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[25619] 銀紅伝(銀河英雄伝説/紅の勇者オナー・ハリントン/量子宇宙干渉機)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/02/09 19:15
ヘイブンの監獄惑星から30万人の捕虜を率いて脱出を果たした紅の勇者オナー・ハリントン提督。


ある日、オナーは量子宇宙干渉機の暴走により、気がつくとガイエスブルグ要塞の中で、自分の侍女に鞭(ムチ)をふるうヒステリーな伯爵夫人になっていた。


ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト。ロットヘルト伯爵家の当主。リップシュタット盟約の上位に名を連ねる門閥大貴族の一人である。


異様に少ないミサイル発射口しかもたない宇宙軍艦が、腹いっぱいに詰め込んだミサイルを何時間もかけて打ち合うという、非常にかたよった軍事技術に支配された銀英伝世界。


はたしてロットヘルト伯爵夫人は死亡フラグをへし折って、「ハリントン提督」の才覚にふさわしい地位にたどりつけるか?


まずは伯爵領の私設宇宙軍の戦艦1隻を掌握して、「砲架」をとりつけなきゃ!


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(2010.2.06付記)
第4話を大幅に増補して、「離散紀」世界と「宇宙暦・帝国暦」世界のテクノロジーの対比をおこないました。はたして銀英伝・ハリントン両作のファンの皆様に通用するかどうか、ドキドキ物です。

(2010.1.25付記)
・オナーが飛び込んだのは、銀英伝世界のなかでも、田中芳樹純正の<本伝1-10>、<外伝1-5>で成り立っている宇宙であります。
・アニメ版やマンガ版で加えられた補正や設定の深化が反映されてない世界。
という設定でいきます。ご了承ください。


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原作:
ジェイムズ・P・ホーガン『量子宇宙干渉機』
デイビット・ウェーバー「紅の勇者オナー・ハリントン」シリーズ
田中芳樹「銀河英雄伝説」シリーズ/徳間書店新書版全10巻+外伝1-5巻(5巻のみ創元SF文庫)



------更新履歴--------
2011.2.9 第7話を投稿。
2011.2.7 第6話を大幅増補。
2011.2.6 第4話を大幅増補。第六話を投稿
2011.1.31頃 主人公とラインハルトの初対話を描いた暫定8話をいったんとりのぞき、第5話を投稿
2011.1.28 第2話 やっと完成^^
2011.1.28 第2話の末尾を第1話の末尾に移行。 
2011.1.25 まえがきを投稿♪




[25619] 第1話 宇宙の成り立ちと量子宇宙干渉機
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/01/28 01:15
宇宙は、ビッグバン以来、並行世界を無数に生成しながら時を刻んできた。
あなたが2個注文したハンバーグのどちらから先に食べるか。
風に吹かれる落ち葉が、あっちに飛んでゆくのか、こっちへ落ちるのか。
人が意識的に起こす決断。
自然現象による偶然。
世界は、可能性が生じるごとに無数に分岐しているのである。

従来、一つの世界の観察者は、一つの結果のみしか観察できなかった。

量子宇宙干渉機は、被験者の意識を、隣接する並行宇宙の類似体に移転させる装置として発明された。
この機械は、この機械を有する並行世界の間だけで意識の移転を引き起こすだけでなく、この機械を持たない世界に対しても、類似体が存在するならば一方的に憑依を引き起こすことができた。

ヒュー・ブレナーと愉快ななかまたちは、自分たちの世界に無意識となった抜け殻の肉体を残して、第一次・第二次世界大戦を経ていない並行世界「別天地」にエクソダスしていった。


本来、彼らの脱出を阻止すべき立場にあったカロムとキントナーは、逆に彼らに手を貸し、別天地の座標をマシンから消去し、この世界が「別天地」にさらに干渉を重ねることを阻止した。

ヒューたちの「別天地」への移住計画を横取りしてこの世界からおさらばしようというジャントウィッツ将軍たちの計画は、カロムとキントナーの裏切りにより阻止された。

そしてカロムはこの世界にとどまったヒューの仲間ジャントヴィッツとサムを連れてパラグアイに逃亡、キントナーは何食わぬ顔でプロジェクトの指揮をとりつづけた。

ジェイムズ・P・ホーガン氏はマシンと、それをとりまく人々の動静をここまでしか記していないが、とうぜん彼らはそれ以降も生きつづける。

将軍たちは、マシンの使用目的を、「隣接する並行宇宙との往来・交信に据える」という従来からの方針をタテマエとしては維持しつつ、「別天地」に代わる新たな脱出先を探る計画をひそかにキントナーに命じた。

キントナーは、ヒューと仲間たち、そして別天地を彼らから守ることに成功したことに、ひそかな、そして深い満足感を抱きつつ、この世の終わりの来る時まで、彼らの命じるままにマシンの改良と実験を続けた。

結局、このマシンが稼働する並行宇宙の地球は、若干の経緯の差はあれ、銀河世界に乗り出すことなく、すべて最終戦争によって滅亡し、それ以上、他の並行世界に害悪jをもたらすことはなくなった。

しかし、これらの世界が滅亡する直前、キントナーたちがそれぞれのマシンを駆使して行った他世界への干渉は、マシンの発明が行われなかった他の諸世界のいくつかに対し、きわめて大きな影響をあたえたのである。


*******************
1990年代、東西冷戦が終結せず、ソ連にかわって中国が盟主となって東西対決を継続する地球が存在する宇宙が、我々の知る宇宙と分岐した。
このような地球が存在する宇宙は、これも分岐を重ねて数をふやしていったが、いずれの宇宙の地球も、すべて行き詰まり、経緯の差はあれ、最終戦争によって一つ残らず滅亡した。

量子宇宙干渉機が発明された地球のある宇宙は、この分岐した一群の宇宙に属する。
マシンは滅亡を間近にひかえた権力者たちに様々な目的で使用された。
多数の世界で並列して稼働したマシンたちから影響を受けたのは、主として隣接する世界がであったが、例外が存在する。

2000年もはなれた未来の、非常にはなれた世界のふたつの間の「類似体」がとばっちりをうけて、意識の移転が生じたのである。

きわめてまれな事例であるが、そのためにこの物語が始まることとなるのである。




[25619] 第2話 勇者は舞い降りた
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/01/28 01:45
ローエングラム伯は門閥貴族達の軍勢を「賊軍」と名付け、宇宙艦隊ではこの呼称が彼らに対する正式名称となった。リヒテンラーデ侯を尚書とする宰相府(旧国務省)も、これと呼応する措置として、「賊軍」に参加した貴族たちの爵位を剥奪して領地を没収し、身分を平民に落とすべきことを皇帝に奏上し、皇帝の裁可をえた。
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国務省、奏すらく、
「ブラインシュバイクのオットー、リッテンハイムのウィルヘルム、(8名省略)ヒルデスハイムのシュテファン、ロットヘイトのヴィクトーリア、(3,728名省略)、これらの者どもは、代々朝廷の厚恩を蒙(こうむ)り、よく帝室の藩屏たるべきに、妄(みだ)りに職務を放棄し、国都をはなれ、まことに忌避すべきに属す。よって彼らの職務を停止し、爵位と爵位を剥奪して民となし、こんご彼らがいずれに赴こうと、平民と等しくみなすべし」と。
帝の諭を得る。
「奏のごとくこれを行え」と。
これを欽(つつし)めり。
----
実際には、弱冠5歳の新皇帝がこんな判断をできるわけはない。宰相リヒテンラーデ侯による自作自演である。
  ※         ※
「ベルタ、こちらへ!」
奥様が命じる。
こんどは私がぶたれる番だ。
アンナは倒れたままもう動かない。

