「週刊新潮」の『家族が知らずに食べる回転すし屋「添加物」と「代用魚」』についての回転寿司評論家としての見解
2011年02月11日(金) 21時51分
2/9発売「週刊新潮」で『デフレでも30兆円産業 外食の地雷原』という特集で『家族が知らずに食べる回転すし屋「添加物」と「代用魚」』という記事がある。
この記事、あまりに回転寿司業界を冒涜しているので、回転寿司評論家として意見を言わせていただこう。
記事の大まかな内容は以下の通りである。
1.「無添くら寿司」さんは四大添加物を除去しているが、それ以外の添加物は使用している。
以上のことから有象無象の添加物が使用されている回転寿司業界の実像が浮かび上がる。
2.ロコ貝をいまだに「アワビ」として販売している店がある。
また最近は深海魚がネタに使われている。
ジャーナリスト・吾妻博勝氏によると「深海魚のトウジンやヘリダラは『唐人』『縁鱈』と漢字で書いて高級魚を装えば、原価率2割以下の激安ネタになる」
3.最も深刻なのは日本の食文化の崩壊である。
辛口レストラン評論家・友里征耶氏によると「回転寿司店で出されるエンガワは、ヒラメではなくカレイ…(中略)…あんなものを好んで食べる風潮が私には理解できない。…(中略)…安さを追求するあまり、世界中から変なものを持ってきて、日本人の舌を滅茶苦茶にしないでほしい」
そして、結びにこう書いてある。
「まぁ、100円寿司に食文化を説くのは、馬の耳に念仏かもしれないが」
さて、私も極めて温厚な人間として有名ではあるが、このあまりに情けない記事には突っ込みざるを得ない。
なにせ「回転すし」とあたかも業界全体に蔓延する問題かのような切り口で書かれているからだ。
まず、言っておきたいが、この件に関して私の所に取材依頼が来た。
たまーーに偽装魚に関する取材は来るのだが、基本、すべて断っている。
あらかじめ筋書きが決まっているゴシップ記事に荷担する気などさらさらないからである。
で、一応、「週刊新潮」ともなれば、勝手に書かれても困るので、業界の実情を教えるべく取材に応じたわけです。
そのときに私が話したのは以下の通り。
「まず偽装魚、添加物の問題を含め、これは回転寿司業界全体の話ではない。
こういう悪いイメージを払拭すべく、多くの店が努力を積み重ねている。それが業界の実情だ。
確かに数十年も営業している一部店舗には偽装魚等に関してグレーな部分はあるが、
それはあくまでもそれら店の問題でありもしこのような記事を掲載するならば、そちらに取材をするべきでしょう」と。
そしてこう付け加えた。
「もし、私の忠告をまったく無視して、適当な記事を書くようなことがあれば、『週刊新潮』の名前が泣きますよ」
で、結局、名前が泣く道を選んだわけだ。
では、この品性のかけらもない極めて愚劣な記事についての私の意見です。
1.添加物の問題
「無添くら寿司」さんがやり玉に挙がっているが、私から見れば「くら寿司」さんの
取り組みは実に素晴らしいと思っている。
「安心・安全」を追求していく、そのために可能な限りの努力をしていく。
他の外食でこういう姿勢の店がどれだけありますか?
回転寿司は小さなお子様が来るので、最大限に努力をしているところでしょう。
確かに様々な添加物を使用されてはいるが、それは回転寿司に限ったことではない。
というか、スーパーやコンビニで売ってるほとんどのものに使われてますよね?
それを見ない振りして、よくこんなこと書きますね。
で、この添加物の話ですが、回転寿司業界全体の話ではないですからね。
わかってます?
2.偽装魚等の問題
数年前からこれだけ言われているのにまだ「ロコ貝」を「アワビ」として販売している店は確か一部にある。
「なんで?」と私も思わないでもないが、店に行けばその謎はすぐに解ける。それはそういう店だからだ。
といってもわからないだろうから、ちょっと付け加えますが、何十年も前からずーーーと「アワビ」として販売していた
の で、そのまま残ってしまっているのだ。
確かにロコ貝はチリアワビとしていまも流通しているので、その名称を使ってしまっても店には罪の意識が薄い、
いやないのではないかとさえ思うくらいだ。
で、以上について大事なのはここからです。
これ、何ども言いますが、回転寿司業界全体の話ではないですからね。
たとえば、ラーメンでもカレーでもなんでもいいが、ある店やチェーン店が添加物なり、ヘンな肉なりを使っていたとしよう。
その時、マスコミはラーメン業界全体の話として書きますか?
