2007年08月06日
daydream
.
「催眠術ぅ?」
「そ」
突然何を言い出すかと思えば・・・
今は昼休み。いつものように、いつもの4人で昼食を取っていた所だ。
「昨日、ネットをブラブラしてたら見つけてさ?すべての技法をマスターしてしまったのだよ、私は」
意味もなくエラソーな態度でふんぞり返るこなた。はっきり言って眉唾物だ。
「そもそも催眠術って、人を操るようなヘンテコリンな物でしょ?あんたに出来るとは思えないんだけど」
「そんなこと無いよー。ね、みゆきさん」
「はい、催眠術とは、トランス状態という、夢うつつに近い状態まで人の意識を後退させ、そこで命令をすると従ってしまう、という物を応用したものだったと記憶しています。ですが、飽くまで本人の意識は残っているので、信頼している人にしか術はかけられないとか」
「さっすがゆきちゃん、物知りだねー」
ふむ・・・みゆきに言われると説得力がある。さすが生き字引みたいな人だ。
「でさ、今朝お父さんで試してみたんだよ。そしたらもう泣きっぱなし!涙ちょちょぎれ!」
「・・・一体何したんだよ」
「ん?私がお母さんに見えるよーって」
「お前は悪魔か」
大体、肉親の死を思い出させたりすると落ち込み具合がひどいと聞く。今頃キーボードを涙で故障させていたり、悪ければロープでも探してるんじゃないか、と少しばかり心配になった。
「まあ、あらかじめ合意の上でだけどね。もちろん。お父さん、とっても喜んでたし。かなたとまた話せたみたいで感激だ、って」
「・・・なら良いけどさ」
・・・ちゃんと人のこと考えてるのね。
急にこなたの頭をなでてやりたい衝動に駆られたが、つかさもみゆきも居る前だ。そういう訳にも行かない。第一、二人っきりだとしても・・・気恥ずかしくて出来そうもない。
「じゃあ、体験してみたい人!挙手!!」
「おいおい、私らも実験台にする気か?」
「じゃあ、つかさ!」
「えっ?!」
「人募っといて指名するなよ!」
結局つかさが実験台になることになった。
「えへへ、何かドキドキするなー」
期待半分、不安半分と言った表情だ。
「嫌ならちゃんと言うのよ。もし変なことになったら大変だから」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
「じゃあ行くよー。まず私の目を見て下さい」
「はい、見てるよ」
インチキ占い師のような口調である。こういう占い師は当たらなさそうだ。
するとこなたが、おもむろに人差し指を立てた。
「次はこの人差し指の先をジーッと見て下さい」
「見てるよー」
「動かしますから、目で追って下さい」
今度は人差し指で、円を描くようにし始めた。
「こなちゃん、目が回りそうだよ〜」
「シッ!静かに、もう喋らないで」
こなたはいつになく真剣な表情をしている。こんなこなたも可愛いな・・・って、いつの間にかときめいてる私が居る事に気づいて、こなたに対する想いを再確認させられる。今頃になって、何でさっき立候補しなかったんだろう、と後悔がこみ上げてきた。
こなたは、暫くおまじないか何かの様にウンダカダーと呪文らしき物を唱えたりしていたが、やがて手も口も止まった。
「これから私が手を叩くと、貴女は今から何か面白いことを言います。しかし貴女はそれを覚えていません、記憶から消してしまいます。私が指を鳴らすと、術は解けて元に戻ります。はい!」
パン!!
こなたが柏手の様に手を勢い良く合わせると、つかさが目を開けて、笑顔でこう言った。
「あははー、バルサミコ酢〜」
「ぷっ」
思わず吹き出す私。見ればみゆきも口元を抑えており、こなたは目を細めて満足げな顔をしていた。
パチン!
「あ、あれ?私何て言ってた?!」
「バ、バルサミコ酢ーって・・・」
笑いが止まらなくて声が震える。
「わ、私そんなこと言ってたの?!でも何でバルサミコ酢なんだろう?」
顔を赤くして、俯いたまま考え込むつかさ。
「たぶん、昔テレビとか漫画とかで見た面白いものだよ。記憶にあるもの以外はどうしたって呼び起こせ無いもん」
人差し指を立ててこなたが言う。
「あ、そうだ!料理番組で司会の人が言ってたんだ!!思い出した!」
合点がいったのか、一転、顔を明るくするつかさ。
「それにしても、本当にかかるのね」
これには感心した。
「そうだよ〜。かがみんも試してみる?」
「何て言ってかけるつもりよ。変なのだったら許さないからね」
「大丈夫だよ、そんな変なのはかけたりしないって」
「・・・じゃあ試してみようかしら」
不安はあるけど、こなたがかけてくるのだ。期待の方が大きい。
「じゃあ行くよー」
暫くこなたの言うとおりに目を動かしたりしていると、段々と意識が遠のいていくのが解った。
「・・・・・・」
こなたが何か言っている・・・でも何を言っているのかは、もう解らない。
パン!!
