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社説:エジプト革命 変わるアラブの模範に

 まるで大河のようだ。膨れ上がる民衆が口々に大統領辞任を訴えて行進する。首都カイロの広場でも、大統領宮殿の前でも。これほど大規模で怒りのこもった集会を、アラブ世界では見たことがない。しかも、抗議行動は最後まで平和的だった。エジプトの市民たちが粘り強い抗議によって約30年に及ぶムバラク時代を終わらせ、新たな歴史のページを開いたことを高く評価したい。

 大統領の即時辞任によって新しい国づくりを始める。それがエジプトの民意であることは明白だった。国民の願いがかない、エジプトは新たな出発点を迎えた。81年から続く非常事態令の解除などを通じてエジプトの暗い側面を一掃し、アラブ民主化の模範になるよう期待する。

 ◇民衆の怒りを軽く見た

 それにしても遅すぎる辞任だった。ムバラク氏は1日の演説で、自分は9月の大統領選に立候補しないと述べ、各種の改革を約束したが、即時辞任は否定した。

 抗議行動が衰えなかったのは当然である。改革は必要だが、ムバラク政権下の改革は信用できない。大統領辞任が先決だと人々は訴えた。

 10日の演説ではムバラク氏が辞任を表明するとの観測も流れたが、自分の権限をスレイマン副大統領に移譲すると述べただけで、9月までの任期を全うする意向を示した。

 これがまた民衆を怒らせた。ムバラク氏は潮時を見誤り、広場に集まる民衆の怒りを軽く見た。大統領を長年務めた自分に花道を用意してほしいと考えたのなら、見通しが甘い。国民の間には権力者の「居座り」への嫌悪感が強まる一方だった。

 ムバラク氏の辞任でエジプトは大きな転換期を迎えたが、新体制への明確な道標があるわけではない。大統領の権限は軍の最高評議会に移譲され、軍が暫定的に新政権への移行過程を監督するという。当面の焦点は新大統領と議会の選挙だが、どんな規定で選挙を行うのか、誰が大統領選に立候補して誰が当選するのか、すべてはこれからだ。

 しかし、それだけ大きな可能性が開けている。アラブの盟主たるエジプトの改革と民主化を世界が見守っている。前大統領が国外脱出したチュニジアの「ジャスミン革命」とエジプトの「ホワイト革命」。ともにアラブでは前代未聞であり、ドミノ現象が起きた東欧革命を想起させる出来事だ。

 ただ、米国や欧州にはエジプト激変への警戒感が強いのも事実だ。ムバラク氏が米テレビとの会見で、自分が辞任すればエジプトはイスラム原理主義のムスリム同胞団に乗っ取られ、「カオス(混とん)」に陥ると警告したのは、こうした懸念を踏まえた、けん制だろう。

 しかし、エジプトの民衆はイランにおけるイスラム革命(79年)のような変革を求めているのではあるまい。チュニジアでも「イラン化」の兆候は特に見えない。チュニジアもエジプトも若年人口が増え、しかも若年層の失業率が高い。政変の原動力になったのはイスラム教やアラブ民族主義に基づくイデオロギーではなく、「これでは生きていけない」という現実的な危機感だろう。

 この辺が、チュニジアのベンアリ前大統領やムバラク氏には見えていなかった。しかもネット上のフェースブックなどを通して抗議行動が盛り上がる現象には、秘密警察もなすすべがなかった。政権側から見れば、雇用創出のために情報技術(IT)産業に力を入れたのが裏目に出たが、これも時代の流れである。

 ◇湾岸諸国の改革も必要

 中東も民衆の生活感覚が政治を変える時代に入った。「よらしむべし。知らしむべからず」の強権政治は改めるべきである。民衆の急激な意識改革が進む中、イエメンやヨルダン、アルジェリアなどで改革の動きが出ているのは喜ばしい。

 保守的な政治体制を維持するペルシャ湾岸の王国・首長国にも政変の波紋は伝わるはずだ。サウジアラビアには明確な憲法もなく、女性の社会進出へのハードルも高い。サウジ首脳がエジプトの抗議行動に批判的なのは、自国への飛び火を恐れてのことだろう。確かに、湾岸諸国の動揺は石油価格の高騰などにつながり、世界経済への影響も大きいが、だからといって湾岸諸国のみ改革の例外とする時代でもないはずだ。

 エジプトやチュニジア、そして中東全体が今後どのように変わるのか、予測は難しい。米ブッシュ前政権は、イラクを手始めに中東を民主化すれば、世界は安全になると考えた。しかし、強権的な長期政権が倒れれば、抑え付けられていた勢力が頭をもたげる。その勢力も含めて、どんな政治体制を築くかは、ひとえにその国の人々の選択である。

 民主化や改革には「両刃の剣」の側面がある。例えばエジプトの新政権がイスラエルとの和平条約の維持に難色を示せば、国際秩序の混迷は避けられない。しかし、グローバル化が進む世界にあっては、国際協調を先進国が働きかけるのも大事だ。その点、中東には伝統的に親日的な空気が強い。国際協調路線の継続のためにも、日本政府はエジプト、チュニジアの国づくりに積極的に協力すべきである。

毎日新聞 2011年2月13日 2時30分

 

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