チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19019] 屍人が目覚める世界で(転生オリ主)学園黙示録   12話後編 投稿 
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2011/02/10 05:22
ど~も初めまして、カニ侍でありんす。

学園黙示録のSSがあまりに少なかったので書いてみました。

最強モノには出来るだけしませんがゾンビ相手には時と場合により無双します、冴子さん並です、ちょっと人格が壊れています。
あと、原作にある矛盾もしてる部分を無くします。
矛盾を無くすことにより。原作よりゾンビが少し弱くなります。

それでも読むんだって方はどうぞ


ただいま叔母のケータイて゛編集している。余り時間をかけられないので手早くすませるので了解してほしい。

今私の家の回線が403バグにより弾き飛ばされている状態だ。

よって苦肉の策ではあったがにじふぁん(なろう)に活動拠点を移動させてもらっている。

舞様にはバグについての報告は済ませている。

あなた方読者の皆さんへの報告を怠っていたことについては許して欲しい。


家族にパケホに入ってる人が居ないのでためらっていたんだ。本当にすまなかった



[19019] 過去編 プロローグ
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/07/14 21:46
『はよ船に乗り込みぃ!!こんまま死んだら魂ごと消えてまうで!!
クルーは出港準備!!はよせぇ!!結界ブチ抜かれたら沈むぞ!!』

島に響くのは爆撃音と逃げまどう人々の悲鳴
そしてスピーカー越しの男の怒鳴り声がそれに負けじと響く
それを運良く聞きつけることが出来た人々は逃げるのを止め群がるように港に浮かぶ数隻の軍艦へと駆けだしてくる。

「クソッ!!何で今日に限ってこないに死者が多いねん!!現世で何があったゆーんや!!」

マイクを乱暴に切り大声で現状に対する不満をブチ撒けながら部下の報告待つ。
ふと窓から外をみればその眼下には争いあって船に乗り込む人々の姿が目に映った

「まるで地獄であった蜘蛛の糸の事変やなここはまだ入り口にすぎん三途の川やゆ~んに・・・。
イスラムやかキリストやか知らんが好き勝手やってくれよるのぉ・・・。」
怒りで殺気が肉付きの良い体からこぼれでる。
それは艦橋の温度が少し下がった気さえする程だった。

「艦長!!出港準備整いました!!」
窓から目を放し声がした方を見ると鬼火がゆらゆらと揺らめいている。

「ご苦労さん、すぐに出港する。結界破れる前に離脱すんで、対岸にもこの騒ぎは伝わっとるから、もうちょいしたら援軍がくるはずや。」

「まだ乗り込んでいない者達はいかがするのですか?艦長!!」

「捨て置く、結界強度が7割切った、このままここに停泊しとったら撃沈すんのが関の山や、なら三途の川の渡し守としての任務を果たすのが最上や。あと艦長言うな渡し守さん言え。」

「了解いたしました。ハッチを閉じます。出港準備完了、ご命令を渡し守殿。」

「出港!!全速でここを離れる!!」

巨大な船がゆっくりと動きだす。その周りにいた人々が口々に助けを求めるが無情にもその願いは叶わず船は止まらずに港を離れていった。

「明日の目覚めはわりぃな・・・こりゃ。で、本部からの通信はあったか?」

「強力なジャミングがこの島の付近一帯に掛けられております。しばらく通信は不能かと・・・。む?内部に侵入者です。数は・・・30、姿からして恐らくキリスト過激派の工作員かと・・・。」

「ちぃ!!確実に沈めに掛かってきとるな、まぁ、この船、迷宮みたいになっとるから迷ってくれるやろ。ナビゲートと操作宜しく船魂さん。舐めた真似晒してくれたやつらに鬼の怖ろしさ、味わって貰おうやないの。」

腰に掛かっている日本刀をポンポンと叩き船橋を後にする。

『敵勢力、5グループに分かれて散開・・・。!!?馬鹿な!?渡し守殿急いでください!!奴らこの船の重要地点に真っ直ぐ向かって来ています!!』
頭に直接響くように先ほどの鬼火の声が聞えてくる。

「場所は!?」

『動力部、船橋、船倉、防護結界発生装置、火薬庫。の五つの地点です。』

「こっちに来とる奴ら瞬殺してすぐに向かう!」
敵を殲滅すべく神速をもって駆け出す。

『対ショック態勢!!ミサイル着弾まで後3、2、1、今!!』

外でミサイル数発が防護結界に着弾して爆発する。その余波を受けて船体がグラリと揺れ動く。

「この程度の揺れなんぞ屁でもないわ!!奴らの場所は!?」

『現在停止中、目標、突き当たりのドアの向こうです。』

「一、二、三で開けろよ!!」
そう言って男はドアから少し離れたところで止まり鞘からいつでも日本刀を抜けるように構える。

『敵勢力行動を再開。』
足に力を入れいつでも駆け出せるように準備する。

「一、二、三!!」
合図と共にドアが豪快に開かれその向こうにいる一見ただの一般人に見える集団へと一足で間合いを詰める。

「撃・・・て?」
各自着ているスーツやコートの下から銃火器を出して構えるがそこにはすでにターゲットは居なかった。

「遅すぎやな~、あくびが出るわ、ほな急いでるんでさいなら。」

「「「「「!?」」」」」
後ろから聞えてきたその場に似合わない間延びした声に驚愕して身体を反転させて銃を構えようとするが・・・、動いたのは上半身だけで下半身はピクリとも思った通りに動くことはなく、膝を折って下半身だけが倒れていった。

「そこで死んどき。」
男は日本刀を血振るいして鞘に収め、その場を後にし次の場所へと向かう。

「此方・・・A班、作戦・・・失敗、これより・・・自爆する。」

「了解、神のご加護が有らん事を。」

閃光が通路を染めた。

爆音が鳴り響き船が悲鳴を上げるように軋む。

『グァッ!!』

「何があった!?」

『先ほど切った者達が突如として爆発・・・・船橋へ向かう一本道で火災が発生しております・・・ッグァ』

「止め刺しときゃよかった、クソ!!すまん、ワイの手落ちや。」

『謝る暇があるのでしたら・・・、私を壊す輩を殺してください・・・、私の渡し守さん・・・。』

「ッ!!りょ~かい!!」

口端を吊り上げ獰猛な笑いを浮かべて獲物の元へと駆ける。
狩りが始まった。

「コイツで最後か・・・、よぉ、手間掛けさせてくれたやないの、ん?」

そう言って倒れ伏している工作員のわき腹を蹴り上げて起こし頭を掴んで持ち上げる。

「ぐぅぁぁぁぁあぁ!!」

万力のごとく締め上げられる頭に奔る激痛に悲鳴を上げる工作員。

「ほれ?なんでワイの船沈めに来たんか吐けや、結局殺した奴は全員爆発しよったからの、ウチんとこの姫さんが怒り心頭になっとんねんよ。ちなみに生かさず殺さず苦しめるんはウチんとこが一番って知ってるやんな、このまま地獄に連れてかれんのと、ここでゲロッて楽になるか・・・どっちか選べや。」

「くっ、化け物めぐぁぁあああああぁぁあ!!」

「ほれほれ、その気になりゃぁお前の頭なんぞ卵割るより簡単に割れるんやから、無駄口叩かんとさっさと吐く吐く。」

足をじたばたさせて腹を蹴るが男はそれに全く堪えた様子もなくヘラヘラと笑いながら徐々に手に力を込めていく。

「ぐぅ・・・」

痛みに抗いきれずについに工作員は抵抗を止めて大人しくなる。

「お?なんや?よ~やくゲロるつもりになったんか?」

「まさか、・・・タイムリミットだ。クタバレ化け物。」

その言葉の直後に工作員の身体が爆発しその爆発に男も巻き込まれる。

「結構・・・やる・・やん、利き腕一本持ってかれたわ。」
爆発地点にど真ん中にいた男は流石に無傷とはいかず、右腕が肘から先が失われていた。

『ご無事・・・ではない様ですね。』

「あぁ、この程度じゃワイは死なんよ、安心し。」

『・・・どうやら奴らは本気であなたの首が欲しいようですよ?最強の鬼の酒呑童子さん』

「その名前は棄てたんや、呼ばんといて、ワイはただの三途の川の渡し守さんや。で?なんでそないなことがわかんのや?」

『私も年貢の納め時みたいですね、外に奴らの爆撃機、戦闘機が多数・・・すでにロックされてます。』

「一難去ってまた一難、しかも今度は回避不能ってか?こんな三途の川のど真ん中でやってられんわ。」

男は諦めたようにどっかりと壁を背にしてズルズルと通路へ座り込む。
爆撃が始まったのか外では爆音が鳴り止むことが無く、船が爆発で乱れた波により大きく揺れる。

「なぁ、姫さん、お前とはホンマ短いようで長い付き合いやったわ。楽しかったで。」

『あなたとは私が目覚めてからの付き合いですが、悪くなかったですよ。』

爆発音に混じって外で何かが罅割れるような音が聞えた気がした。

「なぁ、知っとる?船に運ばれてる途中で三途の川に落ちたら生まれ変われるっていう話、まぁ記憶無くなってさらに感情のどっかが壊れるらしいけど。まぁワイが生まれ変わったらそいつ苦労するやろなぁ、かなり好戦的な性格なんで、ワイも昔それで失敗したからなぁ。っと生まれ変わるんやったらコイツも持ってかんと。」
ベルトと半分焦げた制服で自分の手に自分の愛刀を縛り付ける死んでも放さないようにと。

『そうですね、暴れるだけ暴れて退治されたらしいですねあなた、でも本当だったらいいですねその話、そしたら現世で人に生まれ変わってあなたと・・・』

外で何かが砕け散った音がハッキリと聞え、爆撃の音が止んだ。

「ハハッ!!そりゃいいな、じゃぁ、もし生まれ変われることがあるんやったら。」

『生まれ変われたのならば・・・』

            (親愛なる私の相方)
「『また会いましょう、Dear  My  Pertner』」

直後、爆炎に呑まれどちらの意識も途絶えた。





どうも作者です

はて?学園黙示録を書くつもりだったんですが・・・、

新しい転生のしかたを考えたらあの世がハイカラになってた何を言ってるのか俺にもわからねぇ、(ry

まぁ、次話からは立派に学園黙示録の世界に突入するさぁ~

本編よりかなり昔からのスタートだけどね♪

まぁ、こんな作風ですが気に入ったら読んでやって下さい。



[19019] 1話目
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/07/23 22:07
「秀冶、早く起きないと学校に遅刻しますよ。」


「あ”~い、今起きるさ~。」


口ではそう言いつつさらに布団に潜りこんでスヤスヤと寝息を立て始める愚弟にため息をついてベッドへと近づいていく。


「昨日もそう言って寝てたでしょうに、毎朝あなたを起こしに来る私の苦労もわかりなさい。」


そう言って一気に布団を捲り上げようとするが・・・


「や”め”~い、意地でも放さんぞ~。」


中からガッシリと布団を掴んで放さない愚弟に阻止された。


「早く起きなさい!!遅刻しますよ!!私も仕事があるんですから!!」


「ZZZ」


こちらの言葉を一向に無視して眠り続ける愚弟対して軽く殺意が沸き思わずベットから蹴り落としてしまった。


「ぐぶぅ!!いっつ~が、顔面が・・・朝から何すんのじゃモヤシ兄!!」
どうやら盛大に床とお目覚めのキスを交わしてしまった愚弟が布団を蹴り飛ばして起き上がり文句を言う。


「モヤシと言うな愚弟!!あなたもこの家の一員ならそれなりの品位と誇りを持っててですね・・・。」


「ハッ!!この家に対してカケラも誇り持って無いくせによぉ言うわ、ま、ワイも持ってないがな、あんなクソ親父に対して敬意もクソもあらへんわ、
そ~やろコー兄。」


「ふぅ・・・、まぁそれには同意しますよ・・・、秀治、早く学校に行って来なさい、でないと本当に遅刻しますよ、朝ごはんはリビングに置いてますからね。あともみ消すのが大変なのでくれぐれも厄介ごとは起こさないように。それでは行ってきます。」


そう言ってスーツ姿のコー兄こと浩一は少し疲れたようなため息を吐きながら部屋を出て行った。

「お~う、いってら~、ワイも早いとこ準備せなな、ど~せ学校でやることなんざないがな・・・。フッ!!」


顔面を床にぶつけたとはいえ未だに重いまぶたを擦りつつ大きく伸びをする

「くぁ~ねむ!!あ~あなんや面ろいことはないやろかね~。そういや本戦が近かったけか?早いとこ開催せ~へんかな~剣道大会本戦・・・、予選にゃ雑魚しかおらんかったからのぉ~。」


独り言をブツブツと呟きながらクローゼットから適当に服を取り出して着ていく。


「そ~いや今何時や・・・ろ?」


机の上に置いてあった携帯を開いて時刻を確認してピシリと石のように全身が固まって動かなくなった。


「え?うそぉ、7時・・・半?ヤッベ!!マジ遅刻する!!はよ飯食って行かな!!」


携帯をGパンのポケットに滑り込ませて昨日の夜準備しておいた学校の用意を手に取りドアの前に立てかけてあったMy竹刀を入れた袋を背負ってリビングにダッシュで入り用意されていた朝食を掻き込むように腹に入れる。


「ヤバイってマジで!!ワイの中1から築いてきた無遅刻無欠勤の伝説が崩れてまう!!くっそ~!!あのモヤシめ~!!もし遅れたらアイツのせいや!!」
自分が悪いと思いつつも八つ当たりせずにはいられない。


この中学生活の目標の一つには3年連続皆勤賞を貰うというささやかな夢があるのだ、昨日の夜モンハンやってて寝坊したなどどいうくだらない理由でふいにすることなど許されることではない。


玄関を出て鍵を閉めたことを確認して自分の愛車(自転車)にまたがり母校である床主私立中学校へと全速力で突っ走る。


「うおぉぉぉぉぉお!!ワイは限界を超えるんやぁぁあ!!天・限・突・破ぁぁあああぁ!!」


後に自分の姿を見たら身悶えしそうなことを口走りつつ道路を突っ走る。
ご近所の奥さん方がそれを微笑ましそうな顔で見送っていたのことを秀治は知らない。




床主私立中学 駐輪場


「ぜ~・・・ぜ~・・・ゴホッ!!ゲホッ!!ン”ッン”-!!カーッペ!!よ・・・よし、後5分、駐輪場から教室まで3分やから、イケル!!イケルで!!」


全力で漕ぐこと25分、途中で2~3個信号を無視したが学校に遅れなければ問題はナッシングだ。
学校入り口へと飛び込み自分の靴箱でさっさと靴を履き替えて3階にある教室へと駆け上がる。
もはや心臓はありえない速度でビートを刻んでいる、朝礼が始まる頃には真っ白に燃え尽きた彼の姿が拝めるだろうことは想像に難くない。


「ふぉぉおおぉぉぉお!!ネェヴァーグィブワァーーーップ!!」


もはや息も絶え絶えになって教室の戸を空けようと手を伸ばす・・・が届く直前に中から開き中から出てきた人が秀治に気付き驚いて身を竦ませる。


「うぉぉお!!ビックリしたぁ~。よぉ紫藤、今日は遅かったな。」
出てきた人はそう言って肩を軽く叩いてトイレの方へ向かっていった。


「フ・・・、ワイに不可能なことなどあらへんのや・・・。」


ふらりふらりとしながらようやく自分の席にたどり着き死んだように突っ伏す。
まるでタイミングを見計らっていたかのごとく授業開始の鐘が鳴り担任教師が入ってきて点呼をとり始める。


そうしていつもとなんら変わらない平凡な日常が過ぎていく・・・と帰りまでそう思っていた。




学校も部活動も終わりすっかりと日が暮れて暗くなった夜道を愛車でノロノロと走る。その運転者の顔はこの世の不条理を嘆くがごとくくたびれている。


「あ~・・・やっぱりあかんわ~、部活の奴ら弱すぎやって・・・、相手にもならんわ、これやったら一年の頃にやった他校の不良グループ潰しのほうが遥かに有意義やったかもな~、
あれで腕怪我して去年の大会出られへんかったけど・・・、あっちの方が燃えたわ~、竹刀やったから遠慮なく打ち込めたしな~。」


当時のことを思い出して口端がグッと吊り上る、
一見すると弱そうに見える秀治は
不良に絡まれることが多々あったそれを全て手加減無しで返り討ちにするのが一年前の日課である。


ある日油断してナイフを投げられて腕に怪我を負ったのはご愛嬌だ。
無論投げた相手は全治数ヶ月の重傷を負わされていた。父と兄がその事件のもみ消しに走っていたのもご愛嬌だ。


それのせいか今はもう秀治の本性は近辺の学校の不良にことごとく広まっているので絡んでくる奴がいなくなった。残念なことである。


そんな栄光の日々に思いを馳せているとふと視界の端になにやらもめている二人が映った。


「ん~?、おお!!無理やりに路地に連れ込まれとる女子とゴミ(男)発見!!いや~今日はついとるわ~。」


先ほどの腑抜けた顔とは打って変わりもはや歌い出しそうなほどの上機嫌な顔をして自転車を女の連れ込まれた路地の脇へと止めて、竹刀袋からMy竹刀を取り出す。


そしていざ不良狩りへ!!
と活きこんで路地に入ろうとすると。


「ぐがぁ!!」


と悲鳴と共にぐしゃァと嫌な音が路地に響き渡った。


「何ごとや!?」


驚いて路地に飛びいるとそこには肩を抑えて蹲る男と、さらに木刀を振り下ろそうとしている女がいた。


「ちぃ!!」


女を止めるべく一足飛びで間合いを詰めて男に止めを刺すべく振り下ろされた木刀を竹刀で受ける。


(お・・・重ッ!!)


叩きつけられた木刀の予想外の重さで竹刀が軋む。
それを何とか捌ききって斜め下へと受け流す。


「!?」


いきなりの乱入者に木刀を持った女は驚いて後ろへと跳び間合いをとる。


「流石に殺しはあかんで嬢ちゃん、今のご時世、半殺しじゃなけりゃ色々とうるさいからのぉ。」


竹刀を下ろして友好的に相手に話しかける・・・が


「その男の仲間か?フ・・・、ちょうどいいお前も切り伏せてやろう。」
そう言って愉悦に満ちた顔で木刀をかまえる女


「う~わ・・・、人の話、全く聞いとらんし、まぁ、この状況じゃ勘違いしてもしゃ~ないわな、まぁええやろ、初めて強そう、いや強いと思った相手が目の前におんねやし、一戦やれへんかったら損っちゅうもんやな」


頬が吊り上るのが止まらない、きっと自分も目の前の女と同じほど愉悦に満ちた顔をしていることだろう。
此方も竹刀を構えなおして相手の出方を伺う。


少し思惑のすれ違いそれでいて噛みあっている決闘が夜の人気のない夜道で始まろうとしていた。



ども~作者です、いや~書いてる途中でプレビューと間違えて投稿したときは焦ったwwそれはそうと雑談掲示板で学園黙示録の情報を募集中です、どしどし意見を送ってきてください。



[19019] 2話目
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/05/25 21:13
暗い夜道で向かい合う男と女、そう言えば誰もがラブロマンスを思い浮かべるだろう。しかし今現在それはあてはならない。

なぜなら、かたや手に竹刀、かたや手に木刀を構え双方とも相手の隙を窺っているからだ。

お互いが間合いをジリジリと詰めてゆく。少しの動作も見逃すまいと目は双方共に相手をひたと見据え猛禽の如く鋭くなっている。

その場の空気が重く、限界まで伸ばされた糸の如くピンと張り詰め、まるで肌が痛いかのような錯覚さえおこる。

全身からジワリと汗が滲み出る、額から流れる汗が煩わしい・・・、しかしそれを拭おうと隙を見せた瞬間、先ほどから肩を押さえ呻いている男と同じ末路を辿るだろう。

考えなくともそれが解る、自分が今、死合っている相手がそれを躊躇なく実行するであろう事も理解していた。

しかしそれだからこそ、どうしても口端が吊り上ってしまうのが抑えられない。

今まで自分と肩を並べられるほど強い奴がいなかった。どんな相手が突っかかってこようとも楽にそれを叩き潰すことができた。

しかし今自分の目の前にいるこいつはそんな次元の存在ではない。

自分に近い、それか互角程度の腕前を持った剣士だ。油断などできない、できる訳が無い。

しかし自分以上の腕前と考えないのは慢心ではなくこれまでの経験と実力に裏打ちされた自信である。

同年代の人間には負けたことが無かった。目の前に立ちふさがるのならば目上の屈強な人間さえ叩き潰してきたのだ。

相手は服装と身長から見るに中学2年~高校1年それも女である。

自分の身体能力は周りの人間と比べずば抜けて高い、

身体のスペックで勝ち、経験で勝っている

技量は相手に負けているかもしれないが自分の技量が低いという話では無い、むしろ我流故自分の太刀筋は読みずらいであろう、

相手を上回る点がこれほどあるのだ一体どこに負ける要素があろうか?

未だ負けを知らぬ秀治がそう考えるのも無理の無い話であった。

しかしそれは慢心ではない、純然たる事実である。

「フッ!!」

その睨み合いに痺れを切らし先に攻勢に出たのは木刀を構えた女であった。

一気に間合いを詰め苛烈なほどの功撃を目の前の男にくわえ始める。

唐竹の一撃を受けられ竹刀と木刀が打ち合わされ乾いた音が夜道に鳴り響く、力を込めて押し切ろうとするが相手がスッと力を抜いて女の体勢を崩すそしてそこを修治が女の後頭部を狙い竹刀を横になぎ払うような一撃を見舞うが女は自分からさらに体勢を崩し地面に伏せることでそれを回避し、そこから相手に足払いをかけ修治の体勢を崩す。

「うおぁ!!」

足払いが見事に決まり修治が地面に倒れこむ、そこに止めと言わんが如く木刀が振り下ろされるがそれを身体を捻り腕のみで体重を支えて足で相手の腹を蹴る事によりなんとか斬撃の軌道を逸らす。

「グゥ!!」

腹を抑えて堪らず女は間合いをとる。その間に修治も体勢を立て直し竹刀を構えなおす。一瞬の攻防であったにも関わらず、どちらも共にすでに息が切れかけている。

「危なッ!!今のはやられるかと思たわ。」
身体中に冷や汗をかき、切れた息を整え荒々しく波打っている心臓の鼓動を治めつつ此方の一挙一動を見張る女に対して軽口を吐く。

「今のは確実に殺ったと思ったんだがな・・・、動きが奇妙すぎて読めん、軽業師か何かか貴様は。」
意外なことに女もその軽口に乗ってくる、しかし相手には隙の一分すら見せない。

「ハッ!!軽業師か、言ってくれるな、こりゃ我流剣術や、にしても強いなお前、俺とここまでやれる奴は初めてやで。名前は?」
乗ってきた事に対して驚きつつも相手の隙を誘き出すためにさらに話を続ける。

「か弱い少女に対して力ずくで言うことを聞かせようとすような輩に対して名前を名乗ると思うか?」
ニヤリと笑いを浮かべながら女はそう言い返してきた。

「ハッ!!それもそうやな、ならワイが勝ったら名乗るってことでどうや?」

「?、待て、私の身体が目的じゃ無いのか?」
男の提案が予想外だったのか女は訝しそうに眉根にシワを寄せそう問いかけてくる
それと同時に木刀が少し下がる

「いや~、後ろで蹲っとるオッサンとは見ず知らずの赤の他人やわ~、ただワイは嬢ちゃんが明らかやり過ぎやったから止めに入っただけやで~。」
下がった木刀に一瞬目をやりそれを相手に悟られる前に視線を戻しニカッっと笑い女の質問に答える。

「そ、そうだったのか・・・すまないっ、勘違いで襲い掛かってしまった。」
秀治の言葉に嘘が無いことを感じたのかさらに木刀の切っ先下げる女。先ほどまであった愉悦に満ちた顔は消えてなくなり、少し焦った顔をしている。

「いやいや、まだこっちも怪我も何もしてないし、気にしてないで~。」
相手の警戒心を完全に剥ぎ取り完全なる隙を作るためにあたかも自分は無害と主張するように砕けた口調で話しかけながら竹刀で自分の肩をトントンと叩く。

「そ、そうか、それはよかった。」
その様子を見てもはや完全にこちらに対しての疑心は解けたのか女は木刀をダラリと下げる。
それを見て薄く笑い、言う。

「でも・・・な。」
だんだん口端が吊り上っていく、それは止まらないし止めようとも思わない

「でも?・・・とは一体?」
女は不思議そうに小首をかしげ続きを促そうとするがその言葉は途中で遮られた

「勝負はまだ終わっとらんのじゃぁ!!」

顔に獰猛な笑いを張り付かせたまま一足、まさに刹那の速さで間合いを詰めて竹刀を振りかざす、女は完全に気を抜いていたのか呆気にとられた顔で一瞬で目と鼻の先に来た秀治の顔を見ている、が事態を把握した瞬間ギュっと目を瞑って来るべき衝撃に備える・・・が。

「え?・・・きゃ!!」
来るはずの衝撃が来ないことを不思議に思い恐る恐る目を開けると、ほぼ自分の頭に当たる直前で止められた竹刀をみて驚きの声を上げる。

「ワイの勝ちや。残念やったな嬢ちゃん。」
悪戯が成功した時の悪ガキのような笑みを浮かべて竹刀を引き話しかける。

「な!?、い、今のは卑怯だ!!いや、そうじゃない、もう私たちには戦う理由がないだろう!!。」
女はこちらの言葉が理解できたのか慌てて言い返してくる。

「甘い!!甘いで嬢ちゃん!!その考え方はシュークリームよりも甘い!!もしワイが後ろのオッサンとツルんどったらそのまま陵辱ルート直行やで!!こういうのは自分が勝って、決着つけてから聞かなあかん!!それにこれは試合やないんや、ルールも何もあらへんのや!!止め刺したもんが勝ちなんや!!」
先ほどから会話していて思った事を一気に叩きつける。相手もそれに一理あると思っているのか悔しげな顔をして俯いている。

「あ、ところで名前教えてくれへん?」

「む?何故だ?」

「いや、ワイ勝ったし・・・、それにいつまでも嬢ちゃんじゃ話しにくいからな~。」
タハハと竹刀を持っていないほうの手で頭をかく。

「クッ、本当に変わった方だな貴方は・・・。」
先ほどまで夜道に漂っていた殺伐とした空気は綺麗に消えうせ、代わりに一組の男女が笑いあうほのぼのとした空気が流れていた。

「で、名前は?」

「あぁ、すまない、私の名前は毒島冴子という、冴子と呼んでくれ。」

「うんうん毒島冴子はんね・・・、毒島?もっかしてあの有名な?」

「どの毒島かは知らないが、剣術家としての毒島ならそうだな。」

「ほぉ~、道理で強い訳や、娘さんやったんか。」
一人で納得したようにウンウンと頷く。

「貴方の名前は何と言うんだ?私も名乗ったんだ、まさか貴方は名乗らないということはあるまい。」

「おぉ!!忘れとったわ、ワイの名前は秀治、紫藤秀治や。」
そう言って修治は顎に手を当ててポーズをとり胸を張って自分の名前を名乗った。




ど~も作者です。戦闘パートは書くのが厳しいぜぃ。さぁ、出た出た原作キャラ、以後どんどん絡ませていきましょう。バトルジャンキーの主人公書くのはむずいもんですたい。

改訂
嬢ちゃんと主人公の名前の訂正 秀治が全部修治になってたorz


おまけ


「で、このオッサンど~するん?」

「ん?あぁ警察でも呼んでおけばいいだろう。」

「そやな~、ほんならオッサンごしゅーしょーさまー。」



[19019] 3話目
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/05/25 23:20


「いや~、マジで助かった!!口添えしてくれてホンマに助かった!!恩にきるわ~ありがと~。」

自転車を引きつつ助かった、助かったと隣に歩く先ほどめでたく友人となった毒島冴子さん(なんと同い年であった)、通称、冴子はん(毒島はんと呼んだら冴子と呼んでくれと言われてこれに落ち着いた)にお礼を言う、なぜお礼を言っているのか?

それには天保山より低く、プールより浅い理由があった。それは・・・

(いや~、まさかワイらより早くに警察呼んだ人が居るとは思わんかったな~、普通やったら近所に住んでる人GJ!!っていうのに今回に限ったらワイまで冴子はん襲った男の一人として補導されるとこやったからなぁ。いや~やばかったやばかった、冴子はんが誤解とけへんかったらワイも警察署にGOやったわ。)

今でこそ余裕が感じられるが間違って補導されかかった時には秀治も冴子も驚愕して秀治は警官相手に「ワイは何もやっとらんわボケェ!!」と暴れ、冴子は事情を必死になって説明しようとして四苦八苦しちょっとしたカオスがその場に形成されたのだ。

ちなみに暴れた事により公務執行妨害で補導されかかったのはご愛嬌である。
冴子の嘘泣きが無ければ本当にアウトであった。しばらく秀治は冴子に対して頭が上がらないだろう。

「そんなに感謝されるようなことでもないだろう、私は当然のことをしたまでだ。」

「いや~、それでもやで、実はワイ警察から少し目ぇつけられとっての。」

カラカラと笑いながら言われた内容の重さに冴子は僅かに瞠目する。

「・・・何か目をつけられるようなことをしたのか?」

訝しげな顔をして声のトーンを低くしてそう聞いてくる。

「あ!!、その顔はワイのこと疑っとる顔やな!!、いやいや違うんやて、まぁ、そう思われてもしゃ~ないけどワイは何も悪ないて。」
直感でこれはマズイと感じ慌てて秀治は弁解を始める

「では何故警察に目をつけられているのだ?」

「あ~、いや、これはそのやで、うん・・・どうしても聞きたい?たいした事でもないんやけど・・・」

内心は誇れるような事ではないので聞いてくれるなと思いつつダメもとで足掻いてみる。

せっかく知り合った自分並に強くて美人な同い年の女性に出会って一時間弱で軽蔑されたくないというのが主な理由である。

何せやっていたことは不良の返り討ちだが実質弱いものイジメと変わりないのだ。

「大したことではないのだったらいいだろう。」

冴子は顔にニヤリと笑いを浮かべてこちらに身体ごと近づけ問い詰めてくる。

秀治はその事に気付く事無く、自分が逃げ道を用意したと思ったものが実は墓穴だったと気付き片手を顔に当てて小声でアチャーと言っている

「いや、マジで大したことやないんやけどな、うん、まぁ、冴子はんにやったら・・・、いやいや冴子はんやからこそ言うわけには・・・。」

片手で口を抑え俯いて独り言をブツブツと呟く様はハタ目からみてかなり怪しい。

そんな秀治の姿を見て冴子は秀治に気付かれないようにコッソリクスクスと笑っている。

何気にこれからの関係が見える気がする一瞬である。

未だにうんうんと唸っている秀治に悟られないようにこっそりと近づいて後ろから抱き付いて耳元で囁くように

「いいじゃないか、大した事ではないのならば。」

と言う、それに対して慌てたのは秀治である、いや慌てすぎてまるでゴルゴンに魅入られたかのように体が石のようにピシリと固まり動かなくなった。

それでも首をギギギギと音が鳴りそうなほどゆっくりと振り向いて後ろから抱き付いている冴子に話しかける。

「え・・・あ、な・・・、何事ですのん?いや・・・、そうやなくてな、うん、冴子はん一体、どういうつもりなん?」

思考が上手く回らない状況にて必死でその言葉を紡ぎだす。ハッキリ言って背中に色々と当たっているので性欲がスパーキングしそうなのをダンボール並の硬さを誇る理性で必死になって押し止めているのだ。

「先ほど剣を交えて紫藤が悪人ではない事は知っている。それに信頼も置けると私は思った。私は評価できる男には絶対の信頼を置く主義でな。」

そう言われて急速に決壊しそうになっていた性欲が萎んでいった。

「なるほどな、ここで手ぇ出したら冴子はんからの信頼を失ってまうわけか、いやいや、役得と思たらええんか生殺しやと思たらええんかようわからんわ。」

空に向かって息を長々と吐き出して心を落ち着かせる。ここは役得だと思っておいた方が色々とこれからも得するだろう、そう頭で考えながら。

「ほう、正直者でもあるみたいだな、それにこうするのにも理由があるのだ。」

「・・・例えば?」
あまりに真剣な声であったため思わず喉をゴクリと鳴らして続きを促す。すると・・・

「紫藤君、君はからかうと反応が面白いのだ♪。」

「なるほど!!そりゃぁ、しかたない・・・わきゃあるかぁぁぁあ!!」

がおーと叫んで色々と勿体ない気もするが、いや勿体ない気しかしないが抱きつかれているのを振りほどいて相手の頭にビシッと軽いチョップを入れる。
冴子はコロコロと本当に楽しそうに笑っている、それを見て毒気を抜かれてハァ・・・とため息をつく、決してやっぱり勿体なかったなぁとは思ってはいない、いないったらいないのである。

「ホンマに男相手にするには少し無防備すぎひんか?」

「いっただろう?評価できる男には絶対の信頼を置くと、裏を返せばできない男には決してこのような真似はしないさ。それにさっきの勝負に負けた趣向返しもあるのだ。慌てただろう?」
先ほど自分が彼女にしたように悪戯が成功した悪ガキのような顔で此方を見つめてくる。

片手を上げて参ったとジェスチャーを返す。
しばらくどちらとも無言ですっかり暗くなった星空を見上げながら進んでいると

「では私は家が此方にあるのでここでお別れだ、色々と楽かったぞ。」
と言って此方に片手を上げて去っていこうとしたが。

「おぉ!!ちょっと待った!!、なぁ冴子はん、あんたケータイもっとる?」
ポケットをゴソゴソと探りながらこちらに追いついてきた秀治に呼び止められた。

「あぁ、持ってはいるが・・・、なるほど番号の交換か。」

「そぅ!!それや、ここでもう会う事もないってのは寂しいからの。」

双方同時にポケットから出したケータイ同士で赤外線通信でアドレスの交換をする。

「ほな、気ぃつけてな!!また悪い男に襲われんようにな!!」

「なに、大丈夫だ。そちらも車には気をつけてな。」

「ハハ!!あんたはワイのおかんか!!それじゃ、また何時か会おうや。その時はもうちょいムードがあったらええな。」
そう言って秀治は自転車を反転させ行き過ぎた道を走って戻っていく

「フ・・・確かに、それではまた会おう。ではな」

「じゃあな~・・・・。」

「フゥ・・・・」
秀治が角を曲がり見えなくなったことを確認すると冴子は顔を何かを後悔するように歪め、憂鬱そうにため息をついた。




ふい~、作者です、毎日投稿するのがちょっと厳しくなってきたかもしれません。
ちょっとしたら更新そくどが落ちる可能性もあります。
すいません。




おま~け

「おぉ~・・・、これは酷い・・・。」
秀治が家に帰ると最初にした事はMy竹刀の確認である。ちなみに兄の浩一は今日は学校で泊まりである、なんでも色々とやることがあるらしい。

My竹刀で1~2太刀冴子の斬撃を受けただけだがエモノが木刀である。受けたときに乾いた音と共に嫌な音が鳴っていたのを秀治は聞き逃さなかった。
その結果が柄に近い部分に奔っている皹である。

「すげぇなこれ、竹刀砕きかけるとか冴子はんマジパネェ、ワイも木刀にエモノ代えるか・・・。」

竹刀に奔った皹をしげしげと眺めながらここ数年の相棒との別れを決意する。

「あっ、そういや結局冴子はんに言わんですんだな、あの事、いや、気ぃ使われたんか、だからあんな事してきたわけや、あ~、貸し一個やな、いや?警察から庇われたこと含めて2個・・・か。」
クックと軽く笑いながら鮮やかにやられたことを思い返す。

「いやはや、まっ、ええ人と友人になれたもんやで・・・、なんか冴子はんからは・・・ワイと同じ匂いがするからのぅ。」
戦っている時にみた顔を思い出し口端がグイと吊り上る。

「ふっふっふ・・・、ハッハハハハハハ!!」
今は一人しかいないやたらと広い家に秀治の狂気じみた笑い声が響いていた







[19019] 4話目
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/05/27 14:22

「ふぅぅぅ~・・・」

精神統一をするために大きく息を吐く。

面越しに相手の挙動の全てを凪いだ目で見つめる。

いつでも打ちかかれるようにと柄をしっかりと握り締める。

足は適度に開き力を込めていつでも相手の間合いに踏み込めるようにする。

油断はもうしない、目の前に立っている相手はこれまで一瞬で相手の間合いに踏み込み反応すらさせることもなく切捨てここまで勝ち抜いてきたのだ、そして先ほど自分から一本奪っていったのだから。

しかし、それ故に男が考えた攻略法は単純にして明快、踏み込まれる前に踏み込み手数にて封殺することだった。

敗北していった者たちもそれをしなかったわけではない、しかしそれ以外攻略法が見出せないのだ。

すでに一本は取られている、フェイントで相手を釣ろうとして生み出した故意的な隙、そこに跳んで来るものならカウンターを入れようと考えていた。

十分に間合いを取っていたはずであった、一歩でも踏み込んでくれば切る、その気概で挑んだはずであった。

しかし気がつけば相手は自分の間合いの内、逆に言えばは相手の間合いに入れられていた、その事実に驚愕しつつ竹刀を振り下ろした時にはすでに手遅れであり、見事としかいいようのないほど素早く胴を決められていた。

予想以上、いや、この場合相手が異常なのだ、自分の虚に影のようにスルリと入り込み行動の起こりすら見せずに神速の速さで踏み込み切り捨てる。

この目の前に立つ相手は本当に自分と同じ中学生なのだろうか?
通っている道場の師範にですらここまで畏怖の感情を感じたことはなかった。

有り得ない、そんな言葉が脳裏をよぎる、きっと今までに敗北してきた者達も同じ事を考えたに違いない。

映像で見ている時では確かに速いが反応できない程ではない、そう思っていた、しかし実物を目の前にした今ではそう考えていた自分を殴りたくなる。

動きの無駄が無い訳ではない、ただ自分と同年代、いや一つ下にしては無駄が少なすぎるのだ。

受けに回ると負ける、実際に相対し一本獲られた今ならその事がはっきりと理解できる。

攻められたら負けるのであれば攻めるしかないでは無いか。

きっと目の前の相手も自分が攻めてくると思って待っているのだろう、試合が始まってたった10秒、しかも受けに回って一合も打ち合わせられずに負けたのだ。

待っているとしか思えない、そうでなければすでに自分は2本獲られているだろう。つまり目の前の男は待っているのだ自分が打ちかかってくるのを、今度はお前の番だと言わんが如く。

舐められている、そう感じて思わず歯噛みする。

先ほどからさっきの趣向返しなのだろうかチラチラと隙を見せてくる。

いつ攻めてこようともお前など相手にならない、口にこそ出してこないがそう言っているのが露骨に聞えてくるようだ。

頭に渦巻く雑念を追い出すように軽く頭を振り萎縮してしまった精神に気合を入れ直す、勝てないだろう、それだけはハッキリと解る、ならばもうやることは一つ、
相手の望む通りに全力で打ち込むだけである。

こちらの心境の変化を感じ取ったのか相手の故意的に見せていた隙がスッと消えて無くなる。

精神の統一も終わった、なら後は攻めるだけである。

「フッ!!」

相手の間合いに一気に踏み込み面打ち、胴打ち、小手打ちと多種多様に攻め立てるがその全てが華麗に捌かれる。しかし打ち込みを止めることはしない、自分の息が続くまで、体力の限界がくるまで打ち込み続ける。

それでも光明は見えることもなく、疲れて攻撃が乱雑にそして単調になっていく前に面越しに此方に振り下ろされた竹刀を見た。

「面あり!!一本!!」

負けたか・・・、ここまで綺麗にまけたら悔しいとも思わずに逆に清清しく感じる。そして俺は相手に礼をして背を向けて去っていった。





「う~ん、アレやなやっぱり、言っちゃ悪いが弱いな。そっちはどうやった?相手なるやつおらんかったやろ?」

見事に全国中学校剣道大会男子個人戦にて優勝を果たし家に帰る途中の車の中で吐いた台詞である。

その手には携帯を持ち誰かと話をしていることがわかる。

「あん?思っててもそういうことは口に出したらあかん?まぁ、悪いとは思うけどさ、お前よりかなり弱いやつしかおらんかったしな~。」

「お前も女子の部で優勝してたな、会場でも言ったけどおめでとさん、そしてお疲れ様やな。」

「あれやな、大会とかそんなとこ行くよりお前とずっと試合してたほうが有意義かもしれんな。ん?今度は負けん?ハッ!!案外お前やったらできるかもな?ワイの不敗伝説を終わらせんの。」

「それよりさ、あれや今度の休みに二人でどっか遊びに行けへん?優勝祝いってことでさ、費用は奢るで?ん?OK!?でも奢らんでいい?まぁまぁ、男の甲斐性ってやつや、奢られてくれ。予定はこっちで決めてええか?うむ、暇にはさせへんことを誓うわ。うん。」

「ん、じゃまた明日、帰り道であお~や、じゃな~。」

Piっと携帯の電源を押してポケットにしまいこむ。

「誰と話してたんですか?秀治、女性の方のようですが。」
コー兄が車を運転しつつこちらをチラリと見て聞いてくる。

「ん~、こないだ知り合った毒島冴子って子やで~、女やのにワイ並みに強いっていうすごい奴や。」
座席を後ろに倒して腕を目に当てて横になる。

「ほう、あの毒島家の御息女ですか。」

「ん~?何でコー兄が知っとるん?」
顔から腕をどけて片目だけ開けてコー兄の顔を見る。

「父の仕事を軽く手伝っているときにちょっと小耳に挟みましてね。」

「あのクソ親父の仕事手伝うんも軽めにしとき、せやないと後戻りできんようなるで。」
スッと身に纏っていた雰囲気が変わり口調が真剣になる

「わかってますよ、父に逆らいこそ出来ませんがあんな男の為に悪事に手を染めるなんてバカらしいですからね。ちゃんと引き際は心得ていますとも。」
コー兄はそれに軽く笑って返した。

「あぁ、それはそうと、毒島家の御息女と付き合うのはいいですがそれを父に知られないように、無いとは思いますが、アレコレ命令されるかもしれませんから。」

「わ~っとるわ、そんくらい、ま、アイツはほとんど東京にすんでこっちに帰ってけ~へんからバレることもないやろ。」
手をヒラヒラと振りながら返答する。

「それよりもホンマに気~つけな、気がついたらやばい事させられてるかもしれんからな。」

「私はそんなヘマはしませんよ、それより貴方も頑張りなさい。」
ニヤニヤと笑いながらそう言い返してくる。

「何がや?」
心底不思議そうな反応を返すと軽くため息を吐かれ

「まぁ、色々ですよ。解ってないならあえて言いませんが・・・」
と呆れたように返された上さらにため息を吐かれた。一体何なんだ?





おまけ  ケータイでの会話 冴子Ver

「秀治君、思っていても口にしていいことと悪い事がある、確かに相手になる者がいなかったのは事実だとしてもだ。」

「私達の強さが異常なのだと思うぞ?これでも私は君に負けるまで同年代で負けたことはなかったんだ。」

「あぁ、有難う、君もおめでとうそしてお疲れ様。」

「クッ、意外とその通りかもしれないな、だが剣道の試合という形なら私は負けんぞ。今度こそは勝つ。」
クツクツと可笑しそうに笑いながら答える。

「ほう?ならいつかその期待に答えるとしよう。・・・む?次の休みに遊びに行こうだと?」
少し考えて次の休みに予定が入っていたかどうかを思い出す。

「ふむ、無いな・・・、いいだろう、その話に乗るよ、あぁ、別に奢らなくてもいいぞ、・・・む?男の甲斐性?むぅ・・・仕方ない、大人しく奢られておくよ。あぁ、予定は君が好きに決めて構わないさ、でも暇な一日にさせてくれるなよ?期待しているからな。」

「あぁ、それではまた明日、ではな。」

ブツリと向こうのケータイが切られた音を聞いて携帯をカバンに入れる。

「さて、何を着ていこうか?」

家に帰った後、母親にどんな服を着ていけばいいのか聞いたところ、毒島流服飾なるものを教わり、休みの日待ち合わせ場所に行った時待っていた秀治の度肝を抜くことになるのだがそれはまた別の話。

お父さんがそれに聞き耳を立てて秀治なる人物に色んな意味で興味を持つのはもっと違う話







作者です。最初に出てきた奴は誰かって?モブですよ。
原作始めるまで後3年半あたり、ゆるりと書いて行きましょうか。



[19019] 第5話 前編
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/05/28 23:27

「とぅ~とぅ~とぅ~とぅとぅ~♪」

アイポッドでお気に入りの曲を流しイヤホンを片耳だけつけて聞きながらそれを口ずさみつつケータイのゲームアプリ「ぽよぽよ」で遊んでいる。

これだけなら自室でやることだがここはショッピングモール「タイエー床主」の前である。

そう、今日は日曜日、冴子と優勝祝いという名の初デートをする日なのだ。

それなのに何故遊んでいるのか?

それは秀治が気合を入れすぎて集合の一時間も前についてしまったことが原因である。流石に何もせずに待つには長いから遊んで時間を潰している何とも解りやすい理由である。

もちろん姿もいつもとは違いよれた学生服ではなく私服である。髪型もいつもの適当に伸ばして下ろしているだけのものではなくオールバックで纏められている。
極めつけには兄から借りてきたサングラスを掛けている。

ハッキリ言って格好つけまくっている、しかし素が良いから似合っているので文句はつけれない。

いつも纏っているどこか気だるげな雰囲気も消し飛んでいる。
何気にクラスメイトが見ても「誰だテメェ」と言われるレベルで別人である。

紫藤秀治、馬子にも衣装を地で体現する男であった。

「よっしゃ!!6連鎖キタコレ!!」

その当人はよほど「ぽよぽよ」に熱中しているのか周りの人間がザワザワとし始めた事に一向に気付く様子がない。

「おい、あの子みろよ、スゲェぞ」 「何々?何かの罰ゲームかな?」
「ウハwwマジでwwパネェなあの子ww」  「ナニアレ?マジ有り得ないんですけどww」

あまりに周りがうるさくなってきたのでぽよぽよを止めてイヤホンを外し騒ぎの元は何だと周囲を見回して・・・

「ぶっふぉ!!?」

何も口に含んでいなかったのに噴いた、それはもう盛大に噴いた。それほどまで視線の先に映ったモノのインパクトが大きすぎた。過去これほど驚いたことがあっただろうか?いや無い!!

頭の中では「ナンダアレハ!!」という文字が列を成してパソコンのエラーの如くズラリと並んでひしめく。

目を点にし顎が外れんばかりに口を大きく開け広げる、しかしその視界に映るモノから目を離すことはしない。ケータイが手からスルリと抜け落ちて地面に落ちるが本人は全く気付いていない。

それほどまで秀治をして驚かせるモノとは一体何なのか?

一言で言えばそれは毒島冴子である。しかしただの毒島冴子と思う事なかれ。

髪を下ろしてただのストレートにしているのはいつものポニーテールとはまた違った魅力を感じとてもGoodだ。

母親に手伝ってもらったのであろうか?素を活かすように仕上げられた申し訳程度の化粧もその美貌を引き立てる一端を担っている。

しかし!!そこが問題なわけではない!!

何があってもあまり動じないことに定評がある秀治をもってここまで驚愕させたのはその衣装である!!

