余録

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余録:コーヒー値上げの春

 江戸時代後期の蘭学者、大槻玄沢が書いている。「『コーヒー』というものあり。蚕豆(そらまめ)のごときものなり。市店にて売り物とす。黒く炒(い)り、細末にして布袋に入れ、其(その)袋を器に受け、袋の口より熱湯を注ぎ、出し湯に牛乳をさして飲む」▲これは漂流してロシアに10年間暮らした津太夫の話にもとづく記述だ。続けて「振るまいの時、客に出す。常々はみだりに飲まず。中等以上の人のみ用いる」とあるから、ロシアではコーヒーがぜいたく品だったと分かる▲ちなみに同時代の文人である大田南畝は長崎奉行所にいた当時、オランダ船で飲んだコーヒーをこう記している。「豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり。焦げくさくして味わうるに堪(たえ)ず」。ことコーヒーを賞味することでは、おくてだった日本人である▲今日の日本は米、独に次ぐ世界第3位のコーヒー輸入国だが、近年は経済成長が続くロシアでも消費量が急増している。そのロシアのほか、インド、中国など新興国での需要急拡大を背景に金融緩和でだぶついた資金が流入、価格高騰が続いているコーヒー豆相場だ▲このため国内でもレギュラーコーヒーやインスタントコーヒーが今後続々と値上げされるという。大手コーヒーチェーン店でも一部商品の値上げに踏み切るところが現れ、コーヒー好きには何とも苦い春となる。街の喫茶店も、苦境に陥るところが少なくなさそうだ▲このコーヒー高騰、チュニジア政変などの一因とされる食料品高騰の一環と聞けば、苦いというより焦げくさい。せっかくのコーヒータイムも3年前の食糧危機が頭に浮かび、心落ち着かぬ春である。

毎日新聞 2011年2月9日 0時11分

 

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