私たちに落ち度があったわけではない。
奥様は、なにかお気に召さないことがあると、いつも私たちをぶって気晴らしをなさる。
気がお済みになったら、あとで、おわびの品なども下さる。
いつものことだ、我慢しよう。

「はい、奥様。」
「向こうを向く!」
「はい。奥様。」
奥様がまた歯ぎしりしながらローエングラム伯をののしりだした。
「アノ、ナマイキナ、ブレイナ、スットコドッコイノ、キンパツノ、コゾウメ・・・」
急に奥様の罵声がとまった。
身をすくめて待っていたのに、鞭を、お振りおろしにもならない。

思わず振り返ると、奥様は、電磁鞭を中途半端に構えたまま、目を見開いて、アンナと私を見比べている。

一分もすぎたころ、奥様はとつぜん電磁鞭をへし折った。

そしてアンナを指しておっしゃた。
「・・・これは、私が?」
「はい、さようでございます」
すぐに手当てを!
あわてて薬箱を取りだし、アンナの手当てにかかろうとすると、奥様は私から薬箱を奪い取り、傷薬をとりだして、みずから手当てをお始めになった。

なにか、とてもおかしい。
このような奥様は始めてである。
なにかお顔つきも、日頃とは違っておられる。

奥様は、アンナの身だしなみを整えさせると、私たちにおどろくべきお尋ねをなさった。
「あなたたちの名前は?」
意表をつかれた私たちがとまどっていると、さらにお尋ねになった。
「私の名前は?」
あまりに意表をついたお尋ねで、とっさに答えることができず、私たちは凍りついてしまった。

奥様は、私たちの答えをまっておられたが、急に、一瞬、固まったようになられた。介抱しようとちかづくと、奥様はまたお尋ねになった。

「アンナ!ベルタ!妾(わらわ)はずっとこの部屋に居ったのかえ?」

えと、お答えせねば。

「こちらがアンナで、私がベルタでございます。」
「奥様のお名前は、ヴィクトーリアさま」
「そのようなことは知っておる!妾はずっとこの部屋に居ったかと聞いておる」
「はい、ずっとこの部屋におられました。」
折れた電磁鞭を指してお尋ねになった。
「あれは?」
「あれは奥様が自らお壊しになりました。」
「その時の様子を教えよ」
「はい、奥様はアンナのあと私をお撃ちになろうとしたのですが、急に鞭をみずからお壊しになったあと、アンナの背中をみずからお手当なさったのです。」
「さようか・・・」
なにか考え込むようすでいらっしゃる。

*********
「閣下、もうそろそろ到着です」
アンドリューが声をかけてきた。
「ええ、ありがとう」
ちょっとウトウトしてしまったようだ。
それにしても妙な夢だった。
どこだかわからない場所で、私に仕えていると思われる女の子の一人を打ち据え、もう一人も打とうとしていた。
手当をして、事情を聞こうとしたところで目が覚めた。
なぜこんな夢をみたのだろうか。

*********

いままで忘れていたことを、とつぜん思い出したような感じだった。
きいたこともない場所で、きいたこともない国に所属して、聞いたこともない敵と戦い続けてきた毎日。
平民の両親のもとにうまれ、軍人の訓練をうけ、軍人として命がけで働いてきた歳月。
オナー・ハリントンってだれなんだろう?
マンティコア王国って?
時間がたつにつれ、これが自分自身だという感じはだんだん薄れてきているけれど、この女性の生涯を、まるで自分自身が体験したことと同じくらい、非常にリアルに思い出すことができる。

調べてみなければ。

「ベルタ!」
「はい、奥様。」
「調べものをしたいの。端末を用意して」
「はい、お待ちください。」

************

凱旋式典の会場に到着したのだが、なんだか具合がわるい。
まっすぐに歩くことができない。
ぐっすり休んだし、医師の診察をうけて、左目と腕は別として、体調に問題はないとお墨付きをもらったのに。
足がうごかない。
どうしたことだ?
なにか遠くで叫び声が聞こえる。
(「閣下が倒れた!」「医師を!医師をこちらへ!」)

   ※      ※

気がつくと、さっきの夢にでてきた娘たちがまた目の前にいる。

「あなたたちは・・」
名を問おうとしたら、いきなり脳裏に娘たちの名が浮かんできた。
「あなたがアンナで、・・あなたがベルタね?」
「はい、さようでございます、奥様。」
「私は・・・ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト・・」

娘たちがうなづいている。・・・

**********
オナーが戻ってきた。
妾(わらわ)の体をあやつりだした。
いや、ちょっとちがうな。
利き腕とは違う手にペンをもってみたら、字がかけた、みたいな。
こころの中の、妾がずっと使ってきた部分とはちがう場所に、オナーの場所が急にできた。オナーはこの場所をつかって妾の体を動かしているけれど、これも私のこころの一部。

「もどってきたオナー」は、ほっとくと勝手にうごく自分自身?みたいな。
オナーがやろうとすることを、じゃましてみたらどうなるんだろう?

************
いままで忘れていたことを、とつぜん思い出したような感じだった。
この体の持ち主がおくってきた生涯について。

武門の家柄ロットヘルト伯爵家にうまれ、何不自由なく育ってきたこと。
喰う・寝る・遊ぶの退屈・怠惰な日々。
兄の戦死により思いがけず、伯爵家の次期当主となったこと。
父が家柄だけで選んだ夫との結婚生活と、彼の裏切りを知っての追放。
伯爵位の継承。
甘やかして育てた二人の子供たち。

ヴィクトーリアの来し方が、まるで自分自身の体験のようにリアルに思い出せる。
というか、自分自身の体験でだ、これは。

************
ホーガン氏が描いているように、憑依した意識と宿主の意識は、同居時間が長引くにつれ、融合を果たしていくものである。

ヒステリー女伯爵(グラッフィン)のあだ名をもつ銀河帝国の大貴族ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルトは、これより以後、紅の勇者オナー・ハリントンの意識・知識・体験を我がものとして、リップシュタット戦役に臨(のぞ)むこととなる。

これと同時に、マンティコア王国では、ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルトの意識・知識・体験を我がものとしたオナー・ハリントンも誕生しているのであるが、この物語では彼女については取り上げないものとする。



[25619] 第3話 ここはどこ?いまはいつ?私はだれ?
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/01/31 13:12
さて、気がつくと赤の他人に乗り移って別世界にいた・・という物語の主人公がまずやることは、そこがどこで、今はいつかを確認し、もといた場所との時間的、空間的な隔たりを確認することが一般的なようである。

オナーとヴィクトーリアの場合、同一人格として完全に融合したので、「ここはどこで、今はいつか」の知識については不自由しないかといえば、まったくそうではなかった。ヴィクトーリアは、銀河帝国の地理について、「今いるガイエスブルグはロットヘルト領のわりとちかく、オーディンからはとっても遠い」程度の理解しかなく、また現在が帝国暦488年の四月の初旬であることは知っていても、帝国暦以前に宇宙歴や西暦というものが存在したことに関する知識は絶無の人であったので、結局、ロットヘルト伯オナー=ヴィクトーリアは、銀河帝国の地理と歴史を、ほとんどゼロからおさらいするはめになったのであった。

