河村たかしの衆愚シンドロームの先 - お笑い政界再編と政界崩壊
エジプトから国内政治に目を転じると、言葉を失って呆然とさせられる現実がある。2/6（日）の夜に名古屋市長選に当選した河村たかしが、頭から水をかぶる痴態を演じていたが、その映像を見ながら、何とも心が凍りつくような気分になった。言葉で表現できない恐ろしさと絶望感を感じる。これが日本の政治なのだ。エジプト人たちが、命を賭けて勇気を振り絞って革命の行動に立ち上がり、反革命側のテロ攻撃と素手で対峙しているときに、日本では腐った衆愚政治の茶番に湧き、吉本興業やたけし軍団の愚劣で粗悪なギャグパフォーマンスに大衆とマスコミが喝采の声を上げている。政治はお笑い芸人がドミナントするテリトリーになり、政治＝お笑いが常態になっている。報道の人間も、有権者である一般国民も、ネットの前で呟く者たちも、その倒錯した常態を当然の現実として認め、何の拒絶感も危機感も持っていない。一国の政治の水準はその国の民度の反映であるという言葉があり、大学2年のときの政治学の講義で習った。そのときの教科書が「現代政治の思想と行動」で、丸山真男が誰かの引用でその格言を紹介していたはずだが、本の中のどの部分だったか思い出せない。探しながら本を読んでいるうち、丸山真男の文章の日本語の水準の高さに圧倒され感服させられたが、同時に、当時の日本人と知識人と日本の政治のレベルの高さという問題に思いを馳せざるを得なかった。
丸山真男は、政治学の理論というものは、どこまでもその国の政治の生きた現実や経験に根ざし、それと真剣勝負の格闘をしながら、相互に作用と影響を及ぼしつつ成果と発展を得るものだと言っている（「科学としての政治学」）。現実から離れた政治学の体系構築などというものはない。だから、政治学をする者は、常に現実政治と向き合って能動的に働きかけ、それを理念的なものに変革しようとと試みなければならず、そのチャレンジとフィードバックの中で理論を磨き、政治を変えて行かなければならない。その至言を仰ぎつつ、1950年代の丸山真男の論文を読むと、そこには、すなわち、丸山真男が対峙し挑戦していた日本政治の生きた現実というものがあったということになる。敗戦から講和、そして安保までの、当時の政治過程で鬩ぎ合っていた勢力があり、言論空間があり、それに利害と理念で関わった国民がいて、政治の世界が形作られていたことになる。丸山真男からすれば、その世界は没理念的で前近代的で、農村の権威的ボスが無主体的な愚衆を操り支配していた世界に見えただろうが、しかし、今、丸山真男を天国から地上に連れて来て、口を開かせれば、当時の日本の政治の方が今よりはるかに水準が上だったと証言するだろう。政治の世界にイデアとインテリジェンスがあり、迫力と緊張感があったと率直に認めるだろうし、国民が政治に対して真剣で必死だったと言うだろう。
無知蒙昧の度は現在の方が深刻だと断言するだろうし、学者も官僚も新聞も国民も、これほど痴呆で無責任ではなかったと怒るだろう。私は、丸山真男の洗練された格調高い日本語の世界に憧れ、あのような言葉と文章で眼前の現実政治に挑み、格闘して、その中で政治理論と呼べるものを編んで仕上げたいと願うけれど、それが不可能なのは、単に自分の浅学非才や勉強不足だけではないのではないかと、ふと、そういう思いにかられることがある。いつもフィリピンを悪い比較の例に出して、フィリピンの人々には失礼で恐縮だが、1970年代の頃のフィリピンの政治的現実の中では、どれほど優秀で学才のある知性が存在したとしても、丸山真男のような政治学が成って残ることはなかっただろう。丸山真男にはマルクス主義というライバルがいた。そして、戦前からの日本の社会科学の達成と資産があった。周囲には知識人がいた。そして、生きている誰もが戦争体験を持っていた。食料のない、モノのない時代に生きていた。砂糖がなく、甘いものがなかった。今、モノはある。食べものはある。テレビもPCもネットもある。しかし、言葉がない。言葉が死んでいて生きていない。精神がない。見つめて仰ぐべき精神がない。書店に新刊書は無数に並んでいるけれど、それらは単なる商品で、心に迫る言葉を届けて啓発してくれるものではないのだ。言葉と精神を持った人間がいない。官僚の世界にも、ネットの世界にも。
腐って悪臭のする世界を美しく高尚な言葉で説明することはできない。糞尿や塵芥は絵画の題材にはならない。そういう問題を感じさせられる。今の腐った政治を言い表してリアリティを感じる言葉は、やはり腐った言葉であり、テレビのワイドショーで飛び交う雑音と、痰を吐くように感情を140字で吐きつけた集積なのだ。リアリテイはガベイジコレクションの中にある。そういうリアリティの世界からすれば、現実政治に挑戦して理論を磨こうなどという動機や試行は、唾棄すべき不興で時代錯誤な思い上がりなのである。政治についての議論は多いし関心も高いし、ネットの中もそれが充満し混雑しているが、日本語として意味と価値のある言論がない。そして、確かに日本の現状は危機にあり、人は政治の変革を求めているように見えるけれど、厳密に中身を腑分けすれば、どうやらその9割は「変革」のショーを娯楽で求めて楽しんでいるのである。精神に障害があるとしか思えない河村たかしのお笑い芸と何の距離感もないのだ。エジプトとは違う。昨日（2/7）の記事で、エジプトがアラビア語を棄てることはなく、アラブ民族としてのエジプト人というアイデンティティを変えることはないだろうと述べたが、その後で、名古屋市と愛知県の政治についての報道を聞き、ネット言論を見ながら、ある日、どこかで日本人は日本語を棄てるのではないかという不安に襲われた。今は考えられないことだが、その可能性は十分ある。それは、日本語の世界が堕ちて崩れて腐り果てて、日本語を使うのに苦痛で辟易として、もう止めようと思うときだ。
