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[24886] 「とある金髪と危険な仲間達」【とある魔術の禁書目録 TS 憑依?】
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2011/02/10 17:43
「はじめに」

こんにちは、カニカマです
以前こちらで同名のものを投稿させて頂いていたのですが、小説の書き方や私の小説に対する知識があまり良いものでなかった為、一度全消去して手直しをしていました。
あの時楽しみにしてくれていた読者の方々や小説の書き方を教えてくれた人に何の連絡もせずに消去してしまった事を深く反省しています。

今回は完結させる意気込みで頑張りたいと思いますので、厳しい意見や間違っている部分を指摘してもらえれば幸いと思っています。

<11/14>
初投稿

<11/18追記>
この作品は一人称視点がメインです。本編の話は基本的に主人公の視点で話が進んでいきます。
例外として主人公と全く関係のない場所の話、番外編で他のキャラクターが主人公を演じる時は三人称視点で書いていく予定です。
変わった書き方と思いますが、応援して頂ければ幸いに思います。


<11/27追記>
この話の大まかな流れとして
本編~主人公からの一人称視点。本編の流れ
幕間~三人称視点。本編と深く関係するが、主人公がいなかったり気絶していたり
番外~その時による。本編や時間との関連性も薄め
としています。変わった分け方と思いますが、よろしくお願いします。

<12/11追記>
チラシの裏から移動。その際不手際にて全消去。
消去する前
PV約69000
感想101

<12/12追記>
今回は私の不手際により、皆様から頂いた沢山の感想を全て無にしてしまうという許されない事をしてしまった事を、反省と同時に……一番悲しいのは私という事実もあります。リアルに、泣いた。
それどころか見てくれた人達の足跡すら残らず、最初はあまりの事にパニック状態となり、再投稿しようにもエラーばかりでどうすればいいのか分からず、結果としてこんなに復旧が遅れたことをお詫び申し上げます。
こんな事をしてしまった私ですが、これからも応援して頂けると幸いに思います。また今まで見てくれた、感想をくれた、指摘をしてくれた人達の事を決して忘れず、また今後の糧にもしていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。

<1/3追記>
タイトルからチラ裏表記消去
元ネタを、「とある魔術」から「とある魔術の禁書目録」へ修正

<1/22追記>
タイトルに、TS表記を追加


2/10
第十七話「電磁崩し」
予告編『絶対能力新化計画』
修正

誤字というか、台詞を間違えて書くという史上最悪のミスを仕出かしてしまいました! 眠くてミスしたと思われます……一方さんと上条さんの台詞(しかも間違えた上条さんの台詞はその場に全く関係ない)間違えるとか、どんなミスしてるんだ私……
すぐに修正しておきました! 指摘して頂いてありがとうございます。



[24886] 第零話「プロローグ」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 07:29
「プロローグ」
 

 俺の名前は「藤田 真」、どこにでもいる大学生だ。友達はそこそこいて家族関係は良好、ごく一般的で平凡な人間である。
  趣味は……あまり大きな声で言うと女友達が引くからアレだが、漫画ゲーム小説ネットサーフィンにとある動画サイト鑑賞。まぁ、世間一般で言うオタクってやつだ。友達の一部はそういった連中で固まっているところもあり、どんどん深みにはまっていっている。
  まぁ特に変わった家庭環境って事はなく、孤立したりしているわけでもなく、ただのオタクってこと以外は変わったところなんて何一つない学生だったってわけだ。
  事が起こったのは大学から我が家へ帰宅する時の事、信号を渡っていたら突然左側からの猛烈な衝撃で俺の体は宙を舞った。何が起こったのか最初は訳が分からなかったが今なら車に轢かれたという事は理解出来る。それがテンプレみたいにトラックだったかは置いておいて、ともかく俺は死んでしまった訳だ。友達や家族とこれでお別れなんて寂しすぎるし、まだまだやりたい事も沢山あったが運命といえば仕方ない事なのかもしれない。
 ……ただ一つ、大きな未練があった。
 最近第二期が始まり、人気大爆発中のライトノベル…「とある魔術の禁書目録」の続きである。最新刊の二十二巻はそりゃあ凄かった!詳しくは省くが色々と凄かった!!
 どうしてもその続きが知りたい!
 これからどうなっていくのかすっげぇ気になる!
 そして色々と妄想したいぜ!
 そんな事を考えながら、俺の意識は黒く塗りつぶされていった。


 



 そして現在
 流れる様な美しい金髪、見る者を魅了するであろう程綺麗な青い瞳、まだ4、5歳であろうか?幼いながらも将来確実に美人になるであろうと容易に想像できる幼女……それが今の俺の姿さ。

「どうしてこうなった………」

 鏡の前でorz状態になる俺。
 

 拝啓 お父さん、お母さん、妹よ。私は何故か女の子になってしまったけれど、それでもまだ元気です(泣)



[24886] 第一話「私こと藤田 真はまだ元気です」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 07:31
「私こと藤田 真はまだ元気です」



 うん、まずは落ち着いて聞いてほしい。というか俺が落ち着きたい気分だ。
 まずいきなり、大の男が幼女に変身しました。なんて言っても理解出来ないと思う。というよりも俺も良く理解出来ていない。なのにパニックになっていないのは、次から次へと自分頭の中に入ってくる情報があるからだ。
 その情報によると、なんとここは「とある魔術の禁書目録」の世界であるという。その情報に唖然とするが、次々と書き込まれていく情報はそんな驚きをどんどん埋めていくほど膨大な量であった。特に今自分の体となっているこの幼女の記憶が続々と入ってきた。

 まずこの娘(俺)には身寄りがいない。

 俺はいわゆる『置き去り(チャイルドエラー)』らしい。両親は幼い俺を学園都市に預けてそのまま行方知れずとなってしまった訳だ。原作での置き去りの扱いを知ってしまっている俺としては既に絶望状態な訳だが、それ以上にアレな情報が頭の中に転がりこんできてしまった。
 俺の名前は「フレンダ」、本名は長いので省略。
 苗字がないのは置き去りにされてから付けられたコードネームみたいなモンだったのね……



「よりによってフレンダはないだろ……」

 話は冒頭に戻り、俺は未だ鏡の前でorzのポーズのままネガっていた。
 フレンダというのはいずれ暗部組織の一つである『アイテム』の一員となり、様々な裏仕事をやってのける脇役キャラである。
 ……え? 『アイテム』のキャラは主人公の一人である浜面がいるから全員目立つんじゃないのって? いや、確かに麦のんはターミネーターになるし、滝壺はメインヒロインだし、絹旗は目立てなくてもなんだかんだで活躍をしていくことは間違いないよね。
 だが、フレンダは別なのだ。
 本編知ってる人達ならフレンダの末路は言わずもがなだろう。暗部組織である『スクール』に脅された挙句に情報喋ってしまい、『アイテム』のリーダーである麦のんの手によって真っ二つになってしまうのだ。


「確かに禁書の世界には行きたいと言ったさ…でも神様、いくらなんでもこれはないだろこれは……」

 本当にどうしたら良いものか……と立ち上がりつつ考える。が、全くいい考えが思い浮かばない。ちっくしょー、大体フレンダが悪いんじゃ。簡単に情報なんて漏らしちゃって麦のんの『原子崩し(メルトダウナー)』で真っ二つにされちゃうんだから……
 まぁ、俺だって学園都市の『第二位』に凄まれたらペラペラと喋ってしまう自信がある。だがあんな末路になると分かっていれば絶対に……って、そうだ! 俺は未来を知っているじゃないか! 確かにフレンダはあの時『スクール』に捕まってしまい情報を話してしまうが、俺はその事を知っている。そしてあの時麦のんは捕まっていなかった、つまりは麦のんと一緒にいれば最低でも一人で捕まってしまう様な事はない筈。
 フレンダがどう捕まったのか分からないという不確定要素こそあるが、あの時の戦いを知っているという事はそれだけで有利な筈。

 そしてもう一つ、そもそも『アイテム』に所属しなければいいじゃない。

 フレンダがどういう経緯で『アイテム』に所属するかは知らないが、そもそも所属しない様にすれば良い。置き去りだからという理由だけで暗部には落ちないだろうし、いい子ちゃんでいれば格段に入る確立だって下がる筈である。
 そもそもフレンダは確かに脇役だが、鏡で俺の姿を確認すると凄まじく容姿端麗である。現実の俺はどこにでもいる容姿だったが、フレンダは間違いなく美人とかそういった類に分類されるだろう。残念なのはちっぱいである事だが、これは幼女だから仕方ない。
 考えればそう悪い事ばかりでもない今の状況に、気分が高揚していくの感じる。冷静に考えればこの世界を体験し、そして生きていく事だって不可能ではない事なのだ。危ない事はヒーロー達に任せて、俺はゆっくりとして人生をこの世界で過ごしていけばいい。

「にひひひひ♪」

 自然と笑みを浮かべ、ニヤリと微笑む。希望を持ってしまうと現金なもので、俺は小躍りしながら鏡の前で跳ね回った。せっかく来た禁書の世界、楽しまなきゃ損、ぐらいの気持ちでやっていこう! と意気込んで鏡の前で跳ねていた時、突如部屋の扉が開いて一人の女性が訝しげな視線を向けてきた

「フレンダちゃん、あなたに頼み事が……何してるの?」

 綺麗な女の人に小躍りしてるの見られた。死にたい……

 
 先程の女性の後ろを歩く。用事がなんなのかは言ってくれなかったが、気分が高揚している自分は素直に「了解!」と応えた。その元気な返事に好印象を持ったのか女性は眉をしかめちゃってました。べ、別に外したとか思ってないんだからねっ。
 女性の後ろについたまま、俺は今自分が歩いているところはどこなのか考える。記憶のせいかこの建物の構造は理解出来た。どうやら一階のロビーらしき場所に向かっているようだ。
 あっ、ちなみにこの科学者さんの名前は田辺さん。俺の担当なので名前だけでも覚えてあげてね。とか何とか考えてる間にロビー入り口前に到着。どうやらロビーには人がいるらしく、話し声が扉越しに聞こえてきた。

「ちょっと待っててね。」

 田辺さんはそう言うと俺を置いてロビーに入っていってしまった。

「しかし俺にお客さんかぁ……」

 あまりにも暇すぎるので独り言を呟き、あくびをして考える。俺ことフレンダには既に肉親はいない上、あくまで記憶の中でだがフレンダは無能力者のため研究者等の人間も考えにくい。だからといってこの学園都市でどこにでもいる『置き去り』の一人に用事があるっていう人間はそういないだろうが。
 もしかすると施設に出資してる団体のお偉いさんとかなのかもしれない。それに対して田辺さんは元気溢れる俺に挨拶をして欲しいというわけなのかも。ウチの施設の子供はこんなに元気があるのでございましてよ~オホホホ、みたいな……嫌味すぎるわ。だからといって親もいない幼女に特別な客なんて来ないだろうし……と考えている間に話は終わったらしく、田辺さんが扉を開けて手招きをした。

「フレンダちゃん、お話が終わったから入ってもいいわよ」
「あ……はーい」

 先程とは違う返事に満足したのか笑顔を浮かべた田辺さんは俺の右手を軽く掴むとそのままロビーの待合席へと向かう。視線の先には二人の人間がいた。
 一人は明らかに科学者といった感じの初老の男性。もう一人は男性が影になっていて見えないが、背丈からするに俺より少しだけ年上と思えるの女の子だ。手元だけはハッキリと見えるが何かゲームをしているらしくぴこぴこと音が聞こえる。俺にくれ。

「お待たせしました、この子が話していたフレンダですわ」
「ほぉ、愛らしい子じゃありませんか」
「ご希望に添えられればよろしいのですが…フレンダちゃん、挨拶して」
「あ、はい。えーと、おr…じゃなくて私の名前はフレンダって言います。よろしくお願いします」

 記憶によれば確かフレンダの一人称は私だったはずだし、女の子が俺は不味いだろうということで一人称は私でいこう。ちなみに俺っ娘は大好物でございますのことよ。
 しかしコイツが邪魔で後ろの子が全然見えないじゃないか……別に野郎を見ても楽しくないので即刻どいてもらいたいところだったが、その瞬間は早速訪れた。

「ははは、礼儀正しくて良い子だ。実は今日は君に大切なお願いがあって来たんだよ」

 そう言って立ち上がって横へずれると、視線を隣にいた子へ向けた。

 栗色の長くて少しパーマのかかった髪、鋭いが猛禽類の様な美しさを感じさせる瞳、恐らく自分より二、三歳程度しか離れていないにも関わらず、若干だが女性を感じさせる部分が既に見え始めている。
 それを見た瞬間、俺の思考は停止した。エアコンが効いているロビーなのにどっと汗が吹き出、声が出ない。

(ちょ、ちょちょちょ……!?)

 少女は全く意に介さないといった感じでゲームから目を離さない。周囲など知った事ではない、と言いたげな態度だ。まるで女王…いや、女帝。
 男はニコニコしながらこちらに視線を戻して口を開く。

「フレンダちゃん、彼女の名は」
(む、むむむむむむむむ)


「麦野 沈利だ」
(麦のおぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォんんん!!?)

 クソオッサンの声と俺のソウルボイスが同時に響く。俺は心の中で思った。

 もう神様なんて信じない……



[24886] 第二話「ファーストコンタクト」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 07:32
「ファーストコンタクト」


 2……3、5……7…… 落ち着くんだ……「素数」を数えて落ち着くんだ…… 11……13……17……19、「素数」は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……俺に勇気を与えてくれる。
 などと俺が現実逃避している間に、男は「麦野 沈利」の紹介を進めていく。魂が天国をスッ跳ばして冥界に行ってしまっている私にはその内容を殆ど聞いていなかったのだが、言いたい事は大体分かった。簡単に纏めると

 麦のん今日からここに住むよ。
 施設の事はよく分からないだろうから誰か一緒にいれる子いない?
 あぁ、いますよ(笑)

 ……うん、何ていうかね。神様って奴はさ、幼女とか転生したばっかりの心が脆い人間には手心を加えて欲しいんだ。いきなり麦のんとか心の準備とか、その……ね?
 ぶっちゃけて言うとめっちゃ怖いんですぅ。
 こんな状況でも麦のんは一切周囲に目を向ける気がなさそうだし、男は柔和な笑みを浮かべてそのままだ。田辺さんも動く様子がない。このままではこの居心地の悪い状態のまま延々と時が過ぎていってしまうのだろうか? 胃に穴空くぞ。
 第一何で麦のんがこんな『置き去り』の施設に住む必要性があるんだろうかと思う。確かに麦のんは生い立ちがハッキリしてないし、どんな生活を送ってきたのか不明ではあるが、漫画版の超電磁砲の扉絵に少しだけ小さい麦のんが載っていたのを記憶している。薄ら覚えだが相当いい所のお嬢様といった感じだったはずであり、そんな子が『置き去り』になるとは考えにくい。まぁ何が起こるか分からないのが学園都市ってやつなんだろうけどね。
 そんな事を考えて黙っている俺を見かねたのか、マダオ(今命名)は麦野に視線を向けて微笑みを浮かべたまま口を開いた。

「『原子崩し(メルトダウナー)』、この施設を案内してくれる子だよ。挨拶の一つでもしてはどうかな?」

 おぉ、もう『原子崩し』って呼ばれてるし。まぁ麦のんにちゃん付けなんてして呼んだ日にはマタ/゛オになってしまう事だろうから、異名以外だと呼びにくいよね。かくいう俺も心の中では麦のん麦のん連呼しているけれども、実際本人を前にしてはそんな呼び方絶対に出来ません。そんなことした日には真っ二つになってしまうことだろうしね。
 まぁそんな周囲の声も気に留めず、麦のんは相変わらずゲームに没頭してる訳なんだよね。大の男に隣で注意受けてるというのに完全スルーとは……麦のん、恐ろしい子! でも最近こういう子多いよね。
 反応を示さない麦のんに男はまるで困っていますと言わんばかりの白々しい笑みを浮かべて俺に視線を向ける。いやいや、無理ですから。こんな状態の麦のんに話しかけるとか死亡フラグ以外の何物でもないから。マダオがやんなさいよ。
 そんな中、田辺さんは不安そうな表情で俺とマダオを交互に見やっている。どうやら田辺さんの救助は期待出来そうにもなく、やがてマダオはゆっくりと口を開いた。

「フレンダちゃん、君が話しかけてみてくれないかな? この子は少し人見知りでね、同世代の子なら少しは緊張も紛れるかもしれないしね。」

 どう見ても同世代ではないです、本当にありがとうございました。と、心の中では冗談めいた事を考えてはいるが、ぶっちゃけて物凄いやばい。汗は凄いかいてるし、心拍数は物凄い事になっていそうなほどバックンバックンいっている。

 やばいやばいやばいやばいやばい。さっき死亡フラグ立てない様にしなきゃ駄目だね、麦のんとは関わらない方向かアイテムとは無関係な方向でいくよ。とか考えてたのにもう俺が話さなくちゃこのイベント進まない感じだよ。だってマダオは全然やる気なさそうだし、田辺さんは心配そうに状況見守ってるだけだし、ゆとり麦のんはゲームしてるし……もう俺しかいないじゃない。まだこの世界に来て一時間くらいしか経ってないのにこんな死亡フラグが立つなんて考えもしなかった。そもそも麦のんとフレンダはこんなに早い時期から知り合っていたなんて知りもしなかったし。
 
 ……分かった、分かったよ! 覚悟決めるよ、決めればいいんでしょ!?
 
 一度大きく唾を飲み込み、右足から踏み出す。麦のんのところまでせいぜい数歩しかない。死刑執行の部屋に行くのと変わらない気持ちで足を進める。心配そうな顔で見送る寺内さんから離れ、ニコニコと殺意の沸く笑みを浮かべたマダオの隣を素通りし、俺はとうとう麦のんの隣へとやってきた。麦のんは相変わらずゆとりモードであり、隣に俺が来ても全く反応する様子は見られない。
 麦のんが反応する様子はないのでこちらに気づかせる作戦はまず失敗。仕方ない、こうなったら第二プランだ! (行き当たりばったりです)
 麦のんの隣に座り、どんなゲームをやっているのか覗き込む。どうやらごく一般的な縦スクロールシューティングゲームらしく、飛んでくる敵の戦闘機を麦のん操る赤い機体が次々と撃墜していく。しっかりと敵の弾を見分けて捌いていく赤い戦闘機はどうやら残数一機らしい。さっきから危ない場面がばんばん出ている。それでもやっているステージは敵の攻撃の厳しさ、ステージの雰囲気などからラストステージなのかなぁと初見の俺でも理解出来た。ふむふむ、これなら確かに集中しすぎるのも分かるね、大事な場面だもんね。

 でもね、言わせて欲しい。
 麦のん、まだまだシューティングゲームをやるのは甘い!
 今まで言ってなかったけど、俺はゲームの中でも特にシーティングゲームが物凄い得意でしかも大好物だ。新作は大体チェックしてるし、既存の作品はかなりプレイしてやり込んでいる。いつも行ってるゲーセンでにあるシューティングゲームのランキング一位は殆ど俺だ。自慢じゃないけど今麦のんがやってる程度の難易度であれば、ノーミスでクリアできる。
 必死になって指を動かし続けている麦のんを見ていると、自然と笑いが込み上げてきた。例え一人で軍隊と戦えるという触れ込みの「超能力者(レベル5)」でも、凡人に勝てない事もあるんだなぁ、と麦のんの隣で笑みを浮かべる。その様子を見ていた田辺さんとマダオが少し驚いた様子の表情を浮かべるが、俺は特に気にもせず麦のんのプレイを眺め続ける。
 と俺が隣で微笑ましい(生暖かい)視線を送っている間にも、麦のんの表情はどんどん切羽詰まった感じになってきている。見れば操作もかなり雑になってきている感じで、先程まで余裕のあった感じの動きではない。落ちるのも時間の問題であろう。
 あ、だからそっちに避けちゃダメだって……そこはボム使う場面じゃないでしょ! 違う違うそうじゃなくてね、もっとこうスィーッと動く感じでもうあああああぁぁぁぁあああーー!!

「そこじゃないって!」
「きゃっ!?」

 ボボーン  ゲェムオゥバァー ノーコンティニゥ

 
 …………
 
 
 機械の無機質で無慈悲な声が終わり、ロビーを静寂が支配する。今までロビーに響いていたゲーム音が消えたから当然でしょという人もいるだろうが、違う。
 先程まで聞こえていた鳥のさえずりが、虫のさざめきが、外を走る車の音さえ消えた。ニコニコと微笑んでいたマダオから笑みが消え、田辺さんは口元を押さえて俺を見ている。
 俺? 俺はいつも通りですYO。少し唇が不健康な青紫になって変な汗が滝のように溢れてきて内蔵が震える様な感覚に襲われているけれども、いつも通りですよ。

 ちょ、ちょっと待って、言い訳をさせて欲しい。まず何がいけないって麦のんがいけない、いけないったらいけない。
 そしてマダオがいけない。いたいけな幼女にこんな妖怪ゲフンゲフン超能力者の相手をさせるのがいけない。ばかなの、しぬの?
 田辺さんは……うん、何ていうか少しは喋って欲しかったかな。

 隣に座っていた麦のんがゆっくりと立ち上がる。それだけで俺の心臓はエンジン全開状態でバックンバックンいっている。麦のんはそのままゆっくりと俺の前に移動した。どんな状態かというと、座ったまま俯いている私を麦のんが立って見下ろしている感じだ。
 こえぇ……顔が上げらんない。見たら私絶対石化する、間違いない。大体さっきまでの俺は何考えてたんだ。ゲームの事だけで麦のんに口出ししてもいいとでも思ったのか? それはどう考えても死亡フラグだろ。
 どうしようどうしようどうしようどうし(ガッ)ひいいぃぃぃくぁwせdrftgyふじこlp!! む、麦のんの手が、手が私の襟元にぃぃ!!
 涙他様々な液体が零れ落ちそうな恐怖を我慢して顔を上げる。そこには、「私不機嫌です」ありありな麦のんの顔があった。

 

 父様、母様、妹へ。この度最後のお願いがあります。私の部屋のパソコンのハードディスクは分解してから燃やして灰にしたあと鍵付金庫に入れて海中に投棄してください……



[24886] 幕間1「フレンダという名」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 07:40
「フレンダという名」

 その日、施設の副院長であり子供達を世話する職員の実質的リーダーである「田辺 住香」は残った職務を片付けるために一人残って仕事をしていた。書類を纏め直し、目を通して各ファイルへとしまい直す。一通り終わった事を確認すると田辺は近くにあったソファーへと体を預けた。

「んっー……! 疲れたわぁ」

 昼は無限の元気を持つのかと疑問を持つほどの子供達の世話、そしてそれが終わった後は書類仕事や事務仕事。これで疲れるなというのは無理があるだろう。ましてや実務においてはこの施設の実質的なリーダーの田辺である。自然と仕事の量も相当溜まってしまうのだ。実際今週は毎日残業ばかりである。

 それでも田辺は今の仕事に満足していた。遣り甲斐があって毎日が夢の様だった。ふとこの施設の事を考える。


 『置き去り(チャイルドエラー)』

 学園都市が有する問題の中で特に表立って目立つ最大の問題の一つである。要は学園都市に子供を編入させ、入学金だけ支払ってそのまま行方を晦ます、というものである。学園都市に残された子供はその後の学費を払えず、また帰る当てもない天涯孤独の身となってしまう。単純ではあるが学園都市の制度の穴をついたもので、今のところ対策という対策は出来ていないのが現状だ。
 だが学園都市も手を打っていない訳ではない。『置き去り』の増加自体は防げているとは言いがたいが、それに対処する手段もとられている。その一つが今寺内が勤めている施設だった。親に見捨てられた『置き去り』を受け入れるための保護施設や学校、卒業した後のケア等を学園都市は行っている。勿論それで全てが解決している訳ではないのは確かだが、とりあえず飢えたり犯罪に走ってしまう可能性がある子供達を救う事は出来ている筈だ、と田辺は軽く笑みを浮かべた。

「最後にみんなを見て回ってから帰ろうかしら」

 そう一人で呟いて田辺は立ち上がる。時間は既に九時を過ぎており、子供達は殆ど寝てしまっている筈だ。そんな状態の部屋に上がりこんで顔を確認しようとは思っていないが、見回って帰るというだけでも別に構わないだろう。

(それに……あの子の事も気になるしね)

 そう心の中で呟き、田辺は事務室を後にする。


 非常灯が照らす廊下は静かで、数ある部屋からも子供達の声や動いている音は殆ど聞こえない。稀に起きている者もいるだろうが、この様子だとこの棟の子供達は間もなく全員寝付くだろう。特に問題のないことを確認した田辺はホッと息を吐いて顔を綻ばせるが、一番奥にあった部屋の扉の前に立った瞬間、そんな表情は一瞬で失われた。先程の幸せそうな表情とは真逆の、何かを耐えている様な顔……しばらくそのまま立ち尽くしていたが、やがてゆっくりとドアノブに手をかけ回す。そのまま音が響かないようにゆっくりと扉を開いた。
 部屋は普通の六畳一間の洋室だ。ベッドに学習机、壁と一体になったクローゼットの他にはこの部屋にいる住人の物であろうぬいぐるみや本などが置いてある。だがそれらは全て投げ捨てられており、どれもこれも散乱してしまってる。田辺は「あらあら」と優しく言いながらベッドの上にいる子供へと視線を向けた。
 美しい金の髪は手入れも碌にしていないようでボサボサになってしまっており本来の美しさの半分も出せてはいない。サファイアと見紛うばかりの青い瞳は赤く腫れ上がってしまって痛々しいものがある。恐らくついさっきまで泣いていたのであろう、ベッドの上にはポツポツと染みが確認できた。
 見た目はおよそ五、六歳程度の女の子だろうか?金髪と白い肌、それに目の色から日本人ではない事は明確だろう。田辺は少女を刺激しないようゆっくりと隣に移動してベッドの上に腰を下ろす。少女は軽く嗚咽を漏らすだけで特に何も言う事はない。田辺もしばらくそのまま黙って少女の隣に座っているだけだった。

「スミカ……」
「なぁに?    ちゃん」
「ママはまだ迎えに来ないの……?」

 その少女の言葉に田辺は胸が締め付けられる様な痛みを感じるが、表情に出す事なくゆっくりとした動作で少女を抱きしめる。少女は一瞬ビクッ、としたがそのまま田辺の方へと体を預けた。
 少女は『置き去り』である。他の子供達と同じように学園都市の扉をくぐり、そして同じように親に捨てられた。学園都市の中ではどこにでもある悲劇で、探す事なんてしなくても目に付くもの。違ったのは少女にとって両親は絶対的なものだったということ。
 『置き去り』の子供達は遅かれ早かれ自らは親に捨てられたのだと理解する時が来る。その時どんな事を思うかはその子供達によるが、大抵の子供達はそれを乗り越えていき、大人になっていくのだ。だがその大抵に入れない子供達もいる。自分は親に捨てられてなんかいないと、両親はいずれ迎えにきてくれるのだと信じ続ける子供達の数は決して少なくはないのだ。
 この子はなまじ理解するのが早すぎた。下手に聡明な頭脳がそれを理解した途端、少女の心を壊すほどの衝撃が彼女の心を蝕んだ。救えるはずの両親は二度とここには来ない。そんな少女を田辺は優しく抱きしめた少女を慈しむ様撫で続ける。少女から少しずつ力が抜けていった。

「大丈夫よ、私はここにいるわ」
「……」

 少女から静かな寝息が聞こえ始めたところで田辺は少女を静かにベッドへ寝かせる。自分の服をしっかりと掴んで離さない少女の手を苦笑しつつ優しく外すと、「おやすみなさい     ちゃん」と声をかけ部屋から出た。

 
 さぁ荷物を持って帰ろう、と事務室に戻った田辺を待っていたのは一本の電話だった。まるでここに帰ってくるのを見計らったかのように鳴る電話に一抹の不安を覚えるが、まさか無視するわけにもいかず電話をとる。

「もしもし、希望の園です」
『おおー、まだいてくれたか。いやぁ良かった良かった!』

 聞き覚えのある声、いや……あり過ぎる声だった。その声を聞いた瞬間田辺の体が硬直し、受話器を持つ手に力が入る。そんな田辺の様子を知ってか知らずか電話の相手は捲くし立てる様な声で矢継ぎ早に言葉を発した。
『いやぁ、もういなかったらどうしようかと思っていたんだよ! 何せもうこんな時間だからね、いやぁ私は友人が少ないから苦労したものさ。そうそう肝心の頼みごとを言うのを忘れていたよ。』
「……一体何の用でしょうか?」

 田辺は内心気が気ではなかった。今会話してる相手はここに勤める前まで一緒に働いていた上司である。電話の相手が何の用事があるのかさっぱり分からないが、恐らく禄でもないことに違いない。

『聞いてくれたまえ! 新たな『超能力者』が発現したのだよ!』

 その言葉に田辺は目を見開いた。

 『超能力者(レベル5)』

 この学園都市には能力者というものが存在する。そもそも学園都市は能力者というものを生み出す巨大な施設であり、実験場でもあるのだ。そしてその最終目標が『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの』、『絶対能力(レベル6)』といわれる能力者である。
 即ち『超能力者』とは学園都市が目指すものに最も近い存在であり、また絶対的に数が少ない存在でもある。現状『超能力者』として確認されているのは幼いながらも強大な力を持つ『一方通行(アクセラレータ)』、つい最近確認された『未元物質(ダークマター)』の二名しかおらず、互いにまだ能力者としてはとんでもなく幼い存在だ。田辺も直接実験に関与していないので詳しく知るところではないが、この二名は聞いただけでも背筋が凍るような能力を有している。そんな怪物に等しい存在がまた生み出されたのか、という事実に田辺はグッと出掛かった言葉をしまい込んだ。
 そう、既に自分はこういった事とは無関係な場所にいるのだ。好奇心猫を殺すということわざがある様に、不用意に口を出す事もない。田辺はそう考えて一度深呼吸をして口を開く。

「それは素晴らしい事ですね。学園都市が目指す目標にまた一歩近づいたことでしょう」
『全くさ! そうそう、もうコードネームも決まっているんだよ。『原子崩し』と言うんだがね、驚く事にまだ少女さ』

 その言葉に田辺は驚きを隠せなかった。今まで発現した『一方通行』と『未元物質』は二人とも幼いが男子であり、女子の『超能力者』というのは初めての事である。その『原子崩し』というものがどういった能力か細かい事は分からないが、『超能力者』という区別をされる以上、他の二名と比べても遜色ない能力なのだろうという事は理解出来た。

 そして驚きと共に這い出た感情がある。それは漠然とした不安だ。
 電話の相手の用心深さはよく知っている。何せ数年間同じ部署で働き、相当な「汚れ仕事」を行ってきた間柄だ。そんな相手が何故こうもペラペラと自分に情報を話すのか、既に部外者である自分には既に関係のないことであるのにも関わらずだ。その理由は一つしかない。

『おっとと、また話に夢中になって用事を言うのを忘れるところだったよ。すまないねぇ、なんせ私の研究所から出た初めての『超能力者』だ、興奮するのも分かってくれるだろう?』

 この相手は

『その用事なんだが……』

 今現在の私の立場を利用して何かをしようとしているのに違いない。
 そしてそれはおぞましく、また田辺にとって決して逃れる事の出来ない要求でもあった。



 電話から五日後……
 田辺は「とある施設」にいた。いつものエプロン姿ではなく、学園都市の研究者達が着込む白衣を身につけ、施設の中をゆっくりとした足取りで進む。その足取りはまるで田辺の心の中を現したかのように重く、そして辛い足取りのようでもあった。やがて田辺は一つの部屋の前で立ち止まり、気持ちを落ち着けるかのように一度大きく息を吐いてドアを開いた。
 そこにいたのは田辺の施設にいるあの金髪の少女であった。あの時と違い金色の髪は美しい輝きを内包したままふんわりとした状態で、サファイアと見紛う瞳はキラキラとした輝きを放っているかのように見えた。少女は田辺に気がつくと、座っていた椅子を下りて小走りで近づき、ぬいぐるみを抱いていない方の手で田辺の白衣の裾をギッと握る。そんな少女に田辺は平静を装いつつも微笑みながら頭を撫でた。

「待たせちゃったわね     ちゃん。用意が出来たから一緒に行こうか?」
「……うん」

 そういって手を握り、田辺と少女は歩き出した。施設内は静かで、機械の音以外には二人の足音以外殆ど聞こえない。田辺はまるで自分と少女以外の全てが消えてしまったのかな、と馬鹿げた考えをする。そんなことはあるはずもないのだが、この時だけはそうなってほしいという感情が勝っていたのかもしれない。
 沈黙は続き、二人はそのまま実験室へと続くエレベーターに入り田辺は地下のボタンを押した。学園都市の技術で作られたエレベーターは揺れや重力を感じさせないもののかなりの速度で降りていき、すぐに二人を目的の階へ送り届ける。
 辿り着いた部屋はまさに妙な部屋という他ない。卵の様な形をしているカプセルが何個か並んでおり、その周りには大量の機材が置かれている。また研究員らしき人間もかなりの数がおり、少女は怯えるように田辺の後ろへ身を隠した。そんな少女に田辺は気持ちが揺らぐのを感じるが、それでも笑みを作ると少女の目線に合わせるようしゃがむ。

「ここが今日の実験をするところよ、あの機械に入って少し我慢するだけだからすぐに終わるわ」

 笑みを浮かべがらそう言うと少女も落ち着いたのか、ゆっくりと頷いた。
 少女と田辺がカプセルの前に移動すると、研究員達が近づいてきて少女にコードやヘッドギアの様なものを次々に付けていく。少女はそのままカプセル内の椅子へと座らされ、手や足を固定された。そんな様子を田辺は歯を食いしばり、ポケットの中に突っ込んだ手が血がにじむ程握り締めて見ていた。



『その『原子崩し』の子なんだが、物凄く情緒が不安定でねぇ。能力が安定しなくてとても危険なんだよ』
「はぁ……」
『上からもせっつかれていてね、一体いつになったら能力の実験が出来るのかってさ。ほとほと困っていてね』

 そこで電話の相手はゴホンと咳をする。

『そこでかねてから開発されていた試作型の『学習装置』の実験ついでに『原子崩し』のパートナーを作ろうという事になってね』

 その言葉を聞いた瞬間、田辺の顔から一気に血の気が引いた。

『と、まぁ……聡明な君の事だ、これ以上は説明しなくても分かるだろう?』
「し、しかし『学習装置』はその危険性と処理の複雑さから完成していないはずで……!」
『だから試作型と言っているだろう? それにこれは決まった事なのだよ、君が何を言おうとこの決定が覆される事はない』

 その言葉を聞いて田辺は必死に考えを巡らせる。が、混乱した頭では全くといっていい程いい考えが浮かぶ事はない。それ以前にこの相手が「ここ」、しかも自分に対して電話してきたという事は、つまりそういうことなのだ。
 この男は自分の施設の子供の誰かを『学習装置』の実験及び、『原子崩し』の情緒安定させるための道具として活用しようとしている、と。

「が……」

 だが田辺は最後まで諦めず口を開いた。

「『学習装置』はその演算の複雑性から一定の負荷を精神に与えます……情緒が安定しない子供達では『学習装置』に耐え切れず確実に崩壊しますよ? 実験は失敗し、『原子崩し』の相方は作られません。」
『そうだね、そうなるだろう』

 その言葉にも相手は動じない。

『『学習装置』にかけられた『置き去り』の子供達は今まで精神崩壊や自我崩壊等成功例は少ない。そうなってしまっては私の立場も危ういかもしれないね』
「では……」
『だが例外というものも存在する。成功例は少ないだけで成功している事もあるのだよ田辺君』

 田辺が無言のままというのを返答代わりに男は言葉を続ける。

『そもそも人間の精神構造など学園都市の技術を以ってしても未だ完璧に把握し切れてはいない。そんなものの中に『学習装置』で無理矢理知識やら経験をぶち込んだ所で崩壊するのは当たり前だ、まして成長しきっていない子供の脳など特に、ね。実際『学習装置』を使っての実験は失敗続きだ』

 そこで男は一度言葉を区切る。田辺はというと真っ青になった顔を隠そうともせず電話を握り締めたまま動かない。

『ならば数少ない成功例とは何なのか? 答えは簡単さ、心が空っぽの人間という単純な事だよ』
「心が、空っぽ……」
『今までの成功例の一つとして『置き去り』にされて心が弱りきった子が上げられる。その子は親に捨てられたという事実が受け入れられずに……まぁ壊れてしまった訳だな。他にも様々な要因があるのかもしれないが、その子は『学習装置』に適応した。今では何をさせられているのか分からんがね』

 それでも確実という訳でもないが、と男は付け加える。

『つまりそういうことだよ田辺君、そして君の施設にはそれを満たす子供がいるだろう?』

 親に捨てられた、心が弱っている……確かにそんな子供がこの施設にはいる。だが田辺は猛然と抗議する。非人道的であると、人間の所業ではないと、何故私がいる施設からなのかと……
 だが電話の向こうにいる相手はせせら笑うように鼻を鳴らした。

『何を言うのかね、田辺君とてつい一年前まで私の部下として同じ実験をしてきたじゃないか。それが今更非人道的などと虫が良すぎやしないか?』
「それとこれとはっ……」
『そしてもう一つの質問の答えだが……君がいる施設だからこそだよ。』

 その言葉に田辺の動きが止まる。

『学園都市の暗部から簡単に足抜け出来たとでも思ったのかい? 今君がいる平穏は私が作り上げてあげたものだという事を忘れないで欲しいものだ。君という優秀な人材を手放して今の施設に入れてあげたのも、いつかこういった事があると便利だからという事に他ならないんだよ』

 その言葉を聞いた田辺はその場にへたり込むように崩れ落ちた。そんな状態でも受話器を耳から離さなかったのは、最後まで話を聞いていなければどんな事を後々言われるか分からないという恐怖心からだったが。

『まぁそういうことだからね、納得はしなくても構わないし興味もないよ。もしこれに拒否するのであれば君がいる施設が「どんな事」になるかも興味がない。君はそうはいかないだろうがね』
「……は、い」
『詳しい書類は明日届けさせるよ。実験は五日後だ、それまでの準備の方はよろしく頼むよ田辺君。ではな』

 それを最後に電話が切れる。ツーツーという機械的な音が田辺の耳に響き、受話器を落とした音が甲高く響き渡った。



「スミカ……」
「なぁに?      ちゃん」

 固定され、全ての準備が整った。後は蓋を閉めて電源を入れるだけで全ては終わる。そんな状態で田辺は少女から声をかけられた。今まで自分から殆ど外部に対して話しかける事のなかった少女の声に、田辺は心が痛むのを押さえつけて優しく微笑む。

「実験はすぐ終わるんだよね?」
「……えぇ、すぐに終わるわ」
「じゃあ……」

 少女はいつもの無機質な表情でもなく、いつもの泣き顔でもなく、ぎこちなく微笑んで

「終わったら、いつもみたいに『実験を開始致します 各職員は所定の位置について指示をお待ちください』

 ゆっくりとカプセルがしまり、淡い微笑みを浮かべた少女の体がすぐに見えなく
なる。
 それが田辺と『少女』だった者の最後の会話となった。



 その後、実験は問題なく終了した。
 『学習装置』の数少ない成功の為か、全てが終わったときに起こったのは実験室から上がる歓声だった。無論ここにいる全ての人間が非人道的な考えばかりの人間ではないだろう。少女の心を変えてしまったという事実を喜んでいる訳ではないだろう……
 だが田辺にはそれらの歓声の全てが恐ろしいものに感じた。今自分達は一人の人間を殺してしまったというのに、それが無視されている様に思えた。その日、研究室のベッドで田辺は吐き気と頭痛の為一睡も出来ず、何度も洗面所とベッドを往復する羽目となった。

 次の日はあの電話の相手に呼び出された。少女はこのまま目を覚ませる事なく、二日おきに『学習装置』で三度調整をした後に目を覚まさせる、その間にやるべきこと、『原子崩し』のプロフィールなど様々な話と資料が田辺へと渡された。その資料の一つ一つを隈の出来た顔で確認していく。

「え……」

 その中の一つに田辺はめくる指を止める。そこに書かれていたのは四つの文字で形成された「名前」。

「ん? あぁ、もしかしてそれが気になったのかい」

 男は笑みを浮かべてそう言い、田辺は男に視線を向ける。
「『学習装置』の記憶形成が一体どうなるか分からん。万が一の為、元々の名前でこの子を呼ぶ事は禁止するよ、それは新しい名前といったところかな」
「新しい、名前……ですか」

 うむ、と男は頷く。

「これから『原子崩し』の友達となってもらうんだ。フレンドでは直訳すぎるから「フレンダ」、さ。良い名前だと思わないかね?」



 そしてそれから一週間……
 昨日最後の調整を受け、この施設に運ばれたフレンダは薬の影響でそろそろ目を覚ますはずだ。田辺はそう考えると憂鬱な気持ちで部屋へと足を進める。窓の外に先程到着した男と『原子崩し』が乗ってきた車が目に入るが、田辺は興味ないと言いたげな様子で視線を外した。
 結局自分には一人の少女すら守る事は出来なかった。暗部から抜け出す事が出来ないことも十分に理解出来た。仕方なかったという言い訳も出来る。田辺があそこで折れていなければこの施設そのものが無くなってしまったはずだ。

 だからといってそれが少女を見捨ててよかったのかという事にはならないだろう。これは一生田辺の心を蝕んでいく十字架となっていく。本人もそう感じていた。
 やがて一つの部屋の前に辿り着く。前から少女が使っていた部屋、そして今は「フレンダ」という少女の部屋。
 明るいが機械的な反応を返すようなってしまっているだろう少女の姿は田辺に深い傷を与えるであろうが、だからといって田辺はそれから逃げる気などない。それも全て自分の罪として背負っていこう、そう考えてドアに手をかけて開く。

「フレンダちゃん、あなたに頼み事が」

 扉を開けたその先、そこにいたのはピョンピョンと鏡の前で跳ね回る少女だった。

「……何してるの?」




<オリジナル用語・設定>
『試作型学習装置』
 「布束 忍」がまだ関わっていない頃に開発、使用されていた『学習装置(テスタメント)』の原型。
 能力者に基礎的な知識や都合のいい記憶を埋め込む為に使われていたが、成功例は少なく危険性が高い代物だった。「    」に対しては記憶の改竄と一定の知識や反応行動を付与する予定であったが……



[24886] 第三話「Nice Communication」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 07:46
「Nice Communication」


 不機嫌ここに極まる、といった顔で俺の襟を掴む麦のん。呆然とそんな様子を見ているマダオ。驚いた表情をしたまま動かない田辺さん。そして、そんな中視線の中心にいる俺は微妙な笑顔を浮かべたまま停止しています。何で笑顔なのかって? 今身を以って体験してるんだけど、人間ってあまりにも開き直ると顔が固定されちゃうらしいよ、だってこの顔麦のんのシーティングゲーム見ていた微笑ましい(生暖かい)顔のまんまだもんね!
 拙い、これは拙い。自分のミスというか完全にアホな不注意でこんな状況を作ってしまったが、これは既に死亡フラグというか死亡確認状況なんじゃなかろうか? 麦のんはそれこそ不機嫌になる事があれば味方であろうと一瞬で切り捨てる事が出来る女傑だ。それは子供の頃から培ってきたものかどうかは分からないが、先程の態度や今の状況見た限り生まれつきのものだと思える。つまり自分は今ここで哀れにも真っ二つに……
 そ、それは嫌だ! さっき下手に希望を持ってしまったからかもしれないが、俺はまだこんな所で死ぬわけにはいかない。一度は会ってみたい上条さん、厨二病の俺には堪らない魔術の世界、それに超電磁砲の話など見てみたい事は沢山ある。こんなところで麦のんに殺されるなど絶対に嫌だ! 追い詰められたフレンダが何をするのか見せてやるのだぁぁぁあああぁぁぁ。

「こんにちは麦野さん。私はフレンダっていうの、よろしくね」

 ……ん? 何で平和な挨拶してるのかって? 追い詰められたフレンダが何をするのか見せてくれるんじゃなかったかって? アホ、そんな事したら、まだ死亡フラグでギリギリ治まってるこの状況が惨殺空間に早変わりするわ! 俺に出来るのは麦のんの機嫌がこれ以上悪くなる前にこの空気を断つこと。
 そしてそれが出来るのは何か? そう、国同士の話し合いだろうがネトゲでの初見相手だろうがするのが挨拶ですよね。挨拶出来ない奴は即ち礼儀というものを知らない奴、だからこの空気も私のこの天使のような挨拶一つでどうにかなってくれるはずさ……

 ていうか何も思いつかなかっただけなんだ。うん、すまない。
 でもこれ以外どうしようもなかったんだよおぉぉ! ぶっちゃけ麦のんのゲームという時間を邪魔しちゃって時点で道は閉ざされていた訳で、そんな俺にどうしろという訳で。
 そんな中いきなり麦のんが俺の襟首から手を外す。突然手を外された俺は訳も分からずに麦のんの目を見るが、不機嫌さこそ残っているものの先程の殺気立った様子はもう抜けていた。麦のんは呆然としている俺を見て一度フンッ、と鼻を鳴らす。

「挨拶は出来るみたいじゃない、最初からそうしなさいよ」
「は、ははっ、はははは……いやぁいきなりで驚いたよフレンダちゃん。『原子崩し』もいきなりあんなスキンシップをするだなんて夢にも思わなかったよ」
「ふんっ」

 乾いた笑いを漏らすマダオの言葉を聞いて、俺の体から一気に力が抜ける。どうやら麦のんの機嫌を元に戻す事は成功したらしく、生き延びる事が出来たらしい。その事実に気づいた途端一気に安堵感と高揚感が俺の心に染み渡ってきた。やれば出来るのね俺、とか思ってたら麦のんが俺の方に視線を向けてた。な、何? 言っておくけど数秒で生存フラグ折られたら幾らなんでも泣きますよ?

「コイツが言ってたと思うけど、改めて自己紹介させてもらうわ。「麦野 沈利」、学園都市の『 超 能 力 者 』……コードネームは『原子崩し』よ。」

 ……今明らかに超能力者って部分強調したよね、絶対したよね? なんだろ、超能力者って部分に突っ込んでほしいんかなー。確かに麦のんって二十二巻除けば能力という部分に固執してるようにも見えたし、自慢でもしたかったんかな。でも浜面が『素養格付(パラメータリスト)』の存在を知った時は怒ってたし……いや、あれは愛しの(多分)浜面が暗部に落ちちゃった理由に怒り心頭だっただけか。デレデレ麦のんテラカワユス……

「ちょっと、何か言う事はないのかしら?」

 って、おぉう。いかんいかん、折角麦のんの機嫌が直ったというのにこんな些細な受け答えで死亡フラグを立てる訳にはいかない。
 うん、とりあえずここはベタ褒めでいいよね? まだ浜面もいないし、小さい頃は手に入ったおもちゃとかを自慢したがるものだしね。さて、とびっきりの笑顔を浮かべて褒め称えてみましょーかね。

「前から聞いてましたよ、学園都市が誇る『超能力』! どんな能力なのかは不勉強のせいでよく分からないけれど、とっても凄い能力なんですよね! よっ、流石は第四位! 痺れる~~!!」
「ふふん、そうでしょう。私の『原子崩し』は超能力を名乗るに相応しい能力。そこらの低能力者とは比べ物にならな……って、ちょっと待てコラ」



 キン、と空気が凍る。



 え、なになに? 俺何かやばい事言った? さっきとは比べ物にならない程の寒気が体中を駆け巡ってるんですけど……ま、まさか麦のんベタの褒め方嫌いだったの? そ、そうと知ってればもっと褒め方変えてたよ、こう見えても俺は人の褒め方沢山持ってるんだからさ。大学の教授を誑かしてレポート提出日を伸ばしてもらった実績だってあるし……
 そんな事考えてる間にも麦のんの視線がどんどん鋭くなってる!? ど、どどどどういうことだ……いくら何でもさっきの機嫌の良さからは考えられない雰囲気だ。それに私の褒め言葉聞いた瞬間は機嫌が良さそうだったし、そんなに問題のある単語は入れてないはずなのにどうしてなんだ? さ、さっぱり分からぬぅ。

「オイ」
「は、はい?」

 麦のんこええええぇぇぇぇ! さっきまでの高飛車だけどお嬢様っぽかった喋り方じゃなくて、原作のターミネーター仕様の喋り方になっとる。ていうかあの歳の女の子が出す声色じゃねぇよ! 麦のんが一歩ずつこっちに踏み出す度に、俺の心拍数が上昇していくんですけれど、どうしたらいいのだ。さっきの返事だって声が震えなかったのが不思議なくらいだ。

「『さっきの事』といい、アンタ私に喧嘩売ってんでしょ? そうよね」
「そ、そんなことはないです……」

 一歩一歩近づいてくる麦のんに俺は逃げることが出来ない、ていうか足震えて椅子から立てません。そんな俺の目の前には怒りに満ちた麦のんが……

「あの、何故怒ってるのか私には分からないんでせうが……」
「……そう、ならそのとぼけた頭と耳に教えてあげるわ」

「何でこの私が「第 四 位」とかいう順番にされてんのよ。そもそも序列って何だコラ」

 へっ……? だって麦のんは第四位じゃん。何を怒って……

「アンタが何考えてんのか知らないけどね、『超能力者』は『一方通行』、『未元物質』、そして私の『原子崩し』の三人しかまだいないのよ!」
「あ……」

 って、当たり前じゃないかああぁぁぁぁ! 『第三位』の『超電磁砲(レールガン)』「御坂 美琴」はこの頃まだ学園都市にいるかすら不明だし、それにいたとしてもまだ『低能力者(レベル1)』だ。同じく『第五位』の『心理掌握(メンタルアウト)』も年齢的な問題がある。『第六位』に関しては一切正体不明だし、『原石』である「削板 軍覇」に関しては、まだ発見されてない可能性だって高い。少し考えれば誰でも分かる情報を見落としてしまったという訳か。アホすぎる。

「私が第四位っていうことはさぁ、単純に考えて『一方通行』や『未元物質』、そしてい つ か 現れるかもしれない『超能力者』より下だって言いたい訳? よくもこんな嫌味を考え付いたわねぇ……いい度胸してるじゃないの!」
「いや、別にそういうつもりで……」

 ち、違うんです麦野サン、ただ私が勘違いしちゃっただけなんです。なので弁解の余地を下さいお願いしますマジで本当次は上手くやりますってホントに

「ああぁぁぁぁぁあああああぁイライラするわ……普通ならぶっ壊してあげるところなんだけどね。特別に見逃してあげるわ」

 おぉ!? 見逃してくれるのか。やっぱり麦のん優しい、俺は信じてたよ。二十二巻で目覚めた麦のんの心は本当は清くて美しいものだってサ。麦のんマジ原子……

「なんせ私はアンタを好きにしていいって言われてるの。今ブチコロさなくても、いつでも機会はあるのよ」
 
 ……what?

 にやぁ、と麦のんが口角を吊り上げて微笑むのを見て、俺はBAD ENDフラグが立った事を静かに理解した。そんな俺に対して麦のんは顔を俺の耳元に寄せるとこう呟くように言う。

「「手下」にしてやろうかと思ったけど、それは無しね。こんにちは「奴隷」さん、これから ヨ ロ シ ク ね」

 その言葉に、俺は乾いた笑いを返す事しか出来なかった。

 神様、あんたマジ鬼畜だわ……



おまけ

『ふぅん、あの少女がかい?』
「は、はい……どうしましょうか?」
『そうだねぇ、本来は『原子崩し』の精神を安定させるためのものだったのに、それをかき乱してはどうしようもないことだが、ね』
「内々に処分してしまいましょうか? 予備の『置き去り』などいくらでもいることですし、予定を狂わす因子は早めに取り除いた方がよいかと思われますが……」
『いやいや待ちたまえよ。確かに予定外の行動をとってしまったという事は認めるが、だからといってそれは早計すぎるさ。何より最低でも『原子崩し』が近くにいる事を許したんだ、これは大きな進歩だよ』
「奴隷として……ですが?」
『それでも、さ。まずは様子見といこうじゃないかね。資源は溢れているといっても限りはある、それを使い潰す場所を見誤ってはいけないよ』
「教授がそう仰られるのでしたら何も問題はありません」
『結構、データを取るのと監視だけは忘れないように、ね。』
「はい、教授」




[24886] 第四話「とある奴隷の日常生活」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 07:56
「とある奴隷の日常生活(これから)」


 どうしてこうなった……

「早くしなさいよ愚図。荷物はまだまだあるのよ、日が暮れちゃうわ」

 ソファーで寛ぎながらそう言う麦のんの顔は悪魔のような笑みを浮かべており、対する俺はロビーと、これから麦のんと俺が生活する二人部屋を何度も往復している。そして俺の手には大量の荷物(主に衣類)がある。



──荷物は私の部屋に届けなくていいわ、奴隷にやらせるから──



 とか言って麦のんはマダオと、一緒に来ていた引越し業者らしき大人達を追い返した。そしてロビーに運び込まれる大量の荷物類……幸いだったのは家具自体はここの施設で用意するために無かった事であるが、それにしても荷物の量は半端ではない。
 特に施設に入るのに何でこんなに服がいるねん、と言いたいくらい服は多い。しかも一着一着がかなり高そう……っていうか麦のんに「一着でも床に落としたら殺すわよ」、と伝えられているので実際高い物っぽい。

 あ、ちなみに田辺さんは手伝おうとしてくれたんだけど、麦のんはそれすら許してくれませんでしたよ! という訳で俺は何度も何度も部屋を往復するハメになっている。

 ホントね、どうしてこうなったと言いたい。声を大にして叫びたい。精神年齢こそ大学生だけど、肉体年齢はせいぜい小学一年生程度の体にこの重労働は本気でキツイ。腕はプルプル震えてるし、汗も凄い事になっている。正直もう休みたいです……あ、冷静に考えると今俺はフレンダの汗の臭いを直に嗅げてるのか。そう考えるとこれはこれで悪くないような気もするね、不思議!
 ……ん? そういえば俺こんな状況になっても特に違和感なく適応しちゃってるけど、トイレとかお風呂とかの事忘れてた。というか、考えても特に気にならないのは不思議だわ。大人の俺だったらすぐにこれで同人誌一冊描けるね! とか考えそうなモンだったけれど、今は興奮すらしないなぁ。もしかして転生した時の幼女の記憶と混ざっちゃって、女としての生活に慣れる様適応されたのかな? まぁそれならそれで便利だから良いんだけどね。トイレとお風呂でいちいち興奮してたら、まともに生活送れないし。
 まぁそんな事よりも今はまだまだ残っている荷物を早く運ばないとなぁ、と軽くため息を吐いて俺はロビーへ向かった。



「ち、ちかれた……」

 そう呟いてドサッ、と自分のベッドに倒れこんだ。反対側の壁際には麦のんのベッドがあり、麦のんはその上に座って呆れた視線を俺に向けている。

「情けないわね、家具とか運ばせなかっただけありがたく思いなさいよ」

 実はあの後、俺が荷物運んでる最中とてつもない量の家具が届けられまして、それは流石に業者の人達がやっていってくれましたが、麦のんはそれすら俺にやらせる気だったのか……今麦のんが座ってるベッドなんて俺が寝転んでいる施設の簡易ベッドなんて問題にならない程重厚な作りになっており、この体で運べるものとは到底思えない。他にも年代物っぽい感じがするタンスとか、高価そうな置時計とか目白押しだ。ベッドとぬいぐるみくらいしかない俺の方と比べると、部屋の占有率が物凄い差になっている。
 そこで俺の目に気になる物が写った。ベッドの横に置いてある何か大きな物。多分俺よりも大きいんじゃないかと思われるそれはすっぽり袋に収まっているため何かは分からないが、袋の上から見る感じ固い物ではなさそうな感じだ。そう、何か柔らかくて大きな物が入っている様な感じである。
 俺がそれを訝しげな視線で見つめている事に気がついたのか、麦のんは焦った様子でそれを自分の後ろへと隠した。まぁ大きさ的に全然隠せてないんだけどね。しかしアレは一体何なんじゃろ?

「人の荷物ジロジロ見てんじゃないわよ!」

 怒られた。まぁ確かに人の私物をジロジロ見るなんて良いことじゃないよね。
 しかしこうして見ると、麦のんマジで美人だわ。原作知識で考えると、年齢はフレンダの二、三歳程度しか上じゃないんだろうけど、今の状態でもすげぇ美人。茶色の髪はパーマかけてるのか癖毛なのか分からんけどふわっふわだし、服着てるから細かい所までは分からんけど肌はシミ一つ無い。
 そしてあのおっぱい。けしからん……実にけしからん。フレンダがちっぱいどころか絶壁(年齢考えれば当たり前だけど)なので余計気になるが、小学○年生であれは反則だ。レッドカードで即退場くらい反則だ。一瞬だけ詰め物でもしてんのかとか思ったけど、もし口に出ちゃったら今までにないほどの死亡フラグが立つ気がするので心の中に封印しておこう。
 しっかし麦のんの荷物マジで凄いな……ベッドが重厚とか置時計がどうとか言ったけど、それ以外にも化粧道具っぽいものとか服以外にもアクセサリーとかみたいな小物も大量にあったりする。多分あれ一つで何回も吉○家の牛丼食べられる位の値段がするんだろう。
 こうして考えてみると、麦のんが『置き去り』の施設に住むなんていう理由が益々分かんないなぁ。実家は多分だけどお金持ち、『超能力者』としての莫大な収入とか援助があるだろうに、どうしてこんなせまっちい部屋に住むことになったんだろうか? まぁ『超能力者』の生活なんて一方さんと御坂以外は良く分からないし、あの二人は居候と寮生活だからどこに金かけてるのかも分かりにくいけれども。
 そんな風に考えていると、突然麦のんの置時計がオルゴールの様な音と共に、中に入っている小さい人形が踊り始めた。って、もう七時かい……道理で疲れと共に俺のお腹がハングリーになってしまっている訳だな。

「あら、もうこんな時間。ご飯でも食べましょうか」

 麦のんも態度にこそ示してなかったけど、お腹空いてたらしくすぐに立ち上がって部屋から出て行った。俺も慌てて先に続く。
 先を歩く麦のんの後ろに着いて廊下を歩く。歩幅が違うからなんだけど、麦のん結構足が速いから、この体だと着いていくのが結構大変だ。かといって現状「奴隷」の俺が遅れた日には、麦のんビームが炸裂しないとも限らない。折角生き残ったのに、これ以上馬鹿な真似をして死亡フラグを乱立するわけにいかないのでしっかり後に着いて行く。
 やがて食堂の入り口に辿り着くと、そこで麦のんが立ち止まる。急に立ち止まられた為、俺は麦のんの背中に「わぷっ」、なんていう間抜けな声と共に顔をぶつけてしまった。正直恥ずかしかったので記憶から抹消したいぜ……
 麦のんは入り口のドアに手をかけようともせず、俺にジッと視線を向けている。別に怒ってるとか不機嫌とかそういうんじゃないけど、何か訴えるような? あ、ちょっと不機嫌な感じになった……って、のんびり分析してる場合じゃないよ! む、麦のん俺に何か用なんかな……

「アンタは私の奴隷でしょ? ドア開けるくらい気を回しなさいよ」
 
……あ、そうなの。ドア開けて欲しかったの。まぁ、それ位ならお安い御用だけど。

「はーいなっ、と」

 そう言いながらドアを開けると、麦のんは今の態度が多少気になったらしく顔を顰めて俺を見るが、言うほどの事でもないと判断した様でそのまま食堂へと入っていった。俺もそれに続いて食堂へと入る。
 いやぁ、しかし麦のんの奴隷なんてなっちゃったけど、結構気を張ってないと、意外なところで麦のんの逆鱗に触れちゃいそうだな。このドアだって麦のんに言われてやっと気付いたくらいだし、麦のんの行動と目力で何とか理解していかないと……すっげぇ気ィ重いわ。これはもう麦のんに真っ二つにされるか、俺の胃に穴が空くかの競争になるんじゃ? とか考えてると、席に座った麦のんがこっち睨んでた。はいはい、俺が用意すればいいんですよね……心の中で反抗させてもらうけど、今の麦のん年下にご飯用意してもらってるダメな人なんだからねっ。
 これ以上待たせると麦のんの怒りが有頂天になりかねないので、少女の記憶に従ってどうやって準備していたのか思い出す。思い出したとおりに冷蔵庫の隣にある棚を空けると、中にはお盆の上に乗った秋刀魚とサラダ、それと漬物(学園都市製サランラップにより完全密封状態)があった。それを出して秋刀魚だけレンジにいれてスイッチを入れる。さてその間に上の棚から茶碗と御椀を「チーン」って早いなオイ! 流石は学園都市のレンジ……やるじゃない。
 均等に温まっている事を確認し、改めて茶碗と御椀を出してご飯と味噌汁をよそう。ちなみに味噌汁は冷えててダメになってるんじゃないの、って言いたげなそこの貴方。何とここの施設では、味噌汁はもう一つの炊飯器に入っているので冷える事はないのだよ! ていうか色々やれすぎて炊飯器じゃないだろこれ。黄泉川先生が炊飯器でアレだけの事が出来たのも納得出来るねこれは(色々機能付いてるけど説明すると長いので略)。
 さて準備出来た。というか世界が違っても食べるもの自体は大して変わりはないんだなぁ。禁書目録の世界自体が現実の世界を模してるから当たり前と言えば当たり前なんだけど、これは予想以上に助かる。何せ飯が不味いとそれだけで俺は死ねる自信があるからな。

「準備できましたよー」
「ん、早く持ってきて」
「はいはい」

 予想通り手伝う気ゼロの麦のんの前に食事を置く。それを見た麦のんが「しょぼっ……」とか言ってた気がするけどスルーして麦のんの対面に自分の食事を置いて座る。んんー、この味噌汁の臭いと秋刀魚の臭いは格別だね。作り置きでも美味しそうに見えてしまう不思議。では早速両手を合わせて。

「いただきます!!」
「はぁ?」

 秋刀魚の身をほぐすように剥がし、上に大根おろしを乗せて醤油をかける。大根おろしと秋刀魚を合わせて口の中に運ぶと、大根おろしの何とも言えない苦味と秋刀魚の旨みが口内に広がった。そのままご飯を咀嚼すると、思わず破顔して呟くように口を開いた。

「うみゃい……!」

 いや、本当に美味しい。作り置きとは思えないほど秋刀魚は生臭くなくて身がふんわりしてるし、ご飯は炊きたてと間違えんばかりの瑞々しさだ。学園都市の技術力なのか、それとも素材の良さなのかはさっぱり分からないが、自分の舌にはベストマッチしていると言える。こんな美味い飯が食えるだなんて『置き去り』も悪くはないね、とか不謹慎な事考えながら食事をする。あ、ちなみに味噌汁も超美味しいです。

「ねぇ」
「ん、ふぁい?」

 と、至福の時間を過ごしてたら麦のんが声をかけてきたでござる。朝から浴び続けてるから分かるけど、今の麦のんは怒ってたりイライラしてる訳じゃなくて何か俺に尋ねたい事がある時の視線だ。だからこそ俺も飯食ったまま暢気に挨拶出来た訳なんです。麦のん怒りモードならここで飯とか全部置いて床に正座してます。負け犬根性万歳。
 そんなおざなりの返事に、麦のんは気にもせず口を開いた。

「アンタ「いただきます」、って言ってたけど」
「それが何か?」
「いや、意味もないのに何でそんな事やってるのかなぁって思ってさ」

 んん? 意味ってそりゃあご飯食べる前には普通言うでしょ。特に大きな意味こそないけど、それは常識って奴じゃないかな麦のんや。
 あ、そういえば麦のん「いただきます」って言ってない。食事には既に手をつけてるみたいだし、どうやら挨拶しないで食べてたらしい。これはいかん、いかんですよ。挨拶っていうのは大事でしてね、それはもうネトゲの世界とか(前にも言ったので省略)とにかく大事なんですよ。それを言えない子供は将来きっと苦労する。これは注意してやらなきゃいかんね。
 かといって、俺がここで注意してどうなるんだ? 何せ俺は麦のんの「奴隷」であり、奴隷からの意見を麦のんが大人しく受け入れるなんて思えない。いや、下手をすると……



──生意気なくたばれビーム──
──アッー(真っ二つ)──



 ……おぉ、こわいこわい。これは下手に口出し出来る問題ではなさそうだわ。だからといって俺は諦めません。ここは違う方向から攻めればいいのですよ。

 題して、「怒って駄目なら褒めて伸ばそう作戦」。

 まぁ、褒めるってゆーか、やんなきゃ駄目! じゃなくて、こうすると良い事あるんだよって言い方に変えるだけなんだけど。よく甥っ子にこうやって言い聞かせてたもんだ。とゆう訳で麦のんを真っ直ぐ見返して、笑顔を浮かべてと。

「それは簡単! こうするともっとご飯美味しくなるからね!」
「へ……?」
「黙ってご飯食べ始めるよりも、明るく挨拶してから食べた方がご飯は美味しくなる! これってば私が何回も続けて出した間違いのない結論なんですよ」

 フフフ、子供ってやつぁ単純なモンさ。甥っ子も最初は中々言う事聞かなかったけど、何度も言い聞かせとけばこれが本当になる事だって信じちゃったもんね。ましてやこれだけ美人のフレンダの笑顔、これで落ちなきゃ人間じゃないね! さぁ、麦のん言うんだ。全身全霊の「いただきます」をな!

