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ルーアン地方編
第二十五話 ルーアン市センキョ事件!
<ルーアン地方 ジェニス王立学園 学園長室>

文化祭の翌日の朝、エステルとヨシュア、アネラスの3人はオークションで競り落としたボースの商人に女神の涙を渡すため、学園長室で待機していた。

「学園生活も、もう終わりかあ」
「数日間だったけど楽しかったね」
「授業が無かったらもっと楽しかったんだけどなあ」
「エステルはずっと寝ていたじゃないか」

学園長の前にもかかわらず、ヨシュアはそんなツッコミを入れた。

「お、どこかで見た顔やと思ったらあんたらやったか」
「宝石を落札したのはミラノさんだったの?」
「せや、代金は孤児院に寄付言うたら、しけた額しか出さん商人が多くてな。あっさり決まったで」
「へえ、そうなんだ」

質問に答えたミラノの説明に、エステルは感心したようにうなずいた。

「これは原石だから、宝石に加工するのにまたお金が掛かるのだよ」
「それじゃあ、ミラノさんは損した事にならない?」

コリンズ学園長が言うと、エステルはそんな疑問を口にした。

「そう言う勘定もあるかも知らへんけど、これだけの宝石を探す手間を考えたら、大して損にはならへん。おまけに昔の海賊の残した財宝って話やないか。原石のまま博物館に貸して見せ物にしてもええし」
「なるほど、さすがミラノさんは商売上手ですね」

ヨシュアはミラノの言葉に感心のため息をもらした。
そしてエステル達はコリンズ学園長とミラノと共に、宝石が保管されている書庫へと向かった。
宝石を受け取ったミラノはエステル達と学園を出る事になった。

「最後にジルやハンスやクローゼ達とあいさつしたかったなあ」
「仕方無いじゃないか、授業中なんだし。それに今朝学園を出て行く事は話したじゃないか」

グラウンドに出たエステルとヨシュアはそうつぶやき合いながら視線を校舎に向けた。
こちら側の窓からは廊下しか見えない構造になっているので、教室の様子は見えない。
2人は残念そうにため息をついて校門をくぐるのだった。

「お前達、待っていたぞ」
「父さん、母さん?」

ヴィスタ林道を抜けてメーヴェ海道に出たところで、エステル達はカシウスとレナに呼び止められた。

「これからロレントに帰るついでにな、そちらのお嬢さんの護衛を引きうける事にしたんだ」
「ミラノさんの?」
「ああ、だからお前達はこのままルーアン市に向かっていいぞ」
「え? 飛行船で戻るんじゃないの?」
「その事なんだが……」

カシウスはエステルを手招きしてこっそりと耳打ちした。
そして、レナもミラノに内緒話をしている。

「と言う事で、協力して頂けませんか?」
「わかったで、じゃあ歩いてマノリア村経由でボースに帰る事にするわ」

レナに向かってうなずいたミラノは、エステル達に手を振ってマノリア村の方向へと歩き出した。

「父さん達が護衛に着けば安心だね」
「うーん悔しいけど、父さんってやっぱり凄いや」

ヨシュアのつぶやきに対して、エステルはそう返した。
いつもと違うエステルの反応にヨシュアは戸惑いながら、ルーアン市への道のりを歩いて行く。
すると、ルーアン市の入口付近の街道で、黒装束の人影達に遭遇した。

「何、あいつら3人だけか!?」
「ちっ」

エステル達が声を掛ける間も無く黒装束の人影達はルーアン市の方へと消えてしまった。

「エステル、アネラスさん、追いかけるよ!」
「待って!」
「エステル?」

黒装束の人影達を追いかけようとしたヨシュアはエステルに呼び止められて驚いて振り向いた。

「市内に逃げ込んだ黒装束の人達はリシャールさんの部隊が捕まえてくれるって。それより、あたし達はマノリア村に向かった父さん達の応援に向かわなきゃ!」
「ええっ!? 一体どういう事なの、エステルちゃん!」

アネラスとヨシュアは戸惑いながら全力で今まで来た方向へダッシュを始めたエステルについて行くのだった。



<ルーアン地方 メーヴェ海道>

エステル達が黒装束の人影達に出会った頃、カシウス達も黒装束の人影達に遭遇していた。
街道脇の茂みに隠れていた黒装束の人影達が挟み撃ちを仕掛けて来たのだ。
人数は4人、カシウスとレナは前後に別れ2人ずつを相手にしなければいけなくなった。

