創価学会のこと③
-どうでもいいことが批判になっている事例-
創価学会を批判する人たちの中で、よく考えたら批判になっていないのに批判として通っていることがある。かえって批判者自身の狭量と差別体質を浮き彫りにしてしまっているのである。
①貧乏人と病人の団体である、という批判
宗教が貧乏人と病人を救わないでどうするのか。貧乏人と病人を受け入れない宗教があれば、そちらが情けない。
これを言うときの批判者の「上から目線」が私はトコトン嫌いである。
②会館の建物が豪華で悪趣味、という批判
寺院も神社も豪華なものが多いし、なかには国宝・重要文化財になっているものもある。そもそも仏教の寺院はその信徒が自分たちが尊敬する僧侶を中心として研鑽したり話し合ったりするために皆で資金を集めて作ったのが始まりで、創価学会が「財務」を集めて会員が集う場所を作っているのもその意味からは何も不自然ではない。貧乏人と病人の集まりといわれてきた創価学会が豪華な建物を現に作って使用していることをやっかんで言っているのではないかと思う。
③創価学会は北朝鮮系である、という批判
なにをもって朝鮮系とするのか。まず証明できない話である。池田大作氏を在日朝鮮人だとする話もあるが、眉唾である。たとえ朝鮮系であることが証明できたとしてそれが何を意味するというのであろうか。「組体操をよくやる」を共通点にあげる人も多いが、組体操は日本の各地の運動会で行なわれている。私の子どもの小学校の締めも高学年の組体操である。
これを言う人の朝鮮蔑視が私は嫌いである。
-少し考えたら不自然な事例-
①創価学会員は洗脳されている、という批判
オウムなどと違い、創価学会員は普段隣人として日常生活を送り、どこかに隔離されているわけではない。そうした状態で洗脳などできるのであろうか。そもそも洗脳とはどういうことをいうのであろうか。なかなか定義は難しいようだ。ここではネット上扱われている「洗脳」の感覚に従ってみたい。
一定の考え方を持つ団体に所属する人が、程度の差こそあれその考え方に共感しつつ所属していることは当たり前である。しかし、それを洗脳というかというとそうではあるまい。「創価学会員が洗脳されている」という場合、「一般常識や法令に著しく反する思想を疑問もなく正しいものと信じ込まされている」「そういう洗脳を組織をあげてやっている」という印象を伴っているのではないか。
であれば、学会員が洗脳されている、とするためには、「創価学会の考え方は一般常識と著しくかけ離れているが、学会員は全く疑問を持たずにそれを実践している」「公明党の政策は政界の常識からかけ離れているが、学会員は盲目的に支援している」「学会は会員に犯罪行為をさせているが、会員は疑問もなく実践する」などの事例がなくてはならない。
現実にはどうか。犯罪団体ではないということは以前に述べたので、公明党を例に取る。公明党は創価学会が作った政党なので、学会員の多くが公明党を支援するのはある意味で当たり前である。しかし、今回の参議院選挙の出口調査によると、「公明党支持者」がかなりみんなの党に流れている。前回の衆議院選挙では民主党にも流れていた。この傾向は所謂「無党派(あまり好きな言葉でありませんが)」と同じである。「公明党支持者」の全てが学会員ではないだろうが、出口調査で「公明党支持者」を名乗る人の多くは学会員であろう。学会内部では、選挙前になると公明党の政策を学習したり候補者の話を聞く機会があるというが、それでも「無党派」と同じ考え方をする人たちが結構いる。その現実は「洗脳」されている、といえるであろうか。「学会員は公明党と一体だ」という人もいるが、学会が公明党を作り支援しているという実態がある、という意味ならその通りであろう。しかし、それを洗脳というのは言い過ぎであろう。
「創価学会による被害者の会」にカルト専門家の浅見定雄氏(統一教会対策で有名)の講演がのっている。
「投票日も迫ったある夜、私の親族の親友(女性)のところに妹さんから次のような電話があったというのである。 「お姉ちゃんは公明党になんか投票しない人だとよく知っているけれど、今度だけ、お願い!」あまりにも切実な感じなので「なぜ?」と聞くと、妹さんはこう言ったという。「5票集めないと仏罰があるの。」「5票」が「あと5票」の意味だったか、また「仏罰」というのが正確に本人が使った言葉だったか、問い合わせれば確かめられるが、実際には変わりのないことである。」
浅見氏らしくもない。これは本人に確かめてから紹介するべき質の話である。「実際には変わりのないことである」ではいけない。特に「仏罰」の言葉を本人が使ったかどうかで話の質に大きな差が出る。「5票集めなければ仏罰が当たる」と本当に本人が思って選挙活動していたとしたら、「洗脳」されている例証になるからである。何故浅見氏ともあろうものが肝心のところを確認しなかったのか。また、なぜ創価学会員が洗脳されているという別の明らかな例をださなかったのだろうか。
さらに、池田氏の本を読んでいつも思うのだが、外国の著名人と渡り合っている論理展開には見るべきものがある。しかし、学会員のどれだけが池田氏の話を理解し実践しようとしているのであろうか。例えば、池田氏はキリスト教にもイスラム教にも価値を認めている。しかし、学会員のなかにはキリスト教を排撃するようなことを言う人もまだいるであろう。
この現象は二つの捉え方で理解できる。一つは著名人にはうまく話を合わせて理解者に引き込むくせに、学会員には違う指導している、という見方。もう一つは学会員が池田氏の考え方について行けていない、という見方である。私には、あれほど多くの著名人が下心あるウソに騙されるとは思えない。だから後者の方がしっくりくるのである。池田氏とガルブレイス博士、ゴルバチョフとの対談などを一読されることをお薦めする。
創価学会員は一定の方向性で洗脳されているわけではなく、むしろ、いくつかの流れ(幹部の指導性)があり、池田氏は精神的支柱ではあっても池田思想ともいうべきものは末端の会員に浸透し切れていない、というのが実態ではないのか。つまり洗脳とは逆の状態ではないのか。
そのようにこれも知人の学会員に聞いたら、「その通り。地域によってくせがある。」とのことであった(浅見氏の紹介した話は教義の上からあり得ないそうであるが)。活動に参加する人の数も地域によってまちまちだとも。
創価学会は、洗脳されているどころかまとまりきっていない。これが現実のようである。
②財務で家の権利など全財産を失った、という話
私の知り合いの学会員は持ち家に住んでいる。そこには学会員が定期的に集まっている。他にも多くの学会員が持ち家に住んでいることであろう。
ネット上に散見されるこうした話は、私は不自然だと思う。もし「家の権利を売って財務をしなさい」というような指導性を学会首脳が持っていれば、もっと多くの学会員が持ち家を失っているはずである。私たちの周辺に持ち家を財務のために失った人はいるだろうか。私はいません。もしそんなことが指導されているとしたら、社会現象になり、「被害者の会」にそうした話が持ち込まれ、財務返還訴訟が各地で起こって創価学会はテンテコ舞になるはずではないのか。しかし、「創価学会による被害者の会」は「創価学会は日本を乗っ取ろうとしている」「政教一致だ」「カルトだ」と叫ぶばかり。実害に乏しい理念的批判団体だ。そうした例を集める気がないようにさえ見える。いや、もしかすると「被害例」はほとんどないのではないか。
ネットの匿名性を利用すれば、いくらでも創作できる話である。眉唾で聞くべきであろう。
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コメント
上三つの事案は初めて聞きましたが一体どこで挙げられている批判ですか?
前回もそうでしたが批判の出典がいまいちはっきりしませんので どこからの引用か明確にして頂けますでしょうか?