「アホらし、そんなんでご飯が美味しくなったら科学なんて言葉はいらないわよ。聞いて損したわ」

 ……ですよねー(泣)



 その後は二人で黙々とご飯を食べ続けました。何かあの会話の後からご飯がしょっぱく感じたけれども、それはきっと塩分多い場所食べてたからですね。決して泣いてないです。
 麦のんは食べ終わってすぐに「片付けておいて。終わったらここで待ってなさい」、って言ってどこか行っちゃった。片付けると言っても、食器は所定の場所に置いておけば朝までに片付けてくれる人がいるので、俺としては特に洗い物したりする必要はない。ぶっちゃけ暇です。
 暇すぎるので、無意味に調味料を綺麗に並べ直してたり、テーブルクロスをきっちりセットしてたりしたら食堂のドアが開いて麦のんが入ってきた。
 その手に握られているのはタオルとかブラシとか、シャンプーっぽい物が入ってる籠など。あー、お風呂入るのね。そういえば俺も荷物運びとかで汗一杯かいたし入りたいな。
 その時、俺は予想だにしなかった一言を麦のんから告げられる事となる。



 シャワーの準備はオッケー。浴槽も洗い直して新しくお湯張りなおした。もう遣り残した事はないはず。
 今の俺は全裸にバスタオル。脱いだときはフレンダの裸に一瞬だけ羞恥心を覚えたけど、それはすぐに霧散した。どうやら想像したとおりらしく、女として生活するに適応してくれているらしい。じゃなきゃ自分の裸も満足に見れないし、これから起こる事なんて死んでも拒否したいレベルかもしれん。

「麦野さーん、もう入ってきてもいいですよ」
「今行くわ」

 そう返答が返ってきた瞬間にガラス戸が開かれ、麦のんが入ってきた。
 うわ、凄い。超凄い。麦のんマジ凄い。
 多分年齢は十歳くらいかそれ以下だと思うけど、明らかに胸が出てる。そりゃ巨乳とは言えないけど、その年齢で出てるというのが凄いレベルだ。というか中学生の御坂よりでかいんじゃないか……?

「ボサッとしてないで、教えた通りやるのよ」
「う……は、はいです」
「何、緊張してるのかにゃーん?」

 緊張というか貴方の体に恐れおののいていると言いますか……とりあえず麦のんのにゃん口調が聞けたのである意味嬉しかったとして、これから背中と頭を洗わせて頂くとですよ。
 何かやけに手触りのいいスポンジに、やたらと高そうなボディソープをつけて泡立てる。おぉ、流石は安物と違って凄い泡が出ますね。それに香りは柑橘系かな? 個人的には凄い好みの臭いかも。

「変に緊張しなくていいわよ。でも丁寧にやりなさい」
「で、では失礼して……」

 目の前に座る麦のんの背中へと手を伸ばし、スポンジでゆっくりとこする。麦のんの体がピクン、と跳ねるのを見てこちらの動きもぎこちなくなってしまう。ぶっちゃけ興奮してるんじゃなくて、失敗するのが怖いので慎重になってしまってるだけなんだけど。
 でも麦のんマジで肌綺麗です。さっきも言ったけど、服の下もシミ一つないまさしく絹のような肌ですね。

「んっ、もっと強くしてもいいよ」
「えっと……こんな感じでしょうか?」
「あ……そうそう、いい感じよ」

 さっきより力を込めて擦ると、麦のんが満足そうな声を上げてくれました。
 やばい、これ慣れると結構楽しいかも? 奉仕精神とか別に関係ないとか思ってたけど、相手が喜んでくれるとかなり嬉しい。これは意外とやみつきになってしまうのかも分からんね。

「あわわ~~、あわあわわ~~♪」
「ふふっ、何よその歌。変なの」

 つい気分が良くなって即興の歌を歌ってたら、麦のんが笑顔で返してくれた。今日一番の笑顔を見て、俺の気分はますます良くなる。

「だって洗うの楽しいんですもーん」
「あら、殊勝な言葉ね。褒めてあげるわ」
「にひひ。どーもどーも」

 やべっ、楽しすぎる。「奴隷」とかそういうの関係なく、こういった仕事なら別に苦にもならない気がするし、麦のんとも警戒なく話せてる。俺ってばこういう仕事向いてたのかも知れないなぁ。まぁ男でこんな仕事ないだろうし、女でもその……かなり特殊な仕事だろうけれども。
 そうこうしてる内に背中は擦り終わったので、シャワーで泡を流す。個人的に至福の時間だったので、終わるとちょっと寂しい。で、麦のんが正面を自分で洗っている間に、俺は自分の体を急いで洗う。起伏なさすぎてちょっと悲しくなったけど、まぁこれからだよね! 原作見る限りでは希望そんなにないけど。な、泣いてないからっ。

「そっち終わった?」
「あとは流すだけです」
「そ、じゃあ次は頭お願いね」

 うおぉ、キタキタぁぁぁぁ! 麦のんの髪に合法的に触る事が出来る時間……洗髪タイムの始まりだぜー。さっきまではメンドクサイなぁ、とか麦のんの髪に触るの怖いなぁ、とか思ったけれど、今の俺は違う。先程の背中流しで何かに目覚めかけている俺にとっては、洗髪は逆に楽しみで仕方がなかったんだ。さて、麦のんよ……覚悟はよいな?
下を向いた麦のんに対して、熱すぎないように自分の手で温度を確認してからシャワーで髪を濡らす。均等に濡れた事を確認して、麦のんが持ってきたシャンプーを出した。ボディソープと同じくやたらと高そうなシャンプーだわ。
 両手で軽く泡立ててから、ゆっくりと麦のんの頭へ手を運ぶ。頭皮を揉むように動かし、優しく髪を撫でて洗っていく。髪の毛が長い分、かなり気を使いながら洗わないと危なそうだ。パーマもかかってるし、髪に引搔けないようにしないとね。

「そこもうちょっと強く……」
「はいはい」
「んっ! いい感じよ」

 ……これはやばい。楽しい、そしてエ ロ イ。女の子に興奮なんてしないとかさっき言ってたけど、わりぃな、ありゃあ嘘だ。まぁ性的な興奮とかそういうのじゃないけど、何かドキドキしてしまう感じだ。楽しくなってゴシゴシと一心不乱に頭を洗っていくうちに、麦のんもリラックスしきっているのか何も言わなくなって俺に身を任せている。

「かゆいトコはないですかー?」
「んぅ、ない……」
「いい感じですかー?」
「(コクコク)」

 うほっ、とうとう声じゃなくて仕草で返ってきた。麦のんの新しい一面を垣間見た気がするわぁ……可愛すぎだろ。まぁこのミニ麦のんは、初見からまだ一日も経ってないんですけどね。
 とと、そろそろいいかな。

「じゃあ流しますよ、目ぇ閉じてて下さいね」

 頭をマッサージするようにしながらお湯をかける。泡が次々と流されてゆき、麦のんの艶やかな髪が再度目の前に降臨した。洗う前も凄い綺麗だったけど、洗い終えた髪は更に輝きを増し、ふんわり漂うシャンプーの香りと相まって見た目以上の美しさを放出している。
 手元にあったタオルで麦のんの髪を撫でるように拭き、終わったらそれを渡す。麦のんはそれで顔を拭くと、満足気な表情で俺に視線を向けた。

「中々やるじゃない。初めてにしては上出来だったわよ」

 うっひょぉぉぉう! お褒めの言葉を頂いたわ。荷物運びから飯の間まで一回たりとも褒められた事なかったけど、これ超嬉しいよ。
 麦のんが小躍りする俺に呆れた視線を向け、溜息を吐く。だが今の俺にはそんなの関係ないね! 今の俺のテンションならば『一方通行』にだって負けはしないさ。気分だけね

「あのさ、そんなに褒められたのが嬉しい訳?」

 その言葉に対し、俺はテンションそのままの笑顔を浮かべる。

「当然っ! すっごい嬉しいって訳よ!」

 ついフレンダの口調を真似て返答してしまった。まぁこの高揚している状態でシラフになるのは無理無理です。麦のんも呆れてるのか苦笑してるだけで怒らないので、このままで良いよね? いや、いいはずです。


 
 ボーッとしたまま暗くなった部屋で天井を見やる。ふと反対側の壁に視線を向けると、そこには熟睡してる麦のんがいる。
 あの後は軽く風呂に入って体を暖めて上がり、麦のんの髪を乾かして部屋へと戻った。ちなみに麦のん髪乾かすのも時間かかったけど、その後の化粧? っぽい事でも結構時間かかりました。お陰でもう十二時過ぎてます。
 眠い頭のまま今後の事を考える。とりあえずこの世界に来てしまったのは仕方ないことなので、フレンダとして生き延びていく方法は勿論だが、とりあえず『置き去り』の自分には色々生きていきにくい世界なのは間違いないだろう。まぁこれは後々考えていくとして、当面の問題は目の前の麦のん、そして『アイテム』。
 暗部に飲み込まれることだけは絶対回避したいので、これは麦のんとの関係を注意していかないとなぁ。と考えている間に、瞼がどんどん閉じていく。睡魔さん空気読んで下さいとか思うが、そんなのお構いなしに視界はブラックアウトしていく。
 まぁ、麦のんの世話も楽しかったし……しばらくはこんな関係もいいかもなぁ。なんて考えながら、俺の意識はゆっくりと閉ざされていった。
 こうして、俺の「フレンダ」としての初めての日が終わった。



[24886] 第五話「今日も元気に奉仕日和」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 08:00
「今日も元気に奉仕日和」


「次はアレやっといて」
「はいはい」
「終わったらそれ持ってきて。ついでに準備もお願い」
「ほいほい」
「あ、次は……」
「化粧品の補充なら、さっき終わらせておきましたー」
「ん、上出来よ」
 
 どうもお久しぶりです。月日が経つのは早いもので、麦のんと出会ってから一カ月が経ちました。その間に仕事を失敗したり、麦のんの逆鱗に触れかけた事が何度かありましたが、何とか乗り切ってここまできてます。
 ちなみに俺はまだ「奴隷」から抜け出せそうにありません。というか、この施設にいる時の麦のんは自分で何もしてないです。端から見ると年下の小学生を顎でこき使ってるダメな上級生ですが、麦のん特に気にしてる様子はなさそう。意見出来ないでズルズルやってる俺の責任かもしれないが。でも日本人って基本的に自分から意見言えないし、これでいいよね?
 ちなみにそれが楽しくない訳ではない。最初のお風呂から思ってた事なんだけど、俺ってば人の役に立つとか奉仕する事が楽しくて仕方ない。麦のんはそういった人間を躊躇なく使えるタイプの人間みたいなので、どうやら物凄く相性がいいのかもしれないね。
 しかし何で奉仕活動が楽しいとか思うようになったんかなー。ぶっちゃけて言うと俺だった頃はタダ働きなんて嫌いだったし、人に喜ばれてもそんなに喜ぶような性格してなかったと思うんだけどなぁ。もしかしてフレンダが人に尽くすタイプだったのかも……ねーよw

「じゃあ、私は出掛けてくるから。部屋の掃除と、帰ってくる頃にお風呂の準備出来てる様にしておくのよ」
「りょーかいです」
「……その気の抜ける言葉づかいを何とかすれば、「奴隷」から「手下」くらいには昇格させてあげてもいいんだけど?」
「にひひひ。残念ながらこの態度は生まれつきなので無理でぃす♪ それに今の立場、結構気に入ってるから言っても無駄ですよー」
「あぁ、はいはい。この問答も飽きたわね、この奴隷生活好きのドM野郎」
「ありがとうございますッッッ!」

 麦のん、俺の仕事は結構気に入ってくれているらしいんだけど、どうやらこの軽い口調が気に入らないらしい。何でも『超能力者』の近くにいるのには相応しくない言葉づかいだとか、自分の傍にいるにはもっと優雅に、とか言ってた。
 無理です、真面目にずーっとやってたら体が持ちません。なんだかんだで麦のんと緊張しないで会話できるのは、その場の空気が弛緩している状態だから。原作見てたら分かると思うけど、普段の麦のんはお嬢様気質と高飛車な事を除けば結構まともだ。
 対して不機嫌モード(別名ターミネーターモード)の麦のんは本気でやばい。一回外出して帰ってきた麦のんを玄関に迎えに行ったら、滅茶苦茶不機嫌……というか目が合った相手殺しかねない程の殺気を放った麦のんがいた時がありまして、その時は麦のんの姿を確認した瞬間に土下座してた。催眠術とかそんなチャチなもんじゃなくて、精神的に土下座してた。
 という訳で空気を柔らかーくするためにも、今の口調は外せないし外す気もない。ちなみに麦のんに罵られて嬉しいわけじゃないから、絶対だから、本当だから。

「まぁ、この話はまた今度にしましょ。じゃ、行ってくるわ」
「いってらっしゃーい」

 出掛ける麦のんを玄関先で見送り、俺は施設内へと戻る。
 麦のんはこうして三日おきくらいのペースでどこかに出かけている。いつも施設の前に来る黒い車に乗って行ってるから……まぁ、間違いなく能力関係の研究所だろうね。現状『学園都市』にいる『超能力者』はたったの三人。『一方通行』、『未元物質』、『原子崩し』だけだし、むしろ三日に一回しか研究所に行かない時点でおかしいよね。確かに他の二名は別格中の別格だけれども。
 まぁ小難しい事はさておき、麦のんがいないって事は実質的に休みも当然なのであるよ。掃除はそんなに時間かからないし、お風呂の準備は七時くらいにやっておけば間に合うしね。ふふふ、さてと……

「ごめんなさい、暇なんです」

 寂しくて独り言を言ってしまいました。
はい、そうなんです。俺って普段の生活では麦のんを中心に活動しているためか、休みといってもやることないんですよね。麦のんがいる時ならこの時間帯はマッサージしてたり、ごろごろしている麦のんの横で掃除してたりするんですよ。特に何か頼まれていなくても、とりあえずは麦のんの近くにはいるしね。
 ……あれ? この一カ月という期間で、いつの間にか奴隷としての生活が基本になってる。も、もしやこれが麦のんの狙いなのか! いかん、いかんですよこれは。折角の休みなんだから自分の好きな事してやるんじゃーい。え、えーと……確かこの時間帯に出来ることといえば……

「あれだ、あれしかないな」

 そう呟いて、俺はロビーを後にした。



「で、ここに来たの?」
「はいです、暇なので」

 今俺がいるのは食堂。目の前には蛙……ってこれゲコ太やん。ま、まぁゲコ太の刺繍がされているエプロンを身にまとった田辺さん。そしてその手には包丁が握られている。あとは……分かるな?
 はい、殺人事件の現場です。嘘です、台所で田辺さんが俺達の食事を作ってくれるところに俺が現れたわけです。
 
 そう、俺はこの暇な時間を利用して料理の練習をする気マンマンなのであーる。
 将来的にも料理の腕は大事だろうし、単純に自分が美味しいもの食べたいからってのもある。施設の中にいると自分が料理する機会もないから無駄かもしれないけど、別に暇なら練習したって問題ないしね。畜生、テレビゲームが欲しいです。

「でもフレンダちゃん、いつも麦野ちゃんの相手してて疲れてるでしょ? 今は麦野ちゃんもいないんだし、ゆっくり休んでてもいいのよ」

 ……田辺さん優しすぎだろ。いっつも扱き使われてる身としては、こういう言葉をかけてもらうと逆に返答に困る。大人の田辺さんにこういう声かけられるのは、麦のんのお世話してる時とは違う嬉しさと気恥ずかしさがある。
 うわぁ、やばい。すんごい顔が熱い。

「いや、いつも何かやってるから休みって言われても困るんです。それなら大きくなってから困らないように、今のうちに料理練習しておきたいなーって思いまして」
「そう……、本当に大丈夫なの?」
「はい! 体力だけは有り余ってるし、楽しいことならいつまでも出来ます!」
 にひひひひ。と笑みを浮かべながら田辺さんにそう返すと、軽く微笑んでくれました。うおぉ、いつも見てるから知ってたけど、田辺さんも超美人だな。麦のんとはまた違う方向性の美人だけど、見ていて暖かくなる感じの笑顔に、俺のハートがブレイクしちゃいそうだぜ。

「分かったわ。包丁を使ったりするのは危ないから……そこにあるジャガイモの皮を剥いてくれるかしら?」

 そう言いながらピーラーを俺に渡す田辺さん。うーむ、これじ料理の練習にならないんだが……ちなみに俺自身料理は少しなら出来る感じです。包丁で野菜の皮剥きくらいなら簡単に出来るけど、複雑な料理とかは出来ない感じかな。なのでピーラーじゃなくて包丁貸して欲しいッス。
 まぁこんな小学生に包丁渡すとか、それこそどうなの? って感じはするので受け取るとしましう。料理の練習はまた今度かな。
 ショリショリショーリ、と次々にジャガイモを剥いていく。田辺さんはこっちの方をチラチラ確認しながら料理してるけど、そんなに気にしなくても大丈夫ですよー。と目で訴えた。すると田辺さんはバツが悪そうな表情で視線を外す。
 んー、何か田辺さんの態度がおかしいわ。普段はもっと明るい感じなのに、今日に限ってネガティブな感じになっちゃってる。もしかして俺が料理手伝いたいとか言ったからか? って言っても特に変なことでもないよなー……

「ねぇ、フレンダちゃん……」
「ん、はい?」

 などと思案していたら、田辺さんが話しかけてきたでござるの巻。

「聞きたい事があるの、今まで聞けなかったんだけど……」

 んん、何か深刻そうな顔してるな。ここは空気を読んで俺も真面目な顔をして田辺さんの顔を見る。田辺さんはこっちに視線を向けてなくて、かき混ぜてる鍋を見たまま口を開いた。

「今、楽しい?」
「え……」
「答えて」

 うぉ、田辺さん怖っ! 今の「答えて」、はマジで震えが走るくらい冷たい一言でしたよ……麦のんの逆鱗に触れない様に気を使ってたら、いつの間にか田辺さんの怒りを買うとか一体どういうことなの……? それに怒られる理由が分かんないし、どう返したらいいものか分からん。下手な答え返して田辺さんに嫌われちゃったら俺の癒し成分がなくなってしまうので、ここは慎重にならないといかんかも。んーと、まぁ……

「楽しいですよ」

 シンプル・イズ・ザ・ベスト、変に緊張した言葉じゃなくて自分の気持ちを大事にして伝えてみた。まぁ、今結構楽しいし、嘘はついてない。
 でもその言葉を聞いた田辺さん、辛そうな表情で俺の方に視線を向けてきました。理由は分からないけど、今の言葉に何か不満点があったのかしら?
 ……あー、もしかして麦のんに扱き使われてる俺の事心配してくれたんかな? 端から見ると麦のんが俺の事をいぢめてる様に見えるし、実際「奴隷」だから見てる方は何か感じるものがあるのかもしれん。急に聞いてきたのも、普段は麦のんと一緒にいる俺から聞けなかったと考えられるしね。
 確かに今の立場は望んだものじゃないけど、別に俺は気にしてないんだけどなぁ。確かに最終目標は暗部に落ちず、そして『アイテム』に入らない事だけれども、今は結構楽しいからしばらくこのままでもいいよなーとか思ってるしね。

「田辺さん」
「何、かしら……」
「心配してくれてありがと」
「……ッ」

 うん、実際俺の事気にかけてくれる人っていないんだ。麦のんは優しい時とかは気遣ってくれるけど、肉親はいないし、麦のんと一緒にいるせいか分からんがこの施設の子供達とは交流も少ないんですよね。記憶に残ってる限り、フレンダがこの施設に来たのはそんなに昔の事じゃないみたいで友達がいなかったみたい。まぁ、大学生の精神年齢でおままごととか誘われても困るけどね、しかも俺は男だし。
 だから田辺さんが気にかけてくれるのは嬉しい。それに辛気臭い雰囲気って好きじゃないしね、ご飯も不味くなるし。俺にとってご飯は「フレンダちゃん!」って、わぷっ!?

「……」ギュゥ
「た、田辺さん……?」

 と、突如田辺さんが俺に抱きついてきたでござる! 結構な力で抱きしめられてるみたいで、結構苦しい。そ、それにあのですね……お、おっぱいが当たってるのですが。そんなに大きくないけど、はっきりと分かる位大きいおっぱいが俺の顔に当てられています。これは不味いです、主に俺の下半身的な意味で……もう無いんでした。
 っていうか、どうしてこうなった。何、田辺さん俺と麦のんの関係についてそんなに気にしてたの? イタタタ! 田辺さん力強っ!

「た、田辺さん……ちょっと痛い」
「あ……ご、ごめんね」

 ふぅぅ、ようやく解放されたわ。いやーびっくり&ドキドキした。もうフレンダになって一カ月経ってるけど、未だに肉体的な接触だけは慣れないな。見るだけなら麦のんの入浴手伝ってるから完全に慣れちゃったんだけど、未だに触る時は緊張するんだよね。これもいつか克服したい。

「ごめんねフレンダちゃん。大丈夫?」
「へーきへーき。逆に嬉しかったですよ」

 うん、嬉しかったです。ラッキースケベ的な意味と、大人の女性に抱きしめられるという一つの夢を実現出来たので大満足。

「フレンダちゃん……」
「はい?」
「私は、貴方の味方だから。いつでも頼って」
「うん? あ、はい……」

 田辺さん、穏やかな顔していきなりどうしたんだろ? まぁ、さっきのギスギスした感じより遥かにマシだし、万事おっけーかな。そして田辺さん、そう言うのであれば……

「じゃあ早速やりたい事があるんですけど……」
「ん、なぁに?」
「後で料理の練習に付き合ってほしいな」

 にひひ、と笑いながらそう言うと、田辺さんも釣られるように微笑んでくれた。ほんま天使の様な笑顔やでぇ。



「ただいま」
「おかえりなさーい」
 玄関に入ってきた麦のんを出迎える。多少疲れた様子の麦のんはいつも通りに手荷物を俺に渡して先へ進んでいく。遅れると怒られるので、その後ろにぴったりと着いていくのです。

「あ゛ー、疲れた。とりあえずご飯食べたいから食堂行くわよ」

 相変わらず俺の意見は聞かずに食堂に行く麦のんですが、いつもの光景なので気にしないぜ。それに今日は食堂に行ってもらうのが好都合なのさ。
 食堂に着いた麦のんはいつもの席に座り、一つ欠伸をして口を開く。

「お腹が空いたぞ私はー。準備早く早く」
「ういうい、了解ですよー」

 こうして手伝わないのもいつも通りです。このダメ麦のんめっ。いつもの事ですけどね。ではこれとこれをお盆に乗せてっと……

「はい、どうぞ~♪」
「ありがと、……って今日はおにぎりなの? 珍しいわね」
「でしょ~? ささっ、食べて食べて」
「言われなくても食べるわよ」

 そう言って麦のんがおにぎりを口に運ぶ。俺としては若干緊張してしまってる訳でして……麦のんはそのまま咀嚼して飲み込み、次はおかずの卵焼きに箸を伸ばした。それも咀嚼し、次々と胃の中に納めていく。最後のおにぎり食べ終わり、お茶を飲んで一言。

「今日の卵焼き、いつもより甘いわ。味変えたのかしらね?」
「お、美味しかった……?」
「ん? まぁ不味くはないわよ」
「お、おにぎりは?」
「塩をもうちょっと多くして欲しかったわね、あと中身はシャケで。というか何? 何でそんなに聞いてくるのよ」
「あ、いやぁ……」

 うむむ……いざ言うのは何か勇気がいるな。まぁ、悪い評価でもなかったしいいか。

「実はこれ、私が作ったんです」
「……へ?」
「時間があったから料理の練習がしたくて、田辺さんに頼んでやらせてもらいました」
 
 はい、今日のおにぎりと卵焼きは私が作りました。あの後田辺さん監修の元、俺は料理の練習をしたのです。包丁は使わせてもらえなかったから簡単な物しか出来なかったけどね。ちなみに最初はおにぎりの中身をシャケにしたかったんだけど、焼いたシャケをこの為だけに用意させてもらうのは気が引けたので、仕方なく梅干しにしてある。
 ちなみに私が作った物を麦のんに食べさせようと言ったのは田辺さんです。最初は乗り気じゃなかったんだけど、田辺さんの楽しそうな顔見てたらやる気が出ちゃったんですよね。あの笑顔は魔性だわ……
 しかし、こうして見ると貧相なメニューだわ。麦のんは普段の食事でも「しょぼい」とか「ヘボい」だの評価が酷いからな……俺が作って用意したのって、結局おにぎりと卵焼きだけだし。

「あはは、すみません……次からは自重するようにしま」
「何でもっと早く言わないのよ!」

 うぉ! びっくりした。麦のんどうしたの。

「食べ終わったときに言わないで、食べ始める時に言いなさいよ!」
「え? 何で?」
「知ってたら、もっと味わって食べたわよ!」

 そう言った瞬間、麦のんの表情が「しまった!」、と言いたげな物に変わり、頬を赤く染めて机に突っ伏した。俺としては何でそんなことやってんのか、意味が分からないんだけれども。
 しばらくその体勢でいた麦のんだったけど、しばらくして落ち着いたのかゆっくりと顔を上げて溜息を吐いた。

「ていうか、アンタ料理出来たの?」
「いや、出来るって程ではないんです。簡単な物なら出来ますけど……」
「ふーん」

 少なくとも麦のンよりは出来ますゥ、とか某超能力者の真似しようかと思ったけど無理です。やったら死にます。
 そんな俺の葛藤など気にもせず、麦のんは何やらブツブツ呟いております。ブツブツ呟いて目を充血させてる麦のんマジ悪魔……とか考えてたら、麦のん突然ニヤリと微笑みました。その顔が怖くてちょっと体震えたのは内緒です。

「決めたっ、アンタ明日から私のお弁当作りなさい」

 へ? 何故にwhy?

「う、煩いわね。アンタの料理練習手伝ってやろうと思ったの。何度も作っていれば上達するでしょうが」
「うーん、まぁ確かに?」
「そうよ。だから明日の朝からよろしくね」
「でも私、包丁とか使わせてもらえなかったんですけど……」
「何とかしなさい」

 Oh……何という理不尽なご命令。ここで突っぱねるのが普通の対応なんだけど、相手は麦のんだから何されるか分からないしなぁ。
 まぁ俺も料理の練習したかったし、フレンダになってから誰かに奉仕するの楽しいし、別にいいかな。包丁は田辺さんに頼んで何とかするとして、朝早起きするのがしんどい。元々料理得意って訳でもないからレパートリー増やさんといかん。色々問題は山積みだなぁ。

「ふう、分かりました。明日から頑張らせていただまきまふ」
「ふふっ、よろしい」

 まぁ……
 こんな嬉しそうな顔見れたから報酬と考えておきましょうかね。



おまけ

「よしっ、ご飯も食べたからお風呂ね。用意してフレンダ」
「……あ」
「? 何、どしたの」
「いや、その、えーと……何と言いますか」
「もったいぶらないで言いなさい」
「いや、ご飯作るのに夢中になってたら……」
「……なってたら?」
「お風呂準備するの忘れてた(テヘッ」
「……」
「……(ガタガタ」
「オ シ オ キ か く て い ね」
「ちょ、ちょっと待って話せば分かあばばばばばばば」



[24886] 第六話「ルート確定余裕でした」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 08:02
「ルート確定余裕でした」



「ゆ~きやこんこ、あられやこんこ、降っては降ってはズンズン積もるっ♪」
 口ずさみながら卵をかきまぜ、黄身と白身がいい具合に混ぜ合わさったら塩と砂糖で下味をつける。それを油のしいた卵焼き用フライパンに流し、弱火でじっくりと火を通して行く。くるくると回して丸め、その作業を何度か繰り返すと……

「卵焼きかんせーい。今日のお弁当はこんなモンかな?」

 シャケフレークをまぶしたおにぎり、卵焼きといつも通りのメニュー以外にハンバーグ(豆腐入り)、ポテトサラダにデザートはイチゴといった物。何度も思ってる事なんだけど、俺が作ったこんな弁当よりも、一回麦のんに見せてもらった研究所で支給される一折三千五百円の高級幕の内弁当の方が絶対美味しいと思うんだよね。中身も色々高級食材使ってたし、食べてみたかったわ。
 そう考えながら窓の方を見ると、外ではチラチラと白い物体が降っている。
 
 そう、学園都市はもう既に冬です。催眠術とか(ry

 麦のんに弁当作りを指示されてから、既に半年近く経ってます。俺としてはまだ大した時間が経ってない様に感じてたんだけど、思うほか料理とか雑用が楽しくて時間が過ぎるのが早く感じちゃったみたい。
 まぁ、楽しい理由としてはまだ他にもあるんだけど……っとと、来たな。

「フレンダおねえちゃーん」
「今日は何作ったの?」
「卵焼き、ハンバーグ、ポテトサラダにおにぎりですYO」
「「美味しそう!」」

 この子達は同じ施設にいる幼稚園児なんですけど、俺が料理を始めてしばらくしてからこの施設に入ってきた子達です。まぁ言うまでもなく『置き去り』で、来た当初は物凄いネガティブ状態になってた子達。まぁ普通に考えたら、親に捨てられて嬉しい子供なんていない訳だし当然ですが。
 まぁ、田辺さんがいつも見ている訳にはいかないし、食堂とかロビーの隅っこで俯いてる姿を見てたら飯作るときに何か嫌な感じになってしまうので、俺が面倒見る事が多くなっちゃったんですよね。というか、他の子供達は学校とか幼稚園行ってるから、必然的にいつも施設内にいて麦のんの為に働いている時以外暇な俺が相手してあげてただけなんです。そしたら懐かれちゃった☆

「ねぇ、フレンダおねえちゃん……」
「食べていい?」
「い~よ、そこに分けてある奴食べてねー」
「「うん!!」」

 嬉しそうに皿に分けてあるハンバーグとポテトサラダを食べる光景は、マジで微笑ましいわぁ。何かアレ、ホラ、雛に餌付けする親鳥の気分になってる。ていうか俺も小学生なんですけどね……
 あ、ちなみに俺の正確な年齢が判明しました。五、六歳とか好き勝手言ってたけど、スマン、ありゃあ嘘だ……正確にはあと少しで九歳。
 そう、今八歳なんですよね。見た目かなりロリだから、相当幼女と勘違いこいてた……ちなみに麦のんは俺の三つ上、つまり十一歳です。この歳なら我儘ボディなのも理解出来ますね。フレンダの歳から考えてたから八、九歳じゃないかなーと勘違いしてたわ。まぁ許してくれ麦のん、年上に見なかっただけでも良いよね。と、俺が一人問答してたらガチャリと開くドア。そこから現れたのは眠そうな顔をした我らが女帝、麦のんです。フラフラと幽鬼の様にいつもの席まで歩いていくと、ボーっとしたままそこに座った。

「レイちゃん、陸君がお弁当に手を出さない様にちょっとだけ見張ってて」
「はーい」
「おれはそんなことしないよ!?」

 レイちゃんが女の子の方、陸君がもう一人の男の子です。ていうかレイちゃん素で返すとかマジドS……まぁ、陸君前科あるから当然か。ハハッ、ワロス。
 まぁお弁当の安全はレイちゃんに任せるとして、俺はブラシを持って麦のんの元へ向かう。座ってる麦のんの後ろに立ち、その髪に手を伸ばす。

「麦野さーん? 髪とかすよー」
「……んぅー? やって」

 寝ぼけたまま麦のんがそう言ったので、お許しが出た俺は髪にブラシを通していく。
 これも増えた仕事の一つ。いつもギリギリにならないと布団から起きてこない低血圧全開の麦のんなんだけど、俺が弁当の為に早起きするようになってしばらくして、弁当を作り終える頃に起きてくるようになったんだよね。最初はただ偶然目を覚ましただけだと思ってたからスルーしてたんだけど、それが三日くらい続いたら頭叩かれました。理不尽です。
 それから俺の仕事にブラッシングという仕事が入った訳なのであります。というか仕事増えすぎなので、一日は結構忙しい。掃除しながらレイちゃんや陸君の相手をするのは大変じゃないの? っていう心配はしなくてもおk。何故なら最近になってレイちゃん陸君共に幼稚園に通い始めたからね。本当来た時と比べて別人のように明るくなってて個人的には嬉しいです。

「はい、終わりっ」
「御苦労様」

 そして髪をとかし終えるのと同時に、麦のんもしっかり目を覚ます。これもいつもの光景。

「麦野ねえちゃんおはよう!」
「おはよーおねえちゃん」
「ん、おはよ」

 レイちゃんと陸君にそう返し、麦のんはマイバッグから化粧品を取り出して身支度を始めた。この間に俺は麦のんの朝御飯を用意し、ついでにレイちゃん達の分も用意する。
 え? さっきレイちゃんと陸君食べてたじゃんって? 小さい子の食欲舐めたらイカンよ、アレはせいぜいつまみ食い程度にしかなってないので、ちゃんと施設が用意した朝御飯も食べてもらうのですよ。朝しっかり御飯食べないと体の目が覚めないとも言うしね。だから皆もきちんと御飯食べてね!
 棚から御飯出して、おかずをレンジに入れてスイッチオン。その間に「チーン」……くそっ、毎度思うがこのレンジ早すぎるだろ。その間に用意する手段が取れねぇ……こうして見てるとレンジが「どやっ?」、っと言っている気がして腹が立つので、とりあえず三人分御飯と味噌汁よそい、お盆に乗せてテーブルへと運ぶ。
 ちなみにその間、レイちゃんはテーブル拭き、陸君は箸やコップを出し、麦のんはお化粧してました。こ、この御方大物すぎる……いつものことでした。

「はい、じゃあ皆テーブルについてー」
「はーい」
「はい」
「ん」

 麦のんも化粧を終えたらしく、バッグに物しまって姿勢を正す。全員が座ったところを確認し、俺は両手を合わせた。それに合わせて他の三人もしっかり(約一名渋々)と両手を合わせる。

「「「「いただきます(……)!!!」」」」

 もう、麦のんは相変わらずノリが悪いわ。他の二人は元気よくやってるのに、麦のんはいつも通り仕方なくやってる感じだね。前に比べたらこれでもかなりマシになったんだけど、前は全くやってくれなかったし。

「野菜も残さずにね」
「はーい」
「う……はい」
「麦野さん、どさくさに紛れてピーマンよけないで下さいよ」
「やらないわよ!」
 
 いや、前科アリだから言ったんだけどね。ピーマン嫌いで涙目になる麦のん、超可愛かったです。脳内フォルダに保存してあります。
 まあ、俺の一日は大体こんな感じで始まります。そして麦のん出かけたら玄関まで見送り、レイちゃん達二人の用意を手伝い、迎えに来る幼稚園バスに乗せて終了する。後は帰ってくるまで掃除やら、麦のんの指示により晩御飯に私が作った物を何か一品用意しなきゃいけないので、それの用意。帰ってくるまでお風呂を準備しておくなど地味に忙しい。ていうかこれ主婦じゃね?
 まぁ、今日も一日頑張りましょうかねー。



 さーて、麦のんは研究所行ったし、レイちゃん陸君も幼稚園バスに乗せた。後は適当に休憩しつつ、自分の仕事もこなしていくだけなのですよ。さーてまずは……

「あ、いたいた。フレンダちゃん、ちょっといい?」

 おや、田辺さんが俺に用事があるようで、小走りで近寄ってきたでござる。

「何かあったんですか?」

 建前上聞くけど、田辺さんの表情が切羽詰まってない時はそんなに急ぐ用事でもないのは知ってるので、のんびりと尋ねる。ちなみに田辺さんが切羽詰まってた時は、レイちゃん陸君の様子を見てほしいと言った時かな。アレは本当に辛そうな顔してて、こっちが申し訳ない気分になっちゃったからね。
 そんな俺に、田辺さんはニコッと笑いながら口を開く。

「もうすぐクリスマスだから、フレンダちゃんにもパーティで何をやりたいのか聞こうと思ってね」
「……あ、そういえばそうですね」

 そう、もう十二月も半ばを超えてそろそろクリスマスの時期がやってきていました。東北生まれの俺としてはもっと雪が積もってないと十二月って感じがしないから、本気で気づいてなかったわ。
 というかパーティやるんだ。まぁ数少ない行事の一つだし、ケーキの一つでも買ってお祝いするんでしょう。ケーキ、ケーキねぇ……

「ん~、私は特にないので、参加して楽しめればそれでいいです」
「うん……もっと我儘言っても大丈夫なんだけど、本当に良いの?」
「のーぷろぶれむですよ」

 大人の俺が我儘とか言って田辺さん、他従業員の方々を困らせる訳にはいかんしね。あ、ちなみに他に働いてる人達との関係は良好ですよ。
 それにしてもクリスマスパーティかぁ。俺の家だとケン○ッキー買ってきたり、ピザ食ったりしてたけど、本来はキリスト教の祭日みたいなもんだったっけ? まぁ、こういう文化も柔軟に取り入れるのが日本の良いとこではあるんだけど。

「フレンダちゃん、麦野ちゃんにもこの事伝えておいてくれる?」
「おけおけ、任せておいて下さい~」

 そう言って田辺さんは仕事に戻って行った。さて、俺も自分の仕事やっておかないとな。



「無理」
「え、何で?」

 帰ってきた麦のんにいつも通り御飯の準備(俺の一品はきんぴらごぼうです)をし、それを食べている姿を見ながらクリスマスパーティの事を言ったら、麦のん無理とか言ってる。これはまさしくどういうことなの……?

「パーティは何時から?」
「ん、多分四時くらいかな? ……あ」
「気付いたみたいね。私が帰ってくる時間考えたら間に合わないでしょ」

 麦のんそういえば最近どんどん帰ってくる時間遅くなってるんだよね。前は六時くらいには帰ってきてたのに、今は八時過ぎるのが当たり前なくらいだ。どうやっても施設が行うパーティに間に合うとは思えない。まさか麦のんの為に時間遅らせて欲しいなんて言えないしなぁ。
 そして麦のん、飯食い始めた時は普通だったのに、どんどん不機嫌になっていっています。これは不味いね、久しぶりに見たよこんな麦のん。最近は安定してたのに、どうしたの~麦のん、落ち着いてくれい。

「落ち着いてるわ」

 ……やっぱり怒ってるな。んんー参加出来なくてイライラするなら分かるんだけど、何故怒るし? さっぱり分からん。

「あの、麦野さん……?」
「煩いわね、参加したければすればいいじゃないの」
「え?」
「いちいち私に許可取る必要はないわ。勝手に参加して楽しんでくればいいじゃない」

 うわあああ、怖いよおおお。不機嫌になるの久しぶりとか言いましたけど、これは今までで一番機嫌が悪いのかも知れない。え、何なの? そんなに参加出来ないのが嫌だったの? 麦のん見た目に合わず子供っぽい駄々をこねちゃあかんよ……

「でも、麦野さん……」
「しつこい!」

 うぉ!? 麦のんキレたか、やばい!

「あぁぁぁぁ、煩い! 勝手にしろって言ってんだろうが! しつけぇんだよ!」
「え、えっと……?」
「寝る! しばらく手前ェの顔見たくねぇ。部屋に入ってくるんじゃねぇぞ」
「お風呂は……?」
「しばらく顔も見たくないって言っただろうが……殺されたいの?」

 そう言い捨てて麦のんは食堂を出て行ってしまった。
 うひぃ、怖かったぁ……あんなにキレた麦のん見るの、初めて会った時くらいじゃないかなぁ。今にも『原子崩し』発射しそうな位の気迫だったし、何がそんなに気に入らなかったのかなぁ? アレか、自分が参加出来ないのに「奴隷」風情が参加して楽しむのが許せなかったんか。
 冷静に考えてみれば、麦のんもまだギリギリ小学生なんだよねぇ。それが自分が除けものにされるみたいに参加出来なかったら、それは不機嫌にもなるかなぁ。俺がもし小さい時に参加出来なくて、他の奴らだけ参加していたら……うわ、それは拗ねるわ。
 麦のんったら子供っぽいとこもあるのね。そしてこのまま麦のんとの関係が悪化していくのは避けたい。ここで縁切りしちゃえば『アイテム』に参加フラグは消えるかもしれんけど、後味が悪すぎるしね。
 では、ドッキリビックリさせる人日でもしようか。さぁ『原子崩し』、武器(?)の貯蔵は充分か? クリスマスまで残り五日間、麦のんを喜ばせてやるぜい。



 五日後――
 P:M 10:30

 既に施設内の電気は殆ど消えており、子供達は就寝しているこの時間。俺は電気の消えた食堂で息を潜めて待機しております。外はしんしんと降る雪のせいで結構積もってきていて、いい感じにホワイトクリスマスムード全開です。リア充爆発しろ。
 ていうか麦のん遅いなぁ。いつもなら流石に十時くらいまでには帰宅するのに、今日は特に忙しいんかな。ぶっちゃけお腹空いたので早く帰ってきてほしいです。
 ちなみにあの日以降、麦のんは飯の時は出てこないし、帰ってきても俺をお風呂に同伴させてすらくれてません。流石にちょっとした会話はするんだけど、気軽に話しかけてもいないので息が詰まります。あと部屋から追い出されているので、俺は職員さん達が使う仮眠室で寝泊まりしてました。職員の方々本当にすみませんでした、とここで詫びておこう。
 ……いや、本当に遅いわ。寒いし、お腹空いたしで俺の心はボロボロです。麦のん早く来てー。
 とか考えてたら、自動ドアが開く気配! 説明しよう、フレンダは奴隷生活が身に染みてしまているので、麦のんが近付いてくると本能的にそれを察知することが出来るのだ! 泣いてないですよ。
 ガチャリという音と共に、食堂のドアが開かれる。暗くて様子が見えないが、麦のんの足取り重ッ。疲れた上に寒くてだるいんだろうか? うむむ、こんなテンションだと喜んでもらえるか異様に不安だわ。
 ……えぇい、もうここまで来たら腹括るしかない。というか準備に結構かかったんだし、これ以上はダメだ! 俺は電気を点けるぞ。
 バチンッ、という音と共に蛍光灯の灯りが部屋を照らす。その瞬間、俺の手のクラッカーがパァンッ! と音を鳴らして色とりどりの紙が麦のんに放たれた。それを茫然とした様子で受ける麦のん。かわいいぜ……

「メリークリスマス、麦野さん!」
「え、あ……?」

 ふふふ、驚いてる驚いている。そのまま動かない麦のんの手をとっていつもの席に座らせ、俺は準備を始める。田辺さんに協力してもらい作った鳥のから揚げや、グラタン等を温めてテーブルの上に出していく。事情を話しただけで協力してくれた田辺さんは良い人すぎると思う。なんせ今日のパーティでも忙しそうだったからね。
 そして最後に、冷蔵庫からケーキを出してテーブルに置く。これにて今日のメニューは完成、「フレンダ・オブ・クリスマス」の完成です! ネーミングセンスないとか言うな。
 さて、ここまでやっても麦のんは無反応。何か不安になつてきたけど、ここまで来てやめる訳にはいかないでしょ。男は度胸、何でも試してみるものさ。すいません女です。

「あ、あのさ……」
「ん、はい?」

 麦のんが反応してくれたでござる。震えてるけど寒いんかな? よく見ると体に少し雪積もってるし。というか車から玄関までそんなに距離あったかなぁ?

「これは、何?」
「何って……クリスマスパーティですよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「ん?」
「何でクリスマスパーティしてんの?」

 え、何を言ってるの麦のん。

「そりゃあ、麦野さんと一緒にやるためですけど?」
「な、何で?」

 何でって、何で? 特に理由はないんだけど。強いて言えば麦のんを驚かせたかったのと、喜んでもらいたかったからなんだ。もう一つはアレだね、拗ねる麦のん想像したら可愛かったからです。不謹慎でしたすみません。

「わ、私はアンタにあんな事言ったのよ……」
「麦野さんストップです」

 そこまでよ! と言いたげな顔で俺は麦のんの言葉を遮り、口を開く。

「私がやりたかったからです、それじゃいけませんか?」
「……」

 ぶっちゃけ、ケーキ作ったりパーティ用の料理作ってみたかったんだよね。勿論前述の理由が大きいけど、これはあくまで自分の為にやったことなんですたい。だら麦のんが気を使う必要はないのよ、と言いたいのですよ、私は。

「迷惑、でした?」

 まぁ、それも麦のんの機嫌が直ってくれないと水泡に帰すんだけどね……だって本来なら俺の顔も見たくないって言ってたくらいだし、こんなことで機嫌直ってくれるだろうか……? 治らなかったら俺、終了。

「そ、そんなことない!」
「おぉう」
「あ、ち、違う! ま、前の事は許してあげてもいいわ。私の為だけにクリスマスを祝おうだなんて、殊勝な心がけじゃないの」
「いえ、別に」
「前の事は水に流してあげる。だからこれからはもっと私に尽くしなさい」

 おぉ、麦のんの機嫌がみるみる回復していく。どうやらこれは当たりだったらしいね。いやぁ、よかったよかった。

「さて、お腹空いたわ。早く食べるわよ」
「はいはい」
「はい、は一回でしょ。全くもう……」
「あ、麦野さん。その前に渡す物があるんですけど」

 そう言って俺はテーブルの下に置いておいたカラフルな紙袋を持って麦のんに渡す。大きさは麦のんの顔くらいかな? 田辺さんに買い物へ連れて行ってもらい、出世払い扱いにしてもらって買ってもらったのです。麦のんは最初は驚いてたみたいだけど、今は目を輝かせてます。やはりこの歳の子はプレゼントには弱いね!

「あ、開けていい?」
「どぞどぞ~」

 そう言って袋を開ける麦のん。出てきたのはうさぎのぬいぐるみで、安物と言える物なのであんまり可愛くないです。最初ゲコ太にしたかったんだけど、ゲコ太シリーズ結構高くて諦めました。妥協してごめんね麦のん。

「安物だけど、喜んでくれたら嬉しいなぁって」
「あ、ありがとう……大切にするわ」

 ぎこちない動きでうさぎを抱きしめる麦のん。どうやらぬいぐるみが好きという設定は残ってたみたいね。好きっていうか寝るときに抱きしめてるんだったか? 今までそんなことしてるの見た事ないんだけどなぁ。まぁ喜んでくれたら幸い。

「じゃあ、食事にしませう。今日のケーキは自信作なんてすよ~」
「あ、あの……」
「ん、何?」
「わ、私からもプレゼントあるんだけど……」
「……新しい仕事とか?」
「違ぇよ!」

 このパーティ報せてなかったのにプレゼント用意してきたとな? 警戒して先手取ってみたら怒られた。どうやら本当にプレゼントを用意してきたらしい。まぁクリスマスという街中歩き、空気に飲まれて買っちゃったのかもしれん。それに地味に嬉しい。麦のんからの贈り物なんて珍しいし。

「いやっほぅ、何くれるんですか!」
「ちょ、ちょっと待って……目ぇ瞑ってて」
「え~」
「いいから早く!」

 もう、照れ屋だなぁ麦のんは。とか本人に聞かれたら『原子崩し』確定の言葉を心の中で呟いて目を閉じる。
 目の前で麦のんが動く気配。何か鞄をゴソゴソやってるみたい。
 ゴソゴソゴソゴソゴソゴソゴソ…………長いよ!

「あの、麦野さん?」
「だ、ダメ! 今出したから目を開けるな!」

 うーむ、これは焦らしプレイって奴なの? ぶつちゃけ俺にはそっちの趣味はないから早くしてほしいんだけど……まぁ、これだけ焦らすのならさぞ凄い物[ガチャリ]……何今の音? そして自分の首に何か着いている感触。
嫌な予感を感じて目を開ける。

「に、似合ってるじゃないの! 流石は奴隷ね!」

 顔真っ赤にした麦のんの顔……その視線の先にある「首輪」。
 え、何コレ? 本当に何コレ?

「アンタは私の奴隷なんだから、そういうアクセサリーが似合うと思って買ってきたのよ! よ、よく似合ってるじゃない!」
「うわぉ……」
「これでアンタは一生私の奴隷よ! 肝に命じておきなさい!」

 そう言って高笑いする麦のんを、俺は茫然と見ることしか出来なかった。

 拝啓、父さん、母さん、妹よ。兄ちゃんは上司の為にクリスマスパーティを開いたら、何故か首輪をつけられて奴隷宣告され、奴隷ルート突入余裕でした。
 本当に世の中は理不尽です……



おまけ

「あっはは、奴隷よ奴隷。アンタは奴隷なのよー!」
「やっちゃった……やっちゃったよ私」
「本当は帽子渡すつもりだったのに……首輪なんてどうすんのよ」
「……はぁぁぁ~」



<オリジナル用語・設定>
『首輪(フレンダ仕様)』
 麦野がクリスマスの帰りに買ってしまったファッション用の首輪。銀細工と上質な皮で作られている為、かなり高い。ぶっちゃけ帽子より高い。
 鍵付きの為、麦野以外では外す事は出来ない。



[24886] 第七話「  闇  」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 08:04
「  闇  」



 天気は晴れ、雨は降らずに出かけ日和。ですが私の心はどんよりしている状態であります、軍曹。
 麦のんに受けた奴隷確定ルートから約二カ月。月日が流れるのは早いもので、俺は早くもこの状況に適応し始めています。いや、人間としてどうなのそれは? とか思わなくもないんだけど、それに適応するのが人間って奴なのよね。
 あの時から装着された首輪は今でも付けております。というか鍵を持っているのが麦のんなので、俺の意思では外せないです。唯一お風呂の時だけは外してもらえるけど、それ以外の時は付けっぱなし、勿論寝る時もです。最初の頃は凄い寝苦しかったなぁ。
 改めて首輪を見る。見た目は犬の首輪とよく似ているが、よく見ると人間用にデザインされた物だという事が分かる。銀細工で細やかに仕上げられた装飾と、シックな黒の組み合わせは絶妙で、オシャレが出来ない男と妹に評価された俺でも、これはかなり高い物なんだろうなぁというのが分かった。苦しくないの? って質問も大丈夫。ちゃんと首との間には余裕があって、指一本くらいなら入るのですよ。
 でも一般人から見たら、正直異様な格好なのは間違いないだろうな。世に言う美辞あるビジュアル系なイケメンがこういうの付けてたらファッションとかそういうのに感じるんだろうけど、小学生くらいの幼女が付けてたら正直引かれます、俺だって引きます。そしてそれは間違いない事だ。
 だって今身を以って体験してるからね!

「恥ず過ぎワロタ」
「ん? 何か言った?」
「イイエナニモ」

 はい、今私は麦のんと一緒にお出かけしてる最中なんです。お出かけって言っても、施設の正門前で迎えの車待ってるだけなんですが、この施設の前って大通りだから滅茶苦茶人通り多い。道行く人々全員がこちらに訝しげな視線やら、ドン引きしてる視線やら、何か勘違いしてるいやらしい視線向けてきます。
 もうね、どうしてこうなったと叫びたい。声高らかに物申したい。まぁ何でこんな事になつたのかというと、昨日の夜に麦のんから

――明日、私と一緒に研究施設行くわよ
――どういうことなの……

 って感じ。え? 分かんないって? 俺だって分かんない。
 今まで研究施設に行こうなんて誘われた事もなかったので、いきなりのお誘いに俺はしばらく茫然としてしまいました。そしたら麦のんの機嫌が悪くなり始めたので、急いで行く旨を伝えました。あの時の麦のんの顔は忘れられない……すげぇニヤッ、としてたし。思い出すと……おぉ、こわいこわい。
 いい加減好奇な視線に晒されるのに慣れ始めたら、黒いベンツみたいな車が施設の前で止まった。いや、ベンツかどうか何て、車が詳しくない俺が分かるはずないんだけれども。まぁ見た目はヤクザの組長とか使ってそうな車だ。

「お迎えに上がりました、『原子崩し』」
「御苦労さま、行くわよフレンダ」
「はーい」

 麦のんが先に車に入り、俺はその後に続いて車に乗る。ちなみに車に乗る時は一番偉い人を、助手席ではなく運転席の後ろに乗せるのが常識です。ので先に乗った麦のんが運転席の後ろに乗るという訳。
 俺は手に持った荷物を膝の上に置き、外の様子を眺める。こうして見ると原作から数年前とは思えないほど、街の様子は殆ど変わらない様に見えた。まぁ街を構築する技術よりも超能力や兵器にお金かけてるだろうし、以外と住人の生活様式は変わらないのかもしれないけどね。
 しかしこうして車で遠出するのは初めて。施設にいる時に出かけたのは、田辺さんの買い物に付き合ったり、麦のんと散歩したりするくらいで遠出した事がない。一番の遠出でも、クリスマスの時に麦のんのプレゼント買いに近くのデパート行った時だ。しかも首輪付けてなかったし。
 だから学園都市の車に乗るのは実は初めてですゥ。ついテンションが上がって某超能力者の真似までしちゃうんだァ。

「嬉しそうね、そんなに楽しい?」
「そうですねぇ、車に乗るのは初めてですから」

 まぁ、フレンダになってからだけど。

「え? そ、そうだったの……」
「うん、だから外を眺めてるだけで楽しいですね」
「……今度からは何度でも乗せて上げるわよ」

 あら、麦のんに気を使わせてしまった。これはいかん。

「別に気にしなくても大丈夫ですよ? 私は今でも充分楽しいですし」
「良いから。それとも私の言うことが聞けない?」
「うーむ、それを言われると痛いですね~」

 にひひ。と笑いながら返したら、麦のんも軽く笑みを浮かべて応えてくれました。相変わらず落ち着いてる時の麦のんはマジ天使……でも不機嫌な時は魔王様です。
 麦のんがそう言ってくれたので、俺もちょくちょく車乗らせてもらうとしようかな。何せ外に出かける事自体珍しいしね。というか、この首輪のせいでまともに外歩けないな、ワロス。
 まぁ、今を楽しんで後々考えようかな。と思考を切り替えて、俺は外へ視線を戻して車中の時間を楽しんだ。



――ところでこの研究所を見なさい、これをどう思う?
――すごく……大きいです

 みたいなやり取りがマジでありました。正確に言えば、この後麦のんが「これ位の大きさがないと私がいる研究所に相応しくないから当然!」、とか「崇めてもいいのよ?」、みたいな事言ってたけど、個人的にはもうちょい小さい方が迷わなそうだしいいです。無論、麦のんの事は褒め称えておきました。負け犬万歳です畜生。
 その後はしばらく麦のんの実験風景をガラス越しに見ていたんですが……凄いわアレ。超能力って奴を見せつけられるとはああいう事を言うのかもしれん。青白い光線が出てくる的や金属の塊を次々にぶち抜く様は、まさに唖然とする他なかった。あんなモンに真正面から挑んだ浜面は度胸があるってレベルじゃないね。垣根や御坂は同じ『超能力者』なので例外としよう。
 というか『超能力者』ですら、『神の右席』やら『聖人』級の相手となると厳しいんだろうねぇ。『一方通行』とか『未元物質』ならどうにかなるかも知れないけど、麦のんがアックアとかに勝てる姿は思い浮かばん。禁書世界のインフレマジこええ……

「しかし、暇である」

 麦のんの実験は途中から関係者立ち入り禁止の場所でやり始めた為、俺は追い出されました。ので今は、「暇になったらここで待ってなさい」と言われた食堂っぽい場所で麦のんを待ってます。
 暇すぎる……もう一時間以上待ってる上に、そろそろお昼なんだけど。しかもこの部屋に一時間誰も来ないんですよね。どんだけ人気ないんだよここ、施設代無駄過ぎるので壊した方がいいと思います!
 あ~、もう先にお弁当食べちゃおうかな? でもその瞬間に麦のん来たら確実に『お仕置き』される。ぶるぶる、それだけは勘弁したいので、やはり待つしかないのですね。わかります。

「おっまたせー」
「あ、麦野さん遅いよ~」
「ごめんごめん、ジジイ共が煩くてさ」

 麦のんが来ました。さっきの実験の時に着ていた白いスーツみたいな物のままだけど、どうやら実験は一旦終了らしいね。

「あー、お腹空いた。お弁当にしましょ」
「うん、でもさ……」

 うん、とりあえず今日一番気になってた事を言うとしようかな。朝からずっと気になってたけど、麦のんに聞いても行ってから教えると言われ続けた謎なんだけど。

「何でこんなに作ってこいなんて言ったの?」

 そう、今日のお弁当は重箱で作ってきたのだ。三段重ねとはいえ、かなりのサイズで普段麦のんに作っているお弁当の、量でいえば五倍はありそうな量である。一段目はおにぎり、二段目はおかず系、三段目はデザート中心で作ってある。いくら何でもこれを一人で作るのは無理があったので、田辺さんに頼みこんで一緒に作ってもらいました。いつも本当にすみません。
 ぶっちゃけどう見ても、一人二人で食いきれる量ではないので麦のんを何度も説得したのですが、絶対に減らそうとしてくれませんでした。これの為に今日は朝五時起きですよ、きっついです。
 だが麦のんは不敵な笑みを浮かべたまま胸を張っている。相変わらずでっかいなぁ、小学生とは思えんうらやまけしからん。とか思ってたら麦のんが扉の方に視線を向けた。

「入ってきて、滝壺」

 ……んん? 今なんつった?
 静かな動作で扉が開き、そこから一人の少女が現れた。線が細く、黒い髪はバラバラに伸び放題で、前髪など目を隠してしまうくらい伸びている。白い実験着よりも不健康な感じに白い肌を持つ少女、年齢は俺よりちょっと上か同じくらいだ。
 そして麦のんが言った聞き捨てならない一言。彼女の名前は……

「紹介するわ、ここで知り合った「滝壺 理后」よ。よく実験で一緒になるから、たまにはお昼でもどう? って誘ってみたのよ」
「「滝壺 理后」、よろしく」
「……oh、よろしく」

 生滝壺入りました。びっくりしすぎて久々に心臓止まるかと思いました。



「へぇ~、滝壺さんは『大能力者(レベル4)』なんだ」
「うん、ふれんだは『無能力者』なの?」モグモグ
「そうだよ~、料理と掃除しか出来ないんだ。能力羨ましい」
「うぅん、能力あってもお料理出来ないし、出来るふれんだはすごいよ」ムシャムシャガツガツ
「だから言ったじゃない。私のお弁当作ってる奴はコイツなの」
「むぎのはいいなぁ、こんなにおいしい物食べてるんだ」ムグムグモリモリングング

 あの後、突然の滝壺登場に驚いた私だったけれどすぐに持ち直してお弁当タイムに持ち込みました。いやぁ、マジでビビッたわぁ……だって『アイテム』に加入するつもりもなかったから滝壺なんて一生会えないと思ってましたからね。というかこれってアイテム加入フラグじゃあ……な、訳ないよね。これはあくまで偶然でしょう。
 というか滝壺見た目に反して食べる食べる。いや、作った身としては嬉しいんだけれども、三人の小学生じゃ絶対に食いきれない量がみるみる減っていく様はある意味シュールだ。あの体のどこにあんだけ収まってるんだろ? 滝壺の能力の一つだったりして……ねーよw

「けぷ、ごちそうさまでした」
「ごちそーさま」
「ごちそうさまでしたー」

 結局俺と麦のんを合わせた以上の量を平らげてくれた滝壺のおかげで、弁当の中身は空にする事が出来ました。いや、本当にいい食べっぷりでしたよ。太るだろアレは。
 しかしこれで、『アイテム』のメンバーが絹旗と浜面以外集合した事になるなぁ。絹旗は年齢的にまだ『学園都市』にいるかどうかすら不明だし、確か『暗闇の五月計画』とかいう『一方通行』関係の実験に入ってるんだったかな? まだ能力すらないのかもしれんね。
 浜面はもういるかもしれないけど、流石にまだ『武装無能力集団(スキルアウト)』に入ってすらいないだろう。そう考えれは滝壺だけは会う確立がゼロじゃなかったんだな。うーむ、世の中何があるか分からんのう。
 こうして麦のんと並べて見ると、滝壺も相当可愛いな。髪が適当に伸ばされているから残念だけど、肌の綺麗さとか顔つきは非常に可愛らしい。それに田辺さんと同じく癒し成分満点なので、見ているだけで俺の心のHPが回復していく気がしてならない。一家に一人滝壺の時代はじまた。

「ねぇ、ふれんだ」
「ん、何か用滝壺さん?」

 滝壺がいきなり話しかけてきたので、俺は食後のお茶を麦のんに渡しつつ視線を向ける。滝壺は隠れ気味の目でジッと俺を見つめて黙っているが、眼光は鋭い。何か『体昌』使った時と似てるけど、まさか使ってないよねぇ? とか思ってたら、さっきの眠そうな目に戻った。

「うん、ふれんだの拡散力場はおぼえた」
「えっ? 私にもあるの?」
「うん、無い人はいないよ。ふれんだにだって立派な力がある証拠」

 おう、これはさっきの『無能力者』発言に気を使ってくれてるのかしら? 麦のんも空気読んでるのかお茶飲んだまま黙ってるし、ここは楽に返してあげよう。

「滝壺さんに言われたら、何か希望がグンと湧いてくるね~。ありがとっ!」
「ううん、どういたしまして」

 おぅ、超癒される。ニコッと笑った滝壺は女に慣れた俺でもクラクラ来ちゃうくらい可愛いね。やっぱり一家に一人欲しい。

「麦野さん、滝壺さん連れて帰りたい」
「アホな事言ってるんじゃないの」

 怒られた。まぁ冗談だから大丈夫だ、問題ない。
 その後は麦のんの肩揉み(滝壺にもやってあげました)したり、滝壺に施設で麦のんが如何にだらけているか密告して麦のんのヘッドロックくらったりと、普段施設内しかいない俺にとっては楽しい時間が過ぎていきました。いやぁ、滝壺マジ良い子。どんな話でもとりあえず反応返してくれるから、そこから会話に繋げやすいんですよね。これって天性のものなのかも。いつか浜面にくれてやるのが惜しいです……まぁ、この二人お似合いカップルすぎるから、いつかはくっつくんだろうけどさ。妬ましい……

「ん、そろそろ実験再開の時間か……」
「わたしもだ」
「麦野さ~ん、暇です」

 二人は実験やらで暇じゃないかもしれないけど、俺はもうこの二人がいなくなったら暇で死ぬ自信がある。午前中も結局一時間以上暇だったし、午後は麦のんが実験終わるまで待つとかどんだけだよ、って感じ。やることも全然ないしなぁ……かといって俺の為に車出してくれる訳ないしね。

「ああ、大丈夫よ。アンタにはちゃんとやることがあるわ」
「え、本当?」
「うん、本当。ていうか、滝壺に紹介したいっていうのも理由だったけど、本来はこっちの用事で連れてきたんだし」

 ほうほう、俺がここにくる理由があったとな? てっきり友達が出来ましたみたいな紹介してたから、それがメインで終わったら適当に過ごしてろ。的な事言われると思ってましたよ。いつもそんな感じだしね。
 で、俺の用事とはなんぞや。

「ん、私の施設でどう過ごしているかデータが欲しいんだって。だから私の世話をしてるアンタに色々聞きたいんだってさ」
「ん~? でもそれなら麦野さんが直接言えばいいんじゃ?」
「本人じゃなくて、他の人間から聞きたいんだと。まぁ、すぐに終わるわよ。」
「がんばってふれんだ。私は緊張してるだろうふれんだをおうえんしてる」
「いや、特に緊張はしてないんだけどね」

 ん~、まぁ『超能力者』の私生活が気になるっていうのは分かるかもしれん。聞いた時はちょっと怖いなとか思ったけど、冷静に考えたら『無能力者』で「奴隷」の私に何か価値があるとは思えないし、別段問題ないか。

「分かりました、でもそれ終わったらどうしましょう?」
「私の事待ってなさい」
「ですよねー」

 結局待つ事には変わりないのね……まぁ、分かってた事だけども。麦のんマジで女帝です……

「あいつ等が何かするとも思えないけど、何かあったらすぐに連絡するのよ?」
「大丈夫ですよ、麦野さんと滝壺さんも実験頑張ってね」
「はいはい、アンタもちゃんと待ってるのよ」
「じゃあね、ふれんだ。また今度」
 そう言って部屋から出ていく二人を見送り、俺は軽く溜息を吐く。後はその報告さえ終われば暇になる訳だ。
 しかし報告かぁ……まさか、施設では何もせずにゴロゴロしていて、年下の子供達を女王様の如く顎で使ってる(誇張表現あり)とは言えないよね。かといって、施設にいるときは以外と普通なんだけどなぁ。何と言えばいいのか。

「君がフレンダちゃんだね?」
「うひょい!?」

 い、いきなり後ろから声をかけられたでござる! 驚いて振り向くと、そこには科学者らしき男と、ボディガードなのか筋肉質な男と華奢な女。幼女に話聞くスタイルじゃないでしょこれは……怖すぎる。
 ま、まぁとりあえず応えないとあかんか。

「あ、はい。私がフレンダです」
「ふむ、話に聞く通り礼儀が出来ている子だ。私はここの科学者の一人だ。後ろの二人はボディガードといったところかな」

 どう見てもそれにしか見えないから説明はいりません。というか幼女の前ではそういう類の輩はどっかに置いてきなさいよ……
 まぁ、『学園都市』だと警戒しすぎても警戒した事にならないのかもね。どうかは知らんが怖いので、ささっと終わらせたいところだ。

「あ、何か質問があるって麦野さんから聞いてたんですけど……」
「あぁ、それについてなんだが、こちらでやるから君は何も答えなくていいよ」
「へっ? それはどういう」

 瞬間、世界が傾いた。
 何が起きたのかさっぱり分からない。殴られた訳じゃない、何かで攻撃された訳でもないのに、俺の体が全く動かない。それどころか、思考することすら難しくなってきている。
 力を振り絞って顔を上げると、華奢な女がこちらを凝視しているのが見えた。まさか、せ い神 かんの 系の の 力 しゃ ? や  ばい   いしき が   麦  の  n……

「眠りたまえフレンダちゃん、もう目覚める事はないと思うがね」

 その一言を最後に、俺の意識は完全に闇へと落ちた。



おまけ

「教授、今からそちらに搬送致します」
『うむ、『原子崩し』には感づかれてないかね?』
「大丈夫です、しかしばれても問題はないのでは?」
『念には念を、さ。機嫌を損ねたら困るだろう』
「ハハッ、確かに……しかし本当にこのガキが『原子崩し』の力を上げる鍵になるのでしょうか? 私としてはただの『無能力者』にしか見えませんが……」
『さぁね。私も分からないが、現状最低の『超能力者』である『原子崩し』の能力を上げれれば御の字じないか、ね。他の研究所の鼻も明かす事が出来る』
「はぁ」
『それにこれは『統括理事会』直々の指示だ。我々はそれに従うだけ、さ』




[24886] 幕間2「私の所有物」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 08:05
「私の所有物」



「先に帰ったぁ?」
「うん、どうやら施設から電話がきたらしくてね。用事が出来たらしいよ。」
 実験を終えて食堂に向かう麦野を呼び止めた研究員の一人がそう言うと、麦野は驚きと怒りに満ちた表情を浮かべる。自分の指示よりも施設の用事が大事なのか? と言いたげな様子で、目の前にいる研究員を意味もなく睨んだ。当然、麦野の眼光に晒された男は焦った様子を見せて視線を反らす。

(折角、一緒に帰れると思ったのに……)

 口には絶対に出来ないが、麦野はフレンダと帰る事を楽しみにしていた。いつも帰る車の中は無言で、運転手は決して麦野と会話しようとはしないからだ。
 フレンダがいれば、今日の実験は上手くいったと伝えて話が出来る。フレンダに私の能力はどうだったのか聞いて、笑い合う事が出来る、そう考えていたのに。
 そこまで考えて麦野は思考を止めた。『超能力者』ともあろう自分が今考えた事は何だ? と自問するように舌打ちをする。別にフレンダなどいなくとも、自分は何でも手に入れる事が出来る選ばれた者ではないか。この『学園都市』に三人しかいない『超能力者』なのだから。フレンダ如きに固執する必要はどこにもないはずだ。

「フレンダの奴……帰ったら オ シ オ キ か く て い ね」

 なのに麦野の心は、ほんの少しの怒りと大きな寂しさに震えている。今呟いた独り言も、自らの心の平静を保つために呟かれた言葉だ。帰ってフレンダに『お仕置き』をする様
を想像すると、多少心が落ち着いていくのを感じる。
そうだ、最近ちょっと調子に乗らせてしまったのだから、少しは『お仕置き』して自分の立場を分からせるのも悪くはないのだ。そして泣いて許しを請うフレンダを優しく慰め、再度自分が上だと知らしめる。そこでプレゼントだ。最早フレンダは私の虜になる他ないだろう。

「ふふん、帝王学の基本ね……もっと称えてもいいのよ、クフフッ」

 不気味に独り言を呟きながら研究所内を進む。今日のプランが決定した為、その足取りは実に軽やかだ。プレゼントは二カ月ほど前に渡しそびれたアレがある。二か月前の出来事は自分にとって、金庫にしまい鍵閉めて海中に投棄したい位に忘れたい出来事であるが、過ぎてしまった事を悔やむなど『原子崩し』たる自分には相応しくないと心の中で暗示をかけた。
 そのまま研究所の玄関まで進むと、見知った姿を見て声をかける。

「あ、滝壺じゃない。どしたの?」
「むぎの……!」

 滝壺は麦野を確認した途端、焦った様子で麦野へと駆け寄る。どうやら今までも走り回っていたらしく、その息は荒く肩も大きく上下していた。明らかに普段の滝壺とは様子が違う事に、麦野は眉を顰めて口を開く。

「ちょ、ちょっと落ち着きなさい。どうしたのよ滝壺」
「むぎ、のっ……ゼェ、実は、ゼェ……ゴホゴホッ」
「ほら、アンタ体はあんまり強くないんだから。少し休んでから話そう」
「そんな暇ないっ……!」
 
 小さくも強い声。いつもはのんびりしている滝壺が放った声は、それほど大きな声でこそなかったものの、麦野の雰囲気変えるには充分なものだった。滝壺は何があろうとも自分のペースを崩す人物ではない。それは実験を一緒にやっている自分だからこそ言えることだ。
 だから滝壺がこんなに狼狽するということは、何か異常事態があった証拠なのだ。そしてそれが滝壺自身には手に負えない事なのだろう。ならばこの滝壺の友人として、『原子崩し』たる自分が手を貸してやるのだ。という気持ちを固める。だが、それは的外れな思いだ。何故なら……

「何があったの? ジジイ共に何かされた、それとも苛められたとか?」
「違うっ……むぎの、聞いて。実は……」

 その問題は滝壺ではなく、自分に大きく関係する事だったからだ。



 走る、走る、走る走る走る走る。
 大切にしている服が引っ掛かって破れようとも、お気に入りのブーツが泥で汚れようとも構わずに麦野は走った。道行く人々がそんな様子の麦野に訝しげな視線を向けるが、麦野にはそんな視線など既に気にもならない。何度も転んだ為、足や腕は擦り傷だらけだしいつもとかして「もらっている」美しい髪は風を受けてボサボサの状態だ。普段の麦野なら決してこんな醜態は見せない。
 滝壺から報せられた内容はこうだ。
 滝壺の能力は『能力追跡(AIMストーカー)』と呼ばれるものだ。対象の拡散力場を記憶し、相手が半径数十㎞以内にいるのであればどこに隠れようとも追跡出来る。『大能力者』の中でもとびきり珍しい能力で、この学園都市にいる人間であれば例え『無能力者』であろうとも拡散力場は持っているので、滝壺の能力で誰でも追跡出来るらしい。
 偶然としか言えないものだった。滝壺は偶然にも、昼食時に「ある人物」の拡散力場を記憶している。そして実験中に暇になり、その人物は今どこにいるのかと検索してみたのだ。
 それだけなら別に問題はなかった。研究所内にいなくても、それは何か用事が出来たんだろうと推測出来るだったはずだ。ただ、その検索をかけた人物が自分がよく知る場所に連れて行かれていたのが滝壺にとって驚きだったのだ。

『超能力開発実験場・第八支部』

 かつて滝壺もいた施設だ。非人道な目的の為に設立された施設であり、現在は無人となって機能を停止している施設の筈だ。そこに彼女が連れて行かれる理由は全くない。そして本人が行く理由すらない。
 そして、あの研究員は「施設からの電話」と言っていた。それは何を意味するのか?
 間違いなく、麦野に隠していたい事があるからだ。

「糞ったれ……!」

――むぎの、私は行っても役に立てない
――でも、むぎのは友達だから応援してる

「分かってる……」

――それに、むぎのは大切なんでしょ?

