連続して起きていた使徒の襲来も収まり、シンジは同居していたミサトから中学校に通うように勧められた。
しかし、シンジは露骨に不機嫌な顔になってミサトに言い返す。

「僕は使徒を倒すためにネルフに来たんですよ、学校なんかに行っている暇はありません」
「でもシンジ君、あなたは中学生なのよ。戦いの無い時は学校に通わせてあげたいっていうお父さんの心遣いを分かってあげて」
「使徒が居なくなれば僕も心配無く学校に通えますよ。使徒を探し出して攻撃するとかしないんですか？」
「それはネルフの全力を挙げてやっているわ。良いわねシンジ君、学校に行きなさい。これは命令よ！」

その日のシンジとミサトの夕食は気まずいものとなった。
使徒との戦いでカヲルが自爆し、レイが再び入院する事になってしまい、シンジは大きな喪失感と使徒への憎しみをたぎらせていたのだ。
翌日シンジは嫌々と言った様子で学校へと登校した。
２－Aの教室で転入生として担任の老教師に紹介されたシンジは、教壇の位置からトウジやケンスケが席に座っているのを確認すると思わず感動しそうになった。
しかし、トウジとケンスケの方はこそこそと耳打ちをしてあまり好意的ではない眼差しでシンジの方を見ていた。
休み時間、シンジの方からトウジ達に話しかけようとするがなかなかタイミングがつかめず、シンジが困っているとケンスケの方からシンジに声を掛けて来る。

「こんな時に転校して来るなんて、珍しいよな。疎開が始まっているって言うのにさ」
「そうなの？」

シンジが改めて教室を見てみると、空白の席が意外に多い事に気がついた。

「この前はシェルターを一瞬で吹き飛す程の怪物が現れただろう？　それでみんなシェルターに居ても安全じゃないって怯えているんだ」
「シェルターが被害にあったの？」

ケンスケから初めて聞く話に、シンジは思わず聞き返した。

「ああ、第４６号シェルターがな。地下深くにあったのに、最上階から下の階まで使徒の攻撃で焼け落ちて、避難した人のほとんどが亡くなったそうだよ」
「……そんなっ!?　……ごめん、僕のせいで」

気真面目なシンジはその話を聞いてケンスケに向かって涙を流しながら謝った。

「やっぱり、お前が新しいエヴァのパイロットだったのか？」

ケンスケに尋ねられてシンジが答えようとすると、突然シンジは殴り飛ばされた。

「そうや、お前が早くあの化け物を倒さないからいけないんや！」
「もしかして、妹さんがケガを？」

シンジは体を起こし、殴られたほおをさすりながらトウジに尋ねた。

「ケガ？　そんなもんやない……」
「トウジの妹は、亡くなったんだよ、あの使徒の攻撃で」

ケンスケの言葉を聞いたシンジは、また1つ自分の夢が音を立てて崩れて行くのを感じた。
使徒との戦いが終わった後は、みんなで笑い合って中学校生活を送る、そんな未来を想像していたからだ。
これでは使徒を倒してもトウジの笑顔には影が落ちてしまう。

「死んでワシに詫びぃ！」
「やめなさい、鈴原！」
「そうだ、碇を責めたって妹さんは戻って来ないんだぞ！」

再びシンジに殴りかかろうとしたトウジを、ヒカリとケンスケが止めた。
シンジは無敵の力とは言え、破壊しかもたらさない力だけを持っている自分の立場を恨んだ。
トウジの妹を生き返らせる事が出来たら、少しの時間でも再び逆行してシェルターの人々を救い出せたらどんなに良かった事か。
シンジが自分を責めていると、トウジがシンジに向かって手を伸ばして来る。