突然大きな音がしたので、私の意識は現実に引き戻された。
「・・・何をかけたって言うのよ。全然何とも無いじゃん」
目の前に広がる光景はいつもの昼食時だし、口を開いても変な言葉は出てこない。
(ちょっとがっかりかな・・・)
「ちょっとがっかりかな・・・!!思ったことがそのまま口に出てる!!」
私は慌てて口を押さえた。
「だーいせーこー」
「こなちゃんすごーい!」
「本当にこういう事が出来るのですね。驚きです」
「つかさもみゆきも喜んでないで、何とかしてよ!!考えてること筒抜けじゃない!」
「私にしかどうにも出来ないよ?かがみん」
「ちょっとぉ、何とかしなさいよっ!!」
兎に角さっさとどうにかして欲しかった。
「考えが筒抜けなんて恥ずかしいじゃない・・・」
「んー、具体的にどう恥ずかしいんだぃ、かーがみーん」
いたずら好きな子供のような目が、こちらを見つめている。
だって、だって
「だって、私がこなたの事が好きだってみんなに分かっちゃうじゃない!」
「!!」
私を含めた4人の驚きの反応。
私は、本心が大きな声で出てしまった事への驚き。
つかさとみゆきは普通に驚いていて・・・こなたは・・・
こなたは心底驚いた顔で、口を開けたまま固まっていた。
私の視界がにじみ始め、やがて涙がこぼれる。
(知られちゃった・・・)
「知られちゃった・・・」
次第に悲しみがこみ上げてくる。術は、こんな時も律儀に私の考えを口にさせた。
「好きなの・・・好きなのよ・・・好きで仕方ないのよぉ・・・ぐずっ」
「かがみ・・・」
「ひっ、・・・そうよね・・・女の子が、ひっく、女の子のこと好きになる・・・なんて、ひっ、どうか、ううっ、してる・・・もんね、ひっく」
なかなか呂律が回らない。
私は机に突っ伏して泣き出した。
「もう・・・、うう、喋れないわよぉ・・・」
「・・・かがみ、ちょっと顔上げて・・・」
こなたの済まなそうな声が聞こえる。
「ひっ、こ、これ以上、何しようって言うのよ・・・」
「いいから」
「・・・」
こなたに言われたとおり、顔を上げる。
すると
「へ?」
その瞬間、何をされたのか、私には理解できなかった。
次第に感覚が戻って来る。目の前に見えるこれは、こなたの顔。私の頬に触れているこれは、こなたの手。私の唇に触れているこれは、こなたの唇。私の口の中にあるこれは、こなたの舌。
「!!!!!」
ようやく自分が何をされているのかが分かった。
(こなたと・・・キスしてる・・・しかもディープ・・・)
「!!」
ショックと恥ずかしさは後から来た。慌てて顔を離す。
「こ、ここ教室よ!!」
「だってさ・・・かがみ。私、かがみの気持ち知っちゃったもん・・・」
(だからって・・・でも・・・)
そこで私は術が解けているのに気が付いた。
「あ、あれ?考えてることが口に登らない・・・」
「先ほどの術の解除条件は『かがみさんの唇に泉さんが触れること』でしたので」
少々困った顔をしたみゆきが解説してくれた。
「・・・ホントは、『かがみん、シーッ』って唇に人差し指当てて『はい、解けました』ってやるつもりだったんだけどね・・・・・・・・・」
こなたは何やらゴニョゴニョと言葉を続けているが、声が小さすぎて聞き取れない。私もショックの余韻が大きくて、こなたの言葉に意識が向かなかった。
呆然とする私を、つかさが私のクラスまで送ってくれた。
「だ、大丈夫だよ、お姉ちゃん。たぶん見てる人居なかったから・・・」
「・・・うん」
「おーっす、柊ぃー。お、柊妹も一緒か。どうしたん?」
「柊ちゃん・・・何だか元気無さそうだけど、どうしたの?」
クラスの友人二人が、一人は野次馬根性丸出しで、一人は心配そうに聞いてくる。
「あ、あの・・・」
その辺りはつかさが適当にごまかしてくれた。事情の欠片を察してくれた峰岸が、日下部を引き離してくれた。
「じゃあ、放課後来るから・・・」
そう残してつかさはクラスに戻っていった。
その後の授業なんて頭に入るはずもなく、とても長い時間が過ぎていった。永遠とも思える時間。
その間、思い起こされるのはこなたの事だけ。
突然のキス。
こなたの唇・・・柔らかかったなぁ・・・
そこで疑問が湧いてくる。何故こなたは私にかけられた術を解くためにキスをしたのか。しかもディープ。
術を解くだけなら、当初の予定通り、ちょんと私の唇に触れるだけで良いのだ。
何故・・・・・・
