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[25465] 【インフィニット・ストラトス】一夏は私の嫁
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/01/26 23:25
あてんしょんぷりーず。

 このお話はよくあるIF設定。心ひろーく持つ方推奨。
 原作三巻までは読んでいないとネタバレになるやもしれません。

1/21
その他版の皆さまこんばんは。チラ裏から移ってまいりました。



[25465] ラウラさんデレ度MAX
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/01/28 02:02
 IS学園。
 グローバルなこの学園に在籍する生徒は、国籍も多様だ。
 黒髪。
 茶髪。
 金髪。
 そして――銀髪。

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 見渡す限り女子、女子、女子。そしてまた女子なこの状況下。唯一の男子である織斑一夏は、自己紹介をしていた。
 ……これが針のむしろってやつなのか……客寄せパンダならぬ客寄せ一夏。……なーんてな?
 教室中の好奇の視線に晒されているこの状況。じわじわと精神を削られ、とても下らないギャグを、心の中で飛ばす。
 真ん中最上列。一体誰の悪意があってこんな目立つ、注目を集める場所に配置されていた己の席を恨めしく思いながら、一夏は冷や汗をたらし続けていた。
 そんな中でも、救いはあった。
 顔見知りが二人いた事である。
 一人は幼馴染。
 もう一人は過去に二週間ほど一緒に暮らし、文通を続けていた少女。
 ……箒!
 助けを求めるように、まずは幼馴染に視線を送る。

「……ふん」

 目が合った瞬間、視線を逸らされる。その勢いで、ポニーテールにしている長い黒髪が揺れていた。窓の外の眺める横顔は、どこか不機嫌に映る。
 まぁ要するに、拒絶されたのだろう。
 ……うぅ。ら、ラウラは?
 幼馴染の態度に、嫌われているのかと顔色を青くしながら、一夏が反対側を向く。
 一夏は真横ですぐに、上目の隻眼に迎えられた。
 今度は幼馴染のように逸らされない。
 じぃっと。
 じぃぃぃっと、瞬きするのも惜しむように、赤みがかった右目で一夏を見続けている。
 ラウラは睨むでもなく、その切れ長な目で、何かを訴えているようだった。残念なことに、一夏には圧力は伝わっても、無言の内容は伝わってこない。
 結果。孤立無援な実情を一夏は悟る。
 腹を決め、すぅと一呼吸。周りが一夏のアクションに、過敏に反応する。

「以上です」

 周囲から期待の空振った、ずっけこる音が聞こえた。同時、一夏の頭頂部にチョップが振り下ろされる。

「いっ!?」
「なぜ一番肝心なことを口にしない。それでも私の嫁か」

 周囲から、どよめきの声が上がった。



ラウラさんデレ度MAX



「ラ、ラウラ?」

 懐かしい呼び方に顔をあげると、下手人がむすりと口を尖らせていた。
 少女の名前はラウラ・ボーデヴィッヒ。
 昔に比べて伸びた、腰よりも長い、銀を糸にして縫い合わせた様に美しい銀色の髪。ただし無造作に流されているだけなので、お嬢様のような髪、という印象からは外れる。
 左目には医療用などではない、本格的な黒い眼帯をしている。だというのに、顔の造詣の完成度は失われていない。
 引き締まった態度からは、冷静――ともすれば冷たいといった雰囲気も受けるだろうが……今はどちらかというと微笑ましい。身長は女子としても小さいので、一夏にチョップをするために、背伸びをしていたからだ。

「いや、だってな……他に何を言えって言うんだよ」
「何を置くとも、私の嫁であることは宣言しないか。それは嫁としての義務だろう」
「そんな義務初めて聞いたぞ……」
「漫才はそこまでにしておけ」

 直後、先ほどよりも大きく――懐かしい衝撃を受ける。
 体が記憶しているこの衝撃をもたらせる人物は、一夏の記憶に一人しかいない。

「千冬姉!?」
「織斑先生だ」

 間髪いれず、本日二度目の過去との邂逅が訪れた。
 頭を抑える一夏の横、ラウラは直立不動で千冬と向き合っている。

「教官!」
「ボーデヴィッヒ、お前もだ。私はここでは教官ではない。もっと適切な呼び方があるだろう」
「承知しました、千冬義姉様」
「……織斑先生だ。いいな?」
「はっ!」

 軍隊そのものの敬礼をし了承するラウラ。その大仰な反応にため息を吐き、千冬が自己紹介を始める。
 歓声とも嬌声ともつかぬ声を背景に。業種不明だった己の姉の秘密を知った一夏が驚いていると、横で鼻を鳴らす音が聞こえた。

「ラウラ、なんでそんなご機嫌斜めなんだ?」
「……別に機嫌を損ねてなどいない」
「どう見ても機嫌拗らせてるだろ……」

 先ほどの二割増で眼光が鋭い。……だけでなく、柔らかそうな白い頬っぺたが膨れている。

「ああ、あれか。千冬姉が人気ありすぎるからか?」
「それもないとは言わんが、違う」
「じゃあなんだよ」
「一夏のせいだ」

 寝耳に水な発言。一夏は思わず、え、俺? と己を指差した。

「ちょっと注目を浴びたくらいで、私以外の女にデレデレするな。私の嫁の自覚が足りん」
「デレデレなんてしてねぇよ! 困ってたんだよ!!」
「ふん。男はみんなそう言い訳をするんだと聞いたぞ」

 誰にだよおいそいつ呼んで来い。一夏は喉元まで出掛かった言葉をぐっと飲み込んだ。
 クラスメイトの喚声とも歓声とも取れる騒ぎが一段落し、自己紹介が続けられていく。
 取り立てて紹介する必要もないモブの順番が消化され、

「次、ボーデヴィッヒ」
 真打の登場である。
 堂々と立ち上がったラウラは、先ほどのやり取りで期待が湧いているクラスメイトに会釈することもなく。

「ラウラ・B・織斑だ。嫁はそこの織斑一夏」
「待て」
「織斑先生、なんでしょうか?」
「ボーデヴィッヒ。何時から織斑姓を名乗るようになった?」
「無論、一夏と出会ってからです」
「……まだ籍は入れていなかったはずだが?」

 そもそも一夏もラウラも十五歳である。結婚などできようはずもない。
 が、ラウラは勝ち誇ったように胸を張る。

「日本に婿入りという習慣があるのは理解しています。将来のためにも、今のうちから慣れておいたほうが良いかと」

 あくまで俺が嫁なのか、という一夏の発言はスルー。

「そう簡単に一夏はやらんぞ?」
「貰いません。奪います」

 両者真っ向から眼力勝負。
 余裕綽々で、楽しげな笑みを浮かべる千冬。対するは不敵な笑みで迎え撃つラウラ。
 教室全体を、二人が醸す重圧が支配する。いまや二人以外の傍観者に許されているのは、息をして事態の推移を見守ることのみ。

「あー、二人とも?」

 唯一の例外である一夏が声をかける。どこからか冷気を伴った視線が刺さってきたが、気合で事態の沈静化を図った。
 甲斐あって、まず千冬から肩の力を抜いた。

「……まぁいい。とにかく自己紹介をやり直せ」

 銀色が上下に動く。

「現在はラウラ・ボーデヴィッヒだ。将来はラウラ・B・織斑になる」

 スパン!!!!
 学園の隅に至るまで、出席簿を頭めがけて振りぬいた音が響き渡った。



 一夏が疲れきった体で割り振られた部屋に向かうと、そこには先客が存在していた。
 幼馴染である、篠ノ之箒だ。
 すったもんだの挙句、撲殺されかけた一夏が命からがら廊下へ逃げると、騒ぎを聞きつけた女子の皆様にお出迎えされる。

「なにをしている」
「……ラウラ!!」

 女子の垣根を割って姿を現したのは、見知った銀髪。
 一夏の表情が、地獄に仏とばかりに明るくなった。穴の開いた扉から駆け寄り、手短にこれまでの経緯を説明する。

「まったく、早く部屋に戻ってこないかと待っていたというのに……浮気か?」
「なんでそうなるんだ……って、部屋で待っていた? この部屋じゃなくて?」

 ラウラは鷹揚に頷き、

「お前の部屋は私と一緒だ」

 嫁なのだから当然だな、と得意げに胸を張った。
 一夏がはてと首を傾げる。

「けど、この資料には俺の部屋はここだって記載されているんだが……」
「記入ミスだ」
「……そうなのか?」
「ああ。私がいち早く発見し、誤表記を正させた」

 物言いにどことなく不穏当なものを感じた一夏だったが、問いただすより先に行くぞと襟首をつかまれる。
 ……まぁ、女子の囲いから抜け出させたし、いいか。そういえば荷物はどうなっているんだろうなぁ。あ、箒はほとぼり冷めたら謝ろう。
 などと暢気に考えつつ、引きづられていく一夏だった。



 まだ機嫌を損ねていた箒をなだめ、謝り、やっと一息ついた一夏が、ベッドに倒れこむ。
 脱力しきった状態で横を向くと、隣のベッドに腰掛けたラウラの姿。

「まさかラウラまでこの学園にいるとはなぁ」
「本当は転校してくる予定だったのだがな。上に掛け合って予定を早めさせてもらった」
「ふぅん。なんか、色々大変みたいだな」
「その甲斐はあったがな」

 ふっ、と口元だけでなく、目元も緩ませ、ラウラが笑う。
 元々、氷で作られた彫刻のように整った美貌を持つラウラだ。加えて、常から浮かべるのは皮肉るような笑みであることが多い。
 ……やっぱり、可愛いよな。ラウラって。
 普段見ない類の笑い方に、一夏は事実を再確認する。

「……そうじろじろ見るな。惚れ直したか?」
「いや違うから」

 これからは同居人なのだからと、シャワー時間の取り決めなどを行う。
 ラウラは一緒にすませればいいのだと主張したが、一夏が断固拒否をした。その際、拗ねたラウラの機嫌をなおすのに、昔同様ココアが有効なことを発見する。
 夜も更け、廊下を出歩く音が響かなくなった頃。一夏が就寝の準備をすませた。

「そろそろ寝るよ。ラウラ、おやすみ」

 ラウラは若干の間を空け、ん、と頷く。
 ガラリと浴室の扉が開く音がした。一夏は先に浴びさせてもらったので、ラウラはこれからだ。
 カラスの行水のように短い時間で、水音が止む。
 再び浴室の扉が開けられた。部屋の中で、ラウラが髪の毛の水分を、わしゃわしゃと拭き取る音が聞こえ――そのまま一夏と同じ布団に潜り込んできた。
 ぎゅっと一夏の胴に腕が回される。そのままがっちりとホールドに移行。

「ふむ、意外と大きく逞しいものだな。一夏の背中は」
「らら、ラウラ!?」

 使った石鹸の香りなのか。これまでに嗅いだ事のない、いい香りが一夏の鼻腔を満たす。

「なんだ?」
「なんだじゃないだろ! なんで俺の布団に潜り込んでくる!!」

 混乱したまま首だけ後ろに回すと、何を言ってるんだこいつは、なんて視線に晒された。
 あれ、俺がおかしいの? と疑惑に駆られたが、そんなものを吹き飛ばす衝撃が襲い掛かってきていた。

「し、しかもお前、裸!?」

 抱きつかれた感触的に、衣服を着ていない可能性が濃厚だ。小さいながらも柔らかな弾力を持った物体が、背中に押し付けられている。
 正確には裸ではないのだろうが。眼帯は目に見えるし、太もものレッグバンドの感触は伝わってくる。だからどうしたという気もする。
 仕様のない奴だ。目で語るラウラ。

「日本人の癖に常識に疎いのだな、一夏は。夫婦とは包み隠さぬものなのだぞ?」
「いやそれは意味が違う!」

 この偏ったラウラの日本観はいったい誰が吹き込んでいるのか。もしも元凶に出会ったら説教をかまそうと一夏は心に誓った。

「いいから服を着ろ! 風邪引いたらどうするんだ!」
「寝るときに着る服がない」
「俺のシャツやるから! それ着ろ!」

 ぴくり、ラウラの眉が動く。

「……わかった」
「あー、じゃあそこのバッグの中に入ってるから。適当に選んでくれ」

 背後からごそごそと聞こえる音を、一夏は全力で目を瞑りやりすごす。

「着たぞ」

 振り向くと、ラウラは一夏のTシャツの中でも、真っ白で大きめの物を選択していた。
 裾が膝近くまである。早い話がだぼだぼだ。
 水に塗れた髪は生渇きのようで、光を弾く銀髪が艶やかに艶かしい。

「……なぁ、ラウラ?」
「なんだ? こ、この服はもらったのだからな? 返さんぞ」

 了解と手を振る。
 それは別にいい。裸状態が解除されるのならば妥当な犠牲だ。

「本当に服がないのか?」
「嘘を言ってどうする」

 ラウラがベッド脇のサイドテーブルに手を伸ばす。置かれていたバスタオルを取り、寝起きはこれを体に巻き付けるつもりだったと説明した。
 あまりに年頃の女の子らしからぬ服装事情に、一夏が眩暈がしたように額を抑える。
 が、すぐに気を取り直して膝を叩いた。

「よし、行こう」
「行く?」
「ああ。早めに服を買いに行こう」
「嫁のか?」
「ラウラのだよ!」

 ラウラにとっては、どこまでも他人事らしい。
 可及的速やかにラウラの服装事情を一般化させないと、一夏の精神が持たない。
 もしかしたら慣れるかもしれないが……同い年の女の子が裸で寝ていることに慣れるなんて、それはそれで問題だ。

「……む? ということはもしや、一夏が私の服を?」
「そりゃ誘ってるの俺だし。センスは保障しないけど……ラウラは素材がいいからな。俺が多少変なコーディネート選んでも、見れると思う」
「そ、素材がいい?」
「ん? ああ。ラウラは可愛いからな」
「か、かわ!? そ、そう……か。それは、その……」

 ラウラはごにょりと口ごもり、俯いてしまった。

「ラウラ、どうした?」
「な、なんでもない! 一夏が服を選んでくれるのが待ち遠しいだけだ!」
「お、おう? そうか」

 赤い頬のまま、寝る! と宣言したラウラが、再び一夏の布団に潜り込んできた。どうやらこれを譲る気はないらしい。
 一夏は覚悟を決め、布団を頭から被る。
 長い夜になりそうだった。





 アニメ登場はまだかまだかと舞っていたら……。ラウラ好きが高じて拗れた。シャル早く出ろ。
 矛盾? キャラ崩壊? はしょりすぎ? ネタだしご勘弁。続くかどうかはわからない。






『ク、クラリッサ、クラリッサ・ハルフォーフ大尉。聞こえるか?』
『こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉、受諾しました。ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長、いかがなさいましたか?』
『その、だな……わ、私は素材がいいらしい……ぞ?』
『――隊長。まずは状況把握をしないことには。一から詳しく事細かに、経緯を一言一句違わずにお願いします』
『そ、その、だな―(略)―ということなんだ』
『なるほど……その言葉、偽りはないようですね』
『そ、そうか!? そう思うか!?』
『隊長から聞き入れた情報を総合するに、おべっかは苦手なタイプだと見受けられます。その場を凌ぐ為に適当なことを言ったというよりは、本心からの可能性が高いでしょう』
『う、む……うむ。一夏はその通りの性格だ。よく言えば実直。悪く言えば単純だからな』
『時に隊長』
『うん?』
『週末のショッピングには、どのような服を着ていくおつもりで?』
『軍服か制服だが。そもそも、これしか持っていないから一夏が選んでくれるという話になったのだ』
『――なんと愚かな』
『お、愚かだと!?』
『学生同士の最初のデート。それも休日という、学生の身分から解放される日に制服でのデートなど言語道断! 普段の画一的な格好から開放された姿でなくては、あれ、こいつこんなに女らしかったっけ? と胸を高鳴らさせ、異性を感じさせることなどできはしない!!』
『――!? し、しかし……ならば私はどうしたら……』
『……週末までは五日ほどありますね。ご安心を。それまでに私が――いえ、隊の全員が選び抜いた、隊長に似合う服をお届けします』
『ほ、本当か?!』
『ただし、私たちがお送りするのはただの一着のみです。それ以降は、意中の彼に選んでもらってください。ああ、選んでもらった服を着用した隊長の写真は、配送を忘れずにお願いします。今後の作戦の参考用にです。ええ、それ以外に他意はありません』



[25465] ラウラさんは沸点が低い
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/01/28 02:02
 白んだ空に、一夏が虚しい勝利を手にした翌日。
 食堂で、一夏が大あくびをしていた。

「しゃんとしろ。私にまで恥ずかしい思いをさせるつもりか?」
「……ああ、すまん」

 横に座ったラウラに注意され、目を擦って眠気をかき消そうとする。
 多少ましになったところで、いただきますと礼をした。ラウラも倣い、手を合わせる。
 一夏とラウラが頼んだのは焼き魚定食だ。ほどよく皮に焦げ目のついた魚が、朝から食欲をそそる。

「お、これうまいぞ!」
「うむ……こういうのは素材を引き立てる、と言うのだったか」

 ラウラは箸を使い、器用に身をほぐしていた。

「ラウラって箸使えたんだな」
「訓練したからな。日本に住むにしろドイツに住むにしろ、嫁が毎日作るみそ汁を飲むのは、婿の義務だ」

 日本食なのだからな、と事も無げに言い放つラウラ。
 ……本当に、誰がそんなこと吹き込んでるんだ?
 一夏の疑問は深まるばかりである。
 と、一夏は視界の片隅に、箒の姿を捉えた。おーい! と手を振り、存在を告げる。
 箒も気がついたようで一歩、二歩と近づいて――はっとしたような表情を作った後、そっぽを向いて遠い席に行ってしまった。