リンク等貼って頂けると助かります。
下二つについては「洗脳」という言葉が妥当かどうかは別にして、そういう状況が生まれる恐れがあるのは否定できないと思います。
例示されていた選挙の話についてはyossyさんが何を言いたいのかよくわかりませんでした。
創価学会員票がみんなの党に流れたという根拠も提出されていないですし
データで見る限りは公明党結党の1998年以降比例票はほぼ770万票前後で推移しています。
(※2003-2005は860万票以上と100万票以上上積みされていますが、これは小泉政権下における自民との選挙協力の結果と思われ。)
この度の選挙でも従来と同じ程度の票数を稼いでいるわけで ~「洗脳」という実態がその程度~ というくだりの意味が理解できません。
数年前のコメントでも述べましたが創価学会が私の中の理に適わない点の1点として
参政権という民主主義国家で最も重要な権利を宗教的行為にすり替えているという点が挙げられます。
学会員にとって公明党に投票してもらう人を多く作るということは自らの徳を上げるという宗教活動の一環であり公明党の施策を理解しているかどうかは関係ありません。
こと選挙に関して言えば末端の学会員は学会に求められる役割を忠実に果たしているだけで そこに自らの意思は介在していないように思われます。
(※ex=公明党(≒創価学会)が伸びれば日本や世界が良くなると信じているが、方法論として具体的解決策(≒政策の内容と効果)を説明出来ないなど。
推測にはなりますがそのような状態が「洗脳」と言わしめている要因の一つではないかと思います)
最近では私の周りでそのような話も聞かなくなったので学会が方針を改めたのか 熱心な学会員が周りにいなくなったのか、もしくはそういう場面に運良く遭遇していないだけなのか、状況はよくわかりません。
しかしながら民主主義の根幹をなす投票という行為を「徳」という宗教的概念、もしくは信仰に対しての「責」で縛ってしまうのはどうも腑に落ちません。
これは池田大作の思想ではない、各支部における独断であるという主張をなさるのであれば少なくとも公明党だけを支援するような学会員による選挙活動は禁止するぐらいの通達を学会として出すべきでしょう。
あと財務についてはよくわからないので教えて頂きたいのですが
・一口1万円を振り込みにて行うとありますが 振込先はSGI本部1か所ですか?
・収支や使用用途は末端会員に公開されますか?また監査はどなたが行っているのでしょうか?
・名目上はお布施という形で強制ではない。とありますが財務を行ったかどうかの追跡調査はあるのか?
・財務を行ったかどうか 個人が特定できるとして多額の財務を行ったものは学会内での地位や名誉等の報酬が与えられるのか?
・制度として集金システムが構築されていることに学会内部から異論は出ないのか?
・財務の返還請求は制度として存在するのか?
・財務の返還をめぐっての裁判は存在するのか?
これに関しては金銭が絡む為、家族やその周辺に与える影響が大きいので どうしても感情的な情報しか見受けられません。
したがって考察するにも情報が決定的に不足している状態です。
出来れば建前ではなく本音でお答え頂けると幸いです。
投稿: PublicComment | 2010年7月23日 (金) 14時48分
PublicCommentさん。いつもありがとうございます。
>上三つの事案は初めて聞きましたが一体どこで挙げられている批判ですか?
上の二つは伝統的に言われているようなところがあり、2chや知恵袋等でも時々見受けられるものです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1426066929
http://logsoku.com/thread/society6.2ch.net/koumei/1235843635/ の4
など。
3つ目の北朝鮮系は掲示板、知恵袋等で頻繁に見受けるものです。http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/sokakitacho.htm
など。
2ch等の掲示板は次から次から新しいスレッドを立ち上げていきますので、すべて出典を明記するのは難しいです。
>例示されていた選挙の話についてはyossyさんが何を言いたいのかよくわかりませんでした。
すみません。文章が下手で。私も満足していませんので作り直します。ようは、いろんな学会員がいていろんなレベルの主張をしている実態を見てみると、創価学会の実態は「洗脳」という言葉とはほど遠く、むしろ統一性に欠けるのではないか、といいたいのです。
>創価学会員票がみんなの党に流れたという根拠も提出されていないですし
参議院選挙の出口調査結果を分析していたテレビ番組で報道されていました。どこの番組だったかは忘れました。すみません。
>創価学会が私の中の理に適わない点の1点として参政権という民主主義国家で最も重要な権利を宗教的行為にすり替えているという点が挙げられます。
私の感覚では、創価学会の会員がすべて公明党に投票しているわけではないと思います、第一誰がどこに投票したかなどは分かりません。選挙活動を信仰次元でどのように位置づけているのか、という実態は学会員に詳細に聞かないと分かりませんが、そのような人もいるでしょうし、それだけでは有権者に響かない、ということで政治的にきちっと勉強している人もいる、というのが実態ではないでしょうか。
>学会員にとって公明党に投票してもらう人を多く作るということは自らの徳を上げるという宗教活動の一環であり公明党の施策を理解しているかどうかは関係ありません。
こと選挙に関して言えば末端の学会員は学会に求められる役割を忠実に果たしているだけで そこに自らの意思は介在していないように思われます。
これも実態は、学会員に聞かないと分かりませんが、私の回りにはよく考えている人も多いです。公明党の政策を理解していないとも言えません。
学会の書物等を読む限りは「自分たちで作った政党を自分たちで育てよう」というのが基本的なスタンスのようです。「議員にどんどん意見も言っていこう」という表現も見たことがあります。
ネット上に、創価学会の選挙活動について、「無批判で政策も訴えずに、ただ頼む。○○に入れて」はおかしい、などという批判があり、その批判は理解できます。ただ、特に地方選でよく見られる自治会丸抱えの議員に対する地域の方々の様子や、労組が民主党や社民党を組織を挙げて応援する様子を見ると、大きく変わりません。自分の地域の利害、自分の労組の利害だけで積極的に選挙活動をやっている人、地域や組織の一員としてズルズルやらされている人、無批判に一票を投じる人も多いと聞きます。そもそも組織で選挙を応援するということはそういうことなのではないでしょうか。
財務については実態は把握できていません。私は、財務のせいで一家離散、持ち家を取られた等のケースは、実際にあったとしてもレアなケースではないか。学会の指導性としてそうしたことが行なわれているのではないのではないか、といいたいだけです。財務にはっぱをかける婦人幹部の発言とされるものがネットに出回っていますが、出所不明であるだけでなく相当前のものであったりして、現状を映し出しているとは言えません。
宗教法人法の平成7年の改正で次の点が変更されました。
○全国規模の宗教法人の所轄庁を都道府県知事から文部大臣(当時)に移す。
○財務関係を中心とする法人備え付け帳簿の所轄庁への提出を義務づける
○利害関係者は宗教法人の事務所に備えられた書類又は帳簿を閲覧することができる。
ですから、>収支や使用用途は末端会員に公開されますか?また監査はどなたが行っているのでしょうか?については、法的にケアされているということができます(財務書類の提出を京都仏教会やPL教団などは少なくとも一時拒否しましたが、創価学会は提出しています)。
この改正は自社さ連立政権による創価学会を標的にした改正と言われており、
(http://www.kbo.gr.jp/kaihou/65-3.htm を参照)
創価学会は当局からいかなるイチャモンもつけられない、隙のない財務処理をしていることが想像できます。
財務の返還請求訴訟については、かつて一度だけ耳にしたことがあります(山崎正友氏が焚きつけて提訴させたのに敗訴しただったか?)。財務は寄付行為で自発が原則ですので、退会者がかつての財務を返還してくれというのは法的には難しいでしょう。「あの時はその気だったけど、気持ちが変わったから返してくれ」が通ることにはどんな宗教団体も反発するでしょう。ただし自発でなく強制的であったことが証明されたり、財務をした時に正常な判断ができない状態であったことが証明できたら、返還の可能性はあるかも知れません。
学会が「洗脳」をしているという主張をする人たちは「洗脳」が溶けたとされる脱会者に返還訴訟を勧めるべきなのに、それがされていないということは、「洗脳」自体が証明できないのではないでしょうか。
投稿: yossy | 2010年7月24日 (土) 10時07分
創価については書きこみを止めると言ったけど、どうしても言いたいことがあります。
>「公明党支持者」がかなりみんなの党に流れている。で、洗脳はそんなレベルって。
「糞みたいな嘘言ってんじゃね~よ、jふぁこlhふぃあおhふぁj」と逆上してたところ、P.Bさん 見事な突っ込みです。惚れました。
創価学会は北朝鮮系である、という批判
池田が朝鮮人であろうがなかろうが、北の体制を維持する為や核開発に財務の一部が流れているなら世界平和に貢献しているとは言えませし、北朝鮮一般人にとっても不幸です。
でも、池田が朝鮮人なら、やっぱりなって思います。違ったらごめんね。強欲爺さん。
>これを言う人の朝鮮蔑視が私は嫌いである。
組み体操を誰の為にしているのかが問題です。私は小学校の組み体操は良いものだと思いますが、北朝鮮で行われている金正日に見せる為、体制を維持する為におこなわれているのは嫌いです。でも、Yossyさんは北朝鮮のマスゲームも好きなんですね。
>学会が「洗脳」をしているという主張をする人たちは「洗脳」が溶けたとされる脱会者に返還訴訟を勧めるべきなのに、それがされていないということは、「洗脳」自体が証明できないのではないでしょうか。
洗脳の証明が不可能だからといって、洗脳がないとするのもおかしいですよ。でも、yossyさんは脱会員の「洗脳されていた」との声は無視して洗脳はなしの立場ですよね。すると、脱会員が嘘を言っているか、偽脱会員が嘘をついていることになりますよね。Yossyさんはどっちだと思います?