そんな日が来るのではないか。そして、その日こそ、司馬遼太郎が予感した日本人が滅びるときだろう。政治を論じる言葉が、政治家やマスコミやネットの日本人が語る言葉が、政治をめぐる世界を埋める日本語が、堪らなく、耐えられなく未熟で粗野で下品で浮薄で愚劣で醜悪なのである。これならいっそ、英語に全て取り替えた方がいいのではないかと、そういう問題提起を誰かが言い、そのアイディアに飛びつく者が無数に出るとも限らないという感覚を持つのだ。それはつまり、国会の中で議論する議員も、テレビで報道するキャスターも、外国人にした方が品質と機能と信頼性が上がるんじゃないかという次元に連続する発想である。日本を外国人に統治してもらうという未来図だ。日産やソニーのように。新聞も、あんな社説を読まされるくらいなら、英語で書かれた記事を読んだ方が、真摯に読解しようとする態度になるのではないかという、そういう仮想現実の警告である。不便だろうが、言語に対して真剣になり、言葉の意味について神経質になり、言葉と言葉で関係する人間社会の営みに緊張感を持つようになるだろう。会社の中もグローバリズムに環境基準を変え、会議も書類も英語で仕事するようになり、経営者も上司も外国人なのだから、政治もそう変えようと言い出して不思議ではない。そうして、議員と閣僚の半分が米国人になり、NHKのニュース放送の主音声が英語になり、副音声が日本語になった暁には、当選した名古屋市長が頭から水をかぶって芸を見せる悪ふざけは消滅するだろう。米国人が理解できない奇矯で非常識なジョークは排除されるだろう。
日本人が日本語を必要としていない。日本語で政治を再建しようとしていない。ブログを書きながら、政治を論じながら、そう痛感させられる。河村たかしと橋下徹は、次の衆院選で必ず新勢力を作って候補を立てるだろう。それは、2年前に橋下徹と東国原英夫が蠢いて、民主党の政権交代の勢いに堰き止められて失敗した企てのリベンジである。今度は、彼らの前に立ち塞がる敵はいない。政策の近いみんなの党と組み、第三勢力で台風の目となるだろう。4月か5月に総選挙があった場合、今回のトリプルスコアの票から推測すれば、相手が菅直人なら十分に過半数を制することができると思われる。2年前に民主党に入れた無党派の浮動票は、ほとんど河村たかし・橋下徹の新勢力の候補者に流れるだろう。相手が前原誠司であっても、よほどタイミングを巧く掴み、勝てる争点を設定して戦わなければ、民主党が次の総選挙で勝つのは難しい。自民党は、第三勢力が独自候補を立てない選挙区で議席を取るだろう。政界再編と民主党の壊滅的敗北が予想される。もともと民主党は地方で組織基盤が弱く、小沢一郎が2007年から2009年に基盤作りをして行ったが、現在はそれは見るも無残に崩れていて、立て直しようがなくなっている。今は2月初旬で、少し気が早いが、そろそろ週刊誌が次の衆院選の議席予想を記事に出していい頃だ。「民主党惨敗」の見出しで部数を捌けるだろう。そして、支持率が20％を切って首相問責決議の政局となり、退陣か解散かを選ぶ段取りになるに違いない。選挙で現在の二大政党制は解体し、新しい二大政党の体裁に向けて混迷と騒動が始まる。
河村たかしと橋下徹の第三勢力は、選挙の争点として、増税前の歳出削減を前面に出し、特に公務員人件費削減でみんなの党と組んで先鋭な公約を出し、民主党や自民党の増税策と一線を画し、民意を得ようとするに違いない。公務員叩きであり、2005年の小泉純一郎の選挙手法の再現である。今回の愛知・名古屋のトリプル選挙のトリプルスコアを見ても、国民一般の公務員と議員に対する「給料と税金」の敵意と怨念は凄まじい。また、それをマスコミが扇動しているため、必ず大きな集票のエネルギーになる。民主党政権側が「消費税増税とTPP加盟」を掲げ、自民党の公約も同じだからと言って争点潰しを狙っても、それに第三勢力が「待った」をかける構図になり、政権と政府の思惑どおりの選挙にはならないだろう。私は、今回の河村たかしの住民税減税政策について、全く無意味なポピュリズムだと考えるし、こうした「地方の反乱」に名を借りた暴走のシンドロームを危険視する立場にあるが、「無駄の削減」というテーマについては、財政再建の積み残しの宿題として国政でも原点に立ち戻る必要がある点は言わなくてはいけない。800万円の議員報酬でも高すぎるという市民の声は正論だろう。それが、社会保障や教育の削減と負担増に及ぶ新自由主義的方向は許されないが、天下り法人の清算を含む公務員の経費削減については本格的に切り込む必要があるし、官僚にフリーハンドで予算編成を任せる仕組みも抜本的に転換させる必要がある。これらは、2年前の総選挙で国民が民主党に託した課題だったが、未達のまま放置されている。果たされないかぎり、国民が増税に応じる前提条件は整わないし、官僚は国民負担を無限に増しながら裏で放蕩と浪費を続けるだろう。もう一つ、道州制の問題の心配がある。消費税と外国人移民、それと並んで道州制が財界側が狙っていた新自由主義の三大政策だった。このところ道州制の言葉が言われなくなっているが、第三勢力の国政への登場と共に、必ず息を吹き返して法制度的に具体化することになるだろう。