「やはりこちらでも待ち伏せをしていたか」
「裏をかいたつもりだろうが、甘かったな」

カシウスがつぶやくと、黒装束の人影は得意げな声でそう言い放った。
そして、カシウスとレナはミラノを守りながら戦いを始めた。
戦いは互角、いや、少しだけカシウス達の方が押されているようだった。
カシウスが苦戦するのを見て、黒装束の人影はさらに勢い付いた。

「宝石はもらったな」
「さて、それはどうかな?」
「何!?」

驚く黒装束の2人の背後、ルーアン市に通じる街道から土煙が上がり、エステル達3人が姿を現した。

「てやああっ!」
「うげっ!」

不意を突かれた黒装束の人影はエステルの攻撃を食らってダウンしてしまった。

「これで、こちらは4対1になったな」

もう1人の黒装束の人影を取り囲んでカシウスは余裕の笑みを浮かべた。

「ち、ちくしょう!」
「お前らの仲間はお前を見捨てて逃げて行くようだぞ」

カシウスの言う通り、レナと戦っていた正面の黒装束の人影2人はマノリア村の方へ逃げて行った。

「父さん、このままじゃ村の人に危険が!」
「わかっている、ヨシュア、こいつ達を任せたぞ!」

ヨシュアの言葉に答えたカシウスは逃げた黒装束の人影達をレナと一緒に追いかけて行った。
エステル達は捕まえた黒装束の人影達2人をルーアン市に連行してリシャールに引き渡す事にした。
一方、カシウスとレナに追跡された黒装束の人影達2人は村を抜けてその先のバレンヌ灯台へと逃げ込んだ。

「どうやら、やつらはここを臨時のアジトに使ったようだな」
「灯台守の方が心配です、行きましょう」

ミラノをマノリア村で待たせたカシウスとレナは顔を見合わせてうなずいて、灯台の中へと突入して行った。
灯台の最上階では、ダルモア市長の秘書ギルバードが階段を登って入って来たレナを待ち受けていた。

「さあ、あなた達、観念しなさい!」

レナは持っていたクロスボウを突き出して堂々と言い放った。

「何だ、相手はたった女1人じゃないか! こっちは4人も居るんだぞ、どうしてそんな弱腰になるんだ」

ギルバードはそう言って逃げて来た黒装束の人影達2人と、アジトにもとから居た黒装束の人影達2人、合わせて4人の人影に檄を飛ばした。
逃げて来た2人は姿を消したカシウスに首をひねっていたが、勢い付いてレナに襲いかかる2人に続いて行った。
しかし、レナは襲いかかる4人に対して互角以上の奮戦振りを見せる。

「こ、こうなったら奥に閉じ込めて居る灯台守の老人を人質にして……」

ギルバードがフォクト老人を閉じ込めた灯台の巨大ライトに通じる奥の階段へと向かおうとすると、そこにはカシウスが立っていた。

「残念だったな、ご老人はすでに俺が救い出した」
「ど、どうやって中へ入ったんだ!?」
「そりゃあ、壁を伝ってぐるりとな」

目をむいて驚くギルバードに対してカシウスは軽い調子でそう答えた。

「ぼ、僕はジェニス王立学園を首席で卒業してルーアン市の市長秘書にまでなったエリートなんだ、こんな事で捕まってなるものか!」
「あのなあ、悪い事をすればエリートとか関係無く捕まるぞ」
「あなたは日曜教会で教えてもらわなかったの?」