投稿: junk | 2010年7月24日 (土) 18時16分
junkさんは、「とにかく創価が嫌い」から出発されていますので、私の文章をきちんと読まれないでコメントを書かれています。
>組み体操を誰の為にしているのかが問題です。私は小学校の組み体操は良いものだと思いますが、北朝鮮で行われている金正日に見せる為、体制を維持する為におこなわれているのは嫌いです。でも、Yossyさんは北朝鮮のマスゲームも好きなんですね。
反論する気にもなりません。
私の紹介した「北朝鮮云々」のサイトはまったく根拠を示さないまま批判を羅列してあります。私は「創価は北朝鮮系」という批判がこの程度のものだという例証として紹介したつもりなのですが、それを信じてしまう人もいる、ということを忘れていました。ちょっとショックです。
投稿: yossy | 2010年7月24日 (土) 19時01分
話の腰を折らないようにといいながら毎回コメントいれちゃってますね。スイマセン。
リンク先拝見させていただきました。
①の貧乏人と病人云々というのは高度成長期において地方から都市部に流入したブルーカラー層が創価学会躍進の原動力になっているから。ということでしょうかねぇ。
②の悪趣味という意見については完全な主観の意見であり「はぁ そうですか」としか言いようがないですな。
③の北朝鮮系のうわさについては脳内フィルタで読み飛ばしてましたw そういえば池田氏も在日認定されてましたね。気に入らない人物は誰でも在日認定されてしまうので付き合ってたらキリがありませんw
いずれにせよ2chソースであーだこーだ言うのはやめたほうがいいですよ。クソまじめに正義感を振りかざしても誰からも相手にされません。
そもそもウソやデマ、それらしく見える作り話なんてものは2chやネットだけに見られるわけではなく、あらゆるメディアに山盛りあるわけでそれの一つ一つにいちいち反論するなんてことはナンセンス極まりないです。
この場合、本質的なものを捉えるとすれば「なぜ創価学会は一部の人から忌避されるのか?」ということで、そこに対しての説明を学会や学会員が的確に答えられていないからあらゆる方面からバッシングされるんだと思うんですよね。
前回エントリーでのjunk氏のコメントにもありましたが「いじめられるにはそれなりの理由は必ず存在する」と私も思います。(心理学や社会学などの学術的には問題大アリな論法だとは思いますが)
yossyさんはいじめを行うほうを先に指導しないといけないとおっしゃられていましたが 事故対応の初手としてはそのとおりだと思います。
しかしその構図が常態化したときには問題の根底にある「何か」を除去・解決しようと虐める側 虐められる側双方の意見を聞き、それぞれを指導するのではないですか?
すべての事例においてそのような構図が当てはまるとは言いませんが 皆が怯える影に光を当てようとしない学会側「にも」責任があるのではないかと感じております。
組織票についての問題はyossy殿のおっしゃるとおり対象が自民党であれ民主党であれ社民党であれ、個人が所属する組織に投票先を指示されるということは当たり前のように行われています。
(余談ですが世間一般では当たり前でも私はこの組織票の存在を快く思っていません。この議論はあまりに話がそれるので別の機会にでも)
ただ、創価学会員の公明党に対する関係と業界団体のその他政党に対する関係とでは性格が大きく異なると思います。
自民や民主もあらゆる業界団体から支持を取り付けていますが両者の間は利害関係に依って成り立っています。またその利害のベクトルも多種多様です。
多種多様の利害を扱うが故に、必ずしも支持団体すべてに対して利益を供給することができない事態も起こりうるでしょう。場合によっては特定の団体にかなり大きな損害を与えることになるかもしれません。
仮にそういう事態に陥った場合、組織や団体は支持政党を乗り換えるという選択をするかもしれませんし、政党側も世論の支持を得られないと見れば団体からの支持を切り捨てることもあり得ます。
しかし公明党の場合は少し事情が異なります。支持層の大部分を創価学会(及びそのシンパ)が占めているため、基本的には学会の向いている方向に意識を向けておけば問題ありません。
いくら学会と公明党がまったくの別物と言ったところで学会の影響力がここまで大きいと創価学会と公明党は一身同体と言ってしまってもいいと思ってます。
そういった批判を公明党が嫌うのであれば創価学会以外の支持母体を得る努力を行うと思うのですが(すなわち創価学会の影響力を相対的に低下させる努力)
未だかつて創価学会以外の支持を大々的に得られていないのは何故なのでしょうか?
学会内部にもyossyさんのおっしゃるように今のままでは公明党の理念が有権者に届かないと政策研究を重ねる方々もおられるでしょう。
しかしそれは学会の中でどれほどおられるのでしょうか。公明党の比例獲得票のうちの何%程度なのでしょうか。
・・・とは言ってもそんなの測りようもないので私の印象・憶測で申し上げると770万票の内の700万票程度は池田大作を聖人として崇め、学会こそが真の世界平和へ道しるべだ、それこそが良い行いなのだと信じている人たちの創価学会への信任票だと考えています。(学会に所属しており、もしくは学会員と近い関係にあり、周辺との軋轢を作りたくないノンポリ票も含む)
すなわち公明党の政策理念に賛同して投じられた票は全体の10%程度だろうと予想しており、上記のような創価学会への信任票が衆参両議院で40議席を獲得し、キャスティングボードを握ろうとする様子にえも言われぬ違和感を感じるのです。
ずいぶん長くなってしまいましたので財務についての感想はまた改めて・・・
投稿: PublicComment | 2010年7月25日 (日) 00時20分
聖教新聞の韓日表記がなかったら、創価学会が朝鮮系だとは信じません。日本語の表記として日韓でしょ、普通。
それよりも最後の質問に答えてくれていません。yossyさんは脱会員の「洗脳されていた」との声は無視して洗脳はなしの立場ですよね。すると、脱会員が嘘を言っているか、偽脱会員が嘘をついていることになりますよね。Yossyさんはどっちだと思います?