カレー業界全体の話として書きますか?
これ、お店の問題ですよね?
誰でもほーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんのちょっと頭を使えばわかることをあえて書くのだから、この記者は見上げたものである。
見上げたもんだよ、屋根屋のふんどし、ってなもんだ。
この記者、(仮にW記者としましょう)は回転寿司と言えば、100円寿司しかないと思っているのだとしたらまだわからんでもない。
ちなみにその場合、自身の取材不足と無知さ加減をさらけだしているだけだ、情けない。
だが、悪意があって、これを業界全体の話にしようとしているのなら話は別。
って、私、お会いしたときに業界の全体像について事細かに教えてますからね。
ので、たぶん悪意なんでしょう。
その方が記事のインパクトがあるという作為的な悪意。
で、私が問いたいのは記者の姿勢ですね。
仮のW記者ですが、この方、どれだけ回転寿司店を取材されたのでしょう?
私に取材しに来たときには歌舞伎町の回転寿司店(例のアワビの店。それも私のblogを読んで行ったとのこと)に行っただけという話でしたが。
それが回転寿司業界のすべてですか?
こんな取材の方法をしているんですか、「週刊新潮」は?
なぜならば、日本全体で回転寿司店が何店あって、そのうちの何割の店で、添加物の問題や偽装魚の問題があるのか?
それを取材せずにこんな記事を書くとは言語道断!
私が言うのもなんですが、全国の回転寿司店を食べ歩いていて思うのは、すごい努力している店もあるし、一切の進化を否定している店もある。
またどう努力をしていけば良いのか悩んでいるお店もある。
それは100円寿司、グルメ寿司という垣根を越えて、実に多種多様です。
この私でさえ、回転寿司業界を一括りなどにはとても語れない。
確かに進化を否定している店では、いただけない面も多々あるのは事実。
今回取り上げたような側面もあることでしょう。
でも、そういうお店は取り残されてますよ。
そして淘汰されていくのは仕方がないことです。
それをなぜ回転寿司業界の話にすりかえるのか?
いかにお客様に喜んでいただけるか?
いかに安心安全な物を提供できるか?
それだけに心血を注いでいる回転寿司店がどれだけあるかご存じですか?
衛生面で恐ろしく気を遣うのはもちろん、鮮魚をおろす技術、寿司を握る技術、そしてお客様にゆっくりとくつろいでいただき、楽しく食事をしていただくために日々サービスの向上に努めている店がどれだけあることか。
おいしい魚を提供するために世界を飛び回って、少しでも安く仕入れる努力をしているバイヤーの皆さんの努力をご存じですか?
なぜ、そこを取材せずにたった1店見ただけでこんな記事が書けるのでしょうか?
これが「週刊新潮」のジャーナリズムですか?
お客様に喜んでいただけるよう、日々努力している回転寿司店のみなさんをどれだけ冒涜していることか。
それら素晴らしいお店がたくさんあるから、私は胸を張って「回転寿司評論家」だと名乗ることが出来るのです。
あとついでにこのジャーナリズムのかけらもない記事に踊らされてコメントされてる方々も情けないです。
まず深海魚の件ですが、食文化として食べてる地方がありますからね。
伊豆ではアブラボウズもゲボウもトウジンもあたり前のように食す。
もちろん、回転寿司でも提供されている。
私ももちろん食べたことがあるが、新鮮であればなかなかに美味である。
深海魚は足が早いので地元でしか食べられない、むしろ貴重な魚が多いのも事実。
安くておいしいから回転寿司店で提供されているのですが、何か問題が?
ちなみに原価率2割以下の激安ネタですと?