「……なんだ? 箒のやつ」
「さあな。む、く……」
「ラウラ?」

 横から若干の苛立ちとが混じった声が聞こえてくる。
 一夏は、ラウラの手元に目を落とす。ああ、なるほどと合点がいった。煮豆がうまく掴めないらしい。

「焼き魚はほぐせるのに、煮豆は取れないんだな」
「こいつがつるつるとしているからだ」

 折り悪くも、寮監として現れた千冬が、時間が迫っていることを告げる。
 大抵の学生が食べる速度を上げているのだが、ラウラの小鉢に盛られた豆の数は減っていかない。
 見かねた一夏が、横合いからひょいと摘んでラウラの口元に運ぶ。

「ほら、ラウラ」
「う、うむ」

 ラウラがその小さい口を開き、一夏の箸を口に含んだ。
 そのままもぐもぐと咀嚼。

「……ん。その……す、すまないな」
「このくらいどってことないさ」

 残りもいいかと聞かれ、一夏は快く引き受ける。
 ラウラは肌が白いため、頬の薄紅が一層際立つ。昨日の夜、裸で抱きついてきても堂々としていたラウラが、このくらいで照れているというのは不思議な感覚だった。
 悪い気はしない。反対に微笑ましくさえ思えてくる。
 ……なんか、小動物に餌あげてる気分になってきた。
 全ての豆を食べ終えたラウラと一夏は、共に食堂から移動する。時間が押しているので早足でだ。
 ――どこからか、ばきりと。何かが壊れた音が聞こえた。



 教室にて。
 一夏は、今日も冷や汗を流し続けていた。
 副担任である山田麻耶先生による授業が、さっぱりと理解できないからである。
 朝御飯をしっかりと食べ、頭の回転はばっちりなはずなのだが、何を言っているのかわからない。疑問が疑問を呼びもはや何がわからないのかもわからない状態に陥っていた。
 周りのクラスメイトは、皆授業についてついていっている。
 IS学園に入学するには、高い倍率を誇る入試を通らなければならない。狭き門をくぐった入学生が優秀なのは自明の理だ。
 不甲斐ない自分の頭に絶望していると、挙動不審に気がついたらしい。麻耶にどこかわからないところがあるのかと訊ねられた。
 ……隠しても仕方ないか。

「ほとんど全部わかりません……」

 頭たれながら白状する。さすがに全体がわかっていなかったという回答は予想外だったらしく、麻耶のほうがうろたえてしまった。
 その後、千冬からの質問に素直に答えると、驚愕の事実が発覚した。
 一夏が一週間前に古い電話帳と間違えて捨ててしまった本は、事前に予習しておかなければならない教材だったらしい。
 お叱りの言葉が、出席簿とともに降ってくる。

「必読の物を捨てるな馬鹿者が。あとで再発行してやるから、一週間以内に覚えろ」
「いえ、織斑先生。私のものを渡します」

 それを貸すから、再発行は不要とのこと。ラウラ自身は、今更基礎を読み返す必要がない。

「部屋に戻ったら、基礎を教え込んでやろう」
「ラウラ、いいのか?」
「ああ、もちろんだ。ふふん、腕が鳴る」
「……お、お手柔らかに頼むな?」

 一夏の頼みには応じず。ラウラがふふ、と得意げに笑う。

「嫁の面倒を見るのも夫婦の仕事のうちだからな」

 どうも悦に入っているらしい。一夏は、スパルタにならないことを全力で祈った。
 千冬から心構えを説かれ、一夏は改めて気を引き締める。手助けしてくれる存在もいるのだ。これくらいでへこたれてはいられなかった。
 なんとか授業を乗り越えた一夏は、机に伏せ、休み時間を満喫しようとしていた。
 昨日から女子の視線がちくちくと刺さりまくりなのだ。今のうちに気力を回復させておかなくてならない。
 が、

「ちょっとよろしくて?」
「んあ?」

 気の抜けていたところに声をかけられ、変な声が出る。

「まぁ、なんて返事かしら。このわたくしから声をからられる光栄を存じませんの? それ相応の態度をとるべきでしょう?」

 磨かれた宝石のような碧眼が、つり目気味に一夏を映していた。
 腰まで流れる豊かな金髪に、わずかに掛かったロール。腰に手を当てる様が似合っているところも合わさり、高貴な雰囲気を醸し出していた。いいとこのお嬢様なのかもしれない。
 正直、一夏の苦手なタイプだった。ISができてからというもの、女性=偉いという風潮が世界的である。目の前にいる女性が高圧的なのも、同じ理由だろう。
 そんなもの、暴力と何が違う。

「何故一夏がお前などを相手にしなくてはならん。貴様こそ身の程をわきまえたらどうだ?」
「な――なんですって!?」
「こらラウラ! 初対面の相手に失礼だろ!」

 一夏が叱ると、ラウラがそっぽを向いた。自分は悪くないと思っているらしい。
 あとでもう一度言って聞かせるかと考えながら、セシリアに向き直る。

「悪いな。で、君は誰だ?」
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」
「あ、セシリアって名前なんだ。よろしくな」
「昨日の自己紹介を聞いていなかったんですの!?」

 そんな余裕が昨日の一夏にあるはずがない。ラウラと千冬のショッキングさで、他の全ては吹っ飛んでいた。

「で、代表候補生ってなんだ?」

 瞬間。セシリア含め、様子を窺っていた全員が動きを止めた。
 ISに関する知識ゼロの一夏が、そんなに素っ頓狂なことを言ってしまったのかと頭を掻いていると、後ろの席のクラスメイトが補足してくれる。
 専用機を用意されるとは、個人にISが用意されるということ。
 端的に言ってしまえば、エリートなのだと。
 額に青筋を浮かべていたセシリアだったが、一夏が理解したと見るや余裕を取り戻す。自らの偉大さを認めたと思ったのだろう。

「まったく、無知とは罪でしてよ? まぁ、どうしてもと泣きついてくるのなら。選ばれた存在である私が、ISについて教えてあげてもよろしくてよ? なにせわたしく、唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 やけに唯一が強調されていた。自慢したい体がありありと見える。
 けれど、そんなものはラウラになんの効果もない。

「一夏にお前の世話は必要ない。代表候補というのなら、私もドイツの代表候補生だ」
「……さっきからなんなんですの? あなたは」

 セシリアが苦い顔をする。会話を邪魔されているだけではなく、自分以外に代表候補生がいた事にも起因しているのだろう。

「ラウラ・B・織斑。貴様とて自己紹介を聞いていないではないか」
「ああ、思い出しましたわ。織斑先生に頭を叩かれていたお馬鹿さんでしたわね」

 またも険悪な空気が流れ始めようとしたので、一夏が話題を変える。

「入試ってあれだろ? ISを動かして戦うやつ」
「……むしろ、それ以外の入試を教えてほしいところですわ」
「俺も倒したぞ?」
「……は?」

 セシリアがまん丸な目を披露した。
 ラウラはラウラで、私の嫁なのだから当然だな、と呟いていた。
 再起動を果たしたセシリアが、震える唇で真偽を問う。

「た、倒したって、教官を?! あなたも?!」

 一夏は、試験の時を思い返した。
 突っ込んでくる教官。
 避ける自分。
 壁にぶつかり、動かなくなる教官。
 ……。

「たぶん」

 そんな、とセシリアがうちひしがれる。意外と打たれ弱いらしい。

「唯一と聞いていましたのに……!」
「女子ではってオチじゃないのか?」

 一夏の余計な言葉に、セシリアの眦が上がる。

「あり得ませんわ! あなたみたいな、知的のかけらすら感じない期待はずれな――」
「――貴様、いい加減にしておけ」

 怒気を隠そうともせず、ラウラがセシリアを睨みつける。気圧されたセシリアが、ジリと後ずさった。

「おい、ラウラ? 落ち着けって」
「私は落ち着いている。手早く、確実にこいつの舌を引っこ抜こうとしているだけだ。夫婦とは一心同体。嫁への侮辱は私へのものと同等。いや、それ以上だからな」
「あー……まぁ、気にしてないっちゃ嘘になるが……ラウラが怒るほどのことじゃないって」
「いいやそんなことはない」

 言外に止めるなと注意されている。冷静に見えるくせに熱くなっている。完全に頭に血が昇っているようだ。

「表に出ろ。嫁への侮辱をその身で後悔させてやる」
「あ、あら。あなた程度が何を後悔させてくれるのかしら?」

 呑まれることを無様と感じたのか。セシリアが引き攣りながらも笑みを浮かべ、正面から挑戦状を受け止めた。

「盛り上がっているところ悪いが」

 パパシーン!!!! 乾いた音が、金と銀の頭から発せられる。

「すぐに次の授業が始まるだろう。そういうことはせめて放課後にしろ」

 とんとんと出席簿で肩を叩きながら千冬がうずくまるラウラとセシリアを見下ろし、言葉を被せる。

「それとわかっていると思うが……ISの指定区域以外での使用は禁止されているからな?」

 一瞬、ラウラの肩が動く。しかし表情には出さず、わかっていますと告げる。

「ああ、それとボーデヴィッヒ。荷物が届いているから、後で取りに来るように」
「――!! 了解しました!!」

 やけに気合の入った返事に、千冬が訝しげに眉を寄せる。が、すぐに表情を引き締め、教員としての責務を果たし始めた。
 だがしかし。授業を始める前、千冬が何かを思い出してぽんと手を打った。決めなければならないことがあるらしい。

「クラス代表?」

 またもや聞きなれない単語である。
 なんでも再来週にあるらしい。それに出る代表者は、一年間クラス長を勤めることになるらしい。
 一夏は事前知識がゼロなので意味は知らない。ただ委員長みたいなものかと思っているだけだ。
 面倒そうだなぁと他人事に考えていると、その代表に自分が祭り上げられようとしていた。

「お、俺!?」

 思わず立ち上がると、周りから期待と興味の入り混じった視線が注がれる。
 理由は男だから。
 ……なんというありがた迷惑なんだ。
 無責任なクラスメイトの期待に、一夏は思わず頭を抱えたくなった。このままで、無投票当選になりそうである。
 推薦されたことを辞退しようとするも、千冬がばっさりと切り捨ててくる。

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 バン! と机と叩いて立ち上がったのは、セシリアだ。
 最初こそ一夏の目に救いの女神に映るセシリアだったが……興奮し、凄まじい剣幕で罵倒を始めてくる。
 カチン。
 一夏の頭の中で、何かが打ち鳴らされたような擬音が響く。

「イギリスが世界に誇れることってなんだよ。料理がまずいってことくらいか?」

 気がつけば売り言葉に買い言葉。思わず言ってしまった余計な一言が火種となり、勝負へと発展してしまった。
 言ってからやってしまったと後悔するが、一度はいた唾は飲み込めないのだ。
 一夏は覚悟を決め、怒り心頭のセシリアから決闘を受け入れる。
 ハンデをつけるかと一夏が提案すると、クラスメイト全員から本気で笑わられてしまった。
 ISを動かすことができる女子は、世界的強者だ。セシリアの嘲笑とクラスメイトの苦笑に意地になった一夏は、 ハンデを拒否。真っ向勝負を提案した。
 セシリアも嘲り混じりにそれを了承。千冬が間隙を見計らい、手を打ち鳴らす。勝負は一週間後の月曜に決まり、一夏は周りのクラスメイト共々席に座り、授業の開始に意識を集中しようとする。

「安心しろ、一夏」
「ラウラ?」

 小声で話しかけられ、一夏が驚く。ラウラは授業、特に千冬の教えは聞き逃さないようにしていたからだ。

「安心しろって、なんのことだ?」
「嫁の癖に、私が言ったことをもう忘れたのか?」
「ラウラが言っていた……? って、なんだっけ」
「私がISの基礎を叩き込む」

 ラウラが、口の端を持ち上げた。

「故に、一夏に敗北はない」

 淡々と。しかし自信に溢れた声でラウラが宣言する。
 下手な男より男らしく凛々しい横顔に、一夏は思わず見惚れそうになった。

「私の受けた屈辱も託すことにしよう。ふふ、一夏ならできると確信しているぞ?」
「……了解。期待に添えるように頑張るよ、教官殿」

 一夏は思わず笑ってしまう。
 ここまで信頼をおかれているのだ。応えられなければ男が廃るというもの。一夏の中で決闘に負けられない理由が一つ、追加された。




 続いちゃいました。オリジナル休載してる身分で。てへ。
 続いた以上、シャルの優遇は確定されました。
 シャルの優遇は、確定されてしまいました。この作者、シャルが好きだからーーーー!!!! 
 下手するとタイトルが『僕は一夏のよ、よめ……。な、何言ってるんだろうね、僕は!』に変更されてたかもしれないくらいにーーーー!!!!



「私だ」
「受諾。こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉です。如何なされましたか? 隊長」
「荷物を受け取った。驚くほどの速さだったぞ」
「お褒めの言葉、恐縮です。こちらもそれだけ本気だった、ということです」
「私はいい部下を持っ…。誇りに思うぞ」
「部隊の全員が選んだ洋服です。隊長の嫁も気にいるかと」
「うむ、世話をかけるな。あとは買い物の日を待つのみだ」
「時に隊長。彼とは普段、どのように過ごしているのですか?」
「どうとは? 特に変わりはない。何時も通り過ごしているが」
「――隊長は、雅というものを理解していないようですね」
「み、雅?」
「日本人とはギャップに弱いもの。普段と変わらず過ごしては、隊長の意外な一面に胸を高鳴らせることなどできはしない!!」
「――!? し、しかしそう言われても、私は、その……どうしたら……」
「……これはまだ、隊長には荷が重いやもしれません。まずはありのままの隊長をアピールしましょう。それからでも遅くはありません」



[25465] ラウラさん初デートに挑む
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/01/28 02:02
 クラス代表決定戦が行われることが確定したその日の放課後。
 一夏はラウラに連れられ、アリーナへと来ていた。
 来る途中、すれ違うたびに女子から声を掛けられそうになったり掛けられたりしたのだが、ラウラが睨みを効かせていたため、いずれも挨拶を交わした程度で離れていった。

「ISの基礎知識はともかく、操縦の仕方は体得するしかない」

 空の開けているアリーナからは、燦々と陽光が降り注ぐ。
 一夏は先に支給されたISスーツを着、その光を一身に浴びていた。

「ん? じゃあ、今日はどうするんだ?」
「一夏の専用ISは届いていないからな。今できることをする」

 今できること? 一夏が首を捻る。
 まずは、と同じくISスーツ姿のラウラが集めた情報を開示する。

「セシリア・オルコットの専用IS名はブルー・ティアーズ。砲撃戦仕様、特にレーザー兵器による射撃戦を好む機体だ」
「へぇ……ラウラよく知ってるなぁ」
「情報収集は戦の基本にして最重要項目だぞ?」

 覚えておけと胸を小突かれた。

「一夏は戦闘経験は皆無と言っていいだろう。だから、まずは射撃に慣れてもらう」

 慣れる? 嫌な予感を覚えつつ、一夏がまたもや首を捻った。

「よく見ていろ、一夏」

 ラウラのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』が展開された。

「へぇ、それがラウラのISか。黒いんだな」
「感想なら後で聞くぞ?」

 再度見ていろと注意された。
 ラウラがレールカノンを宙に構え――ガオン! 轟音と共に、大気を切り裂くように弾が撃ち出される。

「弾が見えたか?」
「……多少? 軌跡が見えたくらいだな」
「では、撃たれたのを見てから避けられると思うか?」
「そりゃ無理だ。距離にもよるだろうけど」
「そうだ。故に、避けるためには発射前の銃口の位置から察するしかない」
「撃たれる前にその位置から移動しろってことか」

 うむ、とラウラが満足気に頷く。答えはお気に召したらしい。

「無論向こうもそれを予期して射撃をしてくる。そうなるとものをいうのは感と経験だ」
「……あー、なぁ、ラウラ? 今日の特訓って、もしかして?」

 返事の代わりに、ラウラがカノン砲を構える。

「撃つから避けろ。今日の訓練はそれだけだ」
「待て! それ死ぬだろ! 実弾だろそれ!」
「大丈夫だ。私が嫁を殺すものか」
「そ、そうか?」
「なに、起き上がれなくなっても、私が風呂からなにから世話をしてやるから安心しろ」

 くく、とラウラがサディスティックな笑みを浮かべる。
 何一つとして安心できない!! そんな一夏の絶叫と、カノン砲の重音が重なった。
 ちなみにカノン砲を使った一発は一夏大きく外れていた。実際の訓練は軍隊仕込みの基礎鍛錬である。
 ……ラウラも、ジョークをするくらいに柔らかくなったんだなぁ。
 あとはもう少し披露する場を考えてほしい。切に願う一夏だった。


 そんな調子で一夏が扱かれて日々は過ぎていった。
 もう一度寝れば決闘の当日になる日曜日。澄み渡った空は、まるで外出することを推奨しているかのように心を誘う。
 体調管理も勝負のうちと、今日の訓練はなし。一夏とラウラは、前々からの約束通り、洋服を選びに町へと繰り出そうとしていた。

「その、だな、一夏。着替えるから、少し外にいてもらえないか?」

 朝食を食べに着替える途中、予想外の言葉に、一夏の体が固まった。
 が、それも一瞬。

「あ、ああ、気がつかなくてすまん」

 すぐに再起動を果たし、早足で部屋から出て行く。
 普段、ラウラは一夏がいようとお構いなしに着替えを始める。一夏の方が気を使って出て行っているのだ。
 ……日頃から言って聞かせていた効果が出たのか?
 一夏がぼんやりと今日巡る店の候補を決めていると、扉が内側からノックされた。着替えが終わったらしい。

「お……」

 出迎えたラウラは、腰の辺りに大きなリボンがついた、白いワンピース姿。袖やスカートにつけれれた小さなリボンがアクセントを添えている。
 シンプルながら、女の子らしい華やかさを十分にもつ姿だった。