多くの貴族たちと同様、領地持ちの貴族に対しては、領地の規模に応じて、爵位に星系総督以下の行政長官職が付属している。ロットヘルト領は星系単位の領地であり、行政長官としてのランクは「星系総督」であった。そのため、帝都オーディンにおけるロットヘルト伯邸は「ロットヘルト総督府」の別称を有していたし、ガイエスブルク要塞内でヴィクトーリアに貸与された一角は「ロットヘルト行総督府(こう-そうとくふ)」と呼ばれた。

ロットヘルト女伯爵(グラッフィン・ロットヘルト)が急に情報端末にかじりつき、一心不乱に調べ物を始めたことはすぐに行総督府の人々の目にとまり、次第に要塞中の評判となっっていった。

**********
リップシュタット盟約の署名の上から12番目に位置するロットヘルト伯爵家の行総督府に備えられた情報端末は、私領に対して貸与されたものとしては、かなり詳細・豊富な情報収集に対応したものに属している。しかしがなら、この端末で表示される銀河帝国所属の全星図で、オナーが属していたマンティコア王国や、マンティコアの宿敵ヘイブン人民共和国の勢力圏に相当する宙域を調べてみても、オナーの知識と一致する星系はひとつも見あたらなかった。

アンナやベルタには手が終えなさそうなので、例のごとく執事のテオドールに聞いてみる。
「このあたりで星をさがしてるんだけど、星図にみあたらないってことは、星自体が存在しないってこと?」
「奥様、申し訳ありません。私はそのあたりに暗うございますので、詳しい者を呼んでまいります。」
行総督府付きの武官が連れてこられた。
「お尋ねにお答えします。こちらの端末で表示されるのは、帝国が領土として掌握している星系、いいかえますと臣民が居住し、統治者が任命配置されている星系のみです。未開発の無人星系は表示されません。」
「未開発の星系や、無人星系の惑星や衛星について知りたいときはどこで調べることができるの?」
「はい、帝都オーディンでしたら、帝国図書館とか、大学の工学部や経済学部の関連学科や航宙局などでお求めの情報が一般に公開されておりましたが、このガイエスブルグには、一般に公開する窓口自体がございませんですからねぇ……。司令部の主端末あたりなら、まちがいなくアクセスできるとはおもいますが……」

********
要塞司令部は、ロットヘルト伯の襲撃をうけた。
「グラッフィン、申し訳ありませんが、私的なご用事のために、敵を迎撃するのに必要なデータ処理作業を滞らせるのはいかがなものかと・・・」
「長くはかからせないわ、だからお願い。」
盟約の記載順第12位のごり押しにはかなわない。
司令部は、15分だけ、という条件で端末の一つを明け渡した。


*********

マンティコア星系には「ダラニスキー」という別の名がついていた。
三つの居住可能惑星はいずれも未開発のままで、スフィンクスは「ダラニスキー4」とよばれ、「地球型。哺乳類型の原住生物が存在」という付記があった。モリネコたちは誰にも知られず、ここでひっそりと暮らしているのだろう。

ヴィクトーリアたちの銀河が、オナーがもといた世界とは、かなりことなる歴史を歩んでいることは確実である。それでは歴史の分岐はいつから生じたのだろうか?

この点については、行総督府の情報端末からでも、情報を得ることができた。
この世界では、西暦の2801年が宇宙暦の元年で、宇宙暦310年が帝国歴元年、現在は帝国歴488年である。すなわち、西暦でいうなら3598年である。

一方、オナーの世界では、西暦2203年が離散紀の元年であり、オナーは離散紀の19世紀後半に誕生し、離散紀のちょうど1900年にはじめて艦長として軍務についた。

時間的にはオナーは四百年ちかく過去にとばされていることになる。

オナーにとって、異世界に意識が飛ばされること自体ビックリな体験であるから、さらに4世紀をこえる時間軸のズレがあることも、ただそんなものかと思っただけだったが、ヒューと愉快な仲間たちがもしこれを知ったらびっくり仰天したことであろう。

***********
2000年ちかくまえに自分の世界とは別の歴史を歩み始めた宇宙
 ┏へ、約400年間の時間をさかのぼってとばされてしまったらしい。
 ┗の、しかも約400の未来からやってきたらしい。オナーという人のこの心は。

なぜ、このような現象がおこったのか。
オナーとヴィクトーリアの融合は、一時的なものなのか、継続的なものなのか?
先のことはわからない。

しかし、いままでヴィクトーリアは、あまりにものを考えなさすぎた。
新たに獲得したオナーの眼で世界を見渡してみると、自らが崖っぷちぎりぎりの危険な場所に立っていることに気付いた。

さて、これからどうしよう……。

*************

オナーは、軍人として、常に命がけで自分の責務に最善を尽くことを通じて自らをつくりあげてきた人だ。

オナーが体ごとこの世界にやってきたのだったら、彼女の選択は単純なものだったろう。単純に、なんの迷いもなくローエングラム侯の陣営への参加を選んだだろう。


しかし。このロットヘルト女伯爵(グラッフィン・ロットヘルト)は、オナーであるのと同じ程度にヴィクトーリアである人である。

ロットヘルト伯爵家は太祖ルドルフ以来の武門の名門で、伯爵・子爵・男爵15家を率いるロットヘルト一門の宗家でもあり、門閥貴族の中でも名門中の名門である大貴族の一つである。

リップシュタット盟約への参加を決断したヴィクトーリアは、ロットヘルト伯爵家の当主として、上から12番目に署名する栄誉をあたえられた。

ヴィクトーリアは、ロットヘルト伯爵家の家臣・領民だけでなく、一門の15家をも門閥貴族連合に引きずり込んでしまったのである。

オナーとしての責任感は、この状況から、自分ひとり遁走することを許さない。

ここから、オナー=ヴィクトーリアが、「自分の責務とは何か」を探求し、能力を尽くしてその責務を果たすための苦闘が始まる。

しかも、そのスタート地点は、家柄と地位だけは高いが、ヒステリー・グラッフィン、グータラ・グラッフィンとして軽蔑される著しいマイナス地点からとなる・・・。



[25619] 第4話 ロットヘルト伯爵夫人、覚醒!
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/02/07 03:14
ヴィクトーリアは、リヒテンラーデ=ローエングラム派と門閥貴族派の衝突が誰の目にもあきらかとなって以後、「武門の家柄【ロットヘルト一族の宗家】の当主」として、一門15家に所属する戦艦53隻をはじめとする総計600隻の軍勢の先頭にたち、「生意気な金髪の孺子」の手下どもを自らの手でうち破ることを夢想するようになった。

ロットヘルト家の私設艦隊は、ヴィクトーリアの父アーブラハムの代から老練の提督クラインシュタイン退役中将の指揮下にある。ヘクトール・フォン・クラインシュタイン。リップシュタット盟約には、上から3000番目に署名。アーブラハムの戦友だった人で、アーブラハムが戦傷がもとで早期に退役すると、正規軍で艦隊司令官に内定していたのを蹴って退役し、ロットヘルトに来てくれた。ほんらい造30~50年の旧型ばかりの戦艦2隻、巡航艦4隻、駆逐艦8隻の小艦隊にはもったいないような人材である。アーブラハムの没後は、遺児たち(兄ゲオルクや妹ヴィクトーリア)の後見人にもなってくれた。しかし15年前、トーマスやエーリケら息子たちの教育方針をめぐってヴィクトーリアと衝突して以来、関係は冷えきった。600隻の航宙艦を指揮しようというヴィクトーリアの夢想は、大嫌いになったこの人物に、自身をふくむ一族の命運を委ねるのはいやだという幼稚な反発から始まったものである。