ようやく最後の授業の終了のチャイムが鳴った。しかし、私はまだ動けなかった。
頭がボーっとする。今口を開けば、第一声は「こなた」だろう。つかさが迎えに来てくれなければ、いつまでもそのままだったかも知れない。
その日の帰り道は、つかさと二人だった。
私は何も言わない。つかさも何も言わなかった。
家に帰っても頭の中はこなた色一色。何とか服を着替えると、そのままベッドへ倒れ込んで、しばらくそのままで居た。
(明日も、こなた来るかなぁ・・・)
そう思っていると、携帯が着信音を奏で始めた。メールの着信音。みゆきからのメール。
開くとこう書かれていた。
『泉さんは今日のことを大変気にしていらっしゃる様です。もう一度よく泉さんとお話されてみては?』
「こなたっ!!」
気が付くと、力の限りこなたの名前を叫んでいた。
「お姉ちゃん、どうしたのっ?!」
慌ててつかさが飛び込んでくる。
「な、何でもないわよ・・・何でも・・・」
「そ、そう・・・」
お互いの間に気まずい雰囲気が流れる。
「あ、あのね、お姉ちゃん・・・」
切り出したのはつかさの方だった。
「私はね、女の子が女の子のこと好きになっても、別におかしくないと思うよ」
「つかさ・・・」
「だからね、・・・勇気出してこなちゃんと、もう一回、真剣に話してみたら良いと思うの。お姉ちゃんの為にも、こなちゃんの為にも・・・」
「・・・」
パタン、と軽いドアの音と共に、つかさは部屋を出ていった。
「・・・」
そっと唇をなでてみる。ショックが大きく、あのときの感覚はあまり覚えていない。唯一覚えているのは、あの柔らかさ。
「・・・」
もう一度、さっきみゆきから来たメールを読み返す。
私はこなたの携帯の番号を呼び出し、通話ボタンを押した。
プルルルル・・・プルルルル・・・
呼び出し音の度に、心臓の鼓動が激しさの度合いを増して行く。そのせいで頭に血が巡ってきたのか、まともに物を考えられるようになってきた。
プルルルル・・・プルルルル・・・
何故ずっと頭が真っ白だったのか。もっと早くこなたと話すべきでは無かったのか。
ショックが大きかったから、頭が真っ白だったのだ。
では何故、ショックだったのか。
不本意な強制告白。しかも意中の相手は目の前に。おまけに同性に対する、多少なりともやましい恋。
それから、突然のキス。公衆の面前で。
果たしてそれらはショックと呼べるのか。
(ううん、こなたのキスだったんだもの。あのときこなたを引き離した私がどうかしてたのよ???人の目を気にするなんて???)
プルルルル・・・プルルルル・・・
(今度こそ・・・私の本心から「こなたが好き」って言うんだ!)
プルルルル・・・プルルルル・・・
呼び出し音の度、緊張は高まって行く。心臓は早鐘の様に打ち、今にも口から飛び出すのではないかという程だ。
が、いつまで経っても電話に出る気配がない。
(何でよ・・・私と話さないつもりなの?)
にじみ始めた視界の中、私は終話ボタンを押した。
今度は泉家の番号を呼び出し。再び響く呼び出し音。
プルルルル・・・プルルルガチャッ
「はい、泉です」
電話口に出たのは、この間から泉家の居候になっている、ゆたかちゃんだった。
「あ、あのっ柊です、こなた居ますか?」
早口になってしまった。緊張は隠せそうもない。
「こなたお姉ちゃんですか?今出かけちゃってますけど・・・」
「そ、そう・・・ごめんなさい、どうもありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ」
「あ、じゃあこれで」
「はい、さようなら」
プッ、ツーツーツーツー・・・
途端に大きなため息と、涙がこみ上げてきた。
「・・・私のこと避けてるのかな・・・あのキスで全部おしまいのつもりだったのかな・・・」
嗚咽をかみ殺せなくなり、喉から声が漏れる。
「うぅっ、こなたぁ、こなたぁ・・・うう、うわぁぁん」
枕に顔を埋め、つかさに鳴き声を聞かれないようにする。そのせいで私には、周りの音が聞こえていなかった。
こんこん
控えめなノックの音がすることに気づいたのは、涙が枯れかけてきた頃だった。
「おねぇちゃーん?お姉ちゃん?」
「・・・開いてるわよ・・・」
ガチャ
ドアを少しだけ開けたつかさが、心配そうな目をしていた。
「・・・何?ご飯出来たの?」
「ううん、お客さん」
