我が愛車「肉屋さん」には、過去何度か廃車の危機があった。

そのうちの一回が去年の台風で、もう一度が6年ほど前のことだった。高速道路でオーバーヒートをおこして、あわてて降りたインターチェンジの料金所で煙を吹き上げ、動かなくなった。目の前が真っ白になるとは、まさにこのことである。

それとはまた別の話。前の週末、六甲山頂で同じ目にあいかけた。土曜日の夜から日曜の朝にかけて六甲山頂で行われた、半分野外のオールナイトのライブに行ってきた時のことだ。

土曜日の午後遅くに新神戸で盟友「上長者町に住んでいた男」を拾って二人ご機嫌で六甲山の山道を走っていた時から、ちょっとした異変には気づいていた。やたらとエンジンの水温が高い。肉屋さんは普段から山道には弱いのだけれど、それにしても、と思っていた。

そこはしかし、到着してしまえば心はもはやライブにあり、有山じゅんじのパンクぶりや、アナム&マキの男っぷりの良さや、バンバンバザールの絶妙にツボをつくパフォーマンスや、ハシケンの心あふれる歌声に夜通ししびれていた。特にハシケン、知らなかったら一生後悔するところだった。危ない危ない。

翌朝、山を下りる時になって、やっぱり気になるのでタンクを見てみると、なんとほとんど水(クーラントっつうのかな?)が無くなっている。水漏れに違いない。

急きょ水道水をタンクにつめて、タンクのフタを閉めて、というところでフタをエンジンルームの中に落としちまって、それがまた絶妙に手の届かないところにひっかかり、傘を使い、木の枝を使い、みんなで手を真黒にしながらなんとかフタを救出し、慎重にフタを閉め、なかば祈るような気持ちで下山を開始した。

が、今度は下山途中で、アホみたいなスピードで反対車線を昇ってきた、バカアルファロメオと正面衝突の危機。その数分後、左フロントより煙。焦げ臭い。路肩に急停車し見てみたところ、どうやらブレーキが焼けたらしい。数分間休ませて後、再び下山開始。

そんなこんなでなんとか、「上長者町に住んでいた男」他2名を新神戸駅まで送り届け、何度か水をチェックしながら、車を励まし、なだめ、限りなく安全運転で島に帰ってきた。

しかし我が肉屋さん、天井の布は限りなく垂れ下がり、たるんだ布の数カ所を押しピンで止めるという荒技の前にも、重力に任せるがまま俺の頭をすっぽりと覆い隠すまでの惨状である。しかも布と天井をくっつけていた接着剤が、穴から降って来る。この週末に、入院させることにした。

男にとって、車は女だ、とはよく言われるが、そうかもしれないな、とは思う。

頻繁に乗り換えるやつもいれば、金銭的に余裕があるとセカンドカーとやらを買うやつもいる。買ってすぐに後悔している奴もいれば、好みに合わせてチューンアップするのが大好きなやつもいる。手のかかる奴ほど可愛いなんて奴もいる。エエ音すんねん、と喜ぶ奴もいる。週末ごとに綺麗に洗車するやつもいれば、ほったらかしの奴もいる。海外に売られていく車もあれば、海外から買われることを前提に連れてこられる車もある。

しかし、そんなことは当面問題ではない。俺はまだ肉屋さんに乗っていたい。そうしてこの先、ほんとにほんとの寿命が来て、新しい車を買ってもやっぱり、新しい車のナンバーも2983にしよう。

島ではもずくが捕れはじめた。ハモもどんどん美味くなる。昨日はカエルの声がうるさくて眠れなかった。田植えはもうすぐだ。今年も玄関先にツバメが巣を作った。もうすぐ卵が孵るだろう。

夏はもうすぐそこだ。

(6月7日)


 

最近、正直、少し島に飽きてきた。
島に来て、まる二年。具体的にどこかへ行きたいとか、神戸へ帰りたいとか「もう実家へ帰らせていただきます!」的なことを考えているわけではない。本当は、正確に言うなら、島に飽きたのではなく、多分きっと、今生活している自分に飽きている。

そういう時は、ただただ淡々と丁寧に生活するのが一番良いことを知っている。本当に飽きた時は、誰が止めようが、必ずどっかに行くんだから。そういうことが分かるくらいには大人になったのだ。