オーディン脱出の直前、提督はリップシュタット盟約への参加に強く反対した。ヴィクトーリアはこの機会を利用してここぞとばかりに提督を罵倒し、彼が腹をたてて自らロットヘルト伯爵家から去るよう仕向けたが、提督は歯を食いしばって踏みとどまり、艦隊を率いてガイエスブルグまで付いてきた。

ヴィクトーリアが自分の夢想を邪魔する提督を、どうやって追い払おうかと考えていたところへ、グラッフィン・ロットヘルトにオナーがやってきた。

*********

帝国歴488年は、西暦から遡って計算しなおすと、離散紀の1398年に相当し、オナーのいた時代より500年も過去にあたることになる。しかしながらテクノロジーの進歩の度合いは、総合的にみると、「宇宙暦-帝国暦」世界の方が進歩している印象が、オナーにはある。

たとえば超空間航行術。「離散紀」世界では、天然の重力波をいかに制御し、利用するかというレベルに留まっている。星間諸国間の交流も、天然に存在する「ワームホール分岐網」に依存するところが非常におおきい(マンティコア王国が星系国家でありながら、太陽系同盟につぐ経済力を誇ってきたのは、この「分岐網」を複数確保してきたことによる)。これに対し、「宇宙暦-帝国暦」世界では、「離散紀」世界よりも6世紀も先んじて「亜空間跳躍航法」が実用化された。帝国暦488年現在、天然の重力波に制約をうけず(利用もしない)、「分岐網」の利用も必要としない、より大規模で長距離の亜空間航行が実用化されているようである。

軍事技術の面では、エネルギー兵器の発達に決定的な相違が見られる。「離散紀」世界では、レーザーおよびγ線レーザーが光線兵器として使用されているが、距離に比例して威力の減衰が甚だしいため、近接兵器として使用されている。破壊力甚大であるが、射程に敵艦を捉(とら)えるためにはこちらも敵の射程に入る必要がある。マンティコアもヘイヴンも、開戦後はミサイルとミサイル防御の性能向上に血道をあげた結果、戦闘は、遠~中距離のミサイル戦の段階で決着が付く場合もしばしば生じている。一方、「宇宙暦-帝国暦」世界にみられる各種の「ビーム兵器」は、「離散紀」世界におけるレーザー砲、γ線レーザー砲と比して、いっそう大きな破壊力を、きわめて長い射程で実現しているようだ。

こちらの世界のエネルギー兵器にとてつもない威力と射程をもたらしているのが、高度に洗練された核融合炉である。「離散紀」世界では、航宙艦の動力として重力エンジン(主動力)、内転推進エンジン(補助動力)、ウォーショウスキー擬帆(亜空間内)などがそれぞれ個別に発明され、使い分けられているが、こちらの世界では核融合エンジン一筋である。ミサイルの推進機構としても使用されるので、こちらのミサイルは「離散紀」世界のそれとは比較にならない航続距離を有している。

人類社会の広がりも、ふたつの世界では大きな差がある。
「離散紀」世界のおもな星間国家としては、太陽系同盟、マンティコア王国と連合諸国、ヘイヴン人民共和国、サイレジア連邦、アンダーマン帝国、ミッドガルド連邦などがあるが、これらの諸国が分布する領域は、「宇宙暦-帝国暦」世界では、「帝国」の中心から離れた「辺境」の一隅(シリウス辺境星区と隣接の星州)を占めるに過ぎない。マンティコアとヘイヴンは、いずれも名目は星間国家(星間同盟)ではあるが、実質は星系国家にすぎず、両国とも保有する主力艦(超弩級艦・孥級艦)の総数は3ケタが上限(ヘイヴンは戦列艦を加えれば4ケタに達する)である。オナーが最も多数の兵力を指揮したのは、友邦のグレイソン(=星系国家)が保有する2個戦隊のひとつをまかされた時であり、超弩級艦6隻・巡洋戦艦19隻・重巡洋艦10隻・軽巡洋艦40隻・駆逐艦19隻を率いて、ヘイヴンの戦列艦36隻・巡洋戦艦24隻・重巡洋艦24隻・軽巡洋艦38隻・駆逐艦42隻を迎撃したのであった。一方、銀河帝国は、「人類唯一の正統の政体」であり、対する「叛乱軍」との1会戦で動員される戦力の規模は数万隻を越える。

戦闘の様態も、ふたつの世界では大きな相違がある。
「離散紀」世界の会戦では、自身の戦力を過大にあるいは過小に擬装しながら、互いに高速移動しつつ有利な位置取りをめざす。実際に攻撃が開始されれば、勝負はほぼ一瞬でつく。一方、「宇宙暦-帝国暦」世界では、輸送船や修理船を従えた大戦力どうしが、争奪の対象となる宙域にじっくりと腰を落ち着け、互いに陣形を凹陣形・凸陣形・紡錘形などに変化させながら、「離散紀」世界の航宙艦よりもはるかに高い攻撃力と防御力を駆使し、何時間もかけて真正面から撃ち合いを続けるのである。

**************
ロットヘルト伯爵夫人に憑いてほどなく、オナーは自分が戦艦53隻をふくむ600隻の軍勢の先頭にたつべき一門の当主であることを知った。しかしながら、こちらの世界の軍事技術や戦闘形態の概要を知るにつれ、マンティコア軍およびグレイソン軍においてつちかってきた航宙軍人としての知識や技術、艦長や提督としての戦闘勘は、こちらの世界ではそのままでは役に立たないと、苦々しい思いと共に痛感せざるを得なかった。

ヴィクトーリアとしても、突然獲得したオナーの見識で自らをふりかえってみれば、たちまち夢想から覚めざるをえない。

クラインシュタイン提督にあやまって、クビ宣告、取り消さなきゃ!

さっそく提督にアポをとって、ロットヘルト領私設艦隊が入港している繋留ブロックに向かった。

*****************
巡航艦エンディービエの前をとおりかかった。
長男のトーマスをのせる予定の艦である。
なにか大荷物を運び込もうとしているのか、船腹が大きく開いて、作業員たちがなにかわあわあどなりあっている。

なんだろう?