「悪いけど帰って貰って・・・とても人に会えるような状態じゃないし・・・」
「それでも会って貰いたいお客さんなんだけど・・・」
キイィィ・・・
少し油が切れてきた様な音を立てて、部屋のドアが開く。誰だろう、私がこんな状態でもつかさが「会わせたい」という客人とは。
「かがみ・・・」
「!!!!!」
心臓が跳ね上がる。息が止まる。思考が止まる。
私のすべてが止まってしまったのではないかと思った。
枯れかけていた涙が、再び溢れ始める。
「・・・こ・・・こなた・・・」
「かがみ・・・ゴメンね。私・・・」
これ以上、こなたは先を続けなかった。否、私が続けさせなかった。
とっさに駆け寄った私が、こなたの唇を私の唇で塞いだ。
「ふっ・・・むぅ・・・ふぁぁ・・・んっ・・・」
時々、水音が部屋に響いた。
どれくらいの間こうしていただろうか。ゆっくりと顔を離す。つかさはいつの間にか、ドアを閉めて出て行ってくれていた。
こなたには、まだ聞きたいことがある。
「どうして電話に出なかったのよ!」
「い、いや、携帯は制服のポケットに入れっぱなしで・・・」
「どうして・・・あの時私にキスしたのよ!催眠術解くだけなら普通に触れば良かったじゃない!」
「・・・それは・・・」
こなたが俯いて口を噤む。
「何よ!言えないの!?」
私は声を荒げた。こなたに隠し事をされるのが嫌だったから。
「・・・それは・・・」
「さっさと言いなさいよ!!」
こなたの肩が震え始める。
そこでハッとなった。
こなたを泣かせてしまった・・・私の一番望まないものなのに
「ご、ゴメン・・・わ、私・・・どうしてもこなたに隠し事とかされたくなくて・・・」
こなたを抱き寄せる。小さい肩が震えている。
「ゴメンね・・・ゴメンね・・・本当はこなたの涙なんか見たくないのに・・・ううっ」
「違うんだよ、かがみぃ・・・違うの・・・」
こなたが顔を上げる。
「私もね、かがみの事大好きなの」
そこにあったのは、涙まみれの満面の笑み。
その顔を見たとき、私はどうしようもなくなって。
きつくこなたを抱きしめて、ただただこなたの名前を呼び続けた。
「こなたぁ・・・うぐっ・・・こなたぁ!」
「心配しなくてもかがみん、私はここにいるよ?」
「うわあぁぁん!こなたぁ!!」
「っちょ、ちょっとかがみ、・・・苦しい・・・」
「あ、ご、ごめん・・・」
こなたの苦しげな声にようやく気づき、力を緩めた。しかし絡めている腕は解かない。
「あ、あのさ、いつか・・・ら?」
「知り合って少ししてから・・・」
「・・・何で?」
「とっても良さそうな人で・・・みんなに気配りが出来る人で・・・でも、とっても寂しがりな人だから・・・私が何とかしてあげたいなって思って・・・それから次第に・・・」
こなたの顔が次第に俯いて行く。
「そっか・・・有り難う、こなた」
「へ?」
こなたがゆっくりと顔を上げる。
私はこなたへの感謝の言葉を、ゆっくりと、出来る限りの笑顔で紡いだ。
「理由話してくれて、また私に会いに来てくれて。それから、私を好きになってくれて」
「かがみ・・・」
「でもっ、私に無理矢理告白させたことは許さないわよ!」
「・・・ごめんなさい・・・」
こなたがシュンとなる。
そんなこなたがまた愛おしくて。
「じゃあ・・・責任・・・取ってよね?」
「・・・うん、分かった。取るよ」
その台詞を聞いて、再び唇を押し当てる。
こなたの味を出来る限り味わうように、こなたの口の中で舌を蹂躙させる。
「うむぅっ、んんっ」
少々甘い。今日の昼に食べたチョココロネの味だろうか。
「ふぁっ、うむんぅ・・・」
どちらからともなく、お互いの舌を絡める。
今はそうしているだけで幸せで。
私は、そのとき、自分が世界で一番幸せな女の子だと思った。
どれ位の間、そうしていただろうか。窓越しに見える空は、すっかり闇に染まっていた。
「・・・もう8時だよ」
「・・・そだね」
「あ、あのさ・・・こなた。今日は泊まっていったら?」
「え、良いの?」
「お姉ちゃん達は私がどうにかして説き伏せるわよ。今日からお父さんとお母さん、旅行行っちゃってるし」
「じゃあ私はお父さんに電話してくるよ。電話貸して?」
「オッケー」
さっきまでのモヤモヤは綺麗さっぱり、跡形もなく姿を消していた。
その日の夜、かがみの自室から、二人の押し殺したような喘ぎ声が漏れていたのは言うまでもない。
to be continued...
