2009年8月25日 生態・行動
犬の去勢・避妊についての賛否両論 (1) - オス編
散歩に出て道端で見知らぬ犬と出くわしたとき、よく性別についてまず聞かれる。
「女の子?男の子?」「オスです」「去勢してる?」「してません」「ああ、じゃあダメだわ」...
相手の犬もうちの犬と同じ未去勢のオスだった場合、多くの飼い主が「ダメダメ」といってリードを短く持ち、犬が思い切りリードを引っ張って唸り続けているのもお構いなしに大きく迂回してずんずん通り過ぎようとする。
しかし未去勢のオス犬同士だからといってどんな状況でも必ず争いになるかというと、そこまで犬は単純ではない。ただ、お互いの犬がリードに繋がれている状況では去勢如何よりもその「状況」がまず物を言うから、例え飼い主がダメと思っている状況でも時間をかけてちゃんと仕切ればダメではなくなるのにねぇ...残念。
もしもお互いノーリードの状況にいるならば迂回させるまでもなく、そして去勢・未去勢にかかわらず社会性の養われた犬同士ではそれぞれ適当な折り合いをつけ、大事には至らない。
囲いのない場所でノーリード(=中立で自然な状況)で未去勢のオス犬同士が出会った場合、まずはお互いに尻尾をピンと上げて小刻みに振り背中の毛を立てて緊張感を示しているが、くるくると3回くらいまわった後には周囲にマーキングしあって、それで「今日はこのくらいにしておいてやろう」といった風な雰囲気でお互い別々の方向へと別れるというのが自然な状態での「オトナ」の犬の行動だ。これが若く勝気なオス犬だとその経験の浅さからこのプロセスを省略してついルール違反しがち、飼い主は痛いペナルティーを負うことになる。
そして「毎回これではかなわない」ということで飼い主はペナルティーを負う前に愛犬の去勢を考えるのだった。
[Photo by merfam]
去勢のメリット
世の中の男性群の多くは同性として飼い犬の去勢に対しかなり同情するようだ。気持ちは分からないでもない。
オス犬の攻撃性を抑えるために取られる手段として「去勢」がある。オス犬では雄性ホルモンがオス犬同士の争いを引き起こすとし、睾丸を除去することでそのホルモンの分泌を下げ、不必要なトラブルを回避しようという「同性への競争心からくる攻撃性」への対策法である。去勢されたオス犬はその名の通り勢いが取り去られ傾向として大人しくなる。
攻撃性の対象が他のオスに限った場合、去勢の効果の程を統計で見てみると、去勢の前にくらべ他のオスへ攻撃性を示さなくなった例はどの調査も約60%、去勢したオス3頭のうち2頭(厳密にはそれ以下だが)は改善されたということになり、残り1頭は期待はずれということに。
ちなみに攻撃性の対象がヒトだったりフード争いや恐怖感が攻撃性の原因であった場合には去勢の効果を期待するのはまず間違い。これらの攻撃性においては性が原動力ではないから去勢による改善は見られないのだ。
去勢による他のオス犬への攻撃性抑制の効果は去勢されるオスの年齢によって変化し、加齢とともにその効果の程は低下する。
そしてオス犬の持つ攻撃性対策よりなにより、安易なあるいは予定外の望まれぬ交配を避けることができるのが去勢の第一のメリットであり、特に動物保護の面において重要な意味合いを持っている。
獣医学的には前立腺肥大症や睾丸腫の問題が回避されるほか、肛門嚢炎、糖尿病などに罹る確率が減り、小型犬のオスに見られがちなハイパー・セクスアリティー(過剰な性行動)の対策としても度々取られる手段である(もっともこの場合、まずは躾による行動矯正が行われるのだが)。
雄性行動が強く見られるオス犬では性を原因とする攻撃性とあわせ、ヒート中のメス犬への興味による極度のストレスが去勢により軽減されるのも事実だ。これまでメスと見ればすべて自分のもののように振舞い恋の季節の度に食欲不振に陥っていたオス犬が、去勢されたことで雄性行動が低下しまるで新しい世界を発見したかのように興味の対象が遊びへと移り変わっていった例は珍しくない。