投稿: junk | 2010年7月25日 (日) 03時26分
財務について
財務処理が適正に行われているという論拠に挙げられました宗教法人法25条ですが
おっしゃる通り平成7年の法改正により管轄が都道府県知事から監督省庁へ移管となり、収支報告書の提出が義務付けられました。
しかし少し調べてみたところ この収支報告書提出をもって疑念が晴れたとは言い難い状況です。
前回列挙しました財務についての疑問点の第二項
>・収支や使用用途は末端会員に公開されますか?また監査はどなたが行っているのでしょうか?
については 学会員からの開示請求であっても拒否されるという状況となっているようです。(これは是非お知り合いの学会員に確認を取ってもらいたい)
その根拠としてあげられるのが平成7年宗教法人法改正に対して文化庁から各都道府県への以下の通達書面
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19960902002/t19960902002.html
この中の第三項 「事務所備付け書類及び帳簿に関する信者その他の利害関係人による閲覧について」 を要約すると
・信徒や檀家(創価学会なら学会員)は収支報告書の閲覧対象に含まれる。
・しかしその者が閲覧請求に値する正当な目的を有するかどうかの判断は教団の判断に委ねる
ということになります。
したがっていくら学会員が収支を開示せよと請求を出したところで学会側が「見せられない。」と判断すれば請求を拒否することが出来、法的にはそれでも問題なしとなってます。
・・・・・・ザル法としか言いようがないですね。
創価学会の年間の総収入は噂では何百億ともいわれ(しかも寄付に関する収入に関しては非課税)現代における大企業並みの収入を得ながら
その使用用途もはっきりせず、また誰の監査も入らない。前述の宗教法人法では所管官庁への収支報告書の提出こそ義務化はされていますが
同時に同法では行政による宗教活動を阻害する行為をかなり神経質に予防しており、よほど悪質な違法行為が明確な証拠付きで見つかりでもしない限り全く手が出せないな。という印象を受けます。
この状況は必ずしも創価学会だけに言えたことではありませんが宗教法人における不透明極まりない財務状況については
新興宗教ビジネスを取材されたジャーナリストさんも「不要な疑心を生む」とコメントされていますし私もその通りだと思います。
http://karamaru.com/2008/09/post-70.html
むしろ不思議なのはこれだけ大きな額が動いているということを認識しながらそのお金が一体どのように使われているのかを気にしない(もしくは気にするということを封じ込める)創価学会の体質です。
それだけのお金が具体的なプロジェクトに投資されたという話も聞かないですし 聞こえてくるのは池田氏の叙勲や学位授与や各国要人との対談の話ばかりです。
しかも伝え漏れてくるのはこれは金銭的な支援の結果ではない。金銭的な関わりは一切無いというコメント。
ではその学会が抱える膨大な資金は一体どういう使われ方をされているのでしょうか。私には全く見当がつきません。
難民や戦災孤児を支援する街頭での寄付が必ずしも食料や教育に行き渡らず、その地方の有力者の手に渡り賄賂や武器を買う資金になってしまうというような馬鹿げた話もあります。(真偽のほどは不明ですが十分すぎるほどあり得るでしょう)
財務で集められた善意のお金の用途に疑問を抱き 学会内で透明化を図ろうとする勢力はないのでしょうか?
もしもこの点において全く疑問を抱く事はないというのであれば「何かおかしい」と思う人はいないのでしょうか?
というようなことを何となく考えたりしてます。
投稿: PublicComment | 2010年7月25日 (日) 18時48分
先に申し上げたとおり、「創価学会員は洗脳されている、という批判」を書きかえました。また、ご意見を頂戴したいと思います。junkさん。脱会者のいう「洗脳されていた」がどういう意味か私には判断できませんので、例示して下さい。
PublicCommentさん。
>2chソースであーだこーだ言うのはやめたほうがいいですよ。クソまじめに正義感を振りかざしても誰からも相手にされません。
私も全く同意見なのですが、こういう風潮を看過できないという動機から書き始めたものですから。こういう2ch等の信ずるに足りないヨタ話は、「信じられない」とスルーしながらも、何となく悪印象だけを残していくという効果があります。だからウソは明確にウソとして排除しないと、本質的な議論がでません。何度も言うようですが、私の目的は創価学会を宣揚したり讃えたりすることではなく、そうしたガサネタを出来るだけ排除することです。最後に「創価学会は批判されるのか」についても私の現在の考えを書きたいと思っています。
公明党の支援について。今から書くことはちょっと勘違いされるかも知れませんが、思い切って書きます。
>自民や民主もあらゆる業界団体から支持を取り付けていますが両者の間は利害関係に依って成り立っています。というのはその通り現実です。私が最も嫌う現実です。自分の目先の利害だけで投票行動を決める、そういう国民の幼稚性が日本を遅らせているのだと思います。日本の将来のために投票行動を決めないでどうするのか、ということです。そういう意味では、私の周囲の創価学会員は少なくとも自分の利害で動いていないように思います。本当かどうか分かりませんが、公明党が日本の政治を変える、と確信して応援しています。学会員には社長さんも労働者も主婦もいろんな階層の人がいて公明党の政策が一次的に困る人もいるだろうに(そういう人が他党に流れているのかも知れませんが)。利害で動くのが当たり前の社会の中で、利害以外の動機で動くから異様に映るのではないかと、そういうふうにも思います。ちょっと持ち上げすぎですかね?
財務について。宗教法人法については、なるほどそれではザル法と言わざるを得ませんね。お教えいただきありがとうございます。よく知られていることですが、自社さ政権は別名、四月会(死学会)政権と言われており、自民党が細川連立政権に政権を奪われた原因を公明党=創価学会に求め、冷遇されてつつあった社民党とさきがけを抱き込んで成立させた政権でした。宗教法人法改正は創価学会にダメージを受けさせるのが最大の目的だったようですが、ザルになった背景はおそらく自民党を支援する宗教団体からの反発があったのだと想像します。
また、企業が財務状況を公表しなければならないのは、株式市場が経済社会の根幹をなしているという実情と関係があります。すべての国民が株主に成りうるわけですから、今の経済社会は企業が財務状況を公開しなければ成り立ちません。国や地方公共団体も私たちの税金で運営されており、私たちの社会の運営にどのような使われ方をするのか、私たちは知る必要がありますので当然公開されるべきです。しかし、宗教団体はちょっと違うと思います。お布施というのは、信者がその教団の教義を信じその発展のため、その指導階層の生活のため、などの目的でイスラム教的に言えば「喜捨」することです。何に使われているか教えなければ出さない、というのでは喜捨になりません。これが基本です。ご紹介いただいたリンク先にあるように、お布施の総額となにに使用されているか、総資産はどれだけあるのか、ということを明らかにしている宗教団体(寺社含む)はほとんどないのではないでしょうか。こうしたお布施の質は釈迦の時代から変わりないように思います。ただ、そこからは「指導階層」と「信者」の階層分離が自ずから見えてきます。株主や国民のように、信者が運営の主体者であるような宗教団体があれば、信者に財務状況を公表するのではないでしょうか。創価学会の場合はそうではないのでしょう。ただしその場合も国民すべてを対象とする公開は理論的に無理があります。宗教団体の財務状況は経済社会の根幹ではありません。信者以外の人が知りたいと言うのはお門違いでしょう。
ちなみに、私は色々な所に顔を出してきた関係で、T教団(もちろん仮称)の青年部長と飲んだことがあるのですが、彼はこういっていました。
「創価学会は会館を作りすぎている。文化祭などのイベントも多い。海外布教も熱心だ。どれだけ集めても財政的に持たないのではないか。うちは大丈夫。信者が半減しても財政的に持つから教団経営はできる」
これはちょっとショックでした。
投稿: yossy | 2010年7月26日 (月) 22時33分
2chスレにおける枝葉の煽りに反論するのは莫大な労力だけがかかって得るものが無いと思いますがとりあえずがんばって下さい。
明確に同意できるものについてはコメントにて支援させていただきます。
さて、組織票と利害関係云々についてですが
>利害で動くのが当たり前の社会の中で、利害以外の動機で動くから異様に映るのではないかと、そういうふうにも思います。
その感覚は今まで私が散々お話してきた内容そのままですね。
しかしyossyさんのおっしゃる動機は「彼らなりの正義感」、私の言う動機は「悪意無き信仰心」という違いがあります。
利害以外の動機で投票を行っているという点においては似ているのですが「政治というものを理解しているか」またそこから導かれる「支持政党の決定プロセス」は両者間において全く異なります。
前回もお話しておりますとおり学会員の10%(憶測)程度は熱血な「正義感を有し」「本質を理解し」「熟考の結果」公明党支持を選択される方もおられるでしょう。
しかし私が言いたいのは90%(憶測)程度の学会員は上記のような自由意志による政党選択の機会を信仰心によって奪われてしまっているのではないか?ということです。
yossyさんがおっしゃられるような憂国の士が学会内におられるのも理解できます。しかし現行の選挙というシステムの中で影響が大きいのは明らかに後者です。それを私は危惧するのです。
この点においてどうもポイントのずれた議論になりがちなので私の主張を重ねて申し上げておきます。
財務および宗教法人法について。
>宗教法人法改正は創価学会にダメージを受けさせるのが最大の目的だったようです
本当にそうなんですか?その論拠は?
