カラダが、千切れそうだ。
だらりと投げ出した手足。重力だけに縛られ弛緩しきっている、にも関わらず断続的な痛みが走り続けるのは、ついさっきまでずっとこの枯れ木よりも細い手足に限界の力を掛けていたから。疲れを通り越して、もはや激痛しか感じない。
空にさらけだした腹。消化器も横隔膜も働いていない、そのくせ意識を掻き乱し続けるのは、ついさっき穴でも空ける気なのかと思う程の強さで拳をブチ込まれたから。錯覚なんだろうが、内臓が潰れてどろどろに溶けあっているグロい感触だ。
呼吸も心拍も淡い胸。生きている証の動作でさえ遠く聴こえる、だというのに蝕む様な疼きを感じ続けるのは、リンカーコアなんていう胡散臭い特殊器官が暴れているから。休憩無しで十時間以上『まりょく』を絞り取っていれば、ストライキも起こしたくなるらしい。
痛み、痛み、イタミ。
聞く話によると、本質的に『痛さ』と『熱さ』は似ている。どちらも肉体に好ましくない異変が起こっている事を意味する信号なのだから当たり前で、互いに錯覚するのもしばしば、らしい。
嘘を吐くな、と言いたい。今俺が絶望的なまでに感じているのは『痛み』と、そして震えるくらいの『寒さ』だ。実際に震える気力は無く、またそんな動きをすれば傷口が開いて余計な苦痛を上乗せするだけなのでしないが。
(あん?――――ああ、そうだった。)
傷口、そう傷口だ。思考にふと並んだ言葉で思い出す。
『そういえば、血塗れダルマになる程度には、負傷していたんだったか。』
痛みの割に能天気に考えていたものだ、とその理由が分かった。同時に、感じる寒さの原因も。
―――血が足りない。
「っ………。」
こういうのは自覚すると一気にクる。まるで拷問。意識があるだけ続く、だが潜在的な恐怖と刺激信号で意識を落とす事も不可能。もう嫌だ、死ぬのは嫌だ。地獄があるならさっさと落として欲しい。いやこの状況がすでに地獄とやらの臨死体験なのか?
(……本格的に、マズいか?)
思考の脈絡もどんどん欠け落ちているのに危機感を抱く俺の視界に、ふと黒い影が過った。
メートル定規と背比べをしなければいけない身長まで『縮んで』しまった俺からすれば巨人と呼んで差し支えない大男。『身体年齢一桁の女の子』を喜悦を浮かべながらこんな状態にした悪趣味極まりないクソジジイ。
「オラ立て、まだ訓練時間は終わってないぜー?」
(、マジ………冗談……………、)
訓練?『どれだけ死なないかごっこ』の間違…い……じゃ――――――。
…………。
……。
…。
「―――――ッッ!!?」
跳ね起きた。『あの時』みたいな絶え絶えのじゃなく、贅沢なくらい荒い息。それで精一杯吸い込んだのが肌にまで染み付いた生ゴミの臭いだとまず嗅覚が教えてくれて、覚えたのは安堵だった。
乱雑に『長いくすんだ金色の髪』に出来た寝癖を抑えながら蹴り飛ばした毛布を丸める。そのまま段ボールとビニールシートで作った寝床を出ると、そこに毛布を置く代わりにコンビニのメロンパンを取り出し封を開けてかぶりついた。
「もぐ……っ、クソ、最悪な夢見たし…。」
やさぐれた『水樹奈々ボイス』。響くのはビルの壁面・コンクリートに挟まれた限定空間―――所謂路地裏。あまり大きく開かない口で唾液を持っていくもさもさした食感を下しながら辺りを見回す。
雑多に転がる、種類にもデザインにも統一感の無い物品の数々。申し訳程度の衣服、懐中電灯、歯ブラシ入りの袋、蟲の死骸……。最後のやつ以外は毛布やこのパンも含めてどこかから盗んだか漁って来たものだ。
そんな中視界の脇で何かが光ったとそちらを見ると、割れた鏡だった。覗けばうまい具合に『少女の顔』が幾つも分身する。俺が見つめるだけ鏡の中から見返してくる無数の『赤い眼』。綺麗だとは思わない。俺にとって、疎ましいものでしかない。
――――もうお分かりとは思うが、『俺の場合』は転生モノの黄金パターンであるところの『アリシアクローンの失敗作に憑依』だった。