(ナニあの服?スゲェ・・・)

単純な感想だと言う事無かれ、秀治の頭は現在進行形で処理落ちでパニックだ。

その問題となっている毒島冴子当人は人が多い「タイエー床主」前でいつもの見慣れた顔の秀治を探してキョロキョロと少し困ったように周りを見渡している。
そして周りから注がれている視線にうっすらとほほを染めているその姿をみているとあ”あ”あ”ぁあぁあぁぁ!!くぁwsdrftgyふじこ・・・・

コホン、話を戻すが問題なのは冴子の服装なのである。

かなり短めのスカートでありながら存在する深く、それでいてギリギリのラインまではいっているスリット!!そしてそのスカートから艶かしい太ももに伸びるガーターベルト!!、そして服の上からでもわかるその存在を慎ましながらも主張し始めているふっくらとした双丘、ヘソや二の腕を丸出しにし、背中が大きく開いている魅力的であり扇情的なその姿は若干14歳とは思えない程の色香を振りまいていた。

そして極め付きには歩くたびにそのギリギリまで入ったスリットから見える生足と見えそうで見えない絶対領域がががががが。

そんな刺激的なものを見ていつもとのギャップの差で頭がビジーでフリーズな状態になった秀治は一分ほど何をするわけでもなく立ちほうけていた。

「ねぇねぇ、おにいちゃん、これおにいちゃんの?」

ズボンをクイクイ引っ張られる感覚にハッと我に返り視線を下げると小さな女の子(六歳くらいだろうか?)が自分がいつの間にか落としたケータイを首を少し傾げながらこちらに差し出していた。

「あ、・・・あぁ、ありがとなお嬢ちゃん、助かったわ。」

しゃがんで目線を合わせて頭をくしゃくしゃと撫でながらケータイを受け取る。
「えへへへへ♪ありすいい子だもん♪バイバイおにいちゃん。」

顔に無邪気な笑いを浮かべて元気よく両親のいる元へと走っていった。

そんな小さな子供特有の無邪気さに心が癒された気がした。

「うし!!とりあえずあれ、なんとかせんとな。」

(口調も声音も変えて話しかけてみよ)

ちょっとした出来心でそんなことを思いつく。

果たしてそれで自分と気付くかどうか少し楽しみにしながらついに顔が険しくなり始めた彼女の方へと歩いて向かっていく。




冴子サイド

約束の五分前になってもまだ秀治の姿が見当たらない。

その事に対して私は少し憤っていた。

(全く、自分から誘っておいて私より来るのが遅くてどうする。)

母から毒島流服飾術を教わりその中で自分の最も気に入った服を選び母に化粧まで手伝ってもらって来たのだ。

そこまで念を入れて来たというのに相手がまだ来ていないとなると多少の不快感も感じるというものである。

見慣れた顔を捜してキョロキョロろ周りを見渡すがそれで見えるのは此方を見つめる目、目、目、目、そのあまりの視線の多さに少し赤面する。

(う・・・、そんなに可笑しな格好なのか?私は気に入っているんだが・・・)

そう思いながら改めて自分の着ている服を見下ろす。

仮に人に「私の服は変か」と聞けば、10人中10人がいい笑顔をして「Yes!!」と答えるだろうそれもサムズアップ付きで。

今、自分の姿を改めて見下ろしている彼女も自分の格好が可笑しい事に気がつくであろう。

(ふむ、いざという時に動きやすいスカートに通気性が抜群に良い上着・・・、確かに多少は目立つが何ら可笑しくは無いと思うのだが・・・)

訂正、どうやら彼女はナカナカにぶっ飛んだ感性をしているようだ。

(それにしても後一分もないというのにまだ来ないとは彼は何をやっているんだ)

約束をすっぽかすような人物ではない、というよりこの話を持ちかけたのは彼である。遅れるにしても連絡の一つでもあるはずなのだ。

遅れたらどうしてやろうか・・・、と少し苛立ちながら考えていると。

「こんにちわ今日は冴子さん目立つ格好をしていますね。」

後ろからどこかで聞いたことのあるような声が聞えたのでサッと振り向くとそこには

「誰だ貴方は?」

知らない男がそこにいた。身長から察するに自分と同年代であろう。

そう言うとショックを受けたように2、3歩よろめいきながら後ろに退がり大げさに嘆き始めた。

まるでマンガの茶番を見ているようだ。

「そっそんな!!?私の顔を忘れるなんて・・・、いくらなんでもそれは余りに酷いですよ冴子さん。」

聞き覚えがあるような声(しかもよく)、そしてこのオーバーリアクション。

そこまで見てようやく冴子の頭に閃くものがあったが違いが少々ありすぎる。

「もしかすると・・・、秀治君・・・なのか?」

間違っていたら恥ずかしいのでおずおずと尋ねると、目の前の男は先ほどまでしていた泣き崩れる真似を止め

「ハッハッハ!!ようやく気付いたか!!ちょっと時間かかったの?」

と言ってニヤリと笑いかけてきた。

その顔に少し腹が立って腹に一発いいのを入れてしまったがそれは詮無きことであろう。







ど~も作者です。書いてて気付いて驚愕した!!
このSSの冴子さんまだ14歳のロリっ子だった!!ビックリだ!!
後、思い浮かべながら書いていたら地の文が暴走した、でも後悔はしていない。



[19019] 5話目 中編
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/05/31 05:03
「いや~、確かにからかったんは悪いとは思うけど出会い頭にボディブローってのはやりすぎや思うで?」

殴られた腹(鳩尾)をさすりつつ笑顔で言うがその目はあまり笑っていない、真面目に吐きかけたのだから仕方が無い。

「わ、わざと遅れた上に私をからかった君も悪いだろう!!」
流石に強く殴りすぎたと思っているのかちょっと声がどもっている。殴ったら咳き込みまくって地面に蹲って苦しみ始めたのを自分で介抱しなければならなかったのだ、それは反省もするだろう。

「いや~、痛かったなぁ、ホンマに朝食ったもんがリバースしてまうとこやったで。ボクシングやったら?その右手が世界を掴むかもよ?」

軽くジョークを含ませながらジトジトとした目でじっと顔を見つめる。

「うぅ・・・す、すまなかった。流石に私もやりすぎた。」

「なら良し!!、こっちもちょっとフザケが過ぎたわ、ゴメンな。あぁ、それと、理由は色々とあるけどまずは服買いに行こか。」

「何故だ?」

「何故もなんも、お前その格好でウロウロする気か?」

「何か可笑しいところがあるか?由緒正しき毒島流服飾術だ。」

ちょっと膨らみかけの胸をエッヘンとでも言いたげに張る。顔が自慢気であることから微塵も自分の格好が可笑しいとは思っていないのだろう。

「なんというか、毒島家恐るべし!!やな、いや~時と場合が揃ったらその服も全く可笑しく無いとは思うで?でも日中の町うろつくにはちょっと合わへんのとちゃうかな?」

「む?君までそう思っていたのかね。」

いきなり顎に手を当て思案顔になる。もしや自覚があったのか?

「ん?もっかして自分でもちょっと可笑しいとでも思っとった?」

「いや、私はそう思ってないのだが、こう視線が、なんというか、私に注がれているのを感じたらちょっと、な。」

その姿でほほを赤らめて少し上目遣い(身長の関係上嫌でもそうなる紫藤家男子はひょろくて長いのだ・・・父以外)をしてこちらを見る様はそれだけでも今日誘ってよかったという気分になるが視線の話となると自分もあまり笑えない。

なぜなら冴子に注がれている視線に匹敵するほど多くの視線に秀治もさらされているからだ。

しかも好奇の視線が多分を占める冴子とは違いこちらはかなりたちが悪い。

もてない男から注がれるSHITの視線、その意訳は「なぜ彼女にこんな格好をさせて連れまわるような男にこんな美少女が!!」

彼女連れの男から注がれる、賞賛とSHITの視線、いわく「こいつ・・・、勇者だ!!それにしても俺の方がいい男なのになんであんな可愛い娘が!!」

当然なことに男がいれば女もいる。さっきから一番きついのがこの視線だ。ゴミを見るような目で秀治のことを見ている。いわく・・・「この変態が!!」

そんな視線に曝されている秀治は叫び出したかった「ワイが言ってやらせたわけやない!!こいつが天然なだけや!!」と、しかしそれをやったところで突然叫び出したおかしな人である。よってただただこの針のムシロのような視線に耐えるしかないのだ。なんともお気の毒な話である。

「いや、それは確かにこんなとこで着るような服やないってのもあるけど、それ以上に・・・、あれや、うん、お前が可愛いってのが大きいと思うで?その服もめっちゃ似合っとるし。」

ちょっと恥ずかしいと思いつつ賞賛の言葉を口にする。小学生の頃はとある理由で人間不信に陥り、中学一年は暴れまわって「狂犬」のあだ名を頂いた秀治である。まず女性の知り合いが全くいない、いるにはいるがその人は自分に付けられた「狂犬」のあだ名を知らない。(実際には自分の行っている学校の連中とここら一帯の不良たちにしかそのあだ名は使われていない)

「そうか、それは良かった。」

自分の気に入っている服が似合っていると言われて嬉しいのか顔を綻ばせてうんうんと頷いている。そしてその仕草で周りからの視線が増した。

「あ~、そこでワイの提案なわけや、お前は可愛い、それは自分でもわかってるな?そんな可愛い子がこんな目立つ服着て歩いとったらそりゃ視線も集まるモンや。だから服かってそれに着替えよ~や。服はプレゼントさせてもらうで。」

「似合っている服を着ているのが悪いことなのか?」

それを言う顔はとても不思議そうにしている、おそらくその裏に秘められている男の浅くて複雑な心にも何にも気付いていないのだろう。

「ぐ・・・、そう言ってるんやないんや。ただな、似合いすぎとるっていうか、その服は刺激が強すぎんねん、ワイにも、そこら辺におる有象無象の男どもにも・・・な。だからな、買いに行こうや服、この中で女性用の服売ってるところあったはずやし。」

手を繋いで引っ張るように「タイエー床主」へと連れて行く。手を繋いだときにSHITの視線の濃さが増大したが気にしたら負けだ。いちいち気にしていたら胃に穴が開いてしまう。

「それは・・・仕方ないことなのか?」

「それにや、ワイがお前のそんな格好を他の男どもに見せたくないっていう理由もあるからな。」

グイグイ手を引かれながら未だ思案顔で悩んでいるとスッと近寄られて耳元で囁かれた言葉に硬直して手の引かれるまま店の中へと連れ込まれる。

店に入ったところで我に返ってグイグイ引かれている手を離そうとするがその前に手を引いている男を見ると。耳が真っ赤である、これでもかというほど真っ赤である、おそらく顔もそれに負けず劣らず真っ赤であろう。気をつけなければ気付けなかったが自分を引っ張っている手も微かに震えている。

自分で先ほど言った言葉がよほど恥ずかしかったようである。こうやってグイグイと強引に引っ張っているのはその恥ずかしさをごまかすのと顔を見られないようにするためであろう。

その事に気付いた冴子はクスリと笑ってその手を引かれるままにしておく。
男にあれほどのことを言わせたのだから今は秀治の顔を立てるのもいいだろうと考えて。

「よ~し、ここや、早いとこ服選んで映画でも見に行こうぜ。」

「秀治君、それは無茶というものだよ。女性の買い物は長くかかるのを覚えておくといい。だが、まぁ今日は早めに済ませるとしよう。」

そう言って適当にそれでいてめぼしかった服を2~3着取って店の試着室へと向かっていった。









「アウト」

「む、これもダメか。」

「いや、なんで持ってくる服が全部へビィでメタイねん。」

先ほどから何度このやり取りを繰り返しただろうか?すでに1時間以上は経過している。冴子は困惑顔で秀治はすでに疲れきった顔をしている。

「あれやな、ちょっと店員さんに頼んで選んでもらおうや、本音を言えばワイが選びたいんやけど、ワイも服飾のセンスが無くての、持ってる服はお下がりか兄がコーディネートしたもんそして店頭にならんでる奴そんままとかいうのばっかやからな~。」

「人に言う割りに自分もセンスが無いのではないか。」

「いや、お前は服飾のセンスはあると思うよ?さっきから似合ってる服ばっか持ってきてるし、ただそれが日常で着る服やないだけでな。」

はぁ~、と心底疲れたようにため息を吐き出す、何故デートの前からこうも疲れなければならないのか?いや、これもデートに入るのか?

どちらにせよ女の買い物は時間がかかり疲れるものだという大事な教訓を得た秀治であった。

結局昼まで服選びに時間を費やしやっと少しは落ち着いた雰囲気の服になった。
この際ミニスカートなのは見逃そう。そうしなければやってられない。
何気に支払いの時に持ってきたへビィでメタイ服が何着か混じっていたが見なかったことにしよう、男の甲斐性ってのはそんなもんだと自分に言い聞かせながら馬鹿にできない額になった代金を震える手で財布から取り出す秀治であった。




「ま、気を取り直して映画でも見に行くとしよ~や。」

「うむ、そうだな。」

ちょっと元気が無くなっている秀治と対照的に冴子は気に入った服が手に入ってご満悦であった。満面の笑みだ、これだけでも払った価値はあると考えてしまうのは男の悲しい性だろう。

「で、何見よか?」

「何が上映されているのだ?」

「確か朝調べたところによると、バイオハザード3、崖の上のポチョ、アーマードコア4有澤の野望の3つやったけかな?。」

「バイオハザード3でいいんじゃないか?」

「ワイとしては有澤の野望も棄てがたいけど、まぁ冴子はん知らんやろうし、バイハ3見に行こか。その後ちょいとゲーセン行って飯食って帰ろや。」

「あぁ、そうしよう。」

そうして二人は町へとようやく繰り出して行った。長い前座である。









作者です。すいません今回は短いです。
後、映画の名前は完全なネタです。(ポチョムキンバスター!!)やってみたかっただけです、すいません。
でも思いつきで書いたが有澤の野望、見たいやも知れん(ゴクリ)



[19019] 5話目 後編
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/05/31 05:02

「いや~、結構面白かったな。」

「そうだな。」

談笑しながら歩いている二人は現在、近場にあるゲームセンターへと足を運んでいる。荷物を持っているのはもちろん秀治だ。

「なぁなぁ、もし世界がバイハみたいにゾンビだらけ~とかなったらどうするよ?」

「それは、生き残れるだけ生き残るしかないだろう。まぁ、私はゾンビになるぐらいなら自決するだろうな。」

「噛まれたり引掻かれただけでアウトってのはちょいと厳しいよな~、一対一やったらどんだけ来てもやれる自信はあるけど流石に一対五超えて来たらワイらのエモノやったら厳しいモンがあるな日本刀やったら一対七、八はいける自信はあるで。でも走ってくるゾンビは無理やな、やれたとしても2匹が限度ってとこやろ。弱い方でも囲まれとったら一対三ぐらいやろうな。」

有り得ないことを想像を膨らましてそれについて話す。

「基本この手の映画のゾンビは数で押し寄せてくるからな、しかし慢心している者ほど始まってすぐに噛まれるというのはよくあることだからな、気をつけろよ秀治君。」
冴子がニヤニヤと笑いながらこちらを見てくる。

「それはあれか?ワイが慢心してやられる言いたいんか?いや、流石に歩き程度の速さしか出されへん奴らに負けるこたぁ無いで。数で潰されんかぎり。」

「フフフ、どうだか。」

身振りを交えてそれを否定する秀治を冴子は微笑ましいものを見るような目で見る。

「っとと、そうこうしてる間にゲーセンついたわ。」

「ここがか。」

冴子は興味深そうにその建物全体を見上げてマジマジと見ている。

「おぉ?もっかしてゲーセンとか来るん初めてか?」

「あぁ、私にはあまり関わりあいのない場所だからな。話には聞いたことはあるが行ったことはないよ。」

「ほぅ!!なら楽しんだらえぇ、さっき映画見たところやしゲーム版のバイハやろうぜ。」

手をクイっと引っ張って先導する。
そうして二人は手を繋ぎながらゲームセンターの中へと入っていった。






「そっちの奴ら頼んだ!!」

「まかせろ!!」

画面に群がるように現れるゾンビ共に鉛玉をプレゼントする。後少しでラスボスの所までワンコインで辿りつけるあたりかなり上手いだろう。
有象無象を蹴散らしついに最終ステージの際奥、ラスボスの間に突入する。


「こいつがラスボスか。」

「フン、醜いな。」

相方に何かスイッチでも入ったのかかなりいい笑顔でそんな事をおっしゃってくれる。なにやらゾクッと来るものがあったが今はラスボスを倒すことに集中する。

「あともうちょい!!これで!!」

「終わりだな。」

後一発で倒せるというときに弾切れになり画面外へと銃を向けて再装填している間に冴子に止めを掻っ攫われた。

「いやすごいやん!!初めてであんなにできるやつおらんで。」

「コツさえ掴めばあとは簡単だったな。」

持ち前の運動神経と動体視力で出てくるゾンビに銃を向けて撃つ、これだけだった。

「次は何しよか~UFOキャッチャーでもする?」

「あれのことか?別に欲しいぬいぐるみは無いぞ。」

ゲームセンターの顔の一つなのだがにべもなく切り捨てられる。

「む~、初心者にゃむずいけど、AC烏達の狩場でもやる?」

「あれのことか?」

そう言って球体型の乗り込み式のゲームを指差す。

「そうあれ!!フロムが持ち前のCG技術をフルに使ってできた傑作品や。」

「具体的にはどんなゲームなんだ?」

「ロボットに乗り込んだ感覚で操縦して対戦相手を倒すゲームや、ミッション選んで出撃、相手のランクによって報酬が変わる。んで報酬が溜まったら好きなパーツと交換できるっちゅうわけや。いっぺんやってみ?操作も簡単やからおもろいで。データカードは貸したるわ。」

「ならやってみるか。」

財布から取り出されたデータカードをしげしげと見つめて球体に乗り込んでいく。








「流石にアレは慣れなければ無理だ。」

相手に一方的に蹂躙されて負けたからか少しむくれた顔をしている。

「一方的に蹂躙できるようになったら面白いねんけどなアレ。」

まぁ健闘したほうだと言うように肩をポンポンと叩く。

「で、時間もええ具合やけど飯どうする?」

「ふむ、どうするか、む?ちょっと待て電話が・・・」

そう言ってポケットからケータイを取り出して誰かと話し込む。

「え!?本気ですか?はい、解りました、彼にもそう伝えます。」

冴子はケータイを切ってポケットに入れた後に何を考えているんだと言いたげにフゥ、とため息を吐き出す。

「なんやったんや?」

「あ~、秀治君、落ち着いて聞いて欲しい。」

「なんやなんや?」

「どうも私の両親が君と会いたがっているようだ、夕飯に誘いなさいと言われてしまった。受けるか断るかは君次第だが、行っておいた方がいいだろうな・・・」

「うっそ、マジで?お前の父親ってあの毒島さんやったよな?」

「あぁ、そうだな。」

目を瞑り腕を組みながら冴子は首肯する。

「ワイ今日が命日やったんやろか?」

「まぁ、頑張るんだな、私からも取り成してやるからマズイことにはならないだろう。」

「そんなの無いわ~」とでも言いたげに頭を抱える秀治を慰めるように言う。




一体秀治の運命はどっちだ!!?







作者です。短くてスイマセン。さて、冴子の両親の名前どうしましょうか・・・、原作で出てきたら修正でいいか、うんそうしよう。秀治君選択誤ったら原作始まる前にジ・エンドしちゃうかもね。




[19019] 6話目 前編
Name: カニ侍◆92202ac9 ID:104368c8
Date: 2010/06/02 02:57


「・・・なぁ、お前の両親って厳しいんか?」

「・・・甘いと思うか?」

「・・・・・・いや、全く。」

無いだろうなぁ、と思いつつもダメ元で聞いてはみたもののその可能性はほぼゼロだと遠まわしに言われたのでズーンと音が聞こえてきそうなほど肩を落とし顔を俯け、まるでこの世の終わりだと言わんがごとくの長く憂鬱そうなため息を吐く。

「それほど気を落とすこともないだろう、確かに厳しい人ではあるが理性的な人だよ、私の父は。だが甘いという訳ではないから注意するんだな。」

その様子を苦笑しながら眺めてちょっとしたアドバイスを送る・・・が

「くぅ!!これがお嬢さんをお嫁にください!!って相手の親に言いにいく男の気持ちなんか!?くそっバッドなエンドしか見えへん!!」

「フフフ、まぁ頑張ることだ、母もおっとりしているように見えて一癖ある人だから気をつけるんだな、気がつけば墓穴を掘らされていたということになりかねんぞ?」

自分の両の手のひらを顔の前に並べてワナワナさせている秀治にちょっとした嗜虐心が疼きつい追い討ちの言葉を放ってしまう。

「な、なん・・・だと?」

呆然とした表情で此方を見つめてくる秀治にたまらず吹き出してしまう、それを見て先ほどまでの狼狽ぶりはどこへ行ったかニカッとでも擬音が聞こえてきそうなほどの笑みをうかべる。

「なんだ、意外と余裕そうじゃないか。」

「じょーだん、これでもワイ緊張のしすぎで体震えとんねんで?ホンマ、ボケてなかったらやってられんわ。」

手をヒラヒラと振ってその言葉を否定する

「そんなに怖いのか・・・」

やれやれと首を軽く振りながら秀治の肩に手を置いてみると、なるほど確かに微かだが震えている、今の振る舞いも空元気の一種か虚勢なのだろう。

「雲行きが怪しくなれば私からもできるだけ取り成してやるからそうオドオドするな、いつもの君らしくしていればいい。そんな態度では逆効果だぞ。」

肩に置いた手でそのまま背中をポンポンと叩いて元気付ける。
「ん!!、確かにそうやな、いつまでもウジウジしとっても何も始まらんか。よし!!やったるわ!!つーか、やるしかない!!」

深呼吸をし、顔を両手でパァーンと勢い良く叩いて気合を入れなおして心を落ち着かせる。

「あぁ、その意気だ、ここだ、覚悟はできたか?」

「おー!!」

握り締めた右手を空に向かって突き出し胸を張って冴子の後ろに並ぶ。

ギィと音をたてて冴子が門を開き此方を向いて笑みをうかべながら

「ようこそ、毒島家へ、私は君を歓迎するよ。」

と言って手を差し出した。秀治は少しの間呆気にとられていたが何をされたか理解するとニヤリと笑い返してその手をしっかと握り

「ありがとな、それじゃお邪魔させてもらうわ。」

と言った。





毒島家は予想通りとでも言うのだろうか?伝統を感じさせる大きな古い武家屋敷であった。
そしてその家の玄関をくぐる前に二人同時に

「ただ今帰りました。」   「お邪魔いたします。」

と言って家の中に入っていった。

「あらあら、いらっしゃい、今日は冴子がお世話になったようで・・・。」

家の奥から出てきて秀治達を迎えたのは冴子に良く似た和服を着た美人さんであった。

「いえ、こちらこそいつも冴子さんにはお世話になっております、ところで冴子さんの御姉妹の方でしょうか?」

目上の人に関西弁で話すと気分を悪くしてしまう恐れがあるので秀治は兄から徹底的に叩きこまれた対外用の言葉遣いを駆使する。横で冴子が奇妙な物を見るような目で此方を見ているがそれはそれだ。

「あらあらお上手、私は冴子の母の毒島美雲と申します。」

「私は紫藤一郎が息子、紫藤秀治と申します、冴子さんのお母様でしたか、いえすいませんあまりに若く見えてしまったものでつい御姉妹の方かと・・・。」

間違ったことは少し気恥ずかしく感じるがその間違いを利用して全力でよいしょする、女の人
は若く見えると言えば喜ぶものだと言っていた兄に感謝するとしよう、そういえば何故兄に彼女はいないのだろうか?フッとそんな疑問が思い浮かぶが今は関係ないことだと一瞬で頭の中から掻き消す。

「あらまぁ!?あの紫藤議員の・・・」

驚いたようにこちらを見つめてくる毒島母娘

「ん?なんでお前も一緒に驚いているんだ?もしかして言ってなかったか?」

一緒に驚いてこちらを見つめてくる冴子に不思議そうに尋ねる。

「あぁ、君はあまり家のことを話してくれなかったからな、聞くことがあっても君の兄の話だったよ。それにしてもあの紫藤だったのか・・・意外だ。」

心底驚いているのかまだ顔がすこし呆然としている。

それにしてもやはり父の名はこんな時に役に立つ、さすが総理も夢ではなかった衆議院議員、ネームバリューが伊達じゃない、あまり使いたくは無い手ではあるが・・・、外からいくら偉い人だと思われていても自分達兄弟の認識はただの腐った豚なのだ、誰が並べて見られたがるだろうか?

「やっと帰ってきたのか、君が・・・秀治君かい?話は冴子からよく聞いているよ、私の名前は毒島隼人、現毒島家当主だ、よろしく頼む。」

「初めまして、紫藤秀治と申します、こちらこそよろしくお願いします。」

スッと気配を感じさせずに現れたのは黒い着流しを着、背丈の高く筋肉質な体を持った顔の厳つい人だった。気配を感じなかったことに驚くがそれを悟られまいと笑顔で受け答えをする。

「隼人さん聞きました!?この子あの紫藤議員のご子息だそうですよ。」

多少興奮気味に美雲が夫である隼人に話しかける、どうやら思った以上に豚のネームバリューの効果は高かったらしい。


「ほぅ、あの紫藤議員の・・・」

隼人の秀治を見る目が少し変わったように思える、少し目を見張りこちらをマジマジと観察するように見てくる、その視線に多少の居心地の悪さを感じるがここは我慢するしかない。

「おっとすまない、ここで話をするのもなんだ、上がりなさい。夕飯も出来ている。」

「此度は夕飯にお招き頂き有難うございます、それでは改めてお邪魔いたします。」

頭を深々と下げ感謝の意を表して靴を脱いでちゃんと並べてから隼人の背中をついて行く。紫藤家は礼儀作法の教育は徹底しているのだ。親が自分の顔を潰されたくないが故に・・・。

「っとと、その前にこれを渡しておくよ、危うく持ったまま行くところだった。」

慌てて冴子に向かい買った服、そして着てきた服の入った袋を差し出す。

「あぁ、有難う、今日は中々に楽しい一日だったよ、次も楽しみにしている。」

袋を受け取り嬉しそうにそう言って隼人が行った所とは別の場所に向かって歩いていく、おそらく自室に行くのであろう、つい覗いてみたくなったがそれをすればもれなくジ・エンドであるので自重する。

「どうした秀治君?来ないのかい?」

奥から隼人の声が聞こえてくる。

「あっ、すいません今行きます。」

慌てて、それでいて走ることなく隼人が向かった方へと急いでいく。



毒島家の両親による娘についた悪い虫かどうかの判別は未だ始まったばかりである。




おまけ

「ねぇ、冴子、その服は一体どうしたの?」

朝着て行った服とは違うことに小首を傾げながら娘に問いかける。

「これですか?、これは秀治君が買ってくれたものですよ。あの服では自分にも他の男共にも刺激が強すぎるとか言って、そう言えば他の男に私のそのような格好は見せたくないともいってましたね。もぅ顔を真っ赤にして、あの時の秀治君は少し可愛かったですね。」

冴子はその時のことを思い出してクスクスと笑い始める。

「女の子をあの格好のまま連れまわすような人間ではない・・・と。」

それ故にボソリと呟かれたその言葉を聞き逃してしまったのは必然であった。

「今何か言いましたか?」

「あら?今私何か言ったかしら?」

全くの自然体で本当に不思議そうに小首を傾げて問い返してくる。

「そう・・・ですか。空耳かな?それではまた後で。」

そう言って自分の部屋へと入っていった。

「第一試験は合格かしら?あの買って貰った服の量からして秀治君は女の子に尽くすタイプかしらね。礼儀作法も合格、家柄も合格、後は隼人さんが人となりを見極めるだけかしら?悪い子には見えなかったからそれも合格かしら?それにしてもあの子、本当にあの服が可笑しく無いと思ってるのかしら?私の娘ながら服の趣味がわからないわ。」

ふぅ、と困ったように頭を抑えてため息をつきながら家の奥へと歩いて行った。おっとりしているようで見るところはキッチリ見ている一癖あるというより一筋縄ではいかない人であった。

ちなみに毒島流服飾術とはどうやら相手の男がどんな反応を返すかを試すために作られたものであったらしい、(冴子はそれを知らず本気で信じている)知らないところですでにテストされていた秀治に幸あれ。







ぬぅ、眠い・・・、親に隠れてパチパチとキーボード打たなきゃならんから投稿がこんな時間になってしまう。ちくせう、それはそうと半オリキャラの毒島家の両親が登場、書いてたら自然と腹黒っぽくなってたなぜだ?それはそうと私のIDはたまに変わる時があります。おそらくPSP、デスクトップ、ラップトップのいずれかのパスかトリップが違うのでしょうが、統一してるはずなのになんでだろ?



[19019] 6話目 中編
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:104368c8
Date: 2010/06/06 09:59
夕飯食べて談笑してたらいきなり試合うことになっていた、何を言っているのか(ry


6話目 中編



「全力で来なさい。」

そう言って目の前で竹刀を構えるのは毒島家現当主毒島隼人その人だ。

面越しでもその目が猛禽のように鋭くなりこちらの動きを完全に捉えているであろうことがわかる。

こちらがどう動いても勝てるビジョンが浮かばない、一合すら剣を合わせなくとも理解できるものはある。

つまり・・・、今の自分とは格が違うのだ。それも次元のレベルで、

これが本物の達人というものかと頭で感じずともすでに本能が察知している。

肌があわ立ち全身が微かに震えていることを今更ながら自覚する。

それは圧倒的強者を目の前にした怯えがそうさせているのか?はたまた自分よりも明らかに格上の者と戦えることに対しての武者震いか・・・。

それは今自分の顔に浮かんでいるであろう、歪んだ笑いと極上の機会を前にしてギラついた瞳を見れば明らかだろう。

今の段階では自分では勝つことができない、それは竹刀を目の前に構えられた時に悟った。

ルール無用の世界での勝負ならば万に一つでも勝ちを拾える可能性もあったであろう。

なぜなら自分の振るう剣は邪道、正道に慣れた者ほど不意をつける剣だ、尤もここまで実力差があるのであればその利点は潰れるのだが・・・。

以前、冴子が自分のことを軽業師と言っていたがあながち外れているわけでもない。正等な剣士であったならばあの動きは出来なかったであろう。

なぜならそんな動きは想定されていないからだ、どこに腕だけで体重支えて相手に蹴りを入れる事を教える所があろうか?ルールに反している事はまず教えられることはない。

正統派の坊ちゃん剣術ではなく不良相手とはいえ実戦で鍛え上げてきたのだ、手加減や油断をすればどうなるかわからない世界で・・・。

そんな中でルールだ何だと言えるだろうか?いや、言えない、言ったとしても聞き入れられることはあるまい。ルールに反した動きであろうとそれを取り入れて自分のものにしなければやられる世界。

それが今まで自分こと紫藤秀治が身を置いてきた世界なのだ。

故に振るう剣も正道ではなくどこか盗賊めいた土臭い匂いを感じさせる剣を身に着けるのも必然であったといえるだろう。秀治本人から言えば「自然と身についていた動き」というだけであろう。

初めて不良に襲われ実戦を経験した時には不完全ながらもすでにこの動きの雛形はあったのだ、それをさらに研磨した剣が今自分の振るう剣である。

しかしその動きは剣道の試合という形では全く機能することはない、理由は多々あるが代表的なものは「その動きをすれば反則をとられる」からだ。

自分からすればこれほど窮屈なものはない、自分の思うようにさえ動けないのだ窮屈と言わずしてなにがあろうか?

別に試合だから特別弱くなるわけではないそれは大会で優勝した実歴が語っている、多少実力を抑えられるだけなのだ。だからこその剣道大会での「弱い」という言葉にも繋がる。

本気を出すことさえ出来ない自分に手も足も出ないとは何事か、そんな意味を含めて吐いた台詞なのだ。

正式な試合という形でぶつかり会えば秀治は冴子といい勝負はするが勝てる割合は低いであろう。

今まで強者に導かれて強くなってきた者と日々喧嘩三昧で叩きあげで強くなったもの、その両者の差でもっとも顕著なものは技量の差である。

経験を積み、自分の体が元から知っていたかのような動きをなぞる秀治には剣の騙す技術がない、見破る技術はあれどもそれだけは試す相手がいなかったのだどうしようもない。

その差を埋めて余りあるのが自分の動きである、騙す技術が無いのであれば元から動きを悟らせず動けば騙す技術も必要が無い。それで今までやってきたのだ。自分の18番は別として試合で自分から動いて攻め立てないという理由もそこにある、相手を騙せないならばあえてこちらから動く必要もないのだ。

その動きが封じられた試合での勝負で冴子よりそして自分よりも明らかに強い隼人に勝てるという道理がどこにあろうか?

しかし・・・、だからといって初めから勝負を諦めるほど殊勝な心がけもしてはいない、そうしようとも思わない。

どれだけ不利な状況であれ一欠けら程度の勝機はどこかに転がっているのだ。たとえ無かったとしてもそれを探すのを諦めればそこで終わる。たとえ諦めるとしてもそれはのど元に刃を突きつけられてからだ。

溺れる者は藁をも掴むと言う、人からすればそれは無様だと言う人もいるだろう。しかし藁すら掴まない者はただそのまま沈んでいくだけなのだ、ならば足掻くことなど恥にはならない。

そうして思いついたかろうじて一矢報えそうな手段は一つ大会でも使っていた18番である。

大抵の人物ならば初見殺しになりうるこの技であればあわよくば一本奪えるかもしれない、最低でも相手を驚かせることはできるだろう。

そう考えて腰を軽く落とし、足に力を込め相手が自分の間合いに入るのを待つ。

その姿を見て隼人がピクリと眉を動かしたが面越しであるためにそれに秀治が気づくことは無かった。


ジリ・・・ジリ・・・・ジリ・・・・


ジワジワと両者の間合いが詰められていく、そしてある程度狭まった時、

弾丸のように秀治が相手に向かい真っ直ぐに飛び込み同時に竹刀を振るう。

「なっ!?」

読んでいたのか秀治が飛び込むと同時に隼人が後ろに跳び自分の竹刀が届かないギリギリのラインまで下がる。そしてそこは自分が届かないが隼人なら届く間合いの中。

飛び出したものは止められない、必中を胸に振るった竹刀もそのまま止まらずに振り切られるだろう。

つまり、今この瞬間に置いて秀治は相手の攻撃を避ける、又は受けることが出来ない状態それを狙われるのは必然であった。

「面ッ!!」

烈風もかくやというほどの勢いと気迫を持って竹刀が秀治に振り下ろされた。

バァアーン!!

何かが弾けたような音が道場の内外に響きわたる。そしてその音の残滓が消えると同時に糸の切れた操り人形が如くグラリと体を傾がせ秀治が床へと沈み込んだ。

「め、面有り!!一本!!しゅ、秀治君!?」

審判を勤めていた冴子が倒れた秀治に駆け寄り介抱を始める。

「流石にやり過ぎじゃあないかしら?」

邪魔にならないように道場の入り口で観戦していた美雲が心配気に気絶した秀治を見やりながら少し咎めるように言う。

「やはりか、なるほど大会では誰も反応できないわけだ・・・。」

隼人が面を外しながらボソリと言う、どうやら美雲の言葉は聞こえていないらしい。

「どういうことかしら?」

その言葉の意味を図りかねて、何かを考えこんでいる顔をした隼人に問い返す。

「なに、面白いと感じただけだ、冴子の話では彼は我流、のはずなのだが・・・、ハッキリとした武の気配がある。それも長年研磨したかのような・・・な。」

「結局一合も剣を交わしてもいないのによくわかりますね。」

「あの飛び込みと太刀の速さを見ればわかる、あれはまだ未熟ながらも恐らく縮地とそして居合いだ、縮地からの居合いなるほどそれならば大会で反応できる者がいなかったのも頷ける。全く、あの若さで縮地の真似事とは恐れ入る。」

そう言って娘に上体を抱き起こされ気付けに顔をペシペシ叩かれている少年を面白気に見やる。

「それに見たところ動きの無駄が少ないし普段の移動時でも重心が安定している。やはり師となる人物が居るのだろうか?いや、あの子が嘘を言う必要も無い、となれば自力でか・・・・・・ふむ、欲しい・・・な。」

「はい?」

「師も持たずしてあの強さ・・・、うむやはり欲しいな、弟子に。育ててみれば面白そうだ。どんな成長をみせるのか楽しみでならん。」

クツクツと笑いながら介抱されている少年を見やるその目はもはや獲物を見るような目であった。

「え、いや、あの隼人さん?」

話に置いて行かれた美雲が困惑気に楽しそうな隼人の顔をみやる。

「心根は曲がってはいないと見た、剣に血の匂いがするのが気に入らんがまだ若い、矯正も効くだろう。それと、あれはそろそろ止めた方がいいかな?」

すこし額に汗を浮かべてもはやペシペシではなくバシバシといった勢いで顔を叩かれている少年を見る、娘のどこか楽しそうな顔は見なかったことにしよう。そう言ってみていると少年が目を覚ました。


「痛って!!オラァ!!いきなり何すんじゃコラァ!!」

「何って、気付けだ、分かるだろう?」

「分かるかぁ!!強く叩きすぎなんじゃ!!顔ジンジンするやんけお前どんだけ叩いとったんじゃ!!」

「君が気絶してから気づくまでずっと。」


喧嘩しているようでどちらともあれでなかなか楽しんでいるらしいギスギスとした雰囲気が無い。あるとすればコメディな雰囲気だろうか?

さぁ、秀治君の明日はドッチだ!?













作者です、更新遅れてすいません、ちょっと書くのに手間取ってましたちょいと難産です。



[19019] 6話目 後編
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:104368c8
Date: 2010/06/09 23:31
「さて、何から話そうか・・・。」

ここは毒島隼人の私室、あの後「個人的な話がある」と言われ連れてこられた場所である。
先ほどの道場とは違い今この場にいるのは隼人と秀治の二人だけである。

「君には師が居ないそうだが、それは本当の事かな?」

真剣な顔をしてそう聞いてくる。

「確かに、私には師に当たる人物は存在しておりません、しかし何故それを?言った覚えはありませんが・・・。」

「なに、冴子から聞いただけだよ、君の事を我流剣術という名の曲芸のような動きを見せる軽業師のような面白い奴だと言っていたよ。ふむ・・・、君が嘘を吐いているようには見えない・・・となると本当に師がいないのか、これは驚きだな。」

「え・・・と、何か御座いましたでしょうか?」

途中からボソボソと呟くように言われたので聞きとれることができず自分が何かしでかしたのかと多少不安になってつい居住まいを正してそう聞いてしまう。

「あぁ、こちらの話だ気にしなくていいよ、おっとそうだ、少し気になったことがあるんだがいいかな?それと、口調、元に戻しても構わないよ。冴子と喧嘩していたときのが君の素だろう?」

「あ、そんならお言葉に甘えて、ワイが言えることやったら何でも聞いてやって下さい。」

あまり好きではない外用の口調から解放されて肩の荷が降りたと言うように長く息を吐きながらそう言う。

「君の剣から感じる血の匂い・・・、あれは何だ?」

ヒュッと息を呑む音がやたらと大きく聞こえた、その言葉を放った本人は先ほどと変わらない表情をしているようで少し細められた目がこちらを探っている、目を合わせていると自分の全てが見透かされてしまいそうな気さえする。しかし目を逸らすことは礼儀に反するので出来るはずがない。

手が汗で湿ってしかたがない・・・・

「いつ・・・、それに気付きましたか?」

口調が緊張により対外用に戻る。

「君が剣を構えた時だ。人を切った事のある気配、そして血の匂いを感じた、それが気に入らなかったからつい本気で打ってしまった。その件についてはすまなかった。謝るよ。」

そう言って隼人は頭をこちらに下げてくる。

「頭なんて下げんといて下さい、ワイにもええ経験になりましたから。それと、血の匂いの理由ですか・・・、やっぱり言わなあきませんか?」

慌てて頭を上げるように言う、しかしそれで多少緊張が紛れてほんの少し、猫の額程度の余裕は持つ事ができて口調を元に戻すことに成功する。


「是非とも教えて貰いたい。娘と一緒にいる人間の人間性くらいは把握しておきたいと思うのが親の心と思わないかな?」


「確かに・・・、その通りですね。解りました、洗いざらい話します。それでも絶対に言われへんことは言えません。」


「君が自分で言える範囲で構わないよ、私もこれ以上無理やりにでも聞きだそうとは思ってはいないからね。」

安心さえるようにこちらに笑顔を見せてはいるが、目が全く笑っていない。本人が言っているように深いところまで聞いてくるつもりはないようだが、これはかなり深いところまで踏み込んで話す覚悟を決めなくてはならないだろう。それならばと思って口を開く。


「血の匂いがすんのは・・・多分ワイが修羅道みたいな道歩いてるからやと思います。」

小さくともハッキリと聞こえる程度の声の大きさの声が思ったよりも大きく聞こえるような気がして少し驚く。


「ほぅ?修羅道かね。近年そんな道を歩けるような世の中では無いと思っていたのだが・・・どうやって歩いてきた?」

多少興味を持ったように少しだけ眉を動かしたがそれだけだ、鋭くなった目はまだこちらを捉えて離そうとはしていなかった。


「始まりは、武術を始めた切欠は小3の時です。その時にワイのそれからの人生を一変させる事件が起きた・・・、そしてワイはもうそんな目に合うことのないように強くなろうと誓った・・・誰よりも、何よりも・・・ワイから何も奪わせも尊厳を踏みにじるような真似もさせへんと誓ったんや・・・。」

その当時を思い出してどうしても目が濁り、鬼気を纏い少し殺気立ってしまう。


「君が小学三年というと5年前か・・・、もしかしてあの事件かい?紫藤議員の御子息が攫われて身代金請求をされたっていう・・・。」

そんな自分を痛ましいものでも見るかのような目で見てくる、恐らく何がその事件であったかも覚えていたのだろう。自分としてはあまり歓迎できることではないがそれならば話は早いなにより自分で言わずにすんだのだ良しとするべきであろう。


「えぇ、その通り、その事件で相違ありませんよ。それが起こってから人間不信になりながらも必死で強くなる術を求めて色んな武術に手を出しました。そん中でシックリ来たのが剣術、そして合気道の二つでしたわ、道場の人に連絡して、そこの師範代に家来てもらって鍛えてもらったもんです。合気道の方はある技一点以外ほとんど会得出来ませんでしたわ。ワイが3年かけて唯一習得できたんが入り身やった。」


「なるほど、君のあの縮地の真似事はその入り身からの派生かい?もともとそれが出来るのを知っていたのとその動きが正直だったから反応できたものだが、いやしかし武術の質が違うのによくあそこまで剣術用に変化させることが出来たね。そしてやはり君に師はいたのか・・・。」

感嘆したように言ってから嘘を吐いていたのか?と咎めるような目をする。


「あぁ、今は師となる人物は居ませんよ。合気も剣道も辞めてます家の兄はまだ合気道続けてるみたいですけどね。才能あったんかもう素手やったら兄には敵いませんわ」

ククと笑い自分の兄の顔を思い浮かべる。


「っと話が逸れましたか、入り身のアレンジについては・・・、なんと言いますか元から知ってたような気がしないでもないんですよね。それはまた後で話すとして、続けましょうか。」

そう言って多少崩れてきていた居住まいをまた正す。正直そろそろ足が痺れ始めてきているがそれを顔に出すようなことはしない。

「そうですね・・・、どこまで話ましたか・・・、あぁ、確か事件が起きて鍛え始めたって所でしたか、それから時は一気に飛んで中1になりますか・・・、ほら、ワイの見た目ってひ弱に見えるやないですか、それが理由やったんか、かなり絡まれたんですよ。不良共に。初めてそれを撃退した時は喜びに打ち震えましたよ、昔のワイとは違う!!もうただ蹂躙されるだけの存在やないんや!!って」
その時の事を昨日のように思い出してまだ一年しか経っていないというのにかなり昔のように感じた自分を可笑しく思う。

「そして絡まれては撃退して逆恨みされてまた襲われる、これが続いて、高校生やヤクザの人とも相手することもザラにあるようになった。その時あたりですね入り身が縮地の真似事みたいに変化したんは。」

本当にあれが一年前の事なのかと思うほど懐かしく感じる、それは昔にあって今には無いモノ、そして自分の求めているものがそこにあるからだろう。


「そしてそれからしばらくして気付いてもうたんですよ・・・、ワイが、撃退できることを喜んでるんやなくて相手を好きなように殴れて倒せるから悦んでるんやと。そう気付いたら後は早かった、やってた武道をすぐに辞めましたよ、武の道を歩けるほど正常な人間や無いって気付いたから、それでも絡まれるのは収まるわけでもなかったから撃退はし続けてました。でもワイは・・・ワイは・・・」

そこから先は少し言う事に躊躇いを感じる、自分にとってのもはや払拭することが出来ない汚点となる場面なのだ。信じれる人物であるとはいえ、躊躇うのが当然である。
隼人はそれを察してか先ほどから目を瞑り何も言わず聞きに徹している。それをありがたく感じながらその先を言う覚悟を決める。

「ワイは・・・、それに溺れてもうたんですよ、戦って得られる快感に・・・、溺れてからは、自分から絡まれやすい場所に行って、喧嘩の毎日、それでもその喧嘩の毎日は突然終わることになった、それはある日ワイが不良の知り合いのヤクザの人とやりあった時、慢心が過ぎましてね、そいつが持ってたナイフ投げつけられたんですよ、そしてそれがワイの腕にちょいと刺さりましてね、そこから先はあんまり覚えてないんですわ。ぶち切れて、気がついたらそいつの持ってたナイフをそいつの足にかなり深く刺して、逃げられへんようになった相手を竹刀で生かさず殺さず嬲ってたらしいですわ。」

腕の服をまくって右腕に奔っている傷を見せる。

「らしいとはどういうことかな?」

それに全く動じることなく平静を保ち片目を開けて問いかけてくる。

「ワイも覚えてないんですよ、気がついたら軽い血の海ができてて、ワイはその中で蹲って泣き叫ぶ力も無くなった奴に竹刀振り上げてたんですわ。それで救急車呼んでその場を後にしたんです。その話しはその場におった奴に聞きましたよ。」

「警察ごとにはならなかったのかい?」

「ワイの父親が動いたらしく、そのヤクザの組自体に圧力かけたらしいですわ、詳しくはワイも知りません、兄に聞いた事ぐらいしかその後については知ってません。その噂が流れたんか不良もなんも絡んでこんようになったんです、そしてふと気がついてワイの周りを見渡してみたら誰もおらんようになってたんですよ・・・。もともと親友なんておりはしませんでしたが・・・、ちょっとショックやったもんです。それで腕だけは錆びひんようにと部活で竹刀振るつまらん毎日を過ごしてた。それが中1の終わりから最近まで続いてました。」

半ば自業自得とはいえ失ったものの大きさを思い出してギリッと歯噛みしそのことを後悔して言う。

「今は違うのかい?」

「今は違います、ほんの最近、冴子さんが暴漢に襲われとった日にそれは一変したんです。あの時ワイはいけ好かんゴミを掃除する程度の気持ちで助けに行った、けどそこで見たのは冴子さんが蹲る暴漢に木刀を振り上げてる姿、その姿がどうしても被ったんですよ、血に濡れて竹刀ヤクザに振り上げてた自分に、そんな後味悪い経験、女の子にさせるわけにはいかへんかったから止めに入って、勘違いされてワイごと切られそうになりましたが、まぁ、なんとか勝ってその場を納めれました。」

今でも鮮明に思い出すことができる、それだけ自分にとっては大事な出会いだったのだ。忘れるなどできるはずが無い。

「ワイにはさっき言った通り、友人と言える人物はいません、いても朝会ったら挨拶してくる奴らぐらいのもんです。そんな中、ワイと張り合えるほど強い女の子が友人になってくれたのは、めっちゃ嬉しかった、暗闇の中で何するわけでもなく燻ってたワイにとって光明みたいな存在やったんが冴子さんやった。それに、冴子さんからはどことなくワイと同じ臭いがしたんですよ、自分に近い存在と友人になれたと思ってその日家に帰ってから狂喜してました・・・。そんなこんなでまた毎日が楽しく過ごしていけるようになった。冴子さんにはお礼のしようもありません、燻って落ちぶれてたワイを再度発火させてくれたんですから。まぁ、ワイの歩いてきた人生はこんなもんです。」

夢中になって解らなかったがとても長く話していたらしい、喉が渇いてたまらない。
隼人は先ほどの話しを吟味しているのか眼を閉じたまま考え込んでいる。
・・・どうやら何か結論が出たらしい、静かな凪いだ眼でこちらを見つめくる、先ほどまで感じていた重圧感は消えている。

「君はもう武道の道を歩む気はないのかい?」

「いや、このままじゃいづれ冴子さんに勝てなくなるほど差が着けられるからまたどこかで鍛えなおそうかと思ってましたよ。どうやって鍛えるか困ってましたけど。」

これは偽りのない本心だ、武の道から外れたとはいえ今持っているモノを腐らせる理由にはならない、むしろ競争相手がいるのだ、実戦から離れ多少錆びていた腕をまた磨きなおす必要があったのは確かだった、

「なら、話しは早い、君、私の弟子になってみないか?私がこの家にいるときは手解きしてあげよう、いないときは冴子と打ち合っておけばいい。」

「は・・・?今なんと?」

言われたことが理解できずに、いや信じることができず問い返す。

「私の弟子にならないかと言った。」

言っている本人はさも当然といった表情でこちらを見ている。

「いや・・・、ワイの話し聞いてましたよね?」

何を言っているんだこの人はと思いつつ念のため確認する

「無論聞いていたとも。」

「正気ですか?正道から外れて力に溺れた人間ですよ?ワイは、それでも弟子にするって言うんですか?」

顔が思わず険しくなり相手を睨むようになってしまう。

「くどいな、それがどうしたというのだ?」

「なっ!?」

言われた言葉に驚愕し、後に出てきた怒りの感情で口が上手くまわらなくなる。

「君ぐらいの年齢でそれほど力を持っていれば酔いたくも溺れたくもなるまだ君は若いんだそれだけの才能に恵まれているのに捨ててどうする、安心するといい、君の進んでいる道は昔は剣の道と言われていた道の一つだ。修羅道?戦いが無くてなにが剣の道か。」

今まで自分自身が蔑んでいたことを肯定され、怒りは水泡のように消えうせ代わりに困惑と感動がこみ上げてくる。

「それでも・・・ワイは・・・ワイは・・・。」

頭が回らず、何を言いたいのか自分にも良くわからない。動揺を表すかのように眼が揺れ動いている。

「大体だ、君はその事を悔んでいるんだろう?なら大丈夫だ、君はまだ剣士を名乗れる。何も感じないのは鬼か悪魔ぐらいのものだ。」

「本当に・・・、ワイを弟子にしてくださるんですか?」

こみ上げる感情を何とか押さえ込み搾り出した声は擦れていた。
目頭が熱い、心が何かで満たされたような感じがする。

「勿論だとも、私は君がどこまで強くなるのかが見たい、生まれる時代を間違えたような君がこの時代でどこまで名を上げることができるのかが私は知りたい。たから、私は君に甘くは一切しない、潰れずについてくることだ。いつか私を超えるほど強くなるのかが楽しみだよ。」

「解り・・・ました、喜、んでついていかせて・・・貰います、師匠!!」

ついに我慢していた涙腺が決壊したのか眼から涙が出て止まらない。
それは蔑んでいた自分を認めて貰えたが故か?
それとも自分を必要としているといわれたが故か?
それは秀治本人にしかわかることであった。













どうも作者です。
過去語りなので会話がメインです。読みにくかったらごめんなさい。
まさか書くのに2晩かかるとは・・・、徹夜続きで眠くてしかたがない。この話し書く上で2,3度没ってるからやたらと時間がかかった。スタートまで残り3年そこらですがサクサク進めていくしかないね!!(具体的には一話につき2から3ヶ月飛ばしで)
早く藤美学園に入学させなければ!!




