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構造改革をどう生きるか

第156回
政治家のパフォーマンスにつぶされた「私のしごと館」

経済アナリスト 森永 卓郎氏
2008年10月20日

 前回は、役人のマインドコントロールの巧みさを書いたが、それは政治家も似たようなものだ。派手なパフォーマンスによって、メディアや国民の目をくらましたり、本質的な問題から目をそらしたりするのは政治家の得意中の得意である。

 そんなことをしみじみ感じたのは、厚生労働省管轄の独立行政法人「雇用・能力開発機構」が運営する「私のしごと館」の存続問題について、わたし自身が有識者会議の委員の一人としてかかわり、不条理とも言えるいきさつを目の当たりにしたからである。

 この話題は、「第139回 赤字の公営施設はただ潰せばいいのか」でも取り上げたので、詳しい内容については、そのときの記事をご覧いただきたいが、その後、9月18日の茂木敏充行革担当大臣(当時)と舛添要一厚生労働大臣の会談によって、今年中に廃止という方針になってしまったようだ。

 これに対するメディアの反応は、「私のしごと館」は無駄遣いのシンボルだから、廃止は当然だという論調がもっぱらである。だが、その「シンボル」という言葉がすべてを物語っている。「私のしごと館」は大きくて目立つから、シンボルにされてしまったのだ。

 だが、「私のしごと館」よりもはるかに無駄遣いをしているところはいくらでもある。そもそも、「私のしごと館」における出費が本当に無駄であるとは思えない。偏った情報と選挙目当ての政治家のパフォーマンスのために、「私のしごと館」は生け贄(いけにえ)にされたような気がしてならないのだ。

 断っておくが、580億円もの巨費をかけた建物自体が大きな無駄であるという議論には、わたしもまったく異論はない。もし、これからこの建物を造ろうというならば大反対をするだろう。だが、問題は既に建物ができてしまって、そこにあるということだ。ただ壊すだけなら、また大きな無駄になってしまう。ことはそう単純ではないのである。

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