尚、誤解のないように言っておきますが私は学会の収支報告書を信者以外にも公開せよというような主張は持ち合わせておりません。
また総資産を公開せよ。とも言っておりません。
コメントをしっかりと読んでいただければ私の抱く疑問や疑念はご理解いただけると思います。
他にも寄付・寄進・慈悲喜捨に対しての考え方、またそれらを受ける宗教団体としての責務などについて思うところはまだまだありますが話が変わってしまうのでとりあえず置いておきます。
気がつけば深夜になってしまいました。
眠い目をこすりながら書き上げたので校正が不十分かも知れません。ご容赦ください。
投稿: PublicComment | 2010年7月28日 (水) 01時55分
そうですね。
批判するなら正しく批判するべきです。
投稿: coffee | 2010年8月 1日 (日) 19時23分
体調が思わしくなく、ついついお返事を差し上げません事、お許し下さい。
PublicCommentさん。いつもありがとうございます。
>利害以外の動機で投票を行っているという点においては似ているのですが「政治というものを理解しているか」またそこから導かれる「支持政党の決定プロセス」は両者間において全く異なります。
>90%(憶測)程度の学会員は上記のような自由意志による政党選択の機会を信仰心によって奪われてしまっているのではないか?ということです。
何を投票の意志決定の判断材料とするかということですね。テレビのコメンテーターと言われる種族(大嫌いです)の適当なその日の気分でくるくる変わるコメント、時流にはずれれば重要なことでも平気で無視する(鳩山の政治資金問題など)新聞の社説、残念ながら必要な情報が正しく提供されていない状態のなかで私たちは投票行動を決めています。私は一般の世間を取り巻く現状は正常ではないと思います。多くの国民が「政治というものを理解しているか」というと疑問です。
創価学会の人たちが公明党を作り、自分たちなりの政治的理想をいだき、学習し、運動するということは、新聞やテレビの情報にも接したうえで一般の私たちにはない動機と別の情報を判断材料として付け加えて持っているということであって、そんなに特別なこととは私には思えません。それが異常に思える背景にはやはり「洗脳されている」という印象があるのではないでしょうか。信仰心だけで政党選択が行なわれているのではなく、身近な公明党の地方議員などに文句や意見を相当に言っているようですよ。
>宗教法人法改正は創価学会にダメージを受けさせるのが最大の目的だったようです
本当にそうなんですか?その論拠は?
これは論拠というよりも、当時まさにそのようにそのように展開されていた、という事実としか説明のしようがありません。
http://www.kbo.gr.jp/books/kaiseitozeisei-00.htm
http://www.kbo.gr.jp/kaihou/65-3.htm
をご覧いただきますと、少なくとも京都市仏教会はそのように理解していたことが分かります。さらに国会の参考人招致も行なわれ、創価学会の当時会長の秋谷氏も出ています。まるで証人喚問のような雰囲気でした。wikipediaの四月会の項目も参考にはなります。
なお以前の財務についてのお尋ねで分かったことを書いておきます。
・財務の振込先は各都道府県の創価学会の口座だそうです。銀行でも郵便局でもできるそうです。
・収支や使用用途は末端会員に公開されていません。監査は分からないが、本部内では何らかの形で行なっているようだということです。
・財務を行ったかどうかの追跡調査はないそうです。
・多額の財務を行っても学会内での地位や名誉には関係ないそうです。会社の社長さんで多額の財務をされる方が役職はないという例はめずらしくないそうです。
・かつては地域によって財務を集める会場を設定し、そこで直接納めていたということです。しかし、セキュリティ面からも、それこそ金額も分かるし誰がまだしていないかも分かるので、銀行振込になったそうです。当初内部の異論があったようです(心がこもらない等)が、今は聞かない、ということでした。
coffeeさんコメントありがとうございます。HP、熟読させて頂きます。
投稿: yossy | 2010年8月 8日 (日) 01時05分
自由民主主義社会においてはどのような事柄においても選択の自由があるか無いかというのは非常に重要な事だと思っております。
熱心な学会信者が「ああ今回は比例も選挙区も民主党に投票してみよう」と思い立ち、個人の自由意思において学会また他の学会員に対して背徳心を感じることなく投票できるものでしょうか?
