはずだけど?

そんなに今回の妖怪が強いってことか?

学園長から護衛対象の話が出た時、刹那なんか弱冠顔引き攣ってたからね。

俺は魔法先生が護衛を渋ってるとかいう下りら辺で何となく予想はしてたけど。

学園長らが拘束したという呪術師はかなりの高齢だったらしく、50年程前に父をエヴァちゃんに殺されたとかの恨みがあったのだとか。

そこで、どこから嗅ぎつけたのか不明だけど、彼女が最弱状態で麻帆良に軟禁されてることを知り、今回の犯行に及んだんだと。

エヴァの性格を考えると、そのお父さんが名誉と懸賞金に目が眩んで一方的にエヴァに喧嘩売っただけなのだろうが。

逆恨みも甚だしい。

しかしまぁ、意に反して真祖にされるわ、魔力を封じられるわ、変な連中に命狙われるわ・・・・・・本当に災難だな、あの幼女。

原作の明日菜じゃないが、同情を禁じ得ないぜ。


「ぼうっとしててもしゃあないし、上がらせてもらおか」

「ちょ、ちょっと小太郎さん!? 仮にも最強の魔法使いの一角の根城ですよ!? もっと慎重にっ」

「封印されてる相手に何を警戒しとんねん・・・・・・」


原作で半熟状態のネギが入って無事だったんだ。

とても危険があるとは思えない。

そんな訳で、俺はベルも鳴らさず無遠慮に木製の扉を開いた。


「ちわー、みかわ屋でーす」

「ちょっ!? 小太郎さん!? ふざけてる場合ですか!?」


俺のお茶目なジョークに刹那は冷や汗をかきながら慌てていた。

本当、一挙手一投足に突っ込んでくれるんだから、嬉しくてついからかっちゃうよな。

そんな風に刹那に癒されていると、二階から誰かが降りて来る気配を感じた。


「・・・・・・酒屋の御用聞きに訪問される謂れなどない」


お、このネタが通じるとは・・・・・・噂に違わぬ日本通だな。

階段を一段一段、ゆっくりと降りて来たのは、金髪碧眼の美しい少女。

緩やかにウェーブのかかった金砂の髪と、精巧な硝子細工のような容貌はまるで西洋人形のように整っていた。

こちらを射抜くように細められた双眸は、まさしく彼女が幾年月戦場に身を置いてきたことの証明。

魔力を封じられてなお、氷のように突き刺さるその眼力は、彼女が幻想種の最たるものという証。

不死の魔法使いと恐れられた少女、エヴァンジェリン。

彼女とこうして現実に対面できるとは、思ってもみなかったな。


「言うてみただけや。あんたがエヴァンジェリンで合うてるよな?」

「ふん、口の聞き方気をつけろ小僧。私が誰か知らん訳では・・・・・・っくちゅん」

「・・・・・・なんや? 今の無駄に可愛いくしゃみは?」

「な、何かの聞き間違いだ!!」


いやいやいやいやっ!? 絶対エヴァがくしゃみした声だろう!?

何だよ、っくちゅん、って!? 乙女か!?


「だ、だいたい、ベルも鳴らさずに貴様ら何の用だ!? 私はこう見えて忙しいんだ!! 用がないならさっさっと・・・・・・っくちゅん」

「もう隠しようがあれへんやろ・・・・・・」


うっわー・・・・・・何か原作後半だと、主人公たちを厳しくも優しく導く賢者的なポジションだったからさー、ショックだわ。

俺、弱冠エヴァのこと尊敬の眼差しで見てたのに。


「っくちゅん、くちゅん・・・・・・く、くそっ!? 何で今日に限ってこんなに花粉がっ!?」


あー・・・・・・そう言えばそんな設定がありましたね。

花粉症患ってるんだっけか?

まぁ、魔力失ったらただの10歳の女の子だしな。 


「っくちゅん、くちゅん・・・・・・そ、そうかっ!? き、貴様らの服に!?」

「ああ! さっきまで外歩いとったから」

「か、花粉を我が家に持ち込むんじゃっ・・・・・・っくちゅん」


憐れ不死の魔法使い。

魔力を極限にまで封じられて、台詞まで言い切ることが出来ないとは。


「す、すみません! すぐに払ってきます!!」


そう言いながら、慌てて花粉を払いに出て行こうとする刹那。

しかしそこで、俺にはしょうもない悪戯心が芽生えてしまった。


「・・・・・・ほほう、余程花粉が恐ろしいと見える(ニヤリ)」

「な、何だ貴様っ!? そ、その薄気味悪い笑みを止めっ・・・・・・っくちゅん」

「んー? 何のことやぁ? 俺、そんなオモロイ顔なんてした覚えあらへんなぁ?(ニヤニヤ)」

「今まさにしてるだろっ!?」


俺の醸し出す怪しげなオーラに、既に涙目なエヴァ。

さっきまでの威厳はどこへやらだったが、むしろ今の俺にはそれが楽しくて仕方がない。

ずずい、とエヴァに身を寄せる俺。


「っくちゅん、くちゅん、くちゅんっ!? や、やめんかバカ者ぉ!! 花粉が付いた服で花粉症患者に近づくんじゃないっ!!!!」

「あっれー? 自分、最強の魔法使い(自称)とちゃうんかったっけ?(ニヤニヤ)」

「っくちゅん・・・・・・き、貴様ぁ・・・・・・分かっててやってるな!!!?」

「バレたか・・・・・・しっかしなぁ、最強の魔法使い(自称)が、花粉症ごときでこんなに弱ってまうとはなぁ?」


さらに事態を面白くするため、俺はその場で手をばっさばっさと振ってみる。


「@*$#&%=~~~~~!!!? きききき貴様ぁっ!!!? な、なんて恐ろしいことをっ・・・・・・っくちゅん、くちゅん、くちゅん、くちゅんっっ!!!?」

「・・・・・・あかん、めっさ楽しなってきた」

「きっさまぁ~~~~~~!!!! 調子に乗るのもいい加減にっ!!!!」

「おりゃ(ばっさっ)」

「@*$#&%=~~~~~!!!? っくちゅん、くちゅんっっ!!!?」


ヤヴァい・・・・・・これ、超楽しい・・・・・・。

好きな子にちょっかいかけたくなる奴の気持ちが少し分かった気がする。


「そ、それ以上動くんじゃないっ!!!? こ、この花粉男め!!!!」

「人をシ○ッカーの怪人見たく命名するなや・・・・・・そんな子には、ほれ、喰らえ(ばっさっ、ばっさっ)」

「@*$#&%=~~~~~!!!?」

「あはははっ」


ぽろぽろ涙を零しながら、くしゃみを連発するエヴァを見て爆笑する俺。

ハッ!?・・・・・・いかん、これでは完全にただのいじめっ子ではないか。

流石にやりすぎたと思って謝ろうとした矢先だった。


―――――ごきんっ


「っっ@*$#&%=~~~~~!!!?」


頭頂部に強い打撃を受けて、今度は俺が意味不明の叫びを上げた。


「なななな、何てことしてくれんねんっ!?」


もちろん犯人は俺の後ろにいる筈なので、即効振り返ってシャーーーー!!と威嚇する。

そこには額に青筋を滲ませて、袋に入ったままの夕凪を振り抜いた態勢の刹那さんが居ました。

いつぞやのような、迫力全開の笑顔で。


「小太郎さん? ・・・・・・何、大人気ないことしてるんですか?」

「・・・・・・スミマセンでした」


逆らう気力?

冗談じゃない。俺はこんなところで人生に幕を降ろすつもりなどないわ。









服を外で払った後、俺たちは何とか激昂するエヴァを宥めすかしてエヴァの居室に潜入することに成功した。

しかし・・・・・・人の趣味にとやかく言う気はないが、無駄にファンシーな部屋だなぁ・・・・・・。

これでベッドに天蓋までついていようものならば、どこぞのお姫様・・・・・・って、そういえば元はお姫様だったか。

どっかりと、行儀の悪い姿勢で、ベッドに腰掛け床に座る俺たちを見下ろすエヴァ。

コラ、年頃の娘が異性の前ではしたなく足を開くんじゃありません!! ・・・・・・600歳越えを年頃と呼ぶのかどうかは甚だ疑問だが。

そんな状況で、刹那はかいつまんで俺たちがここに来た理由を説明した。


「私の護衛? 貴様らがか?」

「はい」

「学園長のジジイに依頼されてな」

「こ、小太郎さん!? 口を慎んでください!!」


そう刹那に釘をさされて口を紡ぐ俺。

最初は必要性が分からずに、正直タルい、なんて思っていた今回の任務だったが、今はそうでもないことを認識しているので、黙っていることにする。


「はっ、笑わせるなよ? いくら魔力を封じられているとは言え、禍音の使徒と恐れられたこの私が、貴様らのようなひよっこの力など、必要とすると思うか?」

「それは、そうなのでしょうが・・・・・・」


自信満々に言い返すエヴァにたじろぐ刹那。

いや、俺もさっきまでそう考えていたんだけど、学園長が何を危惧していたか分かったし、一応口を挟んでおこう。


「・・・・・・それ以前の問題や」

「む・・・・・・小僧、それはどういう意味だ?」

「アンタ、そんなごっつい花粉症を患ってて、外で戦えると思うとるんか?」

「「あ・・・・・・」」


二人して開いた口が塞がらない様子だった。

腐っても魔法使いなエヴァは、無詠唱が可能といっても、最終的には詠唱魔法を使うことになる。

それが、服についた花粉ごときであんなにくしゃみを連発するのだ。

とてもじゃないが、室内とは比べ物にならない量の花粉が飛び交う外で、まともな詠唱が行えるとは思えない。



『リク・ラク・ララック・ライラッ・・・・・・っくちゅんっ、って!? キャアアアアアアアッ!!!?』


―――――どかーんっ


・・・・・・洒落にならねぇだろ、それは。

最悪、詠唱中に高めた魔力が暴発して自爆するわ。


「っちゅう訳や。まぁ学園長の顔を立てるためにも、今回は大人しゅう俺らに護衛されとき。不本意やろうけどな」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ・・・・・・し、仕方ない。タカミチも不在だと言ったな? 不本意甚だしいが、貴様らに護衛されてやろう」


あ、やっぱりタカミチのことは当てにしてるんだ?

・・・・・・むう、少し羨ましいな。

俺ももっと研鑽を積んで、早いとこエヴァに信用して貰えるくらいの実力を身につけたいものだ。


「それでは、具体的な戦略ですが、私が外で敵の迎撃を。小太郎さんは、室内でエヴァンジェリンさんの護衛をお願いします」

「ま、妥当な配置やな」


野太刀による豪快な剣技を使う刹那の神鳴流は守りよりも攻めに特化した戦闘技術だ。

対して、前世から蓄積された知識と、忍術、剣術、狗神など多彩な戦術を要する俺の戦い方は、防衛線に特化していると言える。

単に策を弄して相手をおちょくるのが得意なだけとも言う。

何にせよ、刹那の言った配置は理に叶っていた。

いざとなったら、転移でエヴァを連れて逃げれば良いしな。

そんなに遠くまでは行けないが、何回か使えば時間稼ぎにはなるだろう。

そう思っていたのだが・・・・・・。


「却下だ」


俺達がお守りするお姫様には、何かしら不満があったらしい。


「な、何故ですか? エヴァンジェリンさんの安全を第一に考えるなら、これ以上の配置は・・・・・・」

「その目つきの悪い小僧は、昔散々私をおちょくった不愉快極まりないヤツを思い出す。私の側に置くなんぞもってのほかだ」

「・・・・・・何じゃそら」


アンタ、本当に真祖の魔法使いかよ・・・・・・。

そんな子供みたいな理由と身の危険を天秤にかけんなよ。

つーか、今さっき散々俺自身もエヴァをおちょくったしな。

遠ざけられるのは自業自得か。


「しゃあない。刹那、ここは大人しゅう、お姫様のご希望通りにしとこうや?」

「し、しかし・・・・・・!!」


諦めたように、エヴァの要求を呑もうとする俺に対して、なおも食い下がろうとする刹那。

本当、生真面目な娘よのう。

それに、俺自身西の刺客が放った高位の妖怪というのが気になっていた。

神鳴流は妖魔の類にとっては天敵だからな。

俺がエヴァの守護担当に回されると、最悪闘うことなく終わってしまう。

せっかく学園長が用意してくれた舞台だ。できれば一戦交えたいという本音もある。


「小太郎さん・・・・・・もしかして、自分が闘いたいだけなんてことはありませんよね?」

「(ギクッ)・・・・・・ナンノコトカナ?」


せっちゃん、最近俺に対してやたら鋭くありませんこと?










「そもそもの疑問なんやけど、自分って死ぬんか?」


敵襲は夜になるだろう、ということで、その瞬間まで俺たちはエヴァの家で待機することになった。

刹那は念のために、とエヴァの屋敷の周囲に、簡易結界を設置しに行ってくれている。

俺はというと、特にすることもなかったので、俺はそんな兼ねてからの疑問をエヴァにぶつけていた。


「貴様な・・・・・・誰に口を聞いてるのか本当に分かっているのか?・・・・・・そんな簡単に死ぬなら、不死の魔法使いなどと呼ばれるはずがなかろう?」

「やんなぁ? ・・・・・・さっきは花粉症のこと言ったけど、やっぱり俺たちが護衛する意味ってあんのん?」


少々シバかれたぐらいじゃ死なないなら、護る必要性はない気がする。


「不死、などというが、そんなもの、所詮まやかしに過ぎん・・・・・・死ににくいだけであって、真祖を殺す術は、確かに存在する」


ですよねー。

そうじゃなければ、現存する真祖がエヴァ一人ということは無いだろうからな。

裏を返せば、エヴァを殺すつもりで刺客を放った以上、何らかの真祖を殺す手段を用意しているということだろう。

もっとも・・・・・・。


「不死なんて事情差し引いても、女の子が傷つくんは見たないしな」


それが例え、最強の吸血鬼であっても、な。

やっぱり女の子は女の子だ。

友達を作って買い物に行ったり、オシャレしたり、それこそ、素敵な異性を見つけて、恋に落ちたり・・・・・・。

ささやかな幸せを望む権利が、彼女にもあるはずだ。

千の呪文の男・・・・・・ナギ・スプリングフィールドは、きっと彼女にそのことを伝えたかったんじゃないかと思う。


『光に生きてみろ。エヴァンジェリン・・・・・・』


・・・・・・とはいえ、好きな男に先立たれたとあっちゃあ、余計に彼女は孤独を感じることになった気がしないでもないがね。


「ふんっ・・・・・・貴様というヤツは、妙なとこまでヤツを思い出させてくれる・・・・・・」

「ん? ・・・・・・ああ、そういうことか・・・・・・」


なるほど、散々色んな人から似てると言われてきたのに、ころっと忘れてた。

エヴァさっき言ってた不愉快極まりないヤツってのは、恐らく・・・・・・。

それなら、俺を遠ざけておきたいのも無理はない、か。


「結界の設置、滞りなく完了しました。 って・・・・・・お二人とも、何かありましたか?」

「何でもあらへん」「何でもない」


二人して黙り込んでいるところに、ちょうど刹那が帰って来て不思議そうに首を傾げる。

彼女の問いに、俺たちは全く同じタイミングで返事をし、エヴァが俺を睨みつける。

そんな彼女に対して、俺は苦笑いを浮かべ、首をすくめるしかなかった。


―――――かたかたっ


「ん?」


何だ、今の?

気のせいか、少し親父の太刀が震えたような気がしたんだが・・・・・・。


「どうかしましたか?」

「いや・・・・・・何でもあれへん。多分気のせいや」

「? そうですか」


気付かないうちに鞘がどっかにぶつかったとか、そんなんだろ。

と、俺はそのときこの現象を気にも留めていなかった。

そうして、徐々に夜は更けていく。



―――――これがまさか、麻帆良に来て最も長い夜の始まりになろうとは、このときの俺たちはまだ、予想だにしていなかった。







あとがき


最近、前後編形式が定着しつつある悪寒。

ってな訳で、エヴァちゃん登場編ですv

久々にまともな時間に投稿できたなぁ・・・・・・。

感想版でネギフラグへし折り過ぎって言われたんだけど、うちの小太郎はこの先もどんどんへし折っていく気がするんDAZE☆

どうしても、折ったらヤバくない? ってフラグがあったら、感想板で教えて欲しいんDAZE☆

さて、時間もあるし、さっそく後編の執筆に取り掛かるんDAZE☆

そいじゃ、また次回v

ノシ





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 15時間目 舐犢之愛 いやいやいやいやっ!! これは可愛いがるってレベルじゃねぇぞ!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/23 22:13



「ぼちぼち、頃合いやな」


時刻は深夜1時。

刹那と交代で仮眠を取っていたのは正解だったな。

エヴァはというと、俺との会話の後、すぐに寝入ってしまっていたのだが、日が暮れてというものやたら元気になっている。

晩飯の時に、茶々丸がいないことに疑問を覚えたりしたが、よくよく考えると、彼女は超鈴音と葉加瀬聡美の合作だったということを思い出した。

じゃあ誰が晩飯作ったのかって? 

結局俺が作りましたよ・・・・・・人に食わせるほど上手く無いからやりたくなかったんだけどね。

俺は、親父の太刀を握りしめて、すくっと立ち上がった。


「ええか、俺が押され始めたら、迷わずエヴァを連れて逃げるんやぞ?」

「承知しています。・・・・・・けれど、あなたがやられるところなんて、想像もできませんけどね」


そう言って、刹那は俺に向けて力強い笑みを送ってくれた。

嬉しいこと言ってくれるじゃないの。


「エヴァも、外の花粉はきついと思うけど、万が一のときは我慢してくれな?」

「ふんっ・・・・・・馴れ馴れしいぞ、バカ犬。誰が愛称で呼んでいいなどと言った?」


幻術で、俺が狗族だってことはぱっと見わからないんだが、さすがは真祖の吸血鬼と言うべきか、エヴァは俺がワン子だということを既にお見通しだった。


「まぁ堅いこと言いなや。・・・・・・ホンマに、今回の敵はヤバい予感がしてんねん・・・・・・」


軽口でも叩かないとやってられない。

さっきから、ひしひしと感じている、バカみたいにでかい闘気。

結界の中でこれなのだから、外に出たらどれだけ膨大になっていることやら。

正直な話、勝つ目算が全く立っていない状況だった。

昼間は強敵と戦える!! なんて喜んでいたものの、今となってはそんな余裕はない。

何せ俺が負けた時は、刹那とエヴァ、二人の命まで危険に曝すことになるからな。

死んでも、敵を通す訳にはいかない。


「・・・・・・それじゃ、ちょっくら行ってくるわ」


あくまでも平静を装って、俺は二人に、笑顔を浮かべて告げる。


「はい、御武運を・・・・・・」

「まぁ、骨くらいは拾ってやろう」


そう言って、刹那は真剣な眼差しで俺を無事を祈念する言葉を、エヴァは悪戯っぽい笑みとともに皮肉の言葉を以って俺を送り出してくれた。








「・・・・・・ははっ、何やこれ?」


洒落になってないぞ・・・・・・。

外に出た瞬間、まるでそこが中東の紛争地帯に早変わりしたかのような錯覚を覚える。

それほどまでに、膨大な闘気が周囲に立ち込めていた。

それに・・・・・・何と言えば良いのか、さっきから感じているこの感覚・・・・・・。

既視感、とは、少し違う・・・・・・そう、言うなれば・・・・・・。


「・・・・・・懐かしい?」


その表現が、最もしっくりくる。

そんな不思議な感覚だった。

・・・・・・オイオイ、勘弁してくれ。

そこまでバトル脳に侵された覚えはないぞ?

いくらなんでも、中東の紛争地帯を彷彿とさせるバカみたいな殺気が、懐かしい、はねぇだろ?



―――――ぞくっ


「っっ!?」


そんなバカなことを考えていた矢先、急激に周囲を包む闘気が昂るのを感じた。

そして近づく、人ならざる者の気配・・・・・・。

間違いなく、これが学園長が言っていた『高位の妖怪』なのだろう。

冗談じゃない、やっぱり俺たちには荷が重い依頼だったではないか。

そう、心が折れそうなことを考える一方で、不思議と、俺の唇は無意識に笑みの形をとっていた。

どうやら、俺は思っていた以上に、脳みそまで侵されているらしい。

明確な死臭を放つ、眼前に迫る敵にさえ、闘うことの楽しみを見出そうと言うのだから。


「・・・・・・しかし、これが懐かしさの正体かいな・・・・・・」


敵が俺の嗅覚の届く範囲に入ったためだろう、先程まで感じていなかった匂いを感じた。

それは、紛れもなく・・・・・・。


―――――俺と同じ、狗族の匂いだった。


高位の妖怪などと言っていたが、よりにもよって狗族だとはな・・・・・・。

修学旅行編に出て来るような、鬼みたいなのを想像していたが、完全に予想を外れていたか。

まぁ、それは些細なことだ。

どの道、任務を遂行し、二人を護り抜くためには、敵が何であれ斃すしかないのだから。

そう思って、親父の太刀の柄を握り締める。


―――――その時だった。


―――――がたがたがたがたっ


「っ!? な、何や!?」


親父の太刀が、今度は気のせいなどではなく、意思を持ったかのように震え出した。

いったい何が起こってるんだ?

・・・・・・そう言えばこの太刀、親父の牙を使ったということは、少なくとも狗族の魔力を帯びているはず。

同族が近づいたことで、何かしらの反応を示しても不思議はない、のか?

しかし、この反応はまるで・・・・・・。


「・・・・・・共鳴、か?」


そう感じられてならなかった。

俺はいよいよ敵が近いことを悟り、震える太刀を握りしめ、臨戦態勢を整える。


―――――さぁ、どこからでも来やがれ!!


そしてその瞬間は訪れる。

俺の眼前に高く伸びる一本の大樹。

月光に照らされて伸びた、その大樹の影が、まるで黒の絵具を落としたようにその闇を増した。

これは・・・・・・俺と同じ、転移の術式!?

こんなものを有していながら、なおも堂々と正面から現れるとは。

どうやら敵さんは、余程自分の実力に自身があるらしい。

或いは・・・・・・。


「・・・・・・俺と同じ、戦闘狂か?」


どちらにせよ、敵は眼前に迫っている。

俺は柄を握る右手に、一層の力を込めた。

やがて、影のゲートから、一つの影が浮かび上がる。

黒い着流しに、赤い飾り布をあしらった黒の羽織。

腰には一振りの太刀。刃渡りは俺のものと同程度だろう。

身の丈は180といったところか?

外見から判断するに20代半ばというところだが、エヴァ然り、テオドラ皇女然り、亜人種の年齢なんて、外見じゃ判断が付くはずもない。

漆黒の髪を背中ほどまで伸ばし、頭頂部から生えているのは、紛れもない、人ならざる獣の耳。

それは、この男が狗族であることを如実に語っている。

眼光は猛禽類のように鋭く、見る者によっては、目があっただけで戦意を殺がれてしまいそうなほどだった。

間違いない、こいつが西の刺客が放ったという、高位の妖怪・・・・・・。

全身がゲートから抜けると同時に、男が広げていた影は、意味を失ったように収束した。


「・・・・・・何だ? 護衛はこんなガキが一人か?」


俺を見るや否や、心底つまらなさそうに、その男はそう吐き捨てる。


「もっと大軍で待ち構えてくれると期待したんだが・・・・・・やっぱつまんねぇままに終わりそうだな、今回の仕事」


俺の予想はどうやらどちらも的中していたらしい。

この男、自分の実力に自身がある上で、オマケに戦闘狂の気があるようだ。

もしかすると、変態染みた戦闘欲は、狗族の特性みたいなものなのかもしれないな。


「そう言うなや。俺かてただのガキとちゃう。それなり楽しめると思うで?」


命を賭してな。


「へぇ・・・・・・なかなか肝の据わったガキじゃねぇか。それにこの匂い、お前、俺と同族だろう? こいつが震えてたのはそういう訳か・・・・・・」


俺が一切臆していない様子を見せると、男の瞳に、弱冠ではあったが精気が増したように感じた。

納得したように、腰に差していた刀の柄をぽん、と叩く。


「ご明察。つっても半分やけどな。一族の嫌われモン、半妖ってやつや。・・・・・・どや? 少しは楽しめそうやろ?」


俺はそう返事をして、もう一度、刻みつけるように笑みを浮かべた。

刹那との手合わせの時、彼女の闘気を肌を焼くようだと比喩したが。

こいつの闘気はそんなものじゃない。あいつがこちらを一瞥くれる度に、身体が噛み千切られたような錯覚さえ覚える。

正直、自分を鼓舞してないと、立っているのもままならないくらいだった。


「半妖で、関西弁・・・・・・おまけにその刀は、影斬丸か? しかもこの匂いは数打じゃねぇ方か・・・・・・」

「・・・・・・何やて? あんた、この太刀のこと知ってるんか!?」


かげきりまる、と言ったか? どうやらこの男、この刀のことを知っているらしい。

それに、半妖ってところにも妙に反応を示していたな・・・・・・まさかとは思うが・・・・・・。


「やれやれ・・・・・・奇妙な巡り合わせもあったもんだ。京都でならいざ知らず、こんなところで・・・・・・」


そう呟く男の様子が、いつか見た戦争映画の中、故郷に残してきた家族に再会した兵士の姿にダブって見える。

やっぱり・・・・・・それじゃあ、俺が感じていた懐かしさの正体は・・・・・・・。


「なぁ、もしかしてアンタは俺の・・・・・・」 




「―――――それ以上、口にするんじゃねぇ!!」




「っ!?」


瞬間、先程まで気だるそうにしていた男が、大気を哭かせるほどの大声でそう叫んだ。

俺はまるで、男に攻撃を受けたように感じて、思わず太刀の柄に手を掛けていた。


「ったく、ガキが・・・・・・身内なんて思っちまうと、刃が鈍っちまうだろうが」

「!? ・・・・・・ああ、あんたの言う通りやな」


そうだ、今は俺たちの出自なんてどうでも良い。

こうして、敵として対面してしまったのだ。

ならば互いに、言葉など不要。

どうしても語りたいと言うのなら・・・・・・。


「・・・・・・その立派な刀で語ればいいだろう?」

「・・・・・・はっ、同感や!!」


月光の下、お互いの太刀を抜き放つ。

双方の鞘は、やはり同じように黒い風となって爆ぜた。


「行くぜ? クソガキ?」

「来いや。 妖怪」



「「―――――はっ!!」」


―――――ガキィンッ


交叉する、刃金と刃金。

爆ぜる、赤い火花。

一瞬でも気を抜けば、喉笛を食い千切られそうな殺意。

その全てがやはり、俺にとってはどうしようもなく・・・・・・。


「―――――ははっ、悪くねぇ剣筋だっ!! 愉しいねぇ!!」

「―――――ああっ!! 頭が沸騰しそうなくらいになぁっ!!」


―――――そう、愉しかった。


互いに凶悪な笑みを浮かべながら、俺たちは一合、二合と、際限なく刃を交叉させる。

大気が爆ぜ、鼓膜を突き破るような太刀音が大気を哭かせる。

お互い一歩も引かずに、返す刃で敵の斬らんと吠えた。


―――――ガキィンッ


「はぁあああああっ!!!!」

「ぉぉおおおおおっ!!!!」


―――――ガキィンッ


まるで互いの生きた道を確かめあうように。

互いに空いた、心の隙間を埋めるように。

俺たちは、必殺の斬撃を繰り出す。

まほら武道会で、ナギの幻影と闘ったネギの気持ちが、今なら分かる。


―――――これは、どうしようもなく、悲しいくらいに、魂を震わせる。


だからもっと・・・・・・もっと!!

俺に闘いの愉しみを教えてくれ!!


―――――ガキィンッ


「うおっ!?」


タイミングをずらした逆袈裟の振り抜きで、男の態勢を大きく崩す。

その瞬間、俺は裂帛の気合を持って、今まで以上の斬撃を放った。


「―――――見様見真似、斬岩剣!!」


―――――ガキィンッ


「ぐぅっ!? ・・・・・・オイオイオイ!! 神鳴流の技だぁぁ!? そりゃ水と油だろうがっ!?」

「はんっ!! 使えるもんは親でも使う!! それが俺の流儀やっ!!」


口ではそう言いながらも、男の口元には、今まで以上に愉しげな笑みが浮かんでいた。


「こんのっ!! 親不孝者がっ!!」

「アンタがっ!! それを言うかっ!!」


―――――ガキィンッガキィンッッ


軽口を叩きながらも、互いに振う剣筋は一切の衰えを知らず。

互いに、その命を削らんと刃を振るった。


―――――ガキィンッ


「ぐあっ!?」


しまった、と思った時にはもう遅い。

男の振った横薙ぎの一閃によって、俺はたたらを踏んでいた。


「今度は俺の番だ・・・・・・行くぜぇっ!!!!」


―――――ゴゥンッ・・・・・・ガキィィンッッ


「なぁっ!?」


な、なんちゅー馬鹿力!!

あろうことか両手で鎬を抑えて受けたというのに、俺ごと刀を振り抜きやがった!!


「ほうっ!! 今のを凌ぐか!!」

「凌がな死んでまうわ!!」


何にせよ、おかげで間合いが開いた。

距離にして、およそ10m・・・・・・これは・・・・・・。


「―――――俺の間合いやっ!!!!」


全身に気を集中させ、五体の分身を作りだす。

もちろんその全てに、本体同等の密度を持たせて。

しかも今回は全員に刀を持たせるという特別仕様。

あいつが作ったこの間合い、それが自らの墓穴だと知れ!!


「―――――見様見真似、斬空閃・五連!!!!」


気合一閃、振り抜かれた気の斬撃が、それぞれに男の身体を斬り裂かんと迫る。

避けようにも、それぞれの斬撃が退路を断つように迫ってくるのだ、防ぎようがあるまい。

勝負はこの一撃で決したかに見えた。


「―――――影斬丸、狗尾(イヌノオ)」


―――――ガキキキキィンッ


「な、何やて!?」


俺が放った五閃の斬撃は、男まであと一歩というところで全て弾かれてしまった。

・・・・・・一体何をしやがった!?


「かぁ~~~~!! 神鳴流どころか、忍術まで使うたぁな。本当に芸達者ガキだ」


愉しませてくれる、とそう言った男が突き出している左手には、黒い円状の障壁が現れていた。

アレは・・・・・・狗神と似ているが違う。

恐らく、太刀を抜いたときに俺の身体を覆っている鞘だろう。

それが、どういう理屈か、今は男の身体を守る盾として機能していると見た。


「人のこと言えた義理か。 あんたこそ、その盾は何や? 見様見真似とはいえ、神鳴流の技を防ぐなんて普通やないで?」

「あん? お前、もしかして影斬丸の使い方、何にも知らねぇのか?」

「知らん」


というか、銘すらさっき知ったっつーの。


「はぁ!? 真打を持ってんのにか!? くぁ~~~~~!! 何つー宝の持ち腐れ・・・・・・」

「ほっとけや!! 誰かさんが詳しい使い方も教えんと現物だけ残していくのが悪いんや!!」


自分のこと棚に上げて、人が悪いみたいに言うんじゃねぇよ!!


「言うねぇ・・・・・・良いぜ、ちょうど俺に残された魔力も底を尽きかけてきたところだ。冥土の土産に、こいつの使い方を見せてやる」


―――――ゴォッ


「っっ!?」


瞬間、男の纏う雰囲気が変わった。

ま、マズイ!?

これは・・・・・・やられるっ!?

見ると、男を護っていた黒い盾は消え失せていた。

恐らくそれが、今奴の放とうとしている技に繋がるのだろう。

俺は万事に対応できるよう、正眼の構えで応じる。


「行くぜ、目ぇ見開いて、良く見とけ!!」


力強く、奴が叫ぶ。


「―――――影斬丸、咆哮(トオボエ)!!」


―――――ゴォオオオッッ


「こ、これはっ!?」


避ける、のは間に合わない、効果範囲が広過ぎる!?

一瞬の逡巡の経て、俺は懐から、用意しておいた20枚の護符全てを取り出して。

迫り来る『黒い暴風』に向かってそれを投げた。


―――――バチィィッ


「オイオイオイ、陰陽術まで使うってか? 本当に何でもありだな、お前」

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・間違いあれへん、今のは・・・・・・」


威力こそ弱冠低めだったが、間違う訳がない。

先の手合わせで、刹那を斃す為、俺が血の滲む思いで編み出した技。

狗音斬響 黒狼絶牙に違いなかった。

いや、理論だけを言うなら非常に簡単な技だ、狗族の中にそれに似た技を使える者がいたところで、何ら不思議はない。

しかし、一つだけ解せないことがある・・・・・・。


「・・・・・ノータイムで、この威力やと?」


冗談じゃない、そんなことが許されて堪るか!!

ジャック・ラカンでもあるまいし、そんなことが出来る筈がない。

そう心の中で否定するも、現実として目の当たりにしたことは覆りようがなかった。


「どうした? 愉しそうだった顔が凍りついちまってるぜ?」


驚愕に目を剥く俺に、男は愉しげにそう問いかける。

護符は今ので全部だ。

次同じのを喰らったら、ひとたまりもない。

しかしどうしろと言うのだ? あんな溜めの動作無しに繰り出されるバカげた一撃を、どうやって防げと?

圧倒的な力の差に、目の前が歪む。

・・・・・・どうやら、俺は途方もない敵に闘いを挑んでしまったらしい。


「・・・・・・あーあ、もうちょっと愉しめるかと思ったんだが・・・・・・どうやらそこが、今のお前の器だったらしい」


男の表情からも笑みが消える。

その瞳からは、最初に出遭った時と同様、愉しげな輝きは失われていた。


「じゃあなクソガキ。まぁ、割と愉しめたぜ? ただ・・・・・・俺に挑むには早過ぎた」


男がつまらそうに刀を振り上げる。

避けなければ、一歩先に確実に俺の死が迫っている。

だというのに、両脚は根でも張ったかのようにそこから動いてくれなかった。


「―――――影斬丸、牙顎(アギト)」


―――――ヒュンッ


無慈悲な漆黒の一閃は、ものの見事に俺の肩口から下腹にかけてを、大きく斬り裂いた。






あとがき


前後編で片付けるつもりだったんですが、長過ぎたのでここでうp。

茶々丸の出番を期待してた方にはガチで申し訳ない;

そして次回こそ、この二人の闘いに決着がつきます!!

切り捨てられた小太郎君の運命や如何に!?

こうご期待なんDAZE☆

ノシ




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 16時間目 捲土重来 俺にはまだ、帰れる場所がある・・・・・・
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/24 00:50





傷口から、洒落にならない量の血が吹き出る。

俺は立っていることもままならず、地面に向かって前のめりに崩れ落ちた。


「・・・・・・ちっ、殺りそこねたか。あんなへなちょこに召喚されたせいで、力が鈍ってるからな」


奴が何か呟いていたが、俺の耳にはもう、その声は届いていなかった。

やけに、顔に触れる地面が温かく感じる。

違うか・・・・・・これは、血を失って俺の身体が熱を無くしてるだけだ。

いつか感じた喪失感が、今再び俺の中で面を上げる。

これは、そう・・・・・・死の兆候。


―――――俺は、また死ぬんか?


誰に問うということもなく、俺はただ迫りくる現実に対して、そんな疑問を抱いた。


―――――こんなにあっけなく、死んでまうもんなんやな。


前もそうだったではないか、と、どこか他人事のように答える自分がいた。


―――――そうか、そう言えば、そうやったな。


徐々に薄れていく意識。

そう遠く無く訪れるであろう幕引きに、俺は既に抗うことを放棄していた。

しかし・・・・・・


―――――なんや、これ・・・・・・。


俺の意識が唐突に覚醒へと傾く。

脳裏に流れるのは、恐らく走馬灯と言われる今際の際に見られる、その人間の自叙録。

前の人生を含まないそれは、この世界での俺の12年間を、新しい方から遡って行った。


『まぁ、骨くらいは拾ってやろう』


そう言って意地悪そうに微笑むのは、今回の依頼で初めて知り合うことになった、永遠に幼いままの吸血鬼。


―――――スマン、ホンマに骨を拾ってもらうことになりそうや。


『あなたがやられるところなんて、想像もできませんけどね』


信頼に満ちた笑みで、俺を勇気づけてくれたのは、この4年間、共に研鑽を積んできた竹馬の友。


―――――そう言ってくれたんになぁ・・・・・・あかんわ。どうやらこれが、俺の器やったらしい。


『だからっ!! 調子に乗るなっつってんでしょうがっ!!!!』


調子づいた俺に、容赦なく突っ込みを入れるのは、元気いっぱいな亡国の姫君。


―――――ホンマやな。ちょっと調子に乗ってたみたいや。


『よぉ。えらい景気の悪い面しとんな?』


ほにゃほにゃと、見てるこっちが幸せになりそうな笑みで俺をからかうのは、東洋一の魔力をもった名家の娘。


―――――そうけ? そんな景気の悪い死顔してるやなんて、何か嫌やなぁ。


そこから駆け巡るのは、友と野山を駆け巡り修行を積んだ目まぐるしい日々。

そして、舞台は一瞬にして塗り替えられる。


―――――ここは・・・・・・。


焼き尽くされる民家。

響き渡る、断末魔の叫び。

そう、これは・・・・・・ネギと同じく、俺の力の根源となった、心の原風景。

俺の全てが、始まった場所。


『・・・・・・必ずわいを殺しにこい、小太郎』


―――――ドクンッ


血を、熱を失ったはずの身体が、強く脈打つ。

まるで作り変えられたかのように、激しい力の奔流が死にかけていた俺の身体でのたうちまわる。


―――――そうや・・・・・・こんなところで死んでる場合とちゃうやんな?


『よろしゅう頼んますえ“小太郎”はん?』


幼いあの日、彼女に誓ったあの言葉を、こんなところで違える気か?


『励ましてくれてありがとな』


嬉しそうにはにかむ彼女が、友と和解できる日を、楽しみにしていたのではなかったか?


『バカなこと言っていないで、行くならさっさと行って来なさいよ!?』


この先、彼女たちが直面するであろう苦難を、共に乗り越えたいと願ったのではなかったか?


『貴様というヤツは、妙なとこまでヤツを思い出させてくれる・・・・・・』


彼女たちが、信頼してくれるに足る力を、必ず得てみせると、誓ったのではなったか?

俺は・・・・・・そう、何を望んでこの世界を訪れたのだったか?




―――――死亡フラグは避けるものじゃなくて、正面からへし折るものなのだ!




ならば・・・・・・この程度の死の予感、へし折れずしてどうすると言うのか!!








「――――――――――ぐ、ぉ、おおおおおおおおおおおっ!!!!!!」








「っ!?」


くず折れそうな四肢に、ありったけの力を込めて、俺は立ち上がった。

冗談じゃない!! 何が、あっけなく死ぬもんだ、だ!?

この闘いの直前に何を誓ったか忘れたのか!?

死んでも、敵を通す訳にはいかない、そうだっただろ!?

こんなとこでくたばってて、良い訳があるか!!!!


「・・・・・・驚いた。まだ立ち上がるだけの気力が残ってるたぁな」

「げふっ!? ・・・・・・ぺっ、舐めとるんとちゃうんわ!! 腐っても狗族のはしくれやぞ!?」


気管から逆流してきた血だまりを、地面に吐き捨てる。

この妖怪の存在が、俺が歪めた世界によるものだというのなら、これは本来、エヴァに、刹那に、及ぶはずの無かった危機だ。

ならば、その後始末を刹那達に任せるのはお門違いというもの。


―――――これは間違いなく、俺が斬り捨てなくてはならない運命だ!!


「無理すんなよ? 牙顎(アギト)の斬撃は、圧縮した狗神。それをノーガードで喰らってんだ、内臓までボロボロのはずだぜ?」

「そうかもな・・・・・・けど、そんなんで引ける程、俺は軽いもんを背負ってるんとちゃうっ!!」


斬撃は肺まで届き、息をするたび、のたうちまわりたくなる激痛が俺を襲ったが、そんなこと、最早どうでもいい。

こいつを斃すとっておきの戦略を思いついたのだから。

唇が再び釣り上がる。

さっきまでの、自らを鼓舞するものじゃない、心の底から、刻みつけるように、自らの生を証明するかのように、俺は笑った。


「・・・・・・大人しくしてりゃあ、助かったかも知れない命を・・・・・・俺は何度も同族を斬りつけるような真似したかないんだがな」

「連れへんこと言うなや。あんたのおかげで、ようやっと影斬丸の力が分かったんやさかい」

「・・・・・・何だと?」


再び奴の瞳に愉悦の輝きが燈った。

どうやら、俺たちはとことん、バカに出来てるらしい。


「はっ・・・・・・良いだろう。相手になってやろうじゃねぇか・・・・・・吠え面かくなよ!!」

「それは、俺の台詞や!!」


咆哮一喝、俺は握っていた影斬丸・真打を地面に突き立てた。


―――――ざっ


絶叫とともに、俺は狗音影装を纏うと、有無を言わせず、奴の刀を持っているのと反対側の腕、左の前腕に喰らい付いた。


「ガァアアアアアッッ!!!!」

「うおっ!? どこにこんな力を残してっ!!!?」


奴を地面に引きずり倒そうと、俺は力任せに首を引っ張る。


「ぬぅっ!? このっ、野郎っ!!!!」


―――――ざしゅっ


「!?」


引きずり倒されると確信するや否や、奴は自ら自身の左手を斬り捨てた。

支えを失って、大きくよろめく俺に、奴の蹴りがめり込む。


―――――ドコォッ


「ぐぅぅっっ!!!?」


つくづく思うが、何という馬鹿力だろう。

奴はあろうことか、獣化外装を纏った俺を、蹴りだけで吹き飛ばして見せた。

再び数mの間合いが開くと同時に、俺を包んでいた獣化外装が霧散する。


「ハァッ! ハァッ!」

「ちっ・・・・・・召喚中とはいえ、まさかテメェでテメェの腕を落とすことになるなんてな、アッパレだぜ」


まるでダメージなど無いかのように、奴は息も絶え絶えの俺にそう告げた。


「しかし、これでしまいだ。魔獣化にゃ驚かされたが、それも解けた以上、勝負は見えたぜ」


奴のその台詞に、俺は獰猛な笑みが浮かぶのを抑えられなかった。

獣化外装が解けた? 見くびって貰っちゃあ困る!!


「・・・・・・解けたんやない、解いたんや!!」


地面に突き立ていた、影斬丸を引き抜くと、その刀身は磨き上げられた鏡の銀ではなく、宵闇の漆黒へと染まっていた。


「なっ!? お前、まさかっ!?」

「普通に考えれば分かったことなんやけどな・・・・・・あんたがさっき言った台詞で確信が持てたで」


これが、影斬丸の本来の能力。

この太刀は、狗神と相性の良い狗族の牙を元に作られてる。

故に狗神の放つ魔力に非常に親和性が高い。

普段鞘のように見えているアレは、普段刀を帯びている使い手の魔力が、刀に蓄積され可視化したものに過ぎないのだろう。

つまり、分かりやすく言うならば、この影斬丸は、狗族専用の魔力バッテリーと言う訳だ。

これでノータイムの謎も解けた。

最初から堪っているのなら、わざわざ溜めの動作を行う必要なんてない。

奴もさっき言っていただろ?

牙顎(アギト)の斬撃は、圧縮された狗神、だってな。


「本当に喰えねぇガキだな。普通あんだけのヒントで、それに辿り着くかぁ?」

「お生憎様・・・・・・頭使って人をおちょくるんは、俺の専売特許や」


加えて、気付いたことがもう一つ。

奴が見せてくれた、影斬丸の魔力の使い方は3つあった。

牙顎(アギト)、咆哮(トオボエ)、そして狗尾(イヌノオ)。

最初の二つはノータイムで繰り出されるは威力が高いやらで、正直、事前に防ぐ手立ては皆無に等しい。

それと同等の威力の攻撃手段を有するか、あるいは俺のように、大量の護符を使用するかだ。

しかし、狗尾(イヌノオ)に関しては話が違う。

奴はさっき、刀を握っているのと反対側の手に影斬丸の魔力を集中させていた。

それはつまり・・・・・・。


「片腕じゃあ、狗尾(イヌノオ)は使えへんのやろ?」

「っ!? ・・・・・・そんなとこまでお見通しか・・・・・・」


やっぱりな・・・・・・予定とは違ったが、奴の片腕を奪ったのは正解だった。

これで、俺は何の憂いもなく、この一撃を奴に振うことが出来る!!

前に言った通り、咆哮(トオボエ)は間違いなく、俺の黒狼絶牙と同じ類の技だ。

言い換えるなら、影斬丸に堪った魔力に、狗音影装の魔力を上乗せして放つ咆哮(トオボエ)が、黒狼絶牙ということ。

やつの咆哮(トオボエ)が黒狼絶牙より威力で劣ったのはそれが原因だろう。

ならばここで、発想の転換をしてみよう。

咆哮(トオボエ)に狗音影装が上乗せ出来るなら、同じように、牙顎(アギト)にも上乗せできるのではないか?

要は収束率の違いだ。

広範囲を切り刻むか、ただ単一の標的を両断するか、という点で使い分けが為されているのだろう。

狗尾(イヌノオ)が使えないとはいえ、奴が有する気力は膨大。

その護りを貫いて、奴の身体を両断するには、最早これしか残っていない・・・・・・。


「行くで? ・・・・・・これが俺に出来る、最後の一閃や!!」


影斬丸よ・・・・・・お前は、確かに奴の牙かもしれない。

しかし、今この一時だけでいい!!

俺に、この俺に!! 奴を打倒し、彼女たちを護るだけの力を貸してくれ!!!!


―――――キィンッ


俺の呼びかけに答えるように、小さく、影斬丸の鍔が鳴った。

それが合図だったかのように、俺たちは互いに瞬動をもって疾駆した。





「「――――――――――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」」







――――――――――ヒュンッ






「「――――――――――牙顎(アギト)!!!!」





――――――――――パキィンッ


銀の刃金が一振り、中空を舞った。

すれ違いざまの一合。

それぞれに振り抜いた俺たちは、互いに背を向けて立ち尽くしていた。



―――――ブシュッ



「ぐうっっ!!!?」


先程と反対側に、新たな刀傷が一筋走る。

意識が遠のきそうになるが、歯を食いしばってそれを止めた。

・・・・・・しくじった!?

ぐっ!? だったら、もう一閃っ!!

そう思い振り返ろうとした瞬間だった。 


―――――ぐらっ


「づっっ!? ・・・・・・はっ!?・・・・・・」


血を流し過ぎたらしい、視界がぐにゃりと歪み、どちらが天で、どちらが地かさえ分からなくなる。

こんなところで・・・・・・俺は・・・・・・!!

どうにか持ちこたえようと、地についているはずの両足に力を入れるが、最早身体は言うことを聞いてはくれなかった。


「く・・・・・・っそ・・・・・・」


あ、かん・・・・・・刹那、エ、ヴァ・・・・・・逃げ・・・・・・







SIDE ???......


「よっ、と・・・・・・」


崩れ落ちそうになる、半妖のガキを残った右腕でどうにか支える。

握ってた刀はどうした?

んなもん、捨てたに決まってんだろうが!!


「ったく・・・・・・最後の数打だったってのに・・・・・・」


このガキ・・・・・・根元から叩っ斬りやがって・・・・・・。

おまけに・・・・・・。


「俺にここまでの深手を負わせたのは、あの赤毛の異人以来じゃねぇか?」


俺の胴にはぱっくりと見事な程に開いていて、どうにか皮一枚で繋がっている状況だった。

召喚された借り物の身体だからこの程度で済んでるが、生身だったら腸やらなんやらはみ出しまくってるぞ?

へなちょこ術師による魔力の制限があったとは言え、こんなガキにここまでやられるたぁな・・・・・・俺もヤキがまわったもんだ。

しかし、こいつは久々に・・・・・・


「愉しい勝負だったぜ、小太郎・・・・・・」


苦悶の表情で息も絶え絶えだが、目を覚ました時には、きっとこいつも同じようなことを言うに違いない。

・・・・・・本当に血ってのは厄介だな。

さて、残りの魔力じゃ、どうやっても命令を遂行は出来そうにないな・・・・・・。

現界してられるのも、残り数分だろう。


「こ、小太郎さんっ!?」

「バカ犬!?」

「ん?」


感覚も殆ど消えかけてるようだな。

俺が女子供の接近にすら気付かないなんて。

振り返った先には、身の丈ほどもある大野太刀を携え、明らかに俺を警戒する純真そうな黒髪の少女と。

大分幼い、性格悪そうな金髪碧眼の異人の娘だった。

まさか・・・・・・両方こいつのアレか? よりによって、そんなとこまで俺に似なくて良いだろうが・・・・・・。


「よぉ、お前らこいつの女か?」

「んなっ!?」

「な、何をトチ狂ったことを聞いとるんだ貴様はっ!!!?」

「なんだ、違ったのか・・・・・・まぁ、仲間には違いねぇだろ? さっさとこいつを受け取ってくれ。もう重すぎて持ってられん」


金髪の方は力強く否定してたが、黒髪の方は・・・・・・こりゃ脈有りだな。

俺の言葉に、黒髪の少女は俺を警戒しているのだろう、近づいて良いものか思案している様子だった。


「安心しろ。勝負はついてる。このクソガキの勝ちだ。この腹の傷見りゃ分かるだろ? もうセクハラする気力も残ってねぇよ」


その言葉に、ようやく少女は、おずおずとではあったが、俺に近づき、クソガキの身体を支えてやっていた。


「・・・・・・な、何て傷!! 早く手当てをしないとっ!?」

「まぁ、そいつも狗族のはしくれだ。止血だけでもしといてやりゃあ、一日二日で全快するさ」


それでもくたばったときは、もう俺は知らん。


「よぉ、そこの金髪チビ」

「誰がチビだっ!!!!」

「威勢良いな・・・・・・お前が真祖の吸血鬼か?」

「・・・・・・それがどうかしたか?」


やっぱりか、これは全くの予想外だ。

齢600で、最強最悪の不死の魔法使いなんて聞いてたもんだから、てっきり屈強なムキムキマッチョを想像してたんだが・・・・・・。


「こりゃ、こいつに負けてて正解だったか・・・・・・」

「え? ・・・・・・それは、一体どういう意味ですか?」


俺が言った言葉に、黒髪の方が不思議そうに首を傾げる。

自由になった右手で、頭の後ろを掻きながら、俺はもう何べん口にしたことか分からない台詞を口にした。


「女に手を上げるのは、俺の趣味じゃねぇ」


その直後、俺を構成していた魔力が、ゆっくりと足元から霧散を始めた。

もう時間切れか・・・・・・。


「おい嬢ちゃん。そいつが目を覚ましたら、伝えといてほしいことがあるんだが」

「・・・・・・何でしょうか?」


俺は大きく息を吸い込み、会心の笑みを浮かべて言った。


「俺に良く似たイイ漢になった。次会うときは、全力で闘れるのを愉しみにしてる」


魔力制限なんて受けてない、全力全開の状態でな。

俺の言葉を頭の中で反芻していたのか、黒髪の少女は得心が言ったように頷いていた。


「俺に良く似た、って・・・・・・やはりあなたは、小太郎さんの・・・・・・」

「ストップだ、嬢ちゃん」


ったく、若い連中っての揃いも揃って・・・・・・。

親心ってもんが、全く分かっちゃいねぇ。


「その続きは、そいつが一人前になったときだ。とりあえずは・・・・・・今日の勝負は愉しかったぜ」


それを告げたのと同時に、俺を構成していた魔力は、ちょうど全てが霧散した。





――――――――――愉しみにしてるぜ、小太郎?




――――――――――次に会う時、お前が、どれだけ強くなっているのかをな。





SIDE ??? OUT......














あとがき



日付は回っちまったが、どうにか影斬丸編3部作は終了したんDAZE☆

まぁこのあとちょこっと後日談があるんで、終わったのは小太郎と狗妖怪の一戦だけですが。

しかし・・・・・・書いてて超楽しかった!!

やっぱ熱いのはいいね!! 血湧き肉躍る!!

女の子分が少ない? ・・・・・・が、がんがるんDAZE☆

全力の狗妖怪がどんくらい強いか妄想・・・・・・結論、まぁラカンと戦えるくらい???

強すぎ? だって小太郎の目標はそこなんだもん☆

あとちょこっとぼやき・・・・・・

最近、感想板の投稿数が少ない気がする(orz

も、もしや、作者の書く文章がハードコア過ぎて、いつのまにやら一見さんお断りSSにっ!?

まえがきに書いていた通りのオ○ニー作品になり果てようとしているのかっ!?

・・・・・・ガチでヤバいと思った方、早めに止めてくれると嬉しいんDAZE☆

あぁ、もちろん、まだまだ書きますよ?

そいじゃ、また次回v

ノシ




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 17時間目 確固不抜 意外とエヴァは可愛いところが多いと思う
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/25 19:55


目を開くと、そこにはどこかで見た覚えのある、木目の天井が広がっていた。


「こりゃあ・・・・・・どうにか生き残ったみたいやな」


さっきから奴に斬られた傷跡がジンジンと痛んでいるということは、ここがあの世だと言うことはないだろう。

それにしたって、誰かに助けられたことは間違いないみたいだが。


「って・・・・・・そうや。エヴァと刹那はどないなったっ!?」


慌てて起き上ろうとするも、先の戦闘のダメージがまだ残っているらしく、俺の身体は思うように動いてくれない。

特に左腕は酷いな。

何か重りでも付けているかのように、まるで持ち上がってくれない。

牙顎(アギト)の反動か? 

いや、それなら、前に黒狼絶牙を使ったときにも似たような現象が起きているはずだ。

なら、一体何故・・・・・・?

そう思って自分の左側を見て、謎は全て氷解した。


「うわー・・・・・・悪夢でも見とるんやろか・・・・・・?」


そこには、俺の左腕をがっしりと抱きこんだエヴァが眠っていた。

俺のことを看てくれていたのだろう。上半身をベッドに預ける形で完全に寝落ちしている。

あげく、悪夢にうなされてでもいるのか、彼女の眉間には物凄い皺が寄っていた。

つか、アンタ人のこと心配して抱きついてるようなキャラじゃなかったでしょうよ?


「まぁ、心配してくれたんは、素直に嬉しいけどな。・・・・・・スマンな、心配掛けて。それと、おおきに・・・・・・」


俺は彼女を起こさないよう、ゆっくりと上半身を起こすと、空いていた右手で、優しく彼女の髪を梳いた。

くすぐったそうに身じろぎするエヴァ。眉間の皺は、いつの間にかなくなっていた。

そんな様子に、胸がほっと、温かくなるのを感じる。

一時は死を覚悟した俺だったが、改めて思う。

生きて帰ってこれて、本当に良かったと。

それもこれも、全ては今まで俺が触れあってきた、彼女たちのおかげだ。

死の淵で、彼女たちの笑顔に勇気づけられたから、俺は自らを奮い立たせることが出来た。

悪戯に与えられた、二度目の生を、何のために送ろうと決意したのか、思い出すことが出来た。

二度も死の淵にいたからこそ分かる、生きる理由があるというのは、それだけで、何て幸福なことなのだろうかと。



―――――がたっ、ばしゃんっ


「ん? ・・・・・・」


派手な物音に驚いて、振り返ると、いつの間にか部屋の扉が開いていて、そこに刹那が立ち尽くしていた。

驚きに目を見開き、わなわなと唇を震わせる彼女の足元には、洗面器とタオル、それから、零れた水が溢れていた。


「こたろ、う、さん・・・・・・?」

「おう、小太郎さんやぞ」


驚きに震える刹那に、俺はいつものように、軽いノリで笑顔を向けた。

良かった・・・・・・どうやら、彼女も無事でいてくれたようだ。


―――――しゅんっ


「え゛?」

「小太郎はぁんっ!!!!」


―――――がしっ

―――――ごんっ


「あだっ!? あだだだだだだっ!!!!?」

「小太郎はんっ、小太郎はんっ!?」


何が起こったかって?

端的に説明するとだな。

①最初の音で、刹那が何を血迷ったのか、室内で瞬動術を使う。

②そのまま、ベッドで上半身を起こしていた俺に刹那が抱きつく。

③彼女を支え切れず、ベッドに逆戻りする俺。

④柵で頭を打ち付ける俺。

⑤刹那に抱きつかれたことで、胸の傷がギリギリと締め付けられて死ぬほど痛い。

ってな状況だ。

つか、ヤバイ!!

本気で死ぬる!! 死の淵に逆戻りしてしまうっ!!


「せせせせ刹那ぁっ!! 心配掛けてスマンかった!! 俺が悪かったっ!! せやからっ、頼むから離してくれぇっ!!!!」

「はっ!? ・・・・・・すっ、すすすすすすすみませんっ!!!?」


俺の必死の叫びにより、どうにか俺を離してくれる刹那。

これが元気な時なら、跳び跳ねて喜ぶところだが、内臓まで達している刀傷を締め上げられているとあっちゃあ意味が違ってくる。

あと刹那さん、よっぽどパニクってんだろうけど、俺に馬乗りなままなのはどうかと思う。


「でも、本当に良かった・・・・・・小太郎さん、まる一日眠ったままだったんですよ?」

「マジでか!?」


よっぽど魔力と体力を消耗してたんだな、あと血液。

そう言って微笑みを浮かべる刹那の目尻には涙が浮かんでいた。


「ホンマに心配かけたみたいやな・・・・・・スマンかった。それから、ホンマにおおきに」


俺はもう一度笑みを浮かべてそう言うと、そっと右手を伸ばして、出来るだけ、優しく彼女の涙を拭ってやった。


「あっ・・・・・・小太郎さん・・・・・・」


急なことに驚いて、一瞬身じろぎをする刹那だったが、特に抵抗することはなく、俺にされるがまま、大人しくしていてくれた。

月並みだが、やっぱり、女の子に涙は似合わないと思う。

親指で彼女の涙を拭い終えると、少しだけ頬を上気させた彼女と、正面から視線がかちあってしまった。


「・・・・・・小太郎さん・・・・・・」

「・・・・・・そんな泣いたら、可愛い顔が台無しやで?」


潤む瞳で、俺を見つめる刹那。

どうやら相当に心配を掛けてしまったらしい。

けれど、いつものはきはきした感じと違って、こんな風にしおらしい刹那も、とても可愛いかった。

こんなに可愛い刹那が見られるなら、心配されるのも悪くない。

なんて考えてしまうのは罰当たりだろうか?

そんな風に思っていると・・・・・・。


「貴様ら・・・・・・人の家でいちゃつくんじゃない」


「うおわっっ!?」「ひぁああっ!?」


左側から、急に声を掛けられて驚きの声を上げる俺たち。

そこには、何故か涙目で、後頭部を抑えているエヴァが立っていた。

いや、ないとは思うが、涙目なのは俺を心配していたからだとしても、何故後頭部を抑えて?


「わ、私が聞きたいくらいだっ!! ・・・・・・しかし、ようやく目を覚ましたか、この駄犬め」


何となく予想は出来るけどね・・・・・・。

恐らく刹那が抱きついたときに俺が腕を振り上げた所為で、体重の軽いエヴァは吹き飛ばされて床と衝突、ってとこだろう。

バレたら、干からびるまで血を吸われそうだから絶対に言わんけども。


「心配かけてもうたみたいでスマンな。ベッドも占領してもうたし」

「ふん、誰が貴様ごときの心配なんぞするか。あまりにも目を覚まさんから、腕の一本でもへし折れば激痛で起きんかと思っていたところだ」


腕を抱き込んでたのはそういう理由かっ!?

い、命拾いしたぜ・・・・・・。


「全く、たかだか学園の依頼ごときで、他人の、それも吸血鬼のために命を投げ出すとはな・・・・・・このお人好しめ」


シニカルな笑みを浮かべてそういうエヴァは、すっかりいつもの調子を取り戻していた。


「それはそうと・・・・・・桜咲 刹那、いつまでそうしているつもりだ?」

「え?」


エヴァに突っ込まれて、ゆっくりと自分が今どこにいるかを確認する刹那。

彼女は、自分が俺に馬乗りになっていることに気が付くと、一瞬で耳まで真っ赤になった。


「ご、ごごごめんなさいっ!? べ、べべ別に悪気があってのことでわっ!!!?」


慌ててベッドから飛び退く刹那に、俺は忍び笑いを堪えることが出来なかった。


「そういや、誰があの妖怪を斃したんや?」


場が落ち着いてきたので、俺はようやく、兼ねてからの疑問を口にすることが出来た。

俺が放った決死の一撃は未遂で終わってしまったからな。

刹那かエヴァ、あるいは後から来た援軍が奴を還してくれたとしか考えられない。


「覚えていないんですか?」

「ああ。俺が死ぬ思いで打った斬撃は、当たらんかったみたいでな」

「まったく、この駄犬が・・・・・・自分の攻撃の手応えくらい覚えておけ」


呆れたようにエヴァがそう溜息を零した。


「えーと、それはつまり・・・・・・」

「はい、私たちが駆け付けたときには、既にあの妖怪には現界する魔力すら残されていませんでした」

「ばっくり腹が裂けていたぞ。恐らく貴様の攻撃によるものだろう」


マジでか・・・・・・。

俺がざっくり斬られたもんだから、てっきり届いてなかったもんだと思ったぜ。

それじゃあ、あの時折れた影斬丸は・・・・・・。


「なぁ俺の太刀はどこいってん?」

「安心してください、ちゃんと枕元に立てかけてありますよ」


言われてエヴァが寝ていたのと反対側の枕元に視線をやる。

そこには鞘に収まった状態の影斬丸の姿があった。


「もう必死過ぎて腕の感覚すらなかったんか・・・・・・」


今更だけど、よく勝てたな、俺。


「しかし、刹那・・・・・・さっき、駆け付けた言うたな?」

「はい、そうですがって、はぶぶぶっ!!!?」


俺は予備動作もなく、右手で刹那の頬をむぎゅっと挟みこんだ。


「何、俺のピンチに駆けつけとんねん。俺は、危なくなったら逃げろって言うたやろ?」

「あぶ、あぶぶっ!!!?」

「あかん、何言うてるか分からへん」

「はぁ・・・・・・だったら、その手を離してやれ」

「ああ、そうやったな」


呆れたように嘆息するエヴァに促されて、俺は刹那の頬をぱっ、と開放してやった。


「うぅぅぅ・・・・・・で、ですが、小太郎さんの気が弱まったことに、気が動転して・・・・・・」

「くくっ・・・・・・あの時のそいつの慌てようと言ったら、まるで親の死に目にあったかのようだったぞ?」

「なっ!? そ、それを言うならエヴァンジェリンさんも!! 本気で私に骨を拾わせるつもりかっ、なんて、私より先に飛び出していったではないですか!?」

「そ、そんなことはないっ!? 貴様、でたらめを言うなっ!?」


そういってぎゃあぎゃあと、小学生のような言い合いを開始してしまう二人。

俺、一応病み上がりなのに、と思わないこともなかったが、それでも俺は、こんなにも自分を心配してくれる人がいることに、どこか安らぎを感じていた。


「そいじゃ、傷の手当ても二人がしてくれたんか?」


奴に斬られた胸には、丁寧に包帯が巻いてあり、このおかげで俺が一命を取り留めたのは一目瞭然だった。


「え!? あ、はい、手当は私が行いましたが、薬を用意してくれたのはエヴァンジェリンさんで・・・・・・」

「ふ、ふんっ・・・・・・私を護って死なれたなど、寝覚めが悪いからな。ただそれだけだ・・・・・・」

「ははっ、そりゃおおきに」


素直に心配だったと言ってくれればいいのに。

自分の優しさについつい理由をつけてしまうんだな、彼女は。

まぁ、それがエヴァの魅力でもある気がするが。


「何はともあれ、これで任務完了っちゅうわけやな」

「はい、そういうことになりますね」


やれやれ、本当に長い一日・・・・・・いや、眠ってた時間を含めれば、本当に長い二日だった。

しかし、おかげで刀の銘、影斬丸・真打も判明したし、その能力も・・・・・・。

さすがに今回は死ぬ思いをしたが、何よりも・・・・・・。


「あれが、俺の・・・・・・」

「ストップです、小太郎さん」


言いかけた俺に、刹那がそう制止を掛けた。

きょとんとする俺に対して、刹那もエヴァもニヤニヤと意味ありげに笑みを浮かべていた。

何だってんだ?


「その先は、貴様が一人前になってからだそうだ」

「は? あいつがそう言うてたんか?」

「ええ、俺に似てイイ漢になった、とも言っていました」

「全力で闘れるのを楽しみにしてる、ともな」


・・・・・・俺に似てって、それ殆ど答え言ってるじゃねぇか。

それに、全力でって・・・・・・あれが全力じゃなかったのかよ!?


「格下のしょうもない術師に召喚されたんだ。魔力量に制限があってもおかしくはなかろう」

「うそん・・・・・・そんな、相手に俺は死にかけてたんか・・・・・・?」


そもそも、次があるかどうかも怪しいが・・・・・・まぁ、この世界にいる限り、いつも闘いとは隣合わせだ。

いずれ、また相まみえることもあるかもしれない。


「そんなら、今よりも強く・・・・・・もっと強くならなあかんな」


次は、こんな無様な姿はさらさない。

あの野郎が、どれだけ強かろうとも。


「本気で言ってるのか? 私の見立てでは奴の真の実力は、千の呪文の男や私と同等だ・・・・・・茨の道どころか道があるかすら怪しいぞ?」

「関係あれへん。やったら、その千の呪文の男よりも強くなれば良いだけの話やろ?」


そんなこと、とうの昔から考えていたことではないか。

でなければ、フェイトにも、奴にも・・・・・・。


『わいらの兄弟喧嘩は、今始まったばかりや。』


―――――あのクソ兄貴にも、届きはしない。


なら俺が目指すのは最初から、その高みで間違っていない。

全ての逆境を、この刀一本で斬り捨て、己の道を抉じ開ける。

善も悪も、清も濁も全て、ぶった斬って、世界すらを敵に回そうとも、己の信念を今度こそ貫く。

もう二度と、臆することはしない。


「俺は誰よりも・・・・・・強くなって見せる!!」


俺は今一度、その誓いを新たにした。


「くくっ・・・・・・あはははははっ!! あの千の呪文の男を越えるだと!? 貴様、正気か!?」


俺の言葉に、エヴァは心底愉快そうに声を上げる。

それほどまでに、俺の立てた誓いは無謀なものだと言うことだろう。

しかしそれがどうした? そんなこと、俺はすでに知っていたはずだ。


「俺にとって強くなるんは、生きてるっちゅうことそのものや。多少目標がでかかろうが、今更後に引けるもんとちゃう」

「大きく出たな小僧。貴様にとって命は、そのための道具に過ぎんと言うことか・・・・・・」


いつぞや俺が考えたことと同じことを、エヴァが口する。

そこに浮かぶ彼女の表情は、昨日のような、外見相応の少女のものではなく、俺がかつて幻想した、幾百の時を生きた、強者の顔だった。


「・・・・・・おう。近いうちに、俺はあんたさえも越えて見せるで?」

「ほう? この不死の魔法使いをか? ・・・・・・面白い、その日を楽しみにまっているぞ、犬上 小太郎」


唇を釣り上げて、俺たちは互いに睨み合った。

エヴァの言葉は、追いつけるものかという、いつものような皮肉めいたものではなく、必ずここまで辿り着けという、強者の貫録を持ったものだった。

ならば、俺はいつか必ず、その期待に答えて見せよう。

そして必ず、彼女たちの信頼を勝ち得、その笑顔を護りきれる漢になって見せよう。

もう二度と、失う悲しみなど味合わないように。





――――――――――俺は、誰よりも強くなってみせる。




心の中、今一度、俺はその言葉を反芻した。







あとがき



遅くなってしまいましたが、これでようやく、影斬丸編、完結です!!

今回の話は、とくに必要があったかと言われれば首をかしげてしまいますが、小太郎の新たな決意を明示したかったので。

あとエヴァにゃんかぁいいよエヴァにゃん。

ロリコン? 聞こえないんDAZE☆

さて、これでようやく新章に入れる・・・・・・。

次回からは、またしばらく女の子分多めな話を考えてるんDAZE☆

それでは、また次回。

ノシ






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 18時間目 常住坐臥  いや、そんなに闘うことばっか考えてる訳では・・・・・・
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/25 19:54

―――――ゴォッ


「うおわっ!?」


―――――ジュッ


い、いいいい今ちょっと学ランに掠ったぞ!?

あっぶねぇ・・・・・・当たりがデカイは威力高いは、何という反則技。

しかもノータイムと来たら性質が悪過ぎる。

間合いが近いと使えないにしても、あんなんどうしろと?

というか、アレか? ハイレベルに行くには、ノータイムの対軍殲滅技法が必須なのか?

それこそ咸卦法とか使えないと無理なんじゃねぇか?


「上手く凌いだね。なら・・・・・・これはどうかな?」


俺と約15mの距離、上着のポケットに手を突っ込んだ状態のタカミチの、咸卦の気がさらに密度を増した。


「―――――千条閃鏃無音拳!!」


刹那、恐ろしい魔力密度をもった無数の衝撃波が俺に襲いかかった。

オイオイオイオイっ!? お前、原作のネギ戦が本気じゃなかったのかよっ!?

そんなの原作で見たことねぇぞ!?(※彼は原作27巻までの知識しか持ってません)

これは、流石に避け切れないか・・・・・・!?

安全地帯なんて、とてもじゃないがありそうにない。

ならば・・・・・・。


「自分で作るだけやっ!! 影斬丸、咆哮(トオボエ)!!」


刀身に圧縮された狗神が、デタラメに暴れ狂う漆黒の暴風と化す。

それは、俺に迫る数十の衝撃波の内、幾ばくかを呑みこんで掻き消えた。


「っく!!!?」


その瞬間に、背後に迫る殺気。

俺は慌てて、振り抜いた影斬丸を、遠心力を利用して後方へと薙いだ。


―――――ガキィンッ


「おっ、と・・・・・・驚いたよ、アレを凌いで、僕の瞬動にも気付くとはね」

「驚いてんのはこっちや。なんで刀を裸の拳で防げんねん・・・・・・」


一応、狗神の魔力と俺の気で無茶苦茶に強化されてるんですけど?

まぁ、ジャック・ラカンも剣が刺さんねーんだけど? なんて言われてたし、武器持ちゃ勝てるなんて世界ではないんだろう。

しかし、これだけ接近した以上、居合い拳に連なる大技は使えまい。

―――――ここからは、俺のターンだ!!


「ふんっ!!」


―――――ガキィンッ


「よっ・・・・・・」


俺の放った袈裟斬りの斬撃を、いとも容易く防ぐタカミチ。

もちろん、その程度でこのチャンスを逃すつもりなどなく、俺は立て続けに、必殺の威力を持って斬撃を繰り出した。


「はぁぁあああああっ!!!!」


―――――ガキィンッガキィンッガキィンッ


「よっ、ほっ、はっ・・・・・・はは、なかなか隙を見せてはくれないね」


・・・・・・ったく、こっちはこんなに必死だってのに、涼しい顔しやがって。

しかし、その余裕の顔には、ここらでご退場願おうか。

10度目の斬撃が弾かれた反動をもって、俺は身を翻し、渾身の蹴りをタカミチの腹に見舞った。

無論それは、彼にはあっさりと防がれるが、それすらも俺の計算通り。

ガードごと、俺は彼を蹴り飛ばした。


「うおっ!?」

「もろたっ!!」


俺はタカミチを追うことはせずに、影斬丸を逆手に握ると、眼下に出来た自身の影に突き立てた。

一瞬にして、八方に広がる俺の影。

その中には、俺に蹴り飛ばされたタカミチの影すらも含まれていた。


「・・・・・・やばっ!?」

「もう遅いわ!! 喰らえ・・・・・・狗音斬響、影槍牢獄!!!!」


広がった影から、狗神で作り上げた、無数の影槍が突き出る。

それは四方八方から、タカミチを貫かんとしていた。


「くっ、こんな技まであるとはねっ!?」


流石に、タカミチの顔からも、笑顔が消え失せていた。

しかし、これを王手とするには、まだ威力が足りない。

事実、四方八方からタカミチに繰り出されるそれは、彼の正確な拳によって尽く砕き折られていた。


「まぁ、それも予想済みや・・・・・・捕えろ、影槍牢獄!!」

「何っ!?」


タカミチを中心に円柱状にせり出す一群れの影槍達。

これこそが、影槍牢獄の真の使い方。

敵を影の牢獄に閉じ込め、一時的にその動きを封じる。

無論、タカミチ級の相手では、封じられるのは一瞬だが。

それでも、俺には十分過ぎる。

俺は突き立てていた影斬丸を引き抜くと、有無を言わせず、タカミチに肉薄した。

放つのは、俺の技の中で、最も高威力のあの技。

無論、前回の付け焼刃みたいなものとは訳が違う、より完成された、漆黒の一閃。

いかにタカミチと言えど、流石にこれを喰らえば、まず立ち上がれまい。

俺は影斬丸を大上段に構え、本来狗音影装とするはずの狗神を、全て刀身に纏った。

銀色の刀身が、漆黒の牙へと姿を変える。

同時に、俺は得物を振り下ろしていた。


「――――――――――狗音斬響、獣裂牙顎!!!!」

「っっ!!!?」


タカミチを捉えていた、影の牢獄ごと、俺は全てを斬り裂いた。

否・・・・・・斬り裂いた筈だった。

衝撃で、土煙が舞い上がり、視界は殆どない状態だったが、そこにタカミチの気配は微塵も感じられない。

それ以前に・・・・・・。


「・・・・・・手応えが、あれへん?」


まったくと言って良い程、俺の刀には、敵を斬ったときの手応えがなかった。

瞬動で逃げようにも、影の牢獄のせいで、それは不可能だったはず。

いったいどうやって・・・・・・?

俺は、いつどこから、攻撃を受けても対応できるよう、柄を握る手に、更に力を込めた。

ゆっくりと、土煙が晴れていく。

意外にも、タカミチは俺の正面、20m程の地点で笑みを浮かべて立っていた。


「いつの間に・・・・・・」

「いやぁ、保険はかけておくものだね」


そう言ってタカミチは、俺にボロボロになった一枚の紙切れを見せた。


「それ、転移符か!?」

「まさか使うことになるとは思わ無かったけどね。結構高いんだよ? ・・・・・・さて」



「――――――――――そろそろ、終わりにしようか?」



―――――――――ぞくっ



タカミチの顔から、完全に笑みが消えた。

高まっていく咸卦の気は、先程の比ではなく、それが全て、ポケットに納められた彼の右拳に収束していく。

打たせてはならない、直感的にそう感じた。

たかだか20mの距離、瞬動なら一瞬だ。

そう思い、両足に気を集中する俺だったが、タカミチ自身、そんなことは百も承知。

彼の方が、僅かながら速さで勝っていた。


「――――――――七条大槍無音拳」


巨大な気の塊が、俺に向かって放たれた。

迎撃は、間に合わないっ!?


「っ!? 狗尾(イヌノオ)っ!!!!」

「―――――遅い」


障壁を展開するものの間に合わず、俺は見事に吹っ飛ばされていった。










ゴールデンウィークも修行三昧で通過し、五月も半ばになったある日曜日。

タカミチが、久しぶりに稽古を付けてくれると持ち出してきた。

願ってもないことだったので、俺は二つ返事で了承し今に至る訳だが。


「で、どうして貴様らは、当然のように人の別荘を使ってるんだ?」


場所は何故かエヴァの別荘たる魔法球の中だった。

俺はタカミチにやられた傷を手当てしながら、どうしてこうなったんだったかと考えていた。


「うーん・・・・・・俺がタカミチに、全力で闘っても怒られへん場所ってあれへん?って聞いたから?」

「何で疑問形だ!? 貴様が元凶ではないか!?」


人の休日をなんだと思っている!?っと、エヴァが激昂していたが、小学生の女の子が駄々をこねているようにしか見えず微笑ましかった。


「転移符かぁ・・・・・・あんなん予想できる訳あれへんやん、ズルいでタカミチぃ・・・・・・」


恨みがましい目で、少し離れて煙草を吹かすタカミチにそう言うと、珍しく冷や汗を浮かべていた。


「いや、使わないと僕死んでたからね?」

「んなことあれへんやろぉ? せいぜい10分の1死にくらいやったやろぉ?」

「・・・・・・小太郎君、人はそれを瀕死って言うんだよ?」


知ったことか。

麻帆良に来て2カ月。ようやく初めてタカミチに勝てると思ったんだが。

まだまだ、未熟ということか。


「そもそも、貴様の闘い方は中途半端なんだよ。浅く広く技術を拾い過ぎだ」

「あ、やっぱりそうなんか?」


薄々は感じていたが、人に指摘されると凹むな。

ざっと使える技術を上げてみると、体術、忍術、神鳴流、我流剣術、陰陽術、あとは多少の影に関する魔法。

戦術的には剣術、体術に偏ってはいるが、どれも極端に突き詰めたということはない。

やっぱその辺りが、俺の成長の妨げになっているってとことか。


「私に言わせれば、魔に属する者としての利点を完全に潰している。強大な魔力と人外の身体能力をもっと前面に押し出せば良いだろうに」

「それなんやけどな・・・・・・俺、実は狗神以外の魔力の操り方が良ぉ分からへんねん」

「は?」


お、エヴァの目が点になった。

こういうきょとんとしてるエヴァは新鮮で可愛い・・・・・・じゃなくて、それって、やっぱりそれくらい有り得ないことなのか?

けど、原作の小太郎だって、肉弾戦一辺倒だったではないか。

そんな魔法チックな技を使っていたイメージはなかったんだけど・・・・・・やっぱり魔族ってそういうのが使えて然りなのだろうか?


「前に咸卦法を試して失敗したのもそれだろうね。圧倒的に気の方が出力が大きかったんだろう」

「そうなんか?」

「・・・・・・こ、この駄犬め。それでは半妖の血が宝の持ち腐れではないかっ!?」

「そ、そこまで酷いんか!?」


ま、まぁ、原作でも『闇の魔法』の下りで『魔族の強大な魔力量が云々』とか言ってたしな・・・・・・。

妖怪の血を引く以上、膨大な魔力を使えないのは宝の持ち腐れということだろう。

そう言えば、原作で妖怪化したときの刹那の技は、やたら派手なもの多かった気がするしな。

さしずめ、今の俺の状態は、修学旅行編直後のネギや木乃香と同じく、ただでかいだけの魔力タンクってことか・・・・・・。

獣化より狗音影装を多用してるのも、コスト対効果の観点からだしな。

使って見て気が付いたが、獣化はあれでガンガン気を消耗してくから、効果とコストが全く釣り合わないんだよな・・・・・・。


「うーん・・・・・・魔法でも習ったらええんかな?」

「貴様な・・・・・・人の話を聞いていたか!? これ以上他の方面に手を出してどうする!?」

「いや、一概にそうとも言えないよ? 狗神に良く似ている、影や闇に関する魔法なら、もしかすると彼の魔力運用効率上昇に有用かもしれないしね」

「む・・・・・・それも、一利あるか・・・・・・」


あー、そう言えばそんな感じはあるな。

原作でも、カゲタロウの使ってた技は、狗神に良く似てたし。

狗神と影精って近いもののような気がするしな。

そもそも、今回使った影槍牢獄は、そこに着想を得たものだ。


「ふむ、闇属性か・・・・・・どうだ小太郎? 貴様がどうしてもと、地に這いつくばって懇願するのであれば、この私が直々に指導してやることもやぶさかじゃないが?」

「いや、それは遠慮しとくわ」

「ぎゃふんっ!?」


せっかくのエヴァの申し出だったが、俺はそれを光の速さを持って断った。

俺の答えを予想だにしてなかったのだろう、エヴァが珍妙な声を上げてずっこけていた。


「ななな何でだっ!? 私のどこが不満だっ!? 腐っても不死の魔法使い、悪しき音信、禍音の使徒などと恐れられた大魔法使いだぞっ!!!?」


余程あっさり断られたのが気に障ったのか、俺の学ランの詰襟をがっくんがっくん揺さぶるエヴァ。

その姿は、ナギに自分のものになることを拒否された時を彷彿とさせた。

600年以上も生きてる割に、本当に不測の事態に弱いよなぁ・・・・・・。


「それは分かってんけど・・・・・・俺、改まって人に物を教わるん苦手やねん」


もちろんこれは建前で、実際はエヴァに鍛えられると、最終的な出力向上のため『闇の魔法に』辿り着く可能性があるからだった。

どうせなら、自分の知恵と努力と発想力でそれを越えたいし、何より、考える楽しみがなくなる。

そういう理由から、俺はもとより誰かに師事する気はなかった。


「それに闇属性の魔法より、操影術のんが俺の狗神に近いからな。どうせならそれを使える奴から技術を盗みたいねん」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ・・・・・・ま、まぁ貴様がそういうのならば仕方あるまい」

「はははっ、フラれてしまったねエヴァ」

「なっ!? ななな何を血迷ったことをほざいている!!!?」


タカミチのそんなからかいの言葉に、顔を真っ赤に目を吊り上げて噛みつくエヴァ。

ナギとの過去をネギに知られたときもそうだったけど、意外と自分に降りかかってくる恋愛系の話に弱いのかな?

・・・・・・これは格好のからかい材料を手に入れてしまった(ニヤリ)。

こないだの花粉症の話じゃないが、エヴァは意外とからかいがあって楽しいということが判明してしまったからな。

ただあんまりやり過ぎると、ガチで十年間氷漬けの刑とかに処されそうだから、引き際が肝心ではありますが。


「それはさておき、小太郎君。今、ちょうど女子部の3年にそういう類の魔法を使える生徒がいるんだけど、彼女に頼んでみようか? 年齢が近ければ改まった雰囲気にもならないだろうし」

「マジでか? それは、願ったり叶ったりやけど・・・・・・」


大丈夫か? 魔法生徒の中には、魔族のハーフに悪印象を持ってる奴もいるって話だろ?

そう思って思案顔になっていると、タカミチはいつものように飄々とした表情で笑った。


「君の心配も無理はないけど、君なら問題ないと思うけどね?」

「どういう意味や、それ?」

「さてね・・・・・・」


俺が問いかけても、タカミチは曖昧に答えを濁すばかりで、決して教えてはくれなかった。











別荘の中で一泊して、俺はエヴァのログハウスを後にすることになった。

操影術の件に関しては、タカミチが後日また連絡をくれるそうだが・・・・・・本当に大丈夫だろうか?

まぁ、なるようにしかならないだろう、ということで、俺は思考をその辺りで打ち切っていた。

ちなみに、別荘の中でタカミチより負った傷は、一晩で全開している。

狗族ボディ様々だぜ。


「それじゃ、タカミチ、エヴァ、おおきに」

「ああ、気を付けて帰るんだよ?」

「貴様、愛称で呼ぶなとあれほど・・・・・・もう、いい。さっさと消え失せろ」


タカミチはそんな心配の言葉と笑顔で、エヴァは諦めたような溜息でそれぞれ俺に手を振ってくれた。

俺は足早に男子寮への道を帰ることにした。














「それにしても・・・・・・残念だったね、エヴァ?」

「・・・・・・何の話だ?」

「小太郎君に、魔法を教えられなくて」

「なっ!? 何を言っている!? む、むしろ面倒が増えなくてほっとしてるところだっ!!!!」

「そうかい? ・・・・・・まぁ、彼は本当に良くナギに似ているからね、君が目を掛けるのも無理はない」

「オイ? 人の話を聞いていたか? そんなんじゃないと言っているだろう!?」

「ははっ、そんなに照れなくても良いじゃないか? きっとナギも喜ぶと思うよ?」

「何がだっ!?」

「エヴァが人並みに恋をしてくれて」

「@*$#&%=~~~~~!!!? だだだだだ誰が恋などするかっ!!!? トチ狂ったことをほざくんじゃないっ!!!!」

「大丈夫さ、年齢や種族なんて些細な問題だと僕は思うよ?」

「オイ、違うからな? 違うからな!?」

「はははっ・・・・・・」

「その微笑ましいものを見るような笑みを今すぐ止めんかぁっ!!!!!!」








あとがき



新章、麻帆良修行編、始動。

へ? 女の子分増やすんじゃなかったのかって?

エヴァにゃんが出とるやろうもん!!!!(ぉ

しばらくは今回のような軽いノリの話が続くことになるかと思われますv

でわでわ、また次回v

ノシ



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 19時間目 青天霹靂 もうヤダ……女の子怖い……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/26 01:29






エヴァの別荘で、タカミチに稽古をつけてもらってから、三日後の水曜日。

約束通り、タカミチはくだんの3年生に話を付けてくれたらしく、俺は目下彼女との待ち合わせ場所に向かっていた。

タカミチに相手の人相が分からないと待ち合わせようがないんじゃ?って聞いたんだが。


『向こうは絶対に君のことが分かるから大丈夫だよ』


なんて、笑顔で返されてしまった。

知り合いに影使いなんていた覚えはないんだけどなぁ……?

ちなみに、待ち合わせ場所は世界樹の広場だったりする。

前回の生活指導みたいに春休みだったら堂々と女子部の校舎に行くんだが、流石に平日に堂々と行くのは問題があるしな。

しっかし……世界樹の広場に女子と待ち合わせなんて、まるで……。


「デートみたいやな……」


年甲斐もなくニヤついてしまうではないかっ!!

なんて、るんるん気分で、俺は世界樹の広場に続く階段を駆け上がっていった。










時刻は4時30分。

日は既に傾き始めていたが、さすがは学園内で人気のデートスポット。

ちらほらと学生カップルの姿が見受けられた。

……リア充どもめ、爆発しろっ!!

学校が始まったせいで、最近任務以外で女の子に全く会えない俺は、弱冠女の子分が不足気味でイライラしてたりする。

こないだエヴァに会った時は、本気で癒されたともさっ!!

……自分で言っててなんだが、キモいな俺。

アホなこと考えてないで、さっさと待ち合わせの相手を探すか……。

しかし、どうやって探したものか。

全く心当たりなんて……。


「もしや……犬上 小太郎さんですか?」

「はい?」


周囲をキョロキョロと見回していると、後ろから女の子に呼びかけれたので振り返る。

俺の名前を知ってるってことは、この子が例の影使いかな?

けど、この子……どっかで見たことある気がするんだけど、どこだったかな?

俺の後ろに立っていた女子は、ハーフなのか長い金髪のストレートヘアーに、青い瞳。

すらりとした長身で、プロポーションは、ネギクラスの面々に負けず劣らず素晴らしいものだった。

顔もかなり整っていて、共学ならさぞかしモテただろうに、と悔やまれるくらいだった。


「やっぱり……切れ長で凛々しい目つきに、黒い艶やかな長髪、長身で無駄なく鍛えられたしなやかかつ強かな体つき……あなたが犬上 小太郎さんで間違いないですねっ!?」

「は、はぁ? 俺が、犬上 小太郎で間違いあれへんけど……」


な、何だこの子?

やたら俺の容姿に詳しくないか?

い、いや、内容自体は、こっちが恥ずかしくなるくらい美化されたことを言ってて、まぁ悪い気はしないけども……。

殺人鬼みたいだと、揶揄され続けたこの壮絶な悪役面を、凛々しいて……。

そんな詳しく知られてると、弱冠の薄ら寒さすら覚えるんですが?

弱冠表情を引き攣らせてる俺を余所に、その子は瞳を爛々と輝かせながら、ばっ、と両手で俺の右手をしっかりと握った。


「お会いできるのを楽しみにしていました! 私が高畑先生よりあなたに操影術を指南するよう承った、女子部3年の高音・D・グッドマンです」

「へ? は、はぁ、こ、こちらこそ、どうぞよろしゅうたのんます……?」


たかね・でぃー・ぐっどまん……?

何か、これまたどっかで聞いたことある気がする名前だが……って、ああ!?

こいつ、どっかで見たことあると思ったら、ウルスラの脱げ女じゃねぇか!!

麻帆良の制服着てるもんだから気が付かなかったぜ。

そうか、まだ原作が始まる2年も前だから、麻帆良に通っている訳か……。

それにしても、何だろう、この長年憧れていたヒーローにようやく出会えました、見たいな彼女の目の輝きようは?


「えーと、高音で、ええか? 自分、俺に会えるんを楽しみにしてたって……俺のこと前から知っとったんか?」

「い、いきなりファーストネームで呼んで頂けるなんてっ……そ、それはもうっ!! あなたは魔法生徒の間では英雄ですから!!」


は? 英雄? 俺が?

何だ、その与太話は……?

だって今一番浸透してる俺の渾名と言えば『麻帆中の黒い狂犬』ですよ?

悪役の筆頭みたいな扱いを受けている俺が、どこをどうすれば英雄になるというのだ。


「とんでもない!! 多くの魔法先生が忌み嫌い、誰も護衛を引き受けなかった、あの闇の福音の護衛を単身買って出る、とても慈愛に満ちた方だと伺っています!!」

「はぁ!? なんじゃそりゃ!?」


あれは学園長のクソジジィが俺らに押し付けただけだっつーの!!

しかも単身じゃなくて刹那とバディだったし。

しかしながら、高音には最早俺の言葉など届いていないらしく、更に自分の世界に入り込み、俺自身の知らない俺の英雄譚を語り始めてしまっていた。


「瀕死の重傷を負いながらも、彼女を護らなくてはという使命感と優しさから立ち上がり、ついには東洋の名のある妖怪だった刺客を打ち倒すという、本来なら見習いの魔法生徒にはとてもできない偉業を為しておきながら、なおそれを鼻にも掛けず自己の未熟を顧み、高畑先生に師事して更なる研鑽を積む勤勉さ……私、あなたのお話を聞いて、とても感銘を受けました!!!!」

「わーお、今までで一番長いかっこつきの台詞やぁ……」


ところで、この妙なノリはいつまで続くんだい?


「かくいう私自身も、闇の福音を保護することについて疑問を抱いていましたが、あなたのお話を聞いて考えを改めました……真に偉大なる魔法使いを目指すなら、どんな者にでも躊躇わず手を差し伸べる覚悟が必要なんです!! あたなは、そのことを気が付かせてくれました!!」

「……どーでもええけど、この話まだ続くん?」


あ、いけね口に出しちまった。

まぁ高音には聞こえてないみたいだし良いよね?

しかし……これは、誰かがこの話をお脚色して吹聴しているとしか考えられないな。

もっとも、犯人は一人しかいませんが……。

……あんのクソジジィ!!

大方、一人の見習いが身を呈してエヴァを助けたのに、偉大なる魔法使いに連なる諸君らはそれで良いのか!?みたいな人心掌握のために俺を利用しやがったな!?

エヴァの保護に対して、否定的な魔法先生たちを、丸め込むためにやったんだろうが……ふざけやがって!!

こんな謂れの無い讃えられ方したって、まるで喜べねぇってーのっ!!

しかし悲しいかな、ここまで話が独り歩きしてしまうと、最早俺が何を言ったところで『そんなに謙遜して……何て慎ましい人なんだ』ってな感じで、聞き手にとって良いようにしか変換されまい。

それまで計算ずくか……あの狸ジジィめ。


「そんな素晴らしい人物が、私のような者から少しでも学べることがあるとおっしゃるのでしたら、この高音・D・グッドマン、喜んでご協力いたします!!」

「そ、そりゃ、おおきに……」


い、いかん……がんばって笑ってるつもりだが、どうやっても笑顔が引き攣ってしまう。

そう言えば原作でも思い込みの激しそうな娘だったな……タカミチめ、彼女がこんな様子だと分かっていたから、大丈夫だとかぬかしたな……。

彼女の方が大丈夫でも、俺が大丈夫じゃねぇよっ!?

こんな調子で、本当に彼女から操影術なんて学べるのか……?

万が一の時は、もうタカミチにチェンジを要求する他なさそうだ。


「それでは、早速操影術に関して少しお話をしましょうか?」

「それは願ったりやけど、場所変えへんか? 立ち話も何やろ?」


何だ、ちゃんと操影術の話をするために来てくれてたんだな。

そう言えば、原作でもやたら使命感と正義感に溢れた描写が多かったもんな。

刹那同様、少々生真面目すぎて暴走するタイプの性格なのだろう。

それが分かっていれば、まぁ何とかやって行けそうかな?


「それもそうですね。それでは、下のカフェテラスにでも移動しましょうか?」


彼女にそう促されて、俺たちは連れだって世界樹の広場を後にするのだった。










「端的に言うなら、操影術は攻防一体に秀でた魔法系統と言えます」


注文したアッサムに、ミルクを注ぎながら、高音はそう得意げに言った。

あー、何だろ……今更だが、俺、結構高音と馬が合いそうな気がしてきた。

自分の専攻とする技術に関して聞かれた時に嬉しくなってしまうところは、俺にはいたく共感できる。

木乃香と明日菜に剣術の話をしてるときなんて、実は楽しくてしょうがなかったしな。


「影を纏うことで自らを護り、同時に物理的、魔法的攻撃力も向上させる、攻守の両面を補助できる属性という訳です」

「それは何となく分かるな。俺の狗神もあんたらの使う影精に似たようなもんやさかい」


開放した影斬丸が、俺の体裁きを補助するのは攻撃力を、狗尾(イヌノオ)は防御をという風に、それぞれ攻守を助けているのもそこに起因するのだろう。


「そう言えば、犬上さんは狗神使いでしたね」

「小太郎で構へん。それに敬語もいらへんで? 自分のが先輩やろ」


だったら俺が敬語を使え? ……それは言わない約束だぜ。


「そ、そんなっ!? ……それでは、小太郎さんと呼ばせて頂きますね。それから、敬語は癖のようなものですのできになさらないでください」


まぁそうだろうとは思ったけど。

原作で、佐倉愛衣にも敬語だったしな。

俺は注文したカフェモカを啜りながら、ぼんやりとそんなことを思い出していた。


「一つ気になったんですが、どうして操影術を学ぼうと? 狗神を使えるのなら、それほど、技能的に大差はないと思うのですが?」

「ああ、俺が狗族……人狼と人間のハーフっちゅうのは知っとるんやったか?」

「はい。そのおかげで一命を取り留められたのですよね?」

「まぁ、そういうことや。魔族の血を引くっちゅうことは、俺の中には強大な魔力が眠ってるはずやねん。せやねんけど、俺はどういう訳かそれを操れへん」


狗神は例外だけどな。


「なるほど……つまりは操影術、魔法を学ぶことで、その魔力を引き出せるのではないかと、そういうことですか?」

「そういうことや」


さすが偉大なる魔法使い志望。

話の飲み込みも早くて助かるな。

そう言えば、原作で愛衣が彼女を『油断さえしなければ優秀』と称していたか。

俺にとっては幸か不幸か、今の彼女はさしずめ、噂のヒーローと対面して、ガンガンに緊張しているという状態なのだろう。

持ち前の優秀さが十分に発揮されているという訳だ。

彼女は、未だ湯気の立ち上るアッサムティーを一口飲むと、ふう、と小さく吐息を零して、先程までとは違う真剣な表情を覗かせた。


「小太郎さん、もう一つよろしいでしょうか?」

「良いも何も、教えて貰うんはこっちや、気になることがあるなら何でも言ってくれて構へんで?」

「では、お言葉に甘えて……あなたは、どうしてそこまでして強い力を求めるのですか?」

「…………」


いやはや、ヒーローに憧れるだけの、ただのミーハー女子高生、今は中学生だが、だと思っていたが、なかなかに鋭いことを言うじゃないか。

彼女の言う通り、力とは何かを為すための手段に過ぎない。

その手段を欲するということは、その先には必ず、果たしたい目的が存在して然りなのだ。

奇しくも、それはかつて、幼い刹那に俺がしたのと、全く同じ問い掛けだった。

かつての自分なら、或いは原作の小太郎なら、その問いに対して、あの日の刹那ほど明確に答えを出すことが出来なかっただろう。

だからこそ、原作における彼女はあれほどまでに強かった。

しかし、今の俺とて、同じこと。

あの長い夜の勝負で、もう見失うことの無い、明確な目標を手に入れたのだから。


「……多すぎんねん」

「え?」


俺の言葉に、高音は不思議そうな、きょとんとした表情を浮かべる。

さすがに言葉が足りな過ぎたか、と俺は自分自身の物言いに苦笑しながら、改めてその目標を口にした。


「俺は欲張りやから、護りたいもんが、喪いたくないもんが多すぎんねん。せやから……護れるよう、取りこぼさんよう強くならなあかん。誰よりも、何よりも強く」


喪う悲しみを味合うのは二度とごめんだ。

喪う悲しみを味あわせるのは、もっとごめんだ。

俺の周りにいて、俺に力をくれる皆を俺は守りたい。

かつては、復讐のためと、そして自身の欲望を満たす為にと力を望んだが、今は違う。



――――――――――俺は皆の、笑顔を護るための力が欲しい。



それが、あの一夜を生き延びた、俺の見つけた答えだった。

高音は、俺の聞いていて恥ずかしくなるような台詞に、驚いたように目を見開いていたが、やがて頬を上気させると、子どものような、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。


「噂に違わぬ、慈愛に満ちた方ですね」

「いや、やからそれは買被りすぎやって……」


頼むから、その話はいい加減忘れて欲しい……。










「結構良い時間になってしまいましたね」


カフェテラスを後にすると、すでに夕日は西に傾ききっていた。

思いの外、操影術談義が弾んでしまったからな。

まだ使ってすらいないが、結構奥が深いぞ操影術。

これはタカミチに頼んで正解だったな。

よしんば、俺の魔力が引き出せなかったとしても、戦術的な引き出しは驚くくらい増えてくれることだろう。

……エヴァには叱られそうだがね。


「結構遅いし送って寮まで送ってくで?」

「そ、そそんなっ!? 噂の英雄に送って頂くなんて、恐れ多い!!」

「……その設定引っ張るん、いい加減やめてくれ。ほな行こか?」


俺は有無を言わさず、中等部の女子寮へと歩き出した。

その後を高音が慌ててついてくる。

原作ではピックアップされてなかったから気付かなかったけど、高音もさすがネギま!の登場人物だと思う。

少し話しただけだが、ちょっとした仕草とか、純粋さとか、ちょっと行きすぎた正義感もそうだが、本当に魅力的な女の子だと思った。

さっきまで、リア充爆発しろ、なんて言ってたのが嘘みたいに、今は可愛い女の子と連れだって歩ける嬉しさで胸がいっぱいだ。

なんて思ってたのが顔に出てしまったのだろう。

追いついた高音が不思議そうな顔をしていた。


「何か面白いことでもありましたか?」

「いや、何でもあれへんよ」


悪戯心なしに、可愛いなんて女の子に言えるほど、俺のハートは鋼じゃないんだな。


「あ、そうでした。小太郎さんにこれを渡しておきます」


そう言って、高音が鞄から取り出したのは、日本語で書かれた影に関する魔法の入門書だった。


「本来なら初心者用の杖と一緒にお渡しする物ですが、小太郎さんには魔力媒体は必要ないでしょうし、今渡しておきます」

「なるほど……おおきに、ありがたく貸して貰うわ」


俺が礼を言うと、いえいえ、と、嬉しそうに高音が笑った。

……オイ、やっぱメチャクチャ可愛いじゃねぇかっ!? 誰だ、脱げ女とか言ったのっ!?(←お前だ)

そんな彼女にドギマギしてるのを、決して表情に出さないよう心がけつつ、俺たち二人は女子寮への道を急ぐのだった。









ほどなくして、俺たちは麻帆良の女子校エリア、中等部女子寮の前に辿り着いた。


「すみません、本当に寮まで送って頂いて」

「気にすんな。魔法生徒つっても高音は女の子やねんから、男が送るんは当然や」

「小太郎さん……」

「それに……謝られるより、嬉しい言葉があんねんで?」

「ふふっ、そうですね……今日はありがとうございました。それでは明日から本格的な特訓に移りますので、覚悟しておいてくださいね?」


悪戯っぽく、高音がそう言って笑う。

中の人の年齢はさておき、その表情はやはり年上と言うべきか、そんな頼もしさを感じさせた。


「ははっ、せいぜい叱れんよう頑張るわ。よろしゅう頼むで、高音センセ?」

「はい! それでは、これで」


高音は俺の言葉に満足そうに頷くと、軽く手を振って寮の中へと去って行った。

さて、俺も帰るとしますかね……。

そう思って踵を返す。


「うおあっ!?」

「……(じーーーー)」


その次の瞬間、驚きの声を上げる俺。

び、びびった……。

そこには何故か、俺のことをやたらジト目で凝視する明日菜が私服姿で突っ立っていた。

恐らく、夕刊の配達か、牛乳ビンの回収かのバイト帰りだろうが。

つか、仮にも一般人にここまでの接近を許すとか、俺どんだけ高音との会話に舞い上がってたんだよ……。

そんな下らないことで、己の未熟さを思い知らされることになろうとは思わなかった。

しかし……。


「何やねん明日菜。おったなら声くらいかけてくれてもええんちゃうんか?」

「……はぁ。どっかの誰かさんが年上のお姉さんにのぼせて気が付かなかっただけでしょ?」 


俺の問い掛けに対して、明日菜は何故か、物凄い険のある受け答えだった。

なして?


「いや、別にそういう訳とちゃうで? 高音とは今日あったばっかりで……」

「今日あったばっかりで名前で呼んじゃうような仲になるんだ? へぇー、おモテになることですねー」


……オイ、こいつ完全に俺の話聞く気ゼロだろ?


「それを言うなら、明日菜のことかて会った日から下の名前で呼んでるやんけ?」

「む、まぁそれはそうなんだけど……べっ別に、ちょっと言ってみただけじゃないっ!?」


今度は逆ギレかよ!?

本当に何なんですか一体!?

女心とか分かんないお兄さんは、弱冠本気で泣きそうだよ!?


「大体、今日会ったばっかりだってのに寮まで送ってあげちゃってさ。明日から何の特訓をするんだか……」

「それかて、自分と初めて会った日も皆を送ったったやんけ!? しかも盗み聞きかいな!?」


しかも完全に何かピンク色の勘違いをしている臭い。

ったく、これだから思春期は難しい。

一応誤解を解いておかないと、他の連中はともかく、木乃香や亜子みたいな純粋な子に、そんな話を聞かせるのは気が引ける。

いや、木乃香はあれで結構耳年増だとは思うけどね……。


「ちゃうからな? 俺と高音は、明日菜が思とるような関係やないからな?」

「何必死になって否定してんのよ? バッカみたい」


そう言うと、明日菜は、もう俺と話すことなんてないとばかりに、俺の横を素通りしていってしまった。

って、ダメだろそれ!?


「お、おい明日菜っ!? ちゃんと話を聞けや!?」

「はいはいっ、お幸せにっ!!」


な、なんやねんいったい……?

結局、明日菜は俺の制止も効かずに、ずかずかと足取りも荒く、女子寮の中に入っていってしまった。

さすがに寮の中まで追いかける訳もいかず、茫然と立ち尽くす俺。

はぁ……次、木乃香達に会ったときに、白い目で見られないことを祈ろう……。

可愛い女の子と知り合えて舞い上がっていた気分は、いつのまにか梅雨空のような曇天に早変わりしていた。



――――――――――俺がいったい何をしたぁっ!!!?








あとがき


さて、皆さんの期待通り脱げ女こと高音さん登場ですv

彼女との修行風景をきちんと描くかは考え中ですが、まあ反響しだいですかね?

愛衣がいないって? いや、だって彼女のパクティオーカード、中等部の制服だったじゃない?

多分、高音のパートナーになるのはこの翌年だと思うんDAZE☆

今はアメリカのジョンソン魔法学園にいることでしょう。

さて、感想板にて読者の方に、あとがきを感想板に移動しては?という、意見を頂きました。

どうも、全文表示で読んでくださる読者の方々には煩わしかったみたいですね。

次回からあとがきは、更新ごとに感想板にて行わせていただきます。

毒を食らわば皿まで、仕方ないから見てやろうかな?ってな方は、ぜひ感想板までお越しくださいv

ではまた次回^^

ノシ



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 休み時間 改過自新 マッチ一本家事の元って言葉がガチだとはな……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/26 22:49



「……はぁ」


気が付くと、昨日から溜息ばかりついている気がする。

……何でかなぁ? 


「明日菜、どうかしたん?」


心配そうに私の顔を覗きこむルームメイトに、私は苦笑いを浮かべると、軽く手を振って答えた。


「だ、大丈夫よ? ちょっと授業に疲れちゃっただけだから」

「あー、明日菜勉強でけへんもんなぁ……」


……事実だけど、何か釈然としないわね……。


「今日は部活やんな? 帰り、何時くらいになるん?」

「うーん……そんなに遅くは何ないと思うけど……帰る前にまたメールするわ」

「りょーかい。寄り道せんと帰ってくるんやえ?」


まるで母親みたいな物言いの木乃香に、私はもう一度苦笑いを浮かべた。


「ほんなら、部活がんばってなー」

「うん、ありがと」


ほにゃっとした笑顔を浮かべて、木乃香は教室を後にして行った。

……木乃香だったら、こんなに悩んだりしないんだろうけどなぁ。

つくづく、自分のアマノジャク加減に嫌気がさす。

そんなに気になるのなら、昨日あいつの話をちゃんと聞けば良かったのに、頭に血が上って、そんなこと気付きもしなかったんだから。

……そう言えば、桜咲さんはあいつの幼馴染だって言ってたわね。

あるいは、彼女に聞けば、あいつとあの上級生の関係について分かるかもしれない。

そう思って、桜咲さんの席を見る。


「……」

「……?」


一瞬目があったけれど、桜咲さんはいつかのように、軽く会釈をすると、何事もなかったかのように教室から出て行ってしまった。

……クールだなぁ

こうしてうだうだしてても、仕方がない。

私は気を取り直して、部活、美術室に向かうことにした。










「……はぁ」


結局、教室にいた時と状況は変わらなかった。

下書きを終えたばかりのキャンバスに向かい、絵具と筆を持ってはいたけれど、私は一向に絵を描く気分にはなれなかった。

集中しようと思う度、見知らぬ上級生と、楽しそうに笑っているあいつの顔ばかりが頭にちらつく。

本当、私はどうしてしまったんだろう……?

昼間の授業の内容も、殆ど右から左に抜けて行っていた。

……いつものこと? 大きなお世話よ!?


「……はぁ」


本日何度目になるか分からない溜息。

……それもこれも、全部あのバカが悪いのよ!!

私を悩ませていたのは、他でもない、男子部のとある生徒の、とある現場に出くわしてしまったという、昨日の出来事だった。

その男子の名前は、犬上 小太郎。

私が大嫌いな、チャラチャラしてて、気障ったらしい男。

昼間っから堂々と女子部の校舎に入って来て、あげく、冗談交じりに、女の子に「可愛い」なんて言う女ったらし。

最初は、そう思っていた。

けど、木乃香に私の誤解だったことを指摘されて、話してみると、意外といい奴だってことが分かった。

厄介なナンパに絡まれていた祐奈たちを、躊躇いもなく助けに入ったり、次に喧嘩をすると、重い罰を受けるって分かっていたのに、亜子が倒されたことに腹を立てて、結局全員を返り討ちにしちゃったり、つくづくお人好し。

実は、その後にも、あいつのお人好しっぷりを、私は目の当たりにする出来ごとに出会っていたりする。

あれは、入学式が終わって2、3日経った日のことだった。

いつものように夕刊配達をしていた時のこと、その途中にあるグランドから、聞き覚えのある声がして来たのだ。


『おらショートーっ!! キバって走らんかーいっ!!!!』

『???』


私は気になって、仕事の途中だと言うことも忘れてグランドに入って行ってしまっていた。

するとそこには、いつものようにボタン全開の学ランに、野球帽とバットという珍妙ないでたちの小太郎がいて、何故か小学生たちと野球をしていた。


『……アンタ、何やってんのよ?』

『よぉ明日菜、見ての通り、野球や』


私は後ろから近づいたはずだったのに、何故かあいつは、最初から私がそこにいたのを知ってたみたいに、そう言った。


『そんなの見りゃ分かるわよ。何で小学生とやってんのかってこと』

『ああ、そういうことかいな。こいつら麻帆小の野球チームらしいんやけど、コーチが腰痛めて入院したらしくてな。しかも見てるこっちが情けなるくらい弱かってん。せやから、ちょっとシゴいたろ思てな』

『へぇー……アンタ、野球も出来たんだ?』


確か、体術に剣術だったかしら? そんなのも出来て野球もって、スポーツ万能なのかしら?

まぁ、私は人のこと言えた義理じゃないけど……。


『スポーツも武道も、身体動かすんは何でも好きやで? まぁ謂れのない肉体労働だけは勘弁やけどな』

『へぇ……』

『小太郎すげぇんだぜ!! 小太郎に教えてもらったら、こないだ試合で初めて勝てたし!!』

『だあほっ。俺が教えとるんや、今後一切の負けは許さへんで? 負けたら、グランド100周の刑』

『マジでっ!?』


顔を真っ青にして驚いた様子の小学生に、小太郎は満足そうに笑っていた。

練習を見たのはそれっきりだったけど、小太郎は随分小学生達に懐かれてる様子で、彼の周りには笑い声が絶えなかった。

そんな感じだから、彼が誰にでも気さくで、誰とでもすぐに仲良くなれるのなんて、私はとっくに知っていたはずなのに。

昨日の光景が、どうしても胸に突っ掛かっていた。


『それでは明日から本格的な特訓に移りますので、覚悟しておいてくださいね?』

『ははっ、せいぜい叱れんよう頑張るわ』


タイの色から、3年生だろう、凄く美人な人だった。

そんな人と、親しげに話していた小太郎を見て、何故かは分からないけど、私は釈然としない苛立ちを感じていた。

別に、あいつが誰と仲良くしようが、私にはまるで関係ないはずなのに……これじゃまるで……。


「……あいつのこと、好きみたいじゃない……」


……って!! ない!! ないないないないっ!!!?

私が好きなのは、高畑先生!! ずっと前から一途にお慕いしていたじゃないのっ!?

しっかりして私!!!!


「……はぁ」


……だって言うのに、何だろう、この胸のモヤモヤした感じは……。


「……はぁ」

「何か悩み事かい?」

「へ? ひぁあああっ!?」


急に声を掛けられて振り返ると、そこにはいつの間にか、高畑先生が立っていて、いつものような穏やかな笑みを浮かべて、私の絵を見つめていた。


「た、たたた高畑先生!? い、いつの間に……」

「たった今さ。今日は職員会議が長引いてね。……筆が進んでいないようだけど、どうかしたのかい? 随分と重い溜息だったようだけど」

「え!? あ、う……」


思わず口ごもってしまう私。

うーん……せっかく、高畑先生が相談に乗ってくれるって言うんだし、ぜひ聞いて貰いたいんだけど、何て説明すれば良いかしら?

あんまり下手なことを言って、バカだとは思われたくないし……もう手遅れな気はするけど……。

あ、そう言えば、初めて小太郎に会った時、あいつが気になることを言っていたのを思い出した。


『俺が高畑センセの友達に似てるから、っちゅうのが呼び捨てを許可してくれた理由みたいやで?』


小太郎に似た高畑先生の友達って、どんな人なんだろう?

思い切って、私はそれを聞いてみることにした。

悩み事とは、関係ない気がしたけど、その友達が小太郎に似ているっていうなら、何かこのモヤモヤした気分のヒントがあるかも知れないし。

そうと決まれば、早速聞いてみよう。


「あ、あの!! 前に小たろ……犬上君が言ってたんですけど、高畑先生のお友達って、どんな方だったんですか?」

「僕の友達? ああ、小太郎君から聞いたのか。うーん、そうだねぇ……一言で言うなら、優しくて強い人だったかな?」

「優しくて、強い?」


そ、それのどこが小太郎と似てるっていうんだろうか?

確かに、あいつのイメージで強いっていうのは当てはまる気がするけど、優しいっていうのはどうだろう? お人好しだとは思うが、最初は本当にただの不良にしか見えなかったわよ?

朝倉の話では、不良の間ではあいつのことを『麻帆中の黒い狂犬』なんて呼んでるらしいし。


「ああ、本当に優しくて強い人だった……困っている人がいたら、それが知人だろうと初対面だろうと、関係なく手を差し伸べてしまう人でね」

「へ、へぇ……」


そ、それは少し小太郎に当てはまる、なんて思ってしまったけど、何となく悔しいので認めたくはなかった。


「その所為で、何度も自分の身が危険に曝されることもあったんだけどね……それをものともしない、強さを持った人だった」

「……」


それは……まるで、私と初めて出会った日の小太郎ではないかと、今度は誤魔化しようがなく、そう思ってしまった。


「小太郎君は、本当に彼に似ているよ。格式や世間の常識に捕らわれないところや、少し言動が乱暴なところ、少し悪役染みた表情まで含めてね」


そう言って笑う高畑先生は、本当に楽しそうで、聞いてるだけで、その友達をどれだけ信頼しているのか、そして今、小太郎をどれだけ買っているのかが伝わってきた。

だからだろう、私は悔しくて、心にもないことを言ってしまった。


「そ、そうですかぁ? 私は全然似てると思いませんよ? 昨日だって、女子部の上級生にデレデレしちゃって……」

「ああ、それはきっと高音くんのことだね」

「え?」


高畑先生は、どうやら彼女のことを知っているらしい。

ま、まぁ考えてみれば当然か。

ウチの生徒なんだから、授業を受け持つことがあってもおかしくはないし。


「た、高畑先生の知ってる人ですか?」

「知ってるも何も、彼女を彼に紹介したのは僕だからね」

「えぇっ!?」


せ、先生が男子部の生徒に女子部の生徒を紹介って……それ大丈夫なのっ!?

いやいやいやいやっ!! きっと何か理由があったのよ!! 高畑先生がそんなバカなことする訳ないじゃないっ!?

どうして、と私が聞く前に、高畑先生は楽しそうに理由を教えてくれた。


「彼が剣術や格闘技をやっているのは知ってるよね? それで今、彼は壁に突き当たってしまっていてね。彼女の知識が、彼の成長に役立つんじゃないかって助言をね」

「そ、それじゃあ……」


昨日、たかね?先輩が言ってた『特訓』って……格闘技のことだったの!?

そんな、私てっきり……。

そこまで考えて、私は頬が熱くなるのを感じた。

あ~~~~もうっ!! は、恥ずかしい!! 穴があったら入りたい!!


「彼は、本当に強さに貪欲でね。向上心の塊みたいな生徒だよ」


たまに、それが心配でもあるけどね、と高畑先生は笑った。


「それに才能もある。僕とは違ってね……」

「そ、そんなっ! 高畑先生は十分っ……」

「ふふっ、良いんだ明日菜君。ただね、ときどき彼を見ていると羨ましくなる時がある、僕に彼のような才能があれば、もしかすると……」


そう言って、高畑先生は遠い目をした。

まるで、どこかに忘れて来た、何かを懐かしむような、そんな目を。

けど、小太郎の奴……そうならそうと言えば良いじゃないっ!?


「あのバカ……あれ以上強くなってどうするつもりよ?」


朝倉の話だと『一週間で学内の中等部、高等部の不良12組30人を病院送りにした』ってくらい強いって言うじゃない?

中学生だってことを考えれば、十分過ぎるくらいあいつは強いと思う。

一体、それだけ強くなって、何を目指しているのだろう? 世界最強の座、なんてものでも欲しいのだろうか?


「ははっ……その理由は彼自身に聞いてみることだ。きっと、僕が彼を優しいと言った理由が分かるはずだよ」

「そ、そうなんですか? ……うーん……」


高畑先生はそう言って笑うと、結局、あいつが強くなりたい理由を教えてはくれなかった。

けれど、私は、少しだけ胸のモヤモヤが晴れた気分がして、その後は普通に絵を描くことが出来た。

次あいつに会うことがあったら、ちゃんと昨日のことを謝ろう。

それから、どうして強くなりたいのか、聞いてみよう。

そう思いながら、私は絵を描くことに専念した。









「そ、それじゃ高畑先生、ありがとうございましたっ!!」

「ああ、気を付けて、寄り道しないように帰るんだよ?」

「はいっ!! それじゃ、また明日!!」


高畑先生に笑顔で手を振ると、私は他の部員達に混ざって美術室を後にした。

寮までの道を急ぎ足で歩きながら、木乃香に今から帰るとメールする。

しかし……次、小太郎に会った時とは言ったものの、いつになることやら……。

出来ることなら、あんまり気まずい空気を長引かせたくはないんだけど……。

そんなことを思いながら歩いていたせいだろう、気が付くと、私は既に女子寮の目の前に辿り着いてしまっていた。


「……仕方ない、後でメールでもしておこ」


確か、木乃香はあいつの連絡先を知っていたはずだ。

そう思って、足を進めようとした時だった。

門の前に二つの人影があることに気が付いた。

あれは……。


「小太郎に、たかね?先輩……?」


そう言えば、今日から本格的に特訓を始めるんだったか。

恐らく、その特訓が終わってから、昨日と同じようにたかね?先輩を小太郎が送ってきたんだろう。

律義なんだから……。

けれど、私には願ったり叶ったりの状況だった。

少し様子を見て、二人の話が終わったら、小太郎に謝りに行こう。

そう思って、二人に近づいて様子を伺うことにする。

近づいてみると、何故か周囲が焦げ臭いことに気が付いた。

え? 火事?

いやいや!! だったら寮の火災報知機が既になってるはずだ。

じゃあ、寮の誰かが料理を焦がしたりしたのだろうか?

そう思っていたのだが、小太郎を見て謎が解けた。

この異臭の原因は、間違いなくあいつだ。

見ると、小太郎は少し顔に煤のようなものが付いていて、髪の毛も、少し毛先が焦げて縮れていた。


「か、髪が燃えるなんて……どんな過酷な特訓を積んでんのよ……!?」


そ、そこまでして強くなりたいものなのかしら?

接近したおかげで、昨日のように、少しだけ二人の会話が聞こえて来た。


「そ、そんなに気を落とさないでください。誰だって、初めは似たようなものですよ?」

「……ほうか? そう言って貰えると救われるわ」


どうやら、小太郎は今日の特訓が上手くいかなかったらしい。

髪や顔が焦げているのはそれが理由なのだろう。

しょぼくれる小太郎をたかね?先輩が必死で慰めていた。


「そ、それに、素質があると分かっただけでも、大進歩じゃないですか!」

「そ、そうやんな? 明日からちゃんと加減を覚えればええことやんな!?」

「そうです!! 失敗は成功の母、ですよ?」

「おう!!」


たかね?先輩に慰められると、小太郎は子どものように元気になって、力強くそう答えていた。


「ふふっ、その元気なら大丈夫ですね。それでは、明日も頑張りましょう!! それから、今日も送って頂いてありがとうございました」

「いやこっちこそ。明日はもっと上手くやってみせるわ」

「はい! それではこれで」


たかね?先輩はそう言って軽く手を振ると、寮の中に入っていってしまった。


「……とは言ったものの、先は厳しいで……」


たかね?先輩の姿が見えなくなった瞬間、再びがっくりと肩を落とす小太郎。

まったく、うじうじするなんて柄じゃないでしょうに……。

しかし、そんなあいつの背中を見ていると、妙に悪戯心を刺激された。

ちゃんと後で謝るんだし、少しくらい良いよね?

私は足音を忍ばせて、ゆっくりとあいつの背後に近付いて行く。

そして、あいつの真後ろまで来たところで、私は思いっきりあいつのお尻を蹴り飛ばした。


「何しけた面してんのよっ!! ……って、アレ?」


しかし、私の蹴りは見事な空振りで、そこにいたはずの小太郎もいつの間にかいなくなってしまっていた。


「う、嘘!? いつのまに……!?」


た、確かにそこにいたはずなのに……。

私は急に薄ら寒さを覚えて、顔から血の気が引いていた。


―――――がしっ、ぎゅ~~~~っ


「っ!? なっ、いたたたたたっ!!!?」


な、何っ!?

突然、何者かが私のツインテールを鷲掴みにしたかと思うと、それぞれを反対側に強く引っ張っていた。

ってか、本当痛いって!?

こ、こんなバカげたことする奴は、私の知り合いに一人しかいない!!


「そう何度も、俺の後ろを取られると思うなや」

「こ、小太郎っ!? あんたいつの間に、って痛い痛いってっ!!!? ぎ、ギブ、ギブギブギブっ!!!?」


私が涙目を浮かべて彼の腕をタップすると、ようやく、彼はぱっ、と手を離した。

あ痛ぁ~~……もう!! 髪が千切れるかと思ったじゃないっ!?


「何してくれんのよっ!?」

「人のケツ思っくそ蹴り上げようとしてた奴の台詞か?」

「うぐっ!?」


こ、こいつ……前もそうだったけど、後ろに目でもついてんのかしら?

さ、さすが格闘少年。


「んで? 今日は何の用や? 昨日も言ったけど、高音とは……」

「格闘技みたいなの教えてもらってるんでしょ? 高畑先生に聞いた」

「? そうなんか?」


私がそう言うと、小太郎は不思議そうな顔をした?

本気で、私が何で声を掛けたか分からない、とそういうことだろう。

だから私は、その場ですぐにぺこっと、上半身ごと頭を下げた。


「ごめん!! 変な勘違いした上に、訳分かんない怒り方して!!」


これくらいで許してもらえるなんて考えは、虫が良すぎる気がしたけど、私には他にどうして良いか分からなかった。

だから、出来る限りの気持ちを込めて、深く頭を下げる。

それくらいしか、私の頭じゃ思いつかなかったから。


「……別にそんなに気にしてへんよ。ほら、早ぉ顔を上げりぃや」

「ほ、本当に!?」


私は勢い良く頭を上げた。

その瞬間……。


―――――がしっ、ぎゅ~~~~っ


「いたたたたたっ!?」


今度は左手で頭をがっちりホールドされて、右手の親指の腹で眉間をぐりぐりと押されてしまう。

もうっ!? 何だってのよっ!?