うろたえるギルバードに、4人の黒装束の男達を返り討ちにしたレナまでもが加わって詰め寄った。

「そ、そうだ、遊撃士には国家の内政に干渉してはいけないという決まりがあるじゃないか! 遊撃士がこの僕を逮捕できるのか?」
「あら、よく勉強していますね」

ギルバードの言葉を聞いて、レナがからかうようにそうつぶやいた。

「しかし残念だな、お前さんは市長の秘書だから普通に逮捕できちゃうんだよな」
「そんなぁ~~~っ!?」

灯台の中にギルバードの悲鳴が響き渡った。

「諦めるんだな」

カシウスがそう言うと、ギルバードは何回も土下座を繰り返して謝り始める。

「ごめんなさい、ごめんなさい、もうしませんから許して下さい!」
「灯台守の老人を巻き込んで置いて何を言う」

カシウスは厳しい表情でそう言い放ち、ギルバードを逮捕した。

「さあ、牢屋の中でしっかり反省するんだな」
「人を傷つけた罪は償わなければなりませんよ」

ガックリと肩を落としたギルバードに、カシウスとレナはそう声を掛けた。



<ルーアン市 遊撃士協会>

一方、黒装束の男達をルーアン市に連行したエステル達は、遊撃士協会で事件の解決を聞いた。

「まったく、カシウスさんやリシャールさんが居る時に強盗事件を起こすなんて、無謀だよな」

遊撃士ギルドの受付のジャンはそう言ってため息をついた。

「黒装束の人達は捕まったんですか?」
「ああ、市内でリシャールさんの部隊が捕まえて、今は取り調べ中らしいよ」

ヨシュアが尋ねると、ジャンはうなずきながらそう答えた。

「でも、ギルバードさんが黒装束の人達の雇い主だなんて驚いたわ」
「……市長の逮捕は出来ないんですか?」
「うーん、市長は秘書のギルバードがお金欲しさに勝手にやったと主張しているしなあ」
「えーっ、それってひど過ぎない?」
「証拠はギルバードの証言だけだし、証拠不十分で逮捕はされないだろうなあ」
「悔しいですね、そう言うのって」

ヨシュアは厳しい顔をしてそうつぶやいた。

「そう悔しがる事は無いさ。市長もただでは済まない」
「どういうことですか?」
「次号のリベール通信ではルーアン市政の闇の部分がクローズアップされるらしいじゃないか。きっとこの事件も記事に加わるだろう。いつも選挙はダルモア市長の1人勝ち状態だったけど、市民の信頼を失ったらそうはいかないはずだ」
「私達のやった事は無駄じゃ無かったんだね」

ヨシュアの質問にジャンがそう答えると、アネラスは安心したように胸に手を当ててそうつぶやいた。

「さて、この事件で活躍した君達の評価をしないとね」
「えっ、もう報酬がもらえるの?」
「うん、黒装束のやつらは他の地域でも犯罪をしていたらしくてね。リシャールさん達はレイストン要塞に連行して取り調べる事にしたようだ」
「じゃあ、怪盗紳士の事件の方はどうするの?」
「それは遊撃士協会の方で継続捜査をするって事で、カルナに任せる事にしたよ」

ジャンはそう言って、書類に評価を書き込んで行った。
任務達成に喜ぶエステル達にジャンが声を掛ける。

「それじゃあ、他にたまっている依頼の仕事を片付けてもらおうかな」
「ええ~っ!?」
「休んでいる暇は無いさ、カルナが怪盗紳士の事件を捜査している分の穴を埋めてくれないと。選挙が近いから、ただでさえ人手不足なんだ」

ジャンの言う通り、ギルドの掲示板には結構な数の依頼が溜まっているようだった。

「じゃあ、アネラスはメルツと組んで依頼をこなしてくれ」
「また、よろしくっす!」
「エステルちゃん、ヨシュア君、またね!」

アネラスとメルツはエステル達に手を振って遊撃士協会を出て行った。

「じゃあ、僕達も依頼を選んで仕事を始めようか」
「どれどれ……『日曜学校の講師』!?」
「期限間近の依頼みたいだから、引き受けないわけにはいかないよ」
「ああ、それはカルナがやる事になっていた仕事なんだけど、カルナが忙しくてお鉢が回って来たんだ」
「アネラスさん、あたし達に押し付けて逃げたわね!」

エステルは怒った顔で声を荒げた。

「はは、何事も経験さ、行っておいで」

ジャンに送り出されて、エステル達は街の教会に向かうのだった。



<ルーアン市 七耀教会>

エステル達が教会を訪れると、シスターのフリーダは穏やかな笑みを浮かべて喜ぶ。

「遊撃士協会について授業をしようと思っていたので本当に助かりました」
「えっと、どんな授業をやるの?」
「そうですね、遊撃士協会の一般的な知識などを分かりやすく説明して頂けると……」
「うへっ、あたしは苦手だな、そう言うの」
「研修でやったじゃないか」
「まあ、ヨシュアがしてくれるなら平気か☆」