「そ」
突然何を言い出すかと思えば・・・
今は昼休み。いつものように、いつもの4人で昼食を取っていた所だ。
「昨日、ネットをブラブラしてたら見つけてさ?すべての技法をマスターしてしまったのだよ、私は」
意味もなくエラソーな態度でふんぞり返るこなた。はっきり言って眉唾物だ。
「そもそも催眠術って、人を操るようなヘンテコリンな物でしょ?あんたに出来るとは思えないんだけど」
「そんなこと無いよー。ね、みゆきさん」
「はい、催眠術とは、トランス状態という、夢うつつに近い状態まで人の意識を後退させ、そこで命令をすると従ってしまう、という物を応用したものだったと記憶しています。ですが、飽くまで本人の意識は残っているので、信頼している人にしか術はかけられないとか」
「さっすがゆきちゃん、物知りだねー」
ふむ・・・みゆきに言われると説得力がある。さすが生き字引みたいな人だ。
「でさ、今朝お父さんで試してみたんだよ。そしたらもう泣きっぱなし!涙ちょちょぎれ!」
「・・・一体何したんだよ」
「ん?私がお母さんに見えるよーって」
「お前は悪魔か」
大体、肉親の死を思い出させたりすると落ち込み具合がひどいと聞く。今頃キーボードを涙で故障させていたり、悪ければロープでも探してるんじゃないか、と少しばかり心配になった。
「まあ、あらかじめ合意の上でだけどね。もちろん。お父さん、とっても喜んでたし。かなたとまた話せたみたいで感激だ、って」
「・・・なら良いけどさ」
・・・ちゃんと人のこと考えてるのね。
急にこなたの頭をなでてやりたい衝動に駆られたが、つかさもみゆきも居る前だ。そういう訳にも行かない。第一、二人っきりだとしても・・・気恥ずかしくて出来そうもない。
「じゃあ、体験してみたい人!挙手!!」
「おいおい、私らも実験台にする気か?」
「じゃあ、つかさ!」
「えっ?!」
「人募っといて指名するなよ!」
結局つかさが実験台になることになった。
「えへへ、何かドキドキするなー」
期待半分、不安半分と言った表情だ。
「嫌ならちゃんと言うのよ。もし変なことになったら大変だから」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
「じゃあ行くよー。まず私の目を見て下さい」
「はい、見てるよ」
インチキ占い師のような口調である。こういう占い師は当たらなさそうだ。
するとこなたが、おもむろに人差し指を立てた。
「次はこの人差し指の先をジーッと見て下さい」
「見てるよー」
「動かしますから、目で追って下さい」
今度は人差し指で、円を描くようにし始めた。
「こなちゃん、目が回りそうだよ〜」
「シッ!静かに、もう喋らないで」
こなたはいつになく真剣な表情をしている。こんなこなたも可愛いな・・・って、いつの間にかときめいてる私が居る事に気づいて、こなたに対する想いを再確認させられる。今頃になって、何でさっき立候補しなかったんだろう、と後悔がこみ上げてきた。
こなたは、暫くおまじないか何かの様にウンダカダーと呪文らしき物を唱えたりしていたが、やがて手も口も止まった。
「これから私が手を叩くと、貴女は今から何か面白いことを言います。しかし貴女はそれを覚えていません、記憶から消してしまいます。私が指を鳴らすと、術は解けて元に戻ります。はい!」
パン!!
こなたが柏手の様に手を勢い良く合わせると、つかさが目を開けて、笑顔でこう言った。
「あははー、バルサミコ酢〜」
「ぷっ」
思わず吹き出す私。見ればみゆきも口元を抑えており、こなたは目を細めて満足げな顔をしていた。
パチン!
「あ、あれ?私何て言ってた?!」
「バ、バルサミコ酢ーって・・・」
笑いが止まらなくて声が震える。
「わ、私そんなこと言ってたの?!でも何でバルサミコ酢なんだろう?」
顔を赤くして、俯いたまま考え込むつかさ。
「たぶん、昔テレビとか漫画とかで見た面白いものだよ。記憶にあるもの以外はどうしたって呼び起こせ無いもん」
人差し指を立ててこなたが言う。
「あ、そうだ!料理番組で司会の人が言ってたんだ!!思い出した!」
合点がいったのか、一転、顔を明るくするつかさ。
「それにしても、本当にかかるのね」
これには感心した。
「そうだよ〜。かがみんも試してみる?」
「何て言ってかけるつもりよ。変なのだったら許さないからね」
「大丈夫だよ、そんな変なのはかけたりしないって」
「・・・じゃあ試してみようかしら」
不安はあるけど、こなたがかけてくるのだ。期待の方が大きい。
「じゃあ行くよー」
暫くこなたの言うとおりに目を動かしたりしていると、段々と意識が遠のいていくのが解った。
「・・・・・・」
こなたが何か言っている・・・でも何を言っているのかは、もう解らない。
パン!!