「じ、じろじろと見るな……」

 いつもの堂々とした態度はどこへ雲隠れしたのか。両手を前でもじもじとさせていた。

「こんなひらひらの服、着慣れていないし、おかしいかもしれないが……」
「いや、可愛いぞ。よく似合ってるよ」

 ラウラの肌は白い。髪も銀髪だ。白一色に染まったラウラは、新しい一面を一夏に見せ付ける。

「……ん。そ、そうか」

 褒められ、ラウラがそっぽを向いた。――口元を緩ませ、頬を鮮やかに変えながら、である。
 ……なんか新鮮だな。
 恥らうラウラの姿は、一夏の脳裏にしっかりと焼きつけられた。

「問題ないのだな?」
「ああ」
「……どう問題ないのだ?」
「ん? だから、その白いワンピース、ラウラによく似合ってるぞ。どこもおかしくない」
「そ、そうか。似合っているのか。うむ、ならば問題ないな」

 胸の前で腕を組み、仁王立ちしたラウラがうむうむと頷く。
 そのラウラの表情とは裏腹に、一夏は少し渋い顔をしていた。

「おかしくはないんだが……なぁラウラ、その眼帯って外しちゃいけないのか?」
「気になるのか?」
「街に出るにはちょっと浮くかな、って思っただけさ。ラウラがその眼を好きじゃないっていうのは聞いてるし、外せなんて無理強いはするつもりないぞ?」

 でもなと、一夏が真正面からラウラを見据える。黒い眼帯の下。金色の瞳が透けて見えた気がした。

「俺はその眼をラウラに好きになってほしいと思う。だって自分の身体の一部だぜ?」
「一夏……」
「風呂上りとかに少し見せてもらうことあったけど、俺は綺麗だって感想しか浮かばなかったよ。隠すなんてもったいないって思うくらいにな」
「――ッ!! ま、まったく! お前というやつは……!」

 ラウラは全身の筋肉を無駄なく使い、一夏が反応する間もなく一瞬で懐に潜り込む。そのままぽふりと抱きつき、ラウラが一夏の胸に顔を埋めた。

「どうしそう、女の心を揺らすのだ」
「なんのことだ?」
「……そんなことを言われたら、余計に外せなくなるということだ」
「なんでだよ?」
「この眼を綺麗と思ってくれるのは、一夏だけでいい」
「嫌いだから他の人に晒したくない、とかではなくて?」
「一夏が綺麗といってくれた眼だ。……まだ完全に嫌悪感は消えないが、薄まってはいる。ふふ、我がことながら、こんな現金な性格だとは知らなかったぞ?」
「そっか。それはなによりだ」
「うむ。では、行くか。時間がもったいない」

 ラウラの小さい手に引かれ、一夏が歩き出した。



 やってきたのは駅舎でもあるショッピングモール。小店から大手まで、色々な店が並んでいる。

「……相当な人の数だな」
「そりゃ休日だしな」

 ちなみに手は繋いだままである。ラウラに限ってないとは思うが、この人混みではぐれる可能性もあるからだ。
 案内図を見、適当にレディースの店を検索。一番近い店に入る。
 店内は女子中学生と女子高生で溢れていた。見る限り男性は一夏のみ。居心地の悪さを感じたのだが、しっかりとつながれたラウラの手が離してくれない。

「いらっしゃいま……せ……」

 笑顔で出迎えた店員の表情が、驚愕に固まった。そのまま、ほぅ、と魅了されたような吐息が漏れる。
 店員の反応で気がついたのか、辺りからも人形のようだと注目を浴びる羽目になった。
 ……まぁ学校でも似たようなもんだしな。
 注目を集めているのがラウラなだけましだと割り切る。
 実際には恋人にしか見えない一夏にも興味の視線が集まっているのだが……ラウラの付き添いとしか思っていない一夏は気がつかない。
 周りの様子を気にも留めていないラウラが、適当に店の中をうろついていく。

「お、ほら、これなんかどうだ?」

 その最中、一着、二着。服の種類すら知らない一夏が、感性だけで服を選んでいく。

「またスカートか。さっきから一夏が持ってくるのはスカートばかりだな」
「同い年の女の子の服装なんて、俺はよく知らないからな。ラウラに似合いそうなの選んでるだけだよ」
「……そう言われては反論できないではないか」

 嬉しそうに悪態をつき、ラウラが籠に服を入れる。

「ラウラ、試着したらどうだ?」
「面倒くさい」
「でもサイズが合ってなかったら困るだろ?」
「多少合っていなくても着れる。それに成長しても買い換える手間が省けるではないか」

 そういう問題じゃないんだが、と一夏が眉を逆ハの字に寄せる。

「お連れの方も、きっと御試着なされたお客様の姿を楽しみにしていると思いますわ」
「む、そうなのか?」

 いつの間にか近寄ってきた店員が、話を合わせて! と必死な眼で懇願してきた。

「あ、ああ。見てみたいな」
「ふむ、ならば着てみるとしよう」

 先ほど一夏が選んだ服を手に、ラウラが試着室に消える。
 はぁ、とため息をひとつ。一夏が店員に感謝の言葉を送る。

「あー、すみません。助かりました」
「いえいえ、こちらこそ眼福――げふん。ところでお客様、女性物について知識がおありで?」
「いや、さっぱり」
「でしたらあの子のコーディネート、私に任せてもらえませんか!?」

 ずずぃと詰め寄ってきた店員の瞳が、情熱で燃えていた。
 断る理由もない。一夏は快諾した。
 その後、熱に浮かされたように服を持ってくる店員に、ラウラが一夏に趣味を訊ねながら購入する服を絞っていく。
 当面は十分かといった着数を選び、

「さて、後は寝巻きだな」
「あるからいらん」
「あるって……あれ俺のシャツだろ? ちゃんと体に合ったものにしたほうがいいんじゃないか?」
「いらんといったらいらんのだ」
「そっか。なら、まぁいいのか?」

 パジャマの購入は卯木の機械になりそうだった。そのまま会計を済ませる。

「一夏、私の荷物なのだから私が持つぞ」
「これくらいはいいって。それより、本当に払わなくてよかったのか?」
「専用機持ちは給金が出るからな。それに、あの金額を払えたのか?」
「……う」

 ラウラのことを気に入ったらしい店員が値引きはしてくれたのだが、それはそれ。元からかなりの値段がする服を大量に買ったのだ。一夏としても貯えがないわけではないが、あの金額はぽんと出せる額ではなかった。

「夫婦間でどちらが金を出すかなど、気にする必要もないだろう。いずれは共有財産になるのだからな」
「いや、個人の金ってのは大切だぞ? その人の働きに対する正当な報酬なんだからな?」
「ふむ。まぁもう払ってしまったのだから議論しても仕方ないだろう。それより、このあとどうするんだ?」
「もう学園に戻るってのももったいないな。どっかで飯食って、店回ろうぜ。日用雑貨とかも買いたいしな」

 一夏たちは朝早く出たのだが、買い物を終えた頃にはちょうどお昼時になっていた。
 人が出てくる時間だからか、人混みも一層密度を増している。一夏は承知したと頷くラウラに手を差し出す。ラウラも自然な動作で一夏の手を握った。




 アニメに鈴きたーーーーー!! テンションあがってきたぜ―!!!
 作者の書く話にしては長くなったので切ります。続きは近いうちに。
 シュヴァルツェア・レーゲンって小型兵器持ってないよね。取り回し難しそう。



[25465] ラウラさんの敵は転校生
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/01/28 02:03
 クラス代表決定戦は、相打ちに終わった。
 雪片で切りかかり、セシリアに一撃を与えた瞬間、両者シールドエネルギー切れ。
 世にも珍しい相打ちの瞬間、千冬以外の観客、当事者全員が何が起こったのかわからず、唖然としてしまった。
 千冬から大馬鹿者にランクダウンした呼び方で出迎えられ、敬いのまったくない労いの言葉を頂いた後。
 疲れた体を引きずって控え室に戻ってみれば、怒りのオーラを撒き散らして仁王立つラウラが待っていた。

「この愚か者め。だからフォーマットとフィッティングが終了するまでは回避に専念しろと言ったのだ。一次移行してからが本当の勝負だと、しっかり伝えたはずだがな」
「う……面目ない。でもほら、ビットは落とせたじゃないか?」
「変わりにミサイルを貰ったのでは意味がない。ふむ……どうやらISの操作の前に、戦いの心構えを教える必要がありそうだな。明日から覚悟しておけ?」
「……了解しました、教官殿」

 引きつった笑みを浮かべてしまうが、むしろ一夏から頼みたい内容だった。
『俺の家族を守る』
 クラス代表決定戦で言った言葉を、嘘にしないために。

「それとだな、一夏。その……お前の守る家族に、私は含まれているのだろうか?」
「ん? 何当たり前のこと言ってるんだ?」
「……当たり前のことか。それはすまなかった、許せ」

 何故かその後しばらく、ラウラは上機嫌だった。上機嫌に一夏を絞り上げていた。それからは、精神的にも肉体的にもきつい、きつーい訓練が連日続いているが、根はあげていない。
 ちなみにセシリアがよくわからない理由で辞退したので、クラス代表は一夏に決定。クラスメイト全員が歓声をあげて喜んでいた。
 一夏は思う。できれば、次には自分も喜べるような事で一体感を味わいたいと。
 何時もの様に、ラウラと共に登校する。

「一夏さん、ラウラさん、おはようございます」
「ああ、おはよう、セシリア」
「おはよう」

 決定戦移行、何故か態度が柔らかくなってよく話しかけてくるようになったセシリアが、朝教室に入った途端に話しかけてきた。

「聞きまして? 転校生が来るそうですわよ?」
「転校生?」

 今は四月の下旬。
 ……この時期の転校生となると、始業式に間に合わなかったのか?
 一夏が憶測を口にすると、同意が返ってきた。IS学園は特殊な学校なので、色々と問題が起こったり、手続きに時間が掛かったりもするらしい。
 クラスメイトの女子が、横合いから情報を追加してくる。

「なんでも中国の代表候補生らしいよ?」
「ふぅん。でもそれって、このクラスなのか?」
「二組にって聞いてるけど」
「ならば私たちにはなんの関係もないな」

 ラウラがしめて二十分後。

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 一組に、金髪の貴公子が光臨していた。
 ”貴公子”が、である。

「男……?」

 驚き、半ば呆然としながら一夏が呟いた。ついで胸に巻き起こったのは、歓喜の感情。
 ……仲間が来た!!!
 女子の園に男一人の生活は、中々に辛いのである。
 周りのクラスメイトからも歓声があがり続けている。シャルルは中性的な、一目で美形と言える風貌だ。手足もすらりと長い。これで人目を惹かないはずがないので、仕方ないことだろう。
 重大女子のノリに、面倒くさそうに千冬が騒ぎを鎮圧。

「デュノアは織斑と同室だ。先達として気を配るように」

 一夏が快く頷いた。男同士なので同室になるのは当然だろう。

「……む? ということは、私は」
「ボーデヴィッヒは現状の部屋のままだ。暫く一人だな」

 ――なのだが、ここに納得がいかない者がいた。

「な……何故ですか!」
「は、はい!?」
「何故私が一夏と別室にされなければならないのですか!!」
「そ、そうは言われても~……」

 弱りきった顔で麻耶が縮こまる。寮の部屋割り担当は彼女だからだ。

「今までの部屋割りは暫定だったのだ。こちらも学園としての名目がある。男女が同室というは、外聞が悪いのはわかるな?」
「しかし、一夏は私の嫁です!」
「誰の嫁ですか! わたくしは認めませんわよ!」

 横からの抗議は、二人まとめてシャットアウト。

「法的根拠は何もないだろう。日本は届出婚主義で事実婚を認めていない。諦めろ」
「く……!」

 歯噛みし、拳を握り締めるラウラ。
 鬱憤の晴らしどころを見つけられないのか、ギッ! とシャルルを睨みつける。話についていけないシャルルは、何故睨まれるのかわからずに困惑していた。
 見かねた一夏が、何故ラウラがここまで興奮しているのか把握できないままに諌める。

「どうしたんだよ、仕方ないことだろ?」
「……離れ離れになるのだぞ」

 なんとも思わないのかと。ラウラの目が、拗ねた光を灯して問いかける。
 あまりに深刻に見えてしまっているラウラに、一夏は思わず噴出してしまった。

「大げさだって。部屋が変わったっていっても、すぐ近くだろ? 同じ寮内なんだからさ」
「……それはそうだが……」
「別に何時でも遊びに来ればいいからさ。ああ、もちろんシャルルの都合がいい時だけどな?」

 むぅと唸り、ラウラが椅子を軋ませながら座った。納得していないのが顔にありありと出ている。後でココアを差し入れして機嫌をとっておいたほうがよさそうだった。
 一夏はどうすればいいのか判断がつかないらしいシャルルに話しかける。

「えっと、デュノア? すまなかったな」
「え!? あ、ううん。ちょっとびっくりしたけど」
「俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」
「あ、なら僕もシャルルでいいよ。よろしくね、一夏」

 あからさまにほっとした表情を作ったシャルルに、よろしくと手を差し出した。

「握手しようぜ。これからの挨拶ってことでさ」
「あ……うん、よ、よろしく」

 緊張しているのか、頬がほんのり赤くなったシャルルと手を握る。

「シャルルって、手小さいんだな」
「そ、そうかな!?」

 何故か周囲が騒いだが、一夏とシャルルはさっぱりと原因がわからない。
 事態の収拾がつくのを珍しく待っていてくれた千冬が、ぱんぱんと手を打ち鳴らす。シャルルに席に座るよう指示し、すぐさま一時限目の授業を開始した。



 休み時間になれば、シャルルの周囲を質問が埋め尽くすかと思ったが、そうではなかった。どうも放課後時間を作って歓迎会をするらしく、その席でということになったようだ。
 そうなれば皆の関心ごとは自然、迫ったクラス代表戦へと流れていく。

「じゃあこのクラスの代表は一夏なんだ?」
「ああ。なんでかそうなった」
「わたくしと相打ちになったのですし、一夏さんにはその資格が十分にありますわ。自信をお持ちになって」

 セシリアの激励にも、生返事をしそうになった。 選ばれた以上は全力を尽くすつもりではあるのだが、未だにどうしてこうなったと頭を抱えたくなる一夏である。
 一組の他は四組のみが専用機持ちであるらしい。
 クラスメイトたちが楽勝だと余裕を漂わせる空気の中に、不意に訂正が入った。

「その情報古いよ。二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 声の主は、方膝を立てて入り口の扉にもたれていた。
 一夏の聞き覚えのある声と、見慣れた長い黒髪を結んだツインテール。

「お前、鈴か?」

 一夏はセカンド幼馴染だろうと確信し、思わず誰何の声を上げる。

「そうよ。中国代表候補生、鳳鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 鈴がふっと小さな笑みを漏らす。
 ……ニヒルを気取っているんだろうか。似合わないよなぁ。
 正直者の一夏は内心をそのまま口に出した。

「なに格好つけてんだよ。似合わないぞ?」

 激高した鈴が怒鳴り散らそうとしたとき、背後に立った千冬が拳骨一発。千冬の存在に呻いた鈴が、涙目で一夏に時間を空けるように要求を押し付け、クラスへと戻っていった。



 時は移り昼休み。鈴も合流したので、ちょうどいいと一夏は学校案内もかね、シャルルを食堂に誘った。
 付いてきたのはラウラ、セシリア、その他の一組の女子数人。箒にも声を掛けたのだが、気がつかなかったのか教室から消えてしまった。

「鈴は相変わらずラーメンか。好きだなぁ」
「いいじゃない。美味しいんだから」
「シャルルはどうするんだ?」
「うーん……一夏のお勧めってない?」
「ここのは基本的に全部美味しいぞ。けど……そうだな、俺は今日はとろろ定食にするけど」
「あ、じゃあ僕もそれにしようかな」
「日本食だけど平気なのか?」
「うん。興味もあったし」
「私は焼き魚定食を。……今日こそは煮豆を落とさず食べてみせる」

 丸テーブルに、端から鈴、一夏、ラウラ、シャルルの順で座る。残りは座りきれないので隣のテーブルだ。
 一夏と鈴が他愛ない世間話――二人の昔話で盛り上がっていると、様子を監視していたセシリアが隣の席から移動してきた。
 机を破壊せん勢いでバン!!! とテーブルを揺らした音が鳴る。

「ちょっと一夏さん! その子と親しすぎではありませんこと!?」

 セシリアが、はっと気がついたように慌てた。

「ままま、まさか、付き合ってますの!?」
「べ、別に付き合ってるわけじゃ……」

 まんざらでもなさそうに鈴が否定し、一夏が平常運転で肯定する。

「そうだよ、なんでそんな話になるんだ? 鈴とは幼馴染ってだけだよ」
「大体、一夏は私の嫁なのだ。ありえない話をするな」
「よ、嫁って何よ?! 一夏が?! あんたの?!」
「その通りだ。……む、他人に認められるというのは心地よいものだな」
「誰が認めたのよ!! そんなの絶対認めないからね!!」
「そうですわ! 何を勝手な!!」
「認めてもらう必要などない。一夏は私の嫁だ。異論は認めん」
「ああもうなにこいつ! 頭沸いてんじゃないの!?」

 元々大きくない鈴の堪忍袋は、ぶっちりと切れる寸前だ。場の空気が悪くなっていくことを読んだシャルルが、換気をしようと話題変えを試みる。

「ラウラって箸使い上手だね。一夏から教えてもらったの?」
「いや、隊の者が持っていた資料を基に、枝を箸の形に加工してドイツで特訓した。一夏の作ったみそ汁を毎日飲むためにな」