yossyさんのお話の中で「熱心な人は公明党議員に文句や意見を言う人も多いですよ」というコメントを多く目にしますがそれは政党選択の問題ではありません。創価学会(員)としての政治参加です。
おそらくこのまま続けてもお互いの主張がかみ合うことは無いであろうと思いますので勝手にまとめさせていただくと
宗教というのは個人においての善悪の判断基準、物事の価値基準、ひいてはその人のアイデンティティの根源たる存在だと思います。
そういう存在である宗教団体が特定政党への投票を指導し、選挙での勝利を渇望している以上その行為は宗教的行為の延長線上にあると言え、他政党への投票は創価学会の教義・方針に背くことになり、他政党への投票を躊躇させる(アイデンティティーを揺るがすほどの)心理的な負担となっているのではないのか。
また今回は話題に載せておりませんでしたが上記の内容に加えて・公明党への投票を周囲に呼び掛けることが教義的に善行とされており自らの幸福追求の為に選挙活動を行うことが集団心理として無意識のうちに求められているのではないか。
という2点が私の中で創価学会における選挙運動の疑念としてあったのですが、結果としてそれを覆すだけの情報には出あえませんでした。
したがって「洗脳」という表現が妥当かどうかは別として、「そのように言わしめるだけの素地を今の創価学会は未だに持ち合わせている。」と考えてます。
ちなみに創価学会は学会員に対して公明党への投票を指示、指導はしていない。巷で言われているようなF活動は存在しない。というのであれば前提条件が崩れますので私が事実誤認をしているようであればお知らせください。
・宗教法人法改正問題について
仏教会の冊子は初見です。勉強になりました。
秋谷会長の参考人招致の議事録は読みましたが雰囲気や臨場感については解りかねます。
・財務について
お手数をおかけしてすいません。確認有難うございました。参考にさせていただきます。
ところで本当に集金したお金はどこでどういう使われ方をしてるんでしょうねぇ。
会館が多いと言えども近代的な施設なのでそんなに維持費がかかるとも思えず・・・
ここ最近やたらとテレビやラジオで創価学会の広告を見る機会が増えているので新規信者獲得の原資になってるんですかね。
この議論の為に学会について突っ込んで調べるようになりましたが
近年の創価学会の実態としては「宗教法人」というよりはカリスマ指導者が牽引する「世界平和を標榜する市民団体」と捉えた方が本質的には近いように思えてきました。
隙間の時間を使って複数日にわたって文章を紡いでおりますので十分に練れていません。乱文ご容赦ください。
投稿: PublicComment | 2010年8月14日 (土) 20時22分
>自由民主主義社会においてはどのような事柄においても選択の自由があるか無いかというのは非常に重要な事だと思っております。
その通りです。
>宗教団体が特定政党への投票を指導し、選挙での勝利を渇望している以上その行為は宗教的行為の延長線上にあると言え、他政党への投票は創価学会の教義・方針に背くことになり、他政党への投票を躊躇させる(アイデンティティーを揺るがすほどの)心理的な負担となっているのではないのか。>公明党への投票を周囲に呼び掛けることが教義的に善行とされており自らの幸福追求の為に選挙活動を行うことが集団心理として無意識のうちに求められているのではないか。
それはありうることですし、その通りかも知れません。しかし、すべての国民が地域や職場に所属しその支援する候補がいたりする環境にいて、少なからず「心理的な負担」「集団心理」の影響を受けながら、そのなかで誰に投票するか決めているわけです。そのことも含めて「自由な意志」だと私は考えます。ただしウワサのように「支援しないと地獄に落ちる」などという脅しが実際に行なわれ、それが組織的意図的確信的に行なわれているのならば、私は友人の創価学会員に退会運動を行なうでしょう。ちなみに創価学会は公式的には「会員の公明党への支援・投票は自由だ」と言っています。また紹介します。
>近年の創価学会の実態としては「宗教法人」というよりはカリスマ指導者が牽引する「世界平和を標榜する市民団体」と捉えた方が本質的には近いように思えてきました。
その通りですね。これほど現実社会へのアプローチが強い宗教団体はないのではないでしょうか。しかし、なかにいる会員は間違いなく日々「勤行」をしていますから、やはり宗教団体でしょう。
投稿: yossy | 2010年8月15日 (日) 18時30分
早速のお返事恐縮です
>ただしウワサのように「支援しないと地獄に落ちる」などという脅しが実際に行なわれ、それが組織的意図的確信的に行なわれているのならば...
ここの点については注意を要すると思います。おそらく直接的に上記のような脅迫まがいの事は行われていないでしょう。そんなことをやっているようなら本当のカルトです。(勢力拡大に躍起になっていた昔の創価学会なら解りませんが)
私が危惧するのはむしろその逆で、学会が推奨する善行を行わなかったということに対しての背徳心が心理的不安を呼び起こすのではないか。
また積極的に選挙運動をする人は選挙運動をすればするだけ何らかの御利益を得られると期待しているのではないか。創価学会に対して参政権という社会的権利までを喜捨させているのではないか。という点です。
創価学会側もそういう批判を意識して「会員の公明党への支援・投票は自由だ」という表明をされているのだと思いますが、だとすると一心不乱に選挙活動を行う学会員の行動に疑問がのこります。
(少なくとも私に接触してきた方の言動をみるかぎり公明党の政策に共感して応援していたということでは無いのは確か。)
創価学会員における選挙活動を見るかぎり、学会員における投票の自由とは暗黙の了解という重力を振り切った人たちだけが得られるものであろうと考えます。
まあこの件においても立証しようが無いのであくまで私の憶測・推論の域を出ませんが 創価学会、公明党ともにそういう視線でみられていることを知りつつも
創価学会は公明党への影響力を最大化できるよう組織を挙げて全力で支援を行い、
公明党も創価学会の意思を汲み取り創価学会以外の支持母体を求めようとしていない現状において、そこにあらゆる疑念が生まれるのは仕方が無いことなのかなぁと思ったりもします。
投稿: PublicComment | 2010年8月16日 (月) 00時27分
PublicCommentさん、いつもありがとうございます。
>私が危惧するのはむしろその逆で、学会が推奨する善行を行わなかったということに対しての背徳心が心理的不安を呼び起こすのではないか。
それはありうるでしょうね。しかし、それは所属する組織が候補を支援したという体験をされたことのある方は同じ心理的不安(圧迫)を感じられたことがあるのではないかというのが、私の考えです。
>また積極的に選挙運動をする人は選挙運動をすればするだけ何らかの御利益を得られると期待しているのではないか。創価学会に対して参政権という社会的権利までを喜捨させているのではないか。という点です。
参政権をどのように行使するかということ(棄権する、無視するも含めて)は本来国民にゆだねられていますので、学会員一人一人が参政権をどのように行使しようが関知する問題ではない、というのが私の考えです。
創価学会と公明党については、創価学会が公明党を作ったという事情を加味する必要があります。いつか誰かが作って今ある、という距離感ではなく、「おらが政党」「今も作りつつある」という近しい距離感を感じていることは間違いありません。そのような感覚は一般の我々にはないもので、それが学会員の公明党に対する支援の激しさを勘違いさせている原因の一つでもあると思います。
>少なくとも私に接触してきた方の言動をみるかぎり公明党の政策に共感して応援していたということでは無いのは確か
私の場合そうではないのです。私の周囲の学会員はよく勉強しよく納得して、公明党の政策の利点も限界も理解して支援を訴えてきます。PublicCommentさんと私の発想の違いはそこから来るのかも知れませんね。
一番大切なことは、公明党の政策と行動が日本のためにどうなのか、ということ。野党第2or3党の政策と行動を予断を差し挟まずにしっかり政治的に評価していかないと、日本のためによくない、というのが私の確信です。今のマスコミは面白おかしく報道するか無視するかのどちらかです。
投稿: yossy | 2010年8月19日 (木) 20時38分
しつこく食い下がるようでスイマセン。
埒が明かないので今回で私のコメントを〆ます。
>参政権をどのように行使するかということ(棄権する、無視するも含めて)は本来国民にゆだねられていますので、学会員一人一人が参政権をどのように行使しようが関知する問題ではない、
これは同意します。だからこそ組織が投票先を指導するという 国民一人一人の判断を阻害するような行為に嫌悪感が生じてしまうのだと思います。
前述しておりますように組織票はどの政党においても存在しますが、個人の利益の為であったとしても、たとえそれが世界平和の為であったとしても
組織が自らの権力を行使して参政権の大義名分を歪めてしまうような圧力をかけることに私は反対します。
以前、利益誘導型の組織票は最も忌むべき現実という表現をされておられましたがyossyさんは自民党や民主党の組織票は汚い組織票だが公明党の組織票は綺麗な組織票という風にお考えなのでしょうか。
理想論かもしれませんが私は組織票全てが忌むべき存在である。と考えています。
話がそれました。
