「就労請求権」問題が示すジョブとメンバーシップ
大内伸哉先生の「アモーレと労働法」で、就労請求権問題が取り上げられています。労働法の世界では、就労請求権はないけど(つまり実際に働くことは拒否できるけど)給料は払え、ということで一応決着していますが、民法の先生方からすると、いかにも奇妙なことだという意見が出たそうですね。
http://souchi.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-0f97.html
これは、民法の先生方は民法の債権契約としての雇用契約、労務と報酬の交換としての雇用契約でもってものごとを考えるので、当然そうなるのに対し、労働法の世界は累次の判例法理で日本型雇用慣行に沿った形に変形されてきているため、労働契約は会社のメンバーになることであって具体的な就労とは切り離されているという考え方に立っているからでしょう。
後者における給料というのは武士の家禄のようなもので、具体的なジョブとは切り離されているので、特定奉行所の同心の仕事をさせろなどという権利がないのは当たり前ということでしょうか。
とはいえ、日本型判例法理の世界はそうであっても、制定法自体はジョブ型を前提にした規定であることは間違いないわけで、民法の先生方の指摘は法理論的には正しいのでしょうね。
(追記)
ついでにいうと、お気づきの方もおられるでしょうが、就労請求権がないので実際に仕事はさせてもらえないけれども給料はちゃんと払われているというのは、まさに「社内失業」状態ですね。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-2201.html(『社内失業』またはジョブなきメンバーシップ?)
>一見際物めいた印象を与える本ですが、考えれば考えるほど日本型雇用システムの本質に深く関わる問題であることが浮かび上がってくる感じです。
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