 つけた換気扇は、故障していたようだった。

「な、なんであんたが毎日一夏の作ったみそ汁飲むのよ!」
「私の嫁なのだから当然だろう」

 唾を飛ばさんばかりに声を張りあげる鈴だったが、ラウラは涼しい顔で受け流す。
 肩をふるふると震わせていた鈴だったが、

「――いい。わかった」
「え?」

 わかった? 何が?
 一夏が疑問を口にする間もなく。鈴が机を叩き立ち上がった。

「一夏!」
「なんだ?」
「約束は覚えてるわよね!?」
「約束? ……って、酢豚がどうとかってやつか?」

 それ!! と鈴が表情を輝かせた。

「ま、覚えていて当然よね。だから一夏、あんたは私の酢豚を毎日平らげなさい!!」
「……は?」

 状況を理解できない一夏を置き去りに。ラウラと鈴の視線が交差した。
 お互いに、改めて、はっきりと認識する。
 ――こいつは敵だ、と。

「なんだ、三人で食事するってことか?」
「そんなわけないでしょこの馬鹿!! 一夏は黙ってて!!」
「嫁はただ見守っていろ」

 一蹴され、当事者なのになー……と一夏の背中が煤けた。シャルルが乾いた笑いをしながら、気を落とさないでと一夏を慰める。優しさが身に染みた一夏が、涙を拭う真似をした。

「何時もすまないねぇ、シャルル」
「一夏、何言ってるの? 大丈夫?」

 大丈夫の言い方から、本気で心配しているようだった。どうやら日本のお約束は通じなかったようである。

「ちょっと!? わたくしを放って置いて何を盛り上がってますの!?」
「……え、あんた誰?」
「引っ込んでいたほうが身のためだと思うが」
「ぶ、無礼ですわよ!!」

 喧々囂々。
 女の子三人の喧騒を眺めつつ。復活した一夏はシャルルの横に移動し、仲良く食事を続けていた。

「一夏ってもてるんだね」
「ははは、シャルルはジョークがうまいなぁ」
「ジョークって……だって目の前のこの状況……」
「ああ、女三人寄ればかしましいとはよく言ったもんだよな」
「え……」

 予想外の言葉に、シャルルがぱしぱしと目を瞬かせた。

「まぁ、喧嘩するほど仲がいいっていうしなぁ。よきかなよきかな」
「えっと、一夏? やんちゃな子を見守る保育士さんみたいな顔をする場面じゃないと思うよ?」
「大丈夫だって。最初仲が悪いほど、後で仲がよくなるもんだ」
「そ、そういうものかな?」

 うむ。と一夏が重々しく頷いた。己の実体験に基づいたこの法則に、一夏は自信を持っている。

「俺なんて、ラウラとも鈴とも、セシリアとだって最初仲悪かったからなぁ」
「へぇ……」

 シャルが未だに言い合っている横を、ちらりと見た。

「そうは見えないけど」
「本当だって。セシリアはこの間決闘したろ? 鈴とも喧嘩したしな。ラウラとなんか本気で殴りあったし」
「い、一夏って、意外とバイオレンスなの?」

 シャルルが身を引いた。慌てて一夏が誤解を解きにかかる。

「いや待て待て待て。鈴とラウラとは子供のころの話だからな? それにほら、今は仲良くなったし」
「……仲良くなりすぎな気もするけど。一夏って天然なのかな?」
「ん? 何か言ったか?」

 難しい顔をしたシャルルが、気にしないでと首を振る。

「セシリアとの決闘は最近なの?」
「最近と言うか……先週?」
「近いんだね。でも、なんで決闘なんか?」

 疑問符を浮かべるシャルル。一夏は一度失敗した日本の伝統を試みる。

「かく……しか? 一夏、なにそれ?」
「……いや、すまん。えっとだな」

 発端は適当に。クラス代表を決めるためにだけ、とだけ説明した。

「でもすごいね、一夏は男なのに、女と、しかも代表候補生と相打ちになるだなんて」
「他人事みたいに言うなって。シャルルだって同じ境遇なんだぞ?」
「あ、そ、そうだよね。うん、頑張るよ」

 何故かわたわたとして手を振ったシャルルが、むん! と腕に力を込める。

「改めて見ると、シャルルって腕細いな」
「そう? そんなに細い?」
「ああ。あ、そうだ。どうせだし一緒にトレーニングしないか?」
「トレーニング?」
「俺はまだIS来たばっかりだし。放課後にアリーナ借りてトレーニングしてるんだよ」

 アリーナに大穴を明けた失態は記憶に新しい。一夏は暇を見つけてはラウラに――クラス代表戦以降はセシリアも参加して――操縦を教わっていた。二人の講師は優秀なのだが、たまに漂う一触即発な空気は何故だろうと一夏は謎に思っている。

「うん、いいよ」

 シャルルの二つ返事に、一夏が笑顔を浮かべる。

「おう! この学校でたった二人の男だからな。一緒に頑張ろうぜ」
「……そう、だね」

 お昼休みが、和やかに過ぎていった。



 セシリアが嫌いなわけじゃないんだ!!! ただ気がついたら出番がなくなっていただけなんだ!!! 箒は話す機会を逸脱しすぎて、どう話しかけていいのかわからなくなってます。
 えーっと、アニメが十話くらいだとして、OPのあれが銀の福音。
 ……。
 かいちょぉぉぉぉぉぉ!!!! アニメでてこないのかなぁぁぁぁ!!!?? ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!



「クラリッサ! 私だ!」
「受諾。こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉です。その様子ですと……デートは成功したようですね、隊長」
「ああ。隊の皆が送ってくれた服も好評だったぞ」
「それは重畳です」
「と、ところで、なのだが……大尉は料理をできるのか?」
「私の腕前は、隊長もご存知であると思いますが」
「サバイバル環境下で、ではない。その、一般的な家庭料理がだな……」
「――隊長。やるべきです」
「な、なんの話だ? わ、私はまだ何も言っていないぞ?!」
「隊長の相談に乗り続けて何年経っていると思っているのですか。思い人に料理を作ってあげたいのでしょう?」
「あ……う……~!!」
「いいですか、料理の腕前を気にしてはいけません」
「し、しかし、やはり美味しいものの方が喜ぶのではないか?」
「いいえ!! むしろ最初は下手なほうが有利なのです!!」
「な、なに? 大尉、どういうことだ?」
「……多くは申せません。ただ一言、日本恋愛の伝統、とだけ伝えておきましょう」
「う、ううむ……日本の文化とは、奥が深いものなのだな」




[25465] ラウラさんは寝起きがいい
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/01/28 02:03
 脱力して体を投げ出した。柔らかい布団は、一夏の体を優しく受け止める。

「ああ、つっかれたー!」
「あはは、お疲れ様、一夏」

 放課後の特訓から、鈴とラウラはずっと付きっ切りだった。
 夕食で解散かと思ったが、甘かった。一夏の荷物移動から先ほどまで、二人はくっついてきたのだ。
 部屋の作りは他と変わらない。ただ、荷物をまだ解いていないので、少しごちゃごちゃしている。
 夜遅くということで二人とも戻っていったが、何をあんなに張り合っているのかと思うほどに衝突を繰り返していた。
 お陰で一夏のIS特訓も熾烈を極め、体力の限界と相成ったわけである。

「一夏、ごめんね? 部屋のシャワー先につかわせてもらっちゃって」
「いいよ、それくらい。少し休まないと動けなかったしな……」

 予断だが、鈴の教え方は感覚重視。ラウラの教え方は手本を見せた後に体に叩き込む。
 両方とも、教え子にとっては骨の折れる教え方だった。

「一夏って、ほんとにISの事知らないんだね」
「そりゃそうだ。偶然IS動かさなかったら、こんなところ縁がなかっただろうし」

 セシリアから聞いた話では、IS学園に入るものは、遅くともジュニアスクールからISについて学び始めるらしい。単純に年季が違うのだ。
 そう考えると、鈴の努力には頭が下がる。
 中学校三年から勉強をはじめて代表候補生。

「あいつ、一体どれだけ苦労を重ねたんだろうなぁ」
「あいつって誰?」
「鈴だよ。ほら、ツインテールの俺の幼馴染。中学三年まで俺と一緒に学校通ってたし、まさか代表候補生になってるなんて思わなかった」

 と、一夏の脳裏に疑問が湧き上がってきた。

「そういや、シャルルは何時ごろからISを動かせるってわかったんだ?」
「え!? え、えっと、何時だったかな……?」

 シャルルがぎこちない笑顔を浮かべた。一夏は顔をしかめ、地雷を踏んだことを自覚する。
 ちょっと頭を使えばわかりそうなものだ。シャルルのISに関する知識や操縦の熟練具合を見た限り、一夏よりもずっと早くにISはずだ。なのに世間では”男としては一夏が初”になっている。色々と、ややこしい事情があるのだろう。

「悪い。答えにくいこと聞いちまったみたいだな」
「……ううん。一夏は悪くないよ。僕のほうこそ、変に慌てちゃってごめんね?」
「気にしてないって。シャルルには感謝してるしなぁ」

 感謝? とシャルルが首をかしげた。

「僕、特に何もしてないよ?」
「シャルルだって体験しただろ? 女子からの視線とか包囲網とか」
「あ、あー。あったね」

 本気で忘れていたようである。あの女子からのプレッシャーに今だ慣れない一夏としては、その順応能力が羨ましい限りだ。

「ほんと、男が一人じゃないって事がこんなに心強いとは思わなかったよ……」

 なにせこのIS学園の女子生徒、男子と接する機会が少ない。故に一夏はこれまで珍獣のような扱いを受けていたいっても過言ではない。入学式に冗談で思った客寄せ一夏が、ぴたりと当てはまってしまう状況なのだ。

「あ、でも客寄せシャルルってなんか語呂いいな」
「なに言ってるのさ。僕はパンダじゃないよ?」

 冗談が通じなかったようである。一夏としては笑い飛ばしてほしい所だ。

「シャルルは女子への対応もそつなくこなしてるし、ほんと見習いたいよ」
「……一夏は見習わなくても、十分だと思う」
「ははは、こやつめ!」
「一夏?」

 シャルルなりのジョークへの対応も通じなかったようだ。

「……すまん、気にしないでくれ」
「一夏って、たまによくわからなくなるね?」

 くすくすと笑うシャルルの笑顔に、一夏は思わず見惚れそうになった。
 ……女子が騒ぐわけだよなぁ。
 解いている髪も相まって、まるで女の子だ。一夏は心の中で、シャルルは男、と現実を再認識しておく。
 その後もお互いベッドの上のまま談笑していると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。
 こんな時間に誰だ? と顔を見合わせる。近かったので、一夏が扉を開けにいった。

「はい、どちら様?」
「私だ」
「あれ、ラウラ?」

 ノックの主は、部屋に戻ったはずのラウラだった。着替えてきたのか、寝巻き代わりの一夏のシャツを身に纏っている。銀髪がしっとりと濡れているので、シャワーを浴びてきたのかもしれない。

「こんな時間にどうしたんだ? 忘れ物でもしたのか?」
「寝に来たに決まっているだろう」

 ……。

「寝に来たに決まっているだろう」

 二回言われ、一夏はようやく状況が把握できた。シャルルは固まったままである。

「なんで? ラウラ、自分の部屋あるじゃないか」
「なんでも私は、枕が変わると寝られない性質らしいぞ?」

 何故伝聞口調なのか。

「でも枕って言ったって、俺はラウラの枕なんて持ってきてないぞ?」
「一夏……抱き枕というものを知らないのか?」
「いや、それは知ってるけど。でも、ラウラはそんなもの使ってなかっただろ?」

 ラウラから無言で指差された。
 後ろを振り向く。シャルルがいた。慌ててぶんぶんと首を振っている。
 向き直ると、まだ一夏を指し示したままだ。
 ここまできて一夏は思い至る。
 部屋が一緒のとき、ラウラが抱きついてきていたことに。

「……もしかして、俺とか言わないよな?」
「理解できたようでなによりだ。では寝るぞ」

 一夏の返事も待たず横をすり抜け、ラウラが一夏の布団に潜り込む。

「え、ええ? い、一夏とラウラって……」

 突然の事態に混乱しているのか、シャルルの目がぐるぐると回っている。

「いや、これはなシャルル」
「え、えっち! はれんちだよ! 一夏!」
「えっち違う!! そんな目的じゃなくて単なる添い寝だ!!」

 単なる添い寝であろうと、多感なこの年だからこそ問題がありそうなものだが。

「そ、そうなの?」

 正常な思考ができなくなっているシャルルは、思わず納得してしまいそうになった。

「うむ、そういうことにしておこう」
「誤解を招くような言い方するなって!」
「そ、そういうことってなんなの?! いちかのえろすーー!!」
「……なぁラウラ、やっぱお互いの部屋で寝ようぜ?」

 シャルルの頭からは、湯気が出てきそうな勢いである。この調子では止めたほうが無難だろう。折角できた友達なのだから、初日から仲が拗れそうなことは避けたい。

「この部屋で寝ることが駄目ならば、嫁がこちらに来ればいいではないか」
「駄目だって。千冬姉に怒られるぞ?」
「む……千冬義姉様か……」

 千冬の名前に、初めてラウラが逡巡した。暫く考えて込んでいたが、最後は苦渋の表情で頷く。しかし意外とちゃっかりとしているようで、明日の朝迎えにいくことを交換条件にもちだされた。

「じゃあお休み、ラウラ」
「ああ」

 パタンと扉を閉じ、嵐が過ぎ去った。
 疲れたようにため息を吐き、シャルルが訊ねる。

「ねぇ一夏、ラウラって何時もこの調子なの?」
「この学園で知り合いの学生って俺一人だからかなぁ。懐かれて悪い気はしないけどな」

 能天気な一夏の台詞に、シャルルが更にため息を吐いた。

「ん? どうしたんだ?」
「ううん、なんでも。さ、寝よ?」



 シャ!!
 カーテンの開く音と同時、差し込む日差しに体が朝を認識した。一夏が目を開き時間を確認すると、何時も通りの起床時間。

「おはよう、一夏」
「おはよう、シャルル。早いんだな」

 笑顔のシャルルに、一夏は目を細めて挨拶を返す。
 既にシャルルが着替え終わっていた。首元で結った金の髪が朝日に眩しい。
 ぐぐっと伸びをし、眠気を体から追い出す。

「ふふ、一夏って結構寝顔可愛いんだ」
「やめてくれよ。男にそういうこと言われても嬉しくない」

 気持ち悪くとまでいかないのは、シャルルの整った顔立ちのせいだろうか。

「じゃあ、女の子に言われたら嬉しいの?」
「……いや、恥ずかしいだけだな」

 一夏は洗面所の使用許可を取り、身だしなみを整える。

「じゃあラウラ起こしてくるか。シャルル、朝ごはんは先に食べちゃっててくれ」
「まだ一人で行動するのは不安だし、待ってるよ」

 有難くシャルルの言葉を受け入れ、寝巻きを脱ぐ。

「わぁ!!」
「な、なんだよ、いきなり大声上げて」
「い、一夏こそ! なんでいきなり脱いでるのさ!」
「なんでって、着替えないといけないからだけど」
「あぅ……そ、それはそうだよね。ごめんね?」

 一夏は、別に気にしていないと返す。
 真に気にするべきことは、他にあったからだ。

「シャルル、なんでそんなじろじろ見てるんだ? 俺の体どっか変か?」
「ふぇ?! じろじろなんて見てないよ?! いいから早く着替えて!」

 真っ赤になったシャルルが、慌てて背を向けた。反応をおかしく思いながら、一夏が制服に着替える。

「なんか、たまにシャルルって反応おかしくなるよな。同姓なんだから、裸くらい気にしないだろ?」

 ビクリ! シャルルの肩が跳ねる。
 背を向けたまま、

「ぼ、僕って男の人の裸、見たことないからさ!」
「ふぅん、珍しいな。シャルルって育ちがよさそうだし、そこが関係してるのか?」
「う、うん! 実はそうなんだ!」

 シャルルが勢いよく首を上下に振った。一夏は追求を止め、そういうこともあるんだろうと納得する。

「じゃあラウラ起こしたら戻ってくるから、ちょっと待っててくれ」
「わかった。一夏、いってらっしゃい」

 廊下に出ると、まばらに女子が歩いていた。
 その殆どが寝巻き。ようするに薄着。
 ……ほんとに無防備すぎる。
 中にははだけていたり、露出の大きな服の者もいる。健全な男子な一夏としては、目のやり場に困る状況だ。
 すれ違い様に朝の挨拶もそこそこに。早足で昨日までいたラウラの部屋に向かう。
 ノブを回すと、なんの抵抗もなく扉が開いた。
 部屋の奥のベッドに、広がっている銀髪が見える。