だから新しいギターを買った。今の俺には必要なものだ。

無駄遣いの多さとエンゲル係数の高さは、自慢できるもんじゃないが、必要なものや必要な人に、出会うべきときに出会うことに関しては自慢できる何かがある。

というわけで、新しいギター、今必要な武器、今必要な道具、今必要な相棒。多分一生付き合うことになる物。

出会ってしまったので、買ってしまいました。ボブディランの言うように、やるべきことをやるだけだ。買うべきものを買うだけだ。フフン。

そういえば、台風で浸水した我が愛車の天井の張りが、ふやけて剥がれてきて、少しずつ少しずつダラーンと下に垂れ下がってきた。今やもう、窓を開けるとバタバタと揺れるどころか、運転中も頭の上にファサーッとかぶさってきて、じゃまでしょうがない。

じゃまなだけかと思っていたが、どうやら静電気で髪の毛のてっぺん部分が逆立つ傾向にもあるらしい。最近いろんな人から「髪切った?」と聞かれるので、おかしいなとは思ってはいたが、どうやらそういうことらしい。ただただ寝たり立ったりを繰り返していたらしい、俺の髪の毛は。

ところで、我が愛車のナンバーは「2983」で、だから俺はこの車を「肉屋さん」と読んでいる。

みなさんも島で「肉屋さん」ナンバーの赤い車を見かけたら、中を注目してみて下さい。きっと頭から、怪しい大きな布切れをかぶった男が運転しているはずだから。そうして、男は、少し飽きたような顔をして、けれど前を向いているはずだから。

 

(5月 8日)


 

ペダル、約一年ぶりのライブは盛況のうちに終了した。初めて見に来てくれた人が、たくさんいたのは嬉しかったし、久しぶりに会う人に会えたのも嬉しかった。

今回はワンマンライブだったのだけれど、そんなに長時間もつほどの曲数もペダルにはないので、二部制にして、途中休憩と青山シンスケのソロの演奏を間にはさむことにした。ということで、全部で17曲、歌い上げました。

一人で泣いていても 何かが息づく
むなしく逃げても どこかで立ち向かってる
風は変わりやすく 時は流れている
You don't know when the rain stops
But the rain will stop before you know

という初期のペダルの曲「The rain」をアコースティックで演るというのは、リハでのとっさの思いつきだったけど、こういうサプライズがあったほうが楽しい。「ことば」という曲をアコースティックで演るというのは、事前に決めていたことだけど、これもリハで初めて実際に演ってみての「ぶっつけ」だった。これも楽しかった。

予定した曲を予定通り演るんじゃなくて、その時にやりたいようにやる、やるべきことをやる、だからうまくいく。音楽をやってて一番楽しいのは、つまりそういうことだ。

次の日、同じく神戸北野はStartingoverで行われたチャリティーライブで、司会進行なるものもやってきた。たくさんのミュージシャンたちが、思い思いの曲を演奏するなかで、俺は高塚勇輝と一緒に「満月の夕」を歌った。二曲目に「No woman, No cry」をやった時は、曲が進むにつれてギターが増え、コーラスが入り、ベースが入りドラムが入り、で二人で歌い始めた曲が終わった時には6,7人になってたのには驚いた。

みんなが、やりたいようにやって、やるべきことをやって、結果うまくいく。こんな瞬間がたくさんあるのが、やっぱり音楽をやっていて一番気持ちいいことだ。

ライブは二日とも、気持ちよかった。で、今はふぬけである。全くやる気がしない。取り急ぎ、ライブ結果報告でした。さようなら。

(4月29日)


 

3月19日、スターティングオーバーであった「ポレポレ軍団逆襲ライブ」、ペダルも参戦して4曲ほどばっちりやってきた。演奏したのは…

ピンキージャック
瓦礫のマーム
イマジネーション
ふとった月

来てくれた皆さん、どうもありがとう。
そもそも今回のライブは、正月に福山に帰省した時に、我が盟友「上長者町に住んでいた男」や、カオリさん、花子と4人で飯食いに行った時の思いつきから始まった。ランチにイタリア料理をたらふく食って、ふらふらと商店街を歩いていた時のことだ。