エステルが笑顔でヨシュアに押し付けようとすると、ヨシュアはムッとした顔になった。

「この仕事、君がやりなよ」
「えっ、だってあたしが体を使って、ヨシュアは頭を使うって分担が決まっているじゃない」
「甘ったれないでよ、僕が君といつまでも一緒に居られるとは限らないんだからさ」
「あ、あの……」

険悪なムードになり始めたヨシュアとエステルを見て、フリーダはオロオロしてしまった。

「分かったわよ、やってやろうじゃないの!」

エステルは怒った顔でヨシュアにそう宣言した。

「そ、それでは、後でお呼びいたしますね」

フリーダは少し震える声でそう言いながら控室を出て行った。

「――と言うわけで、今日は遊撃士の方が先生として来ておられます。エステル・ブライトさんです」

フリーダに紹介されてエステルが壇上に上がると、子供達から拍手が上がる。

「コホン、それじゃあ授業を始めるわよ」

エステルは教壇に置かれた教科書に目を通しながら授業を進めて行く。
子供達もおとなしく授業の内容を聞いていて、エステルはヨシュアに向かって余裕の笑顔を見せていた。

「まあ、これで遊撃士協会についてのだいたいの事は話し終ったわね」

エステルはそう言ってホッと息を吐き出した。
しかし、このまま授業が終わるほど世の中は甘くは無かった。

「それじゃ、聞きたい事のある子は手をあげて質問をお願いね」

フリーダの言葉を聞いたエステルは目を丸くして驚いた。
最後まで教科書を読みながら進めると思っていたエステルは、まさか質問形式だとは予想していなかったのだ。

「僕も遊撃士になりたんだけど、なれるかな?」
「頑張って、試験に受かればなれるわよ!」
「わあい!」

エステルの答えに質問した子供は喜んだ。
しかし、フリーダとヨシュアは引きつった顔で苦笑を浮かべた。
間違ってはいないが、遊撃士の試験を受けられるのは16歳からだと言う肝心な説明を忘れている。
そして、子供達の後ろで授業を聞いていた青年が手をあげて発言する。

「すいません、勉強の事で聞きたいんですけど、民間人に対する保護義務って遊撃士協会規約の第何項でしたっけ?」
「え、えっと……」

エステルが困って目を泳がせていると、ヨシュアがエステルに向かってVサインを出しているのが見えた。

(……ちょっとヨシュア、何をふざけているのよ)

エステルがにらみ返しても、ヨシュアはVサインを強調し続けた。
その意味に気が付いたエステルは質問に急いで答える。

「確か第2項だと思うわよ」
「そうなんですか、さすがですね」

青年が感心したようにつぶやくと、子供達からも拍手が上がった。

「遊撃士って何でも知っているんだねー」

子供達の歓声を受けたエステルは、その後も自信を持って授業をこなした。
授業を終えてエステルとヨシュアは教会を出たところでフリーダにお礼を言われた。

「本日はありがとうございました、子供達も楽しんで授業を受けてくれたようです」
「それほどでも……」
「でも、もうちょっとお勉強して下さいね」
「ご、ごめんなさい」

フリーダに少し怒られたものの、エステルの授業はそれほど悪い評価でも無かったようだった。

「それでは、またお願いしますね」
「どうも~」

そう言ってフリーダが教会の中に戻ると、エステルとヨシュアは2人きりになる。

「なかなか教師姿が様になっていたじゃないか」
「ううん、ヨシュアが教えてくれたから、あたしは自信を持って授業が出来たんだよ」

ヨシュアが軽い調子でそう言ってほめると、エステルは首を振って否定した。
そして、目に薄っすらと涙を浮かべてヨシュアの胸に抱きつく。

「だから、あたしはヨシュアが居てくれて助かってるの。お願いだから他の遊撃士と組むなんて言わないで……」
「僕はただ君にもう少し頑張って欲しいと思って言っただけだよ」