yossyさんの御友人の学会員さんはよくお勉強されているということですので公明党がどのようなビジョンを持っているのか良く御存じなのでしょう。
しかし私に接触してきた方はそうでは無かった。
私は特に固定支持政党を持ち合わせていないのですが(保守派寄りの無党派層)その方のお話を聞いていて、どう好意的に解釈したとしても、まったく合点がいきませんでした。
その違いが私とyossyさんの学会に対しての評価の違いに関係しているのは間違いないでしょう。
しかし私が見たような組織ぐるみで政治的関心が無い人にまで政治運動をさせている状況。というのは事実「ある」と思いますし、(どこまでが本当の事か解りませんが)net上でも同様の話をいたるところで見ることができます。
元来政治的指向を持ち合わせていない方に対して政治運動をさせるように仕向けるのは正常な状態とは言い難いでしょう。またそうやって選挙運動をさせることが学会を忌避させる一端ともなっているのを学会自身も知りながら何故止められないのでしょうか。
yossyさんは政治を積極的に学び、自身の考えを啓蒙し運動をされる御友人のような学会の表の面を見て「洗脳」という状況はあり得ない、したがって創価学会が信者を洗脳しているというのはNet上で流れている「デマ」である。と表現されている。
しかし私は裏の面を見て「洗脳」に準じる状況が生み出されているという事実があるのではないか。「デマ」であると断罪するには根拠として弱いのではないか。と指摘させていただいた次第です。
話が大きく膨らみすぎて色々な面に話が飛びましたが今回のエントリーの内容で私が言いたいのはそういうことです。
最後になりましたが、学会にも人格者はおられると思いますし逆に周囲の意見に流され続けるような心の弱いかたもおられるでしょう。個人的には創価学会という組織は理解できない事が多く、攻撃的な側面を持つ為嫌いですが、
学会員だからと言う理由だけで個人批判をするつもりは全くありません。
創価学会および公明党が持っている不透明さ・彼らが展開する選挙活動と信仰の関連性に対して疑問を呈しているだけです。その点だけは誤解なきようにお願いいたします。
投稿: PublicComment | 2010年8月27日 (金) 13時57分
長く返信しないですみません。事情がありまして。
私なりの思いを書かせて頂きます。
>組織が自らの権力を行使して参政権の大義名分を歪めてしまうような圧力をかけることに私は反対します。
>理想論かもしれませんが私は組織票全てが忌むべき存在である。と考えています。
人間は組織的動物です。すべての人が、家庭や地域、職場、仲間などの組織に所属しています。そうした自分を取り巻く組織の人々と語り、意見を交換し、時には文句をいい、時には評価して、最終的に自分が投票先を決めるのが参政権の行使ではないでしょうか。創価学会員は、日常のなかで、ニュースを見、新聞を読み、くだらないバラエティの無責任なのにやけに影響力のあるコメンテーターのコメントも聞いています。その上で、自分たちが作った公明党の説明を聞き、彼らなりの選挙活動の意義を構築し、意見を交換し、時には文句を言いながら、最終的に投票先を一人一人が決めている。みんなの党や民主党に入れている人もいる。私にはそんなにおかしなこととは思えません。
PublicCommentさんの創価学会の印象の中には「学会員はやらされている」という感覚があると思いますが、私は人間というのはそんなに従順で単純なものとは思いません。日常生活から隔離されて情報から遮断されているならともかく、学会員は普通の生活者です。個人的な事情や思いをみんな抱えているはずです。上の幹部が「やらせよう」としても簡単に動くはずがありません。他の組織の人もそうでしょう。ましてや学会員は自分の利益よりも社会の発展等を動機としている点で、私はプラスに評価しています。そもそも私は「組織票」「集票マシーン」などという決めつけた言葉が大嫌いです。かってに決めつけて判断するのはよくないと思います。
>私が見たような組織ぐるみで政治的関心が無い人にまで政治運動をさせている状況。というのは事実「ある」と思いますし、
>元来政治的指向を持ち合わせていない方に対して政治運動をさせるように仕向けるのは正常な状態とは言い難いでしょう。
「政治的関心が無い人」が政治運動に参加していると言うことは、政治に関心を持ったから参加したのではないでしょうか。関心もないのに参加するほど、人々の生活は楽なものでもヒマなものでもないでしょう。
「元来政治的指向を持ち合わせていない方」というのはPublicCommentさんらしくない表現です。そのような人が本当にいるとなれば、民主主義の前提が崩れてしまいます。
PublicCommentさんは、創価学会が閉鎖的であるという印象から入っておられます。しかし、私にはそれほど閉鎖的であるとも思えないのです。そこが一番違うのではないかと思います。
創価学会の会館に「創価学会について知りたいから教えてくれ」と訪ねたら、教えてくれます。「トイレを貸してくれ」と訪ねても貸してくれます。彼らの会合にもかなり明け透けに参加できます。お金も取られません。私は出来る限り自分から様々な団体などにアプローチして自分の目で見て判断するようにしてきましたが、会館や寺院などに入るだけで金を取る宗教団体(拝観料ってなんだ!)やトイレも貸してくれない団体、阪神大震災の時でさえ周辺住民を閉め出した団体も知っています。学会は阪神大震災の時、会館を完全解放して、会館を拠点にして全国からの支援物資を地域に配布していました。国や地方公共団体よりも速かった。1995年1月27日の「パペポテレビ」で上岡龍太郎が「宗教団体は何してる。創価学会だけは別やけど」と指摘していました。私は創価学会はかなりオープンな団体であると思っています。
熱心に勧誘されることもありますが、宗教団体なら当たり前です。私は勧誘しない宗教団体があればむしろ宗教団体としての意義が疑われると思います。かつては強引な「折伏」もありましたが、非常識なことはなくなってきています。
組織ですから機密もあるでしょうが、それをいちいち取り上げて「閉鎖的」というのもおかしいと思います。財務の詳しい使い道などを公開するかどうかは、創価学会の組織主権の問題であって、組織外の人間がどうこういうことではないでしょう。
以上がPublicCommentさんのまとめを受けての私の意見です。
投稿: yossy | 2010年9月11日 (土) 19時57分
Yossyさんの意見は
「創価学会と公明党は、政教分離に反していない。なぜなら、学会員でも民主党に入れる人がいるからである。組織票、集票マシーンなどと決めつけるのは良くない。 本来、人は組織的動物であるから、宗教団体が政治に組織的に関わることは問題ない」で、いいですか?
Yossyさんが全面的に正しいとすると、全ての宗教団体にも政党をつくる権利があることになります。と、いうことは軍国的新道が復活して政治に口を出してもよいのでしょうか?大和民族新道原理主義(なんだか良く分かりませんが、ヒトラーのような独善的な考えをを持ちプーチンのような強硬派であり、カリスマ指導者が率いる宗教団体)が政党を創っても、yossyさんは問題ないと思いますか?
仮に、大和民族新道原理主義宗教の信者が国民の60%以上に膨れ上がって軍国主義やナチスのように在日排除を叫んだとしたら、怖いと思いませんか?
創価学会は開放的な良い宗教で、大和民族新道原理主義は悪い宗教だから、政党を創ってはいけないとはならないでしょう。だから、日本は政教分離を掲げたと思うのですが、政教分離に反対の立場のyossyさんはどう考えます? 聞かせてください。
もう一つ聞かせてください。
創価学会の財務をイスラム教的に言えば「喜捨」だと言っておられますが、イスラムの喜捨の目的は福祉です。政府が存在しなくてもイスラム信者には福祉が行き渡るように、国がなくともイスラム信者が飢えることのないようにと考え出されたものです。
財務と喜捨は同じですか?そうでないのなら、イスラムと創価学会を同等に述べるのは違うと思います。
投稿: junk | 2010年9月12日 (日) 12時33分
日本国憲法には「政教分離」の文言はありません。憲法20条を解釈して政教分離であるとされていますが、実際には国家と宗教の分離で、国家の一機関を宗教団体に任せたり(江戸時代の宗門人別など)、国教を設定したり(戦前の国家神道など)、国家が特定の宗教を迫害したりすることが禁じられています。その目的は、信教の自由を確保することです。日本国憲法では、宗教団体が政党を持つことは禁じられていないのです。
以上は私の考えではなく、憲法学の定説です。
したがって公明党も幸福実現党も問題ありませんし、大和民族新道原理主義宗教が政党を作ってもかまいません。もっとも私は支援しないでしょうし、それどころか批判し攻撃の言論を張るかも知れませんが。それが憲法の保障した政治参加の自由ですし、言論の自由です。ただし、その攻撃の論拠は明確でなければならないことは言うまでもありません。
喜捨の件は、お布施の心というのは「喜んで使って下さい」というところにあるもので、使い道を報告しなければ出さない、という質のものではない、ということをいうのに「喜捨」という言葉を利用したのであって、イスラムの「喜捨」と学会の財務の厳密な違いを取り上げるのは私の文脈から外れます。もし、イスラムの信者に喜捨の使い道が報告されているということであれば訂正します。
投稿: yossy | 2010年9月12日 (日) 17時53分
すいません、私がバカでした。では、仮に公明党が単独で与党になっても(ありえませんが)、政教分離に反しませんか?