回転寿司のF/Lがどのくらいなのか、グルメ系がどれくらいか100円寿司がどれくらいか、それでそのような商品構成でどのような利益構造でそのような経営努力がされているのか、それを知っていればこんなピント外れなこと、言えないとおもうのですが。
これ、回転寿司評論家としての私の意見です。
それから「回転寿司のエンガワはカレイ……」ってコメントですが、ここ回転寿司といれるところではないですよね?お店の名前を入れるところです。
減点50。
意図的なら悪意。
本当にそう思い込んでるなら無知。
脂ギトギトのバチだとかビンナガを有り難がって食べてる…って、これがなぜ日本の食文化の崩壊につながるのか、古畑任三郎じゃないが「うーーん、納得のいく説明を」としか言いようがない。
よって併せて減点100。
そもそもこの方、「回転寿司が添加物まみれ、代用魚まみれ、というのはかなり知られていると思います」などと平然と言い放ってますが、回転寿司の何をご存じなのでしょうか?
これほど回転寿司業界に失礼極まりない言葉はないですからね。
おそらく本当に旨い深海魚を食べたこともないんだろうし、カレイのエンガワをおいしく食べさせる回転寿司店の努力や工夫もまったく知らないわけですよね?
それで、さも大衆を味音痴みたいに言うのはいかなものでしょうか?
そして、なにより一番不快なのは「回転寿司が日本の食文化を崩壊させる」などと安易に臆面もなく書くことである。
どこをどうするとそんな意見になるのか、じっくりと聞いてみたい。
私も長年、多くの雑誌に多くの原稿を書いてきたので、「書く」ということに関しては誇りを持っている。
こういうジャーナリズムのかけらもない記事を書けるのは誇りがない人間だとしか思えない。これ三流ゴシップ誌のやり方ですよ。
ま、「週刊新潮」自身がそう認めてるのかもしれないので、それならいいんですが。
いまですね、魚の消費が下がってるんですよ。
で、唯一魚の消費低下に待ったを掛けているのが、回転寿司業界。
これ、水産庁からも期待されてるところですからね。
つまり、魚に関する食文化を守っている立場の業界を捕まえて、食文化の崩壊などと特集の歩調に無理矢理あわせる書き方が本当にがっかりさんです。
今年のがっかりさん大賞、早くも決定ね。
最後にあんたがたどれだけ大上段なんだ?
「まぁ、100円寿司に食文化を説くのは、馬の耳に念仏かもしれないが」だと?
よく言った。
まずですね、食文化をあまりに狭義にとらえているのか、それとも本当に無知なのかわかりませんが、本当の食文化というのであれば、いろいろな魚を食べてこそ。
世界には何万という魚があり、我々が知らないだけで異国では普通に食されている魚だって五万とあります。
なに?それは本来の江戸前寿司の文化ではない?
ほほぉ、それを言うなら私はこう言いたい。
悪いけど伝統的な江戸前の寿司文化はいま伝統芸能の域ですよ。
名人と謳われる職人の握りを食べられるのはほんの一握り。
一般大衆には縁遠いものです。
もちろん、この伝統文化はこれからも脈々と受け継がれていくでしょうが、大衆にとっての寿司文化は間違いなく回転寿司が牽引していく。
小さな子供からご年配の方まであらゆる世代の方が、一つのテーブルを囲んでにこにこと食べられる外食は回転寿司しかない、といっても過言ではないし、いまや回転寿司店が「家族団らんの場」として機能している事実をなんとする。
私もそうだが、小さな頃から回転寿司で慣れ、大人になってから立ち寿司店のカウンターデビューを飾る、というのが、スタンダードになりつつあるんじゃないでしょうか?
回転寿司に慣れ親しんでいなかったら、立ち寿司デビューを飾る若者ももっともっと少なくなるのではないか?
それこそが食文化の崩壊ですよね?
ま、まだ意見はありますが、今回はこれぐらいで勘弁するとします。
ホントに私は温厚なんですが、今回は取材に来ておいて(しかも前日に電話をしてきてどうしても明日会いたいなどというので、無理くり時間を作ったというのに)、それで私の意見を全く無視して、こんなことを書くので、回転寿司評論家としては黙ってられない、ということで意見を述べたまでです。
悪いけど私は誇りを持って回転寿司を語っているので、言うときは言う。
「週刊新潮」さん、誇り、ありますか?