[19019] 第7話 前編
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:104368c8
Date: 2010/06/16 03:50


空はどんよりと曇り今にも雨がふりそうだ、そんな天気の中、少し沈んだ表情で浩一は車を走らせていた。隣には険しい顔をしてムッツリと黙り込んでいる秀治が腕を組んで座っている。


「最近変わりましたね、秀治。」

車の中にまで充満し始めたどんよりとした空気をなんとかしようとして、隣に座る秀治に話しかける。


「ん?いきなり何の話や?」

片目だけ開いて兄を見る。何の話か考えて無意識に眉間にしわが寄る。


「身に纏っている雰囲気がここ最近変わってますよ。主に毒島・・・冴子ちゃん?でしたっけ?その子と知り合ってからあたりでしょうか。」

「あー、まぁ前と比べたらそりゃぁ、なぁ・・・、変わっとるとは思うで、うん。」

得心がいったのか首を縦に何回か振ってその意見に同意を示す。


「前のあなたからはただ腐っていくだけで見るに堪えなかったですが、今はどこか芯が通ったように感じます。眼が昔のようにギラつき始めていたので心配していましたが・・・、どうやらその心配も杞憂に終わったみたいですし。」

「あー、やっぱりわかってたんか・・・。」

半ばそうじゃないかと予想していたので余り驚きもせずクツクツよ笑う。どちらかというと驚きよりも予想が当たって面白いという気持ちの方が強かった。


「昔も言いましたが・・・、あなたの面倒を昔から見てたのは私ですよ?そんな私の眼を誤魔化そうなんて百年早いっていうものです。しかし本当に変わりましたね、昔のあなたには無かった芯が出来るなんて。」

「いや・・・、まぁ、認めてもらったんよワイの人間性を・・・、それも他人からな。」

カラカラと照れ笑いしながら答えを言う。それを聞いた浩一は一瞬驚いた顔をしたがそれをすぐに引っ込めてまるで自分の事のように喜び始める。

「へぇ、認められたんですかあなたの人間性を・・・、で誰なんです?認めてくれたのは?冴子ちゃんですか?」


やたらと問い詰めてくるのは気になるからであろう。それもそうだ、秀治の本性を知ったそれか見た人間は大抵近寄ってこなくなる。基本的に一人ぼっちだった弟を救った人間が誰か気にならないはずが無い。それは家族である自分には出来なかったことなのだから・・・。


「フフン!!聞いて驚け!!なんとあの剣術家で有名な毒島隼人師匠や!!あの事を言ってもなんら動じることなくワイをそのまま受け入れて肯定してくれたんや。」

「それは良かったですねぇ、その人には感謝の念しか浮かびませんよ・・・。それで?冴子ちゃんには言ったんですか?というよりもどこまで関係進んだんですか?もはや向こうの親公認と同じ状態でしょう?」


何故だか知らないが兄はこの件に関してはかなりしつこく問い詰めてくる。そんなに気になる事なのだろうか?弟の事を気にする前に自分も彼女の一つや二つは・・・、二つ作ったらいけないか・・・・。

とりあえず彼女を作れと言わざる終えない。兄ほどの顔と経歴の持ち主ならばモテルだろうに・・・、何が「女性には興味が余り無いんです。」だ。

一時それで男色かと思ってかなり引いてたことがあるのは知っているだろうに、それ言った時は初めて兄と殴り合いの喧嘩になった事は忘れない。結局投げられまくって一方的に負けて


「見たか愚弟!!これが兄の力だ!!」


と言われたことは屈辱の記憶として色濃く残っている。

話しを戻したら早く彼女を作れ23歳独身男めが、頼むから弟の自分を安心させてくれ、売れ残ったとか言われたら笑うしか無いぞ・・・。


「いやー、冴子はんは唯の恩人やで?それはそうとコー兄も浮いた話は無いんかいな?」

こういうときはワザとボケた答えを返して切り返すに限る、どうせお決まりの台詞が帰ってくるだろうと解っていても弟の立場からしていわずにはいられない。


「何度も言ってるでしょう。私は男にも!!女の人にも余り興味がないんですよ。それにそんな話があったとしてもそんな話を私があなたにすると思っているんですか?弱みになりそうなことをワザワザ。」


男の部分にやたらと力が入っているのはその道の人だと勘違いされたのがかなり嫌だったからだろう。確かに自分がそれだと思われたらそう勘違いした奴を殺したくなるが。


「はいはい、思っとりませんよ。人に弱みを握らせるようなことはするな。それは家族にも同じことである。弱みを握られたらその者に逆らえなくなるのと同じだと思え・・・、やろ?その話は耳にタコできるほど聞いたっちゅうに・・・。」


昔から兄が自分に教え込んでいる教訓である。母が死んでからぐらいに言い始めたことだっただろうか?古い記憶で余り記憶にない、というより幼少時のことはあまり思い出さないようにしている。余計なことも思い出してしまうからだ。


「あなたはその自覚がまだ足りませんよ、足元を掬われてからでは遅いんですから。それにしても貴方を認めてくれた人は私を含めて二人目・・・。良かったですねぇ、秀治。増えたじゃないですか。」


本当に嬉しそうに笑ってくれる。そのことになにやら照れくさく感じることもあるがこの次の台詞が予想できる故に今回は余り何も感じない。


「で?冴子ちゃんには言わないんですか?それとも言うつもりが無いんですか?」

ほら来たとしか言いようが無い。

「んー、あいつにこの事を言うんはなぁ・・・。」

この事は現時点一番の悩みとも言える問題だ。思い切って告白するのかそれとも言わないでいるのか・・・。


「何か言えない理由でもあるんですか?嫌われたくないとか?」

「いや、そんな心配はしてへんよ?・・・ただあいつは・・・昔のワイとよう似とんのよ。上手い事自制してるみたいやけど・・・、ガチでやりあったワイには解る、あいつは血に飢えたところがある。」

「・・・、よくそこまではっきりと断言できますね。何か理由があるんですか?」

そこまで自信有りげに断言する弟を意外に思って問い返す。

「・・・、戦ってる時に見た顔がワイの哂い顔にそっくりやったんよ。まだ色々と理由はあるけど、まぁ似たようなもんや。だからこそあいつにはこの事は言いたくないんや。あいつは厳しくも優しくもある。特に自分に厳しい奴や・・・それは自制できてることから解る。ワイはできひんかったからな・・・、まぁ否定はされへんやろうけど・・・、傷の舐めあいみたいな関係になりそうで嫌なんよ、ワイは。」


そう言ってからまた目を閉じる。この話題は終了だと言わんが如く。その空気を察したのか兄はそれ以上踏み込んでこようとしてはこなかった。

「そいじゃ、ワイは寝るわ。着いたら起こして。」

そう言って背もたれを倒して仰向けの状態になってから腕を顔を隠すように乗せる。


「おや?眠るんですか?」

「あぁ、あっち着いたらずっと対外用の口調で話さないかんし、それにあいつに会うしな・・・。」


ずっと避けていた話題を振ってきたことを少し憎らしく思うがそれが弟なりの甘え方だと理解しているので憎みきることはない。
むしろ文句を言ってくるのは可愛いぐらいだろう。

弟は本気で嫌いな人には何も言わないのだから、愚痴や文句を平然と言ってくるあたり懐かれているんだろうと思う。


「父のことはあいつと言ってはいけませんよ。少なくとも本人の目の前では。」


自分も確かに好きな相手ではない、むしろ嫌いと言えるだろう。もはや父にはなんの期待もかけてはいない。

あの時弟を見捨てて自分の保身に走った父を見て理解した。もはや私達兄弟は父にとって要らないのだと。


「わかっとるよ、んなヘマはせーへん。けどあの糞親父には会いとー無いわ、何時まで経ってもな。母親の親族もや、あいつらワイらの事母親殺した親父の子としか見とれへん。ワイらも十分被害者やゆーねん。」

心底面白くないというように先ほどの上機嫌な口調は消えうせ、声のトーンが下がっている。


「それが解らないのでしょう、彼等には。何だかんだ言って自己中心的な人物しかいませんから紫藤家の血族には。母も父に裏切られた悔しさで貴方の育児を放り投げて酒に溺れて死にましたから・・・。」


いまだに何故あの父を見捨てなかったのか解らない。他に女も子供も作られても何故愛し続けたのかが解らない。そんなに魅力のある男には見えないのだから。

もしかすれば引き止めていたのは国会議員の妻という地位と良い暮らしだろうか?それとも母の女としてのプライドだろうか?

どれほど考えてもこれに関しては答えがでそうになかった。


「にしても何であの糞親父は来るんかねぇ?見捨てた女ちゃうんかいな?」

「表では上手く仮面被って生きてますからね、自分の風評悪くなることはかなり追い詰められた状態でしかしませんよ。裏ではバレない範囲で良くやってるみたいですけど。まぁ、元とはいえ妻だった人の七回忌に出席しないことはしないでしょう。狸ですからねあの人は・・・。信じるだけ馬鹿をみますよ。」

「ワイらは支えあってこーや。周りは敵だらけ、信じられる奴なんておらんねんから。」

「私が貴方を捨てることはありませんよ。あなたは弟でもあり息子のような存在でもあるんですから・・・。」


今まで自分の手で育ててきたのだ。父に指図されることも無くただ自分の意思で、グレた時もあったがそれでも見捨てることなく大事に育て続けてきた存在を今更捨てられるわけが無い。


「支えられっぱなしやの・・・、ワイは。いつか・・・返さなあかんなぁ・・・。」

眠くなってきているのかだんだんと声が小さくなってきている。

「眠りなさい。ちゃんと着いたら起こしてあげますから。」

そんな弟の様子を微笑ましそうに見ながら言う。

「あぁ・・・、ありがとな・・・、んじゃ、・・・おやすみ。」

「えぇ、お休みなさい。」


車のエンジン音と周りの車の音を抜けば弟の寝息ぐらいしか聞こえない。

少しして完全に寝たと確信できてから暖かい微笑を浮かべて秀治の顔を見る。そして・・・


「返さなければならないのはこちらの方もですよ・・・、あなたの存在で私がどれだけ救われているか・・・、あなたが居なければ私は父の操り人形のままだったかもしれないんですから・・・。」

とエンジン音にすらかき消されるほどの小さな声でそう呟いた。










作者です。とりあえず

更新遅れて本当にすいませんでした!!最近MAIN掲示板に常駐してたから書く暇がとれんかった!!

それに今回の話しは今後に左右してくる話しなだけに手がぬけんかった。反省はしている。

次回の更新もいつかはわかりません7日間以内っていうのが一応の期限にはしているんですが・・・、MAIN掲示板で気になるスレがいくつもあって・・・、それに第7話は今後に紫藤浩一のスタンスに関わることですから完全に全力で取り組まないと後で後悔するんです!!(主に私が)
なので少し更新が遅くなるかもしれませんがご了承ください。
あと、少し改行のしかたを変えました、前より読みやすくなりましたかね?



[19019] 7話 中編
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:104368c8
Date: 2010/06/18 01:44


「起きなさい秀治、着きましたよ。」

体が揺すぶられる感覚に合わせて声が聞こえてくる。

「ん・・・、あぁ・・・、もう着いたんか・・・。」

まだ重いマブタをどうにか開いて眼を擦りながら背もたれごと体を起こして多少狭いながらも車内で体をグッと伸ばす、



「くぅぁー・・・、ん!!よう寝た気ぃする。体が凝り固まってしゃーないの。」


体のあちこちの骨からゴキゴキという音が聞こえてくる。あまり無茶な体勢で寝た覚えは無いので純粋に寝心地の悪い椅子で寝たのが原因だろう。



「えぇ、とても良く眠っていましたよ、後10分で式が始まりますから早く行きますよ。」

そう言うが早いかさっさと車から降りて傘を差して行ってしまった。



「はぁ!?後10分!!?ってマジや!!えっ!?ていうか後1,2時間あたり余裕持できるように来たよな!?寝てる間になにあってんや!??」

慌てて腕時計を確認して嘘でないことが解りさらに慌てることになってしまったが、ワタワタとしつつも寝ている間に着崩れた衣服をすぐに整えてから持ってきていた傘を引っ掴んで車を降りるあたりにまだ余裕が見える。



「ちょ!!まってやコー兄!!」

扉を勢いよく閉めて少し転びそうになりながらも先にいく兄の後を追うように着いて行く。
後ろの車から聞こえてきた電子音はおそらく兄が遠隔操作でカギを掛けたのだろう。
しかし何故こうも時間が飛んでいるのか?新手のスタンド使いが襲来でもしたか?など馬鹿なことを考えているうちに式場に到着した。




「遅かったな浩一、あと少しで始まる、連いてこい。」

よくよく聞き覚えのある声がしたので意味の無い思考を止めて嫌々ながら声のした方を見てみると、我等が父である紫藤一郎がそこにいた。
あいかわらず老けている、30後半にはすでに頭が禿げて、腹も膨れてそこらのおっさんのような外見になっていたというのは紫藤家の不思議の一つだ。


これでも昔の写真は誰?と言えるほどにはカッコいいのだから始末に終えない。母親似の我等兄弟ではあるがそれが遺伝してないかどうか戦々恐々しているのは兄弟の秘密だ。


実は、最近兄が頭の生え際を気にするようになってきたからもう駄目かもしれないと思ってるのは秀治だけの秘密だ。言ったらまた殴り合いの喧嘩になるのが眼に見える。


そしてあの時自分を見捨てた許してはならない存在である。息子の身柄と自分の地位を秤にかけて地位を選んだのだから絶対に許してはならない。
少しでもこちらへの気遣いがあればあの事だけは回避できたかもしれないのだから。


父は一議員として犯罪者どもに屈するわけにはいかなかったと言っているが、確かにそれは理解できる。父は社会ではかなり権力、そして影響力を持った人間だ。

右翼の大臣候補者・・・確かに屈するわけにはいかないだろう・・・、しかし自分の息子を人質にとられていた状態で挑発するような事を言い、あまつさえ出来た息子だから覚悟はできているというような事をカメラの前で言うのはどうだろうか?

自分を攫った人間が違ったならばあんな結果にはならなかっただろう・・・最悪殺されていたかもしれないが・・・いやそちらの方が当時の自分にとって良かったのかもしれない、そして父が挑発しなけれ何ら事が起こることもなく何も知らず普通の状態で帰れただろう・・・。

運が悪かったとしか言えないのかもしれない、一つでも何か違う要因があれば変わったのかもしれないのだから・・・、それでもあの時の自分は父が助けてくれると信じて・・・裏切られた・・・。それだけは当時も今も自分にとっては覆しようのない事実なのだから。

結局、全て事が終わった後に警察が飛び込んできて犯人は逮捕されたのだが・・・、それが原因で人間不信になり誰も信じなくなったのも無理も無い話だ。


「父さん、お久しぶりですね。」

兄が愛想笑いを浮かべて父と握手を交わす。

「あぁ、久しぶりだな。積もる話しもあるだろうが、今は見ての通り時間がない。後にするぞ。」

そう言ってこちらには眼もくれずにさっさと奥へと進んでいった。

正直そちらのほうが自分としても有難い、あまり話していたいとは思わないからだ。それは向こうとて同じ事だろう、負い目のある人間とは話していたくないものだ。


「さぁ、秀治、そこで惚けてないで、私達も行きますよ、今回は時間が押しているので親族への挨拶巡りは私がしておきますからさっさといきなさい。」

兄もそう言って踵を返して奥へと向かって行った。何か引っかかるモノを感じつつも遅れたら何と言われるか分かったものではないので慌てて着いていく。

そして兄の姿が奥の部屋に消えて初めて何か引っかかっているモノが分かった。


「もっかして・・・・、これだけ時間押してるのってワイに親戚回りさせんために遅らせたんか?」

そうだとしたらかなり兄に気を使わせたことになる。しかし何時もは連れていくのに今回に限り連れていかない理由が無い。
別に自分がいるのといないのとで時間が長くかかるわけでもないのだから。


そして寝る前に話していたことと関連づけて考えると、ワザとギリギリにここに到着した理由にもなる。もしかしたら着いていたが起こさなかったのかもしれないが。

どちらにせよそうであればしばらく兄に頭が上がらない、聞いても確実にはぐらかされるか誤魔化されるだろうことは車の時の態度から察するに間違い無い。


「・・・はぁ、ホンマに支えられてばっかやなぁ、今も昔も・・・。それに比べてワイは何もしてやれんなぁ、何時か返せたらええけど・・・。」

はてこれは親孝行ならぬ兄孝行か?と栓も無いことを考えながら続いて兄と父が入っていった部屋に入っていった。









どうも作者です。

今回は短めです。ちなみに7回忌の場面は全面カットさせて頂くことをここに記しておきます。
何故書かないのか?純粋に書けないからですよ。行った事無いですからどんなのかもわかりませんし。

あとこれで終わるのも何なので・・・、私が推測したキャラクターの年齢関係をば書いておきます。ちなみに現時点は9月あたりです。




我がSSで何気に一番変わっている人

紫藤浩一

現時点23歳 藤美学園の歴史担当教師(公式設定) 原作スタート時には27歳になる予定。
誕生日は2,3月にある。
弟が生まれたときは9歳の頃

もともとの絵から推測して20台後半と断定、22歳で大学を卒業してすぐに藤美学園で教師として働いている。今は勤めて一年目。
17の時に母親が死ぬ。
原作とは違い父に進められた大学に行かないで地元の有名大学に入学。(当時弟が情緒不安定のため)


我等が主人公

紫藤秀治

現時点14歳の中学2年生 原作スタート時には17歳の予定。
誕生日は6月。
8歳の時母親が死に、9歳の時に通称‘あの事’が起きる。


このSSのメインヒロイン(サブはいません)

毒島冴子

現時点14歳の中学2年 原作スタート時には18歳(公式設定)
この事から誕生日は4月上旬にあると予測される。
原作と違う点は強姦しようとした相手に止めを刺していないことか・・・、それでも重傷を負わせたことには変わり無し。
服飾センスがおかしな娘。




未だ私のSSにも本編にも登場していませんが次で出てくるので・・・

紫藤和也

現時点18歳高校3年 浩一と同じ大学に入る予定。原作スタートの時には21歳
誕生日は8月

設定当時20にしようとしたが・・・、そうすると余りに紫藤一郎が浮気した時点が早いので急遽2年遅らせた(それでも十分に早い)



人でなしなのか?紫藤家のTOPのこの方

紫藤一郎

現時点48歳
妻が死んだのは42歳の時
‘あの事’が起こったのは43歳
紫藤浩一が生まれた時には25歳
浮気相手に子供生ませたのが30歳
秀治が生まれたのが34歳

老いてもなお盛んなお方



[19019] 第7話 後編
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:104368c8
Date: 2010/06/23 04:27


何事も無く無事に母の七回忌も終了したその後解散し、途中で食事をして帰っているのだが、来た時とは決定的な違いがそこにはあった。


「昔に比べたら随分と運転が上手くなったものじゃないか。」

「え・・・、えぇ、有難うございます。」

我等が父の紫藤一朗の存在である。さしものの兄も居心地が悪いのか返答の歯切れが悪い。

食事の際に何故ここにいるのか?と問えば


「電車とタクシーで来たから帰るのには時間がかかる、元から家に帰るつもりだったからな、それにお前達に大事な話がある。東京にとんぼ返りするわけにもいかんよ。」

とのこと、明日の仕事はいいのか?と問えば


「明日は特に用事を入れていない。強いて言えば憂国一心会本部に顔を出すとアポをとったぐらいか、何、地盤を更に固めておこうと思っただけだ。」

と返ってきた。それならそうと一報入れて貰いたいものだった。サプライズゲストが父だなんてどんな罰ゲームだろうか?

と不満に思いながら後部座席で眼を瞑っていると、


「そういえば秀治、お前、数ヶ月前に顔を合わせた時とは雰囲気が変わっているが・・・、何かあったのか?。」


瞑っていた眼が驚愕で見開かれる。父親の前では今も昔もできるだけ感情を外に出さないで無表情を貫いてきたつもりだったのだが・・・、そんなに解りやすいものなのだろうか?


「何をそんなに驚いた顔をしている?お前程度の腹芸が見抜けなくて政界で幅を利かせられるわけがなかろう?相手の雰囲気の違いなぞすぐに見抜けるわ。」


見た目はただのおっさんだがこれ以上ないほど有能だということを失念していた、目の前にいる父は狸なのだ。嫌いだからと言って侮っていい相手ではなかった。

・・・後、今後気をつけるからバックミラー越しであきれた顔でこっちを見るのを辞めてくれコー兄


「お前は私とは話したくないだろうから言わんでもいいがな。厄介ごとを起こさなければそれでよい。」


元からそれほど興味が無かったのかそれともこちらを気遣ったのかさっさと前を向いてケータイを弄くりはじめる。
興味が無いなら何故話を振ってきたのだろうか?もしかしたらお前の考える事などお見通しだという警告だろうか?


「ところで父さん、私達に大事な話があるとのことでしたが・・・。一体何の話なんですか?」

ハンドルを回して角を曲がりながら兄が父に尋ねた。

「ん・・・、あぁ・・・、それは家に帰ってから言おう。ここで話すような話ではないのでな。」

とはぐらかすような答えが返ってくるばかりであった。嫌な予感こそするが父がそう言っている以上これ以上とやかく言えども口を割ることはないだろう。


ポツポツとお互いの他愛の無い日常の話を交わしつつ、ついに我が家へと帰ってきた。


「・・・・・・すぐに私の部屋に来るように。」

そう言って父は車から降りて家の中へと消えていった。


「話っていうとったけど・・・、コー兄なんか解る?」

後部座席から身を乗り出して運転席に座る兄に話しかける。兄は顎に手をあて少しばかり考えてから

「恐らく・・・、ですが家のことではないでしょうか?いつもの裏の仕事の手伝いなら電話でもできますし、まず貴方を巻き込むわけが無い、何も出来ませんし。私と貴方の両方に関係のある重要な話と言うとこれが妥当かと思います。」

と結論を出した。

「家のことねぇ・・・、ワイにゃ元から関係の無い話やなぁ、ワイ何も期待されとらんからなぁ、アイツに・・・。」

「あの人は貴方が自分を憎んでいることを知ってますからね、そんな相手に家を継がせるほど馬鹿ではありませんよ。・・・、しかし今更何の話でしょうかね?」

兄が顎に手をあてながら首を傾げる。


「まぁ、ここでアレコレ悩んでも答えはでんわな、んじゃ!!さっさと行くとしよか!!せやないとアイツ何言ってくるか解らんし。」

これ以上話し合っても結論は出ないと踏んで乗り出していた身を戻して車から降りて兄を待つ。

「・・・・・・、確かにそうですね。では、行きましょうか。」

兄もそれに同感だったのか、車から降りてカギを閉めて待っていた弟を促して家へと入っていった。













いつもは訪ねる事の無い父の部屋、兄は仕事の手伝いをする時に訪ねたり、掃除したりしているようだが、秀治とは全く縁の無い場所であった。

兄が中で待っているはずの父に来た事を告げるためにドアをノックする。

「ただ今参りました。」

「入れ。」

中から短い返答が返って来たので二人並んで入室する。


「私達に話し・・・とは?」

早速兄が口火を切って話を促す、自分では父の相手をするには経験不足にも程があるので兄に任せるのは妥当な判断といえる。


「ふむ・・・、家の事についてだ。」

「それは紫藤家についてのことと解釈してよろしいでしょうか?」

「その通り、紫藤家の家督を誰が継ぐかと言うことだ・・・。」


その言葉に兄がピクリと体を反応させるが、幸い後ろを向いている父はその事に気がついていないようだった。


「家督・・・、というと誰にこの床主の地盤を継がせるか・・・ですか?」

平静を装ってはいるが長年一緒に暮らしてきた自分なら解る。兄の声が多少緊張している。

「鋭いな、まさにその話だ。」

「それで・・・、誰に継がせるのですか?。」

恐らく兄だろう、長男で実力も申し分無い。とそう秀治は信じて疑わなかった。しかし父の口から出た答えは違った・・・。


「地盤は東京の和也に任せる、お前達は和也のサポートに徹しろ。」

とありえるはずのない答えだった。その言葉に兄弟揃って眼を見開いてから片や肩を落とし方や憤慨で体を震わし、顔を真っ赤にさせ一朗に喰いかかった。


「ちょっと待ってください!!何故・・・、何故家を継ぐのが浩一兄さんでは無いのです!!」

あまりにショックだったのか肩を落として呆けている兄に代わり待ったをかける。冗談にしては質が悪すぎる。自分も怒りで頭が上手く回っていない自覚はあるがこのまま何も言わずに流されるよりははるかにましだった。

「こいつより和也の方が才能がある。ただそれだけの話だ。お前に関しては最初から期待すらしていないから安心していいぞ。」


「私のことはどうでもいい!!長男は浩一兄さんのはずだ!!たったそれだけの理由でアイツに家督を譲るだと!?納得できるわけがないだろう!!」

「くどいぞ、秀治、それに何を勘違いをしているか知らないが、私はお前達にお願いしに来たのではない、命令しに来たのだ。」

「――――ッ!お前はどこまでッ!!「秀治ぃ!!」ガッ!?」

余りの言い草に堪忍袋の緒が切れて父に殴りかかろうとした腕を横から跳んで来た兄に捕られて投げられる、受身こそ何とかとったものの不意の事で衝撃を逃しきれず呼吸が一瞬止まる。

「に、兄さん何を!?「いいんですよ、これで・・・。」・・・・え?」

背中に奔る痛みを無視してすぐさま飛び起きて兄に叫ぶが、自分の言葉に重ねられるようにして言われた兄の言葉が理解できずに怒りが急速に勢いを無くしていく。

「いいんですよ、これで・・・、前々からこうなるんじゃないかとは薄々感じていました・・・。私にとっては今更な話なんですよ。まぁ、こうもスッパリと言われるとは思っていませんでしたが。」

兄が達観したような表情でそう語るのを見てそれが完全に本心からの言葉であると悟り父子とも絶句する。片や自分の考える事を前々から先読みされていたことに対して、片やよもや兄がそのようなことを考えていた事に驚愕して。


「それに・・・、昔は憧れていましたが・・、でも今は国政に携わることに何ら魅力を感じないのですよ。私は今の教師の仕事で満足しています。人に物事を教え導くこの職業に誇りを持っているんです。だから私は父に感謝しているんですよ。この職を私に与えてくれた父さんに・・・。」

とても晴れやかな顔をしてそう語った兄を見て、もしかしたら家督を継がなければならないという可能性は逆に兄を苦しめていたのではないかと・・・ふとそう思った。

「ほぅ・・・、誇りを持ってか・・・、ハッハ!!手の内に居ると思っていたが、何時の間にやら手から離れていたというわけか・・・。よく私の目を誤魔化してこれたものだ。」

調子を取り戻したのか父は面白いモノを聞いたとでもいうようにカラカラと哂っている。

「操り糸は切れました、私はもう父さんの人形ではありません。私は紫藤浩一という一人の人間です。貴方が昔から一人の人間だったように、私も一人の人間なんです。何時までも思い通りに動く都合の良い人形だと思わないでください。」

多大な決意を眼に宿して父を見据えキッパリと言い切る。そのような眼で見据えられても何ら動じない父も流石と言えよう。


「その糸・・・、いつ切れた?」

未だに含み笑いをしつつ面白げな表情をして問いかけるがその眼だけはカケラ程度の笑いも含んではいなかった。
何か物を観察するような眼、そんな眼で自分の息子である浩一を見ていた。


「完全に切れたのは今でしょね・・・、秀治の件以来少しずつ緩んではいましたが、今回の話で吹っ切れさせて頂きました。これで私を縛るものは何も無い・・・。」

「それは私の言う事はもう聞かないということか?」

その問いに浩一はただ微笑をもって答えた。


「ふん・・・、分かっているならそれでいい、どちらにせよお前は私には逆らうことなぞできんのだからな。これで話は終わりだ、ご苦労だったな帰っていいぞ。」

兄への興味が完全に失せたのか父は此方に背を向けて退室を促した。


「解りました。行きますよ秀治、何時まで呆けているつもりですか?」

先程から話に置いていかれて手持ち無沙汰な様子で立っていた秀治に声をかけて部屋から出て行った、それに追従しようとすると父が思い出したかのように此方を向き声をかけた。


「まだあの件で私の事を恨んでいるのか?。」


「・・・・・・、逆の立場に置かれたら貴方は私を許しますか?」

その言葉に先程まで胸に滾っていた激情が再び首をもたげかけるがそれを何とか押し殺して顔から表情を消してそう言った。


「ふ・・・、愚問だったか、許せ。」

「・・・・・・それでは失礼しました。」

退室する前に一礼をしてから部屋から出ていった。
兄はすでに部屋に帰ったのか廊下には誰もいない、そんな人気の無い廊下を歩いて部屋に帰りつつ明日は道場の方に泊めてもらおうとそう決意した。








作者です。
ようやく書けました、原作イベント・・・。
ここまで来るのにも長くかかったものです。紫藤家の一大イベントの一つこれで完了です。



[19019] 第8話  こらえ性が無い自分に絶望したorz PS 祝アニメ放送!!
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/07/14 21:45
ブラックコーヒーか塩を片手にご覧賞下さい。































甘さ加減を間違えたかもしれませんが覚悟はいいですか?(作者は書いてる途中胸焼けしかけました)
ではお楽しみください。








































いつもと同じようで何かが違う帰り道、別に冴子がまたあの格好をしているわけではなく、秀治が「アクロバティック走法!!」と言って曲芸染みた動きをしているわけではない。


普段と余り変わりないような表情をしていてどこかピリピリとしたイラついているような空気を発しながら自分の自転車を押している秀治


何かを迷うような素振りを見せてはチラチラと隣で自転車を押しつつ自分の歩幅と合わせて歩いてくれている秀治に目をやりその度顔を朱に染めて俯く冴子。
時折なぜ秀治がイラついている雰囲気を纏っているのか不思議に思って首を捻っていたりもしている。


そんな今日はバレンタインデー、もてない男の嘆きが自室に響く日であり、恋多き乙女が好きな友人にチョコを送る日である。
もてる男はチョコを貰って自分の人気の高さを改めて自覚させられる日でもある。


そんな状況が続く中そろそろいつも別れる2又の道が近くなってきたのを見て冴子は意を決したのか迷いを捨て去るように2、3度頭を左右に振ってから
秀治の自転車の後ろの荷台に載せてあった自分の鞄を手にとって中を探り始める。


秀治はさっきから何をやっているのかと多少の呆れともしかしたらという期待の視線を送っているがそれもしかたないことだろう。誰だって隣に歩いている見知った人間が
いきなり頭をブンブンと振り始めればそれが気にならない訳がない。そして今日はバレンタインデーなのだ自分が好意を持っている女子が鞄を探り始めれば期待せざるおえない。


昔から親にさえチョコを貰えなかった秀治にとってこの日はちょっとしたコンプレックスなのだ、兄から貰っている分はあるがそれは男からなのでノーカウントである。
そしてようやく目当てのものが見つかったのか冴子は鞄の中から何かの袋を取り出していた。それを横目で見ていた秀治の目が期待で光った。


「秀治・・・、ちょっと、止まってくれないか?」


恥ずかしそうに目を左右に泳がせながら少し震えた声でそう冴子は言った。


「なんや?」


はやる気持ちを抑えて気だるそうに答えて自転車を停めて冴子と向き合うようにして立つ。
・・・・・・気が付けばイラついていた心中が嘘のように治まっていた。それはそうだろうもしかしたら初めて女の子から、
それも好きな子からチョコレートを貰えるかもしれないのだ。この日自体が嫌いな秀治にとってこれほど良いことはない。


自分がそう思っていることを気取られまいと表情も普段どおりにしておく。
これ自体はさっきからやっていた事なので簡単だった。イラついた雰囲気は気取られてしまっていたがそれは秀治がまだまだ修行不足なだけの話だ。
師である兄はちょっとやそっとのことでは感情のブレを全く見せない、俳優になっても食っていけるだろうと思えるほどの芸達者だ。
洒落ではすまないことであれば取り乱すのだがその姿を秀治は見たことがなかった。


「あの・・・、何だ、秀治・・・これを・・・」


顔を真っ赤に染めながら冴子が秀治に差し出したのは一つの小さな箱だった。
それを無言で受け取って蓋を外して中身を確認する。期待で胸が高鳴っていく。


中に入っていたのは装飾はまだまだ拙いものの手作りだとわかるチョコレートが数個入っていた。


「これを・・・ワイにか?」


「あぁ、もちろん。」


ちょっとした感動で声が震えそうになるがなんとか表に出さずにすんだ。
それを聞いた冴子は満面の笑みでコクリと頷いた。


「それでは・・・、頂きます。」


箱に入っていた中でも装飾のないトリュフチョコを摘んで口に入れる。
思っていたより容易く口の中で溶けて甘味が広がる。


「生チョコ・・・?」


「あぁ、初めてだったから少々梃子摺ったが、母に教えてもらって何とかなった。どうだ・・・美味いか?」


「あぁ・・・、甘いものは好きやからな。美味いよ。ん、今度ワイの手作りのケーキ作ったるわ。これでも菓子つくんのは得意やねんで?」


「フフフ、それは作った甲斐があったと言うものだ、楽しみにして待っているとするよ。」


「にしても初めてやなぁ、こうして女の子からチョコレート貰うんは。」


はぁ~、と万感を込めたため息を吐いて箱に蓋をして自分の鞄の入っている前かごにそっと置く。気が付いたら口端が吊り上っていてだらしのない笑みが顔に浮かんでいた。
冴子はその言葉を聞いて怪訝そうに眉をよせて小首を傾げていた。


「どしたん?んな不思議そうな顔して。」


「いや・・・、君はチョコレートは沢山貰っているだろうと思っていたのだがな・・・、その・・・、あれだ君は、もてるだろう?」


「・・・・・・、貰ってへんよ、それにもててもあらへん。」


「顔もまぁまぁ良ければ運動も出来て頭も悪いわけではない、性格もいたって温厚な君がもてない?ふむ・・・、女子相手に何かやったんじゃないだろうな?」


不思議そうだった顔が疑いの表情に変わったのを見て何かおかしな嫌疑をかけられかけているのを確信してまだ言っていなかった過去話を暴露することにした。


「怖がられとるんよ、これでもワイはここら一帯には狂犬で名が知れ渡っとる不良やってな、一年のころ暴れすぎたせいで誰も寄ってけぇへんようになってもうたんや。
挨拶ぐらいのもんやなまともにしてくるもんは、まぁそれも挨拶せんと無視してたら因縁つけられるやもせんと思ってのことやろうけどな・・・。」


案の定かなり驚いた表情をしてこちらを見ている。自分の見知った人がかなりの悪だったと聞かされたのだ驚いて当然だろう。
そして少しの間何かを思案するような顔をして


「君が・・・不良か・・・、なんと言えばいいか・・・、そうだな似合わない、うむこれだな、私からすれば君が不良なのは余りに不似合いすぎる。
推測になるが、どうせ絡んできた不良を返り討ちにし続けていたら不良の部類にいれられたんだろう?君は自分から理由なく手を出す人間じゃないからな。」


と核心にとても近くて遠い答えを返してきた。どうやら自分から絡まれにいっていたことは流石にわからなかったようだがそれを抜きにしてもそれは秀治の意表を突くには十分すぎた。


「・・・・・・、なんでそこまでワイを信用するかねぇ・・・。」


「半年もこうして付き合ってきたんだ、人となりぐらいは私でもわかるさ。初めて出会った頃と比べればかなり丸くなってる気もするがな、
あの時の君は本当に飢えた獣のような目をしていたからなぁ。」


頭をガシガシと掻いて苦笑を顔に浮かべながらぼやく様に言うとクスクスと口に手を当てて可笑しそうに笑いながらそう言った。


「あの時つ~とあれか?お前がワイに勘違いして襲い掛かってきてガチで戦いあった時のことか?」


「確かにその時の話だが・・・、その言い方はないだろう?私の体目当てで襲った男を庇ったんだ、誤解しないわけがないだろう。」


ムッと脹れた顔をして好きで襲ったわけじゃないと否定してくる。


「まぁ、状況的にそれほど間違っちゃないやろ?」


「ムゥ・・・。」


カラカラと笑ってからかうようにいうとついに黙りこくってしまった。ちょっとからかいすぎたかと思って話題を少しだけ変えることにする。


「あ~、まぁ、それは置いといてや、そんなこと思ってる奴によぉあん時ケータイの番号なんぞ教えたの?」


「あれは君が悪人ではないと確信したのと話していて面白い人だったからな、それに私が止めを刺してしまうのを止めてくれただろう、
恩には報いなければ駄目だろう?だからだよ、それで問いを返すようで悪いが、君こそどうしてあの時私のケータイ番号を聞いてきたんだ?」


その意図を察したのか未だにムッとした顔をしているがこちらの話に乗ってきてくれた。目を閉じてその時のことを思い出す。


「ん~?そりゃなぁ、うんお前が思ってた飢えた獣っていう表現はあながち間違っちゃないねんな。あん時のワイは自分と対等に戦えるような奴がおらんことに不満感じとったからなぁ。
不良狩りでも始めるか・・・、とでも思っとったところでお前と会ってんや。
ワイと同等の戦いが出来てしかもめっちゃ可愛いっていうより美人やなお前の場合そんな女の子が現れてみ?そんまま逃がす訳ないやろ?」


鮮明に思い出したところでクックッと笑いながら目を開けて目の前の彼女を見ると顔を赤くして目をそらしている冴子がいた。どうやら先ほどのセリフに照れているようだ。
本当に大人びているのに一々反応が可愛い奴だと思う。とりあへずはこんな時はさらに弄くって遊んだほうが楽しいのであえて気がついていないフリをして追撃することにする。


「どしたん?そんな顔赤くして?」


「・・・・ぃ、いや、なんでも、なぃ・・・。」


今にも消え入りそうな声でそう言ってくる。顔も真っ赤にしたままだ。すこし悪戯心が悪乗りしてしまい俯いていてしまった彼女との間をスッと詰める。
こちらが動いた気配を感じたのか顔を上げて確認しようとするがもう遅い、もともとそんなに離れてはいないのだ、そうして一足一刀よりさらに近いお互いの体が触れ合ってしまいそうな程近づいて彼女の顔に自分の顔を近づける。


冴子はパニックに陥っているのか顔を先ほどより赤く、湯気でもでそうなほど赤くして目をすごい速さで泳がせている。
そんな彼女の後頭部に手をやって此方に引き寄せるとビクリと体を一瞬硬直させた後、目をゆっくりと閉じた。手を当てている所から彼女の体が震えていることがわかる。


本来はほんの悪戯で額同士をくっつけて熱を測る真似事をしてからかうつもりだったが、すでにそんな余裕は秀治には存在していなかった。
顔を朱に染めて目を閉じてこちらに首を上げて見上げている姿を間近に見てしまいその場に流れる空気に喰われたのだ。


意識し始めると今度はこちらの顔にも血が上って顔が赤くなっているのが知覚できた。おそらく冴子に負けず劣らず赤くなっていることだろう。


胸の鼓動が煩いほど高鳴る。彼女の唇から目が離せない。はたして彼女は触れている手から自分も震えていることがわかっているだろうか?


そんな出来心で起こした行動は思惑とは違う結果を呼びそれはもう止まれないところまで来てしまっていた。


頭に当てていた手を彼女の顔を撫でるように移動させアゴをクッと上げる。頭に血が昇りすぎてクラクラする。


そしてそのまま彼女に顔を近づけて、その唇を奪った。それはただの軽く触れるようなキス、唇が離れたのがわかると冴子は閉じていた目をゆっくりと開いた。


上気して朱に染まった頬も上目づかいでこちらを見る潤んだ瞳も何もかもが自分を魅了してやまない。


ゴクリ・・・、と自分の喉から音がなる。どうやら無意識に唾を飲み込んでしまっていたらしい。しかし今はそんなことはどうだっていい。


冴子がこちらを潤んだ瞳で見上げる目と自分の視線が絡み合う。
そして今度はどちらともなく顔を近づけてゆき、


唇が触れた瞬間自分は荒々しく冴子を抱きすくめて覆いかぶさるような体勢でキスをしていた。冴子が驚いて腕の中で身を捩じらせるが逃がさないと言う代わりにさらに力強く抱きしめる。


今度は触れるだけではなくしたを入れたディープキス、初めは目をキョドつかせて動揺を顕わにしていた冴子だったが、舌が絡めとられ唇が吸われるにつれ脳が熱病に犯されたかのごとくボンヤリとしてくる。
気がつけば自分から秀治の首に抱きつくように手をまわしていた。


その状態でいったい何秒いや、何十秒たっただろうか?
秀治は狂ったように律動を刻む自分の心臓を煩いと思いつつ彼女の口の中を蹂躙する。時に激しく時に優しく、時に彼女のたどたどしい舌使いにまかせながら。


未だに残っている理性をかき集めて、胸からフツフツと湧き出す黒い欲望を抑え込み続ける。


脳裏から自分の声で喰らってしまえ、犯してしまえと聞こえてくる。もちろんそんなことができるはずがない。自分にとって彼女はただの女ではないのだから。


その考えに行き着いた瞬間脳に氷柱を直接ぶち込まれたかのごとく急激に冷えて頭と言わず全身から血の気が引いていく。


今・・・、何を考えた?特別だから犯さない?なんだそれは・・・、特別じゃなかったら犯していると言っているみたいではないか。自分はあの下衆と同類だったのか?


今まで夢中で絡めあっていた舌の動きが止まり今まで彼女の口の中に伸ばしていた舌が引っ込んでいく。唇が離れて彼女との間に銀の橋が架かるがそれを気にしている余裕なんてなかった。


冴子は唇が離れて少ししてから秀治の首にまわしていた手を離して今度は抱きつくように彼の背中に回して胸板に頭を預けて耳を澄ませる。
早鐘のように高鳴っている自分と彼の心音が今は心地が良かった。


彼にしてはあまりに強引だったとは思うが満更でもない、むしろ本懐であった。
今更ながら自分の足に力が全く入らないことに気づく、どうやら先ほどのキスで腰が抜けていたらしい。今立っていられるのは秀治が確りと抱きしめていてくれるからだろう。
そのことにちょっとした充足感を感じながら今度は彼の厚いとは言えない胸板に顔を埋める。


服から微かに漂う洗剤の香りと今日の部活で掻いたものだろうちょっとした汗の臭い、これが男の子の香りというものだろうか?
そこでふと気がつく、・・・・・・彼は何故ここまでキスが上手いのだろうか?と
やはり先ほどの女の子にモテないというのは嘘では無いのだろうか?・・・と


一度疑念を抱けばそれはさらに加速し歯止めが効かなくなっていく。普段の彼女であれば一笑に伏していただろうが、今は先ほどの余韻で頭がまだ上手く回っていなかった。
秀治のキスが上手い理由はただサクランボの緒を軽く結べるほど器用であっただけである・・・がそんな事は知らない彼女の妄想は悪い方向へと突き進んでいく。
それはあたかも無人の野を行くがごとくの速さであった。


女であれど悪いと言われている者に全員が興味を持たない訳ではない、むしろ肝試しとして近づく女はいるんじゃないか?そんな女と付き合っているからキスが上手いんじゃないか?


これは一度問いたださねばなるまいと胸板に顔を押し付けながら心に決める。
冴子の独占欲は人より少し強い程度であるが、好きな男を知らずと誰かと共有しているなど考えられることではなかった。


背中にまわしていた手にギュっとちからを込めて毅然とした表情で彼の顔を見るがその瞳は不安に揺れていた、
それはもしこの想像が本当だったならば私はどうすればいいという不安の表れでもあった。


しかし、その心配は彼の顔を見て吹き飛ぶことになった。
顔を蒼白にして目が一所に留まらず不安げに、何かを振り払うようにあちこちへと揺らしている彼の顔があったからだ。


「秀・・・次?」


いつもは見ない彼の余裕の全く感じられない表情、何かに追い詰められているような顔を見て不安げなそしてか細い声で彼を呼びかける。しかし彼はそれに気づいた様子はない。


彼の背中にまわしていた手の片方を放して彼の顔に手を当てる。
手を当てられた秀治はビクリと身を震わせて今気がついたかのように自分を不安げに見上げていた冴子に目を合わせる。


冴子にはそのときの彼の顔が前に鑑でみた自分の顔と重なって見えた。
何か認めたくないことがあるが認めるしかない、しかしそれを認めてしまえば何かが壊れる、そんな迷いが現れている顔だった。


「一体どうしたんだ・・・?秀治、いきなり、その・・・、キ・・・キスしたかと思えば今度はそんな顔して、君にはそんな顔はして欲しくない、
・・・だからいつものようにどこか余裕を持ったふてぶてしい顔をしておいてくれ。」


秀治は自分の顔に当てられた手から伝わる心地よい暖かさが染み渡って体中から一時的に失われていた熱が戻ってきているような気がした。
彼女にまた気を使わせてしまったなと反省して無理やりいつも通りの表情を顔に貼り付けるてさらに誤魔化すように笑みをうかべる。


「あ、あぁ、ごめんな、いやぁ、急にキスしてもうたから嫌われたんやないかとおも「嘘だな。」!!?。」


「なぁ秀治・・・、さっきも言ったが私たちは付き合い始めてもう半年だ。何かを君が私に隠しているのは知っている、君が言うまで待つつもりだがな。
しかし君が何を抱え込んでいようと私が君を好いているというのは変わらんよ。
・・・・・・だから頼ってくれ、今君が何を悩んでいるのかも言ってくれなければ私には解らない。それとも私はそんなに頼りないように見えるか?」


「まさか、ただこれは自分でケリつけなあかん問題やからな。まぁ、自分自身の問題やねんから何とかしてみせるわ。心配してくれてありがとな。」


その顔には先ほどの動揺はもう見られなかった。
もし自分と同じような葛藤であれば確かに他人が関与できる問題ではないので素直に手を退くことにする。安心したところで先程の疑問がまたかま首をもたげてくる。

「そうか、なら私はもう何も言うまい。ところで・・・だ、先程のキスでどうやら腰が抜けてしまったようでな?一人で立ってられないんだ家まで送ってくれればありがたいんだが。」


「ん?あぁ、それくらいならまかせとけや。」


そう答えると彼女は満面の笑みを浮かべてこちらを見た。綺麗だなと思うが背中に奔るこの悪寒は何だろうか?
顔に当てられていた手が撫でるように動いて頬に添えられる。自分と同じく剣道をやっているが自分とは違い女の子らしい柔らかな指の感触がなかなかに心地よい。
やはり先程から背筋がゾクゾクする、風邪でも引いたのだろうか?