「すまんな転校生、さっきは言いすぎた」
「もう気にしていないよ」

トウジが謝ると、シンジは笑顔を浮かべて差し伸べられたトウジの手を取り、握手を交わした。
そして自然な流れでケンスケとも親しくなった。
アスカ命名の３バカトリオの再結成の瞬間だった。
その後の中学校での日々は、久しぶりにシンジにとって心が踊り、楽しいものとなった。
しかし、シンジにとってはまだ気がかりな事があった。
トウジがずっと妹を奪った使徒に対しての恨みを口にしている事だった。
このままではトウジが再びエヴァに乗る事になって命を落としてしまう。
それだけは何としてでも阻止しようと、考えた末にシンジはトウジにとある提案をする。

「ねえ、使徒に復讐なんて考えるのは止めて、楽しい事をしようよ。ほら、バンドとかさ」
「そりゃあ面白そうじゃないか」
「委員長にボーカルをやってもらったりなんかしてさ」
「い、碇君、恥ずかしいわ」

ケンスケとヒカリはバンド結成に賛成し、トウジも心を開いて積極的にバンドの練習に参加するようになった。
だが、やはりトウジは使徒に何かやり返してやりたいと考えているようだった。
こうなったら、別の方法でトウジがエヴァに乗る可能性を消すしか無い。

「父さん、トウジをエヴァに乗せる事だけは止めてよ、お願いだから！」
「お前のわがままに従うつもりはない」

シンジはネルフに行き、ゲンドウにそう頼み込んだが、ゲンドウはそれを聞き入れようとはしない。

「シンジ君、どこであなたがその情報を知ったのか分からないけど、鈴原トウジ君は参号機のパイロットして決定しているの」
「その参号機は使徒なんだ、トウジが乗ったら死んじゃうんだよ！」

リツコにも向かってシンジは必死に訴えかけるが、リツコはシンジが何を言っているのか分からないとあきれた顔で見ていた。
ゲンドウに追い返されたシンジは実力行使に出る事にした。
アメリカから空輸されて来る参号機を破壊してしまおうと考えたのだ。
そして数日後、空輸中の参号機が攻撃を受けて破壊されたと言うニュースがネルフにもたらされた。
参号機を破壊した犯人は不明。
その報告をミサトから聞いたシンジは飛び上がって喜びそうになるのを必死に隠した。
自分が犯人であるとばれてしまったらマズイ事になるからだ。
しかし、翌日学校に登校したシンジはトウジが欠席しているのを見て胸騒ぎを覚えた。
ケンスケに聞いてもトウジが学校を欠席した理由は分からなかった。

「もしかして、トウジはエヴァのパイロットに選ばれて、四号機に乗っていたりするかもな」
「四号機だって!?」

ケンスケがポツリとつぶやいた言葉を聞いて、シンジは顔色を変えた。

「パパのパソコンを調べて分かったんだけど、アメリカから輸送されたエヴァは参号機の他に四号機もあったらしいんだ」

ゲンドウはシンジが参号機を破壊する事を予測し、参号機の他に四号機も用意していたのだ。

「そ、そんな……」
「だ、大丈夫か、碇!?」
「碇君？」

明らかに顔色の悪いシンジに、心配したケンスケとヒカリが駆け寄った。

「早く起動実験を止めないと……！」
「うわっ」
「きゃっ！」

シンジはケンスケとヒカリの体をはねのけると、教室を飛び出し、使徒の力の放出を全開にして猛スピードでネルフ本部へ向けて飛び立った。
そしてシンジは司令室でゲンドウと対面を果たす。

「父さん、四号機の起動実験をすぐに中止してよ！　でないと、僕は父さんを力づくで止めなければならなくなる！」
「フン、出来るものならばそうしてみろ」
「本気で言っているの……？」

ゲンドウの自信たっぷりな態度にシンジの方の自信が揺らいだ。
シンジとゲンドウのにらみ合いがしばらく続いた。
するとそこに、マヤからの報告が入る。

「大変です、四号機の起動実験中に爆発事故が発生しました！」
「……発令所へ行くぞ」

シンジはゲンドウに従って発令所へついて行った。
発令所の大型ディスプレイにはゆっくりとネルフ本部へ向かって移動する四号機の姿があった。

「四号機からパターン青の反応！」
「エントリープラグを強制射出」
「ダメです、エヴァの方でロックされています！」
「……現時刻を持って四号機を廃棄。使徒として殲滅対象とする」