この記事、あまりに回転寿司業界を冒涜しているので、回転寿司評論家として意見を言わせていただこう。
記事の大まかな内容は以下の通りである。
1.「無添くら寿司」さんは四大添加物を除去しているが、それ以外の添加物は使用している。
以上のことから有象無象の添加物が使用されている回転寿司業界の実像が浮かび上がる。
2.ロコ貝をいまだに「アワビ」として販売している店がある。
また最近は深海魚がネタに使われている。
ジャーナリスト・吾妻博勝氏によると「深海魚のトウジンやヘリダラは『唐人』『縁鱈』と漢字で書いて高級魚を装えば、原価率2割以下の激安ネタになる」
3.最も深刻なのは日本の食文化の崩壊である。
辛口レストラン評論家・友里征耶氏によると「回転寿司店で出されるエンガワは、ヒラメではなくカレイ…(中略)…あんなものを好んで食べる風潮が私には理解できない。…(中略)…安さを追求するあまり、世界中から変なものを持ってきて、日本人の舌を滅茶苦茶にしないでほしい」
そして、結びにこう書いてある。
「まぁ、100円寿司に食文化を説くのは、馬の耳に念仏かもしれないが」
さて、私も極めて温厚な人間として有名ではあるが、このあまりに情けない記事には突っ込みざるを得ない。
なにせ「回転すし」とあたかも業界全体に蔓延する問題かのような切り口で書かれているからだ。
まず、言っておきたいが、この件に関して私の所に取材依頼が来た。
たまーーに偽装魚に関する取材は来るのだが、基本、すべて断っている。
あらかじめ筋書きが決まっているゴシップ記事に荷担する気などさらさらないからである。
で、一応、「週刊新潮」ともなれば、勝手に書かれても困るので、業界の実情を教えるべく取材に応じたわけです。
そのときに私が話したのは以下の通り。
「まず偽装魚、添加物の問題を含め、これは回転寿司業界全体の話ではない。
こういう悪いイメージを払拭すべく、多くの店が努力を積み重ねている。それが業界の実情だ。
確かに数十年も営業している一部店舗には偽装魚等に関してグレーな部分はあるが、
それはあくまでもそれら店の問題でありもしこのような記事を掲載するならば、そちらに取材をするべきでしょう」と。
そしてこう付け加えた。
「もし、私の忠告をまったく無視して、適当な記事を書くようなことがあれば、『週刊新潮』の名前が泣きますよ」
で、結局、名前が泣く道を選んだわけだ。
では、この品性のかけらもない極めて愚劣な記事についての私の意見です。
1.添加物の問題
「無添くら寿司」さんがやり玉に挙がっているが、私から見れば「くら寿司」さんの
取り組みは実に素晴らしいと思っている。
「安心・安全」を追求していく、そのために可能な限りの努力をしていく。
他の外食でこういう姿勢の店がどれだけありますか?
回転寿司は小さなお子様が来るので、最大限に努力をしているところでしょう。
確かに様々な添加物を使用されてはいるが、それは回転寿司に限ったことではない。
というか、スーパーやコンビニで売ってるほとんどのものに使われてますよね?
それを見ない振りして、よくこんなこと書きますね。
で、この添加物の話ですが、回転寿司業界全体の話ではないですからね。
わかってます?
2.偽装魚等の問題
数年前からこれだけ言われているのにまだ「ロコ貝」を「アワビ」として販売している店は確か一部にある。
「なんで?」と私も思わないでもないが、店に行けばその謎はすぐに解ける。それはそういう店だからだ。
といってもわからないだろうから、ちょっと付け加えますが、何十年も前からずーーーと「アワビ」として販売していた
の で、そのまま残ってしまっているのだ。
確かにロコ貝はチリアワビとしていまも流通しているので、その名称を使ってしまっても店には罪の意識が薄い、
いやないのではないかとさえ思うくらいだ。
で、以上について大事なのはここからです。
これ、何ども言いますが、回転寿司業界全体の話ではないですからね。
たとえば、ラーメンでもカレーでもなんでもいいが、ある店やチェーン店が添加物なり、ヘンな肉なりを使っていたとしよう。
その時、マスコミはラーメン業界全体の話として書きますか?
