奈良市の奈良公園内にある東大寺境内で、参道と芝生の境にある柵の鎖をかじる鹿の姿が観光客の注目を集めている。金属製の鎖をあごでしっかりくわえ、ゴリゴリと音をさせてかじる姿は、まるで食べているかのよう。このエリアだけで見られるといい、専門家も謎の行動に首をひねっている。【花澤茂人】
鎖をかじる鹿が見られるのは、大仏殿から南にまっすぐ延びる参道の真ん中あたり。南大門や本坊がある周辺だ。東大寺参拝のメーンストリートとして観光客が歩き、多くの鹿が頭を下げて鹿せんべいをねだる。
昼ごろ本坊前に行ってみると、鹿が5頭ほどいた。柵の鎖は高さ約40センチ。1頭の鹿が柵に近づくと、鎖はちょうど顔の高さにある。鹿はフンフンと鎖のにおいをかいだかと思うと、おもむろにかじりついた。よく見ると、他にも鎖をかじっている鹿がいる。すぐにやめて、またかじる鹿もいれば、1分ほど延々とかじり続ける鹿もいる。「鉄分不足ちゃうか」という観光客。外国人からは「アー・ユー・ハングリー?」などと声がかかる。
奈良公園で鹿の保護活動をする「奈良の鹿愛護会」が、鎖をかじる行動に気付いたのは03年。写真コンテストの応募作品にあるのを見つけた。子供のころから東大寺にいる狹川宗玄長老(90)は「昔から見かける。一種の食料みたいなものかなと思っていた」と話しており、相当古くからの行動らしい。
ただし愛護会によると鎖は奈良公園内の他の場所にもあるのに、かじるのは南大門、本坊の周辺で行動する群れだけ。同公園の鹿約1100頭のうち、わずか10頭程度とみられる。季節や性別は問わず、親鹿も子鹿もかじる。
同会の池田佐知子事務局長は「同じ群れの中で、鎖をかじることを教え合っているのだろう。代々受け継がれているのは、鹿にとって必要な行動だからではないか。確かなことは鹿に聞かないと分からない」と首をかしげる。同会の獣医師、吉岡豊さんは「栄養バランスが崩れるとミネラル補給のため、土をなめることはあるが、特定の鹿だけが鉄分不足とは考えづらい。何かのきっかけで鎖をかじり、癖になったのだろう」と分析する。
天王寺動物園(大阪市天王寺区)の今西隆和・飼育係長は「牛などが鉄分補給のため牛舎のクギをなめたりすることはあるが、鹿は初めて聞いた。鉄分不足か、感触が面白いからかもしれない」と話している。
毎日新聞 2011年2月13日 9時32分(最終更新 2月13日 9時54分)