青葉の報告を聞いたゲンドウがそう決断を下すと、発令所にどよめきが広まった。
ミサトとリツコは爆発事故に巻き込まれて重体で入院し発令所にはおらず、ゲンドウに反論する者はシンジしか居なかった。

「父さん、エヴァにはまだトウジが乗っているんだよ！」
「シンジ、我々ネルフの最優先課題はネルフを殲滅する事だ、出撃しろ」
「……分かった、出撃するよ。でも、絶対にダミープラグは起動させないで」
「なぜ君がダミープラグを知っている？　やはり君はゼーレのスパイなのか？」

シンジの言葉を聞いた冬月が怪しんで問い詰めようとすると、ゲンドウは冬月を止める。

「お前が使徒を倒せば問題は無い」

シンジは勇んで初号機で出撃し、四号機と対峙した。
四号機の目が赤く光り、そして初号機の首をつかみ締め上げる。
しかし、初号機は四号機の両腕を力づくで振り払う事に成功する。

「トウジ、今度こそ僕は逃げない。きっと助けるからね」

シンジは四号機のエントリープラグを引き抜こうと必死に手を伸ばす。
だが、四号機も激しく抵抗し、なかなかそれは叶わない。
初号機と四号機のパワーは互角のようだった。
圧倒的な力で四号機を抑え込む事が出来ないと気付いて、シンジはとても驚いた。

「もしかして、僕の力が無くなりかけているのか？　ちくしょう、この大事な時に！　僕はトウジを助けたいんだよ！」

初号機の中でシンジが咆哮したと同時に、ダミープラグが音を立てて起動した。
そして、初号機は乱暴に四号機の機体に攻撃を加え始めた。

「父さん、どうしてダミープラグを起動させたんだよ！」

シンジはゲンドウに怒りをぶつけるが、ダミープラグの起動はゲンドウの一存では無かった。

「大変です、何者かがマギをハッキングしています！」
「凄い計算速度だ」
「赤木博士が居ない今、どうしたらいいのか……」

発令所は使徒イロウルのマギへの侵攻で混乱の極地へと陥っていたのだった。
シンジがいくらゲンドウに呼びかけても返答は返って来ない。
そしてシンジの見ている前で四号機の機体はボロボロになって行く。
このままではエヴァの中に乗っているトウジはショック死をしてしまう。

「ちくしょおおお！　止まれ、止まれー！」

初号機が完全に動きを止めたのは、四号機を散々に叩き潰した後だった……。
使徒イロウルは突然反応が消滅してしまったようだった。
シンジがネルフ本部へ戻った時は、全てが終わってしまっていた。
四号機に乗っていたトウジの死亡が確認されると、シンジは滝のような涙を流す。

「僕はみんなを救うために逆行して来たのに……」
「碇君、泣いているの……？」
「綾波、綾波ぃぃぃっ……！」

シンジは姿を見せたレイに飛びついて泣き始めてしまった。
いきなりシンジに抱きつかれたレイは驚いてしまったものの、シンジの体を離す事はしなかった。

「アスカ、アスカ……！」

やがて泣いていたシンジの叫び声がアスカへと変化した。

「私は、アスカと言うじゃない。アスカって誰？」
「あっ、……ごめん」

レイに尋ねられたシンジは顔を赤くして謝った。

「アスカって、誰？」

レイが再び質問を繰り返すと、シンジは穏やかな笑顔を浮かべながら答える。

「気が強くて意地っ張りだけど、本当は面倒見の良い優しい子なんだよ」
「優しい？　碇君みたいに？」
「うん、きっとエヴァのパイロット同士、仲良くなれるはずだよ」

シンジは自信たっぷりにレイに断言した。
レイは本当に優しい笑顔を浮かべられるようになったし、アスカの隠された弱さも受け止めてあげられると思っていた。

「そうだ、僕にはまだ守るべきものが残っているじゃないか」

シンジは力を込めて、レイの両手を握りしめた。