「痛いって、言ってるでしょうがっ!!!?」


―――――ぶんっ


「おっ、と」


さすがに頭に来て、私は前に立っている小太郎の顔面目がけて、思いっきり蹴りをお見舞いしようとした。

もちろん、それはあっさり避けられてしまったけれど、私はようやく解放された。


「はぁ……はぁ……人がせっかく謝ってるのに、何なのよっ!?」

「いや、自分俺に会うたとき、いっつも眉間にごっつい皺寄せてるやん? それをこう、ぐい~っとほぐしたろ思て」

「だ、誰のせいで皺寄せてると思ってんのよっ!?」

「さぁ?」

「こっ、このバカ…………」


ひ、人の気も知らずに、いけしゃあしゃあと……。


「それと明日菜、刹那みたいにスパッツ履いてるわけとちゃうんやから、そうポンポン足技使うもんとちゃうで?」

「へ? ……あっ!? ……も、もしかして、見た?」

「……まぁ何や。くまさんは子どもっぽ過ぎやないかと思うで?」

「コロスっ!!」


―――――ぶんっ、ひょいっ


「避けるなぁっ!?」

「無茶言うなやっ!?」


私のパンチをあっさり交わした小太郎を睨みつけ、私はそう叫ぶ。

純な乙女の下着の覗き見て、ただで済むと思うな!!!!


「このっ、乙女のっ、純情を、踏み躙ったっ、罰をっ、受けろぉっ!!」


―――――ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ、ぶんっっ


「勝手にっ、見せたっ、だけやんけっ、二回もっ、大蹴りっ、するからやっ!!」


―――――ひょいっ、ひょいっ、ひょいっ、ひょいっ、ひょいっ、ひょいっ


何発殴っても、小太郎には一発も届かなかった。

こっちは肩で息をしていると言うのに、全てを涼しい顔で交わしながら、私の言葉にきちんと返事までする余裕っぷり。

普通に考えれば、ただでさえ男女で力の差があるのに、子どものころから格闘技とかを習っているような小太郎に、私の攻撃なんて当たるはずもなかった。

アホらし……本当、何やってんだろ、私……。


「はぁっ、はぁっ……本当、あんた、いったい何なのよ? それ以上強くなってどうするつもり?」


もう、こいつを殴るのは諦めよう……当たる気がしない。

だから私は、高畑先生が言っていたことを、素直に聞くことにした。

高畑先生が、小太郎を優しいという理由が分かると言うその質問を。


「今だってメチャクチャ強いじゃない? それ以上強くなるって……世界最強でも目指してんの?」

「世界最強か……ええな、それ。やったらそれを目指す方向で行こか?」

「はぁっ!?」


何言ってんのよこいつは!?

そんな今思いついたみたいに答えちゃって……。

高畑先生、やっぱりこいつが優しいなんて、何かの間違いだと思います。

こいつの脳みそ、きっと小学生並ですよ!?

世界最強? じゃ、それで行こう、って何よそれっ!?


「……そんだけ強かったら、きっと護れんもんなんかあれへんやろうしな」

「え?」


こいつ、今何て言った?


「あんた……ただ喧嘩に強くなりたかっただけじゃないの?」

「……好き好んではせぇへんって前にも言うたやろ? あれか? 明日菜はアホの子ですか?」

「誰がアホよっ!?」


ひ、人が真剣に聞いてるのに、このバカ男わ……。

けれど、小太郎は呆れたように笑うと、ええか? と話を続けてくれた。


「誰それより強い、なんてのはただの物差しで言葉遊び。重要なんは、その強さを何に使うか、何のために強ぉなるかや」


呆れたようにそういう小太郎は、どこか大人びていて、とても同い年だとは思えなかった。


「それじゃ、あんたは何のために強くなりたいのよ?」


それが重要だと言うなら、きっとこいつには、その理由があるはずだ。

だから、私はそれがどうしても知りたかった……。


「何や、最近良ぉその質問されるな……護りたいもんが多すぎるから、やな」

「護りたい、もの?」

「せや。まぁ人って言い変えても構へんで。刹那や木乃香、高音に亜子やアキラ、まき絵に祐奈……俺は自分の大事なダチ、皆を護れる力が欲しいねん」

「あ……」


『きっと、僕が彼を優しいと言った理由が分かるはずだよ』


照れ臭そうに言う小太郎の台詞に、私はそう言ってた高畑先生の笑顔を思い出していた。

なるほど……だからこいつは、こんなにも強くて、こんなにも、強くなろうとしてるんだ。

自分以外の誰かのために、自分以外の誰かを護るために、もっと強い力が欲しいと願っている。

普通なら、胡散臭いと思ってしまいそうなその台詞が、どういう訳か、こいつが言うと妙に素直に受け入れることが出来た。

……本当に、底抜けのお人好しなんだから。


「それで世界最強? ちょっと話が飛躍し過ぎじゃない?」

「うっせ!! つか世界最強うんぬんは明日菜が言い出したんやんけ」

「あ、そう言えばそうだった……けど、護るって言っても、いったい何から?」

「そうやなぁ……世界の危機、とかどうや?」

「何よそれ?」


そう言って、私たちはどちらからともなく吹き出した。

よりにもよって、世界の危機、って、少年漫画の読みすぎだと思う。


「あははっ……ふぅ、まぁ世界最強は大げさにしても、そういう理由なら、応援してあげるわよ。せいぜい頑張んなさい」

「大げさか? ははっ、けどまぁ応援してくれるっちゅうなら、ありがたく受けっとたるわ」


小太郎は、そう言って満足そうに笑った。


「明日菜も、頑張りぃや? 俺も一応、応援しといたるさかい」

「は? 何をよ?」

「もうちっと女らしゅうせんと、タカミチに愛想尽かされてまうで?」

「え゛!?」


こ、こいつ!? 何でそれをっ!?


「あ、あああああんたっ!? それを誰に聞いたのよっ!?」

「んなん、自分を見てたらアホでも分かるわ」


あ、う……そう言えば、前に木乃香にも似たようなことを言われた気がする。

そ、そんなに分かり易いのかしら、私?


「そうやな、一先ずの目標は……」

「目標は……」

「くまさんパンツを卒業することやな」

「……死ねっ!!」


―――――ぶんっ、ひょいっ


「だから避けるなぁっ!!」

「あかん、りょうのもんげんになってまうでー? いそいでかえらんと、しかられてまうー」

「めちゃくちゃ棒読みじゃないのよっ!?」

「それじゃ、今日はこの辺で……アディオス☆」

「あっ!? こらぁっ!!!! 待ちなさいよーーーーっ!!!!」


私の叫びを完全に無視して、小太郎は足早に女子寮から去っていった。

……逃げ足の速いやつめ。

まぁ逃げられてしまったけど、昨日から私を悩ませていたモヤモヤした感覚は、嘘のように晴れやかだった。


――――――――――頑張んなさいよ? 底抜けのお人好しさん?


「さぁてっ!! 私も人のことばっかり言ってらんないなぁー……」


高畑先生に振り向いてもらうためにも、頑張って女の子を磨かないとね!!

そうね……とりあえずは……。



……今度の休みに、木乃香と下着を買いに行こうかしら?









[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 20時間目 焦唇乾舌 人ってつくづく見かけによらないと思うんだよ
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/31 23:38

「……何やねん、休日の朝っぱらから呼び出しやなんて……」


6月も中旬に差し掛かったとある日曜日。

暦の上では梅雨だというのに、今日はあまりの暑さにイラっとするような快晴だった。

そんな中、急遽学園長とタカミチに呼び出された俺は、身仕度もそこそこに、わざわざ女子部の校舎まで出向かされていた。

いつも以上に厚顔不遜な態度で聞く俺に、タカミチは苦笑いを、学園長はいつも通りの愉快そうな笑みを浮かべた。


「フォッフォッ、相変わらず元気そうじゃの。しかし、警備員に課されとる月一回の定例報告を忘れてもらってはこまるぞい?」

「ん? ……ああ、そういや、そんなんもあったな」


あまりにも意味を感じないんで忘れてた。

大体、こんなのわざわざ呼び出してやる意味あるのか?

学園長に報告せにゃならんような大事があったなら、それが起こった時点ですでに報告が行くだろうに。

先月分のときも思ったが、まったく存在意義が分からん。

そんなものに時間を割く前に、俺にはやりたいこと、やらなくてはならないことがたくさんある。


「そう邪険にするでない。上に立つとはすなわち人を視るということ。現場からの生の声を聞くのもワシの重要な仕事なんじゃよ」

「……ちっ、別に変ったことはあれへんよ。一昨日の放課後巡回で、迷い込んだ狐の妖怪を二匹送り返したったくらいや」


もちろん、それだって大した仕事とは言えない。

第一、それもタカミチに連絡して判断を仰いだのだ、すでに学園長の耳には入っていることだろう。

やっぱり、わざわざ報告をする必要が感じられなかった。


「話はそんだけやんな? ほんなら、俺はこれで失礼するで?」

「うむ。スマンかったの、休日の朝っぱらから」

「……」


そう思うなら、次回からこの定例報告自体をなかったことにして頂きたい。


「じゃあな」

「気を付けてかえるんじゃよ」


俺は学園長の言葉に、軽く手を振って答えると、踵を返して学園長室を後にした。










SIDE Takamichi......



「……ふむ。随分とイラついとるようじゃのう?」


小太郎君が出て行くのを見送って、学園長がやれやれと言った風にそう呟いた。

どうしたものか、と、自慢のひげを撫でるその姿は、言葉とは裏腹に少し楽しそうに映った。


「どうやら、先月から始めている、操影術の特訓が上手く進んでないようでして」

「なるほどの。しかしそれは……青春じゃのう」

「はい、全く」


恐らく、小太郎君はこれまでその才能のおかげで、驚くべき速さでの成長を遂げて来たのだろう。

しかし、今は皮肉にも、その才能が、彼の成長を阻む障害となっていた。


「さしずめ、今回の操影術は、彼にとって人生初の難題とと言う訳じゃな」

「そういうことになるのでしょうね」


見習いの身でありながら、制限付きとは言え、狗族の中でも最強に類する妖怪を退け、ときに僕とさえ渡り合うほどの実力さえ発揮する。

そんな彼だからこそ、今回、思ったように魔法が使えないことを、人一倍恥ずかしく感じているに違いない。

そしてそのことに、焦りばかりが募っていっているのだろう。

かつての、僕のように……。


「魔法の習得に、焦りは禁物なんじゃがのう。焦燥感は、己の集中力を奪い、更なる泥沼へと彼を誘う」


深い溜息とともに、学園長が言った。

おっしゃる通り、彼が今の焦燥感を抱えている限り、いつまで経っても、魔法の習得にはいたらないだろう。

しかし……。


「賢しい彼のことじゃ、いずれそのことにも気付くじゃろうて」

「ええ、僕もそう信じています」


そして、そのことに気が付いた時、彼は今より、一回りも二回りも強い力を手に入れるだろう。

大切な仲間を、守るために。

これは、僕もうかうかしていられないかな?


「……口元が緩んでおるぞ?」

「おっ、と……ははっ、どうやら、僕も随分彼に毒されてしまったようですね」


慌てて、口元を押さえた。

手合わせをする度に、新しい技術を身に付け、そして必ず、前よりも強くなっている。

そんな彼と手合わせをすることを、最近では楽しみにしている自分がいた。

彼の直向きさや、強さに対する、驚くほどの貪欲さは、僕に久しく忘れていた、強くなる喜びを思い出させてくれる。

忙しい仕事の合間を縫って、鍛錬の時間を増やしたのは、他でもない、彼がここに来てからだ。

こういうところも、彼の人を惹き付ける魅力なのだろうか。

だとしたら……。


「……本当に、彼にそっくりですよ」

「同感じゃな」


味方も他人も、ひっくるめて救おうとした、強い背中を思い出す。

小太郎君と出逢ってから、本当に良く彼のことを思い出すようになった。

もちろん、今までだって、彼のことを、彼らのことを忘れたことなんてなかった。

いつまでも、彼らは僕の憧れであり、大きな目標だったから。

しかし、小太郎君が思い出させてくれるのは、そういった彼らの強さばかりではない。

ちょっとした日常の、ありふれた光景や、彼らの優しさを痛感した、そんな出来事まで。


「やんちゃが過ぎるところまで、昔のナギを見ているようじゃよ」

「それは……何となく、分かる気がしますね」


気に入らないことは気に入らないと、はっきり口にする人だったからなぁ。

今の小太郎君が、僕らに対しても対等にものを言う様は、彼の幼少時代を知る学園長にとってはとても懐かしいものなのだろう。

口では愚痴を言いながらも、その表情は、とても楽しげだった。


「……彼なら、そう遠くないうちに、ナギに追いついてしまう気さえするのう」

「ええ……彼なら、きっと」


だからだろう、つい過剰な期待をしてしまうのは。

しかしそれは、他でもない、彼自身が望んだ目標に違いなかった。


――――――――――負けるんじゃないぞ、小太郎君。


僕はそう、心の中で彼の健やかな成長を祈った。



SIDE Takamichi END......









女子部の校舎を後にして、俺は一人女子高エリアの駅へと向かっていた。

予想外のことに時間を取られてしまったからな。早く帰って、鍛錬の続きをしないと。

その鍛錬とは、先月から始めた、操影術の鍛錬に他ならなかった。

既に高音に稽古を付けてもらうようになってから、3週間余りが経過している。

だと言うのに、俺は一向に、まともな魔法を、一つとして成功させることが出来ないでいる。

そのそもそもの原因は、俺の中に眠っている、バカみたいにデカイ、桁外れの魔力にあった。

今でも忘れない、最初に稽古を付けてもらった日の出来事だ。

俺は高音に言われて、「火よ灯れ」の呪文を唱えることになった。

もちろん、俺も高音も、その程度の初級魔法、成功して当たり前だと思っていた。

そして、結果だけを言えば、魔法は問題なく発動した。

予想外だったのは、その威力にある。

本来「火よ灯れ」の呪文は、ライターや、マッチ程度の小さな火を灯す魔法だ。

しかし、思い出して欲しい。

原作において、木乃香がヘルマン伯爵の襲撃時に使用した「火よ灯れ」の呪文を。

あの魔法は、使用者の魔力を吸って、その威力を増大させる性質がある。

俺の魔力を、存分に吸ったその威力はというと……。


……一瞬「燃える天空」が発動したかと見紛うほどの大炎上だった。


俺の顔や髪を焼いて暴れ狂ったその炎は、高音の使った水の魔法によってどうにか消火された。

そのことで、存在が定かでなかった、俺の中に眠る魔族としての強大な魔力は、確かなものになったのだが……。

如何せん、その制御は未だ以って、全くと言って良いほどに出来なかった。

その後、火や雷の魔法は、危険があるため練習に向かないと判断し、俺たちは主に「風よ」と「光よ」の呪文を用いて練習することにしたのだが……。

「風よ」と唱えれば、ハリケーンのような暴風が吹き荒れ、「光よ」と唱えれば、閃光弾が炸裂したかのような、痛烈な光が網膜を焼いた。

……俺は生物兵器か?

ま、まぁ、魔法使いはそれだけで生物兵器なんて揶揄されるんだから、目指しているところとしては間違っていないんだろうが……。

このままでは、自分の魔力が暴発して死んでしまう。

しかしながら、未だそのバカ魔力を制御する術は、その糸口すら見つかっておらず、焦燥感ばかりが募っていた。

高音は「最初だから仕方ありませんよ」なんて励ましてくれるが、俺には、こんなところで立ち止まっている暇なんてない。


『―――――俺を失望させてくれるなや』


―――――あのクソ兄貴に追いつくためにも。

時間は奴にも平等になったのだ。

燃え盛るあの日よりも、奴は強大な力を手にしているに違いない。

だから、俺はより多くの力を得る必要がある。

もう何も、喪わないために。

とは言ったものの、本当にどうすれば……。


「……こーたーろっ!!」


―――――べちんっ


「あいたぁっ!?」


な、ななな何やとぉ!?

お、俺に気付かれずに背後をとるとは、何処の刺客だっ!!!?

……なぁんて、ね。

分かってるよ、俺が油断してただけだって言うんだろ? 言って見ただけじゃん。

しっかし……ダメだな、一般人にここまで接近されるまで気付かないなんて。

戦場なら今ので死んでたぞ?

俺は叩かれた背中をさすりながら、肩越しに襲撃者の顔を覗き見た。


「よっ☆ 春休みぶりかにゃ? 元気してた?」

「……祐奈かいな」


悪びれた様子もなく、祐奈は元気よく、俺にそう挨拶をした。


「女子校エリア(こんなとこ)で、朝っぱらから何してんのさ?」

「例により、学園長から呼び出しや」

「何、また何か悪さしたの?」

「……人を近所の悪ガキみたいに言うなや」


人聞きが悪い。

それじゃあ俺が、喧嘩ばっかりしてる不良のようではないか。

……あれ? あながち間違ってないじゃない……。


「自分こそ、今日はどないしてん? 部活は?」


見ると、祐奈は半袖ジャージの上下にスニーカーというラフないでたちで、肩にかけた鞄は不自然に膨らんでいることからバスケットボールが入っていることが予測される。

部活に行くとしたら、制服で行くはずなので、今の彼女の恰好だと、彼女が何をしているのか判断はつかなかった。


「今日はお休み。けど試合が近いからさ、今から近くの屋外コートで自主練さっ!!」


ででん、と、効果音が付きそうな勢いで、胸を張る祐奈。

……他意はない、本当に他意はないんだが……この時は、まき絵たちとそんなに変わらなかったんだな……。


「……ん? んんー???」


突然、妙な声を上げながら祐奈が俺の顔を覗きこんできた。


「な、何や何や? 俺の顔に何かついとるんか?」


朝食の食べ残しでもついてたか?

慌てて口元に手をやったが、何が付いているということもなかった。


「にゃるほど……そういうことか……小太郎、今日暇?」


……お願いだから、少しは人の話を聞いてください。

俺の質問に答えることなく、祐奈はあけすけにそんなことを聞いてきた。


「まぁ、特に用事はあれへんのやけど……」


よりによって今日、ときたか。

祐奈とは中々会うこともないから、遊びの誘いとかだったら、余り無碍には断りたくないんだが。

今は、そんなことに時間を割いている余裕が、俺にはなかった。


「だったらさ、これから私と勝負しない? 負けた方は、今日の昼飯おごりで!!」


びっ、と俺に人差し指を突き出す祐奈。

勝負、という言葉に、身体がぴくっ、と反応したが、今日ばかりはそれに応じる訳にはいかない。


「せっかくのお誘いやけど、今日は……」

「あっれぇ? もしかして、この祐奈様に負けるのが怖いのかにゃ~?」

「……何やて?」


あからさまな挑発の言葉を告げる祐奈、普段なら容易に聞き流せたはずのそれに、鬱憤の堪っていた俺は、図らずも乗せられてしまっていた。


「上等や。麻帆中の黒い狂犬がどんだけ恐ろしいもんか教えたる」

「おおっ、ノリが良いねぇ。そういうの嫌いじゃないよ。それじゃ1on1の5本勝負ね? オフェンスを5本ずつやって、最後に点数が多い方の勝ちってことで」

「分かりやすくてええな。すぐに吠え面かかしたる」

「ふふん、そう簡単にいくかにゃ?」


不敵な笑みを浮かべる祐奈に先導されて、俺たちは屋外コートへと向かうのだった。










「……よっ!!」

「っ!? しもたっ!!」


右と見せかけて左に、鮮やかなドリブルで颯爽と俺を抜き去っていく祐奈。

しかし、そう簡単に抜かせるものかっ!!

スピードなら俺の方が上、俺は彼女に置き去りにされるよりも早く、その前に再び回りこんだ。


「おそぉいっ!!!!」

「んなっ!?」


しかし、俺が回り込むのとほぼ同時、祐奈はこれまた綺麗なジャンプシュートを放っていた。

慌てて上に手を伸ばしたが、彼女の放ったシュートは打点が高過ぎて、俺の手は虚しく空を切るばかりだった。


―――――がんっ、くるくる、すぽっ


「……っしゃあーーーーーっ!!!!」

「ちっ……」


ボールは、リングに一度跳ねた後、そのリングを二周してから、静かに網の中へと落ちて行った。

五回表、祐奈の攻撃が終わって、得点は8対6で俺の負け越し。

次のオフェンスで、俺がゴールを外す、或いは祐奈にカットされれば俺の負けが決定する。

いくら気も魔力も使えないにしても、ただの一般人、それも女にまっとうなスポーツでここまで追い詰められるなんて……。

最低のシナリオを演じてる気分だ。

魔法の修行ばかりで、格闘や剣術を怠けていた訳ではないと言うのに……。


「ふぅーーーー……結構疲れたね。ちょっと休憩!!」

「はぁっ!? 休憩て、あと俺の攻撃が一回残ってるだけやんけ!? 何で今更休憩せな……」

「もーうっ、男のあんたと違って、私はか弱い乙女なの!! いいから休憩!!」

「む……分かった」


男女の違い、という部分を傘に着られては言い返しようもなく、俺は静かに彼女の提案を受け入れた。


「うむっ。そうそう、気の使えない男はモテないからねー。それじゃ、私は飲み物買って来るから」

「おう、気ぃ付けてな」

「あははっ、ちょっと自販機に行ってくるだけじゃん?」


心配性なんだから、と祐奈は呆れたように苦笑いして、ベンチに置いてあった鞄から財布を取り出すと、小走りで自販機へと駆けて行った。


「……あかん、ホンマに調子狂っとるわ」


本当、冗談じゃない。

本来なら、こんなところでスポーツに興じてる場合ではないはずなのに。

挙句、ただの女子中学生に、ハンデ無しの真っ向勝負リードされている始末。

どうしてしまったというのだ、俺は……。


「……こんなことじゃ、あいつに追いつけへんのに……」


こんな状態では、本当に彼女たちを護りきれる訳がないというのに……。

快晴の空とは裏腹に、俺の気持ちには暗雲が立ち込め始めていた。

そんな風に考えごとに没頭していると、祐奈が戻って来る足音が聞こえた。


「おっまたせー。ほい、スポーツドリンクで良かった?」

「ん? ああ、おおきに、俺の分も買ってきてくれたんか」


慌ててベンチに掛けてあった上着から財布を取り出そうとすると、祐奈は笑いながら、それを制した。


「春休みに助けてもらったお礼。そう言えばまだしてなかったしね」

「そんなん気にせんかてええのに。第一、あんときはグランドの草抜き手伝うてもろたやんけ?」

「まぁ、あれは皆でやったしね。いいから、気にせず受けっとっときなって」

「んじゃぁ、まぁ、遠慮無く」


俺は彼女の物言いに苦笑いとともに礼を述べて、おもむろにベンチに腰掛けた。

水滴が滴るボトルのキャップを捻って、喉を潤す。

喉の渇きは癒えたが、一向に気分は晴れそうになかった。

そんな俺の隣に、ぴょん、と腰を下ろすと、祐奈は同じようにドリンクを一口あおった。


「……ぷはー!! 生き返るねー!!」

「晩酌するおっさんかいな……」

「む? こんなピッチピチの女子中学生を捕まえておっさんはないっしょ?」


自分で言うことじゃないと思う。

……はぁ、本当どうしたものかねぇ……。

まるで、出口の無い迷宮に迷い込んだかのように、俺の思考は堂々巡りを繰り返していた。


「んー……身体動かしたぐらいじゃ、気分転換にならなかったかにゃ?」

「は?」


今、祐奈は何て言った?


「……自分、俺が悩んでんの気付いてたんか?」

「ふふん、この祐奈さまを見くびってもらっちゃあ困るぜ?」


そう言って、祐奈は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

いやはや、中学生に見抜かれるほどに、俺はイライラした表情を浮かべていたのだろうか?


「そんなに顔に出てたんやろうか……?」

「もうただでさえ悪い目つきが、こんなんなってたよ?」


祐奈は俺に向かって、両手の人差し指で、目尻をぐいっと引き上げて見せた。

いやいや、流石にそりゃあねぇよ。


「それにさ、何てゆーのかなぁ……前会った時と、雰囲気が違ったからかな?」

「雰囲気?」

「うん、前会った時は、何かこう、大人の余裕、みたいのが滲み出てた気がしたんだけど……」


ちょ!? ……何気にひやっとすることを言ってくれるな。

実際中の人の年齢は、君らより一回り上ですからね……。


「今日は、焦ってるっていうか、何か全然余裕がない感じだったから、どうかしたのかなぁ、と思って」

「余裕がない……なるほどなぁ……」


確かに、今の俺には余裕なんて微塵もない。

というか、祐奈がそれを感じ取れることに驚きだが。


「で? 何に悩んでんのさ? 相談に乗れることなら、乗ったげるよ?」

「んー……そうやなぁ……」


祐奈の申し出はありがたかったが、彼女に言ってどうにかなる問題とはとても思えなかった。

第一、魔法に関することだ、下手に彼女に教える訳にもいかない。

しかしなぁ……祐奈の目の輝きようと来たら「どんと来いやぁ!!!!」と言わんばかりだ。

何かしら言わないと、これは納得してくれそうもないし、かと言って、適当な嘘八百を並べたてるのも気が引けるし……。

うーむ……どうしたものか。


「んー……格闘技、っちゅうか、まぁ集中力ーみたいな話なんやけども……」

「あ、やっぱそーゆーのやってんだ? ムチャクチャ強かったもんね」

「まぁ、な……それで、新しい技術……闘い方に手ぇ出してんけど、どうも上手く行けへんねん」


散々迷った結果、俺は話の核には触れず、自分が今余裕がない理由を話せる範囲で彼女に伝えた。

それを聞いて、祐奈はうーん、と首を傾げた後、眉を顰めたまま、こんなことを聞いてきた。


「それってさ、いつくらいからやってんの?」

「先月やな。大体三週間くらい経ったところや」

「……それってさ、そんな簡単に身に付くようなものなの?」

「え?」


……それは、どうだろうか?

確か、ネギの魔法学校は7年課程で、ネギみたいな天才と称される程の才能ある者でも5年と言う歳月を要していたはずだ。

一朝一夕で身に付くということは、ないように感じる。


「……本来なら、基本から7年くらいかかるらしいな」

「はぁ!? な、7年? 小太郎は、それをどれくらいで覚えようとしてるわけ?」


どれくらい、かぁ……。

そうだな……あの兄貴と闘うのが、いつになるかは分からない。

しかし、少なくとも2年後には、彼女たちに危険が及ぶことは間違いないのだ、ならば最低でもあと2年以内に、それ以外にも修行を積みたいと考えれば、最短で半年くらいには操影術を納めたいと言うのが俺の本音だった。


「2年から半年やな。もちろん、早ければ早いほどええ」

「……あんた、それ無茶言い過ぎ」


呆れたように、祐奈は深く溜息をついた。


「その新技?がどういうのか分からないけど、普通の人の3倍から10倍以上のスピードでそれを覚えたいなんて、メチャクチャだよ」


祐奈の言ったことは、紛れもない正論だった。

しかし俺には、それを無理に押し通さねばならない理由がある。

無理を押して道理を砕くだけの力を、俺は渇望している。


「だったらさ、余計に焦っちゃダメだと思うな」

「……何でそう思うんや?」


どこか達観した態度の彼女に、俺は思わずそう問い掛けていた。


「良く分かんないけど、そーゆーのって焦れば焦るほど、上手くいかなかったりしない? 私も昔さ、似たような経験あるんだ」

「それは……どんな話や?」


何かヒントになる、とは思わなかったが、俺は彼女が体験した経験とやら気になっていた。


「えと、私がバスケを始めたばっかりの頃なんだけど、初めのうちって、どうしてもドリブルとかの基礎練から始まるでしょ?」

「まぁ、基本は大事やからな」

「それでさ、私もドリブルからスタートだった訳だけど、それが出来たら、次はパスの練習だったんだ」

「へぇ……」

「ドリブルのテストがあって、それをクリアしたらパスの練習にいけるんだけど、私はなかなかそのテストに合格できなくてさ」


そう語る祐奈は、少し恥ずかしそうに舌をちろっ、と出した。

見落としがちだが、どんな熟練者でも、必ず駆け出しの時期というものはあったはずなのだ。

その時代に、どれだけの下積みを積んだかで、その後、その上達速度は変わってくる。

しかし、その渦中にある者は、そのことに得てして気が付かない。

祐奈の話を聞きながら、俺はそんなことをぼんやりと考えていた。


「周りの友達が、皆合格していく中で、私一人だけが、ずっとドリブルの練習やってるとさ、どうしても焦っちゃってね」

「……」

「もう寝ても覚めてもドリブルのことばっか考えててさぁ。ご飯も食べずに、遅くまで練習してたり」


それは……まるで今の俺のようだと、そう思った。

恐らく今の俺を見て、彼女はかつての自分のようだと、同じように感じたに違いない。

だからこそ、今回無理やりにでも気分転換をさせようとしてくれたのだろう。

俺は押し黙って、彼女の話に耳を傾けた。


「それで一回門限過ぎるまで近くの公園で練習しててさ、日も暮れちゃってて、心配したお母さんが迎えに来てくれたの」

「……」

「私てっきり怒られると思ってさ、けど、お母さんは私のこと怒らなかった。怒らないでこんなことを言ってくれたんだ」

「……」

「『出来ないことを出来るようになるのは難しくて当然、祐奈は自分のペースで、ゆっくりやってけばいいのよ』ってね」

「……難しくて、当然……」


反芻する俺に、祐奈は楽しそうににっ、と笑った。


「そ。それを言われた時は、本当に救われた気がしたなぁ~。焦ることなんてないんだ、って本気で思えた」


身体をぐっと伸ばしながら、懐かしそうに祐奈は目を細める。

焦ることはない、か……。


「でね、その次の日のテストでは、今まで何回も落ちたのが嘘みたいに、すんなり合格出来たんだ」

「そら、良かったやないか?」

「うんっ。早く出来るようにならないとって、焦ってただけなんだろうね。だからさ、小太郎も焦ってると、かえって良い結果は出ないんじゃなかな?」

「……そうかも知らんな」


……らしくもない、意地になり過ぎていたか。

楽しそうに微笑む祐奈を見ていると、今まで自分が焦っていたのが、急にバカみたいに思えて来た。

言われれば当然だったのだ。人よりも早いペースで物事を進めようと躍起になり過ぎていた。

いつも悠々と構えて、自分の好きなように、やりたいようにやるのが、俺のスタンスだったはずだ。

何故、そんな簡単なことも忘れていたのだろうか。

俺はボトルのキャップを閉めると、すっとベンチから立ち上がり言った。


「……もう休憩は充分やろ? 俺のオフェンスが、後一回残っとるで?」

「……良い顔になったじゃん」


不敵に笑みを浮かべる祐奈。

きっと、今は俺も同じ笑みを浮かべていることだろう。

彼女からボールを受け取って、俺は静かにハーフラインに立った。


「……自分の言う通り、ちっとばかし焦ってたみたいや」


―――――だむっ、だむっ、だむっ……


ボールを地面と手の間でキャッチボールさせながら、俺は祐奈に言った。


「どんなときでも、自分の好きなように、やりたいようにするんが、俺のポリシーやったはずやったんにな」

「……そうみたいだね。すがすがしい顔してる」


そりゃあ、お前のおかげだよ……。

俺は、大きく息を吸い、満面の笑みを浮かべて言った。


「せやから、俺はやりたいように、自分らしい方法で勝ちに行くことにするわ!!」


―――――だむっ、ぱしっ


「え!? 嘘っ!?」

「……」


俺はハーフラインから一歩も進むことなく、これまでで一番高い打点のシュートを放った。


―――――ぱすっ


「……うしっ!!」

「うっそぉーーーーーっ!!!? す、すすすスリーポイントォっ!!!?」


バスケ部員でもない俺が、スリーポイントシュートを放ったことに驚きが隠せない様子の祐奈。

俺はもう一度笑みを浮かべて、自分の勝利を高らかに宣言した。


「5回裏、8対9で俺の勝ちや。ふふん、言うたやろ? 麻帆中の黒い狂犬を舐めんな、ってな」

「く、くっそぅ……こんな奴の心配なんてしてやるんじゃなかったーーーー!!!!」


地団駄を踏んで本気で悔しがる祐奈。

そんな彼女を見ている俺の気持ちは、さっきまで鬱屈していたのが嘘のように晴れやかだった。

そう、何も焦ることなどない。道はまだ長いのだ、少しくらいの寄り道も悪くない。

もしこの力を得る前に、彼女たちに危険が及ぶというのなら、今持てる力の全てを賭して、その危険を退ければ良い。

エヴァのときだって、そうではなかったか。

何を俺は意固地になっていたんだろうな。

そのことに気付けた今、先程までのイライラが鎌首を擡げることはもうないだろう。

それもこれも、全部祐奈のおかげだろう。

幼い日の自分と重ねて、俺の焦りを拭ってくれた、彼女の優しさの。


「祐奈」

「んー、何よぅ?」


未だに涙目で悔しがる彼女に、俺は優しい笑みを浮かべて言った。


「おおきに。自分のおかげで、少しは前に進めそうやわ」


それは、自分が目指す高みからすれば、ほんの小さな一歩かもしれない。

それでも、歩を進めたことには変わりはないのだ。

それだけでも、俺にとっては大きな前進に違いなかった。

俺の気持ちが伝わったかどうかは定かではない。

しかし、祐奈は俺の言葉に満面の笑みを浮かべてくれた。


「へへっ……どういたしまして。それじゃ、相談料として、今日の昼飯は小太郎のおごりってことで☆」

「はぁっ!? 勝負で負けた方のおごりやなかったんか!?」


どんだけ調子が良いこと言い出すんだよ、あんたは……。

これは、性質の悪い集りに引っかかってしまったものだ、と俺は内心溜息をついた。


「堅いこと言わない!! それじゃ、私着替えて来るから、ちょっと待ってて」

「別にそのまんまでええやんけ?」


半袖ジャージ、結構可愛いよ?

こう、ボーイッシュな感じで。


「ヤだよ。汗臭いしダサいじゃん? 大人っぽい顔に戻っても、乙女心が分かってないなぁ」


モテないよ、と祐奈は俺に釘を刺すようなことを言って、寮への道を駆け出そうとする。


「どうせなら、出来るだけ可愛い恰好して来ぃや」

「へ? 何で?」


首だけでこちらを振り返り、不思議そうな顔をする祐奈に俺は意地の悪い笑みを浮かべた。


「……せっかくの初デートやねんから」

「っ!? んな、ななななっ!!!?」


ぼんっ、と音がしそうなくらい、祐奈の顔は一瞬で真っ赤になった。


「も、もうっ……小太郎のバカタレェっ!!!!」


そう、捨て台詞を残して、祐奈は走り去ってしまった。

ようやく、いつのも軽口が叩けるくらいの余裕が戻ってきたらしい。

顔を真っ赤にした祐奈は、思っていた以上に可愛くて、思い出しただけで口元が綻んだ。


「お、そや……『光よ』」


近くに誰もいないことを確認して、俺は静かに、その呪文を唱えた。

次の瞬間には、いつものように痛烈な閃光が網膜を焼く……なんてことはなかった。


「何や……やっぱ祐奈の言うとった通りやんけ……」


俺の人差し指の先、蛍の光のような淡く小さな光が、微かな明滅を静かに繰り返していた。











【以下、オマケ】


予想以上に時間を掛けて戻って来た祐奈は、故意かどうかはともかく、本当にそれなりに可愛い恰好で戻ってきた。

多分、19巻辺りで親父さんとデートするときに来てた服じゃないかと思うんだが……。

確かアレってかなり気合入れて選んでたよな?

も、もしかして……ゆ、祐奈ってば俺に気がある!?


「よっしゃー!! 吉牛行こうぜっ、吉牛!!」


……こりゃねーな。

その可愛い恰好で牛丼はねーよ。

こりゃ、たまたまこの服だっただけだな。

特に考えての行動じゃなかろう。

まぁ、俺もその手のジャンクフード大好きだから良いんだけどさ……。

何となく残念な気分になりながら、俺は祐奈に手を引かれて、駅前へと連行されていくのだった。











駅前に出て、人通りが多くなった道を、祐奈は相変わらず俺の腕をがしっ、と抱き込んだまま引きずる。

そんなことしなくても逃げたりなどしないというのに。


「特盛り頼んでも良いよね?」

「おま……ちったぁ遠慮ってもんをやなぁ……はぁ。もうええわ、好きにしぃ……」


まぁ、エヴァの護衛んときの危険手当のおかげで、金銭的には余裕があるし構わないんだけどね。

たださ……運動部とは言え、女の子があけすけに特盛りとか頼むのはどうかと思う訳よ……。


「やたっ!! 小太郎、さすが太っ腹だにゃ~!!」


嬉しそうに、祐奈はばんばんっ、と俺の背中を叩いた。

む、むせるっ!!


「こほっ……ホンマ、自分はまだ色気より食い気やなぁ……」

「ん? 何か言った???」

「何でもあれへん……」


きょとん、とこっちを見上げる祐奈は、さっきの達観したような雰囲気が嘘のように、年齢相応で可愛らしかった。

いや、まぁ普段からかなり可愛いけどね。

武道家気質な刹那、女の子らしい木乃香、元気が有り余ってる明日菜、厚顔不遜なエヴァ、物腰丁寧な高音、なんてバラティに富んだ女性陣と接している俺だが、祐奈みたいなスポーティというか、さばさばしてる女の子との付き合いはなかったからな。

これはこれで……こう、新鮮でぐっと来るものがあるよね!!

ビバ女の子!!

やっぱ麻帆良に来て一番良かったと思えるのは、こういう可愛い子たちと仲良く出来ることだよね!!

高音との特訓が始まったおかげで、女の子分が不足してるってことはなかったけど、それでも、たまに他の女の子と話すと嫌でも癒されるもの。


「あれ? ゆーな?」

「ふぇ?」

「ん?」


急にそう呼びかけられて、祐奈が立ち止まる。

そうなると、彼女に腕をホールドされている俺も立ち止まらざるをえないので、大人しく歩みを止める。

声のした方に視線を向けると、そこには見覚えのある顔が、驚いたような、かつ青い顔でこちらを呆然と見つめていた。

……OH、こんなこともあるのですね。


「おとーさんっ!!」


嬉しそうにそう言って、祐奈は抱き込んでいた俺の腕をぽいっ、その男性の腕の中へ飛び込んで行った。

いや、別に良いんだけど、この扱いには泣きそうだよ?

祐奈におとーさんと呼ばれたその人物には、原作を読んでいたときに見た覚えがある。

確か、彼女の父親で、うちの大学部で教授をやってる魔法先生、明石教授だったか?

下の名前は知らん。だって原作ですら触れられてないもの!!

……なぁんて、メタ発言もそこそこに。

しかし、驚いた顔は分かるけど、何で顔から血の気が引いてんだ?

祐奈が楽しそうにじゃれついてるのに、心ここに有らずって感じだけど……って、そうか!!

……そりゃあ、年頃の娘が男と腕組んで(実際は逃げ出さないようホールドされてただけだが)楽しそうに歩いてたら、そんな勘違いもするわな。

恐らく、今の彼の心境としては「ドキッ☆娘のデート現場に遭遇しちゃった☆」ってなところだろう。

早めに誤解を解いておいた方が良いかな?


「祐奈、その人は?」

「ん? ああ、ごめんごめん。ウチのおとーさんだよっ」


俺の言葉に祐奈は嬉しそうにそう言った。

そう言えば、彼女には極度のファザコンっ気があったな。

友達からも「危ないレベル」なんて言われるほどの。

言ってみれば、彼女にとっては、世界一大好きなおとーさんなわけで、その紹介を求められたなら、そんな嬉しそうな顔にもなるか。


「おとーさん、この人が春休みに言ってた男子部の犬上 小太郎。不良に絡まれてたの助けてくれたって言ったじゃん?」

「え? あ、ああ、君が小太郎君かぁ……てっきり娘の彼氏かと思って驚いちゃったよ」


祐奈の言葉に、ようやく安心した様子でそう苦笑いを浮かべる明石教授。

ん、これで誤解は解けたかな?


「初めまして、よろしゅう」

「こちらこそ、その節は娘がお世話になったみたいで……」

「結局その後俺が助けられてもうたからな、お合いこや」

「……いやいや、謙遜することはないよ。春休みの件は、学園長から僕らも聞いているしね。改めて、本当にありがとう、と言わせてもらいたい」


そう言って、恭しく一礼する明石教授。

祐奈は俺の彼の顔を交互に見比べて、不思議そうな顔をしていた。


「何、なに? 小太郎ってば、私たちの他にも誰か助けたの?」

「ああ、そりゃあもう命懸けでがんばってくれたんだよ?」

「い、命懸け!? こ、小太郎、やっぱすげぇ奴だったんだ……」


尊敬の眼差しを俺に向ける祐奈。


「ちょ!? ええんか!? 祐奈はあんたの娘やけど一応……」

「ははっ……」


焦る俺に対して、明石教授はそれ以上は秘密だ、と言わんばかりに、祐奈に見えないよう右の人差し指を口元に当てた。

……つか、やっぱ学園長、俺の知らない俺の武勇伝を吹聴して回ってたんかい……。


「これからも、ウチの娘と仲良くしてあげてくれると嬉しいな」


相変わらずの穏やかな笑みで、明石教授は俺に右手をすっ、と差し出してくれた。


「そんなん、お願いされるまでもあれへんよ」


俺も笑みを浮かべて、その手をすっと握り返した。

その瞬間……。


―――――がしっ、ぎりぎりぎりぎりっ


「っっ!?」


な、何ぃっ!?

な、何だこの万力で締め付けられたような圧力は!?

あ、明石教授? お、俺いったい何か粗相をいたしましたでしょうか!?

更に力が篭りつつある彼の右手に、押しつぶされないよう右手に力を入れながら、俺は彼の顔を恐る恐る覗いた。


「……もちろん、友達として、ね……」


……うっわぁ☆

そこには先程と同じ穏やかな笑みが浮かんでいたが、どういう訳か、彼の背後には般若の貌が見えた。

あれか、娘も娘でファザコンなら、父親も父親で、大概な親バカというわけか……。

つか、明石教授、見かけによらず武闘派だったんですね……。

祐奈には分からないだろうが、彼が右手に纏っている魔力はかなりのもので、俺が気付かない程の一瞬でこれを練り上げたのだとしたら、彼は相当の熟練者だ。

そう言えば、原作でも武闘派っぽい台詞はあったんだよなぁ。

タカミチとネギの試合見て、自分もネギと戦りたくなる、とかなんとか……。

って、そんなこと考えている間に、手の締め付けが増してきたんですけどっ!!!?


―――――ぎりぎりぎりぎりぎりぎりっっ


「……ぐっ、ほ、ほう……噂にっ、違わぬっ、剛腕だねっ?」

「……あ、あんたこそ……人はっ、見かけにっ、よらんなっ?」

「え? え? な、何か、二人とも、人間の手からはとてもしないような音がしてない?」


不敵な笑みを浮かべ、互いの手を握りしめたまま見つめ合う俺たちを、やはり祐奈は不思議そうに見まわしていた。


「ふ、ふふっ、ふふっ…………」

「は、ははっ、ははっ…………」



――――――――――ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりっっっ



結局、俺たちの力比べは、祐奈が空腹の限界を訴え始めるまで、互いに一歩も譲らずに続けられるのだった。






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 21時間目 玩物喪志 本当に大事なもんって、意外と気がつかないよね?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/01 23:06

「小太郎さん、こちらに来る前に、私は一度問いかけましたね? 何をしに、麻帆良に行くつもりか、と」

「……そ、そう言えば、そんな気もするなぁ……」


場所はエヴァの別荘。

何故か俺はご立腹な様子が全開だと、すぐに見て取れる刹那さんの目の前で正座をしていた。

いや、画面越しだと分かんないだろうけど、この圧力は半端じゃないのよっ!?

着実に刹那は力を付けていることの表れなんだろうけどさ。

あの妖怪と対峙してた時を思い出すレヴェルですよっ!?

本当、何であんときの手合わせで俺が勝てたのか謎だ……せっちゃんに限って手を抜いてたなんてことはないと思うけど……。


「……おーい? いい加減話はまとまったかー?」

「あ、すみませーん! もう少しかかりそうなので、先にお食事されててくださーい!!」

「おー」


遠くに用意されたテーブルから、そう呼びかけるエヴァに対して刹那がそう答える。

……そうか、まだかかるのか。

かちゃかちゃと、茶々丸がエヴァの昼食を用意している音が聞こえてきて、俺の感じているもの悲しさはピークを迎えようとしていた。

……はぁ、どうしてこんなことになったのか……。

俺は今日一日に起こった出来事を、頭の中で振り返ることにした。










7月の第1週。

祐奈との勝負以来、操影術の稽古はあれだけ足踏みしていたのが嘘のように、軽快にステップアップを積んでいる。

『影の鎧』や『黒衣の夜想曲』なんて言われると、さすがにまだ無理だが。

『魔法の射手・影の矢』や影の捕縛結界なんてものは、無詠唱で発動できるほどに俺の腕は増してきた。

それに合わせて、当初の目論見だった、俺の魔力に関しても大分引き出せるようになってきている。

まだその全てを引き出せているとは言い難いが、タカミチの助言は概ね的を射ていたと言って良いだろう。

獣化の連続使用時間なんて、驚くほどに伸びたからな。具体的には、1回の戦闘中なら、持続して使い続けられる程度にはなった。

……咸卦法? んな簡単に体得出来たら、タカミチはあんなに老けてねぇよ!!

そんなこんなで、新しい技術、新しい戦術を獲得した俺。

覚えてしまったら、それを実践形式で試したくなってしまうのが、戦闘狂たる俺の性な訳でして……。

そんなことを容易に頼めるのは一人しかおらず、俺は迷うことなく刹那に手合わせを申し込んだのだった。

返事は二つ返事での了承。

麻帆良に来て4ヶ月余りが過ぎようとしているが、彼女との手合わせは4月の1度しか出来ていない。

彼女もそろそろ、自分がこちらに来て、更に磨きをかけた腕を試したくてうずうずしていたのだろう。

そのチャンスをふいする謂れは全くと言って良いほどなかったに違いない。

そうなると、残る問題は闘いの舞台だけで……。

俺は迷わず彼女の家を訪れていた。


「……半ば私物化されてないか?」

「気のせいや」


そうぼやくエヴァに、俺は光の速さでフォローを入れておいた。

そして、今回何より驚いたのは、エヴァの家に、ついに彼女が現れていたことだった。


「……絡繰 茶々丸と申します。以後お見知りおきを……」


エヴァの従者にして、麻帆良工科大等々の工学系サークル、及びネギクラスの頭脳、超鈴音&葉加瀬聡美が誇る科学技術+αの結晶。

ガイノイド・絡繰 茶々丸はいつの間にやら既にエヴァのもとで元気に給仕を行っていた。

もちろん、初期のメカメカしい関節やら表情やらは、如何ともし難いのだろうが、それでも実際に動いている彼女の動作は、人間と遜色ないほどに洗練された動きだった。

HO○DAにSO○Yも真っ青だね☆


「こっちこそ、よろしゅうな? あ、俺のことは小太郎で構へんで?」

「はい、小太郎さん。マスターから、お話は伺っております」

「は? エヴァから? そら、殊勝なこともあったもんやなぁ……」

「ええ、『身の程を知らない駄犬』だと……」

「……んなことやろうと思ったわ」

「???」


脱力した俺の様子に、茶々丸は不思議そうに首を傾げていた。

あーアレかな? 葉加瀬が作ったってことから考えて、おそらく彼女にはアイザックアシモフの提唱した、ロボット三原則が登録されてはいるのだろう。

他にも倫理的なこと、善悪の判断基準など、データ的には多くのことが彼女には知識として存在している。

しかしながら、起動して間もない彼女には、会話レベルでの相手に対する気遣いや、ちょっとした感情の機微を図るための経験が不足しているのだろう。

まぁ0歳児だしねぇ……あれ? これって何かメチャクチャ調教し甲斐がありませんこと?

お、おじさん年甲斐もなく興奮しちゃったよっ!!!?

……なんて余談はさて置こう。

とりあえず、ここら辺では刹那の逆鱗を逆撫でするようなことはなかったはずだ。

エヴァのログハウスに来た時に、「いっ、いつの間にエヴァンジェリンさんとそんな親密な関係になったんですかっ!!!?」とか喚いてたが、それは気にしない方向で。

で、その後は予定通り、彼女と手合わせを行った。

結果は引き分け。

影の矢と捕縛結界には相当面喰らってたんだが、前回の狗音影装のことが余程頭に残っていたらしい。

新技術に驚く刹那、その隙を突こう躍起になる俺、そこにカウンターを用意する刹那、それをギリギリで凌ぐ俺、という感じで勝負は平行線。

残念ながら、昼時になったため手合わせはそこで幕引きとなってしまった。

まぁそのまま続けても良かったんだが、何度か妖怪化を余儀なくされかけた刹那が、エヴァの目を気にしてたみたいだし。

その隙を突くのはフェアじゃない気がしたんだよな。

んで、手合わせ終了後は、俺たちの中で定着している、お互いの腕についての品評会となった。

今回はスーパーバイザーとしてエヴァを迎えた特別編だったが。


「しかし、あの結界には驚きました。前回の影槍牢獄とは違って、直接四肢を絡め取るなんて……」

「ふんっ、操影術では初歩の初歩だ。あの程度出来たところで自慢にはならんさ」

「はっきり言うてくれるな……結構苦労したんやで?」

「操影術? では、アレは西洋魔法……も、もしやエヴァンジェリンさん、小太郎さんに魔法の手解きを?」

「いや、私じゃないさ。この駄犬は、こともあろうに私に師事することを拒みおったからな。この身の程知らずめ」

「そ、その話はちゃんと言うたやないか? 改まって習うんは性にあわへんねんっ」

「ふんっ……」

「で、では、小太郎さんは、どなたに魔法を?」

「あー、何と言ったか? タカミチの紹介で……女子部の3年だったか?」

「高音や。高音・D・グッドマン。見習いにしちゃあ、まぁ一流やと思うで? 魔法生徒の中やと群を抜いとるんちゃうか? あとめっさ美人」

「……そんなところばかり見てるようじゃ、貴様も底が知れたな」

「いや、しゃあないやん? 男としては重要なところやで? ……ん? 刹那、どないしたん? 何か震えてへん?」

「……また、ウチの知らんところで、知らん女と……それも、めっさ美人やなんて……」

「せ、刹那さん? おーい? もしもーし?」

「っ!?」


―――――ばっ、じゃきっ


「ひぃっ!? な、なななななんやぁっ!? 気でも違たかっ!?」


何を血迷ったのか、刹那は急に立ち上がると、俺の首筋に夕凪を突き付けていた。

な、何というスピード!? こ、この俺が目で追えないなんて!!!?

刹那はいつぞやのように、目の色が反転してしまいそうな迫力で俺を睨みつけると、こう一喝した。


「……もう堪忍袋の緒が切れました。今日という今日は、その曲がった根性を叩き直して差し上げます!!!!」


何の話やねん……。










「……」


だ、ダメだ。

思い返しても、全くと言って良い程、刹那の怒っている意味が分からん……。

何だ? 一体何が彼女の地雷を踏み抜いたというんだ!?


「……マスター、お食事中に申し訳ございません。よろしいでしょうか?」

「はぁむ、むぐむぐ……ん? どうした?」

「何故、桜咲さんは、小太郎さんに腹を立てているのでしょうか? 先程のマスターたちの会話文章を、文節・単語レベルで分解、分析を行いましたが、小太郎さんに桜咲さんの不孝を買うような発言は見られなかったという結論に至りました」

「……まぁ、ときに感情とは、そういう物差しで測り切れないものだ。今日のあの二人のやり取りを見ておくと良い。良い勉強になるはずだ」

「??? ……イエス、マスター」


俺の狗族クオリティな耳に、二人のそんなやり取りが聞こえて来る。

つかエヴァさん、刹那の怒りの理由が分かるなら、助け舟くらい出してくれ。

そろそろ空腹も相まって泣き出しそうだ。


「小太郎さん? 人の話を聞いていますか?」


―――――ぺちっ、ぺちっ


「ひぃぃぃいっ!!!? 聞いてるっ!! むっちゃ聞いてる!!!! せやからっ、その刃ぁで頬ぺちぺちするの止めてぇなっ!!!?」


キャラクターがおかしいぞ刹那ぁっ!?

俺よりお前の方がしっかりしろぉっ!!

……なんて言える筈もなく、俺は彼女の話を一語一句聞きもらさずに聞くべく、居住まいを正すのだった。


「まったく……良いですか? あなたは、まず到着初日から、護衛対象であるお嬢様に不必要に近づきすぎなんです」

「う゛……それは、まぁ……お節介やったかな、て反省はしとる」


どうやら、刹那はここぞとばかりに俺に堪っている不満不平をぶちまけて行くつもりらしい。

これは、本当にしばらくかかりそうだ……。

ともかく、俺の罪状の一つはそれのようだ。

しかし……他に何かあったっけ?


「それどころか、お嬢様のルームメイトとまで必要以上に親密になって……」

「そ、それは関係あれへんとちゃうん?」


―――――ぺちっ


「な、何でもありません!!」

「ただでさえ、我々は任務の都合上、また魔法の隠匿という観点から、悪目立ちすることを禁忌とされているのに……女子部であのように騒いでは良い訳のしようがないはずですが?」

「おっしゃる通りですっ!!!!」


下手に頷くと、リアルに夕凪で頬を斬りそうだったので、俺は全力でそう答えていた。

とゆーか、そういう言われ方してしまうと、間違いなく俺に非があるしね……。


「悪目立ちと言えば、その後にもお嬢様たちと親しげに喫茶店で談笑などして……」

「そ、そこもきちんと見てたんかい……」


いや本当どこから?

俺の嗅覚で察知できないのって本当大事よ?

しかも、俺はそこでは騒いでないし。騒いでたのは、むしろ俺たちの後ろの客だったし!!


「……ま、まぁ、あんとき聞けた、小太郎はんの本音は、ちょっと……いや、かなり嬉しかってんけど……」

「へ? す、スマン、ちょっと聞き取れへんかった」

「こ、こほんっ……な、何でもありません!! それより、問題はその後です!! ただでさえ、必要以上に荒事を起こしてたせいで、高畑先生に釘を刺されていたにも関わらず、また喧嘩をしてっ!!」


うぐっ!?

そ、それを言われると辛い……。

亜子に手を出されてカチンと来てしまったが、やりようはいくらでもあった気がするし。

必要以上にことを荒立てたことは、間違いなく俺に責任があった。


「……しかもそれが、女の子を助けるためっちゅうのが腹立つわ……そ、そりゃあ、不良をこらしめる小太郎はんは、格好良かってんけど……」

「え? ほ、ホンマ、何回もスマン。ま、またちょっと聞き取れへんかってんけど……」

「こ、こほんっ……何でもありません!!」


せ、刹那さんさっきからそれが多い気がするんですが……?


「その後のエヴァさんの護衛に関しても!! 一命を取り留めたものの、あと一歩で死んでしまうところだったじゃないですか!?」

「ま、まぁ、そりゃあなぁ……」

「……女の子と聞いたらすぐそうやって良い恰好しようとするんやから……」

「へ?」

「っ!? こほんっ!! ……まったく、他人のことを思いやることは良いことですが、それでは小太郎さんの身がもちませんし、何より、麻帆良に来た本来の目的を忘れて、女生徒と親しくなり過ぎです!!」

「……」


と、とりあえず、話をまとめると……刹那が俺に立腹な理由は、女遊びが過ぎるってことに関してで、おk?

けど、俺からすると、まだネギクラスの中には知り合っていない生徒もいるし、必要以上に仲良くなったやつなんていない、ってのが本音なんだが。

女遊びというには、随分可愛いレベルだと思う。

それに、俺は長から麻帆良の警備員として派遣された訳で、エヴァに一見然り、その任務はきちんと全うしてる気がするんだが?


「スマン、結局何が悪いんか分からんのやけど?」

「何でやねんっ!?」


おお! 刹那の素が出るの久しぶりにみた気がする。

つか、そんなに驚くことじゃない気がするけどなぁ。


「女遊びが過ぎる言うたかて、別に友達以上の関係になったやつがおる訳や無し、麻帆良に来た目的、警備員の任務かてちゃんと全うしとるやんけ?」

「ぐっ!? ……た、確かにそうなのでしょうが……そ、その、ともかくっ、女の子のために自分の命を危険にさらしたりせず……もっと自分のことを省みてですね……」

「無理や」


なおも食い下がる刹那に、俺はそう言い切った。

自分の身を大切にしろ、というのは、俺の生き方には余りに反する訓示だ、とてもじゃないが受け入れられない。


「なっ、何でそんなに迷いなく言い切るんですかっ!?」

「いつか言うたかもしれんけど、俺にとっちゃあ、命は強くなるための道具でしかないねん。それに、俺は一度護りたかったもんを、護らなあかんもんを護りきれへんかった……あんな悔しい想いは二度とごめんや」


あの燃え盛る故郷を、響く悲鳴を、憎たらしい男の嘲笑を、忘れたことなど一度たりとてない。

俺はもう二度と、喪うのはごめんだ。

だからこそ、この命を捨ててでも、護りたいものは護り抜いて見せると、あの夜に誓った。


「せやから俺は、自分の命なんて惜しない。大事なダチに危険が迫っとんなら、この命を捨てでも助けに入る。それは絶対に曲げられへん、俺の信念や」

「小太郎さん……」


はっきりと言い切る俺に、刹那は何故か俯いてしまった。


「……やん」

「ん? 何やて?」

「……そんなん、小太郎はんの自己満足やんっ!!」


目尻に涙を浮かべて、刹那はそう訴えた。

いつも気丈に振る舞う彼女が、涙を浮かべたところなど、あの夜以外に俺は目にしたことがなかった。

いったい、どうして……?


「小太郎さんはいつもそうや……一緒に強ぉなろう言うたんに、勝手に自分ばっか強ぉなって、いつもいつも、誰かを護ることばっかりで、一緒に闘おうとはしてくれへんっ!!」

「っ!? や、やけどそれは……」


喪わないため、彼女たちを傷つけないため。

しかし、俺はそれを口に出来なかった。

何故なら、それこそ、俺の自己満足ではないのかと、そう思ってしまったから。


「ウチは、小太郎はんの隣におりたくて強ぉなった!! このちゃんを護れるように、努力した!! やのに、小太郎はんはいっつも遠いとこばっか見とる……一度も、ウチのことなんて見てくれたことあれへんやんかっ!!」


ぽろぽろと、刹那の黒い双眸から、大粒の涙が零れ落ちた。

そんなことはない、俺はお前のおかげで、ここまで強くなることが出来た。

お前との4年間があったから、俺はこうして、あの一夜を生き残ることが出来た。

しかし、俺はその言葉を告げることが出来ないでいた。

そう、確かに彼女の言う通りなのだ。

俺の目指す先にはいつも……。


『―――――自分がつよぉなるのを、首をながぁくしてまっとるさかい』


―――――あのクソ兄貴がの姿があった。


もちろん、俺は復讐のために強くなると誓った訳ではない。

それは違えようの無い、俺の信念。

しかし、俺を、俺の強さを作り上げた要素に、あの男の存在は間違いなく大きな影を落としている。

だから、刹那の言葉、その全てを否定することは出来なかった。


「何でなん? ウチは、小太郎はんに……小太郎はんと一緒に闘いたいっ!! 護られてばっかりの、弱い女の子やないっ!!」

「刹那……」


そんなこと、俺はとうの昔に知っていた。

逆に俺は、今の彼女のように、いつか彼女たちの隣に立てる、そんな男になりたいと願っていたはずだ。

だというのに……一体どこで、俺の道は違えてしまったんだろうな。


「その辺にしておけ、桜咲 刹那。大体、最初と論点がズレているじゃないか」

「へっ!? あ、え、エヴァンジェリンさん……」


いつの間にか、食事を終えたのだろう、エヴァが刹那のすぐ近くまで歩み寄っていた。

涙で表情をぐしゃぐしゃにしていた刹那に、エヴァは一枚のハンカチを渡すと、そのままずかずかと、未だに正座する俺の目の前へやってきた。


「さて小太郎、桜咲 刹那の言葉は何とも青臭く、聞き苦しいものではあったが、あれはあれで的を射た斬り返しだったとは思わんか?」

「……そんなん、思わへんかったら、とっくに言い返してるわ」


悔しさを滲ませて言う俺に、エヴァは満足そうに底意地の悪い笑みを浮かべた。


「貴様の信念はいずれ、人を泣かせることになる。命を捨てでも護るだと? そんなもの、護る側の勝手な理屈に過ぎん」

「……」

「それに貴様は、自己を犠牲にすることで、喪う悲しみから自分自身を護っているだけに過ぎないのではないか?」


彼女の言うことは、実に的を射ていた。

たしかにその通りだ、俺は自分が喪わないようにと、それだけを恐れていた。

だから、闘うのなら己一人で良いと、喪うなら、己の命一つで良いと、いつもそう思っていた。

しかしそれは、俺とともに腕を磨いた刹那にとって、酷い侮辱に違いなかった。


「己を捨てて、他を護り続けた男の末路など、実に惨めなものだ。後に残るのは、周囲が勝手に作り上げたその者の美談と、遺された者たちの悲しみばかりでな」


それが、暗に彼女自身の悲しみを指していることは、わざわざ聞き返さなくても分かった。

懐かしそうに目を瞑り、エヴァは雄々しく笑みを浮かべた。

先程のような、意地の悪いものではない、年長者としての威厳を放つ、強い笑みを。


「それでもなお、他者を護りたいと貴様が願うなら、強くなることだ。他も、己も、全て護りきれるほどに強くな」


……無茶を言ってくれる。

それは、何という茨の道だろうか。

それどころか、以前彼女自身が言ったように、道があるかどうかすら危うい到達点。

しかしそれを……どうやら俺は、目指さなくてはならないらしい。


「……ホンマに、どないせぇっちゅうねん。それこそ、自分みたいに不死でもならなあかんのちゃうん?」


俺は皮肉めいた笑みを浮かべて、彼女にそう言っていた。

そして彼女も、最初と同じ、嘲笑とも取れる笑みを浮かべる。


「ふん、今でも殆ど不死みたいなものだろう?」

「どこがやねんっ!?」


お前と一緒にすんなっ!!

現に一回死にかけて、まる1日昏睡してたの知ってるだろうが!!


「良く言う。……肉も骨も、臓腑すら斬り裂かれて、なおも獲物に喰らいつく狂犬が」

「む……まさか、自分にまでその名で言われるなんてな……」


しかし……狂犬か、悪くない。

どの道、その道程は困難を窮めるのだ。

狂いでもしなければ、辿り着けはしない。

ならば上等。

俺はその名の通り、狂犬となってやろうではないか。


「見てろや……千の呪文の男すら為せへんかったその高みに、俺は必ず辿りついたる」

「ふん、大口を叩いたな……しかしまぁ、期待せずに待っていてやろうじゃないか」


満足そうに鼻を鳴らして、エヴァは、顔をハンカチで拭っている刹那へと向き直った。


「だ、そうだ。これで少しは気が晴れたか?」

「え? あ、う……はい、その、取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」


本当にすまなそうに、しゅんと項垂れる刹那。

そんな彼女にも、エヴァは容赦なく喝を入れる。


「全くだ、この未熟者め。泣いてる暇など、貴様に有りはしないだろうが」

「ええ、全くおっしゃる通りですね……」


しかし刹那は、そのエヴァの言葉に力強い笑みで頷いていた。

そう、まるで俺と同じように。

刹那は俺に向き直ると、真摯な眼差しでこちらを見据え、宣言した


「小太郎さん……私ももっと強くなります。あなたがともに闘うことを認めざるを得ない程に、強く……」

「そんなんとっくに認めとるっちゅうねん……これからも、よろしゅう頼むで?」

「はいっ!!」


俺がそう返すと、刹那は、本当に嬉しそうに、そう笑った。

本当、先の祐奈の件と言い、少し子どもっぽ過ぎやしないか、俺?

いつも周りのことが見えていないというか、どこまでも自分一人で突っ走ろうとして空回り。

いい加減、大人にならなくてはと、つくづく思わされる。

大切な物を護るために、大切な人々を悲しませるなんて本末転倒ではないか。

その大きな過ちを犯す前に、刹那は、俺にそのことを気が付かせてくれた。

……また一つ、大きな借りが出来てしまったな。

しかしながら、やることはこれまでと変わらない。

俺は今まで通り、己の強さに磨きをかけていくだけだ。

ただ一つ違うのは、己の命を捨てる覚悟ではなく、己も大切な人も、必ず護りきる覚悟で臨むということ。

何だか、どんどん目標が大きくなっている気がしなくもないが、俺に迷いはなかった。

……ただ、一つだけ腑に落ちないことがある。


「なぁ、エヴァも論点がずれた言うてたけど、結局刹那は、何に怒ってたんや?」


最後まで、その謎は分からず仕舞いだった。


「え゛!? ……あー、ま、まぁ、その……す、過ぎたことは良いじゃありませんか?」

「良い訳あるかい。こっちは刀で延々頬をぺちぺちされてちびりそうやったんやぞ?」


こんな灰色決着、認められるものか。

しかし刹那は、愛想笑いを浮かべるばかりで、答えようとはしてくれなかった。


「……その件でしたら、私に一つ推論があります」

「茶々丸、もう食事の片づけは終わったのか?」


いつの間にか近づいて来ていた茶々丸に、エヴァがそう問いかける。


「はい。お二人の分の昼食もテーブルにご用意させて頂きましたので、後ほどお召し上がりください」

「マジでか? そりゃおおきに。……んで、推論言うのは?」


俺は身を乗り出して、茶々丸の答えを待った。

いい加減正座を解け? ……うん、タイミング逃した気はしてた。


「はい、先程のお二人のやり取りを分析した結果、桜咲さんが小太郎さんに抱いていた感情は『怒り』の中でも『嫉妬』に該当するものだと予測しました」

「嫉妬? ……はぁ、どこをどうすればそないな結論に達すんねん」


全く的外れな茶々丸の解答に、俺はがくっと、肩を落とした。

さっきの俺と刹那のやり取りのどこに、嫉妬なんて言葉が出て来る要素があったと言うのだ。

やはり、彼女はコミュニケーションに対する経験が足りていないと見える。


「具体的に解説を致しますと、桜咲さんの『あんとき聞けた、小太郎はんの本音は、ちょっと……』」

「わーーーーーっ!? わーーーーーっ!!」

「うわっ!? な、何やねん刹那!? 急にそんな大声出してからに!?」


茶々丸が具体的に説明を開始した途端、急に刹那が両手をばたばたとさせながら大声を上げ、俺と茶々丸の間に割って入った。


「ちゃちゃちゃちゃ茶々丸さん!? ど、どどどどどうして小太郎さんも聞き取れなかった台詞をぉっ!?」

「私には超鈴音謹製、広域集音マイクが内蔵されていますので、この別荘内でしたら、どこにいても蚊の羽音程の微細な音声まで録音することが可能です」


超鈴音謹製て……いや、もはや何も言うまい。

しかし、俺も聞き取れなかったということは、刹那が小声でごにょごにょ言ってたときの台詞か?

どうやら、そこに刹那の怒りの訳を知る重要なファクターが隠されているらしい。


「何やねん、やっぱ重要なこと言うてたんやんか。で? 何て?」

「はい。『あんとき聞けた、小太郎はんの本音は、ちょっと……』」

「わーーーーーっ!? わーーーーーっ!!」


茶々丸が再び話し始めると、刹那も再び大声を上げ始めた。


「小太郎さん!! それ以上追及を続けると、小太郎さんを斬って舌を噛みますっ!!」

「しっ、心中覚悟っ!? な、何やねん、そげな恥ずかしいこと言うたんか?」

「茶々丸さんもっ!! どうかその台詞は忘れてください!! なかったことにしてくださいっ!!」

「? 了解しました。記録メディアから音声ファイル、文章ファイル双方を削除します」


こうして、刹那の怒りの真相は闇に葬られてしまったのだった。

いや、死を覚悟して止められなんてしたら、それ以上追及なんて出来ないでしょうよ?

……本当、何で怒ってたんだろうな?


「くくっ……青いな。どうせいつかバレることだろうが?」

「そ、それはそうですがっ……い、今はとにかくダメなんですっ!!」


からかうように笑うエヴァに、刹那が顔を真っ赤にして叫ぶ。

ついぞ刹那が怒った理由を知らされることはなく、俺の休日は幕を降ろしていくのだった。







[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 22時間目 暗雲低迷 和服もいいけどゴスロリもねっ!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/01 22:27



うだるような暑さの7月下旬某日。

夏休みに入ったというのに、俺は例によって、何故か女子校エリアにいた。

今回は学園長に依頼されて仕事をしているとか、高音に操影術の稽古を付けてもらっているという訳ではない。

今回は、我らがせっちゃんたっての頼みごとを遂行するためだったりする。

昨日から刹那は、神鳴流のお師匠……俺と出会ったときに稽古をつけて貰っていた最初の人な? が久しぶりに本山を訪問するとかで一時京都に帰省している。

あまり長居するつもりはないらしく、明後日の昼過ぎには帰ってくるつもりのようだが。

……まぁここまで言えば察しはつくと思うが、刹那に頼まれたことというのは、木乃香の護衛だったりする。

正直、今の学園で彼女にどんな危険が及ぶのだ、なんて思ってたりもするのだが、刹那も心配性だな。

承ってしまった以上、きちんと役目は果たさなくてはならない訳で、俺はこうして女子校エリア、中等部学生寮を訪れている訳だが……。

どないして、護衛しろと?

まさか女子寮に踏み込む訳にもいかないし……刹那さん、これ人選ミスじゃありませんこと?

確か、龍宮隊長と同室だったよな? どうせなら彼女に依頼した方が良かっただろうに。

まぁ、しこたま依頼料を請求されそうな感じは否めないけどね……。

何はともあれ、本当どうしたものだろうか。

こんな考えを繰り返しつつ、俺はさっきから女子寮の前をぐるぐるぐるぐる、行ったり来たりしていた。

木乃香に直接連絡するって手も考えたが、刹那から「必要以上に近づいたら、その尻尾を斬り落としますので(ニコッ)」とか釘刺されてるしなぁ。

今更断尾とか、ドーベルマンとちゃうんですから、勘弁してください。

……しかし、いい加減どうにか手を考えないと、これでは完全にただの不審者ではないか。


「こら、そこの不審者」

「どぅあれが不審者やっ!!!?」


しゃーーーーー!! と振り向きざまに俺はそう一喝した。

自分で考えていたこととは言え、人に指摘されるとカチンと来るじゃん?

これでもこっちは必死だってのに……。

近づいてきた人物に、匂いで見当を付けておいたので余計に脊髄反射だったってのもあるが。


「明日菜、自分はホンマ、相変わらず失礼なやっちゃなぁ?」

「……あんた、本当に後ろに目でもついてんの?」


俺の言葉に、明日菜は驚いたように目を丸めていた。

まさか匂いで個人が特定できるんです、とは言えんしな。

ちょうど出かけるところだったらしく、明日菜は珍しくめかしこんでいた。


「で、こんなとこで何うろうろしてんの? 通報されても文句言えないレベルだったわよ?」

「……言うてくれるなや。自覚はあってん……」


ただ上手い解決方法が見つからなかっただけで。


「……ん? そや! 自分確か、木乃香と同室やってんな?」

「え、ええ? まぁそうだけど……」

「せやったら、今日木乃香が何してるか分からへん? つか、今寮におるんか?」

「何? 木乃香に用事? だったら直接メールすればいいじゃない?」


更に不審な物を見るように、明日菜の目がすっ、と細まった。

まぁ、理由も分からないのに、男に女友達の所在とか動向を事細かに聞かれたら普通の反応ですよね……。


「いろいろ理由があんねん……決してやましいところはあれへんで?」

「……はぁ、まぁあんたには、やましいことをするような甲斐性も度胸もないでしょうけど」

「……」


……ほっといてくれ。

明日菜は呆れたように溜息を付くと、ようやく警戒を解いてくれたのか苦笑いを浮かべてそう言った。


「けど、木乃香に用事なら残念だったわね」

「へ? そらどういうことや?」

「今日は朝早くから出掛けてていないわよ」

「うそん……」


な、何のためにこんなところまで……。

って、それより早く木乃香の所在を確かめないと!!

ちゃんと見張ってなかったとばれたら、刹那に何をされるか分かったものじゃない!!


「どこに行くと言うてへんかったか?」

「んー……そうねぇ。お見合いがどうのとか……」

「……あぁ」


例のイベントですか……。

つか、学園長のジジィ、こんなときから木乃香にお見合いさせてたのかよ……。

これでなびいた男がいたら、そいつただのロリコンじゃね?

何はともあれ、俺の行くべき場所は決まった。

俺は明日菜に礼を言うと、颯爽と女子寮を後にするのだった。










「おら、さっさと吐かんかいっ!!」


―――――ばんっ


「フォッ!? な、何のことじゃ!? 吐いても今日の朝飯くらいしか出て来んぞぃ!?」


んなもん見たくもないわ!!

俺は風のように駆け抜けて、驚きの速さで女子部学園長室に辿り着くと、慌てふためく学園長に詰め寄って、無駄にデカい机を叩きながらそう言った。

まぁ、少し端折り過ぎたと思うので、きちんと説明することにする。


「木乃香のことや。自分が見合いのために連れ出したっちゅうんはネタが上がってんねん」

「……は、はて? 何のことか皆目見当がつかんのぉ?」


こ、この狸ジジィ……!!

ここまで言われてなお白を切るか!?

つか、露骨に冷や汗かいて目ぇ逸らしてたらバレバレだっての!!


「ええからさっさと白状せい!! やないと刹那に何されるか分かったもんやないねん!!」

「いやぁ、最近者忘れが激しくてのぅ。はて、一体どこで見合いをしとるんじゃったか……」


ついに開き直った妖怪ぬらりひょん。

俺はこめかみをひくつかせながら、ジジィの胸倉をがっと掴もうと手を伸ばして……。


―――――ばんっ


「「!?」」


手を止めた。

急に開いた扉の向こうには、息を切らした黒服にグラサンという、いかにもSP風の男が立っていた。


「何事じゃ?」

「た、たいへんです!! 木乃香お嬢様が行方をくらましました!!」

「何ぃ!? またか!?」


あー……完全にネギのときと同じ流れで話が進んでいるらしいな。

つかSPの皆さん、そんな簡単に普通の女子中学生に逃げられんなよ。

木乃香なんて、平均より運動神経低いくらいだと思うんだが?

しかし、これは渡りに船。

俺は瞬間的に、ジジィを陥落させる手段を思いついていた。


「おい、ジジィ」

「な、なんじゃ小太郎君? 悪いが、見ての通り立て込んで……」

「俺やったら、会場近くに行きさえすりゃ、木乃香を匂いで探せるで?」

「!?」


ジジィの遠見は場所を指定しないと見れない、非探査系の魔法だしな。

かといって、木乃香を探すのに魔法先生をいちいち動かす訳にはいかないだろうからな。

その点、俺ならジジィの裁量で動かせる上に、人探しは得意分野と来てる。

この要求は呑まずにいられまい。

学園長は散々逡巡してから、俺に木乃香の居場所を伝えた。











俺がやってきたのは、女子部の茶道室だった。

成る程、和風建築で部活がなければ人気のない茶道室。

学園内でお見合いをするのに、これほど適した場所はないというわけだ。

原作で木乃香が学園の中を逃げ回っていたのは、これが原因だろう。

さて、木乃香はここで着付けをしてから逃げ出したということらしい。

ならば後は簡単。いつぞやせっちゃんをスト―キングしてた要領で木乃香の匂いを追跡すれば良いだけだ。

……刹那にバレたら尻尾どころか耳まで削ぎ落とされそうだな。

と、ともかく彼女の足では、そう遠くには逃げられまい。

すぐに見つかるだろうと辺りをつけながら、俺は彼女の匂いを追うべく、すんすん、と鼻を鳴らした。


「……こっちか」


さっそくヒット。

つか、これ香水かなんかつけてるだろ。

おもっくそ吸ったせいで、弱冠鼻がツーンとしたぞ?

まぁ、おかげで簡単に彼女を追うことが出来そうだけどな。

俺は匂いの通った後をフラフラと追った。

……ん? この方角って……


「茶道室?」


ま、まさか、な?

さすがに中に隠れてるのを、SPが見落とすなんてことはないだろう。

既にSPの方々は、方々に散って木乃香の捜索に当たっていることだろう。

周囲に黒服の姿は一つとして見受けられなかった。

しかし、俺の鼻が間違うということも考え難いし……。

とりあえず、俺は一度茶道室を見て回ることにした。


「えーと……ああ、中からは出たみたいやな。こっちは……って物置かい!?」


あ、あからさまに怪しい。

いやいや、さすがにSPさん達もここは見てるだろう。

しかし、何度鼻を鳴らしても、一番匂いが強いのはその物置の中だった。


「ま、まぁ、一応確認のためや。確認、確認……」


俺は呪文のように自分に言い聞かせながら、おもむろに扉を開いた。


―――――がらっ


「ふぁっ!? 見つかってもうた……」

「……何してはるんですか木乃香さん……」


まさか本当にここに隠れているなんて……。

物置の中には、野立てで使うと思しき機材の間で、ちょこんと膝を抱えた木乃香の姿があった。

しかし……こう、何だ、和服すげぇ……。

見ると木乃香は、原作で着ていた赤い物ではなく、淡い桃色を基調とした可愛らしい見立ての着物に身を包んでいた。

それがもう、彼女の儚げと言うか、はんなりとした柔らかな印象にベストマッチしてて、もう筆舌に尽くしがたい状況。

しかも、体操座りしてたせいで、きょとんとした表情で俺を上目遣いに見つめるもんだから……あ、あかん、鼻血出そう。


「あ、良ぉ見たらコタ君やんか? 何しとるん?」


木乃香は捜索者が俺だと言うことにようやく気付いたらしく、相変わらずのふわふわした声でそんなことを尋ねた。


「こっちの台詞や……ったく、学園長に頼まれて自分を探しててん」

「う゛っ!? や、やっぱそぉなんや……」


さて、俺としては所在が分かれば、刹那の頼みごとは遂行できる訳だし、これ以上木乃香に近づいて刹那に睨まれるのも勘弁だ。

さっさとSPさんたちに彼女を引き渡して……。


「木乃香お嬢様!?」


何て思っていたら、ちょうど良くSPの一人が戻って来てくれた。

よっしゃ、これで後は遠くから木乃香を見守るだけで……。


―――――くいっくいっ


「ん? 何や?」


これからの行動計画を見直していると、急に学ランの裾をくいくいと引っ張られた。

位置的に引っ張ったのは木乃香しか考えられないので、俺は振り返ってそう確認した。


「……ウチ、お見合い嫌やぁ……」

「……」


…………はっ!?

うぉおおおいっ!? 危ねぇ、一瞬思考が停止したぞ!?

振り返った俺に、木乃香は両目一杯に涙を溜めて上目遣いに、消え入りそうな声でそう懇願した。

こ、これは反則くないですかっ!?

こんな風に頼まれて、断れる生き物いるのかっ!?

そいつ絶対人間じゃねぇよ!?

しかし、刻一刻とSPさんは近づいて来てる訳でして……。


―――――つか、つか、つか、つか……


「(うるうる)」

「……」


ここで彼女を引き渡さないと、後で刹那さんに酷い目にあわされる訳でして……。


―――――つか、つか、つか、つか……


「(うるうるうるうるっ)」

「…………だぁぁぁぁぁぁああああっ!! もうっ!!」


俺はそう叫ぶと、有無を言わせず木乃香を抱え上げ全力疾走を開始した。


「ひあっ!? うわぁ、コタ君力持ちやぁ♪」

「喋ると舌噛むで!!」


楽しそうな声を上げる木乃香に、俺はそう釘を打ってから、どこに逃げたものかと思案を巡らすのだった。











「コタ君って足も速かったんやね?」

「……」


木乃香が無邪気な声でそう尋ねてくるが、今の俺には、それに受け答えできる気力はなかった。

終わった……よりによって、お見合い会場から木乃香を連れ去ってしまうなんて……。

……グッバイ、俺の尻尾……。

あの後、俺はSPの執拗な追跡を振り切るために木乃香を抱えて奔走した。

能力的に問題がある気はするが、あのSP達、根性だけはなかなかのもので、撒くのに苦労した。

2、3回、瞬動も使ってしまったが、もう見逃して欲しい。

こっちは人一人抱えて逃げてたんだ。魔法の隠匿とか言ってられる場合じゃなかった。

で、今どこにいるかというと、学園祭編で亜子と大人ネギが休憩に使っていた廃校舎の中に避難してたりする。

女子校エリアからどんだけ走ったんだよ俺……。


「コタ君? 大丈夫かえ? やっぱ無理させてもうたかな?」


あまりにも無反応な俺に、心配そうな声で木乃香がそう問いかける。

……まぁ、やってしまったことはしょうがない。

くよくよするのは止めて、刹那にバレないことを心から祈っておこう。

俺は手近な机を引き寄せて、その上にどかっと腰かけた。


「心配いらへん。後で何て言い訳しよか考えただけや」

「言い訳? コタ君、誰かに怒られるん?」


……しまった、失言だったか。

不思議そうな顔で、木乃香は俺をじいっと見つめていた。

まぁ、木乃香は刹那のことを知ってるし、尻尾のことと、護衛を依頼されたことさえ伏せていれば大丈夫かな?

そう思って、俺はいきさつを説明することにした。


「実は、こないだ刹那に説教されたばっかやねん。女にかまけ過ぎ、何しに麻帆良に来たんやー!! ってな」

「へぇ、そぉなんや? うーん……」


俺の言葉に対して、木乃香は難しい表情をして、何やら考え込んでしまった。

何か変なところがあったのだろうか?


「なぁコタ君? これ、ウチが言うてええことやないかもしれへんけど……それって、せっちゃん、コタ君のこと好きなんとちゃうん?」

「……あー、やっぱそう思うやんな?」


刹那に限ってそんなことはない、と思い続けて来たけど、もう誤魔化しようがないよなぁ……。

彼女が俺に理解できない怒りをぶつけて来るときって、大体が彼女以外の女の子と仲良くしてたときだし。

こないだ茶々丸も、嫉妬がどうの、とか言ってたしな。

原作では木乃香以外に惚れてる、というか、恋愛感情的なものを向けている描写はなかったし、何より、この時期の彼女に、恋愛にかまける余裕はないと思っていた。

それ以上に、元オタク現戦闘狂の俺に、刹那程の女性を惹き付ける魅力があるなんて思わなかった、という卑屈な理由も後押しして、その可能性から目を背け続けていた。

……うん、まぁ好いていて貰えているというのは、単純に嬉しいと思う。

前にも言ったが、刹那は原作でもお気に入りの一人だった。

俺は、彼女の隣に立ちたいと願っていた。

その相手に、好意を向けられているのだ、もう天にも昇る思いだ。

……けれど、それを知って俺はどうしたいのだろう?

彼女に告白して、恋人同士になりたい?

……何か違う気がするな。


「コタ君は、せっちゃんのことどう思とるん?」

「どうって……そりゃあ好きやけど、前も言うたみたいに、俺はあいつを恋愛対象として見たことがなかってん」

「けど、今はそう見れとるやろ?」

「う……そうやけども……」


木乃香の問い掛けに、俺は返す言葉が見つからなかった。

逆に考えてみよう。

もし刹那に想いを告げられたとして、俺はそれを受け入れるだろうか?

彼女のことは可愛いと思う、魅力的だと思う、もちろん好きだと思う。

しかし、そこに恋愛感情はあるだろうか?

たとえこれが刹那以外のネギクラスの面子だったとしても、俺は同じ疑問に至るような気がする。

女好きと豪語してるくらいだ、そりゃあ恋人が欲しいと思ったことは、星の数ほどある。

しかし何だろう、この改めて考えたときに感じる、違和感は……。


「コタ君、もしかして好きな子ぉとかおるんやない?」


唐突に、木乃香がそんなことを言った。

好きな子、ねぇ……。

前の世界では剣道と趣味にかまけ過ぎて、人付き合いがなおざりだったからな。当然のように好きな子すらいなかった。

それならばと、俺がこの世界で出会った女の子について思い返す。

刹那、木乃香、明日菜、祐奈、亜子、まき絵、アキラ、エヴァ、高音……。

いずれも俺にはもったいないくらいの、魅力的な女性だ。

彼女たちといると楽しいし、大切だと、護りたいと思う。

……しかし……。


「……今はまだ、恋愛感情ってほど、好きな相手はおれへんな」


それが結論だった。

別段、恋愛にトラウマがある、という訳ではないのだが、何故だろう?

自分自身のことなのに、一向に答えは見えてこなかった。


「コタ君、別に子どもっぽい訳やあれへんのになぁ?」


木乃香も、同じように不思議そうな表情を浮かべている。

言われて、自分の中身の年齢に思い至ったが、別段彼女たちを子どもだと感じることはない。

何度も言うように、皆魅力的だと感じてるし、さっきだって木乃香の涙目に鼻血を吹きそうだったくらいだ。

うーん……。


「あ! あれとちゃう? コタ君、何か格闘技で大きな目標みたいなんあれへん?」

「目標? そんなんあるに決まってるやんけ?」


とびきりデカい、辿り着けるかも怪しい目標がな。


「それとちゃうんかな? ほら、良くマンガとかであるやん? 『これ頑張ったら、あの子に告白するんやー!!』みたいなやつ」

「ああ。確かに、それは一利あるかも知れへんな……」


なるほど、言われてみれば、無意識にそう感じていたのかもしれない。

俺の目標である『大切なものを護れる力』を得るまでは、恋愛なんてしている暇はない、と。

それともう一つは……やはりあの男の存在だろう。

いつもいつも、俺の前にちらつく、何よりも憎いあの男。

あの過去を清算するまで、俺は自身に訪れる幸福を、是と出来ないと考えているのかもしれない。

それはつまり、奴を倒すまでは、俺はここから先に進めないということに、他ならない。

……故郷が焼ける、あの地獄のような光景から。

刹那には申し訳ないが、俺はそれまで、まともに恋愛なんて、出来そうもなかった。


「……せっちゃんも、難儀な人を好きになったもんやなぁ」

「そんな呆れた風に言うなや。それに、まだ本当に好きって分かった訳とちゃうやろ?」


よしんば本当に、彼女が俺のことを好きだったとして、別にその思いを打ち明けられた訳ではない。

こっちが勝手に騒ぎ立てることはない。

今まで通り、彼女とは背を預け合える戦友でいれば良い。

……というのは、少し都合の良い自己弁護だろうか?

そんな俺の言葉に、木乃香は訝しげに首を捻っていた。


「そうけ?」

「そうや。……木乃香こそ、人のことばっか言うてるけど、好きな人とかおれへんのか?」


ここまで質問詰めに会っていた俺は、ここぞとばかりに意地悪な笑みを浮かべて木乃香に尋ねた。

しかし木乃香は、別段慌てた風もなく、んー、と唸りながら、考えを巡らせ始めた。

……何か寂しいな。やっぱりからかうなら、明日菜とかエヴァとか、あと刹那とかが面白い反応をしてくれる。


「おらへん、かなぁ……けど、やっぱお見合いは嫌やわぁ。ウチはちゃんと好きになった人と結婚したいなぁ……」


原作で聞いたことのある台詞で、木乃香はどこか切なそうな表情を浮かべていた。

そりゃあそうだよな。

誰だって、自分の結婚相手を、他人に決められるなんてゴメンだろう。

特に思春期の女の子ならなおさら、胸をときめかせ、とき締め付けるような恋愛に憧れているはずだ。

大人の勝手な都合で、それを踏みにじられるのは、堪ったものじゃないはずだ。

俺は今更ながら、先程自分の取ろうとしていた行動を省みて、胸が苦しくなった。

せめてもの罪滅ぼしにと、俺は俯く彼女の頭にぽんっ、と手を置いて優しく撫でた。


「コタ君?」

「……まぁ、また無理やり見合いさせられそうになったら俺に言い。そんときゃあ、今日みたいに自分のこと攫ってったるわ」


きょとんとした表情で俺を見上げる木乃香に、俺は目一杯の笑みを浮かべてそう言った。


「……はぁ、せっちゃんが心配するのも当然やんな」

「へ? 何やて?」

「何でもあれへんよ。……へへっ、そんときはまたお願いするえ、コタ君?」

「おう、任せとけ」


嬉しそうにはにかむ木乃香に、俺は威勢良くそう答えた。


―――――がたんっ


『お嬢様っ!? こちらにおいでですか!?」


「「!?」」


うそやろ!?

最初にいた場所から相当移動しているはずなのに……どんだけ根性あるんですか!?


「こ、コタ君!? どないしよ!? 見つかってまうえ!?」

「んなん、決まってるやろ?」

「へ? わわっ!?」


俺は再び、木乃香を抱き上げた。


「そんじゃ、いっちょ、愛の逃避行と行きますか?」

「っ!? ……うんっ、お願いするえ」

「しっかりつかまっとけよ、お姫様!!」


俺は微笑む木乃香をしっかりと抱き締めて、開け放った窓からその身を躍らせるのだった。










結局、俺はあの後、寮の門限ぎりぎりまで木乃香を連れて、学園都市中を駆け巡った。

つくづく根性のあるSP達で、撒いたと思ったら、すぐにまた発見されてしまうのだ、あれは本当に心臓に悪かった。

門限が迫ったことで、ジジィが白旗を上げ、試合終了となったが……これから、お見合いがある度にあの鬼ごっこが繰り広げられるかと思うと、正直鬱だったり。

やっぱり安請け合いはするものじゃないな。

けどまぁ……。


「コタ君、今日はホンマにおおきになー!!」


こんな嬉しそうな木乃香の笑みが見れるなら、その苦労も報われるかな?

俺に手を振りながら寮に入っていく木乃香に、俺も右手を振って答えた。

さて、俺もそろそろ帰るとしますかね?

木乃香の姿が見えなくなったのを確認して、俺は踵を返した。

そのときだった。


「小太郎さーーーーん!!」

「ん? この声は…………」


俺が今帰ろうとした道から、全力で駆けて来る人影。

聞こえた声は、紛れもなく刹那のものだった。


「な、何でここにおんねん!? 帰って来るんは明日やったんとちゃうんか!?」


木乃香にあんなことを言われたせいで、何となく彼女のことを意識してしまう。

いかんいかん、彼女が何も言わない限り、今まで通りに接しようと誓ったばかりじゃないか。平常心平常心……。

そんな風に自分を落ち着かせる俺の様子に気付く気配もなく、刹那は肩で息をしながら俺の下へと駆け寄ってきた。


「はぁっ、はぁっ……良かった、そのっ、様子っ、ではっ、はぁっ……何もっ、起こらなかった、みたいですね……」

「な、何もって何のことや?」


一瞬、木乃香と一日中一緒にいたことがバレたか!?と焦ったが、刹那の様子を見る限り、どうやら違うらしい。

何というか、彼女の様子は、もっと切迫した状況を思わせた。


「どうしたんや? 帰って来るんは明後日のはずやなかってん?」

「はいっ……ふぅっ、ようやく少し落ち着いてきました。実は、本山で気になることを耳にして、予定を繰り上げて帰って来ました」


あれだけ乱れていた呼吸を、どうにか落ち着けて、刹那は深刻そうな表情でそう言った。

一体、何を聞いたというんだ?

俺の記憶では、原作のこの時期に、そんな大きなイベントはなかったはずだ。

もちろん、俺と言うイレギュラーが居る以上、春休みのような例外が起こり得る可能性はある。

もしや、今回もそういった事態だと言うことだろうか?


「そんで、本山で何を聞いたて?」

「はい……この2週間で17名、近衛家所縁の呪術師が、相次いで何者かに襲撃を受けたとのことです」

「2週間で、17名!?」


冗談じゃない!? 

ガキの喧嘩じゃないんだ。

2週間足らずでそんなに襲撃をされるなんて、確実に近衛家を狙った確信犯じゃないか!?


「それも、特に近衛家に所縁の深い、実力派の呪術師ばかりが、です……」

「それこそホンマに冗談やない。近衛家に所縁の深いて、実質関西呪術教会の主力やないか!?」


タカミチほどとは言わないまでも、魔法世界でも屈指と数えられてもおかしくないレベルの猛者たちだぞ?

それに喧嘩売るってどんな化け物だよ!?

それに相次いで、ってことは、その犯人は未だ敗北を記していないということじゃないか!?


「襲撃された人たちはどないしてん? 無事なんか!?」

「……幸いにも、命を落とした人はいないようです。……ただ、呪術師としての再起は、絶望的のようですが……」

「絶望的て……襲撃犯は、全部同じ奴なんか!?」

「はい、被害者の証言が一致しています」


マジかよ……。

何でそんな化け物が近衛家を……?

しかし、何で刹那はそれを聞いて、飛んで帰ってきたのだろうか?

忠義に厚く、受けた恩義は決して忘れない彼女のことだ、それこそ、あちらに残って、その犯人の捕縛を手伝うなんて言い出しそうなものなのに。


「実は……それぞれの呪術師が襲撃された地点を、時系列別に並べると、敵は急激に北上していることが判明して……」

「北上て、皆京都で襲われた訳とちゃうんか?」

「はい、多くは関東での任務中に襲われていまして……最後の襲撃は2日前、箱根山の麓でした」


……めちゃくちゃ近いじゃねぇか。

それじゃあ、まさか、敵の次の狙いは……。

恐らく、刹那も俺と同じ考えに至ったのだろう。

いつも以上に真剣な表情で、重々しく、それを告げた。




「次に狙われるのは十中八九――――――――――木乃香お嬢様に違いありません」



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 23時間目 人面獣心 そこはかとない大荒れの予感……オラわくわくしてきたぞっ!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/02 19:55



急遽帰省から戻ってきた刹那の話を聞いて、俺は心臓を鷲掴みにされた思いをしていた。

木乃香が狙われる? そんなの当分先の、それこそ2年後の話だと楽観し過ぎていた。

近衛の家、特に元紅き翼のサムライマスターたる長に私怨のある者の犯行か。

それとも、単純に木乃香の魔力を狙った者による犯行か。

既に近衛の術者数人が襲撃に遭っていることから、前者の可能性が大きいように感じる。

ともかく、今は彼女の安全を確保することが最優先だろう。


「私は木乃香お嬢様に付いていますので、小太郎さんはこの事を学園長に知らせて頂けますか?」


刹那も同じ考えだったらしく、真剣な表情で俺にそう依頼した。


「お安いご用や。ええか? 何かあったらすぐに連絡するんやぞ?」

「はい……もちろん、そうならないことを願いますが。小太郎さんも十分にお気を付けて」

「おう」


俺は刹那に一瞥くれて、すぐに学園長室へと向かって駆け出した。

まだあれからそんなに時間は経っていない、学園長がいるとしたら、まずあそこで間違いないだろう。

俺は更に足に力を入れて、学園を目指した。

そんなときだった……。


『わおーん!! わおーん!!』


「ん? 着信?」


ったく、この忙しいときに、一体誰だよ……。

そう思いながら携帯を取り出した俺だったが、携帯背面の液晶ディスプレイを見て凍り付いた。

何せそこには、『桜咲 刹那』と表示されていたのだから。

まさか、もう既に木乃香の身に危険が!?

俺は慌てて着信に応答した。


「刹那!? 木乃香の身に何かあったんか!?」

『え!? な、何を言ってるんですか!? ……まさか、もうお嬢様の身に何か!?」


俺の言葉に、刹那は驚いたように返事をした。

何だ? 会話が噛み合ってないぞ?

大体、木乃香に付いていると言ったのは刹那だったじゃないか。

万が一、木乃香の身に何かあったとしたら、最初に気付くのは自分だろうに。

一体何を言って……。

そこまで考えて、俺はおかしなことに気付く。

携帯のスピーカーから聞こえる、かすかな異音。

これは……電車の走行音?


「……おい、刹那。今自分どこにおるんや?」

『な、何ですか藪から棒に? 先程空港を出て、麻帆良行きの特急に乗ったところです』

「なん、やて……!?」


麻帆良行きの特急!?

じゃ、じゃあさっき俺が会った刹那は一体……?

彼女に、まるで怪しいところなんてなかった。

木乃香を心配して息を切らせている様子や、俺のことまで気遣う優しさ。

どう見ても、いつも通り、俺が知る刹那そのものだった。

しかし、今電話口で話している刹那からも、違和感なんて感じられない。

どちらかが、俺をたばかっているのは間違いないというのに。

しかし、俺は先程あった刹那の姿を思い出して、違和感を感じた。

何だ、この違和感は……?

別に彼女に変わったところなどなかったはずだ。

いつも通り、髪を一つ括りにしていたし、相変わらずの切れ長で綺麗な目だった。

ユニフォームと化した麻帆良の制服も着ていたし、帰省のために用意した大きなキャリーケースも抱えていた。

しかし、何だ……何かが欠けているような気がしてならない。

画竜点睛を欠くというか、これがなくては、刹那とは思えない、そう感じさせる何かが……。


「……しもた……何で気付けへんかったんや……」


そうだ、先程会った刹那は……。



――――――――――夕凪を、背負っていなかった。



『そんなことよりも、落ち着いて聞いてください。実は、お嬢様の身に危険が……』

「……やられた。クソッ!! 今まさにその危険が来たところや!!」

『なっ!? どういうことですか!?」

「説明してる暇はあれへん!! 俺は木乃香んところに向かう!! 自分は学園長に連絡を!!」

『ちょっ!? 小太郎さん!!!?」


―――――ぶつっ


俺は刹那が名前を呼ぶのを無視して、通話を終了した。

乱暴に携帯を閉じ、ポケットに突っ込むと、今来た道を、先程以上の速度を持って、駆け戻り始めた。

……頼む、無事ていてくれ、木乃香!!

そう、何度も祈りながら……。










SIDE Konoka......



ホンマ今日はおもろい一日やったわぁ。

じっちゃんに、お見合いせぇ言われたときは、ホンマに憂鬱でしゃあなかったけど。

コタ君が助けてくれて、お姫様抱っこでいろいろ逃げ回ってくれて。

じっちゃんとコタ君には悪いけど、ホンマに楽しかった。

それに、久しぶりにせっちゃんの話も聞けて嬉しかった。

あのせっちゃんが、コタ君の事が好きかも知れへんなんて、相当驚いたわぁ。

けど、コタ君やったらあんま不思議やあれへんな。

始めて会うたときもそうやったけど、怖そうな外見と違て、ちゃんと人の事を良ぉ見てるし。

何より、誰にでも優しいし、オマケに背も高ぉて格好ええしなぁ。


『―――――そんときゃあ、今日みたいに自分のこと攫ってったるわ』


……それにあの笑顔は反則やで。

ウチかて、ほんのちょっとやけど、ドキッてしてもうたもん。

いつもムチャクチャ大人っぽいのに、笑うたら子どもみたいに可愛えやなんて。

そらせっちゃんも心配になってまうわ。

うん、せっちゃんのこと影ながら応援したるためにも、これからはコタ君に悪い虫が付かへんよう、ウチがちゃんと見張ったらんとな!!

ウチは拳をぎゅっと握って、そんなことを決意した。

しかし、楽しかったけど、やっぱ疲れてもうたなぁ……。

今日は早く風呂入って、さっさと寝てまおう。

玄関で靴を履き替えて自分の部屋へ行こうとする。

そんなときや……。


「木乃香お嬢様」

「え……?」


後ろから、良ぉ知ってる声で呼びとめられたんは。

振り返ってから、ウチは余計にびっくりしてもうた。

だって、そこにおったんは、麻帆良に来てから、一度も自分から話しかけてくれへんかった、せっちゃんやったんやから。


「せっ、ちゃん……?」

「ご無沙汰しています、お嬢様」


な、なな、ななな何でなん!?

今までずっとウチのこと避けてたんに、何で急に話しかけてくれたん!?

あ!! も、もしかして、さっきコタ君に送ってもろたん見られてたんかなぁ?

せっちゃん、ヤキモチ焼きさんみたいやから、勘違いして怒っとるんとちゃうかなぁ?

あっちゃあ……しもたなぁ、ちゃ、ちゃんと誤解を解いとかんと、ウチ、せっちゃんに嫌われとうないえ!?

けど、そんなウチの考えとは裏腹に、せっちゃんは優しく頬笑みを浮かべていた。

へ? どないしたん?


「今までそっけない態度をとってしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「……え? えぇぇっ!? そ、そんなん、全然気にしてへんよ!? あ、謝らんといて、頭上げてぇなっ!?」


せっちゃんはそう言って、深々とお辞儀をしてくれた。

ど、どないしたんやろ?

というか、ウチはどないしたらええんやろ!?

そ、そりゃあ、せっちゃんとは仲良くしたいし、向こうからそう言ってもらえたんは嬉しい。

けど、どうして急に?


「せっちゃん、急にどないしたん? もしかして、何かあったんとちゃうん?」

「はい……そのことも含めて、お嬢様とお話がしたいと思いまして。日も暮れて涼しいですし、よろしければ、ご一緒に少し外を歩きませんか?」


相変わらず笑顔を浮かべて、せっちゃんはウチにそう言うた。

ど、どないしよぉ……そ、そらウチかてせっちゃんとお話はしたいけど、もうすぐ門限になってまう。

今出て行くんは、無理なんとちゃうかな?


「え、えとな、せっちゃん、もうすぐ門限になってまうで? 良かったら、談話室とかで話さへん?」


ウチは思い切って、せっちゃんにそう提案した。

けどせっちゃんは、笑顔を浮かべたままやったけど、静かに首を横に振った。


「他の方に聞かれる訳にいかないお話ですので……門限のことなら、今日くらいなら管理人さんも大目にくれますよ」


う、うぅ……あかん、せっちゃん手強いわぁ。

ウチもちょっと、今日くらいならええかなぁ、なんて思てまうもん。

……あれ? 何やろ、変な感じ……。

何でやろ?

違和感っちゅうか、こう、モヤモヤした感じがする……。

ああ、そうやんな!!

せっちゃんが、自分から門限破ろ、なんて言うこと言い出したから、驚いてもうただけやんな。

……驚いてもうた?

ちゃう……この変な感じは、それだけとちゃう……。

確かに、せっちゃんは自分から決まりを破ろう、なんて言い出す不真面目な子とちゃう。

けど、それよりも、何やろ……今、目の前におるせっちゃんは、いつもより『薄い』気がした。

まるで、そこにおるのに、おれへんみたいな……。

せやから、ウチは思わず言ってもうた。


「……自分、せっちゃんとちゃうやんな?」

「え?」


しもた、とは思わへんかった。

だって、ウチがそう言ったら、せっちゃん一瞬驚いた顔したけど、すぐにお面みたいな無表情になってもうたから。

つまりこのせっちゃんは、自分が偽物やってことを、否定せえへんかったんや。


「誰やのん? 何でせっちゃんとそっくりな格好しとるん?」

「…………」


な、何?

せっちゃんのそっくりさんは、ウチが何を聞いても答えてくれへんかった。

まるで、ロボットみたいに、瞬きもせず、ウチのことをじぃっと見つめるばっかりで。

ウチは薄ら寒くなって、思わず後ずさってた。


「……な、何? 何やの、自分は……?」

「…………」


―――――すっ……


「っ!?」


わ、わわっ!?

ウチが一歩下がると、せっちゃんのそっくりさんは、それを追いかけるようにして右手をウチの方に伸ばして来た。

な、何やのん? 顔は、せっちゃんそっくりなのに、この人……何や、怖い……。

ウチはそこから動けんようになってもうて、けど怖いのから逃げたくて、目をぎゅって瞑った。

……だ、誰か助けてぇな!?

心の中で、そんな風に叫ぶ。

怖くて、実際に口にすることはでけへんかったから、ウチは一生懸命祈った。

……明日菜っ、せっちゃんっ!!

頼りになる友達の思い浮かべる。

そっくりさんの手は、もうすぐにウチに届きそうやった。


―――――コタ君っ!!!!


その瞬間……。


―――――ザシュッッ……


「!?」


鋭い風がウチの前を通り過ぎて、そっくりさんが息を呑んだ気配が伝わってきた。

……ホンマに? ホンマに来てくれたん……?

ウチが目を開けると、そこにはいつも通りの学ランをなびかせる、頼りになる広い背中があった。


「―――――木乃香には、指一本触れさせへん」



SIDE Konoka OUT......










影のゲートを木乃香の影に対して発動させた。

気が動転していて、自分がこれを使えることを今まで忘れてるなんてな。

まだまだ未熟ってことか……。

しかし、反省は後にしよう。

俺はすぐさまゲートを通り抜け、木乃香の前に姿を躍らせた。


「!?」


グッドタイミング俺。

ゲートの先では、今まさに、刹那のパチモンが木乃香に手を伸ばそうとしている瞬間だった。

ありふれた方法で騙された俺自身の怒り。

刹那の姿を侮辱された怒り。

そして、木乃香を危険に曝したことへの怒り。

全てを叩きこんで、俺は問答無用、奴が伸ばした右手を影斬丸で斬り飛ばした。


「木乃香には指一本触れさせへん」


木乃香を庇うように立ち、敵に剣先を突き付ける。

右腕を斬られたと言うのに、そいつの腕部、斬られた断面からは1滴の血すら零れなかった。

それどころか、斬られた右腕の方は、すぐにただの小さな紙切れに姿を変えてしまった。

……こいつ、やっぱり……。


「自分、式神の類やな?」

「…………」


刹那のパチモンは、俺の問いに答えはしなかったが、まず間違いないだろう。

そして、この式神の術師はかなり性格が悪いに違いない。

俺を騙せるほどの演技を、この式神に仕込んだのだ、時間もそれなりにかけたのだろう。

そこまでして人をおちょくる根性がまず気に入らない。

あの憎たらしい男を彷彿とさせるからな。

だからこそ、俺はこの式神が、余計に気に入らなかった。


「こ、コタ君っ!? そ、その人の手ぇっ……」

「説明は後や。安心しぃ、こいつは人間やあれへん」

「にん、げんと、ちゃう……?」


俺の背中に隠れて、木乃香が不思議そうな声を上げていたが、今はゆっくり話している場合じゃない。

この式神、完全に戦闘用ではないようだが、逃がすと必要以上にこちらの情報を敵に渡すことになる。

下手な危険を招くより、ここで還してしまっておく方が吉だろう。

そう思い、影斬丸を握る右手に力を込めた瞬間だった。


「…………っ」

「あ、コラ待てっ!!」


式神は踵を返すと、脇目も振らずに逃げ出した。

慌てて追いかけようとする俺だったが、それよりも早く。


―――――ざしゅっっ


「なぁっ!?」


式神は頭から真っ二つに切り裂かれた。


「……よりにもよって、私の姿でお嬢様をかどわかそうとするとは……万死に値しますね……」


めっさ黒いオーラを纏った刹那さんの手で……。

つか、刹那さん怖っ!?

俺に殺気が向けられている訳でもないのに、何だこの寒気!?

ま、また腕を上げたな……。

俺達に気付くと、刹那はさっきのパチモンと同じように、脇目も振らずに駆け寄って来た。


「お嬢様っ!? お怪我はありませんかっ!?」

「へっ!? う、うん、ウチは大丈夫。コタ君に助けてもろたから」


こんな状況だと言うのに、木乃香は刹那の問いにほにゃっ、とした笑みでそう答えていた。

しかし……。


「自分、どうやってここに来たんや? ついさっき電車や、って言うてたんに」


俺みたいにゲートが使える訳じゃないから、そんな簡単に駆けつけれるような距離じゃないと思うんだが。

さっきの迫力と、夕凪をきちんと所持していることから、この刹那は間違いなく本物だろうが、そのことが余計俺の疑問に拍車を掛けていた。


「小太郎さんの様子が尋常じゃありませんでしたからね。友人に頼んで、迎えに来てもらいました」

「友人……?」


ゲートが使えるような友人なんて、刹那に居ただろうか?

それこそ、全開状態のエヴァなら、その程度お安いご用だろうが……。

そう思っていると、俺の後ろにすっと現れる気配を感じた。


「長距離用転移符3枚、計600万。これは学園長にでもツケておくとしようか?」


そう言って、ニヒルな笑みを浮かべる長身に褐色の肌を持った女性。

あー……そういや学園祭編でそんなもん使ってたな……。

そこに立つのは、凄腕スナイパーこと、龍宮 真名だった。

なるほど、確かに彼女ほど頼れる助っ人もいないか。

おかげで式神を逃がさずに済んだのは行幸だった。

刹那が斬り捨てた紙片から、相手の情報が引き出せるかも知れないしな。


「な、なぁせっちゃん。これ、一体何が起こっとるん? さっきのせっちゃんのそっくりさんは何やったん?」

「え!? そ、それはその……話せば長くなるのですが……」

「話は後にした方が良いだろう。今は、彼女の安全を確保することが最優先だ」


3人がそんな会話を繰り広げているのも余所に、俺は刹那が斬り捨てた紙片へと歩み寄り、それを拾い上げた。


「っ!? この筆跡は……」


そして表情を凍りつかせる。

斬り捨てられ、真っ二つになっていはいたが、俺はその癖のある文体に、確かな見覚えがあった。

一瞬、ミミズがのたうち回ったようにしか見えない、稚拙な文字。

その下手くそな文字を、俺はこの4年半、片時も忘れたことなどなかったのだから。


『わおーん!! わおーん!!』


再び、俺の携帯が鳴った。

液晶表示を覗くと、そこには麻帆良学園と記されている。

恐らく学園長だろう。

俺はすぐに通話ボタンを押した。


『もしもし、小太郎君かの?』

「おう、そっちは学園長で間違いあれへんな?」

『うむ、刹那君に連絡を受けての。今そちらに動ける魔法先生を何人か向かわせ取るところじゃ』


春休みのように、真剣な重みのある雰囲気が、電話越しにでも伝わって来る。

本当、昼間のボケた老人と同一人物とは思えないな。


「あー……それはとりあえずもう必要あれへんわ」

『何じゃと?』

「木乃香に近づいた式神は、刹那が還した。木乃香もちゃんと保護しとる。今から回収した紙片と木乃香を連れてそっちに向かうわ」

『うむ、了解した。くれぐれも気を付けるんじゃぞ?』

「分ぁっとる。……それと爺さん、巡回中の魔法先生、生徒に連絡して欲しいことがあんねんけど』


もし、相手が俺の考えている通りの相手だとしたら、相当厄介なことになる。


『何かの?』

「ホシに遭遇したら、召還系の魔法は一切使わんこと。式神なんて持っての外や、ってな」

『……犯人に心当たりがあるようじゃの?』


さすが学園長。

俺とのやりとりで、すぐそれに思い当ったか。

しかし、心当たり、というのはいささか違うな。

何故なら、俺はこの一連の騒動の犯人に確信を持っていたから。

道理で式神の使い方がムカつくはずだ。

これは昔から、俺をからかっていたあのクソ野郎の手口ではないか。

電話越しの学園長に対して、俺は重々しく、その名を告げた。




「――――――――――ホシの名は、犬上 半蔵。……俺の、父親違いの兄貴や」




そう、俺の家族を全て奪い、俺に影斬丸を託した最悪の敵。

必ずその喉笛を食い千切ってやると誓った、俺の仇敵。

この一連の騒動は、全て奴が起こしたものに相違なかった。









[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 24時間目 金剛不壊 つくづく性格の悪い奴もいたもんだ……あれ? 人のこと言えない?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/02 23:14


「……なんと、式神殺しとな?」


学園長が、いつになく驚いた様子でそう口にした。

木乃香を連れて、俺たち三人は学園長室を訪れていた。

襲撃を警戒して、俺のゲートを使ったんだが、その時も木乃香は目を白黒させては居たものの、さほど怖がったりというか、動揺は見られなかった。

本当、物怖じしないというか、落ち着いた子だなぁ……。

学園長室についてから、まず俺たちは木乃香に魔法のこと、彼女が狙われていることを説明した。

学園長は最初、それを告げることを渋っていたものの、現状がどれだけ切迫しているか悟ったのだろう、最後には自ら彼女に魔法のことを教えていた。

刹那は、終始木乃香とあまり話さないようにしているようだった。

全く、この状況でまだ割りきれてないのかねぇ……。

普段なら、そこで何かしらのフォローを入れるのが俺の性格なのだが、今はそんな余裕など微塵もなかった。

そして今、俺は学園長に敵の……兄貴の持つ厄介な能力について説明しているところだった。


「そや。俺の一族、っちゅうか俺の居た集落の連中は代々狗神使いやってん。それが、当時15やった兄貴に全滅まで追い込まれた。その理由が兄貴の持つ式神殺しの能力や」


納屋に身を潜めて、兄貴と村の術者が闘う様子を見ていたが、アレは本当に悪夢としか言いようがなかった。

村人が使う狗神は、全て兄に触れる前に消滅するか、或いは制御そのものを兄に奪われ、使用した術者に襲い掛かっていたからな。

それに気付いた村人は、式を召喚して応戦しようとしていたが、結果は狗神と同様、消滅か制御を奪われるばかりだった。

おそらく召喚系の魔法に対しては、全て似たようなことが出来ると見て間違いないだろう。

具体的な方法や理論は分からないが、少なくとも兄貴にその能力がある以上、下手に召喚魔法を使うのは自殺行為だ。

俺の説明を受けて、学園長は得心がいったように頷いていた。


「なるほどの……これで近衛の術者が次々と倒れた理由に説明が付く。その能力は陰陽師にとっては天敵に違いないからの」

「ああ。もっとも式神殺し、ちゅうのは、俺が勝手に付けた名や。実際のところ、奴にどれだけのことが可能で、何が不可能なんかも分かれへん」


ぶっちゃけると、魔法や直接攻撃が効くかも怪しい。

ただ、そこまで来ると、ガチで魔法無効化能力臭いので、そこまではないと思う。

アレはウェスペルタティア王国の王族にしか使えない代物だ。

うちの家系に、そんな高尚な血が流れてるとは考え難いからな。


「しかしそれでも、学園結界が機能しなかったことに疑問は残ります。結界までも操れるということはないでしょうか?」


俺と学園長の話を聞きながら、刹那がそう言った。

確かに当然の疑問だろう。

学園長の話によると、刹那のパチモンが学園に侵入しているのに、学園結界は愚か警報関係も全く機能していなかったらしい。

しかしながら、俺はそのことに別段疑問を感じなかった。


「人を騙くらかすんは奴の十八番や。結界も同し要領で騙くらかしてるに違いあれへん」

「確かに、君や近衛を出し抜ける程の式神を作る男だ。結界に綻びを作る程度、造作もなくやってくれそうだな」


俺の言葉に真名がおもしろくなさそうに吐き捨てる。

その件に関しては俺もカチンと来ていた。

そもそも、あそこまで完璧に刹那を演じられる式神を作ったということは、手段はどうあれ、あのクソ野郎はこの2日間みっちりと刹那を観察していたはずだ。

つまり最初から、あの式神は木乃香を攫うことだけでなく、俺に対する挑戦の意味合いを持って作られていたに違いない。

挙句、自分の犯行を式神にペラペラ喋らせて、こっちの焦りを誘発する周到っぷり。

それに俺はまんまと嵌められたという訳だ。

……胸クソ悪いったらない。


「け、けどその人、コタ君の兄さんなんやろ? やったら、話し合いとかでけへんのん?」


全員が一様に暗い顔をしていたからだろう、木乃香はその空気を何とかしようと思ったのか、そんな提案をした。

しかしそれに対して、この場にいる全員が押し黙った。

そんな平和的な解決法が取れるなら、20年前の大戦など、起こりはしなかったと、そう思っていたから。

だから、俺は全員の気持ちを代弁すべく、こう言った。


「……出来るんやったら、俺の家族は殺されたりせぇへんかったやろうな」

「っ!? ご、ゴメン、ウチ、そんなつもりや……」

「ええねん、気にすんな。そういう優しいとこが木乃香のええとこなんやから」

「……コタ君……」


今にも泣き出しそうな木乃香の頭をぽんぽんと軽く叩いて、俺は再び学園長に向き直った。


「あの式神がやられるんも、あいつの計算のうちやったと見てええ。あれは多分俺をからかうためだけにやっとった可能性が高いからな」

「ふむ……ワシらは君の兄の手の上で踊らされているという訳か……」

「ああ。あいつの一番怖いんは、あの頭のキレやからな」


ガキの頃から、真正面から闘うことを信条としていた俺に対して、あいつはいつも裏を掻くような姑息な戦法ばかり取って人をおちょくっていたからな。

俺の今の戦闘スタイルが確立したのは、少なからず奴の影響を受けているからだ。


「敵の真意が君と木乃香、どちらに向いているかも判明しとらんしのう……全く厄介なものじゃ」

「俺の考えがあっとれば、多分両方っちゅうのが正解やろうな……で、例によって、こんなときに限って頼りになるタカミチは出張と……」

「うむ……今回はよりによって魔法世界じゃからのう、そう簡単には呼び戻せんのじゃよ……」


間が悪いとはこのことだ。

学園内の魔法先生・生徒を総動員しても、奴の裏を掻けるかどうか……。

今後奴がどんな手段に出てくるかも分からない今、俺たちに出来ることはなく、正直八方塞がりだった。


「一先ず、今木乃香を寮に戻すんは間違いなく自殺行為や」


肉食獣の檻に両手足を縛った人間(餌)を放りこむようなものだからな。


「それは当然じゃ。孫一人護れずして、何が関東魔法協会会長か」


そう言った学園長の瞳には、ギラギラとした闘志が滲んでいた。

その表情は一組織の長というよりも、むしろ一人の戦士としての威厳を感じる。

……学園最強の魔法使いって肩書きは、あながちガセでもないみたいだな、とそう思った。


「本来なら未来を担う若者を危険な目に会わせたくはないのじゃが……敵のことをもっとも良く知るのは間違いなく小太郎君じゃろう。申し訳ないが、エヴァのとき同様、今回も君の力を借りることになりそうじゃ」


申し訳なさそうに、そう言う学園長。

しかしながら、その謝罪はお門違いだ。

もとより俺は、この闘いを降りるつもりなどない。

最初から俺は、あのクソ兄貴をぶちのめすために力を磨いてきた。

あの惨劇の夜を、燃え盛る地獄のような光景を、この手で断ち切るために。

その予定が少し早まったというだけのこと。

奴の首は、必ず俺が取る。


「……これは俺とあのクソ兄貴の兄弟喧嘩や。端から他人に任せて降りる気なんてあれへん」


影斬丸の柄をぎゅっと握り締めて、俺は大きく息を吸った。


「……奴は必ず、この手で斬り伏せたる」


母の、仲間の敵を討つために。


「……よろしく頼む。刹那君に龍宮君も、申し訳ないが付きあって貰うことになるじゃろう。当てにしておるぞ?」


学園長はそう言って、俺の後ろに立つ二人を交互に見つめた。

刹那はその言葉に、ぐっと握っていた夕凪を押し出して高らかに宣言した。


「もとよりこの身は、お嬢様を護るための刀。長より頂いたこの太刀に誓って、桜咲 刹那、命を賭してお嬢様をお護りいたします」

「せっちゃん……」


そんな刹那を、木乃香はどこか切なそうな、心配そうな眼差しで見つめていた。

真名はそんな俺たちを見て、ふっと小さく笑った。


「君たちの生き方には本当に好感を覚えるよ……僭越ながら、私も力を貸すとしよう。もっとも、給料は弾んでもらうことになるがね」


そう言って、持っていたキャリーケースを掲げて見せた。

あのクソ兄貴を相手にするとあっては、十分な戦力とは程遠いかも知れない。

しかし役者は揃った。

祐奈との勝負で誓ったのだ、例え準備が万全でなくても、その時持てる全てを出し切り、俺は大切なものを護って見せると。


『人生は常に準備不足の連続だ。常に手持ちの材料で前に進む癖を付けておくがいい』


いつか、原作でエヴァの言っていた言葉が頭の中に思い浮かぶ。

ならばこの闘いに挑むことに、一抹の憂いすらない。

必ず奴を倒し、木乃香を護って見せるだけだ


「みんな……ウチのために、ゴメンな?」


意気込む俺たちに、木乃香はやはり心配そうにそう言った。

本当につくづく優しい子だと思う。

表の世界で育った彼女は、自分のために誰かが傷つくのが耐えられないのだろう。

しかしながら、今回はそうとばかり言っていられない。

彼女の命が掛っている上に、これは俺にとって母の弔い合戦だ。

決して退くことの出来ない闘いなのだから。

だが、忘れた訳ではない、刹那が涙ながらに言ったことを、エヴァが俺に、自らの後悔とともに諭した言葉を。


『―――――誰かを護ることばっかりで、一緒に闘おうとはしてくれへんっ!!』

『―――――命を捨てでも護るだと? そんなもの、護る側の勝手な理屈に過ぎん』


だから俺は、必ず生き残らなければならない。

これ以上、木乃香を、心の優しい彼女を悲しませないためにも。


「安心しぃ。俺は絶対に死なへん。大体、まだ彼女もおらんのに、こんな若い美空で死んだら、死に切れへんて」

「コタ君……」


冗談めかして言う俺に、ようやく木乃香は小さく笑みを浮かべてくれた。


「……少しは成長してくれたようですね?」


そんなやり取りをする俺たちに、刹那は満足げな笑みを浮かべて言った。

ちょっと悔しいので、俺はやっぱり意地悪な笑みを浮かべて言い返してしまうのだった。


「誰かさんが泣いて説教垂れたおかげやんな?」

「そ、そのことは言わないでください!!

