記者の目

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記者の目:第三者の卵子・精子提供による出産=斎藤広子

 米国で卵子提供をうけた自民党衆院議員の野田聖子さん(50)が1月出産した。出産自体は心から喜びたいが、私は第三者からの卵子や精子提供による妊娠や出産がこのまま広がり続けることには納得がいかない。これらの技術で生まれた人たちの声が置き去りにされているのではないか、と疑問に感じるからだ。

 昨年、野田さんの妊娠や、世界で初めて体外受精児を誕生させた英国のエドワーズ博士がノーベル医学生理学賞に選ばれたことを受け、体外受精などの不妊治療を検証する「こうのとり追って」(12月から連載中)を担当している。さまざまな医師や当事者への取材を通じて印象深かったのは、遺伝的なルーツの半分を失った、精子提供で生まれた人の話だった。

 配偶者ではない匿名の第三者からの精子提供による人工授精(AID)は60年以上の歴史があり、すでに1万~2万人がこの技術で誕生したと言われる。AIDは日本産科婦人科学会が97年、他に手段のない夫婦に限って承認した。しかし、治療を2人だけの秘密にする夫婦が多く、AIDで生まれた子供たちの実態はほとんど明らかになってこなかった。

 ◇20代で告知され大きなショック

 最初に神奈川県で行われた学会で、女性(31)の話を聞いた。父親の病気をきっかけに20代になってAIDで生まれたと知らされたという経緯を語り、「親自身もAIDを肯定できていない。親が隠したがっている技術で生まれたことが悲しい」と話した。後日、改めて取材すると、自分の人生だと信じていたものが、ある日突然、「空白」になってしまった衝撃を語った。私と同年代の彼女が、コーヒーカップを握りしめながら、「提供者を知ることで、自分が『提供精子』というモノではなく、ちゃんと人から生まれてきたんだということを実感したい」と訴える姿は、胸に迫るものがあった。

 九州で取材した女性(44)はさらに深刻だった。自ら3人の子を産んだ後に、両親の離婚をきっかけに母親から事実を聞かされた。小さいころから別居状態だった父と母。母親の死後、「自分は母のために生まれてきたのに、母が死んで生きている意味がなくなった」という思いが強まり、うつ状態になってしまったという。子供のルーツまで空白になったことを気に病み、家出した時期もあったと話した。

 第三者の精子や卵子提供で生まれた人たち全てが同様な事情を抱えているわけではないだろう。しかし、親の都合で突然告知され、「アイデンティティー・クライシス」(自己認識の危機・自己喪失)に陥る人が多いことは各国共通の問題になっている。一度崩れた「自分の歴史」を紡ぎ直すのを手助けするため、近年欧州を中心に、法的な父子関係は育ての親との間のみ成立することを前提に、生まれた子が提供者情報を知る権利を認める国が増えている。

 しかし、日本では提供者のプライバシー尊重や患者のえり好みの排除、提供者減少への危機感から、患者も子も提供者情報は得られない。厚生労働省の審議会の部会は03年、「出自を知る権利」を条件に、第三者の精子や卵子を使った体外受精を認める報告書をまとめ、法整備を求めたが、動きは止まったままだ。

 国としてのルールが確立しないまま、野田さんのように海外で卵子提供を受けたり、国内でも医師が独自の基準で姉妹間などで卵子を提供する例は増えている。取材を通じ、我が子をこの手に抱くために配偶者以外からの精子や卵子提供に望みをかける夫婦の思いは理解できる。これらの技術を一律に否定するつもりもない。しかし、このような手だては「生まれる子の了解をとれない」という宿命を抱えており、私は日本でも「出自を知る権利」をきちんと認めるべきだと思う。

 ◇不安取り除く支援環境整備を

 親から子への告知が進まないのは、誰にも相談できない中、「これまで築いた家族関係が崩れてしまう」という不安もあるといわれる。小さいころに自然に告知でき、また告知後に独りで悩んだりしないよう、カウンセリング体制の充実など社会が親子を支援する環境作りが必要だ。

 英国は政府が補助金を出して、生まれた人や提供者の登録と情報交換を助ける組織を設立し、米国では非営利組織が同じ提供者から生まれた人同士のネットワーク作りを進めている。こうした取り組みも参考になるかもしれない。

 野田さんの出産をきっかけに、卵子や精子提供をめぐる議論が盛り上がっている。産む側だけでなく、生まれる側の思いを忘れることなく議論を深めていきたい。

毎日新聞 2011年2月8日 0時00分

 

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