ヨシュアはエステルを安心させるように優しく背中をなでながらそう言った。

「そうなの?」

エステルはヨシュアから体を離して、上目遣いでヨシュアを見上げる。

「僕にとってエステルは最高のパートナーなんだからさ」

ヨシュアはそう言ってエステルの両手を握って微笑みかけた。
そして、エステルの顔にもパァーッと太陽のような笑顔が浮かぶ。

「よかったあ、ヨシュアってば意味深な事を言うんだもん」
「驚かせちゃってごめん」

ヨシュアは甘いと思ったが、エステルを泣かせるような事はしたくなかった。

「なんか、安心したらお腹空いちゃった」
「じゃあ少し授業が長引いたってジャンさんにはごまかしてお昼でも食べに行こうか」

エステルとヨシュアの2人は笑顔でラヴァンダルの中へと入って行った。



<ルーアン市 ラングランド大橋>

4年に1回、ルーアン市では市長の任期が切れると選挙がおこなわれる事になっている。
これまでは古くから続く貴族の家系であるダルモア市長が圧倒的支持を受けて当選し、選挙は形式化したものであった。
しかし、今回の選挙は違った。
先月に行われた臨時市民税の徴収や寄付金の流用疑惑。
さらに秘書ギルバードの逮捕によって市長に対する市民の不安感は増大して行った。
この選挙は本物と考えたノーマンとポルトスの2人の候補は選挙運動にも本腰を入れ始め、リベール通信の号外でマニフェストを掲げる程だった。

「是非、次の選挙は観光推進派のノーマン候補に清き一票を!」
「港湾事業維持派のポルトス候補をお願いしまーーーす!」
「ルーアン市の繁栄はダルモア市長の下で育まれていた事をお忘れなく!」

現職のダルモア市長を含む3人の候補者の応援の声がルーアン市内を満たしていた。
そんな中、ラングランド大橋でノーマン候補の支持者とポルトス候補の支持者が衝突する事件が起きる。
ノーマン候補のポスターにポルトス候補の支持者がノーマン候補を侮辱する落書きをしたというのだ。
橋の上でにらみ合いを続ける双方の支持者達の間にダルモア市長が割って入る。

「こらこら、ルーアン市を愛する者達が互いに争ってどうするのだ」

市長が説得しても、腹を立てている支持者達は聞く耳を持たなかった。
立ちはだかる市長を押し退けてつかみ合いになりかけている。
報告を受けたエステルとヨシュアはラングランド大橋に向かったが、狭い橋の上に押し掛けた人混みに阻まれ、岸辺から眺める事しかできなかった。

「ヨシュア、このままじゃケンカになっちゃうよ!」
「くっ、どうすれば……」

そんな時、1そうのボートが大橋の真ん中に向かって接近して来た。
ボートの上に立っているのは白い服を着た1人の男性だった。

「あれって、オリビエさんじゃない?」
「そうみたいだ」

エステルとヨシュアが驚いて見つめる前で、オリビエはリュートの弾き語りを始める。

「フッ、悲しみしか生まない争い止めて、みんなで愛の歌を歌わないかい?」

オリビエがそう言うと、橋の上に居た人々は口をあんぐりと開けてオリビエを見つめた。
愛の歌はリュートの調べに乗せて30分ほど続いた。
そのオリビエの歌を聞いた人々は空気を抜かれたような顔になり、肩を落とした。

「……と言うわけで僕達には愛だけが必要ってわけさ」

オリビエが歌い終わった頃には、誰もが冷汗を垂らして立っていた。

「諸君、頭を冷やそう。証拠も無く犯人だと決めつけるのは良くないではないか」
「そ、そうだな。悪かったな、ポルトスさんよ」
「い、いや分かってくれれば良いんだ」

ノーマンの支持者達もポルトスの支持者達もいそいそと選挙事務所へ向かって戻って行った。

「オリビエさん、助かりました」
「フッ、仲裁役なら任せておきたまえ」

ヨシュア達と笑顔で話すオリビエを、仲裁して尊敬を集めようと考えていたダルモア市長は顔を赤くしてにらみつける。

「くそっ!」

それは今までダルモア市長が人前で見せた事の無い表情だった。
エステル達はそんなダルモア市長を見向きもせず、オリビエを迎えにホテル裏の船着き場へと向かった。



<ルーアン市 市長邸>

オリビエはロレント市でシェラザードの仕事を手伝いながら滞在して居たのだが、ルーアン市にも観光をしたかったからやって来たと言うのだ。
エステル達はシェラザードの酒の相手をするのに嫌気が差したのではと思っていた。
そして、オリビエがロレント支部で遊撃士協会の仕事の手伝いをしていたと聞いたジャンは人手が増えたと喜んで、オリビエが遊ぶ暇無く仕事を押し付けるのだった。
オリビエがルーアン支部に来てしばらく経った頃、ついに市長選挙の投票日となった。
出口調査で一番有利だったのは観光事業推進派のノーマン候補。
ダルモア市長は圧倒的不利と言われていた。
投票は即日開票され、夕方には結果が発表される事になっていた。
そして夕方、ノーマン候補が新市長に当選し、市長邸の市長室で要人を集めて演説をする事になったが、そこで事件は起きた。