「ふふっ、ホンマ二人は仲良しさんやなぁ……」

「お、お嬢様までっ!?」


木乃香にまで言われて、刹那は弱冠涙目だった。

……この分だと修学旅行編と言わず、この闘いが終わった頃には二人は和解してくれるかもしれないな。

夢見て来たその二人の姿を見るためにも、必ず俺は生きて帰らなければならない。

俺はもう一度、影斬丸の柄を強く握り締めた。

その時だった。


『じりりりりっ!!じりりりりっ!!』


「「「「「!?」」」」」


学園長の机に据え付けられた、古風な電話のベルがけたたましく鳴り響く。

もしや、兄貴が発見された?

俺はたちは固唾を呑んで、学園長が電話に出るのを見守った。

ゆっくりとそれを取り、学園長は受話器を耳に当てる。


「……もしもし? ……っ!?」


やや間を置いて、学園長の双眸が驚愕に見開かれる。

一体、何があったというんだ?

俺たちは、眉一つ動かさず、学園長の挙動を見つめていた。


「……うむ、ワシが学園長であっておるよ。……ふむ……分かった……小太郎君、君にじゃ」

「俺に?」


俺は自分を右手の人差指で指しながら、素っ頓狂な声を上げてしまった。

おもむろに学園長から受話器を受け取り、相手に向かって問いかける。


「……もしもし?」


そして、電話口の相手は、心底愉快そうに言った。



『――――――――――久しぶりやな、小太郎』







[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 25時間目 大胆不敵 木乃香って本当に良い性格してるよなぁ……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/03 16:53



受話器の向こうから響く、酷く愉快そうな声。

4年前より、低くはなっていたものの、俺がその声を聞き違える筈はなかった。

視界が真っ赤に明滅し、数年来の怒りに我を忘れそうになる。

握りしめた拳が、思わず震えた。


―――――ぎゅっ


「!?」


そんな俺の手を、木乃香が両手で優しく包みこんでくれた。

そして俺を見上げ、優しく微笑む木乃香。

大丈夫だと、そう言い聞かせるように。

おかげで、俺はいつもの冷静さを取り戻すことが出来た。


「……ああ、4年振りやな、クソ兄貴。随分派手に暴れ回ってくれたみたいやないか?」

『ありゃ? なんや、てっきり怒り狂って喚き散らすもんと思ったんに、随分あっさりしとんな? あーあ、おもろない……』


好き勝手言ってくれる。

しかしながら、木乃香が居なければ、俺は兄貴の言う通り喚き散らしていたことだろう。

俺は心の中で、改めて木乃香に感謝した。


『……まぁええわ。ところで、わいのプレゼントはどないやった? 結構良く出来とったやろ?』

「……ホンマ、つくづく人を食ったようなやっちゃなぁ……おう、ええ出来やったで? 思わず腕を斬り飛ばしたなるくらいにな」


俺の言葉に、受話器の向こうで兄貴はからからと笑った。

やはりあの式神は、俺に当てた挑戦状で間違いなかったようだ。

一しきり笑うと、兄貴は相変わらずの調子で、話を続けた。


『愉しんで貰えたようで何よりや。あ、あんま腹立てんといてな? 近衛の小娘を探しに来たら、たまたま自分を見つけて懐かしゅうなってもうてな。ちょっとからかいたくなっただけやねん』


良く言う。

どうせ全力で楽しんでいた癖に。

しかし、俺を見つけたのがたまたまということは、やはりこいつの目的は木乃香ということか?

だとしても、何故近衛の者ばかりを狙う必要が……?


「そんな下らん話するために電話してきた訳とちゃうやろ? 一体何が望みや?」

『……おお怖。そう邪険にするんとちゃうわ。わいかて感傷に浸りときくらいあんねんで?』

「嘘こけ。 ええから、さっさと答えぇ。何で近衛の者ばっか狙た?』


弱冠の苛立ちを覚えながらも、俺は努めて冷静に質問を繰り返す。

これが兄貴のいつもの策略だと分かっているからこそ、それに乗せられる訳にはいかない。


『せっかちなとこも相変わらずやなぁ……まぁええわ。近衛の呪術師を狙たんは、単に私怨や。自分とも無関係やあれへんと思うで?』

「何やと……?」


近衛家に、私怨?

しかも俺にも関係があることだと?

少なくとも、俺が生まれてから8年の間には、あの集落の一派と近衛の家には何の接点もなかったはずだ。

もっとも呪術してある以上、関西呪術協会の総本山である近衛家と親交があっても不思議ではない。

しかし、奴が私怨を感じる理由は、俺には思い当らかった。


『もっとも、それは今の自分が気にしてもしゃあないことや。考えるだけ無駄やで? 気が向いたらその内教えたるわ』

「その内、な……結局のところ、自分は何がしとうてここに来たんや?」

『ホンマつれへんなぁ……さっきも言うた通り、俺は近衛の小娘を殺すために来たんや』


穏やかじゃないことを、やはり兄貴は愉快そうに、それこそ鼻歌を口ずさむかのように言った。

冗談じゃない……そんなこと絶対にさせるものか。

苛立ちも露わに、俺は兄貴言った。


「ふぜけんなや。木乃香は絶対に殺らせへん。少しでも近付いてみぃ、その首を跳ね飛ばしたる」

『それやんなぁ。わいももっと簡単に行くかと思たんやけど、麻帆良の警備は厳しゅうてかなわんわ』


やれやれと言った風に、電話越しの兄貴が溜息をついた。

そう言いながらも、ちゃっかり学園都市に侵入している辺りさすがだと思うが。

しかし、この男に限って、八方塞がりということはないだろう。

既に俺たちの懐に潜り込む算段すら付いている可能性がある。

俺は奴の真意を探るべく、もう一度、先と同じ質問を繰り返した。


「もう一度聞くで? 何で電話なんてしてきた? もう茶番は十分やろ」

『……はっ、まぁええわ。さっきも言うた通り、麻帆良の警備を抜くんわ難しゅうてな。せやからちょっと取引でもせぇへんかな、とか思てん」

「取引?」


恐らく、何かと引き換えに木乃香を渡せ、ということなんだろう。

応じる気はさらさらないが、それを聞かないことには、対策の立てようもない。

俺は黙って兄貴が言う取引の内容を聞くことにした。


『まぁゲーム、っち置き換えてもええんやけどな。実はさっき俺のヒトガタを学園都市に5体ばら撒いてん』

「ヒトガタて、身代わりのヒトガタか? 何でそんなもんを……」


原作でも登場したあれは、術者と同じ外見を模し、その命令を遂行するというものだったはず。

しかし式の一種である以上、火や水に弱く、オマケに大量の魔力を有する訳でもない。

加えて言うなら、完全にスタンドアローンで、戦闘や情報集には全く向かない、ただの影武者にしかならない代物だ。

撹乱のために使用するにしても、保有する魔力量で簡単に真贋を看破されてしまう。

一体、何でそんなものを……。


『それにはな、ただ歩きまわれ、としか命令してへん。この話のキモは別でな、それには大量の爆符が張り付いとんねん』

「っ!? 何やとっ!?」


そんなもんが学園内を跋扈してるってのか!?

……クソッ!! やはり悠長に構えている暇はなかったか……学園結界を過信し過ぎた。

あの刹那を模した式を飛ばすのが精一杯かと思ったが、この野郎、しっかりそんな仕込みまで……。


『龍種を一発で仕留められる量の爆符や。学園都市ん中で炸裂したら、そりゃあ大惨事やろうなぁ……』


他人事のように、電話越しの兄貴がくつくつと笑った。

こいつが言っていることが事実なら、被害は甚大だ。

人的被害だって、想像を絶するレベルで出るだろう。

しかし、取引と言った以上、こちらが条件を呑めばそれを解除する手立てはあるということ。

その条件を呑む気はさらさらないが、俺はその解除方法に賭けることにした。


「……何が望みや?」

『まぁ慌てんなや。自分も知ってる通り、ヒトガタは完全にスタンドアローン。俺にも今どこにおるかなんて分かれへん。せやから爆符は時限発火式にさせてもろた』

「っ!?」

『お、驚いとるな? まぁ安心しぃ、解除する方法はきちんと用意しとる。と言うよりも、俺の魔力が届けへんかったら作動せんようになっとんねん』


それはつまり、このクソ野郎を見つけて、爆符の有効半径以上の距離に引き離す、つまり学園結界の外に放り出せば良いということか。

なるほど、木乃香を殺しても自分が捕まっては元も子もないからな。

その為の保険も兼ねていると言う訳か、反吐が出るほどに周到な奴だ。


『最初の爆符が爆発するんは、今から1時間後、その後は10分おきに1つずつや』

「……話は分かった。で? 俺らに何をさせる気なんや?」


今すぐ爆発させる気がないということは、俺たちに判断の余地を残したということ。

こいつは俺たちに、究極の選択を迫るつもりでいるのだろう。

俺はそれを確認した。


『さすがは俺の弟、話が早ぉて助かるわ。別に難しいことはあれへん、ただ、自分に近衛の小娘を連れて来て欲しいだけや』


やはり狙いは木乃香か……。


『俺は今から1時間、学園都市外れの橋で待っとったる。そこに自分1人で小娘を連れて来ぃ』


俺1人で、と来たか……。

そこに姿を見せるということは、その際にこいつを倒してしまえばいいのでは、と一瞬思ったが、すぐにその考えを掻き消した。

こいつのことだ、恐らくこちらが自分に危害を加えても、爆符が炸裂するような細工をしているに違いない。

同様に、俺以外の人間が木乃香を連れて行ったり、木乃香のヒトガタを使用しても同じ結果が待っているだろう。

学園都市の外れということは、原作でエヴァとネギが闘ったあの橋か……。


「……何が取引や、どっちに転んでも、こっちは損しかあれへんやないか」

『くくっ、そうでもないやろ? 1人の命と大勢の命、天秤にかけるまでもあれへんのとちゃうか?』


人を小馬鹿にしたような態度で、兄貴はもう一度笑った。


『そんじゃあな。……自分に会えるんを楽しみに待っとるで?』


―――――ブツッ、ツー、ツー……。


その台詞を最後に、通話は一方的に断たれた。


「……クソがっ!!」


―――――がしゃんっ


余りにも後手に回り過ぎたと、苛立ちも俺は乱暴に受話器を叩き付けた。

心配そうに見守っていた4人が、明らかに息を呑む。


「……最悪の状況になってもうたみたいやで……」


俺は、今しがた兄貴と話した内容を、全員に伝えることにした。











3分ほどで全てを話し終えて、俺たちは目下、兄貴を捕縛するための方法について議論を交わしていた。

しかしながら、どうやってもこちらに人的な損害が出そうな案しか浮かばず、正直、議論は平行線だった。


「残り1時間、いや、もう50分程か……要求を呑めば、近衛は確実に殺されるが、大勢の命は助かる……なるほど、テロリストが良く使う手だ」

「性質の悪さはそんなもんやないで? 最悪、木乃香を差し出したところで、どかん、っちゅうのも、あの兄貴なら十分にやってくれそうや」

「ふむ……全くの八方塞がりと言うわけじゃのう……」


全員の雰囲気が、再び重苦しいものへと変わっていく。

結局、残り1時間程度では、俺たちに出来ることなど殆ど残されてはいない。

あの男に侵入を許した時点で、勝敗は決していたようなものだった。


「……なぁ、やっぱりウチが行けばええんとちゃうかな?」

「なっ!? 何をおっしゃるのです、お嬢様!?」


木乃香が言い出した、信じられない提案に、刹那が慌ててそう叫んだ。

あの兄貴のことだ、木乃香ならこういう提案をするということも、十分に見越していたのだろう。

そして、残り時間が少なくなるにつれて、余裕をかいた俺たちが、渋々彼女の提案を受け入れる。

結果的に多くの命を救っても、そこに残るのは達成感ではなく敗北感と絶望。

ただ目的を遂行するばかりか、こちらの戦意を根元からへし折っていく策略。

我が兄ながら、本当に恐れ入る。

……しかし、それに屈服する訳にはいかなかった。


「我々はお嬢様をお護りするためにここに集ったのです!! それをみすみす敵の手に引き渡すなどっ!!」

「……せやけど、ウチのせいで、一杯の人が傷つくなんて、ウチは嫌や!!」

「あー……もう、自分ら落ち着けや」


喧々諤々と言い合う二人の間に、俺はすっと割って入った。


「こ、コタ君? 止めんといてぇな!! ウチ、覚悟は出来てるえ!!」

「黙れだあほっ」


―――――べしっ


「あいたぁっ!?」


俺はなおも食い下がろうとする木乃香の額を、思い切り弾いた。


「こ、こここここ小太郎さんっ!? お、お嬢様に何ということを!?」

「うっさい、自分もちょっと冷静になれや」

「うぐっ!? ……」


食ってかかろうとした刹那にも、俺は一喝くれてやった。

今は言い争っているべきときじゃない。

それに、木乃香の口にした覚悟は、とても容認できるものじゃなかった。

かつての自分が似たようなことを口にしていたかと思うと、恥ずかしくて何も言えないが。


「あーうー……コタ君酷いえー? 何でデコピンするん?」


俺に弾かれた額を擦りながら、涙目になった木乃香がそう尋ねて来た。

溜息をついて、俺は木乃香に言った。


「死ぬ覚悟なんてな、そんな簡単に決めるもんとちゃう。俺もこないだまで、今の自分みたく、死ぬなら自分一人でええ、なんて思とった」

「や、やったら、なおさら、ウチのこと止めんといてぇな!」

「最後まで人の話聞け。……確かに、それで誰かのことは護れるかもしれへん。けどな、それで自分が死んだら、遺される連中はなんて思う? 素直に感謝してくれると思うか?」

「あ……」


俺の言葉に、木乃香ははっと息を呑んで周りを見回した。

心配そうに彼女を見つめる刹那。

同じように押し黙る学園長。

何も言わないが、小さく笑みを浮かべる真名。

そして最後に、俺へと視線を戻すと、木乃香はぽつりと小さく呟いた。


「……ごめん……ウチ、皆の事考えとらんかった……」

「ま、俺もそんな感じやったし、気にすることやあれへんよ」


悲しげに俯く木乃香の頭を、さっきと同じようにぽんぽん、と叩いて俺は笑った。

どや? とでも言うように刹那に目配せすると、彼女は呆れたような苦笑いで答えてくれた。


「しかし……本当にどうしたものかのう……恐らく探査系の魔法には対策がなされておるじゃろうし……」


再び、学園長が重苦しい声でそう呟く。

確かに彼の言う通り、木乃香を引き渡す気がないというなら、現状の問題、爆符付きのヒトガタをなんとかしなくてはならないのだが……。


「敵の居場所が判明しているなら、私が狙撃すればいいんじゃないか?」


妙案とばかりに、真名がそう言う。

しかしそれも、兄は計算付くだろう。


「多分、学園結界内で奴が死んでもどかん、やと思うで? ただで死んでくれるほど、甘かない」

「む……確かに、その可能性は否定できない……やはりヒトガタを直接除去するしかないか……」


真名の言う通り、それが現実最優先とされる事項だろう。

木乃香がこちらの手に有る以上、下手に向こうも動けないはずだからな。

しかし残り時間が余りにも少な過ぎる。

約束の時間まで、残り45分を切っていた。

クソ……本当にどうすれば……。

全員の中で焦りばかりが募っていく。

そんなとき。


「そや……コタ君、やっぱウチ、コタ君のお兄さんのとこに連れてってぇな?」

「はぁ……それはさっきも言うたやろ? それは絶対に……」


再び木乃香を諭そうとした俺は、彼女の瞳を見て言葉を失った。

彼女の黒い双眸には、先程のような、諦めの色はなく、絶望にでも立ち向かえる、希望の輝きが湛えられていたのだから。


「……何や思いついたみたいやな?」

「うん……みんなの力、ウチに貸してもろてもええかな?」


見ていて頼もしくなるような、力強い笑みで、木乃香はそう言った。

……本当、ついさっきまで魔法のことなど一切知らなかったのが嘘みたいな肝の据わりようだな。

俺は彼女に感化されて、思わず浮かぶ笑みを堪えることもせずに言った。


「ええで……こっちは最初からそのつもりや」


そして、俺たちは木乃香の考えに耳を傾けるのだった。











「……そ、それは余りにも危険です!! お嬢様の身を護る者として、承服しかねます!!」


木乃香の案を聞いた途端に、刹那がそう声を上げた。

それも当然だろう。

木乃香が告げた策は、策というには余りに稚拙で、その上大胆だった。

殆どが運に任せた大博打。

しかし、刹那以外の、俺を含めた3人の反応は、全く同じだった。


「……口惜しいが、今はそれ以外の方法はなかろうの」

「ああ……ふふっ、近衛は見た目より大分思い切った性格をしているな」


学園長と真名が、木乃香の案の後押しをする。

これには、さすがの刹那も閉口せざるを得なかったようだ。

かくいう俺も、木乃香の案を呑むことが、現状における最善の策だと感じていた。

しかし、もちろんこの策はリスクも大きい。

下手を打てば木乃香は愚か、多くの学園住人が傷つくことになるだろう。

俺は今一度、木乃香にその覚悟を問うた。


「ホンマにええんか? 下手したら、火傷じゃ済まへんで?」

「うん。……大丈夫や。ウチ、みんなこと信じとるもん」


俺の言葉に、木乃香はいつものほにゃっとした笑みを浮かべて答えた。

そう言われると、こちらには言い返す言葉などない。


「お嬢様……」


刹那もようやく観念したようで、溜息を付くと、すぐにいつもの戦士然とした、凛々しい表情を浮かべた。

ならば、後は時間との勝負。

1分たりとも、俺たちは無駄にすることは出来なかった。


「すぐに動ける魔法先生、生徒全てにはワシが連絡を付けよう、諸君らはさっそく割り当てられた仕事へ取り掛かってくれ」


学園長はそう言うと、早速電話を取り出し、どこかへ連絡を取り始めた。

それを見た真名は、さっきと同じように小さく笑みを浮かべて、鞄を背負い直した。


「こんなに気持ちが昂るのは中東以来だよ……腕が鳴る。女子校エリアの東側は任せてくれ」

「うん、頼んだで、龍宮さん」

「ああ……今回は特別サービスだ。給料分以上の働きをしてみせるさ」


木乃香の言葉に、力強く答えて、真名は学園長室を後にして行った。

それを見送って、刹那が木乃香へと歩み寄る。

その表情には、木乃香に対する心配の気持ちが隠し切れていはいなかったが、それでも、すでに覚悟は決まっているようだった。


「お嬢様、くれぐれも無茶をなさらぬように……必ずや、ご期待に沿う働きをお約束します」

「うん、せっちゃんも気ぃ付けてな。帰ってきたら、いっぱい話したいこともあるんやえ?」

「……はい、必ずや」


刹那は木乃香の言葉に、幾ばくかの逡巡を経て、しかし優しい笑みでそう返事した。

すっと、今度は俺の方へと向き直り、迷いのない、凛々しい笑みを浮かべて彼女は言った。


「お嬢様のこと、よろしくお願いします」

「言われるまでもあれへんよ……自分こそ、無茶するんやないで?」

「あなたにそれを言われるようになるなんて……そっちこそ、もう春休みのようなことはゴメンですよ?」


心配そうにそう尋ねる刹那。

昼間、木乃香に言われたことを思い出して、少し胸が高鳴った。

しかし、それをおくびにも出すことはせず、俺は力強い笑みで彼女を送り出した。


「当たり前や。約束したからな、千の呪文の男より強なるて。それまでは死ぬ訳にはいかへんよ」

「……信じています。……では、私は女子校エリアの西側に。みなさん御武運を」


俺の言葉に満足げに微笑むと、そう言い残して刹那は真名と同様、学園長室を飛び出して行った。

その後ろ姿を、今度は木乃香が心配そうに見送っていた。

俺は何の気なしに、彼女の頭にぽんと手を置く。

不思議そうに俺のことを見上げる木乃香だったが、すぐに先程のように力強い笑みを浮かべた。


「……大丈夫。みんなのこと信じるって決めたもんな」

「その意気や。そんじゃ、俺らも行くとしよか? ……憎たらしい、あのクソ野郎の面を拝みに」

「……うん!!」


俺の言葉に、木乃香は真剣な表情で、しっかりと頷いた。

学園長に一瞥くれると、彼は一端受話器を置いて、真剣な眼差しで俺たちに告げた。


「……今回ばかりは、ワシもすぐここを離れることになるじゃろう……木乃香のことを護ってやってくれ」

「……当然!!」


俺はいつものような、獣染みた凶暴な笑みを浮かべて言った。

さて……それじゃ、行くとしますかね。

俺は木乃香を連れて、学園長室を後にした。


―――――兄貴の待つ、橋を目指して。







[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 26時間目 背水之陣 ……くくっ、今宵も影斬丸は血に飢えてお(ry
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/04 23:37



橋へと続く道を、俺は木乃香と二人、ゆっくりと歩いていた。

季節柄、蒸し暑いはずなのに、日が暮れた今は風が涼しく、それが心地良かった。

本来ならば、こんなにゆっくりとしている場合ではないのだろうが、約束の1時間までに残り20分もある。

ゲートを使うと一瞬で付く距離を、俺はわざわざ手前でゲートを開き、こうして木乃香と歩くことにした。

とは言ったものの、俺は後ろに残して来た仲間たちの事が気がかりで、さっきからちらちらと振り返っていたりする。

これじゃ、木乃香にデカいこと言えないなぁ……。

かくいう木乃香は、こん、こん、と道端で見つけた小石を蹴飛ばしながら、楽しそうに俺の隣を歩いていた。

まるで、この大勝負が、自分たちの勝利だと信じて疑わないように。

やっぱり、彼女は俺が思っていた以上に強い、とそう感じずにはいられなかった。


―――――こんっ、こんっ、からんっ


「あ、落っこちてもうた」


ふと、木乃香が足を止めた。

しばらくそうして、溝に落ちてしまった小石を、残念そうに眺めていたが、すぐに顔を上げると、ま、しゃあないな、と楽しげに笑った。

そんな彼女の様子に、俺も自分が置かれた状況を忘れて苦笑いを浮かべずに居られなかった。


「なぁなぁ、コタ君? ちょっと聞いても良え?」

「何や?」


立ち止まっていた木乃香が、不意に俺を振り返ってそう言った。

まだ時間はある。

俺たちの役目は、出来るだけの時間を稼ぐことだ。

そう考えれば、ここで彼女と2、3会話を交わすことに、何の問題もないだろう。


「うーん、ホンマは、聞いてええことやないと思うんやけど……コタ君て、お兄さんと昔から仲が悪かったん?」


予想だにしていなかった彼女の問いに、俺は一瞬、どう答えたものかと逡巡した。

思い返されるのは、山奥の静かな村の光景。

めったに人里との関わりもなく、農業や畜産、ときには狩りまでして、自給自足の生活を送っていた、幼少時代。

その中で真っ先に思い出されるのは、仕事で家を空けることが多かった母の代わりに、いつも俺の面倒を見てくれていた、年の離れた兄とのやり取りだった。










『兄貴、隣のじっちゃんが猪の肉持って来てくれたで』


俺は、今しがた受け取ったばかりの荷物を掲げて、満面の笑みで兄貴にそう言った。

そんな俺に、兄貴も符を作っていた手を止めて、嬉しそうに小さく笑った。

集落の中でも高位の術者だった母は、対外からの依頼で、村を留守にすることが多かった。

そのせいもあって、俺たち兄弟は、近所の大人から良く目を掛けてもらっていた。

俺と7つ違いの兄は、とても器用で、人当たりも良く、近所の大人たちの間でも評判が良かった。

もっとも、俺との稽古においては、既に性格の悪さが際立っていて、ブービートラップや伏兵なんてものは日常茶飯事。

兄弟喧嘩でも俺が勝てた試しはなかった。

また、兄貴は符術や狗神使いとしての資質も群を抜いていて、母の跡取りとして、その将来を切望されていた。

俺はその前衛として、いつか兄貴とともに戦場を駆けることを、信じて疑わかった。

兄貴は筆を置いて立ち上がると、俺のところまできて荷物を受け取り、ぽんぽん、と手の中でその荷物を上下に振った。


『……結構あるなぁ。今日は母ちゃんも帰る言うてたし、久しぶりにぼたん鍋でもするか?』

『マジでか!!』


ガキの頃から食い意地の張っていた俺は、夕食が肉料理だと聞いて目を輝かせていた。

そんな俺に苦笑いを浮かべて、兄貴は俺の頭をぽんぽん、と軽く叩いた。


『そん代わり、今日の稽古はいつもより厳しくいくで?』

『うそん!? もう式神に爆符貼り付けんのは勘弁やで!?』


当時直接攻撃しか使えなかった俺にとって、式神による神風特攻は対処のしようがない最悪の戦法だった。


『だあほ。実践じゃあ、敵はそんな甘いこと言うてくれへんで?』

『……いや、兄貴ほど性格歪んでんのは、そうそうおらへんと思うで?』


原作知識を頼りにしても、そこまで姑息な戦法使ってた敵キャラはいなかったと思う。


『……ほう、良え度胸やな?』

『ひはははっ!? は、はひふんへんっ!?』


兄貴は生意気に口答えした俺の頬を思いっきりつねっていた。

ちょっと生意気な口を聞くと、兄貴はいつもこうやって俺の頬をつねり上げた。

対していたくはないが、後でちょっと頬が赤くなるので虫歯みたいで恥ずくて、俺はそれが嫌いだった。

涙目になる俺を見て、兄貴は楽しそうに笑っていた。

いつまでも、こんな風な日常が続くと思っていた。

底意地の悪い兄貴と、滅多に帰らないが優しい母親、神のきまぐれが俺にくれた第2の人生は、俺にかけがえのない絆をくれたと、そう思っていた。



―――――あの、惨劇の夜までは。



兄貴の15の誕生日だった日の夜、それは怒った。

焼け落ちていく故郷。

響き渡る断末魔の叫び。

母に匿われた納屋の中で、俺は村人たちが一方的に虐殺されていくのを、ただ見ていることしか出来なかった。

天才と称された兄の実力は、その評価に相応しく、圧倒的だった。

ただ、それを加味しても奇妙な点の残る技術に、俺は空恐ろしさを感じていた。

最後に兄貴の前に立ちはだかったのは、他でもない、俺たちの母だった。

その時、母と兄が交わしていた会話。

風と木が焼ける音に遮られながらも、俺はそれに必死で耳をそばだてた。


『……ようも10年間、わいをたばかり続けてくれたな?』

『……そうやね。これはウチらのエゴが招いた結果かも知れん』


普段めったに感情を露わにしない兄貴が、明らかな怒りの感情を込めてそう言った。

対して、母もそれが当然のものだというように、諦めたような受け答えをしていた。

10年間? 俺が生まれるより以前に、兄貴に何かあったというのだろうか?


『……開き直りおって、贖罪のつもりやったとでも言うんかい?』

『…………』

『だんまりか……まぁええわ。どの道、あんたとあのガキで最後や、母子仲良く往生しぃ』


兄貴の右手が高々と上げられる。

そこには、信じがたい量の魔力が、禍々しさと圧倒的な破壊力を持って収束していた。


『母ちゃんっ!?』


思わず、俺は納屋から飛び出していた。

しかし既に全ては遅く、兄貴の右手は、母の胸を深々と貫いていく瞬間だった。


『…には……んよ……』

『……何やて?』


最期の瞬間に、母は、兄に何かを伝えたようだったが、それは俺に届くことはなかった。










「…………」

「……コタ君?」


俺が黙り込んでいたせいだろう、木乃香が心配そうな、申し訳なさそうな表情でこちらを見上げていた。


「……スマン、ちょっと昔ん事思い出してた。……そうやな、あいつが裏切るまでは、そりゃ仲の良え兄弟やったと思うで? 俺は兄貴の事を尊敬すらしてた」


過去の思い出を語りながら、俺は不思議な感情に捉われていた。

未練、とでも言うのだろうか。

戻れるはずがないのに、あの楽しかった山奥の生活を懐かしいと感じてしまうのは。

ともすれば、昔のように優しかった兄に戻ってくれるのではないかと、そう思ってしまう自分が居る。

奴は……母を、仲間たちを殺した、憎き仇敵だと言うのに。

俺の言葉に、木乃香は切なそうな表情を浮かべていた。


「……ほんなら、何でコタ君のお兄さんは、そんなことしたんやろ?」

「さぁな。俺が生まれるより前に、お袋と兄貴の間で何かあったんは間違いないやろうけど……」


今となっては、それを知るのはあのクソ兄貴だけ。

そして、あの兄貴がそんな簡単に口を割ってくれるとは思えなかった。

実質、真相は闇の中という訳だ。


「……やっぱり、コタ君はお兄さんのこと、殺したいと思てる?」


先程と同じ、どこか悲しそうな、切なそうな表情で、木乃香は俺にそう問いかけた。

俺は今の自分がどう考えているか、改めて逡巡する。

目の前で母を殺されたとき、その時に、明確に俺の中に芽生えた業火のような激情。

それは、否定しようの無い、明確な殺意だった。

そしてそれは、護るための力が欲しいと願った今もなお、俺の心のどこかで、燻り続けている。


「……そりゃあ、な。あいつはお袋達の敵やさかい。ちょっと前まで、見つけたら刺し違えてでも殺したる思てたわ」

「じゃあ、今はどうなん?」


俺の物言いが引っかかったのか、木乃香は不思議そうに、もう一度訪ねた。

その表情は、どこか一抹の希望を見つけたかのような、そんな表情だった。

……ああ、そうか。

先程から彼女が浮かべていた、切なそうな表情の正体はこれか。

心の優しい彼女は、俺が残された最後の肉親、仇敵である兄をこの手に掛けることを、そして、手に掛けることで、文字通り俺が天涯孤独となることを恐れているのだろう。

だから、兄との闘いに挑む今この時に、彼女はそんなことを問いかけたのだろう。

俺の真意を知るために、俺を修羅道に堕さぬために。

溜息をついて、俺は苦笑いを浮かべると、学園長室でそうしたように、そして兄が、いつか俺にそうしてくれたように、木乃香の頭をぽんぽん、と軽く叩いた。


「あのクソ兄貴は、きっと俺に情けなんてかけへん。確実に息の根を止めるつもりでかかって来るやろう。こっちも殺る気がなかったら、殺られるだけや」

「っ!? せ、せやけど……そんなの悲しすぎるやん……」


そう言った木乃香は、今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情を浮かべていた。

そんな心優しい少女を、俺はこれ以上悲しませたくはなくて、彼女の頭に置いた手で、その頭をくしゃくしゃ、と撫でつけた。


「……コタ君?」

「……俺が殺してやらんと、あいつはもっと多くの命を奪ってまう。それを止めるんは、他の誰かに押し付けて良えこととちゃう」

「っっ……」


俺の言葉に、木乃香は唇を噛んで、鳴いてしまいそうなのを堪えていた。

それを知った上で、俺は言葉を続ける。

己の決意が、彼女に伝わると信じて。


「……昔俺の知り合いがな、こんなこと言うてん『一歩を踏み出した者が、無傷でいられると思うなよ?』ってな」


正解に言えば、その時はまだ俺たちは知り合いではなかったし、こちらの彼女はまだその言葉を口にはしていない。

それでも、この言葉こそが、今の俺と、木乃香に必要なものだと、そう感じてならなかった。

うわ言のように、木乃香はこの言葉を繰り返して、不思議そうに俺にその意味を問うた。


「……どういう意味なん?」

「……『キレイであろうとするな、他者を傷つけ、自らも傷つき、泥にまみれても尚、前へと進む者であれ』……俺も奴も、譲れんモンがあって、互いに一歩を踏み出してもうた。今更後には引けん……例え互いが、互いの血に濡れても、な……」

「…………」


そうだ、善悪も正も誤もない。

道を違えてしまった以上、俺たちはただ、己が信念を貫くために闘わざるを得ない。

経て来た道程は違えど、俺たち兄弟は、あの燃え盛る夜に捉われている。

そこから踏み出すために、傷つくことを、傷つけることを躊躇うことなど出来ない。

だが、それでも俺には、譲ることが出来ない、もう一つの決意がある。


「……けど俺は、独りになる訳とはちゃうで?」

「……え?」


俺の言葉に木乃香は、心底驚いたように、目を白黒させていた。

かつて刹那と、強くなることを誓った時と同じ力強い笑みを浮かべて、俺は宣言した。


「……俺にはまだ、仲間がおる。泣きながら説教垂れてくれる幼馴染が、喧嘩っ早くてオジン趣味な女友達が、厚顔不遜でわがまま全開の吸血鬼が……んでもって、人のこと心配して、泣きそうになっとる女の子が、な」

「あ……」

「俺は自分らと、前に進むために闘いに行く。……心配せんでも、どこかに行ってもうたりせえへんよ?」


俺の決意を、今一度聞いて、木乃香はようやく、いつものようなほにゃっとした笑みを浮かべてくれた。


「……うんっ!! ウチ、みんなのこと信じてるて言うたもん。コタ君のことも信じたらんとな?」

「そういうこと。……何や、分かっとるやないかい?」


そう、エヴァが刹那が教えてくれたように、俺は決して独りなんかじゃない。

ともに進む仲間が、背を押してくれる友たちがいる。

兄を斃すのは、過去を清算するためじゃない。

過去を断ち切り、奴の業、それすらを背負って、前へと進むためだ。


「……あーあ、あかんわ、やっぱり……ウチ、せっちゃんに後で謝らなあかん」

「は? 何か刹那にしたんか?」


不意にそんなことを言い始めた木乃香に、俺はそう問いかけた。

木乃香は、悪戯っぽく微笑むと、右手の人差し指を口元に当てて、口ずさむように言った。


「……今はまだ、ヒミツや♪」

「何じゃそら……」


女ってのは、本当難しい生き物だと思う。

ふと、木乃香が真剣な表情を浮かべ、腕もとの時計を見た。


「……時間、やな」


釣られて、俺も携帯のディスプレイを確認する。

約束の時間まで、気が付くと残り5分を切っていた。


「ああ……そろそろ、行くで?」


これから、間違いなく自分が一番危険に曝されるというのに、木乃香はそれを微塵も感じていないかのような、力強い笑みを浮かべた。


「うん……みんな、頑張ってくれとるんや、ウチも頑張らんとな」


見てるこっちが頼もしく感じるほど、力強い笑みを。

それに答えるように、俺ももう一度、同じ笑みを浮かべる。


「ほな行くで。覚悟は良えか?」

「うん。もちろん……ちゃんと帰ってくる覚悟やんな?」


木乃香は、当然やろ? とでも言いたげに俺を見上げた。

しっかりと頷いて、俺は自身の影に手を付いた。

決戦の場へと、彼女を運ぶために。











橋の学園側にゲートを開いて、俺たちは月明かりに浮かぶ、巨大な橋を眺めた。

普段街灯が煌々と燈っているはずの橋は、今夜に限って、一切の電飾がその灯を消していた。

恐らく兄の手によるものだろう。俺は別段、それを不思議だとは思わなかった。


「コタ君、あそこっ!?」


慌てた声で、木乃香が指さすのは、橋の対岸。

そこには、月明かりに照らされた、一つの人影が、悠然とその青白い光を見上げていた。

宵闇に溶け込むような、漆黒の髪。

狐のように細く、切れ長な双眸。

記憶よりも幾ばくか背は高く、しなやかな強さを感じさせる体躯。

そして髪と同色の、黒いYシャツとジーンズに身を包んだその男は、紛れもなく今回の黒幕。

犬上 半蔵に相違なかった。

俺たちが現れたことに気が付くと、奴はゆっくりと視線をこちらに移し、橋に向かって数歩、その足を踏み出した。


「よぉ。こうして直接会うんも4年振りか? あんなちっこかった自分がこんなに大きくなるなんてな。ちっとばかし感動したわ」


兄貴はまるで、旧知の友人にでも会ったような気軽さで、そう言った。

俺も奴同様に、何気ない風を装って、それに答える。


「おかげ様でな。自分の鍛え方が良かったおかげで、そっちの腕も大分上がったで?」

「そりゃ重畳……約束通り、近衛の小娘を連れて来たみたいやな?」


俺の隣に立つ木乃香に視線を移して、奴は悪戯が成功した子どものように笑った。

自分の策略通りにこちらが動いていると、そう確信して。

だから俺も、それを演じて、やりとりに答えた。


「ああ、これで満足やろ? もう時間があれへん、爆符の作動を解除してくれや」

「まぁ、そういう約束やったしな。……ほれ、これで5体の爆符は作動せえへん。つっても妙なことは考えるんとちゃうで? 爆発させるんはいつでも出来るからな」


兄はぱちん、と指を鳴らし、愉しげにそう言った。

よし、一先ず一つ目の山は越えた。

これで時間が来ても、爆符が作動しないことに奴が疑問を抱くことはない。

あとは少しでも、1分でも多く、ここに奴を引き止めなければ。

俺は、兼ねてからの算段通り、兄にこんなことを尋ねた。


「……自分の言うた通りにしたんや。1つくらい質問させてくれても良えやろ?」

「……まぁ、良えやろ。今は気分が良えからな、1つくらいなら、何でも答えたるで?」


喰いついた。

本当は、こいつに聞きたいことは1つや2つじゃ済まないところだが。

今は、さっき奴が俺に言った言葉が、一番引っかかっていた。


「さっき言うとった、近衛家に対する私怨て何のことや? 俺にも無関係やあれへん言うとったけど……」


その質問に、兄は意外そうな表情をした。

もっと別の質問を、俺が投げかけると、そう思っていたように。

しかしながら、兄はその質問にすぐに答えた。


「まぁ安心しぃ。自分には、直接関係はあれへんよ。良ぉある話やで? 近衛の連中はな……わいの家族を殺してん」

「はぁっ!? 何ふざけたことほざいてんねんっ!? お袋を殺したんは、間違いなく自分やったやないか!?」


はっきりと、抑揚のある声でそう告げた兄貴に、俺は思わず叫んでいた。

どういうことだ?

俺の記憶が改竄されている?

だとしてもどうして?

それに、原作からの様子を見ても、長がそんなことをするとは思えない。

奴が、俺を惑わせようと嘘をついている?

いや、だったら、今まで俺の前に姿を現さなかった意味が全く不明だ。

俺は奴の真意を、奴が言ったことの真贋を測りかねていた。

相変わらずの様子で、兄貴がくつくつと、喉を鳴らした。


「予想通りの反応や。やっぱおもろいなぁ自分。心配せんでも、自分の言うてることは合うとるよ。あの狗神使いの一派を全滅させたんは、わいで間違いあれへん」

「……何や、自分お得意の下らん嘘八百かいな?」

「いんや……近衛家がわいの家族を殺したんは紛れもない事実や。嘘やあれへん」


呆れたように言った俺に、兄は真剣な表情でそう返した。

なおさら、俺は意味が分からなくなって、もう一度訪ねていた。


「どういう意味や? 全く話が見えへんで?」

「……質問は1つだけの約束や。今の話が分からんなら、自分はまだそこまでの男っちゅうことや……さぁ、小娘をこっちによこしぃ」

「っ……」


思ったよりも時間を稼げなかったか……。

学園長からの知らせは、まだ届かない。

くっ……何とかして時間を稼がないと……。

しかし焦れば焦るほど、良い考えは俺の中に浮かんでこなかった。


―――――すっ……


苦悶に表情を歪める俺の前にふと木乃香が歩み出た。


「大丈夫や、コタ君。ウチに任せといて……」

「木乃香……」


俺に首だけで振り向いた木乃香は、いつもと同じ、ほにゃっ、とした笑みを浮かべてそう言った。

だから俺は、それ以上何も言えず、黙って彼女の背中を見送った。


「そうや。そのまま橋のこっち側まで一人で歩いて来ぃ」

「…………」


楽しそうに木乃香を促す兄貴。

それに一瞥くれることもせずに、木乃香は黙って歩み続ける。

一歩一歩を、強く踏みしめて。

……くそっ!? まだなのかっ!?

俺は、今すぐにでも、木乃香と兄の間に割って入りたくなる衝動を必死で押さえながら、その瞬間を切望していた。

ふと、木乃香がその歩みを止めた。

兄貴が、訝しげにその表情を伺っているが、彼女の真意は読みとれない様子だった。

俺の方からも、彼女の表情は伺えず、彼女が何を考えているのか、図り知ることは出来なかった。


「……ええと、コタ君のお兄さん? ウチからも1つ質問しても良えですか?」


まるで、緊張感の無い声で、急にそんなことを言い出す木乃香。

俺の方は余りの驚きで口から心臓が飛び出るかと思ったが、逆に兄貴は、彼女のそんな様子に声を上げて笑っていた。


「はははっ!! ……い、今から死ぬいうんに、肝の据わった娘さんやなぁ……ふぅ、良えで。ただし、小太郎と同しで1つだけやけどな」

「おおきに。ええとな、ウチを殺したら、その後はどないするつもりなん?」


あっけらかんと、自分を殺そうとしている相手に、そんなことを質問する木乃香。

こっちはさっきから冷や汗と妙な悪寒が止まらねぇっての!?

……頼むっ!! 急いでくれ学園長!!

木乃香の質問に対して、兄貴は顎に手を当てて、どうしたものかと思案している様子だった。

しかしすぐにそれも終わり、木乃香に向き直った兄貴は、やはり歌うように楽しげにこう告げた。


「しばらくは力を付けるために身を潜める予定やけど……せやな、最終的には、自分のお父んを殺すつもりやで」


親子3人、あの世で再会させたるなんて気が利いとるやろ? と兄貴はもう一度、声を上げて笑った。

そんな兄貴の答えに、木乃香は大きく息を吸って、やたらはっきりとした声でこう答えた。


「……せやったら、やっぱり自分はコタ君にここで斃して貰わなあかん。優しかった自分に、もうこれ以上、誰かを傷つけたりさせとうないもん!!」

「……何やと? 随分生意気な口を聞くやないか、小娘?」


兄の目が、すっと細められる。

……っマズいっ!?

俺は最早学園長の知らせを待つことを放棄して、影斬丸の柄に手を掛けた。

ちょうどその瞬間だった。


―――――ひゅ~~~~~っ……ぱんっ


「……何や? 狼煙?」


学園都市の方角から、一筋の閃光が打ち上がる。

闇夜を切り裂いて上昇するその輝きは、まるで希望の輝きそのものようだというように……。


―――――緑の輝きを灯していた。


「……グッドタイミングやで、学園長」


俺は口元に浮かぶ、獣染みた笑みを隠そうともせず、今度は躊躇なく、木乃香の前へとその身を躍らせていた。

突如、自分と木乃香の間に割って入った俺に、兄は訝しげに目を細めていた。


「……どういうつもりや? それに今の狼煙、自分ら何ぞ企んどるな?」


焦った様子は微塵も見せないものの、そう問いかける兄貴の様子からは、自身のシナリオが崩れ始めたことへの苛立ちが感じられた。

それが可笑しくて可笑しくて、俺は更に唇の端を釣り上げて、自らに纏う闘気の密度を増していた。


「人聞きが悪いで? はかりごとは自分の専売特許、こっちはそれを正面から叩き潰したっただけやないか?」

「……何?」


俺の言葉に、兄貴の表情は更に疑問の色を濃ゆくした。

今、全ての風は、俺たちへの追い風となっている。

ならば今、この時を持って、俺たち兄弟の因縁を断ち切る好機は、在りはしない。

俺は迷いなく、影斬丸を鞘から解き放った。


―――――ごぉっ……


「きゃうっ!?」


漆黒の風が暴風となって爆ぜる。

突風に木乃香が可愛らしい悲鳴を上げていたが、俺はそれに詫びることもせず、兄から木乃香を隠す様に立ち、影斬丸を高々と掲げた。




「―――――――――行くで、クソ兄貴。約束通りその喉笛……俺が喰い千切ったる!!!!」






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 27時間目 狂瀾怒涛 頭によぎったのは、某狂戦士さんの姿でした……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2010/11/06 16:10




―――――30分前、麻帆良教職員宿舎前。


「……ふぅ、一先ずこれで安心かな?」


ただの紙片に戻ったヒトガタと、湿気て使い物にならなくなった爆符を確認して、僕はそう呟いていた。

全く、学園長も無茶な注文を付けてくれる。

30分足らずで、居場所も特定出来ないヒトガタを見つけ出して、爆符が作動しないよう水をかけろだなんて……

しかも攻性魔法の使用は厳禁と来た。

とても正気の沙汰とは思えない任務だった。

まぁしかし……。


「可愛い娘の、その友達の命が懸かってると聞いちゃあ、父親として黙っていられないけどね」


さて、残るは4体のヒトガタと、それを操る敵。

学園長の話だと、今回、敵と対峙しているのは、またもあの少年とのことだった。

少々、彼に負担を掛け過ぎているようにも感じたが、彼なら喜び勇んで、最前線へと飛び出して行きそうだと思い、僕は思わず苦笑いを浮かべてしまった。


「……負けるんじゃないぞ、小太郎君」


僕は静かに笑みを浮かべて、残りのヒトガタが、無事発見されるのを祈った。










―――――27分前、麻帆良学園、高等部女子寮前。


「凄い量の爆符……これを仕掛けた人間は、本当に正気だったのでしょうか?」


私は紙片に戻ったヒトガタと、それとともに散乱した爆符を見て驚きを隠せませんでした。

学園長から、龍種を一撃で屠れるほどの量とは聞いていましたけど……まさかここまでの量なんて。

そんな狂気に侵されたような人間を相手に、小太郎さんは一人で対峙している……。

以前、西の刺客が差し向けた妖怪と対峙した時も、彼は瀕死の重傷を負ったとのことでした。

そんな彼だから、きっと今回も自身の危険を顧みずに無茶をするのではないかと、私は湧き上がる不安を抑えられませんでした。


「……学園長の知らせを待っているなんて、とてもじゃないけど出来ません!!」


確か、彼が向かったのは、学園外れの橋でしたね……。

待っていてください、小太郎さん。

前回のように、あなたを一人で戦場に送ることなんて、私が許しません。

私は呪文を唱え、影の人形に跨ると、脇目も振らずに、彼が戦っているという橋へと飛び立ちました。










―――――21分前、麻帆良男子校エリア、中等部男子寮前。


「……全爆符の効力消失を確認しました。ご指示を」

「うむ、ご苦労だった。早いとこジジィに報告してやれ」

「イエス、マスター」


……全く、何故私がこんなことを……。

そう思わなくもなかったが、よくよく考えると、あの駄犬には、春休みに借りが一つあったこと思い出した。

ここらで、それを清算しておくのも良いかもしれないな……。

それに今夜は満月だ。

制限は大いにあったが、いつもより幾らかマシに暴れ回ることが出来る。

それを思うと、思わず口元に笑みが浮かんだ。


「マスター、学園長への報告、終了いたしました」

「ご苦労。さて、もう一つ仕事だ、あの駄犬の居場所を検索してくれ」

「駄犬……小太郎さんのことと推察し、検索を開始します。よろしいですか?」

「それで構わん。くくっ、あの未熟者にどう泡を吹かせてやろうか……」


駄犬の居場所を探るパートナーを尻目に、私はこれから起こるであろう戦いに胸を躍らせるのだった。










―――――8分前、女子校エリア、ウルスラ女学園校舎。


「……やれやれ、私の魔眼から逃げられると思ったのか?」


水浸しになった紙片と、爆符の束を見つめて、私は笑みを浮かべて言い捨てた。

小癪にも、私の視線に気づいたこのヒトガタは、私を撒くために、この女子校校舎まで逃げてきた。

攻性魔術の使用は禁じられていたため、転移符を再び使用することになってしまったが……後でこれも学園長にツケておこう。


「しかし、思った以上に時間がかかってしまったな。私が4番手とは……」


近衛に大口を叩いてしまった手前、ここでこの戦闘を降りるのは後味が悪い。

さて、どうしたものか……。


「……仕方ない、今夜は特別サービスだ。もう少しだけ、この戦いに付き合うことにしよう」


私は銃器の入ったキャリーケースを背負い直し、彼らが向かったという橋を目指して移動を開始した。

さて……絶好の狙撃ポイントは、どこだろうな?

そんなことを、ぼんやりと考えながら……。










―――――2分前、世界樹広場。


「よもやこのワシが最後の一人とは……やれやれ、歳は取りたくないものじゃのう」


ただの灰と化したヒトガタと爆符を眺めながら、ワシは一人ごちた。

時間になっても、学園都市郊外から大きな魔力の乱れは感じられとらん。

おそらくは、小太郎君が上手くやってくれているのじゃろう。

全く、若い世代に任せてばかりでは、長老としての立つ瀬がないわい。

……しかし今回のこの件は別じゃ。

これは、紛れもなく彼の背負うべき業。

彼が前へと進み続けるために、いつか必ず断ち切らなければならない過去の因縁。

ならばワシらに出来ることは、その背中を、思い切って押し出してやることだけじゃろうて。


「……さて、喧嘩っ早い彼のことじゃ。そろそろ痺れ切らしとるところじゃろう」


にやり、と年甲斐もない笑みを浮かべて、ワシは杖を頭上へと翳した。

杖先から迸るのは、開戦を告げる緑の光。


「……待たせたのう。……存分に闘うがいい、小太郎君!!」


若い世代の門出を祝すように、緑光が燦然と瞬いた。










―――――現在、麻帆良学園都市郊外、大橋。


「爆符が作動せぇへん……? まさか……この1時間で、攻性魔法もなしに、5体のヒトガタ全部を還したっちゅうんか?」


驚きも露わに、兄貴がそう呟いた。

無理もないだろう、広大な学園都市だ。

一度そこに無作為に歩き回るよう放った式が、そう簡単に発見されることなんて、まず有り得ない。

しかしその常識を、俺たちは覆さざるを得なかった。

そこで木乃香が提案したのは、2つの突拍子もない策だった。

1つ目は、俺と木乃香の二人が橋におもむき、1分でも長く時間を稼ぐというものだった。

兄貴は、会話の端々で相手をおちょくることを得意としている。

こちらから質問を投げ掛ければ、喜んでそれに応じ、こちらの神経を逆撫でしようとするだろう。

俺たちは、それを逆手に取ることにした。

2つ目は、現在麻帆良にいる、魔法先生・生徒によるローラー作戦。

30分ちょっとの時間で、全てのヒトガタと爆符を無力化するという、机上の空論としか思えない無茶な作戦。

しかしそれを成功させる以外に、この兄を止める手立てがないこともまた事実だった。

全ての魔法先生・生徒を総動員したこの作戦。

普段は黙して報告を待つだけの学園長までもが現場で捜索を行った。

そしてその結果、この大博打に勝利したのは、間違いなく俺たちだった。

時間内に処理できたヒトガタが2体以下だった場合は、赤の閃光が。

3もしくは4体だった場合は、黄色の閃光が。

5体全てが処理された場合には、緑色の閃光が、それぞれ打ち上がる手筈となっていた。

今しがた、打ち上がった閃光は、見紛うことなき、緑光。

それは即ち、俺にとっての後塵の憂い、全てが薙ぎ払われたことを示す輝きだった。

自身のシナリオが崩されたことでたじろぐ兄を、俺はまっすぐに見据えてこう吠えた。


「ヒトガタがスタンドアローンやったのが災いしたな? 自分が異変を察知出来たら、こうは上手くいけへんかったと思うで?」


そう、この男は見縊っていたのだ。

俺の、俺たちの……麻帆良の底力を。

時期に、散り散りになっていた、魔法先生・生徒たちがここに集まってくるだろう。

そうなれば、クソ兄貴には、一片の勝ち目すら残されていなかった。


「……なるほどな。さっきの会話は、わいをここに釘付けるための芝居やったっちゅう訳か……えらい頭が回るようになったやんけ?」


別段悔しさを感じさせることもなく、兄貴が俺を見て唇を釣り上げた。

……何だ? この違和感は?

間違いなく、追い詰められているの奴だというのに、まるで、一種の余裕すら感じさせる奴の表情は……。

しかし、俺はその奴の口上に、雰囲気に、呑まれるわけにはいかない。

きっ、と眼光を鋭くし、俺は今一度、兄貴に問い掛けた。


「今更、観念しろとは言わへん。自分はここで、俺が斬る。異論あれへんな?」

「……くくっ、はっ、ははははははははははっ!!!!」

「!?」


突然、兄は顔を右手で覆うと、気でも狂ったかのように声を上げて哂った。

それすらも、俺を油断させるポーズだという可能性がある。

俺は背後にいる木乃香を庇うように立ちながら、全神経を兄貴の一挙手一投足に集中させた。

一しきり哂うと、兄はだらん、と両手を下へ投げ出した。


「……デカい口叩くようになったやんけ? 自分らを少し見縊っとたわ……けどな、わいのことも見縊ってもらっちゃあ困るで?」

「……何やて?」


奴は薄い笑みで唇を歪ませると、すっと、ズボンのポケットから一枚の符を取り出した。

思わず、身構えてしまう俺。

それも当然だろう。

奴が取り出した符は、漆黒の紙片に、血でしたためたとしか思えない、深紅の文字が綴られていた。

そして、外見だけでも禍々しいその符は、それに見合うだけの圧倒的な魔力を放っていたのだから。


「教えたはずやで? 自分の勝利を確信する瞬間が、一番危険な瞬間やて……わいがまさか、何の保険もなしに、敵に姿を曝す思たんかいな?」

「……いんや。けどな、それも全部含めて、俺は自分を切り伏せるつもりで、ここに来たんや。今更蛇が飛び出そうが驚けへん」


そう、全てを正面から叩き斬る強さを、俺はあの妖怪に、そして木乃香に学んだのだ。

兄貴がどんな策を弄そうが、そんなことは関係ない。

俺はこの太刀で、それごと兄貴を叩き斬るだけだ。

まるで衰えない俺の気勢と闘志に、兄は面白くなさそうに目を細めた。


「……腹立つなぁ、自分もあの男と同じ目ぇをしよる……自分はここで殺さんといたろ思たけど、止めや。……小娘と仲良ぉ、あの世へ逝って来い」


兄はその言葉とともに、頭上高く、手にした符を投げ放った。


「来たれ……鬼の頭領、災禍の申し子よ」


濃密な魔力が、黒い渦となって時空を歪める。

そこに書き出される深紅の魔法陣。

それが式を召喚するためものだと気付いた時には、漆黒の渦は明確な指向性をもって一つの巨影を作り上げつつあった。


「京を焼き、暴虐と殺戮の限りを尽くした最悪の権化、千の時を経て、ここに再び顕現せよ」


兄貴が最期の一節とばかりに言葉を紡ぐと、魔法陣からはその巨影は、地響きとともに橋に降り立ち、片膝を付いた。

俺は春休み以来、腹の底から震えるような魔力の奔流に、ちょっとした戦慄すらを覚えていた。

何しろ、その巨影が持つ特徴こそが有り得ないものだったのだから。

薄い朱の肌に、赤茶けた短い乱れ髪。

頭頂部には5本の角が生え、地に付いた手は熊のように巨大だった。

そして優に6mを越えるであろう巨躯の大鬼とくれば、この世界で、その名を知らぬものなど居ないだろう。


「……オイオイオイ!? 自分、なんつー洒落にならんもんを呼び出しとんねんっ!?」


俺は思わずそう叫んでいた。

冗談じゃない、そんなもの、人の身でどうこうできる存在じゃないはずだぞ!?

どうやってそんなものを召喚したってんだ!?

驚きを隠せない俺に、兄貴は相変わらずの薄い笑みを浮かべて、悠然と語った。


「首塚明神の土をちょこっと拝借してな……本物にはまるで及ばへん劣化コピーやけど、自分らを殺すくらいなら訳あれへんやろ?」


……なるほど、な。

俺は兄の言葉に、安堵の溜息をついた。

さすがに本物とあっちゃあ、今の俺だけじゃどうしようもない。

それこそ学園結界を落として、最強状態のエヴァにでも登場願わないと、今の麻帆良にはあれのオリジナルを潰すだけの戦力はないだろう。

もっとも、例えオリジナルであったところで、俺はこの闘いを降りる気などさらさらなかったがね。

しかし劣化コピーだって言うならなおさら、ここで引き下がる理由は微塵もない。

この鬼を斬り捨てて、それからあのクソ兄貴を斬る。

多少遠回りになってはしまうが、当初の予定と何ら変わりない。

俺は気を取り直して、再び兄を真っ向から睨みつけた。


「……念のためや。一応、その大鬼の名前を聞いといたるわ」


俺がそう言うと、兄は先程までの薄い笑みとは違う、心底愉快そうな笑みを形作ってそれを告げた。



「大江山の鬼頭―――――酒呑童子」



日本三大妖怪と恐れられた、その悪鬼の名を。










かつて、京都と丹波国の国境、大江山に住んでいたとされる鬼の頭領の話をご存じだろうか?

その者は、人間の母より生まれ出でながら、その母の胎内で33月を過ごし、生まれながらにして人語を解し、大人すら打ち倒す怪力を持っていたという。

そのような幼子を、周囲は恐怖と不気味さから『鬼っ子』という蔑称をして呼んだ。

やがて、親に捨てられた鬼っ子は、京を目指し、そこで多くの手下を従え暴虐の限りを尽くしたという。

夜な夜な都より、貴族の娘をかどわかし、その血肉を生きたまま喰らった。

毎夜酒を呑み明かし、夜ごと50升もの酒を飲み干した大鬼は、人々にこう呼ばれた。


―――――大江山の酒呑童子、と。


白面金毛九尾の狐、讃岐の大天狗と並び、日本の三大悪妖怪と謳われた彼の大鬼は、悪行の果て、ついにときの帝の勅命を受け、源頼光率いる軍勢によって討ち滅ぼされた。

しかしなが、その執念は深く、ついには跳ねられた首のまま、大将だった頼光の兜に喰らい付いたという。

その首は老ノ坂峠に埋葬され、今日では霊験新たかな神仏、首塚大明神と呼ばれ奉られている。

しかし、かつての悪名全てが忘れ去られた訳ではない。

語り継がれる彼の鬼の凶悪さを、邪悪さを人々が語り継ぐ限り、鬼とはその存在を世に知らしめ続ける。

クソ兄貴は、それを逆手に、この大鬼が没したと言われる首塚明神の土で、これを複製したという訳だ。



……さすがは天才、やることのスケールが違うねぇ……。

正直に、俺は舌を巻いていた。

普通複製とは言えども、伝説上最強の鬼を復活させますか?

これオリジナルだったらスクナとかの騒ぎじゃない化け物ですよ?

あ、でも酒呑童子には英雄や土地神としての側面はないから、霊格的にはスクナの方が上なのか?

……そういう問題じゃねぇよ!!

どんな錬金術師だ貴様は!?

つか、人体練成じゃねぇのかこれ!?

腕と脚はオートメ○ルってオチか!?

じゃないとフェアじゃないでしょコレ!!!?

もっとも魔力で式を召喚するのと同じ要領で、あの巨体を維持しているのだろうが。

しかし、だとすればあのクソ兄貴の魔力は、ざっと見積もっても全開時のネギ並にあるということではないか。

つくづく、厄介な奴を敵に回したものだと思う。


「うわぁ……でっかいおっちゃんやなぁ……」

「……木乃香さん? そんな感心したみたいに言うてる場合とちゃうで?」


俺の後ろで緊張感のない声を上げる木乃香に、俺はそんなツッコミを入れておいた。

そんな俺たちには目もくれず、兄貴は酒呑童子の傍らに立ち、その背中に何やら呪を書き込んでいた。

恐らくは、俺たちを殺せだのの物騒な命令を刻んでいるんだろう。

それを終えて、兄はこちらをゆっくりと振り返った。


「急造過ぎて知性もあれへん化け物やけど、代わりに理性もあれへん……その小憎たらしい頭から、ばりばり喰われてまえ」

「……恐ろしいこと言うてくれるやないか」


自分の事は棚に上げて、俺は兄貴を睨みつけた。

……さて、雲行きが怪しくなってしまったな。

木乃香を護りつつ、この大鬼と兄貴を斬るのは至難の業だ。

それに鬼に気を取られていて、兄貴に木乃香を狙われたんじゃ堪ったものじゃない。

実質二対一のこの状況に、俺は苦虫を噛み潰さずにはいられなかった。


「……安心しぃ。俺は自分と闘う気はあれへん。俺がここを離れる間に、酒呑童子に膾にされてまえや」


そう言って、兄は俺たちに踵を返した。


「待てっ!? クソ兄貴っ!!!!」


それを追おうと両足に気を集中させた瞬間。



―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!



「っ!?」

「きゃっ!?」


大気全てを震わせるような雄叫びを上げて、酒呑童子がこちらへと突っ込んで来た。

しかも手にはいつの間にやら、奴の身の丈程はありそうな長大な金棒が握られている。

……くっ、この距離じゃ、狗尾の発動は間に合わない!!

かといって、避ければ木乃香に当たってしまう……ならばっ!!


「……身体張って止めるまでや!!!!」


俺は奴が振り下ろす金棒の真下に潜り込み、全身の気を昂らせた。


―――――ガキィンッ、ボコォッ


「ぐぅっ!?」

「うわわっ!?}


ぐっ、何てバカ力だ!?

上着がビリビリと裂けていくの構わずに、獣化状態で受け止めたというのにこの破壊力。

しかも衝撃を殺しきることは出来ず、俺の両足はアスファルトにめり込み、周囲の地面がぼこぼこと隆起していた。


「ぐっ……このっ……調子に、乗るなやっ!!!!」


―――――ガキィンッ


やっと思いで奴の金棒を弾く。

酒呑童子は、それをどう捉えたのか、再び俺たちと数mの間合いを空けて動きを止めた。

その更に奥、橋の対岸には既に兄の姿はなく、宵闇の漆黒だけがそこに残っていた。

……クソ、逃がしたか。

しかも厄介な置き土産を残しやがって。

気も纏わずにあんなバカ見たいな一撃を放つ化け物なんて、聞いたこともない。

しかし気も魔力も使えないというなら、勝機はいくらでもある。

さっさとこいつを斃して、兄貴を追わせてもらうとしよう。

俺は乱暴に、地面から足を引き抜いた。


「……コタ、君なん?」


後ろから、木乃香の不思議そうな声が聞こえた。

そう言えば、獣化状態を彼女に見せるのは、これが初めてだったか。

余りの俺の姿の変わり様に、驚きが隠せない様子だった。


「おう。みんな大好き小太郎さんやで? ……ちょっと大荒れになりそうや。木乃香絶対それ以上前に出てきたらあかんで?」


敵から視線を逸らすことは出来なかったため、俺は振り返ることはせずに、出来るだけ優しい声を努めて、木乃香にそう言った。

俺の背後には、敵の殺気、その一片すらも通さない覚悟を持って。


「……うん。コタ君、あんなおっちゃん、やっつけてまえ!!」

「はっ!! 当然っ!!!!」


まるでここが戦場だということを、忘れさせてくれるような明るい声で言う木乃香に、俺も会心の笑みを浮かべて答えた。

同時に、弾かれたように、俺は動きを止めた酒呑童子に向かって、瞬動を持って肉薄していた。

こいつが伝説の大鬼と同じ存在だと言うのならば、それを殺す方法は、一つしかない。

俺は躊躇いなく、その首へと影斬丸を奔らせた。

しかし……。


―――――ガキィンッ


「なっ!?」


影斬丸は、まるで鋼鉄でも斬りつけたかのような甲高い音を立てて弾かれてしまった。

いや、仮に奴の皮膚が鋼鉄並の硬さだったとしても、気で強化された影斬丸の刃を弾くなんて有り得ない。

一体どうして……。

しかしその答えは、奴に視線を戻すと一目瞭然だった。


―――――ぞくっ


心臓を鷲掴みにされたような悪寒とともに、この橋一体に立ち込める空気が、紅く歪んだ。

これは……酒呑童子の、魔力?

さっきの一合は、召喚されたばかりで、魔力が上手く使えていなかっただけだと言うのか?

今奴が、無作為に放出している魔力が、奴の本気だと言うのなら、それこそ洒落になっていない。

制限状態だった、あの狗族の男同等、いやそれ以上に強大で、禍々しい魔力。

指向性もなく、ただ周囲にまき散らされているだけで、影斬丸の刃を退けるほどの圧倒的な魔力量。

やはりあの男同様、この大鬼に刃を届かせるには、牙顎しかない。

俺は一端距離を取り、影斬丸に狗音影装を纏わせようと気を高めた。

その瞬間。


―――――周囲の魔力が、奴の金棒に向かい収束した。


まずい、とそう思った瞬間には既に遅く、奴は巨体に似合わぬ速度で、俺の頭上高く飛び上がっていた。


―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


先程同様、耳を突き破るような雄叫びを上げながら、急速に落下してくる、巨大な影。

これは先程のように、受け止めることなど、とても出来ない。

そう思った俺は、牙顎を放つために用意した狗音影装を、全て狗尾へと回し巨大な防壁を作り上げた。


―――――ドゴォンッッッ


「づっ……!!!?」」


―――――バキバキバキ、ミシッ、メキッ


再び、地面に呑みこまれる俺の両足。

しかし、今回の衝撃は、先程の比ではなく、周囲のアスファルトを隆起させるだけには留まらず、巨大な橋という構造物に、連鎖的に大きなダメージを与えた。

しまった……このままでは……。


―――――この橋が、墜ちるっ!?


もちろん、浮遊術が使える俺や、この大鬼にとって、そんなことは些末な問題だろう。

しかし、俺の後ろ、橋の4分の1程の場所にいる木乃香は、そうも行かない。

橋が倒壊したなら、彼女は為す術もなく下の川へと落ちていくだろう。

そうなったら、最悪、怪我では済まないかもしれない。

俺はこれ以上橋にダメージを与えないよう、巨躯の大鬼を押し返そうとした。

しかし……。


―――――バキンッ……


無情にも、その瞬間はやって来てしまった。


「くっ!?」


重力に引かれ、倒壊を開始する。

金属とコンクリートが砕ける音とともに、俺たちの足場はがらがらと崩れ落ちていった。


「きゃあああああっ!?」

「ぐっ、ちっくしょおぉっ!!」


―――――ガキィンッ、ドゴォンッ


ようやくの思いで、俺は酒呑童子の金棒をいなすと、敵に背を向けることも厭わず、落下していく木乃香へと走っていた。

しかし、余りにも前に出過ぎていたのか、このままでは、彼女が水面に衝突するまでに、僅かに一歩間に合わない。

―――――くそっ……くそっ、くそぉっ!!

何が、絶対に護るだ!? 

何が皆と前へと進むためだ!?

大切な友1人護れずに、何が世界最強を目指すだっ!?

俺は、それでもありったけの気力を両足に込めて、崩れ落ちていく足場を疾駆する。

―――――あと少し、あと少しなんだ!!

そう思い、必死で木乃香へと右手を伸ばす。

しかし……。


―――――それが、彼女に届くことはなかった。


「木乃香ぁっ!!!!」


もう一度、彼女に向けて、跳ぼうと虚空瞬動の構えを取る。


―――――ヒュンッ


「っ!?」


しかしそれは、俺の前を雷光の如く駆け抜けていく、白い影によって遮られた。

影は木乃香への距離を、まさに疾風迅雷と詰めていき、彼女が水面へと叩きつけられる直前、その身体を抱き止めて、再び宙へと舞った。

俺は安堵の溜息とともに、上昇して来た、その影の主に笑みを浮かべた。


「……美味しいところ持って行きおってからに」


そう、彼女は自らの大切な者を護るため、自らが忌み嫌う、その純白の双翼を持って、風より疾く、この場所へと舞い降りたのだ。


「―――――お怪我はありませんか、お嬢様?」

「せっ、ちゃん……?」


満月に照らされた宵闇に、一対の白き翼を広げ、刹那はこの戦場に風と共に降り立った。




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 28時間目 一致団結 燃え尽きたぜぇ……真っ白になぁ……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2010/11/07 00:35




「……キレーなハネ……なんや天使みたいやなー」

「……お嬢様……」


刹那が広げた翼を、木乃香は嬉しそうに見つめてそう呟いていた。

恐らく、木乃香の危機を察して、止むを得ず使ったのであろうあの双翼。

あの姿を見せるのは、刹那にとって最大の禁忌だったはずだが、それを押しても尚、木乃香を救いたいと願ったのだろう。

おかげでこの戦闘の後にまた一悶着起こりそうだが、俺は刹那のそんな一途な想いを垣間見て、思わず口元が綻んだ。

倒壊した橋の瓦礫、その1つで、宙に浮かぶ2人を目がけて、再び酒呑童子が跳ぼうと身を屈めた。


「……ようやくのラブシーンや、外野は黙っとくんがマナーやで?」


俺はそう呟くと、先程使用しなかった分の気力で、酒呑童子へと跳躍した。

その勢いのまま、先程よりも幾ばくも濃く、狗神を纏わせた影斬丸を振り抜く。


「―――――牙顎ォッ!!!!」


―――――ガキィンッ


「ちぃっ!?」


しかし、その一閃も、酒呑童子の振りかざした棍棒によって、易々と遮られてしまった。

やはり、狗音斬響に類する威力のある技でもない限り、俺の太刀では、こいつに傷すら負わせられないと言うことか。

そう思い、もう一度距離をとろうとした瞬間、俺の太刀を凌いだ態勢から、酒呑童子は、あろうことかその右腕を俺へと振り抜いていた。


「うそぉっ!?」


慌てて、飛び退こうとするが間に合わない。

衝撃を覚悟して、直撃するであろう腹部に気を集中させる。

しかし……。


―――――ドカァッ


「おぉっ!?」


―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


見覚えのある、黒い人形に体当たりされて、酒呑童子は川へと真っ逆さまに落下して行った。

これは、影精の人形?

ってことはまさか……。

俺は人形の飛来した方角を慌てて振り返った。

するとそこには、黒い巨大な人形『黒衣の夜想曲』に跨る、高音の姿があった。

高度のせいか、風に金髪を靡かせるその姿は、原作での彼女の姿が嘘のように頼もしく、俺は思わず笑みを浮かべていた。


「……どいつもこいつも、ホンマに良えタイミングで来おってから」


俺のその呟きが聞こえたは定かじゃないか、俺と目が合うと、高音は誇らしげな笑みを浮かべて声高に言った。


「お待たせしました、小太郎さん!! 正義の使途、高音・D・グッドマン、只今推算です!!」


そう言えば、原作でもそんなこと言ってたな。

見ると、刹那は木乃香を連れて、橋の付け根、陸地へと降りていた。

川に沈んだ酒呑童子は、未だに上がって来る様子を見せない。

しかしながら、あの程度でやられるとは考え難い。

酒呑童子が復活する前に、一端合流しておくべきだろう。

俺は高音に目配せをして、刹那たちへと駆け寄った。

駆け寄る俺に気が付くと、木乃香は嬉しそうな笑みを、刹那も安堵したように小さく笑みを浮かべていた。


「良かったぁ、コタ君怪我しとらん?」

「ご無事だったようで何よりです」

「おう、二人もな。せやけど、良かったんか、刹那? その姿は……」


俺が言いかけると、刹那はすっと、俺の口元に右の人差し指を宛がい、それを制した。


「今はそんなことを言っている場合ではないでしょうから……」


少し悲しげにそう言うと、すぐに刹那は戦士然とした凛々しい表情へと戻った。

その直後、『黒衣の夜想曲』から、相変わらずの優雅さで、高音が降り立つ。

俺たち3人の様子を見回して、高音は満足そうに笑みを浮かべた。


「みなさん、ご無事だったようで何よりです」

「……小太郎さん、こちらの方は?」


そんな高音の様子を受けて、刹那が申し訳なさそうに俺に彼女の事を尋ねて来た。


「こん人が、前言うてた高音や。俺に操影術教えてくれてる先輩」

「こっ、こちらの方が!? ……う、ウチより、はるかにスタイルがええ……」

「……せっちゃん、ドンマイ。ウチらには、これからがあるえ?」


刹那が何事か呟き肩を落とすと、木乃香が何故かそれを慰めていた。

何なんだ一体?

……っと、今は楽しく談笑してる場合じゃない。


「高音、こっちは、桜咲 刹那、神鳴流の剣士。んで、こっちが今回の護衛対象で、学園長の孫の近衛 木乃香や」 

「高音・D・グッドマンです。よろしくお願いします」

「よっ、よろしくお願いしまず」

「よろしゅうお願いします」


俺は集まった面々に、簡単な自己紹介をさせた。

さて、とりあえずは、いかにしてあの大鬼を斃すかだな。

刹那も同じことを考えていたのだろう、すぐに彼女の口からこんな質問が投げかけられた。


「あの鬼が小太郎さんのお兄さんなのですか? 聞いていた話と、随分印象が……」

「んな訳あるかいっ!!」


俺の兄貴は、あんな脳みそまで筋肉で出来てそうな外見はしてません。

すると高音が、いつになく真剣な表情で、重々しく口を開いた。


「5本角に朱の肌、そしてあの巨大な体躯……小太郎さん、まさかとは思いますが、あの鬼は大江山の……」

「ああ、酒呑童子や。つってもオリジナルとは比べ物になれへん劣化コピーやけどな」


あの特徴だけでそれに気付くとは、高音が優秀なのか、それだけあの大鬼が有名なのか。

どちらにせよ、俺がそれを肯定したことで、刹那と高音、2人の表情に大きな緊張が走ったのは間違いなかった。


「酒呑童子……小太郎さんのお兄さんは、そんなものまで呼び出せたのですか……」

「え? え? こ、コタ君、さっきのでっかいおっちゃんて、そんな有名人なん?」


もっとも、木乃香だけはことの重大さが飲み込めていないらしく、自分だけが仲間外れになったような悲しそうな様子でそんなことを聞いてきた。

俺は苦笑いを浮かべて、それに答えてやることにする。

現状の再確認の意味も込めて。


「有名人も有名人、超大物や。日本三大悪妖怪とか言われてんねんで?」

「ほ、ホンマにっ!? ひ、人は見かけによれへんなぁ」


いやーどちらかと言えば、俺は見かけ通りだと思うんだが?


「酒呑童子ということは、斃すにはあの首を切り落とすくらいしか方法はないでしょうね」


現状を把握した高音が、そんなことを言い出す。

もちろん、それは俺も承知の上だ。

そのため、さっきから2度に渡って、渾身の斬撃を奴の首筋に叩きつけているのだが……。


「……そう簡単にはいかないでしょう。見たところ、小太郎さんの獲物が、傷一つすら負わせられない魔力を纏っているようですから」


苦々しげに、刹那がそんなことを呟いた。

そうなのだ。

俺の影斬丸は、2度に渡ってあいつに弾かれている。

その首を切り落とすなど、並大抵の術や技では不可能と言って良いだろう。

麻帆良の連中でそれが出来るとしたら、それこそ最強状態のエヴァくらいのもんじゃないか?

或いは、刹那が斬魔剣・弐ノ太刀を使えれば話は早いのだろうが……。


「あの鬼が常に纏っている、強大な魔力の障壁を抜いて、尚あの首を斬り飛ばす方法なんて……」

「……1つだけ、方法があるで……」

「「「!?」」」


俺の一言に、3人が、かっと瞳を見開いた。

うわー、すげぇプレッシャーを感じる。

しかしながら、今俺が思いついている方法というのも、決して上策という訳ではなく、苦肉の策には違いない。

それでも、今はそんな下策に縋ってでも、俺たちはあの大鬼を打倒しなくてはならないのだ。

そんな俺の心情を知ってか知らずか、高音は、俺にその方法を促した。


「一体、どのような方法ですか?」

「あんな、俺の技で一番威力が高いんは獣裂牙顎っちゅう技なんやけど、それは知っとるな? 恐らくそれはあいつの障壁は抜けても、首を切り落とすまではいけへん」

「はい、1度拝見したことがありますが、確かに、その評価は無難でしょうね」


刹那がそう頷いて俺の言葉に同意をする。

問題はいかに奴の障壁を抜き、且つ奴の首を切り飛ばす威力を確保するか、に掛かっている。

そして、俺が考え付いている策とは、単純明快に、その部分の威力、言い換えれば出力そのものを補ってやろうという話。


「通常刀に乗せる狗音影装は1体分。今の話も、1体分でやったらっちゅう前提の話や。せやけど……それを2体分乗せれたら、話は変わってくるんとちゃうか?」

「!? ……そんなことが、可能なんですか?」


俺のそういった技を知らない高音と木乃香は、顔中にクエスチョンマークを浮かべていたが、ただ1人刹那は、真剣な表情で俺にそう聞き返していた。


「正直、やってみんと分からん。しかも俺が1回の戦闘中に使える狗音影装は最大3回。今日はもう1回無駄にしとるからな、打てるんは1発限りや」

「なるほど、失敗は許されないという訳ですか……」


その通り。

出たとこ勝負も良い所の大博打。

さらにこの技には、もう1つ欠点がある。


「1体までならノータイムで使えるようになったけど、2体目を刀に乗せるんには、軽く見積もって20秒は必要になるやろうしな」


詠唱魔法並みのタイムロスだ。

さっきの高音のように、不意を突くならともかく、その間真正面からあの大鬼とやり合って、気力を集中させてる俺を護るなんて、生半可な覚悟じゃ出来ない。

しかし、今はその覚悟を、彼女たちに決めてもらう必要があった。

しばらくの逡巡を経て、刹那は嬉しそうに笑みを浮かべると抑揚のはっきりした口調でこう言った。


「ようやく、一緒に闘う気になってくれましたね?」

「……まぁ、な。……やってくれるか?」

「今はそれ以外に、酒呑童子を斃す方法はありませんよ」


刹那は力強くそう答えて、夕凪を握る拳に、力を込めていた。

そんな刹那の様子に、高音も得心がいったように頷いた。


「良くは分かりませんが……ともかく、20秒稼ぐことが出来れば、小太郎さんに、あの鬼を打倒する術があると、そういうことですね?」

「ああ、上手くいくかは、大分賭けやけどな……」

「ふふっ、大丈夫です。信じていますよ?」


彼女が頬笑みとともにそう言った瞬間だった。



―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


「「「「!?」」」」


川から、耳を劈くような、奴の咆哮が再び木霊したのは。

刹那は、既に態勢を低くし、いつでも飛び出せる準備を整えている。

高音も、『黒衣の夜想曲』を、まほら武道大会のとき同様、自身の背後に纏い、いつでも戦闘に入れる態勢を作っていた。

自分に命を預けてくれた2人に、俺は今1度心の中で感謝して、影斬丸の柄を強く握り締めた。


「……みんな、気ぃ付けてな?」


そう言って俺たちを送り出そうとする木乃香の表情には、心配した様子や、不安の色のなどは一切浮かんでいなかった。

ただ、俺たちに対する、信頼の笑みだけを湛えて、彼女は俺たちにその言葉を告げた。

3人で顔を見合わせて、俺たちはそれぞれに、力強い笑みを浮かべて木乃香に答えた。


「おう、自分は危なないよう隠れとくんやで?」

「行って参ります、お嬢様」

「この私が付いているのです、御心配には及びません」


俺たちの言葉を受けて、木乃香が小さく頷いたのを確認すると、俺たちは、一斉に駆け出していた。

酒呑童子が待つ、橋の瓦礫に向けて。










「おうおう、大分殺気立っとるなぁ……」


先程、高音に突き飛ばされたのが余程頭に来たのか、酒呑童子が纏う禍々しい雰囲気が、更にその密度を増していた。

俺は酒呑童子とは少し離れた場所、比較的平面の残る瓦礫の上に立ち、その様子を見つめた。

その俺の右側を刹那が、左側を高音が、それぞれに駆け抜けていく。

それを見送ると同時に、俺は外界へと向けられる全ての五感を、己の内へと向けた。

思い描くのは、自身の中で暴れ狂う数千の狗神たちを、全てこの刀に集中させるイメージ。

いつも狗音斬響を使う際に、刀に纏う狗神に倍する数の狗神を、全て己の刃と為す。

彼女たちが命を賭して与えてくれたこの20秒、何が何でも俺はこの一閃、最強の斬撃を作り上げる覚悟を決めた。


―――――残り20秒。


最初に酒呑童子へと肉薄したのは刹那だった。

妖怪化により強化された、持ち前の速度を持って、上下左右自在に飛び回り酒呑童子を翻弄する。

その隙を付いて、高音が『黒衣の夜想曲』から20は下らないだろう数の影槍を放つ。

しかしその全てが、奴の身体に傷一つ付けることも敵わないままに弾かれて行った。


―――――残り15秒。


「神鳴流奥義―――――百烈桜華斬!!」


今度は刹那が、自身の技の中でも最も手数の多い技を持って、酒呑童子の動きを封じた。

再びその隙に乗じて、詠唱を終えた高音が、200近い魔法の射手を、酒呑童子目がけて放った。


「魔法の射手・連弾・影の199矢!!」


―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


さすがに数が多すぎたらしく、直撃を受けた酒呑童子がたたらを踏んだ。


―――――残り10秒。


高音の放った魔法が、酒呑童子の怒りに火を付けてしまったらしい。

童子は手にした金棒を、ぶんぶん、とデタラメに振り回し始めた。

その直撃を受けそうになった刹那を、高音が『黒衣の夜想曲』の触手を使い、自らの元へと引き寄せた。

奴から強大な一撃を貰うことはないが、これでは手出しも出来ない。


―――――残り5秒。


「斬鉄閃っ!!」


金棒を振り回す酒呑童子に、刹那が裂帛の気合を持って、刀を振った。

当たり所が悪かったらしく、酒呑童子は自らの獲物を弾き飛ばされてしまった。

その瞬間、高音は両手を童子目がけて勢い良く振り抜いた。


「影よ!!」


『黒衣の夜想曲』から100近い影の触手が、また、童子の足元からも数十の影の触手が殺到し、その動きを拘束する。

恐らく、童子の怪力を鑑みると、拘束出来る時間はおよそ3秒ほどだろう。

しかし、すでに俺の手の内には、奴を打倒する切り札が、完成していた。


―――――残り0秒。


「……時間や。覚悟は良えか、古の大鬼……その首、俺が貰い受ける!!」


握っていた影斬丸の刀身は、普段の2尺7寸の一般的な太刀の姿をしておらず、2mはあろうかという長大な漆黒の刀身が、はち切れんばかりの気を孕んで顕現していた。


「……今ですっ!!」

「小太郎さんっ!!」


彼女たちの呼び声に答えるように、俺は両足に、持てる気力の全てを投じた。

俺の酒呑童子との距離は、瞬動を持ってしても、僅かに遠い。

しかし、その距離を埋める術は、既に俺の内にある。


「縮地―――――无疆!!」


―――――ドカァッ


粉々に砕け散る俺の足場。

しかし俺の体は、確実に童子の首筋目がけて飛び立った。

高音に四肢を封じられて首を覆うことも出来ない童子。

これならば、確実に奴を仕留めることが出来る。

自らの勝利を確信し、俺は獣染みた笑みを浮かべた。

その瞬間だった。


―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


「なにっ!?」


童子が、大口を開けた。

そしてそこに収束していく、禍々しいほどに強大な魔力。

そうか……こいつは腐っても鬼の卷族。

これは、学園祭編で召喚された鬼神たちが使用していた、魔力の大砲。

失念していた、何故奴に、これが使えると考えなかったのか。

しかし既に遅い。

俺の身体は、完全に奴の真正面を突き進んでおり、奴が放つであろう魔力の射程圏内にはっきりと収まっていた。

こうなってしまっては、一か八か、奴が放つ魔力ごと、奴の首を斬り伏せるしかない。

そう覚悟を決めた。

しかし……。


―――――パァンッパァンッパァンッパァンッ……


「っ!?」


立て続けに4発、銃声が響き渡る。

それは仁王立ちする酒呑童子の右膝を正確に打ち抜いていた。

身体を支える柱を失い、大きく態勢を崩して行く童子。

俺に放たれるはずだった魔力は、完全に明後日の方向へと付き抜けていった。

ニヤリ、と口元が再び緩む。

……なるほど、約束通り給料分以上の働きをしに来てくれたという訳か。

俺は心の中で、ニヒルなスナイパーに感謝した。

既に酒呑童子との間合いはなく、俺は裂帛の気合を持ってその刀身を振り抜いていた。

風を、大気を、空間すら断ち切るつもりで、最後の斬撃を放つ。

一瞬、酒呑童子の双眸が、驚愕に剥かれたように感じた。


「狗音斬響―――――獣裂牙顎ォォッ!!!!」


―――――ガキキキッ、キィンッ、ザシュッ……


俺に持てる全ての気力を費やした一撃は、そしてその代償に似つかわしく、日本最強と謳われた鬼の首を、見事に跳ね飛ばしていた。











SIDE Hanzo......



「ん? ……酒呑童子め、やられおったか……」


大気を震わせる魔力の波で、わいは自分の放った式鬼、酒呑童子(未完)がやられたことを悟った。

どうやら、わいが思てた以上に、あのクソガキは強ぉなってるらしい。

自分でそう仕向けたとは言え、今回のように目的の邪魔をされたとあっちゃあ、腹立たしいことこの上あれへん。

しゃあない、近衛の小娘は一端諦めるとするか……


「……にしても、やっぱパチモンはあかんなぁ」


十分なコストを払たはずなんやけどなぁ、たかだか中坊のガキにやられるようじゃ、全く使い物になれへんやんけ。

あーあ……やっぱ、次に狙うんやったら、ちゃんとした、オリジナルの魔物やないと意味があれへんな。

そして何より腹立たしいのは、あの女が死に際に放た言葉通り、今回もあのクソガキを殺せへんかったことや。


「……まぁええわ。次に会うときは、酒呑童子以上のバケモンを用意したらええねん……となると……さぁて、次はどこへ行こうかね……」


京のスクナか、讃岐の大天狗か、近い所なら、栃木の殺生石っちゅう手も有りやな。

何にせよ、あの酒呑童子を上回る、強大な魔力がわいには必要や。


「わいの復讐は、まだ始まったばかりや……覚悟せぇよ、近衛詠春、小太郎……」


いつも通りの薄い笑みを浮かべて、わいは夜の闇に紛れるようにして、学園都市を後にした。



SIDE Hanzo OUT......










崩れ落ちていく酒呑童子の巨体を見つめながら、俺は影斬丸を杖代わりに何とか立っていられるという状態だった。

し、しんど……。

狗音影装2つ分も気力を絞り出したもんだから、俺の中に残っている気力は殆ど0。

言わば、今の俺の状態は、完全にガス欠の状態という訳だ。

あそこで真名の援護射撃が間に合ったから良かったようなものの、あれがなかったら、俺死んでたかもしれないな。

そう考えると、まだまだ「他も己も護れる強さ」は程遠いように感じる。

しかも、ようやく見つけたクソ兄貴には逃げられるし、まだまだ1枚も2枚も奴が上手だったということか……。

さて、くよくよしていても仕方がない。

何はともあれ、これでとりあえずの決着はついたのだ。

疲弊しきった身体を休めるためにも、今日はさっさと帰って眠ってしまおう。

そう思い、俺は木乃香の元へ戻ろうとした矢先。


「小太郎さん!! 後ろです!!」


悲鳴染みた、刹那の声が響いた。

反射的に後ろへと振り返ると、切り落としたはずの酒呑童子の首が、俺の喉笛目がけて飛び込んで来ていた。

なっ!?

そうか、酒呑童子の首は切り落としてもすぐは!!

避けようと、両足に力を入れたが、疲労困憊の身体は言うことを聞いてくれなかった。

マズイ、殺られ……!?


「来れ氷精 爆ぜよ風精―――――氷爆」


―――――キィンッ……


「へ?」


俺の首へと辿り着く前に、酒呑童子の首は、空中で見事なまでに氷漬けとなっていた。

こ、この魔法は……。


「ツメが甘過ぎるぞ、駄犬」


声を掛けられて振り返ると、そこには黒いボロのようなマントを纏った、小さな吸血鬼と、それに使える人形の従者の姿があった。


「え、エヴァ? 自分まで助けに来てくれたんか!?」

「ふんっ、誰か貴様のことなど。私はただ、借りを返しに来ただけだ。今夜が満月だったことを幸運に思え」


そ、そう言えば……。

余りにも切羽つまり過ぎて、空なんて眺める余裕がなかったな。

何はともあれ、俺は彼女のおかげで命拾いした。

ゆっくりと、茶々丸とともに降りて来た彼女に、俺は会心の笑みを浮かべて、礼を言った。


「助けてくれておおきに、エヴァ。おかげで命拾いしたわ」

「だ、だから助けてなどない!! 貴様ごときに借りを作ったままというのが気に入らなかっただけだ!!」


そういって喚くお子様吸血鬼。

全く、素直じゃないってのも大変だねぇ。

俺は今度こそ闘いの終わりを感じて、ほっと胸を撫で下ろすのだった。

エヴァたちに続いて、高音が俺の元へと駆け寄って来た。


「小太郎さん!! ご無事ですか!?」

「おう、エヴァのおかげでな。さすがに今のんは死ぬかと思たで……」


そう言われて初めて、高音は傍らに立つエヴァに視線を移した。

驚いたように目を丸くして、しかし、次の瞬間には優しい微笑みを浮かべていた。


「……何だ貴様? 何が可笑しい?」

「いえ、小太郎さんに伺っていた通り、噂のような悪人ではないのだな、と思いまして」

「……ふんっ」


そう言われて、エヴァはむず痒そうにそっぽを向いた。

その直後、刹那が木乃香を抱きかかえて、俺たちの居る橋の瓦礫へと降り立った。


「あれ? エヴァちゃんもおる?」


降りて来てすぐに、木乃香はエヴァを見つけてそんな風に驚きの声を上げた。

すぐに刹那が、エヴァの事を説明し始める。


「お嬢様、エヴァンジェリンは高名な魔法使いで……」

「悪名高いの間違いやあれへん?」


本人だってそう公言してるし、魔法世界じゃナマハゲみたいな扱いだって言ってなかったけ?


「……何か言ったか駄犬?」

「な、何でもありませーん……」


後ろから付きつけられる殺気により、俺はそれ以上の発言は出来ませんでしたが。

そう言えば、真名は来ないのかな?

まぁ、仕事堅気な彼女のことだ、給料分は働いた、とか言って、早々に引き揚げてしまったのだろう。

近いうちに改めて礼を言わないとな。


「何はともあれ、これで一見落ちゃ……っとと?」


―――――どさっ


影斬丸を引き抜こうとして、俺は仰向けに盛大に倒れてしまった。


「小太郎さん!?」

「コタ君!?

「小太郎さん!?」


心配そうに刹那、木乃香、高音が俺の顔を覗きこんだ。

あー……まさかここまで気力を使い果たすのがつらいとは思わなんだな。

指先1つ動かすことさえ億劫だぞ。


「……あかん、もう1歩も動けへんわ」

「よ、良かった、気を使い過ぎただけですか……」


気だるげに言った俺の言葉に、刹那がほっと胸を撫で下ろした。


「んー……そや♪ コタ君、ちょっと失礼するえ……」

「?」


俺の頭元で、木乃香かごそごそと何か動いているが、俺にはもはや、首を動かす体力さえ残されていなかった


「よい、しょっ、と……」


―――――ひょいっ


「うおっ!? 何やっ!?」


不意に頭を持ち上げられて、驚きの声を上げる俺。

次の瞬間、待っていたのは、ごつっとしたアスファルトの感触ではなく。


―――――ふにょんっ


やたら柔らかい、心地の良い感触だった。

しかも何か良い匂いするし、これは……。


「木乃香、これ……」

「うん、ウチの膝枕。コタ君、頑張ってくれたから、ご褒美や♪」

「お、おおおおおおお嬢様っ!? な、ななななんてうらや、じゃなくて大胆なことをっ!?」


刹那がメチャクチャ喚いてるけど、うん、今回ばかりは最早何を言い返す気力も残っていなかった。

後で何言われるか分かったもんじゃないが、せっかくだし、今はこの感触を堪能させて貰うことにしよう。


「ふふっ、微笑ましいですね」

「ふんっ、能天気なガキどもめ……」

「膝枕……あれにはどう言った意味があるのでしょう……」


外野も何か言っていたが、それにももちろん言い返す気力が残っているはずもなく。

ついには、俺はゆっくりとその両瞼を閉じてしまった。


「ふふっ、お疲れさんやったなぁ、コタ君……ウチのこと、護ってくれてありがとな……」


木乃香が、俺に何か言っているが、既に意識は途絶える一歩手前。

結局返事も出来ないままに、俺の意識は闇に呑まれていった。

最後に、誰かが優しく髪を梳いてくれる感触を、やけに心地良いと感じながら……。






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 29時間目 一陽来復 もう、ゴールしても、いいよね……?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2010/11/09 01:28


時刻は午前5時、まだ日も昇りきっていないこの時間。

兄貴の襲撃から一夜明けた今日。

俺は何故か再び麻帆良中等部女子寮の前にいた。

正直、昨日の疲労は抜けきっていないし、ガス欠状態で足取りも怪しい。

しかしながら、この機を逃すと、俺は一生後悔してしまいそうだったから。

体調の不良なんて、全て気が付かないふりをして、俺はこの場所に立っていた。


「……ふわぁあぁ……」


朝から何度目になるか分からない欠伸を噛み殺す。

余りの魔力切れぶりに、影斬丸の鞘すら、その姿を現してくれなかった。

そのため、影斬丸は今日、部屋でお留守番させてる。

このイベントが終わったら、エヴァに頼んで別荘で2時間=2日間くらい休ませて貰おう。

でないと、本当に身体が持ちそうになかった。


「……ぼちぼちやと思うんやけどなぁ……」


じいっ、と女子寮の門を見つめる。

そういえばさっき、朝刊配達のために出て来た明日菜に、またも変質者呼ばわりをされて泣きそうになった。

うん、この辺の問題が終わったら、必要に迫られない限り、女子寮に来るのはしばらく控えようと思うんだ……。

俺のガラスのハートは、既に粉々ですぜ?

だから早く出てきてくれ……。


「……お?」


そんなことを考えていた矢先、ようやく目当ての人影が、入口からこちらへと、ゆっくりとした足取りで向かってきた。

一度、後ろに立つ女子寮を振り返り、懐かしそうに目を細めながら。

彼女は迷いを断ち切るように、さっと、こちらへ踵を返した。

……未練たらたらじゃねぇかよ……。

そんなに不安なら、悲しいなら、こんなバカなこと思いつかなければ良いのに。

もっとも、そんな頭の堅さも、彼女の可愛らしさだと思ってる自分がいるから性質が悪い。

それに、そんな風に思っていなければ、俺は今日、こんな場所に立ってなどいない。

道端に突っ立てる俺を見つけると、彼女は足を止め、驚いたように目を丸くした。

しかし、やがて観念したようで、小さくため息を付くと、先程と同じ歩調でこちらへと歩いてきた。


「……おはようございます、小太郎さん」

「おはよーさん……こんなとこで会うとは、奇遇やなぁ?」

「こんな作為的な奇遇があるものですか……」


俺の小粋なジョークに、刹那はがっくりと肩を項垂れさせて答えてくれた。

そんな余裕があるってことは、彼女は完全に覚悟を決めてしまったということだろう。

それは、とても悲しいことだと、そう思わずには居られなかった。


「……行くんか?」


俺が真面目な顔でそう言うと、刹那はいつものような凛々しい表情に戻り、はっきりと頷いた。


「はい……あの姿を見られた以上、ここに留まる訳にはいきませんから」

「そんなん、俺と詠春のおっちゃんかて、その姿は知っとったやんけ?」


それでも、彼女は俺たちの前から、姿を消すことはしなかった。

何故今更、俺たちの前から姿を消そうとするのか、それが俺には理解できなかった。


「それを承知で拾ってくれた長と、私と同じ身の上の小太郎さんでは話が違いますよ」


苦笑いを浮かべて、刹那はそう答えた。

なるほど、ね……。


「私の白い翼は、禍いを呼ぶと忌み嫌われていました……それを、あなたとお嬢様は、綺麗だと言ってくれた。それだけで、私は十分です」


そう言った彼女の言葉に、偽りはないのだろう。

心から嬉しそうに、愛おしげに、彼女は優しい笑みを浮かべていた。


「……木乃香の護衛はどないすんねん? 今後も、あいつが狙われる可能性は十分あるんやぞ?」

「そうですね……けれどそれも、あなたになら安心して任せられます」


……そんな信頼しきった笑みを向けられたら、こっちは何も言い返せねぇだろうが。

やはり、俺では彼女の気持ちを変えることは出来ないらしい。

俺は諦めて、大仰に溜息を付くと、右手で後ろ頭を掻きながら言った。


「……だ、そうやで?」

「?」


疑問の顔を浮かべる刹那を余所に、俺の後ろからすっと、1つの人影が姿を現した。


「お、お嬢様っ!? い、いつの間に!? ……まさか、小太郎さん!?」

「俺が陰陽術使えるん、忘れたとは言わせへんで?」


木乃香の背に貼っていた、認識阻害の符をべりっと剥いで、俺は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

さて、後は彼女に任せよう。

俺が何を言ったところで、木乃香ほど刹那の心を揺さぶることは出来ない。

だから俺の出番はここまで、あとはことの成行きをそっと見守るだけだ。

……もちろん、それでもダメなときは実力行使させてもらうけどな?


「……せっちゃん」

「っっ……お嬢様……っ、長い間、本当にお世話に」


―――――ふわっ……


「……え?」


別れの言葉を告げようとした刹那を遮るように、木乃香は優しく彼女の首元に抱き付いていた。

事態が飲み込めず、目を白黒させている刹那に、木乃香は蚊の鳴くような、小さな声で呟いた。


「……いややえ?」

「え?」

「……せっちゃんに会えんようになるなんて、ウチはいややえ?」


今にも泣き出しそうな……いや、俺から表情が見えないだけで、既に木乃香は泣いていたのかもしれない。

そんな切実な声で、木乃香はそう、刹那の耳元で告げていた。


「……この、ちゃん……」

「せっかくまた会えたんにっ、またいろいろ話せるようになったんにっ……もう会えへんなんて、そんな寂しいの、絶対にいややっ……」


慟哭のように響く、木乃香の言葉に、ついには刹那の瞳も潤み始めていた。

抑えていた木乃香への思いが、彼女の傍に有りたいという願いが、一族の掟と彼女の中で激しくせめぎ合っているのだろう。

震える声で、刹那は木乃香にもう一度、別れを告げようとしていた。


「……っ、しかし、あの姿を見られては、私は、あなたの傍にはっ……」

「関係あれへんっ……せっちゃんが、どんな姿やっても、ウチはせっちゃんのこと、大好きやえ?」

「っっ!!!?」


見開かれた刹那の黒い双眸から、大粒の涙が零れ落ちた。

ずっと独りで闘ってきた彼女に、初めて人の温もりを教えてくれた、心優しい少女。

そんな木乃香は、今もまた、刹那の心を、孤独から救おうとしていた。


「……ええの? ……ウチ、このちゃんの傍におっても、ええの?」

「……当たり前や……せっちゃん、ずっと、ウチと一緒におってくれる?」

「っっ!? ……っ、うん……うんっ!!」


堰を切ったように、刹那の目からは止めどなく涙が零れ落ちて来た。

手にしていた荷物も、かなぐり捨てて、刹那は、木乃香の背へと手を伸ばし、彼女の身体をしっかりと抱き締めていた。

……どうやら、これで一安心かな?

俺は、互いを抱きしめ、子どものように泣きじゃくる二人の少女の姿を見て、心の底から、満足の笑みを浮かべた。

さて、邪魔者はこれで退散するとしますかね?

俺は二人に気付かれないよう、そっと踵を返して、女子寮を後にするのだった。











で、女子寮を後にした俺は、当初の予定通り、ふてぶてしくもエヴァのログハウスを訪れていた。


「……こんな朝っぱらから、どういうつもりだ、この駄犬?」


寝込みに押しかけられて、家主たるエヴァ様はたいそうご立腹です。

まぁ、満月も過ぎた今の彼女だと、魔力が使えないために、そんな恐ろしいことはない。

せいぜい寝起きが悪い小学生にしか見えなかった。


「まぁまぁ、そう怒らんといてぇな? 男子寮に戻って寝ても良かったんやけど、どうせなら魔力の濃いエヴァの別荘のが回復早いやん?」

「知るか!! 普段の授業よりも早い時間に押しかけおって!! やはり、その腐った性根、叩き直してやる必要があるようだな……」

「小太郎さん、目玉焼きは片面焼きと両面焼き、どちらがお好みでしょうか?」

「あ、俺片面焼きで。黄身はやぁらかい方が好きやねん」

「かしこまりました」

「人の話を聞けーーーーーっ!!!!」


完全にエヴァの迫力満点な台詞をスルーして、俺は茶々丸にそう答えた。

さすがに無視されたエヴァは、ばんっばんっ、とテーブルを涙目で叩いていた。


「こらこら、テーブルを叩くんはお行儀が悪いんやで?」

「やかましいっ!! 誰のせいだと思っている!? 大体、何を当然のように朝飯までたかっているんだ!?」

「いや~……良ぉ考えたら俺、昨日の朝飯以降何も食うてへんねん」


木乃香を連れて麻帆良中を飛び回った挙句に、兄貴の襲撃にあったからな。

正直空腹なんて忘れてましたとも。

しかし思い出してしまった今とあっては堪ったものではない。

さっきから俺の胃袋は断続的に、激しい自己主張を繰り返していた。


「それこそ知ったことか!! 勝手に餓死してしまうがいい!!」

「そんなつれへんこと言うなや。俺らの仲やんけ?」

「き、気持ち悪いこと言うんじゃない!! だいたい、どんな仲だと言うのだ!?」

「ほら、命を救い合うた仲?」

「だから何で疑問系だ!? そっ、それに昨日の一件は、借りを返しただけだと何度も……」

「お待たせしました。朝食になります」

「おおっ、美味そうやなぁ~」

「……だからっ、人の話を聞けーーーーーーーーーー!!!!!!」


早朝のログハウスに、エヴァのそんな叫びが虚しく響き渡った。











茶々丸が用意してくれた朝食を、これまた遠慮なく平らげた俺は、予告通り、エヴァの別荘へと入らせてもらった。

おして、有無を言わせずベッドへと直行。

上着を脱ぎ捨てて、勢い良くダイブした。


―――――ぼふっ


「うっわー……めっさふかふかやー……」


しかも良い香りがする。

エヴァは殆ど使ってないみたいなこと言ってたけど、この匂いは多分彼女の香りだな。

何度か使っただけかもしれないが、俺の狗族クオリティな嗅覚は誤魔化せない。

つまり、俺は今まさにエヴァの温もりに包まれてるわけだな!!

……これではただの変態ではないか……。

アホらしいことを考えるのは止めにして、俺はごろんと寝返りを打つと、襲い来る睡魔に身を委ねることにした。


「…………」

「……ふんっ」


―――――どすっ


「ぐふぉっ!?」


な、なななななな何だっ!?

兄貴の奇襲か!?

突然腹部に痛烈な重みを持って圧し掛かってきた物体に目をやる。

するとそこには、何故か不機嫌そうに俺の腹に鎮座するエヴァさんがいた。


「……え、エヴァはん? そこで何をしてはるんですか?」

「……ふん、人の話を聞かぬ愚か者に、少し灸を据えてやろうと思っただけだ」


そ、それにしたって、この報復はあんまりだ。

さっき食った朝食が飛び出すかと思いましたよ!?

しかし、俺はそれ以上言い返すことはできなかった。

何故なら、俺から見えるエヴァの横顔は、どこか寂しそうというか、苦しそうに見えてしまったから。


「……小太郎」

「何や?」


俺と目を合わせないままに、エヴァが俺の名を呼ぶ。

最近気付いたことだが、彼女は重要な話をする時に限って、俺のことを名前で呼ぶ癖がある。

だから今回も、俺か、彼女にとって、何かしら重みを持った話をするつもりなのだろう。

俺はいつものように茶化すことはせず、黙って彼女の言葉を待った。


「ジジィから、今回の事の顛末を聞いた。……昨夜の襲撃者は、貴様の兄だったそうだな?」

「……ああ」


そう肯定した俺を、やはり振りかえることはせずに、彼女は淡々と話を続けた。


「貴様が私の護衛をした際に、私は貴様のことを『英雄願望の凝り固まったような、救いようの無いガキ』だと思っていた。不幸など、逆境など知らぬ甘ちゃんだとな」

「そら、えらい評価を貰ったもんやな……」


ちょっとは予想してたけど、その評価にはさすがに泣きそうだぞ?


「……しかしその実は違ったのだろう? 貴様は全ての仲間を喪い、最も信頼を寄せていた人間に裏切られ、たった独りになったはずだ」

「まぁ、そうやな……」


あの惨劇の光景を、地獄と表現するくらいには、俺は自分の置かれた境遇を悲観していた。

そして、そこから逃げ出すために、前へと踏み出すために、力を求めた。


「だというのに、何故貴様は光に生きる? また裏切られるかもしれないと、恐怖を抱かずにいられる? 復讐のためでなく、何故護るための力を望める?」

「…………」


恐らく、彼女は自身の境遇と俺の境遇を重ねているのだろう。

確か彼女は10歳の誕生日の朝、全てを喪った。

俺が全てを喪った8つの時と同じように、とある人間の裏切りによって。

そして魔道に堕ち、他者を傷つけながらしか、生きられなかった彼女の半生。

千の呪文の男、ナギ・スプリングフィールドと出逢い、人の温もりを知るまで、彼女にとって他者は全て、敵に違いなかったのだから。

600年もの回り道を経て、ようやく光へと一歩踏み出した彼女には、一度も闇に、復讐という修羅の道に堕ちず、尚も光に生きる俺は不可解極まりない存在に映ったに違いない。

俺はどう答えたものかと、思案を巡らせていた。

確かに、俺は一歩間違えば、俺は彼女のように、他者を傷つけながら生きる道を選んでいただろう。

しかし、それを是とせず、光に生きることが出来たのは、やはり仲間の存在があったからに他ならない。


「信頼に足る人間に、俺はすぐ出会えたからな……」

「信頼に、足る人間だと? ……それすらも詭弁だ。どんなに美辞麗句を繕おうと、その裏の顔があるのでは、と何故恐れずにいられた?」


それは、原作知識によるところが多いだろう。

確かに彼女の言う通り、それだけの裏切りにあった直後に、初対面の人間を信頼することなんて出来はしない。

特に俺たちのように、その時の年齢が幼ければ幼いほど。

しかし俺は、その時既に、20過ぎの精神年齢を持ち、出会う人々の人柄をおおよそ知っていた。

だからこそ、長を信頼し、刹那とともに強くなる道を選べた。

とは言え、それをどうやって彼女に説明したものかな……。


「……ええとな、これはある男の話なんやけど、何なら聞き流してくれても構わへん」

「……言ってみろ」

「……そいつは、自分の名誉と快楽だけに生きて、人付き合いなんてなおざり。結局最後は事故であっけなく死んでもうた」


そう、それは他でもない、俺自身の話だ。

この世界に生まれ出でるまで、周囲のことなど気に掛けず、自身の楽しみのためだけに生きた、しょうもない男の末路。

生まれ変わったことで、失念しがちだったが、その短い生涯を振り返り、俺が感じたのはどうしようもない後悔だった。


「きっとな、見渡したら、そいつに手を差し伸べてくれる奴なんて、仰山おったはずや。せやけど、そいつはそんなん気付かんと、自分のことばかりを見てた」

「…………」

「死んでから、そいつは後悔すんねん『俺は孤独なまま、こうして死んでいくんやな』って」


そして望む。

二度目の生があるのならば、次こそは仲間とともに歩む人生をと。

そしてそれを手にした俺は、図らずも、その誓いの通り、かつて願った通りに生きる道を選んでいた。


「俺はそんな風に後悔したないねん……差し伸べられてる手があるなら、それに気付かへんなんて、悲しすぎるやろ?」

「差し伸べられてる、手か……」


エヴァは、静かに目を閉じて、何か考えごとをしているようだった。

恐らくは崖から落ちそうになった彼女を、優しく繋ぎとめた、赤毛の魔法使いの、その頼もしい手の温もりを思い出しているのだろう。

しばらくして目を開けたエヴァは、高慢な笑みとともに、ようやく俺を振り返って言った。


「ふん……バカだバカだと思っていたが、どうやら貴様は底なしのバカだったようだな」

「くぅおら金髪幼女、どういう意味やそれは!?」

「誰が金髪幼女か!!!! ふんっ……まぁ良い。そのままの意味だ。どん底を経験し、尚も人の温もりを求める、この性善説信望主義者め」

「む……別に悪かないやろ? こんな時代や、そんなバカも一人二人は必要やで?」


どっかの誰かに抱き付いて泣いてる、白い羽根の剣士とかな。

それに、エヴァだって、それを望んだから、こうしてここで学生生活をしているはずだ。

全く持って、人のことを言えた義理ではない癖に。


「ふんっ、自分で言うことか? ……さて、興が削がれた。どの道私も1日はここから出られん。少し寝る」

「いや、こっちは最初からそのつもりやってんけど?」


邪魔したのはあなた様ではございませんか……。

エヴァはぴょん、と俺の腹から飛び降りて、こちらを振り返ることなく言った。


「それと、今後この別荘が使いたいなら勝手にしろ。毎度毎度、昼寝の邪魔をされたら堪ったものじゃないからな」

「マジでか!? そらおおきに。ホンマ助かるわぁ」


願ってもなかった申し出に、俺は思わず上半身を起こして喜んだ。


「か、勘違いするなよ? 私はただ、底抜けのバカが、どんな場所に辿り着くのか、興味が湧いただけだ」

「ははっ……そんなん最初から言うてるやろ? ……俺は千の呪文の男すら越えて、世界で一番強なったるってな」


照れくさそうに言うエヴァの背中に、俺はいつもの獣染みた笑みを浮かべてそう投げかけた。

最後までこちらを振り返ってはくれなかったが、恐らく似たような力強い笑みを浮かべてくれていたに違いない。

強者としての風格が、その小さな背中から、ひしひしと伝わってきた。

手をひらひらと振って出て行ったエヴァを見送り、俺はぽん、っと再びベッドに身体を預けた。

今回の闘いで、俺はまだ、あの男に届いていないことが判明した。

回復した暁には、今まで以上に腕を磨かないと、俺はいつまでも奴に届かないままだ。

ぐっ、と握り拳を付き上げて、俺は今一度誓った。

他者も己も、護り抜く力を手に入れることを。

神の悪戯が与えてくれた、このかけがえのない絆を、今度こそ護り抜いて見せることを……。













【オマケ:コタ……ま?~はぁとふるこのせつ劇場~】



「はれ? そう言えばコタ君どこ行ったん?」

「そっ、そう言えば、いつのまにか姿が見えませんね?」

「あっちゃあ……まだせっちゃんのこと教えてくれたお礼言うてへんかったのに……」

「携帯で呼び出してみましょうか? まだ、近くにいるかもしれませんし」

「あ、うん、せやな!!」


―――――『おかけになった電話は、現在電波の届かないところに……』


「あ、あかん、圏外や……」

「学園都市の中で圏外になるような場所なんて……ま、まさかっ!?」

「せっちゃん、どうしたん? 顔色が青いえ?」

「え、エヴァンジェリンさんの、別荘?」

「へ? エヴァちゃん、別荘とか持ってるん?」

「え、ええ、ただ1度入ると1時間単位でしか出て来れません」

「へぇ、でも1時間くらいやったら何も心配せんでも……」

「外での1時間は、別荘内での1日に換算されます……ともすれば、小太郎さんは、エヴァンジェリンさんと丸1日二人きりに……」

「せっちゃん、今すぐ行こか?」

「へ? え? えぇっ!?」

「何しとるん? コタ君がエヴァちゃんに取られてまうで?」

「なっ!? おおおおお嬢様っ!? ななななな何でそのことをっ!?」

「あ、やっぱりコタ君のこと好きなんや?(にんまり)」

「なぁっ!?(は、ハメられた!?)」

「んー……けど、せやったら、やっぱウチ、せっちゃんに謝らなあかんわ……」

「え? い、いったい何をですか?」

「うん……ウチも、その……コタ君のこと、好きになってもうた(てれっ)」

「へ? ……えぇぇぇぇぇぇぇええええええっ!!!!!!」

「わっ!? せ、せっちゃん、大きい声は近所迷惑やで?」

「も、申し訳ありません……って、このちゃんっ、その、小太郎はんのこと、好きて……え? ええ!?」

「せっちゃん、落ち着いて、はいっ、深呼吸、深呼吸……」

「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」

「落ち着いた?」

「は、はい……で、ですが、その……木乃香お嬢様、小太郎さんのどこに……?」

「そっ、そんなん、わざわざ言わんでも、せっちゃんかて分かってるやろ?」

「……えぇ、それは、まぁ……」


「「あの優しさと笑顔は反則ですよねぇ(やんなぁ)……」」


「んー……けどなぁ、ウチ、せっちゃんとコタ君取り合うて、喧嘩とかしたないなぁ……」

「そ、それは私もっ! その、お嬢様とそんな、どろどろした関係には……」

「やっぱ、アレしかあれへんかなぁ?」

「あ、アレとは?」

「……せっちゃん、日本には妻妾同衾て、素晴らしい言葉があってな」

「そっ、そんな爛れた解決方法はいかがなものかと!?」

「けど、コタ君鈍感やから、二人で協力でもせぇへんと、絶対振り向いてくれへんよ?」

「そ、それはまぁ、確かに……」

「やろ? せやから……これからは、一緒に頑張ろな?(にこっ)」

「う……うぅ……はい、その……よろしくお願いします……(かぁぁぁっ)」

「よし! そうと決まれば、早速エヴァちゃんの魔の手から、コタ君を救い出すでー!!」

「お、お待ちください!! 木乃香お嬢様ーーーーーっ!!」



――――――――――小太郎が安眠できる瞬間は遠い。




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 30時間目 日進月歩 タカミチはやっぱすげぇ苦労したんだと思うのよ
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2010/11/09 01:36

―――――みーんっみーんっみーんっ……


「…………」


酒呑童子との激戦から4日後、男子校エリア某所。

俺は何を血迷ったのか、さんさんと日光の降り注ぐ中、ベンチに座り両目を固く閉ざしていた。

とは言っても、決して眠ろうとしている訳ではない。

これには、止むに止まれぬ理由があるのだ。











エヴァの別荘で一休みしていた俺。

何故かその後、刹那と木乃香が押しかけてきて、何やらエヴァとてんやわんやの大騒ぎとなっていたが。

とりあえず、それに一しきり付き合いつつも、俺は二日間、がっつりエヴァの別荘で静養をさせてもらった。

そして3日目の朝、ようやく身体のダルさも抜けて来たため、俺は軽く身体を動かしてみることにした。

気の運用は問題なく出来ており、俺は次の段階、魔力が運用できるかを試してみることにした。

とりあえず、魔力を引き出してみようと思い、獣化状態になろうとしたのだが……。


『……獣化、出来ひん?』


全くと言って良い程、俺の魔力は引き出されてくれなかった。

何かの冗談かと思い、狗神やら転移魔法やらも使って見たが結果は一緒。

俺は気以外の特殊技能の全てを封じられている状態だった。


『な、何でや? 無茶が過ぎたんか? 狗音影装にばっか使い過ぎて狗神が拗ねてるんか!?』


もう殆ど涙目の俺。

この体で十数年生きて来たが、今回のようなことは初めてだった。

このまま一生魔力が使えないなんてことになったら、それこそ、千の呪文の男を越えるなんて、夢物語になってしまう。

俺は必死になって、狗神を呼ぼうとしたが、尽くそれは失敗に終わった。


『……何を遊んでいる?』

『……え、エヴァさまぁ……』

『な、何だ気持ち悪い!? 情けない面してないで、さっさと理由を話せ!!』

『じ、実は……」


俺はエヴァに、それまでの経緯を一通り説明した。


『……ふむ。恐らくは限界まで魔力を絞り出したことが原因だろうな』

『お、俺の魔力ちゃんと戻るんやろか?」

『……さぁな?』

『エヴァさまーーーーーっ!!!?」

『い、いちいち叫ぶな!! ……詳しく診てみらんことには何とも言えん。とりあえず、診てやるから、さっさと上着を脱げ』

『うぅ……す、スマン。恩に着るわ……』

『む……貴様がしおらしいと妙に調子が狂うな……』


俺が上着を脱ぐと、エヴァは手に魔力を集中させて、俺の身体をあれこれと調べ回ってくれた。

もう藁にもすがる思いの俺は、延々と涙目でそれを見守っていた。


『……ふむ』

『ど、どや? 俺の魔力、戻って来そうなんか?』

『ああ、安心しろ。恐らく今まで使われてなかった魔力が目覚めようとしている予兆だ』 

『へ?』


エヴァの下した診断に、俺は目を白黒させた。

今まで使われてなかった魔力?

それって、高音との修行で引き出せるようになってたバカ魔力のことじゃないのか?

すると、エヴァは呆れたように溜息を付いて、丁寧に説明を始めてくれた。


『貴様が操影術に使っていた魔力など、魔の卷族が使うにしては余りに微々たるものだ』

『ま、マジでか……』


『火よ灯れ』が『燃える天空』みたくなるほどのバカ魔力が微々たるものって……魔族さんパネェっス。


『恐らく、今回貴様が狗音影装を限界まで酷使したことで、身体の方が本能的に今まで以上の強大な魔力を求めているのだろう』

『強大て……具体的な例えとか出来ひん?』

『今までの限界は狗音影装3体分というところだろうからな……そうだな、少なくとも、ざっと10体分くらいの魔力は運用できるようになると見て間違いないだろう』

『マジっスか!!!?』


おお!! それって物凄い超絶進化じゃありませんか!?

……待てよ? それじゃ何か、回復した後に狗音影装を限界まで使ったら、俺またパワーアップ?

それ何てサ○ヤ人だよ!?

ひゃっほーう!!

何て、手放しで喜んでいる俺だったが、エヴァはそんな俺に、ぴしゃりと釘を刺した。


『そんな無茶なことを続けてみろ。遠からず本当に魔力が枯渇することになるぞ?』

『うそん……』

『嘘なものか。今回は運が良かっただけで、こんなもの、10回に9回は魔力が回復しなくなってアウトだ』


ま、マジでか……。

けど、原作でネギだって、何回も魔力切れ起こしてたじゃないか?

アレは大丈夫で、俺の魔力切れはアウトだと言うのはどういう理屈だ?

俺は魔法使いの魔力切れと、どこがどう違うのか、エヴァに尋ねてみた。


『あのな……私たち魔に属する者にしてみれば、魔力は精神エネルギーだが、同時に生体エネルギーだ。それを何度も限界近く酷使して、無事でいられる筈がないだろう?』

『な、なるほど……』


魔力の枯渇どころか、下手したらリアルに餓死してしまう訳か。

くわばらくわばら。

うん、やっぱり自分を追い詰めるのはほどほどにしておかないとね☆


『あ、ちなみに、千の呪文の男の最大魔力量て、狗音影装に換算すると何体分くらいになるん?』

『比べるのもおこがましいが……そうだな、恐らく……』

『おそらく?』

『50体』

『ごじゅっ!? はぁあっ!!!?』


まだまだ先は長そうだな……。


『ま、まぁ良えわ……とりあえず、俺の魔力はいつになったら戻んねん?』


俺の魔力量を底上げするのはまた別の機会として、当面の問題は、いかにして俺の魔力を回復するかだ。

俺の問い掛けに、エヴァはしばらく逡巡してこう答えた。


『放っておいても半月程で戻るだろうが……外の魔力を取りこんでやれば、案外簡単に回復するんじゃないか? 魔法を使う要領だ、簡単だろ?』

『……いや、そんな器用なことでけへんよ?」

『は?』


俺の返答に、エヴァは開いた口が塞がらない様子だった。


『できないって、貴様どうやって操影術を使っていたんだ!?』

『そら、自分のバカ魔力にものを言わせて……』

『アホかぁぁああっ!!!? それでは気を使っているのと変わらんではないか!!!!』


ですよねー☆

俺も薄々、おかしいとは思ってたんだよ。

それでも、魔法を覚えたことで獣化の持続時間が延びたし、まぁ細かいことは良い良い、で放っておいたんだが。

さすがに問題があったな。

外の魔力を使えるようになれば、更に魔力の運用効率は上がるだろうし、この際だ、その方法とやらをきちんと学んでおくとしよう。


『で、具体的には、どないすれば良えん?』

『知るか。大体、人の申し出をあっさりと蹴っておいて、今更泣きつくなど言語道断だ』

『ぐっ……それを言われると辛い……』

『ふんっ』


エヴァは普段からからかい倒されている腹いせとばかりに、意地悪い笑みを浮かべた。

仕方ない、別荘を抜けたら、高音にコツを教わることにしようかね……。

そんなことを考えていた矢先だった。


―――――たったったっ、どかぁっ……


「あべしっ!!!?」


横っ腹に物凄い衝撃を受けて、俺は床へ思っくそダイブしていた。

な、何だ何だ!?

俺が現状を確認しようと顔を上げると、そこには何故か顔を真っ赤にして、俺に馬乗りになってる木乃香がいた

な、何? 何か俺悪いことした!?

そう思って目を白黒させていると、木乃香は胸の前でぎゅっと両拳を握ると、震える声でこう叫んだ。


『あ、あかんよコタ君!?』

『はぁっ!?』

『い、いくら中身が600歳過ぎててもっ、み、見た目的にエヴァちゃんに手ぇ出すんは犯罪やぁ!!!!』

『……はい?』


何を言ってるんでしょう、このおぜう様は……?

あ、俺が上半身裸でエヴァといたから、何かピンク色の妄想を膨らませてるのか!?


『え、えええええ、えっちなのはいけないと思いますっ!!!!』


いつの間にかやって来ていた刹那までそんなことを叫び出す始末。

こ、この思春期どもは……。

と、ともかく、これでは俺が何を言っても、聞いてくれそうにないし、エヴァに誤解を解いてもらおう。

そう思ってエヴァの方に視線を向けると。


『ふぁぁあ……さて、二度寝でもするか……』


欠伸を噛み殺して、颯爽と寝所へと引き返して行ってしまった。

って、ちょっと待てーいっ!!!?