[Photo by Many Cat 4 Me]
去勢のデメリット
未去勢のオスと去勢済みのオスが出会った場合、「ほとんど匂いも嗅がずにすれ違う」「尻尾を上げて緊張し、未去勢のオスに出会ったときと同じような反応を示す」「未去勢のオスが去勢済みのオスの臭いを執拗に嗅ぎ、マウンティングしようと追い回す」といっただいたい3つのパターンに別れ、3つ目の反応は明らかに去勢によるデメリットに数えられる。去勢済みのオスは多くのオスにマウンティングをされることで劣位を強要され、精神的に大きなストレスとなり鬱状態に陥ることが意外と多い。
幼少期に去勢をするといつまでも仔犬のような振る舞いが残ることもあるが、これが良いか悪いかは飼い主の受け取り方にもよるだろう。仔犬っぽい行動だけならまだいい、中にはヒステリックな性格になるオスもいる。
また性ホルモンは犬の体の成長に影響するため、早期に去勢されたオスでは骨格が弱めであったりフェミニンな様相になることもあり、また骨肉腫や甲状腺機能低下などの疾患率の上昇も数えられているほか、食欲の増加により肥満傾向を示す犬も多い。
[Photo by Mr. P from Panama]
発展途上国での動物保護ボランティアによる野良犬の避妊・去勢ステーション。悪循環を防ぐため、まずは元を断つのが必須。
去勢の決定の理由には往々にして社会への影響が優先されていることが多い。もっとも殺処分される犬の数や保護にかかわるヒトの労力などを考えるとそうそう望まれぬ交配に気を許してはいけないのは納得、なにしろレスキュー団体においてはあまり甘いことは言っていられない状況なのだから。
しかし、もしも付け加えるならば性への興味の強さは個体によって異なり、またそこには飼い主の管理意識も関わってくるということを言いたい。だって犬だもの、オス犬同士少々争いがあるのは当たり前(それを許容するかしないかは程度によるけれど)、でも未去勢のオス犬皆が皆トラブルを起こすかというとそうではないわけだし、去勢による健康面へのリスクがゼロでもないという事実をどこかないがしろにして、すべてのオス犬にただ去勢を押し付けるのもどこか可笑しなものだと私は感じる。
決定を下す前にとにかく、去勢のメリットとデメリット、そして愛犬の性質もしっかりと見据え、飼い主として何ができるかもう一度考えてみたいというわけだ。
次回はメスの避妊についてのお話を。
【参考サイト】
・Long-Term Health Risks and Benefits Associated with Spay / Neuter in Dogs
確かに微妙なこのテーマ…コメントするのを迷いましたが賛否両論ですもんね、書かせていただきま〜す。
アルシャーさんのスタンスは見て取れますし、このテーマには個人それぞれに考えがあるのも納得できます。ただ情報発信の場としてとらえるなら、もう少し中立的な内容を期待していました。言葉尻を捕らえるつもりは全くないのをわかっていただきたいのですが、獣医学的なメリットとデメリットの取り上げ方や表現(太字含む)にはどうしてもアルシャーさんの主観が感じられます。
犬種の違いや個体差はありますが、未去勢のオス同士が問題なく同じ空間で過ごしているのも私には普通の光景です。逆に、因果関係はあるとしても去勢したオスだけに記述のような疾病が顕著に増えているとも思いませんし、劣位を強要される場面こそ飼い主の管理があればなくなるものですよね。
発展途上国やレスキューの場を別にすれば、すべての犬に去勢を押し付けている社会があるとも思えません。
メスの場合はもっとデリケートな話になると思いますが、楽しみにしています。因みに私は去勢・避妊(手放し)賛成派ではありません(笑)