突然大きな音がしたので、私の意識は現実に引き戻された。
「・・・何をかけたって言うのよ。全然何とも無いじゃん」
目の前に広がる光景はいつもの昼食時だし、口を開いても変な言葉は出てこない。
(ちょっとがっかりかな・・・)
「ちょっとがっかりかな・・・!!思ったことがそのまま口に出てる!!」
私は慌てて口を押さえた。
「だーいせーこー」
「こなちゃんすごーい!」
「本当にこういう事が出来るのですね。驚きです」
「つかさもみゆきも喜んでないで、何とかしてよ!!考えてること筒抜けじゃない!」
「私にしかどうにも出来ないよ?かがみん」
「ちょっとぉ、何とかしなさいよっ!!」
兎に角さっさとどうにかして欲しかった。
「考えが筒抜けなんて恥ずかしいじゃない・・・」
「んー、具体的にどう恥ずかしいんだぃ、かーがみーん」
いたずら好きな子供のような目が、こちらを見つめている。
だって、だって
「だって、私がこなたの事が好きだってみんなに分かっちゃうじゃない!」
「!!」
私を含めた4人の驚きの反応。
私は、本心が大きな声で出てしまった事への驚き。
つかさとみゆきは普通に驚いていて・・・こなたは・・・
こなたは心底驚いた顔で、口を開けたまま固まっていた。
私の視界がにじみ始め、やがて涙がこぼれる。
(知られちゃった・・・)
「知られちゃった・・・」
次第に悲しみがこみ上げてくる。術は、こんな時も律儀に私の考えを口にさせた。
「好きなの・・・好きなのよ・・・好きで仕方ないのよぉ・・・ぐずっ」
「かがみ・・・」
「ひっ、・・・そうよね・・・女の子が、ひっく、女の子のこと好きになる・・・なんて、ひっ、どうか、ううっ、してる・・・もんね、ひっく」
なかなか呂律が回らない。
私は机に突っ伏して泣き出した。
「もう・・・、うう、喋れないわよぉ・・・」
「・・・かがみ、ちょっと顔上げて・・・」
こなたの済まなそうな声が聞こえる。
「ひっ、こ、これ以上、何しようって言うのよ・・・」
「いいから」
「・・・」
こなたに言われたとおり、顔を上げる。
すると
「へ?」
その瞬間、何をされたのか、私には理解できなかった。
次第に感覚が戻って来る。目の前に見えるこれは、こなたの顔。私の頬に触れているこれは、こなたの手。私の唇に触れているこれは、こなたの唇。私の口の中にあるこれは、こなたの舌。
「!!!!!」
ようやく自分が何をされているのかが分かった。
(こなたと・・・キスしてる・・・しかもディープ・・・)
「!!」
ショックと恥ずかしさは後から来た。慌てて顔を離す。
「こ、ここ教室よ!!」
「だってさ・・・かがみ。私、かがみの気持ち知っちゃったもん・・・」
(だからって・・・でも・・・)
そこで私は術が解けているのに気が付いた。
「あ、あれ?考えてることが口に登らない・・・」
「先ほどの術の解除条件は『かがみさんの唇に泉さんが触れること』でしたので」
少々困った顔をしたみゆきが解説してくれた。
「・・・ホントは、『かがみん、シーッ』って唇に人差し指当てて『はい、解けました』ってやるつもりだったんだけどね・・・・・・・・・」
こなたは何やらゴニョゴニョと言葉を続けているが、声が小さすぎて聞き取れない。私もショックの余韻が大きくて、こなたの言葉に意識が向かなかった。
呆然とする私を、つかさが私のクラスまで送ってくれた。
「だ、大丈夫だよ、お姉ちゃん。たぶん見てる人居なかったから・・・」
「・・・うん」
「おーっす、柊ぃー。お、柊妹も一緒か。どうしたん?」
「柊ちゃん・・・何だか元気無さそうだけど、どうしたの?」
クラスの友人二人が、一人は野次馬根性丸出しで、一人は心配そうに聞いてくる。
「あ、あの・・・」
その辺りはつかさが適当にごまかしてくれた。事情の欠片を察してくれた峰岸が、日下部を引き離してくれた。
「じゃあ、放課後来るから・・・」
そう残してつかさはクラスに戻っていった。
その後の授業なんて頭に入るはずもなく、とても長い時間が過ぎていった。永遠とも思える時間。
その間、思い起こされるのはこなたの事だけ。
突然のキス。
こなたの唇・・・柔らかかったなぁ・・・
そこで疑問が湧いてくる。何故こなたは私にかけられた術を解くためにキスをしたのか。しかもディープ。
術を解くだけなら、当初の予定通り、ちょんと私の唇に触れるだけで良いのだ。
何故・・・・・・
