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天声人語

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2011年2月13日(日)付

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 米国の歴代国務長官で、日本人が最も名を知るのはキッシンジャー氏だろうか。幾多の外交的成果に輝いた国際政治学者である。その氏でさえ、ドイツが統一された時は「私の生きているうちに実現するとは思わなかった」とずいぶん驚いたそうだ▼動きそうにない歯車も、きっかけ次第で、すさまじい速さで回り出すことを歴史は教える。いまやインターネットという利器を得て、変化のパワーと速度は、かつての比ではない。2011年の年明けにエジプト政権の瓦解(がかい)を予想した人は、一体どれほどいただろう▼金曜日ごとに市民が広場を埋め、さながら「棒倒し」状態だったムバラク大統領が辞任した。家族とともに紅海に面した高級リゾート地に移ったそうだ。亡命こそしなかったが、長期独裁の末路にありがちな逃避行だろう▼ムバラク氏は第4次中東戦争で、勝ち戦の英雄となった。30年前の投票で98%の支持を得て大統領に就いた。しかしこの間、外面(そとづら)は取り繕っても、内側は腐臭を放っていたらしい▼若者の4割は職がない。格差と貧困に加え、汚職、一族の蓄財、言論統制。「どんな英雄も最後には鼻につく人物になる」と19世紀米国の思想家エマーソンは言った。ナポレオンはじめ幾多が踏んだ轍(てつ)を、氏もたどったことになろう▼難しいのは今後である。共通の敵が失せたあとで諸勢力が協力し合う困難は、これまた歴史が教えている。ナイルの賜(たまもの)と呼ばれる沃土(よくど)に民主主義の根付く土壌はありや。四分五裂や過激派台頭を案じつつの、しばらくは様子見となる。

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