映像アニメ作品『魔法少女リリカルなのは』シリーズ。映画化までされた人気作品で、ネット上で何千もの二次創作も生み出されていた。そんな二次創作小説の中でも主要なジャンルの一つが転生モノだ。もともと分かり易いカッコよさを出せる魔法バトルもので、しかも『おっきいおにいさん』向けで制作されたリリカルなのはは可愛い女の子が大量に登場し、また彼女らが想いを寄せるような男性キャラが存在しない―――だからこその大量の二次創作なんだろうが―――為、じゃあ自分(を投影した主人公)がその世界に行って原作知識を使って活躍しよう、ただそのまま世界を移動だけすると生活とか大変だし現地の子供に生まれ変わってしまえ、という流れで生まれたのが転生モノだ。厳密には憑依と呼ぶべき話もこれに一括りにされている。
当然の様にそれらの妄想の行き着く究極は自分が原作の可愛いヒロインといちゃいちゃするという幻想なんだろう。それが悪いとは言わない。あくまでここまでの考察は俺個人の見方であり、それに逆説的だが供給があるという事は需要があるという事で、かくいう俺もそんな作品を愛読していたからだ。
問題は―――そう、問題は。そんな俺自身までもが転生オリ主の仲間入りしてしまった事だろう。
始まりは、トラックに跳ねられたと思ったら次の瞬間には体が縮み大切なナニかを失った状態で、医療用にはどうにも見えない蛍光色の液体in人体用カプセルの中に浸かってた、などというあまりにお約束なパターンだった。お約束過ぎてテンプレな現実逃避に走る事も出来ずに至極呆気なく現状を把握し認識し対処してしまった。
頭の中に書き込まれていた知識から転移魔法ですぐさま離脱し―――魔法をきちんと学んだ今ではそれがどれだけ危険だったか解る、下手すれば永遠に次元の狭間を彷徨う可能性もあった―――辿り着いたとある管理世界。そこで俺は、文字通りの第二の人生を生きれるだけ生きてみると決めた。原作介入?どうでもいい。ハッピーエンドが約束されたような妄想の主人公ならともかく、どんなに可愛くても二次元の存在如きに実際に本物の命を懸ける趣味は無い。そんなお気楽な思考をする余裕すらあった。
俺は当初この世界を舐めていた。腕前があれば犯罪者でさえも、管理局で働くと当然の様な顔をして尉官の地位に居座れる世界だ。多少出自不明の密航者でも生きる術は見つかるだろうし、違法実験体らしい魔力資質もあればなおさら職を得る事すら容易いと何の根拠もなく信じていた。
その結果が才能ある子供に戦闘方法を仕込み戦力として使い倒す組織に騙されて連れ込まれるという嘘みたいな展開。『人を人として見ない』『弱い奴から死んでいく』そんなマンガなんかじゃありがちの、だがだからこそ最悪な環境に俺は叩き込まれた。
ゆとりまっしぐら、そんな俺がなんの冗談か白兵戦術・暗殺技術・諜報―――『女』としてのやり方を含めた―――などの物騒で人間の尊厳なんてどこかに置いてきた様な代物ばかりを、魔法の座学込みで来る日も来る日も学ばされ続ける。容赦なんて無く出来が悪ければ、やり過ぎて死んでしまっても構わないという意図が透けて見える暴力が飛んで来る。夜は大抵半死半生の中そんな事に頓着してくれない次の日の地獄に耐えられるように自分で治癒魔法をかけているか、誰かにかけてもらえるものの代償としてロリコン共の慰みモノになっているかのどっちかだった事が殆ど。
『ふざけるな』『なんで俺がこんな目に』『俺tueeeなんて出来なくても普通に生きられればそれでよかったのに』『原作?助けて欲しいのはこっちだ』『プログラムや気違いのオバサンなんぞの為に動く前に俺を助けてくれ』『もう嫌だ』『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い』『おなかが、キモチワルイ』『汚くて臭くておぞましい――飲みたくない』『ああ、こんなに簡単に人は死ぬんだ』『ひどい』『やめて』『…………殺す』『絶対に殺す』『こいつらを殺して自由に』『そしていつか、』
幸せになりたい。