「ラウラ、朝だぞー、起きろー」

 シャルルのようにカーテンを開け、声をかける。

「ん……一夏?」
「おはよう」
「ああ、おはよう」

 ラウラが腕を伸ばしてきた。一夏は腕を引っ張り、上半身を起こさせる。すると勢いそのまま、ぽふりと、一夏の胸にラウラが顔を埋めてきた。

「ラウラ?」
「寝起きで力が入らなかった。許せ」
「いいけどさ。ほら、顔洗ってきちゃえよ」

 ん、とラウラが頷いた。言われたとおりに洗面所へと消えていく。
 一夏は千冬の世話で培ったスキルを発揮。ラウラの仕度を手伝っていく。

「ほら、タオル。あと制服とかここに置くからな?」
「うむ」

 返事を聞き、洗面所の扉を閉める。

「待たせたな、一夏」

 女性とは思えぬ着替えの速さを誇るラウラは、すぐに現れた。

「いや、待ってないけど、相変わらず早いな」
「着替えなどそんなものだろう」
「あ、ラウラちょっと待った」

 歩き出そうとしたラウラを、一夏が引き止めた。
 どうした? と振り向いたラウラをベッドに座らせる。

「髪、もうちょい丁寧に梳かさないのか?」
「櫛は通した」

 予想通りの返答に、一夏が櫛を取り出す。

「じゃあ俺が梳かすな。ちょっと動かないでくれ」
「いいと言っているだろう」

 言葉では反論しながら、体は動かさない。了承と受け取った一夏が、ラウラの長い長い銀髪に櫛を通していく。

「痛くないか?」
「むしろ心地いいが。うまいのだな」
「千冬姉の髪を梳いたことがあるからなぁ」
「むぅ……」

 ラウラが小さく唸る。頬も膨れているようだった。

「あ、どっか痛かったか?」
「違う」

 違うらしい。二言目もないので、気にしないことにした。
 ラウラの髪を至近距離で眺めていると、ふつふつと勿体無い気持ちが湧き上がってくる。

「折角綺麗な髪なんだ。もうちょい手を入れても罰は当たらないと思うぞ?」
「髪の梳かし方など、私は知らない」

 瞳が、ぴたりと合う。
 ラウラが目を細め、

「だから、一夏が梳いてくれればいい。それで解決だ」
「そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ」

 言いながら髪を梳き終わる。

「よし、シャルル待ってるし、朝飯食いに行くか」
「うむ」

 連れ立って部屋に戻り、シャルルと合流。
 時間に余裕をもって来た食堂は、混雑にはほど遠い状態だ。注文から料理まであっという間である。
 一夏が音頭をとり、三人で合掌。
 メニューは一夏が朝なのに日替わりランチ。シャルルがトーストにベーコンエッグで、ラウラはそれにハンバーグを追加していた。

「一夏もラウラも、朝からがっつり食べるんだね……」
「何を言う。朝に一番食べるのが体の稼動効率はいいのだぞ」
「そもそも消費されないエネルギーなんて全部脂肪になるんだし、寝るしかない夕食に量を食べるほうがおかしいんだよな。太っていいなら知らないけど」
「ふぅん、そうなんだ?」

 食べ初めて十分もすると、ちらほらと知っている顔も見え始める。
 シャルルが質問をしたのは、みそ汁を載せた盆を持ったクラスメイトと挨拶をしたときだ。

「そういえば、一夏が毎日ラウラにみそ汁を作るってなんなの?」
「日本流のプロポーズだ」
「違う。違わないけど違うからな?」

 むしろ一夏の方が聞きたい。案の定、シャルルの表情が困惑に変わる。

「よくわからないけど……じゃあ鈴の酢豚を毎日食べるっていうのは?」
「いやそれが、ぼんやりとしか覚えてないんだよなぁ。鈴の料理の腕が上がったら、毎日酢豚を奢ってくれるとか、そんな約束だったと思うんだけど……」

 なにせ約束したのが小学校の頃である。むしろ約束があったことを己の脳細胞に褒めてやりたいくらいである。
 けれど、所詮それは一夏の自己満足。

「駄目だよ一夏! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて!」

 シャルルの突然の大声に、周囲の注目が集まる。集まるが、興奮したシャルルと驚いている一夏は気がつかないし、ラウラも周囲の視線など気にしない。
 め! とでもいうかのようにシャルルが指を立て、叱ってくる。

「一夏は鈴との約束をちゃんと思い出してあげて。でないと、可哀そうだよ」
「……そうだよな、わかった」
「……」

 一夏が叱られている最中、ラウラは無言を貫き通していた。



この作品的よくわかるキャラクター紹介。
ラウラ・ボーデヴィッヒ……主人公。信念を貫き通すデレデレ。
織斑一夏……ヒロイン。一級旗建築士にして旗折職人。
織斑千冬……ラスボス。
シャルロット・デュノア……マスコット。癒し系てれデレ。
鳳鈴音……幼馴染要素搭載型ツンデレ。
セシリア・オルコット……不憫属性。高飛車デレ。
篠ノ之箒……ごめん今のところ空気。



「……」
「こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉。受諾しましたが……隊長?」
「クラリッサ……」
「如何なさいました? 声に覇気が感じられませんが……」
「……嫁が私を蔑ろにする……」
「――詳しく内容を窺っても?」
「その、だな。一夏の他に男の転校生が来たのだが……それとつるんで、私と二人の時間が減ってきているのだが……」
「ようするに寂しいのですね?」
「……そう、なのかも、知れん……」
「そう心配することはないでしょう。女の園に男が一人。心理的に圧迫されていたところに仲間が来たことで、優先順位が一時的に大きくなっているだけでは? ……日本にはB――若衆道というものもありますが、一夏殿にその気はないようですし」
「そ、そうなのか?」
「ええ。あ、隊長、申し訳ありませんが画像を転送して戴けませんか? 隊長の想い人とその男性の友人が特に仲良くしている場面を。参考に。ええ、参考にです」



[25465] ラウラさん嫉妬を覚える
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/01/28 02:04
 午前中の授業からずっと、一夏は脳細胞をフル活動させていた。
 ……鈴との約束……約束……出かかってはいるんだけどなぁ。
 シャルルに言われたとおり、鈴との約束をなんとか思い出そうとしているのである。

「織斑。おい、織斑!」
「うーん……なんだったかなぁ」
「……」
 ズバン!!!

 一夏は昼休みまでに、都合十回は頭を叩かれる羽目になった。



「おー、いてて……」
「一夏、大丈夫?」

 叩かれた頭を摩りつつ大丈夫だと返す。
 実際、衝撃と痛みは凄まじいが、たんこぶができるような殴り方をしないのが千冬だ。

「あれだけ呆けていれば当然だな。何をしている」
「自分の記憶力の限界に挑戦かな?」

 結果は見ての通り。午前中を費やしてこれでは、ため息の一つも吐きたくなる。

「いーちか」
「鈴?」

 一夏を悩ませる張本人がひょっこり姿を現した。なにやら大きな包みを手に持っている。

「なに辛気臭い顔してるのよ」
「誰の性だと思ってるんだよ。鈴との約束で悩んでるんだぞ?」
「あたしとの約束で?」

 数瞬の沈黙の後。

「え、え? それってど、どういう意味?!」

 何を想像したのか。顔を赤に青にと忙しなく変え、必死な形相で鈴が詰め寄ってくる。

「どういう意味もなにも、ひとつしかないだろ?」
「ひ、ひとつ?」
「ああ。なぁ鈴、いいか?」
「――駄目!」

 目を瞑って絶叫する鈴に、一夏が目を大きくした。

「え、なんでだ?」
「馬鹿! こんなにたくさんの人が居る前でなんて駄目に決まってるでしょ!! そ、そういうことは二人っきりでないと……」
「それこそどういう意味だ?」
「いいから後で! ほら、今はお昼食べに行くわよ!」

 頬を真っ赤にした鈴に手を引っ張られ、教室から一夏が消えていった。その後ろをラウラが当たり前のようについて行く。迷った様子を見せながら、シャルルも後を追った。

「あら、一夏さん? どこに行きましたの?」

 ちょっとした用事で出かけていたセシリアが、クラスメイトから事情を聞いた後に絶叫した事は……言うまでもないだろう。



 鈴に連れられやってきたのは屋上だ。
 IS学園の屋上は、どこの荘園かと見間違うほどに花壇が整備されており、春の陽気も相まって人が居ないことはないのだが、今日は貸しきり状態だった。きっとシャルル目当てで食堂に押しかけているに違いない。

「なぁ鈴、俺は食堂に行こうと思ってたんだが……」
「行く必要ないわよ」

 微笑んだ鈴が、手に持った包みを前に差し出した。

「はい一夏、お弁当」
「弁当? 作ってくれたのか?」

 受け取った一夏が包みを開くと、タッパーが二つ。
 一つは白米。もう一つは酢豚だ。

「へぇ、美味そうだな」
「そうでしょ? ちょっとした自信作なんだから」
「でもなんで弁当を?」
「昨日言ったこともう忘れたの? あんたはあたしの酢豚を毎日食べなきゃ駄目なの!」
「量的に二人分か。私の分は買ってこなくてはな」
「うお!」

 急に話しかけられ、一夏が驚きながら振り向くと、ラウラがぴたりと背後に張り付いていた。その後ろには、困ったように笑うシャルルもいる。

「なんであんたも居るのよ」

 機嫌悪そうにツインテールを揺らし、鈴が威嚇する。

「一夏の居る場所に私が居て、なんの疑問があるのだ?」
「疑問だらけよ!」
「まぁいいじゃないか。飯は大勢で食べたほうが美味しいぞ?」

 不用意な発言をした一夏は、ぎっ! と鈴から睨まれる。

「……はぁ、最悪。折角一夏と二人きりになったと思ったのに……」

 俯いた鈴だったが、すぐに気を取り直して顔を上げる。切り替えは早いのである。

「一緒に食べるのはいいけど、弁当はあたしと一夏の分しかないわよ?」
「わかっている」
「あ、僕がラウラの分も買ってくるよ」
「シャルル、購買の場所覚えてるか? 俺もついて行ったほうが――」
「だ、大丈夫だよ覚えてるから! 一夏はここで二人と待ってて。ね?」
「そっか。わかった」

 短い付き合いながら、シャルルがしっかり者だと認識している一夏は、疑わずに頷いた。
 備え付けの丸テーブルに、三人で腰掛ける。

「……」

 一夏の対面に鈴。

「……」

 右手にラウラだ。

「……」

 ……なんでこんなに空気が重いんだ?
 暑くないのに汗が止まらない。現在進行形で汗の噴出す量が増加中である。

「お待たせ。適当に見繕ってきたよ」
「お帰り! シャルル!!」
「た、ただいま?」

 待ち望んだ帰還に、一夏はテンションがおかしくなった。
 なにはともあれ、昼食だ。

「一夏、割り箸」
「おぅ。悪いな」

 受け取り、

「……て、酢豚はつっつき合えばいいけど、ご飯はどうするんだよ」

 白米のタッパーは鈴が抱えたままである。

「た、食べたいならしょうがないわね。言ってくれれば――」
「蓋を使えばよかろう」
「なるほど」

 ラウラの指摘に、一夏は早速タッパーの蓋を皿代わりにすることにした。何故か呆然とした鈴の持っているタッパーから、白米を半分頂戴する。
 準備万端になった一夏が、酢豚に手を伸ばす。
 豚肉を頬張った途端、甘酢の味と香りが口いっぱいに拡がった。
 ……これ、親父さんの味に似てるなぁ。さすが親子。
 一夏の脳内に、幼い頃鈴の実家である中華料理屋の店内が蘇る。
 ……あ――
 触発されたように。鈴と出会ってからの記憶が、順繰りに再生されていく。
 夕暮れの教室、珍しく殊勝な鈴。そして、その頬を夕日のせいでなく染めた鈴が口を開き。
 ――思い出した!!

「『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚食べてくれる?』だったなぁ」
「な、なにいきなり約束呟いてるのよ。……それよりどう? 上達したでしょ」
「ああ。こりゃうまい!」
「でしょ!?」

 頬を赤く染め、鈴がにししと笑う。

「――ほぉ?」
「ラ、ラウラ?」

 深く静かに怒り心頭になっているラウラに気がついたのは、シャルルだった。
 袖をくいくいと引っ張り、

「一夏、ねぇ一夏」
「ん? どうしたんだよ、シャルル。あ、シャルルも食べてみろよ、ほんとにうまいぞ」
「それは楽しみだけど、そうじゃなくて……」

 ちらりとシャルルの目が動き、すぐに助けを求めるような表情になる。シャルルの様子を変に思いながらも、一夏が視線を辿る。
 ――そこには、瞳から表情から感情が消え去っっているラウラがいた。

「……ええっと、ラウラ?」
「なんだ?」

 耳が凍えそうなほどに冷たい声。

「……いえ、なんでも」

 怖かった。
 真の恐怖の前に、人は雄弁になれない。
 それはもう怖いとしか言いようがないほどに怖かった。

「おい貴様」
「んー? なによ?」

 方や暗黒全開。
 方や幸せいっぱい。
 対照的な二人の会話を、一夏とシャルルは固唾を呑んで見守る。

「私と戦え」
「なんで?」
「貴様が嫁に料理を作るか、嫁が私に料理を作るのかを賭けての勝負だ」

 何で俺が景品になってるんだ? という一夏の疑問はスルー。

「方法は?」
「ISでに決まっている」

 ふっ、と鈴が嘲るように口元を歪めた。

「いいけど、あたしが勝つよ? あたし強いし、気力充実してる今はもっと強いもん」
「その鼻っ柱叩き折ってくれる」

 両者譲らず。背格好の似た二人は、胸を突きつけあわんとばかり。

「なんでこいつら、こんなに仲悪いんだ……?」
「……一夏のせいじゃないかな」
「え、俺? そんなはずないって」

 一夏の全く邪気の無い否定に、シャルルは頭を抱えたくなった。

「それで、何時戦うの?」
「クラス対抗戦。衆人観衆の前で無様に敗北するといい」
「はぁ? 一組のクラス代表は一夏でしょ?」
「嫁と私は一心同体だからな。嫁がクラス代表ならば、私がクラス代表になっても問題あるまい」

 そうなの? 一夏。いや、俺は知らない。
 外野の声は、最早二人に届かない。

「――誰が誰の嫁よ。あたしは認めないって言ったでしょ!!」
「認めてもらう必要などないと、私も言ったはずだが」
「……いいわ、全力で叩きのめしてあげる」
「やってみろ。できるものならばな」

 赤の瞳と翠の瞳の間で、特大の火花が散る。
 ガクブルと仲良く震えている一夏とシャルルが見守る中、代表候補生による対決が確約されていった。



 テンションあがってきたので短いながら更新!!!!
 シャルきたーーーーーー!!!!!! ひゃっはーーーー!!!!! 来週がもうマチキレネーゼーーーーー!!!!!
 ………………って、あれ、ラウラは……? ねぇ、ラウラは? ラウラはどうしたの、ねぇ?
 なんかデレ度が上がってしまっている鈴さん。責めるなら勝手に動くこの腕にしてください。



「クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか」
「受諾。こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「中国代表候補生、鳳鈴音について可能な限りデータを集めろ。迅速にだ」
「――了解しました。時に隊長」
「なんだ?」
「これは隊長の想い人に関わる事態でしょうか」
「だったらどうする? 部隊を私的目的に使うと軽蔑するか?」
「いえ、全力で支援させていただきます」



[25465] ラウラさんが蚊帳の外
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/05 19:37
 シャルルと鈴が転校してきてから、幾日か経過した。
 ずずず。
 一夏とシャルルの部屋の中には、茶を啜る音のみが響き渡っている。

「ふぅ……やっぱ緑茶は落ち着くなぁ」
「ほんと一夏って日本茶が好きだよね」

 さすがシャルル。これが鈴なら、絶対に爺臭いと言われているところである。
 同室になって以来、一夏が食後に日本茶を入れることが習慣になっていた。

「シャルルは気に入ってくれたようでよかった。セシリアは色が引っかかるらしいんだよなぁ」
「紅茶と比べてまだ違和感あるけど、おいしいよ。新鮮な感じ」
「抹茶は呑んだことないよな? 駅前に抹茶カフェってのもあるんだぜ?」
「抹茶って、色々と作法があるんじゃないの?」
「いや、そこはコーヒーみたいな感覚で呑めるんだ」

 一夏自身、抹茶は略式でしか呑んだことがない。というか現在の日本人、ちゃんとした作法の抹茶を嗜んだ事のある人のほうが少ないだろう。

「へぇ、ちょっと行ってみたいなぁ」
「今度案内するよ。一緒に行こうぜ」
「うん、ありがとう一夏」

 シャルルの素直な感謝に、一夏はどもりながら照れ隠し。それを見抜いているシャルルは、笑みを柔らかくする。
 空気がむず痒い一夏が、強引に話題を変えた。

「それにしても、シャルルの講義はわかりやすいなぁ」
「力になれてるなら嬉しいな」
「なれてるなれてる。百人力って感じだよ。お陰で射撃のことがわかってきた」

 ラウラはクラス対抗戦――というより、鈴との戦いに燃えているらしく、訓練に余念がない。夕食は一緒に食べるのだが、部屋に遊びに来ることがなくなった。それは鈴も同様である。
 では一夏はといえば、セシリアとシャルルをコーチ役に、練習の日々である。
 クラス対抗戦の代表交代について、ぶちぶちとセシリアに責められたのは余談である。

「でも今までって、ラウラとかセシリアに教えてもらってたんだよね?」
「……なぁ知ってるかシャルル。凡人は、天才の言葉を理解できないんだぜ?」
「い、一夏? なんでそんな哀愁たっぷりなの?」

 気にしないでくれ、と何かを悟ったような笑顔の前に、シャルルが額に汗を浮かべた。

「でもその言葉通りだと、僕は凡才なのかな」

 和ませようとしたのか、冗談めいた苦笑混じりだ。

「ああいや、そういうわけじゃなくて。さっきのは例えだし、なんていっていいのかな……」

 頭を悩ませ、適切な例を探す。

「セシリアだと、理屈とか理論とかすっ飛ばしてこれをやれって言ってくる感じかな。数学とかで公式知らないのに答えはこれだって言われてるようなもんだ」

 ラウラは一応理屈を説いてくれるが、とりあえず体に叩き込む派である。実践式とでも言えばいいのだろうか?
 その点シャルルは救世主だ。一夏がわからないところを、何故わからないのかと糾弾するのではなく、原因を教えてくれる。
 その中性的な雰囲気も相まって、一夏には天使に映ったと言っても過言ではない。

