IS学園。
グローバルなこの学園に在籍する生徒は、国籍も多様だ。
黒髪。
茶髪。
金髪。
そして――銀髪。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
見渡す限り女子、女子、女子。そしてまた女子なこの状況下。唯一の男子である織斑一夏は、自己紹介をしていた。
……これが針のむしろってやつなのか……客寄せパンダならぬ客寄せ一夏。……なーんてな?
教室中の好奇の視線に晒されているこの状況。じわじわと精神を削られ、とても下らないギャグを、心の中で飛ばす。
真ん中最上列。一体誰の悪意があってこんな目立つ、注目を集める場所に配置されていた己の席を恨めしく思いながら、一夏は冷や汗をたらし続けていた。
そんな中でも、救いはあった。
顔見知りが二人いた事である。
一人は幼馴染。
もう一人は過去に二週間ほど一緒に暮らし、文通を続けていた少女。
……箒!
助けを求めるように、まずは幼馴染に視線を送る。
「……ふん」
目が合った瞬間、視線を逸らされる。その勢いで、ポニーテールにしている長い黒髪が揺れていた。窓の外の眺める横顔は、どこか不機嫌に映る。
まぁ要するに、拒絶されたのだろう。
……うぅ。ら、ラウラは?
幼馴染の態度に、嫌われているのかと顔色を青くしながら、一夏が反対側を向く。
一夏は真横ですぐに、上目の隻眼に迎えられた。
今度は幼馴染のように逸らされない。
じぃっと。
じぃぃぃっと、瞬きするのも惜しむように、赤みがかった右目で一夏を見続けている。
ラウラは睨むでもなく、その切れ長な目で、何かを訴えているようだった。残念なことに、一夏には圧力は伝わっても、無言の内容は伝わってこない。
結果。孤立無援な実情を一夏は悟る。
腹を決め、すぅと一呼吸。周りが一夏のアクションに、過敏に反応する。
「以上です」
周囲から期待の空振った、ずっけこる音が聞こえた。同時、一夏の頭頂部にチョップが振り下ろされる。
「いっ!?」
「なぜ一番肝心なことを口にしない。それでも私の嫁か」
周囲から、どよめきの声が上がった。
ラウラさんデレ度MAX
「ラ、ラウラ?」
懐かしい呼び方に顔をあげると、下手人がむすりと口を尖らせていた。
少女の名前はラウラ・ボーデヴィッヒ。
昔に比べて伸びた、腰よりも長い、銀を糸にして縫い合わせた様に美しい銀色の髪。ただし無造作に流されているだけなので、お嬢様のような髪、という印象からは外れる。
左目には医療用などではない、本格的な黒い眼帯をしている。だというのに、顔の造詣の完成度は失われていない。
引き締まった態度からは、冷静――ともすれば冷たいといった雰囲気も受けるだろうが……今はどちらかというと微笑ましい。身長は女子としても小さいので、一夏にチョップをするために、背伸びをしていたからだ。
「いや、だってな……他に何を言えって言うんだよ」
「何を置くとも、私の嫁であることは宣言しないか。それは嫁としての義務だろう」
「そんな義務初めて聞いたぞ……」
「漫才はそこまでにしておけ」
直後、先ほどよりも大きく――懐かしい衝撃を受ける。
体が記憶しているこの衝撃をもたらせる人物は、一夏の記憶に一人しかいない。
「千冬姉!?」
「織斑先生だ」
間髪いれず、本日二度目の過去との邂逅が訪れた。
頭を抑える一夏の横、ラウラは直立不動で千冬と向き合っている。
「教官!」
「ボーデヴィッヒ、お前もだ。私はここでは教官ではない。もっと適切な呼び方があるだろう」
「承知しました、千冬義姉様」
「……織斑先生だ。いいな?」
「はっ!」
軍隊そのものの敬礼をし了承するラウラ。その大仰な反応にため息を吐き、千冬が自己紹介を始める。