「それと・・・だ、なんであんなにキスが上手い!!理由いかんによってはただじゃおかんぞ!!」


多少涙目で訴えてくるすがたはとてもいじらしくて魅力的だがそれどころではなかった、なぜなら頬に感じていた心地よさが激痛へと変わったからだ。
どうやら手を頬に移動させたのはこのためだったらしい。


「いっ!?いふぁい!?ひゃんのはなひや!!ぐぁ!?」


冴子の腰と頭にまわしていた手を驚いて放してしまい、体が崩れ落ちそうになった彼女は咄嗟に手にグッと力を入れて倒れまいとするそしてそれを見た秀治は慌てて腕の力だけで立っている彼女を掬い上げるように抱きかかえなおす。腰が抜けた云々は本当のことだったらしい。
しかし慌てて抱きかかえなおした体勢は自分の両手を塞いでしまうものだった。
人それをお姫様だっこという。


「さっきのモテないって話は嘘じゃないだろうな!?本当はモテていて女の子をとっかえひっかえしてるなんてことないよな!!」


ギリギリと頬を抓る力が強くなっていく。冴子はすでに涙目で声も裏返りかけているがこっちだって泣きそうだった、主に頬の痛さとそんな人間に見られた心の痛さで。


「ふっ!!ふそひゃなひ!!ふそひゃないひゃらぁ!!」


「そういえば初めてのデートの時もやたらと落ち着いていたな!!やはり手馴れているのか!?どうなんだ秀治ぃ!!」


聞いちゃいねぇ、そんな言葉が秀治の脳裏によぎった。
その言葉に合わせるように今まで背中を掴んでいた左手が右頬に伸びてそれを引っ張る。みょーんと音がしそうなほど左右に頬が引かれて伸びる。


「いふぁい!!いふぁい!!ひょ!!マヒひゃめ!!モヘヘまへんひゃらぁ!!ひゃれほほふひあっへまふぇんふぁらぁ!!」


身に全く覚えの無い嫌疑だったがこの嫌疑だけは何が何でも晴らしておかなければならない。父のような人間と同じようにみられているなんて不本意であり不名誉極まりない。
それも自分が愛しいと思っている相手であればなお更だ。


「本当だな!?嘘じゃないな!?信じていいんだな!!・・・・・・それにしてもよく伸びるな。」


頬がミョーンミョーンと引っ張っては戻され引っ張っては戻されと忙しい。


「ひひょはにひまんのもひははへはほふんやなひ!!はっ、ほら!!なひへにはへはへよほよほまへんな!!ひょひゅーはらはほんへふやほほはえ!!」


グニグニと頬を弄くられては上手く喋れたものではない。
ようやくまともにこちらの話を聞く気になったのか最後に一際両側に引っ張られてから解放された。


ちなみに先程から二人の顔はとても近い位置にある秀治が冴子をお姫様抱っこしている状態であるからそれは当然のことだ。
つまりはさっきから冴子の手から出来るだけ体を反らして逃げていたのを元に戻して向かい合えばどうなるか、
それは強制的に「もうあなたしかみえない」という状態になるということだった。


「うっ・・・あ・・・。」


「ーーーーっ!!」


それは互いの吐息が顔にかかってしまうほど近い距離
図らずも先程の激しいキスが双方の脳裏にフラッシュバックし、二人とも顔を茹でたタコの如く赤くする。
さっきは二人とも雰囲気に流されていてその場の空気に酔っていた気がある、しかし互いに素面に戻っている今は余り耐えられるものではなかった。


「で・・・、どうなんだ?」


「・・・・・・・何が?」


「さっきの話だ、本当に彼女はいないんだな?」


「彼女どころか友達すらおらんって返しとこか。」


顔と目を合わせない会話、いや詳しく言えば冴子は真っ直ぐに秀治を見つめているが秀治が前を向いて顔を合わせようとしないだけであった。


「・・・・・・、嘘だったら後で酷いぞ?」


「意外とシツコイやっちゃな、小学校前半はいじめっ子、後半は人間不信、中1ん頃は荒くれ者で今は不良も避けて通る危険人物、もう女といわず男もよってこんわ。クラスでもちょいとした腫れ物扱いやしな。」


今思い返してみても碌な人生を歩いていないなと実感して目を瞑って諦めたようにため息を吐いて顔を2、3度左右に振る。


「・・・、そうか疑ってすまなかったな。」


頭も冷えてきた所で先程の自分はどうかしていたと思い謝る。抓っていた頬を今度は優しく撫でる。


「はっきり言うてな、ワイがお前に内緒で他の女に手ぇだすことはまずないわ、ワイがここまで変われたんは兄さんのお蔭でもあるけど、大半はな冴子お前と出会えたからや。
あん時お前と出会ってなかったら中1の頃と同じになってたやもしれんかったからなそれ程あん時のワイは不安定やったんや。
それを変えてくれたお前のことを感謝してるし大事にも思ってる。だから裏切るような真似は絶対にせぇへんよ。」


無意識に手に力が入る。その事に気づいた冴子が少し顔を顰めて身を捩るが力は強くなっていくばかりだった。


「ん、秀治」


「だから・・・、なんや?」


「ちょっと痛い。」


自分の掴まれている胴の部分に目をやって軽く非難するように言う。


「おっとすまんな無意識で力入れとったわ。」


慌てて手から力を抜く、痣になってなければいいのだが・・・。


「ところで、だ先程の私の言葉を覚えているか?」


ようやくこちらを向いた顔を両の手で固定してさらに身をよせる。
互いの鼻先が触れ合いそうな程の距離10センチも離れていないだろう。


「あ・・・あぁ、頼りにしろ云々か?そりゃ覚えとるけどさ。それがどうしたよ?」


いきなりのことで驚いたのか目をキョドつかせて怯んだように言う。それでも視線がチラチラと唇に行っている辺り男の子なのだなぁと感じる。


「まだ君の返事を聞いていない。」


「へ?」


なんとも間の抜けた声で返してくれるものだった。何のことか本気でわかっていないのだろう。キョドつかせていた目をピタリと止めてじっとこちらを見つめている。


「私は君のことが好きだと言った。それについてのはっきりとした答えを私は聞いていない。」


答えはわかりきっていても自分は告白したのに相手がそれに答えていないというのは気に入らない。すこし拗ねたような口調になってしまったが仕方ない。本当に不満なのだから。


それを聞いた秀治は得心がいったのか「あ~。」と言って首をコクコクと振った後ニヤリと悪戯小僧のような笑みを浮かべてスッと顔をこちらに寄せて啄ばむようなキスをした。


「これが返事ってことで。」


顔を赤くして明後日の方向を向いてそう言って来るが私はこみ上げてくる可笑しさに耐えるのに必死だった。


「ククッ、似合ってないなぁ秀治、気障なセリフと行動は君に全く似合わない。」


「一度やってみたかったことやったんや。似合ってへんのは自覚しと~よ。」


拗ねた口調で鼻をフンと鳴らしている。まだまだ子供っぽいところがあって弄くりがいもあれば可愛がりがいもある奴だなと思う。


基本こいつは素直なのだ。いい意味でも悪い意味でも、昔から人付き合いが余りなかったせいか変に擦れていない。故にこちらが信頼すれば信頼で返してくれる鑑のような奴だ。


なるほどこいつの兄にあたる人は本当に育てがいがあっただろう。兄の話をしているときのこいつの顔をみればどれほど懐いているか解るというものだ。本当に大事に育ててきたんだろう。
大きな子犬・・・、惚気た補正もあるかもしれないが例えるならそんな奴だった。
狂犬とは上手い名前をつけたものだと顔もしらない者に感嘆する。


「どしたん?急に黙り込んで?」


首をコテンと倒して不思議そうにこちらを覗き込んでくる。さっきの例えと相まって頭に生えた犬耳がピコピコと動いているのが見えるようだ。


「いやいや何でもないよ。それにしても全て君からというのもなんだな。」


「なに?・・・むぅっ!?」


いきなり顔を近づけてきたことに驚いた秀治が顔を反らそうとするがそれを許さじと両手でまた頭を固定する。そして驚いて目を見開いている彼に私はキスをした。
それは最初に交わされた触れるだけのキス。そして唇を離してもなお呆然としている彼に


「責任は・・・、とってくれるよね?」


と微笑みながら言うと、彼は口端を歪めた不敵な笑みを浮かべて


「もちろん喜んでとらせてもらう。」


と確約した。









それから何かが急激に変わったということはない。ただいつも一緒に歩く帰り道での二人の幅が無くなったただそれだけの話。










あとがき

私が耐え切れずに書いちまったよ・・・、うん、どうも受験まで我慢するのは無理らしい、更新亀でも不定期で投稿することにするよ。
そして誰か、私に塩をくれ。



[19019] 9話 後編プラス
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/10/17 16:14



神聖な空気の流れる道場の中、いつもそこでは門下生や師範代が切磋琢磨し腕を磨きあっているのだが今日は剣道着を身に纏った男女が向かい合って座っているだけであった。


「私以外誰もいない日に家に呼べとは……、また大胆な頼みごとをしたものだな、誤解されてもしかたがないぞ?」


「お前だけにしか話せんことがあってな、誰にも聞かれたくなかったんよ、変な頼みごとしてすまんかったな。」


「私と君の仲だろう?これくらいはどうとでもないさ、それで?話したいこととはなんだ?重要なことなんだろう?」


「そやな……、まずあん時以降かなり進んでもうたワイ等の関係や、もっと段階踏んで進めるつもりやったからなぁ、っと、勘違いすんなよ?別にあん時言ったことを反故するっていうわけやない。」


ピクリと眉を動かした冴子を見て誤解しないように言い含める


「それで……、それがどうしたというんだ?」


「お前に言ってない事、全部言おうと思ってな、関係進めるならこれだけは言っとかなあかんとは思っとったんや。」


長い息を吐きながら軽く上を見上げて言う。二人きりになりたかったのはこれが理由だ、いずれ話してその上で受け入れられたのなら付き合うつもりだった。
しかしそれが崩れてしまった今、言わないという選択はない、それは彼女に対する裏切りにもなる。自分自身そんな卑怯な真似はしたくなかった。


「ほぅ……?ようやく言ってくれる気になったのか。」


「まぁ……な、ワイと付き合う以上、言わへんわけにはいかんもんや、失望したなら振ってくれてもえぇよ。」


緊張で喉が渇いてきているのを感じ来る途中の自販機で買ったミネラルウォーターでソレを潤す。


「ワイが昔、狂犬って名前の不良やったことは言ったな?あん時お前にいってたことは……、まぁ、ある意味正しい……でもな、それには続き……、いやまだ足りひん部分があってな……。」


「…………、君が不良を返り討ちにしていた云々か?」


その時のことを思い出すように冴子は顎に手を当てて少し考えた後そう言った。


「それや、確かに返り討ちしかしてへんかった……、でもな、それはワイから襲われに行ってたっていう点が抜けとんねん。
あん時のワイは他人と本気でやりあう楽しみにドップリと浸かっててもうてな、返り討ちにした奴が連れてくる助っ人共々叩き潰しとったわ……。」


天井を見上げ、ため息と共に思い出されるのは昔、自分が栄光の日々と言っていた、今となっては随分と色褪せてしまった懐かしい記憶、
二年もたってないのに懐かしいと感じる自分を可笑しく感じて湧き上がる笑いの波を噛み殺しながら視線を下に落として目の前の彼女を見れば眉を上げて驚きこそ露わにしていたが何も言わずに黙って耳を傾けていた。


「そんな日々も……、まぁ終わりは来るもんや、ある日、返り討ちにした不良の一人がヤクザ連れてきよってな……、気ぃ抜いたつもりはなかったんやけど、
投げられたナイフ避けたつもりが……、避け損ねて二の腕スッパリいかれてこのザマや。」


袖をめくり上げて今でも残っている傷跡を見せる、切られた箇所の肉が醜く赤く腫れ上がっている。ソレを見た冴子は僅かに目を細めたが何も言わずただ聞きに徹している。


「んで……、それでブチキレテ正気戻ったらそいつのナイフで太腿刺して動けんようにして、返り血あびるほど一方的に蹂躙した後やった…、ここまでは師匠……、まぁお前の父親にも言ってることや。」


乾いてきた唇を湿らせるようと舌で舐めるが、口内もいつの間にかカラカラになっていたことに気がつき水を呷るようにして飲んだ。


「師匠は、ソレの罪意識でワイが剣道習うんやめたと思っとるようやけど……、それは違うんやな。」


一息ついて真っ直ぐ冴子の目を見つめる、ここが山場だ、今まで兄にしか明かしたことのない自分の秘密だ。果たして彼女がこれを聞いても受け入れてくれるだろうかという一抹の不安はある。


しかしそれ以上にきっと大丈夫だという自信の方が強かった……、彼女と自分は根底で似ているのだから否定すれば自己否定にも繋がる、果たして自分に厳しい彼女がそうするだろうか?


こんな浅ましいことを考えながら告白する自分に嫌気が差すがこうでも思っていなければ怖くて言えない、言うことができない。


「ワイはな、そん時の血まみれのソイツ見て・・・哂ってたんよ無意識で楽しそうに声上げてな、そう、ワイは楽しく感じとったんよその行為自体を、
まだ正気には戻ってなかったのやもせん、だけどなそん時に紫藤秀治は他者を踏み躙ることに愉しみを感じる人間やと自覚した。ハッ!!自分自身は親父の事も言えんド外道やったっちゅうわけや!!」


自嘲の笑みを浮かべながら両手を広げ万感を込めて叫んだ。あの時落ちぶれていた自分を兄が認め、救ったからこそ、それ以上堕ちずにすんだ。
外の世界では冷遇されようとも小さな自分の世界で自分の全てを認め、飲み干し、愛してくれた存在がいたからこそ、それ以上堕ちることなく上がってくることができた。そのことを思い出すだけでも涙が出そうになる。
現に今話している最中でも感極まって泣いてしまいそうだった。


「まぁ、その話が広まってから誰もワイに近づかんようになった、当たり前やなこんな危ない奴に近づく阿呆はおらんわ。兄さんが必死にワイを支えてくれて二年なる頃には前より人間らしくなったよ、
それでも……、人間は一度覚えた快楽の味は忘れへんもんや、お前と会う頃には今度は自分から狩りにいこうかって考えるほど不安定になっとった。部活連中は相手にならん上まず寄ってこない、大会予選でも弱い奴しかおらんかった……。
自分が遠慮なく力振るっても壊れへん存在が欲しかった……。」


「そんな中、私に会った……か。」


再度水を飲もうと手を伸ばしたが冴子がそのペットボトルを掴み取り中身を少し飲んでから袖で口を拭き自分の言葉に続けるようにそういった。そのことに多少驚きながらも返されたソレを飲み唇を濡らす。


「まぁ……、そやな。あん時はホンマに嬉しかった……、昔から求めとったもんが転がり込んできた気がしてた。飢えた獣……、言ったもんやわ……、
ワイはな冴子……、あん時お前を極上のエモノとしか見てなかった……。」


冴子は黙したまま何も語らずただ話に耳を傾けているだけだ、その表情からは何も読み取れるものはなかった。


「そう、ようやく自分と同じ奴と巡り合えた思った……、あん時止めさすんをワイが止めたんは、お前に落ちぶれてほしくなかったからや、一度ワイが沈んでたみたいに……、
会ってそうそう、そいつが沈んだら面白くもなんともないやろ?」


「あの時私に言ってくれた言葉は嘘だったということか?」


キスの時に言っていたことだろう、しかしそれはあの時の自分にとって別段重要なことではなかった。


「いや、判断基準の一つではあったよ……、でもあん時は兄と同様とまではいわんが、女にあんまり興味なかってな。欲情もできるいい女やったら抱きたいとも思う、だけどそれだけや……、
それ以上思うことは何も無い、己の欲を満たすだけの存在程度にしか思ってなかった。昔攫われた時に色々あってな、女は嫌いやったんよ。
普通に接することはできる、付き合うこともできたやろう、でも心から思うことはまず無かったやろな。」


今までの話を聞いてもっと騒ぎ立ててもいいはずなのに静かに話を聞いてくれている彼女に感謝の念を込めて真っ直ぐ眼を見つめる。


「初デートの時でも本気で楽しかった!!初めはただのエモノとしか思ってなかったってのに、
お前はワイを戦わんでも満たし続けてくれとった、初めての経験やったよお前と過ごしてた時の全てが新鮮やった……、気がついたら本気でお前のことが好きになっとった……大事やと思えとった……。」


今にも胸がつまりそうなほど熱い感情が膨れ上がってきている、昔の自分が持ってなかった物、彼女が自分に与えてくれたものだ。感謝してもしたりない。


「だからこそ!!今こうして全て晒して正面からお前に紫藤秀治という存在を叩きつけとる!!お前の前では自分を偽りたくないか……、嘘は吐きたくないから……。
話はこれで終わりや……、返答を……聞かせてくれ。」


居住まいを正して彼女の眼をまっすぐに見つめる、胸のうちに秘めていたモノはほとんど吐き出した。後は、彼女がどう答えを出すか……だ。
静かに聞いていた彼女はペットボトルから水を飲みソレを自分の脇に置いたあと厳しい表情でこちらを見据えた。


「一つ聞きたい……。」


「なんや……?」


「君が今言ったこと全て、嘘偽りは無いな?」


「無い。」


「そうか……それなら私から言うことは無い、よく言ってくれたな……。」


正直罵倒されるものだと思っていた分意外すぎて唖然とした表情で彼女の顔を見つめてしまう。果たして彼女は本当に自分の話を聞いていたのだろうかという疑念さえわいてくる。


「なんという顔をしているのだ君は、私は内容がどうあれ、君が今まで隠していたことを教えてくれて嬉しかったよ・・・、確かに気軽に言えるような内容でもないこともわかった。しかし言ってくれなければ、私はいずれ君を失望していただろう、私がそんなに信用ならないか・・・とな。」


そう言って残りも少なくなっていた水を全て飲み干して空になったそれを元の場所に戻した。


「本性を隠していたことが悪いとは言わないさ、それを言ってしまえば私とて同じことだ。先ほどの話を聞いて思ったがなるほど君と私は根本の部分で似ているのだろう、
私も君と出会った夜は愉しんでいた・・・、自分の力を惜しみなく振るえる明確な敵を得られたことに・・・、
それを自覚したときには悔やんだよ、君に止められなければ殺めてしまっていたかもしれない、そう思うと怖くてな・・・。」


「私は君を受け入れよう、君がとうに私の本性をかぎとって受け入れていたようにな。」


「そっか・・・それは「その上でまた一つ聞きたいことがある。」・・・なんや?」


秀治が何かを言おうとするのを手で制して冴子は言葉を続けた。


「これはどうすれば治る?理由無く力に酔ってしまう本質をどうすれば変えられる!!最近あの夜のような事がないか期待してしまっている自分がいる!!私はどうすればいいのだ!!
教えてくれ・・・秀治・・・、私は、どうすれば変わることができる?」


彼女の慟哭が二人以外誰もいないガランとした道場に響く、最後は泣きそうな声になりながらこちらをすがるように見つめてきている。それを聞いて秀治は自分を悔いた、何故気がつかなかったのかと、


自分に厳しい彼女がそのことを気に病んでいないはずがなかったのだ。自分でさえ認めたくなかったのだから彼女がソレを認めるのにどれほど心を痛めただろうか?
彼女は自分とは違う繊細な14歳の少女なのだ、自分のような何も知ろうとしなかいガキではないのだ。


「・・・・・・すまんけど、その答えはもってないわ。」


「・・・・・・何故だ?君は・・・変われたのではないのか?」


「これに関しては耐えてるだけ、お前と似たようなもんや。」


「それでもいい、教えてくれ。私は・・・、もうそれすらもままならなくなってきてしまっている。どうすればいいか・・・、自分ではわからないのだ・・・。」


「・・・・・・、ワイが耐えられとるのは死合いたい対象が変わることなくお前やからや。昔と違って分別はできるようになったからな・・・、お前に嫌われたくもなかったし。
それに一度ドップリ漬かってもうたモンから言わせてもらったら、これは治らん。不治の病に似たようなもんや、自覚してもうたが最後、どっかで出さんと精神を蝕む毒になってそれは気ぃつかんうちに肥大する。
ワイが兄さんの言葉すら破ろうかと思ってもうてたぐらいや、我慢するのは厳しくなってくる、結局上手く付き合ってくしかないんや。」


「そう・・・か。」


そう答えると彼女は絶望したように俯き何も言わなくなってしまった。しかしこう言うしかない、これとは長い付き合いだからこそ分かる。
コレは欠陥に近いものなのだ、治すことができないもの、漬かりすぎればはみ出し者になり、我慢していればいつかは手に負えなくなる、そういうモノだ。


俯いている彼女を見てもしかしたら何とかなるかもしれないと思った。昔から、こいつと出会った時から願い続けていた事。
毒をもって毒を制すという言葉がある、毒が彼女を蝕むのならば・・・、自分がそれを制する毒になればいい、正直自分もいつかは我慢できなくなると思っていたから好都合だ。
彼女の手に負えなくなる前に自分にソレを吐き出させればいい、そう思って彼女にこう言葉をかけた。


「なぁ、冴子・・・、お前、ワイを敵と思えるか?」
「何を言っている?」


顔を上げた彼女は本気で何が言いたいのか分からないらしく眉を八の字に寄せた怪訝な顔をしている。


「いや、思えるかやないな・・・、敵と思え一時でもえぇから。お前が遠慮なしに力振るう相手欲しいんやったらなったる、こっちとしても望むところやしな。冴子、お前が納得いってなかったあの夜の決着つけようやないか。」


言うが早いか秀治は床に手を付いて立ち上がり足に奔る軽い痺れを無視して持ってきていた木刀を袋から抜き出し座ったままの彼女の眼前に突きつけた。


「……、それは君がただ私と戦いたいだけではないのか?それに君を敵と思えだと?出来るわけがないだろう。」


眼前に突きつけられているソレになんら臆することなく冴子は眉を寄せて首を鳴らしている秀治を睨み付ける。


「ふん、それでも本気は出せるやろ?建前はえぇねん。我慢すんなや全部吐き出してまえや、全部受け止めた上で負かしたるわ。」


「そんなこと……」


「い~や出来る、出来るはずや。一度戦い始めたら止まらん口やろ?それにお前がそんなこと思うようになった原因の一端はこっちにあるかもしれんからのぉ。」


反論しようとした冴子の言葉を遮り事情を聞いていた先ほどから思っていたことを言う、こと毒島冴子がそんな事を思うはずが無いのだ。出会った当初はそんな臭いは無かった、なら彼女を変えた原因はあるのだ。


「人は根っここそは余り変わらんよ。それこそ自分を根底から覆すような事情が有らん限りな、だけどお前にはそんなんは無かった。」


「根底から覆すか……、君と出会った時の強姦魔の件である可能性はないのか?」


「ハッ!!そんなもん自分の根底を垣間見ただけやろうに、自覚してんだろ、オレ等はそんなもんだってな。」


「オレ等……?」


「おっと……、まぁ、そんなことはないってことや、人は根底は余り変わらんがそれ以外は容易く変えることはできるってことや。それが意識的でも無意識でも関係なくな。」


つい興奮しすぎてしまい口調が変わったのを直す、先ほどからの彼女の姿が多少昔の自分と被るところが有るために少し熱が入りすぎたようだ。


「お前とワイは根っこよう似てる所がある、無意識的にでも影響は受けやすかったんやろ。ワイもお前と付き合い始めて大分変わっとるよ、でもそれがワイだけやと思うか?」


変えた原因があるとすれば一つしかない、あの夜以降あってそれ以前に無いもの、つまりは紫藤秀治という存在だ。


「……、君と付き合って私が変わったといいたいのか?」


「その通り、付き合い始めた当初のお前やったらんなこと考えたか?いや考えすらつかんかった筈や。そんな発想できる奴なんてお前の周りにはここに一人しかおらんやろ?」


突きつけていた木刀を引き床に突き立て自分の胸を軽く指で叩く。


「ふっ……、確かに君しかいないな……、なるほど、この苦悩の原因は自分だと言いたいのか……、似てしまった所は恐らく……、なぁ君は私と付き合ってどう変わったにのか、それを教えてくれないか……?」


脇に置いてあった木刀を手に取って、ソレを杖にして立ち上がりこちらを静かな瞳で見つめそう尋ねた。


「ワイがお前に似たところねぇ……、そうさな、お前のその自分を律する有り方……かな、お前のその有り方はワイには眩しく思えた、こっちはアレに溺れた身やからの。まぁ、もともとが勝手すぎて、そこまで徹底した律し方はできひんかったけどな。」


アゴに手をやり少し考え込んでから答えを返す、結局自分は元々強すぎた我を抑える程度にしか出来なかったが、彼女と出会わなければ抑えようとも思わなかった筈だ。それを聞いた彼女は少しだけ頬を緩ませて笑った。

「そうか……、私のこの性分にか、私は君のその自由さが羨ましいと思ったよ。私が知らない有り方だったからな、しかしそこまで自由に振舞うのは私自身が許さなかった……。」


お互いがお互いの目を見詰めて逸らすことなく腹の内を明かしあう。


「でも長い間付き合うことでお前はワイに似て少しだけ自分に素直になった……か。」


「君は私に似て少し自分に厳しくなった。」


「しかしソレが悪いことかと言われれば……」   「そう悪いことやないってか?」


切られた言葉を繋げるように秀治がその続きを言う。


「そういう事だ、恨む理由も無い者を敵に見れるほど血に飢えているわけではないよ。」


「そっか……」


「しかし、丁度私は実戦的な稽古をしてみたいと思っていてな、その相手を探しているのだが……受けてくれるかな?」


「ん、そっか。」


流れるような動作で構えられた木刀を見て秀治は顔に穏やかな笑いを浮かべ静かに肯いてそれに応じた。
今まで流れていた穏やかな空気はいつの間にか消え去り代わりにあの夜と同じ空気が流れ始めていた。


「いいねぇ、この空気……そうは思えへんか?」


「……」


今回はどうやら軽口に付き合う気は無いらしく返ってきたのは必勝の意思を灯した強い眼光だった。前回それで油断したところを襲われたのから学んだようだ。しかしその口元だけは軽く吊り上っていた。
秀治はそれを見ると満足そうに鼻で笑い肩を軽くすくめた。


瞬間彼女の体が視界から消える、どこに行ったかなど考えるまでもない下だ。


「フッ!!」


下からの逆風の一撃が迫り来るのを後ろに飛びのくことでギリギリ回避する。それを逃がすまいと追うように腹へと向かう刺突、体を捻りソレかわすが胴着の表面を木刀が掠めていく。


かわした時に体を回した勢いそのままに体を回し木刀を彼女の即頭部へと走らせる……が、彼女は身を屈めてそれをあっさりと避けると前に泳いだ体そのままに秀治に肩から体当たりを喰らわせ、たたらを踏ませた。


「ハッ!!やりおる!!」


たたらを踏みながらも薙ぎ払うように放った胴狙いの横なぎを下から切り上げられて受け流される、相変わらずの馬鹿力とでも言おうか、いや昔より強くなっている打ち込みにたった一合交わしただけなのに冴子の手には軽い痺れが残っていた。
体勢が大きく崩れた彼に止めの追撃をかけようとするも彼の笑ってこちらを見る顔を見て足を止める。


「なんや、け~へんのか、来たら仕舞いにするつもりやったのにの。」


その崩れた体勢のまま体をピタリと止めかれは右手に持った木刀を下ろし体勢を戻した。どんな体勢であろうと何かしらの行動を起こせるのが彼だ、冴子は止めを刺したと思えば腹に蹴りを入れられていたことを忘れてはいなかった。


「今度はこっちから行かせてもらう……防げよ。」


アレを使おうと木刀を腰だめに構え踏み込んだ刹那、空のペットボトルが顔に目掛けて飛んでくる、どうやら床に落ちていたソレを彼女が蹴り上げたらしい。


「つぉお!?」


踏み込んだ足そのままに上体を引き、ソレを上へと切りとばす。その隙を突くように彼女が木刀を自分に振り下ろそうとしているのを見て、無茶を承知で全身に力を入れ体勢を固定しそのまま振り上げた木刀を彼女のソレを目掛け振り下ろした。


木を叩く軽く乾いた音が響くが、彼の手にはほとんど手ごたえというものが無かった。彼女を見れば手から木刀が弾き落とされたにも関わらず何ら体勢も速度も落とすことなく踏み込もうとしている。それも良く知った歩法で……、


こちらが反応するのを最初から分かっていて彼女が自ら木刀を手放し肉弾戦に切り替えたことにそして技を盗まれていたことを理解し、そのことに驚愕して数瞬動きが鈍ったのが勝敗を分けた。


「しまっ!?」


木刀を持っていた右手を思いきり蹴られて思わずソレを取り落とす。体勢を立て直して迎撃しようにもすでに手遅れ、右腕は彼女の左手で抑えられている、力を入れているのか生半な力では振りほどけそうも無い。


そう思い左手で彼女の手を掴み体を回転させ彼女の体ごと巻き込んで体勢を崩そうとしたがここまでで気づくべきだったのかもしれない、なぜ彼女がまだ肉弾戦を挑んできているというのに拳打の一つさえ繰り出していないのかを、


足払いでもかけて転ばせてからマウントを取るということもできるのだ、しかし驚愕がまだ抜けきっていなかった秀治はそのことには気づけない、そこまで頭が回らない


「まだまだっ!!」


「いや……、終わりだよ、秀治。」


耳元に彼女の囁く声が聞こえてくるその声は隠しようも無い喜悦に染まっていた、左手で彼女の手を掴もうとするが右腕を掴んでいたソレはすぐに放され、刹那首に腕がまわった。


「ぐっ!?がぁっ!!」


裸締めが決められ頭に血が回らなくなっていく、それを何とかしてはなそうともがいても元より力業でどうこうなる技でもない、


そういえばあの夜は何でも有りだったなと気付き苦笑した所で意識が落ちていった。









「おや?気付いたのか、意外と早かったな。」


目を覚ますと冴子に膝枕をされている状態で頭を撫でられていた。何があってこのような状態になったのかと寝起きのボケた頭で考えて意識を失う前に何があったのかを完全に思い出す。


「どんくらいトンどった?」


「4~5分と言ったところだな。」


「そっか……。」


彼女は顔に華やかな笑いを浮かべて秀治の頭を機嫌良さ気になで続けている。このように頭を撫でられるのは兄以外では初めてだなと思いつつ、頭に感じる柔らかな感触を存分に楽しむ。


「ワイが負けたか……。」


「あぁ、今回は私の勝ちだ。」


「そっかぁ……、負けたんかぁ……。」


今更ながら自分が敗北したという実感がやって来る、同年代の人間に負けたのは初めての経験だった、別に悔しいという感情は無かった、あるのは充足感だけだ。そう言えば以前言った事が本当になってしまったなと苦笑する。


「どうした?」


そんな秀治を不思議に思ったのか小首を傾げてこちらの顔を覗きこんでくる。彼女の烏の濡羽のような美しい漆黒の髪が顔にかかるのがくすぐったかった。


「いや、前にワイを負かすのはお前かもしれんと言ったのが当たったのが面白くてな、それにしてもあそこでペットボトル蹴り上げて木刀捨てて体術で挑んでくるってのは予想外やったなぁ。お前がんな行動するとは思わんかった。」


「ふふふ、誰かに似たのさ、以前剣を持っているのに体術で攻撃してきた男がいてな、実戦ではそのようなこともあるのだと学ばせてもらったのだよ、君こそ今回は剣術のみではないか。」


「ほっとけ、誰かに似たんや。」


そこまで言ってふと込み上げてきた笑いが抑えることができず誰はばかることなく大声で笑い始める、それは彼女も同じのようでしばらく道場には二人の愉快そうな笑い声が響いていた。


「なぁ、冴子どうやった?本気の喧嘩ってのは。楽しいもんやろ?」


「さぁ?どうだろうな、まだ燻っているのかもしれないぞ?」


未だ笑いの波が収まらないのか片手を口に当てて面白そうな顔をしてこちらを窺っている。


「嘘付けや、戦っとる時笑っとったくせによ~言うわ。」


呆れたようにため息を吐きながら言うと、冴子はまた鈴を転がしたような声でクスクスと笑い始めた。


「一人で足りひんもんがあるんやったら二人で補えばえぇ、つらい事があっても二人で背負えば多少は軽くなる、一人で歩かれへん道でも二人やったら歩けるやろ?支えあえばえぇ。人は全て背負って生きれるほど強いもんやない、少しは他人を頼れお前は一人で抱えこみすぎる節があるからの、恋人でありパートナー、そんな関係で行こや。」


「なんだ?新手のプロポーズのつもりか?しかしそうだな……、それがいいのかもしれないな。」


そこで彼女は頭を撫でるのを止めて天井を見上げて長く息を吐いた。頬に当てられた手にそっと指を絡ませるとそれに応えるように冴子も指を絡ませてくる。


「まぁ、改めてよろしく頼むわ。」


「あぁ、こちらこそよろしく頼む。」


そう言って二人は絡ませあっていた指を解き手を合わせて優しく握りしめあった。



[19019] 10話 new
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:e8dddc2b
Date: 2010/10/17 16:16

秀治が今現在いるのは自宅の客間、そこは高級な装飾品が飾られどこか気品というものを感じさせる内装であった。そんな部屋では秀治を含め3人おり、兄の浩一と彼女と無事になってくれた冴子が初の顔見せをしていた。


「初めまして、毒島冴子と申します。」


どこか少し昔の淑女を思わせるような服装をした彼女が机を挟んで正面に座っている浩一に頭を下げて自己紹介をする。その服装を決めるのにまた一悶着あったのだがそれは今は別に関係は無い。ただ秀治が苦労しただけの話だ。


ちなみにこの服の元の持ち主は美雲さんだ。和服以外にまともといえる服をほとんど持っていないことを知ってしまった秀治が軽く絶望してしまったのもまた別の話だ。ちなみに持っていたとしてもそれは全てこの服を同じように美雲さんのお古だったりしている。


「こちらこそ初めまして、私が秀治の兄の浩一と申します。秀治からよく話を聞かせてもらっていますよ毒島さん。家の愚弟と仲良くしてくださっているようで……、本当に有難うございます。」


それに対して浩一は頭を机に付かんばかりにまで下げて自分よりも10も年が下である少女に礼をいった。


「そっ、そんな頭を上げてください、私も彼にお世話になっている面もありますので……、あと私のことは冴子と呼んで下さいませんか?」


それに慌てたのは冴子である。まさかいきなり頭を下げられて礼を言われるとは思っていもいなかったので、対処に困ったように手を顔の前で2、3度ふり別に大したことではないと言って頭を上げてくれるように促す。


「そうですか、ありがとうございます。では冴子さんと……、それにしても秀治、突然この家に冴子さんが来ると聞いた時は驚きましたよ、せめて一日前あたりにそう言う事は私に伝えておきなさい。おかげで慌てて準備しなければならなかったじゃないですか。」


そう言われ浩一は頭を上げ優雅に今しがた淹れたばかりなのか湯気がたっているコーヒーをゆっくりと飲んでいく、あまり兄と距離が離れていないせいか漂ってきたコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。それにしてもこの香りは確か兄が大事にとっていた高級な豆ではなかろうか?


こう見えて浩一はコーヒーを愛飲する。特に「72時間働けますか?」をやっている最中はとても良く飲む、そして終わりに近づくにつれ機嫌も悪くなっていく。寝てないから当たり前だ、どうも期末や中間試験の時にそれをするらしい。


酒は全く飲まない代わりにコーヒーをとても良く飲むようになった兄だが、だんだんと味や香りも楽しむようになって以来インスタントでは満足できないようになってきたのか豆を買ってくるようになった。兄の数少ない嗜好品の一つである。


確かこの香りはその中でも最高級の物ではなかっただろうか?未だにブラックで飲めない自分には詳しく分らないがそうだったはずだ。いつもの嗅ぎなれた香りとはまた少し違う。そう、この香りは「72時間働けますか?」を始める時と終わった時に兄が飲むコーヒーの香りだったはずだ。ちなみに秀治自身は香りだけで違いが分る程度になるまでに調教されていることを知らない。


「いや~、決まったの連絡する直前やったからそれは無理やで、ところでワイにもそのコーヒー飲ませてくれへん――」


「駄目です。それよりも何用ですか?貴方のことですからただ顔見せに来ただけではないでしょう」


最後まで聞くこともなく満面の笑みで切り捨ててきた、間違いないこれ兄の秘蔵の一品だ。それにしてもお気に入りのコーヒーに角砂糖3個入れられて飲まれるのがそこまで気に入らないのだろうか?この前それを言ったら「当たり前です。せめてミルク一個だけで我慢しなさい。コーヒーの良さが分らない貴方にこれはもったいなさすぎます。もう少し味覚が大人になれば同好の士になれるのですがねぇ……」と返ってきた、……悪かったな味覚が子供で。


「ん~、まぁ、そうやな。手合わせ終わった後に高校どこ行くかの話になっての、聞いてみたらワイと同じ藤美学園って言うもんやから、そこで教師やってる兄さんにどんな学校か聞いてみようかおもて。」


そう言って自分の目の前にある良く冷えたダカラを入れたグラスを手に取りそれを一気に飲み干す。


「へぇ、うちにですか。そうですね……、あそこは全寮制、生徒は全員寄宿舎に入れられます。それは知っていますね?」


「はい、設備も一人につきワンルーム与えられ風呂、トイレ、台所等の設備が整っていると聞きます。」


ここ近辺で見て唯一MARCHに匹敵するクラスのレベルを誇る地元の有名校、それが私立藤美学園、毎年結構な数の生徒が東大合格を果たし2~3人はアメリカのハーバードでさえ合格できる優秀な生徒を多く抱えるこの学校、昔浩一が一郎に人脈作りに入れられたのもここに理由がある。


「えぇ、その通り、他を言うなら学園外に出るには必ず許可が必要ということ、門限が定められていること、春、夏、冬の休み以外家には帰れないこと、ぐらいですかねぇ……。勿論お泊りも禁止ですよ。」


「なんやえらい締め付けが厳しい所やねんなぁ……、聞いてるだけで息が詰まりそうやわ。」


「いえ、そうでもありません、就寝時間は決められていませんので夜更かしなども出来ますし、教師である私が言っては問題ですが……、授業中に寝るよりサボる方が問題視されないんですよ。」


「それは……何故ですか?」


「所詮学校といえど客商売と言うことですよ、まぁお客様サービスと言ったものです簡単に言えば。授業の妨害は他のお客様のご迷惑となるので許されませんが、邪魔しない限り問題では無い、つまりはそういうことです。」


小首を傾げて冴子が問いかけると浩一はその顔の微かな自嘲の笑みを浮かべてそう言った。


「教師も色々と大変やねんなぁ……」


つまみとして出された煎餅をバリバリと食べながら感慨深そうにそう言ってジュースを飲む、うん、やはりこの組み合わせは無いと思う、煎餅の醤油味でダカラの味が大変なことになっている。冴子にはケーキを出している分これは兄の急に予定を詰め込んだことに対するささやかな嫌がらせだろう。


「えぇ、大変ですよ。手のかかる同僚もいますし……、まぁ、それはともかく、冴子さんやはり貴方はスポーツ推薦枠ですか?秀治は議員推薦で行かせるつもりなんですが……。」


「いえ、一般受験で行こうかと……」


「ふむ、そうですか……、なら勉学で解らない所や苦手な所があれば聞きに来なさい。解りやすく教えて差し上げましょう。秀治に教えてもらうというのも手ですよ、こう見えて全国模試等ではトップクラスの成績を保持していますから……英語以外」


秀治がなぜあれだけ暴れて退学になっていない理由はここにあった、成績を見れば学校最高、金の卵を手放したくなかったのだ。バックにいる紫藤一郎の存在もあったが、ソレは学校がそう思っているだけである。一郎自身は自分の立場を揺るがしかねない事でない限り動かない、冷え切った親子関係であることを知られていないからこその勘違いであった。


「流石にそこまでして頂くわけには……」


「構いませんよ?ただ私からも一つお願い事が有りますが……」


「お願い事ですか……、私に出来ることであれば引き受けますが……」


「そう難しいことではありませんよ、ただこれからも私の愚弟をお願いします決して見捨ててやらないでください。それだけです。ところで貴方の苦手な科目はどれですか?物理、化学以外の科目の高校で習う範囲のことなら教えてあげられますよ。」


「そういうことなら喜んで承ります、苦手な科目ですか……、それなら英語をお願いできますか?何分異国の言葉ですので勝手がきかず……。」


恥ずかしそうに伏し目がちにそう頼み込んでくる、秀治は嫌な予感がしたがここから離れるわけにもいかない、兄には弱みを握られすぎているここで逃げようものなら惜しげなく冴子に色々と暴露してしまうだろう。例えば何時まで兄と一緒に寝ていたのか等


「英語ですか、秀治と同じですね……なら調度良い機会ですのでうけてみますか?私の講義を、秀治を教えるために買ったホワイトボードも有りますので。秀治準備して来なさい、貴方も参加するのですよ。なお教材は冴子さんと共同で使うこと。」


「……、あ~い」


嫌な予感が当たった、結構久しぶりだが仕方ないだろう……、今回は冴子がいるからそう厳しくは指導されないはずだ……多分。そう思いながら席を立っていつも通り準備しに行く。また面倒なことになったものだ。






昼に来たはずなのに冴子が家帰ったのは7時を過ぎていた、……張り切りすぎだよ兄さん。冴子の奴ちょっと表情が虚ろになってたぞ。誰が基礎からミッチリコースなんて頼んだんだよ、あぁ冴子だったか……ご愁傷様だな。





未来、何度かこの講義がまた行われることになるのを二人は知る由も無かった



[19019] 外伝 題するなら未来編?
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:e8dddc2b
Date: 2010/10/17 16:17
外伝1
小室の奴が自著伝?らしきものを書いているらしいので真似して私も書いてみることにした。あいつが昔の事を書くと言うのならば私は近頃の出来事でも書くこととしよう。


先ずは自己紹介からいこう。私の名前は毒島秀治、ここのコミュニティのトップである紫藤浩一の弟だ。名前が違う?婿入りしたんだよ、そこらへんは察せ。
私と妻は毒島の剣術を生き残った人達に伝える為に道場を開いている、中々に盛況ではある、まぁ、白兵戦での2トップが教えるのだから当然といえよう、もっぱら教えているのは妻のほうだが……。


サボらずに働け?失敬な、高校生の頃(そ~いやコレ歴史用語に認定されたんだったか)と違って毎日サボらずに働いているぞ、奴等を狩って安全生活圏を拡大するのに奔走する毎日だ。


たまに妻に代われと言われるので代わってはいる、やはり暴れたいのか……、いい年して■■■■■、(ここから墨で塗りつぶされて読めない、下に“減額決定”と達筆で書かれている)




…………、この本出しっぱなしにしてたらいつの間にか妻に読まれていたらしい、先程台所で「君が人の事を言えるなんて驚きだな」と凄い笑顔で微笑まれてしまった……、どうしよう小遣いの額が、額がぁ……。


頭抱えてたらいつも尻にしかれてるねと息子に笑われた、何処で覚えたそんな言葉。とりあえず後でぜって~手合わせで扱いてやるぞあのクソガキめ。……でも妻にチクられたらどうしようか?


話が盛大に逸れてしまっていたようだ、元に戻すとしよう。


あれから、奴等に平和だった世界を壊されて既に10年近く経った、奴等はそれまであった常識も良識も何もかも全て壊して行った、生き残ったのはほとんどが機転と運のいい人がほとんどだ。


昔と違ってここには喚き散らすだけで自分は動かない人はいない、状況がそれを許さず自然と消えて行った、誰も彼もが自分の利用価値を他者に示さねば生きてなどいけない、そんな世界。それでも犯罪は無くならない、ここのコミュニティは私達と兄が居るからまだ治安は高い方だ。


この世界では女性はとても優遇されている、まぁ、人類自体が絶滅危惧種になってるので仕方ないことだ、種の保存を優先するには女性を大切にすることは何よりだからな。女何人も囲っている奴もいる、世も末だな。この場合仕方ないのやもしれんが。


奴等の出た原因が何かなんてまだ誰も知らないし解らない、調べても何も出てこなかったのだ。おそらくコレからもそうなのだろう。あぁ、やってられない。


このコミュニティの頭脳である高城も「いつか私が解明してみせるわ、なぜなら私は天才だからよ。」とみたいなことを言って意気込んではいたが、どうなることやら……。

高城沙耶の名は今では知らない者はいない程の奴等の研究に関しての権威になってるから重圧も半端が無いのだろう、

なぜかって?アイツが提唱し、人体実験をして実証した「Zウイルス保存法」は人類にとっての希望になったからそうなるのも当然だ。

詳しく言えば

奴等が火達磨になった時にやたらと早く倒れることに眼を付けた彼女は奴等を奴等たらしめているモノは高熱に弱いのでは無いかと推測した、


加熱で殺人病の元を殺せるのであれば……と思いついた彼女はある一つの実験をする。肉に奴等の血を塗りたくりその肉に感染させる、感染している奴等は腐らないことは知っての通りだ。


今コレを読んでいる君達も安全区域の外でアーウー言って徘徊している奴等を見た事があるだろう?
あれは10年前からあのままの姿だ、腐るのは着ている服ぐらいのモノ、おかげで子供の教育に悪い、裸のままでうろつかないで欲しいものだ。

君達が男であるなら解るだろう?もし、もしだ、とてもスタイルの良い女性の奴等が安全圏の直ぐ向こうに居たとしてだ、ソイツの着ている服がすでに申し訳程度でだ、その……なんだ、あれだ……うん察してくれ。


まぁ、腐らないんだよ奴等は、つまりそれに感染したものも腐ることがないと彼女は考えたわけだ。実際そうだった、血を塗りたくった肉は腐ることが無かった。


そこで先程書いた加熱で何とかなるかも知れないに繋がる、彼女はその肉を焼き、説明した上でそれを食わせた、実験体はいまや兄さんの側近である山仲だ。

どうも山仲は高校時代の頃に兄に足を挫いたところを助けてもらって以来、兄に忠誠を誓ったらしい、それを食うときも「紫藤先生が信じているなら大丈夫です。」と言ってそれを食った。


あれにはその場にいた全員が唖然としたものだ、そして山仲は奴等にならなかった。まぁ、実験は成功したんだな。それ以降兄は彼を重用するようになったと。うむ懐かしい話だ。


これにより人類は腐ることのなく、鮮度を保った食料を保持することができた。この時代に腐らない食料の存在はとても価値のあるものだ。もちろん、初めは口にする人はほとんど居なかった。


当然だ、そんな危なそうな食料を食べる奴なんかいない。よって我々がその見本となる為にそれを食べてソレの安全を証明することもあった。感謝しろよ後達共今お前等が食ってるものは私達が身を削って作り出したのだからな。



うむ、ここ最近で起こった一番大きな出来事だな、といっても2,3年ほど前の話だが。そろそろ夕食のようだ、息子が私を呼びに来たので行くとしよう。さて、次は何の出来事について書こうか?



[19019] 外伝その2
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:e8dddc2b
Date: 2010/10/17 16:18
外伝2

小室君も夫も何やら日誌のようなものを書き始めた、後世に何かを残したいとは感心なことだ、私もその便乗させてもらうことにする。


私の名前は毒島冴子、この本の持ち主の毒島秀治の妻だ、どうやら彼は現状についての事を書いているようなのでそれの手助けをする為に筆を執ったというところだな。


前のページでも言ってあったように、平和な時代が消えうせてしまってからもはや10年の歳月が流れている……、思い返してみれば存外時の流れと言うのは早いものだと実感できるものだ。


世界中で奴等が発生してから十年、人類は必死に戦い生き延びてきた……、私は住んでいた国が日本で良かったと心から思う。日本の四季が人の味方になってくれているのだから、案外八百万の神というのは実在するのやもしれん。


春夏秋冬、これら全てが奴等を防ぐ盾となって我等を守ってくれている。どういうことか解るか?