「……」
「一夏、なに? 僕をじっと見てるけど、なにかついてる?」
「いや、男同士っていいなぁって思って」
「……そ、そうだね」

 シャルルがぎこちない笑いを浮かべた。
 そんなに変なことを言ったかと、一夏は言葉を反芻しようとしたが、

「でも、何で急にそんなこと?」

 シャルルの言葉に、対象が少し前の記憶に摩り替わった。

「あー、俺、シャルルと一緒になるまでは、ラウラと同室だったんだけど……」
「……色々と聞きたいことはあるけど、後にするよ。だけど?」

 重い重い息を吐き、一夏が言葉を搾り出した。

「俺が居るのに服を着替えようとするんだよ……」
「……はぇ?」
「シャワーも一緒に浴びようとか言うし、寝るときは服を着ないとか……。ちょっとはこっちが男だって事を意識してくれって感じだよ」
「ちょ、ちょっと待って一夏! それ本当なの!?」
「本当だから困るんだよ……。もうここまでいくと、なんかラウラって性の意識が薄いんじゃないかって思うんだよな」

 きっとまだまだお子様なんだよなぁ、なんて台詞をほざく一夏。シャルルは、積極的な事が裏目に出る好例を目の当たりにした。

「あのね、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「もしかしたら、気を悪くするかもしれないけど……いい?」

 機嫌を窺うシャルルに、一夏は鷹揚に頷いた。

「もちろん。どんなことだ?」
「一夏ってさ……女の子に興味、ないわけじゃないんだよね?」

 ぶっ!!
 一夏が、含んでいた緑茶を噴出した。

「な、なんだその質問」
「そ、その過敏な反応って……やっぱり、一夏?!」

 げほげほと咽る一夏の背中を摩りながら、シャルルが悲鳴めいた声を上げる。

「やっぱりってなんだよ!? 俺は健全だ!」
「でも、鈴とかラウラとか……」
「ん? なんだって?」
「だ、だって、女の子と居るより僕と居るほうが落ち着くとかいうし……」
「そりゃ同性同士で居た方が気兼ねなく付き合えるに決まってるだろ」

 更にシャルルは人当たりがいいときている。一緒に居て和む雰囲気を身に纏っているのだ。

「つ、付き合う……!?」
「そこに反応するなよ!」

 ……なんだか今日のシャルル、変だなぁ?
 真っ赤になったシャルルの反応に、何故か同じように真っ赤になりながら一夏が怒鳴る。
 一夏は調子を戻すように、こほん、と咳払いをし。

「IS学園全体が女子で埋まってるじゃないか。ある程度は慣れたけど、何処行っても視線浴びてばっかで落ち着かない」
「そうなんだ?」
「……シャルルってさ、結構神経太いよな」
「え、普通だと思うけど」

 絶対太い。

「寮は寮で皆薄着だし。そりゃそういう目ではなるべく見ないようにしてるけど、やっぱ目はいっちゃうだろ。それに気づかれた時の気まずさったらないぞ……」
「そっかな。僕は可愛いってくらいにしか思わないけど」

 樹齢千年を超える御神木の太さだ。一夏が心の中で確信する。これが日本と西洋の差なのだろうかと愕然としながら頭垂れた。

「のほほんさんみたいな服装なら、かわいいで済ませられるけどなぁ……」

 彼女は猫のきぐるみのようなパジャマを着ている。朝食の席でまであの格好なのだが、たまに着替えが間に合わないのか遅刻をしてくる。穏やかな外見の通りののんびりさんだ。

「のほほんさんって、布仏本音さん?」
「……すまん、本名知らない」

 未だにクラスメイトの名前を覚え切れていない一夏だった。

「一夏……」

 シャルルの責めるような視線に、思わず顔を背けてしまった。クラスメイトの名前を覚えていない一夏が全面的に悪い。

「でも、女の子を意識したりはするんだ」
「当たり前だろ」

 一夏の中で、シャルルが自分をどう認識しているんだ? と聞きたいような聞きたくないような疑問が浮かぶ。

「じゃあ一夏ってさ、なんで彼女作らないの?」

 一拍、二拍。
 目を瞑った一夏が、静かに口を開く。

「……俺ってさ、千冬姉に助けられてばっかりなんだ」

 唐突な一夏の身の上話。
 シャルルは疑問で口を挟むことなく、聞き役の姿勢に入る。

「ずっと、ずっと俺は育ってきたんだ。千冬姉が自分を犠牲にしてまで助けてくれて……さ。だから、俺は今、十分幸せだ。幸せなんだ。……だったらこれからは、千冬姉の方が幸せにならないとおかしいじゃないか」

 一夏がベッドに寝転んだ。天井に手のひらを向け、光を掴むように閉じる。

「俺は千冬姉を守れるくらいに強くなりたい。……いや、なる。なって、千冬姉に俺は大丈夫だって伝えるんだ」

 一瞬見せた力強い横顔に、シャルルは目を動かせなくなった。
 一夏はすぐに、にっと笑うと、

「他のことはそれからでいいかなってさ。千冬姉が良い人見つけて、結婚して。それを見守ってからじゃないと安心できないからな」

 シャルルが何か言いたそうに口を開き……閉じた。

「……」
「な、なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ」
「一夏のシスコン」
「なんだとこんちくしょう!」

 飛び起き、シャルルに襲い掛かった。
 奇襲に成功した一夏は、シャルルの餅のように柔らかい両頬を掴んでこねくり回す。

「いひゃ! いひゃいよいひひゃ!」

 最後にちょんと左右に引っ張り、ぱ! と離した。掴まれた頬を両手で抑え、シャルルが涙目で抗議してくる。

「ひどいよ一夏。言いたいことを言えって言うから言ったのに……」
「なんだよ、こんなの友人同士の軽いスキンシップだろ?」

 シャルルの上目遣いに少しどきりとしながらも、質問の答えはこれで以上と締めくくる。

「とにかく! 俺は千冬姉が彼氏作るまで、彼女を作るつもりはないんだ。わかったか?」
「う、うん、一応は」
「一応なのか」
「それにしても一夏って、織斑先生に彼氏ができたら『欲しければ俺に認めさせてみろ!』とかやりそうだよね?」
「何言ってるんだよ、当然だろ」

 真顔での、疑問系ですらない断定。
 シャルルは乾いた笑いを返すしかなかった。
 一夏がじとりとシャルルを睨み、

「シャルルだから教えたんだからな。他の人に言うなよ?」
「いいけど……なんで隠すの?」
「だって恥ずかしいだろ。まるでシスコンだって吹聴してるみたいでさ」
「自覚はあるんだ?」

 くすくすと、シャルルがおかしそうに笑った。

「ほっとけ。とにかく、約束だからな?」
「うん、僕と一夏だけの秘密だね」

 シャルルが浮かべているのは何時も通りに柔らかな笑顔なのだが、何処となく機嫌がよさそうに見える。
 その優しげな視線に気恥ずかしくなった一夏が、早口にまくし立てた。

「そうだシャルル抹茶の件は今度の日曜日でいいだろ?  こっち来たばっかりで雑貨も必要だろうし買い物ついでに行かないか? な、そうしようぜ」
「いいの? 助かるよ」

「別にこれくらいどってことないから、気にするなよ」
「うん。ふふ、楽しみだなぁ」

 ……シャルルって、笑顔が多彩だな。
 本当に嬉しそうなシャルルにつられ、少しの間二人で笑いあう。
 早くも週末が待ちきれなくなりそうだった。



恐れていた事態が発生。やべぇ、ラウラさんの出番がなくなった。
次回は『一夏は私の嫁』をお休みし、鈴主役の短編を更新未定です。



「クラリッサ。クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか?」
「受諾。こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「少し訊ねたいことがある」
「どのような事柄でしょうか」
「クラスの女子が嫁のことを指して、受けだのなんだのと話していたのだが、一体な――」
「隊長にはまだ早い!!!」
「な、なに?」
「ん、んん……失礼しました。気にしない方がよろしいかと」
「いや、しかしだな」
「気にしない方がよろしいかと」
「う、む……そうなのか?」
「気にしない方がよろしいかと」



以下『もしも子供の時に一夏がほんの少し鋭くて鈴がうっかり素直になっていたら』嘘予告。



「ねぇ一夏」
「ん? どうしたんだよ鈴。なんか様子が何時もと違うけど」
「あ、あのね? その……料理が上達したら、毎日あたしの酢豚食べてくれる?」
「へ? 別にいいけど?」
「ほ、ほん――」
「でもそれって、なんかプロポーズみたいだな」
「――ほぁ?」
「鈴? 大口開けてどうしたんだ?」
「ば、ばかぁ!!! 一夏の馬鹿!! 馬鹿一夏! 一夏馬鹿!!!!」
「な、なんでそんなに怒ってるんだよ!?」
「みたいってなによ!! こんな言葉がプロポーズ以外にあるわけないでしょ!!!!」
「……へ?」

 略。

「鈴。お前、鈴か?」
「そうよ。中国代表候補生、鳳鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」
「なに格好つけてんだよ。似合わないぞ?」
「なによぅ! それが久しぶりに会った婚約者に言う言葉?」
「こ、婚約者?! ――一夏!!!」
「一夏さん、どういうことですの!?」
「え、あ、ちょっと待て! 箒もセシリアも、なんでそんな興奮してるんだ!?」
「これが興奮せずに!」
「いられますか!!!」
「はぁ……この様子じゃ、やっぱり思ったとおりだったみたい。宣戦布告しておいてよかったわ」
「この状況とクラス対抗戦に、どんな関係があるんだよ……」
「ないわよ?」
「って、じゃあ鈴はなんで宣戦布告してたんだ?」
「決まってるじゃない。一夏はあたしのだんな様なんだから、誰にも渡さないって事をよ!」
「誰がお前のだんな様だと?」
「そりゃ一夏があたしのォ!? ~~っつ~――! 誰よ! って、げぇ、千冬さん……」
「織斑先生だ。今回は見逃してやる。鳳は早く自分の組にもどれ、SHRが始まる時間だ」
「はい……。じゃあ一夏、また後でね!」



[25465] ラウラさんのクラス対抗戦
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/05 19:38
 五月の頭。
 一夏とシャルルが出かける約束をしていた日曜日に、事件は起こった。

「わぁ!」
「……む?」
「んー……シャルル、どうし――たあ!?」

 目の前の光景に、一瞬で意識が覚醒する。
 ラウラがシャルルを押し倒し、ナイフを首筋に当てていた。

「な、なにやってるんだ?!」
「……シャルル・デュノア? 何故お前は私に襲われている」
「それは僕が聞きたいかなぁ……」
「よくわからないが、すまない。寝ぼけていたようだ」

 とりあえずラウラが刃物をしまう。全てはそれからだった。
 三人とも寝巻きのまま、ベッドに腰掛ける。

「えーっと、色々と聞きたいことはあるが……なんでラウラがここにいるんだ?」

 しかも服装は一夏のシャツ。髪にはところどころ寝癖があった。
 一夏には夢現ながらも、ラウラの匂いに包まれていた感覚がある。一緒の布団で寝ていたからだろう。

「もぐりこんだからだが?」
「……なんで?」
「一人寝は寂しいからだ」
「ひと……?!」

 シャルルが何を想像したのか、一瞬で赤に染まった。

「……なぁラウラ。その言い方、誰に教えてもらった?」
「隊の者だが?」

 頭痛を堪えるように、一夏が表情を歪めた。しかしとうとう元凶を特定したのだ。何時か殴りこみに乗り込むと、心に誓う。

「あんまりその人の言うこと、素直に信じないようにしたほうがいいぞ。絶対におかしいから。それに前言っただろ? お互いの部屋で寝ようって」
「二、三日考えたのだが、何故私がそれに従わなければならない?」
「なんでって……」
「私は嫁と一緒に寝たいから寝る。それだけだ」

 あまりに堂々とした宣言に、一夏は二の句が次げない。
 仕方なく、この問題は横に置いておくことにした。

「で、なんでシャルルにナイフを突きつけてたんだ?」
「私にもわからん。寝ぼけていたとしても、そうあることではないのだが。……シャルル・デュノア、私になにかしたのか?」
「ううん、僕はとくになにも。朝起きて、身支度整えて、一夏を起こそうとしたら布団が大きく膨らんでるのに気がついたんだ」

 布団をめくったところ、ラウラを発見したとの事。どれだけ驚いたのか、今のシャルルの表情からでも予想がついた。

「とりあえず一夏とラウラを起こそうとしたんだよ。それだけ、うん、それだけ」
「……さっぱり原因がわからないんだが」
「奇遇だな、私もだ」

 ラウラがシャルルに向き直り、深く頭を下げた。

「なんにしろ、嫁の友人に失礼なことをした。すまない」
「頭上げてよ。僕は気にしてないから」

 シャルルの寛大な心に感謝しつつ、ラウラが頭をあげた。
 そしてそのまま、シャルルの顔を見つめる。

「僕の顔、なにかついてる?」
「……いや、気にしないでいい」

 言いながらも、自らの手の平を睨みつけていた。
 どうしたらいいのかわからないシャルルは、そう、と返すことしか出来なかった。
 微妙な空気になったのを察した一夏が、ラウラに話しかけて注意を逸らす。

「なぁラウラ、今日はどうする予定なんだ?」
「軽く汗を流して、休息を取るつもりだ。嫁こそどうなのだ」
「シャルルと買い物行くつもりだけど」
「……」
「って!」

 ラウラは不機嫌そうに唇を尖らせ、一夏の頭を叩く。

「何故私を誘わない」
「だってラウラ、疲れてるんじゃないのか?」
「心配は嬉しいが、無用だ。この程度で調子を崩すような柔な体ではない」

 ならば遠慮なく、と声をかけると、言い切るより早く了承が戻ってきた。
 ラウラがお出かけメンバーに加わり、数十分後。

「よっし、じゃあいくか?」
「うん、僕は準備オッケーだよ」
「私も問題はない」

 施錠を確認し、並んで寮の廊下を歩く。
 ラウラは前に買い物に行った時、一夏に選んでもらった服を着ている。ゆったりとしたワンピースに、淡い青のカーディガンの組み合わせだ。
 そして、特徴的な銀髪を三つ編みにしていた。

「髪というのは、やはり重いものだな。結ぶとよくわかる」

 ちなみに、服装も一夏がチョイスした組み合わせである。千冬の世話焼きをしていたのは伊達じゃない。

「そのセットしたのは俺だけどな。ラウラ、自分でできないのか?」
「この髪が綺麗だと言ったのは一夏だろう? ならば嫁が手入れをすべきだ」
「そ、そういうものなのかな?」

 制服のときからわかっていたことだが、シャルルの手足はすらりと細い。ジーンズにシャツという、シンプルながら品のよさを感じさえる私服に着替えた今は、どこのモデルかというような雰囲気を醸し出していた。

「ねぇ一夏、他の人は?」
「ん? 声かけてないぞ?」

 当然のことのように言うと、シャルルが目を丸くした。

「え、なんで?」
「なんでもなにも、鈴は最近訓練頑張ってるから休日くらいゆっくりしたいだろ。セシリアは日本茶に抵抗あるらしいから、誘ってもこないだろうし」

 ……箒も捕まらなかったしなぁ。
 近づくと威圧感たっぷりに一夏を睨みつける箒の姿を思い出す。声をかけようとしても、決まって鼻を晒し足早に去ってしまうのだ。
 初日にやらかした失態は、思った以上に根深いらしい。話ができるくらいにほとぼりが冷めるまで放っておこうと一夏は考えていた。

「それで、今日は何処に行くのだ?」
「適当に雑貨とか見て回って、抹茶カフェに寄ろうかって話をしてたんだよ」
「抹茶か……それはいいな」

 ラウラの表情が微かに綻ぶ。日本の文化に興味津々な様子に、一夏とシャルルも軽く笑いあった。



 前回来たショッピングモールにて、店を転々とした後のおやつ時。
 今日一番の目的である抹茶カフェにて、一行は休息を取っていた。

「シャルル、女物の服詳しいんだな」

 この間の洋服店に行った時のやりとりを思い出す。シャルルは店員に引けを取らない知識でもって、ラウラの服を選んでいったのだ。
 それはもう、付き合わされた一夏とラウラが疲れるほどにパワフルに。

「そ、それは妹の服をよく選んでいたからでね?」
「へぇ、シャルル、妹いたんだ」
「う、うん。そうなんだ。だから僕が興味があったとかそういうことじゃないのほんとだよ!?」

 身を乗り出し、必死な形相で訴えるシャルルに、一夏が面食らった。わかったから落ち着けと、手を前に出して押し戻す。

「でもシャルルの妹さんかぁ……。きっと綺麗、いや可愛いんだろうな」
「そ……うでも、ないんじゃないかな」
「謙遜するなよ。シャルルの妹なんだから、容姿端麗なんだろ?」
「ま、まぁ、僕の妹のことはいいじゃない」

 話を打ち切りたいシャルルが、手元の抹茶をくいと飲む。わーこのお茶おいしーねー! と無理やりテンションを上げていた。
 様子をおかしく思いながらも、つられて抹茶に口をつける。ほんの少し加えられた砂糖が、緑茶特有の苦味と渋みを旨みへと変えていた。
 くいくい。

「どうしたんだ?」

 袖を引っ張られる感触に顔を向けると、ラウラがじぃと見上げてきていた。

「ずるいぞ。私も褒めるといい」

 意味がわからない。

「褒めろって言ったって……何を?」
「なんでもかまわん。嫁が私のいいと思ったところを褒めろ」

 唐突に難題を仰せだった。
 かといって普段のクールさを微塵も感じさせず、期待に胸ふくらませているラウラを無碍に扱うことも出来ない。

「あ、あー、ラウラって強いよな!」

 ぱっと思いついたことを、反射で口に出す。シャルルがものっすごく大きなため息を吐いたのがわかった。自分でも言った後にないと思ったが、今更どうしようもない。
 ラウラの目が、すぅ、と細くなった。

