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(2011-01-27)

　「本件程度の状況証拠をもって被告人を犯人と認定することは、刑事裁判の鉄則である『疑わしきは被告人の利益に』という原則に照らして許されない」。鹿児島市の高齢者夫婦殺害事件で鹿児島地裁は昨年１２月、被告の無職男性（７１）に無罪を言い渡した。死刑が求刑された裁判で無罪の判決は戦後わずかに６例目らしい（※）。確実な証拠がない限り推定無罪という刑事裁判本来の原理・原則が市民参加の裁判員裁判で確認された、と多くのマスコミは評価した。ところが鹿児島地検は控訴した。

　もし新たな証拠が出てくるなら別だが、同じ証拠で今度はプロの裁判官だけに判断してもらい、有罪判決（死刑？）を得ようというのだろうか。としたら、市民の感覚で刑事裁判を裁くために設けた裁判員裁判は何だったのだろう。

　事件の起訴内容が素人目にもふに落ちないことは「求刑死刑と捜査」（１０年１２月４日）で書かせてもらったが、判決は、凶器とされたスコップ（取っ手も含めすべて鉄製）から指紋もだが、被告の皮膚片なども検出されずＤＮＡ鑑定できなかったことに注目した。日常使っていたとみられる被害者のＤＮＡは検出されていたからだ。しかも、その事実は検察側から証拠提出されず弁護側が出していた。こうした被告に有利な証拠は出さない検察側の姿勢に判決は不信感ものぞかせた。

　被害者は顔などをめった打ちされていたが、犯行当時７０歳の小柄な（１５８センチ）被告が「体力的に、重さ１．６キロのスコップを１００回以上振り回し、これだけの攻撃をすることができたかについても、疑問が拭いきれない」とも判決は言う。

　一方、検察側は、犯人が入ってきたとみられる窓の網戸から被告のＤＮＡが検出され、室内のタンスなどに被告の指紋があったことなどから起訴に踏み切っていた。これに対し弁護側は「第三者による偽装工作」、被告は「警察のでっち上げ」と主張したが、判決は「被告は現場に行ったことがある」と認定。そのうえで「たとえ被告人が重要な事実について虚偽の供述をしているとしても、その理由はいろいろ考えられるから、そのことをもって犯人性が強く推認されるとは到底言えない」と結論づけた。

　無罪判決後の記者会見で裁判員らは「ご遺族は残念だろうが、公正な立場で判断し、『疑わしきは被告人の利益に』となった」「中立の立場で感情を押し殺して結論に達した」と語っている（「南日本新聞」昨年１２月１１日付）。

　「推定無罪」「疑わしきは罰せず」は、えん罪を起こさないために私たち社会が肝に銘じなければならない、いわば保険のようなものだ。富山の氷見事件のように、真犯人は別にいるのに自分が犯人とされるといった事態に陥る可能性はだれでもあるのだ。だからこそ、警察や検察はプロとして確実な証拠とともに容疑者を割り出し、訴求する責務がある。それができずに、裁判員を務めた市民が刑事裁判の原理・原則を表明せざるを得なかったのに、控訴してしまったことは、その原理・原則に挑戦することになる。

　当サイトで「『人を裁く』って何？」を連載し、今回の事件で本紙に傍聴記も書いてもらった五十嵐二葉弁護士（東京弁護士会）によると、欧米の主な国は、事実審理は１審だけの二審制を採用しており、陪審や参審の１審で無罪となったら検察側は控訴できない。「民の声は天の声」として尊重するのだという。三審制の日本は２審でも事実審理が行われ、２審では１審判決より重罰になる傾向が顕著なようだ。２００８年、７２人の無罪（無罪率０．１４％）のうち半分の３５人が有罪に切り替わっている（「法と民主主義１月号」掲載の同弁護士の論考「裁判員判決への検察控訴」に詳しい）。

　０９年５月、裁判員制度が始まって控訴後の２審判決も同じような傾向となるかどうかはわからないが、今回の事件の控訴について、事件の国選弁護団の一人だった野平康博弁護士は「推定無罪の刑事裁判の原則を貫いた裁判員裁判制度を根底から揺らがす事態」と危機感を強める。このため２審では日本弁護士連合会（日弁連）が弁護団を組んで臨めるよう、鹿児島県弁護士会と宮崎県弁護士会が日弁連に働きかけているという。