頼むっ!! せめて二人の誤解を解いてから二度寝してくれえぇぇぇぇっ!!!?

そんな俺の心の叫びも虚しく、エヴァの姿はだんだんと小さくなっていってしまった。


『こ、コタ君が、そんな変態さんやったなんて……せっちゃんがどんだけアタックしても気付けへんかったんは、そういう訳やったん!?』

『いや、それは兄貴を斃すまで恋愛なんて考えられへんからやて言うたやんけ……』


ってか、エヴァに欲情できる方々なら、せっちゃんの体系でも十分欲情できると思うんだが?

彼女も結構物悲しい胸してると思うし……。


『……小太郎さん? 言いたいことがあるならはっきりとおっしゃたらどうですか?(にこっ)』


―――――ちゃきっ……


『……な、なんのことかさっぱりやわぁ?』


せ、刹那さん、口にしてない人の心まで読むはマジで勘弁してください……。

完全に頭に血が上った二人の誤解を解くのに、俺はその後3時間を要したのだった。










で、予定通り俺は、別荘を出てから高音に事情を話し、大気中の魔力を取りこむ方法を教わったのだが……。

言われた途端に、それが出来たなら苦労はない訳で、俺はこうして、夏休みを返上して鍛錬に励んでいる。

具体的には、こうして目を閉じ、大気の動きを感じ取ることで、自然界に溢れる魔力の流れを感じ取る訓練をしている訳だが……


―――――みーんっみーんっみーんっ……


「……」


じりじりと照りつける太陽。

かしましく鳴く蝉の声。

アスファルトから照り返す紫外線。

そもそも出歩くだけでイラっとするレベルの湿度と気温。

とてもじゃないが、自然界の魔力を感じられる環境だとは思えなかった。

しかし、高音によると『自然を理解し、一体となること』が魔力を取り出す為のコツとのこと。

やはりこうやって自然の声に耳を傾けるしかないのか……。

俺は再び黙して、鍛錬を続けることにした。


―――――みーんっみーんっみーんっ……

―――――しゃかしゃかしゃかしゃか……

―――――じーわっじーわっじーわっ……

―――――しょうへいっへーいっ……


「……だぁぁあああああっ!! やってられるかいっ!!」


しょうへいっへーいっ、って何の鳴き声やねん!!!?

俺は遂に我慢の限界に達して、がばっとベンチから立ち上がった。

……だ、ダメだ、埒が明かん。

つか、こんなところで日がな一日瞑想してたら、脱水起こして死んでしまう。

来ていたTシャツは既に大量の汗によって変色してしまっていた。

とりあえず俺は、水分を補給することにして、ベンチにかけてあった学ランの上着を手に取り、近くにあるコンビニへ行くことにした。











「いらっしゃいませー!!」


店内に入ると心地よい冷気が身体を包んだ。

あ゛ー、生き返るー。

やっぱ無理だって、あんな凶悪な自然を理解するなんてとてもじゃないが不可能だって。

とは言っても、出来ないことにはいつまで経っても、俺の魔力は戻って来ない。

いや、正確には半月程度で回復するらしいのだが、俺の性格上、そんなに待ってはいられない。

どうしたものかねぇ……。

俺は頭を掻きながら、スポーツドリンクの棚を開こうとして……。


「きゃっ!?」

「おっ? スマン、御先にどうぞ」


同じタイミングで棚を開けようとした女の子の手に触れてしまった。

別に急いでいた訳でもないので、相手に譲ることにしたのだが、驚いたことに、その女の子は俺の知り合いだった。


「……亜子やないか? 何で男子校エリアのコンビニになんかおるんや?」

「へ!? う、あ、こ、小太郎くん!?」


向こうも、まさか俺に合うとは思っていなかったのだろう、相当に慌てていて俺の質問には答えられそうもなかった。

可愛いやつめ。

原作から、相当の照れ屋で上がり症だってイメージだったしなぁ。

魔法世界編ではいろいろ吹っ切れて、積極的なキャラになってたけども……。

ナギさんともう一回キスかぁ、の下りには正直吹いた。

しかしまぁ、あれの2年前な訳だし、今の亜子に突然の事態に対応できるほどの精神的なキャパはないのだろう。


「まぁ落ち着きぃ。ほれ、深呼吸」

「へぇ!? ひっひっふー……」

「……亜子さん、それ深呼吸とちゃう、ラマーズ法や」


一体何を産み出すおつもりですか?


「ひゃあああ!? そ、そやんな!? えーと、深呼吸、深呼吸……」

「……深呼吸て、そんな考えんと出来ひんもんやったっけ?」


どんだけ、テンパってんだよ亜子さん……。

しかし、この反応は……あれだな。

原作でナギ(15歳ネギ)に惚れたばっかりのころの反応に良く似てる気がする。

そう言えば、ネギクラスキャラで、唯一年上の先輩にフらてどうのこうのって設定があった気も。

亜子って結構惚れ易いのかなぁ?

自意識過剰な気もするけど、やっぱり惚れられてるのかなぁ?

こないだエヴァの別荘に押しかけて来た木乃香といい、刹那といい……。

まぁ願ってもないことに違いはないし、彼女たちをフる理由も見当たらない。

けど、前にも言った通り、俺ってばほら……戦闘狂じゃん?

それに兄貴の事を清算しない限り、色恋どうのこうのを考える余裕はないんだよなぁ……。

ついでに言うと、女好きという悪癖もあって、彼女たちから一人を選べとかとてもじゃないけど、今の俺には出来ないしね。

これは……俺が兄貴を斃す前に、血迷って亜子が告白とかしてくれないよう祈ろう。

……問題の先送りとも言う気はしてるけどね。


「亜子、どうかした? すごい叫んでたみたいだけど……」


そんなことを考えながら、わたわたしてる亜子を生温かく見守っていると、後ろからこれまた見覚えのあるポニーテールがひょこっと出て来た。


「おう、アキラも来てたんか」

「小太郎君? 久しぶりだね」


俺に気が付くと、アキラはさすがに亜子よりも冷静で、にっこりと優しい笑みを浮かべて挨拶をくれた。

しかし、何で二人とも男子校エリアなんかに?

女子校エリアより、女に餓えたヤンキーとかいっぱいで治安が悪いのに。

また絡まれても、その場に俺がいなかったら助けられないよ?


「なぁ、自分ら何で男子校エリアにおるんや?」

「あ、うん。少し泳ぎに行こうと思って。市民プールや学校のプールだと、人が多いから」


俺の疑問に、アキラは少し気まずそうにそう答えた。

あー、なるほど……。

恐らくは亜子の背中の傷が原因だろう。

彼女はあの傷を人に見られるのを極端に嫌がってたからな。

男子校エリアからだと、学園都市郊外にある川の源流に抜けていく山道があるからな。

きっとそこの川で水遊び、というか泳ぎに行くつもりなのだろう。

そりゃ邪魔しちゃ悪いな。


「あ、あのっ!! 良かったら小太郎君も一緒に行きませんか!?」

「へ?」


予想外だった亜子の言葉に、俺は一瞬思考が停止した。

だ、大丈夫なのか? だって原作でナギ(ネギ)に傷見られたときって、一目散に楽屋を飛び出して言ってたよな?

もしかして、今日の水着は背中が隠れてるタイプってことかな?

恐る恐る、アキラの顔を伺うと、俺と同じように驚きに思考停止しているようだった。


「え、ええと……良えんか?」

「は、はい!! 是非っ!!」

「あー……アキラも?」

「う、うん……亜子がそれでいいなら、私は構わないよ?」


そう言ったアキラの頬には、しかし冷や汗が伝っていた。

うーん……どうしたものか?

普通に考えると、今は魔力の回復を優先させるべきで、遊んでる暇なんてないのだろうが。

前の祐奈のときみたいに、ちょっとした息抜きを挟んだ方が、効果的な場合だって有り得る。

それに涼しい場所なら、自然との調和がもっと容易に図れるかもしれない。

大体、今年の夏休みを思い返してみろ。修行、修行、襲撃、修行のローテーションで、まともに学生らしい夏休みを謳歌してないじゃないか!?

人生で一回しかない(何故か俺は2回目)13の夏休み。

水着姿の可愛い女の子たちと水辺できゃっきゃうふふと涼を取る。

なんて素敵なアバンジュールだろうか……。

そうと決まれば、俺は一向に構わん!!


「そいじゃ、ちょっくら寮から水着取って来るわ。裏山のとこやんな? 先に行ってくれてて構へんで?」

「う、うん。それじゃ、先に行ってるね」

「は、はいっ!! ごゆっくり!!」

「……なるだけ急いで戻るわ」


相変わらずテンパり捲ってる亜子に苦笑いでそう答えて、俺は寮への道を急いで駆け戻るのだった。










5分ほどで、俺は亜子たちの待つ、裏山の入口に辿り着いていた。

結構早く戻ってきたが、やっぱり魔力が使えないのは不便だな。

忘れ物した時、ちょっとコンビニのトイレとかに入って転移魔法であら不思議、手元に忘れたはずの物が現れました、なんてことすら出来ない。

やっぱり早いとこ復活させないとなぁ……。

そんなことを思いながら、アキラに先導されて山道を進んで行くと、すぐにちょうど良さ気な河原に辿り着いた。


「へぇ……こんなところあったんやなぁ……」


原作で楓が岩魚を獲っていたことから、結構綺麗な川だとは思っていたが、想像以上だ。

水は透き通っていて、底の方まで綺麗に見えるし、深さも大人が泳ぐにはちょうど良いくらい。

人道からは少し外れているため、滅多に人も来ないだろうし、ここなら亜子が心おきなく泳ぐのにちょうど良いと言う訳だ。

俺は感心の声とともに、アキラに尋ねていた。


「良ぉこんな穴場知っとったな?」

「水泳部の先輩に教えてもらって、先輩は卒業した先輩に教えてもらったって」

「ふぅん……何か良えな、そういうん……」

「うん、私もそう思う」


俺の言葉に、アキラは嬉しそうに顔を綻ばせた。

久しく忘れていたが、そういう部活内の、先輩から後輩に受け継がれる伝統みたいなものは、やっぱり良いものだと思う。

前の世界では、殆ど人付き合いとかなかった俺でも、部活の先輩から技を盗んだり、教わったりはさすがにあった。

そういう懐かしさを、アキラの話は、俺に思い出させてくれた。

……何か部活とかしたくなってきちまうな。

まぁ、魔法関連のこともあるし、結局は無理なんですがね。


「小太郎君、私たちはあっちの茂みで着替えて来るから」


物思いに耽っていると、アキラが少し先の茂みを指さして俺にそう言った。


「おう、誰も来んよう見張っといたるわ」

「あ、あああ、ありがとうございますっ!!」


相変わらずのテンパりようで、亜子がぺこっ、と勢い良く頭を下げた。

アキラはそれに苦笑いを浮かべたかと思うと、急に真剣な顔つきになり、俺の方へと向き直った。


「……覗いちゃダメ」


めっ、という風に右の人差し指を突き出して、アキラは俺にそう言った。

し、信用ないのかな?


「……安心してくれ、そんな度胸はあれへん」


原作の美空や祐奈のように、頭掴まれて投げられるのは勘弁だからな。

アキラは俺の言葉に満足したのか、小さく笑みを浮かべて、亜子と一緒に茂みの方へと入って行った。


「さて、俺も着替えるとするかね……」


突発的なことで、学校指定の水着しか用意できなかったけど、まぁあの二人以外に誰か見てる訳じゃなし、問題ないだろう。

ごそごそと鞄を明後日いると、二人が入って行った茂みから、小さな声で二人の会話が聞こえて来た。

普通なら聞こえないような音量だったが、ところがどっこい、そこは俺の狗族クオリティなお耳。

それくらいの声ならばっちり聞こえちまうんだぜ?

まぁ、盗み聞きは良くないし、あんまり聞かないようにはしよう……と言いつつも、年頃の女の子の会話ってついつい気になっちゃうのよね。

俺は素知らぬ振りで着替えを続けながら、幻術で見えない犬耳をピーンと屹立させた。


『……ほんとに驚いた。亜子、良く頑張ったね』

『う、ウチも何が何やら分からんようになってもうて……あああああ、アキラっ!! ウチの水着おかしないかなっ!? もっとセクシーなん買うべきやったんかな!?』

『え、ええと、お、落ち着いて? それに今日の水着も十分可愛いと思うよ? ……けど、良かったの?』

『へ? 良かったて、何が?』

『……えと、その……亜子の背中の……』

『背中の? ……あ!! ああ~~~~~っ!!!?』


……忘れてただけかーいっ。

まぁおかしいとは思ったけどね。

いや、原作と違って、こっちの世界の亜子には背中の傷とかないのかもしれないなぁ、なんて思ったりもしたんだよ。

けど結局は原作と同じだったらしいな。

どうしたもんかなぁ……?

今更帰るのも誘ってくれた亜子に悪いし。

かと言って俺がいると、亜子は俺の目を気にして泳げないだろうし。

ここは、しばらく適当に泳いで、用事を思い出したとか言って早めに切り上げてしまうのが吉だろう。

そう思って、俺はおもむろに、学ランの下に来ていたTシャツを脱いだ。

あれ? そう言えば俺も何か忘れてるような気が……。


「ん? ……ああ!! し、しもたっ!? 人の事言うてる場合とちゃうやんけ!!!!」


半裸となった自分の上半身を見て、俺は重大なことに気が付き、思わず叫んでいたのだった。










「あれ? 小太郎君も?」

「ま、まぁ、いろいろあってん……」


茂みから着替えを終えて戻ってきたアキラが、俺を見て意外そうな顔をした。

それもそのはず、何故なら俺は、下は海パンに着替えているというのに、上はTシャツを着たままだったのだから。

そしてそんな彼女の隣では、弱冠顔色を悪くした亜子が、申し訳なさそうに、俺と同じくTシャツを着たままの状態で立っていた。

いや、しかし……やっぱ来て良かった!!

亜子と違い、アキラは普通に水着だけを纏って登場してくれた。

原作で来ていたスクール水着や、競泳用の者とは違って、上と下の分かれたビキニタイプで、色は白で縁に黒いラインが入ったもの。

露出はそう多いと言う訳ではなかったが、彼女の程良く引きしまった身体のラインが直に見えるため、非常に煽情的な雰囲気を醸し出している。

……マーベラスッ!!!!


「ど、どうしたの、小太郎君? 突然、拳を堅く握りしめて……」

「いや、この生を与えたもうた神に、心からの感謝をしててん」

「?」


俺の意味不明な発言に、アキラは顔いっぱいに疑問符を浮かべていた。


「ところで、小太郎君は泳がないの? Tシャツ着たままだけど」

「あ、あー……も、もうちょいしたら泳ぎ始めるさかい、自分らは気にせんと、先に泳いでてくれて構へんよ?」

「あ、う、ウチも!! し、しばらく休憩しとくっ!!」


俺の言葉に便乗して、亜子がはいっ、はいっ!! とばかりに手を挙げて言った。

そんな俺たちの様子に、アキラは苦笑いを浮かべながらも、準備体操を始めて、おずおずと水に入って行った。

俺は比較的大きくて平らな岩を見つけて、それにどっかりと腰を降ろし、楽しげに水と戯れるアキラを、遠巻きから見つめることにした。

そんな俺の隣に、おずおずとではあったが、亜子もちょこんと、腰を降ろし、アキラのことを見守っていた。


「え、ええと、小太郎君?」

「ん? どないした?」

「い、いやっ……そ、そのぉ、ウチに気遣わんと、泳いで来てくれて良えよっ?」


恥ずかしそうに俯きながら、俺にそう促す亜子。

うーん……別に彼女に気を使ってるというか、これは女子供に見せるようなものじゃないと思ってるだけなんだけどね?

しかし、そう考えると、彼女のことさえ否定してるような気もするし……。

さっきからアキラもちらちらとこっちを伺ってるんだよなぁ。

だいたい、遊びに来て一人だけ泳いでるってのも可哀そうな話だよなぁ。

……覚悟を決めて、脱ぐしかないかな?

いやしかし……。


「こ、小太郎君?」

「ん? ああ、スマン。ちょっと考えごとや」


自分の世界に入り込んでしまっていたらしい。

全く反応のない俺を、亜子が心配そうに覗きこんでいた。

もっとも、俺がその視線に気付いて目があった瞬間、恥ずかしそうにそっぽを向かれてしまったが。

……うん、やっぱり覚悟を決めよう。

上手く行けば、これで亜子も泳ぐ気になってくれるかも知れないし。


「そんじゃ、お言葉に甘えて、ちょっくら泳ぐとするわ」

「え? あ、ああ、うんっ」


俺は、ばっとTシャツを一気に脱ぎ、足元へと落とした。

そして俺の予想通り、それを見たアキラと亜子は、一様に目を見開き、言葉を失ってしまっていた。

……やっぱり、早まったかな?


「こ、小太郎君……」

「そ、その胸の傷、どないしたん……!?」


亜子が口元を押さえて、震えながらに指差した俺の胸、正確には胸からに腹にかけて。

そこには十字に刻まれた不揃いな刀傷があった。

そう、言うまでもなく、春休みの一件で、あの狗妖怪に付けられた傷だ。

さすがに内臓まで斬り裂かれたこの傷は、狗族の回復力を総動員しても紙一重な代物だったようで。

エヴァ謹製の魔法薬の力を借りて、ようやく命を繋ぎとめられるレベルだったらしい。

おかげ様で、あの戦いから数カ月が過ぎた今となっても、こうして痛々しい傷が残ってしまっていた。

右上から左下に掛けて、長い方が最初の牙顎で付いた傷。

左上から左下に掛けて、短い方が最期の一合で付いた傷だ。

さすがに女、子どもに見せるのはどうかと思ったので、隠す様にしていたんだが……。

ちなみに、水泳の授業があるため、クラスの連中や、教員は俺の傷のことは知ってる。

事情が事情だけに、木乃香もこないだの一件でこの傷を目にしていた。

ただ、一般人の女の子には、さすがに見せるつもりはなかったのだが。

それでは、亜子の傷も、そのように否定しているような気がして、俺は結局この傷を彼女たちに曝すことにした。

正直なところ、俺はネギのように肉親に付けられた傷を喜ぶようなマゾい性癖は持ってないので、出来れば消し去りたいのだが。

エヴァ様曰く、もう手遅れなのだそうな。

あんときに、木乃香のアーティファクトがあったらなぁ……。

ないものねだりをしていても仕方がないので、俺は二人に、この傷が付いた経緯を、適当に端折りつつ説明することに付いた。


「まぁ、事故みたいなもんや。あと己の未熟さを痛感した、教訓みたなもんやと俺は思うことにしてる」


殆ど端折ったが、良く良く考えたら、詳しく話せることの方がないんだよね。


「事故に、教訓て……その傷、命に係わったんじゃないの?」

「おう、1日生死の境を彷徨って、2日間爆睡、1週間絶対安静やったで?」

「そ、そんなあっけらかんと言うことじゃないと思う……」


あけすけにそう言う俺に、アキラは苦笑いを浮かべながらそう言った。

うん、どうやらアキラは大丈夫そうだ。

さすが女子、やっぱり傷や血には男より強いな。

問題は亜子の方だろう。

最悪、傷を見た瞬間、原作みたく貧血でばたんっ、てのも有り得るかと思ったが、それはなかったみたいだ。

恐る恐る、亜子の顔を覗き見ると、弱冠涙目になっていた。

……や、やっぱり早まった!?

しかし、次の瞬間には、亜子はきゅっと唇を噛み、俺と同じように立ち上がってTシャツを脱ぎ捨てていた。


「あ、亜子っ!?」


アキラが慌てた声を上げるが、その時には既に遅く、亜子は水着だけになって、両手を太ももの前あたりできゅっと握りしめ、恥ずかしそうに俯いていた。

……夏、万歳……。

亜子が来ている水着は、ワンピースタイプの可愛らしいピンク色のもの、足の付け根のところに小さくフリルがあしらわれていて、年齢相応の可愛さを演出している。

驚いたのは、胸のところから紐を回して、首の部分で留める構造になっているため、背中の部分が大きく開いていたこと。

そう、彼女が最も気にしているであろう、背中の傷が、完全に曝されていたことだ。

しかし亜子は、俺の視線から逃げるようなことはせず、肩を震わせながらも、俺の方へと向き直った。


「う、ウチも、そのっ……背中に傷があって、ひ、人に見られるんは、凄い、嫌やけどっ……けどっ、小太郎君も、頑張って見せてくれたんに……ウチも、頑張らなって……!!」

「亜子……」


しどろもどろになりながらも、懸命に気持ちを伝えようとしている亜子を、アキラは優しい微笑みを湛えて見守っていた。

俺も温かい気持ちに満たされて、思わず彼女の頭にぽん、と手を置いて、優しくその髪を撫でていた。


「ありがとな。俺のために勇気出してくれて」

「え? あう、あう……」


顔から湯気が出そうなほどに、亜子は顔を真っ赤に染めていたが、どうやらこれで一安心のようだ。

さて、せっかくだし、川の冷たい水を、満喫させてもらうとしましょうかね?

俺は亜子の手を引いて、アキラの待つ川の中へと飛び込んで行った。










一しきりはしゃいだ後、俺は比較的流れが穏やかな部分に立って、先程ベンチに座っていた時のように目を閉じていた。

さっきの炎天下と違い、涼しくて比較的意識の集中がさせやすいこの場所なら、と思い、周囲の魔力を取りこもうとしてみたのだが。


「……やっぱそう上手くはいけへんか」


結果はさっきと一緒、まるで成功の糸口がつかめないでいた。


「小太郎君、どないしたん? も、もしかして疲れさせてもうたかな?」


急に動かなくなった俺に、心配そうな表情で亜子が近づいてきた。

さすがにあれだけ一緒に遊び回ったため、最初のような緊張はなくなったものの、俺に対する口調は、未だ恐る恐ると言った様子だった。

俺はそんな彼女の様子に、苦笑いを浮かべた。


「いや、この程度じゃ疲れへんよ。……ちょっと格闘技の稽古でな、今教えてもろてる人に『自然と一体になれー!!』みたいな事言われてんけど……さっぱりやねん」

「自然と、一体に?」


不思議そうに亜子が首を傾げる。

そりゃそうだ、格闘技で自然と一体となるって、どんな技を使う気だ。

自分で言っておいて無理がある、と思わず俺は苦笑いを浮かべた。


「それ、私は少し分かる気がする」


ちゃぷちゃぷと水を掻きわけながら、アキラも俺の方へと近付いてきた。


「分かる、て……教えてもろても良え?」

「うん……例えばさ、ここみたいに流れが緩やかな場所だと、泳ぐのは比較的簡単だよね?」


そう言ってアキラはすいー、と優雅に背泳ぎをして見せた。

さすがは水泳部期待のエース。

彼女のフォームには無駄がなく、実にしなやかだった。

見慣れているはずの亜子でさえ、その繊細な泳ぎに感嘆の溜息を零すほどだ。


「まぁそらそうやな」

「でしょ? でも少し流れの速い場所だとそうはいかない」


そう言って、アキラは少し流れの速い地点へと、足を進めて行った。


「そういう場所だと、水の流れは全然違うから、その動きを知らないといけない。水は生き物だから」

「ふむ……生き物、ね」


なるほど、言われてみれば、俺は自然を漠然と捉え過ぎていたのかもしれない。

その対象を、1つの生命として考えれば、そのイメージが固まり、全体像を捉えやすくなるだろう。

アキラの言っていることは実に理に叶っているように感じた。

そんな俺の感心を余所に、アキラは先程と同じように、しかし先程よりはるかに流れが急な場所で、やはりとても優雅に泳いで見せた。

そう、まるで自分が、その川と一体だとでも言うように。


「……えと、上手く伝わったかは分からないけど、そんな感じだと思う」


俺たちのいた地点まで戻って来ると、アキラは照れ臭そうに頬を掻きながら、そう言った。


「ああ、おかげで何か掴めそうや……今日はホンマおおきにな、亜子、アキラ」

「え、えぇっ!? そ、そんなっ!? う、ウチは何もしてへんよっ!?」

「自分が誘ってくれへんかったら、アキラにこんなためになる話も聞けへんかったからな。素直に受け取っときぃ」


わたわたと両手を振る亜子に、俺は優しい笑みを浮かべてそう言った。

そんな亜子の様子を嬉しそうに見つめていたアキラが、ついっと俺のすぐ傍まで泳いできて止まった。

彼女は川底に足が付くと、すっと俺の耳元に顔を寄せて、俺に耳打ちした。

彼女の濡れた髪が少し肩に辺り、小さな息遣いが肌に伝わる。

心臓が早鐘のようにリズムを刻んでいたが、それをおくびにも出さずに、俺は彼女の言葉に耳を傾けた。


「……こちらこそ、あんなに楽しそうな亜子は初めて見たよ」


そう言って、アキラは再び、つい、と気持ち良さそうに泳いで離れていった。


「あ、アキラ? い、今小太郎君に何言うたん!?」

「ふふっ、秘密だよ♪」

「ええっ!? 何ー? ウチだけのけものにせんといてー!!」


慌ててアキラの後を追う亜子だったが、恐らく水の中じゃあ、勝ち目はないだろう。

俺は楽しそうに戯れる彼女たちを眺めながら、先程のアキラの言葉を反芻していた。


「……水は生き物、か……自然そのものも、そう考えられるやんな?」


川から上がったら、早速エヴァの別荘で試してみよう。

そう誓いながら。









亜子とアキラに分かれを告げて、俺は再び、エヴァの別荘を訪れていた。

もちろん、先程アキラに教わった、自然と一体になるコツを実践してみるために。

俺は上着を脱ぎ捨てると、両目を閉じて、大きく息を吐き出す。

別荘内に満ちる濃密な魔力、それを含む空気を、一つの巨大な生き物として捉える。

そうして見えて来る、その呼吸の流れ。

俺はそれに同調させるように、己の呼吸のリズムを整えた。

そして深く、深く息を吸う。

大気中の魔力を、自身の中に取り入れるように。


―――――キィンッ……


一瞬、空気が哭いた気がした。

同時に俺は目をかっと見開き、全身の感覚を研ぎ澄ました。

そして……。


「……よっしゃ、成功や……」


俺の身体は、ものの見事に獣化することに成功していた。

うん、今の感覚を忘れないようにしておこう。

しかし凄いな……エヴァの言っていた通り、これなら狗音影装の10体くらい平気で作り出せそうだ。

というかさっきから放出されてる魔力がヤヴァい。

今まで普通に全開で気を纏ってたとき並に魔力の層が出来てるんですけど?

もう『影の鎧』とか無しに、これだけで十分な魔力障壁なんじゃね? ってレベルだ。

だというのに、外側から魔力を取りこんでるせいで、消費魔力はこれまでより格段に低いんだから驚きだよな。


「思ったより早くに戻ったみたいだな?」


俺の魔力が戻ったことに気付いたのか、いつの間にか別荘に入っていたエヴァは満足そうに笑みを浮かべながら、俺に近づいてきた。


「しかし気を抜くなよ? 急に膨大になった魔力は、オンオフの切り替えが難しい。気を抜いていると一気に枯渇して……」

「獣化解除」


―――――しゅぅん……


「……何か言うたか?(ニヤニヤ)」

「ふ、ふんっ!!!!」


くっくっく……祐奈との下りで魔力の制御方法は完璧にマスターしたからな。

多少その量に違いが出てきても、オンオフの切り替えくらいは万全よ。

こないだ、木乃香と刹那の魔の手から完全に見捨てた仕返しとばかりに、俺は相当に底意地の悪い笑みを浮かべてやった。


「しっかし、こないなバカ魔力やったら、あれも出来るんちゃうかな?」

「あれ? ……ああ、咸卦法のことか」


エヴァは俺の言葉に合点がいったらしく、含みのある笑みを浮かべた。


「そんな簡単に出来るものでもないが……まぁ試すのは自由だ、やってみれば良い」

「よっしゃ!!」


エヴァの許可を得て、俺は鼻息も荒く、久しぶりに咸卦法の練習を行うことにした。

左腕にありったけの『魔量』、右手にありったけの『気』を注ぎ込む。

一番最初は魔力の出力が低すぎて、こないだは気の出力を絞り過ぎて失敗してしまったからな。

今回は同じ轍を踏まないよう、どちらも出力を上げて試すことにしよう。


「お、おい待てっ!? 最初からそんなバカみたいな出力でっ……」

「ふぬぅっ!!!!」


エヴァが何か言いかけていたが、俺はそれに気付かず、両腕に溜めた相反する二つの力を、思いっきり抱き合わせた。

次の瞬間。


―――――ゴゴゴゴゴゴッ……


「お? 何か今までと違う反応が……」


これは成功の兆しか!?

なんて喜んでいると、エヴァから痛烈な叱咤が飛んできた。


「ばっ、バカ者ぉっ!!!! い、今気を抜くと、二つの力がっ……」

「へ?」


エヴァが全てを言い切るよりも早く……。


―――――キィィィンッ……ズドォォォオオオオオオオオオオオオオンッッッ……


世界は、白い閃光に包まれていた。


「けほっ…………貴様、余程死にたいらしいな?」

「ごほっ…………正直、スマンかった」


瓦礫の山にエヴァと二人で埋まりながら、俺は究極技法という通り名が、伊達じゃないということを改めて思い知るのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 休み時間 辺幅修飾 見栄っ張りって損だと思わない?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/10 23:46



新学期が始まり、一月が過ぎた10月某日金曜日。

生徒指導室の椅子に腰かけて、私は頭を抱えていた。

というのは、生活指導のために呼んだとある問題児の指導内容……ではなく。

一月前の飲み会で、学生時代の友人と交わしたとある約束、というより賭けの内容だったりする。

酔った勢いとは言え、余りにも最近出来た彼氏のことを自慢してくる友人が鬱陶しかったため、売り言葉に買い言葉で、ついこんなことを口走ってしまっていた。


『わ、私だって、その気になれば、若い燕の一羽や二羽や三羽くらい、余裕で捕まえられるわよ!!』


……どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。

しかし、一度口にしてしまった以上、それを撤回するのは難しく……。

あれよあれよという間に、今週の土曜……つまりは明日、私は一月の間に捕まえた若い燕を連れて、友人とダブルデートをする約束を交わしてしまっていた。

麻帆良学園男子部教員、葛葉 刀子、2●(ピー)歳……過ぎ去った春が、二度と戻らないことを、今ほど後悔したことはなかった。

一月程度でどうこうなる問題なら、私は婚期を逃すことをこんなに焦ったりはしない。

しかし期日が迫って来ている以上、どうにかしなくてはならない。

もちろん、意中の相手は愚か、簡単に靡いてくれそうな相手もいない。

彼女に謝ってしまうのは簡単だが……あそこまで大見えを張ってしまって、今更後に引くと言うのは私のプライドが許さなかった。

仕方がない……瀬流彦くん当たりに、彼氏の振りをお願いすることにしよう。

……いや、ダメだ。

同じ職場で、その手のお願い事はリスキー過ぎる。

そもそも余り好みじゃないし。

……ああああ、どうすれば!?


―――――コンコンッ


「!? ……空いています、どうぞ」


あ、危ない、考えごとに集中し過ぎて、周囲への気配が散漫になっていた。

私がそう促すと、学ランの前ボタンは全開、オマケに長髪という、いかにも素行が悪そうな学生が一人、悪びれた風もなく入室してきた。


「ちぃーす」


私の姿を確認すると、彼は右手を軽く挙げて、にこやかにそう挨拶した。

彼こそが、私のもう一つの頭痛の種。

私が担当する、麻帆良学園男子中等部1-Aで、最凶と謳われる問題児。

犬上 小太郎だった。

この春休みに、私もかつて研鑽を積んだ京の地から編入してきた、魔法生徒の一人。

同じ時期に編入して来て、現在私が神鳴流の手ほどきをしている刹那の話によると、剣の才に溢れ、見様見真似で神鳴流の技を模倣するほどの手慣。

春休みの時点で、あの闇の福音を名のある妖怪の魔の手から救い、学園の魔法生徒と一線を隔す実力を知らしめた、期待の星。

正直、学園長から彼の担任を仰せつかったとき、私はとても楽しみだった。

学園長から聞かされていた話だと、闇の福音を命懸けで護ったなど、実直で非常に心優しい性格の持ち主とのこと。

また高畑先生よれば、そのことに驕らず、直向きに研鑽を積む、向上心の塊のような少年だとのことだった。

方々のそんな話を聞いて、実物はどんな好青年だろうと期待を膨らませていた私だったが、その想像は彼の入学から僅か1ヶ月で音を立てて崩れ去った。

式神や分身を使って授業や、門限以降の寮からのエスケイプは日常茶飯事。

ことあるごとに暴力沙汰で生徒指導室、果ては学園長室に呼び出されることもしばしば。

挙句の果てには、女性関係にだらしなく、毎回毎回連れている女生徒が違うなどと、あまり良くない噂まで飛び交っている。

しかもその女生徒の中には、私が剣を指南する刹那や、学園長の孫である木乃香お嬢様まで含まれるという。

正直、私は彼の担任となったことをかなり後悔した。

入学から半年、彼が私に提出した反省文の枚数は、原稿用紙100枚に上ろうかという勢いで、目下その記録を更新し続けていた。

しかし、その後悔は、今やそれを超越し、呆れへと変わっていっていた。

というのも、彼が生徒指導を受ける際の罪状は、どれも決まって裏の理由があったのだ。

暴力沙汰で呼ばれた時は、相手の集団による理不尽な暴力から女子供を助けたり。

また授業や寮を抜け出した際は、毎度毎度、決まってどこかで武芸の稽古に励んでいたり。

女性関係にだらしがないという噂に関しても、いたるところで女子供を助けているため、周囲の方が彼に惹きつけられているだけとのこと。

もっとも、本人はそれで呼び出されても、そういった言い訳は一切しない。

ぶちぶちと文句を言いながらも、淡々と与えられたペナルティーを消化していた。

今私が言った内容に関しても、大部分は他の先生方や、刹那から聞き知ったことだったりする。

恐らく、彼は底抜けのお人好しなのだろう。

加えて言うなら、年齢不相応に理屈っぽい。

一度、言い訳をしない理由を尋ねた時に至っては、真面目な顔でこう返されて面喰らったものだ。


『どんな理由があったかて、俺が先生たちにするな、て言われたことをやったんは間違いあれへんからな』


中学に入学したばかりの1年生が言うこととは、とても思えなかった。

彼は自分の中で1つのルールをきちんと持っていて、身に降りかかる全てのことをきちんとその物差しで測っている。

その評価は、奇しくも学園長に初め聞かされていた『実直』という評価に、見事に一致していた。

そんなことも有り、最近では、私も彼をただの問題児と見なすことはしなくなったが、それでも、こうして彼が生徒指導室を訪れるに足る罪状は後を絶たないのであった。


「きちんと反省文は書いてきましたか?」

「うす……さすがに最近はネタもあれへんようになって来てもうたけどな」


苦笑いしながら、彼は少しよれた原稿用紙を5枚、すっと私に差し出した。


「一応確認するので、そこに座って待っていてください」

「はいな」


彼は私に促されると、正面の席を静かに引いて、その上にどかっと腰かけた。

それを横目で確認して、私は彼の提出した反省文に目を走らせる。

……うん、今回もきちんとした内容で書けているみたいね。

素行不良なため、学生間、時には職員にさえ知らない人もいるが、実は彼、こう見えて学業でもかなりの成績を収めていたりする。

具体的に言うと、入学から4度に渡って行われた定期考査では、常にトップ10以内をキープしているほどだ。

そのため、こうして都度与えられる反省文も、きちんとした内容で、期日までに仕上げて来る。

だから尚のこと、生活指導でここに呼び出されることが悔やまれるのだが。


「今回も反省文には問題ありませんね。少し35回目のときと内容が被っている気もしますが」

「い、いちいち覚えてんのかいな? さ、さすが刀子センセ」

「教師を下の名前で呼ばない。何度注意すれば分かるんですか?」


きちんとしようと思えば、彼なら目上の人に、敬語やそれなりの態度を取ることは可能なはずなのに、どういう訳か、彼はそれを嫌い、誰にでもフランクに接しようとする癖があった。

そしてそれを何度注意しても、彼は悪びれた様子もなく、きまってこう答えるのだ。


「「そういうん苦手やねん」」

「……分かってんなら、聞かんといてぇな」

「そういう問題じゃありません。……あなたがそんな態度だから、いつまで経っても生活指導の回数が減らないんですよ?」

「いやぁ、自覚はあんねんで?」


彼は私の言葉に、苦笑いとともにそう答えた。

そうなのだ、確かに彼は喧嘩をする度に、いかに騒ぎを抑えて相手を斃すかを工夫したり、脱走がばれる度に、より高度な影武者を用意するなど、生活指導を回避しようと画策はしていた。

……ただし、力の入れ具合というか、努力のベクトルそのものが、明後日の方向へと向かっている気はするが。

私は溜息とともに、彼に本日のペナルティを言い渡すことにした。


「良いですか? 今回の罰は……ん?」

「……(じぃーーーー……)」


しかし、途中まで言いかけて、私はそれを止めてしまった。

どういう訳か、彼は私の顔を呆けたように見つめて、固まってしまっている。

いつも生徒指導室で話をするときは、さすがに大人しく人の話を聞いてるのに、どうかしたのだろうか?


「私の顔に何か?」

「へ? ああスマン、女の人の顔そんなん見つめたら失礼やんな?」

「ええ、まぁ一般的には……それより、どうかしたんですか? あなたが人の話を聞いていないというのは珍しいですね?」

「ん、いや……俺のことというか、むしろ刀子センセの話なんやけど……」

「私の?」


やっぱり顔に何か付いていただろうか?

そう思って自分の手で顔を触れてみたが、別段何が付いているということもなかった。

一体何のことを、彼は言っているのだろう?


「いや、顔の話しとちゃうねん……ただ、何か悩みごとでもあるんかなぁ、て。口調とか表情はいつも通りやねんけど、雰囲気がぴりぴりしとる気がしてな」

「ああ、なるほど……」


そう言えば、彼は狗族のハーフだったか。

人並み外れた聴力と嗅覚を持った彼には、人のちょっとした感情の機微が、心音や呼吸数の上昇などを通して雰囲気で伝わってしまうのだろう。

いけない、いけない……生徒に自分の動揺を感付かれるようでは、教員としてまだまだだ。


「確かに、少し頭を悩ませていることはありますが、それはあなたの指導に必要の無いことです。忘れなさい」

「そうけ? 指導つっても、どうせペナルティくらってしまいやろ? 最近は俺どうせ暇やし、良かったら相談乗るで?」

「…………」


そう言えば、ゴールデンウィーク明けから始めていた操影術の稽古を先月修めたのだったか。

なかなかに異例の早さだが、その対象が彼だと言うことで別段驚きはしなかったが。

操影術以外にも、簡単な陰陽術や狗神の使役、果ては忍術までこなすという万能振り。

確か普段は、犬と同じ形状の耳と尻尾を、幻術を使って隠しているのだったか。

年齢からは考えられない実力だと、改めて感じる。

しかし、それとこれとは話が別だ。

同じ職場の教員にさえ、話すのをはばかられるような内容だ。

それをわざわざ、担当する生徒に話すような謂れなどない。

そもそも、今回私が頭を抱えている内容は、あまりにもプライベートなものだ。

やはり解決は、自分の手でどうにかするしかないだろう。


「せっかくの厚意ですが、遠慮しておきます」

「えー……俺、口堅いんに……」

「そういう問題では……」


……待てよ?

確か彼は、幻術を使えるのではなかったか?

もしそれが、耳を隠したり以外の内容でも可能だとしたら……。

鎌首を擡げてしまった興味を、私は抑えることが出来なかった。

逆に言えば、私はこの時、それだけ追い詰められていたのかもしれない。

しかし、なりふり構っていられないのも事実。

私は思い切って、その疑問を口にしていた。


「犬上君、あなたは幻術が使えるんでしたよね?」

「ん? ああ、耳と尻尾を普段隠してるんはそれを使ってる訳やさかい」


彼がぱちん、と指を鳴らすと、ぽんっ、と音を立てて、頭に可愛らしい犬耳が現れた。

……へぇ、符も詠唱も使わずにこれほどなんて……。


「1つ質問ですが、その幻術で人間の幻影を作ることは可能ですか?」

「人間の? うーん……出来ひんこともないけど、さすがに依代があれへんとなぁ……動かんでも良えなら話は別やで?」

「なるほど……」


逆を言えば、中身の人間さえ用意すれば着ぐるみのような気軽さで、ハリウッドの特殊メイク以上の完成度を誇る変装が可能という訳だ。

……これは、使えるんじゃないだろうか?

代行者を用意すれば、後は彼に幻術で適当な男性の姿を作って貰い、芝居をしてもらえば、週末のダブルデートはどうにか回避できる。

問題は、彼に協力を仰ぐためには、事情を全て説明しなくてはならないということ。

さすがに生徒をこんなことに巻きこむ訳には……。


「何? 何か俺が力になれることがあんねんなら、何でもするで? 刀子センセにはいつも迷惑かけてるさかい」


にっ、と年齢相応の無邪気な笑みで、彼は言った。

……そうね。

確かに、この半年間、彼には迷惑を掛けられっぱなしだった。

ときには夏期休校中にまで呼び出されて、生活指導をしたこともあったほどに。

ここらへんで、その貸しを返してもらっても良いのかもしれない。

しかし、それは彼に私の恥とも言うべき今回のいきさつを全て暴露するということ。

ま、迷う……。


「あー……もしかして、相当にプライベートな話? ホンマ大丈夫やで? 俺、口マジで堅いねんから。墓場まで持ってくさかい」


とん、と自分の胸を叩きながら、誇らしげにそう言った。

彼はやや大口を叩く癖はあるものの、概ね他人に嘘を付くような人間ではない。

これはもう、彼の言葉を鵜呑みにして、頼るしかないのではなかろうか?

……さっきも言ったけど、本当に手段を選んでる場合じゃない気もするし……。

私は、散々迷った挙句、結局彼にことのいきさつを全て説明することにした。


「じ、実は……」









「……ギャハハハハッ!! ぶはっ、ぶははははははっ!!!!」

「ちょっ!? そこまで笑うことですか!?」


一しきり事情を聞いた犬上君は、腹を抱えて大爆笑していた。

た、確かに、普段は必要以上に感情を表に出さないよう心がけてるせいもあって、私はそういう話とは無縁だと思われがちだけど……。

……今考えたら、そのキャラ作りに問題があった気もする。

一見、とっつきにくそうな印象を与えているのかもしれない。

男子部を任されているのも、そういった厳しい印象が功を奏してのことだろうし……。

……早まったなぁ。


「ひーっ、く、苦しっ……くくっ、そ、それにしても、全校男子の憧れの的、クールビューティーな刀子センセが……ぶはっ!!」

「もうっ!! いい加減にしなさい!!」


ばんっ、と机を叩きながら一喝すると、さすがに犬上君は笑うのを堪えてくれた。

……ただ、手で押さえた口元から、僅かに覗く頬は、未だにピクピクと痙攣していたが。


「ふぅ……で、つまるところ、俺は何をすれば良えん?」

「はぁ……やっぱり物凄く早まった気もするけど……誰か彼氏の代理人を立てるので、その方に幻術を掛けて欲しいんです」


私が先程立てた計画を話すと、犬上君は先程まで爆笑していたのが嘘のように真剣な表情で、手を顎に当てて考え込んでいるようだった。

こういう切り替えの速さも、年齢不相応というか……本当、中学生とは思えない。


「なぁ、それ俺が彼氏代行役やれば良え話なんとちゃうん?」

「は? 何を言い出すかと思えば……さすがに大人の情事に生徒を関わらせる訳には行かないでしょう?」


それを言い出すと、幻術をお願いしてる時点で、大分アウトな気がするが、この際それはスルーな方向で。


「せやねんけど、もし他の人にお願いするにしても、魔法関係者やないと無理やろ?」

「それは当然です」

「やんな……とするとやな、刀子センセは今の恥ずかしー話をもう一人別な、それも男の魔法先生にせなあかん訳やけど……」


それは刀子センセ的にセーフなん? と彼はあくまでも純粋な疑問としてそれを尋ねて来た。

……し、しまった……確かに、そのことは考えていなかった。

彼の話によると、あまりにも元の依代から外見が外れると、幻術を掛けるのは難しいということだし、彼氏役は自然と男性に限られてしまう。

となると、学園の魔法先生にそれを頼むことになる訳だが……そんなの絶対無理!!

いつでも冷静沈着、クールな女剣士を装ってきたというのに、今更そんなことを頼んだら、これまで積み上げて来た私のイメージが!?

うぅ……で、でも、犬上君に彼氏役を依頼するとなると、彼と腕を組んだり抱きあったりという可能性も出て来る訳で……。

そ、それはいくらなんでも……


「毒を食らわば皿まで言うし、実際デートんときは、俺の外見は24、5歳になってんねやから、見る人が見らんと分からんと思うで?」

「そ、それは確かに……うぅ、倫理的にどうかとも思いますが……仕方ありません、それで手を打ちましょう……」


結局、私は職員としての倫理よりも周囲からの自分へのイメージを優先することにした。

……う、後ろめたい。


「任せとき! ……しかしそうなると、服とか買いにいかなあかんなぁ……」

「え? 幻術でどうにかならないんですか?」

「さっきも言うたけど、元の見た目からあんましかけ離れるんは無理やねん。俺、学ランとTシャツしか持ってへんし」

「は?」


目が点になった。

Tシャツと学ランだけって……そ、そういえば、今年の記録的な猛暑の中、彼と豪徳寺君だけは何故か最後まで学ランを貫いていたのだった。

よもや、私生活でも学ランにTシャツだけで押し通していたなんて……。


「そ、それでは、寒暖の差に適応出来なかったでしょう?」

「いやいや、学ランを甘く見たらあかんで? 夏用は生地が薄くなるだけやのうて、内側はメッシュ素材で通気性抜群。冬用は厚手の生地に裏地は起毛で防寒対策もバッチリや。ちなみに春秋用は市販のやつとまったく同しやで」


俺はそれぞれ5着ずつ持ってんねん、と犬上君は誇らしげに胸を張っていた。

……発想が病気としか思えない。

何がそこまで彼を学ランに駆り立てているのだろう。

そら恐ろしさを感じながらも、私は彼にその理由を尋ねてみた。


「そんなん、学ランが男の戦闘服やからに決まっとるやん?」


……キマってるのはお前の頭だ、とは口が裂けても言えなかった。


「とりあえず、今日の帰りにショップにでも寄って適当にみつくろうわ」

「……お、お願いします。あ、領収書は取っておいてください。依頼したのは私ですし、それくらいは私が払います」


私がそういうと、彼はひらひらと手を振って無邪気に笑った。


「構へんて、どの道そろそろちゃんと服買おと思てたとこやし……そん代わり、今回のペナルティはこれでチャラにしてくれへん?」


む、なかなかに人の足元を見る少年だ。

まぁ、どうせ頼もうと思っていたのは、中庭の清掃だし、それくらいで私の尊厳が守られるなら安いものだろう。

私はすぐに、彼へ了承の意を示した。


「ほな、これ俺の番号とアドレス。明日何かあったときのために渡しとくわ」

「確かに、後で空メールを送信しておきます」

「頼むわ。そんなら、今日はこれで解散で良え?」

「ええ……明日はくれぐれもお願いしますよ?」

「おう!!」


もう一度、彼は笑顔で頷いて、席を立った。

私も彼に続いて席を立つ。

照明を消して、彼に続いて生徒指導室を後にした。


「おお、小太郎!! こんなところにいやがったのか!?」

「ん? おお、薫ちゃんやないか? どないした?」


生徒指導室を出ると、そこにはちょうど豪徳寺君が通りかかったところだった。

犬上君を見つけて嬉しそうに近寄って来る。

彼も私の担当する1-Aの生徒で、豪徳寺 薫という。

一般人ながらも、直向きな研鑽の結果、気を操れるようになった、ある種武術の天才ともいえる少年。

裏の世界で言えば、ありふれた才能だが、一般社会に居ながら気を体得するに至ったそのセンスは、驚嘆に値する。

ただ解せないのは、彼の風貌だった。

時代錯誤なリーゼントに、これまた時代遅れの長ラン。

喧嘩っ早いところが通じ合ったのか、クラスでは犬上君と比較的仲の良い友人らしいが……。

彼らがどんな普段どんな会話をしているのか気になって、私は職員室に戻る前に、少し二人の様子を見てみることにした。


「実はお前に見せたいもんがあったんだが、放課後になったら急にいなくなるもんだからよ、探したぜ?」

「ああ、スマン、いつもの呼び出しやってん。で、見せたいもんて?」

「ふふっ……実はな、遂に完成したんだよっ!!」


そう言って、豪徳寺君は学ランのボタンを全て外すと、ばっ、と勢い良くその内側を開いて見せた。

そしてそこに現れたのは……。


「こ、これはっ!?」

「おう、昇り金竜の刺繍だ!! なかなか値もはったけど、どうだ? かなりの出来だろ?」


……こ、この子もなの!?

私は軽く目眩を感じずにいられなかった。

確かに我が校は自由な校風を謳い文句にしているだけあって、制服や髪型に関する規制は皆無だ。

しかし、彼のようなリーゼントや、年から年中の長ランをしている生徒は、さすがにこれまでもいなかった。

ほ、本当にこの子たち大丈夫なのかしら?

さ、さすがにこれには小太郎君も冷ややかな目線を送っていることだろう。

そう思って彼の方を見ると、私の期待は、ものの見事に裏切られていた。


「か、かっけー……」


そこには、目を少年のように……いや、未だ持って彼は少年なのだが、瞳を爛々と輝かせ、豪徳寺君の学ランに見入る犬上君の姿があった。

……ダメだこの子たち、早く何とかしないと……。

そんな私の心配を余所に、彼らはわいわいと学ラン談義を始めてしまった。


「ええなぁ、俺も刺繍とか入れたいわぁ……けど長ランはなぁ……」

「いいじゃねぇか? 長ランは最高だぜ? お前も着て見ろよ?」

「いや、別に長ランが嫌いなんとちゃうねん、むしろ格好良え。ただ俺が着るとビジュアル的にな……」

「あー……長い鉢巻でも巻いたら様になるんじゃね?」

「なるほど……って、薫ちゃん、それただの応援団や」


どっ、と彼らは二人して笑い始めた。

……やっぱり、犬上君に彼氏役を頼んだのは失敗だったかもしれない。

私はこめかみを押さえながら、そそくさと職員室へ退散していくのだった。











そして一夜明け、ついに決戦当日、土曜日となった。

友人との待ち合わせは12時に駅前だったが、私は10時に犬上君と同じ場所で待ち合わせをしていた。

というのも、昨日の話を聞く限り、彼のファッションセンスは余りにも怪しく、最悪その場でお店に入り、私が手ずからコーディネイトし直す必要もあると考えたからだ

もちろん、彼と細やかな打ち合わせをするためというのもあるが。

現在の時刻は午前7時半。

少し起床が早すぎた気もしなくはない。

女性教員用の宿舎から駅までは、徒歩で遅くとも10分有れば着く距離だ。

しかしながら、犬上君に頼んでしまったことが気がかりで、あれやこれやと考えていた私は、重要なことに気が付いて飛び起きていた。

……自分の服、どうしよう?

友人と会うということもあり、余りにしゃれっ気の無い服を着ていくのもどうかと思うし。

かといって、余りに遊びの過ぎる服だと、普段の堅いイメージを持っているであろう犬上君に、またバカにされかねない。

ここは慎重に選ぶべきだ……。


「……とりあえず、コンタクトにはしておこう」


普段は軽い近視のため、眼鏡を愛用している私だったが、プライベートで出かけるときはコンタクトに変えることもある。

眼鏡だとどうしても堅いイメージを与えてしまいがちだし。

まぁ、もともと釣り目がちな目をしているので、その効果のほどはたかが知れているのだが。

さて、久しぶりに少し髪も弄ってみようかしら?

いつもは長くのばした髪を梳く程度で、結んだりアップにしたりすることは殆どない。

たまの休暇にくらい、気合を入れて見るのも悪くないだろう。

……って、相手は自分の生徒なのだから、そんなに気合を入れる必要ないのだけど。

さて、服はどうしようかしら?

まだ温かさも残っていることだし、薄めの服でも大丈夫だろうか?

あれやこれやと考えながら、私はクローゼットと格闘を続けた。









「はっ、はっ、はっ……!!」


ぬ、ぬかった!!

思いの外服選びに時間が掛かってしまった。

少し派手なものを手にとっては、これは学校での私のイメージと違う、と言って戻すの繰り返しで、気が付くと時刻は待ち合わせ時間の10分前になっていた。

結局、大人し目な服を選択し、私は犬上君の待つ駅前へと走っていた。

ちなみにどんな服装かと言えば、白のカットソーにグレーで七分丈のフレアスカート。

一応寒いといけないので、生地の薄いベージュ地にエンジュと黒でチェックの入ったストールを羽織っている。

靴はいつも通り黒のストッキングを着用した上で、ブラウンの網上げブーツを履いている。

おかげで走りにくいことこの上ない。

髪はアップに纏めて、琥珀柄のシンプルなバレッタで留めている。

少し若作りし過ぎたかと、後悔もしたが今更遅い。

まさか生徒との待ち合わせに遅れる訳にもいかないと、私は必死で駅前へと駆けていった。

駅前の広場に入り、すぐに目印にしていた噴水の前を確認する。

時間は約束の5分前、どうやら犬上君はまだ来てないらしい……良かった。

私はすぐに噴水の前まで歩き、走ったことで上がった息を、彼が付くまでに整えようと深呼吸を繰り返した。

しかし……やっぱりちょっと気合を入れ過ぎたかも知れない。

目前の問題が去ったことで、考えても仕方の無いことが次々に思い浮かんでしまう。

この服装は、やはり学校での厳しいイメージとかけ離れていたのではないだろうか?

少し可愛い目にまとめ過ぎたか?

どれも今更後悔してもしょうがないことばかりだった。

……って、何を私はこんなに緊張しているのだろう?

た、たかだか、自分の生徒とカップルの振りをすると言うだけの話じゃない?

いつも通り、冷静な態度を装っていれば良いのよ!!


「……刀子センセ?」

「は、はいっ!?」


自分の世界に没頭していたところに、急に声を掛けられて、私は思わず上ずった声でそう返事していた。

や、やってしまった……。

後悔したところでもう遅い。

私は努めて平静を装いながら、ゆっくりと声の掛けられた方へと振り返った。


「お、やっぱり刀子センセやったんかいな。知らん人に声掛けたかと思て、一瞬焦ったで?」

「やはり犬上君でしたか、おはようございま……」


そう挨拶しかけて、私は開いた口が塞がらなくなった。

そこにいたのは、紛れもなく犬上君なのだろう。

しかしその外見は、余りにいつも違っていて、私は言葉を失ってしまっていた。

私の不安を裏切って、彼はいたって普通の服装で現れてくれた。

グレーのパーカーの上から黒いジャケットを羽織り、下は黒のジーンズに白いスニーカー。

うん、心配していたような変な格好ということはない。

むしろ問題なのは、彼自身の容姿だった。

髪形はいつも通り、少し跳ねた長髪で、長く伸びた襟足は黒いゴムでまとめられている。

目つきは普段は釣り目がちだったものが、少し成長した姿をイメージしたためか、落ち着きが見える目元になっている。

普段から170と年齢にしては高い身長が、今ではおよそ185ほどの長身となっていた。

その姿で彼が浮かべた照れたような、無邪気な笑みは何と言うか、こう……。


……反則染みて、格好良かった。


し、しまった……さっきまでとは別の意味で、彼に彼氏役を依頼したのは間違いだった気がしてきた。

少し考えれば分かったことじゃないか。

普段だって、彼はそのきつい目つきや『麻帆良の狂犬』というイメージが先行して恐れられていはいるものの、十分に整った容姿をしていた。

それが24、5歳に成長したら、どれだけ男前になるかなど、容易に想像が付いたというのに。

私の心拍数は、強大な妖怪と対峙したとき以上に白熱していた。

最悪なことに、彼の容姿は余りに私の好みを押さえ過ぎていた。

うぅ……ど、どうしよう……これでは彼のちょっとした動作に思わず過剰反応してしまいそうだ……。

し、しかし今更後に退く訳にはいかないし、よ、要は今日一日を乗り切れば良いのよ!!

私はそう自分に言い聞かせて、何とかいつも通りの冷静さを取り戻そうとした。


「刀子センセ? いきなしぼーっとして、どないしたん?」

「な、何でもありません。あなたが思った以上にまともな格好をして来てくれたので、少し驚いただけです」

「そうけ? まぁ、自分のセンスを信用してへんから、マネキンが着てたん一式買うて来ただけなんやけど……」


そ、それでこのハマり様!?

な、何て末恐ろしい……。

そんな動揺を気付かれないように、私は必死で冷静という仮面をかぶろうと心掛けた。


「しかし、犬上君の幻術がここまでとは思いませんでした。元の姿を知っている私でも、一瞬見違えましたよ」

「せやろ? けどそれは刀子センセもやで?」

「え゛?」


予想外の言葉に、冷静という名の仮面はあっさりと砕け散った。

思わず自分の姿を見回す。

や、やっぱり、ちょっと無理に若作りし過ぎただろうか?

そんな風に焦っている私の心などどこ吹く風で、彼は再び信じられない言葉を放った。


「いつもは厳しくて綺麗、っちゅう印象やけど……今日は何や、綺麗で可愛らしいな」

「@*$#&%=~~~~~!!!?」


そう言って無邪気に笑う犬上君。

私は顔が一気に熱くなるのを感じた。

そ、そそそそ、その顔で可愛いなんて言うのはずるいと思う!!

何の気なしに、彼は口にしたのだろうけど、そんな男前に言われたら、思わずその気になってしまいそうだ。

……ま、まぁ中身は生徒な訳だし、その気になることなんて絶対ないんだけど。


「それに今日はメガネもあれへんし。メガネ取ったら、意外と可愛い顔立ちしてたんやな」

「っ!? お、大人をからかうものじゃありませんっ!!」


さ、さすがに二回目ともなると、耐性が付いて言い返すことは出来たけど……。

あー……ダメだ、まだ顔が熱い。

強めに言い返した私に、犬上君は苦笑いを浮かべた。


「別にからかってるつもりは……うん、俺はメガネかけてへん方が好きやで? メガネ属性ないし」

「メガネぞく……? 何ですか?」

「……いや、ただの妄言や、忘れてくれ」

「?」


どうにか平静を取り戻した私は、彼の提案で近くにあるス○バに移動することになった。










時刻は10時17分。

友人との待ち合わせには、まだ十分時間がある。

私は犬上君と、入念に打ち合わせをすることにした。

結構鋭くておまけに執念深いあの女のことだ、ちょっとでもボロを出すと、そこをチクチク突いてくるだろう。

そう言った事態にならないよう、打ち合わせは念入りにやっておく必要がある。

とりあえずは、彼の人物設定だろう。


「今の姿は、とりあえず24歳ということでよかったですね?」

「ああ、それで構へんやろ? 実際、相手にしてみれば、年齢なんて大した意味はあれへんやろうし」

「それもそうですね……」


私の言葉に、犬上君は悪戯の成功を楽しみにしてるかように笑った。

へぇ……普段は大人びていて逆に違和感を感じるけど、今の姿で話す彼の落ち着きようはむしろその姿に良くマッチしていた。

そうまるで、今の彼の姿こそが真実であるように。

1つ1つ確認事項を示して合わしていったが、やはり彼の落ち着きようは、逆に違和感を全く感じさせなかった。

注文したブレンドコーヒーを啜る姿などは、むしろ私よりも年上なんじゃないだろうか、と疑いたくなるほどだった。

大体の項目を決め終わって時計を確認すると、時刻は11時23分と、意外に余っていた。


「確認しておくことはこれくらでしょうけど、まだ時間がありますね。少しこのままここで時間を潰しましょう」

「せやな。あ、そういやデートってどこ行くん? 俺まだ聞いてへんねやけど?」

「そう言えば伝えていませんでしたね。友人とは学園都市内にある遊園地に行こうと話しています」


私の言葉に、犬上君は驚いたように目を丸くしていた。


「へぇ、意外やな。もっと大人し目というか、クラシックのコンサートとか美術館とかかと思てたで?」

「せっかくの休日ですし、それに犬上君もそう言った場所の方が楽しめるでしょう?」

「え? 何? もしかして俺に気遣うてくれたんか?」

「いえ、そう言う訳では……私自身、絶叫マシンは好きですしね」


確かあの遊園地には、最近落差東日本最大という謳い文句のコースターが出来たばかりだったはずだ。

実は前から乗ってみたくてうずうずしていたので、正直それは楽しみだった。

そんな私を、犬上君が何か微笑ましいものを見るような視線で見つめていた。、

し、しまった!? 顔が緩んでた!?


「わ、私の顔に何か?」

「いんや。ただ、刀子センセも意外に可愛いとこがあんねんな、って」

「べっ、別に良いでしょう!? それから、いつも言っていますが、教員を軽々しく下の名前で呼ばな……」


言いかけて、私は重要なことに気が付いた。

お互いの呼び方について、何も決め事をしていなかったのだ。

まぁ百歩譲って、私は今のままで良いにしても、さすがに今の犬上君に先生と呼ばせるのはまずいだろう。

いろいろと思案をしてみたが、彼の性格や話し方すると、女性をさん付けで呼ぶようなことはしないだろうし、ここは呼び捨てで呼んでもらうことにしよう。

一回りも年下の男の子に呼び捨てにされるのは弱冠抵抗があるけど……。


「……今日だけは特別です。私のことは下の名前で呼び捨てにして構いません」

「なら、センセも俺の事は下の名前で呼んでぇな?」

「は? 私は別にこのままでも……」

「いや、話を聞く限り、その友達いうんは鋭いんやろ? せやったら、その辺勘ぐられたら厄介やで?」


確かに、彼の言うことは一利ある。

まぁ刹那のことも呼び捨てにしているのだし、彼を呼び捨てにすることくらいなんということは……ない、わよね?

な、何だろう、それはもの凄く恥ずかしいことをしてるような気がしてきた。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼はあけすけにこんなことを言い始めた。


「ちょっと練習してみいひん?」

「え゛?」


れ、練習って……今、ここで!?

ま、まぁデート中は遊園地という人が密集した場所にいる訳だし、周囲の目を気にしないためにも、ここで練習をしておくべきか……。

……え、ええい、ままよ!!

私は自分を奮い立たせながら、彼の名をおずおずと口にした。


「……こ、小太郎?」

「何や、刀子?」


そう言って、にっ、と優しい笑みを浮かべる犬が……小太郎。

……これは反則でしょうっ!!!?

私の心拍数は生まれてから一番の快速で刻まれていた。

はっ、はずっっっ!!!?

な、何これ!? 何よこれっ!!!?

ただ名前で呼ばれただけでこの緊張感って何なのよ!?

そ、それもこれも、小太郎の容姿が無駄に良いのがいけないんだわ!!!!

私は自分を落ち着かせるために、心の中でそんな理不尽な責任転嫁をしてみた。


「……なんや照れくさいもんやな? 人を呼び捨てにするんは、いつもことなんやけど」


言いだしっぺだった小太郎も、どうやら恥ずかしかったらしく、照れくさそうに頬を掻いていた。

うぅ……こんな調子で、本当に今日のデートは大丈夫なのかしら。

もう一度時刻を確認すると、既に11時40分を回っていた。

そろそろ出てないとまずいか……。

私は昨日とは全く質の違う、弱冠の不安を覚えつつも小太郎を促して、待ち合わせ場所へと移動して行った。

葛葉刀子、一世一代の大芝居が、無事に成功することを祈りながら……。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 休み時間 欲念邪意 女の人って本当に分かんないよ……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/11 23:51




「一応確認やけど、相手は一般人やんな?」


待ち合わせ場所に移動すると、不意に犬が……小太郎がそんなことを尋ねて来た。


「当然でしょう? でなければ、幻術なんて手段、最初から思いついたりしませんよ」

「そらそうやな」


もっとも、あの女は下手な魔法使いよりもよっぽど性質が悪い性格をしていたりするのだが。

大学時代に出場した、学園祭でのミスコンで、一体どれだけの妨害工作にあったことか……。

もちろん、それは代表的なものであって、あの女に被った被害を上げていくと限りがない。

……ああ!! 思い出しただけでも忌々しい!!


「と、刀子センセ? 何や、物凄い禍々しいオーラが出てるで?」

「はっ!? す、すみません、ついあの女のことを思い出して……」

「思い出してて……そ、その人自分の友達やんな?

「え、ええ……自分でもときどき自信がなくなりますが」


何であんなのと未だに友達でいられるのかが不思議でしょうがない。

時刻を確認すると、11時50分を過ぎたところだった。

時間には正確な子なので、そろそろ来る頃だと思うけど……。


「おーい、とーこー!!」

「あ、来たみたいですね」


時間の10分前にちょうど到着。

こういうところは素直に褒めてあげたい。

呼びかけられた方を振り返ると、少し跳ねたセミロングで元気そうな女性が、にこやかにこちらへと手を振っていた。

彼女こそ、私の大学時代の友人、尾上菊子だった。

私が大学で所属していた、剣道サークルでマネージャーをしていたことで知り合いとなったのだが、高校時代は彼女も剣道をしていたのだとか。

何かトラウマでもあったのか、当時は男性をやたら毛嫌いしていたのだが……。

周囲の女友達が次々と彼氏を作っていくことに焦りを感じて、認識を改めるようになったらしい。

先月の飲み会では、その一週間前に合コンがきっかけで付き合い始めた彼氏のことを、やたら惚気て来て鬱陶しいことこの上無かった。

学生時代は、私に彼氏が出来そうになると尽くそれを妨害し『刀子は最後まで私の味方でいて!!』なんて訳のわからないことをほざいていた癖に……

そういえば以前私の結婚式でも、最後まで私の元旦那のことを狙っていた。

……まぁ、結局別れてしまった男のことなんてどーでもいいですけどっ!!

菊子は私と目が合うと、嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。

しかし、おかしなことに、本日連れて来てもらうことになっていた彼氏の姿は見えない。

彼氏と一緒に来る約束をしていた訳じゃないのだろうか?


「ひっさしぶり!! 元気してた?」

「久しぶり。あなたほどの元気はないわよ……ところで、彼氏は一緒じゃなかったの?」

「うぐっ!?」


駆け寄って来た菊子に、そう質問すると、菊子はどういう訳か、急所を突かれたかのような声を上げて固まってしまった。

……どうしたのだろうか? 彼氏の都合が悪くなって来れない、とか?

だとすると、わざわざ小太郎に頼んで来てもらった意味が半減するなぁ……。


「……かれたの……」

「え? ごめん、聞き取れなかったんだけど……」

「だからっ、先週別れちゃったのっ!!!!」

「は?」


前言撤回、小太郎に頼んだ意味なんて全くなかった。

それならそうと早く言って来なさいよ!?

この一週間、私が今日の事を考えてどれだけ苦しんだと思ってるの!?

しかも、飲み会での話からすると、付き合い始めて一か月も経ってないじゃない……。

いったい何をしたのよこの子……。

既に菊子は半泣き状態だったため、それ以上突っ込んだことを聞くのははばかられた。

が、次の瞬間、菊子は周囲を見回したかと思うと、急に嬉しそうな顔をして、ぎゅっと両手で私の右手を握って来た。


「でもやっぱり刀子は私の味方でいてくれたのね!?」

「は? 何を言ってるの?」

「だって、結局刀子も若い燕捕まえられなくて、一人で来たんでしょ?」

「…………」


こ、この女……。

私を見つけた時の嬉しそうな表情はそれが理由か!?

し、しかも隣にいる小太郎は、どうやらイケメン過ぎるため、まるっきり私の彼氏だとは認識していないらしい。

小太郎に言って彼氏の振りはやっぱり良い、なんて頼もうと思ったが、止めた。

少しこの女の悔しがる姿を楽しませてもらおう。

私は珍しく底意地の悪い笑みを浮かべて、菊子に言った。


「喜んでるところ悪いけど、さっきから隣にいるわよ?」

「え……?」


私にそう言われて、菊子はゆっくりと小太郎の方へと首を動かした。

ばちっと、二人の視線が正面からかち合う。


「ども、初めまして」


にっ、と小太郎が笑った瞬間、菊子の顔がみるみる赤く染まっていった。

……ね? やっぱり今の彼の容姿は反則でしょう?

菊子は前置きもなく握っていた私の手を引っ張って、小太郎から少し離れた噴水の裏側へと連れて行った。


「ちょちょちょちょっ!? どーゆーことっ!? どーーーゆーーーことーーーっ!!!?」

「ちょ、ちょっと、落ち着きなさい、みっともない……」


小声ではあったものの、菊子は随分動揺しているようで、真っ赤な顔のままでそんなことを叫んだ。

凄い優越感……今初めて小太郎に彼氏役をお願いして正解だったと思えたわ。


「ま、ままま前の旦那より断然イケメンじゃない!? しかも若ぇっ!! いくつだあいつ!?」

「前の旦那の話はするな!! ……歳は24よ。だから言ったでしょ? 私だって本気を出せば、って」

「げ、解せないっ……あんた、何か怪しい術でも使ったんじゃないの!?」

「ひ、人聞きが悪いこと言わないでよ……」


幻術を使っているため、術を使っているというのはあながち間違っていない。

や、やっぱりこの女、油断できないわね……。

あまり小太郎を放っておいても悪い気がしたので、私は何とか菊子を宥めすかして、小太郎の元へと戻って行った。


「お、内緒話はもう良えんか?」


戻って来た私たちを見て、小太郎かもう一度微笑む。

何度か目にしていたため、私は大分耐性が付いて来たけど、菊子の方はそうもいかないらしく、彼の笑顔に再び顔を真っ赤にしていた。


「ええ、待たせてしまいましたね(というか、どうせ聞こえていたんでしょう?)」


確か彼の聴力は犬並だったはず、あの程度離れたくらいの小声なら、きっと聞き取れていたに違いない。

そう思って、菊子に分からないよう、小声で呼びかけると、小太郎は苦笑いを浮かべた。


「いや全然待ってへんよ?(まぁ、な……ホンマ鋭い姉ちゃんやな? 幻術がバレたか思て焦ったわ)


どうやら彼も私と同じことで焦っていたらしい。

私はとりあえず気を取り直して、小太郎に彼女のことを紹介することにした。


「小太郎、こちら私の大学時代の友人で、尾上菊子です」

「よっ、よろしくお願いします!!」

「で、菊子、こっちが私のか……か、彼氏の、犬上 小太郎」


あ、改めて彼氏なんて言うと、相当に照れるっ!!

小太郎は、私のそんな動揺に気付いているのかいないのか、相変わらずの笑みを浮かべていた。


「改めて、初めまして、いつも刀子がお世話になってます」

「……小太郎? むしろ世話をしてるのは私ですからね?」


飲み会の度に酔い潰れるこの女に、私がどれだけ苦労させられてきたことか……。

まぁ、小太郎は特に意識せず、社交辞令として言ってるのだろう。

その辺の対応の仕方といい、自然体な態度といい……やっぱり、中学生って嘘なんじゃないの?


「お、驚いた……まさか刀子にこんなイケメンの彼氏が出来るなんて……」

「あははっ、そらおおきに。お世辞でも嬉しいわ」


赤い顔のまま、動揺も隠しきれずに呟く菊子に、小太郎が楽しそうにそんなことを言う。

いや、多分菊子はお世辞のつもりで何て言ってないと思う……。

それはさておき、菊子の方が彼氏を連れて来てないのでは、今日の賭けはそれ自体が破綻だろう。

小太郎にいらぬ苦労をさせるのも気が引けるし、何とか今日は解散という運びに持っていきたい。

そう思って話を、進めようとした矢先。


「ところで小太郎君、年上の女性についてどう思うかな?」


あけすけに、菊子が小太郎へそんなことを聞き始めた。

な、何を考えているのかしら?


「へ? そりゃあ、落ち着きがあって魅力的やと思うけども……」

「あ、まぁ刀子と付き合ってるんだしそうだよね。それじゃあ、好みの女性のタイプは? 刀子以外で」


困惑したように答える小太郎に、菊子はにこやかに質問を続ける。

……こ、これはまさか……!?


「菊子、あんたまさか、小太郎のこと口説こうとか思ってないわよね……?」

「っ!?(びくっ) ……そ、そんなことない、わよ?」


やっぱりか、この性悪女!!


「あんたいい加減にしなさいよ!? 私の結婚式の二次会でも元旦那を口説こうとしてたわよね!?」

「さ、さぁ? そ、そうだったかしら? そ、それより、前の旦那の話しは聞きたくないんじゃなかったの!?」

「い、いけしゃあしゃあと……!!」


や、やっぱり駄目だ!!

この女は、いたいけな男子中学生には有毒すぎる!!

一刻も早くこの場を離れないと……!!

私は小太郎の手を取って、この場から離れることにした。


「小太郎、帰りますよ!!」

「へ? あ、ちょ、え、良えんか?」

「あんな歩く有害図書は放っておきなさい!!」


無理やりにでも小太郎をここから連れ出さないと、あの女、彼に何を吹き込むか分かったものじゃない。

可愛い教え子を守るためにも、ここは心を鬼にして、ここを立ち去らないと!!

そう思って歩き出そうとした私の腰に、菊子は、がしっ、と抱きついてきた。


「ちょっ、待って刀子!! 冗談だからっ!! もうしないからっ!!」

「う、嘘おっしゃい!? あんた完全に本気の目だったじゃないの!?」

「そ、そんなことないって!! お願いだから!! あんたにまで見放されたら、私今日一日寂しくて死んじゃうから!!」


涙ながらに、そう私に縋りつく菊子。

う……確かに、失恋から一週間では、心に空いた穴は埋められまい。

その寂しさは分からないでもないけど、ここで甘い顔をしてしまうと、小太郎にこのバカ女の魔の手が……。

だ、ダメよ刀子!! 

彼氏の振りでさえ大分ギリギリ(というかアウト)なのに、これ以上小太郎を変なことに巻き込むつもり!?

そう思って、何とか彼女を振り切ろうとしていると、小太郎がおもむろにこんなことを言い出した。


「ま、まぁまぁ、刀子。もうせえへん言うてるし、少しぐらい付き合ったったら良えがな」

「なっ!?」


ひ、人が誰のためを思って……!!

ま、まぁ確かに、失恋してしまったことは可哀そうだし、寂しいという気持ちは良く分かる。

それに、小太郎までこう言っているのに、無理やり押しきるのも大人げない気がする。

私はしぶしぶ、足を止めた。


「……はぁ、分かりました。菊子、次小太郎に妙なこと言い出したら……分かってるわよね?」

「うんっ!! 大丈夫、大丈夫!!」


本当に分かってるのかしら……?

元気を取り戻した菊子の笑みに、そこはかとない不安を感じながら、私は二人と一緒に昼食を取るため、近くのファミレスへと移動することにした。











注文を終えて、私たちはこれからどうするのかを決めることにした。

私としては、出来るだけ早く開放して貰いたい。

というか、一刻も早くこのバカ女と小太郎を引き離したくてしょうがない。

なので、正直昼食を取った後は、解散の方向で話を進めたかったのだが……。


「予定通り遊園地に行こう!!」


……バカだバカだとは思っていたけど、どうやらこの子、本当に手の施しようがないバカだったらしい。

何が悲しくて、カップル+1などという不思議な組み合わせで遊園地に行かなくちゃいけないのだろう。

むしろ菊子の物悲しさが増すだけだと思うんだけど?

……いや、多分まだ小太郎のことを何とか口説こうと思ってるんだろうけどね……。

そんな彼女の提案に、私が異を唱えるよりも早く、小太郎が答えていた。


「良えんとちゃう? 刀子も、新しい絶叫マシン乗りたかってんやろ?」

「う……ま、まぁそうですが……というか、私そんなこと言ってました?」

「いや、絶叫マシンが好きとしか言うてへんけど、あそこの新しいアトラクション、ニュースでも取り上げられてたさかい」


ああ、それで絶叫マシンが好き、という情報だけでそれが分かったのか。

確かに、新しいアトラクションには興味があるけど……。

ま、まぁ菊子は、私がきちんと見張っておけば大丈夫かな?

というわけで、私は結局、菊子の案を呑むことにした。

……何だか、今日は流されてばっかりな気がする……私ってこんなキャラだったかしら?

そんな風に頭を悩ませていると、菊子は突然、私と小太郎の間の空間をじいっと凝視し始めた。

あ、ちなみに今の席は4人掛けのテーブでに片側に小太郎と私、対面に菊子という座席で座っている。

私は菊子の視線が気になって、彼女に直接尋ねてみた。


「どうしたの?」

「んー? いや、ちょっと、さっきから見てて思ったんだけど、何か二人の距離って、カップルって言うには遠い気がして……」

「っ!?」


余りの驚きに、心臓が口から飛び出しそうになった。

こ、この女、やはり侮れない……!!

早速、私と小太郎が偽カップルだと疑い始めてるなんて。

こ、こは慎重に切り返さないと……。


「ああ、人前でべたべたすると、刀子に張り倒されんねん」


上手い返しを思案する私を余所に小太郎は、何気ない風にそう返していた。

少し苦笑いを浮かべながら、刀子は照れ屋さんやから、なんてダメ押しまでする始末。

非の打ちどころの無い、完璧な対応だった。

な、何なのよその落ち着きは!?

こっちがいつバレるかと、びくびくしているのが恥ずかしくなってしまうほどの落ち着きぶり。

本当は小太郎っていくつなんですか!?


「あー確かにそういうとこあるよねー」


小太郎の返しが自然過ぎて、そんな風に納得している菊子。

と、とりあえず、当面の危機は去ったか……。

ちら、と横目で小太郎を盗み見ると、含みのある笑みを浮かべて、私にしか見えないよう、右の親指を立てていた。


「ところで、二人はどうやって知り合ったの? 哀れな私に、イケメンゲットの秘訣を教えて欲しいんだけど……」


……危機、全然去ってないじゃない!?

な、何!? もしかして、料理が来るまで延々とこの尋問は続くの!?

正直私の胃はさっきからきりきりと痛みを訴えっぱなしですよ!?

料理なんて運ばれて来ても喉を通らない気さえする。

再び私が何て答えたものかと迷っていると、やはり小太郎が先に答え始めてくれた。


「俺が仕事で麻帆良に行ったときに知り合うてん」

「へぇ……小太郎君って、どんなお仕事してるの?」

「ちょっ!?」


こ、小太郎!?

その対応は間違いだったんじゃないの!?

さっき確認した項目の中に、小太郎の職業というものは含まれていなかった。

へ、下手な受け答えをしたら、私の見栄っ張り加減が露呈されて恥ずかしいことに……。

こ、このバカ女だけにはそんな醜態曝したくない!!


「一応慈善事業……NGOに所属してん」

「NGOに? へぇ、大変そうだね? それじゃあ麻帆良には募金のお願いとかで?」

「まぁそんなところやな」


私の心配をあっさり裏切って、小太郎は初めからその答えを用意していたようにそう答えた。

しかし、そんな発想が良く出たものね……。

確かにNGOの活動は公になっているものの、範囲が広すぎて、その実態が一般に浸透していない。

菊子を煙に撒くには、最良の選択だったと言えるだろう。

さて……次はどんな質問を繰り出してくる気?

私は、今度こそ菊子の質問に答えようと身構えた。

しかし……。


「で、実はこれが一番気になってたんだけど……どっちから告白したの?」


にんまりと、実に楽しげな笑みを浮かべて言った菊子に、私の思考は完全に停止していた。

……そ、そんなの、想像するだけで恥ずかしくて、何も設定なんて考えてないわよぉっ!!!?

こ、小太郎に下手なことを言わせる前に、私からと言ってしまうべきだろうか!?

し、しかし、その後小太郎ほど上手に切り返せる自信もない……ど、どうすれば!?

迷っている私を余所に、結局は同じように小太郎が声を発していた。


「―――――俺の一目惚れや」

「「へ?」」


…………はっ!?

い、今私、一瞬気絶してた!?

な、ななな、何でよりによってそういう切り返しを選択するのかしら!?

そ、その顔で照れ臭そうに、それも迷いなくそんなこと言われたら、女は堪ったものじゃないわよ!?

どうやら、菊子も同じ考えだったらしく、真っ赤になった顔をぱたぱたと掌で仰いでいた。


「いやー……まいった。ちょっとからかうつもりだったんだけど、小太郎君微塵も動じないんだもんなー……ちょっと私、顔洗って出直すことにするよ」


そう言って席を立つと、菊子はどこか夢遊病患者のような足取りで、ふらふらとお手洗いに消えていった。

……はぁ~~~っ、よ、ようやく謎の緊張感から解放された……。

小太郎の方へ振り返ると、彼もやれやれといった体で、深く溜息をついていた。


「……た、助かりました。それにしても、よくあんな切り返しが思いつきますね?」

「いえ、どういたしまして。最初のんは、ちらちら見られてたん気付いてたしな、答えを用意しててん。職業は、前に知り合いが似たようなとこで使うてたから」


な、なるほど、彼自身の咄嗟の思いつきじゃなかったのね……。

まぁ、どんない大人びて見えても、彼はいち中学生な訳だし当然か。

いや、それでも十分年齢不相応に落ち着いているけど……。

……そ、それにしても、最後の返答はどういう思いつきなのかしら?

も、もしかして、小太郎、本当に私のことを……?

あまりに迷いなく答えていたため、ついそんな考えが頭をよぎってしまう。

そう言えば、色んな女の子に言い寄られてはいるけど、特定の子がいる訳ではないと、刹那は言っていた。

……それはもしかして、本命がいたから?

私は、彼が自分の生徒だと言うことを一瞬忘れて、彼にそのことを問いかけていた。


「あ、あの……最後の答えは、どうして?」

「ん? ああ、一目惚れってやつかいな? んー、やっぱそれが一番しっくり来る思てな」

「しっ、しっくり来る!!!?」


そ、そそそ、それじゃあやっぱり、小太郎は私のことをっ!!!?

……だ、ダメよ刀子!? か、彼は自分の教え子なのよ!? そ、それも今年中学に入ったばかりの1年生!!

い、いくら今の外見が24歳相当だとしても、いくら彼の雰囲気が大人びているからと言っても、教師と生徒の垣根を超えるなんて犯罪じゃない!!!?

あ、ああ、でも……彼が高校を卒業するのを待って、それからでも遅くは……。

さっきの菊子との会話を聞く限りだと、彼は年齢なんて気にするタイプじゃないようだし……。

って、何を考えてるの私はっ!?


「馴れ初めやらなんやら、理屈をごねられたら面倒やしな」

「へ?」

「俺の一目惚れってことにしといたら、それ以上突っ込まれへんやろ?」

「……」


……な、なんだ、そういうこと……私はてっきり……。

そうよね、まだ中学生ですもの、教師にそんな感情を抱いたりなんて、そうそうないわよね。

何、一人で舞い上がってたのかしら。

思い出したら、急に恥ずかしくなって来てしまった。

……それもこれも、小太郎の言い回しが紛らわしいのが悪いのよっ!!


「あれ、刀子センセ、顔赤いで? どないしたん?」

「な、何でもありません!!」

「? な、何を怒っおるんや?」

「別にっ!! 何でもないって言ってるでしょう!?」

「???」


急に怒り出した私に、小太郎は不思議そうな顔をするばかりだった。

ほどなくして、料理が運ばれて来て、菊子も戻ってきたため、私たちはすぐに昼食を終え、予定通り遊園地へと向かう運びとなった。











「あーーーー、楽しかったーーーーっ!!」

「そりゃあれだけ叫べばね……」


駅に戻って来て、ぐうっ、と背伸びをする菊子に、私は呆れた声でそう言った。

あの後、私たちは遊園地で日暮れまで遊び倒した。

当初の懸念要素だった、菊子による小太郎へのアタックはしばしばあったものの、私が目を光らせていたため、そんな思いきったことは出来なかったらしい。

私も私で、目当てだったコースターにも乗れ、文句を言っていた割には楽しんでいたと思う。

小太郎もそれなりに楽しんでいたようだったが、子どもらしくはしゃいだり、ということはなく、やはり落ち着いた様子で、ときには楽しそうにする菊子を優しく見守っているような節さえあった。

日暮れが近づいたことで、菊子の仕事の都合により、引き上げの時間となってしまったため、私たちはこうして、駅へと彼女を見送りに来ていた。


「お、電車結構すぐ来るみたい」

「そうなの? それじゃあ、気を付けて帰りなさい」


電光掲示板を確認して言う菊子。

私がそう言うと、にっ、と子どものように笑って手を振った。


「今日はありがとうね。おかげで別れた寂しさも吹っ飛んだよ」

「そう……まぁ寂しくなったらメールの相手くらいならしてあげるわよ?」

「うん、そんときはよろしく」


珍しく素直に頷いて、菊子は改札へと駆けて行った。

が、突然こちらへ向き直ると、大きな声でこう叫んだ。


「こたろーくーん!! とーこに飽きたらー、すぐに連絡してねー!?」

「ちょっ!? 何ふざけたこと言ってんのよっ!!!?」


私に怒鳴られると、菊子はそそくさと改札を抜けて行った。

全く、あの女は……いくつになっても子どもっぽさが抜けないんだから。

そこが少し羨ましくもあるが、面倒を見させられる方は堪ったものじゃない。

あの破天荒さを思い出すと、思わず苦笑いがこぼれた。


「……まぁ、ああ言う冗談は、ホンマに仲が良くないと言えへんよな?」


その様子を伺っていた小太郎が、含みのある笑みを浮かべてそう言う。

私は同じような笑みを浮かべて、それに答えた。


「ええ、そうかも知れませんね……」











菊子を見送った私と小太郎は、連れだって学園都市への帰り道を歩いていた。

良く良く考えてみると、もう菊子はいないのだから、彼のことを名前で呼ぶ必要はないのだが。

何となく、それが惜しい気がして、私は未だに、彼のことを名前で呼んでいた。


「今日は本当にありがとうございました。おかげで、あのバカの鼻を明かすことも出来ましたし」


改めてお礼を言うと、小太郎は珍しく子どもっぽい、悪戯が成功したときのような笑みを浮かべた。


「いやいや、こちらこそ。全校男子の憧れ、刀子センセとデートが出来たんや、これでお礼なんて言われたら罰が当たりそうやわ」

「っ!?」


そんな小太郎の言葉に、私は気恥しくなって、思わず視線を反対側に逸らしてしまった。

……や、やっぱり、今日の私はどこか変だ。

と、言うよりも、昼のファミレスの一件以来、どうしても小太郎のことを、異性として意識してしまっている自分がいる。


『―――――俺の一目惚れや』


お、思い出しただけで顔が熱いっ!!

もっとも、彼はその場を乗り切るために、最善を尽くしてくれただけで、特に意味のあった発言ではなかったのだろうが。

実際、それを意識しているのは私だけだろうし、こんなことでは、週明けからどんな顔をして彼に会えば良いのやら……。

……って、これじゃあまるで、私が小太郎のことを好きみたいじゃないっ!?

な、なな、何を考えているのよ刀子!?

か、彼は教え子でしょう!?

……けれど、今日改めて感じた、彼の不思議な雰囲気。

紛れもなく中学生の筈なのに、時折、私よりも年上なのじゃないかと感じさせる、優しげな表情。

1つ仮説を立てるなら、それは彼の経験してきた出来ごとによるものが大きいのかもしれない。

夏期休校中に、学園の魔法関係者を震撼させた、襲撃事件。

あくまで噂話だったが、その襲撃犯は、小太郎の実の兄だということだった。

学園長からの話だと、彼は幼くして家族を全て喪い、関西呪術協会の長に拾われて、今まで武芸の研鑽ばかりを積んできたのだという。

それは、どれだけの茨の道だっただろう。

頼るものの無い彼は、たった一人で大人たちと対等に渡り合うために、ああいう話術や、年齢不相応の落ち着きを、獲得せざるを得なかったのかも知れない。

いつもあっけらかんとしているが、その実、彼は心身にたくさんの傷を負っているのだろう。

……そう思うと、何だか、無性に彼に何かをしてあげたいと感じてしまう。

それこそ、恋人のように寄り添い、彼の痛みを半分背負うくらいなら、私にも……。

……って、だからそれはダメだってばっ!!!?


―――――がつっ……


「きゃっ!?」


考えごとをしながら歩いていたせいだろう、普段なら絶対躓かないような、アスファルトの窪みに、私は見事に足を取られた。

既に姿勢は完全に落下態勢だったため、私は諦めて受け身を取ろうと身構えた。

……教え子の前で、こんな醜態を曝すなんて……。

そんな物悲しさに打ちひしがれる私だったが、その衝突は、意外なことで回避されてしまった。


―――――ぎゅっ……


「えっ……」


え? 何? 何が起きたの?

地面との接触は避けられない、そう思った私の体は、後ろから、力強い何かによって抱き締められていた。

本当に何が起こったのか分からなくて……いや、本当は分かっていたけど、余りに想定外のことだったから、脳がそれを無意識に否定してしまっていたのかもしれない。

状況を確認するために、後ろを振り返ると、そこには……。


「あっぶな、ホンマ、今日はどないしてん?」


心配そうに、私の顔を覗き込む、小太郎の顔があった。

それも、小さな息遣いまで伝わるほど近くに。

え? え?

それでもまだ現状が理解できなくて、私は自分の身体を支えてくれている、何かに目を落とした。

そこには、小太郎のものと思しき二本の腕が、しっかりと私の腰辺りを抱きこんでいて……つまり……。


―――――私は、小太郎に抱き締められていたのだった。


状況を理解した瞬間、私の思考は焼き切れそうになった。


「@*$#&%=~~~~~!!!?」


声を発したいけど、言葉にならない。

何で!? どうして!?

そんな言葉ばかりが、頭の中をぐるぐると回る。

今までだって、任務中に怪我を負って、同僚の男性に肩を貸してもらったり、抱き抱えられたりすることは何度かあった。

それでも、その時にこれほどまで胸の高鳴りを感じたことなんてなかったのに……。

あの時は任務だと割り切っていたから?

……違う。

同じ状況でも、きっとそれが小太郎なら、私は同じように冷静でいられなかっただろう。

無垢な少女のように顔を赤らめ、話すことすら、きっとままならなくなる。

つまり私は、小太郎のことを……。


―――――すっ……


不意に、腰にまわされていた、小太郎の腕が離れる。

その瞬間、私は胸がきゅっ、と締め付けられるような、そんな切なさを感じた。

これは……もう、否定しようがない。

どうやら私は、教え子に、この犬上小太郎に……。


―――――恋を、してしまっている。


それを認めてしまった瞬間、私は急激に顔が熱くなって行くのを感じた。

私から手を離した小太郎は、私の正面へと来て、やはり心配そうに、私の顔を見つめる。


「大丈夫か? 何や今日は調子悪いみたいやな。早いとこ帰って休み」

「え、あ、う……は、はい、そ、そうします、ね」


絞り出すように、私がそう答えると、小太郎は満足げに笑って頷いた。

その笑顔に、また胸がきゅうんと締め付けられる。

一度自覚してしまった想いは、もはや止めることは出来なかった。


「……あの、小太郎」

「ん? 何や? やっぱり具合悪いんか? 何なら宿舎まで負ぶってたろか?」


そ、その申し出は非常に魅力的だけど……どうせならお姫様抱っこの方が……ではなくてっ!!

私はそんなことを口走りそうになるのを、必死で押し留めて、小太郎にその疑問をぶつけていた。


「昼間、菊子にされた質問……年上の女性を、どう思うか、という質問への答え……あれは、本心ですか?」


彼は年上の女性を、魅力的だと、そう返していた。

もし、それが本当なら、心から、そう思っているのなら……。

……私にも、彼を振り向かせるチャンスがあるかもしれない。

そんな淡い期待を抱いてしまった。

小太郎は私の、そんな突拍子もない質問に、しかし笑顔を浮かべて、こう答えた。


「ああ、もちろんやで?」


頭が真っ白になった。

それはつまり、やはり私にも、チャンスがあるということだろうか?

年甲斐もなく、異性にこんな想いを抱くことが、許されると言うことだろうか?

嬉しくて、思わず頬が緩む。

私は、こんな単純な性格だっただろうか?

……いや、きっとこれは小太郎のせいなのだろう。

彼の不思議な魅力が、周囲の女性たちをそうさせてしまうから、彼の周りには、いつも色んな女性が後を絶たない。

……どうやら、これはなかなか分の悪い勝負に、私は乗り出してしまったのかもしれない。

けれど、後悔はない。

年上の女性に魅力を感じているというのなら、私にも勝機がある、

いつか、絶対に彼を振り向かせて見せる。

そんなことを思っている私に、彼は空気をまるで読まない、爆弾発言を投下してくれた。


「つか、須らく女性は好きやけどな」

「……は?」


思わず、目が点になる。

彼は今、何と言った?


「いや、女性の魅力って、一人一人ちゃうやろ? そういう個人の差異を含めて、俺は須らく女性は好きやねん」

「そ、それじゃあ、特別年上が好みということは?」

「んー……特にこういう女が好き、っちゅうんはないなぁ」


な、ななっ!?

ひ、人にあれだけ期待させておいて、この朴念仁は……!!


「あ、あれ? どないしたん? 刀子センセ、何か震えてへん?」

「……このっ……女っ誑しっ!!!!」


―――――ばっちぃんっっ……


「ひでぶっ!!!?」


闇を劈く快音が鳴り響き、小太郎はまるで蹴られた空き缶のように宙を舞った。

し、しまったっ!? 思わず気を込めて引っ叩いてしまった!!

ど、どうしよう……え、えと、こんなときは……そう!!


―――――三十六計逃げるに如かず。


私は、わき目も振らず、女性職員宿舎に向かって駆け出していた。


「こっ、これくらいじゃ、諦めないんだからねーーーーっっ!!!!」


半泣きになりつつ、そんなことを叫びながら。

……見てなさいよ、小太郎!!

いつか絶対、私以外の女なんて、目に映らないくらい夢中にさせてみせるんだからっ!!!!












【オマケ:はぁとふるこのせつ+1劇場】


「おつつ……何やねん、何で俺引っ叩かれなあかんかってん……それも気まで使うて……」

「あれ、コタ君?」

「ん? ああ、木乃香に刹那やないか」

「あ、やっぱり小太郎さんだったんですね、いつもの学ランじゃないから、一瞬違う方かと」

「ああ、まぁ知り合いの頼みでちょっとな……」

「そうなん? けど、そういう格好も似合うとるえ?」

「まぁ、自分では良ぉ分からん」

「……小太郎さん、つかぬことをお伺いしますが、知り合いの方とは、女性の方じゃありませんよね?」

「え゛? な、何でや? そ、そんなことあれへんよ?」

「……女の人とおったん?」

「な、なんやねん、木乃香まで!? 俺にそんな甲斐性があれへんことくらい知ってるやろ!?」

「む、そこまで言うのなら、そうなのでしょうが……」

「はれ? コタ君、肩になんかついとるえ?」

「ん? 何やろ?」

「……これ、女の人の髪とちゃうん?」

「っ!? しもたっ!? さっき抱き締めた時にっ……!?」

「……聞き違いでしょうか? 今『抱き締めた』と聞こえましたが……」

「……コタ君、ちょっとお話聞かせてもろてもええかな?(にこっ)」

「きょ、今日は厄日かーーーーっ!!!?」



―――――――――――小太郎の安息の瞬間は遠い。











【オマケ2:とーこてんてー奮闘記】


「あれ? 葛葉先生、コンタクトに変えられたんですか?」


月一回行われている全学部合同職員会議で、久しぶりにあった源先生が、そんなことを尋ねて来た。


「はい。最近、少し気になる男性に、こっちの方が可愛いと言われまして」

「まぁ! ふふっ、葛葉先生も隅におけませんね?」


嬉しそうに笑う源先生だったが、私の胸中はそれほど穏やかではなかった。


「いえ、少し倍率の高そうな相手なので、これくらいでは多分振り向いてくれない気もしています……」

「あら、そうなんですか? ……葛葉先生みたいな美人の方でもそう思うなんて、相手の男性は、よっぽど格好良い方なんでしょうね?」


にこにこと、穏やかにそう言う源先生。

その言葉には否定する要素など何一つない。

私は、満面の笑みを持って返した。


「それはもう。少し鈍感なところが玉に傷ですが……落ち着きがあって、優しい子です」

「あらあら……(葛葉先生、まるで学生みたい……罪な人もいたものねぇ……ん? 優しい子? 子、って……まさか学生? そ、そんなはずないわよね?)」





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 31時間目 旱天慈雨 幼女(見た目)のエロい発言は心臓に悪いと思わんかね? 
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/12 23:19



「さすがに11月にもなると、朝は寒いなぁ……」


そんなことをぼやきながら、俺は早朝の学園都市住宅街をぽてぽてと歩いていた。

時刻は午前4時過ぎ。

いつもだったら目覚めてもいないこの時間に、なんでこんなことを歩いているのか。

そんなの学園長に押し付けられた厄介事意外に、何があると言うのだ。

ちなみに今回の任務内容は『昨晩学園に侵入した、何者かの捕縛』とのこと。

学園結界の反応から、小型の魔物であると推測されている。

数値的には、魔法生徒なら片手で捻れるレベルの小物らしいが、さすがに一般生徒にどんな影響があるか分からないため、こうして俺が駆り出されている。

魔力が低いと言っても、とんでもない特殊能力を持ってたりするしね。

原作ののどかなんて良い例だと思う。

で、俺にお鉢が回って来た最大の理由は、その探索能力の高さ。

学園長のジジィ、木乃香の一件で完全に俺の使い方を覚えやがった。

最近では探知魔法に引っかからないような、遺失物の探索と回収、或いは侵入者の確保なんていう面倒臭い任務ばかりが俺に回って来ていた。

現在こうしているのも、侵入者が使用したと思しき経路から、その匂いを辿って来たせいである。

……あー、物騒な話だが、たまにはこう、がぁーっと暴れたい。

夏休みの兄貴による襲撃事件からこっち、麻帆良はいたって平和そのものだった。

最近ではタカミチも仕事が忙しいらしくて、手合わせをしてくれないし。

刹那も木乃香と和解したことで、何かと彼女と一緒に出掛けたり任務だったりで捕まらない。

まぁ、俺自身も面倒事を押し付けられっぱなしで、なかなか時間的な余裕がないしな。

高音に操影術を教わってたときは、何やかんやで、彼女と模擬戦とかしてたし、それなりに暴れられていたんだが、それも9月の段階で修めてしまったしな。

魔力を引き出すという当初の目的に加えて、『影の鎧』までの操影術は完全にマスターした。

高音からは、予想以上の早さでした、と評されて、なかなかに鼻が高い思いだった。

しかしまぁ、それは彼女の教え方が良かったことと、俺自身が狗神の扱いに慣れていたおかげで、影精への呼びかけが、結構簡単に出来たことに起因するのだが。

ともかく、それもなくなってから2カ月、俺の戦闘狂としての血が、こう騒ぐのだ。

派手に暴れさせてくれ、と。

さすがにこの性癖はヤバいんじゃないかと思って、一応エヴァにも相談してみたりもしたのだが……。










『ずずっ……定期的に暴れたくなる?』


事情を話した俺に、つまった鼻を啜りながら、エヴァは不思議そうな顔をしてそう答えた。

何でも、この話をした2、3日前から軽い風邪を引いていたらしい。

いつもなら俺が別荘に入ると、頼んでもないのに付いて来てちゃちゃを入れるのに、この日ばかりは大人しくベッドで寝ていた。

花柄フリルのパジャマが実に可愛らしくて目の保養対策は万全だった。


『ああ。俺、そんな破壊主義者なつもりもないんやけどな』


理性を失って大暴れ、なんてことはないだろうが、正直なところこれは余り良い傾向とは思えない。

いつぞや話した、戦闘狂の欠点の最たるものとして、己の戦闘欲を満たすためだけに、周囲の犠牲を厭わなくなる、というものが挙げられる

自分がそうなるとは思えないが、少しでも仲間に対するリスクは排除しておきたい。

でなければ、周囲を護りたい、という俺の誓いを、とてもじゃないが守れている気がしなかった。

するとエヴァは、どこか納得したように頷いていた。


『ふむ……まぁ、貴様は私たち吸血鬼のような精霊に類される魔族ではないしな』

『そらどういうことや?』


彼女の言葉の意味を図りかねて尋ねると、彼女はぴっと人差し指を立てて、いつぞやのように丁寧に説明してくれた。

それにしてもこの人外幼女、ノリノリである……何だかんだ言ってても、やっぱり面倒見が良いよね。


『精霊種に類される魔族は、最初から人間と同等の知性と理性を持つが、お前たちのような魔獣種に類される魔族は、生来の理性が著しく弱い』

『あー……確かに、動物やと、戦闘欲は闘争本能て言い換えられるもんな』

『そういうことだ。本来ならば、魔獣種は長い年月をかけて、その凶暴性を抑えられる理性と知性、そして魔力を身につけていく』

『けど、それやったら、俺は半分人間なんやから、その理性を最初から持ってるんとちゃうん?』


もちろん、人間の理性だって後天的に獲得するものだとは分かっているが。

俺の場合、一度人生をリセットされてるせいで、最初から理性を持っていたはずなのだ。

もちろんその辺りの事情はエヴァには話してはいないが、それでも、半分人間であることで、俺は通常の魔獣種より理性の獲得が早くてしかるべきだ。

だというのに、ある程度肉体も精神も、魔力までもが成長してきた今になって、こんな戦闘衝動に駆られるというのは、納得がいかなかった。


『魔族の本能は、そう生易しいものではない。逆に半妖だからこそ、それを抑える魔力……この場合は、それを制御する精神力というべきか。ともかく、それが不足しているのだろう』

『なるほど……メンタルの話をすると、人間は魔族よりストレスに弱そうやもんな』


言われて初めて、その事実に思い至った。

なるほどね。

エヴァの話をまとめるなら、人間らしい知性を持つが故にストレスに過敏になり、揺るがぬ精神力が欠如してしまっていると、そう言うことだろう。

俺の場合、母親が高位の術者であったが故に、それを制御するための魔力が少なからず受け継がれたことで、これまで暴走することなく過ごせていたのだろう。

しかし……半妖が嫌われる由縁は、案外そこにあるのかも知れない。

魔族の強大な力を持ちながら、それを御するための精神力を欠いている。

それは一歩間違えば、味方に牙を剥く、危険な存在になりかねないということ……。

自分が刹那たちに、殺意とともに刃を向けるシーンを想像して、思わず背筋が寒くなった。

俺が何を想像したのか、その表情から察したのだろう、エヴァが含みのある笑みを浮かべた。


『まぁ暴走する貴様と闘うのも、面白そうではあるな』

『……勘弁してくれ。味方に剣を向けるなんて、死んでもゴメンや』


げんなりして俺がそう答えると、逆にエヴァは満足そうに笑った。


『まぁそうなりたくないのであれば、定期的に魔力を発散させてやることだ。無駄にため込むと、いつその闘争心が暴走するか分からんからな』

『発散て……これでも、結構日常生活で魔力使うてると思うで?』


移動に便利な転移魔法は日常的に使うしな。

最近では身代わりのヒトガタに、影分身と『影の人形』を利用して作った『完全自立型完コピ影武者人形:ニセコタ1号』なんてものまで使い、授業を抜け出したりもしてる。

魔力を消費しろ、というならそれこそかなりの消費量のはずなんだが。


『戦闘並みに大規模な魔力を消費せねば意味はない。以前のように手合わせや模擬戦が出来ないのなら、魔術礼装でも作ってみたらどうだ?』

『そんな器用な真似出来ひんわ。それに、これ以上技術の方面を広げんな言うたのは自分やんけ?』


興味はあったが、それに手を出し始めると、いろいろ収拾がつかなくなりそうなので勘弁願いたい。


『そう言えばそうだったな……ならば残る方法は、使い魔と契約して魔力を喰わせるか、誰かと仮契約を結んで魔力供給してやるか。さもなくば……』

『さもなくば?』


予想の範疇だった二つに続けて、エヴァが言おうとした手段を促す。

しかし、そこでエヴァが口にしたことは、俺の予想のはるか斜め上を行く珍回答、というか最早NGワードだった。


『―――――女を抱け』

『ぶっ!!!?』


何真面目な顔して言ってんだこのロリババァっ!!!?

つか、そんないたいけな少女の姿ではしたないこと言うんじゃないよっ!!!?

びっくりするわっ!!!!


『俺は真面目な話をしとるんやっ!!』

『私だって真面目に答えてやってるさ。男の精には多大な魔力が流れ込む。貴様だって知っているだろう? 金に困った魔法使いが、自らの血や精、髪などを売り物にしていることを』

『うぐっ!?』


そ、そりゃあまぁ、曲がりなりにも13年間この世界で生きて来た訳ですから、そういう文化があることは知ってたよ?

けどさぁ、自分の暴走を抑えるために女を抱くって……どっかの名家の長男(ダメな本物の方)みたいじゃん?

むやみにヤンデレを量産しそうな行為は身を滅ぼすと思う。

というか、そんないい加減な気持ちで女性に向き合いたくはないしね。

これは自らを女好きと豪語する、俺の譲れない哲学だった。

しかしそんなこととは露も知らぬエヴァは、自らが提示したバカげた意見が、いかに有用であるかを得意げに語り出していた。


『仮契約のような制約も、使い魔の面倒を見る手間もない。ただ欲望の赴くままに女を抱くだけで問題が解決するのだ、一石二鳥だろう?』

『あ、あんなぁ……そんないい加減な理由で女に向き合いたないわ!! そもそも相手がおれへんっちゅうねん!!』


前の人生から含めて約30年、俺の彼女いない歴もばっちり30年だ!!

恐れ入ったか!!!?

……言ってて悲しくなってきたよ。

しかし、そんな俺の反論に、エヴァは再び含みのある笑みを浮かべて言った。


『器の小さい男だな。英雄、色を好むと言うだろう? それに……貴様ならそれこそ選びたい放題だろうが?』


……それは問題発言だと思う。

確かに、俺に好意を向けてくれていると思しき女の子は数名いる。

けれど彼女たちが俺に向けているのは、そういう肉欲とは無縁の、もっと純粋なものだろう。

そもそも、今の俺には彼女たちの中から一人を選べるような甲斐性はない。

よって、その案は最初から却下なのだ。


『ふん……まぁいいさ。せいぜい暴走しないよう、早めに魔力を発散させてやることだな』


エヴァは話は終わりだと言わんばかりに、ばふっ、と布団を頭までかぶってしまった。

それ以上は有益な助言も貰えそうになかったため、俺は茶々丸に挨拶して、そそくさとログハウスを後にした。










……と、こんな感じで、俺のバカみたいな戦闘欲を抑える有効な手段は見つからず仕舞いだった。

単純に攻性魔法をばんばんぶっ放せば良いと思うかもしれないが、それは見た目以上に危険が伴う。

攻撃対象を指定せずに放たれる攻性魔法は、得てして暴走しやすいからな。

特に俺が最も多用する攻性魔法である狗神なんて、元はと言えば個人を指定し、それも呪い殺すためのものだ。

その個人を特定せずに放つと、周囲の人間を無差別に襲う危険すらある。

そんなの豪語同断だ。

となると、残る手段として仮契約が挙げられるが……。


「相手がなぁ……」


俺の魔力を消費したい以上、俺が従者を従える形での契約をすることになる。

となると、候補として挙げられるのは、前衛として信頼も置いている刹那、中距離系の高音、あるいは、刹那同様神鳴流の剣術を修めた刀子先生くらいだが……。

誰を選んでも碌な目に遭いそうにない。


①刹那:俺を好いてくれている節があるため、下手に期待を持たせるのは申し訳ない。

②高音:契約を機に、私生活のだらしなさまで是正されそう。

③刀子先生:再婚を焦っている節があるので、下手なことをすると婚約まで持って行かれそう。


……ほらね?

誰を選んだって、俺に待っているのはBADENDな予感がしてならない。

まぁ①と③に関して言えば、俺の覚悟が足りていないだけなのだが……。

さて、最後に挙げられるのは、使い魔と契約する、という方法だ。

しかしこれも、ちょうど良い魔獣やら精霊やらがいてくれないとどうしようもない。

……八方塞だな。

まぁ塞ぎ込んでいても仕方がない、今は任務を全うすることに集中するとしよう。

そう思って周囲に神経を集中させると、向こうの方から足音が聞こえて来た。

誰かジョギングでもしてるのか? そう思ったが、足音は不自然なところで止まったり、走ったりを繰り返している。

そこまで考えて、現在の時刻に思い至った。

なるほど、朝刊の配達か。

原付自転車での配達が主になってきた昨今、自分の足で配達をするなんて、元気な人もいたものだ。

そう思って耳を澄ませていると、どうやら足音の人物は、こちらに近づいて来ているようだった。

任務とは関係の無いことだったが、何となく、その足音の主が気になって、足音の聞こえた方へと、俺は歩を進めていた。


「あれは……明日菜やんけ?」


角を曲がったところで、その足音の主が判明する。

特徴的なツインテールをぴょんぴょんと揺らしながら駆けまわるのは、紛れもない明日菜の姿だった。

なるほど、朝刊配達のバイトをしてた訳か。

まだ明日菜の姿は大分遠くにあるが、近付いて挨拶くらいしておこうか?

いやしかし、話しかけて仕事の邪魔をするのも悪いし……。

そんな風に迷っていると、ちょうど明日菜と同じくらい離れた地点、道路のど真ん中、ふらふらと歩く小さな影に気が付いた。

あれは、子犬か? 何か、メチャクチャ弱ってる気がするが……。

少なからず同類な生き物が目の前で弱っているとあっては、見過ごすなんて真似は出来ようはずもない。

なので俺は、その子犬に駆け寄ろうと思って、駆け出した。

その直後、明日菜たちのいる方角から、一代のトラックが走って来たのが見えた。

しかもこのトラック、かなり運転が荒く、住宅地のど真ん中だと言うのに、時速50㎞は下らない速度で走っている。

その進行方向には、先程の子犬が、まだ道路のど真ん中をよたよたと歩いていた。

まずいっ!?

そう思って、思わず瞬動を使おうとする俺。

しかし、今からではとても間に合いそうにない。

そう思った瞬間、子犬に気付いた明日菜が、何の迷いもなく道路へと飛び出して行った。


「あんのバカっ……!?」


下手したら大怪我じゃ済まねぇぞっ!?

そんな俺の心配も余所に、無事に子犬を抱えた明日菜、反対側の通りへと前転しながら辿り着いていた。

トラックはそんな彼女にクラクションを鳴らしながら通り過ぎて行ったが、彼女は逆にそのトラックに向かってギャーギャーと文句を叫んでいた。

はぁ、どうやらいつも通りの元気な明日菜だ。

本当、無茶はされる側の寿命を縮めると思う。

俺が言えた義理ではないのだろうが、今のはそれをつくづく痛感させられた。

隣を過ぎ去っていくトラックの運転手に、殺気を込めた視線でガンを飛ばす。

少しだけ、トラックの速度が遅くなったようだった。


「明日菜っ!!」


俺はそんなトラックの様子を確認してから、未だしゃがみこんだままの明日菜へと駆け寄って行った。

すると明日菜は、俺の姿を見つけると驚いたように目を丸くしていた。


「こ、小太郎!? どうしてこんなとこにっ!?」

「ちょっと頼まれて探しもん。んなことより、大丈夫やったか? どこも怪我しとらんか?」


心配して彼女の顔を覗き込む、すると途端に、いつもは怒ってたり笑ってたりと元気いっぱいな明日菜の顔が、嘘のように涙を滲ませていった。

や、やっぱりどこか怪我を!?

そう思って確認しようとすると、明日菜は抱えていた子犬を、ずいっと俺に見せた。


「ど、どうしよう!? こ、この子、車からは助けたけど、さっきから全然動いてくれなくてっ!? 息も弱いみたいだし、し、死んじゃったりしたらっ……」


今にも泣きそうな顔で、そう言う明日菜。

確かに、彼女に助けられる前から、この子犬は既に弱っている様子だったからな。

既に息も絶え絶えだったとしてもおかしくはない。

……くそっ、明日菜がせっかく身体を張って助けてくれたというのに、俺には何も出来ないのか!?

そう、悔しさに打ちひしがれようとした矢先、俺はとあることに気が付いた。

それは、明日菜が抱きあげた子犬の模様だった。

全体的に漆黒の毛並みをした、子犬らしいコロコロした体型の子犬。

腹と四肢の半分から下が白、というのはまぁ実に一般的だが、それより何より目を引いたのは……。

背に5本、頭部に3本走った、深紅の毛並みだった。

自然界に存在する犬で、深紅の毛並みを持つ犬なんて存在しない。

確かに赤犬と呼ばれる犬はいるが、その実、彼らの毛色は赤ではなく茶だ。

一瞬、誰かに悪戯されたか、とも思ったが、よくよく見ると、そこの部分の毛は少しだけ長いように感じる。

どうやら、これは間違いないようだ……。


「……明日菜、その犬、俺にちょっと貸してみぃ?」

「えっ!? あ、うん……」


おずおずと、俺に子犬を差し出す明日菜。

それをしっかりと受け取って、俺は両手に魔力を集中させ、虫の息をする子犬へと送りこんだ。


―――――ぴょこっ……


その瞬間、ぐったりと垂れていた子犬の耳が、ぴんっと立ち上がった。

少しずつ魔力を送り続けてやると、その子犬はついには、その瞑らな双眸を開いてくれるほどに回復した。

それを見た明日菜が、心からの歓喜の声を上げた。


「め、目を開けたっ!? よ、良かったぁ~~~~……!!」

「……よし、もう大丈夫やろ」


たっぷり狗神2匹分は魔力を送り込んで、俺はその子犬をゆっくりと地面に降ろした。

するとどうだろうか、さっきまでよたよたしていて無視の息だったのが嘘のように、その子犬は嬉しそうに元気良くクルクルと跳び跳ねた。


「きゃんっ!! きゃんっ!!」

「す、すごい、こんな元気になるなんて……あんたいったい何したの?」

「いや、何も。多分、急に抱き上げられて、びっくりしてもうただけなんとちゃう?」


俺が何でもない風に答えると、明日菜は、そ、そうなの? なんて、少し納得が行かない様子だった。

しかしこの犬……やっぱり魔犬の子どもだったか。

余りにも風変わりな容貌なので、試しに魔力を喰わせてやったらこの通りだ。

恐らく、今回の侵入者はこの子犬だったのだろう。

見たところ生後1月かそこらのようだし、親とはぐれてしまい彷徨っているうちに、だんだんと魔力がなくなって来ていたのだろう。

生まれて間もない魔獣は、上手に大気から魔力を取り込めないと、文献で読んだのを覚えている。

そのため、魔力の取り込み方を覚えるまでは、親の肌にぴったりくっついて魔力を分けてもらうのだが、その親がいないのではしょうがない。

しかも運が悪かったことに、明日菜に抱き締められたせいで、魔力の枯渇が一気に押し寄せてしまったらしいな。

彼女の持つ魔法完全無効化能力は、攻性魔法以外に発動する瞬間として、彼女の危機感が急激に高まった状況が挙げられる。

今回も例外ではなかったらしく、発動してしまった魔法無効化能力のせいで、この子犬に僅かに残っていた魔力が根こそぎ消滅しかけたらしい。

いつぞやエヴァも言っていた通り、魔族にとって魔力は生命エネルギーだ、冗談抜きで、この犬は死の淵に立たされていた訳だな。

……近くに俺がいて良かった。

危うく明日菜は、善意で子犬一匹を死なせてしまうところだった訳だ。

自分の周りを行ったり来たりする子犬に、明日菜は嬉しそうに顔を綻ばせていた。


「怪我しなくて良かったね~?」

「きゃんっ!!」


明日菜がそう言って頭を撫でると、子犬は嬉しそうに、そう一吠えした。

どうやら、俺の仮説は当たっていたらしい。

今も明日菜が子犬に触れているが、もうその子犬の魔力が消失していくということはなかった。

明日菜に一しきり撫でられると、子犬は何を思ったのか。

俺の方へと駆けて来て、すりすりと、その身を俺の脚に押し付けて来た。


「くぅん、くぅん……」

「な、何やっ!?」

「あははっ、あんた仲間だって思われてるんじゃないの? ほら、名前にも犬が付くし、確か渾名も狂犬とか言ってなかったっけ?」


意地悪そうに笑って、明日菜が茶化す様にそんなことを言う。

まぁ、実はリアルに仲間ですけどね……。

しかし、これはそんなに単純な話じゃないような気もするな。

恐らく俺に魔力を分けてもらったせいで、俺を親だと勘違いしているのだろう。

あんまり懐かれると、離れるのが悲しくなるから嫌なんだけど……。

どの道、この子犬は、学園長に引き渡して、送り還すことになるだろうからな。

そこまで考えて、俺はあることに気が付いた。


「こいつ……」


ひょいっと抱き上げて、正面からその子犬をマジマジと見つめる。


「あう?」


不思議そうに首を傾げるその子犬。

俺はそれに構わず、その犬の至る部分をへと視線を走らせた。

お、こいつオスだ。

……って、それはあんまり重要じゃない。

しかし……やっぱり間違いないようだ。

この子犬、実体がある。

通常、間違えて召喚された魔獣や妖怪は、大気中の魔力で身体が編まれていて、実体は魔界だか魔法世界だかに置きっぱなしなのだ。

しかしこの犬は、何を間違ったのか、実体を持ってこの場所にいた。

そりゃそうだよな、でなければ、魔力が枯渇して死にそうになったりはしない。

せいぜい、身体を編んでいた魔力が霧散して送り還されるだけだ。

これは、厄介なことになったな。

これでは、この子犬は、送り還したところで、母犬と再会できる保証はない。

それどころか、全く見知らぬ土地に飛ばされ、最悪のたれ死ぬ可能性だってある。

どうしたものか……。

ともかくは学園長の元に連れて行って、判断を仰ぐしかないだろう。

そう思いながら、俺は再び、ゆっくりと子犬を地面に降ろした。

すると子犬は、今度は俺の持つ影斬丸が収まった竹刀袋にじゃれつき始めた。

ああ、そう言えば影斬丸の鞘も狗神と同じ魔力で編まれてるからな。

どうやらさっき喰った魔力じゃ足りなかったらしい。

燃費悪いな、魔犬よ。

そんな風なことを考えながら、袋を甘噛みして引っ張る子犬を、微笑ましく見守っていると。


―――――びりっ……


「きゃうんっ!?」

「「あ゛」」


竹刀袋が見事に裂けた。

急に支えを失って、子犬がぽて、と可愛らしく転ぶ。

まぁ、最後に交換したのは2年前だし、いい加減耐久年数の限界だったんだろうなぁ。


「うっわぁ、見事に敗れちゃったわね……それ大丈夫?」


心配そうに、明日菜がそんなことを聞いてくる。

俺は苦笑いを浮かべながら、もう買い替え時だからと答えておいた。

さて、捜索中の目標も見つかったことだし、早速学園長に連絡してこいつを連れて行かないとな。

そう思って転んで目を白黒させている子犬を、俺はそっと抱き上げた。


「あ、もしかして小太郎、その子引き取ってあげるの?」

「はい?」


何の気なしに子犬を抱き上げた俺に、明日菜が目を輝かせてそんなことを聞いてきた。


「いや、引き取る気は……」

「放っておいたら、その子また車に跳ねられそうだし……引き取ってあげたいけど、私は部活とバイトがあるから、木乃香に任せっきりになると申し訳ないからさ」


そう言って、悲しそうに言う明日菜。

木乃香だったら喜んで世話をしてくれそうだけどな?

……ん、待てよ。

そうか、その手があったか。

さっきの燃費の悪さからしても、こいつは結構な魔力を喰いそうだし。

どの道送り還せないのなら、誰かがこいつの世話をする外に手段はない。

だったら、俺の使い魔にしてしまえば、俺の暴走も抑えられて、こいつも貰い手も決まって、まさに一石二鳥ではないか。

学園長の許可は必要だろうが、渡りに船とはこのことだろう。

人生万事塞翁が馬、何がどう転ぶか分からないものだな。


「せやな……とりあえず、学園長に許可貰て、俺が世話することにするわ」

「本当に!?」


俺の言葉に、明日菜は再び目を輝かせる。

ほんっと、こいつも人のこと言えないくらいお人好しだよな。

命懸けで子犬守ったり、その貰い手のことを我がことのように心配したり。

素直じゃないのが玉に傷だが、本当に優しい子だと思う。

思わず顔を綻ばせて、俺は未だしゃがんだままの明日菜に、子犬を抱えている左手と反対側の手をすっ、と差し出した。


「ほら、はよ行かんと、朝刊の配達間に合わんで?」

「ああ!? 忘れてた!? 早く残りを配んないとっ!!」


言われるまで、完全にそのことを忘れていたらしい。

明日菜は驚いた声を上げ、慌てて俺の手を握ると立ち上がろうとした。

しかし……。


「いたっ……!?」

「おっと……!!」


立ち上がったところで、急に短く悲鳴を上げてよろけてしまう。

驚いて、思わず彼女の身体を支えた俺だったが、これはもしかして……。


「やば……足、挫いたかも……」

「マジでか!?」

「きゃんきゃんっ!?」


俺の大声に驚いたのか、腕の中で子犬が慌てたように鳴いた。

明日菜が肩に掛けている鞄を見ると、まだ結構な量の新聞が残っていた。

さすがに挫いた足でこれを全て配るのは不可能だろう。


「会社に連絡して、誰かよこしてもらえへんのんか?」

「だ、ダメよ!! 今日はもう一人休んじゃってるしムリ!!」

「……最悪やないかい」


一人分にしてはやたら量が多いし、恐らくその休んだ人の分も彼女が請け負っているのだろう。

普段の明日菜なら、何ということはない量なのだろうが、今ばっかりはそれが裏目に出てしまっていた。

顔を真っ青にして、明日菜は途方に暮れていた。

……これを放っておける男がいたら、俺はそいつを力の限り殴り飛ばすことにしよう。

俺は腹を括って、明日菜にずいっと子犬を差し出した。


「え? え!?」

「ちょっと抱えててくれ」

「え? あ、う、うん……って小太郎、あんた何するっ……!?」


―――――ひょいっ


「きゃっ!?」


問答無用で、俺は明日菜の身体を抱きかかえた。

いつぞやの木乃香同様、お姫様抱っこで。


「いっ、いいいいい、いきなり何してくれてんのよーっ!!!?」


半ギレ気味で、そう叫ぶ明日菜。

子犬を抱きかかえてるせいで手こそ出なかったが、これがいつも通りなら、拳の一発は貰っていたかもしれない。


「新聞、配達せなあかんねやろ? その足じゃ無理やろうから、今日だけ特別に俺が自分の足になったるわ」

「なっ!? ちょっ、まさかずっとこのままでっ!? やっ止めて!! 恥ずかしすぎて死ぬっ!!!!」


顔を真っ赤にしてそう叫ぶ明日菜。

まぁ負ぶるという手も有るにはあるが、それだと胸とか太ももとか当たって俺がヤバそうなので却下だ。


「聞こえへんなぁ? 怪我人は大人しゅう、道案内だけしときゃあ良えねん」

「だからムリだって!? こ、こんなとこ誰かに見られたらっ……!?」

「こんなクソ早い時間に出歩いてる奴なんておるかいな。それこそはよ行かんと人が出て来る時間帯になってまうで?」

「うっ……!?」


俺の言葉で、ようやく明日菜は抵抗を止めて大人しくなった。

観念したのかな?