春には生命の芽吹きが、夏は虫の声が、秋にはソレに加え豊穣の恵みが、冬こそ辛いものがあるが山に入り込んだ奴等を殺すには丁度良いものがある。


台風といえどあれはあれで良い飲み水を補給するのに一役買っている。つまりはほとんど無駄なモノが無いのだ。不味いモノは地震くらいのものだろう。


ところで奴等が現れて以来問題となってしまった事は何か知っているかな?これはほとんどの人が見落としていた問題であったものだ。犠牲者が出て初めてその事に気がついた。私も秀治もソレと戦りあったことはある。


それは犬の野犬化であり野生動物の繁殖だ。初めて野犬化した犬に襲われた時はソレへの対応は厳しい物があった、その時の私達は対奴等の剣術に慣れすぎてしまっており感を取り戻すのに些か苦労したものだ。


結局あの時は夫が刀を捨ててショットガンを撃ち撃退したが、その後で思ったものだ。奴等を相手にしすぎてしまい腕が鈍っていると……、そこからは夫と手合わせをして鈍った腕を鍛えなおし今の毒島流剣術というものがある。


もし今読んでいる君が剣客なのであれば、長き間奴等のみを相手どるのはぬるま湯に浸かっているのとほぼ同じモノだと頭に刻み付けて置いたほうが良い、もはや我々生者の敵は奴等だけにあらず、飢えた獣もそれに加わるのだから。


別に奴等の相手が役に立たないと言っているのではないので勘違いはしないでくれ、あれはあれで実戦経験を積むのに最適な相手であることは間違いは無い。だがそれだけ相手をしていては駄目だと言っているだけだ。


野犬の相手をする時は気をつけることだ、たかが犬とは思っていると死ぬぞ。アレは動きが速い、噛まれれば奴等になることはないものの狂犬病にかかる恐れはある、そして何より群れてくる。本当に厄介なものだ。


ここまで言えば何故、山への立ち入りに許可がいるのか解るな?あそこでは奴等の相手は勿論のこと、毒虫、蛇、先程言っていた野犬の群れ、ひどい時はどこから流れてきたのか猪と出くわすこともある。


この間夫が手傷を負いながらもソレを引きずってきたのには驚いたものだ、何時もは鹿や兎を狩ってくるというのにな。犬を引きずってくるときもある、今では野犬でさえ立派なタンパク源となるのだからため息をつきたくなる。


食料の話をすれば今は食料よりも調味料の方がかなり貴重なモノとなっている。まだここでも塩は何とかなるが砂糖などの他のモノとなると流石に入手が困難になってきてしまう。


流れの行商から手に入れるにしても高い、家計を預かっている者から言わせてもらえば高すぎる。中世ヨーロッパの胡椒も真っ青にできるほどだ……これは少し言いすぎたかな?


まぁ、確かに命がけで嗜好品などを売りまわっている彼等からすればその程度の値段は当たり前なのだろうが……、それにしてもと思わざる終えない。


入手するために生産地に行くだけの燃料費(この国では石油がでないためガソリンはとても高価なものとなっている)やその他諸々を考えれば確かに妥当と言えるのだが。


砂糖などの甘いモノと言えば二日前夫が山に入って蜂の巣を持ち帰ってきた。何でも、奴等が集まっている木があるから何かと思えば蜂の巣がありその音に釣られて奴等が集まっていたようだ。


発煙筒で燻して蜂を無力化したあと奴等も殺してとってきたらしい。刺されなくて良かったなと思う。子供達は流石に蜂の子を食べるのは無理だったらしく、巣から搾り取った蜂蜜を舐めて喜んでいた、やはり子供は甘いものが好きなのだな。


夏は夫でも滅多に山に入ることはない。夏のあそこは死地となっているからだ、蝉の声に釣られて毎年大量の奴等が山を登り始める。その間町の方が手薄になるので夏は領地拡大に努めている。


蝉の声で奴等の音源探知も利かなくなるがそれは我々も同じこと、大量の奴等がどこから現れるか解らないなかで聴覚が利かなくなるというのは危険すぎるというものだ。


夫は一度それで奴等に囲まれて死にかけたらしい、木に登って他の木に飛び移りその場を離れて危機を脱したらしいがそれ以来夏にはほとんど入らなくなった。うむ良い事だ。


今、思いつくのはこれくらいか……、何かまたいい話題があれば書くとしよう。今コレを読んでいる君、精進を怠らないことだ。研がぬ刃はすぐに鈍ってしまうからな。




[19019] 原作編 1話目    不意打ち上等で原作突入!!
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/07/14 21:44



「まだ5限目終わってへんのにお前がここに来るなんて珍しいやんけ。何かあったんか?」


剣道着姿の秀治が部室の壁にもたれて座り電子辞書を弄りながら今部室に入ってきた者に声をかける。隣に彼の木刀が2本立てかけられている所を見ると稽古をした後だろうか?


「・・・、いや私も偶には息抜きをしたいと思って来ただけだよ。君がいるとは思っていなかったよ。
教室からバッグごと消えていたから寄宿舎に帰ったかまた屋上でサボっているのかと思っていたが・・・精が出るな。」


そう声をかけられた者、毒島冴子は関心したように言って感嘆の息をもらしながら秀治の肩に頭を預ける。やはり稽古後なのだろうから彼の肩から感じる体温が高い。少し息も切らしているようだ。


「部室で二人っきりつ~か、静かな場所で二人になるなんて久しぶりやな、ちょうど休憩挟んでテレビでも見よかと思とった所やねん、一緒に見よ~ぜ?」


そう言って自分と冴子ともちょうど真ん中に電子辞書を移動させる。


「まだ平日の昼間だぞ?大した番組はやってない気がするが・・・、まぁいいだろう本当に久しぶりだからな二人きりというのは、君の意向に従おうじゃないか。」


そう言ってチャンネルを回し始めるが・・・・・・


「全て臨時ニュースだと?どうなってる?」


「何やでかいことがあったんかね?」


そう言って二人して大人しく流れているニュースを聞き続けるが、そのあまりと言えばあんまりな内容に二人とも表情が険しくなっていく。


「暴動?日本全国で?それも被害者が急増中だと?秀治これをどう思う?どの局も同じことを言っているみたいだが・・・。」


冴子はチャンネルを回して他に情報は無いのかと探し続けるながら秀治の意見を聞く


「すごく・・・不自然です・・・。じゃなくて、待て、こういう時はネットが早い。」


咄嗟にネタで返してしまい、冴子が「は?」と言って手を止めてこちらを怪訝そうな顔をして見たので慌てて持参した小さなショルダーバッグからiPhonを取り出してインターネットに接続する。


「どうやって調べるつもりだ?見たところ情報が抑えられているらしいが。」


「人の口には戸は立てられへんってなぁ、2ちゃんやったら何か情報の一つでも転がってるやろ。」


「あ~、あの偶に犯行予告ののるあれか・・・。」


呆れたようにこちらを見てそう言う、目が本当に調べられるのか?と如実に語っていた。


「まぁ、見てみっ!!と・・・、なんやこれ?」


「「ゾンビ?」」


二人揃ってズラリと並んでいるゾンビという単語に首を傾げる。


「かっし~な・・・、間違って知らんうちにオカルト板にでも踏み込んでも~たか?」


はて?と首を傾げながら一番伸びていたスレッドを取り合えず開き目を通していく、横で冴子がやっぱりといった目でこちらを見ている。


「死体が歩いて人を喰らう?<<奴等>>が外にうじゃうじゃいて外に出られない?何の話だ?」


「所詮暇人の戯れ言だろう?ニュースでは暴動と言っているが流石にゾンビは無いだろう。」


「・・・・・・、いや、あながち嘘でもないやもしれん、これ見てみ。」


鼻で笑うように冴子はそう言い放ったが、秀治は張られていたリンク先にあった動画を見ると顔をしかめて冴子にiPhonを手渡す。


「・・・・・・、なんだ?これは、これこそ映画か何かだろう。そんなに気にすることでもあるまい。」


手渡されたモノを見た冴子も顔をしかめてそれを突返す。その画面には血で赤く染まった子供の腹に顔を突っ込んで喰らうように動かしている片腕が千切れ、背中から臓物が見える男を上から撮った画像だった。


「・・・・・・、まぁ確かにな、外でこんなんが起こってんねんやったらここが無事ってのもおかし・・ぃ」


その言葉を遮るように備え付けられている校内放送のスピーカーからガガッっと音が鳴り響く


『全校生徒・職員に通達します!!全校生徒・職員に通達します!!現在校内で暴力事件が発生中です、生徒は職員の誘導に従って直ちに避難してください!!繰り返します現在校内で暴力事件が発生中で・・・』


ブッ!!


キィィィ・・・ン


ガキン・・・!!


『ギャアアアアアアッ!!あっ!!助けてくれっ止めてくれ!!たすけっ、ひぃっ!!痛い痛い痛い痛い!!助けてっ!!死ぬ!!ぐわぁぁぁあ!!』


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


沈黙がその場を支配する、遠くから悲鳴が聞こえるのは今の放送を聴いた生徒、職員全員がパニックになっているからだろう。そして二人同時に顔を見合わせて喰らいつくように再びiPhonの画面を見る。


画面の中では先ほどハラワタを喰われていた子供と喰らっていた男が次はお前だとでも言うようにこちらを見上げていた。そこで動画がブツリと切れて終わる。
ネット接続を終了して元の待ちうけ画面に戻して再度彼女と顔を見合わせる。


「どうやらマジやもしれんなぁ・・・。」


「ここまでタイミングがいいとドッキリという看板を探してしまいそうだよ・・・。」


お互いに引き攣った笑みを顔に張り付かせて現実逃避するように話し合う。


そんな彼らを現実に引き戻したのは無機質な電話の着信音だった。


思いもよらない所からの音に二人の肩がビクッと跳ねる。恐る恐る画面を覗いてみるとコー兄と電話をかけて来た者の名前が表示されていた。
二人して力なく笑いあってから電話にでる。


「おっす、どしたんコー兄。」


「どうしたもこうしたもありませんよ。さっきの放送聞いていましたか?まだ無事なんですよね?どこにいるんです。」


矢継ぎ早に質問が飛んでくる、兄なりに少し取り乱しているらしい。


「そんなに一編に言うなって、聞いとったよ。ワイ等は無事や、場所は剣道部の部室、冴子はんと一緒におるよ。」


「・・・・・・、何か如何わしいことでもいていたのではないでしょうね?」


「まさか、二十になるまではんなことせんよ。その場の空気に呑まれたらその限りでもないやろうけどな。それより外で可笑しなことが起こってるみたいや、気ぃつけたほうがええぞ・・・。」


大げさに肩をすくめてため息を吐きながら言った後声のトーンを下げて真剣な声で言う。


「・・・・・・、その様子だと何があったか知ってるみたいですね、で一体何があったんです?」


電話越しの声からもふざけていた調子が消えて真剣味を帯びる。


「信じられへん話やけどネットでは死体が動き回って人を襲ってるっちゅう話が飛びかっとるよ。テレビは情報統制されて暴動って言われてるけどな。」


「・・・・・・、秀治ふざけている場合ではありませんよ?あなたの頭はいつの間にかそこまで悪くなっていたとは、気がつきませんでした・・・。」


少し間をおいてから心底呆れたという声がiPhonから聞こえてきた。馬鹿にしたような響きが多分に含まれている。


「とりあえずマジや、様子がおかしい奴には寄らん方がええ、多分そいつ死んでるから。後、取っ組み合いはすんなよ、
噛まれたり引っかかれたりしたら終わりやもせんからな。それと万一戦うんやったら頭潰すか首の骨折ることや。」


疑われても仕方の無い内容だがあまりの言い草に少しだけ腹が立って少し早口で言いたいことを言い切ってしまう。


「・・・・・・、疑って悪かったですね秀治、どうやら本当のことみたいですよ、今部室にいるんですよね?なら私の分の木刀を持ってきてもらいたいのですが・・・。」


先ほどまであった声の余裕が消えている


「・・・・・・、何かあったんか?」


「窓の外を見れば誰だってわかりますよ。後ろから踏み潰されるかもしれないので教室に待機していて正解でした。
・・・まるでB級のホラー映画を見ている気分ですよ。」


電話越しの声は吐き捨てるようにそういい捨てた。


「わかった、コー兄の分の木刀も持ってたらええねんな?ワイの予備でもええか?つ~かコー兄って木刀使えたっけ?」


「止めを刺すのに要るんですよ。「紫藤先生早く逃げましょうよ!!」わかっています!!もう少しだけ黙っていてください。
・・・とすいませんね話が途切れました。職員室で集合しましょう。車のキーもそこにありますから。」


おそらくは生徒の声だろう。どうやらパニックになる前に押し止めたらしい。


「職員室やな?わかった今からそこに向かうわ、死ぬんやないで?」


「えぇ、そちらこそ私より先に死なないように・・・、あっ!!ちょっと待ってください!!」


「・・・・・・なんや?」


せっかく映画のように格好良く締めれると思ったのをぶち壊されて多少不機嫌そうに返す。言外に空気読めといっているのがわかるだろうか?


「あ~・・・、そのですね、できればまだ保健室で逃げそびれてる筈の鞠川先生を拾って欲しいんですよ。
手間もかかれば危険なのもわかっていますが・・・、お願いしていいですか?」


兄の声の後ろから生徒達の絶叫が聞こえる。それもそうだろう今自分も意外すぎて叫びそうになってしまった。


「別にえぇけど・・・、そっか、コー兄にもついに春が来てたんか・・・。にしてもコー兄が巨乳好きだとはおもってなかったわ。うん一本とられたわ。」


「別にそういう訳ではありませんよ。あなたとはまた違う意味で放っておけない人種なんですよ。それに彼女の親友から面倒を頼むと頼まれていますから。」


「はいはい、そういうことにしとくわ。じゃ、また職員室で。」


「ちょっと、ま!!」


何かを言いかけているが最後まで聞かずに強制的に電話を切る。



「いや~あの女には興味が無いと公言しとったコー兄についに春かぁ・・・、フッフッフ、弟めは応援しますぞぉ~・・・こっちがやられたんと同じぐらい。」


グフフと下卑た笑いを浮かべて自分がやられた数々のことを思い出して哂いながらiPhonをバックに入れる


「冴子!!はよ行くで!!まずは保健室に行ってから鞠川先生拾って職員室や。」


そう言ってニュースを見続けていた彼女に声をかけて竹刀を一緒に立てかけてあった自分の前使っていた白樫製の鍔つき木刀を腰に差して部室に戻る。


「職員室ではないのか?」


ニュースを聞いていてもこちらの話には耳を澄ませていたのか首を軽く傾げて問いかけてくる。


「兄さんが鞠川先生助けて欲しいんやと、くぅ~・・・コー兄に彼女よ出来よと願い続けて早3年、ついに芽が出たんか・・・、長かった!!実に長かった!!
もうこのまま魔法使いなるんちゃうか思って心配しとったんや。」


「あぁ~よかったよかった。」と口を動かしながらも勿論手は止めていない電子辞書もバッグに放りこみ置いてあった自分の今の愛刀である黒檀製の鍔付の大刀と小刀を手に取る。


冴子もすでに木刀袋を秀治のバッグに放りこんで木刀を試すように振っている。


「そうか・・・、あの浩一さんがか、君のお兄さんには世話になっているからな。そういう理由ならば嫌とは言わんよ。」


「ん!!じゃぁ行くか!!ゾンビか何か知らんがワイ等の前に敵はおらへん!!」


意気揚々とバッグを担いで部室から出て行く。両手には右に大刀、左に小刀を持っている。


「・・・・・・、この状況でよくそこまで余裕を持っていられるものだな・・・、なぁそれが君の長所だったか。」


やたらとハイテンションな秀治を見て呆れたようにため息を吐いてその後ろに付いていく冴子であった。








剣道着+袴

秀治が走れねぇといった理由で改造を施した一品、裾のたくしあげ無しで走れるようにしたもの。高2の時に父親にせびって買わせたオーダーメイドの特注品。





黒檀製の木刀(大刀・小刀)

推定重量は大刀が900g~1kg小刀が400~500g長さは1mと55センチ高1の頃冴子に完全に追い抜かれて自分の身体能力にさらに磨きをかけて習得した二刀流剣術
裏では血のにじむほど技量の上達に精を出している。
「刀一本でいつか絶対に勝つ!!」とは秀治の言
ちなみにお値段6万以上
「父は財布」とは浩一の言




iPhon

教師である兄に頼み込んで秘密裏に持ち込んだ物、今年のお年玉で買った。ただし成績が下がると没収される。



[19019] 2話目
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/07/17 00:11




二人とも無言で保健室を目指して走る。空いた窓から下の階からは絶えず悲鳴と怒号が聞こえてきている。この階にも錯乱して逃げ惑う者や下の階から逃げてきたのか血を流しながら床に座り込んで荒い息を吐いているもの。
この機に乗じて女を犯している輩もいたがそれは秀治が通り抜けざまに後頭部に一撃入れて気絶させていた。


現在地は教室棟の3階、そして保健室は一番危険と思われる一階に存在していた。下の階の声の様子から察するに確実にゾンビと思われるものがいるようだが、
3階にはまだ来ていないのか遭遇はしていない。


「・・・・・・酷いありさまだな。」


「まるで映画ん中に迷い込んだ気分やな。」


今まで走ってきた道の惨状を見て言葉少なに話を交わす。


「3階ですでにこれやと2階や1階はどうなってるか考えたくないなぁ。」


「それを言うな、気が滅入って「ストップ!!」!?」


もうすぐで階段という所で女の人影がフラフラとよろめく様にして出てくる。
しかしその姿はさっきまでの道にいた生徒とは明らかに違っていた。


破かれたのか申し訳程度にのこっている制服もそうであれば、元は緑であったスカートを赤黒く染めあげて本来腹であった部分から臓物が飛び出し腸を引きずるようにして歩いていたのだ。


それを見た下に降りようと階段に向かっていた人たちが悲鳴を上げて今来た道を走って逃げていく。
それを聞きつけたのかそれともエモノの気配を察したのか・・・、


ズル・・・ズル・・・


と石造りの床に紅色の線を描きながら、あたかも救いを求めるように腕を突き出し目から赤い血の涙を流してこちらへとゆっくりと歩いてくる。


「これが・・・!?」


「ゾンビ!?」


冴子の言葉を引き継ぐように秀治が叫ぶ。その言葉には隠しようの無い生理的嫌悪感が滲み出していた。
その間にも「ゾンビ」はゆっくりとだが着実にこちらへと足を進めてきている。


それを見た秀治は無言で冴子の前に出て二本の木刀を構える。


「何の真似だ?」


「いや~、こんな時に好きな女を前に立たせるほど男捨てた覚えはないで?ここはワイに任しとき。」


極めて明るくまるで犬の散歩をしてくるといっているが如くそれが当たり前かのように笑ってそう言い切る。


「下にはアレがひしめいているだろうに、どちらがやっても変わりないと思うが。」


「そのセリフ吐くんは心落ち着かせてからにせぃ。顔、軽くやけど引き攣ってんで。」


そう指摘された冴子はハッとして顔を手で抑える。


「・・・・・・君は大丈夫なのか?」


何が?とは言わない、それは分かりきっていることだ。それに「アレ」はもうすぐそこまで来ている。


「安心せぇ・・・、心押し殺すんと・・・、表情偽るんは紫藤家男子の18番や。」


そう言って遂に間合いに入ってきた「アレ」に襲い掛かるように上段から木刀を振り下ろした。


手に肉を叩き骨を砕く懐かしい感触が木刀越しに伝わってくる。頭を砕かれ脳髄を撒き散らし、目を飛び出させた「アレ」が糸の切れた人形のように地面へと倒れこむ。


ゾクゾクとした感覚が腕から背中、背中から全身へと駆け巡る。久々に味わった、いや味わえた感触に全身の細胞が沸き立つような感じがする。そう、昔の自分はこの感触に病みつきになり堕ちたのだ。


人型の、いや元は人であったモノを壊してしまっても後悔は無かった。「アレ」は「人」という自己暗示が思ったより効いているのだろうか?


血振りをして木刀に付いてしまった血を払い落とす。
そして少しだけ吊りあがった口端を元に戻してから背後にいる冴子に振り返る、そして彼女のすぐ後ろにいつの間にか立っていた人影を目に映すが早いか、


「あぶねぇ!!」


「なっ!!」


小刀を手放し彼女の手を取って自分の背後へと放り投げるように引きずり倒した。


「くっそ!?」


「秀治!?」


後ろにいたモノ、先ほど床に座り込んでいたゾンビとなってしまった少年に振ろうとしていた木刀を掴まれて止められる。右手に力を入れてそれを振り払おうとするが、信じられない程の力で抑えつけられていてビクともしない。


その事に驚愕して少しだけ隙ができた瞬間、左肩を掴まれて上から抑え込まれるようにして床に押し倒された。


「ぐっ!!おおぉぉおおおお!!」


掴まれた左肩が万力のような力で締め上げられて動かすことができない。
死ぬ、そのイメージが脳内を駆け巡った、気がつけば木刀から手を放し、すでに眼前にあった少年の顔を離そうとゾンビとなった少年の首を右手で掴み、
渾身の力を振り絞ってそれ以上の接近を拒むんでいたが・・・、
それは接近する速さを緩める程度の効果しかならなかった。力負けして徐々に顔と顔の距離が縮まっていく。
ガチガチと目の前でかち鳴らされる歯から濃密な死の気配が漂ってくる。


すでに顔からはいつもの余裕は消え去り、表情は怯えの色で染まっていた。


「兄さ「はああぁぁああああ!!」!?」


死を覚悟した瞬間に冴子の怒号が廊下に響き渡り顔スレスレの所を木刀が過ぎ去っていく。
それは目の前の少年の頭を砕き眼前にある顔を弾き飛ばした。飛び散った血が頬に多少付着する。


くたりと少年の体から力が抜けて左手から木刀が滑り落ちる。それを震える腕で何とか横に投げ飛ばし床に手をついて起き上がる。


心臓が恐怖で縮こまっていたのが息を吹き返したかのようにドッドッドと勢いよく脈を打ち鳴らし始める。今更ながら全身から冷や汗が滝のように噴出してくる。
全身の筋肉が震えが止まらない。


「た・・・、助かった・・・、すまんな冴子・・・、って何やっとるん?」


廊下の壁にもたれて乱れた息を整えながら礼を言うといつの間にか目の前に座り込んでいた彼女がペタペタと顔に触ってくる。


「どこも噛まれていないな?」


「あぁ、あと一秒遅かったら噛まれとったやろうけど、大丈夫や。ホンマに助かった、ありがとな。」


「いや、礼を言うのは私の方だ、私が後ろに注意を払っていればこんなことにはならなかった、目の前のことに気を取られて背後が疎かになるなど・・・、私の未熟のせいで君を失ったとなれば悔いても悔やみきれない。」


「こっちにも責任はあるやろ~よ。来た道におらんかったら安全と思い込んでもうて注意するようにも言ってなかったからな。
まっ、どっちもまだまだ未熟ってことや。オレらは恋人であって相棒でもあんねんから背中合わせてやってこ。」


「・・・・・・『お互いの辛いことは背負いあったらいい、楽しいことは分け合えばいい、一人で歩けないなら支えあって行けばいい』だったか。」


「そ~や、これからの教訓としてこのことを活かせばえぇ、まだどっちも生きてんねんからどうとでもなる。今回はワイがお前を助けてお前がワイを助けた。それだけの話や。そう悔いる話でもないやろ?
うっし!!足の震えも止まったしちゃっちゃと保健室行こ~ぜ。頼りにしてるで?相棒さんよ?」


「・・・・・・、そうだな、私も頼りにしているよパートナーさん。」


冴子の差し出した手をとって立ち上がり落ちている二本の木刀を拾い上げて腰に差す。


「さてこっから1階に降りて保健室直行や、アレがうようよしとるやろうけど・・・、覚悟はえぇか?足引っ張んなよ?」


「君こそな。」


お互いに軽口を叩きあい階段まで行って下を見れば、下からさらに4~5匹がこちらに上がってきていた。
秀治は首と指の骨を鳴らしてから腰から自分の木刀を引き抜き、冴子は体をグッと伸ばして緊張していた筋肉を解して準備を整える。


「それじゃあ。」     


「では・・・・、」


「「行こうか!!」」



そう言って二人は同時に階段を飛び降りて下へと向かっていった。

















作者後書き

永エンドになりかけた主人公、オリ主には常に付き纏う永エンドの恐ろしさ。
書いててゾンビの力を強くしすぎた気がする。まぁ実際こんなもんだろう。



永エンドとは


好きな子を庇って助けが間に合わず自分がゾンビに噛まれてしまい、自決する死に方、この後原作主人公による精神的な介護で寝取られエンドに繋がる最低の終わり方。



[19019] 3話目
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:084b6d0b
Date: 2010/07/23 22:04




「そろそろ保健室のはずやけど!!っとぉ」


「あぁ、こう多くてはキリが無いなっ!!」


行く道の先々でうろついているゾンビ共を蹴散らして保健室へと二人は向かっていた。


「そこの角曲がればって、多!?」

保健室の前ではかなりの数のゾンビがひしめいていた。中から男と女の声がするのを聞く限りまだ無事なのだろうと思っていた矢先、ゾンビにドアが破られて先頭にいた数匹が保健室へと入っていく。


「―――ッ!!やっば!?外はワイが抑える!!お前は中に入った奴を!!」


「わかった!!」


群れに飛び込んで二本の木刀を振るって奴らを吹き飛ばし保健室への道を切り開く。
二人が保健室の壊れた扉の前に辿り着いた瞬間、保健室から男のやるせなさを含んだ悲鳴が響き渡る。


冴子は部屋へと飛び込み秀治はそこで立ち止まり後続のゾンビを迎え撃つ。
近くにいるゾンビは残り8匹、部屋に入ったのは6~7匹だろうか?


「来いやぁ、死に損ない共がぁ!!全員纏めてあの世に送ったるわぁ!!」


まだ部屋に入ろうとしていた奴の首の骨を叩き折り、注意がこちらに向くように大声で怒鳴りつける。それが功を奏したのか、生気の無い顔がギョロリとこちらを向きうめきながらフラフラとこちらへと寄ってくる。


「ハッハァ!!」


あと7匹が纏まっている場所に自ら飛び込んで先頭に立っていたモノの頭を近寄るが早いか潰す、大刀では十分な威力が乗らない程近くに寄って来ていたモノには小刀による一撃を首に叩き込み骨を砕いて沈黙させる。バックステップと同時に木刀を切り払うように動かして3匹目の頭を横殴りに叩き砕く。


残りの4匹が飛び下がる前にいた場所に殺到するように倒れこむ、あと一秒遅ければまた組み付かれて命は無かっただろう。


予想以上のスリルに背筋がゾクゾクと粟立つが楽しい遊びもここまでのようだった。
後は起き上がろうともがいている奴らに止めを刺すだけなのだから。


「冴子~、そっちは上手いこといったか~?」


全てに止めを刺し終えた後、挨拶でもするかのような気軽さで保健室に入り中を確認する。失敗したなんていう可能性は考えてもいない。そしてそこで見たのは、


木刀を振りかぶって噛まれて血を吐いている少年に止めを刺した冴子の姿だった。


「介錯か・・・。覚悟は決めてやってんやろうけど、潰されんなよ?」


「潰されそうになったら君が支えてくれるだろう?なら私はどこまでも進んでいけるさ。」


気遣うように秀治がそう言うと冴子は血振りをして木刀に付いた血を振り落としながらそう返した。


「いくらでも支えたるよ、だから余り気に負うなよ?ん、じゃ鞠川先生も保護したことやし予定通り職員室にいこや。」


「あぁ、有り難う、それでは鞠川先生。準備はいいですか?」


「早くせんと奴らがまた来よるから準備も手早く頼みますわ、ワイ等二人やったら突破できても先生おったら突破できるかわからへんし。」


「ふぇ!?ちょ、ちょっと待って!!今薬を持てるだけ入れるから!!」


そう言ってワタワタと慌しく動いて薬のある棚から色々な薬を持ち出して彼女の救急バッグの中にいれた。


「んしょっと・・・、これでいいわ。ところでなんで職員室なの?」


「車のキィがあるから。」


「それもそうね、それじゃ行きましょうか。」


疑問も晴れたのか冴子の後ろに続いて保健室を出る。冴子と秀治はすでに保健室から出て廊下の様子を伺ってゾンビが来ないか警戒をしていた。
鞠川先生が来たことを確認してから元来た道を戻るようにして移動する。そうしたほうがゾンビに出くわさずに済むからだ。全て殲滅してきたから頭の潰れた死体だけは数多に転がってはいるが・・・


「君は・・・確か紫藤先生の弟さんの秀治君よね?一時期保健室に入り浸っては湿布根こそぎ持っていってたあの・・・。」


何で今その話を持ち出すのだろうか?冴子はそんな時もあったな、といった呆れを含んだ顔で遠い目をしている。あの時は連日連夜の筋トレで筋肉痛が酷かったのだからしかたないではないか。


「え、えぇそうですよ、その秀治です。っと、こっからはアレが出てくるんで気ぃつけてくださいよ?」


目の前にあるのは階段、つまりこれから行くのは降りるときに無視をして通った2階である。そこから職員室に行けばいいのだがこの階段からだとまだ遠いのだ。


かと言って1階を通ることはできない。3階も今はどうなっているかわからない、すでに浩一の一行が職員室に着いている可能性のある今は遠回りすることはできない。


携帯も今は何故か圏外と表示されている状態だ、やはりHardbankだったせいだろうか?こんなことならitumoにすればよかったと半ば後悔する。


「あれって、ゾンビのこと?」


「それ以外ないですやん。」


元から黒くてわかりにくいが所々血に濡れた木刀で肩をトントンと叩きながら階段を見上げてそう言う。


「冴子、教室からいきなり出てくる奴には注意しろよ?後バランス崩すのは頼んだ。」


「角を曲がるときもな、1階よりは少ないとは思うが、気を抜けば死ぬぞ?」


「わ~っとるよ、そいじゃ、行くで?」


そう言って2階に上がり1階よりは格段に少ない数しかいないことに安堵のため息を洩らす、これなら天井から降ってこないかぎりやられることはないだろう。
移動速度こそ鞠川先生に合わせて早足ほどの速さだが、何度も死線を走り抜けた1階よりは格段にましだ。


「秀治、いくぞ。」


「アイアイ。」


冴子が崩してその後ろから着いてきている秀治が殺す。ベルとコンベヤに近い流れ作業だ。


「秀治君や冴子さんほど強かったらさっきみたいに一人で相手取れるんじゃないの?」


その光景を見て少し不思議に思ったのか鞠川先生が前を行く二人にそう質問を投げかける。


「確かに一人でもやれんことはない、でもや、今より危険やからな、まぁ、この学園脱出するってのにこんな所で体力使うんも馬鹿らしいやろ?
それにあれにもし組み付かれたらワイやったら何とかなっても冴子はんや鞠川先生やったらまず命は無い。
頭のリミッター外れてんのか知らんけど、とんでもない力やからな。ワイが片手で押さえ込もうとして力負けしたからの。」


「先生秀治君がどれだけ力が強いのか知らないんだけど・・・。」


「ん?あぁ、そういやそやな、まぁ、ダンベル100キロクラスの人間が負ける程度の認識でえぇよ。」


話しているうちに職員棟に繋がる端の前のドアに着いた。冴子が身を屈めて橋の上の様子を覗っている。


「はぁ~、すごいのねぇ・・・。」


そう言って感心していた鞠川先生が床に敷いてあった足拭きマットに足を取られてその場でこける。それを見た冴子が呆れたようにため息を吐いて近づいていく。


「いたたたたた・・・、もぉ~なんなの~?」


「走るのに向かないファッションだからだ。」


それを言うが早いか鞠川先生の履いているロングスカートに手を伸ばし、それを縦に引き裂いた。鞠川先生の悲鳴と秀治の歓声がその場に響く。裂け目から見える生足が素晴らしい。
しかしいつまでも見ているとゾンビではなく自分に木刀が飛んできそうなので自重しておくことにする。


「あぁ~、これブランド物なのに~。」


「服か命か・・・どっちが大切だ?」


「うぅぅぅぅうぅ~・・・どっちも!!」


本当に兄と同じ27歳なのだろうか?余りにも子供っぽさが残っている人だと見ている目に多少の呆れが入る。
それでもこの状況でその台詞が飛び出してくるあたりかなり肝も据わってるのかもしれない。


なるほど、これはあの何かと世話焼きな兄が放っておけないと言うわけだ。目を放していたらどこへ行くかわからないから危なっかしいのだろう。そう思っていたら職員室の方向から何かの発砲音が聞こえてきた。
どうやらゾンビ以外に誰かがいるらしい。


「職員室か?」


「みたい・・・やな。」


橋にはどうやらゾンビの影は見当たらない、未だに座り込んでいる鞠川先生を助け起こして。その場に早足で向かっているとこんどは少女の悲鳴がその方向から聞こえてきた。


「冴子!!」


「わかっている!!」


二人同時に走り出してT字路に出ると反対側からも二人の男女が現れた。こちらを見るなり厳しい視線を投げかけてきた女子には見覚えが無いが男子の方には見覚えがあった。
よく授業をサボって屋上で寝ている奴だ・・・、確か小室孝といったか?


職員室を見れば銃?のようなモノを持った男子と迫りくるゾンビの頭に悲鳴を上げながらドリルを突き刺してそれ以上の接近を防いでいた。
しかしドリルの音が大きい、あれでは他のゾンビを呼び寄せるいい餌にしかならない。


その場にいる他の4匹がその音に誘われるかのごとくフラフラと歩み寄っていく。


「私達は右!!君たちは左を頼む!!」


「あいよ!!」


「わかったわ!!」


冴子はその場にいた者に号令を出して突撃する。それに続くように他の3人もそれぞれ言われた通りに左右へと分かれて手近なゾンビへと踊りかかった。


一番右を冴子が、その近くにいたモノを秀治が一瞬で近づき頭を潰す。


左ではモップを武器に女子生徒が素早く連激を入れてバランスを崩し止めにノドに一撃を入れて止めを刺している。その一連の淀みない動きに秀治、冴子共に感嘆の息をもらす。


一番奥、つまり一番女の子に近づいていたゾンビを金属バットを大上段に振りおろして頭蓋を砕き吹き飛ばした。


更にゾンビが来ないことを確認してようやくあたりに安堵の空気がながれた。


「よぅ!!生きとってんな小室、いつも通りに屋上でサボっとって喰われたと思っとったぞ?」


「サボろうとはしたんですけど、そのおかげでこの騒ぎにいち早く気づけてなんとか・・・、紫藤先輩もいつも通り授業サボって鍛錬ですか?」


こちらの軽口にアハハと苦笑いで返してから秀治の服装を見てそう言ってきた。


「ま~な、部室で鍛錬した後、一息ついとったらこの騒ぎや、ところで家の兄さんしらんか?生徒連れてこっちに向かってるはずやねんけど・・・。」


「紫藤先生ですか?すいません僕達も屋上から逃げてきたばかりなんで何も・・・。」


「そっか・・・、うん、すまんな、ありがと、あとどっちも紫藤やからワイのことは秀治でえぇよ?めんどいやろ?」


「知り合いか・・・?」


2年の後輩と仲が良さげに話し合っている秀治に冴子が首を傾げてそう言う。


「ん~?こないだお前こいつと会ったやろ?部室来んと屋上で木刀振ってるワイ捕まえに来た時に、そ~いやあん時おった今村と森田はど~した?・・・やっぱ喰われたか?」


「・・・・・・、はい、今村は知りませんけど森田は、奴らになってました。」


「・・・・・・、そっか、あいつも死んだか・・・、ところで奴らってのはこれのことか?」


そう言って木刀で転がっている死体の一つをつつく。

「え?、あぁ、奴らっていうのは死んでも動いている奴らのことです。ゲームじゃないんだからゾンビっていうのはどうかって永が・・・。」


そこまで言って顔を悲痛そうに歪めて押し黙る、今この場にいないことを見ればどうなったのかは大体予想はつく。


「・・・・・・、死んだか?」


「・・・・・・、はい。」


手が白くなるほど拳を握り緊めて顔を俯かせる。会話を聞いていたモップの子も顔を俯けている、仲がよかった奴だったのだろう。


「すまんな・・・、突っ込んだこと聞いてもうて。」


「いえ・・・。」


「ん!!この話はもう終わりにしよか、ところでさっきから話に入ろうとしてるこいつの事は知っとるな?お前らでいう奇跡の人、剣道部主将の毒島冴子はんや。ほらほらお前も自己紹介して。」


背中をぽんぽんと労わるように叩いて他の話へと促す。


「あっ・・・、2年B組の小室孝です。よろしくお願いします。」

そう言って孝は頭をペコリと下げて手を差し出した。冴子はその手を握って握手したまま


「先ほど勝手に紹介されてしまったが、3年A組の毒島冴子だ、よろしく頼む。」


と華やかな笑みを浮かべてそう言った。


「は・・・、はい、こ・・・、こちらこそ。」


「おぉ~・・・・・。」


藤美学園一の大和撫子と名高い日本美人の笑顔というのはそれだけでも十分凶器たりうる。
それを離れてみていた先ほど銃を撃っていた男子も見とれているというのに至近でそれを見てしまった孝の衝撃はいかほどのものであろうか?先ほどまで暗かった顔が一変して赤くなり目を泳がせている。


これを入学以来何度も繰り返してしまった故に付き合っている男がいるにも関わらず告白者が続出し、ファンクラブが設立されたのは秀治の苦い思い出である。
なにせこのファンクラブの掲げる命題が「冴子さんには優しく、憎き紫藤には死あるのみ」なのだ。


かなり迷惑だったのはいうまでもない。大半が男子剣道部員で稽古の最中に本気でノドに突きを入れられそうになった経験は数知れなかった。


「私、槍術部の宮本麗っていいます!!全国大会2連覇の毒島先輩と紫藤先輩ですよね!?」


いきなり大声を上げて慌ててその間に入っていったのはモップの子だった。その子と入れ替わるように開放された孝がフラフラとこちらに歩み寄ってくる。


「前に秀治先輩が言ってたこと・・・、本当だったんですね。」


「な?そうやろ?あいつはド天然の男殺しやねん・・・、惚れんなよ?お前にゃあの娘がおるやろ?」


冴子がこちらを向いていない隙に釘を刺しておくことは忘れない、孝の両肩をグッと力を入れて掴み声のトーンを低くして言う。
そうしているうちに今度は銃を持った男子、平野耕太を落としかけている。


これで本人が無自覚というのは笑える話だ、高校に来て友達100人の代わりに恋敵100人できたのは全国でも自分だけだろう・・・非常に認めたくはないが。


「何よ・・・、みんなデレデレしちゃって・・・。」


ゆらりと先ほど悲鳴を上げていた女の子が立ち上がりながらおどろおどろしい声でそう呟いた。
そうだと声高に同意したい、この状況で新たな恋敵の出現は勘弁だ。まさか誰もつきあった女がニコポナデポスキルを持ち合わせていたなど思いもしないだろう。


「おい、何言ってるんだよ高城。」


それを聞いた孝が自分の幼馴染の一人である高城を宥めるが、


「うるさいわね!!私は天才なのよ!!その気になれば誰にも負けないんだから!!。」


と水に油を注いだかのようにヒステリックに叫び始めた、そうでもしないと自分を保てないとでもいうように。


「それは頼もしい、ですができるなら声はもう少し小さめでお願いします屍人たちが寄ってきかねませんから。」


突然上の階からそんな彼女を諌めるようにそんな言葉が降ってきた。


「誰かいるのか!?」


高城の近くに行っていた孝が上階にそう声をかける、が秀治はその声の持ち主のことをとても良く知っていた。よく聞き馴染みのある声だったからだ。


「小室君、君はもう二年生なんだから私の声ぐらい覚えておきなさい。やぁ、秀治、それに冴子さん無事だったようですね。ご苦労様でした。それに鞠川先生も無事でなにより。」


そう言って上から足音を立てずに下りてきたのはスーツとネクタイを外し、所々に血の付いたカッターシャツを着た紫藤浩一その人だった。










あとがき


これから更新はさらに遅くなる。これから一ヶ月はないものと思ってもらってもかまわない。
それはそうと自分で一話から見直したけど文章がひどいな・・・、これはプラウザバックが多そうだ。






[19019] 4話目
Name: カニ侍◆e02dd557 ID:8eab1a02
Date: 2010/08/17 23:00






「はい、それをそっちに運んで、そうそう・・・、あとはこれをこうしてっ!!と、皆さんお疲れ様でした、バリケードはこのぐらいでいいでしょう、さぁ休憩にしましょう。」


紫藤浩一の監修の下で男子たちがバリケード作りに駆り出されソレがついに完成する。それに対して女子たちはそれをみていた者、
ショックを受けているのか呆然と座り込む者、浩一の依頼で男子たちの為に水を用意している者等様々だ


「ふ~、全く、人使いの荒い兄さんだことで・・・、と、ありがと。」


差し出された水が並々と注がれた紙コップと受け取り軽く手を上げて礼を言う、コップを渡した女子は「どういたしまして」と微笑み次の人へと水を渡しに行った。
それを一気に飲み干してゴミ箱へと投げ込むが空気抵抗が思いのほか強かったらしく途中で失速し床に転がった。


それを見て軽く舌打ちし入らなかったコップを拾い改めてゴミ箱に入れる、ふと気になり冴子の方を見ればどうやら少し疲れているらしく椅子に座って自分の肩を揉んでいる。
それを見てニタリと笑いながらスススと気配を殺して音を立てずに背後へと忍び寄り彼女のうなじにふぅと息を吹きかけた。


「ひゃん!!」


身体をビクリと跳ね上げ可愛い叫び声を上げた後、手加減のまるで感じられない裏拳が顔めがけて飛んできたが予測していた行動の一つだったのでそれを軽く避けて彼女の肩を掴んでマッサージを始める。


「今の裏拳、ワイやなかったら直撃しとったぞ、もちっと手加減ってもんをやなぁ・・・、それにしてもお前、結構肩凝ってんな。」


「君ぐらいしか私にこんなことしてこないだろう、仮に君でなくとも手加減の必要は無い気がするがな、ん・・・、もうちょっと右、
最近胸が重くなってきてな、肩こりがキツクなってきたんだよ、アッ・・・、そこ・・・」


「あ~、先生それよくわかるなぁ、先生も胸が重くて重くて・・・、偶に紫藤先生に頼んでマッサージしてもらってるんだけど、すぐに凝っちゃうのよねぇ、というわけで秀治くん次お願い~。」


秀治が凝っている場所をウリウリと攻め立てていると今まで隣で突っ伏していた鞠川先生が急に話に参加してきた。それもとても興味深い話を引っさげて・・・だ。


「あ~、家の兄さんマッサージめちゃ上手いねんな、意外も意外やけど・・・、昔はよう揉んでもらってたわ、それはそうと先生?家の兄さんとはぶっちゃけどうなんです?」


椅子を回して冴子を机に突っ伏させ隣で顔だけ上げてこちらの話に参加している彼女に声を潜めてたずねる。その間にも肩を揉んでいる指は休むことなく動き続けさらに凝り固まった場所を解し「あっ!!そこっ、そこぉ・・・。」と冴子を喘がせている。


周りの男子の何名かが腰を引いた体勢になっていたがそれは無視した。それ以外の男子と目を輝かせ始めた女子は紫藤浩一の恋バナというべきとても珍しい話題を聞きつけてきた人間だ。


「えぇ?どんなって、どういうこと~?」


「いや、家の兄さんを恋愛対象としてどうかって話ですやん。弟のワイが言っちゃなんですが、家柄良し、人柄良し、掃除洗濯炊事、何でもござれのパーフェクト超人やで、
先生と同い年やったはずですし結婚相手としてどうです?ワイも歓迎しますよ?先生が姉さんになるんやったら。」


本気でボケている彼女に少し毒気を抜かれながらも人好きするような笑みを浮かべてしつこく喰らいつく。


「えぇ~!!先生いきなりそんなこと言われても・・・、ほらこんなのは相手の気持ちも大事だし・・・。」


「兄さんのことなら大丈夫、絶対に好意は持ってるはずやから!!あの過保護な兄さんがワイと冴子を危険に晒すのにも関わらず先生助けるようにワイ等に頼んでんで、
これで何も思ってないってことはまずない!!」


絶対の自信を抱いて断言する。もしかしたらあの過保護な兄のこと手のかかる妹のような存在として保護者気分で付き合ってるのかもしれないが昔と比べれば大いなる前進には変わりはない。


秀治はこの振って湧いたチャンスを逃す気はサラサラなかった。ちなみに冴子にしているマッサージはすでに背中全体が終わり腕等の部位に移っており、
なすがままに揉まれている彼女はずっと前から蕩けていたりする。


周りにいた人間がもっと良く聞こうとしてジリジリと間を詰めてきている。話題の中心である紫藤浩一は高城となにやら話しこんでいてこちらには全く注意を払っていない。


「え~、でも・・・、でも・・・。」


反論しようとして今までのことを思い返し、逆に肯定できる内容ばかりが思い浮かんできて彼女はだんだんと顔を赤くしてゆき慌て始めた。どこからかもう少し、後一歩という声が秀治には聞こえた気がした。


「鞠川先生!!そこにキィは有りますか!?」


そんな弟の企みを崩したのはこの話の中心人物であり秀治の兄の浩一だった。声がかかった瞬間、周りにいた人間はビクリと体を跳ねさせた後、ほぼ全員が明後日の方向を向いて素知らぬ振りをし始めた。


「え!?あっ、はい!!今探します!!」


声をかけられた彼女はというと顔を赤くしたままこれ幸いと話から逃げ出して自分のバッグを開いて車のキィを探し始めるがそこにすぐさま浩一の声が飛んだ。


「あなたのコペンのキィではありません、部活で使うマイクロバスのキィです、こちらからではあなたたちが邪魔で見えないんですよ。」


「えっと、えっと・・・、あっ!!あります!!ちゃんとかかってます!!」


アワアワとバッグから手を離して壁に目を走らせキィがかかっていることを確認するとそれを浩一に報告した。そんな彼女を見てまんまと逃げられたと秀治は口惜しげに舌打ちをする。


「そうですか・・・、では皆さんに・・・、「なによ・・・、これ・・・。」どうかいたしましたか?宮本さん・・・これは・・・。」


浩一が目を向けた先では宮本がテレビに目が釘付けになっていた。それを見てテレビに目を向けた彼の顔が険しくなってゆきリモコンを手にとって何も言わずテレビの音量をあげていく。



テレビに映っていたモノそれは先ほど秀治達も見ていたニュースの放送だった。


「皆さん、静かにしてこれをみてください。」


浩一が未だに雑談を続けている生徒を静めて注意をニュースへと向けさせた。


放送されているのは街の映像、ニュースキャスターの女性が現地の様子を伝えている途中にいきなり銃の発砲音が連続で鳴り響ったが問題はそこではない、
その女性の後ろに映っていた中身の入っている死体袋、それが一人でに起き上がったのだ。銃で撃たれたらしくすぐに力を無くし再び横になった、


それをみた彼女はパニックを起こし悲鳴を上げてそれでも尚現場の状況を掴もうとしているのが声で判断できる。
カメラマンが逃げたのかカメラが突然倒され彼女の悲鳴が遠くなっていく、どうやら逃げ出したらしい、・・・原因はわかる倒されたカメラに映っている足の持ち主達だろう、奴等が出たのだ。


そこで映像は途切れ、再びカメラはテレビ局に戻った。しかしニュースの発表ではこれはただの全国各地で起こっている暴動だから家の外に極力出ないようにという注意のみだ、奴等のことには全く触れていない。


「これが暴動!?馬鹿じゃねぇのか!!」


「こんなのが全国で起こってるっていうの!?私たちは一体どこへ逃げればいいのよ!!。」


等と各自が思い思いに騒ぎ立て始める、それも無理は無い、今その状況に置かれている者からすれば文句の一つでも言いたくはなる。


「静かに!!奴等は音を聞きつけてやって来るそうです!!また襲われたくなければ黙って!!」


浩一が手を打ち鳴らして周りの注意を喚起し静かにするように警告する、しだいに喧騒もおさまってゆき、またテレビの音声のみしか聞こえない状態へともどる。
いつの間にかチャンネルを変えていたのか今放送されているのは諸外国の様子だった、各国も酷い有様のようだ。


「先生・・・、元に戻るんですよね!!また元の日常を過ごせるんですよね!!」


「できるわけないし~・・・。」


女子の一人が浩一に縋り付きそう叫ぶように言ったが、それに浩一が答えるより早く高城が呆れ返り冷めたような口調でそう返した。


「高城!!そんな言い方は!!」


「パンデミックなのよ!!勝手になんとかなるわけないじゃない!!」


孝がその答え方を咎めたが彼女は止まらない、いや、さらに火がついたかのように話し始めた。


鳥インフルエンザにスペイン風邪、黒死病等、歴史に残る数々の完全爆発の例を上げていく、
そんな中鞠川先生が肉だから一ヶ月ぐらい後には腐っているかもしれないと言って生徒達に希望を与える
しかし高城がその意見を腐るかどうかわからないと一刀両断し一刻も早くここから逃げ出すべきだと言って未だに事を軽く見ている者達に現実を叩きつけた。


これは元々生徒である彼女よりも先生という立場にいる浩一が言った方が問題は少なく済む筈だが彼女はそれをさせなかった。


なぜか?