………思い出すんじゃなかった。過程を省略する。結局俺は今魔法の隠匿の為に治安組織が手を出し難く通常の三倍近い刑罰を科せられるリスクがあり犯罪組織も活動したがらない、比較的文明が発達し人口の多い管理外世界の都市でホームレス<社会のゴミ>をやっている。いくつか条件に合う世界はあったのに故郷に良く似た97世界の日本を選んだのは感傷だろうか。そして……適当に放浪して居着いたのが『海鳴』だったのは。偶然、なんだろうか。ついこの間、夜空から降り注いだ幾つかの魔力反応を観測したのは。
「……ハッ。」
軽く笑い声が口から洩れる。だって考えたら笑えるだろう?過程を省略して結果だけみれば今の俺は、『原作知識持ちで過去ポ可能な悲惨な過去(笑)ありでそれによってSランクオーバーの魔導師(笑)で原作開始時期に海鳴にいるTS幼女』なんだから。見事なテンプレ二次のご都合主義。素敵だ。
素敵過ぎて、吐き気で頭がイカれそうだ。
思い当たらなければよかった。いや、それはどのみち無理な相談だっただろう。魂に書き込まれているとでもいうのか、この体になってからのどうでもいいことは普通に忘れるのに『前世』の知識は一片の曇りもなく全て引き出せる。アニメ・リリカルなのはのキャラのセリフ全部、見たMADの一コマ一コマから読んだ二次創作の地の文の誤字まで何もかも。そのおかげでいつまで経ってもこの世界がアニメの世界だという認識が無くならないんだから、ある種の呪いだ。
転生して最初の内はまだどこかで混乱していたんだろう。そして間もなくあの境遇に落とされ、ある意味だがそれから最近までは受けた苦痛からあのクソジジイ共を恨み憎んでいればそれでよかった。だが自由になってホームレスだとしても平穏に繰り返す日々に慣れると、無意識に目を逸らしていた事から逃げられなくなった。
世界が歪んだ歯車で軋み噛んで崩れ合うジャンクにしか見えない。オリ主たるべきと言われているかの様な整えられ過ぎた俺の環境が、アニメの世界などというふざけた『現実』が。気持ち悪い。なにより、俺が理不尽に受けたあの地獄が予定調和だとしたら。
間違えてまだ寿命があるのに殺しちゃった俺を転生させた神様なんて奴がいるのならいっそ出て来て欲しい。そんな意味の無い事を本気で考える気分。そんな時だった。
「……………きみはっ?」
『オリジナル』が、何の前触れもなく俺のいる路地裏に踏み込んで来たのは。
――――ほぼ無意識で隠していた銃型デバイスに手が伸びる。
「……ン…で、お前…がっ!」
「え?」
頭が真っ白になった。
溢れるのは『なんでこいつが』という何を訊きたいのかすら定かではない問い。
――――待機モードの変形すら排し、一つの機能に特化した兵器。
俺の視線の向こうで呆けるフェイト・テスタロッサ。後で冷静になればジュエルシードを探してこんな路地裏に来たんだろうと予測は出来たが、多分俺の問いの答えはそんな単純じゃない。
――――大口径と言うにも大きすぎる銃身の拳銃。
『Guard against her, sir!』
「…っ?……??」
バルディッシュの警戒を促す声も聞こえてないのか、動こうともしないオリジナル。
――――セーフティを解除すると、儀式魔法によって封印されていた磁場が銃身の中で暴れ狂う。
震える衝動に反比例して全く正確にオリジナルの左胸に銃口を向ける。まるで見えていないかの様に反応が無い。普通は誰も自分にそっくりな人間がみすぼらしい格好でこんな路地裏にいてしかもいきなり銃を向けてくると思わず、この反応も当然なのかもしれないが、それでもこの鈍さに無性に苛立った。
――――自然界には決して存在しない、圧縮された磁場の中心に超電導魔術加工弾頭が起される。
こんな奴が。
能天気な面して石っころを漁ってる様な奴が。
過去のしみったれた思い出なんぞにしがみつく<しがみつくことができる>マザーファッカーが。
――――トリガーを引く。
俺より綺麗な手で。俺より綺麗な躯で。俺より綺麗な心で!