「ならば次の対抗戦、あの小娘を圧倒する様を見ているといい」

 傍から見ていても悪寒が走るような、残忍な笑みを浮かべる。
 ……これはこれで喜んでいる……のか?
 よくわからない。とりあえず鈴に向け、南無と拝んでおくことにする。

「時に一夏、てれすことはどういう魚なのだ?」
「……てれすこ? って、なに?」
「魚なはずなのだが、詳しくは知らない。名前が特徴的だから覚えていたのだが……覗いた魚屋には置いてなかったのだ」
「あー、それ落語だよ。架空の魚だ」
「……そうなのか」

 澄ましているが、ラウラの頬がほんのりと紅色だ。知らなかったことが恥ずかしいらしい。

「一夏、よく知ってたね」
「お茶飲みながらテレビ回してたらやってたんだよ」

 折角だから煎餅齧りながら鑑賞したとの事。

「うむ、日本人なのだから伝統芸能を楽しむのはよいことだ」
「そうだね。今度僕も見てみたいなぁ」

 ツッコミ要員が不在なまま、賑やかに休日を過ごす三人だった。



 そして迎えたクラス対抗戦。
 それまでにも鈴とラウラはちょくちょく衝突しており、緊張を深めていた。今日、その全てが爆発するのだ。少し考えるだけで、凄まじい戦いになることは間違いない。
 余談だが、ラウラは未だに一夏の布団に潜り込む日々だ。なんとかやめさせようとしたのだが、うまく説得できていない。シャルルもかなり気まずそうなので、早急に千冬に相談しようと検討している。

「まったく! 一夏さんが出ないのならば、わたくしが出るつもりでしたのに!」
「あー、すまん、セシリア」
「一夏さんが謝ることはないですけれど……」

 一夏とシャルル、それにセシリアは、一般生徒と同じアリーナの観客席で観戦していた。満員御礼の中、よく席が取れたと感心する。
 周囲の注目が、クラス代表生よりも一夏たちに集まっているのは言うまでもない。そんな状況でも普段どおりに振舞える自分を、一夏は慣れたなぁと感慨深く思う。

「ねぇ一夏、どっちを応援するの?」
「どっちって言われてもなぁ……どっち――」
「どっちもはなしだからね?」

 天使の笑顔で逃げ道を塞いでくるシャルル。
 一夏が弱った顔で上空を見上げれば、そこには黒色の機体と、鋼色の機体の姿があった。ドイツの第三世代型IS『シュヴァルツィア・レーゲン』と中国の第三世代型IS『甲龍』である。
 暫く唸った後、

「ラウラ」
「……理由は?」
「俺のISの師匠だから」

 聞き耳を立てていた全員が崩れ落ちた。

「な、なんだ?」
「いやあの、一夏……ほんとにそれだけ?」
「んー、たぶん」

 ……なんか鈴とラウラって考えたら、ぱっとラウラが浮かんだんだよなぁ。
 理由がわからないので、それは内緒にしておいた一夏だった。



 対戦の開始を告げる合図の少し前。上空で睨みあっていた二人が均衡を崩したのは、鈴がラウラへとプライベート・チャネルを飛ばした時だ。

「へぇ、逃げずにきたのね」
「逃げる必要などどこにもないからな」

 鈴のこめかみに、くっきりと血管が浮いた。これから試合なのだから、ぼっこぼこにするには少し早いと、切れるのは自制する。

「一夏が見ているのでな。悪いが、手を抜くつもりはない」
「いらないわよ。負けたときの言い訳にされちゃたまんないわ」

 お互いに薄く笑う。

「あんたが一夏とどんな関係なのか知らないけど、一夏と一緒にご飯食べるのはあたしなのよ」
「なんだ、私が嫁にみそ汁を作ってもらえるからと嫉妬か?」
「なんでそうなるのよ!」
「ちなみに、私は嫁に可愛いと言ってもらったぞ」
「しかもいきなり話を飛ばすな! それにあたしだって言ってもらったことくらい」

 ……。

「あるわよ!」
「ほぉ、ならば、何故詰まった?」
「む、昔のことだからちょっと思い出すのに時間がかかっただけよ!」
「……ふ」

 ラウラの冷笑に、鈴のボルテージが一段上がる。
 衝撃砲が一夏めがけて放たれた。シールドに阻まれ届かなかったが、驚いたことに変わりはない。抗議の意味を込め、声を荒げる。

「な、なにするんだ、鈴!」
「うっさい! あんたが悪いのよ!」
「意味わかんないぞ!?」
「……わたくしも一夏さんが悪いと思いますわ」
「僕もかな」
「そんな、シャルルまで!?」

 両隣の容赦ない裏切りに一夏が絶叫するが、誰も取り合わない。



「……なにをやっているのだ、あいつらは」
「わ、わかいっていいですよねー?」
「まったく、これだから十代女子のノリにはついていけん」
「……織斑先生? どうして笑っているんですか?」
「別に。あの二人とも、十代の女子なんだと思っただけです」

 要領を得ない様子の麻耶を促し、千冬が試合の開始を宣言した。



 試合開始のブザーが鳴ると同時、ラウラが全速で突撃する。

「人の嫁に手を出すとは、いい覚悟だ!」
「くぅ……! 舐めんな!」

 不意を突かれた鈴は、左右から繰り出されるプラズマ手刀の連撃を手に持った大刀、双天牙月で裁いていく。
 しかし、ラウラの攻撃は切り返しが早い。打って出る隙が見つからず、防戦一方になってしまう。
 たまらずに鈴は距離をとろうとするが、ラウラがそれを許さない。黒い暴風雨にも似たプラズマ手刀の猛攻を、髪の差ひとつで避けるしかなかった。
 戦いは、ラウラが優勢に展開されていった。




 シャルが来るまでに更新間に合った……!!!



「クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか?」
「受諾。こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「デュノア社について、何か知らないか?」
「デュノア社というと、フランスのIS企業ですね。業績が芳しくないそうですが、それ以上のことは」
「……そうか」
「それがなにか?」
「いや、気にしなくていい。以上だ」
「……以上ですか」
「クラリッサ、何か問題でもあったのか?」
「いえ、了解しました」



[25465] ラウラさん宣戦布告する
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/05 19:38
 全ての試合を終え、今動いているISはたった一つになった。

「それではクラス対抗戦優勝者、ラウラ・ボーデヴィッヒさんからインタビューを貰いたいと思います!」

 新聞部副部長、黛薫子が、マイク片手にアリーナ中央に佇むラウラへと突撃取材を敢行する。

「ボーデヴィッヒさん、勝利の感想をどうぞ!」
「……」

 ラウラは目を瞑ったまま応じない。
 聞こえているのかと不安になった薫子が、おそるおそる名前を呼ぶ。

「あ、あの、ボーデヴィッヒさん?」
「とくに語ることはない。私とシュヴァルツィア・レーゲンが当然に勝利した。それだけだ」
「そ、そうですか……」

 薫子は頬の引きつりを抑えつつ、当たり障りのない質問を繰り返すが、取り付く島もない。五回目にして会話を諦めた。
 だが、

「ええっと、最後に何かありますか?」

 締めにと訊ねた反応は、気色が変わっていた。

「……ならば、全校生徒に告げておくことがある」

 ラウラがゆっくりと目を開く。その視線の先には、薫子とラウラのやりとりに苦笑している一夏の姿。
 ――と、腕を絡めるセシリア。
 試合中のいかなる状況よりも真剣に。
 ラウラがISの開放回線をつかい、声高らかに宣告する。

「織斑一夏は私の嫁だ!! 異論は受け付けん!!」

 ――世界が止まる。
 その日、盛大な歓喜と驚愕の声で、IS学園全体が揺れた。



 学食デザートの半年フリーパスをゲットした一組女子は、カロリーと苦闘する日々を送っていた。

「ほんと女子って、甘いものが好きだよな」

 今もお茶をしないかと誘ってきた女子を断ったばかりだ。

「仕方ありませんわ。女の子はそういう風にできてますもの」

 ふわりと絹のような金髪を靡かせ、セシリアが言う。

「一夏はそうでもないの?」
「一般的程度には食べるけど、こう連日は食べたくないなぁ」

 ぐぐっと伸びをし、授業で凝った肩をほぐした。クラスに居る生徒の数は、HRが終わったばかりだというのに半分も居ない。

「シャルルはどうなんだ?」
「僕も毎日は……。太っちゃうし」

 てへへ、と恥ずかしそうに笑った。
 一夏はシャルルの体を、下から上へと観察する。

「シャルルは細いんだし、もう少し肉をつけたほうがいい気もするけどな」
「肉……」

 複雑そうな表情で、胸へ視線を落とした。

「どうした?」
「う、ううん! なんでもないよ!」
「殿方とは不思議ですわね。肉をつけたいだなんて」
「あんまりひょろひょろでも困るだろ?」
「そういうものですの?」
「そういうものなんだよ。それにしても」

 ちらりと横に視線を動かせば、人垣に銀髪が埋もれていた。

「ラウラもよく人に囲まれるようになったよなぁ」

 クラス対抗戦の後からである。それも上級生、同級生問わずにラウラへと人が集まっていた。

「ふふ、人気者になっちゃったね」
「本当でしたら、わたしくがあの立場にいたはずですのに」
「ちょっと心配だけどな。ラウラって愛想ないし、大丈夫なのか?」

 シャルルは語る。
 この時の一夏の表情は、控えめに言って、初めてお使いに行く娘を心配する父親のようだった、と。
 と、人混みからするりとラウラが抜け出し、近寄ってくる。

「一夏、どうかしたか?」
「え、何が?」
「私に熱い視線を送っていただろう」

 周りが沸くがスルー。こういうとき、下手に反応すると増長を招くと学んでいる。

「ラウラもデザート食べに行くのか?」
「誘われたが断った。今日は嫁とISの訓練をするからといったら、皆快く納得してくれたぞ」

 普段から寡黙なラウラが、一体何を話しているのか。
 気になるのだが、
「なぁ、どんな話をしてるんだ?」
「特に嫁に言うようなことはない」
 さらりと流され、引き下がるしかないのが現状だった。
「そっか。じゃあ行くか」
 三者から了解の意が返ってくる。
 ……わからないんだから、気にしないほうがいい。
 一夏はこの判断を後々、無理にでも聞いておけばよかったと後悔することになる。



 アリーナで待っていた鈴と合流し、総当りでの模擬戦闘で汗を流した夕食。
 ずぞぞぞぞぞ!!!!
 バン!
 凄まじい勢いでラーメンを平らげた鈴が息を荒げ、ラウラに突っかかっていた。

「一回勝ったくらいで調子に乗るんじゃないわよ! 次は絶対にあたしが勝つんだから!」
「何度挑まれようとも一緒だ」
「ぐぎぎ……!」

 鰈の煮つけを食べながらの冷めた対応に、歯軋りを鳴らす。
 実際、鈴はいいところなしでラウラに負けていた。他の者に比べたら一番試合にはなっていたのだが……手も足も出なかったことに変わりはない。
 アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。
 通称AIC。ラウラ自身は停止結界と呼ぶ、慣性停止能力の第三世代兵器である。
 これにより自慢の衝撃砲を潰された鈴は、接近戦を余儀なくされた。
 結果は、ラウラの優勝が示すとおりだ。
 ワイヤーブレードとプラズマ手刀の複合攻撃に翻弄され、たまらず距離をとったところで大型レールカノンが火を噴く。
 遠距離でも近距離でも、ラウラが上手としか例えようのない試合内容だった。

「ぜ……ったいに来月の個人トーナメントで目に物見せてやる……」

 据わった目で鈴が呟いた。
 今日模擬戦闘が多かったのはそれが理由だ。
 六月末に行われる個人トーナメントは、学年別であることの他は制限がない。

「その個人トーナメントだけど、なんか仕様を変えるんだろ?」
「ええ。まだ詳細は発表されていませんが、ルールの変更があるらしいですわ」

 グラタンを食べる手を止め、セシリアが言う。
 ここにいる五人は、当然のように参加を決めていた。専用機の稼動経験、データを取る絶好の機会だからだ。

「あ、一夏、あんたデザート食べないんでしょ。あたしにフリーパス貸してよ。……食わないとやってらんないわ」
「別にいいぞ」

 ほれと鈴にパスを渡すと、一目散に注文口へ向かっていった。

「夕食なんて、一番カロリーとる必要がない食事なのになぁ。ただ太るだけだってのに」
「……一夏、それ、鈴に言っちゃ駄目だよ?」
「え、中学の頃から言ってるけど?」

 シャルルから鈴の背中に、哀れみの篭った視線が送られた。
 そんなことは露知らず。一夏は自分の鯵の塩焼きをほぐしながら、ラウラの手元に視線を注ぐ。

「しかし、ラウラの煮つけもうまそうだな」
「食べるなら分けるが」
「いいのか?」
「遠慮する必要はない。日本にはことわざがあるのだろう?」
「ことわざ?」

 思い当たる節がない一夏にやれやれと首を振り、ラウラが自慢するように教えてくる。

「嫁のものは私のもの。私のものは嫁のもの」
「うん、そんなことわざ聞いたことない」
「嫁はそれでも日本人なのか? まったく、やはり私がついていないといかんな」

 ラウラの中では、自分が間違っているという可能性は存在しないらしい。

「まぁ、貰っていいっていうなら貰うけど」
「構わない」

 手を皿に伸ばそうとするが、ラウラに妨害された。なんでだと思う間もなく、

「ほら、口を開けろ」

 鰈の身を箸で摘み、手で皿をつくったラウラが差し出してきた。

「……あのな、ラウラ」

 ぱくりと鰈の煮つけを頬張った。全く生臭くなく、身が口の中でほろりととける。醤油と酒、味醂で旨みを引き出された、匠の味付けだった。

「手で皿を作るのは礼儀違反なんだぞ」
「……そうなのか?」
「ああ」
「ならば、次からは気をつけるとしよう」
「あ、貰ってばかりじゃ悪いし、ラウラも鯵食べるか?」
「うむ、食べるぞ」

 先ほどとは互い違いに。食事が進んでいく。
 驚きのあまり、ぱくぱくと口を開くセシリア。
 対照的に、同室となったシャルルは、この程度のこと日常茶飯事に見ている。もはや動じなくなり、仲がいいなぁとしか感じずにのほほんとしていた。
 鈴が戻ってきてツッコミを入れるまで、この不思議な空気は持続された。



 ラウラ登場記念に連日更新! 短くてほんとすみません。ついでにラウラのIS名間違えてた……!
 無人ISは一夏の戦闘データを取るために投入されたと解釈しているので、戦っていないこの話では乱入無しです。……代表候補生が多いからって理由でもよかったのかな。



「織斑、何を黄昏ている」
「……千冬ね――ぐぁ! お、織斑、先生」
「なんだ。暇ではないが、これでも教師だからな。相談事があるのなら聞くだけ聞いてやるぞ」
「ドイツまでの飛行機代って、いくらかなぁ……」
「……いきなり何を言い出すのだ、お前は」
「戦いを挑まないといけない人が、そこにいるんだ」
「何を無駄に格好つけている」



[25465] ラウラさんの失策
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/07 19:33
 もはや日課になった朝のラウラ起こし。
 挨拶を交わして制服に着替えたところで、一夏がラウラの髪をセットする。
 ラウラは本当に髪を気にしないので、梳かすのは完全に一夏任せになっている。
 今日もベッドに座ったラウラの髪をいじっていたのだが、

「一夏、胡坐を掻いてくれ」
「ん? こうか?」
「うむ」

 ぽすり。
 ラウラが猫のように軽やかな動きで、膝の上に乗っかってくる。そのまま一夏の腕を動かし、自分の体に纏わりつけた。小柄なラウラの体は、すっぽりと一夏の腕の中に納まった形になる。

「……なにやってるんだ?」

 女の子の軽さに驚きつつ、一夏が訊ねた。

「膝の上に座っているだけだが」

 ご満悦なようで、喉を鳴らしそうなほど上機嫌だ。そのまま髪の手入れを続けてくれと促してくる。

「なんで?」
「日本の夫婦はこうするものなのだろう?」
「……また隊の人に吹き込まれたのか?」
「いや、これは上級生の者が教えてくれた」

 ラウラから返ってきた予想外の答えに、一夏が愕然とする。
 ……敵が、増えた……!
 ラウラの純粋さを守るためには、どうすればいいのか。
 一夏の頭を悩ませる日々は続く。
 とりあえずは、この状態をどうにかしないとまずい。ラウラから漂う香りや暖かさやら。思春期の男として色々と問題が起こりそうだ。

「あー、そのな? 密着しすぎでブラシをとおしにくいんだけど」
「そうか」

 思ったよりも素直に離れる。ほっと息をし、
 ――向き合う形で、ラウラが座りなおしてきた。

「お、おい、ラウラ?」
「ふむ、この抱き合う形というのもいいものだな」

 ラウラが首に腕を回しているため、耳のすぐそばから声が届く。その気になれば、息遣いまでも聞こえてきそうなほどだ。

「そ、そうか?」
「これならば問題ないだろう? さぁ、髪を梳かすといい」

 確かに髪を梳きやすくはなったが、男子としての問題は飛躍的に上昇している。
 具体的には、柔らかい感触を伝えてくる小振りながらも確りと主張している膨らみなどをどうすればいいのかということだ。
 ……やっぱ女の子って柔ら――って、いやいやいや! 信頼してこういうこと任せてくれてるんだから、そういう邪なことは考えるな!
 煩悩を退散させるため、うろ覚えな除夜の鐘を音を脳裏に響かせる。
 終わるまでに、百八回ではきかなかったのは、語るまでもないだろう。