「ルーアン市の市長はこの私だ……! こんなのワシは認めんぞ!」
「ああっ、ノーマンさん!」

自暴自棄になったダルモア元市長はノーマン新市長に導力銃を突き付け、人質に取ったのだ。
ダルモアが部屋に集まった要人達に向かって銃を突き付けると、要人達は悲鳴をあげて市長室を出て行く。

「どうして君はこのようなことをするのかね?」
「危ない、下がってください!」

残って説得を続けようとするコリンズ学園長をかばうようにエステルとヨシュアが飛び出した。
エステルとヨシュアの姿を見たダルモアは、さらに怒りの形相を増す。

「おのれ、遊撃士め! ことごとくワシの邪魔をしおって!」

ダルモアはエステルを撃とうと銃口を向ける。

「エステルっ!」

ヨシュアが鋭い悲鳴を上げた。
しかし、ダルモアがエステルを撃つ前に銃声が上がり、ダルモアは悲鳴を上げた。

「オリビエさん!」
「フッ、真打ちは遅れて登場するものなのさ」

入口のドアの影からオリビエが姿を現した。

「さあ、あんたの武器は無くなったわよ! 観念しなさい!」
「く、くそっ!」

ダルモアはそう言うと、ノーマン市長の体を突き離し、部屋に隠されたスイッチを押した。
すると、部屋の奥に隠された隠し扉が現れ、そこから2匹の巨大な犬型の魔獣が部屋に入って来た!

「ふん、どんな魔獣だって相手にとって不足は無いわ!」
「待ちたまえ、きっと奴らは『狂犬の牙』を持っている」

立ち向かおうとしたエステルをオリビエは呼び止めた。

「ふはは、この魔獣の恐ろしさに気がついたか」

勝ち誇ったかのようにダルモアは笑った。

「あの魔獣にかみつかれた人間は犬のように暴れ出してしまって、体力を消耗してやがて死んでしまうのさ」

オリビエの言葉を聞いたエステルとヨシュアの背中に大量の冷汗が流れる。

「エステル、ここは逃げよう」
「逃げるって?」

ヨシュアの提案にエステルは驚いて聞き返した。

「ここにはノイマン市長やコリンズ学園長が居るんだ、彼らの安全を確保するのが先だよ」
「了解、遊撃士協会規約の第2項、民間人に対する保護義務ね!」

ヨシュアの言葉にエステルはうなずき、うろたえるノーマン市長の手を取って入口に向かって走り出した。
コリンズ学園長も続いてヨシュアと共に外へ出ようとする。

「逃がすか、行けっ!」

ダルモアが銀色の犬笛を吹くと、犬型魔獣がヨシュア達に向かって飛びかかった!
ヨシュアはコリンズ学園長を守るために盾となって立ち塞がる!