さて、そうなれば、早いとこ配達を終えるに限る。


「ほんなら明日菜、道案内頼むわ」

「うぅ……分かったわよぅ……こうなったら、意地でも誰かに見られる前に終わらせるんだからっ!!」

「ははっ、その意気や」

「きゃんっ、きゃんっ!!」


力強くそう言った明日菜の声に、返事するかのように、子犬が嬉しそうに鳴いた。


「それじゃあまず、この隣の通りから終わらせてくわよ?」

「りょーかいっ……それじゃ走るで? しっかりつかまっとけよっ!!」

「きゃんっ!!」


子犬の一吠えが合図だったように、俺は明日菜を抱えて、早朝の街を駆け抜けて行くのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 32時間目 八面玲瓏 明日菜姐さん、マジイイ女ッス……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/14 23:44


「よっしゃ、どうにか間に合うたな」


空っぽになった明日菜の鞄を見て、俺は無事に新聞を配り終えたことに安堵した。

時刻は午前6時ジャスト。

明日菜を寮まで送って帰っても、十分始業に間に合う時間帯だった。

先程拾った子犬も、俺の頑張りを讃えるように、ぴょんぴょんと足元で跳び跳ねていた。


「……せやから、良え加減泣き止んでくれや」

「しくしくしくしく……」


俺はベンチに身体を預け、さめざめと涙する明日菜に言った。

配達中、早朝だったため出歩いている人なんていないと思っていたのだが、考えが甘かった。

というかサラリーマンなお父さん方を舐めていた。

家族を養うために、彼らは6時前という恐ろしく早い時間帯から、身を粉にして働いていたんだな……。

頑張れ、日本のサラリーマン……。

ってな訳で、俺にお姫さ抱っこされた状態で新聞を配達する、なんて羞恥プレイを幾人にも目撃された明日菜なのだった。

その精神的苦痛は図り知れず、思春期真っただ中の乙女ハートは見事粉々。

先程からベンチに身を預け、両手で顔を覆って静かに嗚咽を零し続けていた。


「……もうダメ、お嫁にいけない……その前に、この地区に配達に来れない……」

「しゃあないやろ? あれ以外に、上手い方法が思いつかへんかってんから……」

「しくしくしくしく……」


さっきからこの調子で、何を言っても彼女は、泣いてばかりでどうしようもなかった。

……俺は犬のお巡りさんか?

犬って部分は間違ってはいないが、彼女は子猫というにはちょっと強すぎるだろう。

俺は明日菜に返事を期待するのは諦めて、鞄の中に手を突っ込むふりをしてゲートを開いた。

魔力を貰えると思ったのか、子犬が嬉しそうに尻尾をバタつかせていたが、ごめんよ、そうじゃない。

目的地は俺の部屋の救急箱。

こういう緊急事態に備えて、必要になりそうなものは、常に影が発生する地点に保管するようにしている。

ちなみに、今回取り出したのは、冷湿布とそれを止める医療用テープ、はがれるのを防止するためにそれを覆うネット(中)。

もちろん明日菜の捻挫を手当てするためだ。

本当は病院できちんと医者に診てもらうのが一番なのだろうが、あいにくとこの時間帯に開いてる診療所なんてありはしない。
仕方なく、俺は彼女の足に応急処置を施すことにした。

ゲートが閉じると、子犬が残念そうに耳と尻尾を項垂れさせる。

あとで腹いっぱい魔力くれてやるから、我慢してくれ。


「ほら、明日菜、捻った足見せてみぃ」

「しくしく……え? あ、ああ、うん……」


そう言うと、明日菜は素直に右足を差し出した。

その前に屈んで、そっと靴を脱がせると、慌ててた声で明日菜がそれを制しようとする。


「ちょっ!? じ、 自分で脱げるからっ!!」

「良えから大人しゅうしとけ」

「う、うん……」


よっぽど精神的ダメージが大きかったのか、明日菜は妙に大人しいというか、珍しくしおらしい態度で、素直に俺の言葉に従った。

靴と同じように優しく靴下を脱がせると、すべすべぷにぷにした、可愛らしい足が姿を現す。

結構走り込んでるはずなのに、明日菜の足は女性らしい、綺麗な足をしていた。


「あー、やっぱ結構腫れとるな……」


まぁ、そんなに酷くはないようだけどな。

エヴァほど詳しく診断は出来ないが、手に気を集中させて、彼女の気の流れを診てみる。

うん、変な淀みはないし、骨に異常はないみたいだ。

これなら2、3日安静にしてれば回復するだろう。

そのことに安堵して、俺は患部に用意した湿布を貼りつけた。


「冷たっ!?」

「我慢しぃ。明日菜は出来る子やろ?」

「こ、子ども扱いしないでよっ!? というか、あんたも同い年でしょうが!?」

「はいはい……ほれ、出来たで」


しっかりとネットを掛けて、手を離す。

それを見て、明日菜は感心したように声を上げていた。


「へぇ……手慣れてるのね。いつも湿布とか持ち歩いてるの?」

「ま、荒事に巻き込まれやすいしな。あと良ぉ怪我する幼馴染みがおったさかい」


もちろんそれは刹那のことで、怪我を負うのは剣術の稽古中の出来ごとなので仕方がないのだが。

ちなみに俺は獣化するとすぐに軽い傷なんて治ってしまうため、余り治療は必要としない。

明日菜はしげしげと手当てされた足を見つめて、くすっと本当に久しぶりに笑みを覗かせた。


「何や?」

「いや、ちょっと意外だと思って。あんた怪我とかツバ付けときゃ治るー、とか思ってそうじゃない?」

「まぁ思ってへんこともないけど、女の子の怪我は見てて気分良ぉないからな」


そう言うと、明日菜の頬が赤く染まった。

クラスでも比較的運動神経が良くてバイタリティに溢れている彼女だから、もしかすると女の子扱いされることに慣れてないのかも知れないな。

ひょこ、と俺の悪戯心が顔を覗かせた。


「お転婆が過ぎると、タカミチに愛想尽かされてまうで?」

「なっ!? た、たたた高畑先生の前では、そんなに暴れてないわよっ!?」


俺のあからさまな挑発に、明日菜は予想通り、顔を真っ赤にしてそう叫んだ。

……やっぱり、少し可哀そうに思えて来るな。

原作知識のおかげで、俺は彼女に思いを告げられたタカミチが、何と答えるのかを知っている。

恐らく、この世界のタカミチも、同じように答えるに違いない。

彼女が今抱く感情が、例え家族愛に似たものであっても、そこには思春期らしい純粋な想いが含まれてるに違いないのに。

よくよく考えると、そんな悲しい恋を応援するのは、少し寂しく、そして罪深い行いのように思えて来た。

けれど、人の想いは変わるものだ。

この世界の彼女なら、あるいはタカミチを振り向かせることが出来るのかも知れない。

俺はそんな期待を込めて、彼女の頭をくしゃ、と撫でた。


「っ!? なっ、何なのよ急にっ!? 子ども扱いするなって言ってるでしょ!?」


真っ赤な顔のまま、明日菜が身をよじったが、ベンチに座ったままでは、そう簡単に逃げ出せない。

それを良いことに、俺は彼女の髪が乱れるのも構わずに、くしゃくしゃとその頭を撫でつける。


「っ、このっ!! 良い加減にしろぉっ!!」

「おっ、と……」


怪我をしてない、彼女の左足が、俺の顔面目がけて正確に振り抜かれた。

とは言っても常人の動きなので、俺はそれをあっさり回避して見せるのだったが。


「さっきから何なのよっ!?」


俺の手から解放されると、明日菜はがぁ、と吠えた。

びっくりした子犬がきゃんきゃん吠えてるのが実に微笑ましい。

そんなこともひっくるめて、俺は明日菜に笑いかけた。


「どうやら、元気出たみたいやな?」

「え? ……もしかしてあんた、わざとやったの?」


俺の言葉に、明日菜は一気に毒気を抜かれたようで、はぁ、と深い溜息をついた。


「もう……本当何なのよ、あんた。何考えてるのか全然分かんない……」

「良ぉ言われるわ。ほら、一端事務所に戻るんやろ? お姫様抱っこが恥いんなら肩貸したるさかいはよ行くで」


そう言って、俺は明日菜に右手を差し出した。

それをじっ、と睨んでから、明日菜は諦めたように苦笑いを浮かべて、それを握り返した。

よろよろと立ち上がって、俺に体重を預けると、明日菜は真剣な表情でこう凄んだ。


「……変なとこ触ったら、ぶっ殺すわよ?」

「……この状況じゃ避けれへんから止めとく。ほら、お前も行くで?」

「きゃんっ!!」


俺が首だけで振りかえって呼びかけると、まるでこちらの言葉が分かっているかのように、子犬は嬉しそうに吠えた。

まぁ、普通に歩く速度なら、あの子犬も付いてこれるだろう。

そう結論付けて、俺は明日菜を連れて、事務所への道を急いだ。











事務所に着くと、人の良さそうな中年夫婦が出迎えてくれた。

事情を話すと、しきりに明日菜のことを心配してくれ、彼女の怪我が治るまで1週間はゆっくり休めるよう手配してくれるとのことだった。

そのことに、ほっと胸を撫で下ろしていると、奥さんの方が、明日菜にこんなことを言い始めた。


「しかし、明日菜ちゃんも隅におけないね?」

「はい?」


奥さんの言葉の意味が分からなかったのだろう、明日菜はきょとんとした顔でそう聞き返していた。

それに対して、奥さんは含みのある笑みを浮かべる。

……女の人って、いくつになってもそう言う話題が好きだよなぁ。


「こんなイケメンの彼氏がいたなんて、おばさんびっくりしちゃったよ」

「っっ!!!? はぁっ!? ち、ちちち違いますからっ!!!? こんなバカ犬っ、ぜんっぜん好みじゃないですしっ!!!?」

「……おーい、そろそろそのバカ犬泣いてまうぞー?」

「あう?」


明日菜にそう呼びかける俺に、子犬が不思議そうな顔でそう鳴いた。

ま、紆余曲折を経て、無事に明日菜のバイトを終えた俺は、学校に間に合うよう、急ぎ彼女を学生寮まで送り届けることにした。

俺に体重を預け、必死で歩く明日菜が、申し訳なさそうに尋ねて来る。


「……本当ゴメン、あんた時間大丈夫?」


時間は午前7時。まぁ、どの道このワン子を見せないといけないし、直接学園長に話を付ければ問題ないだろう。


「問題あれへん。学園長に呼ばれとるさかい、そんときに直接事情を話しゃあお咎めもあれへんやろ」

「そうなの? だったらまぁ、安心だけど……」


少しだけ、明日菜は緊張の糸が緩んだ様子だった。

そんな感じで、俺たち二人はようやく女子学生寮の門へと辿り着いた。

すると、そこには木乃香が、パジャマ姿のままで、そわそわとした様子でこちらの方へ視線を向けていた。


「あ、おーい、このかーーーーっ!!」


それに気付いた明日菜が、俺に身体を預けているのとは反対側の手を振って、木乃香にそう呼びかける。

こちらに気が付くと、木乃香は慌てたようすで、ぱたぱたと駆け寄って来た。


「明日菜っ!? どないしたんっ!? 帰りが遅いから心配してたんやえ?」

「ご、ごめん。ちょっと怪我しちゃってさ」


ちろっ、と舌を出して謝る明日菜。

それに苦笑いを浮かべながらも、木乃香は少し安心した様子だった。


「って、良ぉ見たら、隣におるのコタ君やんっ!?」

「うす、おはようさん」


俺に気付いた木乃香に、そうやって笑いかけると、木乃香は顔を真っ赤にして、身を隠すように明日菜の影へと入ってしまった。

どうしたのだろうか?


「こ、木乃香? どないしてん?」

「や、やや!! 見んといて!! こ、コタ君がおるなんて思わへんかったからぁ……」

「……ああ」


なるほど、どうやらパジャマ姿のままだったことを気にしてるらしい。

木乃香は顔を赤らめながら、必死で俺の視線から逃げようとしていた。

別に気にしないんだけどなぁ……逆にパジャマ姿なんて、滅多にお目にかかれないから、新鮮で嬉しいくらいです。


「そんなん気にせんでも良えがな。そのパジャマ、良ぉ似合うとるで?」


木乃香が着てるのは、薄いピンクを基調とした、チェック柄のオーソドックスなパジャマだ。

少し大きめなのか、袖口からちょこん、と覗く彼女の白い指先がとても可愛らしい。

しかしながら、どうやらお姫様は何かお気に召さなかったらしく、眉間に皺を寄せたままだった。


「……こ、コタ君のばかっ!!」

「は? な、何でや!?」

「……デリカシーがないわねぇ」


木乃香にはバカ呼ばわりされ、明日菜にまでこの言われよう。

俺褒めただけなんですけど?

……何、女の子の寝間着姿を見るのって、そんなに罪なことですか?

それだと、俺はそろそろエヴァに殺されなきゃならないと思うんだが。

まぁ、気を取り直して、俺は木乃香に事情を説明し明日菜を預けることにした。

さすがに、そろそろ時間も押してきたことだしな。


「そんじゃ、明日菜のことよろしく頼むで?」


そう言って、木乃香に明日菜の肩を支えてもらう。

木乃香は、まだ弱冠恥ずかしがってはいる様子だったものの、笑顔で承ってくれた。


「うん、明日菜のこと助けてくれてありがとな、コタ君」

「ま、困った時はお互い様言うしな」


それに笑顔で答えて、俺はひょい、と足元にじゃれついていた子犬を抱え上げた。


「きゃんきゃんっ!!」


遊んで貰えると思ったのか、それに対して嬉しそうに吠える子犬。

それは放課後になってからな、と小さく諌めると、やはり人語が分かっているらしい、残念そうに耳を垂らした。


「そんじゃ、俺はこれで。明日菜、木乃香に迷惑掛けんとちゃんと安静にしとくんやで?」

「わ、分かってるわよ!!」


俺が茶化して言うと、明日菜は顔を真っ赤にして元気良くそう言い返した。

うん、十分元気そうだ。この分なら問題ないだろう。

満足げに笑みを浮かべて、俺は踵を返そうとしたが。


「こ、小太郎っ!!」


明日菜に呼びかけられて、それを中断した。

見ると彼女は口をごにょごにょと動かし、恥ずかしそうに顔を赤らめている。

何だろうか?


「え、えと、今日は、その……あ、ありがとう、ね……」

「ん? ああなるほど……どういたしまして。お大事にな?」


恥ずかしそうに礼を述べた明日菜に、俺は会心の笑みを浮かべてそう言い返すと、今度こそ学園長室に向かって駆け出していた。

難儀な性格をしたもんだな、彼女も。

お礼一つ、素直に言うことすら一生懸命なんて、天の邪鬼にも困ったものである。

俺は思わず顔を綻ばせながら、行く道を急ぐのだった。










SIDE Asuna......



「明日菜、怪我大丈夫? 痛ない?」


肩を借してくれている木乃香が、心配そうに私の顔を覗きこんできた。

正直なところ、こうして肩を貸してもらっていても歩くと少し痛んだが、あいつが手当てしてくれたおかげか、最初の立っていられないほどの痛みはなかった。

笑顔で、木乃香にそのことを伝える。


「うん、あいつのおかげで、大分痛みは引いてきたわ」

「ほか。今度コタ君に改めてお礼せんとな」

「ええ……」


本当に不思議な奴だと思う。

行動はメチャクチャで、何考えてるか分かんなくて。

いつもいつも私のこと振りまわして、それがわざとなのか、天然なのかも分からなくて。

そのくせ、人が困ってるところに、当然のように現れて、頼んでもないのに助けてくれる。

全く……正義の味方じゃないんだから。

普通、人一人担いで町中走りまわる?

それも、たまたまそこに居合わせたなんて理由だけで。

そりゃ、私だって困ってる人を見たら、考える前に首を突っ込んじゃうけど。

あいつがやってることはスケールが違いすぎる。

それに……。


「結構、しっかりした身体つきしてたわね……」

「へ?」


小声でそう呟いた私に、木乃香が不思議そうな顔をした。

抱きかかえられたときに感じた、あいつの腕や胸板の感触。

見た目結構細身だから、もっとなよなよしてるのかと思ってたんだけど……実際は全然違った。

掌は石みたいにごつごつしてたし、腕や胸なんて、筋肉の付き方が分かるくらいしっかり鍛えられてた、と思う。

剣術とかやってるって言ってたし、そうでもなければ、私一人抱えて走り回るなんてできないんだろうけど。

……そっ、そんなに重たい訳じゃないわよっ!?

そ、それにしたって、普通の男子中学生には、とてもじゃないけど出来るようなことじゃない。

やっぱり、あいつはそれだけ努力をしてるってことなのだろう。


『……そんだけ強かったら、きっと護れんもんなんかあれへんやろうしな』


夏休み前に聞いた、あいつの目標。

世界最強なんてものに、本気で挑戦しようとするバカげた願い。

しかし、あいつは、それを本気で為すために、本気で身体を鍛えてるんだろう。

私たちと同い年だなんて、本当思えないくらい立派だと思う。


「……木乃香、小太郎って、凄い奴だね」

「へ? ……えぇっ!? ど、どないしたんっ!? 明日菜がコタ君を褒めるやなんてっ!? 足だけやのうて、頭も打ったんとちゃうっ!?」

「し、失礼ね……」


そ、そりゃあ、素直にあいつのこと褒めるなんて、まずないけどさ……。

けど今日は、本当にそのことを痛感させられた。

……木乃香の言う通り、今度何かお礼をしないとなぁ……何が良いだろう? 

無難なのは、何かプレゼントでもすれば良いんだろうけど……男子が喜びそうなものなんて分からないし……。

そんなことを考えていると、急に木乃香の顔が青ざめていった。

え? え!? な、何っ!? 貧血っ!?

そう思って口を開こうとした瞬間、木乃香が予想外なことを口走り始めた。


「あ、明日菜……自分、高畑センセのこと、好きやんな?」

「ちょっ!? こ、こんな寮のど真ん中で口にしないでっ!!」


な、何を突然言い出すのよ……。

もちろん、その言葉には否定する要素は全くないので、顔を真っ赤にしながらも、私は頷いておく。

すると木乃香は、続けて更に訳の分からない質問をし始めた。


「こ、コタ君のことは、どない思てる?」

「はぁ? 藪から棒に何を言い出すのよ?」

「え、良えからっ、答えてぇな!!」


余りにも必死な様子だったので、私は素直に思ったことを口にした。


「さっきも言ったけど、凄い奴だと思うわよ? ただ、スケベだし女の子だったら誰にでも優しいし、そういうチャラチャラしたとこは気に食わないわね」

「……す、好きか嫌いかで言うたら?」

「……木乃香が何を心配してるか分かったわ」


私はようやく納得がいって、激しく肩を落とした。

夏休みのある日、木乃香がお見合いのために連れ出された日にどうやら小太郎との間で何かがあったらしい。

ついでに言うと、桜咲さんとも何かあったみたいで、それまで木乃香を避けるようにしていた桜咲さんが、その日を境に、木乃香に普通に接するようになっていた。

で、具体的に言うと、どうもその日から、木乃香は小太郎のことを好きになってしまったみたい。

口を開けば何かと小太郎のことを言い始めるし、校舎が違うせいで滅多に会えない小太郎と、たまに会った日なんて、すこぶる機嫌が良い。

……そう言えば、10月に一回だけ小太郎と会えたのに機嫌が悪そうな日があったけど、何だったのかしら?

ともかく、そういう理由だから、木乃香は私が小太郎のことを好きにならないか心配になったのだろう。

私は溜息交じりに、木乃香に言った。


「あのね? 心配しなくても私は高畑先生一筋だから!!」

「ほ、ホンマに? だ、大丈夫やんな!?」

「当たり前でしょ!? それに、心配するなら、私より幼馴染の桜咲さんでしょ? 小太郎も、何かめちゃくちゃ信頼してるみたいだったじゃない?」

「それはそうなんやけど……実はそれ、一応解決しとるんよ」

「? そうなの?」


桜咲さんも、小太郎と一緒で、あいつのことをただの友達としてしか見てなかったのかな?

長いこと二人で剣術の稽古してきたって言ってたし……ん? 剣術?

……そうだ、良いこと思いついたっ!!


「ねぇ木乃香? 今日の放課後さ、ちょっと桜咲さんにお願いしたいことがあるんだけど、仲介役頼んでも良い?」

「せっちゃんに? 別に構へんけど、何をお願いするん?」

「うん、実は……」


私は木乃香に、今朝起きたことと、今自分の考えていることをかいつまんで説明した。

少しはあのバカも驚いた顔をしてくれるかしら?

いつもあいつには驚かされてばっかりなので、偶には意趣返ししてやりたい。

その企みが成功する様子を想像して、私は思わず頬が緩んだ。



SIDE Asuna OUT......










明日菜を送ってから俺は学園長に事情の説明と、任務の報告をしに行った。

で、この魔犬の子どもを使い魔にしたい旨とその理由を告げると、二つ返事で了承が貰えた。

寮にペット飼育の許可申請を出すようには釘を刺されましたが。

それから、こいつが実態を持って召喚されてしまった理由についても聞いてみたのだが、詳しいことは学園長にも分からないそうな。

ただ、麻帆良ではしばしば起こることらしく、魔科学で制御されている学園結界のバグみたいなものとのこと。

その都度修正は加えているため、最近は珍しいとのことだったが。

それで、授業を受けている間は、とりあえず今日のところは学園長に子犬を預けることになった。

放課後引き取りに行くと、子犬と一緒に『魔犬大全』『魔犬飼育指南~これであなたも一流ブリーダー~』という書籍を渡された。

まだ詳しくは読んでいないが、この子犬思っていた以上に普通の犬より賢いらしい。

幼くてもだいたいの人語は通じるらしいし、育て方というか、親の能力次第で簡単な術まで覚えるのだとか。

特にこいつは賢い種類の魔犬らしく、親が遊びの中で魔法や特殊能力を使うと、簡単なものなら見様見真似でそれを習得していくらしい。

……何というハイスペック犬。

また、生後1カ月そこらで完全に乳離れも出来ているそうな。

この子犬も確認してみたろところ、小さいながらも立派な歯が生えそろっていて、試しにと与えてみたドッグフードを、美味しそうに平らげていた。

あと、通常ならばこの種類の魔犬は、3ヶ月ほどで成犬となり、体調は2m程まで大きくなるらしい。

ただそれは自然界の中で育った場合らしく、人間に飼育されたり、使い魔の契約を結ぶと、主人の魔力を吸ってすくすく育ち体調4~5mまで成長するとか。

すげぇよな? 背中に乗っけてもらってもの○け姫ごっことか出来そうだ。

まぁその辺の特徴はおいおい詳しく調べていくこととして、部屋に戻った俺は、こいつを使役する上で一番の難題に頭を悩ませていたりする。

部屋のど真ん中にどっかりと胡坐をかいて、その周りを嬉しそうに駆け回る子犬を見ながら、俺は思案を重ねていた。

……名前、どうしようかね?

それを決めないことには、使い魔としての契約も出来ないのだった。

黒い毛並みが多いからクロ? ……ダメだ、安直過ぎる。

足だけ白い(本当は腹も)しクツシタとかどうだ? ……同上。

頭に赤いラインが三本、背中に五本だから、足して八本で赤八!! ……売れない絵本の主人公じゃないんだから。

ああ、本当どうしたものか……。

そんな俺の苦悩など露知らず、子犬は元気良く部屋の中で駆け回っていた。


「おいチビ、お前も遊んどらんと考えてくれー」

「きゃんっ!!」


俺の呼びかけに、名前を呼ばれたと思ったのか嬉しそうに駆け寄って来る子犬。

胡坐をかいている俺の足の真ん中にぴょん、と飛び乗って、楽しそうに尻尾をバタつかせる。

そして、遊んでくれ、と言わんばかりに目を輝かせて俺を見上げた。


「……おチビちゃん? 俺は遊んでやるとは一言も……」

「きゃんっ!!」

「? 何や、これ……もしかして、返事しとる?」

「はっはっ」


でろんと舌を出して、遊んでくれよー、とばかりに俺を見上げる子犬。

いやいやまさか……さすがにチビなんて愛称で呼ばれたいとは思わないだろう。

人語を理解できるならなおさらだ。

そう思いながらも、俺は少し気になって試してみることにした。


「クロ」

「はっはっ」

「クツシタ!」

「はっはっ」

「赤八っ!!」

「はっはっ」

「……チビ(ぼそっ)」

「きゃんっ!!」

「マジでかっ!?」


他の名前で呼んだときは、微塵も反応しなかったくせに、チビと呼んだら、小声だったにもかかわらずしっかり返事しやがった。

俺は恐る恐る、子犬を指さしながら、もう一度聞いてみた。


「ええと……チビ?」

「きゃんっ!!」


今度は吠えるだけでなく、丁寧に頷いてくれた。

……これは間違いないらしい。


「自分『チビ』て意味分かっとるんか? 小さいいう意味やぞ?」

「きゃんっ!!」


俺が言葉の意味を説明すると、チビ(仮)はおうよ!! とばかりに元気良く頷いてくれた。

そりゃあ今は小さいけどさ、あなたその内俺よりデカくなるんですよ?

それなのにチビって呼ばれ続けるんですよ?

何それ、ただのギャグじゃない。

しかしまぁ……本人(犬)が気に入ってるのを無理やり改名させるのも憚られるし……まぁ良いか。

俺は諦めて、子犬をチビと名付けることにした。


「改めて、これからよろしゅうな? チビ」

「きゃんっ!!」


頭を撫でながらそう言うと、チビは尻尾をバタつかせながら、元気良く吠えた。

そんなときだった。


『わおーんっ!! わおーんっ!!』


「きゃんっ!?」


携帯が鳴り、犬の鳴き声に驚いたチビが悲鳴を上げるように吠えた。

おま、仮にも魔犬がこんなことでビビるなよ……。

そんな様子に苦笑いを浮かべながら携帯を取り出すと、液晶表示には『神楽坂 明日菜』の名前が表示されていた。

こんな時間に何やろ?

今朝会ったときに何かあっただろうか? そう思って記憶を遡るが、これといって心当たりはなかった。

待たせても悪いので、俺はすぐに通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『あ、出た。もしもし小太郎? 今、時間大丈夫?』


通話に出た明日菜はいつも通りの様子で、今朝の羞恥プレイを引きずっているという訳でもないらしい。

なおさら謎が深まる。


「ああ、今は暇やけど、どないしたん? 自分が電話掛けて来るなんて、初めてとちゃう?」

『ま、まぁそう言えばそうね……それで、用件なんだけど、今からちょっと出て来れたりしない?』

「今から? 全然構へんけど……デートのお誘いならまた今度にしてぇな。ちゃんと休んで足直してからにしぃ?」

『だっ、誰があんたなんかデートに誘うか!! そうじゃなくて、そ、その……ちょ、ちょっと渡したいものがあるのよ……』

「渡したいもの?」


何だろう? 引導か?

さ、さすがにこの若い美空で死ぬのは勘弁願いたいが……。


「い、引導とかなら間に合うてますが……?」

『……あんた、ふざけるのも大概にしとかないと、本気で引導渡すわよ?』

「じょ、冗談でーす……」


電話口の明日菜の声がやたら迫力満点になってきたので、俺はその辺で冗談を言うのは止めにした。


『はぁ、もう……とりあえず出て来れるのよね? それじゃ、今から駅前に……』

「ああ、怪我人に出歩いてもらうのも何やし、俺が女子寮まで取りに行くわ」

『そう? それじゃお言葉に甘えようかな? 着いたらケータイに連絡ちょうだい』

「りょーかい、そんなら、また後でな」

『うん、待ってるから』


そう言って、通話は打ち切られた。

……引導じゃなくて、明日菜が俺に渡したいものって何だろう?

賠償請求とかか? 

今朝の羞恥プレイで辱められた私の精神的苦痛を賠償しろ!! 的な何かか?

……いかん、行くのが怖くなって来た……。

しかしながら、行くと言ってしまった以上、あんまり待たせるのも悪い。

俺は覚悟を決めて、女子寮へと向かうことにした。


「あ、ついでにチビの散歩もしとかなな」

「きゃんっ!!」


俺の言葉に、チビは嬉しそうに跳び跳ねた。










いつもならゲートを使うところだが、今日はチビの散歩も兼ねていたので、俺はゆっくりと歩きながら女子寮へと向かった。

まぁ本来なら電車を使うような距離なので、ちょくちょくチビを抱きかかえて瞬動も使いましたけどね。

と、そんなこんなで大いに時間を費やして女子寮に辿り着くと、どうやら痺れを切らしたらしい、門のすぐ傍で明日菜が腕を組み仁王立ちしていた。


「遅いっ!!」

「スマンスマン、ついでにこいつの散歩もしてたさかい」

「きゃんっ!!」


明日菜の姿を見つけると、チビは勢い良く彼女に向かって駆けていった。


「あ、今朝の子犬? それじゃあ、許可貰えたの?」

「おう、すんなり。とりあえずチビと名付けてみた」

「はぁ? 何よそれ? もし大型犬だったらどうするつもりよ?」


俺の言葉に、明日菜は呆れたようにそう尋ねて来た。

だよなぁ、普通そう思うよなぁ……。


「俺もそう思てんけど、本人が気に入ってもうたからなぁ」

「えー? ……えと、チビ?」

「きゃんっ!!」


明日菜がしゃがみこんで名前を呼ぶと、チビは尻尾をバタつかせながら元気良く一吠えした。


「ほ、本当だ……意味分かってんのかしら?」

「分かっとるみたいやで? なぁ、チビ?」

「きゃんっ!!」


やっぱり元気良く頷くチビなのだった。


「ところで、渡したいものて何や?」


俺は一番気になっていたことを明日菜に尋ねてみた。

どうか、俺の予想が良い意味で裏切られますように、とそう祈りながら。

すると明日菜は、何故か照れくさそうにしながら、可愛く包装された小包を俺にずいっ、と差し出して来た。


「ええと、俺、今日誕生日やったっけ?」

「ち、違うわよっ!! ……今朝のお礼。何にしようか迷ったんだけど、これしか思いつかなくてさ」

「? 開けてみても良え?」

「ええ……あ、あんまり期待しないでよ?」


俺は明日菜に確認を取って、丁寧に包装を剥がしていく、すると、中から現れたのは……。


「!? これ、竹刀袋やんか!?」


出て来たのは、俺が今まで使っていた布せいのもとは違い、革と化学繊維で出来た幾分丈夫そうな竹刀袋だった。

しかも肩から下げれるように、紐まで付いている。

これは、正直かなり嬉しいかも知れん……。

けど、良くこんなの見つけられたな?

確か剣道は完全に門外漢だったはずなのに……。

そう思っていると、明日菜は照れ臭そうに頬を掻きながら、種明かしをしてくれた。


「今朝買い替えるって言ってたから、それで桜咲さんに相談して、売ってるお店を教えてもらったの」

「なるほど、それでこれが売ってる場所を知ってたんか……」


麻帆良には何箇所か武道具を売ってる店があるからな。

確か女子校エリアにも2件くらいあったはずだ。

それで刹那に場所を聞いて、わざわざこれを選んで来てくれたという訳か……。

……ヤバい、ちょっと嬉しすぎて涙出そうだ。


「ヤバい、めっちゃ嬉しい……嬉しすぎて涙が出てきそうや……ぐすっ」

「ちょっ!? お、大げさよっ!?」

「いやいやいや、ホンマおおきにな? わざわざ普段行かんような店にまで行って選らんで来てくれて……」


しかもこれ、結構値段が張ったんじゃないか?

俺が以前使ってた布製の奴の2倍から3倍した筈だぞ?

なのにこれを選ぶって……明日菜さん、どんだけイイ女なんですか……。


「結構長く使うものだって聞いたから、丈夫そうなの選んだんだけど……喜んでもらえたみたいで良かった」


感動に打ち震える俺の様子に、明日菜は満足そうにはにかんだ。

……イイ女すぐるだろ明日菜姐さんっ!!


「ホンマ大事に使わせてもらうわ。ありがとな、明日菜」

「そ、そんな何回もお礼言わなくて良いからっ……こっちこそ、ありがとね」


両手を左右に振りながら、しかしまんざらでもない様子で笑う明日菜。

……タカミチ、こんなイイ女フるなんてもったいないぞ?

やっぱり、俺はこの世界の彼女を影ながら応援することにしよう。

どれだけ勝率の低い勝負だって、諦めてしまったら、その時点でゲームオーバーだ。

それに……こんなにイイ女が、幸せにならないなんて不公平だと思う。

俺は明日菜に貰った竹刀袋に、そんなことを誓うのだった。










【オマケ:はぁとふるこのせつ+1劇場】



「さて、小太郎も帰ったことだし、言われた通り、しっかり休もうかなー?」

「明日菜……(ゆらり)」「神楽坂さん……(ゆらり)」

「うわっ!? こ、木乃香に桜咲さん!? ど、どこにいたのよっ!?」

「……良え雰囲気やったなぁ?」

「……小太郎さん、涙ぐんで喜んでましたね?」

「え? あ、ああ、うん。えと、これも二人のおかげよ、ありがとね」

「……明日菜、ウチ、高畑先生とのことメチャクチャ応援しとるえ?」

「はぁっ!? そ、それはありがたいけど、いきなり何で?」

「……私も、微力ながら助太刀させて頂きます」

「桜咲さんまでどうしたのよっ!?」

「せやからな、明日菜……間違うてもコタ君に鞍替えしよ、なんて思わんといてぇな!!」

「こ、小太郎さんは確かに高畑先生に負けず劣らず素晴らしい方ですが、それだけは止めてください!!」

「は? はぁぁあっ!?」

「ウチ、明日菜のこと信じてるえ!!」

「私も、お嬢様の親友である神楽坂さんのことは信用していますからっ!!」

「な、何なのよいったいっ!!!?」

「「絶対、ぜぇぇぇっったいっっ!! 鞍替えは禁止やえっ(ですよっ)!!!!」



――――――――――明日菜の安息の瞬間は遠い。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 33時間目 報恩謝徳 人を驚かせることに、体張ってますから!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/15 22:18



12月24日。

それは、ある意味最も人々を惹きつけて止まない特別な日かも知れない。

親子の絆を確かめ合う日であり、或いは恋人たちがその愛を確かめ合う日。

そして、子どもに夢を与える日であるだろう。

今一度言おう、12月24日。

そう、今日は史上最も祝福された男の生誕前夜祭。


―――――セントクリスマスイヴ、その日だった。









無事に終業式を終えた俺は、今日この日のために用意した衣装に袖を通していた。

真っ赤な布地で、裾や袖に白いファーをあしらった、とても特徴的なこの衣装。

所謂サンタ服という奴だ。


「うし、サイズぴったり、問題なしやな?」


ネット通販で購入したため、少し不安だったのだが、我ながら、なかなか様になっていると思う。

最後の仕上げとばかりに、サンタ帽をかぶると、俺は姿見の前で両手を広げてみた。

うん、さすが俺、良く似合っているではないか。


「どや? 決まっとるやろ?」

「わんっ!!」


振り向いて足元で尻尾をバタつかせるチビにそう聞くと、元気良く返事をしてくれた。

1月前に拾った時は、体調40㎝程だったチビだが、既にその体調は1mを越えようかという勢いで成長していた。

ころころとしていた体形はところどころシャープになり、猟犬のような様相を呈し始めている。

そしてその分、魔力も飯も良く喰うこと……。

俺の月の出費で、もっとも大きな割合を占めるのは、チビの餌代だったりする。

まぁ、そんな余談はさておき、俺は用意していたもう一組の衣装を取り出して、チビに見せることにした。


「ほら、自分の分も用意したったで?」

「っ!? わんわんっ!!」


嬉しそうに一跳ねして、チビはきらきらと目を輝かせた。

その様子に満足しながら、俺はいそいそと、チビに衣装を着せてやるのだった。

ちなみに用意したのは、サンタには欠かせない相棒、トナカイの衣装だった。

と言っても、裾にコゲ茶ファーが付いた茶色のベストに、トナカイの角が付いた耳が出るタイプの帽子なのだが。

しかしそれを、待ちきれないとばかりに、尻尾をバタつかせるチビなのだった。


「ほれ、出来たで?」

「わんっ!!」


お礼とばかりに一吠えすると、チビはさっきの俺のように、姿見の前に行って、しげしげと着飾った自分の姿を見つめた。


「わんわんっ!!」


どうやらお気に召したようだ。

嬉しそうにぴょんぴょんとその場で跳ねて、くるくるとチビは回った。

え? 俺が何でこんな格好をしてるのかって?

そりゃあ、クリスマスイヴにこの格好とくれば、決まっているだろう。

俺はこれから、今年中お世話になった人たちにプレゼントを配って回る算段なのだった。

麻帆良に来てから、早9ヶ月。

今年1年は、この世界に来てから最も密度の濃い年だった。

2度に渡る強敵の襲撃に、新天地での新たな生活、そして新たな友たちとの出会い……。

俺はいろんな人たちに支えられることで、どうにかこの1年を、無事に乗り切ることが出来そうだ。

そして今日はその恩を返すには、うってつけの大イベント。

これを逃す手はないだろう、ということで、11月中旬から、俺はさまざまな手段を講じて、一人一人に贈るプレゼントを用意してきた。

少しでも喜んでもらえれば良いが……。

まぁ、中にはネタみたいなプレゼントも含まれているが、それはそれ、大いに笑って、この聖夜を過ごしてもらえれば吉だろう。

俺はプレゼントがつまった、サンタらしい白い大きな袋を抱えて、チビに言った。


「そんじゃあトナカイ君、良い子のみんなに、さっそくプレゼント配りに出発や!!」

「わんっ!!」


俺はさっそく、最初の目的地、麻帆良学園・女子中等部校舎を目指して寮を飛び出して行った。










SIDE Takamichi......


「ふぅ……」


無事に終業式は終えたものの、僕は職員室の机上に積まれた書類の山に頭を抱えていた。

やれやれ、世はクリスマス一色だっていうのに、どうやら今年も、僕は味気のないクリスマスを送ることになりそうだ。

そんなことに苦笑いを浮かべつつ、僕はとりあえず、一番上にある書類から片付けようと手を伸ばす。

……9時までには終わるだろうか? なんて考えながら右手に書類を、左手にコーヒーのカップを持つ。

書類の一行目に目を通しながら、僕はコーヒーを口に含んだ。

ちなみにこのカップ、結構前から使っていたものなので、そろそろ買い替え時かと思っている。

後で自分のクリスマスプレゼント用に買って帰ろうかな?

そんなことを思いつつ、二口目を口に含む。

そんなとき。


「失礼しゃーーーすっ!!」

「わんわんっ!!」

「ぶぅっ!!!?」


女子部の校舎に似つかわしくない、元気の良い男子の声と、これまた元気の良い犬の鳴き声が響き渡った。

い、今の声は、まさかっ!?


「こ、小太郎君っ!? こ、ここは女子部の校舎で、一応男子は立ち入り禁止なんだけど……?」


あとペットの動向も禁止だよ?


「お、タカミ……やのうた、高畑センセ、ちょうどおってくれて助かったわ」


そんな僕の台詞は全く気にせずに、彼は僕の姿を見つけると、嬉しそうに笑みを浮かべて近寄ってきた。

良く見ると、彼の格好はいつもの学ランではなく、これでもかというほどのサンタクロース姿だったりする。

傍らにいる彼の使い魔は、それに合わせてトナカイの格好をしていた。

ひ、非常に微笑ましくはあるけど、良く校門をくぐれたな……。

まぁ、彼らのことだ、瞬動術やゲートで守衛さんを上手にかわして来たのだろう。

近付いてきた彼に、一応僕は教師としてもう一度注意を促した。


「小太郎君、ここは女子部の校舎なんだから、みだりに許可なく侵入されると困るんだけど? それにペットの連れ込みも禁止だ」


しかし予想通りと言うべきか、彼は全く悪びれた様子もなく、にっ、と健康そうな白い歯を覗かせて笑った。


「んな堅いこと言いっこなしや。なんてったって、今日はクリスマスイヴなんやからな!!」

「わんわんっ!!」


彼の言葉に、使い魔のチビくんがそうだそうだとばかりに元気良く吠えた。

……そう言う問題じゃないんだけどなぁ?

しかしここに来たということは、僕に用事があってのことだろう。

一体何だろう? 特別呼び出したりした覚えはないけど……。

あとプレゼントをねだられても困るな。残念ながら彼に用意したプレゼントなんてないし。

そう思っていると、彼はごそごそと持っていた大きな袋をあさって、中から二つの包みを取り出した。


「ほい、タカミ……高畑センセの分や、メリークリスマス!!」

「ぼ、僕にプレゼントかい?」

「おう!! 日頃世話になっとる感謝の気持ちや!!」

「わんっ!!」


目を白黒させながら、僕は小太郎君が差し出した長方形の長い包みと立方体をした小さな方の包みの両方を受け取った。

お、驚いたな……それに、これはなかなか嬉しい。

今年も味気ないクリスマスを覚悟していただけに、その感動は一塩だった。

僕は柄にもなく教員という立場を忘れて、彼に尋ねていた。


「開けてみても良いかな?」

「おう。つか、タカミチには否が応にもここで開けてもらわんとあかんねん」

「?」


彼の言い回しの意味は分からなかったけど、僕はさっそく、大きいほうの包みから丁寧に包装を剥いでいった。


「これは……煙草かい? 良く僕の吸ってる銘柄を知ってたね?」

「ああ、明日菜に聞いたら一発やったで?」


なるほどね。長い包みの方には、一ダース分のMalboroのボックスが入っていた。

ちょうどストックも切れていたことだし、これは助かるな。


「いやぁ、ちょうど良かったよ。ストックが切れてたからね。ありがとう、小太郎君」

「いえいえ、もう一個の方も開けてぇな?」

「うん、そうさせてもらおうかな」


同じように、もう一つの包みも開けていく、するとその中にはケースに入ったマグカップが入っていた。

ケースから取り出して見てみると、カップの側面には、高畑・T・タカミチの略だろう青い文字で『TTT』と記されている。

こんな模様だったということはないだろうから、わざわざオーダーメイドで作ってくれたのかな?

芸が細かいというか、マメというか……。

何はともあれ、こちらもちょうど買い替え時だと思っていたし、タイミングが良いことこの上ない。

僕は心から、もう一度小太郎君にお礼を言った。


「本当にありがとう小太郎君、ここ数年で、一番嬉しいクリスマスだった気がするよ」

「喜んでもらえたようでなによりや……ところで、1つ頼みごとがあんねん……」

「頼みごと?」

「ああ、そのカップを持って笑てる自分を写メらせて欲しいねんけど……」

「僕を? ま、まぁ、それくらいならお安い御用だけど……」


一体何故?

疑問符を浮かべる僕に、小太郎君は、まぁ良えから良えから、と、手際良く携帯のカメラを準備していく。

仕方ないので、僕は言われた通り、マグカップの取っ手を握って掲げると、ぎこちなくではあったけど、笑顔を浮かべた。


「ほな撮るでー? 3、2、1……」


―――――カシャ


携帯からシャッター音が響く、どうやら撮影は終了したようだ。


「……よし! おおきに、おかげで良え絵が取れたわ」

「あ、ああ、それは何よりだよ……ところで、その写真は何に……」


―――――ガラッ


「コラァっ!!!? そこの男子生徒っ!! 何をしている!!!?」


僕が尋ねようとした瞬間、職員室のドアが行き良い良く開かれ、新田先生の喝が飛んだ。


「やばっ!? 逃げるでチビ!! そんじゃ、タカミチ、またなっ!!」

「わんわんっ!!」


そう言い残すと、小太郎君は、チビくんと一緒に職員室の窓を開け放ち、そこから外へと身を躍らせていった。

……ここ、一応3階なんだけどな。

まぁ、彼らにとってそれは些末な問題だろう。

大きな袋だったし、世話になったことへの感謝だと彼は言っていたから、これからお世話になった人たちのところを回って行くに違いない。

本当に義理堅いというか、マメな少年だ。

そんなところは、ナギには全然似てない。

むしろナギは少し見習った方が良い気がするくらいだね。


「……さて、気合入れて、仕事を終わらせるとしようか?」


先程より幾分も明るい気持ちで、僕は書類の山へと向き直った。



SIDE Takamichi OUT......










最大の難関を無事クリアしたことに安堵しながら、俺とチビは女子部校舎を後にするのだった。

タカミチの場合、捕まえたくても捕まらないときが多いからな。

年末だし、出張はそんなにないとは思っていたが、どうにか捕まってくれて助かった。

これであっちのプレゼントも無事に成り立つしな。

さて、お次は女子寮に向かうかな?

お祭り好きなネギクラスのメンバーたちだ、多分クリスマスパーティとかやってるだろうし。

上手くいけば、プレゼントの大半を捌くことが出来るだろう。


「ほんなら、次の場所に向かうで? 着いてこれるな?」

「わんっ!!」


俺の質問に、チビは当たり前だぜ!!とばかりに力強く答えてくれた。

よし、それじゃさっそく……。

そう思って駆け出そうとした矢先。

女子部の校門出たところに、ちょうど見覚えのある4人組を見つけることが出来た。

これはグッドタイミング。

俺は笑みを浮かべながら、彼女たちへと向かって走って行った。










SIDE Ako......



「ほ、ホンマに大丈夫やろか……?」


いつものように自信のない声でウチはそう呟いてた。

今夜はクリスマスイヴやし、この日のために1カ月も前から準備してきた。

けど、いざ渡すとなると……や、やっぱ不安や。


「大丈夫だよ。凄く良く出来てると思う」


アキラが不安がるウチに、優しく笑ってそう言うてくれる。

うぅ……そうやろか?

い、一応精一杯頑張ったつもりやけど……小太郎君、受け取ってくれるやろか?


「だいじょぶだいじょぶ!! このゆーな様が教えてあげたんだから、小太郎もこれでイチコロだにゃー!!」


そう言って、これの作り方を教えてくれたゆーなが、胸を張ってそう勇気づけてくれた。

……意外やけど、ゆーな、ホンマこういうん得意なんよねぇ……。

おかげ今日に間に合うたわけやし、教えてくれたゆーなのためにも、やっぱ頑張って渡さなあかんよなぁ……。


「けど、みんなひどいなぁ……教えてくれたら、私も頑張ったのにぃ」


拗ねたように唇を尖らせて、まきえがそんなことを言うた。

12月初めに新体操の大会が控えてたまきえには、このことを知らせてへんかったから、まだそれを根に持っとるみたい。

やっぱ、悪いことしてもうたかな?


「いや、まきえの場合、教えても上手に出来ないでしょ? 新体操以外、かなりぶきっちょじゃん?」

「そ、そんなことないもん!!」


茶化すように言うたゆーなに、まきえが顔を真っ赤にしてそう言い返してた。

……確かに、まきえぶきっちょやし、教えてても出来ひんかった気がするな。

はぁ……けどホンマどないしよ……?


「渡すってことは、コタ君に連絡しないといけないよね?」


あっけらかんと、まきえが今ウチを一番苦しめていることを口にした。

そう、小太郎君にこれを渡すためには、彼に電話をせんとあかんねん。

けど、ウチはどうしても、通話ボタンを押すことが出来ひんかった。


「こうしとる間に、小太郎君が他の予定を入れてもうてたら……ど、どないしよーっ!?」

「お、落ち着きなよ亜子。大丈夫、プレゼントを渡したいって言えば、きっと小太郎君は受け取りに来てくれると思うよ?」

「そーそー。小太郎のことだし、女の子がプレゼントくれるって言ったら、喜んで飛んでくるって」

「コタ君てそんなに女好きだっけ? まぁ、とにかく、亜子、連絡してみたらどうかな?」


口々に、三人がウチのことを励ましてくれる。

……うん、せやな。

やっぱり、ちゃんと勇気出して渡そう。

この日のために頑張ってきたんやもん!!

そう思って、携帯を取り出そうとした。

その瞬間……。


「おーいっ!! 亜子にまき絵にアキラに、えーと、ファザコンの人ーっ!!!!」

「誰がファザコンの人だっ!!!?」


後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえて来て、からかわれたゆーなが顔を真っ赤にして言い返していた。

う、うそっ!? ま、まだ電話してへんのにっ!!!?

予想外の出来事に、ウチの心臓が口から飛び出しそうなくらいに暴れ出してた。

振り返ると、近づいてくるのは、やっぱり小太郎君やった。


「いやーちょうど良えところにおってくれたわ」

「わんわんっ!!」


駆け寄って来てくれた小太郎君の傍には、トナカイの格好をした黒い犬がおった。

小太郎君のペットなんかな?


「おいコタロー、誰がファザコンだって?」

「自分以外におれへんやんけ? それより、ちょうど良かったわ、自分らに渡したいものがあってん」

「さらっと流すなーーーーっ!!」


怒ったままのゆーなを余所に、小太郎君は持っていた大きな白い袋をごそごそとあさり始めた。

と、というか、小太郎君の格好サンタクロースやんっ!?

ま、まさか渡したいものて、もしかして……!?

すぐに目当ての物は見つかったみたいで、小太郎君は得意げにそれを取り出してくれた。


「ほい、メリークリスマス。良い子にしてた自分らにコタクロースがプレゼントや」

「わんわんっ!!」


ほっ、ホンマにっ!?

小太郎君が取り出したのは4体の可愛らしいぬいぐるみやった。

プレゼント用にしてくれたんか、4体はそれぞれ首に色の違ったリボンが結ばれてた。

1つ目は黒い犬で首には赤いリボンが巻かれて、2つ目は三毛猫で首には青いリボンが巻かれてる。

3体目はピンクのリボンが巻かれた白クマで、最後はクリスマスやからか、黄色いリボンが巻かれたトナカイやった。

どれも可愛いかったけど、一体どれが誰用のプレゼントなんやろ?


「え? え? わ、私ももらって良いのっ?」


まきえが目を白黒させながら小太郎君に聞いてる。

小太郎君は、いつも通りの格好の良い笑みを浮かべて頷いてた。


「おう!! ただ、好きな動物とか分からへんかったから、この場で好きなのを選んでもらお思てな」


な、なるほど、それで包装が首のリボンだけやったんや。

ど、どないしよ? 貰えるなんて思ってへんかってんから、どれを貰てもめちゃくちゃ嬉しいけど……。

ウチが一番気になってたんは、最初に出て来た黒い犬のぬいぐるみやった。

その……何となく、小太郎君っぽい気がするやん?

け、けど、それをいきなし主張すんのも、図々しい気がするし……。

小太郎君にそんな女やって思われたないし、やっぱここは涙を呑んで余りもんにしとこう!!

そう思て、ウチはみんなを促した。


「み、みんなから選んで良えよ? う、ウチは余りもので良えからっ……(ちらっ)」


そうは言うたものの、ついつい視線は黒い犬に向いてまう。

……うぅ、お願いやから、最後まで残ったって~~~~!!

そんなことを祈りながら、ウチは皆がぬいぐるみを選ぶのを待ってた。


「え、ええと……あ、そだ!! はいっ、はいっ!! 私、この黒い犬が良いなっ!!」

「っっ!?」


まきえがそう言い出して、思わず声が出そうになってもうたけど、どうにかそれを飲み込んだ。

うぅ……やっぱりウチはダメな子やなぁ……最初から、ちゃんと欲しいて言うとけば、貰えたかも知れんのに……。


「なるほど、そういうことか……そんじゃ、はいっ!! 私もその黒い犬が良い!!」

「ゆ、ゆーなもっ!?」


あわわわ……な、何でそんなに黒い犬人気なん!?

や、やっぱ小太郎君に似てる気がするからっ!?

そう思って慌ててると、ついにはアキラまでがおずおずと手を挙げた。


「それじゃあ、私も」


そう言うて、アキラはウチにぱちっ、とウィンクをしてくれた。

え? あ、何? これ、そういうことなん?

な、何や、皆にウチが犬のぬいぐるみを欲しがってたんはバレバレやったんかぁ……

ウチは心の中で皆に感謝しつつ、覚悟を決めて手を挙げた。


「は、はいっ!! う、ウチもっ!!」

「「「どうぞどうぞ」」」

「ぷっ、何やねんその小芝居は?」


そんなウチらの様子を見て、小太郎君が楽しそうに笑た。

あーうー……め、めっちゃハズいっ!!

結局、黒い犬のぬいぐるみはウチが、三毛猫はゆーなが、トナカイはまきえが、白クマはアキラが貰うことになった。

ぬいぐるみを手に取ると、ウチは不思議なことに気が付いて、思わずそれを口にしてもうた。


「甘い、香りがする……?」


ぬいぐるみから、かすかにやけど、何や気分が落ち着くような、そんな香りがしてた。

ウチの言葉に、皆ぬいぐるみに顔を近づけて匂いを嗅ぎ始める。


「ほ、ホントだぁっ!? 何でっ!?」

「あ、でもこの匂い、何か落ち着くかもー……」

「本当だ。凄い落ち着く感じがする」


上から、まきえ、ゆーな、アキラの順に、皆そう言うて、ほにゃっとした笑顔になってもうてた。

え、ええと、何でやろ?

ウチが不思議がってると、小太郎君は悪戯っぽく笑って、その理由を教えてくれた。


「実は中に発酵させたハーブが入ってんねん。今流行りのアロマセラピーやな。4人は運動部やさかい、それでちょっとでも疲れを癒して貰お思て」


な、なるほど、それで甘い香りがして、皆が癒されてたんや……。

……小太郎君、やっぱ凄いなぁ。

優しゅうて、オマケに格好も良えし、プレゼントの選び方にまで、それが表れてるもん……。


「いやーこれは癒されるよ……コタ君、ありがとね」

「まぁ、あんたにしちゃ、良く気が回ってたんじゃない? ありがと、大事に使うね」

「うん、本当。凄い落ち着く……ありがとう、小太郎君」


3人が嬉しそうにそれぞれ小太郎君にお礼を言う。

そ、そうや、ちゃんとお礼せんとあかんやんなっ!?

ウチは3人にちょっと遅れて、頭をぺこっと下げた。


「あ、ありがとうございますっ!!」

「ははっ、どういたしまして、喜んでもらえたみたいで、こっちも嬉しいわ」


そんなウチらに、小太郎君は満足そうに笑てくれた。

……うぅ、やっぱ格好良えよぉ……。

そ、それに引き換え、ウチなんて、見た目も性格も地味で、用意したプレゼントまでありきたりやし……。

あ、あかん!? やっぱこれ渡すんはハズいっ!?

けど、ちゃんと渡さんと、教えてくれたゆーなと、付き合うてくれたアキラに悪いし……ど、どないしたら……。

ウチが迷ってると、ゆーながそれに気付いてくれたんか、さっきのアキラみたいにウィンクしてくれた。

へ? な、何? 今度はどーゆーこと?

そう思ってゆーなを見てると、鞄から小さな包みを取り出して、小太郎君に差し出した。

ゆーなが何も言わずに差し出したもんやから、小太郎君は目を白黒させてた。


「へ? 何や? もしかして、俺に?」

「そ……まぁ、私は誰かさんのついでなんだけど、良い物もらっちゃったし、用意しといて正解だったかにゃ?」

「誰かさん?」

「そっ。ね、亜子?」


そう言うて、ゆーなはウチに話を振ってくれた。

さっきの合図はそういう意味やったんか……。

ウチは心の中で、もう一度ゆーなにお礼を言うて、鞄の中から用意してた包みを取り出した。


「え、えと、これ……つ、つまらんものですけどっ」

「あ、亜子もかいな? おおきに、プレゼント渡そとは思てたけど、まさか自分が貰えるとは思てへんかったわ」


小太郎君はそう言うて、嬉しそうに笑みを浮かべながらウチのプレゼントを受けってくれた。

……よ、良かったぁ……ゆーなのおかげで、何とか無事にプレゼントを渡すことが出来たわ。

今度改めて、ゆーなには何かお礼せんとあかんな。

そんなことを思てると、アキラも自分の鞄からウチのより少し小さな包みを取り出して、小太郎君に渡してた。


「はい、これは私から。祐奈と一緒で亜子のついでに作ったんだけど」

「おおきに。……って作った? え、ええと、中身見ても良え?」


アキラの言葉に目を白黒させながら、小太郎君はおずおずとそんなことを尋ねて来た。

ゆーなはそれに笑顔で頷いて、アキラも同じように頷いた。

それを確認した小太郎君の視線が、ぱちっとウチの視線とぶつかった。

は、はよ返事せんとっ!?

ウチは頭突きでもするみたいに、首をがっくんがっくん振った。

そんなウチに、小太郎君は苦笑いを浮かべながら、最初に貰たゆーなの包みから開いた。


「これ、ニット帽?」


出て来たのは丁寧に編み込まれた黒いニット帽やった。

ウチに編み方を教えてくれただけあって、ゆーなの作ったニット帽の出来栄えはぴか一やったりする。

……あ、あれの後に見られるんは、何や不利な気がする。


「しかもこれ手作りなんか? へぇ、祐奈にも意外と女らしいとこがあるんやな?」

「一言余計だってのっ!!」

「ははっ、スマンスマン。ホンマおおきに。ありがたく使わせてもらうわ」


小太郎君は、笑顔でゆーなにお礼を言うと、続いてウチのあげた袋を開いていく。

ちゃ、ちゃんと喜んで貰えるやろか?

どきどきしながら待っていると、それを取り出した小太郎君は、ゆーなのニット帽を見た時より、驚いた顔をした。


「これ、セーターやんけ!? はぁ~~……亜子、これ結構時間かけたんとちゃうんか?」

「ゆ、ゆーなに教えてもろたから、そんなに掛かってへんよ?」


嘘や。

1カ月も前から準備してたとは、口が裂けても言えへん。

ゆーなやアキラは、初めてにしては上出来やって褒めてくれたけど、やっぱりゆーなや器用なアキラとは違て、ウチの編んだセーターは不細工やったし……。

ウチが小太郎君にあげたんは、ゆーなのニット帽と同じ、黒い毛糸で編んだセーターやった。

左の胸に、白い毛糸で『K・I』てイニシャルを入れるんは、かなり苦労した。

小太郎君はそれをまじまじと見つめると、さっきゆーなに言うたときみたいに、にっ、と嬉しそうに笑うてくれた。


「おおきに。こりゃ今年の冬は暖かく過ごせそうやで」

「っ!? ほ、ホンマにっ!? よ、良かったぁ~~~~……」


どうやら、小太郎君はウチのプレゼントを喜んでくれたみたいやった。

うぅ、頑張ってホンマに良かった……。

やっぱり、今度ゆーなとアキラ、それに励ましてくれたまきえには、あらためてお礼せんと。

小太郎君が浮かべた笑顔は、ウチにとって、今年一番のプレゼントやった。

最後に、小太郎君は、アキラに渡された包みを開けて、さっきみたいに目を白黒させた。


「マフラーか? これは白いんやんな?」

「うん、亜子がイニシャル用に使った毛糸の余りで作ってみたんだ。帽子とセーターが黒だったし、合わせやすいと思って。どうかな?」

「おう、これなら二人がくれたんと一緒に使えるわ。おおきに、アキラ」

「ふふっ、どうしたしまして。こっちこそ、ぬいぐるみ、大切にするね」


そんな風に小太郎君は、アキラと談笑して、さっそくアキラのマフラーを首に巻いていた。

え!? な、何でアキラのマフラーだけ!?

ま、まさか小太郎君、アキラのことを……!?

う、ウチらのぬいぐるみは、アキラのついでやったん!?

そう思て、ウチは顔から血の気が引いて行った。

せやけど、ウチの考えは間違うてたみたい。

すぐに小太郎君は、申し訳なさそうな顔で、ウチとゆーなに謝った。


「本当は、この場で全部試着してみたいんやけど、さすがにここで脱ぐんは勇気いるさかい、堪忍してや」

「まぁ、帽子も既にサンタ帽被ってるしね」

「そゆこと、寮に帰ってから、ゆっくり試着させてもらうわ」


……な、何や、そういうことか……。

あ、焦ったぁ~~~~。

ウチがほっと、胸を撫で下ろすと、楽しそうに談笑する三人にを見て、まきえが残念そうに呟いた。


「いいなぁ。やっぱり私も用意しておけば良かったよぉ」

「うっ……ご、ゴメンなまきえ?」


やっぱ、まきえだけ誘わんかったんは、可哀いそうやったな。

うん、申し訳ないことしてもうた……今更どうにも出来ひんけど、ウチはそう言って、まきえに謝った。


「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃないよ? ゴメンね、亜子、気にしにないで。ただ、コタ君に貰いっぱなしだと申し訳ないって話で……」

「ああ、それこそそんなん気にせんといてや。俺はプレゼント目当てでしてるわけやないからな、その気持ちだけで十分や」


申し訳なさそうに言ったまきえに、小太郎君がやさしい笑みを浮かべて言うた。

やっぱ、優しいな小太郎君。

ウチらとなんて、数えるくらいしか会うてへんのに、きちんとプレゼントまで用意してくれて。

お返しなんか、全く期待してへんかったんやろう、ウチらのプレゼント受け取ったときは、ホンマに驚いた顔してたし……。

……や、やっぱ、ウチなんかが好きになるには、良い男過ぎやと思う。

春休みに、不良に絡まれてたウチら。

それを助けに入ってくれた小太郎君。

最初はそれだけで、昔話の中の王子様みたいやと思った。

けど、それだけやなかった……。

小太郎君は喧嘩を禁止されてたにも関わらず、ウチが付き飛ばされた時に、本気で怒って、突き飛ばした不良にこう言うてくれたんや。


『この世で一番大事にせなあかんもんって何か知っとるか?……それはな……可愛い女の子や』


……お、思い出しただけでも、胸がきゅんてなってまう!?

男の人に、可愛いなんて言われたのは、生れて初めてやった。

けどそんときは小太郎君のこと、格好良えなぁ、くらいにしか思てへんかった。

ウチとは全然違う、そんな人、好きになるなんて身の程知らずや、ってそう思ってた。

けど夏休みに、一緒に川へ泳ぎに行ったとき、ウチは知ってしもうた。

小太郎君の胸に刻まれた、大きな十字の傷跡のことを。

ウチの背中には、ずっと前から付いてる大きな傷跡がある。

こんなん知られたら、きっと男の人は、ウチのこと気味悪がる、気持ち悪がられてまう、そう思ってた。

けど小太郎君は違うた。自分の傷をウチらに見せて、それを何でもないことのように笑うてた。

それを見て、この人なら、ウチの傷を、ウチのこと分かってくれるんやないか、ってそう思った。

それで、緊張で倒れそうになりながら傷を見せたウチに、小太郎君は優しい笑みを浮かべて言うてくれたんや。


『ありがとな。俺のために勇気出してくれて』


もう幸せ過ぎて、死んでしまいそうやった。

それにウチは、小太郎君のためやない、自分のために勇気を出してたんやと思う。

きっと小太郎君も、それは分かってたはずやのに、そう言って、ウチの頭を撫でてくれた。

そんときの、小太郎君の優しい手の感触が、ウチはずっと忘れられへん。

小太郎君のことを、思い出しただけで、考えただけで、胸が切なさで締め付けられる。

ウチはいつの間にか、こんなにも、小太郎君のことを好きになってもうてた。

いつも地味で、目立たへんくて、とことん脇役やったウチやけど、これだけは、この恋だけは、脇役のまんまで終わりたくはなかった。

せやから、ゆーなとアキラに相談して、頑張ってセーターを編んで、少しでも小太郎君にアピールしようと思ったんやけど……。

……やっぱウチ、ダメダメやな、小太郎君、格好良過ぎや。

そんな風に肩落としていると、まきえが鞄をごそごそと漁り始めた。

何やろ? プレゼントなんて用意してへんて言うてたのに……。

まきえが鞄から取り出したのは、少し長めの赤いリボンだった。


「うーん……何か今すぐ渡せそうなものないかなぁって思ったんだけど、今はこれくらいしか持ってなかったよ」

「ほ、本当気にせんで良えって。第一、リボンなんて貰ても、俺男やし、どないして使えば良えねん?」


さすがに冷や汗を浮かべながら、小太郎君は苦笑いを浮かべた。

けどまきえは、どうしても何かお返しがしたいみたいで、しばらく考え込んでいた。


「……あっ、そだ! コタ君、コタ君、ちょっと右の小指貸して!!」

「小指? 別に構へんけど……」


何か思いついたらしい、まきえは小太郎君の差し出した右手の小指に、くるっ、と用意した赤いリボンを巻きつけた。

さ、流石の手際や……と、いうか、ぶきっちょなんに、リボンって名前が付いた瞬間器用になるなんて、まきえどんだけ新体操に命賭けてるん!?

次にまきえは、残った方のリボンの先を、自分の左手の小指に、これまた器用に結び付けた。

こ、これはもしかしてっ!?


「運命の赤い糸ならぬ、運命の赤いリボン!! ……なんちゃって♪」

「……いや、こんな使い方はせぇへんよ……」


嬉しそうに言うたまきえに、小太郎君は、相変わらず苦笑いを浮かべてた。

け、けどまきえ……いきなり運命の赤いリボンやなんてっ!? 

ももも、もしかしてっ、まきえも実は小太郎くんのことっ……!?

ど、どないしよっ!?

まきえ、頭は悪いけど、明るいし、スタイル良えし、可愛いし……う、ウチみたいな地味人間に勝ち目あれへんやん!?

そんなふうに焦ってると、小太郎君が、ウチにとって絶望的な一言を言うた。


「まぁ、まき絵みたな可愛い子と結ばれてる言うんは、光栄やけどな?」

「へ、へぇっ!?」

「「「!!!?」」」


いつも以上に大人びた表情で、格好良え笑みを浮かべる小太郎君。

そ、その表情にどきっとしてもうて、直接笑顔を向けられたまきえだけやのうて、アキラもゆーなも、ウチまで言葉が出て来ぃひんやった。

け、けど……それって、小太郎君もまきえのこと……まんざらでも、ない?

……そ、そんな……それやったら、ウチは……。


「ん? あ、亜子どないしたんや!? 顔真っ青やで!?」

「え!? ああっ!? し、しまったっ!?」

「バカまきえっ!! どうしてそういうことするかなっ!?」

「あ、亜子落ち着いてっ!! まきえは冗談でやってただけだよ!?」


みんながいろいろウチに言うてたけど、もうウチの耳には届けへんかった。

あ、あかん……ウチの恋、終わったわ……。

せめて涙は見せまいと、ウチは思いっきり踵を返して、駅とは反対側に向かうて走り出してたた。


「おっ、お幸せにーーーーーっ!!!!」


さよなら、ウチの恋…………。



SIDE Ako OUT......









「おっ、お幸せにーーーーーっ!!!!」


そんなことを叫びながら、亜子は駅とは全く反対の方へと走り去ってしまった。

い、一体どうしたんだ?

あとチビ、嬉しそうに追いかける準備しない。


「何でよりによってそういう冗談言うのっ!?」

「だ、だって思いついちゃったんだもん……」

「と、とにかく亜子を早く追いかけないとっ!!」


アキラにそう言われると、二人はしっかりそれに頷いた。

慌ててまき絵が、自分の指に結んでいた方のリボンを解くと、俺にぱっとそれを手渡す。


「お、おいっ、これ渡されても、俺にはどうしようも……」

「ゴメンねコタ君、ちょっと亜子を追いかけなきゃだからっ!! プレゼントありがとーーーーっ!!」


言うが早いが、まき絵は亜子の走って行った方へと駆け出して行った。

続いてアキラも、俺に軽く会釈して、申し訳なさそうにそれを追い駆けて行く。

最後に祐奈が、むすっ、とした表情で、俺に言った。


「……せっかくプレゼントは良い感じだったのに、この朴念仁っ!!!!」

「はぁっ!? そりゃ一体どういう意味やっ!?」

「自分で考えろっ!!!!」


そう怒鳴ってから、べーっと舌を出す祐奈。

結局、答えは教えてもらえないまま、祐奈も三人を追い駆けて走り去って行ってしまった。

取り残された俺に、やはりチビが追いかけたそうに、目を輝かせているのだった。


「追いかけたらあかんで?」

「くぅん……」


俺にそう言われて、残念そうに、チビは耳を項垂れさせた。

それにしても……。


「……一体、何やったんやろうな?」

「あーう?」


俺たちは1人と1匹、ひたすら首を傾げるばかりだった。






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 34時間目 香囲粉陣 ちょっとしたホストの気分だぜ
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/17 00:03



「き、気を取り直して、次の配達先に向かうか?」

「わんわんっ!!」


尻尾をバタつかせて、チビが一吠えする。

それじゃ、最初の予定通り、女子寮に向かうとしますかね?

さっきの亜子たちみたいに、駅に向かってる途中の連中がいるかもしれないし、そっち経由で向かうとしよう。

俺はチビを連れて、駅へと駆け出した。









SIDE Asuna......


スーパーのレジ袋を両手一杯に抱えて、私は駅への道を一人、とぼとぼと歩いていた。

……ったく、何で私が買い出しなんて。

せっかくのクリスマスイヴ、今年こそは、高畑先生と甘い一夜を、と思っていたのに。

通り過ぎればいつも通り、私は今年も結局、高畑先生を誘うことすらできずに今日を迎えていた。

どういうわけか、いつもは頭で考えるより先に、身体の方が動いてるタイプなのに、私は高畑先生のこととなると、どうにも消極的になってしまう。

いい加減やになっちゃうなぁ……。


「わんっ!!」

「うわぁっ!?」


な、何っ!?

急に大きな声で吠えられて、私は思わず飛び上がった。

見ると、いつの間にか足元に、トナカイの格好をした、見覚えのある黒い犬が、パタパタと尻尾を振りながら渡しを見上げていた。

こ、この子、前より大分大きくなっちゃってるけど……もしかして、チビ?


「ち、チビなの?」

「わんわんっ!!」


肯定するように、チビはその場でぴょんぴょんと跳ねた。

どうやら、間違いないみたい。


「ちょっと見ない内に、随分大きくなっちゃったわねぇ~~~~?」

「わんわんっ!!」


私がしゃがんで、頭を撫でると、チビは嬉しそうに尻尾をパタパタさせた。

あははっ、デカくなっても、まだまだ子犬ね。


「そういえば、小太郎は一緒じゃないの?」

「わんわんっ!!」


うん、何言ってるのかさっぱりだわ。

こんな格好してるし、チビ一人でここまで来たってことはないんだろうけど……。

そう思って周囲を見渡そうとした瞬間だった。


「……ふっ」

「ひ、ひゃああああああっ!!!?」


な、ななななな、何っ!?

急に耳に息を吹きかけられて、私はさっきとは比べ物にならないくらい大声で奇声を上げていた。

ま、前にも言った気がするけど、私の知り合いにこんな馬鹿げたことする奴は、一人しかいないってのっ!!


「こ、こここ、小太郎っ!! いきなり何してくれてんのよっ!!!?」

「おお!? 見もせずに俺やと気付くやなんて、腕を上げたな、明日菜?」


わざとらしく、驚いたような表情をして、小太郎は悪びれた風もなくそう言った。

こ、こいつ……絶対泣かす!!

そう思って拳に力を入れた瞬間、私は小太郎の服がいつもの学ランではないことに気が付いた。

良く見たら、これサンタ服じゃない? それで、チビがトナカイの格好してたんだ・・・・・・。

小太郎はご丁寧に、本物と同じように白くて大きな袋まで抱えていた。


「あんた……そんな格好で何してんのよ?」


私が訪ねると、小太郎は嬉しそうに、にっと笑みを浮かべた。


「クリスマスイヴにサンタの格好と来たら、そりゃ一つしかあれへんやろ?」

「ケーキ屋のバイト?」


あ、小太郎が盛大にずっこけた。

な、何よ? ふ、普通はそれ思いつかない?

ま、まぁ他のバイトだって、クリスマスの近くになったらサンタの格好してるけどさ……。

小太郎はよろよろと立ち上がると、苦笑いを浮かべた。


「け、ケーキ屋のバイトて……あんな? サンタクロース言うたら、一番の仕事はあれやろ? プレゼント配りやんか」

「ま、まぁそうだけど……それじゃあ何? あんた達、もしかしてプレゼント配ってんの?」

「おう!! 今年世話んなったヤツのところを、一件一件回ってるところや!!」

「わんわんっ!!」


私がそう聞くと、小太郎とチビは二人揃って、誇らしげに胸を張った。

ぷっ……飼い主に似るっていうけど、そんなところまで似なくても。

吹き出している私を他所に、小太郎は持っていた白い袋から一つ小さなケースを取り出した。

綺麗に包装されていることから、クリスマスプレゼントだろうけど……え? もしかして、それって……。


「ほい、これが明日菜の分や。メリークリスマス!!」

「わ、私にっ!?」


だ、だって小太郎、世話になった人にって言ってなかった!?

む、むしろ私は、結構迷惑掛けてた気がするんだけど!?

そんな私の気持ちに気付いたのか、小太郎は優しく微笑んでこう言った。


「いやいや、かなり良え竹刀袋貰てもうたしな。これはほんのお返しの気持ちや」

「そ、そんなのっ、気にしなくて良かったのに……」


むしろあれは、足の手当てやら、寮まで送ってくれたことに対するお礼のつもりだったのに……。

……これじゃあ、またこいつに借りが出来ちゃうじゃない。

けど、せっかくくれるって言ってるものを、無碍に突き返すのも気が引けるし……。

私は結局、苦笑いを浮かべながら、プレゼントを受け取った。


「ありがと。今開けても良いの?」

「おう、自分のんは自信作や。結構驚くと思うで?」

「?」


どこか含みのある笑顔で言う小太郎を不思議に思いながら、私は包みを開いていった。

出てきたのは、白のマグカップで、横のところには多分私のイニシャルだろう、ピンクの文字で『K・A』と書かれてた。

と、いうことは……これ、もしかしてオーダーメイドっ!?

け、結構値段がしたんじゃないの!?

だ、だから小太郎自信作って……。

目を白黒させながら、私はもう一度小太郎にお礼を言うことにした。


「ほ、本当に、ありがとう……大事にするわ」

「どういたしまして……けどな、驚く言うたんはプレゼントそのもののことだけやないねん」

「え!?」


再び驚いた私に、小太郎は自分のケータイを取り出して、その画面を突きつけた。


「こっ、これってっ!!!?」


今日何回目か分からない驚きに、私は目を見開いていた。


「た、高畑先生と、おそろいっ!!!?」


小太郎のケータイには、私がさっき小太郎から貰ったカップと、まったく同じデザインに青い文字で『TTT』と書かれたマグカップを持ち微笑む高畑先生の写メが移っていた。

ど、どいうことよこれっ!!!?


「実はさっきタカミチに同じマグカップ渡して来てん。そんときに撮らせてもろたんがこの写真や」

「なっ!? そ、それじゃこのマグカップ、最初から高畑先生のと……」

「おう、ペアカップやったもんや」

「@*$#&%=~~~~~!!!?」


う、嬉しさのあまり言葉が出ないっ!!!?

小太郎ナイス過ぎるっ!!!!

そんな私の様子に、小太郎は満足げな笑みを浮かべて続けた。


「どや? これで次からそのマグカップ使うときは、ささやかやけどタカミチの恋人気分が味わえるっちゅう寸法や」

「こっ、恋人気分……」


ごくり、と、思わず私は唾を飲み込んでいた。

……す、すげぇ!?


「小太郎!! ありがとうっ!! これ、めっちゃ大切にするわっ!!」

「おう!! 喜んでもらえて何よりや」

「わんわんっ!!」


3度目になるけど、元気良くお礼を言った私に、小太郎はそう言って笑みを浮かべ、それに同調したみたいにチビが鳴いた。

すると、小太郎は白い袋の口を縛りなおして、ぱっ、と軽く右手を上げた。


「そんじゃ、まだ回るとこがあるから、俺はこれで。タカミチのこと、応援してるで」


そう言って、颯爽と立ち去ろうとする小太郎。

私は思わず、その肩をがしっ、とつかんでいた。


「な、何や!?」

「……あ、あのさ、小太郎……もう一つお願いがあるんだけど……」

「お、お願い?」

「……さっきの高畑先生の画像、ケータイに送ってくれない?」

「…………」


こうして、私は小太郎から、ここ数年で一番素敵なクリスマスプレゼントを、2つも入手したのだった。

……よしっ、来年こそは、高畑先生を振り向かせて見せるぞーーーーっ!!!!



SIDE Asuna OUT......










…………あ、焦った。

立ち去ろうとしたら、いきなり咸卦法でも使ってるんじゃないか、って握力で肩を掴まれるんだもんな。

いや、しかし喜んでもらえたようで何よりだ。

彼女には、下手に高価なものを贈るより、こうしてタカミチを絡めた方が喜ばれるだろうという俺の読みは当たりだったらしい。

今年は残念ながら、タカミチをデートに誘うことすら出来なかったようだが、何慌てることは無いだろう。

マグカップと携帯を抱きしめて、嬉しそうに笑みを浮かべる明日菜を見ながら、彼女が幸せになれるよう、俺はこれからも影ながら応援していこうと、改めて誓った。

さて、明日菜と別れてから、俺はチビと一緒に女子寮へと向かっていた。

本来なら電車に乗るところだが、チビは電車に連れて行けないからな。

瞬動を使いつつ、俺達は信じられないような速度で女子寮へ向かっている。

一番信じられないのは、チビがいつの間にやら瞬動術を使えるようになってたことだけどな。

俺が時々使ってたのを見て、いつの間にか覚えてたらしい。

この分だと、その内俺の手合わせの相手もしてくれるようになりそうだな……。

なんて、考えながら走っていると。


『わおーんっ!! わおーんっ!!』


「お?」


突然携帯が鳴った。

足を止め、ポケットから携帯を取り出すと、液晶表示には『高音・D・グッドマン』と表示されていた。

何だろう?

もちろん彼女にもプレゼントを渡しに行くつもりだったが、驚く顔を見たくて、事前には何も知らせていない。

俺は首を傾げながらも、徐に通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『あ、もしもし、小太郎さんですか? お久しぶりです』


電話から、いつも通り、丁寧な物腰で話す高音の声が響いて来た。


「おう、久しぶりやな。ところで、どないしたん?」

『いえ、大した用事ではないのですが……今、何かされていますか?』

「今? ああ、これからちょうど女子寮に行くところやけど?」


俺がそう言うと、高音が意外そうな声を上げた。


『れけど、それならちょうど良かったです。渡したいものがありますので、寮に着いたらまたご連絡ください』

「おう、分かった。ほんなら、また後でな」

『はい、失礼します』


最後まで丁寧に挨拶をして、高音は通話を切った。

渡したいものって……これは、ひょっとするかもな。

亜子達のとき同様、あまり相手からプレゼントが貰えると期待はしていなかったんだが。

俺は期待に胸を膨らませながら、女子寮へ向かう足を、更に速めるのだった。










SIDE Takane......



到着の知らせを受けて、私はぱたぱたと学生寮の階段を降りていました。

彼はきっと少しくらい待たされても何とも思わないでしょうが、やはり少しでもお待たせするのは気が引けます。

手にはしっかりと、この日のために用意したプレゼントを握りしめて、私は彼の喜ぶ顔を思い浮かべながら顔を綻ばせました。

6月から9月までの短い間でしたが、彼に操影術を指南した3ヶ月は、私の目指す偉大なる魔法使いへの道に、大きな道筋を示してくれたように感じています。

最初に彼のことを知ったのは、3月の終わりがけ。

緊急で開かれた魔法先生、生徒の集会で、学園長より伺った衝撃的なお話。

小学校を卒業したての、一人の魔法生徒が、こともあろうに、かの闇の福音を護り、東洋の名のある妖怪を討伐したという、おとぎ話のような英雄譚。

かの英雄、千の呪文の男とともに大戦を戦った、高畑先生までもが太鼓判を押すその方は、実際にお会いすると、伺っていた以上に素晴らしい方でした。

その方の名は、犬上 小太郎さん。

人狼と人間の間に生まれたハーフである彼は、きっとこれまで辛い人生を送って来たに違いありません。

しかし彼は、それを感じさせない明るさと、そして強さ、優しさを持った、とても年下だなんて思えないほどの人物でした。

確かに、操影術を指南したのは私でしたが、それ以上に、彼の生き様が私に教えてくれたことは、とても多かったように私は感じています。

とれだけ過酷な状況に追い詰められても、前だけを向き、自分に持てる全てを賭して、意地でも一歩を踏み出そうとする、心の強さ。

どんな者に対しても、その手を差し伸べることを厭わず、そして、その者を必ず救って見せようとする、心の優しさ。

それは奇しくも、私が理想とする、偉大なる魔法使いの姿、それに相違ありませんでした。

自分よりも幼くしてそれを持つ彼に、私はとても多くのことを学ばせて貰いました。

だから今日は、そのお礼をするのに、うってつけのイベントだと言えます。

勢い良く寮の扉を開いて、私は彼が待つ門へと駆けて行きます。

目当ての人影は、門のすぐ傍らで白い息を付きながら待っていてくれました。


「すみません小太郎さん、お待たせしま……」


そう言いかけて、私は思わず固まってしまいました。

だって、今日の彼の格好はいつもとあまりに違っていたから。

上下赤の衣装に、同じような帽子。

それは見紛うことなく、このイベントには欠かせない人物、サンタクロースだったのですから。


「おう、高音。早かったな」


驚きを隠せない私に、小太郎さんは何でもないように挨拶をしてくれました。


「い、いえ、お待たせしてすみません……と、ところで、その格好は一体?」

「見ての通り、サンタクロースや」

「わんっ!!」


似合うやろ? と楽しげに笑う彼の傍らで、一匹の黒い犬が吠えました。

良く見ると、その犬は小太郎さんと合わせたかのように、トナカイの衣装に身を包んでいます。

それに、普通の犬とはあまりにかけ離れた毛色と魔力。

魔犬の類には間違いないのでしょうが、もしやこの犬は……。


「小太郎さん、もしやそちらのワンちゃんは……」

「おお、そういや高音は初めてやったな。俺の使い魔のチビや、よろしゅうな」

「わんわんっ!!」


小太郎さんが紹介してくれると、チビさんはそれに合わせてぴょんぴょんと、その場で跳ねました。

ふふっ、飼い主に似て、とても元気の良いワンちゃんみたいですね。

私は気を取り直して、準備していたプレゼントを小太郎さんに手渡すことにしました。


「はい、小太郎さん。お渡ししたかった物は、こちらです」

「お、おおきに……これってやっぱり、その……」

「ええ、クリスマスプレゼントです」


恐る恐る尋ねられた小太郎さんに、私は笑顔でそう言いました。

すると小太郎さんは、嬉しそうに顔を綻ばせて、持っていた白い袋から、私が渡した物と同じくらいの大きさの箱を取り出しました。

も、もしかして、これは……。


「ほい、俺からも、高音にプレゼントや」


メリークリスマス、と小太郎さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて、私にその箱を差し出してくれます。

お、驚きました。

彼を驚かせるつもりが、逆に驚かせてしまうなんて……やっぱり彼には敵いませんね。


「よ、よろしいんですか?」

「当たり前や。今年は操影術のことやら、夏休みの襲撃事件やらでお世話になったしな。せめてものお礼やと思ってくれ」


お礼だなんて、本当に義理堅く、素晴らしい方ですね。

私ははにかみ笑いを浮かべながら、小太郎さんのプレゼントを受け取りました。


「ありがとうございます。あの、開けてもよろしいですか?」

「おう、気に言って貰えると良えんやけど。こっちも開けて良え?」

「はい、どうぞ」


私たちはお互いに確認を取ると、いそいそと包みを剥がして、互いのプレゼントを確認しました。


「おお、ネックレス……やけど、これ良く見たら護符やんな?」

「はい、持続型の魔力障壁発生媒体です。魔法の射手10本くらいなら、ほぼ通さない優れ物、だそうです」


私のプレゼントは、ミスリル製のシルバークロスです。

説明の通り、魔法防御いわゆるレジストの魔法が掛ったマジックアイテムですが。

彼は実践に出ることが多いようですので、少しでも彼の身を護って頂ければと、そう思い、本国の知り合いに頼んで送って頂いた品物になります。

それを嬉しそうに見つめて、小太郎さんはマフラーを取ると、すぐにそれを身に付けられました。


「どや? 似合うてる?」

「はい、とても」

「ははっ、おおきに、大切に使わせてもらうな?」


小太郎さんの言葉に笑顔で頷いてから、私は自分が受け取ったプレゼントの箱を開きました。

そこに入っていたのは、一本の白い杖でした。

恐らく魔法媒体でしょう、一見すると木製にも見えますが、これは良く見ると植物ではないようです。

これは……象牙、でしょうか? いえ、少し違う様な気もします。

螺旋状に入った独特の模様と、私と契約をした訳でもないのに、既に魔力を放っているという不思議な雰囲気は、象牙にはない特徴でした。

も、もしかして、どことない、この神聖な雰囲気は……。


「こ、これはもしや……角獣の角から?」

「さすが高音。察しの通りユニコーンの角から切り出した一品モノのステッキや」

「っっ!!!?」


思わず息を飲んでしまう私。

だ、だって当然でしょう!?

ユニコーンと言えば、魔法世界でさえ滅多にお目に掛かれない神獣ですよ!?

そ、その角から切り出した杖だなんてっ!!!?

い、いったいどれほどの値打ちが付くか……想像しただけで寒気がっ!!!?


「こっ、こんな高価なものっ、頂けませんっ!!」

「ああ、料金のことは気にせんでも良えねん。それ、某ぬらりひょんが死蔵しとったん掘り出したやつやさかい」

「し、死蔵!? こ、コレクションとしておくならまだしもっ、死蔵って、しまいこんでいたんですかっ!?」


こ、こんな素晴らしい品物をっ!?


「ああ、何でも人から貰たは良かったけど、自分とは相性があわへんかったらしくてな。まぁ見るからに邪悪やもんなぁ、あのぬらりひょん」

「そ、そうなんですか? と、ところで、そのぬらりひょんとは一体……?」

「……まぁ気にせんのが吉やな。ともかくそいつは、俺がその妖怪の個人的な依頼を受けたときの対価として貰たもんや。せやから料金は自分が思ったほど掛かってへんねん」


だから遠慮せず受け取って欲しい、と小太郎さんは困ったように笑っていた。

……そんな風に言われてしまっては、こちらが引き下がるしかないではないですか。

私は、頂いた杖をきゅっ、と抱きしめて、小太郎さんに心からの笑顔を浮かべて言いました。


「ありがとうございます、小太郎さん。この杖は、一生大切に使わせて頂きますね」


この杖を持っただけで、何だか偉大なる魔法使いに近付けた気さえしながら、私は小太郎さんにもう一度お礼を言いました。

すると、小太郎さんは満足げな笑みを浮かべてこう言ってくれました。


「おう、こっちこそ、こんな良えもん貰て、ホンマにおおきに」


これで、戦闘中にちょっと無茶しても平気だ、なんて、冗談めかして言う小太郎さん。

私はそんな彼の物言いに、思わず吹き出してしまいました。

そんなときです。


「……随分と楽しそうですね?」

「……コタ君、鼻の下伸びてるえ?」


聞き覚えのある声に振り返ると、そこには見覚えのある二人が、とても不機嫌そうに私たちのことを見ていました。

……なるほど、そう言えば、以前お会いしたとき、このお二人は小太郎さんに想いを寄せている節がありましたね。

私は苦笑いを浮かべながら、何て弁明したものだろうと考えていました。



SIDE Takane OUT......










SIDE Setsuna......



お嬢様に言われて、グッドマン先輩の後を追ってみて良かった。

どうやら、お嬢様の考えは見事的中だったらしい。

女子寮の門の前で、楽しそうに談笑する二人の姿は、非常に微笑ましくあったが、私たち二人の胸中は穏やかではなかった。

かと言って、ここで二人の間に割って入るのは、余りにも不躾だと思い、二人の話が終わるまで待つことにした私たちだったのだが。

グッドマン先輩が、小太郎さんから貰ったと思しき杖を愛おしそうに抱き締めたところで、我慢の限界に達した。


「……あかんわせっちゃん、ウチ、もう我慢の限界」

「……ええ、私も同じことを考えていました」


二人して、小太郎さん達の元へと歩き始める。

もちろん私達に、今の小太郎さんがどの女の方と楽しそうに談笑していようと、それを止める権利などありはしない。

それは分かっていた。

しかし、誰よりも彼と一緒にいたのは私だという自負が、そして何より私の彼への想いが、それを是とはしてくれなかった。

きっとお嬢様も同じ思いだったのだろう。

夏休みに起きた、小太郎さんのお兄さんによる、お嬢様を狙った襲撃事件。

あの直後に、お嬢様から聞かされた、小太郎さんの胸の内。

お兄さんとの因縁を清算しなければ、恋愛なんてすることが出来ないという、彼の想い。

それはきっと、彼の本心だろう。

いつもふざけたように振る舞ってはいるが、根は実直な彼のことだ、それは間違いない。

だからこそ、私とお嬢様は、彼がその本願を成就するまで、この想いは、胸に秘めておくと誓った。

しかし、だからこそ、今出来ることは、全て後悔のないようやっておかねばならない。

即ち、彼にこれ以上女性を魅了させる訳にはいかないのだ。

せ、先日の神楽坂さんの一件と言い、春休みの和泉さんたちと言い……最近ではエヴァンジェリンさんも危ない気がしてきたし。

最近は、稽古を付けてくれる刀子さんまでも、何かと小太郎さんのことを聞いてくるようにもなっていた。

確か担任だと言っていたし……と、刀子さんに限って、教え子に手を出すようなことはないと思うが……。

……い、いやしかし、再婚を焦っているという話も聞くし、ま、まさか……。

と、ともかく!!

もうこれ以上、小太郎さんに女の影を落とす訳にはいかなかった。

私たちが声を掛けると、二人は驚いた顔で振り返り、小太郎さんは目を白黒させ、グッドマン先輩は、苦笑いを浮かべていた。


「え、ええと……そ、それでは小太郎さん、私はこれで……」


プレゼント、本当にありがとうございました、と言い残して、グッドマン先輩はそそくさと去って行った。

残された小太郎さんは、いよいよ事態がつかめないようで、目を白黒とさせたままだった。


「コタ君、高音先輩にプレゼントあげたんや?」


お嬢様が、唇を尖らせて、拗ねたような口調で小太郎さんにそう問いかける。

そういう表情も新鮮で可愛い……ではなくっ!! そう、今の問題はそこなのだ!!

私にプレゼントがなくても、この際それは良い。

しかし、お嬢様も貰っていないのに、グッドマン先輩にはきちんとプレゼントを用意しているというのは、看過出来る事態ではない。

しかも丁寧にサンタクロースの格好までして、使い魔にトナカイの衣装まで着せるという徹底ぶりで。

……や、やはりスタイルの問題?

そ、そんなんウチに勝ち目ないやんっ!?

と、焦る私だったが、木乃香お嬢様に対する、小太郎さんの返答は、予想外のものだった。


「おう、自分らにもちゃんと用意して来たで?」


兄貴のことでは迷惑掛けたしな、と小太郎さんは笑みを浮かべて、持っていた袋から、小さな包みを二つ取り出した。

え? え!? ほ、ホンマにっ!?

余りに予想外だったため、逆に目を見開いてまう私。

隣に視線を移すと、お嬢様も同じように固まってしまっていた。

そんな私達に、小太郎さんは先程グッドマン先輩に浮かべていたのと同じような笑みで、私たちにそれぞれその包みを手渡してくれた。

おずおずと、それを受け取る私とお嬢様。

思っても見なかったことに、正直、胸は幸せで一杯だった。

こ、小太郎はん……ちゃんとウチらにも用意しといてくれたんや……。

そう思うと、身勝手にヤキモチを焼いていた自分が、どうしようもなく情けなく感じる。

隣のお嬢様も同じことを考えていたのだろう、罰の悪そうな表情を浮かべていた。


「……こ、コタ君、ホンマありがとうな。え、えと、これ、中身見ても良え?」

「おう、自分らのために用意したもんやからな。刹那も是非開けて見てくれ」

「は、はいっ!! あ、あの、ありがとうございます」


手をひらひらと振って、小太郎さんは優しい笑みを浮かべてくれた。

慌てて、しかし丁寧に、私は手渡された包みを開く、そこに入っていたのは、白い髪飾りだった。

あまりこういう装飾品には詳しくないのだが、確かこれは、バレッタと呼ばれる髪留めだったはず。

お嬢様は何を貰ったのだろう……そう思って隣を見てみると、お嬢様の包みに入っていたのは、私の物と色違い、薄桃色のバレッタだった。

しかしこのバレッタ、よくよく見ると不思議なこと気が付いた。

白い飾りの裏には、髪を纏めるための機構が付いているのだが、そこには1つの鈴かくっついていた。

しかしこの鈴、どれだけ振ってもならない。

位置的に装飾ということはないだろう……もしかして、壊れてる?

そんな考えがよぎった時、私に変わってお嬢様がその疑問を口にしてくれた。


「コタ君、この鈴鳴れへんよぉ!?」

「ああ、そういう仕様や。鳴るんは、自分と刹那、どっちかに危険が迫ったときだけやさかい」

「へ?」


小太郎さんの言葉に、お嬢様は不思議そうな顔を浮かべた。

なるほど、所謂警鐘というわけだ。

一見すると分からないが、これは鳴子に似たマジックアイテムだということだろう。

もし私がお嬢様の傍にいないとき、お嬢様に危機が迫ると、この鈴が鳴ってそれを知らせてくれる。

なかなかに便利な品だと思う。

お嬢様が身につけてもおかしくないよう、可愛らしい髪飾りの形をしているところに、小太郎さんの細やかな配慮が伺える

……本当、小太郎はんには敵わへん。

改めて、そう感じさせられた。

私とお嬢様は、心からの笑顔を浮かべて、小太郎さんにもう一度お礼を言った。


「ホンマおおきに、コタ君。大事に付けさせてもらうわ」

「私も、本当にありがとうございます、小太郎さん」

「いえいえ、喜んでもらえたみたいで嬉しいわ」


そう言って、小太郎さんは本当に嬉しそうに笑みを浮かべた。

となれば……次は私たちの番ですね?

そう思ってお嬢様の顔を伺うと、お嬢様は悪戯っぽい笑みを浮かべて、鞄からそれを取り出した。


「はい、コタ君。ウチとせっちゃんから、メリークリスマスや」

「マジでか!? お、おおきに……いやぁ、今日はあれやな、一生分の幸運を使い果たしてる気さえするな」


そんな大げさななことを言いながらも、小太郎さんはやはり笑顔で、お嬢様の差し出した包みを受け取ってくれた。


「どうぞ、開けてみてください」


私が促すと、小太郎さんは早速、その包みを開き、中を覗きこんだ。


「お? 1つやないんか? ……えーと、まずこれは……グローブ?」


小太郎さんが最初に取り出したのは、黒い革製のフィンガーレスグローブだった。


「それはお嬢様の案で、私が真名に頼んで手配してもらったものです」

「……これ、ただの皮とちゃうな? ……もしかして、黒龍?」


さすが小太郎さん、見ただけでそれを看破するとは。

私は笑顔でその言葉に頷いた。


「良えんか!? これ相当値が張ったんとちゃうんか!?」

「いえ、恐らく小太郎さんが思ってらっしゃるほどはかかってませんよ?」


実はこれ、型落ちして、魔法世界の貿易会社に死蔵されていたものを、真名がたまたま見つけてくれたものだったりする。

そこで、どうせなら良いものを、ということでお嬢様とお金を出し合って購入したものなのだ。

黒龍の皮は伸縮性に富み、抗魔力も高い。

恐らくこれなら、小太郎さんが獣化状態になってもはち切れたりすることはないだろう。

私の言葉に安心したのか、小太郎さんは早速、グローブを手にはめて、その感触を確かめていた。


「何というフィット感……これなら何万本でも素振り出来そうやわ」

「そ、それは勘弁してな?」


無茶なことを言い出した小太郎さんに、お嬢様が冷や汗を浮かべながらそう言った。

続いて小太郎さんは、残っていた2つのプレゼントの内、私が用意した物を取り出してくれた。


「これは符やな……つーことは刹那お手製やろうけど、転移符とはちゃうな?」


不思議そうに符を見つめる小太郎さんに、私は笑顔で解答を示した。


「それは召喚符です」

「召喚符? 何が呼び出せるんや?」

「私です」

「は?」


私の返答が予想外だったのか、目を丸くする小太郎さん。

仕方なく、私はそれを贈った理由を、細かく小太郎さんに説明することにした。


「夏休みのように、小太郎さんに何らかの危険が迫った場合、私があのようにタイミング良く駆け付けられる保証はありませんよね?」

「ま、まぁ、それはそうやんな」

「そこで召喚符の出番です。それさえあれば、小太郎さんの意思一つで、私を呼び出すことが出来る訳です」

「な、なるほど……ピンチになった時のお助け用アイテムっちゅうわけやな?」

「そういうことです」


納得してくれたらしい、小太郎さんはもう一度符を見つめながら、しきりに頷いていた。


「コタ君、コタ君、ウチが用意したんも見たって」


待ち切れないという風に、お嬢様がそんなことを言い出した。

小太郎さんは、そんなお嬢様の様子に苦笑いを浮かべながら、最後のプレゼントを袋から取り出そうとした。

そういえば、何を入れたのか、私もまだ聞かされていなかった。

小太郎さんがそれを取り出すのを、私も若干楽しみにしながら、その瞬間を待った。

すると、中から出て来たのは、3枚つづりになった、チケットのような紙切れだった。

あ、あれは一体?

私と同じように、不思議そうな顔を浮かべながら、小太郎さんは、そこに記された文字を読み上げた。


「……コタ君専用、木乃香・何でも券……って、はぁっ!?」

「はぁっ!?」


二人して、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

こ、ここここ、このちゃんっっ!!!?

な、何でも券て、何でも券てっ!!!?

一体何を考えとるんっ!!!?

そんな私たちの焦りも知らず、お嬢様はいつも通りの、ほにゃっ、とした笑みを浮かべたまま、その券の説明を始めた。


「ウチはせっちゃんみたいに魔法が使えへんから、せやから、ウチに出来ることやったら、3回まで何でもお手伝いしてあげるえ?」

「な、何でも……?」

「うん、何でもや♪ お料理でもお洗濯でもお掃除でも……そ・れ・に、もっと凄いことも♪」

「こ、、このちゃっ……!!!? お、お嬢様ーーーーーっ!!!?」


じょ、冗談なのか本気なのか全く分からない!?

こ、小太郎さんに限って、そんな変なことに使うとは思えないが……。

ちら、と横目で小太郎さんの様子を盗み見る、すると……。


「……す、凄い、こと……!?」


はいアウトーーーーーっ!!!!

な、何ですか!? うわ言のように呟いて、鼻抑えないでくださいっ!!!?

私は、がっ、と小太郎さんの両肩をつかみ、ドスの利いた声でしっかりと言い聞かせた。


「……良いですか小太郎さん? 分かってると思いますが、く・れ・ぐ・れ・も!! お嬢様に変なことをお願いしないように!! ……もしそんなことをすれば……」


小太郎さんの肩から手を話、夕凪の柄に手を掛ける。

慌てて小太郎さんが両手を振った。


「しませんっ!! しませんっ!!!! 天地神明に誓うて、木乃香に変なことなんて要求しませんっ!!!!」


……ふぅ、ここまでしておけば、流石に変なことは頼まないだろう。


「えー……ウチ、別にコタ君にやったら構へのにぃ……」


残念そうに呟いたお嬢様に、私はもう一度頭を抱えるのだった。


SIDE Setsuna OUT......










クリスマスパーティの準備があるという、木乃香と刹那に分かれを告げて、俺は女子寮を後にした。

しっかし……さすが木乃香さん、俺には出来ないことをさらりとやってくれる。

……まぁシビれないし、憧れないけどね。

下手なことに使って、刹那に尻尾をちょん切られるのは勘弁だ。

さて、これで残すところ、プレゼントはあと3つだ。

夜は男子寮のクリスマスパーティもあるし、何とかそれまでには間に合わせないとな。


「よっしゃ、チビ、次の目的地まで競争と行こうやないかい?」

「わんわんっ!!」


望むところだ、とばかりに、チビが威勢良く吠えた。

俺はそれを満足げに見つめて、両足に力を込める。


「ほな行くで? 位置について、よーい……どんっ!!」

「わんわんっ!!」


イルミネーションに彩られた並木通りを俺たちは再び二人して、全力で駆け出した。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 35時間目 有頂天外 調子に乗りすぎたらダメだと、身をもって学んだお……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/18 00:41


およそ5分という、本来ならあり得ない速度で、俺とチビは女子寮からエヴァのログハウスまでを駆け抜けていた。

……つか、チビハイスペック過ぎだろ!?

本気で振り切るつもりで走ったにも関わらず、ばっちり喰らい付いてきやがって。

こりゃ獣化しないともう、スピードでは俺と同等だな。

もう少しデカくなったら、本格的に戦闘訓練積ませてみるのも悪くないかもしれない。

学園長に渡された本にも、戦闘教練がどうのとか書いてたしな。

さて、ともかく目的地に辿り着いたのだ。

何気にエヴァのプレゼントは、渡す瞬間を一番楽しみにしてたものでもある。

俺は渡した時の彼女がどんなリアクションをしてくれるのか、期待に胸を膨らませながら、ベルを鳴らすのだった。










SIDE Chachamaru......



呼び鈴が鳴ったため、料理を作る手を止めて、私は玄関口に向かいました。

本日は、どなたかお見えになるような予定は入っていないのですが。

新聞や牛乳の勧誘が訪れることはまずあり得ません。

私は、現状を不可思議だと分析しながらも、玄関に辿り着き、その扉を開きました。


「どちらさまでしょう?」


そう言いながら外に出ると、そこにいたのは、良く見知った男性でした。


「よっ、ご無沙汰」

「小太郎さん?」


小太郎さんは、私と視線が合うと、にこやかに片手を上げ、そう挨拶されました。

何故か、いつもの学生服とは違う衣装、データベースと照合する限り、これはサンタクロースのコスチュームと判断されます、に身を包んで。

熱源がもう一つあったため、視線を下に移すと、足元にはチビさんがぱたぱたと尻尾を振って私を見上げていました。

そのチビさんも、いつもとは違い、トナカイの衣装に身を包んでいます。

なるほど、恐らく今日がクリスマスだからだと推測されます。

しかし、何故このログハウスに?

その格好では、いつものように別荘で修業を、ということはないでしょう。

私はそのまま、その疑問を口にしていました。


「今日はどういった御用件でしょうか?」


すると、小太郎さんは、悪戯っぽく笑みを浮かべてこう言いました。


「サンタの衣装で連想されるもんは1つしかあれへんやろ?」

「連想されるもの?」


小太郎さんにそう言われたので、私はすぐさま、インターネットに接続し、サンタクロースに連なるワードを検索しました。


「……ヒット、もっとも多い順にプレゼント、手紙、そり、トナカイなど149件のワードが該当します」

「そ、そういうときは一番目だけで……ま、まぁ良えわ、ほい、これ」


苦笑いを浮かべながら、小太郎さんは私に高さ40㎝、幅30㎝、奥行30㎝の桐箱をお渡しになりました。

多重多角スキャン実行……該当した形状から茶器と断定。

更に分析を続行……制作者、幕末京焼き三大名人が一人、青木 木米と断定。

同封された封書は、鑑定書であると推測。

……これは一体どういう意味でしょう?


「……これとサンタクロースと、一体どのような関係が?」

「今自分もプレゼントが一番サンタに関係がある言うたやろ? つまり、そういうことや」


そう言って笑みを浮かべる小太郎さん

そのお言葉を分析する限り、これは私に対する小太郎さんからのクリスマスプレゼントだと推測されます。

一般的な包装されているプレゼントとは様相を異にしていましたが、小太郎さんがそう主張されているので間違いないでしょう。

しかし、それではなおさら疑問が残ります。


「私のデータによりますと、クリスマスにプレゼント贈る相手は、一般的に親から子、恋人、親しい友人、或いはそれに類する親しい間柄とあります」

「まぁ、それが一般論やな」

「それでは、小太郎さんから私がプレゼントを頂く理由が分かりかねます。私と小太郎さんは、先に述べた間柄、どれにも該当いたしません」


もし、これがマスターへのプレゼントだと言うのなら、理解できます。

クラスでも、必要以上に他人と接することを嫌うマスターが、小太郎さんといらっしゃるときは、随分楽しそうに談笑されていますから。

その様子から判断する限り、マスターと小太郎さん、お二人の間柄は、親しい友人、に該当すると判断して良いと思われます。

しかし、私はあくまでそのマスターの従者であり、小太郎さんと親しい間柄であるどころか、人間ですらありません。

他人よりプレゼントを頂く理由は、皆無だと考えられるのですが……。

そんなことを考えていると、不意に小太郎さんが、ぽん、と優しく私の頭に手を置かれました。

そしてそのまま、小太郎さんは私の頭を優しく撫でます……一体、どうして?


「そんな悲しいこと言わんといてくれや。まぁ俺の一方的な考えかも知れんけど、俺は十分、自分のことを友達と思とるで?」

「私が、小太郎さんの友達……?」


意味を図りかねて、小太郎さんの言葉を反芻する私に、小太郎さんは笑みを浮かべてくれます。


「おう、いつも勝手に押しかけて来た俺に、上手い茶やったり料理やったり作ってくれて、ホンマに感謝してるで」

「しかしそれは、マスターの友人をおもてなしするのが私の役目だからです。私はあくまでマスターの人形、小太郎さんに友人と呼んでいただけるような存在では……」

「関係あれへんよ。人間かそうやないかなんて些末な問題や。なぁチビ?」

「わんわんっ!!」


小太郎さんの言葉を肯定するように、チビさんが元気良く吠えました。


「自分で考えられて、誰かのために行動できる……自分には心があんねん。せやったら、十分誰かと友達になれるわ」

「私に、心が……」


心、というものに対する定義は、データベース上には存在しましたがどれも曖昧で、これまで私は、それが自分にあるなどと、考えたことも有りませんでした。

しかし不思議と、小太郎さんの言葉は正しいのでは、と、詳しい分析もせずにそんなことを思ってしまいました。


「それと、プレゼント貰たらごちゃごちゃ言わんと、笑顔でありがとう、っちゅうんが礼儀なんやで? 良ぉ覚えとき」

「小太郎さん……はい、ありがとうございます。ありがたく、受け取らせて頂きます」


この時、テスト以外では起動してから初めて、私は『微笑み』とう表情を浮かべて言いました。


「ははっ、どういたしまして。ところで、エヴァは中におるんか?」

「はい、マスターはリビングでおくつろぎに」

「ほか。エヴァにも渡したいものがあんねん、ちょっと上がらせて貰ても良えか?」


恐らく、小太郎さんはマスターにもプレゼントを用意してくださっているのでしょう。

でしたら、断る理由はなく、マスターもそれを拒まないと考えられます。

私はそう判断付けて、首を縦に振りました。


「はい、ご自由に……ところで小太郎さん、今日のお夕食はどうされますか?」

「夕食? あー……残念ながら、寮の連中がクリスマス会やっとるから、それに行かなあかんねん」


そう言って、本当に残念そうに、小太郎さんは苦笑いを浮かべられました。

同時に、駆動系の作業能率の僅かな減退を確認。

これは……私も、小太郎さんが食事相席されないことを、残念と感じたということでしょうか?

私はそんな疑問を感じながら、小太郎さんに言いました。


「でしたら、またお時間のある時にお立ち寄りください。プレゼントのお礼に、何かお好きなものをお作りさせて頂きます」


マスターの命令以外で、そのような行為を行うのは、私のプログラムに反すると考えられますが、何故でしょう、それが間違いだとは思いませんでした。

そんな私の言葉に、小太郎さんはもう一度笑みを浮かべて答えられました。


「おう、楽しみにしとくわ」


その瞬間、作業能率の正常化、及びモーターの回転数上昇が確認されました。

これは、どう言語化すれば良いのでしょう?

もしやこれが……今私が感じている感情が『嬉しい』というものなのでしょうか?

次回の整備でハカセにお会いしたときに、是非確認を取ることにしましょう。

そう結論付けると、私はリビングに入って行く小太郎さんの後姿を見送り、作りかけていた料理を完成させるため、厨房へと戻ることにしました。



SIDE Chachamaru OUT......










SIDE Evangeline......



突然鳴り響いた呼び鈴に、茶々丸がぱたぱたと玄関口へと向かって行った。

全く、こんな日に尋ねて来るとは、一体どこの礼儀知らずだ?

もっとも、自分が応対することもないため、私はリビングのソファーに腰掛け、スナック菓子を頬張っていた。

12月24日。

2000年前に生まれた救世主の生誕前夜など、今更祝うことにどんな意味があるというのだ。

かつては自身もそれを信望する国に、家族に生まれたが、今となっては神の教えなど、毛ほども役に立たないことを思い知っている。

神は、信じる者に、救いなど施しはしない。

そんなものを祝う人間どもの気が、私には知れなかった。

しかしながら、世間は今日、その話題で持ち切りとなっており、TV番組もそれに応じた特番ばかり。

つまらん上に、気に食わないことこの上ない。

さっさと寝てしまおうかとも考えたが、せっかくだ、世間の浮ついた空気に乗せられて、茶々丸に御馳走を用意させるのも悪くない。

そう思って準備をさせていた矢先の来訪者。

おかげで、御馳走がまた遠のいていった。

腹立たしいことこの上ないな……。

ちょうどスナック菓子もなくなり、やることもなくなった私は空になった袋をゴミ箱へと放り投げ、ソファーに深く身体を預けた。


「随分とおもろなさそうな顔しとるな?」

「わんわんっ!!」

「っ!!!?」


そんな瞬間に、二つの声を上から下から掛けられて、私は思わず飛び起きた。

な、何だっ!? こいつら、いつの間に現れた!?

ソファーに腰掛けた私を見下ろしていたのは、最近ではお馴染みと化しつつある、黒髪の駄犬だった。

そして下から吠えていたのは、最近奴が使役し始めた、一匹の魔犬で、見るとぱたぱたと尻尾を振っていた。

更に私を混乱させていたのは、この駄犬主従が、何故かサンタクロースとトナカイの仮装をしていたこと。

私はこめかみに急な痛みを感じながら、無駄だとは思いつつも駄犬に問いかけることにした。


「……貴様ら、一体ここで何をしている? それに、何だその格好は?」

「ええと……つまらんそうなエヴァの顔を観察?」

「わう?」

「だから何で疑問系だっ!? それに、それは結果であって、ここに来た目的ではなかろう!!!?」


だ、ダメだ……。

やはりこいつと話していると調子が狂う。

そもそもまとも会話が成り立つことすら稀ってどういうことだ?

これがゆとり教育の弊害か?

これだから最近のガキは……。

そんな風に眉間を抑えていると、デカい方の駄犬が、不意ににっ、と無駄に健康そうな歯を見せて笑った。

……な、何だ?

こいつがこんな風に笑うときは、決まって碌なことが起きない。

それを思い返して私が身構えると、小太郎は予想に反してこんなことを言い始めた。


「つまらんそうな子供に、夢を配りに来たったねん」

「は?」


思わず目が点になる。

何を言ってるんだ、こいつ?

ついに鍛え過ぎて、脳みそまで筋肉に侵されたか?

なんて考えていると、小太郎は持っていた白い袋から、その格好に似つかわしくない、えらく古風な桐箱を取り出した。

これは、もしや……。


「貴様、これは……」

「おう、クリスマスプレゼントや」


そ、それにしては、あまりに包装というか、外見がなおざり過ぎないか?

しかし、冷や汗を浮かべながら、それを受け取ると、その謎は氷解した。


「こ、小太郎!? この箱はっ!?」

「お、気付いたか……ホンマ、恐ろしいくらいの日本通やなぁ」


驚愕に目を剥く私に、苦笑いを浮かべてそういう小太郎。

ど、どうやら間違いないらしい。

桐箱には『青木 木米』と焼き印が押されていた。

そう、京焼きの幕末三大名人とも謳われる、あの青木 木米の焼き印が。

慌てて箱を開くと、中には和紙に包まれた1つの湯飲みと、一枚の紙切れが同封されいた。


「まぁ焼き物には明るくあれへんねやけど、知り合いに頼んで鑑定書付きの奴を探してきてん」

「な、なるほど……よ、よくもまぁ、こんな物を探し当てて来たな……」


しょ、正直にこれは驚きが隠せなかった。

確かに、私は趣味でこういった工芸品を蒐集しているが、名工と謳われる者の作品は、総じて一般市場に出回らない。

自ら学園結界の外に出ることの敵わない私には、こういった一品物に出会う機会が全くといって良いほどないのだ。

……だ、駄犬のくせに、こ洒落た真似を……。

し、しかし素直に礼を言うのは照れ臭い。

私は思わず、いつも通りの皮肉めいた受け答えをしていた。


「ふ、ふんっ……ま、まぁ、貴様にしては、なかなかに良い選択だったと、褒めてやらんこともない」

「……いらんのやったら、持って帰って質に流してまうけど?」

「い、いらんとは言っておらんだろう!?」


こ、この駄犬……ひ、人の足元を見おって……!!

こいつとくれば、いつもそうだ!!

毎度毎度、この齢ン百年の真祖、闇の福音と恐れられた大魔法使いをおちょくりおって……!!

私の長い人生で、ここまで人を小馬鹿にしたのは、ナギ率いる赤き翼のメンバー以外ではこいつが初めてだ。

本当に不愉快極まりない。

……そうは思いながらも、最近では、こいつの行く末に、少なからず興味を抱いてしまっている自分がいるから始末に負えん。

私と同じように、理不尽な暴力によって全てを喪い。

復讐を誓いながらも、他を護るための力を求める。

そんな矛盾を孕みながらも、その葛藤に蝕まれず、ただひたすらに前だけを見据える不思議な男。

私が出来なかった選択を、当時の私よりも幼くして掴み、この私を恐れずに対等であろうとする不遜なクソガキ。

しかしながら、自身の強さを過信せず、逆にそれを認め、更なる強さを求める向上心は、奴が現実をしっかりと見据えている証拠だろう。

今年になって出会ったさつき同様、年齢不相応な精神力を持った男だと、そこは素直に評価してやって良い。

春休みに出会ったときもそうだったように、手に余るような逆境であっても、持てる力で、何とか打破しようとあがく姿には、共感すら覚える。

……だが、だからこそ、こうやって人を喰ったようなこいつの態度は、余計に気に食わん!!

……そうだ、良いことを思いついたぞ。

くくっ、この際だ、今まで散々おちょくられてきた礼をここで晴らしてやるとしよう。


「……しかし残念だな、私はこれの礼にくれてやるようなものは一つとして持ち合わせていない」


倉庫を探せばマジックアイテムの1つ2つ見つかるだろうが、私はわざとらしく、含みのある笑みを浮かべてそう言った。

しかし、その続きの台詞を紡ぐよりも前に、小太郎は予想外なことを口にした。


「いや、実は自分から貰いたいクリスマスプレゼントは決まってんねん」

「は?」


目を白黒させる私を余所に、小太郎は、再び白い袋を、ごそごそとあさり始めた。

わ、私にもらいたいものって……だったら何で自分の袋をあさっているんだ?

不思議に思いながらも、その光景を見つめていると、やがて小太郎は袋から一着の服を取り出した。

妙にサイズの小さいその衣装は、どうやら私に合わせたサイズらしい。

今夜に実に似つかわしい、赤を基調としたデザインに、裾や袖にあしらわれた白いファー。

しかもワンピースタイプという異質なもので、可愛らしさを際立たさせるように、いたるところにリボンが装飾されていた。

ご丁寧に、それに合わせた帽子まで用意されているということは、これは間違いなく、サンタの衣装だろう。

ま、まさか、こいつ……!?


「これを着てからにっこり笑て、俺に『メリークリスマスだよ、お兄ちゃん♪』て言うてほしぶるぉおあああっ!!!?」

「一遍死んでこいこの駄犬がぁぁぁぁああああああっ!!!!」


奴が言い切るより早く、私は奴の顔面に渾身の蹴りを見舞っていた。

た、ただ着せるだけならまだしもっ、何て無茶苦茶な要求をしとるんだこの変態はっ!?


「え、良え蹴りや……魔力なしにこれとは、さすが闇の福音……」


頬を抑えながらよろよろと立ち上がる駄犬。

ちっ、魔力さえあれば、そうそう立ち上がることも出来ないようにしてやれたのに。


「ま、まぁ今のはお茶目なジョークや。ちょっとネットで見つけてエヴァに似合いそうやな思てん」


気が向いたときにでも着てくれ、と、小太郎はその衣装を私に手渡した。

……最初からそう言えば受け取ってやらんこともないというのに。

この駄犬は、私に対して一ネタ挟まんと会話が出来ない呪いでも掛かってるのか?

まぁ何はともあれ……やはりこいつは、一度教育しておいてやる必要がありそうだ。

ニヤリ、と口元を歪めながら、私はその言葉を口にした。


「さて、話が逸れたが……私からのクリスマスプレゼントが決まったぞ、犬上 小太郎」

「へ? い、いや、俺はそんなつもりでプレゼントしてた訳やあれへんし、気にせんでも……」

「まぁ、そう言うな。わざわざこんな学園都市の外れまで足を運んだんだ。少しくらい持て成すのが家主の努めというものだろう?」


無論、そんなつもりは毛頭ない。

考えているのは、いかにむごたらしく、このバカ犬に制裁を加えてやるかだ。

かつてを思い返して、私は賞金首時代のような、いかにも悪役らしい笑みを浮かべた。


「……貴様に、稽古を付けてやろう」


天と地ほどの実力の差を承知で、私はそう申し出た。

拒否権? 

そんなもの、この駄犬にくれてやる訳ないだろう?

表情を凍りつかせた駄犬を、問答無用で糸を用いて拘束すると、私は一片の躊躇もなく、そのまま別荘へと放り投げた。



SIDE Evangeline OUT......










「……し、死ぬ」


―――――どさっ……


「きゃんきゃんっ!?」


倒れこむと同時、獣化の解けた俺に、心配そうにチビが駆け寄って来た。

え、エヴァめ……問答無用で別荘に叩きこんだかと思ったら、これまた問答無用で詠唱魔法連発しやがって……!!

殆ど嬲り殺しじゃねぇかっ!?

しょ、正直、ここまで実力差があったことに、ショックを禁じ得ない……。

既に原作の小太郎をはるかに凌駕する力はあると自負していたんだが……やはり最強クラスは別格と言う訳か。


「ふんっ、不甲斐ないな。そんな体たらくで、良くも千の呪文の男を越えるなどとほざいたものだ」


御満悦の様子で、俺にすたすたと近寄って来るエヴァ様。

ち、ちくせう、返す言葉も見付かられねぇよ!!

俺は立ち上がる気力も残されておらず、その場にぐったりと倒れ込んだまま、近づいて来るエヴァを見上げた。


「もっとも、以前よりは幾分マシにはなったようだな。魔族としての闘い方が板についてきたじゃないか?」

「……そらおおきに。誰かさんが説教垂れてくれたおかげや」

「……ふん、口の減らん奴だな」


皮肉を言い返す俺に、エヴァはおもしろくなさそうに言い捨てた。

ここまで一方的にやられたら、口でくらい言い返さないとやってられない。

しかし、ここで予想外の事が起きた。

起き上がることもままならない様子の俺を、しげしげと眺めると、何故かエヴァは罰の悪そうな顔をしたのだ。

なして?


「ま、まぁ良い。とりあえず体力が回復するまで、そこで寝ていろ……」


そう言い残すと、エヴァは来た時と同じように、すたすたと屋内へ引き返して行ってしまった。

い、今の表情は何だったんだろう?

首を傾げながらも、俺はチビに頼んで上着を取って来てもらうことにした。

別荘内は外よりも魔力が濃いこともあって、チビが上着を持って来たときには、既に起き上がれるくらいの体力は戻って来ていた。

俺は身体を起こし、いそいそと上着を着込む。

すると、ちょうど上着のボタンを止め終わった瞬間に、後ろに人の気配を感じた。

エヴァが戻って来たのかな?