今この状態で彼にその事を言わせてしまえば下手をすれば彼の、紫藤浩一という存在が持っている求心力が下がるか失うかをするかもしれない。
そうなればこの集団はバラバラとなり機能しなくなる。それだけは避けなければならない、纏まりの無くなった集団というのがどれだけ恐ろしいモノかを知っているからだ。


逆に今自分が問題を起こし、彼がそれを上手く納めれば求心力は上がる、集団は纏まり一致団結して事に挑むことができる。
元より彼が動かないことは有り得ないと断じての行動だ。自分が勉強できるだけの頭でっかちの天才ではないと行動で示し彼に宣言しているのだ。


彼女は紫藤浩一と言う人間を認めている、最初のアレに動じることなく生徒を纏め上げその上でここまで来たのだ、そんな人間が無能である筈が無い、
その認識は自分の家とよく関わりのある人物、紫藤一朗の息子であることも後押ししていた。


「んだよテメェ!!もう少し明るく先を考えられねぇのかよ!!さっきから気が悪くなることばっか言いやがって!!大体外に逃げるだと!?ここで救助を待てばいいじゃねぇか!!」


「そうよ!!わざわざ奴等がうようよしてる外に逃げようだなんて馬鹿げてるわ!!」


こうして突っかかってくる輩がいることも計算内だむしろいなければ困る。彼女は眼鏡の位置を中指で直し腕を組んで真正面からそんな輩達と向かい合おうとするが、
そんな彼女の前に彼女を庇うかのように眼光を鋭くし杭打ち機を構えた平野が背中を向けて立ちふさがった。
それを見て大またでこちらに向かってきていた柄の悪い男子が怯んだように一瞬足を止めたが相手が平野だとわかると見下したような笑みを浮かべて平野と睨み合う。部屋に殺伐として空気が流れ始めるがその時


「静まりなさい!!」


浩一がそう怒声を発し拳を机に思い切り叩きつけた。轟音が部屋に鳴り響き騒いでいた生徒もそうでない生徒も身を竦ませて彼を窺った。


「今私達が争いあって何になると言うのです!!いつも貴方達に言っている通り心に余裕を持ちなさい!!今こそそれを実行する時なのです!!
心に余裕を失った人間がこの先の化け物だらけの世界で生き残っていけると思っているのですか!?」


「心に余裕を持ち、常に冷静な判断を下して動けば私達がこの程度の苦難を乗り越えられない筈がありません!!今こそ真に心を一つにし結束を固める時です!!逃げるのではなく立ち上がって現状に抗うこと、これを忘れてはいけません!!」


こつこつと足音をたてて先ほど作り上げたバリケードの前へと移動する。


「今自分にできることは何か?やらなければならない事とは何か?常にそれを頭の中で考えるのです。逃げていては何も掴めるモノも得られるモノもありませんただ失っていくのみです。
どんな絶望的な状況に置かれようとも抗うことを忘れた者に栄光が訪れることは無い、それは歴史が証明しています。だからこそ抗え!!今自分に出来るベストを尽くせ!!立ち向かうときは今なのです!!誇り高い藤美学園の生徒達よ!!」


身振り手振りを交え覇気を伴った力強い声で演説を聞かせる。浩一の持つ人を扇動させる才能と昔、父親に教わった政治家になるための英才教育を活かしたモノだ。
最後に彼が大きく両腕を広げ語りきった時、あたかもそれを待っていたかのように誰かが拍手をし始めそれは次第に周りを巻き込み喝采となる。


初めに手を叩き始めたのは彼の弟である紫藤秀治、彼もまた自分の兄から同じ教育は受けている、ならばこそのこの行動である、初めて拍手をした者となり周りを巻き込んでサクラとなり兄を補佐した。


極限状態に追い込まれている生徒はそれに気がつくことはない、気がついたとしても高城ぐらいのものであったが彼女は何も言うことはない、これが自分の望んだ結果だからだ。
思った以上の結果を彼は引きずり出してきたが別に文句は無い、自分の仲間というべき者達はそれに呑まれてはいないからだ。


自分を責め立てていた生徒達は皆バツの悪そうな顔をして反省しているようだ。彼女は争いになる前に事が済んだことに安堵の息を吐いた、思っていたより介入が遅かったのだ。


「デブオタ。」


「はい、なんでしょう?高城さん。」


「庇ってくれてありがと、助かったわ。」


本心を言えばなぜ小室ではなくコイツなのかという不満はあったが危険を冒してまで助けに入ってくれたものに礼を言わない程彼女は礼儀知らずでは無い、尤も争いが始まってしまえば口汚く罵っていたのではあろうが、それはまた別の話だ。
彼はまさか礼を言われるとは思ってもいなかったのか目をパチクリとまたたいた後


「はい!!」


と満面の笑みを浮かべて大きく肯いた。


「きゃあ!!」


「な・・・、何だ!?」


「や・・・、奴等だ!!あいつ等ここを嗅ぎ付けやがったんだ!!」


不意にバリケードを張ったドアに何かがぶつかる音が聞こえ浩一の後ろを覗いた生徒は一様に混乱し始める、なぜならドアのスリガラスに映っているモノ、
それは奴等の一匹がガラスに顔を擦り付けて中に入ろうとしているという考えたくも無いものだったからだ。混乱が感染しさらに騒ぐ声が大きくなっていく。


「選びなさい!!私と共に奴等に立ち向かってこの学園から脱出するのか!!それともこの学園に残り奴等に怯えて隠れ逃げる道を選ぶのかを!!」


そんな中、戸を叩く音を背に浩一は両腕を広げ生徒達全員に聞こえるように声を大きく張り上げてそう問いかけた。







[19019] 5話目
Name: カニ侍◆e02dd557 ID:084b6d0b
Date: 2010/08/17 23:04



「助かりました。」


「いえいえ、お礼には及びません、生徒を助けるのは教師としての使命ですから、私達はこのままバスに向かいこの学園から脱出します。ついてきますか?」


「はゅ、はい!!ぜひ!!」


あの後、誰一人として残るという者はいなかった。浩一を先頭に戦える者が奴等を排除して正面玄関へと降りる階段で奴等に囲まれていた男女数名を新たに仲間にして今に至る。


もはや人数は50人に近い、武器を持っている者が過半数以上いるとはいえ音を立てずに移動するというのは不可能な状況だった。
武器を持っていると言っても実際に使えるといえる者はさらにその半分の10名そこらだ。状況は依然として厳しくいつ死人が出てもおかしくはない、
むしろ此処までよく無事に辿り着けたといっても過言ではなかった。


「さてここからですが・・・。」


階段から下を覗いてみればかなりの数の奴等が正面玄関までの間を徘徊している。これでは戦える者が血路を開く方法では切り抜けられない、囲まれて喰われていくのが目に見えている。


「誰かが高城君の説を試すしかない・・・か。」


冴子の言葉に浩一はうなづいて同意を示し、生徒達の顔を見回していく、数名を除いて嫌そうなというより怯えた顔をしている者ばかりだ。


「そうですね・・・、ではここは「僕が行きます。」・・・小室君?」


見回した後目を瞑ってため息を吐きながら誰が行くのかを言おうとした所で何か考えるような表情をしていた孝が名乗りを上げた。


「理由を聞いてもかまわないか?こういう役は私達の方が適任だと思うのだが。」


「同感やな、ワイ等の方が向いとる。」


秀治と冴子の二人がそれを止めるように前に出るが孝は静かに首を振ってその申し出を断った。


「二人は何かあった時のために控えておいて下さい。」


「孝・・・なんで?」


「何でかな?」


宮本が困惑したように孝に縋り付いて聞くが、孝自身もなぜ自分がこんな事をしているのかわかっていないのかそう返すだけだった。


「何もかも面倒なんじゃないの?」

「今でも面倒だよ。」


そういって孝は困ったような笑いを浮かべて下へと向かおうとする。それを何とかしろとでも言うかのように宮本は浩一を睨んだ。
合流した当初は上手く隠していたのかその目には嫌悪のような色が見え隠れしていた。
浩一は真剣な顔でその視線を受け止めると軽くうなずき


「素晴らしいほど仲間思いですね、小室君、私は君のような勇敢な生徒を持てて幸せですよ。」


と言って奴等に聞こえないほど小さく拍手した。それを聞いた孝はそんなんじゃないとでも言いたげに照れたように苦笑して頬を掻いた。宮本の目がさらに厳しいものへと変わる。


「しかし・・・、私の仕事をとられては困りますね、こういうのは教師の役目であり大人の役目でしよ、だから下がっていなさい、」


「先生に何かあったら誰がこの集団を纏めるんですか?」


「音さえ立てなければ何も起きませんよ。私は高城さんを信用しています。不明瞭な情報を渡すほど彼女は馬鹿ではありません。仮に何かあった時には秀治か冴子さん、もしくは君に任せましょう。」


「俺に・・・、ですか?」


「えぇ、この状況で自分から名乗り出ることが出来る人は少ない・・・、それが出来る人、それは人を率いる者としての資質がある人間です。
それを言えば自分が呼ばれるだろうと待っていた秀治も冴子さんもその資質はあるでしょうが、私は自分から名乗り出たあなたを高く評価します。
何、私のことは心配入りませんよ、これでも合気道の段持ち、投げ飛ばして殺すことはできます。だから私に任せなさい。」


「は・・・はぁ。」


相手に何も言わせずに言葉を叩きつけ封殺するマシンガントーク、孝はそれを聞いてまだ納得していないながらも何を言っても無駄だと悟ったのか不承不承それにうなずいて了承をしめした。


秀治は兄が何がしたいのか大体わかったので何も言わずに先ほどからその兄を睨んでいる宮本を本人に気付かれない程度に観察していた。
兄も気付いているのに何も言わないので黙って観察しているだけに止めている。


生徒全員が固唾を呑んで音も無く奴等の蠢く一階へと下りその中に混じっていくのを見守る。奴等は自分達の中に生者が紛れ込んだのに気付いた様子はなくただ彷徨っているだけだ。


そんな中彼に歩み寄ってくるモノが一匹、誰かが息を呑んだ音が不気味と大きく聞こえた。浩一は何ら慌てることなく無言で構えるがソレは何をするわけでもなく彼の隣を通り過ぎて行った。


安堵したような空気が辺りに流れたがここで息を吐いてしまえば奴等に気がつかれる恐れはある。どこまで音に敏感なのかはまだはっきりとわかっていないのだ用心するに越したことは無い。


浩一はいつの間にか汗でじっとりと湿っていた手を拭い足元に転がっていた靴を手にとって思い切り自分達が進む方向とは別の方向の壁へと投げつけた。


投げつけられた靴が壁にぶつかる音が思ったよりも響きその場にいた奴等全員を引き寄せる、それはまるで誘蛾灯にさそわれる虫のようであった。
彼はもう自分の置かれている状況になれてしまったのか音をならすことなく奴等の間を縫うようにして移動し閉じていた正面玄関の扉を開け放った。


「次は誰行く?ワイは最後に行かせてもらうけど。」


「私が行こう、まだ奴等も多い「、どうすれば奴等の気を引けるのかもわかった。」


「気ぃつけろよ?」


「わかっているさ。」


次に冴子、その次に孝と次々に玄関へと向かい40以上いたのがすでに10名以下だ、現時点で残っているものの中で武器を持っているのは二人、さすまたを持った少年と秀治のみだった。


「次、さすまたの少年、お前が行け。」


「はっはい。」


先陣を切った人間が全員なにかしらの物を壁に投げつけ奴等の気を引きに引いていたので近くにいることには変わりはないが、玄関まではもう何の影もない。
しかし、それが少年の油断を呼んでしまったのか、走っている途中にさすまたと手すりが当たってしまい甲高い金属音が一階だけでなく外にまで響いた。


「「走れ(りなさい!!)」」


孝と浩一の声が重なり全員がそれに従い、まずは武器を持った者達が道を確保するべく玄関から飛び出した。


残った者達も一様に玄関へと走り出したが・・・、途中で戻ってきた奴等に横から襲われ絶叫と共に食われていった。
それにつられて更なる数の奴等が玄関までの道を塞いでしまいもはや切り抜けることも出来なくなってしまう。


「先陣切ったほうが良かったかもしれんの、殿なんぞ勤めずに。まさかここまで足引っ張るやつがおるとはのぉ・・・」


秀治は喰われていく者達を見て無感動にそういい捨てると他に逃げ道は無いか周りに目を奔らせて探した。しかしそれは見当たることなく、やはり切り抜けるしかないのかと思い兄がいるだろう正面玄関に目を向けた。


「あぁ、そっか・・・、こっちが塞がれてもまだあっこは通れるかもせんな。正面玄関・・・、間に合うかねぇ?」


焦りが一周してしまったのか極限まで冷えた頭がまだ間に合うと思われる逃げ道を弾き出す。それを実行すべく秀治は踵を返して二階へと駆け上がっていった。






「冴子さん、秀治は!!」


「わからない!!彼のことだから大丈夫だとは思うが!!」


浩一が襲い来る奴等を投げ、倒れたところを足で首を踏み折り、冴子が奴等の頭を的確につぶし、後ろで逃げている者達に近づけさせまいとする。
しかし、いかんせん数が違いすぎる、こちらは戦えるのがすでに15名前後、奴等はおそらく2,300は下らないないだろう。唯一の救いは走ってくることがないので離れた場所にいる奴等がくるまでにはまだ時間があるということだろうか?


「このままでは支えきれんぞ!!」


「それでも支えるしかありません!!私達がここで諦めては誰が彼らを守るというのです!!」


すでに何人の生徒が犠牲になったのかわからない、把握していられるほどの余裕などない、武器持ちの何人かもすでに喰われている。
しかし喰われた者がいることで奴等の包囲が甘くなり自分達が逃げやすくなっているというのは認めたくない事実でもあった。


そんな中校舎からガラスが割れる音と誰かの雄たけびが轟いてくる。
その音の主は秀治、二階から窓ガラスを蹴破り正面玄関の屋根を影も無く疾走している。そしてそのままの速度で彼は宙へと跳び、グラウンドへと着地した。


「なんとも派手な登場ですね。」


「二階から飛び降りるか・・・、相変わらず無茶するやつだ。」


守りが手薄な場所ではすでに何人もの生徒が奴等の餌となっている、すでに残った人数が20名近くしかいない。
ほとんどの武器なしの生徒は乗り込んだがまだ乗り込んでいない生徒もいる。武器持ちは皆奮闘してはいるがすでに後10名前後、そろそろ支えるのも限界だ。


「紫藤先生!!バスの準備が整いました!!早く!!」


バスの入り口を平野と共に守っていた孝の声が聞こえてくる。数に押しつぶされそうになっていた前線で戦っている生徒達にとってそれは光明だった。


「皆さん早くバスに乗りなさい!!慌てず迅速に!!」


浩一の隣を眼鏡をかけた男子生徒が通り過ぎる時にその生徒が足を縺れさせて躓いてしまい地面を滑るようにして転んだ。


「あっ・・・!!足が!!」


どうやら足を挫いてしまったらしくその場でもがいている。


「冴子さん!!」


「わかっています!!」


転んだ彼を助け起こして背負いバスへと走る、襲い掛かってくる奴等の相手を冴子が一手に引き受けているなか孝がそれに加わった。


「手伝います!!」


「助かる!!」





一方秀治は首のタオルを掴まれて喰われかけていた少年を助けその少年を守りながらバスへと向かっていた。


バスとの距離はまだ遠い、道を作っていた生徒達も今はバスへと引き上げてしまっている。奴等をバスの入り口に近づけまいとしているのは平野、孝、冴子の三人のみだ。


奴等にとってエンジン音を鳴らし発車を待つバスはとても旨そうな餌として見えるのだろう、校庭にいる奴等は皆それを目指してゆっくりと距離を詰めてきている。今バスから出て来た兄が加勢しているがおそらくそう長くはもたないだろう。


とはいえ自分達も人のことをいえる状況ではなく、未だ細く残っている道を通ってはいるがほとんど囲まれているといってもいい状態だ、
このまま行けば奴等がバスに取り付き始めるのが先か、それとも自分達が奴等に完全に囲まれておやつにされるのが先かのどちらかだ。


元々完全には支えきれてもいなかったのだ、その上守っていた生徒がいなくなってしまえば奴等が押し寄せてくるのは当たり前のこと、
しかし戻さなければ喰われていただろう、冴子と自分以外はお世辞にも強いとは言いがたい者達ばかりだ。


もはや生徒達が体を張って作っていた道は急速に閉じようとしている、バスも限界は近い、自分達がもし無事に着けたとしてもその頃にはバスが限界を超えている。


もしそうなればどうなるか・・・、おそらく兄と冴子は最後まで戦ってくれるだろう、自分が生きている限り見捨てることは無い筈だ、しかしそれは二人を死地に送り込むこと他ならない。


それは秀治にとって我慢できることではない、自分が命を捨ててでも守ると決めた人たちが自分の責任で死ぬ、そんなもの認められるはずが無い。


自分一人ならばものの数秒で辿り着いて見せるのにと歯噛みした時、今遅れているのはこの少年を守っているからではないか・・・、と思ってしまった。


そう思ってしまった時すでに秀治の目には自分の後ろでバットを振り回している少年が自分と自分の大切な人たちを死地に誘っている原因だと映った。
それ故に、見捨てることに躊躇することはなく、戻すことの出来ない引き金を自分から引いた。


「よぉ、二年坊。」


「なんですか!?」


二人ともに奴等を殺しながらの会話、しかしこうして話していられるのは少年のペースに秀治が合わせてやっていたこと他ならない。


「バスの方も限界が近いみたいやからワイは走る、これから先は守ってやられへんから自分の命ぐらいは自分で守れよ。」


「そ・・・、そんな!?」


実質見捨てると言っているのに他ならない宣言に少年の顔が焦りと絶望に染まったが秀治はそれを何ら気にすることは無い。彼の目にはすでにこの少年が自分の敵としか映っていないからだ。


「じゃあな、生きたきゃお前も走れよ。」


「先輩!!ちょっと待って!?」


何か言おうとしているが元より返答は求めていない、何を言ってこようと聞く気が無いからだ。
故に抑止の言葉を無視して秀治は走りだす。完全に置いていかれた少年は少しの間呆然としていたが我に返ると置いていかれまいと同じように走り出した。


周りの奴等をいや景色すらも全て置き去りにしての全力疾走、走り故に音は余り出ることは無く、奴等が気付いたころには既に横を駆け抜けている。


バスは依然としてエンジン音を鳴らし奴等の注意を一手に引き受けている、今自分が奴等の近くを走っても余り気がつかれることはないのはソレのおかげだろう。
しかしそれは守っている者の負担が大きくなってきているということだ、今は4人で支えていられているようだが守っている者達の顔には既に焦りしか浮かんでいない。すでに限界は超えている。


やはり走って正解だった、思っていたより奴等がバスに近づくのが早い、走らなければ完全に手遅れになっていただろう。


「全員バス乗れぇ!!」


その声を聞いた者が全員こちらを見て急いでバスに乗り込む、どうやら後ろの少年はまだ取り残されてはいないらしい、もしそうなら全員がバスに乗り込むことは無かっただろう。
その数秒後に秀治が入り口に飛び込むのに邪魔な奴等を後ろから踏み倒しソコに飛び込んだ。


「何とか間に合ったか・・・、さて、あの二年坊はどうなってるか・・・。」


荒れた息を整えながら誰にも聞こえないほどの小さな声でそう呟き額の汗を拭い見てみれば、奴等に完全に囲まれて身動きがとれなくなっている少年がいた。
どうやら自分が通った後に完全に道が閉じてしまったようだ。


「先輩!!」


奴等の中から彼の叫び声がする。顔にはありありと助けてくれと書いてあったが、元より秀治には助ける気は有らず、状況はすでに手に負えないものになっている。彼には悪いがもう手遅れだった。


「鞠川先生・・・、バス早よ出して。」


それを何ら感情の浮かんでいない無機質な目で見つめた後バスのドアを思い切り閉めて運転席に座っている彼女にそう言った。


「えっ!!でもあの子は!?」


「手遅れや、助けに行ったとしても何人死ぬかわからん、はよ出せへんかったらワイ等も手遅れになるで、っ!?もう来よった!?早くバスだしぃ!!」


急かすようにバスのドアが外から叩かれる、いやドアだけではない、平野が射撃している窓のしたにも奴等が取りつき始めている、秀治はドアが開けられぬようにあらん限りの力を込めソレを閉め続けた。


「―――ッ!?わかったわ、でもあの娘を何とかして!!これじゃあバス出したときに落ちるわ!!」


その音を聞いて決意したのか彼女はそう返してバスの後ろを指差した、見れば窓から身を乗り出し「卓造!!」と叫び手を伸ばしている女子がいる。


それを見た少年がバットを無茶苦茶に振り回してバスに近づこうとするがそのバットすら奴等に奪われ組み付かれた。


「ナミ!!ナ``ミ``ィ``ィ``ィ``ィ``イ``!!


そう最後に絶叫を上げ、彼は奴等の波に呑まれて消えた。


「卓造!?いや・・・、いやぁぁあぁあぁ!!」


泣き叫んで窓から外に出ようとするが冴子がソレを許さずにバスの中へと引き戻す。尚外に出ようと暴れるが浩一がソレに素早く近づき首に手刀を叩き込んで気絶させた。


「愛する人が奴等になるところなんて見せるものではありません、今は眠っていた方が幸せでしょう・・・。」


浩一が悲しげに顔を歪ませながらそう言って窓の外を見れば・・・、すでに奴等は彼のいた場所には群がってはおらず・・・、奴等の中心から誰かが新たに起き上がろうとしているのをが見えた。


「―――ッ!!鞠川先生!!扉が破られる前に早く!!」


「わかりました!!・・・ッ!!もう人間じゃない、もう・・・人間じゃない!!。」


それ以上見ることができずに目を逸らし彼女に出発するように声をかける、彼女は自己暗示をかけるように自分にアレはすでに人間ではないと言い聞かせアクセルを思い切り踏みつけた。


タイヤが急速に回転を始め、それに続くようにバスが一気に加速し纏わり付いていた奴らを引き剥がし発進する。


バスの中は急発進に続いた急カーブにより大いに揺られ、絶えず奴らが車体に当たり撥ねる音がその衝撃と共に耳に入ってくるような有様だった。


最後に先ほどとは比べ物にならないほどの衝撃がバス内部を襲う、ついに正門を破り学園の外に出たのだ。


こうして学園脱出はなった、一時は50人近くにまでなった人員は今では半数以下に減っている。
浩一はそのことを考え悲痛そうに顔を歪めて結局必要なくなってしまったもう一つのバスのキィをクルクルと回してもてあそびため息と共にそれをポケットにねじ込んだ。


「・・・・・・、一雨きそうですね、これは。」


先行きに不安しかない門出になってしまったことに内心頭を抱えて無意識の内にそう呟いた。











後書き

今月のドラゴンエイジに付いてきた小説読んだ。小説版の紫藤先生が本当に合気道か何か武術やってるっていう一文に吹いた。なぜ被っている!?



[19019] 6話 
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:e8dddc2b
Date: 2010/11/02 19:57

「だから!!さっき言ったとおり学園の中で安全な場所見つければ良かったんじゃねぇのか!!そうすればもっと死ぬ奴が少なかったかもしれねぇじゃねえか!!」


「そうだよ!!さっきまで四十人近くいたのに今じゃもう二十人もいないじゃないか!!さっきあったコンビニとか安全な場所で助けを待てば良かったんだよ!!」


金髪の柄の悪いし男子がバスの中央に立ち回りを威嚇するように睨み付けながらそうが成り立てる。それに追随するように気弱そうな男子もそう続けた。


窓の外ではテレビ局のヘリが奴ら?(パニックに陥った人間かもしれない)にしがみ付かれながらも飛び立ちソレらを振り落としていく。その中の一体が偶然バスの近くに落下し地面にグロテスクな赤い華を咲かせた。


「ちょっといい加減にしてよ!!こんなんじゃ集中して運転できないじゃない!!」


それを見てしまった鞠川先生が先ほどからのバスの雰囲気もあいまってバスを停止させ後ろを向き騒いでいる男子達を叱りつける、それは八つ当たりに近いものではあったがそうしなければ自分を保てないほどに彼女も現状に追い詰められていた。


「クッ!!」


「君はどうしたいのだ?」


そんな男子生徒に呆れた目を向けながら冴子がそう尋ねると


「こいつだ!!仲間見捨てて殺したくせにのうのうとこのバスに乗ってやがるこいつが気にくわねぇ!!こいつが途中で卓造ってやつ置いて走ってこなかったらアイツは死ななくてもすんだんじゃねぇのか!!」


そう怒鳴り指を指したのは先ほどからの喧騒も全く気にすることなくただ呆然と外の景色を眺め続けていた秀治であった。冴子と浩一の眉がピクリと動くが皆、秀治に注意がいっておりそれに気付いた者は誰もいなかった。


「…………、まぁ見捨てたんも殺したんも確かに事実やわな。」


指をさされていた秀治はゆっくりと窓の外からその男子生徒へと能面のような表情が全て消えた顔を向け長い沈黙の後そう答えた。


あのことは秀治の中では元々一度喰われそうになっていた所を救いそれが足枷となったから切り捨てただけの話だった。自分がいても居なくても結局死ぬことには変わりが無かっただろう。
しかし、それは他の人から見れば確かに見捨てて殺したことにしか見えないのだ。それが反感を買いこういう事になっても不思議は無かった。


「……そうよ、あんたが!!あんたが卓造を見捨てなければ!!」


「やめなさい!!今そんな事を言っても意味が無いでしょう!!」


浩一が慌てて止めに入ったが一度漂い始めた空気は止まることはない、そこかしこでヒソヒソと声を潜めて秀治を糾弾し始めている。元々そういう空気は存在したが今の問答で完全に火が点いてしまったのだ。むしろここまでもったことこそ奇跡といえる。もっとも日本人特有の事なかれ主義が生み出したモノといえばそれまでだが。


秀治が音一つたてることなく静かに席を立つとそれだけで周りの声が静まり返った。糾弾はすれど直接火の粉を浴びることは嫌なのだろう、大体の人間はそんなものだ今の状況で抱えている不安を何とかしたいからとりあえず見えやすい標的に当たる、いきなりこんな世界に放り出されたのだからそんな行動をとるのも仕方ないことだ。ここにいる皆は特殊な訓練を受けていたわけでもないただの学生、そうただの学生なのだから。


「んだよ……、事実を言われてキレたのか?何とか言えよこの人殺しがぁ!!」


一歩も退くことなく糾弾してくるこの少年は稀有と言うことができるだろう。少なくともこそこそとしかできない奴らより勇気がある。流石武器を取って他の人が乗るまでの時間稼ぎをした一人とでも言えようか。だからこそ許せないというのもあるのだろう、自分よりも強い秀治が他人を見捨てたということに。


「……ワイは何の理由も無く人助けで命を賭けられるほどお人よしじゃなくての、お前の言ってることもそうや、よく知りもせん足手まといを助けながら行っとったら死ぬと思ったから置き去りにした。ただそれだけの話や。」


深く息を吸った後しっかりと少年の目を見据え声から感情を消し去り冷たくそう言い放つ、いい終わって数瞬後、何を言ったのか理解したのか再度バス内部が喧騒に包まれる。ゆっくりと周りを見回してみればほとんどの学生が自分に向けて敵意の視線を放っている。向けていないのは兄と冴子、そして意外なことに小室達の5人……いや宮本を抜いて4人だけだ。


「てめぇ……それ本気で言ってんのか?」


「あぁ、本気やとも冗談とでも思ったか?」


人を殺したという事に対して何とも思わない、いや思えない。他人を殺したことぐらいで動じるものなど無い、なぜなら自分……紫藤秀治は母を殺して歓喜の情しか沸かなかった人間なのだから。


「それで?ワイにお前は何を望むんや?」


もはやバスに乗って行動を共にするということも出来ない。ならば最後に集団を纏めるのに一役買うのもいいだろう。相手が要求することなんてわかりきっている。


「待て一つだけ聞かせろや、てめぇはこれからも他人を切り捨ててでも生きる道を選ぶってんだな?」


「ま、そのつもりでおるよ」


「わかった……もういい、もう喋るな。このバスから出て行け、てめぇなんて仲間じゃねぇ……敵だ」


「そうだ出て行け!!」


「お前なんて仲間じゃねぇよこの人殺し!!」


その一言でまたバスの中が喧騒に包まれる。本当に事が面白いぐらい思い通りに運ぶ、人を扇動するのは兄よりも苦手なのだが……、これが頭に血が上った相手ほど躍らせやすいというものか。

なるほどいつも兄が余裕を持てという理由はこれだったか。。

そう思い横目で兄を見ると何か行動を起こし始めようとしているのを見て、それをサッと手を上げて制止する。どうせ今言ったことを逆手にとるような案を出してこのバスから追い出されないように便宜を図ろうとでもするのだろう。きっとその案は自分が戦闘の矢面に立つとかいうモノだろうが……そんなことさせるものか。


「オーケィ!!お前らの言いたいことは良くわかった。流石にここまで反感持たれとんねやったら素直に出て行くわ、寝首掻かれたくもないからのぉ!!」


周りの喧騒に負けないほどの大声を張り上げそういうが早いか目の前に立つ少年を押しのけてバスの入り口に向かう。


「待ちなさい!!秀治!!」


後ろから兄の声が聞こえるが無視する。すでに賽の目も振られているのだ、たとえ兄といえど出来ることなど何もないだろう。


バスの外にでて少し歩いてから空を見上げて立ち止まる。もう夕暮れ時だ空がいつものように赤く染まっているのを見て何故か無性に腹立たしかった。


背後からバスの扉が閉まる音がする。兄の声が聞こえないのをみるとどうやらあの過保護な兄も諦めてくれたようだ。ここからは独りだと思うと自分でやったことながらも溜め息を出さざる終えなかった。


「私を置いていくなんて感心しないな。」


そう考えていた故に背後から聞こえてきた声に驚いて後ろを振り返るとそこには少し悲しげな顔をした冴子が立っていた。


「お前には安全なバスの中にいといてほしかってんけどなぁ。」


「本当に、君は人に頼れやらパートナーやらと言っておいて私にはまるで頼ろうとはしないのだな……そんなに私、いや人に頼るのが怖いか?」


「――ッ!?」


そう言いながら顔を更に悲しげに歪ませながら近づいてくる冴子に思わず息を呑み無意識ながら後ずさりする。


「私の身を案じてくれるのは嬉しい、しかしそれ以上に傷つけていることに何故気付いてくれない?共に歩むとは君が私に言ってくれたことだろう……」


こちらの後ずさりなど知ったことかとでも言うかのように何の戸惑いも無く距離を詰めまた後ろに下がろうとする秀治の腕を掴んで引きとめ彼の頭を優しく抱きしめる。


「大方の事情は浩一さんから聞いている。頼られたところで拒むことなどしない、私には君が必要だ、だから置いていかないでくれ」


母親が子供に諭すように優しく言い聞かせながら彼の頭を撫でる。事情を聞いていると言った時に秀治が怯えるように体を震わせたがそれも少しして収まった。


「ッ!?すまん!!ちょっと我慢せぇよ!!」


「なっ、なんだ!?」


少しの間そうしていた後秀治は焦った声でそう言って冴子を抱きかかえて目の前のトンネルへと逃げるように走りはじめた。


何事かと思い後ろを見れば自分たちの背後からかなりスピードを上げたバスが突っ込んで来ている、中で何か起きているのか運転は滅茶苦茶だった。そしてそのまま路上に止めてあった車とぶつかりそこを軸にバスが跳ねて飛び横転する、しかしその勢いが全て殺されることはなく地面を削るように火花を散らしながらなおソレは二人に迫っていた。


二人が駆け込んだ瞬間バスがその入り口を塞ぐように衝突し炎上し始める。


「何とか間に合ったか……」


「いやまだだ!!」


冴子をおろして安堵の息を吐くが、まだ終わりでは無いとでも言うかのようにさらに炎は勢いを強くしていくそれを見た冴子は彼の手を引きトンネルの出口へと走った。


それに一拍おいてガソリンに引火したのか更なる爆発音と共に爆風が二人の背中へと向かっていく。トンネルから出た瞬間に秀治は冴子を後ろから抱きかかえ地面へと伏せるようにして飛び、ついに追いついた爆風に吹き飛ばされた。


吹き飛ばされながらも腕の中にいる彼女を傷つけまいとしっかり抱きしめ右肩を削るように着地し地面を二転、三転と転がっていきようやく停止する。


「……よぉ、大ジョブかぁ?」


「おかげさまで私は大事ないが君こそ無事か?」


「なんとかな~……」


痛む肩を抑えながら立ち上がってみれば先ほどの爆発音に惹かれてきたのかヘルメットを被った奴らが一匹近づいてきていた。


「さっそくお出迎えか……」


「一匹だけだ幸先は良いようだな」


すれ違いざまに冴子が木刀でソレの首をへし折り秀治に肩を貸しながら階段を上っていく。
先ほどなんとか無事だと言っていたが恐らくそれは嘘なのだろう、背中は爆炎に撫でられたのか少しだけ焦げており、彼の両腕は先ほど地面を転がったときに負ったのだろうか皮膚が浅く切れて血が滲み出ている。


「本当に大丈夫なのだな?」


「見かけだけや、言うほど重傷やない。うん?」


本当は右肩を動かすだけでも激痛が奔っているのだが笑って安心するように言っているとバッグから何か音楽が聞こえることに気がついた。どうやら奇跡的にiphonは壊れていなかったようだ。


「む、兄さんからメールか……、何々、無事だったらメールを返すように……か、それじゃ返信っと」


二人とも無事だと打ったメールを送信してそのままネットに繋いで現在地の確認を始める。


「ん~、ちょっと今ここ何処か調べてるから周りに奴らがアレ以外におれへんかどうかの確認を頼むわ」


「わかった。」


冴子はそれを聞くと一瞬うれしそうな顔をした後そう言って土手の下へと向かっていった。


「ふんふん、よし大体の地理は覚えた橋は向こうか、しかし遠いねぇチャリの一つでもあれへんもんか……」


「秀治!!ちょっと来てくれないか!!」


何か見つけたのか冴子が土手のしたで大声を上げて自分を呼んでいる、大声を上げているところからみてどうやら周りに奴らはいないらしい。


「ん~なんや~?」


「エンジンのかかっているバイクがある!!土手に上げるのを手伝ってくれ!!」


「マジで!?」


すぐさまバッグにiphonを放りこみ土手の下に降りて彼女の元へと駆けつけると確かにバイクが転がっていた。さっきのヘルメット奴の物だろうか?


二人で協力してそれを土手へと引き上げて何所か破損していないか調べ始めるがどうやらそれほどスピードを出して土手下へと落ちたのでは無いらしくどこにも目立つ傷はなかった強いて言えば少しだけ塗装が剥げている程度であろう。


「どうだ、いけそうか?」


「ん~、まぁ大丈夫なんちゃうの、ガソリン漏れてるわけでもないし……」


「運転は免許を持っている君にまかせたぞ」


「今年の夏あたりお前とツーリングしてどっか行こかと思って取ったもんがこんなとこで役に立つとはなぁ……」


今年の初め辺りに今村にバイクの魅力を語られ免許を取る決意をし(彼女と遠出できるが決めてだったのは言うまでもない)春休みをそれに当ててまで取ったのだ。それがこんな形で役に立つとは思ってもみていなかった。
それを言えばこんな世界になること自体カケラも予想していなかったのだが……、これに関しては予測しろというのが無茶な話だろう。


「フフフ、人生何が役に立つか分からないというものさ、無駄にならないだけよかったじゃないか」


「そう思っとくかねぇ、まったく……」


冴子は何がおもしろいのか含み笑いを洩らし、秀治は初めてバイクに二人でのるのがこんな楽しみも何も無いものになってしまったことに残念だと言わんが如く肩を落として溜め息をついた。


「さて、とりあえず橋にでも向かうとしようや、合流するにせよ家帰るにせよ渡らなあかんねんから、ホレはよ後ろ乗り」


「はいはい、わかったからそう急かすな」


ストッパーを外しバイクに跨り後ろの開いた座席の部分を叩くと彼女は両手をあげて宥めるようにそう言って後ろに乗った。


「それじゃ、急ぐからしっかりと掴まっとけよ~」


「あぁ、わかった、だが急ぐのもいいが事故だけは起こさないでくれ」


「あいあい」


顔に底意地の悪い笑みを浮かべ唇をなめあげてからアクセルを思い切り回した、当然バイクは一気に加速しはじめ……


「なっ!?ちょっとまて秀治!!もっと安全運転を!!」


「なにぃ?聞こえんなぁ!!まぁ安心せぇ事故は起こさんよ事故はなぁ!!フハハハハハ!!」


冴子の抗議の声と秀治の笑い声をその場に残し二人を乗せたソレは土手をかっ飛んで入った。
命がヒヤリとする感覚が大好きなある種の変態といえる秀治はスピード狂だった。後に冴子は寿命が縮む思いだったと語ったという。








何故原作で乱交バスが起こってしまったかの考察


人には三大欲求である食欲、性欲、睡眠欲の3つがある、バスがあの状態になったのはZ-dayから3~4日経ったころ。
つまりはその間満足な食事など取れておらず、奴らが外にいるためにバス内部という閉所に閉じ込められていたということになる。
寝心地の悪いバスの座席では睡眠も満足に取れていたとは思えない、寝たにせよ体は凝り固まっていたはずである。もっとも奴らがすぐ外にいるという恐怖があるというのに安心して満足な睡眠を取れるだろうか?おそらく否であろう。中には悪夢を見て眠れない生徒もいたはずだ。

描写をみるに水分不足にはなっておらず、排泄物もバスには無いようなのでそのときばかりは外に出ていたことになるそして水などは奴らが近くにいない自販機でジュースか何かでも買っていたのではないかと思われる。

三大欲求である二つを満足に取れず、バスという密室ともいえる場所に数日間閉じ込められていた彼らにとって性行為というものは唯一の気晴らしといえる物だったのではないだろうか?作中で紫藤が恐怖とは最大の媚薬、と言ったのはこのことを指しているのだと推測する

そして紫藤浩一がそれを許可したのは自分の影響力を落としたくなかったためだと考えられる、もしそれを禁止してしまった場合生徒たちの不満は彼に向くことは避けられなかったはずだ最悪暴動に至り追い出されていたのはサスマタの少年ではなく彼になったかもしれない、それを許可した場合自分が何をせずとも影響力が上がるのだ生徒を駒としてしか見ていなかった紫藤が許可しない理由が無い。許可しても何も痛むものもないのだから。むしろ勝手に懐いてくれるのだ彼にとってこんなにおいしい話もないだろう。

最後にどうしてああなっていったかを考えるに

誰かがそういうことをし始めた→ほかの人も真似しようとするが紫藤先生の顔色を伺う→紫藤先生がそれに対し喜んで許可を与える→ヒャッハー乱交だー!!

おそらくこんなところだろう。


以上考察を終了する。



[19019] 7話
Name: カニ侍◆83ee4ec0 ID:080d0d69
Date: 2010/11/06 18:08

すでに時は真夜中過ぎ、バスは渋滞に巻き込まれて遅々として進まないようになって数時間経過している、おそらくこのままでは朝になっても橋は渡れていないだろう。

そんな中、浩一は外から聞こえる銃声に怯える女子生徒二人と真摯な態度で向かい合い宥めていた。恐怖は伝染していくものなので放っておくこともできないからだ。弟が身を挺して不安分子達を鎮静していった以上、集団として完璧に纏めることこそが浩一の義務であり使命であった。


「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。このバスは安全です。外の銃声も警察の人が奴らを殺すために撃っているだけですので害はありません。仮に奴らが入ってきてしまったとしても私があなた達を全力で守り通しますから安心して今は眠りなさい。子供はもう寝る時間ですよ」


「「は……はい!!」」


人好きする笑みを浮かべて安心させるようにそっと頭を撫でていると女子生徒達は目に尊敬と何か熱いモノを浮かべ元気よく頷く。すでにその顔から恐怖の色は消え去りはじまていた。

それを見て浩一は満足そうに頷くと最後にクシャリと彼女たちの頭を一撫でしその場を放れ肩と首の骨を鳴らし凝り固まってきた体を解しながら少し眠そうな鞠川先生の座っている運転席へと近づいていく。


「鞠川先生、運転代わりますよ、あとは私に任せてゆっくり休んでおいてください」


「いいんですか?紫藤先生、あなたも休んでおいた方が……」


「私がその気になれば3日寝ずに行動できるのは知っているでしょう?寝不足や疲労は美容の大敵でもあるんですからここは素直に代わっておきなさい」


「……、わかりました。それじゃあ後のことは任せましたよ、紫藤先生」


子供に言い聞かせるような口調に少し不満気に頬を膨らませつつもやはり疲れていたのかそれ以上は何も言わずシートベルトを外して少しふらつきながらも後部座席に向かおうとするが途中で床に転がっていたバットに足をとられ目の前にいた浩一に倒れ掛かるかたちとなった。


「おっと気をつけて下さい。床には色々なモノが転がっていますから注意しないとこけてしまいますよ」


「す……、すいません今どきますんでって、あれ?」


浩一に抱きしめられているような体勢になったことに赤面して離れようとするがいつの間にか手首を捕られ背中に手を回されて離れられないようにされていた、どういうことかと思い浩一の顔を見れば真剣な顔をして自分の顔を見つめている。


「え?えぇ!?ど……どういう……」


元々疲労と眠気でぼやけていた頭が混乱し始め、不意に昼間、目の前にいる人の弟である秀治に言われた言葉がよぎっていく、


『絶対に好意は持っている』


それがよぎっていったとたんに浩一の顔が徐々に近づいてくるのを見てさらに混乱の度合いは増し……、嘘!?あれって本当だったの!?やら、まだ私心の準備が……、等の思考がぐるぐると頭の中を回り始めどうすればいいかわからずにオロオロとし始めるが、もう直ぐそこに浩一の顔があるのを見て目を閉じてその場の勢いに流されて覚悟を決めるが浩一はそのまま何もすることはなく顔を通り過ぎていった。


「ふ……ふぇ?」


「秀治と冴子さんの件でお願いがあります。このまま聞いてください」


「————ッ!?どんな内容ですか?」


耳元で囁かれたその言葉にオーバーヒートを起こしかけていた思考を切り替えて話に応じる。


「今向かっている御別橋、ある程度近くになったら私は一芝居打ちますのでそのときに離反する生徒と一緒にバスを出て欲しいんですよ。その時には秀治達も近くに来ているでしょうから床主城の城門で待つように言っておきます。それを拾って南さんの家に非難してください」


秀治からメールが返ってきてから少しして電話をかけたらバイク特有のエンジン音と風切音、それと何故か冴子の悲鳴をBGMに秀治が電話に出たので移動速度に関しての心配はしていない。向かっているのは床主大橋とのことだったがこれから連絡をとればこちらに向ってくれるだろう。


「え?な……なんでそんなことを?」


「二人を助けるためですよ。今のまま放っておけばあの二人は必ず死んでしまいますから」


「あの二人だったら大丈夫だと思うんだけど……」


学校で見た彼らの無双ぶりを思い出して少し不思議そうな顔をする。


「確かに今は大丈夫ですが、問題はこれからなんですよ。当たり前のことですが今外で休むことは危険すぎてできません、彼らはそんな中バイクで移動しています。つまり、彼らはこれから不眠不休での行動を強いられることになります。だからですよ……」


「……そうね、いくらあの子達がどれだけ強くっても休まなかったら倒れちゃうわね……、でもどうして私に?あなたが行ってもいいんじゃ……」


「確かに、私が行っても構いません、ですがそれをしてしまえばここの秩序が程なくして崩れてしまうでしょう。鞠川先生、あなたにこのバスという狭い空間に閉じ込められその上飲まず食わずの状況で多大なストレスを抱えている生徒達を纏められますか?最悪……暴走しはじめた男子達に犯されますよ。だから私はここに残らないといけません、私ならそうなったとしても鎮圧も可能ですし。その事を考えると今私の弟と冴子さんを助けられるのはあなたしかいないんですよ。どうか引き受けていただけませんか?」


「……えぇ、わかったわ」


犯されるという言葉に顔を青くしながら鞠川は頷いた。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


考えてみれば、義も利も理もある話だ。彼らには一度命を救われている、もしこの場で断っても彼は残念そうな顔をして受け入れてくれるだろうがそれで彼らが死んだとなれば自分で自分を許せなくなるだろう。


しかたないなぁ、と思いつつその頼みごとを思い返していると、紫藤先生が私に頼るのは初めてだなと思い当たりクスクスと笑いながら拘束も解かれたことなので彼から離れた。


周りでは生徒達がざわついている、それもそうだろう。いきなり自分たちを引率している教師二人が抱き合って何事かを囁きあっていれば気にもなる。


「……どうしたんですか?急に笑い出して……」


「ヒ・ミ・ツ♪」


唇に人差し指を当て機嫌良くそう言って鞠川先生は最後尾の広い座席へと向っていく。その様子を浩一は少しだけ首を傾げて見続け彼女が横になったのを確認したあと、ようやく視線を外して誰も座っていない運転席へと向っていった。


「紫藤先生~、何を話してたんですか~?」


まだ暖かい運転席に座りシートベルトを閉めABCを確認していると先ほどのことを不思議に思った生徒が座席から身を乗り出して質問を投げかけてきた。


「そうですね……、俗に言う愛の告白!!といったモノでしょうか?答えはもらえませんでしたけどね……」


内容を言うわけにはいかないのでいかにも本当可のようにウソを吐き若干気落ちした素振りを見せてそう言うと……


バスが驚愕の叫び声と黄色い声で一杯になった。


「ちょ……ちょっと!?紫藤先生!!一体何を!?」


そう言いながら座席で横になっていた鞠川先生がすぐさま顔を真っ赤に染めて起き上がりこちらに転ばない程度に急いで走ってきた。


「まぁ、いいじゃないですか。このぐらい、こんな時だから明るく楽しい話題を提供してあげただけですよ。」


数時間前とは違う騒ぎ方をしている生徒達を見て嬉しそうに笑う。一部の生徒グループには通じていないようだがそれも計算通りだ。バックミラーに映っている恐らく近い未来離反するであろう今騒いでいない生徒達に目を向けた。





「紫藤先生と鞠川先生が……か、秀治先輩が知ったら喜びそうな話だな」


孝が明るく笑いながら隣に座っている麗に話しかける。


「全く、呑気なものよね、外はあんなだっていうのにそんな話するなんて……」


先ほどから浩一に鋭い視線を送り続けていた麗が軽く鼻を鳴らしてあきれたようにそう言う。

「あんた達、本当にその話信じてるわけ?」


「高城さん僕も!!」


「デブチン!!あんたは黙っときなさい!!」


「はいぃ……」


突然前の座席からヒョッコリと頭を出して高城が話かけてきた、どうやらさっきのやり取りを聞いていたらしい。彼女の隣に座っていた平野が何かを決意したように高城に話しかけたが、にべもなく一蹴されて空気の抜けた風船のようにしょぼくれてだまりこんでしまっていた。


「信じてるって……、どういうことだ?」


撃沈した平野に心の中で敬礼を送り何のことかわからなかったので質問を返した。


「ほんとぉ~にバカねぇ、観察してたらわかることじゃない。話をしてたときの鞠川先生の表情の変化を見てなかったの?どう見たって色恋の話してた顔じゃなかったわよ。それくらい自分で気づきなさいよ。まぁ、疲労とか空腹とかで頭回ってないのはわかるんだけどね……」


不思議そうに首を捻る孝に心底あきれたようにため息を吐いて丁寧に説明する。


「つまり……、紫藤先生と鞠川先生は人には言えないことを話し合っていたって言いたいのか?」


「詳しくは私たち生徒には聞かせられないような話ね。どちらにせよ明るい話じゃないのは確かだと思うわ、鞠川先生の反応から悪い事じゃないとは思うけど……」


そう言ったきり高城はアゴに手を当てて真剣な顔で悩み始めた、手持ちの情報が少ないなりにそれを纏めて考えているのだろう。


「聞いてくればいいんじゃないか?」


「無駄よ、適当にはぐらかされるのが目に見えてるわ、あの先生が何のために告白とか言ったと思ってるの?深くまで踏み込んでこれないようにするためよ、頭回ってないなりでも少しは考えてモノをいいなさいこのバカ」