……いや、わかっている。
トマス専用の厨房セット、食料保管のための冷蔵キット、シャワー設備一式などであろう。

貴族の領地が附属の宇宙戦力戦力をもっている場合、その領地を保有する貴族は、その戦力の指揮官の称号も帯びることとなる。そのため、領主の私設艦隊に附属する軍艦には、領主の居室が設置されるのが通例である。その一方で、貴族の大部分が領地の附属艦隊の運用を正規軍の士官にゆだねるようになって久しい(領主が自らの人脈をつかって招聘するか、あるいは軍務省に依頼すれば艦種に応じた指揮官が出向してくる。軍に出仕して宇宙軍艦の指揮能力を身につけた貴族は正規軍の艦艇を別に貸与または賜与される)。宇宙軍艦には余分な空間を遊ばせておく余裕はない。領主の私設艦隊の軍艦に設置された領主室は、建造から時間が経つにつれ、使用されないまま他の用途に流用されていく傾向があった。

エンディービエの領主室のための空間は、いまどんな使われ方をしているのだろう。
取り外しの難しいなにかの旧型設備を更新するときに、新型の設置場所として流用されている可能性がたかい。
これはほっておけない。

「なにごとであるか?」
妾(わたし)に気がついた作業員たちが一斉にかしこまった。
「エンディービエの領主室ですが、20年まえから本艦のマザーコンピュータの設置場所となっておりまして、トーマス様の設備を持ち込める状態ではありません。」
やはり、そのようなことになっていたか。トーマスの設備を持ち込もうとしている作業員たちが、妾(わたし)の姿をみて、援軍を得たかのようにいいかえした。
「何をいう!次期当主さまをお迎えするのにふさわしい環境をととのえるのは当然ではないか!」
「ちょっとまって!古いマザーコンピュータはどうなっているの?」
「本艦が建造された当初の場所にそのまま。演算装置や記憶媒体をいれかえながら、現在は予備コンピュータとして稼働しています。」
「古いハードを撤去して、領主室にあるものを移しかえることはできないの?」
「不可能ではありませんが、大工事になってしまいます。」
「では決まりね。領主室はそのままマザー・コンピュータ室として使うべき。」
ところがキッチン・冷蔵庫・バスユニットを抱えた連中は動かない。
「どうしたの?聞こえなかったの?」
家来たちに逆らわれて、ヴィクトーリアがヒステリーを起こしかける。作業員たちが答えた。
「申し訳ありません、奥様。私ども、トーマス様にお仕えする者ですので、トーマス様のお指図がなければこの荷を引き上げることはできまえん。」
おお、なんと見上げた忠誠心よ。だからといって引き下がるわけにはいかない。
「艦長を!」
ベルツ艦長がやってきた。
「艦長、このがらくたの件なんですけど……」

ガラクタ、という単語に、艦長の目がまんまるに、口が半開きになった。これは間違いなく、妾(わたし)のことをバカにしている顔だ。「おまえがいうかぁ?」っていう。アンナ・ベルタ(以上、侍女)・テオドール(執事)にはじまって、会う人会う人、妾(わたし)がなにかものをいうと、みんな例外なくこの顔をする。
「グラッフィン、この件について、私の見解はすでにもうしあげましたよ。」
ヴィクトーリアからの羞恥の念の放射とともに、艦長の答えが脳裏に浮かんだ。
「……ええ、そうでしたね。マザーコンピュータのサーバを部屋から放り出したら、艦がとまるって」。
「そのとおり。あとはグラッフィンのご判断です。私としては、この件でこれ以上いまさら付け加えて申し上げることはありません。」

艦長の言うことは正論。
それで、どうするつもりだったの、ヴィクトーリア?
(艦が停まろうとどうなろうと、とにかくトマスの部屋を伯爵家次期当主にふさわしく整ええさせる。出撃が決まったら、こんな理由で出撃を拒否できるわけもないのだから、艦長以下のスタッフが総出で、出撃期日までになんとかしたはず……。)
作業員の言ってた「大工事」ね。たしかに「なんとか」はなるだろうけど、そんなことではますますみんなから嫌われて、馬鹿にされるばかり……
不要な工事なら中止、必要な工事なら速やかに依頼って自分の責任で判断しなきゃ?
(ごもっともです……)

「艦長、この艦は、形式的には帝国からロットヘルト領に貸与された艦であって、この艦の運用権限の頂点にあるのは、あなたです。」
「形式的には、そうですな。」
艦長が、警戒して、身構えた。
「艦の内装についても、命令を下すのは、領主からの依頼を受けた、あなた。」
「形式的には、そうです。」
「内装工事の実施を命令するもしないも、貴方の判断で、貴方の責任」
(お前がごり押ししてるんだろー!)ってとっても嫌そうな顔してる。
ごもっともです。
「ロットヘルト領の総督として、改めて依頼します。巡航艦エンディービエの領主室は、マザーコンピュータの設置場所として引き続き使用すること。トーマス・フォン・ロットヘルトの私的設備はもちこませないこと。」

艦長は、目をまんまるにして、1分近く妾の顔を眺めたのち、ようやく言った。
「グラッフィンの要請を受け入れます。では命令する……」

トーマス配下の作業員たちは、妾(わたし)が裏切ったかのように恨めしげに見つめてくるし、艦長や他の作業員たちはみんな、盛大に、例のきょとんとした顔でみつめてくる。

ええ、ニミッツがいなくても、わかりますとも。
「お前がいうかぁ?」
って呆れてるんでしょ!

*******************
■ ロットヘルト家私設艦隊旗艦シュタルネンシュタウプ

「提督、シュミット中佐から連絡です。グラッフィンを艦内にお迎えしたが、領主室へ向われたと。」

ヴィクトーリアは「重大な話がある」と言ってきたが、このことか。くだらないことだ。

あのバカ娘が伯爵家を嗣(つ)いですぐ、星系総督への就任手続きの一環として、本艦に座乗したことがあり、その時に金無垢のバスタブを持ち込んだ。私設艦隊の領主室に、艦の環境系統に著しい負担をかける私的設備を持ち込もうとする貴族の当主はいくらでもいるが、あのバカ娘のは、いささか度はずれていた。彼女が持ち込んだ設備は就任式典が終わった直後に解体して処分したが、思えばあれがバカ娘との対立の始まりだったな……

ローエングラム侯は、身分を問わず、艦を、艦隊を、軍隊を動かせるものを靡下にそろえ、訓練と実績を重ねに重ねている。貴族たちの手元にある、われわれのような有象無象をいくら集めても、侯の軍隊には勝てない。バカ娘には、情理をつくしてリップシュタット盟約に加わらないよう説いたが、聞かずに、私をはげしく罵倒した。「死を恐れるか!」「勝つための努力もせずにしっぽを巻いて逃げる負け犬!」「弱虫!」「卑怯者!」「スットコドッコイ!」

アーブラハムよ。父上から受けたご恩と、君への友情と、部下たちへの思いから、歯を食いしばってここまで来たが、もう限界だ。君のバカ娘にくだらない風呂桶のことで責められて、艦をおりるはめになるだろう。すまない……。

*******************
この部屋にくるのは、兄の戦死の直後、爵位を継いだときに本艦に乗った25年前以来である。
案の定というか、当然というべきか。
祖父、父、兄が使用した執務机にたどりつくための細い通路を残し、室内は様々な機器によってギッシリ埋め尽くされている。妾(わたし)がもちこんだ個人的装備は一つもみあたらない。

気がつくと、提督が背後にたっている。
「クラインシュタイン提督、お約束の時間に遅れてすいませ…」
「ヴィクトーリア!貴女のくだらないガラクタは、25年前にぜんぶ処分したぞ!あの悪趣味なバスタブだけは梱包して倉庫ブロックの隅においてあるがな!!」
なんか、ケンカ腰でまくしたてている。提督は、妾(わたし)がこのことに文句をつけに来たと思ったのね。
違うのです。
「そのことはかまいません。提督のご処置を支持します」
「なに?」
おどろいている。当然ね……。
「そのようなことより、今日はもっと重大な用でまいりました。艦橋でお話したいのですが……」
「わかった。」
艦橋の提督席についた。
「遮音フィールドを停止していただけますか?」
「他人に聞かせるのかね。」
「はい。あとは全艦放送で。他の僚艦にも流していただきたいです」
設定してくれた。
「では、申し上げます。
 妾(わたくし)ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルトは、クラインシュタイン提督に対する無礼な態度を謝罪し、暴言をすべて撤回いたします。」