そう思って振り返り、俺はものの見事に言葉を喪っていた。


「……う、うそん」

「なっ、何だその顔はっ!!!?」


そう言って顔を真っ赤にしているエヴァ。

俺の脳は、余りに想定外の出来事に対して、情報処理が追い付いていなかった。

だ、だってエヴァが……あの闇の福音がっ!!!!

俺の贈ったサンタコスを、恥ずかしげに着こなしていたのだからっ!!!!

……な、何これ? 新手のドッキリ?

つか、世界滅亡の予兆!? 完全なる世界さん仕事してるっ!!!?


「か、勘違いするなよ!? こ、これは、せっかく貰ったのに、1年間もタンスの肥やしにするのはどうかと思っただけだっ!!!!」


恥ずかしそうに顔を赤らめながら、そんなことを叫ぶエヴァ。

……ははぁん? これは、あれだな……。

恐らく、さっきの罰の悪そうな顔の理由はあれだろう『せっかくプレゼントを届けに来てくれたのに、ちょっとやり過ぎちゃったかな?』とかそんな感じだろう。

エヴァはこう見えて、結構貸し借りを気にするタイプだからな。

だから、俺がこの衣装を着たエヴァが見てみたいと言っていたのを思い出して、わざわざ着て来てくれたと、そう言う訳だろう。

しかし……抜かったな、闇の福音。

俺がその程度のお返しで、全てを水に流す程お人好しだと思ったら大間違いだっ!!

光の早さで、上着のポケットから携帯を取り出すと俺は有無を言わせず、スカートの裾を握って恥ずかしそうにもじもじしているエヴァに向かってシャッターを切った。


―――――カシャッ


おし、ナイスショット。

携帯の液晶画面には、バッチリ顔を赤らめるエヴァの可愛らしい姿が納められていた。

俺はそれを、またも光の速さでデータフォルダに保存し、念のため自室のパソコンへとデータを送信した。


「お、おい? き、貴様、今何をした……?」

「ふっ、堕ちたな、闇の福音……敵に止めを刺さず隙を見せるとは、笑止千万やっ!!!!」

「どっ、どういう意味だっ!?」

「今の写真は、ありがたく携帯の待ち受けにさせてもらいます」

「なっ、何ぃ~~~~~っっ!!!?」


驚愕に目を剥くエヴァ。

ふっふっ、敵に隙を見せる方が悪いのだよ!!

状況を理解したエヴァが、すぐさま俺の携帯に向かって手を伸ばす。


「よこせっ!!!?」

「別に構へんけど、無駄やで? もう俺の部屋のパソコンに送ってもうたもん」

「ぬなっ!? あの一瞬でかっ!!!?」

「現代っ子の力を甘く見たな?」


ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる俺に、エヴァはぎりっと悔しげに歯噛みした。

見たか? 俺の辞書にやられっぱなしって言葉は乗ってねぇんだよ!!

あー気分良いわー……。

やっぱり、からかうのは刹那か明日菜、そしてエヴァにかぎ……。


―――――がしっっ


「な、何やっ!?」


悦に浸って高笑いしてると、いきなり何者かが俺の首に背後から飛び付いてきた。

いや、犯人は一人しかいないんですがね……。


「ふっ、貴様こそ、油断大敵という言葉を知らんようだな?」


首だけで振り返ると、やはりそこには、目がヤヴァイ感じに血走ってるエヴァンジェリンさん(サンタコス.ver)のお姿が。

し、しまったっ!? こ、このままじゃ、腹いせにチョークスリーパー、最悪首の骨をへし折られるっ!!!?

……と、思ったのだが、一向に首が閉まっていく気配はなかった。

な、何で? そう疑問に思っていると、エヴァ様はこんなことを言い出した。


「……少し魔力を使い過ぎたからな。ここは魔力を消費させた本人に、責任持ってそれを補ってもらうのが筋だろう?」

「なっ!? お、おい、まさか……!?」


にぃっ、と俺が可愛く思えるくらいの悪人面で、エヴァが微笑んだ。


「―――――貴様の血、最後の一滴まで絞りつくしてやる」


――――――かぷっ……ぢゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ


「ちょまっ!!!? お、音がっ!!!! 音が洒落になってへんってっっ!!!?」

「私が受けた屈辱に比べれば、この程度可愛いくらいだっ!!!! ええいっ、大人しく絞り取られろ!!!! ……かぷっ」


―――――ぢゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ


暴れる俺をものともせずに、俺の首筋から血を吸い続けるエヴァ。

や、ヤヴァイってっ!?

こ、このままじゃ、春休みの二の舞になるっ!!!?

そう思った俺は、心の底から叫んでいた。



「―――――す、吸っちゃ、らめぇぇぇぇええええええええええっっっ!!!!!?」



断末魔の叫びは、虚しく別荘内に反響するばかりだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 36時間目 冒雨剪韮 ほ、本当に長い闘いだった……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/20 00:17

「けぷ……き、気持ち悪い……」

「おい、人の生き血たらふく吸っといてそれはないやろう?」


右手で口元、左手で腹を抑えながら、エヴァが顔色も青く、そんなことを呟いた。

体格差が災いしたらしく、エヴァは結局、俺が死ぬほども血を吸えず、よろよろと俺の首から手を離していたのだった。

……それでも十分ふらつきますけどね。

ったく、この癇癪吸血鬼め……もし俺が原作通りの体格とかだったら、ガチで死んでたぞ?

まぁ、さすがにそこまで来たら止めてくれるつもりだったのかも……知れない?

……ねぇな。この金髪幼女、完全にさっきの目は俺を殺す気だった。

くわばらくわばら……やっぱり大は小を兼ねるって、本当のことだと実感したね。

さて、この分なら、首元についたエヴァの噛み傷も、このふらふらした感じも、一晩ここで休めば回復するだろう。

最期のプレゼントを届けても、十分にクリスマス会に間に合う時間帯だった。


「そんじゃ、エヴァ、ベッド借りるで?」

「…………」

「エヴァ?」

「……は、話しかけるな!! い、今動くと吐きそ……けぷっ……!?」

「…………」


……ま、まぁあれだ、血液って、もともと飲みすぎると吐くようになってるって聞いたことあるしな。

いくら吸血鬼が、血から魔力を得ることが出来ると言っても、過ぎたるは及ばざるが如しということだろう。

いつもふんぞり返ってるエヴァには良い薬だろう。

そう勝手に納得して、俺はチビと一緒に寝所へと向かうのだった。










で、一眠りした俺は、吸血鬼主従に分かれを告げて、一路男子校エリアに戻って来ていた。

もうお気付きだろう。

俺が用意したプレゼント、その最後の渡す相手というのは、我らが担任、神鳴流剣士で、全校男子の憧れの的。

葛葉 刀子先生だ。

……この1、2学期、呼び出しに次ぐ呼び出しと、100枚以上に上る反省文など、彼女には死ぬほど迷惑を掛けたからな。

迷惑を掛けたってことなら、刀子先生は間違いなく、俺からの迷惑を一番被っているだろう。

まぁ、こんなもの1つでそれを清算できるとは思わないけど、やっぱり気持ちって大事だしね。

てな訳で、俺は男子部校舎は、職員室を訪れていたのだが……。


「……おれへん?」

「わう?」


首を傾げる俺に合わせるように、チビも不思議そうに首を傾げていた。

おかしいな……いつもなら、結構遅くまで残っていたりするんだけど、今日は何か魔法関連で仕事でも入ってたかな?

最初にタカミチでなく、彼女に渡しておくべきだったなぁ……なんて後悔していた時。


「……何やってるんだ、犬上?」

「ん? おお、神多羅木センセやんけ」


突然の声に驚いて振り返ると、そこにいたのは黒いサングラスにオールバック、口元には渋い髯を蓄えた男性教諭。

原作で、ヒゲグラだかグラヒゲだか言われてた魔法先生、神多羅木先生だった。

神多羅木先生は俺の姿と、チビを交互に眺めると、諦めたように嘆息した。


「学ランまたは体操服、及び各部活動のユニフォーム以外での校舎への立ち入りは禁止だぞ? ペットの同伴も同様だ」

「ま、まぁ終業式も終わってんから、堅いこと言わんといてぇな?」


もっとも、神多羅木先生からすると、口で注意してる分、譲歩してるんだろうけど。

前に先生の授業をボイコットしようとした際は、問答無用で捕縛結界に捕まったからな。

さすが年季が入っているだけあって、俺みたいな魔法の使える不良生徒の扱いも心得てるって訳だ。


「……まぁ良い。それで? そんな格好で何をやってる?」


もう一度、神多羅木先生が俺に尋ねる。

そうだな……神多羅木先生なら、もしかして刀子先生の居場所を知ってるかもしれない。

俺はありのまま、ここに来た目的を神多羅木先生に話すことにした。


「なるほど……それは良い心がけだ。お前ほど手の掛かる生徒は。俺の今までの教師生活でも初めてだからな」

「あ、あはは……じゅ、重々承知してます」


そう言って皮肉を返す神多羅木先生に、俺はただただ乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。

話を聞き終えた神多羅木先生は、顎に手を当てると、何やら思案顔で黙り込んでしまった。

何だろう? やはり、魔法関連の仕事中だとか?

それなら、やっぱり今日プレゼントを渡すのは諦めた方が……。

そう思って諦めかけた瞬間、神多羅木先生は考え込むポーズを解いた。


「……まぁ、お前になら構わんだろう」

「へ?」

「……葛葉なら、今日はさっさと帰ったぞ」


御丁寧に、一週間前から仕事が残らないよう調整していたらしいしな、と神多羅木先生は淡々と告げた。

ってことは、何か別に予定が入っていたということだろうか?

あれかな? 原作で言ってた、年下の彼氏が出来たのかな?

けど、あれは学園祭編で最近出来たって言ってたし……。

考えを巡らす俺の様子に気が付いたのか、神多羅木先生がいつも通りのクールさで言った。


「多分、お前の考えてるようなことはないぞ? 疲れきったような背中で、鬱々と帰って行ったからな」


……OHジーザス、そんな事実は知りたくなかったよ。

しかし何でだろうなぁ? 刀子先生、格好可愛いくて、それに美人だし、オマケに優しいのに。

まぁ、10月に彼氏役したときに見た感じ、エヴァ同様、ちょっと癇癪持ちっぽいとこあったし、それが原因だろうか?

未だに、何であの最後にビンタを喰らったかは、分からないままだったりする。

ともかく、神多羅木先生の言葉通りだとするなら、刀子先生は自宅にいるということだろう。

それなら是非直接届けに行きたいのだが……さすがに教員の自宅住所までは教えてくれないよな?

途方に暮れようとする俺だったが、神多羅木先生は余りにも意外なことを口にした。


「ちょっと待ってろ。今あいつの部屋番号を渡す」


教員宿舎の場所は知ってるな? なんて聞きながら、神多羅木先生は自分手帳を千切って、それに何やら書き込みを始めた。

……って、うそん!?


「ちょっ、ちょっ!? え? えぇっ!? そ、そんな簡単に教員の住所って教えて良えもんなんか!?」


慌ててそう尋ねる俺に、神多羅木先生は、いつも通りの憮然とした態度で答えた。


「まぁ普通はダメだな。気にするな……これは俺から奴へのクリスマスプレゼントだと思え」

「は? い、いや、言うてる意味が良ぉ分からへんのやけど……」

「だから深く考えるな。それに、お前が万が一葛葉に何かしようとして、上手くいくと思うか?」

「……微塵も思いません」


頭から一刀両断にされる自分を想像して、俺は背筋が凍り付きそうだった。

神多羅木先生は、恐らく教員宿舎の棟番号と、刀子先生の部屋の番号が記されたと思われるメモを俺に手渡してくれた。


「渡しておいてなんだが、プレゼントを渡したら、速やかに帰宅しろ。間違っても上がり込むなよ?」

「ははっ、もちろんや。いくら俺でも、そこまで傍若無人とちゃうで?」

「……むしろ俺は、お前の身の危険の話をしてるんだがな……」

「?」


神多羅木先生が、最後に何か呟いていたが、それは小さすぎて、俺の耳には届かなかった。


「ほな、神多羅木センセ、おおきに。チビ、行くで?」

「わんわんっ!!」


俺は礼を告げると、一目散に昇降口へと駆け出して行った。


「……まぁ、さすがに葛葉も今の犬上に手を出したりはせんだろう……多分……きっと……恐らく……」









神多羅木先生に渡されたメモを頼りに、俺とチビは刀子先生の部屋がある教員宿舎の一棟を彷徨っていた。


「この並びのはずなんやけど……お、あった」

「わんわんっ!!」


扉の隣には『葛葉』とやたら達筆なネームプレートが掲げられていた。

刀子先生も陰陽術使えるし、書道は得意なのかもな。

なんて考えながら、俺は当初の目的を果たすために、インターホンを鳴らすことにした。


―――――カチッ……し~ん……


「ありゃ?」


音が鳴らない。

どうやら、インターホンは故障してるらしい。

試しにもう一度鳴らしてみたが、やはり音は鳴らなかった。

さて、どうしたものか。

とりあえず、俺は目の前にある鉄製のドアをノックしてみることにした。


―――――コンコンッ


「とーこせんせー? 御在宅ですかー?」


―――――……し~ん……


しかし、中からの返事はなかった。

うーん……もしかして、出掛けちゃったかな?

一足遅かったか、と思いつつ、俺は何の気なしにドアノブを握った。

すると……。


「お? 開いとる」


声に気が付かなかっただけで、中にはいるのかな?

そう思いながら、俺はゆっくりとドアを開いた。


「お邪魔しま~す……」


気持ち小声で、そう断りながら。










SIDE Touko......



……ハァ。

私は重々しい足取りで、自室のドアを潜った。

靴を無造作に脱ぎ捨てると、そのままよろよろとベッドまで歩き、化粧を落とすこともせずに、うつ伏せに倒れ込んだ。

しくじったなぁ……。

今日この日のために、残業しなくて良いよう、調整に調整重ねて来たというのに。

私は、その目的を達成することが出来なかった。


「……こんなことなら、最初から小太郎を抑えておくんだった……」


そう、勤務調整を行った理由というのは、他でもない。

今日12月24日を、我が愛しの教え子、犬上 小太郎と過ごそうと思っていたからだった。

あの10月の一件以来、学校以外でなかなか顔を合わせる機会もなく、最近では生活指導の回数も減り、彼と接する機会はめっきりなくなってしまっていた。

そこで私は、菊子との一件のお礼と称して、彼を今日食事にでも誘おうと思っていたのだが……。


「終礼が終わった瞬間飛び出しちゃうんだもの……」


声を掛ける間もなかった。

それに、あの様子だと何か予定が入っていたのだろう。

どのみち、私は彼を誘うことは出来なかったということだ。

私は、もう一度大きな溜息をついた。

……せっかく用意したプレゼントも、無駄になってしまいそうだなぁ。

そんなことを考えて途方にくれていたときだ。


―――――コンコンッ


「?」


部屋にノックの音が響いた。

そういえば、インターホンが壊れたままになっていた気がする。

今は誰とも会いたくはない気分だったけれど、私は仕方なく立ち上がり、玄関へと向かった。


「はい、どちらさまで……」

「やっほーとーこっ♪ 元気してた?」

「……菊子?」


ドアの前に立っていたのは、10月以来、久しぶりに会う菊子だった。

まさか、クリスマスに一人でいるのが寂しくて会いに来たのかしら?

……まぁ、小太郎もいないし、彼女に付き合うのも悪くないか。

そう思っていたのだが、彼女の口から出て来たのは、予想外の言葉だった。


「いやーダメ元で来てみて良かったよ。はいコレ」

「?」


彼女が差し出して来たのは、どう見てもプレゼントにしか見えない包みだった。


「これ、もしかして、クリスマスプレゼント?」

「うん。前の彼氏と別れた時は、いろいろと迷惑かけちゃったしね」


そのお礼、と彼女は照れ臭そうにはにかんだ。

まさか、彼女からそんなものをもらえるとは思っていなかった私は、目を白黒させながらも、その包みを受け取った。


「あ、ありがとう。けど、わざわざこれを渡しに来てくれたの?」

「うん。どーせこれから小太郎君とデートなんでしょ?」

「う゛……」


だったらどれだけ良かったことか……。

ま、まぁ彼女がそれを信じているのなら、わざわざ訂正するのもどうかと思うし……。

けど変ね……彼女なら、小太郎がいると分かれば、なおのこと食い下がって来そうなものなのに……。

しかし、菊子はそんな私の疑問を氷解させる、1つの爆弾発言を炸裂させてくれた。


「あ、それとご報告です!! 実は……新しい彼氏が出来ましたっ!!」

「……え?」


えぇっ!?

う、嘘でしょ!? こんなタイミング良く彼氏が出来るって……あ、あんたこそ怪しい術使ってんじゃないのっ!?

驚愕に目を剥く私に、菊子は、実は今も下で待ってくれてるんだ、何て頬を染めながら言っていた。

……呪うぞ、この歩く有害図書っ!!!?


「まぁ小太郎君に比べたら平凡な感じだけど、優しくて良い人だよ」

「っ……そ、そう。良かったじゃない?」


頬をぴくつかせながらそう言う私に、菊子は幸せそうに微笑んで、礼を述べた。


「という訳で、もう小太郎君のこと狙ったりしないから、安心してね」

「え、ええ、そうね……」


……ひ、人の気も知らないでっ!!

あんたが狙わなくても、小太郎を狙ってる女は、私含めてたくさんいるのよっ!!

なんて、口が裂けても言えるはずがなく、私は幸せそうな菊子を、ただただ見つめるしか出来なかった。


「それじゃ、彼待たせると悪いし、そろそろ帰るね」

「……ええ、お幸せに。プレゼント、ありがとうね」

「どういたしまして。それを着て、しっかり小太郎君を喜ばせてあげるんだよ?」

「? それって、どういう……」

「それじゃ、またね? 良いお年をっ♪」


私が聞き返すよりも早く、菊子は踵を返して走り去ってしまった。

小太郎を喜ばせろ?

一体どういう意味だろう、と私は首を傾げながらも自室に引き返した。

ベッドに腰掛け、おもむろに私は菊子から貰った包みを開いていく。

重量と、さっきの菊子の言葉から、衣類だと思うけれど……。

際どい下着とかだったら、次会ったときに、あの無駄に柔らかそうなほっぺを思い切りつねってやろう。

なんて思っていたのだが、包みから出て来たのは、思っていたより布面積の多い服だった。

しかし……。


「これ、サンタ服……?」


それにしてはデザインが奇抜すぎない!?

上の服はノースリーブだし、下もやたら丈の短いスカートになっていた。

……こ、小太郎を喜ばせろって、そういうことっ!?

た、確かに、男性が好みそうなデザインだけど……こ、小太郎は中学一年生よ!?

何考えてるのかしら、あの有害図書女……って、そうか、菊子は小太郎の事を24歳だと思ってるんだっけ?

……い、いや、仮に小太郎がその設定通りの年齢だとしても、こんな恥ずかしい服、彼の前で着れる訳ないけど……。

……で、でもまぁ、せっかく貰ったのに、一度も着ないままっていうのは、ねぇ?

そんな好奇心が顔を覗かせたため、私はいそいそと、菊子がくれたサンタ服に袖を通して見るのだった。









「こ、これはなかなか……私もまだ捨てたものじゃないわね……」


洗面所の鏡で衣装を纏った自分をしげしげと覗き込む。

腹が立つことに、菊子のくれた衣装のサイズは私にぴったりだった。

け、けどこれ、やっぱりスカートの丈、短か過ぎないかしら?

ちょっと動くだけで下着が見えてしまいそうで、とてもじゃないけど、ずっと着ているは無理そうだった。

というか、こんなの着て人前に出たら、恥ずかしくて死んでしまう。

……いや、まぁその……見えるの前提に作られてる気は薄々してるけどね?

さ、さて、試着も終わったんだし、いつまでもこんな格好してても仕方ない。

そう思って、リビングに服を取りに行こうと玄関前の廊下に出た瞬間だった。


―――――ガチャ……


「え?」

「お邪魔しま~す……」


突如として開く玄関のドア、そしてそこからひょこっと顔を覗かせた小太郎と、真正面から視線がかち合った。

余りの出来事に、私の思考回路は、限界を超えてストップしてしまっている。

数秒間の沈黙を経て、ゆっくりと、小太郎がドアを閉めていく。


「お、お邪魔しました~……」

「ちょっ!? ちょっと待って!! ち、違うんですこれはっ!!」


完全にドアが締め切られる前に小太郎の腕をつかんで引き留める。

そんな私と、小太郎は努めて視線を合わせようとしてくれなかった。


「……い、いや、趣味は人それぞれやと思うし、別に構へんと思うで?」

「だ、だから違うと言ってるでしょう!? 少し話を聞いてくださいっ!!!!」

「話を聞くも何も……この場合状況証拠が全てやと思うねんけど……?」

「うぐっ!? そ、それはそうかもしれませんが……ともかく、き、着替えて来るので、少しそこで待っていてくださいっ!!!!」


私はそう言い残すと、脱兎の勢いでそこから逃げ出して、すばやく先程まで来ていたスーツに袖を通すのだった。

……やっぱり、次あったら絶対あの女を泣かすことにしよう。











「な、何や、菊子さんのプレゼントやったんかいな。俺はてっきり、クリスマスに一人っちゅう鬱な気分を吹き飛ばそうと自棄になってもうたかと思たで」


着替えを終えた私は、放心状態の小太郎を、何とか説き伏せてリビングに通し一通り事情を説明した。

すると苦笑いを浮かべながら、小太郎はそんなことを言った。

……う、鬱な気分だったのは間違ってないけども……。

そ、それにしても、不覚だった……。

普段だったら、ノックにくらい気が付くはずなのに。

衣装の試着に気を取られて注意が散漫になってたなんて……。

し、しかも、あんな恥ずかしい格好を小太郎に見られて……。

……あ、穴があったら入りたいっ!!!!


「まぁ、そんなに落ち込まんといてぇな? 似合ってたで? ミニスカサンタコス」

「あっ、改めて口にしないでくださいっ!!!!」


邪気のない顔でそう言った小太郎に、私は脊髄反射のように言い返した。

うぅ……何でよりによってあのタイミングで……。

ん? 待てよ……そう言えば、どうして小太郎は私を訪ねて来たのだろうか?

恥ずかしさが勝っていて、今の今までそのことに気が向かなかった。

それに良く良く見ると、小太郎はこれでもかというほどにサンタクロースの格好をしていたし、ついて来ていた使い魔もトナカイの衣装だった。

これは……ひょっとして、ひょっとすると……。

私は、そんな淡い期待を抱きながら、小太郎に尋ねてみた。


「あ、あの小太郎。今日私を訪ねて来た理由は、もしかして……?」

「お? さすが刀子センセは話が早くて助かるわ、ちょお待っててや」


小太郎はそう言うと、ごそごそと持って来ていた白い袋の中に手を突っ込み、何かを探し始めていた。

やがて、目当ての物が見つかったらしく、にっ、と白い歯を覗かせて笑うと、掌サイズの綺麗に包装された箱を私に差し出して来た。


「メリークリスマス、刀子センセ」

「わ、私にですか?」

「おう、いろいろとセンセには迷惑かけっぱなしやったからな。せめてもの礼や」


そう言って無邪気に笑う小太郎に、胸が思わずきゅんとする。

こ、こここ、この子はっ、そうやって無意識に女心をくすぐるんだからっ!!

で、でも正直に、一人寂しいクリスマスを覚悟していたからこそ、この小太郎の気遣いは、涙が出そうなほど嬉しかった。


「あ、ありがとうございます。あ、あの、開けても良いですか?」

「ああ、気に入って貰えると良えんやけど」


小太郎に確認を取って、私は丁寧に包装を開いていった。

中から現れたのは、装飾品を入れる小物入れ。

サイズ的には、ちょうど指輪が入っているものと同程度だった。

も、ももも、もしかしてっ、そーゆーことっ!?

爆発しそうなほどに胸を高鳴らせながら、私はゆっくりとケースを開いた。


「……こ、これは……」


残念ながら、入っていたのは指輪ではなかった。

……そ、それはそうよね……な、何を期待していたのかしら、私……。

がっかりしている空気を、小太郎に悟らせないよう、私はケースに入っていたそれを、片側だけ手に取った。

入っていたのは、銀色のスタッドピアスだった。

リング状になった装飾部分には、恐らくルーンだろう、彫刻が為されていた。

素材は恐らくミスリル、ということは、マジックアイテムの可能性が高いけど、一体……?

不思議そうに眺めていると、小太郎は悪戯っぽく笑って、説明をしてくれた。


「そいつはな、法に触れん程度のチャームの呪いが掛かってんねん」

「ちゃ、チャーム? ……つ、つまり、魅了の魔法ということですか?」

「そゆこと」


小太郎が断っていた通り、そう言った人の心に干渉する類の魔法は、その使用が法律や条約で禁止されている。

しかし彼の言っていた通り、軽度の、それこそ『何となく好ましく感じる』程度のものは、黙認されていた。

このピアスは、そう言った類の魔法具ということか……。

け、けれど、何でこれを私に?

そ、そんなに女性としての魅力に欠けてるのだろうか?


「護符と迷ってんけど、やっぱ大人の女性に贈るんは、そういうのの方が喜ばれるかと思て……気に入らんかったか?」

「い、いえっ、とんでもない!! そ、その……た、大切に使わせて頂きますね?」

「そうしてもらえると嬉しいわ」


……な、なんだ。これを選んだのは、彼なりに悩んだ末だったらしい。

べ、別に女性のしての魅力が足りてない、なんて思われてはいない……わよね?

そんなことを心配していると、小太郎がこんなことを言った。


「まぁそんなん使わんくても、刀子センセは十分魅力的やと思うけどな」


気持ちの問題だと思って、と小太郎はあっけらかんと笑った。

一気に顔が熱くなった。

だ、だからっ!! どうしてこの子は、特に考えずそーゆーことを口にするのっ!?

こ、これが計算だとしたら、何て末恐ろしい……そ、そうでないことを祈っておこう。

と、ともかく、せっかく小太郎がこうしてプレゼントを持って来てくれたのだ。

これは絶好の機会だろう。


「少し待っていてください。実は私も、小太郎にプレゼントを用意してるので」

「へ? 俺に? ……通知表ならもう貰てんけど?」

「そっ、そういうものじゃありませんっ!!」


し、しかも、どうせあなたオール5だったじゃないのっ!?

何て、真面目な顔をして言い返す小太郎に一喝して、私は机に置いたままになっていた、彼へのプレゼントを手に取り、そのまま彼へと渡した。

いろいろと迷ったのだが、どう考えても彼が一番喜びそうな物は、これしか思いつかなかった。

よ、喜んでもらえると良いんだけど……。

小太郎はさっきのように嬉しそうに微笑むと、開けても良いか、と許可を求めて来た。

もちろん、二つ返事で了承する私。

ドキドキしながら、彼が包みを開ける瞬間を待つ。

そして袋からそれを取り出した瞬間、彼の目が驚愕に剥かれた。


「こ、これはっ!? ……一見するとただの学ランやけど、ちゃうな……この質感、そして重量……ま、まさかっ!?」


そう呟くと、彼は徐に、その学ランの裏地を開いた。


「な、なんとぉっ!?」


そこには、金と銀の刺繍糸で、見事なまでの装飾が施されていたのだから。

左手側には金の糸に銀の縁取りで『狗』の行書が。

右手側には、銀の刺繍で一匹の狼が描かれている。

以前、豪徳寺君と、学ランの裏地に刺繍を入れたいと話していたのを思い出して業者に注文してみたのだ。

一般的には、龍や虎、鳳凰などを刺繍するらしいが、彼を連想させるなら、これが最も適切だろうと、少し無理を言ってみた。

しかし……その選択は間違っていなかったらしい。

見る見る彼の目には、新しい玩具を見つけた子どものような、爛々とした輝きが宿っていた。


「す、すげぇっ!? ムチャクチャかっけーっ!!!! こ、こんな良えもん、ホンマに貰て良えんかっ!?」


頬を紅潮させて、いつになく子どもっぽい表情でそう言う小太郎に、私は苦笑いを浮かべながら答える。


「ふふっ、喜んでもらえたみたいですね? はい、というか、貰ってもらわないと、学ランの使い道なんて、私にはありませんよ?」

「そ、それもそうやんな……ふぉぉおおおお……すんばらしい……何という美しさや……刀子センセ、ホンマおおきにな?」

「いえ……こちらこそ、素敵なプレゼントありがとうございます」


未だ興奮状態の小太郎に、笑顔でそう言い返して、私は早速小太郎から貰ったピアスを付けてみることにした。

いつも付けている、質素なピアスを外してそれを付けると、気のせいだとは分かっているものの、小太郎の温もりが感じられる気がした。


「え、ええと、どうでしょう? 似合っていますか?」

「…………」

「?」


私が問い掛けたにも関わらず、小太郎は口をぽかんと開いて、全く反応を示してくれなかった。

一体どうしたのだろう?


「あの、小太郎?」

「ほぁっ!? あ、ああ、スマン。良ぉ似合うとるで? ただ……」

「ただ?」

「いや、魅了の威力を舐めてたな、思て。さっきはあんなん言うたけど、それつけただけで、何や……」



「―――――刀子センセが、いつもより可愛いらしゅう見えてもうたわ」



「@*$#&%=~~~~~!!!?」


な、ななな、ななっ!!!?

照れ臭そうにはにかむ、小太郎に、私の心臓は、今度こそオーバーヒート寸前だった。

ちょっ!? 嘘でしょっ!?

こ、この前は24歳の姿だったから、余計に格好良く思えてたものだと考えてたけど……。

い、今でも十分彼の笑顔は反則じゃないっ!?

何で今までこの笑顔を直視して平気だったの私っ!?


「じょ、冗談でも教師にか、かかか、か、可愛いだなんて言わないっ!!!!」

「ははっ、まぁ良えやん? 刀子センセが可愛いのんは事実なんやし」

「@*$#&%=~~~~~!!!? ……も、もう知りませんっ!!」


恥ずかしさの余り、そっぽを向く私に、小太郎は楽しそうな笑い声を上げた。

うぅ……そ、そりゃあ、小太郎に可愛いと言って貰えるのは嬉しいけどもっ……。

じゅ、13歳の子どもに主導権を握られるなんて……な、何か複雑……。

けれど、今日は今までで一番素敵なクリスマスになったと思う。

恋愛という意味では、一歩も前進はなかったが、小太郎が運んで来てくれた、素敵な贈り物だけで、私の胸は幸せで一杯だった。

私はそんなささやかな幸せを噛み締めて、心からの微笑みを浮かべるのだった。



SIDE Touko OUt......









刀子先生からの夕食の誘いを丁重に断って、俺は男子寮への帰路を、チビと二人とぼとぼと歩いていた。

何とか、時間内に全て配り終えることが出来たか……。

何か異常に時間がかかった気がするけど……具体的に言うと5日くらい。

まぁ、何はともあれ、これで少しは俺の感謝の気持ちが皆に伝わってくれていると良いな。

改めて、今年起こった出来事を、頭の中で思い返す。

本当、この13年間で、一番密度の濃い1年だったな……。

俺はこれからも、望むと望まざるとに関わらず、いろんな人の助けを借りながら、途方もない目標に向かって突き進んでいくことになるだろう。

その絆を、俺はこれからも大切にしていきたい。

そんな誓いを胸に、俺は空を仰いだ。

ふと、白いものがゆっくりと視界をよぎっていった。


「……道理で、寒い訳やなぁ」

「わんわんっ!!」


空から舞い降りるのは、無数の白い雪だった。

嬉しそうに、チビがそれを見て、くるくるとその場を駆け回る。

まだ、大晦日まで日付はあったが、俺はなかなかに充実した、年の締めくくりを行えたと、そう感じた。

さぁて、来年からも、頑張って鍛えるとしますかね?

今日の出来事で、俺はまだまるで目標に達していないことが再確認されたしな。

俺はそんな決意を胸に、何故か全て配り終えたはずなのに、まるで軽くなっていない白い袋を抱え直すと、寒さをものともせずに、寮への道を急ぐのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 37時間目 千客万来 謂れのないことで責められると、訳もなく焦ることってない?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/27 14:27



兄貴の式紙を相手に、俺はいつも通り、森の中で体術の稽古に励んでいた。

生い茂る木々の間を、必死の形相で駆け抜ける。

少しでも気を抜けば、追ってくる式神に確実にやられる。

何とかあれを送り返す手段はないものかと考えを巡らせていたせいだろう。

俺は普段なら絶対に飛び乗らないような、細い枝に着地してしまっていた。


―――――パキッ


『っっ!?』


しまったと、そう思ったときにはもう遅く、俺は重力に引かれて、遥か眼下の地面へと引き寄せられていた。

このとき、虚空瞬動も浮遊術も使えなかった俺には、それに抗う術は残されていなかった。

もう今更仕方ない。

兄貴には絞られてしまうだろうが、最悪でも、骨折で済むだろう。

そう思って、受身を取る態勢を作る。

いよいよ地面と衝突する、そんなときだった。


『小太郎っ!!』

『っ!?』


悲鳴染みた呼びかけと共に、兄貴が俺と地面の間に割って入った。

横から滑り込んだせいだろう、兄貴は俺を受け止めてから、数m滑ってから、ようやく動きを止めた。


『大丈夫か!?』

『お、おう……』


驚いて目を白黒させる俺に、心配そうに問いかける兄貴。

俺はおずおずと、それに頷くばかりだった。


『ドジなやっちゃなぁ……飛び乗る枝くらいきちんと見分けんかい』

『う……す、スマン』


呆れたように苦笑いを浮かべて、兄貴は俺の頭をぽんぽんと軽く叩いた。


『まぁ、気にすんなや。弟を守るんは、兄貴の役目や』


清々しい笑みとともにそう言った兄貴は、本当に、それこそ何よりも頼もしい存在に思えた。










「……ヤな夢やったなぁ……」


久々に寝覚めの悪さを感じながら、俺はゆっくりと体を起こした。

時の流れは早いもので、気がつけば俺が麻帆良に来てから季節が一巡りしていた。

つまるところ、今は2年への進級を控えた春休みという訳だ。


「ばうっ」


俺が目覚めたことに気が付いたのだろう、いつもより少し控えめにチビが鳴いた。

拾ったときは、片手で抱え上げられるほどに小さかったチビは、いつの間にやら、俺よりも遥かに大きくなっている。

おそらく4mは下らないであろう巨体で、俺の自室のフローリングを完全に一匹で占拠していた。

さすがにそろそろ人前に出すのはヤバい感じなので、外を歩くときは幻術で1.2m程の大型犬の姿を取って貰う。

うん、チビ自分で幻術使えるようになったんですよ。

最近では戦闘訓練でも5回に1回は俺を圧倒するようになってきたし……本当、魔獣パネェっス。

俺はそんなチビの頭に軽く手を置いて朝の挨拶をした。


「おはようさん」

「ばうっ」


しっかり返事をするチビに笑みを浮かべて、俺はベッドから降りた。

時刻は午前7時。

せっかくの休みなので、こんなに早い時間に起きる必要はなかったのだが、目覚めてしまったなら仕方がない。

チビの散歩がてら、少し外の空気を吸いに行こうか、そう思ったときだった。


『わおーんっ!! わおーんっ!!』


お馴染みとなった犬の鳴き声で、携帯が鳴った。

充電器に掛けていたそれを持ち上げると、背面のディスプレイには『麻帆良学園』の文字が表示されていた。

ということは学園長だろう。

つい一昨日も厄介事を引き受けたばかりなのに、また何かあったのだろうか?

俺は溜息交じりに通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『もしもし、小太郎君。良かった、もう起きておったようじゃの』


電話口から聞こえたのは、予想通り、学園長のしわがれた声だった。

しかし、その口調はいつもの飄々としたものではなく、1年前の妖怪、半年前の兄貴による襲撃を想わせる重々しい口調だった。


「……何や、あんまし楽しそうな話とちゃうみたいやな?」

『……うむ、少々、並みの魔法生徒には手に余る厄介事が起きての。電話では盗聴されとる恐れもある。急ぎ、学園長室まで来てくれ』


俺の勘は当たっていたらしく、妙に切羽詰まった様子で俺そう命じた。

二つ返事で了承の意を示して、俺は静かに終話ボタンを押した。

どうやら、一昨日の比じゃない、厄介事が舞い込んできたらしい。


「やれやれ……春休みは俺にとって鬼門にでもなっとるんかいな……」


そう吐き捨てるように呟いて、俺はすぐに身支度を始めるのだった。










着替えと簡単な身支度だけを終えると、俺はゲートを何度か使用し、すぐに女子中等部校舎を訪れていた。

休みのため、殆ど人はいなかったが、学園長室の前で、俺は見知った顔を見つけて、目を丸くした。


「刹那やないかい?」

「小太郎さん?」


俺がそう声を掛けると、向こうも俺がいることが意外だったらしく、驚いたような顔をした。

刹那はいつも通りの制服姿だったが、髪形はいつもの片結びではなく、下ろした状態で、後ろに一房を俺の贈ったバレッタで留めていた。

最近では、木乃香の傍を離れるときは、いつもそのスタイルらしい。

俺の贈った品が存外役に立っているようで、素直に喜ばしかった。


「自分も学園長に呼び出しか?」

「ええ。ということは、小太郎さんも、ということですね?」


ああ、と短く答えると、刹那は少し嬉しそうな表情になった。

実は、かくいう俺も少し刹那と呼び出されたことを喜んでいたりする。

昨年の春休み以降、彼女の相方はもっぱら真名が努めていた。

逆に俺は、単独で任務に就くことが多かったため、こうして信頼できる相方がいるのは非常に嬉しい。

しかし、それとは逆に、一抹の不安も頭をよぎる。

俺と刹那は、現状の魔法生徒の中……いや、一部の例外を除けば魔法先生を含めても、特に戦闘に特化した人員だ。

それが鴈首を揃えて召喚されたとなると、今回の厄介事とやらは危険なものだということだろう。

同じことを考えたのだろう、刹那の眉間に皺が寄った。


「まぁ、蓋を開けてみらんことには、話は始まらんやろ?」

「……そうですね。では……」


俺の言葉に頷いて、刹那はいつかのように、学園長室の扉をノックした。










「兄貴が見つかった!?」


学園長に話を聞かされた俺は、思わずそう叫んでいた。

そう、昨年の7月に木乃香を狙って来た兄貴は、その後の消息を完全に経っていた。

しかしそのクソ兄貴が1週間前、関東魔法協会の魔法使いと戦闘になったというのだ。

俺の言葉に学園長は重々しく頷いた。


「左様……1週間前、岡山の真庭市勝山において、殺生石の欠片の管理に当たっておった魔法使いより連絡があった」

「殺生石て……あの玉藻の前が化けたっちゅう、あの殺生石かいな!?」


再び、学園長はゆっくりと頷いた。

まさか、あのクソ兄貴、酒呑童子の次は、玉藻の前……九尾の狐を復活させようって魂胆か!?

……冗談じゃない!!


「その殺生石の欠片は無事なのですか?」


俺の気持ちを代弁するように、刹那が学園長に尋ねた。

しかし、期待を裏切って、学園長はゆっくりと首を横に振った。


「岡山の欠片だけではない、栃木県那須町の大元を始めとし、福島県白河市他、現存する全ての欠片が偽物にすり替わっておったそうじゃ」

「っちゅうことは、殺生石……九尾の身体は、全部兄貴に渡ってもうたっちゅうことかいな?」

「そう考えて間違いないじゃろう」


……最悪じゃないか。

前回の酒呑童子は、伝承に基づき、その首が埋葬されたとされる土地の土でその肉体を再現しようとしていた。

対して、今回の九尾は、その死体であるとされる、殺生石そのものが奴の手にある。

最悪の場合、記憶から魔力から、全てをそのまま引き継いだ白面金毛九尾の狐、玉藻の前が、完全な形で復活する恐れすらあるということだ。

そしてあのクソ兄貴のことだ、どこぞのへっぽこ呪術師のように、それを制御できないなんてことはないに違いない。

しかし、わざわざそれを伝えるためだけに、俺と刹那を呼び出したとは考えにくい。

学園長の真意は、もっと別のところにあるはずだ。

そんな俺の心情に気が付いてか、学園長がこんなことを尋ねてきた。


「話は変わるが、昨日の侵入者騒ぎは聞いておるかのう?」

「いえ、私は何も……」

「俺は聞いてるで? 刀子センセが発見したけど、逃げられてもうたっちゅう話やろ?」


魔力的に見れば、大したことはない小物だったらしいが、逃げ足が速く、発見しても戦闘になる前に、ことごとく逃げられてしまうらしい。

侵入地点が男子校エリアだったため、刀子先生を始めとした魔法先生達が、未だ血眼になって捜してるはずだろう。


「けど、それとさっきの兄貴の話に何の関係があんねん?」


全く持って関係のない話にしか聞こえなかったが。


「うむ……実は葛葉君の証言じゃと、侵入者は狗族……それも、どうやら狐の妖怪らしい」

「「っっ!?」」


学園長の言葉に、俺と刹那が思わず息を飲んだ。

それは、まさか……。


「……その侵入者が、九尾だと?」


震える声で、刹那が学園長に問い掛ける。

学園長は力なく、首を軽く振った。


「それは分からん。しかし、その可能性もゼロとは言い切れん」

「まぁ、ホシが捕まってへんしな……せやけど、学園結界の反応やと、小物っちゅう判断やったんとちゃうんか?」

「確かにの。しかし、彼奴が伝承通りの妖術使いであり狡猾で残忍な性格なら、結界を欺く程度朝飯前じゃろう」


背後に君の兄上がおるのならなおさら、と、学園長はトーンの低い声で付け加えた。

確かに、前回も兄貴は悠々と学園結界を破って見せていた。

おかげで、学園結界はあの後、大幅な見直しを余儀なくされたらしいが、それも万全ではない。

九尾と手を組んだとなると、なおさら平気で侵入している可能性が高い。


「調査に当たっておった魔法先生・生徒は一端引き上げてもらい、魔法先生を1人含む3人1組の編成で班行動を義務付けた」

「……妥当な判断ですね。もっとも、それすら安全だとは言い切れませんが……」


学園長の言葉を受けて、刹那が苦々しく、そう答えていた。

……なるほど、ようやく話が見えて来た。


「つまり、俺らにもその調査に加われっちゅうことやな?」

「左様じゃ。本来なら生徒を危険な目には遭わせとうないが、探し物は君の得意分野じゃろう?」


学園長の言葉に、俺は力強く頷いて見せた。


「任務の概要は把握しました。しかし、私達もどなたか教員の方との行動を義務付けられるのでしょうか?」

「うむ。君らなら、下手な教員を付けるよりも良く働いてくれそうじゃがの。既に現地で葛葉君に待機して貰っておる」


まぁ、妥当っちゃ妥当か。

前衛に偏り過ぎた気がしなくはないが、式神殺しのある兄貴に、下手に呪術師や魔法使いを当てるよりリスクは低くなるからな。

学園長に、別れを告げて、俺はゲートを開き、刹那とともに、刀子先生の待つ男子校エリアへと向かった。









男子校エリア、学園結界境界線付近の森に、刀子先生はいつものスカートスーツではなく、ベージュのパンツスーツ姿で待っていた。

髪も動き易さを重視してだろう、珍しくポニーテールでまとめられていた。


「おはようございます、刀子さん」

「お待ちどうさん。その様子やと、やっこさんはまだ出てへんみたいやな?」


俺たちの到着に気付くと、刀子先生は昨日から捜索を行っているはずなのに、その疲れを微塵も感じさせない凛とした表情でこちらを振り返った。


「おはようございます、刹那、小太郎。……ええ、先に出立した3班のいずれからも、発見の報告は上がって来ていません」


苦虫を噛み潰すように、刀子先生は俺たちに現状を伝えてくれた。

まぁ、そんな簡単に見つかるのなら、俺が呼び出されることはない訳だ。

予想通りの返答に、俺は軽い笑みを浮かべた。


「侵入者が使うた経路は、分かってるん?」

「それも全ては……ただ、侵入口となったのは間違いなくこの地点です」


刀子先生が指差したのは、学園結界の境界線、その一部だった。

見ると、そこだけ足元の落ち葉が踏み荒らされていた。

……ここまであからさまだと、逆に罠だとは思えないな。


「刀子さんは、実際に敵と対峙したのですよね?」


どのような様相でしたか、と刹那は刀子先生に問い掛けた。

刀子先生は、短い溜息とともに答えた。


「正直、九尾だとはとても思えません。体躯は140~150程度ですし、妖艶な女性とは見えませんでした。魔力自体も、それほど強くありませんでしたし……」

「学園長の思い過ごし、だと……?」

「そこまでは……ただ、そうであって欲しいという希望はありますが」


刀子先生の言葉に、二人して、俺たちは頷いていた。

そりゃあそうだろう。

誰だって古の大量殺人者になんて蘇って欲しくはない。

しかしながら、その確たる証拠を得るためには、やはりその侵入者に直接会って見るしかないだろう。


「そんじゃ、早速スト―キングするとしますかね?」

「? 小太郎、スト―キングって、どうやって敵を探すつもりですか?」


肩を回しながら意気込む俺の言葉に、刀子先生が不思議そうに尋ねて来た。

そう言えば、刀子先生には俺が匂いで探し物や、人探しが出来ることを言ったことがなかったか。

というわけで、俺はかいつまんで、そのことを説明した。


「え゛!?」


途端、刀子先生は顔を青ざめさせて、カエルが引かれたような声を上げた。

何だ一体?


「刀子センセ? 一体どないして……」

「す、ストップです小太郎!! そ、そそ、それ以上近付かないでくださいっ!!!!」


俺が心配して顔を覗きこもうとすると、刀子先生はずざざっと、後ずさってしまった。

……何でさ?


「いや、ホンマどないしてん? 何か問題があったんか?」

「大有りですっ!? あ、あなが犬と同等の聴覚を持ってるということは聞いていましたが、まさか嗅覚までだなんてっ……」

「? せやから今回の捜索に駆り出されたんやんけ?」


不思議そうに首を傾げる俺の肩を、刹那がぽん、と叩いた。


「……小太郎さん、刀子さんが気にしてらっしゃるのは、そういうことじゃありません……」

「? ほな、何のことやねん?」

「き、昨日から不眠不休で捜索を行ってたからっ……け、決していつも入っていない訳じゃありませんからねっ!!!?」

「…………」

「……そういうことです。御理解いただけましたか?」


疲れ切った表情で言う刹那に、俺は無言で頷いた。

なるほどな……刀子先生は、自分が汗臭いのではないかと心配しているらしい。

前に刹那をスト―キングしたときにも言ったけど、女の人の場合、汗の匂いより、髪からする甘い香りとかのが強くて、そんなの気にならないことが多いんだけどな。

それに、ちょっと離れたくらいじゃ、俺の嗅覚からは逃げられない。

というか、少しでも近くにいた時点で、そこに残った匂いを嗅ぎわけることが出来てしまうんだもの。


「……刀子さん、小太郎さんの嗅覚は最早気にしない方が吉です。少し離れたくらいではどうしようもありませんから」

「せ、刹那……うぅ……分かりました、諦めて任務に集中しましょう……」


がっくりと肩を項垂れさせる刀子先生を、刹那が悟りきった表情で慰めていた。

な、何か猛烈に悪いことをしてる気がしてきたんですけど?










紆余曲折はあったものの、俺はすぐにホシの匂いに見当を付け、それを追跡することに成功していた。

ただ俺のやる気は、現時点でもの凄いストップ安だったりする。

……侵入者、本当に九尾なのか?

というのも、嗅ぎ分けた侵入者の匂いには、明らかに化学物質の匂いが混じっていたのだ。

恐らくシャンプーか石鹸だろうが、九尾の狐がそんなもの使っているとは考え難い。

兄貴がそういった入れ知恵をするとも考えにくいしな。

恐らく、侵入者は九尾とは関係のない狐の妖怪だろうと当たりを付けつつ、俺は捜索を続けた。

そしてもう一つ、侵入者の匂いで気が付いた、というか、感じたことがある。


「……何やこれ? どっかで嗅いだことあるような気もするんやけど……」


既視感に似た、不思議な感覚を、俺は侵入者の匂いから感じ取っていた。

しかしながら、どこでその匂いを感じたのか、俺には全く思い出せなかったのだが。

そんなこんなで、俺は達は俺の鼻だけを頼りに、森を抜け、とある建物の前にまでやって来ていた。


「……こ、小太郎? 本当にこんなところに敵がいるのですか?」

「……俺も自信のうなってきたわ」


俺たち三人は、何を間違えたのか、俺も居を構える、男子寮の前に来てしまっていた。

……これはないだろ!?

誰が好き好んで、自分を追っかけてる連中の監視下にある建物に侵入するっていうんだ!?

い、いや、もしかしたら、男子寮生の誰かの命を狙って、とかかもしれないけど、そんな物騒な魔力が発生する気配もない。

……お、俺の鼻が間違ったのか?

一瞬そんなことも考えたが、何度嗅ぎ直しても、その匂いは男子寮の中へと向かっていた。


「ど、どうしましょうか? さ、さすがに私は入る訳にはいきませんよね?」


引き攣った笑みを浮かべながら、刹那が俺にそんなことを聞いてくる。

そ、それはそうだろうけどさ……。

俺は困り果てながらも、どうしたものかと思案を巡らせた。

そして、ポケットにあのアイテムがあったことを思い出した。


「とりあえず、刀子センセは俺と一緒に正面から入って貰うとして、刹那は敵と遭遇した場合、これで呼び出したら良えんとちゃう?」


そう言って取り出したのは、クリスマスに彼女から貰った召喚符だった。

なかなか使う機会に恵まれなかったが、きちんと携帯しておいて助かった。

俺の提案に、二人はしばし思案してから了承してくれた。


「では、早速踏み込みましょう」

「ふ、踏み込むて……俺としては家に帰るような気分なんやけどな……」

「刹那も、いつ呼び出されても良いよう、準備はしておいてください」

「了解しました」


引き攣った笑みを浮かべる俺はスルーで、刀子先生と刹那は、顔を見合わせて頷き合っていた。










「……うん、これはもう本当に俺の鼻は当てになれへんと思うわ」

「……ざ、残念ながら、同感ですね」


打ち合わせ通り、刀子先生と俺は男子寮の中に踏み込み、、侵入者の匂いを追跡したのだが……。

辿り着いた先は何と……先程後にしたばかりの、俺の部屋だった。

……俺、部屋を出てから2時間くらいしか経ってないよ?

だ、第一、俺の部屋に悪意を持って踏み込もうものなら、ケルベロスばりに恐ろしい番犬に頭からバリバリ噛み砕かれるのは間違いない。

かと言って、血の匂いが立ち込めてる訳でもないし……。

しかしながら、俺の鼻によると、侵入者は間違いなく、この部屋の中に入った様子だった。


「ど、どないしよ? こんなことで召喚符無駄にするんはどうかと思えてきてんけど……」

「い、一応召喚してあげてください。万が一ということも有りますし……」

「万が一、ねぇ……」


俺は首を傾げながらも刹那に連絡し、彼女を召喚符で呼び出した。

そして、刹那に事情を説明する。

予想通り、先程と同じような、引き攣った表情になっていた。

もう九尾や兄貴のことなんて、完全に頭から消え去っていた、そのときだ。


―――――かたかたかたかたっ……


「うおっ!?」


突然、竹刀袋の中で影斬丸が震え始めた。

な、何だ何だ!?

これって、1年前のあの夜と同じ現象だよな?

けど、あのときはあの妖怪の魔力と兄弟刀である数打に、奴の牙である影斬丸が反応を示していたはずだ。

そう考えると、今俺の知る限り、影斬丸が反応するような要素は、全くもって存在しない。

俺たちは、三人揃って顔を見合わせた。


「こ、小太郎さん、これは一体……?」

「俺が聞きたいくらいや……」


刹那の質問に、力なく答える俺。

そんな俺たちの様子に、刀子先生は何かを決意したような表情を浮かべて言った。


「……小太郎の鼻は、やはり間違ってなかったのかもしれません……中を確認してみましょう」


そう言って、刀子先生は袋に入れていた野太刀を取り出した。

それに習って、刹那は夕凪を、俺は未だ震える影斬丸を、袋から取り出す。

もはや、全ての謎を解くには、この部屋に踏み込む以外にない。

俺たちの思いは一つだった。


「……俺の部屋や、先頭は俺にさせてくれ」


俺が声を潜めて言うと、刀子先生と刹那は、静かに頷いてくれた。

念のため、周囲には人払いの結界を張っておくことも忘れない。

準備を整えて、俺はこれまで何度も開いてきた自室のドアノブに、覚悟を決めて手を掛けた。


「……ほな、行くで?」


最後に確認して、俺はゆっくりとドアを開いた。

そして、言葉を失った。


「…………」


部屋の中には、いつも通りの様子で、くるんと丸まった状態で寝息を立てるチビの姿があった。

それ以外に変わった様子といえば、何故か窓ガラスが一枚割れていることくらいだ。

が、良く見ると、丸まっているチビの中心に、寄り添うように丸まった人影があることに気が付く。

そこには、小柄な少女が一人、安らかな寝息を立ていた。

俺はゆっくりと、今開いたばかりのドアを閉めた。


「こ、小太郎っ!?」

「な、中はどうなっていたんですかっ!?」


俺の背に隠れて中の様子は何も見えなかったのだろう、俺の突拍子もない行動に二人して慌てた声を上げていた。

目頭を抑えつつ、俺は呟いた。


「あ、あかん……俺、疲れとるみたいや……」


あの光景はおかしいだろっっ!!!?

窓ガラスが割れてたってことは、明らかに不法侵入者じゃねぇかっ!?

何でそれが、チビと仲良く寝息を立ててんだよっ!!!?

有り得なくないっ!?

と、叫びたくなる衝動を抑えつつ、俺は息を整えて、もう一度ドアノブに手を掛けた。


「……多分、さっきのんは俺の見間違いや。今度こそ、行くで?」


もう一度、俺は二人に確認して、もう一度自室のドアを開いた。

そして……。


「…………」


先程と何一つ変わっていない状況に、絶望を禁じ得なかった。

もう全てを諦めて、俺は影斬丸を抜こうともせずずかずかと部屋に入った。


「こ、小太郎さんっ!? もっと慎重に……」


そう言いかけた刹那が、部屋の状態を見て、俺と同じように言葉を失った。

後から入ってきた刀子先生も、やはり同じように、目を白黒させて沈黙してしまった。

とりあえず、俺は気持ち良さそうに寝息を立てる少女の様子を観察することにした。

年齢は、俺と同じか、少し幼いくらいだろう。

身長は木乃香や刹那より更に10㎝近く低く、かなり小柄な部類に入る。

顔は幼さが残っており、ぷにぷにとしたほっぺたが実に可愛らしく、長い睫毛がその可愛さに拍車を掛けていた。

黒い髪の毛はポニーテールで一まとめにしているが、降ろせばセミロングといったところか。

癖っ毛なのだろう、ポニーテールの毛先がぴょんぴょんと跳ねていて可愛らしい。

服装は春らしく、白いニットのカットソーに黒い短めのプリーツスカート。

足は黒のオーバーニーソを履いていて、御丁寧に靴は揃えて彼女の物と思しき鞄の上に鎮座させられていた。

そして服にも、彼女自身にも、ところどころ泥が付いていることから、彼女が一晩中森を彷徨っていたことが伺える。

つまるところ、彼女がくだんの侵入者に間違いないということだった。

しかし、何で俺の部屋に?

一瞬、兄貴が俺を油断させるために放った式神か、とも思ったが。

だったら最初に隙を見せた時点で、俺の首は身体と繋がっていない気がするし……。

この少女は一体……?

そんな風に首を捻っていると、突然、背後に強力な闘気……否、殺気を感じた。


「……小太郎はん、その人とはどういう関係?」

「……寮に異性を連れ込むのは、校則で禁止されてるって、知ってるわよね?」


振り返るとそこには、二人の鬼神がいた。

お、お二方とも完全に口調が素に戻ってらっしゃるっ!?

こ、こいつは勝てんっ!!


「お、おおおお、落ち着けや二人とも!! お、俺はこんな女知らへんってっっ!!」


しどろもどろになりながら、必死でそう訴える俺。

しかしながら、二人の殺気は一向に成りを潜めてはくれなかった。


「……ホンマに? 小太郎はん、女の子には誰かれ構わんと優しゅうしよるからなぁ……すぐには信じられへんわ……」

「……刹那の言う通り……どこぞで家出した女を匿ってたり……なんて、小太郎なら十分考えられそうね……」


そう言いつつ、それぞれに太刀の柄を握る二人。

ぎらぎらとした白刃が、ちらりと顔を覗かせた。

ひ、ひぇぇぇええええっ!!!?


「ま、待てって!? 良ぉ考えろや!? 女連れ込んどんのに、わざわざ自分らをここまで案内すると思うか!!!?」

「「あ……」」


俺がそう叫んだ途端、部屋中に蔓延していた殺気が、すっと身を潜めていった。

……ど、どうにか命の危機は脱したか……。

身の安全のための3人班が、危うく命取りになるところだったぜ……。

太刀を修めた二人を、俺はジト目で睨みつけて言った。


「……自分らが俺をどんな風に見とるか、良ぉ分かったわ」


確かに可愛い女の子は好きだけど、ときと場合と場所くらい選んで行動するわっ!!

大体、刹那は木乃香から、俺が今恋愛出来ないって知ってるだろうが!?

物凄い裏切られた気分だ……。

すると二人は、手をパタパタと振りながら、慌てて弁解を始めた。


「い、いえっ、決してそういう訳ではっ!? た、ただ現実に、こうして女性が部屋で寝息を立てていると、何というか、状況証拠に情報を左右されると言いますか……」

「そ、そうですよっ!! そ、それに私は、担任教師として、教え子が間違った方向に走っているなら、それを諭す義務もありますし……」


二人して尻すぼみだと、全く説得力が有りませんよー?

……まぁ、ここで言い争っていても仕方ないか。

俺は気を取り直すと、未だに眠る少女へと向き直ろうとした。

そのときだ。


「……ふみゅ? ……ふぁ~~~……」


そんな可愛らしい欠伸とともに、少女が身体を起こし、ぐぐっと身体を伸ばした。

未だに寝ぼけているのか、半目で辺りをキョロキョロと見回している様は、さながら小動物のようだった。


「……あれ? キリ、寝ちゃってた?」


おう、もうばっちり気持ち良さそうにな。

なんて、返事をする訳にもいかず、とにかく俺は、彼女に話しかけてみよと思い声を掛けようとした。

ちょうどその瞬間、少女がこちらへ振り向いた。


「ひあっ!? だ、誰っ!!!?」

「……それはこっちの台詞や……」


俺は余りに緊張感のない少女の物言いに、思わず肩を落とした。


「? ……この匂い……」


すると突然、少女は何を思ったのか、急に立ち上がると、ぴょん、と俺に近寄って、すんすん、と可愛らしく鼻を鳴らした。

な、何だっていうんだ?


「お、おい? 一体何やねん?」

「……やっぱり、間違いない……キリとおんなじ匂いだ……」

「は?」


キリ、というのは、先程の台詞からして、彼女自身を指す名のことだろう。

しかし、俺とこの少女が同じ匂いというのはどういうことだろう。

確かに彼女の匂いを追いかけているとき、嗅いだ事の有る匂いだとは思ったが、まさかそれが、自分の匂いだとは思わなかった。

だが仮に、俺たちの匂いが同じものだったとして、それはどういう理屈になるのだろう?

そんな風に目を白黒させる俺。

しかし少女は対照的に、俺のことをまじまじと見つめると、これまた突然、目をうるうると涙で滲ませ始めたではないか。

ほ、本当に何だって言うんですか!?


「……良かった……本当に、ここに居てくれた……生きててくれた……」

「さ、さっきから自分何やねんっ!? 言うてることの意味が全く分からへ……」


そう、疑問を口にしようとした瞬間だった。

その少女は、涙を湛えた瞳のまま、急に嬉しそうに笑みを浮かべた。

そして次の瞬間……。



「――――――――――お兄ちゃんっ!!!!」



少女は、俺の首に思いっきり抱きついてきた。

急に飛び付かれたせいで、俺は受け身を取ることも出来ず、そのまま後ろに押し倒されてしまう。

こっちは事態が全く飲み込めず目を白黒させているというのに、俺を兄と呼んだその少女は、相変わらず感極まった様子で、俺に頬ずりした。


「ちょ!? は!? えぇっ!?」

「お兄ちゃん!! お兄ちゃんっ!! ずっと会いたかったんだよ? キリはずっと、お兄ちゃんのこと探してたんだよ?」

「い、いや、何が何やらさっぱりなんやけど……?」


もう本当何がどうなってるのやら……。

少女の言動は全く分からないし、兄と九尾に何らかの繋がりがあるかどうかも不明のまま。

挙句の果てには、俺のことを兄だと言い始める始末だし……俺は、何から対処すれば良いやら……。

しかしまぁ、とりあえず、俺が対処すべき当面の問題は……。


「……こ・た・ろ・う・はん?」

「……覚悟は、出来てるわね?」


この二人の鬼神の怒りを、どうやって静めるかだと思うんだ……。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 38時間目 異体同心 べ、別に妹属性ってわけじゃないんだからねっ!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/27 14:28



何とか怒り狂う二人を沈めて、俺は先ほどの少女を連れ、学園長室に戻って来ていた。

先程の少女は、どういう訳か、俺以外の人間とは全く口を聞こうともしてくれないため、学園長の尋問も、何故か間に俺が入らされている。

彼女がそんな様子なので、学園長も気を遣って、現在学園長室には、俺たち3人しかいない状態だった。

もっとも、一緒に来た刹那と刀子先生は学園長室の外で待機しているみたいだが。

俺は溜息交じりに、とりあえず彼女が何者なのかを確かめることにした。


「そんで、自分、名前は?」

「キリは霧狐だよ? 霧の狐で霧狐、九条 霧狐(くじょう きりこ)。お兄ちゃんは、犬上 小太郎って言うんだよね? キリ知ってるよ」


嬉しそうに少女、霧狐ははにかんだ。

嘘をついている風ではないし、恐らくそれが彼女の本名で間違いないだろう。

俺たちの様子を静観していた学園長が、不意に咳払いをした。


「して、霧狐くん? この麻帆良にはどういった用件で来たのかの?」

「っっ!?」


学園長がそう尋ねた途端、霧狐は怯えたように身を竦ませて、さっと俺の後ろに隠れてしまった。

俺の部屋で、刀子先生や刹那に気が付いた時も、似たような反応だったから。恐らく俺以外の人間に対しては、総じてこのような反応なのだろう。

ちら、と学園長に目線を向けると、肩をすくめて、右手を差し出すジェスチャーをされた。

……尋問、俺に丸投げかい。

再び溜息をついて、俺は背に隠れた霧狐に事情を聞くことにした。


「霧狐、何で麻帆良に侵入したんや?」

「……ま、麻帆良に、お兄ちゃんがいるって聞いて、居ても立ってもいられなくなったからっ」


おずおずとだが、霧狐ははっきりとそう答えた。

となると、やっぱり疑問なのは、俺を兄と呼ぶ理由だな。


「俺のこと、お兄ちゃんて、呼んでるけど……それはどういう意味や?」

「そ、そのまんまだよっ!! 霧狐はお兄ちゃんの妹だもんっ!!」


必死な様子で、霧狐はそう訴えた。

……そう言われても、俺には兄貴以外に兄弟がいたなんて知らねぇんだが?

妙な生まれ方したおかげで0歳からの記憶もはっきりしてるけど、生き別れの妹がいたなんて感じは全くないし……。

しかし、1つだけ思い当たる節があった。

……俺が生まれてからの親父の所在って、全く不明だったよな?

もしや……。


「腹違いの、妹っちゅうことか……?」

「うんっ、キリのママはイタコの娘で、お兄ちゃんのママと違う人だって、パパが言ってたらしいよ」

「うそん」


マジでか。

ま、まぁ、そんな可能性があってもおかしくはないだろうけどさ……。

あいつ、中々にイケメンだったし……。

それにしても、母親がイタコの娘ってことは、やっぱり霧狐も半妖なのか?

どんだけ俺の親父人間好きだよ……。

霧狐に聞かされた、衝撃の事実に打ちひしがれていると、学園長が俺にその真偽について尋ねた。


「小太郎君、今の話、どう思うかね?」

「どうも何も、否定する要素を見つける方が難しいわ……匂いは間違いなく狗族ん中でも俺に近いし、影斬丸まで反応しとったしな」


1年前に奴と対峙したときの経験から、影斬丸は単に狗族ではなく、俺たち一族に反応を示すみたいだし。

この子に、俺と同じ血が流れているという点は、最早疑いようがない。

外見的特徴が、狗族のそれと一致しないが、恐らくそれは幻術によるものだろう。

一応、俺は確認しておくことにする。


「耳と尾は幻術で隠してるんか?」

「うん、キリ不器用だから、幻術はこれしか出来ないんだけど……」


恥ずかしそうに、ぺろっ、と舌を出して言うと、霧狐は目を瞑って、精神を研ぎ澄ませている様子だった。


―――――ぽんっ


可愛らしい爆発音とともに、霧狐の頭には一対の狐の耳、スカートの裾からは2本の狐の尾が顔を覗かせた。

黒かった髪と目も、同時に黄金色へと変貌を遂げている。

これが彼女の本当の姿だという訳だ。

……おい待て、俺の親父って、どう考えても犬だったよな?

な、何でその娘が狐になるんだよ?

生命の神秘すぎるだろ!?

なんて思っていたのだが、その疑問は霧狐の台詞であっさり解決した。


「パパのお母さん、キリとお兄ちゃんのお祖母ちゃんはね、5尾の狐さんだったんだって。キリもいつかそれくらい優秀な妖怪になりたいな」

「な、なるほど……覚醒遺伝かいな……」


ということは、俺にも少なからず狐の血が混じってる訳か?

ま、まぁ犬や狐の変化を総称して狗族っていうくらいだし、大別すると同じ類の妖怪なんでしょうけど……大雑把過ぎる感が否めない。


「ふむ、どうやら霧狐君には、麻帆良への害意はないようじゃの」


俺たちの様子を静観していた、今朝からの重々しい雰囲気を消してそう言った。

学園長までがそう判断するってことは、やはり霧狐は兄貴や九尾のことと無関係なのだろう。


「小太郎君に会いに来た、というのがその子の本心のようじゃし、せっかくじゃ、ゆっくり話してみるとよかろう」


もっとも、親御さんに連絡はさせていただくが、と学園長は霧狐を怯えさせないよう、笑顔でそう言った。


「あ、う……その、ありがとう、ございます……」


そんな学園長の誠意が伝わったのか、あれだけ他者に怯えていた霧狐が、おずおずとだが、礼を言った。

さて、これで今回の侵入者騒ぎは一件落着か。

もっとも、兄貴の手に殺生石が渡っている以上、警戒は怠ってはならないだろうが。

俺自身、余りに急な出来事で、正直気持ちの整理が付いていないし、学園長の申し出は願ってもないことだ。

それに、自分に妹がいた、という事実に、少なからず俺は喜びを感じていたりする。

俺の血のつながった家族と言えば、お袋に親父、そしてあのクソ兄貴だけで、今この旧世界にいることが判明してるのは、あのクソ兄貴だけだ。

そして、奴を殺したとき、俺に残る家族は、どこにいるかも定かでない親父だけ。

いつか木乃香が危惧した通り、俺は正真正銘、天涯孤独の身になってしまう。

その覚悟を決めていただけに、自分を兄と慕ってくれる、血の繋がった妹がいた、という事実は、本当に喜ばしいことだと、そう感じていた。

もちろん、俺は護りたい仲間がたくさんいる。

だから兄と決別したところで、それを孤独だと感じることは一度もなかった。

しかしそれを差し引いても、俺の背に抱きつく、小さな霧狐の温もりを心地良いと感じている。

やはり生き物にとって、血の繋がりって奴はそれだけ大きなものだということだろう。

俺はそんなことを考えながら、小さく笑って、霧狐の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「ほんなら学園長、後のことは頼むわ。それと、最悪今日は麻帆良に一泊させることになるやろうから、宿の手配も頼みたいねんけど……」

「うむ、そうじゃな……子ども一人でホテルというのものう……ここは女子寮の誰かに頼むのが良かろうて」

「確かにな……そんなら、俺の方で誰かに頼んで見るわ」


そう言うと、学園長は静かに頷いてくれた。

どの道、霧狐を今の泥だらけの状態で連れ回すのは気が引けるし、刹那辺りに頼んで、女子寮の浴場を遣わせてもらおうと思っていたところだ。

そのついでだと思えば、大した労ではない。

霧狐が俺以外の人間に対して、やたら懐疑的というか、怯えきっているのが気になるが。

先の学園長のように、自分への優しさに対して、答え方が分からない訳ではないようだし、まぁ何とかなるだろう。

そう結論付けて、俺は霧狐の手を引き学園長室を後にした。









学園長室の外では、やはり刀子先生と刹那の神鳴流コンビが、しっかり待機していてくれた。

学園長の采配と、霧狐が本当に俺の妹だったということを話すと、二人は安心したらしく、ほっと胸を撫で下ろしていた。

刀子先生はそれを聞いて、まだ仕事が残っているらしく、すぐに男子校エリアへと引き返して行った。

大人って大変だよなぁ……。

とりあえず、俺は残された刹那に、事情を説明して、霧狐を女子寮の風呂に入れて貰えるようお願いしているところだ。

ただ……。


「や、やだっ、キリ、お兄ちゃんと一緒じゃないとヤだよっ!?」


こんな感じで、霧狐は俺の手を離そうとしてくれなかった。

困り果てて、刹那を見ると、俺と同じように、苦笑いを浮かべていた。

……それにしても、ここまで他人を拒絶するとなると、何か理由がありそうな気がする。

刹那も幼い頃は迫害を受けてた、みたいなことを言っていたし、同じく半妖の霧狐にも、似たような経緯があるのかもしれない。

そう思って、俺はそれを尋ねてみた。


「俺以外の人間をやたら嫌っとるみたいやけど、何や理由があるんか?」


出来るだけ優しい声でそう聞くと、霧狐は目を泳がせた後、俺にしか聞き取れないくらいの小さな声で言った。


「……キリ、半妖だから……昔いた村を、それで追い出されちゃって……今まで、ママと二人きり、山奥で暮らしてたからっ……」


なるほど、予想通りという訳だ。

それで、ここにいる人間も、自分のことを半妖だからと、遠ざけるのではないかと心配して距離を置いていたのか。

俺は怯えきった様子の霧狐の頭を撫でて、笑顔で言ってやった。


「安心しぃ。ここの連中は、自分のこと半妖やからって傷つけたりせぇへんよ」

「ほ、本当に?」

「ああ、そんなんで差別されるんやったら、俺かて今頃ここにはおれへんやろ?」


信じられないといった様子の霧狐に、俺は念を押すようにそう言ってやる。

それでも、霧狐はまだ納得がいかないみたいで、上目遣いに、俺を見上げ、刹那に視線を移しを繰り返していた。

そんな様子に気が付いた刹那は、優しい笑みを浮かべて言った。


「ご安心ください、霧狐さん。私も、あなたと同じ半妖です」

「っ!? そ、そうなの!?」

「はい」


刹那の言葉で、ようやく霧狐は緊張の糸が解けたらしい、ゆっくりと俺の手を握っていた指を解いていった。

これなら、安心かな?

……それにしても、彼女の他者、特に人間に対する恐怖感は、尋常じゃないな。

母親と二人きりで暮らしていたせいで、それ以外の人間に接する機会がなかったせいもあるのだろうが。

どうも俺には、それ以外にも、彼女が他者を遠ざける理由がある気がしてならなかった。

何はともあれ、刹那が半妖だと知って、霧狐も少しは彼女に心を開いてくれたらしい。

そんな様子に刹那は慈しむような笑みを浮かべて、右手を差し出した。


「桜咲 刹那です。あなたのお兄さんとは、幼馴染になります。よろしくお願いします、霧狐さん」

「うぅ……えと、よろしく、あの、刹那?」

「はい」


怖々と刹那の手を握り返して、彼女の名を呼ぶ霧狐。

俺はほっと胸を撫で下ろして、女子寮へと向かうことにした。









「あ、あの、お兄ちゃん?」


校舎を出たところで、霧狐が突然俺に声をかける。

刹那とは少し和解した様子だが、未だ怯えた様子が抜け切れていないため、俺はそんな霧狐を怖がらせないよう、出来るだけ優しい声音で聞き返した。


「どないした?」

「う、うん……あのね、窓ガラス、割っちゃったから……その、ゴメンなさいっ」

「ああ、そのことか……」


まぁ、それ自体には驚いたし、チビがそれを全く警戒していなかったことも遺憾だが、さすがに一晩中追い回されてたら、なりふり構っていられないだろうからな。

別段咎める必要もないと思ってたんだけど、先に謝られてしまうとは。


「さ、最初は、お兄ちゃんの部屋にいた、おっきなワンちゃんが開けようとしてくれたんだけど……」

「それであいつが無反応やったわけかい……」


しかもあいつは俺より匂いに敏感だからな、俺と霧狐が最初から兄妹だって気が付いてたんだろう。

番犬失格どころか、かなり優秀だってことが改めて証明されたな。

霧狐は俺が怒ってると思ってるらしく、少し涙を滲ませながらもう一度謝罪の言葉を告げた。


「本当にごめんなさいっ」

「良えよ、というか、そんなに怒ってへんし」


学園長が、後で修理してくれる魔法先生を送ってくれるとか言ってたし、戻った頃には元通りだろう。

……まぁ、チビも空気読んでくれるよな? 

いきなり噛みついたりはしないだろう。

そんなことを考えながら、俺は隣を歩く霧狐の頭をくしゃくしゃと撫でつけた。


「嬉しそうですね、小太郎さん?」


そんな俺たちの様子を見ていた刹那が、含みのある笑顔で、俺にそう言ってくる。

普段からかわれてる仕返しか?

まぁ、それに乗っかってやるほど、俺は甘くはない。

逆に刹那をからかってやろうと、俺は上手い返しを模索した。


「血の繋ごうてる家族に会えた訳やしな……それに、もともと手のかかる妹みたいな幼馴染みもおったし」

「て、手のかかるって、そ、そんなにお転婆ではありませんでしたよ!?」


顔を真っ赤にして言い返す刹那に、俺は意地悪く笑ってやった。

不思議そうに、俺たちのやり取りを見ていた霧狐が、不意にこんなことを聞いてきた。


「お兄ちゃんと刹那は、どれくらい一緒にいたの?」

「ん? まぁ、麻帆良に来る前は結構一緒におることが多かったな。最初に会うてから、大体5年くらいや」

「5年かぁ……キリは刹那が、羨ましいよ」


少し寂しそうに、霧狐がそう呟いた。


「キリは6年前に村を追い出されて、ずっとママと二人だけで暮らしてたから……それに、お兄ちゃんと一緒にいたら、キリの力も……」

「はれ? コタ君とせっちゃんや」

「っっ!?」


急に第3者に声を掛けられて、霧狐は言いかけていた言葉を引っ込めて、俺の背に隠れてしまった。

俺と刹那は、もうお馴染みの声だったので、それに別段慌てることもなく、声がした方角に向き直った。

もちろんそこにいたのは木乃香で、いつも通りの制服姿に、刹那同様、後ろ髪を俺の贈った薄桃色のバレッタで留めていた


「よぉ木乃香、春休みなのに登校やなんて珍しいな」


俺がそう挨拶すると、木乃香は嬉しそうに、ほにゃっ、と笑った。


「明日菜が部活やったのにお弁当忘れてもうてたから届けに来たんよ」


慌てんぼさんやから、と木乃香は困ったように、もう一度笑った。


「ところでコタ君、その女の子、誰なん?」


言葉だけ聞いたら、いつもの説教モードかと思うが、刹那もいるおかげで、いたっていつも通りの口調で木乃香は言った。

木乃香は一応魔法のことも知ってるし、前に兄貴と対峙した時も、俺が天涯孤独になることを悼んでる節も有った。

ここはありのままを伝えて、少しでも安心して貰うべきかな?

そう結論付けて、俺は木乃香に、霧狐を紹介することにした。


「こいつは俺の妹や。霧狐、この子は俺の友達の近衛 木乃香や」


自分で自己紹介できるか、と尋ねると、霧狐は少し迷ってる様子だったが、やがてゆっくりと頷いた。

びくびくしながら木乃香の前に出ると、霧狐は恭しく一礼した。


「お、お兄ちゃんの妹の、く、九条 霧狐です。よ、よろしくお願いしますっ!!」


ぎこちなくはあったが、霧狐はそう、はっきりと自分の名を告げた。

刹那と話したおかげで、少しずつ麻帆良の人間を信用できるようになってきたのかな?

それに対して、木乃香は目を丸くしてしまっていた。


「こ、コタ君、家族はもうお兄さんしかおれへんのとちゃうかったん?」

「俺もそう思てたんやけど……どうも間違えあれへんみたいやで?」


母親はちゃうけど、と付け加えると、木乃香はじっと霧狐の顔を見つめ始めた。

一瞬、霧狐はそれにたじろいだが、何とか後ずさることなく踏み止まった。

すると、次の瞬間、木乃香の目尻に大粒の涙が浮かんだ。


「……そっかぁ……コタ君、ちゃんと家族がおったんやぁ……」


今にも泣き出しそうな声で、木乃香はそう呟くと、嬉しそうな笑みを浮かべて、霧狐に抱きついた。


「@*$#&%=~~~~~!!!?」


いきなりの事態に、霧狐が声にならない悲鳴を上げていた。

普段なら霧狐を助けてやるところだが、俺は木乃香の優しさが嬉しくて、それを止めさせる気がまるで起こらなかった。

隣を見ると、同じように刹那も温かい笑みで二人を見守っていた。


「……霧狐ちゃん、やったよね? ……自分は、ずっとコタ君の味方でおったってな?」

「えぇ? あ、う、うんっ……」


目を白黒させながらも、霧狐は自分の抱き締める木乃香に、しっかりと頷いていた。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 39時間目 奇策縦横 ちょっと親父にイラッとした
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/27 14:28



SIDE Kiriko......



木乃香と刹那に連れて来てもらったお風呂は、見たことないくらいに広くて、キリは思わず言葉を失っちゃった。

すごい……人がいる街には、こんなのもあるんだ……。

やっぱり、お兄ちゃんに会いに来て良かったなぁ。

ママは大好きだけど、あのまま二人で山奥にずっといたら、こんなのも見れなかっただろうし。

それに……人間って、怖い人ばかりじゃないってことも分かった。


『……妖怪なんぞと契るから、こんなことに……』


……木乃香も刹那も、昔いた村の人たちと全然違う。

キリに優しくしてくれるし、半妖だからって、キリのこと怖がったりしない。

ちゃんと、キリのことを見てくれる。

木乃香にぎゅっ、てされて、少し驚いたけど……不思議、全然嫌じゃなかった。

温かくて、ほわっとして……すごく、安心した。

人間って、怖い人ばっかりじゃなくて、優しい人もいたんだね……。


「ほなキリちゃん、早いとこ身体洗ってまおか?」


木乃香が、何だろう、ほにゃっとしてて、安心する笑顔でキリの手を引っ張った。

ママ以外の人とお風呂に入るのは初めてだし、少し恥ずかしかったけど……やっぱり、嫌じゃない。


「ほら、早くしないと、小太郎さんと話す時間がなくなってしまいますよ?」


ぽんっ、て後ろから刹那が、キリの背中を押してくれた。

びっくりしたけど、それもすごく優しくだったから、やっぱりキリは、全然嫌じゃなかった。

それどころか、すごく、何だろう……胸がほわってする……。

だからキリは、少しだけ笑って、二人に頷いた。


「……うん」


……変なの、悲しくないのに、何だか目がぼんやりするよ。










「うわー……キリちゃんのお肌すべすべやぁ……」


キリの背中を洗ってくれてた木乃香が、嬉しそうにそう言ってくれた。


「そ、そうなのかな? ……ママ以外の人と、お風呂入ったことないから、良く分からない……」

「そうなんや? ホンマに綺麗やえ? 羨ましいなぁ……」

「ふふっ、お嬢様も十分に綺麗な肌をされてると思いますよ?」

「いやいや、それを言うたら、せっちゃんかて……ほぉれ、ぷにぷにー♪」

「ちょっ!!!?お、お嬢様っ!!!?」


キリの隣で髪の毛を洗ってた刹那の背中を、木乃香がぷにぷにと突いてる。

刹那はびっくりして飛び上がってたけど、やっぱり嫌そうじゃなかった。

……変なの、嫌じゃないのに、どうして慌ててるんだろ?

木乃香は、刹那が息をはぁはぁと切らすまで、背中を突くと、キリの方に振り返った。


「あはは、お待たせキリちゃん。そろそろ石鹸流さんとな」

「うんっ」


木乃香が優しく笑ってくれたから、今度はキリもちゃんと笑って頷いた。

ママやお兄ちゃん以外の人に、こんな風に笑えるなんて、今まで全然思ってなかった。

ドキドキしながら待ってると、木乃香はゆっくりと、キリの身体についた泡を、シャワーで洗い流してくれた。

お湯は温かかったけど、何でかな? さっき木乃香にぎゅってされたときの方が、もっと温かった気がした。










お風呂から上がったら、木乃香がにこにこしながら、服を持って来てくれた。

キリが着てた服は泥だらけだったから、木乃香が洗濯してくれるって言ってた。

お兄ちゃんと話して、ここに帰って来る頃には乾いてるって。

ここに帰って来るつもりはなかったから、不思議だなって思ってたんだけど、お兄ちゃんの住んでる所は、本当は女の子が入っちゃダメなんだって、刹那が教えてくれた。

だから今日は、刹那がキリのことを泊まらせてくれるんだって。

誰かのお家にお泊まりしたことなんてなかったから、すごくドキドキする。

刹那のお家には、もう一人刹那のお友達が一緒に住んでるんだって。

知らない人は、やっぱりちょっと怖かったけど、刹那と一緒なら平気な気がした。


「はい、キリちゃん。ウチのおさがりやから、多分サイズは合うとるはずやえ」


キリは木乃香が持って来てくれた服を受け取って、着替えることにした。

白いロングTシャツに、ジーンズ生地のスカート。

どっちも乾燥剤の匂いと一緒に、少しだけ木乃香の匂いがした。

……やっぱり、少しほわってする。

サイズは少しだけ大きかったけど、そんなに気にならなかった。


「良かったですね。良く似合ってますよ、霧狐さん」


刹那が木乃香とは少し違うけど、優しい笑顔でそう言ってくれる。

何だか嬉しくなって、キリは精一杯の笑顔で頷いた。


「ありがとう、木乃香、刹那……」


また少しだけ、目の奥がぼんやりした。



SIDE Kiriko OUT......









霧狐を女子寮の前で待ちながら、俺は学園長と電話をしていた。

もちろん、彼女の出自について確認がとれたかどうかを尋ねるために。

学園長の話によると、霧狐はちゃんと13年前に出生届が提出されているらしい。

ということは、俺より1つ下になるのか。


「ほんなら、霧狐の経歴は白やったんやな?」

『いや一概にそう言い切ることは難しいのう。何せ6年前からの経歴は、母子ともに行方不明となっておるのじゃ』

「行方不明?」


人里離れた場所に住んでいないにしても、行方不明扱いというのはどういうことだろうか。


『まるで何かから逃げるように、6年前からの経歴はまったく追えなくなっておる。これから彼女に聞いた住所へ、人を派遣してみるつもりじゃ』

「逃げるみたいに、ね……とりあえず了解や」


6年前、か……さっき霧狐自身も6年前に村を出たと言っていたし、証言は一致している。

しかし、逃げるようにってのは、気に掛かるな。

それも含めて、彼女に後で聞いてみる必要があるだろう。

……その空白の6年の間に、兄貴との接点がないとも限らない。

正直な話し、俺に無邪気な笑顔を向け、他者に怯える様子さえ見せる彼女が、あのクソ兄貴の刺客だとは思いたくはないが。

それに、彼女は仮にも俺の妹だと名乗り、俺を心から慕ってくれているのが分かる。

そんな彼女を疑うなんて真似は、少なからず俺の胸を締め付けていた。


『……気持ちは分かるが、努々油断するでないぞ?』

「……わぁってるわ。相手はあの兄貴や、何があっても不思議やない」


心配そうな様子で言った学園長に、俺はいつになく真面目な口調で、そう返していた。

そう、いくら用心を重ねても、用心し過ぎるということはないのだ。

例えそれが、血を分けた肉親を疑っているとしても。

あの兄貴なら、人の心さえ、良いように操れる可能性があるのだから。


『……うむ。出来るだけ早く、彼女の母親と接触できるよう計らおう。それまでは、スマンが辛抱してくれ』

「別にあんたが謝ることとちゃうやろ? ……よろしく頼むわ」


学園長が了承の言葉を告げるのと同時に、俺は終話ボタンを押した。

もし霧狐が、こんなときに来ていなければ、もっと素直に、肉親に会えたことを喜べただろうに。

柄にもなく、センチメンタルな気持ちになりながら、俺は桜の花が舞う空を仰いだ。


「コタくーんっ!!」

「お兄ちゃーんっ!!」

「お?」


女子寮の方から呼びかけられたことで、俺は一端思考を中止した。

振り返ると、さっきとは違う服に身を包んだ霧狐の手を引いて、木乃香がこちらへと駆け寄って来ていた。

その少し後ろを、慌てた様子で刹那が付いて来ている。

木乃香に手を惹かれた霧狐は、先程までの怯えようが嘘のように、楽しげな笑みを浮かべていた。

釣られて、俺も笑みを浮かべる。

先程の学園長との会話で感じた暗い気持ちが、少しだけ払拭された気がした。

俺の下まで辿り着くと、霧狐は嬉しそうにはにかんだ。


「お兄ちゃん、木乃香がお洋服貸してくれたんだよ」


似合うかな? と霧狐はその場で両手を広げて見せた。

俺は笑顔でそれに頷いて、改めて、木乃香と刹那に礼を言った。


「ああ、良く似合うてる。木乃香、刹那、ホンマおおきにな」


俺の言葉に、木乃香ははんなりと笑って首を振り、刹那はそれを見て、楽しそうに笑みを浮かべた。


「別に構へんよ。こんな時間にお風呂に入るん、新鮮でおもろかったしな」

「ええ、屋敷にいたころの水浴びを思い出しました」

「そう言ってもらえると助かるわ」


二人と談笑していると、ぎゅっ、と霧狐が俺の手を握った。


「刹那も木乃香も、すっごく優しいね。キリにお姉ちゃんがいたら、あんな風なのかな?」

「あはは、何やったら、今度からウチのことは『お義姉ちゃん』て呼んでくれても……」

「きっ、霧狐腹減ってへんか!?」


木乃香が馬を射ようとしたため、俺は慌てて彼女の言葉を遮った。

た、頼むからこんな無垢な子を、そういうのに巻き込むのは勘弁してくれ。

木乃香はおもしろくなさそうに俺をジト目で見ていたが、もうそれはこの際スルーの方向で。


―――――きゅるきゅる……


俺の言葉に反応したのか、霧狐の腹が、可愛らしい声を上げた。


「あ、あう……そう言えば、昨日から何も食べてなかったよ……」


恥ずかしそうに霧狐は頬を赤らめて苦笑いを浮かべた。

まぁ、一晩中刀子先生達と追いかけっこをしてたんだ、食事してる余裕もなかっただろう。

俺はにっと笑って、彼女に言った。


「ほんなら、飯食いながらゆっくり話すか。俺に用事があってんやろ?」

「うんっ!! お兄ちゃんに聞きたいことが、たくさん、たくさんあるんだよっ!!」


霧狐は目一杯の笑顔で、そう頷いた。


「ちゃんと門限までに送ってきたらなあかんえ?」


いつの間にか、普段通りの笑顔に戻った木乃香が、俺にそんなことを注意する。

俺は笑顔で頷いて、それに返事した。


「わぁっとるよ。刹那、スマンけど、今晩はよろしゅうな」

「はい、私も妹が出来たみたいで、少し楽しみにしてますから」


俺の言葉に、刹那は優しい笑顔で頷いてくれた。

そんな二人に笑顔で手を振って、俺は霧狐の手を引いて歩き始める。

手を振り返す二人が見えなくなるまで、霧狐はずっと手を振り続けていた。


「お兄ちゃん……」

「ん?」


二人の姿が見えなくなって、不意に霧狐が俺の名前を呼んだ。


「人間って、怖い人ばっかりじゃないんだね……」


霧狐はどこか切なそうに、愛おしそうに、そう呟いていた。

だから俺は、彼女と繋いでいた右手と、反対の左手で、優しく彼女の頭を撫でて答えた。


「……ああ、そうやで。俺の仲間はな、みんなそういうやつばっかりや」


いつか霧狐にも紹介してやる、そう続けて微笑むと、今度は満面の笑みを浮かべて、霧狐は頷いた。


「うんっ!! 楽しみにしてるね!!」










女子寮を後にした俺は霧狐と二人で、世界樹の広場まで来ていた。

霧狐はしきりに世界樹を見上げて、すごいすごいと声を上げていて、その様子がとても微笑ましかった。

いつか高音と話したカフェテリアで、食事を済ませて、今は食後のティータイムを味わっているところだ。


「ふぅ~~~……すごいね。人の街って、こんなにいろんなものがあったんだ……」


注文したココアを一口啜って、霧狐はまたも関心の言葉を零していた。

本当に、何も人里のことを知らずに育ったらしい。

俺は苦笑いを浮かべながら、霧狐にこれまでの事を尋ねてみようと思った。

しかし、俺が言葉を紡ぐよりも早く、霧狐がこんなことを呟いていた。


「……キリが半妖じゃなかったら……ううん、ちゃんと力を使えれば、ママとこんな場所で暮せたのに……」


悲しげな、悔しそうな表情で、本当にぽつりと、零すように霧狐は呟いた。

力を使えない? どういうことだ?

麻帆良に来たばかりの俺みたいに、魔族としての魔力が引き出せないということだろうか?

いや、それにしては、霧狐の様子は、随分と思いつめているような様子だった。

俺は改めて、霧狐にこれまでどうやって過ごして来たのかを尋ねてみようと思った。

それが決して、穏やかな日常ではなかったことは、想像に難くない。

しかし、それでもなお、そこに踏み込まなければ、俺は彼女と、本当の意味で『兄妹』になれないと、そう感じた。

だから俺は、もしかすると霧狐にとっては、思い出すことさえ苦痛なのかもしれないその記憶を、彼女に求めた。


「霧狐は、これまでどうやって暮らしてたんや? 何で、自分のお袋と二人だけで生きてきたんや?」


その俺の問い掛けは、霧狐にとって想定の範囲だったのかもしれない。

さほど驚いた様子はなく、しかし、霧狐は悲しげに目を伏せて、しばらく、どう答えたものか、迷っている様子だった。

やがて、考えがまとまったのか、霧狐はゆっくりと顔を上げ、重々しくその可愛らしい唇を開いた。


「霧狐はね、妖の血に負けたんだ……」


その言葉を皮切りに、霧狐の口から、少しずつ、少しずつ、彼女が歩んできた物語が紡がれ始めた……。










それは、今から十年以上の昔の出来事。

とあるイタコの集落で生まれた、少女のとある失敗から、全ての物語は始まった。

その少女は、優秀なイタコの家系に三女として生を受けた。

優秀な両親の血を受け継いだ二人の姉と比べ、少女は魔力が少なく、使える術も一向に増えなかった。

いつもいつも、優秀な姉と比べられ、少女は劣等感にさいなまれ続けていた。

そんなある日、少女は家の書庫から、とある術が記された呪術書を持ちだした。

その書物は、実体を持った妖怪、魔族を召喚する、特殊な召喚術を記したものだった。

これに成功して、強大な妖怪を使い魔に出来れば、姉たちを見返すことが出来る。

そう思った彼女は、居ても立ってもいられず、霧の濃いある晩、家を抜け出し、村はずれの森で一人、召喚術を実行した。

しかし少女の考えは甘かった。

たとえ、召喚に成功したとしても、彼女の魔力では、契約出来る妖怪などたかが知れている。

もし自身の力量を、はるかに上回る妖怪を召喚したら?

そしてその妖怪が、決して人間に友好的でなかったなら?

そんな可能性を、少女は全く考えていなかったのだ。

しかし、少女の期待通り、召喚術は成功してしまった。

彼女が呼び出したのは、大人10人分はあろうかという、巨大な蛇の妖怪だった。

すぐに契約を結ぼうとする少女だったが、案の定と言うべきか、大蛇は静かに首を横に振った。

そして、大きく裂けた口を三日月に歪めて、少女にこう言った。


『身の程を知れ小娘。貴様なんぞ、我が糧となれるだけでも光栄だと知るが良い』


少女の顔から、さっと血の気が引いた。

確実に殺される、少女は本能的に、そう感じたという。

しかし彼女には、その死に抗う術はなかった。

後悔とともに、自分の愚かな行為に絶望したその瞬間だった。

どういう訳か、彼女が描いた召喚陣が、再び輝いたのだ。

そこから現れたのは、黒い髪に、肉食獣のような闘気を放つ、獣染みた一人の男だった。

その男は、腰に下げた太刀を引き抜くと、それを大蛇に付きつけてこう言った。


『テメェ……何、良い女泣かせてんだ?』


そして男は、自らに向かって大口を開け、禍々しい牙を剥いたその大蛇を一刀の下に斬り伏せた。

それは紛れもなく、少女が望んだ、強大な、揺るがぬ力の顕現に相違なかった。

男は刀についた血を払い、それを鞘に納めると、少女に駆け寄りその頭を優しく撫でて、笑みを浮かべた。


『安心しろ。もう大丈夫だからよ』


その笑顔に、少女は一目で恋に落ちた。

何としてでも、その男を自身のモノにしたい。

そう思った少女は、男に想いの丈を、自らが召喚陣を描いた理由を包み隠さず話した。

しかし、男は首を縦に振ることはなかった。

男にとって、自分以外の誰かの命で闘うことは、その矜持に対する、最大の反逆だったのだ。

少女は俯き、もう一度絶望を感じていた。

しかし次の瞬間、男は何を思ったのか、少女を抱き寄せると、彼女の耳元でこんなことを囁いたのだ。


『……お前のモノにはなってやれねぇが、お前を俺のモノにしてやることはできるぜ?』


今一度、少女は、それに抗う術を持たなかった。





それから数日が経ち、少女はあの一夜を、自分の夢だったのではないかと感じるようになっていた。

しかしながら、鮮烈残る、あの男の斬撃が、自分を抱き寄せた力強い腕の感触が、全てがその夜の出来事が、現実だったと思い知らせた。

そして、その一夜の出来事が、現実だったと決定付ける出来事が起こる。

少女はあの男の子を身籠っていたのだ。

周囲はその事実を訝しみ、少女に厳しく問い詰めた。

少女は止むに止まれず、全ての事情を両親に打ち明けた。

その事実に、少女の父は怒り狂い、母もまた、厳しく少女をなじった。

それでも少女は、愛しいあの男の子を産みたいと、この手で育てたいと、自らの意志を、最後まで貫いた。

そして1年の歳月が過ぎ、少女は子を産んだ。

狐の耳と尾を持った、元気な女の子だった。

イタコの家系であった少女にとって、その娘が持つ特徴は、一層娘を愛おしく感じさせた。

少女は母となり、その娘に『霧孤』と名付けた。

濃霧の中で出会った得体の知れぬ強い男、その男との間に授かった狐の娘という名を。

あれだけ出産に反対していた両親も、霧狐が狐の半妖であったこと、父譲りの強い魔力を有していたこと。

そして何より、霧狐の無垢さ、純粋さにほだされて、いつしか自らの孫として可愛がるようになっていたという。

特に祖母は、霧孤の母が子どものときよりも、幾ばくも優秀だと彼女を褒め、手ずから術を指南してくれた。

狐の半妖であった霧狐は、物心ついたころから火を操る術を得意とした。

それに目を付けた祖母は、より強力な火術を霧狐に授けようと、霧狐が6つになったある日、彼女を外に連れ出した。

しかしその祖母の好意が、悲劇を招いた。

今まで以上の魔力を引き出そうとした霧狐は、自らに流れる妖怪の血に負け、理性を失った。

霧狐は魔力を使い果たすまで暴れ、村の家屋という家屋を焼いた。

一尾だった霧狐の尾は、いつの間にか二尾に裂けていた。

魔力を使い果たした霧狐は、母と祖父の手によって、家に貼られた結界の中に寝かされた。

目を覚ました霧狐の耳に入って来たのは、喧々諤々と言い争う、母と祖父母、家を焼かれた村人たちの声だった。


『……妖怪なんぞと契るから、こんなことに……』

『……幸い怪我人は出なかったが、いつまた、このようなこと起こるか分からんぞ!?』

『……やはり産むべきではなかったのだ!!』

『……家を焼く霧狐の目は、とても人がするようなものじゃなかった!!』


あれだけ自分に優しくしてくれた祖母までもが、霧狐を強く罵っていた。

指一本すら動かせぬ程に封じられた状態で、霧狐は己が行ったらしい惨劇を耳にし、ただただ身を震わせた。

やがて、霧狐の祖父がこう言った。


『……已むを得ん。こうなっては、次にこのようなことが起こる前に、あの子を殺す外あるまい』


そうか、自分は悪いことをしたから、お祖父ちゃんに殺されるのか。

けど、殺されるって、死ぬって何?

死ぬって、痛いのかな?

痛いのは嫌だな……。

動くことの叶わない身体で、霧狐はぼんやりと、そんなことを考えていた。


『……ならばそのお役目、私に任せては頂けませんか?』


我が子の命を背負うのも、母の役目だと存じますと、震える声で霧狐の母は言った。

断腸の想いであっただろう彼女の言葉に、場にいた全ての人間が息を飲んだ。

霧狐は、それで母が救われるなら、それで良いと、安心して意識を失った。






それから一夜が明け、霧狐が目を覚ますと、そこは今まで見たことのない山の中だった。

自分が母の背に背負われていることに気が付いて、霧狐は母に尋ねた。

自分はあの村で、殺されるはずではなかったのか、と。

母は少し驚いた顔をしたが、すぐに優しい笑みを浮かべて言った。


『大丈夫、キリはママが護るから』


それからは母と二人、転々と住まいを変えながら、自給自足の生活を続けた。

最初の3年目程は、村からの追手と、交戦することも何度かあった。

その最中、霧狐は何度か暴走することもあったが、母のおかげで、今まで人を殺めることはせずに済んだ。

泣きながら謝る霧狐に、母は同じように泣いて謝った。

自分に才能がなかったばかりに、霧狐に悲しい想いをさせてしまっている、と。

しかし、霧狐はそうは思わなかった。

自分は母のおかげで、今も生きていられる。

母のおかげで、辛くても、人の温かさを感じながら生きていられる。

母は自分にとって無二の、何物にも代えがたい、かけがえのない、大切な存在だった。

だからこれは、自分のせい。

妖怪の血を抑えられない、自分が招いている災害。

自分に、この血を抑える力があれば。

妖怪の血に負けない、精神力があれば。

もう母を悲しませずに済むのに……。

そんな想いを抱きながら、霧狐は村を出てからの6年間を過ごして来た。









霧狐の話を聞いた俺は、思わず息を殺していた。

それも当然だろう。

自分も大概酷い半生を送って来たと思っていたが、霧狐は自分より幼い頃から、過酷な道筋を歩んで来ていたのだから。

全てを話し終えて、霧狐は俯きながら、こう続けた。


「3年前にママが口寄せでパパを呼んで、キリにお兄ちゃんがいるって初めて知ったの」


恐らくその口寄せも、たまたま成功しただけのものだったのだろう。

その中で得られた、二人に残された数少ない希望が、俺の存在だったという訳だ。

それは血眼になって探しもする。


「けど、お兄ちゃんのいた村にキリたちが着いた時には、もうそこに何も残ってなくて、近くに住んでた呪術師さんにママが聞いたら、少し前に全滅したって言われて……」


その絶望に打ちひしがれながら、彼女たちは今まで、逃亡生活を続けて来たのだろう。

頼るものは、互いに母子しかいない状況で。

そこまで話して、俯いていた霧狐が、突然顔を上げた。

目には大粒の涙が滲んでいたが、その表情は、まるで死地で希望を見つけたかのような笑顔だった。


「……だから、お兄ちゃんが生きてるかもって知ったとき、キリはすごく嬉しかったよ」


自分と同じような宿命を背負った者が、この世界にまだいるという事実に。

しかし、彼女の喜びは、それだけが理由じゃなかったらしい。


「もしかしたら、お兄ちゃんなら、妖怪の血に負けない方法を知ってるかもしれない。それを教えてもらえたら、キリはもうママを悲しませなくて済むかもしれない」


そう思ってここまで来た、と霧狐は涙ながらに言った。

……そうか、そのために、危険を押して、麻帆良に侵入したのか。

これで、彼女が必要以上に他人を恐れる理由にも納得がいく。

幼い頃から、命を狙われ続けて来た彼女にとって、己と母意外に、味方の無い生活を送ってきた彼女にとって、見知らぬ者は全て敵に違いなかった。

だから、半妖である自分を否定せず、その存在を受け入れてくれた木乃香の優しさを喜び。

自分と同じ、半妖としての宿命を背負った刹那に、僅かばかり心を開いたのだろう。

そこまで考えて、俺はゆっくりと目を閉じた。

……やはりこの子は、学園長が危惧するような、そんな存在じゃない。

霧狐の過去を聞いた今、俺にはその確信があった。

ならば俺は、彼女の兄として、出来得る限りの、全てをしてやりたい。


『弟を守るんは、兄貴の役目や』


いつか、頼もしい笑顔とともにそう言った、兄の姿が脳裏をよぎった。

だからきっと、今俺が浮かべようとしている表情も、霧狐にとって、そう在って欲しい。

そんなことを願いながら、俺は霧狐に笑みを向けていた。


「……なら、これからしっかり自分のこと鍛えたらんとあかんな」

「え……?」


言葉の意味が分からなかったらしい。

霧狐は、目を白黒させて、不思議そうな声を上げた。


「妖怪の血に勝つには、強い精神力が必要なんやて。せやから、それを身に付けられるよう、俺が自分のこと鍛えたるわ」

「け、けどっ、キリはいつ追手に狙われるか分からないんだよっ?」


俺の提案が、一朝一夕で成り立たないことに気付いて、霧狐は慌ててそう尋ねた。

それはそうだろう。

だったらなおのこと、霧狐には……いや、霧狐の母親にも、麻帆良にいて貰った方が都合が良い。


「やったらなおさら、自分には俺の傍におってもらわんと困るな」

「ど、どうしてっ?」


もう一度、俺は力強く笑って、不安そうな顔をする霧狐に言った。


「―――――近くにおらんと、その追手から自分らを護られへんやろ?」

「っっ!?」


息を飲んだ霧狐が、ぽろぽろと大粒の涙を流した。

それは自分の命を危険に曝す行為だっていうのは、十分に理解している。

しかしそれは、俺が彼女を遠ざける理由になりはしない。

彼女が俺を頼って、俺との血の繋がりだけを信じてここまで来たというのなら、彼女はもう、俺にとって『大切な存在』だ。

俺が望んでいるのは、それを護るための力であり、それを護る生き方だ。

ならば甘んじて、その危険を俺は飲み込もう。

それが、霧狐と俺の絆になると、俺はそう信じていた。

霧狐の母親に関しては、学園長に頭を下げることにはなるだろうが。

それでも、麻帆良以上に安全な場所は日本にはないだろう。

そういう意味でも、霧狐が俺を頼ってくれたのは僥倖だったと言える。

可愛い顔をくしゃくしゃにして、霧狐は涙を流した。

溢れだした涙は、止まる事を知らず、彼女がそれを拭っても、次から次へと零れていった。


「へ、変だよっ……悲しくないのにっ……嬉しいのにっ、涙、止まんないよぅっ……」


嗚咽を零し続ける彼女の頭に、俺はそっと手を伸ばした。


「何や、霧狐は泣き虫さんやなぁ」


そんなんじゃ、いつまで経っても強くなれへんぞ、と冗談めかして言うと。

霧狐は溢れる涙をそのままに、嬉しそうにはにかんで、何度も何度も頷いた。


「ぐすっ……うんっ、キリ、強くなるよっ……ありがとう、お兄ちゃんっ……ありがとうっ……」


自分自身に誓うように、霧狐は何度もそう言った。

そんな彼女の様子が嬉しくて、俺はもう一度笑みを浮かべて、彼女の頭を撫でた。

彼女が泣き止むまで、ずっと。











霧狐が泣き止んでから、俺たちはしばらく他愛のない話をしていた。

といっても、霧狐の質問に俺が答えていただけだが。

それでも互いに違う時間を過ごして来た俺たちは、それだけのやり取りで、どこか本当の『兄妹』に近付けたような気がしていた。

嬉しそうに笑う霧狐の様子を見ていると、本当に心が温かくなる。

やはり、家族というものは良いな……。

久しく忘れていた感覚に、思わず頬が緩んでいた。


「ねぇ、お兄ちゃん。ずっと気になってたんだけど、その袋って何が入ってるの?」


不意に、霧狐が俺の持つ竹刀袋を指して言った。


「何でかな、ずっと懐かしい匂いがするの……」


不思議そうに首を傾げながら言う霧狐。

さすがは狗族の端くれ、鼻は相当に効くらしい。

まぁ、俺のことも匂いで見つけてた節があったしな。

本来はこんな公共の場で披露するような品じゃないんだが、まぁ本物とは思われないだろうし、出しても構わないかな?

そう思いながら、俺はおもむろに、影斬丸を竹刀袋から取り出した。


「それ……カタナ?」

「おう、銘……名前は影斬丸。俺が唯一親父から貰ったもんや」

「パパからっ!?」


親父という言葉に、霧狐はがばっ、と身を乗り出した。

さっきの霧狐の話を聞く限り、霧狐の母親は、親父に大分幻想を抱いてるみたいだったからな。

そんな母親から親父の話を聞いていた霧狐も、相当に親父のことが気になっているのだろう。

霧狐は目を爛々と輝かせて、黒い鞘に収まった影斬丸と俺の顔を交互に見ていた。


「え、えと……触っても平気かなっ?」

「ん? まぁ、構へんで。ただ危ないから抜いたらあかん」


それ以上に、影斬丸の魔力にあてられて、霧狐が暴走すると敵わないからな。

今はそれでも、俺の方が強いだろうが、さすがにこんな大勢人がいる前でそれをやるのは勘弁してほしい。

そんなことを考えながら、霧狐に影斬丸を手渡すと、彼女は恐る恐るそれを受け取って、すんすん、と可愛らしく鼻を鳴らした。


「……これ、パパの匂いだったんだ……だから懐かしかったんだね……」


そう呟いて、霧狐は愛おしむように、影斬丸を見つめた。

俺と違って、親父所縁の物を何も残されていない様子だし、彼女にとって、この刀は親父を知るための数少ない断片なのだろう。

そう思いながら、俺は刀を見つめる霧狐を、優しく笑みを浮かべて眺めていた。

そんなときだ。


『わおーんっ!! わおーんっ!!』


「うひゃあっ!?」


携帯がけたたましく遠吠えを上げた。

その音に驚いた霧狐が、慌てて影斬丸と落としそうになっていた。

おっかなびっくりという様子で、こちらをじっと見つめてくる。

そんな様子に苦笑いを浮かべて、俺は携帯の背面ディスプレイを覗いた。

表示は『麻帆良学園』となっていた。

恐らくは学園長だろう。

最後に連絡して2時間ばかりが経っているしな。

霧狐の母親と連絡がついたのかもしれない。

とはいえ、霧狐にその話を聞かせるのは気が引けるな。

スピーカから離れていても、彼女の耳だと、通話が聞き取れるだろうし。

自分が今の今まで疑われていたなんて、とてもじゃないが気分の良いものじゃないだろう。

俺は仕方なく、霧狐に謝りながら席を立ち、男子トイレまで駆けて行った。


「もしもし?」

『もしもし、中々繋がらんから手遅れだったかと思ったぞい』


その様子では、大丈夫そうだ、と学園長は、心底安堵したような様子でそう言った。

俺はその言葉の意味を図りかねて、学園長に尋ねた。


「どういうことや? 霧狐の母親と連絡が取れたんとちゃうんかい?」

『うむ、なかなか探すのに骨が折れたがのう。しかし、そのおかげでちょっとばかし厄介なことになってしもうた』


電話越し学園長の声は、今朝と同じ、切迫したというか、重々しい雰囲気を纏っていた。

俺も頭を完全に切り替えて、その言葉の続きを促す。


「厄介なことって、どういう意味や?」

『うむ……結論から言うと、霧狐君に黒の可能性が出て来た』

「なっ!? そんなバカな話しがあるかいっ!!!?」


俺は周囲の目も気にせず、電話越しの学園長に怒鳴っていた。

霧狐が黒だと? そんなバカなことがあって堪るか!?

母のために強くなりたいと、人の優しさに涙を流すような、そんな彼女が兄貴の片棒を担いてるなんて、そんなはずはない。

彼女の見せた表情が、俺に聞かせた話が全て演技だなんて、そんなこと信じたくはなかった。


『気持ちは分かるが、落ち着いてくれんか……本来初めに気が付くべきだったのじゃ、彼女がここに来たということは、何者かが君の存在を九条親子に示唆したはずじゃと』

「っっ!?」


学園長の言葉に、俺ははっとした。

そうだ……何で今までそれに思い至らなかった。

そもそも、霧狐みたいな子どもが、単身麻帆良に乗り込んで来るなんて、不可能に近いのに。

つまり彼女に俺の存在を伝え、麻帆良への侵入を手引きした第3者の存在があったはずだ。

学園長は相変わらずの調子で、話を続けた。


『母親の話じゃと、3日前に出会った旅の呪術師から、君の話を聞いたそうじゃ』

「3日前? ……おいジジィ、まさかその旅の呪術師いうんは……」


奴が姿を見せたのは1週間前、5日前ということは、皮肉にもちょうど計算が合う。

俺は最悪の想像をしながら、その呪術師が何者なのか学園長に尋ねた。

出来ることなら、俺の期待を裏切って欲しいと、そう願いながら。

しかし学園長が口にしたのは、無情にも、俺が最も忌避していた男の名だった。



『―――――呪術師はただ、半蔵、と名乗ったそうじゃ』



―――――ズドォォンッッ……



俺が息を飲んだのとほぼ同時、霧狐が待つ場所から、膨大な魔力と衝撃が感じられた。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 40時間目 甘言蜜語 ……なぁ? これって番外編扱いじゃねぇの!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/27 14:30



SIDE Kiriko......



誰かから電話が掛かってきて、お兄ちゃんはどこかに走って行っちゃった。

すぐ戻るって言ってたから、キリはここで待ってた方が良いよね?

キリは、パパの刀、影斬丸をぎゅって握りしめて、お兄ちゃんを待つことにした。

……やっぱり、麻帆良に来て良かったな。

お兄ちゃんは、キリが思ってたよりもずっと優しくて、思ってたよりずっと格好良かった。

ママから聞いてたパパも、きっとあんな感じだったのかな?


『―――――近くにおらんと、その追手から自分らを護られへんやろ?』


初めて会ったばかりのキリのことを、ちゃんと妹だって信じてくれて、キリだけじゃなくて、ママのことも護ってくれるって言ってくれた。

キリはお兄ちゃんがどれくらい強いのか知らなかったけど、きっとお兄ちゃんなら、キリたちをちゃんと護ってくれる。

理由は全然分かんなかったけど、不思議とそう思えた。

嬉しくて、嬉しくて、泣いちゃったキリの頭を、優しく撫でてくれたお兄ちゃんの手はとても温かかった。

木乃香にぎゅってされたときみたいに、胸がほわってなった。

それが嬉しくて、キリはまたたくさん泣いちゃったんだけど……。

お兄ちゃんに教えてもらえば、きっといつか、妖怪の血にも負けないくらい、強くなれるよね?

……ううん、強くならなきゃダメなんだ。

そうすれば、もう誰かを傷つけたりせずに済むもん。

ママのこと悲しませたりしないで済む。

だからお兄ちゃんに頼ってばっかりじゃなくて、キリはちゃんと、自分の意志で強くならなくちゃ。

そう思って、キリは影斬丸を握る手にもう少し力を込めた。


『……どうやら、上手く兄貴に会えたみたいやな?』

「っっ!? は、半蔵っ!?」


急に声を掛けられて、キリは周りをキョロキョロ見た。

けれどどこにも、半蔵は見つからなかった。

キリは耳に自信があるから、一度聞いた人の声なんて、聞き間違うはずないのに……。

そう思ってたら、半蔵はもう一度、キリに声を掛けてきた。


『ああ、近くにはおれへんよ。自分が麻帆良に入るときに、ちょっと細工しててん』

「そ、そうなんだ……これが念話っていう術なのかな?」


キリがびくびくしながら聞いたら、半蔵は楽しそうに、似たようなもの、って教えてくれた。

そうだ、半蔵にもちゃんとお礼言わないと……。

きっと半蔵がいなかったら、キリはここまで辿り着けなかった。

お兄ちゃんや、木乃香や刹那に会うことはなかったと思う。

だから、キリは心から、半蔵にお礼を言った。


「ありがとう。半蔵のおかげで、ちゃんとお兄ちゃんに会えたよ」

『いやいや、礼には及ばへんよ。どうせわいもここに用事があったさかい』

「用事?」


キリがそう聞いたら、半蔵は、大したことじゃない、って教えてくれなかった。


『それよか自分、今、親父さんの刀持っとるな?』

「え? う、うん、お兄ちゃんに貸してもらってるよ」


念話ってすごいね。

半蔵は近くにいないって言ってたのに、キリが何をしてるのか、見えるみたいなんだもん。

キリが返事をしたら、半蔵はそうか、って嬉しそうに返事をした。

どうして嬉しそうなんだろ? 何か良いことがあったのかな?


『―――――なぁ嬢ちゃん。せっかくや、その刀抜いてみぃ』

「えっ!? だ、ダメだよっ、お兄ちゃんに、危ないから抜いちゃダメって言われてるもん……」


半蔵に、慌ててキリはそう返事した。

けど本当は、さっきから影斬丸を抜いてみたくて仕方がなかった。

パパの刀が、どんな形で、どんな魔力を持ってるのか、見てみたかった。

きっと、すごくきれいなんだろうな……パパの刀は……。

だって、今までたくさんの……


―――――人と妖怪の血を、啜ってきたんだから。


―――――ドクンッ……


「っっ!?」


な、何、今の……!?

魔力も使ってないのに、胸の奥がざわざわする……。

……これは、何?


『何、ちょっと刀身を覗くだけや。すぐ鞘に戻してまえば、兄貴には分からへんよ』

「そ、そう、なのかな……?」


半蔵が言ったことに、ちょっとだけ心がぐらぐらした。

……や、やっぱりダメだよっ!!

だってお兄ちゃんが、危ないって言ってたもん!!

そりゃあ、パパの刀は見てみたいよ?

けど、ダメ……だって、少し怖いんだもん。

これを抜いちゃったら、きっとキリは、キリじゃなくなっちゃう。

そんな気がして、どうしようもなく怖い。


『良えんか? ここで抜かへんかったら、その刀はずっと、自分の兄貴のもんや。自分が使えることは、もうあれへんかもしれんで?』

「あ……」


そうだ。

これは、パパがお兄ちゃんに上げた刀なんだ。

キリにくれたものじゃない。

お兄ちゃんは危ないから抜いちゃダメだって言ってたから、もしかすると、キリはもうずっと、影斬丸を使うことが出来ないかもしれない。

これは、最後のチャンスかもしれないんだ……。

そう思った瞬間、ごくり、と喉が鳴った。

……少しだけなら、いいよね?

きっと今のキリみたいに、影斬丸の刀身は、妖怪の血を引いてる人なら、きっとみんな惹きつけられちゃう。

だって……


―――――幾千、幾万の戦を斬り抜いた、血濡れの刀なんだから。


もう頭の中には、お兄ちゃんの注意なんて、残ってなかった。

熱に浮かされたみたいに、キリはただ、その黒い鞘に手を掛けて、影斬丸を鞘から抜いた。


―――――ゴォッッ……


黒い魔力の風が、途端にキリのことを包み込む。

途端にキリの中に、強い魔力が流れ込んで来る……これって、お兄ちゃんの魔力かな?

すごい……これが、影斬丸の力なんだ……。

握ってた鞘は、いつの間にか、黒い風と一緒に消えちゃってた。


『……どうや? 自分の親父の刀は?』


刀を抜いたキリに、半蔵が楽しそうに……ううん、愉しそうに聞いた。

だからキリは、いつもとは違う笑い方で唇を歪めて、頷いた。


「うん、想像以上だったよ。これなら、何人追手が来たって……」


―――――きっと、全部一振りで殺せる。

それくらい、影斬丸から流れて来る魔力は大きかった。


『ははっ、そりゃあ重畳……しかし、そうなるとあれやな……試し斬り、したくあれへんか?』

「試し斬り? ……そうだね……」


半蔵の提案に、キリは少し考え込んだ。

試し切りじゃなくて、試し斬り……つまり斬るのは、物じゃなくて、生きてる人間。

そんなに都合良く追手が襲って来てくれるとは思えないし……試し斬りは無理なんじゃないかな?

そう思ったんだけど、半蔵は違ったみたい。

くつくつって喉を鳴らして、こんなことを言った。


『なぁに、斬る相手なんて、ここには仰山おるやないか』

「……無抵抗な人を斬るの?」


それは何か違う気がした。

刀を振って、上がる血飛沫が愉しいのは、相手が必死になってるから。

抵抗もしない人間を斬ったって、何も愉しくなんてない。

キリがそんなことを考えているのに気付いたのか、半蔵はうーんって唸って、こんなことを言い出した。


『なら、あの神鳴流の小娘ならどうや? 嬢ちゃんの兄貴と一緒におった、半妖の女や』

「半妖……刹那のこと?」

『あー……確か、そんな名前やったかな?』


半蔵に言われて、キリはまた少し考えた。

……刹那かぁ……お兄ちゃんと一緒に、剣術の稽古してたんだよね?

それなら、かなり強いのかな?

だって刹那も、妖の血に負けてないみたいだったし。

うん、それならきっと、愉しい闘いができ……。


『―――――よろしくお願いします、霧狐さん』


「―――――っっ!?」


急に、優しく手を差し伸べてくれた、刹那の笑顔を思い出した。

き、キリ、今何を考えてたの……!?

いつの間にか、影斬丸も抜いちゃってるし、いったいどうして!?

慌てて鞘を探したけど、影斬丸の鞘はどこにも見当たらなかった。

ど、どうしよう!? お、お兄ちゃんに抜いちゃダメって言われてたのに!!

そんな風に慌ててたら、また頭の中に直接、半蔵の声が響いてきた。


『ちょうど良えんとちゃうか? あの小娘がおらなんだら、きっと自分の兄貴は、もっと自分のこと見てくれるで?』

「え……?」


一瞬、半蔵が何を言ってるのか、キリには分からなかった。

けど、すぐに小娘が刹那のことだって気が付く。

……そう、なのかな?

刹那を殺したら、お兄ちゃんは、もっとキリのこと、可愛がってくれる?

……何だか、それは、とても魅力的なことだと思っちゃった。

それにやっぱり、刹那と闘うのはとっても愉しそうだったし……。

キリは結局、その誘惑には勝てそうになかった。


『くくっ……何やかんや言うても、やっぱ自分はあいつの妹やな。……小娘の居場所くらい、嬢ちゃんの鼻なら一発やろ?』

「うん、すぐに分かると思うよ」


どこかで見てる半蔵に、キリは笑顔で頷いた。

それに足の速さなら、きっとお兄ちゃんよりもずっと早い自信があった。

だってこの6年間、キリはずっと逃げ続けて生きてたんだから。

影斬丸から流れ込んで来る魔力と、それに呼ばれて、溢れそうになってる自分の魔力。

その両方を、キリは自分の足に込めた。

使うのは、前に追手の人が使ってた『縮地无疆』っていう技を、キリが改造した移動用の技。

だってあの技、移動距離が長いけど、小回りが利かなかったんだもん。

にぃ、って唇を歪めて、キリはその技を使った。


「歩法―――――舞姫」


―――――ズドォンッッ……


音を置き去りにするくらいの速さで、キリは刹那の匂いがする方へ飛び出した。

……待っててね、刹那。


―――――今までで、一番愉しい闘いをしようね?



SIDE Kiriko OUT......










SIDE Hanzo......



「思ったより強情な嬢ちゃんやったな」


学園結界の境界ギリギリにある森の中で、わいはそう一人ごちてた。

それでもまぁ、あっけないもんや。

ちょっとしたきっかけをくれてやったら、あっさり暴走してもうてたもんな。

前に近衛の小娘を殺りそこねたときに、小太郎の刀が狗族の魔力を引き出してたんは分かってたし。

上手いこと事が運んでくれて助かったわ。

しかしまぁ、ここで簡単に嬢ちゃんがやられてもうたら、話にならんのやけど……。


「神鳴流の小娘相手なら、心配いらへんな……」


小太郎と同しで、クソ甘いあの小娘のことや。

きっとあの子狐と小太郎のこと気にして、自分が殺されそうになっても、子狐を殺すことは出来ひんやろう。


「あの嬢ちゃんの尾が、せいぜい5尾くらいになるまでは保ってくれんとな……」


恐らく、それがあの嬢ちゃんの限界やろうからな。

一番厄介なんは、嬢ちゃんが覚醒しきる前に、小太郎や他の魔法使いどもが集まってまうことやけど……。


「気ぃは進まへんけど……保険は賭けた方が良えな……」


わいはポケットから、前回、酒呑童子を呼び出した符と同じものを3枚取り出した。

全体的な魔力量は、前の6割程やけど、撹乱に使うんなら十分やろう。

今回はこいつが主役とちゃうしな……。

反対側のポケットから、わいは酒呑童子のそれと同し造りやけど、全く異質の、そしてより強力な魔力を持った符を取り出し見つめた。


「……直に出番や……楽しみにしとれよ? 玉藻御前……」


くつくつと喉を鳴らして、わいは酒呑童子の符を出来るだけ離れた場所に放った。

さぁ、暴れろや酒呑童子……妖の姫が舞うんには、前座が必要やさかいな。


「さぁて……わいも嬢ちゃんとこに急がんとな……」


三日月の形に唇を歪めて、わいは嬢ちゃんが向かった場所へと向かった。



SIDE Hanzo OUT......