「じゃあどうするんだよ」


ムッとして孝が高城に問いかけると彼女は片手でめがねをクイとあげて前を向くと


「私に任せておきなさい、今はあの先生の言うとおりに早く眠ることね。最悪明日は忙しくなるわよ」


バックミラー越しにこちらを見ていた浩一に挑むような笑いを浮かべながらそう言った。







それを見た浩一はニコリを笑い返して隣で少し涙目になりながら顔を赤くしてうなっている鞠川先生の頭を弟にするようにクシャクシャとなでつけた。


「あなたも明日は忙しくなるんですから、早く休んだほうがいいですよ。いい子ですから……ね?」


「子ども扱いしないでください!!」


そう言って撫でていた手を払いのけプリプリと怒って彼女は席へと戻っていく。それを笑って見送るとポケットに入れてあったケータイが震え始めたことに気付きそれをとった。


「もしもし、秀治ですか?あぁ、冴子さんですか、秀治は?……そうですか、それでこちらが心配になり電話をかけてきたと。えぇこちらは聞いてのとおり無事ですよ、そちらは?」


周りで騒いでいる生徒に聞こえないように小声で話を続ける。


「それはよかった。それにしても丁度いいタイミングですたね。私から電話しようと思っていたところなんですよ。……えぇ、はい、あなた達には明日の昼には床主城の城門にいて欲しいんですよ。……、理由ですか?ふふ、そのときのお楽しみということで、それでは無事を祈っていますよ。あぁ、それと秀治にあなたがあなたであることは変わりないと伝えておいてください。それではまた」


ケータイを切手ポケットに入れる、後ろではまだ生徒達が騒ぎ続けている、自分で起こしたことだが少し騒ぎすぎだと呆れて深いため息を吐いてから


「皆さん!!いい加減騒ぐのを止めて寝なさい!!何が起こるかわからないんですから体調ぐらいは整えておきなさい」


手を打ち鳴らして注意を引き付けいまだザワザワと騒いでいた生徒達を一喝する。バスのあちこちから「は~い」というなんとも気の抜けた声が返ってくる。いい具合に恐怖も消えているようだ。悪夢に魘される生徒も少なくなることだろう。鞠川先生はもう寝てしまっている。やはりよほど疲れていたのだろう。


「ここからが正念場ですね……、気を引き締めてかかりましょうか」


フロントガラス越しに見える星空を見上げ自分を叱咤するようにそう言って浩一はハンドルを握った。










「はい、そちらこそ。わかりました、ではさようなら」


電話を切って秀治のバッグの中iPhoneをしまいこむ。身を刺すような夜風の冷たさと向かい風に少し身を震わせ暖かさを求めて運転している彼の背中に顔を埋めて強く抱きしめる。きっと風を真っ向から受けることになっている彼はもっと寒い思いをしているに違いなかったから少しは暖めてやりたかった。


「なぁ、秀治」


「あん?」


「寒いな」


「あぁ……、そうやな……」


暖かくなってきたとはいえ四月の夜風は厚着とは言えない彼らの体力を徐々に奪っていっていた。学校から出てすでに8~9時間近く経過している、途中で秀治がおやつとして持っていたカロリーメイトを食事代わりに二人で分け合って食べたり奴らの居ないところに置かれた自動販売機でコーヒーを買って飲んだりしていたがそれだけで成長期の彼らが満足するはずもない。


用を足すためにしばらくとまることもあったが奴らが来ないか気を張っていれば休憩になるはずもない。空腹に眠気、そして風の冷たさが彼らの心身をともにガリガリと音を立てて削っていっていた。


「……、浩一さんが言っていたよ、あの事をどう思っていようと君が君であることはかわらないと、私も同じ意見だ。君が今どう思っていようと私は気にしない。だから君は君の道を歩けばいい、私はそれについていくよ、どこまでもな」


その言葉にピクリと彼がからだを動かして反応を示した。


「……、なぁ、昔のこと……どこまで兄さんから聞いてる?」


「君が子供として扱いをうけていなかったことぐらいのものさ、君が私の両親のことをうらやましいと言っていた意味がよくわかったよ」


「そっか、なら暇つぶし程度に思って聞け、どこにでもある不幸自慢やけどな」


そう言って秀治はポツポツと自分の過去、というより紫藤家の昔のことを語り始めた。



[19019] 番外
Name: カニ侍◆83ee4ec0 ID:080d0d69
Date: 2010/11/02 19:56
紫藤秀治の母親である紫藤智子は妄執にとりつかれて狂っていた。最初から狂っていたわけではないある男に狂わされたのだ。


愛した男を奪われ、その愛した男は自分に見向きさえせずそれどころか自分を冷遇するようになっていっている。生まれもよく才女と謳われた彼女にとってそれは耐えられるものではなかった。


故に男とぶつかった、男に振り向いてもらえるように、昔の彼に戻って欲しかったがために……、しかしそれは功を奏すことは無く、男はそれを疎ましく思い更に自分から離れていっていくだけであった。


女は荒れた、荒れずにはいられなかった、思い通りに行かないことへの不満や悲しみを忘れたいがために碌に飲めもしない酒も飲んだ。


それでもぶつかるこを止めることはなかった、何もしなくても離れていくのならば何かして離れられる方がまだマシであり後悔も少なくなるはずだからだ。


そして男はそのしつこさに折れたのか女を一度抱いた、それは唯のご機嫌取りだったのかもしれなかったが女はそれに歓喜した、一度でも振り向いてくれたからだ。




しかし、双方ともに思っていなかったことがここで起こった。女が身篭ったのだ。



それを知った女は天に昇らん程に歓喜した、これであの人がまた自分に振り向いてくれるかもしれない、昔のような関係に戻れるかもしれないからだ。女は希望に満ち溢れていた。


しかし、その希望は濡れた紙より容易く破られた。


男が全く自分に振り向くことがなくなったからだ冷遇の度合いも酷くなった。
女は問い詰めた


「何故振り向いてくれないのか」


と、それに対して男は言った


「誰の子か分からんモノを孕んだ女に振り向くと思っているのか?」


と、男は自分以外の人間を信じていない人間だった。他人が自分がのし上がるための道具にしか見えない、見ようとしない人間だった。


故に女の懐妊が男の目には余りにも妖しく映っていたのだ。
尤も、仮に自分の子であっても世話をしようとは思ってはいなかった。子が出来たからと言って女にはもう相手をしてやるほどの価値が男には無かったからだ。


「産むのも育てるのもいいがこれ以上私に関わらせるな、あぁそれと……私の風評の害になることはするなよ、もしすれば……わかっているな?」


そう言って男は女の元を去り東京へと帰っていった。もうこの家は男にとって帰る場所ですらないのだ。


女は狂った、もうどうすれば男が昔のように自分に接してくれるか分からなかったからだ。自分のプライドにかけてこのままでは終われなかった。来る日も来る日も考え抜いた。


そしてある日考えていると胎の中を何かに軽くたたかれるような感触を感じた。それはまだ名前すら考えられていなかった自分の息子が胎内から自分を蹴ったモノだった。


女は天啓ともいえる案が自分の中から湧き出してくるのを感じた。


あぁ……、そうだ自分の子だと認めず相手にしないつもりなんだったら、彼が利用しようと振り向かざる終えないほどに優秀な子に育てればいいんだ……、そうすればまた相手をしてくれるかもしれない……


女の考えは破綻していた、しかしそれに気付くことはない。かくして女の妄執はその未だ胎の中にいる息子に引き継がれることになる。


女は男が自分より優れた者を重用しないことは知っていた自分より優れた者はいずれ自分の腹を食い破ってくるかもしれないからだ。


だから初めに思い浮かんだ我が子に付ける名の意味は「あの人の次に秀でた人になればいい」であり子の名前は「秀次」としようと考えていた。


しかしそれはそれを哀れに思ったその子の兄である自分のもう一人の息子、浩一に止められた。「次に秀でている」より「治めることに秀でている」方が良いと女に言い女はそれを内心渋りながらも承諾した。


こうして名の文字とは違う意味となることを願われながらも女の息子の名前は「秀治」となった。


これが『紫藤秀治』という名を持つ紫藤智子の「人形」が産まれる前の話……









「人形」が生まれてからの教育は苛烈を極めた、もはやそれは虐待といってもよかったかもしれない。


幼稚園にも保育園にも行かせることなく自分の手で徹底的に様々な学問を修めさせた。解けなければ叱り、余りにも理解が遅ければはたいた。


しかしどれだけ「人形」の頭が良くなっても男が振り向くことはなかった、そして女はそれを「人形」が優秀ではないからだと男児さらに厳しく教育を施していく、それの繰り返しがいつしか常になっていた。


しかしそれを「人形」は悲しいを思うことはない、それが「人形」にとっての「普通」だtったからだ。


そんな「人形」にも救いはあった。自分の「兄」である浩一の存在だった。


浩一の下でだけは「人形」は「人形」として扱われなかったからだ。浩一は哀れんで付き合っていただけかもしれなかったが、「人形」にとってそれはどうでもいいことだった。


そしてそんな生活が何年も続き「人形」は大きくなり「小学校」というところに入れられる。


そこは「人形」にとって理解できない場所だった。しかしそれについて誰かに何も言うことはない、「人形遣い」に「何を思っても何も言うな」と言われていたからだ。


自分がやっている「勉学」に比べれば寝ていても理解できるほど簡単な「お勉強」
楽しそうに笑っている「同級生達」、そしてそれを暖かく見守る「先生」と呼ばれる大人


「人形」は「同級生達」に混ざって遊んではいたがソレを楽しいと思うことはなかった。人形にとって低俗すぎるモノだったからだ。混ざっているのも「周りと同じ行動をとれ」と言われていたからだけにすぎなかった。


そうやって「小学校」で過ごしているといつしか「人形」は「優等生」として周りから認識されていた。常に寡黙にして冷静、頭も良く運動もこなせた「人形」は「同級生達」にとても頼りになる存在となっていたのだ。しかし「人形」はそれをただ不思議そうに首を傾げ、何とも思うことはなかった。


なぜなら「人形」は一つ勘違いしていることがあったからだ、周りにいる「同級生達」も自分と同じだと思っていたのだ。疑問に思うこともあったがそれを深く考えることはしなかった、その先の思考を意味の無いものとして切り捨てていた。


そしてその勘違いは「授業参観」というものに砕かれ「人形」は初めて「絶望」というものの味を知った。







「人形」は周りにいる「人間」を見て思う


どうして「同級生達」は自分達の「母さん」にそんな楽しそうな笑顔を浮かべているの?


ドうしテ「父さン達」は「同級生達」ヲ蔑ンだ目デ見てナイノ?


ドウシテ「トウサンタチ」モ「カアサンタチ」モアタタカイメデ「ドウキュウセイタチ」ヲミテイルノ?







そこで初めて「人形」は「人形遣い」の命令に背いて「同級生」の一人に尋ねた


「ねぇ、君は……お父さんのこと好き?」


尋ねられた少女は何時もは全く喋らない「秀治」が話しかけたことに驚いていた様だが尋ねられた内容に幸せ一杯の笑みを浮かべて


「うん!!大好きだよ!!」


と答えた。それが今はどちらも覚えていないが「紫藤秀治」と「宮本麗」が初めて会話したときのことである。


「おじさんもおばさんも宮本さんのことが好きなの?」


その隣にいた彼女の「両親」と思われる人物に聞くと彼らは苦笑して顔を見合わせた後、暖かい笑みを浮かべて「人形」に頷いきを返した


「そう……よかったね。」


「うん!!しどう君はどうなの?」


「……どうだろう?わかんないや……」


「ふ~ん、おかしなの~」


そこで会話を適当に打ち切りその場を逃げるように立ち去って机に突っ伏すようにして眠るふりをした、もうこの光景を見ていたくなかった。


ここに「人形」の「普通」は崩れ去り自分がかなり「特殊」だということを自覚した。
そして自分がとてつもなく「不幸」であるとも知り、絶望というものの味を知る。


しかしそれを知っても自分の「生活」が変わることも無い。ただただその思いを胸に秘め続けた。


そして「二年生」になった時、「同級生」の一人の親が離婚していなくなったことを知った。
それが「人形」にとってとてつもなく甘美な響きを持った言葉に聞こえた。


そしてそれも胸にしまい込み「人形」は動き続ける。


それから数日後、兄が自分の相手をしてくれなくなった。
困惑して話しをしてみれば、


「母さんがあなたの相手をするなと言ってきました、従わない場合私はお前に対して何もしないともね」


昔から「人形遣い」は「人形」が楽しそうな顔をするのを見るのが気に障っていた。


何故私があの人に振り向いてさえもらえないで辛い思いをしているのにあの子は笑っているのだろう?私はあの子が優秀にならないから相手さえしてもらえないのに……


そう昔から思っていたが表に出すことは無かった、しかしもう我慢の限界であり、それが爆発したのだ。


「人形」にとっての唯一の楽しみを奪ってしまえばその笑顔をみることもないだろうとおもっての行動だった。それが自分の首を絞めることになるとは思わずに……





それからの「人形」の行動は速かった。





珍しく「自分の家」に来ていた「父さん」に訪ねていった。


「ねぇ父さん、どうすれば「母さん」をいなくさせることができるのかなぁ?」


と、男はその質問に少し驚きながらもそれを言う理由を聞いた。


「だって、僕にとって「母さん」はいらないんだ、いらないからすてるの、それで何か良い方法は無いかなぁって思って」


男は聞いた


「何故私に聞く」


と「人形」は答えた


「だって「父さん」も「母さん」のことがいらないんでしょ?だから何か良い方法は無いかなぁ?」


と、男は驚愕していた、「人形」の自分とよく似たその考え方に、そして同時にこれはチャンスだとも思っていた。


そして男は「人形」にある一つの案を授ける、それは誰にもばれる事もなく、自分に被害が全く来ないモノだった、そして最悪といっても良いモノでもあった。


「学校で暴れろ、「同級生」が何かしてきたら暴力を振るってもかまわん」


と、「人形」は不思議に思ったそんなことでいなくすることができるのだろうか?と、それでも「父さん」の言うことを信じて行動しようと思ったのでそれを満面の笑みを浮かべて頷いて承諾したが……その笑みは小学2年生が浮かべるものとは思えないほど歪にゆがんだものだった。



「父さん」の言うとおり学校で暴れ「優等生」の称号は地に落ちた。止めようとして寄ってきた「同級生達」も殴り、喧嘩になった。


こうして「人形」は「人形師」に反旗を翻し始める。


「人形遣い」はあわてた、「人形」がいきなりこうなった原因が分からなかった。叱り飛ばそうとも殴りつけようとも変わることはなく「人形」は暴れ続けた。





そして夜に飲む酒の量だけが静かに増えていった。





それから数ヶ月後「人形遣い」は倒れた、元々酒には弱かった体質であったのにその酒に溺れて体が不調を訴え始めても酒を飲み続けたからだ、たとえそれが命を縮めようとも飲まなければやってられるものではなかった。



しばらくして「人形遣い」は生涯の幕を閉じる、「人形」と思い通りにいかない世界を憎んで
そして「人形遣い」が居なくなったことに「人形」はただひたすら楽しそうにケタケタと哂うだけだった。自分が何をさせられたのかの意味さえ知らずに……







「人形」は「人形遣い」が居なくなって「人形」の生活が変わったかというとそうでもなかった。
操り主を失った「人形」はどう行動すればいいのかわからず「昔」と全く同じ生活を営んでいた。そして気付いた自分の周りに「昔」と違い人が全く居なくなっているということに。


「兄さん」は何故か「人形遣い」が居なくなったというのに「人形」から距離をとるようになった。
「父さん」は何も変わることなく「人形」に対して無関心を貫き続けている。
そして「小学校」の「同級生達」はここ数ヶ月を通して「人形」に全く近寄ることが無くなっていた。それは「人形」が暴れなくなった後も変わることはなかった。



「人形」はいつの間にか独りになっていた。



そしてそれから数ヶ月後、「人形」が攫われるという事件が起こる。
「人形」は攫われる時何も出来なかった自分の無力さを呪い、「誘拐犯」の要求を突っぱねて自分を見捨てた「父さん」を憎んだ。


それから2日後、警察の尽力によって何とか助け出された「人形」は他人を極度に怖れ、信じないようになっていた。


夜「人形」は鏡を見て思う


何故自分はこんな目に会うのか

何故「父さん」は自分を見捨てたのか

何故両親は自分のことを暖かい目でみてくれないのか


考えていると自然と涙が出て止まらないようになった。


なぜ……


どうして……


思考が上手く纏まらずぐちゃぐちゃになる、気付けば喉の奥から嗚咽混じりの泣き声が漏れ出していた。そして不意に自分の「普通」を壊した「同級生」の少女の幸せいっぱいの笑顔を思い出した。


羨ましい……


と思ったそして


あんな笑顔を浮かべてみたいな……


ともそう思って鏡をもう一度見ればそこには涙でグシャグシャになった顔をした自分がいた。そしてあの笑顔を浮かべようとしてみたが出来ない、出来るはずがなかった。「人形」は「幸せ」というものを知らないのだから。


なんであんな風に笑えるんだろう?


「人形」は考えて答えを出した、


あぁ、そっか……自分を愛してくれる親がいるからだ


と、思えば「同級生達」も皆同じ様な笑顔を作れていた。それがわかった時「少年」に夢が出来た「いつか暖かな家庭を得て幸せに暮らすこと」そして「自分を認め愛してくれる存在を得ること」の二つ、


「少年」の願いの片方は意外と早く叶えられることになる


「少年」の兄である浩一が何か心境の変化があったのか「昔」と同じ、いや昔より親密に接してくれるようになったのだ。そして自分を認めて愛してくれたのだ。


浩一は「少年」に自分が父から学んだことを全て教えていった、もう二度と弟を父に傷つけられないように父の手口を全て教え込んだ。


「少年」はそれを学び、いつか家を出るために家事を覚え始めた、そして他人の前に出ても身が竦まない程度に回復した後は武術を習い始めた、いざという時の選択肢を増やすために……


いつしか少年は昔の「同級生達」の顔も名前も忘れ始めていた、いや昔の記憶に蓋をして思い出さないようにしたのだ。そして自分の夢の根源となった「少女」の笑顔すら忘れ去った。



それから数年が経ち「少年」は中学校へと入っていく相変わらず周りに人がいない生活を送っていたが「少年」はそれを気にすることは無かった。兄がいれば十分だったからだ。


そしてある日「少年」はガラの悪い不良数名に絡まれる、何時も寡黙でどこか暗い感じを放っていた「少年」が良いかもに見えたのだろう。


しかしその予想は裏切られ「少年」は不良たちを返り討ちにする、少年は歓喜した、自分は無力ではなくなっていると実感できたからだ、しかしその喜びの中に自分が持っていなかったものを当たり前のようにもっていた者に対して自分が蹂躙するという暗い喜びがあったことには気付くことはなかった。



その後「少年」は不良たちに絡まれ続けることになる、その数は日に日に増えていっていた。



兄はこれを知っていたが止めはしなかった、相手が勝手に絡んでくるのだからどうしようもないと断じていたのだ、ただ弟にやり過ぎないように注意するのと、絶対に自分から手を出すなとだけ言っておいた、自分から手をだしてさえいなければどうとでもやり込めることができるからだ。


こうして誰も止める者がいなかった「少年」が「返り討ち」ではなく「蹂躙」する喜びに味をしめソレに溺れていったのは必然だったのかもしれない。


そしてその半年後、「少年」は人に殺しかねないほどの重傷を与えた。


「少年」は恐れた、人を殺しかけても「楽しい」としか思えなかった自分を、そして言いつけを破ったから兄にまた相手にされなくなるかもしれないという可能性を、


「少年」の心配は杞憂に終わる、浩一がその全てを許し受け入れたからだ、そして浩一は初めて弟に命令という名のお願いをした


「一人でもいいから友達というものを作ってください」


と、弟の話を聞き自分以外に心を許せる人間がいないから他者を傷つけても平気なのかもしれないと思ったからだ。実質、「少年」は浩一以外の人間には心を開くことはなく寄せ付けさえしていなかった。


そして「少年」は兄からの初めてのお願いをこなすために「友達」を作ろうと奮起した……が、「少年」は「友達」の作り方が全くわからなかった。


しかし、今の自分では駄目だというのは理解していた、何も喋ることは無く笑い一つ浮かべる事の無い自分では人に好かれるわけが無いのは明白だったからだ。


故に「少年」は「自分」というものを徹底的に変えた、周りから見ればそれは「変身」といっても過言ではないものであった。


目指したものは「道化」、人は自分より馬鹿そうな者を見れば無自覚で心のどこかに慢心のようなものが生まれることは知っていた。人間が親しみの沸きやすい「方言」を学んだ、言葉一つで他人が自分に近寄ってくるようになるのであれば今の「方言」を捨てることなど容易かった。


常に笑みを浮かべるように心がけた、相手の警戒心を全てこそぎ落として近づきやすくするために。尤も「少年」の常に浮かべるようになった笑みは人好きするようなものではなかったが……


世間一般で「面白い」と言われている人たちの動きをネット等で見て学んだ……どうやらリアクションが大きければ受けるらしい。


こうして「少年」は知識を集め、学び、習得していった。


が、周りの「同級生達」はその急激な変化を不気味がり全く近寄ってこようとはしなかった。


「少年」はそれを不満に思ってはいたが全て自分の自業自得といえるものだったので我慢した、いずれ誰か近づいてきてくれる人が現れることを信じて待ち続けた。


しかし、誰も「少年」に寄ってくることはなく、「少年」はゆっくりと腐り始めていく。






中学二年になって数ヶ月たったあと「少年」は人生で初めて「友人」というものを得ることになる。

ここに「紫藤秀治」の人間としての成長は始まりを告げた。



[19019] 8話
Name: カニ侍◆83ee4ec0 ID:e8dddc2b
Date: 2010/11/06 18:03




夜の誰も居ない町、いや少量の奴等を除いては生きているモノなど猫や犬程度のモノとなってしまった町に秀治たちはバイクに乗って疾走していた。
二人の顔には隠せないほどの濃い疲労が浮かんでいて顔色が良いとはお世辞でも言えないモノとなっている。


「なるほどな……これが君の昔の話の全てか……。君が私に……いや親しい人に頼らないのは捨てられるのが怖いからか?」


「まぁ、そうやねんやろなぁ……、見捨てられへんとはわかってんねんけど、もし頼ってそれが迷惑やと思われて捨てられたら、みたいなことどうしても思ってもうてな……」


どうしても頼ることができないのだと言外に言うように深くため息を吐く、兄には言っていないが一時でも兄に拒絶された記憶は思いのほか大きな傷を残していた。


「そうか……、話してくれて有難う、あまり思い出したくもない類の話だったのだろう?」


「……もっと何か詮索されるかと思ったけどあんまり聞かへんねんな」


ひたすら前に続いている夜道から目をはなして背中にしがみついている冴子に目をやった。


「私に人の言いたくない過去を探って喜ぶような趣味は無いさ、それよりちゃんと前を見て運転してくれここで事故でも起こしたらシャレではすまないのだぞ」


「……そ~かい」


本当は聞きたいことなど山のようにあるだろうに……気を使われてるなと思い思わず苦笑を浮かべて前に向き直り先ほどから目指していたガソリンスタンドへと入っていく。


「んじゃ、お前はガソリン入れるの頼むわ。ワイは休憩所になんか無いか見てくるわ」


そう言ってバイクを止めエンジンを切り自分の財布から金をいくらか抜き取って冴子に手渡す。ただそれだけの行動だったというのに右肩に激痛が奔り一瞬顔を歪めてしまった。


「わかった……くぁ」


幸い冴子はそれには気がつかなかったようだ、大きく欠伸を浮かべているその姿をみて少し罪悪感が沸いた。今冴子がここにこうしているのは自分の責任なのだから。ソレが顔に出る前に後ろを向いて休憩所へと向かう。


「ふぅ~奴等は……多分おらへんやろ、おったらスタンドに入った時点で出てきてるはずやろうし」


秀治はそう誰にいうわけでもなくブツブツと粒やいきながら暗い休憩所に入っていった。




それを見送って冴子はバイクにガソリンを補給し始める。先ほどの彼の過去について思うことが山ほどあった、しかし冴子はそれを彼に言うつもりはない


「……あのような顔をされてはな」


天井に明るく輝く蛍光灯を眩しそうに見つめそうぽつりと呟く、後ろから見た彼の横顔は恐怖と不安の色で染まっていたのだ。恐らくこの話をして自分から離れていくのではないのかと思っていたのだろう。


だから聞くのをやめた、もう言う機会もないだろうがあんな顔をした彼をさらに追い詰めるような真似はできなかった。


「母親を殺した……か」


ただでさえ疲労で集中力が切れているというのに考えごとをしてしまったからだろう、ここには自分たち二人以外に誰かがいるということに気がつけなかったのは、そしてソレが自分のすぐ後ろで息を潜めているのを気取れなかったのは。


「なっ!?」


「おっと姉ちゃん動くんじゃねぇよ、間違って刺しちまうぜぇ。クカカ、オレはついてるこんな所でこんな美人な姉ちゃんを手に入れちまうとはなぁ!!」


耳元に荒い息遣いが聞こえたと思ったときにはすでに遅かった、男のモノなのだろう太い腕に動けないように抱え込まれていた。拘束を外そうとしてもがいたが喉にナイフを突きつけられ耳元でそう囁かれ動きを止める。


しかし男にとって意外なほど女の力が強かったからだろうか?もがいた時に喉に突きつけられたナイフがすこしだけ皮膚に突き刺さりそこから紅い血がツツリと流れ出していた。


「身包みは全て差し上げますのでその人だけは解放してくれませんか?」


秀治が戻ってきたのはそんな時だった。顔には人好きするような笑いを浮かべ物腰も柔らかくそう男に話かけながら休憩所で買ったのだろう何かの缶をバッグに詰め込みこちらに歩いてきていた。


「よう兄ちゃん!!そこで止まりなぁ、この女を殺されたくなかったらなぁ!!」


突きつけられていたナイフが更に深く刺さり血が堰を切って溢れ出す、ソレを彼は何も言わずに静かに観察しているだけだった。そして冴子は表面上全く怒っていないと見える彼が激怒していることを悟った、顔こそ笑っているが目だけが別の生き物のように殺意にたぎっていたからだ。


「抵抗する者を連れては逃げるのもままならないでしょう?バイクでも何でも差し上げますからどうかその人だけは見逃してくれませんか?」


「そうはいかねぇなぁ!!こんな壊れた世界で生き残るためには良い女がいねぇとなぁ!!」


「そうですねその意見には同意してもいいですね、でもその人は私のものなのですよ、私から奪わないでくれませんか?」


顔に歪んだ笑いを浮かべながら男は冴子の体を弄り始める、先ほどから怒りで頭が湯だってどうかなってしまいそうだった、しかし冷静さだけは手放すことなどできない、今自分が下手な行動をすれば彼女を永遠に失いかねないからだ。


「ハッ!!奪わないでくださいだぁ?そんな頼みごとだけで自分の大切なモノを奪われなくなるとでも思ってんのかよ兄ちゃん、オレは奴等に家族を奪われて!!奴等になった家族を殺してきてるんだぜぇ、だからオレも奪ってやる!!そのヘラヘラした顔が絶望に歪むさまをオレに見せてくれよ兄ちゃん!!」


冴子の喉に突きつけたナイフを秀治に向けてピッと突きつけるようにむけながらゲタゲタと哂う、しかし男にとって不幸だったのは今自分の腕の中にいる冴子が自分の思っているような獲物ではなかったことだろう。


「ふっ!!」


「ぐがぁ!?げぇ!!」


その隙を見逃すことなく冴子は男のつま先を踵で踏み抜き痛みの余りに腕の拘束を緩めた瞬間体を捻って抜け出し男の方に向き直り、男の腹に腰だめに構えた拳を突き刺した。


男はたまらず地面に膝をついて胃の中に入っていたモノを全て吐き出していく、尤も男は何も食べても飲んでもいなかったのか吐き出したものは胃液だけであったが。


「形成逆転というモノですか……、さて人の女に手を出した覚悟はできていますか?出来ていないわけがないですよねぇ?うん?なんです冴子?」


「ここは私に任せて欲しい」


「……そういうなら私は何も手出しはしませんよ」


先ほどまで笑顔の直ぐ下に隠していた殺意や怒気をあたりに撒き散らしながらゆっくりと蹲っている男へと近づいていく秀治を冴子が止めた。このままでは彼がまた人を殺めてしまうことが理解できたからだ。


秀治に代わり今度は冴子が蹲っている男へと向かっていく、ツンとした刺激臭が鼻についたがそれを気にすることなくこちらを恨めしげに見上げる男に視線を合わせる為に自分も膝をついた。


「……私も肉親を失ったことがあるから悲しみの一部は理解できるさ、狂ってしまえる程に家族が愛おしかったのだろう?ならこんな事をするのは止めることだ、こんな事をしていても死んだ君の家族が喜ぶことはないと私は思うよ、死んでも家族に誇れるように生きるべきなのではないか?」


「てめぇに!!オレの何がっ!!」


「わからないさ、君にこう言うのも私の唯の自己満足だ。でも心に少しでもいいから留めておいて欲しい、、生きろ、死んだ君の家族の分までな。私が言えるのはこれだけさ」


「ッ!!」


最後にそれだけ言って冴子は彼が待つバイクの所に戻る、後ろでは男が悔しげに顔を歪め自分の手が傷つくのも構わずに地面に拳を振り下ろし続けていた。


「……首大丈夫か?一応これ貼っとくぞ」


「あぁ、ありがとう……ひぁ!?秀治何を!?」


「ジッとしとれ消毒代わりや」


傷口を確認して既に血が止まっていることに安堵の息を漏らした後傷口の部分をなめあげる口の中に鉄臭い味が広がった、当然冴子は暴れたがそれを押さえつけ傷口の周りを綺麗に舐め上げた後にバッグから取り出していたバンドエイドを貼り付けた。


「あまり意味が無いと思うのは私だけかな?」


「ん、そうやなあんまり消毒としての意味はないな。まぁマーキングとでも思ってくれてもかまえへんよ、お前は誰にも渡さんっていう意思表示とでもおもってくれたらな。それにしてもスマンな、こんなことならワイがこっちに居ればよかったわ」


「油断した私も悪いさ、そう気にするな。それにしても何も言わないのだな?」


「はっきり言って納得はいってないよ、でもやられたお前がアレで済ませたんやからこっちがそれ以上口出しするんは筋が違うとおもってな、ほらガソリンも入れ終わったしいくぞ」


「まてよ、姉ちゃん」


秀治はバイクに跨ってキーを挿しこんでエンジンをかけながらそう言った所で蹲っていた男が冴子に声をかけた。秀治がソレに不快気に顔を歪め何かを言おうとしたのを手をあげて制した


「どうした?」


「襲って悪かったな……、それだけだもう行っちまえ、てめぇらの顔なんざもう見たくもねぇよ」


男は冴子に対して軽く頭を下げると蚊でも追い払うかのように手を振って二人に背を向けてスタンドの外へと歩いていく。冴子は少しだけ顔を綻ばせてそれに対し


「そうか、達者でな」


とだけ答えた、男はそれにただ手を上に大きく上げてそれに答え夜の街へと消えていった。


「ほれワイらも行くぞ」


「そうだな行こうか……」


二人も最後にこの言葉をかわした以降何も言わずに男とは別の方向へとバイクを走らせて夜の街へと消えていった。








後書きというよりおまけ



学園黙示録のOP曲を登場キャラ風に解釈してみた(問題があれば消します)


紫藤秀治で2番



何が正義で何が悪だとか、そんな概念なんて無くなってしまうのだろう。たとえ悪だとわかっているにせよ生き残れればそれが正解だと言えるからだ、善悪など気にしていてはこの世界では生き残ることなど出来ないのだから。

いつか自分も絶体絶命の場に取り残される時が来るのだろうか?もしそうなったとしても最後の言葉なんていう陳腐なものを残すつもりはない、そこを自分にとっての最後の場にするつもりなんて更々ないのだから、死の運命とて抗って覆してみせようその為に力をつけたのだから。

昔から欲しかったモノは何とでもない唯の平穏で幸せで楽しい日常だった……、それをようやく手に出来る所に来れて満足していたというのに……。

しかし今(リアル)の何処にそんな現実(フィクション)が在るというのだろうか?そんなモノはもう存在しない。在るのはただ血に濡れなければ生きられない日常だけなのだから。

昔の常識なんて叩き潰していった今(リアル)を見据えて奴等を切り払って生き延びた、迷うことなんてない迷えば死ぬだけだったからだ。

崩れていった「何時も通りの日常」という世界の先で何を教えられるのだろうか?何を聴かされるのだろうか?もしそれが歩みを止めてしまうようなものならば耳を塞いで目を閉じてしまおう。ほら、こうすれば何も見ることも知る事もない。いづれは知らなければならない事でも後で考えればいいんだ、そうすればとりあえず今を歩き続けていられる。

こんな世界では儚い夢だということはわかっているそれがどれだけ貴重なものなのかも……、しかしそれを諦めるつもりは毛頭ない。ただ一つの夢の為に歩き続けよう。
夢を叶える為ならば何も言わず誰にも知られないように罪を犯そう。それで得られるというのならば安いものだ。

目の前には昔と変わらず無限の選択肢が広がっている、ならば自分にとって最善の未来を引き寄せる為にそして大切な者達を守るためにどのような選ぼうじゃないか、生きている限り自分は夢を諦めるつもりはないのだから



[19019] 9話
Name: カニ侍◆83ee4ec0 ID:e8dddc2b
Date: 2010/11/18 22:47

「おや?高城さんまだ起きていたんですか、さっきも言った通り寝不足は美容の大敵ですよ」


時間はすでに3時をまわりバスの中は静まりかえっている、起きているのはバスを運転している浩一とその直ぐ横に立っている高城沙耶の二人だけだ。


「さっきあんたが鞠川先生と話してたこと、吐いてくれるかしら?」


高城は浩一の言っていることを無視してそう切り出す。


「何のことでしょうか?あれはただの告白ですよ、踏み込んでくるのは野暮だとは思いませんか?」


「えぇ、そうね私もそう思うわ……、それが本当に告白だったのならね」


そう言って高城が眼鏡を中指で押し上げ後ろ手に隠していた釘打ち機を浩一の頭に突きつけた。


「もう一度言うわ、吐きなさい、あんたが本当に話していたことを、一体何を企んでいるのかを」


「……、まさかそんなモノを持ち出してまで来るとは些か予想外でしたよ、いや予想以上と言うべきですか。もう少し平和に話が進むと思っていたのですが……」


浩一は少し驚いたような眼をして横目で高城を見つめた後、自分の頭に突き付けられたモノに全く怯える様子もなく笑みを浮かべる。


「あんたは私が皆が寝静まった後に機器に来ることがわかってた、それに初めから私を、いえ私達を巻き込む話も言うつもりだった……そうでしょう?くだらない前置きはいいわ。早く本題に入りなさい」


「その前にそれを下ろしませんか?あなたの細い腕にソレは重いでしょう?」


「それもそうね、こんなモノただの小道具に過ぎないんだし、あんたが正直に言うなら元から必要のない代物だしね」


高城は何のためらいもなく釘打ち機を床に置き今までソレを持っていた右腕を揉み始める、やはり重かったのだろう。


「何のためにもってきたかお聞きしても?」


「……わかってて言ってるでしょ、アンタ……、交渉ごとは常に相手と同等か優位に立っている時にするもの、今は陳腐だけどこんなやり方しか優位に立てないから持ってきただけ、あんな野蛮なやり方は趣味じゃないんだけどね、それにしても銃突き付けられて動じないなんてアンタも大概バケモノね」


浩一がクツクツと笑いながらそう言ってきたのでため息と共にそう返した。


「いやですねぇ、褒めても何も出せませんよ?」


「褒めてないわよ、それよりいい加減本題に入りなさいよ」


「そうですね、入りましょうか、簡単に纏めると私の弟と冴子さんの救出依頼ですよ、彼女はここの近くに良い家の鍵をもってますから」


「へぇ、あの二人にねぇ……それで?私たちに何をしてもらいたいの?」


寝ている生徒を起こさないように隣にいてようやく聞こえる程度まで声を抑えて話し合う、誰かに聞かれることは絶対にあってはならないのだから。


「彼女の護衛を、そして彼らと合流した後行動を共にすることを」


「その話、私たちに何か見返りはあるのかしら?」


「飲み物に食事、風呂、よく眠れるベッドぐらいでしょうか?移動手段としてハンヴィーがあります」


「命を賭けるにしては安すぎると思うんだけど」


冷たい眼で運転席に座る浩一を見下ろしてそう尋ねる、確かに奴らの蔓延る外に出るにしてはこの対価は安い、安すぎるといっても過言ではない。


「確かにそうですね、しかし後ここで何日過ごすことになるのかは私も知らないことです、それを考慮に入れて頂ければ……飲んでも構わないぐらいの条件にはなるのではないでしょうか?もしかしたら橋を渡れないという可能性もありますよ」


橋を渡ったとしてもそこに避難所があるかどうかわからない、いや浩一自身は確実にあると思える場所は知っているが言うつもりはなかった、そこの場所を言ってしまえば彼女は確実にこの話を蹴るからだ。


「……、あるかどうかも分からないモノに期待するより目の前の確実なモノを手に入れろといいたいのかしら?私としても親の安否は早く気になる所なんだけど」


「私としても引けないのですよ、見す見す弟を殺す決断を下すことはできません。貴方達が行かないというのならば私が一人で行くまでです」


「ッ!?それの意味……わかってて言ってるの?」


「もちろんですよ」


これが遠まわしの脅しであることを高城は理解していた、このバスはもはや浩一一人のみで成り立っているといっても過言ではないのだ。バスに乗っている生徒の心の拠り所と化していると言ってもいい、それが抜けるようなことがあれば……待っているのは崩壊だけだ。


「……、わかったわ、呑もうじゃないのその話、貸しにしといてあげるわ」


「有難うございます、生きていればいつか返しますよ」


「必ず返しなさいよ、で?どうやってこのバスを降りろっていうの?」


「私が一芝居うちますのでそれに乗ってくださるだけで結構です」


「あんたの言うことに反対すればいいわけね、それじゃ私はもう寝るわ明日は忙しくなりそうだし……あんたこれから頑張んなさいよ、荒れそうなやつが何人かいるから」


「ご忠告どうも、しかし大丈夫ですよ。私が弟を糾弾してバスから追い出した人たちに容赦するわけ……ないじゃないですか」


人好きする笑みから薄ら寒いものを感じさせる笑みへと表情を一転させ舌なめずりをし歯向かえば情けはかけないとでもいうように手をゴキリと鳴らす、高城はあたかもそこに蛇がトグロを巻いて獲物を待ち受けている虚像を見て思わず背中に冷たいものが奔り身を震わせる。


「どうかいたしましたか?」


「--ッ!?何でもないわよ!!」


心配げにこちらを見つめる彼の顔に先ほど感じたものは何も残されていない、彼女は心の中でもう一度バケモノめと密かに毒づきながら動揺を悟られまいと気丈に席へと帰っていった。


「……さて、これでもし宮本さんが動かなくても彼女が動く……、私があなたにしてあげられる最後のバックアップになるかもしれません、生き延びなさいよ秀治」


浩一は窓の外に見える星空を見上げながら同じ空の下どこかでバイクを走らせているであろう弟に向かってそうポツリと呟いた。









あとがき


あまりの感想の少なさに心が折れるかと思いました。最初にスパムが来て全く感想がこないことにかなりくるものが……
プリーズギブミー感想です。



[19019] 10話
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:080d0d69
Date: 2010/11/18 22:45


浩一は目の覚めた鞠川先生と運転を代わり生徒の前で演説を行っていた、内容は団結力の大切さとリーダーの必要性だ。


「始まったわね……、ほら起きなさい、いつまで寝てるつもり?」


「んぁ?……あぁ高城さん、おふぁようございまふ」


後ろで浩一の言う「芝居」が始まったことを確認して未だ隣で大口あけて爆睡していた平野を揺さぶり起こす、これから働いてもらわねば困るのだ。


「よだれ、たれてるわよ」


「あぁ……」


まだ寝ぼけているのか平野はポヤンとした表情をしながら袖で口元を拭う、これがいざ戦闘となれば人が変わったようになるのだから人間とは分からないものである。


「しっかりしなさい、これから忙しくなるわよ」


「忙しくって……何でですか?」


眼が覚めたばかりでうまく状況が飲み込めていないのか不思議そうな顔をして首を傾げている。


「後ろを見ればわかるわ、アイツ、このバスを正式に自分の指揮下に置くために動き始めたみたい」


「アイツって……紫藤先生のことですか?」


「他に誰がいるって言うの?」


高城が指を刺したところでは浩一が熱弁を振るいどれだけリーダー無き集団が危険かということを説いていた。


「えぇ、そうよ、生徒を自分に心酔させて大勢を味方につけてこれから起こること全てをある程度コントロールする気でしょうね、下手したらこれから何もできなくなるわよ」


「……友愛しましょうか?ってあれ?杭打ち機は?」


平野が目を鋭くして浩一を睨むようにして見るが昨晩寝る前に置いていた杭打ち機が無くなっていることに気がつき慌てはじめた。


「ここよここ、ちょっと見させてもらっていたのよ」


「へぇそうなんですか……でもコレの何を見るっていうんです?ただの釘打ち機ですけど……」


「何だっていいでしょ!!私が一々アンタに説明する義務でもあるっていうの?このデブチン!!」


「ないであります!!サー!!」


「だぁれがサーよ!!」


「お前ら……仲良かったんだな……」


突然前の座席で始まった寸劇に孝は目を丸くして意外そうにポツリとそう呟いた。


「だっ!!誰がこんなデブチンと!!」


我に返って周りを見渡して見ればいつの間にかこちらに来ていた鞠川先生と宮本が生暖かい視線を向けてきていることに気がついた。


「で?結局どうだったんだ?」


「え……な、何がよ?」


「昨日のアレだよ、ほら紫藤先生の」


「あぁアレ、私の勘違いだったみたい、聞きに行ったらさんざ惚気話聞かされたわ、全く骨折り損もいいとこ、いいわよね~鞠川先生あんな出来る男に慕われちゃって」


両手のひらを上に向けてため息を吐いた後そう嘘をついた、ここで煙に巻かれたなどと言えば目の前で顔を赤くしている彼女に質問されるのは明らかだ、それだけはあってはならない。確実にばれてしまうからだ。


しかし孝はこれから大丈夫なのだろうか?今も「高城は難しく考えすぎだよ」と笑っている、単純なものだ。こんなことでこれから先生き残っていけるのか不安になったがその分自分がしっかりしていればいいと思い直し……これからの苦労を思って思わずため息が出た。


「えぇ、そうね、ちょっと追い詰められてたみたい。それよりも小室、これからどうするつもり?」


「どうって……何がだよ?」


「このままなし崩しでアイツの下につくのか、それとも昨日の先輩達と同じようにバスを出るのかよ。私は出るわ、アイツの下にもつきたくないしあいつ等と一緒に行動もしたくないから」


「高城さんが行くなら僕も……」


「アンタも来るの?なら奴らの相手は任せたわよ」


「任せてください!!何があっても弾の続く限り守って見せます!!」


「おいおいお前ら、なんでバスを出る必要があるんだよ、紫藤先生についていったらいいじゃないか」


「私も嫌よ、アイツの下につくなんて絶ッ対に嫌、ねぇ孝、いっしょにバスをおりましょうよ、この機会を逃したらきっともう降りるなんて出来ないわ」


「麗……、お前までいったい何を……、ッ!!大体外に出てどこへ行こうっていうんだよ!!」


孝は周りの友人達が全員バスを降りるといっているのにわけが分からないとでも言うように左手で頭を掻き毟りそう反論する。


「えっと~、私の友達のお家がこの近くにあるから連れていってあげてもいいわよ?ここであなた達が出て行ってもし死んじゃったら私も紫藤先生も悲しいし、それに生徒を守るのは先生の役目だものね」


「鞠川先生まで!?あぁ、もう!!わかったよ!!降りる、降りるさ!!お前らと一緒に降りればいいんだろ!!……全くなんでこうなったんだか……」


半ばヤケになってそう言った孝はバスの天井を仰いで顔を手で覆う。こうなった時に他人を見捨てられない所が彼が人が良いと言われる所以なのかもしれない。別に彼にはバスを降りるほどの理由なんてないのだから。


「決まりね、じゃあ早速行動に移すわよ、ちょっと紫藤先生!!」


「ですから……っと、何ですか?高城さん」


自分の名が呼ばれたことに気づき演説を途中で切り上げてこちらを向く、彼としてもこれからが本番なのだ。


「悪いけどアンタと一緒に行動するのはここまで、町にもついたし私達はバスを降りさせてもらうわ」


「………………なんですって?」


浩一は浮かべていた笑みを引き攣らせた状態で固まり信じられないという顔をする。それはわかっていても演技とは思えないほどの真に迫ったものだ。ソレと知っている鞠川先生も少し困惑しているような顔をしている。


「自分が何を言っているかわかっているんですか?外がどれだけ危険か理解できないあなたではないでしょう。奴らがいるんですよ」


自分が全て仕組んでいることとはいえ浩一は手を抜く気はサラサラ無い、周りに怪しまれるわけにはいかないからだ、尤も彼女ならば本気で相手をしても大丈夫だという確信があった、恐らく彼女は弟と同じことをするつもりだろうと当たりをつけているからだ。


「そんなもの当然わかってるわ、でも私はあんたと違って足手纏いになる連中連れ歩く程お人よしじゃないの、わかる?」


どうやって口で浩一に勝つのは恐らく今の自分では不可能に近い、だからこそ高城が選んだのはいたってシンプルな答え『浩一を相手どることはしない』ということだ、つまり先日ここを出て行った先輩と同じことをしてやればいい。


挑発して突っかかってきた者と派手にやりあえば良いのだ、それだけで周りは勝手に納得してくれる。


「おい高城ぃ……それはオレ達が足手纏いだって言いてぇのか?」


「えぇ、そうねその通りよ、喚くだけで何も出来ないバカとこれ以上一緒に行動していたくないの」


「んだとゴラァ!!天才だからって見下してんじゃねぇぞ!!」


学校で一度コレと同じ状態になった時はほとんど賭けに近いものがあり不安ではあったが、今は絶対の安心をもってこういう策を実行に移せる、なぜなら今の自分には


「それ以上高城さんに近づいたら撃つ!!」


戦力的に足手纏いだった自分をこの地獄が始まってからずっと守り通してきた優秀といっていいボディガードがいるのだから。


「ハッ!!てめぇに俺が撃てんのかよ、バカにされてもヘラヘラ笑うだけで抵抗もしねぇお前によぉ!!」


「…………、そう言うんだったらもう一歩足を進めたらどうかな?足……止まってるよ」


釘打ち機の照準をガラの悪い少年に向けたまま高城を守るように前に出る。


「あぁ……お前の言う通りだよ……、オレはバカにされても何もせずただガマンしてきた……、普通に暮らしたかったから……普通に生きていたかったからずっと……ずっとガマンしてきたんだ!!」


「でもそんなモノに価値はない……、普通に生きていける世界なんてもう存在しない、普通なんてもう何の意味もない!!だったらオレは撃てる!!奴らでも!!たとえそれが生きている人間であってもオレ達の邪魔をするならオレは誰だって撃つ!!」


学校で過ごしていた時からは考えられないほどの平野の剣幕と気迫に少年は気圧されていた、しかしそのまま尻尾を丸めて逃げるようなことは彼のプライドが許すことはなかった。少年にとって平野はただの昼行灯でありソレに怯えたなどということは許せることではないからだ。


「面白ぇ、撃てるもんなら撃ってみろよ平野ぉ!!」


「二人ともそこまでにしていただけませんか?生きている者同士で争いあっても仕方がないでしょう」


さらに一歩足を踏み出そうとした少年をタイミングを見計らっていた浩一が後ろからその両肩を掴み制止した。流血ざたにまで持ち込む必要は無いからだ。


「し……紫藤先生」


「チッ……」


浩一が介入したことに金髪の少年は怯んだように退き、平野は残念そうに舌打ちをした後高城の後ろへと下がっていった。


「しかし困りました……、どうも貴方達にこれ以上団体行動を求めても無駄なようですね……外に出るとして生き残る公算はあるのですか?」


「そのことを考えてない私だと思う?」


ほとほと困ったという顔つきでため息を吐きながら浩一がそう聞くと高城は豊満な胸を張り真っ直ぐの彼の顔を見つめてそう答えた。それを聞いて浩一は頭が痛そうに手を眉間にやり深いため息を吐く。


