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住民訴訟 市財政に重荷

2011年02月07日

 武雄市民病院の民営化を巡る住民訴訟で、高額な弁護士費用が市の財政に重くのしかかっている。市企画課によると、20から30の事業で事業年度の見直しや規模縮小を迫られる可能性があるといい、市民生活へのしわ寄せは避けられない。樋渡啓祐市長と、民営化に反対する市民グループや市議は互いに「責任は相手にある」と主張する。住民訴訟には行政の暴走を抑える役目があるが、そのコストについて考えさせる事例といえそうだ。(波多野陽)

 提訴は昨年5月。原告の市民グループは、市長選やリコールを目指した運動で樋渡市長と対立してきた。市が病院を不当に安く医療法人に売ったなどとして、損害分21億6100万円を樋渡市長に請求するように市に求めている。

 市は県内の複数の弁護士に代理人を依頼した。費用の目安は、2004年まで日本弁護士連合会が使っていた「着手金は訴えられた額の2%、成功報酬は4%」という基準。佐賀地裁での一審だけで約1億3千万円に上り、うち着手金4430万円を6月補正予算に計上した。

 その後、弁護士との折衝で着手金は1260万円に減ったが、成功報酬は決まっていない。訴訟が高裁や最高裁まで争われれば、費用はさらに増える。いまのところ最終的な額は不明だが、一般会計の規模が200億円に満たない市にとって負担は重い。

 02年の地方自治法改正で、住民訴訟の被告がそれまでの首長から自治体に変わったことが響いている。総務省行政課によると、自治体の業務についての訴訟に首長が個人で対応するのは無理があるとの趣旨からだ。自治体は勝訴すれば印紙代などを住民に支払わせることができるが、弁護士費用までは含まれない。樋渡市長は「勝っても負けても税金を負担するとは、理不尽だ」と話す。

 全国には、役所で弁護士を抱えてこうした支出を抑えている自治体もある。東京都では、弁護士資格を持つ職員6人が訴訟事務に従事。外部の法律事務所に依頼するまでもない事件は職員で対応している。

 だが、日弁連によると、行政機関で公務に就く弁護士は89人(10年6月現在)いるものの、金融庁など国の機関が中心。地方自治体で雇用されている例はごくわずかとされる。ある自治体の担当者は「市町村で法律家を雇うのは現実的ではない。せめて県レベルに法律家がいて、市町村の訴訟を支援してくれればいいのだが」とみる。

 今回の弁護士費用を巡り、武雄市では樋渡市長と市議らの対立も続いている。

 市長は議会やブログで、弁護士費用によって子育て支援や市営住宅整備、生涯教育などの事業が停滞するのではないかとの懸念を表明。同時に、原告側の記者会見に同席して民営化反対の自説を唱えた江原一雄市議ら共産党市議の行動を「党利党略だ」と批判した。

 樋渡市長は取材に「住民訴訟自体は間接民主制の足りない部分を補う大切なもの」としたうえで、「市の財源は補助金をてこに、その何倍もの額の事業を生む。原告とは係争中だから何も言わないが、市議までが迷惑を顧みず裁判に乗るのはおかしい」と述べた。

 名指しで批判された江原氏は議会で、県が原告になった別の訴訟では弁護士費用が60万円だったことなどを挙げ、「(今回の住民訴訟では)高すぎる」と反論。取材にも「自分のやりたい事業はやる市長なのに、訴訟を政治利用して我々を攻撃しているのが明らかだ」と訴えた。

 一方、弁護士費用の影響が出そうだと市が主張する事業の現場はどうか。武雄市若木町。山あいの若木小学校が午後4時を迎え、下校する児童たちを待つ保護者の車が昇降口前に並ぶ。町の大部分は路線バス網から外れているため、遠くから通う児童には送り迎えが必要だ。

 市は今年度、県の全額補助を受け、ミニバンを地域に貸し出す「みんなのバス」を試験運行している。若木町での運行は2月までの3カ月間だが、本格運行の見通しは立っていない。樋渡市長は6月議会で「(弁護士費用の発生を受けて)様々な予算を見た結果、バスがうまく走らない可能性もある」と答弁した。

《武雄市民病院問題》
 樋渡市長は07年、経営状態が悪く市財政の負担になっていた市民病院を民営化する方針を発表。反対する地元医師会や市民らが市長のリコールに動いたが、市長は自ら辞職後の出直し選挙で再選。病院は昨年2月、民間の法人に移譲された。

◇取材後記◇
 裁判の取材を重ねているうちに、簡単に退けられる住民訴訟を数多く見てきた。そのたびに、裁判に費やされた金銭と労力の責任は誰が負うべきなのか考えさせられる。今回、樋渡市長が弁護士費用をてこに政敵への批判を強めているのは確かだ。支出額には厳しい目が注がれるべきだろう。だが反対派にも、政治活動の一環として訴訟を使っている側面があるのは否定できない。武雄市の例を機に、行政と住民運動の関係について議論が深まることを期待したい。

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