「分かってるんだよ……!」

――ふれんだを助けてあげて



『超能力開発実験場・第八支部』

 能力の開発が進まない事を理由に設立された施設で、表向きは『置き去り』の子供達の能力開発を進めるという人道的な施設だ。だが、勿論表向きはそれでも裏の顔か存在する。
 行われた実験をザッと記すと、「能力の暴走時に起こるAIM拡散力場の個人差」、「脳の大脳皮質に改良を加えた場合どうなるのか」、「ロボトミー手術で起こる能力の強弱」等、絶対に人道的とは言えない実験ばかりだ。つい最近になって効率が悪いという理由と、技術力の進歩によりこの研究所は解体される事となった。当然、これも表向きの事実だ。
 そんな研究所の中心に位置する場に、研究員が約十名集まって何かをしていた。各々がモニターや計器に向かい、それらを操作する。そしてそれらの機械が繋がれたコードの先にはひと際目立つ機械があり、そしてそこに取り付けられているのは一人の少女だ。目まで覆うヘッドギアを付けられ、体の至る所にチューブと拘束用のバンドが付けられている。ヘッドギアから除く長い金髪と白い肌だけが、少女が誰かを物語っていた。

「まだ結果は出ないのか、ね?」
「はぁ……ダメです。いくら脳に刺激を与えても、網膜に直接映像を流しこんでも反応はありません。本当にこのガキに鍵とやらがあるんでしょうか?」
「統括理事会がそう言っていたんだ。我々はそれを遂行すべきだ、よ」

 男はこの少女を知っている。何せ自分が選び、そして名前まで付けたいわゆる自分が親の様なものだからだ。だからこそ、逆に実験に使う事が出来る。この娘の権利は自分にあり、そして子は親に尽くすものだという歪んだ思想からだったが。

「薬を増やして負荷をかけてみよう。それで駄目なら脳を切り開く」
「し、しかしこれ以上薬を増やすと……」
「代わりはいくらでもいる、よ。少女も、そして君も」

 男は余裕すら醸し出しているが、実は焦っていた。折角自分の研究所から『超能力者』が出たのだが、他二名の能力者とは比べ物にならない程価値が低い上、能力の伸びも全く確認出来ていない。お陰で援助してくれている統括理事会のメンバーからはせっつかれ、辞任の声すら出ているほどだ。
 いつも余裕そうな態度でいるのとは裏腹に、男は今回で結果を出さなければ辞任……いや、下手をすれば口封じの為に暗殺される可能性が高いのだ。だからこそ、どんな手段を使ってでも、男は今回で結果を出さなければないらない。例え少女が潰れたとしても、だ。

「薬の注入を増やします、各員は計器の数値から目を離さない様にしてください」

 その声と共に、少女の体の至る所についているチューブから薬が投入される。途端にビクン! と痙攣する少女。意識はないだろうが歯を食いしばり、口の端から泡が漏れている。目元こそ隠れていて表情こそ分からないが、相当の苦痛を感じて、苦悶の表情を浮かべているだろうことが予想できた。だが研究者達はそんなことを気にもせず計器から目を離さない。そう、彼らにとってデータこそ大事で、少女の体など二の次なのだから。

「状態は安定しています」
「こちらもです」
「心拍数の上昇を確認しましたが、まだいけます」

 各場から次々と声が上がり、その報告に全員が息を吐く。数値は異常なものを示しているのだが、人間が壊れるという数値を知っている彼等にとってはまだまだ適応数値だ。少女は泡を吹き、拘束されている体を跳ねさせてはいるが。

「よし、再度さっきと同じ刺激を与え続けろ。結果を出すまでは帰れないと思いたまえよ」

 それと同時にまた実験が再開される。男は近くにあったコーヒーを手にとって口に流し込んで一息ついた。後は結果が出るのを待つのみ、そして駄目なら脳を解剖して調べるだけだ……と。
 コーヒーを置いて実験場へと視線を移した、その瞬間だった。
 
ドォン、と研究所が「揺れた」。

 最初は気のせいかと思った。が、他の研究員達も顔を見合わせているところを見ると、勘違いという訳ではないようだった。次いで置いたコーヒーを見ると、波打っている。

 ドォン!

 先ほどよりも大きな揺れと音に、研究員達は慌てた様子を見せる。地震かと思われたが、地震はこんなに規則的な揺れを発するものではない。
 そして聞こえる音……いや、声。

 ……フレンダ
 フレンダ……!

「フぅぅレぇぇンぅぅダあああぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!!」

 地獄の鬼が吠えた様な声だった。その声と共に部屋の壁が赤熱し、一瞬にして砕け散る。無論壁の近くにいた男二人は、悲鳴を上げる事すら許されず塵と化した。それを行った光は威力を弱める事なく、反対側の壁を貫通してどこまでも進んでいった。
 溶けて空いた風穴を通り、一人の少女が姿を現す。ボサボサになった栗色の髪と、所々に血が付着して赤くなった服纏い、そこにいる人間達を睨みつける。
 少女こそ、『原子崩し』、「麦野 沈利」。
 研究員達は一瞬にして麦野の視線に飲まれる。『超能力者』といえども、たかが小学生の少女の視線に、だ。
 その空気の中、麦野は血走った目で部屋の中を見渡す。かなり広い部屋というよりも広間といった感じで、中心には機材やら何やら色々と置かれている。そして、見つけた。
 中心の椅子の様な機材に座り、至る所にゴテゴテとして物を付けられた、自分の「所有物(もの)」を。そして「所有物」の様子を確認し、奥歯が砕けるんじゃないかと思うほどの力で歯を食いしばる。

「手前ェ等……」

 麦野の周囲にある空気が歪む。『原子崩し』が発射される前兆であり、研究員達は恐怖に歪んだ顔見せた。その顔を見て麦野は嗤う。自分に不愉快な思いをさせた連中を塵にするために、『原子崩し』を放射した。
 が、次の瞬間麦野は信じられない光景を目にする。突如として自分を閉じ込めるようにして現れたガラスの壁に、『原子崩し』が拡散されて消えていったからだ。

「なっ……!?」
「落ち着きたまえ、『原子崩し』」

 その声の方向に麦野は視線を向ける。そこにいたのは自分を担当しているあの男が立っていた。いつも胡散臭い笑顔で自分に接してくる男で唯一自分を恐れていない男だった。だが、恐れていなくとも人間を見る視線ではなかったのだが。
 男の手にはスイッチらしき物が握られている。どうやらこの壁はあの男が作動させた物らしい。

「アンタ……!」
「全く、余計な事をしてくれたものだ、よ。この研究所がどれ位の資金をかけて作られたものか分かっているのかね? 少なくとも『無能力者』一人の実験でおつりがくるものではない、よ。これは絶対に成功させなければならないね」
「成功って……フレンダに何しやがった!」
「彼女に何かするというのではないよ。それに君に怒鳴られる筋合いもない、ね」
「どういう意味だコラァ!」
「まだ分からないのかね、『原子崩し』。これは君の為に行っている事なんだよ」

 その言葉に麦野の動きが止まった。その事を気にせずに男は続ける。

「『統括理事会』の指示でね。彼女の脳を調べる事により、君の能力が上昇するという事が伝えられた。」
「無論我々は『統括理事会』の指示に従わなければならないし、君の能力を上げる為には多少の犠牲はやむ負えない。」
「それに君も、能力が上がるのは喜ばしいことなのじゃないのか、ね?」

 それを聞いた麦野は最初茫然としていたが、すぐに怒りの表情を浮かべて全力の『原子崩し』を発射する。だがそれもガラスの中で拡散され、少しずつ力を失っていった。

「やれやれ、別の新しい人間なら用意するよ。何なら同じ金髪の少女を用意するとしよう。今度はもっと従順な子がいいか、ね?」
「手前ぇぇええええぇぇぇぇ!!」
「無駄だよ。そのガラスは『拡散支援半導体(シリコンバーン)』という物で作られている。まだ試作段階だが、君の『原子崩し』を拡散して受け流す性質を持ったもの、だ。君の能力ではそれを貫く事は出来ない。君の能力を一番よく知っている私が言うのだから、間違いはない、よ」

 実際、麦野の『原子崩し』は全く貫通する様子もなく拡散して消えていく。自分の能力が効かない事、そしてフレンダの様子がどんどん悪化していっている事に麦野は歯噛みするが、壁は壊れるどころか歪む様子すらない。能力が通用しなければ、麦野などただの子供の一人に過ぎず、この場で出来る事などない。諦めてこの場を見ているしかないはずだ。

(だからって……)

 そんな考えを振り払うように首を振る。目の前にいる自分の「所有物」を諦める、なんて考えが浮かんだ自分の頭に渇を入れる。そして次の瞬間、麦野は迷いもなく手を振り上げてそれを壁に叩きつけた。

「諦める訳ねえぇだろうがよぉ!」

 何度も何度も壁に拳を叩きつける。自分の能力が通用しないのであれば、最後に信じられるのは自分の体のみ。そう心に決めて自らの全力を以って壁に拳を叩きつける。拳を叩きつけるたびに麦野の脳に激痛が伝えられ、麦野の顔が苦悶に染まった。
 そんな麦野の様子を見た男は、呆れて溜息を吐いた。確かに自分の能力が通じなければ、単純な物理攻撃で……という事は理解できる。だが数発殴ったところで気づかないものなのであろうか? と男は呆れ果てた。「拡散支援半導体」は確かに物理攻撃を防ぐ術を持たないが、単純な耐久力なら強化ガラスに匹敵する強度を誇る『学園都市』の特殊素材だ。無論、少女程度の腕力で敗れる代物ではない。

「さて、実験を続けよう。『原子崩し』は後で搬送するとして、今は目の前の事に集中しなければいけない、よ」
「は、はい……」

 そう言って実験を再開しようと自らの位置へと戻る。後はこの拳をぶつける音をBGM代わりとしながら実験を進めるだけで、『原子崩し』の能力が上がるはずである。『統括理事会』の決定には間違いなどないからだ。
 どれほど能力が上がるのか分からないが、上手くいけば『一方通行』や『未元物質』を超える可能性だってある。そして自らは今までの事態を拭う事が出来る。男はそう信じて疑わない。『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』がどういった変化を及ぼして進化するなども、考えた事がないのかもしれない。
 最初に聞こえたのは本当に小さな音だった。

――ピシ

 ガラスの破片を踏んだような、そんな小さな音。誰もそんな音を気にする事はせず、実験の計器から目を反らす事もない。
 次に聞こえたのは少し大きな音。

――ピシィ……!

 この音には流石の研究員達も気づく。男も何事かと、未だに無駄な行為を続けている筈の哀れな『超能力者』へと視線を向ける。
 そしてまた聞こえたのは本当に大きな音。

――ビキィ!!

 少女が叩き続けた場所を中心に、蜘蛛の巣状にひび割れが広がる。この事態に誰もが声を出す事が出来ない。
 何故ならばこんな事はあり得ないから、自分達を確実に守ってくれるはずの完全なる防壁が、ただの少女の腕力で捩じ伏せられるなど考えられない事「だった」から。そして次の瞬間、限界まで損傷を受けた壁がついに悲鳴を上げるかのように

「んるぉぉああああああぁぁぁぁぁああああ!!」

 砕け散った。麦野が大振りで放った拳の一撃に耐え切れず、壁は粉々に砕け散った。周囲へ散らばったガラスの様な「拡散支援半導体」はキラキラと輝いて、この状況にも関わらず不思議な美しさを醸し出し、幻想の様な空間を生み出す。自らが開けた穴を通って出た麦野が血走った目で全員を睨みつけると、どこからともなく悲鳴が上がった。

「ば、馬鹿な……」

 男が初めて狼狽した声を上げる。どれだけ腕力があろうが、少女としか言えない麦野の体格で強化ガラスに匹敵する壁をぶち破るなど、常識的に考えてあり得ない。あんな体格ではどう殴ろうが、蹴ろうが物理的に不可能なはずなのだ。
 男は混乱した様子で麦野を見やり、その理由に気づく。血まみれボロボロになっている麦野の右手に青白い光がループしているのを。

「き、貴様にそんな能力はなかったはずだ! ただ破壊力だけしか能のない閃光を発するのが貴様の能力だったのではないの、か!?」
「知った事じゃ、ないわよ……今から死ぬアンタに、そんな事を伝える必要性も感じないわ……」

 ゼェゼェと息を荒げる麦野の言葉に、男はギリリと歯を噛みしめる。たかが実験動物に自分の命を握られているという事に怒りを覚え、激情のまま口を開いた。

「猪口、砂郷! 『原子崩し』を捕えろ! 多少は手荒な真似をしても構わない、よ!」

 その言葉が合図となったのか、壁際で待機していた二人の人物が麦野の前に立ちふさがった。スーツを着込んだ筋肉隆々の男と、緑の服を着てバンダナを口元に巻いている華奢な女だ。麦野は知らないが、この二人がフレンダを浚った張本人だ。

「邪魔すんじゃねぇぇぇ!」

 麦野の『原子崩し』が発動し、周囲の空気が歪む。目の前にいる男に発射しようと麦野は照準を合わせ、能力を発動しようとする。が、次の瞬間襲ってきた頭痛に演算が狂い、放とうとした『原子崩し』が霧散した。何があったのか、と麦野が認識する前に男の蹴りが、麦野の華奢な体を吹き飛ばす。
 吹き飛ばされた麦野は蹴られた痛みよりも、頭の中をかき回されたような不快感に顔をしかめた。それはすぐに終わったが、敵の攻撃は収まらない。男は時を開けず麦野へと肉薄し、叩きつぶそうと拳を振るってくる。麦野がそれを防ごうと『原子崩し』で盾を作ろうとするが、それも謎の妨害で演算が中断され、男に吹き飛ばされた。受身が取れずに顔面を強打し、一瞬意識が飛ぶが歯を食いしばって耐える。

「何が、起こってるか、分からんだろう、『原子崩し』」

 男が途切れ途切れの不器用な言葉を発する。麦野はそれに対して返事はせず、ペッと血の混じった唾を吐いた。男はそんな行動も気にせず言葉を続ける。

「俺は、猪口、あっちの女が、砂郷。どちらも、『強能力者(レベル3)』だ」
「へぇ……その『強能力者』サマがこの『超能力者』「如き」に何の用? 自分の力自慢がしたかったら、お家に帰って鏡に向かってすればいいと思うのだけど?」
「何も、分からずに、やられるお前が、忍びなかった、だけだ。自分を、倒した、能力者の名を、覚えておいても、いいだろう?」

 そう言うと、顎で後ろにいる華奢な女も前に出てきた。

「俺は、『過剰運動(フイジカルオーバー)』、単純な、身体強化能力だ。そして、砂郷が、『意識妨害(マインドジャマー)』だ」
「ふぅん……どんな能力なのかしら?」
「対象の意識を、刈り取ったり、様々な、応用がきく、能力だ。だが射程距離や、精度に問題がある。ここまで、近ければ問題は、ないがな。お前が能力を、撃てないのは、意識的な妨害を、一瞬だけかけて、演算を妨害してる、からだ」
「ああ、それで……」
「お前の能力は、照準に時間がかかる、と聞いている。不便な能力を持った、事を後悔して、俺たちに負けるといい」

 そう言って二人が麦野へと一歩踏み出す。そんな様子を見て麦野は軽く溜息を吐き、痛む右腕へと視線を向けた。皮が破れ、血でまみれ、恐らく折れてはいなくともヒビは入っているであろう自分の右手。そしてこんな怪我を作る原因を作った少女は、目と鼻の先にある機材に座り込んでいる。体中に取り付けられた計器やチューブを見ると、麦野は怒りが再燃するのを感じ取る。それは目の前にいる連中の事だけではなく、少女に対しての怒りだ。

(奴隷の分際で、私が怪我してまで助けに来てあげたのよ)

 猪口が麦野に突進する。それに合わせて砂郷からの妨害が麦野に襲い掛かり、演算がかき乱される。
 だが麦野はそんなこと気にしていない。そもそも目の前に迫る相手など見てもいない。麦野が見ているのはただ一人。

(帰ったら、やっぱり オ シ オ キ ね)

 瞬間、膨大な白い奔流が猪口ごと麦野の周囲を飲み込んだ。暴れまわる破壊の光は余波だけで、離れて見ていた研究者数人を巻き込み荒れ狂う。猪口は元より、近くにいた砂郷などちょっとだけ触れた『原子崩し』の一撃で木っ端微塵に吹き飛んだ。その光景を見て茫然とする男を見て麦野は嗤う。

「確かに、私の能力じゃあ演算を乱されると正確な狙いは付けられない」

 だから麦野は集中した。ただ一点、自分が連れ戻しに来た少女の場所にだけは能力の余波が飛ばない様に。

「でもね、それは狙いを付けられないってだけで能力を放てない訳じゃないのよ」

 声を発することすら出来なくなった肉塊に、麦野は優しく語りかける。

「と、これが私の『原子崩し』。貴方達がご丁寧に能力の解説をしてくれたから、私もし返してあげたわよ? これが『超能力者』よ。死んでも忘れるな、この<ピー>野郎」

 さてと、っと麦野は残った研究者に視線を向ける。先ほどまで住人近くたはずだが、どうやら余波で七人は吹っ飛んだ様で残りは三人しかいない。その中にはあの男もいた。

「運が悪いわね。さっきので消し飛んだ方が幸せだったと思うけど」
「く。来るな……」

 麦野は嗤う。目の前の男を始末するために能力を発動し、限界まで原子を圧縮する。まずは足だ、動けなくしてから傷口を焼いてやる。そして腕だ、惨めに這いつくばる己を自覚させ、そして殺す。麦野の頭にあるのはそれだけだ。

「もがいて苦しむ様を見せてもらうぞこのクソ野郎がぁぁあああぁぁぁ!」

 麦野が腕を振りかぶり、『原子崩しを』放とうと意識を集中させる。瞬間、チクリと痛んだ自分の足に違和感を感じ、麦野は視線を向けた。そこに刺さっていたのは注射針の様な弾丸。麦野が見ている目の前で、内部の薬物が自らの体へと流し込まれる。
 不味い、と思った時には既に遅かった。一瞬で全身から力が抜け、無様に地に這いつくばる。演算しようとは考えているが、上手くする事が出来ない。

「な、なによ……ほれ……?」
「おーおー、好き勝手やっちまいやがって」

 周囲から黒い駆動鎧を着た人間達が現れる。次々とその数は増していき、最終的に十人以上が麦野を囲んだ。麦野はそれらを睨みつけるが、どうしても体に力が入らない。

「無駄無駄ァ、そいつは対能力者用に開発された新薬だからな。消耗してる今のお前じゃあ動く事もままならねぇだろ?」

 そう言いいながら、駆動鎧達を掻き分けて現れたのは一人の男。顔半分にタトゥーを入れ、駆動鎧の人間達とは違い白衣着込んだ科学者らしき人物。だが麦野には、他のどんな強力な武器を持った人間達よりも、目の前のこの男の方が余程危険な人物に見えた。それは見た目とかそういうものではなく、本能的に察したものだったのかもしれない。

「あんた……はれよ……!」
「うーん、まぁ別に教えてやってもいいんだがなぁ」

 そう言いながら、男は麦野へと視線を向ける。その視線は麦野さえも震えさせるほどの眼光と狂気に満ちたものだった。

「「木原 数多」、だ。よろしくなぁ、『原子崩し』」



おまけ

「フレンダちゃんと麦野ちゃん遅いわね……」
「二人とも初めての遠出だから、楽しくやっていけてるのかしら?」
「……フレンダちゃん、本当に楽しそうだったから心配ないわね」フフッ
ピピピ ピピピ
「あら、電話」
「もしもし、希望の園ですが」ガチャ
「えっ……?」



[24886] 幕間3「『道具(アイテム)』は闇へ……」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 08:13
「『道具(アイテム)』は闇へ……」



「おぅおぅ、久しぶりじゃねぇか。こんな無様な状態になってるなんざ夢にも思わなかったがなぁ」
「木原……貴様……!」

 木原が男を挑発するように口を開くと、それに激昂した様子で男が腕を震わせる。男の殺意を込めた視線を真正面から受けても、木原は何も感じていないかのような態度で凄絶な笑みを浮かべる。それは両者の力関係を如実に表している様にも見えた。

「しかし、みっともねぇなぁ。たかが能力者一人に研究所一つまるまる潰されてんじゃねぇよ。しかも自分が受け持ってる奴ときたもんだ」

 馬鹿にした様な笑みを浮かべたまま、木原はそう嘲るよう言い放つ。同じ学園都市の研究者が死んだというのに、その顔には一片の同情など見えない。そんな木原に対し、男は怒りで紅潮した顔のまま口を開く。

「黙れ! これは『統括理事会』から受けた正式な辞令、だ! それに攻めてきたのは『超能力者』だぞ、むしろこれだけの被害で済んだのが幸運と言えるではないか! 私に何の問題があったというの、だ!?」
「ハッ、甘ぇ甘ぇ。もしそういった事態が起こっても対処できる姿勢を整えるのが一流ってやつよ。たかが『原子崩し』に対処出来ない時点で、手前ェは三流ってことだ」
「なっ……!」
「いや、三流どころじゃ済まねぇかもなぁ。所詮はエリートって肩書きだけの使えねぇ野郎だったってことだ。まぁ、今回は手前ェが目的じゃねぇ」

 そう言い放ち、木原は倒れている麦野へと歩み寄る。近くに来たところでしゃがみ、右手で麦野の髪を乱暴に掴んで持ちあげた。麦野の口から苦痛の息が漏れ、それを聞いた木原はニヤリと笑みを浮かべる。

「あの薬で意識を失わねぇとは大したモンじゃねぇか。喜べよ、肉体的な意味でなら、お前は今の『超能力者』の中じゃ最強かも知れないぜ。まぁ、能力に関しちゃあ絶望的だがな」
「う、る……ひゃい……!」

 体全身に倦怠感にも似た痺れが走り、麦野は上手く声を発する事すら出来ない状態だった。意識失わないのは単純に、気絶してはフレンダがどうなるのか分からないという恐怖感からだ。だが、今自分が意識を失おうが失わまいがこの連中に抗う事など出来はしない。ただ自らの意思がここで気絶する事を許せないから、麦野は必死で意識を繋ぎ止める。

「ふれ、んだ……を、はなへ……!!」
「ハッ、カッコイイねぇ! 囚われの御姫様を助けに来た騎士様ってところかァ?」
「ばかに……ふんな!」

 今ある力を振り絞って演算に全力を注ぐ。麦野と木原の頭上に白い閃光が迸り、バチバチという凶悪な音を響かせた。咄嗟に周囲にいた駆動鎧達が麦野に銃口を向けるが、木原はそれを片手で制する。

「いいねいいねェ! 最近はあの「ガキ」の研究しかしてなかったから、他の『超能力者』の「性能」ってのを知りたかったんだよ!」

 『原子崩し』は加速し、木原を打ち抜くために収縮していく。いつもの麦野の力と比べても、それは遜色のない威力を有している。だが木原はそんなものに全く臆する様子を見せない。それどころか凄絶な笑みはますます深さを増し、顔面のタトゥーと相まって人間が浮かべる事の出来る表情とは思えない程、嫌悪感を感じさせる顔つきとなっていた。

「ひ、ね……!!」

 麦野の声が合図となり、『原子崩し』は木原の顔面を貫く……いや、消滅させるために一筋の光線と化して突き抜けた。それは木原の後ろの床を易々貫通し、一瞬で地下数百mまでその身を進め、消滅していった。余波だけでも相当の威力と熱を誇る『原子崩し』の一撃である、木原の顔面など形どころか影すら残らない事は明白だった。そのはずなのだ。

「……ハッ、こいつはすげぇな!」
「な、んで……?」

 だから目の前にいる無傷の男は死んでなければおかしい筈だ、と麦野は自問する。木原の顔は右半分が軽度の火傷を負っている様だが、それ以外には傷一つ見えない。麦野は目の前の光景が信じられず絶句し、言葉失う。そんな麦野の様子が楽しくて仕方ないのか、木原は興奮した様子で口を開く。

「何で俺が平気なのかって顔してるなぁ、『原子崩し』」
「ぁ……」
「単純な問題だ。手前ェの『原子崩し』は所詮「点」での攻撃だ、お前の目線と能力の動き方でどの辺りを狙ってるかなんて想像がつくんだよ」

 超理論である。麦野の放つ『原子崩し』を初めて見る者は、その威力に少なからず警戒心と恐怖感を抱く。ましてや目線を気にしつつ能力の揺らぎを確認するなど、人間では絶対に不可能だ。だがこの「木原 数多」という人間、まだ数年先の話となるが、素手で『一方通行』の反射を理論的に破るという超絶技能を発揮する。その理論たるや、まさしく神業。麦野の『原子崩し』一発程度を避けるなど、この男からしたら簡単な事なのかもしれない。

「んじゃあ……コイツはお釣りだぜぇ!」
「え……ぐぇ!?」

 木原はそう言って麦野の髪を離し、左手で顔面に掌をぶち当てた。麦野の口からは普段の麦野からは想像も出来ない様な声を上げて地面を転がる。数回地面を転がると、ようやく麦野は停止する。体中ホコリと血で汚れ、いつもは美しい顔は鼻血とボサボサになった髪がかかり見る影もない。
 そんな状態になっても、麦野の目から闘志は消えなかった。激しい怒りが身を包み、それのせいで気絶する事さえ出来ない。不思議と自分が殴られた事に対して怒り感じなかった事に麦野は一瞬だけ苦笑するが、すぐに先ほどの獣の様な表情に戻って木原を睨みつけた。それを見た木原はまた嗤う。

「いいねェ……最ッ高じゃねぇか! 第一位や第二位よりよっぽと手前ェの方が面白れぇなぁ『原子崩し』ァ!」
「隊長、そろそろ……」
「あン? 今良いとこじゃねぇか」
「作戦終了時刻が迫っています、遅れれば『統括理事会』から何と言われるか……」
「チッ……しゃあねぇな。じゃあ本命の目的をちゃちゃっと済ますとするか」

 そう言って木原は歩を進める。向かう先は麦野……ではなく、何とフレンダが座る機材の方向だ。それに気付いた麦野がギョッとした視線を木原へと向け、口を開く。

「ひ、かふく……なぁ! そい、ふは……わらひのだ!」
「おーおー怖い怖い」

 そう言いながらも木原は足を止めず、とうとうフレンダの目の前に辿り着く。付けてあるヘッドギアを手順も踏まずに強引に外すと、蒼白な少女の顔がそこにあった。意識はないようだが薄く眼を開けており、いつも明るく空の様な青を持つ瞳は光を失っている。その様子を見た麦野が息を飲むのを確認すると、木原はフレンダの頭に銃口を突きつけて口を開く。

「さて、いらねぇモンは処分しねぇとなぁ。『学園都市』もゴミを置く余裕はねぇし」
「や、やめろぉ……!」
「ハッ、そういう訳にもいかねぇな! 使えないモンは処分しろって命令を受けてるんだよ!」
「やめ、やめて! おねがい、やめてよぉ……」

 その声に、木原以外の誰もが息を飲んで麦野へと信じられない物を見るような視線を向けた。先ほどまでどんな事があろうとも折れず、引かず、そして不遜な女王とも言えた『原子崩し』が、まるで捨てられた子供の様な声を上げた事に驚愕を隠せないと言いたげな顔を全員が浮かべている。
 だが、木原だけはそれを見て口角を釣り上げる。そう、まるで待っていたと言わんばかりの顔だった。

「止めて欲しいのかぁ、『原子崩し』ァ?」
「う、ひっぐ……やめて、くら、はい……!」

 嗚咽を隠そうともせず、何時もの高飛車な態度を取ろうともせず、麦野は必死に懇願する。
 別に麦野は汚く生き残りたいわけじゃない。麦野自身だけならこんな連中に頭を垂れるよりも、戦って死ぬ方を選んだはずだろう。こんな無様に許しを請うこともなかったはずだ。
 だがここにいるのは麦野だけではない。ここには麦野自身が最も大切に想う「奴隷」がいる。そして彼女は戦う力など一切持っていない。だから自分が守らなければならないんだ、と麦野は自らに言い聞かせた。痛くても、苦しくても、どんなに辛くても……
 だが思い出して欲しい。「麦野 沈利」は完全無欠の『超能力者』であり、無慈悲な女帝であり、そして……まだ小学生の女の子だということを。

「おいおい、泣くんじゃねぇよ。これじゃあまるで俺が悪者みたいじゃねぇか? 俺は殺すのを悩んで「やってる」ココロヤサシイお兄さんだってのによぉ、なぁ『原子崩し』?」
「うぅぅぅ……グスッ、うええぇぇ……」

 木原の挑発的な一言にも反論一つ返せずに、麦野は泣き声を上げ続けた。閉じた瞳からは延々と涙が溢れ続け、先ほどまで罵倒の言葉しか出なかった口からは、子供らしい泣き声が上げられている。

「そうだなぁ……条件次第じゃ助けてやってもイイ、かもなぁ」
「!?」

 木原の言葉に、麦野は驚愕の表情を浮かべて目を見開いた。そんな麦野を見て木原は笑みを浮かべる。悪魔すら可愛いと思える笑みを浮かべ、木原は口を開く。

「今回の研究所を破壊した事は不問に流すとして……人員はどうにもならねぇ。特にさっきお前がぶっ殺した二人組は『暗部』っていう奴にいた連中なんだわ。つまり、お前がその代わりをすれば、このガキの命は助けてやってもいい」
「……それをやれば、ふれんらをたふけてくれるの?」
「そう、だがそれだけじゃ駄目なんだな、これが」
「なんれよ……!」
「お前がやったのは二人だっただろ? 要するにもう一人堕ちる奴がいなきゃダメって事だ」

 その言葉に麦野は眉を顰める。今のはもう一人自分と共に暗部へと行く者を用意しなければ駄目だという事なのだろうが、麦野には木原が何を望んでいるのか分からない。自分以外はここにいないはず……そういう考えしか思い浮かばないからだ。そんな麦野に対し、木原は呆れた様な、そして楽しそうな表情のまま口を開いた。

「おいおい、分からねぇのか? 鈍い野郎だな、ここに「もう一人」いるだろ?」
「……まひゃか」
「察しの通りだと思うけどな」
「らめ、らめよ!」

 木原の考えに気づいた麦野は、青ざめてその考えを否定する。「暗部」というものがどんな場所なのか麦野にも詳しい事は分からないが、碌なものではないことなど容易に想像出来る。自分は良い、余程の事がない限り大丈夫な自信はあるし、何より『超能力者』としての力がある。 だがフレンダは違う。特に強力な力を持つ訳ではない『無能力者』で、どんな事があってもニコニコと微笑んでいるただの少女なのだ。あの笑顔が「暗部」とやらに堕ちていい訳はない。

「おねがい……わらひはいいから、ふれんららけは……」
「駄ぁ目だ。損失には相応の代償を払ってもらう、「暗部」の常識だぜ、コイツはよ」
「うぅぅ……」
「諦めな『原子崩し』。手前がここで断るのなら、このガキはここで死ぬだけだ。そいつを防ぎたくてここまで来たんなら、やらなきゃ駄目な事は分かるよなぁ?」

 木原の言葉に麦野は呻く。最早これ以上の譲歩や交渉など不可能……いや、最初からこうなるよう仕組まれていたとしか思えない結末に、麦野は涙を必死に堪えて歯を食いしばった。

「わ、かっら……らから、ふれんらをたふけ、て……」
「オーケーオーケー、交渉成立だな。手前等、『原子崩し』とガキを病院に搬送しろ」

 その言葉を合図に、周囲を囲んでいた駆動鎧達が動き出す。麦野をストレッチャーの様な物に乗せると、しっかりと能力者拘束用の特殊拘束具を取り付けた。フレンダは付けられていたチューブや機材を乱暴に取り外されて、ストレッチャーに乗せられる。ただし麦野とは違い拘束具は付けられていなかったが。そのまま二人が搬送されていくのを、木原は楽しそうな表情のまま見送った。

(ハッ、これでメインの仕事は完了か。あとは、っと……)

 心の中でそう呟きながら、視線をとある方向へと向けた。そこにいたのはフレンダを誘拐し、麦野の担当「だった」男と研究員二人だ。研究員二人は木原の眼光と先ほどの光景で完全に怯んでいるが、男は怒りの眼差しで木原を睨みつけている。そんな様子をせせら笑う様に木原は口を開く。

「これから『原子崩し』はこっちの研究所系列が担当になる、手前はお払い箱だなぁ」
「き、さまっ!」
「『超能力者』相手の対応が甘すぎるぜ、そんなんじゃいつまで経っても研究から「その先」へ行くのは不可能だな。まぁ、次はないんだが」
「? ど、どういう……」

 返答はなかった。
 木原が素早く引き抜いた拳銃はから放たれた銃弾が、男の両隣りにいた研究員二人の眉間を撃ち抜いた。銃声と共に二人の頭から鮮血と脳漿が飛び散り、そのまま糸の切れた人形のように崩れ落ちた。恐らく死んだ事にも気づいていないであろう。突然の行動に、男は最初茫然としていたがすぐに我に返って木原を睨みつける。

「い、一体何のつもりだ!」
「そのままの意味だろ? 次はないって言っただろうが」

 その言葉を聞いた瞬間、男は喉が干上がったような感覚に襲われ、体中から汗が噴き出るのを感じる。そんな男には既に興味がないような態度で、木原は欠伸をして口を開く。

「『超能力者』の反乱を許し、あまつさえ実績が出せない手前ェに『統括理事会』のお偉いさんはキレちまったらしいぜ。まぁ、俺としても今回の事件を隠蔽する為に手前ェを始末するのは大賛成なんだがな」
「ま、待てっ! 私が結果を出せなかったのは『原子崩し』に問題が」
「あ、俺としちゃあ別にどうでもいいんだわ。それより帰って『一方通行』のデータを纏め直さなきゃならねえんだ。これから暇になる手前ェと違って、俺は忙しいんだよ」
「待」

 返答はなかった。



 後始末を部下に任せ、木原は自らの研究室へと戻ってきた。至る所に印刷された資料や、データらしきものが乱雑しておりどれがどれだか分かるのか? という様な状況になっている部屋で、木原はいつもの定位置である椅子に腰掛ける。
 今日の仕事は奇妙な内容だった、と木原は思い返す。『原子崩し』の暴走を未然に防ぐ……てはなく、追跡して一定の時間が経ったら捕縛せよとの命令だった。
 そう、木原率いる『猟犬部隊(ハウンドドック)』は麦野が研究室に向かう段階で、既にその姿を補足して追跡していたのだ。その気になれば、麦野が研究所に突入した時点で身柄を押さえる事は出来た。だが『統括理事会』から下った命令は、「『原子崩し』が何らかの強い能力行使をしたところを確認した場合のみ身柄確保を行え」というもの。

「ハッ、キナ臭ぇ」

 これは木原の勝手な想像だが、恐らくこの作戦を指示したのは『統括理事会』などというものではない。その上……想像に過ぎないが、『統括理事長』が指示をしていたに違いないだろうと推論づける。あの何を考えているのか分からない人物であれば、今回の意味不明な作成内容も何となくだが理解できるような気がした。

(まぁ、俺には関係ねぇな。詮索しすぎると命を縮めるだろうし、この考えはここまでだ)

 そう考えて木原は一つの資料を手に取る。そこにはこう記されていた。



  『暗闇の五月計画』
~『一方通行の演算パターンの解析、及び被験者の『自分だけの現実』の最適化について』~
「被験者」
1:増田 孝太  男  (置き去り)
2:水舞 流    女  (置き去り)
3:絹旗 最愛  女  (置き去り)
…………



 滝壺は窓から外を眺めていた。既に時間は十二時を超えており、施設内はシン……と静まりかえっている。その中で滝壺は不安そうな表情で祈る様に手を組んだまま動かない。

(むぎの……大丈夫かな?)

 あれから何の連絡もない。麦野に報せた身として滝壺は心配で眠ることすら出来なかった。麦野は確かに『超能力者』だが、決して無敵ではない事を滝壺は知っている。だからこそ何かあったのか? と想像することしか出来ない。
 もしかして報せない方が良かったのではないか? と滝壺は一瞬浮かんだその考えを首を振って打ち消す。
 麦野は自分の友達で、そしてその麦野が連れてきたフレンダもとても優しい人だった。早くから『置き去り』にされた滝壺にとって、あの二人との時間は心休まる時間だったのだ。フレンダとはたった一日……それも昼の間だけの時間だったが、それでも彼女が良い人だったということは理解できている。だから、その二人を失う事だけは、滝壺にとって絶対避けたい事だ。

「むぎの、ふれんだ……」

 滝壺は祈る。どうか二人が無事でありますように、と。滝壺は知らない、二人が既に闇へと堕ちてしまっという事実を。
 そしてこれから知る事になる。自身の運命を崩す『体晶』との出会いが、滝壺を待っているのだから……



「作者からの簡単な後書き」

 こんにちは、カニカマです。
 これでようやく話の一区切りとなります。正確には、ここから主人公達が「暗部」に入ってからの仕事。そして話の本筋へと突入していきます。言ってしまえば、今までのはプロローグに近いものだったのかもしれませんね。
 幕間が二つ続いてしまった事については、このタイトルが使いたかったからなんです……二つともくっつければ良かったのにというツッコミもあるかも知れませんが、どうか寛大な目で見ていただけると嬉しいです。
 次からは目覚めた主人公の視点……本編の話となるかと思います。目覚めた主人公がどんな判断をするのか……そしてどう対処していくのかはまだ分かりません。ただ一つ言えば、主人公はお人よしで人間らしい性格と思考をしています。決して禁書の主人公達の様な力や勇気、素質を持っている訳ではないです。ヒーロー達の中では浜面が近いかもしれませんね。
 そしてこの話のもう一人の主人公は麦のんです。麦のんは力も素質も持った主人公らしい人物かもしれません。禁書のヒーロー風に言えば、「守りたいものの為ならば、いかなる犠牲をも厭わず戦い続ける事が出来る者」でしょうか。この犠牲とは自分の事も含めています……中二病です、すみません。
 では、次の展開にご期待頂けると幸いです。またお会いしましょう。




[24886] 第八話「この台詞二回目ですね!」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 08:24
「この台詞二回目ですね!」



「知らない天井だ……」

 そう言いながら、俺は白い天井を見上げています。ぶっちゃけ、何が起こっているのか全然分からないので、完全にポルナレフ状態となっておりますです。そして今言った台詞なんだけど、転生した時とか記憶失った時とか言いたくなる台詞NO,1ですよね? まぁ、俺はフレンダに転生した時に使っているので二回目なんだけども。
 体が上手く動かないので、首だけ動かして周囲の様子を探る。どうやらここは病院らしく、清潔感のある白いカーテンが閉じられていて外は見えませんが、光が入ってきているところを見ると夜ではないというのは間違いないね。正確な時間は分からないけど……っていうかこの部屋何もないないな。せめて時計位は置こうよ。

「えーっと……どうしてこうなったんだっけ?」

 寝た体勢のまま思考に移る。記憶に残ってるのは、麦のんと一緒に研究所に行って……麦のんの実験が途中から見れなくなったから食堂っぽい場所で待ってて、麦のんが来て……そうそう、滝壺が麦のんと現れるという予想外の出来事に遭遇したんだったな。その後お昼御飯食べて、麦のん達と別れて、そして……

「って、そうだよ! 何かよく分かんない能力使われて気絶させられたんじゃないか!」

 それ自覚した瞬間、俺の体中から嫌な感じの汗が溢れ出た。というか、今の今まで何でこんな大事な事忘れてたんだ俺は。研究員とゴリラと細枝っぽい連中に気絶させられてから……どうなったんだ?
 ま、まさかここは病院じゃなくて何かの研究所だっだりして。そして俺はこれから解剖されたり色々と実験されたり……いやいやいや、それは有り得ないでしょう? だって俺は『無能力者』で、ただの『置き去り』ですよ。それに原作のフレンダだって特別な能力は多分だけど持っていなそうだったし……漫画版の台詞から考えると、本当に『無能力者』だったのかもしれないけど。だから俺を誘拐してまで何かをするというメリットはないはず。
 うぐぅ……しかし、体が動かない。何かすっごくダルい。それに体中に上手く力が入らないので、立ち上がる事もままなりませんです。このままでは逃げるどころか好き勝手にいじくりまわされて、そして最後は用済みに……それ、なんてエロゲ? って、だから冗談なんて言ってる場合じやないっての! 何とかして立ち上がらないと……
 もがいて動こうとするけど体は上手く動いてくれないし、このままでは完全に手詰まりである。何か薬とかで体から力が抜けてる感じじゃなくて、根本的に体が固まっちゃってる感じだ。動かす度に関節がギシギシ痛むわ。どうしてこうなった!
 そのまま暴れる位の勢いで体動かそうともがいてたら、突如廊下から足音が聞こえてきた。その音を聞いて俺は動きを止めて耳を澄ます。廊下をこちらに向かって歩いてくる音だ。

(ま、まさかこの部屋目指してないよね……?)

 いや、いくら何でもこのタイミングでの足音と部屋への来訪は死亡フラグでしょう(俺の)。まさか俺が都合よく目覚めたタイミングで誰かが来る訳がない。そう考えていたら、俺の部屋の前まで来て足音が止まりました。ですよねー。
 これはやばい。十中八九、俺を気絶させた連中でしょこれは。そして俺はこの後変態科学者たちの手によって改造人間、そして慰み者に……うわあぁぁぁいやぁぁぁぁ。
 ドアノブがゆっくりと回る。ガチャリという金属的な音と共にドアが開かれていく。俺はというと引き攣った顔して汗ダラダラ流してその光景を見ている事しか出来なかった。そして開いた扉から出てきた影は、白い服を着た怪しい科学者ではなく、黒服を着たそっち系の人でもなく、見慣れた茶色い髪の女性だった。

「入るわよ、フレン……ダ……?」

 そうです、麦のんです。つーか何でここに? というか麦のんがここにいるという事は、もしかして俺は誘拐されてないのか? と考えて、思考停止しちゃった俺は、茫然と麦のんに視線を向けたまま停止しちゃってます。麦のんはというと、茫然というか唖然とした顔で俺の方見たまま何も喋ってくれません。ど、どうしたの、麦のん? いっつもなら暴言なり命令なりしてくるので、この状況は逆に怖いんですけど……
 そんなこと思ってたら、ようやく麦のんがゆっくりと動き始めた。前を探るかのように手を突き出してこっちに向かってくる麦のん……想像してみて。滅茶苦茶怖いんですけど……なんか貞子思いだした。
 そして俺の前に来ると、恐る恐る俺の顔を両手で掴みました。最初「こ、殺される!」とか思ってたけど優しく包むようにしてくれてるので、どうやらそんな事はなさそうです。それどころか麦のんの手が暖かくて何だか気持ちいいんですが。やばい、これは背中流しに匹敵する程気持ちがいいかもしれん。それに何だか良い匂いもしますねぇ、香水か何かかしら? いい香りでリラックス出来たのか、凄く落ち着きます。顔がにやけてしまうですよ……悔しい、でも、落ち着いちゃう。

「麦野さん、気持ちいいです~」
「ッ……このアホ! アンタ、体は大丈夫なの?」

 ん? 大丈夫も何も、特に問題ないですよ。いや、上手く体動かないんで相当やばいのか……いやいや、相当じゃなくてかなりやばいよ。アホか俺は。

「か、体が重いです」
「……他には?」
「関節が少々痛みます……」
「それだけ? 頭が痛いとか、上手く物事考えられないとか、そういうのは無いのね?」

 む、麦のんが俺の体調を気にしているでござる……! いつもなら熱があろうが風邪引いて様がおかまいなしに雑用やらせてきた麦のんなのに、いきなりのこれは嬉しいじゃなくて、ぶっちゃけ気持ち悪い。いや、麦のんに対して失礼なのは承知の上なんだけど、本当にいつもと様子が違うので、別人かと疑ってしまった位だ。まぁ、どう見ても麦のんだけどさ。エツァリだったらワロス。
 しかも麦のんの顔が怖いです。必死過ぎて血走ってるよ麦のん……これか敵意ある視線だったら、今この場で心臓麻痺起こして死ぬ自信がある。これ以上麦のんに詰め寄られるのが心底おっかないので、心配させない様にしないとね。

「大丈夫ですよ~、体も感覚がないとかそういうのじゃないですから。ただ関節の痛みがちょっと辛いですけど」
「……そう、なら良かったわ」

 そう言って麦のんは近くに置いてあったパイプ椅子に座る。どうやら少しは落ち着いたみたいで、先程よりはいつもの麦のんに近い感じに戻ってきた。うんうん、麦のんはこうじゃないとこっちの調子まで狂っちゃうんですよね。だからといっても今命令されたとしても、まともに動けないんだけど。さぁ、ここで座った麦のん……俺にどんな命令があるんだい? いつもならはいはい言う事聞くけど、今はそういう訳にはいかないZE。

「り、りんご剥いてあげるわ」
「え?」
「え? って、何よ。何か文句あんの?」
「イヤイヤ、ソンナコトナイッスヨ」

 え、やだ、なにこれこわい……
 こ、これマジでエツァリじないよね? いや、今は時間的にいないのは知ってるんだけど、俺は目の前の存在をエツァリだと信じますよ。いや、むしろ変身してるエイワスだと言われても信じていいかもしれない。それ位、今の麦のんは別人にしか見えないんですよ。
 だって今まで麦のん包丁使った事ないと思うし、多分使おうと思ったことすらないんじゃないかなぁ? それにいくら何でも俺に対して優しすぎます。いや、今までだって優しくしてくれなかった訳じゃないんだけど、こんな感じで俺に気を使ってるというか、何か悪い事隠してる子供みたいな仕草で対応してきた事もないしね。
 ハッキリ言うと、麦のんは俺に何か隠してます。しかも言いづらい事ですね。
 うーん、何だろうか? 俺がいつも使ってるコップ割ったとか、そんなのしか思い浮かばない。いや、そんなので麦のんがこうなるとは思えないので、やっぱり別の事かな?
 ……いや、分かってるんだけどさ。実際細かい事は分かんないけど、多分俺が浚われた事に関係してるんだって事くらい。現実逃避したくて別の事ばかり考えてたけど、それとしか考えられないよねぇ。嫌な予感しかしないけど、麦のんはかなり気まずそうな感じだし、俺が切り出すしかないのか……よし、覚悟は決めた。どんとこいやー。

「麦野さん、私に何か隠してない?」
「ッ……」
「大丈夫だよ。私は何があっても驚かないから」

 うん、覚悟完了した俺にとって、麦のんから知らされる事実など特に問題はないのでございますよ。予想的には、俺が浚われたので急いで救出したけど、フレンダにはショックだから報せない方がいいかしら? これだね、これしか考えられない。だから麦のん、ささっと言っちゃっていいのよ。俺は大丈夫だからさ。
 と、俺が考えている間に麦のんは苦渋の表情を浮かべていました。うわ、凄い悔しがってるというか……何か後悔? してる様な顔だわ。

「……フレンダ、何も言わずに落ち着いて私の話を聞きなさい」

 そう呟くように言い放って、麦のんはゆっくりと話し始めた。



 かくかくしかじか、って本当に便利だと思う。いや、そんな簡単な事じゃなかったんだけど俺からしたらあっという間に凄い事実告げられた感じに茫然としちゃってます。麦のんから告げられた事は、簡単に纏めるとこんな感じだった。
 まず俺が浚われた、理由はよく分からないとか何とか。麦のん曰く『統括理事会』が関係してるらしいとか言ってたけど、何で俺は目を付けられたんだ? 別に派手な行動は起こしてないし、ただの『無能力者』なのに……
 そして麦のんは俺を助けに来てくれたらしい。そしてそこで……まぁ、負けたそうです。正直、『一方通行』ですら実力行使を控える『学園都市』が相手だから、当たり前といえば当たり前だったのかなぁ。
 そして、『暗部』への加入。もっと正確に言えば、麦のんがぶっ壊した研究所や殺っちゃった人員の補充の為に、俺と麦のんが暗部に入れられたとの事。そりゃあ、そうだよね。『超能力者』を暗部に引き入れるチャンスを、この街が逃すはずないもんね。
 ど、どうしてこうなった……俺はこの世界でのんびり過ごして、たまに物語を端っこで見てる脇役Aになりたかっただけなのに、何でよりにもよって一番避けなきゃいけないと思ってた暗部に……しかもフレンダ真っ二つフラグの最重要人物、麦のんと一緒に堕ちなきゃいけなくなったのか。
 いや、正直麦のんは悪くない。だって何だかんだで俺を助けに来てそうなっちゃったんだから、麦のんのせいじゃないのは間違いない筈だ(手段は別とする)。だ、だからといって俺のせいでもないよ、ね……? 別に目立った事もしたつもりないし、本当に何でこうなった。

「あ、あはは……」

 俺は返答代わりに乾いた笑いを零す事しか出来ず、場の空気が重くなる。麦のんは麦のんで俺を黙って見つめたまま動かないし、誰か他の人がお見舞いに来てこの場の空気を壊してくれる感じもない。
 こ、これはもうBAD END確定の状況ではなかろうか? 子供時代のフレンダがどのように暗部で過ごしていたのかは分からないが、ただの一般人の俺に荒ぶる暗部の中を生き残っていけるとは思えない。そもそも、俺は爆弾とか変なツール一切使えないから、ただのか弱い女の子だかんね。要するに戦闘能力は皆無です。
 く、空気が重い……俺の心が落ち込んでいるのもあるんだけど、それ以上に麦のんから発せられている空気の重さが尋常じゃないです。もう、何て言おうか……全然勢いがない。普段の麦のんなら、「暗部に行ってもアンタは奴隷だからついてくるのよ。大丈夫、暗部なんてラクショーよ!」、くらい言っててもおかしくない筈なんだけど。

「フレンダ、アンタは心配しなくていいわ」

 おっと、麦のんがとうとう口を開いてくれた。でも、何かすっごい思いつめた顔しとる……麦のんらしくない。

「確かに、私とアンタは暗部に入る事になったわ。でも、アンタは暗部の任務とか、作戦なんかに参加する必要はない」
「え? 何で……」
「アンタの分、私が動く。そして、アンタを決して戦わせたりなんかさせない。だからアンタは心配しなくていいの。私に全部任せなさい」

 そう言って麦のんは一度軽く息を吐き、いつもの高圧的な笑みではなく……相手を威圧する嗤いでもなく、ぎこちなくも優しい笑みを浮かべて俺を見た。

「アンタは私が守る」

 その一言に、俺は心臓の鼓動が高鳴るのを感じて頬を紅潮させる。今の麦のんの顔、滅茶苦茶可愛い。可愛らしさを表現する為に、天使の様な笑みとかいう表現をよく使うけど、今の麦のんの表情はそんなものじゃ計れない。聖母とか、そういうのでもない。まさに麦のんらしい顔だった。今まで麦のんと生活してきて長いけど、こんなに可愛らしい顔を見た事はなかたかもしれない。
 そして今の一言に、俺は心底安堵を感じていた。何だか良く分からないけど、麦のんは俺を守ってくれるらしい。そして暗部の仕事もしなくていいと言っている。そして俺の事を守るとまで言ってくれた。流石に『スクール』との勝負の時にある最重要イベントの真っ二つフラグは折れていないけれど、これで当面の安全は確保されたと考えてもいい。何せ『学園都市』の『超能力者』が俺の事を守ってくれるのだから。

(ん……)

 だから、さっきの麦のんの一言を聞いた瞬間に浮かんできた「もう一つ」の感情を出す必要性はない筈だ。それを言ったら、今まで努力して死亡フラグを回避しようとしてきた事が無駄になってしまう恐れがあるから。先程の麦のんの言葉に従って、脇役は脇役らしく地べたを這いまわって、この物語が終わるまで待てばいい。
 その筈なのに、俺はゆっくりと……苦笑いをしながら口を開いた。

「ねぇ、麦野さん」
「何?」
「気持ち悪いです」
「……は?」

 その言葉を聞いた麦のんは最初、訳が分からないと言いたげな顔で茫然としていたが、やがて意味に気づいたらしく怒りの表情を浮かべた。その顔を見て、俺は怖すぎて失禁するかと思ったけど、ここまで言ったらもう後には引けないので言葉を続ける。

「いつもの麦野さんは、私にズカズカ命令してくるし……それに我儘だし」
「ん、な……ぁ!」
「それに私に遠慮するだなんて、ぶっちゃけあり得ませんね。偽物ですか?」
「て、手前ェ……!」

 あ、麦のんキレた。ギリギリと歯を食いしばり、俺を睨みつけてる。滅茶苦茶怖い……何で俺こんな事してんだろ。ぶっちゃけ、麦のんの言う事聞いてれば、こんな恐怖を味あわずに済んだのにね。本当に馬鹿すぎるって訳よ。
 でもね、俺にとってどうしても納得出来ない事があったんだ。フレンダに転生してから、既に一年とは言わずとも半年以上経ってる。その中で、俺の生活は麦のんとずっと一緒だった。だからこそ納得出来なくて、つい口に出してしまったんだけどね。
 麦のんが俺の襟首を掴み上げる。いや、関節痛いって! 怒りでもうどうしようもないのかしら……次の言葉で怒りを納めてくれなかったら、俺は終了のお知らせですね。

「アンタ……! 私がどんな気持ちで……」
「あは、やっぱり麦野さんだった」

 怒り心頭の麦のんが何かを言う前に、俺はそう口を開いた。それを聞いた麦のんは不思議そうな顔をして俺を見る。よし、このままたたみかけるぞ!

「麦野さんは、人に遠慮しなくて、私には特に「奴隷」扱いだし、そして自分で髪とかさないし……」
「……」
「他にも色々とありますけど、私はそんな麦野さんが嫌いじゃないんですよ」

 うん、これは本当なんだ。いや、マゾとかそういうの抜きにしてね。
 確かに最初はおっかなくてどうしようもなかったし(今でも怖い時は怖いけど)、いつか絶対に麦のんから離れてやるとか奴隷生活なんて絶対に嫌です! とか思ってんだけどさ。人間っていうのは単純な生き物の様で、麦のんと生活していく内に楽しくなっちゃったんですよね。
 冷静に考えたら半年以上一緒に生活してて、しかも寝食共にしてんだから情が移るのも当たり前な訳で、それで仲良くなって楽しくなっちゃうのも当然なのです。こんな考えは俺だけなのかも知れないけど、そうなっちゃったんだよねぇ。
 だから麦のんのこんな姿は見たくない。いや、暗部入りは嫌なんだけどさ……

「にひひ、それに今の状況って麦野さんと初めて会った時とそっくりですね」
「そ、そうだったかしら?」
「うんうん、あの時内心は怖かったんですから~」
「う……」

 よぅし、空気が柔らかくなってきた。このまま押し切らせてもらうぜ麦のんよぉ!

「それに、暗部っていうのがどんな場所か詳しく知らないけど、私がそんな状況になってたら、役立たずの烙印押されちゃいそうですよ」
「でも、その分私が頑張れば……」
「周りから見れば、私はサボってる様に見えちゃいますよ?」

 そしてわざわざ自分も頑張ります。みたいな話に持っていってる大きな理由がこれ。そんな状態のメンバーを、あの暗部が見逃してくれるとは決して思えないのよねぇ。下手したら役立たずだと判断されて、違うメンバーと交代→機密を知る奴は始末、くらいやるのが暗部って場所だし。もう入る事が決まっちゃってるのならば、その中で最も良いポジションに付かなきゃ洒落にもならん。
 そう、俺が狙ってるのは相変わらず麦のんの奴隷ポジションです。仕事内容的には浜面みたいに麦のんを手伝ってるけど、直接的な戦闘には介入しない方向のあの位置。麦のんの庇護が得られる位置で、しかも戦闘には参加しない。そして俺は普段通りアジトとかで料理したり掃除したりするのがメインのお仕事。やれと言われたら車の運転もしちゃますよ! ペーパードライバーだけどね。

「ね、麦野さん。だから二人で頑張ろう」
「フレンダ……」
「それに、私は麦野さんの奴隷だからね」

 よし、ここ強調したよ。さあ、麦のんよ。これ以上の問答は不可よ、俺も一緒に暗部に行くのでしっかり守ってくれぇ! というかこれ断られたら、俺が暗部に粛清される恐れがあるので受け入れてくださいお願いします。と、考えている俺の前で麦のんの表情が変化していく。先ほどの遠慮している様な顔から、何時もの様な高圧的な笑顔へ。

「そうね、アンタに遠慮する私なんて私らしくないわ。何を勘違いしてたのかしらね」

 おぉ、いつもの麦のんだ。うん、やっぱり麦のんはこうでなくちゃこっちの調子も出ないね。

「フレンダ、アンタは私の奴隷。だから私に着いてきなさいな」
「はいです~」
「暗部の仕事がどんなのかは知らないけど、碌なものじゃないのは間違いないわ。だから、アンタは私の後ろにしっかり着いてきなさい。手が届く範囲でなら、私が守ってあげる」

 よっし! 麦のんからの守ってあげる宣言出ました。麦のんこういう時の約束では嘘吐かないから、少なくとも麦のんが俺を守ってくれる事は確定しました。ただ手の届く範囲って言ってるから、しっかりと着いていかなきゃ駄目だけどね。まぁいつも近くにいたから特に苦にもならん。これでBAD ENDは回避したぞ。『スクール』戦の時は……うん、後で考えよう。
 しかし人生は分からないもんだなぁ。絶対に暗部だけは入りたくない、死にたくないでござる状態だったのに、今は麦のんがいるなら大丈夫かな? とか思えちゃってる。むしろ暗部入りの麦のんに○されるイメージが強いのは確かなんだけど、何でか知らんが意外と気楽になれてるんだよね。

「そうと決まれば、私は色々と準備しておくわ。だから早く退院するのよ?」
「にひひ、頑張ります」

 何でだろうねぇ……麦のんの顔を見ると安心出来るんだわ。



 それから二週間、俺は病院でリハビリしてました。いや、どうやらあの時三日間眠りっぱなしだったらしく、体が固まって上手く動けなかったんですよね。それに体もだるくてだるくてしばらくは起き上がることも出来ませんでした。それも今は大丈夫になったけれども。
 あの後、麦のんは色々と暗部に対する手続きとかやってたらしいけど、見舞には頻繁に来てくれてました。お陰で寂しくないし、急いで退院しないとシメるとか言われてたので体に渇を入れる事が出来たよ! 少しは休ませてください。
 そして今は……

「やぁだ、やぁぁだあぁぁぁ!!」
「レイ、わがまま言っちゃ駄目だ。ねえちゃん達が困るだろ!」
「うわぁぁぁぁ、いやぁぁぁぁ!!」

 はい、只今施設前にてレイちゃんに泣かれて足に組みつかれている最中でござる。いっつも冷静というか大人びたレイちゃんが、今や涙と鼻水とよだれでまみれた顔を隠そうともせずに俺の足にしがみついてます。陸君もレイちゃんをなだめようとしてるけど、その眼には涙が溜まっています。いつもの二人の立場と比べると完全に逆だわ。
 どうしてこうなったかと言いますと、俺と麦のんは施設から出る事になったんだ。下手に施設にいると足が付きやすくなるし、暗部にいる以上人の目に付きやすい施設はタブーとのこと。もう一つの理由は、施設の人間が人質に取られる可能性も考慮してるらしい。俺としても知り合いが人質に取られたりしたら嫌なので引っ越しには大賛成だったんだけど、それを知ったレイちゃんがこんな感じに……まぁ、いきなり引っ越しますとか言って、しかもその当日に出ていく(麦のんが俺の入院中に手配してたみたい)とかいきなりすぎるしね。
 しかしレイちゃん号泣しすぎ……そんなに懐かれていたとは考えもしなんだ。せいぜい、「また今度会おうね」位でお別れ出来ると思ってたのに、これは予想外です。というか陸君も嗚咽上げ始めたし、近くで見てた田辺さんの目も潤んできてる。やべぇ、俺も貰い泣きしそうです。
 このままでは四人全員が泣くというカオス空間が発生してしまいそうなので、俺はしゃがんでレイちゃんに視線の高さを合わせる。レイちゃんはそれに気付いて大泣きを止めて俺と視線を合わせてくれました。うわ、いつもは可愛らしい顔がとんでもないことに……これはこれで可愛いけど。

「大丈夫だよ、レイちゃん。ずっと会えなくなる訳じゃないんだから、また遊びに来るよ」
「いや……」
「ぅ……どうして?」
「おねえちゃん達に毎日会えなくなるのがいやな゛ん゛だもん゛ん゛ぅぅぅ゛……!」

 うわぁ、これはどうしたら良いんだ? イタチごっこすぎる……このままだと玄関で待ってる麦のんの怒りが有頂天になってしまうのですよ。だからといってレイちゃんを強引に振りほどいていく訳にはいかないし……
 と、俺が考えていたら田辺さんが近くにやってきて、レイちゃんの手を取ってゆっくりと俺から離してくれた。さっきは無茶苦茶凄い力で俺にしがみついてたのに、田辺さんどんな魔法を使ったの……? レイちゃんは今俺の脚の代わりに、田辺さんのお腹に顔をうずめて嗚咽上げてます。うぐ、心が痛いぜ……

「ごめんねフレンダちゃん。でも、レイちゃんの気持ちも分かってあげて」
「はい……グスッ」

 あ、やばい。ちょっと涙ぐんできちゃった。だって仕方ないよね? こんなに泣かれたら凄い心に来るし、何だかんだで三カ月近くは妹と弟が出来たみたいに接したきたんだし……あ、陸君も凄い涙溜めてる。心にズンとくるわぁ……

「田辺さん、今まで本当にお世話になりました」

 これは本当にそう。俺(麦のん含む)の我儘に付き合わせたのは一回や二回じゃないし、かなり気を使わせてしまっていたからね。それに田辺さんがいなきゃ、俺の心のHPはとっくに尽きている筈です。だから田辺さんには感謝してもしきれない。そんな俺の言葉を聞いて、田辺さんの目から涙が溢れてきました。ぐふぅ、これはクるわぁ。

「私こそ、フレンダちゃんには何もしてあげる事が出来なかったわ……今回の事も、私にもっと力があれば防げたかもしれないのに」
「田辺さん……」

 あ、そうそう。田辺さんは今回の事情を知ってるらしい。麦のんが報せたのかどうかは知らないけどね。

「私こそ、田辺さんに何の恩返しも出来なくて……」
「ううん、私は貴方から色んなものを返してもらった……だから今は自信を持ててるの」

 ううむ、相変わらず田辺さん良い人すぎるわ。とりあえずそろそろ行かないと、麦のん待たせ過ぎてるしね。

「これが今生の別れって訳じゃないですし、また遊びに来ますよ。レイちゃんも、また遊びにくるから元気出して」
「何時でも来てね、待ってるわ」
「フレ゛ンダおね゛え゛ちゃん゛……ま゛だね゛ぇぇうぅぅぅぅぅ!!」

 レイちゃん……マジ可愛い。こんな素直な子を『置き去り』にするとか、本当に世の中の親は良く分かんないなぁ。一生後悔しやがれって感じだわ。

「陸君、レイちゃんの事しっかり守ってあげるんだよ」
「……うん」

 陸君も我慢してて可愛いねぇ。いや、ショタコンじゃないですよ、ショタコンは某テレポーターさんだけで充分ですよ。そう考えて生温かい視線を送ってたら、突然陸君が顔を上げて近付いてきた。どうしたの陸君?