　裁判員裁判が下した判決を法律問題ではなく事実認定の再審理を求める形で控訴が許される現在の制度は、実施３年後に行われることになっている見直しでしっかり議論される、と期待したい。マスコミももっとこの問題を論じていいと思うのだが。

（宮下正昭）

※注）五十嵐二葉弁護士の論考「裁判員判決への検察控訴」（「法と民主主義」１月号）より

【写真】鹿児島市高齢者夫婦殺害事件の初公判（代表撮影）。この撮影の後、裁判官の両脇に裁判員６人が座った＝２０１０年１１月２日、鹿児島地裁

◆エリアニュース 2/9付「鹿児島市夫婦強殺　高検が現場で補充捜査」◆

Posted by (宮)

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この記事へのコメント

裁判員制度を納得してる方は少ないと思います。素人の目線でと簡単に言われますが、本当に大丈夫なのでしょうか？。この事件皆さん関心を持ってみてます。
第一タンス、網戸からDNAが検出され、本人が「現場に行ったことがある」と認めた。DNAや指紋など㈹三者による偽装工作など出来るわけない。又一審で取り上げた証拠など２審では取り上げられないハズですが？。
今後の展開を注意深く見守りたいです。

Responded by おっさん (2011/01/27 09:58:25)

　うーん。確かに難しい事件ですよね。
現場に被告の指紋などがあって、それが認定された以上、住居侵入の罪は問えることになりますが、それがいつのことなのかわからないなど、それも難しいと判決も触れています。
　タンスの引き出しはほかにも開けられており、そこからは被告の指紋はでていないとのことですし、凶器とされたスコップも含め、捜査解明されていないＤＮＡ、指紋もたくさんあるようです。
　被告本人とお話しすると、さらにいろんな疑問も出てきます。
　いずれにせよ訳の分からない事件です。その訳が分からないまま公訴されてしまった以上、「推定無罪」と断ずるしかなかったと思います。
　おっさんさん、いつもありがとうございます。

Responded by 宮 (2011/01/27 12:01:04)

　私は、裁判官が「疑わしきは被告人の利益に」という法の基本を重視して、推定無罪の判決を下したことに対して、すごく勇気がある判決が下された思いました。本音ほっとしました。

　裁判員と裁判官の間で、どんな協議がされたのか？わかりませんが、この判決が下されたことに対して、裁判員の方々の意見が、かなり尊重されたのではないかと感じました。

　前、私が裁判員になったつもりで疑問点を６点上げましたが、私が、仮に裁判員になっていたとしても、やはりあの疑問点が解明されない限り推定無罪を主張します。

　検察側は、２審に公訴しましたが、２審では疑問点を立証する自信が、あるのでしょうか？

　裁判官は、指紋などから被告人が現場に行ったことは認めましたが、それを強盗殺人には、結びつけませんでした。結びつけるには、あまりにも不可解な点が多すぎたからです。そのことを裁判員の方々も協議で主張されたのでは、ないでしょうか？

　裁判員制度、色々問題点の多い制度でもありますが、私は、プロでないからシロウトだからこそ、偏った見方ではなく、純粋な目線で裁くことが、できるのではないかと思います。そう信じています。
　
今後この裁判が、どのように展開されるかわかりませんが、注意深く見守って行きたいです。

　

Responded by ひまわり (2011/01/27 17:25:07)

　昨夜、厚生労働省の文書偽造事件をモデルにしたドラマを見ました。見ていて「恐い」と感じました。背筋が凍りつきました。

　裁判は、真実を明らかにする場所であり、罪人を作る場所では、ないと考えます。

　この裁判の２審が、真実を明らかにする場所であることを心から願っています。

Responded by ひまわり (2011/02/01 11:41:52)

　仇討ちの代わりに社会が刑罰を与えるには手続きに則ってしかできません。ルールでしか問えない。そのルールをプロにだけ任せていたら、プロの世界なりの惰性や自分の損得勘定が入り込む余地もでてくる。しょせん、社会が社会の約束事で罪の是非、具合を考えて下すのですから、社会で生を営む多くの人がその任を遂行してもおかしくはないでしょう。というか、その方が理に合っている面もある。それが、日本では裁判員制度というちょっと変わった形で出てきた。制度に対する評価はしばらく見守るしかないかもしれませんね。
　ひまわりさん、いつもありがとうございます。

Responded by 宮 (2011/02/08 14:28:51)

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