カレー業界全体の話として書きますか?
これ、お店の問題ですよね?
誰でもほーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんのちょっと頭を使えばわかることをあえて書くのだから、この記者は見上げたものである。
見上げたもんだよ、屋根屋のふんどし、ってなもんだ。
この記者、(仮にW記者としましょう)は回転寿司と言えば、100円寿司しかないと思っているのだとしたらまだわからんでもない。
ちなみにその場合、自身の取材不足と無知さ加減をさらけだしているだけだ、情けない。
だが、悪意があって、これを業界全体の話にしようとしているのなら話は別。
って、私、お会いしたときに業界の全体像について事細かに教えてますからね。
ので、たぶん悪意なんでしょう。
その方が記事のインパクトがあるという作為的な悪意。
で、私が問いたいのは記者の姿勢ですね。
仮のW記者ですが、この方、どれだけ回転寿司店を取材されたのでしょう?
私に取材しに来たときには歌舞伎町の回転寿司店(例のアワビの店。それも私のblogを読んで行ったとのこと)に行っただけという話でしたが。
それが回転寿司業界のすべてですか?
こんな取材の方法をしているんですか、「週刊新潮」は?
なぜならば、日本全体で回転寿司店が何店あって、そのうちの何割の店で、添加物の問題や偽装魚の問題があるのか?
それを取材せずにこんな記事を書くとは言語道断!
私が言うのもなんですが、全国の回転寿司店を食べ歩いていて思うのは、すごい努力している店もあるし、一切の進化を否定している店もある。
またどう努力をしていけば良いのか悩んでいるお店もある。
それは100円寿司、グルメ寿司という垣根を越えて、実に多種多様です。
この私でさえ、回転寿司業界を一括りなどにはとても語れない。
確かに進化を否定している店では、いただけない面も多々あるのは事実。
今回取り上げたような側面もあることでしょう。
でも、そういうお店は取り残されてますよ。
そして淘汰されていくのは仕方がないことです。
それをなぜ回転寿司業界の話にすりかえるのか?
いかにお客様に喜んでいただけるか?
いかに安心安全な物を提供できるか?
それだけに心血を注いでいる回転寿司店がどれだけあるかご存じですか?
衛生面で恐ろしく気を遣うのはもちろん、鮮魚をおろす技術、寿司を握る技術、そしてお客様にゆっくりとくつろいでいただき、楽しく食事をしていただくために日々サービスの向上に努めている店がどれだけあることか。
おいしい魚を提供するために世界を飛び回って、少しでも安く仕入れる努力をしているバイヤーの皆さんの努力をご存じですか?
なぜ、そこを取材せずにたった1店見ただけでこんな記事が書けるのでしょうか?
これが「週刊新潮」のジャーナリズムですか?
お客様に喜んでいただけるよう、日々努力している回転寿司店のみなさんをどれだけ冒涜していることか。
それら素晴らしいお店がたくさんあるから、私は胸を張って「回転寿司評論家」だと名乗ることが出来るのです。
あとついでにこのジャーナリズムのかけらもない記事に踊らされてコメントされてる方々も情けないです。
まず深海魚の件ですが、食文化として食べてる地方がありますからね。
伊豆ではアブラボウズもゲボウもトウジンもあたり前のように食す。
もちろん、回転寿司でも提供されている。
私ももちろん食べたことがあるが、新鮮であればなかなかに美味である。
深海魚は足が早いので地元でしか食べられない、むしろ貴重な魚が多いのも事実。
安くておいしいから回転寿司店で提供されているのですが、何か問題が?
ちなみに原価率2割以下の激安ネタですと?