「フレンダねえちゃん! 俺、泣かないよ……だって男の子で強いもん」
「うん、陸君は強いって知ってるよ」
「だからさ……だから、俺がおおきくなったらこいびとになって!」

 ……what?

「え、えっと……陸君?」
「おれ、ねえちゃんが好きなんだ! だからおよめさんにする!

 o、oh、これは予想外にも程がある。そして今の言葉にキュン、と来た俺は色々な意味でやばいです。いや、別に恋愛感情じゃないよ、当たり前だけど。そしてこういう言葉に対する返答は決まってるよね。

「うん、分かった。待ってるよ陸君」
「……うん!」

 そう、希望を持たせてあげるのが大人の役割です。まぁ大きくなるころには忘れてるだろうし、こういう約束を黒歴史として人は成長していくのですよ。
 さて、そろそろ時間かな……この施設でフレンダになってから色々あったし、やっぱり離れるのは何だかんだで悲しい。レイちゃんや陸君、田辺さんとも別れるのは辛いなぁ。でもこうしなきゃ死亡フラグを逃れられないし仕方ないよね。暗部に入るのが死亡フラグかも知れないけど、虎穴入らずば虎子を得ずって諺もあるし、これから頑張るしかないけどさ。

「田辺さん、レイちゃん、陸君。今までありがとうございました! また遊びに来ますから、その時はよろしくっ」
「えぇ、いつでも来てね」
「お゛ね゛え゛ちゃん゛、ま゛だね゛……!」
「グスッ、またねねえちゃん!」

 そう言って俺は玄関で待つ麦のんの場所に向かう。麦のんは壁に体を預けて立ったまま待っていた。別に座ってても良かったのに。

「もういいの?」
「はい、これが今生のお別れでもないから」
「そうね……」

 そう言って二人で歩きだす。入り口前に止まっていた車に乗り込むと、車はゆっくりと発進した。後ろを見ると、そこまで出てきた田辺さん達の姿が確認出来た。ついで、俺の目頭が熱くなる。うぐぅ、やっぱりお別れは寂しいもんだわ……
 麦のんも後ろを見て目を細めている。流石に何か思うところはあるんだろうか? 何だかんだでレイちゃんも陸君も麦のんに懐いてたしなぁ。
 俺はこれからの事を考える。暗部に入ったからには危険仕事とか、それこそ命に関わる事も結構あるかもしれない。下手したら『スクール』戦まで生き残れない可能性だってあるだろう。だが、俺は負けない! 何が何でも生き残ってこの世界を満喫し、勝ち組となるまで頑張るのですよ。フレンダのたたかいは まだはじまったばかりだ!
 あ、とりあえず二人暮しになるらしいから、献立考えておかないとね……



  おまけ

――新しい家(マンション)、初めての夜

「荷物整理は明日ね、今日は休んでいいわよフレンダ」
「はーい、おやすみなさいー」
「はいはいおやすみ。私の部屋に勝手に入ってきたら殺すからね」
「おぉ、こわいこわい……では、また明日です」
「おやすみ……」

 フレンダが寝付いた事を確認し、麦野は自分のバッグからとある物を取り出す。取り出したソレを強く抱きしめると、自分の布団に入って目を瞑った。

「おやすみ、ピョン吉」



[24886] 第九話「暗部の常識? 知らぬぅ!」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 08:35
「暗部の常識? 知らぬぅ!」



「あーげあげあげあげあーげあげ~♪」

 自作の歌を口ずさみながら手に持った箸を動かすのを忘れず、俺は残った左手で鍋の中をかき混ぜる。ぶっちゃけこんな料理方法危ないんだけど、慣れてる俺からすると効率が良いので意見は却下させてもらうのですよ。右手で器用に揚げてるコロッケをキッチンペーパーの上に移動し、ついでにシチューを煮過ぎない様、火加減に注意してかき混ぜる。

「こんなモンかなー?」

 そう呟いて火を止めてシチューを器に盛り、コロッケを大皿に乗せる。で、今回初めて作ってみたバターロールを用意して、今日の晩御飯は完成です。バターロール、コロッケ、シチュー……カロリー高いなぁ。まぁ、たまにはこういうのも悪くはないでしょう。

「麦野さん、御飯出来たよ~」
「御苦労さま、食卓の準備もよろしくね」
「ういうい」

 相変わらずの駄目麦のんの手伝いは最初から全くアテにしていないので、俺は素直に返事をして食卓の準備を始めた。二人分の食事の配置を終えると、麦のんの正面に腰を下ろす。そして麦のんが準備を終えたのを見計らい、両手を合わせて一言。

「いただきまーす!」「いただきます」

 ますはバターロール。一口大に千切って口へと運ぶと、バターの風味と小麦粉の甘さが口内に広がる。初めて焼いたからちょっと不安だったけど、美味しく作れていた様で何より。食べてる麦のんに目を向けると目を輝かせてバターロール食べているので、どうやら合格点の様だ。うむ、御飯を美味しく食べれるのっていいよね。
 シチューはバターロールをつけて食べるとしよう……うむ、我ながら美味である。これもバターの風味とシチューのまろやかさが合わさって実にいいね。さて、最後のコロッケなんだけど……麦のんの口に合えばいいんだが。
 麦のんがゆっくりと口にコロッケを運ぶ。サクッ、という軽快な音と共にコロッケが咀嚼され、難しそうな顔をしてそれを飲み込んだ。俺の額に一筋の汗が流れ、部屋に緊張した空気が立ちこめる。やがて麦のんはゆっくりと右手を上げると、親指を上に立てて……

「合格」
「イヤッフウゥゥゥゥゥ!」

 その言葉と共に、俺は右手を上げて飛び上がる。それを見た麦のんは苦笑して口を開く。

「大げさね、そんなに嬉しいの?」
「当然ですよ! 麦野さんを満足させる味って、本当に大変なんですから」

 はい、麦のんはマジで料理に対するジャッジが厳しいです。この前作ったビーフシチューなんて、散々の評価喰らったからなぁ。今度は上手くいくように練習しとかなアカンね。
 そしてお久しぶりです。二人でマンションに暮らし始めてから約一カ月が経ちました。その間は不思議な事に、一度も暗部の仕事が入っていない状況であります。いや、無いに越したこ事はないんだけども。
 その間の俺と麦のんですが、特に何の不自由もなく生活させてもらってます。俺は基本的に家事全般を担当しているので結構忙しいのですが、麦のんはたまーに行く研究所以外は滅茶苦茶暇そう。ぶっちゃけニート……いえ、何でもありませんごめんなさいだからオシオキはかんべんしてくだひゃい……
 ハッ、トラウマが蘇ってしまった。ぶるぶる、今後は下手な事口にしない様にしないとね。
 という訳で、現状は暗部の仕事もなく凄く平和な毎日を過ごしているという事なんですね。お金の面は、流石は『超能力者』の麦のんという話で、頼めばどんな物(九割食材、残り食器や電化製品)でも買ってくれます。特に食材を何でも買ってくれるのは大きい。これで施設では試せなかった料理が色々試せるのだから嬉しいって訳です。
 食べてくれるのが麦のんしかいないのが少しだけ残念なんですけどね。せっかくだからレイちゃん、陸君、田辺さんにも食べて欲しかったからねぇ……あと滝壺にも食べて欲しかった。あの食べっぷりなら、食べてもらう方も楽しいし。
 しかし暗部に入ってからも、こんなに安穏とした生活送れるとは思ってなかったわ~。てっきりいつも命を狙われてる様な生活になるかと、己の中で決めつけていたからな。冷静に考えれば、原作の一方さんも麦のんも、私生活ではちゃんと生活出来ていたから仕事ない時は比較的平和だって理解出来たもんだけどね。あの時の俺は興奮と緊張でどうにかしてたのですよ、まる。

「んじゃ、片づけたらお風呂入るからそれの準備もお願いね」
「はいですよ~、今日は何にします?」
「んー、花の匂いも飽きたわね……アレだわ、前アンタが買ってきた奴にしましょ」
「あ~、『日本の名湯・百選』ですね。分かりました」

 何の話かって? 入浴剤ですよ。麦のんは何かしら入れてないと、お風呂に入ってくれないのです。薔薇とかの匂いが好きらしいからよく入れてるんだけど、個人的には温泉っぽい臭いが好きなので個人的に購入している物があるのだ。最近は麦のんも分かってきたらしく、よく使われます。やっぱり日本人は温泉だよね。本物の温泉行きてぇ……
 しかし麦のんと二人暮らしって……最初はどうなることかと思ったけど、意外に上手くやれてるなぁ。家事(特に料理)は楽しいし、麦のんも最近安定してるから一緒にいるのも気楽だし、家事以外はニート生活を満喫出来てるしね! 駄目人間とか言うな。
 さてと、では食器を片づけたらお風呂の準備をして、麦のんの背中と髪を洗わんといかんし中々忙しいわ。まぁ、暗部の仕事をやるのに比べたら全然マシなので、ぶっちゃけ永遠にこのままでいいです。とか考えてたら、突如麦のんのバッグから鳴る携帯電話の着信音。

「……フレンダ、食器片付けてて」

 とか言ってバッグから携帯を取り出して着信ボタンを押す麦のん。
 ……いや、電話の相手気になりすぎるので無理です。とは返せなかったけど、このタイミングで来るとか、ないでしょ? いや、さっきの台詞は別にフラグ立てたかった訳じゃないんだけど……きっと田辺さんからの電話だよね! たまにくるし間違いないそうに違いない。

「えぇ……分かってる。そんな事いちいち言うんじゃねぇよ、切るわ」

 そう呟いて電話を切る麦のんを見て、俺は盛大に溜息を吐くのと同時に、とうとう来たか……と心の中で覚悟を決めた。今まで来なかったのが不思議な位だし、むしろ不気味だったとも言えるしなぁ……でも、正直来てほしくなかったというのが本音だ。
 麦のんが不機嫌な表情で俺へと振り向く。そして重々しく口を開いた。

「仕事よ、明日の昼に出かけるから準備しときなさい」



 天気は雨、とはいっても小雨程度の降り方で特に傘をささなくてもちょっと濡れる位の天気だ。夜には晴れる見込みであり、明日はショッピングモールでのんびりお買い物がオススメのぽかぽか天気らしいです。いや、こんな事言ってるのは現実逃避してるせいなんだけどさ……
 昼頃に俺と麦のんを迎えに来たのは、下部組織の一人らしい男。そいつが案内してくれたのは一台のバスだったんだけど、これがどう見ても怪しい一台。ガラスは完璧なまでに中が見えない様に加工されてるし、明らかに普通のバスの装甲してないんですよね。これって逆に目立つんじゃないか? って感じのものでした。で、今それに乗ってどこかに移動してる最中なんだけれども……

「……」
「……」
「……」
(こええぇぇ)

 はい、中に乗ってるのは俺と麦のんだけじゃないんです。ちなみに内部はテーブルが真ん中にあって、それを椅子が囲んでいる感じ。よくテレビ番組で見る、パーティとか中で出来るようになってるアレと一緒の構造。それに隣同士で座っている俺と麦のん。そしてテーブルの向こう側に座ってるのが、明らかに俺は悪人ですよというのが丸出しなゴツイ男とその一味みたいな? 正確にはごついの一人にチンピラっぽいのが三人ほどね。『スクール』とか『ブロック』が反乱起こした時にはいなかったけど、見た感じ他の暗部組織の一つだろうなぁ。ていうか見た目が怖すぎて、俺はさっきから苦笑いしか出来ませんです。あ、ちなみに俺達を案内した男は運転席にいます。
 あと、あの男達なんだけど明らかに俺と麦のん舐めてます、って目付きしてる。何というか、ヘラヘラ笑ってて凄いむかつくわぁ。ハッ、お前等なんて麦のんの手にかかれば塵ですよ塵! だからそんな顔出来るのも今の内だってばよ! 俺? 俺は勘弁してください。

「フレンダ、お茶」
「あ、はい」

 そんなか弱い俺が正気でいられるのは、隣に麦のんがいるからです。麦のんはこんな状況でも全くお構いなしの様で、さっきから俺が持ってる水筒のお茶を飲んだり飴舐めたりとやりたい放題です。でも、いつもと変わらない様子の麦のんがいるからこそ、こんな状況程度でビビる事ないなぁと思える自分がいる。麦のんには感謝感謝ですぞ。

「なぁお前、『超能力者』なんだってな」

 おっと、チンピラっぽい一人が声をかけてきた。リーダー格のごついのが「止めろ」とか言ってるけど、チンピラはヘラヘラ笑いながら麦のんを馬鹿にした目付きで睨んでる。一方の麦のんはというと、相手にしてない感じです。ほら、今も俺が注いだお茶飲んでのんびりしてるし。まあ、こんな狭い空間でブチ切れされると俺まで巻き添え喰らう可能性が高いので、切れなくていいんだけど。だからチンピラちょっと自重しろ。

「『超能力者』って奴は軍隊も相手に出来るって話じゃねぇか。羨ましいねぇ~、俺達『無能力者』と違って、存分に力で相手を潰せるんだからよ」

 小物乙、というか『無能力者』なんかい。よくそれで麦のんに喧嘩売ろうとか考えるよなぁ……あれか、相手が子供だから自分には手を出さないとか思ってるんかな? それは大きな勘違い。だって麦のん相手が誰でも容赦しないからね! よく「オシオキ」喰らってる私が言うんだらか間違いない。切れた麦のんは真性のドSです……ぶるぶる。
ちなみにそれを聞いた麦のんはと言うと、いつも通りにスルースキルを発揮して完全にシカトし、お茶を飲みほしてコップをテーブルの上に置きました。さっすが麦のん、そこに痺れる憧れる! でも、普段はもう少しだけ家事手伝って欲しいかな。

「おい、何とか言えよ『超能力者』様よぉ。それとも下賤な『無能力者』とは口もきけねえってのか!?」
「よせ。これから仕事をする間柄の相手に、喧嘩を売っても仕方ないだろう」

 言葉が荒くなってきたチンピラを見かねたのか、とうとうごついリーダーが制するように口を開いた。いや、遅いです。今日の麦のんの機嫌が良かったからいいものを、もしいつもの麦のんなら車ごと塵にされてる所ですよ。リーダーたるもの空気を読んで行動しないと……いや、ここで能力発動されると、俺も巻き込まれるからなんだけどな。やられるのならば自分達だけにしてください! 正直いつ麦のんが切れるか気が気じゃなかったんだからさぁ。
 ……ん? 麦のんが使ってたコップにヒビが入ってる。おかしいな、今日の朝は普通だったと思うんだけど。
 とりあえず早く着かないかなぁ……息苦しすぎますよ。



 さて、到着したのはどこだか分からないけれど、薄暗さ満点の路地裏っぽい場所。あれからバスでこの近くまで来て、近くの道路から徒歩でここに来たのです。それまで麦のんと私のチームと相手のチームの中には一度の会話もありませんでした。空気重すぎです。

「さて、今日の仕事だが……とある馬鹿組織が外のとある会社とつるんで、『学園都市』の技術を流出させるという計画が、今夜あるらしい。それを阻止するっつー簡単な仕事だ」
「阻止ねぇ……それだけ?」

 麦のんは普段の柔らかい表情と違って、今の麦のんは冷たい感じがします。普段から怖いとか、確かにそういう時もあるけど、いつも一緒にいる俺としては麦のん優しい時は優しいし、怒ってる時は冷たいというか熱い怖さなんですよ。なので今の麦のんは、俺的に一番怖い感じがする麦のんなのです。
 あ、麦のんの言葉を聞いた男がニヤリと笑った。その顔見てあだ名を決めましたよ、こいつはゴリラ。

「んなワケあるか。取引を潰すのは当然だが、これを計画した奴を生かしておいたら暗部のメンツが立たねぇよ。当然、それに協力した外部の人間もな」
「そんなことだろうと思ったわ。想像した通りの屑で逆に安心出来るわね、暗部って奴は」
「何言ってやがる。お前だってもう暗部の人間なんだ。どんな理由があろうとも、ここに来た時点で人間の尊厳とかは捨てた方がいいぜ。それを捨てられない奴は真っ先に死ぬ事になるからな」

 その言葉を聞いた麦のんの顔が歪みました。うわ、超不機嫌になってるし……

「手前ェ等と一緒にすんな。確かに私は屑かも知れないけど、少なくとも手前ェ等と同一視はされたくないわね。今後そんな目で私を見たら、消し炭にしてやるから」
「このガキ……『超能力者』だからって調子に乗ってんじゃねぞ!」

 麦のんの言葉に、チンピラの一人が激昂して掴みかかろうと手を伸ばした。が、その瞬間チンピラの足元に『原子崩し』が撃ちこまれる……うひぃ、ありゃあ怖い。

「触るな、仕事だから仕方なく一緒にいてやってるけど、本当なら敵ごとアンタ達をボロクソにしてやってもいいんだからね」
「ぐ……」

 チンピラざまぁ。だから下手に麦のん怒らせない様にって言ったのに! いや、心の中で呟いただけで、一回も口に出してない訳なんですがね。でもチンピラの自業自得だしいいよね!?

「馬鹿野郎、今回の仕事仲間に何しようとしてんだ。『原子崩し』、悪かったな。コイツは馬鹿なもんでね、礼儀を知らない」

 うわぁ……コイツも白々しすぎる。どう見ても部下の暴言とか行動止めもしようとしてないし、目が心底俺と麦のん舐め切ってるし、これは許せませんな。麦のん言っちゃれ言っちゃれ。

「別に構わないわ。ただ、次はないわよ」

 ……あれ? これは逆に予想外。これだけ無礼な真似をした相手を、麦のんが許すとは思いませんでした。というか、殺すとまでは言わないけどフルボッコにするくらいやると思ってたわ。
 いや、麦のんはきっと優しさに目覚めたのでしょう。最近俺と一緒にごろごろしてたから、平和ボケしたのかもしれない。これは良い傾向、だって凶暴な状態でいる麦のんと常時一緒とか考えたくもないしね! 麦のんはもっと平和ボケしてもいいのよ?

「さて、無駄話はここまでだ」

 ゴリラがそう言った瞬間、場の空気が一変する。先程麦のんに絡んでいたチンピラも、他の二人も、そして麦のんさえも鋭く冷たい空気を発している。俺はいつも通り、のほほんとした空気しか出せません。こんな空気出せるなら暗部に入ったってやっていけそうだね。
 く、くそぅ……何だか負けた気分になっているので、負けずに俺も表情をキリッ、と引き締める。そして体の中で気を練る様に力を込めるのだ! そんな俺の様子に気がついたのか、麦のんは俺の方に視線を向けて苦笑する。あぐぅ、その微笑ましい物を見るような視線を向けないでくれ……ちょっと傷つくのです。

「フレンダ、アンタはいつも通りで良いのよ。無理してこの空気に合わせようとしなくていいわ」
「で、でも……」
「……アンタがいつも通りでいるから、私はどんな事になっても「いつも」の私に戻れるの。だから、アンタはそのままでいなさい、これは命令よ」

 そう言ってニコッ、と笑う麦のん。ううむ、これを言われると逆らえなくなるんだよなぁ。ま、麦のんがそう言ってくれるのであれば、俺はそうで良いんでしょうよ。

「ふぅ、分かりました麦野さん」
「よろしい。とりあえず今回は私が前衛になるらしいから、アンタをずっと護衛している訳にはいかないわ」

 前衛……という事は、ガンガン前に出て敵と戦うって事ですか。そりゃあ確かに俺如きが着いていったら、足手まといどころか100%死ぬ自信があるね。

「それじゃあ、私はどうしてましょう?」
「どこか適当に隠れてなさい……としか言えないわ。戦闘が終わったら、私から電話するから携帯は絶対に持っておく様にね。それと、これも持っていきなさい」

 そう言って麦のんが差し出した物を見て、俺は目を見開く。
 その手にあったのは拳銃。拳銃と言っても、大口径でロマン溢れるマグナムみたいなのではなく、ましてやマシンガンとかアサルトライフルみたいな大型の物でもない。二連装の……デリンジャーとかいう物か? 知識があんまり無いから分からないけど、あくまで護身用といった感じの拳銃だろう。

「使わないに越した事はないけど、一応ね」
「わ、私……銃なんて使った事ないんですけど」
「知ってる。だから私も速攻で仕事を終わらせるから、これを持ってどこかに隠れてなさい。絶対に無茶はしない事、いいわね?」

 うぅ、仕事の初回早々にいきなり麦のんと離れ離れになる事になるとは……いや、敵は麦のんが引き受けてくれるんだし、俺はその辺に隠れていれば終わるはず。それまで大人しくしていればいい話だ。
 む、麦のん! 期待してるから、早く来てね。



「と、いうわけで私は只今ゴミ箱の中に隠れているのでぃす」
 麦のんと別れた後、俺は近くにあった空のゴミ箱の中に身を隠しています。ちょっとだけ中が臭いんだけど、命には代えられないので我慢しています。この程度大した苦労でもないぜ! でも帰ったら絶対にお風呂入ってやる。
 ちなみにさっきから、建物が崩れたみたいな轟音や、爆発みたいな音が周囲に響きまくっていたりします。いや、安全な位置にいる俺が言うのも何なんだけど、すげぇ怖い。漏らしそうなくらい怖い。こ、これって麦のんの『原子崩し』による破壊音なのかなぁ……流石は『超能力者』。あの時の研究所で知ってたつもりだったけど、いざ実感すると余計に凄さを感じる。
 ここまで断続的に破壊音が聞こえてくるので、どうやらまだ終わらない感じかな。狭いし暇なので、早く帰って御飯の準備をしたい処なんだけどなぁ。あ、その前にお風呂の準備して、麦のんの着替えも準備しておかないと

「上手くいったな」

 って、うおおぉぉぉ!? びっくりしすぎて心臓が破裂するかと思ったわ!
 何事かと思い、少しだけ蓋を開けて外を見たら、そこにいたのは……あ、あいつ等今回一緒に組んでたゴリラ&チンピラ三人組じゃないか。まだ麦のんが戦ってるのに、こんな所でさぼってるのか……暗部としてそんな消極的で恥ずかしくないのかしら、ぷんぷん(俺の事は言うな)。
 しかし上手くいったとは何の事じゃろ? 今回のお仕事が順調に終わったって事なのかしら。そりゃあ『超能力者』が味方にいて失敗したら、それこそ無能ってレベルじゃなくなるでしょ。『スクール・ブロック反乱』の時は、超能力者のバーゲンセール状態すぎてその理論は関係なかったけどね。

「あぁ、流石は『原子崩し』だ。いい目くらましになってくれたぜ」

 ん? 目くらましって……

「本当に大丈夫なのかよ? もし、失敗したら……」
「馬鹿野郎、何の為に今まで準備してきたと思ってるんだ。外の連中とも取引は済んでる。後はコイツを渡すだけだろ」

 そう言ってゴリラが乱暴に何かを引っ張る。その先に見えた光景に、俺は思わず息を飲んだ。
 まさか、自分以外で首輪を付けている幼女に出会えるとは思いませんでした。ただ、俺が思わず息を飲んだのはその事じゃない。体中に確認できる無数の青痣、注射針の跡、光を宿していない瞳、ボサボサの髪の毛。全てがあまりにも非日常すぎて、そして初めて見る凄惨な光景に、俺は息を飲んだのだ。
 そうだよ、忘れてた。こんな事が日常茶飯事なのが、『学園都市』の闇って奴だった。そして、先程のこいつ等の言葉……そう、暗部が自分達の立場に不満を持っているのも、この街の特徴だった。詳しい事情なんて知った事じゃないが、こいつ等はあの子を外に売り渡すなり取引に使うなりするつもりなんだろう。
 もしかして、今回の仕事自体が罠だったのか? いや、それはないか。いくら何でも『統括理事会』直々の仕事自体を罠にするなんて、無謀というか無理にも程がある。ということは、こいつ等最初からこの仕事内容を知っていたのか、もしくは何らかの方法で調べ上げて利用したに違いない。と、とりあえず麦のんに連絡を……って、ちょっと待て。
 よくよく考えると、俺がここででしゃばる必要はないのか。ここで電話をすると、相手にばれる可能性があるし、ジッとしてればこいつ等は俺に気づかず去っていくだろう。そしたら麦のんと合流して、この事を報告すればいい。
 とりあえず手に持った銃に弾が入ってるか確認して……
 それに冷静になって考えてみると、俺がこの子を助ける義理も義務もないし。これから自分だって危ない橋を渡っていくのに、人助けなんてやってられない訳よ。
 あれは消火器か……よーく狙って……
 次の瞬間、デリンジャーから放たれた銃弾が奇跡的に消火器へ直撃し、周囲は一時的に白煙に飲みこまれた。



「はっ、はっ、はっ!」
 走り過ぎて荒れまくった呼吸を整えるために、何度も酸素を取り込むよう空気を吸い込む。心臓は今まででも最高潮のビートを刻み、遠慮なく俺の体を打ちつけてくる。
 超苦しい。いや、どうしてこうなった? すみません、自己責任です。
 胸を押さえている右手ではなく、左手に繋がれた青痣の目立つ腕。体中にも同じく青痣、そしてボサボサの髪に光の無い瞳。
 そうです、フレンダはついやっちゃうんだ☆ いえ、やっちゃいました。あいつ等が消火器の白煙で怯んだ隙に、少女の手をとって全速力で逃げてきたのでありますよ。
 いや、何でこんな事したのか自分でも分からん。だってあまりにも危険すぎる。相手は暗部の人間だし、何より体格も年齢も体力も何もかもが上。敵に回したらタダで済まないどころか、捕まったら絶対に命は無い。もし最初に銃を外したら、その場で殺されていたはずだ。なのにどうしてこんな事したのさ自分!? 助けたって何の得もないし、メリットだってないのに……

「そ、そんなん……き、決まってる……でしょうがぁ~」

 自分に言い聞かせるようにわざわざ声を上げ、そう言った。
 うん。目の前で子供があんな目にあってたら、助けようって普通思うよね。陸君とレイちゃん見てたせいかな……この子が今までどんな扱い受けてきたのか、これからどうなっていくのか考えたら、自然と手が動いた。ただそれだけの事なんだ。
 確かに暗部は酷い所だし、こんな悲劇なんて星の数以上にあるのかもしれないけど。目の前で見たからには捨て置けない。それに、この子が外に出されたら結果的に仕事は失敗、役立たずは始末で……何て事になってら洒落にならない。
 ……あ゛ーもう! こうなったら、とことんやったろうじゃん。この子も助けて、任務も成功させて、あいつ等に目に物見せてやるわい!

「……おね、えちゃ、ん、だれ?」

 そう言って虚ろな視線を向ける少女に、俺は「にひひ」と笑う。自分の震えを押し隠した笑いだつたけど、少女には余裕の笑みに見えたかな? そして俺は『一方通行』みたいに、自分の正体を隠したりしないぜ。

「貴方を助けに来た、ヒーローよ」

 やったる、絶対に生き残ってやる。だから、麦のん早くきてえええぇぇぇぇ! 助けてええぇぇ!



[24886] 第十話「『俺』の生き方は『私』が決める」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 08:51
「『俺』の生き方は『私』が決める」



 絶賛逃亡中、なう。

「いたぞ、あっちだ! 逃がすな!」
「クソが、待ちやがれぇ!」
「誰が待つかっつーの!」

 のんびりしてから数分しか経っていませんが、先程速攻で見つかったフレンダと幼女です。いやね、隠れて移動しようとしてんだけど、スニーキングスキルが皆無な俺にはレベルが高かったらしく速攻で失敗。スネークさんや某101のアイツくらいにスキルが高くなりたいところだね。
 とまぁ、冗談めいた説明で己をごまかそうとしてるけど、今の状況はやばすぎる。麦のんに電話しようにもこの状況では電話のかけようがないし、だからと言って他に助けを期待する事も出来ない。今の所、小さい体と素早しっこさを利用して路地を動き回り、大人が通れない様な狭い道などで攪乱してはいる為そう簡単には捕まらないだろう。だが、それは俺だけの場合の話だ。
 走りながら手を繋いでいる幼女の様子を窺う。既に息は荒く、走っているどころか動くのさえきつそうだ。最初の俺が手を引っ張った全力疾走が相当負担になったらしい。今にも倒れてしまいそうな程、顔色が悪くなっている。

「……こっち!」

 とりあえず今のまま逃げ続けても、すぐに限界が来てしまいそうだったので、近くにあったビルの中に入る。廃ビルかな……ガラスの破片やコンクリートの破片やらが床に散乱しており、壁にはスプレーで描かれたアートちっくな絵があった。スキルアウトの根城かとも思ったけど、どうやらただ単純に遊んだりしただけか。じゃなきゃこんなに散らかってる筈もないしね。
 通路の途中の防火扉を閉め、近くにあった板をつっかえ棒にする。これでしばらくは時間が稼げて、この子を休ませる事が出来る筈だ。

「大丈夫?」
「ぜぇ……ぜぇ……」

 これは辛そうだなぁ……見た感じで想像できてたけど、この子実験か何かの影響で体力が無いっぽい。さっきから走るスピード落としたりして対処してるけど、もう走る事は出来なさそうだ。だからといって、この場で逃げるのを中止する訳にはいかない。

「とと、この隙に電話を……」

 携帯電話を取り出し、麦のんの番号に電話をかけなきゃ。あいつ等の戦闘力は知らないけど、いくらなんでも麦のんがいればどうとでもなるでしょ。強者揃いの『学園都市』でも、麦のんに勝利できると確信出来るのは、せいぜい『一方通行』、『未元物質』、『ヒューズ=カザキリ』、『エイワス』、『統括理事長』、『削板 軍覇』くらいかな? 第三位である『超電磁砲』の御坂は、確実に勝てるという保証はないので除外。実際全力出せば瞬殺出来るって設定であるしね。麦のんも吹っ飛ぶらしいけど。

「麦野さん~、早く出てよ~!」

 ちなみに言葉に出すときは、一人でいる時も麦のんではなく麦野さんって呼んでます。下手しにかれたら洒落にならないので。って、今はそんなこと考えてる暇じゃない。
 耳に当てている携帯から響く呼び出し音が途切れ、ブツッという音と共に電話が繋がった。おし、後は麦のんに助けを求めるだけ……

『おかけになった電話は 現在電波が届かない場所にいるか 電源が』
「って、何イィィィ!?」

 うぉぉおぉ!? つい大声出しちゃった! む、麦のん……これは一体どういうことよ。連絡が出来ない携帯電話を渡して一体何の得があるっていうのさ。いや、そんな簡単なミスを麦のんがする訳ないよね。
 もしかして最初の位置から離れすぎたのか? それともこの建物が悪いのか……いや、ぶっちゃけそんなこと悩んでる暇はない。何とかして麦のんに連絡を取らないと、俺もこの子も一緒にお終いだ。そんな考えに続く様にして、扉の向こうから聞こえる声。

『ここか!?』
『クソッ、向こう側から何かで押さえつけてやがる!』
『ぶち破れっ! どうせ遠くまでは逃げれん!』

 来るの早いよ! くそっ、あんなボロボロの消化扉と木の板じゃ、あんまり長くは持ちそうにない。急いで逃げないといかん! とりあえず携帯電話をポケットにしまい、幼女の手を取って走ろうとするが、幼女は床に腰を下ろしたまま動いてくれなかった。も、もしかして……

「だ、大丈夫?」
「……たて、ない」

 のおおおぉ、やっぱりか! 少しは休んで体力は戻っているのかもしれないけど、元々この子が長距離を走るのには無理があったみたいだ。息は荒いし、汗も尋常じゃない量が出てる。こ、この子これ以上動かしたら死ぬとかない、よね?
 そんな事やってる間にも、扉の向こう側から何かをぶつける音と扉が軋む音が響き渡る。このままじゃ、あと数分で扉は破られる。要するに、何か考えたり助けを期待してる時間はないか……仕方ない。
 そう考えた俺は幼女に背を向け、その場にしゃがむ。幼女は不思議そうな顔して俺の背中を見たまま硬直し、動く気配がない。ちょっと、時間ないから早くしてほしい。

「乗って」
「……えっ?」
「早く!」

 俺の声にビクッと反応し、のろのろと背に乗る幼女。足に力を込めて立ちあがると、ずっしり感じる重量感。うぐぅ、やはり小さくてガリガリの女の子といえども、現在俺の体になってるフレンダボディ(しかも鍛えてないしね)ではかなりキツイ。こんな状態でいつまで逃げ切れるか分からんが、やるしかない!
 根性で近くにあった階段を速足で上がる。いや、走りたいのは山々なんだけど、ぶっちゃけ足がこれ以上の速度で動いてくれませんです。今までだらけてきたツケがこんな所で回ってくるとは思いもしなかったのだわ……

「根性……根性、も一つ根性っ!」
「……」

 掛け声を上げて一つ一つ段差を上がっていく。まだ三階くらいしか昇ってないが、既に足はかなりキテます。汗と動機も凄いことになってるし、情けない事に限界が近いのかもしれん。だけどここで諦めたら男……いや、女が廃る……のか? うん、女が廃る! 一度決めたら最後までやり通すっていうのが、死んだ爺ちゃんの遺言なのよ。だからこの子を助け、更に最初に決めた事……つまり「暗部の中を生き残り、この世界を満喫する」まで俺は諦める訳にはいかんのだ。だから動け、動いてくれ俺の脚ぃぃ。

「おねえちゃん……」
「んぅ? 何~」

 背中にいる幼女が話しかけてきたでござるの巻。さっきまで必要最低限の事しか口にしてなかったので、急に話しかけてきた事実に若干驚いた俺はいつもの気楽な感じで返事を返してしまいました。そんな状況じゃないんだけど……

「おねえちゃん、つかれたんでしょ?」
「……まあ、ちょっとだけね」
「ならさ、わたしをおいていきなよ」
「え……」

 え、ちょ……なにこの子こわい。こんな緊迫した状況下で、こういう言葉をのんびりとした口調で言われると……何かアレ、凄くホラーちっくで怖いです。
 俺が若干戦慄しているのにも構わず、幼女は言葉を続ける。

「おねえちゃんだけなら、あのひとたちからにげられるでしょ?」
「そりゃあ、まぁ……」
「じゃあ、きまりだね」
「で、でも……そうなったら貴方はどうするの?」

 うん、俺は逃げ切れるかもしれないけど、自分はどうするのって話。もう一歩も動けなさそうだし、俺が置いてったらこの子また捕まりますよね。そうしたら今までの苦労(主に俺の)が水の泡。どーするつもりじゃい、という視線を幼女に向ける。
 そんな俺の視線に、幼女は全く表情も変えずに口を開く。

「わたしはいいの、おいていかれるのなれてるから」
「慣れてる、って……」
「ぱぱも、ままも、わたしをおいていったから……」
「……」
「だからいいの。おねえちゃんも、わたしをおいていきなよ」

 この言葉を聞いて、俺は改めて『置き去り』という事実を知った気がしたと思う。
 そうだよな、俺みたいに田辺さんや麦のんと出会えるなんて、本当に一握りの事なんだ。そりゃあ、全ての『置き去り』がこの子の様な道を歩む訳じゃないだろうし、こんな酷い目に会うのが当たり前って訳じゃない。そして、一々こんな事を気にしてたら、自分の身が危ないのが暗部なんだ。現に関わった俺が危ない目に会ってるしな。
 そしてこの子の言うとおり、ここは置いて去るのが当たり前の行動なのかもしれない。この子とは赤の他人だし、見捨てた所で誰が咎める訳じゃない。最初に決めた事も、黙っていれば何時かは風化する記憶の一つになるだけだ。だからここは……

「だが断る」

 その幻想をぶち殺す、しかないね。

「え……?」
「このフレンダが最も好きな事の一つは……変な考えを持っている奴に「NO」と言ってやる事な訳よ」

 自分が危険? この子を見捨てる? そりゃあ、これが小説の世界で……そして自分がそれ見ている側だったら、「見捨てていくのも手だよね」って事になるかもしれないけどさ。
 だけど、今目の前にいるのは本物の人間な訳で……そして今自分がいるのも、物語の中なんて幻想ではなく立って歩ける現実な訳です。自分の安全が最優先でも、やらなきゃ駄目な事が……人として譲れない事があるよな。何よりこれを咎める人はいないけどここで見捨てたら、危なかった俺を助けてくれた麦のん、身寄りがなかった俺に優しくしてくれた田辺さん、それにレイちゃんと陸君に顔向け出来ない気がする。
 もう、こんな事になるなんて……だけど、こういう時くらいかっこつけたいんですよ。

「私はヒーローだから、その理論は通じないのよ」
「ヒーローは……どうするの?」

 その言葉に、俺はいつもの「にひひ」ではなく……にっ、と笑い応える。

「ヒーローっていうのはね……我儘で、身勝手で、自分の理想を人に押し付けて、突き進んでいく人の事を言うの。だから私は貴方の言う事を聞く訳にはいかないって訳よ」

 あー、俺臭くて恥ずかしい事言ってる。だけど、この子は絶対に見捨てない、もう決めたもんね。残った武器は弾が一発だけ入った拳銃一丁。これで、どうにかするしかない、のか? うぅ、かっこつけた手前どうにかしたいけど、どうにか出来るのかこれは……?
 そう考えていた俺の耳に、何か壊れる音が聞こえた、どうやら扉が破られたらしい。次いで、階段を上がってくる足音。話しながらも階段は昇り続けていたので、俺は既に四階まで足を進めている。まぁ、大人が駆け足で階段上がればこの程度の差は一瞬で消えてしまうので、アドバンテージになりもしない。すぐにこの差もなくなる筈だ。
 つまり、俺に出来る事はただ一つ。この場で迎え撃つしかないって事。拳銃一丁、弾丸一発のこの状況でどうしろと言うんだ……いや、どうにかするしか……とりあえずやる事はこれかな。
 手頃な部屋に入って中を見回す。そこにあったのは錆び着いたロッカー。あの中というのは可哀想だけど、贅沢は言ってられないか。

「この中に入って、静かにしてるんだよ」

 そう言って背中から幼女を下ろし、中に押し込む。狭いけどこの子くらいの大きさなら余裕で入るね。とりあえずこの子がいると危ないし、拳銃を撃つのも神経使うからな。さっきはまぐれ当たりしたけど、俺銃なんてド素人以下の腕前な訳だしね。

「お、ねぇちゃんは……」
「ん~?」
「おねえちゃんは……どうするの?」
「ヒーローのやる事は決まってるよ」

 そう言ってロッカーの扉に手をかける。さぁ、ここから先は麦のんもいない、助けも期待出来ない。自分だけの力で、暗部の男三人をどうにかしないといけない。絶望的な状況かもしれないが、やるしかない。

「悪党共をこらしめて、そして勝つ。それがヒーローって訳よ」

 「にひひ」と笑い、ローカーの扉を閉じた。さっきからテンションが上がってフレンダの真似しまくってるけど、良い子の皆は変な口調は真似しないようにね!



 先程幼女と別れてから五分位が経ちました。今俺が居るのは、三階の廊下です。さっき幼女を隠したのが四階なので、ただ一階降りただけの場所におります。いや、四階でも良かったんだけど、とりあえず幼女から少しは離れた方がいいかなぁと思ってね。
 緊張で心臓が凄まじい速度で鼓動を重ねる。これから俺は、正面からあいつ等と対峙しなきゃいけない。階段を上がる足音が近付くにつれて、足が震えて体に上手く力が入らなくなってきた。
 とりあえず、こんな状態で本当に上手くいくかなぁ……他に方法が思い浮かばなかったけれど、これくらいしか方法を思いつかなかった……成功するかなぁ。いや、これしか方法ないんだから成功させるしかない。

「い、いたぞ……!」
「手間かけさせやがって……!」

 あ、来た。えっと、ごついの一人にチンピラ三人……よし、全員いるね。これで後ろからいきなり奇襲とか、やった、第三部完! と思ったら一人残ってたとかはなさそう。しかし来るのに随分時間がかかってたけど、やたら疲労してるところを見るとこいつ等一階と二階を念入りに調べてから来たな。考えたりする時間がもらえたのはいいけど、ここを突破されたら全階念入りに調べ上げられるか。勿論、あの子も絶対に見つかるね。やはりここでやるしかない。
 よし、覚悟は決まった。さっきまでは緊張でどうにかなりそうだった俺の体も、こいつ等を見たら開き直ったのか震えが収まっている。よし、後は俺が上手くやるだけだな。
 警戒する様子もなく、イラついた様子で距離を詰めてくる男達に対して俺は余裕の笑みを浮かべて、極めて冷酷(自分基準)な声で口を開く。

「あら、動かない方がいいと思うけれど」
「……何ィ?」

 それを聞いた男達の足が止まる。よし、とりあえずは成功か?

「こんにちは、『学園都市』の暗部の皆様。私は……いや、私の事は好きな様に呼んで構いませんわ」
「お前……何者だ?」

 その言葉に、俺はクスクスと嗤う。

「知っても意味のない事じゃありません? 貴方達はここで消える運命にあるのですから」
「なん、だと……?」
「私が何の理由もなく、ここに逃げ込んだと本気で思っているのですか? そして、貴方達がのろまに下を捜索している間に、何の対策も立てていなかったと本気で思っているのですか?」
「テ、テメェ……もしかして罠でも仕掛けやがったのか!?」
「フフフ……ご想像にお任せします。ですが一つだけ……無暗にその辺を歩き回らない方がいいと思いますよ。特に、先頭の貴方は危ない。後一歩で……いえ、何でもありませんわ」
「クッ……!」

 クフフ、ビビってるビビってる。そうだ、己の足元にある罠の恐怖に恐れおののくといいさ!
 まぁ、全部嘘っていうかハッタリなんだけどね! 拳銃一発、武器は他に何もない状況ではこれしか思いつきませんでした。いや、そんな簡単に引っ掛かるかと言われたらそれまでなんだけど、俺は先程幼女から得たヒントを使ってこいつ等に挑んでいるのです。
 それは即ち、ギャップ。幼女が危ない状況にも関わらず、笑顔でいたり余裕の態度を取っていたりすると、不思議と警戒しますよね? 少なくとも俺は、先程の少女の笑みが怖くて溜まらなかったです。そして狙い通り、こいつ等警戒して近付いてこなくなりました。よし、このままでいける!

「賢い選択ですね、私としても無駄な犠牲を出すのは心苦しいので、動かないで頂けるとありがたいのですよ」
「……目的は何だ?」
「貴方達と同じくあの子です……いえ、貴方達が外の人間に用事があるように、私はあの子自身に用事があるのですよ」
「外ならともかく、『学園都市』の中ではそれほど価値があるとは思えんが?」
「確かにそうですが……まぁ『統括理事会』も一枚岩ではないという事だけ申しておきます。さて、無駄話はこれまで」

 そう言って、俺は銃口を相手のリーダーに向ける。この距離から当たるとは思えないけど、ここは自分が優位に立っているという状況が鍵なのだ。一発しかないし牽制にもならないだろうけど、ここは利用させて頂くぜぃ。

「さぁ、ここで消されるか……それともここは退いて再起を図るのか。貴方達の自由ですよ。私としては後者を進めますが」

 うん、だから早く逃げてくだちぃ。消されるとか……少女の分際でワロスレベルな程無理があるのです。まぁ、状況はこっちが圧倒的に有利だし、逃げてくれるとは思うんだけど……
 とか考えてたら、ゴリラが後ろにいたチンピラの一人に視線を向ける。んぅ? 一体何を……

「どうだ、何かあるか?」
「いんや、何も無い。アイツの言ってる事は全部嘘だな」

 それを聞いた瞬間、俺の喉が干上がるのとゴリラ達が笑みを浮かべるのは同時だった。慌てて拳銃をゴリラに向けるが、一番先頭にいたチンピラに距離を詰められて拳銃を弾き飛ばされる。

「ぐっ……ぎっ!?」

 次いで突進してきたゴリラの巨躯に、俺の体は易々と吹き飛ばされた。近くの壁に叩きつけられ、激痛が体を走る。そんな俺に容赦なく、チンピラの一人が頭を踏みつけてきた。やばい、痛いってもんじゃない。痛みで上手く考える事が出来ないし、叩きつけられた場所が強烈に痛む所を見ると、骨まで折れているかもしれない。だ、だけどどうしてばれた!?

「な、んで……!」
「不思議か、クソ餓鬼」
「俺は一応能力者なんだよ、『金属探知(メタルサーチ)』ってんだがな。近くにある金属や物体を探知出来るのさ。いくら何でも罠に一切金属を使っていないって事はねぇよな?」

 う、迂闊……能力者だったのかよ。そりゃあ暗部にいるくらいだから能力者かもとは思っていたけれど、今まで何かを使う素振りも前線に出る感じも見えなかったから、その可能性を完全に除外してた。し、しかも地味な能力だな……

「まぁ、これでお前の段取りも全てお釈迦だな。だが暗部を舐めた事はその体で払ってもらうぜ」
「ちょうどいい、外の連中には手土産が一つ増えたって事にしておこう。例え『無能力者』でも能力開発を受けているのなら、立派な商品になるだろうさ」

 そう言ってゴリラは俺を肩に担ぎあげた。くそっ……抵抗したいのは山々なんだけど、体中が痛すぎて上手く体が動かない。さっきの走りでも体を鍛えてなかった事を悔やんだけれど、今はそれ以上に体を鍛えてなかった事を後悔してる。それも、もう遅いか……いや、諦める訳にはいかんよ! 外に売り出されたらどんな目に会うのか分からんけど、絶対碌な目に会わないよ!
 精一杯の力を込めて暴れるが、男のがっしりとした腕に掴まれた状態は全く改善してくれない。だからといってここで諦めたら、俺だけじゃなく幼女ごと終了のお報せだ。絶対諦めてやるもんか。だから……って……
 肩に乗せられたまま、俺は階段の方を見て目を見開いた。何故なら、そこには息を荒くし、お琴達を睨みつけている幼女の姿があったからだ。
 な、何故ここに……いや、あんな体でロッカーから這い出して、階段を下りてきたのか? というか、何で降りてきた。確かにあのまま隠れてても見つかるのが関の山だっただろうけど、それでも隠れてるのが普通でしようが!

「お、ねえちゃん……」

 って、声上げちゃ駄目だって! ゴリラとチンピラが幼女に気付き、視線を向ける。

「ほぅ、手間が省けたな。これで逃亡劇はお終いだ、残念だったなクソ餓鬼」

 ゴリラはそう言って部下のチンピラに指示を出した。幼女をとっ捕まえろとかそういうのだったと思う。チンピラがにやついた表情で幼女に近付いて行くのを見ながら、俺は歯ぎしりをする事しか出来ない。分かってたけど……俺みたいなのにヒーローは無理だって知ったけどさ、こんな結末はないだろうよ。だ、誰か……ここで助けてくれるヒーローはいないのか。誰でもいいから、この子を助けて……
 そして、チンピラが幼女まであと一歩の場所に到達した、その瞬間だった。

「おねえ、ちゃんを……」
「あん?」
「はなして!!!」

 脳内に響き渡るような、金属音かと思う爆音だった。それ聞いたゴリラ他チンピラ達が苦悶の表情と共に、悲鳴を上げながら耳を塞ぐ。無論俺にもその被害は直撃し、気絶するかと思うほどの耳鳴りが俺を襲った。
 というか何だこの音? もしかして、この子の能力なのか? って、壁が滅茶苦茶ひび割れ始めてる。音っていうか震動でも操ってるのか? 原作では見ない能力だね。というかそれのせいで研究されてたんだろうか……って、のんびり考えてる場合じゃない!
 痛む体とふらつく頭を気合いで押さえつけて、幼女の元へと走る。その間にも壁や床はビキビキと悲鳴を上げ、今にも崩れ落ちそうだ。そのまま幼女に体当たりするように突撃し、抱きかかえて飛ぶ。
 瞬間、轟音と共に今までいた場所が崩れ落ちた。俺と幼女はギリギリ崩れ落ちた床から飛んで逃れる事が出来たが、ゴリラ達はそうはいかない。何せ動きが封じ込められていたのと同じだったので、逃れる暇すらなく瓦礫と共に落ちていった。遅れて粉塵が舞い上がる。この感じを見るに、一階まで落ちていったな……死んでないといいけど。

「おねえちゃん……だいじょうぶ?」
「はふぅ、大丈夫大丈夫。でもびっくりしたよ……」

 幼女の言葉に笑みを浮かべて返す。実際死ぬ間際とか、意識を失う寸前とかそういう訳でもないので、特に問題はないだろう。
 しかし、何か恥ずかしい。だってアレですよ? ヒーローとか言って臭い台詞吐いてったのにも関わらず、結局ボロクソにやられて、しかも幼女に助けられる始末。これではヒーローではなくヒーロー(笑)ですよね。あ、穴があったら入りたい……!

「ごめ、んなさい……かくれてろって、いわれてたのに」

 ん? もしかしてそんなこと気にしてるのか? いや、貴方に助けられなかったら、俺は今頃研究者達の慰み……じゃなくて研究対象にされてましたよ。だから、怒るとかそんな事はしません。

「ううん、助けられちゃった。こっちこそかっこ悪いヒーロー(笑)でごめんね」
「……そんなこと、ないよ」

 ん?

「わたし……あんなにやさしくされたこと、なかったから……だから、おねえちゃんはわたしにとってひーろーだよ」

 おぅ……良い子すぎる。相変わらずこの街は、良い子ほど『置き去り』になる確率高いよね。何か不思議な力が働いているとしか思えない……考えすぎか。

「にひひ、そう言われると照れちゃうね。でも、ありがと」

 さて、後は麦のんを待つだけか……とりあえずここから移動して……

「クソ餓鬼がああぁぁぁぁぁ!!」

 って、うおおおおお!? な、何事?
 今の雄たけびが聞こえたのは下から……そして今の声はあのゴリラだ。って、アイツこの高さから瓦礫と一緒に落ちたのに大丈夫だったんかい! どんだけ丈夫なんだよ……

「おねえちゃん……!」
「……私の後ろに」

 明らかに消耗してる幼女を自分の背後に回す。この様子では再度能力を使ったらどうなるか分からないし、次もアイツに効くかどうか定かじゃない。我慢すれば俺だって動けたんだから、そのまま突っ込んでくる恐れだってある。少なくとも二回目は通じないだろう。
 そして階段を上がってきたゴリラ……って、血まみれやん、よくこんな姿で動けるなぁ。俺だったら痛くて無理だと思う。しかも腕とか折れてるっぽいね。

「こ、の餓鬼がぁ……手加減してたら良い気になりやがって!」
「にひひ、天罰って奴かもしれないよ。これ以上私達に手を出したら、もっと酷い目に会うかもしれないし……見逃してくれない?」
「安心しな、すぐに行くさ……テメェ殺してからなぁ!」
「おねえちゃん!」
「……ッ!」

 丸太の様な腕を振り上げるゴリラを見て、俺は次の瞬間襲ってくる衝撃と激痛を覚悟して目を閉じた。いや、殴られた一発で死ぬとは思えないんだけど、最後まで見てるのが怖かったんですゥ、だから仕方ないんですゥ。次いで響く何か大きな音、だけど俺には何の衝撃も来ていません。
 どうしたの、早く来なさいよ? とか状況に合ってないアホな事考えて待っているけど、まだ衝撃が来る様子はない。焦らしてんの? 何という高等テクニック……というか怖いのでやるなら早く……いや、やらないで欲しいんだけどね。
 仕方なく、閉じていた目を恐る恐る開く。目の前に見えたのは茶色。しかも普通の茶色ではなく、見てる者を驚かせるほどの輝きに満ちた色だ。無論、それは自然現象でもなく、ましてや幼女やゴリラが出した能力とかでもない。
 その茶色を持っている人物は、なんと自分よりも遥かに体格のいい相手の顔面……というか顎の辺りを片手で掴んでいる。成程、声がしないと思ったのはこれが原因かいな。大きな音は窓を破ってここに乗り込んできたときの音だったんね。幼女は茫然と目の前の人物を見てるし……
 やばい、安心して力抜けきってしもうた。目の前にいる人を見たら、安心感と同時に涙が出てきた。だって怖かったんだもん……仕方ないね。万感の思いを込めて、目の前にいる人物の名前を呼ぶ。

「麦野さん……!」
「離れてなさい、フレンダ」

 こちらを見ずにそう告げる麦のんへ頷き返すと、幼女の手を引いて下がる。麦のんのデスクローはどんどん力を込めていってるらしく、ミシミシとか人間から出る音じゃないものが出てます。うん、麦のんには絶対逆らわない様にしよう。
 そしてとうとうミシン、とかいう致命的な音が出た。どうやら相手の顎が外れたらしく、相手は悲鳴すら上げられないままもがいている。そんな相手に、麦のんは一切の容赦も……躊躇もしなかった。
 怪力に任せて思い切り蹴り上げる。その足先が向かう場所は……そう、男なら誰しもが恐れるあの位置。つい俺も押さえようとしてしまったよ……もう無いけど。男の目がグルン、と白眼を剥く。遅れてゆっくりと倒れていった。

「ペッ、○○○野郎が……人の「所有物」に手ぇ出してんじゃねぇよ」

 倒れた相手に唾吐く麦のんマジドS……というかまだ小学生なのに、相手のゴリラ以上の腕力出してたよね麦のん。でも、麦のんならやっても不思議じゃないから不思議!

「おねえ、ちゃん……あの人は?」

 その言葉に俺は苦笑して言葉を返す。

「あれが、本物のヒーローってやつかも?」

 疑問形なのは許せ、正直悪役にしか見えないんだもん……



 あの後は、仕事終了の電話を麦のんがしてくれて終わりました。ちなみにあいつ等はどこかに運ばれていったけど、始末されるのかまだ扱き使われるのか……まぁね自業自得かね。そんなこと考えている暇もないし。そして幼女なんだけど、麦のんに事情を話したらどこかに電話をかけて何とかしてくれました。代わりに今回の報酬が減ったとか文句言ってたけど、やってくれた麦のんは優しすぎると思う。そして……

「すいません、田辺さん……」
「良いのよ、いきなりこの子を預かって欲しいって言われた時は驚いたけどね」

 クスクス微笑む田辺さんの顔を見て、俺は心底申し訳ない気持ちで一杯です。あの後、俺と麦のんの話し合いの結果で幼女は田辺さんの施設で預かってもらう事にしました。ここにいれば何かあってもすぐに気付けるし、田辺さんなら大丈夫だろうって事でね。
 幼女は最初こそ警戒してる様子だったけど、今は向こうで陸君やレイちゃんと一緒に遊んでる。ちなみに歳は幼稚園年長さんで、陸君達より一つ年下らしい。名前は覚えてないとか言ってたな……悲しい事やね。

「じゃあ、田辺さん。また様子見に来ますから、お願いします」
「えぇ……フレンダちゃんも気をつけて」
「はい!」

 相変わらず良い人すぎる田辺さんに後の事は任せるとしよう。陸君達の方へ眼を向けると、全員がこちらに向けて手を振っていた。幼女もぎこちなく微笑んで手を振っているのを見て、俺は心底安堵する。やっぱり笑顔が一番よな。
 さて、車の中で待っている麦のんを待たせ過ぎるといけないし、ささっと行こう。今日は言いたい事もあるしね。と、玄関先で待っていた車へと乗り込む。俺が乗った途端に、隣に座っている麦のんが「出して」と言うと、車はゆっくりと動き出した。

「全く、とんだ出来事だったわ」
「あはは、すいません麦野さん。でも、手回ししてくれて本当にありがとです」
「別に……あの子はもう実験対象として価値を失ってたみたいだったし、特に面倒な事はなかったわよ」

 うむ、ぶっきらぼうに言ってるけれど、こういう時の麦のんは結構機嫌がいいね。一緒にいる俺が言うんだから間違いナッシン。言うなら今じゃろか……

「あの、麦野さん……」
「何?」
「実は、私も……体鍛えたいなって「良いわよ、明日から教えて上げる」

 って、え? てっきり少しは渋るもんだと思ってたんだけど……どういう風の吹きまわしだい、麦のん。と俺が考えて麦のん見ると、ニヤニヤした視線を向けてきている。な、何?

「「ヒーロー」なら、少しは強くないといけないもんね~」

 ……what? な、ななな何で麦のんが、その事を……!

「アンタ、電話をかけたままでポケットにしまってたでしょ? アレね、途中から私に繋がってたのよ。つまり、途中からの会話は私に筒抜けだったってこと」
「あ、あばばばばば」
「ヒーロー(笑)」
「や、やめてええぇぇぇぇぇぇぇええええぇ!! 忘れてええええぇぇ!」
「あっははは! 良いじゃないの、そのお陰でアンタ達が危ない事分かったんだし、GPSで場所を検索も出来たんだからさ」

 物凄く楽しそうな麦のんとは裏腹に、俺は顔からメラゾーマが出そうな程恥ずかしいです。も、もう二度とかっこつけません……そう心に誓って、車は家へと向かっていった。くすん。



おまけ
「あ、ちなみに帰ったらオシオキね」
「あばばばば……え、ちょ」
「無理すんなって言ってた筈でしょ? だから、オシオキ」
「oh、ゆるしてほしいなむぎのさん」
「ダ メ」
「あ、あははははは(汗)」
「はっはっはっ(喜)」



[24886] 幕間4「知らぬ所で交錯するっていう話」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/12 08:57

「知らぬ所で交錯するっていう話」



 『学園都市』中心部。
 いつも多くの学生や大人達がショッピングを楽しんだり、食事をしたりして往来するこの場所で、特に目立つ女性の存在があった。美しい茶髪を靡かせ、着ている服もそんじょそこらの安物ではなく見る人が見ればすぐに一流ブランドの物だと分かる代物。またその美貌に多くの人間が振り向き、男性ばかりではなく女性までもがすれ違う度に頬を赤くしていた。が、女性はそんな事にも構わず手に持ったメモを見て眉を顰める。

「あ゛~、めんどくさい。フレンダの奴……ついででこんなに用事頼みやがって」

 彼女の名前は「麦野 沈利」。『学園都市』が誇る『超能力者』の一人であり、その中でも破壊力だけならばトップレベルに位置する能力、『原子崩し』の使い手である。そんな彼女が不機嫌そうな顔でぶつぶつ言いながらここに来ているのには訳があった。本当は服を見に来ただけだったのだが、ついでという事で自分の奴隷である少女に食料の買い出しと銀行での用事を頼まれたのだ。最初はついでだし良いかな、と思っていたのだが徐々に面倒臭くなり、今や麦野の機嫌は下がる一方である。

「フレンダの奴は帰ったらオシオキ……そうなったら風呂の準備誰にさせよう? 滝壺も絹旗も下手だしなぁ」

 ああでもない、こうでもないと唸りながら歩いている姿は、彼女を良く知るメンバーの三人が見れば「怖い」という感想が出るだろう。が、周囲にいる人間から見れば、今の麦野は悩んでいる純真な乙女に見えるらしい。男達は声をかけようかどうか迷っている様子で、女達は憧れた様な……頬を赤らめて潤んだ視線を向けたりしている。

「よしっ、決めた。風呂に入ってからオシオキしよう。我ながら名案だわ」

 そう言うと、悩みが完全に消えたらしくにこやかな笑顔を浮かべて郵便局に向かう。その足取りは先程と比べると、遥かに軽やかにステップを踏んでいた。去年高校生(学校は行っていないが)になった身でステップを踏むのは如何なものかと思うが、麦野にとっては些事でしかないだろう。そのまま目的地である郵便局の自動ドアを通り、ATMへと向かう。麦野の前には結構な人数が並んでおり、先程までの不機嫌な麦野ならば消し飛ばしてでも自分が先にやろうとしただろう。並んでいる人達は尊い犠牲(となる予定)になった、とある金髪の少女に感謝すべきかもしれない。
 と、その時麦野は腰の辺りに軽い衝撃を感じ、視線を向ける。そこで麦野が見た物は頭に咲いている花の山。一瞬自分の目がおかしくなったのかと思い、何度か瞬きしてもう一度視線を向けると、今度は頭に花を咲かせた少女が慌てた様子で麦野へ視線を向けていた。どうやら目の錯覚ではなかったらしい。

「あわわわ……す、すみません!」
(何、この子? 頭がお花畑ってこういうのを言うのかしら?)

 慌てた様子で謝罪する少女とは裏腹に、対する麦野は自分にぶつかられた事よりも頭の花が気になって仕方がない。ぶっちゃけ、いくら麦野でも年下の女の子が故意ではなく事故でぶつかった位で怒ったりはしないし、謝られたのが最初何でなのかが分からなかった位だ。だから少女を落ち着かせるためにニッコリと微笑んで頭を撫でる。無論、頭の上にある花には極力触れないよう注意する。少女はというと、あわあわ言いながら顔を真っ赤してされるがまま状態だ。そんな少女を見て、微笑ましいなぁと麦野は思う。

(んー可愛いわねぇ。ウチの絹旗と一日くらい交代してくれないかしら)
「何してるんですの、初春?」

 幸いにも誘拐したところで、誰にも自分は止められないしやっちゃおうかなー。と、麦野は本気で考え始めたが、その瞬間聞こえた声に麦野は思考を止めた。視線を向けると、そこには茶髪でツインテールにした少女の姿。見たところ、今麦野が撫でている少女と同年代……小学5、6
年生といったところだろうか? その後ろには眼鏡をかけた女性の姿もある。

「あ、白井さん! ちょ、ちょっとドジを踏んでしまいまして……」
「ドジィ? 全く……どこまでいっても初春はそんな感じですのね。で、どうしたんですの?」
「あぁ、大した事じゃないわよ。この子が私にぶつかっただけ」

 初春に代わって麦野がそう応えると、白井と呼ばれた少女は軽く溜息吐いた。眼鏡の女性も苦笑して軽く頭を下げる。

「んぅ、貴方達一体何? 家族か何かなの?」
「いえ、私達は『風紀委員(ジャッジメント)』です。この二人はまだ研修中で、私が指導してるんですよ。私は「固法 美偉」と言います」
「わたくしは「白井 黒子」と申しますの」
「あ、「初春 飾利」です!」

 固法、白井、初春がそう応えるのと同時に麦野は軽く眉を顰めた。麦野……というか暗部全般は『風紀委員』に対して、あまり良い印象を持っていない。何故ならば、麦野達暗部にとって地味に邪魔な存在となっているからだ。『警備員(アンチスキル)』は事前に『統括理事会』からの命令で、仕事現場に近づく事がないようにされているものの、『風紀委員』は連絡漏れ等の理由によって極稀に仕事現場に現れる事もある。その場合の対処が非常に面倒な為、麦野は『風紀委員』が苦手なのである。

「もしかして、『風紀委員』がお嫌いですの?」

 そんな麦野の様子が気に入らなかったのだろうか? 白井と名乗った少女は鋭い視線でそう麦野に問いかけた。その目に貫かれた麦野は、心底面白いと言いたげな顔になって口を開く。

「えぇ。昔の話なんだけど、『風紀委員』にセクハラされかかっちってね」
「な……ほ、本当ですの!?」
「ひぇぇ」
「ありゃ……」

 無論嘘である。また、麦野は先程の白井の一言と態度に対して、全く怒りを覚えていない。普段は睨まれただけで相手をフルボッコにする麦野だが、実は『風紀委員』は苦手なだけで嫌いではないのだ。逆に好きなレベルになるだろう。
 自分達とは違い、闇に落ちずに一般人を助けるその姿はある意味嫉妬する物で、麦野はそういった姿勢が嫌いではない。そう、まるで自分の奴隷(ヒーロー)の様だとも思っていた。

「身体検査とか言われてねぇ。あれはトラウマものよ」
「た、確かに『風紀委員』も年に何人かはそういった事を起こして、除名処分を受けたりしますからね……」

 固法が生真面目に言うのを見て、麦野は心の底から笑いを抑える。こういった生真面目な人間が集まるのも、『風紀委員』の特徴だろう。稀にだが本当に変な奴もいるけど……

「まぁ、もう気にしてないわ。ちょっと思い出しちゃっただけだしね」
「本当にすみません。ほら、貴方も謝りなさい」
「ほ、本当に申し訳なかったですの……」

 嘘なんだけどね、と麦野は心の中で舌を出した。そこで初春が「あっ」と声を上げる。

「忘れてました、用事があってここに来たんですよ。すぐに済ませないと」
「あら、引きとめて悪い事しちゃったわね。大丈夫?」
「はい! すぐに済みますから」

 本当に可愛いなぁと麦野は思う。少しは絹旗もこうなればいいのに、と頭の隅で考えた。

「本当にすみませんでした」
「いいのよ。でも貴方鈍くさそうだから、気を付けて行動しなさいな」
「ど、鈍くさいは酷いですよ~」
「否定出来ませんの……」
「酷いですよ白井さん~」

 その光景を見て麦野は微笑み、そして少しの嫉妬をした。
 もしも……もしもの話だが、あそこにいたのは自分達だったのかもしれない。絹旗が先導し、滝壺がふらふらと着いていき、私が指示をして、奴隷が笑う……そんな生活。

(まぁ、無理なんだけどね)

 自分にとってはあまりにも眩しい世界だ。麦野達にとって、既に『学園都市』とは大きすぎる闇……それに片足どころかどっぷり浸かってしまっている自分達は、既に普通の生活には戻れないだろう。だからこそ、それが酷く楽しそうで……羨ましく見えた。

(私らしくないわね、こんな事考えたって意味ないし。さて、用事を済ませて早く帰らないと)

 そう考えて視線をATMへと戻した。



(うーむ……)

 麦野は目の前の光景を見て悩んでいた。普段から悩むという行為からかけ離れている麦野であったが、流石に目の前で銀行強盗が起こっているのを見てどうしようか考えている。ぶっちゃけ時間の無駄なので、自分がささっと終わらせても良い。だがここには『風紀委員』がいるし、何よりこれ以上疲れる行動はしたくないというのが本音だ。勿論『風紀委員』がいるから大丈夫だろうという考えではなく、『風紀委員』がいるから派手な真似出来ないしなぁ、という理由である。
 そんな事を考えていたら、先程話した白井が突撃していく。小さいながらも『風紀委員』仕込みの体術であっという間に相手を床に押し倒すと、そのまま気絶させてしまった。

(へぇ、やるわね。アイツももう少し才能があればいいんだけど)

 随分長い時間自分仕込みの体術を教えてやってるのに、伸びが悪い奴隷を思いだす。流石に今の白井よりは強いだろうが、恐らく奴隷と同じ年齢になれば負けるだろう。仕事でも正直役に立った経験はない。まあ、車の中に持ってくる軽食やら飲み物作りと持参が仕事かもしれないが。

(でも、詰めは甘いわね……お嬢ちゃん)

 そう麦野が考えていると、突然初春と呼ばれていた少女の後ろに男が現れてその首にナイフを突き付けた。突然の事に白井は混乱している様子で、他の客や従業員も慌てている様子だ。

「やっはりか。一人でこんな事する程、頭の良さそうな奴じゃないとは思っていたけどね……」

 そもそも銀行強盗は単独犯で行うと、大体は成功しない。綿密な計画や逃走手段の確保等、馬鹿には出来ない事が満載なのだ。『学園都市』ではそれすら可能にしてしまう『能力者』という者達も存在するが、拳銃を取り出した所を見ると今の奴は『無能力者』だろう。要するに、二人目がいる可能性は充分にあったのだ。

(さぁ、どうする『風紀委員』? 人質がいて、足手まといの客や従業員が周囲にいる中で、どう切り抜けるのかしら?)