「鞠川先生!!私の代わりに彼女達の保護者役をお願いして良いですか?ここで彼らだけで放り出すというのも気が引けますから……」


「え!?わっ私!?えっと、えっと~、わ、わかりました~」


「有難うございます」


いきなり自分が呼ばれるとは思っていなかったのかワタワタと慌てたあと鞠川先生は敬礼の真似事をしてそれに答えた。浩一はそれに生暖かい眼差しを送りながらニコリと笑って礼をいった。


「さて、あなた達には一つ誓っていただくことがあります、これを了承しない限りバスから降ろすつもりはありませんよ」


「……内容によっては力ずくでもバスを降りさせてもらうけどそれでもいいかしら?」


浩一がゆっくりと高城に近づいてくるのに反応して平野は釘打ち機を構えるがソレを察した高城が片手を上げてそれを止める。


「構いませんよ、絶対に断れませんから」


「へぇ?それはどうかしら?」


どんな無理難題を吹っかけてくるかと身構えて挑戦的な笑みを浮かべてこちらを睨んできている彼女に友好的な笑みを浮かべて向かい合う。


「絶対に生き残ること、何が最善かという思考を止めないこと、そしていつも心に余裕を持つこと、例えそれがどれだけ追い詰められた状況でも……です。足掻きなさい、頭の良いあなたならばきっとその時の状況をひっくり返すような妙案を出すこともできるでしょう」


まさか助言を与えられるとは思っていなかったのか鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。それを見た浩一は苦笑してつい弟と同じように頭をクシャリと撫で付けた。


「そっ、それくらいわかってるわよ!!っていつまで撫でてるつもり!!」


「おっとこれはすいません、弟のせいで撫で癖がついてしまっていてつい。まぁ、その調子ですよ、あなた達もこの事を心得ておきなさい」


払いのけられた手を見て軽く笑いながら謝罪し、後ろにいる面々にも念を押しておく。そして未だに猛っている彼女の横をすり抜け


「ではまた生きて会いましょう、幸運を祈っていますよ」


奴らがいないことを確認し、バスのドアを開いた。





[19019] 11話
Name: カニ侍◆83ee4ec0 ID:080d0d69
Date: 2010/11/19 15:27

バスを下りたあと小室一行は鞠川先生の言う「お友達のお家」へと偶に襲ってくる奴らを蹴散らしながら順調に進んでいた。


「先生さっきから何度も周り見回してますけど……何か探してるんですか?」


「ん~、ここ辺りにいるはずなんだけどな~」


「いるって……何がですか?」


「それは会った時のお・た・の・し・み~」


先ほどからキョロキョロと何かを探すような素振りを見せていた鞠川先生に肩に金属バッドを担いだ孝が怪訝そうな表情でそう尋ねるが彼女は顔に悪戯っ子のような笑いを浮かべそれに答えることはない。


「会うって……こんな所に誰がいるっていうんだろうな?」


「私が知ってるわけないじゃない」


「それもそうだな」


隣を歩く高城に尋ねるも突っぱねられてしまう、まぁ彼女が知っている筈もないので孝は少しだけ肩をすくめてため息を吐いて上を見上げる、高くそびえたっている床主城といつも通り青々とした空が広がっている、時間で言っても今は朝なので色が変わり始めるのもまだまだ先の話となるだろう。


「なぜ君はいつもこういう事を私に黙っているのだ!!」


「お前がバイク運転できるんやったら言っとったわ!!運転できる奴が一人しかおらん以上そいつが無理してでもやるしかないやろうが!!」


「くっ……、例えそうだとしても患部を冷やすぐらいのことは出来ただろう!!無理をして倒れでもしたらどうにもならないのだぞ!!」


城門に差し掛かったところで二人の男女が怒鳴りあう声が聞こえてきた、こんな所で怒鳴りあうなんて奴らが怖くないのだろうか?それにしても聞こえてくる声はどちらとも聞き覚えがあるような気がしてならない。ふとあの二人の顔が浮かんだがすぐに頭から追い払う、あの二人がこんな所にいるはずが無いからだ。


「あ~!!やっと見つけた~!!」


その声に首を捻っていると先ほどから何かを探していた鞠川先生が顔を輝かせて城門へと飛び出していきここからは死角になっていて見えない所に飛びついていった。


「も~心配したんだからね~、無事でよかったぁ!!」


「――ッ!!奴らか!?」


「鞠川校医!?何故ここに……」


「ハァ!?鞠川先生!?アダダダダダ!!イタイイタイイタイ!!抱きしめんのやめて!!右腕がっ右腕がぁ!!」


何やら場がいい感じに混沌としているようだ、言うなれば周りに流れていたBGMがシリアスなモノからコミカルなモノへと変わったというものだろうか?少し動揺している他の面々と顔を見合わせ重々しく頷いた後、一番城門に近いところにいた自分がそ~っと首だけ出してその場の確認をしてみれば……


「秀治先輩に毒島先輩!?どうしてここに……」


思わず口から声がでてしまう。そうそこには先ほど頭をよぎっていった昨日別れた二人と今飛び出していった鞠川先生がいた。詳しく言えば驚いた表情で目の前の出来事にオロオロとしている毒島先輩(かなりレアな姿かもしれない)と後ろから鞠川先生に抱きつかれて絶叫している秀治先輩がいた。


中々にカオスだ、孝は目を揉んでからもう一度見るが彼が期待したような幻でも何でもない、目の前に広がるのはいつも非情な現実だった。孝はその光景を見なかったことにしようとして首を引っ込めようとしたが


「そこにいるのは小室君か!!もしやバスに何かあったのか!?」


「何ぃ!?って痛い!!痛い!!ちょ!?マジではなして!!」


「だめよ~お兄さんをあんなに心配させて~そんな悪い子にはお仕置きだべぇ~♪」


冴子に見つかりこっそりと逃げるという選択を排除する。冴子は先ほどの驚いていた表情から一転して猛禽を思わせるような鋭い表情へと変わり自分に対して真に迫った声で問いかけてきたが……、自分と彼女の間にいる二人のせいで何か台無しになっていた。


「いえ……そういうわけではないんですけど……アレ止めないんですか?」


「構わないさ、奴にとってもいい薬だ、全く肩の怪我について私に話していなかったとはな……」


「ヤッターマン!?年が知れ……ぐがぁぁあ!!無言できつく絞めんのやめて!!……あっ!?でも背中に幸せな感触が……」


冴子はやれやれとでも言うように眉尻を下げてため息を吐いていた……がその顔といっている事が秀治の言ってしまった事ですぐさま塗り替えられる。


「えぇい!!うるさいぞ!!秀治!!今大事な話をしているんだ静かにしろ!!大体いつまで鞠川校医とくっついているつもりだ!!さっさと離れろ!!」


下げた眉尻をギチリと音が鳴りそうなほどに吊り上げくっ付いている二人を引き剥がしにかかっていく。孝の中でいつも淑やかで男子生徒の憧れだった先輩像にヒビが入る音が聞こえた気がした。


「うぇ!?こっちに言う!?せめて抱きついてる方に言おうや!!」


そう言って反論を始める秀治だったがその顔は孝が見ても先輩の方が悪いと言えるほどに緩んでいた。


「ならその伸びきった鼻の下を何とかしろ!!見ていて腹が立つ!!鞠川先生もいい加減に離れてください!!」


「ん~いいわよ~ちょうど触診も終わったし、どうやらただの打撲傷のようね、肩の骨とかにヒビとかはいってないようだから大丈夫よ。先生特性の薬を塗ればすぐに治っちゃうんだから♪」


「うっそ!?今のが触診!?」


驚いたことにただふざけて絞め付けていたのではないらしい、度々場所を変えては絞め付けていたので嫌がらせで最も痛がるポイントを探していただけだと思っていた。
彼女はそう言ったあとパッと離れていくと共に右肩の痛みと背中に感じていた素晴らしき感触が消える、少し惜しいなと思う


「素晴らしき母性を見つめてまうのは男の性なんよ……だから冴子そんな笑顔で見つめるのはやめてくれんかの?」


「うん?私は君が何を言っているか全く理解できないなぁ君の勘違いじゃないのか?」


口調こそ柔らかだが感じさせるのはその真逆といってもいい。どうやら肩の事を黙っていたのと今の事を合わせてかなりご立腹のようだ


「さて……お遊びはここまでにして、何でお前らここにおんの?」


無言の圧迫の中秀治は今近くにいるのは不味いと判断して……小室達一行の事情を聞くという手段で逃げに走った。











鞠川先生が機嫌良く先頭を切ってバイクを押して歩いていくのに追従しながら互いにこれまであった事を話して情報を交換していく。中には合流してからずっと秀治に向かって敵意を叩きつけている者もいるが他はそれなりに友好的な雰囲気で談笑している。恐らく合流したあとに配った缶コーヒーが一役かっているのだろう。



「なるほどねぇ、まぁ災難やったの小室」


「本当ですよ……皆バスを出るって聞かないんですから、それで先輩達はどうしてあんな所にいたんですか?」


「ん~、兄さんに昨日の夜辺りにそこに居れって言われたからやの。どうもお前らが出て行くこと見越してたみたいやなこりゃ」


それともそういう方向へと兄が持っていったかのどちらかだが此れは思うだけで口に出したりはしない、別に自分達いや自分に警戒心を持たせる必要は無いのだから。


「うわ……ってことは先生も……」


「あはは……昨日紫藤先生に頼まれちゃって……」


小さく舌をだして鞠川先生がそれに頷く、それに対して孝が参ったとでも言うように右手で頭を掻いて肩を落としため息を吐く。


「ん、まぁ気にするだけ無駄やの。兄さんが何考えてるか読もうなんてワイにも出来んことやからの。この話は終わりにしよか……どうやら着いたみたいや」


前を見るとバイクを引いていた鞠川先生が困ったような顔で目の前のメゾネットを見上げていた。「お友達のお家」が「奴らのお家」になっていることは考えていなかったようだ。


「……結構いますね」


「ん~、まぁ問題ないやろ、これくらい。あぁそうそう、災難続きで悪いけどこの面子のリーダーお前やれや小室」


「えぇ!?なんで僕が!?」


「ワイがやったら言うこと聞かなさそうなのが一人おるし……、何よりお前以外の連中のことを全くと言ってえぇほど知らん。冴子も同じくな」


「そしてそれは君達にも同じことが言える。私達のことなどほとんど知ってはいないだろう?ならば両者のことをある程度はしっている小室君が指揮をとったほうがいいということさ」


「その通り、で?お前らはそれでえぇか?」


秀治は冴子が続けて言った言葉にわが意を得たりと大きく頷いたあと他の面々の同意を求めた


「別にいいんじゃないの」


「高城さんがいいんだったら、僕も別に異論は……」


「私はそういうの向いてないし、皆がそれでいいって言うんだったらいいんじゃないかしら?」


「孝やりなさいよ」


まさに満場一致、反対の意見なんて存在すらしていなかった。


「皆!?「満場一致やから拒否権は無いと思っとけよ、すまんな」……」


全員の反応が予想外すぎたのか孝が慌てて何かを言おうとする前に秀治が逃げ道をバッサリと切り捨てる。孝がジト目で秀治を睨みつけるようにして見るがいい笑顔でサムズアップが返されたのを見て何を言っても無駄だと判断したのかため息を吐く。


周りを見回しても同じような反応が返ってくるだけで、いや鞠川先生と平野は顔ごと目をそらしたのを見るとどうやら罪悪感らしきモノは一応あるようだ。そして最後に見るのは自分を上目遣いで見上げてきている麗。その目はただ「リーダーになって」とだけ伝えていた。


とどのつまり、孝には初めから断れるような道は無かったのだ。


「……はぁ、わかったよ、頼りないかもしれないけど僕みたいな奴でいいならやってみるよ」


ため息と共に了承を示す。孝は目の前の彼女がパァと目を輝かせたのを見て苦笑する、彼女が喜んでいるのを見ると自分まで喜んでいるような気がするからだ。まぁ男なんてそんなモノなのだろう。


「じゃあ皆、さっさと奴らを片付けてゆっくり休もう、旨い飯に風呂そして柔らかい布団が僕らを待っている!!」


多少ヤケになってそう叫び近寄ってきた一匹をバットでホームランする。今まで思い通りにならないことだらけで鬱憤がかなり溜まってきているのだから奴らで晴らしてもバチはあたらないだろう。
奴らをかっ飛ばしたバットをそのまま奴らの蔓延っているメゾネットへと向ける。


「行くぞ!!全ては僕らの衣食住の為に!!」


「「「「衣食住の為に!!」」」」    「い……衣食住の為に~」


「………………バカばっかりだわ、ってか何で毒島先輩まで言ってるのよ。キャラが違うでしょキャラが……」


孝の号令の下に一斉にメゾネットへと突入していく、プライドが邪魔をして孝の悪乗りに乗るに乗れなかった高城が呆れたようにそう言ったのが辺りに虚しい響きを残していく、断じて自分だけ乗れなかったので疎外感を感じているわけではないのだ。
ちなみに冴子は普段からそんな悪乗りが大好きな人間が近くにいるために慣れてしまっただけである。




後にこれは彼の黒歴史として仲間内で偶にからかわれる絶好のネタと化すのだが、神ならぬ一少年である孝にはそれを知る術はなく、将来悪ふざけで秘密裏に書かれることになる
「ハイスクールリーダー伝 タカシ!!  作者 平島高藤」というふざけた名前の作品がよもや思い人と結ばれる時に読まれるとは想像だにしていなかった。















後書き


皆!!オラに感想を分けてくれ!!



[19019] 12話 前編
Name: カニ侍◆26fb4f3c ID:080d0d69
Date: 2011/01/22 03:30



奴等が自分達の「日常」というものを文字通り食い荒らしていった日から漸く一日半が経過し小室孝をリーダーとした一行は鞠川先生の案内したメゾネットにて2回目の夜を迎えようとしていた。


「わ~!!おいしそ~!!」


テーブルの上に並べられた料理の数々(和食メイン)に鞠川先生が子供のように目を輝かせながら席につく。
無論作ったのは冴子である、秀治も手伝いはしたが自分より上手く料理できる冴子に味付けなどは任せやった事と言えば具材を適度な大きさに切った程度だ。

ちなみに食材等は先生の友達の部屋の冷蔵庫にろくなものが入っていなかったためにメゾネットの他の元居住者達(今の奴等)の部屋に侵入し冷蔵庫の中身を有難く頂戴させていただいた。
その際に着替えやその他これから役に立ちそうな日用品も持っていったのは言わずもがなである。


「やはり料理では勝てる気がせんのぅ……」


「これで負けたら私の立つ瀬がないさ、ほらさっさとこれも運んでくれ」


皿に載せられた料理をツマミ食いし眉を寄せてそう呟いていると後ろから現れた冴子が秀治の頭を軽く小突いて右手に持っていたほかほかと湯気を立てている白米が盛られた茶椀を差し出す。


ツマミ食いをしているのがバレてしまったのにたいして苦笑と軽い謝罪を返した後ソレを受け取り風呂にも入り各自ラフな格好で寛いでいるテーブルへと向かっていく。
そう全員だ、こんな時に見張りの一人も立てないのは無用心ではないかとも言えるがそうでもない。


理由は簡単だ、今はまだ夕方と夜の境目言わば逢魔ヶ時である。つまり日はまだ沈み切ってはおらず、外もまだ明るい。
そんな中で見晴らしのいい場所(このメゾネットではベランダに当たる)に見張りを立てるというのはここは安全だと看板を出しているようなものなのだ。


外が暗くなるまで見張りはせずにメゾネットの中で過ごし暗くなったら見張りを始めるという案で固まった、消去法で見張り役が小室と平野の二人になったがそれは仕方の無いことだろう。

一番体力があると言える秀治は昨日一睡もしておらず更に言えば満身創痍に近い状態だ右肩はどす黒く染まり左肩も奴等に掴まれた時に付けられたものであろう手形がくっきりと痣となって残っていたりする。

そして冴子は大きな怪我こそないものの昨日寝ていないというのは同じである、二人とも口には出さないものの時折欠伸を噛み殺していたり何かを振り払うように軽く頭を振って目頭を押させるなどといった行動を見せている……限界が近いのだ。

そして体力的に劣るその他の女性陣にも夜の見張りを頼むわけにもいかない小室と平野が見張り役になるのは必然であった。


「「「「「「「いただきます」」」」」」」


全員が揃ったところで手を合わせて食事を始める。和食が中心の食卓だが一つ大きな特徴があった。
海産物以外の肉類がまるで使われていないのだ、別にその食材が無かったというわけではない。

むしろどの部屋の冷蔵庫にも(この部屋を除いた)牛なり豚なりの肉はあったのだが……それを調理するのも食べるのも気分的に憚られたので使わなかっただけだ。

むしろあれだけ昨日から飛び散る肉片や血液を目にして喜んで肉を食えるほど平野を除いた一行の心臓には毛が生えていなかった。
まぁ味は文句なしに美味いのでどこからも不平不満の類は出てくることはなかった。



「ぷはぁ、やっぱりお酒はおいし~わね~、ん~秀治くんも飲んでみる~?」


鞠川先生がどこから取り出したのかビール瓶を開けてソレを飲んでいる、テーブルに用意した覚えは無いのでいつの間にか取ってきたのだろう。
それをジッと見つめていると何か勘違いをしたのかビールを並々と注いだジョッキを此方へと突き出してきた。

未成年に酒を勧めるのは保険医としてどうなのだろうか?とフッと頭に過ぎったが軽く息を吐き頭を振って沸いて出てきた疑問を振り払った。


「……じゃぁ遠慮なく頂かせてもらいますわ」


差し出されたジョッキの中身を零さないようにゆっくりと受け取りシュワシュワと泡立つソレを見つめる。
昔から興味はあったのだ、コレは美味いのか?不味いのか?酔うという感覚はどのようなものなのか?……と。
別に法を破ってまで知ろうとまでは思った事がなかったが、昨日昔話をして母親を思い出したからだろうか、それが妙に気になったのだ。


ゆっくりと目を閉じた後、並々と注がれているソレを一気に飲み干していく。

苦い……

最初に抱いた感想はそれであったがそれでもどこかそれを美味いと感じる自分がいるのも事実であった。周りでは一気飲みした自分を唖然とした表情で見ている。

はて何かおかしな事でもしただろうか?


「秀治くん大丈夫?気分悪くなったりしてない?」


まさか一気飲みするとは思ってもいなかった鞠川先生が心配そうな顔をして微かに赤みがさした秀治の顔を観察するように見つめてそう言う。
こんな所で急性アルコール中毒になられたら困るどころではすまないからだ。


「えぇオレは大丈夫ですよ、それよりおかわり貰えますか?中々おいしいですねぇコレ」


「あの~先輩もしかして酔ってます?」


カラカラと顔に柔らかい笑みを浮かべながらそう言うと向かい側の席に座っていた小室がおそるおそるそう尋ねてきた。


「アッハッハ、酔ってない酔ってない、たかだかビール一杯程度でこのオレがどうかなるかっての、オレは日本最強の高校生剣士だぞ~っと、アーッハッハッハッハ!!」


駄目だコレ完全に酔っ払ってる、と秀治以外の全員の心の声が一致した。自分で言った言葉にツボッたのか大爆笑している彼を見て大丈夫だろうか?と心配する。


「やっぱり酔ってますって、口調が可笑しくなってるじゃないですか。あと性格もなんか変わってませんか?」


「あぁ?口調?あんなもんキャラ作ってるだけに決まってんじゃねぇか、生まれも育ちも床主のオレが自然に関西弁になんざなるわけがねぇだろうが。
まぁオレはオレだってことは変わらねぇからそんな細かいことは気にすんな。さもないと将来ハゲちまうぞ」


素面の状態では絶対に返ってこないような答えが返ってきた、確かに自分のことを全く話そうとはしない人ではあったがキャラを作っていたなぞ思った事も無かった。
そこまで思ってハッと気付く、そう……自分は全く知らないのだ紫藤秀治という人間性を。

自分にとって彼という人間は頼れる優しい先輩という認識だったのだ、だからこそ
バスでの一件を見たとき純粋に戸惑っていた。

自分は見たことも聞いたこともないのだ彼のあそこまで冷酷な表情を、そして非情と言える言動も……、だからこそ敵意を向けることも呼び止めることもしなかった、いやできなかった。

彼をよく知っているはずなのに目の前の立つ「彼」が誰か知らない人のように感じられたからだ……そうちょうど今と同じように。

思わず生唾を飲み込むさっき飲み物を飲んだはずなのにやけに喉が渇く、目の前で毒島先輩に止められながらも
新たに注いだビールを飲もうとしている「彼」と同じようにキンキンに冷えたウーロン茶を飲もうとしていつの間にか握り締めていた拳をひらくとジットリと手汗で濡れていた。


「ちょっと孝、大丈夫?なんだか顔色が悪いみたいだけど……」


「あ……あぁ、大丈夫だよ。ちょっと疲れが出ただけさ」


どうやら顔に出ていたらしい、彼女に安心するように苦笑いをしながらそう言って、気付かれないようにそっとズボンで手汗を拭う。

危なかった……もし止められていなかったらあのままどんなことを思っていたかわからない、今はそんな事をしている場合ではないっていうのに……

心の中でそう思いつつ前を向くと、秀治先輩がこちらを赤い顔でジッと見つめていた。


「な……なんですか?先輩」


「いや、具合が悪そうだったからちょっとな……調子悪いんだったら休んでてもいい、見張りはオレと平野に任せろ、リーダーに倒れられたらグループが崩壊しちまうからな」


そう言うと酒臭い息を吐きながら食事を進めていくビールは没収されたらしく鞠川先生の手に戻っている、
その顔からはバスで見たような冷酷な一面は全く窺えないむしろいつも通りの良く知る先輩だ。その様子をみて少しだけ疑問に思っていたことを聞く事にした、


「……先輩少し聞きたいことがあるんですけど」


「あん?冴子との馴れ初め秘話ならいつでも話してやるが……」


「どっから出てきたんですかその話……いやそれもそれで聞いてみたいですけど、今は真面目な話です。
どうして僕にリーダーを任せたんですか?別に毒島先輩でもよかったんじゃ……」


質問の内容を聞いた瞬間に彼の箸の動きがピタリと止まり何か観察するような鋭い視線でこちらを見てきた。
思った通り何か他の理由が存在しているようだ。


「お前が一番その地位に相応しいからだと昼間言ったはずだが……」


「それ以外の理由もあるんじゃないですか?僕が聞きたいのはソレなんですよ」


「…………」


そう言うと彼は沈黙し何かを迷う素振りを見せた。素面の状態なら素知らぬ振りをして惚けるだろうが今の彼は酒に酔っている状態、
なら話してくれるかもしれないと思い聞いたのだがどうやら当たりだったようだ。


「……ふーっ、確かにあるよ大した理由じゃないがな、半分は昼間言った通りお前が立場上一番適役だったからだ、
もう半分はお前は後ろから人を刺せるような人間じゃないとオレが判断したからさ」


目を閉じて思い返すのは今や幻想と消えた藤美学園のコイツと過ごした時のこと、初めはやる気の無い一不良生徒という認識だった。

だが付き合いを重ねていくうちに恩師の息子であると知り興味を持ち、今村経由で自分が過去やってきたことを知らされても付き合い方を全く変えることのなかったコイツを見てハッキリとした好感を持ち惹かれていった。

今更ながらコイツを中心に4人揃って馬鹿話をするのは楽しいものだったと思う……もうあの時は千金を払っても取り戻せないのだからもっと楽しめばよかったと僅かながら後悔する。


「この半年近くお前と付き合ってきて思ったのはお前がお人よしで器が大きいということだ、まぁ甘いともヘタレとも言えるが……それは置いておこう。
もうわかってると思うが、この最高に糞ったれた世界には命の危険がゴロゴロと転がってる、その中で徒党を組んで生き延びるためには何処を一番警戒しなければならないか分かるか?オラ問題だ答えてみろ高城」


「……背中っていいたいわけ?」


「大当たりだ、前を警戒していたら後ろからザックリいかれたってのが一番恐い」


この世界で一番警戒しなければならない存在は奴等ではない、警戒しなければならないのは人間だ。
奴等には力こそあるが知恵は虫より劣る、それならば対処のしようなどそれこそ幾らでもあるのだ。

しかし人相手だとそうではない、奴等には無い知恵がある。大体人を壊すことなど簡単だ、よく壊していたからわかる、そしてソレは自分も同じだということもだ。

頭をやればどれだけタフでも関係が無い。

この中で一番非力であろう高城でも寝込みを襲えばここにいる全員を殺すことなど簡単だろう、尤
も彼女はそんなこと何があってもしないだろうが……

人は精神的に追い詰められると被害妄想が激しくなり最後には自己の内にある「正義」という縋り行動に移す時がある、自分の学校での行動がいい例だ。

そんなことは有りもしないのに勝手に他者を敵とみなし見捨てた、コレが自分に跳ね返ってこないとも限らない、「因果応報」という言葉の通りえてしてこういうものは巡り巡っていつか帰ってくるものなのだから。




「わっ、私達がそうするっていうの!!冗談じゃないわ、それを言うんだったらアンタが一番危険じゃない!!」


「その通り、だからこそ小室をリーダーに推した、絶対に裏切らないと確信できて信頼も信用もできる奴にだ」


それを聞いた宮本が激昂して秀治に突っかかる、まぁ言い方を変えればお前達を信用していないと言っているのと同じでありまさにその通りでもあったので否定はしなかった。
大体一度似たようなことをやっている身だ、まさにそんな疑惑を持つのに丁度良い相手になってしまっている。
だからこそ小室を選んだのだ。裏切ろうと思ってもきっと裏切りきれないだろうあのお人よしに……


「あんたが裏切らないっていう保障はないってことになるけどそこら辺はどう言うつもり?」


「こいつをリーダーに推した最後の理由になるが……こいつはなぁオレにとって生き残った最後の後輩であり男の友人なんだよ。
だから大丈夫だ学校の時みたく切り捨てやしねぇよ……まぁこんなの言うのは恥ずかしいことこの上ないから隠してたんだよなぁ」


あれ?じゃぁ何でオレは今言っちまったんだろうなぁ?と言って子供のようにケタケタと笑い始める。



その姿を見てさっきの疑心暗鬼に囚われていた自分が馬鹿らしくなった。

確かに先輩には非情な一面はあるのだろう、でもそれでも先輩が自分で言っていたように先輩は先輩なのだ、自分の知っているのと何も変わらない、
何も変わっていない先輩だ。それなら心配することは何も無い、こんな事で一々ビクビクしていたら本当に禿げるかもな。

そう思い沸き出てくる苦笑を噛み殺していると……


「あぁ、一つ言っておくがオレは別に理由もなく警戒してお前を推したわけじゃねぇ、それなりの理由ってのはある」


急に笑うのを止めて今度は何やら据わった……いやバスの時に見たような冷たい視線を此方に向けてなぜ自分が警戒しなければならないのかを語り始め……


「宮本、お前だよさっきから敵意バシバシぶつけてきやがってお前が敵視してくるからいらぬ警戒しなけりゃならなかったんだよ……兄さんにも学校で同じようなことしてたなぁ。何だ?何かオレ達兄弟に恨みでもあんのか?聞いてやるよ」

と先程から自分を睨み付けていた宮本に対してそう言った。










[19019] 12話 後編
Name: カニ侍◆b5d29cda ID:080d0d69
Date: 2011/02/10 05:22



「……何かしたか聞いてやるですって?よくも……よくもそんな口を……!!」


顔を般若の如く歪めワナワナと震え始める。よほど許せないことがあったのだろう、ここまで濃い人の恨みや怒りの念は久しく受けた事がない。
だが生憎とこれ以上に濃い感情を受けたことがありそれと比べればこんなもの少し強い風と似たようなものだ。


昨日にしろ今日にしろ良く母を思いだすものだ……あぁ鬱陶しい


「チッ……うざってぇな。さっさと言えや面倒くせぇ」


機嫌が悪くなっていくのを隠そうともせず吐き捨てるようにそう言う。するとその言葉でついに切れたのか俯けていた顔を跳ね上げ


「私は留年させられたのよ!!アンタの!!兄である!!紫藤浩一に!!」


と半ば叫ぶようにそう言い放った。

食卓の空気が凍りつく……秀治を除く誰もがその言葉に対して信じられないという顔をしている。
誰もお人よしで面倒見が良い彼がそんな事をするとは思えなかったのだ。


「ほぉ~、兄さんに留年させられたねぇ……」


しかし自分は違う、兄がどこぞの正義の味方のように徹頭徹尾善人では無いことを知っている、それに……それに何より自分達の背後には奴がいる何をされていても不思議ではない。


「驚かないのね、もしかしてアイツから話を聞かされてたのかしら?」

「いや、オレはそんな話聞いたことも無かったな。しかしなるほどねぇ、ちょっと前から少し違和感を感じるようになったのはそれでか……」


自分と冴子が兄の持つクラスになったこと自体がすでに可笑しかったのだ、理由を聞いた時は見事に騙されてしまったが……なるほどこういう裏があったのか。
視界の端で冴子と鞠川先生が何やらハッとした顔になっているのを見ると、彼女達も何やら心当たりがあるようだ。


「私のパパは警察の公安で働いてて貴方の親の紫藤一朗の捜査にあたっていたの……それをアイツがあの男が私の成績を操作してッ!!」

「なるほどな……」


多少怒りで支離滅裂にはなっているがこれで大体把握はできた。つまり予想どうりの事が起こっていたということだ。


「それでお前は兄さんを恨んでいると……そういうことか?」

「そうよ……アイツもアイツの父親も絶対に許さない!!」


自分も敵視してくるのは言わば「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という奴だ、自分が何かされたわけでもないのにもう一人の兄を侮蔑しているのと同じようなものだろう。


「……兄さんにもそうせざる終えん理由があったと考えた事は?」

「そんなの有るわけないじゃない!!大体……」

「わかった、わかったからもう黙れ、キャンキャン吠えるな耳が痛い」


そう言った挙句目を瞑って今入って来た情報を頭の中で整理する、未だ彼女は何か言っているようだが完全に頭に血が昇っている今これ以上何を聞いても罵倒ぐらいしか返ってくるものも無い、聞くだけ無駄だ。


宮本の父が公安警察で奴の調査をしていた……、そして奴は何かの案件の尻尾を掴まれそうになって自分の息子である紫藤浩一を脅すか何かをしてその娘を留年させて自分の周りを嗅ぎまわっている彼女の父を黙らせた……。

推測は入るが大体こんなものだろう……しかしそうなると一体何を脅しとして使ったのだろうか?
今の職?いやプライドがやたらと高い兄のこと自らの誇りとまで言った教職に泥を塗るくらいならば自分から辞めているはずだ……、では何だ?

兄のこれまでの行動を思い返しそこに何か共通点が無いかを探る、…………が手持ちの情報が少なすぎて纏めるも何も無い。

そう考えていたら突然何か固いモノが勢いよく額にぶつかり冷水が降り注いでくる、そして何か硬質で円筒状のモノが股の上に落ちてきた感触、聞こえるのは怒声と悲鳴、そして必死になって宮本を宥めている小室の声。


ソレを聞きつつ結構な痛みが奔っているソコを触るとヌメリとした何か生暖かいものが流れ出してきていた。
閉じていた目をゆっくりと開きながら、そのナニかに濡れた指に舌を這わせる。

鉄臭い味が舌の上で広がり踊る、その臭いは生臭くこの二日で飽きるほど臭わされることになったものだ……つまり「血」だ。


ソレを綺麗に舐め取った指から目を放し正面に戻すとそこには後ろから小室に組み付かれ動けないようにされながらもなお自分に対しいまや殺気まで混じり始めた怒気と罵詈雑言を吐き散らす宮本がいた。

どうやら彼女にグラスを投げつけられたらしい、つい昔の感覚で相手をしてしまったのが原因だろう。
憎いと思っている相手に挑発された挙句無視を決め込まれては激怒するのも仕方ないだろう、

どうやら自分は無意識的に挑発していたようだ、
この二日色々と不愉快なことが立て続けにおこりすぎたせいで感情のコントロールが出来なくなっているのかもしれない最悪の場合いつの間にか手が出ていたということになりかねない……気をつけなければ。

食卓を見回すと先程の平和な風景は何処へ消えてしまったのか、そこにいるのは少し恐怖の混じった目で事態の推移を見守っている者や自分に火の粉が飛んでこないようにとそのずんぐりとした図体を小さく縮めている者、
余りの急展開についていけずに唯うろたえている者……そして隣で静かに殺気だっている者だけだ。


「落ち着け、大事はない。この程度の痛みには慣れてる」

「私は十分落ち着いているさ」


横で目を細くして宮本を睨む冴子に手を出すなと釘を刺す、ここで彼女まで参加したらもう取り返しが付かないことになる、
空中分解させまいと小室をリーダーにしたことすら水泡に消えてしまう。それだけは何としてでも避けなければならない。


「どうだか、まぁ今のは昔の不良を相手にする感覚で宮本を相手してたオレが悪い。だからそう怒るなって、それよりお前が兄さんからオレの昔話を聞いたのは最近か?」

「うん?あぁ、確かにそうだが……やはりこの一件となにか関わりがあるのか?いや、それよりも早く手当てをしてくれないか?見ているこっちが痛くなってくる」

「多分な、イコールで結べるかどうかは分からんが理由の一つではあるはず……ま、後で治すよ」


口元まで垂れてきた血をぺロリと舐め上げながらそう返す、痛みと共に冷水を被ったせいか頭が冷えた。とりあえず股の上に転がっているグラスを机の上に戻す。
頭もそうだが着ている服も下着もグッショリだ後で着替えなければ風邪をひきかねない。


「少しは自分を大事にしたらどうだ?君が傷ついて悲しむ人だっているのだからな」

「アッハ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。オレが傷ついて悲しむのは……あぁそういうことか、なるほどね」


言っている途中でようやく気がついた、兄が何故忌まわしき我等が父上様に屈した理由が……


「うむ分かればよろしい、ほらさっさと治してこい」

「あぁ、そういう意味で言ったわけじゃねぇよ、兄さんが何で落としたかの理由が分かったって話だ、しかしとなるとやってくれたな糞親父殿……」


悔しげに顔を歪ませ両手で濡れた髪を掻き揚げた後深呼吸を繰り返し再び荒れ始めた胸中を治める、

昔奴が兄に対して言っていた言葉が脳裏に浮かぶ「どちらにせよお前は私に逆らうことなどできない」それの意味が今完全に理解できた。
もはやコレは糸でなく鎖の域だ、通りであの時アッサリと退いたはずだ……糸は切れども大きすぎて見えない鎖は残っていたのだから。

あぁ、見事に死角だった、自分自身奴が親だからソレは無いと思い無意識的にその手段を除外していたのだろう、だがやはり奴にとって自分は息子ではなかったようだ。


「すまんな宮本、どうやらお前が落とされた理由はオレにあるらしい」


どうやら自分という存在は知らぬ間に兄にとってこれ以上ない程重い足枷になっていたことに対して悔しさで胸が一杯になる。


「それってどういうわけ!?もしかしてあんたが何かしたんじゃないでしょうね!!」

「ちょっ!!いい加減にしろ麗!!」

「孝は黙っててよ!!これは私とこいつ等兄弟との問題なんだから!!」

「だから落ち着いて話し合えって言ってるんだ!!一々突っかかってたら何もすすまないじゃないか!!」

「――ッ!!わかったわよ!!暴れなければいいんでしょ!!それじゃあキッチリと今の言葉について説明してもらうわよ」

「言われずともするさ、まぁこれを聞いて信じるも信じないもお前次第だがな、先に言っておくがオレは嘘は吐かんからな」


秀治が言った言葉を違う意味で取ったのかまた暴れようとする宮本を小室が肩を掴み力ずくで押さえつける、

紫藤家の詳しい家庭内事情を知らない彼等にとっては今の言葉の意味はそうとしか捉えられないだろう、
実際微かな疑惑の色を含んだ眼差しが冴子と鞠川先生以外の者から向けられている。


「僕も全く関係が無いことじゃないので詳しい説明をお願いしますよ先輩」

「あ~、確かにそうか……というよりお前にとっては結果的にマッチポンプみたいなものになるか……すまん、
だけどオレは何も知らなかったのは事実だ、そう疑ってくれるな」


兄が落としその弟がそれについて発生した問題の相談に喜んで乗る、彼にとって詐欺にかけられたのと心情は同じようなものなのだ。


「簡単に言うとオレが人質にとられた場合によっては冴子も同じかもしれないということだよ」

「はぁ?それってどういう意味よ」

「私もだと?すまない少し事情が読めんもう少し詳しく説明できないか?」


鞠川先生以外の全員が怪訝な顔をしてこちらを見る、そして自分は不思議そうな表情を浮かべて鞠川先生を見る、
そして全員がそれに釣られて鞠川先生を見る、全員の視線を一身に受ける鞠川先生はオロオロする……なんだこれ?


「何か知ってるんですか?」

「え!?え~っと……別に大したことじゃないんだけど~言わなくちゃ駄目?よね多分……」

「今はどれだけ些細な情報でも欲しい、これから話すことも所詮は推測の域なんだからもっとソレを正確なものにしたい、だから何か有るんだったら言って欲しいできれば詳しく」


そう今から話すことは嘘偽りが無いと言っても唯の推測にすぎない。推測を真実に近づける為にはどれだけ些細なものであれ知る必要がある、
兄の場合そんな些細な事に何か大事なものが浮き出ているのかもしれないのだから


「えっと、えっと……ちょっと話が長くなっちゃうかもしれないんだけど~」

「なら後で話してもらいましょうか、今は説明するのを優先させてもらいます……あ~できれば救急箱とか持ってきてくれませんかね」


そう言って自分の額をペチペチと叩く、血はまだダクダクと流れ出てきており顎から滴り落ちた血液が服を赤く染め上げていっている……
思ったより傷が深かったようだ流石先程机の上に戻したグラスの底に蜘蛛の巣状のヒビを入れただけのことはある。
ちなみに手のひらを返したのはもしかしたら持っている情報がとんでもない地雷なのではないかと恐くなったからだ。


「それなら任せて!!あっという間に治してあげるわ」

「有難うございます、さてじゃあ理由説明といこうか……まずこの一件は兄さんは喜んでやったわけじゃなく巻き込まれたんだとオレは見てる」


宮本がこの時点でまた何かを言おうとして口を開いたが隣に座る小室が彼女の固く握り締められた手に自分の手を重ねて首を静かに横に振ったのを見て口を閉じて黙った。
それを見て中々いい仕事をするものだと感心する、やはり昔から付き合っていただけあってどこか深いところで繋がっているものがあるのだろう。それともそれ程本当の所どうなのか知りたいのだろうか?

ソレを見て高城が少しだけ羨ましそうな顔をしたのに気付き自分の後輩の意外なまでのモテっぷりに少し驚くがすぐにその表情をしまい先程の真剣なものへと変える。
たが高城はその些細な変化に気がついたのか自分に見透かされたのを察して顔を真っ赤にしてこちらを睨み強引なアイコンタクトをはかってきた。

言語化するなら「別にそんなわけじゃないんだからね!!」だろうか?それに対して「まぁ頑張れ」といった意味を込めた視線を投げ返しておいた。
どうせ苦労するのは小室だ、精々高みの見物でもして楽しませてもらうとしよう。


「理由は簡単だ、オレ等兄弟に偉大なる糞親父殿を助けるために手を汚すなんて選択肢は存在しねぇ、
それに兄さんはあの仕事を自分の誇りだと言っていたんだよ、プライドの馬鹿高い兄さんがソレを汚すような真似を自分からするはずがないってことだ」

「じゃあどうして私が落とされたっていうのよ!!」

「そこで最初のオレと冴子が人質にとられてたかもしれないっていう推測に戻るわけだ、
お前は知らんだろうが紫藤家の親子仲は最悪と言って良いほど悪くてな……オレ等を切り捨てるなんてことは奴にとって簡単な話だってことさ」

「もしかしたら私達が留年させられていたかもしれないということか?」

「その通り」


もしくはそれ以上に酷い条件を突き付けられていたかのどちらかだ……と語る。兄に対して最強の鬼札となりうるものを使ってまで従わせた。
言い換えればそうまでしなければ不味いことを警察に嗅ぎ付けられていたのだろう。


「ちょ、ちょっと待ってよ!!それじゃあ何!?アイツは強制的にやらされてたってこと!?そんなの信じれるわけないじゃない!!」

「言っただろ?信じるも信じないもお前次第だってな、こっちは唯兄さんを一番近くで見てきた弟として一番有りえそうな推測を立ててるだけだっての本当は違うかもしれん、
あくまでそうかもしれないといった可能性だけでも心に留めて置いてくれるだけでいいのさこっちにとってはな」


言うなればこれは宮本にとっては毒だ、ただ単純に恨むだけだった今までとは違うようにして迷わせればいい、
もしかして……まさか……そういった疑念が有れば有るほど思い切った行動には出られなくなる。


「大体そういう根拠は何処にあるっていうのよ!!」

「オレ等が兄さんの持つA組に入れられたというのがその証拠の一つだ、大方自分で守るつもりだったんだと思うよ担任ならオレ等の成績を弄くられても対処できるからねぇ、
まぁ話を続けるが学年主任といえどたった一人で成績を弄くって留年させられるわけがないんだよ、弄くったのはデータに残る、
残っていないとしてもお前を見てきた先生方は違う、十中八九弄くられていることに気がつくソレが自分の持つ科目であるなら絶対にな」

「それって……他にも協力してた先生がいるってこと!?」

「まぁそうなるな、糞親父殿が理事の学校……何があっても可笑しくは無い、結構居るんじゃねぇかなぁ?親父殿の息がかかってる先生は」


関わっていたのは恐らく複数人……本当にそんな輩が居たのかは知らないが兄が単独でやろうとしても流石に無茶がある、
家の学校は全寮制だけあって生徒と先生との結びつきは強いほうなのだから。
そして最後に学年主任である兄を黙らせ強制的に協力させることによって留年を決定させたというのが裏で起こっていたことだろう。


「嘘よ……絶対嘘よ!!そんなの有りえるわけがないじゃない!!」

「だ~か~ら、何度も言わせるなって、この話は全てオレの推測であり真実ではないんだよ、もう一度言ってやる、信じるも信じないもお前次第だってな」


成功した、最低でも自分が今まで信じていたものの地盤をグラつかせることは出来たと思う。
こういうものはもしかしたらと一度でも思ってしまったら終わりなのだ。決して自分の意見の押し付けをしないというのがミソであるこの推測と名を騙った思想誘導。

この中で今自分が何をしたかを正確に把握しているのは冴子と話が始まってから鋭い視線をこちらに寄越している高城ぐらいのものだろうか、

天才というだけあるやはり気付くか……しかもここで何か言って撒いた種を潰さないところを見ると正義だ悪だなんて下らないモノに思考が凝り固まった頭でっかちというわけでもないらしい。

ここで正義感に従いこれは一種の思想誘導であると暴露してしまえば先程の状態に戻る、
いや一杯食わされかけたということに気がついた時点で内部崩壊は避けられない、つまり近接戦闘の鬼とも言える二人を敵に回すことに他ならない。

しかし放置しておけば宮本も自分も紫藤秀治の手のひらで思うがままに踊らされることにはなるが対立は無くなり平和が訪れる、
命の危険が満ち溢れている現在こちらのほうが賢い選択ではあることは確かだ。兄が認めるだけのことはあったということだろう。

まぁ、それが納得できるものかそうではないのかは丸分かりだが……ここらへんは本人の経験不足から来るものだろう、
もしこれが自分で作っている表情ならば中々の女狐っぷりなのだが……根は単純のようだからそうではないだろう、これからどうなっていくかは全く予想できないが。


「お待たせ~、ごめ~んちょっと電話してたら遅くなっちゃって……え~っともしかしてもう終わっちゃった?」


鞠川先生が片手に学校からずっと持ち歩いていた医療バッグ、そしてもう一方に秀治のIPhoneを持ち緊張感なんて全く感じさせない声でズッシリと重い空気が漂っているリビングへと帰ってきた。


「えぇ、今終わったところです……ところでそれオレのですよね?別に使うのはいいですけど壊さないでくださいよ」

「これでもちゃんと自分のケータイは壊さないで持ってましたよ~だ」


中々に失礼な事をサラリと言ってのけた秀治にベェと舌をだして反論する。しかし自分のケータイはバタバタしていてあの保健室に忘れていったというのだから呆れるしかない


「はぁ……それで?何でオレのを使ってたんです?この家に備え付けの電話が無いってわけじゃないでしょうに」

「え~っと、このバッグ取りにいったらバイブ音が聞こえて誰のかな~と思って探したら秀治君ので……
かかってきた相手が紫藤先生だったからつい通話ボタンおしちゃって気がついたら話こんじゃってたの」

「はぁ、それで何て連絡が来たんですか?」

「皆無事ですか?ですって、それでちょっとその事について聞いてみたんだけど……」

「どうでしたか?」

「詳しい話が聞きたかったら今向かってる高城さんのお家に来なさいですって、それまでは生き延びることだけを考えて行動しなさいとも言っていたわね、
あぁ、それとご両親とも無事らしいわよよかったわね高城さん」

「な……なんで向かってる途中なのに無事だってわかってるのよ」


突然振って沸いて出た朗報に面食らい声に動揺が出てきてしまっている。


「私も気になって聞いたら……『最近はケータイでネットが使えるようになって便利ですねぇ』って言えば分かるって言ってたけど……どういうことなの?」

「えっ!?そっそんなのいきなり聞かれても……わかるわけないじゃない!!」

「あぁ、そういうことか……流石オレの兄さん似たようなことをする、つまりネットで高城の家の番号調べて電話して連絡取ったってことですかね」

「…………あぁ、そういうこと、ってもしかしてこの方法あの時すでに気がついてた?とすれば……一杯喰わされたわね」


普通の家だったらネットにつないだ所で番号なんて出てくるはずがないがコイツの場合家が家だ。
憂国一心会の本部がある場所である、つまりそこに繋がる番号なんてものは調べたら簡単に出てくる。

台詞から察するに大方兄に心理戦や口での勝負を挑んで丸め込まれたのだろう。当の彼女は背もたれに体を預け手で顔を覆って天井を見ている、
顔が見えないからわからないが安否が知れて喜んでいるのは確かだろう唯一見える口元が緩んでいる。


「ふむ、話も一段落してさらに高城の両親が生きてることが確認できたんだここは空気を変える意味でも盛大に祝ってやるべきじゃないかと愚考するが、小室お前はどう思う」

「……いいですねソレ、できるだけ派手にやりましょう!!」

「ちょ、ちょっと……別にそんなのやってもらわなくてもいいんだけど……」

「ここは素直に祝われておけ高城君、今は騒ぐ口実があればなんだっていいんだろうさ、
さてせっかくの料理が冷めてしまったな……新しく何か作るか、どうせ置いていく食材なんだからこの際だ惜しみなく使わせてもらうとしよう」


こうして本人の意向を完全に無視して方向でささやかな祝賀会が始まる、高城は備え付けの電話を使って自宅に電話をかけて安堵の余り泣き他の全員から祝いの言葉を受け取る。

こうして一時的に食卓を覆った暗い雰囲気は見事に消え代わりにまた明るく和やかな空気が流れ込む。




そうするうちにも日は完全に暮れ闇が足音をたててやって来る……そして長い夜が始まった。








あとがっきー


しばらく書いてなかったから腕が落ちた気がする、元から技量は高くないから差なんて分からないとは思うけどね。


前から原作読んでて思うことはやはり紫藤先生が報われてないなぁということだねぇ……

やはり私にはあの人が完全な悪人に見えない、どちらかというと元はとてもいい人だったんじゃないかと思わざるえない。
歪む前に授業してるシーンがあるけどそこでめっちゃ楽しそうに笑ってるからかなぁ?

そこらへん読んでて目的のためなら手段をいとわず自分が犠牲になることも辞さない姿勢に私は惚れ込んだんだっけって思い出しましたよ。


母親を死に追いやった原因でもあるというのに健気に父親を信じ続け挙句の果て母親と同じくぽいされたからブッチギレテ歪んだのが原作紫藤なんだよなぁ……

元々プライドが高い人だったんだろうね、だから自分のプライドをゴミのように踏みにじった父親が許せなくて復讐を目論んだんだと思います、
多分国会議員とかそんなのはあまり紫藤先生にとっては元から価値がなかったんじゃないかなぁ?

最初にメガネ君をあんなにアッサリ見捨てられたのも既に宮本の件で目的の為に他の人を切り捨てるという覚悟的なものが出来てたからではなかろうか?

まぁ捉えようは人によって自由なんだけどね、ただしアニメ版紫藤てめーは駄目だ。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.622219085693