「ヨシュア!」

エステルの悲鳴が上がり、魔獣がヨシュアの腕にかみつこうとしたその直前に、再びオリビエの銃口が火を噴いた。
鼻先を撃たれた魔獣は飛び退いて引き下がった。

「今だ、外に出るんだ!」

オリビエの声に従って全員が部屋の外に出ると、エステル達は市長室の大きな両開きのドアを締めた。
犬型魔獣が扉の向こうでぶち当たる音がした。

「あ、あの、旦那様の部屋でいったい何が……?」

扉を押さえているエステル達に執事の男性が話しかけて来た。

「おや、君はまだ逃げていなかったのかい?」
「私は執事のダリオと申します。旦那様の身が心配で残ったのですが」
「彼が首謀者なんだけどね……」

オリビエが手短に事情を話すと、ダリオは青い顔をして震え上がる。

「そ、そんな……信じられません」
「ちょっとオリビエ、どうすればいいのよ!」

扉をヨシュアと押さえているエステルがダリオと話しているオリビエに助けを求めた。

「そうだな、君の武器である棒をドアの取っ手に挟んでかんぬきにすれば時間が稼げるだろう」
「ええ~っ!?」
「エステル、安全に逃げるにはその方法しか無いみたいだ」

ヨシュアにも説得されたエステルは泣く泣く愛用の武器をドアの取っ手に通す。

「ごめんね、ボーちゃん」
「名前を付けていたの?」

扉がぶち破られないうちにエステル達は急いで市長邸を脱出した。
犬型魔獣は市長邸から外に出る事は無く、エステル達は一安心した。

「しかし、市長邸が占拠されるとはとんでもない事になったね」

オリビエは市長邸を眺めてため息をついた。



<ルーアン市 遊撃士協会>

遊撃士協会に戻ったエステル達はジャンに報告し、王国軍の到着を待つことになった。

「ねえ、あたし達でどうにかできないかな?」
「そうは言っても、相手はとても危険な魔獣なんだし……」
「それに君は武器を持っていないんだから、戦いには参加できないさ」

ヨシュアとオリビエに言われたエステルは気落ちしてガックリとうなだれた。
その時、遊撃士協会の受付に仕事に出ていたカルナが姿を現す。

「何とかなるかもしれないよ」
「カルナ、戻って来たのか」
「ああ、怪盗紳士を追いかけていたら、思わぬ置き土産が手に入ってね」

ジャンにそう答えたカルナは袋を見せるようにエステル達に差し出した。

「これって何かの餌ですか?」
「魔獣を手なずけるための物よね、あたし、ルシオラさんに見せてもらった事ある」
「その通りさ」

エステルの言葉にカルナがうなずいた。

「なるほど、この餌を使って魔獣の注意を引きつけるってわけだね」

ジャンが感心したようにつぶやくと、カルナはやる気いっぱいと言った感じで導力銃を構える。

「私の導力銃なら、遠くから攻撃が出来るはずさ」
「フッ、僕も協力しよう」
「じゃあ、餌を投げつける役はあたしがやる! 今は何にも武器を持っていないし」
「大丈夫かな……」

エステルがおとり役を立候補すると、ヨシュアは不安そうにつぶやいた。

「そう思うなら、君がしっかりと守ってあげれば良いじゃないか」
「……分かりました」

オリビエが耳元でささやくと、ヨシュアはしっかりとうなずいた。

「それにしても不思議なもんだね」

遊撃士協会を出たところでカルナはつぶやいた。

「何がですか?」
「餌を落として行ったのはさっき姿を現した怪盗紳士だったのさ、まるで近くでこの騒ぎを見ていたみたいじゃないか」
「宝石も盗んでいかなかったしね」
「蒼耀の灯火が盗まれた件も依頼人のダルモアの自演だって疑いも出て来たね」
「怪盗紳士と元市長がグルだって言うのかい?」
「でも、ダルモアは掛け金の支払いが滞っているって話だからね、どっちみち保険金は降りないのさ」

カルナ達は怪盗紳士の話題を話しながら再び市長邸の正面にたどり着いた。
中からもれ聴こえてくる獣のうなり声。
間違い無く犬型魔獣は市長邸の中に居るようだ。

「ヨシュア、もしあたしがかまれちゃったら……」

エステルが心配そうな顔でそう言うと、ヨシュアは首を横に振る。

「そんな事、僕がさせない。体を張ってでも君を守ってみせるよ」
「それじゃあ、ヨシュアがかまれちゃうじゃない! そんなの嫌だよ!」

ヨシュアの言葉を聞いたエステルが激しく首を横に振った。

「2人とも静かにしなさい、中に居る魔獣に聞こえるわよ」

カルナがそう言うと、エステルとヨシュアは押し黙った。

「匂いや物音を聞きつける能力はやつらの方が数段上だから油断はできない。この扉を開けた途端に襲いかかって来る事も考えられるよ」

オリビエが真剣な顔でそう言うと、エステルとヨシュアはつばを飲み込んだ。

「ヨシュア」

エステルが差し出した手を、うなずいたヨシュアはしっかりと握った。
そして、ヨシュアは市長邸の入り口のドアをゆっくりと開いて行った……。
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