歓声とも嬌声ともつかぬ声を背景に。業種不明だった己の姉の秘密を知った一夏が驚いていると、横で鼻を鳴らす音が聞こえた。
「ラウラ、なんでそんなご機嫌斜めなんだ?」
「……別に機嫌を損ねてなどいない」
「どう見ても機嫌拗らせてるだろ……」
先ほどの二割増で眼光が鋭い。……だけでなく、柔らかそうな白い頬っぺたが膨れている。
「ああ、あれか。千冬姉が人気ありすぎるからか?」
「それもないとは言わんが、違う」
「じゃあなんだよ」
「一夏のせいだ」
寝耳に水な発言。一夏は思わず、え、俺? と己を指差した。
「ちょっと注目を浴びたくらいで、私以外の女にデレデレするな。私の嫁の自覚が足りん」
「デレデレなんてしてねぇよ! 困ってたんだよ!!」
「ふん。男はみんなそう言い訳をするんだと聞いたぞ」
誰にだよおいそいつ呼んで来い。一夏は喉元まで出掛かった言葉をぐっと飲み込んだ。
クラスメイトの喚声とも歓声とも取れる騒ぎが一段落し、自己紹介が続けられていく。
取り立てて紹介する必要もないモブの順番が消化され、
「次、ボーデヴィッヒ」
真打の登場である。
堂々と立ち上がったラウラは、先ほどのやり取りで期待が湧いているクラスメイトに会釈することもなく。
「ラウラ・B・織斑だ。嫁はそこの織斑一夏」
「待て」
「織斑先生、なんでしょうか?」
「ボーデヴィッヒ。何時から織斑姓を名乗るようになった?」
「無論、一夏と出会ってからです」
「……まだ籍は入れていなかったはずだが?」
そもそも一夏もラウラも十五歳である。結婚などできようはずもない。
が、ラウラは勝ち誇ったように胸を張る。
「日本に婿入りという習慣があるのは理解しています。将来のためにも、今のうちから慣れておいたほうが良いかと」
あくまで俺が嫁なのか、という一夏の発言はスルー。
「そう簡単に一夏はやらんぞ?」
「貰いません。奪います」
両者真っ向から眼力勝負。
余裕綽々で、楽しげな笑みを浮かべる千冬。対するは不敵な笑みで迎え撃つラウラ。
教室全体を、二人が醸す重圧が支配する。いまや二人以外の傍観者に許されているのは、息をして事態の推移を見守ることのみ。
「あー、二人とも?」
唯一の例外である一夏が声をかける。どこからか冷気を伴った視線が刺さってきたが、気合で事態の沈静化を図った。
甲斐あって、まず千冬から肩の力を抜いた。
「……まぁいい。とにかく自己紹介をやり直せ」
銀色が上下に動く。
「現在はラウラ・ボーデヴィッヒだ。将来はラウラ・B・織斑になる」
スパン!!!!
学園の隅に至るまで、出席簿を頭めがけて振りぬいた音が響き渡った。
一夏が疲れきった体で割り振られた部屋に向かうと、そこには先客が存在していた。
幼馴染である、篠ノ之箒だ。
すったもんだの挙句、撲殺されかけた一夏が命からがら廊下へ逃げると、騒ぎを聞きつけた女子の皆様にお出迎えされる。
「なにをしている」
「……ラウラ!!」
女子の垣根を割って姿を現したのは、見知った銀髪。
一夏の表情が、地獄に仏とばかりに明るくなった。穴の開いた扉から駆け寄り、手短にこれまでの経緯を説明する。
「まったく、早く部屋に戻ってこないかと待っていたというのに……浮気か?」
「なんでそうなるんだ……って、部屋で待っていた? この部屋じゃなくて?」
ラウラは鷹揚に頷き、
「お前の部屋は私と一緒だ」
嫁なのだから当然だな、と得意げに胸を張った。
一夏がはてと首を傾げる。
「けど、この資料には俺の部屋はここだって記載されているんだが……」
「記入ミスだ」
「……そうなのか?」
「ああ。私がいち早く発見し、誤表記を正させた」
物言いにどことなく不穏当なものを感じた一夏だったが、問いただすより先に行くぞと襟首をつかまれる。