 帰りのSHR。
 早速昨日の話題に上った情報が、千冬からもたらされた。

「最後に。学年別の個別トーナメントは、二対二の戦いに変更された」
「それは何故ですか?」
「建前的には、新入生の連携力の向上をと聞かされている」
「建前って……じゃあ、本音は?」
「参加者があまりにも少ないからだ」

 千冬が名前を呼び上げ、指をすっと曲げていく。
 指を折り曲げる回数が、六を数えたとき、

「以上だ」
「以上って……」
「今のって、専用機持ちの人ばっかり?」
「そうだ。まだ参加の受付を開始したばかりとはいえ、一般生徒の参加者が全く居ないのは珍しい」

 原因は、先日のクラス対抗戦。
 あまりにも圧倒的なラウラの戦闘力を目の当たりにし、一般の生徒の間では諦めムードが漂っているらしい。同じ専用機持ちなのに、なんの苦もなく蹴散らした戦いを見ていれば、わからなくもない。

「確かに、一対一ならば、ボーデヴィッヒの優位性は揺るがないだろう」

 千冬が、不機嫌だと知らしめるように鼻を鳴らす。

「だが打倒が不可能だと決め付ける……個人的には、そんな負け犬根性を発揮するやつは参加しなくていいと思うのだがな」

 雇い主に対し、不遜な態度を取ったまま続ける。

「上はそう思わないらしい。言うならば救済措置だ。一対一でボーデヴィッヒに敵わなくとも、二対二ならば連携と戦術で覆せるかも知れんからな」

 にやりと、

「意地を見せてみろ一年坊」

 挑発じみた笑みを浮かべての激励。
 これでもこないならば、元の一対一に戻すだけとのこと。
 それでは解散と、HRを終える。

「ふん、私と一夏に敵うものか」
「俺?」
「お前は私の嫁だろう? 私と組まなくて誰と組むのだ」

 ああ、と出席簿で肩を叩き、教室を出る直前。千冬が言い残した。

「わかっていると思うが、ボーデヴィッヒは専用機持ちと組むのは禁止だ」
「な……!!?」
「お前は下手をすると、専用機持ちと二対一の戦いでも勝つほどの実力を持っていると判断されたからだ。いわゆるハンデだな」

 驚きに声を失ったラウラを気にも留めず。上は面倒ばかり押し付けるといいたげにため息を吐き、千冬が廊下へと出て行く。
 後には、呆然としたラウラと、当然かと納得する一夏。哀れんだり苦笑したりするクラスメイトのみが残されていた。



 それから数時間たった後も、ラウラはぴりぴりとした空気を発していた。

「……納得いかん」
「そうは言っても仕方ないだろ?」
「だが嫁が私以外と組むなど……むぅ」

 対し、上機嫌なのは鈴だ。

「ま、一夏と組むのはあたしに任せなさいよ! 同じパワータイプで相性もいいしねー?」
「なにをおっしゃっているのかしら。接近戦タイプの一夏さんには、援護射撃できるわたくしが一番ですわ!」
「でも、セシリアのブルーティアーズって多対一に特化してるだろ? あんまりマンセルって得意じゃないんじゃなかったっけ?」
「わたくしと一夏さんの相性なら、そんなこと些細な問題ですわ!」
「はん! 相性ならあんたよりも一夏と一緒に居る時間の長いあたしの方が上よ、上!」

 ぎゃいぎゃいと毎度のごとく喧嘩を始める鈴とセシリア。
 シャルルが止めようとしてくれているので、一夏はそっちを任せて心配ごとを訊ねる。

「それよりもラウラ、組む当てってあるのか?」
「………………問題ない」

 いやに間があった。

「シャルルも。どうするんだよ」

 女子に囲まれていた光景を思い出す。
 一夏の方には、八つ当たり気味に剣呑な気を撒き散らすラウラが横に居たので、女子が近寄ってこなかったのだが……その分までシャルルに集った感があった。

「あ、あはは……どうしようね」

 その時は考える時間が欲しいと切り抜けたシャルルだが、あの調子では明日以降も続くのは明白である。早急に解決しなければならない問題だ。

「なら俺と組まないか?」
「……いいの?」
「いいもなにも、俺も決まってないし。シャルルが組んでくれるなら心強いから」
「それは僕の方こそだよ」

 照れくさいのか、ほんのりと頬を染めたシャルルと、改めて握手を交わす。
 パートナーが決定したことに気がついた鈴とセシリアから文句が飛ぶまで、まだ少し時間を要する。



 夜中、ノックする音に扉を開けると、そこには黒猫が居た。

「何を固まっている」

 黒猫が聞き覚えのある声で、日本語をしゃべった。

「…………ラウラ、か?」

 銀髪。眼帯。そして猫耳のついた被り物。
 きぐるみパジャマを着たラウラだと認識するのに、時間がかかった。今までのラウラから創造できなかったのだから仕方ない。

「やっほー、おりむー」
「のほほんさん?」

 黒猫パジャマの後ろから現れたのは、黄猫パジャマだった。

「本音から何処で売ってるのか聞いて、一緒に買いに行ったのだ」
「へぇ……」
「私、こういうのた~くさんもってるからー」

 普段から甘え袖の制服を着ている本音だ。衣装棚がそういう系統の服で埋まっていることを想像するのはたやすかった。

「でも、ラウラはなんでその服を?」
「前に嫁が言っていたのを思い出した。本音の服は可愛いと」
「あ? ……あー、そうだったかも」

 天井を睨み、記憶を検索する。
 何時だったか、シャルルに愚痴ったとき、説得に使ってみればとアドバイスを貰った。その通り、ラウラの寝巻きを説得するのに使ったのだ。

「でもそんときは突っぱねたじゃないか」
「夫婦というものに倦怠期はつきもの。それを回避するために、新鮮な刺激が必要らしい」

 どこどなく得意げである。
 ……貯金、いくらあったかな。
 最早一刻の猶予も無い。一夏の頭の中で、パスポートを取ってからドイツに行くまでの過程が、シミュレートされていく。
 思考の片隅でシミュレートは続け、

「で? このパジャマを見せに来てくれたのか?」
「それもある」
「あとはねー。パートナーけっせい記念のかおみせだよ~」

 一瞬言われたことがわからずに首を捻る。
 遅れ、個人別トーナメントのことだと理解が追いついた。

「え!? ラウラとのほほんさん!?」
「そーだよ~。私はラウっちとくむのだー」

 渾名呼びだ。何時の間にか仲良くなっていたらしい。
 本音は人当たりがいいというか、ゆるーりマイペースな性格なので、ラウラの性格にも物怖じせずに付き合えるようだった。

「意外というかなんというか……なぁ、シャルル」

 話しかけるも、反応が返ってこない。

「シャルル?」

 訝しく思いもう一度声をかける。
 シャルルは俯き、溢れ出す何かを堪える、ふるふると震えていた。

「か……」
「か?」

 ――爆発。

「かわいいーーー!!!」

 目を輝かせたシャルルが、目にも留まらぬ早業で黒猫ラウラを捕獲。

「こ、こら、抱きつくな!」
「えー、だってラウラがすっごく可愛いんだもん。仕方ないじゃない」
「ええい、いいから離せ! 嫁以外の男に抱きしめられる趣味は無い!」
「え、おと……あ……!」

 ばっ! と開放すると、ラウラがすばやく距離をとった。警戒する表情を見たシャルルが、しゅんとしょげかえる。

「……ごめん……。つい、興奮しちゃって……」
「気をつけろ。次は実力で排除する」
「うん……」

 その日、落ち込んだシャルルが復活することは無かった。



 短いなら更新頻度で勝負なんて言ってみる。



「クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか」
「受諾。こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「こちらは特に問題無い。そちらで変わったことはあるか?」
「いえ、こちらも常と変わりありません」
「そうか。ならば、定期連絡を終わる」
「………………は。了解しました」



[25465] ラウラさんとシャルルさんの決闘
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/09 00:37
 二組のパートナーが決まった翌日は、半日授業だった。午後は丸々ISの訓練に当てられるので、連携の練習をしたりするのにちょうどいい。

「今日あいてるのって、どのアリーナだっけ?」
「第三アリーナだよ、一夏。早く行こう?」

 シャルルに、昨日の失敗を引きずっている様子はない。一晩経ったら、心の整理がついたようだった。
 一夏の手を引こうとしたところ、前に銀髪の影が立ち塞がる。

「シャルル・デュノア。少し時間をもらいたい」
「え、僕?」

 てっきり一夏に用事だと思ったのに水を向けられたシャルルが驚く。

「そうだ。一夏たちは先に行っていてくれ」
「ん? あ、ああ。わかった」

 返事を聞いたラウラがシャルルを一瞥し、そのまま入り口に向かう。

「あ、待って! じゃあ一夏、また後でね」

 一夏に手を振り、ラウラの後をついて行くと、

「ここ、第二アリーナだよね? いいの? 入っちゃって」
「千冬義姉様から許可は取った。今ここに居るのは、私たちだけだ」

 ラウラが、アリーナ中央で振り向いた。
 冷厳と表するに、相応しい表情で。

「えっと……それで、なんでここに?」

 まるで敵とでも相対したかのようなラウラの様子に、シャルルは戸惑いが隠せない。
 心当たりがあるとすれば、昨日のことだ。

「もしかして昨日のこと? それならごめ――」
「その男装はなんのためにしているのだ?」

 シャルルの心臓が急速に収縮された。全身の血が凍りついたかのように寒気が増していく。
 動揺を抑えようと、R―リヴァイブ・カスタムⅡの待機形態であるクロスを握る。

「な、なんのことかな? 僕はお、男だよ? 男が男の格好をして、何がおかしいのさ」
「ならば、胸につけている物はなんだ?」

 ヒュッと息を呑む音が、いやに大きく聞こえた。

「気がつかないとでも思ったのか?」

 極寒の眼差しのまま。
 ラウラが一歩、

「一度目は、寝ぼけてナイフを突きつけた時」

 また一歩と、距離をつめていく。

「感触が変だった。筋肉のつき方も、女性である隊の者たちと同じに思えた。ただ、あの時は確証がなかったため、判断を保留した」

 俯き立ち尽くすシャルルと、一足飛びの間合いで足を止めた。

「だが、昨日抱きつかれた時に確信した。貴様は女だ。シャルル・デュノア」

 言葉は返ってこない。
 ラウラは、ただただ言葉を浴びせる。

「どうして男と偽ったのか。そんなことはどうでもいいのだ」

 重要なことは、ただ一つ。

「何故、一夏に近づいた?」

 シャルルは答えない。
 ただ俯いて沈黙を通している。

「一夏のデータ収拾のためか? それとも、取り入ろうとでもしたのか?」

 なんにしても。

「もしも私の嫁に危害を加えるつもりならば……加減はしない」

 瞬時に部分展開したカノン砲をシャルルの頭に突きつけ、ラウラが宣告した。

「さぞ楽しかっただろうな? 正体を知らない嫁をあざ笑うのは。よくもまぁ腐った性根を持ったものだ」
「そんなわけ……ないじゃないか!」

 顔を上げたシャルルの瞳に宿るのは、紛れもない憤怒。普段の穏やかさは、完全になりを潜めていた。
 激昂したシャルルは、悲鳴にも似た甲高い声でラウラを糾弾する。

「僕がどれだけ……! 何も知らないくせに! ラウラにそんなことを言われる理由はないよ!」
「知らないな」

 だが、ラウラは揺るがない。

「私は、お前の本当の名前すら知らない」

 それまでは努めて冷静に話していたといわんばかりに。
 声に、熱が篭る。

「隠している分際で、よくも吼えたものだ!」

 逆に、ラウラの渇にシャルルが怯んだ。続きの言葉を飲み込んでしまう。

「黙っていても理解してもらえるなど。……とんだ幻想を抱いているものだ。なぁ? シャルル・デュノア」
「違う! 僕は、シャルルじゃ……!」
「貴様の本当の名前が何かなど知りはしない。だから、私は貴様が名乗った『シャルル・デュノア』と呼ばせてもらう!」
「――うるさい!! シャルルにならなければならなかった、僕の……私のことなんてぇ!!!!」
「知らないと言った筈だ!」

 言い終わった時には、お互いにISを展開していた。
 上空高くへと飛翔する黄色い機体――R―リヴァイブ・カスタムを、黒い機体――シュヴァルツィア・レーゲンが追っていく。

「クラス対抗戦で、ラウラの戦い方は見た!」

 両手にマシンガンを持つ。集団率よりも回転性を重視し、絶え間なく銃弾のカーテンを形成する。
 シュバルツィア・レーゲンの最大の武器であるAICは、集中しなければ使えない。

 だからこそ、面での制圧。

「仮に使えても、弾の停止した位置からAICの軌道がわかる。これでAICは封じたよ!」

 そしてラウラの遠距離の手は、取り回しの重いレールカノンのみ。ワイヤーブレードが届く中距離まで踏み込ませず、持久戦に持ち込めば勝てるというのがシャルルの考えだ。

「AICを封じた? ……だからどうした」

 回避行動を取りつつ、牽制としてカノン砲を撃っていたラウラの動きが、変化した。

「そんな豆鉄砲で、私とシュヴァルツィア・レーゲンの進撃を止められると思ったのか?」
「そんな……!」

 面と手数で来るのならば、一点辺りに破壊力はない。
 ――それでは、シュヴァルツィア・レーゲンの守りは貫けない。
 故に回避は考えない。シールドエネルギーが多少削られようとも、懐に潜り込むことを優先する。
 重厚な造りに違わぬ頑強さに任せ、瞬時加速を使い弾幕を突破。最短距離でシャルルに体当たりを仕掛けた。

「あぐ!」
「止めたいのならば、ガトリングでも持って来い!!」

 肉弾戦になってしまえば、構え、狙い、引き金を引くプロセスが必要な銃器に優位性はない。
 シャルルはプラズマ手刀の一撃をマシンガンの銃身で受け、そのわずかな隙にブレードを呼び出した。しかし、プラズマ手刀とワイヤーブレードを操るラウラに対し、シャルルの接近戦の手はブレードのみ。
 左の盾も使い、なんとか猛攻を受け流すが……それも限界を迎えた。

「あ……!」

 右手をワイヤーで絡め取られ、その隙にブレードを弾き飛ばされた。

「終わりだ」

 ラウラのプラズマ手刀が眼前に迫る。
 ……避けられない。けど!

「まだ!」

 カウンターの要領で、左の腕を突き出す。僅かに動いた程度で回避された。
 構わない。
 手元が、ラウラの顔に向いてくれるのならば。
 プラズマ手刀がシールドを削る衝撃に、意識が揺れながらも、左手にショットガンを呼び出す。
 目くらましになればいいと、散弾を連続発射。虚を衝かれたラウラの姿勢制御が揺らぐ。
 その一瞬に、今度は体制を立て直したシャルルのほうから密着するほどに間合いをつめる。

「ワイヤーで繋がってるなら、そっちだって逃げられない!」

 突き出された左腕。そこに装備された盾の装甲がパージされる。
 ズン!!
 六十九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻』が姿を表すと同時、金属を突き破る重音が辺りに響いた。
 ラウラが咄嗟に盾にしたレールカノンに、大穴が穿たれる。

「いけぇ!!」
「ちぃっ!」

 決死の覚悟で勝負を決めにいったシャルルに対し、ラウラの反応は早かった。
 右手を絡め取ったワイヤーと、杭が打ち込まれたカノンをパージ。そのまま全速でバックブーストし、一瞬の間に距離をとる。
 気づき、シャルルも後退しようとしたが、既に次弾装填が完了し、撃鉄を起こしてしまっている。
 抜こうとしたが間に合わない。炸薬の爆発が引き金になり、カノンの爆発が起こる。

「う、ぐ……」

 巻き込まれたシャルルは、吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。背中を強かに打ちつけられた衝撃に、まともに息ができない。

「……私とここまで戦えたとはな」
「まだ、勝負は着いてない……!」
「ふん、勝つのは私だ」

 睨みあい、残された武器を構えようとし――

「――と、言いたいところだが、これ以上は個人別トーナメントまでに修繕が間に合わなくなる」

 ラウラが体から緊張を解いた。まさかレールカノンを失うとは思わなかったと、ラウラが苦い顔をする。
 一方、シャルルはといえば、

「……へ?」

 何が起こっているのかわからず、きょとんとしていた。

「これは警告だ。もしも本当に嫁に仇なすならば、容赦はしない」
「……やっぱり、僕を疑ってるんだ」
「当たり前だ」

 シャルルがISを待機状態にしたのを見て、ラウラもそれに倣う。

「ラウラ、信じて。一夏に害を加えるとか、そんなつもりで彼の隣に居たつもりじゃないの」
「……知っている」

 ぷいとそっぷを向き、ふてくされた口調でラウラが続ける。

「一夏はお前を、『シャルル・デュノア』を信頼している。その信頼を裏切っている貴様が許せなかっただけだ」
「…………一夏には、僕から打ち明ける。だから、お願い。私に……少し、時間を頂戴」
「……ふん、私の嫁を傷つけたら、承知せんぞ」

 言い残し、ラウラは早足にアリーナから去る。後には、覚悟を決めた表情のシャルルが残された。



生まれて初めてまともに書いたアクションシーンがこれだよ! 下手すぎで泣きたい!
二人が戦ってる場面は、マクロスプラスのdog fight を聞きながら。名作すぎて困らない。



「クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか」
「受諾。こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「その、だな。聞きたいことがあるのだが……」
「は!!!! このクラリッサ、微力を尽くさせていただきます!!!!!」
「い、いや、そこまでしてもらうほどの事ではない」
「それはこちらで判断すべきことです!! さぁ、用件をどうぞ!!」
「ク、クラリッサ? なんだか、テンションがおかしくないか?」
「いえ、平常心は保っております。さぁ、どうぞ!」




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