風知草

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風知草:効率と幸福の間=山田孝男

 日本航空のベテラン機長や客室乗務員の解雇は、職業というものの奥深さを知り、仕事と深く結びついた人間の尊厳と経営効率の関係を問い直す事件である。航空業界にも労務にも疎い筆者に、そう気づかせてくれる国会質問があった。

 2日の衆院予算委員会。質問者は志位和夫共産党委員長(56)である。テレビも新聞も取り上げなかった。この日のニュース枠は相撲の八百長メールとエジプトで満杯。国会の焦点は予算修正だった。

 一方、志位の質問自体はNHKのテレビとラジオで生中継されたから、代々木の共産党本部には称賛の電話やメールが殺到した。その後もネットで反響が続いているという。

 志位は何を聞いたか。概略を見よう。経営再建中の日航は希望退職を募ったが、機長や客室乗務員の応募が少ないため、整理解雇を断行した。

 その結果、日航には55歳以上の機長と48歳以上の副操縦士がいなくなった。志位は労組の資料に基づき、機長の年齢別構成を棒グラフにした。熟年世代が残る全日空と対比させ「ベテランの経験を捨てて安全を守れるか」と切り込んだ。

 聞かせどころはこの先だ。09年1月、USエアウェイズのエアバスがニューヨークのラガーディア空港を離陸直後、トラブルでハドソン川に不時着水し、乗客・乗員155人全員が生還するというドラマがあった。

 一躍、英雄になったサレンバーガー機長は57歳、スキルズ副操縦士は49歳。ともに日航ならお払い箱の年齢だ。「生還できたのは、経験を積み、よく訓練された乗員のチームワークがあったから」。サレンバーガーは米議会で、そう証言した。志位はこれを引き、機長解雇のあり方に注文をつけた。

 もしも志位が、マルクス経済学用語や労組べったりの話法を振り回していたら、反響はずっと小さかったろう。

 日航の稲盛和夫会長(79)はこう言っている。「就任(昨年2月)直後は安全第一、利益は二の次と言う人すらいた。(中略)4月からは(経営の)数字に強い幹部を育成する」(毎日新聞1月19日朝刊)

 志位は、外部の有識者で構成する日航安全アドバイザリーグループの新提言書「守れ、安全の砦(とりで)」(09年12月)の一節を引いてクギを刺した。

 「安全への投資や各種取り組みは、財務状態に左右されてはならない。(中略)安全の層を薄くすることでコスト削減を図ってはならない。薄氷を踏みながら運航するエアラインを誰が選択するだろうか」

 新提言書の中心的筆者は「マッハの恐怖」の著者であり、長年、技術社会の暗部を見つめてきたノンフィクション作家の柳田邦男(74)である。

 志位は、日航が病欠を解雇の基準にしており、それが無理を誘って安全を脅かしているとも指摘した。政府は、係争中の解雇の是非について判断を避けたが、病気の問題については「確認し、適切な形にする」(国土交通相)と答えた。

 志位の追及が視聴者をひきつけたのは、機長に限らず、どんな仕事であれ、プロとしての使命感や倫理観、人間を生き生きさせる職業意識を守り、効率偏重を抑えるという姿勢が明確だったからではないか。

 経済財政危機と雇用不安の濁流渦巻く中で、経済再生と人間の幸福をどう調和させるか。歴史的な課題に一石を投じる質問だった。(敬称略)(毎週月曜日掲載)

毎日新聞 2011年2月7日 東京朝刊

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