……まぁ、女子の囲いから抜け出させたし、いいか。そういえば荷物はどうなっているんだろうなぁ。あ、箒はほとぼり冷めたら謝ろう。
などと暢気に考えつつ、引きづられていく一夏だった。
まだ機嫌を損ねていた箒をなだめ、謝り、やっと一息ついた一夏が、ベッドに倒れこむ。
脱力しきった状態で横を向くと、隣のベッドに腰掛けたラウラの姿。
「まさかラウラまでこの学園にいるとはなぁ」
「本当は転校してくる予定だったのだがな。上に掛け合って予定を早めさせてもらった」
「ふぅん。なんか、色々大変みたいだな」
「その甲斐はあったがな」
ふっ、と口元だけでなく、目元も緩ませ、ラウラが笑う。
元々、氷で作られた彫刻のように整った美貌を持つラウラだ。加えて、常から浮かべるのは皮肉るような笑みであることが多い。
……やっぱり、可愛いよな。ラウラって。
普段見ない類の笑い方に、一夏は事実を再確認する。
「……そうじろじろ見るな。惚れ直したか?」
「いや違うから」
これからは同居人なのだからと、シャワー時間の取り決めなどを行う。
ラウラは一緒にすませればいいのだと主張したが、一夏が断固拒否をした。その際、拗ねたラウラの機嫌をなおすのに、昔同様ココアが有効なことを発見する。
夜も更け、廊下を出歩く音が響かなくなった頃。一夏が就寝の準備をすませた。
「そろそろ寝るよ。ラウラ、おやすみ」
ラウラは若干の間を空け、ん、と頷く。
ガラリと浴室の扉が開く音がした。一夏は先に浴びさせてもらったので、ラウラはこれからだ。
カラスの行水のように短い時間で、水音が止む。
再び浴室の扉が開けられた。部屋の中で、ラウラが髪の毛の水分を、わしゃわしゃと拭き取る音が聞こえ――そのまま一夏と同じ布団に潜り込んできた。
ぎゅっと一夏の胴に腕が回される。そのままがっちりとホールドに移行。
「ふむ、意外と大きく逞しいものだな。一夏の背中は」
「らら、ラウラ!?」
使った石鹸の香りなのか。これまでに嗅いだ事のない、いい香りが一夏の鼻腔を満たす。
「なんだ?」
「なんだじゃないだろ! なんで俺の布団に潜り込んでくる!!」
混乱したまま首だけ後ろに回すと、何を言ってるんだこいつは、なんて視線に晒された。
あれ、俺がおかしいの? と疑惑に駆られたが、そんなものを吹き飛ばす衝撃が襲い掛かってきていた。
「し、しかもお前、裸!?」
抱きつかれた感触的に、衣服を着ていない可能性が濃厚だ。小さいながらも柔らかな弾力を持った物体が、背中に押し付けられている。
正確には裸ではないのだろうが。眼帯は目に見えるし、太もものレッグバンドの感触は伝わってくる。だからどうしたという気もする。
仕様のない奴だ。目で語るラウラ。
「日本人の癖に常識に疎いのだな、一夏は。夫婦とは包み隠さぬものなのだぞ?」
「いやそれは意味が違う!」
この偏ったラウラの日本観はいったい誰が吹き込んでいるのか。もしも元凶に出会ったら説教をかまそうと一夏は心に誓った。
「いいから服を着ろ! 風邪引いたらどうするんだ!」
「寝るときに着る服がない」
「俺のシャツやるから! それ着ろ!」
ぴくり、ラウラの眉が動く。
「……わかった」
「あー、じゃあそこのバッグの中に入ってるから。適当に選んでくれ」
背後からごそごそと聞こえる音を、一夏は全力で目を瞑りやりすごす。
「着たぞ」
振り向くと、ラウラは一夏のTシャツの中でも、真っ白で大きめの物を選択していた。
裾が膝近くまである。早い話がだぼだぼだ。
水に塗れた髪は生渇きのようで、光を弾く銀髪が艶やかに艶かしい。
「……なぁ、ラウラ?」
「なんだ? こ、この服はもらったのだからな? 返さんぞ」
了解と手を振る。
それは別にいい。裸状態が解除されるのならば妥当な犠牲だ。
「本当に服がないのか?」
「嘘を言ってどうする」