とたんに、提督も、最近みんなからやられているる例の顔に。
目がまんまるに、口が半開き。
いまさら傷つかないけど、この人は特にひどい。
2分以上たってもまだ凝固したまま

「……謝罪を受け入れていただけるでしょうか?」
「……グラッフィンの謝罪を受け入れよう。」
「……ありがとうございます。」
提督が小声で聞いてきた。
(貴女はヴィクトーリアか?なんだか人が変わったようだ。)
(はい。そうですよ。最後にもう一言だけ放送で)
「提督には、ひきつづき艦隊の指揮をお願いします。戦いが始まるまでにどれだけ時間が残されているかわかりませんが、妾(わたし)は提督がすべての能力を発揮する環境をととのえることに全力を尽くすつもりです。以上です。」

2011.2.6(第二版)



[25619] 第5話 なんの為に戦う?
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/02/01 13:43
遮音フィールドを再始動すると、提督が言った。
「子供のころからいままで四十年以上、一度たりとも他人に謝罪したことのない貴女が・・・」
私はいったいどんな人だったんですか、ヴィクトーリア?
「私は浅慮から、一門の十五家を巻き添えにしてこちらに引きずり込んでしまいました。」
「・・「浅慮」といったな?」
「はい。貴族連合軍がローエングラム侯の軍勢に勝利することはできない、という提督の指摘は正しいと思います。」

提督は知らない生き物を見るかのようにしばらく私の顔をみつめていたが、やがておもむろに問い返してきた。

「ヴィクトーリア、貴女は「提督の能力を最大限に発揮するための環境を整える」といってくれたが、私が「能力を発揮する」とは、どんな中味を考えているのかい?」

「はい、ロットヘルト一門の十五家に所属する私設艦隊の戦力は、老朽艦ばかりですが、合計すれば、戦艦が53隻、巡航艦が220隻、駆逐艦が300隻で、あわせて600隻ちかくあります。これを提督に指揮、統率して頂きたいと思っています。」

「600隻を預かれといわれれば、預かるだけは預かるが、指揮・統率はできない。」
「なぜですの?」
「先ほど「浅慮」と言ったからには、貴女にはわかっているはずだ。」

はい、わかります。
オナーの見識で我が身を振り返ってみた今では。

提督は、戦術コンピューターを起動させて言った。
「仮にロットヘルト家の艦隊が同一編成の敵を迎え撃つとしよう。」
6面のモニターには、戦艦2隻・巡航艦4隻・駆逐艦8隻からなる2個戦隊が対峙している状況が表示された。

敵の所属艦が暖色系、味方の所属艦が寒色系で表示され、敵船隊・味方船隊にはぞれぞれ仮称が付与される。艦艇の種類は、艦種ごとにサイズや形状のことなる光点と、アルファベットと数字を組み合わせた略号によって表示されている。

「敵の2番目の戦艦に攻撃を集中させるよう、全艦に命令することはできるか?」

オナーが憑いた今では、このようなごく初歩的な問題なら正解の見当がついちゃうのであるが、棚ボタで手にいれたオナーの知識を提督にいま中途半端に披露してもなんの意味もないのでやめておく。

「いいえ、できません・・・」
「味方戦隊の4隻の巡航艦のうち、君がトーマスをのせるエンディービエがどれかわかるか?エンディービエに機雷撒布を命じることはできるか?命令を受けたとして、トーマスは命令を実行することができるか?」

ヴィクトーリアにもトーマスにも、どれも不可能である。

「でも、艦長以下、各艦のスタッフには正規軍で訓練を受けた士官が配属されているでしょう?」

とたんに提督が、目を丸くして、じっとみつめてくる。
先ほどのベルツ艦長や作業員たちと同じ目つきである。

「お前が言うかぁ?」って目つき。

はいはい、ヴィクトーリアから、恥ずかしそうに知識の提供がありましたよ。

オーディンを脱出する時の最後の会話。
私が提督にクビを宣告するきっかけ。
提督は、私には指揮能力がないから、指揮は全部提督にまかせて、私は総督席に座っているだけにしなさい。トーマスを巡航艦にのせても邪魔になるだけだからやめろ、と。
私は言い返した。
有事の際に領地の兵力を率いて先頭に立つのは、帝室の藩塀たる貴族の義務であり、誇りである!帝国貴族の義務の遂行を妨げるか!

何もしらず、なにもできないのによく言ったものだよ・・・

「私やトーマスはともかく、一門の十五家の中で、航宙艦の艦長がつとまる者はいますか?」
「・・・。」
「士官学校の卒業生も何人かあるようですが・・・」
「士官学校での訓練に耐えきれなくなってカリキュラムの継続を断念した生徒に、名目だけ卒業の資格をあたえる制度がある。ご一門の卒業生がたは、一人残らずこの制度による卒業だ。」

オーディンを立つ前、リップシュタット盟約に参加しないよう説得しようとして提督がいっていたな。
「このような軍勢は、いくら数があろうと全くの烏合の衆。飢えたライオンの前に引き出されるヒツジの群にすぎない・・・」と。

「ご教示ありがとうございました。お話をうかがって、「環境を整える」ために何をすべきか、考えがまとまりました。」

提督が、先をうながす。

航宙艦にのりくむ総督、州・郡・県の長官たち(→要するに領地持ちの貴族たち)は、戦闘が始まったのちは艦の運用を全面的にそれぞれの艦長に委ねること。十五家の航宙艦は、それぞれの組織を解消し、ひとつの統一された戦隊を形成すること。

「これを実現させれば、提督が、我が一門の航宙艦600隻に「指揮・統率」を行うことが可能になると思うのですが」

「ヴィクトーリア、戦争には勝てないとわかっていて、何のためにその努力を?」

「善く戦って、戦後によりよい境遇を獲得するため。・・いえ、自分自身の身分や領地の事ではありません。私が「浅慮」でここに連れて来てしまったわが軍の兵士や領民たち。「ヒツジの群」のまま、「飢えたライオン」の餌食として差し出したくはないのです。」

「よくわかった。そういうことなら、微力をつくそう。」

「ありがとうございます。さっそく、一門の当主たちと話をしてまいります」
ヴィクトーリアは艦橋を去っていった。

アーブラハムよ。
君の娘、なんだか全く別人のように人が変わったぞ?
ヒツジの群の先頭にたって、飢えたライオンの餌食になって死ぬつもりだったが、この戦争を戦う意義をみつけたような気がするよ・・・。



[25619] 第6話 ロットヘルト艦隊、誕生!(前編)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/02/07 19:35
ロットヘルト一門の600隻の航宙艦に所与の能力を発揮させ、一つの戦隊として運用するためにはどうするか?

