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天声人語

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2011年2月9日(水)付

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 「おかあさんのびょうき」という詩がある。〈おとといからおかあさんがびょうきになりました。ぼくは、おかゆをつくりました。おねえちゃんは、りんごジュースをつくりました。おとうさんは、じぶんのたばこをかいにいきました〉▼作者は熊本市の小学2年、時代は、30代男性の7割近くが喫煙していた頃と思われる。たばこは「大黒柱ご用命」の常備品で、その補給が妻や子に託される家もあった。往時に比べ、喫煙者の肩身は家庭内でも狭い▼昨秋の大幅値上げは、喫煙習慣に深手を負わせるかにみえた。ところが、日本たばこ産業の今年3月期決算は、前期なみの営業利益になる見通しという。たばこ離れが予想ほどではなく、増税幅を超える値上げが埋め合わせたようだ▼世界2位のたばこ会社BATの日本法人によると、喫煙者は平均100日分を買いだめた。その在庫も尽きたとみえ、販売は1月から回復著しい。約2割が禁煙に挑んだが、年末には半数が脱落、節煙で終わる人が多いらしい▼メーカーは値上げ前と同じ業績に浴す。国は喫煙人口を減らす政策目的を達し、税収もしっかり確保しそうだ。哀れニコチン依存症の患者だけが、体を張って前より重い税金を背負う、独り負けの構図である▼禁煙の職場を追われ、寒空に煙を吐く集団を見るにつけ、ここまでいじめられても吸うかと同情を禁じ得ない。受動喫煙、医療費の国民負担を思えば、祝たばこ卒業へと優しく導く知恵がほしい。「おとうさんのびょうき」は、家庭内だけの災厄にとどまらない。

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