 すると突然警報機が鳴りだし、奥から警備ロボットが一台出て来た。どうやら従業員の一人が警備装置を作動させたらしいが、ハッキリ言って邪魔である。人質がいる状況下では相手を刺激する様な行動は慎むべきであるはず……この従業員はそれを見誤ったと言えるだろう。

(やっぱり足手纏いになったか……って、オイオイ)

 警備ロボットの後ろに続き、突撃する白井の姿を見て麦野は思い切り眉を顰める。いつもメンバー同士で決めている事なのだが、相手がどんなに弱くても能力がどんな物か確認するまでは、単独行動わ避けるのが自分達の取り決めだった。以前それを破って前に出た絹旗が、『精神感応系』の能力者に一発で昏倒させられた事がある。その能力者は『強能力者』であり絹旗よりもレベルは下であったが、能力の強さ全てがではないと全員に感じさせた出来事でもあった。その中で奴隷だけは毎回毎回どんな相手でもビビってるのだが。
 男が何か小さな金属をロボットに投げつける。そんな物でロボットが壊せるとは思えないが、それを行うという事は破壊できるという自信の表れだろう。事実、目の前のロボットに当たった金属はゆっくりとめり込んでいき、それに耐えきれずロボットは爆発した。周囲の客がどよめき、パニックを起こす中で麦野だけは腕を組んだまま思考にふける。

(『念動力(テレキネシス)』か? 見た感じ球の速度は大した事なかったから、直接的な破壊力を出す能力じゃないわね……多分、投げた物体が失速せずに進むとかそんな感じかしら?)

 実は大体合っている麦野の考察だが、一度見ただけでここまで分かってしまうのは仕事柄と、絶対に油断しない姿勢から来るものだろう。白井は先程の固法に助けられたらしく、固法は背中に傷を負って倒れていた。
 そんな様子を麦野は黙って見ていた。別に自分が助けるのは簡単だ、ちょっと『原子崩し』を撃ちこんで脅してやればそれで済む。だが麦野はそんな事をする気は毛頭ない。こんな所で暗部の自分が騒ぎを起こしては、それこそ上から何を言われるか分からないし面倒だ。確かにあの少女達を気に入ってはいるが、そこまでする義理もない。
  麦野がそう考えている間に、白井は顔面を蹴られて倒されて足を思い切り踏まれていた。その光景を見た麦野の頭に、過去の記憶が蘇る。何も出来ず、顔面を殴られ、暗部に堕ちた理由が……自然と組んでいる腕に力がこもった。

「白井さんっ! 白井さん……!」
『フレンダ……フレンダ……!』

 ギリリと麦野は歯を噛みしめる。忘れもしないあの記憶、自分の無力さを思い知らされ、闇の底へと堕ちてしまったあの記憶が、どうしても思い返されてしまう。麦野の周囲にいた客はその異様なほどの殺気に襲われ、強盗よりも麦野へと恐怖の目を向けていた。
 その時、白井は精一杯の力で初春へと手を伸ばし、そして初春がかき消える。それを見た麦野は一瞬だけ怒りを忘れて驚きを覚えた。『空間移動(テレポーター)』は驚くほど数が少なく、またその時点で『大能力者』とされるからだ。幼いながらも『風紀委員』として将来有望だろうな、と麦野は思う。だがそれで状況が好転した訳ではない。
 男は抵抗が出来ない白井を一度蹴り飛ばし、ゆっくりと何かを話している。そして先程の金属を扉の方向に投げると、その壁が無残にも壊れていった。どうやら自分の能力がどうとか、そういった事を言っているらしい。だが麦野にとってそんな壁を壊すなんて事で自慢されても、白けるだけだ。先程の怒りも少しずつ収まっていき、後は『警備員』の到着を待つだけと考える。だが、その時だった。

「俺と組まないか? 俺とお前が組めば無敵だぜ、どんな相手でも怖くねぇ。なぁに、お前ならどんな犯罪(こと)したって捕まらねぇさ。断れば周りの人間がどうなるか……分かってるだろ?」

 その言葉に、麦野の動きが止まる。思いだされるのは昔の、『超能力者』というのがただの肩書にすぎず、自分の無力さを思い知らされた出来事。

『そうだなぁ……条件次第じゃ助けてやってもイイ、かもなぁ』
『今回の研究所を破壊した事は不問に流すとして……人員はどうにもならねぇ。特にさっきお前がぶっ殺した二人組は『暗部』っていう奴にいた連中なんだわ。つまり、お前がその代わりをすれば、このガキの命は助けてやってもいい』
『諦めな『原子崩し』。手前がここで断るのなら、このガキはここで死ぬだけだ。そいつを防ぎたくてここまで来たんなら、やらなきゃ駄目な事は分かるよなぁ?』

 麦野は思い切り歯を食いしばる。
 先程自分は何を考えた? この子達が……普通の生活が羨ましいと思ったのか。それは決して手に入らなかった物じゃない。自分に力があれば、あの時もっと己の超能力が強力であれば、こんな所には堕ちてこなかった筈だ。そして、奴隷も巻き込む事なんてなかった筈なのだ。

(嫌な事思い出させやがって……!)

 殺す、と麦野は明確に殺意を露わにする。目の前にいる『風紀委員』がどうなろうが知った事ではない、これから暗部での仕事に支障が出ようがどうでもいい。目の前にいる自分を不愉快にさせた男を一瞬で塵芥にする。麦野の頭にあるのはそれだけだ。決して目の前の少女に、自分と同じような道を辿って欲しくない訳ではない。と心に言い聞かせる。そして麦野が一歩踏み出そうとした、その時だった。

「ずぇ~ったいお断りですの」

 その言葉に、麦野も男もキョトンとした様子で動きを止めた。白井はそのまま不敵な笑みを浮かべて言葉を続ける。

「仲間になるぅ? 生憎と、郵便局なんか狙うチンケなコソ泥はタイプじゃありませんの!」

 その言葉に男の表情が憤怒で歪み、逆に麦野は先程までの殺気の籠った目付きではなく、楽しげな表情を浮かべ始めた。そして白井は強気のまま声を吐きだす。

「それにわたくし、もう心に決めてますの! 自分の信じた正義は……」

 そこで一つ息をつき、白井は真っすぐな瞳を男に向けて言い放った。

「決して曲げないと!」

 その言葉を聞いて、麦野はブチブチと口を真横に引き裂くように嗤った。そう、目の前の少女のヒーローっぷりがあまりにも現実を見ていない言葉で、何より羨ましいと思ったからだ。あの時、自分に力があればあの男に対して、あのような言葉を吐く事が出来た。奴隷を救えた。だからこそ嫉妬し、そして白井を好ましく感じた。

(良いわね……最っ高のヒーローじゃない、アンタ!)

 恐らくあの少女は負けるだろう。男の能力は極めて単純ではあるが、決して凡庸で弱い能力ではない。テレポーターとはいえども、あの年齢では咄嗟の判断は出来ないだろうし、何よりテレポートは少しの演算ミスが命取りになると聞いている。ならば傷を負った少女では精密な能力使用は期待出来まい。
 麦野は己の能力を発動する。狙いは男の足……もしかしたら足が一本おしゃかになるかもしれないが、そこは自己責任だろう。この後で『風紀委員』と上から何を言われるか分からないが、麦野は白井を助ける事に決めた。決めたったら決めたのだ。『原子崩し』がループし、狙いを定める。男が手を振りかぶって金属を投げようとした瞬間に麦野は『原子崩し』を発動しようとし、その瞬間感じた強い『AIM拡散力場』に一瞬気を取られた。そのせいで能力の発動が遅れ、男が白井に無数の金属を投げつける。

(しまっ……!)

 今から金属に『原子崩し』の照準を合わせても間に合わない。麦野の『原子崩し』は強力無比の能力ではあるが、この照準に時間がかかるという弱点こそが最大にして唯一のものであった。今からでは近くにいる白井が危険すぎる。

「クソッ……」

 麦野が最悪の結末を想像した、その次の瞬間だった。突如外から放たれたと思われる閃光が、全ての金属を薙ぎ払い、破壊を止めず反対側の壁を破壊してようやく収まる。その光景に麦野はおろか男も白井も茫然としていたが、一寸白井が素早く動いた。男の懐に飛び込み、先程昏倒させた男と同じようにして床へと引き倒す。そして男が金属を取り出すのと白井が相手を掴むのはほぼ同時だった。しばらく静寂が続くが、やがて白井はニヤリと笑って口を開く。

「貴方の鉄球と、わたくしのテレポート。どちらが早いか勝負します?」
「ッ……クソッ」

 男が手を下ろす。瞬間郵便局内に完成が巻き起こった。中心いる白井は周囲の反応を見て照れくさそうに頬を染め、倒れていた固法も上体だけ起こして苦笑している。麦野は一度溜息を吐き、外へと視線向けた。

(さっきの能力……あれだけ強力な力場と電力を発動させる能力者……)

 同じく電気系統に関わる能力者だからこそ分かる事実。まぁ、結果的に白井が助かったし、自分か能力を使わなくても良かった事は感謝するべきだろう。麦野は顔も見た事がない、自分を超えた第三位に少しだけ感謝した。
 視線を白井に戻すと、周囲の人間から感謝の言葉をもらって多少照れている姿が目に映った。それを見た麦野は若干目を細めて羨むような視線を向ける。

「ヒーローはいいわね……柄じゃないんだけどさ」

 麦野はそう呟いてそこから去ろうと背を向ける。そして見た。
 最初にやられた方の男がゆっくりと立ち上がり、懐の拳銃に手を伸ばす姿を……あの目は既に何かをなそうと目的を持っている目ではない。暗部でよく見た目付き……ただ恨みをぶつける為に持った狂気の眼差しだ。無論、狙いは……

「チッ……!」

 舌打ちし、全力で走りだす。この時になってようやく他の人間も男の動きに気付き、悲鳴を上げる一般人も出てきた。拳銃を向けられた白井は咄嗟の事に頭が回らず、ただ自分に向けられた殺意に一瞬だけ怯んだ。まさにそれが致命的な隙であり、発砲音と共に銃弾が弾き出される。が、それは白井と男の間に割って入った女性の太ももへと吸い込まれた。

「て、てて手前ェ、邪魔すすんじ」「あ、貴方は」
「痛ェじゃねぇかこの<ピーーーー>野郎がああああぁぁぁ!!!」

 男の罵倒も、白井の驚愕の言葉も、全て麦野の怒声にかき消された。拳銃で撃たれたとは思えない程のスピードで男に接近すると、そのデスクローで顔面を思い切り掴む。ミシミシという人体から出るとは思えない音が響き、男が絶叫を上げるが麦野の攻撃はそれで収まらない。そのまま地面になぎ倒し、股間めがけてその足を振りおろした。男は短く「フッ……!」という悲鳴を残して意識を失う。この間、僅か数秒の出来事。あまりの事態に『風紀委員』である白井や固法ですら言葉を発する事が出来ない。そして麦野の一言。

「租チン野郎が、誰に向けて攻撃してんだ。死ね」

 辛辣な一言だった。



「だから私は大丈夫だって言ってるでしょうが!」
「いいえ、いけませんの! 怪我をしたのですから、絶対に病院へ行ってもらいますわ」
「家に応急処置得意な奴いるから良いって!」
「駄目ですの!」

 麦野が白井の手を振り払おうとし、白井がそれをさせまじと必死でしがみつく。あれから麦野は撃たれた足にも構わずに帰ろうとしたのだが、白井がそれを必死で押しとどめた。どうやら病院へ行かそうとしているらしく、強情にして譲ろうとしない。

「だから、大した傷じゃないから平気よ。銃も小口径だったしね」

 勿論大口径であれば麦野は歩くこともままならないので当然であるが、それでも白井はギュッと麦野の手を握ったまま話そうとしない。その体は少しだけ震えていて、麦野はそんな様子に眉を顰めた。

「わたくし、調子に乗っておりました」
「……」
「皆さんに褒められて、初春を助ける事が出来て、浮かれてましたの。『風紀委員』ならば詰めもしっかりしていなければならないのに……」
「白井さん……」

 近くにいた初春が申し訳なさそうに口を開く。麦野はそんな様子の白井の話を黙って聞いていた。

「もしわたくしがしっかりしていれば、貴方が怪我をする事もありませんでしたの……」
「アンタ……」
「わ、たくし……『風紀委員』失格でずの゛……!」
「アホか」
「ぴぃっ!」
「し、白井さんんんん!?」

 嗚咽を上げてそう言って白井に対し、麦野は容赦なく全力のデコピンで応えた。想像してみてほしい、大の男の顔面を掴んで悶絶させる程の怪力持つ麦野の全力デコピンである。哀れ白井は軽く吹っ飛び、それ見た初春がガビーンという効果音と共に悲鳴を上げる。白井は額を押さえて悶絶しているが、そんな事には構わず麦野は続ける。

「アンタさっき言ってたでしょ? 自分の信じた正義は決して曲げないって」
「ぬ゛お゛お゛おぉぉぉ……そ、それがどうしましたの?」
「アンタはさっきその正義を実行してたんでしょ? それで『風紀委員』失格って、アンタの正義はそんなもんだったの?」
「い、いえ……決してそういう訳ではありませんが……」
「なら良いじゃないの。確かに今回はそういう失敗もしたけど、今後の糧にしていけば良いのよ。失敗がない人間なんてのは、この世に存在しないのよ」

 その言葉に白井も、初春も聞きいる。麦野は自分らしくないなぁ、と一度頭をかいた。こういう説教は自分の奴隷こそが相応しいんだけどね、と心の中で考えながら。

「それに私、今日は大切な用事があるの。研究関連でね。だからそこで治療受けるから心配しないで」
「し、しかし……」
「だから気にしないでって、平気だから安心しなさいな。ここの処理は『風紀委員』に任せるわ」

 そう言って麦野は背を向ける。白井は急いで立ちあがると、その背に向けて口を開いた。

「お待ちください! せ、せめてお名前を……」
「んー?」
「あ、いえ……べ、別に深い意味はなく、始末書に書かねばならないものですから……」

 その言葉を聞いて麦野は笑い、そして応えた。

「麦野 沈利、『学園都市』第四位の『原子崩し』よ」



「ただいま……あ゛~疲れた」
「おかえりなさい、超遅かったですね麦野。滝壺さんがお腹の空き過ぎで死にかけてますよ」
「む、ぎ……の、おか……え、り」
「悪かったわね。色々あったのよ」

 そんな麦野の足に視線を向けた絹旗は、血が付着している事に気付いて眉を顰める。

「超珍しいですね、麦野が傷を負うなんて。暗部の誰かに超襲撃されたんですか?」
「まぁ、そんなとこ。大した傷じゃないから、後でアイツに処置してもらうわ」
「超了解です。しかし麦野に一発入れるなんて、相手も超使い手だったんですか?」

 実はただのチンピラです、と絹旗に言うとずっと話のネタにされそうだったので、麦野はその言葉をスルーして台所に向かう。そこには長くてふわふわな金髪をせわしなく振り回しながら料理をしている奴隷の姿があった。その姿を見て麦野は思う。
 あの白井という少女が信じる正義が『風紀委員』としての正義であれば、私の正義はここにいる皆と戦う事が唯一の正義なのかな、と。麦野に気付いたのか、金髪の少女はニコリと笑って口を開いた。

「おっかえり~麦野さん! 遅かったね、御飯は冷蔵庫の余り物で作ったけどいいかな?」
「いいわよ、御飯にしましょう」
「フレンダー、超お腹空きましたよー」
「は、やく……」
「はいはい、じゃあ盛り付けするから待っててね~」

 そう言うメンバーを見て麦野は微笑む。ヒーローにはなれずとも、こいつ等と戦っていく力だけは持っていたいものだと……心の中だけで呟きながら。

「あ、言い忘れてた。フレンダ風呂の準備したらオシオキね」
「……え?」



おまけ
 
 はふぅ、と白井は悩ましげな溜息を吐いて空を見やる。続いて自分の額を軽く撫でると、頬を染めてもう一度溜息を吐いた。

「白井さん、どうしたのかしら?」

 固法がそう呟くと、初春は明るい表情のまま。

「固法さん、乙女には複雑な感情があるんですよ!」
「へ……ま、まぁ別に問題はないんだけどね」
「麦野、さん……」




[24886] 第十一話「原作キャラ可愛すぎです」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/13 23:05
「原作キャラ可愛すぎです」



 ジリリリリ! という目覚ましの音で俺は目を覚ます。枕元に置いてある目覚まし時計に手を伸ばして音を止め、時間を確認する。朝五時半、いつも通りの起床時間だ。欠伸をしながら上体を起こして立ち上がり、先ほどまで自分が寝ていた布団を畳む。
 ちなみに俺はいつもリビングで寝起きしております。というか部屋が一杯なんですよね……どうしてこうなった。
 そのまま洗面所へと向かい、顔を洗って歯を磨く。うむ、やはり顔を洗うと身が引き締まるというか、何か朝起きましたって感じがするよね。まぁ、まだ六時にすらなってないし、他の住人が起きるのは最低でも七時半過ぎくらいなんだけれども。とりあえずそのまま洗面所に置いてある自分の着替えへと手を伸ばす。パジャマを脱ぎ、洗ってあった下着(無論女性用ですよ?)に取り換えて脱いだものは全て洗濯機に放り込む。個人的には二日くらい同じもの履いててもいい気がするんだけど、麦のんにそう言ったら頭を叩かれました。うむ、女性は毎日取り換えるんですね、分かります。
 いつも通り、上はワンピースと上着を着て、下はジーンズだ。たまーにスカート履いたりするんだけど、滅茶苦茶動きにくいんですよね。こればかりは慣れないのですよ……この事を一番残念がってたのは、何故か田辺さんでした。謎すぎる。
 着替えが終わったので、誰も起こさない様に注意しながら毎日やってる仕事に取り掛かります。まずは台所へと移動し、いつも使っているゲコ太のエプロンを装着する。実はこれ、田辺さんからの誕生日プレゼントとしてもらいました。あの時の「お揃いね」と言った田辺さんの笑顔は生涯忘れる事が出来ません。あの人笑うと、元々美人だったのに更に美人になるんですよ……とと、こんな話してる場合じゃないな。次は炊飯器の様子を見に行く。何度か炊き忘れがあって麦のんにオシオキされた事があるから、これは絶対最初に確認する事にしてる。今回は大丈夫だったみたいで、美味しそうに御飯が炊けておりました。これで主食はOK。
 次は冷蔵庫から味噌とダシ(粉末)を取り出す。麦のん、昨晩の作り置きを出すと怒るんですよね。御飯も冷ご飯嫌がるので、朝はいちいち準備しないといけないのですよ。お陰で毎朝五時半起きです……でも慣れちゃったので、個人的には健康的だし良いんだけど。
 具は油揚げにでもして、後で鮭でも焼くかな。滝壺は卵かけご飯が好きなので、卵も準備しておかないと……って、そうだ。何と滝壺と絹旗が仲間になったのですよぅ。
 滝壺が来たのは結構前になるのですが、確か麦のんと暗部の仕事を始めて一年位した時だったかなぁ? 最初新人が来るって言われて迎えに行った時、心臓止まるかと思ったもんね。いや、滝壺は良い子だし『アイテム』に入らなきゃ浜面とのイベントが進まないので参加することは分かってたんだけど、予想より早くて驚いたのですよ。しかも最初出会った時とは違って『体晶』持ちだとも言うしさ……結局滝壺はあの副作用に苦しむのかと思うと、少し胸が苦しくなるね。ただ原作とは違って麦のんが余り使おうとしないのは救いかもしれないけど。まぁこれからドシドシ使っていくのでしょう。そして滝壺なんだけど、滅茶苦茶御飯食べます。多分俺と麦のん、絹旗の三人合わせた量かそれ以上に食べます。原作だと腹ぺこキャラはインデックスさん以外いなかったと思うし、滝壺にそんな描写あったとは思えないんだけど……まぁ大した誤差でもないし、ストーリーに関わる事でもないから良いけどさ。
 絹旗は一年位前に『アイテム』へ加入致しました。これまたビックリしすぎて魂が抜けそうになったんだけど、それ以上に驚いたのが絹旗の性格だったんだよね。あのね、超暗くてネガティブ思考だった上に、超口調もなくてそれどころか全然喋らなかったんですよ。ぶっちゃけ同じ名前と顔した別人かと思いました。しかも必要以上に関わり合いたくないとか言ってた様な気がする。俺だって死亡フラグ立つから『アイテム』に入りたくなかったやい! とは言えなかったし、それに一緒に仕事したりする仲間として仲良くしたかったので、色々とやりましたよ。食事に誘ったり、色々と出かけたり……思い出すとギャルゲーみたいだな。ま、まぁそんな努力もありまして絹旗は徐々に明るくなっていき、現在の性格に至る訳です。ちなみに超口調は俺が教えました。超超言わない絹旗って、何か変な感じがしたんです。今は反省してます。
 という訳で滝壺と絹旗とは合流済みなんですけど、何と今は四人で同棲生活送っているのですよ。いや、これは本当に予想外なんだけど、滝壺と絹旗は全く家事能力はないし新しい場所を用意するのは面倒などという理由で、麦のんがこのマンションに住まわせてしまいました。ちなみに今は最初に生活を始めた場所よりも、少し大きな場所に住まいを移しているので四人でも狭くないです! ただ寝室が足りないので俺がリビングで寝泊まりしている事以外はね! 泣きたくなってきた。
 愚痴っても仕方ない、とりあえず後は麦のん達が起きる時間を考えてシャケを焼くだけなんだけど、その前にやる事があるのですよ。とりあえずエプロンを壁にかけ、玄関へと向かう。自分のスポーツシューズを履いていざ出発。朝日が昇り、早起きしてジョギングしている人達がすこーしだけいますね。ちなみに私もなんですけど。
 そう、差の暇な時間は走りこみをしているのでありまする。麦のんからの指示で基礎体力を付けろとの事でしたので、そのせいあってか毎日走りこみしてるんですよね。お陰で体力は結構あります。まぁ、それが強さに直結するかどうかと言われると……すいません、活躍出来てません。だって他のメンバーが強すぎるんですよ。近付く前に相手を瞬殺しちゃう麦のんに、近付いたら相手をするパワーファイターの絹旗、滝壺と俺は殆ど出番がありませんです。大体車の中で待機してる事も多いしね。
 それでもやらないよりはマシと考え、こうして毎日努力し続けている訳なのです。あぁ、これが評価される日は来るんだろうか……くすん。
 まだ夜明けって事もあって人は少ないけれど、その分毎日走っていると毎日のように顔を合わせる人がいる訳であります。そう、皆大好き……少なくとも俺はそのおっぱいに悩殺された先生。

「お、フレンダじゃんよ。今日も早いじゃんねー」
「おっと、黄泉川せんせーおはよ」

 そう、黄泉川先生でありまーす。実は先生は俺が麦のん以外で初めて出会った原作キャラなのよね。麦のんに朝の走りこみを指示されてからすぐに知り合ったんだけど、最初の出会いは最悪と言えるものでした。まだ中学生になる手前だった俺が朝走ってる姿を見て、黄泉川先生は虐められてると思ったらしく、保護されたんですよね。いや、確かに首輪付けた少女が朝からぜぇぜぇ言いながら走ってたら、俺だって不審に思うし。
 という訳で保護(捕獲)された俺は『警備員』の詰め所に連れていかれて、色々と話をさせられたのよね。しばらくしてから麦のんが血相変えて迎えに来てくれたんだけど、これ付けたの麦のんって黄泉川先生に言ってあったから、そこから麦のんに対する質問が凄かったわ。麦のんが半べそになる姿なんて想像出来なかったからね……黄泉川先生パネェ。ちなみにトラウマになったのはこの出来事じゃなくて、この後されたオシオキであります。ぶるぶる。

「相変わらず精が出るじゃん。ウチの新入りどもにも見習わせたい所じゃんよ」
「あは♪ 私はこれ以外やってる事ありませんからね~。他の教師なんて大変なお仕事やりながら『警備員』やってる人達とは違いますよ」
「うーん、何度も言ってるけど学校に通えばいいじゃんよ。私としても、フレンダみたいな歳の子が学校に通ってないのは、何となく諌めたい所じゃん」
「私は麦野さんのお世話がありますから、そんな暇はないのですよ」

 ちなみに黄泉川先生には、俺は実験で忙しい麦のんのお世話をしているお付きの一人って設定で話しています。普通の生徒が学校に通ってないのは不味いしね。そんな俺を見かねてるのか、黄泉川先生は会う度に学校進めてきます。どうせ俺が入れる学校なんて底辺レベルなんだろうけど。

「全く……仕方ないじゃんね。とりあえず、あまりふらふらせずに戻るじゃんよ」
「りょっかいです。黄泉川先生も警備中に欠伸してるの見られたらかっこ悪いから、注意してくださいね」
「そ、そんな事しないじゃん……」

 そう言って黄泉川先生と別れ、しばらく走りこみを続けて家へと戻る。極力音を裁てない様に玄関開けて中に入ると、誰かが起きている気配。そしてこの時間に起きる可能性がある人物というと……俺は小走りで台所に向かい、その姿を確認する。

「やっぱり滝壺さんかぁ」
「おはよう、ふれんだ」

 そこにはジーッと味噌汁のお鍋を眺めている滝壺さんがいたでござるよ。滝壺はたまに起きて部屋の中をうろうろする癖がある。気が向けば料理も手伝ってくれるんだけど、包丁を持つ手付きが危なっかしすぎるので、基本的な事しかやらせてない。それでも手伝ってくれるという精神はとっても嬉しいんだけどね。後の二人は全然起きる気配すらないしさ!

「ふれんだ、今日も走ってきたの?」
「そだよ~褒めて褒めて」
「よしよし、ふれんだは偉い子」

 わふぅ、滝壺に頭撫でてもらうと何故か安心出来るのですよねぇ。何となく餌付けされている犬の気分なんだけど、首輪付けてるし尊厳なんてもんはないのです。
 さて、時間も七時になりそうなのでそろそろ本格的に御飯の準備をスルノデス。

「滝壺さん、リビングのカーテンと二人が寝てる部屋以外のカーテンも開けてもらえる? 私はその間に御飯の準備をしておくから」
「卵……」
「勿論用意してあるよ~」
「ありがとう、開けてくるね」

 そう言ってとことこと足音を立てながら滝壺が台所から出ていく。うん、相変わらず可愛いぜ……浜面爆発しろ。
 滝壺がカーテン開けてる間に鮭やらサラダやらの準備をして、他にも漬物とかそういう小物も用意しておく。醤油や箸立て、ソースとドレッシングも出してテーブルの用意は完成。後は味噌汁温め直して鮭が焼けるのを待つだけかな? と考えていたら開く寝室の扉。

「ふあぁぁ……おはよーございますぅ」
「おはよっ、絹旗」

 我等が愛しの絹旗 最愛ちゃんの御起床でござるぞ! 髪が所々跳ねていて、目はまだ眠そうな感じでトロンとしている。ううむ、イラストでしか見た事なかったから分からなかったけど、絹旗も本気で可愛いわぁ。見た目は幼いけれど、それはそれでペネ。

「くんくん……今日は超和食ですか。最近パン続きだったので、超嬉しいですね」
「あはは~、とりあえず顔洗って歯磨きしておいで。それまでには準備しておくからさ」
「了解しました。では超行ってきます」

 そう言って絹旗は洗面台へと向かっていった。これで後は我等が女帝、麦のんが起床すれば全員集合だわ。今は七時半、早ければそろそろ……

「おっはよーぅ」
「お、麦野さんおはよー!」
「ん、いつもゴクローさま」
「ふれんだ、カーテン全部開けたよ……むぎのおはよう」
「あうー、寝癖が超直りません。フレンダ後で……おっと、麦野超おはようです」
「おはよ。フレンダ、朝御飯の準備しておいて。私は顔洗ってくるから」
「後は鮭が焼ければ終わりですよ。麦野さんが顔洗い終わったら、皆で食べ始めましょうか」
「おっけー。んじゃ顔洗ってくるわ」

 そう言って洗面所へと向かう麦のん。滝壺と絹旗は既にテーブルの席へと移動して、俺の準備を待っておりますです。毎日の事だから今さら突っ込まないけど、せめてお皿位は準備しようね!
 まぁ、これが今の俺が毎朝繰り返しているサイクルの基本であります。皆も朝は早起きしなきゃ駄目だからね、フレンダとの約束だよ! 中身は男だけどな。



「ビ~ルの、谷間の暗闇に~」

 口ずさみながらファミレスの中に入る。昼時なのでかなり混んでいたけれど、運よく一つだけボックスが空いていたのでそこに案内してもらえた。座って早速メニューを開く。ん、いきなりファミレスに来て何をしているのかって? んでは、簡単に朝起きた事を説明しますよ。

『今日は休日だからどこか出かけない?』(麦のん)
『行きたい』(滝壺)
『超行きたい』(絹旗)
『家でごろごろしてたいでござる』(俺)
『んじゃ、いつものファミレスに十二時集合。それまで自由時間ね』(麦のん)

 と、まぁこんな理由なんですよ。大分脚色してるけど、とりあえず俺の意見は完全にスルーされたよ! 麦のんマジ外道。
 いつまでも愚痴言ってても仕方ないので、俺は少しだけ早めにファミレスへと到着して目的の物を注文しているのです。注文してから約十分後、それは姿を現しましたでこざいます。黄金に輝くプリンと、それを彩る数々のフルーツに生クリーム、そしてアイス。そう、これが限定のデザートである「スーパージャンボマンゴーパフェDX」なのだぁぁぁぁ。基本的に飯は自分で作って食べるんだけれども、デザートだけはあんまり美味く作れないんだよね。だからこういう嗜好品は食べに来るのです。ちなみに俺の少ない給料の大半は食べ物関係に消えますですしおすし。
 しかし美味そう。元々甘い物好きの俺にとってはパフェは大好物だし、女の子がガツガツ食べてても問題ない食べ物だから目立たないしね。これだけで2000円もするんだから、味わって食べるとしよう。それでは、いただきま……

「お客様、少々よろしいですか?」
「んが?」

 突然店員が話しかけてきた。ひ、人の至福な時間を邪魔するだなんて……一体何の用だってばよ!

「大変申し訳ないのですが、只今席が大変込み合っていまして……相席でもよろしいですか?」

 おぅ……確かに昼時とあってか、人がかなり込み合ってきてる。そのどれもが団体での来客であり、現状一人でボックスを占領しているのは俺だけみたい。でも相席は嫌だなぁ……ぶっちゃけ知らない人と一緒に座っても気まずいし、何より相手も嫌がると思うんだけどなぁ。
 しかし、現状俺だけしか一人でいる奴はいないみたいだし、何よりこの店員さんが困っている様子なので寛大な俺としては相席しても別に良いですよとしか言えないのです。日本人は状況に流されるタイプだから許して。

「良いですよ~、ちなみに女性ですよね?」
「はい、勿論です。本当に申し訳ありません」
「いえいえ」

 流石に男ではなかったか。ちゃんと配慮はしてくれてるようなので、好印象を持つですよ私は。さて、一体どんな女の子がこの席に来るのかな……と思ってたらこちらへ向かってくる女子学生。見て分かったけど、あれは中学生の格好だね……
 黒い長髪は腰の近くまで伸ばされているが、全く痛んでいる様子もなく美しいストレートヘアである。見ているこちらも楽しくなるような笑顔を浮かべ、その少女は自分の目の前へと腰を下ろした。

「あ、どうも~相席になっちゃったけど、私の事は気にしなくていいですから」
「あ、はい……」

 さ、佐天さん……佐天さんや! あの「とある科学の超電磁砲」でレギュラーキャラになった佐天さんやないか! いきなりの原作キャラ登場に、俺の頭の中はパニック状態です。というかいきなりすぎるだろ……目の前の佐天さんはそんな俺にちらちらと視線を向けたりしてきている。その仕草が可愛すぎて鼻血吹きかけたけど、根性で耐えた。そ、そんなに見られたら照れるですよ。気になって仕方ないので、とりあえず勇気を出して聞いてみる事にした。

「あの、私の顔に何か着いてます?」
「あ、いえ……そ、そのぉ……」

 ……佐天さん可愛すぎるだろ。頬染めてもじもじしてる姿はマジで反則レベルに可愛いですよ。世の男共は能力とか高レベルとかそんなものに構わず、佐天さんが可愛いと認識するべきそうするべき。

「す、凄く綺麗な人だなぁ、と……ちょっと見とれちゃって。そ、それにその髪の毛も綺麗だし」
「へ? そうかなぁ」

 うーん、麦のんに言われてから少しは手入れしてるけど、俺って特にそういう事に興味ないんですよね。元々男だから当然なのかもしれないけど、興味なかった頃は一切手入れしてなかったし。そのせいで麦のんに怒られた上に、髪の毛の状態確認した麦のんから、「何で手入れしてないのに、こんなに綺麗なのよ!」って八つ当たりもされました。理不尽であーる。


「貴方の髪だって素敵だよ? 私そういうストレートヘアーに憧れてるんだけど、癖っ毛でどうしてもストレートにならないんだよね」
「え……わ、私の髪なんて普通ですよ普通! ただのストレートだし、それに大した手入れもしてないし……」
「そんなことないって」

 佐天さんの髪で手入れしてなかったら、それこそ手入れしたらどれだけ綺麗になるねんって突っ込みが入りますよ。あわあわしてる佐天さん可愛いです。

「何なら触ってみる?」
「え? で、でも初対面の人に良いんですか?」
「私は構わないよー」

 そう言うと、おずおず俺の隣に移動してくる佐天さん。隣に座るとぎこちなく、俺の髪へと手を伸ばして撫でるように触った。

「うわ……ふわっふわのサラサラ。凄い……」
「あふぅ」

 麦のんに躾けられてきた事と、滝壺に良く撫でられる事もあるからか知らないけれど、俺は人に頭とか髪撫でられるのが気持ちよくて好きなんですよ。佐天さんも触り方が非常に良い感じで、触られてるとほんわかしちゃいますねぇ……

「あ、あの……もう一つ良いですか?」
「ん? なーに?」
「あの……何で首輪付けてるんですか?」

 あー、最近言われなかったから忘れてたけど、コレも普通の人から見たら相当異質なアクセサリーなんだよね。今でこそ高校生になったから言われにくくなったけど、昔は街歩く度に『警備員』やら『風紀委員』に職務質問されてたっけ。まぁ幼女の首輪姿はアレな光景だしな……黄泉川先生にも言われたし。

「ファッションだよファッション~。昔に友達からプレゼントされたから付けてるんだよー」
「く、首輪をプレゼントにですか」
「そだよ~。似合ってる?」

 そう言って見せつけるように髪をどかして首輪を見せる。実はこの首輪は初代の首輪ではなく、同居してから二年目くらいの誕生日に渡された代物です。あれから数年経ってるけど、誕生日とか
クリスマスになる毎に首輪プレゼントされるんですよね……お陰でもう十個以上の首輪が俺の物としてあります。毎日違うの付けるんだけど、相変わらず鍵は麦のんが持ってるので代える時以外外してくれません。最近はお風呂でも付けてますしね、全裸に首輪とか誰得。

「うう……普通なら変なのに、似合ってるから正直にしか言えません」
「えへへ、似合ってると言ってくれてるんだね学生クン」
「その通りです」

 にひひ、と笑って佐天さんの顔を見る。その表情は先程の緊張した様子とは違って、アニメで良く見た笑顔と同じ物を浮かべていた。

「自己紹介しとこうか、私はフレンダ」
「あ、ご丁寧にどうも。私は佐天 涙子です」

 そう互いに自己紹介して、佐天さんは元居た席へと戻る。いや、アニメ見てて知ってたけれど、佐天さんは本当に良い子だわ。完全に記憶してる訳じゃないけれど、確か超電磁砲のアニメ版最終回で結構重要な役割果たしてるよね? 敵の名前は……顔芸しか覚えてねぇ。

「いやー、いきなり相席とか言われたから、どんな人が来るのか心配だったけど佐天……さんでいいかな? 佐天さんみたいな良い子なら大歓迎だよ」
「そんな事言われると調子乗っちゃいますよ? 私もフレンダさんみたいな良い人で安心しました。そういえばフレンダさんはいくつなんですか?」
「私? 年齢は今年で十七歳だよ。ただ学校には行ってないけどね」
「うひゃあ、高校生だったんですか……って、学校に行ってないんですか?」

 佐天さんが驚いた視線を向けてきました。まぁ黄泉川先生も言ってたけど、この『学園都市』にいる上、かつ俺くらいの年齢で学校に通ってないのって『武装無能力集団』か特殊な事情を持つ人間だけだからね。こうして驚くのも無理はない訳です。

「私は実験関係の仕事で学校に行ってないの。学生生活羨ましいです」
「あ、成程ー。という事はフレンダさん結構凄い能力者?」
「ノンノン。私は無能力者、付き添いの人が凄い能力者なのさ」
「付き添いなんですか? あ、私も『無能力者』なんですよ、一緒ですね!」

 おお、『無能力者』だって分かった途端、更に明るい笑顔になりましたね。これは良くない癖だと思うけど、この『学園都市』に長い事居たから注意することは出来ないなぁ。それだけ『無能力者』の立場って辛いんですよ。暗部の仕事してれば尚更分かるんだけど、とにかく扱いが酷い。それに高位能力者の多くは『無能力者』を蔑んでる節があるしね。その心を知ってる身としては何となく仕方ないかなと思うのであります。

「そういえば佐天さんは何をしてるの?」
「あ、私は待ち合わせしてるんですよ。今日は友達と遊ぶ約束があって……って、来ました来ました。ほら、あそこにいる三人です」

 ……佐天さんの友達? それってまさか。
 ゆっくりと入口の方へ視線を向ける。そこにいたのは、頭にお花畑を付けている佐天さんと同じ制服を着た少女一人、名門中学常盤台の制服を着た二人組。そう、佐天さんや黄泉川先生の様に強く原作に関わる訳じゃないサブキャラではなく、一人はメインどころかヒロインの一人に食い込む存在……そして、俺の主人である麦のんを超えた『超能力者』。
 初春 飾利、白井 黒子、そして『超電磁砲(レールガン)』御坂 美琴。今日は原作キャラのパレード状態です……心臓が三個くらい無くなった気がする、驚きが多すぎるでしょう?

「佐天さん、お待たせしましたー」
「やっほー初春。こんにちは御坂さん、白井さん」
「こんちわ佐天さん」
「こんにちはですの。そちらの方は?」
「あ、混んでたから相席になったフレンダさんです。とっても良い人なんですよ!」
「あ……こ、こんにちは。フレンダです」
「どうもこんにちは、佐天さんの友達の初春 飾利です」
「わたくしは白井 黒子と申しますの」
「あ、御坂 美琴よ」

 知ってます、とは言えないな。まさかここで主要人物の一人である御坂に会う事となるとは思いもしなかった……原作に何か支障が出るとは思えないから、大丈夫だよね。逆に考えれば初めて出会った主要キャラだし、嬉しさがこみ上げてくるわ。しかし俺が最初に座ってた席なのに、既に佐天さんグループの物となりつつあるな……まぁ隣が空いたみたいだし、麦のん達が来たらそっちに移動すれば良いか。

「外人さんですか? 綺麗な髪ですね」
「あは、佐天さんと同じ事言ってますよー」

 人の良さそうな笑顔を浮かべて話す初春にそう返すと、御坂と白井も軽く笑顔を浮かべる。うむ、佐天さんと知り合いという事もあるだろうけど、とりあえず印象は悪くないみたい。このまま色々と話そう、次はいつ会えるか分からないしね。
 という訳で色々と会話を進める。とりあえず聞きたかったのは今どんな時期だったかなんだよね。一体この四人の関係はどこまでかという話し。流石に小説の内容を日付まで覚えてる訳ではないし、もしかしたら既に幻想御手の騒動は終わってるのかとか……聞き出せたのは知りあって間もないとの事だったので、とりあえずまだ騒動は終わってないらしい。これが聞けただけでも収穫があった。

「しかし、よろしかったんですの?」
「ん、何が?」
「いえ、聞いた限り初めにここに座ってらしたのはフレンダさんの様ですし、もし待ち合わせ等していたとしたらわたくし達が席を奪った形になってしまいますが……」

 そういえば、先程まで話していて不審に思ったことが一つだけありました。黒子なんだけど、やたらと冷静というか大人しいんですよ。普通なら少し位御坂にベッタリしてもいい筈なのに、それが殆ど見られない。いや、確かにふざけて体を触ったりとかはあったんだけど、アニメや漫画でやってた変態行動する感じとは思えないんだよね……御坂も黒子を警戒してる様子がないし。原作と少し違うのか……ただの気のせいかな? まぁ原作ではあれだけ御坂命の黒子だったし、今は他人の前だから自重しているのでしょう。

「大丈夫ですよぅ。知り合いが来たら隣の席に移りますから」
「わたくし達が移りましょうか?」
「いいよ。それに隣同士で話すのも楽しいしね」

 冷静に考えると、後々戦う可能性がある御坂と麦のんをここで会わせるのは如何なものかと思ったんだけど、あの任務はストーリ上で重要性は薄いし、何より俺が御坂と戦うとかそれ何て無理ゲー? って感じだったので、あの任務は絶対に受けさせないつもりです。そんな事出来るのかと思われるかもしれないが、実は今の『アイテム』の方針として一人でも反対したらその任務は受けないという決まりがあるのですよ。俺が駄目もとで提案したら受け入れてくれたんですよね。という訳で御坂VS麦のんは無いのですよ、絶対に無いのですよ!

「何か悪い事しちゃったわね」
「大丈夫だよ御坂さん、私が好きでやってるんだから気にしない気にしない」
「うむぅ……分かったわ、気にしないでおく。というかフレンダさんの方が年上なんだから、呼び捨てで良いのに」
「これは性分なのでありまーす。どうしてもって言うなら努力はするけど?」
「いや、いいわ。不愉快って訳じゃないし、フレンダさんの好きな様に呼んでくれて構わないわよ」

 御坂は相変わらず姉御みたいな性格してるわ。さばさばしてて俺は好みです。これがフラグ乱立主人公のせいでデレデレになってしまうのかと思うと……妬ましい。しかし改めて見るとこのメンバーは美人ばっかりだなぁ……作品の人気を取る上で仕方のない事だけど、メインキャラ達は本当に優遇されてるよね。ここにいるメンバー然り、浜面と一緒に戦う事になるであろう『アイテム』(俺を除いて)のメンバー然り。全員が何かしらでヒーローになりうるであろう能力と容姿を兼ね備えている。俺も容姿は中々だと思うけど、能力に関しては……な、泣いてないやい。
 そう考えて少し鬱になりかけた瞬間、店員の声と共に客の来店を告げる音が響く。それと同時に聞こえてくる聞きなれた声が三人分。どうやら到着したらしい。

「私の友達が来たね。今こっちに来ると思うよ」
「どんな人達なんですかねー」

 初春ののんびりした声と同時に、三人がこちらへ歩いてくる。向こうもこちらに気付いた様子で、滝壺が微笑んでこちら手を振ってきた。次いで絹旗もニコッと笑いこちらへ歩いてくる。そしてその後ろにはいつも通りの麦のんが携帯電話を見ながらこちらに向かってきた。

「遅いよ~」
「超すいません、途中でナンパされて時間をとられたんです」
「ありゃ、それでそいつ等どうしたの?」
「察しの通りだと思いますよ、それとも超聞きたいですか?」
「ううん、分かったからもう良いや」

 不幸な……来世ではもう少しまともな女の子に声をかけれますように……と祈っておいて上げよう。

「ところでフレンダ、そこにいる人達は超誰ですか?」
「んー、今知り合った人達なんだよ~」
「ふれんだの友達?」
「あ……は、初めまして! 佐天 涙子です」
「初春 飾利と言います」
「御坂 美琴よ。よろしくね」

 挨拶を受けた絹旗と滝壺だったが、御坂の名前を聞いた時に少しだけ眉を顰める。まぁ『超能力者』相手だし、多少警戒しても仕方ないか。でも御坂って、確か『学園都市』の『超能力者』の中では唯一表舞台で目立ってる存在なんだっけか? なら警戒もすぐ解けるでしょう、裏がないだろうし。

「ご丁寧にどうも。私は絹旗 最愛と言います。最愛と書いて「さいあい」と読みます。もあいって呼んだら超殺す」
「滝壺 理后、好きに呼んでくれて構わないよ」

 よし、仲良く自己紹介も出来たみたいだし、これで超電磁砲組との接点が……って、麦のんと黒子はどしたのさ? と思ったら、二人は互いに見つめあってる。というか黒子が目を見開いて麦のんに視線を向け、麦のんはそんな黒子をいつもと変わらない表情で見つめていた。な、何……もしかして麦のんが『風紀委員』にとって許せない何かをしたの? 心当たりがありすぎて胃が痛いんですけど……そんな事考えてたら、黒子がゆっくりと口を開いて声を発した。

「あ、あの……その、えっと……」
「ん?」
「あ、ああ……あの、わ、わわわたくし……」
「白井さん、頑張って!」
「黒子、その人なの?

 って、何故に初春は応援するし。それに御坂さんや、その人ってどういう意味やねん。というか黒子何であんなに動揺&混乱してるの? 麦のんと黒子とかどこでも見ないカップリングだし、接点があるとは思えないんだけど。
 黒子はパクパクと口を動かすだけで中々話を出来ない様子だったが、それに気を使ったのか、それとも単純に今話そうと思ったのか分からないけど麦のんが口を開く。

「あの時の『風紀委員』じゃない。確か……白井 黒子だっけ? 元気にしてた?」
「えっ……お、覚えていて下さいましたの……?」
「当たり前でしょ、あんな出来事忘れる訳ないわ」

 そう言ってウインクをする麦のん。それを見た黒子は顔を真っ赤にするとそのままそこで崩れ落ちた。それを見た初春や御坂が心配そうに寄り添い、訳が分からない佐天さんや俺&アイテムメンバーは首を傾げる。
 というか、本当に何があったのさ?



 おまけ

「へぇ、昔そんな事があったのね」
「うぅ……み、皆様には秘密にして下さいまし」
「もっちろん。口が裂けても言わないわ」

 御坂の言葉に黒子はホッと息を吐く。そんな様子を見て御坂はニヤリと微笑むと口を開いた。

「でも、その人に会ったら黒子がいつもやってる事喋っちゃうかも」
「そ、それだけは止めて下さいまし! あ、あの行動は条件反射というかなんというか……!」
「人の風呂場に飛び込んでくるのが条件反射……ねぇ」





[24886] 第十二話「友達が増えたよ!」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/15 01:04
「友達が増えたよ!」



「へぇ、そんな事があったんですか。超意外な縁ですね」
「私も驚きました、あの時白井さんを助けてくれた人とこんな所で出会えるなんて思ってもいませんでしたから」

 現在、席が空いてきたので窓際の八人全員が座れる席に移動して会話が進んでいます。気をまわしてくれた店員さんマジ良い人。この店はやはり拠点に最適だわ。
 絹旗の意外そうな声とは裏腹に初春はほんわかとした声でそう言った後、麦のんに向かって頭を下げる。そんな初春の礼に対し、麦のんは苦笑しながら口を開いた。

「あの時はただ犯人がムカついただけよ。だから気にしないでってば」
「そういう訳にはいきませんよ。友達を助けてくれたから、お礼が言いたかったんてす」
「わたくしからも改めて感謝致しますわ」

 ちなみに会話の流れから言うとこうだ。アニメ・漫画版超電磁砲の話の一つにあった郵便局強盗事件の際、麦のんはその場に偶然居合わせたらしい。これだけなら別に良かったんだけど、どんな流れか詳しくは分からないが麦のんは事件解決に一役買っちゃったらしいのだ。原作だと御坂の超電磁砲で危機を救われるんだったっけな? ちょっとした原作剥離だけれど、これくらいなら大丈夫……だよね?

「でもあの時は驚きましたわ。助けて下さった方が『超能力者』と名乗った時は、心臓が止まると思いましたもの」
「むぎの、名乗ったんだ」

 滝壺の言葉には多少非難めいた響きがある。まぁ、麦のんが名前を出すと色々派手な事になるからね。暗部の活動に差し支えたら、それは麦のんだけじゃなくて他のメンバーの事でも不味い事になるし。

「大丈夫よ、それ以外は言ってないから」

 麦のんがひそひそ声で滝壺に返すと、滝壺も納得したらしくいつもの穏やかな表情に戻る。暗部はおっかない所だからなぁ……油断するとすぐに足元すくわれそうだしね、警戒するに越したことはないか。

「『超能力者』……麦野さんって、確か第四位だっけ?」
「えぇ、そうね。アンタに抜かされた第四位よ、『超電磁砲』」
「む……」

 む、麦のんが喧嘩売っておられる。いや、今のは御坂の言い方にも問題があったけどね。高能力者になればなるほど自分の能力に絶対的な自信を持つし、能力だけが自分の生きる道と勘違いしてる奴も大勢いる。『学園都市』の性質上どうしようもないことなんだけど、この傾向どうにかなんないかなぁ。仕事で他の奴と組む時も、能力者と組むとやりにくくて堪らないのよね(サボリ的な意味で)。かといって無能力者だと、一緒にいる滝壺に対して突っかかってくるのでマジめんどい。
 麦のんの言葉に御坂は不機嫌そうな視線を向け、対する麦のんは挑発的な目で御坂を見やる。その様子に佐天さんと初春はオロオロしているが、他のメンバーはどこ吹く風といった感じだ。俺を含む『アイテム』のメンバーは麦のんの機嫌や危ない状態なんて把握できてるし、黒子は……きっと気配とかで分かるんだろう、うん。
 やがて御坂が折れたらしく、軽く溜息を吐いて笑顔を浮かべた。対する麦のんもニヤリと微笑む。ちなみに今の笑い方は機嫌の良い笑い方です、危ない時はニヤリじゃなくてニヤァ、になります。

「御免、私の言い方が悪かったわね」
「気にしてないわ。序列は確かに大事だけど、抜かされたから喧嘩売ってたんじゃ底が浅いわ。それを実力で抜き返してこそ本物の能力者、でしょ?」
「へぇ……気が合いそうね。改めて自己紹介させてもらうわ、『超電磁砲』の御坂 美琴よ、よろしくね麦野さん」
「『原子崩し』の麦野 沈利、よろしくね……御坂って呼び捨てにしてもいいかしら?」
「勿論!」

 おぉ……原作じゃ有り得ない組み合わせが誕生してしまった。しかし、この関係の構築は非常に良い感じですよ。前も言ったけど、俺は『絶対能力進化計画』の時に御坂と戦うのは絶対に嫌なんです! 確かに俺が受けたくないと言えば仕事を受けない方向で行くと思うけど、不安材料を取っ払うに越した事はないだろう。いや、御坂が来るって知らないから意味ないかもしれないけどね……もしかして御坂だって分かれば手を引いてくれるかも……あまり期待しないでおこう。

「で、アンタ達は一体どこに行くつもりだったの?」
「これからセブンスミストに行ってぶらぶらする予定でしたの。特に行く場所は決まってないのですが……」
「ウインドウショッピングって奴です!」

 白井の言葉に元気良く補足する佐天さんを見ながら、麦のんは微笑んでこちらに視線を向ける。あの視線は……とりあえず俺はOKの意を示した視線を返し、滝壺と絹旗も同様の視線で返す。視線で返すとか意味分かんないと思うけど、これってかなり重要だったりします。暗部とかで盗聴を警戒した時にアイコンタクトする機会が多く、これが出来る出来ないだとかなーり違うのですよ。ちなみに俺は間違えた事が殆どないです! 伊達に麦のんと何年も過ごしてきた訳じゃないって訳よ。加えて滝壺や絹旗からのアイコンタクトも大体分かります。
 俺達の視線を受けとった麦のんは軽く頷くと、黒子へ視線を向けて口を開いた。

「どうせなら私達と一緒に行かない?」
「え、いいんですか?」
「えぇ、私達も適当に歩こうと思ってた所なのよ。要するに暇なワケ」
「私は全然構いませんよ! 御坂さん達はどうですか?」
「勿論私は大賛成よ」
「私もです! ほら、白井さんファイト!!」
「わわわWA、わたくしも勿論オールオッケーですわ!」

 うぉ、何でこんなに黒子は力が入ってんの? ぶっちゃけ声がでかすぎて周囲の客の迷惑になるし、俺は照れ屋なので目立つのは嫌いだから静かにして欲しいですわ。そしてそれを微笑ましく見守る初春と、若干笑いに影のある御坂。本当に一体何なんですかねぇ?



 『セブンスミスト』、学生を中心とした服やアクセサリー、様々な物を集めた娯楽の区画である。普段能力開発や勉強で努力している学生達は自分の好きな物を見たり、買ったりして日々のストレスを発散している。また学生以外でも、教師や働いている研究者もここを多く利用する。つまりは『学園都市』で最も物流が盛んな場所であり、また一般人が多い場所でもある。そんな場所で今俺が何をさせられているのかと言いますと……

「うわぁ、これも可愛いですね!」
「次は超コッチ着て下さいフレンダ」
「フレンダ、このスカート履いてみて」

 はい、現在佐天さん、絹旗、滝壺の三名よる公開処刑を受けております。今の俺はまさしく着せ替え人形の名が相応しく、店員さんもやる気満々で俺に服を渡しまくってきます。いや、俺はそんなに買えるほどお金持ってないから。

「フレンダさんって、本当に何を着ても似合うんですね。西洋人形みたいだし、どんな服でも無理なく着れてますよ!」

 それ褒めてる? というかまさしく着せ替え人形の気分なんだってばよ。

「超美人の私も服の着こなしには自信がありますが、フレンダには超負けます」
「ふれんだ、可愛い」

 だから絹旗それ褒めて(ry あ、滝壺は褒めてくれてありがと。だからそろそろ解放して欲しいんだけど。そういった気持ちを込めて視線を向けるが、滝壺の視線はまさしくこう応えていた。

『だが断る(滝壺の顔でJOJ○風に)』

 アイコンタクトって便利だけど、ここまで進化しちゃうといぢめが発生すると思うんですよね。周りに声とか聞こえないしね! こういう状態の滝壺に逆らっても無駄だと分かり切ってる俺は、仕方ないので渡されたスカートを履きますっと。ついでに渡された服も……って、上着だけで四万円!? あ、相変わらず恐ろしい物持ってくるな。汚さない様に注意しないと……
 着終わった俺は改めて鏡で姿を確認する。上は上品な感じの青をベースにしたブラウスに、下はクリーム色のスカートだ。帽子はいつも通りのを被っているので色合いが少し合ってないがフレンダの容姿を完全に活かしきってる位似合ってる。もう何年も付き合ってるけど、容姿だけなら最高の転生先にいるよなと認識させられるわ。立場が危うい上に死亡フラグ立ってるのだけは勘弁してほしいけど。さて、待たせてる方達に姿を見せないとな。

「おまたせ、どうかな?」
「……ぉぅ」
「うむ、超完璧ですね」
「……」ゴソゴソ、パシャッ

 絶句してる佐天さんに、一人で納得してる絹旗、そしておもむろに携帯電話を取り出して写真を撮る滝壺さん。人に写真撮る時は挨拶と写真良いですかって聞かなきゃ駄目ですよ。それに一定の場所以外での撮影は禁止ですからね! ……あれ、何か違ったか?

「うぅ、似合いすぎて言葉も出ない……」
「フレンダはモデルでもやっていけそうですね」
「無理無理、私上がり症だからカメラ向けられたら変な表情するしね」

 対人関係恐怖症(フラグ的な関係で)の俺が初対面の人間に明るく振舞うのは無理です。なのでいきなりカメラマンとかに来られたら、パニックで表情が固まるぞ。それにフレンダは可愛いけど、中身は平凡大学生なので、どこかでボロが出そうですね。だから無理です。

「フレンダ、この服買わないの?」
「いやいや、無理だよ。この服すっごい高いもん」

 給料一杯な滝壺達と違って、俺は平均的な暗部構成員位の給料しかもらってないのです。家事に必要なものとか食材は麦のんが出してくれてるけど、それ以外の私物は自分で買ってる。流石に全部麦のんに頼る訳にもいかんしね。という訳で俺はそれほど貯金がないのです。

「私にこんな高い服似合わないしね~、今日はブラシでも買おうと思ってたし無駄遣いは出来ないよ」
「ふれんだ、私が買ってあげる」

 へ、何故にwhy?

「いや、こんなに高い物買ってもらう訳にいかないよ」
「ううん、私が買ってあげたいの。駄目?」

 むう……こうなった滝壺はテコでも動かんのよね。間違いなく、俺が良いよと言うまでこの服を離さないに違いない。絹旗の方へ視線を向けると、「良いじゃないですか?」と言いたげな視線を向けてた。佐天さんも大体そんな感じの事を言いたげだ。うーむ、仕方ない。本意ではないがここは甘えるとしますか。

「分かった、今回は甘えさせてもらうね。今度何かで返すよ」
「ううん、大丈夫だよ。臨時収入が入る予定だから」

 へぇ、何か実験でもこなしてお金に余裕があるのかしら? それならそうと言ってくれれば甘えやすかったのに。
 俺から服を受け取り、滝壺はレジへと向かっていく。絹旗と佐天さんもとりあえず俺弄りを止めたらしく、近くにあった髪飾りを二人で眺めていた。ふむ、俺も暇になったし向こうの様子でも見に行くかな、と考えて下着&寝巻売り場へと向かう。
 到着した俺を待っていたのは、ブラを胸に当てて選んでいる麦のんの姿だった。そういえば最近ブラがきつくなってきたと申しておった。ちなみに俺は平均よりやや小さめといった感じで、麦のんや滝壺とは比べ物にならない程ちっぱいを維持しております。泣きたい。
 ちなみにそんな麦のんを見て悔しい思いをしているのは俺だけではないらしく、御坂が恨むような視線を背中に向けてます。というか御坂も中学生にしてはある方だと思うんだけどな……よく貧乳ネタにされてるけど。多分近くにいる佐天さんというおっぱいのせいだな、うん。
 そんな二人の様子を見守ってる黒子は、何かこう……形容しがたい表情で唸っていました。血走った視線で二人を見てる姿は、その…怖いんですけど。

「あの、白井さん。何してるんですか?」
「ハッ!?」

 怖かったけど、様子が可笑しいので心配して声をかけたらギョッとして姿勢を正しました。本当に何なんだろうねこの子は。

「い、いいいいいつからそこに?」
「いつって……ついさっきだよ。白井さんは何してるの?」
「わ、わたくしはお二人の買い物に付き合っている所ですのよ」
「そ、そうなんだ」

 その割には目が血走ってて怖いですよ、とは言えない。女性に対しては常に紳士であるのですよワタクシは。そんな俺の様子には構わず、黒子はまた麦のん達へ視線を戻した。本当に何なのかしらね。
 と、その時俺の携帯電話が鳴り響く。誰かな? と思って名前を見たら、見覚えのある名前でした。特に静かにとか電話をしてはいけないというルールがある場所でもないので、ここで出てもいいか。とりあえず通話ボタンを押してっと。

「もしもし~?」
『あ、フレンダお姉ちゃん? 今大丈夫ですか?』
「大丈夫だよ~、何かあった?」

 ん、誰と話しているかって? この子は二年くらい前に暗部で保護した女の子でありますよぅ。何でそんな子が俺に連絡してきてるのかというと、この子は『アイテム』が保護し、そして私がしばらく面倒を見て、その後田辺さんに任せた子だからです。いや、暗部って根っからの悪人が結構いて、その中でも特に多いのが『学園都市』にいる『置き去り』を誘拐して外へ売り払おうとする連中なんですよ。それで麦のんと取り決めたんですが、保護した子は上層部へは引き渡さずに、田辺さんの施設で面倒見てもらおうと言う事になったんです。いや、だって引き渡したら絶対に碌な事にならないだろうし、『置き去り』の現状を知っている身としては少しでも助けてあげたいと思ったんですよね。それにこれ位ならやっても、物語に影響するとは思えないからね。
 んで、何で電話がかかってきたのかと言いますと、これは田辺さんからの申し出により預けた子供達全員に俺の電話番号を渡してあります。何かあった時の為に、という名目なんだけど、ぶっちゃけ俺の番号なんてもらってどうするのか分かりません。すぐに忘れるか、電話なんてしないまま終わるでしょ、とか考えてたのでかるーい気持ちで田辺さんの提案を受け入れちゃいました。
 ところがどっこい、何と二日に一回は誰かから電話がかかってくるわ、ほぼ毎日何通かメールが来る感じになっちゃいました。これは予想外。そして田辺さんが俺に頼んだ理由も分かりましたよ。麦のんとか滝壺、絹旗じゃ実験とかで忙しい時も多いから、大体暇な俺の電話番号を教えたのですね! 麦のんとかじゃいざという時に電話に出れないしね。俺ならその点問題なし、だって顔と肩で携帯挟みながら料理とか出来るし、そのせいで電話しながら良く家事やってます。

『何もないんだけど、フレンダお姉ちゃんの声が聞きたくなっちゃって……』
「その理由だと何も無い訳ないでしょ~? 学校で何かあった?」
『……うん、実はお友達からお出かけしようって誘われて……』
「良い事じゃない、何か問題でもあるの?」
『わ、私不細工だから……皆に迷惑かけたりしないかな? それで見捨てられたりしないかな? ふ、不安になっちゃって……うううぅ゛』

 ああ、この子そういえば親に捨てられたのがトラウマになってるんだったね。それが自分が不細工なせいだって何度も言ってたし。ちなみにこの子、前髪が長くて目元が隠れてるおかっぱって感じの髪型なんだけれど、その下の顔はすげぇ可愛いです。例を上げるとすると、目がぱっちりしてる滝壺って感じかな? ちなみに『強能力者』の『電撃使い(エレクトロマスター)』だった筈。ちなみに、電話に入ってる子達は名前や能力、好きなもの位は完璧に記憶してます。田辺さんから頼まれたことだし、これ位の事は完璧に覚えておかないとね。暗部で役に立ててないし。

「そっか、心配で私に電話しちゃった訳だ」
『う、ん……ぐすっ』
「成程成程、とりあえず私から言える事は一つだけかな?」
『どうすればいいの……?』
「いつも通り、自分らしく、胸張って行きなさい。それで大丈夫だから」
『で、でも』
「あれ、私の事が信用出来ない?」
『だって私、不細工で……』
「それでも良いじゃない。本当の友達は、そんな事絶対に気にしない。だからいつも通りの自分で行けば、必ず上手くいくよ」
『……』
「私が保証してあげるから、いつも通りの自分で行ってみなさい。大丈夫、私は冗談は言っても嘘は吐かないから」
『……うん。私、頑張るね!』

 く、くさっ……! 自分でも臭い台詞言ってるのは分かるんだけど、この子を勇気づけるのに思いついた台詞がコレなんですよね、中二病乙。そして嘘を吐かないとか、早速嘘吐いてごめんなさい。で、でもこの子に嘘吐いた事ないから、今回はノーカンで良いですよね? 駄目ですかそうですか。とと、最後に一個フォローしとかないと……

「それにね」
『?』
「貴方は美人だよ、だって私が最初見惚れた位だからね」
『ッ……! き、切りますね! また今度電話します!』

 ピッ、という音と共に通話が切れる。うーむ、最後のは余計だったかしら? 不細工という事を否定しなかった事についてお詫びのつもりだったんだけど……怒らせちゃったかな?
 軽く息を吐いて携帯をポケットにしまう。と、その時見られている感覚感じ、その方向に向くと黒子が訝しげな視線を向けていました。貴方さっきまで麦のんと御坂を凝視してたけど、それは終わったのかい?