帝国の国制では、領主は、封土の行政を委ねられた文官であると同時に、封土に附属する兵力の指揮を担う武官でもあり、領地持ちの貴族の爵位には、所領の行政官としての称号と、所領に附属する軍隊の指揮官としての称号が附属している。

私設艦隊では、領主は、旗艦に座乗すると艦隊司令官の上位権者となるし、自身の血縁(嫡子)などを任意の艦艇に分乗させるにあたり、艦長の上位権者に据えることも可能である。

領主やその子弟に司令官や艦長としての識見が備わっているならそれでも問題はないが、ヴィクトーリアはオナーの眼で自分自身や息子のトマス、一門の面々を振り返ってみて、とてもそのような力量を持った者はいないと判断せざるを得ない。

ヴィクトーリアがつい先日まで目指していたのとは逆に、一門15家の当主たちには、艦の運用に口をださせないようにしなければならない。

一門15家の当主たちに納得させなければならないことは、
(1) 一門十五家に所属する私設艦隊の組織をそれぞれ解体して、クラインシュタイン提督が統率する一つの戦隊に再編すること
(2) 一門十五家は、座乗する艦において、特に戦闘中は、艦の運用を艦長に全面的にゆだねる。
の2点をうけいれさせることである。いずれも、爵位を持ち、領地を付与された帝国貴族の権利と義務・責任の範囲に大幅な変更をもたらすものである。

この仕事を部下にやらせることはできない。一門15家の宗家の当主であるヴィクトーリアのみがなしうる作業である。


最初に目指したのはミュールハウゼン伯爵。5代前にわかれた分家で、惑星ロットヘルトの1州を領地としている。ロットヘルト宗家と爵位は同じであるが、行政官としては、総督の下の州長官という位置づけとなる。ヴィクトーリアが爵位を継承した際、女性であり、年齢も15才ということで、ロットヘルト星系総督の所属艦隊の7割を、ミュールハウゼン伯が預ることとなった。といっても星系にある宇宙艦隊の基地は一箇所しかなく、クラインシュタイン提督が最先任の将官であることにもかわりはないので、平時であるなら、クラインシュタイン提督が指揮するロットヘルト星系の宇宙艦隊の一部が、名義の上でだけ、宗家付からミュールハウゼン伯爵家付に変わった、というに過ぎなかったはずである。しかし、戦時に、もしヴィクトーリアとミュールハウゼン伯がそれぞれ自身の旗艦に座乗した場合、ロットヘルト星系の宇宙艦隊は二人の伯爵に属する2つの組織に分裂してしまうことになる。

ミュールハウゼン伯爵家のオフィスは、ヴィクトーリアのオフィスに「行総督府」の別称があるのと同様、「行長官司」(こう-ちょうかんし)という別称がある。

***********

グラッフィン・ロットヘルトがやってくる。
ブラウンシュヴァイク侯に直訴しに行ったのがばれたのかな。
あのひと、ずうずうしいし、おしつけがましいし、他人の話きかないし、我が家をふくむ一門15家の宗家だから逆らえないし、とっても苦手なんだな。周りが思い通りにうごかないと、自分の侍女の女の子をいきなり、思いっきりひっぱたくし、できればなるべく関わりあいになりたくないタイプの人だ。

それにしても、一門の宗家だからな。
平時ならさほどでもないけど、有事には、「一門」の枠組みが大きな意味をもってくる。領主が所領の軍勢を動員する際には「一門」単位で、て習慣があるからな。あの人がクラインシュタイン提督にクビ宣告するのは勝手だけど、提督ごっこがしたいのなら、宗家直属の戦艦2隻、巡航艦4隻、駆逐艦8隻だけで満足すればいい。状況に合わないシロウトの指図に右往左往させられるのはまっぴらだから、提督へのクビ宣告を知ってすぐ、ブラウンシュバイク侯のとこに行ったんだけど、ダメだった。
*********
「侯爵閣下、我が家がお預かりしている艦艇は、より高次の戦略的観点から、有能な提督の指揮下においていただくことにより、戦力としての有用性をより高めていただきたく……」
「うむ、卿の見識はもっともである。ご宗家のグラッフィン・ロットヘルトともよく相談したうえで、具体的なことは、アンスバッハに申すがよい」
*********
「そのグラッフィン」が「有能な提督」をクビにしたことも、「そのグラッフィン」の指図を受けて一緒に行動しなきゃいけないのはイヤだ、とオブラートにくるんで話したんだけど、通じなかったのか、聞いてないフリされたのか……。
あ~あ。侯の力で、「一門」の枠組をこえて、別の一門の軍勢とくっつけてもらおうと思ったのに……。

「シュテファン、時間を取ってもらって悪いわね」
「いえいえ、グラッフィンこそ、わざわざお運びいただいて申しわけありません。それで、ご用というのは……」
「あなたに了解を得たいことと、お願いしたいことが2つあるの。」
「はい、なんでしょう。」
「ひとつめは、うちとあなたの所の戦力をあわせて、一つの戦隊をつくること。」
うーん、なんというか「一つの戦隊をつくる」はるか手前の段階で、私は貴女とかかわりたくないんです!宗家だからというだけでなんでまったくのズブのシロウトから作戦行動の指図を受けねばならんのか。でもここでハッキリ意志表示しておかないと、…
「グラッフィン、お言葉ですが、我が家がお預かりしている戦力は、より高次の戦略的観点から、戦力としての有用性をより高めるために、有能な提督の指揮下におかれるべきだと考えています。」
さあ、わめくか怒鳴るか、なんでもドンとこい!だ。こっちだってオノレの命がかかってるんだい!
……ところがグラッフィンは涼しい顔で私の顔をじっとみつめるだけだ。あれ?
「『有能な提督』についてですが、クラインシュタイン提督ではご不満ですか?」
あれ?
あれれ?
「……グラッフィンは、確か提督を解任なさったのでは?」
「いえ。妾(わたし)が提督にたいへん失礼なことを申し上げたのは事実ですが、提督はロットヘルト家に留まって下さいました。当家の艦隊が出動する場合には、艦隊の指揮は提督に全面的に委ねるつもりです。」

思わず目がまんまるに、口が半開きになってしまいました。

そういうことなら、ロットヘルト家の指揮を受けるのにも、ロットヘルト家の戦力と合わせて一つの戦隊を作ることにも、なんの異存もありません。もしブラウンシュヴァイク侯から宗家との別行動を認められていたら、提督は、わがミュールハウゼン家で引き取ろうと思ってたくらいだし……。

安心のあまり、グラッフィンのふたつめの「お願い」も、そのままOKしました。

2011.2.7(第三版)
2011.2.6(第二版)
2011.2.5(初版)



[25619] 第7話 ロットヘルト艦隊、誕生!(中編)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/02/09 19:17
ミュールハウゼン伯爵は、15家の中でもいちばん近い親戚で、しかも同じ惑星の、星系総督たる妾(ワタシ)の直属の州長官なくせに、ちょっと逆らう様子をみせた。

ヴィクトーリア、あなたの人徳の賜(たまもの)ね。先がおもいやられる(ちょっとイヤミ)。

次におもむくのは、ディンペルモーザー男爵アロイスである。彼の家は、12代くらい前のご先祖様がなにか手柄をたてて所領の大加増を受けたあと、加増分の飛び地を管理するために派遣された2男だか3男だかを始祖とする家柄。この男爵家の領地があるノイエ・チェンレシエンは非常に富裕で人口稠密な惑星で、ディンペルモーザー領の他にも複数の貴族領がある。

アロイスはけんもほろろに、一門の宗家たるグラッフィン・フォン・ロットヘルトの提案を断った。

「我が家の私設艦隊は、つねひごろから惑星ノイエ・チェンレシエンに所領をもつ3家が一体となって活動しておりますからな。この点はご宗家とミュールハウゼン家でもご同様でございましょう?すでに、来(きた)る「金髪の孺子」との戦いでは3家で一緒に行動しようという約束ができております。わたしどもの艦隊だけ、グラッフィンの指揮下に移るわけには参りません。」