回転寿司のF/Lがどのくらいなのか、グルメ系がどれくらいか100円寿司がどれくらいか、それでそのような商品構成でどのような利益構造でそのような経営努力がされているのか、それを知っていればこんなピント外れなこと、言えないとおもうのですが。
これ、回転寿司評論家としての私の意見です。
それから「回転寿司のエンガワはカレイ……」ってコメントですが、ここ回転寿司といれるところではないですよね?お店の名前を入れるところです。
減点50。
意図的なら悪意。
本当にそう思い込んでるなら無知。
脂ギトギトのバチだとかビンナガを有り難がって食べてる…って、これがなぜ日本の食文化の崩壊につながるのか、古畑任三郎じゃないが「うーーん、納得のいく説明を」としか言いようがない。
よって併せて減点100。
そもそもこの方、「回転寿司が添加物まみれ、代用魚まみれ、というのはかなり知られていると思います」などと平然と言い放ってますが、回転寿司の何をご存じなのでしょうか?
これほど回転寿司業界に失礼極まりない言葉はないですからね。
おそらく本当に旨い深海魚を食べたこともないんだろうし、カレイのエンガワをおいしく食べさせる回転寿司店の努力や工夫もまったく知らないわけですよね?
それで、さも大衆を味音痴みたいに言うのはいかなものでしょうか?
そして、なにより一番不快なのは「回転寿司が日本の食文化を崩壊させる」などと安易に臆面もなく書くことである。
どこをどうするとそんな意見になるのか、じっくりと聞いてみたい。
私も長年、多くの雑誌に多くの原稿を書いてきたので、「書く」ということに関しては誇りを持っている。
こういうジャーナリズムのかけらもない記事を書けるのは誇りがない人間だとしか思えない。これ三流ゴシップ誌のやり方ですよ。
ま、「週刊新潮」自身がそう認めてるのかもしれないので、それならいいんですが。
いまですね、魚の消費が下がってるんですよ。
で、唯一魚の消費低下に待ったを掛けているのが、回転寿司業界。
これ、水産庁からも期待されてるところですからね。
つまり、魚に関する食文化を守っている立場の業界を捕まえて、食文化の崩壊などと特集の歩調に無理矢理あわせる書き方が本当にがっかりさんです。
今年のがっかりさん大賞、早くも決定ね。
最後にあんたがたどれだけ大上段なんだ?
「まぁ、100円寿司に食文化を説くのは、馬の耳に念仏かもしれないが」だと?
よく言った。
まずですね、食文化をあまりに狭義にとらえているのか、それとも本当に無知なのかわかりませんが、本当の食文化というのであれば、いろいろな魚を食べてこそ。
世界には何万という魚があり、我々が知らないだけで異国では普通に食されている魚だって五万とあります。
なに?それは本来の江戸前寿司の文化ではない?
ほほぉ、それを言うなら私はこう言いたい。
悪いけど伝統的な江戸前の寿司文化はいま伝統芸能の域ですよ。
名人と謳われる職人の握りを食べられるのはほんの一握り。
一般大衆には縁遠いものです。
もちろん、この伝統文化はこれからも脈々と受け継がれていくでしょうが、大衆にとっての寿司文化は間違いなく回転寿司が牽引していく。
小さな子供からご年配の方まであらゆる世代の方が、一つのテーブルを囲んでにこにこと食べられる外食は回転寿司しかない、といっても過言ではないし、いまや回転寿司店が「家族団らんの場」として機能している事実をなんとする。
私もそうだが、小さな頃から回転寿司で慣れ、大人になってから立ち寿司店のカウンターデビューを飾る、というのが、スタンダードになりつつあるんじゃないでしょうか?
回転寿司に慣れ親しんでいなかったら、立ち寿司デビューを飾る若者ももっともっと少なくなるのではないか?
それこそが食文化の崩壊ですよね?
ま、まだ意見はありますが、今回はこれぐらいで勘弁するとします。
ホントに私は温厚なんですが、今回は取材に来ておいて(しかも前日に電話をしてきてどうしても明日会いたいなどというので、無理くり時間を作ったというのに)、それで私の意見を全く無視して、こんなことを書くので、回転寿司評論家としては黙ってられない、ということで意見を述べたまでです。
悪いけど私は誇りを持って回転寿司を語っているので、言うときは言う。
「週刊新潮」さん、誇り、ありますか?
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