創価学会のように公明党が日蓮や他の宗教を攻撃しないと言い切れますか?
公明党が創価学会を特別扱いしないと言い切れますか?
池田のように神道を攻撃しませんか?
靖国に口出ししませんか?
>イスラムの信者に喜捨の使い道が報告されているということであれば訂正します。
と、ありますが、イスラムの喜捨は使い道がはっきりとしています。もちろん、中には兵器購入に使用されているかもしれませんし、報告の義務もなかったと思います。しかし、使い道の不明の創価の金を例えるのに、イスラムの喜捨を使うのは違うと思います。
投稿: | 2010年9月12日 (日) 23時44分
公明党が単独与党になっても、憲法学的には違反となりません。ただし、政治権力を使って他宗を攻撃したり創価学会を特別扱いすれば、その時点で政教分離違反となります。
そうしないと言い切れるかどうか、という仮定の話はあまり意味のある話ではないと思います。
投稿: yossy | 2010年9月13日 (月) 00時31分
私も学会員で入信して五年、きっかけは家庭不和や仕事、今は乗り切り普通に暮らしてます。
何を根拠に学会の悪風評をサイトに書くのか?単なる妬みかと思います。池田先生が平和、人間、文化を主体に海外100ヵ国まで広げた功績はすばらしい。
我々は池田先生についているのでなく日蓮大聖人の御本尊、人生の在り方についてます。
宗教は世界様々にありカルト的なものもありますが、学会は人との対話、繋がりで成り立っています。
経済悪化になるほど、皆神社や寺、パワースポットなどに行くのと同様に私は御本尊にお願いをして、かつ自らも努力を惜しまない。
学会は地域には欠かせないものです、お年寄りの1人暮らし、近所付き合いが無い現代社会にコミュニケーションを取れる唯一の団体です。常に訪問し70歳以上のお年寄りの安否確認にもなります。
学会は、社会に大きく貢献していると私は思ってます。宗教心が無い方がただカルト、悪徳業者、危険な団体、池田先生が多くの株所有など事実無根なことネットなどで記載してます。
投稿: 学会員 | 2010年9月13日 (月) 10時52分
>池田先生が平和、人間、文化を主体に海外100ヵ国まで広げた功績はすばらしい
創価では池田大作はガンジー、キング牧師、ダライラマに並ぶほど素晴らしいなどと言っておられるようですが、具体的に何をしたのですか?平和?って何をしたの?文化を広めるって何ですか? 人間を広める? 意味が分かりません。
学会員の方に聞きたいのですが、池田大作名誉会長が名誉教授の称号をかき集めていますが、どのように感じておられるのかお聞かせください。池田大作が学術的論文を書いているなど聞いたこともありませんから、非信者からすると、とても不思議なのです。
>学会は地域には欠かせないものです、お年寄りの1人暮らし、近所付き合いが無い現代社会にコミュニケーションを取れる唯一の団体です。常に訪問し70歳以上のお年寄りの安否確認にもなります。
そのような良い側面を否定はしませんし、学会員が悪い人だとも思ってません。また、どちらかと言うと良い人が多いと感じていますよ。ただ、唯一の団体だと盲信するのは違うと思います。キリスト教だって同じようなことしてますから。
投稿: | 2010年9月14日 (火) 00時06分
有り難うございます。
池田先生がダライラマ、ガンジー池田など称されてますが、私にも解りません。(入信した時から既に称されてました)
宗教を通して平和、文化や人との和を作り上げる事と理解してます。
宗教や哲学倫理では実際に解決出来ないことは多々あります。
先生の学術称号や世界中の都市からの賞状においては宗教哲学の見地から頂いているのだと思ってます。
学術論文については無いと思います。
日蓮大聖人のご本尊、御書(キリストでいう聖書)について、各哲学者の話をされてます。
各宗教は全て同じであるので共存出来ると話されてます。
最終的には、日蓮大聖人の南無妙法蓮華経を国内、世界中に広布し幸せになってもらいたい。
投稿: 学会員 | 2010年9月15日 (水) 12時31分
学会員さん、無名子さん。コメントありがとうございます。
この記事の目的は、あくまで学会を巡る根拠無き批判の検証にあり、学会を宣揚することにも、批判することにもありません。そこのところをご確認願います。
その上で若干申し上げます。
無名子さんの
>創価では池田大作はガンジー、キング牧師、ダライラマに並ぶほど素晴らしいなどと言っておられるようですが、
はご確認なさった方がいいです。私の知るところでは、創価学会が言っているのではなく、そのように池田氏を尊敬している団体・個人があるのです。さらにダライラマは出てこないと思います。
このような厳密性を欠いた言が一人歩きをすると、より大きな根拠無き批判につながりますので、ご確認願います。
また、
>池田大作名誉会長が名誉教授の称号をかき集めていますが、
とありますが、「かき集めている」とされた根拠をお示し下さい。単に権威付けのためならば200を越える数は必要ないと思いますし、失礼ながら無名な大学も含まれていますので不自然です。授与した大学をも批判することになりますので、2chの住人とは一線を画して慎重にお願いします。
学会員さんは、
>先生の学術称号や世界中の都市からの賞状においては宗教哲学の見地から頂いているのだと思ってます。
とされていますが、授賞の理由は一回一回大学や都市が明らかにしているはずですし、聖教新聞などに報道されているのではないでしょうか。せっかくの機会です。お読みになられて、ここでご紹介していただいてはいかがでしょうか。
私個人は、池田氏の対話活動。「SGIの日記念提言」などの現代世界の難局への具体的提案と働きかけ。創価学会の展示、署名などの平和、人権活動。民主音楽協会を通じての文化活動。創価学会インターナショナルが各国で社会に貢献するよう指導され、実践していること、などが総合的に評価されているのだと理解しています。評価されているのは池田氏個人の活動だけでは恐らくないでしょう。
いずれにしても、「池田・ゴルバチョフ対談」など一度目を通されてはいかがかと思います。やはり、さすがにすごいことを言っていますよ。
なお池田氏にいては、近々まとめて論じる予定です。
投稿: yossy | 2010年9月15日 (水) 18時29分
ttp://livedoor.2.blogimg.jp/far_east_news/imgs/c/9/c9a06f6e.jpg
これ読んでください。
yossyさんはこれを読んでどう感じました?
別に朝鮮人だからどうこうって訳じゃないけど、yossyさんが必死で否定するから、ちょっと聞きたくて。
でも、yossyさんのことだから、国籍なんか関係ない! 差別だ!って切れんだろう。
日本で朝鮮名で反日するのは勇気ある行動だし、理由もある。
日本人で反日する奴も日本を良くしたい為のような気がする。
でも帰化人で日本名を使い反日する人間を俺は認めたくない。正々堂々と朝鮮名を名乗る私の友人のほうが立派な人間だと思う。
大作特集をする時、ぜひ池田大作氏の考える韓日友好とやらを教えてください。
未だに謝罪と賠償を日本に求めているのかなどです。
投稿: junk | 2010年10月14日 (木) 01時37分