うーん、ここはムリ押しせず、いったん撤退。
ただし、ディンペルモーザー家は男爵家ながら一門の中では最大の兵力を持つので、ぜったい取りこぼすわけにはいかない。
外堀をうめてから、もう一度来よう。

**************
ノイエ・チェンレシエンに所領を持つ他の2家を調べてみると、上ホッツェンプロッツ男爵家と下ホッツェンプロッツ子爵家は、いずれもヒルデスハイム伯の一門だった。さっそく伯のところに交渉にいく。

ヒルデスハイム伯は、リップシュタット盟約の11番目に署名した大貴族。
署名順位は妾(わたし)より一つ上なだけだが、ヒルデスハイム一門23家に属する戦力は、合計で、わが一門の5倍の3000隻以上はある。

ヒルデスハイム伯は、作戦会議と称して連日開かれている大宴会で、今日もダベっているらしい。あそこには盟主のブラウンシュヴァイク侯もいる。盟主にもちょうど頼むことがあるから、まことに都合がよい。

伯の周りの大貴族たちにひとおり挨拶してから本題に入る。
「伯爵閣下、わが一門のディンペルモーザー男爵家なんですが、ご一門の2家と共同行動をとりたいと言って聞きません。」
伯はぽかんとした顔で、何の話かわからないようなので、惑星ノイエ・チェンレシエンで領地をもっている伯と妾(わたし)の一門3家のことだと解説する。
「さようか。それで?」
「ディンペルモーザー家の私設艦隊は、戦艦15隻を含む計100隻。我が一門中で最大の戦力をもっておりまして、この家の戦力が欠けると、我が一門にとっては大打撃です。」
「ふむふむ」
「一緒に行動したいという3家の希望は尊重するとして、伯爵閣下は我が一門よりもはるかに大きな戦力をお持ちですから、惑星ノイエ・チェンレシエンのご一門の2家の戦力180隻も、妾(わたし)の方で預からせていくわけにはいかないでしょうか?」
ヒルデスハイム伯は、鷹揚にOKしてくれた。
太っ腹なものだ。
……「騒がれたらめんどくさい」ということであっても、結果オーライ。

次は盟主だ。
ブラウンシュヴァイク侯は、すぐ横でずっと妾(わたし)とヒルデスハイム伯との会話を聞いていたので、説明が省略できるな。
「盟主、盟主にもお願いが。」
「何ですかな?」
「ロットヘルト一門の15家と、ヒルデスハイム伯のご一門の両ホッツェンプロッツ家にむけての命令書を頂きたいのです」
「ふむ」
「文面は、盟主としてのご名義で、

正義派諸侯連合盟主オット―・フォン・ブラウンシュヴァイクより
 ○○▲▲殿に
 靡下の軍勢を率いてロットヘルト衛都指揮司ヴィクトーリアの下(もと)に参集し、その下知(げち)によって進退すべし。
帝国暦488年4月 日

と、このような感じで。」

 ○○には地名が、▲▲には領地に付随する駐屯軍の指揮官としての称号が入る
ロットヘルト伯爵家の場合、星系駐屯軍は「ロットヘルト衛」と呼ばれ、指揮官の称号は「ロットヘルト衛 都指揮使(としきし)」と呼ばれる。同様に、ミュールハウゼン伯爵は「ロットヘルト衛 都指同知(としきどうち)」で、この命令でいうことを聞かせようとしているディンペルモーザー男爵家は「ノイエ・チェンレシエン衛 指揮僉事(しきせんじ)」である。

本来は、軍務尚書から諸侯あてに発令されるべき内容であるが、現在の軍務尚書は、打倒すべき敵である「金髪の孺子」であるので、盟主に代理を頼むしかない。同様に、宇宙艦隊司令長官が扱うべき分野は、メルカッツ「司令官」に頼むことになるだろう。

「そういえば、先日、ミュールハウゼン伯爵シュテファン殿がわしのところに来られましたぞ。グラッフィンの指揮下で戦いたくないと。」

あやつ、そんなことしてたのか。……もっともなことだわ。

「貴族諸賢が配下の兵力を動員するような有事に当たっては、一門の宗主のもとに参集してその下知を受けるのが慣習であるから、ミュールハウゼン伯にもグラッフィンとよく相談するよう申しておいた。であるからして、命令書をお出しすることはいっこうに構わぬが、まずはご一門の不安を取り除くことが先決ではないかな?」
「ごもっともです。じつは、そのあたりにつきましては、クラインシュタイン子爵にロットヘルト衛の指揮を改めてお願いしたところでございます。」
「おお、さようか。ではご足労だが、具体的なことは、アンスバッハにお申し付けくだされ。あとはあの者がよろしく取り計らうゆえ」

**********
アンスバッハ准将に、一門15家プラス両ホッツェンプロッツ家宛の命令書を作ってもらってから、両ホッツェンプロッツ家のオフィスに向かう。

両ホッツェンプロッツ家は、カスパール・フォン・ホッツェンプロッツが男爵で、こちらが上(アルト)ホッツェンプロッツ家、ゼッペル・フォン・ホッツェンプロッツが子爵で、こちらが下(ニーダー)ホッツェンプロッツ家である。

まず爵位が上のカスパールのオフィスに行ったら、ゼッペルも来ていた。

アポなしの訪問を詫びて、さっそく本題に入る。
「うちの一門のディンペルモーザー家と3家でいっしょに動くと決めておられるそうだけど、どういうことなの?」
カスパールが答えた。
「私どもとディンペルモーザー家の私設艦隊は、普段はノイエ・チェンレシエン星系の警備隊として一体で行動しております。有事ということで、3家ごとにバラバラになって、無能な指揮官の下についたり、練度の低い他家の部隊と共同行動を強いられて、思うような働きができなくなるのは残念ですからな。盟主には、3家が一体で動きたいということと、有能な指揮官の下につけてほしいという2点をお願いしているところです。」

カスパールとゼッペル、「無能な指揮官」というところで妾(わたし)をジロリとにらんだけど、あれはぜったいアロイス(ディンペルモーザー男爵)から何か吹き込まれてるな・・・。
しかし、領主各家の組織を解消してひとつの戦隊をつくる件に抵抗がなさそうなのは、幸先がよい。

「有な指揮官についてだけど、クラインシュタイン提督はお眼鏡にかなう?」
「・・・」
「第二次ティアマト会戦で、敗勢のなか、叛徒どもの巨魁を討ち取ったり、その後も大きな手柄を立てた方です」
「いや、提督のことはわれらも存じ上げていますが、グラッフィンは彼を解任なさったのでは?」
「いえ。妾(わたし)が提督にたいへん失礼なことを申し上げたのは事実ですが、提督はロットヘルト家に留まって下さいました。」

って、このセリフ、ミュールハウゼン伯爵にもいったな。

「クラインシュタイン提督の指揮下で、うちの一門といっしょにひとつの戦隊をつくるのは、いかがかしら?」

「グラッフィンではなく、提督が指揮なさるのですな?」

失礼な念押しだが、まあいいや。

「もちろんです。当家の艦隊が出動する場合には、艦隊の指揮はクラインシュタイン提督に全面的に委ねるつもりです。」

「そういうことでしたら、われらには異存はありませんが・・・」
「じつは、ヒルデスハイム伯には、もうご了解をいただいているの」
「なんと!それはお手回しのよいことで・・・」

********
これで外堀は埋まったので、もういちどディンペルモーザー男爵アロイスのところにゆく。


2011/02/09(第2版)
2011/02/09(初版)


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