「フレンダさん、貴方今どなたとお話されてましたの?」
「へ? どうしたの急に」
「いえ、会話が聞こえてしまたのですが、友人と会話するには妙な会話だなぁと思いまして……」

 ありゃ、さっきの話聞かれてたのか。意外と大きな声で話しちゃってたのかなぁ? というか黒子よ、人の電話を聞き、なお且つその内容に触れるなんてマナー違反ですよマナー違反。『風紀委員』の仕事上、不審な会話は気になる性質なんでしょうかね。隠す内容でもないから良いけど。

「んー、そうだなぁ……娘、違うな。妹……? みたいな子の相談に乗ってあげてたんだ」
「妹……? 何で疑問形なんですの」
「私と一緒の施設の後輩だし、良く遊んであげてたから妹みたいなものかなぁと思って」
「……施設?」
「うん、私『置き去り』だからね」

 嘘は言ってない。間違いなく同じ施設(退所済み)にいるし、そして遊んであげてた(一時期面倒見てただけ)のも間違いじゃないしね。相談に乗ってあげてるっていうのも嘘ではないだろう。
 それを聞いた黒子は最初茫然としてたけど、徐々に顔を青くして震え始めた。百面相だのぅ、赤くなったり青くなったり忙しい奴め。麦のんにオシオキされてる俺はこれ以上に百面租らしいけど、詳しく覚えてないんだよね。怖すぎる。

「も、申し訳ありませんの! わ、わたくし何と無神経な……」
「え、何が?」
「勝手に人の会話を詮索し、あまつさえこんな事を聞いてしまう事になるなんて……」

 あー、確かに人から『置き去り』だなんて聞いたら気まずくなるか。これはいかん、俺も配慮が足りなかったか。

「私は気にしてないよ、逆に気を使われると嫌だなぁ」
「し、しかし……」
「これは私だけの考えかも知れないけど、『置き去り』にとって一番辛いのが、『置き去り』として同情される事だと思うの。私達は今を楽しんで生きてるのに、それを含めて同情されるっていうのは今の人生を否定された気になるんだよ? だから気にしないで」

 これは経験論。今まで結構な人数の『置き去り』を保護してきたんだけど、同情はマイナス要因になる事が多かったのよね。例え同情されても、お前に俺の何が分かるんだよみたいな? 実際俺もそう感じる部分はあるし。
 それを聞いて黒子はしばらく黙っていたが、やがて軽く息を吐きこちらに真っすぐ視線を向けた。先程の弱気な視線と違って何とも輝いた瞳になってますね。アニメでの黒子はこんな感じだった気がする。

「そうですわね、本当に失礼しました」
「いえいえ~」

 よし、これにて一件落着。互いに変な感情を持つと後々尾を引く事になりかねないし、会う度に気まずくなるなんてゴメンです。黒子は好きなキャラだから……なんてことはないよ、本当だよ!
 さて、どうやら麦のんと御坂も下着選びを終えたらしく、後はお会計するだけみたい。それが終わったら他の場所へ行く事になると思うからのんびり待ってようかね。とりあえず次は食料品売り場に行きたいなぁ……

「あの……フレンダさん」
「どしたの、何か用?」
「一つ聞きたい事があるのですが」

 黒子がモジモジしながら声をかけてきたでござる。何の用でござるか?

「そ、その……その首輪はご自分でお付けになってらっしゃいますの?」
「え? うーん……今はそうだけど、最初は違うよ」
「へ? で、では……」
「これ、最初は麦野さんからプレゼントされて付けたんだよ~(笑)」

 まぁ隠す事でもないし、黄泉川先生も知ってる事だし教えても良いよね。知られたからといって困る事ではないと思うし。麦のんの尊厳は知らぬ。

「…………麦野さんが?」
「そ、麦野さんが」
「s、そそそそそそそそそそそれはどどどどとどういう」
「お待たせー……って、フレンダ来てたのか。言えば良かったのに」
「黒子、お待たせ。って、どうしたの?」

 おっと、二人が買い物を終えたみたいですね。それと同時に黒子は凄い顔で制止したけれど、一体何が聞きたかったの……気になるから今度聞いてみよう。



「はぁ~、楽しかったですねぇ」
「久しぶりに超充実した休日でした。礼を言います」
「こちらこそですよー」

 セブンスミストを出た後、俺達はゲーセンに向かって遊びまくってました。麦のんがパンチングマシーンで新記録出してたり、佐天さんが超スピードで音ゲーやってたり、滝壺がひたすらクレーンのお菓子狙ってたり、色々と楽しかったですわ。俺? 貧乏性な俺はずっとメダルゲームやってましたよ。百枚くらい増やしたので預けてきました。

「この後どうする? 御坂達もいるし、久しぶりに外食にでも行こうか?」
「あー、ゴメン! そろそろ門限なのよ」
「まだ五時くらいなのに?」
「常盤台は門限や服装に厳しいんですの。普段は制服姿でいるという校則もありますわ」
「超面倒ですね、服くらい自由にさせて欲しいです」

 ああ、そういえば常盤台……しかも寮は門限厳しいとかいう設定だったか。あそこの寮監怖そうだし、確かにここで帰った方がいいのかな。麦のんと寮監戦わせてみてぇ……いや、決して寮監に普段の鬱憤を晴らしてもらおうとか考えてませんって。本当ですよ?

「門限なんて破る為にあるものじゃないの?」
「むぎの、無理強いは駄目だよ」
「あははは、今日はとりあえず帰るわね。また今度お昼御飯でも食べに行きましょ」
「はいはい……っと御坂、携帯出しな」
「お、忘れてたわ」

 そう言って携帯を出す両者。『学園都市』の携帯電話はかなり離れていても通信が出来るので、二人は特に携帯を近付ける事もなくデータを送信する。麦のんと御坂はそのまま素早く指を動かし、データをその場にいる全ての人間に送信した。とりあえず俺もそれにならって携帯を操作してデータを送信する。

「よし、これで全員分ね。用事があったら適当にメールでもしてきなさい、暇なら相手してあげるわ」
「そっちこそ、寂しかったらメールしてきてもいいんだから。ただ学校の時は止めてよ、没収されても困るし」
「よっし、皆のアドレスゲットだぜー」
「ふむ、アドレス帳の内容が増えるのは超久しぶりですね」
「これからもよろしくお願いしますー」
「よろしくね」
「む、麦野さんのアドレス……麦野さんの……」
「白井さん……どしたの?」
「な、何でもありませんわ! アドレス交換ありがぶっ……!」

 あ、舌噛んだな。超痛そう。
 とりあえず、偶然とはいえども『超電磁砲』のキャラと交流開始かぁ……この四人が揃っているという事は、原作の展開が近い証拠か。まだまだ先とはいえ暗部反乱も一年ないのか……うぐ、そう考えると寒気が走るな。どうにかして死亡フラグは回避しないとね。
 まぁ、とりあえず……

「フレンダ、帰るわよ」
「今日の御飯は超何にしますか? 私お腹空きましたよ」
「お鍋が良いな、鶏団子一杯入れて」

 帰って今日の晩飯とお風呂の準備しないとね。



 おまけ

「むぎの、これ……」
「こ、この写真……いつ撮ったの?」
「ひ み つ。どうする、買う?」
「……いくらよ?」
「この服にかかった半分で」
「買った!」
「売った」




[24886] 第十三話「来てしまった今日」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/19 17:56
「来てしまった今日」



「ふわあぁ~……眠っ」

 本日の朝御飯は卵焼きとベーコン、そして食パンに各種ジャムでございます。ちなみにイチゴジャムだけは俺がレシピを見ながら作った一品で、いつも最初に無くなるんですよね。いや、美味しく食べてくれるのは良いんだけど、毎度毎度麦のんと絹旗が喧嘩するので仲良く分けてほしい。ちなみに滝壺はちゃっかり確保してるんだけど。
 今は午前九時、いつもならもう全員起床してる時間帯なんだけど、昨日の夜中に仕事があって帰ってきたのが五時過ぎの為まだ皆寝ています。俺の場合習慣なのか早く目が覚めちゃったのです。それでも起きたのは八時くらいなんですが。
 そしてその仕事とは調子こいた『武装無能力集団』が、貴重なデータが入った輸送車を襲って奪ったから取り返してこい、という内容でした。いや、たかが『武装無能力集団』に荷物奪われるのはどうなの? と最初は言いたかったんですけど、交戦した途端その疑問は晴れたのでございます。
 基本的に『無能力者』で構成されている『武装無能力集団』なんだけど、たまーに能力者が紛れ込んでたりする。まぁそういう場合でも、普通は能力開発で落ちぶれた低能力者、良くて開発途中で挫折した『強能力者』ってところなんですよね。『武装無能力集団』なんだから当然と言えば当然なんだけれど。
 ところが昨日の任務、『大能力者』と思えるくらいの能力者が二人も居たんですよ。これには麦のんや絹旗も驚いたらしく、先手は向こうに取られました。『警備員』の装備じゃ、二人の『大能力者』は相当厳しいだろうし、荷物を奪われたのは仕方ないかもしれないね。ちなみにその後ブチ切れた麦のんの攻撃により、その二人は全身火傷で病院行きとなりました。あの時の麦のんマジトラウマ。
 まぁ、それだけなら話は簡単だったんだ。帰宅してから相手の事を調べた結果、その二人は何と『強能力者』と『異能力者』だったらしいのだ。この結果に俺を除いた三人は首を傾げていたが、俺だけはこれが何を意味するか分かる。そしてとうとう来たかと感じた途端、心が重くなった。

 そう、『幻想御手(レベルアッパー)』事件だ。

 別にこの事件自体が怖い訳でもなく、俺を含めた『アイテム』が関わる訳でもないんだけれど、自分が知っている事件が起きると言う事はそれだけ原作に突入しつつあるという事なのだ。それを考えただけで胃が痛くなります……だから俺はプラス思考の方向で考える事にしました。
 そう、原作が近くなったという事は上条さんや、他の魔術師等も『学園都市』にいるという事。そしてあわよくば、遠目にでもその姿を見る事が出来るかも知れないという事なのだ! 特に神裂さん……あのおっぱいを一度で良いから間近で拝んでみたいです。いや、巨乳は麦のんで見慣れているけど、やっぱり神裂さんのおっぱいには不思議な魅力が詰まってると思うし、ね。おっぱいは別腹です。

「しかし、正確な日時を覚えてないのは問題だわ。覚えている時にメモしておけば良かった……」

 はい、俺はアホです。禁書は日時で正確に事件が起こる時が分かるのですが、流石に十年近く原作を読んでいないだけあってか、日時なんて全然覚えてないです。それ以上に深刻なのは、どんな順番で事件が起こっていったのかすら、記憶から薄れている事。大きな事件自体は覚えてるんだけど、その細かな内容までは覚えてません。アホすぎる……何か致命的なミスがあったら死ぬでしょこれは。
 ま、まぁ余計な事に首を突っ込まなければいい話ですよね! 『アイテム』としての活動も最近は安定してきているし、これ以上変な事にならないようにしようそうしよう。さ、気持ちを切り替えたところで朝御飯の準備の続きを……

「ふわぁ~、おはよフレンダ」
「ありゃ、麦野さん」

 って、麦のん? 珍しいなぁ、普通なら一番最初に起きてくるのは滝壺なんだけどね。麦のんは大体最後に起きてくるので、一体何事かと身構えてしまう。もしかしたら俺の事で何かあって、オシオキの為に起きてきたのではないか、と警戒しちゃうのですよ。ビビリ乙。

「もしかして起こしちゃった? ごめんね」
「違うわ。とりあえずコーヒーでも頂戴」
「はいは~い」

 おや、どうやら俺のオシオキとかではなさそう。そうだったらストレートに言ってくる筈だしね。

「はい、どうぞ~。でも、麦野さんがこんなに早く起きてくるなんて珍しいね」
「何よ、私が早く起きたら不味い事でもあるの?」
「そんなことないよ~、でも本当にどうしたの?」
「ちょっと気になる事があってね」

 うーむ、本当にどうしたのかしら? 麦のんがこうやって悩む姿を見るのは初めてじゃないけど、理由に心当たりが全く無いのは初めての経験かも。普段と違う麦のんの姿に、俺は若干だけど引いてるのでございますのよ。そして、そんな俺には構わずにコーヒーを飲む麦のんは相変わらず大物ですよね、少しは気にしてください。
 というか、麦のんは多分このままだと自分から言い出してくれなさそうだわ。たまにあるんだけど、どうやら自分から言い出しにくくて、俺から言わないと言ってくれない事があります。大抵碌でもない事が多いんだけどね……聞きたくないけど、聞くしかないか。

「麦野さん、何かあったでしょ?」
「んー……大した事じゃないんだけどね」
「私に言ってみたら? 解決出来るとは限らないけど、スッキリするかもよ?」
「……そうね」

 そこで麦のんは一度息を吐き、ゆっくりと口を開いた。

「昨日やり合った連中の事よ。あいつ等、明らかにデータとは違うレベルだったじゃない」
「あー、そうだったね」
「今回は倒せたから問題なかったけど、こういうのが何回も続いたら、「もしかすると」……っていう事態があるかもしれない。それがどうしても気になってね……」

 ま、確かにね。事前に渡されているデータと違う相手だと、それこそ作戦の立て方とか闘い方も全て変更しなければならない。綿密に立てた作戦が崩れると、結構焦るんだ。特に『アイテム』は役割がハッキリしすぎているので、戦闘した相手との相性が実は最悪でした、なんて事があったらマジでやばいです。具体的には精神感応系だと絹旗は不利だし、俺の場合は『強能力者』以上は基本的に相手をするのは無理です。そんな事があってか、『アイテム』の仕事の時は綿密に相手のデータを調べるのであります。

「今までもちょっとデータとの差異がある事はあたけど、今回みたいな間違いは初めてだわ。原因があればそっちを先に叩きたい所ね……」

 んー、確かにこのままでは危ないよね、主に俺が。戦う相手が『大能力者』級の相手とかになったら洒落にならん。幸い、俺は今回の事件の原因を知ってる。
 問題はどこまで言えば良いかだよなぁ。もしここで「木山 春生が犯人ですゥ」なんて事言ったら、何で知ってるんだって話になるだろうし……もどかしい、原因が分かっていながら報せる事が出来ないのがもどかしいです。
 それに木山先生を暗部で捕まえる気も起きないしね。だって、自分の為ではなく生徒の為に戦う姿は、その……かっこいいし、原作通り幸せにしてあげたいと思うよね? 少なくとも俺はアニメ最終回の通りに進めてあげたいのです。という訳で御坂達に任せたいんだよ。でも、原因を教える位は大丈夫か。原因が分からないと、徹底的に調べると言いかねない感じだし。

「麦野さん、麦野さん」
「何よ?」
「噂なんですけどね、『幻想御手』っていう『強度』を上げるものが出回ってるらしいですよ。もしかしてそれが原因だったりして」
「はぁ? 『強度』を上げるぅ?」
「はい、どんなものかは分からないらしいんですけど……」

 嘘です、音楽データって知ってます。

「そんな簡単に『強度』」が上がれは苦労はしないわ。だからこそ『超能力者』が成り立っている訳だし。それにどこから聞いた噂よ、それ』
「『無能力者』達の間で噂になってるんですよ。どこが出所かは分かりませんが……」
「……アンタはそんなものに手を出してないでしょうね?」
「そんな物に手を出してる暇があったら、新しい料理の練習しますよ」

 いや、興味はあるんだけどね。だけど聞いたら昏倒するって分かってて聞くとか、ドMってレベルじゃない。それに俺はそれほど能力に固執してないしねぇ。
 ただ『無能力者』や低能力者達の言い分も分かるんだよ。今まで自分達が悩んできた能力という名の壁、そしてそれを突破出来る『幻想御手』の存在。佐天さん以外にも、『無能力者』というものに悩んで手を出した人達は多い筈だ。木山先生は悪人じゃないし、それが目的だった訳ではないだろうけど、それでも『無能力者』達の心を傷つけた事は間違いないんだろうなぁ。うう、複雑だわ。

「噂、ねぇ……眉唾物だけど、気には留めておくわ。とりあえず御飯食べたくなってきた、用意して」
「あは♪ もう作ってあるからすぐですよー」
「うむ、よろしい」

 よし、麦のんの雰囲気がいつもみたいな感じに戻ったね。流石にそろそろ絹旗と滝壺も起きる時間帯だろうし、さぁ……今日も忙しくなりそうだわぁ。まずは洗濯でもするとしよう。その後は晩御飯の準備をして、それからお風呂の準備かな。
 と、俺が考えていたら麦のんの鞄から軽快なBGMが鳴り始めた。最近流行っている音楽で、『学園都市』外の女性歌手の歌だ。麦のんは鞄から携帯電話を取り出すと、通話ボタンを押して電話に出る。ちなみに俺の着信メロディは、施設にいたときに見てた特撮ヒーローのOPテーマです。麦のんや絹旗にはボロクソに言われてるんだけど、好きなんだからいいじゃんよぅ。

「御坂か、どうしたの?」

 おや、どうやら御坂が電話をかけてきた様でござる。そういえば言うの忘れてたけど、御坂達との初遭遇から今まで何度か一緒に出かけたりしましたですよ。まぁ、麦のんがいなかったり、常盤台コンビがいなかったりとメンバーがまちまちだったけどね。というか、二次創作でもよく見かけてたけど、御坂って友達が少なめっぽいです。いや、憧れてる後輩とかライバル意識を持ってる同級生は一杯いるらしいんだけど、友達という友達は少ない感じかな? だけどいないって訳じゃないみたい。原作で見た事のないモブキャラと一緒にいたとこを見たので。

「んー? 別に構わないわよ。じゃ、セブンスミストに待ち合わせでいいのね?」

 どうやらお誘いの電話だったらしい。麦のんはその後、一言二言言って電話を切った。

「フレンダ、二時になったらセブンスミスト行くわよ」
「りょっかいです。滝壺さんと絹旗はどうするの?」
「二人にも起きたら伝えるわ。多分、行くって言うと思うけどね」

 まあ、確かに。仕事が無い時の俺達って基本的に暇だし、何だかんだで滝壺も絹旗もあのグループと遊ぶのを楽しんでいるみたいだしね。まぁ、暗部の中で生活してて、碌な人間関係を構築できない状態にいるからなぁ……ある意味では、普通の日常を感じさせてくれる御坂達は貴重な存在なのかもしれない。
 では、出かける前に洗濯と晩御飯の下準備だけでも終わらせておこう。今日はキャベツメインの野菜スープと、鶏肉のソテーだ。絹旗が嫌いな人参もたっぷりスープに入れておこう。決して泣き顔が見たいからではないですよ? 本当ですよ?



「うわぁ~、これかっわいい! フレンダさんに似合いそうですよ!」
「いやいや、私のじゃなくて自分の見た方が良いよ?」
「気にしなくていいです。超楽しくてやってる事ですから」
「ふれんだ、かわいい」

 只今、セブンスミストにて着せ替え人形にされかけております。いや、だから君達三人はどこかに行く度に俺を着せ替え人形にしてどうするつもりなの? 別に女物を着る事に対して抵抗は無いから良いんだけど、毎回毎回は……あまり私を怒らせない方がいい(ビキビキ)。まぁ、言える勇気は無いんですけどね。

「いやぁ、やっぱり買い物は楽しいわね。黒子も来れると良かったんだけど……」
「『風紀委員』の仕事があったんでしょ? 残念だけど、また誘えばいいわ」

 はい、今日は黒子だけ居ない状況です。確かこの時期は、『能力者』達の事件が増加しているから仕事増えてるんだったかな? 『風紀委員』は大変だねぇ……というか、何か大事な事を忘れている気がするのだけど……まぁ、良いか。

「あ、これ可愛」
「うわ、初春~これ見て。子供っぽいパジャマだね」
「本当てすね、小学生くらいまではこういうの着てましたけど」
「私もこういうの持ってないですね。超どうでもいい事ですが」

 ……どこかで見た様なイベントだな。まぁ、本編中のどこかにあったと考えるとしましょう。というか何気に初春と佐天さんと絹旗ヒドス。今の流れから、御坂がこのパジャマを褒めようとした所に気付いてあげようよ。ほら、強がって子供っぽいとか言ってるし。

「あ、ちょっとあっち見に行こう!」
「あ、佐天さん待って下さいよー」
「私も超行きますよ~」

 あら、三人は向こうに行っちゃった。ここにいるのは俺と麦のん、滝壺に御坂か。御坂は何か……かなり気まずそうにパジャマを見てる。うむ、ここは俺が進めて上げ……

「気になってるんなら着ればいいじゃないの」

 って、麦のん?

「い、いやいやいや! こ、こんな子供っぽいパジャマに興味なんか……」
「みさかに似合うと思うよ」
「で、でも……子供っぽいし」

 滝壺まで。こ、この二人はどうしちゃったのかしら? というか、この二人がメンバー以外に気配りするなんて意外だわ。そしてこの流れだと、次に御坂の背中を押すのは私ですね、わかります。

「子供っぽくなんかないよ~、それに似合うと思うよ」
「そ、周囲からの評価なんて気にしてどうするの? 自分がやりたいように、着たい服を着ればいいじゃない」

 む、麦のんテラ優しい……頼むから、の優しさを普段の俺に分けてほしいと願う。

「そ、そうよね! それにパジャマなんだから、人に見せる訳でもないし!」
「そうそう、だから早く着てみなさいよ」
「ちょ、ちょっと待ってて!」

 そう言って御坂はパジャマを手に取り、鏡の前へと向かう。うむ、自分が着たい服を着てこそ人間ですよ。それに御坂ならどんな服を着ても似合う位美人だから、何の問題もないでしょうな。と、俺が考えていたら、突如麦のんが顔を俺の耳に近付けてきたでござる。

「ふふ、あれ着てきたら盛大に笑ってあげましょ♪」
「え゛……」
「馬鹿ね、ああいう風に無理して大人びようとしてる相手を……私が見逃すと思った? きっとムキになってくるわよ……ふふ、楽しそうじゃない」

 ……前言撤回。麦のんは相変わらずドSでした。きっと自分が悪者にならない様な話の進め方も考えてるんだろうなぁ。御坂は犠牲になったのだ……そんな麦のんと違い、滝壺は本当に御坂がパジャマを着る姿を楽しみに待っている様子だ。滝壺は良い子だね、麦のんみたいな汚れた大人になったら、いかんですよ? こんな事聞かれたら消し炭にされるな……怖えぇ。
 さて、麦のんが御坂をからかい終えたら、次は食料品売り場にでも付き合ってもらおうかな。今日の分は良いんだけど、明日の晩御飯には心もとない食材しかなかったからね。あとは……

「な、何でアンタがここに居るのよ!?」
「ん? 俺は付き添いだよ、ビリビリ中学生」
「ビリビリ言うな!」

 ……んぅ? 今の声、どこかで聞いた事があるような……
 今の声を聞いた麦のんと滝壺が、御坂の方へと移動し始めたので俺もそれに続く。

「みさか、どうしたの?」
「いきなり大声出したからびっくりしたじゃない。どうしたのよ」
「あ、いや……別に……」
「……わぁお」

 俺の心は今、物凄く沸き立っています。どういう表現を使えばいいのか分からないけど、今まで長い時間を禁書の世界で過ごしてきたけど、今回のを超える盛り上がりはない。御坂と話している少年はこちらに気付くと、軽く笑みを浮かべながら口を開いた。

「ビリビリの友達ですか? どうも、「上条 当麻」と申します」
「ビリビリって言うなって言ってんでしょうがぁぁぁぁ!」
「ぎゃああああ!」

 本物のヒーロー、「上条 当麻」。一度でも拝んでみたかった存在が目の前に……感動の余り声も出ず、俺は電撃を浴びせられている上条に、愛想笑いを浮かべる事しか出来ない。うわ、やばいですよ……御坂と遊んでいたらそのうち会えるかもしれないとは思っていたけれど、いきなりの不意打ちに俺の心臓はバックバク状態です。顔赤くなってないよね?

「ビリビリ? アンタそんな風に呼ばれてるんだ」
「違う! こいつが勝手にそう言ってるだけよ!」
「ビリビリ……可愛いね」
「た、滝壺さん!?」

 ひっひっふー、ひっひっふー……よし、落ち着いた。麦のんと滝壺が御坂に気を取られてる内に、俺は上条さんと話してみるぜ。うぅ、緊張する……

「こんにちは、上条君……でいいのかな?」
「あ、こんにちは……えーと」
「フレンダ、呼び捨てにしてもいいよ」
「おぉ、ご丁寧に。えっと、フレンダさんの方がいいかな? ちなみにおいくつ?」
「女性に歳を聞くのは関心しないよ~。私は十七歳、上条君は同じくらいかな?」
「と、年上でいらっしゃいましたか。俺は高校一年生です」

 うん、知ってた。まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど。しかし生上条さんかっこいいわぁ、これは助けられなくても惚れちゃいそうですね! 俺の場合は補正がかかってるけど。

「あは♪ もしかして若く見てくれたのかな? だったら喜ばないとね」
「ははは、そう取ってくれると上条さんは助かります」

 うっひょう! 上条さんは~、という台詞が聞けましたよ奥さん! 御坂達も原作キャラだったから出会った時興奮したけど、上条さんはそんなレベルじゃないね。
 何と言っても、禁書世界最高のヒーロー! 自分の正義を押しつけてたりしてウザイと言われる所もあるだろうけれど、それでもやはりヒーローとしては超一流ですよね? この物語に主役は三人いますけれど、やはり上条さんは好きだわ。抱いて! とか、俺がアホな事考えてたら、向こうから小さな女の子がこちらへと走ってきた。

「お兄ちゃーん」
「おっ、あったか?」
「うん、ありがとう!」

 おっと、いきなりで驚いた。そういえば原作で上条さんがここにいる理由は、途中で服を探してる女の子を見つけて連れてきたからだったっけ? うろ覚えだけど、冷静に考えると連れてくる上条さんも上条さんだし、ホイホイ来ちゃう女の子もアレだよね。もし相手がロリコンだったら事件になるところだし、上条さんもペドフィリア扱いされる恐れがあるよ。特に不幸属性が付いてると勘違いもされやすそうだわね。

「何この子? アンタ妹なんて居たの?」
「違う。この子が服を探してるって言ってたから、付き添っただけだよ。ビリビリは友達と買い物か?」
「だからビリビリじゃねぇっつーの! ……そうよ、文句ある?」
「文句なんてありませんのですよ……ただ、フレンダさんとかそっちにいるお姉さん達は初めて見たからな」

 その言葉に麦のんと滝壺が反応する。麦のんはジロジロと移動しつつ様々な方向から上条さんを観察し、滝壺は真正面からジッ、と見つめている。上条さん顔が赤くなってるけど、そういえば年上のお姉さんが好みなんだったっけ? その割には原作でインデックスに惚れてる様な描写あったけど。
 一通り見終わって満足したのか、麦のんは軽く溜息を吐いて口を開いた。

「ふぅむ……どこにでも居そうな男ね。どうしてアンタが気にしてるのか分からないわ」
「え……? ち、違う! 別に気にしてないから!」
「拡散力場が観測出来ない……? もしかして能力者じゃないの?」
「上条さんは生粋の『無能力者』ですよ。だから観測出来ないのかもな」
「嘘つけ! 私の電撃を全部防ぐ癖に!」
「……防ぐ?」
「『超能力者』の攻撃を?」
「あ……」

 御坂バカス。というか、知られた所で別にどうなる訳でもないでしょうに。あれか、自分以外に近付いて欲しくないっていうことか? でも、この時の御坂はまだ惚れてるって自覚ないんだっけ?

「アンタ、やっぱり能力者なんじゃないの?」
「いや、間違いなく『無能力者』だ。ただ、俺の右手には」
「おっまたせしましたー!」
「今戻りました。超良い物が買えたので満足ですよ」
「お待たせしましたぁ……あれ、その人は誰ですか?」

 って、うおおぃ!? せっかく上条さんから『幻想殺し』について聞けるところだったのに、何を邪魔してるんですか! そんなんだと社会に出てから通用しないですよ。KY扱いされちゃうですよ。俺はそんな事言えないけど。

「買い物は終わったの?」
「はい、私達はもう特に見る物はないですね」
「ふれんだも見たい物無い?」
「私は食材見に行きたいけど、別にすぐじゃなくても良いですよ」

 そんな物より上条さんと話したいです。深く関わったら大変な事になりそうだけど、ちょっとだけ話すだけなら何の問題もないでしょうや。とりあえず自然に話す為に、休憩ついでにカフェでも皆で行こうと誘ってみるか。と、俺が考えた瞬間だった。
 初春の携帯電話が鳴り始めた。初春はゆっくりと通話ボタンを押し、いつも通りののんびりとした口調で相手に応対するが、響き渡った大声に初春本人はおろか、その場にいる全員が目を見開く。そして響いた声の主は黒子だ。

『初春、『学園都市』の監視衛星が重力子の爆発的な加速を観測しましたの!』
「え……か、観測地点はどこですか!?」

 その言葉を聞き、ただ事ではないと気付いた全員の表情が険しくなる。唯一、上条と手を繋いでいる女の子だけは何が起こっているのか分からない様子だったが、他のメンバーは各々が緊張した顔つきになっている。俺も緊張した顔つきになってるけど、実はこれは別の理由です。
 というか『虚空爆破事件』って今日だったのかよ! 知ってたら御坂のお誘いなんて受けなかったのにぃぃ。と、とりあえず避難して、後は御坂や上条さんに任せようそうしよう。

『第七学区の洋服店、セブンスミストですの! すぐに『警備員』を手配するので、初春はすぐにこちらに』
「私、今そこにいます! すぐに避難誘導を開始しますから!」
『ちょ、初春!? まずは』

 黒子が全部言い終える前に、初春は電話を切った。いや、全部聞いてからにしないと後々失敗の元になっちゃうぜ。俺も大学でそういうミス何回もしたからね。初春が振り向く姿を見つつ、そんな事を考えはいますが、実は結構焦ってます。原作イベントには出来る限り関わらない方向で行こうと思ってたのに、いきなりこれはないなぁ……

「落ち着いて聞いて下さい。最近発生してる『連続虚空爆破事件』の、新しい標的が分かりました。この店です」
「あぁ、最近ニュースで超やってる奴ですか。馬鹿もいるもんですね」
「とりあえず、これから避難誘導を始めます。御坂さん、すみませんが避難誘導に協力していただけますか?」
「わ、分かったわ」
「私達も何か手伝うわよ?」
「……すみません。麦野さん達は、各階に人が取り残されないように御坂さんと避難誘導を」
「OK、滝壺は私と御坂のフォロー。フレンダと絹旗は入り口で見張ってなさい。パニックで入口に殺到されても困るしね。出来る?」
「超了解しました。フレンダ、行きましょう」
「あいあい」

 おぅ……ま、まぁ店の中に残らないだけ安全だよね。上条さんが爆発防いでくれるだろうから、何の問題もないだろうけど。

「俺にも、何か手伝える事はないか?」
「いえ、人手は足りてます。佐天さんとその子を連れて避難していて下さい」
「……分かった、無理はしないようにな」
「お姉ちゃん……がんばってね」
「佐天さんも、急いで下さい」
「あ……うん。初春も気をつけてね」

 そう言って、上条さんや女の子と佐天さんも俺達と一緒に入口へ急ぐ。しばらくして鳴り始める避難誘導のアナウンスが、店内を騒がしくし始めた。それと同時に店内が騒がしくなり、慌てて出口へ向かおうする人多数。このままだと入口でパニックになりかねないけど、まぁ、パワーのある絹旗さえいれば、とりあえず入り口で誰かが問題起こしても大丈夫でしょう。『風紀委員』じゃないから、後々問題になるかもしれんけど。

「ふむ、避難は超上手くいっている様ですね」
「そだね。『風紀委員』がいるから、皆それなりに安心出来てるのかも?」
「『超電磁砲』の存在も超大きそうですね」
「有名人だからねー」

 御坂は『超能力者』一の有名人だからねぇ。居るだけで安心感を煽るのかもしれない。逆に麦野は『超能力者』の中では特に有名ではない。それどころか御坂以外だと、一方さんと『心理掌握』くらいしか知られてなかったりするのよね。名前と異名だけは知られてるんだけど。

「とりあえず、入り口で避難誘導でもしてましょう。後は麦野達が超どうにかしてくれるでしょうし」
「おけー。皆さ~ん、焦らずに避難して下さい! すぐに『警備員』も来ますからねー」

 俺の声聞いて、少しずつ客は店の外に移動していく。特に大きな問題もなく、見える限りでは全ての人間が店外へと移動した。それに合わせて俺と絹旗も外に出る。

「さ、後は麦野さん達を待つだけだ」

 こうやって安心してますけど、普通なら俺はパニックになっておりますよ。こんなに落ち着いていられるのは、この事件の結末を知っているからなんですよね。そう、この事件は女の子が居ないという理由で上条さんが店内に戻……

「しかし、散々に目に会っちゃったなぁ。あの子達も大丈夫だと良いんだけど」
「お兄ちゃん、ごめんね。私がこんな場所に連れてってって言ったから……」
「大丈夫、気にしてないよ」

 上条さんが……
 って、何でここにいるのぉ!?

「あ、あれ? 上条君、外に出てたの?」
「ん? まぁ、残ってたら邪魔になっちゃいそうだったしな。御坂は様子を見に戻るって言ってたけど……流石にこの子を一人で置いていく訳にはいかないしな」

 の、のおぉぉぉぉ!? そ、そうだ。上条さんと御坂は、原作で女の子がいなくなったからという理由で店内に戻るんだった! と、という事は爆発を防ぐ手段が……い、いや、あの爆発はあの子に持たせて近くまで持っていかなければ、初春達に危害はない筈。だ、だから問題ない……

「す、すいません!」
「? 超どうかしましたか?」

 焦った様子で俺と絹旗に声をかけてきたのは、一人の女性。明らかに学生ではないので、この『学園都市』に住む職員の一人かな? その様子は鬼気迫ると言った感じで、どう見ても普通の状態じゃないね。とりあえず落ち着かせないと……

「落ち着いて下さい、どうかしたんですか?」
「じ、実は……子供と避難中にはぐれてしまって……!」

 ……え?

「ふむ、では店内に超残っている可能性がありますね」
「わ、私どうしたらいいか……」
「大丈夫です、中にいる『風紀委員』に超連絡してみますから」
「大丈夫か? 俺が様子見に行っても……」
「今から行っても応援に来る『警備員』や『風紀委員』の邪魔になる確率の方が高いです。中にいる麦野達に超任せましょう」

 あわわ……こ、これは転生物に良くある歴史の修正って奴? 本来ならこの子が初春にぬいぐるみを渡す役だったはず、その子がいなくなったから代わりの子が用意されたのか? でもそれなら上条さんを向かわせてくれたって良いじゃない! こ、これじゃ爆発から初春達を守る事が出来ないんじゃ……と、俺が考えた瞬間でした。
 轟音と共に、白い光線がセブンスミストの壁をぶち抜いて虚空へと消えていきました。突然の事に、場は一瞬にして静寂に包まれるが、すぐに周囲の人間が騒ぎ始めた。「あれは何だ?」、「あれが爆発なのか?」、「かっこいい~」、「中の人は無事なのか」等の声が周囲に響き渡る。上条さんと佐天さんも突然の事に驚いている様子だけど、俺と絹旗だけは今の光が何なのかすぐに分かっている。そして鳴り響く俺の携帯電話。

「もしもし? 麦野さん、今のは……」
『ストップ、その話は後よ。フレンダ、絹旗と一緒にこれから指示する場所へ行きなさい』
「……何かあるの?」
『ふざけた真似した犯人をとっ捕まえなさい』



 指示された通りに路地裏を進んでいくと、居ましたよ……貧弱眼鏡君が何やら一人でわめいております。名前は……何だっけ? 流石に覚えてないなぁ。

「奴ですね。フレンダは私の後ろから着いてきて下さい」
「りょっかい」

 一定の距離まで近づいたところで、絹旗が大きく足音を立てる。その音で気がついたらしく、眼鏡は驚いた様子でこちらに振り向いた。

「『連続虚空爆破事件』の超犯人ですね、私は別に『風紀委員』じゃありませんが……超着いてきてもらいますよ」
「な……な、何の事だか、分からないな……僕は、ただ」
「あ、ちなみに誰も怪我してないよ。良かったね」
「な……そ、それは良かった。爆発もしてなかったみたいだし……」

 それを聞いた俺は軽く溜息を吐き、絹旗は目を細めて眼鏡を見やる。特に絹旗は暗部に長くいるだけあって、その視線は眼鏡をビビらせるのに充分な効果があったみたい。俺も暗部モードの麦のんや絹旗に睨まれたら、土下座して謝るくらいおっかないし。

「私も、フレンダも、あの店に爆弾があったなんて超一言も言ってませんよ」
「えっ、あ……そ、それは、あの店から出た光が爆発の正体なんじゃないかって……」

 眼鏡がゴソゴソとバッグから何かを取り出そうとしてる。いや、あれだけ手でまさぐってるのにばれてないと思ってるのかな? 絹旗は既に『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を展開してるみたいで、眼鏡が何かしようとした瞬間突撃する気満々みたい。眼鏡、悪い子とは言わないから大人しくしておいた方が……

「思って、さぁ!!」

 眼鏡が何か、金属っぽい物を投げようと腕を振りかぶった瞬間、絹旗が思い切り踏みこんで突撃した。眼鏡はその対応に焦ったらしく、金属片を投げるが事が出来ずに正面から絹旗のタックルを受けた。うわぁ、痛そう。ちなみに本気で絹旗がぶつかれば、あの眼鏡君しばらく入院レベルか、下手したら死んでます。『窒素装甲』マジ強い。
 そのまま眼鏡の関節を極め、その場に引き倒す。眼鏡は何も出来ずに呻きながら、「畜生」とか連呼してます。ちょっと可哀想だけど、幼女を傷つけた罪は重いのですよ! 傷ついてないけど。
 ……あれ? 確かコイツをはっ倒した後に黒子が来てくれるんじゃなかったっけ? そしてその前に御坂が何かを言って、コイツの改心フラグが出来てた様な……このままだと、眼鏡はぶちのめされただけで、何も変わらないんじゃ……

「では、このまま『風紀委員』に超突き出します」
「絹旗、ちょっと待って」
「はい? どうしたんですか、フレンダ」
「あのさ……」

 これ以上原作から剥離させる訳にはいかんですよ。この眼鏡が何に関与するとは到底思えないけど、このままだとグレますよコイツ。それに何だかんだで眼鏡も『幻想御手』の犠牲者だし、何となく可哀想だと思うしね。

「少し、この子と話をさせてほしいんだけど」



「はい、どうぞ~」
「ど、どうも……」

 ここは近くの公園であります。あの後、絹旗に滅茶苦茶反対されたんだけど、本当に少しだけという条件付きで納得してもらえました。ちなみに『風紀委員』を呼んだとのことでしたので、それまでの間だけという条件です。まぁ、十分もあればいいでしょ。あと、今渡したのは近くにある自販機で買った飲み物です。俺は普通のコーヒー、向こうはヤシの実サイダー。原作通りの飲み物で比較的まともなのをチョイスしました。
 しかし、どう話そうかなぁ。ぶっちゃけ、俺は人に説教するのは慣れてないし、小さい子なら色々と話し方知ってるんだけど。

「アンタさ……」
「ん?」

 おっと、向こうから話しかけてきてくれたわ。でも何となく棘がある感じで声かけてきたね。

「僕と何を話したいっていうんだよ……」
「ん~、悩み相談かなぁ?」
「どうせ、アンタも僕の事馬鹿にしてるんだろ?」
「え?」
「さっきの女の子も、どうせ凄い能力者だったんだろ? そうやって、力の有る奴は力のない奴を下に見てるんだ。アンタもどうせそうなんだろ?」

 イラッ、としちゃったけど我慢我慢。実際、眼鏡が言う事は特に間違ってないしなぁ。御坂だって力が無ければ、あんなに派手な事は出来ないし、麦のんも然り。『学園都市』では高能力者こそが正義、っていう風潮があるのも否定出来ない。だけどさ……

「所詮、自分を守れるのは自分だけなんだ。だからそうしたのに、僕の何が悪いんだよ! 僕は何も……」
「悪い事でしょ?」
「え……?」
「沢山の人を傷つけて、女の子に怪我をさせそうにまでなって、悪くない事なの?」
「と、当然だろ……だって、僕は……」
「辛かった事も、苦しかった事も、そういう事なんて考えなくても悪い事は悪い事だよ」

 うん、自分が苦しいからって幼女を怪我させて良い事にはならんよ。確かに苦しかった事は認めるし、そういう事もあるんだって事は分かるけどね。だけど、それが人を傷つけて良い事になるのかと言えば、答えはノーだ。
 眼鏡は俺の言葉を聞いて項垂れている。うう、これでは余計に落ち込ませている様な気がする。俺じゃ御坂みたいにはなれないのか……

「……じゃあ、どうすれば良かったんだよ」

 ん?

「どんなに努力しても、報われない僕達弱者は、どうすれば……良かったっていうんだ! この街じゃ、才能という壁が邪魔をする! だったら、手に入れるしかないじゃないか……どんな事をしても、力を手に入れるしかないじゃないか!」
「それで、満足出来た?」
「え?」
「力が手に入って、それで貴方の言う才能がある奴らに復讐出来て、満足出来た? 楽しかった?」
「……」

 そこで俺は一息吐いて「にひひ」と笑う。

「私ね、『無能力者』なんだよ」
「そ、そうなのか?」
「うん。骨の髄から『無能力者』、あーんど『置き去り』なのです」
「チャ、『置き去り』……」
「勿論、貴方より酷い人がいるから頑張れって意味じゃないよ。それでも、私は貴方を羨ましく感じるんだ……能力に憧れた事も、一度や二度じゃないからね」

 これは本当。仕事するたびに思うんだけど、マジで何かしら能力使ってみたいの。麦のんレベルじゃなくて良いから、手からかめはめ波出してみたいとか思うんですよね。中二病乙。

「でも、私はこの街が能力だけじゃないって思うんだ。だって、そんな考え楽しくないでしょ?」
「楽しく……」
「皆が皆、能力能力って騒いでたら、楽しくないよ。それに、能力がその人の全てじゃないってことを、私は知ってるからね」

 じゃなきゃ、浜面を否定することになるし。浜面マジでかっこいいです。

「人には沢山魅力的な場所があるよ。全員ね」
「……僕も」
「ん?」
「僕にも……何か、能力だけじゃない所があるのか?」
「当然っ! 貴方にも、沢山魅力的な場所があるよ!」
「ッ……!」

 あれ、泣きだしちゃった! 何で、俺何か悪い事言った!? と、とりあえずハンカチを渡すとしよう……あぁ、おニューのハンカチが涙と鼻水で汚れていく。

「す、すみません……」
「良いって、気にしないよ。とりあえず、私の言いたい事は……これから大変だと思うけど、頑張って。私は応援してるよ」

 そう言った瞬間、突如後ろに気配を感じて振り向いたら、黒子が立っていたでござる。テレポートで来たんだろうけど、心臓に悪いから止めてほしい……

「絹旗さんに、こちらに居ると聞いたのですが……貴方が『連続虚空爆破事件』の犯人でよろしかったですの?」
「……はい、僕で間違いないです」

 うむ、素直になってくれたか。とりあえず俺の役割はこれで終了かな? 疲れたわ……

「あ、あの!」

 おや、眼鏡。まだ俺に何か用かい? と、俺が視線を向けると手錠みたいな物をつけられたまま携帯電話を差し出す眼鏡。あー、もしかして……

「あ、あの……あ、貴方の言葉で目が覚めました。ま、また相談に乗ってくれたらっ、て……ははっ、やっぱり、僕みたいなのは気持ち悪」
「いいよ~、赤外線通信でいい?」
「えっ……い、いいんですか!?」
「勿論だよ。相談したい事があったら、適当にメールでも電話でもどうぞー」

 まぁ、しばらくは無理だろうけど。何せ『警備員』から色々と質問攻めされるだろうし、そろそろ意識が無くなる頃合いだろうしね。ただ、俺は悩める男の子を見捨てたりする程非道ではないのですよ。ノリで「お前洗ってない犬の匂いがするんだよ」って言いかけたのは秘密です。とりあえず通信して……これで良し。

「では、わたくしはこのまま連行しますわ。フレンダさんもお気を付けてお帰り下さいまし」
「はいはーい。えーっと……介旅君かな? 頑張ってね」
「は、はい……ありがとうございました」

 そう言うと、二人はそのまま近くに来ていた車に乗って行ってしまった。ふぅ、これで今回の事件は万事解決かしらね。途中でどうなる事かと思ったけれど、上手くいって良かったわー。

「終わりましたか、フレンダ?」
「あ、うん。我儘言ってごめんね」
「別に気にしてません。フレンダは超いつも通りだと思いましたけど」
「えー、私はあんまり我儘言わないよ?」
「はぁ……まあ、いいでしょう。とりあえず戻りましょう」

 そう言って歩き始める絹旗の後ろに遅れないように着いていく。さて、とうとう大きなイベントも開始した事だし、本編介入も目と鼻の先だな。とりあえずこの『幻想御手』を乗り越え、何としてでも生き延びてやるぜぇ! と心に決めて、俺は歩きだす。まぁ、その前に今日の晩御飯の仕上げと風呂の準備しなきゃね!



おまけ



「これで粗方避難は終わりましたね」
「そうだね」
「滝壺さんもすいません。『風紀委員』でもないのに、こんな事頼んじゃって……」
「私は気にしてないよ」

 滝壺の言葉に、初春は軽く笑みを浮かべる。滝壺もそれにならって微笑んだ。後は『警備員』が到着するのを待って、現場の権限を引き継ぐだけだ。
 と、その時初春は階段の近くにいる少女の存在に気付いた。滝壺も気がついたらしく、二人は駆け足でその子に近付く。

「避難に遅れちゃったの? 大丈夫、私達が下まで連れて行ってあげますね」
「ううん、ちがうの。めがねのお兄ちゃんから、『風紀委員』のお姉ちゃんにこれ渡してって……」

 そう言って蛙のぬいぐるみを差し出す少女、初春がそれを受け取ろうとした瞬間、滝壺が突然そのぬいぐるみを手にとって放り投げた。何が起きたか分からない初春と少女を、滝壺は覆いかぶさるように自分の下に倒す。

「た、滝壺さ……!?」
「あれが爆弾……!」
「えっ……?」

 初春の脳裏に、最悪の光景がちらつく。このままでは『風紀委員』の自分が助けられ、滝壺は大けが……下手すれば死ぬ可能性もある。また、一瞬視界に移ったのは御坂と麦野ではなかったのか? どうやら下の階の避難を終えて上に戻ってきたらしい。

(ど、どうし……どうしよう!!)

 初春の頭がパニックに陥り、御坂もコインを取り出そうとするが手から滑り落ちる。ぬいぐるみが内側に飲み込まれていくように潰れ始め、滝壺が衝撃に備えようと体を固くし、初春が涙が溢れた瞳を固く閉じた瞬間だった。
 白く輝く光線が、向こう側の壁ごとぬいぐるみを飲み込んだ。威力は収まるを知らず、壁をぶち破って外へと消えていく。その光景に御坂は驚いた視線を麦野に向け、滝壺はホッと一息吐いて立ち上がる。初春は何が起こったのか分からず、茫然とその光景を見やっていた。

「滝壺、大丈夫?」
「平気。むぎの……ぬいぐるみと同じ信号を掴んだよ」
「おっけー。フレンダ達に任せましょ」

 そう言って、麦野は携帯電話を取り出した。



[24886] 第十四話「とある金髪の戦闘行動(バトルアクション)」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2011/01/27 01:29
 「とある金髪の戦闘行動(バトルアクション)」



 七月二十日……

「田辺さん。朝御飯、こんな感じで良いですか?」
「どれどれ……? うん、ちょうどいいと思うわ。後は片付けして、お茶にでもしましょうか」
「やっほぅ、田辺さんの入れるお茶は久しぶりですね。楽しみですよー」
「私の入れるお茶なんて、大した物じゃないわよ。それよりも、ごめんね。いきなり呼び出して手伝ってもらったのにこんな事しか出来なくて……」
「いえいえー、あれは仕方がなかったですって」

 田辺さんとのんびり会話をしながら、俺は食器とその他の片づけを始める。ん? どうして朝っぱらから田辺さんの施設にいるのかって? それには山よりも高く、海よりも深い事情があるのですよ。
 昨日の夜の事なんですが、突如この施設が停電に襲われたんだよね。心当たりが原作見てる俺にとっては、かなりあるんだが……まぁ、そんな事はどうでもいいとしましょう。まぁ、施設の電源は全ておしゃかになってしまったのです。別段、一日くらい電気が無くても死にはしないし、暗くなったとはいえども『学園都市』には光が絶える事なんてないので、完全な闇になった訳じゃなかったんだけど。でも、想像してみてほしいのですよ? 今まで実験やらなんやらで辛い経験をして、しかも暗所が苦手な子供達が沢山いる施設でそんな事が起きたら、どうなるか……?
 結果は大パニック。子供達は大勢泣きだすわ、パニックで我を失う子供達やら、施設中大混乱になってしまったらしいです。んで夜勤の皆川さん(三十二歳女性)一人では全く対処出来ず、田辺さんが緊急出動。が、田辺さん一人増えた所で手が足りる筈もないのです。そして、何で俺が施設に来たかと言いますと、実はレイちゃんから助けて欲しいという電話が来たからなのでーす。
 田辺さんは俺に迷惑をかけまいと、何とか職員の方達だけでどうにかしようと思ってたらしくて、俺が来た時は大層驚いておりました。ちなみにその時施設にいて、かつ子供達のお世話が出来る人は田辺さん、皆川さん、そしてレイちゃんと他数名の中学生達のみ。いや、俺一人が来たからといって大して変わるものじゃなかったんだけど、何とかこの事態を鎮静化する事に成功したのでありますよぅ。大変だったわ……何故か来た瞬間パニックを起こしてた子供達に殺到された上、落ち着くまで抱っことかしまくってたからね。見ろ、腕が棒の様だ!

「本当なら、もっときちんとしたお礼をするべきなんだろうけど……」
「気にしなくていいですって。それに、私は田辺さんに返しきれない恩があるんですから、それの返済をさせてもらわないと困りますよ~」

 にひひ、と笑いながらそう言うと、田辺さんはいつも通り優しげな笑みを浮かべて、困ったように息を吐いた。うむ、美人さん。

「田辺先生、御飯の準備終わったんですか?」

 そう言いながら台所に入ってきたのは、長身の女の子。身長はどう見ても俺より高く、パッと見た感じ160の後半くらいはありそうだ。これでまだ中学生だから恐れ入るんだよね……髪は青みがかった長髪で、切れ長な目がふつくしい……もう、気付いたかな?
 そう、この子はレイちゃんです。俺が施設を出てから……何年だっけ? と、とりあえず結構経ちますけど、レイちゃんはとんでもない美人になってしまいましたー。いや、マジで凄い美人ですよ。メインヒロイン達にも劣ってないんじゃないかなぁ……というか、御坂とかインデックスよりは、間違いなく年上に見られる筈。スタイルも良い、し……

「フレンダさん……何か視線が怖いんですけど、何かありましたか?」
「イイエ、ナニモ」

 妬ましい スタイル抜群 妬ましい(字余り)

 いや、別にナイスバディになりたい訳じゃないですよ? ただ、お風呂場で麦のんや滝壺の体を見ていると何と言うか……羨ましい、じゃなくて一度はバインバイン(死語)になりたいとか思う訳てすよ。決して羨ましい訳では……あれ、心の涙が止まらない……!

「それよりもレイちゃん、いつも言ってるけど私の事お姉ちゃんって呼んでくれないの~?」
「もう中学生なんですから、そんな呼び方しません。いつまでも子供じゃないんですから」
「うぅ……お姉ちゃんは悲しいよ。私の引っ越しの時に泣いてまで別れを惜しんでくれたレイちゃんが、こんなに大人になってしまうなんて……ヨヨヨ」
「あ、あの時はあの時です! 恥ずかしい事思い出させないで下さい!」

 顔を真っ赤にして声を上げるレイちゃんを見て、俺と田辺さんは微笑ましい視線を向ける。いやぁ、お姉ちゃんって言われなくなったのは悲しいけど(萌え的な意味も含めて)、このレイちゃんはこれで可愛すぎます。俺が男だったら絶対に放っておかない美人さんだけど、現状彼氏が出来たとは聞かないなぁ。不思議不思議。

「レイちゃん、他の子は皆寝てるかしら?」
「そうですね、夜中まで泣いてた子達もいますし、大体寝ちゃってますよ。今日は学校も休みですから、もう少し寝かせてあげていても良いと思います」
「そだね、あんな事があった後だしね」

 夜中にあんだけ泣いたり騒いだりしてたら、そりゃあ起きれないわ。ちなみに俺は、朝早起きだし、暗部の仕事は時間が不規則なのでこれ位なら全然平気なのですよ。田辺さんも慣れてるのか全然平気そう。ちなみに皆川さんはかなりお疲れの様子だったので、只今仮眠してもらってます。
 田辺さんが入れてくれたお茶を飲みつつ、レイちゃんに視線を向ける。夜中から起きてるだけあって、かなり疲れているみたいだ。お茶を飲みながら、時折舟を漕いでるし。まだ中学生だし、夜中ぶっ通して動き続けるのは辛いものがあったかな? よぅし……

「レイちゃん、眠いの?」
「へ……? あ、いえ……少しだけ……」
「やっぱりね。無理はいけないよ~」
「無理なんてしてません。それに、これくらい平気ですから」
「駄目駄目。ただでさえ、いつも施設のお仕事手伝ってるんでしょ? 無理なんかしたら、それこそ危ないミスを起こすものだよ」
「そ、それは……」
「だから」

 そこで俺は、ソファーに座ったまま自分の膝を二度叩いて、「にひひ」、と笑顔を浮かべる。レイちゃんはそんな俺を見て、訝しげな表情を浮かべて首を傾げた。ふぅ……こういう自然な仕草の時は、昔のレイちゃんと変わらないなぁ……可愛いぜ。

「私が膝枕してあげるから、少し休みなさい」
「なっ……! そ、そんな事出来る訳が」
「あら、良いじゃない。いつもはフレンダちゃんを囲んでる子供達もいないし、独占するチャンスよ?」
「ど、独占とか何を言ってるんですか!? それにあの子達は小さいから仕方ないし……」
「素直になった方がいいわよ~」
「た、田辺先生っ!」

 おやおや、何故か二人で言い合い(?)を始めてしまった。それにこの様子だと、レイちゃん素直に寝てくれなさそうだな。昔はすぐに飛びついてきたのに……お姉さんは悲しいのですよ。まぁ、そんな強情なレイちゃんには、最終兵器を使わせてもらうとしよう。

「レ~イちゃん」
「な、何ですかっ!?」
「お~いで♪」
「ッ……!」

 俺がそう言うと、レイちゃんは顔を真っ赤にしてパクパクと口を金魚の様に動かした。
 実はこの台詞、俺が小さい時のレイちゃんを呼ぶ時の言葉なんですよね。躾けたとかそういう訳じゃないんだけど、レイちゃんを呼ぶ時はいつもこんな声色で「おいで~」とか、「おいでおいで」、とか呼んでました。まぁ、最終兵器もクソもなく、ただ単純にいつもの呼び方をしただけなんだけどさ! 期待させてごめんね!
 しばらくレイちゃんはその場に立ち尽くしていたが、やがて観念したように俺の隣に座ると、ゆっくりとした動作で俺の太ももに頭を乗せた。麦のんみたいに柔らかくないけど、レイちゃん許してちょ。

「もぅ……お姉ちゃんはずるいです」
「にひひ、ずるさは大人の特権なのであります♪ そしてレイちゃんにこうするのも久しぶりだね~」
「仕方ないですよ。お姉ちゃんがここに来たら、こんなにのんびりしてる時間なんてないから……」

 いつの間にかレイちゃんが俺の事お姉ちゃんと呼んでくれてる。地味に感動しちゃうのですよ。

「いつもは小さい子達とかの相手してるもんね。構ってもらえなくて、レイちゃん寂しかったのかな~?」
「……うん。それに、皆そう思ってると思います」
「ん? 何か言った?」
「いいえ、何も。お姉ちゃん、昔みたいに頭撫でてくれませんか?」
「はいはい♪」

 レイちゃんが何か呟いた気がしたけど、気のせいだったかな? とりあえず、膝枕しているレイちゃんの頭をゆっくりとした動作で撫でる。レイちゃんが小さい……いや、俺も小さかったけど、施設にいた時はこうやってよく寝かしつけてたっけ。あぁ、暗部に入る前が懐かしい……とか考えながら撫でてたら、すぐに規則的な寝息が聞こえてきた。余程疲れてたみたいね。

「あらあら。フレンダちゃん、足痛くないかしら?」
「大丈夫ですよぅ。しかし、これだと動けないから手伝えないですね……すみません」
「何言ってるの。後は私に任せて、ゆっくり休んでて」

 そう言って、田辺さんは立ち上がると子供達の様子を見に行った。残されたのは俺と、寝ているレイちゃんのみ。俺は撫でる手を止めて、大きく欠伸をする。何だかんだで平気だけど、眠い物ものは眠かったりする。

「まだ朝も早いし……少しくら、い……寝ても、良い、か……な」

 うぁあぁ……駄目だ、レイちゃんが寝ているせいもあってか、急激に眠気が……麦のん達に遅れるって、電話……しないと……



 キングクリムゾンッ!
 あ、ありのまま 今 起こったことを話すぜ……!
 『おれはレイちゃんと一緒に少しだけ寝ようと思ってたら いつの間にかお昼を超えていた』
 な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺もどうしてこうなったと言わざるをえない
 仮眠とか小休止とか、そんなチャチなもんじゃ、断じてねぇ
 普通に爆睡してました。

「あああああ、やってしもうた……」

 そう呟きながら、とぼとぼと歩道を歩く。休日だけあってか、街は学生が一杯いる上に買い物やお出かけで楽しそうなオーラを出しまくっているが、俺は一人だけネガティブオーラ全開です。
 あの後、俺が目を覚ました時には既にレイちゃんはいないし、ソファーで俺だけが一人寝転がっていました。子供達は全員起きてる上に、職員の皆さんも全員出勤済みで働いている最中と、とんでもなく邪魔な存在だったんじゃなかろうか……あ、穴があったら入りたい気持ちで一杯です! それに加えて、携帯電話に来ていたメールと着信……その量を見た瞬間に、俺は一瞬だけ死を覚悟したよ。幸い、その後で施設に電話をかけてきた麦のんに対して、田辺さんが対処してくれたので何とかなりそうだけど……オシオキは免れないかもしれぬ。オシオキコワイオシオキコワイ……
 ハッ!? いつもの如く冷静さを失っていた。オシオキという単語だけで、俺の脳は誤作動を起こすんですよね……というか、実はオシオキの内容ってあんまり覚えてない。実際のところ、何をされてるかと良く分からないんだよね。余計怖いわ。
 結局、起きた後は田辺さんや他の職員さん達に平謝りして、一緒に遊ぼうとせがんでくる子供達を振り切って帰ってきました。本当なら少し遊んで帰る予定だったけど、これ以上遅れると御飯の準備とか、家事仕事が終わらなくなるので仕方なく帰る事にしたのです。あの時の子供達のガッカリ顔は忘れられない……今度どこかで穴埋めしておかないとなぁ。

「とりあえず、帰る前に人参とジャガイモ買って……肉は冷蔵庫に豚肉の残りがあった筈だから、他に買う物はないかな……あ、牛乳もだ」

 ぶつぶつと独り言を呟きながら歩いている首輪少女は、ぶっちゃけてかなり怪しく見えるかもしれない。最近まで知らなかったんだけど、「金髪の首輪少女は、この街で能力者を呪いながら死んでいった無能力者の亡霊」、なんていう都市伝説が出てた位だし。道理で一部の人間が俺を見る目がおかしい筈だよ……亡霊が頻繁に買い物する筈ないでしょうに。
 とりあえず行きつけの八百屋に到着。ん? 『学園都市』に八百屋とか、あの近代都市にそんなものあるのかって? うん、実は結構こういうお店はあるんですよね。有機野菜とか、朝一番に『学園都市』の外から搬入しているこだわりの鮮魚店とか、意外とこういうお店は所々にあります。当然他のお店と比べると少し割高だけど、その分美味しいので俺は好き。それに、こういう店の店長さんはスーパーとかの事務的なお仕事とかじゃなくて、常連さんにはサービスしてくれたりする事も多いしね。

「ごめんくーださい」
「いらっしゃい! お、フレンダちゃんじゃねぇか! 相変わらず細っこいねぇ、ちゃんと飯食ってるかい?」
「あは、お腹一杯食べてるのですよーう。おじさん、人参とジャガイモ二袋ずつちょーだい」
「あいよっ! 今日はカレーにでもすんのかい?」
「はい、野菜一杯にしようと思ってるのですよ」

 このおじさんとは結構長い付き合い。見た目は恐いけど、普通にいいおっちゃんなんですよね。付き合いも長いので、ほとんど友達みたいなものだ。

「野菜たっぷりかい! それなら、少し多めに持って行きな!」
「わ、良いんですか?」
「遠慮するこたぁねぇよ!」

 うむ、こういう事があるから八百屋さんはいいね。スーパーじゃ有り得ない光景だし。
 おじさんから大量のジャガイモと人参を受け取り、二袋分のお金を支払ってその場を後にする。ふぅ、これだけあれば野菜中心のカレーにした方がいいかな? 人参が嫌いな絹旗の絶叫が目に浮かぶ……かわいいぜ。

「お、フレンダちゃん! そんなに野菜持って、今日は何にするんだい?」
「あ、魚沼のおじさん。今日はカレーですよー」

 今俺に話しかけてきたこの人は、鮮魚店の魚沼さん。さっきの八百屋さんと近いので、目の前を通ったら呼びとめられたでござる。何かしら?

「ほうほう。なら、これ入れたら美味しいんじゃないかい?」
「お、ホタテですね」
「安く仕入れれたのさ! 良かったら少し持っていきな」
「おぉ~、良いんですか? かなり良さそうな物ですけど?」
「フレンダちゃんには、いつも色々買ってもらってるからな! これ位は先行投資みたいなモンさ」
「にひひ、また御贔屓にさせてもらっちゃうのですよ」
「おぅ、また来なよ!」

 結構大きな袋に入ったホタテを受け取り、俺はその場を後にする。くっ、結構重い。
 魚沼さんには悪いけど、このホタテは刺身で頂かせてもらうぜ……! 鮮度抜群な刺身って、意外と『学園都市』だと珍しいしね、冷凍物は一杯あるけど。野菜カレーは明日でも出来るので、鮮度が落ちる前にホタテは食べさせてもらう!
 そう決まれば急いで帰宅し、殻を外したり何だりしないとね。生きてるホタテだけど、早くさばいてしまう事に越した事はないし。そうと決まればダッシュダッシュ~。
 と、俺が小走りで先を急いでいたら、反対側の歩道に見慣れた姿を確認しました。長い黒髪のストレート、いつもの制服ではなく私服だけど見間違えようもない。佐天さんだ。

「おーい、佐天さ……って、あれ?」

 佐天さんはぼんやりとした様子で携帯を見たまま、俺に気付かないでそのまま道を曲がって行き、姿が見えなくなる。うむむ、何か元気がない様子だったなぁ、いつも元気を振りまいている姿なだけに、明らかに様子がおかしかった。
 とか、考えてたら思い出した。あの様子、確か原作だと『幻想御手』について悩んでいる時だったかな? という事は、御坂にお守りについて何か話した後だろう。クソッ、細かい所は全然覚えてないし、一体この後どうなったっけ?
 とりあえず、あんな様子の佐天さんを放っておくほど、俺は薄情な人間ではないのですよ。人でなしかもしれないけど。そう考えて、俺は近くの信号を渡り佐天さんの後を追った。



 好奇心猫を殺す、その諺が今の俺の頭を占めています。
 だから原作イベント忘れるなって! と、俺は隠れながら出て行った佐天さんとちんぴら三人組、おまけで役立たずのメタボ君の様子を窺っています。こいつ等って確か、『幻想御手』を売ってばら撒いてた連中だっけ? 能力は……一人は使う以前に黒子にやられてた筈、もう一人はテレキネシスだったかな? そしてリーダー格、アイツだけははっきり覚えてる。『偏光能力(トリックアート)』、焦点をずらして誤魔化すとかいう能力だったか。
 そんなことより、佐天さん勇気ありすぎだろ。あんなガタイのいいチンピラ三人組に啖呵切るとか、俺のヘタレ具合だと絶対に無理でござる。

「そ、その人、怪我してるし……すぐに、『警備員』が来るんだから……!」

 佐天さんがそう言うと、リーダー格のチンピラは小馬鹿にした様子でゆっくりと佐天さんに近づいていく。ま、まぁ、大丈夫だよね。確かこの後白井にブッ飛ばされる筈だし、ここで俺が介入したら原作との違いが出来るし……だけど、本当にそれで良いのか? 確かに黒子は来るけど、原作通りに話が進まなかったらどうする?
 そう考えていたら、チンピラが佐天さんの後ろの壁を蹴りつけ、怯える佐天さん髪を力任せに掴んで引っ張る。が、我慢我慢……! ひっひっふー、ひっひっふー!

「ガキが生意気言うじゃねぇか。何の力もねぇ奴には、ゴチャゴチャ指図する権利はねぇんだよ」

 ……ぶっちーん。
 俺はその場に荷物を置き、軽く体を動かす。昨日の疲れが微塵もない事を再認識して、俺はわざと大きく足音を立てて佐天さん他の前へと姿を現した。

「あ? なんだ、テメェ」
「フ、フレンダ、さん……?」
「私はさー、やってる事はクズに近い訳よ。何せ、色々な仕事やってきたからね。それに、これが赤の他人だったら、きっと黙って見てただけの筈」
「あぁ? いきなり出てきて何言ってんだテメェ。頭おかしいのか? それとも、首輪なんて着けて誘ってやがんのか?」

 ゲラゲラ笑いながら、チンピラの一人が俺に近付いてくる。さて、ここからはスイッチを入れ替えないとな……チンピラ(その一)の腕が、俺の襟元をグイッと掴み上げた。それを見計らって、俺はそいつの小指を掴むと、強引に捻じり折った。手加減とか、してる場合じゃないしね。する気もないけど。

「ぐっ、ぎゃっ……!!」
「オラァッ!」
「ぎっっ……!」

 手を押さえて姿勢を低くしたチンピラの股間を、思い切り蹴り上げる。麦のん直伝のこの技の威力は、元男の俺からしたら想像するだけでも恐ろしい。哀れチンピラその一は、白目を剥いてその場に倒れ伏す。驚愕の視線を向ける佐天さん達に対して、俺は大きく息を吸い込んで声を上げる。

「だけど、友達を見捨てていくほど腐ったつもりはないし、佐天さんは正しい事言ってる。なら、それに手を貸すのが友達って奴じゃない?」
「この、ガキがっ!」

 うひっ、格好つけて言ってみたけど、ちょっと怖いわ。何だかんだで腕力とかは負けてるだろうし、今無力化した奴以外の二人は確実に『能力者』だ。チンピラ(その二)が腕を掲げると、それと連動して近くにあった鉄パイプや鉄板が浮かび上がる。やっぱりテレキネシスか!