ラウラがベッド脇のサイドテーブルに手を伸ばす。置かれていたバスタオルを取り、寝起きはこれを体に巻き付けるつもりだったと説明した。
あまりに年頃の女の子らしからぬ服装事情に、一夏が眩暈がしたように額を抑える。
が、すぐに気を取り直して膝を叩いた。
「よし、行こう」
「行く?」
「ああ。早めに服を買いに行こう」
「嫁のか?」
「ラウラのだよ!」
ラウラにとっては、どこまでも他人事らしい。
可及的速やかにラウラの服装事情を一般化させないと、一夏の精神が持たない。
もしかしたら慣れるかもしれないが……同い年の女の子が裸で寝ていることに慣れるなんて、それはそれで問題だ。
「……む? ということはもしや、一夏が私の服を?」
「そりゃ誘ってるの俺だし。センスは保障しないけど……ラウラは素材がいいからな。俺が多少変なコーディネート選んでも、見れると思う」
「そ、素材がいい?」
「ん? ああ。ラウラは可愛いからな」
「か、かわ!? そ、そう……か。それは、その……」
ラウラはごにょりと口ごもり、俯いてしまった。
「ラウラ、どうした?」
「な、なんでもない! 一夏が服を選んでくれるのが待ち遠しいだけだ!」
「お、おう? そうか」
赤い頬のまま、寝る! と宣言したラウラが、再び一夏の布団に潜り込んできた。どうやらこれを譲る気はないらしい。
一夏は覚悟を決め、布団を頭から被る。
長い夜になりそうだった。
アニメ登場はまだかまだかと舞っていたら……。ラウラ好きが高じて拗れた。シャル早く出ろ。
矛盾? キャラ崩壊? はしょりすぎ? ネタだしご勘弁。続くかどうかはわからない。
『ク、クラリッサ、クラリッサ・ハルフォーフ大尉。聞こえるか?』
『こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉、受諾しました。ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長、いかがなさいましたか?』
『その、だな……わ、私は素材がいいらしい……ぞ?』
『――隊長。まずは状況把握をしないことには。一から詳しく事細かに、経緯を一言一句違わずにお願いします』
『そ、その、だな―(略)―ということなんだ』
『なるほど……その言葉、偽りはないようですね』
『そ、そうか!? そう思うか!?』
『隊長から聞き入れた情報を総合するに、おべっかは苦手なタイプだと見受けられます。その場を凌ぐ為に適当なことを言ったというよりは、本心からの可能性が高いでしょう』
『う、む……うむ。一夏はその通りの性格だ。よく言えば実直。悪く言えば単純だからな』
『時に隊長』
『うん?』
『週末のショッピングには、どのような服を着ていくおつもりで?』
『軍服か制服だが。そもそも、これしか持っていないから一夏が選んでくれるという話になったのだ』
『――なんと愚かな』
『お、愚かだと!?』
『学生同士の最初のデート。それも休日という、学生の身分から解放される日に制服でのデートなど言語道断! 普段の画一的な格好から開放された姿でなくては、あれ、こいつこんなに女らしかったっけ? と胸を高鳴らさせ、異性を感じさせることなどできはしない!!』
『――!? し、しかし……ならば私はどうしたら……』
『……週末までは五日ほどありますね。ご安心を。それまでに私が――いえ、隊の全員が選び抜いた、隊長に似合う服をお届けします』
『ほ、本当か?!』
『ただし、私たちがお送りするのはただの一着のみです。それ以降は、意中の彼に選んでもらってください。ああ、選んでもらった服を着用した隊長の写真は、配送を忘れずにお願いします。今後の作戦の参考用にです。ええ、それ以外に他意はありません』