SIDE Sestuna......



小太郎さんと霧狐さんを見送ってから、私はお嬢様と連れだって、昼食を食べに出ていた。

食べ終わった後、お嬢様が霧狐さんに夕食を御馳走したいとおっしゃったため、今はその買い出しをしている。

両手いっぱいにスーパーの袋を抱えていながらも、私の表情はどうしても綻んでしまっていた。


「大丈夫? せっちゃん。重たない?」


心配そうに顔を覗きこんでくるお嬢様に、私は笑顔で頷いた。


「これくらい、何ということはありませんよ」

「あははっ、せっちゃん鍛えとるもんな?」


そう言って、お嬢様は楽しそうに笑われた。

……本当のことを言ってしまえば、少し小太郎さんが羨ましかった。

経緯は違えど、家族を失くしてしまった私には、小太郎さんの孤独が良く分かったから。

血の繋がった家族に会えることが、どれだけ幸せなことか、それも良く分かってしまったのだ。

しかし、そんな子ども染みた嫉妬も、お嬢様の様子を見ていると、途端にバカらしく思えてくるから不思議だ。

お嬢様はきっと心の底から、小太郎さんが霧狐さんに出会えたことを祝福しておられる。

彼が天涯孤独でなかったことに、純粋に喜びを感じていらっしゃる。

その優しさに触れてしまうと、自分がいかに幼稚だったか、思い知らされて恥ずかしい。

だから今日の晩は、たくさん霧狐さんと言葉を交わそう。

お嬢様が感じておられるその喜びを、少しでも分かち合えるように。

そして私も、心からお二人の出逢いを祝福できるように。


「コタ君とキリちゃん、今頃何しとるんかなぁ?」


不意に、お嬢様が首を傾げながらそんなことをおっしゃった。

もうあれから2時間以上が経っている。

昼食は食べ終えている頃だろうし、お互いの身の上話にでも花を咲かせているのではないだろうか。


「きっと今頃、楽しくお話してるに違いありませんよ」

「……そうやな。コタ君とおると、何や胸が温かくなるもんなぁ……」


少し頬を上気させて、お嬢様は空を仰がれた。

そんなお嬢様の様子を見て、私も小太郎さんの笑顔を思い出した。

少しだけ、顔が熱くなるのを感じた。


「……やっぱ、将を射るなら馬から言うし、ちゃんとキリちゃんとは仲良くならんとな!!」


ぐっ、と両拳を握りしめて、お嬢様は決意の表情でそうおっしゃった。

へにゃん、と私は両肩の力が抜けるのを感じた。

お、お嬢様……。


「も、もしや、この夕食の準備も、そのために……?」

「へ? もちろんそうやえ? そりゃあ、本気でキリちゃんに喜んで欲しいっていうんもあるけど……せっちゃんも、そのつもりでキリちゃん泊めたるんとちゃうん?」

「い、いえっ!! わ、私はそのようなことは、これっぽちも……」

「…………(じぃ~~~~っ)」


しどろもどろになった私を、お嬢様がきょとんとした表情で見つめられる。

うっ……お、お嬢様、やっぱりお可愛いらしくなられた。

そっ、そのように熱い視線を向けられて、わ、私はどうすればっ!?

……って、そ、そうではなく!!

……こ、これは白を切り続けるのは無理そうだ。

観念して、私はがくっと首を項垂れさせた。


「じ、実は、ほんの少し……」

「あはは、せっちゃんは正直さんやなぁ」


にぱっ、とお嬢様は嬉しそうに微笑まれた。

うぅっ……あ、あの尋問は反則なのでは……?

そんなことを思いながら、私は思わず涙に暮れるのだった。


「さぁて、ほんなら早く帰って、夕食の準備頑張らんとなっ!!」


そう気を取り直すようにおっしゃったお嬢様に、私も気持ちを切り替えると、笑顔で頷いた。

そんな時だった……。


―――――ドクンッ


「? これは……魔力?」


世界樹の広場の方角から、急速に迫って来る魔力を感じて、私は瞬時に頭を切り替えた。

こんな白昼の堂々と襲撃?

……まさか、そんなバカげたこと、しようとする輩の気が知れない。

これまでの経緯を考えれば、襲撃者の正体は、小太郎さんの兄上である可能性が高かったが。

前回のことを考えると、それこそ真正面から、私ごときに感知されるような方法で突っ込んでくるとは思えなかった。


「せっちゃん? どうかした?」


急に足を止めた私を訝しく思われたのだろう、お嬢様が不思議そうな顔でそうお聞きになる。

……どうする? 仮に迫って来る魔力が敵のものだったとして、お嬢様を一人で逃がすのは危険だろう。

とは言え、本当に小太郎さんの兄上であった場合、前回の酒呑童子然り、私一人では到底お嬢様を護りきれるとは思えなかった。

……いや、その考えは間違っている。

小太郎さんなら、きっとこんなとき、例え到底敵わないような相手であっても、お嬢様を護りきって見せるだろう。

自分に持てる全ての力を賭して。

……その覚悟は当然、私にもある。

その誓いを立てて、私は麻帆良に来たのだ。

ならば臆せず、この刀一振りで、お嬢様を護って見せるのみ。

私は大きく息を吸って、現状をお嬢様に言った。


「落ち着いて聞いてください……敵が、迫っているやもしれません」

「てき? ……それって……ここで夏休みみたいな闘いになってまうってこと!?」


私の言葉に、お嬢様はそんな悲痛な声を上げられた。

人一倍お優しいお方だ、無理もない。

顔から血の気を引かせていくお嬢様に頷いて、私はこれからの方針を話した。


「敵の狙いは分かりません……前回のようにお嬢様を狙った襲撃という可能性も有ります」

「そ、そんな……誰かが怪我してまうかも知れへんなんて、ウチ嫌やっ!!」


そう、前回の襲撃時は、小太郎さんが魔力切れを起こしたのみで、奇跡的に死傷者は出なかった。

しかし、一歩間違えば、未曾有の大惨事だったのも事実。

今回も上手く事が運ぶとは限らなかった。

私はスーパーの袋を地面に起き、お嬢様の肩を掴んだ。


「落ち着いてくださいお嬢様……私も小太郎さんも、それに他の魔法使いの方々も、そう簡単にやられはしません」

「あ……う、うん。……せやんな、皆のこと信じるって、こないだんときに決めたんやった」


ようやく、お嬢様は少し落ち着いた様子で、笑みを浮かべて下さった。

……本当に、お強いお方だ。

私も見習わないとな、なんて思いながら、お嬢様に応えるように私も笑みを浮かべた。


「ともかく、ここから移動しましょう。一般の方を巻き込んでしまう恐れも有りますから」

「そうやね……けど、どこに逃げるん?」


お嬢様の言葉に、私は思考を巡らせた。

安全面を考えれば、学園長室に向かうのが上策だろう。

しかし、敵の速度は尋常ではない。

最悪、移動中に背後から襲撃を受ける危険もある。

確かこの先には、共同グラウンドがあったはずだ。

もしものときは人払いの結界を張り、そこで迎え撃つしかないだろう。

私はかいつまんで、その考えをお嬢様に伝えた。


「けど、どないして移動するん? コタ君がおらへんから、あの黒いどこ●もドアみたいなんは使えへんのやろ?」

「はい。ですので、自分の足で移動することになりますね。……失礼致します、お嬢様」

「え? ひ、ひあっ!?」


お嬢様の返事も聞かず、私はその華奢な体を軽々持ち上げていた。

……あ、柔らかい……それに、さっき洗ったばかりだから、髪の良い香りが……って!!

ちゃうやろウチっ!? しっかりせな!!

私は首をぶんぶんと振って、邪念を追い払った。

敵はすぐそこまで迫っている。

最早一刻の猶予もなかった。

私は両の足に気を集中させると、グラウンドの方角へと、一気に跳躍した。


「……くっ、これでも距離が縮まるのかっ!?」


人目に曝されるリスクを負って、瞬動術を使ったというのに、敵との距離は現状維持どころか、ぐんぐんと縮まっていた。

やはり、学園長室には辿り着けそうにない……。

私は歯噛みしながら、スカートのポケットから、人払いの符を取り出し放った。

せめて、グラウンドまでは辿り着かないとっ!!

そう思いながら、私は2度目の跳躍を行った。

グラウンドまでは……最低でも、後3回は跳躍が必要か……。

私は駆ける足を止めることなく、2枚目の符を放った。

その瞬間、近づいてくる敵の速度が、更に早まった。

マズイッ!? 捕捉されたっ!!!?

もしこのまま攻撃を受けたら、お嬢様を庇えたとしても、そのまま戦闘の続行は不可能だ。

急がないとっ……!!

先程よりも気の密度を増して、私は3度目の跳躍を踏む。

しかし、もう既に、敵との距離は殆どなかった。

……考えている暇はないっ!!

4度目の跳躍を諦め、私は足を止めて、お嬢様と敵の間に身を躍らせると、残りの符を全て放った。

ここまで追って来たということは、やはり狙いはお嬢様か……。

袋を投げ捨て、夕凪を鞘から抜き放つ。

最悪、この翼をを曝してでも、お嬢様を護り抜いて見せる。

そう覚悟を決めた、次の瞬間……。


―――――トンッ……


その速度に見合わない、とても軽い音とともに、その『敵』は私の前に舞い降りた。

……いや、『敵だと思っていた者』と言った方が正しいか。

何せ、その姿を目にした瞬間、私はおろか、お嬢様までもが目を剥き、息を飲んだのだから。


「あれぇ? もう鬼ごっこは終わりで良いの?」


場に似つかわしくない、無邪気な調子で、彼女はそう言った。

どうして……!?

何故、彼女が、こんなところにいるっ!!!?

余りの事態に思考が付いてこない。

いったい、何が起こっているというんだ……。

そんな私の気持ちを代弁するように、お嬢様が震える声で、その名を口にされた。


「キリ、ちゃん……?」


そう……私の前に立つ少女は、紛れもなく、先程別れたばかりの少女。

小太郎さんの、腹違いの妹、九条 霧狐さんに相違なかった。

何故? どうして? そんな言葉ばかりが、頭のなかでぐるぐると渦巻く。

しかし次の瞬間、私は強制的に、思考を切り替えざるを得なかった。


―――――チャキッ……


「っっ!?」


霧狐さんは、どういう訳か右手に握っていた刀を、私たちに向かって突き出していた。

それに、今の悪寒は……紛れもない、殺意。


「どういうことですか霧狐さん!? 何故私たちに刃を向けるのですっ!?」


彼女の真意を図りかねて、私は思わず叫んでいた。

しかし、それを意に介したようすもなく、霧狐さんは、およそ先程の少女と同一人物とは思えない酷薄な笑みを浮かべて言った。


「さぁ? なんだったかな? そんなの忘れちゃったよ」

「っっ!?」


その返答に言葉を失う。

本当に、この少女は霧狐さんなのか?

纏う雰囲気も、禍々しい魔力も、まるで別人のそれじゃないか!!

言葉は無用とばかりに、霧狐さんの纏う黒い風が、紅蓮の炎へとその姿を変えた。

……闘うしか、ないのか!?

酷薄な笑みを浮かべたまま、霧狐さんは口ずさむように、こう告げた。



「――――――――――さぁ刹那……愉しく闘ろう?」





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 41時間目 暗中模索 刹那の活躍に全俺が泣いた(主人公的な意味で)
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/12/01 20:01


春休みに浮かれる学園都市を、俺は必死に駆け抜けていた。

学園長との通話を切った後、席に戻った俺を待っていたのは、余りに変わり果てた、カフェの惨状だったのだから。

俺たちが座っていた席に、既に霧狐の姿はなく。

恐らく縮地无疆を使用したと思しき破砕痕と、俺の竹刀袋、そして彼女の荷物だけが残されていた。

衝撃の余波で、周囲のテーブルや椅子もぐちゃぐちゃに飛ばされていたが、幸いにもランチタイムを過ぎていたおかげか、怪我人は出ていなかった。

あの場にいた人間で、あんな惨状を起こせる人間は一人しかいない。

俺は目下、彼女の匂いを追っていた。

しかし……。


「どんだけ、スピード速いねんっ……!?」


俺の足でも、まるで追い付ける気がしなかった。

しかも最悪なのは、影斬丸が持ち逃げされてしまっていること。

刀の力に頼り切っているつもりはないが、それでも、あの刀が俺の大きな戦力になっているのは疑いようのない事実だ。

最近では、魔力の発散という意味合いも込めて、影斬丸に待機させている魔力量は、通常時から狗音影装4体分相当。

ノータイムで狗音斬響系の技が使えるようにしていたのだが……今回はそれが災いした。

恐らく刀を抜いた霧狐は、自分にフィードバックされた影斬丸の魔力によって暴走状態に陥っている。

少し話しただけだが、彼女の性格からすると、俺の言いつけを破ってまで、影斬丸を抜くとは考え難い。

つまり何者かが、彼女を言葉巧みにそそのかしたということ……。

そして今回の件で、そんなことをする性根が腐った野郎に、俺は1つ心当たりがある。


「……あのクソ兄貴、ホンマに碌なことせぇへんなっ!!」


こう言う姑息な真似を思いつくのは、あいつくらいしかいない。

しかも、毎度毎度人の命が掛かってる非常事態を引き起こしやがって!!

しかしながら、おかげで今回霧狐が学園に侵入出来た訳と、九尾の狐に関して、少しだけ見えて来た。

まず霧狐が学園に侵入出来たのは、学園長の推察通り兄貴の手引きがあったから。

そして、九尾の狐のこと。

恐らく、兄貴はまだ九尾を復活させることが出来ていない。

いや、復活そのものは出来ているが、戦闘に耐え得る強度がないのかもしれない。

その根拠が、兄貴の霧狐に対する執着だ。

いつものあいつなら、人の裏を書いても、その後の攻撃手段は、直接的かつ致命的なものが多い。

その奴が、わざわざ霧狐をけしかけて来たのには、間違いなく理由がある。

恐らくは、九尾を復活させる依代に、霧狐を使おうとしてるのだろう。

……ふざけやがって、人の命を、心を何だと思ってやがる!?

いつだってそうだが、今回はそれに輪を掛けて、あいつの思い通りにしてやる訳にはいかない。

ようやく出会えた俺の家族を、二度もあいつに奪われてたまるか!!

走る脚に更に力を込めようとした、その瞬間だった。



―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!



「っっ!? この雄叫びは……!?」


聞き覚えのある、しかし二度とは聞きたくなかった咆哮を轟かせ、その大鬼は、砂埃を舞い上げながら俺の目の前に降り立った。

土煙の中心で、相変わらずの巨体を誇るその鬼神は、紛れもなく半年前に相見えた伝説の妖怪、酒呑童子に相違なかった。

兄貴の奴、こんなものの予備まで用意してやがったか……。

魔力は前回のものに比べて6割程度と、全体的な防御力、攻撃力は共に低下してるだろう。

しかしながら、それを補って余りある巨躯と出力は如何ともしがたい。

影斬丸無しで相手をするには、少々手に余る相手だ。

……こんな台詞実際に言う日が来るとは思ってなかったけど。


「……万事休すか?」


―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


吐き捨てるような俺の呟きに、呼応するかのように大鬼が再び咆哮した。










SIDE Setsuna......


―――――ガキィンッ……


「くっ……!?」


迫り来る斬撃を、夕凪の鎬を持って、ぎりぎりのところでいなす。

しかし霧孤さんは身を翻し、すぐさま次の斬撃へと転身した。


「はぁあっ!!!!」


―――――ガキィンッ……


再び互いの得物が交叉し、赤い火花が飛び散る。

3合目を避けるために、私は大きく飛び退いていた。


「っっ、止めて下さい霧狐さん!! 私には、あなたと争う理由がありません!!!!」


心の底から、そう叫ぶ。

どうしてこうなってしまったのか、霧孤さんからは、先ほどまでの怯えは、無邪気さは微塵も感じられない。

交叉させた得物から伝わってくるのは、ただただ禍々しい灼熱の殺意ばかりだった。

私の言葉に、霧孤さんは先ほど同様、およそ彼女には似つかわしくない笑みを浮かべて構えを解いた。


「そんなこと言ってると、本当にすぐ終わっちゃうよ? それじゃキリもつまんない……キリは、本気の刹那と闘いたいだけなんだから」


彼女を覆う、紅蓮の炎が、その密度を増した。

同時に膨れ上がる魔力。

これは……先ほどの斬撃とは桁が違うっ!?

下手をすると、お嬢様までも巻き込んでしまう。

咄嗟に、私はお嬢様の下へと駆け出していた。


「これは本気で受けないと、さすがに怪我じゃ済まないよ? ……影斬丸で使うのは初めてだけど、お兄ちゃんの刀だもん」


失敗するわけがないよね、と自答して、彼女は太刀を大上段に構える。

その切っ先に彼女を覆っていた炎が収束していった。

瞬間、彼女は恐ろしい速度で私に肉薄した。

……迅いっ!? これでは、結界は間に合わないっ!!

寸でのところで避けた霧孤さんの剣先から、灼熱の焔が迸った。


「―――――我流炎術、曼珠沙華!!」


痛烈な閃光とが網膜を焼き、響き渡る爆音が鼓膜を貫く。

紅にそまる視界の中、私は必死にお嬢様の体を抱き寄せていた。


SIDE Setsuna OUT......









SIDE Kiriko......



石と土が焼ける匂いが立ち上る。

ちょっとやり過ぎちゃったかな?

やっぱりまだ加減が難しいなぁ……こんな簡単に終わらせるつもりはなかったんだけど。

本当なら、影斬丸の刀身で、きちんと刹那を斬るつもりだったのに……刹那ってば、全然本気を出してくれないんだもん。

しょうがないなぁ……これだけ騒いでたら、きっと誰かが来るだろうし、もういっそ、試し斬りはその人たち相手でも……。

そう思った瞬間だった。


「あれ? ……ふぅん、やっと本気になってくれたみたいだね?」


爆発で舞いあがった砂埃の中から感じるのは、ぴりぴりと肌を焼くような、熱い闘気。

あの爆発の中で無事だったなんて、さすがお兄ちゃんの幼馴染。

嬉しくって、キリは思わず笑みを浮かべてた。

晴れていく砂埃の真ん中には、自分と木乃香を覆うように、真っ白な羽を広げた刹那の姿があった。


「……お怪我は有りませんか? お嬢様」

「……う、うん。せっちゃんこそ、怪我してへん?」


刹那は翼の中で、木乃香にそんな風な声を掛けてる。

まだ人の心配する余裕があるなんて……許せないなぁ。

今は、キリのことだけ見てくれなきゃ。

そう思って、もう一度影斬丸に魔力を集中させようとしたら、急に刹那が、木乃香を庇うようにして、キリの方に向き直った。


「……霧狐さん、私は先程、あなたと闘う理由はないと言いましたが、撤回します」


きっ、て目を細めて、刹那が握ってた大きな刀を、初めてキリに向かって構えた。

ぱんぱんに膨れ上がってた闘気が、全部キリに向かってきて、思わずぞくぞくしちゃった。

……やっぱり、闘いはこうじゃなきゃ!!


「お嬢様を傷つけると言うのなら、誰であろうと、この私が許しませんっ!!」


刹那の白い羽が、大きく広がった。

まるで、キリから木乃香を隠すみたいに。


「―――――神鳴流剣士、桜咲 刹那……推して参る!!」


それに答えるみたいに、もう一度、狐火を刀に集めて、キリは叫んでた。


「おいで刹那……今度こそ、全力でっ!!」


どちらともなく、キリたちは、お互いに向かって、刀を振り抜いた。



SIDE Kiriko OUT










―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


相変わらず巨体に似合わねぇスピードだなオイッ!?

振り抜かれる酒呑童子の金棒を、ギリギリのところで回避する。

武器がデカい分、一発撃った後の隙もデカい。

俺は両手に、狗神を集中させた。


「狗音っ……爆砕拳!!」


衝撃に酒呑童子がたたらを踏んだが、まるで堪えている様子はなかった。

ちっ……やっぱり、狗音影装級の魔力じゃないきゃびくともしないか。

とはいえ、こいつが出て来たってことは、今回も兄貴が後ろで糸を引いてるのは間違いない。

今日使える狗音影装は残り8回。

出来ることなら、魔力の消費は最小限に抑えたかったのだが、已むを得ない。

それに先程から、女子校エリア側で、二つの魔力が激しく衝突を開始している。

片方は間違いなく影斬丸……否、霧狐の魔力で間違いない。

となれば、迎え撃っているのは、恐らく……。

俺にとってはここで悪戯に時間を消費して、最悪の事態を招く方がよっぽど恐ろしかった。


『……ありがとう、お兄ちゃんっ……ありがとうっ……』


あの笑顔を、俺を慕ってくれた可愛い妹を、こんなところで喪ってたまるものかっ!!

狗音影装を纏おうと、俺は狗神を収束させようとした。

その瞬間だった。


「ガァァァアアアアアアッ!!!!」


―――――ドカァッ……


―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


「何やっ!?」


体勢を
立て直した酒呑童子が、何者かに体当たりされてごろごろと転がっていく。

今の鳴き声は、まさか……。

酒呑童子を吹き飛ばした影は、その巨躯に似合わぬ軽やかさで、俺の隣へと着地した。


「ばうっ!!」

「チビっ!? 自分、良ぉ俺のピンチに気付いたな!?」


当然だ、とばかりに、チビはふんっ、と鼻息を鳴らした。

……こいつめ、普段からバカみたいに魔力を持っていくだけのことはあるじゃないか。

大方、俺と繋がってるレイラインのおかげで、俺が戦闘中だと言うことに気が付いたのだろう。

大した忠犬ぶりに、思わず泣いてしまいそうだ。

しかし助かった。チビがいるなら、幾分魔力の消費は抑えられる。

いつでも飛びかかれるよう、体勢低くするチビとともに、俺は怒りを露わにする酒呑童子に向き直った。

金棒を杖代わりに、ゆっくりと立ち上がろうとする酒呑童子。

しかし、もう一度奴は立ち上がることを阻まれる。

何故なら……。


―――――ここに、この麻帆良で最強に類される男が光臨したのだから。



「―――――七条大槍無音拳」



―――――ドゴォォォンンッッ……



「うぉわっ!?」


直上から降り注いだ破格の衝撃に、離れた場所にいた俺までも吹き飛ばされそうになる。

それを為した本人は、いたっていつも通り、何事もなかったかのように、アスファルトにめり込む酒呑童子の傍らに降り立った。


「やれやれ……麻帆良の中で、こんな無茶な技を使うことになるとはね」

「タカミチっ!?」


いつも通りの穏やかな笑みを浮かべてそう言ったのは、間違いなくタカミチだった。

……そうか、いつも出張でいないもんだから、今回もてっきりいないものと思ってたぜ。

しかし、彼がいるなら、これほど心強いものはない。

俺は彼に、ここを頼もうとしたが、先に彼の方からこう言われてしまった。


「さぁ小太郎君、ここは僕に任せて、君は妹さんのところへ行きなさい」

「お!? お、おう……な、何や、てっきりこっちの方を任せられるかと思ってたんに……」


驚いて目を白黒させる俺に、タカミチはにっと歯を覗かせて笑い掛けた。


「学園長から話は聞いていたからね。それに、人探しは君の領分だ……必ず妹さんを助けてあげるんだよ?」

「はっ!! 言われるまでもないわ!!」


俺は力強い笑みを浮かべて、踵を返した。

向かうのは女子校エリア。

先程から、魔力が衝突している共有グラウンド周辺だ。

両足に魔力を込めて、俺は大きく跳躍した。










SIDE Takamichi......



女子校エリアへと跳んでいった小太郎君を見送って、僕は傍らに寄って来たチビ君に視線を移した。


「小太郎君について行かなくて良かったのかい?」

「ばうっ」


僕の問い掛けに、チビ君は彼なら大丈夫だ、とばかりに短く吠えた。

ふふっ、中々の忠犬っぷりだね……。

……しかし、小太郎君、しくじるなよ?

かつての僕のように、君がこれ以上の痛みを背負う必要などない。

否が応にでも、妹さんを救って見せるんだ……なんて願うのは、少し過剰な期待だろうか?

……さて、人の心配ばかりしてる場合じゃないだろうね。


「……あれを喰らって、なお立ち上がれるなんて……」


さすがは、伝説上最強とされる鬼。

その伝承に違わぬ屈強さだ。

残り2体の討伐に向かった神多羅木君や刀子君も、これは手こずっているだろうね。

……となると、早い所片づけて、合流した方がいいかな?

既に戦闘態勢で、牙を剥き、低く唸り声を上げるチビ君に習って、僕も最初から全力で相手をするとしよう。

これまで幾度となくそうしてきたように、僕は自身を空にして、その両手を虚空へと広げた。


「―――――左手に魔力、右手に気を」


そして伽藍堂になった自身へと、その二つの力の奔流を流し込む。

反発する力を融合させ、巨大な力へと昇華させるために。


「―――――融合!!」


そしてその瞬間、僕は自身の持てる全ての力を引き出した。

かつて師に教えを請い、数年を費やした、血の滲むような研鑽の末に得たこの力を。

……今度こそ、大切な人たちを傷つけまいと得た力。

そしてその願いの通り、僕は今度こそ、大切な友たちを、生徒を護り抜いて見せる。


「さぁ、余り時間も無い……最初から全力だよ」

「ばうっ!!」


そう呟いて、僕とチビ君は、仁王立ちする大鬼へと肉薄した。



SIDE Takamichi OUT......










SIDE Setsuna......



数合の剣戟を交えながら、私は霧狐さんをお嬢様から離れたグラウンドまで誘導していた。

そしてそれに気付く様子もなく、霧狐さんは凄惨な笑みを湛えたまま、私を追撃した。

やはり狙いはお嬢様ではないのか……しかし、彼女の豹変ぶりは一体……。

彼女は浮遊術が使えないらしく、それを逆手に取って、私は高高度でそんなことを考えていた。

しかし、そんな私の思惑を嘲笑うように、彼女はこんな言葉を私に投げかけた。


「これだけ離れたら、安心して闘えるよね?」

「なっ!? ……私の狙いに、気付いていたのですか!?」


ならば、どうして安易に誘いへと乗ったのだろうか?

そう尋ねる前に、彼女は笑みを浮かべたまま、こう言った。


「言ったでしょ? キリはただ、全力の刹那と闘ってみたいだけなんだって」

「…………」


迷いなく言い放った霧狐さんに、思わずっ言葉を失う私。

しかしなるほど、これで彼女の豹変に得心がいった。

恐らく彼女は、自らに流れる妖の血に……。

しかしながら、彼女の言い様を思い出して、私は思わず笑みを浮かべていた。

そう、その言い様はまるで……。


『―――――全力で来い、刹那……せやないと、勝つんは間違いなく、この俺やっ!!』


彼女の兄、そのものではないか。

……よりにもよって、そんなところで似なくても良いだろうに。

しかし、彼女を正気に戻すには、それしかないだろう。

八相の構えを取り、私は刀に纏う気を高めていった。


「……良いでしょう。ならば我が全力の剣で、お相手致します!!」


上空から、私は一直線に、霧狐さんへと滑空する。

その勢いすらを味方に付けて、私は剣を振り抜いた。


「神鳴流奥義―――――斬岩剣!!」

「我流炎術―――――管丁字!!」



―――――ガキィンッッ



私の一閃を、霧狐さんは先程の爆発と同程度の魔力を、刀に集中させた斬撃を持って受け止めた。

打ち合っただけで、大気すら焦がす灼熱の炎、その熱波が比喩ではなく肌を焼く。

堪らず、私は刃を返して距離を再び広げた。


「凄いね……さっきとは速さも威力も全然違う……やっぱり、こうじゃないと愉しくないよねっ!!」


そう叫んで、霧狐さんは、再び私へと跳躍する。

恐ろしく迅い彼女の瞬動は、気による脚力の強化のみならず、足元で小規模な爆発を起こすことでその速度を増していた。

咄嗟に上空へと身を交わし、私はその斬撃を避けた。

まさか、妖怪化した私と互角以上の速度だなんて……。


「……本当にあなたたちは……兄妹揃って、私を驚かせてくれる!!」


今度は私が、笑みとともにそう叫び、身を翻した遠心力のまま、夕凪を振り抜いた。


―――――ガキィンッ


「きゃっ!?」


それを鎬で受け止めた霧狐さんは、衝撃を殺し切れず、数歩たたらを踏んだ。

思っていた通り、力では私に分があった。

そして、彼女を無力化する好機は、今を置いて他にはない!!

私は夕凪の柄を返し、その頭を持って、彼女の腹部を打とうと羽ばたいた。

……少し痛むかも知れませんが今は……御免っ!!!!

そして、柄が彼女の腹を捉えようとしたその時。


『―――――血の繋ごうてる家族に会えた訳やしな』


「っっ!?」


―――――ピタッ……


脳裏に、嬉しそうにはにかんだ小太郎さんの姿がよぎり、私は思わずその手を止めていた。

そして当然、霧狐さんがその機を逃す訳もなく……。


「っっ!? ……えぇいっ!!!!」

「しまったっ!?」


―――――ガキィンッッ……ザッ……


大きく弾かれた夕凪は、空で数転した後、私のはるか後方へと突き刺さっていた。

喉元に、灼熱を帯びた霧狐さんの刀、彼女の言葉が真実なら、これは小太郎さんの影斬丸なのだろう、それが突き付けられる。

状況は完全に投了していた。

……くっ、未熟!!

何故あそこで手を止めたのだ!?

最初から、命を奪うつもりなどなかったのに……それでもなお、彼女を傷つけることを拒んだのはやはり……。

彼女が、彼にとって大切な存在になり得る。その事実に気付いてしまったから。

その彼女を傷つけることで、彼に嫌われたくないと願ってしまった……これは私の愚かさが招いた結果だ……。


―――――チャキッ……


霧狐さんが、刀を握り直す気配が、空気越しに伝わる。

……くっ、無様な。

申し訳ございません、小太郎さん、お嬢様。

刹那は、ここまでのようです。

僅かばかり引き戻された刀が、この喉を貫くのは一瞬だろう。

私は自らの未熟と、もうお嬢様を護れないという自らの運命を呪いながら、ぎゅっと、両目を閉ざす。



――――――――――ヒュッ……



風を切る、小さな太刀音が、静かに大気を揺らした。



SIDE Setsuna OUT......









SIDE Kiriko......



一瞬で刹那の喉を焼き切れたはずだった影斬丸を、キリは勢い良く下に振り抜いてた。

もちろん、そこに刹那の身体は無くて、影斬丸の刀身は、ただ空気を薙いだだけだった。


「……何故、止めを刺さないのです?」


ぎゅっと目を閉じてた刹那が、不思議そうにキリにそう聞いた。

……キリが聞きたいくらいだよ。

さっきまで、持て余すくらいに溢れてた、誰かを斬りたいって気持ちは、嘘みたいになくなってた。

それに、それを言うなら刹那だって……。


「先に攻撃を止めたのは刹那だよ……どうして? あのままなら、勝つのは絶対に刹那だったのに……」


刹那が振り抜こうとしてた刀の柄は、間違いなくキリのお腹に当たるはずだったのに、刹那は当たる瞬間に、その手を止めてた。

そんなことをすれば、自分がどうなるか、分かってたはずなのに。

……何これ? ……嫌だ、もやもやする……まるで、キリがキリじゃなくなってくみたい。

キリは、そのもやもやを誤魔化すみたいに、きっ、て刹那のことを睨みつけた。

刹那はそんなキリの視線を真正面から受け止めて、困ったみたいに、目を細めた。


「……私にもどうしてか……正直に言ってしまえば、嫌われたくなかったんです」

「……嫌われる? 誰に?」


言ってる意味が分からなくて、キリはもう一度刹那に聞いた。

今度は真っ直ぐキリのことを見て、刹那は言った。


「小太郎さんに……そして霧狐さん、あなたにも」

「お兄ちゃんと、キリに……?」


どうして?

お兄ちゃんに嫌われる?

だってお兄ちゃんは、刹那に勝てば褒めてくれるんじゃなかったの?

それに、キリにもって……キリは刹那のこと殺すつもりだったんだよ?

分かんない……分かんないよ……。

頭の中でもやもやが、広がってく。

それがどうしようもなく怖くて、キリは思わず、後ずさってた。


「訳分かんないよっ!? キリは刹那のこと殺そうとしたのにっ!! 何で嫌われたくないなんて思うのっ!?」

「それは、霧狐さんの本心ではないでしょう?」

「っっ!?」


……なん、で?

キリは本気で、刹那のこと殺そうって、殺したいって思ってた。

それが、キリの本心じゃない?

そんなことないっ……キリは刹那を、もっとたくさんの人たちをっ……。


「……もう、傷つけたくなんて、ない……」


絞り出したみたいに出た言葉に、キリは自分で驚いた。

そう、だ……キリは、もう誰も傷つけたくなくて、その方法を知りたくて、麻帆良に来たんだ。

なのにどうして、こんなこと……?

刹那を殺そうなんて、思っちゃったの?

キリは、また……。


―――――カシャンッ……


気が付いた瞬間、キリは思わず、影斬丸を取り落としてた。

ふらふらって、膝から地面に崩れ落ちる。

それと一緒に、ぽろぽろって、涙が溢れて来てきた。


「……ごめっ……なさっ……ごめんっ、なさいっ……」


どうして良いのか分からなくて、キリは何回も、何回も、震える声で謝ってた。

袖で涙を何回拭いても、次から次に涙は零れてく。

謝って済むことじゃないのに、許されて良いことじゃないのに、キリには謝るくらいしか出来なかった。


―――――ふわっ……


「っっ!? ……せつ、な……?」


急に、刹那が優しく、キリのことをぎゅってしてくれた。

どうして? さっきまで、キリは刹那のこと、殺そうとしてたんだよ?

刹那だけじゃない、刹那が護ってくれなかったら、きっと木乃香のことも、キリは殺しちゃってた。

……だからキリには、刹那に優しくして貰う資格なんて、ない。

そう思って、逃げ出そうとしたら、刹那はもっと強く、キリのことをぎゅってした。


「……もう良いんです。霧狐さん、あなたのせいじゃない……」

「ち、違うよっ!! キリが……お兄ちゃんの約束破ったから、だからっ!!」

「一歩間違えば、私もあなたのようになる可能性がありました」

「っっ!?」


キリの耳元で、刹那は優しい声で、そう言った。

そうだ、刹那も半妖だったんだ……だけど、刹那は妖怪の力を使ったって暴走してなかった。

だからやっぱりこれは、キリのせい。

キリが弱いから、妖怪の力に勝てないから、刹那と木乃香を危険な目に遭わせちゃった。

やっぱり、キリには優しくして貰える権利なんてっ……。


「かつての私も、今の霧狐さんのように、誰かに優しくして貰える権利なんてない……そう思っていました」

「……う、そ? だって、刹那は……」

「私の羽をご覧になったでしょう? 私は烏族、黒い翼を持つ妖怪……故に白い翼は、禍いを呼ぶと、忌み嫌われていました」

「そ、それって……」


キリと、おんなじだ……。

人を傷つけるから、殺しちゃうかもしれないから、そうやって、村を追い出されちゃったキリと、凄く似てた。

刹那はもう一度、キリの事を強くぎゅってして、優しい声で続けてくれた。


「そんな私には、誰かに優しくされる資格なんてない。そう思っていた私に、小太郎さんと木乃香お嬢様……このちゃんは側にいて欲しいと言ってくれたんです」

「お兄ちゃんと、木乃香が……?」


顔は見えなかったけど、刹那が笑ってるのが、何となく伝わって来た。


「……お二人に、私はとても救われました。……だから、今度は私が、あなたを救う番です」

「刹那……」


キリの肩をぎゅって掴んで、今度は顔が見えるように、刹那は少しだけ離れた。

刹那の手から、すごくやさしい温もりが伝わって来て、それだけで、キリはまた涙が止まらなくなってた。


「優しくされる権利なんて、必要ないんです。優しくされたなら、その分、その人たちに優しさで返せば良い」

「優しさで、返す……?」


うわ言みたいに繰り返したキリに、刹那は嬉しそうに笑って頷いてくれた。


「あなたに妖怪の血を抑える強さがないのなら、あなたがその強さを手に入れるまで、私と小太郎さんが、その力をお貸しします」

「……で、でもっ!! それじゃまた、キリは刹那たちの事をっ!!」

「見くびらないでください。今回のように遅れをとることなんて、そう何度も有りません」

「だけどっ!!」

「小太郎さんだって、きっと同じことを言いますよ?」

「っっ!? お兄ちゃんも……?」


もう一度、刹那は頷いた。

そして今度は、さっきよりもずっと優しく、キリのことをぎゅってしてくれる。

ぽろぽろって、また涙が止まらなくなった。


「……だからもう、自分を責めないでください。あなたの弱さは、あなた一人で背負わなくて良い……」

「……ぐすっ……良い、のかな? ……キリは、誰かに、優しくして貰っても……刹那に、お兄ちゃんに頼っても……良いのかな……?」


また、刹那の腕に少しだけ力がこもった。


「……当然でしょう? あなたが小太郎さんの家族なら、私にとってももう、大切な仲間です」

「っっ!? ……刹那っ!! 刹那ぁっ!!!!」


キリは初めて、自分から刹那のことをぎゅってした。

本当に? 本当にキリは、誰かに優しくして貰って良いの?

刹那が言ったことが、まだ信じられなくて、そんなことをずっと考えてたけど、今はただ、ぎゅってしてくれる刹那の温もりに甘えたい。

そう思って、キリは何度も何度も刹那の名前を呼んで、その身体を抱き締めてた。


「……大丈夫です。私はここに居ますから」

「……うん……うんっ!! ……ありがとうっ、刹那っ……」


かすれた声でお礼を言ったキリの髪を、刹那は優しく撫でてくれた。

いつもママがしてくれるみたいに、優しく、温かく。

すごく安心する……そんな温もりに、ずっと身を委ねてたい。

自分がやったことも忘れて、そんなことを思ってしまった罰だったのかな。

その瞬間、苛立ったような雰囲気で、その声は響いた。




「――――――――――茶番は、もうその辺で良えやろ?」





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 42時間目 不倶戴天 ようやく出番!!……って、刹那と扱いが違い過ぎるだろっ!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/12/01 19:59



SIDE Setsna......



「全くとんだ見込み違いやったわ……いや、この場合、そっちの神鳴流の嬢ちゃんを見くびってたっちゅんが正解か……」


突如現れたその男は、面白く無さそうにそう吐き捨てた。

……一体何者だこの男は?

それに、この男に声を掛けられただけで感じた、あの悪寒に似た胸のざわつきは……?

この男は危険だ。

剣士として鍛えて来た私の勘が、そう警鐘を鳴らしていた。

私の腕の中で嗚咽を零していた霧狐さんが、右側から歩み寄って来る男を見て息を飲んだ。


「は、半蔵!? どうしてここにっ!?」

「半蔵? ……では、あなたが小太郎さんの!?」


霧狐さんが口にした名は、紛れもなく半年前に麻帆良を襲撃した人物と同じもの。

つまり、この男が近衛の呪術師たちを次々に襲撃し、お嬢様のお命を狙い、そして今回九尾の復活目論んでいるという、小太郎さんの宿敵。


「……犬上、半蔵……」


私がその名を口にした瞬間、まるでつまらなそうだった男の目に、ぎらぎらとした憎悪の炎が宿った。


「犬上、な……胸糞悪い。そんな家名はとうの昔、あの村を焼いたあの日に捨てとるわ」


半蔵の言葉に、霧狐さんの小さな肩がびくっ、と震えた。


「あの村を焼いたって……もしかして、お兄ちゃんのいた村を全滅させたのって……」


震える声で、そう言った霧狐さんに、半蔵はにやりと唇を歪めて答えた。


「お察しの通り、小太郎の村を焼き、あいつの母親を殺したんは、このわいや」

「っっ!!!?」


霧狐さんが、驚愕に目を剥く。

この反応ということは、やはり霧狐さんは何も知らずに、踊らされていたということだろう。

恐怖と驚愕に言葉を失った霧狐さんに変わって、今度は私が、半蔵に尋ねていた。


「今回は何が狙いだ? お嬢様と小太郎さんを狙う貴様が、何故霧狐さんを暴走させた?」


殺気を込めた視線で睨みつけても、半蔵はそれをそよ風ほどにも感じていないのか、相変わらず嘲笑とも取れる笑みを浮かべていた。


「教えたる義理はあれへんけど……まぁ良えやろ。わいが九尾の復活を狙うとるんはもう知っとるな? ……つまりは、そういうことや」

「九尾の復活……っ!? まさかっ、霧狐さんを依代にするつもりかっ!!!?」


すうっと、半蔵の目が細められる……つまりそれは、私の言葉を肯定しているのと同義だ。

なるほど、その為に霧狐さんをそそのかし、魔力を引き出すために暴走させたのか。

器となる人間のそもそもの出力が低ければ、注ぎ込まれた魔力に耐えられず、器は壊れてしまう。

反吐が出るが、理に適った話だ。

しかし……。


「……させると思うか?」

「いんや。嬢ちゃんの性格は、前回来たときに分かってるさかい、そんなに甘いとは思ってへんよ。けどな……」


瞬間、半蔵の姿が揺らいだ。


「……詰めは甘かったな」


突如、私の懐に姿を現す半蔵。

マズイ、とそう感じた瞬間には全てが遅く、私は腹部に強力な蹴りを受けて吹き飛ばされていた。

ごろごろと、土の上を10m程転がり、ようやく私の体は止まった。

胃がひっくり返ったような吐き気がするが、歯を食いしばってそれを堪える。


「か、はっ……!?」

「刹那ぁっ!!!?」


霧狐さんの悲痛な声が耳に届くが、すぐには立ち上がれそうになかった。

顔だけを上げて、どうにか半蔵の姿を視界に捉える。

……抜かった!! 前回の戦略から、完全に後衛型の呪術師だとばかり思っていた。

その実、蹴りの一発で私を無力化出来るほどの実力を持っていたなんて……。

歯を食いしばって四肢を奮い立たせる私に、半蔵は感心したように声を上げた。


「へぇ……殺してまおうと思てんけどな。さすが、小太郎と言い半妖いうんは頑丈にできとるな」

「ぐっ……貴様っ!!!!」


それでも立ち上がれずに、私の膝はがくがくと笑う。

それを良いことに、半蔵は傍らに座りこんだ霧狐さんの腕を無理やりに掴み上げた。


「ひっ、酷いよ半蔵!? どうしてこんなことするのっ!?」


必死で半蔵を振りほどこうと、霧狐さんが暴れる

半蔵が小さく舌打ちして、一枚の符を取り出すと、それは一瞬で鋼鉄の鎖へと姿を変え、霧狐さんの体を十重二十重に拘束してしまった。


「ぎゃーぎゃーやかましい子狐やな。大体この状況は、全部自分の弱さが生み出したもんや。つまり全部自分のせい。その責任を人に押し付けるんとちゃうわ」

「っっ!?」


半蔵の言葉に、霧狐さんがもう一度息を飲んだ。

そしてその黒目がちな瞳に、再び大粒の涙が浮かび上がる。


「だ、ダメです霧狐さんっ!! そんな男の言葉に、耳を貸してはいけないっ!!」


息をするだけで、ずきずきと痛む腹。

しかし、その痛みを忘れて、私は霧狐さんにそう叫んでいた。

半蔵の細い双眸がこちらを射抜くように睨んだが、そんなこと知ったことか。

私はもう一度、自らの双翼を広げ、痛む身体に鞭打って立ち上がった。

腹を抑え、荒い呼吸を無理やりに飲み込み、私は茫然とする霧狐さんに構わず呼びかける。


「くっ……この状況を生み出したのは、あなたじゃないっ!! 全ては、その男の姦計です!!」

「ほぉ、言うてくれるな神鳴流。弱さは罪やないとでも?」


私の言葉に、半蔵は先程犬上姓を呼んだときと同様、憎悪のこもった視線をぶつけて問い掛ける。

それに臆せずに、私は正面から、半蔵を睨み返した。


「当たり前だ……!! 弱さが罪だと言うのなら、全ての人間は罪人。しかしそれを受け容れ、前へ進もうと足掻くなら、それは弱さでも、罪でもないっ!!」


そして、例え自らはそれに気が付かなくても、教え諭してくれる仲間がいるなら、人は前に進める。

だから、弱さは罪なんかじゃない。

かつて自分がそうだったように、人は自らの過ちに気付き進めるはず。

ならば罪とは、その歩みを奪おうとする人間にこそある。


「詭弁やな。なら、足掻く機会さえ与えられへんかった人間はどないすれば良え? 自分は何もしてへんって、神にでも訴えるんか?」

「例え全てを失ったとしても、その人間が希望を捨てない限り、いつかきっと差し伸べられる光があるはずだっ!!」


かつて一族から離反した私を、長が拾ってくれたように。

人の温もりを知らぬ私に、お嬢様がその優しさを教えてくれたように。

自らの弱さと向き合う強さを、小太郎さんが自らの生き様で示したくれたように。

救いは、前へと進み続ける全ての人間に、平等に与えられる筈だ。

しかし半蔵は、そんな私の想いを嘲笑うかのように、ふん、と小さく鼻で笑った。


「……なるほど、ならわいもその道を貫くことにするわ。もっとも……わいの見つけた『光』いうんは、自分らにとっての悪に違いあれへんけどな」

「……何が言いたい?」


半蔵は、ズボンのポケットから一枚の黒符を取り出し哂った。


「神鳴流……自分は、思てたより幸福に愛されとったらしい」

「……そうだな。そしてその幸福を知るからこそ、それを知らぬ霧狐さんを、むざむざ貴様にくれてやる訳にはいかない!!」


夕凪を拾っている暇はない。

無手で勝てる相手とは思えなかったが、今は躊躇してる時でもない。

神鳴流は得物を選ばず。

お嬢様を護りたいと、そして大切な仲間たちを護れる強さが欲しいと願った時点で、この身は既に、一振りの刃金。

ならば、この身一つであろうとも、たった一人の少女すら救えずにどうすると言うのだ!!

ぐっ、と私は姿勢を低くし、その両足に気を集めた。


「それは絶望を知らん人間の理屈やな……良えやろう。こっから先の展開は、甘ちゃんな自分らへ、わいからのプレゼントや」


半蔵が、黒符を握った右腕を、高々と掲げる。


「―――――させるものかっ!!!!」


瞬間、私は弾かれるように、双翼をはためかせていた。


「やから自分は甘ちゃんなんやっ!!!!」


同時に、半蔵の左手から、数十の符が放たれる。

それをかわし、或いは気を纏った手掌で打ち落とし、私はついに半蔵を、自らの間合いに捉えた。

小太郎さんには申し訳ないが……その首、ここで私が貰い受ける!!


「神鳴流奥義―――――斬空掌!!!!」


気を集中させた右の手刀を、神速を持って半蔵へと突き出す。

貰った、そう私が確信した瞬間、急に私の身体は、後方へと強い力で引っ張られた。


「ぐっっ!? な、何がっ!?」


慌てて後方を確認すると、そこには、地面に張り付いた一枚の符と、そこから私の足へと伸びた、鋼鉄の鎖があった。

まさか……先程放った大量の符はこのために!?

私がどの符を避け、どの符を叩き落とすかも計算に入れていたというのか!?

ぎりっ、と音が鳴るほどに歯を噛み締めて、私は半蔵に向き直る。

奇襲は封じられたが、この程度の拘束、神鳴流の技を持ってすれば、大した脅威ではない。

私は敵の首を打ちぬかんとしていた右手を自らの足を縛る鎖へと振り下ろそうとした。

しかし……。


―――――ジャラジャラジャラッ……


「っっ!!!?」


更に伸びて来た十数本の鎖によって、その動きを封じられてしまった。

バカなっ!? あの一瞬で!?

これは……最初の鎖に気が付かなかった時点で、私の負けだったとでも言うのか!?

その想像を裏付けるかのように、半蔵は薄く笑った。


「自分はその特等席で、この嬢ちゃんが生まれ変わるんを見物してると良えわ……」


そして今度こそ、半蔵が右手に持つ黒符を霧狐さんへと振りかざす。

拘束された霧狐さんが、抜け出そうと必死でもがくが、ジャラジャラと鎖が音を立てるばかりだった。


「くぅっ……!! や、ヤダっ!! キリはもう、誰も傷つけたくなんかないよぉっ!!!!」

「安心しぃ。これから暴れるんは自分やない。烱然九尾……妖の姫君、白面金毛九尾の狐や」


唇をいやらしく釣り上げて、半蔵はその腕を振り下ろした。


「や……止めろぉぉぉぉぉおっっ!!!!」


それを止めようと、必死で鎖を引くが、びくともしなかった。

もう、ダメなのか……!?

そう思った瞬間だった。


―――――ザワッ……


「狗音斬響―――――影槍牢獄」


半蔵の影大きく広がり、そこから数百の黒い槍が、奴を穿たんと突き出された。


「なっ!? ちぃっ!!」


それを避けるために、半蔵は舌打ちとともに、その場から大きく飛び退く。

それでもなお、奴を追った槍を、彼は更に数枚の護符を放ち、全て薙ぎ払った。

そう……霧狐さんを、その場に置いて。


―――――ザッ……


拘束された霧狐さんの傍らに、良く見知った黒い影が降り立つ。

怒りに表情を歪ませながら、彼は雄々しく、力強い声で咆哮した。



「―――――覚悟は良えかクソ兄貴……今日という今日は、その喉喰い千切ったる!!!!」



SIDE Setsuna OUT......










霧狐を拘束する鎖を、俺は狗神を纏った拳で全て砕いた。

……どうやら、間一髪間に合ったか。

先程の黒い符が、恐らく九尾を封じたものなのだろう。

霧狐の純粋な気持ちを弄びやがって……さすがに、俺の頭も沸騰寸前だった。


「……思てたより来るんが早かったな? 酒呑童子に足止めさせといたはずやけど……」

「それなら今頃、タカミチら魔法先生にフルボッコにされとるはずや……言うた筈やで? 麻帆良の底力、舐めるんとちゃうわ」


普段飄々としている兄貴が、珍しくその表情を悔しさに歪めた。

俺は兄貴から視線を外すことなく、刹那を拘束している鎖にも気を放って破壊した。


「お、お兄ちゃんっ……」


心配そうに俺に声を掛けた霧狐を背に隠して、俺はいつでも奴に攻撃できるよう体勢を整える。

そして彼女を振り返ることなく、俺は出来る限り優しい声で告げた。


「自分は下がっときぃ……あいつは、俺の獲物や」

「……うん。お兄ちゃん、ゴメンね、キリのせいで……」

「謝るんは後にし。刹那と一緒に、こっから出来るだけ離れるんや」


俺がそう言うと、霧狐はそれに小さく答えて、おずおずと駆け出して行った。


「……刹那、霧狐のこと頼んだで?」

「承知しました。……御武運を!!」


刹那の返事とともに、二人分の足音がグランドから離れて行く。

さて……これで後はこのクソ野郎を倒してしまいさすれば万事解決だ。

6年越しの因縁、今日こそ断ち切る!!

兄貴を睨む両目を、俺は強く見開いた。


「本気でわいと闘り合う気かいな? 刀もあれへん自分が、わいに勝てるとでも?」


そう言って、兄貴が掲げたのは、鞘に収まった影斬丸だった。

いつの間に……。


「手癖まで最悪になっとるみたいやな? 刀があれへんでも、自分を殺さん理由にはなれへん。それに、そいつは自分には抜けへんしな」


影斬丸は狗族の血を引く者にしか抜くことはできない。

つまり、あれが奴の手に渡ったところで、大した脅威にはなり得ない。

そう、思っていた。


「……確かに、俺には抜けへん。けどな、九尾の狐なら、話はちゃうで?」

「何? ……まさか、自分っ!?」


俺が驚愕に目を剥いた瞬間だった。

クソ兄貴は、有ろうことか先程の黒符を、自身の右手に張り付けた。

金色の業火が広がり、奴の右袖を焼き払う。

露わになった兄貴の右手には、深紅のタントラが幾列にも渡って刻まれていた。

……恐らく、あれは右手以上を侵食されないための封印式。

最初から、この状況も想定してたって訳か!?

ゆっくりと兄貴の右手が、影斬丸の鞘に掛けられた。


「―――――光栄やろ? 親父の牙に掛かって死ねるやなんてな!!」


そう叫び、兄貴は影斬丸を鞘から抜き放った。


―――――ゴォォォオオオッ……


金蘭の炎が、兄貴の身体を包み込むように燃え盛る。

にやり、と兄貴が唇を釣り上げて言った。


「依代としての適性があれへんわいやと、引き出せる魔力はせいぜい4割……せやけど、自分を殺すんには十分やろ?」


オイオイオイ!? 狗音影装4、5体分の魔力放ってて、それが4割だとっ!?

何両目見開いて寝言言ってんだ!?

……なんて、それが冗談じゃないことくらい、俺にだって分かる。

こんな魔力が霧狐に注がれていたらと思うと、ぞっとするな。

もっとも、クソ兄貴はまだ諦めてくれてはいない様子だが……。


「そう長くは抑えられへんからな……さっさと自分を殺して、あの嬢ちゃんを追わせて貰うで?」

「はっ!! そない簡単に、ここを通すと思てんのか?」


俺は無詠唱で影精を喚び、それを束ねて一振りの剣と化すと、兄貴に突き付けて言った。

絶対にここから先へは通さない。

奴の右腕を斬り飛ばして、影斬丸を取り戻す。

そう誓って、俺は影の剣を強く握った。


「良え度胸や……こうして自分と闘うんは5年振りやな……わいを落胆させてくれるなや?」

「そっちこそ……俺は手加減なんて器用な真似、出来ひんからな?」


ふっ、と俺たちは互いに小さく笑った。

元よりこれは命を賭した勝負。

敵の実力なんて、知るところではなく、加減なんて以ての外。

なればそう問いかけたことに、もはや意味などなく、それはただの挨拶に過ぎない。

小さく息を吸い、俺たちは互いに吠えた。



「―――――行くで小太郎? ……金色の業火に抱かれて、母の下へ逝けっ!!!!」


「―――――こっちの台詞や。 ……自分の業に焼かれて、地獄に堕ちろっ!!!!」



―――――――――ガキィィンンッッ……



引き寄せられるようにして、俺たちは互いの刃を交えていた。

5年越しの因縁、それをそれぞれが望む形で清算するために……。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 43時間目 悪漢無頼 最悪の状況ってのは、起こるべくして起こるんだよな……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:b360ff24
Date: 2010/12/03 12:04



金襴の劫火と漆黒の千影が際限なく交叉する。

打ち合うたびに、互いの剣速はその鋭さを増し、敵を切り裂かんと振るわれた。


―――――ガキィンッ


俺の振るう影の刃が、乾いた音を立てて砕け散った。

やはり、九尾なんて規格外の魔力を纏った影斬丸相手だと、数合で限界か。

俺の操影術がカゲタロウ程の域に達しているとは思っていなかったが、それでも九尾との間にここまでの差があるなんて。

それに、兄貴の体術との間にも、大きな隔たりがあると見て間違いない。

……忘れてたな。俺に体術の基礎を叩きこんだのは、このクソ兄貴だったってことを。

一端距離を取り、俺はもう一度、しかし先程より多くの影精を収束させようとする。

しかし、そんな隙を、兄貴が見逃すはずもない。

すぐに振り抜いた影斬丸を引き戻し、俺へ向かって瞬動術を持って駆け出してきた。


「……けどな、それくらいは予想済みやっ!!!!」


俺は待機させていた影の矢を、全て解放し、向かってくる兄貴に向けて放った。


「魔法の射手、影の199矢!!!!」

「っっ!? 西洋魔法っ!? ちぃっ……!!!!」


兄貴は舌打ちして、動きを止めると、金の焔を纏った影斬丸を、大きく逆袈裟に一薙ぎした。

その一閃で、俺が放った漆黒の矢は全て叩き落されてしまう。

本当に洒落になってない。

ただの魔力を込めた一閃がこれだ、数合とは言え、打ち合えたことをむしろ褒めて欲しいくらいだ。

再び手の内に顕現した黒い刃を握りしめて、今度は俺から、兄貴に向かって駆け出していた。


―――――ガキィンッ


影の刃を、兄貴は真っ向から影斬丸をして受け止めていた。

どうやら、バカみたいな魔力に、さすがのクソ兄貴も振り回されてるらしいな。

大きな魔力を使う技は、そう連発して出せないと見える。

ならば……俺の勝機は十分にある!!


「ここらが年貢の納め時やで、兄貴!!」

「はっ!! クソガキが、調子に乗るんとちゃうわ!!」


―――――キィンッ……


「くっ!?」


鍔迫り合いの状態から、兄貴は強大な魔力によるブーストを利用して、力任せに俺を押し切った。

瞬間、自由になった左手で、印を結ぶ。

兄貴のポケットから、十数枚の符が姿を現した。

これは……まさかっ!?


「鉄鎖鋼縛陣!!」


兄貴の呼び声に応えるように、放たれた符が鋼鉄の鎖へと姿を変える。

やはり、先ほど刹那たちを拘束してた術かっ!!

これを喰らう訳にはいかない。

俺は、とっさに影の刃を自らの影に突き立て、叫んだ。


「影槍牢獄!!」


刹那に現れる千の影槍。

その全てが、俺を捕えんと迫る鎖を悉く打ち砕く。

しかし、兄貴の性格上、本気で俺を捕えるために、この術を使ったとは考えにくい。

これはあくまで布石……ならば、その狙いはただ一つ!!


「……上かっ!!」


とっさに上空を仰ぐと、そこには、金襴の炎を纏いながら、俺へと刀を振り下ろそうと迫る兄貴の姿があった。

回避は間に合わない……仕方がない。影斬丸なしでいけるかは微妙だが、迷ってる暇すらないのも事実。

俺は右手を点に突き上げて、声高に叫んでいた。


「狗尾(イヌノオ)!!」


瞬間、俺の目の前に現れる、黒い狗神の障壁。

その完成と同時に、大気すら焼き斬る程の熱を持って、兄貴の斬撃が叩きつけられた。


―――――ズドォォンンッ……


「ぐぅっっ……!!」

「ちぃっ!!」


酒呑童子のそれと、遜色のない威力が俺を襲う。

きれいに均されていたグラウンドの土が、圧力に押し上げられて、放射状に盛り上がっていた。

障壁に阻まれた兄貴が、空中で身を翻し、俺の正面5m程の距離に着地した。


「……しばらく見らんうちに、随分と器用になったやんけ?」


燃え盛る黄金の炎を挟んで、兄貴が俺に賛辞の言葉を投げ掛ける。

それに違和感を覚えて、俺は思わず押し黙った。

……何故、攻撃の手を止めた?

魔力も体術も、俺を上回っているのなら、こんなところで、手を緩める必要はないはずだ。

それとも、何か別の狙いがあるのか?

わざわざ必要のない会話を交わす理由……以前の俺たちのように時間稼ぎ?

いや、援軍の用意があるのなら、初めから単独で霧狐を狙いに来りはしないだろう。

兄貴はそんな分の悪い勝負をする男じゃない。

なら、何だ?

他に考えられる可能性なんて……。

まさか!?


「……九尾の浸食が、思ったよりも早かったみたいやな?」

「…………」


俺の問い掛けに、今度は兄貴が押し黙った。

つまりはそういうこと。

考えなしに大技を使い過ぎたツケが回ってきたのだろう。

恐らく、九尾の魔力が奴の右腕を食い潰しつつある。

兄貴はもう、先ほどのような高威力の技は放てない。

だからこそ、兄貴は不要な会話を持ちかけて、俺の不意を突こうとした。

相変わらず、良く頭の回る男だ。

しかし……。


「残念やったな? ……あんたの下らん復讐劇も、ここで幕引きや」


俺の言葉に、兄貴の眉がピクリと跳ねた。

まるで、俺の放った言葉が、心外だとでも言うように。


「下らんやと? ……やったら、同じ理由でわいと闘う自分は何やねん?」


あくまでいつも通りの口調で、兄貴は俺に再度そう問い掛けた。

もっとも、その口調には、推し量ることの出来ないような、憎悪が感じられる。

感情を露わにすることなど、殆どない兄貴が今、明確な怒りを俺にぶつけていた。


「……確かに、俺はあんたを憎んどる。けどな、俺が自分と闘うんは復讐ばっかのためやない。自分の蛮行から、大事な仲間を護るためや」


力を掴もうとしたきっかけは、確かに奴の言う通り、復讐心によるものだった。

母を奪ったこの男を、俺を裏切った兄貴を、心の底から許せない、必ずこの手で殺してやると、俺は確かにそう誓った。

しかし俺は、長に拾われ、刹那と出会い、麻帆良に来て多くの人間の心にふれあった。

そして一年前に、あの狗族の男と対峙した時、俺は思い出したのだ。

自分が何を望み、何のために闘おうと、どうやって二度目の生を歩もうと誓ったのかを。


「……自分みたいに他人を傷つけてまで目的を果たそうとする奴を、俺は放っておくわけにいかへん。それにな……」


思い出すのは、あの森の中でともに過ごした日々。

何不自由なくとは言わなかったものの、それでも温かく、とても穏やかだった幼い日の思い出。

その中で、兄貴が言ったあの言葉。


『―――――弟を守るんは、兄貴の役目や』


「―――――兄貴の業を背負うんは、弟である俺の役目や」


俺は真っ直ぐに兄貴の目を見据え、そう宣言した。

兄貴の目が、驚いたように見開かれる。

やがて兄貴は、静かに目を伏せて、唇だけで笑った。


「……好き勝手言うてくれるわ。自分と道を違えた人間を、悪だと断罪出来るほど、人間は高尚な生き物とちゃうで?」

「百も承知や。それでもな、自分のやってきたことは、誰かが清算せなあかん」


会話はここまでとばかりに、俺は再び影の太刀を握る。

今度は影精ではなく、狗音影装をして、その刃を作り上げた。


「その役を自分が買って出る、と? ……自惚れるなや小太郎、この業は、そんな浅いもんとちゃう」


兄貴はその言葉とともに、伏せていた顔を上げた。

その相貌に宿っていたのは、先ほどの憎悪の光ではなく、明確な決意の輝きだった。

まるで、この状況を打破する秘策があると、そう言わんばかりの。

だから俺は、それをなおも打ち崩さんと覚悟を決めた。

刻み付けるように、雄々しく笑みを浮かべる。


「……今度こそ、決着(けり)つけようやないか」


俺のその言葉に、兄貴はいつものような嘲笑ではなく、俺のそれに似たような、雄々しい笑みを浮かべて言った。


「……悪いけどな、自分の覚悟に付き合うてやる暇はない。良ぉ目見開いて見とけ、これが……」


兄貴は右手に握っていた影斬丸を逆手に持ち替えると、そのまま地面へと突き刺し叫んだ。


「―――――自分が下らん言うた、復讐心の為せる業(わざ)やっ!!!!」


刹那、強大な魔力が、土の中を爆走し始める。

バカなっ!? そんなことをしたら自分の右腕がっ!?

……否、覚悟を決めた漢にとって、そんなことは些末なことか。

ならばこの一撃、防いで見せず、どうするという!!

刃の形に収めた狗音影装を、俺は今一度、円状の障壁へと変えた。


「爆ぜろ豪炎―――――炮烙の刑」


瞬間、俺のすぐ正面の地面から、金襴の火柱が舞い上がった。


―――――ズドォォンンッッ……


「ぐおっ!?」


今までにない衝撃が、狗尾を貫こうと襲い掛かる。

防ぎきれなかった炎が、俺の衣服や肌を焼くが、それに構う暇などない。

押し切られれば、俺は跡形もなく蒸発する。

しかし俺は、こんなところで死ぬわけにはいかない。

約束したからな、霧狐を鍛えてやると。

だから俺は……この一撃、必ず防ぎ切り、兄貴を斬り伏せて見せる!!


「――――――う、おぉぉぉおおおおおおおお!!!!」


突き出した右腕と、反対の左腕に、俺はもう一体分の狗音影装を集中させた。

こっちも、影斬丸なしにやるのは初めてだったが、狗尾が上手くいったのだ、しくじる道理はなく、しくじる訳にもいかない。

ともすれば押し潰されそうな衝撃に、俺はぎりっ、と歯噛みして、力強く咆哮した。


「―――――狗音斬響っ、黒狼絶牙ぁっっ!!!!」


漆黒の暴風が、俺を焼き尽くさんと迫っていた黄金の炎を貫いて行く。

わずかの間をおいて、大量の砂埃が舞った。

……どうにか凌いだか?

しかし気を抜くのは早い。

この土煙でも、兄貴なら十分に奇襲を仕掛けてくる可能性がある。

だがそれは、同時に俺が奴を迎え撃つ最大のチャンスとも言える。

黒狼絶牙の反動で、左腕はしばらく使い物になりそうになかったが、残った右腕でやるしかない。

俺は再び影精の刃を握って、兄が仕掛けてくるのを待ち構えた。

しかし……。


「……何や? 何で仕掛けて来ぃひん……?」


一向に、兄貴が仕掛けて来る気配はない。

そしてその攻撃のないままに、ゆっくりと土煙が晴れていった。

そこに待っていた光景に、俺は思わず息を飲むこととなる。


「……やられた!!」


そこには既に兄貴の姿はなく、残っていたのは、地面に穿たれた大穴と、立ち上る硝煙だけだった。

野郎、最初からこのつもりで!?

このままじゃ、霧狐が危ない!!

俺は弾かれたように、霧狐たちが駆けていった方角へと走り出した。

……頼む、どうか間に合ってくれ!!










SIDE Setsuna......



「……ええ、女子校エリアの共有グラウンドで……はい、小太郎さんが」


私は霧狐さんの手を引いて、学園長室へと向かう傍ら、学園長と連絡を取っていた。

目的は、小太郎さんへの援軍の要請と、霧狐さんの保護。

あの男、半蔵は、今まで任務で対峙してきた妖怪や、魔物とは、あまりに格の違う敵だ。

いかに1年前、小太郎さんが狗族の妖怪を退けたといっても、あの時敵は魔力に制限を受けていた状態だったのだ。

小太郎さんでも、勝てるという保証はない。

そして、万が一彼が敗れたとき、私が霧狐さんを護り切れるという保証も……。

……ダメだな、負けた時の言い訳を今からしているようでは。

きっと小太郎さんなら、こんなときにも力強い笑みで、霧狐さんを必ず護ると言い切って見せるだろう。

その彼から、霧狐さんを任されたのだ、ならば私は、全力でその信頼に応えなければならない。


「霧狐さん、まだ走れますか?」


開いていた携帯をパチン、と閉じて私は右手を握る霧狐さんに尋ねた。

それに対して、霧狐さんは笑顔で頷いてくれる。


「うんっ、刹那こそ、お腹の怪我は大丈夫?」

「ええ、これくらいなら、何とか」


心配そうに尋ねた霧狐さんに、私も笑顔でそう答えた。

霧狐さんがもう一度頷いてくれたのを確認して、私たちはさらに走る速度を速めた。

この笑顔が曇るなんて、決してあってはならないことだと、そう思う。

自分に差し伸べられた幸福を知らぬまま、耳を塞ぎ怯えたままに、彼女の未来を奪うなんて、許されない。

お嬢様と小太郎さんが私に示してくれたように、霧狐さんにも、与えられるべき幸せな未来があるはずなのだ。

だから、私は彼女を守り抜かなければならない。

闘うための道具なんかに、決してさせはしない、そう改めて誓った、その時だった。

背後に突如として現れる、濃密な殺気。

反射的に、私は霧狐さんの手を話し、夕凪を振り向き様に振るっていた。

しかし……


―――――ザシュッ……ガシッ


「っっ!? バカなっ!!!?」


振り抜いた夕凪を、件の男はその皮一枚を切り裂かせて、私の腕ごと捉えていた。

まさか、私に攻撃させたのは最初から、動きを止めるために!?

……正気の沙汰じゃない、一歩間違えば、胴とから真っ二つになると言うのに、この男は……!?

驚愕に、一瞬動きを止めた私に向かって、その男、半蔵はニヤリ、と唇を釣り上げ哂った。


「―――――やっと捕まえたで、神鳴流っ!!!!」


―――――バキィッ……ドサッ……


「ぐっ、あっ……!?」


視界が明滅する。

半蔵は、私の動きを止めた左手を握り締め、私の顎を振り払うように打ち抜いていた。

先ほどの蹴りのような威力はなかったが、それでもまともに受けてはどうしようもない。

明滅する視界の向こう、半蔵の右手が、怯え竦む霧狐さんの額を鷲掴みにした。


「い、けないっ……霧狐さんっ、逃げてっ!!!?」


必死でそう叫ぶ私。

霧狐さん自身も、必死でその手から逃れようとしているが、抜け出すことが出来ないようだった。

小太郎さんとの戦闘と、私の今の攻撃によるダメージか、半蔵はおよそらしくない、疲弊しきった様子も露わに、霧狐さんに言った。


「手こずらせてくれたな……狐狩りなんてしたんは、5年振りやったで?」

「はっ、離してっ!!!?」


霧狐さんが、魔力まで込めて、自分を拘束する半蔵の腕を叩いたが、奴はそれをまるで意に介していない様子で、口上を続けた。


「もう逃がさへん……わいにも闘う力は残らへんけど、九尾さえ手に入りゃあこっちのもんやからな」


ぎりっ、と、霧狐さんの頭を握る奴の指に、強く力がかかった。


「くぅっ!? っぁぁぁあああああっ!!!?」


霧狐さんが悲痛な叫びをあげるが、それすらも、奴は心地良さそうに笑みを浮かべる。

……くそっ!?

動いてくれ、私の身体!!

ここで闘わないと、闘えないとっ!!

彼女を、霧狐さんを護れない!!

霧狐さんに、幸せを!! 小太郎さんに、家族を!!

教えてあげることが出来なくなってしまう!!

だから、お願いだ……私に、今一瞬だけで良い、闘う力を!!!!

……しかし、そんな私の願いは、届くことはなかった。

四肢すら動かぬ私の目の前で、およそ人間が放つとは思えない強大な魔力が解き放たれた。


「―――――喜べ嬢ちゃん……これが、自分が望んでた『強さ』や」


半蔵のその言葉とともに、解き放たれた魔力が全て、霧狐さんへと流れ込んでいく。

その奔流に飲まれ、霧狐さんが悲鳴を上げたが、やがて半蔵の腕をつかんでいた両腕がだらんと降ろされ、その悲鳴さえ止んだ。


「そん、な……」


護り、切れなかった……。

絶望に眩む私の視界の中、半蔵の右腕に記された無数のタントラが霧狐さんの額へと飲み込まれて、荒れ狂う魔力の奔流もようやく身を潜めた。

ゆっくりと、半蔵が霧狐さんの額からその右腕を離す。

露わになった霧狐さんの額には、先ほどはなかった、深紅の梵字が一文字、刻まれていた。

その双眸は、まるで眠っているかのように閉ざされ、先ほどまでの、無垢な少女の面影はない。

茫然自失となった私に振り返り、半蔵は心底愉しげに、唇を釣り上げた。


「おめでとう神鳴流……自分は歴史的瞬間に立ち会うた。……数千年を生きた邪悪の権化、死してなお命を奪い続けた殺戮者……妖の姫、玉藻御前の復活や!!!!」


―――――ゴォォォオオオオオオッッ……


「っっ!?」


半蔵の言葉が合図だったかのように、霧狐さんの閉ざされていた両目が見開かれる。

その瞳には、先ほどの金色ではなく、深紅の煌きが燈っていた。

そして、半蔵の言葉を裏付けるかのようにもう一つ。

二尾だった、霧狐さんの尾。

それを金色の炎が包み込んでいく。

目も眩むほどの金襴の業火。

それは彼女の身の丈以上に膨れ上がったかと思うと、まるで花吹雪を散らしたかのように掻き消えた。

そして、そこに姿を現したのは……。



―――――烱然九尾。九尾の狐を象徴する、金色の九本尾だった。



SIDE Setsuna OUT......





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 44時間目 金科玉条 出番の少なさは俺へのいじめか?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/01/24 21:44



SIDE Hanzo......



「……ちっ、右腕ごと持っていきおってからに……」


ビキビキとひび割れていく自分の右腕を見つめて、わいはそう吐き捨てた。

まぁ、小太郎に炮烙の刑を放った時点で、こうなるんは分かり切ってたことや。

わいには、それを押してでも、九尾を手に入れる必要があった。

でなければ、西の本山を破ることも、あの憎たらしい男……近衛 詠春を屠ふることもできひん。

そもそも、九尾なしやと、この麻帆良から逃げ出すのさえ難しいわ。

保険は掛け取るとは言うても、ここまで小太郎と、小娘二人に振り回されたまんま言うのは、わいの矜持に反するしな。

しかし……これでわいの悲願は叶う。

長かったで……全てを奪われてから15年。

そして、全てを知ったあの日から5年……この日をどれだけ待ちわびたことか。

失敗に終わった酒呑童子に引き続き、殺生石から引っ張り出した九尾は、式神として使役することが適わんかった。

情報の劣化もそうやけど、そもそも、一度死したことで、そん中に個を個たらしめるもの……言うなれば『魂』があれへんかった。

それでもバカデカい魔力と、劣化しとるとはいえそこから引き出せた情報は、捨ててまうには惜しい代物やった。

とはいえ、人造霊にも出来ひん妖怪を、どないして使役すれば良えんやっちゅう話や。

親父からもろたわいの能力やと、さすがに魂のあれへんもんを使役は出来ひんからな。

けど、考えてみれば、わりと単純な話や。

魂があれへんなら、代わりの魂を用意したら良えねん。

霧狐、いうたかな? あの野狐の嬢ちゃんは、依代にはうってつけやった。

想像以上に手こずらされた上に、魔力は殆ど引き出せんづくやったけど……まぁ、上手くいったようで何より。

九尾の力を注ぎ込まれた嬢ちゃんは、爆散したり、人型を逸脱するいう様子はあれへん。

伝承にある玉藻御前、そのまんまの姿で、悠然と神鳴流の嬢ちゃんを見降ろしていた。


「烱然九尾……想像以上に綺麗なもんやな。自分もそう思うやろ、神鳴流?」


ようやく立ち上がれる程に回復したのだろう、茫然と子狐……いや、玉藻御前を見上げる神鳴流に、わいは嘲笑とともにそう告げた。

その整った要望が、悔恨と憎悪に歪む。

それが愉しゅうて愉しゅうて、わいは声を上げて哂った。

左の腰、ベルトに差していた小太郎の刀、影斬丸やったかな? それを引き抜き、わいは御前に差し出した。

御前はわいがそう仕組んだ通り、感情の無い瞳でこちらを一瞥した後、それを受け取る。

そして躊躇いなく、その白刃を曝した。

わいがそうしたときとは、比べ物にならない魔力が、金の焔となって爆ぜた。


―――――ゴォォォオオオオオッ……


……出力も申し分あれへん。

これなら、千の呪文の男とは言わずも、弱体化したサムライマスターを葬るくらいなら……。

そう思って唇を釣り上げた矢先やった。


―――――ザッ……


背後に人の気配を感じて、わいと御前は反射的に振り返る。

その人物を確認してから、わいはもう一度、愉悦に表情を歪ませるのだった。


「思てたより早かったな……」


そこに居たのは、先程までわいと闘うてた小太郎やった。

炮烙の刑を捌ききったんには驚かされたけど、それかて予想してへんかったわけとちゃう。

それに、ここまで来てくれたんは逆に僥倖と言えるやろう。

小太郎と神鳴流。

わいの目的を達成するんに、最も邪魔になる障害を一緒くたに葬るまたとない機会なんやから。

さぁて……どうやって殺したろか……。

御前の背後に揺れる烱然九尾に、唖然とする小太郎を見つめて、わいは思案を巡らせた。



SIDE Hanzo OUT......








―――――何やねん、これ……?


目の前の光景は、余りにも現実離れし過ぎていて、俺の脳はどうにもそれを認識してくれそうになかった。


―――――何で、こないなことになってもうたんやっ!!!?


風にたなびく金色の尾。

九本という有り得ない数のそれは、息を飲むほどに美しく、そして世界で最も酷薄なものに思えて仕方ない。

俺が親父から譲り受けた影斬丸を握り、感情の無い瞳で一瞥する彼女は、明らかに俺の知っている彼女とは別人だった。

それはつまり……。


―――――俺は、間に合えへんかった……?


そういうことに他ならない。

絶望に目が眩む。

目の前の光景を、正常に認識できない。


『―――――お兄ちゃんっ!!』


……もう、あの無邪気な声を、無垢な笑顔を、望むことは出来ない。

そんな事実がどうしても、受け容れられない。

しかし無情にも、兄貴は言い捨てた。


「どんな気分や? 自分の大事にしてたもんを、二度も奪われるいうんは?」


そう、得意げな笑みを浮かべるのは、紛れもない俺の宿敵。

ぎりっ、と奥歯がなった。

余りに加減無く噛んだせいか、歯ぐきから出血し、口内に血の匂いが広がる。

しかし、そんなこと、もうどうでもいい。

全身を喰らいつくさんばかりの魔力が、身体の奥から溢れて来る。

忘れかけていた黒い炎が、俺の中で再び鎌首を擡げようとしている。

フラッシュバックする。

母を失ったあの日の光景が。

嘲笑を浮かべ去っていく、兄の姿が。

そして、傷つけたくないと泣いた、霧狐の姿が。


―――――ドクンッ……


視界が赤く、赤く、朱く、緋く、あかく、アカク、明滅を繰り返す。

悔恨が憎悪に、闘争心が復讐心に塗り替わる。

護りたいという切望が、破壊したいという願望へと挿げ替えられる。

今この時、俺を支配しているのは間違いなく信念ではなく。


―――――妖の血だった。


「―――――はんぞぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっっっ!!!!!!」


弾かれるように跳躍する。

右手には力任せの魔力が、桁外れの出力を持って黒い風を巻き起こしていた。

その爪は一瞬先、確実にクソ兄貴の喉笛へと飲み込まれる。

俺自身、否、その光景を見ていた全ての人間が、その結末を信じて疑わなかっただろう。


―――――シュンッ……


「っっっ!!!?」


―――――ガキィンッ


その一撃を尾の一振りで無効化した、金色の超常を除いては。

感情のない、虚ろな瞳で半蔵を一瞥し、霧狐……否、九尾の狐と化した彼女は、ゆっくりとこちらへ振り返った。


「……ははっ、上出来や。命令なしにわいを護るいうことは、術式は問題なく働いとるみたいやな」


そのすぐ後ろで兄貴が何か言っていたが、最早俺の耳に届くことはない。

ただただ、兄貴への殺意だけが、俺の身体を突き動かす。

彼女と争う必要はない。この身が朽ちようとも構わない。

ただ、奴さえ殺せれば……。

右の爪に、獣裂牙顎を放つための魔力を纏わせていく。

右腕は使い物にならなくなるだろうが、この後のこと何て、知ったことか。


―――――俺はただ、奴さえ殺せればそれで構わない!!!!


大きく右腕を振りかぶり、二度目の跳躍をしようと身構える。

同時に、霧狐が太刀を振り上げる。

その刀身の覆うように金蘭の炎が渦を巻いた。

……良いだろう。

俺が燃え尽くすのが先か、この爪が兄貴の喉笛を引き裂くのが先か、1つ勝負と行こうじゃないか。

かつて刹那に誓った『必ず生き残る』という決意は、既に頭の中から消えていた。

九尾の炎を受けて、金色に輝く影斬丸が俺へと振り下ろされる。

しかし俺の瞳に映るのは、憎たらしい兄貴の面ばかり。

今度こそ、殺ったと、そう確信した。


「っっ、ダメです!! 小太郎さんっっ!!!!」


俺の体に、金蘭の炎が届くよりも早く、何者かが俺を抱き止め、その場を飛び立った。

無論、そんな真似が出来たのは、この場に一人しかいない。


「離せ刹那!! 俺は死んでも、あの男を殺さなあかんねんっ!!!!」


その手を払いのけて、俺は浮遊術でその場を離れようとする。

しかし、翼を持つ刹那に、空中で敵うべくもなく、すぐに回り込まれてしまった。

両手を大きく広げて、刹那は俺を通すまいと、涙すら浮かべて睨みつける。


「今のあなたを、行かせる訳にはいきません!!!!」

「邪魔すんなや!! そこをのけへんのなら、自分も斃してでも俺はあいつを殺す!!!!」

「っっ!? ……小太郎はんの……」


俺の言葉に、刹那は目を剥いたが、次の瞬間……。


「……大馬鹿もんっっっっ!!!!」


―――――パァァンッ


「っっ……!?」


乾いた音ともに、俺の頬を力任せに叩いていた。

目の前で火花が散る。

彼女がこんな行動に出るなんて、予想だにもしていなかったため、俺は一瞬思考が凍りついていた。

じんじんと、熱を帯びる左頬に手を触れて、俺は二の句も告げられず、茫然と刹那の顔を見つめる。

大粒の涙を零しながら、刹那は俺のことをきっと睨みつけた。


「小太郎はんの……あなたの怒りと悲しみは、筆舌に尽くしがたいものでしょう。その感情をあなたに抱かせた責任の一端は、紛れもなく私にも有ります、しかし……」


手の甲で涙を拭い、刹那は真剣な表情で、こう告げた。


「あなたまで魔道に堕ちてしまったら、誰が霧狐さんを救えるというのですか!?」

「霧狐を、救う……?」


その言葉の意味が分りかねて、俺の思考は再び凍りつく。

救うも何も、霧狐は完全に奴の手に堕ちた。

先程も、何の躊躇いもなく俺を殺そうとしていたではないか。

……そんな彼女を救う手立てが、どこにあるっていうんだ!?

一瞬、消えかけていた復讐の炎が、その勢いを取り戻す。


「……九尾が取り憑いてんねやぞ? ……術者を殺す以外に、どないして霧狐を救えっちゅうんやっ!!!?」


激情のまま、俺はそう刹那を怒鳴りつける。

それにすら刹那は一歩も譲らず、今にも掴みかからんとする俺に、噛みつくようにこう言った。


「九尾が何だと言うのです!? いつものあなたなら、敵が以下に強大だろうと、状況がいかに絶望的だろうと、諦めたりはしないはずだ!!」

「っ!?」 


思わず、息を飲む。



『―――――誰かを護ることばっかりで、一緒に闘おうとはしてくれへんっ!!』


……刹那はあのとき、涙を浮かべて怒鳴ったのは、いったい何故だったか?


『―――――命を捨てでも護るだと? そんなもの、護る側の勝手な理屈に過ぎん』


……後悔とともに、エヴァが俺をそう諭したのは、一体何を護るためだったか?


『―――――大丈夫。みんなのこと信じるって決めたもんな』


……あのとき木乃香は、俺の……俺たちの何を信じてくれると言ったのか?


『―――――必ず妹さんを助けてあげるんだよ?』


……タカミチは、俺にどんな思いでこの場を託したのか?


―――――俺に生きて、その上で目的を果たせと、そう願ってくれていたからではなかったか。


……そうだった。

俺は一年前、あの狗族との闘いを経て、何と誓った?

『どんな敵にも、二度と臆さない』と、そう確かに誓ったのではなかったか?

敵とは即ち、牙を剥く者ばかりではない、絶望的な状況すら、俺が打倒すべき敵だったはずだ。

だと言うのに……何をこんなところで諦めていたんだ!?


「……」


ゆっくりと両目を閉じて、大きく息を吸う。

状況は既に詰んでいると言っても過言ではない。

だがそれは、今回に限ったことじゃない。

一年前も、半年前も、端から俺は絶望的な状況で闘ってきた。

―――――否!!

望みが絶える、即ち絶望だと言うのなら、俺が、俺たちが望みを捨てない限り、それは絶望なんかじゃない!!


「……おおきに、刹那。おかげで目が覚めたわ」


ゆっくりと両目を開いた俺は、いつも通りの笑みを浮かべて、刹那にそう告げた。

刹那は、驚きの表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべて、先程と同様、大粒の涙を零した。


「……全く、手が掛かるのはどっちですか」

「ははっ、全くや。こなんやと、正気になった霧狐に合わせる顔があれへんわ」


……とは言ったものの、状況が芳しくないことは事実だ。

九尾は完全に霧狐に取り憑いていて、無理に引きはがすと霧狐の精神にすら深刻なダメージが残りかねない。


「刹那、自分は斬魔剣・弐ノ太刀は使えへんのやったな?」

「……ええ。この際です。使えるのならば掟などかなぐり捨てて使ってますよ……」


そらそうだ。

俺の問い掛けに、苦虫を噛み潰すような表情で刹那は答える。

眼下にてこちらを見上げる霧狐と兄貴。

こちらに攻撃を仕掛けて来る様子が見受けられない。

恐らくは俺と刹那が仕掛けるのを御丁寧に待ってくれているのだろう。

大方、お前たちなんていつでも殺せるんだぞ?と余裕を見せつけているのだろう、胸糞悪い。

それを睨みつけながら、俺はもう一度状況を冷静に見つめ直した。

まず兄貴に関してだが……奴に闘う力は最早残されていないだろう。

俺の前に現れた酒呑童子と、それ以外にも何体か召喚していたようだし。

それに先程の俺との戦闘に加えて、霧狐に九尾を憑依させたこと。

全てを賄って余りある魔力が、奴に眠っているとは考え難い。

つまり、九尾さえどうにかすれば俺たちにもまだ勝機があるということだ。

しかしながら、問題はそこだろう。

あの九尾の強さが全盛期の本物に比べ劣っていたとしても、先の酒呑童子よりも弱いことは有り得ない。

恐らく、俺が今まで刃を交えて来た相手では最強と言って良いだろう。

……あの狗族妖怪は例外な? だって前回は魔力制限されてたし。

そんな化け物を相手に、霧狐を傷つけず救うとなると……正直な話、上手い手があるとはとても思えなかった。

そもそも、完全に肉体を掌握した状態の式を引っ張り出すなんて、斬魔剣・弐ノ太刀意外にどんな手段があると……。


……ん? 引っ張り出す?


「……そうや、その手があったやんな!!」

「何か思いついたのですか!?」


歓喜の声を上げた俺に、刹那が驚きの声を上げる。

それに俺は、いつかと同じ獰猛な笑みを浮かべて答えた。


「刹那、耳貸し……あの勝ち誇ったクソ兄貴に一泡吹かせてやろうやないか?」










SIDE Setsuna......



「ほな頼むで? 一瞬でも構へん。あいつの刀を受け止めてくれ!!」

「委細承知!!」


小太郎さんにそう答えて、私は眼下にて待つ敵の眼前へと降り立った。

対して小太郎さんは、グランドとは反対方向へと疾駆して行った。

やはり彼はモノが違う。

私がきっかけを作ったとはいえ、妖に精神を侵されかけたにも拘らず、その状態からすぐに自分を取り戻した。

それどころか、次の瞬間には霧狐さんを救い出す術を思いついてしまうのだから……。

……いや、感傷に浸るのは今ではない。

彼が救うと言って見せたのなら、必ず霧狐さんは助かる。

そしてそのために、私の力が必要だと彼は言った。

そう、他ならぬ彼が私にその役目を託したのだ。

答えなければ、剣士としての私が、女としての私が廃るというもの。

この一合……何としてでも九尾の、霧狐さんの一撃を受け止めて見せる!!


「ありゃ? 小太郎の奴は逃げたんか? それとも……はぁ。応援なんか呼んでも、無駄なことくらいわぁっとるやろうに」

「生憎だな半蔵。今まで彼がやったことが無駄になった試しなど、ただの一度もない」


呆れたように首を振った半蔵に、私は右手に握った夕凪を突き付けて声高に告げる。

別段それを気ににした様子もなく、半蔵はふっ、と小さく笑った。


「えらく信頼されたもんやな……まぁええ。末期の会話は楽しめたんか?」


末期……自らの勝利を、我々の敗北を信じて疑わぬその物言いに、私は緩みそうになる唇を必死で抑えていた。

これは僥倖だ。その慢心こそが、私達が付けいる隙となる。

しかしながら、その傍らに立つ霧狐さんは、先程と同様に一切の感情を映さぬ瞳でこちらを微動だにせず見つめていた。

その能面のような表情があまりにも異質で、私は背筋に悪寒が走るのを感じた。


『―――――ありがとう、木乃香、刹那……』


しかし同時に、背中を後押しする激情も湧きあがっていた。

霧狐さんに、そんな面のような顔は似合わない。

もちろん先程のような、酷薄な笑みなど持っての外だ。

霧狐さんには……彼女には、あの蕾が開いたような温かい笑みの方が、何倍も似つかわしい。

だから私は、私達はそれを取り戻すのだ。

あの悪魔のような男から、霧狐さんを必ず救い出すのだ。


「霧狐さんには二度目になりますが……神鳴流剣士、桜咲 刹那……推して参る!!!!」


先程より何倍も力強く名乗りを上げて、私は霧狐さんへと羽ばたいた。


「……九尾」

「…………」


半蔵の呼びかけに、霧狐さんは答えることなく、迫る私に向かって跳躍した。

金蘭の焔を巻き上げる、影斬丸を振り上げて、私の太刀を受け止める。


―――――ガキィンッ


「っく!? やはりそう易々とはいかないかっ……!!」


しかし、そんなことは百も承知。

この絶望的な状況……道理など、無理で抉じ開けて見せなくてどうするのか!!

返す刃に力を込めて、私は全身に漲る気を研ぎ澄ました。


「神鳴流奥義、斬岩剣っ!!!!」


―――――ガキィンッ


その一撃すらも、涼しい顔で受け切って、霧狐さんは私とおよそ9歩の間合いへ飛び退いた。

彼女の感情の無いその瞳に、一瞬だけ殺意の狂光が宿る。


「っっ……!?」


ともすれば、気押されてしまいそうになる迫力。

きゅっと唇を噛み締めて、その覇気に耐える。

うろたえる必要はない、何故なら……。


―――――これは、小太郎さんの目算通りの展開だからだ。


霧狐さん……否、恐らく彼女の肉体を掌握している九尾の魔族としての本能は、今の一合がお気に召さなかったらしい。

結果、今度こそ私を葬らんと、彼女は振り上げたその太刀に、先程の比ではない規模の炎を纏わせている。


―――――ならば私は、その一撃を真正面から受け止めれば良いだけのこと!!


本来ならば正気の沙汰とは思えない自殺行為。

伝説の妖怪相手に、その攻撃を真正面から受け止めようだなんて。

それを為そうとしている私もだが、それを依頼した小太郎さんも小太郎さんだ。

しかし、それは麻帆良に来た時からすれば、考えられないことだった。

きっと当時の彼なら、こんな危険な役目を私に託したりはしない。

死ぬのならば自分一人で良いと、そう決めつけていたのだから。

だが、今は違う。


『―――――ウチは、小太郎はんに……小太郎はんと一緒に闘いたいっ!! 護られてばっかりの、弱い女の子やないっ!!』


あのときの私の、八当たり染みた独白を、彼は愚直に、しかし真摯に受け止めてくれている。

その上で私を信じて、この場を私に託したのだ。

その事実が、私に普段以上の力を与えてくれていた。

不謹慎にも思わず頬が緩みそうになる。

想いを寄せる相手に信頼されることが、ここまで心地良いものだったなんて知らなかった。

そして、寄せられた信頼には、応えなくては不義理が過ぎるというもの。

私は曲がりなりにも武人。

その矜持、必ず貫き通して見せる!!

私を覆う気が、雷光と暴風を撒き散らし戦場を蹂躙する。

こみ上げて来る気力は平時の何割増しだろうか。

今この瞬間なら、私はどんな悪魔にだって勝てる気がしていた。


「さぁ、どこからでもどうぞ? ……この一合、我が全霊を持って受け止めて見せる!!」


私がそう宣言するのとほぼ同時、霧狐さんは豪炎を纏った太刀を振りかぶり、私へと弾丸のように疾駆していた。

それと数瞬違わず、私も白い両翼をはためかせ、霧狐さんへと駆ける。

雷光と風が、夕凪を多いまるで小さな台風のように荒れ狂う。

私は躊躇うことなく、振われる霧狐さんの太刀目がけて、その刀身を振り抜いた。


「神鳴流決戦奥義……真・雷光剣!!」

「……っっ!?」


――――――ガキィィィンッッ


瞬間、爆音と雷光が空気を震わせた。

巻き起こる風に、身体が押し返されそうになるのを、私は必死で堪えていた。

舞いあがった粉塵と焔に遮られて良く見えないが、霧狐さんも似たような状況だろう。

だから私は、一歩も引けない。

しかし状況は整った。

霧狐さんは、全霊とは言わないにしても、それなりの力を込めて刀を振ったのだ。

言わば必殺の気負いで放ったそれは、弐の太刀を考慮しないただ一度の斬撃。

故に受け止められれば、次の行動に移るまでいかな熟練者と言えど僅かな隙が生じる。

とは言え、正面から受け止める以外に防御のしようがない以上、受けた側もその瞬間は動きは取れない。

しかしそれは、一対一の勝負であった場合のみ。

この勝負は端から、一対二の攻防だ。

ならばその勝機は、数で勝る我々にある!!

霧狐さんの影が直径4m程の円に広がった。

そしてそこから伸びたのは、見覚えのあるたくましい腕。

それは刀を振り抜いた霧狐さんの腕を有無を言わさずに掴んでいた。


「……捕まえたで、霧狐っ!!!!」


雄々しい笑みを浮かべて、小太郎さんが宣言する。

そう、この瞬間私はこの命を賭けた大博打に勝利した。



SIDE Setsuna OUT......





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 45時間目 悪酔強酒 いや色んな意味で……どうしてこーなったっ!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/01/28 17:24



刹那が霧狐の一撃を受け止めたのを確認して、俺はすぐさまゲートを使って飛び出した。

目的は霧狐に奪取されていた影斬丸の奪還。

斬魔剣が使えないなら、他の方法で霧狐から九尾を引っ張り出すしかない。

そしてその引っ張り出すって発想が光明となった。

加えて言うなら、霧狐に取り憑いたのが九尾の狐、即ち狗族の類だったことも僥倖だった。

前にも言った通り、影斬丸は狗族専用の魔力バッテリーだが、同時にその機能を正しく使用するための付加機能が備わっている。

そしてその片鱗はかつての俺も、そして霧狐も味わっている。


―――――影斬丸は狗族の魔力を引き出す。


そうすることで使い手の魔力を充実させ、結果的に刀身への魔力供給量を底上げしているのだ。

そしてある程度それを理解し使いこなせている者であれば、その供給量を自在に操れる。

……ここまで言えば、もう俺が何を考えているのか分かるだろう。


―――――影斬丸に九尾の魔力を取り憑かせる。


二つの器から魔力を引き出そうとすると、まず初めにより魔力の濃いものから引っ張り出される。

言わば水溶液の浸透圧と同じ原理だ。

それを経験的に俺は理解していたからこそ、この策を思いついた。

霧狐の中には今、あいつ自身の魔力と九尾の狐の魔力が混在している状態。

ならばあいつの中から魔力を引っ張り出そうとすれば、自然と九尾の魔力から流れ込んでくるはず。

そのためにはまず、影斬丸を取り戻さなくてはならない。

刹那に無理を言って霧狐の斬撃を受けさせたのはそのための布石だ。

いかな達人だろうと、全力で撃った一撃の後は技後硬直って逃れられない枷が発生する。

俺はその隙をついた訳だ。

そして、その目論見は上手くいった。

霧狐の斬撃を真正面から受け止めた刹那は、気を使い果たしたのか、俺の視界の隅で膝を折っている。

……おおきに、刹那。この借りはクソ兄貴をぶっ飛ばした後で必ず返す。


「影よ!!」


俺は万全を期すために、霧狐の腕を掴んだ状態で更に影の捕縛結界を使用する。

ゼロ距離で発動したこいつは、いかにバカデカイ魔力をもっていようと、数分は身動きできまい。

左手を俺は影斬丸の柄へとかざした。


「待っとれや、霧狐。今助けてやるさかい……」


出来る限りの優しい声で霧狐にそう告げる。

もちろん、九尾に支配された彼女は結界から逃れようと必死になるばかりで、俺の言葉には答えなかった。

ぎりっと、再び俺は歯噛みしながらも、霧狐を救うために影斬丸へと意識を集中させた。

正直な話、ここから先がこの策における最大の博打である。

影斬丸は確かに魔力バッテリーとしての機能を持っているが、その限界貯蓄量は定かではない。

万が一、九尾の魔力容量が影斬丸の許容量を上回っていたら……。

そんな考えが一瞬脳裏を過ぎったが、それを俺は気合で振り払う。

そうなったらそうなったときだ。

また別の方法で霧狐を救い出せば良い。

決して諦めないと、必ず霧狐を救い出すと誓った以上、失敗の可能性なんて恐るるに足りない。


「さぁ九尾。自分の魔力と影斬丸の食欲、どっちがデカいか勝負と行こうやないか!!」


俺は影斬丸に魔力を集中させる。

瞬間、刀を握る霧狐の手から、信じられない量の魔力が流れ込んできた。


「……っっ!?」


能面のようだった霧狐の表情が驚愕に染まる。

どうやら俺の考えは正しかったらしい。

ならば後はこのまま……。


「小太郎さん後ろです!!」


更に魔力の供給量を上げようと意識を集中しようとした矢先、悲鳴染みた刹那の呼びかけで俺は思わず振り返る。

そこには先程九尾を憑依させたダメージだろう、石灰化しひび割れた右手を俺へと突き出す兄貴の姿があった。

咄嗟のことだったため、俺は回避するタイミングが一瞬遅れてしまう。

くそっ!? 完全にノーマークだった。

あの状態で、兄貴まだ闘うだけの魔力が残ってたなんて……!!

そんな後悔が頭を過ぎるが、それも一瞬のこと。

刹那が身体を張って作ってくれたこのチャンス、是が非でも逃してなるものか!!

俺は影斬丸から手を離し、カウンターの体勢をとった。

しかし……。


「残念、ハズレや」


兄貴は俺がカウンターに突き出した右拳を回避すると、自らが突き出していた右手で俺の腕を掴みそして……。


「バイ」


タントラを告げ、あろうことか自らの右手を切り離したのだ。


「!?」


驚愕に一瞬目を剥く俺。

そして兄貴は一足で間合いを取ると、再び印を結んだ。

っ!? あの印、それにこの匂いは……!?

咄嗟に切り離された兄貴の腕を掴み虚空へと投げる。

その腕には三枚の爆符が張り付いていた。

俺が腕を投げたのとほぼ同時に……。



―――――ズドォォォンッッ……



轟音と爆炎を上げて、兄貴の爆符が炸裂した。


「ぐぉっ!?」


障壁の展開も間に合わなかった俺は、もろに爆風の煽りを受けて数m地面を転がる。

クソ兄貴め!!

昔から式神に爆符を付けるのが常套手段だったが……。

普通使えなくなったからって自分の右手に爆符付けて切り離すか!?

俺は痛む身体に鞭打って何とか立ち上がり、霧狐へと視線を向けた。

最悪の状況になっていないことを祈りながら。

しかし、その願いは当然のように裏切られる。

睨みつけた視界の真ん中では、ちょうど兄貴によって俺が霧狐に掛けた戒めが解かれるところだった。


「危ない危ない……そういや前んときも自分らに時間をくれてやったせいで痛い目みてもうたんやった。ホンマ、可愛げのない育ちかたしおって」


兄貴は残った左手で顎を伝う汗を拭いながら俺をそう一瞥した。

……抜かった。これは霧狐に気を取られ過ぎた俺の失態だ。

今影斬丸に吸収できた九尾の魔力はおよそ3割程度だろう。

刹那にはもう闘えるだけの気力は残されていないだろう。

となると、ここは何とかして俺一人で切り抜けなければならない。

そのためには、何とかして、もう一度霧狐に肉薄しないと……。

そう思い、俺は霧狐に飛びかからんと痛みにくず折れそうになる両足に力を込めた。


「おっと、動くなや? もしほんの少しでも動いたら、この嬢ちゃんの首を刎ねてまうで?」

「っっ!?」


半蔵の声とともに、霧狐は自らの手で影斬丸の切っ先をその白く細い喉へと宛がった。

動きを止めた俺を見て、半蔵は愉しげに笑い声を上げた。


「ははっ、ホンマどうしようもない甘ちゃんやな自分? ほんなら、これ以上悪巧みされん内に、さくっと消えてもらおか?」


兄貴の宣言と同時に、霧狐が首に宛がっていた影斬丸を逆手に握る。

マズい!? あれはさっき兄貴が俺に使った……!!


「ホンマもんの九尾が放つ炮烙の刑。自分らごときじゃ、防ぎようがあれへんやろ?」


兄貴の唇が、三日月のように釣り上がる。


「っっ!?」


瞬間、霧狐は振り上げた影斬丸を勢いよく突き立てた。


―――――ザシュッ……


自身の腹部目がけて。


「なっ!?」

「っっ!? 霧狐っ!?」

「霧狐さんっ!?」


驚愕の声を上げたのは、俺たちだけではない。

兄貴までもが、その霧狐の行動に目を剥いていた。

どういう、ことだ?

何故、霧狐が自分を傷つけた?

兄貴が驚いているということは、これは兄貴の命令じゃないのか?

そんなことより、早く止血しないと、あの出血量は……!?

なりふり構わず霧狐に駆け寄ろうとする俺。

しかしその俺を阻んだのは、九尾が放つ金蘭の炎だった。


「ぐっ!? 霧狐っ!!!!」


炎に阻まれながら、俺は必死でその向こう側にいる霧狐に呼びかける。

返って来たのは、久しく聞いていなかったようにさえ感じる、あどけない少女の声だった。


「おにい、ちゃん……?」

「っ!? 霧狐っ!? 自分、意識がっ!?」


炎の壁の向こうから聞こえて来たのは、紛れもない霧狐自身の声だった。

しかし、ならば何故この炎は俺を阻むんだ?

いや、今はそんなことはどうだっていい!!


「霧狐っ!! 待っとれや!! 今すぐ治療できる人んとこに運んでやるさかい!!」


早く手当てを施さないと、あの出血量はやばい!!

そう思って俺は何とか炎の壁を消そうと気弾を当てるが、一向に炎が消える気配はなかった。

焦燥感ばかりが募って行く俺に、霧狐はもう一度俺に呼びかける。


「だい、じょぶ、だから……これ以上、お兄ちゃんや刹那が怪我するの、見たく、ないからっ……」

「っっ……まさか霧狐、この炎は自分がっ……!?」


揺らめく陽炎の向こう、力なく笑った霧狐の顔が、一瞬だけ見えた気がした。

間違いない。彼女はその身を犠牲にしてでも九尾を止めるつもりだ。


「っっ!!!? 止めぇ!! こんなところで、自分が死んでどないすんねんっ!?」

「だいじょぶ、だよ……霧狐も狗族だもん。普通の人より、頑丈、なんだよ?」


途切れ途切れに聞こえて来る霧狐の声。

いったいどこが大丈夫だって言うんだ!?

一向に、霧狐を覆うように広がった金蘭の炎はその勢いを失くさない。

その光景は、まるで蝋燭の火が消える間際にその勢いをますかのようで、俺の背筋を冷たい何かが通り過ぎていった。

見ると炎の熱気に当てられて、あの兄貴でさえ霧狐から大きく飛び退いていた。


「……キリね、ずっと弱いの自分が嫌いだった。キリが弱いから、皆を傷つけちゃうんだって、そう思ってた……」

「霧狐……」


ぽつり、ぽつりと、霧狐はまるで独白のように言葉を紡ぐ。

まるでこれが、自分の最期の言葉だと言わんばかりに。

そんなの嫌だと、そんなことはないと、そう否定したいのに、俺は必死で言葉を紡ぐ霧狐を止めることが出来なかった。


「だから、刹那に、一人でその弱さを背負わなくて良いって言われて……キリ、すごく嬉しかったんだぁ……」

「っっ……そうや霧狐!! 全部一人で背負うことなんてあれへん!! せやから、この炎を……!!」

「ダメだよ……それでも、キリは弱いままじゃ、嫌だから」

「っっ!!」


弱々しく響いた霧狐の声は、それでも強い意志が篭っていて、俺はそれ以上を言葉を続けられなくなる。


「キリね、ずっとね妖怪の血が嫌いだった……キリが半妖じゃなかったらって、ずっと思ってた……けど、今はね妖怪の血に感謝してるよ?」

「…………」

「キリに妖怪の血が流れてるから、パパの刀が使える……だから、今お兄ちゃんたちを助けられる……だから」


霧狐はそこまで言うと、大きく息を吸いこんで、こう告げた。



「―――――ありがとう、パパ。それと……ごめんね、お兄ちゃん、ママ……」



ばいばい、と、霧狐がそう言ったような気がした。



「霧狐っ!?」


俺がそう呼びかけると同時に、霧狐が放っていた禍々しい九尾の魔力がその身を顰め、彼女を覆っていた金蘭の業火も嘘のように消え去った。

焼け跡の真ん中で、霧狐は自らの腹に突き刺した刀をゆっくりと引き抜き、ふっと、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


「っっ霧狐っ!?」


慌てて崩れ落ちそうになるその小さな体を、俺は抱き止める。

木乃香に貸してもらった白いロングTシャツは、霧狐の血で真っ赤に染まってしまっていた。


「霧狐っ!? 霧狐っっ!? しっかりせえっ!!」


必死で呼びかける俺。

今霧狐が意識を失うと、もう二度と彼女と言葉を交わせないような気がして、俺は何度も何度も、彼女の名を呼び続けた。

やがて、うっすらとではあったが、霧狐はその黒目がちな可愛らしい双眸を開いてくれた。


「……おにい、ちゃん……キリ、妖怪の血に、負け、なかったよ……」

「っっ!? ……ああ……これなら、俺が自分のこと鍛えたる必要なんてあれへんやないか」


微かに笑みを浮かべて、誇らしげにそう言った霧狐に涙が溢れそうになる。

震えながら俺に差し出して来た霧狐の右手を、しっかりと俺は左手で握ってやった。


「え、へへ……キリ、もぉ、弱く、ないよね? もぉ、ママに、心配、かけなくて、良い、よね……?」

「っっ……おう。安心せえ。自分はもう一人前や。兄ちゃんが太鼓判を押したる」


涙を必死で堪えて、俺は霧狐にそう答えてやった。

それで安心したのか、霧狐はゆっくりとその両目を閉じて、浅く寝息を立て始めた。


「……そんな……霧狐、さん……」


いつの間にか背後に近付いて来ていた刹那が、絶望に打ちひしがれた声で霧狐の名を呼んだ。

俺は霧狐の手を離し、左腕で目尻に浮かんだ涙を拭い去り、その身体を抱え立ち上がる。

そして、眠った霧狐の身体を刹那にゆっくりと預けた。


「小太郎、さん……?」

「……腐ってもこいつは狗族や。今すぐ手当てしたら、俺とおんなしでまだ助かるかもしれへん」

「っっ!?」


絶望に染まっていた刹那の瞳に、ぱっと希望の光が宿った。


「俺はクソ兄貴と決着を付けなあかん。……霧狐のこと、よろしゅう頼むわ」


俺がそう言うと、刹那はしっかりと頷き、白い両翼を広げて飛び立って行った。

もちろん、刹那に告げた言葉は方便に過ぎない。

いくら狗族の血を引いていようと、あれだけの血を失って助かる保証なんて、どこにもない。

加えて言うなら、狗族の回復力は魔力によるブーストに裏打ちされたものだ。

九尾を封印するために、限界まで魔力を使った霧狐にそれだけの回復力が残っているとは思えなかった。

だが……だからこそ、俺はただ一人ここに残ったのだ。

漆黒の鞘に覆われた影斬丸を拾い上げ、俺はゆっくりと兄貴に振り返る。


「待たせたな……決着、付けようやないか?」


落ち着いた声で告げる俺が意外だったのか、兄貴はふん、と面白く無さそうに息をついた。


「全く、自分にこだわるとホンマ碌なことになれへん。せっかく見つけた九尾の依代が、まさか自分で九尾を封印してまうやなんてな」


人一人が死にかけたというのに、兄貴の口調はまるで友人に口でも零すかのように軽快だった。

だというのに、俺はそれに別段感情が高ぶることはない。

……いや、違うな。

これはもう、怒りが度を超えているため、その程度では何も感じなくなっているのだろう。

その証拠に……。


「これで、九尾の計画は全部おじゃん……んなっ!?」


―――――バキィッ


俺は尚も言葉を紡ごうとした兄貴の面を、真正面から有無を言わさずに殴り飛ばしていた。

ごろごろと、数mを為すすべなく転がって行く兄貴。

……妙な気分だ。

先程のように身体から魔力が湧きがって来る感覚は微塵もない。

頭が妙に済み切っていて、まるで自分が自分でなくなってしまったかのようだ。


「げほっごほっ……ぺっ。はっ、不意打ちとは、随分らしくない真似やないか?」


俺の拳撃で口の中を切ったのか、血を吐き捨てながら、兄貴がこともなげにそう言った。

しかし、それに応えてやる気は毛頭ない。

俺は躊躇いなく、九尾の魔力が封印された影斬丸を、その鞘から抜き放った。


―――――ゴォッッ……


金蘭の炎が舞い上がり、俺の身体を喰いつくさんばかりの魔力が、影斬丸を通して流れ込んで来る。

しかしそれはほんの一瞬。

次の瞬間には、金蘭の炎は漆黒の風へと姿を変え、流れ込んでくるで来る魔力はまるで旧知の友のように俺の身体へと馴染んだ。


「っっ!? 九尾の魔力を……喰ったやと……!?」


驚愕に兄貴が目を剥く。

それもその筈。

本来、兄貴が復活させた九尾の魔力は俺が従えられるような、チャチな代物じゃない。

ならば何故、俺は俺の身体を乗っ取ろうとした九尾を抑えつけることが出来たのか?

そんなの理由はたった1つだ。

原作におけるヘルマン戦で、ネギが見せたのと全く同じ現象。


―――――怒りによる、魔力のオーバードライブ。


それを裏付けるように、俺の体は望んだわけでもないのに、獣化していた。

使い物にならなくなっていた左手は完全に再生し、先の戦闘で負った全てのダメージがほぼなかったことになっている。

想像を絶する魔力が、半妖である俺を、より妖怪へと近付けようとしているのを感じる。

そして同時に、かつて感じたことがない魔力が、自分の身体から溢れてくる。

なるほど『闇の魔法』が強力な訳だ。

魔の卷族が持つ力ってのは、どうやら俺が思っていた以上に馬鹿げていて、それを今使役している俺ですら、戦慄を禁じ得ない。


「……ちっ……」


九尾の魔力を吸収した俺との戦力差を、分が悪いと判断したのだろう。

兄貴はどこからか一枚の符を取り出した。

恐らくは転移符。それもいつか真名が使ったのと同じ長距離用のもの。

学園結界の外に逃げ出すつもりだろうが、俺はそれを許すわけにはいかない。

こいつは…………


―――――俺の家族を。


―――――ようやく出会えた妹を。


――――――――――傷つけたのだから!!


「ふっ!!」

「っっ!?」


瞬動を使い、兄貴が取り出した符を一刀のもと両断する。

恐らく兄貴には俺が瞬間移動でも使ったように見えただろう。

自身でも驚くほどの速度で俺はそれをやってのけた。

しかし、それに対する感慨はない。

振り抜いた刃を大上段に構え、見据えるはその喉笛を食い千切ると宣言した憎き仇敵

俺は今度こそ、5年来の悲願を……


「―――――果たすっ!!」


―――――しかし、三度その願いは阻まれる。


―――――ヒュンッ……ガキィンッ


「「っっ!!!?」」


俺も兄貴も、共にただ息を飲んだ。

正確に兄貴の首元を捉えた斬撃は、突如発生した石柱によって阻まれた。

否、それがただの石柱であったなら、九尾の魔力を纏った俺には紙を立つように切り裂くことが出来た筈。

しかしその刀を阻んだとなれば、それは石柱に非ず。

何者かが使った魔法に違いない。

石の魔法……それを使う者に、俺はたった一つだけ心当たりがある。

しかし早過ぎる。

あいつが、あの白髪の少年が出て来るのは少なくとも2年後だったはず。

ならばこれも、俺と言う存在が引き起こしたイレギュラーか?

怒りで沸騰していた思考が、冷や水をかけられたかのように急に冷静さを取り戻す。

そして次の瞬間。


―――――ドゴォンッ


パイルバンカーでもこうはならないってくらいの拳撃が俺を襲った。

咄嗟にガードはしたものの、ノーダメージとはいかない。

10数mから吹き飛ばされて、俺はどうにか体勢を崩さずにその衝撃を殺すのが精一杯だった。

冗談じゃない……こっちは九尾の魔力まで使ってんだぞ?

先程まで俺の中にあった全能感が、嘘のように砕かれていく。

しかし退く訳にはいかない。

俺は今度こそ、兄貴を仕留めなければならない。

散って行った里の連中のため、母のため、そして霧狐のために!!

俺はゆっくりと顔をあげ、新たに現れた敵の姿を確認し……。


「っっ……!?」


そして言葉を失った。

俺が想像していた相手とはまるで、敵の姿が異なるものだったからだ。

すらりとした細い体躯に、病的なまでに白い肌。

背中ほどに伸びた綺麗な銀髪に、感情のない瞳でこちらを見据えるその姿。

年の頃は俺の同じくらいと見える。

そう、兄貴を庇い俺を吹き飛ばした敵は紛うことなく……少女だった。

着ている服も、俺の記憶にある灰色の学ランのようなものではなく、灰色のセーラー服に同色のプリーツスカートだった。

1つの仮定が思い浮かぶが、断定は出来ない。

俺はいつでも攻撃出来るよう、影斬丸を握りしめ問い掛けた。


「……何者や自分?」


少女はそれに答える素振りを見せず、こちらを一瞥すると兄貴に対して何かの魔法を使って見せた。

瞬間、そこには水なんてなかったのに、兄貴を覆い始める夥しい量の水流。


「……っっ!? しまった!!」


水を使ったゲートだと気付いた時には既に、兄貴の姿はそこにはなかった。

しかし……こんなのまで使えるってことは、やっぱりこいつは……。


「……まだ闘る? ボクと君との力の差は歴然だと思うけど?」

「っっ!?」


俺の問いには答えなかった少女が、俺にはまるで興味がないと言わんばかりの声音でそう問いかけて来た。

野郎……言ってくれるじゃねぇか。

兄貴を逃げられたことで、俺は頭に血が上っていた。

いや、あるいは九尾の魔力に当てられていたのかもしれない。

ほんの少しでも、今の俺ならこのバケモンに勝てるかもしれないと、そう思ってしまったのだから。


「狗音斬響……獣裂牙顎!!!!」


ノータイムの上に、俺はその場から動くことなく狗音影装2体分の魔力を持って牙顎を放った。

その速度はまさに神速。

妖怪化状態の刹那でもそうは避けることが出来ないであろう一撃。

しかし、その少女は俺の想像を絶する存在だったらしい。


「……ふっ」


その一撃をまるで子ども騙しだと言わんばかりに失笑。

次の瞬間には、俺の視界をまるで2㌧トラックにでも跳ねられたかのような揺れが襲っていた。

それが、あの少女に腹を殴られたことによるものだと気が付いたのは、10数mを転がり身体が完全に停止してからだった。


「安心して。殺しはしないよ。いや殺せないという方が正しいかな? まぁとにかく、目的は達したから」


霞む視界の向こう側、その少女が先程と同じ水のゲートを開く様子が伺えた。


「もう会うことはないだろうけど……それじゃあね。ウェアウルフの少年」


少女の姿が水に飲まれていく様子を見送ってから、俺の視界は完全にブラックアウトした。

クソ……俺は、また……仇を、討てな、か……。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 46時間目 羊頭狗肉 結局のところ何も解決しなかったし俺の活躍少ないし……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/01/30 00:26
……どこだここ?

気が付くと、俺は何もない真っ暗な空間に居た。

一歩先も見えない、というか上下の感覚すら危ういのに、自分の身体だけははっきり見えるって、どこの不思議空間ですか?

さすがはネギま!の世界……何て感心してたら、すぐ後ろに人の気配を感じて、俺は咄嗟に振り返っていた。


「お兄ちゃん」

「霧狐……?」


そこに居たのは、ついさっき初めて会ったばかりの妹だった。

すぐにどうしてこんなところに、と尋ねようとして、俺は凍りついた。

ゆっくりと顔を上げた霧狐、その口元から深紅の滴が一筋滴り落ちたからだ。


「っっ!?」


良く見ると、霧狐の腹には見覚えのある太刀が刺さっていて、彼女の白い衣服を赤く染め、その足元に深紅の血溜まりを作っていた。

俺が動けずにいると、霧狐は小さく笑みを浮かべてただ一言、こう言った。


「……ばいばい」


刹那、急速に落下を始める霧狐の身体。

何とか手を伸ばそうとしても、俺の手は空を掠めるだけで、決して彼女身体に届くことはなかった。

それと同時に、崩れ落ち始める俺の足元。

最後に響いたのは……。


『―――――どんな気分や? 自分の大事にしてたもんを、二度も奪われるいうんは?』


憎たらしい、あの男の声だった。








「霧狐っっ!?」


熱に浮かされたように飛び起きる。

そこは漆黒が支配する謎の空間ではなく、白いカーテンに遮られたベッドの上だった。

ずきずきと響く腹の痛みが、急速に俺の意識を現実へと呼び起こす。

瞬間、自分が今まで何をしていたかを思い出した。

すぐにベッドから降りようとして


―――――ぐいっ


「ぐえっ!!!?」


見えない力によってベッドに引き戻された。

つか、首!? 首締まってますから!?

身に覚えのあるその感覚で、犯人はすぐに察しがついた。

シャッ、とカーテンが開く音がして、その犯人は不遜な態度で入って来た。


「動くな怪我人。せっかくの治療を無駄にする気か?」

「え、エヴァ? 何で自分がこんなとこに? つかここどこや? ……って、そうやない!! この糸を解いてくれ!! 兄貴を追っかけんと……!!」


―――――スパァンッ


「あいたぁっ!?」


尚も糸から逃れようともがいた俺の頭を、エヴァはどこからともなく取り出したハリセンで景気良く叩きやがった。


「何してくれてんねんっ!?」

「黙れこの駄犬が。ここは女子中等部の保健室で、どの道貴様の愚兄とやらはとっくに逃げた後だ」

「なっ……!?」


一瞬驚きかけたが、考えてもみればそうだろう。

俺が気絶した時点で、既に兄貴はあの少女の手によってどこかに跳ばされてたしな。

結局俺は一族の、霧狐の仇を討つことは……って!!


「霧狐は!? 霧狐はどないなったんや!?」


エヴァが拘束を解いたのを良いことに、俺は彼女の肩を掴んで噛みつくようにそれを尋ねた。


―――――スパァンッ


「ぶべっ!?」


が、次の瞬間、俺は再びエヴァのハリセンの餌食となった。


「か、かか顔が近いわこの駄犬がっ!! ……はぁ。貴様の妹とかいう小娘なら、とっくにジジイに引き渡した。刹那が血相を変えて私のところに来たからな、止血だけはしてやったが、今はどうなってるか私にも分からん」


なるほど、確かに俺たちが闘っていた位置からなら、学園に戻るよりエヴァのログハウスまで跳んだ方が近かったからな。

あとは霧狐の運の強さを信じるしかない訳か。

そう考えると、俺はここでじっとしている気になんてなれなかった。

ひょいっと、俺はベッドから飛び降り、学園長室へ向かおうとして。


―――――スパァンッ


「ぷろもっ!!!?」


本日三度目となるエヴァ様のありがたい突っ込みを受けることになった。


「ホンマ何さらしてくれとんねんっ!?」


今の動きのどこに落ち度があったよ!?