「おらよっ!」

 チンピラが腕を振りかぶると、それらが俺目がけて飛んでくる。佐天さんが短く悲鳴を上げ、チンピラ達はニヤリと笑う。が、甘い甘い。
 飛んできた物をその場に伏せて回避する。驚いて制止したチンピラ目がけて、懐に隠していたホタテを思い切り投げつける。突然飛んできた物に驚いたチンピラは咄嗟にそれを払いのけるが、体勢を立て直す前に近付いて小指を握りしめて上げた。チンピラの顔が青く染まり、俺はニッコリと微笑む。

「ちょ、待っ」
「ほいさ」

 ペキン、という小気味の良い音と共にチンピラが絶叫を上げる。そして先程の相手と同じく、思い切り股間を蹴り上げると、同じく白目を剥いて気絶した。ざまぁ。
 舐めるなよ? 何だかんだで暗部で活動してないし、素人三人程度なら負ける気はしないとですよ。ぶっちゃけ体は鍛えてるし、麦のんから色々と教わってるから、これくらいなら出来ます。『アイテム』だと役に立てないけどね! 麦のんと絹旗強すぎる……
 あ、ちなみに麦のんから教わってる戦闘方法は、如何に相手に痛みを与えて怯ませるか。そして如何に急所を狙うかの一言に尽きます。小指とか金的ばかり狙うのは、癖がついてるからかも知れない。

「はぁん……さてはテメェ、『身体強化』の能力者か」
「は?」
「俺は騙されねぇぞ」

 この人何言ってるの……やだ、こわい。
 まぁ、普通に考えたら一般人の女の子相手に、二人の男がフルボッコにされるとかないですもんね。でも、これは奇襲同然だから出来た事であって、暗部で訓練とか戦い慣れてる奴が相手だと、こう簡単にはいきませんのですよ。つまり、単純にさっきの二人が弱いだけ。

「へっ、まぁ良い」

 そう言って佐天さんの髪の毛から手を離し、リーダーのチンピラはこちらにゆっくりと向かってくる。

「『幻想御手』で強化した俺の能力の、実験台になってもらうぜ」
「はぁ……」
「ケケ、終わったらどうしてやろうか……タダじゃ帰さねぇからな」

 自信満々だね。ぶっちゃけ、コイツはあまり警戒してなかったんだけど……だって、俺は……コイツの能力知ってるんだもんなぁ……
 凄絶な笑みを浮かべてこちらに向かってくるチンピラに対し、俺はいつもポケットに入れている物へ手を伸ばす。あーあ、警戒もせずにこっちに向かってくるよ、この人。

「いくぜ、ガk」
「そぉい!」

 そして相手が一定の距離まで近づいた瞬間、俺はチンピラの地面に向けて「とある物」を投げつける。それが割れると同時に、チンピラの周囲を赤みがかった煙が包み込んだ。

「へ、何だこり……ゲホッ、ゲホッ! ぐあああ! 目が痛ぇぇ!!」
「ざまぁ(笑)」

 実はこれ、滝壺と協力して作り上げた「特性煙幕」なのでございまーす。大量の刺激物(主に唐辛子)を粉末にしたり煙にしたりして、詰め込んだ一品なのです。相手を殺傷することはなく、しかも化学物質を一切使っていないので、自然にも優しいのですよ。ただ、頻繁に調合ミスして量が多すぎたり、酷い時には周辺全体を巻き込んだりした。巻き込まれると、マジで目が痛いです。
 とか何とか考えていたら、チンピラの周辺が歪んできた。そしてそれが収まると、先程いた場所より後ろに現れる。うん、やっぱり距離感狂わせてたか。知らない奴が見たら、まず騙されるね。ただ、この能力って、一回見られたらそこで終了ですよね? 俺は知ってたからな。

「さて、覚悟は出来てる?」
「ぐぅ……!」
「中学生に手を出したり、弱い物虐めしか出来ないとか……だらしねぇな!」
「ぐぇ!?」

 つい兄貴になってしまったけど、男の顔面に思い切りパンチをすると、フラフラとしながらその場に崩れ落ちた。うん、やはり麦のんの言う通りの場所をぶん殴ると、人間は簡単に気絶しますね。あれか、麦のんの目には、人体は壊す対象として見えてるのか? 怖すぎるでしょう?
 さて、この三人だけかな? とりあえず、佐天さんの安全は確保出来たみたい。メタボ男は……アレ? いつの間にかいなくなってるし。あの野郎……助けたお礼を佐天さんに言ってから行けよ。今度会ったらシメる。

「佐天さん、大丈夫?」
「あ、はい……」

 壁を背に座り込んでいる佐天さんの手を持ち、引っぱり起こす。佐天さんはされるがままに、茫然とした様子で立ち上がった。さて、次は『風紀委員』か『警備員』に連絡しないと……

「こ、これはどうした事ですの?」
「あ、し……白井さん」
「あ、白井さんナイスタイミング。ここの処理任せてもいいかな?」
「えっ? しょ、処理とは一体……というか、何故こいつ等は全員気絶して……」
「後は頼んだ! さらばだっ!」
「あ、ちょ!?」

 そう言い放って全力疾走。置いていた荷物を持ち、その場から急いで立ち去る。流石に応援も来ていない状態で、倒れている人を置いて俺を追う事はしないだろう。状況については、佐天さんが説明してくれる筈だ。原作だと、佐天さんはあの場にいないはずだけど、まぁ大した違いにもならないでしょうや。原作通りに行けば、この後『幻想御手』を使用して、友達と一緒に意識を失うんだっけか? 心が痛むけれど、原作と同じ様に進む為に鬼となる俺です。
 え? じゃあ、さっきの介入もいらなかっただろうって? だって、友達が目の前であんな事になってたら、助けに入るのが普通じゃないか。それに結果的に黒子は遅れたんだし、とりあえず良かったのですよ。あのままだと佐天さんがどうなるか分からなかったからね。 
 さて、あの現場は全部任せたし、後は家に帰って家事をするだけなのですよ。さーて、帰ってホタテの殻むきしないとねー。と、呑気に考えて家に帰ろうと小走りになる。

 この時の俺は、想像もしてなかった。だからこそ、呑気に構えてたんだろうけど。
 この事が、あんな事になるなんて誰が想像出来たんだろう……そして、殴りたい。この時の自分を殴り殺したい気持ちで一杯です。



 <おまけ>

「成程、それでは佐天さんは助けて頂いたのですね」
「は、はい……あの、白井さん」
「なんですの?」
「フ、フレンダさんは悪くないんです……私を助けようとしてくれて……」

 その言葉に、黒子はフッ、と笑って口を開く。

「安心して下さいまし。確かにフレンダさんは相手に怪我を負わせましたが、正当防衛という形で成り立ちますわ」
「そうですか……良かった」

 ホッ、と息を吐く佐天を見て、黒子は軽く微笑むと近くにいた『警備員』の方へと歩いて行った。佐天はそんな後ろ姿を見たまま、ぼんやりと考え込む。

(フレンダさん、能力者でもないのに、あんなに強かったんだ……)

 あの時、舞う様に男達を倒したフレンダの姿は、佐天にとってはヒーローの様に感じられた。能力を一切使っていなかった所を見ると、フレンダは間違いなく『無能力者』なのだろう。男が『身体強化』がどうとか言っていたが、佐天は何となくフレンダが『無能力者』という確信を持っていた。
 自らの携帯電話に視線を移し、操作する。画面には『フレンダ』という名前が浮かび、電話番号とメールアドレスが載っていた。
 佐天はしばらくそのままで悩んでいる様だったが、やがて意を決したかのようにボタンを押しこむ。何度かの呼び出し音の後、電子音という音と共に携帯電話から声が上がる。

『はーい、もしもし。佐天さん、どしたの?』
「あ、その……」
『あ、逃げてごめんねー。ちょっと用事があって、あのまま『警備員』と話してたら間に合わないと思って。佐天さんに全部押し付けちゃったけど、大丈夫だった?』
「あ、私は大丈夫です。そ、それと……本当にありがとうございました。あの時、フレンダさんがいなかったら、私どうなってたか……」
『気にしてないよー』

 フレンダの明るい声に、佐天は軽く苦笑した。この人は本当にお人よしなんだなぁ、と心の中で感じながら、要件を伝えるために口を開いた。

「あの……実は、話したい事があるんです。今日の夜にでも、会えませんか?」
『あれ? 完全下校時間とか、大丈夫?』
「何とかしますから、大丈夫です」
『そういうのは駄目だよー。あ、私が佐天さんの部屋に行こうか? 私はそういう下校時間とか、関係ないし』

 その言葉に、佐天は「うぐっ」とうめき声を上げる。自分の相談なのに、相手に気を使わせてしまった。

「すみません……お願いします」
『はーい。晩御飯食べたら行くね。後でメールで住所送っておいて』
「はい、また後で』

 そう言って電話を切ると、佐天は深く溜息を吐いた。別に、フレンダに相談しなくちゃ駄目な訳ではないのに……何故かあの人の意見が聞きたくなってしまったのだ。そう思いながら、佐天は自分の携帯電話に視線を移す。
 そこには一つの音楽データ、『幻想御手』のデータが見えた。



[24886] 第十五話「幻想御手と無能力者」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2011/01/28 00:30
 「幻想御手と無能力者」



 夜のバスって、何となく不気味だと思わない? 個人的には昔に見た漫画のせいで、自分以外に人が乗ってないバスとか、最終電車とか怖くて溜まらないんだよね。実は地獄行きのバスに乗りこんじゃってました! 的な。

「んっと……次の乗り場で降りればいいのか」

 今現在俺は、佐天さんが住んでいるアパート目指して移動中でありまする。というか佐天さんが俺に何の用事なんだろ? この時の佐天さんって、もう『幻想御手』使ってたっけか……? 『超電磁砲』では確か友達と一緒に使った上、初春との電話が終わってからすぐに意識失ってたところまでは記憶にあるんだけど、いつ『幻想御手』使ってたかは覚えてないんだ。いや、まさかこの事件に関わるなんて思ってなかったから、完全に記憶から除外してしまっていた俺が悪いんだけどね……
 とか何とか考えていたら後ろから肩叩かれた。それと同時に後ろへ振り返ると、目に入ったのはいつも見ている黒い髪の毛。

「ふれんだ、次で降りるんだっけ?」
「あ、うん」

 そう、何故か滝壺が着いてきたんだよね。というか、俺が佐天さんの部屋に行ってきますって言ったら、他の三人にかなり怒られたんだ。いや、今日の仕事(食器の片付けまで)全部終わったのにね。どんだけ俺に仕事回す気なんだっていう。たまには自分達でお皿位洗おうね! こんな事言ったらムッコロされるだろうけど。

「でも、相談して欲しいって言われたの私だけなんだら、滝壺さんは来なくても良かったのにー」
「夜にふれんだが一人だけで出かけるの心配。それに『幻想御手』とかいう物のせいで、最近物騒だし」

 んー、そこまで心配してくれなくても素人の『強能力者』位までなら何とかなるんだけどなぁ。それに出かける前に三人でジャンケンしてた所を見ると、心配だけど着いていくのめんどいから誰か負けたら着いていこうみたいな話だったんだろうか? それだったら悪い事したわ。

「そっか~。わざわざごめんね」
「気にしなくていいよ」

 うーむ、これはいつか埋め合わせをしないとアカンかもね。滝壺さんには毎回毎回助けられるでぇ……



「そして、佐天さんのお部屋の前に着いたのであーる」
「ふれんだ、誰に言ってるの?」
「ちょっと独り言言いたくなって」

 あれからバスを降りて徒歩二分、佐天さんのアパートに到着いたしました。綺麗なアパートで、中学生でここに一人暮らしとか贅沢すぎる……と、思うほどですよ。流石は『学園都市』というべきなのかな? 佐天さんの実家にお金があるとは思えないし、これが普通なんだろうね。さて、とりあえずチャイム鳴らす……

「ふれんだ」
「ん、何? 滝壺さん」
「私近くのコンビニにいるから、終わったら連絡して」

 へ、どうして? ここまで来たんだし、入ればいいのに。

「気にしなくていいよ。とりあえずお話が終わったら、ね」

 おおぅ……滝壺の無言の威圧というか、プレッシャーが感じられます。どうやら本当に部屋に入るつもりはない様子。怖いので大人しく言う事聞きましょう。

「うん、分かったよ。じゃあ、終わったら呼ぶね」
「うん、また後で」

 そう言って滝壺は去って行きました。いや、まさか本当に俺が一人でここまで来るの危ないから一緒に来ただけ? し、失敬な! いくら俺が弱くても自分の身くらいは守れ……る? 守れるよ!? うぅ……言いきれないのが悲しいです。
 このまま落ち込んだ気持ちになっては佐天さんの相談を受けるのもままならないので、とりあえず中にインターフォン鳴らして入れてもらうとしよう。それ、ポチッとな。

『はーい?』
「あ、佐天さん? フレンダですー」
『あ、すぐに開けますね!』

 ガチャリと開くドアと同時に見える黒い髪。見ているこちらまで楽しくなるような笑顔、佐天さんはマジ天使……少しは麦のんも可愛さを覚えた方が良いと思うんだよね。絶対に言えないけどさ!

「ごめんね~、遅くなって。色々立て混んじゃってさ」
「い、いえいえ! こっちこそこんな時間に来てもらって……」
「その辺は気にしない気にしない。友達でしょ?」
「親しき仲にも礼儀あり、ですから」

 おぉ、素晴らしい考え。親しき仲にも礼儀あり……そう、どんなに親しくても相手の事を思いやらないといけないよね。麦のん達もそういう所は分別付けてるので、個人的には佐天さんがそう言ってくれた事が嬉しいのですよ。
 とりあえず誘われるがままに部屋に上がる。原作通り小奇麗で整頓された部屋でした。いや、フレンダになってからは整理整頓気を付けてるけど、俺だった時は確か酷かったはずだなぁ。そういう今度はまともに片付けよう、的な経験がないのにきちんと片付けが出来てる佐天さんは超偉いと思う。

「あ、あんまり部屋の中見ないで下さい。散らかってるから恥ずかしいです……」
「ええー、全然綺麗だよ? これで散らかってたら世の中の部屋の殆どが散らかってる事になるよ」
「そ、そんな事ないですって!」

 しばらく談笑タイムに入る。佐天さんの友達の事や、俺が普段どういう生活をしているのかとか、そういう他愛もない話が続く。その間に佐天さんが入れてくれた紅茶を飲んだんですが、市販の物の癖に美味しかったです。佐天さんはこういう方面に才能があるのかもしれないね。能力だけで威張り散らしてる阿呆共は佐天さんの様な才能を見習うと良いです。
 そのまま三十分ほど談笑していましたが、このままだと待たせている滝壺の怒りが有頂天になりかねないので、佐天さんからササッと話してもらわんと。という訳で、俺から切り出してみる事にしました。

「それで佐天さん、今日は何の用事があったのかな?」
「あ……」
「今まで切り出さなかった所を見ると、言いづらい事? それとも単純に忘れてただけ?」
「そ、その……」

 あれ、少し怖がらせちゃった? いきなり切り出しすぎたか……反省反省。

「別に私は怒ってないよ。佐天さんが言いづらいのなら、別に話さなくても大丈夫。雑談出来ただけで私は楽しかったからね」

 にひひ、と笑ったら佐天さんも緊張がほぐれたかの苦笑してこちらに視線を向ける。どうやら話してくれる気になったみたいね。さあ、佐天さんよ。恋愛? 友達関係? どんな相談でもバシッとこいやぁっ!

「これ……なんですけど……」
「ん?」

 これは……携帯電話? 一体これがどうしたの? と、俺が首を傾げたのを見て察したのか、佐天さんはゆっくりと口を開く。

「携帯の事じゃないんです。この中に入ってる……『幻想御手』の事で……」

 ……え?
 い、いや、ちょっと待って。今何て……

「『幻想御手』って、今巷で騒ぎを起こしてるあの?」
「はい、そうなんです」
「……本物?」
「音楽サイトに隠してあった場所から行けたので、間違いないと思います」

 いや、佐天さんが持ってるのは本物だって知ってたけど、何でそれを俺に相談する!?あれか、能力者じゃない俺が『武装無能力集団』をブッ飛ばしたせいですか? な、なんてこったい……こんな所で原作剥離が起きようとは思わなんだ。い、いやいや……まだ原作剥離が起こったとは確定してないよ。佐天さんがこれをちゃんと聞いていれば、原作通りに話は進むよね!

「佐天さん、これ聞いてないよね?」
「……最初は使おうと思ってました。これを聞くだけで今まで悩んできた能力が、私の能力が使えるようになるならって……」
「聞いてないんだね?」
「……はい」

 オゥノゥ! 俺に相談してきた所から何となく分かってたけど、やっぱり聞いてなかったか! た、確か原作だと、佐天さんが倒れたせいで初春とか黒子が本気出した記憶が……? こ、このままだと別に気にする事もなくのんびりとした感じで調査が進むのだろうか? そ、それって不味いよね……
 何が不味いのかっていいますと、木山先生の事なんですよ。原作見てた時は放っておいても鎮静化してた筈だし、御坂達が出張っても問題ない事件だよねぇ、とかのんびり考えていました。が、裏事情を知ってるとそういう訳にもいかない事が判明したのです。何と木山先生……というか『幻想御手』の犯人が仕事の邪魔だから始末するか、的な任務が近々あるかもしれないと『電話の女』さんからあったのですよ。いや、正確には麦のんがモニターの向こうにいる彼女を脅して『幻想御手』の件吐かせたんですけどね……あの人半泣きだったな、主に声が。
 要するに、このまま放っておくと木山先生はムッコロ、上手くいっても暗部に強制加入される末路を辿る恐れがあるのですよ。原作では御坂達がその前に捕まえたから良かったのね……しかも木山先生が暗部関連に巻き込まれると、連鎖的に顔芸さんが子供達を実験に使ってしまうという悪循環が発生するのです。それはあまりにも救いがなさすぎるだろ。救いはないんですか!?

「フレンダさんは、ないんですか……?」
「ん、え?」

 俺が心の中で汗をダラダラ流し続けていたら、佐天さんが俯いたまま声をかけてきました。俺としては現在頭がパニック状態なので、まともに受け答えが出来るとは思えないから難しい質問は止めて欲しいんだけど……というか、佐天さんは何が言いたいのよ。

「能力を、自分だけの力を手に入れたいと思った事は、ないんですか?」
「あー……」
「私はありますよ」

 佐天さん、目が怖いんですけど……巷で良く言うレイプ目、ではないけど確固たる意志を持ちながらも濁った目って言うのかな? 暗部で良く見る目ですね……まさか佐天さんがこんな目をするなんて思ってもいなかったけど。

「自分だけの力があればどんなに良いのかって、能力が使えたらどんなに嬉しいのかって、考えなかった事はありません」
「佐天さん……」
「だって、不公平じゃないですか!!」

 佐天さんがテーブルを叩きながら大声を上げる。上に置いてあったカップが倒れて紅茶がこぼれてカーペットに落ちるが、俺も佐天さんもそんな事に気を向ける余裕はない感じだ。佐天さんは怒り? のせいで、俺は驚きのせいで。

「私だって頑張ってます! 私だって努力してます! 私だって『学園都市』の人間です! なのに、なのにっ……」
「……」

 途中から嗚咽が入り始めた佐天さんの声は必死そのもので、自分の心をそのまま吐きだしてる感じだ。原作だとあんなに明るかった佐天さんが、ここまで能力に悩んでいたとは……いや、御坂との会話とかでかなり羨んでる様子はあったけど、まさかここまでとは思わなんだ。

「わた、しはっ……!」

 とうとう泣きだしてしまった。だけど、ここで慰めてあげるのは何か違う気がする。佐天さんも慰めてほしくて俺を呼んだとは思えない。だって慰めてくれる対象には初春いるし。しかしどうすればいいのか……うむむ、こうなったら昔読んでいた漫画からかっこいい台詞を言おう! というかこれからどうすればいいのか分からなくてパニック状態なので、まともな台詞思い浮かばないんだよ!

「佐天さん」
「……はい」
「この際、好きなだけ吐きだしちゃえ♪」
「……え?」
「今ここにいるのは私と佐天さんだけ。だから今何を言っても大丈夫じゃない? これが良い機会だもん、今まで溜めこんでた物全部吐きだしちゃうと良いよ!」

 その言葉に佐天さんは最初茫然としてたけど、すぐに顔を真っ赤に染めてあわあわ言い始めた。うわぁ……可愛すぎだろ。前にも言った気がするけど、世の中のヘボ男共は能力とか家柄とかそういうのはどうでもいいから、佐天さんを好きになるといいですよね。この可愛さは魔性ですよ……

「あ、いえ、その……い、今のは忘れて下さい! いきなりあんな失礼な事……!」
「気にしない気にしない。それだけ佐天さんの想いが強いって分かったからね」

 俺は努めて明るく振舞いながら佐天さんに笑いかける。それを見て怯えながらこちらを見る佐天さん……やべぇ、犯罪犯しちゃいそうなくらい可愛いわ。

「佐天さんがどれだけ能力に憧れて、どれだけ努力したのかが今の言葉でよーく分かったよ」

 俺がそう言うと、佐天さんは恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。とりあえず、さっきのでの危うい感じは消えたかな?

「それだけ強い想いを胸の中に詰めてたら、息苦しくて窒息しちゃうよ? だから一回思いきって吐き出してみなよ。都合のよい事に、貴方の目の前にはほぅら、ぶつける対象がいるじゃない?」
「で、でも……」
「いきなりこんな事言われて混乱する気持ちも分かるけど、騙されたと思って一度やってみなさいって。効果の程はお姉さんが保障してあげよう」

 微笑みながらそう言うと、佐天さんはおずおずとしながらも顔を上げた。目は潤んでるし、頬は赤い。これ何てエロゲ? なんていう状況なのかしらね、これは。

「フレンダさん、本当に良いんですか?」
「おっけい、どんと来なさいな」
「でも、私……一杯ありすぎて沢山時間かかっちゃうかも……」

 あー、それだけ胸に秘めてる物があるのね。なら、仕方ないとですよ。と俺はポケットから携帯電話を取り出してアドレス帳から滝壺の番号を検索して送信ボタンを押す数回のコールの後、プッという電子音と共に電話が繋がった。

『ふれんだ、終わったの?』
「ううん。滝壺さん、送ってもらっちゃった上に悪いんだけど、今日は佐天さんの家に泊まろうと思うんだ。駄目かな?」

 うぅ、ごめんよ滝壺。だけどこんな状態の佐天さんを放っておける程、俺は冷たい人間じゃ『いいよ、じゃあ先に帰ってるね』
 え? やけにあっさりしてるな。てっきり不機嫌になるか、もしくは怒られると思ったんだけど……滝壺さん、何で?

『ふれんだが相談に行くって言った時から、何となく予想してたよ』
「え、何でそれだけで?」
『大丈夫だよ、私はそんな自覚のないふれんだを応援してる』

 ……何でだろう、何か馬鹿にされてるというか、微笑ましい顔でおバカな子供を見ている感じの感覚を受けるのは。何か納得いかないけど、とりあえず不機嫌にならないならそれに越した事はないか。地味に安心した。

「ごめんね滝壺さん、この埋め合わせはいつかするから」
『え、マジで? ……コホン、じゃあ今度一緒に出かけよう、二人で』
「? 買い物ならみんなで行けばいいんじゃ」
『二 人 で』

 ヒ、ヒィ!? な、何故か今心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に襲われたとですよ……な、何なの今のプレッシャーは……?

『でもふれんだ、むぎのには自分で連絡しないと駄目だよ』
「あ、うん。分かってる。これであの家二回連続で夜と朝留守にしちゃうね。朝御飯ごめんね」
『気にしてないよ。ふれんだ、やるからにはしっかりね』
「はーい、じゃあまた明日ね」

 ピッ、と通話を切る。佐天さん、もう少し待ってねーとジェスチャーしながら次は麦のんに電話をかけます。二回連続で留守にするの久しぶりだから言うの怖いな……怒られたりして。え、ええい……これも佐天さん、引いては原作の為ですよ! ここで佐天さんが気絶せずとも立ち直る方向に持っていかないと……!

『はい、もしもし。どうしたのフレンダ?』
「あ、麦野さん……実は……」

 今までの経緯と、今日は佐天さんの部屋に泊まるから留守にするという事を伝えました。勿論、朝御飯作れない事に関しては謝りまくりましたよ? 麦のんからは見えないだろうけど、ここで土下座をするのも厭わないですよ?

『はぁ……アンタはいつもいつもそうよね』
「え、何が?」
『自覚がないからタチが悪いのよ……』

 麦のん、何言ってるのさ? いや、確かに人を励ましたりすることは多いけど、別に自分に負い目があったり、相手が暗いとこっちまで暗くなるのが嫌だからやってるので完璧自分の為ですよ? 代表的な例としてはコンビニにいる貝崎っていう男の子なんだけど、俺が股間蹴って昏倒したから介抱したという例もあるのです。流石に自分が怪我させた相手を見捨てていくほど、俺は外道ではないのですよ、まる。

『しょうがないわね、今回は勘弁してあげる。ただし、今後はより一層頑張るのよ』
「本当にすみません……今度何かで埋め合わせしますから」
『え、マジで?』

 あれ、何かデジャヴ。とりあえずそのまま一言二言お話して、電話を切りました。さて、次は佐天さんですよ!

「さぁ、どんと来い!」

 俺が気合いを込める様にそう言うと、佐天さんは戸惑う様にこちらを見遣るが、やがて決心したかのように深く深呼吸した。

「途中で、もう聞くの嫌だ! 何て言わないでくださいよ?」

 そう言って、佐天さんは大きく口を開いた。



 只今お風呂の中、なう。

「ふふふーん、ふんふんふーん♪」

 鼻歌を歌いながら目の前にあるものをシャンプーで洗う。目の前の物体は俺が手を動かすたびに、「ひゃうっ」とか「くぅぅ」とか言ってます。超エロい……
 現在夜中の二時でございます。あの後、佐天さんの告白(?)は一時間ぶっ通して行われました。近所迷惑と考えたそこの貴方! 『学園都市』製のガラスや防音技術舐めたらアカンのですよ? こういう人が沢山住むタイプのアパートとかの防音技術は超高性能なので、あれくらいの声では大した騒音にならないのです!
 で、それが終わった後佐天さんがどうなったかと言いますと、号泣ですよ。もうさっきまでの大声が霞むんじゃないかって位の泣き声でした。結局泣きやむまでまた一時間、泣き止んだ後もぐすぐす言って動いてくれないでまた一時間、計四時間俺は佐天さんの面倒を見切ったのですよ! いやー、ここまで人の相手をしたのは久しぶりかもしれない。佐天さん涙もろかったのね、可愛いから許すけど。
 で、冒頭に戻るんだけど、佐天さんの顔も髪もぐしゃぐしゃでこのまま寝ると朝大変な事になると思ったのでお風呂に入ってるのですよ。佐天さんは顔真っ赤にして嫌がりましたけどね……な、泣いてないやいっ。

「はい、終わりー」
「あ、ありがとうございます」

 うほぅ、眼福眼福。佐天さんってどう見ても中学生には見えないよね……確実に御坂よりあるし、絶対インデックスさんよりも……将来神裂さん並になったりして。下手したら俺よりも……考えるのはよそう、何か悲しくなってきた。
 さて、湯船に入った佐天さんに続いて俺も湯船に入る。ふぅ……やはり日本人は温泉ですよね。これがなければ死んでしまう自信があるのですよ。食事、お風呂、寝床、この三つが超大事だよね。首輪付けたままなのがアレだけどさ……慣れたけど。

「フレンダさん……その」
「ん?」
「今日は本当にありがとうございました。言いたい事全部言ったら、何かスッキリしちゃいました」
「そっか、それは良かった」

 にひひ、と笑って応えると佐天さんも微笑んでくれた。ふぅ……全くけしからん可愛さをしおってからに。

「私は……今までずっと、能力を持ってる人達が羨ましくて、憎んでたんだと思います」

 佐天さんが独白シリアスモードに!? こ、ここは空気を呼んで顔を引き締めるとですよ。

「今日フレンダさんに向けた言葉の中に、そういう言葉が沢山あって自分でも驚きました。自分はこんなに人を憎んでたんだって……そして、初春や御坂さん達の事も、心のどこかで憎んでたんだって……」
「佐天さん……」
「だけど、私はもう逃げません! 能力は欲しいけど、それは人から貰うものなんかじゃない。絶対に自分の力でそれを手に入れて見せます」

 佐天さんが自信を込めた瞳で俺を見るのと同時に、俺の心の中では一つの暗雲が立ち込めてきた。それは、『素養格付(パラメータリスト)』の存在。
 佐天さんはきっと、努力しても能力が手に入れられないって決められてるんだろう。それが決定づけられてるのが『学園都市』で、それが話の流れって奴なんだろうね。そして俺はその事を伝える事は出来ない。『滞空回線(アンダーライン)』に聞きとられたら確実に始末されるし、それでなくとも『素養格付』の事が漏れたら『学園都市』が大パニックに陥る。だから俺は軽く微笑んでこう言う。

「そうだね、佐天さんならきっと能力者になれるよ」
「はいっ、頑張りますよ!」

 はぁ、何でだろう。佐天さんの事はとりあえず大丈夫になったし、明日には原作通り進めるにはどうしたらいいのか考えながら修正しなき駄目だし、とりあえずこの『幻想御手』を届けなきゃダメなのに……凄い気分が重くなった。何か、俺って凄い悪人な気がする……これで俺が本物のヒーローなら、佐天さん達に報せて、なお且つ『学園都市』が相手でも負けないのになぁ。
 ……はぁ。



[24886] 第十六話「話をしよう」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2011/02/10 02:14
「話をしよう」



「おぉー、ここが『風紀委員』の詰め所なの?」
「はい! 初春も白井さんもここで『風紀委員』のお仕事してるんですよ」
「私は入るの初めてだから、ちょっと緊張しちゃうかも。 佐天さん、お願い出来る?」
「任せて下さい! ……っていうか、私は何度か入った事あるから特に緊張しないんで当たり前ですけど」

 あはは、と朗らかに笑う佐天さんの顔を見て、つい俺も顔が緩んじゃうのです。
 ちなみに私が今いるのは『風紀委員』の詰め所前でございます。どうしてこうなったのかと言いますと、昨日(っていうか今日の二時くらい)まで佐天さんの部屋にいて、その後お泊りしたのですね。んで、今日は佐天さんが持っている『幻想御手』を黒子とか初春に私に来たのだ。まぁ、ぶっちゃけて俺が来る必要性とか全然感じれないんだけど、佐天さんにあんな事言った手前来ない訳にもいかないし、御坂の件もあるからスルーは出来なかったんですよね。という事で、麦のんに連絡して今日は『風紀委員』詰め所に行きますと伝えてここに来たのです。麦のん達は後で来るって言ってたよ。
 ……どうしてこうなった。いや、佐天さんを助ける事が出来たのは良いんだけど、この事件にはあんまり関わらない方向で行きたかったのになぁ。実際問題木山先生は危ないし、このままだと原作から外れてしまいそうなので介入は止むを得ないものと考えてはいますけどね。くそぅ、全部引きこもりスターさんのせいだわ! 最新刊だと引きこもって無かった記憶があるけど!

「あ、フレンダさん。入ってもいいそうです」
「おとと、じゃあ行こうか。佐天さん、携帯電話持ってきてるよね?」
「う……は、はい」

 おずおずと携帯電話を取り出す佐天さん。その表情は暗い。
 うむ、やはり今まで友達にも隠していたのが後ろめたいみたいだね。朝食(俺が冷蔵庫の中のもので適当に作りました)の時も、何度も俺に対して、「今まで隠していた事を言ったら嫌われたりしないでしょうか?」、って聞いて来てたし。不安になる気持ちはよく分かりますよ、そういう子達は沢山見てきたしね、主に施設の子達ですけど。

「佐天さん」
「は、はいっ」
「心配しなくても大丈夫、私が保証してあげよう」
「あ……」

 いつも子供達を落ち着かせるときに使う台詞を吐いてみた。いや、実際のところ保証なんて出来ないし、いざ駄目だったら俺が責任取れる筈ないんだけども。だけど、とりあえず安心させる事だけは出来る効果があるのです。別にセコくないですよね!? 駄目ですかそうですか。
 とかアホな事考えてたら、みるみる内に佐天さんの表情が笑顔になってきた。うむうむ、とりあえず安心させる事は出来たみたいね。それに佐天さんが悲しい顔してると、周辺の空気の湿っぽさが上がった気分になるんですよ。佐天さんの笑顔マジ太陽……

「よっしっっ! フレンダさん、行きましょう!」
「おけおけ」

 そう言って佐天さんと俺は詰め所の中へと向かう。さて、後は御坂の事だけかしら? それが終わったら、麦のん達が詰め所に来るのと同時におさらばするとしましょう。いくら何でも、これ以上首を突っ込むと木山先生と戦うところまでずるずる行っちゃいそうですしね!



「このデータが『幻想御手』、ですの……?」
「ちょっと、調べてみますね」

 はい、只今俺は部屋にあったソファーに佐天さんと一緒に座っている所であります。現在部屋にいるのは俺を含めて六名。俺、佐天さん、御坂、黒子、初春、固法先輩です。そして最近気付いたんだけど、固法先輩ってフレンダ……俺と大して年齢変わらないのね。でも原作のイメージから、常に固法先輩と呼び続けるのですよ、ワタクシは。
 出された紅茶を啜っている間に、初春が物凄いスピードでキーボードを叩くのを眺める。いや、早いとかそういうレベルじゃないんですけど? ブラインドタッチの世界チャンピオンとかいるのか分からないけど、初春ってそういうレベルなんじゃないか? 原作でも御坂とハック勝負して互角だったとかいうしね……冷静に考えると、『超能力者』の『電撃使い』と引き分けるとかパネェ。『強能力者』辺りでも、簡単なハックとかは出来るんですよね。それが『超能力者』だとどうなるか……想像してみると、如何に初春が可笑しいのか分かるよね。

「むぅ……」
「どうしましたの、初春?」
「御坂さんの推測通り、何か音楽データの中に特殊な波長があるみたいです。これを共有? させてるんでしょうか?」
「そうとは限らないし、あれはあくまで推測の域を出ない仮説よ。大体、誰が何を目的にこんな事をするのか分からないし……」
「そうですわね……ひとまず、木山先生にもこのデータを送信しておきましょう。何か掴めるかもしれませんわ」

 その木山先生が犯人なんだけどね。いや、俺以外で知ってる人いないだろうけど……スターさんなら知ってるか。あと『滞空回線』の存在を知ってる『統括理事会』とかな。でも、この紅茶本当に美味しいわ。普通の葉っぱだし、そんなに高い物じゃないんだろうけど淹れ方が非常に上手。固法先輩はマジで家事万能ですね。
 とか考えてたら、御坂が苦笑して佐天さんに視線を向けたでござるの巻。な、何か嫌な予感がするのでせうが……

「でも、佐天さん『幻想御手』を見つけたなら、すぐに言ってくれれば良かったのに。その分調査も早く進むしね」

 の、のぉう! いくら何でも無神経すぎまっせ御坂さん! ほら、佐天さん困った顔して笑ってるじゃないですか。いや、御坂の一言に悪気も悪意も一切無いのは分かるんですけど、元『無能力者』ならその辺り考えて上げましょうよ。

「御坂さん、ちょっと……」
「ん、何? フレンダさん」
「いいから、ちょっと」

 ソファーから立ちあがって廊下に出た俺の手招きに、御坂は首を傾げて訝しげな表情を浮かべながら着いてくる。佐天さんも着いてこようとしたのか、こちらに視線を向けたけども首を横に振って断っておいた。原作だと御坂は自分で気がついて、黒子に打ち明けてたみたいだけど佐天さんの目の前では特に何かやってた訳じゃない筈。変な所で原作剥離させちゃアレだしね。ここは俺が黒子の代わりを務めるとしましょう。
 少し急ぎ足で階段を上り、屋上の扉を開いて外に出る。本日は晴天お出かけ日和。せっかくならこんな所でパソコンいじってないて、アウトドアにでも行きたい気分です。キャンプで焼き肉したい……

「フレンダさん、こんな所で何の用?」

 おっと、不機嫌そうな顔で御坂が来たでござる。まぁ、理由も話されずに一方的に呼ばれたってあっては不機嫌になるのも当たり前ですよね。

「ちょっと話があって。時間いいかな?」
「話? ならあそこですれば」
「いいかな?」

 えぇい、あそこだと話しにくいと気付けぃ! いくら何でも鈍すぎるでしょう? いや、上条さんへの恋心に気付いたのもかなり後半だし、意外と本当に鈍いのかもしれん。めんどくさい演算は出来る癖にー。
 御坂は軽く眉を顰めると、ゆっくり首を縦に振ってくれた。よし、これで安心して話が出来る。

「佐天さんの事なんだけどね」
「佐天さん? 佐天さんがどうしたの?」
「白井さんから聞いてたと思うんだけど、佐天さんが『武装無能力集団』に襲われたのは知ってる?」
「勿論、それをフレンダさんが助けたのも聞いてるわ。私もそいつ等ブッ飛ばしてやりたかったわね」

 その言葉を聞いて、自然と笑みがこぼれてしまった。御坂の顔は参加出来なくて詰まらなかったとかそういう感じじゃなくて、佐天さんに危害を加えた連中に対して怒りを覚えた感じに見えたからね。無神経かも知れないけど、実際は優しいし正義感が強いんですよね……流石はヒーロー、紛い物の俺とは違うのだぜ。
 さて、ここからが本番。変な事言って怒らせないと御の字だけど……上手くいくかしらね。

「佐天さん、『幻想御手』を手に入れて、凄く悩んでた」
「悩んでた……?」
「うん、これで自分も能力を使う事が出来る。これで自分も御坂さん達と一緒だって……だけど、だからといってこれを使っていいのかな? ってね」
「……」
「すぐに出せなかったんじゃないんだ。佐天さんは悩んで悩んで……結果的に出すのが遅れたけど、決して遅かった訳じゃないよ」

 そこで一息吐いて、御坂に視線を向ける。御坂の気の強そうな視線と真っ向から目が合ってちょっとびびったけれど、ここはかっこよく決めないと恥ずかしすぎるので我慢します。

「まぁ、私も聞いたのは昨日の事なんだけれどね」
「昨日?」
「佐天さんに呼ばれてお部屋に行ったんだ。そこで話を少しね」

 御坂の視線が困惑を帯び、少しずつ不安そうな表情へと変わっていく。うーむ、こうして見るとやっぱり幼いよね。実際レイちゃんとか陸君と同じ年なんだし、幼いのは当然なんだけど。

「佐天さん、とっても苦しんでた」
「そ、れは……」
「『学園都市』に来て、一向に能力が使えない自分が憎くて仕方がなかった。そして……」

 そこでキッ、と御坂に視線を向け直す。その視線に御坂は怯えるように視線を反らした。いや、本気になったら俺なんて御坂に、瞬☆殺なんだけどな。この時だけは期待通りのリアクションをしてくれてサンクスですよ御坂。

「御坂さんや白井さん、そして……初春さん達も、憎くて仕方なかった」

 俺の言葉に、御坂は明らかに怯んだ様子で俯いた。原作だと佐天さんを無神経に励ました事を自覚してたし、今もその事で後悔してるのかな? ちょっと辛辣に言いすぎたかも知れないけど、佐天さんが倒れてないからちょっと派手にやらないと理解しないかと思ったんです。今は反省している。御坂をこれ以上虐めると後々黒子に何されるか分からないので、そろそろ自重しておきましょうかね。

「でもね」

 俺はそう言いながら屋上の柵に体を預ける。ギシ、という音がしてかなり怖かったけど、こういうシーンでは雰囲気を出したいので、「にひひ」、と笑いながら口を開いた。

「それ以上に、御坂さん達の事が大好きなんだってさ」
「え……」
「自分がこういう感情を持っていても、それでも大切な友達だと思える御坂さん、白井さん、初春さんが、好きなんだって」

 俺の言葉に御坂は茫然とした様子で口を開いたままだ。ちょっと可愛いと思ったのは秘密です。
 しばらくそのまま制止してた御坂なんだけど、やがてゆっくりとした動作で俺の隣に移動してきました。両手を支えにして柵によしかかる様な体勢をとって体を預ける。

「私、凄く無神経よね……」
「ん?」
「私は昔『低能力者』で、ずっと努力して『超能力者』になった……他の人達も、同じ努力をすれば、いつかは強度だって上がるものって……ずっと考えてた」
「御坂さん……」
「私、『超能力者』とか言ってるけど……そういう所は全然駄目だよね。私は、目の前にハードルがあったら……それを乗り越えて進まないと気が済まない。『超能力者』だって、自分が努力して着いてきた、ただの名前の筈だった」

 御坂の言葉に、俺は上手く言葉を返す事は出来ない。御坂も『素養格付』の存在を知ったらどうなるんだろうか……自分が努力してきた結果が、最初から運命づけられていたなんていう皮肉。ある意味、知らないという事は幸せなのかもしれないね。

「強度なんてどうでもいいなんて……無神経な話だよね……」

 落ち込んでる落ち込んでる。ぶっちゃけここまで落ち込むなんて想像してなかったでござるよ。気の強い御坂でも、気にする事は気にするんだね。
 でもこのままだと困るのですよ! 御坂には何日後だか忘れたけれど、木山先生と戦ってもらわなくちゃならない。『自分だけの現実』っていうのはその日の気分も強く影響するって、麦のんが言ってた。落ち着いたり、楽しい状況だと能力は発動しやすいし強力になるらしい。だから麦のん生理の日だと能力が上手く……や、やめておこう。心の声だとしても、麦のんに聞かれたらオシオキ確定の言葉だった。いかんいかん、あぶないあぶないあぶない……さ、さて、御坂のフォローをするとしましょう。幸い、俺には話のネタがあるしね。

「私は、そうは思わないけどね」
「えっ……?」
「御坂さん、私は少なくても他の人よりは『超能力者』っていう存在を理解してるつもりなんだ」

 そう言って視線を街へ向ける。今日は学校も休みなので、学生が沢山歩いている。女学生たちが仲良くアイスを食べながら歩いていたり、友達同士で何の気なしに笑い合う。表側だけ見ると、『学園都市』って通ってみたい場所ではあるよね。裏側やばすぎワロス。

「私は、『置き去り』の施設にいた時に麦野さんと会ったんだ」
「チャ、『置き去り』!? フ、フレンダさんって『置き去り』だったの……?」
「ん? 白井さんから聞いてないの?」
「き、聞いてない聞いてない! そ、そのっ……ごめんなさい!」
「? 何で謝るの?」
「だ、だって……!」
「白井さんにも言ったんだけど、気にしなくて良いよ。私は今が楽しいし、気を使われると逆に辛くなるから」
「うぅ……」
「とりあえず続きを聞いて欲しいんだけど、良いかな?」

 俺の言葉に御坂が渋々頷くのを見て、俺は軽く笑みを浮かべて話を続ける。

「麦野さんは『超能力者』、絹旗と滝壺さんは『大能力者』、これは知ってるよね?」
「う、うん。良く話してたし……」
「だからこそ、私は佐天さんの気持ちが分かったんだ。能力に憧れた事なんて、一度や二度じゃないから」

 いやー、毎回毎回仕事する度に思うんですよね。あとドラゴンボールみたいにビームみたいなの撃ってみたいとも思ってます。男はいくつになっても厨二病からは逃れられない運命にあるのですよ……

「でもそれ以上に、『超能力者』の苦しみも知ってる」
「私と麦野さん、の事……?」
「うーん、全ての……かなぁ? 当てはまらない人もいるかも知れないけど」

 削板とか『心理掌握』とかは楽しんで使ってるイメージがあるし、第六位に関しては姿形ともに知らんし。垣根はどうか分からないけど、少なくても『超能力者』の悩みというか、苦しみは原作込みで良く分かるのよ?

「『超能力者』は、この『学園都市』にいる全ての能力者の上に立たなければならないけど……御坂さんはそういったものになりたくてなった?」
「……いいえ、私はそんなものになりたかった訳じゃない。さっきも言ったけど、ただ進んでた結果がこれなだけよ」
「だよねぇ」
「何が言いたいの?」
「麦野さんは、かなり昔……私が出会った頃には、もう『超能力者』だったんだ。出会った時からずっと、私は麦野さんと一緒に生活してきたんだけど」
「だけど?」
「それまで沢山の人に会って、沢山の付き合いがあった。けど、麦野さんを本当の意味で見てくれてる人なんて、ほんの一握りだったんだ」

 『超能力者』最大の悩みですよね、これ? 御坂は友達という友達が殆どいないし、『心理掌握』もあくまで勝手な想像だけど派閥に仲間はいても、友達と言える存在なんて極僅かなんじゃなかろうか? そして麦のんも、結局『アイテム』のメンバーを除いたら田辺さんとか施設の人達位しか付き合いがないのです。いや、今まで出会った人間の大半が暗部とか言う真っ黒人間共ばかりだったのも問題なんだけどね。そして、『一方通行』。過去の話とか色々見てきたし、あの計画でも『妹達』とか『番外個体』、『打ち止め』とか色々いたけど、最初にああなったキッカケは周囲の人間が勝手に騒いだ結果だった筈。実際『超能力者』なんてものにならずに済んでいれば、『一方通行』は決してあんな人間にならずに済んだはずだ。
 『超能力者』は確かに強力で、『学園都市』で最大の力を持っているのかも知れないけど、それと引き換えに普通の人間が送る生活とは隔絶されちゃうのですな。俺だったら友達はいない、ギスギスした人間(組織)関係とか無理でござる。なるのなら『強能力者』くらいがいいでござるな。

「莫大な力と引き換えに、『超能力者』達は常に『学園都市』が誇る存在でなければならない。そんな場所にいる事が出来る麦野さんや御坂さんを、私は凄いと思う」
「あ、そんな……」
「あ、話は戻るんだけど」

 いかんいかん、ちょっと感傷的になりすぎて話が脱線してた。御坂に対してのフォローなのに、何で俺の過去を赤裸々に語ってるんだ。は、恥ずかしい!

「御坂さんは、佐天さんを見下してた訳じゃない。『無能力者』を蔑んでた訳じゃない。佐天さんを本当に心配して、そう言ってあげたんでしょ?」
「……うん」
「なら、後悔はしちゃいけないと思う。御坂さんが本当に佐天さんを思って言った一言後悔するなんて、もったいないしね。反省をするのは良いと思うけど」

 俺はそう言って、「にひひ」、と笑う。さて、言いたい事は全て言った。原作でもそれほどフォローされずに立ち直ってた御坂だし、これ以上はいらないでしょ。とか思ってたら、御坂がいきなり自らの両頬を叩きました。気合い入れる時とか、そういう時にやるアレです。かなり良い音なったから、結構痛かったんじゃないかな? いきなりどうしたの?

「フレンダさん」
「な、何?」
「ありがと、スッキリした」

 おお、流石は若干だけど姉御肌気味の御坂さん。そんなに男らしい所を見ちゃったら惚れちゃうのですよ? 元から可愛い御坂さん、俺が女じゃなければ……!

「じゃあ、部屋に戻りましょうか。黒子とか初春さんも置いてきちゃったし」
「だねー。御坂さんごめんね、付き合わせちゃって」
「ううん、こちらこそどういたしまして。スッキリしたわ」
「なら良かったよー」

 勝った、『幻想御手』編、完ッ! 後は放っておいてもも御坂や黒子が解決してくれる事でしょう。さて、後は麦のん達が来るのを待って……

「ねぇ、フレンダさん」

 ん、御坂が話しかけてきたでござる。一体何の用、と視線を向けると軽く笑みを浮かべて御坂が口を開いた。

「フレンダさんは、麦野さん達の事をどう思ってるの?」
「麦野さん達? 滝壺さんと絹旗も?」
「うん……さっき、佐天さんが私達を憎んでたって言ってたでしょ? 似た立場のフレンダさんは、どう思ってるのかなって……」
「……気になる?」

 軽く頷いた御坂を見て、俺は思いついた言葉を口に出す。やはり佐天さん絡みでこういう話になったんだし、ここはこう応えておくのがベストですよね。

「佐天さんと同じだよ」
「同じ?」
「羨やんだ事も、憎んだ事もある。だけど、それ以上に大切なの。そんな関係だけど……うーん、憎むとか言ったら麦野さん達に捨てられちゃいそうで怖いー」
「……ぷっ、ないない」
「えー、分かんないよ?」
「絶対無いわね。万が一捨てられる様な事があったら、すぐに私に連絡して。麦野さんの事ブッ飛ばしてやるから」
「あはは、怖いねーそれは」
「万が一にも無いでしょうけどね」

 麦のんVS御坂とか、一番想像したくない戦いなんですけど……最後に少しだけトラウマを刺激されて、ちょっと凹んだ俺でした。クスン。



 部屋に戻った俺達を待っていたのは、窮屈になる位の人口密度でした。

「あ、おかえりなさい。御坂さん、フレンダさん」
「ただいま、ごめんねー席外しちゃって」
「あ、私のせいだから。御坂さんは悪くないからね」

 いきなり席を外して、不信感を御坂に持たれたら溜まらん。そんな事くらいでこのメンバーに亀裂が入るとは思えないけど、少しは気を使うのです。
 で、人口密度が増えた理由は麦のん達が到着していたからです。滝壺や絹旗まで一緒に来てるし。わざわざ全員で来なくてもいいのにさー、別に気にはしないけれど。

「それで、初春さん。『幻想御手』の解析とかは進んでるの?」
「流石にまだ分かりませんね。木山先生と共同で進めていくしかなさそうです」
「わたくしも、『幻想御手』を悪用している能力者達の摘発に向かわなければなりませんわ。ただでさえ、使用すると昏倒するという曰くつきの代物。これ以上広められたら、取り返しが付かなくなるかもしれませんし」
「私も少しは情報集めてみるわ」
「お姉さま、無理はしないでくださいましね」
「なにおぅ」

 それにつられて俺と佐天さんは笑う。一瞬佐天さんと視線が合ったので、軽くウインクをしたら頭を下げられました。ふぅ、これで御坂と上手くいくといいですよ。では、これで帰るとしましょうかね。いい加減これ以上留守には出来ないし。

「じゃあ、今日はこれで帰りますね。麦野さん達も来てますし」
「あ、はい! フレンダさんもまたどこかに出かけましょうね」
「また今度ー」

 そう言って麦のん達に近付く。というか、何で黙ってるのかしら? いつもならやる事やって、さっさと帰るのが基本なのに。

「麦野さん、お待たせー。帰ろうか」
「……」

 ど、どうしたの麦のん? ま、まさか二日連続で家を空けた俺にお怒り、ですか……? お、オシオキダケハカンベンシテクダサイオネガイシマスオネガイシマス……って、わぷ。

「む、麦野さん?」
「ん」

 と、突如麦のんに頭を撫で撫でされているでござる!? い、いきなりどうしたの麦のん……いや、頭を撫でられるのはとても好きだし、落ち着くんだけど、いきなり過ぎて意味が分からねぇ。で、でも……悔しい、和んじゃう!

「あふー……」
「……行くわよ」
「あれ、終わり?」

 いきなり切り上げられた。結構のほほんとしてたのにー……というか、麦のんから出るオーラが何か柔らかいというか、不思議な感じだな。不機嫌とも言えるし、嬉しそうにも見える。何かあったのかしらね?

「フレンダ、行こう」
「う、うん」

 た、滝壺も何か優しい?

「た、滝壺さん?」
「何?」
「何かあったの?」
「……大丈夫だよ、私は正直で優しいフレンダを応援してる」

 う、うわあああああ! な、何か怖い! い、一体何があったというの……? 明らかに怒っている感じはないし、別に不機嫌にもなってない。不自然な優しさになってて怒りゲージMAXな事は何度かあったけど、こんな事は初めてですよ? 不気味すぎる……
 とか考えてたら、突然右手を掴まれました。そちらに視線を向けると、そこには『アイテム』一の幼女、絹旗の姿が。というか、絹旗って中学生だし別に幼女じゃないな。という無駄な事を考える位に混乱してる俺です。

「フレンダ」
「な、何?」
「……超何でもないです」

 うぉう……マジでどうしたのかしら? それに絹旗、結構強い力で握ってきてるな。これで能力発動してると俺の手がミンチなんだろうね。
 でも、絹旗と手を繋ぐのも久しぶりかも? 来てしばらくの頃は結構こうしたもんだったっけか。まあ、しばらくぶりに手を繋いで帰るのも良いかもしれんか。

「にひひ」
「ん……」

 軽く握り返したら、更に強く握ってきた。絹旗可愛すぎるでしょう? さて、麦のんに遅れたら怒られるし後を着いていかないと……

「フレンダの気持ちは、超分かりましたよ……」
「ん、何か言った?」
「いいえ、別に超何も言ってません」

 んぅ? 変な絹旗だな。まぁ、いいか。後は御坂達が『幻想御手』を解決してくれる事を祈りつつ、今日の晩御飯の仕込みしないとねー。



[24886] 第十七話「電磁崩し」 幻想御手編 完結
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2011/02/10 17:32
「電磁崩し」



 皆さん、おはこんばんちわ! フレンダもとい俺です。
 あれから二日経ちました。いやー、『幻想御手』の事件ってどれくらいで解決したのか全然覚えてないので、個人的には今現在かなりビクビクして過ごしています。佐天さんが倒れてからそれほど時間が経たずに解決されたのは覚えているので、多分そろそろだと思うんだけどね。
 今日は前回、紅茶とか飲んだりお菓子貰っておきながらさっさっと帰ってしまったお詫びも兼ねて詰め所に自作のアップルパイ(初作成)とお茶を持って向かっているところです。いやー、全体的にスイーツって難しいね。作るの自体は出来るんだけど、美味しく仕上がってくれないのですよ。という訳で、麦のん達に食べさせる前に毒味をして貰うのです。俺外道。
 そして詰め所に向かってるのは良いんだけど、途中で出会ったとある少女が何か鼻息荒いんだけど、どうしたんだろう? 心配だし声かけておくか。

「ミキちゃん、何か息が荒いけど大丈夫? 具合悪かったら無理しなくていいんだよ?」
「全っ然! 大丈夫ですから、早く詰め所に行ってそれ食べましょう……ってワケよ!」

 いやー、暗部入りしてから一番最初に出会った少女がここまで大きくなるとは思いもしませなんだ。身長は下手すると180cm近くて、スラッと痩せてて足も長いのでモデル体型です。髪は昔見たままでボサボサの茶髪なんですが、これって実験の影響なのかもしれないね。後、おっぱいが……とても小さいです……それだけで俺は優しい心になれるンだァ。

「でも、ミキちゃん仕事中だったんじゃないの? 一緒にいた人も警邏中って言ってたし」
「そんなもんよりおねえちゃんのお菓子が大事ゲフンゲフン、か弱い少女であるおねえちゃんを詰め所に送り届けるのも一つの仕事なワケです」
「む、私はミキちゃんのおねえちゃんなのにー。自分の身くらい自分で守れるよ」
「分かってますよー、でも心配なワケよ」

 むぅ、こうして真摯な瞳で見つめられると怒りづらい……自然とやっているのなら何という魔性の女……ミキちゃん、恐ろしい子! まぁ、一人で詰め所に向かうのも寂しかったし良いんですけどね。ただミキちゃんが怒られるのが忍びないです。
 しばらく二人で歩き続ける。その間にも雑談とか、施設が今どんな感じなのかとか聞いてたけど、相変わらず陸君が可笑しい事になってるな。いや、前々告白されたんですけどかなり困ったので苦笑したら、陸君が麦のんに……どうなったんだっけ? あれ、完全に記憶から抜け落ちてる。た、多分麦のんにオシオキされて記憶がデリートされているんだろうか? や、やっぱりオシオキコワイオシオキコワイ……

「おねえちゃん、おねえちゃん」
「ハッ……! な、何?」

 い、いかんいかん。いつもの如く我を失っていた。というか、この癖どうにかならないものか……いつか仕事で致命的なミスを仕出かしてしまいそうでおっかないんですけど。とりあえずミキちゃんの話に耳を傾けようか。

「最近、お仕事の方はどうですか? ……って、ワケよ」
「仕事……?」
「おねえちゃん、いつも危ない事してるから心配です。私を助けたみたいな事、いつもしてるのかなって思って……」

 ああー、暗部の仕事の事か。あの事を汚れ仕事だって事を、俺はミキちゃんとかには伝えてないから正義の仕事とでも思ってるのかな? 実際子供達は助けれてるけど、それの他には結構悪い事もしてるんだよね。『風紀委員』になったミキちゃんには言えないし、なってなくても言えないけどね。心配してくれたみたいだし、笑顔で返そうか。

「大丈夫だよー、最近はそんなに凄い事やってないし。このまま大して危ない事もなくいけそうだしろねー」
「……そっか、それなら良かったです。おねえちゃん、無理して心配ですからってワケよ」
「……ねぇ、ミキちゃん。いつも思うんだけど、その口調無理して使ってるなら使わない方が良いよ? 結構地が出てるし……」
「私の理想の口調なので、どうにか自然にいけるように努力中ってワケよ。だからおねえちゃんに言われても治せないってワケ!」

 あぁ、確かにあの時は興奮してて結構使ってた気がする……自らの黒歴史が一人の少女の人生を狂わせてしまった事に、俺は色々な意味で後悔しておりますです。今はマジで反省しているってばよ。



「おじゃましまーす」
「おじゃましますってワケよ」
「あら、フレンダさんいらしゃいまし。そちらの方は……あら、『風紀委員』でしたの?」
「初めまして、つい最近『風紀委員』になりましたミキと言いますってワケよ」
「……妙な口調ですのね。わたくしは白井 黒子、同じ『風紀委員』として共に頑張っていきましょう」
「はいってワケよ!」

 いや、黒子に変な口調って言われたくないと思う、とかいう無粋なツッコミは止めておこう。

「ちなみに、今日はどういったご用件ですの? あ、あと麦野さんは来てらっしゃいますか?」
「麦野さん達はちょっと用事で来れなかったんだ。用件は、ただお菓子作ったから一緒に食べない? と思って」
「いらっしゃいませんの……? あ、いえ……だ、だからといってフレンダさんだけで残念だなんて、失礼な考えはしていませんのよ! い、今お茶を用意しますわ」
「あ、お茶も持ってきたんだ」

 そう言って、奥にあるお客さんを待たせる場所へ向かう。というか、実際の所こういう所を私的に使うのは相当不味いよね? 固法先輩が気にしてない様子だから良いけど、他の詰め所で厳しい人がいたら追い出されてるんじゃないだろうか。まぁ、何も言われないのであれば気にせず使わせて頂くけどね。とか考えてたら、先客さんか声をかけられた。

「あ、フレンダさん! こんにちは」
「二日ぶりかしら?」

 佐天さんと御坂です。この二人は常にここに入り浸ってるんだろうか? ある意味では迷惑な存在ですよね!

「あれ、二人とも来てたの?」
「はい、『幻想御手』を提出したのは私ですし、何か出来る事がないかって思って……」
「私も、とりあえずこの事件が終わるまではしばらく通うつもりよ」

 なるなる。とりあえずこれが終わるまでは御坂には入り浸ってもらわないと困るしオーケー。佐天さんは別にいなくても大丈夫だろうけど、居たとしても問題ないから大丈夫だね。ついでに俺が作ったアップルパイの毒味をしてもらおうじゃないか。

「じゃーん、手製のアップルパイですー」
「おおおおー」
「へぇ、美味しそうね。黒子ー、固法さーん! フレンダさんがアップルパイ持ってきてくれたわよー」
「おねえちゃん手製のアップルパイ……私だけ食べれて陸ざまぁ(笑)」

 ふむ、見た感じの評価は良い感じね。後は味が一番心配なんだけど……というか。

「あれ、初春さんは?」
「初春はちょっと仕事で出てますの。しばらくは帰ってきませんわね」

 フォークやら取り皿やらを持ってきた黒子がそう言う。ありゃ、それは残念。せっかくなら大勢で食べた方が美味しいってもんなのにね。まぁ、いないのであれば仕方ないか。

「初めてだから、あんまり美味しくないかもしれないけど……」
「おねえちんが作る物に不味い物なんてないってワケよ(キリッ)」
「フレンダさんの作った食べ物、食べるのは二回目ですねー。あの時の朝御飯も美味しかったですし、期待大! ですよ」

 佐天さんはプレッシャーをはなっている! 思わず俺のPPが二つ減る所でしたが、何とか耐えます。うう、やはり初めて作る物を食べてもらう時は緊張するな……麦のんにフルボッコにされてへこんだ事も、一度や二度じゃないしね。

「「「いただきまーす」」」

 全員が一斉にフォークを突き刺し、アップルパイを口へと運ぶ。俺? 俺は緊張のあまりそれをジッ、と眺めている状態ですよ。ぶっちゃけて食べるの忘れてた、すまん!
 しばらく全員がアップルパイを咀嚼していたが、やがて飲み込んだミキちゃんが輝く視線をこちらに向けて口を開いた。

「相変わらず美味しいってワケよ! おねえちゃんはそういう食べ物のお店で働くべきそうするべき」
「ほんと、初めて作ってこれ? お店で売ってるのとクオリティ変わらないわよ」
「美味しいですわね。わたくしはこの控え目な甘さがちょうどいいですわ」
「ウマウマです!」

 おぉ、とりあえず全員から美味しいという評価が来ましたですね。固法先輩も笑顔で食べてくれてるし、とりあえず味に問題はなさそう。これで初春がいれば良かったんだけど、いないのならば仕方ないですよね? 今度何か持ってきてあげるとしましょう。

「紅茶も美味しいですわね。淹れたてという訳でもないですのに……流石麦野さんが認める腕という事でしょうか?」
「麦野さんにはまだまだって言われてるけどねー。これからも精進しなきゃ駄目なのさ」

 麦のんは本当に厳しいお方……特に紅茶に関してはすげぇ厳しくて、何度も何度も淹れて最近やっと飲めるレベルになったそうです。お陰で紅茶の淹れ方にはやたらと詳しくなってしまったのですよ。あんま嬉しくねぇ。

「でも、フレンダさんが麦野さん達と一緒にいないだなんて珍しいわね。一体どうしたの?」
「麦野さん、滝壺さん、絹旗はちょっとお仕事が入っちゃったんだ。本当なら今日も一緒に来る予定だったんだけど、急用だったからね」

 実は昨日の夜にお仕事だったのですよ。仕事の内容は最近大流行の『幻想御手』を使用して調子に乗ってしまった連中の始末、もしくは無力化。いやね、ただ単純に暴れ回るだけなら『警備員』とか『風紀委員』の出番なんだろうけど、人間強い力を持つと無謀な事がしたくなるらしくて、暗部に喧嘩売ってくる『武装無能力集団』がですよ。ぶっちゃけて無謀どころのレベルじゃないんですけどね。『未元物質』に『原子崩し』、他にも『心理定規』やら諸々、考え付くだけでも反則級の能力や力を持つ奴らがズラリ。そんな相手に喧嘩を挑むとか……命がいらないのでしょうかね?
 と、まぁそんな事でお仕事をして、あっさり終える事が出来たのですが……色々あって後始末しなきゃ駄目だったんですよね。それで就寝が遅くなりまして、麦のん達は朝早くに起きる事が出来ず遅刻です。俺? 俺は早起き慣れてるからどうってことないのです。かなり早起きしてからアップルパイ仕込んでましたよ。クソ眠い。

「あ、フレンダさん。もう一つもらってもいいですか?」
「ん? どぞどぞ、残しても勿体ないしねー」
「ありがとうございます!」

 そう言って笑顔でアップルパイを頬張る佐天さん。可愛すぎるだろ、ふぅ……冗談は抜きとして、これから何してようかなー。麦のん達が来るまで暇だし、やる事も特にないのですよね。と言う訳で、ここは固法先輩の仕事具合でも観察すると致しましょう。よくよく考えると、固法先輩とあんまり話した事ないし、良い機会かもね。

「固法さん、今何をしてるんですか?」
「あ、フレンダさん? ちょっとデータを纏めてたの」
「『幻想御手』絡みのデータですか?」
「まぁ、そうなるわ。解析する事が出来たら一気に進展すると思うのだけれど……」

 なるなる、こういう作業も『風紀委員』には必要なのだね。というか、こういう作業を陸君が出来ると思えねぇ……! いや、馬鹿にしてるわけじゃなくて本当に出来ると思えないんですって。使わせたら電子レンジ壊すくらいの機械オンチだったしな。それって『学園都市』にいてどうなの……?

「これだわ!」
「って、うぉう!? ど、どうかしましたか固法さん?」
「データの解析が終わりそうなの! 白井さん、こっちに来てもらえる?」
「はいですの!」

 おぉ、どうやら仕事が一気に進んだみたいね。俺が話しかけた効果だったとしたら、俺って結構凄いですよね!? 調子に乗りましたすみません。
 というか、呼ばれたの黒子だけなのに御坂も佐天さんもミキちゃんも全員こっちに来てるし。『風紀委員』の仕事って盗み見ても良い物なんだろうかね? 固法先輩が特に何も言わないから俺も言わないけど。俺も盗み見てる様なもんだし。
 さて、『幻想御手』編もそろそろ集結しそうだし、これでハッピーエンドですね(俺的に)! しばらくは科学側で大きな事件も起きなかったはずだし、これでしばらくはのんびり出来るよ! やったね俺!