ようやく最後の授業の終了のチャイムが鳴った。しかし、私はまだ動けなかった。
頭がボーっとする。今口を開けば、第一声は「こなた」だろう。つかさが迎えに来てくれなければ、いつまでもそのままだったかも知れない。
その日の帰り道は、つかさと二人だった。
私は何も言わない。つかさも何も言わなかった。
家に帰っても頭の中はこなた色一色。何とか服を着替えると、そのままベッドへ倒れ込んで、しばらくそのままで居た。
(明日も、こなた来るかなぁ・・・)
そう思っていると、携帯が着信音を奏で始めた。メールの着信音。みゆきからのメール。
開くとこう書かれていた。
『泉さんは今日のことを大変気にしていらっしゃる様です。もう一度よく泉さんとお話されてみては?』
「こなたっ!!」
気が付くと、力の限りこなたの名前を叫んでいた。
「お姉ちゃん、どうしたのっ?!」
慌ててつかさが飛び込んでくる。
「な、何でもないわよ・・・何でも・・・」
「そ、そう・・・」
お互いの間に気まずい雰囲気が流れる。
「あ、あのね、お姉ちゃん・・・」
切り出したのはつかさの方だった。
「私はね、女の子が女の子のこと好きになっても、別におかしくないと思うよ」
「つかさ・・・」
「だからね、・・・勇気出してこなちゃんと、もう一回、真剣に話してみたら良いと思うの。お姉ちゃんの為にも、こなちゃんの為にも・・・」
「・・・」
パタン、と軽いドアの音と共に、つかさは部屋を出ていった。
「・・・」
そっと唇をなでてみる。ショックが大きく、あのときの感覚はあまり覚えていない。唯一覚えているのは、あの柔らかさ。
「・・・」
もう一度、さっきみゆきから来たメールを読み返す。
私はこなたの携帯の番号を呼び出し、通話ボタンを押した。
プルルルル・・・プルルルル・・・
呼び出し音の度に、心臓の鼓動が激しさの度合いを増して行く。そのせいで頭に血が巡ってきたのか、まともに物を考えられるようになってきた。
プルルルル・・・プルルルル・・・
何故ずっと頭が真っ白だったのか。もっと早くこなたと話すべきでは無かったのか。
ショックが大きかったから、頭が真っ白だったのだ。
では何故、ショックだったのか。
不本意な強制告白。しかも意中の相手は目の前に。おまけに同性に対する、多少なりともやましい恋。
それから、突然のキス。公衆の面前で。
果たしてそれらはショックと呼べるのか。
(ううん、こなたのキスだったんだもの。あのときこなたを引き離した私がどうかしてたのよ???人の目を気にするなんて???)
プルルルル・・・プルルルル・・・
(今度こそ・・・私の本心から「こなたが好き」って言うんだ!)
プルルルル・・・プルルルル・・・
呼び出し音の度、緊張は高まって行く。心臓は早鐘の様に打ち、今にも口から飛び出すのではないかという程だ。
が、いつまで経っても電話に出る気配がない。
(何でよ・・・私と話さないつもりなの?)
にじみ始めた視界の中、私は終話ボタンを押した。
今度は泉家の番号を呼び出し。再び響く呼び出し音。
プルルルル・・・プルルルガチャッ
「はい、泉です」
電話口に出たのは、この間から泉家の居候になっている、ゆたかちゃんだった。
「あ、あのっ柊です、こなた居ますか?」
早口になってしまった。緊張は隠せそうもない。
「こなたお姉ちゃんですか?今出かけちゃってますけど・・・」
「そ、そう・・・ごめんなさい、どうもありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ」
「あ、じゃあこれで」
「はい、さようなら」
プッ、ツーツーツーツー・・・
途端に大きなため息と、涙がこみ上げてきた。
「・・・私のこと避けてるのかな・・・あのキスで全部おしまいのつもりだったのかな・・・」
嗚咽をかみ殺せなくなり、喉から声が漏れる。
「うぅっ、こなたぁ、こなたぁ・・・うう、うわぁぁん」
枕に顔を埋め、つかさに鳴き声を聞かれないようにする。そのせいで私には、周りの音が聞こえていなかった。
こんこん
控えめなノックの音がすることに気づいたのは、涙が枯れかけてきた頃だった。
「おねぇちゃーん?お姉ちゃん?」
「・・・開いてるわよ・・・」
ガチャ
ドアを少しだけ開けたつかさが、心配そうな目をしていた。
「・・・何?ご飯出来たの?」
「ううん、お客さん」