なのに俺と鏡映しの姿で、今目の前に立っている。
――――生物ならば即体内の電流を完全に狂わされてしまう死の磁場に後押しされ、鋼の獣が喜び勇んで飛び出した。
なんで。
何で。
何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で、
『Protection―――、』
「弾ぜろォォッッッッ!!!」
――――音速の壁同様に、無機質なAIが勝手に張った障壁も獣は容易く突き破る。
そして。
地平線の彼方まで貫いたレールガンの前に、気が付けば『フェイト・テスタロッサだったモノ』は、跡形も残っていなかった。
…………。
……。
…。
「ここ、か。」
見上げるドア。見下げる下界。高層マンションの一室の前。『フェイト・テスタロッサ』の家に俺は来ていた。
ノブを捻り引っ張る。鍵が掛っていた。当然だ。家主は外出どころかもうこの世の何処にもいない。嘘だ。『俺』がいる。
壊すまでもなく鍵を魔法でさらりと開ける。オートロックは空を飛んでかわした。扉を開けると、殆ど物が見当たらない買ったままの様な、生活感のない空虚な部屋が広がっている。分譲式のマンションを拠点として手に入れて、そのまま早速ジュエルシード探索に乗り出したところに俺と接触してしまった、こんなところか。あるいは生活必需品は使い魔に買うよう指示を出していたのかも知れない。今頃はもう主の死で魔力欠乏になり、後を追っているんだろうが。
「………ふん。」
彼女らはここでどんな生活を送る筈だったのか。そんな事をちらりと考えたが、無駄な事だった。床に乱雑に置かれた偽造戸籍に住民票、残額八桁に届く預金通帳。死んだ跡すら残っていないオリジナルがこの世界に接点を殆ど持っていない以上、この部屋も含めて全て俺が使っても誰も文句を言わないし、気付きもしない。
『キャスト:フェイト・テスタロッサ』は俺が引き継ぎ、世界は何も変わらない。
バスルームに入り、ホームレス生活から襤褸々々の服を着たまま数ヶ月ぶりのシャワーを頭から被る。震えが来る位の冷水が丁度よかった。すぐにガスが働き出し、温水になったが。―――――それに溶ける様に、眼から溢れた涙が混じり始めたが。
「~~~~っ。」
今なら分かる。フェイトを殺した理由、あの衝動は、ただの八つ当たりだ。
過去の自分より恵まれた境遇の、望みさえすれば自由が得られるオリジナルの境遇への嫉妬は的外れだし、何より俺が苛立ったのはそんな事じゃない。『魔法少女リリカルなのは』の世界なんていう不自然な環境で、それを象徴する作家の妄想に踊るだけの筈の『原作キャラ』が―――それも、よりにもよって俺と同じ顔のあいつが一番に遭遇してしまった。それが俺にとってどうしようもなくむかついただけの事。
勘違いしないで欲しいのは、その程度の理由でフェイトを殺した事に泣いてるんじゃない。無関係のガキを殺した程度で動揺する精神なら俺はとっくにあの時代に死んでいる。
どうしようもなく悲しいのは。泣いてしまう程腹立たしいのは。
オリジナルを殺し、俺が『キャスト・フェイト・テスタロッサ』に成り替わって致命的に原作のシナリオは破壊された。なのに世界は何も変わらない。
レールガンの余波で、射線上に居た何百もの命が消えた。オリジナルを殺してから何事もなくここに来るまでにパニックがそこかしこで起きていた―――その騒ぎに乗じもしたが―――し、街頭で覗いたニュースで速報が流れていた。それでも世界は変わらない。
このクズみたいな世界は厳然と在り続け、俺もそこに存在している。それだけで痛い。
「……ぅ…ぁぁぁ…~~~~っ。」
水道水のシャワーの中の嗚咽は、やはり世界に飲み込まれ空しく消えていった。
………続編じゃなくて?
………だって結構悩んだけど実際希くんじゃA’sは八神家の事管理局に通報して終わり、で話拡げようが無いし。Stsだって地球には何の害も無さそうだから放置でしょ?
………で、希以上に見方によっては全く同情の余地がないこいつでA’s?
………一発ネタかもしれないけど。いい加減このパターン飽きた?
………飽きた、っていうか、ねぇ?
………奇は正に混じってこそだよ。テンプレTS幼女が絶滅寸前のこの時代に、馬鹿じゃないの。
………っ、今まで語尾は疑問形で続いてたのによりにもよってそこで流れを切るか!?認めない、俺は、非難の多い転生TS幼女でも愛好している。立てよ同志、再びTS幼女に黄金時代を!!あの日の栄光を!!
………もしかしてあんた、――――それが書きたかっただけ?
……………。
続かない?