 そんな考えをしていた自分を殴りたいです。殴り殺してしまいたいです。

「登録者名……「木山 春生」……!?」
「そんな、木山先生が……」

 今調べてたの脳波パターンの事でしたのね? という事はここでやっと犯人が木山先生だと分かり、ここから一気に事件解決になると。そして、今ここに初春が居ない理由は木山先生の所に行ってるからと。
 慌てた様子で黒子が初春に電話かけてるみたいだけど、どうやら出ないらしくて顔を青ざめさせている。この状況でも慌てずに『警護員』へ連絡を取る固法先輩は流石ですな。ミキちゃんは何があったか詳しく分からずとも、どうやら固法先輩をサポートする気らしくて話しかけている。そんな子に育って俺は嬉しいです。
 何でだ、どうしてこうなった!? いや、全部俺の責任だっていうのは理解してます申し訳ありません。期日とかしっかり覚えていれば、こんなイベントに鉢合わせないようにしたのにぃぃぃ! 『連続虚空爆破事件』の時もそうだったけど、俺の行動は間が悪すぎるだろ!? あれか、何か呪いでもかかってるのかしら。と、とりあえずどうしよう……

「う、初春……」

 あ、佐天さんが震えている……っていうか、これは震えてるというか倒れる一歩手前な感じだよ!? 焦点は合ってないし、顔も死人のように青くなってる。こ、これはあかん!

「佐天さん!」
「へ、わっ……ふ、ふれんださん……?」
「よしよし、落ち着いて」

 何も思いつかなかったので、とりあえず施設の子供達にやるように抱きしめて見ました。うん、ぶっちゃけ効果があるとは思ってないですが、これしか思いつかなかったのよね。本当に俺のボキャブラリーは貧困ってレベルやないでぇ……! 何か固法先輩の方角から羨ましそうな視線を向けてる大きい娘がいるが、今は気にしてる暇はないのですよ。

「佐天さん、パニックになってもどうにもならない。まずは大きく深呼吸してー」
「ふぇ……? す、すー……」
「吐いてー」
「はー……」
「……落ち着いた?」
「は、はい……フレンダさん、ありがとう、ございます」

 ふむ、とりああえずさっきみたいに危うい感じはしないけど、まだ具合悪そうだな。こんな時に倒れられたら、御坂が気になって気になって仕方なくなるだろうし、それが勝負の結果に繋がったら死ねるぜ。しばらくは俺が一緒に居た方がいいね。

「黒子、私は初春さんを助けに行くわ!」
「なっ、お姉さま!? どこに木山 春生がいるか分かりませんわよ!?」
「『警備員』が場所を把握してるでしょ? 私の能力でハッキングするわ!」

 それ、軽犯罪に入らないかな? まぁ、この街で気にしたら負けな事ではあるけど。実際原作ではどうやって居場所特定してたっけか? 気にする所じゃないけどね。

「しかし……」
「アンタは最近多発してる事件のせいで怪我まみれ、固法先輩はここから離れる訳にはいかないでしょ? 大丈夫、無理だけはしないわ」
「……信用してもよろしいので?」
「任せて、絶対に約束する」

 この後、御坂はハチャメチャバトルを行うのですが、ツッコミは野暮ですね。俺は麦のん達が来るまで待って、ここで待機して事件の解決を祈るとしましょう。佐天さんの様子も心配だs

「わ、私も……連れて行って下さい!」

 ……what?

「駄目よ、佐天さん。何があるか分からないし……何か嫌な予感がするのよね」
「そうですわ、それにそんな体では足手纏いになります。佐天さんはわたくし達とここで」
「初春は友達です!!」

 佐天さんの大声に、場が静寂に包まれる。御坂も黒子も佐天さんの大声に驚いた様子で、目を見開いたまま制止してる。いや、俺も佐天さんの隣にいたから耳が痛い。

「大切な、かけがえのない友達なんです! 私が何の役に立てない事は分かってます……『無能力者』の私が着いて行こうだなんて、おこがましい考えかもしれません! でも、でも……初春が心配、なんです……!」

 ポロポロと涙を零しながら訴える佐天さんに、御坂と黒子が困った視線を向けた。そりゃあ、御坂からしたら戦うかも知れないのに連れていく訳にはいかないだろうし、何よりこんな体調じゃあいざという時気になって仕方ないだろう。黒子としても一般人で、かつ自分の身を守る力を持たない佐天さんを向かわせる訳にもいかない。だけど今の佐天さんはそんな事で諦めるとは思えないな……いざとなれば這ってでも着いていきそうな気迫だもん。
 ……ああああああ、もーう!!

「御坂さん、私も着いていくよ」
「フ、フレンダさんまで!?」

 うっさい! 俺だって本当は着いて行きたくなんてないやい!

「このまま押し問答してても、時間は過ぎていくだけだよ。急いで向かわないと手遅れになるかもしれない」

 御坂が『警備員』と戦う木山先生を補足しないと、原作を大きく狂わせてしまう。あそこを悠々と突破されちゃ話にならんしな。

「大丈夫、私は佐天さんのサポートに徹するよ。御坂さんもそれなら気兼ねなくいけるでしょ?」
「ふ、フレンダさん……」
「佐天さん、無理だけはしたら駄目だよ?」

 にひひ、と笑ってそう言うと、佐天さんは顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。全く、怒られて恥ずかしいのなら最初から無理しない! お陰で俺までこんな事になってしまったですよ!

「フレンダさん、本当に大丈夫?」
「へーきへーき、急ごう。時間は待ってくれない」
「……分かったわ、行きましょう!」

 部屋から一気に飛びたしていく御坂。俺も佐天さんを支えながら部屋の外へと出て、詰め所出口へと向かう。

「おねえちゃん!」

 っと、ミキちゃんが追いかけてきたわ。どうしたの?

「ミキちゃん、どうしたの?」
「おねえちゃん……危ないから行かないで、なんて言っても聞かないのは分かってます……ってワケよ……」

 いや、本当なら着いていきたくありません。だけど、佐天さんを放っておくわけにはいかないので仕方なくですよ。仕方なく。

「だから、無理だけはしないで下さい。おねえちゃんに何かあったら、私……」
「大丈夫、心配しないで。無理だけはしないから」
「うん……気を付けて……」
「分かってる。麦野さん達が来たら、私は御坂さんと一緒に行ったって言っておいて」
「分かりました、伝えます……」

 そう言って背を向けて外に向かう。外では御坂がタクシーを止めて、既に乗車していた。俺と佐天さんも後ろの座席に急いで乗り込む。御坂は手元にある端末を操作しながら、運転手に行き先を告げていた。あれで『警備員』の情報見る気かね? 確かこの前絹旗が似たようなの使ってた気がする。

「初春……」

 隣で何かを堪えるように両手を祈る様に組んでいる佐天さんを見て、俺は優しく頭を撫でて上げた。それで少しは落ち着いたのか、佐天さんの手に入る力が少しだけ緩む。
 まさかこんな事になるなんて……絶対にこういう危ないイベントは避けようと考えてたのになぁ……今度から主要キャラに絡む時は、本当に注意して絡むとしよう。とりあえず御坂の頑張りに期待しつつ、佐天さんのサポートを頑張るとしましょうかね。



 タクシーが止まるのと同時に、御坂が外へと飛び出していった。俺と佐天さんも運転手にお礼を言って車の外へ出る。
 右手側には高速道路らしきものがあり、その上は死角になってて確認出来ないけれど、煙の様なものが上がってるのが確認できた。どうやら原作に間に合った……のかな? 上でドンパチやってる様な音もするし、まだ『警備員』と木山先生は戦ってる最中みたい。良かった良かった、これで原作通りに話が進むわ。

「初春……」
「大丈夫だよ佐天さん、御坂さんは強い。絶対に初春さんを助け出してくれる筈だよ」
「……はい」

 ここまで来れば結果は御坂の勝ちの筈。少なくとも、木山先生程度の相手に負ける事はないでしょうや。距離も詰めなきゃそんなに危険じゃないだろうし、AIMバーストが出たら本格的に距離をとらなきゃ駄目かもね。
 って、考えてたら道路が落ちました。ふむ、これで戦いの場が下に移りましたか。驚愕の表情を浮かべて見ている佐天さんに肩を貸し、俺はその場へ向かう。
 ん? さっき近付かないって言ったじゃないって? いや、確かにそうなんだけど、それはあくまで被害が出ない距離でって事なのです。それよりも俺は初めて見る事が出来る木山先生と、あの台詞を聞きたくて聞きたくて溜まりませんのですよ。アニメで見ていた時でもグッ、ときた台詞、あれが本場で聞くとどうなるのか少し楽しみなのです。



「君に何が分かるっ!!」

 木山先生の叫びが木霊する。いや、原作でも鬼気迫るというか、想いが籠った言葉だったけれど、目の前で聞くとそれ以上に重みを感じますね。御坂や佐天さんも、敵だったにも関わらずに聞きいっちゃってる位だし。ん? 戦闘? 何かバリバリ光ったり空き缶が爆発したり御坂が抱きついてビリビリしてたりしました。いや、ぶっちゃけ戦闘内容が凄過ぎて、俺の言葉じゃ表現しきれません。木山先生、絶対そこいらの『大能力者』よりは強くなってたはずだな。げに恐ろしきは『自分だけの現実』と言うべきか。

「あの子達を救うためなら、私は何だってする……!」

 天を仰ぐように、木山先生が顔を上に向ける。御坂の電撃を受けた後だ、相当体もきついだろうに……

「この街の全てを敵に回しても、止める訳にはいかないんだあぁぁぁぁぁ!!」

 その言葉に、思わず息を飲んだ。だって、凄すぎる。言霊っていうのは聞いたことがあるけれど、木山先生のこの言葉はまさしく魂が籠った一言だった。それと同時に木山先生が苦しみだし、その場に倒れ伏す。それと同時に感じる寒気……これは嫌な予感を感じるときに来る奴ですな!

「佐天さんっ! 様子がおかしい、下がって!」
「な、何あれ……?」

 木山先生の後頭部から、何かが這い出る様に浮かびあがる。それは空中で静止すると、ゆっくりとその形を作っていった。それはまるで胎児の様な形……目の前で見るとすげぇ気持ち悪いな。これがAIMバースト……

「何、あれっ……?」
「あ、初春さん! 下がった方がいいかも、様子がおかしい!」

 とりあえず離れないとマジで危ない。ここは御坂に一任……というか、あんなもん『超能力者』でもない限りどうにか出来るか!

『『fjwf寂kv;vjiie::憎nhfihrivjrilvji;rd;!!』』
「うぉっ……?」
「きゃっ……!」
「ひぃ……!」

 うるせえええぇぇぇ! 何か意味分かんない奇声上げおってからに! いや、そこまででかくないんだけど、すげぇ脳に響く感じの音でした。しかも何か気持ち悪い。実際、初春と佐天さんは完全がに怯えた様子でバーストを見ている。
 しかし、改めて観察すると胎児とも言えるけど、頭の上に浮かんでる輪っかのせいで天使とも言えなくはないな。『ヒューズ=カザキリ』の事もあるし、実際に人工天使に近いものなのかもしれな……まさか、スターさんはその事も考えて木山先生の事放置していたんじゃないだろうな? それが事実なら何でも見透かしすぎだし、利用されてた木山先生が可哀想過ぎるので考えたくはないけど。

『『f;fiohafpwkfojic助huefgoip生ehef;e;qkde 楽』』
「だああぁ! うるさぁぁい!」

 辺り構わず能力を撒き散らしまくってる。流石に『超能力者』級の破壊力はないけれど、それでも『大能力者』級の力は持ってるっぽい。しかも『多重能力』のおまけ付き。まさに『幻想御手』が生んだ怪物ってところだなぁ。

「初春、初春ぅぅぅ! 無事で良かったよぉぉぉぉ!」
「さ、佐天さん!? どうしてここに……って、今はそれどころじゃ」

 うん、とりあえず君が先程木山先生に預かった(筈だよね?)音楽ソフトを『学園都市』中に発信しないと、あれがどんどん大きくなるとですよ? いや、まずは木山先生と会話しないとアカンのでしたか。急げ急げ。

「ちっ……! もう、何なのよアイツ!?」
「御坂さん、無事で良かった!」
「追ってこないね」

 まぁ、目的があって暴れてる訳じゃないだろうから当然だけど。しかし、紛い物とはいえども『人口天使』を作り上げた木山先生は、間違いなく大天才になるのかなぁ? 偶然だからそういう訳でもないのか……

「フレンダさん冷静ね。何か対処法とか思いつかない?」
「うーん……流石にあんな物を見た事も聞いた事もないし、一先ず作った本人に聞いてみるしかない。木山せ……さんはどこに?」

 俺がそう言うと、全員で周囲を見回す。先程倒れた場所に居ない所を見ると……あ、いた。高架下の柱に背を預けて笑ってる。自嘲的な笑みだけれどね。
 全員で木山先生の方へ移動すると、自嘲気味に笑いながら呟く声が聞こえてきました。

「ネットワークは私の管理下を離れ、あの子達を回復させる事も叶わなくなったな……お終いだな……」

 ……あ、やばい。何かジーンときちゃった。いや、本当にこの人は良い人過ぎる。『一方通行』木山先生みたいな人と出会えたら、きっと人生は変わってたんだろうな。勿論、今まで成り行きとはいえども助けてきたミキちゃんとかみたいな子供達もね。

「諦めないでください!」

 初春が前に歩み出て、木山先生にそう告げる。木山先生は驚いた視線を初春へと向け、初春はそんな視線を真っ向から睨み返した。
 そこから話は進む。治療プログラムとか、木山先生と初春の話とか、色々あったけれどとりあえずこれで、後は初春がプログラムを起動させてくれれば勝ちか。長かった……

「急ぎたまえ……それ以外に治療プログラムは既に存在しない。破損してしまえば、それまでだ」
「はい、分かりました!」
「上になら『警備員』の人達が使ってた車があるよね……? 初春、それを使おう!」
「アイツは私が何とかする……初春さん達はプログラムをお願いっ!」

 そう言って走って行く御坂。初春と佐天さんと俺も、近くにある高架へ昇る階段へと向かう。よし、初春が転んだりしないように注意しないと「危ない、伏せるんだ!」

「へっ?」

 木山先生の言葉に反応して横へと視線を向けると、AIMバーストの触手が迫ってきていました☆ え、ええええ!? 原作でこんな事ありましたっけ!? 初春と佐天さんも気がついたみたいだけど、このままじゃ全員巻き込まれる。って、これだけの勢いの触手がぶつかったら、治療プログラム壊れたりしないか? そ、それだけは不味い!

「うおおおおお! 間に会えええええ!」

 目の前にいた佐天さんと初春を思い切り押し倒す。二人は成すすべなく思い切り転ぶが、避けるのが遅れた俺に向かって突っ込んでくる触手。
 
 瞬間、衝撃。

 一瞬だけ上下の感覚がなくなって、次いで襲い掛かる激痛。どうやら直撃はしなかったみたいだけど、風圧で思いっきり吹っ飛ばされたみたい。遅れてきた激痛は、地面に叩きつけられたものだ。意識が飛びかけるが、激痛がそれを許してくれずに俺は呻きを上げる。半端な衝撃だったみたいで、気絶出来ない。いてぇぇ……

「ぐ、ぎっ……」

 無理やり上体だけ起こして周囲を確認すると、電撃がAIMバーストに襲い掛かっているのが見えた。どうやら御坂が気を引いてくれてるみたいなので、昇るのなら今しかない……!

「フレンダさん、フレンダさぁん!」
「だ、大丈夫……とまでは言わないけど、死んでないから安心して……」

 こちらに駆け寄ってきた佐天さんに対し、俺はそう言って笑顔を見せる。佐天さんは涙が溢れた瞳を拭おうともせず、俺を起こそうと手をかけた。いったい! 超痛い! 無理!

「さ、佐天さん。私立てないみたい……悪いけど、初春さんと二人で上まで……」
「う、初春が……」
「……初春さんがどうしたの?」
「あ、足捻って……た、立てないって……私、どうしたら……!」

 えええええ!? あ、あの時強く押しすぎたかな? でも俺はれそれ以上に痛くて動けないので、どうにかして二人で行ってもらうしかない。

「佐天さん、私もちょっと動けそうにない……初春さんを支えて上まで……」
「い、嫌ですっ! 怖いです……! フレンダさんも一緒に……」

 怖いとか何言ってんの!? こちとら痛すぎて話してるのも億劫な位なんですよ……佐天さん、びびりまくってる上に、混乱して状況掴めてない。って、痛い痛い! 手を引っ張るな! あーーもう!

「甘ったれるな!」
「ひっ……」

 怯える佐天さんを見るのは心が痛むけれど、これしか方法がない。荒療治でいかせてもらう。

「大丈夫……佐天さんなら出来る……!」
「む、無理です……怖いぃ……!」
「私を信じて!」

 掴まれていた腕を掴み返す。弱弱しくしかつかめなかったけど、これで少しは安心してくれると嬉しいな。ぐうう、痛くて口調に気を使ってる暇すらないのが本音だけどな!

「佐天さんは、友達を思ってここまで来れた。その勇気は本物だ」
「で、でも……」
「大丈夫、佐天さんは強い」
「……」
「「俺」を信じろ、佐天さんなら絶対に出来るっ……!」

 その言葉と同時に佐天さんはしばらく俯いていたが、やがてポケットからお守りらしき物を取り出して一度強く握りしめると、勢いを込めて立ち上がった。

「やります……やってみます! フレンダさんはそこで安静にしてて下さい、すぐに戻ります!」
「がんばれー……」

 走って初春に近付き、肩を貸して階段を上っていく佐天さん達を見て、俺は胸を撫でおろす。後は野となれ山となれ。いや、実際に大変な事になったら困るので、御坂には是が非でも勝ってもらわないといかんのだけれど。
 そう考えていたら、頭上から何かパラパラと落ちてきた。視線を向けると、そこにはひび割れて今にも落ちそうな大きいコンクリート片が☆
 い、いやいやいやいや! ちょっと待って! こ、これはいくら何でも酷くないか……せっかくここまで頑張ってきたのに、こんな所で死んだら死んでも死にきれない。か、体が痛いけれどすぐにでも移動しないと死ぬ。凄い大きい訳じゃないけど、あの高さから落ちたコンクリートなんかに当たったら死ぬって! と、考える俺の意見を無視するかのように、重力に負けて落下するコンクリート片。徐々に迫ってくるその映像の恐怖に負け、俺は強く目を瞑ってその時を待った。

 「とある金髪と危険な仲間達」 BAD END……

















「超間一髪でしたね、遅れたと思うと超ゾッとします」
「ふれんだ、大丈夫……!?」

 その声と同時に、俺の全身から力が抜ける。いや……本当に今までで一番やばかったかもしれない。だからこういうイベントに首を突っ込むのは嫌なんだぁぁ。

「ありがとう、滝壺さん、絹旗。本当に助かった……」
「お礼を言われるほどの事じゃありません。滝壺さん、フレンダは超大丈夫ですか?」
「……強く体を打ってるみたいだけど、大丈夫そう。骨は折れてないみたい。だけど病院で詳しく見てもらわないと分からないかな」

 どうやら落ちてきたコンクリートを、絹旗が砕いてくれたみたい。マシで間一髪だったのね……恐らくだけど、絹旗達に報せてくれたミキちゃんに感謝感激。
 そして、それと同時にありとあらゆるスピーカーから響く音楽。聞いていると落ち着く音色と、不思議と心休まるメロディだ。どうやら佐天さん達は成功してくれたらしい。

「いい音楽ですね、超落ち着きます」
「……ふぅん」

 絹旗が電話をしながらそう言い、滝壺が妙な声を上げたけど、気にしないでおこう。そんなこと気にしてる程余裕ないしね。でも、とりあえずはこれで事件も終わりか……
 瞬間だった。
 恐らく御坂が戦っている方角から、とてつもない閃光が迸る。それは発電所に接近していたAIMバーストを易々と飲み込むと、彼方へと消えていった。あれって……

「麦野さん……?」



「フレンダさんぅぅぅ! 良かったあぁぁぁあ!」

 泣きながら救急車に乗せられる俺に抱きついてくる佐天さん。俺は苦笑しながらその頭を撫でてあげる事くらいしか出来ないのでありますよ。そんな様子を見て微笑む初春や滝壺。絹旗は……何か嫉妬入り混じる視線な気がするけど……気のせいだよね?

「フレンダ」
「あ、麦野さん……」

 麦のんがこちらに近づいてきて、頬を撫でてくれました。ふぅ、相変わらず麦のんの手は冷たくて気持ちいいですよ。毎回毎回こうしてくれたら……って、いててててて!!?
 気付いたら、頬を撫でていた手が抓る手に変貌しておりました。うああああ、俺のもち肌ほっぺがあああ!

「出かける度に無茶ばっかしてんじゃないわよ! このアホ!」
「むぎのひゃん! いひゃい、いひゃい!」
「あーあーきこえなーい」

 周囲の人間に助けを求めて視線を向けるけど、みんな笑ってるだけで助けてくれない! せ、せっかく『幻想御手』の事件も集結して、やっと落ち着いたのに、こんなオチはあんまりだ!
 あの時の自分を殴り殺すだけじゃ足りない! これからはもっと考えて行動する! だから、だから今だけは……

「ふひょう(不幸)だー!」



<おまけ>

 AIMバーストは御坂の電撃を浴びつつも、その進みを決して止める事はない。そんな様子に御坂は舌打ちするが、そんな御坂を無視するかのような閃光がAIMバーストに襲い掛かった。『警備員』の一斉射撃で殆ど効果がなかった相手の体が、その光に当たる度に抉り取られていく。そんな光を放った人物に、御坂はゆっくりと視線を向けた。

「遅れてきた割に、随分と派手な攻撃するじゃない」
「うっさい。大して利いてない攻撃なんか意味無いわ」

 御坂の軽口に女性、麦野はイライラした様子で応えて前方を睨みつける。御坂も同じ方向へ視線を向けると、そこには再生を終えたAIMバーストの姿が見えた。

「面倒な相手ね、いい的ではあるけれど」
「怖い事言うわね……でも、麦野さんが来てくれて助かったわ。私一人だと施設を守り切るの大変だったの」
「礼なら『風紀委員』の奴らに言いな。あいつ等がいなきゃ多分間に会ってない」

 AIMバーストが原子力発電所へと近づき、御坂も覚悟を決めた瞬間の援軍だった。御坂よりも数段破壊力で勝る麦野の『原子崩し』は、怪物に対して絶大な効果を上げている。ただ、現状では決定打になり得ていないのだが。

「せめてあの再生力だけでも鈍ってくれればね……」
「全く、面倒……っと、電話だ。御坂、しばらくよろしく」
「え、ちょ!? ……もうっ……って、あら?」

 突如、AIMバーストの動きが鈍る。先程まで再生していた触手も、その動きを止めていた。それを見た御坂がニヤリと微笑む。

「初春さん達、どうやら上手くいったみたいね。これで逆転よ!」
「あー、御坂御坂」
「へっ、何?」

 御坂が麦野へと視線を向けると、そこにはまさしく「私怒ってます」、と言いたげな麦野の表情があった。よくよく見ると手に持っている携帯電話もヒビがはいており、御坂は本能的な恐怖を感じて若干後ずさる。麦野はそんな御坂の様子を気にも留めずに口を開いた。

「アイツは私にやらせろ」
「え、うん……いいけど」
「それと、御坂に一つ頼みがあるわ」
「な、何?」
「アイツに向かって、一定の方向へ進む磁場みたいな物を作ってくれないかしら」
「それくらいならお安い御用だけど……」
「出来るだけ大きくね」

 その言葉に御坂は頷き、AIMバーストへ向けて電気の道を構成する。それと同時に、麦野は『原子崩し』を発動した。御坂が作り上げて道にそって、どんどん膨れ上がっていく光に、御坂の表情が少しだけ引き攣る。

「こ、これって……」
「私だけじゃ、これだけの出力を使うのは危なくてね。御坂の力を使わせてもらうわよ」
「あ、あははは、凄いわね」
「私だけの力じゃないわ、御坂の力もよ」
「ふぅん、褒めてくれてる?」

 光は限界まで輝きを増し、周囲へと広がって行く。

「『超能力者』が協力して放つ攻撃なんざ、今まで初めてかもしれないわね」
「ふふ、やっちゃえ麦野さん!」
「OK……見やがれ怪物、そして元居た場所に帰りな」

 限界まで高められた『原子崩し』が発動する。その光はAIMバーストを文字通り、「跡形もなく」消し飛ばしていく。

「さしずめ、『電磁崩し』ってところかしらね」

 麦野がそう言ったのを最後に、AMバーストは消滅した。




[24886] 予告編『絶対能力進化計画』
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2011/02/10 17:36
「御坂のクローン?」
「超噂ですけどね。、眉唾物の」




「研究所を襲う『電撃使い』……」
「今回の仕事は、私の独断で絶対に受けるわ。フレンダ、準備して」



「何でよ……何で麦野さんがここにいるのよおおぉぉ!!?」
「こっちの台詞だ御坂……お前何をしてるんだよ……」



「あ、上条君じゃん。久しぶりー」
「あ? え、えっと……誰でしたっけ、なんて~、あはは……」



「indistinctness……理解出来ないわ、暗部の貴方達が何故?」
「友達だから……何て言葉は私達に超似合いませんね」



「ギャハ、なンなンですかァ? いきなり乱入してきやがって……これも何かの演出ですかァ?」
「この子を殺させる訳には、いかないって訳よ」



 次章  『絶対能力進化計画』編



「なぁ、そこの金髪ゥ。お前、粉塵爆発って言葉ぐれェ聞いた事あるよなァ?」




[24886] 番外1「簡単なキャラクター紹介」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2011/01/14 00:19
<簡単なキャラクター紹介>


1:フレンダ

本名「藤田 真」という人物が入ってしまった少女。生き残る為に奔走しているが、その全てがマイナスに向かっていく不幸体質。現状麦野達と一緒に『アイテム』で頑張りつつ(主に家事)、生き残ってこの世界を探検したいという野望を持つ。
『アイテム』での主な仕事は家事全般。主に料理、掃除、洗濯、家計簿付け、買い物、下部組織との連絡等。本人は一番仕事してないと思っているが、実は仕事量だけ見れば『アイテム』一である。
本人は気付いていないが、実はフラグ体質。



2:麦野 沈利

『アイテム』のリーダーにして女王、そしてフレンダ大好き一号。好きな食べ物フレンダの御飯、好きな服はフレンダと一緒に選んだ服、好きな入浴剤「日本の名湯百選」。フレンダがいれば周囲はどうでもいいと思ってるけど、自分と関わった人間には結構寛大かつ寛容。最近は絹旗の服選びにご執心だが、暇があれば首輪や帽子売り場へと出かけている。
フレンダに対して、よく一人で買い物に行かせたりしているものの、八割は心配で尾行したりGPSで常時確認してたりする。
滝壺によくお金を絞られているが、本人はそれに対する見返りが大きいので気にしていない。


3:滝壺 理后

『アイテム』の中核を担う『能力追跡』の使い手。麦野の友達にしてフレンダ大好き四号(二号陸君、三号レイちゃん)。原作と違う部分として、インデックスと同じく大食いキャラとなっている。麦野に何故太らないのかと恨まれているが、本人は気にせず飯を食う(どんぶりで)。
実は『アイテム』一の毒舌&腹黒ちゃん。強かに動き、そして目標を達成する様は、まさに現代に蘇った傾国の女。だけど、目的は大体食べ物関連。滝壺さんは本当に頭の良いお方……



4:絹旗 最愛

『アイテム』の前衛担当にして最年少。フレンダ大好き五号。フレンダに懐いており、大体一緒に行動したり映画を見に行こうと誘っている事が多い。苦手な物は麦野、フレンダの取り合いになるからであるが……(本人は露知らず)
最近は佐天さんや、初春と買い物するのが楽しいと感じている様子。



5:白井 黒子

原作と最もかけ離れた性格となった『風紀委員』ですの。麦野の強さと志に憧れを抱き、自分がいつか立つ目標として定めている。また心の底では恋愛感情を抱いているため、その事に関してよく初春にからかわれている。原作と同じく百合傾向が強めで、同じ部屋にいる御坂に対しアプローチをする事も多々あるが原作程酷くない。その為、御坂からはその点についての警戒は薄い。本命は麦野なのに御坂に襲い掛かるのはおかしいって? 元々百合だったと考えればいいんだよ!



6:寮監(本名不詳)
原作の戦闘力+とある拳法を組み合わせた、全く新しい寮監。
基本的に寮内以外では、拳を振るう事もせず、進んで争いを起こそうとも思っていない。基本的に彼女の拳を受けるのは、黒子が八割近くを占めているだろう。ちなみに、御坂は巻き込まれることが多々あったりする。
「せめて痛みを知らず安らかに逝け、白井」
「勝手に死んだ事にしないでほしいですの……」



7:「こいつらときたらっ!」さん(本名不詳)
『アイテム』を指揮する役割にいる「連絡人」にして、最大の苦労人。最初は、「超能力者増えるぜやっほぅ!」、位に考えていた麦のん加入だったが、それから彼女の胃は荒れる一方。その一方で「連絡人」としては破格の権力を与えてくれる麦のん達には、きちんと感謝してたりしなかったり……やっぱり、してないかも……




[24886] 番外2「とある首輪と風紀委員」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/12/18 17:12
 「とある首輪と風紀委員」



 『常盤台中学校』
 『学園都市』が誇る名門中の名門学校。全ての生徒が『強能力者』以上の者であり、学業の成績もトップレベルに入るお嬢様学校でもある。特筆すべきは高位能力者の在籍数であり、『学園都市』に七人しかいない『超能力者』を二名、『大能力者』四十七名という能力者の数だけで考えれば、これほど高位能力者が集まる場所は無いだろう。
 そしてここは『常盤台中学学生寮』。第七学区にある常盤台の学生達が住む寮であり、見た目は石造りで出来た洋館の様な建物である。三階建てでかなり大きく、中には図書館や中庭もあり寮とは言っても、下手なホテルよりも快適な生活を約束される場所だ。
 勿論デメリットも存在する。寮則、校則が非常に厳しく、普通の学生ならば当たり前に行える事が出来ない事も多い。一番分かりやすい例をとって見ると、常盤台の生徒は外出時でも制服でいなければならないという決まりがある。これを破った事がばれてしまえば、最悪停学もあり得るという厳しさだ。また噂であるが、寮には鬼が住むと言われており生徒……特に某『超能力者』がそれを顕著に恐れているのだそうだ。今回の物語はこの寮で起こった事の一端である。



 寮の中を一人の女性が歩いている。キリッとした紺色のスーツに、つり上がった瞳と眼鏡が特徴の女性だった。体つきも大人らしくスタイルが良いが、その身から溢れるオーラはとてつもなく強大だ。周囲の気配を余さずに捕えようと神経を張り詰め、その視線が一点で止まる事は殆どなく絶えず周囲を見回している。
 彼女こそが『常盤台中学学生寮』を取り仕切る「寮監」であり、学生達の暴走を止める存在でもある。寮監程度で何を大げさな、と一般人は考えるかもしれない。だが考えてほしい。常盤台の学生は全て『強能力』以上の強度を持っており、全員が戦闘向きとは言わないものの暴れた場合は並みの人間が抑えられるものではない。ちなみにこの寮監、能力開発は受けていないため間違いなく無能力者の筈なのであるが、その戦闘能力たるや凄まじいものなのだ。
 まず、テレポートの様な能力を持っている。ナギッ、という謎の音と共に相手の頭上、背後、目の前まで瞬時に移動する技能だ。拡散力場が確認出来ないので間違いなく能力ではないのだが、これを見切れた者は殆どいないらしい。これは某『超能力者』が言った言葉であるが、「戦いが始まったと思ったら終わっていた」、との事である。余談ではあるが、彼女が使う技はその昔世話になった恩師が使う技であるらしい。
 その寮監が向かう先は一つの部屋。彼女はいつも通り姿勢を正したまま扉の前に立つと、静かな動作で三度扉を叩いた。

「はーい、どなたですの?」
「白井、お前宛に荷物が届いていたので持ってきた」
「!? い、今すぐに開けますのでお待ちを!」

 そう聞こえた瞬間、勢いよく扉が開かれた。普通ならば扉の目の前に立っていた寮監に扉が直撃する筈であるが、彼女はいつの間にか少し下がっており被害を受けていない。黒子はというと、息を荒くして寮監……いや、その手にある荷物を凝視している。そんな様子を見た寮監は呆れた様に溜息を吐いて口を開く。

「白井、何度も言っているが扉の前を確認してから開けろ。この前も一年生の女子を昏倒させたばかりだろう」
「す、すみません……とりあえずその荷物を……」
「待て、中身の確認を終えていない。ついでだから見ようと思ってな」

 その言葉に黒子の体が硬直する。みるみる内に顔が青くなり、それを見た寮監の目がギラリと輝いた。

「ほぅ……何か見られてはマズイ物を注文でもしたのか? これは尚更調べない訳にもいかんな」
「ちょ、おやめ下さいまし! アクセサリー、ただのアクセサリーですの!」
「お前は前回もその手口で卑猥なビデオを購入しようとしていたな。今回もそうなのだろう?」

 そう言い放ち、寮監は段ボールを閉じていたガムテープを剥がす。その様子を見た黒子は世界の終りの様な顔をし、寮監は軽く笑顔を浮かべて中身を確認した。が、それ見た寮監の顔が拍子抜けと言いたげな表情に変わる。段ボールの中身に視線を向けたまま、寮監は呟くように口を開く。

「何だ、ただのアクセサリーではないか」
「だ、だからそう言いましたでしょう!?」
「前科がある上に、あんな態度をとっていては疑われるのは当たり前だろう。が、今回はすまなかったな。お前を信じてやればよかった」
「い、いえ……別ニ大丈夫デスノ」
「中身を見て悪かった。では、私は寮監部屋へ戻る。欲しいものが手に入ったからと言って、あまりはしゃぎすぎない様にな」

 寮監はそう言うと、軽く笑みを浮かべて去って行った。黒子はその後ろ姿をしばらく眺めていたが、次の瞬間素早い動きで床にあった荷物を掴み、周囲を確認しながら部屋へと戻る。部屋の中に戻っても挙動不審な様子は収まらず、何度かベッドの下やトイレの中に自分のお姉さまがいないか確認し、念入りにチェックを重ねた後でゆっくりと机の上に荷物を下ろし、前の椅子へ腰を下ろした。

「ふ、ふふふ……そうですの。今日お姉さまは測定の日。居る筈がありませんの、わたくしとした事が……」

 そう言いつつ段ボールからアクセサリーを取り出した。黒皮と銀細工で構成された美しい輪の様な物だった。ただ、それは腕環にしては太く、頭に付けたりするには細いといった感じのものだ。少なくともそういった箇所に着ける物ではないのであろうが、黒子は両手に持ったそれを凝視して震えており、その顔は限界まで上気して赤くなっている。明らかにただのアクセサリーを見る視線ではないのは確かだった。

「と、とうとう買ってしまいましたわ……こ、これがフレンダさんも着けておられる首輪……」

 そう、あの日セブンスミストでフレンダから首輪の事を聞かされた黒子は、帰ってすぐに自室のパソコンからこれを注文したのだ。無論寮内から如何わしいサイトへのアクセスは不可能であるが、黒子が今回購入したのは、全く裏表のないファッション用の首輪。最初は「調教用」とかいうものに惹かれた黒子であったが、流石にそれは自重して止めている。

「べ、別にアレですのよ……麦野さんがそういった事を好みだからという訳ではございませんの、ただ自分が試してみたい……そう、フレンダさんがどの様なお気持ちで、大衆の面前で首輪を着けておられるか調べる為ですの。だからこれは麦野さんの為ではないんですの」

 誰も聞いていないし見てもいないのだが、言い訳するように一人呟いて黒子は鏡の前へと向かう。鏡の前に立ち、一度大きく深呼吸してゆっくりと首輪を自分の首へと装着した。パチンという軽い音が響いたのを確認すると、黒子はゆっくりと手を離して視線を鏡へ向ける。

「う、ぁ……」

 自分に首輪が着いている事を確認し、黒子の顔が今までの比ではない程赤く染まる。茶色のツインテールに常盤台の制服、そして首輪という明らかに合っていない組み合わせであるが、逆にそれが日常から常に着けているのでは? という感覚を黒子に感じさせた。

「こ、こここんな物着けるだなんて……へ、変態さんですわよね! ふ、フレンダさんも言われるがままに着けておられる様ですが、自分が好きなだけなのでは!? そ、そんな方は麦野さんに相応しくないと思いますの……そ、それに『風紀委員』としては、首輪なんて物を一般人が着けられてるなんて事は、黙って見過ごすわけにはいきませんものね!」

 そう言いながらも、黒子は顔を赤くしたまま鏡の中にいる自分から視線を外さない。そして思いだすのは、自分の憧れであり、いつか辿り着きたいと願う『超能力者』の姿。

『フレンダ、貴方に似合うと思って買ってきたのよ』
『良く似合ってるじゃないの、いつも着けてるといいわ』
『あら、イケナイ子ね。誰がオイタをして良いと言ったかしら?』
『あれぇ~? 犬が人間の言葉話してるわね、誰が口利いていいと言ったの?』
『豚、犬、奴隷』

「つっかれたー。黒子~、ただいm「わたくしは何を考えてるんですのおおおおぉぉおおおお!!!」ひぃぃ!!?」

 御坂が部屋に入ってきたと同時に、黒子は目の前の鏡へと全力で頭突きをする。勿論盛大に鏡は割れ、凄まじい音が部屋&廊下へと響き渡り、部屋に帰ってきた途端後輩の奇行を見た御坂は悲鳴を上げてそれに応えた。



「あの、本当に何と言ったらよいのか……わたくしは別にやましい事は一つも……」
「ほぅ、部屋の中で鏡に頭突きした事がやましい行動ではない、と」
「あの、何で私まで正座させられているのか意味が分からないんだけど……」

 頭から絶賛流血中の黒子、何が何だか分かっていない御坂。現在二人揃って寮監から説教を受けている所である。結局あの後、鏡が盛大に割れた音によって近くの部屋にいた生徒達が驚いてしまい、寮監が出動するハメになったのだ。これと同時に無断外出しようと画策した某お嬢様の風使いは、現在医務室にて眠りについている。無謀もいいところである。

「と、とりあえず私は関係ないわよね? だから部屋に」
「戻ろうとしても良いが……本当に良いのか、ん?」
「……いえ、寮監のお話を聞くのが好きなのでここにいようと思います」
「賢明だな」
「あ、あの……」

 黒子が口を開くのと同時に、寮監が黒子へと視線を向ける。御坂は涙目で黒子へと視線を向けており、今の黒子は味方がいない状態で八方塞がりだ。

「た、確かに大きな音と大声を出した事は反省しておりますわ、だからもうこれで」
「普通の生徒であれば、な。だがお前たちは別だ」

 その言葉と同時に寮監から闘気が吹きあがる。いや、闘気って何? と言われてもそうとしか言いようがない強烈な気が二人を包む。御坂は既に魂が抜けた様な状態になっており、黒子も大量の汗をかいて状況を何とか打開しようと入口に視線を向けて考える。自分のテレポート能力であれば、混乱している今の頭でもあそこくらいまでは移動出来る。そこまでいけば何とか逃げ切る事が出来るのではないかと考え、演算を始める。逃げた後どうするという考えは今の黒子には存在せず、ただただ目の前の存在から逃亡する事だけを考えていた。

「では、覚悟は良いな」
「あ、甘いですのよ!」

 黒子のテレポートが発動し、一瞬で入口の前へと移動する。それと同時にナギッもという音が響くが黒子は構わずに笑みを浮かべてドアに手をかけた。お姉さまには悪いが、今この首輪を没収される訳にはいかないという考えを持って……そして……

「こんな所にはいられませんの! わたくしは一人で逃げ」
「ほぅ、ではどこに行くんだ?」

 テレポートで突き放した筈の寮監が真後ろに立っている映像を最後に、黒子の意識は断たれた。
 ちなみに次の朝意識を取り戻した黒子を待っていたのは、お姉さまからのオシオキと首輪の没収だったそうです。

「不幸ですの……」
「私の方が不幸よ!」



 <あとがき>

初めて短編を書いてみましたがねどうでしたでしょうか? 番外は一部を除いてストーリーに関わる事は少なく、今回の話も直接的には関係しません。幕間とは別という事ですね。
そして悪ふざけしすぎた寮監。彼女はストーリーに絡まない予定なので、魔改造してしまいました(笑) 元ネタは結構有名なので分かる人も多いと思います。ちなみに番外でこういった魔改造キャラが出た場合、基本的に本編には大きく絡んでこない予定です。寮監の話は基本的にギャグか、本編には大きく絡まない話しとなる予定になります。
そして今回は感想で面白そうと思ったネタを仕上げて見ました。本編を楽しみにしてくれていた人達はもう少しだけ待ってくれると嬉しいです。番外編は、一気に書けそうな時に短編として色々書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。でもやっぱりちょっと短かすぎですね……次はもっと頑張ります。



[24886] 番外3「転属願い届け出中」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:1fb0aa44
Date: 2011/01/03 17:17

「転属願い届け出中」



 私はエリートだった。
 『学園都市』でも有数の発言力を持ち、自他共に認める力を持つ人間……それが私だ。例えそれが暗部と呼ばれる中での汚れ仕事だったとしてもだ。暗部の組織を束ねる『連絡人』は数多くいるものの、私ほどの発言力を持つ人間はそう居ない。他者を蹴落とし、自分以外を信じず、ここまでのし上がってきたのだから。
 そんな中、自分が『連絡人』として指揮する新しい暗部組織に、『超能力者』が配属される事となった時は、跳び上がって喜んだものだ。何故なら、実質『超能力者』を自分の指揮下に置く事が可能であり、それは他の『連絡人』とも大きく差を付ける事が出来る事を意味するからだ。これで更に自分の地位を強固にする事が出来る、とその時は考えていた。そう、その時までは……



 暗い部屋の中で、一人の女性は大きく溜息を吐きながら手元の装置を操作する。その表情は沈痛そのもので、近くのテーブルの上には胃薬と頭痛薬が置かれていた。女性が装置を操作する指を止めると同時に、目の前の壁にどこかの映像が映し出される。そこに映し出された光景に、女性は頭痛を堪えるかのようにこめかみを押さえて項垂れた。

『フレンダ、超お腹が空いたので早くして下さいよ~』
『はいはーい、後はこれを皿に盛りつけたら終わりだから、ちょっと待って』
『ふれんだ、御飯よそっておいたよ』
『あ゛ー、お腹空いた。早くしなさいよ』
『あいあい、お待たせー』

 金髪の少女がそう言いながら、テーブルの上に大皿を置く。豚肉とキャベツを辛味噌か何かで炒めた物らしく、モニターの為香りは伝わってこないが今日は食事を何も摂っていない女性は、唾をゴクリと飲み込んでしまう。また、他にもワカメスープと春雨サラダがテーブルの上に乗せられており、とても美味しそうな食事風景である。少女達は各々の茶碗(一名どんぶり)に御飯を盛り、両手を合わせて一言。

『『『『いただきま』』』』
「って、ちょっと待てい! いつまで無視してるのよ、気付いてるでしょ!?」

 その声を聞き、驚いた表情を浮かべる金髪の少女。確かに彼女は、今まで食事の準備をしていたので気が付いていなくても不思議ではないだろう。そして、あからさまに嫌な表情を浮かべる二人。一人は茶髪のロングが目立つこの組織のリーダーで、もう一人は最年少の少女だ。明らかに気が付いていたにも関わらず、食事を始めようとした事に女性はギリリと歯を食いしばるが、とりあえずそこは置いておこう。そして食事の邪魔をされて、盛大に舌打ちをした少女。あの目は人を殺せる目だなぁ、と女性は身震いしながら考えていた。
 少女達が見ているのは、リビングテーブルの横に設置されたモニターであり、そこには「SOUND ONLY」という映像が流れている。最初は違う場所に設置されていた筈なのだが、食事をしている最中に通信されるとめんどい、という彼女等の都合でここに移されたと聞く。

『何よ、見ての通り今から食事なのよ。後にしてもらえる?』
「暗部からの通信より食事を優先するんじゃないわよ! それよりアンタ達、またやらかしたでしょ!」
『超何の事でしょう?』
「こ、コイツ等ときたらっ! 自分の胸に手を当てて考えてみなさいよ!」

 それを聞いた少女達は「ふむ……」と言いたげな顔で、全員軽く頷く。

『移動中のバスの中で、トランプやってた事ですか?』
「違うわよ!」
『映画代を、超経費でおとした事でしょうか?』
「違う! って、仕事に関わりのない事を経費でおとすなとあれ程……」
『アレはこっちで処理しておいたから、心配しなくていいわよ?』
「アレって何!? その話を詳しk」
『ごめんね……』
「深刻そうな顔で謝るな! 何をしたのよ、アンタは!?」

 矢継ぎ早に繰り出される爆弾発言に、女性は強烈な胃の痛みを感じて呻き声を上げる。少女達の中では金髪の子だけが心配そうな視線を向けてくるが、他の三人は気にもしていない様子で、それ所かチラチラと食事へと視線を向けていた。女性はゼェゼェと息を荒げながら口を開く。

「アンタ達、また勝手にターゲットを施設に入れたでしょ! その前にこっちに連絡を入れなさいとあれ程……」
『あー、その事か。別に良いじゃないのよ。調べたけど、もう研究対象としての魅力は無いんでしょ?』
「良くない! いつもいつも勝手な事して、私がどんだけ苦労してるかアンタ達に分かる!? 今回も他の組織の連絡人に、「いやぁ、いいですなぁ。『超能力者』がいる組織は勝手な事が大々的に出来て。羨ましい」、なんて嫌味を言われたのよ。少しは自重しろー!」

 その言葉を聞いたリーダーは軽く眉を顰め、スッ……と目を細めた。その様子を見て、女性は「うっ……」と尻込みしたかのように声を上げる。

『最初にそう言ったじゃない。代わりに、私達は仕事の報酬も最低限しかもらってないし、成功率は他の組織と比べて段違いでしょ?』

 確かにそうなのである。女性が率いているこの暗部組織、『アイテム』の任務成功率は他の組織と比べても段違いに高く、そのお陰で女性の発言力と権限は群を抜いて高い。同じく『超能力者』を有している『スクール』という組織もあるのだが、あちらは言う事を聞かない、過剰なまでに報酬を要求する等の問題からか、逆に「連絡人」の発言力は低くなってしまっているとの事だ。その点、『アイテム』は理想の組織と言えなくもないだろう。
 ただし、それを考えても尚大きな問題が存在する。とにかく『アイテム』は組織としての認識というか、考え方がティッシュよりも薄いのだ。先日の事だが、「彼女が妊娠した、だけど暗部の俺がこんなに幸せになって、良いんだろうか?」、と相談しに来た男(18歳)を勝手に組織から抜けさせてしまったのだ。無論、暗部の内情を知っている因子を見逃すわけにはいかない、と女性は彼女等に言ったのだが……「下位組織の人間一人でゴチャゴチャ言うな、次からも仕事頑張ってあげるから……それで『超能力者』の忠誠を買えるなら安いもんでしょ?」、と言われ……金髪の子は土下座するわ、次の仕事の報酬はいらないからお願い。等とお願いされて折れてしまったのだ。当然だが、他の組織や上層部からは嫌味の嵐を受けたのはいつもの事である。
 そして最大の問題なのだが……仕事に研究対象の保護などがあり、それが『置き去り』の場合はこちらに報告する前に、さっさっと施設に預けてしまう事が殆どなのだ。それを阻止しようと施設自体に圧力をかけた事もあるのだが、施設にいる田辺とかいう女性は相当やり手で、しかもそれが『アイテム』にばれた時は色々と大変だった。それが何だったのかは置いておくとしよう。

『ま、それも含めてアンタ達の仕事。等価交換とは美しいものよね』

 確かに仕事面では、かなり優遇されていると言って良い自分の立場だが、それを踏まえても胃の痛みや頭痛と格闘しなければならない今の立場はかなりきついものがある。と女性は胃の痛みを堪えつつ考える。

「……分かったわ、もう良いわよ。とりあえず、次の仕事が入るまでは大人しく……」
『あ、ちょっと良いですか?』

 女性が話を打ち切ろうとした所で、今まで特に発言していなかった金髪の少女が声を上げた。女性は声を上げたのが金髪の子である事を確認すると、女性は内心「うげ……!」と声を上げ、向こうから見えていないものの大きく眉を顰める。毒や胃の痛む事しか発言しない他の三人も相当の問題なのだが、女性的には一番問題視しているのが今発言した金髪少女なのである。何故なら、この少女こそが施設と『置き去り』との関係を構築しており、更に下部組織と仲良しごっこをしている張本人なのだ。そして、こういった話し合いの時には特に口出しこそしないものの、時たま胃を痛める発言を行うのである。

「どうしたのよ、何かあるの?」
『いや、聞きたい事がありまして』
「……何よ?」
『住所どこですか?』

 その言葉に女性は「はぁ?」、と言いたげな唖然とした表情を浮かべる。基本、『連絡人』は組織と連絡こそするが自分の正体や住所は教えない。恨みを買いやすく、尚かつ暗部に不満を持つ組織から命を狙われるのも、日常茶飯事だからである。

「え、え? ……え? な、何でそんな事聞いてくるの?」
『いえ、お中元を送ろうかと思ってたんですけど、住所知らないなぁ、と』
「あ、当たり前でしょうが! 『連絡人』が自分の所在教えてどうするのよ!」
『良いじゃないの、減るものじゃあるまいし』
『そうですよ、超ケチですね』
『大丈夫、誰にも言わないし秘密にするよ』
「嫌だっつーの! 何、何なのアンタ等!? 馬鹿なの、死ぬの!?」

 その言葉に、金髪の少女を除いた三人が不満げな表情を浮かべて次々と口を開く。

『人の好意を蹴るとか、アンタ最低よ』
『そうですよ。超習わなかったんですか?』
『ケチンボ、年増』
「こ、コココココイツ等ときたらっ!! ていうかさり気なく年増って言ったな!? 私はまだ二十歳だっつーの! ……あ」

 年齢だけとはいえ、自分のプロフィールを口にしてしまった事に女性は顔を青ざめさせる。少女達はニヤニヤとした表情でこちらに視線を向けており、見えてないはずの自分の表情を見透かされている様な感覚に陥って、女性は顔を真っ赤にし、涙目になりながら手元にあるコップをモニターへ投げつけた。

「ばーか、ばーか! アンタ等みんな転んで怪我でもすればいいのよ! グスッ、地獄に落ちろー!」
『ぷぷっ、ごめんね』
『超すみませんでした……ぷっ』
『サーセン』
『あ、住所は……?』
「運転手にでも渡しておいてよ! ばーかばーか!」

 負け惜しみのようにそう言い放ち、スイッチを切るとモニターが消える。女性はテーブルの上の胃薬と頭痛薬を取り出し、一気に飲み干すと書類を書き始める。そこには「転属願い」と書かれており、女性は涙目になりながら一気に書いていく。

「グスッ、絶対違う部署に行ってやる! もう権力なんて知るかー! ちくしょー!」

 後日、「転属なんて出来る訳ないだろ、アホ」、と言いたげな文章と共に却下されるのは別の話である。



あとがき

仕事の合間に、ホテル内でこつこつと書いてみました。短い……今は反省している。そして近くにいる友人宅にて更新作業しました。友人マジありがとう!
本編は流石に時間がかかりそうなので、のんびりと待ってて下さいですー。




[24886] 番外4「二人のお馬鹿さんと一人の才女」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2011/02/08 20:13
「二人のお馬鹿さんと一人の才女」



「なんて事だあぁ!」

 一人の男子学生が叫びながらその場に崩れ落ちる。それを見ている一人の女学生は心底呆れた視線を向けたまま、溜息を吐いて口を開いた。

「仕方がないじゃない。フレンダさんは忙しいし、それに突発的な事だったんだから」
「だからって……だからって何も俺が『風紀委員』の研修合宿の日に来なくてもいいじゃないか……」
「だから、アレは急な事だったの! 陸は知らないだろうけど、大変だったのよ。皆怖がっちゃって……フレンダさんが来てくれたから何とかなったけど」
「そりゃあ姉ちゃんが来れば皆安心するだろうよ……」

 はぁぁ……と、まるでこの世の終わりを迎えたかの様な雰囲気で溜息を吐きながら、陸はその場にイジイジとし始める。そんな様子を見たレイは頭痛を感じて頭を抑えるが、いつまでも構っている暇はない。何せ今日の食事当番は自分の仕事なのだ、こんな事をしている暇はないのだ。

「あのね、『風紀委員』の合宿だって立派なお勤めでしょ? 陸はそれをやり切ったんだから、フレンダさんだって認めてくれる筈よ」
「姉ちゃんに会える数少ない機会が……もう駄目だ、お終いだぁ……」

 レイのこめかみに青筋が浮かび、一瞬思い切り蹴っ飛ばしてやろうかと考えたが、すんでの所で思いとどまる。こんな状態になっている幼馴染の扱いは、いつも見ている分心得ているのだ。

「フレンダさんね、陸がいなくて寂しがってたよ」

 その言葉にピクン、と反応する陸。実際は、『あ、陸君いないの? 『風紀委員』の合宿? 偉いねー』、と異様に軽いものなのだが。

「それに陸が『風紀委員』の仕事しようとしてる事も、フレ……お姉ちゃんは褒めてたよ。だから元気出しなさいって」

 その言葉と同時に、陸が「ふふ、ふふふ……!」と不気味な笑い声を上げる。いつもの事ではあるが、これを知らない人が見たら変な人だなぁ、と思うんだろうなぁ。とレイは心の片隅で思った。

「そうだよな、姉ちゃんならそう言ってくれる筈! そして俺が『風紀委員』になったら……「陸君、立派な事をしてるね、そんな陸君……かっこいいよ」、「姉ちゃん……いや、フレンダ。フレンダの方が空に輝く星達よりも美しいさ」、「やだ、陸君。人が見てるよ……でも、ありがと。嬉しい」、なーんつって! なんつって!?」

 そう言い放って陸が立ち上がると、周囲の温度が一気に上昇する。これが陸の能力、『気分熱量(オーバーテンション)』である。『強能力者』であり、『自分だけの現実』のエネルギーを熱量に変えて放射する事が出来る能力である。今は攻撃に向けていないのでさしたる熱ではないが、攻撃に転用するとかなりの熱を持たせる事が出来る能力であり、かなり強力な能力だ。が、陸の気分次第で相当威力が変化する上、いざという時に役に立たない事が多く、更に測定の時にムラがありすぎるので『強能力者』の地位に甘んじているのである。

「陸、暑苦しい。施設で能力使わないで」
「わはは……あ、はい」
「さっさと準備済ませて、私は御飯の準備あるんだから」
「任せとけ!」

 そう言うと荷物を置く為か、自分の部屋に向かって全力疾走していった。その様子を見ながら溜息を吐き、レイは台所へと歩を進める。大きくなって施設にいる子供達は、全員何らかの仕事を手伝っているのだ。最初は職員に任せてもいいのよ、と言われていたのだが、自分達が出来る事もしたいとレイが言ったのだ。無論、それが昔にお世話になった少女からの影響である事は言うまでもない。

(さて、後はお味噌汁作って終わり。その後は皆を食堂に、って)
「ふぎゅ!?」

 今からする事を考えながら歩いていたら、足元に何かがあるのに気付かず躓いたらしく、レイはいつもの冷静な態度からは考えられない声で盛大に転んだ。しばらくそのまま悶絶していたが、すぐに恨みがましい視線を転んだ原因へと向ける。それはシクシクと言った泣き声を上げ、まるで芋虫の様に丸まっている一人の人間だった。

「何故……何故なの? 何で私がいる時におねえちゃんは来てくれないワケよ……」
「アンタもかい!」

 丸まっている少女の名はミキ、フレンダが施設を出てから初めて連れてきた『置き去り』の女の子であり、その分他の子供達以上にフレンダに懐いている存在だった。身長は170cmを超えていながらも、レイより一つ年下である。
 能力は『念動衝撃(サイコショック)』というものだ。一定のエリアに強烈な衝撃と震動を与える能力であり、本気でやれば相当広い範囲に効果を及ぼせるらしい。最近『大能力者』に上がり、喜んでいた事をレイは覚えていた。そして、陸と同じくフレンダに憧れ、自分も人助けがしたいと『風紀委員』に入ったのも陸と同じである。当然、前回の停電時には施設不在の状態だった。

「ミキ、邪魔! 今から忙しくなるんだから、自分のやれる事は自分でやって!」
「うう、レイちゃんが傷心の私を虐める……一人だけおねえちゃんに甘えれてずるいってワケよぅ」
「ばっ、甘えてない! いいから、早く起きて!」
「あぅぅ……おねえちゃん分が足りないよぅぅぅ」

 そう言いながらも、ミキはよたよたと立ち上がって歩き始める。それと隣り合ってレイも共に歩き、そのまま台所へ向かう。到着し、レイがエプロンを着けて準備をする傍ら、ミキはショボーンとしながらも食器を出し始めた。が、遅い。異様に遅い。テンションは下がりっぱなしの様で、めそめそと愚痴を呟きながら仕事を進める。
 そんな様子を見たレイは溜息を吐いて口を開いた。

「あのね、辛気臭いわよ。もっと明るくやりなさいよ」
「テンションが、テンションが上がらないワケよぅ……」
「……お姉ちゃんは、どんなに辛くてもそんな顔で仕事しないと思うな」

 その言葉にピクーン、とミキの耳が動く。しばらくそのままの体勢で制止していたが、やがて不気味な笑い声を上げ始めた。周囲で働いている職員の人達は苦笑し、レイは大きく溜息を吐いた。この光景もいつもの事であるのだ。

「そう、そうよ! おねえちゃんはこんな事で絶対暗くなったりしないよね! そしてそんなおねえちゃんの為に働く私を見て一言、「ミキちゃんはいつも偉いね、私感動しちゃったよ」、「そんな……当然のことです」、「謙遜しないで、そんなミキちゃんには御褒美を上げよう」、キャー! おねえちゃんに褒められちゃったワケよー!」
(何でだろう。少なくとも陸よりは現実味がある気がする……)

 そう考えながら、レイはいつも通り食事の準備を続けながら自らの頭に触れる。あの時撫でてもらった感覚は、今でも忘れない。

(ま、お姉ちゃんの人気はいつでもああだし、気にする事もないんだけど)

 自分もそんな人間の一人なのだから、と考えて準備を進めた。



<あとがき>
 書いてて思いました。陸君どうしてこうなった……
 そしてミキちゃん、フレンダの口調を真似ている上に、最初に連れてきた少女ということで、正体は分かってもらえたでしょうか? フレンダの真似しないでね! という祈りも空しく、ヒーローを真似ちゃったミキちゃんなのでした。



[24886] 番外シリーズ1「『学園都市』の平和な一日・朝」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2011/01/27 01:29
「『学園都市』の平和な一日・朝」



 『学園都市』の朝は賑やかだ。学園と名を冠するだけあって、様々な学生達が友達と一緒に、或いは取り巻きの様な者達を連れて学校を目指す。無論学生だけではなく、それは職員である大人達や、特殊な事情を持って学校に行っていない者達も同じである。
 一人の少女が鼻歌混じりに歩く。金色に輝く長い髪は財宝の一つである黄金の様に眩しく、目の青はサファイアと見紛う程の美しさだ。ただし、この見方はとある施設にいる一人の男子が言った一言である。しかも本人に対して。ちなみにこの台詞を言った後苦笑いされた上、少女の上司とも言える女性から折檻を受けたのは、また別の話である。
 学生達の間を縫いながら少女は進んでいき、とあるコンビニの前に辿り着くと満面の笑みを浮かべて入店する。



 少年、元『武装無能力集団』の貝崎 尚哉は朝やってくるお客さんを捌きつつも、時計をチラチラと見ていた。
 貝崎は、元々『武装無能力集団』である。初めは『学園都市』に希望を持ち、それを完膚なきまでに打ちのめされた後、追い打ちをかけられるかのように無能力者狩りの標的とされた。能力者を憎み、どんな事をしてでも自分を暴行した能力者に復讐をすると誓って、『武装無能力集団』となったのだ。実際、能力者の数人を仲間で囲んで暴行した事も一度や二度では済まない。
 当初の目的は結局果たせなかったが、そんな事等考えもせずに貝崎は仲間達と共に暴れまくった。能力者をボコボコにしていると気分が晴れたし、何より自分が持てなかったものを持っている奴らが憎くて憎くて仕方がなかった。だから、これは別に悪い事なんかじゃないんだと自分に言い聞かせて、ずるずると続けていったのだ。
 そんな日々が続いていたある日の事、いつものように四人の女能力者に目を付けた貝崎のグループは、その二人が路地裏に入ったところで囲んだ。手にバットを持ち、一部はスタンガン等も持っている男達に囲まれれば、どんなに強力な能力者であろうと怯える筈。いつもはそうだったから。だから、次の瞬間女達が口にした一言は貝崎達に混乱を与え、そして次の瞬間起こった出来事に思考停止を起こした。

『だから路地裏なんて通りたくなかったのよ、面倒ったらありゃしない』
『ふむ、声をかけた相手が超悪かったですね』
『すきるあうと終了のお報せ』
『先手必勝! ウラッー!』

 茶髪の女性が周囲の男を千切っては投げ、千切っては投げる(not物理的な意味で)。一番小さい少女ならと攻撃しようとした男達は、道具なしで空を飛ぶという斬新な体験をする事が出来ただろう。黒髪の大人しそうな少女は、近くにいた男にアームロックを極めて一言、『皆との買い物はね、誰にも邪魔されず自由でなんというか……とりあえず邪魔したら怒るよ』。金髪の少女は、的確に急所を蹴りつけたりしていた。そして、貝崎達が制圧されるのに五分もかからなかった。
 本来ならこの後関わりもなく終わっていただろう。だが、貝崎と他の男達との違いは、この時貝崎は気絶して仲間達に置いていかれた事だろうか? そうでなければ、貝崎は今でも『武装無能力集団』として暴力の日々に明け暮れていたであろう。
 貝崎が目を覚ました時に目に入った光景は、自分を覗き込む青い瞳と金色のカーテンの様な髪の毛だった。

『あは、やっと起きたね~』

 膝枕されているという事実に気がついた時、貝崎は顔を真っ赤に染めて立ちあがろうと力を込めた。が、体が痛んで上手く動けずに呻きを上げる事しか出来ない。顔だけ動かして周囲を見渡すと、不機嫌……というか、はっきりと機嫌が悪い三人の女性が目に映った。この時貝崎は死を覚悟したが、何とか切り抜けたのは別の話である。

『無理しない無理しない。少しこのまま休んでなよ』

 少女に頭を軽く撫でられ、貝崎は何となく懐かしさを覚えて動きを止めた。そして、疑問に思っていた事をいくつも問いかける。少女は笑顔を浮かべたまま、時折苦笑を交えて優しく話してくれた。仲間は全員逃げてしまった事、自分は置いていかれたという事、そして自分達は買い物に行く途中だった事、そして……気絶した貝崎を置いていけないという理由で、少女は目が覚めるまで待とうと言ってくれた事。
 それを聞いた瞬間、貝崎は何だかとてつもない劣等感みたいなのを感じた。自分はそんな余裕もなく、毎日毎日こんな事をしているのに……そう感じて、少女に酷い罵声を浴びせた記憶が、貝崎には残っている。それを聞いて殺気立った他の女性達を片手で制し、少女は口を開いた。

『よしよし、辛かったんだね』

 それを聞いた貝崎は驚きに目を見開き、他の女性達は「またか……」と言いたげに溜息を吐きつつも苦笑を浮かべて続きに聞き入る。

『『学園都市』は確かにそういう場所かも知れない。けど、それだけじゃ悲しいと思わない?』
『君も、能力があればこんな事はしなかったでしょ?』
『君は憎かったんじゃなくて、羨ましかったんじゃないかな?』

 他にも沢山あったが、一つ一つの言葉に言い返す事が出来なかった。言い返そうとしても喉が詰まったかのように声が出ず、代わりに出たのは嗚咽だけだった。言い返せない事が悔しいのもあり、それ以上に自分を真摯に見つめてくれた事が何よりも嬉しかった。気付いた時には、少女にしがみついて泣いてしまっていた。そんな貝崎の頭を、少女は優しく撫で続けていてくれたのだった。
 その後、貝崎は『警備員』に自首した。少女達四人は詰め所まで付き添ってくれ、最後に困ったら連絡しなさいと、全員がアドレスと番号を交換してくれた。背景事情が考慮されてか、留置所はそう大した期間入れられずに済み、今はこうしてコンビニだが働きつつ教員免許を目指して勉強中だ。

 あの時、少女に出会わなければ……あの時、自分が気絶していなかったら。全てはifの話であるのだが、考えるだけで恐ろしいと思う。間違いを犯した自分を正しい道へと戻してくれた事を、貝崎は決して忘れないと誓う。そして、あの時芽生えたもう一つの想いも、いつかは彼女に伝えたいと願いながら……

「いらっしゃいませー! あ……!」
「貝崎くん、おはよー」
「はいっ、おはようございます!」
「貝崎君は元気一杯だね。私ももう少し元気にならなきゃー」
「あはは。いつもの奴で良いですか?」
「うんうん、朝御飯食べた後の散歩は、これ飲みながらじゃないと力が出ないんだよねー。他の店には置いてないしさ」
「このドリンク人気ないですからね。置いてある方が珍しいと思います」
「美味しいのにー」

 そう言いながら購入していく少女に対し、「実は、これは貴方の為に俺が店長に頼んで入荷してもらってます」、と言えない貝崎はある意味ヘタレである。

「三百円のお返しになります」
「はーい、また明日来るね」
「はいっ、待ってますよ!」
「にひひ、じゃあねー」

 そう言いながら店から出ていく少女を見送り、貝崎は軽く溜息を吐いた。さて、あと数時間。いつもの様に退屈な時間が始まるが、お客さんは増える。心の中で軽く気合いを入れて気持ちを入れ替えると、貝崎は満面の笑みを浮かべて「いらっしゃいませ!」、と声を上げる。また明日少女に会えるのだから……



<あとがき>
番外物は、いくつかシリーズ化したい物がありまして、今回その一つ目に「『学園都市』の平和な一日」というタイトルでシリーズ化してみました。
今後も不定期な感じで更新していきたいと思いますので、軽く読んで頂けると幸いに思います。今後とも楽しく書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。


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