普段のホームグランドでない街に、楽器かついで「ツアー」に出て、顔見知りでない人たちの前で演奏して、普段食わないようなメシ食って酒飲んで、という楽しみを福山の連中と分かち合いたかったし、神戸の友人やお客さんに「福山っておもしれーんだぞー!こんな楽しくて格好良いミュージシャンがたくさんいるんだぞー!」って自慢したかった。そうして何より、俺がみんなと一緒にライブしたかった。去年から、ちょっとした縁でつながりまくっている、たくさんのハッピーな出会いを、もっともっと続けたいとも思った。

そんなこんなでライブのコーディネート役を俺がやることになって、数々の困難や無理難題を乗り越えて、今回のライブは開催されたのだ。

せっかく遠くから来てくれる人たちに、気持ちよく音を出させてあげたいし、できれば悔いのない演奏をして欲しい。うまいもん喰って帰って欲しい。神戸は良い街だろ!って自慢したい。ハッピーな気持ちで帰って欲しい。願わくば、金と時間を使って、良いか悪いか分からんライブに来てくれるお客さんにも、何かとっても良いものを感じて帰って欲しい。そうすることがもしかしたら世界を変えるかもしれん。ふむ。

プロデューサー稼業はたいそう気疲れするものだったけど、結果とっても良いライブになった、と思う。だいたい俺が多分一番楽しかった。ごめんなさい。ありがとう。

Everything's gonna be allright

 

翌週の週末には、一泊二日の旅にでて、うまくリセットできた感じだった。ところがこの何日か前に、仕事中、急に耳の聞こえが悪くなったような気がした。

右と左の音圧が歪んでいるような気がした。職場の廊下を歩いていると、目の前がグラグラしてきて転げそうになったが、なんとか持ちこたえた。吐き気と耳鳴りもするぞ。ピーピーうるさい。あ〜うるさいうるさい。

こりゃいかんな、と思って控え室に戻った。同僚のOさん(推定58歳女性。アイパー気味。上司のことをヘッドと呼ぶ)に「顔色が悪い!」とつかまった。ひとしきり最近の生活態度を問いつめられたのち、少し休んでおくように指示されて、その通りにしていたら何とか症状は治まった。

翌日出勤すると、Oさんが何かヌルヌルとした透明な長細いゼリーのような物体(幅約2センチ、縦約4センチ、厚さ約5ミリ)を皿に載せて近づいてきた。物体の表面にはところどころに緑の皮が見える。

「これを食べて下さい」有無をいわさぬ口調で言う。
「これ何?」
「いいから」心配で子を叱りつける母親のような表情が、なんとも戦意をそいでいく。
「はい」

おそるおそる手にとる。やっぱりヌルヌルしている。納豆やオクラ、山芋やメカブなどのネバネバ系は基本的に大好物だが、なめこやジュン菜などのヌルヌル系は、嫌いではないけれど「あってもなくてもどっちでもいい系」なので少しだけ躊躇したが、Oさんの鋭い眼光の前ではなす術もなく口の中に入れた。

「ウェ〜!苦!あいおで!?(何これ)」
「アロエです」
「あおえはうるおんひゃうんか〜!(アロエは塗るもんちゃうんか〜)」
「飲み込んで!」
「あい(はい)」

結局、合計四つのアロエの刺身を食わされた。そういえば昔働いていた職場にも、夜勤のたびにアロエヨーグルトを差し入れてくれる同僚のおばちゃんがいて、初めのうちは喜んで喰ってたけど、そのうち控え室の冷蔵庫に余ったのがあふれていたっけ。そのおばちゃんもそういえばOさんと同じくらいの世代だな。

おそるべし、アロエ。凄い浸透率だな。

そしてそのまた次の日、Oさんは家からとってきたアロエをビニール一杯に持って来て「皮ごとでも良いから少しずつ食べて下さい」とニコリと笑うのだ。
「え、いや…」と言いかけた俺を制して「食べてください」とニコリと微笑むのだ。そうしてまたアロエが冷蔵庫にあふれるのだ。

そんなわけで症状はすっかり治まって、もうすぐそこまで来た春を島で感じている。田んぼには菜の花とレンゲが咲いている。桜の花は、今にも開きそうだ。

島に来て3回目の春が来た。

(4月3日)

 


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