「だから落ち着け駄犬。貴様その格好で女子部の校舎をうろついてみろ。確実に豚箱行きだぞ」

「へ?」


そう言われて初めて自分のしている格好を見る。

獣化の影響で上着は破れたため、完全なる半裸の状態だった。

おうジーザス……命拾いしたわ。









ゲートを使って上着とTシャツを取り寄せてから、俺は学園長室に向かった。

一応、エヴァに一緒に来るか尋ねてみたのだが『興味がない』とばっさり切り捨てられた。

挙句の果てに欠伸を噛み殺しながら保健室を後にする始末。

若干冷た過ぎないか、なんて思ったりもしたが、彼女の足が向いていたのは昇降口じゃなくて職員室棟の方角だった。

恐らくタカミチ辺りに、それとなく霧狐の状態を聞きに行くつもりだろう。

本当、悪ぶってる割には心配症と言うか天の邪鬼というか……。

それはさておき、俺は今学園長室にいる。

室内に居るのは学園長と俺だけ。

エヴァの話では、出撃した先生たちの大半が現在酒呑童子や兄貴たちが暴れた所為で壊れた施設やら通路の修復等の事後処理に当たってるらしい。

ってなわけで、一番状況を把握してんのは学園長を置いて他にいない。

学園長の方も刹那と分かれた後、いったい兄貴がどうなったかの報告待ちだったらしい。

立場上、俺はすぐにそれに関して報告せにゃならんのだろうが、今はとてもそんな気分にはなれなかった。


「単刀直入に聞く。霧狐はどないなったんや?」

「うむ。まぁ最初にそれを聞かれるとは思っとったがのう。……正直なところ何とも言えん。出来る限りの処置は施したと連絡はあった。今は刹那君と木乃香がついておる。意識が戻るかどうかは霧狐君自身の生きる意志次第といったところじゃ」

「……さよけ」


……くっ。学園長に聞いても、結局エヴァから聞いた以上の情報は得られなかった訳か。


「して小太郎君。霧狐君のもとに駆け付けたいのはやまやまじゃろうが、ワシは組織の長として、ことの顛末を把握する義務がある。話してくれるかの?」

「……最初っからそのつもりや。けど時間が惜しい。手短に話すで? 詳しいことはまた報告書でも何でも書いたるさかい」

「うむ、それで構わんじゃろう。君の気持ちは、兄としては当然のものじゃからな」


学園長は俺の言葉に笑顔で頷いた。

そしてそれを皮切りに、刹那があそこを離れてから、何が起こったかを説明し始めた。










「何と? それでは君の兄上に協力者がおったとな?」


片方の眉毛をぴくりと上げて、学園長はそう驚きの声を上げた。


「協力者かどうかいうんははっきりしてへん。ただ兄貴の性格を考えると、自分から誰かと手を組むとは考え難い。おまけに、下手したら九尾より強いかもしれへん相手やぞ? そんなんと協力してんねやったら、あんなリスキーな方法やのうて、端からもうちっと正攻法できとるはずや」

「うむ、一利あるのう。ふぅむ……重ねて聞くが、小太郎君はその少女のことは何も知らんのじゃな?」


念を押すように、学園長が俺にそう問いかける。

それに押し黙って頷く俺。

確かに俺は石の魔法を使う西洋魔法使いに心当たりはあったがそいつは『少年』の姿であってあの『少女』とは別物だ。

……もっとも、これが霧狐や兄貴、あの狗族と同様に俺と言う存在によって歪められたイレギュラーであることは、比を見るより明らかだったが。

ともかく、学園長の問いに対して、俺は一切嘘は吐いていない。


「ただ大方の予想は付いてんねん。恐らくあの嬢ちゃんの狙いは兄貴の力……」

「式神殺し、じゃったな。なるほど、詳しいことが分からん分、どのように利用されるかも分からん。仮にその少女が君の兄上に関して何らかの情報を持っているとするなら、今回の戦闘に介入した理由にも納得がいくというわけじゃ」


もう一度、俺は静かに首肯した。


「問題はあの嬢ちゃんが、何のために兄貴の力を必要としたかってことや。……力はあくまで手段に過ぎひん」

「相応の目的があってこその犯行というわけか。いやはや……うむ、おおよそは把握した。その少女に関しては、引き続き調査を行おう」

「よろしゅう頼むわ。……ほな、俺はそろそろ行くで?」

「うむ。霧狐君は女子校エリアの総合病院におる。早く行ってやると良い」


おおきに、と、俺は学園長に頭を下げてから踵を返した。










ばたん、と控えめな音を立てて学園長室の扉を閉める。

その瞬間、俺は木製のその扉に、まるで崩れるようにして背中を預けていた。

霧狐の居場所は分かった。

今は刹那達が付いてくれているというなら、それも一安心だ。

学園長への報告も終わったし、俺は兄として一目散に彼女の下へ駆け付けるべきなのだろう。

しかしだ。


「……どの面下げて会いにいきゃええねん」


誰にともなく呟いたのは、ここ数年吐いたこともない弱音だった。

あれだけ護ると、必ず救うと豪語しておきながら、俺は彼女が傷つくのをただ黙って見ているだけしか出来なかった。

加えて、兄貴を倒すどころか、新手の敵に返り討ちにあい、為す術もなくその場に倒れた。

……情けないにもほどがある。

正直、慢心していたのだろう。

昨年の春休みからこっち、俺はここぞという勝負で、必ず勝利を収めて来た。

もちろんそれは、周囲の力や、そのときどきの運が味方してのものだったというのに、それをどこか自身が強くなったように錯覚してしまっていたらしい。

その果てに、俺は自分よりもはるかに小柄な少女の拳一発で意識を刈り取られた。

何が世界最強を目指すだ。何が千の呪文の男を越えるだ。

ちゃんちゃらおかしくて笑いが込み上げて来る。

大事な妹一人護れずに、何が仲間も自分も護って見せるだ。


「……兄貴の言うてた通り。俺はまだまだ半人前以下の甘ちゃんっちゅうわけや」


あーあ、本当これからどうしたもんかね……?

そうやって病院に向かうかどうかを躊躇しているときだった。


「小太郎? もう意識が戻ったんですか?」


声を掛けられて、俺は反射的に顔を上げた。


「……刀子センセ?」


そこに居たのは、いつものスカートスーツに身を包んだ刀子先生の姿があった。

手には大量の紙束を抱えているので、恐らく事後処理にある程度の目処が立って、その報告に来たってところかな?


「ここにいるということは、あなたも学園長に報告ですか?」

「ああ、まぁそれはもう終わってんけど……」

「? では早く妹さんのところに行かなくて良いんですか? 酷い怪我を負ったと聞いていますが……」


刀子先生の問い掛けに対して、俺はすぐに答えることが出来なかった。

そんなことは俺だって分かってる。

出来ることなら、今すぐにでもあいつの傍に行って、その手を握ってやりたい。

少しでもその痛みを分けて欲しいくらいだ。

けど、俺にその資格があるのか?

同じところを回り始めた自問に、俺は明確な回答を出せず押し黙っていた。


「……へぇ、あなたでも、そんな表情をすることがあるんですね」

「は?」


しかし沈黙を守っていた俺に、刀子先生が投げかけた言葉は、俺の予想のはるか斜め上をいく感想だった。

おかげで、素っ頓狂な返事をしてしまう俺。

今鏡を覗いたら、恐らく今世紀最大の間抜け面を拝むことが出来るだろう。

写真に残しておいたらギネスも狙えるくらいの。

そんな俺の思考を知ってか知らずか、刀子先生はまるで安心したかのように少し笑みを覗かせて言葉を続けた。


「いつものあなたはどこか飄々としていて、年不相応に落ち着いていますから。今みたいな表情が見れて少し安心しました。あなたもまだ中学生なんだ、ってね」

「飄々って……俺そんなに老けこんどんのかいな……」


それはそれでショックを禁じ得ないぞ。

俺がげんなりしてると、刀子先生は何か思いついたのか、漫画なら頭の上に電球が光ってそうな表情を浮かべる。

が、すぐに少し頬を赤らめてこんなことを言い始めた。


「な、何を悩んでるのか知りませんが、私で良かったら相談に乗りますよ? こ、これでもあなたの担任ですしねっ」


何故か少し上ずった声の先生。

その気持ちはありがたい。ありがたいのだが……。

生前の行き方も相まって、俺は誰かに弱みを見せるのが余り好きではない。

それこそ強くなるためとかなら話は別だが、今回のことは俺の精神的な弱さというか、クソみたいなプライドの話だ。

余り人の耳に入れるようなことじゃない。

なんて思ってたのだが……。


「うっ……そ、そんなに私は頼りないですか?」


俺が黙り込んでるのを何か勘違いしたらしい。

刀子先生は若干涙目になりながら、消え入りそうな声でそう言った。

何かその様子は雨に濡れた子犬みたいで、普段の刀子先生とはギャップが凄くて可愛いらし……っではなくて!!

うう……女の人にこういう顔されると、俺はどうにもダメだな。

どうしても逆らう気力が削がれるというか、それ以上何も言えなくなってしまう。

俺は諦めて、何故霧狐の下へ行くことを躊躇っていたのか、刀子先生に話すことにした。


「……なるほど。少しは年相応の顔もすると思って感心したんですが……小太郎、やっぱりあなたは老成し過ぎです」

「ぐはっ!? ……そ、相談に乗ってくれる言うた割には辛辣な……」


話を聞いた刀子先生は、ばっさりとそう斬り捨ててくれた。

見えない何かに胸を貫かれたような気がして、俺は一層鬱屈とした気分を味わっている。

……いっそコロセ。


「はぁ……。それで、結局のところあなたは今後どうしたいんですか?」

「せやから、それを悩んどるんやないかい。正直、霧狐には合わせる顔があれへん」

「……では大まかな選択肢を上げてみましょうか? 1つは、以前にもまして己を練磨するという方針、もう1つ挙げられるのは、いっそのこと武の練磨はほどほどにして、普通の魔法生徒と同じように、それなりの経験を積んで行くという方針ですが……」

「後者なんて俺が選ぶ訳あれへんやろ?」


殆ど脊髄反射で答えた俺に、刀子先生はにんまりと楽しそうな笑みを浮かべた。

……何か、見透かされたようで嫌なんですけど?


「なら何も悩む必要はないでしょう?」

「いやいや、そりゃ大局的に見たらそうやけども。霧狐を護れへんかった事実はなくなる訳とちゃうやろ?」

「そもそもその考え方がおかしいんですよ。あなたの妹さんが、あなたを怨んでいる、とでも言いましたか?」

「む……」


そう言われると返す言葉もない。

確かに、霧狐はそんなこと言ってなかったし、むしろ今回の件に関しては自分に一切の責任があるみたいな物言いだった。

そもそも、全ての責任を人に押し付けられるような愉快な性格をしていたら、わざわざ危険を犯してまで俺に会いに来たりはしないだろう。

そう考えると、俺がここでうじうじ悩んでるのは筋違いな気もしてきた。

……本当、俺って奴はつくづく半人前だな。

以前刹那にも言われた通り、相変わらず周りが見えてないらしい。


「ふふっ。どうやら少しは気分が晴れたみたいですね?」


考えが顔に出ていたらしい、それを見た刀子先生は勝ち誇った笑みを浮かべてそう言った。


「ホンマ、センセには敵わんわ……おおきに。おかげで吹っ切れたわ」

「気にしないでください。言ったでしょう? 私は、あなたの担任なんですから。……ゆ、ゆくゆくはそれ以上になりたいですど……」

「ん? スマン刀子センセ、最後の方聞こえへんかったんやけど?」

「き、気にしないでくださいっ!!」


俺が聞き返すと、何故か刀子先生は顔を真っ赤にしてそんな風に追求を避けたのだった。

なして?

その瞬間だった。


『わおーんっ!! わおーんっ!!』


突然鳴り響く犬の遠吠え。

お馴染みとなった俺の携帯の着信音だった。

慌ててポケットから取り出した俺は、背面ディスプレイの桜咲 刹那という表示に目を見開いていた。


「刹那!? どないした!? 霧狐に何かあったかいな!?」

『小太郎さんっ!? 霧狐さんが!! 霧狐さんがっ……!!』


今にも泣き出しそうな刹那の雰囲気が、電話越しにも伝わって来る。

俺は即座に最悪の状況を覚悟して、思わず生唾を飲み込んだ。

そして刹那は、涙に濡れた声で、こう告げた。



『―――――霧狐さんが、今っ……意識を取り戻しました!!』










病院の廊下を俺は脇目も振らず駆け抜けていた。

途中看護師さんに何度か注意されたが、俺の耳には殆ど届かなかった。

ほどなくして、受付で聞いたの同じ部屋番号のプレートが目に入る。

よし、ここで間違いない。

走ってきたことで息は完全に上がっていたが、俺はそれを整えることもせず、躊躇なくそのドアを開け放った。


「霧狐っ!!」


驚いた顔で、木乃香と刹那がこちらを振り返る。

叫んでから、しまったと思ったが、そんなの今さらだ。

俺はゆっくりと霧狐の寝かされているベッドへと歩み寄り……。


「……霧狐?」


今度は、出来るだけ穏やかな声で、彼女の名を呼んだ。

ベッドに寝ていた彼女は、ゆっくりと目線だけでこちらを見て、僅かに微笑みを浮かべた。

輸血のパックは繋がったまま、酸素マスクもしたままだったが、それでも彼女ははっきりと、その可愛らしい唇を動かしてこう答える。


「……なぁに、お兄ちゃん?」

「―――――っっ!?」


瞬間、俺の中で張り詰めていた何かが、ふっと緩んだのを感じた。

がくっ、とその場に俺は膝を付く。

あのときだって我慢していたはずなのに、お袋や村の皆が死んだときだって決して泣かなかったのに……。

今この瞬間、俺の涙腺はこれまでの役目を全て全うするかのように、涙を溢れさせていた。


「……良かった……ホンマに、良かった……!!」


涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、俺の口元にはこれ以上ないくらいの笑みを浮かべていた。

俺に釣られたかのように、霧狐の目からつうっと、一筋の涙が零れ落ちる。


「……うん。キリも、またお兄ちゃんに会えて嬉しい……嬉しいのに、やっぱり涙、止まんないんだ……」


そう言って目を閉じ、静かに涙を流し続ける霧狐。

俺はその小さな左手を両手でそっと包み、それ以上の言葉を紡ぐこともできず、ただただ彼女が生きている喜びを噛み締めたのだった。










あれから数分後。

一生分は泣いた俺。

落ち着いてから、ずっと霧狐に付いていてくれた木乃香と刹那に礼を言おうとして振り返ったら、二人とも俺以上に凄いことになっていた。

刹那は直立のまま滝のように涙流してるし、木乃香はその刹那の胸に顔をうずめて泣きじゃくってたし……。

俺よりも二人が落ち着くのに時間がかかったのは言うまでもない。

二人をどうにか落ち着かせた俺は、霧狐の容体について担当の医師(治癒術師)から説明を受けていた。

傷に関してはもう完全に塞がっているとのこと。

この分だと跡も残らないそうだ。

どちらかと言うとデカい血管をブチ切ってたせいで出血の方がヤバかったらしい。

輸血が間に合ったため、そちらももう心配ないとのことだ。

ちなみに傷の治りが良いのは、皮肉にも九尾が取り憑いていたおかげらしい。

九尾の魔力を吸って極限まで高められた影斬丸の切れ味だったからこそ、こうもあっさり損傷した臓器や血管の修復が上手くいったんだと。

……素直に喜び辛い状況ですがね。

まぁ女の子なんだし、傷が残らないってのは、本当に良かった。

俺はともかく、そういうのに偏見を持ってる男なんてごまんといるしな。

まぁ、今から霧狐の貰い手の心配しても仕方ないのは分かってるけどね。

ん? もしとんでもない男を連れてきたら? HAHAHA!! ……サクッと殺って世界中の肥やしにでもしてくれるわ。

なんて、早速シスコン気味になってきた俺の与太話は置いておこう。

一度は目を覚ました霧狐だったが、やはり結構なダメージを負っていたらしく、俺がドクターに説明を受けてる最中にまた眠ってしまった。

そういう訳で、俺は今霧狐の病室で、刹那と木乃香に今回の事の顛末を説明している真っ最中だ。


「新たな敵、ですか……」


一通り俺の話を聞いた刹那は、神妙な面持ちでそう言った。


「九尾の魔力使うてた俺ですら手も足も出ぇへんかった……正直、悪夢みたいな話や」


それが兄貴と手を組んだとなると、本当に厄介だ。

何度も言うが、あいつの恐ろしさはその体術や規格外の呪術センスではなく、その頭のキレ。

力の使いどころを間違えないところにあるのだから。

霧狐が回復したことで残された、最悪にして最大の課題に、俺と刹那は揃って閉口するしかなかった。


「大丈夫やえ」


しかし、そんな雰囲気を吹き飛ばすかのように、木乃香がそんなことを言った。

春の陽気みたいに、柔らかく温かな笑みを浮かべて木乃香はなおも続ける。


「だって、コタ君負けっぱなしは嫌いやろ? せっちゃんかて、昔から結構まけず嫌いで意地っ張りやん? ……このままで終わろなんて、思ってへんのとちゃうん?」


何が大丈夫なのかは甚だ疑問の残る物言いだったが、なるほど、言われてみれば確かにそうだ。

自信満々といった風ににこにこする木乃香が余りにも頼もしくて、俺も刹那も予期せず吹き出していた。

そんな俺たちの様子に、木乃香は一人慌てた風に疑問符を浮かべている。


「う、うち、何や変なこと言うてもうたかな?」

「くくっ……いや、何も変なことはあれへん。ああ、俺の辞書には負けっぱなしっちゅう言葉はあれへん」

「ふふっ……はい、私とて剣を握る者です。力が足りてないというのなら、一層腕に磨きをかけるだけですから」


そう、今更歩みを止める訳には行かないのだ。

ついでに言っておくなら、俺は最初からその高みを目指していた。

今回の出来事は、その到達点がいかに遠いか、それを再確認させられただけに過ぎない。

なるほど、やはり俺の目指す道は相応に険しいらしい。

思い浮かべたのは、憎たらしいあのクソ兄貴と、俺を一撃の下、地に伏した銀髪の少女。

恐らく彼女こそが、この世界における俺たちの最大の強敵にして、ネギ・スプリングフィールドのライバル。

かつて彼の父、ナギ・スプリングフィールドと彼率いる紅き翼によって壊滅寸前に追い込まれた秘密結社。

完全なる世界を動かす、中枢人物の一人にして造物主が忠実なる人形の一人。



―――――その名を…………









SIDE Hanzo......



「……っ、どこや、ここ?」


わいが目を覚ましたんは、恐らくどこかのビジネスホテルやろう。

それなりに整った内装のこじんまりとした部屋やった。

自ら切り離した右腕がずきずきと痛む。

いや、正確に言うと痛む右腕はもう存在すらせぇへんのやけど……まぁこれがファントムペインってやつやろ。

そう結論付けると、早速わいは今の状況を把握することに努めることにした。

わいはあんとき、九尾の魔力を喰った小太郎に殺されかけた。

丹精込めて作った九尾復活の術式が、あろうことかあのクソガキに逆手に取られるなんてな……ホンマ胸糞悪い話しや。

そんで、もう避け切れへんと思うた矢先、突然生えて来た石の塊が小太郎の刀を受け止めた。

かと思うたら、小太郎が何者かにぶっ飛ばされた。

んで、今度はわいが水のゲートで跳ばされて……あかん、その後どうなったかが思い出せへん。

まぁ生きとるし、拘束もされてへん。

それどころか、傷の手当てまでされとるいうことは、とりあえず当面の危機は去ったと見て構わへんやろ。

そこまで考えたときや。

不意にドアが開く音がした。

一応、警戒だけはしとく。

とは言え魔力もすっからかん、オマケに片腕になってもうたわいに闘う気力なんてもう残されてへんから、ホンマに警戒するだけになってもうたけどな。


「目が覚めたのかい? もうしばらくは寝たままかと思っていたんだけど、案外頑丈みたいだ」


んで、思わず面食ろうてもうた。

何せ入って来たんは、あのクソガキとそう歳の変わらへん銀髪の嬢ちゃんやったんやから。

まさか、この嬢ちゃんが小太郎をぶっ飛ばしたいうんか?

そんなバカなと思うたけど、すぐにそうおかしなこともあれへんと思うた。

嬢ちゃんから感じる魔力に変な淀みと妙な規則性を感じる。

これは……。


「自分、ホムンクルスとかオートマタみたな人形の類やな? つーことは、俺をここに連れてきたんは自分の主の命令っちゅうことか?」


さっきも言うた通り、今のわいにはこの嬢ちゃんと闘う術なんてあれへん。

そもそも、九尾を一撃で殴り飛ばすようなバケモン相手にどないせぇっちゅう話や。

せやからわいは、もう警戒のポーズすら解いて、不遜な態度でそう聞いたった。

嬢ちゃんはこちらを、感情の読みとれへん無表情で見つめた後、意外にもあっさりわいの問い掛けに答えてくれた。


「お察しの通り、ボクはある人に作られた人形だよ。けれど、主は今不在でね。君を連れて来たのはボク個人の意思だ」

「ほぉ……そいで? 中房に出し抜かれるような間抜けを拉致って何をさせよういうんや?」


皮肉を込めてそういうわい。

それにも嬢ちゃんは顔色一つ変えへん。

……あかんわ。この嬢ちゃん、わいのいっちゃん苦手なタイプや。

感情が表情に出ん上に、割と素直に何でも答えてくれる……。

人をおちょくるんが大好きなわいにとっては、天敵みたいな性格しとる。


「鬼喰い、だったかな? 君の父上が考案したあの術式は」

「っっ!?」


鬼喰い、という言葉に、わいの身体は否が応にも反応してまう。

この嬢ちゃん……どこでそれを知った?

いや、そもそもそれを知る者はおっても、わいがそれを使えるいうんを知ってる奴なんて、もうこの世にはおれへん。

唯一知っとったあの女も、5年前にこの手で確実に息の根を止めたった。

せやのに……この嬢ちゃん、とんだ食わせもんやで。


「ボクがその事実を知っているのは大したことじゃない。今重要なのは、君とボクは共闘できるかもしれないという事実だ」

「言うてくれるな? 自分で言うんもなんやけど、完全に記録は残ってへんはずなんやで? ……ほんで、共闘できるかもしれへんいうのは、どういう意味や?」


こういう手合いには、いっそ話を合わせてそうそうに会話を打ち切った方がストレスを感じんで良え。

せやからわいは、一先ずこの嬢ちゃんの話に乗った振りをすることにしたった。

けど、すぐにそんな考えは吹っ飛んでもうた。

嬢ちゃんが言うた内容は、わいにとってあまりに破格のものやったからや。


「京のスクナと、サムライマスターの命……君なら、喉から手が出るほど欲しいものだと思うんだけど?」

「!? ……ホンマに、食えへん嬢ちゃんやな。……その見返りに、わいに何をさせるつもりや?」

「犬上 半蔵、君は少し勘違いをしているようだ。ボクは君に力を貸して欲しいとは言っていない。寧ろボクが君に手を貸そうと、そう言っているんだ。何せ、僕が欲しいのは君と同じサムライマスターの命だからね」


俺が寝ているベッドの正面に、嬢ちゃんは椅子を置いてすっと腰掛ける。

それこそまるで機械のような、整然とした動きで。

その様子から、この嬢ちゃんは嘘が吐けへんタイプやと直感したわいは、思わず口元を三日月に歪めた。


「……なるほど。かなり上手い話やないか。良えで、その話乗ったるわ」


実際、酒呑童子、九尾の狐と立て続けに失敗に終わってもうた以上、わいの目的を達成する手段として残されとるんは、最早京のリョウメンスクナくらいしかおれへん。

わいがそう言うと、嬢ちゃんは初めて、彫刻みたいに動けへんかった表情を、ほんの少しだけ笑みの形に歪めて言うた。


「交渉成立、ということで良いかな?」

「……その前に、一つだけ聞いても構へんか?」

「何かな?」

「自分、何ちゅう名前や?」


今思えば、非常にらしくあれへん質問やったと思うけども、こんときばかりは状況が違うた。

同じ魔法生物を作るモンとして、ここまで完成度の高い作品の銘くらいは気になってまうやろ?

嬢ちゃんは突拍子もあれへんわいの質問に、ちっとばかしやけど面食ろうたんか、少し目を丸くした。

けど、それはほんの一瞬で、次の瞬間には彫刻のような表情はそのまま、その小さな唇だけをわずかに動かしこう名乗った。



「―――――ボクの名は……」










――――――――――フェイト・アーウェルンクス。     「――――――――――フェイト・アーウェルンクス」





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 47時間目 首尾一貫 そろそろタイトルのネタも尽きて来たなぁ……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/02/01 00:23



各学部に新入生が入って来てから最初の日曜日のこと。

俺は男子部エリアの裏山に居た。


「……ま、今日はこんなところやろ」


ぱんっぱんっ、と手をはたいて、俺は全身に纏っていた『気』を引っ込めた。


「きゅう……」

「あうぅ……」


そしてそのすぐ後ろで目を回して倒れている二人の女の子。

一人は一時はどうなることかと思ったが、春休みの事件から無事復活を遂げた妹、九条 霧狐。

霧狐はあの事件の後、すぐに退院し、今では一緒に逃亡生活を送っていた母共々麻帆良で暮らしている。

そして霧狐の母親は学園長の厚意で、女子中等部学生寮の管理人として住み込みで働くことになった。

しかし、霧狐の母親に初めてあったときは本当に驚いた。

メチャクチャ若いんですもの。

だってね、聞いた話だと霧狐は彼女が14のときに生まれたんだとか。つまりまだ20台な訳ですよ。

……そういや、俺のお袋もかなり若かったけど……親父はアレかな? バッ●べヤード様にどやされたり、ア●ネスが来ちゃったりする類の人だったのか?

それはさておき、その娘である霧狐は、当然のように女子中等部に入学した訳だ。

真新しい制服が良く似合っていて可愛らしい。

そして、その霧狐の上に重なるようにして倒れこんでいるのは彼女のルームメイト。

アメリカはジョンソン魔法学校で7年の研修を終え、日本にやって来た魔法使いの卵、佐倉 愛衣だった。

他人を極端に怖がる霧狐なので、正直最初は人付き合いが上手くできるか不安だったのだが……。

どうやら同じ炎を使う者同士、何かしらのシンパシーがあったのだろう。

仲良くしてくれているようでそちらは一安心だ。

んでもって。このひと呼んで炎の新入生コンビが何故目を回しているのかと言うと、答えは至極簡単である。

俺相手に実践形式の魔法戦をやらされたからだ。

春休みにした約束通り、俺はあれから霧狐を鍛えている。

その話を聞いた、愛衣の世話役となったとある女子高生が、是非愛衣を一緒に鍛えてやって欲しいと言い出したのである。

そしてそのとある女子高生に借りのあった俺はそれを断る理由もなく、今に至る。


「さすがですね、小太郎さん」


そう言ってぱちぱちと手を叩くのは、真新しい麻帆良学園聖ウルスラ女子高等学校の制服に身を包んだ金髪碧眼の美少女。

彼女こそが俺に愛衣の指南を依頼した件の女子高生、高音・D・グッドマンその人だった。


「愛衣は魔法学校も首席で卒業。最近では一部の魔法も無詠唱で行えるようになってきた非常に優秀な魔法使いなんですけど……二人掛かりでこうもあっさりとは」


そう言って溜息交じりで未だ目を回す愛衣を見つめる高音。

いやいや、潜って来た修羅場が違いますからね。


「しかし、不便でしょう? 魔力の類が一切使えない生活というのは」


高音の言葉に忘れかけていた問題を思い出してがっくり肩を落とす俺。

そうなのだ。今俺は一切の魔力を封印されている。

その原因は春休みの兄貴による二度目の麻帆良襲撃事件に遡る。

霧狐の意識が戻った後に気が付いたのだが、その時点で既に俺の魔力は完全に封印されてしまっていた。

何でも、これは学園長とエヴァの判断による緊急の処置なのだとか。

俺が吸収した九尾の魔力は、全盛期のエヴァやナギに匹敵し得る強大なもので、オーバードライブしていない俺がむやみに扱うにはあまりに危険な代物らしい。

そこで、俺の魔力が暴発したり、あるいは九尾の魔力に当てられて魔獣化したりしないように、その魔力の全てを封印した、とのこと。

おかげで俺はかつてない最弱状態を味わっている。

うん、エヴァの気持ちが物凄い分かった。

これはかなり辛い。時と場合によってはすげぇイラっとする。

何せ今まで普通に出来ていたことが全く出来なるのだ。

そのストレスは半端じゃない。

獣化はおろか、狗神も使えず、影斬丸すら抜くことが出来ない。

幸いだったのは、チビが既に自分で魔力を取り込むことが出来るようになっていたことだ。

しかし、いつまでもこの状態ってのはあんまりだってエヴァに言ったところ。

俺の精神力が九尾の魔力を制御し得る状態になれば、自然と封印は解かれる、とのこと。

とは言え、精神力の鍛え方がイマイチ分からないので助言を求めたところ。


『九尾の魔力を吸収したときの感覚を思い出せ。それぐらいできなければ、いつまで経っても貴様は半人前以下の駄犬だ』


とのありがたい言葉を頂いた。

しかしなぁ……あんときはブチキレてて何が何だか良く分からなかったし……。

先は中々遠いようだ。

とはいえ、正直な話、気だけで並みの魔法使いくらい倒せないと話にならない。


『―――――まだ闘る? ボクと君との力の差は歴然だと思うけど?』


―――――あのバケモノを斃すためには。

せっかく手に入れた九尾の魔力も、使えなければ宝の持ち腐れだしな。

霧狐達との手合わせはその一環と言う訳である。

と、言う訳で、俺は苦笑いを浮かべながら高音に答えるのだった。


「まぁ、鍛え直すためのちょうど良い機会やと思って受け容れるしかあれへんよ」

「ふふっ、小太郎さんらしいですね。まぁ、今のままでも十分過ぎる程にお強いとは思いますが」


小さく笑って、高音はようやくよろよろと立ち上がった二人に視線を移す。

怪我するほど攻撃した覚えはないので、恐らく魔力の使い過ぎと、俺に誘導された霧狐が、愛衣に力いっぱい突っ込んだときに脳震盪でも起こしたのかもしれないな。

ちなみに、高音はあっさりなんて言うが、実際のところ、魔力も太刀もなくこの二人を相手に立ちまわるのは結構な重労働だった。

典型的な前衛であり、スピードだけなら俺をも凌駕する霧狐。

そしてそのサポートとして、十分に実力を持つ詠唱型の魔法使いである愛衣。

中々にバランスの取れた名コンビだったと言えよう、愛衣だけに。

ただ、今まで術師タイプとの戦闘経験ばかりしかない霧狐と、そもそも実践経験のない愛衣では、俺の闘い方に対応しきれなかったという話であって。


「ま、経験の差やろ? そんなん一朝一夕ではどうにもなれへんし、これからぼちぼちやって行ったら良えわ」

「……それもそうですね」


俺の言葉に賛同すると、高音はもう一度小さく笑みを浮かべた。

するとふらふらとした足取りで、二人がとぼとぼと俺たちの近くまでやって来る。


「うぅ……くらくらするよぉ……」

「は、はい~……お、お姉様と霧狐さんからお話は伺っていましたが……まさか封印状態でこれほどまお強いとは……」


まだ視界が揺れているらしい、霧狐と愛衣はお互い頭を擦りながら口々にそうぼやいた。


「いやいや、二人とも十分強いで? 単純に俺のが実戦経験が多かったいうだけで」

「全く相手にならなかった、という訳でもありませんし。今のところは及第点だと思いますよ?」


俺と高音の先輩コンビにそう言われると、二人はゆっくりと顔を見合わせると、こちらに向き直って苦笑いを浮かべて言った。


「「これからもよろしくお願いします」」


うむうむ、素直な教え子たちでお兄さんはとても嬉しいです。










それから数分後。

汗を掻いたのでシャワーを浴びたいという女子一行と別れて、俺は学生寮へと戻る途中だ。

魔力封印のせいで警備の任務から一時的に外されたため、これと言ってやることもないからな。

おかげでどっかのスナイパーががっぽり儲けてるとか。

なんて考えながら歩く、学生寮への道の途中。


「……ん? ……何や、アレ?」


異様な光景に出くわした。


「腕自慢募集してます!!」

「格闘技だろうが喧嘩だろうが関係なく、俺こそが最強だ、という方は是非話だけでも!!」


何だ何だ? 新学期名物の部活動勧誘か?

いやいや、それにしては雰囲気が物々しい。

『挑戦者募集』『集え!!強者よ!!』なんて看板を掲げて声を張り上げている暑苦しい筋肉達磨なその集団。

良く見ると、そいつらの格好はあまりにもチグハグで、とても部活動の勧誘には見えなかった。

だって空手の道着のやつも居れば、剣道の防具をフルセットで装備したバカもいるし。

ボクシングかムエタイか分からんがハーフパンツのやつに、レスリングと思しき格好のやつまでいる。

……本当、何なんだよこいつら?

まぁ下手に関わると明らかに痛い目を見そうだったので、俺はその集団をとりあえず見なかったことにして通り過ぎようとした。

が……。


「おお!! 小太郎じゃねぇか!?」

「げ……」


その集団の中から、良く知っている声が聞こえて来て、俺は仕方なしに足を止めるのだった。

振り返った先に居たのは、時代錯誤なリーゼントに長ランといういかにもな番長スタイルの男。

その隣には、中華風な服にやたら唇の厚い強面と、空手道着を着た、髪の毛がまるで向かい風でも受けたかのように逆立った男。

そしてもう一人。そこそこイケメンなんだが、明らかに中二病かコスプレイヤーとしか思えない不思議な格好の男もいた。

……言わなくても分かると思うが一応順に紹介しておこう。

最初のリーゼントが豪徳寺 薫。次の中国が大豪院 ポチ。空手が中村 達也。中二病が山下 慶一。

まぁ……あれだ。

麻帆良武道会における負け犬カルテットと言ったら分かるだろ?

何の因果か、俺はこつらとクラスメイトだったりする。

それぞれに得意とする武術は違うものの、それぞれ武を志す者同志気が合って、今では俺にとってクラスの中でもかなり仲の良い友人たちだ。

何でこいつらが、この集団にいるんだ?

薫ちゃんは、にかっ、と男臭い笑みを浮かべながら、集団から俺に向かって歩いてくる。

その手には『伝説に、君もチャレンジ!!』と書かれた看板が掲げられていた。

いや、本当に何!?


「いや~~良い所に来てくれたぜ。お前ならあいつにも勝てるだろうからな!!」

「は? いや、待ってくれ薫ちゃん。いったい何の話を「おい!! こっちだ!! 麻帆中の黒い狂犬がいたってよ!!」……ホンマに何やねん」


全く状況が飲み込めてない俺を余所に、その集団は俺の方へとこぞって大移動を開始。

ヒィィィイッ!? あ、暑苦しいにもほどがあるっ!!!!

軽くドン引きな俺、さらにドン引きなことに、その集団は俺の前に来るや否や、こぞって土下座しやがった。


「お願いです!! どうか、どうかあの人と闘ってください!!!!」

「…………」


……いつから麻帆良はクエストが発生するような村になったんだ?










「中武研の部長?」


結局断り切れなかった俺は、ぞろぞろと暑苦しい集団に連れられて大学エリアへと移動中。

その道中で、俺は薫ちゃんに事情を説明して貰っていた。


「おう。あまりにも強過ぎて、最近は稽古相手もままならねぇらしくてな。見るに見かねた他の部員が、ああやって挑戦者を募ってたもんだからよ……」

「挑戦して返り討ちに合うた、と……」

「瞬殺だったぜ☆」


ぐっ、と右の親指をサムズアップする薫ちゃん。

そんな堂々と敗北宣言するなよ。ある意味男らしいけどさ。


「で? 自分らもことごとくやられた訳かいな?」


残りの3人に、半ば呆れたような視線を向けると、皆一様にぐっ、と悔しそうな表情に変わった。


「め、面目次第もない……」

「大豪院はまだ良いだろ? 俺と慶一なんて一撃でK.O.だ」

「ちょっ!? た、達也!? それをばらしてんじゃねぇよ!?」

「…………」


まぁ、大豪院は同じく中国武術使いだしな。

それなりの闘い方を分かってたから保ったんだろう。

それにしても達也と慶一……特に慶一だが、この世界でも一撃兄ちゃんは健在らしい。


「で、俺たち以外の挑戦者も次々にやられちまってな。こうなると意地でもあの部長が負ける姿が見たくなっちまってよ」

「なるほど、それで挑戦者の募集に参加してたんやな」


それなら合点が行く。

そう言えば集団の中にはやたら中華風の衣服の連中が多かった気もするな。

俺に土下座した連中は全員そうだったから、あれが中武研の会員ってことか。

しかし……中武研の部長ってことは、古菲のことだよな? まだ2年じゃねぇか。

まぁ一番強い奴が部長に、ってことなんだろうけど、確か中武研って図書館探検部と同じ部大学までの合同サークルだよな?

それで良いのか中武研!?

それはさておき、古菲と手合わせできるってのは、俺からすると願ってもないことだ。

ちょうど気の使い方を見直していたところだし……って、今の古菲って気使えるんだっけ?

確か古菲が本格的に瞬動やらなんやらを使いだしたのって、修学旅行編以後だったよな?

ん~……それだと、俺は気すらも封印して闘った方がいいだろうな。

まぁ、薫ちゃん達相手に稽古する時も同じ条件だし、何とかなるだろう。

そんなことを考えながら、俺は大人しくぞろぞろと動くマッチョたちに黙ってついていくのだった。










で、やって来たのは、大学エリアのレクリエーション施設の1つである第2道場。

ここは中武研が主に活動を行っている場所とのこと。

午前中からずっと挑戦者を募っていたらしく、既に道場には結構な数のギャラリーが押し寄せていた。


「何だ? 次の挑戦者はあんな優男かよ?」


不意にギャラリーからそんな声があがる。

もっとも、見た目だけで実力を判断するようなバカの戯言だし、そんなのそよ風ほどにも感じ……。


「ば、バカ!? お前殺されるぞ!?」


……何だ? えらく物騒なこと言って諌めてる奴がいるが?


「知らねぇのかよ!? あいつだ。去年一年間で100人以上の不良を病院送りにした『麻帆中の黒い狂犬』……」

「なっ!? ま、麻帆良の暗部を牛耳ってるって噂の、あの『狂犬』だってのか!?」


俺はゴッド●ァーザーじゃねぇっ!!!!

あまりの貶されように、そう声を大にして叫びたくなったが、無用の混乱は避けたいのでぐっと堪える。

俺、偉い。

しかし、そんな俺の考えも余所に、外野の論争はヒートアップする一方だった。


「逆らう者は容赦なくその拳で黙らせる……まさにアルティミット・ヤンキー……」

「な、なるほど……それじゃこの勝負は、麻帆良の表と裏。その頂上決戦って訳か……」

「…………」


……もう何とでも言ってくれ。

俺は広まった自分の悪名が、最早返上不可能だと知り、軽く打ちひしがれるのだった。










軽くショックな事実を突き付けられながらも、俺はようやく道場の入口に立っていた。

形式に則り、一礼してから道場に足を踏み入れる。

念のため靴下を脱いでいたため、ひんやりとした床の感触が伝わって来る。

道場になんて、入るのは近衛の本家に居た時以来だな。

とても懐かしく、心地良い冷たさだった。

道場の両脇には中武研の会員と、これまでに散っていった挑戦者たちがずらりと並び、俺のことを固唾を飲むようにして見つめている。

そして俺の視線の先……神棚の真下に座禅を組み、両目を閉ざした道場の主は、まるで周囲のざわめきなど聞こえていないかのようにただただ沈黙を守っていた。

特徴的なサイドテールに、小柄ながらも豹を彷彿とさせるしなやかに鍛えられた筋肉。

肩口から袖のない、おそらく動きやすいようにあしらえられたであろう簡易的なチャイナ服に身を包んだその少女。

彼女こそがこの中国武術研究会を統べる、最強の使い手。

―――――古菲。

気や魔力、裏の社会について何も知らないとは思えないほどに、座禅を組んだ彼女の佇まいは荘厳だった。

俺が試合場の中に入ると、古菲はゆっくりとその双眸を開き、武人然とした力強い笑みを浮かべた。


「……次の挑戦者はお前アルか?」

「おう、相手がおらんで難儀してるくらい強い奴がおるって聞いてな」


そう答えた俺も、恐らく似たような笑みを浮かべていることだろう。

しゅんっ、と古菲は手を使わずに立ち上がって見せた。


「さっきまでの相手とはまるで雰囲気が違うアルな。……かなりの達人とお見受けするアルよ」

「達人なんて呼べるようなモンとちゃう。ただの喧嘩屋や」

「日本ではただの喧嘩屋が、相手に呼気を読ませない呼吸をするアルか?」


……へぇ。今の僅かなやり取りでそれを読むか。

全ての格闘技において、人間は息を吸うときに攻勢に転じることは出来ない。

攻撃を行うときは、息を吐いてるか、止めてるかのどちらかだ。

そのため相手に呼吸を読まれるということは、即ち自らの隙を曝け出しているのと同義。

故に熟練者は、余程の乱戦でない限りはその呼吸を気取られないよう無意識に息を整えているのだが……。

それに気が付けるくらいには、古菲は強いということだろう。

正直、気まで封印してもすぐに勝負が付きそうだと思ってたが、これはやってみないと分からなくなったな。


「……中等部男子2年、犬上 小太郎や。自分が相手なら愉しい勝負が出来そうで安心したで」

「同感ネ。―――――同じく女子部2年、中武研部長の古菲アル。その挑戦、受けて立つヨ!!」


そう言ってびっ、と構える古菲。

左右の手掌をぐっと前に押し出し、一直線上に両足を並べる中国武術、八卦掌独特の構え。

対する俺は、どんな攻撃にも対処できるよう軽く腰を落とし、同じく軽めに握った両拳を胸の高さにまで持ち上げる攻防のバランスを重視した構えで相対する。

ギャラリーの集団から一人、恐らく中武研の会員と思われる男が歩み出て来て、その右手を高々と挙げた。


「―――――それでは……始めぇい!!」


ひゅん、と振り下ろされる男の右手。

その瞬間、闘いの火蓋が切って落とされた。

爆発のように上がる大歓声。

しかしそれは俺たち二人の耳には届かない。

既に俺たちは、互いに敵しか感じぬほどに、その神経を研ぎ澄ましていた。

はち切れんばかりの歓声の中、最初に動いたのは古菲だった。


「先手必殺アルよっ!!」


微妙に間違った四字熟語を叫びながら、その右足でしっかりと床を踏みしめ繰り出される右の崩拳。

―――――迅い、とそう感じる程には十分な練度を持った一撃だった。

しかしそれは、あくまで一般的な表の世界での格闘技ならの話し。

午前中に対峙した霧狐の一撃は、これに比べれば紫電の如き速さで俺を捉えていた。

故にその一撃は、俺には届かない。

ぱしっ、と小気味の良い音を挙げ、俺の左手に吸い込まれる古菲の右拳。

伸びきった彼女の右腕を、俺は残った右手で掴んだ。

親指は天井に向け、拳骨は下を向くようにしたその掴み方に、古菲は瞬時に俺の意図を理解したことだろう。

その両目が驚愕に見開かれた。


「しまタ……!?」

「遅いっ!!」


古菲が体勢を立て直すより早く、俺は右足で彼女の両足を払う。

そして身体をぐりんと回転させながら、彼女の懐に潜り込み掴んだ右腕をそのまま担ぐと、叩きつけるつもりでその身体を投げ飛ばした。

所謂、一本背負いというやつだ。

とは言え俺の身体能力で繰り出されたそれは、冗談抜きで一撃必殺のそれ。

叩きつけられれば、そう簡単に起き上がれない。

その筈だったのだが……。


「……何のっ!!」

「うおっ!?」


叩きつけられるよりも早く、古菲は身体ごと右腕を回転させ、俺の腕からするりと逃げると、そのまま2、3回宙転し、俺との間合いを広げた上で着地した。

器用なやつめ。


「アイヤ~……い、いきなり危ないところだたネ……」

「今のを抜けるたぁな……さすがに一筋縄では勝たせてくれへんか」

「当然アル!!」


とは言え、今の攻防で古菲の大体の力量は分かった。

今の古菲だと、正直な話10回やったら10回俺が勝つだろう。

しかし古菲の性格を考えると、その実力差を決定的に知らしめる技を見せないと納得はしてくれないだろうな。

けど女の子には怪我させたくないし……。

ここはやはり投げ技がサブミッション、或いは打撃の寸止めか……。


「小太郎」


そんな風に、どうやって古菲を倒すかシュミレーションしていたら、少しむっとした表情で古菲が俺の名を呼んだ。


「ワタシに手心を加えるつもりアルね? ワタシ、そういうの好きじゃないアルよ!!」

「…………」


なるほど、今の攻防でそれに気付くか。

武人としては至極当然の考え方だな。

彼我の実力差がいかに歴然でも、真剣勝負で手を抜かれるのは最大の屈辱だ。

そこには男も女も関係ない。ただ武人としての矜持だけがある。

こりゃちょっとばかし礼儀知らずだったな。


「獅子は兎を狩るのにも全力を出すネ……小太郎も全力で来るヨロシ!!」


ぐっと拳を握り、先程とは少し違う構えを取る古菲。

剛の八極拳か……本気で俺を斃すつもりでいるな、古菲?

そう来られると、少しは応えてやらなくてはいけない気になってしまうのが勝負好きな俺の悪癖。

にやりと口元を歪めて、俺は古菲にこう宣言した。


「自分とは気が合いそうやな……ほんなら、ちっとばかし本気を見せたるわ」

「そう来ないと面白くないネ!! すぐに吠え面かかしてやるヨ!!」


そう叫び、再び俺に向かって疾走しようとする古菲。

常人離れした、高速の体裁き。

しかし、それを持ってしても今はまだ……。


「―――――俺の方が『迅い』」

「っっ!?」


古菲からすると、俺の姿は完全に消えたように見えただろう。

それだけの速度でして、俺は一瞬で古菲の懐に飛び込んでいた。


―――――とんっ


「へ……?」


片膝が床に付くか付かないかの低い姿勢。

その状態から俺は、古菲の腹部へと真上に向かって掌底を放つ。

否、掌底と言うには、その一撃はあまりに威力が無く、単に彼女の身体を押し上げたと言っても過言ではない。

ふわりと空中に浮く古菲の身体。

無論、天井に当てて怪我をさせるような愚は犯さない。

放り挙げられた彼女の体は、空中でくるんと仰向けに変わり、重力に引かれて落下を開始する。

叩きつけられて怪我をされても困るので、俺はその落下地点で両腕を差し出し……。


―――――ぽすっ


「ひにゃっ!?」


その身体を受け止めた。

所謂、お姫様抱っこの状態で。

一瞬の出来事に、古菲は愚か全てのギャラリーまでもが声を失っていた。

断っておくが、決して瞬動を使った訳じゃないので悪しからず。

ともあれ、これで古菲も俺との実力差が分かったことだろう。

俺はニヤリと、底意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「どうや? これでもまだ闘るつもりかいな?」


ばちっ、と正面からかち合う俺の古菲の視線。

次の瞬間、ぼんっ、と音を立てそうなくらい一気に、古菲の顔は真っ赤に染まった。

……え?


「ひ……」

「ひ?」




「―――――ひにゃ~~~~~~~~~~っっ!!!?」




耳を劈くような悲鳴を上げると、古菲はひょいと身軽に俺の手から飛び降りて、どこかへと走り去ってしまった。

……ええと、何? この状況。

瞬間、道場に湧きあがる大歓声。


「や、やりやがった!! 本当に、あの菲部長を倒しちまった!!」

「さすがは狂犬!! 俺たちに出来なことをやってのける!!」

「そこに痺れる、憧れるぅっ!!!!」


はいそこ、悪乗りしない。










「へ? コタ君、くーふぇと試合したん?」


あれから一夜明けた月曜日の放課後。

女子校エリアは女子中等部とその女子寮の間にある公園で、俺は木乃香とベンチに座り、昨日の出来事について話していた。

本当だと今日は刹那と手合わせをする約束だったのだが、何でも英語の小テストで赤点を取ったとかで、現在居残り補習を受けてるのだとか。

……手合わせばっかじゃなくて、偶には勉強も見てあげた方が良いのかもしれないな。

で、補習が終わるまで待つことにした俺は、木乃香とこうして雑談に花を咲かせている訳だ。

手には二人とも、そこに出ていたクレープの移動販売車で買ったクレープが握られている。

待つのに付き合わせてるってことで、お代は俺持ちだ。

ちなみに木乃香のはストロベリーカスタードといういかにも甘ったるそうなやつ。

少し腹が減っていた俺はチリドックを注文した……自分で買っといて何だが、これって共食い?


「おう。何や自分知り合いやったんかいな?」


そんなことを聞きながら、俺は出来たてで少し湯気の出ているクレープにぱく、と齧りつく。


「うん、クラスメイトやえ。ぱくっ……ん~~っ♪ おいひいわぁ~♪ んむんむ……ほんで、結局勝負はどうなったん?」

「まぁ普通に考えて俺が勝つわな……ぱくっ」

「んむんむ……そらそうやんなぁ。いくらくーふぇが強ぉても、コタ君が一般人に負ける訳あれへんもんな」

「むぐむぐ……そーゆーことやな。ほんでもまぁ、かなり強かったで? 気の使い方覚えたら、それなりに良え勝負が出来るかも分からん」


そんな風に会話をしながら、俺は最後の一口を頬張ると、包み紙をくしゃくしゃと丸めて、少し離れたところにあるゴミ箱に向かって投げる。

……うん、ナイスショット俺。

木乃香も真似して投げてみたのだが、上手く入らずに結局立ち上がって自分で捨てに行く羽目になっていた。


「はぁ~、美味しかった。コタ君、ごちそうさまや♪」


幸せそうな顔でお礼を言ってくれる木乃香。

クレープ程度でこの笑顔が見れるなら、いつでも奢ってやりたいところだ。


「どうしたしまして。……にしても、刹那はまだかいな?」

「う~ん……いつもやったら、そろそろ終わってる頃なんやけど……」


時刻は午後5時。

そろそろ放課後になって1時間が経過する。

だと言うのに、刹那は未だ持って現れなかった。

今日の手合わせは延期かな?

何て思ってた矢先のことだった。


「お嬢様~~~~!! 小太郎さ~~~~ん!!」

「お? 噂をすれば何とやら……」

「せっちゃ~~~~ん!!」


声のした方を振り返ると、軽く手を振りながらこちらにかけて来る刹那の姿が見える。

それに対して、木乃香は元気良く手を振り返していた。


「す、すみません。お待たせしてしまって……」

「いんや。別に暇やから構へんよ。……せやけど、こりゃ今日の手合わせは延期やな」

「そうやねぇ……今からやと、門限ギリギリになってまうもんなぁ」

「うっ……も、申し訳ございません」


木乃香にまで言われて、刹那はますます小さくなってしまった。

叱られてる子どもみたいで、今の刹那は大分可愛い。

こう、お持ち帰りしたくなる感じ?

……はっ!? も、もしかすると、親父もこんな感じでお袋や霧狐の母親と……って、んなこたぁ無いんだろうけど。

仕方なく、今日は適当に街をぶらついて帰ろうか、と話がまとまりかけた矢先だった。


「あぁぁぁっ!?」


誰かの絶叫が、突然公園に木霊した。

驚いて振り返ると、そこに居たのは昨日のチャイナ服とは打って変わって女子部の制服に身を包んだ古菲だった。

何故か古菲は、顔を真っ赤にした上で、驚いたように目を見開き俺のことを力一杯指差していた。

……人指さしちゃいけないんだぞ~?

てか、こんな時間に通りがかるってことは、こいつも補習を受けてたクチだな。

さすがバカイエロー。


「こ、ここ小太郎!? こんなところで何してるアルか!?」

「何て……クレープ食べながら話してただけやけど……」

「小太郎さん、古と知り合いなのですか?」

「あ~、何か昨日なぁ……」


先程話した出来事を木乃香が刹那に説明し始めたので、俺はとりあえず古菲の近くに移動することにした。


「昨日はいきなりおらんなってしもうたから心配したで」

「う……い、いやその……男相手に負けたのは日本に来て初めてだたネ……そ、それでいろいろパニくてしまたヨ……も、申し訳なかたアル」

「まぁ元気ならそれで構わへんけど」


反省してるようだし、それ以上追及してやるも可哀そうだろう。

それに恐らく、試合してたのにいきなり俺にお姫様抱っこされて焦っただけだろうしな。

原作でも、古菲は意外と純情な感じだったし。


「そ、それにしても、驚いたアル……こ、小太郎はその……み、見た目より、た、逞しいアルな」


何が? と聞こうとして、すぐに気付く。

恐らく、俺の腕や胸板のことだろう。

無駄な筋肉は付けず使う筋肉だけを鍛えているから、服を着てるとぱっとみ俺は細く見えるからな。

直接触れた古菲は、その意外性に驚いたのだろう。


「ホントびっくりしたアル……そ、それに、あ、あんな大胆なことをされたのは、生まれて初めてだたアルよ」


まぁ、殆どの中学生女子はお姫様抱っこなんてされたことないだろうな。

そんな初心な反応を示す古菲を、かぁいいなぁこいつ、みたいな目で見つめていると、不意に後ろから凄まじいプレッシャーを感じた。

こ、この感じ……シャ●かっ!?

……って、俺の後ろに居るのは二人しかいないんですが。


「……コタ君? いったい昨日は、く―ふぇと何の『試合』をしたん?」

「……見た目よりも逞しい『何』を見せて、どんな『大胆なこと』を古にしたんでしょうね?」


……背後から感じる圧倒的な殺意は、正直酒呑童子のそれが可愛く思えるくらいに禍々しいものだった。

ってか絶対何か勘違いしておられる!?

何をどうやったら、そんな曲芸飛行みたいな受け取り方が出来るんだよ!?

明らかにエロ方面の勘違いしてますよね!?

この思春期どもが!!!!

と、ともかく、俺が無事に明日を迎えるために取るべき最善の選択は……。


「―――――これは敗走やない。戦略的撤退や!!!!」


そう言い残して俺は、全力で逃走を開始した。


「ああっ!? せっちゃん捕まえて!!」

「もちろんです、お嬢様!!」

「へ? へ? な、何がどうなたアルか?」


突然の二人の豹変ぶりに、古菲が不思議そうな声を挙げていたが、俺にはそれに構っている余裕はなかった。

捕まってたまるものかっ!!!!

というかそれ以前に……。



「――――――――――俺がいったい、何をしたっていうんやーーーーっ!!!?」





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 48時間目 頓首再拝 やっぱ学ランが一番楽だわ
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/02/08 22:40


6月に入ったばかりのとある放課後。

俺は刹那、木乃香、霧狐の3人と一緒にエヴァの別荘に居た。

例により修行と手合わせのためである。

ちなみに、相変わらず魔力は使えないままだ。

おかげで影斬丸は使えないので、俺はエヴァの家の倉庫に会った無銘の日本刀を借りて刹那と手合わせをした。

……勝敗は? んなもん、この最弱状態で刹那に勝てる訳がねぇだろ。

で、その後は、いつも通り霧狐と実践形式の特訓をやって、二人の悪かった点を刹那に指摘して貰ったり。

ちなみにエヴァも一緒に別荘に居て、魔力が戻ってない俺を『貴様その程度で千の呪文の男を越えるだと? 笑わせるなこの半人前以下の駄犬が』みたいな目で睨んでた。

……あれは遠回しに俺の精神力を鍛えるための試練だったんだと信じたい。。

それから魔力が封印されてるおかげで、最近は気の出力がじわじわと上昇中。

けどまぁ、さすがに魔力が使えてた頃の出力には及ばねぇわな。

そんな感じで稽古を終えた俺たちは、一日は出られないため、別荘内で茶々丸の作ってくれた夕食をごちそうになっている。


「そういや、もうすぐ麻帆良祭やけど、木乃香達のクラスは何するか決まったんか?」


そうなのである。

6月と言えば学園祭。そう、あの麻帆良祭の季節なのだ。

生徒が合法的に商売、もといこづかい稼ぎが出来ることもあって、例年各クラス・団体の面々はかなり気合が入っているこの季節。

それは俺の在籍する男子中等部2-Aも例外ではなく、現在必死になって麻帆良祭の準備に勤しんでいる。

ちなみに去年の出し物は食い逃げ喫茶。

クラスの猛者共から逃げきれた客は飲食代が無料、しかし捕まれば料金が1.5倍になるというというボッタクリ企画。

我がA組には俺以外にも、男子部武道四天王(女子部の四天王より圧倒的に弱い)が揃っているため、逃げ切れるわけがないと言うのに……。

女子部に比べて集客率が低く、売上ランキングではそこまで上位には登れなかったが、それでもぼろ儲けだった。

……ちょっと大人げないことをしたかな?と、今では少し反省している。

それはさておき、今の話題は今年の木乃香達が何の出し物するかである。


「ウチらは中華喫茶やえ。さっちゃんいうて、料理が得意な子がおるからその子に教えてもろてな」


めちゃくちゃおいしいんやえ~、とさつきの料理の味を思い出しているのか、嬉しそうに笑みを浮かべて言う木乃香。

ああほら、よだれよだれ。

もっとも俺が注意するよりも早く、刹那がわたわたと木乃香の口元を拭ったのだが。


「りょ、料理は確かに美味しいのですが、わ、私はやはりあの衣装はどうかと……」

「衣装?」


何だろう?

原色バリバリで奇抜なデザインだったりするのだろうか?

けど刹那達のクラスのメンバーを考えたら、そういうのには結構こだわってくれそうなもんだが……。


「えぇー。ええやん。ウチは可愛くて良えと思うで? せっちゃんも良ぉ似合うてたしなぁ……チャイナドレス」


……なるほどね。

中華喫茶ということで、店員の衣装もそれらしくチャイナドレスと。

それは確かに刹那は嫌がりそうだな。

あと、それじゃ一部の人間っていつもと変わらねぇだろ。

古菲とか超とか。

まぁ普通に眼福そうなので是非見に行かせて頂きますが。

しかし……。


「エヴァもチャイナドレス来て参加するんか?」

「するわけないだろう。魔力が使えないせいで、脳みそまで筋肉に侵されたか?」


……ちょっと聞いてみただけでこの言われよう。ちょっと泣きそうだ。

まぁ、原作でもエヴァは一人でうろうろしてたみたいだしな。

そりゃクラスの出し物になんて参加する筈はないか。

エヴァのチャイナドレスも見てみたかったのに……まことに残念だ。


「霧狐たちのクラスはクレープ屋する言うてたやんな?」


こないだ愛衣と一緒に稽古を付けたやったときに、確かそんなことを言ってた筈だ。


「うん。メニューはねぇ、クラスのみんなで一緒に考えたんだよ。お兄ちゃんも食べに来てね?」


えへー、と嬉しそうにはにかんで言う霧狐。

何だかこっちまで嬉しくなって、俺は笑みを浮かべて霧狐の頭を撫でてやった。

あ、目細めた。

狐っていうか猫っぽいな。


「そんで、コタ君のクラスは何の出しもんすることになったん?」


俺に頭を撫でられて目を細める霧狐が可愛かったからか、木乃香はウチもウチも、といった風に霧狐の頭を撫でながらそんなことを尋ねて来た。


「そういやまだ言ってへんかったな。俺のクラスも木乃香達とおんなしで喫茶店やることになってん」

「そうなんですか? ですが、今どきただの喫茶店じゃ、そんなに集客は……」


刹那が言いにくそうにそんなことを言ってくる。

もちろん、そんなのは俺たちだって分かってたさ。

数少ない小遣い稼ぎの場だ、有効に活用するためには普段使ってない脳みそだってフル活用するというもの。


「せやから、最近の流行りを意識して、ちょっと変わったもんにしよう、って話になってん」

「ふん……ガキどもの浅知恵でいらん工夫をするとろくなことにはならんぞ」


いかにも興味がありません、といった風にエヴァが水を差す。

まぁ、俺も実際あんまり乗り気じゃないけどさ。


「まぁ聞くだけ聞いてやろう。いったい何をするつもりだ?」

「……何や引っかかる物言いやけど、まぁええわ。俺らのクラスの出しもんはな……」



「――――――――――執事喫茶や」










そして第77回 麻帆良祭初日の朝。

原作の女子部3-Aと違い、早めに出し物を決めていたため、準備が当日の朝までかかるなんてことはなかった。

既に食品関係の在庫確認は終了したし、教室の装飾も完璧である。

んで、俺たちフロア組は今日という日のために用意した勝負服に身を包んでいるのだが……。


「動きづらい、堅苦しい、そもそも恥ずかしいし俺には似合わへん」


とまぁ、不満たらたらな俺なのだった。

これこそが、我がクラスの出し物「執事喫茶 ソムニウム」の目玉である衣装。

高貴な人物に使えることが許された、選ばれた者のためにある衣装、即ち燕尾服である。

しかも、かなり精巧にできてる。

デザイン的には某あくまで執事な人が来てたファ●トムハ●ヴ家の奴に良く似たもの。

それに合わせて、普段はぼっさぼさで襟足を結んだだけの俺の髪も、今日は丁寧に櫛を入れられて、大分大人しくなってます。

いや、必要ないって言ったんだけど、委員長に『クラスのメンバーとして売り上げに貢献しろ!!』ってすげぇ剣幕で押し切られた。

ついでに燕尾服を着てからこっち、委員長が俺に対してやけに熱い視線を送って来てる気がするんだが……気のせいだと信じたい。

そう言えば、執事喫茶の案が出た時に一番乗り気だったのが何故か刀子先生だった。

『接客というのは人間性を育む上で非常に貴重な経験となる、実に素晴らしいアイデアじゃないですかjk』とか言ってたけど……腐女子だったりしないよな?

それはともかく、とりあえずこれで準備は整った。

あとは学園祭の開始を待つばかりだ。

そんな時だった。


―――――ガラッ


「おはようございます。……って、どうやらもう準備は万端のようですね」


教室のドアが開いて、聞こえて来たのはいつもより少し楽しげな刀子先生の声だった。

俺は反射的に振り返って……。


「っっこ、こたろうっ!?」

「お、おはよーさん……」


真正面から刀子先生と目が合った。

そして、しばしの沈黙の後。


「……………………ふぅっ(くらっ)」


刀子先生が顔を真っ赤にして倒れた。

いや、なして?


「くっ、葛葉先生っ!?」

「担架だっ!! 誰か!! 至急、担架をここにっ!!」

「保健委員!! 早く葛葉先生を保健室……いや、第3特設救護室の方が近いか? とにかく運ぶんだっ!!」


急な出来ごとに騒然となる教室。

……こんなんで大丈夫なのかね?










……とまぁ、開始前からトラブルに見舞われた、俺たちの『ソムニウム』だったのだが、開始後はかなり順調に営業を行えている。

つか、順調を通り越して忙しいわ!!

さっきちらっと廊下を覗いたら、物凄い長蛇の列になってたし。

殆ど女性客ばっかりだったのは言うまでもない。

席数が少ないから、回転率が低いってのがネックだな。

ちなみにフロアを担当してるのが、現在俺含めて4人。

全体だとクラスで10人がフロア担当なのだが、それを時間制でシフト分けしてる。

慶一と達也も俺と同じくフロア担当で、きっちりした燕尾服に身を包んで接客してる。

ポチと薫ちゃんは、ごつすぎるって理由でキッチンに回された。

と言っても、キッチンは殆どすること無いんだけどな。

そもそもメニューが少ないし。

回転率を上げるために、メニューはあらかじめ作っておいたケーキが3種類と紅茶、コーヒーがそれぞれホットとコールド。

キッチンは注文を受けて、それを食器に並べるだけの作業だ。

一応、差分でさまざまなセットメニューがあるのだが、そっちは付いてくるサービスの違いによるもの。

店と化した教室の一角に撮影スペースが設けられているので、そこで執事と写真を撮ったり、執事が食事中相席してくれたり、サービスの内容は様々だ。

ちなみに、店員の指名は不可。

人数取られてフロアが回らなくなるしな。

一応、写真を撮るときは出来るようになってるけど、それ以外は、最初に接客した執事が延々とそのテーブルを担当することになっている。

そっちの方が『専属執事付き』気分を存分に味わえる、って委員長が力説してた。……あいつは本当にどこに向かって走ってるんだろうな。

そうこうしているうちに、俺が現在対応していた一組の客が会計を終えて出て行った。

すぐにテーブルを片づけて、次の客を受け付けから招き入れなくては。

この20日近く、延々と練習を積まされてきたので、この辺はもうお手のものである。

1分と掛からず準備を終えて、俺は入口へと向かった。

受付に促されて入って来た次の客を、俺は右手を左胸に当てた状態で、恭しく頭を下げて出迎える。


「おかえりなさいませ、お嬢さ、ま……」


のだが、客の顔を見た瞬間に、その営業スマイルは音を立てて崩壊した。

何せ入って来たのは……。


「くくっ、中々似合ってるじゃないか? まぁ、実際犬なのだからイヌの仮装が似合うのは当然か」


フハハハハッ!!なんて高笑いを上げる金髪の幼女。

言わずと知れた真祖の吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様だった。

学園祭と言うことで、いつもよりお洒落使用なのか、今日はホワイトロリータファッション。

いつも黒い服のゴスロリファッションが多いので、これは中々新鮮で可愛らしい。うむ、眼福だ。

それは良いのだが……お前、ガキどものお遊びに興味はないって言ってなかったか?

……まぁ、大方似合わない燕尾服着せられてる俺を笑いにでも来たのだろうが。


「はぁ……まぁ、良えわ。ほなさくっと案内するさかい、こっちに「おい駄犬」……何や?」


メニュー片手に案内しようとした俺を、エヴァは若干威圧するような態度で呼び止めた。


「何だその態度は? お遊びとは金を取っているのだ、きちんと接客しろ。それに役を演じるならそれに徹しろ。興が冷めるではないか」

「ぐっ……」


エヴァの言ってることは確かに正論なのだが、如何せん顔に『傅け、跪け、奴隷のように私に仕えるが良い』って書いてあるので納得いかない。

とは言え、確かに人によって接客態度を変えるのは良くない。

なので俺は、しぶしぶエヴァの要求を飲むことにした。


「……で、では、お嬢様。お席に案内いたしますので、こちらへどうぞ」


関西弁のイントネーションは拭えない上に、頬を引くつかせながら俺がそう促すと、エヴァは満足そうに笑った。


「くくっ、それでいい。出来るじゃないか。さすがは犬だな」

「…………」


……この幼女、後で絶対復讐してやるからな。










エヴァを席に付かせて、俺は用意していたメニューを開いて彼女に見せた。


「ご注文はいかがなさいますか?」

「ああ、別に何でも構わん。どうせ味には期待していないからな」


貴様に任せる、とエヴァはひらひらと手を振る。

こっちが下手に出てるからって、かなり調子に乗ってんなこの幼女。


「こちらの『執事の愛情セット』などオススメですが……」

「だから貴様に任せると言ってるだろう。良いからさっさと持ってこい」


なおも食い下がった俺に、ぴしゃりとそう言い放つエヴァ。

俺は仕方なく、メニューを閉じて注文の復唱を行った。


「それではお嬢様、『執事の愛情セット』お1つでよろしいですね?」

「ああ、それで構わん」


エヴァが肯定の意を示したことに、内心ほくそ笑む俺。

……メニューをきちんと読まなかった自分を、後で死ぬほど怨むが良いわ。


「かしこまりました。それではお嬢様、しばらくお待ちください」


極上の笑みを浮かべて一礼し、俺はキッチンに注文を伝えに行くのだった。









「お待たせいたしました、お嬢様。こちら『執事の愛情セット』でございます」


そう言って一礼し、俺はテーブルに持ってきたガトーショコラと紅茶を並べる。


「ほう、見てくれはまともじゃないか?」

「お嬢様のため、シェフが腕によりをかけて作っておりますので」


つまらなそうに言うエヴァに、俺はあくまでも営業スマイルでそう答えた。


「それはまぁ良い……で、貴様はそこで何をしてるんだ?」


ギロリ、と俺を睨みつけるエヴァ。

それもそうだろう。俺は何故か、エヴァの隣に座っているのだから。


「ご説明させて頂きます」

「せんで良い。さっさとどけ」


しっしっ、とまるで野良犬を追い払うかのように手を振るエヴァ。

しかしそれで退くほど俺はやわじゃない。


「お嬢様よりご注文頂きました『執事の愛情セット』でございますが……」

「無視するんじゃない!!」


全く退かない俺に、エヴァが声を荒げるが気にしない方向で。


「こちらは、執事がご注文頂いた品物を、お嬢様のお口に直接運ばせて頂くというサービスになっております」

「だから無視するな!! それに何だ!? その頭が湧いてるとしか思えんサービスは!?」

「その様は、まるで病気のお嬢様を献身的に看病する執事の愛情を体現しているかのよう……ということで『執事の愛情セット』と名付けられました」

「名前の由来何ぞどうでも良いわ!! 私は病気でもなければ、貴様の愛情なんぞいらん!!」


ばんっ、とテーブルを叩くエヴァに、俺はにこり、とあくまで笑顔のままこう言った。


「『役を演じるならそれに徹しろ』。そうおっしゃったのは、確かお嬢様でございますよね?」

「な、何が言いたい?」


俺の放つ異様な迫力に、エヴァが一瞬たじろぐ。


「お嬢様は『お嬢様』という役で入店されました。でしたら役に徹して頂きませんと。……自分の言葉の責任が取れないほど、お嬢様は子どもではありませんよね?」


そう言って、ダメ押しとばかりにもう一度微笑む俺を見て、エヴァは開いた口が塞がらなくなっていた。

そんなエヴァを余所に、俺はフォークを握り用意していたガトーショコラを一口大に切り分けエヴァの口元まで持っていく。


「それでは、お嬢様お口をお開きに。はい、あーん……」

「んなっ……!?」


エヴァが顔を真っ赤にして、びくっと身を振わせる。

しかし、ようやく観念したのか、一度だけギロッ、と殺意の籠った眼差しで俺を睨み。


「……き、貴様、後で覚えていろよ!?」


そう、消え入りそうな声で言って、大人しく俺の差し出したケーキにぱくついたのだった。

恥ずかしさと怒りで、顔を真っ赤にしながらも、もぐもぐとケーキを咀嚼し飲み込むエヴァ。

その様は小動物のようで、普段の彼女とのギャップもあって、かなり可愛らしかった。


「……お味はいかがですか?」

「分かるわけないだろう!!」


そりゃそうだ。

そんな感じで、俺は麻帆良祭初日の午前を慌しく過ごすのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 49時間目 乱痴気騒 賑やかなのは良いけど、偶にはまったりとしてぇよな……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/02/08 22:41



午前中のシフトを無事終えた俺は、現在昼食がてら女子校エリアは本校女子中等部まで足を伸ばしていた。

それにしても、男子部とは比にならないほどの大盛況だな。

そりゃあ持て成して貰う側からすると、むさくるしい男より可愛い女の子に持て囃されたいだろうしな。

ちなみにあのまま抜けると、逆上したエヴァに何されるか分からなかったので、エヴァの食器を下げたときにタカミチに連絡しておいた。

『クラスの出し物サボってる不良幼女がいるので回収してください』ってな。

でもって、颯爽と現れたタカミチ(咸卦法状態)に為す術なくドナドナされてく金髪幼女。

ザマァミロだ。

ってなわけで、俺は安心して女子部校舎をうろついてる。

とりあえず最初に霧狐と愛衣のクラスに行こうという算段だ。

さっきシフトが終わるってメールが来たし、一緒に学際を回るのも一興だと思って。

……しかしまぁ、平穏無事に過ごしたいと思ってるときに、何かしらの騒動に巻き込まれるのが俺クオリティ。


―――――ドカァッ


「ぶふぉっ!?」

「…………ふんっ」


――――ドカッ


「げふんっ!!!?」


何かにぶっ飛ばされてきた見知らぬ男を、とりあえず人のいない方向へ蹴り飛ばす。

鬼だぁ? んなもん、俺の前に吹っ飛んできたこいつが悪い。

それはさておき、男が飛んできた方向に視線を移すと、何やら小柄な女の子2人と、4、5人の男が険悪な様子で睨み合っていた。

……オイオイ勘弁してくれ。このパターンは1年前、亜子達んときに一回やったじゃねぇか?

とはいえ、見なかったことにするのも気分が悪い。

俺はなるべく事を荒立てたくないなぁ、とからしくないことを考えながら睨み合う両者に近付いて……。


「…………」


言葉を失った。


「……自分ら何してんねん?」

「こ、小太郎さん!?」

「あ、お兄ちゃんだ」


俺を確認するや否や、わーい♪なんて楽しげな声を上げながら俺の胸に飛び込んでくる霧狐。

対照的に、事態に付いていけなくなったのか、おろおろと助けを求めるように周囲を見回す愛衣。

……何でこう、俺の知り合いは騒ぎの渦中にいたがるんでしょうかね?

まるでマーキングするかのように、俺の胸板に顔を擦りつけて来る霧狐の頭にぽんっ、と手を置きながら、俺は状況把握に努めることにした。


「……これ、何の騒ぎや? さっき誰かしらんけど、吹っ飛ばされた奴がおったやろ?」

「あ、それ霧狐が殴り飛ばした人だ」

「……まぁ、予想はしててん」


弱っちかったねー、とかにこやかに言う霧狐。

……悪気がない分、俺よりよっぽどこいつのが性質悪い気がする。

そんな霧狐の様子を見かねたのか、愛衣が慌てた様子で事情を説明してくれた。


「き、キリちゃんは悪くないんです。その、私がその人たちに、言い寄られて困ってたから、キリちゃんが助けてくれて……」

「そうだよっ。愛衣は嫌がってるのに、無理やり連れてこうとするんだもん。ああいうのチカンって言うんでしょ?」

「……とりあえず事情は分かったわ。ついでに、霧狐はナンパと痴漢に対する認識に齟齬があるらしいいうこともな」

「ナンパ?」


不思議そうに小首を傾げる霧狐を、とりあえず引っぺがして愛衣に預ける。

良く見たらこのナンパ男共、どっかで見たことある面だしな。

おそらく去年俺が返り討ちにしたバカどもの一味だろう。

これなら事を荒立てずに収拾できそうだし、さくっと片づけよう。

……もう十分荒立ってるって? それは言わない約束だろjk。

しかし、毎度思うが、中等部の生徒ナンパする連中って正気を疑うよな?

2-Aの巨乳組ならいざ知らず、霧狐とかギリギリ幼女カテゴリーですよ? 犯罪ですよ? ア●ネス来ちゃうよ?

それはさておき、俺は溜息をつきながら、俺たちの様子を見ていたナンパ男たちに振り返った。


「ヒッ!? く、黒い狂犬!!!?」


俺の目算通り、連中は相手が俺だと分かっただけでビビり倒している。

……だったら、前の一回で懲りといてくれ。俺の平穏な生活のためにも。


「よぉ、兄ちゃんたち、俺の可愛い妹と可愛い後輩が世話になったみたいやな?」


ニヤリ、と最早お馴染みとなりつつある悪役スマイルで語りかける俺。

男たちは最早失禁寸前だろう。


「あ、ああ、あんたの妹だなんて知らなかったんだっ!!」

「そ、そうだって!! ちょ、ちょっと可愛いかったから、こう、祭の案内でもしてもらおうかなぁ、なんて!!」

「……ちょっとやと?」

「「「「メチャクチャ可愛いであります、サー!!!!」」」」


若干殺気を込めて俺が聞き返すと、無事な男たち4人はびっ、と背筋を伸ばして敬礼した。

……いかん。これ結構楽しいぞ。


「まぁ、それは良えわ。妹たちが世話になったみたいやし、ここは兄としては何やお礼せんとなぁ?」

「め、めめめめ滅相もない!?」

「まぁ、遠慮することあれへんって。さぁ…………」


べきん、と拳を鳴らす。

爽やかな笑みを浮かべて、俺は男たちにこう告げた。


「―――――どこの骨から持ってかれたいんや?」


瞬間、まるで幽霊でも見たかのように悲鳴を上げながら、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。


「……とまぁ、これが正しいナンパ撃退方法や」

「それ、実践できるのは小太郎さんだけだと思います……」


したり顔で言った俺に、愛衣はげんなりした様子でそう突っ込むのだった。










あの後、適当にギャラリーを蹴散らして、俺は兼ねての予定通り愛衣と霧狐を連れて2-Aの中華喫茶「花・花(ほあほあ)」に向かうことにした。


「ほ、本当に私もご一緒して良いんですか?」


俺の右腕にぶら下がってご満悦な様子の霧狐とは対照的に、愛衣はおどおどした様子で俺にそう尋ねて来た。


「構へんよ。つか、誘っとんの俺やし。後輩と飯食うんは別におかしなことやあれへんやろ?」

「そ、それは、そうなのですが……や、やっぱり恐れ多くて……」

「恐れ多い?」


愛衣の言葉に、いつかの高音の様子を思い出して嫌な予感がする。

まさか、と思いながら尋ねると、愛衣は俺について色んなところから聞いていたらしいことを教えてくれた。


「入学早々、東洋の名のある妖怪を撃退したり、伝説上最強に類される酒呑童子を倒したり……今年の春休みには、復活した九尾の狐を吸収してしまうなんて……男子中等部の犬上 小太郎さんと言えば、魔法生徒の中でも知らない人なんていないんですよ?」

「……まぁ、字面だけ聞きゃあそんな感じやな」


しかもその全てが事実だし。

いや、絶対どこかしら尾びれ背びれは付いてるだろうけどな。

しかし……デジャヴを感じるな。

高音も最初似たようなこと言ってたし、本当に俺について回る噂って碌なのがねぇな。

まぁ、高音に関しては、操影術の稽古付けて貰ってたこともあって、そういう噂による誤解は解けて……


「そ、それにお姉さまも『魔法生徒としても、人間としても小太郎さんは見習うべき素晴らしい人』と、とても褒めてましたし!!」

「…………」


前言撤回。全く誤解解けてねぇし、寧ろ悪化してるじゃねぇか!?

どういうことだよ!?

言葉を失う俺を余所に、身内が褒められて嬉しかったのか、霧狐は自慢げに、お兄ちゃんは凄いんだよ? とか言ってるし。


「ですから、そんなマンガの主人公みたいな人とと、こうしてお話をしてるだけで夢みたいなのに。キリちゃんと一緒に稽古を付けさせてもらったり、ご飯まで誘って頂けるなんて、ちょっと恐れ多いと言うか……」


本当に緊張しているらしい。おどおどとした様子で、そう告げる愛衣。

こりゃ、完全に最初の高音と同じで、犬上 小太郎ヒーロー説が浸透しきってんな。

原作でもナギや紅き翼のことについて詳しかったりしたし、結構ミーハーっぽかったもんな。


「あんな? 俺はあくまで自分らとおんなし魔法生徒の一人や。ついでに言うなら、そのお姉さまからすると俺は魔法の弟子で、立場的にはますます、自分と変われへん。そんな畏まる必要なんてあれへんからな?」


とりあえず、愛衣の中のイメージを払拭したい俺は一気にそう捲くし立てた。

愛衣はというと、そんな俺の剣幕にビビったのか、目を白黒させてる。

しまった……逆効果だったか?


「んー……良く分かんないけど。お兄ちゃんは、愛衣ともっと仲良くしたいんだよね?」


不意に、今まで俺の右腕にぶら下がって遊んでいたキリが、そんなことを聞いてきた。


「まぁ、ニュアンス的には合うてるわな」

「あ、やっぱり? それで、愛衣はお兄ちゃんのこと嫌いなのかな?」

「そ、そんなっ!? と、とんでもないです!! 寧ろ憧れてるくらいでっ!!」


急に話を振られた愛衣は、顔を真っ赤にしながら、手をわたわたと振ってそう答える。

それに満足したのか、霧狐はにこっ、と可愛らしい笑みを浮かべて言った。


「じゃあ一緒にお昼ご飯食べに行こうよ? キリも愛衣とお兄ちゃんが仲良くしてくれた方が嬉しいし。愛衣はキリに初めてできた同い年の友達だもん」


ね? とダメ押すような霧狐の微笑みを向けられて、一瞬たじろぐ愛衣。

しかしながら、それで観念したのか、耳まで真っ赤にして。


「あうあう~……そ、それじゃあ、い、一緒に行かせてもらうね?」


と、しどろもどろになりながらも頷いたのだった。

霧狐さんマジパネェっス……。










ちょっとしたトラブルには見舞われたが、俺たちは予定通り、2-Aの中華喫茶「花・花(ほあほあ)」に辿り着いた。

予想通りというか、かなりの長蛇の列だったが、それもスムーズに進み、ついに俺たちに順番が回って来る。


「ファンイン!! ようこそ2-A中華喫茶『花・花』へ……って、小太郎じゃん!?」


元気良く出迎えてくれたチャイナドレスの女生徒は、俺の顔を見て驚いた顔をした。

髪形がいつもと違うので一瞬気付かなかったが、良く見ると見覚えのある顔だと気付く。


「祐奈かいな? へぇ……馬子にも衣装とは言ったもんやな」

「それさ、微妙に褒めてないよね?」


ジト目で俺を睨みつける祐奈。

口ではああ言ったものの、祐奈の格好はかなり……こう、ぐっと来るものがあった。

いつものサイドアップテールは両側でシニョンの中に纏められていて、彼女が着ているチャイナドレスに絶妙にマッチしている。

しかもこのチャイナ服、なんとミニ丈である。

人によっちゃあ邪道だ何だと騒がれそうだが、そこからすらりと伸びた祐奈の脚線美が惜しげもなく披露されていて……何と言うか、実にけしからん仕様だ。


「ええぞ、もっとやれ」

「? 何をやるのさ?」

「スマン、何かそう言わなあかん気がしてん」

「???」


突然意味不明な言葉を口走った俺に、祐奈は不思議そうに首を傾げていた。


「あーコタ君だー♪」


入口のところで立ち往生してると、俺を見つけたまき絵がぱたぱたと元気良くこっちに駆け寄って来る。

そして当然のように、まき絵もチャイナドレス。

まき絵はシニョンこそしていないが、着ている服は祐奈と同じ仕様のもの。

さすがは新体操部と言うべきか、細くしなやかな両足はそのキャラクターとは裏腹に実に煽情的で……男に生まれて来たことを、思わず何かに感謝したくなる。

麻帆良祭、万・歳……。


「いらっしゃい。来てくれたんだね。そっちの一年の子はコタ君の友達?」


俺の後ろにいる霧狐と愛衣を目ざとく見つけて、まき絵はにこにこと問い掛けて来る。

無論、人見知りが激しい霧狐と、大人しい愛衣はそんなまき絵の勢いに押されて、さっと俺の背中に隠れてしまうのだった。

俺は苦笑いを浮かべながら、まき絵と祐奈に二人のことを紹介する。


「俺の妹とそのルームメイトやねん」

「へ? 小太郎、妹いたの? けど前に兄ちゃんが一人だけとか言ってなかったっけ?」

「まぁ、いろいろあってん。霧狐、愛衣、自己紹介したり」


俺に促されると、2人はおっかなびっくりという様子だったが、俺の背から出て来て、それぞれぺこりと頭を下げた。


「さ、佐倉 愛衣です。よ、よろしくお願いします」

「く、九条 霧狐です……」


愛衣の方はともかく、霧狐の奴はかなり戦々恐々な様子。

さっき絡んできた男を問答無用で殴り飛ばした勇猛さはどこへやらだ。

それはさておき、2人に自己紹介されたまき絵と祐奈は、さらに疑問符を浮かべまくっていた。


「え、えーと、小太郎。どっちが妹さんだって?」

「ん? ああ、こっちや、霧狐の方」


祐奈に聞かれて、俺は未だにカチコチの霧狐の頭にぽん、と手を置いた。


「ねーコタ君、どうして兄妹なのに名字が違うの?」

「ば、バカまき絵!? どうしてそういう聞きにくいことをっ……!?」


あー、それで不思議そうな顔してた訳ね。

何か普通に妹として受け入れてたもんだから、最近気にしてなかったけど、俺たち腹違いだし名字が違うんだった。

で、祐奈はそこに複雑な家庭の事情があると勘違いしたから、まき絵を諌めて……。


「世の中にはそーゆー特殊な性癖な人もいるんだから!!」

「ってちょっと待てぇいっ!?」


誰が特殊性癖の持ち主やねん!?

勘違いするにしてもかなり最低なベクトルの勘違いしてんじゃねぇよっ!?


「だ、だって、そんないたいけな一年生捕まえて『お兄ちゃん大好き?』とか言わせて、い、いかがわしいことさせてんでしょ!?」

「いかがわしいんは自分の頭ん中や!!」


思わず叫んだ俺に、状況が飲み込めていないのか、霧狐と愛衣、まき絵は不思議そうに首を傾げていた。

うん、君たちはそのまま、純粋なまま大きくなってください。


「じゃ、じゃあ何で名字が違うのさ?」

「腹違いやねん。俺と霧狐は、違う母親から生まれてきてん」

「えっ……そ、その、ごめん……」


俺が事実をありのままに告げると、祐奈はしゅんとしてしまった。

まぁ、それがこれを聞いた時の普通の反応だよな。

俺としては、親父は妖怪だし特に気にしてないんだけども。

ともかく、このまま祐奈にしゅんとされてると気まずいので、俺は彼女を励ますことにした。

ぽんっ、と祐奈の頭に手を置いてよしよしと撫でてやる。


「まぁ気にすんなや。そんな複雑な事情がある訳とちゃうし。ただちょっと……俺の親父が女ったらしやったいうだけの話でな」


にっ、と笑顔を浮かべて祐奈に言う。

これで祐奈が笑顔を取り戻してくれる……というのが、俺の目論見だった訳だが。

何故か祐奈は、呆れたような、何とも言えない視線で俺の事を見つめていた。


「あー……うん、あんたの父親だし、何となく納得」

「確かに、コタ君のお父さんなら……納得だよね」

「はい、間違いなく小太郎さんはお父さん似ですね」

「え? え???」


祐奈と同じような視線を俺に向けて、まき絵どころか愛衣まで口々にそう言った。

唯一状況がつかめないのか、霧狐だけが不思議そうに首を傾げていたが。

あれ? 祐奈が元気になったのは俺の計画通りなのに、何か泣きそうだぞ?










まぁ、いろいろと誤解もあった訳ですが、とりあえず俺たちは席について、しっかり料理も平らげたところである。

あのさつき直伝と言うだけあって、出された飲茶は味も量もかなりのハイクオリティだった。

それはさておき、何と言うか……壮観だな2-A。

1年間通っていて、今日初めて潜入した訳だが、見渡すと必ず原作で一度ならず見た顔が居る訳よ。

これはかなり眼福……もとい、感動的な光景だ。

残念ながら、木乃香や刹那、明日菜といった普段から絡みの多い連中は軒並み現在当番から外れてていませんがね。

しかし今、俺の興味はそんな感動を更に越えた、とある人物に注がれていたりする。

絶妙に俺と視線が合わないように動いているみたいだが、残念、俺には嗅覚という武器がある。

その程度で気が付かない訳はないのだ。

無愛想に食器を下げるしかしていない小柄な一人のウェイトレス。

その正体に気が付いた俺は、ニヤリと口元に浮かぶ笑みを抑えられなかった。

こうなると止まらないのが俺の悪戯心。

こんな好機めったにないからな。ここは弄り倒させて貰おう。


「おーい、そこのウェイトレスさーん?」

「…………」


聞こえていない訳などないのに、完全に俺の声を無視する小柄なウェイトレス。


「あっれー? 聞こえてへんのかいな? そこの小柄でSっ気の強そうなウェイトレスさーん?」

「だ、誰が性悪な金髪幼女だこの駄犬めぇぇぇっ!!!?」

「…………誰もそこまで言うてへんがな」


しかもやっぱしっかり聞こえてたんじゃねぇか。

俺の声に耐えきれなくなったらしく、その金髪幼女……エヴァは顔を真っ赤にしながら、がぁっと噛みつかんばかりの勢いで俺たちテーブルへ詰め寄って来た。

その剣幕に、愛衣が、ひぃっ!? や、闇の福音っ!!!? とか悲鳴を上げてるのは、まぁ御愛嬌と言うことで。

しかし……さすがはタカミチ……あの金髪幼女を連行しただけではなく、見事にこの格好をさせるとは。

エヴァは他の女の子たち同様、ミニ丈のチャイナドレスに身を包んでいた。

長い髪は先程の祐奈同様、両方でシニョンに纏められているが、髪の量が多いためか、一束がそのシニョンから飛び出していた。

逆にそれがエヴァの外見相応の可愛らしさを演出していて、非常に微笑ましい。

しかも彼女がその格好を恥ずかしがって、ドレスの裾をきゅっ、とか握っちゃってるもんだからもう……これはいっそロリコンでもいいや、ってなるわ。


「き、貴様がタカミチなんぞをけしかけたせいで私は……私はぁぁぁああっ!!!!」

「そんなんクラスの出しもんサボってた自分のせいやんけ、自業自得で因果応報や」


ついでに言うと、エヴァのチャイナ服姿が見れて実に俺得です。

あー、やっぱエヴァはからかうとおもろいなぁ。


―――――ブチッ


「……ぶちっ?」


何かが切れる音と共に、壮絶に嫌な予感を感じた俺は、恐る恐るエヴァの顔を覗きこんだ。


「ふ、ふふっ……ははっ、ハーッハッハッハッ!!!!」


いきなり高笑いを上げたエヴァにドン引く俺と霧狐。

愛衣に至っては泡吹いて気絶してた。

つか、周囲の客も何事かとこちらを注目しちゃってるし。


「え、エヴァが壊れてもうた!?」

「誰が壊れるか!! ……ふっ、あのタカミチに言われたからと言って、こんなところで大人しく給仕をするなんて、そもそも私の柄じゃなかったんだ……」


ギンッ、とこちらを射抜くような眼力で、俺を睨みつけるエヴァ。

……あ、ヤッベ、完全にご乱心だわ。

俺は手早く財布から千円札を3枚取り出して霧狐に渡した。


「へ? お、お兄ちゃんコレ、どうしたら良いの?」

「ここの支払い頼むわ。余ったら愛衣と何か上手いもんでも食うてくれ。お兄ちゃんは今から明日を守る旅に出ます」

「へ? へ???」 


不思議そうに首を傾げる霧狐。

うん、霧狐、君はそのまま、人間の汚れを知らずにすくすく育つんだよ?

と、その瞬間殺気を感じて、思わず俺は椅子から飛び退いていた。


―――――カラァンッ


その瞬間、ばらばらに割れる俺の椅子。

え、エヴァの奴、今完全に糸で切り刻みましたよね!?

つか、動きを封じるだけじゃなくてそんなことまで出来たんだ!?

あ、人間は気で強化されてるから切れないとか?

って、冷静に分析してる場合じゃねぇ!!


「先程の執事喫茶での件と、ここで受けた私の屈辱……貴様の首を取って晴らさせてもらうとしよう」


ドス黒いオーラを全開にして、ニタリ、と心臓の弱い方々は腹の底から震えそうな笑みを浮かべるエヴァ。

……ちょっとやり過ぎたかな?

まぁ、今反省しても仕方ないけどねっ!!

俺は人前にも関わらず、瞬動を使って窓際まで移動。

躊躇いもなく窓を開け放ってそっから跳び下りるのだった。


「な!? ま、待たんかこの駄犬っ!!!!」

「はっ、待てと言われて待つバカがどこの世界におるんや?」


魔法も使えず空も飛べないエヴァではさすがにここまでは追って来れまい。

本当なら、霧狐&愛衣の炎の新入生コンビとゆっくり麻帆良祭を回りたかったんだけど、ここはほとぼりが冷めるまで一人でうろうろするしかないよなぁ。

とかなんとか考えている内に、無事俺は地面に着地成功。

こんなとき、本当気とか魔力って便利だと思う。

が、俺は失念していた。

ネギと違って、俺は認識阻害なんて便利なもんが使えないってことを。

つまり、今3階から飛び降りた俺の姿を、バッチリ目撃してる人がいたりしたら……。


「そ、空から人が……きゅうっ……」


俺の着地地点にたまたまいたその女の子は、跳び下りて来た俺を見て卒倒してしまうのだった。

……俺には一時の休息すら許されないんですかね?





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 50時間目 時世時節 一つ事が絡むと、女子ってビビるほど大胆だよな
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/02/13 17:04



……まいったな。

とりあえず、無事2-Aから脱出した俺だったのだが、たまたま偶然跳び降りの現場を目撃した女の子が気絶してしまった。

しかもこの女の子に、俺はバッチリ見覚えがあるという……。

それはさておき、地べたにいつまでも寝かせておくわけにもいかないし、近くのベンチにでも運ぶか。

その際、エヴァに追いつかれてしまうと困るので、俺はしっかりタカミチにメールを送っておく。

『癇癪起こした金髪幼女が教室で暴れてますよ』と。

それからしばらくして、上の教室から盛大な幼女の怒号が聞こえて来た。

……こりゃしばらくエヴァと会わないようにしないとな。命がいくつあっても足りん。

話を戻そう。

とりあえず俺は件の少女の身体をひょいっと抱き上げて、近くにあったベンチに運んだ。

その少女は、年齢を考えると実に標準的な体形と身長で、特徴的なのは、目を覆ってしまうくらいに長く伸ばされた前髪。

……まぁ、それで分かると思うが、一応言っておく。

原作で唯一ネギに告白した、勇気ある読心術師。

本屋ちゃんの愛称で親しまれる、2-A図書委員、宮崎 のどかだ。

読書は嫌いなわけではないが、図書館島にはこの一年殆ど行く機会がなかった俺。

正直、彼女と出会うのは原作が始まるまで無理だろうな、なんて思い始めていたのだが。

事実は小説より奇なりとは言った物。というか学園祭効果でネギま!キャラとのエンカウント率でも上がってのかね?

ともあれ、今重要なのはその辺の真偽より、のどかを起こすことが先決だよな?

彼女が気絶したのは、昇降口を出てすぐのところだった。

恐らく、どこかへ向かう途中だったんだろう。

もし待ち合わせや、部活動主催のイベント当番だったりするとマズい。

気は進まなかったが、俺はのどかの頬を軽くぺちぺちと叩いて呼びかけた。

あ、そういや事実上初対面だし、名前は呼ばないようにしないとな。


「お~い? 嬢ちゃん? 起きてんか~?」


―――――ぺち、ぺち


「う、う~ん……」


……ダメだこりゃ。

のどかは俺の呼びかけに、少しだけ身じろぎして見せたがそれだけで、意識を取り戻す様子は一向に無かった。

仕方ない。しばらくはこのベンチでのどかが目を覚ますのを待とう。

思えば麻帆良祭が始まってからこっち、ろくに休憩もしてなかったしちょうど良い。

そう思って、ベンチに深く腰掛けようとして、ふと周囲の視線に気が付く。

そして今の状況を客観的に分析。

俺+前ボタン全開の学ラン=明らかに素行不良の問題児。

のどか+気絶=意識を失った大人しそうな女生徒。

この2つを総合すると……どう見ても俺がのどかを拉致ったようにしか見えない。

おかげでさっきから通行人の向けてくる視線が痛いこと痛いこと……。

……軽めの人払い、しておいたほうが良いよな?










―――――それから約20分後。


「う、うぅ……」


起きるのを渋る子どものように身じろぎして、のどかがうっすら目を開……いてるはず。いや、だって前髪に隠れて見えねぇし。

ともあれ、ようやく目が覚めてくれたか。

これで楽しく麻帆良祭を回ることが出来る。

そう思った俺だったのだが。


「ぴぃっ!?」


そんな風に、何故かのどかは俺の顔を見て悲鳴を上げた。

……そこまで悪人面か、俺?


「さ、ささ、さっき跳び降りた人!? ゆ、幽霊さん!? きゅぅ……」


そんな悲鳴を上げながら、再び夢の世界へ旅立とうとするのどか。

いや、マジで勘弁してくれ!?

本当そんな心臓の小ささで、良く魔法世界とかいけましたよね!?

あれね!! 恋って本当に人を変えちゃうのね!?


「待て待て待てっ!? 幽霊ちゃう!! せっかく起きたんに、また気絶とか勘弁してくれ!!」

「へ? ゆ、幽霊さんじゃないんですか……?」


慌てて俺が呼びかけると、間一髪のところでのどかは意識を取り戻してくれた。


「おう。ちゃんと足もついとる。つか、俺の運動神経は人間離れしとるさかい、あん程度は大したことやあれへんねん」

「そ、そうなんですか?」


俺の言葉に、のどかはとりあえず俺が生きているのは理解してくれたらしい。

しかしながら、まだ怯えきってるみたいで、その身体は若干震えていた。

まぁ、かなり大人しい子だし、異性と話すのなんてそれだけで緊張ものなんだろうけど。


「ともかく、無事に目覚ましてくれて良かったわ」

「あ、あう~……ご、ご迷惑おかけしてしまって、その、す、すみませんです~」

「ああ、ええって、ええって。むしろ驚かせてもうて、こっちこそ申し訳なかったわ」


恐縮そうに頭を下げるのどかに、俺は手を振ってそう答えたのだった。


「それより自分、時間大丈夫なんか? どっかに行く途中やったんとちゃう?」

「へ? ……ああっ!?」


俺に言われ、慌てて時計を見るのどか。

その顔が見る見るうちに真っ青になっていく。

うわ、やっぱり何か予定があったみたいだな……。


「どないしてん?」

「こ、これから図書館島の探検ツアーがあるんです……わ、私、ガイドの当番になってたのに……ど、どうしよう!?」

「それ、何時からや?」

「さ、3時からです~……」


涙目ののどかに言われて、俺は携帯の時計に目をやった。

現在14時43分。

ここ本校女子中等部校舎から図書館島まで、女の足だと急いでも30分は掛かる。

どう考えても間に合いそうにはなかった。

……『常人』ならば、って話だけどな。

まともじゃない手段なら、その距離でもどうにか間に合わせることは出来る。

そもそも、のどかが気絶しちまったのは俺のせいだし、ここは俺が何とかしなきゃ嘘ってもんだろ。


「……事情は分かったわ。俺に任せとき」


自分の胸をとんっ、と叩き、のどかを安心させるように微笑みかけた。


「え? えぇっ!? で、でも、どうやって……?」

「俺しか知れへん秘密の抜け道があんねん。そこを通ったら5分とかからずに図書館島までつくわ」

「ひ、秘密の抜け道? で、もいくらなんでも5分じゃ……」


信じられないっって様子で、のどかが驚きの声を上げる。

確かに、図書館島までは直線距離でも15分以上かかるからな。


「それが出来るんや。まぁ人には教えられへんさかい、抜け道通ってる間、嬢ちゃんには目ぇ瞑っててもらわなあかんけど」

「め、目を瞑って? そ、それじゃあ、どうやって歩いたら良いんですか?」


にっ、と微笑みかけ、俺はのどかの身体をさっきと同じように抱き上げた。


「ひゃわわっ!?」

「こうやったら、嬢ちゃんは歩かんでええやろ?」

「た、確かにそうですけど~……はぁうう~……」


状況に付いていけないのか、のどかは顔を真っ赤にして目を回してしまった。

ちょっと可哀そうだけど、時間は待ってくれないし、早速出発するとしましょうか。


「ほな行こか? しっかり捕まっとき。あと、俺が良い言うまで、絶対に目ぇ開けたらあかんで?」

「は、はい~……」


俺がそう言うと、のどかは素直にきゅっと両目を閉じる。

それを確認した俺は、両足にぐっ、と力を込め、力いっぱい地面を蹴った。

瞬間、加速する俺の視界。

そう、これこそが俺の言う秘密の抜け道。

つまり『地上がダメなら、空を行けば良いじゃない』って訳だ。

幸いにも、今日は麻帆良祭。

ちょっとした無茶なら、ワイヤーアクションとか、CGとか言っとけば通じる。

さすがにのどか本人には言い訳出来ないから、目を瞑ってもらうことになったけど。

しかしこれなら、確実に時間に間に合う。

俺は空を蹴る両足に更に力を込め、徐々に速度を上げつつ図書館島を目指すのだった。










「よっ、と……」


宣言通り出発からおよそ5分後。

のどかを抱えた俺は、無事に図書館島に辿り着いた。


「嬢ちゃん、もう目開けてもええで?」

「は、はい~……」


俺に言われて、のどかは恐る恐るそ目を開け……てるはずだ。だから見えないんだって。


「……ほ、本当に着いてる。い、一体どうやって……?」

「ま、それは企業秘密ってことで」


驚きに目を丸くするのどかを、俺はゆっくりと地面に降ろしてやった。


「ほ、本当に助かりました~。な、何てお礼を言ったら良いか……」

「気にせんで良えって。元々嬢ちゃんが気ぃ失ってもうたんは俺のせいやし。それより、急がんとせっかく間に合うた意味がなくなってまうで?」


笑顔でそう答えてのどかを促す。

正直、リスク負って虚空瞬動まで使ったんだから、ここまで来て間に合いませんでしたってのは勘弁してもらいたいからな。

のどかはそんな俺の様子に、少しどうしたの物か迷ったのだろう、俺の図書館島の入口を、何度か交互に眺めて。


「あ、ありがとうございました。え、ええと、お、お礼もちゃんとしたいですし、も、もし良かったら探検ツアー、見て行ってください~……」

「やから礼なんて……まぁ、せっかくやし探検ツアーにはお邪魔させてもらうわ」

「あ……は、はいっ!! 是非っ!!」


苦笑いしながら俺がそう言った途端、のどかはぱぁっと笑みを浮かべた。


「わ、私、宮崎 のどかって言います~。そ、それでは、また探検ツアーで~!!」

「おう。俺は犬上 小太郎。小太郎って呼んでんか。ほんなら、また後でな」


のどかはもう一度、ぺこっ、と頭を下げると、とてとてと若干危なっかしい足取りで図書館島へと駆けて行った。

ときどきこちらを振り返りながら。

……ちゃんと前見ないと転ぶぞ~?










「はれ? コタ君? 来てくれたんやー♪」


図書館島探検ツアーの受付を終えて待っていると、恐らくガイド役なのだろう、俺を見つけた木乃香が嬉しそうに走り寄って来た。


「意外やね? コタ君、本とか読みそうにないんに」

「いやいや、人並み以上に読むで? 知識言うんは十分『武器』になるさかい」


そうでもしないと、ここまで我流でなんかやって来れなかったっての。

原作の小太郎とかナギとかラカンがおかしいんだよ。

感覚だけでやってけるほど、実践は甘くない。


「ほんでも、図書館島に来たんは入学説明会以来やけどな」

「そうなんや? ほんなら、何で探検ツアーに? ……も、もしかして、ウチに会いに来てくれたん!?」


きらきらと、黒目がちな瞳を輝かせて上目遣いに俺を見上げて来る木乃香。

凄い期待させて申し訳ないけど、別にそう言う訳じゃない。

とは言え、この表情を曇らせるのは大分心が痛むなぁ……。

いやいやいや、不必要な嘘のがマズイわ。

と言う訳で、正直に事情を説明しようと思った矢先だった。


「こ、小太郎さん?」

「へ?」

「お?」


後ろから、可愛らしい声に呼び止められて、思わず振り返った。

木乃香も声の主が気になったのか、俺の身体からひょいっと顔だけ覗かせて、声の主を確認してる。

まぁ、もちろん、ここにいる俺の知り合いなんて、木乃香以外だとあと一人しかいないんですがね。


「よぉ、のどか。その様子やとちゃんと間に合うたみたいやな?」


俺が笑顔でそう尋ねると、のどかは、前髪から覗かせた唇を小さく笑みの形に変えて、ぺこっと小さくお辞儀して見せた。


「はい~。こ、小太郎さんのおかげで、どうにか間に合いました。た、探検ツアー、た、たた、楽しんで行って下さいねっ」


しどろもどろになりながらも、のどかは台詞を言い切り、途端踵を返して、他のガイドたちの方へと走って行ってしまった。

慌しい奴だな、本当。

苦笑いを浮かべながら木乃香の方に振り返ると、何故か木乃香は先程とは打って変わりジト目で俺のことを睨みつけていた。


「え、ええと……こ、木乃香はん? ど、どないしましたか?」

「む~……コタ君、のどかに何かしたやろ?」

「っ!? ……あ~、まぁいろいろあってん」


さ、さすがは恋に恋する乙女。その洞察力たるや侮れない。

とはいえ、お姫様抱っこで女子校エリアを走破しました、とは言えないし、笑って誤魔化すしかないよな?


「のどか、めちゃくちゃ上がり症やし、男の人話すなんて絶対苦手やのに……それに、ちょっとやそっとのことやったら、あんな風にお礼言いに来たりせぇへんよ?」

「あ、あはは……い、今どき珍しい義理堅い嬢ちゃんやなぁ?」


木乃香の執拗な追及に、俺はただただ乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。

た、頼む!! 早くツアーの開始時刻になってくれ!!

もっとも、そういう風に思ってる時ほど、時間の流れは遅く感じるもので。

俺は結局、ツアー開始時刻までかなりの精神をすり減らしながら、木乃香の尋問に耐えるしかなかった。










と、言う訳で、ようやく始まった図書館島探検ツアー。

既に俺のLPは真っ赤でしたが、まぁこれはこれでかなり楽しめた。

とは言え、俺たちが見て回ったのは、トラップのない安全な場所ばかりで、原作でネギ達が侵入してたような、深い所は見れなかったけど。

それにしても……ここ作った奴らって、何考えてたんだろうな?

だって、本棚が滝になってるんですよ?

本と水って、かなりアウトな組み合わせ過ぎやしませんか?

にも拘らず、図書館島に安置されてる本は、湿気を吸ってる風でもない。

恐らくは何らかの魔法が働いてるんだろうけど……魔法の無駄使いな気がしてならないよな。

そんな感じで、一通り見て回ったツアー一向は、現在自由行動中。

俺も俺で、何か物珍しい本はないかって散策してるところなのだが。


「随分と珍しいものを飼っていますね?」

「っ!?」


急に背後から声を掛けられ、反射的に跳びのきそうになった。

殺気がないことに気付いてすぐにそれは止めたが、心臓は早鐘のように脈打っている。

……冗談だろ、こいつ、気配がまったくなかった。

冷や汗が頬を伝ったが、声をかけた主の姿を見て、俺は思わず肩の力を抜いていた。


「……おいおい。詠春のおっちゃんとタカミチ以外のメンバーは行方不明とちゃうんかったか? ……それとも、俺は紅き翼の連中に、妙な縁でもあるんかいな?」


俺に声をかけて来たのは、いかにも魔法使いといった風情なローブ姿の優男。

気配を感じなかったのは、単純にこの変態ローブの実力だろう。


「おや? 私をご存じですか? それにタカミチや詠春ともお知り合いとは、これは来てみて正解でしたね」


俺を見て薄く笑みを浮かべるその男。

かの英雄、紅き翼の一人にして、重力を操る大魔法使い。

他人の人生収集という変態染みた趣味の持ち主にして、エヴァへの対応から若干ロリコンの気でもあるんじゃないかともっぱらな噂の変態紳士。

クウネル・サンダースこと、アルビレオ・イマその人だった。


「私のことはご存知のようですし自己紹介は必要ありませんね?」

「まぁ構へんけど……俺は犬上 小太郎、詠春のおっちゃんに最近まで世話になっとったモンや」

「なるほど、それで関西弁ですか……よろしくお願いします、小太郎君?」


感情の読みづらい笑みを浮かべながら、俺にその右手を差し出して来るアル。

どうしたものか迷ったが、結局俺は、恐る恐るその手を握り返すしか出来なかった。


「で? 話を戻すけど、自分こんなところで何してんねん? 魔法世界の連中は自分のこと躍起になって捜してるんとちゃうんかいな?」

「ふふっ、友人との約束がありましてね。今はこの図書館島の司書、ということになっています」


今日は学園祭を見に出て来ていたのですが、なんてアルはこともなげに笑って見せた。


「……まぁ良えわ。それと、俺は望んでこんなモンを飼ってる訳とちゃうからな?」

「それはそうでしょう。見たところ随分厳重に封印されているようですし。その術式の癖はエヴァによるもののようですね?」


見ただけでそれを看破するって……やはり英雄と呼ばれるだけのことはある。

俺は溜息をつきながら、アルにこれまでの経緯を話すことにした。

もしかすると、九尾の封印を解くヒントが手に入るかも知れないしな。










「……それはそれは。一族の仇を討つために、九尾の狐を吸収、ですか……」


俺の話を全て聞いたアルは、珍しく真剣な表情でそう呟いた。


「俺が九尾の力を引き出せるほど、強い精神力を持てたら解けるらしいんやけど……如何せん、精神力の鍛え方なんて分かれへんねん」

「ははっ、それはそうでしょう、何せ……」


ぴっ、と人差し指を立てて、アルは爽やかな笑顔でこう言った。


「精神力は鍛えることなんて出来ませんから」

「…………は?」


思わず開いた口が塞がらなくなる俺。

え? 今、なんつった?

精神力は鍛えられない?

……それじゃ俺は、このまま一生魔力が使えないままってことかよ!?


「まぁ、今のは言葉のあやです。精神力を強くする方法は大きく2つ。過酷な経験を積むか、歳を重ね知識と経験を積み重ねていくかの2通りしかありません」

「つまり、時間が経てば黙っとってもそのうち封印は解けるいうことかいな?」


アルは静かに首を横に振った。


「九尾の力がどれほどのものか知りませんが、あのエヴァがここまで厳重に封をする程です。恐らく普通に老成していくだけでは事足りないかと」


ですよねー☆

……やっぱ、何らかのきっかけ……追い込まれるような状況に瀕さなければ、そうそう精神力なんて強くならないってことか。


「もっとも、小太郎君自身が自らを追い込む程度では、その封印が解けるとは思えません。余程の死地に赴くでもない限り、ね」

「……ほんなら、結局のところ今は打つ手はない、いうことかいな?」

「時間という万能薬に縋る以外の道はないでしょう」


あー……何か一気に脱力したわ。

この春先から俺がやってきたことは、殆どただの無駄足だったのかよ……。

まぁ、気の出力向上や、体術の見直しって面では十分役に立ったんだろうけど。


「そう気を落とす必要はないと思いますよ? あなたは黙っていてもトラブルに巻き込まれるタイプのようですし、そう遠からずきっかけは訪れるでしょう」

「……それ、何や複雑やな」


魔力は戻って欲しいが、望んで死にには行くたくないぞ?

ともあれ、アルに会えたのは嬉しい誤算だったな。

しばらくは、いつ戻るとも分からない魔力のことを考えるよりも、黙って気の出力向上に努めた方が良いってことが分かっただけで良しとしておこう。

それから数分、俺は自由時間が終了するまで、アルと他愛のない世間話に花を咲かせるのだった。









自由時間後、再開した探検ツアーも無事終わり、俺は今図書館島入口のベンチで缶コーヒー片手に木乃香を待っていた。

霧狐たちと合流するってのも考えたんだけど、さっき当番だから戻るって連絡あったしな。

一人で回るのも何だし、せっかくなら可愛い女の子と回った方が、花があって良い。

そう思って木乃香を待ってる俺。


「コタ君? ウチのこと待っとってくれたん?」


そう時間も掛からず、木乃香はやってきた。

俺の姿を見て駆け寄って来る様は、まるで飼い主を見つけた子犬のようで微笑ましい。


「おう、一人で学園祭回るのもなんやし、良かったら一緒に回れへんかと思ってな」


どうや? と俺が尋ねると、木乃香は少し顔を赤らめながら、嬉しそうに頷いた。


「うん、大歓迎や。あ、でもちょお待って。探検ツアー終わったら、せっちゃんに連絡する約束しとるんよ。せやから、せっちゃんも一緒で良え?」

「構へん。人数は多い方が楽しいわ」


俺は笑ってそう答えたのだが、何故か木乃香は少し複雑そうな表情を浮かべて、ぶつぶつ言ってる。

ちょっとはウチと二人きりになりたがってくれてもええのにとかなんとか……。

いや、むしろあなた二人きりになると意外に積極的だから怖いのよ。

もっとも、木乃香は俺に対して、刹那と同盟を組んでるっぽいので、大人しく刹那にメールを打っていたが。

程なくして、刹那から返信がくる。


「せっちゃん、10分くらいでこっちに来れるって。ほな、のんびり待とか?」


つまり少なくとも10分は俺と二人きりでいられる、という事実がお気に召したのか、木乃香はすっかり機嫌を直して、俺の隣にすとん、と腰を降ろした。

現金な奴め……。

本当、俺みたいな格闘バカのどこが良いんだろうね?

そりゃ女の子は好きだし、木乃香みたいな可愛い子に好かれて悪い気はしないけども……。

やっぱり今一つ踏ん切りが付かない。

俺にとっての僥倖は、木乃香が俺のそんな心情を察してくれて、必要以上に迫ってこないところだろう。

……たまにヤキモチで暴走されるのは勘弁だが。刹那とタッグだと本当に手に負えない。

とは言え、いつまでも逃げてはいられないだろう。

俺がやってることは、あくまで問題の先延ばしだ。

……いつかちゃんと、向き合わないとな。


「コタ君どないした? おでこきゅ~ってなっとるえ?」

「いやいやいや、そんなオモロイ面にはなってへん」


木乃香が両方の人差し指で、眉間をぎゅうっと押して皺を作るもんだから、思わず俺は噴き出してしまっていた。


「えへへっ、コタ君なんや悩んどるみたいやったから、笑わせたろ思て。……ウチで力になれることがあったら、何でも言うてな?」


満足そうに笑った後、木乃香はすぐに優しい包み込むような頬笑みを浮かべて俺にそう言った。

……本当、俺の周りの女どもは、良く人を見てるよな。

俺は笑みを浮かべて、その木乃香の頭をくしゃくしゃっと撫でてやった。


「まぁ、これは俺自身でどうにかせなあかんことやし、気持ちだけ受け取っとくわ。おおきにな、木乃香」

「むぅ……コタ君がそう言うなら、しゃあないな。けど、ちゃんと必要なときは頼ってくれんと嫌やえ?」

「わぁっとる。木乃香の力が必要なときは、迷わず頼るさかい」


そう俺は言ったのに、木乃香はまだ不満なのか、ホンマかなぁ~?と疑いの視線を向けて来る。


「だってコタ君、ウチのあげた何でも券、全然使うてくれへんし……」


唇を尖らせて、分かりやすく拗ねた表情を浮かべる木乃香。

って、あんなのおいそれと使えるか!!


「さすがの俺も、刹那に尻尾斬り落とされたくはないしな……」

「ふぅん……コタ君、せっちゃんに尻尾斬り落とされるようなお願いするつもりやったん?」

「い、いやそんなことあれへんけど……俺も男やさかい、何でも言われたら、なぁ?」


ちょっとはやましいことを考えてしまうのが男の性ってやつでしょうよ?

そんな俺の返答をどのように受け取ったのか、木乃香は嬉しそうに小さく笑みを浮かべると、ぐいっと俺に身体を寄せて来た。


「ちょっ!? こ、木乃香、近いてっ!?」

「……良えよ?」

「……へ?」


慌てふためく俺を余所に、木乃香はずずいっとさらに身体を俺に近付けて来る。

俺を上目遣いに見つめて来る双眸はうっすらと潤み、その愛らしい頬は僅かに種を帯びていた。

……これは何というか、ヤヴァい。今の木乃香の様子は俺のハートにストライク過ぎる。

瑞々しい唇を震わせて、なおも木乃香は続ける。


「ウチ、コタ君にやったら何されても……良えよ?」

「ちょっ!? 木乃香さんっ!!!?」


だ、だから木乃香と二人きりはマズいって言ったんだ!!

この子、俺の気持ち知ってるから、告白とかしてこないけど、その分アプローチが積極的過ぎるんですよ!!

しかも天然で男心をくすぐる仕草が危な過ぎる!!

早く来てくれ!! 刹那ーーーーっ!!!!

なんて心の中で叫んだところで、刹那が駆け付けてくれるはずもなく、俺の精神力は、先程とは全く違ったベクトルでガリガリ削られていった。

……うん、これに耐えきるとか、正直無理だと思うんだ☆

徐々に近付いて来る木乃香の顔。

俺は逃げ出すこともできず、二人の唇が重なりそうになったその瞬間だった。


「あ、いたいた!! おーい!! そこの目つき悪いお兄さーーーーんっ!!!!」

「「っ!!!?」」


突然大声で呼びかけられて、俺たちは反射的に距離を取った。

うっわぁ……心臓がバクバク言ってるわ。

危ない危ない……一時の雰囲気に流されて、大きな過ちを犯すところだった。

多分、木乃香も自分で作り出したとはいえ、その雰囲気に呑まれてたんだろう。

我に返った様子で、真っ赤になった顔をぱたぱたと仰いでた。


「あっれー? 木乃香じゃん? あんたもその人と知り合いだったんだ?」


俺たちに声をかけたと思しき人物は、近くにくるなり、木乃香のことを見て意外そうに言った。

見ると、近付いてきたのは二人組、背の高いメガネのロングヘアーと、対照的に小柄なデコっぱち。

のどかの親友2人組、早乙女 ハルナと綾瀬 夕映だった。


「は、ハルナにゆえ? え、ええと、どないしたん?」


まだ仕事残ってたん? と、まだ動揺してるのだろう、木乃香がしどろもどろになりながら2人に問い掛ける。


「いや、用があったのは木乃香じゃなくてさ、そっちのお兄さんなんだよね」

「こ、コタ君に?」

「何でも、ノドカが彼にお世話になったそうで、ちょっとお話がしたいと……」


2人に言われて、木乃香はぱちぱちと目をしばたかせたかと思うと、再びジトっとした目で俺を睨みつけて来た。


「……コタ君、やっぱのどかになんやしてあげたんや?」

「(ギクッ!?) あ、ああ、ちょっと困ってたとこをな。 そ、それはそうと、のどかはどないしてん?」


お姫様抱っこの件に関しては、俺に非はない。

非はないが、木乃香に伝えるのは何となく身の危険を感じてならない。

なので、俺は早急に論点のすり替えを図ろうと、2人に向き直ってそう話題を振った。


「のどかなら、向こうで待ってるよ。木乃香、悪いけどこのお兄さん借りてくね?」

「へ? あ、ああ、うん。別に、ウチは構へんけど……」


ハルナの問い掛けに、木乃香はどこか歯切れの悪い返事をした。

恐らくは、刹那との約束の時間を気にしてるのだろう。

まぁ、ちょっと話して戻ってくれば良いし、間に合うだろう。

そう思って木乃香のフォローをしようと思った矢先、キュピンッ、とハルナの瞳が怪しく輝いた。


「ねぇ木乃香? もしかして、このお兄さんと付き合ってたりする?」

「ぶっ!?」

「…………」


まさかの問い掛けに、俺は絶句し、木乃香は思わず吹き出す。

慌てて、否定の言葉を告げようと、俺は手を振って答えた。


「ちゃうちゃう。木乃香の親父さんに、俺が世話になった関係で仲が良えだけや」

「……むぅ、そんな思いっきり否定せんでも良えやん……」


小声で木乃香が抗議の声を上げてますが、そちらはスルーな方向で。


「あははっ、そっか。そりゃ安心したよ。いや~、何か2人から、甘酸っぱいラブ臭がほのかに漂ってきてたからさぁ」


……原作でも思ってたけど、そのラブ臭って何なのさ!?

俺の嗅覚でも嗅ぎ分けれませんよ? その触角か!? 触角が嗅ぎ分けてんのか!?

なんて、初対面の人間に突っ込むわけにもいかず、俺はぐっと堪えるのだった。

しかし……俺と木乃香が付きあってなくて『安心』ってことは、やっぱアレだよな?

のどかフラグktkr!!!!

……キタコレじゃねぇよ!!!!(orz

どうしたもんかね?

若干、頭を抱え込みたい衝動にかられた俺を余所に、ハルナと夕映は自己紹介を始める。


「ま、付き合ってないならオーケーよ。そんじゃ木乃香、お兄さん借りてくね? 私はのどかの友達で早乙女 ハルナ。よろしく」

「同じく綾瀬 夕映です」


にこやかに右手を差し出して来るハルナに、ぺこっと頭を下げる夕映。

さすがに何も言い返さないのはマズいと思って、俺は動揺をひた隠しにしながら、ハルナの右手を握り返した。


「犬上 小太郎や。勘違いしとるみたいやけど、俺は自分らとタメやからな? あと、出来れば小太郎って呼んでんか」

「あ、やっぱりそうだったんだ?」

「では、あなたが噂の『黒い狂犬』ですか。何と言うか、少しイメージと違いますが……」

「……まぁ、所詮噂やし。つかあの噂8割方大嘘やからな?」


当たってるのは、俺がヤンキー共を尽く殲滅してるって話だけだ。

とりあえず、俺は木乃香にすぐ戻って来るからと言い残し、2人に引っ張られながらのどかの下へと向かうのだった。









俺が2人に連れて来られたのは、書架の一角。

ちょうどデカい本棚が袋小路みたくなってて、一方向を除き周囲からは見えなくなってる場所。

そんなところで、ぽつんと待ってるのは、前髪の長い華奢な少女。

俺を連れて来た2人はいつの間にかいなくなってるし……あいつら、修学旅行編ときみたくのどかを焚き付けやがったな?

とはいえ、ここまで来てしまった以上、俺には最早どうすることも出来ない。

諦めて、俺はのどかに出来るだけにこやかに話しかけるのだった。


「よぉ、待たせてもうたな」

「ひゃいっ!? い、いえ、そんなっ、全然待ってにゃいれすっ!!」


メチャクチャ噛んじゃった!?

そ、そこまでテンパらなくても良いだろうに……。

恐らく夕映とハルナもどこかで見守ってたんだろう。

盛大にずっこけた音が聞こえて来た。

まぁ、微笑ましいし、可愛いんだけどさ。


「早速で悪いんやけど、俺に何の用や? 何回も言うたけど、さっきのことなら別に礼なんて気にせんで良えで?」


さすがに木乃香を待たせてるし、あんま時間を取られるのもな。

それに、早めに切り上げてしまえば、告白なんてイベントは起こらないだろうし。

……ヘタれ? ……言うな、分かってる。


「あ、いえそのぅ……や、やっぱりきちんとお礼はさせて頂きたいですっ」

「さ、さよか? そこまで言われたら、まぁ別に断る理由もあれへんけど……」


けど、お礼って、何してくれるつもりだろう?

1巻の時みたいに図書券か? それはまぁ助かるけど……。

……血迷って木乃香みたいに何でも券とかは勘弁してくれよ?←ややトラウマ気味


「そ、それでですね、、友達にも相談していろいろ考えたんですけど……」

「おう」


のどかは、そこで一端言葉を区切るとすうっと、大きく息を吸って。



「―――――あ、明日。も、もし良ければ2人で学園祭を回りませんか?」



「…………はい?」


一足飛びじゃ足りないくらいぶっ飛んだ結論を宣言してくれた。

いや本当、どうしてこうなった?





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