「悪いけど帰って貰って・・・とても人に会えるような状態じゃないし・・・」
「それでも会って貰いたいお客さんなんだけど・・・」
キイィィ・・・
少し油が切れてきた様な音を立てて、部屋のドアが開く。誰だろう、私がこんな状態でもつかさが「会わせたい」という客人とは。
「かがみ・・・」
「!!!!!」
心臓が跳ね上がる。息が止まる。思考が止まる。
私のすべてが止まってしまったのではないかと思った。
枯れかけていた涙が、再び溢れ始める。
「・・・こ・・・こなた・・・」
「かがみ・・・ゴメンね。私・・・」
これ以上、こなたは先を続けなかった。否、私が続けさせなかった。
とっさに駆け寄った私が、こなたの唇を私の唇で塞いだ。
「ふっ・・・むぅ・・・ふぁぁ・・・んっ・・・」
時々、水音が部屋に響いた。
どれくらいの間こうしていただろうか。ゆっくりと顔を離す。つかさはいつの間にか、ドアを閉めて出て行ってくれていた。
こなたには、まだ聞きたいことがある。
「どうして電話に出なかったのよ!」
「い、いや、携帯は制服のポケットに入れっぱなしで・・・」
「どうして・・・あの時私にキスしたのよ!催眠術解くだけなら普通に触れば良かったじゃない!」
「・・・それは・・・」
こなたが俯いて口を噤む。
「何よ!言えないの!?」
私は声を荒げた。こなたに隠し事をされるのが嫌だったから。
「・・・それは・・・」
「さっさと言いなさいよ!!」
こなたの肩が震え始める。
そこでハッとなった。
こなたを泣かせてしまった・・・私の一番望まないものなのに
「ご、ゴメン・・・わ、私・・・どうしてもこなたに隠し事とかされたくなくて・・・」
こなたを抱き寄せる。小さい肩が震えている。
「ゴメンね・・・ゴメンね・・・本当はこなたの涙なんか見たくないのに・・・ううっ」
「違うんだよ、かがみぃ・・・違うの・・・」
こなたが顔を上げる。
「私もね、かがみの事大好きなの」
そこにあったのは、涙まみれの満面の笑み。
その顔を見たとき、私はどうしようもなくなって。
きつくこなたを抱きしめて、ただただこなたの名前を呼び続けた。
「こなたぁ・・・うぐっ・・・こなたぁ!」
「心配しなくてもかがみん、私はここにいるよ?」
「うわあぁぁん!こなたぁ!!」
「っちょ、ちょっとかがみ、・・・苦しい・・・」
「あ、ご、ごめん・・・」
こなたの苦しげな声にようやく気づき、力を緩めた。しかし絡めている腕は解かない。
「あ、あのさ、いつか・・・ら?」
「知り合って少ししてから・・・」
「・・・何で?」
「とっても良さそうな人で・・・みんなに気配りが出来る人で・・・でも、とっても寂しがりな人だから・・・私が何とかしてあげたいなって思って・・・それから次第に・・・」
こなたの顔が次第に俯いて行く。
「そっか・・・有り難う、こなた」
「へ?」
こなたがゆっくりと顔を上げる。
私はこなたへの感謝の言葉を、ゆっくりと、出来る限りの笑顔で紡いだ。
「理由話してくれて、また私に会いに来てくれて。それから、私を好きになってくれて」
「かがみ・・・」
「でもっ、私に無理矢理告白させたことは許さないわよ!」
「・・・ごめんなさい・・・」
こなたがシュンとなる。
そんなこなたがまた愛おしくて。
「じゃあ・・・責任・・・取ってよね?」
「・・・うん、分かった。取るよ」
その台詞を聞いて、再び唇を押し当てる。
こなたの味を出来る限り味わうように、こなたの口の中で舌を蹂躙させる。
「うむぅっ、んんっ」
少々甘い。今日の昼に食べたチョココロネの味だろうか。
「ふぁっ、うむんぅ・・・」
どちらからともなく、お互いの舌を絡める。
今はそうしているだけで幸せで。
私は、そのとき、自分が世界で一番幸せな女の子だと思った。
どれ位の間、そうしていただろうか。窓越しに見える空は、すっかり闇に染まっていた。
「・・・もう8時だよ」
「・・・そだね」
「あ、あのさ・・・こなた。今日は泊まっていったら?」
「え、良いの?」
「お姉ちゃん達は私がどうにかして説き伏せるわよ。今日からお父さんとお母さん、旅行行っちゃってるし」
「じゃあ私はお父さんに電話してくるよ。電話貸して?」
「オッケー」
さっきまでのモヤモヤは綺麗さっぱり、跡形もなく姿を消していた。
その日の夜、かがみの自室から、二人の押し殺したような喘ぎ声が漏れていたのは言うまでもない。
to be continued...